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蛇足の教え(解説:今中和人氏)-1116

 SYNTAX試験は冠動脈3枝病変ないし主幹部病変症例に対する、バイパス手術と薬剤溶出ステントを比較した、まさにランドマークとなる多施設ランダム化試験で、予定観察期間の5年成績が公表されたのは2014年。死亡のほかに心筋梗塞、脳卒中、再血行再建などが解析され、ある程度の複雑病変(3区分でintermediateとなるSYNTAXスコア23以上)の症例にはバイパス手術が適切であると明瞭に示す、キレイな結果であった。 循環器領域だけでも「この議論、いつまでやるんですか?」という案件はさまざまあれど、冠動脈疾患に対する治療法選択はその横綱格。SYNTAX試験の最終結果を見て、私などは「やっとこれで結論が出た」と半ば安堵する思いだったのだが、寡聞に過ぎた。あれから5年経ち、生命予後をさらに5年追跡したSYNTAX extended survival、すなわちSYNTAXES試験がこの論文である。 生死だけとはいえ、80以上の施設にまたがる合計1,800人の患者さんの94%を10年も追跡・集計するのがいかに大変だったか、頭が下がる思いだが、何せ追跡項目は総死亡「だけ」なので心臓死以外が大量に含まれ、MACCE等はまったく不明で、学術的価値はSYNTAXとは比較するべくもない。そもそも治療時点で平均年齢65歳、80%は男性の患者である。欧米諸国の多くで男性の平均年齢は70代後半なので、治療後10年間でバイパス群もPCI群も約1/4が死亡し、有意差はなかった(HR:1.17)が、この間のイベントや、ましてQOLはまったく不明である。サブグループ解析では、3枝病変患者ではバイパス群の生存率が有意に良好(HR:1.41)だが、主幹部病変患者では有意差なし(HR:0.90)。SYNTAXスコアで言うと、低スコア(HR:1.13)と中スコア(HR:1.06)患者の10年生存率に有意差はなく、高スコアのみバイパス群が有意に良好(HR:1.41)だった。 極端な話、65歳の患者群を35年追跡すれば生存率は極限まで低下するわけで、総死亡だけをいたずらに長期に観察すると、かえって本質が見えなくなる。そんな雑な議論に終始したこのSYNTAXESは、ズバリ「蛇足プロジェクト」の感が強いが、SYNTAXで1年・3年・5年と開いていった両群の生存率の差が、5年目以降もますます開いてゆくわけではなかったのは興味深い。ただ今回、それ以上の教えをいただいた。 確かに総死亡のみの議論はまったく不十分で、治療後の患者が入退院を繰り返してよいわけがなく、われわれはバイパスが良いだのPCIが良いだのと、治療法の差を論じている。だが私も時々、他病死した方の御遺族から「最期、心臓がなかなか止まらなくて…素晴らしい手術をしていただいたんだとよくわかりました」なんて言われることがある。これまでそういうコメントに対して深く考えてこなかったが、心臓死だろうが他病死だろうが、要するにその方は亡くなっているのである。すると最適の心臓治療だったかどうかは、もちろん、どうでもよいわけではないが、鍵を握るというほどでもなかったのだ。本論文の結果は、われわれが熱く議論している「差」というのは、一部の患者以外では、わずか10年の歳月にあっさり飲み込まれる程度の「差」だ、ということを示している。 今後もわれわれは最適な治療方針を追求してゆくべきだし、治療方針提示に当たっては、日本人は欧米人より平均寿命が長いので、SYNTAX試験の患者年齢より数年、上乗せして考えるべきだと考えるが、それにしても人はいずれ死を迎えることは厳然たる事実である。たとえば、び漫性と言うほどではない病変の後期高齢者がバイパス手術をひどく嫌がった場合、PCIや薬物治療だって十分妥当性のある選択肢で、「イヤイヤ、あなたはバイパス手術『じゃなきゃダメです』」みたいな説得は、実にイケてない。ガイドラインの弾力的な適用を心がけたい。

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高まる腫瘍循環器学への注目/日本腫瘍循環器学会

 がん治療において心血管系の合併症を避けることは容易ではない。ほとんどのがんの予後が改善される中、この合併症への対策はさらに重要になっている。2019年9月21日から第2回日本腫瘍循環器学会学術集会が開催された。東京大学の小室 一成氏は、理事長講演のなかで以下のように述べた。 腫瘍循環器学は世界的に注目が高まっている。その傾向はわが国でも同様で、多くのがん関連学会、循環器関連学会で腫瘍循環器学が取り上げられている。 日本腫瘍循環器学会においても、単施設レジストリなどの発表がさかんに行われていることは大きな前進である。今後はそのような個の活動からさらに進み、循環器専門医と腫瘍専門医の連携など組織的な活動へのさらなる発展が望まれる。 学会としては、疫学研究(早期診断とリスク層別化、治療最適化のため)、基礎研究(病態解明)、治療指針としてのガイドライン策定、医療体制の整備について取り組んでいきたい。 まずは2020年にも抗がん剤の心臓副作用の日本の状況を把握するレジストリ研究を開始するという。

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ワクチンガイドラインが9年ぶりに改訂

 格安航空会社(LCC)の乗り入れによる海外旅行や海外商圏の広がりによる出張などで渡航する日本人の数は減少することがない。その一方で、海外に渡航し、現地で感染症に罹患するケースも後を絶たない。現地で病に臥せったり、国内には存在しない、または、まれな感染症を国内に持ち込んだりというケースもある。 こうした感染症の予防には、渡航前にワクチンを接種することが重要だが、具体的にどのようなワクチンを、いつ、どこで、誰に、どのようなスケジュールで接種するかは一部の専門医療者しか理解していないのが現状である。 そんな渡航前のワクチン接種について、医療者の助けとなるのが海外渡航者のためのワクチンガイドラインである。今回9年ぶりに改訂された『海外渡航者のためのワクチンガイドライン/ガイダンス2019』では、研究によるエビデンスの集積が困難な事項も多いトラベラーズワクチン領域にあって、現場で適切な接種を普及させるために、エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価、益(疾病の予防効果、他)と害(副反応の可能性、他)のバランスなどを考量し、最善のアウトカムを目指した推奨を呈示すべくClinical Question(CQ)を設定した。また、今版では「I ガイドライン編」と「II ガイダンス編」の2構成となった。6つのCQで接種現場の声に答える 「I ガイドライン編」では、大きく6つのCQを示すとともに、各々のエビデンスレベル、推奨グレードについて詳細に記載した。 たとえば「日本製と海外製のA型肝炎ワクチンの互換性はあるか」というCQでは、「互換性はある程度確認されており、同一ワクチンの入手が困難となった場合、海外製のA型肝炎ワクチンでの接種継続を提案する」(推奨の強さ〔2〕、エビデンスレベル〔C〕)と現場の悩みに答えるものとなっている。インバウンド向けの対応も詳しく記載 「II ガイダンス編」では、総論として海外渡航者に対する予防接種の概要を述べ、高齢者や基礎疾患のある小児などのリスク者、小児・妊婦などの注意すべき渡航者、留学者など接種を受ける渡航者について説明するとともに、渡航先(地域)別のワクチンの推奨、わが国の予防接種に関する諸規定の解説、未承認ワクチンへの取り扱い、インバウンド対応(海外ワクチンの継続、宗教・文化・風習への対応など)が記載されている。 各論では、個々のワクチンについて、特徴、接種法、スケジュール、有効性、安全性、接種が勧められる対象などが説明されている。ワクチンは、A/B型肝炎、破傷風トキソイド・ジフテリアトキソイド・DT、DPT・DPT-IPV・Tdap、狂犬病、日本脳炎、ポリオ、黄熱、腸チフス、髄膜炎菌、コレラ、ダニ媒介性脳炎、インフルエンザ、麻しん・風しん・おたふくかぜ・水痘が記載されている。 その他、付録として、疾患別のワクチンがまとめて閲覧できるように「各ワクチン概要と接種法一覧」を掲載。さらに渡航者から相談の多い「マラリア予防」についても概説している。 2019年のラグビー・ワールドカップ、2020年の東京オリンピックと日本を訪問する外国人も増えることから、渡航者の持ち込み感染も予想される。本書を、臨床現場で活用し、今後の感染症対策に役立てていただきたい。

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エヌトレクチニブ発売、脳転移へのベネフィットに注目

 臓器横断的ながん治療薬として本邦で2剤目となる低分子チロシンキナーゼ阻害薬エヌトレクチニブ(商品名:ロズリートレク)が販売開始したことを受け、9月5日、都内でメディアセミナー(主催:中外製薬)が開催された。吉野 孝之氏(国立がん研究センター東病院 消化管内科長)が登壇し、同剤の臨床試験結果からみえてきた特徴と、遺伝子別がん治療の今後の見通しについて講演した。 エヌトレクチニブは、2018年3月に先駆け審査指定を受け、2019年6月に「NTRK融合遺伝子陽性の進行・再発の固形がん」を適応症とした承認を世界で初めて取得した。すでに承認・販売されているMSI-H固形がんへのペムブロリズマブの適応が、標準的治療が困難な場合に限られるのに対し、NTRK融合遺伝子陽性固形がんであれば治療歴および成人・小児を問わないことが特徴。遺伝子検査にはコンパニオン診断薬として承認されたFoundationOne CDxがんゲノムプロファイルを用いる。がん種ごとの陽性率は? NTRK融合遺伝子陽性率をがん種ごとにみると、成人では唾液腺分泌がん(80~100%)1,2)、乳腺分泌がん(80~100%)3-6)などの希少がんで多く、非小細胞肺がん(0.2~3.3%)7,8)や結腸・直腸がん(0.5~1.5%)7,9-10)、浸潤性乳がん(0.1%)7)などでは少ない。しかし患者の絶対数を考えると、1%であっても相当数の患者がいるという視点も持つ必要があると吉野氏は指摘した。 一方、小児では、乳児型線維肉腫(87.2~100%)11-14)、3歳未満の非脳幹高悪性度神経膠腫(40%)15)など陽性率の高いがん種が多く、同氏は「小児がんへのインパクトはとくに大きい」と話した。治療開始後“早く・長く効く”こと、脳転移への高い有効性が特徴 今回の承認は、成人に対する第II相STARTRK-2試験および小児に対する第Ib相STARTRK-NG試験の結果に基づく。STARTRK-2試験は、NTRK1/2/3、ROS1またはALK遺伝子陽性の局所進行/転移性固形がん患者を対象としたバスケット試験。このうち、とくにNTRK陽性患者で著明な効果が確認され、今回の迅速承認につながった経緯がある。 NTRK有効性評価可能集団は51例。肉腫が13例と最も多く、非小細胞肺がん9例、唾液腺分泌がんおよび乳がんが6例ずつ、甲状腺がんが5例、大腸がん・膵がん・神経内分泌腫瘍が3例ずつと続く。また、何らかの治療歴がある患者が約6割を占めていた。主要評価項目である奏効率(ORR)は56.9%、4例で完全奏功(CR)が確認された。本試験結果だけでは母数が少ないが、がん種ごとに有効性の大きな差はないと評価されている。吉野氏は、とくに奏効例のスイマープロットに着目。初回検査の時点で奏効が確認された症例、治療継続中の症例が多く、「奏功例では早く長く効くことが特徴」と話した。また、ベースライン時の患者背景として、脳転移症例が11例含まれることにも言及。評価対象となった10例での成績は、頭蓋内腫瘍奏効率50%、2例でCRが確認されている。 Grade3以上の有害事象は多くが5%以下と頻度が低く、貧血が10.7%、体重増加が9.7%でみられた。同氏は、「総じて、副作用は非常に軽いといえる」と述べた。3学会合同、臓器横断的ゲノム診療のガイドラインを発行予定 小児・青年期対象のSTARTRK-NG試験においても、エヌトレクチニブの高い有効性が確認されている(ORR:100%)。5例はCNS原発の高悪性度の腫瘍で、うち2例でCRが確認された。周辺組織への浸潤が早い小児がんにおいて、非常に大きなインパクトのある治療法と吉野氏は話し、「どのタイミングで、どんな患者に検査を行い、薬を届けていくかを標準化していく必要がある」とした。 今回の承認を受け、日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会、日本小児血液・がん学会は合同で、『成人・小児進行固形がんにおける臓器横断的ゲノム診療のガイドライン(案)』をホームページ上で公開、パブコメの募集を行った。同ガイドラインは、今回のエヌトレクチニブ承認を受け、2019年3月公開の『ミスマッチ修復機能欠損固形がんに対する診断および免疫チェックポイント阻害薬を用いた診療に関する暫定的臨床提言』を改訂・進化させた内容となっている。「NTRK融合遺伝子の検査はいつ行うべきか?」など、NTRK融合遺伝子の検査・治療についてもCQが設けられ、実践的な診断基準として知見が整理される。 最後に、同氏はこれまで消化器がん・肺がん領域を対象として行ってきたSCRUM-Japanのがんゲノムスクリーニングプロジェクトが、2019年7月からすべての進行固形がん患者を対象に再スタートしたことを紹介(MONSTAR-SCREEN)16)。リキッドバイオプシーおよび便のプロファイリング(マイクロバイオーム)を活用しながら、臓器によらないTumor-agnosticなバスケット型臨床試験を実施していくという(標的はFGFR、HER2、ROS1)。承認申請に使用できる前向きレジストリ研究を推進させ、全臓器での治療薬承認を早めていきたいと語り、講演を締めくくった。■参考1)Skalova A, et al.Am J Surg Pathol. 2016;40:3-13.2)Bishop JA, et al.Hum Pathol. 2013;44:1982-8.3)Del Castillo M, et al. Am J Surg Pathol. 2015;39:1458-67.4)Makretsov N, et al. Genes Chromosomes Cancer. 2004;40:152-7.5)Tognon C, et al. Cancer Cell. 2002;2:367-76.6)Lae M, et al. Mod Pathol. 2009;22:291-8.7)Stransky N, et al. Nat Commun. 2014;5:4846.8)Vaishnavi A, et al. Nat Med. 2013;19:1469-1472.9)Ardini E, et al. Mol Oncol. 2014;8:1495-507.10)Creancier L, et al. Cancer Lett. 2015;365:107-11.11)Knezevich SR, et al. Nat Genet. 1998;18:184-7.12)Rubin BP, et al. Am J Pathol. 1998;153:1451-8.13)Bourgeois JM, et al. Am J Surg Pathol. 2000;24:937-46.14)Chiang S, et al. Am J Surg Pathol. 2018;42:791-798.15)Wu G, et al. Nat Genet. 2014;46:444-450.16)国立がん研究センターSCRUM-Japan/MONSTAR-SCREEN

