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臨床に即した『MRSA感染症の診療ガイドライン2024』、主な改訂点は?

 2013年に『MRSA感染症の治療ガイドライン』第1版が公表され、前回の2019年版から4年ぶり、4回目の改訂となる2024年版では、『MRSA感染症の診療ガイドライン』に名称が変更された1)。国内の医療機関におけるMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の検出率は以前より低下してきているが、依然としてMRSAは多剤耐性菌のなかで最も遭遇する頻度の高い菌種であり、近年では従来の院内感染型から市中感染型のMRSA感染症が優位となってきている。そのため、個々の病態把握や、検査や診断、抗MRSA薬の投与判断と最適な投与方法を含め、適切な診療を行うことの重要性が増している。本ガイドライン作成委員長の光武 耕太郎氏(埼玉医科大学国際医療センター感染症科・感染制御科 教授)が2024年の第98回日本感染症学会学術講演会 第72回日本化学療法学会総会 合同学会で発表した講演を基に、本記事はガイドラインの主な改訂点についてまとめた。 厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業(JANIS)の検査部門(入院検体)の2023年報では、MRSAの分離率は中央値として5.95%を示し、耐性菌の中で最も高い割合であった2)。がん患者や維持透析患者などのICU患者では、多剤耐性菌の血流感染症による死亡率が高く、MRSA感染症の死亡率は約20%とされる。 2024年版の改訂点の特徴として、臨床に即したガイドラインをめざし、従来の叙述的な内容に加えてクリニカル・クエスチョン(CQ)方式を採用し、13のCQを記載して、より臨床を意識した構成となっている。第V章の「疾患別抗MRSA薬の選択と使用」では、疾患別に11の各論で網羅的に扱い、とくに整形外科領域(骨・関節感染症)では、3つのCQで詳細に解説している。光武氏は、本ガイドラインではCQに対する推奨やエビデンスの度合いをサマリーで端的に示しているが、Literature reviewにて膨大な文献を検討したプロセスを詳細に記載しているので、各読者がとくに関心の高い項目についてはぜひ目を通してほしいと語った。 光武氏は本ガイドラインに記載されたCQのうち、以下の7項目について解説した。CQ1. MRSA感染症の迅速診断(含む核酸検査)は推奨されるか・推奨:MRSA菌血症が疑われる場合、迅速診断を行うことを提案する。・推奨の強さ:弱く推奨する(提案する)・エビデンス総体の確実性:C(弱い) 血液培養でグラム陽性ブドウ状球菌もしくは黄色ブドウ球菌が検出された患者において、MRSA迅速同定検査は従来の同定感受性検査と比較し、死亡率や入院期間を改善しないが、適切な治療(標的治療)までの期間を短縮する可能性がある。皮膚軟部組織感染症における死亡率に関しては、1件の観察研究において、疾患関連死亡率は迅速検査群が有意に低い(オッズ比[OR]:0.25、95%信頼区間[CI]:0.07~0.81)とする報告がある3)。CQ4. ダプトマイシンの高容量投与(>6mg/kg)は必要か・推奨:MRSAを含むブドウ球菌等により菌血症、感染性心内膜炎患者に対して、高用量投与(>6mg/kg)はCK上昇発生率を考慮したうえで、その投与を弱く推奨する。・推奨の強さ:弱く推奨する・エビデンス総体の確実性:B(中程度) 今回実施されたメタ解析により、複雑性菌血症および感染性心内膜症患者では、標準投与群(4~6mg/kg)のほうが、高容量投与群(>6mg/kg)よりも有意に治療成功率が低いとする結果が示された(複雑性菌血症のOR:0.48[95%CI:0.30~0.76]、感染性心内膜症のOR:0.50[95%CI:0.30~0.82])4)。そのため、病態によっては最初から高用量投与することが推奨される。CQ5. 肺炎症例の喀痰からMRSAが分離されたら抗MRSA薬を投与すべきか・推奨:一律には投与しないことを提案するが、MRSAのみが単独で検出された肺炎では抗MRSA薬投与の必要性を検討してもよい。・推奨の強さ:実施しないことを弱く推奨する・エビデンス総体の確実性:D(非常に弱い) 肺炎症例に対して、かつてはバンコマイシンを投与することがあったが、抗MRSA薬を投与することによる死亡率改善効果は認められなかったため、一律に投与しないことが提案されている(死亡リスク比:1.67[95%CI:0.65~4.30、p=0.18、2=39%])。一方で、MRSAのみが単独検出された肺炎で、とくに人工呼吸器関連肺炎(VAP)はMSSA肺炎と比較して死亡率が高い可能性があるため、グラム染色を活用しながら抗MRSA薬投与を検討する余地がある。CQ7. 血流感染においてリネゾリドは第1選択となりうるか・推奨:MRSA菌血症において、リネゾリドやバンコマイシンやダプトマイシンと同等の第1選択とすることを弱く推奨する(提案する)。・推奨の強さ:弱く推奨する(提案する)・エビデンス総体の確実性:C(弱い) MRSA菌血症に対するリネゾリド投与例は、バンコマイシン、テイコプラニン、ダプトマイシン投与例と比較し、全死因死亡率等の治療成功率において非劣性を示す結果であり、第1選択となりうる(エビデンスC)。ただし実臨床では、リネゾリド投与期間中の血小板減少発現によって投与中止や変更を余儀なくされる症例が少なくない。とくに維持透析患者を含む腎機能障害者では、血中リネゾリド濃度が高値となり、血小板減少が高率となるため、注意が必要だ。CQ8. 整形外科手術でバンコマイシンパウダーの局所散布は手術部位感染(SSI)予防に有効か・推奨:整形外科手術でSSI予防を目的としたルーチンの局所バンコマイシン散布を実施しないことを弱く推奨する。・推奨の強さ:実施しないことを弱く推奨する・エビデンス総体の確実性:D(非常に弱い) 局所バンコマイシン散布は実臨床にて行われてきたものではあるが、今回実施されたメタ解析の結果、推奨しない理由として以下の項目が挙げられた。1. 全SSIの予防効果を認めない(エビデンスD)2. インプラントを用いる手術でも、SSI予防効果は認められない(エビデンスD)3. グラム陽性球菌に伴うSSIを予防する可能性はある(エビデンスC)4. SSI予防を目的とした局所バンコマイシン散布の、MRSA-SSI予防効果は明らかでない(エビデンスD)CQ11. 耐性グラム陽性菌感染症が疑われる新生児へのリネゾリドの投与は推奨されるか・推奨:バンコマイシン投与が困難な例に対してリネゾリドを投与することを弱く推奨する。・推奨の強さ:弱く推奨する・エビデンス総体の確実性:C(弱い) リネゾリドは新生児・早期乳児・NICUで管理中の小児におけるMRSAや耐性グラム陽性球菌感染症の治療薬として考慮される。バンコマイシンの使用が困難な状況では使用は現実的とされる。新生児へのリネゾリドの投与を弱く推奨する理由として以下の項目が挙げられた。1. リネゾリドの有効性は、バンコマイシン投与の有効性と比較して差を認めなかった(エビデンスC)2. リネゾリド投与後の有害事象発生率は、バンコマイシンと比較して差を認めなかった(エビデンスC)。リネゾリド投与例では血小板減少を認めることがあり注意が必要。出生時の在胎週数が低い児に、その傾向がより強いCQ13. 抗MRSA薬と他の抗菌薬(β-ラクタム系薬、ST合剤、リファンピシン)の併用は推奨されるか・推奨:心内膜炎を含む菌血症において、バンコマイシンもしくはダプトマイシンとβ-ラクタム系薬の併用を、症例に応じ弱く推奨する(提案する)。その他の併用はエビデンスが限定的であり、明確な推奨はできない。・推奨の強さ:弱く推奨する(提案する)・エビデンス総体の確実性B(中程度) 基本は単剤治療を行い、感染巣/ソースコントロールが重要となるが、抗MRSA薬の効果がみられない場合がある。バンコマイシンの最小発育阻止濃度(MIC)=2µg/mLを示すMRSAの菌血症に対し、高用量のダプトマイシン+ST合剤(スルファメトキサゾール/トリメトプリム)併用により、臨床的改善および微生物学的改善が期待される(エビデンスB)。バンコマイシンもしくはダプトマイシン+β-ラクタム系薬併用は、菌血症の持続時間や発生は減少させるものの死亡率に差はない。バンコマイシンもしくはダプトマイシン+リファンピシン併用は、血流感染症で死亡者数、細菌学的失敗率、再発率に差はなかった。 光武氏は最後に、抗MRSA薬の現状ついて述べた。日本では未承認だが、第5世代セフェム系抗菌薬のceftaroline、ceftobiprole、oritavancin、dalbavancin、omadacycline、delafloxacinといったものが、海外ではすでに使用されているという。現時点では実臨床での使用は難しいが、モノクローナル抗体製剤、バクテリオファージ、Lysinsの研究も進められている。また、MRSA治療にAIを導入する試みも各国から数多く報告されており5)、アップデートが必要な状況となっているという。 本ガイドラインは、日本化学療法学会のウェブサイトから購入することができる。

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第235回 日本人の死因、認知症が首位に、30年間の健康分析で判明/慶大

