33.
医療機器メーカーや製薬企業の業界団体に厳格な自主規制の動きこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。前回書いた連休の山登りで受傷した左膝ですが、MRI検査の結果、内側側副靭帯の単独損傷(Grade 2)との診断でした。半月板まではやられておらず、全治2〜3ヵ月とのこと。夏山は今年こそ北アルプスの伊藤新道へ行こうと意気込んでいたのですが……。計画を断念するかどうか悩ましいところですが、とりあえずはリハビリに励むことにしました。さて、今回も引き続き医療業界の贈収賄事件について書いてみたいと思います。前回は、2023年に表沙汰となった国立がん研究センター東病院における贈収賄事件について、収賄側の元医長の無罪に次いで贈賄側のゼオンメディカル(東京都千代田区)の元社長についても無罪が確定した件について書きました。贈賄側に自社製品を有利に使ってもらうためという「賄賂の趣旨」が明確にあったにもかかわらず、双方無罪となった最大のポイントは、収賄側の元医長に「賄賂を受け取る認識」がなく、「調査協力の報酬」だと理解していたためでした。贈収賄の罪が成立するには、受け取る側と贈る側の両方が賄賂であると認識していた必要があります。そのため、裁判所は賄賂の趣旨があったとしても被告の贈賄罪は成立しないと判断したわけです。贈収賄事件で、収賄側、贈賄側双方が無罪となるのは非常に珍しいことです。ただ、これを機に贈収賄の摘発が甘くなるとは思えません。医療業界で摘発される多くの贈収賄事件(最近では、整形外科や眼科領域の機器絡みのケースが多いようです)では、その大半に有罪判決が出ています。今後、当局はより厳密にその犯罪性を判断し、摘発に向かうと考えられます。そんな中、製薬企業や医療機器メーカーの業界団体は医師や医療機関との関係を適正化するため、これまで以上に厳格な自主規制を行う動きが出ています。製薬企業、施設外での飲酒を伴う飲食は禁止、5,000円以下の酒席は原則不可2ヵ月前、3月13日付の日本経済新聞朝刊に「医療業界、贈収賄防止へ自主対策 医師との飲食ルール厳格化」と題する記事が掲載されました。同記事は、東京大学医学部附属病院で起きた贈収賄疑惑など、頻発する金銭や接待がらみの事件を背景に、製薬企業や医療機器メーカーの業界団体が医師や医療機関との関係を適正化するための動きを活発化させている、と報じています。製薬企業については、自主規制団体である医療用医薬品製造販売業公正取引協議会の医師への飲食の提供ルールの厳格化について取り上げています。製薬企業は過去にMRによる過剰接待や金銭を伴う不祥事が刑事事件になったことを受けて2012年に自主規制ルールを厳格化し、飲食や娯楽のみを目的とした接待を禁止していましたが、2026年4月からそのルールが一層厳しくなりました。新しい自主規制ルールでは、原則として施設外での飲酒を伴う飲食は禁止となります。従来認められていた「5,000円以下の酒席」が原則不可となり、食事は3,000円以下、会議等の飲食は2万円以下に整理されました。具体的には、自社医薬品の講演会や調査・研究委託に関する懇親行事では、飲酒を伴う「飲食」の上限が1人当たり2万円、飲酒を伴わない「食事」は上限3,000円となりました。医療機関等の施設外で行う医薬情報提供活動では、飲酒を伴う提供が「不可」となり、3,000円以内の食事に限定されます。社内研修会の講師への慰労目的の飲食提供や、懇親行事での着席形式の飲食提供も認められません。ほんの15年ほど前まで、製薬企業は、やれ新薬発表会だ、講演会だ、社内勉強会だとさまざまなイベントを繰り出し、その都度MRが医師を接待漬けにするのが常道でしたが、そうしたことはほぼなくなったわけです。贈収賄事件などが起きにくくなり、製薬企業と医師との関係が適正化されるという意味では好ましいことと言えますが、この物価高の折、「3,000円以内の食事」ではサンドイッチとコーヒーぐらいしか出せません(欧米ならコーヒーだけかも?)。また、社内研修で医師に講演で話してもらっても、講演後の慰労もできません。