サイト内検索

検索結果 合計:53件 表示位置:1 - 20

1.

映画「路上のソリスト」(その2)【「不幸」になる権利はあるの?私たちはどうすればいいの?(ホームレスの自由権)】Part 2

(2)人道的な観点―逆に非人道的になるから支援センターのスタッフは、ロペスに「診断は役に立たない」「必要ないのは、彼を病人扱いする人間だ」とも答えます。そして、「友情を裏切るのは、彼の唯一のものを壊す」とやんわり忠告します。もう1つの人道的な観点として、本人が望んでいないので、保護することは逆に非人道的になるからです。もちろん、炊き出しなどの食料の支給はホームレスたちが望んでいることなので、人道的で望ましいです。そして、施設に入所させるなど決まった場所に住まわせることや、定期的に入浴させて清潔にさせることなどは、粘り強く説得して、彼らが納得するのであれば、人道的で望ましいです。しかし、それでも彼らが望まないのであれば、非人道的になってしまい、望ましくないことになります。よくよく考えると、日本国憲法でも定められている「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とは、本人が選ぶ権利であって、社会が押し付ける義務ではないです。つまり、人道的かどうかは、私たちが望ましいと思うかどうかではなく、彼らが望んでいるかどうかであるということです。これは、医療関係者としても、非常に悩ましい問題です。ロペスは「ナサニエルは精神障害によってホームレスとなり不幸だ」と考えました。しかし、これはあくまでロペスのような社会適応をしている多数派の解釈にすぎません。ここから、幸せか不幸かは、社会(多数派)で受け入れられているか、常に多数決で決められてしまう危うさがあることがわかります。つまり、精神障害者が何を幸せと思うかは、最終的には本人が決めることであり、その自由に精神医療が介入することは、「幸せの押し付け」であり、逆に非人道的になってしまうということです。そもそも、ナサニエルは、ホームレスとして日々一生懸命に生きています。一方、ロペスは、社会的には成功していますが、いつも記事の締め切りに追われて疲れきっていました。よくよく考えると、どちらが幸せか、何を持って幸せか、わからなくなってきます。なお、健康か病気かという線引きも多数決で決められてしまう危うさについては、身体完全性違和という特殊な状態を解説した関連記事1をご覧ください。<< 前のページへ | 次のページへ >>

2.

映画「路上のソリスト」(その2)【「不幸」になる権利はあるの?私たちはどうすればいいの?(ホームレスの自由権)】Part 3

ホームレスにどうしたらいいの?ロペスは、「助けてるつもりだった」「でも、助けようとしていた本人に敵意を持たれてる」と悩み、元妻に打ち明けます。すると、彼女は「必要な時にそばにいる友達でいて」と助言するのです。このセリフはまさに、ロペスとナサニエルの関係だけでなく、ロペスと元妻の関係もほのめかしているようです。ラストシーンでは、ロペスは仲直りの印として、ナサニエルと握手します。この握手は、ナサニエルが「自分の手は汚いから」と握手を拒んだ最初のシーンとは対照的で感動的です。ナサニエルは、いろいろあったけどロペスなら自分を受け入れてくると思えるようになったのでした。つまり、ホームレスへの最善の対応は、本人が困っていると決めつけて干渉するのではなく、困っていても関係ないと無関心になるのでもなく、本人が困っていると言ってきたらできることを支援することでしょう。これは、家族でもなく、他人でもなく、友達の関係です。そんな社会になることを願うという、この映画のメッセージのように思えてきます。このように自由権の視点で考えると、もちろんホームレスが増えていく社会は危ういわけですが、逆にホームレスがまったくいない社会も危ういように思えてきます。「路上のソリスト」とは?ロペスは、離婚して一人寂しく暮らしていました。そして、インターネットの普及によって、彼が勤務する新聞社にはリストラの波が押し寄せていました。「ソリスト」とは独奏者という意味で、もちろんナサニエルを指しています。同時に実は、もう1人の「路上のソリスト」として、人生の路頭に迷う孤独なロペスでもあることを暗示しているようです。そんななか、2人は出会うのです。ラストシーンでは、ベートーベンのコンサートを、ナサニエルの姉、ナサニエル、ロペス、そしてロペスの元妻が横並びで一緒に聴いています。ナサニエルが路上からアパート暮らしをするようになり、疎遠だった姉に助けを求めるようになったのと同じように、ロペスが元妻とよりを戻すことをほのめかしているように見えます。ロペスがナサニエルの人生に影響を与えたのと同じように、ナサニエルもまたロペスの人生に影響を与えたのでした。この映画は、ナサニエルの物語であると同時に、ナサニエルと深くかかわることで変わっていったロペスの物語でもあります。テーマは、ホームレス問題であると同時に友情でもあります。最後のロペスによるナレーションで、「統合失調症は友達ができると社会性が増すという論文がある」と紹介され、締めくくられます。これは、統合失調症であるナサニエルだけでなく、そうではないロペスにも当てはまるという、この映画のもう1つのメッセージでしょう。1)「ホームレス消滅」p.60、p.219、p.240、p.250、p.256:村田らむ、幻冬舎新書、20202)「ルポ路上生活」pp152-154、pp160-162:國友公司、彩図社、20233)「ホームレス収容所で暮らしてみた~台東寮218日貧困共同生活~」p.10、p.45:川上武志、彩図社、2021<< 前のページへ■関連記事映画「路上のソリスト」(その1)【それが幸せ?なんで保護されたくないの?(ホームレスの心理)】Part 1ドキュメンタリー「WHOLE」(前編)【なんで自分の足を切り落としたいの!?(身体完全性違和)】Part 1

3.

アニメ「インサイド・ヘッド2」(その2)【なんで不安やうつは「ある」の?どうすれば?(病的感情)】Part 2

シンパイが暴走すると?―病的感情のリスクシンパイは、「もう、ライリーにヨロコビたちは必要ない」と言い出し、なんと司令部からヨロコビたちを追放します。そして、ライリーが生まれてからヨロコビたちが大事に育ててきた「私はいい人」というジブンラシサの花を引っこ抜きます。そして、シンパイたち「大人の感情」のキャラクターたちだけで、ライリーの感情をコントロールしようとするのです。やがてシンパイは、「未来をしっかり見据える。起こりうるミスを全部予想しておくよ」と言い出し、次々と最悪のシナリオの映像を映し出して、ライリーに想像させます。すると、ライリーは「私は全然だめ」という心の声が聞こえるようになり、夜寝つけなくなります。そして、夜にこっそりコーチの部屋に忍び込み、コーチの評価ノートをのぞき見します。ライリーは、不安のあまり善悪の判断がつかなくあり、打算的になっていくのでした。さらに、次の日の試合中に、不安に飲み込まれてしまい、過呼吸の発作(パニック発作)を起こしてしまうのです。これは、「脳の暴走」です。ちょうど、シンパイがあまりにも動き回るため、感情操縦デスクの周りにできたオレンジ色の大きな渦巻きとして描かれていました。その中では、シンパイが固まって動けなくなり、点滅していました。このままでは、このあとに「脳の息切れ」である、うつがやってきて、ぐったりとして動けなくなりしばらく何もできなくなることを暗示しています。つまり、ダリィの出番になりそうです。これらが、不安とうつという病的感情のリスクです。なんでシンパイは暴走したの?シンパイは、暴走する前に、「大事なのは、これまでのライリーがどうであるかよりも、これからのライリーがどうなるべきかなんだよ」「ライリーの将来のために、彼女は変わらなければならない」と言っていました。つまり、思春期とは、単に自分がどうしたいかだけでなく、周り(社会)がどうしてほしいかも意識する時期です。自分が自分のことをどう感じているかだけでなく、相手(社会)が自分のことをどう感じているかも重要になってきます。そんななか、仲良しだった2人の親友が違う高校に行くと聞かされて裏切られたと感じたこと、その2人に当てつけで無視したり皮肉を言ってしまったこと、そして念願のアイスホッケーのチームに入れるかどうかの試練に直面していることなどが重なって、大きなストレスになっています。これが、シンパイが暴走した原因です。ここで誤解がないようにしたいのは、私たちはこれらのストレスはないに越したことはないと思いがちですが、実はむしろ必要です。これらのストレスがあるおかげで、思春期の子供は、これらのストレスを乗り越えて自己成長するからです。これは、ストレス関連成長(SRG)と呼ばれています。ただし、これらの思春期のストレスを乗り越えられずに、過呼吸を繰り返したりだるさが続く場合があります。これは、思春期危機と呼ばれています。その原因は、大きく2つあります。1つは、いじめなどのようにストレスが大きすぎる場合です。もう1つは、不安を感じやすいなど、もともとストレスに弱い場合です。<< 前のページへ | 次のページへ >>

4.

