サイト内検索|page:3

検索結果 合計:77件 表示位置:41 - 60

41.

非日常の大阪【Dr. 中島の 新・徒然草】(279)

二百七十九の段 非日常の大阪皆さん御存じのとおり、先週末、6月28日(金)、29日(土)の2日間、大阪ではG20大阪サミットが開催されました。世界20ヵ国の首脳に加え、国際連合や国際通貨基金(IMF)の代表なども加わり、合計37の国と機関の参加です。要人警護のために、全国の警察から3万人ともいわれる応援があり、街中は警官だらけという異様な光景でした。せっかくなので、大阪で体験した非日常の1週間を振り返ってみましょう。 6月21日(金)1週間前というのに、すでにあちこちに赤色灯を回した警察車両が目立つようになりました。京都方面から名神高速で大阪に来た人によると、1車線はズラッと警察車両で占められていたとのことです。他府県からの応援の車だったのでしょう。病院では繰り返しアナウンスがありました。G20当日と前後合わせて4日間は、市内のあちこちで通行止めになるので、車の使用は極力避けましょう、という趣旨のものです。10メートルごとに検問が行われるとか、100メートル進むのに1時間はかかるとか、善悪よりも損得を優先する大阪人に車をあきらめさせるような噂も流れていました。 6月25日(火)夜、轟音をとどろかせて伊丹空港に大型機が降りてきた、とのことです。目撃した人の話によると、音が異様に大きく、ライトの位置がずいぶん高い飛行機だったとか。なんでもこの飛行機は米軍の大型輸送機C17で、大統領専用車両「ビースト」を降ろした後、離着陸の門限21時を無視して悠々と離陸していったのだそうです。 6月26日(水)G20開幕前々日。そろそろ各国の人たちが現地入りし始めるということで、赤色灯を回した警察車両が常時視界に入ってきます。たまたま乗ったタクシーの運転手によれば、市内の主要ホテル周辺の道路は、断続的に通行が規制されて通れたものじゃないとのことでした。G20の4日間は仕事にならないので、会社全体が休みになる予定だとか。 6月27日(木)いよいよG20前日、大阪の街がゴーストタウン化するのかと思いきや、普通に素人の車が走っていました。これはちょっとびっくりです。でもそれ以上に赤色灯の車だらけ! 視界には常時10台以上の警察車両が目に入ってきます。阪神高速道路の出入り口はすべて3~4台のパトカーで閉鎖され、要人が乗っていそうな車列だけが通されていました。 6月28日(金)いよいよG20当日。なんと、車で外来に病院にやってきた患者さんがいました! 「正月みたいに空いていましたわ」と大喜び。大阪市内の学校も休校になっているので、地下鉄も普段より空いていたということです。道路脇には警察車両だらけ、歩道も警官だらけ。そして大阪名物の路上駐車が一掃されています。たまに路駐している車があると思いきや、いかつい兄ちゃんたちが乗り込みました。覆面パトカーのようです。ときおり赤色灯を回しながら何台もの警察車両が隊列を組んでやってくるのは、まるで映画の一場面のようでした。これだけ警官の数が多いと、交通事故、酔っ払い、ケンカもほとんどなく、救急外来も平和そのものです。 6月29日(土)やはり、自分の目で道路状況を見なくては気持ちがおさまりません。本来なら休日ですが、病院の行事があったので車で出勤しました。確かに道はガラガラです。周囲を走っている車は、一見普通のセダンやバンであっても、すぐに警察車両とわかりました。というのは、他府県ナンバー、スモークの窓ガラス、そして制限速度順守で、誰がどうみても素人ではありません。尋常ではないオーラを感じるのか、ゆっくり走っていても煽る車は皆無です。病院に近づくにつれ道路上の車の数が増え、ついに谷町四丁目交差点の手前で前後左右、10台ほどの名古屋ナンバーと尾張小牧ナンバーに囲まれてしまいました。ほんとに1時間100メートルみたいなペースでしか進まなくなったので、裏道を抜けようとしましたが、あちこちに白い大型の伸縮フェンスがあって迂回の連続。このフェンスと大勢の警官、何台ものパトカーは、ふいに登場するのでびっくりさせられます。ようやく病院の駐車場に車を停めることができたので、ちょっと周囲を歩いてみました。大阪城周辺のいくつかの空き地には警察車両(大型人員輸送車)がびっしり駐車していましたが、簡易トイレも一緒に設置されているのには警察の苦労がしのばれました。そんなものものしい警戒の中でも事情を知らない、というか、空気を読まない外国人観光客がゾロゾロと大阪城公園に入って行きます。ま、非日常の中の日常といったところでしょうか。阪神高速道路は完全に封鎖されており、全く車が走っていません。ちょうどいい機会なので上から写真を撮ってみましたが、1台も車が走っていない高速道路は、まるでサーキットみたいな風景でした。もっぱら要人の移動に使われているようです。普段は混み過ぎて「阪神低速道路」などと悪口を言われていますが、空いてさえいれば大阪市内のどこでも瞬時に移動可能です。あとは要人の宿泊するホテルと最寄の出入り口の間の一般道だけ確保すればいいわけですから、この仕組みを考えた人はえらいですね! というわけで、大変な1週間が無事終了し、日常生活が戻ってきました。タクシーの運転手曰く、「もうこんな風景、生きている間に見られないでしょうねえ」私も同感です。最後に1句市民より 警官多けりゃ 事件なし

42.

患者の死への立ち合い方-医学部で教わらなかった大切なこと

 医師として働いている以上、何百回と患者の死に立ち合う。死は医療者にとっての日常だが、患者と家族には人生で数回しかない出来事だ。ある意味、死に慣れている医療者の悪気ない言動は、時に家族の悲しみを深めてしまうことがある。死に立ち合うとき、医療者は何に気を付ければよいのだろうか? 『地域の多職種で作る「死亡診断時の医師の立ち居振る舞い」についてのガイドブック』1)作成者の日下部 明彦氏(横浜市立大学 総合診療医学教室)に話を聞いた。-当直医の心ない振る舞いが、ガイドブック作成の原点 緩和ケア病棟で責任者をしていたとき、ある当直医の先生に対して、何人もの看護師や遺族から苦情を受けていました。 患者の死亡診断時にバタバタと入室して死亡時刻だけ告げて去っていくといった医師の振る舞いが、遺族を蔑ろにしているように感じられるというのです。医療スタッフの中には、そうした当直医の言動で、それまでに緩和ケアチームで行ってきたケアを台無しにされたと感じる人もいました。 態度を改めるよう注意しようと思っても、当直医の先生は私よりもはるかに年上です。年下の私から指摘されても反発されるだけだろうと悩みました。考えた末の結論が、研究や論文として形にすることです。医師同士で話すための説得力があると思い、アンケート調査とハンドブック作成に至りました。-医師が患者の死亡診断に向かうまでの望ましい振る舞いを時系列で例示 ガイドブックでは、医師が患者の死亡診断に向かうまでの準備から退出までの望ましい振る舞いを、時系列で例示しています。 患者のカルテを確認し、お名前をフルネームで覚える、病気の経過を把握する、身だしなみを整える、自分の名前を名乗る、経過・死因の説明を行う、携帯電話ではなく時計で死亡時刻を確認するといったことです。 これらは遺族・訪問看護師・在宅医へのアンケートから、遺族が重要だと感じた項目を基にしています。 ガイドブックは1つの参考として、ご家族や先生方の働いている環境に応じて、その場の空気感を大切にしてもらえたらと思います。-患者の死期を予測してチームに周知することが医師に求められる役割 ガイドブックは死亡診断時の振る舞いに特化していますが、医師にしかできないことがほかにあります。 それは患者の死期を予測することです。なぜなら、人生の最終段階の医療・ケアは予後予測に基づいて計画されるべきだからです。 予後数週間のがん患者に対して、輸液で延命効果は得られないというコンセンサスがあります2)。また、予後数日と考えられる老衰の患者への褥瘡処置は、治癒を目的としたものではないはずです。 予後予測のエビデンスとしては、がん、老衰、慢性疾患それぞれに経過が異なることが知られています。がんの場合は、急激にADLが低下し、そのまま回復を遂げることなく数ヵ月のうちに亡くなることが一般的です。ですから、がん患者の予後予測は比較的容易といえます。老衰では徐々にADLが衰えていきます。慢性疾患では、入院を要する急性増悪のたびに亡くなる可能性がありますが、入院加療で回復する場合とそうでない場合を事前に予測することは困難です3)。 Palliative Prognosis Score4)といった指標も有用です。身体活動や食事摂取状況などをスコアリングして、1ヵ月単位の中期的な余命を算出することができます。週単位の予測指標(Palliative Prognostic Index)もあります。これらを参考に日々の身体診察を行うことで、予後予測の能力は上がっていくものと考えます。 そして予後予測は、患者に関わる多職種チームに必ず共有してほしい。その情報が共有されてこそ、患者の余命に即した治療・ケアを行うことができるからです。 老衰や慢性疾患といった予測が難しい場合も、そのときの病状で可能な限りの予測を立て、病状が変わるたびに更新し、チームに周知することが医師に求められる役割だと思っています。-患者の死が予期できなかった場合に遺族の悲しみが長期化・深刻化 予後予測は、医療スタッフと共有するためだけに行うのではありません。残された時間を家族に伝えることも重要です。それも、わかりやすい言葉で。 はっきりと伝えることで家族を傷つけるのではないかと、心配される先生もおられるかもしれません。ですが、実際はその反対です。 がん患者の家族に予後1ヵ月程度と伝えたときに、「それならば、頑張って自宅で看取ります」と前向きな返答をもらうことはしばしばあります。 患者の死が予期できなかった場合、遺族の悲しみが長期化・深刻化して複雑性悲嘆となり、疾患に発展しやすいことが知られています。配慮をもって余命をお伝えすることは、亡くなるまでの時間をより有意義に過ごすため、そして遺族の今後のために医師にしかできない最善のサポートだと思います。-医師が患者の死期を告げるには遠回しな言葉では伝わらない 医師が家族に予測を伝えるときの言葉も重要です。私たちも人間ですから、患者の死期を告げるのは心苦しいものです。「何が起きてもおかしくありません」「急変の危険があります」といった遠回しな表現になってしまうのは致し方ないことだと思います。 ただ、こうした言い方では家族に伝わらないということをぜひ知ってほしい。 ではどういった言い方がよいのか。たとえば、「数日のうちにお亡くなりになると思います」「今夜あたりお別れになると思います」といった表現は一例です。亡くなる、お別れ、といった言葉を使うと伝わりやすくなります。 言い方以上に重要なのは、予後をお伝えする意図も併せてお話しすることだと思っています。医師が患者の死期をお伝えするのは、亡くなるまでの時間をより良く過ごせるように願っているからにほかなりません。そして、最期まで家族ができることも、ぜひ伝えてほしい大切な点です。 たとえば、患者の聴覚は最期まで残っています。好きな音楽をかけたり話し掛けたりすれば、患者が明確に反応できなくても伝わっている、というようなことです5)。 患者が亡くなるまでの間に家族ができることを伝えることで、一見つらいお話をする意図が伝わりやすくなると感じています。-患者の死を遺族が健全な形で受容し立ち直っていけるサポートが緩和ケア 死はとてもデリケートな場面ですが、どのように振る舞えばいいかを医学部で教わることはありませんでした。精いっぱいの医療を提供していても、振る舞い方を知らないばかりに医療者が遺族を傷つけてしまうというのは、双方にとって悲しいことです。 WHOの定義によると、緩和ケアには遺族の悲嘆ケアも含まれています。遺族が患者の死を健全な形で受容し立ち直っていけるよう、診断から患者の死後に至るまでのサポートが緩和ケアということです。 このスキームは現在の医学部教育にも組み込まれていて、遺族ケアの視点に根差した関わり方は、今後さらに求められていきます。 私は、治療のゴールは「遺族に良い医療を受けたと思ってもらえること」だと思うのです。そうでなければ、将来にわたって医療者が信頼されることはないのではないかと。死亡診断を行う医師は、たとえ当直医であっても、遺族から見れば医療チームの1人です。医療者を代表して、遺族に良い医療を受けたと思ってもらえる振る舞いをしていくことが、医療の継続につながると信じています。 日下部 明彦(くさかべ あきひこ)氏横浜市立大学 総合診療医学教室 准教授1996年、横浜市立大学医学部卒業。横浜甦生病院ホスピス病棟長(2007年)、みらい在宅クリニック副院長(2012年)を経て、2014年より現職。初期研修修了後、消化器内科、ホスピス、在宅医を経験し、各医療機関から見た緩和ケアや終末期医療の課題解決に取り組む。■関連コンテンツCareNeTV「死への立ち合い方‐死亡診断書の書き方から遺族への接し方まで」※視聴には有料の会員登録が必要です。

43.

左手(とリズムコントロール)は添えるだけ(解説:香坂俊氏)-1036

心房細動(AF)治療はカテーテルによる肺静脈焼灼術(いわゆるアブレーション)の登場により、多くのブレークスルーが起きているかのように見えるが、実をいうと「リズムコントロールで無理をしない」という軸はブレていない。このことはつい最近結果が発表され巷で話題となっているCABANA試験からも裏打ちされている(10ヵ国126施設が参加した非盲検無作為化試験:「症候性AFへのアブレーションの効果、CABANA試験で明らかに/JAMA」)。今回発表されたRACE-7試験の結果もこの「リズムコントロールで無理をしない」というコンセプトを急性期に拡張したものである(新規発症AFに対して除細動によるリズムコントロールを行うべきかランダム化によって検討:4週間後の洞調律維持率や心血管イベント発症率に有意な差を認めなかった)。(※)ちなみに、RACE-1試験[NEJM 2002]はAFに対してrate v. rhythm controlを比較し、RACE-2試験[NEJM 2010]はrate controlの中で 心拍数80/min以下(strict)v. 110/min以下(lenient)を比較した試験である(今回なぜ一気に「7」に飛んだかは不明)。このRACE試験の系譜でもそうなのであるが、今までAFでリズムコントロールがレートコントロールに予後改善という側面で勝ったことはない。現段階でリズムコントロール戦略は症状に応じて「添えるだけ」という捉え方でよいのではないかと自分は考えている。 現状のおおまかなAF治療方針: 1.血行動態が不安定なときは電気的除細動を考慮 2.それ以外はレートコントロール(lenientでよい) 3.長期的にはCHADS2-VAScに従って抗凝固薬を導入 4.AFの症状が日常生活に影響を及ぼすようであればリズムコントロール 5.その際は抗不整脈薬がダメなときに初めてアブレーション考慮

44.

