地域とともに歩むドクターの魅力。“Generalist”という選択肢を学ぶ!

公開日:2012/10/24

「医師のキャリアパスを考える医学生の会」主催(代表:秋葉春菜氏〔東京女子医科大学医学部4年〕)の第18回勉強会が、2012年9月23日(日)、東京大学・本郷キャンパスにおいて開催された。当日は医師、医学生、社会人を中心に約50名超が参加した。

今回は、家庭医として診療に携わる一方で、地域コミュニティ「みんくるカフェ」の主宰として、また東京大学医学教育センターの講師として活躍されている孫 大輔氏を講師に迎え、「家庭医・総合医がなぜ今注目される? 社会が求める医療の変化」と題し、講演を行った。

なぜ家庭医・総合医になったのか?

はじめに講師の孫氏が、自身の自己紹介もかねて「なぜ、家庭医・総合医の道を選んだのか」を述べた。

孫氏は、東京大学医学部を卒業後に、医師としてのキャリアを腎臓内科からスタートした。当時は、医局講座制の臨床研修制度の中で次第に自分が「『医師なのか』、『研究医なのか』わからなくなり、自分の理想とする医師像とのギャップに悩む時期があった」と当時を述懐した。

そんな時に出会ったのが、「家庭医・総合医」であり、患者の疾患を診るだけでなく、患者のバックグランドも見なくてはいけない役割に魅力を感じ、家庭医の臨床プログラムを経て、資格を取得。現在地域の家庭医として「充実した毎日を過ごしている」と述べた。

次に家庭医の魅力として、「さまざまな疾患を診療できること」と語り、ある1日の外来記録を資料として示しながら「下は0歳の幼児から上は99歳の高齢者まで診療し、その疾患の種類も胃痛、うつ、喘息、健診と非常に多岐にわたっている」と説明した。もちろん訪問診療もしばしばで、「患者家族とのコミュニケーションにより、疾患のバックグラウンドを探りながらの診療は興味深い」と述べるとともに、「家庭医は守備範囲が広く大変だが、臨床医としてやりがいはある。とくに地域住民を家族ぐるみで、患者の生活の場で診療することは新鮮であり、かつて診療したことがなかった小児科や婦人科の診療をすることは新たな発見の連続」と家庭医の魅力を伝えた。

いまなぜ家庭医・総合医なのか?

孫氏が「わが国では、患者は軽症でも大きな病院へ最初に行く傾向にあり、その結果、不適切診療やたらい回しなどの弊害も発生している」と現行の問題点を指摘するとともに、「超高齢化社会が進む2030年には、自宅で最期を迎える人も大勢でてくる(看取り難民47万人という試算もある)。その受け皿はどこにあるのか、これは病院だけでは難しい。こうした事態に対応するのが家庭医・総合医だと考える」と今後の役割の重要性を述べた。

さらに、従来わが国の医学教育課程では、こうした家庭医・総合医を専門とする医師を養成するカリキュラムやプログラムがなかったことを指摘し、「社会にも存在意義を働きかけてこなかったために、日本は先進国の中でも家庭医・総合医の後進国になってしまった」と説明した(例:欧州では医師の3~4割が家庭医・総合医)。そして、「今、家庭医・総合医に興味を持ってもらったり、家庭医・総合医を増やすために3つの取り組みを行っている」とその内容を説明した。

具体的には、

  • (1)市民参加型のイベントの実施 → 「みんくるカフェ」(2010年~)
  • (2)若手家庭医・総合医の育成  → 一般社団法人Medical Studio (2012年~)
  • (3)全国的な議論の場作り    → Generalist Japan 2012(2012年~)

の3つであり、(1)では市民と医師の距離を縮めることで市民の医療への参加を促し、(2) では若手の医師に家庭医・総合医の魅力をWebのレクチャーを通じて伝え、(3)では全国の家庭医・総合医の連帯、情報交換の場作りとして活動していると説明した。

「みんくるカフェ」とは?

