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DNRを救急車で運んだの?【救急外来・当直で魅せる問題解決コンピテンシー】第5回

DNRを救急車で運んだの?PointDNRは治療中止ではない。終末期医療の最終目標は、QOLの最大化。平易な言葉で理知的に共感的に話をしよう。適切な対症療法を知ろう。症例91歳男性。肺がんの多発転移がある終末期の方で、カルテには急変時DNRの方針と記載されている。ところが深夜、突如呼吸困難を訴えたため、慌てて家族が救急要請した。来院時、苦悶様の表情をみせるもののSpO2は97%(room air)だった。研修医が家族に説明するが、眠気のせいか、ついつい余計な言葉が出てしまう。「DNRってことは、何も治療を望まないんでしょ? こんな時間に救急車なんて呼んで、もし本物の呼吸不全だったら何を期待してたんですか? 大病院に来た以上、人工呼吸器につながれても文句はいえませんよ。かといって今回みたいな不定愁訴で来られるのもねぇ。なんにもやることがないんだから!」と、ここまでまくしたてたところで上級医につまみ出されてしまった。去り際に垣間見た奥さんの、その怒りやら哀しみやら悔しさやらがない交ぜになった表情ときたらもう…。おさえておきたい基本のアプローチDo Not Resuscitation(DNR)は治療中止ではない! DNRは意外と限定的な指示で、「心肺停止時に蘇生をするな」というものだ。ということはむしろ、心肺停止しない限りは昇圧薬から人工呼吸器、血液浄化法に至るまで、あらゆる医療を制限してはならないのだ。もしわれわれが自然に想像する終末期医療を表現したいなら、DNRではなくAllow Natural Death(AND)の語を用いるべきだろう。ANDとは、患者本人の意思を尊重しながら、医療チーム・患者・家族間の充分な話し合いを通じて、人生の最終段階における治療方針を具体的に計画することだ。それは単なる医療指示ではなく、患者のQuality of Life(QOL)を最大化するための人生設計なのである。落ちてはいけない・落ちたくないPitfalls「延命しますか? しませんか?」と最後通牒を患者・家族につきつけるのはダメ医療を提供する側だからこそ陥りやすい失敗ともいえるが、「延命治療を希望しますか? 希望しませんか?」などと、患者・家族に初っ端から治療の選択肢を突きつけてはならない。家族にしてみれば、まるで愛する身内に自分自身がとどめを刺すかどうかを決めるように強いられた心地にもなろう。患者は意識がないからといって、家族に選択を迫るなんて、恐ろしいことをしてはいないか? 「俺が親父の死を決めたら、遠くに住む姉貴が黙っているはずがない。俺が親父を殺すなんて、そんな責任追えないよぉ〜」と心中穏やかならぬ、明後日の方向を向いた葛藤を強いることになってしまうのだ。結果、余計な葛藤や恐怖心を抱かせ、得てして客観的にも不適切なケアを選択してしまいがちになる。家族が親の生死を決めるんじゃない。患者本人の希望を代弁するだけなのだ。徹頭徹尾忘れてはならないこと、それはANDの最終目標は患者のQOLの最大化だということだ。それさえ肝に銘じておけば、身体的な側面ばかりでなく、患者さんの心理的、社会的、精神的側面をも視野に入れた全人的ケアに思い至る。そして、治療選択よりも先にたずねるべきは、患者本人がどのような価値観で日々を過ごし、どのような死生観を抱いていたのかだということも自ずと明らかになろう。ANDを実践するからには、QOLを高めなければならないのだ。Point最終目標はQOLの最大化。ここから焦点をブレさせない「患者さんは現在、ショック状態にあり、昇圧剤および人工呼吸器を導入しなければ、予後は極めて厳しいといわざるを得ません」いきなりこんな説明をされても、家族は目を白黒させるばかりに違いない。情報提供の際は専門用語を避けて、できるだけ平易な言葉遣いで話すべきだ。また、人生の終末を目前に控えた患者・家族は、とにかく混乱している。恐怖、罪悪感、焦り、逃避反応などが入り組んだ複雑な心情に深く共感する姿勢も、人として大切なことだ。だが、同情するあまりにいつまでも話が進まないようでは口惜しい。実は、患者家族の満足度を高める方法としてエビデンスが示されているのは、意外にも理知的なアプローチなのだ。プロブレムを浮き彫りにするためにも、言葉は明確に、1つ1つの問題を解きほぐすように話し合おう。逆に、心情を慮り過ぎて言葉を濁したり、楽観的で誤った展望を抱かせたり、まして具体的な議論を避ける態度をとったりすると、かえって信頼を損なうことさえある。表現にも一工夫が必要だ。すがるような思いで病院にたどり着いた患者・家族に開口一番、「もはや手の施しようがありません」と言おうものなら地獄へ叩き落された心地さえしようというもの。何も根治を望んで来たわけではないのだから、「苦痛を和らげる方法なら、できることはまだありますよ」と、包括的ケアの余地があることを伝えられれば、どれだけ救いとなることだろう。以上のことを心がけて、初めて患者・家族との対話が始まるのだ。こちらにだって病状や治療方針など説明すべきことは山ほどあるのだが、終末期医療の目的がQOLの向上である以上、患者の信念や思いにしっかりと耳を傾けよう。もし、その過程で患者の嗜好を聞き出せたのならしめたもの。しかしそれも、「うわー、その考え方にはついていけないわ」などと邪推や偏見で拒絶してしまえば、それまでだ。患者の需要に応えられたときにQOLは高まる。むしろ理解と信頼関係を深める絶好の機会と捉えて、可能な限り患者本人の願いを実現するべく、家族との協力態勢を構築していこう。気持ちの整理がつくにつれ、受け入れがたい状況でも差し引きどうにか受容できるようになることもある。そうして徐々に歩み寄りつつ共通認識の形成を試みていこう。その積み重ねが、愛する人との静かな別れの時間を醸成し、ひいては別離から立ち直る助けともなるのだ。Point平易かつ明確な言葉で語り掛け、患者・家族の願いを見極めよう「DNRでしょ? ERでできることってないでしょ?」より穏やかな死の過程を実現させるためにも、是非とも対症療法の基本はおさえておこう。訴えに対してやみくもに薬剤投与と追加・増量を繰り返しているようでは、病因と戦っているのか副作用と戦っているのかわからなくなってしまうので、厳に慎みたい。その苦痛は身体的なものなのか、はたまた恐怖や不安など心理的な要因によるものなのか、包括的な視点できちんと原因を見極めるべきだ。対症療法は原則として非薬物的ケアから考慮する。もし薬剤を使用するなら、病因に対して適正に使用すること。また、患者さんの状態に合わせて、舌下錠やOD錠、座薬、貼付剤など適切な剤型を選択しよう。続くワンポイントレッスンと表で、使用頻度の高い薬剤などについてまとめてみた。ただし、終末期の薬物療法は概してエビデンスに乏しいため、あくまでも参考としていただけるとありがたい。表 終末期医療でよく使用する薬剤PointERでできることはたくさんある。適切な対症療法を学ぼうワンポイントレッスン呼吸困難呼吸困難は終末期の70%が経験するといわれている。自分では訴えられない患者も多いので、呼吸数や呼吸様式、聴診所見、SpO2などの客観的指標で評価したい。呼吸困難は不安などの心理的ストレスが誘因となることも多いため、まずは姿勢を変化させたり、軽い運動をしたり、扇風機で風を当てたりといった環境整備を試すとよいだろう。薬剤では、オピオイドに空気不足感を抑制する効果がある。経口モルヒネ30mg/日未満相当ならば安全に使用できる。もし不安に付随する症状であれば、ベンゾジアゼピンが著効する場合もある。口腔内分泌物口腔内の分泌物貯留による雑音は、終末期患者の23〜92%にみられる。実は患者本人にはほとんど害がないのだが、そのおぞましい不協和音は死のガラガラ(death rattle)とも呼ばれ、とくに家族の心理的苦痛となることが多い。まずは家族に対し、終末期に現れる自然な経過であることを前もって説明しておくことが重要だ。どうしても雑音を取り除く必要がある場合は、アトロピンの舌下滴下が分泌物抑制に著効することがある。ただし、すでに形成した分泌物には何の影響もないため、口腔内吸引および口腔内ケアも並行して実践しよう。せん妄せん妄も終末期患者の13〜88%に起こる頻発症状だ。ただし、30〜50%は感染症や排尿困難、疼痛などによる二次的なものである。まずは原因の検索とその除去に努めたい。薬剤投与が必要な場合は、ハロペリドールやリスペリドンなどの抗精神病薬を少量から使用するとよいだろう。睡眠障害睡眠障害はさまざまな要因が影響するため、慎重な評価と治療が不可欠である。まずは昼寝の制限や日中の運動、カフェインなどの刺激物を除去するといった環境の整備から取り掛かるべきだろう。また、睡眠に悪影響を及ぼす疼痛や呼吸困難などのコントロールも重要である。薬物は健忘、傾眠、リバウンドなどの副作用があるため、急性期に限定して使用する。一般的には非ベンゾジアゼピン系のエスゾピクロンやラメルテオンなどが推奨される。疼痛疼痛は終末期患者の50%が経験するといわれている。必ずしも身体的なものだけではなく、心理的、社会的、精神的苦痛の表出であることも多いため、常に包括的評価を心掛けるべきだ。このうち、身体的疼痛のみが薬物療法の適応であることに注意しよう。まずは潜在的な原因の検索から始め、その除去に努めよう。終末期の疼痛における環境整備やリハビリ、マッサージ、カウンセリングなどの効果は薬物療法に引けを取らないため、まずはこのような支持的療法から試みるとよいだろう。薬物療法の際は、軽度ならば非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やアセトアミノフェン、そうでなければオピオイドの使用を検討する。ちなみに、かの有名なWHOの三段階除痛ラダーは2018年の時点でガイドラインから削除されているから注意。現在では、患者ごとに詳細な評価を行ったうえで、痛みの強さに適した薬剤を選択することとなっている。たしかに、あの除痛ラダーだと、解釈次第ではNSAIDsと弱オピオイドに加えて強オピオイドといったようなポリファーマシーを招きかねない。末梢神経痛に対しては、プレガバリンやガバペンチン、デュロキセチンなどが候補にあがるだろう。勉強するための推奨文献日本集中治療医学会倫理委員会. 日集中医誌. 2017;24:210-215.Schlairet MC, Cohen RW. HEC Forum. 2013;25:161-171.Anderson RJ, et al. Palliat Med. 2019;33:926-941.Dy SM, et al. Med Clin North Am. 2017;101:1181-1196.Albert RH. Am Fam Physician. 2017;95:356-361.執筆

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肺炎改善に対するエビデンスの確実性は低い。コクランレビューが示す胸部理学療法の効果【論文から学ぶ看護の新常識】第8回

肺炎改善に対するエビデンスの確実性は低い。コクランレビューが示す胸部理学療法の効果成人肺炎に対する胸部理学療法についてのコクランレビューは、2010年に初めて発表され、2013年に更新された。新たに2件の研究を追加し再分析を行ったアップデート版が、The Cochrane Database of Systematic Reviews誌2022年9月6日号に掲載された。コクランレビュー:成人の肺炎に対する胸部理学療法本アップデートでは、2013年の結果に新たに2件の研究(540例)を追加し、合計8件のランダム化比較試験(RCT)、974例を分析対象とした。以下の5種類の胸部理学療法を検討した。1)従来の胸部理学療法、2)オステオパシー徒手療法(OMT;脊柱抑制、肋骨挙上、筋膜リリースを含む)、3)アクティブサイクル呼吸法(呼吸コントロール、胸郭拡張運動、強制呼気技術を含む)、4)呼気陽圧療法(PEP)、5)高頻度胸壁振動法(HFCWO)。主要評価項目として、死亡率、治癒率、入院期間、発熱期間、抗生物質使用期間、ICU滞在期間、人工呼吸期間、副作用を設定した。いずれもエビデンスの確実性は非常に低いが、以下の通りの結果となった。死亡率:従来の胸部理学療法(無介入との比較)、OMT(プラセボとの比較)、HFCWO(無介入との比較)は、いずれも死亡率を改善する可能性はほとんどない。治癒率:従来の胸部理学療法とアクティブサイクル呼吸法(無介入との比較)は、治癒率改善にほとんど影響を与えない可能性がある。OMTは、治癒率を改善する可能性がある(リスク比[RR]:1.59、95%信頼区間[CI]:1.01~2.51)。入院期間:OMT、従来の胸部理学療法、アクティブサイクル呼吸法は、入院期間にほとんど影響を与えない可能性がある。PEP(無介入との比較)は、入院期間を平均1.4日短縮する可能性がある(平均差[MD]:−1.4日、95%CI:−2.77~−0.03)。発熱期間:従来の胸部理学療法、OMTは、発熱期間にほとんど影響を与えない可能性がある。PEPは、発熱期間を0.7日短縮する可能性がある(MD:−0.7日、95%CI:−1.36~−0.04)。抗生物質使用期間:OMTとアクティブサイクル呼吸法は、いずれも抗生物質の使用期間にほとんど影響を与えない可能性がある。集中治療室(ICU)の滞在期間:HFCWO+気管支鏡肺胞洗浄(気管支鏡肺胞洗浄単独との比較)では、ICU滞在期間を3.8日短縮する可能性がある(MD:−3.8日、95%CI:−5.00~−2.60)。人工呼吸期間:HFCWO+気管支鏡肺胞洗浄は、人工呼吸期間を3日短縮する可能性がある(MD:−3日、95%CI:−3.68~−2.32)。副作用:1件の試験では、2名の参加者にOMT後一過性の筋肉の圧痛が発生した。別の試験では、3件の重篤な有害事象によりOMT後に早期に試験から除外された。1件の試験では、PEPでの有害事象は報告されなかった。主要な結論に変更はなかった。現在のエビデンスでは、胸部理学療法が成人肺炎患者の死亡率や治癒率を改善する効果については非常に不確かである。一部の理学療法は入院期間、発熱期間、ICU滞在期間、および人工呼吸期間をわずかに短縮する可能性がある。しかし、これらの結果は確実性の非常に低いエビデンスに基づいており、さらなる検証が求められる。成人肺炎患者に対する胸部理学療法の今回のレビューでは、死亡率や治癒率への効果は不確実という結果でした。一部の手法では、入院日数やICU滞在期間、発熱期間を短縮する可能性が示唆されましたが、いずれもエビデンスの確実性は低く、さらなる大規模研究が必要です。その一方で、胸部理学療法の効果がないと証明されたわけではありません(統計上、効果があるかどうかがわからないが正確な捉え方です)。看護師としては、胸部理学療法単独の効果に過度な期待を寄せるのではなく、体位管理や呼吸訓練、早期離床などの多角的なケアを組み合わせて行うことが重要です。現場では個々の患者さんに応じたケアが最優先になります。とくに、患者さんの全身状態を見極めながら、呼吸介助や痰の排出を促す方法を取り入れるなど、個々の状況に合わせたプランを立案しましょう。また効果の根拠が限られるからこそ、他職種とも連携を図り、安全性を担保しながら最適なケアを提供する姿勢が求められます。実践する際は、患者さんの負担やリスクを常に評価し、無理のない範囲で効果的に行う方法を検討することが大切です。今後も新たな知見を確認しながら柔軟にケア介入を考えていきましょう。論文はこちらChen X, et al. Cochrane Database of Syst Rev. 2022;9(9): CD006338.

