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3日間のアミカシン吸入、長期挿管患者の人工呼吸器関連肺炎発生を軽減(解説:栗原宏氏)

Strong point ・多施設二重盲検ランダム比較試験で結果の信ぴょう性が高い・手技が簡便かつ重篤な副作用の発症が少ない・治療効果が臨床的に有意義研究デザイン上の限界・ICU、入院期間全体を短縮するかの評価は試されていない 人工呼吸器関連肺炎(VAP)は、気管挿管後48~72時間以上経過して発生する肺炎を指す。報告によって幅があるが全挿管患者の5~40%に発生するとされ、ICUでしばしばみられる感染性合併症である。死亡率は約10~30%と院内肺炎の中でもかなり高い。 気管チューブから侵入した細菌が気管チューブ、気管支肺胞系、肺実質で増殖することがVAPの原因となる。抗菌薬吸入療法はこれらの部位に直接高濃度の抗菌薬投与が可能であり、小規模試験のメタ解析によればVAP予防に有効であることが示されている。これを踏まえて、著者らは人工呼吸器導入後3日目以降に、1日1回3日間、理想体重1kg当たり20mgのアミカシン吸入療法を行い、VAPの発生率が減少するかを検討した。 VAPの発症は肺検体の定量的細菌培養で陽性、および白血球増多、白血球減少、発熱、胸部X線撮影で新たな浸潤影を伴う化膿性分泌物のうち、少なくとも2つを満たすと定義され、期間も28日間と実臨床に即した判定法といえる。 主要アウトカムは以下のとおりで、臨床的にも意義があると考えられる。・VAP発症:アミカシン群62例(15%) vsプラセボ群95例(22%)・VAP発症までの境界内平均生存期間(RMST)の群間差:1.5日(95%信頼区間[CI]:0.6~2.5、p=0.004)・侵襲的人工呼吸管理1,000日当たりのVAP初回エピソード発生頻度:アミカシン群16 vsプラセボ群23(発生率比:0.68、95%CI:0.49~0.94) ※RMSTは、「境界時間内のイベント発現までの時間に対する平均値」と定義され、短い観察期間でも生存曲線の要約情報を得ることができる。従来用いられていたCox比例ハザードモデルが厳密には適用できない場合があるため、新たな生存時間解析の指標として広まりつつある。 治療に起因する重篤な副作用(気管チューブの閉塞、気管支痙攣、呼気リンパフィルターの抵抗増加)はみられたが、1.7%(417例中7例)程度かつプラセボ群との有意差もなく、治療自体のリスクは低いと考えらえる。 本調査のアミカシン吸入療法によってVAP発症率を改善することが示されたが、デザイン上、28日間でのVAP発症の有無自体をエンドポイントとしており、ICU、入院期間全体の短縮に寄与するかは不明である。この点に関して今後の調査が期待される。 VAPの高い死亡率、治療の簡便さ、治療自体の危険性を総合的に考えると、長期の挿管が予想される患者に対して予防的なアミカシン吸入療法の実施は検討に値すると思われる。

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アミカシン吸入、人工呼吸器関連肺炎発症を抑制/NEJM

 少なくとも3日間侵襲的人工呼吸管理を受けている患者において、アミカシン1日1回3日間吸入投与はプラセボと比較し、28日間の人工呼吸器関連肺炎(VAP)の発症を有意に減少したことが、フランス・トゥール大学のStephan Ehrmann氏らCRICS-TRIGGERSEP F-CRIN Research Networksが実施した多施設共同無作為化二重盲検プラセボ対照優越性試験「AMIKINHAL試験」において示された。予防的な抗菌薬吸入投与がVAPの発症を減少させるかどうかは不明であった。NEJM誌オンライン版2023年10月25日号掲載の報告。侵襲的人工呼吸管理が72時間以上96時間未満の患者を無作為化 研究グループは、フランスの19施設のICUにおいて、侵襲的人工呼吸管理を72時間以上受けている成人患者をアミカシン(標準体重1kg当たり20mg)群またはプラセボ(同量の0.9%塩化ナトリウム)群に1対1の割合に無作為に割り付け、1日1回3日間吸入投与した。 侵襲的人工呼吸管理を96時間行った患者、VAPが疑われるか確認された患者、腎代替療法を受けていない重症急性腎障害患者、慢性腎臓病(糸球体濾過量<30mL/分)患者、気管切開チューブを留置している患者、24時間以内に抜管が予定されている患者、アミノグリコシド系薬の全身投与を受けている患者は除外した。 主要アウトカムは、無作為化後28日間のVAP発症(肺検体の定量的細菌培養で陽性、および次の所見のうち少なくとも2つを満たすと定義・盲検下中央判定:白血球増多、白血球減少、発熱、胸部X線撮影で新たな浸潤影を伴う化膿性分泌物)で、安全性についても評価した。28日時までのVAP発症は、プラセボ群よりアミカシン群で少ない 2017年7月3日~2021年3月9日に、計850例が無作為化され、同意撤回の3例を除く847例(アミカシン群417例、プラセボ群430例)がITT解析対象集団となった。アミカシン群では337例(81%)、プラセボ群では355例(82%)が1日1回計3回の投与を完了した。 28日間のVAP発症は、アミカシン群62例(15%)、プラセボ群95例(22%)に認められ、VAP発症までの境界内平均生存期間(RMST)の群間差は1.5日(95%信頼区間[CI]:0.6~2.5、p=0.004)、侵襲的人工呼吸管理1,000日当たりのVAP初回エピソード発生頻度はアミカシン群16、プラセボ群23(発生率比:0.68、95%CI:0.49~0.94)であった。 感染に関連した人工呼吸器関連合併症は、アミカシン群74例(18%)、プラセボ群111例(26%)に発生した(ハザード比:0.66、95%CI:0.50~0.89)。 試験に関連した重篤な副作用は、アミカシン群で7例(1.7%)、プラセボ群で4例(0.9%)に認められた。

