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家族性高コレステロール血症の基礎知識

 8月27日、日本動脈硬化学会は、疾患啓発を目的に「家族性高コレステロール血症」(以下「FH」と略す)に関するプレスセミナーを開催した。 FHは、単一遺伝子疾患であり、若年から冠動脈などの狭窄がみられ、循環器疾患を合併し、予後不良の疾患であるが、診療が放置されている例も多いという。 わが国では、世界的にみてFHの研究が進んでおり、社会啓発も広く行われている。今回のセミナーでは、成人と小児に分け、本症の概要と課題が解説された。意外に多いFHの患者数は50万人超 はじめに斯波 真理子氏(国立循環器病研究センター研究所 病態代謝部)を講師に迎え、成人FHについて疾患の概要、課題について説明が行われた。FHは大きくヘテロ結合体とホモ結合体に分類できる。 FHのヘテロ結合体は、LDL受容体遺伝子変異により起こり、200~500例に1例の頻度で患者が推定され、わが国では50万人以上とされている。生来LDL-C値が高い(230~500mg/dL)のが特徴で、40代(男性平均46.5歳、女性平均58.7歳)で冠動脈疾患などを発症し、患者の半数以上がこれが原因で死亡する。 診断では、(1)高LDL-C血症(未治療で180mg/dL以上)、(2)腱黄色腫あるいは皮膚結節性黄色腫、(3)FHあるいは早発性冠動脈疾患の家族歴(2親等以内)の3項目中2項目が確認された場合にFHと診断する。 また、診断では、LDL-C値に加えて、臨床所見ではアキレス腱のX線画像が特徴的なこと(アキレス腱厚をエコーで測定することも有用)、角膜輪所見が若年からみられること、家族に高コレステロール血症や冠動脈疾患患者がみられることなど、詳細なポイントを説明するとともに、診断のコツとして「『目を見つめ よく聴き、話し 足触る』ことが大切」と同氏は強調した。 FH患者は、健康な人と比較すると、約15年~20年早く冠動脈疾患を発症することから、早期より厳格な脂質コントロールが必要となる。 本症の治療フローチャートでは、生活習慣改善・適正体重の指導と同時に脂質降下療法を開始し、LDL-C管理目標値を一次予防で100mg/dL未満あるいは治療前の50%未満(二次予防70mg/dL未満)にする。次に、スタチンの最大耐用量かつ/またはエゼチミブ併用し、効果が不十分であればPCSK9阻害薬エボロクマブかつ/またはレジンかつ/またはプロブコール、さらに効果が不十分であればLDL除去療法であるLDLアファレシスを行うとしている。医療者も社会も理解しておくべきFHの病態 次に指定難病であるホモ結合体について触れ、本症の患者数は100万例に1例以上と推定され、本症の所見としてコレステロール値が500~1,000mg/dL、著明な皮膚および腱黄色腫があると説明を行った。確定診断では、LDL受容体活性測定、LDL受容体遺伝子解析で診断される。 治療フローチャートでは、ヘテロ受容体と同じように生活習慣改善・適正体重の指導と同時に脂質降下療法を開始し、LDL-C管理目標値を一次予防で100mg/dL未満(二次予防70mg/dL未満)にする。次に、第1選択薬としてスタチンを速やかに最大耐用量まで増量し、つぎの段階ではエゼチミブ、PCSK9阻害薬エボロクマブ、MTP阻害薬ロミタピド、レジン、プロブコールの処方、または可及的速やかなるLDLアファレシスの実施が記載されている。ただ、ホモ結合体では、スタチンで細胞内コレステロール合成を阻害してもLDL受容体の発現を増加させることができず、薬剤治療が難しい疾患だという。その他、本症では冠動脈疾患に加え、大動脈弁疾患も好発するので、さらに注意する必要があると同氏は指摘する。 最後に同氏は「FHは、なるべく早く診断し、適切な治療を行うことで、確実に予後を良くすることができる。そのためには、本症を医療者だけでなく、社会もよく知る必要がある。とくにFHでPCSK9阻害薬の効果がみられない場合は、LDL受容体遺伝子解析を行いホモ接合体を見つける必要がある。しかし、このLDL受容体遺伝子解析が現在保険適応されていないなど課題も残されているので、学会としても厚生労働省などに働きかけを行っていく」と展望を語り、説明を終えた。小児の治療では成長も加味して指導が必要 続いて土橋 一重氏(山梨大学小児科、昭和大学小児科)が、次のように小児のFHについて解説を行った。 小児のヘテロ接合体の診断では、「(1)高LDL-C血症(未治療で140mg/dL以上、総コレステロール値が220mg/dL以上の場合はLDL-Cを測定する)、(2)FHあるいは早発性冠動脈疾患の家族歴(2親等以内)の2項目でFHと診断する(小児の黄色腫所見はまれ)」と説明した。また、「小児では、血液検査が行われるケースが少なく、本症の発見になかなかつながらない。採血の機会があれば、脂質検査も併用して行い、早期発見につなげてほしい」と同氏は課題を指摘した。 治療では、確定診断後に早期に生活習慣指導を行い、LDL-C値低下を含めた動脈硬化リスクの低減に努め、効果不十分な場合は10歳を目安に薬物療法を開始する。 とくに生活習慣の改善は、今後の患児の成長も考慮に入れ、できるだけ早期に食事を含めた生活習慣について指導し、薬物療法開始後も指導は継続する必要がある。食事療法について、総摂取量は各年齢、体格に応じた量とし、エネルギー比率も考慮。具体的には、日本食を中心とし、野菜を十分に摂るようにする。また、適正体重を維持し、正しい食事習慣と同時に運動習慣もつける。そして、生涯にわたる禁煙と周囲の受動喫煙も防止することが必要としている。 薬物療法を考慮する基準として、10歳以上でLDL-C値180mg/dL以上が持続する場合とし、糖尿病、高血圧、家族歴などのリスクも考える。第1選択薬はスタチンであり、最小用量より開始し、肝機能、CK、血清脂質などをモニターし、成長、二次性徴についても観察する。 管理目標としては、LDL-C値140mg/dLとガイドラインでは記載されているが、とくにリスク因子がある場合は、しっかりと下げる必要があるとされているとレクチャーを行った。

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アドヒアランス不良のカリウム薬の中止提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第3回

 今回は、長期間にわたってカリウム薬を服用していたことに着目した症例です。患者さんより聴取した不満を契機に医師へ血液検査結果を基にした中止提案を行い、中止後の検査値や自覚症状に問題がないことを医師および患者さんと確認し、無事に中止することができました。患者情報外来患者、70歳、女性、身長:154cm、体重:52kg現病歴:高血圧、骨粗鬆症投薬時に、毎食後の服薬が苦痛で、L−アスパラギン酸カリウムの服用をよく忘れるとの相談あり(医師には伝えていない)。市販薬やサプリメントの使用はなし。食事は規則正しく1日3食で、食事摂取量にむらはなし。処方内容(1、3の内科からの処方薬は10年以上服用中)1.テルミサルタン錠20mg 1錠 分1 朝食後2.アルファカルシドールカプセル0.25μg 1カプセル 分1 朝食後3.L−アスパラギン酸カリウム錠300mg 3錠 分3 毎食後症例のポイント患者さんは上記1と3の処方薬を長年服用していますが、L−アスパラギン酸カリウムを毎食後に服用することを苦痛に感じていました。たびたびあった服用忘れを医師には伝えていなかったため、アドヒアランスが良好だということを前提に処方が継続されている可能性がありました。L−アスパラギン酸カリウムは、薬剤性低カリウム血症のカリウム補給に用いられることが多くあります。低カリウム血症の原因となる薬剤として、漢方薬(芍薬甘草湯など市販薬にも成分として含まれるので要注意)や利尿薬(とくにループ利尿薬)、グリチルリチン酸、インスリンが挙げられますが、この患者さんの処方内容からは薬剤性の低カリウム血症が生じている可能性は低いと考えられました。患者さんから聞き取った範囲では、1日3食しっかりと食事を摂取していることから、食事でカリウムが著しく不足しているとも考えにくいです。直近の血液検査結果を持参してもらうと、アドヒアランス不良であったにもかかわらず、血清カリウム値は4.5mEq/Lと充足しており、中止しても大きな影響はないと推察しました。医師に血液検査結果と患者さんの希望について話をしてみたところ、そもそもL−アスパラギン酸カリウムの処方を開始したのは前医のため処方意図がわからないこと、血清カリウムなどのL−アスパラギン酸カリウムの評価を失念されていたことが発覚し、L−アスパラギン酸カリウムの処方が中止となりました。その際、次回診察の際にカリウム値の採血を提案しました。低カリウム血症とは、血清カリウム値が3.5mEq/L未満の場合であり、2.5~3.0mEq/Lが中等症、2.5mEq/L未満は重症と定義されている。2.5mEq/L未満の重症ないし急速な低下時には、心臓(不整脈)、筋肉(筋力低下・倦怠感・麻痺・筋痙攣)、消化管(イレウス・食欲不振・嘔気)、腎臓(多尿・腎機能障害)などに症状が出現する。とくにジギタリス製剤服用中の患者では致死的不整脈が起こりやすいので、血清カリウム値のモニタリングが重要となる。処方提案と経過L−アスパラギン酸カリウムの中止から1ヵ月後に患者さんが再来局されました。血液検査で血清カリウム値は4.1mEq/Lと基準値内であり、食欲不振や倦怠感・筋力低下による症状などの低カリウム血症に基づく症状もありませんでした。患者さんは薬局に相談したことで負担となっていた薬剤を中止できたことを喜んでくださり、信頼関係の構築にもつながって血圧・血液検査の提示や相談の機会も増えました。

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ASCO2019レポート 消化器がん(肝胆膵)