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在宅患者がやってきた【救急外来・当直で魅せる問題解決コンピテンシー】第4回

在宅患者がやってきたPoint在宅患者は、外来に通院できない事情がある。外来患者よりもより医療を必要としている人達だ!在宅患者・家族は、最期まで在宅生活を送れないさまざまな事情も抱えている。患者・家族をはじめ在宅チームは、急変時に病院バックベッドの存在があるから、在宅で頑張れる!在宅医療の普及で、患者・家族、医療者もWin-Winに!症例88歳女性。肝内胆管がん、多発肝転移、リンパ節転移、骨転移あり。消化器科主治医からは「いつでも調子が悪くなったら病院に戻ってきていいよ」と言われたうえで、A病院からB診療所に紹介され、訪問診療が開始された。高齢の夫と長男の妻の3人暮らし。キーパーソンの長男は海外に単身赴任中。嫁に行った長女はよく顔を見にきてくれる。疼痛コントロールも良好であった。訪問診療開始1ヵ月後、長男の妻より「今朝から左手の力が入らない、移動も困難になっている」とB診療所に電話あり。トルーソー症候群(悪性腫瘍の凝固能亢進による脳梗塞)の可能性ありと判断された。在宅医は「今回脳梗塞が疑われるが、原病に伴うものであるため、在宅での継続加療も可能」と長男の妻に話したが、長男の妻の強い希望で、A病院に救急紹介された。A病院では頭部CT、頭部MRIが施行され、左右多発脳梗塞(トルーソー症候群)と診断された。長男の妻は仕事と介護で疲れもピークに達しており、「入院させてほしい」と強い希望があった。救急では入院主治医決定に難航した。原疾患の消化器内科か、脳梗塞の神経内科か。“大人の事情”の協議の末、今回は神経内科で入院加療となった。「最期まで在宅でと決まってなかったの? どうして救急に送ってくるんでしょうね」と救急当番の研修医はボソッと心なくつぶやいてしまった。「『これって在宅医が悪いの?』、『患者・家族が悪いの?』って、そんな視点をもつ医者はロクな医者にならないぞ」と指導医に叱られた。「『病気をみずして人をみろ』が実践できたら、入院主治医決定に迷うことはないんだけどね」と、悲しそうに指導医はつぶやいた。おさえておきたい基本のアプローチどんな患者さん達が在宅医療を受けているのだろうか?在宅患者の85%以上は要介護状態にあり、要介護1~5の患者がそれぞれ10~20%ずつ存在する。在宅患者の基礎疾患は多様であり、とくに循環器疾患・認知症・脳血管疾患を抱える患者の割合が大きい(図1)1)。治癒が期待できない患者(末期悪性腫瘍や人工呼吸器を使用している患者、遺伝性疾患や神経筋難病など)は約15%を占める。図1 疾患別の患者割合在宅医療を受けている患者達は、表1のような状況で、ぎりぎりで在宅生活を送っている実情を理解しておこう。病院に紹介されて疾患だけ治して、家にポイッと帰すだけでは、よい医療の質は保たれないのだ。「病気をみずして、人をみよ」とまさしく体現しているのだ。表1 在宅医療利用患者の生活背景事情独居老々介護在宅介護困難で、施設(グループホーム、老人ホームなど)に入所中家族は働いており、昼間の介護者不在で、ほぼ毎日デイサービス利用している上記などの理由で特養などの施設へ入所したいが、空き待ちの間、在宅医療を受けている一方、患者は在宅療養を受けたくてもなかなかそれができないのが現状なんだ。図2のように、在宅療養移行や継続の阻害要因と、在宅医療推進にあたっての課題が、厚生労働省からもあげられている2)。24時間の在宅医療提供体制や、在宅医療・介護サービス供給量の拡充だけでなく、在宅療養者のバックベッドの確保・整備や、介護する家族支援は欠かせないことが、理解できるだろう。疾病をもつ患者の生活も支えていくことは、医療全体の医療費負担の軽減にもつながるんだ。図2 在宅療養移行・継続阻害要因と在宅医療推進の課題画像を拡大するそんな状況でようやく在宅療養が受けられたが、在宅療養が継続できなくなって病院に紹介されてくるときに、「あ~、ダメだ。病院にお世話にならないといけなくなってしまったぁぁぁ」という患者・家族の思いや在宅医の忸怩たる思いを慮って、病院の受け入れ側医師は優しく温かく良医としての矜持をもって受け入れてほしい。在宅医療を選択することは、在宅で必ずしも死を選択しているわけではなく、まだ準備ができていない患者・家族もいる、在宅で死を迎えたいと思っていても気が変わる場合もある、そんな多様性を病院の受け入れ医師は知っておかないといけない。落ちてはいけない・落ちたくないPitfallsまず、在宅患者は、外来に通えないという前提があることを理解しよう!訪問診療の対象にある患者は、外来通院できない患者に絞られることをまず前提として理解いただきたい。外来診療に通えない人とは、疾患の重症度が高く、多疾患併存状態も多く、通えない事情として身体的要因だけでなく社会的要因も考慮しなければならないだろう。実際に、高齢者を対象として在宅医療の有無の観点から入院患者の特徴と救急車搬送により入院となる割合の違いを明らかにすることを目的とした研究がある3)。在宅医療がある症例はない症例と比較して認知症やがんなど併存症を伴う割合や低栄養および低ADL患者である割合が高く、在院日数の長期化がみられ、介護施設へ転院となる割合が高かった。また、がんをはじめ多くの主傷病において救急車搬入により入院となる割合が高かった。この研究結果を踏まえて、外来患者よりも在宅患者のほうが救急車搬入による入院が多い実態を肝に銘じていただき、患者にも家族にも優しい対応をお願いしたい。米国では、高齢者を対象に在宅医療サービスを開始したところ、登録前の1年間と登録後で同じ患者で比較して、ERの訪問が約30%、入院が10%減少したという報告もある4)。やはり在宅医療は患者・家族、医療者にとって、Win-Winな制度と考えられるだろう。Pointなぜ在宅医療を受けているのか? という理由をまず考えてみよう!急激なADLの低下出現…在宅生活本当に続けられる!?冒頭の症例の患者は末期がんの状態であり、ADLの低下は予想されていた。しかし脳梗塞による急激なADL低下に、主介護者である長男の妻より、在宅加療継続は難しいとのお話があり、入院加療となった。長男の妻は仕事で日中介護できず、在宅生活も1ヵ月近くなっており介護疲れもあった。入院後にもカンファレンスを行い、元々入っていた訪問看護以外に訪問介護導入も可能とお話したが、実母を看取った経験も踏まえて、在宅加療を継続する自信がないとのことだった。本人の気持ちも確認したが、このまま入院でよいとのお話であった(長男の妻によると、ご本人は周囲の状況を察してあまりわがままは言えない性格とのことだった)。キーパーソンの息子も帰国したが、入院加療を続けてほしいとのお話であり、転院調整中にA病院でお亡くなりになった。在宅医療は病気だけをみていたのでは始まらない。生活背景や心理的背景も考慮して、家族も支えていかないといけない。無理矢理在宅を継続することで、長男の妻が精神的にも肉体的にも追い詰められて、本当に体を壊してもいけないのだ。また海外駐在の息子さんがいるというのも、権利意識やインフォームド・コンセントにも気を遣い、診療方針決定に大きく影響を受け、そういうことまで配慮してこそ在宅医療はうまくいくのだ。高齢者は、疾病でも外傷でも容易にADLが低下する。疾病の重症度だけで帰宅可能と判断しても、実際は帰宅後の介護負担が増加して、より危険にさらされる状況になってしまうことは珍しくない。尿路感染だけ診断して安易に帰宅させた老々介護の高齢女性が、自宅で転倒し大腿骨近位部骨折を併発して、救急車で舞い戻ってきたという事例もある。ときには患者家族と救急担当医の間で患者の押し付け合いのような現象が生じる。しかし、無理に帰宅させて病状が悪化するのでは、判断が甘いといわざるを得ない。帰宅後に病態の見落としが判明する場合もある。在宅医療を受けている患者の入院・帰宅の判断の際には、帰宅後の介護負担を十分に考慮し、メディカルソーシャルワーカーなどを通じて、ケアマネジャーや在宅主治医などと連携して、帰宅後の介護や医療提供を考慮するように心がけたい5)。Point継続しておうちで過ごせそうでしょうか? ケアマネ・在宅主治医にも相談してみましょう在宅患者・家族みんなが、最期まで在宅と考えているわけではない前述の患者も、最期まで在宅と決めて、訪問診療を開始したわけではない。退院の際に病院主治医から「困ったときは入院も考慮します」と話があり、その言葉が、患者・家族・在宅チームの安心につながっていた。在宅医療を含む自宅療養を受ける際にその患者や家族が抱える問題意識として、症状急変時の対応に不安があること、症状急変時すぐに入院できるか不安があることが、図2に示されている。他のケースでも、最期は病院でと病院主治医と約束し、在宅医療開始になった患者がいる。1人は肺がん末期で、呼吸苦や疼痛はオピオイド増量でコントロールしていたが、急激に呼吸状態が悪化し、訪問看護が呼ばれ、訪問看護からの連絡で往診のうえ、家族の希望も踏まえて紹介元の病院に紹介したが、24時間以内に亡くなった。もう1人は、肝細胞がん末期、胸水腹水貯留で、腹水除去などを在宅で行っていたが、深夜呼吸苦が増悪し、在宅酸素導入したが、家族が病院紹介を希望され、この方も24時間以内に亡くなった。結構ぎりぎり最期(死ぬ直前)まで患者も家族も在宅で頑張っているんだ。「だったら最期くらい家で看取ればいいのに」なんて冷たい言い方をしてはいけない。最後の最後につらそうにしている患者を家族が在宅で看ていられなくなってしまう気持ちもわかってあげよう。家族は医療者ではなく素人であり、死に対する免疫はないのだから。オンタリオの研究では、家で看取ると思っていても、最後は不安になって16%の人は救急車を呼ぶという6)。ぎりぎりまで在宅で患者に寄り添った家族にやさしい言葉をかけられる医療者こそ、心の通った医療者なんだ。Point病院主治医に、困ったらおいでと言われていたのですね。よくここまでおうちで頑張りましたね在宅看取りのはずなのに、どうして救急搬送してしまうのか?在宅看取りを希望していても、心配で在宅主治医や訪問看護師を呼ぶ前に119番通報してしまう家族もいるものと理解しよう。気が変わるのは仕方のないこと。むしろ絶対に気が変わったらダメなんて言ったら、在宅医療は推進できない。蘇生処置を行わない意思表示(DNAR:Do Not Attempt Resuscitation)のある終末期がん患者の臨死時に救急車要請となる理由を救急救命士への半構造的面接により検討した研究論文7)では、(1)DNARに関する社会的整備が未確立(臨死時救急車以外病院搬送手段がないなど)(2)救急車の役割に対する認識不足(蘇生処置をせずに救急搬送が可能という認識の住民や医師がいるなど)(3)看取りのための医療支援が不十分(4)介護施設での看取り体制が不十分(5)救急隊に頼れば何とかなるという認識(何かあったときは119番という住民感情があるなど)(6)在宅死を避けたい家族の思い(家族が在宅死に対する地域社会の反応を気にするなど)(7)家族の動揺(DNARの意思が揺らぐ家族など)といった7つの理由が明らかになったとしている。Pointとっさに、救急車を呼んでしまったのですね。最期にこんなにバタバタするとは想像しなかったですよね。状態が悪いのを見ているのはつらいので、無理もないですよワンポイントレッスン在宅側からの取り組み─在宅看取りの文化の醸成に向けて─在宅医療を受けていても、救急車を呼び、今まで関係のなかった病院に搬送されると、死亡判定後、警察が来て検死が始まる。警察が事情を聴きに家まで来てしまうのだ。「まさか警察が来て事情聴取を受けるなんてぇ…」と、思いがけない最期に憤りや後悔をあらわにする家族もいる。家族に後悔が残らないようにするための在宅側からの取り組みを紹介する。在宅医療を地域住民に啓発しよう2014年厚生労働省より全国1,741市町村別に在宅死の割合が発表されたが、全国平均12.8%に対し、筆者のクリニックがある永平寺町は6.7%であり、福井県下でも最下位だった。永平寺町内には福井大学医学部附属病院がそびえたち、町民の生活風景のなかに大学病院があることで、何かあれば大学病院に行けばよいとの住民感情もあっただろう。大学病院なのに町立病院のような親近感をもたれているといえばそのとおりなんだけど…。そんな状況を受け、2019年8月1日に永平寺町立在宅訪問診療所(24時間体制の在宅支援診療所)が設立された。開設の約1年前から町の福祉保健課、地域包括支援センターとともに永平寺町民に向けて、在宅医療についての説明会を約2年間にわたって計70回行い、在宅医療が何なのかの啓発活動に専念した。最期がイメージしやすいパンフレットを作成がんの末期で病院から紹介いただく患者でも、最期に向けてどのような経過を辿っていくのかイメージできず、強い不安を感じている患者・家族がほとんどだ。そこで当院ではパンフレットを作成し、タイミングをみて、パンフレットを用いながら、今後の変化について、説明している(図3)。図3 最期をイメージするためのパンフレット緩和ケア普及のための地域プロジェクトがフリーで提供している「これからの過ごし方」というパンフレットも大変参考になる8)。ほかにも、疼痛などの評価ツールなども掲載されているので、ぜひ参考にされたい(緩和ケア普及のための地域プロジェクト)。救急車を呼んでしまうと、その先には!?最期のときに焦って救急車を呼んでしまうと、救命のために心臓マッサージや気管挿管が行われ、病院で最期を迎えた場合は、警察による検死も行われることもあるとパンフレットや口頭でお伝えしている。119番をコールする前に、訪問看護か在宅医にコールを! ということで、24時間連絡可能な連絡先が記載された用紙をお渡しし、家の目立つところに掲示してもらっている。最期に呼ぶのはあわてない、あわてない…最期が近いと予測されている場合、また真夜中などにおうちで息を引き取った場合、あわてずに翌朝、当方に連絡してもらえればよいこともお伝えしている。息を引き取る瞬間にご家族や医療者がもし立ち会えなかったとしても、在宅主治医が死後24時間以内に往診し診察すれば、死亡診断書が書けるのだ。家族も夜はなるべく休んでいただくよう説明している。参考1)厚生労働省. 在宅患者の状況等に関するデータ.2)厚生労働省. 在宅医療の動向.3)たら澤邦男 ほか. 日本医療マネジメント学会雑誌. 2020;21:70-78.4)De Jonge E, Taler G. Caring. 2002;21:26-29.5)太田凡. 日本老年医学会雑誌. 2011;48:317-321.6)Kearney A, et al. Healthc Q. 2010;13:93-100.7)鈴木幸恵. 日本プライマリ・ケア連合学会誌. 2015;38:121-126.8)緩和ケア普及のための地域プロジェクト(厚生労働科学研究 がん対策のための戦略研究). これからの過ごし方について.執筆