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第151回 島津製作所のX線撮影装置故障偽装で思い出した、医療機器の商習慣“定価の半値八掛け二割引”の落とし穴

島津製作所が故障偽装の報告書公表こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。いよいよ明日、3月9日からWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)が開幕します。今回は日本のNPBファン、米国のMLBファンともに楽しめる大会になりそうです。一次ラウンドでは、大谷 翔平、ダルビッシュ 有、佐々木 朗希、山本 由伸の4人の先発投手を連日観戦できるわけで、それだけでも野球ファンはお腹一杯になるでしょう。ただ、一つ気になるのはメディア含め、日本全体が「日本の優勝間違いなし」といったムードになっている点です。米国だけでなくドミニカ共和国も相当強い布陣です。一次ラウンドはともかく、準決勝以降は厳しい戦いになるに違いありません。さて、今回は1ヵ月ほど前に島津製作所(京都市)が調査報告書を公表した、子会社である島津メディカルシステムズ(大阪市)によるX線装置故障偽装について書いてみたいと思います。2022年8月に中日新聞のスクープで表沙汰となったこの事件。6ヵ月余りの間、島津製作所は調査の途中経過を関係各署に報告することもせず、今回の調査報告書公表もホームページに載せただけで記者会見を開きませんでした。行政や医療関係者、メディアを少々ナメたかのような対応で、今後の同社の医療機器販売に影響が出ないかが心配です。故障を装って修理費用を請求する不正は疑い事例含めて計43件島津製作所の子会社で、同社の医療機器の販売、修理、保守点検などを行う島津メディカルシステムズ(以下、島津メディカル)が、熊本県内の医療機関に納入したX線装置を巡り、故障を偽装して部品を有償で交換していた問題で、島津製作所は2月10日、外部の弁護士らによる外部調査委員会の調査報告書を公表しました1)。それによれば、島津メディカルにおいて、X線撮影装置に一定時間が経過すると電力が止まるタイマーを仕掛け、故障を装って医療機関に修理費用を請求するという不正が、疑い事例を含めて計43件あったとのことです。不正は事件発覚当初に報道された熊本県内の病院だけでなく、九州地方の他の3県でも確認されました。調査報告書によると、 2016年から2018年にかけ、熊本県内の5つの医療機関において、島津メディカルのサービス技術者がX線撮影装置に市販のタイマーを勝手に取り付け、一定期間が経過すると一時的に電力が供給されないようにし、X線照射ができないようにしていました。装置の故障としてX線装置の部品(X線管装置又はX線高電圧装置)の交換を1件につき約150万~200万円で行っていました。調査委員会の調べでは、証拠が明らかになった5つの医療機関のほかにも、2009~19年に熊本、宮崎、鹿児島、長崎の4県の医療機関でも、証拠が残っていない疑わしい事例が38件確認されました。計43件の医療機関の所在地は熊本県15件、宮崎県13件、鹿児島県12件、長崎県3件でした。なお、島津製作所は具体的な医療機関名については明らかにしていません。2017年に内部通報あるも調査せず隠蔽計43件の売上額は9,000万円超とのことです。部課長級にあたる幹部社員である営業所長5人を含む計7人の技術者が関わっていました。これまで島津製作所は、2022年4月の内部通報で初めて不正の疑いを把握し、5月から調査を開始したと説明していましたが、調査報告書では、2017年に島津メディカルの社員が証拠となる写真と録音を同社の執行役員企画管理本部長(当時)に提出し、内部通報していたとしています。この通報は社長らに報告されず、被害を受けた医療機関にも説明されず、結果として隠蔽されていました。調査報告書は不正の動機として、各営業所に厳しい業績目標が割り当てられ、不正を行った社員がノルマ達成のプレッシャーにさらされていたことを挙げ、組織上の問題点を指摘しています。具体的には、2010年から2016年まで九州支店長を務めた人物が「人事権を背景に(九州各県の)営業所長らへの支配力を確立させ、業績目標の達成を強く求め続けていたようだ」としています。嫌疑濃厚とされた7人のうち営業所長ら4人は、この支店長から「直接的な圧力を強く受けていたことがうかがわれ、それが不正の動機につながったのではないか」と報告書は書いています。ちなみに、不正やその疑いがある計43件のうち、7割近い29件はこの支店長の在任期間に起きていました。島津製作所は「当社は、当社子会社における本件の発生を重く受け止め、今後このような事態を再び起こすことがないよう、外部調査委員会が認定した事実、発生原因及び再発防止策の提言を真摯に受け止め、速やかに具体的な再発防止策を策定、実行してまいります。