<先週の動き>1.日本人の死因、認知症が首位に、30年間の健康分析で判明/慶大2.がん医療の集約化へ、高度治療の質向上と医療資源の有効活用を目指す/厚労省3.iPS細胞による脊髄損傷治療で世界初の回復/慶大4.政府、病院船の整備を閣議決定 2026年1月までに運用開始へ/政府5.美容医療の違法広告が急増、ネットパトロールを強化/厚労省6.有料老人ホームの不正是正へ、運営透明化に向け検討会設置/厚労省1.日本人の死因、認知症が首位に、30年間の健康分析で判明/慶大慶應義塾大学と米ワシントン大学の研究グループは3月21日、過去30年間の日本人の健康状態を分析し、2015年以降、認知症が死因の第1位になったと発表した。高齢化が進む中、医療技術の向上で脳卒中などの死亡が減少したことが要因。2021年の認知症による死亡は10万人当たり約135人と、世界的にみても高い水準。研究によると、2021年の平均寿命は85.2歳と延びたが、健康上の問題なく生活できる健康寿命との差は11.3年に拡大。健康を損なってから亡くなるまでの期間が長期化している。都道府県別では、平均寿命の差は1990年の2.3年から2.9年に拡大。滋賀県が最長で青森県が最短であり、医療アクセスや生活習慣の違いが影響しているとみられる。また、高血糖や肥満といった生活習慣病のリスク増加も明らかになった。これらは認知症の発症リスクと関連しており、生活習慣の改善が重要。専門家は、認知症予防や医療体制の強化、患者が安心して暮らせる環境整備の必要性を指摘。厚生労働省の推計では、2050年には認知症高齢者が586万人に達する見込み。研究グループは、健康寿命の延伸と地域格差の是正に向け、生活習慣病対策を含めた総合的な取り組みが不可欠としている。この研究成果は、ランセット・パブリック・ヘルス誌に掲載され、日本の健康政策の指針となる可能性がある。参考1)Three decades of population health changes in Japan, 1990?2021: a subnational analysis for the Global Burden of Disease Study 2021(Lancet Public Health)2)認知症、死因首位に 医療技術進み脳卒中減少 慶大など30年分析(日経新聞)3)寿命の地域格差30年で拡大 都道府県間最大2.9年に 医療、生活習慣影響か 慶応大など分析(東京新聞)4)全国47都道府県の30年間の健康傾向を包括分析 平均寿命延長も「健康でない期間」長期化、地域格差の拡大も明らかに-認知症が死因1位に、健康改善の鈍化、糖尿病・肥満リスク増、心の健康悪化も判明-(慶大) 2.がん医療の集約化へ、高度治療の質向上と医療資源の有効活用を目指す/厚労省厚生労働省は、3月21日に「がん診療提供体制の在り方に関する検討会」を開催し、がん医療の質向上と医療資源の有効活用を目的に、高度ながん手術療法・薬物療法・放射線治療の「集約化」の必要性について議論した。少子高齢化の進行により、医療従事者の確保が困難になる中、がん診療の質を維持しつつ持続可能な体制を整えるため、拠点病院の役割分担を強化する方針が示された。検討会では、医療の集約化を「医療需給の観点」と「医療技術の観点」の2軸で分類。医療需給の面では、需要と供給のバランスを考慮し、高度な治療を特定の施設に集約することで医療の効率化を図る。医療技術の面では、新規治療や特殊設備が必要な治療を対象とし、症例の集積による技術向上を目指す。具体的には、日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会、日本放射線腫瘍学会が手術療法、薬物療法、放射線療法の各分野で集約化すべき治療法を提案。たとえば、食道がんや膵がんの高度手術、小児がんの薬物療法、粒子線治療などを対象とする案が示された。とくに手術療法については、高度な治療を国立がん研究センターや大学病院本院などで実施することが望ましいとされた。ただし、がん医療の集約化には、患者や地域住民、医療現場の理解と納得が不可欠である。治療のための長距離移動や費用負担の問題も考慮し、地域の実情に応じた柔軟な対応が求められる。今後、2025年6月に議論を整理し、夏頃に厚労省が「がん医療提供体制の均てん化・集約化」に関する通知を都道府県に発出する予定。これに基づき、各自治体での具体的な議論が進められる見込み。参考1)第17回がん診療提供体制のあり方に関する検討会(厚労省)2)高度ながん手術療法・薬物療法・放射線治療は「集約化」を検討せよ、その際、患者・地域住民・医療現場の理解も重要-がん診療提供体制検討会(Gem Med)3.iPS細胞による脊髄損傷治療で世界初の回復/慶大慶應義塾大学などの研究チームは、iPS細胞から作製した神経細胞のもとを脊髄損傷患者に移植する臨床研究を実施し、4例中2例で運動機能の回復がみられたと発表した。これはiPS細胞を用いた脊髄損傷治療で、症状の改善が確認された世界初の事例となる。今回の臨床研究では、脊髄を損傷し、体を動かせなくなった4例の患者に、iPS由来の神経細胞200万個を移植。その後1年間、免疫抑制剤を投与しながらリハビリを実施した。その結果、1例は3段階改善し、支えなしで立てるようになり歩行訓練を開始。もう1例は2段階改善し、補助具を使って食事ができるようになった。残る2例はスコアに変化はなかったが、筋力の向上がみられた。重篤な副作用は確認されなかった。脊髄損傷の患者は国内に10万人以上おり、年間6,000人が新たに診断されている。しかし、現在、確立された治療法はなく、リハビリによる改善が期待できるものの、最重度の「完全まひ」から2段階以上回復する例は約10%に止まる。今回の研究では、4例中2例が2段階以上改善し、従来の回復率を上回ったが、症例数が少ないため、iPS細胞の効果とリハビリの影響を区別することは難しいとされる。今後、研究チームは、治療の有効性を確認するための治験を行い、移植細胞の数を増やすことや、損傷から時間が経過した慢性期患者への適用も検討する。参考1)iPS細胞使った脊髄損傷治療で機能改善 慶応大学などのグループ(NHK)2)脊髄損傷の患者にiPS由来の細胞移植、4人中2人で一部回復 慶大(朝日新聞)3)iPS細胞で脊髄損傷治療「2人の重症度が改善」 慶応大など発表(毎日新聞)4.政府、病院船の整備を閣議決定 2026年1月までに運用開始へ/政府政府は3月18日、大規模災害時や感染症の拡大時に医療を提供する「病院船」導入に向けた整備推進計画を閣議決定した。石破 茂首相は関係閣僚に対し、2026年1月までに船舶を活用した医療提供体制を整備するよう指示した。病院船の運用は、南海トラフ巨大地震や首都直下地震などの大規模災害発生時に、陸上医療の補完を目的とする。計画では、患者を被災地外の医療機関へ搬送する「脱出船」と、被災地付近に停泊し、医療を提供する「救護船」の2種類を想定。これらの病院船は災害派遣医療チーム(DMAT)や日本赤十字社の協力のもと運用される。政府は、多額の費用を要する専用病院船の新造には慎重な姿勢を示しており、当面は民間の既存船舶を活用する方針を採る。とくに、医療スペースを確保しやすいカーフェリー型船舶が候補とされ、民間事業者との協定締結や必要な資機材の調達を進める。実際の運用を通じて実績を重ねた後、国が病院船を保有する可能性も検討されている。今後は、医療従事者や船舶職員の確保、実地訓練の実施、運用ガイドラインの策定などが課題となる。坂井 学防災担当相は「船舶活用医療の実効性を高めるため、1つ1つ着実に進めていく」と述べ、関係機関と連携しながら運用開始に向けた準備を進める方針を示した。参考1)病院船運用体制、来年1月までに整備 政府が推進計画閣議決定(時事通信)2)政府が海上治療できる「病院船」整備へ 災害時に活用(毎日新聞)3)災害時に船舶で医療提供 来年までに体制整備を指示 石破首相(NHK)4)来年1月までに災害時の病院船活用体制構築へ 閣議決定、民間船で運用しDMATなど従事(CB news)5.美容医療の違法広告が急増、ネットパトロールを強化/厚労省美容医療クリニックの競合が高まる中で、違法な広告がネット上で急増している。厚生労働省の調査によると、2023年度に美容医療関連の違反広告は362サイト、計2,888件確認され、とくにSNSでの「ビフォーアフター」動画や主観的な「体験談」の広告が問題視されている。こうした広告は、施術の効果を誇張し、リスクを十分に説明していないため、患者に誤解を与える可能性が高い。厚労省は、この状況を受け、ネットパトロールを強化。違反広告を掲載した医療機関に通知し、修正を促すとともに、悪質なケースについては自治体を通じた行政処分を検討する方針を明らかにしている。また、日本美容外科学会などの業界団体もガイドラインを策定し、適切なクリニック選びを支援する仕組みを構築しようとしている。違反広告の影響で、施術後にトラブルを抱えるケースも増えている。SNSの広告をみて美容整形を受けた20代女性は、施術後に鼻の穴が狭まり、呼吸困難に陥ったが、クリニックの対応は不十分だったという。患者は「リスクをもっと重く受け止めるべきだった」と語り、違法広告に対する警戒が必要だと訴えている。厚労省は、違反広告の横行を受け、「医療広告規制におけるウェブサイト等の事例解説書」を今年3月に改訂し、SNS広告の規制を強化。とくに動画広告内での体験談掲載を明確に禁止し、違反広告の具体例を示すことで、患者の誤認防止を図る方針。美容医療は本来、医学的根拠に基づいた安全な治療を提供するものであり、広告の適正化が求められる。今後、行政と業界の双方が協力し、患者が正しい情報に基づいて治療を選択できる環境を整備することが急務となっている。参考1)医療広告規制におけるウェブサイト等の事例解説書[第5版](厚労省)2)美容医療で法令違反の広告 厚労省 取り締まり強化へ(NHK)3)二重整形や医療脱毛などの美容広告 何が違反?(同)4)SNS・動画の医療広告、注意点を追記 「解説書」改訂、医政局(MEDIFAX)6.有料老人ホームの不正是正へ 運営透明化に向け検討会設置/厚労省厚生労働省は、有料老人ホームにおける高額な紹介料の支払いや過剰な介護サービス提供といった問題を受け、施設の運営透明性とサービスの質の向上を目的とした有識者検討会を設置する。検討会では、施設運営の適正化や不適切な慣行の是正に向けた具体策を議論し、2025年夏頃までに対策を取りまとめる予定。有料老人ホームは近年急増し、2023年6月時点で全国に1万6,543施設と、この10年でほぼ倍増した。しかし、施設は届け出制が中心であり、入居者の要介護度やサービス実態の把握が自治体に任されているため、運営の実態を十分に把握できていない状況が続いていた。その結果、施設を紹介する業者が、入居者の要介護度に応じて高額な紹介料を請求し、施設側が過剰な介護サービスを提供し、より多くの介護報酬を得る「囲い込み」の実態が指摘されている。厚労省の検討会には、学識経験者、事業者、消費者団体、自治体関係者のほか、国土交通省もオブザーバーとして参加し、有料老人ホームの運営基準や指導・監督の強化策について議論する。具体的には、(1)施設紹介事業の適正化、(2)施設のケアプランが利用者のニーズに即しているかの検証、(3)届け出制の改善と監督の強化が論点となる見込み。今回の対策は、2023年12月の社会保障改革方針や2024年の「骨太の方針」において、有料老人ホームの「囲い込み」防止や不適切な人材紹介手数料の是正が求められたことを受けたもの。介護保険部会では、不適切な事業者への立ち入り調査の実施や、「囲い込み」の明確な定義を求める声も上がっている。検討会の結果は、社会保障審議会の介護保険部会に報告され、2027年度に予定される介護保険制度改正にも反映される見通し。参考1)有料老人ホームの“質の確保”へ 厚労省 有識者の検討会設置(NHK)2)有料老人ホームの「囲い込み」対策具体化へ 新たな検討会で夏までに 厚労省(CB news)3)有料老人ホームの高額な紹介料問題受け 検討会立ち上げへ 厚労省(朝日新聞)4)ホスピス最大手で不正か 全国120ヵ所「医心館」(東京新聞)

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進行食道がんへのニボルマブ+イピリムマブ、ニボルマブ+化学療法の日本人長期追跡データ(CheckMate 648)/日本臨床腫瘍学会

 CheckMate 648試験は、未治療の根治切除不能・進行再発食道扁平上皮がんを対象に、シスプラチン+5-FUの化学療法を対照として、ニボルマブ+化学療法、ニボルマブ+イピリムマブの優越性を報告した試験である。この試験の結果をもって両レジメンは「食道癌診療ガイドライン 2022年版」においてエビデンスレベルAで推奨されている。第22回日本臨床腫瘍学会学術集会(JSMO2025)のPresidential Sessionでは、虎の門病院の上野 正紀氏が、本試験の日本人サブグループにおける45ヵ月の長期フォローアップデータを報告した。・試験デザイン:国際共同ランダム化第III相試験・対象:未治療の進行再発または転移食道扁平上皮がん(ESCC)、ECOG PS 0~1・試験群:1)ニボ+イピ群:ニボルマブ(3mg/kg)+イピリムマブ(1mg/kg)2)ニボ+ケモ群:ニボルマブ(240mg)+化学療法(シスプラチン+5-FU)ニボルマブおよびイピリムマブは最長2年間投与3)ケモ群:化学療法単独(シスプラチン+5-FU)[主要評価項目]PD-L1(TPS)≧1%の患者における全生存期間(OS)および無増悪生存期間(PFS)[副次評価項目]全体集団のOS・PFS、奏効率(ORR) 主な結果は以下のとおり。・ITT集団970例中日本人は394例で、ニボ+イピ群に131例、ニボ+ケモ群に126例、ケモ群に137例が割り当てられた。いずれの群でもTPS≧1の患者はほぼ半数だった。データカットオフ(2023年10月27日)時点における追跡期間中央値は45.1ヵ月だった。・日本人のTPS≧1集団におけるOS中央値は、ニボ+イピ群20.2ヵ月(95%信頼区間[CI]:14.6~26.6)、ニボ+ケモ群17.9ヵ月(95%CI:12.1~26.6)と、ケモ群9.0ヵ月(95%CI:7.5~11.1)に対し、いずれも統計学的有意に上回った(ニボ+イピ群のケモ群に対するハザード比[HR]:0.46、ニボ+ケモ群のHR:0.58)。TPS≧1集団における48ヵ月時点の全生存率はニボ+イピ群30%、ニボ+ケモ群18%、ケモ群9%だった。・日本人の全集団におけるOS中央値は、ニボ+イピ群17.6ヵ月(95%CI:12.7~22.8)、ニボ+ケモ群15.5ヵ月(95%CI:12.1~19.3)と、ケモ群の11ヵ月(95%CI:9.1~14.0)に対し、いずれも有意に上回った(ニボ+イピ群のケモ群に対するHR:0.67、ニボ+ケモ群のHR:0.81)。・治療開始から18週時点におけるORRが高いレスポンダー群とそれ以外の群に分けた解析では、レスポンダー群はフォローアップ期間を通じて長期に予後が改善する傾向が示された。この傾向はニボ+イピ群、ニボ+ケモ群に共通していた。・Grade3~4の治療関連有害事象はニボ+イピ群37%、ニボ+ケモ群49%、ケモ群36%で発生した。 上野氏は「日本人集団はPD-L1発現にかかわらず、ニボ+イピ群・ニボ+ケモ群共に、ITT集団と同様、一部はそれを上回る改善を示した。有害事象も既報のものと一致していた。この解析結果は進行再発ESCCの1次治療としてニボ+イピ、ニボ+ケモの両レジメンが日本人においても標準治療であることを裏付けるものだ」とまとめた。 現在のガイドラインにおいては、進行再発ESCCの1次治療にはニボルマブ+イピリムマブ、ニボルマブ+化学療法に加え、ペムブロリズマブ+化学療法の3レジメンが同等の推奨とされている。これらの使い分けについて上野氏は「ニボ+ケモは腫瘍縮小効果が出るまでが速い一方で、ニボ+イピは奏効すれば長期に予後を改善できる可能性がある。患者さんの年齢や全身状態によって『少し待てる』場合であればニボ+イピ、そうでない場合はニボ+ケモを選択するのが1つの考え方だ。またニボ+ケモは入院加療となる一方、ニボ+イピは外来対応が可能だ。そうした点も踏まえ、患者さんごとに判断している」とした。

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非がん性慢性疼痛へのオピオイド、副作用対策と適切な使用のポイント~ガイドライン改訂