アニメ「インサイド・ヘッド2」(その2)【なんで不安やうつは「ある」の?どうすれば?(病的感情)】Part 3

本当のジブンラシサの花とは?ヨロコビたちが感情操縦デスクにようやく戻ってきたあと、ヨロコビはオレンジ色の感情の渦巻きの嵐の中で固まっていました。ヨロコビは、何とかシンパイをデスクから引きはがします。そして、もとのジブンラシサの花を戻します。しかし、シンパイから「ヨロコビの言う通りだよ。ライリーらしさは私たち感情が決めるものじゃない」と言われて、ヨロコビはハッとします。そして、さっき戻したばかりの花をまた引っこ抜くのです。すると、もともとジブンラシサの花が栄養源としている地下の「信念の泉」に流れ着いていた無数のさまざまな記憶のボールから、まるで芽のように光がどんどんと出ていき、新しいジブンラシサの花が現れるのです。そして、ライリーの心の声が頭の中に次々と響いていきます。「私はわがまま」「私はやさしい」「私は全然だめ」「私はいい人」…「私は強い」「私は弱い」「私は助けてもらいたい時もある」と。最後、ヨロコビは、新しいジブンラシサの花を抱きしめ、他の感情のキャラクターたちも次々と集まって抱きしめます。このシーンは感動的です。ジブンラシサの花とは、まさに自分らしさのメタファーであり、心理学では自我と呼ばれます。自分らしさとは、「私はこうだ」という自分に納得していることなのですが、実はそれは1つの「私」の良い面ではなく、だめなところも含めたいろいろな「私」の面をすべて受け入れるということなのです。すると、自分を大切に思えて、自分は大丈夫と思えてきます。自分は愛されるために完璧である必要はないと気付いていきます。それを、感情のキャラクターたち全員がジブンラシサの花をそのまま丸ごと全員で抱きしめるシーンとして、わかりやすく描いています。このように自分は完璧である必要はない、良いところもだめなところも含めてこれが自分だと思えることは、自己イメージの安定と呼ばれています。すると、やがて相手に対しても完璧であることを求めなくなります。良いところもだめなところも含めてこれが相手だと思えることは、他者イメージの安定と呼ばれています。こうして、相手も愛するために完璧である必要はないと気付き、相手も大切に思えるようになるのです。逆に言えば、自己イメージが安定していないと、相手に完璧さを求めてしまいがちになります。相手を理想化して、その後にちょっとでも違っていると幻滅することを繰り返してしまいます。これは、思春期の恋愛における「蛙化現象」を説明できます。「インサイド・ヘッド2」とは?「インサイド・ヘッド2」のキャッチフレーズは「どんな自分もまるごと好きになる」であり、テーマは「自分自身を受け入れる」でした。ラストシーンで、感情のキャラクターたちが、ジブンラシサの花をみんなで抱きしめたことで、過呼吸になっていたライリーは、その後に落ち着きます。そしてすぐに、もともと仲良しだった2人に謝り、仲直りします。そして、その後は、ホッケーの試合を心から楽しむのでした。彼女は、本来の自分らしさを取り戻し、さらに成長したのでした。自我とは、思春期になると、ヨロコビたち(基礎感情)が最初に主導したように「ただ自分はこうしたい」と好きに思うことではなく、シンパイたち(社会的感情)が主導したように「こうなるべき」と無理に思い込んだり損得勘定に走ることでもなく、「社会の中でこうしていきたい」と自然に自覚するようになることです。この先が、自我の確立です。そして、何より、その自我によって日々の人生を楽しむことでしょう。今回は、思春期になったライリーの成長を、感情のキャラクターたちと一緒に私たちも見守る構図になっています。世界中の親子にとっての普遍的な物語であり、思春期の子供に接する親だけでなく、まさに思春期の子供たちが自分の気持ちを俯瞰することにも役立つでしょう。<< 前のページへ■関連記事アニメ「インサイド・ヘッド2」(その1)【なんで恥ずかしくなるの?なんで恥ずかしさは「ある」の?(社会的感情)】Part 1ウォーキングデッド【この世界観だからこそわかる!「コロナ不安」への処方せん】ツレがうつになりまして。【うつ病】

5.

アニメ「インサイド・ヘッド2」(その1)【なんで恥ずかしくなるの?なんで恥ずかしさは「ある」の?(社会的感情)】Part 2

社会的感情の相互関係とは?この映画に登場する社会的感情のキャラクターはハズカシとイイナーの2つだけですが、表1に示したように、全部で8つあります。これは、バックによる社会的感情2)を参照しています。うぬぼれ(傲慢)は自分の愛情欲求が満たされることへの反応で、誇り(自慢)は自分の承認欲求が満たされることへの反応です。この2つも実際はごっちゃになって使われることが多いです。たとえば、ライリーがヴァルから特別に夜のパーティに誘われたと思ったシーンが当てはまります。この時は、代わりにイイナーがはしゃいでいました。一方、あわれみ(同情)は、かわいそうと相手の愛情欲求が満たされていないことへの反応で、さげすみ(軽蔑)は、相手の承認欲求が満たされなかった、つまり期待に応えることをしないことへの反応です。あわれみが援助行動を促すのに対して、さげすみは罰したいという制裁行動(正義感)を促します。たとえば、ヴァルが新人のライリーに何かとフォローしてかわいがろうとしているのは、援助行動です。一方、ヴァルの親しいチームメイトのダニが「ったく、あのミシガンちゃん(ライリー)、いきなりミスったね」と、コーチを怒らせたライリーの悪口(バッシング)を言うのは、制裁行動です。そして、これらの社会的感情には相互関係もあります。たとえば、自分の愛情欲求が満たされていないと、相対的に相手の愛情欲求が満たされているように思えてきます。これが、冒頭で触れた「自分を恥ずかしく思う一方で、そうじゃない人をうらやましく(ねたましく)思う」状態です。逆に、自分の愛情欲求が満たされると、相対的に相手の愛情欲求が満たされていないように思えてきます。これが、冒頭で触れた「自分はモテる(うぬぼれる)と、そうじゃない人を気の毒に思う(あわれむ)状態です。さらに、相手を「かわいそう」(あわれ)と決めつけたり、そのようなセリフを連発する人は、実は自分が無意識に優越感(うぬぼれ)に浸ろうとしていることもわかります。同じように、相手の承認欲求が満たされていると、相対的に自分の承認欲求が満たされていないように思えてきます。つまり、相手をうらやましく思うと、自分は悔しくなります。逆に、相手の承認欲求が満たされないと、相対的に自分の承認欲求が満たされているように思えてきます。つまり、正義感を発揮する(さげすむ)と、誇らしい気分になります。これがいわゆる「メシウマ」であり、バッシングの心理です。関係性として整理すると、うぬぼれと誇りは明らかな快感情ですが、あわれみとさげすみは相対的な快感情であることがわかります。そして、恥ずかしさと悔しさは明らかな不快感情ですが、ねたましさとうらやましさは相対的な不快感情であることがわかります。なお、バッシングの心理の詳細については、関連記事4をご覧ください。<< 前のページへ | 次のページへ >>

6.

アニメ「インサイド・ヘッド2」(その1)【なんで恥ずかしくなるの?なんで恥ずかしさは「ある」の?(社会的感情)】Part 3

社会的感情の起源とは?社会的感情の機能とは、自分(または相手と比べた相対的な自分)の愛情欲求と承認欲求が満たされるように行動を促す心理であることがわかりました。そして、このような行動を練習するのは、とくに大人(社会)の仲間入りをする直前の思春期であることもわかります。それでは、そもそもなぜこのような感情は「ある」のでしょうか?ここから、進化心理学の視点で、恥ずかしさを例に挙げて、社会的感情の起源を掘り下げてみましょう。約700万年前に、人類が誕生しました。そして、約300万年前には、人類はアフリカの森からサバンナに出ていきました。そして、猛獣から身を守り、限られた食料を分け合うために、血縁の家族同士が集まり部族をつくるようになりました。この時、思春期になると男子は狩りの集団に、女子は子育ての集団にそれぞれ入っていくわけですが、その集団でうまくやっていこうとする社会脳が進化しました。そして、集団に受け入れられないことへの不快感情が出てくるようにも進化しました。これが羞恥心の起源です。逆に、この心理がないと、集団で身勝手なことをしてしまい、仲間外れにされます。当時の仲間外れは死を意味します。つまり、羞恥心がない人(遺伝素因)は、現代に存在していないということです。ちなみに、「恥」という漢字は、恥ずかしくなると耳が赤くなることから、「耳に心がある」という語源から来ています。そして、この赤面のメカニズムも進化心理学的に説明できます。現代では、緊張して顔を赤らめるのは、恰好悪いと思われがちです。しかし、これは原始の時代には必要でした。なぜなら、人類が言葉を話すようになったのは、せいぜい約20万年前だからです。それまでの280万年の間、人類は、言葉なしで表情や身振り手振りでコミュニケーションをしていました。そんな中、新しく集団に入る時、現代のように「ちょっと緊張していますが、仲良くしてください。よろしくお願いします」という言葉の代わりに、顔を赤らめてもじもじすることは、まさにこの言葉を非言語的なメッセージとして送っていることになり、好感が待たれてとても適応的です。つまり、現代では言葉があるために不要な赤面反応は、原始の時代には必要であったというわけです。なお、人類の起源地であるアフリカにいる黒い肌の人種の赤面はわかりにくいです。だからこそ顔の中で肌が比較的に薄い(毛細血管が見えやすい)耳がとくに赤くなるように進化したのでしょう。もちろん、恥ずかしさによる顔の火照り感から、もじもじするという反応は確実に伝わります。また、ハズカシのように手が緊張で汗ばむのは、約数千年前に類人猿が誕生してから、森の中でより素早く枝から枝へと移動するためのすべり止めの役割がもともとありました。現代ではとても困る手汗反応は、原始の時代には新しい集団に入ってさっそく動き回って活躍するためにはやはり必要であったというわけです。恥ずかしさと同じように、その他の7つの社会的感情も、原始の時代の部族集団(社会)で助け合って生き残り子孫を残すため、つまり生存と生殖の適応度を上げるように約300万年間で進化した心理機能であることがわかります。そして、社会的感情における相互関係も、その助け合いにおける平等と公平のバランスを取るように促すため、つまり個人としてだけでなく集団としても適応度を上げるように進化した心理機能であることもわかります。ちなみに、ねたましさ(嫉妬)の心理の起源については、すでに関連記事5で詳しく解説していますので、ご覧ください。1)「進化と感情から解き明かす社会心理学」p.196:北村英哉・大坪康介、有斐閣アルマ、20122)「感情心理学・入門」p.145、p.175:大平英樹、有斐閣アルマ、2010<< 前のページへ■関連記事インサイド・ヘッド【なんで悲しみは「ある」の?どうすれば?(感情心理学)】Part 1インサイド・ヘッド(続編・その1)【やったのは脳のせいで自分のせいじゃない!?】Part 1カインとアベル(前編)【なんで嫉妬をするの?】苦情殺到!桃太郎(前編)【なんでバッシングするの?どうすれば?(正義中毒)】Part 1カインとアベル(後編)【なんで嫉妬は「ある」の?どうすれば?】Part 1

7.

