サイト内検索

検索結果 合計:46件 表示位置:1 - 20

1.

遺族にNGな声かけとは…「遺族ケアガイドライン」発刊

 2022年6月、日本サイコオンコロジー学会と日本がんサポーティブケア学会の合同編集により「遺族ケアガイドライン」が発刊された。本ガイドラインには“がん等の身体疾患によって重要他者を失った遺族が経験する精神心理的苦痛の診療とケアに関するガイドライン”とあるが、がんにかかわらず死別を経験した誰もが必要とするケアについて書かれているため、ぜひ医療者も自身の経験を照らし合わせながら、自分ごととして読んでほしい一冊である。 だが、本邦初となるこのガイドラインをどのように読み解けばいいのか、非専門医にとっては難しい。そこで、なぜこのガイドラインが必要なのか、とくに読んでおくべき項目や臨床での実践の仕方などを伺うため、日本サイコオンコロジー学会ガイドライン策定委員会の遺族ケア小委員会委員長を務めた松岡 弘道氏(国立がん研究センター中央病院精神腫瘍科/支持療法開発センター)を取材した。ガイドラインの概要 本書は4つに章立てられ、II章は医療者全般向けで、たとえば、「遺族とのコミュニケーション」(p29)には、役に立たない援助、遺族に対して慎みたい言葉の一例が掲載されている。III章は専門医向けになっており、臨床疑問(いわゆるClinical questionのような疑問)2点として、非薬物療法に関する「複雑性悲嘆の認知行動療法」と薬物療法に関する「一般的な薬物療法、特に向精神薬の使い方について」が盛り込まれている。第IV章は今後の検討課題や用語集などの資料が集約されている。遺族の心、喪失と回復を行ったり来たり 人の死というは“家族”という単位だけではなく、友人、恋人や同性愛者のパートナーのように社会的に公認されていない間柄でも生じ(公認されない悲嘆)、生きている限り誰もが必ず経験する。そして皮肉なことに、患者家族という言葉は患者が生存している時点の表現であり、亡くなった瞬間から“遺族”になる。そんな遺族の心のケアは緩和ケアの主たる要素として位置付けられるが、多くの場合は自分自身の力で死別後の悲しみから回復していく。ところが、死別の急性期にみられる強い悲嘆反応が長期的に持続し、社会生活や精神健康など重要な機能の障害をきたす『複雑性悲嘆(CG:complicated grief)』という状態になる方もいる。CGの特徴である“6ヵ月以上の期間を経ても強度に症状が継続していること、故人への強い思慕やとらわれなど複雑性悲嘆特有の症状が非常に苦痛で圧倒されるほど極度に激しいこと、それらにより日常生活に支障をきたしていること”の3点が重要視されるが、この場合は「薬物治療の必要性はない」と説明した。 一方でうつ病と診断される場合には、専門医による治療が必要になる。これを踏まえ松岡氏は「非専門医であっても通常の悲嘆反応なのかCGなのか、はたまた精神疾患なのかを見極めるためにも、CG・大うつ病性障害(MDD)・心的外傷後ストレス障害(PTSD)の併存と相違(p54図1)、悲嘆のプロセス(p15図1:死別へのコーピングの二重過程モデル)を踏まえ、通常の悲嘆反応がどのようなものなのかを理解しておいてほしい」と強調した。医師ができる援助と“役に立たない”援助 死別後の遺族の支援は「ビリーブメントケア(日本ではグリーフケア)」と呼ばれる。その担い手には医師も含まれ、遺族の辛さをなんとかするために言葉かけをする場面もあるだろう。そんな時に慎みたい言葉が『寿命だったのよ』『いつまでも悲しまないで』などのフレーズで、遺族が傷つく言葉の代表例である。言葉かけしたくも言葉が見つからないときは、正直にその旨を伝えることが良いとされる。一方、遺族から見て有用とされるのは、話し合いや感情を出す機会を持つことである。 そのような機会を提供する施設が国内でも設立されつつあるが、現時点で約50施設と、まだまだ多くの遺族が頼るには程遠い数である。この状況を踏まえ、同氏は「医師や医療者には患者の心理社会的背景を意識したうえで診療や支援にあたってほしいが、実際には多忙を極める医師がここまで介入することは難しい」と話し、「遺族の状況によってソーシャルワーカーなどに任せる」ことも必要であると話した。 なお、メンタルヘルスの専門家(精神科医、心療内科医、公認心理師など)に紹介すべき遺族もいる。それらをハイリスク群とし、特徴を以下のように示す。<強い死別反応に関連する遺族のリスク因子>(p62 表4より)(1)遺族の個人的背景・うつ病などの精神疾患の既往、虐待やネグレクト・アルコール、物質使用障害・死別後の睡眠障害・近親者(とくに配偶者や子供の死)・生前の患者に対する強い依存、不安定な愛着関係や葛藤・低い教育歴、経済的困窮・ソーシャルサポートの乏しさや社会的孤立(2)治療に関連した要因・治療に対する負担感や葛藤・副介護者の不在など、介護者のサポート不足・治療やケアに関する医療者への不満や怒り・治療や関わりに関する後悔・積極的治療介入(集中治療、心肺蘇生術、気管内挿管)の実施の有無(3)死に関連した要因・病院での死・ホスピス在院日数が短い・予測よりも早い死、突然の死・死への準備や受容が不十分・「望ましい死」であったかどうか・緩和ケアや終末期の患者のQOLに対する遺族の評価 上記を踏まえたうえで、遺族をサポートする必要がある。不定愁訴を訴える患者、実は誰かを亡くしているかも 一般内科には不定愁訴で来院される方も多いだろうが、「遺族になって不定愁訴を訴える」ケースがあるそうで、それを医療者が把握するためにも、原因不明の症状を訴える患者には、問診時に問いかけることも重要だと話した。<表5 遺族の心身症の代表例>(p64より一部抜粋)1.呼吸器系(気管支喘息、過換気症候群など)2.循環器系(本態性高血圧症など)3.消化器系(胃・十二指腸潰瘍、機能性ディスペプシア、過敏性腸症候群など)4.内分泌・代謝系(神経性過食症、単純性肥満症など)5.神経・筋肉系(緊張型頭痛、片頭痛など)6.その他(線維筋痛症、慢性蕁麻疹、アトピー性皮膚炎など) 最後に同氏は高齢化社会特有の問題である『別れのないさよなら』について言及し、「これは死別のような確実な喪失とは異なり、あいまいで終結をみることのない喪失に対して提唱されたもの。高齢化が進み認知症患者の割合が高くなると『別れのないさよなら』も増える。そのような家族へのケアも今後の課題として取り上げていきたい」と締めくくった。書籍紹介『遺族ケアガイドライン』

2.

男女間で異なる不安症状と食物依存症との関連

 不安は、さまざまなケースでみられる症状であり、摂食障害や肥満とも関連しているといわれている。ドイツ・ライプチヒ大学のFelix S. Hussenoeder氏らは、不安症状と食物依存症との関係を分析し、これらの関連性の評価および性差について検討を行った。その結果、食物依存症には、性別やその他の社会人口統計学的因子と関係なく、不安症状に対する長期的な影響が確認された。また、女性における不安症状は、その後の食物依存症に影響を及ぼす可能性が示唆された。このことから著者らは、食物依存症に対する介入は、男女ともに不安症状の軽減につながる可能性があるものの、不安症状に対する介入は、女性の場合のみで、食物依存症の軽減につながることを報告した。Frontiers in Psychiatry誌2022年6月14日号の報告。 人口ベースのLIFE-Adult-Study(1,474例)のデータを用いて、ベースライン時および初回フォローアップ時における不安症状と食物依存症との関連を分析した。不安症状の評価には一般化不安障害質問票(GAD-7)、食物依存症の評価にはYale食物依存症尺度(YFAS)を用いた。不安症状と食物依存症との関連を評価するため、男女の参加者を含む複数グループにおける潜在交差遅延パネルモデルを用いた。年齢、婚姻状況、社会経済的地位、ソーシャルサポートを調整した。 主な結果は以下のとおり。・不安症状および食物依存症は、男女ともに経時的な安定が認められた。 【不安症状】女性:β=0.50、p≦0.001、男性:β=0.59、p≦0.001 【食物依存症】女性:β=0.37、p≦0.001、男性:β=0.58、p≦0.001・女性において、ベースライン時の不安症状と初回フォローアップ時の食物依存症との有意な関連が認められたが(β=0.25、p≦0.001)、男性では認められなかった(β=0.04、p=0.10)。・ベースライン時の食物依存症と初回フォローアップ時の不安症状については、女性(β=0.23、p≦0.001)および男性(β=0.21、p≦0.001)において有意な関連が確認された。

3.

第83回 相次ぐ列車内事件で見えた「孤独・孤立」問題、対策に医療者が関与する余地は?

走行中の列車内を狙った事件が相次いでいる。容疑者の年齢は20〜60代と幅広い。東京・京王線の車内で乗客17人に切りつけ、放火した20代の男は「人を殺して死刑になりたかった」、九州新幹線の車内に火をつけようとした放火未遂の疑いで逮捕された60代の男は「火を放って自殺しようとした」などと警察に供述しているという。いずれも身勝手な理由だが、もしも彼らが孤独・孤立対策のネットワークとつながっていたら、犯罪を未然に防げたかもしれない。たとえば、そこに医療者が関与する余地はないだろうか。コロナ禍では経済的な理由や孤独・孤立などで自殺者数が急増し、とくに女性と若者の増加が注目された。厚生労働省と警察庁によると、2020年の自殺者数は約2万1,000人で、対前年比では4.5%増えた。2021年は、9月末時点で約1万5,900人に上り、前年と同じようなペースで増えている。菅 義偉政権は21年4月、イギリスに次いで世界で2番目の「孤独・孤立対策担当大臣」を設置(第1次岸田内閣では野田 聖子氏)、内閣官房に「孤独・孤立対策担当室」も設置したが、孤独・孤立対策は緒に就いたばかりだ。医療現場では「孤独が問題になっている患者」が増加イギリスでは、国民の7人に1人、65歳以上の10人に3人が孤独を感じているという。孤独によって身体的・精神的健康を損ない、それによる経済的損失は年間320億ポンド(約4.9兆円)に上るという。そこで政府は、孤独は個人の問題ではなく、国を挙げて取り組むべき課題と判断し、エビデンスの構築や国民への啓蒙、分野横断的な孤独対策などが計画された。日本の場合、一人暮らしをしている65歳以上の高齢者は、大切な人との離別や定年退職、リストラ、病気、引っ越しなどによる心身のストレスがもたらす「寂しさ」を訴えている。全世帯のうち、独居世帯は3分の1を超え、未婚率(50歳時)は男性3割弱、女性2割弱と急増。医療情報専門サイトm3.comの調査によれば、4割弱の医師が「孤独が問題になっている患者」が増えたと回答している。孤独・孤立は心血管疾患・認知症・がんのリスク要因孤独・孤立が健康に及ぼす影響については、海外では1970年代から疫学研究が蓄積されている。東京都健康長寿医療センター研究所の村山 洋史氏によると、心血管疾患では「つながりの少なさ」が冠動脈疾患で29%、脳卒中で32%、発症を増加。認知症では「社会参加の乏しさ」が41%、「対人接触の少なさ」が57%、「孤独感」が58%、発症を増加させると報告されている。がんの死亡についても「ソーシャルネットワークが大きい」と20%、「ソーシャルサポートが豊富」だと、リスクが25%減少した。孤独・孤立は死亡リスクにも影響し、「一人暮らし」で32%、「社会的孤立」で29%、「孤独感」で26%高まることが示された。興味深いのは、「社会的孤立」が、その主観にかかわらず「孤独感」と同じく有害であったことだ。医療者が地域の「つながり」生む戦略的対策の1つに孤独・孤立対策には、社会的サポートの強化や社会的交流の機会の増加など「社会的孤立」を防ぐ取り組みが必要だろう。それは人間関係を再構築するだけでなく、予防医学的観点からも重要だ。医療者の関わり方について、高齢化が進む大規模団地で地域コミュニティの構築を目指している自治会長は次のように語る。「住民たちはかかりつけ医が決まっており、住民と医師のマンツーマンの関係はあるのだが、地域を丸ごと診てくれる医師はいない。医師会が地域に担当医を割り当て、継続的に地域全体のケアに関わってもらいたい。地域を支えるには自治体、社会福祉協議会、民生委員の3本柱がうまく機能することが重要だが、ここに医療者が加わって4本柱になるのが理想だ」。地縁・血縁・社縁が弱まり、人々が孤独・孤立に陥りやすくなっている日本。「つながり」を戦略的に生み出す対策には、医療者の関与が重要なカギになるかもしれない。

4.

カレには言えない私のケイカク【結婚をすっ飛ばして子どもが欲しい!?そのメリットとリスクは?(生殖戦略)】Part 2

結婚しないで子どもを持つリスクは?結婚しないで子どもを持つメリットは、結婚というハードルがなくなる、結婚生活を維持する負担がなくなる、自分の思い通りの子育てができるということであることが分かりました。それでは、そのリスクは何でしょう? 大きく3つ挙げてみましょう。(1)子育てへのサポートが脆弱になるゾーイとスタンは、すったもんだの末、一緒に暮らすようになります。そして、スタンは、精子バンクによって生まれてきた双子の育児を献身的にするのです。もしも、スタンがいなかったら、ゾーイはいきなり自分だけで双子の育児をすることができるでしょうか?1つ目のリスクは、子育てへのサポートが脆弱になることです。これは、身体的にだけでなく、経済的に、そして心理的にもです。もしも、タイミング悪く、自分が病気を患ったらどうしましょうか? 仕事の収入が不安定になったら、どうしましょうか? そして、子どもに障害が見つかったら、どうしましょうか? これらの起こりうる事態をあらかじめシミュレーションする必要があります。(2)子どもを私物化してしまう産婦人科病院で、ゾーイは、産婦人科医から「あなたとCRM-1014(精子が入った容器に記載された登録番号)の間には素敵な赤ちゃんができますよ」と励まされます。この産婦人科医は、まったく悪気はないのでしょうが、私たちには命がモノ扱いにされているように感じてしまいます。この映画では描かれていませんでしたが、その後に妊娠したゾーイは、スタンとの恋愛を最優先して、黙って中絶する選択肢だってありえるわけです。2つ目のリスクは、子どもを私物化してしまうことです。実際に、精子バンクのホームページでは、精子ドナーの身長、体重、血液型、人種、肌や目の色、髪の色や髪質、IQ、学歴、職業などがすべてカタログ化され、値段が付いています。あたかも商品のようです。これは、生まれる前だけでなく、生まれた後もです。たとえば、子どもに障害が見つかったら、どうなるでしょうか? 実際に、海外では、ある同じドナー精子によって生まれた子どもたち(ドナー兄弟)が、高い確率で自閉症を発症していたため、精子バンクが訴訟を起こされたというケースもあります。これは、「注文したのと違う」「不良品だ」「返品したい」という発想になってしまう危うさがあります。そして、これは、虐待のリスクでもあります。また、自分だけが子育てを独り占めできるということは、その子育てが独りよがりになる危うさがあります。子育てについて夫婦で話し合いをしなくて済むメリットの裏返しのリスクです。これは、毒親になるリスクでもあります。なお、毒親の心理の詳細については、関連記事1をご覧ください。(3)子どものアイデンティティが揺らぐスタンは、生まれてきた双子の育ての父親になりました。この双子は、スタンを実の父親と思うでしょう。しかし、テリング(真実告知)をすれば、どうなるでしょうか? 彼らは、思春期になったら、生みの父親を知りたくなります。そして、分からない場合は、どうなるでしょうか?3つ目は、子どものアイデンティティが揺らぐことです。思春期になると、より抽象的な思考ができるようになります。そして、自分のルーツや自分らしさなど、自分探しをするようになります。アイデンティティの確立です。この時、精子バンクによって生まれた子どもは、「お金で買ったモノから生まれた」というレッテルを払いぬぐうために、精子ドナー探しをするようになります。実際に、精子ドナーの身元を明らかにすることは、子どもの人権(出自を知る権利)として、すでにいくつかの先進国では制度化しており、日本でも制度化しようとする動きがあります。さらに、その子どもが生みの父親を知り、その認知を求めることは現実的にありえます。これは、精子ドナーの死後に、遺産相続のトラブルを引き起こす可能性があるということです。これを回避するためには、精子ドナーを独身主義(非婚)の人に限定する必要があるでしょう。選択的シングルマザーがうまく行くにはどうすればいいの?結婚しないで子ども持つリスクは、子育てへのサポートが脆弱になる、子どもを私物化してしまう、子どものアイデンティティが揺らぐことであることが分かりました。それでは、これらのリスクを踏まえて、選択的シングルマザーがうまく行くにはどうすれば良いでしょうか? 主に3つのサポートが挙げられます。(1)実父母からのサポート1つ目は、実父母からのサポートです。たとえば、近くに住むか同居して、定期的にも臨時的にも子育ての身体的な負担を肩代わりしてもらうことを確約することです。いざというときは、経済的なサポートをしてもらうことです。もともと、日本では里帰り出産や離婚後に出戻りをする文化があるので、実父母からの抵抗は少ないでしょう。これは、子育てのサポートが脆弱になるリスクを減らします。また、結果的に、実父母が子育てに介入することになるので、子どもを私物化してしまうリスクを減らすこともできるでしょう。(2)ピアサポートゾーイが参加したシングルママの会では、自助グループとして、シングルマザーたちだけが、励まし合ったり、時には出産に立ち会うなど、お互いに助け合っています。2つ目は、仲間からのサポート、つまりピアサポートのことです。これは、自分に仲間ができることで、心理的な安心感が得られることです。心理的な面での子育てのサポートが脆弱になるリスクを減らします。海外ではすでに大きな団体がありますが、日本では小規模な交流会などがあるようです。(3)ソーシャルサポート3つ目は、社会制度としてのサポート、つまりソーシャルサポートです。残念ながら、現時点では、海外の先進国に比べて、日本の子育て支援は極めて限られています。とくに、シングルマザーの貧困は社会問題になっています。これが、少子化対策として、海外から遅れを取っている原因であると指摘されています。少子化対策のためにも、子育て支援を拡充することが望まれます。たとえば、妊娠・出産、保育、義務教育、医療など、成人までかかる子育ての費用をほぼ無償にすることです。そして、児童手当は、家計が潤うくらいのインセンティブをつけることです。子育ても1つの労働と考えれば、当然のことと言えます。これは、結果的に、選択的シングルマザーの子育てへのサポートが脆弱になるリスクも減らすでしょう。<< 前のページへ | 次のページへ >>