 慢性疼痛はQOLを大きく左右する重要な問題であり、オピオイド鎮痛薬はその改善に重要な役割を果たす。一方、不適切な使用により乱用や依存、副作用が生じる可能性があるため、適切な使用が求められている。そこで、2024年5月に改訂された『非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬処方ガイドライン改訂第3版』1)の作成ワーキンググループ長を務める井関 雅子氏(順天堂大学医学部 麻酔科学・ペインクリニック講座 教授)に、本ガイドラインのポイントを中心として、オピオイド鎮痛薬の副作用対策と適切な使用法について話を聞いた。新規薬剤が追加、特殊な状況での処方や副作用対策などが充実 2017年に改訂された前版の発刊以降に、非がん性慢性疼痛に対して新たに使用可能となった薬剤・剤形が複数登場したことなどから、時代に即したガイドラインの作成を目的として『非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬処方ガイドライン改訂第3版』が作成された。井関氏は、今回の改訂のポイントとして以下を挙げた。1.新しい薬剤・剤形の追加 前版の発刊以降に慢性疼痛に使用可能となった薬剤として、トラマドール速放部付徐放錠(商品名:ツートラム)、オキシコドン徐放錠※(商品名:オキシコンチンTR錠)が追加され、オピオイド誘発性便秘症に対して使用可能となった薬剤として、ナルデメジン(商品名:スインプロイク)が追加された。 ※:非がん性慢性疼痛に適応を有するのはTR錠のみ2.特殊な状況でのオピオイド鎮痛薬処方の章の追加 妊娠中の患者、高齢患者、腎機能障害患者、肝機能障害患者、睡眠時無呼吸症候群患者、労働災害患者、AYA世代患者へのオピオイド鎮痛薬処方に関するクリニカルクエスチョン(CQ)を新設した(CQ9-1~9-7)。3.構成の変更 オピオイド鎮痛薬は慢性疼痛の管理に幅広く使われることから、オピオイド鎮痛薬への理解を深めてから使用してほしいという願いをこめ、第1章に「オピオイドとは」、第2章に「オピオイド鎮痛薬各論」を配置し、内容を充実させた。なお、オピオイド鎮痛薬の強さは「弱オピオイド(トラマドール、ブプレノルフィン、ペンタゾシン、コデイン)」「強オピオイド(モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル)」に分類し(CQ1-4、p32表6)、使い方や考え方の違い、副作用についてまとめた。4.オピオイド誘発性便秘症への末梢性μオピオイド受容体拮抗薬の追加 オピオイド誘発性便秘症に対し、末梢性μオピオイド受容体拮抗薬のナルデメジンが使用可能となったことから、CQを追加した(CQ5-5)。便秘の管理が重要、ナルデメジンの使用を強く推奨 オピオイド鎮痛薬による治療中には、悪心・嘔吐、便秘、眠気などの副作用が高頻度に出現する。ただし、井関氏は「悪心・嘔吐はオピオイド鎮痛薬の使用開始・増量から2週間以内に発現することが多いため、制吐薬などを使用することで管理可能である」と述べる。本ガイドラインでも、耐性が形成されるため1~2週間で改善することが多いこと、オピオイド鎮痛薬による治療開始時や増量時には制吐薬を予防的に投与することを検討してよいことが記載されている。 一方で、「便秘についてはオピオイド鎮痛薬による治療期間を通してみられるため、管理が重要である」と井関氏は話す。オピオイド誘発性便秘症については、新たに末梢性μオピオイド受容体拮抗薬のナルデメジンが使用可能となっている。そこで、本ガイドラインではCQが設定され、一般緩下薬で改善しないオピオイド誘発性便秘症に対して、ナルデメジンの使用を強く推奨している(CQ5-5)。ナルデメジンを使用するタイミングについて、井関氏は高齢者ではオピオイド鎮痛薬の使用前から、酸化マグネシウムなどの一般緩下薬を使用している場合も多いことに触れ、「まずは酸化マグネシウムなどの一般緩下薬を少量使用し、効果が不十分であれば、増量するよりもナルデメジンの併用を検討するのがよいのではないか」と考えを述べた。突然増強する痛みにオピオイド鎮痛薬は非推奨 非がん性慢性疼痛を有する患者において、突然増強する痛み(がん性疼痛でみられる突出痛とは管理が異なることから区別される)が生じることも少なくない。この突然増強する痛みに対して、本ガイドラインでは「安易にオピオイド鎮痛薬を使用すべきではない。オピオイド鎮痛薬による治療中にレスキューとしてオピオイド鎮痛薬を使用することは、使用総量の増加や乱用につながる可能性が高く、推奨されない」としている。これについて、井関氏は「オピオイド鎮痛薬に限らず、突然増強する痛みに対して即時(数分以内など)に効果がみられる薬剤は存在しないため、痛みの期間と薬効のタイムラグが発生してしまう。なかなか薬で太刀打ちできるものではないため、患部を温める、さすってみるなど、非薬物療法を考慮してほしい」と述べた。また、井関氏は「突然増強する痛みに対して、慢性疼痛に適応のない短時間作用性のオピオイド鎮痛薬をすることは、治療効果が出ないだけでなく、依存や副作用が生じるため避けなければいけない」と指摘した。 井関氏は、オピオイド鎮痛薬の適切な使用に向けて、がん患者のがん性疼痛と非がん性慢性疼痛をしっかり区別することが重要であると話す。がん患者の場合、がん性疼痛以外にも術後の痛み、化学療法後の痛み、放射線治療後の痛みなどさまざまな非がん性慢性疼痛が存在するが、これらを区別せずに強オピオイド鎮痛薬が使用されることが散見されるという。これについて、井関氏は「非がん性慢性疼痛に適応のない強オピオイドの速放性製剤を用いると、血中濃度の変動も大きく、依存になりやすいため非常に危険である」と指摘した。また、がん患者に限らず、たとえば帯状疱疹による痛みに対して「痛いと言われるたびにどんどん増量してしまうのも不適切使用である」とも語った。井関氏は、適切な使用のために「オピオイド鎮痛薬の特性と慢性疼痛という病態をしっかり理解したうえで、オピオイド鎮痛薬を使ってほしい」と述べた。適切な使用のために心がけるべき4つのポイント 最後に、オピオイド鎮痛薬の適切な使用に向けて心がけるべきポイントを聞いたところ、井関氏は以下の4点を挙げた。1.長期投与・高用量を避ける 投与期間は6ヵ月までとし、強オピオイドの場合は標準的にはモルヒネ換算で60mgまで、最大でも90mgまでとする。疼痛が改善して減薬する場合には、短いスパンで観察することなどにより退薬症状を出さないようにする。2.不適切使用を避ける たとえば、がん患者の非がん性疼痛に対してオピオイド鎮痛薬を使用する場合は、これまでがんに直接起因する痛みへの処方の経験があったとしても、非がん性慢性疼痛に処方するための正規のステップを踏んで、企業のeラーニングを受講して慢性疼痛の知識を持ち、処方資格を得るべきである。がん患者であっても、非がん性慢性疼痛に適応のない速放性製剤を非がん性慢性疼痛に用いることは、依存を招くため許容されない。3.若年患者への処方は慎重に判断する 若年患者では依存症のリスクが高いため、できるだけオピオイド鎮痛薬以外の治療法を検討する。4.QOLを低下させない 眠気が強いようであれば減量する、便秘の対策をしっかりと行うなど、QOLを下げない工夫をする。

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慢性不眠症に対する睡眠薬の切り替え/中止に関する臨床実践ガイドライン

 現在のガイドラインでは、慢性不眠症の第1選択治療として、不眠症に対する認知行動療法(CBT-I)が推奨されている。欧州ガイドラインにおける薬理学的治療の推奨事項には、短時間または中間作用型のベンゾジアゼピン系睡眠薬・Z薬(エスゾピクロン、zaleplon、ゾルピデム、ゾピクロン)、デュアルオレキシン受容体拮抗薬(DORA:ダリドレキサント)、メラトニン受容体拮抗薬(徐放性メラトニン2mg)などの薬剤が含まれている。不眠症は慢性的な疾患であり、一部の治療に反応しない患者も少なくないため、さまざまな治療アプローチや治療薬の切り替えが必要とされる。しかし、現在の欧州では、これらの治療薬切り替えを安全かつ効果的に実践するためのプロトコールに関して、明確な指標が示されているわけではない。イタリア・ピサ大学のLaura Palagini氏らは、このギャップを埋めるために、不眠症に使用される薬剤を切り替える手順と妥当性を評価し、実臨床現場で使用可能な不眠症治療薬の減量アルゴリズムを提案した。Sleep Medicine誌2025年4月号の報告。 不眠症治療薬の切り替え手順の評価には、RAND/UCLA適切性評価法を用いた。PRISMAガイドラインに従い実施された文献をシステマティックにレビューし、いくつかの推奨事項を作成した。 主な結果と結論は以下のとおり。・選択された文献は21件。・ベンゾジアゼピン系睡眠薬およびZ薬の中止は、段階的に行う必要があり、1週間当たり10〜25%ずつ減少すること。・マルチコンポーネントCBT-I、DORA、エスゾピクロン、メラトニン受容体拮抗薬は、必要に応じて減量期間を延長可能なクロステーパプログラムにより、ベンゾジアゼピン系睡眠薬およびZ薬の中止を促進することが示唆された。・DORA、メラトニン受容体拮抗薬は、特別な切り替えや処方中止のプロトコールは不要であった。

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強度を徐々に上げる歩行運動は脳卒中後の患者の転帰を向上させる

 脳卒中後の標準的なリハビリテーションに1日30分の強度を徐々に上げる歩行運動(以下、漸増負荷歩行運動)を加えることで、退院時の患者の生活の質(QOL)と運動能力が著しく改善したとする研究結果が報告された。ブリティッシュコロンビア大学(カナダ)理学療法学教授のJanice Eng氏らによるこの研究は、米国脳卒中学会(ASA)の国際脳卒中会議(ISC 2025、2月5〜7日、米ロサンゼルス)で発表された。Eng氏は、「ガイドラインでは、脳卒中後には体系的なリハビリテーション(以下、リハビリ)や運動療法を段階的に進めることを推奨しているものの、十分な強度を持つこうしたアプローチがリハビリプログラムに広く採用されているとは言えない」と米国心臓協会(AHA)のニュースリリースで述べている。 この研究は、カナダの12カ所の病院でリハビリ中の脳卒中患者306人を対象に実施された。試験参加者は、平均で1カ月前に脳梗塞または出血性脳卒中を発症し、リハビリのために入院しており、その時点で標準的な6分間歩行テストで歩くことができた距離は平均152mであった。 参加者は、標準的な理学療法を受ける群(162人)と新しいプロトコルに基づく理学療法を受ける群(144人)にランダムに割り付けられた。新しいプロトコルは、週5日、最低30分の理学療法セッションにおいて、中強度の運動強度を維持しながら2,000歩を歩くことを目標とするもので、強度は、参加者の最初の状態に基づき段階的に上げられた。参加者には心拍数と歩数を測定できる腕時計型の活動量計(ウェアラブルデバイス)を装着させ、それにより運動強度を評価した。運動能力、認知機能、QOLは、研究開始時と退院時(約4週間後)に評価された。 その結果、新しいプロトコルに基づく理学療法を受けた参加者では、標準的な理学療法を受けた参加者に比べて、退院時の6分間歩行テストで歩くことのできた距離が平均43.6m長いことが明らかになった。また、新しいプロトコルに基づく理学療法を受けた参加者では、QOL、バランス能力、可動性、歩行速度についても有意な向上を示した。 Eng氏は、「体系的な漸増負荷歩行運動は、ウェアラブルデバイスの助けを借りることで安全な強度を維持しやすくなる。安全な強度の維持は脳の治癒力と適応力である神経可塑性にとって極めて重要な要素だ」と話す。同氏は、「脳卒中後の数カ月は、脳の変化を最も期待できる時期だ。本研究結果は、この初期のリハビリ段階において、好ましい結果を示すことができた」と話している。 Eng氏はまた、この研究は、脳卒中患者のリハビリにおける歩行運動の利点を示しただけでなく、脳卒中治療ユニットが、新しい運動を既存のプログラムに簡単に組み込めることも示していると指摘する。同氏は、「われわれの研究は、実臨床の非常に成功した実験と言える」と語っている。 一方、この研究をレビューした米ジョンズ・ホプキンス大学理学療法・リハビリテーション科准教授のPreeti Raghavan氏は、「この研究は、脳卒中後の脳の可塑性が最も高い重要な時期に、入院リハビリ病棟で、新たなプロトコルを既存のプログラムに組み込むことが可能なことを示している」と述べ、「このプロトコルにより、患者の持久力が高まり、脳卒中後の障害が軽減された。これは脳卒中後の回復にとって非常に前向きなデータだ」と話している。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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AIで論文執筆、そこに愛はあるんか!【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第82回

AI活用で英語論文投稿に挑戦英語は、世界中で最も普及している言語です。日本語で論文を執筆しても、それを読むのは日本語を理解できる限られた人だけです。世界言語ともいえる英語で論文を書くことにより、爆発的に多くの人に向けて情報を発信することができます。英語で学術論文を執筆することは、若手の医師にとって大きな挑戦です。母国語ではない言語で正確かつ明瞭な文章を書くことは、多くの時間と労力を要します。これに比べ、英語を母国語とする者は、自らの思考をそのままの言語で表現すればよいので、圧倒的に有利な立場にあります。英語圏の人に「君たち、日本語で学術論文を書いてみなさい」と言ったら、その難しさのあまり投げ出して挫折することは間違いないでしょう。このような言語の壁を乗り越えるために、AI(人工知能)の活用が注目されています。とくにAI翻訳ツールの進化は著しいものがあります。近年DeepLやChatGPTのような高度な翻訳技術が登場していることはご存じと思います。これにより、英語に不慣れな者でも、より容易に国際学術誌への投稿に挑戦できる環境が整ってきました。上手く活用すれば、若手医師とその指導医の負担を大幅に軽減してくれます。しかしながら、AIを用いた翻訳には慎重な対応も求められます。多くの学術雑誌では、AIの使用に関するガイドラインを設け始めています。論文投稿についての規定を記した「Instructions for Authors」にも、AIを用いた執筆や翻訳の許容範囲の記載が増えています。AI翻訳のみに頼った執筆は、正確性に問題が生じる可能性があり、倫理的な問題を引き起こすリスクもあります。意図せず他論文と酷似した表現になっている可能性もあります。AIを適切に活用しながらも、指導医を含めた人間によるチェックを怠らないことが重要です。AI翻訳の後に、さらにネイティブスピーカーや専門の校閲者による確認を受けることも、質の高い英語論文に仕上げるために有効です。単純にAIを敵対視するのではなく、このようなプロセスを確立することで、日本人が国際的な学術界でより活躍しやすい環境を整えることが大切と考えます。「そこに愛(AI)はあるんか!」「そこに愛はあるんか!」とは、TVのコマーシャルでよく耳にするフレーズです。この愛とAIが同じ韻を踏む掛詞(かけことば)であることに妙があります。これが活用されている場面を紹介しましょう。それは結婚披露宴です。司会者が、新郎新婦の馴れ初めを紹介する場面で、『2人はアイの導きにより出会い』と紹介するのは、愛もあるでしょうがAIを活用したマッチングアプリを通じて結ばれた2人です。マッチングアプリは、出会いの機会を提供するサービスとしてすっかり一般的になっています。ある生命保険会社が2023年に行った調査では、同年に結婚した夫婦のうち、4組に1組がマッチングアプリで出会ったという結果もあります。以前は、アプリを通じて結婚した場合には、「共通の友人を通じて」などと紹介される事例が多かったそうです。私が司会者ならば、「広遠なデジタル空間で運命的な邂逅を果たした」と紹介したいところですが、時代とともにマッチングアプリに対する認識が変化し、アプリ婚を隠す必要など感じないそうです。マッチングアプリを使う中で思わぬトラブルに遭う場合もあります。マッチングアプリで出会った女性に誘われたバーで高額な請求をされたなどの、犯罪まがいの出来事に巻き込まれた話もあるようです。しかし、現状すでにマッチングアプリは若者に普及し、多くの出会いをサポートしているのです。今後も利用者が増えていくことが予想されるマッチングアプリと、その導きによるアイの成就です。AI翻訳ツールにしてもマッチングアプリにしても、新規導入のシステムの普及の過程では、是正されるべき問題点があぶりだされるのが常です。これを克服して進化していくのでしょう。指導医にとって、若手医師へのアイの成就は、英語論文が無事に採択され掲載されることです。若手医師にとって、英語での学術論文執筆は依然として高いハードルでしょうが、人工知能としてのAIという強力なツールを適切に活用することで、その壁を乗り越えてもらいたいです。日本人の若手医師や研究者がより自由に、そして正確に自身の研究成果を世界に発信できる時代が来ることを期待しています。