ICU入室前のソーシャルサポートは退室後の抑うつと関連

 集中治療室(ICU)で治療を受けた患者を対象とする単施設前向きコホート研究の結果、ICU入室前のソーシャルサポートが少ないほど、ICU退室後の抑うつが生じやすいことが明らかとなった。駒沢女子大学看護学科の吉野靖代氏らによる研究であり、「BMJ Open」に6月19日掲載された。 ICU在室中・退室後、退院後に生じる認知・身体機能の障害やメンタルヘルスの問題は、集中治療後症候群(post-intensive care syndrome;PICS)と呼ばれる。集中治療の進歩により患者の生存率は向上している一方で、PICSによりQOLが低下し、元の生活に戻ることのできない患者も多い。メンタルヘルスに関しては、がん患者や心疾患患者を対象とした研究で、ソーシャルサポートと抑うつの軽減との関連が報告されている。ただ、ICU患者におけるソーシャルサポートとICU退室後のメンタルヘルスに関しては、研究結果が一貫していなかった。 そこで著者らは今回、2020年12月から2022年6月の期間に、国内1施設のICU(内科・外科8床)に2日間以上在室した患者で、中枢神経疾患や精神疾患などの患者を除いた153人を対象とし、ICU入室前のソーシャルサポート(ICU入室2日後から退室2週後の間に調査)と、ICU退室3カ月後の心的外傷後ストレス障害(PTSD)症状、不安、抑うつ症状との関連を検討した。ソーシャルサポートは「Duke Social Support Index(DSSI-J)」、PTSD症状は「Impact of Event Scale-Revised(IES-R)」、不安と抑うつ症状は「Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS)」という自記式質問票を用いて評価した。 ICU退室3カ月後の追跡調査データの得られた解析対象患者は115人であり、年齢中央値は74.0歳(四分位範囲64.5~80.0歳)、男性が61人(53.0%)だった。患者の73.9%が予定手術のため入院し、57.3%が心臓手術のためICUに入室した。ICU在室日数の中央値は7日(四分位範囲5~8日)だった。ICU退室3カ月後、PTSDの疑いのある人の割合は11.3%、不安症状のある人は14.0%、抑うつ症状のある人は24.6%だった。 PTSD症状、不安、抑うつ症状について、説明変数をソーシャルサポート尺度とし、年齢、性別、教育年数を調整した多変量線形回帰分析を行った。その結果、PTSD症状および不安症状の重症度とソーシャルサポートに関連は認められなかった。しかし、抑うつ症状に関しては、ソーシャルサポート(β=-0.018、95%信頼区間-0.029~-0.006、P=0.002)は、抑うつ症状の重症度と独立して関連することが明らかとなった。また、抑うつ症状とソーシャルサポートとの関連には性差が認められ、男性の方が関連は強かった(交互作用P=0.056)。 今回の研究結果から著者らは、「ICU入室前のソーシャルサポートは、ICU退室後の抑うつ症状と関連するが、PTSD症状とは関連しなかった」と総括している。女性は抑うつと関連していた一方で、ソーシャルサポートが少ない男性は女性よりも抑うつ症状を生じやすいことなどを指摘し、「ICU入室前のソーシャルサポートが少ない患者は、ICU退室後の抑うつ症状に注意する必要がある」と述べている。

8.

遺族にNGな声かけとは…「遺族ケアガイドライン」発刊

 2022年6月、日本サイコオンコロジー学会と日本がんサポーティブケア学会の合同編集により「遺族ケアガイドライン」が発刊された。本ガイドラインには“がん等の身体疾患によって重要他者を失った遺族が経験する精神心理的苦痛の診療とケアに関するガイドライン”とあるが、がんにかかわらず死別を経験した誰もが必要とするケアについて書かれているため、ぜひ医療者も自身の経験を照らし合わせながら、自分ごととして読んでほしい一冊である。 だが、本邦初となるこのガイドラインをどのように読み解けばいいのか、非専門医にとっては難しい。そこで、なぜこのガイドラインが必要なのか、とくに読んでおくべき項目や臨床での実践の仕方などを伺うため、日本サイコオンコロジー学会ガイドライン策定委員会の遺族ケア小委員会委員長を務めた松岡 弘道氏(国立がん研究センター中央病院精神腫瘍科/支持療法開発センター)を取材した。ガイドラインの概要 本書は4つに章立てられ、II章は医療者全般向けで、たとえば、「遺族とのコミュニケーション」(p29)には、役に立たない援助、遺族に対して慎みたい言葉の一例が掲載されている。III章は専門医向けになっており、臨床疑問(いわゆるClinical questionのような疑問)2点として、非薬物療法に関する「複雑性悲嘆の認知行動療法」と薬物療法に関する「一般的な薬物療法、特に向精神薬の使い方について」が盛り込まれている。第IV章は今後の検討課題や用語集などの資料が集約されている。遺族の心、喪失と回復を行ったり来たり 人の死というは“家族”という単位だけではなく、友人、恋人や同性愛者のパートナーのように社会的に公認されていない間柄でも生じ(公認されない悲嘆)、生きている限り誰もが必ず経験する。そして皮肉なことに、患者家族という言葉は患者が生存している時点の表現であり、亡くなった瞬間から“遺族”になる。そんな遺族の心のケアは緩和ケアの主たる要素として位置付けられるが、多くの場合は自分自身の力で死別後の悲しみから回復していく。ところが、死別の急性期にみられる強い悲嘆反応が長期的に持続し、社会生活や精神健康など重要な機能の障害をきたす『複雑性悲嘆(CG:complicated grief)』という状態になる方もいる。CGの特徴である“6ヵ月以上の期間を経ても強度に症状が継続していること、故人への強い思慕やとらわれなど複雑性悲嘆特有の症状が非常に苦痛で圧倒されるほど極度に激しいこと、それらにより日常生活に支障をきたしていること”の3点が重要視されるが、この場合は「薬物治療の必要性はない」と説明した。 一方でうつ病と診断される場合には、専門医による治療が必要になる。これを踏まえ松岡氏は「非専門医であっても通常の悲嘆反応なのかCGなのか、はたまた精神疾患なのかを見極めるためにも、CG・大うつ病性障害(MDD)・心的外傷後ストレス障害(PTSD)の併存と相違(p54図1)、悲嘆のプロセス(p15図1:死別へのコーピングの二重過程モデル)を踏まえ、通常の悲嘆反応がどのようなものなのかを理解しておいてほしい」と強調した。医師ができる援助と“役に立たない”援助 死別後の遺族の支援は「ビリーブメントケア(日本ではグリーフケア)」と呼ばれる。その担い手には医師も含まれ、遺族の辛さをなんとかするために言葉かけをする場面もあるだろう。そんな時に慎みたい言葉が『寿命だったのよ』『いつまでも悲しまないで』などのフレーズで、遺族が傷つく言葉の代表例である。言葉かけしたくも言葉が見つからないときは、正直にその旨を伝えることが良いとされる。一方、遺族から見て有用とされるのは、話し合いや感情を出す機会を持つことである。 そのような機会を提供する施設が国内でも設立されつつあるが、現時点で約50施設と、まだまだ多くの遺族が頼るには程遠い数である。この状況を踏まえ、同氏は「医師や医療者には患者の心理社会的背景を意識したうえで診療や支援にあたってほしいが、実際には多忙を極める医師がここまで介入することは難しい」と話し、「遺族の状況によってソーシャルワーカーなどに任せる」ことも必要であると話した。 なお、メンタルヘルスの専門家(精神科医、心療内科医、公認心理師など)に紹介すべき遺族もいる。それらをハイリスク群とし、特徴を以下のように示す。<強い死別反応に関連する遺族のリスク因子>(p62 表4より)(1)遺族の個人的背景・うつ病などの精神疾患の既往、虐待やネグレクト・アルコール、物質使用障害・死別後の睡眠障害・近親者(とくに配偶者や子供の死)・生前の患者に対する強い依存、不安定な愛着関係や葛藤・低い教育歴、経済的困窮・ソーシャルサポートの乏しさや社会的孤立(2)治療に関連した要因・治療に対する負担感や葛藤・副介護者の不在など、介護者のサポート不足・治療やケアに関する医療者への不満や怒り・治療や関わりに関する後悔・積極的治療介入(集中治療、心肺蘇生術、気管内挿管)の実施の有無(3)死に関連した要因・病院での死・ホスピス在院日数が短い・予測よりも早い死、突然の死・死への準備や受容が不十分・「望ましい死」であったかどうか・緩和ケアや終末期の患者のQOLに対する遺族の評価 上記を踏まえたうえで、遺族をサポートする必要がある。不定愁訴を訴える患者、実は誰かを亡くしているかも 一般内科には不定愁訴で来院される方も多いだろうが、「遺族になって不定愁訴を訴える」ケースがあるそうで、それを医療者が把握するためにも、原因不明の症状を訴える患者には、問診時に問いかけることも重要だと話した。<表5 遺族の心身症の代表例>(p64より一部抜粋)1.呼吸器系(気管支喘息、過換気症候群など)2.循環器系(本態性高血圧症など)3.消化器系(胃・十二指腸潰瘍、機能性ディスペプシア、過敏性腸症候群など)4.内分泌・代謝系(神経性過食症、単純性肥満症など)5.神経・筋肉系(緊張型頭痛、片頭痛など)6.その他(線維筋痛症、慢性蕁麻疹、アトピー性皮膚炎など) 最後に同氏は高齢化社会特有の問題である『別れのないさよなら』について言及し、「これは死別のような確実な喪失とは異なり、あいまいで終結をみることのない喪失に対して提唱されたもの。高齢化が進み認知症患者の割合が高くなると『別れのないさよなら』も増える。そのような家族へのケアも今後の課題として取り上げていきたい」と締めくくった。書籍紹介『遺族ケアガイドライン』

9.

男女間で異なる不安症状と食物依存症との関連

 不安は、さまざまなケースでみられる症状であり、摂食障害や肥満とも関連しているといわれている。ドイツ・ライプチヒ大学のFelix S. Hussenoeder氏らは、不安症状と食物依存症との関係を分析し、これらの関連性の評価および性差について検討を行った。その結果、食物依存症には、性別やその他の社会人口統計学的因子と関係なく、不安症状に対する長期的な影響が確認された。また、女性における不安症状は、その後の食物依存症に影響を及ぼす可能性が示唆された。このことから著者らは、食物依存症に対する介入は、男女ともに不安症状の軽減につながる可能性があるものの、不安症状に対する介入は、女性の場合のみで、食物依存症の軽減につながることを報告した。Frontiers in Psychiatry誌2022年6月14日号の報告。 人口ベースのLIFE-Adult-Study(1,474例)のデータを用いて、ベースライン時および初回フォローアップ時における不安症状と食物依存症との関連を分析した。不安症状の評価には一般化不安障害質問票(GAD-7)、食物依存症の評価にはYale食物依存症尺度(YFAS)を用いた。不安症状と食物依存症との関連を評価するため、男女の参加者を含む複数グループにおける潜在交差遅延パネルモデルを用いた。年齢、婚姻状況、社会経済的地位、ソーシャルサポートを調整した。 主な結果は以下のとおり。・不安症状および食物依存症は、男女ともに経時的な安定が認められた。 【不安症状】女性:β=0.50、p≦0.001、男性:β=0.59、p≦0.001 【食物依存症】女性:β=0.37、p≦0.001、男性:β=0.58、p≦0.001・女性において、ベースライン時の不安症状と初回フォローアップ時の食物依存症との有意な関連が認められたが(β=0.25、p≦0.001)、男性では認められなかった(β=0.04、p=0.10)。・ベースライン時の食物依存症と初回フォローアップ時の不安症状については、女性(β=0.23、p≦0.001)および男性(β=0.21、p≦0.001)において有意な関連が確認された。

10.