5.

カレには言えない私のケイカク【結婚をすっ飛ばして子どもが欲しい!?そのメリットとリスクは?(生殖戦略)】Part 3

選択的シングルマザーは日本でも増えていくの!?選択的シングルマザーがうまく行くための対策として、実父母からのサポート、ピアサポート、そしてソーシャルサポートがあることが分かりました。それでは、選択的シングルマザーは、海外の先進国と同じように日本でも増えていくでしょうか?その可能性は高いと思われます。それどころか、子育て支援などの大胆な政策によっては少子化対策へのウルトラCの解決策になる可能性も秘めています。そもそも少子化対策がうまくいっている先進国の多くは、子育て支援が手厚く、婚外子が多い国でもあります。これは、時代の流れ、もっと言えば、進化の流れとも言えそうです。それでは、ここから、その理由を、子育ての起源を踏まえて、進化心理学的に3つの段階に分けて、解き明かしてみましょう。(1)母親が子育てをする10数億年前に太古の原始生物が誕生してから、自分の遺伝子を残すように行動する種が進化の歴史の中で現在までに生き残りました。逆に言えば、遺伝子を残すように行動しない種は、その遺伝子が残らないわけなので、そもそも現在に存在しないです。この生殖は、食べることや安全を守るなどの生存と並ぶ動物の根源的な行動です。約2億年前に哺乳類が誕生してから、その母親は子どもに自分の乳を与えて育てるというメカニズム(哺乳)を進化させました。1つ目の段階は、母親が子育てをすることです。ちなみに、それを動機付けるのが、生殖心理です。この詳細については、関連記事2をご覧ください。(2)子育てのために結婚する700万年前に人類が誕生し、二足歩行によって手の自由ができたことで、獲った食料を余分に持ち帰ることができるようになりました。そして、男性はその食料を女性にプレゼントして、そのお返しとして、女性がその男性とセックスして、生まれた子どもを育てるように進化しました(性別役割分業)。300万年前に人類が森から草原に出て行ってから、頭が徐々に大きくなっていったことに伴い、生まれるときに母親の産道を通るために、未熟児で生まれるように進化しました(生理的早産)。すると、生まれた赤ちゃんは草原で一定期間寝たきりになります。しかし、動物の生存競争のなかで、獲物として狙われるのは一番小さくて弱い個体、つまり赤ちゃんや子どもです。自然界の頂点にいるライオンでさえ、その子どもは母親が目を離したすきにハイエナなどのほかの動物にあっさり捕食されます。言うまでもなく、人類の赤ちゃんもです。それを防ぐために、父親が、母親と一緒に生活して、子どもを協力して守るようになりました。これが、結婚(一夫一妻型の生殖)の起源であり、家族の起源です。その後、血縁で集まって部族をつくり、より協力行動を進化させていきました。これが、社会(社会脳)の起源です。2つ目の段階は、子育てのために結婚することです。一方、人間に近い種であるチンパンジーやゴリラは違いました。チンパンジーの生態環境は、エサが密集した森の中です。オスとメスが出会いやすく、不特定のオスと不特定のメスが生殖を行う乱婚(多夫多妻型の生殖)になりました。ゴリラの生態環境は、エサが少なく散在した森の中です。オスとメスが出会いにくく、特定の1頭のオスと特定の複数のメスが集まるハーレム(一夫多妻型の生殖)をつくるようになりました。どちらにしても、その子どもたちは森の中で守られていたので、人類ほど夫婦として、そして集団として協力行動が進化しなかったと考えられます。(3)結婚しなくても子育てできる20世紀後半の情報革命から、男女平等(男女共同参画)が高まり、とくに先進国で経済的に自立する女性が増えていきました。そんな女性は、男性の経済的サポートを必要としなくなります。3つ目の段階は、結婚しなくても子育てができることです。もともと私たちには、結婚(協力の約束)をしたから子どもをつくるという考え方が文化的に根付いています。しかし、進化心理学的に考えると、逆です。子どもをつくったから結婚する(子どもを守るために協力する)のです。現代の社会では、結婚という形式に目が行き過ぎて、協力して子育てをするという中身に目が行かなくなっています。言い換えれば、結婚は、そもそも夫婦が協力して子育てをするための手段であり、目的そのものではありません。よって、必ずしも協力する必要がなくなった現代の社会構造では、もはや結婚の意味は薄れていくでしょう。ましてや、結婚していてもしてしなくても、ソーシャルサポートとして子育て支援が充分に得られれば、なおさらです。また、とくに実母(祖母)がその娘の子育てのサポート(孫育て)をするのは、もともと包括的な生殖適応度を上げるように進化した結果と考えられています(おばあさん仮説)。よって、選択的シングルマザーが実母、本人、子どもの3世代による女系家族をつくることは、持続可能な新しい家族の形になるでしょう。これは、カップル文化が強い欧米と比べて、親子文化の強い東アジアでは、とくにです。未来の生殖戦略は?人類の生殖の進化の歴史から、選択的シングルマザーが、これからの社会構造(生態環境)で適応的であることが分かりました。非婚(生涯未婚)が増えている日本では、とくにです。さらに長期的には、選択的シングルマザーは、未来の生殖として多数派になる可能性も秘めています。ただし、これは同時に、人類から父親がいなくなっていき、女系社会になっていくことを意味します。現在の価値観では受け入れにくいかもしれませんが、未来では当たり前になっているかもしれません。そもそも、自然界では、人類のような一夫一妻型の生殖のほうが珍しいので、その可能性は否定できません。ここから、精子バンクの登場を踏まえて、人類の生殖戦略の未来を、チンパンジーやゴリラと比べて、精子レベルで掘り下げてみましょう。(1)チンパンジー-精子間競争チンパンジーの生殖戦略は、乱婚(多夫多妻型)です。よって、生殖適応度が高いのは、より数が多くてより動きが速い精子をつくる妊孕性の高い個体になります。これは、精子間競争です。そのため、精子をよりつくり出すため、チンパンジーの睾丸はかなり大きいです。(2)ゴリラ-個体間競争ゴリラの生殖戦略は、ハーレム形成(一夫多妻型)です。よって、生殖適応度が高いのは、オス同士のケンカで勝つために、より気性が荒くてより大きい体格の個体になります。これは、個体間競争です。そのため、ゴリラのオスとメスの体格差はかなり大きいです。一方で、精子間競争がないので、睾丸はかなり小さいです。ちなみに、チンパンジーは、個体間競争がないため、オスとメスの体格差はほとんどありません。(3)人類-「社会間競争」人類の生殖戦略は、結婚(一夫一妻型)です。よって、生殖適応度が高いのは、男性と女性が協力行動を維持する個体になります。さらに言えば、時として不倫という裏切り行動もすることです。つまり、人類の生殖は、チンパンジーほど相手を特定していないわけではなく、ゴリラほど相手を特定しているわけでもないです。そのため、人間の男女の体格差にしても、睾丸の大きさにしても、ゴリラとチンパンジーの中間になっています。なお、不倫の心理の詳細については、関連記事3をご覧ください人類の生殖において、その結婚相手は、本人の意思以上に、親や親族などの部族集団(社会)の評価によって、ある程度決められてきました。これは、「社会間競争」と言えるでしょう。現代は、本人の意思が尊重されています。しかし、その判断基準はどうでしょうか? 結局、社会で望ましいとされるスペック(要素)が内面化されています。たとえば、男性なら、高身長、高収入です。女性なら、美しさと若さです。ひと言で言えば、「周りに見せて恥ずかしくない」「ちゃんとした」相手です。とくに、世間体を気にする集団主義の根強い日本では、なおさらです。これまで、これらの男性と女性の望みがお互いに叶わなければ、生殖は成り立ちませんでした。ところが、精子バンクの登場によって、女性にとっては、その望みをお金で解決できる時代が来ています。たとえば、金髪、青い目、高身長、高IQ、大学院卒、医師、スーパーモデルなど、精子ドナーのランキングで人気の「アイテム」を課金によって手に入れることができます。これからの人類の生殖戦略は、より望ましい精子ドナーが選ばれる点で、ゴリラ的でしょう。精子レベルのハーレムです。選ばれない精子(男性)は、ハーレムに君臨できなかった多数のオスゴリラです。一方、第一子と第二子の精子ドナーは必ずしも同じく選ばれない点で、その生殖戦略はチンパンジー的でもあるでしょう。精子レベルの乱婚です。さらに、精子ドナーのランキングを、国家が操作したらどうなるでしょうか? 一部の独裁国家などが、国家に従順で優秀な精子ドナーを選抜したり、逆に国家に反逆的な家族や親族がいる精子ドナーを排除することも可能になるわけです。これは、新たな優生思想が強まる可能性もあります。「私のケイカク」とは?この映画「カレには言えない私のケイカク」のもともとのタイトルは「バックアッププラン」です。さらに当初は「プランB」というタイトルで公開が予定されていました。つまり、ゾーイにとってのプランAは理想の男性と結婚して子どもをつくること、そしてプランBは精子バンクを利用して子どもをつくることでした。さらに、その先も想像できます。加齢により身体的不妊になった場合のプランCとして、自分の凍結卵子と精子バンクによる提供精子で体外受精をすることです。そして、凍結卵子のストックがなくなった場合のプランDとして、自分の男兄弟による提供精子と卵子バンクによる提供卵子を使って体外受精をすることです。男兄弟を精子ドナーとするのは、甥っ子(姪っ子)を産むという認識が得られ、血のつながりを意識できるからです。なお、厳密には、ゾーイには男兄弟がいないキャラクターとして設定されています。最後に、出産できなくなった場合のプランEとして、代理出産が考えられます。しかし、現在、代理出産は、人権問題から各国が次々と禁止しているため、現実的ではないでしょう。このように、壮大な生殖戦略が、ゾーイの「私のケイカク」として考えられるわけです。少なくとも、精子バンクの利用は、卵子バンクや体外受精と違って、その手軽さから、良いか悪いかは別にして、規制がしにくい現実があります。かつてある政治家が「女性は子どもを産む機械だ」と発言して厳しく批判されました。精子バンクの発展によって、未来では逆に「男性は種をつくる植物だ」と発想されてしまう危うさもあるでしょう。そんな偏った社会にならないためにも、私たちは、ゾーイとスタンのようにお互いを思いやれる、そして協力し合える社会を築いていくことがますます重要であると言えるのではないでしょうか? そして、そのためにも、私たちは、もっと生殖について話題にして、多くの議論をしていくことが必要なのではないでしょうか? この記事がその判断材料の1つになれば、幸いです。1)生殖医療はヒトを幸せにするのか:小林亜津子、光文社新書、20142)ルポ生殖ビジネス:日比野由利、朝日新聞出版、20153)「選択的シングルマザー」とは?未婚のまま出産を選ぶ女性の生き方:志水なほみ、All About 20th暮らし、2020<< 前のページへ■関連記事八日目の蝉【なぜ人を好きになれないの?毒親だったから!?どうすれば良いの?(好きの心理)】コウノドリ(その2)【なんで子どもがほしいの? 逆になんでほしくないの?(生殖心理)】昼顔【不倫はなぜ「ある」の?どうすれば?】Part 2

6.

日本人高齢者の認知症発症とソーシャルサポートとの関連

 認知症患者数は、増加を続けており、日本においても2025年には700万人に達するといわれている。認知症の発症予防やマネジメントにおいて、個人レベルの支援に加え、コミュニティレベルのソーシャルサポートが注目されている。日本福祉大学の宮國 康弘氏らは、マルチレベルの生存分析を用いて、コミュニティレベルのソーシャルサポートと認知症発症との関連を調査した。BMJ Open誌2021年6月3日号の報告。 2003年に設立された日本老年学的評価研究のプロスペクティブコホート研究を用いて、コミュニティレベルのソーシャルサポートと認知症発症との関連を調査した。対象は、公的介護保険の給付を受けていない愛知県(7市町村)在住の65歳以上の高齢者1万5,313人(男性:7,381人、女性:7,932人)。認知症発症は、ベースラインから3,436日間にわたる公的介護保険データを用いて評価した。 主な結果は以下のとおり。・10年間のフォローアップ期間中に、認知症を発症した高齢者は1,776人であった。・高齢者に対するコミュニティレベルのソーシャルサポート(エモーショナルなサポート)が1%増加すると、社会人口統計変数や健康状態にかかわらず、認知症発症リスクが約4%減少した(HR:0.96、95%CI:0.94~0.99)。 著者らは「日本人高齢者にとって、コミュニティレベルのエモーショナルなソーシャルサポートは、認知症発症リスクを低下させる可能性が示唆された」としている。

8.