次に孫氏は、市民と医師の距離を縮める活動として行っている「みんくるカフェ」の活動を説明した。

元々この活動を始めた動機は、「患者の気持ちが汲めないドクター」と「医師に本音がいえない患者」との溝を埋めることが目的であり、誰もがフラットに対話できる場として2010年から始めたものである。

「みんくるカフェ」は、「ワールドカフェ」という手法を使い、テーマに「医療と健康に関すること」を選択。月1回のペースで過去32回開催され、延べ700名以上が参加している。現在では、市民講座的な「みんくる大学」や学生に限定した「みんくる学生部会」などの活動もあり、その動きはFacebookなどSNSを通じて、全国に拡大している。

「みんくるカフェ」の一例として、2012年6月に松本市(長野県)で開催された会では、テーマに「悲嘆学(グリーフケア)」を取り上げ、「医師や市民だけでなく宗教家(僧侶)も参加し、さまざまな意見交換が活発に行われた」と説明した。

「みんくるカフェ」を通して、「患者にヘルスリテラシーの変容が起き、より賢く自分自身や家族の健康のために受診行動ができるようになればよい。今後もっと医療コミュニケーションのインフラができ、『みんくるカフェ』のファリシテーターができるもっと多くの医療人を育てていきたい」と抱負を述べ、レクチャーを終えた。

質疑応答

次のような質問が、孫氏に寄せられ、一つ一つの質問に丁寧に回答された。

家庭医・総合医が修得しておかなくてはならない診療範囲はどのくらいか?
代表疾患100くらいに対応できるようになれば家庭医になれる。いわるコモンディジーズの疾患
家庭医・総合医になるための流れについて
全国で158ある日本プライマリ・ケア連合学会認定の後期研修プログラムに入ると専門医の受験資格が得られる。プログラムは基本3~4年間。以降は生涯教育で補う
外科の知識・能力はどのくらい必要か?
全身麻酔での手術までは必要とされないが、縫合や切開、爪のケア程度の治療レベルは必要
まれな疾患の診療も家庭医・総合医が行う必要があるか?
まれな疾患は、家庭医・総合医ではなく、病院の総合診療医が得意であり、治療は専門医にお渡しする。病院総合医のプログラムも存在する
地域を巻き込むコツについて
その地域のNPOや中心となる人物を巻き込むと展開しやすい。テーマも、ポジティブなテーマ(例「医療過誤を減らすためには」ではなく「上手な病院の受診のしかた」など)で興味を持たれそうなものを選択する
家庭医・総合医になって注意することは?
のめりこみすぎて燃え尽きる場合が多いので、グループ診療でローテートするなどの工夫が必要。イギリスの家庭医はそのように連携している

この後、実際に「ワールドカフェ体験」ということで、「家庭医・総合医を10年後までに10万人増やすためには?」をテーマに、グループ毎に分かれ、孫氏をファシリテーターとして遅くまでディスカッションが行われた。

※ワールドカフェとは、カフェのようなリラックスした雰囲気の中で、テーマに集中した会話を行う「対話法」。5~6人単位で1つのテーマを一定時間話し合い、終わったらメンバーを取り替えて、また同一テーマで話し合うことを繰り返すことで、参加者全員で話し合っているような効果が得られる。

講演者略歴

孫 大輔 ( そん だいすけ ) 氏日本プライマリ・ケア連合学会 家庭医療専門医東京大学医学教育国際協力研究センター 講師

[略歴]

2000年東京大学医学部卒。腎臓内科医から家庭医に転向し、医療福祉生協連家庭医療学開発センター(CFMD)を経て、現職にいたる。臨床研究、医学教育に携わりながら、家庭医としても勤務。2010年8月より市民/患者と医療者がフラットに対話できる場「みんくるカフェ」を毎月主宰している。

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