レディ・プレーヤー1【なぜゲームをやめられないの?どうなるの?(ゲーム依存症)】

今回のキーワード多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲームeスポーツ「デジタルドラッグ」「ゲーム脳」「シンデレラ法」「スマホ育児」AI(人工知能)「ホモ・ルーデンス」(遊ぶ人)皆さんは、ゲームをしますか? またはお子さんがゲームをしますか? 今や、ゲームと言えば、多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム(MMORPG)です。これは、インターネット上のサーバーを介して、不特定多数の人が同じゲームの中で、数人のチーム(ギルド)をつくり、冒険、狩り、モンスター退治などをするものです。自分のプレイの分身(アバター)によって、ほかのプレーヤーと文字のやりとりや会話を行うこともできます。さらにこれからは、VR(仮想現実)ゴーグルによる、よりリアルな体験をするゲームが注目されています。最近では、ゲームをeスポーツと呼び、従来のスポーツ大会の種目の1つに入れようとする動きがあります。また、学校の部活動の1つとして、「eスポーツ部」を認めようとする動きもあります。これは、サークルや同好会ではなく、部活動としてゲーム関連の費用を学校が負担することを意味します。どうやらゲームは、今、世の中でますます広がりを見せています。ところで、そのゲームをやめられない、やめさせられないと困っている人はいませんか? または、そのようは相談を受けることはありませんか? なぜゲームをやめられないのでしょうか? やめられないとどうなるのでしょうか? そもそも、なぜゲームは「ある」のでしょうか? そして、どうすれば良いのでしょうか? これらの疑問を解き明かすために、今回は、2018年の映画「レディ・プレーヤー1」を取り上げます。この映画を通して、ゲームをする心理を脳科学的に、そして、その起源を進化心理学的に掘り下げ、ゲーム依存症の理解を深めましょう。そして、私たちの未来の生き方について、一緒に考えていきましょう。なぜゲームをやめられないの?ストーリーの舞台は、未来の西暦2045年。多くの人は、食べる、寝る、トイレに行く以外は、VR(仮想現実)ゴーグルを着けて、オアシスというネット上のVR(仮想現実)の世界で過ごしています。まさに「食う、寝る、遊ぶ」です。まずここから、このVRの世界を現在のゲームと照らし合わせながら、その3つの特徴を整理してみましょう。そして、「なぜゲームをやめられないの?」という問いへの答えを導きましょう。(1)何でもできる -達成感主人公のウェイドは、「今、現実は重くて暗い。みんな逃げ場を求めている」「(一方で)オアシスは、想像が現実になる世界。何でもできる」と言っています。現実の世界は、ゴミだらけで荒廃しており、彼はぱっとしない日常を送ります。一方、オアシスは、色鮮やかで華やかで、魅力的なキャラクターたちが次々と登場し、冒険、戦闘、自動車レースなどが、毎日繰り返されています。ウェイドは、パーシヴァルという名のアバターで、やりたいことをして、毎日生き生きとした時間を過ごしています。1つ目の特徴は、何でもできる、つまり達成感が得られることです。これは、現在のゲームにも通じています。そのからくりは、主に3つあります。1つ目は、時間とお金をかければ必ずうまくいくように作られていることです。お金をかけるとは、課金システムで強い武器などのアイテムを得て、地位を上げることです。2つ目は、繰り返しやればチャンスが増すように作られていることです。たとえば、「連続ログインボーナス」は、毎日必ずログインして一定期間が経つと、ボーナスがもらえる仕組みです。また、「1日1回だけのチャンス」は、1日1回だけ特級アイテムを得る「ガチャ」(抽選)のチャンスがもらえる仕組みです。逆に言えば、1日1回しかチャンスがないので、毎日必ずログインしてチャレンジするよう仕向けられていると言えます(機会損失の回避)。3つ目は、次から次へと新しい課題が出され、飽きないように作られていることです。これは、ゲームの設定が常にアップデートされるためです。つまり、従来のゲームのようなクリア(ゴール)という概念がなく、延々とやり続けることが可能になります。このように、ゲームをやめられなくなるのは、やればやるほど達成感が得られるからです。逆に言えば、現実の世界では、そう簡単に達成感は得られません。そのわけは、ゲームほど何でもできる状況がそもそもあまりないからです。(2)仲間がいる -連帯感オアシスで、パーシヴァル(ウェイド、以下略)は「エイチは、はっきり言って親友だ。現実の世界では会ったことないけど」と言い、エイチと過ごします。やがて、彼は、オアシスの後継者の権利を掛けた宝探しレースをする最中、ランキングで暫定1位になり、オアシスの住人全員から注目を集めて、人気者になります。そして最後に彼は、エイチたちと5人組の仲間となり、オアシスの共同運営者になります。2つ目の特徴は、仲間がいる、つまり連帯感が得られることです。これは、現在のゲームにも通じています。そのからくりは、主に3つあります。1つ目は、自分の居場所があるように作られていることです。これは、毎回プレイ中にチームのメンバーとコミュニケーションをすることで、仲良くなり、信頼され、つながっている感覚が得られることです(所属欲求)。2つ目は、自分の役割があるように作られていることです。これは、チームで協力することで、お互いに必要とされ、勇気や決断力が認められる感覚が得られることです(承認欲求)。3つ目は、自分の目指すものがあるように作られていることです。これは、チームで敵や宝などの分かりやすいターゲットに向かって突き進んで達成していくことです(自己実現欲求)。これは、ゲームの1つ目の特徴である達成感にもつながります。もはや、チームのメンバーは「戦友」で、ターゲットは「戦果」とも言えます。逆に言えば、自分がやめると、チームのメンバーに遅れをとってしまったり、迷惑をかけることになります。このように、ゲームをやめられなくなるのは、やればやるほど連帯感が得られるからです。逆に言えば、現実の世界は、そう簡単に連帯感は得られません。そのわけは、ゲームほど仲間でいることの理由が見いだせないことが多いからです。(3)気楽である -安全感パーシヴァルは、現実のウェイドと違って、ビジュアルが良く、おしゃれで、身体能力も高いです。もちろん、見た目だけでなく声を変える設定もできます。彼は、アルテミスという女性とデートをして、イケイケのダンスもします。彼は、彼女に「現実の世界で会いたい」「君に恋してる」と言うと、「私の顔はこんなんじゃない。がっかりするよ」と言われてしまいます。また、パーシヴァルは、ライバルのソレントと向き合った時、VRゴーグルを一時的に外して、動悸を隠します。また、オアシスでは、死ぬと所持金は0になりますが、リセットすれば生き返るようになっています。3つ目の特徴は、気楽である、つまり安全感です。これは、現在のゲームにも通じています。そのからくりは、主に3つあります。1つ目は、見せたくない自分を見せないように作られていることです。これは、顔などの見た目から相手にされないのではないかという不安がなくなります。2つ目は、見たくない相手やものを見ないように作られていることです。これは、気が合わない相手でもその場にいなければならないという義務感がなくなります。また、音や光などの感覚刺激は、調節したり遮断することができます。3つ目は、いつでも休めたりやり直しができるように作られていることです。これは、失敗すると取り返しが付かないという緊張感がなくなります。このように、ゲームをやめられなくなるのは、安全感が保たれているからです。逆に言えば、現実の世界は、そう簡単に安全感は保たれません。そのわけは、ゲームほど気楽なままで何かを達成する機会はあまりないからです。ゲームをやめられないとどうなるの? ―ゲーム依存症ウェイドと同居する叔母の恋人は、オアシス内の戦闘ゲームでアバターが死んでしまい、「(高性能の武器を使うために)全部つぎ込んだ。勝てるはずだった」と怒り狂います。同じように、ある幼児は、アバターが死んで、泣き叫びます。ある男性は、飛び降り自殺をしようとします。ある母親は、ゲームに夢中になり、家事や育児に手が付かなくなっています。ウェイドは、「みんな、全部オアシスにつぎ込んでるから、全部失ったら(ゲームに負けてアバターが死んだら)、そりゃ正気も失うよね」と説明します。このように、お金や時間などが奪われて日常生活に差し障るほどゲームがやめられなくなる、コントロールができない状態は、通称、ゲーム依存症と言います。精神医学的には、ゲーム障害(ICD-11)、インターネットゲーム障害(DSM-5研究枠)と呼ばれます。また、先ほどご紹介した「ガチャ」(抽選)によってアイテムを得る課金システムは、必ずしも欲しいアイテムが得られるわけではないので、つい「ガチャ」をやりすぎてお金をつぎ込んでしまうというギャンブル依存症の要素もあります。ここから、ゲーム依存症の特徴を3つに分けて、脳科学的に考えてみましょう。そして、「どうなるの?」という問いへの答えを導きましょう。(1)もっとやりたくなる -渇望先ほどご紹介した達成感や連帯感は、脳へのご褒美、つまり報酬です。とくに連帯感は、社会的報酬と言います。これらは、満足感、幸福感、わくわく感、胸のときめき、快感などと自覚され、ドパミンという脳内ホルモン(神経伝達物質)が大きく関わっています(報酬系)。たとえば、栄養価が高いものを食べると、ドパミンが刺激され、美味しいと感じます。それが、もう1回食べようという動機付けになります。まさに、「味を覚える」「味を占める」というわけです。ゲームは、このドパミンがより効率的に分泌し続けるように人工的に作られたものです。分かりやすく言えば、安楽なままで快感がすぐに得られてしまう覚醒剤に似ています。実際の論文では、脳画像検査(PET)によって、ゲームの開始前と50分後での脳内(線条体)のドパミンの放出量が2倍に増えていると報告されています。これは、覚醒剤(0.2mg/kg)の静脈注射に匹敵します。もちろん現実の世界でも、達成感や連帯感からドパミンがこのレベルに増えることはあります。ただし、その頻度はまれで、時間は一瞬からせいぜい数十分です。美味しいものも満腹になればそれ以上食べられません。それに対して、ゲームは、やっている時間すべてです。つまり、ゲームによるドパミン分泌は、そもそも覚醒剤と同じくらい刺激が強くて長続きするものであるということです。もはやゲームは、「デジタル・ドラッグ」とも言えるでしょう。すると、どうなるでしょうか?1つ目の特徴は、ゲームをもっとやりたくなります(渇望)。言い換えれば、脳がゲームの刺激をより欲してしまいます。そのメカニズムは、大きく3つあります。1つ目は、ゲームの刺激に鈍くなることです(耐性)。これは、ちょうど1回目の覚醒剤の摂取が一番快感で、その後に同じ快感を得るために量が増えていくことに似ています。その理由として、ドパミンを使いすぎて足りなくなっていることがあげられます。もう1つの理由としては、慢性的なドパミンの刺激によって、脳内のドパミンの受け皿(受容体)の数が減ってしまうことがあげられます(ダウンレギュレーション)。これは、過剰な刺激で神経細胞が消耗するのを防ぐため、その反応を抑えることでバランスを保つ生体の調節機能が自動的に働くからです(ホメオスタシス)。2つ目は、ゲームをしないといらいらすることです(離脱症状)。これは、ちょうどアルコール依存症の人が断酒後に手が震えて汗が出るなどのいわゆる禁断症状に似ています。その理由として、慢性的な刺激を受けていると、それがバランスのとれた通常の状態(ホメオスタシス)であると脳が誤認識してしまい、逆に刺激がなくなると脳が異常だと誤作動を起こしてしまうからです。3つ目は、ゲーム関連に敏感になることです(プライミング、キュー)。たとえば、それは、ゲームの宣伝を見ることから、パソコンやスマホの画面をただ見ること、そして自室の椅子にただ座ることなどです。これは、ちょうど覚醒剤依存症の人が注射器を見ただけで覚醒剤を打ちたくなったり、アルコール依存症の人がおつまみを見ただけでビールが飲みたくなったり、ギャンブル依存症の人がネオンサインを見ただけパチンコがしたくなることに似ています。その理由として、刺激を受け続けることで脳神経のネットワークが変わり(短絡回路)、頭の中はその報酬がすべてになってしまうからです(投射ニューロン)。言い換えれば、その刺激と結び付いた情報や体験がセットになって脳に記憶として刻まれることで、報酬が予測されやすくなるからです(報酬予測、条件反射)。