医療機関様、患者様をはじめとする関係者の皆様には、多大なるご迷惑とご心配をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます」とコメントしています。中日新聞の報道をきっかけに「不適切な行為があった疑いがある」と公表この事件は、2022年8月25日付の中日新聞のスクープによって発覚しました。記事によれば、最初の被害が発覚したのは熊本県の山間部に位置する公立病院に導入されていたX線テレビシステム。2009年に1,417万円で購入した機種で、月約20万円のメンテナンス契約を結んでいたとのことです。島津メディカルの担当者がタイマーを仕掛けたのは2017年9月とみられ、その後、X線が出なくなり、X線管球を228万円払って交換しました。島津製作所は報道があった8月25日、「島津メディカルで、X線撮影装置のサービスを提供する際に不適切な行為があった疑いがある」と発表しました。なお、この時点で同社は「本件によって誤診や医療事故を生む可能性はなく、不適切な行為の疑義は一部地域に限られる」としていました。当初、島津製作所によれば4月に内部通報があって調査に乗り出したとしていました。ただ、その時点では故障偽装があったことは公表していません。中日新聞の報道を受けて公表に踏み切った形となり、対応のまずさが際立つ結果となりました。なお、中日新聞はこの時の報道で、島津製作所が防衛省から受注した事業で装備品修理の作業時間を過大に計上し、費用を水増し請求した問題で2013年に指名停止処分を受けたことや、2017年にも同省との修理契約で、必要な手続きをせずに部品を修理して取り付けるなどした問題で再度指名停止処分を受けた事実についても報じ、修理やメンテナンスで不当に稼ぐ企業体質の存在を指摘しています。「○○○タイマー」という都市伝説このニュースを聞いて、かつて、家電やオーディオなどで「○○○(メーカー名)タイマー」という都市伝説があったことを思い出しました。どんなに人気の定番商品でも、数年経つと計ったように故障し、新製品の購入を余儀なくされてしまうという噂です。私自身も確かに、「またこのメーカー、故障かよ」と思ったことは少なからずありますが、それらの製品に実際にタイマーが内蔵されていたかどうかは不明です。その存在を証明できた人もいないようです。医療機器メーカーにおいて、機器の販売台数ではなく、修理や故障のメンテナンス費用の売上ノルマがあったことも驚きです。故障しない、あるいは故障が少ないことを目指すのが、あらゆる機器メーカーの目標であるはずなのに、逆に故障を願う体制となっていたとは、呆れて物が言えません。かつて常識だった大型医療機器“定価の半値八掛け二割引き”ひょっとしたら、そこには、昔からよく言われている医療機器の不透明な価格設定の問題も少なからず関係しているのかもしれません。X線CTやMRI、そしてX線撮影装置などの大型医療機器は、かつては”定価の半値八掛け二割引き”が当たり前と言われていました。「半値八掛け二割引き」とは、元々は証券業界で使われていた言葉です。株式相場において上昇相場だった銘柄の株価が頭打ちとなり下落し始めたときに、再度買い付けるときの安値の目安が「半値八掛け二割引き」なのだそうです。ただ、この言葉は長く大型医療機器の実際の購入価格についても使われてきました。この計算で行くと、定価1億円の機器ならば売値は3,200万円、約3分の1になります。要は「定価はあってないようなもの」が大型医療機器だったわけです。そんなに安く売ってもメーカーが痛くも痒くもなかったのは、ランニングコスト(保守点検や修理費)などで長い時間かけて元をしっかり取る仕組みができていたからです。購入価格の安さを目くらましに、高い保守点検費用や修理費用を医療機関に請求していたメーカーは結構あったと聞いています。ただ、この”定価の半値八掛け二割引き”の不透明な商習慣を改めようという動きもたびたび沸き起こり、一時大型医療機器の価格は正常化に向かった、と聞いたこともあります。しかし、今回の島津製作所と島津メディカルの故障偽装の事件を見ると、「医療機器は売った後の保守や点検で稼ぐ」という旧来のメーカーの販売手法はまだしぶとく生きていそうです。調査報告書では、島津メディカルでは「サービス技術者の業績評価において部品販売の実績が考慮されており、かつサービス技術者がコントロール不可能な事後(販売後)交換も評価項目になっていた」と指摘されています。もっとも、調査報告書はそうした医療機器独特の商習慣の存在にまでは踏み込んではいません。あえて踏み込まなかったのか、今回の故障偽装とは関係ないと判断したのか、その点はわかりません。いつの時代にも言えることですが、メーカーからすれば、医療機関(医師も事務方も)は騙しやすい存在です。とくに高額な大型医療機器の導入・運用・保守にあたっては、メーカーや販売業者の言葉を鵜呑みにせず、購入価格や保守費用などの料金交渉には、疑いの目を持って臨むようにしてください。参考1)外部調査委員会からの調査報告書受領及び当社の対応について/島津製作所