コウノドリ(その1)【なんで不妊治療はやめられないの? その心理的なリスクは?(不妊の心理)】Part 1

今回のキーワードがんばりすぎる(過剰適応)とらわれる(強迫)のめり込む(嗜癖)燃え尽きる(破綻)頭が硬くなる(べき思考)元を取りたいと思う(負け追い)政府は、2022年4月から不妊治療に公的医療保険を適用する方針を打ち出しています。また、不妊治療で体外受精を行っている女性の半数以上に軽度以上の抑うつの症状がみられる調査結果が報じられました。一方で、不妊治療はなかなか止められない現実もあります。なぜ止められなくなるのでしょうか? その心理的なリスクは何でしょうか?これらの答えを探るために、今回は、ドラマ「コウノドリ」の不妊に関連したエピソードを取り上げます。このドラマを通して、不妊の心理を精神医学的に解き明かしてみましょう。なんで不妊治療は止められないの?主人公は、産婦人科医の鴻鳥(こうのとり)。総合病院の産婦人科のチームのリーダー的存在です。彼がかかわる妊婦や患者とその人間関係を中心にストーリーが展開していきます。中でも、不妊治療は、やり始めるとなかなか止められなくなるようです。それでは、なぜ不妊治療は止められなくなるのでしょうか? まず、その原因を、大きく3つに分けて精神医学的に解き明かしてみましょう。(1)がんばりすぎる-過剰適応鴻鳥が43歳の妊婦をフォローするエピソードがあります(シーズン1第6話)。合同カンファレンスで、鴻鳥の同僚である四宮は、その妊婦について「長期間の不妊治療で疲弊しきっている人を見ると、どこかで線引きすべきではとも思いますね。実際、出産とともに燃え尽きて、育児を放棄する人もいるわけですから」と発言します。不妊治療が止められない1つ目の理由は、がんばりすぎるからです。これは、「がんばればうまく行く」「これだけがんばっているんだから、できるはず」という過剰適応の心理が根っこにあります。とくに、もともと勉強、スポーツ、仕事、結婚でうまくやってきた人ほど、その成功体験によって、この心理に陥りやすくなります。なぜなら、知的能力、身体能力、コミュニケーション能力と同じように、生殖能力も努力によって高まるものだと思ってしまうからです。また、私たちは、知的能力、身体能力、コミュニケーション能力については、小さい頃から、その限界を少しずつ自覚して、自然に受け入れています。ところが、生殖能力に限っては、結婚後に明らかになるため、急すぎてなかなか受け入れられなくなります。そして、とくに女性の場合はその能力が年齢とともに低くなっていくという現実もあります。(2)とらわれる-強迫鴻鳥が不育症(流産を繰り返すこと)に悩む夫婦をフォローするエピソードがあります(シーズン2第9話)。妻は、なかなか妊娠できず、妊娠しても流産を繰り返すことで、専業主婦として家事も手につかなくなり、うつ状態になり、寝込んでいます。そんな妻を見た夫は「俺はさ、子どもがいない2人だけの人生も良いと思ってる。2人なら、好きなことできるし、旅行にだって…(行けるし)」と言いかけます。すると、妻は言いかぶせるように「全然嬉しくないよ。慰めにもなってない」とイラついて答えます。そして、夫は、しょんぼりするだけなのでした。もはや、深刻すぎて夫婦げんかもできない状況です。不妊治療が止められない2つ目の理由は、とらわれるからです。これは、「子どもができたらいいな」という希望ではなく、「子どもはできなければならない」「子どもができることが唯一の幸せな人生である」という強迫の心理が根っこにあります。とくに専業主婦で、もともと仕事や趣味(自分のやりたいこと)に思い入れがなく、社会的な活動をしてこなかった人ほど、アイデンティティが定まっていないため、この心理に陥りやすくなります。なぜなら、「○○ちゃんママ」という待望の親アイデンティティが得られず、ママ友グループという居場所に入れないからです。(3)のめり込む-嗜癖先ほどの高齢の妊婦は、鴻鳥に「生理が来るたびに、あーまただめだった。次は大丈夫かもしれない。ここまでがんばったんだから止められない」と不妊治療をしていた当時の自分の様子を語ります。一方で、不妊治療専門医は、別の患者に「(体外受精の成功率は)相沢さんの年齢(38歳)だと30%を切るくらい。それも、40歳を過ぎると10%程度に下がります」と率直に言っています。不妊治療が止められない3つ目の理由は、のめり込むからです。これは、時間が経てば経つほど可能性が低くなるのに、「次こそはできる」「今やめたら後悔する」「可能性があるうちは続けたい」という嗜癖(依存)の心理が根っこにあります。次のページへ >>

9.

コウノドリ(その1)【なんで不妊治療はやめられないの? その心理的なリスクは?(不妊の心理)】Part 2

不妊治療の心理的なリスクは?不妊治療が止められない原因として、がんばりすぎる(過剰適応)、とらわれる(強迫)、のめり込む(嗜癖)という独特の不妊の心理があることが分かりました。それでは、これらの心理的なリスクは何でしょうか? ここから、そのリスクを、それぞれ考えてみましょう。(1)燃え尽きる-破綻1つ目の過剰適応の心理のリスクは、燃え尽きる、つまりその破綻です。先ほどの四宮のセリフで触れられたように、身体的にも、精神的にも、そして経済的にも疲弊するリスクがあります。また、先ほどの不育症の女性は、鴻鳥に「子どもがほしくて、やっぱりあきらめきれないから、ここに来ているんですけど。でも、妊娠してないってことが分かると、少しほっとする自分がいて。一瞬でもお腹の中に赤ちゃんがいるのが怖くて。(私は)何言ってんですかね」と打ち明けます。これは、本来妊娠が判明することが望ましいはずなのに、流産を繰り返したために、また流産して悲しみに暮れるのを予期してしまうことです。そして、パニック症の予期不安と同じように、「予期悲嘆」が起きてしまい、妊娠を回避しようとする矛盾した心理が沸き起こっています。とくに体外受精の場合、受精卵(胚)ができた段階で心理的に「子どもができた」と認識してしまうため、着床しないことは心理的に「流産した」と受け止めてしまいがちになります。これは、排卵誘発による心身へのストレスと相まって、誕生による希望と喪失による失望を繰り返す感情の「ジェットコースター」に乗り続けていることになります。また、結果的に子どもができなければ、「私だけが置いてけぼり」「私はだめだ」と自尊心が低くなったり、「なんで私だけが?」という怒りや「がんばっていないのに、子どもがいる人はずるい」という恨みに転じてしまう危うさがあります。なお、過剰適応の心理の詳細については、関連記事1をご覧ください。(2)頭が硬くなる-べき思考2つ目の強迫の心理のリスクは、「こうでなければならない」「こうあるべき」と頭が硬くなる、つまりべき思考です。ドラマの妻のように、もはや妊娠以外のことは何も考えられない(考えてはいけないと思い込む)精神状態です。最終的に子どもができなければ、「夫の血をつなげるというお勤めが果たせなかった」「血のつながりがなければ自分たちの子どもではない」と考え、次善の策として養子や里子について検討することが難しくなってしまう危うさがあります。また、子どもをつくるだけのためにセックスをしてきたので、「子どもをつくらないなら、セックスに意味がない」という発想になり、セックスレスになる危うさもあります。セックスとは、本来、単に生殖だけでなく、快楽やコミュニケーションの意味合いも大きいのにです。さらに、もともと、大人になっても将来の夢が「お母さんになること」のままである場合や子どもをつくることが前提で結婚した場合、この心理がさらに強まり、子どもができなければ離婚リスクが高まります。欧米がパートナーとの関係を大事にするカップル文化であるのに対して、日本はもともと親子の関係を大事にする親子文化が根強いため、なおさらです。子どもができたとしても、親アイデンティティが強まることによって、とくに女性は子ども中心の人生の中、「子どもはすくすくと成長しなければならない」「子育てが自分の唯一の幸せである」と思い込んでしまいます。そのため、その後に、母乳、自然食、早期教育、習い事、お受験などの「子育て競争」への思い入れを強め、「毒親」になるリスクがあります。ましてや、子どもの障害が見つかった場合は、親アイデンティティが揺らぐので、「こんなに私はがんばっているのに」「夫の血が悪い」「子どものせいで不幸になった」という発想になる危うさもあるでしょう。なお、「毒親」の心理の詳細については、関連記事2をご覧ください。(3)元を取りたいと思う-負け追い3つ目の嗜癖のリスクは、元を取りたいと思う、つまり、負け追いです。ドラマの43歳の妊婦の発言のように、それまでに費やした労力、時間、そして高額な治療費を無駄にしたくないと思う気持ちが高まります。これは、損を取り返したいと思う点で、ギャンブル依存症にも通じる心理です。ドラマの女性は、10%の「ギャンブルに勝った」から、得るものがありました。しかし、残りの90%の人は「負け続けてどんどん失っている」という点で、この心理の危うさがうかがえます。なお、ギャンブルの心理の詳細については、関連記事3をご覧ください。<< 前のページへ■関連記事Mother(前編)【過剰適応】八日目の蝉【なぜ人を好きになれないの?毒親だったから!?どうすれば良いの?(好きの心理)】「カイジ」と「アカギ」(前編)【ギャンブル依存症とギャンブル脳】

10.

日本における自閉症の特徴を有する女性の産後うつ病と虐待リスク

 自閉症の特徴を有する女性が、出産後に母親となり、どのような問題に直面するかはあまりわかっていない。順天堂大学の細澤 麻里子氏らは、出産前の非臨床的な自閉症の特徴と産後うつ病および産後1ヵ月間の子供への虐待リスクとの関連、これらに関連するソーシャルサポートの影響について、調査を行った。Journal of Affective Disorders誌オンライン版2020年11月5日号の報告。自閉症の特徴は産後うつ病や子供への虐待のリスク増加と関連 日本全国の出生コホートである子どもの健康と環境に関する全国調査(Japan Environment and Children's Study)より、精神疾患の既往歴のない単胎児の母親7万3,532人を対象とした。自閉症の特徴は、簡易自閉症スペクトラム指数日本語版を用いて、妊娠第2三半期/第3三半期に測定した。対象者を、自閉症スコアに基づき3群(正常、中等度、高度)に分類した。産後うつ病はエジンバラ産後うつ病尺度日本語版を、子供の虐待は自己報告を用いて、出産1ヵ月後に測定した。妊娠中のソーシャルサポートは、個々に収集した。データ分析には、ポアソン回帰を用いた。 出産前の自閉症の特徴と産後うつ病および子虐待リスクとの関連を調査した主な結果は以下のとおり。・産後1ヵ月間で、産後うつ病は7,147人(9.7%)、子供への虐待は1万2,994人(17.7%)より報告された。・自閉症の特徴は、交絡因子とは無関係に、産後うつ病および子供への虐待のリスク増加との関連が認められた。 【自閉症スコア中等度】 ●産後うつ病(調整後相対リスク[aRR]:1.74、95%CI:1.64~1.84) ●子供への虐待(aRR:1.19、95%CI:1.13~1.24) 【自閉症スコア高度】 ●産後うつ病(aRR:2.33、95%CI:2.13~2.55) ●子供への虐待(aRR:1.39、95%CI:1.28~1.50)・自閉症スコアが中等度または高度の女性に対するソーシャルサポートは、産後うつ病および子供への虐待のリスクを、26~31%緩和させた。 著者らは「自己報告による評価であるため、制限がある」としながらも「中等度または高度の自閉症の特徴を有する母親は、産後1ヵ月間で、産後うつ病や新生児虐待に対する脆弱性が認められており、妊娠中のソーシャルサポートが不足している可能性が示唆された」としている。

11.

ライフ・イズ・ビューティフル【こんな人生に意味はない」と嘆かれたら?(ナラティブセラピー)】Part 1

今回のキーワード逆境外在化相対化主流秩序アナザーストーリー化ナラティブ・ベイスト・メディスン(NBM)実存的苦痛フランクル心理学皆さんは「こんな人生に意味はない」と嘆く相手がいたら、どうしますか? または自分がそう思ってしまったら、どうしましょうか? そもそもなぜ人生に意味が「ある」のでしょうか?これらの答えを探るために、今回は不朽の名作映画「ライフ・イズ・ビューティフル」を取り上げます。この映画を通して、逆境への心のあり方を探るナラティブセラピーを紹介します。そして、「人生の意味」を進化心理学的に掘り下げます。人生に意味はないと思うのは?―逆境舞台は、第二次世界大戦さなかのイタリア。主人公のグイドは、妻のドーラと幼い息子のジョズエと幸せな家庭を築いていました。ところが、ある日、彼らはユダヤ人であったため、ナチスの強制収容所に連行されてしまいます。グイドは、ドーラと離れ離れになってしまい、ジョズエを守りながら、収容所で強制労働をすることになります。しかし、食事は不十分で、部屋は不衛生で大人数がひしめき合っています。しかも、高齢者、子ども、弱って働けなくなった人は、次々とガス室に送られるという極限状況です。収容されている人のほとんどが絶望し、魂の抜け殻になったように、無口、無表情、無感情となっていきます。まさに、「こんな人生に意味はない」と思う瞬間です。私たちも、失業、離婚、死別、がん告知などによって、人生の意味を見失いそうになる逆境があるでしょう。人生に意味はないと思った時、どうする?―ナラティブセラピー逆境を嘆く相手にどうしたら良いでしょうか? または、逆境に立ってしまったら、私たちはどうしたら良いでしょうか? ここから、ジョズエへのグイドのセリフをヒントにして、ナラティブセラピーの3つのステップを紹介しましょう。(1)問題と自分を切り離す-外在化グイドは、強制収容所に到着した時、不安がるジョズエに、持ち前の明るさで、「これはゲームなんだ」「みんなと競争するのさ。ルールはこうだ。兵隊さんに従わなければならない。これが難しい。ミスをしたらすぐに家に送り返される。1,000点たまったら優勝」「優勝すればご褒美が出るからね」「優勝賞品は、本物の戦車さ」ととっさに言います。息子を安心させるため、収容所生活をあたかもゲームのであるかのように装うことを思い付いたのです。1つ目は、外在化です。これは、問題とその人自身(アイデンティティ)を切り離すことです。ナラティブセラピーでは、「人が問題なのではなく、問題が問題なのだ」と言われています。逆境を背負う自分が問題なのではなく、逆境そのものが問題だと客観視して、その逆境を「ゲーム」と名付けたり、問題を「○○虫」「○○さん」と擬人化(擬「虫」化?)します。たとえば、「独りぼっちの人生に意味はない」と嘆く相手がいたら、その相手への一般的な質問は、「なんでそう思うの?」でしょう。これを、「何があなたをそう思わせるの?」という言い方に変えることです。すると、「独りぼっち」がその人のせいでなく、独立した問題として、客観視することを促します。相手が「寂しさ」と答えたら、「寂しさに虫の名前を付けるとしたら?」と考えてもらい、たとえば「寂しがり虫」と名付けます。そして、「この寂しがり虫を飼い馴らすのを一緒に考えましょう」「その虫はどうあなたを困らせるの?」「その虫が弱ってる時はどういう時?」「何が駆除の助けになりそう?」と話を進めていくのです。ちなみに、怒りっぽいなら「怒り虫」、イライラしやすいなら「イライラ虫」、うっかりミスをしやすいなら「うっかり虫」、怠け癖があるなら「怠け虫」、疑り深いなら「疑り虫」、さらに幻聴の症状があるなら「幻聴さん」と名付けることができます。(2)問題の影響を考える-相対化日が経つにつれて、ジョズエは「もう家に帰りたい」と弱音を吐きます。すると、グイドは「いいよ、お前が帰りたいなら帰ろう」と帰り支度を始めるふりをします。そして、「残念だな。687点で1番だったのに。これで失格だよ」「戦車はほかの子がもらうことになるなあ」とぶつぶつ独り言を言い続けます。そして、ジョズエは、「ゲーム」を続けることを決心します。戦車が手に入るなら、苦労する価値があると子どもながらに思ったのです。2つ目は、相対化です。「もう自分はだめだ」と絶対的に考えずに、問題の影響の度合いや価値を相対的に考えることです。たとえば、先ほどの「寂しがり虫」の続きの質問として、「寂しがり虫はあなたの人生にどう影響を与えているの?」「その虫がいなかったら、どうなってる?」「その虫は、人生の意味をなくすほどの(価値ある)虫?」と話を進めていくのです。これらは、問題の深刻さがフェアか、つり合っているか、見合っているかを自覚させる質問です。これらを、忖度なく純粋な好奇心として質問していくのです(無知の姿勢)。実は、「人生に意味はない」との嘆きの多くは、世間が好ましいとする価値観(主流秩序)から外れていることが原因となっています。たとえば、「親がいない」「友達がいない」「正社員じゃない」「結婚していない」「子どもがいない」などです。それは、主流秩序を絶対視したら、嘆かわしいことでしょう。しかし、自分がどうしたいかという自分の価値観と照らし合わせて相対的に見たら、そこまで苦悩することではないことに気付くことがよくあります。(3)問題を語り直す-アナザーストーリー化グイドは、ジョズエを含む収容者たちみんなの前で、いきなりドイツ語の通訳を買って出ます。ドイツ兵が「偉大なるドイツ帝国のために働けることを誇りに思え」と言うと、グイドは「私は怒鳴る兵隊の役だ。怖がると減点だ」と言い換えます。さらにドイツ兵が「3つの規則を守れ。脱走を試みるな。どんな命令にも背くな。暴動を起こした者は絞首刑。以上だ」と言うと、グイドは「3つの行為が減点の対象だ。泣きべそをかくこと。ママに会いたがること。お腹が空いたとぐずること。以上だ」と言い換えます。こうして、疑うジョズエを信じ込ませたのでした。エンディングでは、大人になったジョズエのナレーションで「これがぼくの物語だ。父が私にしてくれたこと。それこそが贈り物だった」と締めくくります。ジョズエにとって、収容所生活は過酷な逆境によるトラウマ体験ではなく、自分の幸せを一番に願う父親が必死になって作り上げたゲームによる成長体験になっていたのでした。3つ目は、アナザーストーリー化です。これは、主流秩序の価値観に支配された物語(ドミナント・ストーリー)ではなく、自分が納得する自分ならではストーリー(オルタナティブ・ストーリー)に語り直すことです。たとえば、先ほどの「寂しがり虫」の落としどころの1つは、「虫は、退治しなくても良い」「そのまま飼い慣らしても良い」と思えることです。そして、「よくよく考えると、独りは嫌いじゃなかった」「独りでも、今まで自分なりに生きてきた」「ガーデニングやペットのお世話が癒しになっている」「困ったときは、医療や福祉などのソーシャルサポートがある」と語り直すことです。自分の人生は、意味がないと決め付けて絶望するのではなく、意味を見いだすことで受け入れられることに気付きます(自己受容)。いったん、この自己受容ができれば、その他の落としどころとして、本人がやってみたいと思える範囲で「まずは身近な人に挨拶をしっかりしよう」「自分の趣味の仲間とネットでつながろう」との考えが広がるでしょう。ちなみに、主流秩序のアナザーストーリーをそれぞれ考えてみると、たとえば「親のいない子どもはかわいそうな人生」は、「助けてくれる人に囲まれている人生」です。「結婚できないのは負け犬の人生」は、「自由気ままな生活ができる人生」です。「結婚して子どもができないのは気の毒な人生」は、「夫婦の時間を大切にしている人生」です。次のページへ >>