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(膿疱性)乾癬〔(pustular) psoriasis〕

1 疾患概要■ 概念・定義表皮角化細胞の増殖あるいは角質の剥離障害によって、角質肥厚を主な病態とする疾患群を角化症という。なかでも炎症所見の顕著な角化症、つまり潮紅(赤くなること)と角化の両者を併せ持つ角化症を炎症性角化症と称するが、乾癬はその代表的疾患である1)。乾癬は、遺伝的要因と環境要因を背景として免疫系が活性化され、その活性化された免疫系によって刺激された表皮角化細胞が、創傷治癒過程に起こるのと同様な過増殖(regenerative hyperplasia)を示すことによって引き起こされる慢性炎症性疾患である2)。■ 分類1)尋常性(局面型)乾癬最も一般的な病型で、単に「乾癬」といえば通常この尋常性(局面型)乾癬を意味する(本稿でも同様)。わが国では尋常性乾癬と呼称するのが一般的であるが、欧米では局面型乾癬と呼称されることが多い。2016年の日本乾癬学会による調査では全体の75.9%を占める3)。2)関節症性乾癬尋常性(局面型)乾癬患者に乾癬特有の関節炎(乾癬性関節炎)が合併した場合、わが国では関節症性乾癬と呼称する。しかし、この病名はわかりにくいとの指摘があり、今後は皮疹としての病名と関節炎としての病名を別個に使い分けていく方向になると考えられるが、保険病名としては現在でも「関節症性乾癬」が使用されている。2016年の日本乾癬学会による調査では全体の14.6%を占める3)。3)滴状乾癬溶連菌性上気道炎などをきっかけとして、急性の経過で全身に1cm程度までの角化性紅斑が播種状に生じる。このため、急性滴状乾癬と呼ぶこともある。小児や若年者に多く、数ヵ月程度で軽快する一過性の経過であることが多い。2016年の日本乾癬学会による調査では全体の3.7%を占める3)。4)乾癬性紅皮症全身の皮膚(体表面積の90%以上)にわたり潮紅と鱗屑がみられる状態を紅皮症と呼称するが、乾癬の皮疹が全身に拡大し紅皮症を呈した状態である。2016年の日本乾癬学会による調査では全体の1.7%を占める3)。5)膿疱性乾癬わが国では単に「膿疱性乾癬」といえば汎発性膿疱性乾癬(膿疱性乾癬[汎発型])を意味する(本稿でも同様)。希少疾患であり、厚生労働省が定める指定難病に含まれる。急激な発熱とともに全身の皮膚が潮紅し、無菌性膿疱が多発する重症型である。尋常性(局面型)乾癬患者が発症することもあれば、本病型のみの発症のこともある。妊娠時に発症する尋常性(局面型)乾癬を伴わない本症を、とくに疱疹状膿痂疹と呼ぶ。2016年の日本乾癬学会による調査では全体の2.2%を占める3)。■ 疫学世界的にみると乾癬の罹患率は人口の約3%で、世界全体で約1億2,500万人の患者がいると推計されている4)。人種別ではアジア・アフリカ系統よりも、ヨーロッパ系統に多い疾患であることが知られている4)。わが国での罹患率は、必ずしも明確ではないが、0.1%程度とされている5)。その一方で、健康保険のデータベースを用いた研究では0.34%と推計されている。よって、日本人ではヨーロッパ系統の10分の1程度の頻度であり、それゆえ、国内での一般的な疾患認知度が低くなっている。世界的にみると男女差はほとんどないとされるが、日本乾癬学会の調査ではわが国での男女比は2:16)、健康保険のデータベースを用いた研究では1.44:15)と報告されており、男性に多い傾向がある。わが国における平均発症年齢は38.5歳であり、男女別では男性39.5歳、女性36.4歳と報告されている6)。発症年齢のピークは男性が50歳代で、女性では20歳代と50歳代にピークがみられる6)。家族歴はわが国では5%程度みられる6,7)。乾癬は、心血管疾患、糖尿病、高脂血症、高尿酸血症、肥満、メタボリックシンドローム、非アルコール性脂肪肝、うつ病の合併が多いことが知られており、乾癬とこれらの併存疾患がお互いに影響を及ぼし合っていると考えられている。膿疱性乾癬に関しては、現在2,000人強の指定難病の登録患者が存在し、毎年約80人が新しく登録されている。尋常性(局面型)乾癬とは異なり男女差はなく、発症年齢のピークは男性では30~39歳と50~69歳の2つ、女性も25~34歳と50~64歳の2つのピークがある8)。■ 病因乾癬は基本的にはT細胞依存性の免疫疾患である。とくに、細胞外寄生菌や真菌に対する防御に重要な役割を果たすとされるTh17系反応の過剰な活性化が起こり、IL-17をはじめとするさまざまなサイトカインにより表皮角化細胞が活性化されて、特徴的な臨床像を形成すると考えられている。臓器特異的自己免疫疾患との考え方が根強くあるが、明確な証明はされておらず、遺伝的要因と環境要因の両者が関与して発症すると考えられている。遺伝的要因としてはHLA-C*06:02(HLA-Cw6)と尋常性(局面型)乾癬発症リスク上昇との関連が有名であるが、日本人では保有者が非常に少ないとされる。また、特定の薬剤(βブロッカー、リチウム、抗マラリア薬など)が、乾癬の誘発あるいは悪化因子となることが知られている。膿疱性乾癬に関しては長らく原因不明の疾患であったが、近年特定の遺伝子変異と本疾患発症の関係が注目されている。とくに尋常性(局面型)乾癬を伴わない膿疱性乾癬の多くはIL-36受容体拮抗因子をコードするIL36RN遺伝子の機能喪失変異によるIL-36の過剰な作用が原因であることがわかってきた9)。また、尋常性(局面型)乾癬を伴う膿疱性乾癬の一部では、ケラチノサイト特異的NF-κB促進因子であるCaspase recruitment domain family、member 14(CARD14)をコードするCARD14遺伝子の機能獲得変異が発症に関わっていることがわかってきた9)。その他、AP1S3、SERPINA3、MPOなどの遺伝子変異と膿疱性乾癬発症とのかかわりが報告されている。■ 症状乾癬では銀白色の厚い鱗屑を付着する境界明瞭な類円形の紅斑局面が四肢(とくに伸側)・体幹・頭部を中心に出現する(図1)。皮疹のない部分に物理的刺激を加えることで新たに皮疹が誘発されることをKoebner現象といい、乾癬でしばしばみられる。肘頭部、膝蓋部などが皮疹の好発部位であるのは、このためと考えられている。また、3分の1程度の頻度で爪病変を生じる。図1 尋常性乾癬の臨床像画像を拡大する乾癬性関節炎を合併すると、末梢関節炎(関節リウマチと異なりDIP関節が好発部位)、指趾炎(1つあるいは複数の指趾全体の腫脹)、体軸関節炎、付着部炎(アキレス腱付着部、足底筋膜部、膝蓋腱部、上腕骨外側上顆部)、腱滑膜炎などが起こる。放置すると不可逆的な関節破壊が生じる可能性がある。膿疱性乾癬では、急激な発熱とともに全身の皮膚が潮紅し、無菌性膿疱が多発する8)(図2)。膿疱が融合して環状・連環状配列をとり、時に膿海を形成する。爪病変、頬粘膜病変や地図状舌などの口腔内病変がみられる。しばしば全身の浮腫、関節痛を伴い、時に結膜炎、虹彩炎、ぶどう膜炎などの眼症状、まれに呼吸不全、循環不全や腎不全を併発することがある10)。図2 膿疱性乾癬の臨床像画像を拡大する■ 予後乾癬自体は、通常生命予後には影響を及ぼさないと考えられている。しかし、海外の研究では重症乾癬患者は寿命が約6年短いとの報告がある11)。これは、乾癬という皮膚疾患そのものではなく、前述の心血管疾患などの併存症が原因と考えられている。乾癬性関節炎を合併すると、前述のとおり不可逆的な関節変形を来すことがあり、患者QOLを大きく損なう。膿疱性乾癬は、前述のとおり呼吸不全、循環不全や腎不全を併発することがあり、生命の危険を伴うことのある病型である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)多くの場合、先に述べた臨床症状から診断可能である。症状が典型的でなかったり、下記の鑑別診断と迷う際は、生検による病理組織学的な検索や血液検査などが必要となる。乾癬の臨床的鑑別診断としては、脂漏性皮膚炎、貨幣状湿疹、接触皮膚炎、アトピー性皮膚炎、亜鉛欠乏性皮膚炎、ジベルばら色粃糠疹、扁平苔癬、毛孔性紅色粃糠疹、類乾癬、菌状息肉症(皮膚T細胞リンパ腫)、ボーエン病、乳房外パジェット病、亜急性皮膚エリテマトーデス、皮膚サルコイド、白癬、梅毒、尋常性狼瘡、皮膚疣状結核が挙げられる。膿疱性乾癬に関しては、わが国では診断基準が定められており、それに従って診断を行う8)。病理組織学的にKogoj海綿状膿疱を特徴とする好中球性角層下膿疱を証明することが診断基準の1つにあり、診断上は生検が必須検査になる。また、とくに急性期に検査上、白血球増多、CRP上昇、低蛋白血症、低カルシウム血症などがしばしばみられるため、適宜血液検査や画像検査を行う。膿疱性乾癬の鑑別診断としては、掌蹠膿疱症、角層下膿疱症、膿疱型薬疹(acute generalized exanthematous pustulosisを含む)などがある。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)1)外用療法副腎皮質ステロイド、活性型ビタミンD3製剤が主に使用される。両者を混合した配合剤も発売されている。2)光線療法(内服、外用、Bath)PUVA療法、311~312nmナローバンドUVB療法、ターゲット型308nmエキシマライトなどが使用される。3)内服療法エトレチナート(ビタミンA類似物質)、シクロスポリン、アプレミラスト(PDE4阻害薬)、メトトレキサート、ウパダシチニブ(JAK1阻害薬)、デュークラバシチニブ(TYK2阻害薬)が乾癬に対し保険適用を有する。ただし、ウパダシチニブは関節症性乾癬のみに承認されている。4)生物学的製剤抗TNF-α抗体(インフリキシマブ、アダリムマブ、セルトリズマブ ペゴル)、抗IL-12/23p40抗体(ウステキヌマブ)、抗IL-17A抗体(セクキヌマブ、イキセキズマブ)、抗IL-17A/F抗体(ビメキズマブ)、抗IL-17受容体A抗体(ブロダルマブ)、抗IL-23p19抗体(グセルクマブ、リサンキズマブ、チルドラキズマブ)、抗IL-36受容体抗体(スペソリマブ)が乾癬領域で保険適用を有する。中でも、スペソリマブは「膿疱性乾癬における急性症状の改善」のみを効能・効果としている膿疱性乾癬に特化した薬剤である。また、多数の生物学的製剤が承認されているが、小児適応(6歳以上)を有するのはセクキヌマブのみである。5)顆粒球単球吸着除去療法膿疱性乾癬および関節症性乾癬に対して保険適用を有する。4 今後の展望抗IL-17A/F抗体であるビメキズマブは、現時点では尋常性乾癬、乾癬性紅皮症、膿疱性乾癬に承認されているが、関節症性乾癬に対する治験が進行中(2022年11月現在)である。将来的には関節症性乾癬にもビメキズマブが使用できるようになる可能性がある。膿疱性乾癬に特化した薬剤であるスペソリマブ(抗IL-36受容体抗体)は静注製剤であり、現時点では「膿疱性乾癬における急性症状の改善」のみを効能・効果としている。しかし、フレア(急性増悪)の予防を目的とした皮下注製剤の開発が行われており、その治験が進行中(2022年11月現在)である。将来的には急性期および維持期の治療をスペソリマブで一貫して行えるようになる可能性がある。乾癬は慢性炎症性疾患であり、近年は生物学的製剤を中心に非常に効果の高い薬剤が多数出てきたものの、治癒は難しいと考えられてきた。しかし、最近では生物学的製剤使用後にtreatment freeの状態で長期寛解が得られる例もあることが注目されており、単に皮疹を改善するだけでなく、疾患の長期寛解あるいは治癒について議論されるようになっている。将来的にはそれらが可能になることが期待される。5 主たる診療科皮膚科、膠原病・リウマチ内科、整形外科(基本的にはすべての病型を皮膚科で診療するが、関節症状がある場合は膠原病・リウマチ内科や整形外科との連携が必要になることがある)※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 膿疱性乾癬(汎発型)(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)日本皮膚科学会作成「膿疱性乾癬(汎発型)診療ガイドライン2014年度版」(現在、日本皮膚科学会が新しい乾癬性関節炎の診療ガイドラインを作成中であり、近い将来に公表されるものと思われる。一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報日本乾癬患者連合会(疾患啓発活動、勉強会、交流会をはじめとしてさまざまな活動を行っている。都道府県単位の患者会も多数存在し、本会のwebサイトから検索できる。また、都道府県単位の患者会では、専門医師を招いての勉強会や相談会を実施しているところもある)1)藤田英樹. 日大医誌. 2017;76:31-35.2)Krueger JG, et al. Ann Rheum Dis. 2005;64:ii30-36.3)藤田英樹. 乾癬患者統計.第32回日本乾癬学会学術大会. 2017;東京.4)Gupta R, et al. Curr Dermatol Rep. 2014;3:61-78.5)Kubota K, et al. BMJ Open. 2015;5:e006450.6)Takahashi H, et al. J Dermatol. 2011;38:1125-1129.7)Kawada A, et al. J Dermatol Sci. 2003;31:59-64.8)照井正ほか. 日皮会誌. 2015;125:2211-2257.9)杉浦一充. Pharma Medica. 2015;33:19-22.10)難病情報センターwebサイト.11)Abuabara K, et al. Br J Dermatol. 2010;163:586-592.公開履歴初回2019年9月24日更新2022年12月22日