レポーター紹介ASCO会場のメインの通りに掲げられたテーマ2019年度のASCOが、2019年5月31日~6月4日の5日間、今年もシカゴのマコーミックプレイスにて開催された。毎年同じ開催場所である。今年のテーマは「Caring for Every Patient, Learning from Every Patient」で、患者のためのケア、患者から学ぶことを重要視した学会であった。そして、今年の肝胆膵領域の発表はOral presentationも多く、Plenary sessionで採択された演題もあり、非常に興味深い発表が多かった年で、いわゆる豊作の年となった。膵がんPOLO試験今回のASCOで、肝胆膵領域の最も注目すべき演題は、膵がんに対するPARP阻害薬であるオラパリブのPOLO試験であろう。生殖細胞系(Germline)BRCA1またはBRCA2の変異を有する転移性膵がん患者に対して、1次治療としてプラチナ製剤を含む化学療法を16週以上行い、抗腫瘍効果でCR、PRまたはSDが得られ、増悪を認めていない患者を、オラパリブ300mgを1日2回内服する群と、プラセボを内服する群に3:2にランダムに割り付けて、がんの増悪または忍容できない有害事象を認めるまで治療を継続した。主要評価項目は、RECIST v1.1での中央判定による無増悪生存期間であった。オラパリブ群に92例、プラセボ群に62例がランダム割り付けされた。主要評価項目である無増悪生存期間(中央値)はオラパリブ群7.4ヵ月、プラセボ群3.8ヵ月で、ハザード比は0.53(95%信頼区間[CI]:0.35~0.82)であり、有意に良好な結果(p=0.0038)が示された。生存期間はまだ十分に経過観察しえた結果ではないが、中央値でオラパリブ群18.9ヵ月、プラセボ群18.1ヵ月であり、ハザード比も0.91(95%CI:0.56~1.46)と有意な差は認めなかった(p=0.68)。有意差を認めなかった理由として、プラセボ群の後治療でPARP阻害薬を投与された患者が14.5%存在するなどの後治療の影響や十分な経過観察ができていないことが指摘されていた。有害事象は、疲労、悪心、下痢、腹痛、貧血、食欲低下などで、Grade 3以上の有害事象は貧血と疲労であり、忍容性は良好と判断された。また、プラチナ製剤に特有の末梢神経障害はあまり認めないことが、プラチナ製剤投与後の維持療法として使用するうえで好ましい点のように思われた。今後、BRCA1または2の遺伝子変異を有する膵がん患者には、まずプラチナ製剤を含むレジメン、たとえば、FOLFIRINOXやゲムシタビン+シスプラチンなどによる治療を開始し、4ヵ月以降でSD以上の抗腫瘍効果が得られていたら、維持療法としてオラパリブを投与することが標準治療になるものと思われる。本試験の結果は、日本では明日からの診療につながる話ではないが、その体制整備をしておく必要がある。まず、germline BRCA1/2を調べることから始まる。初回治療開始前にgermline BRCA1/2の変異の有無を調べてから結果が戻ってくるまでの時間を考慮すると、診断の早い段階で同意を取ったうえで、採血の検査をオーダーする必要がある。また、生殖細胞系変異を見つけることは、すなわち遺伝カウンセリングの体制整備が重要になる。日本は本試験に参加しておらず、われわれ肝胆膵領域の臨床腫瘍医にPARP阻害薬の経験が乏しいことが問題点であり、十分にPARP阻害薬のマネジメントに精通しておく必要がある。また、germline BRCA1/2の変異は膵がん患者の4~7%と言われており、プラチナ製剤とオラパリブが有効な対象はまだまだ限られた対象であることも理解しておくことが必要である。Plenary sessionの会場の光景:全部でモニターが12台、演者がかなり遠くに見える。このASCOのPlenary sessionは何千人入るかわからないほどの巨大な会場で行われた。今回も、巨大なモニターが会場内に12台設置され、椅子も所狭しと並んで、聴衆が間を開けることなくぎっしり座っていた。そこに、Prof Kindlerのゆっくりと丁寧な言葉で発表が進んだ。そんな巨大な会場で発表が行われている最中に、メールの配信で、New England Journal of MedicineからPOLO試験の論文掲載の案内が届き、まさに学会と論文の同時発表であり、ここまでタイムリーな対応に驚きを隠せない状況であった。発表が終わってからは拍手喝采が鳴りやまず、まさに圧巻で、一見の価値のある光景であった。APACT試験膵がんにおけるもうひとつの注目演題は、ゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法の補助化学療法であるAPACT試験である。膵がん切除後の補助療法としては、日本ではS-1による補助療法が主流であるが、海外ではゲムシタビンが汎用され、近年、ゲムシタビン+カペシタビンやmodified FOLFIRINOXなども使用されている。進行膵がんにおいて、ゲムシタビン+ナブパクリタキセルの高い有効性が示されていることから、膵がん切除後の補助療法としても期待され、ゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法とゲムシタビン単独療法を比較した第III相試験が計画された。R0または1の切除後の膵がん患者をゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法とゲムシタビン単独療法に1:1にランダムに割り付けて行われた。主要評価項目は無病生存期間、副次評価項目は全生存期間、安全性であった。全世界から866例が登録され、ゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法に432例、ゲムシタビン単独療法に434例がランダムに割り付けされた。主要評価項目である中央判定による無病生存期間(中央値)は、ゲムシタビン+ナブパクリタキセル療法群が19.4ヵ月、ゲムシタビン単独群が18.8ヵ月であり、ハザード比0.88(95%CI:0.729~1.063)、p=0.1824と有意差が示されなかった。しかし、担当医判断の無病生存期間(中央値)で、ゲムシタビン+ナブパクリタキセル療法群が19.4ヵ月、ゲムシタビン単独群が16.6ヵ月であり、ハザード比0.82(95%CI:0.694~0.965)、p=0.0168と有意差が示された。また、副次評価項目である全生存期間(中央値)もゲムシタビン+ナブパクリタキセル療法群が40.5ヵ月、ゲムシタビン単独群が36.2ヵ月であり、ハザード比0.82(95%CI:0.680~0.996)、p=0.045と有意差が示された。ゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法の安全性はこれまでの報告と違いはなかった。本試験はプラセボコントロールの試験ではないため、中央判定の無病生存期間が主要評価項目に用いられたが、膵がん切除後の再発判定は非常に難しく、担当医は全身状態や腫瘍マーカーなどから総合的に判断できるため、中央判定よりも担当医のほうが早期に再発を指摘しえたのかもしれない。プラセボコントロールで、担当医判断の無病生存期間が主要評価項目であったら、Positiveな結果であっただけに非常に惜しい試験である。肝細胞がん肝細胞がんにおいて注目された演題は、肝切除とラジオ波焼灼術(RFA)を比較したSURF試験、ソラフェニブに不応/不耐の肝細胞がんに対する2次治療としてペムブロリズマブとプラセボを比較したKEYNOTE-240試験である。ともに有意な結果は示されなかったが、日常診療に大きなインパクトを与える試験であった。また、進行がんに対する有望な薬物療法として、ニボルマブ+イピリムマブの併用療法の結果が報告された。SURF試験3cm、3個以下の小肝細胞がんに対して、肝切除とRFAのどちらが良いかは長年のClinical questionであった。これまでも4試験ほど、ランダム化比較試験の結果が報告されているが、切除が良好という結果や両者変わりないという結果など、一定の見解は得られていない。今回、日本から301例という症例数も多く、質も良好な試験の結果が報告された。初回の肝細胞がんで腫瘍径3cm以下、腫瘍数3個以下で、Child-Pugh 7点以下の20~79歳までの患者600例を目標に肝切除とRFAにランダムに割り付けた比較試験が行われた。主要評価項目は無再発生存期間、全生存期間であり、RFAに比べて肝切除の優越性を検証する試験デザインであった。2009年4月より登録を開始したが、2016年2月の段階で300例しか登録ができておらず、データモニタリング委員会から中止勧告が出され、登録は中止となった。最終的には、切除群150例、RFA群151例が適格で、解析対象となった。両群の患者背景に有意差は認めなかった。無再発生存期間(中央値)は、肝切除群2.98年、RFA群2.76年、ハザード比0.96(95%CI:0.72~1.28)で、p=0.793であり、肝切除の優位性は示されなかった。また、両群ともに死亡例は認めなかったが、入院期間や治療時間はRFA群が有意に良好であった。3cm以下の小肝細胞がんに対して、肝切除とRFAの無再発生存期間はほぼ同等であったと結論された。この発表のDiscussantは、これまでにランダム化比較試験が5試験行われたが、3cm以下、単発の腫瘍に関しては、ほぼRFAの非劣性が示されたと考えてよいだろうと。3cm以上や多発する場合には肝切除が選択肢になるであろうと。そして、患者登録も困難になることから、今後、同様のランダム化比較試験を行うべきではないだろうとまとめていた。長年、論争になっていた肝切除とRFAの比較にひとつの区切りがつけられたように思われた。KEYNOTE-240ソラフェニブ不応/不耐の肝細胞がん患者に対するペムブロリズマブとプラセボを比較した第III相試験の結果が報告された。肝細胞がんに対して初めての免疫チェックポイント阻害薬の第III相試験の結果であり、非常に注目された。対象は、ソラフェニブに不応/不耐の肝細胞がん患者で、Child-Pugh Aで測定可能病変を諭旨、門脈本幹腫瘍栓のない患者で、ペムブロリズマブ200mg/回を3週ごとの投与とプラセボに2:1に割り付けて投与する第III相試験である。主要評価項目は全生存期間と無増悪生存期間の2つであり、全生存期間はp値が0.0174未満で有意に、無増悪生存期間はp値が0.0020で有意になる設定であり、通常のp値が0.05未満よりは厳しい設定であった。ペムブロリズマブ群に278例、プラセボ群に135例が登録された。主要評価項目の全生存期間(中央値)は、ペムブロリズマブ群で10.6ヵ月、プラセボ群で10.6ヵ月、ハザード比は0.781(95%CI:0.611~0.998)で、p値は0.0238と当初設定した0.0174を下回らず、有意な結果は得られなかった。また、無増悪生存期間(中央値)は、ペムブロリズマブ群で3.0ヵ月、プラセボ群で2.8ヵ月、ハザード比は0.718(95%CI:0.570~0.904)で、p値は0.0022と当初設定した0.0020を下回らず、こちらも有意な結果は得られなかった。奏効割合はペムブロリズマブ群で18.3%、プラセボ群で4.4%であり、第II相試験(KEYNOTE-224)と同様に有意差が認められ(p=0.0007)、奏効期間(中央値)も13.8ヵ月とともに良好であった。有害事象はこれまでの報告と同様であった。本療法の後治療として、プラセボ群で47.4%と非常に高率で、抗PD-1/PD-L1抗体による治療が10.4%も含まれていた。本試験は、統計学的に有意差がついていそうな試験結果であったが、主要評価項目は達成しておらずNegativeな結果となった。この発表のDiscussantは、試験としてはNegativeであったが、マルチキナーゼ阻害薬に忍容性がないような患者に、2次治療の日常診療で抗PD-1抗体を継続することは問題ないであろうとコメントしており、有効性は評価していた。今後、中国を中心に行っているペムブロリズマブとプラセボの比較試験(KEYNOTE-394)の結果も参考にして、今後の本薬剤の承認までの方向性を検討することが必要であろうと結論づけた。また、今後の開発の方向性として、VEGF阻害薬との併用療法であるベバシズマブ+アテゾリズマブ、レンバチニブ+ペムブロリズマブの併用療法も期待されており、定位放射線やRadioembolization、肝動脈化学塞栓療法との併用療法の可能性なども示唆していた。会場入り口の階段にはWelcomeの文字がこの結果を受けて、1次治療としてのニボルマブとソラフェニブを比較した第III相試験の結果が期待されたが、2019年6月24日に本第III相試験も主要評価項目を達成しなかったことがプレスリリースされ、残念ながら免疫チェックポイント阻害薬単剤の結果は肝細胞がんにおいては厳しいものとなった。CheckMate-040ソラフェニブに不応/不耐の肝細胞がん患者を対象として、ニボルマブとイピリムマブの推奨投与量を決定する第I/II相試験が発表された。A群はニボルマブ1mg/kg+イピリムマブ3mg/kgを3週ごとに4回投与後、ニボルマブ240mg/bodyの固定用量にて2週ごとの投与を継続し、B群はニボルマブ3mg/kg+イピリムマブ1mg/kgを3週ごとに4回投与後、ニボルマブ240mg/bodyの固定用量にて2週ごとの投与を継続、C群はニボルマブ3mg/kgにて2週ごと、イピリムマブ1mg/kgにて6週ごとに投与を継続した。どの群もがんの増悪または忍容できない有害事象が出現するまで、投与を継続した。奏効割合はA群32%、B群31%、C群31%であり差は認めなかったが、生存期間(中央値)は、A群22.8ヵ月、B群12.5ヵ月、C群12.7ヵ月と、A群で良好であった。主な有害事象は、掻痒、皮疹、下痢、AST上昇などであり、免疫関連有害事象は、皮疹、肝障害、副腎不全、下痢、肺炎などであった。A群の有害事象はやや高率に認めていたが、忍容性は十分と判断され、A群(ニボルマブ1mg/kg+イピリムマブ3mg/kg)が推奨投与量と考えられた。ソラフェニブに不応/不耐の患者に対する良好な治療レジメンの登場により、今後、本レジメンの開発の動向が気になるところである。胆道がん胆道がんにおいて最も注目された演題は、ゲムシタビン+シスプラチン(GC)療法の2次治療として、mFOLFOXと症状コントロールのみを比較したABC-06試験である。この結果は、長らく胆道がんにおける2次治療は確立していなかったのだが、mFOLFOXが2次治療の標準治療として確立することになった。ABC-06対象は、GC療法後に増悪を認めた進行胆道がん患者で、増悪を認めてから6週以内でPSが0または1で、臓器機能が保たれている患者を、A群:積極的な症状コントロールを行う群とB群:積極的な症状コントロールに加えて、mFOLFOXを行う群にランダム割り付けされた。主要評価項目は全生存期間であり、層別化因子は、1次治療のGC療法のプラチナ感受性があったかどうか、アルブミンが35g/L以上か未満か、局所進行か転移性か、であった。主要評価項目である全生存期間において、B群:mFOLFOX群は有意に良好な生存期間を示した(生存期間中央値、6ヵ月と12ヵ月生存割合:A群 5.3ヵ月、35.5%、11.4%、B群 6.2ヵ月、50.6%、25.9%、ハザード比0.69、95%CI:0.50~0.97、p=0.031)。1次治療のGC療法のプラチナ感受性別に検討したサブグループ解析では、プラチナ製剤に感受性がある群のみならず、プラチナ抵抗性のグループでも有意な差が認められ、プラチナ感受性にかかわらず、mFOLFOXは有用であることも示された。mFOLFOXの奏効割合は5%、病勢制御割合は33%、無増悪生存期間(中央値)は4.0ヵ月であった。また、主なGrade 3以上の有害事象は疲労、好中球減少、感染症などであり、忍容性は良好と判断された。GC療法後の2次治療として初めて延命効果を示した治療法であり、今後、標準治療として位置付けられることになるであろうと結論づけられた。Discussantも治療効果が高いわけではないが、新しい標準治療になるであろうと結論づけている。ただし、胆道がんではさまざまな治験や臨床試験が進行中である。1次治療として、化学療法+/-免疫チェックポイント阻害薬の併用療法や、GCにナブパクリタキセルの併用療法、mFOLFIRINOX療法などの3剤併用療法の開発が進行中であり、また、IDH1やFGFR、homologous Recombination Deficiencyなど遺伝子異常に基づいた分子標的治療薬の開発などが進行中であり、これらの動向にも注目する必要がある。まとめASCO2019では、膵がんに対してのゲムシタビン+ナブパクリタキセル療法が補助療法としてはNegativeな結果であったが、PARP阻害薬が登場した。肝細胞がんでは、ペムブロリズマブの残念な結果が報告されたが、ニボルマブ+イピリムマブにおいて有望な結果が報告され、期待されている。また、切除とRFAは同等の治療成績であることが明らかになり、よりRFAが選択されるようになるかもしれない。そして、胆道がんではmFOLFOXが2次治療における標準治療として位置付けられており、日本もmFOLFOXを承認してもらうような準備が必要である。そのほかにも有望な治療法の開発が進行中であり、肝胆膵領域の化学療法の開発も活気づいており、海外に遅れをとらないように開発を進めていく必要がある。

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第14回 その失神、あれが原因ではないですか?【救急診療の基礎知識】

●今回のPoint1)失神は突然発症だ! 心血管性失神を見逃すな!2)発症時の痛みの有無を必ずチェック!3)検査前確率を正しく見積もり、必要な検査の提出を!【症例】60歳男性。工事現場で現場監督をしていた際に、気を失った。目撃した現場職員が呼び掛けたところ、数分で意識は改善した。倦怠感、37℃台の微熱も認め救急外来を独歩受診した。●来院時のバイタルサイン意識清明血圧158/98mmHg脈拍102回/分(整)呼吸18回/分SpO297%(RA)体温37.4℃瞳孔3/3mm+/+既往歴高血圧を健康診断で指摘されたことはあるが未受診内服薬定期内服薬なし意識障害vs.意識消失意識障害と意識消失の違いは理解できているでしょうか。できていない方は過去の本連載を振り返って読んでみてください。普段の意識状態と比較するのがポイントでした(普段から認知症によって3/JCSの方が見当識障害を認めても、それは意識障害とは言えませんよね)。今回の症例では、目撃した同僚の方の話では、初めは「ぼっー」としていたものの、数分で普段どおりになったようです。意識障害というよりは意識消失、そして明らかな痙攣の目撃がなく、速やかに意識が戻っているようであれば、まずは「失神」として対応するのがよいでしょう。失神のアプローチ失神の定義は前回述べたとおりですが、具体的に失神と認識したらどのようにアプローチするべきでしょうか。私は表1の事項を意識して対応しています。詳細はこちらの本(『あなたも名医! 意識障害』(日本医事新報社)1))でぜひご確認ください。表1 失神のアプローチ画像を拡大する本稿では、(4)「前駆症状(とくに痛み)を確認する」に関して取り上げましょう。前回の症例でもそうでしたが、失神? と思ったら必ず痛みの有無を確認し、頭頸部に痛みがあればクモ膜下出血を、胸背部痛など頸部以下の痛みを伴う場合には大動脈解離を一度は考え、意識して病歴や身体所見を評価することが大切です。目の前の患者は大動脈解離なのか?大動脈解離が失神の鑑別に上がっても、そこで立ち止まってしまうことはないでしょうか。大動脈解離の来院パターンはいくつかありますが、代表的なものは胸痛などの痛みを訴えて来院、意識障害、そして今回のような失神です。大動脈解離の10%程度は失神を認めるということを頭に入れておくとよいでしょう2)(表2)。表2 発症時の症状画像を拡大する医学生のときに誰もが習う、「突然発症の胸背部痛で痛みが移動し、血圧の左右差を認める」という症例は、残念ながら病院にたどり着けないことが多いものです。実臨床では、「何らかの痛みが突然始まる」と覚えておくとよいと思います。失神→心血管性失神の可能性→発症時の痛みをチェック→大動脈解離かも? クモ膜下出血かも? こんな感じです。大動脈解離らしいか否か、確定診断するために必要な造影CT検査をオーダーするか否か、これはどれほど疑っているかに依存します。すなわち検査前確率を正しく見積もり、必要な検査をオーダーすることが大切なのです。ADD risk score(表3)を意識して「らしさ」を見積もりましょう3)。(1)基礎疾患、(2)痛みの性状、(3)身体所見、これら3項目のうちいくつの項目に該当するのかを評価します。そして、それが1項目以下の場合には可能性は低く、2項目以上に該当する場合には精査をしなければなりません(図)。表3 ADD risk score -大動脈解離は否定できるか-画像を拡大する図 大動脈解離疑い症例 -実践的アプローチ-画像を拡大するD-dimerか、造影CT検査か大動脈解離を疑った際にベッドサイドで行う検査としてエコーは必須ですが、フラップや心嚢液貯留が明らかな症例は、決して多くはありません。もしあればその時点で強く疑い、専門科へコンサルト、または造影CT検査をオーダーすることに躊躇はありませんが、実際にははっきりせず採血や画像検査を行うことになるでしょう。検査が迅速に施行できない環境であれば、突然発症の痛みや痛みに伴う失神ということのみでコンサルト、転院の打診でもまったく問題ありません。D-dimerは有用な検査ですが、ルーティンに提出するものではありません。肺血栓塞栓症を疑った際にも同様ですが、可能性が低いと思っている症例にのみ提出し、陰性をもって否定するのです。具体的には先述の図にのっとればよいでしょう。ADD risk scoreを評価し、2項目以上に該当した場合には、施行すべき検査は造影CT検査です。D-dimerを出すなというわけではありません。必要な検査をきちんとやる必要があるということです。大動脈解離の典型例を見逃すことはあまりありません。一見、軽症に見える患者の中からいかにして拾い上げるのか、それがポイントとなります。繰り返しになりますが、失神は瞬間的な意識消失発作であり突然発症です。そこに痛みの関与があれば疑いたくなりますよね。本症例のように、痛みが入り口でない場合でも、転倒の背景に失神が、そして失神の原因が心血管性失神(HEARTS)ということが決して珍しくありません。バイタルサインが安定しており、重症感がない患者だからこそ、きちんと病歴を聴取し、身体所見を根こそぎ取りましょう。1)坂本壮ほか. あなたも名医! 意識障害. 日本医事新報社;2019.2)Hagan G, et al. JAMA. 2000;283:897-903.3)Adam M, et al. Circulation. 2011;123:2213-2218.4)Nazerian P, et al. Circulation. 2018;137:250-258.

