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がん研有明病院、病床数を削減し、外来機能を拡充

 公益財団法人がん研究会 有明病院(東京都江東区、病床数644床)は、「病院機能・フロア見直しプロジェクト」の第1弾として、5階西病棟の42床を閉鎖し、外来治療センターを移転・拡充した。2025年9月に新センターが稼働を開始し、10月20日には報道向け説明会・見学会が行われた。入院日、稼働率減の一方で、外来化学療法件数は増加 説明会では渡邊 雅之副院長が登壇し、プロジェクトの背景を説明した。「診療報酬の伸び悩み、人件費・薬剤費の上昇などにより、2024年度は4分の3の病院が医業利益で赤字となっている。当院においてもコロナ禍から順調に収支を回復してきたものの、ここ数年の人件費、薬剤・材料費の高騰が大きく響き、2025年度は赤字の見込みとなっている」とした。 同院においては、低侵襲手術の普及などにより平均在院日数は直近の10年間で13日から11日に短縮、病床稼働率も80%台前半まで低下した。一方、外来薬物療法の実施数は約3万件から3万7,000件へ増加、治験の受託件数も約2,800件(2019年)から4,300件(2023年)へと拡大している。渡邊氏は「今後も病床稼働率の改善は見込めない。外来薬物療法の強化を軸とした改革が不可避だ」とし、今回の外来治療センター改修はこの改革の中核施策に位置付けられるものだとした。同フロアに調剤室を配置し、導線を改善 新たな外来治療センターは、これまで1、2階に分散していた外来機能を5階に統合し、延床面積を約620m2から1,073m2へ拡張。リクライニングチェアとベッドの合計数を75床から83床に増やし、個室ブースも整備。患者が快適に過ごせるよう、ゆったりとした待合室と治療後に利用できるパウダーコーナーを新設した。調剤室を地下から同じフロアに移設することで、薬剤師、看護師を中心としたスタッフの動線が短縮し、投与前確認や副作用対応も迅速化したという。 説明会で登壇した副院長・消化器化学療法科部長の山口 研成氏は「免疫チェックポイント阻害薬やADC(抗体薬物複合体)などの新薬が増え、患者の予後が改善される一方で、治療期間は長期化している。副作用対応や多職種連携を行うためには、外来の専用空間をより充実させることが不可欠になっている」と説明。外来化学療法部長の陳 勁松氏も「以前行った当院の調査では、患者さんの63%が外来治療を希望していた。今後も多くの診療科で外来治療件数の増加が予測されており、今回の新治療センターは患者と医療者双方のニーズに合致するものだ」と述べた。2026年春には「トータルケアセンター」も集約 プロジェクト第2弾として、2026年春には2階に「トータルケアセンター」が移設される予定だ。同センターは医療連携部と患者・家族支援部で構成され、地域連携室、がん相談支援センター、就労・サバイバー支援機能などをワンストップで提供し、がん患者の治療から社会復帰までを包括的に支援する体制を整える。 渡邊氏は、「外来薬物療法の拡充は患者の希望にも合致するものだ。しかし、今の診療報酬体系では外来より入院に重きが置かれ、薬剤費の高騰の影響もあって外来診療の採算が見合っていない現状がある。この点は政府に改善を求めつつ、外来主体の医療モデルに転換し、限られた資源の中で持続可能ながん医療を提供していきたい」と述べた。

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第263回 インフルエンザ全国で流行入り、ワクチンは11月末までに接種を/厚労省

<先週の動き> 1.インフルエンザ全国で流行入り、ワクチンは11月末までに接種を/厚労省 2.公立・大学病院の赤字拡大が過去最大に、人件費高騰で持続性に黄信号/総務省 3.機能強化型在支診・在支病を再定義へ 緊急往診・看取りなどの評価へ/中医協 4.周産期・小児医療の集約化が本格議論へ、地域単位での再編を/厚労省 5.医療事故調査制度創設10年、医療事故判断のプロセスを明文化へ/厚労省 6.有料老人ホーム、囲い込み禁止へ 登録制で参入規制強化へ/厚労省 1.インフルエンザ全国で流行入り、ワクチンは11月末までに接種を/厚労省厚生労働省は、9月22日~28日のインフルエンザの定点報告で患者数4,030人、定点当たり1.04人とし、全国流行入りを公表した。昨季より約5週早く、過去20年で2番目の早さである。定点1を超えたのは15都府県で、沖縄8.98、東京1.96、鹿児島1.68などが高かった。保育園・学校などの休校・学級閉鎖は135施設(前週比増)、東京都内でも9月だけで61件の集団感染が報告された。流行前線は、観光地を含む関東・関西・九州・沖縄で目立ち、今季は台湾・香港で夏に流行したA型(H3N2)が国内でも主流になる可能性が指摘されている。インバウンドや海外渡航を介したウイルス流入が早期流行に影響したとの見方が有力。一方、新型コロナの定点は5.87(前週比0.85倍)と2週連続の減少で、呼吸器感染症の鑑別と同時流行への備えが求められる。新型コロナウイルスの流行は例年どおり12月末~2月と見込まれているが、寒冷化とともに患者は増えるため、高齢者・基礎疾患・小児にはワクチン接種を推奨する。なお、インフルエンザワクチンとして、2~18歳には、経鼻生ワクチン(商品名:フルミスト)が昨季から接種可能で、発症リスクを約28.8%低下させる国内成績がある。副反応は、鼻閉・咳などが多く、妊娠・免疫不全・重度喘息、授乳や同居に免疫不全者がいる場合は不活化ワクチンを用いる。基本対策(手洗い、混雑場面でのマスク、体調不良時の外出回避)を徹底し、学齢期の動向に留意した上で、重症化リスクへの早期介入(抗インフルエンザ薬の適応判断、合併症監視)を行いたい。なお、定点数縮小に伴い今季は「流行レベルマップ」と全国推計患者数の公表が停止されている。 参考 1) インフルエンザ全国で流行入り 厚労省、過去20年で2番目の早さ(日経新聞) 2) インフルエンザ、はや流行期入り 昨シーズンより5週早く 厚労省(朝日新聞) 3) インフルエンザ流行入り、2023年除き2番目の早さ…専門家「訪日客の増加が影響」(読売新聞) 2.公立・大学病院の赤字拡大が過去最大に、人件費高騰で持続性に黄信号/総務省総務省が明らかにした地方公営企業決算によると、2024年度の公立病院事業の経常赤字は3,952億円と過去最大(前年2,099億円の約2倍)となった。844病院のうち83.3%が赤字に陥った。要因は賃上げによる人件費の増加、医薬品や診療材料費の上昇、エネルギー価格の高騰で、2025年度の経営状態について、各団体の試算・発言からは厳しい発言が相次いでいる。四病院団体協議会の定期調査でも、2025年6月単月の経営は前年同月よりさらに悪化しており、24年度通年も医業収支・経常収支とも悪化し、赤字病院割合の上昇が報告された。大学病院の打撃はより深刻とされており、全国医学部長病院長会議の集計では、81大学病院の24年度経常赤字は計508億円に拡大(医薬品費+14.4%、診療材料費+14.1%、給与費+7.0%)している。国立大学病院は25年度、経常赤字が400億円超へ拡大する見通しで、42病院中33病院が現金収支赤字に転落する見込み。このため医療機器の更新や建物整備の先送りが常態化し、高度医療や医学研究や人材育成に支障が出始めている。赤字拡大を受けて、病院団体からは2026年度の診療報酬改定に向けて診療報酬の引き上げ要求が相次いでいる。物価・賃金上昇の「2年分」を本体に反映する大幅プラス改定(四病協・大学病院団体は10%超~約11%を要望)、必要なら期中改定の実施も求めている。このほか、急性期の入院基本料や救急・周産期・小児などの基礎コストを底上げし、夜間・時間外、救急搬送受け入れ、重症患者対応の評価を拡充も求めている。さらに働き方改革に伴う人件費増(医師時間外上限、看護職の処遇改善など)を恒常費として補填も求めている。さらに医薬品・診療材料の市況高騰を包括点数や出来高評価に機動的に転嫁(DPC包括の原価乖離補正、材料価格スライド)するほか、高額な医薬品については費用対効果評価の厳格化・再算定を進め、真に臨床的価値の高い薬剤の適正評価を求めている。また、緊急の補正予算による機器更新・老朽施設更新の原資を確保するほか、地域医療構想のために、地域医療が弱体化しないように、過疎・離島や大学の医師派遣機能に配慮した加算の新設を求めている。同じく大学病院団体側は「このままでは高度医療・人材育成・研究の基盤が損なわれる」とし、診療報酬と公的支援の両輪による早期の資金手当てを求めている。今後、患者負担・給付と負担の議論が行われ、次年度の改定を前に政府で社会保障費について検討される見込み。 参考 1) 令和6年度地方公営企業等決算の概要(総務省) 2) 「令和6年度大学病院の経営状況」(国立大学病院長会議) 3) 全国の公立病院、24年度は過去最大の赤字 人件費増が重荷に(日経新聞) 4) 病院経営がさらに悪化、「かなり深刻」四病協調査 6月単月で(CB news) 5) 国立大病院の赤字、今年度は過去最大400億円超の見通し 物価高や人件費上昇(産経新聞) 6) 81大学病院の経常赤字は昨年より悪化、計508億円の赤字に(日経メディカル) 7) 2024年度に大学病院全体で「508億円の経常赤字」、22年度比で医薬品費が14.4%増、診療材料費が14.1%増と経営圧迫-医学部長病院長会議(Gem Med) 3.機能強化型在支診・在支病を再定義へ 緊急往診・看取りなどの評価へ/中医協厚生労働省は、10月1日に開かれた中央社会保険医療協議会(中医協)の総会で、2026年度改定に向け在宅医療の評価見直しを議論した。2020年から2040年にかけて、85歳以上の救急搬送は75%増加し、85歳以上の在宅医療需要は62%増加することが見込まれ、これに対して在宅医療の質的な充実が求められている。連携型の機能強化型在支診・在支病について、24時間往診体制の「実質的な貢献度」に応じた評価を導入すべきだと支払側が主張する一方、診療側は撤退誘発を懸念し、反対した。厚労省提示のデータでは、連携型在支診の往診体制時間は「常時」と「極めて短い」で二極化しており、緊急往診・看取り実績は在宅緩和ケア充実加算の要件超えが多数認められ、重症患者比率が高い施設も一定数あった。これらを踏まえ、(1)地域の中核として、十分な医師配置を行い、在宅での看取りや重症対応を実施して他機関を支援し、さらに医育機能も担う在宅医療機関を評価すること、(2)在宅緩和ケア充実加算を統合して再設計すること、の2点を主要論点として位置付けた。一方、診療側は、要件を強化したり医育機能を加算の要件に組み込んだりする案に反対を示した。併せて、包括的支援加算の算定にばらつきが生じていることから、要介護度の低い患者の割合を報酬に反映させる支払側の提案に対して、診療側は「要介護度が低くても、通院困難で在宅医療が必要な患者が多数存在する」ため、要介護度のみに着目した評価に反対した。へき地診療所については、派遣元が時間外対応を担う場合に在医総管・施設総管を算定できるようにする方向で双方が賛同した。さらに、退院直後の訪問栄養食事指導を新たに評価することも検討し、入退院支援から急変対応・看取りに至るまで在宅医療を整備し、評価にメリハリを付ける方針を、改定の論点として示した。今後、これらの論点についてさらに検討の上、来年度の改定に盛り込まれる見込み。 参考 1) 中央社会保険医療協議会 総会(厚労省) 2) 在宅医療及び医療・介護連携に関するワーキンググループにおける検討事項等について(同) 3) 訪問診療の報酬に「患者の状態」反映、厚労省案 要介護度低い割合など(CB news) 4) 「在宅医療及び医療・介護連携に関するワーキンググループ」の初会合が開催(日経メディカル) 5) 24時間往診体制への貢献度に応じた評価に意見が分かれる(同) 4.周産期・小児医療の集約化が本格議論へ、地域単位での再編を/厚労省厚生労働省は、10月1日に「小児医療及び周産期医療の提供体制等に関するワーキンググループ」を開催し、少子化と医師偏在の進行を踏まえ、周産期医療と小児医療の提供体制を抜本的に見直す方針を示した。従来の二次医療圏にこだわらず、地域の実情に応じて柔軟に医療圏を設定し、分散した医療資源を集約化する方向性である。小児医療・周産期医療のワーキンググループ(WG)で論点が示され、2025年度末までに一定の取りまとめを行う見通し。周産期医療では、ハイリスク分娩に限らず、一般的な分娩を含む医療圏の再編が検討される。出産件数の減少により、分娩取扱施設は全国で減少傾向にあり、とくに地方では産婦人科医や小児科医、助産師の確保が課題となっている。厚労省は、263ヵ所ある周産期医療圏を再構築し、妊婦健診や産後ケアを担う施設との連携を強化するとともに、周産期母子医療センターの整備や無痛分娩の安全提供体制も検討課題とした。参加した委員からは出生数が減ると分娩を取り扱う医療機関の経営が成り立たなくなるとの指摘もあり、さらに分娩施設の急減は安全確保に影響する可能性があり、早期の結論が求められている。一方、小児医療では、全国1,690病院のうち約48%が常勤小児科医2人以下にとどまり、医療資源の薄い分散配置が明らかとなった。厚労省は「小児医療圏」単位での集約化・重点化を提案し、2030年度から始まる第9次医療計画で具体化する考えを示した。小児医療圏は現行306ヵ所で、救急機能を含め常時小児診療を提供できる体制の確保を求める方針。また、地域で小児科の診療所が不足する場合には、病院の小児科が一般診療に参加し、内科医との連携やオンライン診療、「#8000」電話相談などを組み合わせて医療提供体制を維持する方策も提示された。厚労省は、今後の議論を通じて、人口減少下でも「安全に産み育てられる地域医療体制」の再構築を進める方針である。 参考 1) 第1回小児医療及び周産期医療の提供体制等に関するワーキンググループ(厚労省) 2) 常勤小児科医2人以下の病院が約半数 厚労省(CB news) 3) 周産期医療、ハイリスク分娩以外も集約化へ 年度末をめどに取りまとめ 厚労省(同) 5.医療事故調査制度創設10年、医療事故判断のプロセスを明文化へ/厚労省厚生労働省は、10月1日に開いた「医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会」で、医療事故調査制度の創設から10年を迎えるのに合わせ、医療機関が医療事故を判断する体制や手順を自ら定め、医療安全管理指針に明記する方針を示した。患者の予期せぬ死亡が「医療に起因するか」について医療機関と遺族が対立する事例が相次いでおり、判断の質と透明性を高める狙いがある。同制度は2015年に導入され、病院や診療所、助産所で医療に起因する、またはその疑いがある予期せぬ死亡が発生した場合、第三者機関への報告を義務付けている。しかし、事故に該当するかの判断を管理者が単独で行うことが多く、施設間で判断基準にばらつきがあった。今回の見直しでは、全死亡例を対象としたスクリーニング体制を構築し、疑義がある場合の検討過程を記録として残すことを求める。新たな指針では、医療事故に該当するかの検討を行う際の工程や、遺族からの申し出に応じて再検討する仕組みを明文化する。さらに、判断に至った理由、遺族への説明経過などを保存し、事後検証可能な形で管理することを義務付ける方針。また、厚労省は、管理者に対して医療事故調査制度の研修受講を促すとともに、未修了の場合は修了者である医師や看護師など実務担当者が支援できる体制を整えるとした。日本病院会の岡 俊明副会長は、「全死亡例を対象にスクリーニングし、判断根拠を明確に残すことが制度の信頼性向上につながる」と述べている。同制度は今年3月末までに3,338件の報告があり、厚労省は今後、関連指針の改訂を進める方針。 参考 1) 第4回医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会(厚労省) 2) 医療事故の判断、指針明記へ 遺族対応も、調査制度創設10年(共同通信) 3) 医療事故の判断プロセス、安全管理指針に明記へ 判断理由の記録も保存を 厚労省(CB news) 6.有料老人ホーム、囲い込み禁止へ 登録制で参入規制強化へ/厚労省厚生労働省は、10月3日に「有料老人ホームにおける望ましいサービス提供のあり方に関する検討会」を開き、有料老人ホームをめぐる規制強化の方針を示した。中重度の要介護者や医療ケアが必要な高齢者を受け入れる施設の一部について、現行の「届け出制」から「登録制」へ移行する方向で検討を進める。事業計画の不備や虐待などの行政処分歴がある事業者の参入を拒否できる仕組みを設け、質の担保と安全性確保を狙う。これまで届け出制では、行政が開設を拒めないことから、不適切な事業者が参入し、給与未払い・集団退職・転居強要などのトラブルも相次いだ。登録制では、参入要件を満たさない事業者に対し、開設制限をかけることが可能になる。同時に、介護サービス事業者との「囲い込み」の是正も進める。住宅型ホームで、入居契約時に提携する居宅介護支援事業所や介護サービスの利用を条件としたり、家賃優遇などで自法人サービスを誘導したりする行為を禁止する。さらに、かかりつけ医やケアマネジャーの変更を迫る行為も明確に禁止される。厚労省は、契約の透明化と利用者の選択権を守る観点から、契約締結・ケアプラン作成手順のガイドライン整備を義務付け、行政が事後的にチェックできる仕組みを設ける方針。今後、パブリックコメントを経て報告書をまとめ、老人福祉法改正を視野に制度化を進める。医療現場への影響としては、入居者の医療的ケア連携が明確化され、外部医師の関与が阻まれるリスクが減る点が挙げられる。今後は、地域医療連携室や在宅医が入居後も継続的に介入できる体制が求められ、医療と介護の分断是正に資する動きとなりそうだ。 参考 1) 有料老人ホームにおける望ましいサービス提供のあり方に関する検討会 とりまとめ素案(厚労省) 2) 重度者向け老人ホームに登録制検討 厚労省、質懸念なら参入拒否(日経新聞) 3) 老人ホーム「囲い込み」是正 ケアマネ変更の誘導・強要を禁止 厚労省 ルール厳格化へ(JOINT) 4) 有料老人ホーム、家賃優遇の条件付け禁止へ「囲い込み」対策 厚労省(CB news)