第83回 相次ぐ列車内事件で見えた「孤独・孤立」問題、対策に医療者が関与する余地は?

走行中の列車内を狙った事件が相次いでいる。容疑者の年齢は20〜60代と幅広い。東京・京王線の車内で乗客17人に切りつけ、放火した20代の男は「人を殺して死刑になりたかった」、九州新幹線の車内に火をつけようとした放火未遂の疑いで逮捕された60代の男は「火を放って自殺しようとした」などと警察に供述しているという。いずれも身勝手な理由だが、もしも彼らが孤独・孤立対策のネットワークとつながっていたら、犯罪を未然に防げたかもしれない。たとえば、そこに医療者が関与する余地はないだろうか。コロナ禍では経済的な理由や孤独・孤立などで自殺者数が急増し、とくに女性と若者の増加が注目された。厚生労働省と警察庁によると、2020年の自殺者数は約2万1,000人で、対前年比では4.5%増えた。2021年は、9月末時点で約1万5,900人に上り、前年と同じようなペースで増えている。菅 義偉政権は21年4月、イギリスに次いで世界で2番目の「孤独・孤立対策担当大臣」を設置(第1次岸田内閣では野田 聖子氏)、内閣官房に「孤独・孤立対策担当室」も設置したが、孤独・孤立対策は緒に就いたばかりだ。医療現場では「孤独が問題になっている患者」が増加イギリスでは、国民の7人に1人、65歳以上の10人に3人が孤独を感じているという。孤独によって身体的・精神的健康を損ない、それによる経済的損失は年間320億ポンド(約4.9兆円)に上るという。そこで政府は、孤独は個人の問題ではなく、国を挙げて取り組むべき課題と判断し、エビデンスの構築や国民への啓蒙、分野横断的な孤独対策などが計画された。日本の場合、一人暮らしをしている65歳以上の高齢者は、大切な人との離別や定年退職、リストラ、病気、引っ越しなどによる心身のストレスがもたらす「寂しさ」を訴えている。全世帯のうち、独居世帯は3分の1を超え、未婚率(50歳時)は男性3割弱、女性2割弱と急増。医療情報専門サイトm3.comの調査によれば、4割弱の医師が「孤独が問題になっている患者」が増えたと回答している。孤独・孤立は心血管疾患・認知症・がんのリスク要因孤独・孤立が健康に及ぼす影響については、海外では1970年代から疫学研究が蓄積されている。東京都健康長寿医療センター研究所の村山 洋史氏によると、心血管疾患では「つながりの少なさ」が冠動脈疾患で29%、脳卒中で32%、発症を増加。認知症では「社会参加の乏しさ」が41%、「対人接触の少なさ」が57%、「孤独感」が58%、発症を増加させると報告されている。がんの死亡についても「ソーシャルネットワークが大きい」と20%、「ソーシャルサポートが豊富」だと、リスクが25%減少した。孤独・孤立は死亡リスクにも影響し、「一人暮らし」で32%、「社会的孤立」で29%、「孤独感」で26%高まることが示された。興味深いのは、「社会的孤立」が、その主観にかかわらず「孤独感」と同じく有害であったことだ。医療者が地域の「つながり」生む戦略的対策の1つに孤独・孤立対策には、社会的サポートの強化や社会的交流の機会の増加など「社会的孤立」を防ぐ取り組みが必要だろう。それは人間関係を再構築するだけでなく、予防医学的観点からも重要だ。医療者の関わり方について、高齢化が進む大規模団地で地域コミュニティの構築を目指している自治会長は次のように語る。「住民たちはかかりつけ医が決まっており、住民と医師のマンツーマンの関係はあるのだが、地域を丸ごと診てくれる医師はいない。医師会が地域に担当医を割り当て、継続的に地域全体のケアに関わってもらいたい。地域を支えるには自治体、社会福祉協議会、民生委員の3本柱がうまく機能することが重要だが、ここに医療者が加わって4本柱になるのが理想だ」。地縁・血縁・社縁が弱まり、人々が孤独・孤立に陥りやすくなっている日本。「つながり」を戦略的に生み出す対策には、医療者の関与が重要なカギになるかもしれない。

11.

カレには言えない私のケイカク【結婚をすっ飛ばして子どもが欲しい!?そのメリットとリスクは?(生殖戦略)】Part 2

結婚しないで子どもを持つリスクは?結婚しないで子どもを持つメリットは、結婚というハードルがなくなる、結婚生活を維持する負担がなくなる、自分の思い通りの子育てができるということであることが分かりました。それでは、そのリスクは何でしょう? 大きく3つ挙げてみましょう。(1)子育てへのサポートが脆弱になるゾーイとスタンは、すったもんだの末、一緒に暮らすようになります。そして、スタンは、精子バンクによって生まれてきた双子の育児を献身的にするのです。もしも、スタンがいなかったら、ゾーイはいきなり自分だけで双子の育児をすることができるでしょうか?1つ目のリスクは、子育てへのサポートが脆弱になることです。これは、身体的にだけでなく、経済的に、そして心理的にもです。もしも、タイミング悪く、自分が病気を患ったらどうしましょうか? 仕事の収入が不安定になったら、どうしましょうか? そして、子どもに障害が見つかったら、どうしましょうか? これらの起こりうる事態をあらかじめシミュレーションする必要があります。(2)子どもを私物化してしまう産婦人科病院で、ゾーイは、産婦人科医から「あなたとCRM-1014(精子が入った容器に記載された登録番号)の間には素敵な赤ちゃんができますよ」と励まされます。この産婦人科医は、まったく悪気はないのでしょうが、私たちには命がモノ扱いにされているように感じてしまいます。この映画では描かれていませんでしたが、その後に妊娠したゾーイは、スタンとの恋愛を最優先して、黙って中絶する選択肢だってありえるわけです。2つ目のリスクは、子どもを私物化してしまうことです。実際に、精子バンクのホームページでは、精子ドナーの身長、体重、血液型、人種、肌や目の色、髪の色や髪質、IQ、学歴、職業などがすべてカタログ化され、値段が付いています。あたかも商品のようです。これは、生まれる前だけでなく、生まれた後もです。たとえば、子どもに障害が見つかったら、どうなるでしょうか? 実際に、海外では、ある同じドナー精子によって生まれた子どもたち(ドナー兄弟)が、高い確率で自閉症を発症していたため、精子バンクが訴訟を起こされたというケースもあります。これは、「注文したのと違う」「不良品だ」「返品したい」という発想になってしまう危うさがあります。そして、これは、虐待のリスクでもあります。また、自分だけが子育てを独り占めできるということは、その子育てが独りよがりになる危うさがあります。子育てについて夫婦で話し合いをしなくて済むメリットの裏返しのリスクです。これは、毒親になるリスクでもあります。なお、毒親の心理の詳細については、関連記事1をご覧ください。(3)子どものアイデンティティが揺らぐスタンは、生まれてきた双子の育ての父親になりました。この双子は、スタンを実の父親と思うでしょう。しかし、テリング(真実告知)をすれば、どうなるでしょうか? 彼らは、思春期になったら、生みの父親を知りたくなります。そして、分からない場合は、どうなるでしょうか?3つ目は、子どものアイデンティティが揺らぐことです。思春期になると、より抽象的な思考ができるようになります。そして、自分のルーツや自分らしさなど、自分探しをするようになります。アイデンティティの確立です。この時、精子バンクによって生まれた子どもは、「お金で買ったモノから生まれた」というレッテルを払いぬぐうために、精子ドナー探しをするようになります。実際に、精子ドナーの身元を明らかにすることは、子どもの人権(出自を知る権利)として、すでにいくつかの先進国では制度化しており、日本でも制度化しようとする動きがあります。さらに、その子どもが生みの父親を知り、その認知を求めることは現実的にありえます。これは、精子ドナーの死後に、遺産相続のトラブルを引き起こす可能性があるということです。これを回避するためには、精子ドナーを独身主義(非婚)の人に限定する必要があるでしょう。選択的シングルマザーがうまく行くにはどうすればいいの?結婚しないで子ども持つリスクは、子育てへのサポートが脆弱になる、子どもを私物化してしまう、子どものアイデンティティが揺らぐことであることが分かりました。それでは、これらのリスクを踏まえて、選択的シングルマザーがうまく行くにはどうすれば良いでしょうか? 主に3つのサポートが挙げられます。(1)実父母からのサポート1つ目は、実父母からのサポートです。たとえば、近くに住むか同居して、定期的にも臨時的にも子育ての身体的な負担を肩代わりしてもらうことを確約することです。いざというときは、経済的なサポートをしてもらうことです。もともと、日本では里帰り出産や離婚後に出戻りをする文化があるので、実父母からの抵抗は少ないでしょう。これは、子育てのサポートが脆弱になるリスクを減らします。また、結果的に、実父母が子育てに介入することになるので、子どもを私物化してしまうリスクを減らすこともできるでしょう。(2)ピアサポートゾーイが参加したシングルママの会では、自助グループとして、シングルマザーたちだけが、励まし合ったり、時には出産に立ち会うなど、お互いに助け合っています。2つ目は、仲間からのサポート、つまりピアサポートのことです。これは、自分に仲間ができることで、心理的な安心感が得られることです。心理的な面での子育てのサポートが脆弱になるリスクを減らします。海外ではすでに大きな団体がありますが、日本では小規模な交流会などがあるようです。(3)ソーシャルサポート3つ目は、社会制度としてのサポート、つまりソーシャルサポートです。残念ながら、現時点では、海外の先進国に比べて、日本の子育て支援は極めて限られています。とくに、シングルマザーの貧困は社会問題になっています。これが、少子化対策として、海外から遅れを取っている原因であると指摘されています。少子化対策のためにも、子育て支援を拡充することが望まれます。たとえば、妊娠・出産、保育、義務教育、医療など、成人までかかる子育ての費用をほぼ無償にすることです。そして、児童手当は、家計が潤うくらいのインセンティブをつけることです。子育ても1つの労働と考えれば、当然のことと言えます。これは、結果的に、選択的シングルマザーの子育てへのサポートが脆弱になるリスクも減らすでしょう。<< 前のページへ | 次のページへ >>

12.