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亜鉛不足が脱毛の原因に!50歳以上は要注意

 亜鉛は1,000の酵素反応、2万以上の転写反応に必要な必須微量元素であり、発生、分化、増殖といった幅広い生体活動に関与する。しかし、その役割の多くは明らかされていない。2019年7月13~14日、日本men’s health医学会のスポンサードシンポジウム3において、小川 陽一氏(山梨大学皮膚科学部内講師)が「亜鉛と皮膚疾患」について講演した(ノーベルファーマ株式会社共催)。亜鉛が欠乏すると脱毛などの症状が出現 亜鉛はすべての生物に不可欠であり、継続的に欠乏すると死に至る。必須微量元素としての生体内含有量は鉄に次いで2番目に多く、体内で常時2~3gに維持されている。しかし、「亜鉛欠乏患者は発展途上国を中心に世界で13億人も存在し、全世界人口の17%に相当する」と小川氏はコメント。亜鉛が欠乏すると、味覚異常をはじめ、皮膚炎や口内炎のほか、脱毛や傷が治りにくいなどの症状が出現する。また、亜鉛濃度は日内変動と加齢変化を起こすことから、後者により50歳以上で潜在的な亜鉛欠乏に陥っている可能性が高い1)。欠乏の可能性がある場合は、亜鉛欠乏症の診断基準に該当すれば治療が必要となる。 2017年3月、酢酸亜鉛水和物製剤(商品名:ノベルジン錠)が低亜鉛血症治療剤としての効能追加一部変更承認を取得した。これまで治療に難渋していた例についても「既存薬と比較し、この製剤は血清亜鉛濃度が早く上昇する」と有用性について解説した。難渋する皮膚炎や脱毛は亜鉛欠乏かも 亜鉛不足による皮膚疾患として、ペラグラやビオチン欠乏症などが挙げられるが、同氏は「一次刺激性接触性皮膚炎」と「脱毛」それぞれに着目した研究結果を報告。はじめに、前者の研究結果として、亜鉛トランスポーターの遺伝子ZIP4の異常による疾患、腸性肢端性皮膚炎(AE)を提示。AE表皮ではランゲルハンス細胞が消失していることを踏まえ、亜鉛欠乏モデルマウスの実験において、AEは外界物質との接触が頻繁に起きる部位に分布していることを仮説立て、ヒト亜鉛欠乏性皮膚炎の本態が“一次刺激性接触性皮膚炎”であることを立証した。さらに、このモデルマウス実験より、亜鉛が継続的に欠乏することでAE患者の表皮内ランゲルハンス細胞が消失し、炎症が増強することも明らかにした。このことから、肛門周囲や陰部、口や眼の周辺など刺激物質にさらされる部位が頑固な皮膚炎の場合、「真菌感染症の否定を行ったうえで亜鉛欠乏を疑う」など、臨床応用時のポイントを説明した。 また、亜鉛欠乏マウスの実験により、亜鉛欠乏による脱毛は、真皮乳頭が萎縮し毛包幹細胞が減少することで毛周期・再生の異常をきたすことが原因であることを明らかにし、この臨床応用として、11歳女児の症例を報告。脱毛の原因として、トリコチロマニア(抜毛癖)や膠原病、甲状腺機能低下症などを否定し、亜鉛濃度が69 μg/dLであったことから酢酸亜鉛水和物製剤を開始した結果、良好な結果が得られた。 最後に同氏は「亜鉛欠乏は思っているよりもcommonな疾患・状態である。血清亜鉛が80 μg/dL以下であれば酢酸亜鉛水和物製剤の投与を推奨する。また、採血のタイミングは早朝空腹時の測定が望ましいが、朝ごはんを食べたとしても午前中に採血できれば問題ない」と述べた。

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非難されても致し方がない偏った論文(解説:野間重孝氏)-1081

 今回の論文評では少々極端な意見を申し述べると思うので、もし私の思い違い・読み違いだったとしたら、ご意見を賜りたくお願いしてから本題に入らせていただく。 本研究は虚血性心筋障害が疑われる患者に対して高感度トロポニンT/Iが心筋梗塞の正確な診断に利用されうるだけでなく、その予後情報としても利用できることを示そうと行われた研究である。具体的には救急外来受診時すぐに採血された値とその後一定時間をおいてから採血された2回目の採血結果を比較し、初回値だけを見るのではなく、2回目の数値を採血の間隔とも統合して見ることにより、より正確な診断のみでなく、その後の心血管イベントの発生リスクまでも予測できるとしたものである。 ここでまず重要なことは、典型的な症状を示し、心電図上明らかなST上昇が認められた症例は除外されていることである。この論文評をお読みの方の中には研修医の方もいらっしゃるのではないかと考えるので一言しておくと、2012年のESC/ACCF/AHA/WHFによる“Third Universal Definition of Myocardial Infarction”で心筋マーカーの上昇が心筋梗塞診断要件の1つとして位置付けられたことから、急性心筋梗塞の診断には心筋マーカーの上昇が必要と考え、臨床検査の結果を待とうという向きがありはしないかと懸念される。典型的症状+心電図上のST上昇は最も確実な心筋梗塞の診断であり、血液検査結果の到着を待つことなくただちに急性期治療を開始しなければならない。若い先生方、このあたりは絶対に過たないように声を大にしてお願いしたいと思う。 さて、問題は非典型例である。わが国においては、心電図変化が非典型的であったとしても心エコー図所見からasynergyがみられれば、緊急カテーテル検査を行うという方が多数派なのではないだろうか。かくいう私もそうしたほうなのだが、現在、海外では非典型例については(処置の準備をしておくことはもちろんだが)、まず検査結果をみようという向きが結構多いように感じられる。もちろんこれには純粋な科学的な理由ばかりではなく、保健医療などの問題も関係しているのではないかと推察するが…。 そこで本題であるが、そうした医療事情等の議論はさておいて、評者にはこの論文について、2つの重大な不満点がある。 第1はトロポニン測定に関する考え方がまったく述べられていないことである。 トロポニンT/IはトロポニンCとともに結合体を作り、アクチン・ミオシンへのカルシウムのコントロールをつかさどっている。これは骨格筋と同様であるのだが、トロポニンT/Iはその立体構造(conformation)が心筋固有のもの(isoform)であるため、健常時には血中にほとんど存在せず、心筋逸脱物質として取り扱うことができる。心筋に虚血性損傷が起こるとまず細胞膜に損傷が起こり、細胞液内可溶成分画内物質が逸脱する。代表的なのがCK、CK-MB、H-FABPなどである。これらがearly markerと呼ばれる。損傷がさらに進むと心筋の損傷から筋原線維タンパクが逸脱する。これらがlate markerと呼ばれ、その代表がトロポニン、ミオシン軽鎖である。すると、なぜトロポニンが早期反応物質として使用できるのかという疑問が起こるが、これには二通りの考え方がある。実はトロポニンはその6~7%が細胞質内に浮遊しており、それが測定されるのだという考え方。もう1つはmyocardiumの損傷は早期からトロポニン複合体の剥離を起こすため、測定が可能になるという考え方である。実際、トロポニンの上昇は厳密に測定すれば2層性なのだと主張する学者もいる。ちなみにearly markerといっても、必ずしもごく早期から測定できるわけではないのはCK-MBが良い例で、損傷が起こってから3~4時間を必要とする。高感度トロポニンがなぜ2時間程度から測定できるのか正確な機序はまだわかっていない。いずれにしても逸脱物質である以上、その値から心筋損傷の程度や予後を推定しようとするなら何度か測定し、AUC(area under curve)の積分値を考える必要がある。いつ起こったともわからない心筋損傷に対して、2点、それもその間隔が比較的ゆるく決められた2点の測定で代用できるというのなら、その根拠をしっかり示し、考察する必要がある。本論文ではこの点についてまったく述べられていない。学術論文では結果だけ示せばよいというものではないし、実際たまたまそうなったという可能性も否定できないのである。 なお、さきほど研修医の皆さんについて述べたが、生体内微量物質の定量とカットオフ値についての統計学的な知識については整理しておかれることを勧める。微量物質の正常値やカットオフ値の求め方について知っておくことは重要だからである。 第2点はさらに重要である。 こうしてトロポニン測定が行われた患者たちが、具体的にどのように治療されたのかという点についてまったく言及されていないのである。この論文は異常ともいえる長さのSupplementary Appendixが付けられているが、そのどこにもこうした問題についてのプロトコールが書かれていないのである(少なくともわかりやすいかたちで明記されていない)。というより、臨床試験で実患者を対象とした試験においてはこうした項目に対する記述は論文の倫理面からも結果解釈からも最重要項目の1つであるはずであるから、本文に明記されなくてはならないはずなのだが、まったく触れられていないのである。トロポニンを測定してみて、これはかなり危ないと考えられた患者もそのまま内科的に経過観察され、30日間のイベント発生に加えられたのだろうか? 加えて、本論文では心エコー図など他の検査所見についてもまったく言及されていないのである。当たり前だが、心筋梗塞の診断は血液検査のみで行うものではない。現在心筋梗塞の急性期の患者に対しては急性期インターベンションが施行されることにより、その予後が大幅に改善されることが証明されている。高名な臨床研究施設でそれぞれの倫理委員会を通った臨床研究なのだから、いい加減なやり方ではあろうはずがないと信じるが、このままの記述では人体実験が行われたと揶揄されても仕方のない論文構成ではないだろうか。 言い方は悪くなるのだが、いくつかの施設がそれぞれ自分たちのやり方で血液検査と予後調査をして、後から全体に通用させられるプロトコールを作って無理やりまとめたような印象があると言ったら少し言い過ぎだろうか? たとえば、現時点において臨床の場でトロポニンT、トロポニンIが並列的に測定されていることが多いが、それぞれの得失についての議論はまだ定まったとは言えない。実際、上昇までの時間、持続時間が微妙に異なることが知られている。また測定系の問題から、トロポニンT値からトロポニンI値を計算したり推定したりすることはできない。なぜトロポニンの研究をしようとしてトロポニンT/Iを混用したのか。各組織の都合に合わせたということではないのかというのは邪推だろうか。研究の全体像がつかみにくく、評価が難しい論文ではないかと思う。

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心筋梗塞疑いへの高感度トロポニン検査値、どう読み解く?/NEJM

 心筋梗塞を示唆する症状を呈する救急受診患者への高感度トロポニン検査のデータから、より正確に診断・予後情報を読み解くためのリスク評価ツールが、ドイツ・ハンブルグ大学心臓センターのJohannes T. Neumann氏らにより開発された。同検査データは、心筋梗塞である確率と、その後30日間のアウトカムの推定に役立つ可能性が示されていた。今回開発されたリスク評価ツール(「救急受診時[1回目]の高感度トロポニンIまたはトロポニンT値」「その後2回目採血までの同値の動的変化値」「2回の採血の間隔」を統合)は、それら診断・予後の推定に有用であることが示されたという。NEJM誌2019年6月27日号掲載の報告。診断・予後能が高い検査値・変化値・検査間隔の組み合わせを探る 研究グループは、心筋梗塞を示唆する症状を呈する救急部門の受診患者を登録した15の国際コホートにおいて、受診時(1回目)およびその後早期または後期(2回目)に、高感度トロポニンI値または高感度トロポニンT値を測定した。複合的な高感度トロポニンカットオフ値の組み合わせについて、開発・検証デザイン法を用いて診断および予後のパフォーマンスを評価した。 これらのデータを基に、指標の心筋梗塞およびその後30日間の心筋梗塞の再発または死亡のリスクを推定するリスク評価ツールを開発した。6ng/L未満、45~120分後の絶対変化4ng/L未満なら、99.5%心筋梗塞ではない 2万2,651例(開発データセット群9,604例、検証データセット群1万3,047例)における、心筋梗塞の有病率は15.3%であった。 1回目の高感度トロポニン検査値が低値で、2回目までの同値の絶対変化が小さい場合は、心筋梗塞である確率は低く、心血管イベントの短期的リスクは低いことと関連していた。たとえば、高感度トロポニンI値6ng/L未満、2回目採血が45~120分後(早期群)で絶対変化は4ng/L未満の場合、心筋梗塞の陰性適中率は99.5%であり、その後30日間の心筋梗塞または死亡のリスクは0.2%であった。なお、全被験者のうち56.5%が、低リスク群に分類された。 これらの所見は、拡大検証データセットにおいても確認された。

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「豪華盛り合わせ」のパワーとオトク感(解説:今中和人氏)-1056

 ひと昔前は「80代に心臓手術の適応があるか? ないか?」と真剣に議論されていた(ちなみに結論は「ケース・バイ・ケース」がお約束)が、手術患者は明らかに高齢化しており、そんなのいまや日常的。ただ、高齢者に多い併存症の1つに貧血がある。一方、心臓外科の2割前後はいわゆる「急ぎ」の症例で、その方々は自己血貯血どころではなく、昨今の情勢では待期手術でも、まったりした術前入院など許されない。だから心臓手術の患者に貧血があって、何か即効性のある良いことができないか、というのはきわめて現実的なシナリオである。 本論文は、貧血を男性Hb 13、女性Hb 12(g/dL)未満、鉄欠乏を血清フェリチン100(ng/mL)未満と定義し、スイスのチューリッヒ大学病院での約3年半の開心術(バイパス、弁、バイパス+弁)約2,000例のうち、上記の定義に該当した505例に対する前向き二重盲検試験である。平均年齢は68歳とやや若く、35%が女性。平均BMIは27前後と肥満傾向で、貧血に該当する患者と、鉄欠乏に該当する患者がほぼ同数だったため、術前Hbは12.8~12.9と実はさほど低くなかった。実薬群は、手術前日に20mg/kgの鉄剤の静注、40,000単位のエリスロポエチンαの皮下注、1mgのビタミンB12の皮下注、5mgの葉酸薬の経口投与を行い、対照群にはplaceboを投与した。この投薬の赤血球輸血節減効果(輸血関係の研究だが、例によってFFPと血小板はほぼ無視)と採血データ等が、90日後まで検討された。 輸血基準は術中とICUではHb 7~8未満、ICUを出てからはHb 8未満であった。 この投与量だが、鉄剤は許容最高用量(本邦の用量は40~120mgだが化合物が異なり、比較が難しい)で、エリスロポエチンαは本邦では通常3,000~12,000単位、自己血貯血時のみ24,000単位が許容されていることから、これは相当な大量。ビタミンB12と葉酸も最高用量なので、要するに「豪華盛り合わせ」。上天丼に海老天を2本追加した、ぐらいのイメージである。 結果は、有害事象はなかった。赤血球輸血量は7日時点で実薬群1.5±2.7単位、対照群1.9±2.9単位、90日時点だとそれぞれ1.7±3.2単位(中央値0)、2.3±3.3単位(中央値1)で、ともに有意差がつき、赤血球1単位を節減できたと結論している。ところが赤血球1単位は212.5スイス・フランなのに、「豪華盛り合わせ」のお値段は682スイス・フラン。本稿執筆時点で1スイス・フランは108.57円なので、約51,000円の赤字である。 さらに貧血と鉄欠乏と区別してサブグループ解析すると、貧血患者では同様の輸血節減効果がある(ただしn数減少のため有意差は消滅)が、鉄欠乏患者では7日時点での輸血量が実薬群1.0±2.2単位、対照群1.3±2.8単位、90日時点でそれぞれ1.1±2.5単位(中央値0)、1.7±3.1単位(中央値0)と差がなく、薬価分74,000円はほぼ完全な「持ち出し」になった。著者らは、実薬群では後日のHbが上がっているから、この増加分を金銭換算すると赤字は相殺される、と、なかなか苦しい主張を展開しているが、少なくともオトク感は皆無に近い。おまけに本邦では保険も通らない。 エリスロポエチンの効果が出始めるのに2~3日はかかるといわれているのを、本論文は前日の投与でもなにがしかの違いがあることを示したわけで、立派な成果だとは思う。しかしHb 9以下など高度貧血では輸血はどだい不可避で、今回のように大柄な患者さんでちょっと貧血、なんていう場合に無輸血でいける可能性が上がる、という程度のパワーである。少々コスパが悪くても輸血合併症が多ければ輸血量削減の意義は大きいし、心臓外科医は私も含め輸血に関してPTSD状態で、つい無輸血にこだわってしまうが、日赤はじめ関係各位にあらためて感謝すべきことに、近年の深刻な輸血合併症は素晴らしく低率である(「PTSD心臓外科医のこだわりと肩すかし」)。 今回の造血薬「豪華盛り合わせ」のお金は、膨らむ一方の医療費の節減か、食の「豪華盛り合わせ」でないまでも、別の使途に振り向けたほうがよろしいのではないだろうか。

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第11回 意識障害 その9 原因が1つとは限らない! それで本当におしまいですか?【救急診療の基礎知識】