12.

恥ずかしいけど口に出したら幸せになるカード【これで「コロナ離婚」しなくなる!(レクリエーションセラピー)】Part 1

今回のキーワード「ポジティブ合戦」社会的報酬ピグマリオン効果認知(マインドセット)健康(ウェルビーイング)幸福感(主観的ウェルビーイング)マズローの動機(欲求)のピラミッドポジティブ心理学コロナ禍の中、親の在宅勤務や子どもの自宅学習が増え、家族が家にいる時間が増えたことで絆が強まる…と思ったら、実際は、逆でした。その距離感に戸惑い、夫婦げんかや親子げんかが増えています。そして、モラハラやDVが社会問題となり、「コロナ離婚」という言葉が生まれています。このようにならないためには、どうすれば良いでしょうか?その答えが、今回紹介するカードゲーム「恥ずかしいけど口に出したら幸せになるカード」です。今回は、いつもとは違い、シネマセラピーのスピンオフバージョン「レクリエーションセラピー」をお送りします。このゲームは、一言で言うと、ファミリーやカップル向けの「ポジティブ合戦」です。それでは、なぜポジティブなセリフを言い合うとポジティブになるのでしょうか? なぜポジティブになると幸せになるのでしょうか? そもそもなぜ私たちは幸せになりたいのでしょうか? これらの答えを、このゲームに触れながら、進化心理学的に解き明かします。ネガティブになりがちな今だからこそ、ポジティブになることについて考え、「コロナ離婚」しない、幸せな夫婦のあり方、家族のあり方を一緒に探っていきましょう。 なんでポジティブなセリフを言い合うとポジティブになるの?このゲームのアイテムは、ポジティブなセリフが書かれた48枚のカードと30枚のチップを使います。ルールは、プレイ人数2~4人で、毎朝1~5枚ずつカードを引いて、そのカードに書かれたセリフを1日の間で「対戦相手」にどれだけ言えるかを1週間単位で競います。また、自分が引いたカードを「対戦相手」にアピールしてそのセリフを言ってもらうと、お互いにポイントになります。毎日の夕食の時など一緒にいる時に「対戦結果」を集計し、ポイントのチップをゲットして、勝敗を決めます。このゲームをし続けるうちに、プレイヤーはだんだんとポジティブになっていきます。ここから、この心理メカニズムを3つに分けて、ご説明しましょう。(1)言われると心地良く感じるたとえば、「素敵だね」というカードがあります。こう相手から言われると、どうなるでしょうか?1つ目は、私たちが美味しいものを食べた時と同じように、ポジティブなことを言われると心地良く感じるからです。これを心理学では、社会的報酬と言います。さらに、相手からポジティブに見られると、自分も相手をポジティブに見るようになります。これを心理学では、魅力の返報性(互恵性)と言います。(2)言われるとその良さを再認識するたとえば、「思いやりがあるね」というカードがあります。こう相手から言われると、どうでしょうか?2つ目は、ポジティブなことを言われるとその良さを再認識するからです。これを心理学では、リソースの発見と言います。これは、自尊心や自信を高めることにつながり、ポジティブになります。また、期待されるという暗示的な効果によって、その良さを生かすことに意識が向いて、実際にそのようになっていきます。これを心理学では、ピグマリオン効果と言います。なお、ピグマリオンとは、ギリシア神話に登場する彫刻家です。彼に恋をした石像が、その彼の期待に応えようと本物の人間の女性になったというストーリーにちなんでいます。日本のことわざの「ひょうたんから駒」や「嘘から出た真」にも通じます。(3)言い続けると癖になるたとえば、「一緒にいられて嬉しいな」というカードがあります。こう自分が言おうとすると、どうなるでしょうか?3つ目は、ポジティブなことを言い続けると癖になるからです。これは、カードのセリフを言うタイミングを見極めようと、そのセリフが頭の中を占めるようになることです。そして、相手の良さを探し出す発想が自分自身にも向き、自分も自分の良さに気付き、ポジティブ思考の「癖」が身に付きます。この考え方の「癖」を心理学では、認知(マインドセット)と言います。ある心理学者(ジェームズ・ランゲ)が、「悲しいから泣くのではない。泣くから悲しい」という名言を残しています。言い換えれば、「楽しいから笑うのではない。笑うから楽しい」です。これは、「笑う門には福来たる」という日本のことわざにも通じます。つまり、私たちは行動を変えることで、思考パターン(認知)を変えるができます。この思考パターンは、まさにスポーツや楽器演奏と同じく、練習すればするほどうまくなります。これは、心理カウンセリングでよく行われる認知行動療法です。認知とは、心のあり方そのものです。もっと言えば、どういう生き方をしたいのか、生き方そのものとも言えるでしょう。 なんでポジティブになると幸せになるの?幸せとは、健康(ウェルビーイング)と言い換えられます。ここから、ポジティブになると得られる健康を3つに分けて、紹介しましょう。(1)精神的な健康たとえば、「いつもそばにいるよ」というカードは、「自分は大丈夫」という自尊心(自尊感情)を高めます。「センスがいいね」というカードは、「自分はできる」という自信(自己効力感)を高めます。そして、「ワクワクするね」というカードは、「自分はこうしたい」という積極性(内発的動機付け)や目標意識(自己実現)を高めます。これの心理によって、たとえストレスにさらされても、解決しようと働きかけるようになります(ストレスコーピング)。これは、裏を返せば、心が折れにくくなります(レジリエンス)。1つ目は、うつ病などの精神障害を発症しにくくなる、つまり精神的な健康です。なお、レジリエンスの詳細については、末尾の関連記事1をご参照ください。(2)身体的な健康精神的な健康によって、ストレスを減らすことは、脳血管疾患や心血管疾患のリスクを減らします。また、免疫力を維持して、がんのリスクも減らします。2つ目は、寿命が延びる、つまり身体的な健康です。実際に、「修道女研究」によって、若年期にポジティブであることは長寿の傾向になることが示されています。これは、アメリカのある教会の修道女180人の若年期の日記の中にあるポジティブワードの割合を分析した研究です。結果として、順位付けた4つのグループの間で明らかな生存率の違いが判明しました。なお、修道女である理由は、質素な食事量、適度な運動、喫煙や飲酒などの嗜好品の禁止などが徹底されており、生活習慣が完全にコントロールされているからです。(3)社会的な健康たとえば、「あなたがいてくれて良かった」というカードは、「自分は周りから大切にされている」という自尊心(集団的アイデンティティ)から「周りを大切にしたい」という愛他性(利他性)を高めます。また、「人の心を動かせる人だね」というカードは、「自分たちは社会の役に立てる」という自信(集団的効力感)を高め、「自分たちは世の中の役に立ちたい」という社会貢献(向社会性)につながります。これが制度化されたものが、ソーシャルサポートであり福祉です(コミュニティ・レジリエンス)。3つ目は、ソーシャルサポート(福祉)が充実する、つまり社会的な健康です。実際に、宗教に入信している人は、一般の人よりも寿命が平均7年長いことが分かっています。その理由として、宗教というコミュニティに属することで、精神的な健康だけでなく、助け合いによるソーシャルサポートも得られることが指摘されています。また、対人魅力の研究によると、結婚相手に選ばれるのは、ネガティブな人よりもポジティブな人であることが分かっています。つまり、ポジティブであることは、それだけ社会、そして子孫が繁栄することが示唆されます。次のページへ >>

13.

東日本大震災プロスペクティブ研究:事前のソーシャルサポートと災害後のうつ病予防

 国立保健医療科学院の佐々木 由理氏らは、2011年の東日本大震災による高齢者の抑うつ症状を緩和するために、災害前のソーシャルサポートが有効であったかについて検討を行った。Scientific Reports誌2019年12月19日号の報告。 対象は、災害の7ヵ月前に日本老年学的評価研究の一環としてベースライン調査を完了した岩沼市在住の65歳以上の高齢者3,567例。フォローアップ調査は、災害から2.5年後に実施した。分析対象者2,293例の災害前のソーシャルサポート(emotional & instrumental help)の授受を4つの項目を用いて測定した。抑うつ症状は、GDS(カットオフ値4/5)を用いて評価した。 主な結果は以下のとおり。・災害前にソーシャルサポートの授受があった高齢者は、授受がなかった高齢者と比較し、災害後に抑うつ症状を発症する可能性が有意に低かった(ARR:0.70、95%CI:0.56~0.88)。・災害による被害を受けた高齢者における抑うつ症状の発症リスクは、ソーシャルサポートの授受があった高齢者で1.34(95%CI:1.03~1.74)、授受がなかった高齢者で1.70(95%CI:1.03~2.76)であった。 著者らは「災害からの心理的回復力を養うために、ソーシャルサポートの強化が役立つ可能性がある」としている。

14.

日本人高齢者のうつ病に関連する社会的要因~AGESプロジェクト

 日本人高齢者のうつ病発症を予防するためには、生物学的および心理学的要因を考慮しながら、縦断的データを用いて、うつ病の社会的決定要因を明らかにする必要がある。そのような決定要因の特定は、社会政策を通じて、より積極的な介入を可能にするかもしれない。日本大学の三澤 仁平氏らは、日本人高齢者のうつ病に関連する社会的要因を明らかにし、これに関連する政策的意義を検討するため、本研究を行った。Aging & mental health誌オンライン版2018年11月8日号の報告。 愛知老年学的評価研究(AGES)プロジェクトの縦断調査(Wave1~Wave2)から、65歳以上の高齢者3,464例のパネルデータを抽出した。アウトカム変数は、老年期うつ病評価尺度(GDS)で評価したうつ病とした。友人と会う頻度、ソーシャルサポート、趣味、団体への参加、ライフイベント、疾病、健康状態の自己評価、手段的日常生活動作、首尾一貫感覚を説明変数とし、性別ごとにロジットモデルで検討した。 主な結果は以下のとおり。・Wave1で精神疾患やうつ病でなかった高齢者のうち、14%はWave2で抑うつ症状が認められた。・男女ともに、ライフイベントはうつ病発症率を上げる予測因子であり、首尾一貫感覚はうつ病発症率を下げる予測因子であった。・男性において、友人と会う頻度、趣味、健康状態の自己評価はうつ病発症率を下げる予測因子であった。・女性においては、年齢がうつ病発症率を上げる予測因子であった。 著者らは「全体として、日本のうつ病を予防するうえで、社会的交流は重要である。社会的交流を促進できる体制の確立やライフイベントの中で高齢者にケアを提供することは、うつ病を予防するための有用な社会政策アプローチとなりうる」としている。■関連記事少し歩くだけでもうつ病は予防できるうつ病の新規発症予防へ、早期介入プログラム高齢者に不向きな抗うつ薬の使用とその後の認知症リスクとの関連

15.

日本人教師における仕事のストレスと危険なアルコール消費の性差に関する横断研究

 多くの教師は、仕事に関連するストレスや精神障害のリスクが高いといわれている。また、教師の飲酒運転や危険なアルコール消費(hazardous alcohol consumption:HAC)は、社会問題となっている。そして、燃え尽き症候群、職業性ストレス、自己効力感、仕事満足度に関する教師間の性差が報告されている。大阪市立大学の出口 裕彦氏らは、日本の教師における、認識された個人レベルの職業性ストレスとHACとの関連について性差を明らかにするため、検討を行った。PLOS ONE誌2018年9月20日号の報告。 2013年に実施された横断研究より、非飲酒者を除く男性教師723名と女性教師476名を対象とした。認識された個人レベルの職業性ストレスの評価には、Generic Job Stress Questionnaire(GJSQ)を用いた。HACの定義は、男性教師でエタノール280g/週以上、女性教師で同210g/週以上とした。多重ロジスティック回帰分析を行った。 主な結果は以下のとおり。・HACは、男性教師の16.6%、女性教師の12.4%で認められた。・平均年齢は、男性教師46.9±10.9歳、女性教師39.9±12.3歳であった。・職務分類別では、学校教師が最も一般的であった(男性:48.7%、女性:86.3%)。・中程度のストレスレベルを有する男性教師では、調整されたモデルの使用により、管理職からのソーシャルサポートとHACとの関連が認められた(OR:0.43、95%CI:0.23~0.8)。・高度なストレスレベルを有する女性教師では、調整されたモデルの使用により、仕事量の変動とHACとの関連が認められた(OR:2.09、95%CI:1.04~4.24)。 著者らは「本研究では、HACは、男性教師において管理職からのソーシャルサポートと負の関連があり、女性教師においては仕事量の変動と正の関連が認められた。教師のHAC予防戦略を策定する際には、性差を考慮する必要がある」としている。■関連記事職業性ストレス対策、自身の気質認識がポイント:大阪市立大うつ病の寛解率、職業で差があるか認知症になりやすい職業は

16.

