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第96回 COVID-19ワクチン有害事象のノセボ効果の説明が必要

偽薬(プラセボ)は体調を良くすることもあれば損ねて有害事象を招くこともあり、プラセボで体を壊して有害事象が生じることはノセボ(nocebo)効果として知られています。これまでの12のプラセボ対照無作為化試験報告をメタ解析したところ1)、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチン1回目接種後の頭痛や疲労などの注射部位以外に及ぶ全身性有害事象の実に8割方はそのノセボ効果に起因していてワクチンが原因ではないと示唆されました2)。全身性有害事象はワクチン1回目投与後の人の46%、プラセボ投与後の人の35%に生じていました。その結果に基づくとワクチン1回目接種後の全身性有害事象の76%はワクチンとは無関係のノセボ効果に起因します。理由は定かではありませんがワクチン2回目接種後の全身性有害事象のノセボ効果は1回目接種後より低めでした。2回目投与後の全身性有害事象の発生率はプラセボ群では少し下がって32%、ワクチン投与群では逆に増えて61%であり、それらの数値に基づくとワクチン2回目接種後の全身性有害事象のうちおよそ半分(52%)がワクチンとは無関係のノセボ効果に端を発すると推定されました。一方、注射部位の有害事象は全身性有害事象とは対照的にワクチンを原因とするものが大半を占めるようです。1回目投与後の注射部位有害事象の発生率はワクチン群では67%、プラセボ群では16%であり、ワクチン1回目投与後の注射部位有害事象の24%がノセボ効果に起因すると示唆されました。ワクチン2回目投与後の注射部位有害事象のうちノセボ効果の割合は全身性有害事象と同様に1回目投与後より低く、16%ほどでした。頭痛や疲労などの漠然とした症状一揃いがCOVID-19ワクチン接種後の一般的な有害事象として説明書の多くに掲載されており、ノセボ効果でも生じうるそういった症状があたかもワクチン接種後に特有の有害事象であるという思い込みを増やしているかもしれません。現在出回るそのような説明書や報道はノセボ効果をおそらく誘発または助長していますが、その効果の存在を隠すのではなく正直に説明することでCOVID-19ワクチン接種に関する不安を減らして接種をより受け入れやすくすることができると今回紹介した試験の著者は考えています1,3)。実際、ノセボ効果の理解を促して詳らかにすることの利点はわかってきています。たとえばいつもの同意手順の有害事象の説明に“この手段を調べた無作為化試験のプラセボ群の被験者にも似た有害事象が認められており、それらはどうやら不安や心配に端を発する”といったノセボ効果の簡潔にして正確な情報を含めることが服薬に伴う有害事象を減らしうると示唆されています4)。患者との意思疎通手段はさらなる研究が必要ですが、そういったノセボ効果を正直に伝えることは開示をより完全にしこそすれ害を及ぼすことはまず無さそうです1)。参考1)Haas JW, et al. JAMA Netw Open . 2022 Jan 4;5:e2143955.[Epub ahead of print] 2)‘Nocebo effect’: two-thirds of Covid jab reactions not caused by vaccine, study suggests / Guardian3)Placebo effect accounts for more than two-thirds of COVID-19 vaccine adverse events, researchers find / Eurekalert4)Ballou S, et al. J Clin Gastroenterol. 2021 Jun 7.

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第80回 身近なコロナ死から考える、ワクチン接種キャンペーンへのもやもや感

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の新規感染者報告数が急激な減少を続けている。10月18日の全国での新規感染者報告数は230人。この日の東京都の新規感染者報告数は29人。これ以前に東京都で同じ数の新規感染者報告だったのは2020年6月22日だから、実に1年4ヵ月ぶりの低水準である。この感染者急減の原因については諸説あるが、ワクチン接種の進展が一因であるだろうということは多くの専門家の共通した認識のようだ。10月20日公表の日本国内でのワクチン接種完了率は68.3%、高齢者に限ると90.2%にものぼる。全世界での接種完了率で見ても、日本はすでにアメリカ、イギリス、フランス、ドイツも追い抜いている。ワクチン接種の本格スタートが先進国の中でも遅かったとの指摘はあったものの、その後は先頭集団に追いつき、一部は追い抜くというこの結果は、高度経済成長期に見せた「日本らしさ」なのかとも思ったりする。もっとも従来から国が希望者への2回接種を11月中までに完了したいと言っていることを考えれば、これから接種スピードは減速し、徐々にプラトーになることは自明である。そうした中で、現在本格接種が最も遅くなった若年層へのワクチン接種率向上策が一部の自治体で行われている。「若年層のワクチン接種率向上へパソコンなどあたるキャンペーン」 (長野県、NHK)「泉佐野市、ワクチン接種完了でピーチポイント 若年層に動機付け 、4600人に」 (Aviation Wire.jp)「ワクチン接種率向上へ マツダ車などをプレゼント 広島県」 (広島ホームテレビ)「ワクチン接種で石垣島旅行が当たる! 浦添市が接種率向上に向けキャンペーン」 (沖縄テレビ放送)若者向けにインセンティブを用意したキャンペーンを行うのは、若年世代は重症化する危険性が低いために新型コロナを自分事としてとらえきれない、また若年ゆえに長期的な副反応などへの懸念が起きやすいことなどから、ワクチン忌避がほかの年代と比べて多いと指摘されていることも影響しているだろう。たとえば、東京都が行ったアンケート調査結果でも若年層に接種忌避の割合が高いことが明らかになっている。こうした「モノで釣る」的なことに対してはさまざまな意見があるだろう。私個人についていえば、賛成半分、反対半分なのである。そもそも今回、日本でワクチン接種が始まった後に感染力が高い変異株・デルタ株が登場している。米国疾病予防管理センター(CDC)が試算したデルタ株の基本再生産数は5~9.5人。ここから計算すると集団免疫獲得のために求められる接種率は80~89%になる。ところが現在世界を見回しても、接種完了率80%を超えているのは、アラブ首長国連邦(UAE)とポルトガル、地中海の小国マルタしかない。この事実だけでも接種完了率80%以上を実現するのは容易ではないことは明らか。とりわけ人口が1億人を超える日本にとって難易度は高いと言わざるを得ない。そうした中で少なくとも80%を実現するためには、既成概念にとらわれていてはいけないというのがインセンティブ政策へ一定の賛意を示す理由である。一方で反対とも考えてしまう理由は、行政施策の平等性の観点からである。民間企業の戦略ならまだしも、行政施策で特定層に限定したインセンティブ供与は不公平と言うべきである。しかも、今回の新型コロナに対するmRNAワクチンは「副反応自慢大会」とまで言われるほど、SNS上では各人が経験した副反応経過が書き込まれている。高齢ほど発熱などの副反応は軽いと言われているものの、高齢者の中にも副反応経験者はそこそこにいる。それだけ苦痛を伴うものを自ら進んで接種した人ではなく、ワクチン接種をためらっている人にインセンティブを与えるのは、いわば「ゴネ得」にもなりかねない。その意味では若年層へのワクチン接種インセンティブ政策を行う自治体には、ぜひともほかの年代層へも広く薄くて良いので何らかのメリットを提供してほしいと思うのである。また、接種率向上という意味で地方自治体に今一度奮起してほしいことがある。それはアナフィラキシーなどの理由以外で1回接種に留まっている人、あるいは高齢層での未接種者に対する再度の啓発・勧奨アプローチである。現状のように65歳以上の高齢者での接種完了率が90.2%にまで達していることを考えれば、対象者は絞り込みやすいだろう。さらに付け加えれば、接種の優先順位も影響したと思われるが、基礎疾患などがあれば重症化や死に至る可能性がある40代、50代の接種率も向上可能な余地がまだ残されていそうだ。まあ、このように思う理由の一つには最近の私個人の経験も影響している。先週、私用のため東海地方の某市の安ホテルに宿泊していた時のことだ。午前3時半過ぎに珍しく中途覚醒してスマホを手に取った際、LINEにしばらく連絡を取っていなかった中学の同級生からメッセージが着信していることに気づいた。寝ぼけ眼でメッセージを開くと次のように書いてあった。「○○、コロナで亡くなったって、明日お通夜で明後日告別式です」○○は52歳で私の中学、高校の同級生だ。基礎疾患があることは本人からは聞いていたのでリスクは高かったのだろうが、後に聞いたところ入院後すぐ重症化してECMOを装着し、2ヵ月間も眠り続けて力尽きたとのこと。通夜に参列した同級生などによると、たまたま間に合わなかったのか、本人が避けていたのか、単に面倒で後回しになっていたのかはわからないが、ワクチンは未接種だったという。いまさら言っても詮無き事ではあっても、もし接種していたらと考えずにはいられない。私事をつらつら書いて恐縮だが、彼とは6年間も同じ学校にいたが、中学も高校も1学年で350人超というマンモス学校だったので同じクラスになったことは一度もない。ただ、中学1年生の時はクラスが隣同士。中学時代は体育の授業が男女別で2クラス合同なので互いに見知ってはいた。中学は各種運動部を中心とする任意参加の部活動と、全員がどれかに参加する文化系の必修クラブがあった。自分の部活動は水泳部、必修クラブは写真クラブ。彼の部活動はテニス部だった。ちなみに中総体といわれる全国中学校体育大会の地元の予選は、水泳競技以外がほぼ1週間程度のメイン日程の中で集中的に行われ、そこから2週間ほど経ってから水泳競技だけが行われる。ということで、私の場合は中学3年間、メイン日程中は写真クラブの活動が中心だった。カメラを持って各競技場に配置され、3年間担当したのが今回亡くなった彼が所属していたテニス会場だった。中学1年時に撮影に行った際は同じクラスにテニス部員がいなかったこともあり、自分は昼食時に同じ中学のテニス部員たちが陣取っていた場所からちょっと離れたところに座り込み一人で弁当を食べていた。2、3口ほど食べた時、いきなり背中に誰かがぶつかった。振り返ると体育の授業で見知っていた彼が、自分の背中をこっちの背中にくっつけてニッコリ笑いながら自分の弁当を食べ始めた。背中をくっつけ合いながら互いに弁当をほおばって時々会話をした。テニス部OBが差し入れたジュースが余った時にわざわざ持ってきてくれたのも彼だ。心細かった時の事なので、この時のことははっきり覚えている。そんな彼も中年になり、肥満気味になり頭部も薄くなった。でも相変わらず性格は明るかった。最後に会った時も前歯が欠けたままガハガハ笑いながらタバコを吸っていた。今回、LINEをくれた同級生から教わった葬祭場に連絡を取り供花の手配をしたが、そんな花が最も似合わない中年男性の彼に花を贈ることになるなんて思いもしなかった。もうこんな思いはごめんである。だからこそ自分も今一度、一般向けにどのようなワクチン情報を発信すべきかと思いを巡らしている。

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提案した治療を拒否された…【非専門医のための緩和ケアTips】第13回