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臨床に即した『MRSA感染症の診療ガイドライン2024』、主な改訂点は?

 2013年に『MRSA感染症の治療ガイドライン』第1版が公表され、前回の2019年版から4年ぶり、4回目の改訂となる2024年版では、『MRSA感染症の診療ガイドライン』に名称が変更された1)。国内の医療機関におけるMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の検出率は以前より低下してきているが、依然としてMRSAは多剤耐性菌のなかで最も遭遇する頻度の高い菌種であり、近年では従来の院内感染型から市中感染型のMRSA感染症が優位となってきている。そのため、個々の病態把握や、検査や診断、抗MRSA薬の投与判断と最適な投与方法を含め、適切な診療を行うことの重要性が増している。本ガイドライン作成委員長の光武 耕太郎氏(埼玉医科大学国際医療センター感染症科・感染制御科 教授)が2024年の第98回日本感染症学会学術講演会 第72回日本化学療法学会総会 合同学会で発表した講演を基に、本記事はガイドラインの主な改訂点についてまとめた。 厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業(JANIS)の検査部門(入院検体)の2023年報では、MRSAの分離率は中央値として5.95%を示し、耐性菌の中で最も高い割合であった2)。がん患者や維持透析患者などのICU患者では、多剤耐性菌の血流感染症による死亡率が高く、MRSA感染症の死亡率は約20%とされる。 2024年版の改訂点の特徴として、臨床に即したガイドラインをめざし、従来の叙述的な内容に加えてクリニカル・クエスチョン(CQ)方式を採用し、13のCQを記載して、より臨床を意識した構成となっている。第V章の「疾患別抗MRSA薬の選択と使用」では、疾患別に11の各論で網羅的に扱い、とくに整形外科領域(骨・関節感染症)では、3つのCQで詳細に解説している。光武氏は、本ガイドラインではCQに対する推奨やエビデンスの度合いをサマリーで端的に示しているが、Literature reviewにて膨大な文献を検討したプロセスを詳細に記載しているので、各読者がとくに関心の高い項目についてはぜひ目を通してほしいと語った。 光武氏は本ガイドラインに記載されたCQのうち、以下の7項目について解説した。CQ1. MRSA感染症の迅速診断(含む核酸検査)は推奨されるか・推奨:MRSA菌血症が疑われる場合、迅速診断を行うことを提案する。・推奨の強さ:弱く推奨する(提案する)・エビデンス総体の確実性:C(弱い) 血液培養でグラム陽性ブドウ状球菌もしくは黄色ブドウ球菌が検出された患者において、MRSA迅速同定検査は従来の同定感受性検査と比較し、死亡率や入院期間を改善しないが、適切な治療(標的治療)までの期間を短縮する可能性がある。皮膚軟部組織感染症における死亡率に関しては、1件の観察研究において、疾患関連死亡率は迅速検査群が有意に低い(オッズ比[OR]:0.25、95%信頼区間[CI]:0.07~0.81)とする報告がある3)。CQ4. ダプトマイシンの高容量投与(>6mg/kg)は必要か・推奨:MRSAを含むブドウ球菌等により菌血症、感染性心内膜炎患者に対して、高用量投与(>6mg/kg)はCK上昇発生率を考慮したうえで、その投与を弱く推奨する。・推奨の強さ:弱く推奨する・エビデンス総体の確実性:B(中程度) 今回実施されたメタ解析により、複雑性菌血症および感染性心内膜症患者では、標準投与群(4~6mg/kg)のほうが、高容量投与群(>6mg/kg)よりも有意に治療成功率が低いとする結果が示された(複雑性菌血症のOR:0.48[95%CI:0.30~0.76]、感染性心内膜症のOR:0.50[95%CI:0.30~0.82])4)。そのため、病態によっては最初から高用量投与することが推奨される。CQ5. 肺炎症例の喀痰からMRSAが分離されたら抗MRSA薬を投与すべきか・推奨:一律には投与しないことを提案するが、MRSAのみが単独で検出された肺炎では抗MRSA薬投与の必要性を検討してもよい。・推奨の強さ:実施しないことを弱く推奨する・エビデンス総体の確実性:D(非常に弱い) 肺炎症例に対して、かつてはバンコマイシンを投与することがあったが、抗MRSA薬を投与することによる死亡率改善効果は認められなかったため、一律に投与しないことが提案されている(死亡リスク比:1.67[95%CI:0.65~4.30、p=0.18、2=39%])。一方で、MRSAのみが単独検出された肺炎で、とくに人工呼吸器関連肺炎(VAP)はMSSA肺炎と比較して死亡率が高い可能性があるため、グラム染色を活用しながら抗MRSA薬投与を検討する余地がある。CQ7. 血流感染においてリネゾリドは第1選択となりうるか・推奨:MRSA菌血症において、リネゾリドやバンコマイシンやダプトマイシンと同等の第1選択とすることを弱く推奨する(提案する)。・推奨の強さ:弱く推奨する(提案する)・エビデンス総体の確実性:C(弱い) MRSA菌血症に対するリネゾリド投与例は、バンコマイシン、テイコプラニン、ダプトマイシン投与例と比較し、全死因死亡率等の治療成功率において非劣性を示す結果であり、第1選択となりうる(エビデンスC)。ただし実臨床では、リネゾリド投与期間中の血小板減少発現によって投与中止や変更を余儀なくされる症例が少なくない。とくに維持透析患者を含む腎機能障害者では、血中リネゾリド濃度が高値となり、血小板減少が高率となるため、注意が必要だ。CQ8. 整形外科手術でバンコマイシンパウダーの局所散布は手術部位感染(SSI)予防に有効か・推奨:整形外科手術でSSI予防を目的としたルーチンの局所バンコマイシン散布を実施しないことを弱く推奨する。・推奨の強さ:実施しないことを弱く推奨する・エビデンス総体の確実性:D(非常に弱い) 局所バンコマイシン散布は実臨床にて行われてきたものではあるが、今回実施されたメタ解析の結果、推奨しない理由として以下の項目が挙げられた。1. 全SSIの予防効果を認めない(エビデンスD)2. インプラントを用いる手術でも、SSI予防効果は認められない(エビデンスD)3. グラム陽性球菌に伴うSSIを予防する可能性はある(エビデンスC)4. SSI予防を目的とした局所バンコマイシン散布の、MRSA-SSI予防効果は明らかでない(エビデンスD)CQ11. 耐性グラム陽性菌感染症が疑われる新生児へのリネゾリドの投与は推奨されるか・推奨:バンコマイシン投与が困難な例に対してリネゾリドを投与することを弱く推奨する。・推奨の強さ:弱く推奨する・エビデンス総体の確実性:C(弱い) リネゾリドは新生児・早期乳児・NICUで管理中の小児におけるMRSAや耐性グラム陽性球菌感染症の治療薬として考慮される。バンコマイシンの使用が困難な状況では使用は現実的とされる。新生児へのリネゾリドの投与を弱く推奨する理由として以下の項目が挙げられた。1. リネゾリドの有効性は、バンコマイシン投与の有効性と比較して差を認めなかった(エビデンスC)2. リネゾリド投与後の有害事象発生率は、バンコマイシンと比較して差を認めなかった(エビデンスC)。リネゾリド投与例では血小板減少を認めることがあり注意が必要。出生時の在胎週数が低い児に、その傾向がより強いCQ13. 抗MRSA薬と他の抗菌薬(β-ラクタム系薬、ST合剤、リファンピシン)の併用は推奨されるか・推奨:心内膜炎を含む菌血症において、バンコマイシンもしくはダプトマイシンとβ-ラクタム系薬の併用を、症例に応じ弱く推奨する(提案する)。その他の併用はエビデンスが限定的であり、明確な推奨はできない。・推奨の強さ:弱く推奨する(提案する)・エビデンス総体の確実性B(中程度) 基本は単剤治療を行い、感染巣/ソースコントロールが重要となるが、抗MRSA薬の効果がみられない場合がある。バンコマイシンの最小発育阻止濃度(MIC)=2µg/mLを示すMRSAの菌血症に対し、高用量のダプトマイシン+ST合剤(スルファメトキサゾール/トリメトプリム)併用により、臨床的改善および微生物学的改善が期待される(エビデンスB)。バンコマイシンもしくはダプトマイシン+β-ラクタム系薬併用は、菌血症の持続時間や発生は減少させるものの死亡率に差はない。バンコマイシンもしくはダプトマイシン+リファンピシン併用は、血流感染症で死亡者数、細菌学的失敗率、再発率に差はなかった。 光武氏は最後に、抗MRSA薬の現状ついて述べた。日本では未承認だが、第5世代セフェム系抗菌薬のceftaroline、ceftobiprole、oritavancin、dalbavancin、omadacycline、delafloxacinといったものが、海外ではすでに使用されているという。現時点では実臨床での使用は難しいが、モノクローナル抗体製剤、バクテリオファージ、Lysinsの研究も進められている。また、MRSA治療にAIを導入する試みも各国から数多く報告されており5)、アップデートが必要な状況となっているという。 本ガイドラインは、日本化学療法学会のウェブサイトから購入することができる。

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PADISガイドライン改訂で「不安」が新たな焦点に【論文から学ぶ看護の新常識】第6回