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認知症の臨床診療ガイドライン―韓国認知症協会の推奨事項

 韓国・江原大学校のYeshin Kim氏らが、エビデンスに基づく推奨事項をまとめた韓国認知症協会の臨床診療ガイドラインについて、アルツハイマー病およびその他のタイプの認知症に対するコリンエステラーゼ阻害薬(ChEI)およびN-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体拮抗薬に関する推奨事項に焦点を当て、Dementia and Neurocognitive Disorders誌2025年1月号に発表した。また同誌にて、同国・カトリック大学校のGihwan Byeon氏らは本ガイドラインについて、患者のQOLや介護者の負担に影響を及ぼす認知症の行動・心理症状(BPSD)に対する、抗精神病薬、抗うつ薬、抗認知症薬など薬理学的治療に関する臨床実践ガイドラインとして提示した。 PICOフレームワークを用いて主要な臨床上の疑問を作成し、システマティックに文献レビューを実施した。韓国認知症協会が組織した多分野の専門医パネルにより、ランダム化比較試験および観察研究の評価を行った。推奨事項には、GRADE(Grading of Recommendations Assessment Development and Evaluation)ツールを用いて、エビデンスの質および強度に基づき等級付けを行った。 ChEIおよびNMDA受容体拮抗薬に関する主な推奨事項は以下のとおり。・アルツハイマー病では、認知機能および日常機能の改善にChEI(ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミン)が強く推奨される(エビデンスの質:中)。・ChEIは、血管性認知症およびパーキンソン病性認知症に条件付きで推奨され、レビー小体型認知症には強く推奨される。・中等度~重度のアルツハイマー病には、NMDA受容体拮抗薬(メマンチン)が強く推奨され、認知機能および日常機能の有意な改善が実証されている。・いずれの薬剤クラスにおいても副作用のマネジメントは可能であり、良好な安全性プロファイルが認められた。 BPSDに対する薬理学的治療に関する主な推奨事項は以下のとおり。・薬剤の種類および症状の重症度により推奨事項は異なる。・リスペリドンやブレクスピプラゾールなどの抗精神病薬は、認知症の攻撃性や精神症状のコントロールに条件付きで推奨され、抗うつ薬、とくにcitalopramはアルツハイマー病の興奮に推奨される。・ChEIおよびNMDA受容体拮抗薬などの抗認知症薬は、レビー小体型認知症の一般的なBPSDの改善および急速眼球運動睡眠行動障害に中程度の有効性を示した。・pimavanserinなどの特定の薬剤は、アルツハイマー病患者の精神症状に対する有効性が認められた。 著者らは本ガイドラインについて、「ChEIおよびNMDA受容体拮抗薬に関する具体的なガイダンスと共に、認知症マネジメントに関する標準化されたエビデンスに基づく推奨事項を提案している」「認知症のBPSDに対する薬理学的マネジメントにおける構造化されたアプローチを提供している」「リスクを最小限にしながら治療アウトカムを最適化するための個別化された治療計画を強調している」とし、「本ガイドラインは認知症ケアにおける患者アウトカムの改善を目的としている。認知症マネジメントの進歩を反映し、アミロイド標準療法などの新たな治療法について、さらに更新されるだろう」とまとめている。

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新たな時代に向けた白血病診療の在り方と展開/日本臨床腫瘍学会

 自己複製能と多分化能を備える造血幹細胞は、複数の過程を経てさまざまな血液細胞に分化し、体内の造血系を恒常的に維持している。一方、この分化過程の各段階で生じるがん化は、白血病やリンパ腫、骨髄腫を引き起こす。 2025年3月6〜8日に開催された第22回日本臨床腫瘍学会学術集会では、教育講演の1つとして「本邦における白血病診療」と題した講演が行われた。演者の藥師神 公和氏(神戸大学医学部附属病院 腫瘍・血液内科)は、「白血病に特異的な症状はない。多くの場合、血液検査で異常が指摘されると、造血の場である骨髄の検査が実施され、診断に至る」と説明し、白血病が急性または慢性、ならびに骨髄性またはリンパ性の違いで一般的に急性骨髄性白血病(AML)、慢性骨髄性白血病(CML)、急性リンパ性白血病(ALL)および慢性リンパ性白血病(CLL)の4つに分類されることから、「本講演では、日本血液学会より2024年に公開された『造血器腫瘍診療ガイドライン 第3.1版』に沿って、各白血病の総論やアルゴリズム、クリニカルクエスチョン(CQ)の改訂点を紹介するとともに、今後の展望にも触れたい」とした。AMLの治療指針や戦略、主なCQの改訂点について 従来のAMLの診断は、骨髄における白血病細胞がFAB分類では30%以上、WHO分類では20%以上とされてきたが、今回のガイドライン改訂版ではEuropean Leukemia Net(ELN)が2022年の改訂で採用した分類を引用している。すなわち、AMLを定義付けるような遺伝子異常(PML::RARA、CBFB::MYH11、RUNX1::RUNX1T1など)があれば、芽球比率が10%以上でAMLと診断することになった。ただし、BCR::ABL1については、CML移行期との混乱を避けるため20%以上とされた。 分類に関するほかの重要な変更点の1つとして、病歴よりも遺伝学的特徴のほうが生物学的AMLの分類に関連していることから、従来のAML-MRC(骨髄異形成関連変化を伴うAML)と治療関連骨髄性腫瘍の病型が削除された。 なお、遺伝子変異と染色体核型に基づく予後因子を組み合わせた予後層別化システムについては、2022年のELN改訂版でFLT3-ITD変異がアレル比やNPM1変異の有無にかかわらず、すべてIntermediate群に分類された点が今回のガイドライン改訂版に記載された(ただし、FLT3阻害薬が初回治療から使用できることが前提)。このほかにも、細かい遺伝子異常が予後層別化に追加された。 急性前骨髄球性白血病(APL)以外の若年者AMLにおける治療アルゴリズムとして、今回のガイドライン改訂版ではFLT3遺伝子変異の情報を診断時に取得することが明記された。また、高齢者AMLにおいてもFLT3遺伝子変異情報の取得が記載され、藥師神氏は「基本的に初発時からFLT3遺伝子変異検査を行うことになる。なお、強力化学療法非適応症例への寛解導入療法は、CQ8『強力化学療法が適応とならない高齢者(65歳以上)AMLに対してどのような治療が勧められるか』(推奨グレード・カテゴリー1)を参照すること」と述べた。 これ以外の注目すべきCQとして、同氏はCQ3『若年者(65歳未満)初発AMLに対する寛解導入療法としてどのような治療が勧められるか』(推奨グレード・カテゴリー1)、CQ13『治療関連・二次性AMLに対してどのような治療が勧められるか』(推奨グレード・カテゴリー2Aおよび2B)を挙げた。一方、APLにおいては、CQ2『初発APLの寛解導入療法におけるDIC(播種性血管内凝固)対策として何が勧められるか』で、遺伝子組換えトロンボモジュリンによる治療が推奨グレード・カテゴリー3からカテゴリー2Bにアップグレードされた点を挙げた。CMLの治療指針や戦略、主なCQの改訂点について CMLの診断時に評価すべき予後スコアは、SokalスコアやELTS(EUTOS long-term survival)スコアを使用し、治療効果はELN 2020の判定規準に従い、血液学的奏効(血液・骨髄検査所見および臨床所見で判定)、細胞遺伝学的奏効(骨髄細胞中のPhiladelphia[Ph]染色体割合で判定)、分子遺伝学的奏効(PCRによる血液細胞中のBCR::ABL1遺伝子発現量で判定)の3つのレベルで判定する。加えて、チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)による治療効果のモニタリングと戦略が、同氏より解説された。 また、注目すべきCQとして、CQ1『初発CML-CP(慢性期)に対する治療として何が勧められるか』で、TKI阻害薬が新たに1剤追加されたこと(推奨グレード・カテゴリー1)、CQ3『ELNの効果判定規準によりWarningやFailureとされた症例に対する二次治療、三次治療以降は何が勧められるか』で、三次治療以降にSTAMP(specifically targeting the ABL myristoyl pocket)阻害薬が追記されたこと(推奨グレード・カテゴリー2A)、CQ5『同種造血幹細胞移植はCMLの治療中どのようなときに考慮すべきか』で、さまざまな状況に応じた移植の検討が推奨されること(推奨グレード・カテゴリー2A)を挙げた。 さらに、CQ6『DMR(分子遺伝学的に深い奏効)を達成しMRD(微小残存病変)が検出されなければTKI中止は勧められるか』(推奨グレード・カテゴリー2A)、CQ7『CMLに対するTKI治療中にTKIの減量は勧められるか』(推奨グレード・カテゴリー1、2Aおよび2B)、CQ8『CML患者もしくはそのパートナーの妊娠にはどのような対応が勧められるか』(推奨グレード・カテゴリー2B)の改訂点が紹介された。ALLおよびCLLの主なCQの改訂点について ALLの注目すべきCQとして、CQ4『寛解期成人ALLにおけるMRDは、どのような評価方法、評価時期、閾値の判定が勧められるか』で、定量PCRによる白血病特異的融合遺伝子測定および免疫グロブリン重鎖(Ig)/T細胞受容体(TCR)遺伝子再構成測定が推奨されたこと(推奨グレード・カテゴリー1)、ならびに1回目のMRD測定は寛解導入療法後が推奨されたこと(推奨グレード・カテゴリー2A)が紹介された。同氏は、そのほかにCQ6『第一寛解期ALLの同種造血幹細胞移植には骨髄破壊的前処置と減弱前処置のどちらが勧められるか』で、適切な前処置に関する推奨(推奨グレード・カテゴリー2B)が明記された点や、CQ7『Ph陽性ALLに対する移植後TKIの維持療法は勧められるか』で、MRD陰性の時点で開始する予防的なTKI維持療法は推奨されない(推奨グレード・カテゴリー2A)ことが記載された点を紹介。CQ9『再発ALLに対する再寛解導入療法の選択肢としてどのような治療が勧められるか、CAR-T細胞療法はどのようなときに考慮すべきか』で、新たな治療選択肢(推奨グレード・カテゴリー1)やCAR-T細胞療法(推奨グレード・カテゴリー2A)が追記された点についても言及した。 CLLの注目すべきCQとして、初回治療としてBTK(ブルトン型チロシンキナーゼ)阻害薬が推奨され(CQ2『CLL初回治療としてBTK阻害薬療法は勧められるか』[推奨グレード・カテゴリー1])、免疫化学療法は初回治療として推奨されない(CQ3『CLL初回治療として免疫化学療法は勧められるか』[推奨グレード・カテゴリー1])ことが紹介された。二次治療における治療方針の推奨(CQ4『イブルチニブ初回治療に治療抵抗性もしくは再発CLLに対する二次治療としてどのような治療が勧められるか』およびCQ5『イブルチニブ初回治療に治療不耐容のCLLに対する二次治療としてどのような治療が勧められるか』)が、ともにカテゴリー1として明記された点も紹介し、CQ7『自己免疫性溶血性貧血、自己免疫性血小板減少症を合併したCLLに対してステロイド治療は勧められるか』では、無症候性・非活動性CLLであればステロイド治療が推奨される(推奨グレード・カテゴリー2A)ことが説明された。これからの白血病診療の展望 造血器腫瘍の診断および治療について、ゲノム情報に基づく診療がWHOなどから提唱される中、つい最近、わが国においても造血器腫瘍を対象とした遺伝子パネル検査が登場した。「本邦での造血器腫瘍におけるがんゲノム医療の導入は喫緊の課題」と語る藥師神氏は、「日本血液学会が発行する『造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン2023年度版』で遺伝子パネル検査の基盤となる情報が提供されている。そのため、新規治療薬の導入とともに、白血病診療が今後さらに前進していくことが期待される」と締めくくった。

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切迫早産、オキシトシン受容体拮抗薬vs.プラセボ/Lancet

 妊娠30週0日~33週6日の切迫早産の治療として、子宮収縮抑制薬atosibanは新生児のアウトカム改善に関して、プラセボに対する優越性を示さなかった。オランダ・アムステルダム大学のLarissa I van der Windt氏らAPOSTEL 8 Study Groupが、国際多施設共同無作為化比較試験「APOSTEL 8試験」の結果を報告した。オキシトシン受容体拮抗薬のatosibanは、切迫早産の特異的な治療薬として欧州などで承認済みの子宮収縮抑制薬である。子宮収縮抑制薬は、国際ガイドラインで切迫早産の治療薬として推奨されており、出産を遅延することが示されているが、新生児アウトカムへのベネフィットは明らかにされていなかった。著者は、「子宮収縮抑制薬の主目的は新生児のアウトカム改善でなければならない。今回の結果は、妊娠30週0日~33週6日の切迫早産の治療薬としてatosibanを標準使用することに対して疑問を投じるものであった」と述べ、「われわれの試験結果は、国ごとの実践のばらつきを減らし、切迫早産の患者に対するエビデンスベースの治療提供に寄与するものになるだろう」とまとめている。Lancet誌オンライン版2025年3月3日号掲載の報告。妊娠30週0日~33週6日の切迫早産に投与、新生児の周産期死亡と6疾患を評価 APOSTEL 8試験は、オランダ、イングランド、アイルランドの26病院で行われ、妊娠30週0日~33週6日の切迫早産における子宮収縮抑制薬atosibanの新生児疾患および死亡の改善に関して、プラセボに対する優越性を評価した。 妊娠30週0日~33週6日の切迫早産を有する18歳以上の単胎または双胎妊娠の女性(インフォームド・コンセントに署名済み)を、atosiban群またはプラセボ群に無作為に1対1の割合で割り付けた(施設ごとに層別化)。 主要アウトカムは、周産期死亡(死産および出産後28日までの死亡と定義)および6つの重篤な新生児疾患(気管支肺異形成症[BPD]、グレード1超の脳室周囲白質軟化症[PVL]、グレード2超の脳室内出血[IVH]、Bell’sステージ1超の壊死性腸炎[NEC]、グレード2超またはレーザー治療を要する未熟児網膜症[ROP]、培養検査で確認された敗血症)の複合とし、ITT解析にて評価した。治療効果は相対リスク(RR)と95%信頼区間(CI)で推算した。主要アウトカムの相対リスク0.90 2017年12月4日~2023年7月24日に、計755例が無作為化され、752例がITT解析に組み入れられた(atosiban群375例、プラセボ群377例)。ベースライン特性は両群で類似しており、母体年齢中央値はatosiban群30.0歳、プラセボ群31.0歳、妊娠時BMI中央値は両群とも23.4、白人が両群ともに80%であり、妊娠中の喫煙者は両群とも12%、未経産婦は63%と65%、単胎妊娠が80%と85%などで、無作為化時の妊娠期間中央値は両群とも31.6週であった。ITT集団の新生児数はatosiban群449例、プラセボ群435例であった。 主要アウトカムは、atosiban群の新生児で37/449例(8%)、プラセボ群で40/435例(9%)に報告された(RR:0.90[95%CI:0.58~1.40])。 周産期死亡は、atosiban群3/449例(0.7%)、プラセボ群4/435例(0.9%)であった(RR:0.73[95%CI:0.16~3.23])が、全死亡例で試験薬との関連はおそらくないと見なされた。母体有害事象は両群で差異はなく、また母体の死亡の報告はなかった。