ひと言で言えば、「ゲーム漬け」「ゲームに溺れる」ということです。逆に言えば、現実の世界の達成感や連帯感は、苦労しても少ししか得られないばかりか、脳がゲームだけでなく現実の生活の刺激にも鈍くなってしまうため、ますますバカらしくてどうでも良くなってしまいます。つまり、報酬系とは、その人の価値観であり、生き方を決めてしまうものです。まさに、ゲーム依存症になると、その人の生き方が変わってしまうと言えるでしょう。(2)頭が働かなくなる -認知機能障害ドパミンが慢性的に出すぎていると、興奮状態になった神経細胞がやがて消耗していき、死んでいきます(変性)。実際の論文では、脳画像検査(MRIのDTIやVBM)によって、ゲーム依存症の人の前頭葉などで、覚醒剤などの薬物依存症と同じように、神経ネットワークの統合性の低下や萎縮が認められていることが報告されています。すると、どうなるでしょうか?2つ目の特徴は、頭が働かなくなります(認知機能障害)。体が酷使されて弱るのと同じように、脳も酷使されて弱っている状態です。たとえば、衝動的でキレやすくなったり(眼窩前頭葉)、相手の気持ちに無関心で冷淡になったり(前帯状回)、無気力で無関心になります(外包)。これは、ちょうど同じくドパミンが慢性的に出すぎていることで引き起こされる統合失調症の陰性症状に似ています。かつて、根拠がないと批判され、「疑似科学」の烙印を押された「ゲーム脳」が、いまや現実の科学として認められたことになります。ウェイドは、「重くて暗い」現実から軽やかでまぶしいオアシスに逃げ場を求めていきました。しかし、実は、彼はオアシスでの強い刺激を受け続けていることで脳が消耗してしまい、現実が「重くて暗い」ようにますます見えてしまっているという解釈もできるでしょう。ここで、皆さんに考えていただきたいことがあります。それは、ゲームが、冒頭でもご紹介したeスポーツとしてスポーツ大会の種目の1つになったり、学校の部活動になるのは良いと言えるでしょうか? 答えは、ノーです。なぜなら、スポーツの理念(スポーツ基本法)の1つが健康になることであるという点で、ゲームは不健康になるリスクがあまりにも高いからです。もちろん、従来のスポーツもトレーニングをしすぎて体を壊すということはありえます。ただし、決定的な違いは、ゲームは刺激性や依存性があることです。そして、それによって「脳を壊す」おそれが著しく高いことです。そのゲームが従来のスポーツと並んでしまうと、あたかも健康的なイメージを子供にも植え付けてしまいます。ゲーム会社のマーケティング戦略に完全に取り込まれているように思われます。やはり、望ましいのは、ゲームは「eスポーツ」とは名乗らないこと、そしてゲームは「ゲーム大会」として従来のスポーツ大会とは区別し、別々に開催されることです。(3)気疲れしやすくなる -ストレス脆弱性先ほどご紹介した安全感が保たれることは、逆に言えば、ストレスフリーの時間が増えることになります。ストレスとは、相手からどう見られるか緊張したり、相手が何を考えているか察知し、状況により我慢するなど、周りの空気を読む意識的な労力です(社会脳)。また、外界で複雑に絡み合ってざわざわと揺らいでいる音や光などの感覚刺激の無意識的な情報処理です(デフォルトモードネットワーク)。すると、どうなるでしょうか?3つ目の特徴は、気疲れしやすくなります(ストレス脆弱性)。体を動かさないで鈍るのと同じように、頭も動かさないで鈍っている状態です。たとえば、人混みが耐えられなくなったり、初対面の相手に極度に緊張したり、雑談ができなくなったり、逆に、言われたことを過剰に気にするようになることです。これは、ちょうど同じく社会的参加のストレスを避けた「社会的ひきこもり」の精神状態に似ています。ウェイドは、オアシスで、アルテミスとイケイケのダンスをして体を密着させていたのに、現実の世界で会った時はキスするのをためらっていました。これは、もともと彼が奥手であったということに加えて、生身の人間と触れ合うことに緊張しやすくなっていたという解釈もできるでしょう。ゲーム依存症になりやすい人は? ―リスクそれでは、ゲーム依存症になりやすいのは、どんな人でしょうか? そういう人を特徴と状況に分けて、ゲーム依存症のリスクを考えてみましょう。(1)特徴特徴、つまり個人因子としては、主に2つあげられます。a.探究心が強いウェイドは、宝探しのヒントが、オアシスの開発者の言動にあるとひらめき、オアシスの博物館に何度も通い、探し求めます。1つ目の特徴は、探究心が強いことです(新奇性探求)。それを、ゲームが達成感として手軽に満たしてくれます。これは、ADHDとの関連が強いです。その特性としては、興味のあることに飛び付きます(衝動性)。一か八かの勝負事が好きで、スリルと興奮を追い求めます(衝動性)。ひらめきなどの発想の転換が早く、アイデアマンの素質もあります(多動性)。また、ADHDの気の早さ(衝動性)や気の多さ(多動性)と同時に見られる気の散りやすさ(不注意)が、ゲームをすることで改善し、一時的に注意力や集中力が高まることです。そもそもADHDは前頭葉のドパミンの働きが弱いです。そのため、ゲームをすることは、ADHD治療薬と同じようにドパミンの働きを活性化させます。ゲームが、あたかもADHDの自己治癒行動になっています。b.内気であるオアシスの開発者のハリデーは、「オアシスをつくったのは、現実世界はどうにも居心地が悪かったからなんだ」「周りの人たちと、どうつながっていいか分からなかった」「ずうっとびくびくしながら生きてきた」と言っています。現実のハリデーがおどおどしている一方で、オアシスでのアノラック(ハリデーのアバター名)は、堂々として威厳があります。2つ目の特徴は、内気であることです(回避性)。それを、ゲームが安心感として満たしてくれます。これは、社交不安、回避性パーソナリティ、そして自閉症スペクトラムとの関連が強いです。とくに自閉症スペクトラムの特性は、周りの空気を読むのが苦手であることです(社会的コミュニケーションの低さ)。これが、ゲームの中では目立たなくなります。そのわけは、コミュニケーションの目的や手段は、現実の世界では曖昧で複雑である一方、ゲームの中では明確で単純だからです。また、興味のあることには、のめり込みます(こだわり、過集中)。特性であるこだわりが生かされているとも言えます。さらに、自閉症スペクトラムの別のこだわりである音や光、肌触りへの敏感さ(感覚過敏)が、ゲームの環境では、調節・遮断することができるため、快適になることです。(2)状況状況、つまり環境因子としては、主に2つあげられます。a.居場所がないウェイドの両親は早くに病死しているため、ウェイドは叔母さんとその恋人の家に居候し、とても肩身の狭い思いをしています。1つ目の状況は、居場所がないことです(自尊心の低さ)。それを、ゲームが連帯感として満たしてくれます。これは、反応性愛着障害や境界性パーソナリティとの関連が強いです。自分を大切にしてくれるつながり(愛着対象)がないため、それを極度に欲してしまいます。また、自尊心の低さは、社交不安や回避性パーソナリティの根っこにもなっています。b.ストレスがたまっているウェイドは、叔母の恋人から暴力を振るわれ、叔母さんからは「あんたも出ていきな」と言われ、家出してから3日間、ゲーム漬けになっています。2つ目の状況は、ストレスがたまっていることです(ストレス負荷)。それを、ゲームが達成感、連帯感、安心感のある逃げ場として満たしてくれます。これは、適応障害やPTSDなどのストレス障害との関連が強いです。最近の研究では、トラウマなどのストレス体験を脳に記憶させることをある程度阻害するために、その体験から6時間以内にコンピューターゲームのテトリスをやり続ける予防策が提唱されています。まさにストレス解消法です。ゲームが、あたかもストレス障害の予防行動になっています。なぜゲームは「ある」の?そもそも、なぜゲームは「ある」のでしょうか? ここから、ゲームの起源を進化心理学的に考えてみましょう。そして、ゲームの三大要素に重ねてみましょう。(1)コミュニケーションをするため -相手約2億年前に哺乳類が誕生し、生まれてからより多くの記憶を学習する脳を進化させました。たとえば、ネズミは、相手のネズミと上になったり下になったりするじゃれ合いをします(プレイ・ファイティング)。また、犬は、相手の犬に頭を下げてお尻を上げて尻尾を振るあいさつ遊びをします(プレイ・バウ)。それらは、人間の1歳児から好まれる、体が触れ合うじゃれ合いや「グーチョキパーでなにつくろう」「てをたたきましょう」などの手遊びに通じます。ゲームの起源の1つ目は、コミュニケーションです。相手との相互作用によって、身体感覚を発達させ、あいさつをはじめとするコミュニケーションを学習するようになったと考えられます。ゲームの三大要素の1つに重ね合わせると、コミュニケーションとして相手がいることです。相手とは、ゲームでいう対戦相手、競争相手、つまり敵に当たります。さらには、チームメイト、協力関係の相手、つまり味方も当てはまります。(2)トレーニングをするため -ルール約700万年前に人類が誕生し、約300~400万年前に相手の気持ちをくむ脳を進化させました(社会脳)。それは、2歳児から好まれる「おままごと」などのふり遊び、見立て遊び、ごっこ遊びに当たります。そして、約10~20万年前に喉の構造を進化させ、言葉を話すようになり、抽象的な思考ができるようになりました。それは、現代の4歳児から好まれる「鬼ごっこ」「カード遊び」などのルール遊びに通じます。ゲームの起源の2つ目は、トレーニングです。ルール遊びを理解することを通して、社会生活のルールの学習をトレーニングとして積み重ねるようになったと考えられます。ゲームの三大要素の1つに重ね合わせると、トレーニングとしてルールがあることです。ルールとは、ゲームでいう武器を揃えることや戦略に当たります。(3)シミュレーションをするため -勝ち負け約1万数千年前に農業革命が起こり、人間は、食料という富を蓄積し、定住するようになりました。すると、部族同士の縄張り争いや略奪、つまり戦争が頻発するようになりました。また、食料の取り置きが可能になったため、時間の余裕ができるようになりました。その暇つぶしや娯楽として、戦いのまねごと、シミュレーションをするようになったでしょう。それは、現代の大人からも好まれるスポーツなどの競技に通じます。ゲームの起源の3つ目は、シミュレーションです。競技で勝ち負けの結果を重視することを通して、実際の社会生活をうまく切り抜けるシミュレーションの能力を発達させるようになったと考えられます。ゲームの三大要素の1つに重ね合わせると、シミュレーションとして勝ち負けがあることです。勝ち負けとは、ゲームでいう得点、生死、結果に当たります。このように、ゲームが「ある」のは、コミュニケーション、トレーニング、そしてシミュレーションをして、生存や生殖に有利になる手段として発達したからと言えます。人類は、「ホモサピエンス」(賢い人)と呼ばれますが、それだけでなく、「ホモ・ルーデンス」(遊ぶ人)とも呼ばれています。これは、遊びという現実から離れた想像力を持つ人類という意味です。ただし、その想像力の賜物(たまもの)であるゲームが、これからの技術革新によって、生活を支える手段を超えて、生活(人生)のすべて、つまり目的そのものになってしまう時代に来ています。どうすれば良いの?それでは、そんな生活と結び付きを強めるゲームの特徴を踏まえて、ゲーム依存症にどうすれば良いのでしょうか? その対策を主に3つ挙げてみましょう。(1)オフラインの時間を設ける ―ゲームの制限ウェイドは、オアシスの運営者となり、新しい取り組みを進めます。彼は、「3つ目の変更はいまいちウケなかったけど、火曜日と木曜日はオアシスを休みにしたんだ。」「人には現実で過ごす時間も必要だよ」と言っています。1つ目の対策は、オフラインの時間を設ける、つまりゲームの制限です。たとえば、韓国では、オンラインゲームをするためのIDが必要で、ユーザーが16歳未満の場合は、0時から6時までオフラインになるシャットダウン制が設けられています(「シンデレラ法」)。個人だけでなく、家族や社会としての取り組みも重要になるでしょう。たとえば、家族全員でオフラインにする時間帯を設定するなど家族の一体感も利用できます。また、オフラインによる制限の程度は、アルコール依存症や薬物依存症などの物質の依存症と、過食嘔吐(摂食障害)や抜毛症や自傷行為(境界性パーソナリティ)などの行動の依存症の中間であると考えることができます。