第13回 提案した治療を拒否された…入院と違って短時間でさまざまな患者さんの健康問題への対応が求められる外来診療。時折、医療者が勧める治療法を受け入れない患者さんがいますよね。医師としてはちょっと「イラッ」としてしまうこんな場面に役立つ、緩和ケア的なアプローチはあるのでしょうか?今日の質問乳がんの患者さん。地域の基幹病院と私の診療所に通院し、私は主に支持療法を提供しています。ご本人から「痛み(がん疼痛)が強くなってきて、もう少し和らげたい」とあったので少量の経口オピオイドを勧めたのですが、説明後には「痛み止めはまだ飲みたくありません」と言います。丁寧に説明した後にそう言われると、ちょっとがっくりしてしまいます…。今回のご質問、心中穏やかでないようですね。私も以前はよくこの方と同じ気持ちになっていました。患者さんの困り事に対し、しっかり検討したうえで提案したにもかかわらず、受け入れてもらえないという状況は緩和ケアの場でもしばしば経験します。先日、医療コミュニケーションの復習をしていて、米国の緩和ケアに関する情報サイトを見たところ、まったく同じトピックを扱っていました。われわれを悩ませるこの問題は万国共通のようです。ここでは、ともすると忘れがちな「大前提」があります。それは「判断能力のある成人は、医学的には妥当で有益であっても、その治療を拒否する権利がある」ということです。言われてみれば当たり前ですが、私たち医療者は無意識下に「患者さんは指導には従うべき!」といった認識を抱いています。そんな気持ちに駆られると、医師の言うことを聞くのが「良い患者」、聞かないのは「悪い患者」といった感覚に陥りがちです。ここはその時々で振り返りたいところです。さて、推奨する治療を拒否する患者さんに遭遇したとき、相手が「状況や内容を理解できていない」ために拒否的な態度なのか、「理解したうえで、あえて選択しない」のかを見極めることが大切です。「状況や内容を理解できていない」のであれば、より伝わる方法を考え、意思決定を支援するご家族とやり取りすることが重要です。私たちが多く接する高齢の患者さんも、こうした配慮が必要なことがよくあります。具体的な工夫としては、「説明する情報を最小限にする」「ポイントを書きながら伝える」「時間を置いて看護師から理解を確認する」などが挙げられます。一方、「理解したうえで、あえて選択しない」のであれば、そこに何か理由があるはずです。そして、その理由に合わせた代替案を提案するアプローチが大切です。ここでは、「ああ、そんなふうに思われているんですね。それはどうしてですか?」と共感を示しつつ、探索的なコミュニケーションを取ることが効果を発揮します。たとえばこんな感じです。医師「『薬を使いたくない』とのことですが、気になっていることを教えてもらえませんか?」患者「薬に頼ると、病気に負けてしまう気がするのですよね…」医師「そんなふうに感じるのですね。そんなふうに感じるようになった経験があったのでしょうか? よかったら、もう少し詳しく聞かせてもらえますか?」相手の懸念を深堀りしたうえで、頭ごなしに否定や説得するような態度にならないよう、留意して対話します。いかがでしょう? 探索的なコミュニケーションや相手の理解をアセスメントするといった緩和ケア的アプローチを、ぜひ臨床の場で活用してください。今回のTips今回のTips治療を拒否されたら、「状況や内容を理解できていない」のか、「理解したうえで、あえて選択しない」のかを見極め、次のアクションにつなげましょう。

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最初は誰でもオペレコ初心者!基礎トレから始めよう【誰も教えてくれない手術記録 】第7回

第7回 最初は誰でもオペレコ初心者!基礎トレから始めようこんにちは! 手術を描く外科医おぺなかです。連載が始まって半年が経ちました。このコラムが皆さんのオペレコへのモチベーションアップに少しでも役立てていればうれしい限りです。僕のイラストをこの連載やSNSで見てくださった方から、「今までイラストレーションや美術を学んだ経験があるんですか?」と聞かれることがあります。しかし僕はまったくの未経験者で、もともとイラストが得意だったわけでもありません。初期研修医時代は、上級医にオペレコを描けと言われ、一晩苦しみ抜いて描き上げてもダメ出しばかりでした。そこから何年もかけて繰り返し描き続けたことで、今のスタイルがようやく確立した形です(それでもまだまだ自分のイラストに満足できていないところはたくさんありますが…)。読者の皆さんの中には、僕と同じようにダメ出しされてばかりで苦労している方もおられるのではないかと思います。少しでもそんな方々の参考になるよう、今回は、オペレコを描き始めた頃の僕が上手くなりたくてやっていた基礎トレーニングを3つ紹介しようと思います。オペレコ初心者の皆さんの上達のきっかけになればうれしいです。基礎トレ1.オペレコや手術書をトレースする最初は、上司のオペレコや手術書のイラストに薄い紙を重ねて線をトレース(なぞり描き)する練習をしていました。上手なイラストは共通してブレが少ないスッキリとした線で描かれています。繰り返しトレースすることで、キレイな線の引き方が体得できるはずです。僕は当時トレーシングペーパーを使って練習していましたが、今どきの皆さんはデジタルイラストレーションの環境を活用してみてはどうでしょうか。画面に参考イラストを取り込んで透明度を調整し、レイヤーを重ねて上から線画をなぞり描くことで、より手軽にトレース練習ができますね。図:アプリに参考イラストを取り込み、レイヤーを重ねてトレース基礎トレ2.オペレコや手術書を模写するトレースで線を引くことに慣れてきたら、次は参考にしたい手術・臓器イラストを見ながら、白紙にボールペンで模写してみましょう。イラストを熱心に観察して、一つひとつの線を丁寧に写し取ることで、臓器の構造、バランス、位置関係、癒着・炎症・浸潤の表現など、イラストの描き方のポイントが体得できると思います。こちらも、画面を使えばデジタル環境でもできますね(どちらか一方が紙でも可)。すべてを事細かに描く必要はありません。その絵から学び取りたい部分を重点的に練習しましょう。最終的には参考イラストと同じ内容をスラスラ描けるくらいになると最高ですね。図:2画面を活用して模写の練習基礎トレ3.優れたオペレコの内容や魅せ方を真似する上級医にいきなりオペレコを描くことを要求されても、初めは何をどのように描けばよいのか悩みますよね。そんなときは、上級医のオペレコから描くべき内容を参考にしてしまいましょう。熟練の外科医のオペレコには、手術記録として必要な情報が効率よく盛り込まれています。また、優れたオペレコはイラストの魅せ方も参考になります。影やハイライトで立体感・質感を表現する、術者の手や手術器具を描きイラストに臨場感を持たせる、BeforeとAfterの両方を示して手術の流れや切除範囲を示す、断面図や透過を利用して臓器や膜の位置関係を示すなど、さまざまなテクニックを見て盗んで、自身のオペレコに取り入れてみましょう。参考:Before⇔Afterを示したイラスト参考:断面図を用いて臓器の位置関係を正確に表現オペレコの基礎トレーニング1.トレースする2.模写する3.優れたオペレコを真似する今回紹介した3つの基礎トレはそれぞれ、イラスト上達のための1つの方法です。かならずしも一からやり始める必要はなく、線をきれいに引くことが苦手な人はトレースから、線画は描けるけど臓器や解剖構造がうまく表現できない人は模写から、臓器は描けてもオペレコとしての完成度に満足できない人は参考資料を真似することからなど、イラストへの習熟度に応じて取り組む内容を変えてもいいと思います。絵が苦手だからとイラストの上達を諦めるのではなく、とにかく手を動かし始めることが大切です!当然のことですが、満点のオペレコを始めから描ける人はいません。繰り返し描き続けることで少しずつ画力が上がり、さらに繰り返し手術を経験して解剖や術式の理解を深めていくことで、ようやく思い通りのオペレコが描けるようになります。僕も、それなりに描けるようになった今でさえ、オペレコを描くときは参考資料をかき集めて、調べながら自身のオペレコを作成しています。今回はオペレコ初心者に向けた内容をお届けしました。次回は実際に僕が行っているオペレコ作成のルーティンをいくつか紹介します。外科医の働き方に即した実践的な内容になる予定です。お楽しみに!

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“看取り”に関わらないからといって、“緩和ケア”に関わらないわけではない!【非専門医のための緩和ケアTips】第2回

第2回 “看取り”に関わらないからといって、“緩和ケア”に関わらないわけではない!前回からスタートした「非専門医のための、明日から使える緩和ケアTips」です。「緩和ケア」というと、「緩和ケア病棟のような、専門病棟に入院する患者に提供される濃密なケア」というイメージを抱く方が多いようです。ですが、がん患者に限ってみても、緩和ケア病棟で亡くなるのは全体の12%程度です。では、残りの9割近くの方は、どこで人生の最終段階を過ごしているのでしょうか? そう、緩和ケア病棟以外の一般病床や施設、そしてご自宅です。つまり、緩和ケア病棟だけでなく、患者さんが過ごすさまざまな場で「緩和ケア」を提供する必要があるのです。「さまざまな場で緩和ケアを必要とする人に最適なケアを届けるため、緩和ケアを専門とする私や仲間たちが学び、使っているノウハウを共有しよう!」というのが、この連載のテーマです。今日の質問通院が困難となり、訪問診療をしている高齢患者さん。ご家族から、「最後まで自宅で過ごさせたいけれど、可能でしょうか?」と相談を受けました。今後どのような話し合いをするとよいでしょうか?皆さんは診療時に、どのように緩和ケアに取り組んでいますか? こんな風に聞くと、「いやいや、うちは訪問診療をしてはいるけど、看取りは対応していないので」なんて声も聞こえてきそうです。もちろん、看取りを視野に入れたケアは、比較的短期間に集中的な介入やコミュニケーションが要求される、緩和ケアにおけるメジャーな分野です。でも、緩和ケアはそこだけにとどまらず、普段外来に来ている患者さんに対しても意識することで、実践できることはたくさんあります。というか、そういった時期にこそ緊急性がない分、落ち着いた取り組みができるはずです。最近は、人生の最終段階に備えて、意向を共有しておくプロセスの重要性が増しているといわれています。いわゆる「アドバンス・ケア・プランニング(ACP:Advance Care Planning)」というやつですね。ACPのような取り組みも、病状が穏やかで、切迫した意思決定が必要ないときのほうが本質的な話ができます。病状が進行してからの話し合いでは、どうしても急いで決めないといけない重要なことに目が向いてしまいます。そうなると、ACPの重要なコンセプトである「前もって」「意向や価値観の共有」という2点が損なわれ、具体的な医療行為の決定のみに走る傾向になります。ここを何とかできるのが、普段の診療をしている医療者、主に開業医の先生方なのです。ここは急性期病院に勤める私としては、うらやましい限りです。とはいえ、実際に診療で何をするかとなると、「?」となる方がほとんどだと思います。「すべての医療現場に緩和ケアを」というコンセプトには賛同できても、具体的にどのように取り組めばよいかがわからない、というのも当然です。そのあたりをこの連載で順次お話しできればと思いますが、今回はまず、「“看取り”に関わらないからといって、“緩和ケア”に関わらないわけではない」ということを、ご理解いただければと思います。ここで1つ、コツを紹介です。患者さんと病気以外のことを話している瞬間ってありますよね? 私は高齢の方を診ることが多いので、これまで経験した職業や育った地域のことなど、雑談っぽく聞いています。実はこれ、その人の物語的(ナラティブ)なエピソードを理解するという点で、緩和ケア的なアプローチなんです。こういった話をすると、「診療時は時間がないから無理」なんて声も聞こえてきそうです。決して1人で取り組む必要はないですし、看護師さんの力を借りるのも有効かもしれません。こんなふうに「緩和ケア」を広く捉えていただくことが、緩和ケアを皆さんの診療に加えていく最初の一歩になります。次回以降、物語的(ナラティブ)な対話について、具体的にどのように取り組んでいるかを紹介しながら「時間がない」問題について考えていきましょう。今回のTips

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筋萎縮性側索硬化症(ALS)に対する多剤併用試験の意義(解説:森本悟氏)-1331

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、運動ニューロン障害による筋萎縮、筋力低下、嚥下障害、呼吸不全等を特徴とする神経難病であり、有効な治療法はほとんど存在しない。 しかし今回、ALSの有効な治療薬として、フェニル酪酸ナトリウム(sodium phenylbutyrate)-taurursodiol合剤が報告された(Paganoni S, et al. N Engl J Med. 2020.383:919-930. )。 フェニル酪酸ナトリウムは、本邦では尿素サイクル異常症治療薬として使用されている。この薬剤は、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤としても働き、低分子シャペロンである熱ショックタンパク質(HSP)を増加させる。それにより、ALSの病態として重要なタンパク質(TDP-43)の異常蓄積を防ぎ、小胞体ストレスによる神経毒性を低減する。一方、taurursodiol(ウルソデオキシコール酸[ウルソジオール]のタウリン抱合体)は漢方薬の原料である熊胆の成分であり、小胞体ストレスを軽減するとともに、ミトコンドリアにおけるBax蛋白の膜移行を阻害し、細胞死を防ぐ働きがある。 従来の数多くの基礎研究により、小胞体ストレス、ミトコンドリア機能不全、あるいは小胞体-ミトコンドリア接触部(MAM)の破綻などがALSにおける重要な病態であるということが提唱されてきたが、今回の臨床試験の報告により、これらの仮説が証明された。さらに本治験患者を長期観察した続報として、ALSにおける運動機能改善のみならず、投薬患者はプラセボ群と比較して6.5ヵ月長い生存期間中央値(無作為化後最大35ヵ月間のフォローアップ)を認めた(Paganoni S, et al. Muscle Nerve. 2021;63:31-39.)。 これまで、脳血管障害や結核治療のように複数の薬剤を併用することで、“multi-target”および“synergistic effect”も含めて有効性を高められる可能性が言われてきたが、今回の報告は、ALSに対する“多剤併用試験”の先駆的な成功例である。 一方で、最近の話題として、ALSを含む多くの神経変性疾患に対する治療開発戦略において、“iPS細胞創薬”が台頭してきている(Okano H, et al. Trends Pharmacol Sci. 2020;41:99-109. )。このコンセプトにより、これまでの動物モデルでは成しえなかった“孤発性疾患モデル”が現実的なものとなり、神経変性疾患の大部分を占める孤発性患者を直接的なターゲットとした創薬が可能となりつつある。 近年、ALSに対する創薬(研究)の報告が相次いでおり、一刻も早くALSが克服されることを切に願ってやまない。