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PADISガイドライン改訂で「不安」が新たな焦点に【論文から学ぶ看護の新常識】第6回

PADISガイドライン改訂で「不安」が新たな焦点に米国集中治療医学会(Society of Critical Care Medicine[SCCM])は2025年2月21日、『フォーカスアップデート版 集中治療室における成人患者の痛み、不安、不穏/鎮静、せん妄、不動、睡眠障害の予防および管理のための臨床診療ガイドライン』を公開した。本ガイドラインは、2018年に発表された『集中治療室における成人患者の痛み、不穏/鎮静、せん妄、不動、睡眠障害の予防および管理のための臨床ガイドライン』(通称PADISガイドライン)のフォーカスアップデート版であり、新たに「不安」が主要領域として追加された。フォーカスアップデート版 集中治療室における成人患者の痛み、不安、不穏/鎮静、せん妄、不動、睡眠障害の予防および管理のための臨床診療ガイドラインガイドラインは、2018年版『集中治療室における成人患者の痛み,不穏/鎮静,せん妄,不 動,睡眠障害の予防および管理のための臨床ガイドライン』を改訂、発展させることを目的として、成人ICU患者に関する5つの主要領域、不安(新規トピック)、不穏/鎮静、せん妄、不動、睡眠障害に焦点を当てて作成された。主な改定点は下記の通り。2018年版 PADISガイドラインの内容は()内に記載。1.ICU入室中の成人患者の不安治療にベンゾジアゼピンを使用することに関して、推奨を行うのに十分なエビデンスが存在しない。(2018年版:この領域についての推奨なし)2.ICU入室中の人工呼吸器管理下の成人患者において、浅い鎮静および/またはせん妄の軽減が最優先される場合は、プロポフォールよりもデクスメデトミジンの使用を推奨する(条件付き推奨、エビデンスの確実性:中等度)。(2018年版:人工呼吸器管理下の成人患者の鎮静には、ベンゾジアゼピンよりもプロポフォールまたはデクスメデトミジンの使用を推奨する[条件付き推奨、エビデンスの質:低い])3.ICU入室中の成人患者のせん妄治療において、通常のケアよりも抗精神病薬を使用することの是非について推奨を行うことはできない(条件付き推奨、エビデンスの確実性:低い)。(2018年版:せん妄の治療にハロペリドールまたは非定型抗精神病薬を日常的に使用しないことを推奨する [条件付き推奨、エビデンスの質:低い])4.ICU入室中の成人患者に対しては、通常のモビライゼーション/リハビリテーションよりも強化されたモビライゼーション/リハビリテーションを行うことを推奨する(条件付き推奨、エビデンスの確実性:中等度)。(2018年版:重症の成人患者に対してリハビリテーションまたはモビライゼーションを実施することを推奨する[条件付き推奨、エビデンスの質:低い])5.ICU入室中の成人患者に対しては、メラトニンを投与することを推奨する(条件付き推奨、エビデンスの確実性:低い)。(2018年版:重症の成人患者の睡眠改善に対するメラトニンの使用については、推奨を行わない[推奨なし、エビデンスの質:非常に低い])PADISガイドラインは、痛み(Pain)、鎮静(Agitation/Sedation)、せん妄(Delirium, Immobility)、睡眠障害(Sleep)の頭文字をとった名称であり、これらの症状への推奨される治療やケアなどを包括的に示したガイドラインです。今回、2018年に発表されたPADISガイドラインのフォーカスアップデート版が発表されました。今回のアップデートでは、とくに、これまでせん妄と混同されがちだった「不安」を新たに焦点化した点が大きな変化といえます。海外ではICU入室中の不安を訴える患者にベンゾジアゼピンが一般的に使用されるケースがあるようですが、明確なエビデンスはなく推奨は行われていません。ただし、入室前から慢性的に不安症状がありベンゾジアゼピンを服用している患者に対しては、継続を検討する余地があると示されました。不安の評価には、痛みの評価で使われる「Face Scale」と同様の絵を用いた「Faces Anxiety Scale」などが推奨されています。患者自身が表情のイラストを見て不安度を評価できるため、日本の医療現場でもすぐに応用できるでしょう。薬物療法はまだ確立していない部分がありそうですが、音楽療法やバーチャルリアリティ(VR)など一部の非薬理学的アプローチは推奨されており、患者さんの好みに合った音楽を流すなどの工夫は有効かもしれません。また、睡眠管理ではメラトニン投与が条件付きで推奨され、生理的な睡眠リズムの補完が重要なテーマとなっています。さらにリハビリテーションでは、早期離床だけでなく、より強化されたリハビリプログラムの導入も提案されており、ICU退室後の身体機能回復やQOL向上に寄与すると期待されています。今後のスタンダードなケア・治療の一つになる可能性があるため、興味のある方はぜひ詳しい内容にも目を通してみることをおすすめします。論文はこちらLewis K, et al. Crit Care Med. 2025;53(3):e711-e727.

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リファンピシン耐性キノロン感性結核に対する経口抗菌薬(解説:寺田教彦氏)

 結核は、依然として世界的な公衆衛生の問題であり、2023年WHO世界結核対策報告書によると、2022年には約1,060万人が結核を発症し、130万人が死亡したとされる。結核治療を困難にする要因の1つに薬剤耐性結核(MDR/RR-TB)があり、今回の対象であるリファンピシン耐性結核は、毎年約41万人が罹患すると推定されている。このうち治療を受けたのは40%にすぎず、その治療成功率は65%にとどまっている(WHO. Global tuberculosis report 2023.)。これは、従来のレジメンが18~24ヵ月と治療期間が長く、アミノグリコシド系やポリペプチド系の注射製剤が含まれ、副作用の問題もあったためと考えられる。 2016年から2017年にかけて、本研究(endTB試験)を含めた3つの多国籍ランダム化比較試験(STREAM2試験、TB-PRACTECAL試験)が開始され、リファンピシン耐性結核に対する6ヵ月または9ヵ月の全経口短期レジメンの安全性と有効性が評価された。 本研究は、15歳以上のリファンピシン耐性・フルオロキノロン感性の結核患者を対象に、ベダキリン(B)、デラマニド(D)、リネゾリド(L)、レボフロキサシン(Lfx)またはモキシフロキサシン(M)、クロファジミン(C)、ピラジナミド(Z)から成る5つの併用レジメン(BLMZ、BCLLfxZ、BDLLfxZ、DCLLfxZ、DCMZ)と、当時のWHOガイドラインに準拠した標準治療群の計6つの治療群を比較した。その結果、3つのレジメンが標準治療に対して非劣性を示した(詳細は「リファンピシン耐性/キノロン感受性結核に有効な経口レジメンは?/NEJM」参照)。 WHOは2024年8月に発表したKey updates to the treatment of drug-resistant tuberculosis: rapid communication, June 2024において、本試験(endTB)の結果を解釈し、内容を更新している。ガイドライン開発グループの解釈では、フルオロキノロン感受性が確認されたMDR/RR-TB患者において、BLMZ、BLLfxCZ、BDLLfxZの3種類の9ヵ月全経口レジメンは、長期(≧18ヵ月)レジメンの代替として効果的かつ安全に使用できるが、DCLLfxZおよびDCMZレジメンは治療失敗・再発率および獲得耐性率が高いため推奨されないとされた。そのため、WHOはフルオロキノロン感性MDR/RR-TB患者に対し、9ヵ月の全経口レジメン(優先順位:BLMZ>BLLfxCZ>BDLLfxZ)を従来の長期レジメンに代わる選択肢の1つとして提案した(条件付き推奨、エビデンスの確実性は非常に低い)。 本研究のレジメンは小児用製剤もあり、妊娠中の使用も検討可能である。今後、2025年のWHOガイドライン改訂にも反映され、より多くの患者に適用可能な治療法の1つとなることが期待される。

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クランベリーって意味あるの? ─再発予防に使える薬剤、その他について─【とことん極める!腎盂腎炎】第13回

クランベリーって意味あるの? ─再発予防に使える薬剤、その他について─Teaching point(1)クランベリーが尿路感染症を予防するという研究結果はたしかに存在するが、確固たるものではない(2)本人の嗜好と経済的事情が許すならクランベリージュースを飲用してもらってもよい(3)クランベリージュース以外の尿路感染症の予防方法を知っておく《症例》28歳女性、独身、百貨店の販売員。これまでに何度も排尿時痛や頻尿などの症状で近医受診歴があり、「膀胱炎」と診断され、その都度、経口抗菌薬の処方を受け治療されている。昼前から排尿時痛があり、「いつもと同じ」膀胱炎だろうと思って経過をみていたところ、夕方にかけて倦怠感とともに37.5℃の発熱を認めるようになったため当院の時間外外来を受診した。来院時38.0℃の発熱あり。左肋骨脊柱角に圧痛(CVA叩打痛)を認める。血液検査:WBC 12,000/μL(Neu 85%)、CRP 3.5mg/dLと炎症反応上昇あり。尿検査:WBC(+++)、亜硝酸塩(+)。一般的身体所見、血算・生化学検査では、それ以外の特記所見に乏しい。1.クランベリーとは?クランベリーとはツツジ科スノキ属ツルコケモモ亜属(Oxycoccos)に属する常緑低木の総称であり、Vaccinium oxycoccus(ツルコケモモ)、V. macrocarpon(オオミツルコケモモ)、V. microcarpum(ヒメツルコケモモ)、V. erythrocarpum(アクシバ)の4種類がある。北米原産三大フルーツの1つである酸味の強い果実は、菓子やジャム、そしてジュースによく加工され食用される。古くから尿路感染症予防の民間療法として使用されており、1920年代にはその効果は尿路の酸性化による結果と考えられていたが、クランベリーに含まれるA型プロアントシアニジンという物質がどうやら尿路上皮への細菌の付着を阻害しているらしいということが1980年代に明らかにされた1)。またクランベリーに含まれるD-マンノースもまた、細菌と結合することで尿路上皮への菌の付着を抑制することが知られている。2.クランベリーは尿路感染を予防するのか?クランベリーが尿路感染やその再発を予防するのかというテーマについては、これまで数多くの研究がなされてきた。まず、有効成分の1つである先述のD-マンノースを内服することが再発性尿路感染症の発生率が低下させると、ランダム化比較試験で証明されている2)。クランベリーそのものに関しては、プラセボに比して予防に効果的という結果が得られた研究もあれば、影響を与えないとする研究結果もあり、議論が分かれているところである。系統的レビューによるメタアナリシスでも報告によって異なった結論が得られており、たとえば2012年に合計1,616例の研究結果をまとめたメタアナリシスではクランベリー製品は有意に尿路感染の再発を減らすと報告している3)。半年間の飲用によるリスク比0.6、治療必要数(NNT)は11と推算されている。一方で、同じ2012年にアップデートされたコクランレビューでは4,473例が対象になっているが、プラセボや無治療に比してクランベリー製品は尿路感染症を減らすことはしないとし、尿路感染症予防としてのクランベリージュース飲用は推奨しないと結論づけられた4)。しかし2023年にアップデートされたバージョンでは、50件の研究から合計8,857例がレビューの対象となり、メタ解析の結果、クランベリー製品の摂取によって尿路感染リスクが有意に低減する(相対リスク:0.70、95%信頼区間:0.58~0.84)ことが明らかにされた。とくに、再発性尿路感染症の女性、小児、尿路カテーテル留置状態など尿路感染リスクを有する患者において低減するとされ、逆に、施設入所の高齢者、妊婦などでは有意差は得られなかった5)。わが国で行われたクランベリージュースもしくはプラセボ飲料125mLを毎日眠前に24週間内服して比較した多施設共同・ランダム化二重盲検試験の結果では、50歳以上の集団を対象としたサブ解析では有意な再発抑制効果がクランベリージュースに認められた(ただし、若年層の組み入れが少なかったためか全体解析では有意差が出なかった)6)。尿路感染症の再発歴がある患者が比較的多く含まれたことも有意差がついた要因の1つと考えられ、そうしたことを踏まえると、再発リスクが高い集団においてはクランベリージュースの感染予防の効果がある可能性があると思われる。米国・FDAも、尿路感染既往がある女性が摂取した際に感染症の再発リスクが低下する可能性があるとクランベリーサプリの製品ラベルへ掲載することを2020年に許可しており、日本の厚生労働省公式の情報発信サイトにもそのことが掲載されている7)。再発性の膀胱炎の最終手段として抗菌薬投与が選択されることもあるが、耐性菌のリスクの観点からも導入しやすい日常生活への指導からしっかりと介入していくことは大切である。生活へのアプローチは一人ひとりの事情もあるので、本人の生活について丁寧に聴取し生活に合わせた指導内容を一緒に考えていくことは、プライマリ・ケア医の重要な役割である。3.クランベリー摂取の副作用大量に摂取した場合、とくに低年齢児では嘔気や下痢を招く可能性がある。また、シュウ酸結石を生じるリスクになるともいわれている。しかし一般的には安全と考えられており7)、日本の研究でもクランベリー飲用の有害事象としては107人中1人のみ、初回飲用後の強いやけど感を自覚しただけであった6)。先に紹介したレビューでも、最頻の副作用は胃もたれなどの消化器症状であったが、対照群に比較して有意に増加はしなかった5)。クランベリー摂取により問題となる副作用はあまりないと思われ、そうすると、クランベリーを尿路感染再発予防目的で飲用するべきかどうかは、本人の嗜好や経済的余裕などによって決まると思われる。4.クランベリー以外での再発予防とくに女性では尿路感染症を繰り返す症例があるが、そうした再発例に対しては、飲水励行の推奨や排便後の清拭方法の指導(肛門部に付着する細菌の尿路への移行を防ぐために尿道口から肛門に向けて拭く)に代表される行動療法が推奨される(第11回参照)。それでも無効な場合は予防的抗菌薬投与の適応になりえ、数ヵ月から年単位で継続する方法と、性交渉後にのみ服薬する方法が一般的である。性交渉後に急性単純性膀胱炎を起こすことはよく知られており、抗菌薬の連日投与でなくても、セファレキシン、ST合剤、フルオロキノロンなどを性交渉後の単回内服するだけでも尿路感染症の予防に有効であることが示されている8)。再発性尿路感染症を呈する高齢者においても、予防的抗菌薬の内服が尿路感染症の発症予防に効果があるとされている9)。また、閉経後の女性では局所エストロゲン療法が尿路感染の再発予防に有効であるといわれている10)。《症例(その後)》腎盂腎炎と診断し、血液・尿培養採取のうえで、点滴抗菌薬加療を開始して入院とした。翌日には解熱、入院5日後に血液検査での炎症反応のpeak outと血液培養からの菌発育がないことを確認でき、尿培養から感受性良好な大腸菌(Escherichia coli)が同定されたため、内服抗菌薬にスイッチして退院とする方針とした。これまでに何度も膀胱炎になっているとのことで、再発性の尿路感染症と考えてリスク因子がないか確認したところ、販売員をしているため日中の尿回数を減らすべく、出勤日は飲水量を減らすように心がけているということであった。尿量・尿回数の減少が尿路感染症のリスクになるため飲水励行が勧められること、度重なる抗菌薬加療が将来的な耐性菌の出現を招くことによる弊害、会陰部を清潔に保つことが重要であることの説明に加え、排便後の清拭方法の一般的な指導を退院時に行った。クランベリージュースは話題には出してみたものの、ベリー系果実はあまりお好きではないとのだったので強くお勧めはしなかった。それでもなお尿路感染を繰り返すようであれば、さらなる予防策を講じる必要があると判断して、3ヵ月後に確認したところ、その後、膀胱炎症状はなく経過しているということであり終診とした。1)Howell AB, et al. Phytochemistry. 2005;66:2281-2291.2)Kranjcec B, et al. World J Urol. 2014;32:79-84.3)Wang CH, et al. Arch Intern Med. 2012;172:988-996.4)Jepson RG, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2012;10:CD001321.5)Williams G, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2023;4:CD001321.6)Takahashi S, et al. J Infect Chemother. 2013;19:112-117.7)厚生労働省eJIM(イージム:「統合医療」情報発信サイト):「クランベリー」8)日本排尿機能学会, 日本泌尿器科学会 編. 女性下部尿路症状診療ガイドライン[第2版]. リッチヒルメディカル;2019.9)Ahmed H, et al. Age Ageing. 2019;48:228-234.10)Chen YY, et al. Int Urogynecol J. 2021;32:17-25.