製薬企業にとっては大きな経費削減につながるとは思いますが、「人と人のつながり」の醸成という面では、少々厳し過ぎるようにも感じます。医療機器メーカーの業界団体は講習会や研修を実施日本経済新聞のこの記事は、医療機器メーカーの業界団体の動きについても次のように報じています。「日本医療機器産業連合会(医機連、東京・新宿)は2026年春以降、最近発生した不祥事に関連するテーマを取り上げた講習会を実施する。医療機関や医師との適切な関係性を改めて学び、具体的なケーススタディーも紹介する。弁護士など外部の専門家を招いた研修も検討する。初めて医療機器業界を経験する社員を対象にした企業倫理に関するセミナーも開く」。医療用医薬品製造販売業公正取引協議会に比べ、いささか物足りない内容です。新しく厳格なルールを設けるというのではなく、単に講習会や研修を実施するだけというのでは、贈収賄が起こる業界風土や慣習まで変えることは難しいのではないでしょうか。と思っていた矢先、5月13日付の朝日新聞朝刊がまたまたあの医療機器メーカーの違法行為を報じていました。「手術室、無資格で医療補助 機器メーカーの営業担当 医師法に抵触か 関西医科大医療センター」と題するその記事によれば、脊椎手術の際に背骨を固定するインプラントを製造販売するニューベイシブジャパン(東京都中央区)の社員が2024年、関西医科大学総合医療センター(大阪府守口市)の手術室で患者の足を持ち上げるなど医師を補助する行為をした疑いがあるというのです。メーカーから医師への金銭や労務の提供は、景品表示法に基づく規約で禁じられてはいるがニューベイシブジャパンについては昨年、本連載の「第263回 大学病院などで医療機器メーカー社員が無資格でX線検査、医療機器絡みのリベートや労務提供がなくならない理由とは」で社員の無資格X線検査を取り上げました。今回も過去の事例とは言え、別件で再び医師法違反の疑いが発覚したわけです。それにしても朝日新聞の記者はなかなかしつこいですね。無資格でのX線検査や医療補助は、明らかな金銭提供ではなく贈賄とはなりませんが、労務の提供自体は医療機関や医師に対する利益供与に他なりません。第263回でも書いたことですが、メーカーから医師への金銭や労務の提供は、景品表示法に基づく規約(医療機器業公正競争規約)で禁じられています。医療機器業界の自主規制機関である公取協はこの規約を運用し、メーカーを調査・指導しており、違反すると再発防止策を取るよう警告され、社名公表などの処分もありますが、それはあくまでも業界内の処分でしかありません。そうした“甘さ”が、似たような事件が度々起こる最大の原因と言えます。医療機関が購入する医療機器の代金はそもそも公的財源も入った診療報酬で賄われています。その代金にあらかじめリベートや不当な現金供与分、労務提供分なども上乗せされているとしたら、それは大きな問題と言えるでしょう。医療機器絡みのリベートや不当な現金供与、そして労務提供などは、そろそろ「自主規制ルール」ではなく、法律で厳格に罰するようにすべきでしょう。米国並みのルール整備の必要性前出の日本経済新聞の記事も、「各業界を厳格な自主規制に駆り立てたもう一つの理由が海外との法規制の違いだ」として、日米のルールの違いについて指摘しています。同記事は、「米国は10ドル(約1,550円)以上であればランチ代でもすべてデータベースに登録。日本は性風俗店などで計約180万円の接待を受けても公開の義務なし――。医師と企業との金銭的なやりとりを巡る日米のルールだ。製薬や医療機器で世界最大の市場を抱える米国には厳しい規制が存在し、情報公開は法律で義務付けられている。講演料や食事代などの使途も明示する必要があり、誰でも政府の公開データベースで検索できる。日本にそうした制度はない」として、米国並みのルール整備の必要性を訴えています。製薬企業の自主ルールが厳しくなり過ぎ、その反動で医療機器メーカーや、東大病院の皮膚科元教授のケースのようにその他の業界企業に医師が“たかる”図式が生まれている、と指摘する声もあります。薬であろうが、機器であろうが、化粧品やサプリであろうが、医師と企業との金銭や労務等のやりとり全般にきちんとした法的規制(自主ルールではなく)の導入を検討すべき時がきているようです。