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第19回 点滴に1日数百万円!? 拝金主義にまつわるアメリカのダークサイド先日、1本の電話が薬剤部からかかってきました。「この薬は一晩で数百万以上かかるのですぐにやめてほしい」。日本でもよく使用している薬だったので、まさに寝耳に水でした。その薬とは、イソプロテレノールという点滴です。日本ではプロタノールとして販売されています。事の成り行きはこうです。心拍数30前後の洞不全症候群の患者が入院してきました。心拍数が継続的に30以下になり、めまいを訴えたため、日本でもよく使用していたイソプロテレノールの点滴静脈注射を開始しました。患者の心拍は上昇し、朝まで問題なく経過したのですが、翌日の昼になり薬剤部から上記の苦情が入り、ドパミンに切り替えました。なぜ、そんな値段になるのか半信半疑で計算してみました。イソプロテレノールを、体重50Kgの患者に対し0.2μg/kg/min(最大投与速度)で1日使用したとすると、1時間当たり0.6mg必要となり、0.2mg入りのバイアルが3A必要となります。日本では、1バイアル226円ですから、時間当たり678円となります。これを一晩12時間使用しても8,136円です。ところがアメリカでは、0.2mg/mLの1mLの価格が1,766ドル(20万円!!)で、日本の約1,000倍近い値段です(「UpToDate」記載の価格による)。したがって、12時間使用すると確かに6万3,576ドル (724万円)となります。薬剤部と製薬会社との交渉で多少ディスカウントがあるようですが、それでも数百万はかかります。数年前までは1A当たり 44.5ドルで、現在の日本の価格の4倍程度でした。ところが、Marathon Pharmaceuticals社が権利を買収し、218.3ドルまで値段を釣り上げます。さらに、この会社はValeant Pharmaceuticals社に買収されます。この会社はなんと1A当たりの値段を1,200ドルまで値上げします。つまり、たった数年の間に30倍にまで値段が上昇したわけです。実は、このことは米国不整脈学会(HRS)でも問題視されています。HRSはロビー活動を行い、製薬会社に対し、必要な薬を常識的な価格で供給するよう働きかけています。ご存じかも知れませんが、このようなことは、他の薬でも起きています。少し前の話になりますが、コルヒチンもその一つです。古代ギリシャ時代から3,000年以上も使用されているコルヒチンですが、1ドル10セント程度だったのが、突然5ドルに値段が引き上げられました(詳細は、Aaron Kesselheim医師によるNew England Journal of Medicineの論文をご参照ください)。日本でもニュースになっていましたが、マラリアやトキソプラズマ症などの寄生虫感染症治療薬であるダラプリム(商品名:ピリメタミン)もその一つです。Turing Pharmaceuticalsという2015年に新しく作られた製薬会社は、ダラプリムの権利を買い占めます。その後、1錠当たり13.5ドルだったダラプリムは、一晩で750ドル、50倍以上に釣り上げられました。Martin ShkreliというCEOは批判を浴びますが、「Aston Martinを自転車の値段で売っている会社があれば、その会社を買収し、Toyotaの値段をつける。これが罪になるとは思えない」と主張しています。彼は投資家であり、最初からこのスキームで売り上げを上げるために会社を買収しているわけですから、悪いとも思っていないでしょう。消費者から反感を買ったMartin Shkreliは、結局、証券取引にまつわる詐欺容疑で逮捕され、CEOを辞めることになりました。Turing社も一度は値下げをすると発表しましたが、いまだに1錠750ドルのままです。日本と違い、米国では製薬会社が薬剤の値段を自由に決められます。複数の製薬会社が同じ薬剤を製造しているのなら、競争原理が働くため問題はありませんが、これらの会社はそういった複数の会社を買収することで、その薬の販売権利を独占します。そのようなCEOや会社は、いかにお金を稼ぐかしか考えていませんから、患者や国にどのような負担が増えるかは気にしていません。悲しいことですが、これが米国の拝金主義の現実です。医師としては、使用する前に薬の値段をチェックすればよかったと反省しています。拝金主義者の常識はずれな値段決定と比べると、厚生労働省が価格を決定する日本のような価格統制のほうが好ましいように感じます。【訂正のお知らせ】本文内に誤りがあったため、一部訂正いたしました(2017年5月23日)。