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第149回 今の日本の医療IoT、東日本大震災のイスラエル軍支援より劣る?(後編)

2月6日に発生したトルコ・シリア大地震のニュースを見て村上氏は東日本大震災時のイスラエル軍の救援活動を思い出します。後編の今回は、現在の日本が顔負けのIoTを駆使したイスラエル軍の具体的な支援内容についてお伝えします。前編はこちら 仮設診療所エリアには内科、小児科、眼科、耳鼻科、泌尿器科、整形外科、産婦人科があり、このほかに冠状動脈疾患管理室(CCU)、薬局、X線撮影室、臨床検査室を併設。臨床検査室では血液や尿の生化学的検査も実施できるという状態だった。ちなみにこうした診察室や検査室などはそれぞれプレハブで運営されていた。一般に私たちが災害時の避難所で見かける仮設診療所は避難所の一室を借用し、医師は1人のケースが多い。例えて言うならば、市中の一般内科クリニックの災害版のような雰囲気だが、それとは明らかに規模が違いすぎた。当時、仮設診療所で働いていたイスラエル人の男性看護師によると、これでも規模としては小さいものらしく、彼が参加した中米・ハイチの地震(2010年1月発生)での救援活動では「全診療科がそろった野外病院を設置し、スタッフは総勢200人ほどだった」と説明してくれた。この仮設診療所での画像診断は単純X線のみ。プレハブで専用の撮影室を設置していたが、完全なフィルムレス化が実行され、医師らはそれぞれの診療科にあるノートPCで患者のX線画像を参照することができた。ビューワーはフリーのDICOMビューアソフト「K-PACS」を使用。検査技師は「フリーウェアの利用でも診療上のセキュリティーもとくに問題はない」と淡々と語っていた。実際、仮設診療所内の診療科で配置医師数が4人と最も多かった内科診療所では「K-PACS」の画面で患者の胸部X線写真を表示して医師が説明してくれた。彼が表示していたのは肺野に黒い影のようなものが映っている画像。この内科医曰く「通常の肺疾患では経験したことのない、何らかの塊のようなものがここに見えますよね。率直に言って、この診療所での処置は難しいと判断し、栗原市の病院に後送しましたよ」と語った。ちなみに東日本大震災では、津波に巻き込まれながらも生還した人の中でヘドロや重油の混じった海水を飲んでしまい、これが原因となった肺炎などが実際に報告されている。内科医が画像を見せてくれた症例は、そうした類のものだった可能性がある。診療所内の薬局を訪問すると、イスラエル人の薬剤師が案内してくれたが、持参した医薬品は約400品目にも上ると最初に説明された。薬剤師曰く「持参した薬剤は錠剤だけで約2,000錠、2ヵ月分の診療を想定しました。抗菌薬は第2世代ペニシリンやセフェム系、ニューキノロン系も含めてほぼ全種類を持ってきたのはもちろんのこと、経口糖尿病治療薬、降圧薬などの慢性疾患治療薬、モルヒネなども有しています」と説明してくれ、「見てみます?」と壁にかけられた黒いスーツカバーのようなものを指さしてくれた。もっとも通常のスーツカバーの3周りくらいは大きいものだ。彼はそれを床に置くなり、慣れた手つきで広げ始めた。すると、内部はちょうど在宅医療を受けている高齢者宅にありそうなお薬カレンダーのようにたくさんのポケットがあり、それぞれに違う経口薬が入っていた。最終的に広げられたカバー様のものは、当初ぶら下げてあった時に目視で見ていた大きさの4倍くらいになった。この薬剤師によると、イスラエル軍衛生部隊では海外派遣を想定し、国外の気候帯や地域ブロックに応じて最適な薬剤をセットしたこのような医薬品バッグのセットが複数種類、常時用意されているという。海外派遣が決まれば、気候×地域性でどのバッグを持っていくかが決まり、さらに派遣期間と現地情報から想定される診療患者数を割り出し、それぞれのバッグを何個用意するかが即時決められる仕組みになっているとのこと。ちなみに同部隊による医療用医薬品の処方は南三陸町医療統轄本部の指示で、活動開始から1週間後には中止されたという。この時、最も多く処方された薬剤を聞いたところ、答えは意外なことにペン型インスリン。この薬剤師から「処方理由は、糖尿病患者が被災で持っていたインスリン製剤を失くしたため」と聞き、合点がいった。ちなみにイスラエルと言えば、世界トップのジェネリックメーカー・テバの本拠地だが、この時に持参した医薬品でのジェネリック採用状況について尋ねると、「インスリンなどの生物製剤、イスラエルではまだ特許が有効な高脂血症治療薬のロスバスタチンなどを除けば、基本的にほとんどがジェネック医薬品ですよ。とくに問題はないですね」とのことだった。この取材で仮設診療所エリア内をウロウロしていた際に、偶然ゴミ集積所を見かけたが、ここもある意味わかりやすい工夫がされていた。感染性廃棄物に関しては、「BIO-HAZARD」と大書されているピンクのビニール袋でほかの廃棄物とは一見して区別がつくようになっていたからだ。大規模な医療部隊を運営しながら、フリーウェアやジェネリック医薬品を使用するなど合理性を追求し、なおかつ患者情報はリアルタイムで電子的に一元管理。ちなみにこれは今から11年前のことだ。2020年時点で日常診療を行う医療機関の電子カルテ導入率が50~60%という日本の状況を考えると、今振り返ってもそのレベルの高さに改めて言葉を失ってしまうほどだ。

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エルドハイム-チェスター病〔ECD:Erdheim-Chester disease〕

