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「確認が増える=非効率」は本当か?「確認項目がまた増えた」「チェックリストの入力に時間がかかる」「昔はもっとシンプルに診療できた」――。医療安全のために新しいルールやプロトコルが導入されるたび、このように感じた経験のある医師は少なくないのではないでしょうか。患者確認、タイムアウト、チェックリスト、記録、申し送り。医療の安全性を高めようとすれば、確認すべき項目は増えていきます。そのため、「安全性を高めれば業務が増え、生産性は下がる」という印象を持ちやすいものです。しかし、本当にそうでしょうか。私は眼科医として白内障手術に携わる一方、MBAで経営学を学んできました。その両方の立場から医療現場を見ていると、医師の生産性を左右するのは、必ずしも医師自身が「速く働けるか」ではありません。むしろ重要なのは、医師が働くプロセスそのものが、どれだけ合理的に設計されているかです。データで検証:標準化で「手術室滞在時間」が7.3分短縮した私たちは以前、国際的な医療機関認証制度である「Joint Commission International(JCI)1)」の認証取得に向けた周術期プロトコルの標準化が、白内障手術の効率性にどのような影響を与えるかを検討しました2)。プロトコルの標準化の過程で重要なのは、単に規則を増やすことではありません。医療のプロセスを明確にし、組織として安全で一定水準の医療を提供できる仕組みを構築することです。当施設でも、JCI認証取得の過程で、患者確認やタイムアウト、記録など、手術前後のプロセスを見直し、標準化を進めました。そこで一つの疑問が生まれます。「安全のために確認事項を増やせば、手術室の効率は低下するのではないか?」これを実際のデータで検証したのが、私たちの研究です。2014年3月~2016年6月に 局所麻酔下で白内障手術を受けた3,127例(JCI認証前:2,581例、認証後:546例)を対象に、手術室滞在時間を比較しました。【研究結果:滞在時間の変化】総手術室滞在時間:40.1分→32.8分(平均7.3分短縮)術前時間:19.8分→13.9分術後時間:3.5分→2.6分実際の手術時間:16.8分→16.2分(有意差なし)結果として、総手術室滞在時間は患者1人当たり平均7.3分短縮しました。大きく変化したのは手術そのものではなく、その前後です。実際の手術時間は単純比較では統計学的な有意差を認めませんでした。つまり、術者が急いで手術をしたから全体が速くなったのではなく、周術期のプロセスが効率化された結果として、患者の手術室滞在時間が短くなったと考えられます。「手術を速くする」だけが生産性向上ではない医師の生産性向上というと、「1時間により多くの患者を診る」「手術そのものを短くする」と考えがちです。しかし、高度に専門化された医療では、医師自身の作業時間だけを短縮することには限界があります。本研究では、白内障手術そのものの平均時間は16~17分程度でした。それに対し、標準化に伴って総手術室滞在時間は平均7.3分短縮しています。論文では、この7.3分は施設における平均白内障手術時間(16.7分)の43.7%に相当し、「3件の手術を行えば、時間の上ではさらに1件の手術を行えるだけの余裕が生まれる計算になる」と考察しています。もちろん、これは実際に手術件数が33%増えたことを示したものではありません。あくまで、短縮された時間を手術時間に換算した考察です。それでも、この数字が示す意味は大きいでしょう。医師の周囲にあるプロセスを改善することにも、大きな生産性向上の余地があるということです。これは外来診療でも同じです。患者が来院してから診察を終えるまでには、受付、問診、検査、診察、追加検査、説明、予約、会計など、多くの工程があります。医師が診察時間を1分短縮することだけを考えるより、検査の順番、患者動線、電子カルテへの情報入力、スタッフ間の情報共有を改善したほうが、診療全体の生産性が大きく向上することがあります。医師の生産性向上とは、必ずしも医師を速く働かせることではないのです。定型業務の「迷い」を減らし、本当に重要な判断に集中する標準化には、もう一つ重要な効果があります。それは、医療従事者がその都度判断しなければならないことを減らすことです。「次に何をするのか」「誰が確認するのか」「どこに記録するのか」が毎回違えば、そのたびに確認やコミュニケーションが必要になります。逆にプロトコルが明確なら、医師やスタッフは次の行動を予測しやすくなります。本研究でも、標準化された記録やタスクが効率向上に重要であり、手術準備や医療スタッフ間のコミュニケーションといった非手術部分の改善が、時間短縮につながった可能性を論じています。医師にとって、この意味は小さくありません。診断、治療方針、手術適応、術中判断、患者への説明など、医師には高い集中力を必要とする仕事があります。一方、「この書類はどこに置くのか」「次の検査は誰に依頼するのか」といった定型的な判断にも、時間と注意力は消費されます。標準化は、単に数分を節約するためのものではありません。定型業務に費やしている医師やスタッフの認知資源を、患者ごとに異なる重要な判断へ戻すための仕組みとも考えられるのです。安全性と生産性は本当にトレードオフなのか?