注意が必要なトランスジェンダーのメンタルヘルス

 中国医科大学のXiaoshi Yang氏らは、同国におけるトランスジェンダー女性のうつ病罹患状況とその背景要因を検討するため横断研究を行った。その結果、中国のトランスジェンダー女性は、うつ病を高頻度に経験していることを報告した。また、彼女たちのうつ病は、トランスジェンダーに関連する差別や性転換の状況よりも、特定あるいは不特定のパートナーの有無により予測できること、セックスパートナーの存在がうつ病に関連していること、また、自己効力感がうつ病の軽減に好影響を与えうることなどを報告した。そのうえで、「彼女たちがうつ病に対処できるよう、またパートナー(とくに特定あるいは不特定の)とのリスキーなパートナーシップの特徴を見極められるように、自己効力感の改善に重点を置いた介入をすべきであることが示唆された」と報告している。PLoS One誌オンライン版2015年9月14日号の掲載報告。 トランスジェンダー女性は、性転換に関連する差別や社会的サポートの欠如にしばしば悩まされている。そのことは多大な精神的打撃となり、結果として、この集団における高いうつ病罹患率につながっている可能性がある。自己効力感の増大は、性転換のうつ病が及ぼす悪影響を抑える可能性がある。しかし、トランスジェンダー女性のうつ病予防効果を検討した利用可能な研究はほとんどなく、中国人トランスジェンダー女性のメンタルヘルスを扱った研究も不十分であった。 そこで研究グループは、中国のトランスジェンダー女性におけるうつ病罹患率を調査し、その関連要因を探った。2014年1月~7月に、遼寧省瀋陽市で便宜的抽出法を用いたサンプリング(convenience sampling)により横断研究を実施した。トランスジェンダーの女性209例を対象に、Zungうつ病自己評価尺度(SDS)、人口動態学的特性、性転換の状況、セックス・パートナーシップ、トランスジェンダーであるために経験した差別、ソーシャルサポート尺度であるMultidimensional Scale of Perceived Social Support(MSPSS)、General Self-efficacy Scale(GSES)が網羅された質問票を用いて対面インタビューを行った。SDSスコアに関連する要因を階層多重回帰モデルにより分析した。 主な結果は以下のとおり。・トランスジェンダー女性のうつ病罹患率は45.35%であった。・特定のパートナーあるいは不特定のパートナーのいる性転換女性は、それらがいない場合に比べ高いSDSスコアを示した。・回帰分析により、セックスパートナーの状況はうつ病スコアにおける全分散の多く(16.6%)を説明することが示された。・自己効力感は、うつ病と負の関係にあった。関連医療ニュース うつになったら、休むべきか働き続けるべきか スタイルを気にしすぎる女性はうつに注意を 職場のメンタルヘルス、効果的な方法は:旭川医大  担当者へのご意見箱はこちら

17.

ツレがうつになりまして。【うつ病】

今回のキーワード診断基準危険因子進化医学偏桃体社会脳かかわり方うつ病とは?皆さんの周りに、うつ病で休んでいる人はいますか? またはみなさんの中にうつ病で休んだ人はいますか? 今やうつは、日本だけでなく、世界的にも広がりを見せています。「なぜ現代にうつ病は増えているの?」「なぜうつ病になるの?」という疑問を率直に持つ人も多いでしょう。今回は、さらに踏み込んで、そもそも「なぜうつ病は『ある』の?」というところまで迫ってみたいと思います。そして、そこから、うつ病を良くして、防ぐヒントを探っていきましょう。今回、取り上げるのは、2011年の映画「ツレがうつになりまして。」です。ほのぼのとした絵のタッチの原作マンガのカットが映画の要所で織り交ぜられ、とても心温まる夫婦の愛と成長が描かれています。また、うつ病の人へのかかわり方のエッセンスが詰まっていて、とても勉強になります。うつ病にはどんな症状がある?―診断基準(表1)主人公のハルさんは売れない漫画家で、そのツレ(夫)の幹男はサラリーマン。この夫婦とペットのイグアナとの3人で暮らしています。結婚5年目のある時、ツレの様子が変わっていきます。ツレは「何だか食欲がないんだ」「体がダルいし」「何もできない」と打ち明けます。促されてようやく受診した病院では、医師からうつ病と診断されます。「うつとは気分が落ち込んだ状態」「普通は気持ちを切り替えたり割り切ったりして、落ち込んだ状態から脱するわけですが、それを自力ではできなくなってしまっている状態」と説明されます。薬の治療が始まりますが、その後、良くなったり悪くなったりを繰り返します。「こんな飼い主でイグ(ペット)に申し訳ないよ」「ハルさんのマンガが売れないのも全て僕のせいだ」と言い出します(罪業妄想)。そして、涙を流し、自殺を試みるのです。ツレの様子は、以下のうつ病の診断基準に照らし合わせると、9項目のほとんどを満たしています。表1 うつ病の診断基準(DSM-5) 感情意欲思考項目(1)抑うつ気分(2)無関心(興味・喜びの喪失)(3)体重変化(食欲)>5%/月(4)睡眠障害(不眠or過眠)(5)精神運動焦燥or精神運動制止(6)疲労感(無気力)(7)無価値感、罪責感(8)思考抑制(思考制止)(9)自殺念慮、自殺企図備考(1)か(2)必須9項目中5項目以上がほとんど毎日(ほとんど1日中)(9)については反復するだけで満たされる症状の持続は2週間以上なぜうつ病になるの?―危険因子(表2)(1)環境因子ツレは、外資系のパソコンサポートセンターに勤務しています。仕事をバリバリこなすデキるサラリーマンで、最近のリストラで生き残った数少ない1人でした。もともとの仕事の激務に加え、リストラ後の職場環境の変化、毎日の満員電車での通勤などストレス負荷が強まっていることが分かります。また、ツレは、パソコン操作に苦労する顧客の「できないさん」から度々、理不尽なクレームを付けられます。さらには、「できないさん」からツレの応対へのクレームの手紙が社長にまで行ってしまい、ツレは上司から「センター全体の査定に響く」と理不尽に問い詰められます。上司は、クレームの詳細を確認せず、一方的に部下のツレのせいにします。けっきょく、ツレは上司にも顧客にも謝罪しています。これは、人間関係のストレスです。職場で、競争や評価にさらされて味方や頼れる人がいない中、家でも、当初ハルさんはツレがうつうつとしていても、寄り添う雰囲気にはなっていません。食欲がないツレに「どうせ私の料理はまずいよ」とふてくされたり、「治す気がないから治んない」と言い捨てています。ツレは周りの助け(ソーシャルサポート)がないまま孤立していました。(2)個体因子ツレは、毎朝、自分でお弁当を作ります。入れるお気に入りのチーズは曜日によってあらかじめ決めています。締めるネクタイも曜日によって決まっています。「できないさん」のクレームの文書にツレの名前が間違って表記されていた時、ツレは「人の名前ですから間違ってもらったら困ります」と「できないさん」につい言ってしまいます。同僚の若者が、仕事や人間関係の愚痴を吐いていると「お客様の悪口は言わない」「適当じゃだめだよ」とたしなめます。ツレのもともとの性格(病前性格)は、一言で言えば、生真面目で几帳面すぎます(執着器質)。いつもきっちりしていないと気がすまないのです。その性格で、仕事を抱え込み、責任を全てかぶり、自分で自分を追い込んでもいます。物事のとらえかたが偏っていると言えます(認知の偏り)。一方、同僚の若者は、「(クレームの顧客は)何でもすぐに分からない、できないって電話する前に自分の頭で考えろって」「(退職する同僚の送別会は)マジかったるくないですか」と愚痴を吐きます。ツレが食べないお弁当をもらっておきながら、チーズは苦手だと言い、端に避けています。彼は、おおざっぱで図々しくもあります。ツレとは性格が対照的です。うつ病の危険因子として、認知の偏り(病前性格)を挙げました。性格(パーソナリティ)は厳密には生育環境因子も絡んでいますが、ここではこれを除いた遺伝的要素に注目してみましょう。そもそも多くの病気には複数の遺伝子(多因子)が絡んでいます。1つ1つは生存に有利でも、それらが組み合わされると、生存に不利になりえます。例えば、「真面目な遺伝子」「敏感な遺伝子」「慎重な遺伝子」のそれぞれは生存に有利ですが、これらの遺伝子が集積すると、まさにこの映画のツレのようになり、生存に不利になってしまいます。つまり、うつ病になりやすい人となりにくい人が遺伝的にいるということです。その他、ホルモン変化があげられます。ライフサイクルにおいて、特に女性は、妊娠や出産で女性ホルモンが劇的に変化して、マタニティブルーズからの産後うつ病になるリスクがあります。また、男性も含めて、更年期や加齢によるホルモンの減少から、うつ病のリスクが高まります。表2 うつ病の危険因子個体因子環境因子遺伝的要素認知の偏り(病前性格)ホルモン変化妊娠、出産、更年期、加齢などストレス負荷過重労働、環境変化、人間関係など周りの助け(ソーシャルサポート)の乏しさ(孤立)なぜうつ病は「ある」の?―進化の代償これまで、「なぜうつ病になるのか?」といううつ病の直接的な危険因子(直接要因)を見てきました。それでは、そもそもなぜうつ病は「ある」のでしょうか? その答えは、うつ病は、私たちが進化の過程で手に入れた脳の働きの負の側面であるからです。つまり、進化の代償です。これから、このうつ病の起源(究極要因)である主に4つの脳の働き(能力)を、進化医学的に詳しく探っていきましょう。(1)無理にがんばる能力―「がんばりすぎ脳」1つ目は、無理にがんばる能力です。その起源は、5億年前に遡ります。当時、まだ魚であった私たちの祖先に、「危険感知センサー」(偏桃体)が進化しました。これは、天敵がやってきたり環境が変わるなどで身に危険が及びそうになった時に、作動(興奮)します。すると、危険から逃げたり敵と戦ったりするために体を活性化させるストレスホルモン(コルチゾールなど)が分泌されます。そして、交感神経が高まり、攻撃性(不安)や活動性(焦燥)が増えるのです。しかし、このストレスホルモンには、欠点がありました。それは、分泌がある一定期間なら、いつもよりも脳は働き続けるのですが、分泌が長期間続くと、脳の神経ネットワーク(樹状突起)が消耗してしまい(BDHF生成の減少)、逆に脳が働かなくなるのです。例えるなら、脳が全速力で走り続けて息切れをしている状態です。実験的に、魚(ゼブラフィッシュ)がずっと天敵(リーフフィッシュ)に食べられることなく追われ続けるという特殊な生態環境をつくったところ、最初は必至に逃げ回っていたのに、やがて、じっとして動かなくなる様子、つまり魚のうつ状態が確認されています。現代の私たち人間に当てはめれば、ノルマ(過重労働)や環境変化という「敵」に対して、疲れても休めず、無理にがんばり続けると(過剰適応)、不安や焦燥が強まります。そして、その後に力尽きて、うつ病になってしまうということです。本来は、無理にがんばる能力が進化したわけで、それ自体は適応的なのですが、問題はその能力に期限があり、その期限を超えると、その後に長期間、普通にがんばれなくなってしまうということです。つまり、うつ病は、一時的に無理にがんばることができるようになった進化の代償と言えます。また、このストレスホルモンの分泌には、遺伝的な個人差があるようで、特にそれほどストレスがないのに、ストレスホルモンが誤作動を起こして分泌される場合もあります。だから、明らかなストレスがないのに、うつ病になる患者もいるというわけです(内因性)。(2)群れ(集団)をつくる能力―「上下関係脳」2つ目は、群れ(集団)をつくる能力です。その起源は、2000万年前に遡ります。当時、類人猿となった私たちの祖先は、天敵から身を守るなど個体の生存に有利になるため、群れ(集団)をつくるように進化しました。この時、集団としてより機能的になるために、ヒエラルキー(上下関係)を築く心理(習性)も同時にできました。例えば、猿山の猿たちをイメージしてみましょう。ボス猿は、大きな態度をとり、下っ端の猿にひれ伏す態度を求め、地位を維持しようとします(進軍戦略)。一方、下っ端の猿は、目線を合わせずにひれ伏し、こわばらせて大人しい態度をとり、被害を最小にしようとします(退却戦略)。また、自分よりも強い猿によってボスの座を奪われた元ボス猿は、態度が急変して元気がなくなります。体力が残っていても、もはや再び反撃することはありません。このように、集団において、より優位な個体はより高揚的(支配的)になり、より劣位な個体はより抑うつ的(服従的)になります(ランク理論)。言い換えるなら、集団の中で、食糧や繁殖パートナーなどの自分のなわばり(資源)が奪われ不利になった時に、大人しくして歯向かわない自分を周りに見せること(服従の信号)、これがうつとも言えます。うつは地位(資源)の喪失によって生じるストレス反応でもあります。現代の私たち人間に当てはめれば、命令をされ続けたり、謝罪をさせられ続けたりするなどの人間関係のストレスによって自己評価(地位)が低まります(自尊心の喪失)。すると、意識せず意図せずに、抑うつ(服従)の心理が高まるわけです。例えば、現代で一番価値が置かれる資源はお金です。よって、「(ある程度あるはずなのに)お金がない」と思い込むこともあります(貧困妄想)。また、その次に価値の置かれる資源は、人にもよりますが健康が多いでしょうか。そこで、「(特に大病があるわけではないのに)不治の病にかかっている」と思い込むこともあります(心気妄想)。さらに、現代の人間関係は、常に評価にさらされ、より競争的で勝ち負けや格差がはっきりしていたり、また職業的に気を使ったり謝ることが増えています。「上下関係」脳が刺激されやすくなっており、うつ病を引き起こしやすいのです。つまり、うつ病は、集団をつくることができるようになった進化の代償と言えます。特に、男女差で見た場合、男性の方が女性よりもうつ病による自殺既遂率が高いです。この理由は、男性の方が、地位(仕事)や繁殖のパートナー(恋愛)などの資源の奪い合いで闘争をより行うため、上下関係をより意識して、その地位の喪失をより感じる傾向があるからではないでしょうか。例えば、退職後にうつ病のリスクが高まります。(3)集団でうまくやっていく能力―「つながり脳」3つ目は、集団でうまくやっていく能力です。その起源は、300万年以上前に遡ります。当時、ようやく人類となった私たちの祖先は、草原で天敵から身を守ると同時に、食糧を手に入れるなどして協力して生き残るために、より大きな集団をつくるように脳が進化しました。この時、集団でうまくやっていく能力(社会脳)が進化しました。それは、周り(相手)を打ち負かそうとするもともとの競争の心理だけでなく、周り(相手)と仲良くなろうとする協力の心理でもあります。そしてこの2つの心理をうまく使い分け、バランスをとることです。例えば、協力するために、周りと同じ動きをすることで心地良くなります(同調)。また、周り(相手)の気持ちを察することです(心の理論)。さらには、集団の一員として認められるために、役割を全うして役に立とうとすることです(承認)。そのために、集団で価値の置かれること(集団規範)を重んじる性格傾向になることです。それが極端なのが、映画のツレの性格でもある「真面目で几帳面」です(執着気質)。逆に言えば、周りから相手にされなかったり、一人ぼっちになると、ストレスを感じることでもあります。その感覚が、「自分はだめだ」「自分は役立たずだ」という無価値感や自責感です。そこから「周り(社会)に迷惑をかけている」と極端に思い込むこともあります(罪業妄想)。このように、集団において、つながりが強まるとより心地良く感じ、つながりが弱まったりなくなるとより心地悪くなります(愛着理論)。この心地悪さを、私たちは悲しみと呼んでいます。このつながる先は、心のよりどころ(愛着対象)であり、一番は家族です。言い換えるなら、家族を初めとする集団のつながりを失った時に、その人が悲しみ続けること、これもうつと言えます。うつはつながり(人間関係)の喪失によって生じるストレス反応でもあります。このストレスを感じなかった種は、一人ぼっちのままで、生存率や繁殖率を極端に低め、子孫を残せません。現代の私たちに当てはめると、家族を含む自分の味方(仲間)がいることに安心する一方、逆にその味方がいなくなったり(死別反応)、自分が仲間外れにされると、悲しみを感じます。例えば、いじめ自殺への介入が難しい点は、いじめ被害者が抑うつ的になり、「疎外は嫌だ」「孤独は嫌だ」と思い、必死になっていじめ加害者の言いなりになり、いじめを被害者が隠そうとしてしまうことです。そして、いじめがますますエスカレートしてしまうことです。また、現代は、都市化や核家族化が進み、その人間関係は希薄化や孤立化が進んでいるとよく言われます。「つながり」脳が満たされなくなってきており、うつ病を引き起こしやすいのです。つまり、うつ病は、集団でうまくやっていくようになった進化の代償と言えます。特に、男女差で見た場合、女性の方が男性よりもうつ病の発症率が高いです。さきほど男性の方が女性よりも自殺既遂率は高いとご紹介しましたが、この違いは、女性はうつ病になりやすいですが、なっても軽いのに対して、男性はうつ病になりにくいですが、なったら重いということです。この理由は、ホルモン変化による発症を差し引いても、女性の方が、共感性が高く、言い換えれば傷付きやすいため、つながりをより意識して、その喪失をより感じる傾向があるからではないでしょうか。例えば、情緒不安定な人(情緒不安定性パーソナリティ障害)はうつ病の合併率が高いです。(4)自分自身を振り返る能力―「先読み脳」4つ目は、自分自身を振り返る能力です。その起源は、10万年から20万年前に遡ります。当時、ついに現生人類(ホモ・サピエンス)となった私たちの祖先は、喉の構造が進化して、複雑な発声ができるようになり、言葉を使う脳が進化しました。そして、言葉によって抽象的思考もできるようになりました。それは、相手の視点に立つ心理から(メタ認知)、自分自身を振り返る心理、さらには過去、現在、未来の時間軸で自分を俯瞰(ふかん)して見る心理です。例えば、私たちは、過去から現在までの流れから、未来に見通しを立てます。その時、望ましいことが起こるなら、私たちは希望を持ちます。一方、全く望ましくないことが起こるなら、私たちは絶望します。「このつらさはこれからも続く」「これから生きていく意味がない」「死んだら楽になる」と考えれば考えるほど、うつの心理は増幅して自殺のリスクが高まります。よくよく考えると、人間だけが唯一自殺ができる生き物です。つまり、うつ病は、自分自身を振り返り、先が読めるようになった進化の代償と言えます。私たちは、希望を抱くようになったと同時に、絶望も抱くようにもなってしまったのです。うつ病にはどうしたらいいの?-それぞれの「脳」へのアプローチ(表3)うつ病を治すには、まず薬の治療が効果的です。特に、抗うつ薬は、ストレスホルモンによって傷付いた脳の神経ネットワークを修復したり、興奮した偏桃体を鎮める働きがあります。ただ、これまで明らかにしてきたうつ病の起源を理解することで、薬だけではなく、うつ病へのより良いアプローチが理解できます。それでは、うつ病を引き起こすさきほどの4つの「脳」に分けて見てみましょう。(1)がんばりすぎない―環境調整「がんばりすぎ」脳に対しては、がんばりすぎ(過剰適応)の予防やがんばりすぎた後の休養の徹底(環境調整)が重要であることが分かります。訪ねてきたツレの兄は、「こいつちっちゃい頃から細かいこと気にするたちでさあ。だからうつ病になっちまうんだよっ」「がんばって早く治さないとな」「男ってのはさ、一家の大黒柱なんだよ」「だからどんなに辛くても家族のためだと思えばがんばれるもんなんだよ」と説教をします。すると、その後にツレは「何をどうがんばればいいんだよぉ・・・」「今の僕には無理だよ」とさらに症状を悪化させています。うつ病の人には「がんばれ」と励ますのではなく、「よくがんばったね」と受容するのがポイントです。ツレは、徐々に回復していく中、「自分のために治りたいんです」「他の誰かのためじゃなくて」と言うようになります。そして、招待された講演で「あ・と・で」という3つのうつ病への心のあり方を紹介します。それは、「焦らない、焦らせない」「特別扱いしない」「できることとできないことを見分けよう」です。一方、ハルさんは離婚して焦っている友達に「がんばらなくていいんです」「そのまんまでいいんです」と言うようになります。まさに、がんばりすぎない心のあり方が描かれています。(2)自尊心を保つ―アサーション「上下関係脳」に対しては、自尊心を保つために感謝し合うポジティブなコミュニケーション(アサーション)が重要であることが分かります。謝罪を求めてばかりいたかつての顧客の「できないさん」は、ツレの講演の参加者として最後にツレに対して「ありがとう」と感謝したことで、ツレが報われていました。コミュニケーションのコツとしては、「困るじゃないか」「だめじゃないの」と単にネガティブに叱るのではなく、「こうしたら良くなる」とポジティブに伝えることです。さらに、前後に「いつもよくがんばってる」「これからも頼もしく思う」というほめ言葉や感謝の言葉で挟むのです。ツレは、講演で「人は誰でもどんな時でも自分の生きている姿を誇りに思うことができる」「恥ずかしいとか情けないとか思ってしまった自分も含めてちょっと誇らしく思っています」と言い、自尊心を保つ心のあり方が描かれています。(3)周りとつながる―ソーシャルサポート「つながり脳」に対しては、家族を初めとする周りとつながっていること(ソーシャルサポート)が重要であることが分かります。ツレが自殺未遂をした直後に「僕なんていなくても誰も困らない」「僕はここにいていいのかな?」とハルさんに漏らします。「つながり脳」が危うくなっている瞬間です。ハルさんは、「ツレはここにいていいんだよ」と優しく受け止め、寄り添います。ハルさんは、ツレにさりげなく「はい、これ。消しゴムかけて」とマンガのアシスタントを任せるようになります。あえて本人に役割を持たせるのです。「夫婦で助け合っている」「夫婦としてどんな時も味方である」「自分には居場所がある」というつながりの心理を強めています。ただ、説教臭いツレの兄に対してハルさんが「静かに見守ってほしい」と心の中でつぶやいているように、過干渉にならずにほど良い心の間合い(心理的距離)を保つことへの注意も必要です(温かい無関心)。役割や居場所を実感する心のあり方が描かれています。(4)バランスよくものごとをとらえる―認知行動療法「先読み脳」に対しては、バランスよくものごとをとらえること(認知行動療法)が重要であることが分かります。ハルさんは、自分の母親に「私、最近思うんだ」「ツレがうつ病になった原因じゃなくて、うつ病になった意味は何かって?」と言うようになっています。ツレには「そのうちできるようになるよ」「またすぐ良くなるよ」「できないんじゃなくて、しないって思えばいいんだよ」と言っています。一方のツレは、結婚の同窓会で「この1年は、(自分がうつ病になって)私たちにとって苦しい年でした」「でも、夫婦としていろいろなことを得た1年でもありました」と言い、状況のポジティブな面に目を向けています。うつ病という試練を通して、夫婦の絆が深まり、ハルさんもツレも人間的に成長している様子がうかがえます。ものごとをバランスよくとらえ、絶望ではなく希望を抱く心のあり方が描かれています。表3 うつ病を引き起こすそれぞれの「脳」へのアプローチ アプローチ「がんばりすぎ脳」がんばりすぎ(過剰適応)の予防やがんばりすぎた後の休養の徹底(環境調整)「上下関係脳」自尊心を保つために感謝し合うコミュニケーション(アサーション)「つながり脳」家族を初めとする周りとつながっていること(ソーシャルサポート)「先読み脳」バランスよくものごとをとらえる(認知行動療法)うつ病とは?―かかわり方のポイント(表4)うつ病を単なる病気の1つとしてとらえるのではなく、私たちの心の進化の産物ととらえることができた時、なぜそのかかわり方が望ましいのかということに納得できるようになります。その時、私たちはうつ病をより身近にそしてより温かみを持って感じることができるのではないでしょうか? そして、うつ病の人たちへのより良い理解とかかわり方をすることができるようではないでしょうか?表4 かかわり方のポイント(精神療法)望ましい望ましくない「何か困っていますか」(探索、傾聴)「どうなの?」(質問攻め)「つらいのですね」(共感)「その気持ち分かります」(受容)「だめじゃない!」(説教、批判、非難、叱責)「その考え方いいですね」(支持、肯定)「あなたは間違っています」(否定、議論)「誰でもそうですよ」(標準化)「家族を悲しませますよ」(審判)「(こうすれば)大丈夫です」(保証)「がんばれ!」(叱咤激励)「困ったら言ってください」(温かい無関心)「○○しなさい」「△△してあげます」(過干渉)1)アンソニー・スティーブンズほか:進化精神医学、世論時報社、20112)井村裕夫:進化医学、羊土社、20133)NHK取材班:病の起源、うつ病と心臓病、宝島社、20144)北村英哉・大坪康介:進化と感情から解き明かす社会心理学、有斐閣アルマ、2012