カレには言えない私のケイカク【結婚をすっ飛ばして子どもが欲しい!?そのメリットとリスクは?(生殖戦略)】Part 3

選択的シングルマザーは日本でも増えていくの!?選択的シングルマザーがうまく行くための対策として、実父母からのサポート、ピアサポート、そしてソーシャルサポートがあることが分かりました。それでは、選択的シングルマザーは、海外の先進国と同じように日本でも増えていくでしょうか?その可能性は高いと思われます。それどころか、子育て支援などの大胆な政策によっては少子化対策へのウルトラCの解決策になる可能性も秘めています。そもそも少子化対策がうまくいっている先進国の多くは、子育て支援が手厚く、婚外子が多い国でもあります。これは、時代の流れ、もっと言えば、進化の流れとも言えそうです。それでは、ここから、その理由を、子育ての起源を踏まえて、進化心理学的に3つの段階に分けて、解き明かしてみましょう。(1)母親が子育てをする10数億年前に太古の原始生物が誕生してから、自分の遺伝子を残すように行動する種が進化の歴史の中で現在までに生き残りました。逆に言えば、遺伝子を残すように行動しない種は、その遺伝子が残らないわけなので、そもそも現在に存在しないです。この生殖は、食べることや安全を守るなどの生存と並ぶ動物の根源的な行動です。約2億年前に哺乳類が誕生してから、その母親は子どもに自分の乳を与えて育てるというメカニズム(哺乳)を進化させました。1つ目の段階は、母親が子育てをすることです。ちなみに、それを動機付けるのが、生殖心理です。この詳細については、関連記事2をご覧ください。(2)子育てのために結婚する700万年前に人類が誕生し、二足歩行によって手の自由ができたことで、獲った食料を余分に持ち帰ることができるようになりました。そして、男性はその食料を女性にプレゼントして、そのお返しとして、女性がその男性とセックスして、生まれた子どもを育てるように進化しました(性別役割分業)。300万年前に人類が森から草原に出て行ってから、頭が徐々に大きくなっていったことに伴い、生まれるときに母親の産道を通るために、未熟児で生まれるように進化しました(生理的早産)。すると、生まれた赤ちゃんは草原で一定期間寝たきりになります。しかし、動物の生存競争のなかで、獲物として狙われるのは一番小さくて弱い個体、つまり赤ちゃんや子どもです。自然界の頂点にいるライオンでさえ、その子どもは母親が目を離したすきにハイエナなどのほかの動物にあっさり捕食されます。言うまでもなく、人類の赤ちゃんもです。それを防ぐために、父親が、母親と一緒に生活して、子どもを協力して守るようになりました。これが、結婚(一夫一妻型の生殖)の起源であり、家族の起源です。その後、血縁で集まって部族をつくり、より協力行動を進化させていきました。これが、社会(社会脳)の起源です。2つ目の段階は、子育てのために結婚することです。一方、人間に近い種であるチンパンジーやゴリラは違いました。チンパンジーの生態環境は、エサが密集した森の中です。オスとメスが出会いやすく、不特定のオスと不特定のメスが生殖を行う乱婚(多夫多妻型の生殖)になりました。ゴリラの生態環境は、エサが少なく散在した森の中です。オスとメスが出会いにくく、特定の1頭のオスと特定の複数のメスが集まるハーレム(一夫多妻型の生殖)をつくるようになりました。どちらにしても、その子どもたちは森の中で守られていたので、人類ほど夫婦として、そして集団として協力行動が進化しなかったと考えられます。(3)結婚しなくても子育てできる20世紀後半の情報革命から、男女平等(男女共同参画)が高まり、とくに先進国で経済的に自立する女性が増えていきました。そんな女性は、男性の経済的サポートを必要としなくなります。3つ目の段階は、結婚しなくても子育てができることです。もともと私たちには、結婚(協力の約束)をしたから子どもをつくるという考え方が文化的に根付いています。しかし、進化心理学的に考えると、逆です。子どもをつくったから結婚する(子どもを守るために協力する)のです。現代の社会では、結婚という形式に目が行き過ぎて、協力して子育てをするという中身に目が行かなくなっています。言い換えれば、結婚は、そもそも夫婦が協力して子育てをするための手段であり、目的そのものではありません。よって、必ずしも協力する必要がなくなった現代の社会構造では、もはや結婚の意味は薄れていくでしょう。ましてや、結婚していてもしてしなくても、ソーシャルサポートとして子育て支援が充分に得られれば、なおさらです。また、とくに実母(祖母)がその娘の子育てのサポート(孫育て)をするのは、もともと包括的な生殖適応度を上げるように進化した結果と考えられています(おばあさん仮説)。よって、選択的シングルマザーが実母、本人、子どもの3世代による女系家族をつくることは、持続可能な新しい家族の形になるでしょう。これは、カップル文化が強い欧米と比べて、親子文化の強い東アジアでは、とくにです。未来の生殖戦略は?人類の生殖の進化の歴史から、選択的シングルマザーが、これからの社会構造(生態環境)で適応的であることが分かりました。非婚(生涯未婚)が増えている日本では、とくにです。さらに長期的には、選択的シングルマザーは、未来の生殖として多数派になる可能性も秘めています。ただし、これは同時に、人類から父親がいなくなっていき、女系社会になっていくことを意味します。現在の価値観では受け入れにくいかもしれませんが、未来では当たり前になっているかもしれません。そもそも、自然界では、人類のような一夫一妻型の生殖のほうが珍しいので、その可能性は否定できません。ここから、精子バンクの登場を踏まえて、人類の生殖戦略の未来を、チンパンジーやゴリラと比べて、精子レベルで掘り下げてみましょう。(1)チンパンジー-精子間競争チンパンジーの生殖戦略は、乱婚(多夫多妻型)です。よって、生殖適応度が高いのは、より数が多くてより動きが速い精子をつくる妊孕性の高い個体になります。これは、精子間競争です。そのため、精子をよりつくり出すため、チンパンジーの睾丸はかなり大きいです。(2)ゴリラ-個体間競争ゴリラの生殖戦略は、ハーレム形成(一夫多妻型)です。よって、生殖適応度が高いのは、オス同士のケンカで勝つために、より気性が荒くてより大きい体格の個体になります。これは、個体間競争です。そのため、ゴリラのオスとメスの体格差はかなり大きいです。一方で、精子間競争がないので、睾丸はかなり小さいです。ちなみに、チンパンジーは、個体間競争がないため、オスとメスの体格差はほとんどありません。(3)人類-「社会間競争」人類の生殖戦略は、結婚(一夫一妻型)です。よって、生殖適応度が高いのは、男性と女性が協力行動を維持する個体になります。さらに言えば、時として不倫という裏切り行動もすることです。つまり、人類の生殖は、チンパンジーほど相手を特定していないわけではなく、ゴリラほど相手を特定しているわけでもないです。そのため、人間の男女の体格差にしても、睾丸の大きさにしても、ゴリラとチンパンジーの中間になっています。なお、不倫の心理の詳細については、関連記事3をご覧ください人類の生殖において、その結婚相手は、本人の意思以上に、親や親族などの部族集団(社会)の評価によって、ある程度決められてきました。これは、「社会間競争」と言えるでしょう。現代は、本人の意思が尊重されています。しかし、その判断基準はどうでしょうか? 結局、社会で望ましいとされるスペック(要素)が内面化されています。たとえば、男性なら、高身長、高収入です。女性なら、美しさと若さです。ひと言で言えば、「周りに見せて恥ずかしくない」「ちゃんとした」相手です。とくに、世間体を気にする集団主義の根強い日本では、なおさらです。これまで、これらの男性と女性の望みがお互いに叶わなければ、生殖は成り立ちませんでした。ところが、精子バンクの登場によって、女性にとっては、その望みをお金で解決できる時代が来ています。たとえば、金髪、青い目、高身長、高IQ、大学院卒、医師、スーパーモデルなど、精子ドナーのランキングで人気の「アイテム」を課金によって手に入れることができます。これからの人類の生殖戦略は、より望ましい精子ドナーが選ばれる点で、ゴリラ的でしょう。精子レベルのハーレムです。選ばれない精子(男性)は、ハーレムに君臨できなかった多数のオスゴリラです。一方、第一子と第二子の精子ドナーは必ずしも同じく選ばれない点で、その生殖戦略はチンパンジー的でもあるでしょう。精子レベルの乱婚です。さらに、精子ドナーのランキングを、国家が操作したらどうなるでしょうか? 一部の独裁国家などが、国家に従順で優秀な精子ドナーを選抜したり、逆に国家に反逆的な家族や親族がいる精子ドナーを排除することも可能になるわけです。これは、新たな優生思想が強まる可能性もあります。「私のケイカク」とは?この映画「カレには言えない私のケイカク」のもともとのタイトルは「バックアッププラン」です。さらに当初は「プランB」というタイトルで公開が予定されていました。つまり、ゾーイにとってのプランAは理想の男性と結婚して子どもをつくること、そしてプランBは精子バンクを利用して子どもをつくることでした。さらに、その先も想像できます。加齢により身体的不妊になった場合のプランCとして、自分の凍結卵子と精子バンクによる提供精子で体外受精をすることです。そして、凍結卵子のストックがなくなった場合のプランDとして、自分の男兄弟による提供精子と卵子バンクによる提供卵子を使って体外受精をすることです。男兄弟を精子ドナーとするのは、甥っ子(姪っ子)を産むという認識が得られ、血のつながりを意識できるからです。なお、厳密には、ゾーイには男兄弟がいないキャラクターとして設定されています。最後に、出産できなくなった場合のプランEとして、代理出産が考えられます。しかし、現在、代理出産は、人権問題から各国が次々と禁止しているため、現実的ではないでしょう。このように、壮大な生殖戦略が、ゾーイの「私のケイカク」として考えられるわけです。少なくとも、精子バンクの利用は、卵子バンクや体外受精と違って、その手軽さから、良いか悪いかは別にして、規制がしにくい現実があります。かつてある政治家が「女性は子どもを産む機械だ」と発言して厳しく批判されました。精子バンクの発展によって、未来では逆に「男性は種をつくる植物だ」と発想されてしまう危うさもあるでしょう。そんな偏った社会にならないためにも、私たちは、ゾーイとスタンのようにお互いを思いやれる、そして協力し合える社会を築いていくことがますます重要であると言えるのではないでしょうか? そして、そのためにも、私たちは、もっと生殖について話題にして、多くの議論をしていくことが必要なのではないでしょうか? この記事がその判断材料の1つになれば、幸いです。1)生殖医療はヒトを幸せにするのか:小林亜津子、光文社新書、20142)ルポ生殖ビジネス:日比野由利、朝日新聞出版、20153)「選択的シングルマザー」とは?未婚のまま出産を選ぶ女性の生き方:志水なほみ、All About 20th暮らし、2020<< 前のページへ■関連記事八日目の蝉【なぜ人を好きになれないの?毒親だったから!?どうすれば良いの?(好きの心理)】コウノドリ(その2)【なんで子どもがほしいの? 逆になんでほしくないの?(生殖心理)】昼顔【不倫はなぜ「ある」の?どうすれば?】Part 2

13.