1 疾患概要■ 定義エルドハイム-チェスター病(Erdheim-Chester disease:ECD)は、1930年にJakob ErdheimとWilliam Chesterによって初めて報告された組織球症の一病型である。類縁疾患としてランゲルハンス細胞組織球症(Langerhans cell histiocytosis:LCH)が挙げられる。対称性の骨病変と特徴的な画像所見を有し、骨、心臓・大血管、皮膚、中枢神経、内分泌系、腎・後腹膜などの多臓器に浸潤しさまざまな症状を起こす全身疾患である。■ 疫学ECDはまれな疾患であり2004年の時点で報告数は世界で100例にも満たなかったが、ここ15年ほどで認知度が上昇したことにより報告数が増加した。2020年の報告では世界で1,500例以上とされており、国内でも2018年時点で81例が確認されている。好発年齢は40~70歳で、男性が約7割を占める。小児例はまれで、その多くがECDとLCHを合併する混合型組織球症に分類される。 ECDの1割に骨髄異形成/骨髄増殖性腫瘍を合併していたとの報告があり、これらの症例は非合併例と比べて高齢で混合組織球症の割合が多いとされている。■ 病因ECDが炎症性の疾患か、あるいは腫瘍性の疾患かは長らく不明であったが、近年の研究でMAPK(RAS-RAF-MEK-ERK)経路に関連した遺伝子変異が細胞の増殖や生存に関与していることが報告され、腫瘍性疾患と考えられるようになってきている。変異の半数以上はBRAF V600Eの異常である。■ 症状ECDの症状および臨床経過は侵襲臓器と広がりによって症例ごとに大きく異なってくる。病変が単一臓器に留まり無症状で経過する例もある一方、多発性・進行性の臓器障害を起こし診断から数ヵ月で死亡する例もある。最も一般的な症状は四肢の骨痛(下肢優位)で、全体の半数にみられる。そのほか、尿崩症・高プロラクチン血症・性腺ホルモン異常などの内分泌異常、小脳失調症・錐体路症状などの神経症状、冠動脈疾患、心膜炎、心タンポナーデなどの循環器系の異常に加え、眼球突出、黄色腫などの局所症状など非常に多彩である。その他、発熱・体重減少・倦怠感などの非特異的な全身症状がみられることもある。一人の患者がこれらの症状を複数併せ持つことも多く、その組み合わせもさまざまである(図、表1、2)。図 ECDの主要症候(Goyal G, et al. Mayo Clin Proc. 2019;94:2054-2071.より改変)表1 わが国におけるECD症例の臓器病変(出典:Erdheim-Chester病に関する調査研究)画像を拡大する表2 わが国におけるECD症例の症状(出典:Erdheim-Chester病に関する調査研究)画像を拡大する■ 分類WHO分類の改定第4版ではリンパ系腫瘍のうち、組織球および樹状細胞腫瘍に分類されている。また、2016年改定の組織球学会分類では「L」(ランゲルハンス)グループに分類されている。■ 予後ECDの予後はさまざまで、主に病変の部位と範囲に左右される。高齢患者、心病変、中枢神経病変を有する患者ではがいして予後不良である。2000年代前半の報告では3年生存率50%程度であったが、近年では診断と治療の進歩によって5年生存率80%程度にまで上昇してきている。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)ECDは症状が極めて多彩であることから診断が困難であり、過去の報告でも発症から診断までの中央期間は数ヵ月から数年と言われている。診断の主体は組織診断だが、症状や画像所見を含めて総合的に判断することになる。形態学的所見としては、泡沫状(黄色腫様)細胞質を持つ組織球の増殖と背景の線維化を認め、ほとんどの症例で好酸性細胞質を有する大型組織球やTouton型巨細胞が混在する。免疫組織学的所見としてCD68、CD163、CD14、FactorXIIIa、Fascinが陽性、CD1a、 CD207(Langerin)は陰性である。S-100蛋白は通常陰性だが陽性のこともある。ECD患者の約10~20%にLCHを合併し、同一生検組織中に両者の病変を認めることもある。画像所見としては、単純X線撮影における長管骨骨端部の両側対称性の骨硬化や99Tc骨シンチグラフィーにおける下肢優位の長管骨末端への対称性の異常集積を認める。PET-CTは診断だけでなく活動性の評価や治療効果判定にも有用である。CTの特徴的所見として大動脈周囲の軟部陰影(coated aorta)や腎周囲脂肪織の毛羽立ち像(hairy kidney)を認めることがある。診断時には中枢病変の精査のためのGd造影頭部MRIや血液検査にて内分泌疾患、下垂体前葉機能、腎機能、CRPの評価も行うことが推奨されている。造血器腫瘍を合併する例もあるため、血算異常を伴う場合は骨髄穿刺を検討すべきである。鑑別診断として、LCHのほかRosai-Dorfman病、若年性黄色肉芽腫、ALK陽性組織球症、反応性組織球症などが挙げられ、これらは免疫染色などによって鑑別される。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)以前はLCHに準じて副腎皮質ステロイドや抗がん剤などによる治療が行われていたが、効果は限定的であった。その後interferon-α(IFN-α)が全生存期間を延長することが報告され、ガイドラインで第1選択薬として挙げられている。また、BRAF遺伝子変異陽性のECDに対するBRAF阻害薬の有効性も報告されており、2017年にはベムラフェニブが米国FDAで承認されている。ただし、わが国ではこれらの薬剤は保険適用外となっている。第1選択薬のIFN-αは300万単位を週3回皮下投与が通常量だが、重症例では600~900万単位週3回の高容量投与も考慮される。また、PEG-IFNαで135ugを週1回皮下投与、重症例では180ugを週1回投与する。これらは50~80%の奏効率が期待されるが、半数程度に疲労感、関節痛、筋肉痛、抑うつ症状などの副作用がみられ、忍容性が問題となる。BRAF阻害薬(ベムラフェニブ)はBRAF遺伝子変異陽性のECDに効果が認められているが、皮膚合併症(発疹、扁平上皮がん)、QT延長などの副作用があり、皮膚科診察、心電図検査などのモニタリングが必要である。副作用などでIFNαが使用できない症例についてはプリンアナログのクラドリビンなどが検討される。副腎皮質ステロイド、手術、放射線療法は急性期症状や局所症状の緩和に使用されることがあるが、単体治療としては推奨されない。その他、病変が限局性で症状が軽微な症例については対症療法のみで経過観察を行うこともある。4 今後の展望ECDの病態や臨床像は長らく不明であったが、ここ20年ほどで急速に病態解明が進み、報告数も増加してきている。ベムラフェニブ以外のBRAF阻害薬やMEK阻害薬などの分子標的療法の有用性も報告されており、今後のさらなる発展とわが国での保険適用が待たれる。5 主たる診療科内科、整形外科、皮膚科、眼科、脳神経外科など多岐にわたる※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報日本の研究.com  Erdheim-Chester病に関する疫学調査(医療従事者向けのまとまった情報)Erdheim-Chester Disease Global Alliance(医療従事者向けのまとまった情報)1)Diamond EL, et al. Blood. 2014;124:483-492.2)Toya T, et al. Haematologica. 2018;103:1815-1824.3)Goyal G, et al. Mayo Clin Proc. 2019;94:2054-2071.4)Haroche J, et al. Blood. 2020;135:1311-1318.5)Goyal G, et al. Blood. 2020;135:1929-1945.公開履歴初回2022年3月16日