●今回のPoint1)確定診断するまで思考停止しないこと!2)検査は答え合わせ! 異常値だからといって、原因とは限らない!3)急性か慢性か、それが問題だ! 検査結果は必ず以前と比較!【症例】68歳男性。数日前から発熱、倦怠感を認め、食事量が減少していた。自宅にあった解熱鎮痛薬を内服し様子をみていたが、来院当日意識朦朧としているところを奥さんが発見し救急要請。救急隊の観察では、明らかな構音障害や麻痺は認めず、積極的に脳卒中を疑う所見は乏しい。●搬送時のバイタルサイン意識10/JCS、E3V4M6/GCS血圧142/88mmHg脈拍78回/分(整)呼吸20回/分SpO295%(RA)体温38.2℃瞳孔3/3mm+/+既往歴高血圧(50歳〜)、脂質異常症(44歳〜)内服薬アムロジピン、アトルバスタチン今回は意識障害の最終回です。今までいろいろと述べてきましたが、復習しながら鑑別を進めていきましょう。意識障害の原因は“AIUEOTIPS”に代表されるように多岐にわたります。難しいのは、何か1つ意識障害の原因となりうるものを見いだしたとしても、それのみが原因とは限らないことです。脳出血+痙攣、敗血症+低血糖、アルコール+急性硬膜下血腫、急性期疾患+薬剤の影響、などはしばしば経験します。目の前の患者さんの症状は、自身が考えている原因できちんと説明がつくのか、矛盾点は本当にないのか、最終的に診断をつける際には必ず自問自答しましょう。救急外来での実際のアプローチ今回も10’s rule(表1)をもとに考えていきましょう。画像を拡大する患者さんは数日前から発熱を認め、徐々に状態が悪化しているようです。血圧はやや高めですが、CPSS※(構音障害、顔面麻痺、上肢の麻痺)陰性で、頭痛の訴えもなく脳卒中を積極的に疑う所見は認めませんでした。糖尿病の既往もなく、低血糖の検査前確率は低いですが、感染症(とくに敗血症)に伴う副腎不全や薬剤などの影響で、誰もが低血糖になりうるため、10’s ruleにのっとり低血糖は否定し、頭部CT検査を施行する方針としました。CTでは、予想通り明らかな異常は認めませんでした。qSOFAは意識障害以外該当しないものの、発熱も認め感染症の関与も考え、fever work upを施行する方針としましたが…。※ Cincinnati Prehospital Stroke Scale急性か慢性か、それが問題だ!採血(もしくは血液ガス)の結果でNa値が126mEq/Lを認めました。担当した研修医は、「低ナトリウム血症による意識障害の可能性」を考えました。これはOKでしょうか?採血以外にも、救急外来では心電図やX線、エコー、CTなどの検査を施行することは多々あります。その際、検査に何らかの異常を認めた際には、必ず「その異常はいつからなのか?」という視点を持つ必要があります。以前と異なる変化であれば、今後介入の必要はあるかもしれませんが、少なくとも急性の変化と比較し、緊急性はぐっと下がります。以前の結果と比較(問い合わせをしてでも)することを心掛けましょう。忙しい場合には面倒に感じるかもしれませんが、急がば回れです。不適切な介入や解釈を行わないためにも、その手間を惜しんではいけません。低ナトリウム血症は高齢者でしばしば認めますが、急性の変化でない限り、そして著明な変化でない限り、通常無症候性です。救急外来では120mEq/L台の低ナトリウム血症では、最低限の介入(塩分負荷または飲水制限)は原因に応じて行いますが、それのみで意識障害、痙攣、食思不振などの直接的な原因とは考えないほうがよいでしょう。慢性的な変化、もしくは何らかの急性疾患に伴う変化と考え対応する癖を持ちましょう。大切なのはHi-Phy-Vi!Rule 2にもありますが、やはり大切なのは病歴、身体所見やバイタルサイン(Hi-Phy-Vi:History、Physical、Vital signs)です。この患者さんは、急性の経過で発熱を伴っています。そして、熱のわりには心拍数は上昇していません。このような経過の患者さんに低ナトリウム血症を認めたわけです。何かピンッとくる疾患はあるでしょうか?急性の経過、そしてSIRSやqSOFAは満たさないものの、発熱を認め、呼吸回数も高齢者にしては多いという点からは、感染症の関与が考えられます。菌血症を疑わせる悪寒戦慄は認めませんでしたが、いわゆる細菌感染症として頻度が高いfocusは鑑別の上位に挙がります(参考に第6回 意識障害 その5)。肺炎、尿路感染症、皮膚軟部組織感染症、胆道系感染症などは意識して所見をとらなければ高齢者では容易に見逃してしまうものです。この患者さんは改めて聴診すると、右下葉で“coarse crackles”を聴取しました。同部位のX線所見も淡い浸潤影を認めました。しかし、喀痰のグラム染色では有意な菌は認められませんでした。もうおわかりですね?レジオネラ症(Legionella disease)意識障害などの肺外症状(表2)、グラム染色で優位な菌が認められないとなると、必ず鑑別に入れなければならない疾患が「レジオネラ症」です。レジオネラ肺炎は重症肺炎の際には必ず意識して対応しますが、本症例のように明らかな酸素化低下などの所見が認められない場合や肺外症状をメインに来院した場合には、意識しなければ、初診時に診断することは容易ではありません。しかし、レジオネラ肺炎(Legionella pneumophila)は、マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)やクラミドフィラ(Chlamydophila pneumoniae)など、そのほかの非定型肺炎とは異なり、初診時に疑い治療介入しなければ、予後の悪化に直結します。見逃してはいけないわけです。画像を拡大するレジオネラ症を疑う手掛かりとしては、私は表3を意識するようにしています2,3)。そのほか、検査結果では、電解質異常(低ナトリウム血症、低リン血症)、肝機能障害、CPK上昇を意識しておくとよいでしょう。絶対的なものではありませんが、レジオネラ症らしいか否かを判断するスコアもあるので一度確認しておきましょう4)。画像を拡大するさいごに意識障害の原因は多岐にわたります。自信を持って確定診断するまでは、常に「本当にこれが原因でよいのか?」と自問自答し、対応することが大切です。忙しいが故に検査結果などの異常値を見つけると、そこに飛びつきたくなりますが、そもそも何故その数値や画像の異常が出るのか、それは本当に新規異常なのか、症状は説明がつくのか、いちいち考える癖をつけましょう。その場での確定診断は難しくとも、イチロー選手のように「後悔などあろうはずがありません!」と断言できるよう、診断する際にはこれぐらいの覚悟で臨みましょう。1)Cunha BA. Infect Dis Clin North Am. 2010;24:73-105.2)坂本壮. 救急外来ただいま診断中!. 中外医学社;2015.p.280-303.3)坂本壮. 救急外来 診療の原則集―あたりまえのことをあたりまえに. シーニュ;2017.p.65-67.4)Gupta SK,et al. Chest. 2001;120:1064-1071.

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すぐに「忘れた」という患者さん【Dr. 坂根の糖尿病外来NGワード】第27回

■外来NGワード「忘れないようにしなさい!」(具体的な方法を提示しない)「認知症でもないのに、なぜ覚えていないんですか!」(病気を引き合いに責める)「どこかにメモを書いておきなさい!」(指導後のフォローがない)■解説 認知症でもないのに、外来で何度説明しても、言ったことを忘れてしまう患者さんがいます。せっかく定期的に通院していても、指導内容をすぐ忘れてしまうようでは患者さんのためにもなりません。「記憶のモダリティ効果」というのをご存じでしょうか。これは、新しい情報が視覚的に提示されるか、聴覚的に提示されるか、それとも両方かによって、記憶の保持に差異がみられるというものです。記憶に残る割合は、たとえば、患者さんに文章などを渡して文字を“読む”なら10%、療養指導などの説明を“聞く”なら20%、スライドなどの文字と絵を“見る”なら30%、糖尿病教室やテレビなどで絵や動画を“見ながら聞く”なら50%が目安といわれています。さらに記憶に残るのは、患者さん自身に発声してもらうこと、書いてもらうことです。「糖尿病連携手帳」などに、医師や看護師がHbA1c値を記入するより、患者さん自身に記入してもらったほうが認知度が高いと思いませんか? 運動療法などは、実際にその場で練習・体験してもらうのも良い方法です。そして、何より一番良い方法は、聞いた内容を人に伝えることです。患者さんが、指導内容を人に教えたくなるようなひと言を添えてみましょう。患者さんの記憶に残るような療養指導を心掛けたいものですね。 ■患者さんとの会話でロールプレイ医師“糖尿病連携手帳”はお持ちですか?患者ああ、持っています。(かばんから取り出す)医師ここに、HbA1cという項目がありますね。患者はい、これですね。医師この検査値は、過去1~2ヵ月間の平均血糖値を反映しています。別名、「隠れ食いがバレる検査」とも言われています。患者えっ、どういうことですか?医師採血がある外来受診の直前に焦って、食事を控えたり、運動したりして血糖値を下げようとしますよね? ところが、その日の血糖値は下がっても、過去の血糖値を示すHbA1c値は下がらないので、それまでサボったり、間食をしていたりしたのかも、ということがわかってしまうんです。患者そうなんですか。知らなかったです…。医師そのことを知らずに、バレていないと思っている患者さんも多いですよ。患者先生、私のHbA1cはどのくらいですか?医師前回と同じで、7.5%です。合併症を予防するための目標値は7%未満なので、あと少し頑張らないとですね。患者ふむ…(手帳に書き込む)、わかりました。糖尿病の友達にも、このことを教えておきます!■医師へのお勧めの言葉「HbA1c値は、別名、隠れ食いがバレる検査なんて言われています」「そのことを知らない患者さんも多いですよ」

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第10回 意識障害 その8 原因不明の意識障害の原因の鑑別に「痙攣」を!【救急診療の基礎知識】

●今回のPoint1)原因不明の意識障害では“痙攣”の可能性を考えよう!2)“痙攣”の始まり方に注目し、てんかんか否かを見極めよう!3)バイタルサイン安定+乳酸値の上昇をみたら、痙攣の可能性を考えよう!【症例】80歳男性。息子さんが自宅へ戻ると、自室の机とベッドとの間に挟まるようにして倒れているところを発見した。呼び掛けに対して反応が乏しいため救急要請。●搬送時のバイタルサイン意識100/JCS血圧142/88mmHg脈拍90回/分(整)呼吸18回/分SpO295%(RA)体温36.2℃瞳孔3/3mm+/+今回は“痙攣”による意識障害に関して考えていきましょう。痙攣というと、目の前でガクガク震えているイメージがあるかもしれませんが、臨床の現場ではそう簡単ではありません。初療に当たる時には、すでに止まっていることが多く、痙攣の目撃がない場合には、とくに診断が難しいのが現状です。そのため、意識障害の原因が「痙攣かも?」と疑うことができるかが、初療の際のポイントとなります。痙攣の原因として、大きく2つ(てんかんor急性症候性発作)があります。ここでは、わが国でも100人に1人程度認める、てんかん(症候性てんかん含む)の患者さんの痙攣をいかにして見抜くかを中心に考えていきましょう。いつ痙攣を疑うのか?皆さんは、いつ意識障害の原因が痙攣と疑うでしょうか? 今まで述べてきたとおり、意識障害を認める場合には、ABCの安定をまずは目標とし、その後は原則として、低血糖、脳卒中、敗血症を念頭に対応していきます。これらは頻度が高いこと、血糖測定や画像検索で比較的診断が容易なこと、緊急性の高さが故の順番です。痙攣も今まさに起こっている場合には、早期に止めたほうがよいですが、明らかな痙攣を認めない場合には時間的猶予があります。痙攣の鑑別は10's rule(表)の9)で行います1)。●Rule9 疑わなければ診断できない! AIUEOTIPSを上手に利用せよ!AIUEOTIPSを意識障害の鑑別として上から順に鑑別していくのは、お勧めできません。なぜなら、頻度や緊急度が上から順とは限らないからです。また、患者背景からも原因は大きく異なります。そのため、AIUEOTIPSは鑑別し忘れがないかを確認するために用いるのがよいでしょう(意識障害 その2参照)。見逃しやすい原因の1つが痙攣(AIUEOTIPSの“S”)であり、採血や画像検査で特異的な所見を必ずしも認めるわけではないため、原因が同定できない場合には常に考慮する必要があるのです。「原因不明の意識障害を診たら、痙攣を考える」、これが1つ目のポイントです。画像を拡大する目撃者がいない場合痙攣を疑う病歴や身体所見としては、次の3点を抑えておくとよいでしょう。「(1)舌咬傷、(2)尿失禁、(3)不自然な姿勢で倒れていた」です。絶対的なものではなく、その他に認める所見もありますが、実際に救急外来で有用と考えられるトップ3かと思いますので、頭に入れておくとよいでしょう。(1)舌咬傷てんかんによる痙攣の場合には、20%程度に舌外側の咬傷を認めます。心因性の場合には、舌咬傷を認めたとしても先端のことが多いと報告されています2)。(2)尿失禁心因性や失神でも認めるため絶対的なものではありませんが、尿失禁を認める患者を診たら、「痙攣かも?」と思う癖を持っておくと、鑑別し忘れを防げるでしょう3)。(3)不自然な姿勢で倒れていたてんかん、とくに高齢者のてんかんは局在性であるため、痙攣は左右どちらかから始まります。左上肢の痙攣が始まり、その後全般化などが代表的でしょう。意識消失の鑑別として、失神か痙攣かは、鑑別に悩むこともありますが、失神は瞬間的な意識消失発作で姿勢保持筋が消失するため、素直に倒れます。脳血流が低下し、立っていられなくなり倒れるため、崩れ落ちるように横になってしまうわけです。それに対して、痙攣を認めた場合には、左右どちらかに引っ張られるようにして倒れることになるため、素直には倒れないのです。仰向けで倒れているものの、片手だけ背部に回っている、時には肩の後方脱臼を認めることもあります。「なんでこんな姿勢で? なんでこんなところで?」というような状況で発見された場合には、痙攣の関与を考えましょう。その他、痙攣を認める前に、「あー」と声を出す、口から泡を吹いていたなどは痙攣らしい所見です。そして、時間経過と共に意識状態が改善するようであれば、らしさが増します。目撃者がいる場合患者が倒れる際に目撃した人がいた場合、(1)どのように痙攣が始まったのか、(2)持続時間はどの程度であったか、(3)開眼していたか否かの3点を確認しましょう。(1)痙攣の始まり方この点はきわめて大切です。失神後速やかに脳血流が回復しない場合にも、痙攣を認めることがありますが、その場合には左右差は認めません。これに対して、てんかんの場合には、異常な信号は左右どちらかから発せられるため、上下肢左右どちらかから始まります。「痙攣は右手や左足などから始まりましたか?」と聞いてみましょう。(2)持続時間一般的に痙攣は2分以内、多くは1分以内に止まります。これに対して心因性の場合には2分以上続くことが珍しくありません。(3)開眼か閉眼かてんかんの場合には、痙攣中は開眼しています。閉眼している場合には心因性の可能性が高くなります4,5)。痙攣を示唆する検査所見痙攣の原因検索のためには、採血や頭部CT検査、てんかんの確定診断のためには脳波検査が必須の検査です。ここでは、救急外来など初療時に有用な検査として「乳酸値」を取り上げておきましょう。乳酸値が上昇する原因として、循環不全や腸管虚血の頻度が高いですが、その際は大抵バイタルサインが不安定なことが多いです。それに対して、意識以外のバイタルサインは安定しているにもかかわらず乳酸値が高い場合には、痙攣が起こったことを示唆すると考えるとよいでしょう。原因にかかわらず、乳酸値が高値を認めた場合には、初療によって改善が認められるか(低下したか)を確認しましょう。痙攣が治まっている場合には30分もすれば数値は正常化します。さいごに痙攣の原因はてんかんとは限りません。脳卒中に代表される急性症候性発作、アルコールやベンゾジアゼピン系などによる離脱、ギンナン摂取なんてこともあります。痙攣を認めたからといって、「てんかんでしょ」と安易に考えずに、きちんと原因検索を忘れないようにしましょう。ここでは詳細を割愛しますが、てんかんを適切に疑うためのポイントは理解しておいてください。本症例では、病歴や経過から痙攣の関与が考えられ、画像診断では陳旧性の脳梗塞所見を認めたことから、症候性てんかん後のpostictal stateであったと判断し対応、その後脳波など精査していく方針としました。次回は「原因が1つとは限らない! 確定診断するまでは安心するな!」を解説します。1)坂本壮. 救急外来 ただいま診断中!. 中外医学社;2015.2)Brigo F, et al. Epilepsy Behav. 2012;25:251-255.3)Brigo F, et al. Seizure. 2013;22:85-90.4)日本てんかん学会ガイドライン作成委員会. 心因性非てんかん性発作に関する診断・治療ガイドライン.てんかん研究. 2009;26:478-482.5)Chung SS, et al. Neurology. 2006;66:1730-1731.

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バベシア症に気を付けろッ! その2【新興再興感染症に気を付けろッ!】

ケアネットをご覧の皆さま、こんにちは。国立国際医療研究センター 国際感染症センターの忽那です。本連載「新興再興感染症に気を付けろッ!」、通称「気を付けろッ」は「新興再興感染症の気を付け方」についてまったりと、そして時にまったりと、つまり一貫してまったりと学んでいくコーナーです。さて、前回は誰も興味がないと思われる超マニアックなバベシア症について語りました。しかしッ! 日本の医療従事者もバベシア症について知っておかなければならない時代が来ているのですッ!突然ですが、症例提示をしてよろしいでしょうか?原因不明の溶血の正体は何?症例:40歳日本人男性主訴:発熱、溶血現病歴:X年1月31日39℃台の発熱が出現2月2日ヘモグロビン尿が出現2月6日溶血性貧血の診断でA病院にてヒドロコルチゾン900mg/日の点滴と赤血球輸血を施行3月20日退院3月29日再びヘモグロビン尿が出現4月3日再入院しヒドロコルチゾン900mg/日を再開。溶血は改善したが原因精査のためB病院転院既往歴:出血性胃潰瘍でX-1年12月28日(A病院入院約1ヵ月前)に入院。赤血球10単位、FFP3単位の輸血を施行節足動物曝露:なし身体所見:体温 36.8℃、脈拍90/分、血圧152/84mmHg眼球結膜に黄疸あり、眼瞼結膜に貧血あり、表在リンパ節を触知せず、心肺異常なし、腹部圧痛なし、肝脾を触知せず、下肢に軽度の浮腫を認める血液検査:WBC 14,100/µL、RBC 1.87×106/µL、Hb 6.5g/dL、Ht 19.8%、Plt 25×104/µL、BUN 20mg/dL、Cre 0.68mg/dL、TP 5.7g/dL、Alb 2.9g/dL、T-BiL 1.6mg/dL、GOT 89IU/L、GPT 51IU/L、LDH 4,266IU/L、CRP 1.37mg/dL、Na 139mEq/L、K 4.1mEq/L、CL 106mEq/L尿検査:尿蛋白(+)、尿潜血(4+)、尿糖(-)症例患者の感染ルートはどこださて、この原因不明の溶血(再生不良性貧血として治療したが再燃)と、2ヵ月の経過で続く発熱、体重減少の症例…診断は何だと思いますでしょうか? まあ、ここまで来といてバベシア症じゃなかったら怒られると思うんですが、そうです、バベシア症なんです!日本人ですよ? 海外渡航歴なしですよ? 本症例は日本国内発の初のバベシア症症例です1)。末梢血ギムザ染色を行い、図のような赤血球内に寄生するバベシア原虫の所見が得られ確定診断に至っています。画像を拡大するこの患者さんはマダニからの感染ではなく、出血性胃潰瘍のため輸血をした際にバベシア症に感染したと考えられています。この供血者についても判明しており、海外渡航歴のない方による供血だったそうです。つまり、日本国内でもバベシア症に感染する可能性があるのですッ!国内に潜むバベシア症このわが国初のバベシア症が報告された兵庫県2)だけでなく、北海道、千葉県、島根県、徳島県などでもこのB.microti様原虫(Babesia microti-like parasites)を持つ野生動物が見つかっており、ヤマトマダニからも分離されています3)。あー、ちゃばい。つまり、すでに日本のマダニだの野生動物だのは、バベシア原虫を持っているということです。いつ感染してもおかしくないって話です。でも、すでにマダニや動物が持っているなら、1例だけじゃなくもっとたくさんの症例が報告されていても、おかしくないはずですよね。そうなんです。もっと患者がいてもいいのに(よかないけど)、報告されていないんです。しかし、興味深い論文がありますのでご紹介します。千葉県の房総半島で1,335人のボランティアの方から採血をしたところ、その1.3%でバベシア原虫に対する抗体が陽性だったというのですッ4)! そう、われわれは気付かないうちにバベシアに感染しているのかもしれないのですッ!というわけで、必ずしも日本では診ることがないとも言い切れないバベシア症についてお話いたしました。国内第2例目を診断するのは、あなたかもしれないッ!次回は「先進国イタリアでまさかのマラリア流行かッ!?」というお話をいたします。1)松井利充ほか. 臨床血液. 2000;41:628-634.2)Saito-Ito A, et al. J Clin Microbiol. 2004;42:2268-2270.3)Tsuji M, et al. J Clin Microbiol. 2001;39:4316-4322.4)Arai S, et al. J Vet Med Sci. 2003;65:335-340.