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第3回 これぞ心リハによる恩恵!【今さら聞けない心リハ】

第3回 これぞ心リハによる恩恵!今回のポイント心臓リハビリテーション(心リハ)は心血管疾患患者の症状を改善するだけではなく、病因・病態を改善する「心血管治療」である心リハの効果は多くの臨床試験で証明されている心血管疾患を有するすべての患者に心リハが必要~薬剤を追加する前に心リハオーダを~ケアネットの読者の皆さん、心血管疾患患者に対する心リハの効果について、どの程度ご存じでしょうか?「運動耐容能を改善する」「自覚症状を改善する」と答えた方は正解ですが、それだけでは100点満点中30点程度です。心リハは、心血管疾患患者の運動耐容能(全身持久力・筋力・筋量)・自覚症状を改善するだけではなく、糖代謝、脂質代謝、血管内皮機能、自律神経機能を改善することで、疾患の再発・悪化を抑制し、生命予後をも改善させることが多くの臨床試験で示されています(表1)。(表1)心リハの効果画像を拡大する心リハの効果は、多くの薬剤による効果をひとまとめにしたようなものと言えますが、薬剤のような副作用はありません。また、心血管疾患を患うと多くの患者が鬱状態に陥りますが、心リハで運動療法や多職種介入を行うことでうつや不安が改善します(これがホントの“心”リハ!?)。なので「この患者は歩けるから心リハは必要ないだろう」などと言うことは誤りであり、虚血性心疾患や心不全などで通院加療を行うすべての患者に、心血管治療の一環として心リハが必要なのです。~運動制限と安静を一緒にすべからず~「心リハではエルゴメータを用いた自転車こぎ運動をするけれど、高齢で自転車にも乗れないような心不全患者のリハビリはどうなるの?」「慢性腎臓病(Chronic kidney disease:CKD)を合併している患者は運動してもいいの?」など、いろいろな疑問が湧き上がってくる方もいらっしゃるでしょう。まず、フレイルを合併した高齢者ですが、通常のエルゴメータに乗れなくても、普通の椅子に座ったまま専用の器具を使えば下肢の持久性運動は可能ですし、低強度の筋力トレーニングやバランス機能の改善を目的とした運動も生活機能改善や転倒予防に有用です。また、心リハ時に服薬状況の確認や薬剤の微調整を行うことで、病状悪化による再入院を防ぐことができます1)。次に、CKD患者はどうでしょう? 日本の急性心不全レジストリ研究によると、急性心不全の75%に腎機能障害が認められています2)。つまり、心血管疾患患者の多くがCKDを合併しているわけです。CKD患者で、「小さい頃に腎臓病になって以来、運動は制限されてきました。だから運動はしないんです。」と言う方にしばしば出会います。しかし、これは誤解です。小児が体育で長距離走やサッカーなどの激しい運動をすることと、成人がフィットネスとして自転車こぎ運動やウォーキングを行うことは、目的や身体への負荷量がまったく異なります。運動制限=安静ではないのです。~高齢者やCKD患者に適したプラン~中高年のCKD患者では、有酸素運動や軽度の筋力トレーニングを行うことで、腎機能が悪化することなく全身持久力や筋力、筋量を改善することが報告されており、CKDのガイドラインでも肥満やメタボリックシンドロームを伴うCKD合併心不全患者において運動療法は減量および最高酸素摂取量の改善に有効であるため、行うよう提案されています(小児CKDでも、QOLや運動機能、呼吸機能の点から、軽度~中等度の運動を行うよう提案3)されています)。一般的に中年以降は運動不足になりがちですから、意識的に運動習慣を作っていく必要があります。まだ研究数は多くはありませんが、保存期のCKD患者だけではなく、血液透析患者においても運動療法の有用性が明らかにされつつあります。日本では2011年に「日本腎臓リハビリテーション学会」が発足し、CKD患者に対する運動療法のエビデンス確立と普及を目指した活動が展開されつつあります。「えっ、心リハだけじゃなくて、腎リハもあるの?」そう、“腎リハ“もあるんです。CKD合併患者では、そもそも心血管疾患の合併が多く、透析患者の死亡原因の第1位は心不全です。CKD患者の生活の質と予後を改善するために、今後の心リハ・腎リハの普及が期待されています。心血管疾患と運動、本当に奥が深いですね。<Dr.小笹の心リハこぼれ話>実体験から心リハの有用性を学ぶ私が医学生の頃(約20年前)、心リハの講義はありませんでした。当然ながら、当時ほぼすべての医学生が持っていた医師国家試験の「バイブル」的参考書、イヤー・◯-トにも心リハについての記載はなかったと思います。その後、心リハを知ったのは研修医の時。急性心筋梗塞後の患者さんの離床にあたり、ベットサイド立位から1,000m歩行まで、日ごとに安静度をあげていくことを「心リハ」と呼んでおり、その際に立ち会い、12誘導心電図とモニタ心電図を確認することが研修医のDutyでした(今から思うと急性期の離床リハビリのみで、退院後の運動指導などはあまりできていませんでした)。当時、CCU(Coronary Care Unit)管理の重症患者を含め最大29人もの入院患者を担当し常にあくせくしていた私にとって、「心リハ」の時間はかなりゆったりとした、半ば退屈な時間でした。恥ずかしながら、その頃の私は、「循環器医の本命は救急救命医療!」と思っており、心リハの立ち会いは雑多なDutyの一つという認識でしかなかったのです。そんなある日、印象的な出来事が起こりました。“心リハ”プログラムの一環として、患者さんが500m歩行終了後、次のステップとして初回のシャワー浴前後で心電図・バイタルチェックがあり、シャワー後の心電図確認に呼ばれました。病室に入ると、ベッドに横たわり心電図検査中のその70代男性患者さんは「久々のシャワーは気持ちよかったです」と上機嫌でした。次の瞬間、「さっぱりしましたか、よかったですねー」と言いながら、12誘導心電図を見た私は凍りつきました。研修医の私が見てもびっくりするほど、心電図の胸部誘導でST部分が4~5mmほど“ガバ下がり”していたのです。「○○さん、胸、苦しくないですか!?」と尋ねると、「そういえば、ちょっともやもや…」とシャワーに入れた喜びもちょっと冷めて、少し不安そうな患者さん。ニトロを舌下すると、症状は少し改善しましたが、心電図は完全には戻りません。すぐに主治医へ連絡して、緊急カテーテル検査となりました。冠動脈造影では、2週間前に留置された前下行枝中間部のステント内に血栓性閉塞を認め、同部位に再度PCIを行いました。いわゆる亜急性ステント血栓症(Subacute stent thrombosis:SAT)でした。その後、2週間程度で患者さんは無事に自宅退院されましたが、あのとき、心リハでルーティンのシャワー後の心電図をとっていなかったら、その患者さんは元気に退院できていなかったかもしれません。この症例を含め、重篤な症状が明らかとなってから救命救急医療を行うのではなく、症状が出ていないうちから早期に異常を発見し対応することの大切さを、いくつもの症例で経験しました。病状が安定しているように見える場合であっても、循環器疾患の患者さんでは、“急変”がしばしば認められます。担当医とて一生懸命治療に取り組んでいるのに、なぜ急変してしまう患者さんがいるのか…それは常に後手後手に回っていた自分の診療姿勢や、患者さんのこれまでの生活歴・治療歴にも問題がある、と考えるようになりました。「発症してから、あるいは急変してから治療しても、できることは限られている…“急変”させないように早期から介入することが大事だ」-医師として3年目、もっと心血管疾患予防を学びたいと、私は大学院入学を決めていました。「患者さん自身が教科書である」とは、医学教育の父と言われるウィリアム・オスラーの名言ですが、私が今も心リハを専門にしているのは、研修医時代に担当させていただいた患者さんたちと、指導していただいた先生方のおかげです。1)Rich MW, et al. New Engl J Med. 1995;333:1190-1195.2)Yaku H, et al. Circ J. 2018;82:2811-2819.3)日本腎臓学会編. CKD診療ガイドライン2018