PADISガイドライン改訂で「不安」が新たな焦点に米国集中治療医学会(Society of Critical Care Medicine[SCCM])は2025年2月21日、『フォーカスアップデート版 集中治療室における成人患者の痛み、不安、不穏/鎮静、せん妄、不動、睡眠障害の予防および管理のための臨床診療ガイドライン』を公開した。本ガイドラインは、2018年に発表された『集中治療室における成人患者の痛み、不穏/鎮静、せん妄、不動、睡眠障害の予防および管理のための臨床ガイドライン』(通称PADISガイドライン)のフォーカスアップデート版であり、新たに「不安」が主要領域として追加された。フォーカスアップデート版 集中治療室における成人患者の痛み、不安、不穏/鎮静、せん妄、不動、睡眠障害の予防および管理のための臨床診療ガイドライン本ガイドラインは、2018年版『集中治療室における成人患者の痛み,不穏/鎮静,せん妄,不 動,睡眠障害の予防および管理のための臨床ガイドライン』を改訂、発展させることを目的として、成人ICU患者に関する5つの主要領域、不安(新規トピック)、不穏/鎮静、せん妄、不動、睡眠障害に焦点を当てて作成された。主な改定点は下記の通り。2018年版 PADISガイドラインの内容は()内に記載。1.ICU入室中の成人患者の不安治療にベンゾジアゼピンを使用することに関して、推奨を行うのに十分なエビデンスが存在しない。(2018年版:この領域についての推奨なし)2.ICU入室中の人工呼吸器管理下の成人患者において、浅い鎮静および/またはせん妄の軽減が最優先される場合は、プロポフォールよりもデクスメデトミジンの使用を推奨する(条件付き推奨、エビデンスの確実性:中等度)。(2018年版:人工呼吸器管理下の成人患者の鎮静には、ベンゾジアゼピンよりもプロポフォールまたはデクスメデトミジンの使用を推奨する[条件付き推奨、エビデンスの質:低い])3.ICU入室中の成人患者のせん妄治療において、通常のケアよりも抗精神病薬を使用することの是非について推奨を行うことはできない(条件付き推奨、エビデンスの確実性:低い)。(2018年版:せん妄の治療にハロペリドールまたは非定型抗精神病薬を日常的に使用しないことを推奨する [条件付き推奨、エビデンスの質:低い])4.ICU入室中の成人患者に対しては、通常のモビライゼーション/リハビリテーションよりも強化されたモビライゼーション/リハビリテーションを行うことを推奨する(条件付き推奨、エビデンスの確実性:中等度)。(2018年版:重症の成人患者に対してリハビリテーションまたはモビライゼーションを実施することを推奨する[条件付き推奨、エビデンスの質:低い])5.ICU入室中の成人患者に対しては、メラトニンを投与することを推奨する(条件付き推奨、エビデンスの確実性:低い)。(2018年版:重症の成人患者の睡眠改善に対するメラトニンの使用については、推奨を行わない[推奨なし、エビデンスの質:非常に低い])PADISガイドラインは、痛み(Pain)、鎮静(Agitation/Sedation)、せん妄(Delirium, Immobility)、睡眠障害(Sleep)の頭文字をとった名称であり、これらの症状への推奨される治療やケアなどを包括的に示したガイドラインです。今回、2018年に発表されたPADISガイドラインのフォーカスアップデート版が発表されました。今回のアップデートでは、とくに、これまでせん妄と混同されがちだった「不安」を新たに焦点化した点が大きな変化といえます。海外ではICU入室中の不安を訴える患者にベンゾジアゼピンが一般的に使用されるケースがあるようですが、明確なエビデンスはなく推奨は行われていません。ただし、入室前から慢性的に不安症状がありベンゾジアゼピンを服用している患者に対しては、継続を検討する余地があると示されました。不安の評価には、痛みの評価で使われる「Face Scale」と同様の絵を用いた「Faces Anxiety Scale」などが推奨されています。患者自身が表情のイラストを見て不安度を評価できるため、日本の医療現場でもすぐに応用できるでしょう。薬物療法はまだ確立していない部分がありそうですが、音楽療法やバーチャルリアリティ(VR)など一部の非薬理学的アプローチは推奨されており、患者さんの好みに合った音楽を流すなどの工夫は有効かもしれません。また、睡眠管理ではメラトニン投与が条件付きで推奨され、生理的な睡眠リズムの補完が重要なテーマとなっています。さらにリハビリテーションでは、早期離床だけでなく、より強化されたリハビリプログラムの導入も提案されており、ICU退室後の身体機能回復やQOL向上に寄与すると期待されています。今後のスタンダードなケア・治療の一つになる可能性があるため、興味のある方はぜひ詳しい内容にも目を通してみることをおすすめします。論文はこちらLewis K, et al. Crit Care Med. 2025;53(3):e711-e727.

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生理食塩水での口腔ケアは、ICU死亡率を低減【論文から学ぶ看護の新常識】第5回

生理食塩水での口腔ケアは、ICU死亡率を低減集中治療室(ICU)にて機械的人工呼吸管理を行っている患者に、口腔ケアで酸化剤を使用することは人工呼吸器関連肺炎(VAP)の発症を抑え、生理食塩水の使用ではICU死亡率を低下させる効果が示された。Qianqian He氏らの研究で、Australian Critical Care誌2025年1月号に掲載された。集中治療室患者における人工呼吸器関連の転帰と死亡率に対するさまざまなマウスウォッシュの効果:ネットワークメタアナリシス研究グループは、ICUにおける機械的人工呼吸管理患者に対する異なるマウスウォッシュの効果と安全性を、VAPの発生率、ICU死亡率、人工呼吸器装着期間、および大腸菌定着率を指標に比較評価した。PubMed、Web of Science、Embase、Cochrane Libraryを検索し、生理食塩水、クロルヘキシジン(CHX)、重炭酸ナトリウム、酸化剤、ハーブ抽出物、ポビドンヨード(PI)を比較したランダム化比較試験(RCT)を対象とした。14件のランダム化比較試験(RCT)に登録された1,644人のICU患者(平均年齢57.86歳、男性58.73%)が対象となった。評価項目は、VAP発生率、ICU死亡率、人工呼吸器装着期間、大腸菌の定着率。統計手法は、Rソフトウェアを用いたネットワークメタアナリシスで、異質性はI2検定で評価され、優越率は累積順位曲線下面積(SUCRA)で推定された。主な結果は以下のとおり。VAP発生率:酸化剤はVAP発生率を低減する傾向を示した(リスク比[RR]:0.24、95%信頼区間[CI]:0.05~1.10)。ICU死亡率:生理食塩水はICU死亡率を有意に低下させた(RR:0.18、95%CI:0.04~0.88)。CHXやPIはICU死亡率に有意な影響を与えなかった。人工呼吸器装着期間:CHXおよびPIは人工呼吸器装着期間に有意な影響を与えなかった。大腸菌定着率:すべての介入群で統計的有意差は観察されなかった。クロルヘキシジンなどの抗菌性マウスウォッシュは、ICU患者に対して潜在的なリスクを伴う可能性がある。一方で、酸化剤は比較的安全であると考えられる。また、生理食塩水はICU死亡率を有意に低下させる有望な選択肢として示唆された。今後は、より大規模で高品質なRCTが必要である。この論文は、ICU患者における異なるマウスウォッシュの効果を比較検討したネットワークメタアナリシスです。特に、人工呼吸器関連肺炎の発生率、ICU死亡率、人工呼吸器装着期間、大腸菌定着率に焦点を当てています。まず、最も注目すべきは生理食塩水に関する結果です。これまで生理食塩水は「標準的で無害な選択肢」にすぎず、口腔内に殺菌する成分が入っていたほうがよいという考えが強かったと思います。しかし、今回の研究では、生理食塩水の使用はICU死亡率を有意に低下させることが示されました。これは、抗菌薬を使用しないことで副作用を回避しつつ、安全に口腔ケアを行える点で重要な知見かと思います。論文での考察としては、生理食塩水は、抗菌性マウスウォッシュと比較すると口腔内の自然な細菌叢のバランスを崩さず、維持に貢献すると考えられるとされています。一方で、よく使用されるクロルヘキシジンやポビドンヨードについては、注意が必要です。日本国内では、クロルヘキシジンを海外のように高い濃度で口腔内へ使用することはできません。そのため、主流になっていくことはないかと思いますが、クロルヘキシジンは心臓外科手術後の患者には効果的である可能性がある一方、非心臓外科患者では死亡リスクが増加する可能性が示されています。また、味覚障害や歯の変色といった副作用があることも臨床現場では無視できません。次に、過酸化水素いわゆるオキシドールなどの酸化剤の効果も見逃せません。酸化剤は人工呼吸器関連肺炎の発生率を抑制する可能性があることが示唆されており、特にクロルヘキシジンの副作用を軽減する効果も期待されています。これにより、患者の快適性や口腔ケアの継続性が向上する可能性があります。しかし、臨床に看護師主導で酸化剤のマウスウォッシュを導入するのはハードルが高い印象です。これらをまとめると、すぐに導入でき、また日頃からも行われている、生理食塩水での口腔ケアは「意外とよい」と言えるでしょう。論文はこちらHe Q, et al. Aust Crit Care. 2025;38(1):101095.

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抜管前の絶食は不要?【論文から学ぶ看護の新常識】第4回

抜管前の絶食は不要?抜管直前まで絶食をせずに経腸栄養を継続しても抜管失敗に影響がないことが示された。Mickael Landais氏らの研究で、Lancet Respiratory Medicine誌の 2023年4月号に掲載された。集中治療室の患者における抜管前の絶食と比較した抜管直前までの経腸栄養の継続:非盲検、クラスターランダム化、並行群間、非劣性試験研究グループは、集中治療室(ICU)の患者を対象に、挿管抜管前の絶食と比較して、経腸栄養を継続した場合に抜管失敗率が変わらないかを評価するための非盲検、クラスターランダム化、並行群間比較試験を実施した。フランス国内のICU22施設を対象とし、施設単位で、経腸栄養継続群(抜管直前まで経腸栄養を継続)と、絶食群(抜管前6時間の絶食および胃内容物の持続吸引を行う)に、1:1の割合で無作為に割り付けた。対象患者は、(1)ICU入室後48時間以上の侵襲的人工呼吸管理を受けている、(2)抜管決定時点で24時間以上幽門前経腸栄養を受けている18歳以上の患者とした。主要評価項目は、抜管後7日以内の再挿管または死亡からなる複合指標(抜管失敗)とし、Intention to treat(ITT)解析およびPer protocol解析の双方で評価し、非劣性マージンは10%に設定した。副次評価項目として抜管後14日以内の肺炎発症率を含めた。結果は以下の通り。ITT解析(1,130例)では、経腸栄養継続群の617例中106例(17.2%)で抜管失敗が発生した。一方、絶食群では、513例中90例(17.5%)で抜管失敗が発生し、事前に定義された非劣性基準を満たした(絶対差異:-0.4%、95%信頼区間[CI]:-5.2~4.5)。Per protocol解析(1,008例)では、経腸栄養継続群の595例中101例(17.0%)で抜管失敗が発生したのに対し、絶食群では、413例中74例(17.9%)であった(絶対差異:-0.9%、95%CI:-5.6~3.7)。抜管後14日以内の肺炎発生数は、経腸栄養継続群で10例(1.6%)、絶食群で13例(2.5%)であった(発生率比0.77、95%CI:0.22~2.69)。ICUの重症患者において、抜管までの経腸栄養の継続は、6時間の絶食と胃内容物の持続吸引を併用した方法と比較して、抜管後7日以内の抜管失敗率に関して非劣性であることが示された。このため、ICU重症患者において、抜管直前までの経管栄養の継続が、絶食に代わる選択肢のひとつとなる可能性を示唆している。挿管チューブの抜管前には誤嚥を予防する目的で絶食を習慣的に行っている施設が多いと思いますが、患者の栄養不足や医療者の作業負担の増加という課題も指摘されています。今回の研究では、「抜管前まで経腸栄養を続ける群」と「6時間の絶食と胃内容物持続吸引を行う群」の2群をクラスターランダム化比較試験(RCT)という方法で比較しています。日本では朝食分を抜いて午前中抜管しても、12時間近く絶食のため、6時間の絶食という方法でも、絶食時間は短い印象です。本研究は「非劣性」を評価していますが、これは新しい介入が従来法より明らかに劣っていないかを統計的に確かめる枠組みです。抜管後7日以内の再挿管や死亡を「抜管失敗」と定義し、その発生率があらかじめ設定した許容範囲(非劣性マージン)を超えないかどうかを調べました。その結果、経腸栄養継続群での抜管失敗率は従来の絶食群とほぼ同等で、事前設定した範囲を超える悪化はみられませんでした。14日以内の肺炎発症率も大きな差はなく、リスク面での不利益が示されなかったことは臨床にとって重要です。以上から、抜管前の絶食が当然とされてきた現場において、今後患者さんの栄養を損なわずに抜管を行う新しい選択肢となる可能性があります。とくに長期間挿管されていた患者さんの場合、1食抜くだけでも筋肉量の低下につながる可能性があります。また、できるだけ患者さんが3食摂取できることは、QOLの向上や、人道的な観点からも重要であると考えます。ぜひ臨床現場での活用を検討してください。論文はこちらLandais M, et al. Lancet Respir Med. 2023;11(4): 319-328.