もちろん、ゲームをアルコールや薬物のように完全に断つ制限ができれば一番良いです。たとえば、それは、ゲームのメインアカウントを消去すること、刺激(キュー)となる通知も来ないようにすることです。しかし、ゲームは、デジタル機器との結び付きが強く、食べること、毛を抜くこと、リストカットをすることと同じくらい身近に溢れ手軽にできてしまう行動です。そのため、まず日常生活に差し障らない上限のお金や時間を決めて制限するのが現実的でしょう(ハームリダクション)。(2)現実の世界で社会生活をする ―「リアル」な体験ウェイドは、現実の世界で、サマンサ(アルテミスの実名)に「ここってゆっくりだね。風も人も」と言います。サマンサの住まいは自然の緑に囲まれており、オアシスの無機的な世界とのギャップに気付かされ、見ている私たちもほっとします。ラストシーンで、オアシスの開発者のハリデーはウェイドに「ようやく分かったんだよ。確かに現実はつらいし、苦しいし」「でも、唯一、現実の世界でしか、うまい飯は食えないってな。なぜなら、現実だけがリアルだから」と言っています。2つ目の対策は、現実の世界で社会生活をする、つまり「リアル」な体験です。つまり、ただゲームをしなければ良いというわけではなく、もともと人間に必要な社会生活を十分にすることです。なぜなら、私たちの脳は、原始の時代から大きく変わってはいないからです。そのために、ゲーム以外の、たとえば、相手に直接会ったり、スポーツをするなど、ゲームの代わりになる達成感や連帯感をあえて見いだし、安心感のない適度なストレスをあえて味わうことです。(3)子供に予防する ー低年齢化の予防ハリデーの子供時代、テレビゲームばかりしている様子が当たり前のように映し出されます。3つ目は、子供に予防する、つまり低年齢化の予防です。たとえば、使用時間帯と使用時間制限を書面にするなど、親子でルール作りをする取り組みです(ペアレンタル・コントロール)。フィルタリング機能やタイマー機能を駆使することもできます。同時に、先ほど触れたように、ほかの「リアル」な体験を一緒にすることです。学校や病院などの理解者、第三者を介入させるのも一案です。子供の予防対策が重要な理由は、ゲームの開始年齢が早いほど、ゲーム依存症の発症リスクが上がることが分かっているからです。子供の脳は、大人よりも刺激に敏感で、影響を受けやすいです(可塑性)。そして、影響を受けたら、大人よりも回復しにくいです。だからこそ、より刺激(嗜癖性)の強い、アルコールとタバコは20歳から、パチンコやポルノは18歳からと法律的に制限されています。ちなみに、スマートフォンのアプリでぐずる乳児をあやす、いわゆる「スマホ育児」は、どうでしょうか? とても危ういです。なぜなら、乳児には刺激が強すぎるからです。実際に、日本小児科医会からは「スマホに子守りをさせないで!」というポスターが出され、問題の提言がされています。現時点で、子供へのスマートフォンは制限されていないので、実質0歳から見せることができます。タバコは、麻薬へのゲートウェイ・ドラッグと言われます。「スマホ育児」は、ゲーム依存症への「ゲートウェイ・デジタルドラッグ」と言えるかもしれないです。よって、子供に早くからその「味」を覚えさせない取り組みが重要になります。そういう意味では、今後の社会的な取り組みとしては、刺激の強いゲームの宣伝を規制することになるでしょう。これは、ゲーム依存症の特徴でも触れたように、子供をなるべくゲームの刺激にさらさないことです。海外で映画の喫煙シーンがR指定になっているように、手がかり刺激(キュー)への反応性を高めなくするためです。私達の未来の生き方は? ―「幻」か「リアル」かパーシヴァルが「オアシスでは、結婚もできるし、離婚もできる」と説明するシーンがあります。その後、「オアシスで現実の世界で見つけられないものをやっと見つけた。生きがいとか。友達とか。愛も見つけた」とオアシスの住人に高らかに語るシーンもあります。彼はオアシスで大まじめで苦労もしています。自分は頼りにされていると実感もしています。オアシスで生きることが、人生そのものになっています。ストーリーの中では、現実の世界とうまくつながり、ハッピーエンドになりました。しかし、もしその達成感や連帯感、そして苦労さえもが、AI(人口知能)によって本人に都合良く作られたものだったらどうでしょうか?その答えに近いことをアルテミス(サマンサ)が答えています。彼女は、パーシヴァルに「あんたが見てるのは、私が見せたいと思ってる私」「私の夢に恋してるの」「あんたはリアルの世界に生きてない」「あんたが生きてるのは幻の中」と言い放っています。サマンサの父親は、課金による借金で強制労働をさせられて、現実の世界で死んでいました。彼女は、その敵討ちのためにオアシスの宝探しレースに参加していたのでした。彼女は、実は駆け引きに長けた現実主義者なのでした。ゲームと現実の世界の決定的な違いは、「幻」か「リアル」かです。「リアル」とは、単に食べ物が美味しい、セックスが気持ち良いだけでなく、仕事や人間関係がうまくいかないで逃げ出したくなる生々しい苦しさや葛藤も含まれます。そして、その「リアル」な苦労があるからこそ、些細な喜びにも意味を見いだせます。そして、苦労するからこその「リアル」な人間的成長があります。たとえば、山頂まで自分で登るのと、VRゴーグルを着けて空を飛んで登った気分になるのとでは、山頂に立つ喜びの「味」やそれを感じる「舌」の感度がまったく変わってくるということです。現在のゲームでも、時間とお金をかければ、自分に都合の良い理想の親友、パートナー、そして子供をつくることができます。それは、ユーザーが満足することを最優先にした「友情ごっこ」「恋愛ごっこ」「子育てごっこ」というコンテンツです。そこに、「リアル」な苦労はありません。その「幻」をどこまで生活(人生)の一部にするかです。つまり、「幻」をどこまで「リアル」の代わりとして望むかということです。私たちの未来の生き方が問われてきます。その生き方を見極めるために、3つの価値観を考えてみましょう。(1)「こうでなければならない」1つ目は、「こうでなければならない」という価値観です。これは、これまでの社会の価値観です。その社会構造としては、貧富の格差がありました。これは、約1万数千年前の農業革命によって生まれ、200年前の産業革命によって広がりました。その社会を生き残る個人の価値観としても、たとえば「親や先生の言うことを聞かなければならない」「友達と仲良くしなければならない」「勉強しなければならない」「仕事をしなければならない」「出世しなければならない」「結婚して子供を生まなければならない」「子育てをしなければならない」「子供を良い学校に行かせなければならない」「親の介護をしなければならない」という義務感がありました。そこには、親をはじめとする社会の同調圧力が個人に対して機能していました。同時に、その価値観に従ってさえいればうまくいくので、個人としても、あまり深く考えなくても良かったのでした。良く言えば、受け身で生きていれば良かった時代でした。(2)「どうであっても良い」ところが、時代が変わりつつあります。20世紀後半の情報革命により、社会よりも個人に重きがますます置かれるようになりました。「かけがえのない自分」「特別な存在」という自意識を根っこに、忍耐や自己犠牲よりも、個性や自己実現が尊ばれるようになりました。このような多様化した社会では、もはや「こうでなければならない」という価値観は通じにくくなります。そして、AI(人口知能)の登場です。貧富の格差を生み出す「面倒な仕事」がすべてAI化されたら、社会はどうなるでしょうか?2つ目は、「どうであっても良い」という価値観です。これは、これからの社会の価値観になるでしょう。2040年頃に「シンギュラリティ(技術的特異点)」というAIが人間の知能を超える転換点を迎えると言われています。その頃には、「生活革命」が起きるでしょう。それは、人間が何もしなくても生活(人生)が送れることです。ストーリーの設定である2045年のオアシスのように、「食う、寝る、遊ぶ(VRの世界で過ごす)」という生活が現実になるでしょう。この点で、現代の「ひきこもり」は、未来の生活を先駆けていると言えるかもしれません。彼らがますます増えているのも、彼らこそが時代の最先端だからとも言えるかもしれません。(3)「こうありたい」ただし、果たしてその生活は自分が望んでいるものでしょうか? 仕事をしないで遊んで暮らせているから、得しているようにも見えます。しかし、実はその分、何かを失って損しているかもしれないです。その生活は、安楽かもしれませんが、退屈で楽しくないかもしれません。なぜなら、やはり「リアル」な苦労をしていないからです。たとえば、それは、「友達とけんかする」「第一志望の学校に落ちる」「がんばっても仕事がうまく行かない」「交際相手から振られる」「夫婦喧嘩をする」「子供の夜泣きで眠れない」「子供が反抗期になる」「親が認知症になる」などの生々しい人生経験です。これらの「リアル」な苦労をしてこそ得られる人間的成長やそれを乗り越えた時の喜びがあります。なぜなら、先ほどにも触れましたか、私たちの脳は、ほとんど原始の時代のままだからです。原始の時代の環境と同じく、苦労することもセットであってこそ脳は恒常性(ホメオスタシス)を保つからです。ちょうど飽食の現代だからと言って食べ過ぎたりお酒を飲み過ぎたりすると、また便利な時代だからと言って運動不足になると不健康になるのと同じです。AIの時代だからと言って、ストレスフリー、つまり「ストレス不足」になると、不健康になるとも言えるでしょう。それでは、ストレスフルながらも人間的成長やその喜びを得るための価値観とは何でしょうか?3つ目は、「こうありたい」という価値観です。たとえば、けんかしながらも相手の気持ちに思いをはせることで、相手のことをより深く理解できるようになります。雑務を含め自分が最初から最後までかかわった仕事だからこそ思い入れや、やりがいを感じます。腹を立てながらも粘り強く子供の面倒を見ることで子供への愛情が深まり、そして子供からの愛着も深まります。逆に言えば、AIを相手にしていたら、「リアル」なコミュ力は高まりません。AIに仕事を任せたら、仕事をこなす能力も思い入れも高まりません。AIに子育てを任せたら、子供が懐くのはAIであり、自分ではなくなるかもしれません。つまり、自分が納得して「こうありたい」と主体的に思う気持ちが重要になっていきます。そして、その程度は、人それぞれになっていくでしょう。それは、未来の社会構造を大きく揺るがす、文化の較差と言えます。進化心理学的に言えば、受け身なままで安楽に生きれば、遺伝子(ジーン)も文化(ミーム)も残せません。残す人が、その先の未来をつくります。つまり、何をしたいか、何を与えたいか、そして何を残したいかは自分次第であることをますます問われる時代になってきました。そして、どういう自分になりたいか、どういう生き方を子供(次の世代)に伝えたいか、そしてどういう社会をつくっていきたいかを考えさせられます。「レディプレーヤー1」とは?「レディプレーヤー1」とは、初期のテレビゲームの最初に表示される「プレーヤー1、準備を」という意味です。原作者の思い入れからタイトルとされました。これを先ほどの3つの生き方に重ね合わせると、かつて人生はプレーヤーの1人としてクリアすべきという価値観がありました。つまり、人生は苦労しなければならないという考え方です。今や、人生はプレーヤー1(主役)として好きに生きていける価値観が広がりつつあります。これは、人生は苦労しなくても良いという考え方です。そして、その先は、「リアル」な人生のプレーヤー1(主役)としての「レディ」(心構え)をより意識する価値観が生き残ると言えるでしょう。つまり、人生は苦労したいという考え方です。この映画から、「リアル」な人生という苦労する「ゲーム」を通して、今、その瞬間の苦労をあえて買って出る、その苦労に意味付けをすることの大切さに気付くことができるのではないでしょうか? そして、「幻」への受け身ではなく、「リアル」への働きかけの大切さをより学ぶことができるのではないでしょうか?■関連記事(外部サイト含む)2019年サンプルスライド「嗜癖性障害」「カイジ」と「アカギ」(前編)【ギャンブル依存症とギャンブル脳】酔いがさめたら、うちに帰ろう。(前編)【アルコール依存症】酔いがさめたら、うちに帰ろう。(後編)【アルコール依存症】だめんず・うぉ~か~【共依存】1)スマホゲーム依存症:樋口進、内外出版社、20182)インターネット・ゲーム依存症:岡田尊司、文春新書、20153)進化発達心理学―ヒトの本性の起源:D.F.ビョークランドほか、新曜社、2008

