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ケアネットをご覧の皆さま、こんにちは。国立国際医療研究センター 国際感染症センターの忽那です。本連載「新興再興感染症に気を付けろッ!」、通称「気を付けろッ」は「新興再興感染症の気を付け方」についてまったりと、そして時にまったりと、つまり一貫してまったりと学んでいくコーナーです。1年半ぶりに復活! 今回も少数精鋭の読者に向けてと何事もなかったかのように普通に冒頭を書き出してみましたが(正確に言うと前回の文章をコピペした)、実に1年半ぶりの再開です。この1年半、いろいろなことがありました…。「ピエール瀧の逮捕」、「沢尻エリカの逮捕」、そして「新型コロナウイルスの流行」…。ピエール瀧と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を並べて書いたのは私が世界初ではないでしょうか。そんなわけで、「新興再興感染症」という誰も興味のなさそうなテーマの連載でしたが、よく考えたら「今しか注目されるときはないんちゃうか」というタイミングであり(むしろ若干タイミングを逃した感あり)、「医療界の冨樫」がついに重い腰を上げたわけです。というわけで、冨樫義博先生(漫画家)を見習って10回くらいの予定で(打ち切られなければ)、新型コロナウイルスに関する話題を皆様にご提供したいと考えております。ときどき「Yahooの記事とほぼ同じやないか!」と思われる回が登場するかもしれませんが(予言)、それはご愛嬌ということでよろしくお願いします。でもね、Yahooの記事って「いつも読んでます!」とかめっちゃ言われるんですが、この連載でそんなこと言われたことほとんどないんですよ、悲しいことに。たぶん5人くらいしか読んでないんじゃないでしょうか。まあどっちにしても原稿料はもらえるし、別に5人でも構いません。少人数制で頑張っていきましょう。HIV治療薬とCOVID-19の治療薬?の関係それでは5人の読者の皆様、お待たせいたしました、新型コロナシリーズ第1回は「HIVとコロナ」です。HIV感染症と言えば世界3大感染症の1つであり、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に感染することでCD4陽性リンパ球が減少し、細胞性免疫不全が起こる疾患です。日本でも約3万人の感染者がおり、今もなお年間1,000人以上が新規患者として診断されています。CD4数が低下すると「日和見感染症」と呼ばれるニューモシスチス肺炎やサイトメガロウイルス網膜炎などの感染症に罹患しやすくなり、また、一般の感染症に罹患した際も重症化しやすいとされます。しかし、一般的にHIV感染症の患者さんも“ART(Antiretriviral Therapy)”と呼ばれる抗HIV薬を組み合わせた治療を行えば、CD4数は正常の範囲を保つことができることが多く、その場合は日和見感染症に罹るリスクはほとんどなくなります。では、HIV感染症の患者がCOVID-19に感染した場合、重症化するのでしょうか。「COVID-19の悪化にはサイトカインストームが関与しており、免疫反応が弱いHIV感染症患者では重症化しないのではないか」という仮説を唱えている人もいるようですが、この辺はまだ結論が出ていません。まだプレプリントですが、HIV感染症患者はHIV-negativeの人と比べて死亡リスクが高いという南アフリカの大規模コホート研究があります。その前に、そもそもHIV感染症の患者はCOVID-19に感染するのでしょうか? 答えはもちろんイエスであり、国内最初のHIV感染症患者のCOVID-19症例は我々が診断しています(てへん)1)。しかし、「HIV感染症の患者でART中の方はCOVID-19に罹患しにくいのではないか」という説がまことしやかに囁かれていました。正確には私自身が囁いていました。なぜならば、一部の抗HIV薬はin vitroでは新型コロナウイルスに活性があるためです。一時期、国内でもCOVID-19症例の治療にカレトラが使用されていましたが、これはリトナビルというプロテアーゼ阻害薬がSARSコロナウイルスやMERSコロナウイルスにin vitroで活性があるためでした2)。しかし、リトナビル/ロピナビルの合剤であるカレトラはRCTで有効性を示せず3)、現在カレトラはCOVID-19の治療では積極的に使用されなくなっています。