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コロナは続く【Dr. 中島の 新・徒然草】(568)

五百六十八の段 コロナは続く寒い、寒すぎる!一時は暖かい日が続いていたのに、再び冬の寒さが戻ってきました。外を歩くと風が顔に当たるし、吸う空気まで冷たいです。今朝も出勤時に車に乗ろうとしたところ、フロントガラスがバリバリに凍りついていました。お湯をかけて溶かそうとしたのですが、一度では足りず。結局、家とパーキングを2往復する羽目になりました。いつになったらこの寒さが終わるのでしょうか。さて、先日の脳外科外来。定期的に通院しているご夫婦がお見えになりました。ご主人はいろいろな病気を持っているのですが、私が担当しているのは外傷性てんかん。3ヵ月ごとの抗痙攣薬処方ですね。ところでこのご主人、昨年に新型コロナウイルスに感染してしまったのです。別の病院のICUに入院しているということで、奥さんから私に電話がありました。奥さん「主人がコロナにかかり、気管切開をして人工呼吸器につながれているんです。主治医の先生から『もし心臓が止まったら心臓マッサージをしますか』って尋ねられたんですが、どう返事したらいいのでしょうか?」突然の相談に私も驚きましたが、ご主人の50歳という年齢を考えると、まだまだ諦めるわけにはいきません。中島「まだ若いのですから、諦めないで! 必要な時には心臓マッサージもしてもらいましょう」そうお伝えしました。幸いにもご主人は回復し、リハビリ病院経由で自宅に戻ることができました。退院当初は多少の麻痺が残っていましたが、自転車に乗るようになったらなぜか少しずつ回復してきたとのこと。仕事への復帰にはまだもう少しかかりそうではありますが、何と言ってもご本人の努力、奥さんの協力があったからこそでしょう。感動した私は「それもこれも奥さんの支えがあったからですよね!」とご主人に言ったのですが、その反応はあっさりしたものでした。「そうなんですかね」とだけ。中島「いやいやいや、そこは『家内がいたからここまで回復できたんです!』と言ってくださいよ。声に出して練習しましょう」そう励ましてみましたが、ご主人の反応は今ひとつ。照れくさいのかもしれませんが、やはり感謝の気持ちは言葉で伝えてこそ。ご主人を励ました後で、私は奥さんのほうにも声をかけました。中島「奥さんもですね、次に『心臓マッサージしますか?』と尋ねられたら即座に『お願いします。どんな後遺症が残っても私が全部背負って生きていきます!』と言ってみたらどうですか」するとニコニコしながらも奥さんからはあっさりした反応が返ってきました。奥さん「あまり大きな後遺症が残ってもちょっと困りますから」何だか私1人が感動物語を作ろうと空回りしているみたいでした。とはいえ、これまで何度もご主人の大病を経験している奥さんのこと。「後遺症」という言葉ひとつにも重みが違います。口調は淡々としていますが、いつも献身的に外来受診に付き添う姿には感心せざるを得ません。忘れてはならないのがコロナ治療をした病院です。「心臓マッサージしますか」と尋ねられたりしたということで冷たい印象を持つ人もいるかもしれませんが、気管切開してまで救命したのですから大したものです。感謝しかないですね。それとは別に驚いたことがありました。私の処方していた抗痙攣薬が、コロナ治療中から中止されっぱなしだったのです。いろいろ考えた末の決断なのか、単に再開するのを忘れていただけなのか。それは謎です。とはいえ、数ヵ月間の服薬中断にもかかわらず、一度も痙攣は起きていないとのこと。経緯はどうあれ、投薬が減るのならありがたいことです。いずれにせよ、新型コロナウイルスとの戦いはまだ終わったわけではありません。今後も引き続き、気を引き締めつつ診療を続けていく必要がありますね。最後に1句ご夫婦と コロナを語る 冬の朝 

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ゴキブリのせいで多剤耐性菌が院内アウトブレイク【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第275回

ゴキブリのせいで多剤耐性菌が院内アウトブレイク院内感染対策において、私たちは常に新たな課題に直面しています。コロナ禍で注目されたテーマなので、いろいろな研究やエビデンスが出てきました。今回ご紹介する事例は、都市部の病院のICUで発生した、20ヵ月に及ぶ奇妙な多剤耐性エンテロバクターのアウトブレイクです。この事例がとくに注目に値するのは、標準対策では制御できなかった感染拡大が、まさかのアイツによって引き起こされていたことです。タイトルに書いちゃってますが…。っていうか、この連載、ゴキブリ論文多くない?Hanrahan J, et al. Invasion of superbugs: Cockroach-driven outbreak of multidrug-resistant Enterobacter in an ICU.Antimicrob Steward Healthc Epidemiol. 2024 Oct 1;4(1):e155.アウトブレイクは、隣接する病室の2人の患者から多剤耐性エンテロバクターが検出されたことから始まりました。医療スタッフはただちに接触予防策、手指衛生の強化、個々の医療機器の使用徹底など、標準的な感染対策プロトコールを適用しました。しかし、これらの対策にもかかわらず、新たな感染例が次々と確認されていきました。環境調査では、ベッドサイドキャビネット、マットレス、ベッド柵、ゴミ箱の蓋、人工呼吸器、吸引装置など、多くの環境表面から多剤耐性エンテロバクターが検出されました。徹底的な消毒清掃を実施しましたが、一部の病室では繰り返し清掃が必要な状況が続きました。このアウトブレイクの謎を解く重要な手がかりとなったのは、現場の看護師の観察眼! 看護師の1人が病室でゴキブリを目撃していたという報告を受け、捕獲したゴキブリを用いた培養検査を実施しました。その結果、多剤耐性エンテロバクターに加えて、多剤耐性緑膿菌、MRSA、MSSA、アスペルギルス、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌など、複数の院内感染の原因となる微生物が検出されたのです。耐性菌ゴキブリや!最終的に、このアウトブレイクでは入院患者131名中25名(19.5%)が多剤耐性エンテロバクターに感染または保菌していました。感染までの平均期間は14.5日(±10.7日)で、最短でわずか3日というありさまでした。害虫駆除の専門家による対策強化後、一時的に新規感染例は抑制されましたが、13ヵ月後に再びゴキブリが発見され、その1週間後に新たな感染例が確認されました。いや、この害虫ほんまに何やねん…。この論文が声高に書いているのは、病院環境における害虫の存在を決して軽視してはならないということです。とくにゴキブリはさまざまな病原体の媒介者となる可能性があり、比較的清潔な病院が多い日本の医療機関でも注意が必要です。

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コロナとインフル、臨床的特徴の違い~100論文のメタ解析

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とインフルエンザの鑑別診断の指針とすべく、中国・China-Japan Union Hospital of Jilin UniversityのYingying Han氏らがそれぞれの臨床的特徴をメタ解析で検討した。その結果、患者背景、症状、検査所見、併存疾患にいくつかの相違がみられた。さらにCOVID-19患者ではより多くの医療資源を必要とし、臨床転帰も悪い患者が多いことが示された。NPJ Primary Care Respiratory Medicine誌2025年1月28日号に掲載。 著者らは、PubMed、Embase、Web of Scienceで論文検索し、Stata 14.0でランダム効果モデルを用いてメタ解析を行った。COVID-19患者22万6,913例とインフルエンザ患者20万1,617例を含む100の論文が対象となった。 主な結果は以下のとおり。・COVID-19はインフルエンザと比較して、男性に多く(オッズ比[OR]:1.46、95%信頼区間[CI]:1.23~1.74)、肥満度が高い人に多かった(平均差[MD]:1.43、95%CI:1.09~1.77)。・COVID-19患者はインフルエンザ患者と比べて、現在喫煙者の割合が低かった(OR:0.25、95%CI:0.18~0.33)。・COVID-19患者はインフルエンザ患者と比べて、入院期間(MD:3.20、95%CI:2.58~3.82)およびICU入院(MD:3.10、95%CI:1.44~4.76)が長く、人工呼吸を必要とする頻度が高く(OR:2.30、95%CI:1.77~3.00)、死亡率が高かった(OR:2.22、95%CI:1.93~2.55)。・インフルエンザ患者はCOVID-19患者より、上気道症状がより顕著で、併存疾患の割合が高かった。

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SBTの最適な頻度と手法は?(解説:田中希宇人氏/山口佳寿博氏)

 本研究は、人工呼吸器の離脱に最適な自発呼吸トライアル(SBT)の施行頻度とその手技の方法について検討された。人工呼吸管理されている患者の状態が改善し、人工呼吸器が必要とされた原因が解決したときにウィーニングが開始される。一般的には長期間人工呼吸器で管理された症例は慎重かつ徐々にウィーニングを行い、短期間であれば早期に離脱が可能である。本研究では患者が自発的に呼吸を開始し、人工呼吸器をトリガーできる能力があること、動脈血酸素分圧(PaO2)と吸入酸素濃度(FiO2)の比が200mmHg以上であること、呼吸数が35回/分以下、心拍数が140回/分以下であること、呼吸数と1回換気量の指標(Rapid Shallow Breathing Index:RSBI)が105回/分/L未満であること、人工呼吸器設定のPEEPが10cmH2O以下であることが挙げられている。 SBTスクリーニングの頻度が1日1回と頻回施行、PS SBTとTピースSBTで抜管成功までの期間が評価された。人工呼吸管理されている患者はウィーニングで人工呼吸器に依存する割合が減り、逆に呼吸仕事量が増大する。その増大した呼吸仕事量に耐えうるか、実際に抜管が可能かどうかを確認する手技がSBTである。一般的な感覚であるが、SBTは人工呼吸管理されている患者にとっても負担が掛かり、失敗した場合には十分に状態を立て直してから再度臨むべきと考える。本研究の結果からも頻回なスクリーニングは好ましくないのであろう。 PS+PEEPによるSBTと、TピースによるSBTの手技の違いも検討されている。PS SBTであれば人工呼吸器で患者の呼吸状態が詳細にモニタリングできるため、呼吸回数や換気量の変化などで状態を把握できる。Tピースは簡便であるが、吹き流しのため呼吸状態の正確なモニタリングがなされない点に注意が必要となる。初回SBTから72時間後の人工呼吸器からの離脱率を検討した2019年のJAMA誌の報告では、PS SBTとTピースによるSBTの比較で抜管成功率は、PS SBT群が82.3%、TピースによるSBT群が74.0%でPS SBT群が有意に良好であった(Subira C, et al. JAMA. 2019;321:2175-2182.)。当院でも人工呼吸管理を行っている症例のSBTは1日1回、PS SBTに沿って抜管可能かを判断している。 この試験は北米の23施設のICUで行われたが、24時間以上の侵襲的人工呼吸管理や一定以下の酸素濃度などの厳しいエントリー基準があり、全体の90%程度が除外されている。研究結果からはSBTの施行頻度や手技方法から有意差は認められなかったが、本研究結果を実際の臨床に活かすことは、医療機関の規模や機材の差異、専門スタッフや看護体制の状況などに相当左右されるであろうと推察する。

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重度母体合併症、その後の出産減少と関連/JAMA

 最初の出産で重度の母体合併症(SMM)を発症した女性はその後の出産の可能性が低いことが、スウェーデン・カロリンスカ研究所のEleni Tsamantioti氏らによるコホート研究の結果において示された。SMMを経験した女性は健康問題が長く続く可能性があり、SMMと将来の妊娠の可能性との関連性は不明であった。著者は、「SMMの既往歴がある女性には、適切な生殖カウンセリングと出産前ケアの強化が非常に重要である」とまとめている。JAMA誌オンライン版2024年11月25日号掲載の報告。スウェーデンの初産女性約105万人を対象に解析 研究グループは、スウェーデンの出生登録(Medical Birth Register)および患者登録(National Patient Register)のデータを用い、コホート研究を実施した。 対象は、1999年1月1日~2021年12月31日の間の初産女性104万6,974例で、初産時の妊娠22週から出産後42日以内のSMMを特定するとともに、出産後43日目から2回目の出産に至った妊娠の最終月経初日まで、または死亡、移住あるいは2021年12月31日のいずれか早い時点まで追跡した。 SMMは、次の14種類からなる複合イベントと定義した。(1)重症妊娠高血圧腎症、HELLP(溶血、肝酵素上昇、血小板減少)症候群、子癇、(2)重症出血、(3)手術合併症、(4)子宮全摘、(5)敗血症、(6)肺塞栓症・産科的塞栓症、播種性血管内凝固症候群、ショック、(7)心合併症、(8)急性腎不全、透析、(9)重度の子宮破裂、(10)脳血管障害、(11)妊娠中・分娩時・産褥期の麻酔合併症、(12)重度の精神疾患、(13)人工呼吸、(14)その他(重症鎌状赤血球貧血症、急性および亜急性肝不全、急性呼吸促迫症候群、てんかん重積状態を含む)。 主要アウトカムは、2回目の出産(生児出産または在胎22週以降の胎児死亡と定義される死産)とし、多変量Cox比例ハザード回帰モデルを用いて、初産時SMMと2回目出産率またはその期間との関連について解析した。初産時SMM発症女性は発症しなかった女性より2回目出産率が低い 解析対象104万6,974例中、初産時にSMMが認められた女性は3万6,790例(3.5%)であった。初産時SMMを発症した女性は発症しなかった女性と比較して、2回目出産率が低かった(1,000人年当たり136.6 vs.182.4)。 母体の特性を補正後も、初産時のSMMは調査期間中の2回目出産率の低下と関連しており(補正後ハザード比:0.88、95%信頼区間:0.87~0.89)、とくに初産時の重度子宮破裂(0.48、0.27~0.85)、心合併症(0.49、0.41~0.58)、脳血管障害(0.60、0.50~0.73)、および重度精神疾患(0.48、0.44~0.53)で顕著であった。 同胞分析の結果、これらの関連性は家族性交絡の影響を受けていないことが示された。

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新たな筋萎縮性側索硬化症治療薬「ロゼバラミン筋注用25mg」【最新!DI情報】第28回