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われわれの直感はあまり正しくない(解説:今中和人氏)-1301

 手術も終わりに近づくころ、何だか麻酔科の先生がせわしない。聞けば酸素化が悪いとかで、レントゲンを撮ったら見事に真っ白。「抜管どうする?」と、その場に微妙な空気が流れて…なんていうシナリオは、誰しも経験がおありだろう。とはいえ、しっかり換気し過ぎて気胸になったら、それこそ一大事。そんなわけで、周術期呼吸管理については数多くの先行研究があるが、術式や体格をはじめ多くの患者要因があるうえ、呼吸管理と言っても気道内圧、呼気終末圧(PEEP)、1回換気量、リクルートメントなどさまざまな要因が入り乱れて、一筋縄ではいかない。 本研究は、オーストラリアの単一施設における成人の全身麻酔手術患者1,206例の、術中1回換気量に関する無作為化試験である。年齢63歳、男性が6割で、開胸術、開心術、開頭術は除外され、主に腹部手術と整形外科手術の患者が対象で、手術時間中央値は180分台であった。対象を2群に分け、PEEP 5cmH2O維持とリクルートメントの回避は統一し、吸気酸素濃度・呼吸回数は任意として、predicted body weight(PBW:いわゆる標準体重とは異なる)を基に、1回換気量を少量群は6mL/kg PBW、標準群は10mL/kg PBWと設定した、と書いてもイメージできないので具体的に記すと、実体重は82kg台、PBWは63kg台で、1回換気量の中央値は少量群395mL、標準群は620mLだった。 動脈血ガスサンプリングは麻酔導入後15分、覚醒・抜管前15分、手術室退室後15分の3回チェックし、7日以内の諸種肺合併症を1次エンドポイントに、入院中の死亡、肺合併症をはじめとする臨床事象を2次エンドポイントと定義して比較した。結果は、麻酔中の気道内圧などの生理学的パラメーターと血ガス(PaCO2など)に、換気量の差に基づく当然の有意差があったが、抜管後はデータも臨床経過も何ら差がなく、両群とも無気肺が24%台、胸水11%台、肺炎3%台の発生で、気道攣縮と気胸は1%未満なので、どちらの換気量も同等でほぼ安全と結論された。なお、腹腔鏡手術の患者(少量群158例、標準群170例)に限定すると、ボーダーライン程度の有意差で肺合併症はむしろ標準換気群に多い、という結果になったが、納得に足る根拠は示されていない。 上述の術式では、仮に気胸や無気肺が起きていても目に見えないので、今回のような研究が成立する。一方、胸骨正中切開下の開心術では換気状態の不良は左も右もマルわかりで、明白な気胸でも無気肺でも介入しないというプロトコルには無理がある。肺の動きが悪いと見るや、大半の外科医は麻酔科医に、手術の進捗を妨げない範囲でばっちり換気するよう、また結構な圧をかけたリクルートメントもお願いするのではなかろうか。有益に違いないと信じ、時には内胸動脈グラフトを神経質なほどガードしながらでもやってもらっている。開心術では脱気目的でガンガン加圧したりもするので、結果的に多くの開心術では本研究の標準群よりはるかに盛大な呼吸のはずだが、術後無気肺の頻度などは似たようなものであろう。 「人工心肺下の手術だと呼吸を止めるから、きっとその間に気道が閉塞してしまうのだ。じゃあ心停止中もPEEP 8cmH2Oかけて弱く換気も続け、人工心肺前後もPEEPを高く維持して、リクルートメントも定期的にやれば、きっと肺合併症が減るだろう」というコンセプトに基づく、フランスの5つの大学病院における無作為化試験(PROVECS試験)1)では、ほぼ何も便益がなかった。もちろん、この呼吸設定は手術の進捗をかなり妨げるから、よほどのメリットがない限り、心臓外科医には耐え難い。 「いやいや、手術室では大丈夫でも、翌日になると無気肺になっている症例が多いから、術後早期の呼吸管理こそが重要だ。予防的に陽圧をかけて気道を開存させておくと、きっとよいだろう」というわけで、諸々の非侵襲的陽圧呼吸補助も考慮されるが、開心術後の陽圧呼吸補助に関する無作為化試験10本のメタ解析2)では肺合併症、それも無気肺の予防効果さえ意外にイマイチで、有用性が証明されなかった。術後早期の陽圧換気も、少なくとも大いに期待できるほど「霊験あらたか」ではなさそうである。 また、PEEPやリクルートメントの実施自体は、心臓外科手術に限らず広く支持されているが、それをどの程度行うかについてはかなり温度差があり、高めのPEEPや気合の入ったリクルートメントなんて昇圧剤のニーズを増やすだけだ、という手厳しい意見もある。そもそもリクルートメントの手法にも、流儀とでも言うべきことがいろいろあるそうで、どうもずいぶん深遠なうえ、圧による損傷のリスクも考えると、「何せしっかりやればよい」という話では済まないようである。 総じて、周術期の呼吸管理について、われわれの直感はあまり正しくない、のかもしれない。

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第30回 経口液剤AMX0035でALS患者の生存も改善

世界保健機関(WHO)主催の世界30ヵ国以上での無作為化試験(Solidarity)の査読前報告が先週木曜日15日にmedRxivに掲載され1,2)、残念ながらギリアド社のベクルリー(Remdesivir、レムデシビル)やその他3つの抗ウイルス薬・ヒドロキシクロロキン、カレトラ(lopinavir/ritonavir)、インターフェロン(Interferon-β1a)はどれもCOVID-19入院患者の死亡を減らしませんでした。たとえばレムデシビル投与群の28日間の死亡率は非投与対照群の11.2%(303/2,708人)とほとんど同じ11%(301/2,743人)であり1,3)、その差は有意ではありませんでした(p=0.50)。そんなSolidarity試験とは対照的に、その発表の翌16日、脳や脊髄の運動神経が死ぬことで生じる難病・筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬候補の良いニュースがありました4-6)。先月9月初めにNEJM誌に掲載されたプラセボ対照第II相試験(CENTAUR)でALS進行を有意に抑制した神経死抑制剤AMX0035がその試験と一続きの非盲検継続(OLE)試験で今度は有意な生存延長をもたらしたのです。米国マサチューセッツ州ケンブリッジ拠点のAmylyx社が開発しているAMX0035は昔からある成分2つが溶けた経口の液剤です。成分の1つはヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害薬・フェニル酪酸ナトリウム(sodium phenylbutyrate)、もう1つは胆汁酸・タウルソジオール(Taurursodiol)です7)。今回発表されたOLE試験に先立つCENTAUR試験にはALS患者137人が参加し、それらのうち3人に1人はプラセボ、あとの3人に2人はAMX0035を6ヵ月間服用しました。NEJM誌報告によると6ヵ月間のAMX0035服用群の体の不自由さの進行はプラセボに比べてよりゆっくりでした7)。また、AMX0035服用は腕の筋力低下も抑制しました。今回のOLE試験にはCENTAUR試験から継続して90人が参加し、全員がAMX0035を服用し、CENTAUR試験の始まりから数えて最大約3年間(35ヵ月間)追跡されました。その結果、生存期間中央値はAMX0035を最初から服用し続けた患者(56人)では25ヵ月、当初プラセボを服用した患者では18.5ヵ月であり(p=0.023)、最初からのAMX0035服用患者は当初プラセボを服用した患者に比べて有意に半年以上(6.5ヵ月)生存が延長されました8)。細胞内小器官・小胞体(ER)へのストレスや機能障害、それにミトコンドリアの機能や構造の欠損がALSの発病要因と目されており、AMX0035に含まれるフェニル酪酸ナトリウムはERがストレスを受けて誘発する毒性を緩和し、もう1つの成分タウルソジオールはミトコンドリアを助けて細胞を死に難くします7)。米国ワシントン D.C.の隣街アーリントンを本拠とするALS患者の会・ALS Association等はAMX0035をALS患者ができるだけ早く使えるようにする請願活動を先月初めに開始しており、16日のニュースによると5万人近く(4万7,000人以上)が請願に署名しています4)。参考1)Repurposed antiviral drugs for COVID-19; interim WHO SOLIDARITY trial results. medRxiv. October 15, 2020.2)Solidarity Therapeutics Trial produces conclusive evidence on the effectiveness of repurposed drugs for COVID-19 in record time / WHO 3)Remdesivir and interferon fall flat in WHO’s megastudy of COVID-19 treatments / Science4)AMX0035 Survivability Data Adds to Urgency to Make Drug Available / ALS Association5)Amylyx Pharmaceuticals Announces Publication of CENTAUR Survival Data Demonstrating Statistically Significant Survival Benefit of AMX0035 for People with ALS / BUSINESS WIRE6)Investigational ALS drug prolongs patient survival in clinical trial / Eurekalert7)Paganoni S,et al. N Engl J Med. 2020 Sep 3;383:919-930.8)Paganoni S,et al. Muscle & Nerve. 16 October 2020. [Epub ahead of print]

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M-1グランプリ(続編・その2)【ツッコミから学ぶこれからのセラピーとは?】Part 1