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非がん性慢性脊椎痛、効果的な治療はない?/BMJ

 非がん性(軸性または神経根性)慢性脊椎痛に対し、一般的に行われている関節注射、硬膜外注射、高周波治療などの介入手技は偽手技と比較して、ほとんどまたはまったく疼痛緩和をもたらさない可能性があることが、低~中のエビデンスの確実性をもって示された。カナダ・マクマスター大学のXiaoqin Wang氏らが無作為化比較試験のシステマティックレビューとネットワークメタ解析の結果を報告した。非がん性慢性脊椎痛は、世界的に大きな健康問題であり、社会経済的に大きな負担を伴う。ステロイドの硬膜外注射、神経ブロック、高周波神経焼灼術などの介入が行われるようになってきているが、現行ガイドラインではそれらの使用に関して相反する推奨事項が示されていた。BMJ誌2025年2月19日号掲載の報告。介入手技と、偽手技等を比較した無作為化試験についてネットワークメタ解析 研究グループは2023年1月24日までにMedline、Embase、CINAHL、CENTRAL、Web of Scienceに登録された文献を検索し、対象研究を特定した。選択基準は、軸性または神経根性の非がん性慢性脊椎痛(持続期間12週以上)を有する患者(18歳以上の成人患者を80%以上含む)を対象とし、10例以上の患者を介入群(関節注射、硬膜外注射、後根神経節への高周波治療、高周波除神経術、傍脊椎筋肉内注射)と対照群(代替手技、偽手技、または理学療法・運動療法・非ステロイド性抗炎症薬投与などの通常ケア)に無作為に割り付け、1ヵ月以上追跡した研究とした。がん関連痛を伴う患者や、感染症または炎症性脊椎関節炎の患者を登録した研究は除外した。 評価者2人がそれぞれ適格研究の特定、データ抽出、バイアスリスクの評価を行った。ネットワークメタ解析は頻度論的ランダム効果モデルを用いて行い、GRADE(Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation)アプローチを用いてエビデンスの確実性を評価した。ほとんどの介入手技は偽手技と比べて疼痛緩和に差はない 適格研究132件が特定され、このうち13の介入手技または手技の組み合わせを検討した81件、患者計7,977例がメタ解析に組み入れられた。 慢性軸性脊椎痛の疼痛緩和に関して、局所麻酔薬の硬膜外注射(10cmの視覚的アナログスケールにおける加重平均差[WMD]:0.28cm、95%信頼区間[CI]:-1.18~1.75)、局所麻酔薬とステロイドの硬膜外注射(0.20cm、-1.11~1.51)、ステロイドの関節注射(0.83cm、-0.26~1.93)は、偽手技と比較してほとんどまたはまったく差がないと考えられることが示された(エビデンスの確実性:中)。 また、局所麻酔薬の筋肉内注射(WMD:-0.53cm、95%CI:-1.97~0.92)、ステロイドの硬膜外注射(0.39cm、-0.94~1.71)、局所麻酔薬の関節注射(0.63cm、-0.57~1.83)、局所麻酔薬とステロイドの関節注射(0.22cm、-0.42~0.87)も、慢性軸性脊椎痛の疼痛緩和に関して偽手技と比較して、ほとんどまたはまったく差はない可能性が示された(エビデンスの確実性:低)。 局所麻酔薬とステロイドの筋肉内注射は、慢性軸性脊椎痛の疼痛を増大する可能性が示された(WMD:1.82cm、95%CI:-0.29~3.93)(エビデンスの確実性:低)。 慢性軸性脊椎痛に対する関節高周波焼灼術の有効性は、エビデンスの確実性が非常に低いことが示された。 慢性神経根性脊椎痛の疼痛緩和に関して、局所麻酔薬とステロイドの硬膜外注射(WMD:-0.49cm、95%CI:-1.54~0.55)、ならびに後根神経節の高周波焼灼術(0.15cm、-0.98~1.28)は、偽手技と比較してほとんどまたはまったく差はない可能性が示された(エビデンスの確実性:中)。 また、局所麻酔薬の硬膜外注射(WMD:-0.26cm、95%CI:-1.37~0.84)およびステロイドの硬膜外注射(-0.56cm、-1.30~0.17)も、慢性神経根性脊椎痛の疼痛緩和に関して偽手技と比較して、ほとんどまたはまったく差はない可能性が示された(エビデンスの確実性:低)。

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GLP-1RAの腎保護効果はDPP-4iを上回る

 GLP-1受容体作動薬(GLP-1RA)は慢性腎臓病(CKD)進行抑制という点で、DPP-4阻害薬(DPP-4i)より優れていることを示唆するデータが報告された。米テキサス大学サウスウェスタン医療センターのShuyao Zhang氏らの研究によるもので、詳細は「Nature Communications」に12月5日掲載され、2月10日には同大学からニュースリリースが発行された。Zhang氏は、「血糖管理におけるGLP-1RAの有用性は既によく知られていた。一方、われわれの研究によって新たに、CKDハイリスク患者におけるGLP-1RAの腎保護効果を裏付ける、待望のエビデンスが得られた」と述べている。 この研究は、米退役軍人保健局の医療データを用い、臨床試験を模倣した研究として実施された。腎機能低下が中等度(eGFR45mL/分/1.73m2未満)以上に進行したCKDを有する35歳以上の2型糖尿病患者のうち、GLP-1RAまたはDPP-4iで治療されていた9万1,132人から、傾向スコアマッチングにより背景因子の一致する各群1万6,076人から成る2群を設定。この2群はベースライン時点で、平均年齢(GLP-1RA群71.9歳、DPP-4i群71.8歳)、男性の割合(両群とも95%)、BMI(同33.5)、HbA1c(8.0%)、および併発症や治療薬なども含めて、背景因子がよく一致していた。 事前に設定されていた主要評価項目は急性期医療(救急外来の受診・入院など)の利用率であり、副次評価項目は全死亡および心血管イベントの発生率だった。このほか、事後解析として、CKD進行リスク(血清クレアチニンの倍化、CKDステージ5への進行で構成される複合アウトカム)も評価した。 2.2±1.9年の追跡で、1人1年当たりの急性期医療利用率は、GLP-1RA群が1.52±4.8%、DPP-4i群は1.67±4.4%で、前者の方が有意に低かった(P=0.004)。また、全死亡は同順に17.7%、20.5%に発生していて、やはりGLP-1RA群の方が少なかった(オッズ比〔OR〕0.84〔95%信頼区間0.79~0.89〕、P<0.001)。CKD進行についても2.23%、3.46%で、GLP-1RA群の方が少なかった(OR0.64〔同0.56~0.73〕、P<0.001)。心血管イベントに関しては有意差がなかった(OR0.98〔0.92~1.06〕、P=0.66)。 著者らは、本研究結果が糖尿病の臨床を変化させるのではないかと考えている。論文の共著者の1人である同医療センターのIldiko Lingvay氏は、「糖尿病でCKDを有する患者は、低血糖、感染症、心血管疾患などの合併症のリスクが非常に高いにもかかわらず、有効な薬剤が非常に少なく、かつ、そのような患者は臨床試験に参加する機会が限られている。われわれの研究結果は、GLP-1RAがCKDの進行の抑制や医療費の削減につながることを示している」と話す。 Zhang氏もLingvay氏と同様に、今回の研究結果が糖尿病臨床を変え得るとしている。同氏は、「歴史的に見て、糖尿病によるCKDの治療は困難なものであった」と解説。そして、「今後の研究次第では、糖尿病に伴うCKDの包括的治療アプローチの一部として、GLP-1RAを組み込んだ新しいガイドラインが策定される可能性がある。そのガイドラインに基づく治療によって、患者の長期的な転帰が改善し、生活の質の向上につながっていくのではないか」と付け加えている。

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肥満患者における鎮静下消化器内視鏡検査中の低酸素症発生に対する高流量式鼻カニュラ酸素化の有用性(解説:上村直実氏)

 消化器内視鏡検査は苦痛を伴う検査であると思われていたが、最近は多くの施設で苦痛を軽減するため、検査時に鎮静薬や鎮痛薬を用いた鎮静法により大変楽に検査を受けられるようになっている。しかし、内視鏡時の鎮静に対する考え方や方法は国によって大きく異なっている。米国では、内視鏡検査時の鎮静はほぼ必須であり、上下部消化管内視鏡検査受検者のほぼすべてが完璧な鎮静効果を希望するため、通常、ベンゾジアゼピン系薬品とオピオイドの組み合わせを使用して実施される。具体的には、ベンゾジアゼピン系催眠鎮静薬のミダゾラムとオピオイド鎮痛薬のフェンタニルの組み合わせが、最も広く利用されている。保険診療システムが異なるわが国でも、日本消化器内視鏡学会のガイドラインにおいて「経口的内視鏡の受容性や満足度を改善し、検査・治療成績向上に寄与する」ことから検査時の鎮静が推奨されると明記されており、多くの施設においてミダゾラムの使用が一般的になっている。 一方、内視鏡検査時の鎮静に関して最もよくみられる有害事象は、呼吸抑制、気道閉塞、胸壁コンプライアンスの低下に伴う低酸素血症である。とくに肥満者に多くみられる合併症であり、時に重篤になる場合もあるため注意が必要である。今回、中国・上海の大学病院3施設でBMIが28以上の肥満者を対象として鎮静を伴う検査時の低酸素血症を予防する手段として、加湿・加温された高濃度の酸素を最大60L/minという高流量で供給する高流量式鼻カニュラ(HFNC)を介した酸素投与の有用性を検証する目的で、通常の鼻カニュラを対照として施行された多施設ランダム化比較試験の結果が、2025年2月のBMJ誌において報告された。 本試験で使用された鎮静法は、麻酔科医師の指導の下にsufentanilと静脈麻酔薬のプロポフォールが用いられているが、日本では「消化器内視鏡診療におけるプロポフォールの不適切使用について ―注意喚起―」が日本消化器内視鏡学会から提起されているように、本剤は麻酔科医師の監視の下に使用することが義務付けられている点に注意が必要である。非常に強い鎮静効果を有する鎮静法における肥満者の低酸素血症予防が重要であると思われるが、本試験の結果では通常の鼻カニュラに比べて低酸素血症を引き起こす頻度が20%から2%に劇的に減少し、HFNCの有用性が明らかにされたものであり、将来的にはわが国にも導入されることが期待される。 最後に、消化器内視鏡検査を受ける患者さんにとって検査時の鎮静は賛否両論あるようで、「楽に検査を受けられる」「苦しい検査は受けたくない」とする鎮静賛成派と「検査の最中に意識がなくなるのは嫌」「内視鏡の画像を見たいので」という否定派に分かれている。内視鏡医にも肯定派と否定派がいて、最近では肯定派の医師が多くなっているが、鎮静に用いる薬剤の有用性とリスクに熟知することが重要であることは言うまでもない。