新たな筋萎縮性側索硬化症治療薬「ロゼバラミン筋注用25mg」今回は、筋萎縮性側索硬化症用剤「メコバラミン(商品名:ロゼバラミン筋注用25mg、製造販売元:エーザイ)」を紹介します。本剤は、治療薬が限られている筋萎縮性側索硬化症の新たな選択肢として、運動機能の低下抑制が期待されています。<効能・効果>筋萎縮性側索硬化症(ALS)における機能障害の進行抑制の適応で、2024年9月24日に製造販売承認を取得し、11月20日より発売されています。<用法・用量>通常、成人には、メコバラミンとして50mgを1日1回、週2回、筋肉内に注射します。本剤の投与開始にあたっては、医療施設において、必ず医師または医師の直接の監督の下で行います。在宅自己注射は、医師がその妥当性を慎重に検討し、患者またはその家族が適切に使用可能と判断した場合にのみ適用されます。<安全性>重大な副作用には、アナフィラキシー(頻度不明)があります。本剤の臨床試験ではアナフィラキシーの副作用報告はありませんでしたが、低用量メコバラミン製剤でアナフィラキシーが報告されています。その他の副作用は、白血球数増加、注射部位反応(いずれも1%以上)、発疹、頭痛(いずれも1%未満)、発熱感、発汗(いずれも頻度不明)があります。<患者さんへの指導例>1.筋委縮性側索硬化症(ALS)の進行によって生じる運動機能の低下を抑制する薬です。2.1日1回、週2回、筋肉内に注射します。3.注射は、医療関係者や医師の指導を受けた上で、患者本人またはご家族が行うことができます。4.在宅自己注射のために処方された薬剤の入ったバイアルは、処方された際に入っていた外箱や遮光した箱に入れた状態で保管してください。5.自己判断で使用を中止したり、量を加減したりせず、医師の指示に従ってください。<ここがポイント!>筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、運動ニューロンが変性する進行性の難治性神経変性疾患です。症状は一般的に四肢の筋力低下から始まり、構音障害(発音困難)や嚥下障害が生じます。発症から2〜4年で呼吸筋麻痺による呼吸不全に進行し、人工呼吸器の装着で延命が可能ですが最終的には死に至ります。治療薬としては、ALSの機能障害の進行を抑制するリルゾールやエダラボンが使用されていますが、現在のところ確立された根治療法はありません。メコバラミンは、活性型ビタミンB12の一種であり、末梢神経障害やビタミンB12欠乏症による巨赤芽球性貧血の治療薬として使用されてきました。一方、以前より高用量のメコバラミンがALS患者に対し有効である可能性が示唆されていました。このため、エーザイはALS患者を対象に治験を実施し、2015年5月に新薬承認申請を行いましたが、追加試験が必要と判断されて2016年3月に申請を取り下げました。その後、医師主導治験として実施された高用量メコバラミンのALS患者に対する第III相試験において、高用量メコバラミンの有効性、安全性および忍容性が確認されたことから、再度承認申請が行われました。ALSに対するメコバラミンの作用機序の詳細は解明されていませんが、ホモシステイン誘発細胞死の抑制によるものと考えられています。孤発性または家族性ALS患者を対象とした医師主導の国内第III相試験(国内763試験)において、主要評価項目であるベースラインから治療期16週目までの日本語版改訂ALS Functional Rating Scale(ALSFRS-R)の合計点数の変化量は、プラセボ群が-4.6、本剤50mg群が-2.7でした。群間差(本剤50mg群-プラセボ群)は2.0(95%信頼区間:0.4~3.5、p=0.012)であり、本剤50mg群のプラセボに対する優越性が検証されました。

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第236回 麻酔薬を巡る2つのトピック(後編) プロポフォール使用の配信番組で麻酔科学会声明、芸人への検査は麻酔不要の「経鼻内視鏡」の不可解

石破首相の知見は要職を降りてから「アップデートされていない」こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。自民党、衆院選で大敗しちゃいましたね。テレビに映る石破 茂首相の虚ろな目を見て、せっかくチャンスをもらったのに、総裁選前に自信満々で話していた自身の主張を次々反古にするなど、迷走するリーダーの姿を国民に見せてしまったことも大きな敗因ではないかと感じました。石破首相が誕生した直後、10月5日付の日本経済新聞の経済コラム「大機小機」は「イシバノミクスはあるか」というタイトルで、今後の経済施策について予想するとともに、石破首相の欠点を鋭く突いていました。同記事は、石破首相が主導する経済政策「イシバノミクス」はないと断言、その理由を「党内非主流派に長く身を置」き、「首相の知見が要職を降りてから『アップデートされていない』ためだ、と霞が関の官僚はみている」と書いています。自ら得意と公言する安保政策(アジア版NATO構想など)ですら非現実的なのに、専門ではない経済・金融政策で新しい施策を打ち出せるわけがない、というわけです。実際、石破首相は、社会保障政策についても深く語ることはなく、やはり「アップデートされていない」感(言い換えれば勉強不足)を強く感じます。今回の総選挙で、紙の健康保険証存続を公約に挙げる立憲民主党が大躍進したことで、社会保障政策の最重要課題の一つである医療DX推進にも暗雲が垂れこめそうです。石破首相(あるいは新首相?)にはその点はぜひアップデートし、自らの頭の中身をDXしていただきたいと思います。配信されたバラエティ番組を麻酔科学会が強く非難さて今回も前回に引き続き、麻酔薬のトピックを取り上げます。日本麻酔科学会が「アナペイン注 7.5mg/mL」の製造所追加の承認取得をホームページで会員に伝えた同じ10月16日、同学会は別件で興味深い理事長声明を出しました。「静脈麻酔薬プロポフォールの不適切使用について」1)と題されたその声明は、「10月14日配信開始の番組において、内視鏡クリニックを舞台にプロポフォールが使用され、何らかの外科的処置を必要としない人物を意図的に朦朧状態にするという内容が含まれていることを知り、深い憂慮を抱いております」と、配信されたバラエティ番組で芸能人に対して安易にプロポフォールが使われたことを強く非難しました。このトピックについては、ケアネットの「ニュース批評」、「現場から木曜日」でも倉原 優氏が「第119回 『エンタメ番組でプロポフォール静注』を観た感想」でプロポフォールの内視鏡時の使用の問題点について言及、「日本麻酔科学会が書いているように『麻酔薬をいたずらに使用する行為は、極めて不適切』の一言に尽きます」と書かれていますが、私も実際に配信番組を観て“あること”に気付いたので、若干の補足コメントをしてみたいと思います。「地上波では放送できない企画」をテーマに芸人らが過激な企画に出演まず、経緯を簡単におさらいしておきます。麻酔科学会が問題視したのは、Amazonプライム・ビデオで10月14日から配信が始まった「KILLAH KUTS(キラーカッツ)」という番組の中の1エピソード、「EPISODE2 麻酔ダイイングメッセージ」です。同番組は、「水曜日のダウンタウン」の演出担当として知られる藤井 健太郎氏が手掛け、「地上波では放送できない企画」をテーマに、芸人らが過激な企画に挑むのが売りだそうです。このエピソードでは、「死ぬ瞬間の薄れゆく意識を、麻酔を使えば再現できる」として、みなみかわ、お見送り芸人しんいち、ラランド、モグライダーといった人気芸人らが、被害者役と刑事役に分かれ、病院を訪れた被害者役が院内で事件に巻き込まれ、殺されてしまう、という設定のコントを演じます。被害者役が殺されると、その瞬間、医師が麻酔薬の投与を開始。意識が薄れるなか、被害者役はメモに犯人の情報を残し(いわゆるダイイングメッセージですね)、後から来た刑事役がそれを読んで推理するという設定です。番組を観てみると、被害者役の芸人たち(どちらかというとボケ役が担当)は麻酔薬の投与直後からメモを書き始めるのですが、ほとんどの芸人が犯人の情報を正確に記述することができず、ほどなくして眠りに落ちていました。「麻酔を行う」必然的な理由、エクスキューズを一応は用意制作側も、何らかの非難が起こること(あるいは炎上すること)を想定していたのでしょう。健常人に「麻酔を行う」必然的な理由、エクスキューズを一応は用意していました。番組冒頭でまず、「当番組における麻酔の投与は胃カメラ検査を目的とし、医師による監修のもと安全性に配慮した上で通常の検査で行われる方法と同様に実施しております」というテロップが流れます。さらに番組内では「今回使用するのは、人間ドッグなどで用いられ、注入開始からおよそ1分ほどで意識を失う麻酔。ちなみに、ダイイングメッセージのくだりを終えた後は、実際に胃カメラ検査を実施。あくまで今回のロケは、検査のついでにロケを行わせていただきました」というナレーションも入っています。さらに司会の伊集院 光には番組内で、「あくまで胃カメラ検査をするついでに、麻酔がかかるならこういうこともやってみよう(ということ)。麻酔を悪ふざけとか遊びに使うなんてありえない」とも言わせています。学会は「厳格なガイドラインに従って静脈麻酔薬を適切に管理し、いかなる場合にも不適切な使用を避けるよう強く要請」10月17日付「Smart FLASH」の報道によれば、このエピソードは当初は7日から配信予定でしたが、6日にはAmazonプライム・ビデオの公式Xにて「諸事情により配信日が延期となりました」と発表、ようやく14日に配信されたとのことです。しかし、冒頭で書いたように日本麻酔科学会は配信からわずか2日後の10月16日、理事長名で「静脈麻酔薬プロポフォールの不適切使用について」と題する声明を出しました。麻酔科学会は、マイケル・ジャクソンの死亡事故も例に挙げながら、「プロポフォールをはじめとする静脈麻酔薬は、本来、手術や検査時の鎮静を目的に、医師の厳重な管理のもとで使用されるものです。特に、これらの薬剤は呼吸抑制のリスクを伴うため、必ず人工呼吸管理が可能な環境で使用される必要があります。(中略)適切な医療管理が行われない場合、生命に危険を及ぼす可能性があります。したがって、このような麻酔薬をいたずらに使用する行為は、極めて不適切であり、日本麻酔科学会として断じて容認できるものではありません」と強く非難、「麻酔科医ならびに関連する医療従事者には、厳格なガイドラインに従って静脈麻酔薬を適切に管理し、いかなる場合にも不適切な使用を避けるよう強く要請いたします」としています。内視鏡検査時のプロポフォール使用については安全性に疑問も配信番組では「麻酔薬」と言っているのみで「プロポフォール」という単語は出てこないので、番組内の麻酔薬がプロポフォールであると麻酔科学会がどう確定したかは不明です。ひょっとしたら、協力した埼玉市の医療機関(実名で出てきます)に問い合わせたのかもしれません。プロポフォールは、手術時の全身麻酔や術後管理時の鎮静効果が高いことなどメリットも多く、使いやすい麻酔薬との評価がある一方で、ベンゾジアゼピン系薬剤よりも舌が落ち込んだり、血圧が低下したりするような作用が強く、管理は比較的難しいとされています。また、ICUの小児への使用に関連して、2014年に東京女子医大で重大な事故も起こっています(「第30回 東京女子医大麻酔科医6人書類送検、特定機能病院の再承認にも影響か」参照)。そうしたことも、麻酔科学会が配信番組をあえて非難した理由の一つかもしれません。実際、倉原氏が指摘しているように、内視鏡検査時のプロポフォール使用はなかなか難しい問題もあるようです。日本麻酔科学会の「内視鏡治療における鎮静に関するガイドライン」ではその使用が認められている一方で、「プロポフォールによる鎮静が内視鏡室で非麻酔科医によって安全に行えるかどうかは、日本の医療現場や教育体制、現行の医療制度では明言できない」と記載されているとのことです。倉原氏は、「欧米と比較して非麻酔科医によるプロポフォール使用の教育システムが整っていないという指摘があります」と書かれています。使われていた内視鏡は経鼻内視鏡、プロポフォールによる静脈麻酔は必要だったのか?もう1点、この配信番組を観て驚いたのは、使われていた内視鏡が経鼻内視鏡だった点です。最初の“被害者”であるモグライダーのともしげに麻酔がかけられた後、経鼻内視鏡が挿入される場面があります(ほかの“被害者”ではその場面はなし)。咽頭反射が起こらないため通常の内視鏡検査よりも格段にラクな検査です。多くの医療機関で麻酔薬なしか、リドカインによる鼻腔麻酔などで行われている経鼻内視鏡の検査を行うのであれば、そもそもプロポフォールによる静脈麻酔は必要がなかったはずです。番組で伊集院 光は「麻酔を悪ふざけとか遊びに使うなんてありえない」と語っていますが、内視鏡検査が「経鼻」であったことだけでも、「悪ふざけとか遊び」であったと言えるのではないでしょうか。プロポフォールを打たれた芸人たちは、厳重な安全管理の下で麻酔をされたとは言え、不要、あるいは過剰とも言える医療を施されたわけで、その意味では本当の“被害者”だったわけです。それにしても、一番の問題は、この番組がコントとして全然面白くなかったことです。テレビ局のコンプライアンスが厳しくなり、地上波のバラエティ番組では作りたいものが作れない、と芸人がボヤいたりしています。「KILLAH KUTS」も「地上波では放送できない企画」がテーマだそうです。しかし、「コンプライアンスを守らない=過激=面白い」とはなりません。番組視聴のためにわざわざ入会したAmazonプライムの会費を返して欲しいとすら思った一件でした。参考1)静脈麻酔薬プロポフォールの不適切使用について/日本麻酔科学会

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人工呼吸器離脱のための最適なスクリーニング頻度と手法は?/JAMA