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大腿骨近位部骨折は社会的損失も大

 日本整形外科学会(理事長:松本 守雄氏[慶應義塾大学医学部整形外科学教室 教授])は、「骨と関節の日(10月8日)」を前に、9月5日に都内で記者説明会を開催した。説明会では、学会の概要や活動報告、運動器疾患の現況と今後の取り組みについて説明が行われた。また、「大腿骨近位部骨折とロコモティブシンドローム」をテーマに講演も行われた。ロコモティブシンドロームのさらなる認知度向上にむけて はじめに理事長挨拶として松本氏が登壇し、1926年の学会設立以来、順調に会員を増やし、現在では2万5,126名の会員数を誇る世界有数規模の運動器関連学会であると説明。従来の変性疾患、外傷、骨・軟部腫瘍、骨粗鬆症などのほか、今日ではロコモティブシンドローム(ロコモ)の診療・予防に力を入れ、ロコモの認知度向上だけでなく、ロコモ度テストの開発・普及、ロコモーショントレーニング(ロコトレ)の研究・普及などにも積極的に活動していることを紹介した。寝たきりになると介護・医療費は6.7倍に 続いて、澤口 毅氏(富山市民病院 副院長)が「大腿骨近位部骨折」をテーマに、本症の概要や自院の取り組み、予防への動きについて講演を行った。 大腿骨頸部/転子部骨折の患者は女性に多く、2017年の調査で約20万例の骨折が報告されているという。また、骨折が起きる場所として屋内が約70%、屋外が約20%であり、原因では約80%が「立った高さからの転倒」という日常生活内で起こることが説明された。 骨折後1年後の死亡率と機能障害では、死亡が20%、永続的機能障害が30%、歩行不能が40%、ADLの1つでも自立不能が80%と多大なリスクとなることも示された1)。同時に同部位の骨折で高齢者で寝たきりになった場合、寝たきりにならない場合と比べ、介護・医療費が約6.7倍(約1,540万円)と高く、このため家族が介護離職を余儀なくされ、復職できないなど、社会的経済損失も大きいという。 骨折の治療では、「合併症が少なく、生存率が高く、入院期間が短い」という理由から、早期の手術がガイドラインでは推奨されている(Grade B)。しかし、わが国の入院から手術までの日数は、平均4.2日と欧米の平均2日以内と比較しても長いことが問題となっている。また、入院期間についてもわが国は平均36.2日であるのに対し、欧米では数日~10日以内と大きく差があることが示された2)。この原因として、手術室の確保、麻酔科医の不足、執刀医の不在など医療機関側に問題があることを指摘した。 一方、オーストリアやドイツなど欧州では、高齢者の骨折に対し、医師、看護師、ソーシャルワーカー、理学療法士によるチーム医療が行われ、とくに整形外科と老年病科の医師の連携により、入院中や長期死亡率の減少、入院期間の短縮、重篤な合併症と死亡率の低下、再入院の減少、医療費の低下に成果をあげているという。手術待機日数、平均1.6日への取り組み 次に同氏が所属する富山市民病院の高齢骨折患者への取り組みを紹介した。同院では、2013年よりチーム医療プロジェクトを開始し、「骨折を有する高齢患者を病院全体で治療する」ことを基本方針に、さまざまな改革を行ったという。その一例として、電子カルテの専用テンプレート導入、職種・経験の有無にかかわらない統一・均一な初療体制の構築などが行われた。 現在では、大腿骨近位部骨折と診断されると3~5時間で手術を行うことができ、術後は病棟薬剤師による鎮痛やせん妄への対処、リハビリテーション科による早期離床と早期立位・歩行へのフォロー、精神科によるせん妄予防、肺炎予防、栄養管理(骨粗鬆症予防も含む)、高齢診療科医師による術後管理、退院サポートなどが行われている。 とくに大腿骨近位部骨折をした患者の再骨折率は高く2)、同院では転倒防止教室や電話によるフォロー、「再骨折予防手帳」の活用を行っているという。そして、これらの取り組みにより、「手術待機日数は平均1.6日(全国平均4.2日)、在院日数は平均19.6日(全国平均36.2日)と短縮されたほか、患者1人あたりの平均入院総医療費も全国平均に比べ少なくなっている」と成果を語った。運動で防ぐ骨折、再骨折 次に大腿骨近位部骨折とロコモについて触れ、「『大腿骨頸部/転子部骨折診療ガイドライン 改訂第2版』では、骨折の原因となる転倒予防に運動療法は有効(Grade A)となっている。開眼片脚立ちなどのロコトレを行うことで、骨粗鬆症予防と転倒予防に役立つと学会では推奨している」と説明。また、全国で行われている骨折予防の取り組みとして患者向けに「再骨折予防手帳」の発行、患者の退院後のフォローを専門スタッフが行う「骨折リエゾンサービス」の実施や地域連携として「骨粗鬆症地域連携手帳」の発行の取り組みなどを紹介した。 最後に同氏は、「将来、アジア地域で骨折患者の爆発的な発生も予想される。今のうちから各国間で診療ネットワーク作りをして備えたい」と展望を語り、講演を終えた。

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高用量ビタミンD補充に関する検討:わが国の現状には参考にならない(解説:細井 孝之 氏)-1112

 ビタミンDは骨代謝のみならず、免疫系などにも作用する重要なビタミンである。血中25水酸化ビタミンD濃度はビタミンDの充足度を反映する指標であり、日本内分泌学会が基準値を定め、その測定は最近骨粗鬆症にも保険適用となった。一方で、いまだにビタミンD不足(血中濃度30ng/mL以下)の方は非常に多く、少なくとも成人の食事摂取基準における1日摂取量の目安である5.5μgを確保したいところである。なお、骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版では1日10~20μgの摂取を推奨している。 この論文で報告されている研究では55~70歳の男女を3群に分け、ビタミンD 1日10μg、100μg、または250μgを3年間摂取させ、「体積骨密度」の変化を比較している。ベースラインの25水酸化ビタミンD濃度は、12~50ng/mLと幅広い。このような高用量ビタミンDの介入研究は欧米ではこれまでも報告されてきたが、本研究の新規性は「面積骨密度」(通常のDXA)ではなく、「体積骨密度」で評価したことにある。結果としては、より高用量のビタミンDによるbenefitはなかったことが示唆されている。わが国でのビタミンD摂取許容上限値は成人で100μgであり、100μgをサプリメントで摂取することはまずないことを考えると、研究結果はわが国の現状に対しては直接的に参考になるものではない。高用量のビタミンD摂取時に脱水などの体調変化が加わると、高カルシウム血症のリスクが高まることは注意すべきである。また、ビタミンDを含む脂溶性ビタミンの体内分布を考えると、脂肪組織への蓄積なども考慮しなければならない用量のレベルもあろう。

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化学療法誘発性悪心嘔吐に対するオランザピン5mgの追加効果(J-FORCE)/日本がんサポーティブケア学会

 オランザピンは化学療法誘発性悪心嘔吐(CINV)に対して有効であるが、国際的に使用されている用量10mgでは過度の鎮静が懸念されている。NCCNやMASCC/ESMOの制吐療法ガイドラインでは、5mgへの減量について言及しているもののエビデンスはない。わが国では、標準制吐療法へのオランザピン5mgの上乗せ効果を検証した3つの第II相試験が行われ、その有効性が示唆されている。そこで、シスプラチン(CDDP)を含む化学療法に対する標準制吐療法へのオランザピン5mg上乗せの有用性の検証を目的としたプラセボ対照二重盲検無作為化第III相J-FORCE試験が行われた。その結果を第4回日本がんサポーティブケア学会学術集会において、静岡県立静岡がんセンターの安部 正和氏が発表した。・対象:CDDP50mg/m2以上を含む高度催吐性化学療法(HEC)を受ける固形がん患者・試験群:オランザピン5mg(day1~4)+標準制吐療法(パロノセトロン0.75mg[day1]+アプレピタント125mg[day1]、80mg[day2~3]+デキサメタゾン12mg[day1]、8mg[day2~4])・対照群:プラセボ(day1~4)+標準制吐療法(同上)・評価項目:[主要評価項目]遅発期CR(Complete Response=嘔吐なし、救済治療なし)割合。[副次評価項目]急性期(CDDP開始~24時間)および全期間(CDDP開始~120時間)のCR割合、各期間のCC(Complete Control=CRかつ悪心なしまたは軽度)割合とTC(Total Control=CRかつ悪心なし)割合、治療成功期間、眠気と食欲不振割合、患者満足度など 主な結果は以下のとおり。・710例の患者が登録され、オランザピン群356例、プラセボ群354例に無作為に割り付けられた。安全性解析は706例、有効性解析は705例で行われた。・遅発期CR割合はオランザピン群79%、プラセボ群66%とオランザピン群で有意に良好であった(p<0.001)。また、その差は13.5%と国際的コンセンサスで有効とされる10%を満たした。・副次評価項目である急性期および全期間のCR割合、各期間のCC割合はいずれも有意にオランザピン群で良好であった。各期間のTC割合は、急性期を除き有意にオランザピン群で良好であった。・治療関連有害事象である眠気、口喝、浮遊性めまいはオランザピン群で多くみられた。・「日中の眠気あり」の頻度は両群で大きな差はなく、「不眠なし」と「食欲低下あり」の頻度はオランザピン群で良好であった。・患者満足度は、「とても満足・満足」の割合は有意にオランザピン群で良好であった(p<0.001)。

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第22回 患者・市民参画(PPI)の動きが高まっています【患者コミュニケーション塾】

要望が増えてきた「医療を受ける立場の者」の意見ここ数年、医療を取り巻くさまざまな分野で「患者・市民参画」が求められるようになってきました。COMLにも、1990年代後半から、事務所の拠点を置いている大阪府や神戸市などの行政から、医療に関するさまざまな委員会に委員として参加してほしいという要請が入るようになり、次第に、病院の外部評価委員会や厚生労働省や文部科学省といった国の審議会・検討会などからの依頼へと拡がっていきました。都道府県で6年ごと(2017年までは5年ごと)に作成されている医療計画には、06年から、「医療を受ける立場の者」が作成メンバーに加わることが求められています。さらに、大学や病院などで実施されている治験や臨床研究の倫理審査委員会でも、一般の人が外部委員として参加していますが、単なる構成要件ではなく、一般外部委員が出席していない倫理審査委員会は開催を認めないという「開催要件」になっています。相次ぐ医療事故により、2015年3月に東京女子医科大学病院と群馬大学病院で特定機能病院の承認が取り消され、それを機に、特定機能病院の医療安全に関する承認要件が見直されました。その結果、17年から特定機能病院では医療安全に関する監査委員会の設置が求められています。監査委員会は、外部委員が半数以上を占めていなければならず、そのなかに「医療を受ける立場の者」の必要性が明記されています。最近では、学会が作成している診療ガイドラインでも、作成段階から一般の人の意見を採り入れることが推奨されています。ガイドライン作成に関わっている医師の方であれば、そのような話もご存じなのではないでしょうか。イギリスのPPIという概念を導入して2015年に設立したAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)でも、17年から患者・市民参画の取り組みを進めようとしています。AMEDは内閣総理大臣、厚生労働大臣、文部科学大臣、経済産業大臣が主務大臣を務め、医療における基礎から実用化に至るまでの研究開発が切れ目なく実施されるように、大学や研究機関などを支援しています。つまり、研究開発のための環境整備に取り組んでいる機関です。私もアドバイザリーボードの委員としてAMEDに関わってきました。そのAMEDで、医療における研究開発を推進するうえで、患者・市民参画は必須の概念として、2017年に「臨床研究等における患者・市民参画に関する動向調査」委員会を立ちあげ、調査や話し合いを重ね、19年に『患者・市民参画(PPI)ガイドブック』という研究者向けの冊子を作成しました。私も委員の一人ですが、患者・市民参画の必要性をまずは研究者が理解することが必要ということで作成されたものです。PPIというのは、Patient and Public Involvementの頭文字を取ったもので、「患者・市民参画」と訳されています。各国に先駆けてイギリスで採り入れられてきた政策で、医学研究や臨床試験だけでなく、医療政策全般において、その意思決定の場に患者・市民の関与を求めています。医学部の入学試験の合否判定に、患者・市民が参画している大学もあると聞きます。欧米では患者・市民参画が早くから進められていて、カナダや米国ではPE(Patient Engagement)と呼ぶこともあるようです。ちなみに、日本の製薬業界では、患者中心ということでPatient Centricityという用語がよく使われています。的確に意見を述べる人を養成、バンク化患者・市民参画というと、現在の医療界では、治験や臨床研究への参画と受け止められがちです。しかしCOMLでは、これまでの経験から、イギリスと同様に広く医療における諸問題や政策に患者・市民として参画することと捉えて活動してきました。1992年から活動している模擬患者も、学生や医療者のコミュニケーション能力向上や医療面接試験に参画しているPPIの一つです。医療機関の改善のために参画しているという意味では、94年から取り組んできた<病院探検隊>も同様だと考えています。また、私が年間100を超える厚生労働省の審議会・検討会や、さまざまな委員会にメンバーとして出席していることも、PPIの活動です。日本ではPPIという考えのもとに進められてきたわけではありませんが、1990年代後半あたりから、医療の問題を考える際に、利用者である患者・市民の声を聞く必要性が少しずつ認識されてきました。それがここにきて、一気にさまざまな医療に関する分野で高まってきたという印象です。これはCOMLの創始者である故・辻本好子が2000年代半ばから予想していたことで、「これから患者・市民への委員要請が必ず増えてくると思う。でもある程度医療のことを理解していないと、冷静かつ客観的な意見は言えない。きちんと意見を述べることができる人を養成するような活動をCOMLでやろう」と私に持ち掛けました。その結果、09年度から始めた「医療で活躍するボランティア養成講座」(1回3時間×5回)が誕生しました。この講座を修了した人のなかには、電話相談スタッフや模擬患者、患者情報室スタッフなどとして活躍している人はたくさんいます。しかし、修了しただけでは意見を述べる委員として推薦できるかどうかの判断ができないことに歯痒い思いも抱いていました。そこで2017年度から始めたのが、「医療関係団体の一般委員養成講座」(1回3時間×7回)です。「医療で活躍するボランティア養成講座」を「医療をささえる市民養成講座」に改称して基礎コースと位置付け、全回修了した人を対象に委員を養成するアドバンスコースを始めたわけです。「医療関係会議の一般委員養成講座」の目的は、一般委員の役割を理解し、適切なタイミングで、わかりやすく意見を述べる能力を養うことです。患者・市民の視点を生かし、自分の関心事だけに固執するのではなく、バランスよく意見を述べることも大切です。そこで、第1回目は一般委員としてどのような会議体からの要請があるのか、何を大切にしなければいけないのかなどを解説し、講座に参加した動機や意気込みをディスカッションします。そして、終了時に指定した会議の資料や議事録を読み、そこで一般委員が果たしていた役割や、自分ならどのタイミングで、どのような意見を述べようと思うかを考えてきてもらい、第2回目で発表します。第3・4回目は、立教大学の松本茂教授に外部講師をお願いし、会議の場できちんと発言できる能力に力点を置いたディベートセミナーを実施。第5回目までに主に厚生労働省の2種類以上の検討会を傍聴し、第5回目で傍聴報告会を開催します。そして総仕上げは、第6・7回目の模擬検討会です。専門委員役(教授や医師会の役員など)や事務局役(厚生労働省技官)の協力を得て模擬検討会で議論し、専門委員役と事務局役、私とCOMLオブザーバーで採点をして、委員としての資質の合否判定を行います。そして合格者には、COML委員バンクに登録できる資格を付与するというものです。この合格率は約27%で、現在、12名がCOML委員バンク登録会員です。バンク化してまだ1年余りにもかかわらず、20を超える委員に就任して活躍し始めています。登録会員は委員として派遣するだけでなく、さまざまなPPI活動へと発展することができるのではと、大きな期待を寄せています。そして、夢は全国の地域ブロックでのバンク化です。そうすることで、医療と冷静に向き合う賢い患者が増えることにつなげていきたいと思っています。