今回のキーワード文化心理学主流秩序上下関係裏メッセージ「セラピーハラスメント」「癒畜」その1では、なぜツッコミするのかという疑問にお答えしました。それでは、なぜツッコミは日本にあって欧米にないのでしょうか? そして、ツッコミから何を学べるでしょうか? その2では、ツッコミを歴史的に、そして文化心理学的に掘り下げ、これからのセラピーのあり方を一緒に考えていきましょう。なぜツッコミは「ある」の?それでは、そもそも、なぜツッコミは「ある」のでしょうか? すでに笑う心理の起源については、前回(M-1グランプリ【実はボケってメンタルの症状!? 逆にネタから症状を知ろう!】)で進化心理学的に探りました。さらに、ここからは、ツッコミの起源を、3つの段階に分けて、歴史的に探ってみましょう。(1)笑い話約20万年前に現生人類(ホモ・サピエンス)が誕生し、喉の進化によって、複雑な発声ができるようになり、言葉が誕生しました。やがて、生活の知恵や戒めを神話などのストーリーとして次世代に語り継ぎました。紀元前8世紀以降に、宗教的祭祀から演劇が誕生し、古代ギリシアでは悲劇と並んで喜劇も発展しました。これが、世界の笑い話の起源と言われています。一方、日本では、8世紀にできた古事記に、女神が全裸で滑稽な踊りを披露するという記載が残っており、これが日本の笑い話の起源と言われています。1つ目の段階は、笑い話です。この段階で、笑いの構造ができましたが、まだはっきりとしたツッコミは存在しません。ツッコミは見る人や読む人に委ねられています。(2)落語14世紀以降に、中世ヨーロッパの王様が小人症、奇形、知的障害などの障害者を魔除け目的に抱えるようになりました。彼らは、その特性から何をしても何を言っても許される存在でした。逆に、彼らを演じることで、民衆の真実を笑いに包んでうまく王様に伝える人が現れるようになりました。これが、ピエロの起源と考えられます。一方、日本では、16世紀の室町時代に、おとぎ衆と呼ばれる人たちが、戦国大名に仕え、滑稽なオチのつく世情を伝えるようになりました。これが、落語の起源と言われています。2つ目は、落語です。この段階で、ピエロやおとぎ衆がボケとツッコミを同時に演じています。(3)漫才20世紀以降に、欧米では、1人舞台(スタンダップ・コメディ)やお笑いドラマ(シチュエーション・コメディ)が主流になっていきました。なお、20世紀前半のアメリカでは、一時期にコンビによる漫才(ダブルアクト)が流行りました。しかし、現在は廃れています。一方、日本では、江戸時代以降、特に商業が栄えた大阪では笑い(同調)を商売に利用するようになりました(商人文化)。また、寄席も誕生しました。やがて、昭和初期以降に、おどけ役(ボケ)が鼓を打ち、語り部(ツッコミ)が歌を歌いながら舞うコンビによる祝福芸が広がりました。これが、漫才の起源です。3つ目は、まさに漫才です。この段階で、日本では、ボケとツッコミの役割が確立しました。なぜツッコミは「ある」の?これまで、なぜツッコミは「ある」のかという疑問を歴史的に探りました。しかし、厳密には、ツッコミは日本独特のものです。一方の欧米には、はっきりとしたツッコミがないです。なぜツッコミは日本にあって欧米にないのでしょうか? その理由を文化心理学的に3つ挙げてみましょう。(1)「なんでやねん」と見抜く―主流秩序1つ目は、日本は主流秩序がはっきりしていることです。主流秩序とは、集団主義によって「こうあるべき」という多数派の価値観です(均一性)。その価値観から少しでも外れた振る舞いは、すべてボケ(異常)として「なんでやねん」と鋭く見抜くツッコミをすることで、多くの人が気付かされて共感します。「あるあるネタ」とは、まさにその共感です。逆に言えば、政治などの社会派ネタは、政権という主流秩序へのツッコミ(批判)になるため、共感は得られず、ほとんどお笑いネタとして成り立たないというわけです。一方、欧米は、個人主義によって「人それぞれ」という多様性の価値観です。移民政策による多民族国家が多く、人種や宗教などの価値観もさまざまです。よって、そもそも多数派(主流秩序)が形成しにくく、ツッコミをしても必ずしも多くの人が共感するわけではないので、ツッコミをする意味がないというわけです。代わりに、人種、宗教、階層、政党、セクシャリティなどのそれぞれのターゲット層に狙いを絞った社会派ネタや下ネタは多いです。このように、欧米のお笑い(コメディ)は、細分化されて成り立っています。(2)「あほか」と見下す―上下関係2つ目は、日本は上下関係がはっきりしていることです。上下関係とは、集団主義によって家庭での親子や兄弟、職場での上司・部下や師匠・弟子、学校での先輩・後輩という支配服従の関係を重んじる価値観です。その価値観に守られているため、「あほか」と見下すツッコミをしても、「愛がある」「いじりであっていじめではない」という言い訳が成り立ちます。一方、欧米は、個人主義によって対等関係の価値観です。よって、ツッコミは、「偉そうだ」「ハラスメントだ」「かわいそうだ」という反感を買ってしまうので、ツッコミは逆効果になるというわけです。(3)「もうええわ」と見限る―裏メッセージ3つ目は、日本は裏メッセージが多いことです。裏メッセージとは、集団主義によって以心伝心しているからこそ否定的な表のメッセージを発しても真逆の肯定的な本心が伝わるという価値観です(ダブルバインド)。その価値観によって、たとえ「もうええわ」と相手を突き放して見限るツッコミをしても、それは本心ではないということを多くの人が理解できて、緊張緩和から共感する笑いが生まれます。先ほどの「あほか」というツッコミも、この裏メッセージとしてとらえることもできます。一方、欧米は、個人主義によって表メッセージのみの価値観です。はっきりと言ったことのみがそのまま伝わります。逆に言えば、曖昧な表現や、否定表現に裏メッセージなどを込めても通じません。よって、「おもしろくていいね」という肯定的なツッコミをするとしても、それはそもそも観客に委ねることができるので、ツッコミは邪魔になるというわけです。次のページへ >>

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COVID-19流行下で不安募らせるがん患者、医師は受け身から能動へ?

 がん患者の自分が感染したら致命的なのではないか、治療を延期しても大丈夫なのか、この発熱は副作用かそれとも感染か―。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への感染が拡大する中、がん患者の不安は大きくなってしまっている。エビデンスが十分とはいえない中、また医師自身にも感染リスクがある中で、治療においてどのような判断をし、コミュニケーションを図っていけばよいのか。4月21日、「新型コロナ感染症の拡大を受け、がん患者・家族が知りたいこと」(主催:一般社団法人CancerX)と題したオンラインセッションが開催され、腫瘍科や感染症科など各科の専門医らが、患者および患者家族からの質問に答える形で議論を行った。がんの既往があると重症化リスクが高いのか?と聞かれたら 大須賀 覚氏(アラバマ大学バーミンハム校脳神経外科)は、現状のデータだけでは十分とは言えないとしたうえで、「すべてのがん患者さんが同じように重症化リスクが高いとはかぎらない」と説明。英国・NHSによるClinical guideから、とくに脆弱とされる状況を挙げた:• 化学療法を現在受けている• 肺がんで、放射線治療を受けている• 血液または骨髄のがん(白血病、リンパ腫、骨髄腫)に罹患している• がんに対する免疫療法または他の継続的な抗体治療を受けている• その他、免疫系に影響するタンパク質キナーゼ阻害薬やPARP阻害薬などの分子標的療法を受けている• 6ヵ月以内に骨髄移植や幹細胞移植を受けた人、または現在、免疫抑制剤の投与を受けている• 60歳以上の高齢• がん以外の持病がある(心・血管系疾患、糖尿病、高血圧、呼吸器疾患など) 市中に感染が蔓延している状況下では、病院へ行く頻度が高い人はやはり感染リスクが高くなるとして、治療によるベネフィットを考慮したうえで、受診の機会をどうコントロールしていくかが重要になると話した。感染のリスクと治療のベネフィットを、どう考えるか 大曲 貴夫氏(国立国際医療研究センター病院国際感染症センター)は今後の流行の状況について、「いま来ている波が落ち着いたとしても、また次の波に警戒しなければならない」とし、ある程度長い期間、寄せては返しを繰り返すのではないかと話した。先がみえない状況の中で、治療延期の判断、延期期間をどう考えていけばよいのか。 勝俣 範之氏(日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科)は、「がん治療の延期・中止は非常に慎重に行うべき」として、病状が安定していて、半年に一度などのフォローアップの患者さんで、たとえば1ヵ月後に延期する、といったところから始めていると話した。 大須賀氏は、医療資源が確保できず安全な治療自体が行えない場合、いま治療を実施することによって感染リスクが高まると判断される場合は延期・治療法の変更が検討されるとし、治療自体の緊急性や効果といった個別の状況のほか、地域での感染状況などから総合的に判断されるというのが現状の世界での基本的見解だろうと話した。 そして、もし治療の延期や変更を決めた場合には、「なぜ延期/変更されたのかを患者さんが理解しないといけないし、医師は理解できるように説明できないといけない」と上野 直人氏(テキサス大学MDアンダーソンがんセンター乳腺腫瘍内科)。会場の参加医師からは、貴重な受診機会を効率的なものにするために、平時以上に、患者さんに事前に質問事項をメモして来院するよう伝えるべきではという声も聞かれた。続く緊張と感染への不安で食事がとれなくなっている患者も 秋山 正子氏(認定NPO法人マギーズ東京)は、感染を心配しすぎて過敏になり、食事や水分をまともにとれていないような状況もある、と指摘。電話相談などを受けていると、家にずっと閉じこもる状況下で緊張状態になり、身体をうまく休めることができなくなっている人もいるという。 天野 慎介氏(一般社団法人 全国がん患者連合会)は、「まず自分がストレスを感じていることを認めて受け入れる」ことが重要と話した。そのうえで、日本心理学会によるアウトブレイク下での精神的ストレスを軽減させるための考え方(もしも「距離を保つ」ことを求められたなら:あなた自身の安全のために)について、その一部を紹介した:• 信頼できる情報を獲得する• 日々のルーティンを作り,それを守る• 他者とのヴァーチャルなつながりをもつ• 健康的なライフスタイルを維持するつながらない代表電話、医師ができる積極的アプローチとは がん治療中に発熱した場合、それが化学療法による副作用なのか、あるいは感染の疑いがあるのか、患者自身が判断するのは不可能で、味覚障害や下痢なども、鑑別が難しい。佐々木 治一郎氏(北里大学病院 集学的がん診療センター)は、「がん治療中の患者さんに関しては、発熱などの何らかの症状があった場合、保健所ではなく、まず主治医に連絡してもらうようにしている」と話した。 しかし現在、多くの病院で代表電話は非常につながりにくい状況になっている。会場からは、各病院でもがん相談支援センターの直通電話は比較的かかりやすいといった情報が提供された。佐々木氏は、「自粛して1人あるいは家族だけと自宅にいる患者さんに、何らかの支援を提供できるよう動いていくときなのではないか」とし、医師は普段は受け身で相談を受けているが、今はこちらから電話をするなど、積極的なアプローチが必要なのではないかと話した。正しい情報にアクセスし、適切なサポートにたどり着いてもらうために 「10秒息を止められれば大丈夫」「水を飲めば予防できる」など、驚くようなデマが拡散し、そして思った以上に患者さんたちはそういった情報に翻弄されてしまっていると勝俣氏。信頼できる情報にアクセスできるように、医療者がサポートしていく必要性を呼び掛けた。また秋山氏は、「直接ではなくても、電話やネットなどのツールを活用し、誰かとつながって話すことで、かなり不安が軽減する」とし、電話相談の窓口などを活用してほしいと話した。本セッション中に登壇者や参加者から提供された情報源や相談窓口について、下記に紹介する。■新型コロナウイルスに関する情報臨床腫瘍学会「がん診療と新型コロナウイルス感染症:がん患者さん向けQ&A」チームオンコロジー「新型コロナウイルス(COVID-19)関連リンク集」日本癌医療翻訳アソシエイツ(JAMT)「新型コロナウイルス情報リンク集」大須賀 覚先生のnote■相談窓口などマギーズ東京「メールやお電話などのご案内」日本臨床心理士会「新型コロナこころの健康相談電話のご案内」厚生労働省「新型コロナウイルス感染症関連SNS心の相談」

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免疫チェックポイント阻害薬はこうやって効いている【そこからですか!?のがん免疫講座】第3回