しかし、今度は核酸系逆転写酵素阻害剤(NRTIs)が新型コロナウイルスに動物実験系では有効性を示したという報告も出てきており4)、「何だやっぱりARTはCOVID-19に効くんじゃないか」という揺り戻しが起こっていました。最新の臨床研究からみてみたさて、そんな中、ついに「実際にARTを受けているHIV感染症患者はCOVID-19に罹っているのか」という命題に応える臨床研究が出ました5)。概要としては、スペインでARTを受けている77,590人のコホート研究で、このうち236人がCOVID-19と診断され、151人が入院し、15人がICUに入院し、20人が死亡した。COVID-19の診断および入院のリスクは、男性および70歳以上の高齢者で高かった。1万人あたりのCOVID-19の入院リスクはテノホビル アラフェナミド/エムトリシタビン(TAF/FTC)投与群で20.3(95%CI、15.2~26.7)、テノホビル ジソプロキシルフマル酸塩//エムトリシタビン(TDF/FTC)投与群で10.5(CI、5.6~17.9)、アバカビル/ラミブジン(ABC/3TC)投与群で23.4(CI、17.2~31.1)、その他のレジメン投与群で20.0(CI、14.2~27.3)であった。1万人あたりのCOVID-19罹患(診断)リスクは、それぞれTAF/FTC投与群で39.1(CI、31.8~47.6)、TDF/FTC投与群で16.9(CI、10.5~25.9)、ABC/3TC投与群で28.3(CI、21.5~36.7)、その他のレジメン投与群で29.7(CI、22.6~38.4)であった。TDF/FTCを受けた患者でICUに入院した患者や死亡した患者はいなかった。比較対象として、同期間のスペインの20~79歳の一般集団では、COVID-19の診断リスクは1万人あたり41.7人(医療従事者を除くと1万人あたり33.0人)であり、死亡リスクは1万人あたり2.1人であった。というものであり、このコホート研究からはやはり「ART中、特にTDF/FTCを飲んでいるHIV感染症患者ではリスクが多少低くなるかもしんまい!」ということが言えそうです。現在、TDF/FTCを内服していた患者は腎臓や骨への副作用が少ないTAF/FTCへの切り替えが行われていることが多いと思いますが、思いがけずTDF/FTCの方が優れた結果になっていますが、これはTDFの方がTAFよりも血漿中および細胞外濃度が高いためではないかと考えられます(もともとTAFはTDFよりも効率的にリンパ球などの標的細胞に取り込まれるというのがTAFのメリットだったわけですが)。ARTを受けていない患者では、非HIV感染者と比較してどうかはこの研究からはわかりません。結論はまだ出ていないこうなってくると、HIV感染症じゃない人もCOVID-19予防効果を期待してTDF/FTCを内服したいという人が出てきそうですが、これはあくまでコホート研究ですので、一時期のトランプ大統領のように結果的に「ヒドロキシクロロキン、やっぱ効果ありませんでした」みたいな結果にならないとも限りませんし、スペインの単施設の研究ではテノホビルを内服していた方がCOVID-19に罹患しやすかったという真逆の結果の報告も出ています6)ので、とりあえず今行われているRCTの結果を待ちましょう。ちょっと1年半ぶりで気合が入りすぎてしまったかもしれません。次回からはもう少し適当に書きたいと思います。それでは(たぶん)また2週間後にお会いしましょう!1)Nakamoto T, et al. J Med Virol. 2020;10.1002/jmv.26102. doi: 10.1002/jmv.26102.2)de WildeAH, et al. Antimicrob Agents Chemother. 2014;58:4875-4884.3)Cao B, et al. N Engl J Med. 2020;382:1787-1799. 4)Park SJ, et al. mBio. 2020;11:e01114-20.5)Del Amo J, et al. Ann Intern Med. 2020. doi: 10.7326/M20-3689.6)Vizcarra P, et al. Lancet HIV. 2020;S2352-3018(20)30164-30168.