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血友病〔Hemophilia〕

血友病のダイジェスト版はこちら1 疾患概要■概要血友病は、凝固第VIII因子(FVIII)あるいは第IX因子(FIX)の先天的な遺伝子異常により、それぞれのタンパクが量的あるいは質的な欠損・異常を来すことで出血傾向(症状)を示す疾患である1)。血友病は、古代バビロニア時代から割礼で出血死した子供が知られており、19世紀英国のヴィクトリア女王に端を発し、欧州王室へ広がった遺伝性疾患としても有名である1)。女王のひ孫にあたるロシア帝国皇帝ニコライ二世の第1皇子であり、最後の皇太子であるアレクセイ皇子は、世界で一番有名な血友病患者と言われ、その後の調査で血友病Bであったことが確認されている2)。しかし、血友病にAとBが存在することなど疾患概念が確立し、治療法も普及・進歩してきたのは20世紀になってからである。■疫学と病因血友病は、X連鎖劣性遺伝(伴性劣性遺伝)による遺伝形式を示す先天性の凝固異常症の代表的疾患である。基本的には男子にのみ発症し、血友病Aは出生男児約5,000人に1人、血友病Bは約2万5,000人に1人の発症率とされる1)。一方、約30%の患者は、家族歴が認められない突然変異による孤発例とされている1)。■分類血友病には、FVIII活性(FVIII:C)が欠乏する血友病Aと、FIX活性(FIX:C)が欠乏する血友病Bがある1)。血友病は、欠乏する凝固因子活性の程度によって重症度が分類される1)。因子活性が正常の1%未満を重症型(血友病A全体の約60%、血友病Bの約40%)、1~5%を中等症型(血友病Aの約20%、血友病Bの約30%)、5%以上40%未満を軽症型(血友病Aの約20%、血友病Bの約30%)と分類する1)。■症状血友病患者は、凝固因子が欠乏するために血液が固まりにくい。そのため、ひとたび出血すると止まりにくい。出産時に脳出血が多いのは、健常児では軽度の脳出血で済んでも、血友病児では止血が十分でないため重症化してしまうからである。乳児期は、ハイハイなどで皮下出血が生じる場合が多々あり、皮膚科や小児科を経由して診断されることもある。皮下出血程度ならば治療を必要としないことも多い。しかし、1歳以降、体重が増加し、運動量も活発になってくると下肢の関節を中心に関節内出血を来すようになる。擦り傷でかさぶたになった箇所をかきむしって再び出血を来すように、ひとたび関節出血が生じると同じ関節での出血を繰り返しやすくなる。国際血栓止血学会(ISTH)の新しい定義では、1年間に同じ関節の出血を3回以上繰り返すと「標的関節」と呼ばれるが、3回未満であれば標的関節でなくなるともされる3)。従来、重症型の血友病患者ではこの標的関節が多くなり、足首、膝、肘、股、肩などの関節障害が多く、歩行障害もかなりみられた。しかし、現在では1回目あるいは2回~数回目の出血後から血液製剤を定期的に投与し、平素から出血をさせないようにする定期補充療法が一般化されており、一昔前にみられた関節症を有する患者は少なくなってきている。中等症型~軽症型では出血回数は激減し、出血の程度も比較的軽く、成人になってからの手術の際や大けがをして初めて診断されることもある1)。■治療の歴史1960年代まで血友病の治療は輸血療法しかなく、十分な凝固因子の補充は不可能であった。1970年代になり、血漿から凝固因子成分を取り出したクリオ分画製剤が開発されたものの、溶解操作や液量も多く十分な因子の補充ができなかった1)。1970年代後半には血漿中の当該凝固因子を濃縮した製剤が開発され、使い勝手は一気に高まった。その陰で原料血漿中に含まれていたウイルスにより、C型肝炎(HCV)やHIV感染症などのいわゆる薬害を生む結果となった。当時、国内の血友病患者の約40%がHIVに感染し、約90%がHCVに感染した。クリオ製剤などの国内製剤は、HIV感染を免れたが、HCVは免れなかった1)。1983年にHIVが発見・同定された結果、1985年には製剤に加熱処理が施されるようになり、以後、製剤を経由してのHIV感染は皆無となった1)。HCVは1989年になってから同定され、1992年に信頼できる抗体検査が献血に導入されるようになり、以後、製剤由来のHCVの発生もなくなった1)。このように血友病治療の歴史は、輸血感染症との戦いの歴史でもあった。遺伝子組換え型製剤が主流となった現在でも、想定される感染症への対応がなされている1)。■予後血友病が発見された当時は治療法がなく、10歳までの死亡率も高かった。1970年代まで、重症型血友病患者の平均死亡年齢は18歳前後であった1,4)。その後、出血時の輸血療法、血漿投与などが行われるようになったが、十分な治療からは程遠い状態であった。続いて当該凝固因子成分を濃縮した製剤が開発されたが、非加熱ゆえに薬害を招くきっかけとなってしまった。このことは血友病患者の予後をさらに悪化させた。わが国におけるHIV感染血友病患者の死亡率は49%(平成28年時点のデータ)だが、欧米ではさらに多くの感染者が存在し、死亡率も60%を超えるところもある5)。罹患血友病患者においては、感染から30年を経過した現在、肝硬変の増加とともに肝臓がんが死亡原因の第1位となっている5)。1987年以後は、輸血感染症への対策が進んだほか、遺伝子組換え製剤の普及も進み、若い世代の血友病患者の予後は飛躍的に改善した。現在では、安全で有効な凝固因子製剤の供給が高まり、出血を予防する定期補充療法も普及し、血友病患者の予後は健常者と変わらなくなりつつある1)。2 診断乳児期に皮下出血が多いことで親が気付く場合も多いが、1~2歳前後に関節出血や筋肉出血を生じることから診断される場合が多い1)。皮膚科や小児科、時に整形外科が窓口となり出血傾向のスクリーニングが行われることが多い。臨床検査でAPTTの延長をみた場合には、男児であれば血友病の可能性も考え、確定診断については専門医に紹介して差し支えない。乳児期の紫斑は、母親が小児科で虐待を疑われるなど、いやな思いをすることも時にあるようだ。■検査と鑑別診断血友病の診断には、血液凝固時間のPTとAPTTがスクリーニングとして行われる。PT値が正常でAPTT値が延長している場合は、クロスミキシングテストとともにFVIII:CまたはFIX:Cを含む内因系凝固因子活性の測定を行う1)。FVIII:Cが単独で著明に低い場合は、血友病Aを強く疑うが、やはりFVIII:Cが低くなるフォン・ヴィレブランド病(VWD)を除外すべく、フォン・ヴィレブランド因子(VWF)活性を測定しておく必要がある1)。軽症型の場合には、血友病AかVWDか鑑別が難しい場合がある。FIX:Cが単独で著明に低ければ、血友病Bと診断してよい1)。新生児期では、ビタミンK欠乏症(VKD)に注意が必要である。VKDでは第II、第VII、第IX、第X因子活性が低下しており、PTとAPTTの両者がともに延長するが、ビタミンKシロップの投与により正常化することで鑑別可能である。それでも血友病が疑われる場合にはFVIII:CやFIX:Cを測定する6)。まれではあるが、とくに家族歴や基礎疾患もなく、それまで健康に生活していた高齢者や分娩後の女性などで、突然の出血症状とともにAPTTの著明な延長と著明なFVIII:Cの低下を認める「後天性血友病A」という疾患が存在する7)。後天的にFVIIIに対する自己抗体が産生されることにより活性が阻害され、出血症状を招く。100万人に1~4人のまれな疾患であるがゆえに、しばしば診断や治療に難渋することがある7)。ベセスダ法によるFVIII:Cに対するインヒビターの存在の確認が確定診断となる。■保因者への注意事項保因者には、血友病の父親をもつ「確定保因者」と、家系内に患者がいて可能性を否定できない「推定保因者」がいる。確定保因者の場合、その女性が妊娠・出産を希望する場合には、前もって十分な対応が可能であろう。推定保因者の場合にもしかるべき時期がきたら検査をすべきであろう。保因者であっても因子活性がかなり低いことがあり、幼小児期から出血傾向を示す場合もあり、製剤の投与が必要になることもあるので注意を要する。血友病児が生まれるときに、頭蓋内出血などを来す場合がある。保因者の可能性のある女性を前もって把握しておくためにも、あらためて家族歴を患者に確認しておくことが肝要である。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)従来は、出血したら治療するというオンデマンド、出血時補充療法が主体であった1)。欧米では1990年代後半から、安全な凝固因子製剤の使用が可能となり、出血症状を少なくすることができる定期的な製剤の投与、定期補充療法が普及してきた1)。また、先立って1980年代には自己注射による家庭内治療が一般化されてきたこともあり、わが国でも1990年代後半から定期補充療法が幅広く普及し、その実施率は年々増加してきており、現在では約70%の患者がこれを実践している5)。定期補充療法の普及によって、出血回数は減少し、健康な関節の維持が可能となって、それまでは消極的にならざるを得なかったスポーツなども行えるようになり、血友病の疾患・治療概念は大きく変わってきた。定期補充療法の進歩によって、年間出血回数を2回程度に抑制できるようになってきたが、それぞれの因子活性の半減期(FVIIIは10~12時間、FIXは20~24時間)から血友病Aでは週3回、血友病Bでは週2回の投与が推奨され、かつ必要であった1)。凝固因子製剤は、静脈注射で供給されるため、実施が困難な場合もあり、患者は常に大きな負担を強いられてきたともいえる。そこで、少しでも患者の負担を減らすべく、半減期を延長させた製剤(半減期延長型製剤:EHL製剤)の開発がなされ、FVIII製剤、FIX製剤ともにそれぞれ数社から製品化された6,8)。従来の凝固因子に免疫グロブリンのFc領域ではエフラロクトコグ アルファ(商品名:イロクテイト)、エフトレノナコグ アルファ(同:オルプロリクス)、ポリエチレングリコール(PEG)ではルリオクトコグ アルファ ペゴル(同:アディノベイト)、ダモクトコグ アルファ ペゴル(同:ジビイ)、ノナコグ ベータペゴル(同:レフィキシア)、アルブミン(Alb)ではアルブトレペノナコグ アルファ(同:イデルビオン)などを修飾・融合させることで半減期の延長を可能にした6,8)。PEGについては、凝固因子タンパクに部位特異的に付加したものやランダムに付加したものがある。付加したPEGの分子そのもののサイズも20~60kDaと各社さまざまである。また、通常はヘテロダイマーとして存在するFVIIIタンパクを1本鎖として安定化をさせたロノクトコグ アルファ(同:エイフスチラ)も使用可能となった。これらにより血友病AではFVIIIの半減期が約1.5倍に延長され、週3回が週2回へ、血友病BではFIXの半減期が4~5倍延長できたことから従来の週2回から週1回あるいは2週に1回にまで注射回数を減らすことが可能となり、かつ出血なく過ごせるようになってきた6,8)。上手に製剤を使うことで標的関節の出血回避、進展予防が可能になってきたとともに年間出血回数ゼロを目指すことも可能となってきた。■個別化治療以前は<1%の重症型からそれ以上(1~2%以上の中等症型)に維持すれば、それだけでも出血回数を減らすことが可能ということで、定期補充療法のメニューが組まれてきた。しかし、製剤の利便性も向上し、EHL製剤の登場により最低レベル(トラフ値)もより高く維持することが可能となってきた6,8)。必要なトラフ値を日常生活において維持するのみならず、必要なとき、必要な時間に、患者の活動に合わせて因子活性のピークを作ることも可能になった。個々の患者のさまざまなライフスタイルや活動性に合わせて、いわゆるテーラーメイドの個別化治療が可能になりつつある。また、合併症としてのHIV感染症やHCVのみならず、高齢化に伴う高血圧、腎疾患や糖尿病などの生活習慣病など、個々の合併症によって出血リスクだけではなく血栓リスクも考えなければならない時代になってきている。ひとえに定期補充療法が浸透してきたためである。ただし、凝固因子製剤の半減期やクリアランスは、小児と成人では大きく異なり、個人差が大きいことも判明している1)。しっかりと見極めるためには個々の薬物動態(PK)試験が必要である。現在ではPopulation PKを用いて投与後2ポイントの採血と体重、年齢などをコンピュータに入力するだけで、個々の患者・患児のPKがシミュレートできる9)。これにより、個々の患者・患児の生活や出血状況に応じた、より適切な投与量や投与回数に負担をかけずに検討できるようになった。もちろん医療費という面でも費用対効果を高めた治療を個別に検討することも可能となってきている。■製剤の選択基本的には現在、市場に出ているすべての凝固因子製剤は、その効性や安全性において優劣はない。現在、製剤は従来型、EHL含めてFVIIIが9種類、FIXは7種類が使用可能である。遺伝子組換え製剤のシェアが大きくなってきているが、国内献血由来の血漿由来製剤もFVIII、FIXそれぞれにある。血漿由来製剤は、未知の感染症に対する危険性が理論的にゼロではないため、先進国では若い世代には遺伝子組換え製剤を推奨している国が多い。血漿由来製剤の中にあって、VWF含有FVIII製剤は、遺伝子組換え製剤よりインヒビター発生リスクが低かったとの報告もなされている10)。米国の専門家で構成される科学諮問委員会(MASAC)は、最初の50EDs(実投与日数)はVWF含有FVIII製剤を使用してインヒビターの発生を抑制し、その後、遺伝子組換え製剤にすることも1つの方法とした11)。ただ、初めて凝固因子製剤を使用する患児に対しては、従来の、あるいは新しい遺伝子組換え製剤を使用してもよいとした11)。どれを選択して治療を開始するかはリスクとベネフィットを比較して、患者と医療者が十分に相談したうえで選択すべきであろう。4 今後の展望■個々の治療薬の開発状況1)凝固因子製剤現在、凝固因子にFc、PEG、Albなどを修飾・融合させたEHL製剤の開発が進んでいることは既述した。同様に、さまざまな方法で半減期を延長すべく新規薬剤が開発途上である。シアル酸などを結合させて半減期を延長させる製剤、FVIIIがVWFの半減期に影響されることを利用し、Fc融合FVIIIタンパクにVWFのDドメインとXTENを融合させた製剤などの開発が行われている12)。rFVIIIFc-VWF(D’D3)-XTENのフェーズ1における臨床試験では、その半減期は37時間と報告され、血友病Aも1回/週の定期補充療法による出血抑制の可能性がみえてきている13)。2)抗体医薬これまでの血液製剤はいずれも静脈注射であることには変わりない。インスリンのように簡単に注射ができないかという期待に応えられそうな製剤も開発中である。ヒト化抗第IXa・第X因子バイスペシフィック抗体は、活性型第IX因子(FIXa)と第X因子(FX)を結合させることによりFX以下を活性化させ、FVIIIあるいはFVIIIに対するインヒビターが存在しても、それによらない出血抑制効果が期待できるヒト型モノクローナル抗体製剤(エミシズマブ)として開発されてきた。週1回の皮下注射で血友病Aのみならず血友病Aインヒビター患者においても、安全性と良好な出血抑制効果が報告された14,15)。臨床試験においても年間出血回数ゼロを示した患者の割合も数多く、皮下注射でありながら従来の静脈注射による製剤の定期補充療法と同等の出血抑制効果が示された。エミシズマブはへムライブラという商品名で、2018年5月にインヒビター保有血友病A患者に対して認可・承認され、続いて12月にはインヒビターを保有しない血友病A患者においてもその適応が拡大された。皮下注射で供給される本剤は1回/週、1回/2週さらには1回/4週の投与方法が選択可能であり、利便性は高いものと考えられる。いずれにおいても血中濃度を高めていくための導入期となる最初の4回は1回/週での投与が必要となる。この期間はまだ十分に出血抑制効果が得られる濃度まで達していない状況であるため、出血に注意が必要である。導入時には定期補充を併用しておくことも推奨されている。しかし、けっして年間出血回数がすべての患者においてゼロになるわけではないため、出血時にはFVIIIの補充は免れない。インヒビター保有血友病A患者におけるバイパス製剤の使用においても同様であるが、出血時の対応については、主治医や専門医とあらかじめ十分に相談しておくことが肝要であろう。血友病Bではその長い半減期を有するEHLの登場により1回/2週の定期補充により出血抑制が可能となってきた。製剤によっては、通常の使用量で週の半分以上をFIXが40%以上(もはや血友病でない状態「非血友病状態」)を維持可能になってきた。血友病Bにおいても皮下注射によるアプローチが期待され、開発されてきている。やはりヒト型モノクローナル抗体製剤である抗TFPI(Tissue Factor Pathway Inhibitor)抗体はTFPIを阻害し、TF(組織因子)によるトロンビン生成を誘導することで出血抑制効果が得られると考えられ、現在数社により日本を含む国際共同試験が行われている12)。抗TFPI抗体の対象は血友病AあるいはB、さらにはインヒビターあるなしを問わないのが特徴であり、皮下注射で供給される12)。また、同様に出血抑制効果が期待できるものに、肝細胞におけるAT(antithrombin:アンチトロンビン)の合成を、RNA干渉で阻害することで出血抑制を図るFitusiran(ALN-AT3)なども研究開発中である12)。3)遺伝子治療1999年に米国で、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いた血友病Bの遺伝子治療のヒトへの臨床試験が初めて行われた15)。以来、ex vivo、in vivoを問わずさまざまなベクターを用いての研究が行われてきた15)。近年、AAVベクターによる遺伝子治療による長期にわたっての安全性と有効性が改めて確認されてきている。FVIII遺伝子(F8)はFIX遺伝子(F9)に比較して大きいため、ベクターの選択もその難しさと扱いにくさから血友病Bに比べ、遅れていた感があった。血友病BではPadua変異を挿入したF9を用いることで、より少ないベクターの量でより副作用少なく安全かつ高効率にFIXタンパクを発現するベクターを開発し、10例ほどの患者において1年経た後も30%前後のFIX:Cを維持している16-18)。1回の静脈注射で1年にわたり、出血予防に十分以上のレベルを維持していることになる。血友病AでもAAVベクターを用いてヒトにおいて良好な結果が得られており、血友病Bの臨床開発に追い着いてきている16-18)。両者ともに海外においてフェーズ 1が終了し、フェーズ 3として国際臨床試験が準備されつつあり、2019年に国内でも導入される可能性がある。5 主たる診療科血友病の診療経験が豊富な診療施設(診療科)が近くにあれば、それに越したことはない。しかし、専門施設は大都市を除くと各県に1つあるかないかである。ネットで検索をすると血友病製剤を扱う多くのメーカーが、それぞれのホームページで全国の血友病診療を行っている医療機関を紹介している。たとえ施設が遠方であっても病診連携、病病連携により専門医の意見を聞きながら診療を進めていくことも十分可能である。日本血栓止血学会では現在、血友病診療連携委員会を立ち上げ、ネットワーク化に向けて準備中である。国内においてその拠点となる施設ならびに地域の中核となる施設が決定され、これらの施設と血友病患者を診ている小規模施設とが交流を持ち、スムーズな診療と情報共有ができるようにするのが目的である。また、血友病には患者が主体となって各地域や病院単位で患者会が設けられている。入会することで大きな安心を得ることが可能であろう。困ったときに、先輩会員に相談でき、患児の場合は同世代の親に気軽に相談することができるメリットも大きい。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)患者会情報一般社団法人ヘモフィリア友の会全国ネットワーク(National Hemophilia Network of Japan)(血友病患者と家族の会)1)Lee CA, et al. Textbook of Hemophilia.2nd ed.USA: Wiley-Blackwell; 2010.2)Rogaev EI, et al. Science. 2009;326:817.3)Blanchette VS, et al. J Thromb Haemost. 2014;12:1935-1939.4)Franchini M, et al. J Haematol. 2010;148:522-533.5)瀧正志(監修). 血液凝固異常症全国調査 平成28年度報告書.公益財団法人エイズ予防財団;2017. 6)Nazeef M, et al. J Blood Med. 2016;7:27-38.7)Kessler CM, et al. Eur J Haematol. 2015;95:36-44.8)Collins P, et al. Haemophilia. 2016;22:487-498.9)Iorio A, et al. JMIR Res Protoc. 2016;5:e239.10)Cannavo A, et al. Blood. 2017;129:1245-1250.11)MASAC Recommendation on SIPPET. Results and Recommendations for Treatment Products for Previously Untreated Patients with Hemophilia A. MASAC Document #243. 2016.12)Lane DA. Blood. 2017;129:10-11.13)Konkle BA, et al. Blood 2018,San Diego. 2018;132(suppl 1):636(abstract).14)Shima M, et al. N Engl J Med. 2016;374:2044-2053.15)Oldenburg J, et al. N Engl J Med. 2017;377:809-818.16)Swystun LL, et al. Circ Res. 2016;118:1443-1452.17)Doshi BS, et al. Ther Adv Hematol. 2018;9:273-293.18)Monahan PE. J Thromb Haemost. 2015;1:S151-160.公開履歴初回2017年9月12日更新2019年2月12日