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第15回 薬剤投与後の意識消失、原因は?【救急診療の基礎知識】

●今回のPoint1)アナフィラキシーはいつでも起こりうることを忘れずに!2)治療薬はアドレナリン! 適切なタイミング、適切な投与方法で!3)“くすりもりすく”を常に意識し対応を!【症例】62歳女性。数日前から倦怠感、発熱を認め、自宅で様子をみていたが、食事も取れなくなったため、心配した娘さんと共に救急外来を受診した。意識は清明であるが、頻呼吸、血圧の低下を認め、悪寒戦慄を伴う発熱の病歴も認めたため、点滴を行いつつ対応することとした。精査の結果、「急性腎盂腎炎」と診断し、全身状態から入院適応と判断し、救急外来で抗菌薬を投与し、病床の調整後入院予定であった。しかし、抗菌薬を投与し、付き添っていたところ、反応が乏しくなり、血圧低下を認めた。どのように対応するべきだろうか?●抗菌薬投与後のバイタルサイン意識10/JCS血圧88/52mmHg脈拍112回/分(整)呼吸28回/分SpO297%(RA)体温38.9℃瞳孔3/3mm+/+既往歴高血圧内服薬アジルサルタン(商品名:アジルバ)、アトルバスタチン(同:リピトール)アナフィラキシーの認識本症例の原因、これはわかりやすいですね。抗菌薬投与後に血圧低下を認める点から、アナフィラキシーであることは、誰もが認識できると思いますが、「アナフィラキシーであると早期に認識すること」が非常に大切であるため、いま一度整理しておきましょう。アナフィラキシーとは、「アレルゲンなどの侵入により、複数臓器に全身性のアレルギー症状が惹起され、生命に危機を与えうる過剰反応」と定義されます。また、アナフィラキシーショックとは、それに伴い血圧低下や意識障害を伴う場合とされます1)。アナフィラキシーの診断基準は表1のとおりですが、シンプルに言えば、「食べ物、蜂毒、薬などによって皮膚をはじめ、複数の臓器に何らかの症状が出た状態」と理解すればよいでしょう。表2が代表的な症状です。皮膚症状は必ずしも認めるとは限らないこと、消化器症状を忘れないことがポイントです。そして、本症例のような意識消失の原因がアナフィラキシーであることもあるため注意しましょう。表1 アナフィラキシーの診断基準画像を拡大する表2 アナフィラキシーの症状と頻度画像を拡大するアナフィラキシーの初期対応-注射薬によるアナフィラキシーは「あっ」という間!アナフィラキシー? と思ったら、迷っている時間はありません。とくに、抗菌薬や造影剤など、経静脈的に投与された薬剤によってアナフィラキシーの症状が出現した場合には、進行が早く「あっ」という間にショック、さらには心停止へと陥ります。今までそのような経験がない方のほうが多いと思いますが、本当に「あっ」という間です。万が一の際に困らないように確認しておきましょう。一般的に、アナフィラキシーによって、心停止、呼吸停止に至るまでの時間は、食物で30分、蜂毒で15分、薬剤で5分程度と言われていますが、前述のとおり、経静脈的に投与された薬剤の反応はものすごく早いのです4)。アドレナリンを適切なタイミングで適切に投与!アナフィラキシーに対する治療薬は“アドレナリン”、これのみです! 抗ヒスタミン薬やステロイドを使う場面もありますが、どちらも根本的な治療薬ではありません。とくに、本症例のように、注射薬によるアナフィラキシーの場合には、重症化しやすく、早期に対応する必要があるため、アドレナリン以外の薬剤で様子をみていては手遅れになります。ちなみに、「前も使用している薬だから大丈夫」とは限りません。いつでも起こりうることとして意識しておきましょう。日本医療安全調査機構から『注射剤によるアナフィラキシーに係る死亡事例の分析』が平成30年1月に報告されました。12例のアナフィラキシーショックによる死亡症例が分析されていますが、原因として多かったのが、造影剤、そして抗菌薬でした。また、どの症例もアナフィラキシーを疑わせる症状が出てからアドレナリンの投与までに時間がかかってしまっているのです5)。アドレナリンの投与を躊躇してしまう気持ちはわかります。アドレナリンというと心肺停止の際に用いるもので、あまり使用経験のない人も多いと思います。しかし、アナフィラキシーに関しては、治療薬は唯一アドレナリンだけです。正しく使用すれば恐い薬ではありません。どのタイミングで使用するのか、どこに、どれだけ、どのように投与するのかを正確に頭に入れておきましょう。アドレナリンの投与のタイミングアドレナリンは、皮膚症状もしくは本症例のように明らかなアレルゲンの曝露(注射薬が代表的)があり、そのうえで、喉頭浮腫や喘鳴、呼吸困難感などのairwayやbreathingの問題、または血圧低下や失神のような意識消失などcirculationの問題、あるいは嘔気・嘔吐、腹痛などの消化器症状を認める場合に投与します。大事なポイントは、造影剤や抗菌薬などの投与後に皮膚症状がなくても、呼吸、循環、消化器症状に異常があったら投与するということです。アドレナリンの投与方法アドレナリンは大腿外側広筋に0.3mg(体型が大きい場合には0.5mg)筋注します。肩ではありません。皮下注でも、静注でもありません。正しく打てば、それによって困ることはまずありません。皮下注では効果発現に時間がかかり、静注では頻脈など心臓への影響が大きく逆効果となります。まずは筋注です!さいごに抗菌薬、造影剤などの薬剤は医療現場ではしばしば使用されます。もちろん診断、治療に必要なために行うわけですが、それによって状態が悪化してしまうことは、極力避けなければなりません。ゼロにはできませんが、本当に必要な検査、治療なのかをいま一度吟味し、慎重に対応することを心掛けておく必要があります。救急の現場など急ぐ場合もありますが、どのような場合でも、常に起こりうる状態の変化を意識し、対応しましょう。1)日本アレルギー学会 Anaphylaxis対策特別委員会. アナフィラキシーガイドライン. 日本アレルギー学会;2014.2)Sampson HA, et al. J Allergy Clin Immunol. 2006;117:391-397.3)Joint Task Force on Practice Parameters, et al. J Allergy Clin Immunol. 2005;115:S483-523.4)Pumphrey RS. Clin Exp Allergy. 2000;30:1144-1150.5)日本医療安全調査機構. 医療事故の再発防止に向けた提言 第3号 注射剤によるアナフィラキシーに係る死亡事例の分析. 日本医療安全調査機構;2018.

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臨床的うつ病の補完代替療法~メタ解析

 うつ病に対する補完代替療法(CAM)の治療戦略や推奨事項は、臨床ガイドラインによって大きく異なる。ドイツ・デュースブルク・エッセン大学のHeidemarie Haller氏らは、臨床診断を受けたうつ病患者へのCAMに関するレベル1のエビデンスをシステマティックにレビューした。BMJ Open誌2019年8月5日号の報告。 2018年6月までのランダム化比較試験(RCT)のメタ解析を、PubMed、PsycInfo、Centralより検索した。うつ病の重症度、治療反応、寛解、再発、有害事象をアウトカムに含めた。エビデンスの質は、RCTおよびメタ解析などの方法論的質を考慮し、GRADEに基づいて評価を行った。 主な結果は以下のとおり。・2002~18年に26件のメタ解析が実施されていた。・軽度~中等度のうつ病患者では、プラセボと比較し、セイヨウオトギリソウ(St. John's wort)の有効性が示唆された。さらに、セイヨウオトギリソウは、うつ病の重症度および治療反応に対する標準的な抗うつ薬治療との比較で有効性が示唆され、有害事象の有意な減少が認められた(エビデンスの質:中程度)。・再発うつ病患者では、うつ病の再発予防において、マインドフルネス認知療法が標準的な抗うつ薬治療よりも優れていることが示唆された(エビデンスの質:中程度)。・他のCAMに関するエビデンスは、エビデンスの質が低いまたは非常に低かった。 著者らは「2つを除き、臨床的うつ病に対するCAMは、エビデンスの質が低いまたは非常に低いことが示された。エビデンスは、主に元となるRCTやメタ解析の回避可能な方法論的欠陥のため、システマティックレビューおよびメタアナリシスのための優先的報告項目の基準に合致しないことから格下げする必要があり、さらなる研究が必要とされる」としている。

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HFrEF患者、降圧薬の至適用量に性差/Lancet

 駆出率が低下した心不全(HFrEF)患者では、ACE阻害薬やARB、β遮断薬の至適用量に性差があり、女性患者は男性患者に比べ、これらの薬剤の用量を減量する必要があることが、オランダ・フローニンゲン大学医療センターのBernadet T. Santema氏らが実施したBIOSTAT-CHF試験の事後解析で明らかとなった。研究の成果は、Lancet誌オンライン版2019年8月22日号に掲載された。ACE阻害薬、ARB、β遮断薬の薬物動態には性差があることが知られているが、ガイドラインで推奨されているこれらの薬剤の用量は、HFrEFの男女でほぼ同量だという。左室駆出率が低下した心不全患者で仮説を検証 研究グループは、HFrEF患者におけるACE阻害薬、ARB、β遮断薬の至適用量には性差が存在するとの仮説を検証する目的で、BIOSTAT-CHF試験の事後解析を行った(欧州委員会[EC]の助成による)。 BIOSTAT-CHF試験は、プロトコールによってACE阻害薬、ARB、β遮断薬の投与開始または漸増が推奨される心不全患者を対象とした前向き観察研究で、欧州の11ヵ国が参加し、2010~12年に患者登録が行われた。今回の事後解析には、左室駆出率<40%の患者のみが含まれ、試験開始から3ヵ月以内に死亡した患者は除外された。 主要評価項目は、全死因死亡および心不全による入院までの期間の複合とした。得られた知見は、アジアの11地域が参加した前向き観察研究であるASIAN-HF試験(男性3,539例、女性961例)のデータを用いて妥当性の検証が行われた。β遮断薬は推奨用量の60%、ACE阻害薬/ARBは40%が至適 HFrEF患者1,710例(男性1,308例、女性402例)が解析に含まれた。女性患者は男性患者よりも、ベースラインの平均年齢が高く(74[SD 12]歳vs.70[12]歳、p<0.0001)、体重が軽く(72[16]kg vs.85[18]kg、p<0.0001)、身長が低かった(162[7]cm vs.174[8]cm、p<0.0001)が、BMIに差はなかった(27.3[5.8]vs.27.9[5.2]、p=0.06)。 ガイドラインで推奨された目標用量へ到達した患者の割合は、ACE阻害薬/ARB(女性99例[25%]vs.男性304例[23%]、p=0.61)およびβ遮断薬(57例[14%]vs.168例[13%]、p=0.54)のいずれにおいても、男女間に差は認めなかった。 β遮断薬は、女性ではU字型のリスク曲線が示され、推奨される目標用量の約60%が至適用量であり、男性は推奨用量の30%と100%でリスクが最も低かった。ACE阻害薬/ARBは、女性では推奨用量の約40%で複合エンドポイントのリスクが最も低く、それ以上増量してもリスクは低下しなかったのに対し、男性は推奨用量の100%投与で最もリスクが低かった。これらの性差は、年齢や体表面積などの臨床的な共変量で補正しても存在していた。 ASIAN-HF試験のコホートは男女とも、BIOSTAT-CHF試験に比べ年齢が若く、体重が軽く身長が低かった。アジア人女性では、β遮断薬の用量と複合エンドポイントの関連は3次スプライン曲線を描き、推奨用量の40~50%でリスクが急激に低下し、それ以上増量してもリスクは低下しなかったのに対し、男性では推奨用量の100%を投与した場合にリスクが最も低かった。ACE阻害薬/ARBは、アジア人女性では推奨用量の約60%でリスクが最も低く、60%以上に増量してもそれ以上の保護効果を認めなかった。男性では、ACE阻害薬/ARBは推奨用量の50%以上を投与しないとほとんど効果はなく、用量の全体を通じて複合エンドポイントのリスクが女性よりも高かった。 著者は、「これらの知見は、女性患者にとって真に至適な薬物療法とは何かという疑問をもたらす。他の心血管疾患領域でも同様の調査を行う必要がある」としている。