日本人高齢者の認知症発症とソーシャルサポートとの関連

 認知症患者数は、増加を続けており、日本においても2025年には700万人に達するといわれている。認知症の発症予防やマネジメントにおいて、個人レベルの支援に加え、コミュニティレベルのソーシャルサポートが注目されている。日本福祉大学の宮國 康弘氏らは、マルチレベルの生存分析を用いて、コミュニティレベルのソーシャルサポートと認知症発症との関連を調査した。BMJ Open誌2021年6月3日号の報告。 2003年に設立された日本老年学的評価研究のプロスペクティブコホート研究を用いて、コミュニティレベルのソーシャルサポートと認知症発症との関連を調査した。対象は、公的介護保険の給付を受けていない愛知県(7市町村)在住の65歳以上の高齢者1万5,313人(男性:7,381人、女性:7,932人)。認知症発症は、ベースラインから3,436日間にわたる公的介護保険データを用いて評価した。 主な結果は以下のとおり。・10年間のフォローアップ期間中に、認知症を発症した高齢者は1,776人であった。・高齢者に対するコミュニティレベルのソーシャルサポート(エモーショナルなサポート)が1%増加すると、社会人口統計変数や健康状態にかかわらず、認知症発症リスクが約4%減少した(HR:0.96、95%CI:0.94~0.99)。 著者らは「日本人高齢者にとって、コミュニティレベルのエモーショナルなソーシャルサポートは、認知症発症リスクを低下させる可能性が示唆された」としている。

15.

コウノドリ(その1)【なんで不妊治療はやめられないの? その心理的なリスクは?(不妊の心理)】Part 1

今回のキーワードがんばりすぎる(過剰適応)とらわれる(強迫)のめり込む(嗜癖)燃え尽きる(破綻)頭が硬くなる(べき思考)元を取りたいと思う(負け追い)政府は、2022年4月から不妊治療に公的医療保険を適用する方針を打ち出しています。また、不妊治療で体外受精を行っている女性の半数以上に軽度以上の抑うつの症状がみられる調査結果が報じられました。一方で、不妊治療はなかなか止められない現実もあります。なぜ止められなくなるのでしょうか? その心理的なリスクは何でしょうか?これらの答えを探るために、今回は、ドラマ「コウノドリ」の不妊に関連したエピソードを取り上げます。このドラマを通して、不妊の心理を精神医学的に解き明かしてみましょう。なんで不妊治療は止められないの?主人公は、産婦人科医の鴻鳥(こうのとり)。総合病院の産婦人科のチームのリーダー的存在です。彼がかかわる妊婦や患者とその人間関係を中心にストーリーが展開していきます。中でも、不妊治療は、やり始めるとなかなか止められなくなるようです。それでは、なぜ不妊治療は止められなくなるのでしょうか? まず、その原因を、大きく3つに分けて精神医学的に解き明かしてみましょう。(1)がんばりすぎる-過剰適応鴻鳥が43歳の妊婦をフォローするエピソードがあります(シーズン1第6話)。合同カンファレンスで、鴻鳥の同僚である四宮は、その妊婦について「長期間の不妊治療で疲弊しきっている人を見ると、どこかで線引きすべきではとも思いますね。実際、出産とともに燃え尽きて、育児を放棄する人もいるわけですから」と発言します。不妊治療が止められない1つ目の理由は、がんばりすぎるからです。これは、「がんばればうまく行く」「これだけがんばっているんだから、できるはず」という過剰適応の心理が根っこにあります。とくに、もともと勉強、スポーツ、仕事、結婚でうまくやってきた人ほど、その成功体験によって、この心理に陥りやすくなります。なぜなら、知的能力、身体能力、コミュニケーション能力と同じように、生殖能力も努力によって高まるものだと思ってしまうからです。また、私たちは、知的能力、身体能力、コミュニケーション能力については、小さい頃から、その限界を少しずつ自覚して、自然に受け入れています。ところが、生殖能力に限っては、結婚後に明らかになるため、急すぎてなかなか受け入れられなくなります。そして、とくに女性の場合はその能力が年齢とともに低くなっていくという現実もあります。(2)とらわれる-強迫鴻鳥が不育症(流産を繰り返すこと)に悩む夫婦をフォローするエピソードがあります(シーズン2第9話)。妻は、なかなか妊娠できず、妊娠しても流産を繰り返すことで、専業主婦として家事も手につかなくなり、うつ状態になり、寝込んでいます。そんな妻を見た夫は「俺はさ、子どもがいない2人だけの人生も良いと思ってる。2人なら、好きなことできるし、旅行にだって…(行けるし)」と言いかけます。すると、妻は言いかぶせるように「全然嬉しくないよ。慰めにもなってない」とイラついて答えます。そして、夫は、しょんぼりするだけなのでした。もはや、深刻すぎて夫婦げんかもできない状況です。不妊治療が止められない2つ目の理由は、とらわれるからです。これは、「子どもができたらいいな」という希望ではなく、「子どもはできなければならない」「子どもができることが唯一の幸せな人生である」という強迫の心理が根っこにあります。とくに専業主婦で、もともと仕事や趣味(自分のやりたいこと)に思い入れがなく、社会的な活動をしてこなかった人ほど、アイデンティティが定まっていないため、この心理に陥りやすくなります。なぜなら、「○○ちゃんママ」という待望の親アイデンティティが得られず、ママ友グループという居場所に入れないからです。(3)のめり込む-嗜癖先ほどの高齢の妊婦は、鴻鳥に「生理が来るたびに、あーまただめだった。次は大丈夫かもしれない。ここまでがんばったんだから止められない」と不妊治療をしていた当時の自分の様子を語ります。一方で、不妊治療専門医は、別の患者に「(体外受精の成功率は)相沢さんの年齢(38歳)だと30%を切るくらい。それも、40歳を過ぎると10%程度に下がります」と率直に言っています。不妊治療が止められない3つ目の理由は、のめり込むからです。これは、時間が経てば経つほど可能性が低くなるのに、「次こそはできる」「今やめたら後悔する」「可能性があるうちは続けたい」という嗜癖(依存)の心理が根っこにあります。次のページへ >>

16.

コウノドリ(その1)【なんで不妊治療はやめられないの? その心理的なリスクは?(不妊の心理)】Part 2

不妊治療の心理的なリスクは?不妊治療が止められない原因として、がんばりすぎる(過剰適応)、とらわれる(強迫)、のめり込む(嗜癖)という独特の不妊の心理があることが分かりました。それでは、これらの心理的なリスクは何でしょうか? ここから、そのリスクを、それぞれ考えてみましょう。(1)燃え尽きる-破綻1つ目の過剰適応の心理のリスクは、燃え尽きる、つまりその破綻です。先ほどの四宮のセリフで触れられたように、身体的にも、精神的にも、そして経済的にも疲弊するリスクがあります。また、先ほどの不育症の女性は、鴻鳥に「子どもがほしくて、やっぱりあきらめきれないから、ここに来ているんですけど。でも、妊娠してないってことが分かると、少しほっとする自分がいて。一瞬でもお腹の中に赤ちゃんがいるのが怖くて。(私は)何言ってんですかね」と打ち明けます。これは、本来妊娠が判明することが望ましいはずなのに、流産を繰り返したために、また流産して悲しみに暮れるのを予期してしまうことです。そして、パニック症の予期不安と同じように、「予期悲嘆」が起きてしまい、妊娠を回避しようとする矛盾した心理が沸き起こっています。とくに体外受精の場合、受精卵(胚)ができた段階で心理的に「子どもができた」と認識してしまうため、着床しないことは心理的に「流産した」と受け止めてしまいがちになります。これは、排卵誘発による心身へのストレスと相まって、誕生による希望と喪失による失望を繰り返す感情の「ジェットコースター」に乗り続けていることになります。また、結果的に子どもができなければ、「私だけが置いてけぼり」「私はだめだ」と自尊心が低くなったり、「なんで私だけが?」という怒りや「がんばっていないのに、子どもがいる人はずるい」という恨みに転じてしまう危うさがあります。なお、過剰適応の心理の詳細については、関連記事1をご覧ください。(2)頭が硬くなる-べき思考2つ目の強迫の心理のリスクは、「こうでなければならない」「こうあるべき」と頭が硬くなる、つまりべき思考です。ドラマの妻のように、もはや妊娠以外のことは何も考えられない(考えてはいけないと思い込む)精神状態です。最終的に子どもができなければ、「夫の血をつなげるというお勤めが果たせなかった」「血のつながりがなければ自分たちの子どもではない」と考え、次善の策として養子や里子について検討することが難しくなってしまう危うさがあります。また、子どもをつくるだけのためにセックスをしてきたので、「子どもをつくらないなら、セックスに意味がない」という発想になり、セックスレスになる危うさもあります。セックスとは、本来、単に生殖だけでなく、快楽やコミュニケーションの意味合いも大きいのにです。さらに、もともと、大人になっても将来の夢が「お母さんになること」のままである場合や子どもをつくることが前提で結婚した場合、この心理がさらに強まり、子どもができなければ離婚リスクが高まります。欧米がパートナーとの関係を大事にするカップル文化であるのに対して、日本はもともと親子の関係を大事にする親子文化が根強いため、なおさらです。子どもができたとしても、親アイデンティティが強まることによって、とくに女性は子ども中心の人生の中、「子どもはすくすくと成長しなければならない」「子育てが自分の唯一の幸せである」と思い込んでしまいます。そのため、その後に、母乳、自然食、早期教育、習い事、お受験などの「子育て競争」への思い入れを強め、「毒親」になるリスクがあります。ましてや、子どもの障害が見つかった場合は、親アイデンティティが揺らぐので、「こんなに私はがんばっているのに」「夫の血が悪い」「子どものせいで不幸になった」という発想になる危うさもあるでしょう。なお、「毒親」の心理の詳細については、関連記事2をご覧ください。(3)元を取りたいと思う-負け追い3つ目の嗜癖のリスクは、元を取りたいと思う、つまり、負け追いです。ドラマの43歳の妊婦の発言のように、それまでに費やした労力、時間、そして高額な治療費を無駄にしたくないと思う気持ちが高まります。これは、損を取り返したいと思う点で、ギャンブル依存症にも通じる心理です。ドラマの女性は、10%の「ギャンブルに勝った」から、得るものがありました。しかし、残りの90%の人は「負け続けてどんどん失っている」という点で、この心理の危うさがうかがえます。なお、ギャンブルの心理の詳細については、関連記事3をご覧ください。<< 前のページへ■関連記事Mother(前編)【過剰適応】八日目の蝉【なぜ人を好きになれないの?毒親だったから!?どうすれば良いの?(好きの心理)】「カイジ」と「アカギ」(前編)【ギャンブル依存症とギャンブル脳】