18.

反復性うつ病の再発予防にマインドフルネス?(解説:岡村 毅 氏)-357

 近年、精神科にとどまらず、社会的に大きく注目されているマインドフルネスが、3回以上の重症うつ病エピソードを持つ反復性うつ病性障害(現在は完全寛解あるいは部分寛解)の再発予防において、抗うつ薬による維持療法と同等の効果を持つことを報告する論文である。 ところで、私は仏教の社会的貢献活動をなさっている僧侶の方々と親しくしているが、先日会った際にちょうどマインドフルネスが話題になった。彼らによれば、マインドフルネスとは禅そのものであるとのことだ。  私は認知症や公衆衛生を専門としており、マインドフルネスには明るくないことを最初に開示しておく。認知症領域ではreligiosity/spiritualityが、(1)認知症の予防効果がある、(2)認知症ケアラーのストレス緩衝作用がある、ということからいくらか注目されている。(2)はソーシャルサポートなどを考えれば容易に納得ができようが、(1)に関しては、たとえば「倫理的なことなどの抽象的なことを考えると良い知的刺激になる」、「良い感情を持つことがストレスホルモンとの関連から脳保護的」などの知見があるらしい。門外漢が勝手なことをいわせてもらえるならば、いま、ここ、に集中するマインドフルネスが、心の平安に有効であるのは、自明であるように個人的には思う。  さて、本論文では、マインドフルネスと抗うつ薬維持療法の同等の効果が報告されている。寛解が続く場合は、英国NICEガイドラインではおよそ2年維持療法をしてから治療の終了を検討するとなっているが、英国でも実際は自己判断でやめてしまう患者さんが多いとのことである。したがって、効果が長く期待できる心理的介入が求められているというのがこの研究の動機である。 再発を繰り返す反復性うつ病性障害は難治性であるのだから、つまり、適切な薬物治療をしているにもかかわらず再発を繰り返して苦しんでおられる方がいるのであるから、薬物治療以外の選択肢が有効であることが示されたのは喜ばしい。患者さんにとっても、また医師にとっても朗報と思う。 一方で、本研究でも再発率は44%あるいは47%といずれの群でも高く、本論文を読んで「やはりマインドフルネスが最高だ」という早とちりをしないことが重要である。あくまで同等(どちらも半分程度の方には効果がある)といっているに過ぎない。 個人的には以下のように考えている;正統派の臨床精神科医は2つの認知の歪みと戦わなければならない。すなわち、薬物治療が悩みをすべて解決してくれるはずという考え方と、薬物治療は無益であり一切不要だという考え方である。初回のうつ病エピソードなら薬物療法だけで良くなる可能性は高いので、きちんと普通に治療したほうがよい。しかし、再発を繰り返す場合は残念ながら今後も繰り返す可能性はあるので、非薬物的介入や、生活を変えること、価値観を変えることも時には必要かもしれない。今回のエビデンスは後者の枠組みでのお話である。 ただし、わが国において一定の質を担保したうえでの保険診療の枠内あるいは周辺でのマインドフルネスの提供体制の構築となると、これは私には何も書くことができない問題だ。

19.

ヨガの呼吸法や瞑想、産前うつ軽減によい

 産前うつは、母体と胎児のどちらに対しても身体的、精神的な悪影響を及ぼす可能性がある。産前うつに対するヨガの有効性を明らかにするため、中国・第二軍医大学のHong Gong氏らは、6件の無作為化対照試験(RCT)の妊婦375例を対象に、システマティックレビューおよびメタ解析を実施した。その結果、呼吸法や瞑想を通して深いリラックスを促すタイプのヨガにより、うつが軽減されることを報告した。BMC Psychiatry誌オンライン版2015年2月5日号の掲載報告。 本検討では、産前うつマネジメント介入としてヨガの効果を評価した。2014年7月までに本件に関して報告のあったすべての試験を、PubMed、Embase、Cochrane Library、PsycINFOを用いて検索し、RCTのシステマティックレビューおよびメタ解析を実施した。 主な結果は以下のとおり。・システマティックレビューの対象として6件のRCTを特定した。・対象は妊婦375例で、大半が20~40歳であった。・うつ病の診断は、DSM-IV構造化臨床面接およびCES-D(うつ病自己評価尺度)のスコアに基づいて行った。・ヨガ群は、対照群(標準的産前ケア群、標準的産前エクササイズ群、ソーシャルサポート群など)と比較し、うつレベルの有意な低下が認められた(標準化平均差[SMD]:-0.59、95%信頼区間[CI]:-0.94~-0.25、p=0.0007)。・1群のサブグループ解析において、産前うつ女性および非うつ女性のいずれも、ヨガ群では対照群と比べうつ症状レベルが有意に低いことが示された(産前うつ女性SMD:-0.46、95%CI:-0.90~-0.03、p=0.04 / 産前非うつ女性SMD:-0.87、-1.22~-0.52、p<0.00001)。・また、2種類のヨガ、すなわち「身体的運動を中心とするヨガ」と、それに加えて「ヨガの呼吸法(pranayama)や瞑想、深いリラックスを促す統合ヨガ」の産前うつに対する効果を予測するサブグループ解析も行った。・その結果、統合ヨガ群でうつレベルの有意な低下が示された(SMD:-0.79、95%CI:-1.07~-0.51、p<0.00001)。身体的運動を中心としたヨガ群では有意な低下は認められなかった(同:-0.41、-1.01~0.18、p=0.17)。・妊婦における産前のヨガ運動は、うつ症状の部分的軽減に有効な可能性が示唆された。関連医療ニュース 産後うつ病への抗うつ薬治療、その課題は ヨガはうつ病補助治療の選択肢になりうるか 統合失調症女性の妊娠・出産、気をつけるべきポイントは  担当者へのご意見箱はこちら

20.

