3050.
重症者病床1床あたり1,950万円で民間は動くか?こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。緊急事態宣⾔を機に、政府はやっと民間病院に対して、コロナ病床確保の協力を要請する姿勢を明確に打ち出し始めました。国は、緊急事態宣⾔が再発令された1都3県で医療機関が新型コロナの対応病床を新たに増やした場合、従来の補助⾦に1床当たり450万円を追加。それ以外の道府県での増床に関しては1床当たり300万円を上乗せすることを決めました。これで、重症者病床1床あたりの補助額は東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県では1,950万円に、それ以外の道府県では1,800万円になります。こうした経済的誘導の施策を踏まえ、⽥村 憲久厚⽣労働大臣は、8⽇の閣議後の記者会⾒で「今までコロナの患者に対応していない医療機関も新たに対応いただければありがたい」と話しました。さらに田村厚労大臣は、出演した10日のフジテレビの「日曜報道 THE PRIME」において、「医療経営には、不安をなるべく持っていただかないようにという、こういうもの(補助金)も用意しながら、厚労省、また自治体、協力して民間病院の皆さま方に、なんとか力を貸していただきたいというお願いをさせていただいて、なんとかコロナ病床を増やしていこうと努力をしている」と話し、コロナ患者用の病床を確保するために、民間病院に協力を求めることを明言しました。現状、有事であっても民間病院に対しては“お願い”ベースでしか病床確保を要請できないのが、日本の医療提供体制の一つのネックだと言われています。こうした要請を受け、年末に国民に感染防止対策に協力を呼びかけた日本医師会をはじめとする医療関係団体が、具体的にどんなアクションを起こすのか、注視したいと思います。お騒がせの三重大病院臨床麻酔部さて、今回はまたまた三重大臨床麻酔部の話を取り上げます。三重大臨床麻酔部についてはこの連載でも、「第25回 三重大病院の不正請求、お騒がせ医局は再び崩壊か?」でランジオロール塩酸塩の不正請求が発覚し、医局崩壊が再び始まるであろうことについて、「第36回 元准教授逮捕の三重大・臨床麻酔部不正請求事件 法律上の罪より重い麻酔科崩壊の罪」では、48歳の元准教授の男が公電磁的記録不正作出・同供用の疑いで津地方検察庁に逮捕されたことについて書きました。今回、54歳の元教授(先に逮捕された元准教授の上司)が、別件の贈収賄事件でとうとう逮捕されました。しかも、昨年問題となったランジオロール塩酸塩の不正請求関連ではなく、医療機器の納入に便宜を図る見返りとして、業者に現金を元教授が代表を務める法人の口座に振り込ませた疑いによる逮捕です。別件の捜査をしっかりと進めていた愛知・三重の両県警朝日新聞や日本経済新聞などの報道によると、愛知・三重の両県警は1月6日、三重大病院臨床麻酔部の元教授ら医師2人を第三者供賄の疑いで逮捕しました。同時に贈賄容疑で日本光電工業の中部支店の社員3人も逮捕しました。元教授の逮捕容疑は2019年8月、病院で用いる生体情報モニターを日本光電製に順次入れ替えるよう取り計らう見返りに、自身が代表理事を務める一般社団法人の口座に200万円を振り込ませた疑いです。逮捕されたもう一人の医師は臨床麻酔部の元講師であり、一般社団法人の監事を務めていました。元教授には入札の技術審査の権限があり、大学に日本光電の機器が確実に受注できるような仕様書を提出。その結果、2019年以降に3回あった生体情報モニターの一般競争入札に参加したのは同社製を扱う業者1社のみだったとのこと。各紙報道によれば、三重大病院は6年間で約1億7,000万円をかけてモニターを入れ替える計画で、日本光電の製品は2019年1月~2020年7月にかけて合計約3,800万円分を落札した、ということです。逮捕された日本光電社員については、落札業者に依頼し、モニターの落札当日に200万円を一般社団法人の口座へ入金した疑いが持たれています。