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肺高血圧症へのソタテルセプト、中リスク以上なら追加検討を/MSD

 肺動脈性肺高血圧症(PAH)において、肺血管リモデリング(細胞増殖)抑制を標的とする世界初のアクチビンシグナル伝達阻害薬(ASI)ソタテルセプト(商品名:エアウィン)が2025年8月18日に発売された。この疾患領域については2025年3月に診療ガイドラインが改訂1)されており、ソタテルセプトは推奨表25(p.91)や治療アルゴリズム(p.92、図18)にも掲載され、4系統目の薬剤としての期待が記されている。9月2日には発売を記念したMSDメディアセミナーが開催され、福本 義弘氏(久留米大学医学部内科学講座 心臓・血管内科部門 主任教授)が「肺動脈性高血圧症(PAH)治療 新規作用機序の新薬『エアウィン』への期待」と題し、PAHの現状や新薬の日本人における治療効果について解説した。PAHを疑ったらまずは心電図とX線を 肺高血圧症(PH)は原因や病態などにより第1~5群に分類される。PAHは第1群に位置し、典型的なPHの臨床像を示す疾患群とされ、特発性(原因不明)のものが国内外で最も多く臨床的に重要である。初期症状として息切れ、動悸、めまいなどがあり、進行すると右心不全の症状(むくみ、咳、失神、チアノーゼなど)を来す。福本氏は病態進展や背景について、「筋肉に負荷をかけるとボディビルダーの筋肉が巨大化するように、PAHでは右心室の筋肉に負荷が生じ、心室壁の肥厚に伴い右心室肥大となる。これまでの疫学調査によれば男女比1:2で20~40代の女性に多いと言われていたが、近年では高齢者や男性での診断率が増加傾向にある」と説明した。実際、国内での指定難病の受給者証所持数は2004年の約750例から2023年の4,682例に増加している。 その一方、PAHの疾患概念の普及率はいまだに低く、同氏は「確定診断に至る期間は平均20.2ヵ月を要する。若年者の息切れに対するエコー検査実施率は50.4%にとどまる。確定診断前にすでに心不全や基礎疾患の診断がついていることも早期診断・治療開始の足かせとなっている」と指摘。「発見するには身体所見による診断に心音(II音の亢進)が有用であるが、判断は難しい。心電図とX線の実施を推奨しているので、息切れの訴えがあれば、心エコー検査をせずともこの2つは経時的に実施してほしい」とコメントした。治療の変遷とソタテルセプトの有効性・安全性 次にPAHの治療法について、「新たな作用機序のソタテルセプトの登場により、患者のなかでもとくに予後の長い若年層の生命予後の延長が期待されている」と話した。日本では1999年にプロスタサイクリン製剤(PGI2)の発売を皮切りに、エンドセリン受容体拮抗薬(ERA)、ホスホジエステラーゼ5阻害薬(PDE5)、可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)刺激薬が用いられるようになった。その結果、今では5年生存率が約74~90%に向上しているが、PAHの疾患進行の初期は血管収縮の要素が大きく、進行すると肺血管リモデリングが進展する傾向にある。「既存の治療薬は作用機序が異なるもののいずれも血管収縮を抑制するもの。一方でソタテルセプトは細胞増殖を抑えることで肺血管リモデリングを抑制する。PAHの治療は、症状・活動制限を改善し、肺血管病変を抑制し、右心負荷を軽減させることを目的とするため、まずは既存の肺血管拡張薬で治療を開始し、改善が不十分な場合にはソタテルセプトを上乗せしていくことになる」と説明した。 PAH治療効果判定に重要な生命予後決定因子は5項目(平均肺動脈圧[mPAP]、肺血管抵抗[PVR]、WHO肺高血圧症機能分類[自覚症状・身体活動]、6分間歩行距離[運動能力]、NT-proBNP)があり、海外第III相STELLAR試験でも主要評価項目のPVR、平均mPAPを大きく改善していた。治療効果が高い反面、毛細血管拡張、頭痛、鼻出血などの副作用が認められたが、死亡例はなかった2)。本結果を踏まえて行われた実薬群のみの国内第III相020試験でも「同様の結果が得られていた」という。また、前述の試験よりWHO肺高血圧症機能分類の重症度が高い患者を対象とした海外第III相ZENITH試験においては、複合エンドポイント(全死亡、肺移植、PAH悪化による入院)のリスクが有意に低下した3)。「これらの結果がガイドラインにも反映され、中リスクや高リスク患者への積極的な追加が推奨されている(推奨クラスIIa)1)」とコメントした。新薬への期待と課題 最後に同氏は「PAHは肺血管拡張薬の登場により生存期間の改善がみられたが、疾患進行は止めることができていなかった。今回、新たな作用機序の薬剤の発売により疾患進行を根本から抑えることを目指せる新しい時代が到来した。PAH患者の生命予後のさらなる延長と社会生活上の負担軽減・QOL向上が図られることを大いに期待する。そのためには、診断・治療開始までの期間短縮、適切な医療連携を課題とし、それらの発展に寄与していきたい」とし、「ソタテルセプトの取り扱いに関する施設基準などはないが、適切な施設での治療を望む」と締めくくった。<製品概要>製品名:エアウィン皮下注用45mg、60mg一般名:ソタテルセプト(遺伝子組換え)効能又は効果:肺動脈性肺高血圧症用法及び用量:通常、成人にはソタテルセプト(遺伝子組換え)として初回に0.3mg/kgを投与し、2回目以降は0.7mg/kgに増量し、3週間ごとに皮下投与する。薬価:108万2,630円/瓶(45mg)、144万1,677円/瓶(60mg)製造販売承認日:2025年6月24日薬価基準収載日:2025年8月14日発売日:2025年8月18日製造販売元:MSD株式会社

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第256回 新型コロナ感染者8週連続増 「ニンバス株」拡大とお盆の人流が影響/厚労省

<先週の動き> 1.新型コロナ感染者8週連続増 「ニンバス株」拡大とお盆の人流が影響/厚労省 2.SFTS感染、全国拡大と過去最多ペース 未確認地域でも初報告/厚労省 3.AI医療診断を利用した大腸内視鏡検査、システム活用によるデメリットも明らかに/国立がん研ほか 4.医療DX推進体制整備加算、10月から基準引き上げへ/厚労省 5.医師・歯科医師20人に行政処分 強制わいせつ致傷で免許取消/厚労省 6.人口30万人以下の地域の急性期は1拠点化? 医療機能の再編議論が本格化/厚労省 1.新型コロナ感染者8週連続増 「ニンバス株」拡大とお盆の人流が影響/厚労省新型コロナウイルスの感染が全国で再び拡大している。厚生労働省によると、8月4日~10日の1週間に全国約3,000の定点医療機関から報告された新規感染者数は2万3,126人で、1医療機関当たりの平均患者数は6.13人となり、8週連続の増加となった。前週比は1.11倍で、40都道府県で増加。宮崎県(14.71人)、鹿児島県(13.46人)、佐賀県(11.83人)と、九州地方を中心に患者数が多く、関東では埼玉、千葉、茨城などで上昇が顕著だった。増加の背景には、猛暑による換気不足、夏季の人流拡大に加え、オミクロン株派生の変異株「ニンバス」の流行がある。国内の感染者の約4割がこの株とされ、症状として「喉にカミソリを飲み込んだような強い痛みを訴える」のが特徴。発熱や咳といった従来の症状もみられるが、強烈な喉の痛みで受診するケースが多い。医療機関では、エアコン使用で喉の乾燥と勘違いし、感染に気付かず行動する患者もみられる。川崎市の新百合ヶ丘総合病院では、8月14日までに陽性者70人を確認し、7月の100人を上回るペース。高齢者の入院も増加しており、熱中症と区別が付きにくいケースもある。都内の感染者数も8週連続で増加し、1医療機関当たり4.7人。東京都は、換気の徹底や場面に応じたマスク着用などの感染対策を呼びかけている。厚労省は「例年、夏と冬に感染者が増える傾向がある」として、基本的な感染対策の継続を求めている。とくに高齢者や持病のある人は重症化リスクが高いため、早期の受診や感染予防の徹底が重要とされる。 参考 1) 2025年8月15日 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生状況について(厚労省) 2) 新型コロナウイルス感染症の定点当たり報告数の推移(同) 3) 新型コロナ 東京は8週連続で患者増加 医師「お盆に帰省した人が発熱し感染広がるおそれも」(NHK) 4) 新型コロナウイルス 1医療機関当たり平均患者数 8週連続で増加(同) 5) 新型コロナ「ニンバス」流行 カミソリを飲んだような強烈な喉の痛み(日経新聞) 6) 新型コロナ変異株「ニンバス」が流行の主流、喉の強い痛みが特徴…感染者8週連続増(読売新聞) 2.SFTS感染、全国拡大と過去最多ペース 未確認地域でも初報告/厚労省マダニ媒介感染症「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」の国内感染者数は、2025年8月3日時点で速報値で124人に達し、すでに昨年の年間120人を超え、過去最多の2023年(134人)を上回るペースで増加している。感染報告は28府県に及び、高知県14人、長崎県9人など西日本が中心だが、北海道、茨城、栃木、神奈川、岐阜など従来未確認だった地域でも初感染が報告された。SFTSはマダニのほか、発症したイヌやネコや患者の血液・唾液からも感染する。潜伏期間は6~14日で、発熱、嘔吐、下痢を経て重症化すると血小板減少や意識障害を起こし、致死率は10~30%。2024年には抗ウイルス薬ファビピラビル(商品名:アビガン)が承認されたが、治療は主に対症療法である。高齢者の重症例が多く、茨城県では70代男性が重体となった事例もあった。感染拡大の背景には、里山の消失による野生動物の市街地進出でマダニが人の生活圏に侵入していること、ペットから人への感染リスク増大がある。とくにネコ科は致死率が約60%とされる。富山県では長袖・長ズボン着用でも服の隙間から侵入した事例が報告された。専門家や自治体は、草むらや畑作業・登山時の肌の露出防止、虫よけ剤の使用、ペットの散歩後のブラッシングやシャンプー、マダニ発見時の医療機関受診を呼びかけている。SFTSは全国的な脅威となりつつあり、従来非流行地域でも警戒が必要。 参考 1) マダニ対策、今できること(国立健康危機管理研究機構) 2) マダニ媒介の感染症 SFTS 全国の患者数 去年1年間の累計上回る(NHK) 3) 感染症SFTS 専門医“マダニはわずかな隙間も入ってくる”(同) 4) 致死率最大3割--“マダニ感染症”全国で拡大 「ダニ学者」に聞く2つの原因 ペットから人間に感染する危険も…対策は?(日本テレビ) 3.AI医療診断を利用した大腸内視鏡検査、システム活用によるデメリットも明らかに/国立がん研などポーランドなどの国際チームは、大腸内視鏡検査でAI支援システムを常用する医師が、AI非使用時に前がん病変(腺腫)の発見率を平均約20%低下させることを明らかにした。8~39年の経験を持つ医師19人を対象に、計約2,200件の検査結果の調査によって、AI導入前の腺腫発見率は28.4%だったが、導入後にAI非使用で検査した群では22.4%に低下し、15人中11人で発見率が下がったことが明らかになった。AI支援システムへの依存による注意力・責任感低下など「デスキリング」現象が短期間で起きたとされ、とくにベテラン医師でも回避ができなかった。研究者はAIと医師の協働モデル構築、AIなしでの定期的診断訓練、技能評価の重要性を強調している。一方、国立がん研究センターは、新たな画像強調技術「TXI観察法」がポリープや平坦型病変、SSL(右側結腸に好発する鋸歯状病変)の発見率を向上させると発表した。全国8施設・956例の比較試験では、主解析項目の腫瘍性病変発見数で有意差はなかったが、副次解析で発見率向上が確認された。TXIは明るさ補正・テクスチャー強調・色調強調により微細な変化を視認しやすくする技術で、見逃しがんリスク低減と死亡率減少が期待される。ただし、恩恵を受けるには検診受診が前提で、同センターは便潜血検査と精密内視鏡検査の受診率向上を強く訴えている。両研究は、大腸内視鏡の質向上におけるAI・新技術の有用性とリスクを示すものであり、機器性能の進化と医師技能の維持を両立させる体制構築が今後の課題となる。 参考 1) AI利用、 医師の技量低下 大腸内視鏡の質検証(共同通信) 2) AI医療診断の落とし穴:医師のがん発見能力が数ヶ月で低下(Bignite) 3) Study suggests routine AI use in colonoscopies could erode clinicians’ skills, warns/The Lancet Gastroenterology & Hepatology(Bioengineer) 4) 大腸内視鏡検査における「TXI観察法」で、ポリープや「見逃しがん」リスクとなる平坦型病変の発見率が向上、死亡率減少に期待-国がん(Gem Med) 5) 大腸内視鏡検査の新規観察法の有効性を前向き多施設共同ランダム化比較試験で検証「見逃しがん」のリスクとなる平坦型病変の発見率改善に期待(国立がん研) 4.医療DX推進体制整備加算、10月から基準引き上げへ/厚労省厚生労働省は8月7日付で、2024年度診療報酬改定で新設された「医療DX推進体制整備加算」について、2025年10月と2026年3月の2段階でマイナ保険証利用率の実績要件を引き上げる通知を発出した。小児患者が多い医療機関向けの特例や、電子カルテ情報共有サービス参加要件に関する経過措置も2026年5月末まで延長する。改正後の施設基準では、マイナ保険証利用率の基準値は上位区分で現行45%から10月に60%、来年3月に70%へ、中位区分で30%から40%・50%へ、低位区分で15%から25%・30%へ段階的に引き上げる。小児科特例は一般基準より3ポイント低く設定され、10月以降22%・27%となる。いずれも算定月の3ヵ月前の利用率を用いるが、前月または前々月の値でも可とする。加算はマイナ保険証利用率と電子処方箋導入の有無で6区分に分かれ、電子処方箋導入施設には発行体制や調剤結果の電子登録体制の整備を新たに求める。未導入施設は電子処方箋要件を課さないが、加算区分によっては算定不可となる場合がある。電子カルテ情報共有サービスは本格稼働前のため、「活用できる体制」や「参加掲示」を有しているとみなす経過措置を来年5月末まで延長。在宅医療DX情報活用加算についても同様の延長措置が適用される。通知では、これらの要件は地方厚生局長への届出不要で、基準を満たせば算定可能と明記。厚労省は、マイナ保険証利用率向上に向けた患者への積極的な呼びかけや掲示の強化を医療機関・薬局に促している。 参考 1) 「基本診療料の施設基準等及びその届出に関する手続きの取扱いについて」及び「特掲診療料の施設基準等及びその届出に関する手続きの取扱いについて」の一部改正について(医療 DX 推進体制整備加算等の取扱い関係)(厚労省) 2) 医療DX推進体制整備加算、マイナ保険証利用率基準を「2025年10月」「2026年3月」の2段階でさらに引き上げ-厚労省(Gem Med) 5.医師・歯科医師20人に行政処分 強制わいせつ致傷で免許取消/厚労省厚生労働省は8月6日、医道審議会医道分科会の答申を受け、医師12人、歯科医師8人の計20人に行政処分を決定した。発効は8月20日。別途、医師8人には行政指導(厳重注意)が行われた。処分理由は刑事事件での有罪確定や重大な法令違反が中心で、医療倫理や信頼を揺るがす事案が目立った。免許取り消しは三重県松阪市の58歳医師。2015年、診察室で製薬会社MRの女性に対し胸を触る、額にキスをする、顔に股間を押し付けようとするなどの強制わいせつ行為を行い、逃れようとした被害者が転落して視神経損傷の重傷を負った。2020年に懲役3年・執行猶予5年の有罪判決が確定していた。医師の業務停止は最長2年(麻薬取締法違反)から2ヵ月(医師法違反)まで幅広く、過失運転致傷・救護義務違反、児童買春、盗撮、迷惑行為防止条例違反、不正処方などが含まれた。戒告は4人に対して行われた。歯科医師では、最長1年10ヵ月(大麻取締法・麻薬取締法・道交法違反)から2ヵ月(詐欺幇助)までの業務停止が科され、診療報酬不正請求や傷害、廃棄物処理法違反も含まれた。戒告は2人だった。厚労省は、これら不正行為は国民の医療への信頼を損なうとし、再発防止と医療倫理向上を求めている。 参考 1) 2025年8月6日医道審議会医道分科会議事要旨(厚労省) 2) 医師と歯科医20人処分 免許取り消し、業務停止など-厚労省(時事通信) 3) 医師、歯科医師20人処分 厚労省、免許取り消しは1人(MEDIFAX) 4) 医師12名に行政処分、MRに対する強制わいせつ致傷で有罪の医師は免許取消(日本医事新報) 6.人口30万人以下の地域の急性期は1拠点化? 医療機能の再編議論が本格化/厚労省厚生労働省は8月8日、第2回「地域医療構想及び医療計画等に関する検討会」を開催し、2026年度からの新たな地域医療構想の柱として「医療機関機能報告」制度の導入を提案した。各医療機関は、自院が地域で担うべき4つの機能(急性期拠点、高齢者救急・地域急性期、在宅医療連携、専門など)について、救急受入件数や手術件数、病床稼働率、医師・看護師数、施設の築年数といった指標をもとに、役割の適合性を都道府県へ報告する。中でも議論を呼んだのが、救急・手術を担う「急性期拠点機能」の整備基準である。厚労省は人口規模に応じた整備方針を示し、人口100万人超の「大都市型」では複数の医療機関の確保、50万人規模の「地方都市型」では1~複数、30万人以下の「小規模地域」では原則1ヵ所への集約化を目指すとした。しかし、専門病院や大学病院がすでに存在する中核都市などでは、1拠点に絞るのは非現実的との声も上がっている。また、医療機関の築年数も協議指標として活用する案に対しては、公的病院と民間病院の間で資金力に格差がある中、基準化すれば民間病院の淘汰を招く恐れがあるとして、慎重な検討を求める意見も出た。実際、病院建築費は1平米当たり2011年の21.5万円から2024年には46.5万円と倍増し、全国には築40年以上の病棟が約1,600棟(16万床分)存在する。このほか、在宅医療連携機能には訪問診療・看護の実績や高齢者施設との協力体制、高齢者救急機能には診療所不足地域での外来1次救急や施設搬送の体制が求められる。人材面では、医師の地域偏在や診療科偏在だけでなく、今後10年で最大4割減少も予測される看護師不足が最大の制約要因として指摘された。 参考 1) 新たな地域医療構想策定ガイドラインについて(厚労省) 2) 急性期拠点機能の指標に「築年数」厚労省案 救急・手術件数や医療従事者数も(CB news) 3) 人口規模に応じた医療機関機能の整備を提示(日経ヘルスケア)

