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気管支拡張症へのbrensocatib、日本人サブグループ解析結果(ASPEN)

 非嚢胞性線維症性気管支拡張症は、慢性的な咳嗽や膿性痰を伴い、増悪を繰り返すことで肺機能低下やQOL低下を招く進行性の炎症性呼吸器疾患である。炎症には好中球エラスターゼなどの好中球セリンプロテアーゼが深く関与しており、その活性化を担うのがジペプチジルペプチダーゼ1(DPP-1)とされている。そこで、DPP-1阻害薬brensocatibが開発され、非嚢胞性線維症性気管支拡張症患者を対象とした国際共同第III相試験「ASPEN試験」において、増悪を抑制することが示された。本試験の結果から、米国食品医薬品局(FDA)は2025年8月に非嚢胞性線維症気管支拡張症を適応症として、brensocatibを承認した(本邦では承認申請中)。 ASPEN試験は日本人87例が含まれる試験である。そこで、森本 耕三氏(公益財団法人結核予防会 複十字病院 呼吸器センター)らは本試験の日本人サブグループ解析を実施し、Respiratory Investigation誌2026年3月号で結果を報告した。本解析において、brensocatibは日本人においても増悪を抑制し、良好な安全性を示すことが示唆された。・試験デザイン:国際共同第III相二重盲検無作為化比較試験・対象:過去12ヵ月に2回以上の増悪歴(12~17歳は1回でも可)を有する非嚢胞性線維症性気管支拡張症患者・試験群1(brensocatib 10mg群):brensocatib(10mg、1日1回)を52週間 583例(日本人30例)・試験群2(brensocatib 25mg群):brensocatib(25mg、1日1回)を52週間 575例(日本人28例)・対照群(プラセボ群):プラセボ(1日1回)を52週間 563例(日本人29例)・評価項目:[主要評価項目]増悪の年間発現率[主要な副次評価項目]初回増悪までの期間、52週時点の無増悪割合、52週時点の1秒量(FEV1)のベースラインからの変化、重度増悪の年間発現率、QOL-B呼吸器症状ドメイン 日本人サブグループにおける主な結果は以下のとおり。・日本人87例の平均年齢は66.4歳で、女性の割合は56.3%であった。いずれの群もマクロライド系抗菌薬を使用している患者が多かった(brensocatib 10mg群80.0%、brensocatib 25mg群75.0%、プラセボ群79.3%)。・日本人サブグループは全体集団と比較して、男性の割合、75歳以上の割合、マクロライド長期投与を受けている割合、過去1年に増悪が3回以上あった患者の割合、気管支拡張薬吸入後の%FEV1値が高い傾向にあった。・主要評価項目である増悪の年間発現率(回/年)は、プラセボ群が1.20であったのに対し、brensocatib 10mg群0.45(率比:0.37、95%信頼区間[CI]:0.16~0.87)、25mg群0.39(率比:0.32、95%CI:0.14~0.75)であり、いずれの用量でもプラセボ群と比較して改善した。・初回増悪までの期間の中央値は、プラセボ群が40.1週であったのに対し、brensocatib 10mg群および25mg群ではいずれも未到達であった。プラセボ群と比較したハザード比は、それぞれ0.46(95%CI:0.19~1.12)、0.48(95%CI:0.20~1.17)であった。・52週時点の無増悪割合は、プラセボ群が47.6%であったのに対し、brensocatib 10mg群72.9%(オッズ比[OR]:3.10、95%CI:0.99~9.69)、25mg群71.2%(OR:2.77、95%CI:0.89~8.67)であった。・52週時点のFEV1のベースラインからの最小二乗平均変化量は、プラセボ群が-107mLであったのに対し、brensocatib 10mg群-59mL、25mg群-9mLであった。プラセボ群との群間差は、それぞれ47mL(95%CI:-20~115)、97mL(95%CI:32~162)であった。・重度増悪の年間発現率(回/年)は、プラセボ群が0.33であったのに対し、brensocatib 10mg群0.04(率比:0.11、95%CI:0.01~1.04)、25mg群0.10(率比:0.30、95%CI:0.06~1.62)であった。・52週時点のQOL-B呼吸器症状ドメインのベースラインからの最小二乗平均変化量は、プラセボ群が-2.38であったのに対し、brensocatib 10mg群3.26、25mg群5.01であった。プラセボ群との群間差は、それぞれ5.64(95%CI:-0.88~12.15)、7.39(95%CI:0.73~14.06)であった。・有害事象の発現割合は各群で同様であった(プラセボ群89.7%、brensocatib 10mg群90.0%、25mg群85.7%)。注目すべき有害事象の角化症はbrensocatib 25mg群の4例(14.3%)のみに認められ、すべて軽度であった。 以上の結果について、著者らは「ASPEN試験に登録された日本人患者において、現在の気管支拡張症管理にbrensocatibを追加した際の有効性および安全性は、全体集団で報告された結果と同様であった。brensocatib 10mgおよび25mgはいずれも、増悪抑制、呼吸機能低下抑制、患者報告アウトカム改善において、プラセボと比較して数値上の有用性を示した」とまとめた。

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事例41 胃腸炎への抗生物質製剤の査定【斬らレセプト シーズン4】

解説事例の診療所では、風邪から派生したと考えられる胃腸炎であっても、必要があれば経口用セフェム系製剤を投与していました。今回、C事由(医学的理由による不適当)にて査定となりました。査定理由を調べるためにカルテを参照しました。咽頭に発赤がある旨と下痢が複数回あったとの記録がありました。医師は、単なる感冒はウイルス性疾患であり、いわゆる抗生物質製剤は有効ではなく、他に必要性があると判断した場合に投与できることを承知されていました。添付文書を調べてみたところ適応に「咽頭・喉頭炎」と類似の病名がありました。事例には「咽頭・喉頭炎」が表示されていないために査定となったものと考えましたが、類似と考えられる「感冒性」が表示されているので適応があると考えられたのではないかと推測しました。しかしながら、支払基金の審査基準である「審査の一般的取り扱い」に、「支払基金・国保統一事例651(令和7年8月29日)」として、「感冒性胃腸炎」には「抗生物質製剤【内服薬】又は合成抗菌薬【内服薬】の算定は、原則として認められない」とあります。この基準に基づき査定となったものと推測できます。他には、感冒、小児のインフルエンザ、小児の気管支喘息、感冒性胃腸炎、感冒性腸炎、慢性上気道炎、慢性咽喉頭炎のみの病名では抗生物質製剤または合成抗菌薬の算定が認められない病名として列記されていました。医師には、この基準を伝えて、抗生物質製剤または合成抗菌薬を投与する場合は、医学的必要性がわかる病名を付与していただくようにお願いして査定対策としています。

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急性虫垂炎の抗菌薬治療、10年再発率・虫垂切除率は?/JAMA

 急性単純性虫垂炎の初回治療として抗菌薬治療を受けた成人患者を10年間追跡したところ、組織病理学的所見に基づいて確定された虫垂炎の再発率は37.8%、虫垂切除術の累積施行率は44.3%であったことが、フィンランド・トゥルク大学のPaulina Salminen氏らが実施した「APPAC試験」で示された。著者は、「成人の急性単純性虫垂炎患者の治療選択肢としての抗菌薬治療を支持するエビデンスだ」とまとめている。研究の成果は、JAMA誌オンライン版2026年1月21日号で報告された。抗菌薬治療の10年再発率―事前に規定された2次解析 APPAC試験は、フィンランドの6施設で実施した非盲検無作為化非劣性試験(Sigrid Juselius Foundationなどの助成を受けた)。2009年11月~2012年6月に、年齢18~60歳、CT検査で合併症のない急性単純性虫垂炎と診断された患者530例を登録し、虫垂切除術を受ける群(273例)または抗菌薬治療を受ける群(257例)に無作為に割り付けた。 今回は、事前に規定された2次解析として、抗菌薬治療群における10年間の虫垂炎再発率に焦点を当てた検討を行った。 抗菌薬治療は、ertapenem sodium(1g/日)を3日間静脈内投与した後、レボフロキサシン(500mg、1日1回)+メトロニダゾール(500mg、1日3回)を7日間経口投与した。 事前に規定された10年時の副次エンドポイントは、抗菌薬投与から1年以降の虫垂切除術と虫垂炎再発率、および合併症(10年の追跡期間中に発生したすべての有害事象を含む)であった。また、事後解析として、抗菌薬治療群で虫垂切除術を受けた患者または虫垂が温存された患者において、MRIを用いて虫垂腫瘍の可能性を評価した。10年間の合併症発生率は有意に低い 抗菌薬治療群の257例のうち、253例(98.4%、年齢中央値33.0歳[四分位範囲:26.0~47.0]、女性102例[40.3%])を虫垂炎再発の評価対象とした。10年後までに8例が死亡したが、いずれも急性虫垂炎とは関連がなかった。 10年の時点における真の再発率(組織病理学的に確定された虫垂炎の発生率)は37.8%(95%信頼区間[CI]:31.6~44.1)(87/230例)であった。また、累積虫垂切除術施行率は、1年時が27.3%(22.0~33.2)(70/256例)、5年時が39.1%(33.1~45.3)(100/256例)、10年時は44.3%(38.2~50.4)(112/253例)であった。 一方、10年累積合併症発生率は、虫垂切除術群が27.4%(95%CI:21.6~33.3)(62/226例)であったのに対し、抗菌薬治療群は8.5%(4.8~12.1)(19/224例)と有意に低かった(p<0.001)。10年後の全体の腫瘍発生率は1.2% 抗菌薬治療群のうち10年後にMRI検査を受けた102例では、虫垂の炎症所見を認めた患者はいなかった。腫瘍が疑われたため虫垂切除術を受けた2例では、組織病理学的評価で低悪性度粘液性腫瘍(LAMN)を認めた(0.9%[2/212例]、いずれも追加治療は不要)。虫垂切除術群では、272例中4例(1.5%)で、1年後に虫垂腫瘍がみられた(神経内分泌腫瘍3例、低異型度腺腫1例)。腫瘍の発生率について、両群間で統計学的に有意な差はなく(p=0.70)、合併症を伴わない急性虫垂炎における10年後の全体の腫瘍発生率は1.2%(95%CI:0.3~2.2)(6/484例)ときわめて低かった。 EQ-5D-5Lで評価したQOLは、両群間に有意な差はなかった(p=0.18)。虫垂切除術群の78.0%(167/214例)と抗菌薬治療群の67.3%(111/165例)が、再度同じ治療を選択すると回答した。 著者は、「抗菌薬治療群における真の再発および虫垂切除術は、その多くが初回発症から2年以内に発生し(それぞれ、65/87例[74.7%]、87/112例[77.7%])、10年後の時点で抗菌薬治療の効果は持続しており、大部分の患者でそれ以上の再発は認めなかった」「将来、抗菌薬による外来治療が普及すれば、総費用と医療資源の節約効果が顕著に増加する可能性がある」としている。

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抗菌薬に耐性示すも、臨床上効いているのはなぜ?【Dr.山本の感染症ワンポイントレクチャー】第20回

Q20-1 尿路感染症の第1選択薬にアンピシリン・スルバクタムはOK?尿路感染症には基本的にアンピシリン・スルバクタムを第1選択薬として使っていますが、その選択は細菌学上も正しいのでしょうか?Q20-2 抗菌薬に耐性示すも、臨床上効いているのはなぜ?尿培養でESBL産生菌が検出され、現在使っている抗菌薬に耐性が示されても臨床上効いているのはなぜでしょうか?