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第12回 アナタはどうしてる? 術前心電図(前編)【Dr.ヒロのドキドキ心電図マスター】

第12回:アナタはどうしてる? 術前心電図(前編)内科医であれば、外科系の先生方から術前心電図の異常について、一度はコンサルテーションされたことがありますよね? 循環器内科医なら日常茶飯事のこの案件、もちろん“正解”は一つじゃありません。前編の今回は、症例を通じて術前心電図の必要性について、Dr.ヒロと振り返ってみましょう。症例提示67歳、男性。変形性膝関節症に対して待機的手術が予定されている。整形外科から心電図異常に対するコンサルテーションがあった。既往歴:糖尿病、高血圧(ともに内服治療中)、喫煙:30本×約30年(10年前に禁煙)。コンサル時所見:血圧120/73mmHg、脈拍81/分・整。HbA1c:6.7%、ADLは自立。膝痛による多少の行動制限はあるが、階段昇降は可能で自転車にて通勤。仕事(事務職)も普通にこなせている。息切れや胸痛の自覚もなし。以下に術前の心電図を示す(図1)。(図1)術前の心電図画像を拡大する【問題1】心電図所見として正しいものを2つ選べ1)洞(性)徐脈2)左軸偏位3)不完全右脚ブロック4)(第)1度房室ブロック5)左室高電位(差)解答はこちら3)、5)解説はこちら術前心電図でも、いつも通りに系統的な心電図の判読を行いましょう(第1回)。1)×:R-R間隔は整、P波はコンスタントで、向きも“イチニエフの法則”に合致しますから、自信を持って「洞調律」です(第2回)。心拍数なら“検脈法”が簡便です。左半分(肢誘導)のみ、あるいは左右全体(肢誘導・胸部誘導)で数えても60/分ですから、「徐脈」基準を満たしません。Dr.ヒロ的な“境界線”は「50/分」でしたね。2)×:QRS電気軸は、“スパイク・チェック”にて、QRS波の「向き」を確認するのでした(第8回)。I、II、aVF誘導いずれも上向き(陽性)で、軸偏位はありません(正常軸)。ちなみに、以前紹介した“トントン法Neo”だと、「+40°」と計算されます(TPは、III [+120°]と-aVL [+150°]の間で前者よりの「+130°」)。3)○:典型的ではないですが、一応「不完全右脚ブロック」でいいでしょう。V1誘導の特徴的な「rSr'型(r<r')」と、イチエルゴロク(とくにI、aVL、V5)でS波が軽めに“主張”する感じです(Slurという)。QRS幅が0.12秒(3目盛り)以内なら、“不完全”という言葉を冠します(自動診断でQRS幅は0.102秒です)。4)×:「(第)1度房室ブロック」はPR(Q)間隔が延長した所見であり、“バランスよし!”の部分でチェックします。P波とQRS波の距離はちょい長め(≒0.20秒)ですが、これくらいではそう診断しません(目安:0.24秒以上)。「PR(Q)延長」との指摘にとどめるべき範疇でしょうか。5)○:QRS波の「高さ」は“高すぎ”ですね。具体的な数値も知っていて損はないですが、V4~V6あたりの誘導、とくにゴロク(V5、V6)のR波が突き抜けて直上の誘導に突き刺さる“重なり感”にボクはビビッときます(笑)。加えて、軽度ですがII、V4~6誘導に「ST低下」があり、高電位所見とあわせて「左室肥大(疑い)」とジャッジしたいものです。【問題2】術前心電図(図1)の意義について考察せよ。解答はこちら意義:耐術性や心合併症リスク評価の観点では「低い」解説はこちら非心臓手術の術前検査で何をどこまで調べるか? 心電図に限らず、これは全ての検査に言えることなので、純粋な心電図の読みから少し離れてお話しましょう。非心臓手術における術前検査に関するガイドラインは、米国では10年以上前*1、2から、そして最近ではわが国でも欧米のものを参考に作成*3されています。これらのガイドラインによると、今回のように日常生活や仕事などで特別な症状もなく十分に“動ける”ケースの場合、心電図検査のみならず、術前心血管系評価そのものが「適応なし」とされます。従って、心電図に「意義」を求めるのは“筋違い”なのかもしれません。ただ、現実はどうでしょう? 皆さんの病院の診療はガイドライン通りに行われていますか…? おそらく「NO」なのではないでしょうか?欧米では、こうした“見なくて良かった”心電図異常のコンサルト、手術の対象疾患とは無関係な心臓の追加検査が、コスト的にムダとみなされています。これは、検査技師やナースにも無駄な仕事をさせているともとらえることができますよね?*1:Fleisher LA, et al.Circulation.2014;130:e278-333.*2:Feely MA, et al.Am Fam Physician.2013;87:414-8.*3:日本循環器学会ほか:非心臓手術における合併心疾患の評価と管理に関するガイドライン2014年改訂版.(注:*1は2019年1月に一部改訂)循環器内科医・内科医にとって、外科医からの術前心電図のコンサルテーションは非常によくあります。実際に、日本の病院では、非心臓手術をする前に心電図を“(ほぼ)全例”やっているのではないでしょうか。そんな状況下で、術前心電図をすべきか否かを論じるのは正直ナンセンスな気もします。心電図検査をすること自体に、一見、悪いことなんて見当たりません。採血の痛みもレントゲンの被曝もない安全・安心な検査ですから。前述のガイドライン*1でも、低リスク手術でなければ心電図検査は年齢を問わず“考慮”(considered)となっています(ただし、膝手術を低リスクと見なす文献もあり)。ほかにも、「65歳以上」なら心電図を“推奨”(recommended)、今回のように「糖尿病」や「高血圧」を有するなら“考慮”(considered)とする文献もあります。「よく調べてもらっている」という患者さん側のプラスな印象も相まって、わが国の医療・保険制度上では、オーダーする側の医師のコスト意識も、諸外国に比べて断然低いと想像できます。“ルーチンでやっちゃえ”的な発想が根付くのにも納得です。でも、本当にそうでしょうか?少し古いレビューですが、次の表を見て下さい(図2)。(図2)ルーチン心電図の検査意義画像を拡大する既往歴や動悸・息切れ、胸痛などの心疾患を疑う思わせぶりな自覚症状があってもなくても、あまり深く考えずに術前に“ルーチン”で心電図検査をすると、4.6~31.7%に“異常”が見つかります。中央値は12.4%で、これは実に8人に1人の割合です。どうりで術前コンサルトが多いはずです。もしも、何も考えずに自動診断のところに何か所見が書いてあったら、循環器(内科)に相談しておこう、という外科医がいたとしたら、ボクたちの“通常業務”も圧迫しかねない“迷惑な相談”です(いないと信じたい)。でも、実際には臨床的意義のある心電図所見は約3分の1の4.6%、そして驚くなかれ、治療方針が変わったのは全体の0.6%なんです!より具体的に言うと、仮に200人の非心臓手術を受ける患者さんに、盲目的に術前心電図をオーダーすると、約25人に何らかの自動診断による所見があります。でも、治療方針に影響を与えるような重大な結果があるのはせいぜい1人。つまり大半の24人には大局に影響しない、ある意味“おせっかい”な指摘なんです。自分の診療を振り返ってみても、確かにと納得できる結果です。心電図をとってもデメリットはないと言いましたが、たとえば癌で手術を受けるだけでも不安な患者さんに、心電図が余計な“心配の種”になっていたら本末転倒だと思いませんか?今回の67歳男性も整形外科で膝の手術を受けるわけですが、心疾患の既往やそれを疑うサインもない中で、なかば“義務的”に心電図検査を受けたがために、「不完全右脚ブロック」と「左室肥大(疑い)」という“濡れ衣”を着せられようとしています。これはイカン。“ボクたちの仕事増やすな”という冗談は置いといて、今回、ボクが皆さんに投げかけたいテーゼはこれです。緊急性を要さない心電図異常、とくに「波形異常」の術前コンサルトの場合、循環器内科医(または内科医)のとるべきスタンスは…1)心電図異常=心臓病とは限らない2)今の心臓の状態は、今回の手術を優先して問題ないので、追加検査は原則必要ないと言ってあげること。これが非常に大事です。しいて言えば、所見の重症度や外科医の意向などから、せいぜい心エコー検査を追加するくらいでしょうか。この辺は一様ではなく、病院事情やコンサルタントの裁量で決めることになろうかと思います。ボクなりのコメント例を示します。「今回は手術を受けるために心電図検査を受けてもらいました。○○さんの検査結果には多少の所見がありましたが、ほかの人でもよくあることです。心臓病の既往や疑いもないですし、普段も自覚症状がないようなので手術には影響のないレベルです。必要に応じて、手術が済んでから調べても問題ないのですが、外科の先生の希望もあるため、念のためエコー検査だけ受けてもらえませんか?」患者を安心させ、コンサルティ(外科医)の顔もつぶさず、かつ病院の“慣習”にも逆らわない“正解”は様々でしょう。けれど、このような内容を知っているだけで対応も変わってくるのではないでしょうか。今回は、ルーチン化している術前検査の意義について、心電図を例に提起してみました。次回(後編)も引き続き、術前心電図をテーマに一歩進んだ異常所見の捉え方についてお伝えします。お楽しみに!Take-home Messageルーチンの術前心電図では高率に異常所見が見つかるが、大半は精査・急な処置ともに不要!【古都のこと~夕日ヶ浦海岸~】本連載では、京都市内ないし近郊の名所をご紹介してきましたが、今回は少し遠出します。おとそ気分覚めやらぬ1月初旬、京丹後市の夕日ヶ浦(浜詰)海岸を訪れました。京都縦貫自動車道を使って片道3時間(往復300km)の道のりですが、立派に府内です。春すら感じてしまう天候、はるかな水平線、海、空、そして数km続く白浜…。そこには、前年に訪れた際の小雨降る青黒い日本海とは“別の顔”がありました。“何をそんな小さなコト・モノ・ヒトにこだわっているの?”日本屈指のサンセット・ビーチのダイナミックなパノラマビューを眺めれば、誰でもそんな声が聞こえるはず。かに料理に舌鼓を鳴らし露天風呂につかれば、至高の休日です。

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第10回 初心忘るべからず~心電図に先入観は禁物~【Dr.ヒロのドキドキ心電図マスター】