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血液検査で大腸がんを正確に検出/ASCO-GI

 実験的な血液検査をベースにした大腸がんスクリーニング検査により、平均的な大腸がんリスクを有する45歳以上の成人において、大腸がんを効果的に検出できることが示された。米ニューヨーク大学(NYU)グロスマン医学部のAasma Shaukat氏らによるこの研究結果は、米国臨床腫瘍学会消化器がんシンポジウム(ASCO-GI 2025、1月23〜25日、米サンフランシスコ)で発表された。Shaukat氏は、「このような血液検査は、大腸がんのスクリーニング検査の受診率を高めるのに役立つ可能性がある」と述べている。 現状では、大腸がんのスクリーニング検査のゴールドスタンダードは大腸内視鏡検査であるが、この検査では事前に下剤服用や食事調整などの準備が必要な上に、検査時には麻酔や鎮静薬を使用する。便中の血液の有無を調べる便潜血検査も大腸がんのスクリーニングに用いられるが、現在のガイドラインでは毎年の検査実施が必要である。こうした現状を踏まえてShaukat氏は、「便利で安全、かつ実施も容易な新たな大腸がんスクリーニング検査の手段が求められている」と話す。 Shaukat氏らの研究(PREEMPT CRC)は、全米200カ所以上の施設で登録された、平均的な大腸がんリスクを有する45歳以上の成人を対象に、Freenome社の血液検査をベースにした大腸がんスクリーニング検査の有効性を検討している最大規模の研究である。2024年の報告では、この検査は、大腸がんに対する感度が79.2%、advanced colorectal neoplasia(ACN;直径10mm以上の腺腫と大腸がんを包括する概念)に対する特異度が91.5%、ACNの陰性的中率(NPV)は90.8%、陽性的中率(PPV)は15.5%、進行前がん病変(APL)に対する感度は12.5%であることが報告されていた。 今回の研究では、この検査が標準的な米国人口においてどのように機能するかを評価するために、米国の年齢層や性別の分布に基づく重み付けを行った上で解析を実施した。解析対象は、PREEMPT CRCに登録された3万2,731人のうち、評価可能な血液サンプルと大腸内視鏡検査のデータが完備した2万7,010人(年齢中央値57.0歳、女性55.8%)であった。 その結果、大腸がんに対する感度は81.1%、ACNを持たない人に対する特異度は90.4%、ACNを持たない人に対するNPVは90.5%、ACNのPPVは15.5%、APLに対する感度は13.7%であることが示された。 この研究には関与していない、米イェール大学医学部消化器腫瘍学主任のPamela Kunz氏は、「この血液検査は、大腸がんスクリーニングの検査法の選択肢に新たに加わるものだ」と述べている。同氏は、「これらの結果は、このような血液検査が、平均的なリスクを持つ米国人口の大腸がんスクリーニング検査において、便利で効果的な選択肢となる可能性があることを示している」と話す。 研究グループは、大腸がんのスクリーニングの検査法としてのこの血液検査の長期的な影響について研究を続ける予定であるとしている。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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ASCO-GI 2025会員レポート

レポーター紹介2025年1月23~25日に米国臨床腫瘍学会消化器がんシンポジウム(ASCO-GI 2025)が米国・サンフランシスコで開催された。東北大学・腫瘍内科の笠原 佑記氏(上部消化器がん担当)と大内 康太氏(下部消化器がん担当)が重要演題をピックアップし、結果を解説する。食道がんPhase II study of neoadjuvant chemotherapy with fluorouracil, leucovorin, oxaliplatin and docetaxel for resectable esophageal squamous cell carcinoma.(abstract#418)切除可能な局所進行食道扁平上皮がんに対する、フルオロウラシル、ロイコボリン、オキサリプラチン、ドセタキセル(FLOT療法)による術前化学療法の安全性と有効性を評価した、日本発の第II相多施設共同試験の結果が報告された。病理学的奏効率(pRR)は43.4%(95%信頼区間[CI]:29.8~57.7、p=0.00002)であり、主要評価項目を達成した。また、R0切除率は83.0%、病理学的完全奏効率(pCR)は13.2%と良好な結果が得られた。とくに注目すべき点として、DCF(ドセタキセル+シスプラチン+5-FU)療法で課題とされる発熱性好中球減少症の発生率が1.9%と相対的に低かったことが挙げられる。これにより、FLOT療法は効果と安全性のバランスに優れた新たな治療選択肢となりうる可能性が示された。胃がんNivolumab (NIVO) + chemotherapy (chemo) vs chemo as first-line (1L) treatment for advanced gastric cancer/gastroesophageal junction cancer/esophageal adenocarcinoma (GC/GEJC/EAC): 5-year (y) follow-up results from CheckMate 649.(abstract#398)ニボルマブ+化学療法の有効性と安全性について、CheckMate 649試験の5年フォローアップデータが報告された。PD-L1 CPS≧5の患者群における全生存期間(OS)中央値は、ニボルマブ+化学療法群で14.4ヵ月(95%CI:13.1~16.2)、化学療法単独群で11.1ヵ月(95%CI:10.1~12.1)であり、ハザード比(HR)は0.71(95%CI:0.61~0.82)であった。60ヵ月時点の生存割合は、ニボルマブ+化学療法群で16%、化学療法単独群で6%であった。昨年のASCO-GI 2024で報告された48ヵ月時点での生存割合(それぞれ17%、8%)と比較すると、ニボルマブ併用により生存率の改善と長期奏効がもたらされていることが示唆される。本試験の結果は、CheckMate 649試験が胃がんの1次治療の標準を大きく変えた重要な試験であることをあらためて認識させるものであった。Final analysis of the randomized phase 2 part of the ASPEN-06 study: A phase 2/3 study of evorpacept (ALX148), a CD47 myeloid checkpoint inhibitor, in patients with HER2-overexpressing gastric/gastroesophageal cancer (GC).(abstract#332)HER2陽性胃・食道胃接合部がんの2次・3次治療における、抗CD47抗体evorpacept併用療法の有効性と安全性を評価した第II相無作為化比較試験(ASPEN-06)の結果が報告された。evorpaceptは、CD47に対する高い親和性を持ちつつ、不活性化されたFc領域を有することで、従来のCD47阻害による課題の1つであった赤血球減少を回避しながら、抗体依存性細胞貪食(ADCP)を増強することが可能な薬剤である。本試験では、トラスツズマブ+ラムシルマブ+パクリタキセル(TRP群)と、これにevorpaceptを併用した群(Evo-TRP群)に患者を無作為に割り付けた。奏効率(ORR)は、Evo-TRP群で40.3%、TRP群で26.6%であり、主要評価項目であるヒストリカルコントロール(ラムシルマブ+パクリタキセル療法、想定奏効率30%)との比較では統計学的有意差を示すことはできなかった(p=0.095)。しかしながら、治療前の生検にてHER2陽性が確認された患者に限定すると、Evo-TRP群の奏効率は54.8%と高く、evorpaceptが抗HER2療法の効果を高める可能性が示唆された。evorpaceptは、その作用機序からトラスツズマブ以外の抗体薬との併用においても抗腫瘍効果の増強が期待できる薬剤であり、今後のさらなる臨床応用の発展が期待される。大腸がんASCO-GI 2025では、切除不能大腸がんにおけるTargeted TherapyとImmunotherapyの双方においてPractice changingな発表が行われた。本稿では3つの注目演題を中心に報告する。BREAKWATER: Analysis of first-line encorafenib + cetuximab + chemotherapy in BRAF V600E-mutant metastatic colorectal cancer.(abstract#16)1つ目の注目演題は、BRAF V600E変異を有する未治療の切除不能大腸がん患者を対象に実施されたBREAKWATER試験である。 BRAF V600E変異陽性大腸がんに対しては、BEACON試験(Kopetz S, et al. N Engl J Med. 2019;381:1632-1643.)の結果から、現在は2次治療あるいは3次治療でエンコラフェニブ+セツキシマブ(EC)の2剤併用療法もしくはエンコラフェニブ+セツキシマブ+ビニメチニブの3剤併用療法が標準治療として用いられている。2剤併用療法と3剤併用療法の使い分けについては、BEETS試験(abstract#164)の結果から2剤併用療法の有用性が示されたが、3ヵ所以上の遠隔転移など予後不良因子を有する群においては3剤併用療法が有用である可能性が示唆された。今回報告されたBREAKWATER試験は、 BRAF V600E変異陽性の切除不能大腸がんに対する1次治療として、EC±化学療法と標準治療を比較した非盲検多施設共同第III相試験である。本試験は当初、EC群、EC+mFOLFOX6併用療法群もしくは標準治療群の3群に割り付けを行う試験デザインで開始されたが、その後EC+mFOLFOX6併用療法群もしくは標準治療群の2群に1対1で割り付ける試験デザインに変更された。2022年の欧州臨床腫瘍学会(ESMO Congress 2022)では、Safety Lead-inパートにおける忍容性とPK(薬物動態)の解析結果に加え、少数例での予備的なデータではあるが有望な抗腫瘍効果が示され、注目を集めていた。ASCO-GI 2025では、主要評価項目の1つであるEC+mFOLFOX6併用療法群および標準治療群における盲検下独立中央判定(BICR)による奏効率の主解析結果、OSの中間解析結果および安全性に関する報告が行われた。EC+mFOLFOX6併用療法群に236例が、標準治療群に243例が無作為に割り付けられ、原発巣占居部位を含む患者背景に有意な偏りは認めなかった。データカットオフ時点での確定奏効率は、EC+mFOLFOX6併用療法群が標準治療群に比べて有意に高い結果であった(60.9%vs. 40.0%、オッズ比:2.443[95%CI:1.403~4.253]、p=0.0008)。中間解析時点でのOSの中央値は、EC+mFOLFOX6併用療法群で未到達(95%CI:19.8~NE)、標準治療群で14.6ヵ月(95%CI:13.4~NE)であり、immatureではあるがHR:0.47(95%CI:0.318~0.691)という驚くべき数値をもってEC+mFOLFOX6併用療法群で有意に延長していた(p=0.0000454)。Grade3/4の治療関連有害事象(TRAE)発現割合は、EC+mFOLFOX6併用療法群で69.7%、標準治療群で53.9%であり、安全性のプロファイルはこれまで報告されているものと一致していた。以上の結果を受け、FDA(米国食品医薬品局)は2024年12月に BRAF V600E変異陽性の切除不能大腸がんの1次治療としてエンコラフェニブ+セツキシマブ+mFOLFOX6併用療法を迅速承認しており、本邦においても承認が待たれる。また、今後は BRAF阻害薬がfrontlineで投与される可能性が高いことから、 BRAF阻害薬を含む治療に耐性となった BRAF V600E変異陽性切除不能大腸がんに対する2次治療以降の治療戦略の開発にも注目していきたい。First results of nivolumab (NIVO) plus ipilimumab (IPI) vs NIVO monotherapy for microsatellite instability-high/mismatch repair-deficient (MSI-H/dMMR) metastatic colorectal cancer (mCRC) from CheckMate 8HW.(abstract#LBA 143)2つ目の注目演題は、CheckMate-8HW試験である。MSI-HまたはdMMRの切除不能大腸がんに対する免疫チェックポイント阻害薬(ICI)として、現行のガイドライン(『大腸癌治療ガイドライン医師用 2024年版』大腸癌研究会編)では、第III相試験(KEYNOTE-177試験)の結果から1次治療においてはペムブロリズマブ単剤療法が、第II相試験(KEYNOTE-164試験、CheckMate 142試験)の結果からICI未投与の既治療例においてはペムブロリズマブ単剤療法、ニボルマブ(Nivo)単剤療法もしくはイピリムマブ+ニボルマブ(Ipi+Nivo)併用療法がそれぞれ強く推奨されている。しかし、Nivo単剤療法とIpi+Nivo併用療法とを直接比較した試験はこれまでに行われていなかった。CheckMate-8HW試験は、ICI未投与のMSI-H/dMMR切除不能大腸がんを対象として、Ipi+Nivo併用療法の有効性と安全性をNivo単剤療法または医師選択化学療法と比較検討した多施設共同非盲検第III相試験である。昨年開催されたASCO-GI 2024では、本試験の主要評価項目の1つである1次治療におけるIpi+Nivo併用群と医師選択化学療法群とを比較したBICRの評価による無増悪生存期間(PFS)の解析結果が報告され、HR:0.21(95%CI:0.13~0.35)と大きなインパクトを伴ってIpi+Nivo併用群で有意にPFSが延長していた。ASCO-GI 2025では、もう1つの主要評価項目である、全治療ラインにおけるIpi+Nivo併用群とNivo単剤群とを比較したBICRの評価によるPFSの解析結果、および安全性に関する報告が行われた。Ipi+Nivo併用群に354例が、Nivo単剤群に353例が無作為に割り付けられ、PD-L1発現状態や遺伝子異常を含む患者背景に有意な偏りは認めなかった。データカットオフ時点でのPFSの中央値は、Ipi+Nivo併用群で未到達(53.8~NE)、Nivo単剤群で39.3ヵ月(22.1~NE)であり、Ipi+Nivo併用群で有意に延長していた(HR:0.62、95%CI:0.48~0.81、p=0.0003)。BICRに基づく確定奏効率は、Ipi+Nivo併用群で71%(95%CI:65~76)、Nivo単剤群で58%(95%CI:52~64)であり、有意にIpi+Nivo併用群で高かった(p=0.0011)。Grade3/4のTRAE発現割合は、Ipi+Nivo併用群で22%、Nivo単剤群で14%であり、安全性のプロファイルはこれまで報告されているものと一致していた。CheckMate-8HW試験の結果から、主要評価項目であるPFSの比較において、ASCO-GI 2024では標準化学療法に対する優越性が、今回のASCO-GI 2025ではNivo単剤療法に対する優越性が検証されたことから、Ipi+Nivo併用療法はMSI-H/dMMRの切除不能大腸がんに対する標準治療として確立されていくものと予想される。今後の課題としては、2剤併用療法を用いることで想定される免疫関連有害事象のリスクマネジメントが挙げられ、また本試験ではニボルマブの最長投与期間が2年に設定されていたため、長期病勢制御が得られた場合の適切な治療期間についてはさらなる検討が必要と考えられる。Final analysis of modified (m)-FOLFOXIRI plus cetuximab versus bevacizumab for RAS wild-type and left-sided metastatic colorectal cancer: The DEEPER trial (JACCRO CC-13). (abstract#17)3つ目の注目演題は、DEEPER試験である。本試験はRAS野生型切除不能大腸がんの1次治療において、3剤併用化学療法(mFOLFOXIRI)のパートナーとして、抗EGFR抗体薬(セツキシマブ)と抗VEGF抗体薬(ベバシズマブ)のいずれがより適しているかを比較検討した無作為化第II相試験である(Shiozawa M, et al. Nat Commun. 2024;15:10217.)。主要評価項目は最大腫瘍縮小率(DpR)に設定され、2021年の米国臨床腫瘍学会年次総会(2021 ASCO Annual Meeting)では、セツキシマブ(CET)併用群ではベバシズマブ(BEV)併用群に比べて有意にDpRが高いことが報告された。ASCO-GI 2025では、副次評価項目である生存期間(PFSおよびOS)に関する最終解析の結果が報告された。本試験ではCET併用群に179例、BEV併用群に180例が無作為に割り付けられ、それぞれ159例、162例がper protocol setとして解析対象となった。データカットオフ時点での左側症例におけるPFSの中央値はCET併用群で13.9ヵ月(95%CI:12.2~17.5)、BEV併用群で12.1ヵ月(95%CI:10.9~14.1)であり、両群間で有意な差は認めなかった(HR:0.81[95%CI:0.63~1.05]、p=0.11)。左側症例におけるOSの中央値はCET併用群で45.3ヵ月(95%CI:37.6~53.1)、BEV併用群で41.9ヵ月(95%CI:34.1~48.7)であり、両群間で有意な差は認めなかった(HR:0.85[95%CI:0.64~1.12]、p=0.25)。一方で、RAS/BRAF遺伝子野生型の左側症例(178例)に対象を限定して行われた探索的な解析では、PFSの中央値はCET併用群で14.8ヵ月(95%CI:12.6~19.4)、BEV併用群で11.9ヵ月(95%CI:10.8~14.6)であり、CET併用群で有意にPFSが延長していた(HR:0.71[95%CI:0.52~0.97]、p=0.029)。OSの中央値はCET併用群で50.2ヵ月(95%CI:39.9~56.0)、BEV併用群で40.2ヵ月(95%CI:33.5~48.8)であり、CET併用群では50ヵ月を超えるOS中央値が示されたものの、統計学的有意差は認めなかった(HR:0.74[95%CI:0.53~1.05]、p=0.091)。さらに、RAS/BRAF遺伝子野生型の左側症例から肝限局転移症例を除外して行われた探索的な解析(125例)では、OSの中央値はCET併用群で50.2ヵ月(95%CI:39.6~60.1)、BEV併用群で38.6ヵ月(95%CI:30.5~45.2)であり、CET併用群で有意にOSが延長していた(HR:0.60[95%CI:0.40~0.90]、p=0.014)。これらの結果から、RAS/BRAF遺伝子野生型の左側症例、なかでも非肝限局転移症例においてはmFOLFOXIRI+セツキシマブ併用療法が有望な治療オプションとなる可能性が示されたが、皮疹や下痢などの有害事象発現のリスクや、あくまで探索的な解析結果である点には十分留意してdecision makingに反映する必要がある。なお、未治療のRAS/BRAF遺伝子野生型の左側症例を対象とした非盲検多施設共同第III相試験(TRIPLETE試験、Rossini D, et al. J Clin Oncol. 2022;40:2878-2888.)では、抗EGFR抗体薬(パニツムマブ)に併用する化学療法として3剤併用療法(mFOLFOXIRI)の2剤併用療法(mFOLFOX)に対する優越性が検討されたが、積極的に3剤併用療法を選択するエビデンスは示されなかった。したがって、RAS/BRAF遺伝子野生型の左側症例に対する1次治療において、抗EGFR抗体薬に2剤併用療法を選択するのか、3剤併用療法を選択するのかという点についても引き続き議論が必要であるが、DEEPER試験で示された転移臓器との関連がキーポイントとなるかもしれない。今回紹介した注目演題で検討された試験治療は、いずれも有望な抗腫瘍効果を示した一方で、従来の標準治療に比べて相応の有害事象発現リスクの上昇を伴うものである。今後のトランスレーショナルリサーチ(TR)研究によって、真にベネフィットが期待される患者集団の絞り込みや、耐性克服につながる治療戦略が開発されることを期待したい。