では、効率を高めることで安全性が犠牲になってはいないのでしょうか。本研究では、白内障手術に関連する合併症は、JCI認証前が2.8%(72例)、認証後が3.3%(18例)であり、両群に統計学的な有意差は認めませんでした。したがって、この研究から「標準化によって安全性そのものが向上した」と断定することはできません。しかし少なくとも、手術室利用の効率が改善した一方で、観察された合併症率の有意な増加は認めなかったといえます。安全性と生産性を、単純なトレードオフとして考える必要はないのです。むしろ適切な標準化によって、確認方法や役割が明確になり、ばらつきや手戻りが減れば、以下のような関係も成立し得ます。1.安全のための標準化を行う2.プロセスのばらつきが減る3.コミュニケーションや準備が円滑になる4.安全性を損なわず効率が改善する標準化は「画一的な医療」と同じではない一方、医師には標準化に対する抵抗感もあります。「患者は一人ひとり違うのだから、マニュアル通りにはいかない」――これはもっともな指摘です。しかし、標準化すべきなのは、患者ごとの医学的判断そのものではありません。患者確認の方法、検査の手順、器具の準備、情報共有、記録など、毎回同じように実施できる部分を標準化するのです。そうすることで、むしろ医師は個別化すべき部分に集中できます。たとえば白内障診療でも、患者確認や術前準備は標準化できます。一方、手術適応、眼内レンズの選択、難症例への対応、患者の生活背景や希望を踏まえた意思決定は、医師による個別の判断が必要です。私はこれを、「標準化できるものは標準化し、個別化すべきものに医師の能力を集中する」と考えています。標準化は医師の裁量を奪うものではなく、むしろ医師が裁量を発揮すべき領域を守るためのものなのです。認証そのものではなく、認証に向けた「改善の過程」に意味があるもう一つ、この研究には興味深い点があります。JCI認証日は2015年12月12日でしたが、月ごとの総手術室滞在時間を見ると、その低下は認証の約2ヵ月前、2015年10月頃から始まっていました。著者らは、これはJCI認証取得に向けて標準化が段階的に導入され、医療スタッフの行動が徐々に変化したためではないかと考察しています。つまり、「認証を取得したから突然生産性が上がった」のではありません。認証取得に向けて、現場のプロセスを一つずつ見直し、標準化していった過程そのものが改善を生んだと考えるほうが適切でしょう。これは経営の視点から見ても重要です。認証制度や新しいルールを導入する目的は、「認証を取ること」や「チェック項目を埋めること」ではありません。その過程を利用して、組織の仕事の進め方そのものを見直すことに意味があります。医師個人ではなく「システム」のパフォーマンスを見るMBAで経営学を学ぶと、生産性を個人の努力だけで考えないことの重要性に気づきます。どれほど優秀な医師が速く診療しても、その前後の検査や会計で患者が滞留していれば、医療機関全体の生産性は上がりません。反対に、医師自身の診察時間が変わらなくても、検査、患者動線、情報共有などを改善すれば、患者の待ち時間を減らし、同じ医療資源でより多くの患者に医療を提供できる可能性があります。つまり、「医師個人のパフォーマンス→チームのパフォーマンス→医療システム全体のパフォーマンス」という視点が必要なのです。医師のパフォーマンス向上とは、医師をさらに忙しく働かせることではありません。医師にしかできない仕事に、医師の時間と能力を集中させることです。そのためには、「自分がもっと頑張る」だけでなく、日々行っている診療を一度プロセスとして眺めてみる必要があります。毎回やり方が違う仕事はないか。同じ確認を複数の人が繰り返していないか。医師でなくてもできる仕事を医師が抱えていないか。標準化できるにもかかわらず、毎回ゼロから判断していることはないか。こうした小さな「ばらつき」を減らすことが、安全性と生産性を両立させる第一歩になります。優秀な医師が頑張ることで成り立つ医療から、優秀な医師が能力を最大限発揮できる仕組みへ。プロトコルの標準化は、そのための有力な手段の一つなのです。注釈・参考文献1)Joint Commission International(JCI):米国のThe Joint Commissionを母体とする国際的な医療機関認証制度。患者安全と医療の質向上を重視し、患者確認、医療者間のコミュニケーション、高リスク薬の安全管理、手術部位や患者の確認など、国際患者安全目標(International Patient Safety Goals:IPSGs)に基づく基準を設けている。JCI認証では、現場の運用、職員へのインタビュー、診療記録などを通じて、医療機関が定められた基準を満たしているかが評価される。2)Okumura Y, Inomata T, et al. Shortened cataract surgery by standardisation of the perioperative protocol according to the Joint Commission International accreditation: a retrospective observational study. BMJ Open. 2019;9:e028656.