79.
Q9 急性腎盂腎炎の標準的治療期間は10~14日とされますが、外来診療において単純性であれば治療開始後数日で解熱することが多く、抗菌薬を2週間も継続する必要はないのではと思われる症例が多々あります。実際1週間で治療終了しても再燃しない方がほとんどですが、いかがお考えでしょうか? 『サンフォード感染症治療ガイド2014』によれば、腎盂腎炎の治療期間は14日間(シプロフロキサシンを使用する場合は7日間、750mgのレボフロキサシンを使用する場合は5日間)と記載されています1)。 14日間なんて長すぎる!と思う人も少なくないでしょう。かくいう筆者もそう思ったことがあります。 腎盂腎炎に限らず、感染症の治療期間に関する推奨は強い根拠に裏付けされているものは案外多くありません。近年、感染症全般に治療期間短縮化の傾向がありますが、現在の14日間というのはどれくらい根拠があるのか、それを探るために歴史を紐解いてみたいと思います。 1999年のIDSA(米国感染症学会)ガイドラインを読むと、昔は静注薬で6週間の治療が薦められていた時代もあったそうです2)。つまり、それほど治りにくく再発しやすい感染症という認識だったのでしょう。1987年のStammらの報告によれば、2週間と6週間の治療期間を比較し、両者は遜色なかったという結果でした3)。ほかにも比較試験ではありませんが、1980~1990年代の研究で10~14日間の治療でも結構大丈夫そうだということがわかりました4)-6)。一方、βラクタム薬を用いた1週間と3週間あるいは4週間治療の比較では、1週間治療のほうが再発は多かったとされます7)-8)。まとめると、1週間は短すぎるものの、2週間ならどうも大丈夫なようだということで、2週間治療に落ち着いたという経緯だったようです。筆者の単なる推測ですが、6週間治療が薦められていた1960~1970年代は腹部エコー・CT検査などの画像検査が今ほど発達していなかったでしょうから、腎膿瘍との区別が難しく、短期間治療での再発が多かったのではないかと思います。2000年以降になると、フルオロキノロンを用いた研究でさらに治療期間短縮が模索されます。シプロフロキサシンなら7日間、レボフロキサシン750mg/日なら5日間でも従来の治療期間と治療効果は遜色ないことが示されました9)-12)。2013年に発表されたメタ分析によると、菌血症症例を含む急性腎盂腎炎で7日間以下の治療は7日間よりも長い治療と比べて治療効果はほぼ差がないという結果でした13)。ただし、尿路に異常のある症例では、短期間治療のほうが再発のリスクが高くなるようです(リスク比1.78、95%信頼区間1.02~3.1)13)。尿路に異常があるようないわゆる複雑性腎盂腎炎でなければ、フルオロキノロンを用いる場合には、7日間治療でも十分そうです。しかし、国内では尿路感染症の代表的な起因菌である大腸菌のフルオロキノロンに対する耐性化が進んでいます。2013年のJANIS(厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業)のデータでは、レボフロキサシンに耐性を示す大腸菌の割合は約35%でした14)(入院検体ですので、外来検体も含めればもう少し低くなるかもしれません)。フルオロキノロンは腎盂腎炎の治療に第1選択薬としては使用しづらくなっています。筆者にとってフルオロキノロンはトランプに例えるとジョーカーのような存在です。スペクトラムは広く、肺炎球菌や緑膿菌、マイコプラズマやレジオネラにも活性があり、腸管吸収もよいので内服での外来治療にも向いています。しかし、トランプでジョーカーを使える機会が限られているように、フルオロキノロンは使用すると比較的容易に耐性を獲得されて使えなくなってしまいます。外来での尿路感染症治療が「ここぞ」という場面かどうかは個人の価値観によりますが、貴重なジョーカーが乱用されてしまった結果、すでに「ここぞ」という場面で使えなくなってしまっているのは非常に残念です。βラクタム薬やST合剤による急性腎盂腎炎の7日間治療を標準的治療にするには、まだデータが乏しいように感じますので、現状では14日間治療を標準と考えておいたほうがよいと思います。短期間治療でも再発が増える程度と考えれば、再発した場合に仕切り直す余裕がある場合は、慎重にフォローアップを行うという前提で、短期間で終了することもオプションの1つかもしれません。 参考文献 1) Gilbert DN, et al. 日本語版サンフォード感染症治療ガイド2014: ライフ・サイエンス出版; 2014. 2) Warren JW, et al. Clin Infect Dis. 1999; 29: 745-758. 3) Stamm WE, et al. Ann Intern Med. 1987; 106: 341-345. 4) Johnson JR, et al. J Infect Dis. 1991; 163: 325-330. 5) Ward G, et al. 1991; 20: 258-261. 6) Safrin S, et al. Am J Med. 1988; 85: 793-798. 7) Jernelius H, et al. Acta Med Scand. 1988; 223: 469-477. 8) Ode B, et al. Acta Med Scand. 1980; 207: 305-307. 9) Talan DA, et al. JAMA. 2000; 283: 1583-1590. 10) Klausner HA, et al. Curr Med Res Opin. 2007; 23: 2637-2645. 11) Peterson J, et al.Urology. 2008; 71: 17-22. 12) Sandberg T, et al. Lancet. 2012; 380: 484-490. 13) Eliakim-Raz N, et al. J Antimicrob Chemother. 2013; 68: 2183-2191. 14) JANIS. 公開情報 2013年1月~12月 年報 院内感染対策サーベイランス 検査部門(参照 2015.2.12)