 侵襲的人工呼吸器を24時間以上装着した重症成人患者において、自発呼吸トライアル(SBT)のスクリーニングの頻度(1日1回vs.より頻回)および手法(pressure support[PS]SBT vs.TピースSBT)は、抜管成功までの期間に影響を及ぼさないことが示された。一方で、プロトコール化された頻回なスクリーニング+PS SBTは、初回の抜管成功までの期間を延長するという予期せぬ統計学的に有意な交互作用が確認されたという。カナダ・トロント大学のKaren E. A. Burns氏らCanadian Critical Care Trials Groupが無作為化試験の結果を報告した。人工呼吸器から離脱するためのSBTの最適なスクリーニング頻度と手法は、明らかになっていなかった。JAMA誌オンライン版2024年10月9日号掲載の報告。スクリーニングの頻度と手法の違いによる抜管成功までの期間への影響を評価 研究グループは、SBTのスクリーニングの頻度(1日1回vs.より頻回)と手法(PS SBT[PS:>0~8cm H2O、PEEP:>0~5cm H2O]vs.TピースSBT)の抜管成功までの期間への影響を比較する2×2要因デザイン無作為化試験を行った。 被験者は、侵襲的人工呼吸器を24時間以上装着した、自発呼吸開始や人工呼吸器作動が可能な、吸入酸素濃度(FiO2)≦70%またはPEEP≦12cm H2Oの重症成人患者で、2018年1月~2022年2月に北米23ヵ所の集中治療室(ICU)で登録が行われた。最終追跡日は2022年10月18日。プロトコール化されたスクリーニング(1日1回vs.より頻回)を受け、持続的な30~120分のPS SBTまたはTピースSBTを受ける基準を満たした患者を早期に特定するため、被験者は早期に登録された。 主要アウトカムは、抜管成功(自発呼吸を開始し、抜管後48時間以上持続)とした。頻度や手法による統計学的な有意差は認められず 797例が無作為化された(1日1回のスクリーニング+PS SBT群198例、1日1回のスクリーニング+TピースSBT群204例、頻回なスクリーニング+PS SBT群195例、頻回なスクリーニング+TピースSBT群200例)。平均年齢は62.4(SD 18.4)歳、男性472例(59.2%)だった。 スクリーニングの頻度(ハザード比[HR]:0.88[95%信頼区間[CI]:0.76~1.03]、p=0.12)あるいはSBT手法(1.06[0.91~1.23]、p=0.45)によって、抜管成功に統計学的な有意差は認められなかった。 抜管成功までの期間中央値は、1日1回のスクリーニング+PS SBT群2.0日(95%CI:1.7~2.7)、1日1回のスクリーニング+TピースSBT群3.1日(2.7~4.8)、頻回なスクリーニング+PS SBT群3.9日(2.9~4.7)、頻回なスクリーニング+TピースSBT群2.9日(2.0~3.1)であった。 スクリーニング頻度とSBT法の間には予期せぬ交互作用が認められ、ペアワイズ比較によって、頻回なスクリーニング(vs. 1日1回のスクリーニング)+PS SBTは抜管成功までの期間を延長することが明らかになった(HR:0.70[95%CI:0.50~0.96]、p=0.02)。しかし、1日1回のスクリーニング+PS SBT(vs.TピースSBT)は、抜管成功までの期間を短縮しなかった(1.30[0.98~1.70]、p=0.08)。

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第213回 医療機関に迫る変化と課題、コロナ後の医療構造再編

経営悪化の先にあるもの2024年も残り3ヵ月となり、今春(令和6年度)の診療報酬改定の影響がみえてきました。多くの入院医療機関では、病床稼働率の低下に苦慮しているところが増えているのではないでしょうか?当院でも、近隣の病院でも同様の悩みがあり、コロナ前には一時的な病床稼働率の低下が、冬場に回復する傾向がみられましたが、現在は深刻な影響が続いています。従来の「医師不足」や「看護師不足」による医療崩壊とは異なるものが、新しい形で医療機関に迫っているようです。患者不足の原因まず、医療機関側に原因があると考えられます。今春の診療報酬改定により、急性期一般病床1(旧7:1病床)の平均在院日数が18日以内から16日以内に短縮されました。さらに、医療・看護必要度の見直しも影響しています。急性期病床における「重症度、医療・看護必要度」の評価が変更され、B項目が算定から外れたことや、A項目の「救急搬送後の入院」が、従来の5日から2日に短縮されたことで、急性期病床が絞り込まれました。これにより、軽症患者の早期退院や転院が求められ、結果として入院患者数が減少しています。患者側の原因としては、受療動向の変化が挙げられます。軽度の発熱や呼吸困難で来院した高齢患者は、以前であれば「精査目的」で入院することが一般的でした。しかし、コロナ禍を経て、多くの高齢者は「病院は快適な場所ではなく、長く滞在したい場所ではない」と感じるようになりました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、面会制限や認知症の進行、ADLの低下を経験したことから、病院での不必要な入院を避ける傾向が強まっています。その結果、軽症の肺炎や心不全であっても、入院を希望せず、外来通院での治療を選ぶ患者が増加しています。また、訪問診療の急速な普及も要因の1つです。現在、わが国で訪問診療を受けている患者さんは100万人を超えています(在宅患者が100万人を突破、診療報酬も月1,000億円に[日経メディカル])。とくに重症の末期がん患者などが、在宅での療養を選ぶケースが増えています。地域によっては、人工呼吸器管理が必要な患者でも、訪問診療やサービス付き高齢者住宅では看取り対応が可能となっています。これまで、末期がん患者は症状が悪化すれば入院していましたが、現在は訪問診療や介護サービスを活用して在宅療養を続けるケースが多くなり、入院患者はより治療に特化した重症患者に限られている傾向があります。訪問診療や訪問看護の認知度向上により、急性期医療機関の役割が変わり、外来受診や訪問診療で療養を続ける患者が増加しています。このため、急性期医療機関への入院は難度の高い手術や高額な治療材料を用いたケースに限られるようになり、ADLの低下や嚥下困難など治癒が難しい症例は積極的に院外に移す傾向が強まっています。コロナ禍によって定期受診の間隔が広がったこと、後期高齢者の増加に伴い、大病院への通院や入院患者数の減少傾向が顕著です。2025年の地域医療構想に向けて政府は病床削減に取り組んでいたのが(病床数を最大20万削減 25年政府目標、30万人を自宅に[日経新聞])功を奏したとも言えますが、医療の構造変化のスピードがCOVID-19で早まったため、2025年までに実現を目指していた「地域医療構想」の必要病床数以上に医療ニーズが減少してしまい、大部分の医療機関で患者不足に見舞われたというのが真実の姿ではないでしょうか。今後の展望政府は、後期高齢者の増加と労働人口の減少に向けて、2040年を見据えた「新たな地域医療構想等に関する検討会」を立ち上げ、対策を検討しています。とくに75歳以上の高齢者に対する医療・介護の提供体制が今後の課題です。85歳以上の高齢者に対しては、積極的な手術や高度な医療を控える傾向がみられます。心臓手術の件数も減少し、代わりに低侵襲手術が増加しています。今後も内視鏡やロボット手術などの技術革新により、外来手術が増加し、入院期間が短縮されるものと予想されます。全国に整備されたICUやHCU病床も、コロナ禍以降の稼働率低下が問題となっていますが、今後は外来手術センターの設立や回復期への早期転院によって、必要な病床数がさらに減少し、病床再編が求められるでしょう。中小規模の病院では、従来の急性期医療にこだわらず、地域包括医療病棟などへの転換が進むと考えられます。また、政府が進める医療と介護の連携強化が重要となり、病院間の情報共有をデジタル化することで業務効率化が求められます。一般の開業医にとっても、今後、高齢者の歩行能力が低下してしまうと在宅での生活や通院が困難となり、さらに人口の高齢化が進んでいる場合、外来患者数の減少が進むため、新しい患者の獲得のためには、訪問診療の提供や施設などとの連携が必要になると思われます。参考1)在宅患者が100万人を突破、診療報酬も月1,000億円に(日経メディカル)2)自宅でのみとり急増 緊急事態宣言境に、終末期医療も 受診控え、面会制限影響か・慈恵医大など(時事通信)3)増える「老衰」「在宅みとり」人生の最期どう迎えるか(NHK)4)病床数を最大20万削減 25年政府目標、30万人を自宅に(日経新聞)5)新たな地域医療構想等に関する検討会(厚労省)

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GNEミオパチー〔GNE myopathy〕

1 疾患概要■ 概念・定義GNEミオパチーは、常染色体潜性遺伝形式をとる進行性の筋疾患である。主に遠位筋から障害されるため、遠位型ミオパチーに分類される。筋病理所見では、縁取り空胞(図1)が特徴的に認められる。図1 GNEミオパチー患者でみられる縁取り空胞を伴う筋線維(mGT染色)画像を拡大する1981年にわが国で「縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー(distal myopathy with rimmed vacuoles:DMRV)」として最初に報告された。同じ頃、欧米では「遺伝性封入体ミオパチー(hereditary inclusion body myopathy:hIBM)」として報告された。2001年にはGNE遺伝子の変異が原因であることを特定され、「GNEミオパチー」という名称に統一された。■ 疫学わが国には約400人の患者がいると推定されるまれな疾患である。本症は世界的にも珍しいが、日本人、中東のペルシャ系ユダヤ人、インド人、中国人、北アイルランド人、ブルガリアのロマ人など、特定の民族や地域で高頻度の遺伝子変異(創始者バリアント)がみつかっており、これらの集団で患者が多くみられる。■ 病因GNE遺伝子の変異(アロステリック部位以外)が原因であり、9割以上がミスセンス変異である。GNE遺伝子は、シアル酸生合成経路の律速酵素であるウリジン二リン酸-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)2-エピメラーゼ/N-アセチルマンノサミンキナーゼ(GNE/MNK)をコードしている。GNE遺伝子変異によりこれらの酵素活性が低下し、シアル酸の産生が減少する。これにより、組織中の糖タンパク質や糖脂質の低シアル化を引き起こされ、筋力が低下すると考えられる(図2)。図2 GNE遺伝子変異によるシアル酸生合成の低下画像を拡大する■ 症状平均発症年齢は28歳で、多くの患者は20~30歳代で発症する。ただし、一部若年発症例や高齢発症例も存在し、国内の患者登録データによれば、発症年齢は12~62歳にわたる。初期症状としては、歩き方の変化やつまずき易さ、スリッパが履けないなどの症状が多くみられる。中殿筋や内転筋の筋力低下による腰椎前彎や股関節外転、前脛骨筋の筋力低下による下垂足が特徴的な歩容として現れる。病気の進行に伴い、下腿全体、手指、頸部前屈の筋力が低下し、その後上肢全体や体幹の筋力も低下する。大腿四頭筋の筋力は長期間よく保たれ、歩行不能となってからも膝を伸なす力が保たれることが特徴的である。疾患の進行速度は患者によってさまざまであるが、全体としては、発症年齢が若いほど進行が速い傾向がある。たとえば、10歳代で発症した患者の歩行喪失までの平均期間は9年、20歳代では15年、30歳代では27年と報告されている。わが国の患者の9割は、p.D207Vとp.V603Lという2つの創始者変異のいずれかまたは両方を有している。p.D207V保有例は比較的軽症であり、p.V603L保有例はやや重症の臨床経過をたどる傾向がある。たとえば、p.V603Lのホモ接合体では平均10年で歩行能力を失うのに対し、p.D207V/p.V603L複合ヘテロ接合体では発症から20年経過しても90%以上が歩行可能であると推定されている。p.D207Vホモ接合例はこれまで数例しかみつかっておらず、大半が無症状のまま生涯を終えるのではないかと推定されている。また、歩行喪失してから呼吸機能が低下する例がみられるため、呼吸機能の定期的な評価が重要である。とくにp.V603Lホモ接合体の患者では呼吸機能障害のリスクが高く、一方でp.D207V/p.V603L複合ヘテロ接合体ではほとんどみられない。近年の研究では、GNEミオパチー患者において血小板減少症や睡眠時無呼吸症候群の合併が一般集団より高頻度で報告されている。血小板減少症の機序として、血小板膜はシアル酸に富んでいるが、患者の血小板は脱シアリル化した糖鎖を発現しており、肝臓で除去されるためと考えられている。睡眠時無呼吸症候群については、その病態メカニズムはまだ解明されていない。妊娠・出産に関しては、GNEミオパチー患者でもおおむね良好な経過をたどることが報告されている。しかし、切迫流産のリスクがやや高く、約2割の患者が出産後に筋力低下の進行を自覚している。また、出産後1年以内に発症した例も報告されており、出産が病気の進行に影響を与える可能性も示唆されている。ただし、育児による身体的負担の増加が症状の自覚を促した可能性もあり、さらなる研究が必要である。■ 予後呼吸機能障害も比較的軽症で、重症例でも夜間の非侵襲的人工呼吸のみで維持できる例がほとんどであり、その他、明らかな心機能障害や嚥下障害の合併はみられず、生命予後は良好と考えられる。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)GNE遺伝子にホモ接合型または複合ヘテロ接合型変異があり、臨床的特徴が一致する場合、もしくは筋生検所見で縁取り空胞を伴う筋線維を認めた場合、診断が確定する。遺伝子診断がついていない例に関しては、通常の遺伝学的診断では検出できない変異を有する可能性があることから、臨床的特徴および筋生検所見の両方が本症と一致した場合はGNEミオパチー疑い例とする。■ 各種検査所見(1)血液検査クレアチンキナーゼ(CK)上昇が症状の自覚がない時点から観察され、2,500IU/L以下の軽度高値を示すことが多い。筋肉の萎縮に伴い低下し、歩行喪失後はむしろ低値となる。(2)針筋電図筋原性変化を示す。ただし、随意収縮では一見神経原性を思わせる高振幅の運動単位がみられることがある。(3)骨格筋画像中殿筋・大腿屈筋群の脂肪置換が著明な一方、大腿四頭筋が保たれる。体幹では肩甲下筋が早期から脂肪置換される。(4)筋生検縁取り空胞を伴う大小不同の萎縮筋線維が特徴的である(図1)。筋線維内のβアミロイド沈着、ユビキチン陽性封入体、p62陽性凝集体、リン酸化タウなどの所見も認めるが、通常強い炎症反応は伴わない。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)■ シアル酸補充療法(シアル酸徐放錠承認、ManNAc/シアリル乳糖海外治験実施中)モデルマウスへの実験で、シアル酸の経口投与が発症前から行われると発症が予防され、発症後からの投与でも筋症状が改善することが明らかになった。この結果を受け、シアル酸補充療法の臨床試験が各国で実施された。まず、シアル酸は速やかに尿中に排泄されるため、その効果を持続させるために徐放錠が開発された。シアル酸徐放錠の第III相国際共同治験では有意な差が得られず、海外では開発が中止されたが、同様の臨床試験デザインで実施された国内第II/III相試験では上肢筋力の維持が確認された。その結果、2024年3月、アセノイラミン酸(商品名:アセノベル徐放錠500mg)がわが国で承認され、GNEミオパチーに対する世界初の承認薬となった。また、海外ではシアル酸代謝産物のManNAcやシアリル乳糖の臨床試験が行われており、筋力低下や筋の脂肪置換に対する一定の効果が認められ、今後の臨床応用が期待されている。■ 抗酸化剤(モデルマウスで効果実証)モデルマウスへの実験で、低シアリル化により活性酸素種(Reactive Oxygen Species:ROS)の産生が増加すること、シアリル化が改善することでROSやプロテインS-ニトロシル化が減少すること、さらには抗酸化剤であるN-アセチルシステインをモデルマウスに経口投与することで筋萎縮が改善することが報告され、酸化ストレスの軽減が治療ターゲットとなりうることが明らかになった。■ 遺伝子治療(研究中)本症は、1種類の遺伝子の変異により発症する単一遺伝子疾患であり、遺伝子治療による治癒が期待されている。アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター8型を用いたモデルマウスへの治療では、シアル酸の増加が確認されており、その有効性が期待されている。しかし、本症の患者の約半数がAAV中和抗体を持っているとの報告があり、その場合、AAVベクターの治療効果が得られない可能性が懸念されている。さらに、本症の標的臓器が全身の骨格筋という広範囲にわたるため、遺伝子治療においては染色体への遺伝子挿入のリスクや増殖性ウイルスの出現の可能性を最大限に減らす工夫が必要である。このため、低用量で骨格筋特異的なベクターの開発が試みられている。4 今後の展望GNEミオパチーの治療において、重要な進展があった。先述のシアル酸徐放錠であるアセノイラミン酸が世界初の治療薬として承認され、これにより早期診断・治療介入の重要性が高まっている。しかし、この治療薬の効果は十分とは言えず、より効果的な治療法の開発が進められている。具体的には、より効果的なシアル酸補充療法の研究に加え、抗酸化薬や遺伝子治療などのシアル酸補充療法以外のアプローチも試みられている。これらの新しい治療法の開発により、GNEミオパチー患者のためのさらなる治療法選択肢が増えることが期待されている。また、GNEミオパチーの患者レポジトリを用いた実態調査研究により、本症の理解が深まってきた。今後は、長期的な経過の解明や合併症の病態メカニズムの解明が期待されている。5 主たる診療科脳神経内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 遠位型ミオパチー(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)日本神経学会 GNEミオパチー 診療の手引き(医療従事者向けのまとまった情報)国内レジストリ 神経筋疾患患者登録Remudy(GNEミオパチー)(医療従事者向けのまとまった情報。国内患者登録サイトおよび最新情報のニュースレター)患者会情報遠位型ミオパチー患者会(患者とその家族及び支援者の会)遠位型ミオパチーガイドブック(2018年8月刊行)(患者会が作成したガイドブック)1)難治性疾患等政策研究事業 希少難治性筋疾患に関する調査研究班編集. GNEミオパチー診療の手引き.2)Yoshioka W, et al. J Neurol. 2024;271:4453-4461.3)Yoshioka W, et al. Curr Opin Neurol. 2022;35:629-636.4)Suzuki N, et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2024:jnnp-2024-333853.5)Yoshioka W, et al. Sci Rep. 2022;12:21806.公開履歴初回2024年10月10日