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未治療HIV結核患者、検査に基づく治療が有益/NEJM

 抗レトロウイルス療法(ART)歴のない重度免疫不全状態のHIV感染成人患者における結核治療について、検査結果に基づく治療は系統的・経験的治療と比べて24・48週後のアウトカムはいずれも同等で、Grade3/4の有害事象発生率は低いことが示された。フランス・ナント大学のFrancois-Xavier Blanc氏らSTATIS ANRS 12290 Trial Teamが、コートジボワールやウガンダなどの患者1,000例超を対象に無作為化比較試験を行い報告した。結核およびHIVの疾病負荷が高い地域において、HIV感染成人患者の多くがART開始時にはすでに重度の免疫不全状態にあり、これらの患者のART開始後の死亡率は高く、結核および侵襲性の細菌感染症が死因の多くを占めているという。NEJM誌2020年6月18日号掲載の報告。全死因死亡または侵襲性細菌感染症の複合エンドポイント発生率を比較 研究グループは、ART歴のないCD4陽性T細胞数100個/mm3未満のHIV成人患者を対象に、検査に基づく結核治療と、検査をせずに治療を始める系統的・経験的治療を比較する48週間の試験を行った。 コートジボワール(2施設)、ウガンダ(2施設)、カンボジア(1施設)、ベトナム(1施設)で集めた被験者を無作為に1対1の割合で2群に分け、一方にはスクリーニング(Xpert MTB/RIF検査、尿中リポアラビノマンナン検査、胸部X線撮影)を実施し、その結果に基づき結核治療を開始すべきかどうかを決めた(検査治療群、525例)。もう一方の群にはリファンピシン、イソニアジド、エタンブトール、ピラジナミドを2ヵ月間連日投与し、その後リファンピシンとイソニアジドを4ヵ月間連日投与する系統的・経験的治療を行った(系統的治療群、522例)。 主要評価エンドポイントは、全死因死亡または侵襲性細菌感染症の複合で、無作為化後24週以内(主要解析)または48週の時点で評価を行った。Grade3/4の薬剤関連有害事象リスク、系統的治療群は検査治療群の2.57倍 24週の時点で、全死因死亡または侵襲性細菌感染症の発生率(初回発生イベント)は、系統的治療群が19.4/100患者年、検査治療群が20.3/100患者年と、両群で同等だった(補正後ハザード比[HR]:0.95、95%信頼区間[CI]:0.63~1.44)。 48週時点での同発生率も、それぞれ12.8/100患者年、13.3/100患者年と同等だった(補正後HR:0.97、95%CI:0.67~1.40)。 24週の時点で、結核の確率は系統的治療群が3.0%と、検査治療群の17.9%に比べ低率だった(補正後HR:0.15、95%CI:0.09~0.26)。一方で、Grade3/4の薬剤関連有害事象の確率は、系統的治療群が17.4%と、検査治療群の7.2%に比べ高率だった(2.57、1.75~3.78)。 重篤な有害イベントの発生は、系統的治療群でより頻度が高かった。

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COVID-19へのレムデシビル、国際共同治験の中間報告:国立国際医療研究センター

 国立国際医療研究センター(NCGM)は5月29日(金)、メディア勉強会を行い、これまでのCOVID-19に関する取り組みや現在行う治療、研究開発について発表した。このうち、NCGMセンター病院 国際感染症センター長の大曲 貴夫氏がレムデシビル(商品名:ベクルリー)のアダプティブCOVID-19治療治験(ACTT、国際多施設共同無作為化二重盲検比較試験)について中間解析結果を発表した。 対象患者の主な選択基準は以下のとおり。・PCRまたはその他の検査法でSARS-CoV-2 感染が確定された入院患者・成人男性または妊娠していない成人女性・以下のいずれかが認められる患者(胸部X線撮影/CTスキャンなどによるX線撮影浸潤/臨床評価(検査時のラ音・断続性ラ音の所見)および室内空気でSpO2が94%以下/酸素補給が必要/機械換気が必要) 1,063例が登録され、無作為化後のデータが入手可能な1,059例が解析対象となった。対象患者は、レムデシビル群(538例)とプラセボ群(521例)に無作為に割り付けられた。アジア人は12.6%(134例)と少なく、白人が53.2%(565例)と最多だった。主要評価項目は、「酸素補給・治療の継続とも不要」な状態以上に回復するまでの時間だった。 主な結果は以下のとおり。・回復時間中央値はレムデシビル群11日(95%信頼区間[CI]:9~12)、プラセボ群15日(95%CI:13~19)と有意な差が見られた。・一方で、14日までの死亡率はレムデシビル群7.1%、プラセボ群で11.9%と有意差は見られなかった(死亡のハザード比0.70、95%CI:0.47~1.04)。・有害事象の発現率は、レムデシビル群114例(21.1%)、プラセボ群141例(27.0%)であった。・Lancetに掲載された中国における試験結果1)と同様の傾向が認められた。 ACTTは、レムデシビルによる回復時間短縮が確認されたことから盲検化を早期解除した。現在、データのチェックを行っており、最終報告、論文化の目処は未定としている。 さらに、JAK1/JAK2阻害薬バリシチニブをレムデシビルに併用する効果を見るACTT-2(多施設共同無作為化二重盲検比較試験)の登録を開始したことを発表。これは抗ウイルス薬のCOVID-19治療効果の可能性を認めつつも依然死亡率が高いことを受け、サイトカインおよびケモカイン作用の炎症性免疫応答を標的としたバリシチニブの併用によって、抗ウイルス薬だけでは得られない相乗効果を期待したものだ。必要患者数は1,032例、現在国内では患者数が減少傾向にあることから、試験終了までにはある程度時間がかかる見込みだという。(ケアネット 杉崎 真名)※本文中に誤りがあったため、一部訂正いたしました(2020年6月4日11時)。