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群馬大学医学部 腫瘍内科【大学医局紹介~がん診療編】

高張 大亮 氏(教授)櫻井 麗子 氏(助教)山田 真紀子 氏(助教)大崎 洋平 氏(助教)講座の基本情報医局独自の取り組み・特徴群馬大学腫瘍内科では、外来化学療法センター、緩和ケアセンター、がんゲノム外来を一体的に運用し、がんとともに生きる患者さんを包括的に支える体制を整えています。治療に伴う身体的・精神的な負担にも丁寧に対応し、患者さん一人ひとりに最適ながん医療を提供しています。また、日常診療に加えて、企業治験や臨床試験、ゲノム医療にも積極的に取り組み、最先端のがん治療を実践できる環境を備えていることが、私たちの大きな強みです。地域のがん診療における医局の役割当科は群馬県内のがん薬物療法の中核として、院内の各診療科や地域の医療機関と緊密に連携し、がん医療の質の向上に取り組んでいます。さらに、がんゲノム医療連携病院として、がん研有明病院をはじめとする中核拠点病院と協力しながら、北関東全体の高度ながん医療を支える役割も担っています。地域におけるアクセス格差や情報格差の解消にも力を注ぎ、患者さんが適切な医療につながるための支援体制を整えています。医師の育成方針診療・研究・教育のすべてにバランスよく関わることができる環境の中で、腫瘍内科医としての専門性だけでなく、人間性をも高めていける医師の育成を目指しています。技術や知識に加え、患者さんに寄り添う姿勢を大切にすることを重視しています。内科専門医やがん薬物療法専門医の取得はもちろん、大学院進学、基礎研究、がん専門病院への国内外の留学、企業での薬剤開発、医系技官としての医療行政への参画など、多彩なキャリアパスを提案できる点も当科の魅力です。同医局でのがん診療/研究のやりがい、魅力臨床試験・治験を行うことにより今後の標準治療を確立するための一助を担うこと、日常診療では他科と連携して最新の治療を行っていくこと、がんゲノム医療連携病院として県内の患者さんへのゲノム治療へ貢献すること、緩和ケアにて疼痛コントロールや気持ちのサポートをすることといった、個々の患者さんにとって最善最適ながん診療を提供していけることが当医局のやりがい・魅力であり、かつ私たちの最大の使命と考えております。医局の雰囲気、魅力それぞれの得意とする専門性から活発な意見交換がされ、また他の診療科や多職種との関わり合いからも、臓器横断的に集学的に、がん診療について多くのことが学べる環境です。医学生/初期研修医へのメッセージ腫瘍内科学の分野は、免疫チェックポイント阻害薬・遺伝子異常に基づいたがん分子標的治療・がんゲノム医療の開発とその臨床導入など大きく進歩してきており、今後もさらに発展していく分野です。その担い手になる皆さんをお待ちしています。まずは見学から! お待ちしています。同医局でのがん診療/研究のやりがい、魅力腫瘍内科に設置されている緩和ケアセンターで、緩和ケアの担当医をしております。院内のさまざまな診療科から痛みや嘔気などの体のつらさや気持ちのつらさに対してコンサルテーションをいただきます。「まさか自分ががんになるなんて」とがん診断時の心理的つらさを抱えた状態から、がん治療がスムーズに進んでいくための心と体を整えるサポートを緩和ケア認定看護師さんたちと提供しています。現在、がん治療にはさまざまな選択肢があり、またがん薬物療法にも本当にたくさんの治療薬があり、患者さんに適した治療を提供するには高い専門性が必要となります。そのための腫瘍内科において、治療の副作用を和らげる対応や治療を頑張っていこうとする患者さんのお気持ちを支えるサポートに非常にやりがいを感じています。がん治療を総合的に提供できる当医局は非常に魅力的なところです。医学生/初期研修医へのメッセージ私は現在子供3人を育てつつ、仕事と育児の両立、研究活動やキャリアアップを目指しながら日々取り組んでいます。やりがいを感じ、自己実現していくための選択肢の1つとして当医局にまずは見学に来ませんか? お待ちしております。医学生/初期研修医へのメッセージ私は血液内科を専門として医師の道をスタートして、がん薬物療法専門医を取得、現在に至ります。昨今のがん薬物療法の進歩は目覚ましく、より複雑化・高度化しています。がんゲノム医療も現場に導入され、特定のがん種だけではないがん薬物療法の専門家への需要は今後益々高まっていくと考えます。同医局でのがん診療/研究のやりがい、魅力当院では、各診療科とのキャンサーボードに腫瘍内科医師が参加し、複雑な合併症を持つ症例や、新薬の登場時などは腫瘍内科が薬物療法を担当するといった協力体制が整っています。そのため、多様ながん種の多様なレジメンを経験することができます。薬物療法をメインに行っていますが、受け持った患者さんが手術をすることもあれば、放射線療法が適応となる場合もあります、患者さんを通じて、臓器横断的・集学的ながん診療を学ぶことができるのは、当科の特徴です。医局の雰囲気、魅力2024年に設立された新しい診療科です。僕自身も子育てをしながらの毎日を過ごしていますが、子育てに限らず、ライフイベントをサポートしながらのキャリア形成にはとても理解の深い医局だと思っています。ぜひ、一度見学にお越しください!群馬大学大学院医学系研究科 腫瘍内科住所〒371-8511 群馬県前橋市昭和町三丁目39番15号問い合わせ先医会長 大崎洋平(yosaki@gunma-u.ac.jp)医局ホームページ群馬大学大学院医学系研究科 腫瘍内科専門医取得実績のある学会日本内科学会(総合内科専門医)日本臨床腫瘍学会(がん薬物療法専門医)日本がん治療認定医機構(がん治療認定医)臨床遺伝専門医制度委員会(臨床遺伝専門医)研修プログラムの特徴(1)地域に根差した一貫した医療の実践県内の医学科を有する大学は群馬大学のみであり、大学での教育・診療が、地域の医療にダイレクトに結びついているのは群馬県の特徴の1つです。県下から集まる一人ひとりの患者さんの診断から治療、治験や臨床試験に至るまでを一貫して経験することができます。(2)学位取得、研究のサポート本学にはさまざまな学位取得に向けたプランがあり、在学中、初期研修、後期研修と並行した学位取得が目指せます。研究資金の獲得、臨床試験の立案から運営、研究発表まで、当科スタッフがサポートします。現在は、在学中の学生とアピアランスケアに関連した臨床研究、がん患者さんのQOLを上げる商品開発を企業と共同で行っています。(3)多様なキャリア形成、ライフイベントのサポート当科で腫瘍内科医としてのキャリアをスタートした後、現場で働く医師としてのキャリアアップだけでなく、国内国外企業における創薬への挑戦、医系技官として医療行政へと携わる道などさまざまな進路を選択、提示が可能です。またライフイベントに合わせた働き方の調整にも柔軟に対応いたします。

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弘前大学医学部 腫瘍内科学講座【大学医局紹介~がん診療編】

佐藤 温 氏(教授)斎藤 絢介 氏(助教)陳 豫 氏(助手)講座の基本情報医局独自の取り組み・特徴がんを抱える患者という「ひと」に目を向けた診療を行うことを大切にしています。医学知識の習得と、研究開発といった科学力はもちろん、患者の社会背景から生じる課題への対応力、そしてケアのための対話力といったさまざまな視点からの医療を統合して提供することを大切にしています。先進的医療の実践と同時に、がんを抱える患者の人生に深く関わり、さらには、小中高等学校におけるがん教育など、社会活動にも積極的に取り組んでいます。臨床開発から本質的医療の実践までの広範な領域を、こんな小さな医局がこの広大な地域で展開している、そんな一生懸命な姿勢が特徴です。地域のがん診療における医局の役割全診療科と連携して、全領域のがん症例に対する治療方針の検討のため、週2回のキャンサーボードを開催しています。また、がんゲノム医療拠点病院としての指定を受け、がんゲノム外来を通して全圏内からゲノムパネル検査を受け、毎週エキスパートパネルを開催しています。幅広い領域の医療者が集う多職種カンファレンスも定期開催しています。また、地域の病院に赴き、治療困難症例や希少がん症例などの相談を含めた診療を積極的に行っています。地域全体において腫瘍内科医がかなり不足する中、院内の横断的連携から、圏内医療施設でのがん医療連携までの幅広い領域で中心的役割を担っています。今後医局をどのように発展させていきたいか家族みたいな医局です。仕事は楽しく、患者を含めたひとには謙虚に、そして学問には貪欲に、をモットーにして、わたしも含めた教室員全員の総力で日々の診療・教育・研究に向き合っています。正直なところ、仲間を増やすことが最重要課題です。各診療科からも切望されている需要過多の医局です。活躍の場は、医療現場に留まらず一般社会にも広げていきたいと思います。生命が満ち溢れるこの地だからこそ、医療の本質を見極めることができ、それを臨床で展開することができる医局です。医師の育成方針地域全体での医師不足の状況の中、専門性を備えた専門医師不足はかなり切実な問題です。専門性を高めるのみでは地域医療貢献にはまったく不十分です。予防医療からゲノム医療そして終末期医療までの幅広い臨床過程を患者/家族の視点からコーディネートして、がん医療のリーダーとして活躍できる、次世代の医療人材を育成します。研修はOn-the-Job Trainingが中心となりますが、がん医療におけるprofessional playerとしてだけではなく、total coordinatorとしての両能力を遺憾なく発揮できるよう個別に丁寧な指導をします。医局でのがん診療のやりがいと魅力弘前市は青森県第3の人口を有する地方都市であり、地理的には津軽平野の中央に位置します。春は桜、夏はねぷた祭り、秋はリンゴ、冬は雪まつりと四季折々を堪能できることが魅力です。青森県は農業、漁業といった第1次産業に従事される方々が多いのも特徴です。一方、少子高齢化、人口減少が最も進んでいる県の1つでもあり、紹介されるがん患者さんの多くが高齢者であることも事実です。交通手段は、鉄道網の整備が悪いため、自家用車移動が中心となる地方都市ならではの生活環境を有しています。さらに、自然環境の影響も大きく、冬期は雪のため交通手段が閉ざされてしまうことさえもあります。ただし、一見問題の多い地域としてだけに見られがちですが、この少子高齢化と人口減少は、日本全体の問題であり、単に青森県が先進県であるだけです。この地域での学びと経験は、今後の日本の高齢社会を考えるうえにおいて1つの強みになります。困難な問題ではありますが、最も重要な課題に立ち向かう魅力は大きいです。医学生/初期研修医へのメッセージ医師として最先端医療に関わり続けることはとても魅力的です。教室では、臨床試験に積極的に参加しています。でも、地方に根付いた医療を経験し、患者一人ひとりの生き方や生活環境に触れ、十分な会話を通して、その人らしいがん治療を行うことができることが当科の強みだと思います。一緒にがん医療をしましょう。同医局を選んだ理由出身は中国河南省です。腫瘍内科を志した動機は、抗がん剤治療を受けながらがんと戦った母親の苦しみを深く痛感し、そしてがんで家族を失うという辛い経験をしたことから萌え出ました。あの時から、がんで闘病している人の苦しみを和らげる医者になることを決断しました。弘前大学を卒業して、長男が生まれました。初期研修を終え、腫瘍内科に入局後長女が生まれ、子供は2人となりました。子育ても家事も苦労の連続でしたが、家族や両親のおかげもあって臨床一筋に取り組むことができ、無事がん薬物療法専門医を取得し、腫瘍内科医として充実した日々を送っています。現在学んでいること教室のスタッフ、病棟/外来の看護師、薬剤師、さらに心理士、栄養士、理学療法士等々たいへん多くのメディカルスタッフらと真摯にかつとても楽しく仕事に取り組んでいます。がん化学療法はもちろん緩和医療を含め、さまざまな有害事象から合併症まで、内科全般的な診療が行えることが日々勉強になっています。「答えは患者にある」の教えをもとに、初心を忘れず謙虚な姿勢で多くのことを学び、人の苦しみを和らげる医者になるため日々精進しています。弘前大学大学院医学研究科 腫瘍内科学講座住所〒036-8562 青森県弘前市在府町5問い合わせ先shuyo@hirosaki-u.ac.jp医局ホームページ弘前大学大学院医学研究科 腫瘍内科学講座専門医取得実績のある学会日本内科学会日本臨床腫瘍学会日本肉腫学会日本消化器病学会日本消化器内視鏡学会日本がん治療認定医機構研修プログラムの特徴(1)弘前大学医学部附属病院内科専門研修プログラム 腫瘍内科重点コース地域医療を含めた幅広い研修を通じて、標準的かつ全人的な内科領域全般にわたる医療の実践に必要な知識と技能とを修得する。詳細はこちら(トップページ/医科後期研修 専門研修)(2)東北広域次世代がんプロ養成プラン 地域がん医療 次世代リーダー育成コース地域がん医療のリーダーとなり、次世代の医療人の育成ができる人材を育成する。詳細はこちら(東北広域次世代がんプロ養成プラン・弘前大学)

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副作用編:悪心(抗がん剤治療中の食欲不振対応)【かかりつけ医のためのがん患者フォローアップ】第1回

抗がん剤治療中に悪心を生じた患者さんが、食欲不振などを主訴に紹介元であるかかりつけ医を受診する、というのはときに経験されるかと思います。今回は、診察の際に有用な抗がん剤治療中の悪心の鑑別のポイントや患者さんへの対応について紹介します。症例78歳、女性主訴食欲不振病歴1ヵ月前より進行胃がん(StageIV)に対して大学病院で緩和的化学療法が開始された。数日前から悪心が強く、1日の食事摂取量が半分程度となり、食欲不振を主訴にかかりつけ医(クリニック)を受診。ステップ1 悪心・嘔吐の原因は?がん患者の悪心の原因は多岐にわたります。抗がん剤治療中であれば、「抗がん剤のせいかも?」とすぐに考えてしまいがちですが、他の要因も含めて押さえておきたいポイントを挙げます。(1)CINV:Chemotherapy Induced Nausea and Vomiting薬物療法に起因する悪心は患者が最も苦痛と感じる代表的な副作用の1つです。軽度の悪心でも食欲不振につながり、QOLは著しく低下します。悪心・嘔吐の発現時期や状態により以下の定義があり、機序や背景を考慮した制吐療法が行われます。最近はガイドライン1)に沿ってリスクに応じた予防薬や頓服の制吐薬を処方されていることが多くなっています。画像を拡大する(2)腫瘍に起因する悪心腫瘍の局所進展による消化管閉塞(腹膜播種など)、幽門狭窄、胆汁逆流なども悪心・嘔吐の原因となります。これらは機械的刺激により胃内容物の排出障害を来し、食後悪心や胆汁性嘔吐を呈することがあります。とくに胃がんでは胃壁内伸展などによる胃の拡張不良を引き起こすことで、悪心・嘔吐を呈することがあります。鑑別にあたり、嘔吐の有無や吐物の性状、排便排ガスの有無が重要な所見となります。(3)電解質異常による悪心がん患者では、腫瘍随伴症候群、化学療法、脱水、腎機能障害などにより電解質異常を来しやすく、中枢性あるいは消化器機能の異常を介して悪心・嘔吐を引き起こすこともあります。とくに高Ca血症はがん患者の最大15~20%に認められる重要な腫瘍随伴症候群であり、しばしば「原因不明の悪心」の背景に潜んでいます2-4)。血清Ca値が11.0mg/dLを超えると症状が出やすくなり、13~14mg/dL以上では悪心、意識障害、脱水などの症候が顕著となります。画像を拡大する(4)中枢性要因(脳転移・頭蓋内圧亢進)による悪心がん患者における悪心の中で、中枢神経系の病変によるものは見逃されやすいものの、迅速な対応が必要な病態です。とくに、脳転移や髄膜播種は頭蓋内圧亢進や嘔吐中枢の直接刺激を介して、持続性の悪心や突発的な嘔吐を引き起こします。悪心以外にも頭痛やめまい、痺れや麻痺などの神経症状が伴うことがあり問診や身体診察が重要となります。ステップ2 評価ポイントは?前述のように、さまざまな要因が悪心・嘔吐の原因となります。クリニックなどの限られた検査環境では精緻な診断を行うことは難しいと思います。「これ!」といった正解はありませんが、私は以下のポイントで診察しています。画像を拡大するステップ3 対応は?では、冒頭の患者さんの対応を考えてみましょう。内服抗がん剤を中止してよいか?診察時に患者さんより「つらいけど内服の抗がん剤を継続したほうがよいか?」と相談がある場合、基本的に内服を中止しても問題ありません。当院でも「食事が半分以上食べられない場合は、その日はお休みして大丈夫です」と説明しています。抗がん剤の再開については受診翌日に治療機関(大学病院や高次医療機関)へ問い合わせるよう、患者さんへ説明いただければ助かります。悪心に伴う食欲不振に対して輸液や制吐薬を投与してもよいか?軽度の悪心・食欲不振であれば輸液やメトクロプラミドの投与での支持的な治療を行っていただいて問題ありません。軽度の悪心のみでも十分な食事を数日間摂取できていない場合は電解質異常を来している可能性もあるため治療機関へご紹介ください。また、輸液を実施する場合、翌日も症状が改善しない場合は治療機関への受診を勧めてください。最後に患者さんの心理として、軽い症状で治療機関を受診することはハードルが高いと感じる方が多くいらっしゃいます。要因としては自宅から治療施設への移動距離や長い待ち時間があると思います(主治医に相談しにくいなどもあるかもしれませんが…)。今後、高齢化が進むことで交通手段が限られる患者さんが増え、抗がん剤治療も地域との連携が不可欠になってきます。当院においても地域のクリニックと医療連携を実施して軽症の副作用対応を実施いただくことで、うまく治療を継続できた症例やスムーズな緩和ケア移行に繋がるケースも少しずつ増えてきました。そのため、がん治療医である私達も詳細な診療情報の提供や綿密な医療連携を心がけています。かかりつけ医の先生にサポートしていただける「安心感」は闘病中のがん患者さんにとって大きな支えになります。抗がん剤の副作用症状を訴える患者さんの受診時にこのコラムが少しでも参考になれば幸いです。1)日本癌治療学会編. 制吐薬適正使用ガイドライン 2023年10月改訂 第3版. 金原出版. 2023.2)Lafferty FW. J Bone Miner Res. 1991;6:S51-59.3)Ratcliffe WA, et al. Lancet. 1992;339:164-167.4)Stewart AF. N Engl J Med. 2005;352:373-379.