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小児の熱傷【すぐに使える小児診療のヒント】第10回

小児の熱傷子供の成長は喜ばしいものですが、その一方で成長に伴ってこれまで想像もしていなかった事故が起こり得ます。熱傷は家庭内での日常的な事故として発生することが多く、「一瞬の不注意」が重症化につながることも少なくありません。小児は成人と比較して皮膚が薄く、体表面積当たりの熱吸収量が大きいため、同じ条件でもより深く、より広範囲の熱傷となることがあり、注意が必要です。症例11ヵ月、女児。カップラーメンの熱湯が顔面にかかり、熱傷を負ったため受診した。父が自宅のテーブルの上に作りかけで置いていたカップラーメンを、一瞬目を離した隙に児が触ってこぼしてしまったとのこと。顔面にII度熱傷、肩、腕にもI度熱傷あり。熱傷の評価熱傷の評価に関しては成人と大きくは変わりません。熱傷とは、「高熱(加熱液体・気体・固体、火炎など)、低温(液体・気体・固体など)、化学物質、電流などが皮膚に接触し生じる外傷」であり、温度と接触時間で深達度が規定され、その深達度とその範囲によってどの程度全身に影響を与えるのかが決まります。温度 × 接触時間 = 深達度深達度 × 熱傷面積 = 重症度(1)深達度I度熱傷:表皮のみ。発赤・疼痛あり、水疱なしII度熱傷:真皮に及ぶ。水疱形成、強い疼痛浅達性:自然上皮化が期待できる深達性:瘢痕形成のリスクありIII度熱傷:全層壊死。白色~黒色、疼痛に乏しい※急性期には深達度が過小評価される可能性があり、繰り返し評価が必要画像を拡大する画像を拡大する(2)熱傷面積熱傷面積の算出には、成人では「9の法則」を用いることが多いですが、全身に占める頭部や躯幹の割合が大きい乳幼児においては不正確です。簡易的には、下記に示すように「5の法則」や「手掌法」を用いて算出します。<5の法則>画像を拡大する<手掌法>患者手掌が体表面積の1%熱傷面積を算出する際に小範囲の面積を加算算出するのに用いる(3)重症度判定とアルゴリズム下記アルゴリズムは、小児の熱傷において全身管理と局所治療の優先順位を整理することを目的としています。II度15%未満、III度2%未満は軽症に分類され、局所治療を基本とします。それ以上の場合は中等症/重症に分類され、気道・顔面・手足などの部位の熱傷、電撃傷などでは全身管理を優先し、経過に応じて手術も含めた治療選択を行います。画像を拡大する<熱傷診療ガイドラインを参考に作成>熱傷の初期治療軽症および中等症の熱傷の場合、火傷の直後に冷却すると創傷治癒が向上します。可能であれば20分間冷却することが推奨されます。感染管理としては、水洗浄、受傷状況と汚染の程度によって破傷風トキソイド接種(参考:小児の創傷処置)を考慮します。受傷初期の熱傷に対して、創部感染予防目的に抗菌薬の予防的全身投与を画一的に行うことは勧められていません。明らかな汚染創であったり、易感染宿主状態の患者であったりする場合に考慮します。急性期の熱傷では、I~III度熱傷が混在していることも多く、正確な深達度評価は難しいとされています。まずは洗浄して、油脂性基材軟膏(ワセリン、プロペト、アズノールなど)で湿潤療法を行うことが基本です。虐待の可能性を考える乳幼児の熱傷では、常に虐待の可能性を念頭に置いて診療にあたる必要があります。身体的虐待の約9%に熱傷が含まれるとの報告もあり、決してまれな所見ではありません。虐待による熱傷を見逃さないためには、受傷時の状況を詳細に問診すること、全身をくまなく診察すること、そして受傷部位だけでなく熱傷痕そのものの特徴に注目することが重要です。事故による乳幼児の熱傷では、手掌や前腕などの上半身に受傷していることが多い傾向があります。一方で、虐待による熱傷には、以下のような特徴がみられます。臀部、大腿内側、腋窩、腹部など、通常は露出していない部位に生じている円形で境界が明瞭なタバコ熱傷など、熱源を推定しやすい形状を呈する熱傷の深達度が均一で、健常皮膚との境界がはっきりしている熱源が飛び散ることによる不規則な熱傷(splash burn)を伴わないこうした「事故らしさ」「虐待らしさ」をあらかじめ知っておくことが、違和感に気づき、見逃さない診療につながります。事故予防の観点から熱傷は、実は家庭内での事故のうち多くの割合を占めています。とくに、0~1歳児に多く、発生場所としては居室と台所で約8割を占めるといわれています。その原因で最も多いのが、味噌汁や麺類、シチューなどの調理食品で、次いでストーブ、電気ケトルなどが挙げられます。まさに今回の症例のように「カップラーメンの待ち時間で子供がやけどしてしまった」といったエピソードは、日常診療の中でもよく経験します。問診例テーブルの上に置いていたカップラーメンをひっくり返して被ってしまいました。そうだったのですね。テーブルのどのあたりに置いていましたか?端の方に置いてしまっていました。最近つかまり立ちをするようになったのですが、まだ届かないだろうと気を抜いていました。事故予防は、保護者が気をつけることだけで成り立つものではありません。電気ケトルの転倒による熱傷事故が多く報告されたことを受けて、転倒してもお湯がこぼれにくい設計の商品が開発されるなど、社会全体でもさまざまな工夫が進められています。ぜひ日本小児科学会のホームページに掲載されているInjury Alertも参考にしていただければと思います。保護者との関わり熱傷の正確な評価や適切な処置はもちろん重要ですが、同時に、保護者に対して事故予防について話をすることも欠かせないポイントです。二度と同じ事故を繰り返さないためには、「喉元過ぎて熱さを忘れない」うちに、受診のタイミングで具体的に伝えることが、最も効果的であると感じています。問診例(続き)お父さんの近くやテーブルの中央など、手の届かない場所に置く工夫が必要かもしれませんね。お子さんは日々成長するので、『まだ大丈夫』と思っていても思いもよらなかったような事故が起こることがあります。そうしたことを前提に対策していくことが大切ですね。一緒に考えていきましょう。こども家庭庁のホームページに掲載されている「こどもの事故防止ハンドブック」は、PDFを無料でダウンロードできるため、外来で保護者に紹介する資料としても有用です。また、今回の症例のように顔面に熱傷を負った場合には、外見の変化に対する心のケアも重要になります。たとえ最終的に治癒が見込まれるものであっても、顔面の皮膚がただれ、痛々しい状態になっているわが子の姿を目の前にすると、保護者は少なからずショックを受け、自身や配偶者を責めてしまうことも少なくありません。「お子さんの状態を良くしたい」という気持ちは、保護者も医療者も同じです。その思いを共有し、寄り添う姿勢を言葉にしながら、身体面だけでなく精神面にも配慮して関わることが大切だと考えています。参考資料 1) 日本皮膚科学会:熱傷診療ガイドライン第3版 2) 日本小児科学会:虐待による熱傷の所見 3) 日本小児科学会:I Injury Alert(傷害速報) 4) こども家庭庁:こどもの事故防止ハンドブック

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鼻毛を抜くと鼻前庭炎のリスク?【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第298回

鼻毛を抜くと鼻前庭炎のリスク?鼻毛処理と疾患リスクに関する論文は少なく、このコラムでは過去に「鼻毛と喘息の関係」を取り上げました。Lipschitz N, et al. Nasal vestibulitis: etiology, risk factors, and clinical characteristics: A retrospective study of 118 cases. Diagn Microbiol Infect Dis. 2017 Oct;89(2):131-134.2008年10月~2015年1月までの約6年間に、イスラエル・Sheba Medical Centerに鼻前庭炎で入院した118入院例(115人)を後ろ向きに解析しています。入院適応は、外来での抗菌薬治療に反応しなかった症例、顔面蜂窩織炎の進行例、鼻前庭膿瘍が見られた例でした。したがって、本研究の対象は軽症例ではなく、いわば「外来治療で治まらなかった症例」の集団です。平均年齢44.33歳(8~96歳)、男性64例・女性51例で性差なし。65歳以上は10.17%のみで、小児は8歳の1例のみでした。糖尿病は12例(10.17%)、免疫抑制状態は3例(慢性骨髄性白血病1例、全身性エリテマトーデス1例、抗リン脂質抗体症候群1例)のみで、これらの患者も合併症なく経過しました。小児例が少ない点について著者らは、鼻ほじりや鼻かみの頻度が高い小児でもっと多くてもよいはずだと考察していますが、明確な説明はついていません。患者が申告した先行する習慣・行為は以下のとおりです。 鼻毛抜き:17例(14.41%) 鼻を強くかむ:11例(9.32%) 鼻ほじり:10例(8.47%) 鼻ピアス:4例(3.39%)感染部位には左右差があり、右側40.68%、左側33.05%、正中26.27%と右側優位でした(p<0.0001)。右利き優位の集団で、右手による鼻ほじりが多いことを反映していると考察されています。問診で「どちらの手でほじりますか」と聞く機会はないかもしれませんが、右側優位という知見は覚えておいてよいでしょう。膿瘍から培養が行われたのは18例で、15例から菌が分離されました。MSSAが13例(81.25%)で、MRSAが1例、Prevotella属1例でした。症状出現から入院までの期間は平均5.28日(1~30日)。入院前に外来で抗菌薬を投与されていたのは39.83%で、最多はアモキシシリン・クラブラン酸(76.6%)でした。当然ながら、入院後は、点滴治療に切り替えています。本研究は対照群を設定しておらず、一般集団における鼻毛抜きの習慣の頻度は不明です。したがって、鼻毛抜きが真のリスク因子であるかどうか、つまり鼻毛を抜く人は抜かない人に比べて鼻前庭炎を発症しやすいのかどうかは、本研究からは結論できません。とはいえ、鼻毛を抜く行為が毛包に微小外傷を生じさせ、それが細菌の侵入門戸となりうるという機序には生物学的妥当性があります。