45.

原発性硬化性胆管炎〔primary sclerosing cholangitis〕

1 疾患概要■ 概念・定義原発性硬化性胆管炎(primary sclerosing cholangitis:PSC)は、小胆管周囲にonion-skin様の結合織に囲まれる炎症により特徴付けられる肝の慢性炎症である。結合織の増加により胆管は狭窄、閉塞を起こし、胆汁うっ滞を来し、閉塞性黄疸となり、最終的には肝硬変、肝不全に進展する。PSCの発症・進展には、自己免疫機序が深く関わることが推定されているものの、血清学的に特異的な免疫指標は残念ながら同定されておらず、病因は現在も不明である。■ 疫学2012年の全国疫学調査によると、国内症例数は2,300名前後、人口10万人当たりの有病率は0.95程度と推測されている。しかし、欧米諸国で近年発症率の増加が報告されていること、画像検査の進歩により診断率が向上していることにより、実際の患者数はもう少し多いことが推察される。患者は、男性にやや多く、20代と60代の二峰性を示す。わが国では肝内・肝外胆管両者の罹患症例が多く、潰瘍性大腸炎の罹患合併が34%で、とくに若年者に高率である。また、胆管がんの合併を7.3%に認めている。■ 病因PSCには炎症性腸疾患との関連が認められており、欧米ではPSC患者の80%で合併がみられるが、わが国ではその頻度は低く、とくに高齢者では合併例は少ない。潰瘍性大腸炎患者の約5%とクローン病患者の約1%がPSCを発症する。こうした関連性といくつかの自己抗体(例:抗平滑筋抗体、核周囲型抗好中球抗体[pANCA])の存在から、免疫を介した発生機序が示唆されている。T細胞が胆管の破壊に関与するとみられることから、細胞性免疫の障害が示唆されている。家系内で集積傾向がみられ、自己免疫疾患との相関もしばしば報告され、HLAB8およびHLADR3を有する人々での頻度がより高いことから、遺伝的素因の存在が示唆されている。遺伝的素因のある人々では、おそらく原因不明の誘因(例:細菌感染、虚血性の胆管傷害など)によってPSCが引き起こされると考えられている。■ 症候病初期には無症状で、偶然の機会に胆道系酵素の上昇などで発見されることもある。発症は通常潜行性で、進行性の疲労や掻痒感が認められる場合が多い。約10~15%の症例では、右上腹部痛と発熱を認める。診断時の症状についての全国アンケート調査では、黄疸28%、掻痒感16%が認められるとの報告がある。病態が進行すれば、脂肪便、脂溶性ビタミン欠乏を来す場合があり、持続性の黄疸により病態は進行し、肝硬変の症状を呈する。約75%の症例で症状を伴う胆石や総胆管結石症を伴うことが報告されている。なお、一部の症例では晩期まで無症状のまま経過し、肝脾腫、肝硬変の状態で診断される場合もあるが、本疾患は緩徐ながら確実に進行し、末期には非代償期肝硬変に至る。診断から肝不全に至るまでの期間は、約12年とされている。なお、合併が多い炎症性腸疾患とは独立した経過をたどり、潰瘍性大腸炎はPSCに数年遅れて発現するケースがあり、合併が認められた場合、潰瘍性大腸炎は比較的軽症の経過をとる傾向があるとされている。結腸全摘術を施行された場合でも、PSCの経過には変化がないことが報告されている。そのほか、PSCと炎症性腸疾患両者が存在すると大腸がんのリスクが上昇し、このリスクはPSCに対して肝移植を施行しても変わらないことが報告されている。■ 予後わが国の全国調査によれば、肝移植なしの5年生存率は75%とされている。肝移植症例では、とくに近親者からの移植症例で再発が高頻度であるとの報告がある。早期症例では、肝硬変に至るまでの期間は15~20年とされているが、8~10%の症例では胆管がんの合併があるので注意が必要である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)確定診断に至る臨床的特異的マーカーは存在せず、また、肝生検でも確定診断は困難である。診断は、肝内外胆管病変の画像診断によるが、類似の画像所見を示す疾患、とくに自己免疫性膵炎(AIP)に伴う胆管炎との鑑別が重要である。診断に当たっては、以下の臨床像に十分留意する。(1)胆汁うっ滞に基づく腹痛、発熱、黄疸などの症状、(2)炎症性腸疾患、とくに潰瘍性大腸炎の存在、(3)6ヵ月以上持続する胆道系酵素、AlPの正常上限2~3倍以上の持続上昇。 また、画像所見や超音波検査では、(1)散在する胆管内腔の狭窄と拡張、(2)散在する胆管壁肥厚に留意が必要となる。そして、内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)では(1)肝内外胆管の散在する輪状、膜状、帯状狭窄および憩室様突出、数珠状狭窄、(2)肝内外胆管の毛羽立ち、刷子縁様の不整像、(3)肝内胆管分枝像の減少、(4)肝外胆管狭窄に符合しない肝内胆管拡張、などの特徴的所見が認められ、ERCP施行によりこれら所見はより明確になる(図1、2)。(図1、2入る)画像を拡大する画像を拡大するなお、診断確定に当たっては、以下の(1)~(9)の疾患の除外が重要であり、IgG4関連硬化性胆管炎の鑑別も重要である(下に挙げた厚生労働省研究班の診断基準を参照)。(1)IgG4関連硬化性胆管炎、(2)胆道感染症による胆管炎、(3)胆道悪性腫瘍、(4)胆管結石、(5)腐食性硬化性胆管炎、(6)先天性胆道異常、(7)虚血性胆管狭窄、(8)胆道外科手術後状態、(9)floxuridine動注による胆管障害。病変の広がりにより、1)肝内型、2)肝外型、3)肝内外型に分類される。2016年原発性硬化性胆管炎診断基準厚生労働省難治性肝・胆道疾患に関する調査研究班(滝川班)【原発性硬化性胆管炎の疾患概念】原発性硬化性胆管炎は病理学的に慢性炎症と線維化を特徴とする慢性の胆汁うっ滞を来す疾患であり、進行すると肝内外の胆管にびまん性の狭窄と壁肥厚が出現する。病因は不明である。胆管上皮に強い炎症が惹起され、胆管上皮障害が生ずる。診断においてはIgG4関連硬化性胆管炎*、発症の原因が明らかな2次性の硬化性胆管炎**、悪性腫瘍を除外することが重要である。わが国における原発性硬化性胆管炎の診断時年齢分布は2峰性を呈し、若年層では高率に炎症性腸疾患を合併する。持続する胆汁うっ滞の結果、肝硬変、肝不全に至ることがある。有効性が確認された治療薬はなく、肝移植が唯一の根治療法である。【原発性硬化性胆管炎の診断基準】IgG4関連硬化性胆管炎*、発症の原因が明らかな2次性の硬化性胆管炎**、胆管がんなどの悪性腫瘍を除外することが必要である。A.診断項目I.大項目A. 胆管像1)原発性硬化性胆管炎に特徴的な胆管像の所見を認める。2)原発性硬化性胆管炎に特徴的な胆管像の所見を認めない。B. アルカリフォスファターゼ値の上昇II.小項目a. 炎症性腸疾患の合併b. 肝組織像(線維性胆管炎/onion skin lesion)B.診断上記による確診・準確診のみを原発性硬化性胆管炎として取り扱う。*IgG4関連硬化性胆管炎は、“Clinical diagnostic criteria of IgG4-related sclerosing cholangitis 2012”(Ohara H,et al. J Hepatobiliary Pancreat Sci. 2012;19:536-542.)により診断する。**2次性硬化性胆管炎は以下の通りである(Nakazawa T, et al. World J Gastroenterol. 2013;19:7661-7670.)。先天性カロリ病Cystic fibrosis慢性閉塞性総胆管結石胆管狭窄(外科手術時の損傷によるもの、慢性膵炎によるもの)Mirizzi症候群肝移植後の吻合狭窄腫瘍(良性、悪性、転移性)感染性細菌性胆管炎再発性化膿性胆管炎寄生虫感染(cryptosporidiosis、microsporidiosis)サイトメガロウイルス感染中毒性アルコールホルムアルデヒド高張生理食塩水の胆管内誤注入免疫異常好酸球性胆管炎AIDSに伴うもの虚血性血管損傷外傷後性硬化性胆管炎肝移植後肝動脈塞栓肝移植後の拒絶反応(急性、慢性)肝動脈抗がん剤動注に関連するもの経カテーテル肝動脈塞栓術浸潤性病変全身性血管炎アミロイドーシスサルコイドーシス全身性肥満細胞症好酸球増加症候群Hodgkin病黄色肉芽腫性胆管炎通常、肝生検は診断に必須ではないが、施行した場合には、胆管増生、胆管周囲の線維化、炎症、および胆管の消失が認められる。疾患が進行するにつれて、胆管周囲の線維化が門脈域から拡大していき、最終的には続発性胆汁性肝硬変に至る。なお、小児症例では、自己免疫性肝炎との鑑別が困難な症例が多数存在することに、注意が必要である。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)確立された治療法は現在なく、進行した場合は、肝移植が唯一の治療法となる。通常、無症状の患者はモニタリング(身体診察と肝機能検査を年2回など)のみで経過観察する。ウルソデオキシコール酸(商品名:ウルソ[5mg/kg、1日3回、経口、最大15mg/kg/日])は、掻痒を緩和し、生化学マーカー値を改善し、現在第1選択薬となっており、2012年の全国調査でも81%の症例で投与されているが、残念ながら、生存率は改善できない。脂質異常症の治療薬であるベザフィブラート(同:ベザトール)のPSCに対する有効性も報告されているが、報告では胆道系酵素の改善のみで、組織学的な改善や画像診断上の改善を促すものではないが、ウルソデオキシコール酸治療で十分な効果が得られなかった症例でも一定の改善効果がある点が注目されている。慢性胆汁うっ滞および肝硬変に至った場合には、支持療法が必要である。細菌性胆管炎の発症時には、抗菌薬が必要であり、必要に応じて治療的ERCPも施行する。単一の狭窄が閉塞の主な原因と考えられる場合(優位な狭窄、約20%の患者にみられる)は、ERCPによる拡張術(腫瘍の確認のための擦過細胞診も行う)とステント留置術により症状を緩和することができる。PSC患者では、肝移植が期待余命を延長する唯一の治療法であり、治癒も可能である。繰り返す細菌性胆管炎または肝疾患末期の合併症(例:難治性腹水、門脈大循環性脳症、食道静脈瘤出血)には、肝移植が妥当な適応である。脳死肝移植が少ない本邦では生体肝移植が主に行われているが、生体肝移植後PSCの再発率が高い可能性が、わが国から報告されている。4 今後の展望診断に有用な臨床マーカーの確立、病態の解明とそれに基づいた治療法の確立が大きな課題である。5 主たる診療科消化器科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 原発性硬化性胆管炎(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)Nakazawa T, et al. J Gastroenterol. 2017;52:838-844.2)Chapman R,et al. Hepatology. 2010;51:660-678.公開履歴初回2019年4月9日

46.

副作用の強い分子標的薬の開始用量は?【忙しい医師のための肺がんササッと解説】第6回

第6回 副作用の強い分子標的薬の開始用量は?1)Cho BC, et al. Efficacy and Safety of Ceritinib (450 mg/day or 600 mg/day) With Food vs 750 mg/day Fasted in Patients With ALK-Positive NSCLC: Primary Efficacy Results From ASCEND-8 Study. J Thorac Oncol. 2019 Mar 6. [Epub ahead of print]2)Cho BC, et al. ASCEND-8: A Randomized Phase 1 Study of Ceritinib, 450 mg or 600 mg, Taken with a Low-Fat Meal versus 750 mg in Fasted State in Patients with Anaplastic Lymphoma Kinase (ALK)-Rearranged Metastatic Non-Small Cell Lung Cancer (NSCLC). J Thorac Oncol. 2017;12:1357-1367.EGFR・ALK陽性例など、1つのドライバー変異に対して複数の分子標的治療薬が承認されている状況は珍しくなくなりつつある。選択肢が広がった一方で、なかには有害事象が思ったより強い薬剤も散見される。支持療法の強化でマネジメントできれば言うことないのだが、それでも減量を強いられる症例は少なくない。ましてや事前に有害事象のデータがわかっていれば、なおさら最初から減量して開始したほうがよいのでは、という考えが生じるが、これまで成功例は少なかった。ALK阻害剤であるセリチニブは消化器毒性の発現が多く、当初の開始量では約8割が用量調整を要する薬剤として知られている(Soria JC, et al. Lancet. 2017;389:917-929.)。今回、セリチニブの投与法を工夫することで、減量しても同等の有効性・毒性の軽減を示すことに成功した臨床試験を紹介する。ASCEND-8試験は前向き・非盲検の3群試験。残念ながら日本は参加していないが、韓国・台湾などのアジア人患者が参加している。本試験は3群試験であり、従来の開始量である750mg/日・空腹時群に対して450mg/日・食後群、600mg/日・食後群が設定された。この試験の重要なポイントとして、PK解析が行われている点が挙げられる。2017年のJournal of Thoracic Oncology(JTO)誌に137例を対象にしたpart Iの結果が報告されているが、450mg/日・食後群のPKは750mg/日・空腹時群と同等で、消化器毒性が少ない可能性が示唆されていた。今回報告されたのは306例まで患者数を増して行ったpart 2の結果で、有効性・安全性を中心とした結果となっている(注:有効性は198例の未治療例に限ったデータ)。ORRは750mg/日・空腹時群:75.7%に対して、450mg/日・600mg/日の食後群では78.1%、72.5%であった。PFS中央値は750mg/日・空腹時群:12.2ヵ月に対して、450mg/日および600mg/日の食後群では未到達、17.0ヵ月であった。18ヵ月時点の無増悪生存率は同様に36.7%に対して52.9%、61.1%となっている。dose intensityは450mg/日・食後群が100%と最も優れていた。消化器毒性を呈した患者の割合は750mg/日・空腹時群の91.8%に対して、450mg/日および600mg/日・食後群では75.9%、82.6%であった。解説連日内服する分子標的薬の有害事象は、投与後、徐々に回復してくる細胞傷害性薬剤のそれとは異なり、持続してしまうことが厄介である。なので、患者の実際のしんどさは最悪時点のgradeのみでは測りにくく、減量率や休止率なども重要な指標となる。過去にこのような有害事象頻度の高い薬剤については、(1)減量した患者群でも有効性が同等である可能性を後方視的に検討したり(アファチニブ:Yang JC, et al. Ann Oncol. 2016;27:2103-2110.)、(2)減量開始による前向き試験(エルロチニブ:Yamada K, et al. Eur J Cancer. 2015;51:1904-1910.)が検討されてきた。ただしあくまで後付けであったり、後者のように主要評価項目にmetしなかった試験も報告されており、原則は「可能な限り、承認された開始用量で始める」というコンセンサスがあった。今回の試験が新しかったのは、きちんとPKを行い、これを基に投与時期の変更と用量調整を行っている点である。実際、本邦・海外において、この新しい用量設定が承認されていることは大変重要な成果だと思う。この試験の弱点を強いて言えば、300例超という大きな試験であるにもかかわらず、「この人数の設定には統計学的根拠がない」と記載されていることだろうか。また、非盲検試験であるため、dose intensityや毒性評価のデータはこれらを差し引いて読む必要があるかもしれない。前述したように、連日経口投与する分子標的薬の場合、従来の毒性評価は不十分かもしれず、今後検討の価値がある。一方そのような場合でも、いたずらな減量開始には注意が必要である。科学的根拠に基づいて用量の再設定をした本試験は非常に重要な意義を持つ。

47.

あなたは医学論文を「読める」か?【Dr.倉原の“俺の本棚”】第10回

【第10回】あなたは医学論文を「読める」か?私は、自身のブログ「呼吸器内科医」で、読んだ呼吸器系の論文記事をほぼ毎日アップしているのですが、前向き研究から後ろ向き研究まで、症例報告からランダム化比較試験まで、あまねく医学論文を選り好みせず、がむしゃらに読んでいます※。そのため、読んでいる論文量に関しては、おそらくランキング上位にいると自負しています。もちろん、私以上に読んでいる猛者を何人も知っているんですけどね。※それってスゲェ非効率的じゃんという意見もあります。『論文を正しく読むのはけっこう難しい:診療に活かせる解釈のキホンとピットフォール』植田 真一郎/著. 医学書院. 2018あなたは医学論文が「読める」か?と聞かれて、自信を持って「ハイ」と答えられる医師は少ないと思います。私も、毎日のように医学論文を読んでいますが、その解釈にはまだ自信を持てません。医学論文は、その存在自体が恣意的です。いろいろな人の思いが込められていますし、意図的に操作されてしまうこともあります。読みながら「本当にこれは正しいのだろうか」という懐疑的な目を持たなければ、真実は見抜けない。最近流行している「複合エンドポイント」。アレって実際どうなの?と思った人は少なくないはず。これぞというエンドポイントを1つ設定すればいいのに、複合エンドポイントを使用しなければならない理由があります。頻繁に起こらない事象がエンドポイントだと、そもそも臨床研究が成立しないので、エンドポイントとして妥当そうなものを全部ブッこめ!という荒々しい戦略です。そんな複合エンドポイントに隠されたワナについても、この本は実例を挙げて詳しく記載してくれています。著者の植田教授は、本書で実際の論文をビシバシ辛口に吟味されているので、論文のオーサーからクレームが来ないのかなと少し心配になります。有名な論文も真正面から批判されておられ、その文体からは説得力が溢れ出ています。世の中には、英語論文を書いてアクセプトされようというコンセプトの「論文を書くための本」は結構たくさんあるんですよ。でも、「論文を読むための本」って斬新ですよね。ある程度統計のことを理解しないと、読めない内容なので、私はこれを読破するのに1週間以上かかってしまいました。いつか、自信を持って「私は医学論文を読めます!」と言えるようになるために、この本は何度も読み返したいと思っています。良本です。本当に。『論文を正しく読むのはけっこう難しい:診療に活かせる解釈のキホンとピットフォール』植田 真一郎/著出版社名医学書院定価本体3,200円+税サイズA5判刊行年2018年

48.