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全医師が遭遇しうる薬剤性肺障害、診断・治療の手引き改訂/日本呼吸器学会

 がん薬物療法の領域は、数多くの分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬(ICI)、抗体薬物複合体(ADC)が登場し、目覚ましい進歩を遂げている。しかし、これらのなかには薬剤性肺障害を惹起することが知られる薬剤もあり、薬剤性肺障害が注目を集めている。そのような背景から、2025年4月に『薬剤性肺障害の診断・治療の手引き第3版2025』が発刊された。本手引きは、2018年以来の改訂となる。本手引きの改訂のポイントについて、花岡 正幸氏(信州大学病院長/信州大学学術研究院医学系医学部内科学第一教室 教授)が第65回日本呼吸器学会学術講演会で解説した。いま薬剤性肺障害が注目される理由 花岡氏は、「いまほど薬剤性肺障害が注目を集めているときはない」と述べ、注目される理由として以下の5点を挙げた。(1)症例数の増加ICIなどの新規薬剤の登場に伴って薬剤性肺障害の報告が増加している。(2)人種差国際比較により、日本人で薬剤性肺障害の発症率が高い薬剤が存在する。(3)予後不良な病理組織パターン重症化するびまん性肺胞傷害(DAD)を呈する場合がある。(4)多様な病型非常に多くの臨床病型が存在し、肺胞・間質領域病変だけでなく気道病変、血管病変、胸膜病変も存在する。(5)新たな病態ICIによる免疫関連有害事象(irAE)など、新規薬剤の登場に伴う新たな病態が出現している。改訂のポイント8点 本手引きでは、改訂のポイントとして8点が挙げられている(p.viii)。これらについて、花岡氏が解説した。(1)診断・検査の詳説 今回の改訂において「図II-1 薬剤性肺障害の診断手順」が追加された(p.13)。薬剤性肺障害の疑いがあった場合には、(1)しっかりと問診を行って、原因となる薬剤の使用歴を調査し、(2)諸検査を行って他の原因疾患(呼吸器感染症、心不全、原病の悪化など)を否定し、(3)原因となる薬剤での既報を調べ、(4)原因となる薬剤の中止で改善するかを確認し、(5)再投与試験によって再発するか確認するといった流れで診断を実施することが記載されている。 肺障害の発症予測や重症化予測に応用可能なバイオマーカーの確立は喫緊の課題であり、さまざまな検討が行われている。そのなかから国内で報告されている3つのバイオマーカー候補分子(stratifin、lysophosphatidylcholine[LPC]、HMGB1)について、概説している。(2)最新の画像所見の紹介 薬剤性肺障害の画像所見が「表II-3 薬剤性肺障害の一般的なCT所見」にまとめられた(p.21)。薬剤性肺障害の代表的な画像パターンは、以下の5つに分類される。・DADパターン・OP(器質化肺炎)パターン・HP(過敏性肺炎)パターン・NSIP(非特異性間質性肺炎)パターン・AEP(急性好酸球性肺炎)パターン なお、今回の改訂において、特定の薬剤の肺障害としてALK阻害薬、ADCに関する画像所見が追加された。(3)薬物療法の例の追加 薬物療法のフローについて「図III-2 薬剤性肺障害の薬物療法の例」が追加された(p.50)。重症度別にフローを分けており、すべての症例でまず被疑薬を中止するが、無症状・軽症の場合は中止により改善がみられれば経過観察とする。被疑薬の中止による改善がみられない場合や中等症の場合は、経口プレドニゾロン(0.5~1.0mg/kg/日)を投与する。これで改善がみられる場合はプレドニゾロンを漸減し、2~3ヵ月以内に中止する。経口プレドニゾロンで改善がみられない場合や重症・DADパターンでは、ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000mg/日×3日)を行い、経口プレドニゾロンに切り替える。改善がみられる場合は漸減し、改善がみられない場合はステロイドパルスを繰り返すか、免疫抑制薬の追加を行う(ただし、免疫抑制薬に薬剤性肺障害に対する保険適用はないことに注意)。(4)予後不良因子の追加 薬剤性肺障害の予後を規定する要因として報告されているものを以下のとおり列挙し、解説している。・背景因子(高齢、喫煙歴、喫煙指数高値、既存の間質性肺炎、喘息の既往[ICIの場合]など)・発症様式(低酸症血症、PS2~4など)・胸部画像所見(DADパターンなど)・血清マーカー(KL-6、SP-D、stratifinなど)・気管支肺胞洗浄液(BALF)所見(剥離性の反応性II型肺上皮細胞)・ICIによる肺障害と抗腫瘍効果 ICIについては、irAEがみられた集団で抗腫瘍効果が高いこと、ニボルマブによる肺障害が生じた症例のうち、腫瘍周囲の浸潤影を呈した症例は抗腫瘍効果が高かったという報告があることなどが記されている。(5)患者指導の項目の追加 薬剤の投与中に新たな症状が出現した場合は速やかに医療機関や主治医に報告するよう指導すること、とくに抗悪性腫瘍薬や関節リウマチ治療薬を使用する場合には、既存の間質性肺疾患の合併の有無を十分に検討することなどが記載された。また、抗悪性腫瘍薬の多くは医薬品副作用被害救済制度の対象外である点も周知すべきことが示された。(6)抗悪性腫瘍薬による肺障害を詳説 とくに薬剤性肺障害の頻度が高いチロシンキナーゼ阻害薬、ICI、抗体製剤(とくにADC)について詳説している。(7)irAEについて解説 ICIによって生じた間質性肺炎では、BALF中のリンパ球の増加や制御性Tリンパ球の減少、抗炎症性単球の減少、炎症性サイトカインを産生するリンパ球・単球の増加など、正常分画とは異なる所見がみられることが報告されている。このようにirAEに特異的な所見がみられる場合もあることから、irAEの発症機序について解説している。(8)医療連携の章の追加 本手引きについて、花岡氏は「非専門の先生や診療所の先生にも使いやすい手引きとなることを目指して作成した」と述べる。そこで今回の改訂で「第VI章 医療連携」を新設し、非呼吸器専門医が薬剤性肺障害を疑った際に実施すべき検査について、「図VI-1 薬剤性肺障害を疑うときの検査」にまとめている(p.123)。また、専門医への紹介タイミングや、かかりつけ医・非呼吸器専門医と呼吸器専門医のそれぞれの役割について「図VI-2 かかりつけ医と専門医の診療連携」で簡潔に示している(p.124)。すべての薬剤が肺障害を引き起こす可能性 花岡氏は、薬剤性肺障害の定義(薬剤を投与中に起きた呼吸器系の障害のなかで、薬剤と関連があるもの)を紹介し、そのなかで「薬剤性肺障害の『薬剤』には、医師が処方したものだけでなく、一般用医薬品、生薬、健康食品、サプリメント、非合法薬などすべてが含まれることが、きわめて重要である」と述べた。それを踏まえて、薬剤性肺障害の診療の要点として「多種多様な薬剤を扱う臨床医にとって、薬剤性肺障害は必ず鑑別しなければならない。すべての薬剤は肺障害を引き起こす可能性があることを念頭において、まず疑うことが重要であると考えている」とまとめた。

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40%の患者が過小診断される心不全疾患とは/アレクシオン

 新たなトランスサイレチン型心アミロイドーシス治療薬アコラミジス(商品名:ビヨントラ)が2025年5月21日に発売された。これに先駆け、アレクシオンファーマが4月16日にメディアセミナーを開催し、北岡 裕章氏(高知大学医学部 老年病・循環器内科学 教授)が『心アミロイドーシスを取り巻く環境と治療の現状と課題』、田原 宣広氏(久留米大学病院 循環器病センター 教授)が『新薬アコラミジスがもたらすATTR-CMに対する新たな治療』と題して講演を行った。最大の課題は“疑われない”こと トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)は、TTR(トランスサイレチン)四量体が単量体に解離し、アミロイド線維を形成し、心臓に沈着することで心機能が障害される疾患で、野生型(加齢)と変異型(遺伝性)に分類される。遺伝性ATTR-CMは長野県や熊本県で患者が多く存在することが知られている一方で、加齢によって発症する野生型ATTR-CMの診断・治療が喫緊の課題であることはあまり知られていない。さまざまな研究報告から野生型ATTR-CMは「60歳以上の男性」に多いことが示されているが、その性差や加齢に伴う発生機序は明らかになっていない。北岡氏は「心アミロイドーシスは非常にありふれた心不全症状を呈するが、心不全の基礎疾患となる虚血性心疾患、拘束性心筋症、大動脈弁狭窄症、肥大型心筋症などと比べ、疾患認知度の低さが一番の問題」と述べ、「患者の39~44%は初診時に過小診断を受け、17%は診断までに5人以上の医師の診察を受けたとの報告がある。その結果、3~4年の診断遅れに伴う機能的・生命的予後への影響が問題となっている」と指摘した。 診断のポイントとして、「まずは血液検査、心電図検査、心臓超音波検査の3つの実施を検討してほしい。心臓超音波検査は専門的であり、実施施設が限られる。心電図検査は早期診断するには向いていないが、血液検査によるNT-proBNP、トロポニンの測定は簡便であり、実施施設を選ばず早期診断にも有用である。これらの検査でATTR-CMが疑われた場合には、次のステップとして、シンチグラフィを実施してほしい。生検の実施は確定診断の上では有用であるが、高齢者へ行う検査としてはハードルが高いので、まずはシンチグラフィの実施が望まれる」と説明した。ただし、「トロポニン測定は保険適応外である点に注意してほしい」ともコメントした。アコラミジスの有効性・安全性 続いて田原氏は、海外第III相ATTRibute-CM試験(AG10-301)結果を踏まえたアコラミジスの有効性・安全性ついて解説。ATTRibute-CM試験は症候性ATTR-CM患者632例を対象にアコラミジスの有効性及び安全性を評価するために行われた第III相無作為化二重盲検比較試験1)。本研究より、有用性をプラセボ群と比較し、1)アコラミジス群では1.8倍良好な結果が得られた、2)心血管症状に関連する入院頻度が50.4%低下した、3)死亡と入院についてのカプランマイヤー曲線では3ヵ月以降から両群に開きが観察され、30ヵ月まで持続した、4)アコラミジス群では血清TTRレベルが投与28日時点で有意に上昇し、試験期間完了まで長期に継続、5)有害事象(いずれかの群で発現割合が20%以上)はアコラミジス群、プラセボ群それぞれについて、心不全(24.0%.vs 39.3%)、心房細動(16.6%.vs 21.8%)などの結果が認められたことを説明した。 なお、アコラミジスの作用機序は既存製品のタファミジス(商品名:ビンダケル/ビンマック)と同様で、TTR四量体のサイロキシン結合部位を安定化させ、四量体の分解を抑制する。同氏は試験開始12ヵ月後からプラセボまたはアコラミジスにタファミジスを併用する補足的解析を示しながら、「アコラミジスには強いトラスサイレチン安定化作用を有する可能性がある」とコメントした。 また、両氏によると、心アミロイドーシスの診断には「手根管症候群の発症から5~6年後に心アミロイドーシスが発症する可能性がある」「神経系に蓄積する」などの特徴を踏まえ、整形外科、神経内科、循環器内科の3診療科による医療連携が全国的に進んできているという。ーーーーーーー<製品概要>製品名:ビヨントラ錠400mg一般名:アコラミジス塩酸塩効能又は効果:トランスサイレチン型心アミロイドーシス(野生型及び変異型)用法及び用量:通常、成人にはアコラミジス塩酸塩として1回800mgを1日2回経口投与する。薬価:400mg1錠 8,995.90円製造販売承認日:2025年3月27日薬価基準収載日:2025年5月21日発売日:2025年5月21日製造販売元:アレクシオンファーマ合同会社

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造血幹細胞移植後のLTFUを支える試み/日本造血・免疫細胞療法学会