忘れていた頃に、話題となった薬剤の不正請求ではなく、まったくの別件、医療機器導入に関する贈収賄で逮捕されるとは、この元教授、なかなかの“やり手”だったようです。ランジオロール塩酸塩の不正請求で捜査を進めていたのは三重県警ですが、今回の事件では愛知県警との合同捜査本部が設けられ、逮捕も両県警によるものです(贈賄側の日本光電の中部支店が名古屋だからでしょう)。ランジオロール塩酸塩の不正請求事件を機に捜査が始まったのか、それ以前からさまざまな情報が警察に寄せられ、立件できる事案のみ捜査が進められたかは不明ですが、このコロナ禍の中、正月明け早々に逮捕に踏み切ったことに捜査本部の意気込みが感じられます。元教授が問われた「第三者供賄罪」とは?1月7日付の日本経済新聞は、元教授が賄賂の受け皿のために一般社団法人を設立した疑いがある、と書いています。同紙によれば、「法人は『地域医療を担う麻酔科医に高度な専門性を与えること』を目的に、19年5月末に設立された。翌6月に口座を開設し、別の企業からの入金も含め計400万円が振り込まれた。このうち約250万円は同容疑者が臨床麻酔部の同僚らとの飲食代に充てたとみられる」とのこと。さらに、「ほかの複数の業者にも同じような発言で現金提供を求めていた。両県警は法人を受け皿にすることで使途が自由な資金を集める狙いがあったとみている」とのことです。元教授の逮捕容疑は「第三者供賄」です。これは公務員が職務に関して請託(依頼)を受け、自分以外の第三者、この場合は一般社団法人を受領者として金品などの賄賂を供与させた場合に成立する罪です。元教授は国立大学の職員、つまり公務員であったため、同罪に問われることになったわけです。整形外科医巨額リベート事件との違いそう言えば本連載の「第35回 著名病院の整形外科医に巨額リベート、朝日スクープを他紙が追わない理由とは?」では、米国の医療機器メーカー・グローバスメディカルの日本法人が、同社の機器を購入した病院の医師に対し、売上の10%前後をキックバックしていた事件を取り上げました。この事件でも、医師本人ではなく、各医師や親族らが設立した会社に振り込むかたちでキックバックが行われていました。しかし、彼らのケースで警察は動いていません。報道等によれば、金銭を受け取った医師らは東京慈恵会医科大学病院や岡山済生会病院など民間の医療機関の所属であり、第三者供賄などの贈収賄の罪が成立しないからだとみられます。そう考えると、グローバスメディカルの日本法人は、公務員の医師を対象から除き、民間の大病院の医師だけをターゲットとしてキックバックのスキームを活用していたのかもしれません。国公立病院なら逮捕され、民間病院なら逮捕されないという不公平は、刑法の決めごとなので仕方ありません。ただ、第35回でも書いたように、公民限らず医療機関は購入した医療機器や医療器具を保険診療で使用することで診療報酬を得て、採算を取り、利益を得ます。その利益をまた機器購入の代金に回すわけですが、もし機器の価格にリベートが予め含まれているとしたら、それは大きな問題でしょう。麻酔科学会が理事長声明ところで、今回の元教授に逮捕に関連して、日本麻酔科学会は理事長名で「本学会会員の逮捕報道に関する理事長声明」を1月6日にサイトで公表しました。それは、以下のような内容です。本日、本学会会員の医師を含む4名が贈収賄の疑いにより逮捕されたと報道されました。この会員の所属施設ではすでに同僚が公電磁的記録不正作出・同供用容疑で逮捕されております。被疑事実の真偽については、今後の捜査及び裁判の進捗を待つことになりますが、そのことが真実であるとすれば、そのような行為は到底許されるものではなく、まことに残念というほかありません。会員の皆様におかれましては、あらためて高い倫理観を持ち、各人が責任ある行動をとっていただけますようお願いいたします。医師が起こした刑事事件で学会が声明を出すのは異例のことだと言えます。「高い倫理観を持ち、各人が責任ある行動を」とのことですが、三重大病院の一連の事件は、医師の「プロフェッショナル・オートノミー(専門職自律)」がいかに頼りなく、脆弱なものかを改めて感じさせるものでした。