第9回 レボチロキシンは朝食後投与では吸収が低い?【論文で探る服薬指導のエビデンス】

 レボチロキシンは甲状腺機能低下症、甲状腺腫や甲状腺がん術後療法などで、長期間ないし一生涯服用する患者さんも少なくありません。経験上、用法や相互作用についての質問を受けることが多い薬でもあります。相互作用については、カルシウム製剤、スクラルファート、水酸化アルミニウム、鉄剤、コレスチラミン、酸化マグネシウムなどの制酸剤やコーヒー1)などレボチロキシンの吸収を低下させるものから、ビタミンC2)などの吸収を亢進させるものまで多くの変動要因が知られており、注意を払っている薬剤師も多いかと思います。用法については、添付文書には1日1回の服用とだけ記載があり、インタビューフォームを見ても食事・併用薬の影響について該当資料なしとの記載になっていて、判断に迷うシーンもあります。本邦の添付文書に用法記載がなければ海外(米国やカナダ)の添付文書を見るのも一案なので、総合医薬品データベースのLexicomp Onlineで調べてみると、「朝空腹時少なくとも朝食の30~60分前もしくは夜最後の食事の3~4時間後服用」の記載があり、日本と異なっています。そこで今回は、レボチロキシンの用法について検討した論文を紹介しましょう。Timing of levothyroxine administration affects serum thyrotropin concentration.Bach-Huynh TG, et al. J Clin Endocrinol Metab. 2009;94:3905-3912.1つ目は、レボチロキシンの用法や食事の有無が血清甲状腺刺激ホルモン(TSH)濃度に及ぼす影響を調査した研究です。レボチロキシンを75μg以上服用している18~75歳の患者が組み入れられ、甲状腺機能低下症42例、甲状腺がん23例の計65例(女性50例、男性15例)が試験を完遂しています。患者は、(1)夜間絶食かつ朝食の1時間以上前の起床時、(2)その日の最後の食事より2時間以上後の就寝前、(3)朝食後20分以内、という3つの用法をくまなく組み合わせた6パターンのうち1つに割り当てられ、1~8週目、9~16週目、17~24週目の8週間ずつクロスオーバーしました。プライマリアウトカムは8週間レジメンにおける絶食時の血清TSH濃度とその他2つの用法時の血清TSH濃度の差です。結果、絶食時服用のTSHの血中濃度はもっとも低く1.06±1.23mIU/Lであり、就寝前服用では2.19±2.66mIU/L、朝食後服用では2.93±3.29mIU/Lと有意に高くなっていました。TSHの血中濃度が低いほど甲状腺ホルモンが多いということなので、空腹時服用のほうがレボチロキシンの吸収がよいことがわかります。論文でも、食後服用では血清TSH濃度がより高く、変動しやすいため、ターゲットレンジに入れたい場合は絶食時が勧められることが示唆されています。夜間かつ空腹でレボチロキシンは効果最大それでは、同じ空腹時であれば朝と夜ではどちらがよいのでしょうか。それを比較した研究もあります。Effects of evening vs morning levothyroxine intake: a randomized double-blind crossover trial.Bolk N, et al. Arch Intern Med. 2010;170:1996-2003.この文献のBackgroundには、レボチロキシンは約70~80%が小腸で吸収されるので、食物や他の薬剤による腸内吸収阻害を防ぐために、朝食前に服用するのがよいというコンセンサスが得られている、と書かれています。ただ、筆者の少ない経験則では朝食後処方を見掛ける機会が多く、起床時処方は少数であると感じています。朝食後は飲み忘れにくいですし、処方オーダー上の用法選択で選びやすいためかもしれません。本試験の目的は、就寝前服用では朝服用よりも甲状腺ホルモン値が改善するかどうかという検証です。18歳以上で、レボチロキシン治療を少なくとも6ヵ月以上受けている原発性甲状腺機能低下のある105例の被験者を対象に、ダブルブラインドのクロスオーバー試験を行っています。患者はレボチロキシンまたはプラセボを入れたカプセルを朝と就寝前に1カプセルずつ12週間服用し、朝夜のカプセルを入れ替えてさらに12週間服用しました。プライマリアウトカムとして、それぞれ12週間服用時における甲状腺ホルモンの数値の変化、セカンダリアウトカムとしてクレアチニン、脂質、BMI、脈拍、QOL(生活の質)が設定されています。90例が試験を完遂し、解析に組み入れられました。平均TSH濃度は、最初に朝にレボチロキシンを服用した群では12週時点の2.66(標準偏差:2.53)mIU/Lから24週時点の1.74(同:2.43)mIU/Lに減少している一方で、最初に就寝前にレボチロキシンを服用した群では12週時点の2.36(同:2.55)mIU/Lから24週時点の3.86(同:4.02)mIU/Lに増加しています。また、平均FT4(遊離サイロキシン)値は、最初に朝にレボチロキシンを服用した群では12週時点の1.48(同:0.24)ng/dLから24週時点の1.59(同:0.33)ng/dLに増加していて、最初に就寝前にレボチロキシンを服用した群では、12週時点の1.54(同:0.28)ng/dLから24週時点の1.51(同:0.20)ng/dLに減少しています。つまり、就寝前のレボチロキシン服用でFT4の増加という直接的な治療効果とTSHの低下に寄与していると考えられます。総T3(トリヨードサイロニン)値の変化は、FT4の変化と同じ傾向でした。なお、セカンダリエンドポイントとして解析されたクレアチニン、脂質、BMI、脈拍、QOLに関しては有意な差がありませんでした。甲状腺機能の検査値基準と意味を理解していないとややわかりづらい部分もありますが、以上の研究を踏まえレボチロキシンについてのポイントを抽出すると、下記のことがいえそうです。・レボチロキシンは食事により吸収が低下するため、空腹時服用が有利・活性の低いT4から活性の高いT3への変換は夜間に亢進する・夜間は腸の運動が緩やかで腸壁にレボチロキシンがさらされる時間が延長し、吸収がよくなる・夜間に胃酸分泌が亢進し、酸性環境により吸収が促されるこれらのことから、就寝前も選択肢としてよいものと思われます。就寝前にすれば朝食を遅らせる必要がないため、都合がいい患者さんもいるでしょう。セカンダリアウトカムに差がなく、半減期も長いことから臨床上食後が明確にいけないといえるほどのエビデンスではありませんが、効果や生活リズムなどに不満がある場合は、医師に確認のうえ、用法の選択肢を提示してみるのもよいかもしれません。1)Almandoz JP, et al. Med Clin North Am. 2012;96:203-221.2)Jubiz W, et al. J Clin Endocrinol Metab. 2014;99:E1031-E1034.3)チラーヂンS錠 添付文書(2015年1月改訂 第12版)4)チラーヂンS錠 インタビューフォーム(2015年10月改訂 第10版)5)Bach-Huynh TG, et al. J Clin Endocrinol Metab. 2009;94:3905-3912.6)Bolk N, et al. Arch Intern Med. 2010;170:1996-2003.

49.

脂肪が減ると死亡が増える!?:“imaging biomarker”としての新しいCTCAの使い方(解説:中野 明彦 氏)-924

【冠動脈CT:CTCAの現在地】 質問です。皆さんはどんな目的でCTCAをオーダーされますか? 「その胸痛から虚血を否定したい」「冠動脈狭窄を確かめたい」「冠動脈疾患のリスク;冠動脈カルシウムスコア(CCS)が知りたい」「プラークの不安定化を知りたい」「薬剤の効果;プラーク安定化を知りたい」。あるいはもっと高度に「FFR-CTや心筋灌流CTで冠動脈病変の機能性評価をしたい」でしょうか? さらにもう1つ。CTCAの結果、狭窄度が50%以下だったら、その患者さんには今後どのように対処されますか? CTCAは装置がどんどん多列化し解析プログラムも多様化し、その診断精度は向上、臨床応用の範囲は広がり患者さんにも優しい検査へと日進月歩で進化しています。しかし、評価対象の中心が冠動脈の内腔(狭窄度)あるいはプラークであることに変わりはありません。また「中等度リスクを有する症候性症例、あるいは急性冠症候群(ACS)を疑う胸痛についてはECG/enzyme変動のない低~中等度リスクの症例」を適応とする現行のガイドラインがCTCAに期待しているのは、高度狭窄性病変の有無を判定し“今”を切り取ることでしょう。【CTCAでの予後予測は?】 冠動脈病変を有する患者の予後を左右するのは、言うまでもなくACSの発症です。そして命運を決するのは狭窄度ではなくプラークの性状(質)だということもわかってきています。最近はCTCAから得られたプラークで“将来”を予測できるか、という検証結果が集積されつつあります。メタ解析では微小石灰化・低吸収プラーク・陽性リモデリング・ナプキンリングサインで定義されるhigh risk plaque(=不安定プラーク)とACS発症との強い関連が示されました。【CRISP CT studyの描く新機軸】 一方20年も前から、(冠)動脈硬化は炎症性疾患であり、その炎症がACSの引き金となるプラーク破綻を惹起する、と指摘されています。つまりCTCAで検証されている不安定プラークは現在進行中の炎症の「結果」を見ていることになります。これまで炎症のbiomarkerとして高感度CRPや一部のサイトカインが報告されていますが、冠動脈硬化に特異的ではなく、ましてや炎症の局在などわかるはずもありません。 では、その炎症が可視化・定量化できるとしたらどうでしょう。 本研究ではin vitro・ex vivo・in vivoで実証された「血管の炎症が周囲のpreadipocyteの分化・成熟を抑制し、adipocyteの脂肪含有量を減少させる」という事実から、これまで見向きもされなかった冠動脈の外側に着目したのです。通常のプロトコルで撮像されたCTCAを用いて主要冠動脈近位部でのfat attenuation index(FAI)を算出し、炎症のサロゲートマーカーとしました。 3枝間のFAI相関が良好だったため右冠動脈のFAIを中心に解析、4.5~6年間の予後(総死亡・心臓死)との関連が証明されただけでなく、FAIはさらに、古典的冠危険因子・高感度CRP・冠動脈石灰化・high risk plaqueなどとは独立した予後予測因子でした。【CRISP CT studyの歯応え】 ACSの半数は狭窄度50%以下の「病変」から発症すると言われており、したがって冠動脈造影やCTCAでの狭窄度評価からその発症予測は困難です。50%以上の狭窄性病変の有無にかかわらずFAI陽性(cut off値≧-70.1HU)例で心臓死に高いハザード比を示した本試験は、図らずしもそれを裏付けました。たとえ有意な冠動脈病変がなくてもaggressive preventionが必要な症例があり、imaging biomarkerとしてのFAIはその層別化に有用な可能性があります。 本試験は炎症局所でのイベント発生を予測するものではありません。むしろ、3枝のFAIが良好に相関していた事から考えれば、冠疾患症例は冠動脈全体に炎症(pan-vasculitis)が生じうるvulnerable patientとして捉えるべきなのかもしれません。 もちろん、今後の検証が必要な課題もあります。 たとえば、炎症の強い局所でイベントが起こりやすいのかどうか、それを予測できるのかどうか。 あるいは薬剤の介入がどう反映されるのか。折しもPCSK-9阻害薬や抗IL-1βモノクローナル抗体など強力かつ高価な抗動脈硬化薬が登場し、residual riskをどうコントロールするかに注目が集まっています。imaging biomarkerがこうした薬剤の効果判定、on-offのタイミングの見極めに役立つかもしれません。 さらに日常臨床をそのまま当てはめた本研究の解析対象は、50%狭窄以上が14~15%、観察期間内の心臓死が1~2%と結果的にはリスクの高くない症例群でした。これがガイドラインに下支えされたCTCAの現状かもしれませんが、もっとリスクの高い症例、あるいは無症候性の1次予防群だったらどうなのでしょうか? 今後の研究が待たれます。 これまでimaging biomarkerの代表格はcoronary calcium score(CCS)でしたが、残念ながらこれはirreversibleな指標です。おそらくreversibleと考えられるFAIを使ったプロジェクトが順調に進んでいけば、いつかガイドラインが変更される日が来るかもしれません。

50.

素因遺伝子パネルと膵がんリスクの関連(解説:上村直実氏)-886

 わが国の死因順位をみると悪性新生物による割合が増加し続けているが、最近、肝炎ウイルスやピロリ菌による感染を基盤に発症することが判明した肝臓がんや胃がんによる死亡者数が激減しており、さらに、増加し続けてきた肺がんと大腸がんによる死亡者数もついに低下してきた。このような状況の中、毎年のように死亡者数が増加しているのが膵がんである。 膵がんは、発見された際に手術可能な症例が約30%であり、5年生存率も10%以下で予後の悪いがんの代表とされており、早期に発見できる方法が世界中で模索されている。今回、血液で測定可能ながん素因遺伝子パネルを用いて膵がんリスクを検討した研究結果がJAMA誌に掲載された。 3,030例の膵がん症例と対照5万3,105症例を対象として、素因遺伝子の生殖細胞系列変異の頻度を比較した結果、対照と比較して膵がんと関連すると考えられる6つの素因遺伝子変異(Smad4、p53、ATM、BRCA1、BRCA2、MLH1)が同定され、この変異が全膵がん患者の5.5%にみられたことから膵がんの中には遺伝的な素因を有する患者が少なくないことが示唆される。また、がんの既往歴や乳がんの家族歴がこれらの遺伝子変異と関連性を認めていることも、臨床現場で留意すべき点である。 一方、アンジェリーナ・ジョリーの乳房切除で注目された遺伝性乳がんの原因であるBRCA変異が陽性の場合はプラチナ製剤やPARP阻害薬が奏効する可能性が高く、今後、治療法の選択にも遺伝子変異のチェックをしたほうがよい時代となることが予感された。 近い将来、実際の臨床現場において血液検査で種々の素因遺伝子パネルを用いたリスク分類による膵がんの早期発見が可能となることが期待されるが、膵がんの発症は遺伝的要因と環境要因の相互作用に基づく症例が大部分である。したがって、膵がんに関しては動物実験や腫瘍組織の検討から局所における遺伝子異常の解析が進んでいること、腹部超音波や内視鏡検査の精度も向上していることから、今後、素因遺伝子パネルとともに新たな早期発見方法が期待される。

51.