 2025年2月27日~3月1日に第47回日本造血・免疫細胞療法学会総会が開催され、2月28日のシンポジウム「未来型LTFU:多彩なサバイバーシップを支える次世代のケア」では、がん領域におけるデジタルセラピューティクス(Digital Therapeutics:DTx)の有用性および造血幹細胞移植治療におけるDTx開発の試みや、移植後長期フォローアップ(Long Term Follow Up:LTFU)の課題解決のためのICT(Information and Communication Technology)活用と遠隔LTFUの取り組み、さらに主に小児・思春期・若年成人(Children, Adolescent and Young Adult:CAYA)世代の造血幹細胞移植における妊孕性温存と温存後生殖補助医療についての話題が紹介された。造血器腫瘍は多彩なサバイバーシップケアの重要性が増しており、次世代ケアの試みが着々と進められている。同種造血幹細胞移植後のDTx DTxは、治療用アプリによるデジタル技術を用いて、個々の患者の病状に見合った情報をリアルタイムで提供し、患者の行動変容を促して医療効果や医療プロセスの改善を得ることである。新たな介入手段であり情報薬ともいわれ、次回の外来受診までの治療空白をアプリの使用によりフォローし、治療効果を狙う考え方である。 DTxアプリの使用は、QOL、全生存期間(OS)の改善効果が多数報告されており、ドイツではヘルスリテラシーや家族の負担軽減などの改善効果も認められれば薬事承認される。日本では2020年ごろからニコチン依存症や高血圧症、アルコール依存症などを対象疾患としたDTxアプリの使用効果が認められ、薬事承認されている。 固形がん領域では患者の健康状態をアンケート方式で電子的に収集するelectronic Patient Reported Outcome(ePRO)アプリの使用が疾患再発の早期発見・治療につながり、QOL・生命予後の改善が複数のランダム化試験で報告されている。欧州臨床腫瘍学会では2022年のガイドラインでePROアプリのがん診療への導入をGrade 1Aで推奨し、重症や悪化症状に対する臨床医への自動アラート機能を有するePROシステムの使用も推奨している。 岡村 浩史氏(大阪公立大学大学院 医学研究科 血液腫瘍制御学/臨床検査・医療情報医学)らは、2021年に移植患者用アプリを開発し、同種造血幹細胞移植(allogeneic Hematopoietic stem Cell Transplantation:allo-HCT)後の外来通院中患者99例にHCTアプリを導入し、和歌山県立医科大学と共にPilot Studyを実施した。その結果、体温、脈拍数、SpO2、体重、修正Leeスコア(ePRO)、およびこれらの最近の悪化傾向などが移植後重症合併症を早期に予測しうる因子であった。移植後合併症での緊急入院例では入院約10日前から脈拍、SpO2、修正Leeスコアが悪化する体調の変化がみられ、早期探知が可能と考えられた。岡村氏らはHCTアプリのsecond stepとして重症化モデルの精度改善を行い、データ入力1週以内の合併症緊急入院予測モデルの開発を構築する多施設移植後見守りアプリ研究(第II相)を行っている(2025年9月まで約200例を登録する見込み)。患者が装着しているスマートウォッチで収集された身体情報およびePRO(22項目・週1回)への入力データと、医療機関からの診療情報(今後マイナポータルから提供の予定)を集約し、患者の同意の下にデータを解析している。 岡村氏は患者入力によるePROに基づき、将来的には個別症状に合わせた生成AIの利用や、電子カルテとの情報連携、地域医療連携ネットワーク(Electronic Health Record:EHR)、パーソナルヘルスレコード(Personal Health Record:PHR)としての情報連携の強化(病診連携や成人移行時の病院間の連携など)も可能であると考えており、「病院診療情報やePRO、ウエアラブルデバイスによる情報を研究利用し、HCT診療の質を向上させる連携を深めたい」と述べた。医療情報連携、PHRを用いた遠隔LTFUの未来 allo-HCT後の長期生存者の増加に伴い、LTFUの重要性が高まっている。しかし移植実施施設への通院や、非移植実施施設の医療スタッフ教育、移植後合併症に対する総合的な診療体制の構築、小児からのトランジションと継続的フォローアップなど課題は多い。ICTアプローチはLTFUの課題解決において不可欠であり、遠隔医療、およびEHR、PHRをいかに活用するかが重要である。 遠隔医療はICTを用いたリアルタイムのオンライン診療を活用した医療であり、Doctor to Doctor(D to D:専門医→主治医)、Doctor to Patient(D to P:主治医→患者)、Doctor to Patient with Nurse(D to P with N:主治医→患者・看護師)、Doctor to Patient with Doctor(D to P with D:専門医→患者・主治医)の4つのカテゴリーがある。 EHRは、患者同意の下に、患者の基本情報、処方・検査・画像データ等を電子的に共有・閲覧できる。病院間での診療情報の共有が可能になれば、近医での検査結果をあらかじめ医療情報連携で参照してもらい、自宅でD to PのオンラインLTFU受診が可能になる。また紹介先の医療機関から移植実施施設の診療情報にアクセスできることで転医や就職で他県に引っ越す場合、成人科へのトランジションでも切れ目のない医療が提供できる。 全県単位の医療情報ネットワークとして、和歌山県では2013年から、きのくに医療連携システム「青洲リンク」を運用している。平時は、参加病院の電子カルテ、参加診療所の検査結果、参加薬局の調剤情報、画像をインターネットで情報共有し診療を支援する。災害時は、県外にバックアップしている共有情報を活用し災害医療を支援する。参加医療機関は2024年12月25日現在、病院11施設、診療所49施設、同意患者数は約2,700例であり、青洲リンクを利用して相互にデータを参照しながら医療連携を取っている。 和歌山県立医科大学では2020年から紀南病院(和歌山県)とテレビ会議システムで接続する遠隔LTFU外来を開始した。患者は、紀南病院(地域基幹病院)で診察を受け、問診票の記入やバイタルサイン測定、各種検査を行い、その結果を診療情報提供書と共に和歌山県立医科大学(移植実施施設)にFAXで送付する。大学病院の医師はFAXの情報、および青洲リンク活用による紀南病院の診療情報(検査結果、処方、画像)を参照したうえで診療を行う。EHRで診療情報を共有するこの形式は、D to P with Dに該当する。連携先にも医師がいることで対面と遜色ない診察ができ、患者満足度も高く、質の高い遠隔LTFU達成が可能となる。 PHRはスマートウォッチなどデバイスから収集できる日常的な医療情報(脈拍、体重、運動量など)と医療機関での診療情報(検査結果、処方、画像など)、および患者自身が入力する健康情報(血圧、食事量など)を一元化し、デジタルデータとして患者が管理するものである。 青洲リンクではEHRに加えPHRの取り組みも進めており、参加医療機関の診療情報を提供し、患者がスマートフォンで病院の検査結果や処方情報をいつでも見ることが可能なアプリを導入した。PHRを利用した情報提供は、スマートフォンにダウンロードした近隣クリニックでの診療データを、移植実施施設への通院時に見てもらうことができ、またオンライン診療でデータを共有することで遠隔LTFUも可能になる。 西川 彰則氏(和歌山県立医科大学附属病院 医療情報部)は今後、自治体の医療情報連携を基盤としたPHR、移植後ePRO、医療情報、バイタル情報を統合的に集約提供するプラットフォームの構築が望ましいと考えており、allo-HCT後の患者にとっては、利便性が高く連続的なLTFUの体制構築が必須であり、ICTの活用は未来のLTFUにつながる可能性があるとした。妊孕性温存から次のステップへ―がん・生殖医療との協働で目指す造血幹細胞移植後の妊娠・出産 造血器腫瘍は小児がんの約40%を占め、AYA世代では約7%と、成人がんの増加に伴い全体の割合が低下する。CAYA世代の造血器腫瘍の生命予後は改善傾向にあり、長期生存例が増えることで、相対的に妊孕性を含むサバイバーシップケアの重要性が増している。 LTFUのテーマでもある晩期合併症(Late effects)としての性腺障害や不妊はAYA世代にとってがん治療中・治療後の大きな課題であり、2023年の「第4期がん対策推進基本計画」では取り組むべき施策として、CAYA世代の妊孕性温存療法を取り上げている。 がん治療前の妊孕性温存については、2022年8月から対象となる患者への情報提供や意思決定支援ががん診療連携拠点病院の必須要件となった。2024年12月に改訂された『小児・AYA世代がん患者等の妊孕性温存に関する診療ガイドライン』でも造血器腫瘍治療前のすべての患者に情報提供・意思決定支援を行うことが推奨され、GnRHアゴニストによる卵巣保護や未授精卵子の体外成熟、移植前処置の全身放射線治療時の卵巣・精巣遮蔽についても記載されている。 妊孕性温存における患者の負担は大きく、2021年・2022年には妊孕性温存・温存後生殖補助医療を対象とする助成金制度が全国で均てん化され、研究助成事業も運用されている。全国レジストリである日本がん・生殖医療登録システム(Japan OncoFertility Registry:JOFR)では、本邦におけるがん生殖医療の有効性や実態を調査する目的で、スマートフォン向け患者用アプリFSリンク(Fertility & Survivorship Linkage)をPatient Reported Outcome(PRO)として用い、パートナーシップの状況や挙児の状況を患者自身に提供・更新してもらっている。ただ、AYA世代は身体的・心理的・社会経済的に未自立であり、温存した生殖子の管理やFSリンクの管理は、子供の成長過程のさまざまなトランジションの一環として、成人を迎える頃合いを見計らい親から子へ移行する必要があり、生殖医療担当医と小児がん治療に携わる医師が協働して移行を支援している。妊孕性温存やFSリンクの周知はYouTubeで解説動画を配信し、AYA世代にはLINEを用いて情報提供を行っている。 がん治療後の妊娠可能時期については、厚生労働省から抗がん剤など遺伝毒性のある医薬品の最終投与後の避妊期間に関してのガイダンスが発出されている。造血幹細胞移植後のさまざまな薬剤も妊娠・出産に関わるため、妊娠可能時期についてがん専門薬剤師と共に症例ごとに情報提供している。 移植後の安全な妊娠・出産を検討する際には、胎児や母体のリスクへの対処として適切なワクチン接種と共に移植片対宿主病(Graft Versus Host Disease:GVHD)の管理が必要である。治療薬や放射線治療による合併症にも注意し、妊娠希望例ではLTFUからプレコンセプションケア(妊娠前相談)外来につなげることが重要である。妊孕性喪失後のケアでは、看護師、心理士など多職種による心理・社会的支援を行う。近年、雄のマウスiPS細胞からの卵子生成、またヒトiPS細胞由来の受精卵作製など、生命倫理学的な課題も含め生殖子生成研究の進展が注目されている。 セクシュアリティとパートナーシップ、性機能障害など、患者のさまざまなニーズや悩みに対応するには、地域や院内で患者・家族と生殖医療をつなぐ窓口の一元化が必要である。大阪国際がんセンターではAYA世代サポートチームが妊孕性温存や温存後生殖補助医療の相談窓口になり、効率的な意思決定の支援を行っている。意思決定支援にたけた医療従事者の配置や育成も必要であり、日本がん・生殖医療学会認定ナビゲーター制度も開始された。多田 雄真氏(大阪国際がんセンター 血液内科・AYA世代サポートチーム)は、「日進月歩の生殖医療や移植を受けたサバイバーのアンメットニーズにつなげるために、生殖医療の医師との連携は血液内科移植医やLTFUの看護師にとって重要であり、全国のがん・生殖医療ネットワークを通して顔の見える関係を構築していきたい」と述べた。 allo-HCTではLTFUが不可欠であり、ICTのアプローチをいかに活用するかが重要である。また、移植を受けたサバイバーのニーズはより高度になり、QOLを保ち生きることを目標とした治療が求められている。

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第255回 “撤退戦”が始まっていることに気付かない人々(前編)病院6団体が経営の苦境訴えるも「病床利用率8割」が示す医療マーケット縮小の現実

「コロナ禍が明けても、外来患者数、入院患者数とも以前のレベルまでには戻っていない」と西日本の病院経営者こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は、西日本で100床規模の病院を経営している友人(医師)が上京したので、文京区千石にある卵料理屋で一杯飲みながら情報交換をしました。友人によれば、「コロナ禍が明けても、外来患者数・入院患者数とも以前のレベルまでには戻っていない」とのこと。「大病院からの転院患者などでなんとか持ちこたえているが、連携が不得手な病院は厳しいだろう」と話していました。医療機関を訪れたり入院したりする患者数の減少は、単純に人口減少だけが原因とは言えず、医療機関の機能分化を推し進める診療報酬や、在宅医療の普及・定着などさまざまな要因がからまりあって起こっていると考えられます。しかもこの状況、この先改善していくとは考えられず、医療経営はますます難易度が増すと思われます。それでもこの友人、「子供は医者にする」とのたまっていました。彼の子供が病院を継ぐことになるだろう約20年後、まだ病院が生き残っていればいいのですが……。さて、今回は、日本において医療需要の減少が顕著となってきているにもかかわらず、そのことに気付いていない、あるいは気付こうとしない人々について書いてみたいと思います。ただ、その前に、日本病院会など病院関係6団体が2024年度の診療報酬改定後に病院がより深刻な経営難に陥っているとする緊急調査の結果を公表したので、その内容を紹介しておきます。経常利益で赤字の病院は2023年度の50.8%から2024年度は61.2%に拡大、病床利用率は2024年度80.6%とわずかながら上昇傾向日本病院会・全日本病院協会・日本医療法人協会・日本精神科病院協会・日本慢性期医療協会・全国自治体病院協議会の病院関係6団体が合同で行った「2024年度診療報酬改定後の病院経営状況」の調査結果が3月10日に公表され、12日には東京で6団体と日本医師会が合同会見を開き、病院経営の窮状を訴えました。調査では、全国1,700余りの病院を対象に去年6月から11月までの経営状況を調べました。それによれば、経常利益で赤字の病院は2023年度の50.8%から2024年度は61.2%に拡大しました。また、補助金などを除いた医業利益をみると69%の病院が赤字で、2023年より4.2ポイント増加していました。全体の経常利益率はマイナス3.3%、赤字病院に限るとマイナス7.4%でした。こうした背景には物価高などによる経費の増加が大きいとの分析結果でした。病院給食などの「委託費」は2023年に比べて4.2%上昇、「給与費」も2.7%増えていました。なお、病床利用率については6ヵ月平均で2023年度が79.6%、2024年度が80.6%とわずかながら上昇傾向にありました。両年度の6~11月の病床利用率はいずれも6~8月に増加し、9~10月に減少、11月にやや増加に転じる傾向でした。しかし、上昇傾向とは言うものの約8割であることに変わりはありません。端的に言えば全国の病院の20%の病床は空いてしまっているわけです。この合同会見で6団体と日本医師会は合同声明を発表、「病院をはじめとする医療機関の経営状況は、現在著しく逼迫しており、賃金上昇と物価高騰、さらには日進月歩する医療の技術革新への対応ができない。このままでは人手不足に拍車がかかり、患者さんに適切な医療を提供できなくなるだけではなく、ある日突然、病院をはじめとした医療機関が地域からなくなってしまう」と訴え、2026年度診療報酬改定に向けて「社会保障予算の目安対応の廃止」「診療報酬等について賃金・物価の上昇に応じて適切に対応する新たな仕組みの導入」を求めました。患者が来ない、ベッドが埋まらないことが経営悪化の主因とすれば、それは診療報酬上の手当とは別次元の問題賃金上昇と物価高騰に対して診療報酬上の手当を行うことは当然必要でしょう。しかし、患者が来ない、ベッドが埋まらないことが経営悪化の主因とすれば、それは診療報酬上の手当とは別次元の問題となります。病床を減らすか、病院を閉じて診療所化するかといった撤退戦略を立てなければなりません。今年1月30日、一般社団法人医療介護福祉政策研究フォーラム主催の新春座談会「医療提供体制改革の展望―医療機関の機能分化と連携、医師偏在対策を中心に―」が都内で開催されましたが、演者の多くが撤退戦略の必要性を強調していました。中でも、医師で弁護士でもある古川 俊治参議院議員は「人口減少社会と医療の撤退戦略」というそのものズバリのタイトルで講演、「日本の医療は拡充で進めてきたが、撤退戦は初めて。大きな地域差があるが、10年以内に撤退戦略を検討すべき二次医療圏が多い」と話していたのが印象的でした。古川氏よりも早い時期から講演などで「撤退戦」という言葉を用いて危機感を訴えていたのが山形県の地域医療連携推進法人・日本海ヘルスケアネットの代表理事である栗谷 義樹氏です。酒田市の地方独立行政法人山形県・酒田市病院機構日本海総合病院を中心として14の参加法人による地域医療連携推進法人を作り上げた栗谷氏は、日経ヘルスケアの2023年8月号の特集記事「活用広がる地域医療連携推進法人」のインタビューで、「医療需要は2015年をピークに既に縮小していますが、第1次団塊の世代が寿命を迎える2030年辺りを境に急激に縮小し、介護需要もこれに遅れて同様の経過を辿ると予想されます。こうした地域全体の未来図を関係者が共有して、需要減と担い手不足にどう対応するかを考えると、事業の再編・統合は不可欠です。(中略)今後は事業をどう畳んでいくかの“撤退戦”になります。地域にとって最適化された医療・介護資源、仕組みを次の世代に渡すためのツールが連携推進法人だと考えています」と語っています。このインタビューで栗谷氏は、病院単独で撤退戦略を考えるのではなく、地域のほかの医療機関や介護施設、介護事業所とともに撤退戦略を立てることの重要性を説いています。急性期病院だけが生き残っても意味はなく、そこから退院してくる患者を受け入れる慢性期の病院や在宅医療の機能、介護施設なども必要だからです。そうした視点は、これからの地域の基幹病院の経営者には欠かせないものと言えるでしょう。広島県で1,000床規模の大病院計画、建設前から運営資金不足で県が運営法人に65億円貸し付け医療界でこうした“撤退戦”論議が本格化し、実際、撤退に向けた動きも出てきている一方で、そのことに気付かない人々も少なからずいるようです。相変わらず大きな新病院を作ろうとしたり、あるいは病院の再編・統合に反対したり……。たとえば広島県では、県立広島病院(712床)、JR広島病院(275床、2025年度からは二葉の里病院)、中電病院(248床、企業立)の3病院と、広島がん高精度放射線治療センター(HIPRAC、広島県医師会運営)を加えた4施設を統合して新病院を作る計画が進んでいます。計画では、新病院は地上16階、地下1階で1,000床規模。JR広島病院の隣接地に全面新築予定で、総事業費は約1,300~1,400億円を見込んでいるそうです。県は4月に先行して新病院を経営する地方独立行政法人を設立、当初は県立広島病院や安芸津病院などの運営を移し、2030年度から新病院の経営を行うことになっています。しかし、3月1日付の中国新聞などの報道によれば、この地方独立行政法人は2病院の資金を引き継ぐ結果、最初から18億円の赤字になる見込みだそうです。そうした理由から広島県は2025年度の一般会計当初予算案に計65億円の貸付金を計上する計画です。新病院開設前から運営資金が不足する事態に、県議会では「見通し」の甘さを指摘する声が相次いだようです。さらに、1,300~1,400億円と試算していた総事業費も世界的な資材価格高騰に伴って大幅な増額となる可能性もあり、計画の抜本的な見直しが避けられない状況となっています。大風呂敷を広げて、結局頓挫してしまった順天堂大の埼玉新病院計画大風呂敷を広げて、結局頓挫してしまった病院計画ということでは、本連載の「第242回 病院経営者には人ごとでない順天堂大の埼玉新病院建設断念、『コロナ禍前に建て替えをしていない病院はもう建て替え不可能、落ちこぼれていくだけ』と某コンサルタント」で書いた、順天堂大の埼玉新病院建設計画が記憶に新しいところです。このケースは800床の新病院計画でした。順大のWebサイトによれば、2015年時点の総事業費は建設費709.5億円、機器・備品・システム124.3億円で計834億円。それが2024年時点では建設費1640.3億円、機器・備品・システム546.2億円で計2,186億円に膨らんでいました。9年余りで建設費は2.3倍、機器・備品・システムは4.4倍です。ちなみに建設費は昨年2023年11月予想では936.2億円と漸増程度でしたが、その後8ヵ月余で704億円も増加しています。順天堂大の埼玉新病院は800床規模で事業費が当初予定の2.6倍、2,000億円超まで総事業が膨らんでいまい、計画断念に追い込まれたわけです。建設費、機器・備品・システム費の高騰ぶりを考えると、広島県の新病院計画の行く末が案じられます。聞こえがいい超急性期機能の充実ばかりに焦点を絞った計画が相変わらず各地で頻出首長や行政の人間はなぜ財政的に大赤字になることが見えているのに、立派な病院を作りたがるのでしょうか。また、せっかく再編・統合する計画を採用したのに、なぜまた身分不相応と思われる大病院を作ろうとするのでしょうか。高度成長期やまだ人口が増加傾向だった時代ならともかく、今となっては首都圏ですらそんな計画は自殺行為です。今後、10年、20年間に地域の医療・介護マーケットがどう変化していくかは、人口統計などを見れば明らかです。地域においてどんな機能がどれくらい必要か、あるいはどんな施設、機能を残していけばいいのかも、冷静に考えればわかるはずです。にもかかわらず、聞こえがいい(あるいは住民受けが良い)超急性期機能の充実ばかりに焦点を絞った計画が各地で相変わらず頻出しているのは、県・市町村の首長や行政職が日本の医療マーケットの現状や、国が進めてきた施策「地域医療構想」を理解していないためとも言えます。ただ、そうした現実無視だった地方の現場にも少しは変化の兆しが見え始めているようです。(この項続く)