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第45回 「その抗菌薬投与は患者の益になるか?」重度認知症・肺炎診療の常識を問う

高齢化率が世界最高水準の日本において、重度認知症患者の肺炎診療はいわば日常的な光景です。「肺炎だから入院」「とりあえず抗菌薬」というフローは、多くの医療機関で標準的な対応として定着しているでしょう。しかし、NEJM Evidence誌に掲載された論考1)は、この「当たり前」の診療行為に対し、生存期間、QOL、そして患者の快適さという観点から鋭い問いを投げかけています。 本稿では、同誌の“Tomorrow's Trial”(将来行われるべき臨床試験の提案)として発表された記事1)を基に、重度認知症患者に対する肺炎治療の現在地と、われわれが直面している倫理的・臨床的ジレンマについて解説します。抗菌薬は「死」を10日先送りするだけ? この記事で紹介されるのは、87歳の重度認知症女性の症例です。寝たきりで会話ができず、家族の認識もできない状態で、発熱と呼吸器症状を呈して搬送されました。胸部X線で浸潤影を認め、臨床的には細菌性肺炎が疑われます。 ここで日本の臨床現場でもよくある葛藤が生じます。娘は、「母が苦しまず、現状の生活を維持できるなら生きていてほしい」と願っています。しかし、果たして抗菌薬投与はこの願いをかなえるのでしょうか? 残念ながら、重度認知症患者の肺炎に対して、抗菌薬投与が生存期間、QOL、患者の快適さを改善させるかどうかを比較したランダム化比較試験は、現時点では存在しません。 そのため、根拠とできるのは観察研究の結果のみですが、そのデータは衝撃的です。ある研究では、抗菌薬投与群は非投与群に比べて最初の10日間の死亡率の低下傾向が見られるものの(非投与群76%vs.投与群39%)、10日以降の死亡リスクには差がないことが示されています。これは、抗菌薬による治療が「死を約10日間遅らせる」可能性を示す一方、同時に「死にゆくプロセスを延長させているだけ」である可能性も示唆しています。「治療」がもたらす侵襲と不利益 「とりあえず抗菌薬を入れておこう」という判断が、患者にとって無害であれば問題は少ないかもしれません。しかし、重度認知症患者、とくに人生の最終段階に近い深刻なフレイルの患者にとって、抗菌薬治療が大きな負担となりうることも強調されるべきでしょう。 点滴確保による身体的苦痛、不慣れな急性期病院への搬送、環境の変化による混乱、そして知らない医療スタッフに囲まれるストレスは、認知症患者にとって計り知れない苦痛です。さらに、薬剤耐性菌の出現や、致死的になりうるClostridioides difficile感染症のリスク、下痢や腎機能障害といった副作用も無視できません。 また、米国の介護施設における観察研究では、呼吸器感染症が疑われた認知症患者の約70%に抗菌薬が処方されていましたが、実際に臨床的な細菌感染の基準を満たしていたのはそのうちの約33%にすぎなかったという報告もあります。診断の不確実性と「念のための投与」が、過剰医療と患者の負担を招いている現状が浮き彫りになっています。世界の潮流と日本の立ち位置 重度認知症患者の肺炎に対するアプローチには、地域によって大きな差があります。記事では、オランダと米国ミズーリ州の比較が紹介されています。 オランダでは、重度認知症患者の肺炎に対し、23%が抗菌薬なしで管理されていました。これは、治療方針が明示的に「緩和」に向けられており、あえて抗菌薬を差し控えるという選択がなされているためです。一方、ミズーリ州では重症度が高いほど抗菌薬が使用される傾向にあり、非投与率は15%にとどまりました。 日本はおそらく米国ミズーリ州に近い、あるいはそれ以上に「肺炎=治療」の文化が根強いといえるかもしれません。しかし、患者の予後が数ヵ月単位である場合、その治療が「治癒」を目指しているのか、それとも症状緩和を目指しているのか、その境界線は曖昧です。われわれには「答え」が必要である 本記事の著者らは、こうした長年の疑問に決着をつけるため、重度認知症の肺炎患者を対象とした、抗菌薬静注群とプラセボ静注群を比較する二重盲検RCTの実施を提案しています。主要評価項目は30日生存率だけでなく、QOLや患者の快適さといった「患者・家族中心の指標」が含まれる必要があるでしょう。 「肺炎に抗菌薬を使わない(プラセボを使う)」という試験デザインは、一見倫理的に許容されないように感じられるかもしれません。しかし、抗菌薬治療に確実な有益性のエビデンスがなく、むしろ害の可能性がある以上、この比較試験は倫理的に正当化されるものとなるでしょう。 日本の臨床現場において、すぐにオランダのような「あえて治療しない」選択肢を組み込むことはなかなか難しいでしょう。しかし、われわれが漫然と行っている抗菌薬投与が、本当に患者の「快適さ」や「望ましい最期」に寄与しているのか、一度立ち止まって考えるべき時が来ているのかもしれません。 次回の診療で、重度認知症患者の肺炎に直面した際、少し自問してみるのもいいのではないでしょうか。「この点滴は、患者の苦痛を取り除いているのか、それとも死の過程を引き延ばしているだけなのか」と。そんなことを考えてみるだけでも、慣例に流されがちな日々の処方に、「患者の尊厳」という重みを問い直し、静かな一石を投じることになるはずです。 1) Ahmad A, et al. Do Antibiotics Improve Survival, Quality of Life, and Comfort in Patients with Advanced Dementia and Pneumonia? NEJM Evid. 2026;5:EVIDtt2400447.

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日本人市中肺炎、β-ラクタムへのマクロライド上乗せの意義は?

 市中肺炎(CAP)の治療では、β-ラクタム系抗菌薬が中心となるが、とくに重症例ではマクロライド系抗菌薬が併用されることがある。ただし、マクロライド系抗菌薬の併用が死亡率の低下に寄与するか、依然として議論が分かれている。本邦の『成人肺炎診療ガイドライン2024』では、重症例に対してはマクロライド系抗菌薬の併用が弱く推奨されている一方で、非重症例に対しては併用しないことが弱く推奨されている1)。そこで、中島 啓氏(亀田総合病院 呼吸器内科 主任部長)らの研究グループは、市中肺炎の多施設共同コホート研究の2次解析を実施し、マクロライド系抗菌薬の併用の有無別に院内死亡などを検討した。その結果、β-ラクタム系抗菌薬とマクロライド系抗菌薬の併用療法は、β-ラクタム系抗菌薬単剤療法と比較して、院内死亡率および肺炎治癒率に差は認められなかった。本研究結果は、BMC Infectious Diseases誌オンライン版2025年12月29日号で報告された。 研究グループは、Adult Pneumonia Study Group Japan(APSG-J)により実施された多施設共同コホート研究のデータの2次解析を実施した。対象は、2011年9月~2014年9月に国内4施設(江別市立病院、亀田総合病院、近森病院、十善会病院)でCAPと診断された15歳以上の患者3,470例とし、2,784例を解析対象とした。対象を初期治療としてβ-ラクタム系抗菌薬とマクロライド系抗菌薬を併用する群(併用群)、β-ラクタム系抗菌薬単剤を用いる群(単剤群)の2群に分類して評価した。主要評価項目は観察期間終了時の転帰(院内死亡、肺炎治癒)とし、副次評価項目は抗菌薬投与期間、入院期間とした。解析には、欠測を考慮して多重代入法を用い、傾向スコアマッチングにより患者背景を調整した。 主な結果は以下のとおり。・解析対象は2,784例(併用群306例、単剤群2,478例)であった。・傾向スコアマッチング後(各群298例)、院内死亡率は併用群5.06%、単剤群4.98%であり、両群間に有意差は認められなかった(群間差:0.00%、95%信頼区間[CI]:-3.73~3.71)。・肺炎治癒率は併用群91.79%、単剤群91.69%であり、両群間に有意差は認められなかった(群間差:0.00%、95%CI:-4.48~4.82)。・重症CAP(CURB-65スコア3点以上)のサブグループ解析においても、院内死亡率は併用群12.00%、単剤群13.33%であり、両群間に差はみられなかった(群間差:0.00%、95%CI:-20.00~16.13)。・抗菌薬投与期間(8.97日vs.9.93日[群間差:-0.99、95%CI:-8.20~0.10])および入院期間(17.72日vs.20.30日[群間差:-2.59、95%CI:-6.99~1.45])についても、両群で同様であった。・本コホートにおける非定型病原体の検出率は、Mycoplasma pneumoniae 1.9%、Chlamydia pneumoniae 0.2%、Legionella pneumophila 0.1%と低率であった。 本研究結果について、著者らは観察研究のため未調整の交絡が存在する可能性があること、イベントの発生率が低く検出力不足の可能性があること、施設数が少なく症例数が1施設に偏っていたこと、観察期間が短いことなどを限界として挙げつつ「CAP患者全体および重症例において、併用群と単剤群で院内死亡率および肺炎治癒率が同様であった。そのため、臨床医は有害事象や耐性菌の発現などの潜在的なリスクとベネフィットを慎重に検討すべきである」と結論を述べた。

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第302回 腸が酒造りしてしまう疾患に糞中微生物移植が有効

