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米国においては、2020年12月中旬よりFDAが承認した3種のワクチン(Pfizer:BNT162b2、Moderna:mRNA-1273、Johnson & Johnson:Ad26.COV2.S)の接種が急ピッチで進められており、2021年5月28日現在、18歳以上の米国成人の62%、12歳以上の国民の59%が少なくとも1回のワクチン接種を、18歳以上の51%、12歳以上の48%が完全なワクチン接種(BNT162b2:2回接種、mRNA-1273:2回接種、Ad26.COV2.S:1回接種)を終了している(The New York Times. 2021年5月28日)。ただし、血栓形成という特殊副反応のためにAd26.COV2.Sの接種が2021年4月13日から4月23日までの間中止されたので、本ワクチンの接種率は他の2つのワクチンに比べ低い。上記のデータは、ワクチンによる疑似感染が集団免疫の確立に必要な最低感染率40%を超過し(山口. 日本医事新報 2020;5026:26-31)、米国は現時点でワクチン疑似感染による集団免疫を確立しつつある国だと考えることができる。その結果、2021年1月中旬以降、米国のコロナ感染者数、入院者数、死亡者数は順調に低下し、感染者数は2週間平均で37%、入院者数は23%、死亡者数は12%と明確な低下を示している。 米国CDCの報告によると、2021年4月30日までにワクチン接種者において1万262人の新規コロナ感染者が観察された(CDC COVID-19 Vaccine Breakthrough Case Investigations Team. MMWR; Vol. 70, 2021 May 25)。ワクチン接種後の新規感染者の27%は無症候性、新規感染関連入院は6.9%、新規感染関連死亡は1.3%に認められた。遺伝子配列から決定された検出ウイルスの内訳は、B.1.1.7(英国株):56%、B.1.427/429(米国株):33%、P.1(ブラジル株):8%、B.1.351(南アフリカ株):3%であり、B.1.617(インド株)ならびにB.1.526(米国株)は検出されなかった。一方、本論評で採り上げたHacisuleyman氏らの論文では、2021年3月30日現在、ニューヨーク市における蔓延ウイルスの中心は、B.1.1.7(英国株:26.2%)とB.1.526(米国株:42.9%)であったが、この2種類のウイルスとは異なる新たな変異ウイルスが検出されたと報告された(一つは感染性増強変異と液性免疫回避変異の両者を、もう一つは感染性増強変異のみを有する変異株)(Hacisuleyman E, et al. N Engl J Med. 2021 Apr 21. [Epub ahead of print])。米国全土とニューヨーク市という地域の差があるものの1ヵ月の間に米国発症のB.1.526が消失し、その替わりとして米国発症のB.1.427/429の頻度が急増し、かつ、今まで検出されていなかった新たな変異ウイルスが一過性にせよ検出されたという知見は、ワクチン接種とともに変異ウイルスの選択がダイナミックに進行していることを示す所見として興味深い。 以上の事実が何を意味するかを考察するために現状のワクチンの本質について考えていきたい。世界各国で接種が始まっている現状のワクチンはすべて武漢原株のS蛋白全長をplatformとして作成されたものであり、種々の治験結果から、D614G株(従来株、第2世代変異株)と液性免疫回避作用が弱い英国株(D614Gから進化したN501Y変異を有する第3世代変異株の一つ)に対しては確実な予防効果を発揮することが判明している(山口. J-CLEAR論評-1380. 2021 April 27、Dagan N, et al. N Engl J Med. 2021;384:1412-1423.)。一方、液性免疫回避作用が強い第3世代のB.1.351(南アフリカ株:N501Y変異[+])、P.1(ブラジル株:N501Y変異[+])、B.1.617(インド株、N501Y変異[-])に対する現状ワクチンの予防効果は、D614G株、英国株への効果に比べ有意に低いことが報告されている(山口. 日本医事新報 2021;5053:32-38、Sadoff J, et al. N Engl J Med. 2021 Apr 21. [Epub ahead of print]、Abu-Raddad LJ, et al. N Engl J Med. 2021 May 5. [Epub ahead of print])。すなわち、5月現在、米国で確立されつつあるワクチン疑似感染による集団免疫は、D614G株(第2世代変異株)とB.1.1.7(英国株、液性免疫回避作用が弱い第3世代変異株)に対するものであり、液性免疫回避作用が強いB.1.351(南アフリカ株)、P.1(ブラジル株)、B.1.617(インド株)、B.1.526(米国株)、その他の新たな第3世代変異株に対する集団免疫は確立に至っていないことに留意する必要がある。米国で確立されつつある集団免疫は、現在の主流ウイルスである液性免疫回避作用が弱い英国株による感染を駆逐し、今後ある一定期間はコロナ感染者数を低下させるであろう(集団免疫の正の効果)。しかしながら、英国株に対する集団免疫の確立は、現在の集団免疫に対して抵抗性を有する種々の第3世代変異株(B.1.351、P.1、B.1.617、B.1.526など)のうちいずれか、あるいは、まったく新しい変異株がウイルスの生存をかけて自然選択される確率を上昇させる(集団免疫の負の効果)(Lauring AS, et al. JAMA. 2021;325:529-531.)。その結果として、近い将来、新たな変異株に起因する感染爆発が起こる可能性があることに注意しなければならない。 以上のワクチン疑似感染に関する考察を支持する事実として、第2世代のD614G株から第3世代の英国株、南アフリカ株、ブラジル株、インド株が発生した状況について考えてみたい。これらの第3世代変異株は、D614G株による重篤な自然感染が発生した地域で流布するようになった。すなわち、D614G株の自然感染によってD614G株に対する集団免疫、あるいは、それに近い状況が英国、南アフリカ、ブラジル、インドにおいて確立され、その結果として、ウイルスは生存のためにD614G株に対する集団免疫に打ち勝つ第3世代変異株を選択、世界の多くの地域で第3世代変異株による感染爆発が発生したものと考えられる(山口. J-CLEAR論評-1381. 2021 April 28)。ワクチン接種による疑似感染で人工的集団免疫が確立された場合にも質的に同様の集団免疫抵抗性のウイルスが近未来に選択されるものと考えなければならない。 米国を中心に論を進めたが、集団免疫確立に伴う負の効果はワクチン接種が急ピッチで進められている他の先進諸国でも発生するものと考えておかなければならない。5月現在、本邦における主流ウイルスもD614G株から英国株に置換されつつあり(厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部.2021年5月11日)、ワクチン疑似感染による英国株に対する集団免疫が早晩確立されるであろう。その結果として、一過性の社会的平穏が訪れるはずであるが、その先には、米国を例として考察したワクチン疑似感染による人工的集団免疫に抵抗性の新たな変異ウイルスによる第5波の感染が発生する可能性がある。この場合、いかなる変異株が選択されるかを予測することは難しく、現在すでに発生している液性免疫回避作用が強い第3世代変異株(南アフリカ株、ブラジル株、インド株など)の中から選択されるかもしれないし、新たな変異株(第4世代)が発生する可能性を考えておかなければならない。その意味で、ワクチン接種が進められた場合、変異ウイルスに対する大規模、かつ、確実なモニターを継続する必要があることを絶対的に忘れてはならない。