17.

日本における自閉症の特徴を有する女性の産後うつ病と虐待リスク

 自閉症の特徴を有する女性が、出産後に母親となり、どのような問題に直面するかはあまりわかっていない。順天堂大学の細澤 麻里子氏らは、出産前の非臨床的な自閉症の特徴と産後うつ病および産後1ヵ月間の子供への虐待リスクとの関連、これらに関連するソーシャルサポートの影響について、調査を行った。Journal of Affective Disorders誌オンライン版2020年11月5日号の報告。自閉症の特徴は産後うつ病や子供への虐待のリスク増加と関連 日本全国の出生コホートである子どもの健康と環境に関する全国調査(Japan Environment and Children's Study)より、精神疾患の既往歴のない単胎児の母親7万3,532人を対象とした。自閉症の特徴は、簡易自閉症スペクトラム指数日本語版を用いて、妊娠第2三半期/第3三半期に測定した。対象者を、自閉症スコアに基づき3群(正常、中等度、高度)に分類した。産後うつ病はエジンバラ産後うつ病尺度日本語版を、子供の虐待は自己報告を用いて、出産1ヵ月後に測定した。妊娠中のソーシャルサポートは、個々に収集した。データ分析には、ポアソン回帰を用いた。 出産前の自閉症の特徴と産後うつ病および子虐待リスクとの関連を調査した主な結果は以下のとおり。・産後1ヵ月間で、産後うつ病は7,147人(9.7%)、子供への虐待は1万2,994人(17.7%)より報告された。・自閉症の特徴は、交絡因子とは無関係に、産後うつ病および子供への虐待のリスク増加との関連が認められた。 【自閉症スコア中等度】 ●産後うつ病(調整後相対リスク[aRR]:1.74、95%CI:1.64~1.84) ●子供への虐待(aRR:1.19、95%CI:1.13~1.24) 【自閉症スコア高度】 ●産後うつ病(aRR:2.33、95%CI:2.13~2.55) ●子供への虐待(aRR:1.39、95%CI:1.28~1.50)・自閉症スコアが中等度または高度の女性に対するソーシャルサポートは、産後うつ病および子供への虐待のリスクを、26~31%緩和させた。 著者らは「自己報告による評価であるため、制限がある」としながらも「中等度または高度の自閉症の特徴を有する母親は、産後1ヵ月間で、産後うつ病や新生児虐待に対する脆弱性が認められており、妊娠中のソーシャルサポートが不足している可能性が示唆された」としている。

18.

ライフ・イズ・ビューティフル【こんな人生に意味はない」と嘆かれたら?(ナラティブセラピー)】Part 1

今回のキーワード逆境外在化相対化主流秩序アナザーストーリー化ナラティブ・ベイスト・メディスン(NBM)実存的苦痛フランクル心理学皆さんは「こんな人生に意味はない」と嘆く相手がいたら、どうしますか? または自分がそう思ってしまったら、どうしましょうか? そもそもなぜ人生に意味が「ある」のでしょうか?これらの答えを探るために、今回は不朽の名作映画「ライフ・イズ・ビューティフル」を取り上げます。この映画を通して、逆境への心のあり方を探るナラティブセラピーを紹介します。そして、「人生の意味」を進化心理学的に掘り下げます。人生に意味はないと思うのは?―逆境舞台は、第二次世界大戦さなかのイタリア。主人公のグイドは、妻のドーラと幼い息子のジョズエと幸せな家庭を築いていました。ところが、ある日、彼らはユダヤ人であったため、ナチスの強制収容所に連行されてしまいます。グイドは、ドーラと離れ離れになってしまい、ジョズエを守りながら、収容所で強制労働をすることになります。しかし、食事は不十分で、部屋は不衛生で大人数がひしめき合っています。しかも、高齢者、子ども、弱って働けなくなった人は、次々とガス室に送られるという極限状況です。収容されている人のほとんどが絶望し、魂の抜け殻になったように、無口、無表情、無感情となっていきます。まさに、「こんな人生に意味はない」と思う瞬間です。私たちも、失業、離婚、死別、がん告知などによって、人生の意味を見失いそうになる逆境があるでしょう。人生に意味はないと思った時、どうする?―ナラティブセラピー逆境を嘆く相手にどうしたら良いでしょうか? または、逆境に立ってしまったら、私たちはどうしたら良いでしょうか? ここから、ジョズエへのグイドのセリフをヒントにして、ナラティブセラピーの3つのステップを紹介しましょう。(1)問題と自分を切り離す-外在化グイドは、強制収容所に到着した時、不安がるジョズエに、持ち前の明るさで、「これはゲームなんだ」「みんなと競争するのさ。ルールはこうだ。兵隊さんに従わなければならない。これが難しい。ミスをしたらすぐに家に送り返される。1,000点たまったら優勝」「優勝すればご褒美が出るからね」「優勝賞品は、本物の戦車さ」ととっさに言います。息子を安心させるため、収容所生活をあたかもゲームのであるかのように装うことを思い付いたのです。1つ目は、外在化です。これは、問題とその人自身(アイデンティティ)を切り離すことです。ナラティブセラピーでは、「人が問題なのではなく、問題が問題なのだ」と言われています。逆境を背負う自分が問題なのではなく、逆境そのものが問題だと客観視して、その逆境を「ゲーム」と名付けたり、問題を「○○虫」「○○さん」と擬人化(擬「虫」化?)します。たとえば、「独りぼっちの人生に意味はない」と嘆く相手がいたら、その相手への一般的な質問は、「なんでそう思うの?」でしょう。これを、「何があなたをそう思わせるの?」という言い方に変えることです。すると、「独りぼっち」がその人のせいでなく、独立した問題として、客観視することを促します。相手が「寂しさ」と答えたら、「寂しさに虫の名前を付けるとしたら?」と考えてもらい、たとえば「寂しがり虫」と名付けます。そして、「この寂しがり虫を飼い馴らすのを一緒に考えましょう」「その虫はどうあなたを困らせるの?」「その虫が弱ってる時はどういう時?」「何が駆除の助けになりそう?」と話を進めていくのです。ちなみに、怒りっぽいなら「怒り虫」、イライラしやすいなら「イライラ虫」、うっかりミスをしやすいなら「うっかり虫」、怠け癖があるなら「怠け虫」、疑り深いなら「疑り虫」、さらに幻聴の症状があるなら「幻聴さん」と名付けることができます。(2)問題の影響を考える-相対化日が経つにつれて、ジョズエは「もう家に帰りたい」と弱音を吐きます。すると、グイドは「いいよ、お前が帰りたいなら帰ろう」と帰り支度を始めるふりをします。そして、「残念だな。687点で1番だったのに。これで失格だよ」「戦車はほかの子がもらうことになるなあ」とぶつぶつ独り言を言い続けます。そして、ジョズエは、「ゲーム」を続けることを決心します。戦車が手に入るなら、苦労する価値があると子どもながらに思ったのです。2つ目は、相対化です。「もう自分はだめだ」と絶対的に考えずに、問題の影響の度合いや価値を相対的に考えることです。たとえば、先ほどの「寂しがり虫」の続きの質問として、「寂しがり虫はあなたの人生にどう影響を与えているの?」「その虫がいなかったら、どうなってる?」「その虫は、人生の意味をなくすほどの(価値ある)虫?」と話を進めていくのです。これらは、問題の深刻さがフェアか、つり合っているか、見合っているかを自覚させる質問です。これらを、忖度なく純粋な好奇心として質問していくのです(無知の姿勢)。実は、「人生に意味はない」との嘆きの多くは、世間が好ましいとする価値観(主流秩序)から外れていることが原因となっています。たとえば、「親がいない」「友達がいない」「正社員じゃない」「結婚していない」「子どもがいない」などです。それは、主流秩序を絶対視したら、嘆かわしいことでしょう。しかし、自分がどうしたいかという自分の価値観と照らし合わせて相対的に見たら、そこまで苦悩することではないことに気付くことがよくあります。(3)問題を語り直す-アナザーストーリー化グイドは、ジョズエを含む収容者たちみんなの前で、いきなりドイツ語の通訳を買って出ます。ドイツ兵が「偉大なるドイツ帝国のために働けることを誇りに思え」と言うと、グイドは「私は怒鳴る兵隊の役だ。怖がると減点だ」と言い換えます。さらにドイツ兵が「3つの規則を守れ。脱走を試みるな。どんな命令にも背くな。暴動を起こした者は絞首刑。以上だ」と言うと、グイドは「3つの行為が減点の対象だ。泣きべそをかくこと。ママに会いたがること。お腹が空いたとぐずること。以上だ」と言い換えます。こうして、疑うジョズエを信じ込ませたのでした。エンディングでは、大人になったジョズエのナレーションで「これがぼくの物語だ。父が私にしてくれたこと。それこそが贈り物だった」と締めくくります。ジョズエにとって、収容所生活は過酷な逆境によるトラウマ体験ではなく、自分の幸せを一番に願う父親が必死になって作り上げたゲームによる成長体験になっていたのでした。3つ目は、アナザーストーリー化です。これは、主流秩序の価値観に支配された物語(ドミナント・ストーリー)ではなく、自分が納得する自分ならではストーリー(オルタナティブ・ストーリー)に語り直すことです。たとえば、先ほどの「寂しがり虫」の落としどころの1つは、「虫は、退治しなくても良い」「そのまま飼い慣らしても良い」と思えることです。そして、「よくよく考えると、独りは嫌いじゃなかった」「独りでも、今まで自分なりに生きてきた」「ガーデニングやペットのお世話が癒しになっている」「困ったときは、医療や福祉などのソーシャルサポートがある」と語り直すことです。自分の人生は、意味がないと決め付けて絶望するのではなく、意味を見いだすことで受け入れられることに気付きます(自己受容)。いったん、この自己受容ができれば、その他の落としどころとして、本人がやってみたいと思える範囲で「まずは身近な人に挨拶をしっかりしよう」「自分の趣味の仲間とネットでつながろう」との考えが広がるでしょう。ちなみに、主流秩序のアナザーストーリーをそれぞれ考えてみると、たとえば「親のいない子どもはかわいそうな人生」は、「助けてくれる人に囲まれている人生」です。「結婚できないのは負け犬の人生」は、「自由気ままな生活ができる人生」です。「結婚して子どもができないのは気の毒な人生」は、「夫婦の時間を大切にしている人生」です。次のページへ >>

