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これまで大気汚染微粒子状物質(PM)の暴露による冠動脈疾患への影響に関しては、米国、英国などからすでに報告があり、大気中のPM2.5, coarse PM(2.5-10.0), PM10の一定増量分/m3が冠動脈疾患イベントを増大させる、させないと一見矛盾したものも散見される。世界中で大気汚染の問題は年々深刻さの度合いを増し、とくにアジアにおいては、経済発展に伴いPMの健康被害の問題は避けて通れない大きな社会問題となっている。本論文はBMJ2014年1月21日号に掲載された時流を反映した論文であり、私見を加えコメントする。 本研究は、汚染された大気に含まれる微粒子状物質による人体健康被害に関する有害事象の中で、冠動脈疾患について焦点を当てた大規模疫学研究をヨーロッパの5ヵ国(フインランド、スエーデン、デンマーク、ドイツ、イタリア)から集め、11コホートデータを前向きに集計したものである。従来とは異なり、米国のPM2.5に対する環境制限基準値(12μg/m3)よりもはるかに高い独自の環境制限基準値(25μg/m3)を使い、ESCAPE計画として、冠疾患の既往歴の無いEU共同体の広範な地域に住む約10万人を平均11.5年間追跡している。 微粒子状物質と急性冠動脈疾患イベント発生に関して特異的ハザード比を算出して、社会人口統計学的および生活習慣リスク因子を補正した上で、第二ステップとして大気汚染物質の一定増量分当たりについて、プールランダムエフェクトメタ解析を行った結果、PM2.5に関しては年間5μg/m3の上昇で冠動脈イベントリスクは13%増大(ハザード比:1.13、95%信頼区間:0.98-1.30)し、5,157例/115万4,386人年に冠動脈疾患イベントが発生した。PM10に関しても年間10μg/m3の上昇で同リスクは12%増大(ハザード比:1.12 、95%信頼区間:1.01-1.25)した。 本研究からPMが冠動脈疾患イベントのリスクを増大させることが明らかになり、それ以外の大気汚染物質(窒素酸化物、煤煙等)も同様にイベントを増大させる可能性が高く、これまでの報告が冠動脈疾患イベントを過小評価していたことを明らかにした。 この論文はPMの冠動脈疾患のリスク増大を単に取り上げた報告というよりも、むしろ全身臓器のリスク増大を反映した健康被害報告の氷山の一角を示している。PMの環境制限基準値に関しても、より低値でさえ健康被害が発生する可能性をこの論文から読み取ることができる。さらに、使用されたコホートが本来大気汚染疫学のために計画されたものではないため、多少の制限はあるとしても、既存コホートを有効かつ計画的に利用し、メタ解析を完遂できたことは賞賛に値する。