第10回:初心忘るべからず~心電図に先入観は禁物~新年、明けましておめでとうございます。2019年が皆さまにとって素敵な1年になるといいですね。おかげさまで、本連載も10回目を迎えることができ、今後ますます、心電図に関するわかりやすく有益な情報発信をしてゆく所存です。さて、新年一発目は初心にかえるべく大事な症例を扱いましょう。症例提示67歳、男性。糖尿病、高血圧で治療中。10年前に冠動脈インターベンション(PCI)実施の既往あり。4ヵ月前にも急性冠症候群(ACS:Acute Coronary Syndrome)で入院し、再狭窄(ステント内高度狭窄病変)の治療がなされていた。1ヵ月前から明け方の胸部不快・倦怠感が出現し、2週間前に救急外来を受診。諸検査結果から“帰宅可”とされた。今回は定期外来で受診し、以下のように症状を訴え、緊急入院となった。『今朝もまた調子が悪かったです。こないだ救急で来たときは大丈夫って言われました。前回の狭心症の時より軽いような気がするんですけど、なーんかやっぱり変なんです』定期外来時(図1)および救急外来時(図2)の心電図を以下に示す。(図1)定期外来時の心電図画像を拡大する(図2)救急外来時の心電図(2週間前)画像を拡大する【問題1】外来時の心電図(図1)の所見として正しくないものを2つ選べ。1)心室期外収縮2)心房細動3)ST低下4)異常Q波5)房室ブロック解答はこちら2)、4)解説はこちら1)×:肢誘導3拍目はワイドで洞周期のタイミングよりも早期に出ており、「心室期外収縮(PVC)」で間違いありません2)○:自動診断下部のコメントを見ると「心房細動が疑われます」となっていますね。でもこれは誤り。“悪魔のささやき”です(笑)。期外収縮の部分を除いてR-R間隔も整で、特徴的なf波(細動波)もありません(第4回)3)×:目を皿のようにして眺めると、I、II、そしてV2~V6誘導で「ST低下」があります。しかも、心筋虚血ありの時に多い“悪性”な「水平型」のようです4)○:aVR誘導を除き、最初に陰性に振れているQRS波はどこにもありません5)×:自動診断の「房室ブロックII度(Mobitz)」は×ですが、選択肢の「房室ブロック」は正しいです。これが最初から一人で見抜けたのなら、今回ボクから学ぶことはあまりないかも!?お決まりの読み“型”を思い出せ!さぁ、2019年はじめの症例は、冠危険因子リッチで、実際に心カテ治療歴もある男性です。ただ、今回は循環器外来での一場面。4ヵ月前に緊急PCIをされた時とは性状が少し違う、弱い胸部症状を訴えています。まずは、心電図(図1)を系統的な読み“型”(第1回)で判断すると、R-R間隔は不整、心拍数は期外収縮がない右側(胸部誘導)に対して検脈法を用いると48/分ですし、また、全体の10秒間の記録からは60/分(QRS波が10個)と算出できます(第3回)。ちなみに、どうしても最初に自動診断に目がいく人! それ自体は別に構いませんが、できれば自分で系統的な読みをした上での“たしかめ”に活用するほうが良いでしょう。次に、“ピッタリ”のP波はカタチがやや気になりますが、「向き」的には洞調律ですかね(第2回)。以下“クルッとスタート バランスよし!”でひっかかるのは、“スター”部分のST変化。なんだかST低下がありそうです。ここで、なーんかオカシイナと思ったら…過去の心電図との比較が重要です。この人の場合、2週間前にも同じような症状で救急受診しているので、その際の心電図(図2)と比べてみます。冠動脈疾患の既往がガッツリある人なので、どうしてもST変化に目がいってしまうのは医師の“性”でしょうか。現場では2枚の心電図を横に並べて、どこが変化したのかを見るのでしょう(そんなクイズも世間にありますね)。すると新規にST低下が出現しており、しかも虚血性ST変化としては“ホンモノ”を示唆することが多い「水平型」ではないですか! 左室肥大で見られるV5・V6誘導でのQRS高電位所見を伴わないST低下であることも重要だとボクは考えます。つまり、 このST変化は左室肥大では説明できないわけです。また、ST変化以外に今回問題となるのは、自動診断でも挙げられている「房室ブロック」です。細かく言うと「房室ブロックII度(Mobitz)」なので間違いもありますが、心電計がP波をきちんと認識できているということですから、ある意味スゴいです。これらの問題点を踏まえて次の問題をどうぞ。【問題2】心筋トロポニン、CK・CK-MBの上昇はなく、心エコーでの左室壁運動異常もなかった。以上のことからどんな病態を想定し、どうマネジメントするか?解答はこちら病態の想定:ACSや有症候性徐脈(房室ブロック)、冠攣縮性狭心症などマネジメント:冠動脈造影、房室ブロックの精査・加療を行う解説はこちらこの問題は、今回ボクが最も伝えたいことに関係します。この方は採血や心エコーでの異常はないようです。でも、濃厚な狭心症治療歴、加えて新出のST変化、とくに水平型ST低下ですから、冠動脈病変、なかでもACS再発を第一に疑うこと自体は悪くありません。“早朝だけ”のようなキーワードから「冠攣縮性狭心症」を思い浮かべた人もセンス良しです。また、既往にも以前の心電図にもない「房室ブロック」が認められていますので、これに関連した胸部症状ではないかどうかも疑うべきです。マネジメントとしては…狭心症を疑い、冠動脈造影を実施。また、房室ブロックについても精査する必要がありますね。実際、この方は「不安定狭心症(急性冠症候群)」の疑いで緊急入院となりました。これはGood-Jobだったのですが、まずかったのは、“その他”の選択肢を考えるのをやめてしまったこと。心臓カテーテル検査を行って冠動脈狭窄(動脈硬化症)や冠攣縮を評価し、場合によっては血行再建治療をすると同時に、もう一つの大きな異常である「房室ブロック」への対処も想定してこそデキるドクターです。徐脈に関連した症状や心不全徴候ありと考えればペースメーカー植え込みの適応がありますし、その前に一時ペーシングを行う必要性はありませんか…?ST部分にばかり気をとられて、心電図から「房室ブロック」を指摘できない人は、その先に進みようがありません。ST変化のほかに不整脈もあるぞ!病歴や背景因子からして、患者さんの胸部症状の原因として、冠動脈疾患(虚血性心疾患)を疑うのは定石ですし、できて当然だと思います。この方は左冠(状)動脈(前下行枝)に治療歴があり、心電図(図1)をよく見るとaVR誘導でST上昇もあるので、『かなり上流でのヤバイ病変なのでは…』と、とらえる人もいるかもしれません。もちろん、悪くないでしょう。同日に入院後、“準緊急”でなされた冠動脈造影では、ステント狭窄やほかの新規病変もありませんでした。そのためか、この時点で担当医は、心電図(図1)に心室期外収縮以外の大事な不整脈があるということを完全に見落とし、安心しきってしまいました。たしかに、心拍数もメチャクチャ遅いわけでもない、期外収縮もある、「心拍数62/分」と表示されていた…そのため「徐脈性不整脈」の存在と影響を頭に思い描くことができなかったのでしょう。ここで、心電図(図1)より抜粋したV1誘導(あるいは“僧帽性P”に見えるII誘導)を見て下さい(図3)。(図3)心電図(図1)よりV1誘導のみ抜粋画像を拡大する左から奇数個目のP波はブロックされており、QRS波は続きません。つまり、2:1房室ブロックと診断できるんです。自動診断の言う「II度(Mobitz)」ではなく、「2:1房室ブロック」。これが正しい心電図診断です。「2:1」というのは、“つながる”(房室伝導できる)と“落ちる”(房室伝導できずにQRS波が脱落する)が交互にくるという意味です。担当医はまず、2週間前の心電図(図2)のV1誘導と比べて、明らかにT波のカタチが変わっている(おかしい)ことに気づくべき(クルッ“ト”チェックの時点でね)。図中の矢印はP波ですよ! QRS波の直前にコンスタントにあるP波とまったく同じ波形がT波終末部に重なっているのです。このようにV1誘導のP波は、“2相性”であるなど目立つ形状のことも少なくありません。なので、P波の認識が外せない不整脈解析において、ほかよりもV1誘導が不整脈を読み解くのに適している理由の一つなんです。心電図のメッセージは漏れなく受信したい実際のカルテには「洞調律、以前にないST低下」という記載のみで、カテの翌日に退院可とされていました。サマリーにも房室ブロックに関する言及はありませんでした。この房室ブロックは間欠的(一過性)だったため、めまいやふらつき、息切れなどの典型的な徐脈症状もこの患者さんにはありませんでした(その後しばらく外来心電図でも房室ブロックなし)。そのためか、退院後も不定期に続く類似の訴えが問題提起されませんでした(外来担当医には“真実”が見えてなかったためでしょう)。そして緊急入院から半年以上も後のこと。患者さんは『以前は、時折、朝だけ出現していた症状が、最近は1日中になって身体全体が重くてだるい』と訴えて、再び救急受診することになります。この時に担当した別の医師は、「2:1房室ブロック」に気づき、最終的にペースメーカー植え込みがされました。幸い、術後は胸部症状と倦怠感が完全に消失(主訴が房室ブロックによるものであることを示唆しています)したそうです。めでたし、めでたし。ちなみに、心電図(図1)で認められたST低下についてはどうでしょう?血行再建を要するほどではない狭窄が数カ所あり、それが房室ブロックに伴う徐拍化で相対的に心筋虚血を生じた可能性などを考えますが、正確な機序に関しては難しいように思います。最後に述懐。当初、入院担当医、そして心カテも含め指導した上級医(外来医)は共に循環器医でした。彼らを笑う、あるいは責めたところで、何も問題は解決しませんし、ボクが最も嫌いなことです。むしろ“人の振り見て我が振り直せ”。先入観は時に“プロ”であっても盲目にさせるもの。担当者が心電図の放つメッセージをすべて受信できていたら、今回のようなジャッジには絶対ならなかったはずですし、どんな立場の医師であろうと、患者さん本人や家族にとっては“ヤブ医者”と感じるかもしれません。でも、もし半年前にペースメーカーを入れてあげられていたら、患者さんをもっと早く快適にできたわけですし、もしも「冠動脈狭窄なし=冠攣縮」のような短絡的思考でジルチアゼムなどを処方していたら、医原性に完全房室ブロックを作っていた可能性もあります。すべてがすべて、心電図の“読み落とし”に起因する結果と考えられませんか…?もちろん仮定の話で、悲観しすぎかもしれませんが。『この患者さんは“冠疾患の人”だから…』だと決めつけて、心電図でST変化だけしか見ない医師に“正解”は見えません。心電図を読む時は、まず先入観なく真っ白な気持ちで読むのです。その上で所見を解釈し、行動に移す段階で患者背景などの追加情報を乗せるのが正しい“順序”なのです。過剰な先入観の怖さ、そして系統的な心電図判読の重要さ…それを本症例が教えてくれている気がします。サン=テグジュペリの星の王子さまは、「大切なものは目に見えない」と言いました。ただ、心電図の場合には少し違います。すべて“見えてる”んです。でも、読む側の頭と心とが整わないと消えてしまうだけ。「心電図は漏れなく系統的に読むぞ!」皆さんが新年にDr.ヒロと改めてそう誓ってくれることを祈りたいと思います。Take-home Message1)「異常かな?」と思う所見があったら、必ず過去の心電図と比較せよ!2)強すぎる先入観は、心電図を読む上では障害! まずは頭を“真っ白”にして読もう3)不整脈解析にはV1誘導が最適な判断材料となることが多い【古都のこと~下鴨神社~】ボクの初詣といえば下鴨神社。この名前、実は通称で、本当は賀茂御祖(かもみおや)神社と言うそうです。1994年(平成6年)、世界遺産に登録されたこともあり、今年も全国からの参拝客で大賑わいでした(写真は早朝に撮影)。ボクの元日は家族とともにご祈祷を受けることから始まるのですが、このご祈祷、国宝の本殿に通されてさい銭を投げる参拝客の真ん前で執り行われるのです。そんな気恥ずかしさや足に心地よい玉砂利の感覚を味わうのが、ここ数年恒例の醍醐味なのです。

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第7回 意識障害 その6 薬物中毒の具体的な対応は?【救急診療の基礎知識】

●今回のPoint1)ABCの安定が最優先! 気管挿管の適応を正しく理解しよう!2)治療の選択は適切に! 胃洗浄、血液浄化の適応は限られる。3)検査の解釈は適切に! 病歴、バイタルサイン、身体所見を重視せよ!【症例】42歳女性の意識障害:これまたよく遭遇する症例42歳女性。自室のベッド上で倒れているところを、同居している母親が発見し、救急要請。ベッド脇には空のPTP(press through pack[薬のシート])が散在していた。救急隊接触時のバイタルサインは以下のとおり。どのようにアプローチするべきだろうか?●搬送時のバイタルサイン意識:200/JCS血圧:102/58mmHg 脈拍:118回/分(整) 呼吸:18回/分 SpO2:97%(RA)体温:36.9℃ 瞳孔:3/3mm +/+この症例、誰もが急性薬物中毒を考えると思います。患者の周りには薬のシートも落ちているし、おそらくは過量に内服したのだろうと考えたくなります。急性薬物中毒の多くは、経過観察で改善しますが、ピットフォールを理解し対応しなければ、痛い目に遭いかねません。「どうせoverdose(薬物過量内服)でしょ」と軽視せず、いちいち根拠をもって鑑別を進めていきましょう。重度の意識障害で意識することは?(表1)このコーナーの10's Ruleの「1)ABCの安定が最優先!」を覚えているでしょうか。重度の意識障害、ショックでは気管挿管を考慮する必要がありました。意識の程度が3桁(100~300/JCS)と重度の場合には、たとえ酸素化の低下や換気不良を認めない場合にも、確実な気道確保目的に気管挿管を考慮する必要があることを忘れてはいけません。薬物中毒に伴う重度の意識障害、出血性ショック(消化管出血、腹腔内出血など)症例が典型的です。考えずに管理をしていると、目を離した際に舌根沈下、誤嚥などを来し、状態の悪化を招いてしまうことが少なくありません。来院時の酸素化や換気が問題なくても、バイタルサインの推移は常に確認し、気管挿管の可能性を意識しておきましょう。●Rule1 ABCの安定が最優先!●Rule8 電解質異常、アルコール、肝性脳症、薬物、精神疾患による意識障害は除外診断!画像を拡大する薬物中毒のバイタルサイン内服した薬剤や飲酒の併用の有無によってバイタルサインは大きく異なります。覚醒剤やコカインなど興奮系の薬剤では、血圧や脈拍、体温は上昇します。それに対して、頻度の高いベンゾジアゼピン系薬に代表される鎮静薬ではすべて逆になります。飲酒もしている場合には、さらにその変化が顕著となります。瞳孔も重要です。興奮系では一般的に散瞳し、オピオイドでは縮瞳します。救急外来では明らかな縮瞳を認める場合には、脳幹病変以外にオピオイド、有機リン中毒を考えます。「目は口ほどにものを言う」ことがあります。自身で必ず瞳孔所見をとることを意識しましょう。薬物中毒の基本的な対応は?急性薬物中毒の場合には、意識障害が遷延することが少なくないため、内服内容、内服時間をきちんと確認しましょう。内服してすぐに来院した場合と、3時間経過してから来院した場合とでは対応が大きく異なります。薬物過量内服においても初療における基本的対応は常に一緒です。“Airway、Breathing、Circulation”のABCを徹底的に管理します。原因薬剤が判明している場合には、拮抗薬の有無、除染・排泄促進の適応を判断します。拮抗薬など特徴的な治療のある中毒は表2のとおりです。最低限これだけは覚えておきましょう。除染や排泄促進は、内服内容が不明なときにはルーチンに行うものではありません。ここでは胃洗浄の禁忌、血液透析の適応を押さえておきましょう。画像を拡大する胃洗浄の禁忌意識障害患者において、確実な気道確保を行うことなしに胃洗浄を行ってはいけません。誤嚥のリスクが非常に高いことは容易に想像がつくでしょう。また、酸やアルカリを内服した場合も腐食作用が強く、穿孔のリスクがあるため禁忌です。胃洗浄を行い、予後を悪くしてはいけません。意識状態が保たれ、内服内容が判明している場合に限って行うようにしましょう。もちろん薬物が吸収されてしまってからでは意味がないため、原則内服から1時間を経過している場合には適応はないと考えておいてよいでしょう。CTを撮影し薬塊などが胃内に貯留している場合には、胃洗浄が有効という報告もありますが、薬物中毒患者全例に胸腹部CTを撮影することは現実的ではありません1)。エコー検査で明らかに胃内に貯留物がある場合には、考慮してもよいかもしれません。活性炭の投与もルーチンに行う必要はありません。胃洗浄の適応症例には、洗浄後投与すると覚えておけばよいでしょう。血液透析の適応となる中毒体内に吸収されたものを、体外に除去する手段として血液透析が挙げられますが、これもまたルーチンに行うべきではありません。多くの薬物は血液透析では除去できません。判断する基準として、分布容積と蛋白結合率を意識しましょう。分布容積が小さく、蛋白結合率が低ければ透析で除去しえますが、そういったものは表3のような中毒に限られます。診療頻度の高いベンゾジアゼピン系薬や非ベンゾジアゼピン系薬(Z薬)、三環系抗うつ薬は適応になりません。ベンゾジアゼピン系薬、Z薬の過量内服は遭遇頻度が高いですが、それらのみの内服であれば過量に内服しても、きちんと気道を確保し管理すれば、一般的に予後は良好であり透析は不要なのです。画像を拡大する薬物中毒の検査は?1)心電図心電図は忘れずに行いましょう。QT延長症候群など、薬剤の影響による変化を確認することは重要です。内服時間や意識状態を加味し、経時的に心電図をフォローすることも忘れてはいけません。以前の心電図の記録が存在する場合には、必ず比較し新規の変化か否かを評価しましょう。2)血液ガス酸素化や換気の評価、電解質や血糖値の評価、そして中毒に伴う代謝性アシドーシスを認めるか否かを評価しましょう。3)尿中薬物検査キットトライエージDOAなどの尿中薬物検査キットが存在し、診療に役立ちますが、結果の解釈には注意しなければなりません。陽性だから中毒、陰性だから中毒ではないとはいえないことを覚えておきましょう。偽陽性、偽陰性が少なくないため、病歴と合わせ、根拠の1つとして施行し、結果の解釈を誤らないようにしましょう。薬物中毒疑い患者の実際の対応“10's Rule”にのっとり対応することに変わりはありません。Ruleの1~4)では、重度の意識障害であるため、気管挿管を意識しつつ、患者背景を意識した対応を取ります。薬物過量内服患者の多くは女性、とくに20~50代です。また、薬物過量内服は繰り返すことが多く、身体所見では利き手とは逆の手にリストカット痕を認めることがあります。意識しておくとよいでしょう。バイタルサインがおおむね安定していれば、低血糖を否定し、頭部CTを撮影します。この場合には、脳卒中の否定以上に外傷検索を行います。薬物中毒の患者は、アルコールとともに薬を内服していることもあり、転倒などに伴う外傷を併発する場合があるので注意しましょう。また、採血では圧挫に伴う横紋筋融解症*を認めることもあります。適切な輸液管理が必要となるため、CK値や電解質、腎機能は必ず確認しましょう。アルコールの関与を疑う場合には、浸透圧ギャップからアルコールの推定血中濃度を計算すると、診断の助けとなります。詳細は、次回以降に解説します。*急性中毒の3合併症:誤嚥性肺炎、異常体温、非外傷性圧挫症候群急性薬物中毒の多くは、特異的な治療をせずとも時間経過とともに改善します。また、繰り返すことが多く、再来した場合には軽視しがちです。そのため、確立したアプローチを持たなければ痛い目をみることが少なくないのです。外傷や痙攣、誤嚥性肺炎の合併を見逃す、アルコールとともに内服しており、症状が遷延するなどはよくあることです。根拠をもって確定、除外する意識を常に持ちながら対応しましょう。症例の経過本症例では空のPTPの存在や40代の女性という背景から、第一に薬物過量内服を疑いながら、Ruleにのっとり対応しました。母親から病歴を聴取すると、来院3時間前までは普段どおりであり、その後患者の携帯電話の記録を確認すると、付き合っている彼氏とのメールのやり取りから、来院2時間ほど前に衝動的に薬を飲んだことが判明しました。内服内容もベンゾジアゼピン系の薬を中心としたもので致死量には至らず、採血や頭部CTでも異常がないことが確認できたため、モニタリングをしながら、家族付き添いの下、入院管理としました。時間経過とともに症状は改善し、翌日には意識清明、独歩可能となり、かかりつけの精神科と連携を取り、退院となりました。本症例は典型的な薬物中毒症例であり、基本的なことを徹底すれば恐れることはありません。きちんと病歴や身体所見をとること、バイタルサインは興奮系か抑制系かを意識しながら解釈し、瞳孔径を忘れずに確認すればよいのです。次回は、アルコールによる意識障害のピットフォールを、典型的なケースから学びましょう。1)Benson BE, et al. ClinToxicol(Phila). 2013;51:140-146.