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卵巣がんに対するBRCA1/2遺伝子検査、日本初の大規模研究

 遺伝性乳がん・卵巣がんの発症には、乳がん感受性遺伝子(BRCA遺伝子)の変異が大きく関わっている。アストラゼネカ株式会社が開催したメディアセミナー(共催)にて、吉原 弘祐氏(新潟大学 医学部産婦人科学教室 助教)が、生殖細胞系列BRCA(gBRCA)1/2>遺伝子変異の保有率に関する日本初の大規模調査であるJAPAN CHARLOTTE STUDY(以下、本研究とする)に関して、解説した。認定遺伝カウンセラー不足とその弊害 BRCA1、BRCA2はDNAの組み換え修復などの機能を有し、両親のどちらかがBRCA1あるいは2に病的変異がある場合、50%の確率で子に受け継がれる。その変異は卵巣がんなどの発症率を増加させるため、患者本人だけでなくその家族にも影響を与えうる。そのため遺伝子検査にあたっては、認定遺伝カウンセラー等によるカウンセリングが重要となる。 欧米ではガイドラインで、BRCA1/2遺伝子検査の実施を推奨しているが、日本では日常的に遺伝子検査を行う環境が整っていない。実際に、検査結果の説明などを担当する認定遺伝カウンセラーの数は全国で243人(2018年12月時点)にとどまっており、著しく不足している。また、カウンセラー不在の県もあるなど、地域にも偏りがある。 環境が整っていない日本では、卵巣がん患者におけるgBRCA1/2変異頻度に関するまとまったデータがきわめて少なかった。このような状況の中で行われた本研究は、日本初のBRCA1/2遺伝子変異に関する大規模調査である。日本初の大規模研究(JAPAN CHARLOTTE STUDY) 本研究では、日本人新規卵巣がん患者、約600例のgBRCA1/2変異陽性率とgBRCA1/2遺伝子検査前のカウンセリングに対する満足度を評価した。 gBRCA1/2変異陽性率は14.7%であり、欧米人を対象とした過去の研究報告と同程度であった。これまで、日本人のgBRCA1/2変異率は欧米人よりも低いという見方もある中で、注目すべき結果といえよう。また、gBRCA1/2変異は進行期のがんで見られることが多い。本試験においても進行卵巣がんの患者ではgBRCA1/2変異陽性率が24.1%と、早期卵巣がんよりも変異陽性率が高かった。 検査前のカウンセリングに対する満足度は、実施者の職種にかかわらず同等だったものの、検査結果がgBRCA1/2変異陽性もしくはVUSの場合、検査後のカウンセリングは全例、認定遺伝カウンセラーもしくは認定遺伝専門医が担当していた。認定遺伝カウンセラーの「ホスピタリティー」は、デリケートな内容を患者に告知する際にとても重要であるという。現状、臨床現場では遺伝子検査の結果を医師が患者に説明するケースが多いが、他の業務に追われる中で、医師がホスピタリティーにまで気を配ることは難しいケースが多々あるのではないだろうか。遺伝子検査が実施できる環境の整備 BRCA1/2陽性例にリスク低減卵管卵巣摘出術を実施した場合、実施していない場合と比べて、卵巣がんの発症率が80%低下し、全生存期間が有意に延長する。そのためBRCA1/2遺伝子検査を実施することでがんを予防できたり、治療の選択肢が増えたりするケースもあると考えられる。 卵巣がんを克服するために、治療の進歩は非常に重要であるが、それだけでなく、認定遺伝カウンセラーの育成など、遺伝子検査が実施できる環境を整えることも重要になってくるのではないだろうか。

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小児・思春期2型糖尿病患者におけるGLP-1受容体作動薬の有用性と安全性(解説:吉岡成人氏)-1111

 2019年6月、米国食品医薬品局(FDA)は10歳以上の2型糖尿病患者に対してGLP-1受容体作動薬であるリラグルチドの適応を承認した。米国において小児2型糖尿病治療薬が承認されるのは、2000年のメトホルミン以来のことである。 わが国における『糖尿病診療ガイドライン2016』(日本糖尿病学会編・著)には、小児・思春期における2型糖尿病の治療薬について、メトホルミン(10歳以上)とグリメピリドを除いた薬剤は「『小児などに対する安全性は確立していない』ことを本人ならびに保護者に伝え、使用に際しては説明に基づいた同意を得るようにする」と記載されている。 NEJM誌8月15日号に、基礎インスリンの併用の有無を問わず、メトホルミンによる治療を受けている小児・思春期2型糖尿病患者にリラグルチドを追加投与することの有用性について検討した成績が発表されている(Tamborlane WV, et al. N Engl J Med. 2019;381:637-646.)。10~16歳の患者135例を、リラグルチドを最大1.8mg/日まで追加投与する群とプラセボ群に分け、26週間二重盲検試験を行い、その後、非盲検試験として26週間延長して追跡を行っている。リラグルチド投与群では26週でHbA1cが0.64ポイント低下し、プラセボ群では0.42ポイント上昇しており、その差は-1.06ポイント、52週では群間の差が-1.30ポイントとなった。リラグルチド投与群では、嘔気、嘔吐、下痢など消化器系の有害事象が投与開始8週目までに多かったものの、小児・思春期糖尿病患者においてGLP-1受容体作動薬を併用することの血糖コントロール改善に対する有用性が確認されたと結論付けている。 2型糖尿病では経年的に膵β細胞の容積が減少し、それに伴い、インスリン分泌能が低下する。その要因として、膵β細胞のアポトーシスや分化転換(trans-differentiation)が関与していると想定されている。膵β細胞が脱分化し、α細胞などの非β細胞に分化するのではないかというのである。マウスのデータではあるが、GLP-1が膵α細胞を分化転換させ、膵β細胞を新生させるという実験成績もある(Lee YS, et al. Diabetes. 2018;67:2601-2614.)。膵細胞の分化転換に重要な役割を担っていると推定されるGLP-1 の受容体は多くの臓器に存在している。さまざまな臓器においてGLP-1受容体を長期にわたって刺激することの安全性は確立されておらず、膵腫瘍の発生リスクに関しても一定の結論は得られていない。 臨床の現場において、新たに、有用性が高い革新的な治療を行うことは重要であろうが、保守的であっても、安全性の高い医療を心掛ける姿勢も忘れてはならないのではなかろうか。

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家族性高コレステロール血症の基礎知識

 8月27日、日本動脈硬化学会は、疾患啓発を目的に「家族性高コレステロール血症」(以下「FH」と略す)に関するプレスセミナーを開催した。 FHは、単一遺伝子疾患であり、若年から冠動脈などの狭窄がみられ、循環器疾患を合併し、予後不良の疾患であるが、診療が放置されている例も多いという。 わが国では、世界的にみてFHの研究が進んでおり、社会啓発も広く行われている。今回のセミナーでは、成人と小児に分け、本症の概要と課題が解説された。意外に多いFHの患者数は50万人超 はじめに斯波 真理子氏(国立循環器病研究センター研究所 病態代謝部)を講師に迎え、成人FHについて疾患の概要、課題について説明が行われた。FHは大きくヘテロ結合体とホモ結合体に分類できる。 FHのヘテロ結合体は、LDL受容体遺伝子変異により起こり、200~500例に1例の頻度で患者が推定され、わが国では50万人以上とされている。生来LDL-C値が高い(230~500mg/dL)のが特徴で、40代(男性平均46.5歳、女性平均58.7歳)で冠動脈疾患などを発症し、患者の半数以上がこれが原因で死亡する。 診断では、(1)高LDL-C血症(未治療で180mg/dL以上)、(2)腱黄色腫あるいは皮膚結節性黄色腫、(3)FHあるいは早発性冠動脈疾患の家族歴(2親等以内)の3項目中2項目が確認された場合にFHと診断する。 また、診断では、LDL-C値に加えて、臨床所見ではアキレス腱のX線画像が特徴的なこと(アキレス腱厚をエコーで測定することも有用)、角膜輪所見が若年からみられること、家族に高コレステロール血症や冠動脈疾患患者がみられることなど、詳細なポイントを説明するとともに、診断のコツとして「『目を見つめ よく聴き、話し 足触る』ことが大切」と同氏は強調した。 FH患者は、健康な人と比較すると、約15年~20年早く冠動脈疾患を発症することから、早期より厳格な脂質コントロールが必要となる。 本症の治療フローチャートでは、生活習慣改善・適正体重の指導と同時に脂質降下療法を開始し、LDL-C管理目標値を一次予防で100mg/dL未満あるいは治療前の50%未満(二次予防70mg/dL未満)にする。次に、スタチンの最大耐用量かつ/またはエゼチミブ併用し、効果が不十分であればPCSK9阻害薬エボロクマブかつ/またはレジンかつ/またはプロブコール、さらに効果が不十分であればLDL除去療法であるLDLアファレシスを行うとしている。医療者も社会も理解しておくべきFHの病態 次に指定難病であるホモ結合体について触れ、本症の患者数は100万例に1例以上と推定され、本症の所見としてコレステロール値が500~1,000mg/dL、著明な皮膚および腱黄色腫があると説明を行った。確定診断では、LDL受容体活性測定、LDL受容体遺伝子解析で診断される。 治療フローチャートでは、ヘテロ受容体と同じように生活習慣改善・適正体重の指導と同時に脂質降下療法を開始し、LDL-C管理目標値を一次予防で100mg/dL未満(二次予防70mg/dL未満)にする。次に、第1選択薬としてスタチンを速やかに最大耐用量まで増量し、つぎの段階ではエゼチミブ、PCSK9阻害薬エボロクマブ、MTP阻害薬ロミタピド、レジン、プロブコールの処方、または可及的速やかなるLDLアファレシスの実施が記載されている。ただ、ホモ結合体では、スタチンで細胞内コレステロール合成を阻害してもLDL受容体の発現を増加させることができず、薬剤治療が難しい疾患だという。その他、本症では冠動脈疾患に加え、大動脈弁疾患も好発するので、さらに注意する必要があると同氏は指摘する。 最後に同氏は「FHは、なるべく早く診断し、適切な治療を行うことで、確実に予後を良くすることができる。そのためには、本症を医療者だけでなく、社会もよく知る必要がある。とくにFHでPCSK9阻害薬の効果がみられない場合は、LDL受容体遺伝子解析を行いホモ接合体を見つける必要がある。しかし、このLDL受容体遺伝子解析が現在保険適応されていないなど課題も残されているので、学会としても厚生労働省などに働きかけを行っていく」と展望を語り、説明を終えた。小児の治療では成長も加味して指導が必要 続いて土橋 一重氏(山梨大学小児科、昭和大学小児科)が、次のように小児のFHについて解説を行った。 小児のヘテロ接合体の診断では、「(1)高LDL-C血症(未治療で140mg/dL以上、総コレステロール値が220mg/dL以上の場合はLDL-Cを測定する)、(2)FHあるいは早発性冠動脈疾患の家族歴(2親等以内)の2項目でFHと診断する(小児の黄色腫所見はまれ)」と説明した。また、「小児では、血液検査が行われるケースが少なく、本症の発見になかなかつながらない。採血の機会があれば、脂質検査も併用して行い、早期発見につなげてほしい」と同氏は課題を指摘した。 治療では、確定診断後に早期に生活習慣指導を行い、LDL-C値低下を含めた動脈硬化リスクの低減に努め、効果不十分な場合は10歳を目安に薬物療法を開始する。 とくに生活習慣の改善は、今後の患児の成長も考慮に入れ、できるだけ早期に食事を含めた生活習慣について指導し、薬物療法開始後も指導は継続する必要がある。食事療法について、総摂取量は各年齢、体格に応じた量とし、エネルギー比率も考慮。具体的には、日本食を中心とし、野菜を十分に摂るようにする。また、適正体重を維持し、正しい食事習慣と同時に運動習慣もつける。そして、生涯にわたる禁煙と周囲の受動喫煙も防止することが必要としている。 薬物療法を考慮する基準として、10歳以上でLDL-C値180mg/dL以上が持続する場合とし、糖尿病、高血圧、家族歴などのリスクも考える。第1選択薬はスタチンであり、最小用量より開始し、肝機能、CK、血清脂質などをモニターし、成長、二次性徴についても観察する。 管理目標としては、LDL-C値140mg/dLとガイドラインでは記載されているが、とくにリスク因子がある場合は、しっかりと下げる必要があるとされているとレクチャーを行った。