サイレント・プア【ひきこもり】

今回のキーワード自発性自信関係依存過保護、過干渉承認進化心理学「なんでひきこもるの?」皆さんは、ひきこもりの生活スタイルを不思議に思ったことはありませんか? 特に身体的な問題や明らかな精神的な問題がないのに、ほとんど家から出ず、重度の場合は部屋からも出ず、社会参加をしない。そのような生活を若年から年単位で続ける。「自分だったら、そんな生活では数日で居ても立ってもいられなくなる」。そう思う人もいるでしょう。現在、医療機関にも、ひきこもりについて相談に来る家族は増え続けています。海外でも増えていることが確認されており、どうやら普遍性があるようです。そんな中、メンタルヘルスの現場だけでなくテレビや新聞でも「なぜひきこもりになるのか?」「ひきこもりをやめさせるにはどうしたらいいのか?」というテーマをよく見かけるようになりました。今回は、進化心理学的な視点から、「なぜひきこもりは『ある』のか?」というテーマまで踏み込みます。取り上げるドラマは、2014年に放映されたNHKドラマ「サイレント・プア」の第5話です。サイレント・プアとは、「声なき貧困」という意味で、経済的な貧しさだけでなく精神的な貧しさに困り果てている高齢者や障害者たちのことです。彼らを救おうとして活動するコミュニティ・ソーシャルワーカーにスポットライトを当てています。なお、このドラマは、NHKオンデマンド(https://www.nhk-ondemand.jp)にて現在配信中です。あらすじ主人公のコミュニティ・ソーシャルワーカーの涼が、ひきこもりの自立を支援するサロンを立ち上げたところから、ストーリーは始まります。順調な滑り出しの中、その町の自治会長の園村は、その運営にいぶかしげに首を突っ込んできます。それには、深いわけがありました。園村の一人息子の健一は、海外で成功しているはずだったのですが、実は30年も自宅に引きこもっていたのです。そして、とうとう園村は、50歳になる息子の行く末を案じて、彼の存在を涼に打ち明けるのです。ひきこもりの心の底は? ―ひきこもりの心理(1) 欲がない―自発性の不足1つ目の特徴は、欲がないことです。健一は、部屋に閉じこもり、唯一していることは、本を読むかインターネットを見ることです。食事は部屋の前まで母親に運んでもらい、時々、部屋を出て、冷蔵庫から食べ物を調達しています。生きるための基本的な欲求しか満たされていません。健一は、涼に「夢はありますか?」と訊ねられると、「そんなもん、あるわけねえだろうが」と吐き捨てています。一方、対照的なのは、涼の祖父の発言です。祖父は、涼に「じいちゃんの夢は?」と訊ねられると、「この店(クリーニング店)がじいちゃんの夢だ」「自分で始めたんだから潰しちゃなんねえって必死だった」「(夢は)一度はばあちゃんと海外旅行に行きてえと思ってた」と楽しげに語ります。多くの人は、友達といっしょにいたい、仕事などを通して誰かの役に立ちたい、パートナーや子どもなどを愛し愛されたいといった社会的な欲求があります。そこには、達成感や充実感があります。しかし、健一は、その欲求が実はあるにはあるのですが、行動を起こすほどではないのです。達成感や充実感を求める欲が鈍くなっています(ドパミンの活性低下)。言い換えれば、自発性が足りないのです。自発性は、主体性、自主性、能動性、積極性、創造性などを生み出します。(2) 自信がない―ストレスへの過敏性2つ目の特徴は、自信がないことです。健一は、「僕が付けてる日記だよ」「その日食った飯のことだけ」「毎日それだけ」「空っぽなんだよ、おれは」と涼に訴えかけます。一方、対照的に、涼の祖父は、「どんなに着古した洋服でも新品のように仕上げる」「じいちゃんの仕事は新しい一日を迎えるお手伝い」「今だってそう思ってる」と誇らしげに言っています。祖父は、自分の今までやってきたことに誇りや自信を持っています。自信とは、自分の考えや行動が正しいと信じることです。これは、周りから認められること(承認)によって培われます。健一は、この承認の積み重ねがないことを「空っぽ」であると言い表しています。そこには、安心感や安定感がありません。何か行動を起こすことへの不安や緊張を抱きやすく、慎重であり臆病になります。失敗への恐怖が強く、ストレスに過敏です(ノルアドレナリンの易反応性)。この不安があまりにも強い場合は、社交不安障害や回避性パーソナリティ障害と診断されることがあります。(3) 現状に甘んじる―関係依存3つ目の特徴は、現状に甘んじていることです。父親である園村は健一に「50にもなる男が、一生このままで恥ずかしくないのか?」と叱責し続けます。あまり居心地は良くないです。しかし、同時に、健一の母親は、「(この料理は)健一の好物でね」「私にはこれくらいしかできないから」と涼に言い、健一の部屋の前まで食事をかいがいしく運んでいます。そこには、どんなことがあっても息子を見捨てないという変わらない愛情があります。健一はその愛情を享受し、同時に依存しています。「なんだかんだ言って面倒見てくれる」という基本的信頼感のもと、頼り切ってしまい、その現状に甘んじて、ハマっています。そこは、うるさい父親とかかわりさえしなければ、居心地は良く(安全基地)、安心感や安全感があります(相対的なオキシトシンの活性亢進)。そして、そこから抜けたくても抜けられなくなっています(関係依存)。表1 ひきこもりの3つの心理の特徴とその要因 欲がない(自発性の不足)自信がない(ストレスへの過敏性)現状に甘んじる(関係依存)神経伝達物質ドパミンの活性低下ノルアドレナリンの易反応性相対的なオキシトシンの活性亢進要因本人ひきこもりを続けること(悪循環)家族構い過ぎる(過干渉)認めない(承認の欠如)心配し過ぎる(過保護)社会親の時間的余裕結果重視の価値観経済的余裕なぜひきこもるのか?それでは、なぜひきこもるのでしょうか? ひきこもりの原因を、本人、家族、社会という3つの要素に分けて探ってみましょう。ひきこもりは本人のせい?まず、ひきこもりは、もちろん本人に原因があります。なぜなら、ひきこもりは本人がひきこもろうという意思を持ってひきこもるからです。ただ、困ったことは、ひきこもりは続ければ続けるほど、続くことです。どういうことかと言うと、ひきこもりは続けていること自体で、ますます欲がなくなり、その引け目も加わりますます自信もなくなり、ますます現状に甘んじてしまい、ひきこもりから抜け出せなくなってしまう悪循環があるということです。例えば、体を動かさない寝たきり状態では、体の様々な機能は衰えていき、風邪をひきやすくなり、ますます寝たきりを深刻にさせてしまいます(廃用症候群)。宇宙飛行士が無重力で足腰や骨が弱っていくのも同じメカニズムです。このように、重力がなければ、体は鈍り弱っていきます。同じように、心も、「重力」がなければ、鈍り弱っていき「寝たきり」になってしまいます。それでは、心の「重力」とは何でしょうか? それは、社会参加による刺激です。ひきこもりは、心の「無重力」状態と言えます。社会参加による刺激は、達成感や充実感であると同時に、ストレス負荷でもあります。仕事などで他人(家族以外)とかかわる経験を重ねていく中で、達成感や充実感による喜びや楽しさから「次はこうしたい」「ああなりたい」という欲が次々と膨らみます(ドパミンによる報酬)。一方、ストレスによる不安や緊張を積み重ねることでストレス耐性が強まります(ノルアドレナリンの制御)。そこに周りから認められることによって(承認)、安心感や安定感が芽生え、自信が生まれていきます。心が鈍り弱っていくとは、喜びや楽しさに鈍くなるだけでなく、相手の気持ちを察するのも鈍くなります。ちょうど、運動能力や語学力は使っていないと錆びついていくのと同じように、人間関係を築く力(社会脳)もひきこもっていては磨かれない。それどころか衰えていきます。口下手になり、恋愛下手になっていきます。さらには、自分の気持ちを察するのも鈍くなり、ものごとのとらえ方(認知)が独りよがりになる場合があります。例えば、自信はないのにプライドは高いという状態です。そこには、何もしないでいれば何でもできるという可能性(万能感)の中に留まってしまう心理があります。また、ストレスに過敏になります。普段は無刺激の生活をしているので、対人関係での些細な刺激がとんでもないストレスになってしまいます。普段に使い切れずにたまっているストレスホルモンが大量に出るのです(ノルアドレナリンの易反応性)。家族には横暴になりがちです。仕事を始めても、最初は打たれ弱く傷付きやすくなります。ひきこもりは家族のせい?ひきこもりは本人だけが原因でしょうか? そうとは言えなさそうです。原因は家族にもあります。なぜなら、ひきこもる「基礎」をつくったのは家族だからです。再び、体と心を対比して考えてみましょう。もともと基礎体力が低くて体が弱い人がいるのと同じように、もともと基礎の「心の力」が低くて、心が脆(もろ)く弱い人もいます(脆弱性)。つまり、個人差です。この個人差は、体力にしても、「心の力」にしても、その人の遺伝的な体質や気質だけでなく、どういうふうに育てられたか(生育環境)も影響を与えています。それでは、どういうふうに育てられたか、つまりどんな家族のかかわり方がひきこもりの「基礎」をつくりやすいのかを、園村がかつて健一にした仕打ちから読み取り、大きく3つの要素に整理してみましょう。(1) 構い過ぎる―過干渉園村は涼に打ち明けます。「30年前に、あいつ(健一)は大学受験直前になって絵描きになりたいと言い出したんだよ」「(そこで)私は、あの子が美大へ行くためにこっそり書いてた絵を全部燃やしたんですよ」と。一方、健一は涼に心の内を漏らします。「あの人(父親)は自分の思い通りに息子を動かしたかっただけ」「僕は大学を2浪して落ちた時、園村家の恥だと言われた」「この世の中におまえの居場所なんかないって」「僕は人生つぶされたんですよ」「絵を描いてると僕は息ができた(のに)」と。1つ目の要素として、親が子どもに構い過ぎていることです(過干渉)。もっと言えば、自分の思い通りにするために、一方的に力でねじ伏せ、親の支配力を見せ付けています。健一の方は、息苦しくも必死になって親の期待通りに生きてきました。しかし、この一件で、彼は自分のつくった世界や夢を「灰」にさせられてしまったのです。ひきこもりの生い立ちを探ると、「もともと手のかからない良い子」という親の印象があります。その背景として、親が過干渉である現実があります。親は、先回りして本人の行動を全てコントロールし、理想の子どもをつくろうとします。すると、子どもは、言われるままに必死に行動し(外発的動機付け)、自分で考える喜びや達成感を味わうこと(内発的動機付け)がなくなります。また、自分の考えで何かをやったことがあまりないと、そうすることに戸惑いや恐れを抱きやすくなります。さらには、逆らえないことを長期間学習した結果、意識せずに無気力になってしまうことが分かっています(学習性無気力)。こうして、自発性が低下していき、欲がなくなるのです。本来、自分で何かをやり遂げる感覚は、子どもの発達段階において必要な刺激です(勤勉性)。ここから自分で成長しようとする能力(自己成長)やどうやって生きていくか自分で決める意識(自己確立)がさらに育まれていくからです。(2) 認めない―承認の欠如園村は、町の人たちに「息子は日本にはおりません」と告げ、海外のビジネスで大成功を収めていることにしています。また、焦りやもどかしさから、健一に「おい、いつまでそんなこと(ひきこもり)をしているつもりだ!」「お前の人生はそんなんでいいのか!?」「おまえはクズだ!」と罵ります。健一の方は、涼に「あの人(父親の園村)が気にするのは人の目だけ」「僕のことだって恥だから人に言わなかった」「おれは我が家の恥です」と訴えかけます。園村は、体裁を気にするあまり、ひきこもっている健一の存在を周りに明かしません。健一は、父親によって存在を消されているのです。また、かつて健一が「こっそり」と反抗していたことを園村が掌握していた事実を考えると、健一は、監視の目が厳しい中で息の詰まる思いをしていたことでしょう。健一には、プライバシーがなく、自分の世界をつくることも許されなかったのです。2つ目の要素として、親が子どもの考えや行動を認めていないことです(承認の欠如)。支配的な親の典型的な行動パターンとして、思春期の子どもの携帯の着信履歴やメール、日記をのぞき見したり、部屋を勝手に掃除することです。本人が大切にしているものや秘密は尊重されておらず、親に本人の世界という自己(アイデンティティ)を認めない姿勢が伺えます。すると、子どもは、自分の考えや行動に自信を持てなくなります。(3) 心配し過ぎる―過保護園村は、健一の絵を燃やした理由を涼に言います。「しっかりとした大学へ行き、安定した企業に入り、立派な人生を送ってほしかった」「それが親の務めだ、そうでしょ?」と。園村は現在の健一に「おれも母さんもいつかは死ぬ」「おまえはたった独りで生きていかねばならんのだ」との切実な思いを吐露します。すると、健一は園村に「今さら何言ってんだ」「あんたがそうさせたんじゃないか」「あんたは自分のことしか考えていない」と言い返します。言い当てている部分はあります。親なりに子どもの幸せを願って良かれと思ってしてきたことが裏目に出ているのでした。3つ目の要素として、親が子どもを心配し過ぎることです(過保護)。愛情は十分に注いでいるのですが、その注ぎ方に問題があったのです。大切にし過ぎて、子ども扱いし、抱え込んでいます。一人の人格を持った大人として見なしていません。一方、健一は、親の期待に反発しつつも、結果的に保護される、つまり子ども扱いされることに甘んじています。本来の愛情は、本人が思春期になったら、本人の幸せのために、夢や希望(自発性)を温かい目で後押しして、困った時に保護することです。愛情が溢れる余りに心配性になり、困ってもいないのに保護して(過保護)、その結果、本人の夢や希望をくじき不幸せな思いをさせるのは、本末転倒と言えます。なぜ複雑な家庭環境ではひきこもりが少ないの?逆に、構い過ぎ(過干渉)や心配し過ぎ(過保護)の対極を考えてみましょう。それは、あまり構わず心配もしない、つまり放置です。これは、育児に時間が取れない一人親家庭、育児が適切に行われていない心理的に荒れた家庭、育児に関心が乏しいネグレクト(育児放棄)や心理的虐待などの複雑な家庭環境が背景にあります。すると、子どもはどうなるでしょうか? 「早く自分で生きていこう」「早く一人前になりたい」という心理(自発性)が高まります。それが望ましくない形で出てくる場合が、家出などの非行です。非行の心理は、「普通の子にはマネできないすごいことをやってのけている」という悪いことをあえてできる自分を周りに示すことに意味があります。そして、見捨てられても大丈夫な自分を演出します。これが、複雑な家庭環境、つまりあまり構わない親のかかわり(放置)では、統計的にひきこもりが少ない理由であると考えられます。一方、構い過ぎ(過干渉)はその逆で、「一人前になりたいたいわけではない」「まだ一人前になりたくない」というひきこもり独特の心理を高めていることが分かります。本来は、親が「ほどほどに構う」ことで、子どもが「ちょっとずつ一人前になる」という関係が望ましいはずです。なぜ低所得層の家庭環境ではひきこもりが少ないの?低所得層の家庭、いわゆる貧困の家庭では、生活に足りないものが出てきます。子どもは、友達と違い、自分は欲しい物がなかなか手に入らないことを自覚します。すると、その渇望感から欲しい物が手に入ることの喜びに敏感になり、生物学的な感受性が高まっていきます(ドパミンの活性)。それが、欲深さであり、ハングリー精神です。こうして、子どもの自発性は高められていき、ひきこもりにはなりにくくなります。また、そもそも経済的に厳しい家庭は、ひきこもりを養っていくだけの経済力がありません。逆に言えば、裕福な家庭では、親子のコミュニケーションのパターンが、心配し過ぎ(過保護)から与え過ぎにすり替わってしまいやすくなります。子どもの望むものが簡単に買い与えられてしまい、欲しいものに飢えることがなくなれば、自発性がとても弱くなるリスクがあります。ここから分かることは、経済的に恵まれている家庭は、ひきこもりが起こりやすくなることを理解する必要があるということです。ひきこもりは社会のせい?それでは、ひきこもりは本人と家族の問題でしょうか? それだけとも言えません。なぜなら、ひきこもりは、世の中で90年代から徐々に増え続けている現実があるからです。つまり社会問題として、普遍性があるということです。最初のひきこもりが90年代に20歳代だとしたら、その幼少期は70年代になります。親を、構い過ぎ(過干渉)、認めない(承認の欠如)、心配し過ぎ(過保護)の3つの心理に駆り立てるようになった70年代以降の社会の変化とは何でしょうか? 大きく3つ挙げられます。(1) 親(特に母親)が暇になった―親の時間的余裕今回のドラマで健一の母親がかつてどうだったかは描かれていませんが、1つ目の社会の変化は、親(特に母親)が暇になったことです。世の中が便利になり、家庭の中も便利になりました。それに加えて、核家族化や少子化によって、時間的余裕を持つ母親が増えました。