勝手に酩酊してしまう困った疾患の米国男性が、健康なヒトからの微生物の移植で無事で過ごせるようになりました1-4)。飲酒していないのに酔っ払ってしまう不可思議な疾患が、古くは1950年代に日本の文献に記録されています5)。半世紀前の1976年には日本の研究者が自動醸造症候群(Auto-Brewery Syndrome:ABS)という病名の患者の様子を報告しました6)。原著は読めていないのですが、他の研究者の解説7)によると、それらのABSは手術をしばしば経ていて腸が不調の中年男性に認められており、酵母(主にカンジダ)が消化管で過剰に増え、摂取した炭水化物を発酵して酔わせるほどのアルコールを生み出していました。ABSの診断は非常にまれです。しかし聞き慣れないことや診断が難しいことに加えて、偏見も診断を妨げている場合もあるに違いなく、診断されていないだけで実際のABS患者はもっと多いようです。米国のマサチューセッツ州の元海兵の60歳代男性もABSの診断に至るまで一苦労しました。男性はもともと元気で健康であり、酒はたまに嗜む程度でした。しかし前立腺炎への抗菌薬を何回か使用した後にひどく酔ったようになる、ぼんやりする、眠くなることを繰り返すようになります4)。男性の酔いは日常生活を困難にするほどひどく、アルコール濃度が制限を超えていたら運転できないようにする呼気検査装置を車に備え付けざるを得ないほどでした。何度か足を運んだ救急科では、男性が飲んでいないとは誰一人信じませんでした。しかし幸いにして、やがてABSの診断に漕ぎ着けられました。男性は患者支援団体とやり取りし、他の誰かの糞の微生物をもらい受ける治療がABSの治療法となりうるとの情報を耳にします。そして、マサチューセッツ総合病院で糞中微生物移植(FMT)を施している医師のElizabeth Hohmann氏に電話をしてみました。最初、Hohmann氏は酔ったような話しぶりの男性の伝言に取り合おうとしませんでした。しかし男性の妻から事情の説明を受けてHohmann氏は聞く耳を持つようになります。Hohmann氏はカリフォルニア大学サンディエゴ校のABS研究者Bernd Schnabl氏に話を持ちかけ、男性にFMTを実施することにしました。FMTで使う微生物入りカプセルは、健康を絵に書いたように元気なパーソナルトレーナー/ジム経営の男性の便から作られました。幸いにもそのカプセルはABS男性に効果があり、アルコールを作る細菌が健康な細菌一揃いに置き換わることで症状が治まりました。男性は2回目のFMTから16ヵ月超を無症状で過ごせています。最初は無視を決め込んでいたHohmann氏にとってABSは今や取り組むべき課題になっているらしく、同氏とSchnabl氏らはABS患者8例へのFMT治療の第I相試験を実施しています。参考1)Hsu CL, et al. Nat Microbiol. 2026 Jan 8. [Epub ahead of print]2)Researchers search for why some people’s gut microbes produce high alcohol levels / EurekAlert3)What causes some people’s gut microbes to produce high alcohol levels? / EurekAlert4)Man whose gut made its own alcohol gets relief from faecal transplant / NewScientist5)Iwata K. A review of the literature on drunken syndromes due to yeasts in the gastrointestinal tract. In: Yeasts and Yeast-Like Microorganisms in Medical Science: Proceedings of the Second International Specialized Symposium on Yeasts. University of Tokyo Press;1972:260-268.6)Kaji H, et al. Mater Med Pol. 1976;8:429-435.7)Mulholland JH, et al. Trans Am Clin Climatol Assoc. 1984;95:34-39.

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旅行者下痢症、抗菌薬が効きにくい菌が増加

 新年の抱負の一つとして海外旅行を計画している人は、注意が必要だ。旅行者下痢症の治療に一般的に使われてきた抗菌薬が以前ほど効かなくなっていることが、新たな研究で示された。ただし、薬剤耐性の状況は地域によって異なり、原因菌の種類にも左右されるという。CIWEC Hospital and Travel Medicine Center(ネパール)の感染症専門医であるBhawana Amatya氏らによるこの研究の詳細は、「JAMA Network Open」に12月22日掲載された。 この研究では、旅行者下痢症の主な原因となる4種類の細菌(カンピロバクター、非チフス性サルモネラ、赤痢菌、下痢原性大腸菌)に対する抗菌薬の有効性が検討された。2015年4月14日から2022年12月19日までの間に、世界58カ所の熱帯医療センターで治療された859人の旅行者下痢症患者(年齢中央値30歳、男性51%)が解析対象とされた。有効性は抗菌薬に対する感受性を指標とし、中等度感受性と耐性の両方をまとめて「非感受性」と定義した。 その結果、カンピロバクターでは、フルオロキノロン系抗菌薬に対して75%、マクロライド系抗菌薬に対して12%が非感受性を示した。同様に、非チフス性サルモネラではそれぞれ32%および16%、赤痢菌では22%および35%が非感受性を示した。下痢原性大腸菌では、フルオロキノロン系抗菌薬に対して18%が非感受性を示した。フルオロキノロン系抗菌薬の例は、シプロフロキサシン、デラフロキサシン、レボフロキサシンなど、マクロライド系抗菌薬の例は、アジスロマイシンやエリスロマイシンなどである。 また、感染した地域により抗菌薬感受性パターンが異なることも明らかになった。例えば、南・中央アジアで感染した患者から分離された赤痢菌の79%はフルオロキノロン系抗菌薬に非感受性を示したのに対し、南米で感染した患者から分離された赤痢菌の78%はマクロライド系抗菌薬に非感受性を示した。 この研究をレビューした米ノースウェル・ヘルスのDavid Purow氏は、薬剤耐性増加の主な原因は抗菌薬の過剰使用である可能性が高いとの考えを示す。同氏は、「例えば、人が同じものに繰り返しさらされると次第に反応しなくなるのと同じように、細菌も同じ抗菌薬に繰り返し曝露されることで、時間とともに耐性を獲得する」と述べている。 現在、多くの旅行者が抗菌薬を携帯し、下痢の兆候が出るとすぐにこれを服用するが、研究グループとPurow氏はともに、「下痢症状が出た場合には、医師の診察を受けるべきだ」と話す。Purow氏は、「実際には、自分が感染した細菌が所持している抗菌薬に感受性を持つかどうかは分からない」と指摘している。また、市販の下痢止め薬を使うことで、抗菌薬を使わずに済む場合もあるという。 Purow氏は、「抗菌薬の使用を控えることは、薬剤耐性のさらなる拡大を防ぐことにもつながる。何を治療しているのか分からないまま抗菌薬を使用することが、世界全体に影響を及ぼす可能性があることを理解することが重要だ。また、症状がより重く、深刻になるまで抗菌薬の使用を待つという選択も有効かもしれない」と話している。

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抗菌薬による末梢神経障害【1分間で学べる感染症】第37回

画像を拡大するTake home message一部の抗菌薬・抗真菌薬は末梢神経障害を引き起こす可能性があり、とくに慢性使用時や高用量使用時には、そのリスクを念頭に置いた処方・モニタリングが重要であることを理解しよう。抗菌薬の使用中に、患者から「手足がしびれる」「足裏の感覚が鈍い」といった訴えがあった場合、まず考慮すべきは「薬剤性末梢神経障害(drug-induced peripheral neuropathy)」です。とくに抗菌薬を長期投与する機会の多い免疫不全、結核、真菌感染症の患者では、強く意識しておくことが重要です。今回は、抗菌薬による末梢神経障害の頻度や経過に着目して、代表的な薬剤を整理していきましょう。抗菌薬ごとの特徴と注意点メトロニダゾール抗嫌気性菌治療で広く使われる薬剤であり、高用量での長期使用(4週間で42g以上)では末梢神経障害が比較的高頻度で報告されています。症状は亜急性で、用量調整と早期中止により改善するといわれますが、一部の患者では長期間持続することがあります。イソニアジド結核治療の第1選択薬ですが、ビタミンB6(ピリドキシン)欠乏により末梢神経障害を起こすことがあります。ビタミンB6を併用することで発症頻度は大きく低下しますが、常に可能性を念頭に置いておくことが重要です。リネゾリドグラム陽性球菌に対する治療薬として使用されますが、2週間以上の使用で30%前後の頻度で神経障害が生じると報告されており、比較的頻度が高い抗菌薬として押さえておく必要があります。エタンブトール視神経障害のイメージが強い薬剤ですが、まれに末梢神経障害も報告されており、とくに高齢者や腎機能低下例では注意が必要です。フルオロキノロン系非常にまれながら感覚障害、異常感覚といった末梢神経障害が発現することが知られています。腱障害(腱炎や腱断裂、アキレス腱が多い)と併せて理解しましょう。ジアフェニルスルホン(ダプソン)ハンセン病やニューモシスチス肺炎の予防に使われる薬剤で、亜急性から慢性の経過をとる神経障害が報告されています。トリアゾール系抗真菌薬ボリコナゾールを中心に、慢性使用で神経毒性のリスクが上昇することが示唆されています。ボリコナゾールでは幻覚、高濃度で中枢神経障害も併せて覚えるようにしましょう。クロラムフェニコール現在では使用頻度が低い薬剤ですが、慢性的な神経毒性の報告があるため、投与機会がある場合には注意が必要です。末梢神経障害は、患者のQOLを大きく損なう副作用にもかかわらず、原因が特定されにくく、かつ進行性である可能性がある点で非常に重要です。上記の抗菌薬を継続している患者では、常に末梢神経障害のリスクを念頭に置き、出現した際には中止あるいは変更を検討します。1)Mauermann ML, et al. JAMA. 2025 Nov 17. [Epub ahead of print]

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尿路感染症、肝代謝の抗菌薬で治る理由【Dr.山本の感染症ワンポイントレクチャー】第19回

Q19 尿路感染症、肝代謝の抗菌薬で治る理由尿路感染において、セフトリアキソンのように肝代謝の薬でも完治するのが不思議です。血流があるからといっても、腎盂内や尿管、膀胱内には届きにくそうですが…。

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市中敗血症への抗菌薬、4日目からde-escalationは可能?

 市中発症敗血症で入院し、多剤耐性菌感染が確認されていない患者において、入院4日目から広域抗菌薬のde-escalationを実施しても、広域抗菌薬継続と比較して90日死亡率に差は認められず、抗菌薬使用日数および入院期間の短縮と関連していたことが報告された。米国・ミシガン大学のAshwin B. Gupta氏らが、本研究結果をJAMA Internal Medicine誌オンライン版2025年12月22日号で報告した。 研究グループは、Michigan Hospital Medicine Safety Consortium(HMS)のデータを用いて、抗メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)薬および抗緑膿菌(PSA)薬のde-escalationの影響をtarget trial emulationの手法で検討した。対象は、2020年6月~2024年9月に入院し、広域抗菌薬によるエンピリック治療を開始した18歳以上の市中発症敗血症患者とした。入院1日目または2日目に多剤耐性菌感染が確認された患者は除外した。抗MRSA薬、抗PSA薬について、入院4日目にde-escalationを実施した群と、広域抗菌薬の投与を継続した群の2群に分類して評価した。主要評価項目は90日死亡率とし、副次評価項目は抗菌薬使用日数(14日目まで)、入院期間などとした。逆確率重み付け法を用いて、背景因子を調整し、2群の比較を行った。 主な結果は以下のとおり。・抗MRSA薬の解析対象は6,926例であり、そのうち2,993例(43.2%)でde-escalationが実施された。・抗PSA薬の解析対象は1万1,149例であり、そのうち2,493例(22.4%)でde-escalationが実施された。・重み付け後の解析において、抗MRSA薬のde-escalationは、継続と比較して90日死亡率に有意な差は認められなかった(オッズ比[OR]:1.00、95%信頼区間[CI]:0.88~1.14)。・抗PSA薬のde-escalationについても、継続と比較して90日死亡率に有意な差は認められなかった(OR:0.98、95%CI:0.86~1.13)。・抗MRSA薬および抗PSA薬のいずれも、de-escalationは、抗菌薬使用日数の減少、入院期間の短縮と関連した。詳細は以下のとおり。 <抗菌薬使用日数(中央値)> 抗MRSA薬:8日vs.10日(リスク比[RR]:0.91、95%CI:0.89~0.93) 抗PSA薬:8日vs.9日(RR:0.91、95%CI:0.88~0.93) <入院期間(中央値)> 抗MRSA薬:7日vs.8日(RR:0.88、95%CI:0.85~0.92) 抗PSA薬:5日vs.7日(RR:0.88、95%CI:0.80~0.96)・入院3日目時点で臨床的に安定していた患者のサブグループ解析では、抗MRSA薬のde-escalationは90日死亡率の低下と関連した(OR:0.72、95%CI:0.54~0.96)。抗PSA薬のde-escalationも同様の傾向がみられた(同:0.76、0.58~1.01)。・抗PSA薬のde-escalationは、探索的アウトカムである90日再入院の減少と関連していた(RR:0.87、95%CI:0.76~0.99)。抗MRSA薬のde-escalationでは、この傾向はみられなかった(同:1.04、0.92~1.17)。・de-escalationの実施割合は病院間で2倍以上のばらつきがあった(抗MRSA薬:27.3~61.7%、抗PSA薬:6.9~37.7%)。 著者らは、本研究結果について「多剤耐性菌が検出されなかった市中発症敗血症患者において、入院4日目の広域抗菌薬のde-escalationは安全であり、抗菌薬使用日数の減少および入院期間の短縮につながる可能性がある」と結論付けている。