PBCに対するベザフィブラートの有用性がフランスで証明された(解説:上村直実氏)-876

 原発性胆汁性胆管炎(PBC)は、原因不明の胆管に対する自己免疫疾患で国の特定疾患に指定されており、現在、日本における患者数は5〜6万人で軽症の症例が増加している。男女比は約1:7であり、50~60歳の中年以降の女性に最も多くみられる疾患である。 PBCに対する根治的な治療法は確立しておらず、薬物療法が奏効せずに顕著な黄疸を伴う肝硬変へと進展して肝不全状態に至った場合に肝移植が考慮される。薬物療法に関しては1980年代から使用されているウルソデオキシコール酸(UDCA)が肝硬変への進展を遅くする成績を有して一定の評価を得ているが、UDCAが無効な患者に対して有効な薬剤に関するエビデンスはなかった。 今回NEJM誌に掲載された論文では、UDCAで効果不十分な患者100例を対象としてフランスで施行されたRCTの結果、ベザフィブラート併用群はプラセボと比較して、生化学的完全奏効(総ビリルビン、ALP、AST、アルブミンがいずれも正常値かつプロトロンビン指数が正常値を示す場合)が有意に高率であった。すなわち、24ヵ月後の完全奏効率はプラセボ群では皆無であったのに対して併用群31%であり、患者さんに勇気を与えるものである。なお、リスクに関しては有害事象として腎機能に対する悪影響が懸念されると考察されている。 高脂血症に使用されているベザフィブラートがPBCに対して有用である可能性については20年以上前に日本から報告1,2)されていた。PBC診療ガイドラインの2017年改定版では、UDCA無効例に対してベザフィブラートの使用を検討する旨が明記されている。すなわち、古くからある薬剤の意外な有用性に関して日本から発信された治療法がフランスで施行されたRCTにより証明されたものである。PBCは長期経過が重要な疾患であるので、今後、長期的な有用性と安全性に関するエビデンスはなんとしても日本から発信してもらいたいものである。さらにベザフィブラートが有効である患者を抽出可能な宿主因子を探求することも重要である3)。

52.

ウルソデオキシコール酸無効のPBCにベザフィブラートの追加投与/NEJM

 ウルソデオキシコール酸治療で効果不十分な原発性胆汁性胆管炎(PBC)の患者に対し、ベザフィブラートの追加投与はプラセボ追加投与と比較して、生化学的完全奏効率が有意に高いことが、フランス・Assistance Publique-Hopitaux de Paris(APHP)のChristophe Corpechot氏らによる第III相の二重盲検プラセボ対照無作為化試験の結果、示された。ウルソデオキシコール酸治療で効果不十分なPBC患者は、病勢進行のリスクが高いが、PPAR(peroxisome proliferator-activated receptors)アゴニストのフィブラート系薬を併用することでベネフィットがもたらされる可能性が示唆されていた。NEJM誌2018年6月7日号掲載の報告。ウルソデオキシコール酸治療が効果不十分のPBC患者にベザフィブラートを投与 試験は、ウルソデオキシコール酸治療が効果不十分であるとParis 2基準(血清中ALPまたはAST値が正常上限値の1.5倍超、または総ビリルビン値が異常値を示すなど)に基づき確認されたPBC患者100例を対象に、24ヵ月間にわたり行われた。被験者は無作為に2群に割り付けられ、ウルソデオキシコール酸治療は継続したまま、ベザフィブラートを400mg/日(50例)、またはプラセボ(50例)を投与された。 主要評価項目は、24ヵ月時点で評価した生化学的完全奏効(総ビリルビン、ALP、AST、アルブミンがいずれも正常値、かつプロトロンビン指数[プロトロンビン時間の派生尺度]が正常値を示す場合と定義)であった。PBC患者の生化学的完全奏効率、ベザフィブラート併用群31% vs.プラセボ0% 24ヵ月時点で生化学的完全奏効が認められたPBC患者は、ベザフィブラート併用群31%、プラセボ群0%であった(群間差:31ポイント、95%信頼区間[CI]:10~50、p<0.001)。また、ALP正常値であった患者は、ベザフィブラート併用群67%、プラセボ群2%であった。掻痒、疲労感、非侵襲的評価(肝硬度やELF[Enhanced Liver Fibrosis]スコアなど)による肝線維化の変化に関する結果も、主要評価項目の結果と一致していた。 ベザフィブラート併用群、プラセボ群とも2例のPBC患者が、末期肝疾患から合併症を呈した。 クレアチニン値のベースラインからの変化は、ベザフィブラート併用群は5%上昇、プラセボ群は3%低下であった。筋痛は、ベザフィブラート併用群20%、プラセボ群10%でみられた。

53.

第4回 失敗しない! 開業コンサルタントの選び方【開業入門】

第4回 失敗しない! 開業コンサルタントの選び方「開業」を決心すると、準備すべきことが山のように出てきます。もちろん、先生がご自身で準備することも可能です。しかし、臨床を行いながら開業準備を行う先生の場合、準備に十分な時間を割けないことも多くあるでしょう。そんなとき、開業についての知識や経験、ノウハウがある人たちからアドバイスを得ることで、スムーズに進むことがあるのもまた事実です。今回は開業の失敗リスクを最小限に抑えるためのアドバイザーである「開業コンサルタントの選び方」について確認していきましょう。コンサルタントにもいろいろなバックグラウンドがあるコンサルタントを選ぶ上で考えなければならない点は、大きく分けて2つです。1つは「誰に依頼するか」、もう1つは「いくらかかるか」です。昨今、開業コンサルタントによるサポートはさまざまな業種から種々の形態で提供されています。代表的なものは医業経営コンサルタント、医療卸業者や医療機器メーカーの開業支援部門や子会社、会計事務所、不動産業者などが挙げられます。1つ目の「誰に依頼するか」を考えるときには、「自分が何をお願いしたいのか」を第一に考えることが重要です。どの部分をどの程度お願いするかによって、サポートに適した依頼先が異なり、その後に発生する「いくらかかるか」という金銭的な面も変わってきます。医業経営コンサルタントは、サポートそのものを主サービスとしているので、開業予定の先生が「知識がない」「忙しい」などの理由で準備を依頼する場合には大変便利です。そして、規模も個人事務所から開業専門法人まであり、知識や力量、経験値などのレベルもさまざまです。実際に依頼をする際は、面談を何度か行い、料金体系やサポートの内容などをしっかりと話し合って依頼することをお勧めします。コンサルタントの過去の実績やどのような案件を扱い、どのような結果が出ているか、という点は情報を得ておくと安心ですね。その一方で、主サービス(本業)が別にある企業や会計事務所、不動産業者にサポートを依頼する場合には、開業後の機器、設備の購入や顧問契約などその企業などの主サービスを導入することが暗黙の了解とされ、その代わりに開業支援については無料または格安という形態が多くあります。このような企業の担当者は、数多くの新規開業のサポートを手掛けていることが多く、今までの経験から先生方に有益な情報を提供してくれることもあると思います。ただ、担当者のスキルによってバラつきがあることも事実であり、満足のいくサポートが得られない場合もあることは一種のリスクと考えておきましょう。コンサルタント料以外で気にすべきことは次に具体的に「いくらかかるか」という金銭面について確認していきましょう。金銭に関するチェックポイントは3つです。1つ目は「支払い方法」で、契約時に一括して払う方式や分割払いなど複数のパターンがあります。契約したはいいが、「満足のいくサポートが得られない」、「コンサルタントとの相性が合わない」という事態を想定すると、分割払いは利用しやすいといえるでしょう。2つ目は「コンサルティングフィーの中身」です。実際の相場としては200~300万円程度と言われています。その契約内容もできるだけ細かく確認することをお勧めします。マーケティングの診療圏調査を例に挙げますと「何をどこまで調査したものなのか」ということです。ひとえに調査と言っても統計分析、実地調査、競合のマーケット調査など実施内容によって調査項目がさまざまですので注意が必要です。実際に開業した知り合いの医師から得た情報や、他の事業者の料金と比較して料金が高いと感じた場合には、契約内容を精査し、過剰なサービスや自身で行える契約内容を削除することでコスト削減を行うことができます。最後の3つ目として確認しておきたいのが、「サポート先からの別サービスの提供」や「サポート先からの別会社の紹介」です。不動産物件や設計・施工、医療機器、ホームページ制作などを別契約で締結する、関連業者を紹介されるといったケースをよくみかけます。もちろん信頼できるサービスや良心的な企業を紹介してくれるのであればありがたいですが、紹介された会社のサービスに問題があったり、料金も割高だったりということもあるようです。コンサルティングフィーは安かったけど、結果的には高額な支出となってしまっては本末転倒です。そういった際に大事なのは、「何か気になる点があれば、比較して検討する」という視点を持つことです。2つ目の「コンサルティングフィーの中身」でも述べましたが、比較し、現状を知ることで選択肢が広がります。ただ、「コンサルティングを頼んでいる都合上、相見積もりをとると関係性が悪くなるのではないか」、「他の業者を選ぶとコンサルティングで手を抜かれるのではないか」といった不安もあると思います。そんなときは、他のコンサルタントなどにセカンドオピニオンを求めるという選択肢を検討してはいかがでしょうか。ただ、一緒に開業を進めるというコンサルタントは伴走者であり、同志です。だからこそ、こういった相談には気を使わずに話せ、開業後も長く付き合いができるパートナーを選びたいですね。

54.

PAD患者の跛行症状にGM-CSF製剤を皮下注しますか?(解説:中澤達氏)-804

 PROPEL試験の結果、末梢動脈疾患(PAD)患者において、トレッドミルを利用して定期的に行う運動療法は、定期的にレクチャーを行い注意喚起を促す介入と比べて、6分間歩行距離でみた歩行能を有意に改善することが示された。また、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)製剤は、単独投与または運動療法と組み合わせて投与した場合も、歩行能を有意に改善しないことが示された。 この試験で興味深いのは、軽症患者を対象としているところである。すべての群でABIが0.7前後で跛行症状も30%程度にしかみられないのである。GM-CSFなど高額の薬剤を使用するのであれば、重症虚血肢の救肢目的のみが、血管内治療やバイパス手術などの代替治療とのコストベネフィットが釣り合うだろう。早期に血管再生を促し重症化させないというコンセプトだとしても、この集団で重症虚血化するのは5%以下であるから疑問である。 重症虚血肢に対する血管再生治療のスタンダードが見いだせず(効かず)、苦肉の臨床試験なのだろうか? 結果、GM-CSFは歩行能改善に効果なしとのこと…残念。

55.

救急外来 診療の原則集―あたりまえのことをあたりまえに

教育への情熱で磨かれたキーフレーズ+解説身体診察の祭典、JPC2015で参加者の心をわしづかみにした救急医の坂本氏の最新刊が登場。「簡単なようで難しい、身に着ければ強い―それが『あたりまえのこと』」というコンセプトのもと、著者の臨床知見をあますことなく掲載。研修医向けの教育講習を重ね、ベストチューターを受賞した著者だからこそわかる、救急現場で知っておかなくてはいけない内容満載です。具体的には、消化管出血、敗血症、肺炎、尿路感染症など全21章に分け、101項目(病歴聴取、病状説明、救急診療で遭遇する頻度が高い疾患や症候)の解説を加えています。研修医だけでなく、普段救急から遠ざかっている医療従事者も知識の確認に使える1冊です。画像をクリックすると、内容の一部をご覧いただけます。画像をクリックすると、内容の一部をご覧いただけます。    救急外来 診療の原則集―あたりまえのことをあたりまえに定価4,200円 + 税判型A5判(21×14.8×1.3cm)頁数327頁発行2017年11月著者坂本 壮Amazonでご購入の場合はこちら

56.

ADHDドライバー、トレーニングで危機感知能を改善できるか

 ADHDを有する若者のドライバーは、同世代の人よりも交通事故傷害リスクが高い。このリスク増加は、危機感知能が低いことと相関する。これまで、ADHDを有する若者のドライバーを対象に、コンピュータ技術を用いた危険感知訓練について調査した研究はほとんどなかった。オーストラリア・School of Allied HealthのC.R. Bruce氏らは、ドライブスマートトレーニングを受けたADHDを有する若者のドライバーの、危機感知能における群間および対象者内の変化の有無や重要性を確認し、訓練により改善した危機感知能の変化が、時間が経過しても維持されるかを調査した。Accident; analysis and prevention誌オンライン版2017年10月14日号の報告。 本研究は、実行可能性調査として実施されたオーストラリアの無作為化比較試験である。コントロール群として、遅延治療群が含まれた。ADHDと診断されたドライバー25例を対象に、即時介入群またはコントロール群に無作為化した。即時介入群は、ドライブスマートというコンピュータアプリケーションを用いて、トレーニングを行った。コントロール群は、ドキュメンタリービデオを視聴し(コントロール状態)、その後ドライブスマートトレーニングを実施した。対象者の危機感知能は、Hazard Perception Test(HPT)を用いて測定した。 主な結果は以下のとおり。・ベースラインスコアを調整したのち、介入後のHPT変化スコアは、群間で有意な差が認められ、即時介入群が支持された。・効果の重要性は、大きかった。・コントロール群内の介入効果は有意ではなかった。・即時介入群における6週間のフォローアップにおいて、有意な維持効果が認められた。 著者らは「ADHDドライバーに対するドライブスマートトレーニングは、危機感知能を大幅に改善し、一定期間持続する。トレーニングに対する多様的なアプローチは、維持を容易にすることが示された。本研究より、本格的な試験が実施可能である」としている。■関連記事ADHD発症しやすい家庭の傾向認知症ドライバーの運転停止を促すためにはてんかんドライバーの事故率は本当に高いのか

57.