そして、その余った時間を全て子育てに注ぐ、子育てが生きがいの母親が出てきたことです。こうして、構い過ぎ(過干渉)がエスカレートしていくようになりました。さらには、早期教育、習い事、塾など様々な教育サービスの充実によって、構い過ぎの選択肢はますます増えていきました。そして、いわゆる「お受験ママ」「ステージママ」などの教育に熱を入れ過ぎる母親が登場します。彼女たちによって、ごく一握りの才能のある子どもを除いて、多くの子どもはこれらの活動を強いられて、本来あったやる気(自発性)はますます育まれなくなります。(2) 競争社会になった―結果重視の価値観町内会の会議でのワンシーンを見てみましょう。メンバーが「こういうことはさあ、もっとこう楽しく時間かけてやることに意味があるんだってさあ」と提案して議題から脱線して会話を楽しんでいます。すると、自治会長の園村は、「おほん、効率良くやりませんかね?」「無駄な時間を使えない」「うちの自治会主催の桜祭りはもう何年も閑古鳥ですね」と釘を刺します。園村は、信用金庫の理事を最後に退職しており、もともとお金や時間の無駄にとても厳しいのでした。このシーンからも見てとれる2つ目の社会の変化は、競争社会になったことです。社会の価値観は、競争に勝つために、効率重視、結果重視に傾いていきます。世の中のあらゆるものに価値を求めるようになった結果、子どもにも価値を求めるようになりました。そして、競争に負けてほしくない親心から、「負けたくない子育て」に重きを置かれるようになります。ほめるにしても叱るにしても、結果に重きが置かれるため、どんなに子どもが一生懸命にやって楽しんでいても、そのプロセスについては認めにくくなります(承認の欠如)。親の望むような結果にならなければ、自信はいつまで経ってもつきません。そういう子どもを増やしてしまったのです。(3) 物質的には豊かになった―経済的余裕健一は、一人息子として、立派な一軒家の離れに住んでいます。とても裕福です。ひきこもっていても、物質的には不自由なく生活できています。この様子から読み取れる3つ目の社会の変化は、物質的には豊かになったことです。それは、家族が、経済的に恵まれていくことで、その子どもがひきこもりになりやすい基礎をつくってしまったことです。そして、家族がひきこもる人を経済的に養うことができるようになったことです。その家族の経済力によって、「働かなくても良い」という発想を持つ人が増えてしまったのです。かつて、世の中が豊かではない時、「働かざる者、食うべからず」という考え方が一般的でした。例えば、発展途上国にひきこもりはいません。当たり前ですが、そんなことをしたら生存が危うくなるからです。現在は、「働かざる者も食える」時代になってきたということです。働かなければならない状況なら、そもそもひきこもりにはならないということです。しょうがなく何とか働いているでしょう。これが、現状に甘んじているという心理です。なぜひきこもりは「ある」のか?これまで、「ひきこもりとは何か?」「なぜひきこもりになるのか?」というテーマで考えてきました。ここからは、さらに踏み込みます。そもそも「ひきこもりはなぜ『ある』のでしょうか?」 言い換えれば、「ひきこもりは、なぜ昔になくて今あるのでしょうか?」 この問いへの答えを、進化心理学的な視点で探ってみましょう。私たち人間の体は環境に適応するために進化してきました。同じように、私たち人間の心も進化してきました。その適応してきた環境とは、狩猟採集生活を営んでいた原始の時代です。その始まりは、チンパンジーと共通の祖先から私たちの祖先が分かれていった700万年前です。現代の農耕牧畜を主とする文明社会は、たかだか1万数千年の歴史であり、進化が追い着くにはあまりにも短いと言えます。つまり、進化心理学的に考えると、私たちの心の原型は、まさにこの原始の時代に形作られました。その原始の時代の一番の問題は飢餓でした。この飢餓を乗り越えるために、私たちの体では様々なメカニズムが進化しました。例えば、低血糖にならないためのメカニズムとして、血糖値を上げるホルモンは数種類もあることです。また、飢餓状態では、一時的に脳内の快楽物質(エンドルフィン)が放出されて、むしろ気分は高揚して活動性は高まります。これは本人が意図せず意識せずに起こります。そして、その間に何とか食糧を得たのです。このモデルとなるのが、摂食障害によって低体重で低栄養になった場合の精神状態、いわゆる「拒食ハイ」「ダイエットハイ」です。逆に、現代のように裕福で飽食の社会はどうでしょうか? 大きな問題の1つは肥満です。この肥満を抑えるように私たちの体はあまり進化していません。なぜなら、原始の時代にはありえない状況だからです。血糖値を下げるホルモンにしてもインスリンの1つしかありません。それが肥満により働き疲れると、たやすく糖尿病になってしまいます。動物の中で、肥満を抑える遺伝子が進化しているのは、鳥ぐらいです。そこで、私たちは、肥満を抑える遺伝子がない代わりに、カロリーオフのものを摂ったり、意識的に運動したり、薬を飲んだり、場合によっては胃切除を行っているわけです。飽食の時代に肥満が増えるように、物質的に豊かになった時代に働かない人が増えるのは、進化心理学的に考えれば、明らかなことです。満たされている精神状態では、飢餓の状態とは逆に、意図せず意識せずに活動性は低下しています。端的に言えば、食べ物があればつい食べてしまうし、楽ができるならつい楽をしてしまうというシンプルな話です。肥満を抑えるメカニズムがあまり進化していないのと同じように、働かない心理を抑えるメカニズムもあまり進化していないのです。働かない心理は、肥満と同じく、進化の過程で支払うべき代償(トレードオフ)と言えるでしょう。そして、働かない心理の1つの代表として、今、ひきこもりが、その特異性ゆえに注目を集めているのです。ちなみに、働かない心理のもう1つの代表として、ひきこもりと時期や特徴を同じくして注目されている病態が「新型うつ」です。ひきこもらないためにはどうすれば良いのか?ひきこもりは、本人の考え方、家族のかかわり方、社会のあり方にそれぞれ原因があることが分かりました。それぞれに原因があり、どれか1つのせいにはできないことに気付きます。ひきこもらないために大事なことは、それぞれに原因があることを認め、それぞれがその原因を見つめ直すことです。(1) 本人はどうすれば良いのか?一番大事なことは、まず本人がひきこもりから抜け出したいと強く思うことです。ひきこもりは、本人が止めようと思わなければ止められないです。いくら周りがどんなに一生懸命に取り組んでも、本人に変わる気がなければ、変わらないです。アルコールや薬物などの物質依存、ギャンブルなどの過程依存と同じように、ひきこもりは関係依存という依存症の要素があります。この事実を本人が理解することです。結局のところ、たとえどんな境遇であったとしても、自分の人生の責任は、他でもない自分にあるということに気付くことです。そして、具体的に行動して、何らかのコミュニケーションの刺激にあえてさらされることです。最初はリハビリです。取っ掛かりとして、歯医者への通院も良いでしょう。メンタルヘルスのクリニックやカウンセリングルームへの通院、デイケアや自助グループへの通所など何でもありです。体を鍛えるのと同じように、心を鍛えるには、場数を踏んで、人馴れや場馴れをしていくことです。また、インターネットの利用によって、ひきこもりの人同士が情報発信をし合ったり、集まりに参加することで、お互いにいたわったりねぎらったりすることができます(承認)。これは、新しい社会参加の1つの形であると言えます。こうして、社会的スキル(社会脳)という能力が再びちょっとずつ磨かれていきます。(2) 家族はどうすれば良いのか?涼は、園村に「園村さんが健一さんを大事に思う気持ちと、健一さんの人生を決めてしまうことは、別のことだと思います」と言い当てます。まさにこのセリフは、ひきこもりの基礎をつくる家族の3つのかかわり方の問題点を指摘しています。それは、構い過ぎ(過干渉)、認めない(承認の欠如)、心配し過ぎ(過保護)でした。ここから、この3つの点について家族はどうすれば良いか考えていきましょう。a. 親が自分の人生を生きるラストシーンで、園村は、真っ直ぐに伸びた道を描いた健一の絵を見て、健一にやさしく語りかけます。「これから歩いていってみてくれ、おまえの道を」と。この言葉から、健一の人生と自分の人生は同じではないということを園村がようやく理解したことが読み取れます。1つ目の対策は、親が自分の人生を生きることです。子どもが思春期(10歳代)を迎えたら、子育ては半分卒業です。そして、子どもが成人したら、子育ては完全に卒業です。いつまでも親が子どもの人生を歩み続けることはできないということを知ることです。子どもは子どもの人生を歩むと同時に、親は自分の人生を歩んでいることがポイントです。親が自分の仕事や趣味、友人関係などで自分の世界を持って、何かに励んで楽しんでいることです。そうすると、結果的に、親は子どもに構い過ぎなくなります。また、親は、自分の世界があることで、周りの評判(評価)や体裁をあまり気にしなくなります。そして、そういう親の背中を見て(モデリング)、子どもの自発性は高まっていきます。b. 本人を大人扱いする涼の指摘の後、園村は「あいつの気持ちが知りたい」とつぶやきます。園村は、健一を抱え込んで子ども扱いして、本人の気持ちを考えていなかったことに気付いた瞬間です。一方、健一は、自分の描いた絵がひきこもり自立支援のサロンに飾られたことで(承認)、自信を取り戻していくのです。2つ目の対策は、本人を大人扱いすることです。本人が思春期(10歳代)を迎えたら、親は口出しを徐々に控えていき、本人が決めたことを認めることです(承認)。もちろん、親が生き方の選択肢としての判断材料をたくさん示すことは大切ですが、あくまで最後は本人が決め、それを親が支持するというスタンスを守ることです。例えば、「○○について、親として△△してほしい。だけど、決めるのはあなた。あなたが決めたことなら、結果がどうなっても支えたいと思う」と伝えます。大人扱いをするということは、本人の自由を尊重すると同時に、責任も自覚させるということです。具体的には、最低限の生活のルールを相談して決めることです。そのためのイメージとしては、「しばらくホームステイしている外国の友達の息子さん」というイメージです。そうするとどうでしょう? 例えば、「給料」(生活費)は一定額に固定されます。「文化」の違いがあるので、本人の生活スタイルやプライバシーには配慮し親切に接しつつも、家族にとって迷惑なことがあれば指摘や相談をしたり、家族全員での話し合いをします。「文化」の違いがあるからこそ、率直に意見を言う必要があります。こうして、「文化」の違いを乗り越えたルールがつくられていきます。それでは、暴言や暴力はどうでしょうか? 前半のシーンで、園村が健一に「おまえ、誰のおかげでその年まで働かずに食えてこられた!?」「どれほどの思いをしておれが過ごしていたか分かるか!?」と問い詰めます。すると、健一が急に「土下座して謝れよ!」と大声を上げて、暴力を振るいます。園村のかかわり方には問題がありますが、暴力を振るう健一にも問題があります。このように、暴力などの不適切な問題が起こる場合は、ためらうことなく警察通報や避難することが肝心です。リスクがある時は、本人に事前に伝えることが必要です。例えば、「どんな状況でも暴力は良くない。次に暴力があれば、私は警察通報をしなければならない」とはっきり言うことです。逆に、親が、子ども扱いしたり体裁を気にしたりして警察通報や避難ができない状況では、暴力はエスカレートしていきます。c. 親がサポーターになるラストシーンで、園村は健一に「これから歩いていってみてくれ、おまえの道を」「父さん、生きてる限りおまえを応援する」と語りかけます。この言葉に健一は涙するのです。3つ目の対策は、親がサポーター(応援者)になることです。応援するという言葉には、もはや保護者として親が子どもを保護する、つまり子どもの人生の全責任を負うというニュアンスはありません。応援とは、本人の自由を尊重して、サポーターとしてサポート(援助)に徹することです。そのサポート(援助)とは、衣食住の最低限の生活の保障をすることです。サポートは、際限なくするものではなく、あくまで一定です。親が、ひきこもりの事態の責任を感じて、本人を抱え込んで、本人の言いなりになることではありません。言い換えれば、一定のサポートとは、サポートには限度があるというメッセージです。園村の言葉には、もう1つのメッセージがあります。それは、「(自分たち親が)生きてる限り」という言い回しから分かるように、サポートには期限があるということです。つまり、ひきこもりという経済力のない生活スタイルは、果たしていつまで続けることができるのかということです。親の財産の相続や今後に受給する本人の年金を踏まえて具体的に正確にシミュレーションして、親としてできるライフプランを本人に提案することです。親が定年退職した時や本人が30歳になった時が、家族で相談する1つの節目です。ここでも大切なポイントは、限りある資源をどうするか最終的に決めるのは本人であるということです。「追い詰めれば自立するかも」という安易な発想から、感情的にはならないことです。表2 ひきこもりの3つの心理の特徴、要因、対策 欲がない(自発性の不足)自信がない(ストレスへの過敏性)現状に甘んじる(関係依存)神経伝達物質ドパミンの活性低下ノルアドレナリンの易反応性相対的なオキシトシンの活性亢進要因本人ひきこもりを続けること(悪循環)家族構い過ぎる(過干渉)認めない(承認の欠如)心配し過ぎる(過保護)社会親の時間的余裕結果重視の価値観経済的余裕対策本人ひきこもりをやめようと思い、少しずつ行動すること家族親が自分の人生を生きる(干渉しない)本人を大人扱いする(承認)親がサポーターになる(一定の援助)社会社会もサポーターになる(ソーシャルサポート)(3) 社会はどうすれば良いのか?前半のシーンで、園村は涼に「なぜあんな人間たち(ひきこもりサロンのメンバー)に構うのか?」と問います。すると、涼は「信じているからです」「人はいつでもどんなところからでも生き直せる」と力強く答えています。涼は、持ち前の情熱により、困っている人をサポートしています。このシーンから学ぶことは、ひきこもりに対して社会もサポーターになることです(ソーシャルサポート)。その1つが、涼が立ち上げたひきこもり自立支援のサロンです。ひきこもりの人への社会の中での居場所の提供です。そこには、仲間がいます。また、世の中の多くの人がひきこもりについて理解していけば、ひきこもりの本人の親の友人や近所の人が状況を知った理解者となり、本人を温かく見守ることができます。さらには、ひきこもりの家庭への人の出入りをつくり出すことです。親の友人、近所の人、ケースワーカーなどの第三者の客観的な目が家庭内に入ることは、社会、家庭、個人のそれぞれの風通しを良くしていくことができます。これは、暴言や暴力などの親子の煮詰まりを防ぐ1つの方法でもあります。ただし、家族のサポートに限度があるのと同じように、社会(国)のサポートにも限度があります。社会のサポートは、国の経済力に左右されがちです。ひきこもりなどの働かない人が増えれば、国の経済力が危うくなるのは明らかなことです。この社会的な状況を踏まえて、今後ひきこもりの人に生活保護や障害年金の受給がどこまで可能なのかという社会的な議論や同意が必要になってきます。ひきこもりの未来は?これまで、「ひきこもらないためにはどうすれば良いのか?」という視点で考えてきました。ところで、そもそも、ひきこもりは悪いことなのでしょうか? 逆に言えば、ひきこもらないことは良いことなのでしょうか?昔から、親に頼り働かない人は「すねかじり」「甘え」「怠け」などと否定的に呼ばれてきました。ところが、現在、価値観が多様化する中、こうあるべきという社会(多数派)の価値観は定まらなくなってきています。家庭の家計や国の経済がある程度安定しているのであれば、ひきこもりのライフスタイルは、「エコ」「悠悠自適」とも言えそうです。大事なことは、今ひきこもっている本人が、働くか働かないか、または社会参加するかしないかの古い価値観の二択に惑わされないことです。物質的に豊かな現代、人それぞれで違う「精神的な豊かさ」を得るにはどうすることが自分にとって一番良いのか? その生き方を本人が自分で選び取ることではないでしょうか? その時、ひきこもりは、もはや生き方の選択肢の1つに過ぎなくなるのではないでしょうか? そして、未来にはひきこもりという言葉そのものがなくなっているのではないでしょうか?1)斎藤環:ひきこもりはなぜ「治る」のか?、中央法規、20072)斎藤環:社会的ひきこもり、PHP新書、19983)荻野達史ほか:「ひきこもり」への社会学的アプローチ、ミネルヴァ書房、20084)田辺裕(取材・文):私がひきこもった理由、ブックマン社、20005)長谷川寿一・長谷川眞理子:進化と人間行動、東京大学出版会、2000

検索結果 合計:46件 表示位置:1 - 20