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n-3多価不飽和脂肪酸(PUFAs)摂取量増加は高齢者を無病息災に導く期待大!(解説:島田俊夫氏)-956

 n-3多価不飽和脂肪酸 (PUFAs)に関しては、ちまたでは生活習慣病に対して健康改善に有効だとの認識がほぼ定着している。その一方でアカデミアにおいては、それを裏付けるエビデンスが必ずしも十分に得られているわけではないが賛同する方向にある1)。しかし、n-3 PUFAsは一般社会ではエビデンスに先行して医薬品、サプリメントとして確固たる地位を獲得しているように見える。米国・タフツ大学のHeidi TM Lai氏らは長期前向きコホート研究(Cardiovascular Health Study)の成果をBMJ誌の2018年10月17日号に発表した。 これまでn-3 PUFAsは健康に有効な作用が期待できると信じられ、日々の生活の中でサプリメントとして積極的に摂取することが多くなっている。その一方でn-3 PUFAs摂取量は自己申告または質問形式の食事調査によるものが大部分を占めており、情報の質が落ちる点が泣き所であった。本研究においては、ベースラインマーカーとして食事性または代謝性のn-3 PUFAs(循環脂肪酸)をバイオマーカーとして測定し、n-3 PUFAs摂取量の信頼性を担保するデータとして活用することで、これまでの論文と一線を画する論文内容となっており、興味深い。論文要約 本研究では、米国内4地域で1992~2015年の間に実施されたn-3 PUFAsの連続測定値と健康老化の関連が調べられた。採血済みの1992~93年、1998~99年、2005~06年の凍結保存血液を使用し、1992~93年のベースライン時に健康老化(ほぼ無病老化)と認定された健康老化者2,622例を本研究対象とした。平均年齢は74.4歳(SD 4.8)、女性が63.4%の集団であった。参加者のn-3 PUFAs値(植物由来のα-リノレン酸、魚由来のEPA、DPA、DHA)をガスクロマトグラフィー法により測定した。 主要評価項目を健康老化とした。つまり慢性疾患(心血管疾患、がん、肺疾患、重度CKDなど、および認知、身体障害のない生存)または65歳以降の健康老化アウトカムに含まれない要因による死亡と定義した2)。イベントについては医療記録・診断検査からの情報に基づき中央判定にて最終診断が行われた。 2,622例の参加者中2,330例(89%)が研究期間中に不健康老化(有病老化)を体験したことが明らかになった。残りの292例(11%)は重大な慢性疾患を持たず生存(健康老化)していた。社会的、経済的、生活習慣等を考慮したうえでEPA五分位数群の最高値群は最低値群に比較し24% (11~35%、p<0.001) 低く、リスク回避を達成していることがわかった。DPA五分位数群の上位3群で不健康老化(有病老化)リスクが18%(6~29%、p=0.003)低下した。海産物由来のDHA、植物由来のALAは健康老化への関与は明らかではなかったが全面否定する結果ではなかった。筆者コメント 本研究は観察研究であり、因果関係を明らかにすることを目的として計画されていない。n-3 PUFAs摂取を客観的に評価することが可能なバイオマーカー(循環脂肪酸)測定を導入したことにより情報の質を高めた研究であり、フォローアップ期間も長期(20年以上)にわたっており、高齢者におけるn-3 PUFAsの摂取の増加が不健康老化リスクの低下をもたらす可能性を明らかにした点は評価に値する。臨床医としての使用経験からも、この論文内容に素直に耳を傾けることができるのではと考える。いずれにしても未解決な点も多々あり、前向きに今後もこの問題に関心を持って研究を進めていく中で、真実が明らかになる日も近いと考える。

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相互作用が少なく高齢者にも使いやすい経口爪白癬治療薬「ネイリンカプセル100mg」【下平博士のDIノート】第10回

相互作用が少なく高齢者にも使いやすい経口爪白癬治療薬「ネイリンカプセル100mg」今回は、「ホスラブコナゾール L-リシンエタノール付加物カプセル(商品名:ネイリンカプセル100mg)」を紹介します。本剤は、薬物相互作用が少なく、休薬期間や服用時点の制限もないため、高齢者に多い爪白癬の新たな治療選択肢となることが期待できます。<効能・効果>皮膚糸状菌(トリコフィトン属)による爪白癬の適応で、2018年1月19日に承認され、2018年7月27日より販売されています。本剤は、トリアゾール系抗真菌薬であるラブコナゾールの水溶性および生物学的利用率を高めたプロドラッグであり、経口投与後速やかに活性本体であるラブコナゾールに変換され、真菌の発育に必要なエルゴステロールの生合成を阻害して抗真菌作用を示します。<用法・用量>通常、成人には、1日1回1カプセルを12週間経口投与します。なお、本剤はすでに変色した爪所見を回復させるものではないので、投与終了後も爪の伸長期間を考慮した経過観察が必要です。<副作用>国内第III相臨床試験において、101例中副作用が24例(23.8%)に認められました。主な副作用は、γ-GTP増加16例(15.8%)、ALT(GPT)増加9例(8.9%)、AST(GOT)増加8例(7.9%)、腹部不快感4例(4.0%)、血中Al-P増加2例(2.0%)でした(承認時)。<患者さんへの指導例>1.この薬は、飲み続けることで爪白癬の原因となる真菌を殺菌する働きがあります。2.すでに変形・変色してしまった爪を回復させる薬ではありません。服薬終了後も健康な爪に生え変わるまで継続的な観察(約9ヵ月間)が必要です。3.自己判断で中止すると、再発・悪化につながります。医師の指示があるまではしっかり続けてください。4.爪が肥厚、変形している場合は、必要に応じてやすりや爪切りなどで爪のお手入れをしてください。5.爪白癬はご家族などに感染することがあります。患部はお風呂に入った後よく乾かし、清潔に保ってください。6.この薬を服用している間および使用を中止してから少なくとも3ヵ月間は必ず避妊をしてください。<Shimo's eyes>本剤は、経口爪白癬治療薬として約20年ぶりに承認された新薬で、適応は爪白癬のみとなっています。爪(NAIL)に薬物が入る(IN)ことからNAILIN(ネイリン)と命名されました。爪白癬治療薬として、経口薬ではテルビナフィン(先発品名:ラミシール)およびイトラコナゾール(同:イトリゾール)が発売されています。1997年に発売されたテルビナフィンは、肝機能障害や血球減少といった重篤な副作用が報告されているため定期的な採血が必要であり、また服用期間が約6ヵ月と長いことが課題でした。そのため、現在では主に1999年に発売されたイトラコナゾールのパルス療法(1週間投与して3週間休薬を1サイクルとして、3サイクル繰り返す)が行われています。しかし、イトラコナゾールは強力なCYP3A4とP糖蛋白の阻害作用を有するため、併用禁忌・併用注意薬が多くあり、高齢者や合併症のある患者さんでは使用しづらいこともあります。そのような中、爪外用液として2014年にエフィナコナゾール爪外用液10%(商品名:クレナフィン)、2016年にルリコナゾール爪外用液5%(同:ルコナック)が発売されました。しかし、爪外用液は、肝障害などの副作用や他剤との薬物相互作用が少ないというメリットがあるものの、爪が生え変わるまでの期間(1年程度)塗布し続ける必要があり、経口薬に比べて有効性が低い傾向があります。このように、これまでの爪白癬治療では、有効性や安全性、治療の利便性に課題があり、服薬アドヒアランスを良好に保つことが課題でした。本剤は、CYP3A阻害作用が比較的弱いため、シンバスタチンやミダゾラム、ワルファリンとは併用注意ですが、併用禁忌の薬はありません。また、1日1回12週間の連日服薬で、食事の影響がないため患者さんのライフスタイルに合わせて服用することができ、服薬アドヒアランスが良好に維持されることが期待されます。とくに要介護患者さんに対する爪外用液の使用で負担が大きかった介護者にとっては、負担が大きく軽減されるかもしれません。なお、国内臨床試験において、肝機能に関する重篤な有害事象は認められていませんが、海外で承認されている国および地域はありません※ので、副作用に関しては継続的な情報収集が必要です。※2018年8月現在

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末梢静脈カテーテル留置は世界中で毎年20億回も行われている(解説:中澤達氏)-911

 この論文を読んで、早朝7時の病棟を思い出した。同じ経験をされている方々も多いと思うが、朝食前の採血と末梢ライン留置は研修医の仕事だった。容易に静脈が確認できる患者さんでは失敗はしなかったが、静脈が表面から見えないときは緊張した。先方もこちらが医師1年生であることは認識しているのだから、失敗してsecond tryともなると、気まずい雰囲気にならないようなコミュニケーションが必須だった。手技を習得するというより、コミュニケーション能力の向上のためのトレーニングと思っていたほどだ。それは、手技時間だけで構築されるものではなく、日々の回診や処置や雑談から(信用・信頼、本当だろうか?)獲得されていたのだ。 本研究は、治療のため24時間以上のPIVC留置が必要な18歳以上の患者を適格患者とし、4種類(組織接着剤+ポリウレタンドレッシング材、周囲テープ付きポリウレタンドレッシング材、固定具+ポリウレタンドレッシング材、ポリウレタンドレッシング材のみ)に無作為に割り付けた。4群間でPIVC留置失敗率(事故抜去・閉塞・静脈炎・感染症[原発性血流感染/局所感染]の複合)と総費用に有意差がなかった。処置時間の人件費と材料費を含めて有意差がなかったのだ。 また、「現状では、コストが製品を選択する主要な決定要因となっている」とも述べている。なるほど、医療材料採用に関わる委員会で、実施に掛かる人件費が考慮される場面は遭遇したことはないし、実際の算入は不可能だろう。ちなみに今回は、施行者は病棟看護師、医師、末梢ライン専門看護師でresidentは含まれていない。 この研究はオーストラリアの2病院に関してのことであり、病院ごとに調査・集計し、最適手法を確立する必要がある。留置固定法は、製品コストではなく、施設職員の技量に相応した最適の方法に収束していることが望まれる。20億回分の1手技ではあるが、患者さんは治療終了時期まで維持できるラインが、1穿刺で達成されることを心から願っているだろう。したがって、このような基本手技に関したエビデンスは軽視できないからこそLancetに掲載されている。

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尿崩症の診断におけるコペプチンの測定(解説:吉岡成人氏)-906

中枢性尿崩症とバゾプレッシン 中枢性尿崩症は、バゾプレッシン(arginine vasopressin:AVP)の分泌障害によって腎臓の集合管における水の再吸収が障害され、多尿をきたす疾患である。検査所見では、尿浸透圧/血漿浸透圧比は1未満であり、血漿AVP濃度は血漿浸透圧に比較して低値となる。水制限試験、高張食塩水負荷試験、ピトレッシン(DDAVP)負荷試験などの負荷試験を行い、最終的な診断を下すこととなる。 臨床の現場において血漿AVPを測定する際にはいくつかの問題がある。まず、AVPはアミノ酸9個からなる分子量約1,000の小さなペプチドホルモンであり抗体の作成が難しく、構造の類似したオキシトシンと交差反応を引き起こす。また、プロテアーゼによる分解を受けやすく、EDTA入りの採血管で採血を行い、採血後の検体は氷冷のうえ、速やかに血漿分離を行い冷凍保存する必要がある。さらに、血中AVPは半減期が短く、その約90%は血小板と結合しているため、採血後、検体を長時間放置すると血小板と結合したAVPが血漿中に遊離して見かけ上の高値を呈する。コペプチンとは AVPの前駆体であるプロバゾプレッシンはバゾプレッシン、ニューロフィジンII、コペプチンの3つのタンパク物質からなるホルモンであり、下垂体後葉の分泌顆粒の成熟に伴いプロセッシング、末端修飾を受けて、分泌刺激に応じて放出される。AVPが放出される際には同時に等モル(1:1の割合)でコペプチンが放出される。コペプチンは安定性が高く、2006年にドイツのBRAHMS社でEIAによる測定系が確立されており、血漿AVP濃度と良好な相関があること、血漿浸透圧の変動に対しても生理的な応答を示すことが確認されている。しかし、水代謝異状における血漿コペプチン測定の意義は確立されていない。中枢性尿崩症におけるコペプチン測定の意義 NEJM誌に発表された論文では、尿崩症が疑われる患者141名に対して水制限試験、高張食塩水負荷試験を実施し、中枢性尿崩症、心因性多飲、腎性尿崩症の鑑別を行っている。水制限試験で鑑別ができた症例は108例(診断精度76.6%)、高張食塩水負荷試験を行い、コペプチン濃度のカットオフ値を>4.9pmol/Lとした際に正確に鑑別診断ができたのは136例(診断精度96.5%)であった。また、コペプチンのカットオフ値を6.5pmol/Lとすると感度は94.9%、特異度100%で診断精度は97.9%となっている。時間のかかる水制限試験よりも、高張食塩水負荷試験を行い血漿コペプチン濃度を測定することで、尿崩症が疑われる患者に対してより正確な診断を行うことができるという報告である。 コペプチン濃度を心不全患者や肺塞栓患者の予後予測のマーカーとして測定するなどの臨床的な研究報告が散見されるが、診断の場でコペプチンが応用されるかどうか今後のさらなる検討が待たれる。

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