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スティーブンス・ジョンソン症候群〔SJS : Stevens-Johnson Syndrome〕、中毒性表皮壊死症〔TEN : Toxic Epidermal Necrolysis〕

1 疾患概要■ 概念・定義薬疹(薬剤性皮膚障害)は軽度の紅斑から重症型までさまざまであるが、とくにスティーブンス・ジョンソン症候群(Stevens-Johnson Syndrome:SJS)型薬疹と中毒性表皮壊死症(Toxic epidermal necrolysis:TEN)型薬疹は重篤な経過をたどり、死に至ることもある。両疾患はウイルス感染症や細菌感染症に続発して生じることもあるが、原因の大半は薬剤であるため、本稿では両疾患をもっぱら重症型薬疹の病型として取り扱う。■ 疫学近年、薬剤による副作用がしばしばマスコミを賑わせているが、薬疹は目にみえる副作用であり、とくに重症型薬疹においては訴訟に及ぶこともまれではない。重症型薬疹の発生頻度は、人口100万人当たり、SJSが年間1~6人、TENが0.4~1.2人と推測されている。2009年8月~2012年1月までの2年半の間に製薬会社から厚生労働省に報告されたSJSおよびTENの副作用報告数は1,505例(全副作用報告数の1.8%)で、このうち一般用医薬品が被疑薬として報告されたのは95例であった。原因薬剤は多岐にわたり、上記期間にSJSやTENの被疑薬として報告があった医薬品は265成分にも及んでいる。カルバマゼピンなどの抗てんかん薬、アセトアミノフェンなどの解熱鎮痛消炎薬、セフェム系やニューキノロン系抗菌薬、アロプリノールなどの痛風治療薬、総合感冒薬、フェノバルビタールなどの抗不安薬による報告が多いが、それ以外の薬剤によることも多く、最近では一般用医薬品による報告が増加している。■ 病因薬疹は薬剤に対するアレルギー反応によって生じることが多く、I型(即時型)アレルギーとIV型(遅延型)アレルギーとに大別できる。I型アレルギーによる場合は、原因薬剤の投与後数分から2~3時間で蕁麻疹やアナフィラキシーを生じる。一方、大部分を占めるIV型アレルギーによる場合は、薬剤投与後半日から2~3日後に、湿疹様の皮疹が左右対側に生じることが多い。薬剤を初めて使用してから感作されるまでの期間は4日~2週間のことが多いが、場合によっては10年以上安全に使用していた薬剤でも、ある日突然薬疹を生じることがある。患者の多くは薬剤アレルギーの既往がなく突然発症するが、重症型薬疹の場合はウイルスなど感染症などが引き金になって発症することも多い。男女差はなく中高年に多いが、20~30代もまれではない。近年、免疫反応の異常が薬疹の重症化に関与していると考えられるようになった。すなわち、免疫やアレルギー反応は制御性T細胞とヘルパーT細胞とのバランスによって成り立っており、正常な場合は、1型ヘルパーT細胞による免疫反応を制御性T細胞が抑制している。通常の薬疹では(図1)、1型ヘルパーT細胞が薬剤によって感作されて薬剤特異的T細胞になり、同じ薬剤の再投与により活性化されると薬疹が発症する。画像を拡大するしばらく経つと制御性T細胞も増加・活性化するため、過剰な免疫反応が抑制され、薬疹は軽快・治癒する。ところが、重症型薬疹の場合(図2)は、ウイルス感染などにより制御性T細胞が抑制され続けているため、薬疹発症後も免疫活性化状態が続く。薬剤特異的T細胞がさらに増加・活性化しても、制御性T細胞が活性化しないため、薬剤を中止しても重症化し続ける。画像を拡大する細胞やサイトカインレベルからみた発症機序を示す(図3)。画像を拡大する医薬品と感染症によって過剰な免疫・アレルギー反応を生じ、活性化された細胞傷害性Tリンパ球(CD8 陽性T細胞)や単球、マクロファージが表皮細胞を傷害してネクロプトーシス(ネクローシスの形態をとる細胞死)を誘導し、表皮細胞のネクロプトーシスが拡大することによりSJSやTENに至る、と考えられている。■ 症状重症型薬疹に移行しやすい病型として、とくに注意が必要なのは多形滲出性紅斑で、蕁麻疹に似た標的(ターゲット)型の紅斑が全身に生じ、短時間では消退せず、重症例では皮膚粘膜移行部にびらんを生じ、SJSに移行する。SJSは、全身の皮膚に多形滲出性紅斑が多発し、口唇、眼結膜、外陰部などの皮膚粘膜移行部や口腔内の粘膜にびらんを生じる。しばしば水疱や表皮剥離などの表皮の壊死性障害を来すが、一般に体表面積の10%を超えることはない。38℃以上の発熱や全身症状を伴うことが多く、死亡もまれではない。TENは最重症型の薬疹で、全身の皮膚に広範な紅斑と、体表面積の30%を超える水疱、表皮剥離、びらんなど表皮の重篤な壊死性障害を生じる。眼瞼結膜や角膜、口腔内、外陰部に粘膜疹を生じ、38℃以上の高熱や激しい全身症状を伴い、死亡率は30%以上に及ぶ。救命ができても全身の皮膚に色素沈着や視力障害を残し、失明に至ることもある。また、皮膚症状が軽快した後も、肝機能や呼吸器などに障害を残すことがある。なお、表皮剥離が体表面積の10%以上30%未満の場合、SJSからTENへの移行型としている。■ 予後SJS、TENともに、薬剤を中止しても適切な治療が行われなければ非可逆的に増悪し、ステロイド薬の全身投与にも反応し難いことがある。皮疹の経過は多形滲出性紅斑 → SJS → TENと増悪していく場合と、最初からSJSやTENを生じる場合とがある。