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日本における片頭痛診療の現状、今求められることとは

 日本では、片頭痛を治療する医療機関および医師の専門分野における実際の治療パターンに関する調査は十分に行われていない。慶應義塾大学の滝沢 翼氏らは、日本の片頭痛患者の実際の臨床診療および治療パターンを医療機関や医師の専門分野別に評価するため、レトロスペクティブコホート研究を実施した。PLoS One誌2024年12月19日号の報告。 2018年1月〜2023年6月のJMDC Incより匿名化された片頭痛患者のレセプトデータを収集した。片頭痛を治療する医療機関および医師の専門分野別に患者の特性や治療パターンを評価した。 主な内容は以下のとおり。・対象は、片頭痛患者23万1,156例(平均年齢:38.8±11.8歳、女性の割合:65.3%)。・クリニックで初回処方を受けた患者は81.8%、画像検査を行った患者は42.5%、初回診断時に一般内科を受診した患者は44.4%、脳神経外科を受診した患者は25.9%。・画像検査の実施率は、専門医のいるクリニックで59.4%、専門医のいる病院で59.1%、専門医のいない病院で32.9%、専門医のいないクリニックで26.9%。・全体として、急性期治療を受けた患者は95.6%、予防治療を受けた患者は21.8%。・専門医のいる施設といない施設を比較すると、専門医のいる施設ではトリプタンの処方頻度が高く(67.9% vs.44.9%)、アセトアミノフェンおよびNSAIDsの処方頻度が低かった(52.4% vs.69.2%)。・予防治療の頻度は、専門医がいる施設(27.4%)のほうがいない施設(15.7%)より高く、医療機関の種類を問わず年々増加していた。 著者らは「日本の片頭痛患者のうち、初回診断時に専門医のいる施設を受診した患者は半数のみであり、専門医は非専門医よりも、片頭痛特有の薬剤および予防薬を使用する傾向が高かった」とし「片頭痛患者に対し専門医受診の必要性を広め、専門医と非専門医の医療連携を強化することが求められる」と結論付けている。

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第243回 広がるCGP検査だが、コンパニオン診断薬として使う場合の診療報酬の低さゆえ、乳がんの治療薬トルカプが患者に使用されない事態に

メガバンクの行員の所業も“闇バイト”並の世の中にこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。最近、証券会社や金融機関など、犯罪からは縁遠そうな企業の社員などによる悪質な犯罪が次々と表沙汰になっています。金融庁や東京証券取引所などでインサイダー取引の疑惑が明るみになったり、野村証券の元社員が強殺未遂罪で起訴されたり、三菱UFJ銀行の元行員が貸金庫から顧客の現金や貴金属を盗んだりと、もはや一流大出の大企業のエリートだからと言って、信用できる時代ではなくなってきています。野村証券は12月3日、元社員が強盗殺人未遂と放火の罪で起訴された事件を受けて、奥田 健太郎社長らが記者会見を開き、経営幹部10人が役員報酬を自主返上すると明らかにしました。12月6日には三菱UFJ銀行の新たな不祥事が明るみに出ました。同日付の日経バイオテクは、「三菱UFJ銀行の管理職の元行員、カルナバイオへの脅迫などで起訴」というニュースを発信、バイオベンチャー、カルナバイオサイエンスに誹謗中傷や脅迫をしていたなどとして、11月7日に神戸地検に強要未遂罪で起訴された50代の被告人が、三菱UFJ銀行の管理職の元行員(起訴後に懲戒解雇)だったと報じています。同記事によれば、「カルナバイオサイエンス役員の写真を貼り付けて『無能な経営者』と誹謗中傷したり、『死ね』と脅迫したりなど悪質性が高いことから、同社は警察に相談。2024年8月1日に兵庫県警は威力業務妨害や脅迫の容疑で元行員を逮捕した。その後、2024年11月7日に神戸地検は、脅迫罪よりも重く、罰金刑が設けられていない強要未遂罪で元行員を起訴した」とのことです。また、この元行員は三菱UFJ銀行の内規に違反する株取引を行っていたとも書かれています。貸金庫から顧客の現金や貴金属を盗んだり、顧客を脅迫したりと、もはや日本を代表するメガバンクとは思えない行員たちの所業の数々。同行の頭取は12月16日に記者会見を開き、被害額が10数億円に上るという貸金庫窃盗について謝罪しましたが、頭取や担当役員の発言には“個人の犯罪”として収束させようという意図が見え隠れし、行員の管理や教育というところまでは目が届いていないようでした。いずれにせよ、「銀行員は信用できる」(あるいは、銀行員の悪行を隠蔽できていた)時代の終焉を感じさせます。皆さんも重々お気を付けください。さて今回は、診療報酬の仕組みの不備から、乳がん治療薬「トルカプ」の使用に医療現場で制限がかかり、本来、同薬の恩恵が受けられるはずの患者が使用できない事態になっているというニュースを取り上げます。こちらも先月、日経バイオテクが報じたものです。銀行員の不祥事のスクープから乳がん治療薬の最新動向まで、実に幅広い取材領域で頭が下がります。保険適用から5年超が経過したCGP検査日経バイオテクの11月18日号の特集記事「保険診療下でのがんゲノム医療に課題が露呈」は、2019年6月の保険適用から5年超が経過した包括的がんゲノムプロファイリング検査(以下、CGP検査)について現状と課題をまとめており、とても参考になりました。CGP検査は、がんの組織を使って多数の遺伝子を同時に調べる検査のことです。標準治療がない固形がん患者と、標準治療が終了(または終了見込み)となった固形がん患者が対象で、実施できる医療機関はがんゲノム医療中核拠点病院、がんゲノム医療拠点病院、がんゲノム医療連携病院に限られており、全国で273施設あります。このように全国に広がってきたCGP検査ですが、同記事によれば、「CGP検査をコンパニオン診断の目的で使用するのが難しく、一部の抗がん薬が使えない状態が生じている」とのことです。コンパニオン診断とは、ある治療薬が患者さんに効果があるかどうかを治療の前にあらかじめ検査することで、その診断のために使う薬はコンパニオン診断薬と呼ばれます。最近では、抗がん薬が新たに承認される際、その薬の効果を判定するためのコンパニオン診断薬として、CGP検査がセットで承認されるケースが増えています。標準治療がない固形がん患者らへのCGP検査は計5万6,000点だが…コンパニオン診断薬としてCGP検査を実施する場合、少なからぬ金銭的問題が生じます。それは、「標準治療がない固形がん患者と、標準治療が終了(または終了見込み)となった固形がん患者を対象」にがんゲノム医療中核拠点病院等がCGP検査を実施する場合と、一般の病院がコンパニオン診断薬としてCGP検査を実施する場合とで診療報酬が大きく異なるためです。具体的には、がんゲノム医療中核拠点病院等が、標準治療がない固形がん患者らにCGP検査を実施する場合、「がんゲノムプロファイリング検査」として4万4,000点、「がんゲノムプロファイリング評価提供料」として1万2,000点の合計5万6,000点(つまり56万円)を算定できるのに対し、一般の病院が通常のがん治療の一環でコンパニオン診断薬としてCGP検査を実施する場合は、「悪性腫瘍組織検査」の2,500点〜1万2,000点や、「BRCA1/2遺伝子検査」の2万200点しか算定できないのです。そうなると、得られる診療報酬がCGP検査で検査会社に支払う費用(相場は56万円の8割強程度の模様)よりも下回り、医療機関にとっては「持ち出し」となってしまうのです。日経バイオテクはこうした状況から、「PCR検査などCGP検査以外の検査が保険適用されていれば問題にはならないが、コンパニオン診断薬がCGP検査しか無い抗がん薬では、赤字覚悟でCGP検査を実施する医療機関はほぼ無く、患者にとっては死活問題になる」と書いています。トルカプが承認されたことで問題が顕在化もっとも、これまでもコンパニオン診断薬がCGP検査しかない抗がん薬は複数あったものの、まれな遺伝子変異を対象とした薬が主で、問題が大きくなることはありませんでした。しかし、2024年3月に乳がんの治療薬、トルカプ(一般名:カピバセルチブ)が承認されたことでこの問題が顕在化、「持ち出し」を避けたい医療機関が、同薬を本来使うべき患者の初回治療で使わない事態が生じているのです。トルカプは「内分泌療法後に増悪したPIK3CA、AKT1またはPTEN遺伝子変異を有するホルモン受容体陽性かつHER2陰性の手術切除不能または再発乳がん」を効能・効果とした薬剤です。手術不能の患者や再発した患者が初回治療で使える薬剤なので、投与対象の患者は多数に上るとみられています。ところが、トルカプのコンパニオン診断薬として認められているのは、「FoundationOne CDX がんゲノムプロファイル」というCGP検査のみです。医療機関がトルカプを初回治療で乳がん患者に使おうとした場合、この検査を行わなければなりませんが、その場合算定できる診療報酬は「悪性腫瘍組織検査」などで数千点、複数のコンパニオン診断を併せて実施したとしても最大1万6,000点程度に留まります。これでは、一般の医療機関がトルカプ使用に二の足を踏むのは当然と言えます。使えば患者1人当たり数十万円の赤字になってしまうのですから。日経バイオテクは「トルカプは標準治療が終了した乳がん患者にしか使われていない。臨床試験で効果が確認されている治療ラインとは異なるタイミングでの処方になっている」という同薬メーカーのアストラゼネカ担当者の言葉も紹介しています。今後もトルカプのようなケースは増えていく“本来使える人が使えていない”という状況を厚生労働省も認識はしているようですが、日経バイオテクの取材に対して保健局医療課の担当者は「専門家の意見を聞きながら引き続き検討していく」と答えるのみです。一方、アストラゼネカはCGP検査を用いないコンパニオン診断薬の開発に着手しているとのことです。日経バイオテクは、抗がん薬の臨床試験においてCGP検査が広く活用されており、結果、承認される際にCGP検査がコンパニオン診断薬として紐づけられることから、「今後もトルカプのようなケースは増えていくとみられる」と書いています。CGP検査がコンパニオン診断薬として使われる際の診療報酬体系については、次期改定を待たず、早急な見直しが必要だと考えられます。

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第216回 マイコプラズマ肺炎5週連続で過去最多更新、厚労省が注意喚起/厚労省

<先週の動き>1.マイコプラズマ肺炎5週連続で過去最多更新、厚労省が注意喚起/厚労省2.新たな地域医療構想で、2次救急病院はどう分類? 定義が課題に/厚労省3.外科医不足解消へ集約化・重点化を検討 厚労省が提案/厚労省4.信頼できるがん情報はどこに? 半数近くの患者はがん情報が入手困難/国立がん研5.出生数減少、過去最少を更新 社会保障制度への影響も懸念/厚労省6.コロナ禍の補助金、不正受給21億円 会計検査院が厳正な対応を要求/会計検査院1.マイコプラズマ肺炎5週連続で過去最多更新、厚労省が注意喚起/厚労省マイコプラズマ肺炎の感染拡大が続いている。国立感染症研究所の発表によると、10月21~27日の1週間における定点医療機関当たりの患者報告数は2.49人で、5週連続で過去最多を更新した。都道府県別では、愛知県の5.4人が最も多く、次いで福井県(5.33人)、青森県(5.0人)、東京都(4.84人)、埼玉県(4.67人)と続いている。マイコプラズマ肺炎は、肺炎マイコプラズマ細菌による呼吸器感染症で、咳や発熱が主な症状。子供や若者に多くみられるが、大人も感染する可能性がある。厚生労働省は、咳が長引くなどの症状がある場合は医療機関を受診するよう呼びかけている。また、感染拡大防止のため、手洗い、マスク着用などの基本的な感染対策を徹底するよう促している。一方、手足口病も依然として高止まりが続いている。10月21~27日の1週間における定点医療機関当たりの患者報告数は8.06人で、警報レベル(5.0人)を超えている。手足口病は、主に乳幼児がかかるウイルス性の感染症で、発熱や口内炎、手足の発疹などが主な症状。感染経路は、咳やくしゃみなどの飛沫感染や、接触感染。厚労省は、手足口病の流行状況を注視し、引き続き予防対策の徹底を呼びかけている。参考1)全数把握疾患、報告数、累積報告数、都道府県別(国立感染症研究所)2)マイコプラズマ肺炎が5週連続で過去最多 手足口病も高止まり 感染研(CB news)3)マイコプラズマ肺炎が猛威=感染者、4週連続で過去最多更新-厚労省「手洗い、マスク着用を」(時事通信)2.新たな地域医療構想で、2次救急病院はどう分類? 定義が課題に/厚労省2026年度から始まる新たな地域医療構想に向け、厚生労働省は病院機能報告制度の具体化を進めている。11月8日に開かれた「新たな地域医療構想等に関する検討会」では、地域ごとに整備する4つの機能と広域的な機能を担う大学病院本院の機能が提示された。地域ごとの機能は、(1)高齢者救急等機能、(2)在宅医療連携機能、(3)急性期拠点機能、(4)専門等機能(リハビリや専門性の高い医療など)となっており、1つの医療機関が複数の機能を併せ持つこともあり得るとされた。広域的な機能を担う大学病院本院は、「医育および広域診療機能」として、医師派遣、医師の卒前・卒後教育、移植や3次救急などの広域医療を担っていくこととされた。急性期拠点機能については、全国の2次救急医療機関(3,194施設)の半数以上が、救急車の受け入れが23年度に500件未満だったことから、手術や救急など医療資源を多く要する症例を集約化し、医療の質を確保するため、報告できる病院数を地域ごとに設定する方針となった。検討会では、機能の名称や定義が分かりにくいという意見や、高齢者救急等機能と急性期拠点機能の役割分担、2次救急病院の分類などについて議論があった。厚労省は、これらの意見を踏まえ、名称や定義を明確化し、2025年度中に新たな地域医療構想の策定ガイドラインを示す予定。参考1)第11回新たな地域医療構想等に関する検討会[資料](厚労省)2)医療機関機能4プラス1案示す、検討継続 厚労省「複数報告」も想定(CB news)3)新地域医療構想で報告する病院機能、高齢者救急等/在宅医療連携/急性期拠点/専門等/医育・広域診療等としてはどうか-新地域医療構想検討会(Gem Med)3.外科医不足解消へ集約化・重点化を検討 厚労省が提案/厚労省厚生労働省は10月30日に「医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会」を開き、外科医不足の解消に向け、外科医療の集約化・重点化を検討課題として提案した。背景には、外科医の増加がほかの診療科に比べて緩慢であること、時間外・休日労働の割合が高いことなど、外科医の労働環境の厳しさが挙げられている。検討会では、外科医の減少に対する学会の取り組みとして、日本消化器外科学会と日本脳神経外科学会からヒアリングが行われ、両学会からは、症例数の多い施設ほど治療成績が向上する傾向があること、救急対応など地域医療の均てん化が必要な領域もあることなどが報告された。構成員からは、集約化の必要性や、地域や領域に応じた対応の必要性などが指摘された。一方、集約化によって医師の都市部集中が加速する可能性や、地域での専門医育成の難しさなどが課題として挙げられた。厚労省では、これらの意見を踏まえ、新たな地域医療構想等に関する検討会に報告し、医師偏在対策の総合的な対策パッケージ策定に向けて検討を進める方針。参考1)第7回医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会(厚労省)2)外科の集約化・重点化は医師偏在対策で「喫緊の課題」、厚労省が提案(日経メディカル)3)急性期病院の集約化・重点化、「病院経営の維持、医療の質の確保」等に加え「医師の診療科偏在の是正」も期待できる-医師偏在対策等検討会(Gem Med)4.信頼できるがん情報はどこに? 半数近くの患者はがん情報が入手困難/国立がん研国立がん研究センターなどが、2023年12月に実施したアンケート調査によるとオンラインでがん情報を入手する際に困難を感じているがん患者が45%に上ることが明らかになった。この調査は、インターネット上で約1,000人のがん患者を対象に行われ、オンラインでの情報収集における課題や情報源、情報活用について尋ねたもの。回答者の45%が「オンラインでがん関連情報を得る際に困難を感じたことがある」と回答し、そのうち5%は「常に困難を感じている/感じていた」と回答した。困難を感じた理由としては、「自分に合った情報をみつけることができない」「さまざまな情報が分散して掲載されている」「専門用語が多い」といった点が挙げられた。情報の入手元としては、検索エンジンが94%と最も多く、次いで動画共有サービスが30%、SNSが17%となった。この調査結果を受け、国立がん研究センターや全国がん患者団体連合会などは、「がん情報の均てん化を目指す会」を立ち上げた。同会は、アンケート調査の結果を踏まえて、患者が理解しやすい情報発信の必要性や、科学的根拠に基づかない情報への対応など、3つの課題と提言をまとめた。情報源に関する課題では、専門用語を避け、患者が理解しやすい情報発信が求められるとともに、信頼できる情報源の活用を促進するべきだと提言している。情報へのリーチに関する課題では、患者が適切な情報にアクセスできるよう、信頼できる情報を集めたポータルサイトの作成や、優良なWebサイト同士の相互リンクによる誘導強化を提言している。情報の活用に関する課題では、医師やがん相談支援センターによるサポート体制を強化し、患者が情報の意味を理解し、自分の状況に合わせて解釈できるよう支援するとともに、患者向けオンラインユーザーガイドを作成し、情報活用力を高めるための普及啓発を行うべきだと提言している。同会は今後、これらの提言を基に、具体的な対策を検討していく。参考1)がん情報のネットでの収集 半数近くが「困難」経験 患者調査で判明(朝日新聞)2)がん情報の均てん化に向けて~がん患者がオンライン上でがん情報を入手・活用する際の課題と提言~(がん情報の均てん化を目指す会)5.出生数減少、過去最少を更新 社会保障制度への影響も懸念/厚労省厚生労働省が11月5日に発表した人口動態統計によると、2024年上半期(1~6月)の出生数は、前年同期比6.3%減の32万9,998人だった。このペースで推移すると、2024年の年間出生数は70万人を割り込み、過去最少を更新する可能性が高まっている。出生数の減少は8年連続で、少子化に歯止めがかからない深刻な状況。背景には、未婚化・晩婚化の進行に加え、コロナ禍で結婚や出産を控える人が増えたことが挙げられる。出生数の減少は、労働力人口の減少や消費の冷え込みなど、経済への影響も懸念され、また、医療や年金などの社会保障制度の維持も困難になる可能性がある。政府は、少子化対策として児童手当や育児休業給付の拡充などを進めているが、今後、抜本的な対策が求められている。参考1)人口動態統計(厚労省)2)24年上半期の出生数は33万人 初の70万人割れか 人口動態統計(毎日新聞)3)ことし上半期の出生数 約33万人 年間70万人下回るペースで減少(NHK)4)今年上半期の出生数は33万人届かず 過去最低だった去年を下回る見込み 厚労省発表(テレビ朝日)6.コロナ禍の補助金、不正受給21億円 会計検査院が厳正な対応を要求/会計検査院会計検査院は11月6日、2023年度の決算検査報告を公表し、新型コロナウイルス対策の交付金や補助金を巡り、医療機関による不正受給など、計648億円の国費の不適切な取り扱いを指摘した。報告書によると、コロナ禍で医療体制を整備するために支払われた国の補助金において、約21億円が過大に交付されていた。中には虚偽の申請や制度の理解不足によるものなど、悪質なケースも含まれていた。具体的な事例として、空き病床とコロナ診療で休止した病床を重複申請するなどした病床確保料の過大請求、トイレや洗濯機置き場を診察室としてカウントするなどした発熱外来の補助金の不正受給、オペレーターの勤務時間を水増しするなどしたワクチン接種コールセンター業務の不正請求、納入されていない設備を納入したと虚偽報告などした救急・小児科医療機関の補助金不正受給などが挙げられている。会計検査院は、事業者側の制度理解不足や行政側の審査の甘さを指摘し、再発防止を求めている。また、コロナ交付金については、総額18兆3,000億円のうち約2割の約3兆2,000億円が不要になっていたことも判明した。使途に制限がないことから、「イカのモニュメント」や「ゆるキャラの着ぐるみ代」など、コロナ対策などとの関連性が不明瞭な事業に交付金が使われたケースもあり、批判が出ている。会計検査院は、自由度の高い交付金事業は、効果検証を行い国民に情報提供する必要があると指摘している。参考1)公金648億円余りが不適切取り扱いと指摘 会計検査院(NHK)2)コロナ医療支援21億円過大 トイレも「診察室」扱いで申請(日経新聞)3)今村洋史・元衆院議員の病院、新型コロナ診療体制の補助金1.6億円を不当申請…「考え甘かった」(読売新聞)