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呼吸器系ウイルス検査陽性の市中肺炎、抗菌薬投与は必要?

 米国胸部学会(ATS)が2025年に発表した最新の市中肺炎(CAP)ガイドラインでは、呼吸器系ウイルス検査陽性となった入院CAP患者全例に対して、抗菌薬を投与することを条件付きで推奨している1)。しかし米国感染症学会(IDSA)は非重症患者に対するこの推奨に同意せず、非重症患者では重複感染の可能性を検討するために多少の時間をかけることによるリスクはほとんどなく、抗菌薬を開始するかおよびいつ開始するかについては臨床医の裁量の余地があるとしている2)。米国・ペンシルベニア大学のBrett Biebelberg氏らはこれらの患者集団における抗菌薬投与の頻度・期間と転帰を評価する目的で、大規模な多施設共同の傾向スコア重み付け解析を実施。結果をClinical Infectious Diseases誌オンライン版2025年12月11日号で報告した。 本研究では、2015年6月~2024年12月に5つの病院において、来院後48時間以内に肺炎が疑われる臨床所見を認め、かつ呼吸器系ウイルス検査陽性の入院患者を後ろ向きに特定。臨床データを用いて、0~2日間の抗菌薬投与を受けた患者と5~7日間の抗菌薬投与を受けた患者について、傾向スコア法により全体およびウイルスごとの転帰を比較した。 主な結果は以下のとおり。・呼吸器系ウイルス検査陽性でCAP疑いの入院患者6,779例のうち、3,269例が0~2日間、1,560例が5~7日間の抗菌薬投与を受けた。・平均年齢は67.5歳(SD 17.6)、46.9%が女性で、検出ウイルスはSARS-CoV-2ウイルスが60.3%、インフルエンザ(AもしくはB)ウイルスが17.4%、RSウイルスが9.2%、ライノウイルスが7.3%などであった。・プロカルシトニン値>0.25μg/Lなど除外基準に該当した患者を除く2,614例(抗菌薬投与0~2日間:1,720例、同5~7日間:894例)を解析対象とした。・抗菌薬投与0~2日間の患者と5~7日間の患者の間で、入院期間(11.7日vs.11.1日、オッズ比[OR]:1.05、95%信頼区間[CI]:0.97~1.15)、48時間後のICU入院率(28.3%vs.28.2%、OR:1.01、95%CI:0.86~1.18)、院内死亡率(9.5%vs.9.8%、OR:0.97、95%CI:0.74~1.27)、30日間の病院不在日数(16.9日vs.17.0日、OR:0.99、95%CI:0.95~1.03)における有意差は認められなかった。・結果は、SARS-CoV-2以外のウイルスおよびインフルエンザウイルスのみに限定した場合、抗菌薬の投与期間を0日間と5~7日間で比較した場合、入院時に肺炎のICD-10コードを有する患者に限定した場合も一貫していた。 著者らは今回の結果について、呼吸器系ウイルス検査陽性のCAP疑い患者の多くにおいて抗菌薬は有益でない可能性を示唆するものとしている。

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単純性淋菌感染症、単回投与の新規抗菌薬zoliflodacinが有効/Lancet

 単純性淋菌感染症の治療において、zoliflodacinはセフトリアキソン+アジスロマイシンの併用療法に対して非劣性であり、安全性プロファイルは同等であることが、スイス・Global Antibiotic Research & Development PartnershipのAlison Luckey氏らZoliflodacin Phase 3 Study Groupが行った海外第III相無作為化非盲検非劣性試験の結果で示された。淋菌(N. gonorrhoeae)は複数の第1選択薬および第2選択薬に対して耐性を獲得しており、新たな治療薬の開発が世界的な公衆衛生上の最優先事項となっている。zoliflodacinは、新規作用機序で細菌のDNA複製を阻害するファーストインクラスの経口スピロピリミジントリオン系抗菌薬で、新たな標的(GyrB)を有し、多剤耐性菌株を含む淋菌に対して強力なin vitro活性を有することが示されていた。著者は、「本検討で示されたデータは、zoliflodacinが単純性淋菌感染症に有効な経口治療選択肢の1つとなりうる可能性を示唆するものである」とまとめている。Lancet誌オンライン版2025年12月11日号掲載の報告。zoliflodacin単回投与vs.セフトリアキソン+アジスロマイシン併用投与 本検討の被験者の適格要件は、臨床的に泌尿生殖器系の単純性淋菌感染症が疑われる12歳以上とされ、試験は、ベルギー、オランダ、南アフリカ共和国、タイ、米国の17の外来クリニックで実施された。試験参加国は、疾患有病率が高い国が選定され、参加施設は、HIVまたは性感染症とその治療に精通した研究経験のある主任研究者によって選定された。Feasibility調査票と試験前訪問調査で、性感染症症例管理ガイドライン、臨床サービス、リソース(施設、スタッフ、試験チームの構成案、試験参加施設で提供される標準的な性感染症サービス、検査能力の評価、試験経験、臨床試験の倫理レビューなど)の評価が行われた。 適格被験者は、zoliflodacin 3g(経口)単回投与群(zoliflodacin群)またはセフトリアキソン500mg(筋注)+アジスロマイシン1g(経口)の併用投与群(対照群)に2対1の割合で無作為に割り付けられた。治療の割り付けは被験者と試験担当医師には知らされたが、細菌検査室のスタッフおよび試験スポンサーの中央試験チームは、データベースがロックされるまで盲検化された。 主要エンドポイントは、細菌学的ITT集団における治癒判定(Test Of Culture[TOC]、6±2日目)時に細菌学的治癒(尿道または子宮頸管検体の培養検査で淋菌陰性または検出不能)を達成した患者の割合であった。有効性の主要解析で、治療群間差(対照群-zoliflodacin群)の両側95%信頼区間(CI)の上限が非劣性マージンの12%を下回った場合、非劣性と判定された。推定治療群間差は5.3%、zoliflodacin単回投与の非劣性を確認 2019年11月6日~2023年3月16日に1,011例がスクリーニングされ、スクリーニング基準を満たさなかった81例を除く930例が無作為化された(zoliflodacin群621例、対照群309例)。被験者の平均年齢は29.7歳(SD 9.4)、815/930例(88%)が出生時男性に、115/930例(12%)が出生時女性に分類された。514/930例(55%)が黒人またはアフリカ系米国人、285/930例(31%)がアジア人、113/930例(12%)が白人であった。 泌尿生殖器系の細菌学的ITT集団におけるTOCに基づく細菌学的治癒率(主要有効性エンドポイント)は、zoliflodacin群90.9%(460/506例、95%CI:88.1~93.3)、対照群96.2%(229/238例、92.9~98.3)であり、推定治療群間差は5.3%(95%CI:1.4~8.6)で、事前に規定した非劣性マージンの要件を満たした。 zoliflodacin群の忍容性は概して良好で、有害事象は治療群間で類似していた。治療中に発現した主な有害事象は、zoliflodacin群では頭痛(61/619例[10%])、好中球減少症(42/619例[7%])、白血球減少症(24/619例[4%])で、対照群では注射部位疼痛(38/308例[12%])、好中球減少症(24/308例[8%])、下痢(22/308例[7%])であった。有害事象の大半の重症度は軽度または中等度であった。重篤な有害事象は報告されなかった。

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多発性硬化症と口腔内細菌の意外な関係、最新研究が示す病態理解の可能性