はじめに前回は、「がん免疫にはT細胞が最も重要だ」という話をしました。とくにT細胞が抗原提示細胞やがん抗原と出合って活性化し、その活性化したT細胞がまたがん細胞と出合って攻撃するという、T細胞活性化の7つのステップを説明しました。画像を拡大する今回はこの中で、「免疫チェックポイント阻害薬(ICI)」がどうやって効果を発揮しているのか」について解説します。T細胞が抗原と出合うときに活性化がコントロールされる前回説明した7つのステップの中に、「T細胞が抗原と出合う」ステップが2つあります。途中の抗原提示細胞と出合うステップと、最終的ながん細胞と出合うステップですね。この出合うステップにおいてT細胞は相手の細胞と接触します。この接触面は「免疫シナプス」と呼ばれており、実はここでT細胞はさまざまなコントロールを受けています。T細胞には「T細胞受容体(TCR)」というものがあり、これを用いて相手の細胞の主要組織適合遺伝子複合体(MHC)に乗った抗原を認識し、相手の細胞と接触して先ほど出てきた免疫シナプスを形成します。ちょっと信じ難いことに、このTCRには10の18乗通りといわれるくらいの無数のレパートリーがあり、その一つひとつを「T細胞クローン」と呼んでいます。T細胞クローンにこれだけ無数のレパートリーがある理由は、「さまざまな抗原を認識する」ためです。そうでないと、外からやってくる無数の細菌やウイルスなどの抗原に対応できません。しかし、「がん抗原を含む特定の抗原を認識できるTCRを持つT細胞クローン」というのは、無数のレパートリー中のごく一部です。決してすべてではありません(図2)。つまり、すべてのT細胞クローンががん抗原を認識してがん細胞を攻撃するわけではなく、一部のクローンのみが認識して攻撃しています。このような仕組みによって、「さまざまな抗原に対応でき」、かつ「すべてのT細胞クローンが活性化するわけではない」というコントロール機構が備わっています。画像を拡大するそして、ヒトの身体というのは本当に慎重で、免疫が暴走しないような、さらなるコントロール機構を持っています。実は、TCRで抗原を認識した際、TCRからT細胞に活性化刺激が入りますが、実はT細胞に入る刺激が1つだけの場合はT細胞が活性化できないようになっています。必ず「共刺激」が必要です。刺激が1つではだめで、もう1つ一緒に刺激するものが必要、というところから共刺激と呼んでいる、という非常にシンプルなネーミングです。この共刺激の代表例に、「CD28」という分子があります。抗原提示細胞などに出ているCD80やCD86という分子とT細胞上に出ているこのCD28が免疫シナプスの接触面で結合することでT細胞に活性化刺激が“もう1つ”入ります(図3)。つまりTCRがMHCに乗ったがん抗原を認識して入るTCRからの活性化刺激と、CD28を代表とする共刺激の2つがそろってT細胞は活性化するのです(図3)。画像を拡大するところが、このCD28はなかなか強烈な共刺激でして、過去に「CD28刺激を治療に応用できないか?」という発想で治験がなされたそうですが、使用直後から強烈な炎症が起きて治験は中止になってしまったそうです1)。免疫チェックポイント分子と抗CTLA-4抗体や抗PD-1/PD-L1抗体の作用機序CD28刺激の例からもわかるように、免疫の暴走は恐ろしいことになります。ですので、われわれの身体はさらなる「コントロール機構」を備えています。本当に慎重なのですね…。とくに、免疫シナプスでT細胞をコントロールするCD28のような分子をほかにも多く持っており、それらをまとめて「免疫チェックポイント分子」と呼んでいます(図4)2)。画像を拡大する「免疫チェックポイント分子はCTLA-4やPD-1だけだ」と思われている方がいるかもしれませんが、実は判明しているだけでたくさんあることが図4からおわかりいただけると思います。T細胞の活性化を促す自動車のアクセルのような免疫チェックポイント分子もあれば、抑制するブレーキのような免疫チェックポイント分子もあります(図4)。臨床応用されている抗CTLA-4抗体や抗PD-1/PD-L1抗体は、いずれもブレーキ役の免疫チェックポイント分子を標的にしています。つまり、CTLA-4やPD-1/PD-L1という分子は、本来われわれの身体に備わっているT細胞が暴走しないよう抑制しているブレーキであり、抗CTLA-4抗体や抗PD-1/PD-L1抗体はこのブレーキを外してT細胞を活性化し、活性化したT細胞ががん細胞を攻撃している、というわけです。ただし、これらの薬剤はちょっとずつ作用機序が異なっています。CTLA-4という分子は主にT細胞が抗原提示細胞と出合うステップで働くブレーキだといわれています。T細胞の活性化にCD28の共刺激が必要、ということを紹介しましたが、このCTLA-4という分子はCD28の結合相手であるCD80/CD86と非常に強く結合し、本来CD28が結合する分子を強奪してしまいます。結果としてCD80/CD86と結合できなくなったCD28からの共刺激が入らず、T細胞が抑制されてしまいます(図5のA)。画像を拡大する一方でPD-1はPD-L1/L2と結合することで、抗原を認識した際に入るTCRからの活性化刺激を抑えています。ただし、最近はCD28からの共刺激も抑えているという報告もあるなど、少しややこしい議論もありますが(図5のB)、主にT細胞ががん細胞と出合うステップで働いているとされています。したがって、抗CTLA-4抗体は抗原提示細胞と出合うステップでのT細胞の活性化抗PD-1/PD-L1抗体は最終的にがん細胞と出合うステップでのT細胞の活性化をそれぞれ促し、活性化したT細胞ががん細胞を攻撃して効果を発揮しています。「がん免疫編集」に話を戻して第1回にお話しした「がん免疫編集」を覚えているでしょうか?3)この「がん免疫編集」に免疫チェックポイント分子、ICIを当てはめて考えてみたいと思います。第1回では、臨床的な「がん」の状態は、がん細胞が免疫系から逃れている「逃避相」にある、と紹介しました。ぴんときた方もおられるかもしれませんが、がん細胞は逃避機構の1つとしてこのCTLA-4やPD-1/PD-L1という免疫チェックポイント分子を上手に利用して、免疫系から逃れています。そしてこれらを阻害するICIは、この逃避機構を壊して「がん免疫編集」で言うところの、がん細胞と免疫系とが平衡状態にある「平衡相」、そしてもしかしたらがん細胞が排除される「排除相」にまで逆戻しをしている、ということで話をまとめることができます。細かい話はまだいろいろありますが、これ以上は深入りせず、次回はがん免疫療法の効果予測バイオマーカーの話をしながら、がん免疫の理解を深めていきたいと思います。1)Suntharalingam G, et al. N Engl J Med. 2006;355:1018-1028.2)Pardoll DM. Nat Rev Cancer. 2012;12:252-264.3)Schreiber RD, et al. Science. 2011;331:1565-1570.

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オシメルチニブ耐性:メカニズムから頻度、期待される治療まで【忙しい医師のための肺がんササッと解説】第11回

第11回 オシメルチニブ耐性:メカニズムから頻度、期待される治療まで1)Leonetti A, Sharma S, Minari R, et al. Resistance Mechanisms to Osimertinib in EGFR-mutated Non-Small Cell Lung Cancer. Br J Cancer. 2019;121:725-737.2)G.R.Oxnard, J.C.-H.Yang, H Yu, et al. TATTON: A multi-arm, phase Ib trial of osimertinib combined with selumetinib, savolitinib or durvalumab in EGFR-mutant lung cancer. Ann of Oncol. In press.FLAURA試験の結果、EGFR変異陽性例に対する初回治療はオシメルチニブというコンセンサスが得られたものの、日本ではサブセットに関する賛否両論もある。一方、今後の治療戦略を考えるうえで、オシメルチニブの多彩な耐性機序を整理しておくことは非常に重要であり、今回British Journal of Cancer誌によくまとまったレビューが掲載されているので紹介したい(論文1 Fig 1は必見)。本稿では耐性機序をOn-target / Off-target /組織型の転化に分け、頻度は初回治療・既治療(T790M陽性)に基づいて記載した。末尾にそれぞれに関する治療戦略も付記しているが、多くの治療が前臨床・治験レベルであることはご了解いただきたい。1. On-target(EGFR遺伝子)の獲得耐性頻度 初回治療 7%(FLAURA)   既治療 21%(AURA3)いずれにおいてもC797X変異が最多であり、それ以外にもL792X、G796X、L718Qなどが報告されている。L792Xは他のEGFR変異と併存することが多く、逆にL718QはC797Xとは独立して生じるようで、これらが今後の薬剤選択にどのように影響するのかは現時点で不明。FLAURAでは、T790Mの出現は認められていない。T790M陽性例では、治療期間が短い一因として、耐性時にT790M変異が消失している例が挙げられ、こうした症例ではKRAS変異(最近注目のG12Cではない)やMET遺伝子増幅など他の耐性機序を生じている症例が多かった。2. Off-target(EGFR遺伝子以外)の獲得耐性Off-targetによる耐性は、初回治療としてオシメルチニブを用いた場合に多くなる傾向があり、EGFR変異は保持されたままであることが多い。これは腫瘍のheterogeneityを反映しているのでは、と考察されている。機序は多種多様だが、報告されている中ではMET遺伝子増幅が最多。頻度 初回治療 15%(FLAURA)   既治療 19%(AURA3)またMET遺伝子の近傍に位置するCDK6やBRAFなどの遺伝子増幅を同時に認める症例があるとのこと(Le X, et al. Clin Cancer Res. 2018;24:6195-6203.PMID: 30228210)。近年いくつかの薬剤の有効性が示されているMET exon14 skippingも症例報告レベルではあるが報告されている(Schoenfeld AJ, et al. ASCO 2019. abst 9028.)。ほかにはHER2遺伝子増幅(FLAURA 2%、AURA3 5%)、NRAS変異、KRAS G12S変異、BRAF V600E変異(同3%、3%)、PIK3CA変異(4%、4%)、cyclin D1などcell cycle関連の変異(同12%、10%)、融合遺伝子変異(FGFR・RET/NTRK1・ROS1・BRAFなど3~10%、初回投与では少ない?)などがそれぞれ報告されている。3. 組織型の転化小細胞肺がんへの転化が4~15%でみられ、これらの症例では治療前からRB1やTP53の不活性化が確認されている。最近では扁平上皮がんへの転化も報告されている(治療ラインにかかわらず7%前後、Schoenfeld AJ, et al. ASCO 2019. abst 9028.)。4. 有効な治療方針は?耐性例ではとくに、空間的・時間的な不均一性が問題になることが指摘されている(現時点で何か解決策があるわけではないが)。つまり1ヵ所の再生検のみでは全体を十分に把握できていない可能性がある。一方で上記の頻度は解析材料(組織生検か、リキッドバイオプシーか)にも左右されうることには注意が必要。耐性時点でのT790M変異消失は予後不良とする報告がある(Oxnard GR, et al. JAMA Oncol. 2018;4:1527-1534.)。耐性機序が多彩であることを踏まえてNEJ009レジメンに倣った化学療法の併用について前臨床での報告がなされている(La Monica S, et al. J Exp Clin Cancer Res. 2019;38:222.)。C797S変異:前臨床の段階だが第4世代EGFR-TKI(EAI045)やアロステリック阻害薬(JBJ-04-125-02)の開発が進行中(To C, et al. Cancer Discov. 2019;9:926-943.)。MET遺伝子増幅/変異に対してはクリゾチニブをはじめとしたc-MET阻害薬の併用やcabozantinibの有効性が少数ながら報告されている(Kang J, et al. J Thorac Oncol. 2018;13: e49-e53.)。HER2遺伝子増幅例に対しては前臨床でオシメルチニブとT-DM1の併用が有望とされている(La Monica S, et al. J Exp Clin Cancer Res. 2017;36:174.)。その他BRAF阻害薬、AXL阻害薬、ベバシズマブ、Bcl-2阻害薬、mTORC阻害薬、CDK4/6阻害薬など多くの薬剤が検討中であるが、総じて臨床データは乏しい。最近ではTATTON試験においてc-MET阻害薬savolitinibやMEK阻害薬selumetinibとの併用が報告された。安全性は確認されたものの、対象が雑多なこともあり有効性について目立った成果は示せていない(Oxnard GR, et al. Ann Oncol. 2020 Jan 24. [Epub ahead of print])。特殊な治療として、本論文の末尾にはCRISPRを用いた‘molecular surgeon’についても紹介されていた(Tang H, et al. EMBO Mol Med. 2016;8:83-85.)。

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自己免疫性肝炎〔AIH:Autoimmune hepatitis〕