原発性胆汁性胆管炎に対するオベチコール酸治療に関するプラセボ群を対照とした治験(解説:中村 郁夫 氏)-595

 本論文は、原発性胆汁性胆管炎(従来の病名:原発性胆汁性肝硬変)に対するオベチコール酸の効果を、二重盲検でプラセボを対照群とした12ヵ月間の第III相試験で検討した結果の報告である。 オベチコール酸は、Farnesoid X核内受容体の作動薬である。ウルソデオキシコール酸(UDCA)が十分な効果を示さなかった、あるいは、UDCAの副作用のために内服できなかった217例をランダムに3群に割り付けた。(1)オベチコール酸の容量10mg(10mg群)、(2) オベチコール酸を5mgで開始し可能であれば10mgまで増量する群(5~10mg群)、(3) プラセボ群の3群である。 Primary endpoiont(主要評価項目)は、ALP(アルカリホスファターゼ)値が基準値上限の1.67倍未満で、基礎値の少なくとも15%以上の低下、総ビリルビン値の正常化とした。 オベチコール酸またはプラセボを内服した216例のうち、93%が背景の治療としてUDCAを内服していた。結果としてのPrimary endpointは、5~10mg群で46%、10mg群で47%で達成され、プラセボ群(10%)と比較して有意に高かった(p<0.001)。5~10mg群と10mg群において、プラセボ群と比較して、ALP値の大きな低下(最小二乗平均:-113U/L、-130U/L vs.-14U/L;p<0.001)、および、総ビリルビン値の大きな低下(-0.02 mg/dL、-0.05 mg/dL vs.0.12mg/dL;p<0.001)が認められた。一方、瘙痒感は、オベチコール酸群においてプラセボ群と比べて出現の頻度が高かった(5~10mg群で56%、10mg群で68% vs.プラセボ群で38%)。重篤な有害事象の頻度は、5~10mg群で16%、10mg群で11%、プラセボ群で4%であった。 結論として、原発性胆汁性胆管炎における12ヵ月間のオベチコール酸のUDCAとの併用、あるいは、単独投与により、ALP値および総ビリルビン値の低下がプラセボ群と比べて有意に大きかった。一方で、有害事象の頻度は、オベチコール酸群において多かった。 わが国における原発性胆汁性胆管炎の治療は、UDCAを中心として、さらに、ベザフィブラートや茵陳蒿湯などが用いられている。将来、オベチコール酸も治療薬の1つとなる可能性があると考える。

58.

コントロール不良の重症喘息にbenralizumabは有用/Lancet

 好酸球増多を伴うコントロール不良な重症喘息の治療において、benralizumabは患者アウトカムを改善する可能性があることが、米国・ウェイクフォレスト大学のEugene R Bleecker氏らが実施したSIROCCO試験で示された。研究の成果は、Lancet誌オンライン版2016年9月2日号に掲載された。重症喘息の増悪は生命を脅かし、QOLを低下させる。好酸球増多は、喘息の重症度の悪化や肺機能の低下をもたらし、喘息増悪の頻度を上昇させる。benralizumabは、インターロイキン(IL)-5受容体αに対するモノクローナル抗体であり、抗体依存性細胞介在性細胞傷害作用(ADCC)によって好酸球を抑制するという。増悪を繰り返す重症例が対象のプラセボ対照無作為化試験 SIROCCO試験は、好酸球増多を伴うコントロール不良な重症喘息の治療におけるbenralizumabの有用性を評価する二重盲検プラセボ対照無作為化第III相試験(AstraZeneca社、Kyowa Hakko Kirin社の助成による)。 対象は、年齢12~75歳、体重40kg以上で、登録の1年以上前に、医師によって中/高用量の吸入コルチコステロイド(ICS)+長時間作用型β2刺激薬(LABA)を要する喘息と診断され、登録前の1年以内に、コルチコステロイドの全身療法または維持量の経口コルチコステロイドの一時的な増量を要する増悪を2回以上発症した患者であった。 被験者は、標準治療に加え、benralizumab 30mgを4週ごとに投与する群、同8週ごとに投与する群(最初の3回は4週ごとに投与)、プラセボを4週ごとに投与する群に無作為に割り付けられ、48週の治療が行われた。 主要評価項目は、血中好酸球数が300個/μL以上の患者における、プラセボ群と比較した増悪の年間発症率の率比とし、主な副次評価項目は、48週時の気管支拡張薬投与前の1秒量(FEV1)および喘息症状スコアとした。 2013年9月19日~2015年3月16日までに、17ヵ国374施設に1,204例が登録され、benralizumab 4週ごと投与群に399例、同8週ごと投与群に398例、プラセボ群には407例が割り付けられた。2つの投与法とも年間喘息増悪率が改善 ベースラインの平均年齢は、benralizumab 4週ごと投与群が50.1歳、同8週ごと投与群が47.6歳、プラセボ群は48.7歳で、女性がそれぞれ69%、63%、66%を占めた。血中好酸球数が300個/μL以上の患者は、275例、267例、267例であり、これらの患者が主要評価項目の解析の対象となった。 48週時の年間喘息増悪率は、プラセボ群に比べ4週ごと投与群(率比[RR]:0.55、95%信頼区間[CI]:0.42~0.71、p<0.0001)および8週ごと投与群(RR:0.49、0.37~0.64、p<0.0001)とも有意に低下した。 benralizumabの2つの投与レジメンは、いずれもプラセボ群に比し、48週時の気管支拡張薬投与前FEV1が有意に改善された(ベースラインからの最小二乗平均の差=4週ごと投与群:0.106L、95%CI:0.016~0.196、8週ごと投与群:0.159L、0.068~0.249)。 喘息症状は、プラセボ群に比べ8週ごと投与群(ベースラインからの最小二乗平均の差:-0.25、95%CI:-0.45~-0.06)は有意に改善したが、4週ごと投与群(同:-0.08、-0.27~0.12)では有意な差を認めなかった。 最も頻度の高い有害事象は、喘息増悪(benralizumab治療群:13%[105/797例] vs. プラセボ群:19%[78/407例])および鼻咽頭炎(12%[93/797例] vs. 12%[47/407例])であった。 著者は、「これらの知見は、benralizumabが、好酸球増多を伴うコントロール不良な重症喘息の新たな治療選択肢となることを支持するもの」と指摘している。

59.

原発性胆汁性胆管炎にオベチコール酸が有効/NEJM

 ファルネソイドX受容体作動薬のオベチコール酸(obeticholic acid)は、原発性胆汁性胆管炎(primary biliary cholangitis:PBC、原発性胆汁性肝硬変[primary biliary cirrhosis]から病名変更)に対し12ヵ月間の単独療法またはウルソデオキシコール酸(商品名:ウルソほか)との併用療法により、プラセボに比べアルカリホスタファーゼ(ALP)値と総ビリルビン値を有意に低下させることが認められた。ただし、重篤な有害事象はオベチコール酸投与群において高頻度であった。ベルギーのルーヴェン・カトリック大学病院のF. Nevens氏らが、オベチコール酸の第III相臨床試験であるPOISE(PBC OCA International Study of Efficacy)試験の結果、報告した。PBCではALP値やビリルビン値が、肝移植や死亡のリスクと相関することが知られている。これまではウルソデオキシコール酸(UDCA)で治療を行っても、肝硬変や死亡へ進行する可能性があった。NEJM誌2016年8月18日号掲載の報告。UDCA既治療PBC患者でオベチコール酸投与とプラセボ投与を比較 POISE試験は、PBCに対するオベチコール酸5mgまたは10mgの有効性および安全性を検討する無作為化二重盲検プラセボ対照第III相臨床試験で、13ヵ国59施設において実施された。 対象は、UDCAの効果不十分または副作用が許容できない18歳以上のPBC患者217例で、オベチコール酸10mg群、5~10mg群またはプラセボ群に、1対1対1の割合で割り付けられた。5~10mg群では、オベチコール酸5mgを6ヵ月間投与した後、効果が認められた場合に10mgへ増量した。 主要エンドポイントは、12ヵ月時にALP値がベースラインから15%以上低下し、かつ正常範囲上限の1.67倍未満、および総ビリルビン値が正常であることとした。主要エンドポイント達成率、オベチコール酸群46~47%、プラセボ群10% 解析対象(試験薬を1回以上投与された患者)は216例(女性91%、平均年齢56歳)で、このうち93%がベースライン時および試験期間中にUDCAの投与を受けていた。 主要エンドポイントの達成率は、5~10mg群46%、10mg群47%で、プラセボ群の10%より有意に高いことが認められた(両群ともp<0.001)。12ヵ月時におけるALP値のベースラインからの変化量(最小二乗平均値)は、5~10mg群-113U/L、10mg群-130U/L、プラセボ群-14U/Lで、ALP値の低下は両オベチコール酸群がプラセボ群より有意に大きかった(両群ともp<0.001)。 総ビリルビン値の低下も同様の結果であった(5~10mg群-0.02mg/dL、10mg群-0.05mg/dL vs.プラセボ群0.12mg/dL:両群ともp<0.001) ALP値がベースラインから15%以上低下した患者の割合は、オベチコール酸群がプラセボ群より有意に高値であった(5~10mg投与群77%、10mg投与群77% vs.プラセボ群29%:両群ともp<0.001)。 肝線維化の変化(非侵襲的評価)は、12ヵ月時で両オベチコール酸群ともプラセボ群と有意差はなかった。そう痒症は、オベチコール酸群で最も発現率が高い有害事象であった(5~10mg群56%、10mg群68% vs.プラセボ群38%)。重篤な有害事象の発現率は、5~10mg群16%、10mg群11%、プラセボ群4%であった。

60.

アミオダロンは効く?効かない?よくわからない?(解説:香坂 俊 氏)-550

アミオダロンの登場10年以上前にさかのぼるが、アミオダロンが心肺蘇生の現場に登場したときは画期的であった。何しろエビデンスのエの字もなかった心肺蘇生の領域で、自分が知る限りでは初めての本格的ランダム化試験が行われたのだ。その試験の名前はALIVEといった(NEJM誌2002年掲載)。当時、心室細動(VF)や無脈性心室頻拍(pulseless VT)といった致死性不整脈には、種々様々な薬剤が使用されていた。主要なものとしては、昔からあったリドカイン、I群抗不整脈薬の雄ブレチリウム(現在米国では製造中止)、さらに抗狭心症薬からくら替えしてきたアミオダロンなどが選択肢として存在したが、ALIVE試験ではこのうちリドカインとアミオダロンが比較された。その結果はといえば、アミオダロンのほうが、蘇生されて病院に到達する率が抜群によく出たため(22.8% vs.12.0%)、これ以降ACLSのプロトコルにも採用され、アミオ(アミオダロンの米国での通称)は、救急医や循環器内科医にとってなじみ深い抗不整脈薬となった。ただ、ALIVEは300例程度の試験であったため、退院時の生死に関しては明確な結論が得られないままとなっていた(どちらの群でも80%以上の患者さんが最終的には死亡された)。アミオダロンの退場(?)前置きが長くなったが、今回のRCTはその「生存退院」というところにターゲットを合わせ、ALIVEのおおよそ10倍の規模で行われた臨床試験である(n=3,026)。さらに、アミオダロン、リドカインに加えて、ご丁寧に生理食塩水を使うコントロール群まで設定されるという徹底ぶりである。結果についての詳細は他稿(院外心停止に対するアミオダロン vs.リドカイン vs.プラセボ/NEJM)に譲るが、驚くべきことにアミオダロン群とリドカイン群の間に生存退院率の差は認められず(絶対値の差が0.7%、p=0.70)、さらに2つの薬剤投与群とコントロール群との差もわずかなものであった[アミオダロン群との差が3.2%(p=0.08)、リドカイン群との差が2.6%(p=0.16)]。この結果は衝撃的なものであり、今後アミオダロンのガイドライン上での扱いがどうなるか注目される(おそらく、今ほど絶対的な地位にとどまることはなかろうかと思われる)。よくわからないところよくわからないのが、アミオダロンとリドカインの2剤共「目撃されていた(witnessed)」心肺停止例に限れば、優れた効果を発揮できていた、というところだ。目撃者のいなかった心肺停止例は、いくらVFやVTといった波形を呈していたとしても、薬剤を使用するタイミングを逸してしまっていたということなのか? あるいは、きちんとバイスタンダーによる蘇生行為が行われていなければ、こうした薬剤は効果を発揮できないのか?自分はしばらくはアミオダロンを使い続けるつもりでいる。ただ、アミオダロンは有害事象(血圧の低下や徐脈)もある程度想定しなくてはならない薬剤なので(注)、もしもこちらをリドカインに切り替えて支障がないというのであれば、それは助かる。さらに、「目撃された」心肺停止例という群を別枠で考えなくてはならないかということについては、現場視点から考えると難しいのではないかと思う。このあたり、今後議論が深まっていくのではないだろうか?注)今回の試験でも、アミオダロン群では5%程度の症例で一時的なペーシングが必要となっている。

検索結果 合計:77件 表示位置:41 - 60