 多発性硬化症(MS)は、中枢神経系の神経線維を包むミエリンが自己免疫反応によって障害される希少疾患で、視覚障害や運動麻痺、感覚障害などさまざまな症状を引き起こす。最新の研究で、MS患者の口腔内に存在する特定の歯周病菌、Fusobacterium nucleatum(F. nucleatum)の量が、病気の重症度や進行に関わる可能性が示された。研究は、広島大学大学院医系科学研究科脳神経内科学の内藤裕之氏、中森正博氏らによるもので、詳細は11月3日付で「Scientific Reports」に掲載された。 MSの発症には遺伝的素因に加え、ウイルス感染や喫煙、ビタミン欠乏などの環境因子が関与すると考えられ、近年は腸内細菌の異常も病態形成に影響することが示唆されている。また、口腔内細菌、特に歯周病菌も中枢神経疾患に影響することが報告されており、慢性的な炎症や免疫応答を介してMSの進行や重症度に関与する可能性がある。これまでに歯周病とMSの関連や、MS患者における特定菌種の増加が報告されているものの、臨床指標や再発・進行との具体的な関連や菌種ごとの差異は不明である。こうした背景を踏まえ著者らは、MSや視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)、抗MOG抗体関連疾患(MOGAD)の患者の舌苔サンプルから歯周病菌量を定量し、臨床特徴やMRI所見との関連、さらに菌種ごとの影響を探索する横断的研究を実施した。 本研究は2023年5~11月にかけて実施され、広島大学病院脳神経内科を受診した15歳以上のMS、NMOSD、MOGAD患者112人が解析対象となった。患者から採取した舌苔サンプルは4種の歯周病菌種 (F. nucleatum、P. gingivalis、P. intermedia、T. denticola)を標的とした定量的PCRを用いて分析した。先行研究に倣い、細菌の総存在量に対する比率が第3四分位数を超える場合「高相対量」と定義された。患者の重症度は総合障害度評価尺度(EDSS)で評価し、スコア4をカットオフとした。 本研究の最終的な解析対象は98人(平均年齢48.6歳、女性77.6%)となった。これらのうち、56人がMS、31人がNMOSD、11人がMOGADとそれぞれ診断された。MS、NMOSD、MOGADで歯周病菌の高相対量に有意差はなく、口腔衛生習慣もほぼ同等であった。 単変量解析により、MS患者における各歯周病菌とEDSSスコアの関係を調べたところ、F. nucleatumの相対量が高いMS患者は、低い患者に比べてEDSSスコアが有意に高く、EDSS ≥4の割合も多かった(61.5% vs 18.6%、P=0.003)。多重比較補正(Benjamini-Hochberg法)を行った後も、MS患者におけるF. nucleatumの高相対量とEDSS ≥4の関連のみが有意であった(P=0.036)。一方、他の歯周病菌の相対量は、EDSS ≥4との有意な関連は認められなかった。また、NMOSDおよびMOGAD患者においても、EDSSスコアと各菌の高相対量との関連は認められなかった。 単変量解析では、MS患者の重症度(EDSS ≥4)に影響を与える要因として、F. nucleatumの高相対量に加え、年齢、MSのサブタイプ、発作回数、罹病期間も示唆された。しかし、これらの因子を考慮した多変量解析では、F. nucleatumの高相対量のみが独立して有意であった(オッズ比10.0、95%信頼区間1.45~69.4、P=0.020)。 著者らは、「本研究は、MS患者において口腔内のF. nucleatum相対量がEDSSスコアと強く関連することを示した。因果関係は示せないが、将来的な研究課題としては、サイトカイン関連機構などの免疫学的メカニズムの解明や、口腔ケアなどの介入による影響の検討が挙げられる」と述べている。 本研究の限界として、単施設の横断的観察研究であり、MS以外の疾患群やF. nucleatum陽性患者が少なくサンプルサイズが限られていたこと、歯周病の臨床評価や抗菌薬使用歴、口腔行動の影響、免疫指標測定が不十分であり、残存交絡や因果関係の推定は困難であったことを挙げている。

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外科医のキャリア終盤に思い出した 何でも診られる医者への憧れ【ReGeneral インタビュー】第3回

外科医のキャリア終盤に思い出した 何でも診られる医者への憧れ「手術だけしていればいい環境じゃなかった」そう語るのは、総合医育成プログラムを受講中の五本木 武志氏。卒後すぐに消化器外科でキャリアをスタートし、現在は28診療科・331床を持つ筑波学園病院の病院長として、最前線で地域医療を率いています。外科外来、救急、病棟診療に加え、病院運営まで担う多忙な身で、なぜ総合医育成プログラムを受講しているのか?その理由にキャリアの次の一手を探ります。即決受講の背景に 外科医としての“憧れ”と現場の必然――総合医育成プログラムの受講は即断即決だったと伺っています。その理由は。2024年2月にたまたま知人から総合医育成プログラムを紹介されて、即刻申し込みました。もともと、卒後6年間、消化器外科のレジデントとして筑波大附属病院にいた間、3年以上は、外の病院でありとあらゆる疾患の患者を診ていました。手術だけでなく打撲から肺炎まで、本当に何でもです。レジデント時代の指導教官は外科医で、本当に何でも診る先生でした。その人のようになりたいという憧れもありました。当時からちょこちょこ勉強はしていたけども手術が忙しくて体系的に学ぶ暇はもちろんありません。昔から総合的な診療を学びたい思いがあったので、話を聞いたときに、これだ!と思いました。もっとも、2024年は病院長になったのと重なって、ほとんど受講できませんでした。2025年に非同期型・同期型の混合学習1)になって、ようやく受けられるようになりました。修了要件まであと2単位。もうすぐ修了です。本では学べなかった“現場の勘所”を、プロから教わる――プログラムで扱うのは内科領域が多いと思います。専門外の講義を受ける感想は。正直にいって、すべてが楽しいです。肺炎だとか脳卒中だとか、わからないことはいままではすべて本で勉強してきました。周りに教えてくれる先生もいませんでしたから。ずっと持っていたのは、本にはこう書いてあるけど、実際に診るときはどうなっているんだろう、という疑問です。プログラムでは、領域ごとに専門医や総合医の先生から、教科書だけではカバーできない話が聞ける。肺炎ひとつにしても、こういうときはこういう肺炎を考える、こういう抗菌薬を使うといった、現場の勘所を教わるのが、皮膚科でも腎臓でも、血液内科でも、毎回楽しかったです。総合診療で光る外科医の嗅覚・待つ力を学ぶ挑戦――外科医だから苦労したことはありますか。そうですね、外科の早く結論を出したがる癖はあります。外科医って手術をするにしてもしないにしても、なるべく早く決断してすぐに実行したい。それが日常になっていて、様子を見るという選択に慣れていないところがあります。だから、内科の先生の待つ力、忍耐力はすごいなと思います。外科医の即断即決を活かすときと、ここは内科医の様子を見る力を使うという使い分けができてくるのが理想ですね。――外科医の特性が活きる場面は。そのとき一番重要な問題に切り込む習慣は、総合診療でも役立っていると感じます。外科医の嗅覚ともいえるかもしれません。何が一番やばくて問題なのかを嗅ぎ当てるんです。問題の核心に回り道せずに切り込んでいけるのは強みですね。もちろん、総合診療ではさまざまな情報を集めて結論を出す力が必須で、そこを内科の先生から学んでいます。膝関節穿刺を実演で教える熱意、コミュニケーションのプロから教わる人間力――印象的な講義はありましたか?整形外科の仲田和正先生のセッションは印象に残っています。膝関節穿刺のレクチャーで、ご自分の膝に針を刺して実演してくれた。こんな先生、そうそういません。こういう先生に教わる研修医は幸せだろうなと思いました。それから、ノンテクニカルスキルコースはどれも新鮮で面白かったです。MBTI2)やミーティング・ファシリテーション3)といった、医者になってからまず聞く機会のない分野の講義です。ノンテクの先生方は、相手のスタンスやものの見方をふまえて、人に教えるプロという感じです。どうしても医者は立場的に上から目線になりがちで、看護師やほかの医療者と話すとき、一方的になってしまう。それがノンテクのセッションを受けてから、相手の性格や考え方を推測して話す心の余裕ができてきた。たとえば「俺はこう思うけど、君の意見は?」ときくことができるようになりました。断定しすぎずに話す、相手に意見を求めることができることで、医療者・患者問わず、コミュニケーションによい影響があり、それが治療にもつながっていると感じています。次に受けるコーチングの授業も楽しみにしています。脳卒中から小児まで。幅広く診療に活きる学び――学んだことをどのように現場で使っていますか。毎日、ありとあらゆる場面で使っています。なぜかというと、週3回の外科外来のほかに、救急搬送・ウォークインで来る救急外来の対応も当番制で持っています。救急は若い先生たちが主だけど、忙しくて断らなくちゃいけないとなったときは俺を呼べと言ってあるので、最終的に誰も診る人がいない救急患者は僕に回ってきます。小児も肺炎も骨折も、何でもです。それに、うちのような一般病院は、病院として総合的に見る必要があって、救急診療科という部門を作りました。ここでの受け持ち患者が10人。疾患は脳卒中亜急性期、肺炎、尿路感染、脊椎圧迫骨折まで、本当にさまざまです。こういう何でも診る環境で、肺炎っぽい徴候の患者が来た、血液疾患を疑う患者が来たというとき、受講前は本やネットで調べていたのが、今はレクチャーの資料を引っ張り出しています。現場の目線で何を考えてどう進めるかが整理されていて、効率が圧倒的によくなりました。熱発の子どもが来たときに、身体のどんな兆候を一番先に診るか、除外すべき疾患、必要な検査、治療の選択肢がパッケージで出てくる。そういう感じでプログラムの内容は現場で助けてくれています。みんな受けた方がいいんじゃないかって思います。手術を若手に託した後、僕たちはどう働くか――もともと総合的な診療に興味があったとのことですが、いつから実際にいまの診療スタイルになってきたのですか。外科医は皆いつか手術をやめるときが来るでしょう。だいたい最初に目が見えなくなる。僕も老眼も始まる50代くらいから「救急領域に近いところで生きていかなくちゃいけない」と思い始めていました。今62歳で、手術は自分がやるよりも若い先生方に任せて引き継いでもらっています。手術をやめた後にどう医者を続けるかには、若手育成、管理職などいろいろ道があって、僕は以前から救急と総合診療に興味があったから今の働き方になっています。病院長になったので現場と管理を両輪で回している感じですね。トップが動くと病院が動く・現場で示すリーダーシップ――病院長として、総合医を病院内に増やすためにどのような取り組みをしていますか。僕がしているのは背中を見せること。上からやれと言っても、人は動かないと思うんです。今までうちの病院では誰も総合診療をしていなかったから、自分が患者を受け持って診る。僕たちはこういう診療をしていくぞと現場で示す。そうすると、病院が力を入れて向かっていく方向が明確になると思います。口で言うよりも効果があると信じています。立ち上げた救急診療科の医師はまだ2人。ここから同じ志を持つ仲間を増やしたい。背中を見せると同時リクルートも進めて、グループを大きくしたいと思っています。外科医の強みと総合診療で、医者として長く生きる――総合診療に興味を持った外科の先生方にメッセージを。総合診療をしてみようと思ったとき、外科のキャリアは非常に有利です。手術後は、肺炎になったり脳梗塞が起きたり、細かい不具合が次々と起きます。かといって、すぐに呼吸器内科や脳神経外科に転科するわけじゃない。そのまま外科で全身を診て、必要なら連携する。そこで外科医は患者全体を診る癖がついています。その経験は、総合医としての診療にも直結する。だから自信を持って学んでほしいです。切った後に全身を診てきた習慣や経験が大きな武器になります。高齢者はどんどん増えていて、専門だけやっていればいい病院が減っていくことは明らかです。「この疾患は、外科の領域ではない」と自分で線を引いていたら、世界がどんどん狭まってしまう。若い先生は若いうちから、そうでない先生は今から、自分の専門ではないと切り捨てずに、視野を広げ、関心を持つことが医者として長生きすることにつながるんじゃないかと思います。自信をもって新しいことを学んでみてください。 引用 1) 非同期型学習はeラーニングを用いた自己学習で、自分のペースでいつでもどこでも受講可能。同期型学習はWeb会議ツールを使用したライブ研修。土日祝の決められた時間にリアルタイムでグループディスカッションなどを行う 2) Myers-Briggs Type Indicatorの略称。ユングのタイプ論をもとにして開発された自己分析メソッドを活用した、 性格タイプ別コミュニケーションに関する研修 3) 医療チームにおけるミーティングを活性化させ、会議の質と効率を向上させるための、会議ファシリテーションの実践的スキルを学ぶ研修