1 疾患概要■ 概念・定義自己免疫性肝炎(AIH)は、中年以降の女性に好発し慢性、進行性に肝障害を来す疾患である。本疾患の原因は不明であるが、肝細胞障害に自己免疫機序が関与し、免疫抑制剤、とくに副腎皮質ステロイドが奏効することを特徴とする。臨床的にはトランスアミナーゼの上昇、抗核抗体、抗平滑筋抗体などの自己抗体陽性、血清IgG高値を高率に伴う。■ 疫学2016年を調査年として厚労省研究班で実施された疫学調査では、推定患者数は3万330人、有病率は23.9、男女比が1:4.3と過去調査と比較して患者数と男性患者の比率が増加している1)。また、2018年のAIHの全国調査では、診断時年齢(中央値)は63歳である。■ 病因本症は、何らかの機序により自己の肝細胞に対する免疫学的寛容が破綻し、自己免疫反応によって生じる疾患とされる。本邦例の遺伝的要因としてHLA-DR4との相関があるが、海外で報告されているSH2B3やCARD10との関連は認められていない。免疫学的要因では、自然免疫でのToll-like receptorの機能異常、DAMPsによる樹状細胞の活性化、獲得免疫での制御性T細胞の異常、IL -17、Th17細胞の増加などが報告されている2)。 発症誘因として先行する感染症や薬剤服用、妊娠・出産との関連が示唆されており、ウイルス感染や薬物代謝産物による自己成分の修飾、外来蛋白と自己成分との分子相同性、ホルモン環境などが発症に関与する可能性がある。■ 症状本症に特徴的な症候はなく、発症型により無症状から食欲不振・倦怠感・黄疸といった急性肝炎様症状を呈するなどさまざまである。初診時に肝硬変へ進行した状態で肝性脳症や食道静脈瘤出血にて受診する症例も存在する。また、合併する慢性甲状腺炎、シェーグレン症候群、関節リウマチなどの症状を呈することもある。■ 分類自己抗体の出現パターンにより1型と2型に分類される。1型は抗核抗体や抗平滑筋抗体が陽性で多くは中高年に発症する。2型は抗肝腎ミクロソーム(LKM)-1抗体陽性で、主に若年に発症する。わが国では1型が多く、2型はきわめて少ない。■ 予後AIHの予後は、わが国においては10年生存率90%以上と良好であるが、急性肝不全の対応が予後の改善に重要である。また、肝硬変例はAIHの約20%を占め、その多くは初診時すでに肝硬変である。とくに経過観察中に肝硬変へ進展する例は、非肝硬変例と比較し有意に再燃率、免疫抑制剤の使用率が高く、治療抵抗性であることが報告されている。線維化進行例では肝細胞がんの合併もあることから、他の肝疾患と同様に定期的な画像検査が重要である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)AIHの診断は、わが国の診断指針(表1)3)ならびにInternational Autoimmune Hepatitis Group(IAIHG)が提唱した改訂版あるいは簡易版国際診断基準が用いられている。改訂版は診断感受性に優れ自己抗体陽性、IgG高値などの所見が目立たない非定型例も拾い上げて診断することができ、簡易版は特異性に優れステロイド治療の決定に参考となる。重症度判定は表2の基準を用いて行う3)。鑑別診断では、ウイルス性肝炎および肝炎ウイルス以外のウイルス感染(サイトメガロウイルス、EBウイルスなど)による肝障害、健康食品による肝障害を含む薬物性肝障害、非アルコール性脂肪性肝疾患、他の自己免疫性肝疾患などとの鑑別を行う。とくに薬物性肝障害や非アルコール性脂肪性肝疾患では抗核抗体が陽性となる症例があり、詳細な薬物摂取歴の聴取や病理学的検討が重要である。最近ではIgG4関連疾患や免疫チェックポイント阻害薬による肝障害との鑑別も課題となっている。表1 自己免疫性肝炎の診断指針・治療指針(2021年)●診断1.抗核抗体陽性あるいは抗平滑筋抗体陽性2.IgG高値(>基準上限値1.1倍)3.組織学的にinterface hepatitisや形質細胞浸潤がみられる4.副腎皮質ステロイドが著効する5.他の原因による肝障害が否定される典型例上記項目で、1~4のうち3項目以上を認め、5を満たすもの非典型例上記項目で、1~4の所見の1項目以上を認め、5を満たすもの表2 自己免疫性肝炎の重症度判定画像を拡大する3 治療 (治験中・研究中のものも含む)治療の基本は、副腎皮質ステロイドによる薬物療法である。プレドニゾロン導入量は0.6mg/kg/日以上とし、中等症以上では0.8mg/kg/日以上を目安とする3)。早すぎる減量は再燃の原因となるため、ゆっくり漸減し、最低量のプレドニゾロンを維持量として長期投与する。ウルソデオキシコール酸は、副腎皮質ステロイドの減量時に併用あるいは軽症例に単独で投与することがある。再燃例では、初回治療時に副腎皮質ステロイドへの治療反応性が良好であった例では、ステロイドの増量または再開が有効である。繰り返し再燃する例やステロイドを使用しにくい例ではNUDT15遺伝子多型検査で問題が無ければアザチオプリン(1~2mg/kg/日、成人では50~100mg/日)の併用を考慮する3)。重症例では、ステロイドパルス療法や肝補助療法(血漿交換や血液濾過透析)などの特殊治療を要することがある。また、非代償性肝硬変例や急性肝不全例では肝移植が有効な治療法となる場合がある。4 今後の展望急性肝炎様に発症する症例では、抗核抗体陽性やIgG高値といった典型像を呈さないことがあるため、疾患特異的な診断マーカーの探索が求められている。ステロイド剤やアザチオプリンで抵抗性あるいは不耐例に対する2nd line治療が課題となっており、海外で多く使用されているミコフェノール酸モフェチルのわが国における使用についても保険適用も含め検討が必要である。5 主たる診療科肝臓内科・消化器内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 自己免疫性肝炎(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究ホームページ(医療従事者向けのまとまった情報)1)Tanaka A, et al. Hepatol Res. 2019;49:881-889.2)Christen U, et al. Int J Mol Sci. 2016;17:2007.3)厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班:自己免疫性肝炎(AIH)の診療ガイドライン(2021年).2022.公開履歴初回2020年2月3日更新2023年7月13日

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ウルソの特性を生かしたアドヒアランス改善提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第12回

 今回は、患者さんの服薬管理方法に着目し、用法をまとめたことでアドヒアランスが改善した事例を紹介します。分3内服の典型薬剤であるウルソデオキシコール酸の意外な特性を活かした処方提案ですので参考になれば幸いです。患者情報70歳、女性(施設入居)基礎疾患:原発性胆汁性肝硬変、心不全、糖尿病、逆流性食道炎内服管理:自己管理処方内容(介入時)1.ウルソデオキシコール酸100mg 3錠 分3 毎食後2.ラベプラゾール錠10mg 1錠 分1 朝食後3.フロセミド錠40mg 1錠 分1 朝食後4.インスリンリスプロ注 1日3回 毎食直前 朝4−昼4−夕4単位5.インスリングラルギン注 1日1回 就寝前 6単位本症例のポイント施設入居時、残薬だけで3ヵ月は生活できるほど大量に薬が余っていました。血糖コントロールは当然不良でしたが、患者さんに危機感はなく、「血糖自己測定(SMBG)は家事の際にしみて痛いから嫌だ」、「毎食後の注射は煩わしいから嫌だ」と訴えていました。薬剤師の訪問開始後、治療の必要性を伝えたり手技を確認したりしたものの、それでも毎回のように残薬があり、インスリンリスプロの単位数は4-4-4→6-6-4→6-6-6と、だんだん増量となっていきました。そうこうしているうちに、HbA1cは15.6まで上昇し、医師より血糖管理不良の判断がなされ、インスリングラルギンの単位数が16単位へ増量となりました。なお、ウルソデオキシコール酸については、昼・夕分はほとんど手が付けられておらず、肝機能も悪化気味でした。インスリン注射をきちんと打てていない理由は何かあらためて探ってみたところ、この患者さんは間食が大好きで、一日中何かしら食べていることが判明。さらに、インスリン単位数を上げているので間食を増やしてもいいのだと都合よく解釈し、実際には打っていないこともわかりました。そのような治療意識の低さが日々の内服薬の服薬アドヒアランスにも影響していました。患者さんの問題点を整理すると、(1)患者さんの病識不足による血糖管理不良、(2)内服アドヒアランス不良に伴う肝機能・心不全の悪化の2点だと考えました。患者さんにとって現状で何が一番負担かを聴取すると、毎食前のインスリンと毎食後の内服薬だという話を聞くことができました。ほぼすべてが負担と感じている状況ですが、服薬回数を減らすことでアドヒアランス向上につながる可能性があると思い、ウルソデオキシコール酸の服薬回数に着目しました。ウルソデオキシコール酸(UDCA)の薬理作用<利胆作用>:細胞障害性の胆汁酸トランスポーター発現→胆汁量増(胆汁うっ滞改善作用)<置換作用>:細胞障害の強い疎水性胆汁酸とUDCA(親水性:細胞障害なし)と置き換わることによる肝障害の軽減上記の置換作用は、投与回数ではなく総投与量が相関しているため、1日1回にまとめることは可能。ただし、消化器系副作用が増加するという報告もあるため注意が必要。このことから、ウルソデオキシコール酸を朝にまとめることで内服回数を1日1回に減らすことが可能と考えました。また、根本の問題である血糖管理も、インスリンリスプロ注をほとんど使用していないためであり、朝の内服に合わせたインスリングラルギンによる治療管理の提案と間食の節制などの指導を行うこととしました。処方提案と経過医師にトレーシングレポートを用いて、ウルソデオキシコール酸を朝にまとめることと、インスリングラルギンを朝単回にしてリズムを作るのはどうか提案しました。医師もコンプライアンスについて問題視していたため、まずはきちんと内服とインスリンを打つことが先決との返答をいただき、承認を得ることができました。その後、ウルソデオキシコール酸とほかの内服薬の服用タイミングがそろったことから一包化しました。すると、内服管理が朝のみになったことで本人の負担が軽減され、飲み忘れることがなくなりました。また、内服とインスリンの使用機会も同一となり、インスリンを確実に打てるようになりました。血糖推移も血糖管理手帳によると300~400台から120~200台まで改善しました。結果が良くなってきたことで、患者さんの意識が少しずつ変化し、今ではかなり自信がついたと感じています。間食をダラダラ食べ続けることが減ったことも影響していると考えます。なお、ウルソデオキシコール酸の投与回数を1回/日にまとめたことで消化器系副作用が懸念されていましたが、胸焼けや悪心などの症状の出現はなく経過しています。上垣佐登子ほか. 肝臓. 2007;48:559-561.

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イミフィンジ:独自のコンセプトでがんの完治を目指す

2019年8月、抗悪性腫瘍剤イミフィンジは本邦での発売1周年を迎えた。化学放射線療法(CRT)後にイミフィンジを投与し、がん根治の可能性を高めることを目指す」というコンセプトは、他に類を見ない画期的なものであり、現在ではガイドラインにも記載され、CRT後の患者の約半数がイミフィンジを使用しているとも言われている。根治の可能性を高める、独自のコンセプトステージIIIの非小細胞肺がん(NSCLC)に対しては、化学放射線療法(CRT)が標準治療であり、イミフィンジ発売までの約20年間、画期的に治療が変わるような新たな治療薬が登場しなかった。ステージIIIのNSCLCに対するCRTの5年生存率は15~20%であり、根治を達成できる患者の数は決して多くなかった。そのような状況を打開すべく登場したのが、イミフィンジだ。抗PD-L1抗体製剤としては3番目に発売されたイミフィンジは、CRT後に使用し、がんに対して「根治の可能性を高めていく」薬剤であり、同じクラスの他剤とはコンセプトが異なる。がんに罹患したマウスへの放射線照射により、がん微小環境が変化し、免疫チェックポイント分子のリガンドであるPD-L1の発現が誘導されるという報告があった。ヒトにおいてもCRTの前後で、PD-L1の発現状況が異なると発表されている。イミフィンジは、この放射線治療時に発現するPD-L1を治療ターゲットとしたのである。免疫治療薬として唯一、切除不能なステージIII NSCLCの3年生存率を示すでは、イミフィンジの有用性について、見ていこう。イミフィンジの第III相臨床試験であるPacific試験は、白金製剤を用いたCRTの後に、進行が認められなかった切除不能なステージIIIのNSCLC患者713例を対象に、イミフィンジを逐次投与したプラセボ対照試験である。主要評価項目は、無増悪生存期間(PFS)および、全生存期間(OS)となっている。イミフィンジ投与群では、プラセボ群と比較してPFSとOSが有意に延長し、死亡リスクが32%低減した(対プラセボ群)。そして2019年の米国腫瘍学会(ASCO)では、追加解析である3年生存率の解析結果が発表され、死亡リスクが31%低減し(対プラセボ群)、一貫した有効性が示されたのである。切除不能なステージIIINSCLCの3年生存率は、フェーズ3においては他の免疫治療薬ではまだ示されておらず、イミフィンジのみで示されているデータである。イミフィンジは有効性を示したものの、一方で、CRT後という患者の身体への負担が大きい状況で導入することに対して、安全性を懸念する声もあった。特に放射線科の医師からは、放射線治療で肺が炎症を起こしているところに生物学的製剤を使えば肺臓炎が必発すると、懸念されていた。しかし、肺臓炎の発症率について比較すると、全グレードで見た場合はイミフィンジ群33.8%、プラセボ群24.8%と差があるが、グレード3、4といった重症例の発症率は、イミフィンジ群3.4%、プラセボ群2.6%とほぼ差がない。つまり、イミフィンジの投与によって、軽度の肺臓炎は増えたが、重篤なものについてはあまり差がないのである。イミフィンジ登場から1年で変わったNSCLCに対するCRT後の治療と、今後の展望イミフィンジの登場から1年が経ち、いまやCRT後の患者の約半数にイミフィンジが導入されており、肺癌診療ガイドライン2018でもイミフィンジによる治療が提案されている。それに伴い、CRT後の治療も変わってきている。特に「治療スケジュール」と「医師どうしの連携」に顕著な変化が表れているのである。まず、治療スケジュールであるが、従来CRT後は経過を観察するのみ、というのが一般的だった。そのため数カ月にわたって、放射線照射や化学療法による副作用からの回復を待つというケースも少なくなかった。しかし、イミフィンジをCRT後に投与するには、CRT終了直前から副作用の状況をより精査に確認する必要がある。そのためCRT終了直後にⅩ線、CTなどの画像を確認することが多くなり、放射線肺臓炎などが早期に発見されるケースも見られている。また、肺臓炎の診断のために呼吸器専門医と放射線専門医との間で、ディスカッションなどの連携の機会も増えているという。現在、イミフィンジはさまざまな固形がんに対して、化学療法との併用療法が検討されている。NSCLCよりも悪性度の高い、小細胞肺がん(SCLC)に対して、イミフィンジと化学療法を併用し、有効性を検討したCASPIAN試験の結果が発表公開された他、ステージI、IIといった早期のNSCLC術前補助療法にイミフィンジを用い、がんの治癒率を検討する試験も進行中である。今後もイミフィンジを用いたがん治療の進歩から目が離せない。