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漫然使用のツロブテロールテープの処方意図を探って中止を提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第61回

 今回は、長期使用されていたLABA貼付薬について疑問を抱き、スタッフ間の情報共有および医療連携を通じて中止を提案した事例を紹介します。患者さんが使用している薬剤の服用理由や開始の経緯が不明瞭な場合、改めて確認することが重要です。そうすることで、思わぬ漫然使用が明らかになることがあります。患者情報80歳、男性(施設入居)基礎疾患アルツハイマー型認知症、高血圧、前立腺肥大症、糖尿病介護度要介護2服薬管理施設職員が管理処方内容1.アムロジピン錠2.5mg 1錠 分1 朝食後2.ジスチグミン錠0.5mg 1錠 分1 朝食後3.タムスロシン錠0.2mg 1錠 分1 朝食後4.ダパグリフロジン錠10mg 1錠 分1 朝食後5.テネリグリプチン錠20mg 1錠 分1 朝食後6.メマンチン錠20mg 1錠 分1 夕食後7.レンボレキサント錠5mg 1錠 分1 就寝前8.ツロブテロールテープ2mg 1枚 14時貼付本症例のポイントこの患者さんは、約3ヵ月前に施設に入居しました。薬剤の自己管理能力が乏しく、投薬や管理は施設職員が行っていました。嚥下機能に問題はなく、食事量もムラがなかったため、経口血糖降下薬のシックデイに関する懸念もない状況でした。2週間に1回の施設訪問の際に服用状況のモニタリングを実施したところ、ツロブテロールテープの使用に疑問を感じました。ツロブテロールテープは、気管支喘息や急性・慢性気管支炎、肺気腫を適応疾患1)としていますが、この患者さんにはこれらの既往がなく、夜間の咳や呼吸困難感などの症状も認められませんでした。そこで、初回介入した担当薬剤師の記録を確認したところ、施設入居前にCOVID-19関連肺炎で入院していたことが判明しました。COVID-19関連肺炎の急性期症状緩和のために処方されたツロブテロールテープが、退院後も漫然と継続されていた可能性があります。現状の呼吸機能や自覚症状から治療負担を検討し、テープの中止を提案することにしました。医師への相談と経過医師の訪問診療に同席し、ツロブテロールテープが3ヵ月間使用されていることを伝え、気管支疾患の既往や症状緩和の目的があるかどうかを確認しました。医師からも該当疾患がないことを聴取し、やはりCOVID-19関連肺炎の急性期治療の一環として使用されていたと推察されました。長期的なLABA貼付薬の使用は適切ではないという医師の判断により、当日の昼からテープが中止となりました。介護士には意図を説明するとともに、念のため昼夜の症状モニタリングを依頼しました。その後、夜間の呼吸困難感や咳症状は現れずに1週間が経過しました。長期的な観察でも気道症状の変化はなく、ツロブテロールテープの完全中止に成功しました。1)ホクナリンテープ添付文書

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第201回 医師多数県で医学部定員を削減、医師多数区域の開業要件も検討へ/厚労省

<先週の動き>1.医師多数県で医学部定員を削減、医師多数区域の開業要件も検討へ/厚労省2.コロナ後遺症、半年後も8.5%に深刻な影響/厚労省3.かかりつけ医機能、新たな報告制度で地域医療連携を強化へ/厚労省4.特定機能病院の要件、医師派遣機能も考慮して見直しへ/厚労省5.協会けんぽ、2023年度の黒字は4,662億円、高齢化で財政不安も/協会けんぽ6.旧優生保護法の違憲判決で国に賠償命令/最高裁1.医師多数県で医学部定員を削減、医師多数区域の開業要件も検討へ/厚労省厚生労働省は7月3日、第5回「医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会」を開き、2025年度の医学部定員について、医師が多い地域から医師が少ない地域に「臨時定員地域枠」を移行する方針を示した。医師多数県では2024年度の191枠が154枠に減少し、16都府県で計30枠減少する見込み。この調整により、医師少数県での地域医療の充実が期待されている。さらに、厚労省は「医師多数区域での開業要件」の検討も示唆し、医師偏在対策を総合的に進める方針で、無床診療所の開業制限や医師多数区域での保険医定員制などが議論の対象となるとみられている。地域枠の活用については、日本私立医科大学協会の小笠原 邦昭氏が、異なる診療科間での地域枠の交換を提案したほか、広域連携型プログラムの導入も評価されたが、調整のための時間が必要だという意見も出された。総合診療専門医の育成については、リカレント教育の重要性が指摘され、経済的インセンティブの必要性も強調された。さらに、サブスペシャリティ専門医の取得を容易にするための制度設計が求められている。新専門医制度について、日本専門医機構はシーリング制度の効果を検証中であり、制度改革の必要性を認識している。とくに、地域や診療科による偏在の是正に向けた取り組みが進められている。今後、厚労省は、各論点に関する議論を深め、年末までに「医師偏在対策の総合的なパッケージ」を策定する予定。これにより、地域間の医師の偏在が是正され、地域医療が向上することを期待しているが、偏在の是正が進むよう引き続き検討を重ねていくとみられる。参考1)第5回医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会(厚労省)2)医学部臨時定員、医師多数県で25年度は30枠減へ 厚労省検討会(CB news)3)医学部地域枠を削減へ 厚労省、医師過剰の16都府県で(日経新聞)2.コロナ後遺症、半年後も8.5%に深刻な影響/厚労省厚生労働省の研究班は、7月1日に新型コロナウイルス(COVID-19)感染後の後遺症患者のうち、8.5%が感染から約半年後も日常生活に深刻な影響を受けていることを発表した。この調査は、2022年7~8月にオミクロン株流行期に感染した20~60代の8,392人を対象に行われた。アンケート結果では、感染者の11.8%にあたる992人が後遺症として長引く症状を報告。その中でも84人が「日常生活に重大な支障を感じている」と回答した。主な症状としては、味覚障害、筋力低下、嗅覚障害、脱毛、集中力低下、そして「ブレインフォグ」と呼ばれる頭に霧がかかったような感覚などが含まれる。とくに女性や基礎疾患のある人、感染時の症状が重かった人で後遺症の割合が高かった一方、ワクチン接種を受けた人ではその割合が低かった。この結果は、COVID-19の後遺症が長期間にわたり日常生活に大きな影響を及ぼす可能性を示しており、全国での他の医療機関でも同様の後遺症報告があり、医療体制や患者支援の改善が急務とされる。また、研究班が、一般住民を対象に感染者と非感染者を比較し、後遺症の頻度や関連要因を調査した結果、感染者の罹患後症状の頻度が非感染者に比べて約2倍高いことが確認された。今後、後遺症のリスク要因や長期的な影響についての詳細な研究が求められるために、厚労省では引き続き、COVID-19の後遺症に対する対応策を進める予定。参考1)コロナ後遺症8.5%「半年後も」日常生活に深刻な影響 厚労省研究班(日経新聞)2)コロナ後遺症患者、半年後も日常生活に深刻な影響8.5% 厚労省(毎日新聞)3)オミクロン株(BA.5系統)流行期のCOVID-19感染後の罹患後症状の頻度とリスク要因の検討(NCGM)3.かかりつけ医機能、新たな報告制度で地域医療連携を強化へ/厚労省2024年7月5日、厚生労働省が病院や診療所による「かかりつけ医機能」の発揮を促進するために「かかりつけ医機能が発揮される制度の施行に関する分科会」を開催し、これまでの議論をまとめた整理案を提示した。かかりつけ医機能については、2025年4月に施行される新たな報告制度を中心に据え、地域ごとに病院や診療所の役割を協議し、地域の医療機能の底上げを図ることを目的としている。整理案によれば、病院や診療所は「日常的な診療を総合的・継続的に行う機能」(1号機能)と、時間外診療や在宅医療、介護連携などの「2号機能」について、毎年1~3月に都道府県へ報告する。都道府県はこれらの報告を公表し、地域の「協議の場」で共有する。この「協議の場」には、都道府県や医療関係者だけでなく、市町村、介護関係者、住民・患者も参加し、地域の医療課題について協議するものとしている。厚労省は、1号機能として「専門を中心に総合的・継続的に実施」や「幅広い領域のプライマリケアを実施」などのモデルをガイドラインで示す予定。また、地域の医療連携を強化するため、複数医師による診療所の配置や、複数診療所によるグループ診療の推進も提案している。厚労省は、来年4月の報告制度発足に向け、自治体向けにガイドライン(GL)を作成する方針で、今月中に取りまとめを目指すとしている。参考1)第7回 かかりつけ医機能が発揮される制度の施行に関する分科会[資料](厚労省)2)かかりつけ医機能報告制度の詳細が概ね固まる、17診療領域・40疾患等への対応状況報告を全医療機関に求める-かかりつけ医機能分科会(Gem Med)3)かかりつけ医機能、対応可能な一次診療について「診療領域」で報告へ(日経ヘルスケア)4)「かかりつけ医機能」データ活用して役割協議 厚労省が「議論の整理案」示す(CB news)4.特定機能病院の要件、医師派遣機能も考慮して見直しへ/厚労省厚生労働省は、7月3日に特定機能病院の承認要件の見直しを議論する検討会を5年ぶりに開催した。特定機能病院とは、高度な医療の提供、高度医療技術の開発、および研修を行う能力を備えた病院とされ、現在、全国には特定機能病院が88施設あるが、うち79施設は大学病院。今回の検討会は、社会保障審議会の医療分科会が3月に提出した意見書を受け、特定機能病院の要件を現代の医療ニーズに合致させるための見直しを目指す。この日の会合では、以下の論点が示された。(1)高度な医療の提供の方向性、(2)医療技術の開発・評価の方向性、(3)医療に関する研修の在り方、(4)医師派遣機能の承認要件への組み込みなど。とくに大学病院からの医師派遣機能を承認要件に加えるべきだとの意見が出されたほか、論文発表の質の確保、特定機能病院の機能や役割を明確化する必要性も議論された。特定機能病院の承認要件は、病床数や診療科数、紹介率、逆紹介率、論文発表数など多岐にわたっており、これらの要件を満たすことで、高度な医療提供能力が証明される仕組みとなっている。一方、現行の承認要件は時代に合わない部分もあり、特定機能病院と一般病院との違いが曖昧になってきているという指摘もされている。検討会では、特定機能病院の機能をさらに細かく分類し、承認要件を見直す方向で議論が進められる見込み。たとえば、「特定領域型」の特定機能病院の承認要件を明確化し、地域医療への貢献や医師派遣機能も承認要件に加えることが検討されているほか、承認要件には医療の質や研究の質も考慮されるべきだとの意見も出されている。今後、厚労省は各論点に関する議論を深め、年内に取りまとめを行う予定で、これをもとに特定機能病院の承認要件が見直される。参考1)第20回特定機能病院及び地域医療支援病院のあり方に関する検討会(厚労省)2)特定機能病院の要件見直し、年内をめどに取りまとめ 厚労省検討会 医師派遣機能の要件化求める声も(CB news)3)特定機能病院に求められる機能を改めて整理、類型の精緻化・承認要件見直しなどの必要性を検討-特定機能病院・地域医療支援病院あり方検討会(Gem Med)5.協会けんぽ、2023年度の黒字は4,662億円、高齢化で財政不安も/協会けんぽ中小企業の従業員やその家族が加入する全国健康保険協会管掌健康保険(協会けんぽ)は、2023(令和5)年度の決算見込み(医療分)について公表した。それによると、2023年度の決算では、4,662億円の黒字を見込んでいる。黒字は14年連続で、賃上げによる保険料収入の増加が主な要因とみられる。協会けんぽの収入は前年度比2.7%増の11兆6,104億円で、賃金の伸びに伴い保険料収入が増えたことが背景にあり、とくに月額賃金が平均30.4万円と過去最高を記録したことが収入増に寄与した。一方、支出は11兆1,442億円で、前年度比2.5%増となった。支出の増加要因として、新型コロナウイルス禍後の社会活動再開に伴うインフルエンザなどの呼吸器系疾患の患者増加や75歳以上の後期高齢者医療制度への拠出金の増加が挙げられている。また、医療給付費は6兆4,542億円に達し、前年度に続いて過去最高を更新した。しかし、全国健康保険協会は、今回の決算の発表と同時に、今後の財政状況について楽観視できないとしている。その理由として、今後、加入者の高齢化や医療の高度化に伴い、団塊の世代が後期高齢者になる時期に支援金の急増が見込まれているためであり、財政の健全化と持続可能な運営が求められていく。参考1)2023(令和5)年度協会けんぽの決算見込みについて(協会けんぽ)2)「協会けんぽ」賃上げによる保険料増などで4,600億円余の黒字(NHK)3)協会けんぽ黒字、23年度4,662億円 賃上げで保険料増(日経新聞)6.旧優生保護法の違憲判決で国に賠償命令/最高裁旧優生保護法に基づく強制不妊手術を受けた被害者が国に損害賠償を求めた裁判で、最高裁判所大法廷は7月3日に「旧優生保護法が憲法違反である」と判断し、国に賠償を命じる判決を下した。旧優生保護法は、1948~1996年まで施行され、障害者を対象に強制的な不妊手術を認めていた。これにより約2万5,000人が手術を受けたとされる。最高裁は、旧優生保護法が「不良な子孫の淘汰」を目的にしており、障害者を差別的に扱い、生殖能力を奪うことは憲法13条および14条に違反するとした。また、不妊手術が当時の社会状況を考慮しても正当化できないとし、本人の同意があった場合も含めて手術の強制性を指摘した。さらに、国会議員の立法行為自体が違法であるとも断じた。国は20年以上前の不法行為について賠償請求権が消滅する「除斥期間」を理由に訴えを退けるよう主張したが、最高裁はこの主張を認めず、被害者の権利行使が困難であったことや旧法廃止後も補償を行わなかった国の姿勢を問題視し、除斥期間の適用を否定した。今回の判決で、国には被害者1人当たり1,100~1,650万円(その配偶者には220万円)の賠償責任が確定した。この判決は、全国の被害者救済に道を開くものであり、旧優生保護法の被害者の全面救済が期待される。政府は判決を重く受け止め、早期の対応を行う必要に迫られている。参考1)旧優生保護法は「違憲」 国に賠償命じる 最高裁、除斥期間適用せず(朝日新聞)2)旧優生保護法は憲法違反 国に賠償命じる判決 最高裁(NHK)3)旧優生保護法「違憲」、強制不妊で国に賠償命令…最高裁が「除斥期間」不適用で統一判断(読売新聞)

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「糖尿病医療者のための災害時糖尿病診療マニュアル2024」発行/日本糖尿病学会

