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新型コロナ感染症の重症化は生体の過剰免疫反応に誘発されたサイトカイン・スト-ムに起因する。サイトカイン・スト-ムの形成にはIL-6関連細胞内シグナル伝達系の賦活が重要な役割を担うと考えられており、IL-6受容体拮抗薬の効果を検証するために多数の試験が施行されてきた。しかしながら、期待とは裏腹に新型コロナ感染症の重症化に対するIL-6受容体拮抗薬の効果を肯定する論文と否定する論文が混在し、IL-6受容体拮抗薬の効果が確実だと断定できないのが現状である。本論評では、2021年2月下旬にNEJM に同時に掲載されたIL-6受容体拮抗薬の効果を肯定する論文(REMAP-CAP Investigators. N Engl J Med. 2021 Feb 25. [Epub ahead of print])と否定する論文(Rosas IO,et al. N Engl J Med. 2021 Apr 22;384:1503-1516.)をとり上げ、なぜこのような正反対の結果が得られたのか、その原因について考察する。 新型コロナ重症肺炎に対するIL-6受容体拮抗薬(トシリズマブ、商品名:アクテムラ)の効果を肯定した最初の論文は、イタリアにおける後ろ向き観察研究TESEO Trialであった(Guaraldi G,et al. Lancet Rheumatol. 2020 Aug;2:e474-e484.)。この解析では、静注、皮下注の別なくトシリズマブ投与は、重症肺炎患者における入院2週間以内の累積死亡率を62%低下させることが示された。中等症以上の肺炎患者を対象としたフランスの多施設ランダム化非盲検対照試験CORIMUNO-19 Trialでは入院後4週までの死亡率に有意差を認めなかったものの2週までの死亡率はトシリズマブ群で有意に低かった(Hermine O,et al. JAMA Intern Med. 2021 Jan 1;181:32-40.)。米国の多施設観察研究STOP-COVID Trialは、ICU入院の重症~重篤肺炎患者を対象としたものである(Gupta S,et al. JAMA Intern Med. 2021;181:41-51.)。この解析では、ICU入院2日以内の早期にトシリズマブを投与すると4週後の死亡リスクが29%低下すると報告された。英国での多施設ランダム化非盲検対照試験REMAP-CAP Trialは、ICU入院の重篤肺炎患者を対象として2種類のIL-6受容体拮抗薬(トシリズマブ群: 353例、サリルマブ[商品名:ケブザラ]群: 48例)の効果を解析したものであり、対照群として402例が登録された(REMAP-CAP Investigators. N Engl J Med. 2021 Apr 22;384:1491-1502.)。本試験では、全対象の93%で何らかのステロイドが基礎治療として導入されていた。IL-6受容体拮抗薬はICU入院1日以内に静脈投与されており、その結果として、IL-6受容体拮抗薬は、ICU入院3週目までの心肺機能支持療法の必要日数、病院内死亡率、3ヵ月後の死亡率において有意な改善効果を示した。4月29日現在、正式論文として出版されていないが英国の大規模RECOVERY Trial(多施設ランダム化非盲検対照試験、トシリズマブ群: 2,022例、対照群: 2,094例)でもIL-6受容体拮抗薬によって4週間以内の死亡率が有意に低下すると報告された(RECOVERY Collaborative Group. medRxiv.)。RECOVERY Trialにおいては、基礎治療としてのステロイドが全対象の82%に投与されていた。 トシリズマブの効果を否定した最初の論文は、イタリアから報告された(Salvarani et al. JAMA Intern Med. 2021;181:24-31.)。この試験は、前向き多施設ランダム化非盲検対照試験で中等症の急性呼吸不全/ARDSを呈した肺炎患者を対象としたものであり、ランダム化は症状発現から8日以内に行われ、トシリズマブはランダム化から8時間以内に投与された。本試験では、トシリズマブの効果を認めず、2週、4週以内の死亡率はトシリズマブ群と対照群でほぼ同一であった。米国における多施設ランダム化二重盲検対照試験BACC Bay Tocilizumab Trialでは、中等症~重症の肺炎患者を対象としてインフォ-ムド・コンセント取得3時間以内にトシリズマブが投与された。4週目までに挿管に至った、あるいは、死亡した患者の割合は、トシリズマブ群と対照群で有意差を認めなかった。英国、米国など世界9ヵ国62施設が参加して施行された国際的多施設ランダム化二重盲検対照試験COVACTA Trialでは、重症肺炎患者を対象とし、トシリズマブ群:294例、対照群:144例が登録された(Rosas IO,et al. N Engl J Med.2021 Apr 22;384:1503-1516.)。本試験では、退院までの日数はトシリズマブ群で有意に短かったが、4週目までの死亡率には両群間で有意差を認めなかった。本試験における基礎治療としてのステロイドは全対象の24%のみにしか投与されておらず、REMAP-CAP Trial、RECOVERY Trialに比べ明らかに少なかった。 REMAP-CAP Trial(IL-6受容体拮抗薬の効果を肯定)とCOVACTA Trial(IL-6受容体拮抗薬の効果を否定)における試験計画には種々の差が存在する。