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第2回 薬局薬剤師のレベルは低すぎる?

第2回 薬局薬剤師のレベルは低すぎる?―薬剤師は保険薬局の仕事を一般的にどう捉えていると感じていますか?鈴木:研修会に来た薬剤師さんとか最近の学生さんが、保険薬局ってDo処方だとやることなくて楽でいいよね、と言っているのを聞いて危機感を感じています。Do処方の裏に隠れている問題を考えたり、なぜDo処方なのか掘り下げて把握したりしているのでしょうか? 降圧薬1個飲むにしたって、普段の血圧がどうなのか、医師がどういう治療方針なのか、食生活や仕事、生活習慣がどう影響しているのかなどを考えることが重要です。渡すだけなら保険薬局薬剤師は不要です。笹川:学生さんに話を聞くと、薬局はレベルが低いと思っていて、病院に行きたがる人が多いです。薬局は6年間の知識を生かすところだとは思われていないようです。鈴木:薬剤師が何をする人なのかまだ把握できていないのでは? 今の薬局薬剤師も自信を持って業務をしていないという自覚があるようで、子供を薬剤師にさせたくないという薬剤師も多いんです。裏には薬剤師なんて…というコンプレックスがあるのでしょう。ただ、実際にたいていの患者さんが薬剤師に求めていることは、いかに早く医師から処方された薬を渡すかということかもしれません。以前、皮膚科と眼科で抗ヒスタミン薬がバッティングしていた患者さんがいたんですが、診察時に他科の処方を伝えたか聞いても、「話してない。なんか悪いの? それより早くしてよ」と言われ、そのまま渡すわけにはいかないので疑義照会して1剤減らしていたら、「あと何分?」とかしつこく言われたことがあります。かなり腹が立ったんですが、普段この人たちが行く薬局には、懇切丁寧な説明や状況把握を心掛けているのではなく、とにかく薬を渡すことと調剤スピード命の薬剤師しかいないんだろうなと思いました。現時点では臨床的なレベルが低いと思われても仕方がないような仕事ぶりの薬剤師も多いような印象を受けています。山﨑:人は起こらなかったことにはありがたみを感じにくいので、事故や重複服用を未然に防ぐという薬剤師の職能について理解しづらいという構造的な課題もあるように思います。万一の話ですが、患者さんからすれば、たとえば抗ヒスタミン薬がバッティングして抗コリン性の副作用で痙攣を起こして搬送されるリスクなど夢にも思わないでしょうし。すでに困っていて、それを解消できたら感謝されるのかもしれませんが。―今、薬局薬剤師に求められているスキルは何だと思いますか?笹川:今、薬剤師に求められているのはコミュニケーション能力でしょう。でも、人と話すのが苦手と平気で言う薬剤師が多いんです。患者さんと話をするのが仕事なのですから、心では思っていても口には出さないでほしいなと思います。調剤だけをするのが薬剤師だとでもいまだに思っているのでしょうか?山﨑:話すのが苦手だと思っていた人がうまくいったときのほうが喜びは大きいので、成功体験があれば変わるのではないでしょうか? 話しやすい患者さんと会話するところから始めて自信をつけてもらったり、アドバイスを周りから提案してみたりするなど、ちょっとしたきっかけやアシストで覚醒される薬剤師もいらっしゃいます。鈴木:話をせざるを得ない環境に置いてもいいかもしれません。私は学生さんの実習では在宅に連れて行くようにしています。担当(役割)を持たせることによって責任感も持ちますし、今起きている問題は何か考えるよい機会になります。在宅だと何回もフォローできますので、どんどん情報をもらってきて、患者さんが抱えている問題は何か教えて、っていう課題を与えるとやりがいを持ってもらえますよ。薬局薬剤師に必要なスキルは、臨床推論を活用して目の前の患者さんに何が起きているかを把握・言語化して、多職種と共通言語でコミュニケーションがとれることだと思っています。大学で学んできたことや薬剤師スキルをフル活用できる場はいくらでもあるので。チェーンと個店、どっちの薬剤師が幸せか?―チェーン薬局と個店の違いはどう感じていますか?山﨑:それぞれ良いところがあると思います。チェーンは体系的な学びや発表の機会を得やすかったり、社内キャリアの幅があったりするのがメリットかと思います。病院実習の機会が設けられたり、抗がん剤の知識をしっかり習えたり、社内学習コンテンツがあったりさまざまのようです。個店でもできるところはあると思いますし、チェーン顔負けの魅力的な取り組みをされているところもあるのですが、そうした機会のバラつきが大きいとは感じています。薬歴の記入の仕方でも、記入する基準・必要性を考えさせたり、服薬指導で必要なことを考えさせたりする研修もあります。外国語が得意な人は語学力を生かせる立地に配属させてもらって経験を積めたりもするそうです。笹川:私はチェーン薬局のあり方には問題を感じています。チェーンでは異動がつきものですが、3年程度で異動するのであれば患者さんを長くみることはできません。病院はともかく開業医の先生は何十年もその患者さんを担当しているのに、薬剤師は3年ごとに変わるんだったらどちらを信頼するかは考えるまでもないでしょう。医師からの信頼も同様です。10年担当するからこそ見えてくるものってありますよ。地域密着型薬局と地域にあるだけの薬局では意味が全然違います。薬剤師が行きつくところはド地域密着しかないと思っています。山﨑:ファンがつくまでって時間がかかりますよね。2~3年で異動していたらそれは難しいかもしれませんね。鈴木:チェーンに就職する学生さんに話を聞くと、チェーンは教育がしっかりしているからそこに決めたという話をよく聞くんです。やはり個店よりも職場環境や教育環境は手厚いんでしょうね。山﨑:いいスーパーバイザーやエリアマネジャーがいる薬局は全然動きが違いますね。もちろん人の資質によるところはありますし、個店でもそういう側面はあると思いますが、全国チェーンだと全国規模の情報が手に入って、こういうことをすべきだという情報も社内で手に入ることがあります。集合知のようなものがありそうというイメージや説明会などで目につくなどの事情で学生さんがチェーンを選択されるのかもしれません。笹川:未来というか、社内キャリアの見通しがききやすいというメリットはあると思います。山﨑:少し先の未来像が先輩を通してイメージできて、それがご自身の理想にそぐわないと辞めてしまう方もいるようです。かかりつけなど課せられたノルマがご自身の考えに合わないと漏らされる方もいます。笹川:数百人からかかりつけの同意書をとったからといって偉いわけではないでしょう? 質を担保することが目的なので、数字に意味はないと思います。何もしなくてもかかりつけ薬剤師を名乗れるのは疑問です。鈴木:まったく同意見で、同意書をとったから何? という感じですね。その先に何があるのか聞いてみたいです。でも、現状は質よりもとにかく点数を稼げという本部からの圧力が大きいらしいですね。そして圧力に耐えられなくて辞めていくんでしょう。―では、理想の薬局環境とはどのような環境でしょうか?鈴木:私が理想の環境だと思っているのは、尊敬できる先輩や同僚がいることです。キーパーソンではないけれど、導いてくれたり、現場を教えてくれたりする先輩は必要でしょう。薬剤師の仕事の面白さをリアルに伝えてくれる人がいれば、下の子たちも自然と付いてくるのではないでしょうか? この人みたいになりたいとか、学会に行ってみたいとか、こんな仕事がやりたいとか。ちなみにうちの薬局は尊敬できるそんな仲間が多いです(笑)。山﨑:Musubi(株式会社カケハシの電子薬歴システム)の導入施設を見ていて、うまくいっている薬局で明確に共通しているのはそういうリーダーシップを発揮している方がいることですね。当たり前にすごい業務ができる人がいると、周りの人の仕事の基準も変わってくるようです。鈴木:自分にもできるかもしれないっていうのは大きいポイントですよね。あと、仲間がいないと孤独ですよ。仲間がいると同じ方向に向かって頑張れるので、環境としてはベストかなと思います。尊敬できる先輩や仲間がいる薬局のほうが絶対に楽しめます。笹川:医師の世界では誰々先生に師事しましたっていうのはよく聞きますが、薬剤師の世界ではそういう話はあまりないですよね?鈴木:医師は研修期間が年単位であるので、尊敬できる先輩に付くことができれば身近で見ることのできるいい環境だと思います。薬剤師はそういう教育の部分が弱いので、教育の仕組みを作って、薬局でもしっかり勉強できるということをアピールしたら、学生さんも薬局の活動やすごい先輩がいるということを知って変わってくるのではないでしょうか?山﨑:確かに薬局に尊敬できる先輩がいたことはモチベーションになっていました。逆に、そういう環境がない中で仕事にやりがいを持てないとか、異動が多いといった理由から地域密着で活躍している個店に転職を検討される方もいます。ただ、よい個人薬局をネットで探そうとしてもなかなか見つけられないので「紹介してください」と言われることもあります。薬局側も地域での活動を際立たせてPRする戦略が必要かもしれません。笹川:個店でもホームページを作って、アピールしたほうがいいですよ。個店だからと縮こまらないで、コラムを書いたり、講演会をしたりして薬局薬剤師もどんどん発信していく必要はあるでしょうね。これからは薬局単位よりも個々の薬剤師の活動を発信していく時代だと思います。―次回は、薬剤師の知識の得方や発信の方法について伺います。

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脳梗塞・心筋梗塞既往歴のない患者でのアスピリン中止提案 【うまくいく!処方提案プラクティス】第8回