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中高年の早期死亡リスクに座位時間が影響/BMJ

 若年死亡のリスクは、強度を問わず身体活動度が高いほど低く、また、座位時間が短いほど低いことが、ノルウェー・Norwegian School of Sport SciencesのUlf Ekelund氏らによるシステマティック・レビューとメタ解析で明らかにされた。いずれも、中高年成人では、非線形の用量反応の関連パターンが認められたという。身体活動度は、多くの慢性疾患や若年死亡と関連しており、座位時間が長いほどそのリスクが増す可能性を示すエビデンスが増えつつある。しかし、現行の身体活動ガイドラインは、妥当性に乏しい自己報告の試験に基づいているため、報告されている関連性の大きさは、過小評価されている可能性があり、また、用量反応の形状、特に軽強度身体活動は明らかになっていなかった。BMJ誌2019年8月21日号掲載の報告。2018年7月までに公表の試験をレビューし解析 研究グループは、PubMed、PsycINFO、Embase、Web of Science、Sport Discusのデータベースを基に、2018年7月までに発表された試験について、システマティック・レビューとメタ解析を行った。対象は、身体活動度や座位時間について加速度測定法で評価し、全死因死亡率との関連を評価した前向きコホート試験で、ハザード比やオッズ比、相対リスクを95%信頼区間(CI)とともに求めたものとした。解析の手法は、システマティック・レビューとメタ解析に関するガイドラインや、PRISMAガイドラインにのっとった。執筆者2人がそれぞれタイトルと要約をスクリーニングし、1人が全文のレビューを、もう1人がデータを抽出した。バイアスリスクは2人がそれぞれ評価した。 参加者個人レベルのデータを、複数の補正後モデルを用いた試験で集約・解析した。身体活動のデータは4つに分類し、全死因死亡率(主要評価項目)との関連についてCox比例ハザード回帰分析を用いて解析。ランダム効果メタ解析により試験に特異的な結果を要約した。軽強度身体活動でも、死亡率は約0.4倍まで低下 検索により全文レビューとなった39試験のうち、包含基準を満たしたのは10試験だった。うち3試験はデータの集約が困難(加速度計が手首タイプなど)のため、さらに1件は非参加のため除外された。代わりに、死亡率未公表のデータを含む2試験を包含し、計8試験の個人データを解析した。被験者総数は3万6,383例、平均年齢62.6歳、女性は72.8%だった。追跡期間の中央値は5.8年(範囲:3.0~14.5)で、死亡は2,149例(5.9%)だった。 身体活動はその強度にかかわらず死亡率の低下に関連しており、非線形用量反応が認められた。死亡に関するハザード比は、身体活動度の最も低い第1四分位群(参照群、1.00)に比べ、第2四分位群0.48(95%CI:0.43~0.54)、第3四分位群0.34(0.26~0.45)、身体活動度が最も高い第4四分位群は0.27(0.23~0.32)だった。 同様に軽強度身体活動では、第1四分位群に比べ、第2四分位群0.60(95%CI:0.54~0.68)、第3四分位群0.44(0.38~0.51)、第4四分位群0.38(0.28~0.51)だった。中強度~高強度身体活動では、それぞれ0.64(0.55~0.74)、0.55(0.40~0.74)、0.52(0.43~0.61)だった。 座位時間と死亡に関するハザード比についてみると、第1四分位群(参照群、1.00)に比べ、第2四分位群1.28(95%CI:1.09~1.51)、第3四分位群1.71(1.36~2.15)、第4四分位群2.63(1.94~3.56)だった。

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第2回 心房細動の早期発見、プライマリケア医の協力が不可欠

循環器疾患に関連した学会は数多く存在するが、そのなかでも教育活動に力を注いでいるのが日本心臓病学会である。9月13~15日の学術集会開催を前に、本学会の教育委員長を務める清水 渉氏(日本医科大学大学院医学研究科循環器内科学分野 大学院教授)が本学会の強みについて語った。若手医師、非専門医への心臓病診療の普及を目指すプライマリケアの現場で診療される先生方の患者には、糖尿病や脂質異常症を合併している方や高齢者が多くいらっしゃるのではないでしょうか。近年、心房細動と心原性脳梗塞の発症数は増加傾向にあります。どちらもQOLを低下させ、健康寿命を縮める要因になります。CKDや睡眠時無呼吸症候群などの既往がある患者で発症しやすい心房細動は、不整脈の1つです。国内では100万人もの患者が存在し、高齢者では10~20人に1人が発症しています。これ自体は命に関わるような危険な不整脈ではありませんが、長生きすることで心不全へ発展してしまうため、大きな問題になっています。高齢者の心房細動発症者は自覚症状に乏しく「疲れやすい」「動けないのは歳のせい」などの表現をする患者もいるため、早期発見が難しく、80~90歳代の患者が心不全を発症して、緊急搬送される事例もあります。また、心原性脳梗塞の患者の場合、治療により症状が安定すれば抗凝固療法を継続した状態で退院します。とくに高齢者の場合は、脳梗塞予防として抗凝固療法の長期継続が必要になるため、退院後のフォローにはプライマリケア医の協力、つまり、病診連携が頼みの綱となるわけです。このような現状を踏まえ、高齢者や合併症を有する患者を抱える非専門医の方々にも、心房細動などの自覚症状を見極める能力や問診力を培っていただける、診断や治療に役立つ知識を共有してもらえるように、日本心臓病学会では教育講演などの企画に努めています。プライマリケア医がおさえておくべき循環器疾患の現状もう一つ、心臓病診療のトレンドを多くの医療者にしっかり理解いただくことも本学会の大きな目的です。たとえば、私の専門である不整脈治療におけるカテーテルアブレーション実施件数は、2010年に約3.5万件だったのが、この10年で2倍以上も増加し、現在は約9万件も実施されています。一方で、心筋梗塞の治療法の1つであるPCI(経皮的冠動脈インターベンション)は、技術の進歩によって再狭窄リスクが低下したため、実施件数が横ばいになっています。なぜ、このようにアブレーション件数が増えているかというと、2012年に発表された「カテーテルアブレーションの適応と手技に関するガイドライン」から「不整脈非薬物治療ガイドライン(2018年版改訂)」に改訂された際に、適応疾患が拡大し、動悸などの症状を有していれば、カテーテルアブレーションを第1選択できるようになったためです。そのため、心房細動患者に対するアブレーション件数は年々増加を続け、この領域は薬物療法から非薬物療法へ変遷を経ています。非会員でも参加できる教育セミナー今回の学術集会とは離れますが、本学会は、日ごろから医療者に対する教育に力を入れています。会員のみならず非会員でも参加できる仕組みを作り、学術集会での教育講演のほかに、「教育セミナー」に注力しています。教育セミナーは年に2回、2月と6月に開催され、アドバンスコース(専門医向け)とファンダメンタルコース(非専門医、医療者向け)の2つのコースを設け、毎回200~300名の方が受講する盛況ぶりです。受講内容は毎年変わり、不整脈、虚血性心疾患、心不全、動脈疾患など循環器疾患全般を幅広く網羅しています。「脳卒中・循環器病対策基本法」が昨年12月に成立したことを踏まえ、今後は、本学会でも若手医師や非専門医の方々に、この法律の重要性を理解してもらえるような取り組みも行っていく予定です。メッセージ(動画)

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第27回 空飛ぶ心電図~患者さんの命を乗せて~(前編)【Dr.ヒロのドキドキ心電図マスター】