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ショック状態に対する治療をしない場合は責任を負う?【医療訴訟の争点】第17回

症例近年、高齢患者の急変時対応では、基礎疾患・予後を踏まえた治療方針の選択が重要となる。本稿では、ショック状態に陥った患者に対し救命処置を行わなかった医師の判断の適否が争われた、東京地裁令和7年2月27日判決を紹介する。<登場人物>患者76歳・男性(既往歴:間質性肺炎、双極性障害、糖尿病)原告患者の配偶者および子被告医療法人(内科・精神科を標榜する病院)事案の概要は以下の通りである。事案の概要を見る平成28年7月咳が続く・胸痛があると訴えて被告病院を受診。被告病院の紹介により国立病院を受診し、間質性肺炎と診断平成30年5月内服薬の処方中止後も咳が再燃しなくなったため、通院終了平成31年1月25日ここ数日食事が取れない、具合が悪いなどと訴えて、被告病院再受診。精査目的で入院。入院時のバイタル値は、体温36.8℃、脈拍93回/分、血圧149/90mmHg、SpO2 98%、呼吸は平静。腹部CT検査上は異常所見を認めなかった。細菌性の感染症疾患を疑い、抗菌薬の点滴投与と補液を開始。1月26日午前9時28分頃胸部CT検査。前日からこの日までの間に、両肺下葉に新たな浸潤影が出現。午前10時頃右肺の雑音や著明な痰がらみが見られ、白黄色痰が大量に吸引。午後3時頃肺雑音が両肺に生じ、再び白黄色痰が大量に吸引。37.6℃の発熱、呼吸がやや努力様、SpO2 76~80%に低下。酸素投与(2L/分)開始。午後4時40分頃酸素投与量が増量(7L/分)。両肺の雑音や発熱は続くも、痰がらみが消失して呼吸も平静、SpO2 96%。午後8時頃ジクロフェナクナトリウム(商品名:ボルタレン、解熱剤)の投与などもされ、体温は36.8℃に低下、肺の雑音も消失。1月28日午前2時熱(38℃)午前5時白黄色痰が大量に吸引担当医は、抗菌薬投与にかかわらず呼吸状態の悪化が続いていることから、細菌性の感染症ではなく、間質性肺炎の急性増悪であると判断し(ただし、細菌性の感染症を鑑別するための血液検査や細菌培養検査は行っていない)、抗菌薬の点滴投与を中止して、ステロイドミニパルス療法(ソル・メルコート500mg/日に生理食塩水100mL/日を付加したものを点滴投与)を開始。以後、発熱が断続的に見られたものの、肺の雑音は認められなくなり、呼吸は平静のままで経過。1月30日午前11時20分酸素投与量が7L/分から6L/分に減量。午後1時頃呼吸が促拍するようになる。午後3時SpO2 98%であるも、発熱(37.4℃)や少量の白色痰が見られる。血圧148/87午後5時30分SpO2 90%に低下、発熱(38.5℃)と肺雑音が見られ、黄色痰が大量に吸引される。血圧114/81。解熱のためジクロフェナクナトリウム投与。午後8時頃両肺の雑音や多量の黄色痰が見られ、SpO2 94%に低下し、努力様呼吸になって呼吸状態が急激に悪化。収縮期血圧が74/64に低下し、心拍数は120~130回/分に上昇。膝から下にチアノーゼが出現し、四肢が脱力した状態。担当医は、容体急変は間質性肺炎の急性増悪による(血圧低下についてはジクロフェナクナトリウムの影響もある)もので、ステロイドミニパルス療法が奏功しない限り救命困難と判断。ステロイドミニパルス療法と酸素投与(6L/分)のほかに治療は行わず、容体急変の原因を探るためのCT検査や血液検査などの検査も行わなかった。午後10時頃SpO2が上昇(午後9時時点で99%、午後10時時点で96%)、収縮期血圧も90台まで上昇(午後9時時点で90/23mmHg、午後10時時点で92/78)も、四肢の脱力、努力様呼吸や黄色痰が大量に吸引される状態が継続。1月31日午前0時下顎様呼吸、瞳孔拡大、血圧およびSpO2が測定不能。午前2時15分死亡2月2日午後3時他院において病理解剖。要旨は以下のとおり。(1)死因に関与した臓器を挙げるならば、肺または心臓と考えられる。(2)肺については、胸膜直下~隔壁の高度な線維化、線維化巣内の蜂巣構造、線維芽細胞巣(fibroblastic foci)を認め、隣接する領域の肺胞構造は保たれており、UIP(通常型間質性肺炎)パターンと考えられた。肺は、UIPパターンの間質性肺炎であるが、病理解剖時に採取した血液を用いた間質性肺炎マーカー検査の結果(KL-6値274U/mL〔基準値:500U/mL未満〕、SP-A値18.9ng/mL〔基準値:43.8ng/mL未満〕、SP-D値82.8ng/mL〔基準値:110ng/mL未満〕)からも活動性の低いものではなかったかと疑われ、これのみで死に至るものか疑問が残る。(3)心臓は、不安定プラークを疑う冠動脈病変を伴っており、心筋にも全周性の虚血性変化が見られたが、この変性像は区域性には見えず、アーチファクトの可能性もある。あえて推測すれば、剖検時に冠動脈に明らかな血栓形成はないが、肺うっ血水腫の存在と併せて、新鮮な心筋梗塞による心原性ショックは否定できない。(4)臓器別に病理組織学的検索を行った範囲では、直接死因を確定することは困難であり、臨床情報と併せて判断する必要がある。実際の裁判結果本件において、1月30日午後8時頃の急変・ショック状態(収縮期血圧は74mmHg、心拍数120〜130回/分、尿量減少、四肢チアノーゼ、努力様呼吸など)につき、担当医は、間質性肺炎急性増悪が原因であり救命は困難、輸液は肺水腫の悪化を招くとして、酸素投与以外の処置を行わず、ステロイドミニパルス療法のみにより経過を見る方針とした。これに対し、原告(患者の相続人ら)は、輸液負荷、昇圧薬、気管挿管、原因鑑別のための血液検査・画像検査などの救命処置をすべきであったと主張した。裁判所は、以下の点を指摘し、「1月30日午後8時の時点での本件患者の状態は、輸液剤や血管収縮薬の投与といった救命処置を行い、ショックの原因を把握した上で、それに対する治療を行うべきものであった」とした。ショックでは、血圧低下、心拍の異常(頻脈など)、呼吸の異常(頻呼吸)、皮膚の異常(末梢血管の収縮など)といった症状が見られ、一般的に、収縮期血圧90mmHg以下がショックの基準となる。午後8時時点において、本件患者は、血圧74/64と著しい低下、心拍数の120~130回/分への上昇、努力様呼吸、膝から下のチアノーゼの出現は、いずれもショックの症状というべきであり、とくに収縮期血圧については、ショックの基準値を大きく下回るので、本件患者はショックに陥って容体が急変したといえる。ショックは、迅速な原因の同定と治療介入がされなければ臓器不全を来し、死に至る症候群であるため、一般に、まずは、生命の危機的状況を避けるための救命処置を行う必要がある。本件患者に見られた1月30日の収縮期血圧の低下は、持続的に生じている上、膝から下にチアノーゼが生じ、末梢の循環不全を来すものであった。末梢の循環不全を来したショックについて、救命処置を行わずに血圧低下が持続すると、不可逆的な転帰を招く可能性があった。本件において被告病院は、「呼吸状態の悪化や血圧低下といった当時の本件患者の状態は、間質性肺炎の急性増悪や数時間前に投与したジクロフェナクナトリウムの影響によるものであって、救命不可能な状態に陥っており、輸液剤の投与などは肺水腫を招くなどかえって死期を早めるため、それらの投与を行うべきではなかった」と主張していた。これに対し、裁判所は、以下の点を指摘し、「被告病院の担当医には、1月30日午後8時頃、本件患者に対し、輸液剤や血管収縮薬の投与といった救命処置を行い、ショックの原因を把握した上で、それに対する処置・治療を行うべき注意義務があった」として、これらの処置を行わなかった注意義務違反(過失)があると判断した。血圧低下については、その数時間前に投与されたジクロフェナクナトリウムの影響はあったと認められるものの、呼吸状態の悪化など当時の本件患者の症状に照らし、ジクロフェナクナトリウムの影響だけで血圧低下の説明が付けられるかは疑問が残ること。血圧低下がジクロフェナクナトリウムによるものであったとしても、ショックに対する初期対応が不要となるものでもないこと。間質性肺炎の主症状の一つは乾性咳嗽(痰を伴わない乾いた咳)であり、典型的な間質性肺炎の急性増悪は痰を伴わない一方、黄色痰は感染症の可能性を示す所見であること。本件患者は、呼吸がやや努力様になった1月26日には白黄色痰が大量に吸引されており、1月30日午後5時30分や呼吸状態が急激に悪化した同日午後8時にも大量の黄色痰が見られているため、間質性肺炎の急性増悪とは必ずしも整合せず、細菌性肺炎などの感染症に罹患していたことを疑わせる所見があったこと。担当医は、本件患者に対して細菌培養検査などの感染症を除外鑑別するための検査を行っておらず、感染症の除外鑑別も積極的に行われていなかったため、当時の客観的な状態としては、感染症の罹患もなお疑うべきものであったこと。次に、裁判所は、本件患者の死後に行われた病理解剖の結果も踏まえてショックおよびショックに続く死亡の原因を検討し、以下のように、間質性肺炎急性増悪の可能性が相対的に高いものの、死亡原因は特定できないとした。「本件患者のショック(容体急変)ないしそれに続く死亡の原因は、間質性肺炎の急性増悪であった(少なくとも一定の寄与があった)可能性が相対的に高いものの、これと断ずることはできず、細菌性肺炎などの感染症による敗血症性ショックや心筋梗塞などによる心原性ショックが原因であった可能性も否定できず、その特定は困難であるといわざるを得ない」その上で、裁判所は考えられるそれぞれの原因につき、以下の点を指摘した上で「1月30日午後8時の段階で本件患者に対して救命処置が行われていたとしても、本件患者の上記死亡を回避できたとの高度の蓋然性があるということはできない」として、注意義務違反(過失)と本件患者の死亡との因果関係を否定し、被告の損害賠償責任を否定した。心筋梗塞などによる心原性ショックが原因である場合には、救命処置によって本件患者に生じた死亡を回避できた蓋然性があるが、そもそも、心原性ショックであった可能性も否定できない程度のものにとどまる。このため、この点をことさら強調するのは相当ではない。ショックなどの原因が敗血症性ショックであった場合でも、救命処置によって一定の効果があり、いったんは生命の危機的状況を脱し得た可能性はある。しかし、本件患者に生じた死亡を現実に回避するためには、感染症に対する治療として、血液培養検査などを行って同定した起炎菌に合う抗菌薬を投与する必要があり、これら一連の対応を執るのには相応の時間を要する。このため、本件患者にショックが生じてから死亡する約6時間のうちに、これら一連の対応を執って何らかの治療・救命効果が発揮されたということはできない。原因としての可能性が相対的に高い間質性肺炎の急性増悪については、「いったんは酸素化が安定しても、最終的には努力性呼吸から低酸素血症となり、死に至る」経過をたどることとなる。しかし、本件患者は、この努力様呼吸や下顎様呼吸が認められたのであるから、救命処置によってこれらの努力様呼吸などに至るのを回避できた現実的な可能性はなかった。注意ポイント解説本件は、ショック状態の患者に対する救命処置の要否が争点となった事案である。裁判所は、医師に輸液・昇圧薬などの救命処置を行う義務を認めつつ、その不履行と死亡との因果関係は否定し、結論として医療機関の損害賠償責任を否定した。すなわち、注意義務違反が成立しても、結果(死亡)との法的因果関係が認められない場合に責任が否定される典型例といえる。この点、注意義務違反がある場合に、義務違反と生じた結果との間の法的な因果関係があれば、損害賠償責任が肯定されることとなる。この法的因果関係については、「経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明すること」がなされた場合に認められる。本件は、考えられるショックおよびその後の死亡の原因のそれぞれについて、救命処置をとったことで死亡を回避できた「高度の蓋然性」が認められなかったために、法的因果関係がないものとされた。もっとも、「高度の蓋然性」が認められない場合であっても、「死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性」が認められる場合には、その可能性を侵害した損害が認められることとなる。そして、この「相当程度の可能性」については、比較的緩やかに肯定される傾向が否めない。このため、注意義務違反(過失)があるとされる場合において、「相当程度の可能性」すらも否定されて損害賠償責任が否定されるケースは少ない傾向にある。本件では、死亡の原因を特定しえないため、救命処置により「死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性」を証明のしようもないことから、相当程度の可能性も否定され、損害賠償責任が否定されたものである。なお、本件では、担当医が看取りを視野に入れた方針転換をしつつも、これを家族に説明していなかったという事情があり、裁判所は「遺族が強い不満を抱くことは理解できる」としている。このため、本件は医師が「治療方針転換をする際の説明の在り方」と「急変時の最小限の救命処置の必要性」を再確認させるものでもある。医療者の視点本判決において、裁判所は「ショック状態に対する輸液や昇圧薬の投与、原因精査を行うべき注意義務があった」とし、これを行わなかった医師の過失(注意義務違反)を認定しました。臨床現場の感覚としては、間質性肺炎の急性増悪が強く疑われる局面において、肺水腫を助長しうる輸液負荷や、全身状態が悪い中での負担の大きい検査を躊躇するのは、医学的には理解できる判断です。しかし、裁判所は当時の客観的なバイタルサイン(著しい血圧低下など)に基づき、まずは原因特定と標準的な救命処置を行うべきであったと判断しました。とくに本件で教訓とすべきは、担当医が「救命困難」と判断し、実質的に「看取り」の方針へ転換していたにもかかわらず、その説明と同意が家族となされていなかった点です。実臨床において、医学的に予後不良が明白であり、侵襲的な処置が患者の利益にならないと医師が確信する場合であっても、家族への十分な説明と合意(アドバンス・ケア・プランニングなど)のプロセスを経ずに標準治療を省略することは、法的責任を問われるリスクがあることを再認識する必要があります。Take home message高齢者・基礎疾患を抱える患者の急変時対応では、救命可能性が低い場合でも、診療録や家族への説明を含めた臨床判断のプロセスが重要である。とくに、救命処置をしない場合、家族への説明と同意の取付けは不可欠である。キーワード間質性肺炎、ショック、救命処置、看取り、法的因果関係、高度の蓋然性、相当程度の可能性