 今回は、抗血小板薬の中止提案を行った症例を紹介します。抗血小板薬の目的が動脈硬化性疾患の1次予防なのか2次予防なのかによって治療や提案すべき薬剤が異なってきますので、普段から患者さんの既往歴などの情報を得て、エビデンスを提示しながら提案できるとよいでしょう。患者情報80歳、女性(個人在宅)、体重:53kg、Scr:0.8基礎疾患:アルツハイマー型認知症、心不全、僧帽弁閉鎖不全症、骨粗鬆症、腰部脊柱管狭窄症、症候性てんかん、心房細動、高血圧症、脂質異常症血  圧:130/70台服薬管理:同居の長男夫婦がカレンダーにセットされた薬で管理、投薬。長男夫婦の在宅時間に合わせて用法を朝夕・就寝前に設定。往  診:月2回処方内容1.アルファカルシドール錠0.5μg 1錠 分1 朝食後2.アゾセミド錠30mg 1錠 分1 朝食後3.ウルソデオキシコール酸錠100mg 3錠 分1 朝食後4.L-アスパラギン酸カルシウム錠200mg 2錠 分2 朝夕食後5.バルプロ酸ナトリウム徐放錠200mg 2錠 分2 朝夕食後6.プラバスタチン錠10mg 1錠 分1 夕食後7.センノシド錠12mg 2錠 分1 就寝前8.アレンドロン酸錠35mg 1錠 分1 起床時 毎週木曜日9.アスピリン腸溶錠100mg 1錠 分1 朝食後(新規追加)本症例のポイントこの患者さんは、もともと循環器系の複合的な疾患がありますが、主治医からの診療情報提供書やケアマネジャーからのフェイスシートによると、脳梗塞や心筋梗塞の既往はありませんでした。ところが今回、心房細動と診断され、アスピリン腸溶錠が開始になったため大変驚きました。脳梗塞・心筋梗塞後などの再発予防目的(2次予防)としての抗血小板薬服用は臨床的使用意義が大きいことが確認されています。しかし、発症を未然に防ぐ目的(1次予防)の抗血小板薬の服用は、臨床効果よりも有害事象が上回ることが指摘されています。【JPAD試験1)】対象:動脈硬化性疾患の既往歴のない30〜85歳の2型糖尿病患者2,539例方法:アスピリン(81mgまたは100mg)投与群と非投与群に1:1に無作為に割り付けた(追跡中央値4.37年)評価項目:動脈硬化性疾患結果:動脈硬化性疾患の発現はアスピリン投与群で13.6件/1,000人年、非投与群で17.0件/1,000人年とアスピリン群で20%低い傾向にあるものの、統計学的有意差はなかった。【JPPP試験2)】対象:高血圧、脂質異常症、糖尿病を有する60〜85歳の日本人1万4,464例方法:既存の薬物療法+アスピリン(81mgまたは100mg)併用群と既存の薬物療法のみの群に無作為に1:1に割り付けた(追跡中央値5.02年)評価項目:心血管死亡、非致死的脳卒中、非致死的心筋梗塞の複合アウトカム結果:複合的アウトカムの発現率はアスピリン投与群で2.77%、アスピリン非投与群で2.96%とほぼ同等であったが、胃部不快感、消化管出血、さらに重篤な頭蓋外出血の有害事象はアスピリン投与群で有意に多かった。処方医は私が普段から訪問同行していない医療機関の医師でしたので、治療方針や処方意図は十分に把握できていないものの、上記の低用量アスピリンの1次予防のエビデンスから今回のアスピリン腸溶錠の中止および代替案の提示が必要と考えました。処方提案と経過医師にトレーシングレポートを用いて、JPAD試験とJPPP試験のデータを紹介し、1次予防のアスピリン腸溶錠の臨床的意義は低く、むしろ消化管出血などの有害事象のリスクがあるため、他剤への変更を提案しました。代替案については、心房細動における1次予防には直接経口抗凝固薬(DOAC)が適応と考え、腎機能・体重に合わせた補正用量であるエドキサバン30mg/日を提示しました。その後、トレーシングレポートを読んだ医師より電話連絡があり、提案のとおりにアスピリンを中止してエドキサバン30mgに変更する承認を得ることができました。速やかに処方変更の対応を行い、患者さんは胃部不快感や胃痛もなく経過しています。またエドキサバン変更後の皮下出血や鼻出血などの出血兆候もなく、副作用モニタリングは現在も継続中です。今回の症例のように1次予防の抗血小板薬については、基礎疾患や現病歴から適応の判断を検討し、医師とディスカッションを行うことで変更が可能かもしれません。1)Ogawa H, et al. JAMA. 2008;300:2134-2141.2)Ikeda Y, et al. JAMA. 2014;312:2510-2520.

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またも敗北した急性心不全治療薬―血管拡張薬に未来はないのか(解説:絹川弘一郎氏)-1124

 急性心不全に対する血管拡張薬は、クリニカルシナリオ1に対しては利尿薬も不要とまで一時いわれたくらい固い支持があるクラス1の治療である。シナリオ2でもほどほど血圧があればafterloadを下げることは古くから収縮不全に悪かろうはずがないと考えられてきて、そもそもV-HeFT IやV-HeFT IIはvasodilatorがHFrEFの長期予後を改善するのではないかという(今では顧みられない)コンセプトで始まり、レニンアンジオテンシン系にたどり着いた歴史的経緯がある。 現在は急性心不全の血行動態改善に血管拡張薬が強く推奨されてはいるものの、予後改善効果は期待しないというのが硝酸薬に対する立ち位置である。ASCEND-HFでnesiritideが、急性期の呼吸困難感がprespecifiedの有効性基準に達しなかったからダメというのも厳しい見方であったと思うが、それはそれで急性期の効果を1次エンドポイントにしていた。しかし、その後の臨床試験では結局6ヵ月程度の予後改善効果を求めるというスタンスにいつの間にか変化してきていて、ularitideは予後改善効果がないということでボツになったようである。それで唯一残っていた急性心不全に対する血管拡張薬がserelaxinである。 serelaxinは妊娠中に働くrelaxinの遺伝子組み換え製剤であり、血管拡張作用以外にこれでもかというくらい心血管系に対するベネフィットが報告されてきた。カルペリチドとその辺はよく似ているが、それはさておきRELAX-AHFという580/581例をエントリーした決して数が少ないとは言えない試験で、実は急性期の呼吸困難感をLikert scaleで評価した、どちらかというと客観性がより高いと思われる項目で有意差を達成できていなかった。ただ、180日までの死亡が少ないようだということで、RELAX-AHF-2というこの試験で再評価することになった。今回は3,274/3,271例という本当の大規模で施行され、180日の心血管系死亡を減らせるかを1次エンドポイントにした(後で5日までの心不全悪化も加えている)。残念ながら、より大規模にしてprimaryにセットすると予後改善効果が消えてしまうという心不全あるあるの罠にはまったようで、この薬も終わってしまった。もともとLikert scaleで有意差がない時点で予後改善をいう資格なしと思っていた。同時期にわが国においてもRELAX-AHF-Asiaという試験が走っていたのであるが、これも露と消えてしまった。 要するに硝酸薬で大抵なんとかなっているんだから、それよりずっと高い薬を承認してくれというなら、硝酸薬は予後改善しなくてもいいけど高い薬は予後改善してくれということのようであるが、私見ではそもそも最初の2~3日の治療が半年後の予後を変えるというコンセプトになじめないので、このようなコンセプトで急性心不全の新薬を開発することはやめたほうがいいのではないかと思っている。いずれにせよ、わが国のカルペリチドを残して世界中から硝酸薬以外の急性心不全に対する血管拡張薬は消滅しつつあるし、今後の期待も当面ない。

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妊娠性肝内胆汁うっ滞症、ウルソデオキシコール酸常用は再考を/Lancet

 妊娠性肝内胆汁うっ滞症の妊婦をウルソデオキシコール酸で治療しても、周産期の有害転帰は低下しないことから、ウルソデオキシコール酸の常用は再考されるべきである。英国・キングス・カレッジ・ロンドンのLucy C. Chappell氏らが、イングランドとウェールズの33施設で妊娠性肝内胆汁うっ滞症の妊婦を対象に実施した多施設共同二重盲検無作為化プラセボ対照比較試験(PITCHES)の結果を報告した。妊婦の皮膚掻痒と血清胆汁酸濃度の上昇で特徴づけられる妊娠性肝内胆汁うっ滞症は、死産、早産、新生児治療室への入室の増加と関連がある。ウルソデオキシコール酸はこの治療に広く使用されているが、先行研究では症例数が限られており統計学的な有意差もなく、エビデンスは不十分であった。Lancet誌オンライン版2019年8月1日号掲載の報告。ウルソデオキシコール酸群vs.プラセボ群を検討 研究グループは、18歳以上、妊娠週数20週~40週6日の単胎または双胎の妊婦で、致死的胎児異常がない妊娠性肝内胆汁うっ滞症患者を、ウルソデオキシコール酸群またはプラセボ群に1対1の割合で無作為に割り付け、ウルソデオキシコール酸500mg錠を1日2錠投与した。投与量は、1日最低1錠、最大4錠の範囲で担当医師の裁量により増減可とし、登録時から出産まで治療を継続した。 主要評価項目は、周産期死亡(無作為化後の子宮内胎児死亡または生後7日以内の新生児死亡)、早産(妊娠週数37週未満)、4時間以上の新生児治療室入室(出産から退院まで)の複合エンドポイント(新生児は複数該当時も1例としてカウント)とし、intention-to-treat解析を行った。ウルソデオキシコール酸群とプラセボ群で周産期の有害転帰に有意差なし 2015年12月23日~2018年8月7日に605例が登録され、ウルソデオキシコール酸群305例、プラセボ群300例に無作為に割り付けられた。主要評価項目の解析対象は、ウルソデオキシコール酸群が妊婦304例および新生児322例(妊婦1例と新生児2例についてはデータ使用の同意が撤回された)、プラセボ群がそれぞれ300例および318例であった。 複合エンドポイントのイベントは、ウルソデオキシコール酸群で新生児322例中74例(23%)、プラセボ群で新生児318例中85例(27%)に発生した(補正リスク比0.85、95%信頼区間[CI]:0.62~1.15)。重篤な有害事象は、ウルソデオキシコール酸群で2例、プラセボ群で6例報告され、治療に関連する重篤な有害事象は確認されなかった。 著者は、プラセボ群におけるイベント発生率が予想よりも低かったこと、症例数が少なく検出力が不足していたことなどを研究の限界として挙げている。

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ステントを捨てんといてな! 薬剤コーティングバルーンの好成績(解説:中川義久氏)-1074

 薬剤コーティングバルーン(Drug-coated balloon:DCB)は、ステント再狭窄病変や小血管への治療において有効とされてきた。血管径が十分に維持されたde-Novo病変を、バルーン拡張のみで終了することは、急性冠閉塞の危険性も高く再狭窄の懸念もあることから、金属製ステントの適応とされてきた。とくに薬剤溶出性ステント(DES)の成績向上とともに、DESの使用は確立したものと考えられていた。その確信に風穴を開けるような報告がLancet誌オンライン版2019年6月13日号にデビューした。その名も「DEBUT試験」である。出血リスクが高い患者に対するPCIにおいて、DCBはベアメタルステントに比べて勝っていることを示したものである。前拡張を適切に行い、血流を障害するような解離もなく、強いリコイルもないことを確認した場合にDCBで薬物を塗布して終了するという治療戦略である。確かに、この方法で急性閉塞や再狭窄などのイベントなく経過できれば、leave nothing behind(異物を残さない)というコンセプトを実現することができる。 一方で克服すべき課題もある。実臨床の現場から退場宣告を受けた状態にあるベアメタルステントへの優越性を証明したところでインパクトは小さい。比較すべきは、DCB vs.DESであろう。また、DCBのみで終了しても急性冠閉塞のリスクが本当にないのかは懸念がある。かつてバルーンのみでのPCI(当時はPTCAと呼んでいた)の時代に、急性冠閉塞の怖さを体験している自分には、その不安は払拭できないというのが正直な気持ちである。末梢動脈疾患へのDCB治療を巡る混乱についても注意が必要である。これは、大腿動脈・膝窩動脈へのパクリタキセルコートバルーンによる治療で死亡リスクが増すのではないかという懸念である。冠動脈領域であれば末梢動脈領域への治療よりも薬剤の曝露量は少ないことは推測される。しかし、この懸念へのエビデンス提示も必要と考えられる。 このような課題があるとはいえ、かつて生体吸収性スキャホールドが達成しようとして挫折した理想をDCBが具現化しようとしていることは興味深い。DCBは世界に先駆けて日本での使用実績が多い分野でもあり、本邦からの情報発信に期待したい。

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