第27回:空飛ぶ心電図~患者さんの命を乗せて~(前編)心電図と言えば、生理検査室や診療所、病棟などのベッド上で記録し、病院内で閲覧する“静”なイメージがありませんか? でも、最近では、大切なメッセージを届けてくれる伝書鳩のように、遠くで記録された心電図が病院に届く技術があるんです。いわば“空飛ぶ心電図”かな(笑)。正式には「伝送心電図」と言いますが、院外の救急現場で記録され、電子データとして心電図が病院に送られます。このシステムが、診療の質や効率を向上させることが確認されてきています。この、伝送心電図の活用法について、京都での実際の取り組みを谷口 琢也先生(京都府立医科大学循環器内科)へDr.ヒロが取材しました。2回シリーズの前編をどうぞ!◆聞き手:Dr.ヒロ(以下、ヒロ)◆ゲスト:谷口 琢也先生(以下、谷口)谷口 琢也氏京都府立医科大学医学部卒業。松下記念病院で心筋虚血(核医学)に関する薫陶を受け、2007年より国立循環器病センター心臓血管内科CCUに所属、モバイルテレメディシンシステムに触れる。2013年からは京都府立医科大学附属北部医療センターで心不全レジストリなどの臨床研究を主導すると共に、クラウド型12誘導心電図伝送システムを導入。2018年に京都大学大学院で臨床疫学の方法論を系統的に学び、現在、母校にて社会に還元できる臨床研究の推進に取り組む。医学博士、社会健康医学修士、総合内科専門医、循環器専門医、心血管カテーテル治療専門医を取得。趣味は美食探訪、得意な家事は皿洗い。(ヒロ)Willem Einthoven先生が発明した心電図は、100年以上も前から有用性が裏付けられており、今もなお臨床の最前線で活用されています。そんな歴史を有する“レジェンド検査”が、現代の情報技術(IT)と融合し、さらなる進化を遂げています。救急現場で12誘導心電図を記録し、いち早く専門医の元に届ける「伝送心電図システム」は、循環器系救急のトピックの一つでもありますが、“時間との闘い”的な側面の強い心血管疾患の診療に革新をもたらす可能性のある技術だと思います。心電図や不整脈に関して、ボクは普段から情報収集を怠っていないつもりでしたが、同システムを用いた救急診療を先導した経歴を持つ先生が学内にいるのを見落としていました(笑)。「一度、イイネ!と思った企画は必ずやる」-ボクの信条が今回も実現しました。全国の読者の方々にもきっとお役に立つかと思い、本日は、心電図の伝送システムの現状と課題について伺います。(谷口)よろしくお願いします。<質問内容>【質問1】伝送心電図の概略について教えてください。【質問2】この伝送心電図の取り組みは、どこの地域・どこの病院で行われていますか?【質問3】なぜ、この地域(京丹後医療圏)が選ばれたのでしょうか?【質問4】全国のほかの地域で同様な取り組みをしている場所はありますか?【質問5】心電図はどこでとるのですか? 【質問6】プライバシー面での配慮はありますか? 同意をとっていますか?【質問7】心電図検査の要否、クラウド送信などの判断は、どの時点で誰がするのでしょうか?【質問8】伝送された心電図は「誰」が「どこ」で読むのでしょうか?【質問9】心電図の記録、送信、到着までの時間は大体どれくらいですか?【質問10】心電図はいつ伝送しますか?救急車が出発してから送るのですか?【質問11】心電図の記録や送信に時間がかかったことで、診断や治療が遅れたケースはありますか?【質問12】この伝送心電図システムが最もターゲットとしている疾患は何でしょうか?【質問13】伝送心電図が有効だった典型例を教えて下さい。【質問14】“狙い通り”のSTEMI症例は、実際に年間どれくらいの件数がありますか?【質問1】伝送心電図の概略について教えてください。(谷口)正式名称は「クラウド型12誘導心電図伝送システム」といい、救急車に搭載されるものです。このシステムのポイントは、これまでの救急現場で心電図といえば3点モニターだけが定番であったのを、病院と同じ12誘導にしていることです。(ヒロ)いわゆる「プレホスピタル心電図」(病院前心電図)を12誘導で行おうということですね。(谷口)病院前心電図には、病院到着前の段階で、いち早く心電図診断を行い、治療が必要な患者を同定し、その準備も同時並行で行うことができるメリットがあります。(ヒロ)治療というのは、具体的には“心臓カテーテル検査・治療”のことですか?(谷口)はい。緊急冠動脈造影・カテーテル治療(CAG/PCI)が必要な急性心筋梗塞を含む急性冠症候群(ACS)の患者の血流再開までの時間を短くして、予後を改善するのが本システムの一番の目的です。(ヒロ)「胸痛」を訴えた患者ということですか?(谷口)いや。実はACSの症状は多岐にわたります。ですから、今回は、下顎から心窩部の範囲、これに両上肢も含めて何らかの症状があった場合に心電図を記録するよう救急隊にお願いしました。(ヒロ)なるほど。間口を広くとることで“漏れ”が少なくなりそうです。実際に記録された心電図は、その後どうなるのですか?(谷口)記録された心電図はMFER(Medical waveform Format Encoding Rules、医用波形記述規約)というデータ形式でクラウドに飛ばして、それを搬送先の病院医師が見る、という流れになります。オンコール医師は院外(自宅など)にいても、スマホからクラウドにアクセスして12誘導心電図を確認し、緊急性を判断することができます。なお、われわれが用いたのは株式会社メハーゲンのSCUNA(スクナ)というシステムで、キャリアはNTTドコモです(図1)。(図1)クラウド型12誘導心電図伝送システム画像を拡大する【質問2】この伝送心電図の取り組みは、どこの地域・どこの病院で行われていますか?(谷口)京都府の二次医療圏としては、最北の丹後医療圏*1にある京都府立医科大学附属北部医療センターで行われています。(ヒロ)有名な天橋立がある風光明媚な場所ですね。先生が以前そこにお勤めだったと聞いています。ほかに京丹後市のアピールポイントは?(谷口)実際に病院があるのは、京丹後市ではなく、与謝郡与謝野町です。ここは歌人与謝野 晶子が住んでいた場所であり、絹織物(丹後ちりめん)の名産地でもあります。食に関しても、あのブランド蟹である「間人ガニ」の漁港が近いなど、魚介類をはじめ、ご飯がとてもおいしい地域です。とくに宮津では、5~6月に収穫される「丹後とり貝」も有名です。(ヒロ)日本海が近いですから、海産物はテッパンでしょうね。とり貝はボクも大好きです。そして、“空”には心電図が飛び交っているわけですね(笑)。*1:人口約10万人。宮津市、与謝野町、伊根町、京丹後市の約845km2からなるエリア。【質問3】なぜ、この地域(京丹後医療圏)が選ばれたのでしょうか?(谷口)丹後医療圏は国内でも長寿地域の一つなんです。なかでも京丹後市は歴代最高齢の男性*2としてギネスに登録された方が暮らしていた場所としても知られています。(ヒロ)当科の的場 聖明教授が主導されている健康長寿に関するコホート研究が行われているのも、このエリアですよね?(谷口)ええ。的場教授のご指導もあり、同地域で救急領域での伝送心電図活用プロジェクトが立ち上がりました。*2:木村 次郎右衛門氏(きむら じろうえもん、116歳没)。【質問4】全国のほかの地域で同様な取り組みをしている場所はありますか?(谷口)最初に沖縄で導入された実績があります。あとは、八戸(青森県)、大分は県全域、岩手県、そして津(三重県)など、かなり広いエリアで同様の取り組みがされています。淡路島でも行われていると聞いています。【質問5】心電図はどこでとるのですか?(谷口)伝送システムは救急車内にあるので、救急隊が現着して、患者と接触後、救急車内に収容した段階で心電図を記録します。【質問6】プライバシー面での配慮はありますか? 同意をとっていますか?(谷口)現場で患者の心電図をとってそれを病院に送りますが、とくに患者や家族の同意をとらず、患者は救急車内に収容されたら、12誘導心電図をとられる仕組みになっています。顔は写りませんので、プライバシーの問題はクリアできていると思っています。(ヒロ)切迫した状況のことも多く、やむを得ない面があるのでしょうね。【質問7】心電図検査の要否、クラウド送信などの判断は、どの時点で誰がするのでしょうか?(谷口)心電図をとる必要性についての判断は、現場の救急隊が行っています。ちょっとでも疑わしければ心電図をとるようお願いしています。とった心電図はすべて病院に送信してもらい、必ず医師が確認するようにしています。(ヒロ)なるほど。ここでも“できるだけ漏らすまい”という姿勢がうかがえますね。【質問8】伝送された心電図は「誰」が「どこ」で読むのでしょうか?(谷口)読むのは循環器内科のオン・コール(またはファースト・コール)と呼ばれる役割の医師です。伝送心電図が病院に飛んでくると、救急ナースからその医師に「心電図を見てください」と一報が入り、その時点で医師が確認します。院内にいればもちろん、スマホさえあれば自宅でも屋外でも伝送された心電図を見ることができます。【質問9】心電図の記録、送信、到着までの時間は大体どれくらいですか?(谷口)心電図をとったらすぐに伝送できるので、実際には心電図をとるべきか判断して記録するまでの時間が律速になるかもしれません。現着から心電図伝送までは、85%のケースが12分以内に済んでいます。(ヒロ)ACSガイドラインにも記されている、「思わせぶりな胸部症状なら10分以内に心電図」がほぼ達成されているわけですね。【質問10】心電図はいつ伝送しますか?救急車が出発してから送るのですか?(谷口)伝送の約3/4(76%)は現場を出発する前でしたが、出発前に伝送したケースでは、現場の滞在時間が2分ほど長くなるなどのデメリットもありました。(ヒロ)難しいトレードオフ(trade-off)ですね。実際の所要時間は?(谷口)現着から医師の心電図確認までは、出発前伝送で14分、出発後伝送で20分でした。郊外型病院の特性で病院到着までの時間は患者が発生した場所次第でまちまちでしたが、心電図を確認した段階で、次にどう動くべきか判断できるので、救急車が病院に到着する頃には、受け入れ態勢(カテーテル室の立ち上げなど)がかなり整いました。(ヒロ)そういう意味でもできるだけ早く「出発前伝送」を心がけるべきなのでしょうね。事がスムーズに進めば、患者接触から15分程度で専門医が心電図にアクセスできるわけですから。【質問11】心電図の記録や送信に時間がかかったことで、診断や治療が遅れたケースはありますか? (谷口)現時点ではありません。(ヒロ)システムが優秀なこともあるのでしょうが、これは送る側と受ける側が1:1対応で“あうんの呼吸”だからですね。都心部のように受け取る病院が複数で、件数自体が増えればシステムトラブルなどが出てくる可能性もあるため、対策は必要だと思います。【質問12】この伝送心電図システムが最もターゲットとしている疾患は何でしょうか?(谷口)やはりACSです。最も早くカテーテル治療が必要で、救命効率が高い疾患ということになります。カテ室の準備にかなり時間がかかるものですから、そこを短縮するという意味でも、やはりACSが一番のターゲットになります。【質問13】伝送心電図が有効だった典型例を教えて下さい。(谷口)2016年10月~2017年1月までのトライアル期間において、17件の伝送例のうち3例で緊急カテーテルが行われました。このうちの1例がSTEMI(AMI:急性心筋梗塞)であり、その例を提示します。【症例1】58歳、男性。【主訴】胸部不快感、意識消失【現病歴】2016年11月X日、新聞配達の仕事中、午前3時頃にコンビニでタバコを買い、店を出た直後に胸が“えらく”なり、ムカムカして意識が遠のくような感じがした。その後、車を運転中に意識消失し、気がついたら電柱にぶつかっており、近隣住民によって救急要請された。救急搬送時にはNRS(Numerical Rating Scale)7/10の胸部症状が持続していた。【身体所見】意識清明、会話可能。脈拍数:49/分・不整、血圧95/61mmHg、呼吸音:清。(ヒロ)割合とリスクに乏しい男性の深夜の胸部症状ですか。車を電柱にぶつけていますから、意識がない時間があったのですね。心電図伝送の時間経過は?(谷口)3時13分に現着、車内収容が3時18分で心電図伝送が3時22分です。心電図確認は3時35分でした。3時23分に現地を出発し、病院搬入が3時40分(搬送距離9.1km)でした。(ヒロ)実際に伝送された心電図は?(谷口)図2です。II、III、aVF誘導でST上昇、胸部誘導で対側性ST変化があります。救急外来でとった心電図に比べてより振幅が大きいのですが、ノイズもなく、ほぼ遜色なく評価可能だと思います。(図2)伝送された12誘導心電図画像を拡大する(ヒロ)波形としては、同時相の12誘導波形ですね。3拍目は補充収縮でしょうから、「2度以上」、おそらくは「高度」の範疇に入る「房室ブロック」もありそうです。これが意識消失の原因ですかね。こういう場合、閉塞部位は大半が近位部ですし、V1誘導のST低下が相対的に軽めで血圧も低めですから、右室枝の関与(右室梗塞)も気になります。実際の心カテの様子はどうでしたか?(谷口)カテ室入室が4時12分、穿刺が4時20分です。右冠動脈が近位部(図内↗)で完全閉塞しており、左冠動脈にも狭窄がありましたが、当日はこちら(右冠動脈)を治療しています(図3)。血栓吸引をして、型通りのPCIにてTIMI 3を得て終了しています。peak CK 2,311U/Lでした。(図3)右冠動脈造影画像を拡大する(ヒロ)Door-to-Balloon-Time(DTBT)はいかがでしょう?(谷口)血栓吸引までが58分、バルーンまでですと69分で、これがDTBTになります。(ヒロ)DTBTは90分が一つの指標だと思いますが、余裕でクリアしていますね。“勝因”の一つは、伝送心電図の“事前情報”ですかね。(谷口)ええ。胸の症状があって心電図が送られてきたということで、われわれは“アラート”(alert)として受け止め、病院としても受け入れ体制で待ちます。プレホスピタル心電図のクラウド伝送を行うことで、診断が早くつき、病院到着後の流れが非常にスムーズになる可能性が十分あると思います。(ヒロ)まったくその通りですね。【質問14】“狙い通り”のSTEMI症例は、実際に年間どれくらいの件数がありますか?(谷口)2017年12月1日から1年間のデータがあります。心電図伝送されたのが152例(平均年齢79歳[29~96歳])あり、そのうちSTEMIの症例が11例であったという状況です。(ヒロ)割合としては7%が“ホンモノ”(本物)なんですね。いやー、今回のお話、非常に魅力的でした。“空飛ぶ心電図”の前半はここまでにしましょう。次回はプロジェクトの成功秘話や苦労した点について伺います。お楽しみに!【古都のこと~松花堂~】松花堂は、岩清水八幡宮に程近い、京都市中心部から電車でも車でも1時間弱の八幡市にあります。その社僧で瀧本坊なる寺坊の住職を務めた昭乗が晩年、泉坊一角に方丈の草庵*1を結び、「松花堂」と名付けたとされます。昭乗は今で言う“マルチ人間”で、書道(能書)*2、絵画、茶の湯などに優れた才能を発揮しました。敷地内には広大な庭園が広がっていますが、平成30年の大阪北部地震(6月)と台風21号(8月)による被害のため、一時閉園に追い込まれたという苦難の年がありました。懸命の復旧作業が行われ、同年10月下旬に再開されたものの、自然の猛威の爪痕は深く、令和元年2019年9月現在、外園のみ限定公開のため、草庵や書院、3つある茶室*3を目にすることはできません。ただ、その周囲を歩くだけでも優美さに心奪われ、いつまでも残したい名園だと誰しもが感じるでしょう。多数の竹とともに春は椿、秋は隠れ紅葉スポットとして、皆さんにもぜひ一度訪れてもらいたいです。*1:廃仏毀釈の際に現在の場所に移築され、旧地(松花堂跡)より南方に位置する。*2:光悦寺で有名な本阿弥光悦、近衛信尹とともに「寛永の三筆」とされ、将軍家の書道師範も務めた。*3:松隠・竹隠・梅隠が茶会に利用されていた。

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QRISK2スコアを用いた心血管リスク管理(解説:石川讓治氏)-1108

 英国においては、心血管リスク予測指標としてQRISK2スコアが使用されており、Framinghamリスクスコアよりも心血管イベントの予測率が高かったことが報告されている。本研究においては、Herrettらは、英国のプライマリーケアにおける122万2,670名の患者の医療情報の後ろ向きコホート研究において、QRISK2スコア、英国の高血圧治療ガイドライン(NICE2011およびNICE2019)、血圧閾値単独の4つの手法を用いて、10年後の心血管リスクを推定した。その結果、10年間における1心血管イベント抑制のためのNNT(number needed to treat)は、QRISK2スコア27名、NICE2011 28名、NICE2019 29名、血圧閾値38名であり、QRISK2を用いた心血管リスク評価および管理が最も効果的であると報告した。 心血管リスク因子の管理の目的は、イベント発症の抑制であり、血圧のみでなく総合的なリスク評価および管理を行うことのほうが心血管イベント抑制のためには重要である。QRISK2の計算機は英国のプライマリーケアで広く使用されていると論文には記載されているが、わが国の日常臨床においては、QRISK2スコアのような多くの因子を用いてリスクを計算することは煩雑であり、十分に普及しているとは言えない。NICEガイドラインのようなシンプルなアルゴリズムでもNNTの差はわずかであり、現在の実臨床では大きな差はないように思われる。今後、総合的なリスクを自動的に計算し、ガイドラインに沿って介入すべきリスクを自動に表示してくれるような、AIを持った電子カルテシステムなどの普及があれば、わが国における総合的な心血管リスク管理がより容易になる時代が来るのかもしれない。

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