 日本糖尿病学会の年次学術集会(会長:植木 浩二郎氏[国立国際医療研究センター研究所 糖尿病研究センター長])が、5月17~19日に東京国際フォーラムなどで開催された。 2024年1月1日に石川県をはじめとする北陸地方を襲った「能登半島地震」は記憶に新しい。災害時に糖尿病患者やその家族へのサポートなどはどのようにあるべきであろう。 本稿では「災害時の糖尿病診療支援と糖尿病対策推進会議の活動」より「災害時糖尿病診療マニュアル2024の概要 総論」(講演者:荒木 栄一氏[熊本大学名誉教授/菊池郡市医師会立病院/熊本保健科学大学健康・スポーツ教育研究センター 特任教授])をお届けする。災害で糖尿病患者は簡単に弱者になる 地震、洪水などわが国は災害が多く、1,000人以上の犠牲者が発生した災害が多数ある。現在では南海トラフ地震や首都直下型地震、線状降水帯による水害などへの備えがなされている。しかし、それでもこうした災害時には、糖尿病患者は容易に代謝失調やインスリンの不足などにより災害弱者となりうる。 とくに食事療法での栄養の偏りや治療薬の確保が懸念されている。そこで、日本糖尿病学会と日本糖尿病協会の2つの学会は『糖尿病医療者のための災害時糖尿病診療マニュアル2024』を制作し、発行した。これは2014年に日本糖尿病学会「東日本大震災から見た災害時の糖尿病医療体制構築のための調査研究」委員会が作成した災害時の診療マニュアルを10年ぶりに改訂したもので、熊本地震での知見の追加のほか、新規糖尿病治療薬など最新の診療状況にも対応し、「糖尿病医療支援チーム(DiaMAT)」についても触れたもので、今回日本糖尿病協会も参画し、広く知見が記述されている。4章立てで災害時の糖尿病診療、平時の準備を説明 本マニュアルは大きく4章立てで構成され、荒木氏が説明した総論部分は下記のとおりである。〔I 総論 災害に対する備え〕「1 ライフラインと情報の整備」では、ライフラインの確保、災害時の連絡体制、バックアップを記載している。「2 食量や医薬品の備蓄」では、平時からの備蓄食料のローテーション消費や主治医と医薬品の備蓄や調達方法の相談を記載している。「3 医療機関の災害対応マニュアル、訓練」では、マニュアル整備とその見直し、災害時の人材の確保、院内の備品や食品の管理、地域との連携や訓練などを記載している。「4 地域の医療連携」では、連携の問題点と課題、災害時の医療連携を記載している。「5 災害時糖尿病医療従事者の教育」では、医療者への教育、平時の備えの指導(とくにシックデイ)、薬の調整や防災教育を記載している。「6 糖尿病患者への啓発」では、平時からの備えの啓発としてリーフレットの活用や正しい情報を得るための教育が記載されている。 また、総論以降の内容は次のとおりである。〔II 害時の糖尿病医療者の役割〕 災害派遣医療チーム(DMAT)、糖尿病医療支援チーム(DiaMAT)や医師やそのほかの医療従事者の役割などが記されている。〔III 個々の糖尿病病態への対応〕 全体的な注意事項、各治療(インスリン、経口薬、食事・運動療法のみ)での注意事項、合併症のある患者での対応、特別な配慮が必要な患者(妊婦、高齢者など)へのサポートが記されている。〔IV 患者の備え〕 避難所の確認や薬剤の備蓄、妊婦・高齢者などの特殊な患者への対応などが記されている。 その他コラムでは「シックデイ対策/インスリンポンプ使用者/COVID-19」などが記されている。 将来発生が危惧される大災害に対応するためにも、一読し、今できることから備えておきたい。

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第218回 2040年に向けさまざまな改革が本格始動、「骨太の方針2024」から見えてくる医療提供体制の近未来像

日本医師会会長選、松本氏大勝で2期目に突入こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。任期満了に伴う日本医師会の会長選は6月22日に投開票が行われ、現職の松本 吉郎氏が元副会長の松原 謙二氏を破り、再選を果たしました。投票総数378票で、松本氏334票、松原氏38票という、前回を上回る圧勝でした。エムスリーなどの報道によれば、選挙後に都内で開いた報告会で松本氏は、「財務省などから本当に強大な圧力がかかっており、多くの課題を抱えている。それに打ち勝つには、これまで以上に私ども役員がもっとしっかりと頑張って、先生方とも共闘して事に当たらなければ、本当に日本の医療が壊れてしまうと思う」と述べたとのことです。本連載の前回「第217回 迫る日医会長選、『もう日医の力は昔ほどではない』と元自民党医系議員、松本会長は再選後も“茨の道”か?」でも書いたように、財務省が提案してくるさまざまな政策に加え、秋にかけて激しさを増す政局にも翻弄される、まさに“茨の道”のスタートと言えそうです。2040年ころまでの医療政策の中心課題が盛り込まれた「骨太の方針2024」さて、今回は、6月21日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2024~賃上げと投資がけん引する成長型経済の実現~」(骨太の方針2024)1)について書いてみたいと思います。今国会で成立した改正政治資金規制法を巡る与野党の激しい攻防の陰に隠れる形となり、例年に比べ、一般紙の報道は地味な印象でした。しかし、診療報酬・介護報酬の同時改定も終わり、新たな地域医療構想の検討も進む中、今回の「骨太」には、2040年頃までの医療政策の重点課題が盛り込まれています。ここでは医療提供体制関連の項目を中心に見てみたいと思います。かかりつけ医機能が発揮される制度整備と地域医療連携推進法人に言及、連携推進法人は4年連続で記述「骨太の方針2024」において医療や社会保障関連の内容は、主に「第3章 中長期的に持続可能な経済社会の実現」の「主要分野ごとの基本方針と重要課題(1)全世代型社会保障の構築」に書かれています。医療提供体制については、「国民目線に立ったかかりつけ医機能が発揮される制度整備、地域医療連携推進法人・社会福祉連携推進法人の活用、救急医療体制の確保、持続可能なドクターヘリ運航の推進や、居住地によらず安全に分べんできる周産期医療の確保、都道府県のガバナンスの強化を図る。地域医療構想について、2025年に向けて国がアウトリーチの伴走支援に取り組む」と、かかりつけ医機能が発揮される制度整備と地域医療連携推進法人に言及。本連載の「第214回 岸田首相、初夏の山形・酒田へ。2024年度から制度テコ入れの地域医療連携推進法人に再び脚光」でも予想したように、地域医療連携推進法人については4年連続の記述となり、同制度に対する国の期待を改めて感じ取ることができます。2040年頃を見据えた新たな“地域医療構想”の概要を年末までに現在検討が進む次なる地域医療構想については、「2040年頃を見据えて、医療・介護の複合ニーズを抱える85歳以上人口の増大や現役世代の減少等に対応できるよう、地域医療構想の対象範囲について、かかりつけ医機能や在宅医療、医療・介護連携、人材確保等を含めた地域の医療提供体制全体に拡大するとともに、病床機能の分化・連携に加えて、医療機関機能の明確化、都道府県の責務・権限や市町村の役割、財政支援の在り方等について、法制上の措置を含めて検討を行い、2024年末までに結論を得る」と明記、2040年頃を次の目標年に置いて、かかりつけ医機能や医療・介護連携についても盛り込んだ新たな”地域医療構想”(仮称)の概要を2024年末までに決めるとしています。かかりつけ医機能が発揮される制度整備に加え、次なる地域医療構想も2024年中にその概要が固まるわけで、医療関係団体にとって、今年がとても重要な年となることがこうした記述からも見て取れます。医師の偏在解消に向けた総合的な対策のパッケージも年末までに策定昨年の「骨太の方針」と比べた大きな変化は、医師の偏在解消対策についての記述が以下のような長文で入ったことでしょう(昨年は「実効性のある医師偏在対策」という文言のみ)。「医師の地域間、診療科間、病院・診療所間の偏在の是正を図るため、医師確保計画を深化させるとともに、医師養成過程での地域枠の活用、大学病院からの医師の派遣、総合的な診療能力を有する医師の育成、リカレント教育の実施等の必要な人材を確保するための取組、経済的インセンティブによる偏在是正、医師少数区域等での勤務経験を求める管理者要件の大幅な拡大等の規制的手法を組み合わせた取組の実施など、総合的な対策のパッケージを2024年末までに策定する」。医師偏在については、本連載の「第208回 『地域ごとの医師の数の割り当てを、本気で考えなければならない時代に入ってきた』と武見厚労大臣、地域偏在、診療科偏在の解消に向け抜本策の検討スタート」で、武見 敬三厚生労働大臣が、規制の導入も視野に入れて医師偏在解消の具体策をまとめる方針を示した、と書きましたが、その意気込みがそのままこの長文につながった感じです。「骨太」に書かれた対策は“ごった煮”感もありますが、とにかくあらゆる手立てを尽くして医師偏在を解消するということのようです。これもまた「2024年末までに策定する」となっているのもポイントです。なお、1点気になったのは、「経済的インセンティブによる偏在是正」の文言が入っていることです。こちらは、本連載の「第209回 これぞ財務省の執念?財政審・財政制度分科会で財務省が地域別単価導入を再び提言、医師過剰地域での開業制限も」で書いた、診療報酬への地域別単価導入と思われますが、財務省が(言葉を少し変えて)するりと潜り込ませたのでしょう。2024年末までにまとめられるという「総合的な対策のパッケージ」の内容に注目したいと思います。医療・介護DXについてはマイナ保険証を柱とする従来方針を改めて強調その他の医療関連の重要項目としては「DX」があります。「第2章 社会課題への対応を通じた持続的な経済成長の実現」の中の「3.投資の拡大及び革新技術の社会実装による社会課題への対応」の「(1)DX」で、医療・介護DXについて言及、「政府を挙げて医療・介護DXを確実かつ着実に推進する。このため、マイナ保険証の利用の促進を図るとともに現行の健康保険証について2024年12月2日からの発行を終了し、マイナ保険証を基本とする仕組みに移行する。『医療DXの推進に関する工程表』に基づき、『全国医療情報プラットフォーム』を構築するほか、電子カルテの導入や電子カルテ情報の標準化、診療報酬改定DX、PHRの整備・普及を強力に進める。調剤録等の薬局情報のDX・標準化の検討を進める」と、マイナ保険証をベースとして、全国医療情報プラットフォームを構築するという従来方針を改めて強調しています。今年の「骨太の方針」は、国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)を2025年度に黒字化するという目標を盛り込みつつも、具体的な数値目標は設けられておらず、踏み込みが甘いとの見方がもっぱらです。また、岸田 文雄首相は「骨太の方針」を閣議決定した直後の記者会見で、物価高対策として電気・ガス代の補助や年金世帯への給付金支給を表明、「政府の歳出改革は一貫性を欠く」(6月22日付日本経済新聞)との批判もあります。とは言え、医療提供体制に関する項目については、「かかりつけ医機能」「次期地域構想」「医師偏在対策」「医療介護DX」とそれぞれの整合性が取れており、近未来を俯瞰する上では参考になる内容となっています。時間があれば、ご一読をお勧めします。参考1)経済財政運営と改革の基本方針2024/内閣府

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第214回 岸田首相、初夏の山形・酒田へ。2024年度から制度テコ入れの地域医療連携推進法人に再び脚光

日本海総合病院と日本海ヘルスケアネットを視察こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。来週からはや6月、いよいよ夏本番です。新緑が映える6月の山は、紅葉の秋山よりも瑞々しく、1年の中で一番美しいと思います。初夏の山で私がとくに好きなのは、山形県の鳥海山です。6月の鳥海山は、それなりの装備が必要なため登山者もまだそれほど多くはなく、新緑と残雪の白のコントラストを存分に楽しむことができます。深田 久弥はその著書『日本百名山』で「名山と呼ばれるにはいろいろの見地があるが、山容秀麗という資格では、鳥海山は他に落ちない」と書くほどです。ただ、難点はあります。山が大きく、日帰りするには少々行程が長過ぎる点です。私も何度か登っているのですが、北西側の鉾立山荘から登る象潟口コースでは、スタート時間が遅かったこともあって頂上に辿り着けず、途中で敗退しています。来年あたりこのコースをリベンジしようかと考えているところです。さて、そんな鳥海山を眺望できる庄内平野に位置する山形県酒田市を、5月19日に岸田文雄首相が訪れました。目的は地方独立行政法人 山形県・酒田市病院機構 日本海総合病院の視察です。山形県の庄内地方では、日本海総合病院が中心となって、12の法人、1自治体で構成された地域医療連携推進法人・日本海ヘルスケアネットが組織され、様々な連携業務、共同事業を行っています。岸田首相は、日本海ヘルスケアネットの医療・介護連携の実際と共に、普及が遅々として進まず依然批判も多いマイナ保険証や電子処方箋が活用されている姿を自分の目で確かめるため、酒田を訪れたようです。「“連携推進法人”の制度普及に今後も努める」と言明日本海総合病院が中心となって運営されている日本海ヘルスケアネットは、人口減少が進む地方における地域医療連携推進法人の成功事例の一つです。また、複数の医療施設及び介護事業所が診療情報を共有する「ちょうかいネット」も医療DXの先駆けとして有名です。視察後の記者会見で岸田首相は、医療・介護の連携の強化、医療従事者の交流、職員の共同研修、医療機器の共同利用、医薬品の共同交渉、地域フォーミュラリ、「ちょうかいネット」といった日本海ヘルスケアのさまざまな取り組みについて言及した後、「患者の目線に立って、地域の医療提供体制が効率的で質の高いものになるよう、実効的な仕組みを構築していきたい」と述べるとともに、地域医療連携推進法人について、「今、全国で39法人、認定を受けています。そして、昨年、利用拡大を図る医療法の改正も行いました。あわせて、介護・福祉分野においても、類似の仕組みがあります。すなわち、社会福祉連携推進法人という21の法人が認定を受けている。これらを合わせて、普及に努めていきたい」と、“連携推進法人”の制度普及に今後も力を入れると語りました。今年の「骨太の方針」に4年連続で記述される可能性も地域医療連携推進法人については、本連載でも、「第168回 3年連続3回目、地域医療連携推進法人言及の背景」、「第138回 かかりつけ医制度の将来像」、「第69回 制度化4年目にして注目集める地域医療連携推進法人の可能性」などで度々取り上げて来ました。2017年4月に制度がスタートし、7年経ったわりには、現状39法人と数的には今ひとつですが、政府が毎年6月に公表する「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」において3年連続で地域医療連携推進法人が記述されたことからも、国(厚生労働省というより財務省)が医療・介護連携や機能分担の切り札になると今でも考えていることは間違いありません。今回、岸田首相が地域医療連携推進法人を実際に視察したことで、「医療・介護連携や機能分担の切り札」という位置付けはますます強固なものとなり、まもなく公表される「骨太の方針」にも4年連続で記述されるかもしれません。浜松医科大学と浜松医療センターとの連携など新しい動きもその地域医療連携推進法人ですが、各地で新しい動きもあります。今年3月には、静岡県浜松市が運営する浜松医療センターと国立大学法人の浜松医科大学が県西部の医療体制を充実させてより高度な医療を提供するため、地域医療連携推進法人を2025年4月に設立する計画が明らかになっています。大学病院本院が地域医療連携推進法人に参画するケースとしては、藤田医科大学(愛知県豊明市)が中心となってつくられた地域医療連携推進法人・尾三会(愛知県)、関西医科大学(大阪府枚方市)が中心となってつくられた地域医療連携推進法人・北河内メディカルネットワーク(大阪府)がありますが、お互いに基幹病院同士、しかも一方は国立大学法人というケースははじめてです。また、2025年4月に岐阜県で設立された地域医療連携推進法人・美濃国地域医療リンケージは、岐阜県笠松市で松波総合病院を経営する社会医療法人 蘇西厚生会、美濃市立美濃病院、一般社団法人 海津市医師会で構成されており、それぞれの所在地の医療圏が岐阜医療圏、中濃医療圏、西濃医療圏と異なっているのが大きな特徴です。その「理念」には「医療圏の垣根を越え、お互いに補完し合うことで、急速に進む少子高齢化の中で、安定性と持続性を併せもった効率的な医療提供体制を構築し、それぞれの地域住民の暮らしの安心を実現する」と書かれており、地方における広域の地域医療連携推進法人の可能性を探るユニークな試みとして注目を集めています。成功事例という“追い風”や制度変更による“使い勝手”の向上などで、今後、加速度的に増えていくかも2024年4月からは、医療法の一部が改正され、地域医療連携推進法人に個人立の医療機関も参加できるようになりました(それまでは医療法人など非営利法人に限られていました)。個人立が参加する場合は、従来は認められていた参加法人への出資、貸付はできなくなりますが、外部監査等が不要になったり、一部事務手続きが簡素化されたりするなど、“使い勝手”が良くなり、設立の敷居も低くなります。7年間で39法人とそれほど増えてこなかった地域医療連携推進法人ですが、各地での成功事例という“追い風”や制度変更による“使い勝手”の向上などによって、今後、加速度的に増えていくかもしれません。

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日本における小児に対する抗精神病薬処方の動向

 統合失調症は、幻覚・妄想やその他の症状を特徴とする精神疾患である。日本においても統合失調症の治療ガイドラインが確立されているが、小児患者に対する薬物療法は推奨されていない。さらに、小児統合失調症患者に対する抗精神病薬の処方傾向は、あまりよくわかっていない。東北医科薬科大学病院の菊池 大輔氏らは、2015~22年の日本における小児外来患者に対する抗精神病薬の処方動向を明らかにするため、本研究を実施した。その結果、日本では小児統合失調症に対して、主にアリピプラゾールとリスペリドンが処方されており、アリピプラゾールの処方割合が時間の経過とともに有意に増加していることを報告した。Journal of Pharmaceutical Health Care and Sciences誌2024年1月2日号の報告。 対象は2015年1月1日~2022年12月31日に、急性期地域医療連携病院を受診した0~18歳の統合失調症患者。2023年11月時点での日本人小児外来患者の管理データを分析した。対象薬剤は、2022年12月時点に日本で発売されている統合失調症の適応を有する薬剤とした。期間中の抗精神病薬の年間処方傾向は、その割合に応じて算出した。各抗精神病薬の処方割合の評価には、Cochran-Armitageの傾向検定を用いた。 主な結果は以下のとおり。・小児統合失調症患者に対して主に処方されていた抗精神病薬は、アリピプラゾールとリスペリドンであった。・男性患者では、アリピプラゾールの処方割合が21.5%(2015年)から35.9%(2022年)へ有意な増加が認められた(p<0.001)。一方、リスペリドンの処方割合は、47.9%(2015年)から36.7%(2022年)へ有意な減少が認められた(p<0.001)。・女性患者においても、男性と同様に、アリピプラゾールの処方割合が21.6%(2015年)から35.6%(2022年)へ有意に増加し(p<0.001)、リスペリドンの処方割合は、38.6%(2015年)から24.8%(2022年)へ有意に減少していた(p<0.001)。

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