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釣った魚を食べて救急搬送、何の中毒?【これって「食」中毒?】第5回

今回の症例年齢・性別47歳・男性患者情報特記すべき既往歴や生活歴はない。東京湾内で遊漁船に乗ってカワハギ釣りをしていたところ、たまたま皮に針掛かりして釣れた魚(写真1)を持ち帰った。カワハギと一緒に肉と肝(写真2)を取り出し、薄造りや肝和えなどにして19時頃に食べた。20時頃より口唇および舌のしびれ感が生じた。次第にしびれ感が全身に広がり、身体に力が入らず起き上がることも困難となった。さらに、呼吸困難も出現したところを21時半頃に帰宅した妻が発見して救急要請した。21時45分に救急隊が現場到着した際の呼吸は微弱で、著しいチアノーゼを認めたため、バッグバルブマスクにより換気(酸素6L/分)され、22時10分に救急センターに搬送された。画像を拡大する初診時は呼吸停止、バッグバルブマスク換気下でSpO2 99%、血圧162/92mmHg、心拍数124bpm(整)、瞳孔:左右6.0mm(同大)、対光反射(-)、体温36.4℃であった。呼名および疼痛にまったく反応せず、全身の筋肉は弛緩し、腱反射は消失していた。また、眼球は固定していた。直ちに気管挿管および人工呼吸器管理が施行された。検査値・画像所見頭部CTおよび血液検査では、軽度の乳酸アシドーシス以外の異常所見を認めなかった。問題

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高用量タンパク質投与、人工呼吸器装着患者には無益/Lancet

 人工呼吸器を要する重症患者への高用量タンパク質投与は標準量タンパク質投与と比較して、健康関連QOLを悪化させ、集中治療室(ICU)入室後180日間の機能的アウトカムを改善しなかった。オランダ・マーストリヒト大学のJulia L. M. Bels氏らPRECISe study teamが、同国とベルギーで実施した「PRECISe試験」の結果を報告した。先行研究で、重症患者へのタンパク質投与量の増加が、筋萎縮を緩和し長期的アウトカムを改善する可能性が示されていた。Lancet誌オンライン版2024年8月17日号掲載の報告。高用量(2.0g/kg/日)vs.標準量(同1.3g/kg/日)の無作為化試験 PRECISe試験は、オランダの5病院とベルギーの5病院で行われた研究者主導の多施設共同並行群間二重盲検無作為化比較試験である。機械的人工呼吸器を装着した重症患者への経腸栄養によるタンパク質投与について、高用量(すわなち1日当たり2.0g/kg)が標準量(同1.3g/kg)と比較して、健康関連QOLと機能的アウトカムを改善するかどうかを評価した。試験組み入れ基準は、ICU入室後24時間以内に侵襲的人工呼吸器による管理を開始し、同装着期間が3日以上と予想されることとした。除外基準は、経腸栄養禁忌、瀕死状態、BMI値18未満、透析不要コードの腎不全、または肝性脳症であった。 患者は双方向ウェブ応答システムを介して、2つの試験群に対応した4つの無作為化ラベルの1つ(すなわち各群2つの無作為化ラベルを有する標準または高タンパク質群)に、1対1対1対1の割合で無作為に割り付けられた。無作為化には置換ブロック法が用いられ、ブロックサイズは8および12で試験施設ごとに層別化した。参加者、ケア提供者、研究者、アウトカム評価者、データ分析者、独立データ安全性監視委員会はすべて割り付けについて盲検化された。 患者は、1.3kcal/mLおよび0.06g/mLのタンパク質(標準タンパク質)または1.3kcal/mLおよび0.10g/mLのタンパク質(高タンパク質)を含む経腸栄養剤を投与された。本試験の栄養介入は、患者のICU入室中で経腸栄養が必要とされた期間(最長90日)に限定された。 主要アウトカムは、無作為化後30日、90日、180日時点でのEuroQoL 5-Dimension 5-level(EQ-5D-5L)健康効用値(health utility score)で、ベースラインのEQ-5D-5L健康効用値で補正し評価した。180日間の試験期間中、高タンパク質でEQ-5D-5L健康効用値が低い 2020年11月19日~2023年4月14日に935例が無作為化された。うち335例(35.8%)が女性、600例(64.2%)が男性で、465例(49.7%)が標準タンパク質群に、470例(50.3%)が高タンパク質群に割り付けられた。 標準タンパク質群の430/465例(92.5%)と、高タンパク質群の419/470例(89.1%)が、主要アウトカムの評価を受けた。 主要アウトカムである無作為化後180日間のEQ-5D-5L健康効用値(30日、90日、180日時点で評価)は、高タンパク質群の患者が標準タンパク質群の患者より低く、平均群間差は-0.05(95%信頼区間[CI]:-0.10~-0.01、p=0.031)であった。 安全性アウトカムに関して、全フォローアップ期間中の死亡確率は標準タンパク質群0.38(SE 0.02)、高タンパク質群0.42(SE 0.02)であった(ハザード比:1.14、95%CI:0.92~1.40、p=0.22)。 高タンパク質群の患者では、消化管不耐性症状の発生頻度が高かった(オッズ比:1.76、95%CI:1.06~2.92、p=0.030)。その他の有害事象の発現頻度は群間で差がなかった。

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第228回 ウイルス感染の運命の鍵を握る脂肪酸生成酵素を同定

ウイルス感染の運命の鍵を握る脂肪酸生成酵素を同定2013年に中国で初めて確認された鳥インフルエンザのヒト感染で、およそ35%が命を落としています。その感染で死ぬ人とそうでない人の運命の差はどのようにして生じるのか?オーストラリアのPeter Doherty Institute for Infection and Immunityと世界各地の16の研究所のチームの取り組みで、OLAHという名の意外な酵素遺伝子がその運命の分かれ道の鍵を握ると示唆されました1-3)。OLAHはオレイン酸などの脂肪酸生成に携わるオレオイル-アシル-キャリアタンパク質加水分解酵素の遺伝子です。何らかの病気の免疫や経過に寄与するOLAHの役割を調べた研究はかつてありませんでした。そんな意外な遺伝子にたどり着いた今回の研究の手始めに、チームは鳥インフルエンザA(H7N9)感染で死んだ4例の血液を解析しました。先立つ成果から予想されたとおり、サイトカイン過剰がもたらす炎症の高まりが認められました。遺伝子発現を調べたところOLAHを含む10種の発現が上がるか下がっていました。OLAHの発現は感染の初期から死に至るまでずっと高く、感染するも死なずに済んだ4例に比べて約82倍も上回っていました。OLAHの発現上昇は鳥インフルエンザA(H7N9)感染に限らず他のウイルス感染でも生じるようです。入院して人工呼吸に至った季節性インフルエンザ患者3例のOLAH mRNAは健康な人をだいぶ上回りました。米国のいくつかの小児病院の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者群の最重症例でもOLAHの発現が高まっていました。テネシー州の同じく小児病院の23例の血液を解析したところ、より重症の呼吸器合胞体ウイルス(RSV)感染とOLAHが多いことが関連しました。続くマウスの検討でOLAHが感染の重症化を促すことが示されました。検討の結果、OLAH遺伝子を省いたマウスは致死量のインフルエンザウイルスを被っても生き残れましたが、対照群の野生型マウスはそうはいかず約半数が死にました。OLAH欠損マウスのインフルエンザ感染の病状が軽いことは、免疫細胞の1つであるマクロファージでの脂肪滴形成の抑制のおかげのようです。今回の研究によるとマクロファージでのOLAH発現はウイルス感染に伴う脂肪滴形成を促し、果てはサイトカイン生成を増やします。一方、脂肪滴形成を阻害するとマクロファージでのウイルス感染が減りました。さらに突き詰めると、OLAHの酵素反応の主産物であるオレイン酸がマクロファージでのウイルス複製を促します。マウスにオレイン酸を与えたところマクロファージでのインフルエンザウイルス複製が増え、炎症反応が促進しました。また、COVID-19患者73例を調べたところ、入院した35例のオレイン酸は外来治療で済んだ患者38例に比べて過剰でした。いまや研究者はオレイン酸過剰の呼吸器感染症患者の治療に使いうるOLAH阻害化合物作りに取り組んでいます4)。また、OLAHの量を測定し、最終的には重症度を予測しうる診断検査も開発したいと考えています。参考1)Jia X, et al. Cell. 2024 Aug 6. [Epub ahead of print] 2)Scientists discover gene linked to the severity of respiratory viral infections / Peter Doherty Institute for Infection and Immunity3)Study reveals oleoyl-ACP-hydrolase underpins lethal respiratory viral disease / St. Jude Children’s Research Hospital4)An unexpected gene may help determine whether you survive flu or COVID-19 / Science

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