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第295回 「効果が乏しい医療」に新たに「腰痛症(神経障害性疼痛を除く)に対するプレガバリン」追加、近い将来査定の対象に

「神経障害性疼痛ではない腰痛には効かない」と国が判定こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は、茨城県桜川市で有機農業を営む大学の先輩宅へ農作業の支援に行ってきました。筑波大学近くの公園で落ち葉を拾い集め、軽トラックに乗せて農園まで運び、腐葉土にする準備を行いました。落ち葉を竹製の手箕(てみ)で拾い集めるという単純な作業です。しかし、落ち葉を拾う時の中腰の姿勢はつらく、目一杯落ち葉を詰めたネットの袋は15~20kgほどの重さになります。中高年にとってこうした冬の屋外での農作業は、腰痛悪化やぎっくり腰再発などと隣合わせで、それなりのリスクを伴うものです。とは言え、参加者全員なんとか無事に20袋ばかりの落ち葉を拾い集めることができ、ご褒美に茨城・大洗沖で採れたアンコウの鍋をご馳走してもらいました。さて今回はプレガバリンの話題を取り上げます。厚生労働省は11月27日に開いた社会保障審議会医療保険部会で、「効果が乏しい医療」に神経障害性疼痛ではない「非神経障害性腰痛症」に対するプレガバリン(商品名:リリカなど)の処方を追加する案を出し、同部会は了承しました。また、医療費の適正化に向け、「効果が乏しいというエビデンスがあることが指摘されている医療」を今後も探して評価を検討していく方針も示されました。とくに整形外科で多用されており、私もかつて「四十肩」の治療で、NSAIDsに追加する形で処方されたこともあるプレガバリンですが、「神経障害性疼痛ではない腰痛には効かない」と国が判定を下したわけで、現場の診療に少なからぬ影響が出そうです。「十分な効果があるというエビデンスがない医療といったものを保険対象から外すという見直しも図っていくべき」と医療保険部会「効果が乏しい医療」とは、2023年に策定された2024~29年度の第4期医療費適正化計画の中で「新たな目標の設定」として盛り込まれた「医療資源の効果的・効率的な活用」で挙げられた「効果が乏しいというエビデンスがあることが指摘されている医療」のことを指します。同計画策定時、「効果が乏しい医療」としては「急性気道感染症・急性下痢症に対する抗菌薬処方」が挙げられていました。その後、医療保険部会では「無価値医療、すなわち効果があるというエビデンスが十分ない医療や、低価値医療、これは仮に効果があるというエビデンスがあったとしても、その効果が小さく、つまり十分な効果があるというエビデンスがない医療といったものを保険対象から外すという見直しも図っていくべき」といった意見が出され、さらなる探索・検討が行われてきました。その結果、今回、「腰痛症(神経障害性疼痛を除く)に対するプレガバリン」が新たに追加されることになったわけです。今後、効果が乏しい医薬品として都道府県が患者や医師への周知を行うことになります。2028年度診療報酬改定での取り扱いについて中医協で審議予定医療保険部会に出された厚労省の資料には、「プレガバリン(商品名 リリカ錠)の効果・効能は神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛。薬理作用はカルシウムチャネルα2δ遮断薬。神経障害性疼痛では有効なケースもあるが、非神経障害性腰痛では効果が限定的。めまい・眠気などの副作用が比較的多い薬と一般的に言われている。先行研究では、腰痛に対するプレガバリン処方が効果が乏しい医療として指摘されている」とその理由が書かれています。この決定がすぐさま「保険診療での査定」につながるわけではありませんが、今後、関係学会と調整後、次々期、2028年度診療報酬改定での取り扱いについて中央社会保険医療協議会で審議が行われ、審議結果に即した診療報酬上の対応が決定されることになります。将来的には神経障害性疼痛ではない腰痛症には処方できなくなると考えられます。なお、医療費適正化計画基本方針は次のように変更されます(下線部追記)。第1 都道府県医療費適正化計画の作成に当たって指針となるべき基本的な事項一 全般的な事項(略)二 計画の内容に関する基本的事項1 (略)2  医療の効率的な提供の推進に関する目標に関する事項(1)~(2)(略)(3)急性気道感染症及び急性下痢症の患者に対する抗菌薬の処方、神経障害性疼痛を除く腰痛症の患者に対するプレガバリンの処方といった効果が乏しいというエビデンスがあることが指摘されている医療や白内障手術及び化学療法の外来での実施状況などの医療資源の投入量に地域差がある医療については、個別の診療行為としては医師の判断に基づき必要な場合があることに留意しつつ、地域ごとに関係者が地域の実情を把握するとともに、医療資源の効果的かつ効率的な活用に向けて必要な取組について検討し、実施していくことが重要である。(略)プレガバリンの年間薬剤費は約60億円との推計、その半分の30億円が削減目標日経メディカルなどの報道によれば、プレガバリンの年間薬剤費は約60億円と推計されており、その半分の30億円が削減目標になる見込みだそうです。第4期医療費適正化計画(2024~29年度)では、急性気道感染症・急性下痢症に対する抗菌薬処方の適正化で約270億円、入院で行う白内障手術や化学療法の適正化で約106億円の削減を見込んでおり、プレガバリンの削減分はそれに加わる形となります。プレガバリンは、日本ではごく軽症の痛みに対しても多く処方されている薬です。神経障害性疼痛の薬となっていますが、そんなことお構いなく、整形外科などで漫然と投与されている印象です。私自身、近所の整形外科で「四十肩」に処方されたときは驚きました。「効くのかな」と思い数日飲んでみたのですが、顕著なふらつきが出て、怖くなって止めました。その後、「四十肩」は3ヵ月余りで自然と治りました。国は「効果が乏しいというエビデンスがあることが指摘されている医療」を今後も探し出し、医療費適正化計画にも盛り込んでいく計画とのことですが、プレガバリンは、その副作用から転倒骨折や交通事故の危険性も高く、もっと早くに”適正化”が行われてしかるべきだった気がします。「効果が乏しい医療」のさらなる探索と検討に期待したいと思います。参考1)第4期医療費適正化計画における医療資源の効果的・効率的な活用について/厚生労働省

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