たとえば、対象患者のエントリ-基準(対象患者の重症度など)、IL-6受容体拮抗薬の投与時期、Primary endpointの内容ならびに判定時期、試験の盲検性(二重盲検か非盲検か)などが異なっている(Angriman F,et al. Lancet Respir Med. 2021 Apr 27. [Epub ahead of print])。しかしながら、論評者は、両試験の差の中で最も重要なものは基礎治療としてのステロイドの導入頻度だと考えている(REMAP-CAP Trial: 93%、COVACTA Trial: 24%)。 新型コロナ感染症における重症化の最も重要な機序であるサイトカイン・スト-ムの発生にはIL-6関連シグナル伝達経路の賦活化が重要である。コロナウイルスが生体細胞に感染し細胞のACE2を占有すると、ACE2のリガンドであるアンギオテンシンII(AT)はACE2ではなくType 1アンギオテンシン受容体(AT1R)と結合する経路に流入する(AT-AT1R複合物の形成)。AT-AT1R複合物は、細胞膜に存在するタンパク分解酵素ADAM-17を賦活化し、細胞膜に付着しているTNFα、IL-6受容体α(IL-6Rα)を膜から切断、可溶性TNFα、可溶性IL-6Rα(sIL-6Rα)を産生する。可溶性TNFαは転写因子NF-кBを活性化し、TNFα、IL-1、IL-6、IL-8など多様な炎症性サイトカインを産生する。すなわち、可溶性TNFαは、NF-кBを活性化、活性化されたNF-кBはTNFαを再度産生するという“positive feed back回路”を形成する。本論評では、この回路をTNFαル-プと定義する。一方、sIL-6RαはIL-6と結合し、種々の細胞において転写因子STAT3を活性化する。STAT3はNF-кBとの物理的結合などの機序を介してNF-кBの活性を上昇させる(STAT3とNF-кBのcross talk)。このようなSTAT3を介するNF-кBの活性化はIL-6 amplifier(IL-6アンプ)と呼称される(Hirano T, et al. Immunity. 2020 May 19;52:731-733.)。IL-6アンプは、NF-кBの活性化によって細胞遊走因子(ケモカイン)を含む多様な炎症性サイトカイン(TNFα、IL-1、IL-6、IL-8など)の持続的過剰産生を惹起する。それ故、IL-6アンプはNF-кBの活性化を持続させる“positive feed back回路”の1つと考えることができる。以上のTNFαル-プとIL-6アンプは互いに連携しており、サイトカイン・スト-ムの主たる発生機序として重要である。IL-6アンプを阻止するためには、可溶性IL-6Rαの効果を抑制すればよく、IL-6受容体拮抗薬が最もシンプルかつ有効な手段である。しかしながら、IL-6受容体拮抗薬はTNFαル-プの一部を抑制するもののすべてを抑制する訳ではなく、TNFαル-プの確実な抑制のためにはTNFα阻害薬の投与が必要である(Feldmann MJ,et al. Lancet. 2020 May 2;395:1407-1409.)。TNFαル-プとIL-6アンプの同時抑制には、これら2つの経路に対して“扇の要”として作用するNF-кBの活性を、たとえば、低用量ステロイドなどによって阻害すればよい。 以上の分子生物学的機序を基礎として、IL-6受容体拮抗薬が新型コロナ感染症の重症化阻止に有効であると報告したREMAP-CAP Trial、RECOVERY Trialとそれらとは逆に無効と報告したCOVACTA Trialの意味する内容について考察する。有効と報告した前2つの試験では、対象の82~93%に基礎治療としてステロイドが投与されていた。すなわち、REMAP-CAP Trial、RECOVERY Trialは、IL-6アンプとTNFαル-プに対して“扇の要”として作用するNF-кB活性をステロイドによる基礎治療によって抑制したものであり、IL-6ル-プ単独の効果を見たものではない。言い換えれば、REMAP-CAP Trial、RECOVERY TrialからはIL-6受容体拮抗薬が単独で新型コロナ感染症の重症化阻止に真に有効であるとは結論できない。一方、無効と報告したCOVACTA Trialでは基礎治療としてステロイドが投与されていた対象の割合は24%と低いものであった。すなわち、COVACTA Trial は、ほぼ純粋にIL-6アンプの効果を観察したものであり、COVACTA Trialの結果は、IL-6受容体拮抗薬の単独投与が新型コロナ感染症におけるサイトカイン・スト-ムに起因する病態の重症化を有意に抑制するものではないことを示唆する。以上の考察より、現時点では、IL-6受容体拮抗薬自体の新型コロナ感染症重症化阻止作用は否定的と考えなければならず、IL-6受容体拮抗薬の臨床的効果発現のためには、ステロイド(低用量)の併用が必要であるものと推察される。これに関する明確な機序は不明であるが、IL-6受容体拮抗薬の効果発現には、IL-6アンプに加えTNFαル-プの同時抑制が必要、あるいは、IL-6受容体拮抗薬とステロイドとの間に本論評で考察した機序以外の相加/相乗効果が存在するのかもしれない。今後、IL-6アンプの抑制、TNFαル-プの抑制、あるいは、両者の同時抑制を意識した確実な臨床試験を期待するものである。