19.

恥ずかしいけど口に出したら幸せになるカード【これで「コロナ離婚」しなくなる!(レクリエーションセラピー)】Part 1

今回のキーワード「ポジティブ合戦」社会的報酬ピグマリオン効果認知(マインドセット)健康(ウェルビーイング)幸福感(主観的ウェルビーイング)マズローの動機(欲求)のピラミッドポジティブ心理学コロナ禍の中、親の在宅勤務や子どもの自宅学習が増え、家族が家にいる時間が増えたことで絆が強まる…と思ったら、実際は、逆でした。その距離感に戸惑い、夫婦げんかや親子げんかが増えています。そして、モラハラやDVが社会問題となり、「コロナ離婚」という言葉が生まれています。このようにならないためには、どうすれば良いでしょうか?その答えが、今回紹介するカードゲーム「恥ずかしいけど口に出したら幸せになるカード」です。今回は、いつもとは違い、シネマセラピーのスピンオフバージョン「レクリエーションセラピー」をお送りします。このゲームは、一言で言うと、ファミリーやカップル向けの「ポジティブ合戦」です。それでは、なぜポジティブなセリフを言い合うとポジティブになるのでしょうか? なぜポジティブになると幸せになるのでしょうか? そもそもなぜ私たちは幸せになりたいのでしょうか? これらの答えを、このゲームに触れながら、進化心理学的に解き明かします。ネガティブになりがちな今だからこそ、ポジティブになることについて考え、「コロナ離婚」しない、幸せな夫婦のあり方、家族のあり方を一緒に探っていきましょう。 なんでポジティブなセリフを言い合うとポジティブになるの?このゲームのアイテムは、ポジティブなセリフが書かれた48枚のカードと30枚のチップを使います。ルールは、プレイ人数2~4人で、毎朝1~5枚ずつカードを引いて、そのカードに書かれたセリフを1日の間で「対戦相手」にどれだけ言えるかを1週間単位で競います。また、自分が引いたカードを「対戦相手」にアピールしてそのセリフを言ってもらうと、お互いにポイントになります。毎日の夕食の時など一緒にいる時に「対戦結果」を集計し、ポイントのチップをゲットして、勝敗を決めます。このゲームをし続けるうちに、プレイヤーはだんだんとポジティブになっていきます。ここから、この心理メカニズムを3つに分けて、ご説明しましょう。(1)言われると心地良く感じるたとえば、「素敵だね」というカードがあります。こう相手から言われると、どうなるでしょうか?1つ目は、私たちが美味しいものを食べた時と同じように、ポジティブなことを言われると心地良く感じるからです。これを心理学では、社会的報酬と言います。さらに、相手からポジティブに見られると、自分も相手をポジティブに見るようになります。これを心理学では、魅力の返報性(互恵性)と言います。(2)言われるとその良さを再認識するたとえば、「思いやりがあるね」というカードがあります。こう相手から言われると、どうでしょうか?2つ目は、ポジティブなことを言われるとその良さを再認識するからです。これを心理学では、リソースの発見と言います。これは、自尊心や自信を高めることにつながり、ポジティブになります。また、期待されるという暗示的な効果によって、その良さを生かすことに意識が向いて、実際にそのようになっていきます。これを心理学では、ピグマリオン効果と言います。なお、ピグマリオンとは、ギリシア神話に登場する彫刻家です。彼に恋をした石像が、その彼の期待に応えようと本物の人間の女性になったというストーリーにちなんでいます。日本のことわざの「ひょうたんから駒」や「嘘から出た真」にも通じます。(3)言い続けると癖になるたとえば、「一緒にいられて嬉しいな」というカードがあります。こう自分が言おうとすると、どうなるでしょうか?3つ目は、ポジティブなことを言い続けると癖になるからです。これは、カードのセリフを言うタイミングを見極めようと、そのセリフが頭の中を占めるようになることです。そして、相手の良さを探し出す発想が自分自身にも向き、自分も自分の良さに気付き、ポジティブ思考の「癖」が身に付きます。この考え方の「癖」を心理学では、認知(マインドセット)と言います。ある心理学者(ジェームズ・ランゲ)が、「悲しいから泣くのではない。泣くから悲しい」という名言を残しています。言い換えれば、「楽しいから笑うのではない。笑うから楽しい」です。これは、「笑う門には福来たる」という日本のことわざにも通じます。つまり、私たちは行動を変えることで、思考パターン(認知)を変えるができます。この思考パターンは、まさにスポーツや楽器演奏と同じく、練習すればするほどうまくなります。これは、心理カウンセリングでよく行われる認知行動療法です。認知とは、心のあり方そのものです。もっと言えば、どういう生き方をしたいのか、生き方そのものとも言えるでしょう。 なんでポジティブになると幸せになるの?幸せとは、健康(ウェルビーイング)と言い換えられます。ここから、ポジティブになると得られる健康を3つに分けて、紹介しましょう。(1)精神的な健康たとえば、「いつもそばにいるよ」というカードは、「自分は大丈夫」という自尊心(自尊感情)を高めます。「センスがいいね」というカードは、「自分はできる」という自信(自己効力感)を高めます。そして、「ワクワクするね」というカードは、「自分はこうしたい」という積極性(内発的動機付け)や目標意識(自己実現)を高めます。これの心理によって、たとえストレスにさらされても、解決しようと働きかけるようになります(ストレスコーピング)。これは、裏を返せば、心が折れにくくなります(レジリエンス)。1つ目は、うつ病などの精神障害を発症しにくくなる、つまり精神的な健康です。なお、レジリエンスの詳細については、末尾の関連記事1をご参照ください。(2)身体的な健康精神的な健康によって、ストレスを減らすことは、脳血管疾患や心血管疾患のリスクを減らします。また、免疫力を維持して、がんのリスクも減らします。2つ目は、寿命が延びる、つまり身体的な健康です。実際に、「修道女研究」によって、若年期にポジティブであることは長寿の傾向になることが示されています。これは、アメリカのある教会の修道女180人の若年期の日記の中にあるポジティブワードの割合を分析した研究です。結果として、順位付けた4つのグループの間で明らかな生存率の違いが判明しました。なお、修道女である理由は、質素な食事量、適度な運動、喫煙や飲酒などの嗜好品の禁止などが徹底されており、生活習慣が完全にコントロールされているからです。(3)社会的な健康たとえば、「あなたがいてくれて良かった」というカードは、「自分は周りから大切にされている」という自尊心(集団的アイデンティティ)から「周りを大切にしたい」という愛他性(利他性)を高めます。また、「人の心を動かせる人だね」というカードは、「自分たちは社会の役に立てる」という自信(集団的効力感)を高め、「自分たちは世の中の役に立ちたい」という社会貢献(向社会性)につながります。これが制度化されたものが、ソーシャルサポートであり福祉です(コミュニティ・レジリエンス)。3つ目は、ソーシャルサポート(福祉)が充実する、つまり社会的な健康です。実際に、宗教に入信している人は、一般の人よりも寿命が平均7年長いことが分かっています。その理由として、宗教というコミュニティに属することで、精神的な健康だけでなく、助け合いによるソーシャルサポートも得られることが指摘されています。また、対人魅力の研究によると、結婚相手に選ばれるのは、ネガティブな人よりもポジティブな人であることが分かっています。つまり、ポジティブであることは、それだけ社会、そして子孫が繁栄することが示唆されます。次のページへ >>

20.

東日本大震災プロスペクティブ研究:事前のソーシャルサポートと災害後のうつ病予防

 国立保健医療科学院の佐々木 由理氏らは、2011年の東日本大震災による高齢者の抑うつ症状を緩和するために、災害前のソーシャルサポートが有効であったかについて検討を行った。Scientific Reports誌2019年12月19日号の報告。 対象は、災害の7ヵ月前に日本老年学的評価研究の一環としてベースライン調査を完了した岩沼市在住の65歳以上の高齢者3,567例。フォローアップ調査は、災害から2.5年後に実施した。分析対象者2,293例の災害前のソーシャルサポート(emotional & instrumental help)の授受を4つの項目を用いて測定した。抑うつ症状は、GDS(カットオフ値4/5)を用いて評価した。 主な結果は以下のとおり。・災害前にソーシャルサポートの授受があった高齢者は、授受がなかった高齢者と比較し、災害後に抑うつ症状を発症する可能性が有意に低かった(ARR:0.70、95%CI:0.56~0.88)。・災害による被害を受けた高齢者における抑うつ症状の発症リスクは、ソーシャルサポートの授受があった高齢者で1.34(95%CI:1.03~1.74)、授受がなかった高齢者で1.70(95%CI:1.03~2.76)であった。 著者らは「災害からの心理的回復力を養うために、ソーシャルサポートの強化が役立つ可能性がある」としている。

検索結果 合計:53件 表示位置:1 - 20