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睡眠時無呼吸症候群の鑑別で見落としがちな症状とは?

 帝人ファーマは「家族となおそう睡眠時無呼吸」と題し、1月27日にメディア発表会を行った。今回、内村 直尚氏(久留米大学 学長)が「睡眠時無呼吸症候群とそのリスク」について、平井 啓氏(大阪大学大学院人間科学研究科/Cobe-Tech株式会社)が「睡眠医療のための行動経済学」について解説した。睡眠時無呼吸症候群の現状 まず、内村氏は睡眠障害について、国際分類第3版に基づく診断分類を示した。・不眠症 ・睡眠関連呼吸症候群 ・中枢性過眠症 ・概日リズム睡眠覚醒症候群 ・睡眠時随伴症群 ・睡眠時運動障害群 ・その他の睡眠障害 ・身体疾患及び神経疾患に関する睡眠障害 このなかの睡眠関連呼吸症候群に該当する睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:SAS)は、無呼吸が一晩(7時間の睡眠中)に30回以上、または睡眠1時間あたりに無呼吸および低呼吸が5回以上起こる状態を指す。国内の潜在患者数は940万人以上で、30~60代の約7人に1人が該当するというが、CPAP(Continuous Positive Airway Pressure)治療を受けている患者数は約73万人と、潜在患者の10%に満たないと言われている。 治療法の第一は生活習慣の是正(睡眠時の体位の工夫、禁煙、禁酒)や減量であるが、日中の眠気などの臨床症状が強い中~重症例に用いるCPAPをはじめ、無呼吸低呼吸指数(AHI)による重症度分類や併存疾患に応じたさまざまな方法がある。現在国内で保険適用となっているのは、OA(口腔内装置)療法(CPAP治療の適応とならない軽~中等症)、口蓋垂軟口蓋咽頭形成術(CPAP、OAいずれも使用できない症例)に加え、舌下神経電気刺激療法がある。医師が押さえておきたい患者像 続いて、SAS患者の主な特徴としては、喫煙者、寝酒の習慣化、肥満傾向、そして高血圧症や糖尿病、脂質異常症などの既往歴を有することなどが挙げられるが、痩せている女性でも疾患リスクを有している点には注意が必要である。その理由について同氏は、「SASの発症は顔などの形態的特徴が強く関わっているため、頸が短い・太い、頸の周囲に脂肪が付いている、下顎が小さい、下顎が後方に引っ込んでいる、歯並びが悪い、舌や下の付け根が大きい患者では夜間の血中酸素濃度が低下しやすいため」と指摘。患者自身ができるセルフチェックについても触れ、「鏡の前で大きく口を開けて舌を下に出した時、口蓋垂が見えていない場合には、形態的に上気道が狭い可能性がある」と解説した。さらに同氏はSASによる疾患発症リスクについても言及し、「睡眠の障害はもちろん、血中酸素濃度の低下がさまざまな疾患リスクの引き金となる。たとえば、高血圧症の発症リスクは1.42~2.89 倍1)、脳卒中においては1.75~3.3倍2)にもなる。また、CPAPを装着することで、致死的心血管イベントの累積発生率3)がとくに重症OSA群で抑制される」と述べ、「起床時の頭痛、薬物治療を行っても改善されない夜間高血圧症例の場合にもSASの可能性4)があることから、そのような症状を有する患者には検査を勧めてほしい」ともコメントした。患者・家族と医療者がすれ違う理由と5つのバイアス 続いて平井氏が行動経済学の側面から解説した。同氏は患者と医療者では「見えている世界や景色が違う」とし、「慢性疾患は患者にとって、森の中を抜けていくような感覚だが、家族や医療者は俯瞰的に森全体を捉え、将来リスク、出口がどこにあるのかが見えている。患者は主観的な世界観を、家族や医療者は合理的な世界観を持っている」と説明した。また、行動経済学的に人の意思決定は常に合理的であるわけではなく、バイアスが生じることがあり、「通常、人間の考え方は損失回避的であり、それが自然な反応であることを医療者も理解が必要」ともコメントした。<5つのバイアス>・現在バイアス:将来の利益よりも、現在の利益を優先してしまう・利用可能性バイアス:意思決定において身近で目立つ情報を優先して用いてしまう・現状維持バイアス:自分の慣れた方法を変えることに大きな抵抗を感じる・正常性バイアス:自分は大丈夫だと思う・確証バイアス:自分にとって都合のよい情報を集める さらに、患者と医療者のすれ違い解消法として、フレーミング効果*やリバタリアン・パターナリズム**の活用を推奨し、今回のセミナーにゲスト出演した北斗 晶さんと佐々木 健介さん夫妻が、それぞれの睡眠時の状況を説明するために二人で一緒に病院を受診した点について、「コミットメントとナッジの視点から非常に有用である」と同氏は評価した。*同じ現象のポジティブな側面とネガティブな側面のどちらに焦点を当てるかで意思決定が変化すること。**「選択の自由」を尊重しつつも、望ましい行動を自然に選びやすくする環境や仕組みを提供する考え方。ナッジとは行動を始めやすくし、選択のしやすさや選択肢を提供すること。一方のコミットメントは行動を継続させ、実行を確実にする。 なお、帝人ファーマはいびきや睡眠時無呼吸症候群(SAS)に悩む方のためのポータルサイト「睡眠時無呼吸なおそう.com」5)を運営しており、これを利用することで、セルフチェックや専門の医療機関を検索することが可能である。■参考文献1)Peppard PE, et al. N Engl J Med. 2000;342:1378-1384.2)Good DC, et al. Stroke. 1996;27:252-259.3)Marin JM, et al. Lancet. 2005;365:1046-1053.4)日本循環器学会編:2023年改訂版循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン5)帝人ファーマ:睡眠時無呼吸なおそう.com日本呼吸器学会:睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診療ガイドライン2020大竹文雄ほか. 医療現場の行動経済学. 2024. 東洋経済新報社

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医薬品供給不足の現在とその原因は複雑/日医

 日本医師会(会長:松本 吉郎氏[松本皮膚科形成外科医院 理事長・院長])は、「医薬品供給等の最近の状況」をテーマに、メディア懇談会を2月19日に開催した。懇談会では、一般のマスメディアを対象に現在問題となっている医薬品の安定供給の滞りの原因と経過、そして、今後の政府への要望などを説明した。 はじめに松本氏が挨拶し、「2020年夏頃より医薬品供給などに問題が生じてきたが、4年経過しても解決していない。後発医薬品だけではない、全体的な問題であり、その解消に向けて医師会も政府などに要望してきた。複合的な問題であるが、早く解消され、安心・安全な医薬品がきちんと医師、患者さんに届くことを望む」と語った。安定供給に立ちはだかる内的要因と外的要因 「医薬品供給等の最近の状況について」をテーマに同会常任理事の宮川 政昭氏(宮川内科小児科医院 院長)が、長引く医薬品供給停滞について、その現状と問題点を説明した。 医薬品の安定供給問題には、採算性の低下、国の関与不足、トレーサビリティの問題・情報開示などの内的要因と地政学リスク、材料の特定国への依存、日本独自の品質要求などの外的要因が交錯し、問題を複雑化している。 2025年2月18日時点での厚生労働省医療用医薬品供給状況の発表でも、通常出荷されていない割合は約21.9%、そのうち後発医薬品の割合が約60%、先発医薬品や長期収載医薬品なども12.7%という状況。 医薬品の供給不足に関しては、供給体制を強化する必要があるが、安定供給は国民の健康を守るために重要な課題であり、安全保障の観点からも重要と述べるとともに、医療用医薬品不足の原因としては、「品質問題」「海外依存リスク」「国内生産基盤の強化」の3つがあると提示した。(1)品質問題 2020年頃より顕在化するようになった後発医薬品メーカーの品質問題の不祥事による厚生労働省の行政処分。厚労省、日本ジェネリック製薬協会が何度も自主点検を行っても、こうした事態が解消されずにいる。2023年の先発医薬品メーカーも含めた日本製薬団体連合会主導の自主点検でも、「一部承認書との相違の整理あり」の案件が3,281件(37.6%)と、いまだ約4割に相違があることは非常に問題だという。実際、自主点検で報告された代表事例として、製造方法の改変、規格の齟齬、承認書と関連文書の矛盾、承認書からの追加・省略事例、文書化されていない口頭伝承などがあった。今後の対応としては、とくに「組織ガバナンス」の問題として、「経営レベルでのガバナンス強化」「品質管理システムの徹底」「従業員の意識改革」などが期待されると説明した。(2)海外依存のリスク 厚労省が、サプライチェーン調査を実施したところ、安定確保医薬品カテゴリーAの21成分の原薬原材料の供給経路につき、8成分が単一国、5成分が2ヵ国、8成分が3ヵ国以上だった。仕入先国では、中国、韓国、インドが多く、特定の国への集中は考慮する必要があると問題を提起した。厚労省の対策会議などでは、供給が単一国の場合はその供給の複数国化や、医薬品メーカーの代替供給源の探索を行う際の補助事業、供給リスク管理のためのマニュアル作成事業などが提案され、これらを推進することで、材料などの安定的な供給を進めていると紹介した。(3)国内生産基盤の強化 医薬品の安定供給確保には、国内の製造基盤を維持・強化することが不可欠であり、GMP(Good Manufacturing Practice:医薬品の製造管理および品質管理)基準適合の設備導入や、政府支援による生産拠点整備が求められる。一方で、後発医薬品メーカーによっては工場の老朽化が進んでおり、懸念材料となっている。建て替えには数百億円の費用が必要とされるが、政府などの支援がないのが現状。また、単純に薬価を上げれば安定供給になるわけでもないので、安定供給のために製薬企業全体として国に対策を協力してもらい、国家の安全保障としての枠組み作りを国に要望したいと語った。医薬品流通体制の3つの課題 次に「医薬品の流通体制」について、現状、インフルエンザ治療薬、局所麻酔薬、テオフィリン徐放性製剤が不足しており、地域医師会などから悲痛な声が医師会に届いていることを報告した。そして、医薬品の流通体制の問題点として「共同開発」「委受託製造」「1社流通」の3つの問題を上げた。 「共同開発」では、後発医薬品メーカーの開発コスト削減などメリットがある一方で、製造販売承認では開発各社が安定性試験などの資料をそろえ、申請をしなければならない煩雑さがある。「委受託製造」では、品質管理のばらつき、コスト削減による品質低下、緊急対応の難しさなどがあると指摘する。「1社流通」では、効率的な流通、コスト削減、品質管理の保持ができる一方で、従来からある医薬品供給の遅れ、価格の固定化、安定供給への懸念などさまざまな課題が提起されている。実際、日本保険薬局協会の調査でも「製薬企業・卸から理由の説明を受けたことがある薬局」は約7%で、丁寧な情報提供がないなど流通改善のガイドラインなどが順守されていないという。 終わりに宮川氏は、「医薬品に関連するさまざまな問題を説明した。今後、マスメディアにはこうした現状を理解してもらい、適切な報道をしていただきたい」と述べ、懇談会を終えた。

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