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)薬疹は皮疹の分布や性状によってさまざまな病型に分類されるが、重症型薬疹は一般に、(1)急激に発症し、急速に増悪、(2)全身の皮膚に新鮮な発疹や発赤が多発する、(3)結膜、口腔、外陰などの粘膜面や皮膚粘膜移行部に発赤やびらんを生じる、(4)高熱を来す、(5)全身倦怠や食欲不振を訴える、などの徴候がみられることが多い。皮膚のみならず、肝腎機能障害、汎血球・顆粒球減少、呼吸器障害などを併発することも多いため、血算、白血球分画、生化学、非特異的IgE、CRP、血沈、尿検査、胸部X線撮影を行う。また、ステロイド薬の全身投与前に糖尿病の有無を調べる。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)■ 治療の実際長年安全に使用していた薬剤でも、ある日突然重症型薬疹を生じることもあるため、基本的に全薬剤を中止する。どうしても中止できない場合は、治療上不可欠な薬剤以外はすべて中止するか、系統(化学構造式)のまったく異なる、患者が使用した経験のない薬剤に変更する。急速に増悪することが多いため、入院させて全身管理のもとで治療を行う。最強クラスの副腎皮質ステロイド薬(クロベタゾールプロピオン酸など)を外用し、副腎皮質ステロイド薬の全身投与(プレドニゾロン 30~60mg/日)を行う。治療効果が乏しければ、ステロイドパルス(メチルプレドニゾロン 1,000mg/日×3日)およびγグロブリン(献血グロベニン 5g/日×3日)の投与を早急に開始する。反応が得られなければ、さらに血漿交換や免疫抑制薬(シクロスポリン 5mg/kg/日)の投与も検討する。■ 原因薬剤の検索治癒した場合でも再発予防が非常に重要である。原因薬剤の検索は、皮疹の軽快後に再投与試験を行うのが最も確実であるが、非常にリスクが大きい。入院させて通常処方量の1/100程度のごく少量から投与し、漸増しながら経過をみるが、薬疹に対する十分な知識や経験がないと、施行は困難である。再投与試験に対する患者の了解が得られない場合や、安全面で不安が残る場合は、皮疹消退後にパッチテストを行う。パッチテストは非常に安全な検査で、しかも陽性的中率が高いが、感度は低く60%程度しか陽性反応が得られない。また、ステロイド薬の内服中は陽性反応が出にくくなる。In vitroの検査では「薬剤によるリンパ球刺激試験」(drug induced lymphocyte stimulation test:DLST)が有用である。患者血清中のリンパ球と原因薬剤を反応させ、リンパ球の幼若化反応を測定するが、感度・陽性的中率ともにパッチテストよりも低い。DLSTは薬疹の最盛期にも行えるが、発症から1ヵ月以上経つと陽性率が低下する。したがって、再投与試験を行えない場合はパッチテストとDLSTの両方を行い、両者の結果を照合することにより原因薬剤を検討する。現在、健康保険では3薬剤まで算定できる。4 今後の展望近年、重症型薬疹の発症を予測するバイオマーカーとして、ヒト白血球抗原(Human leukocyte antigen:HLA)(主要組織適合遺伝子複合体〔MHC〕)の遺伝子多型が注目されている。すなわち、HLAは全身のほとんどの細胞の表面にあり免疫を制御しているが、特定の薬剤による重症型薬疹(SJS、TEN)の発症にHLAが関与しており、とくに抗痙攣薬(カルバマゼピンなど)、高尿酸血症治療薬(アロプリノール)による重症型薬疹と関連したHLAが相次いで発見されている。さらに、同じ薬剤でも人種・民族により関与するHLAが異なることが明らかになってきた(表)。画像を拡大するたとえば、日本人のHLA-A*3101保有者がカルバマゼピンを使用すると、8人に1人が薬疹を発症するが、もしこれらのHLA保有者にカルバマゼピン以外の薬剤を使用すると、薬疹の発症頻度が1/3になると推測されている。また、台湾では、カルバマゼピンによる重症型薬疹患者のほぼ全員がHLA-B*1502を保有しており、保有者の発症率は非保有者の2,500倍も高いといわれている。そのため台湾では、カルバマゼピンとアロプリノールの初回投与前には、健康保険によるHLA検査が義務付けられている。このようにあらかじめ遺伝子多型が判明していれば、使用が予定されている薬剤で重症型薬疹を起こしやすいか否かが予測できることになる。5 主たる診療科複数の常勤医のいる基幹病院の皮膚科、救命救急センター※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報医薬品・医療機器等安全性情報 No.290(医療従事者向けのまとまった情報)医薬品・医療機器等安全性情報 No.293(医療従事者向けのまとまった情報)医薬品・医療機器等安全性情報 No.285(医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報SJS患者会(SJSの患者とその家族の会)1)藤本和久. 日医大医会誌. 2006; 2:103-107.2)藤本和久. 第5節 粘膜症状を伴う重症型薬疹(スティーブンス・ジョンソン症候群、中毒性表皮壊死症). In:安保公介ほか編.希少疾患/難病の診断・治療と製品開発.技術情報協会;2012:1176-1181.3)重症多形滲出性紅斑ガイドライン作成委員会. 日皮会誌. 2016;126:1637-1685.公開履歴初回2014年01月23日更新2019年10月21日

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ムコ多糖症I型〔MPS I : Mucopolysaccharidosis I〕

ムコ多糖症I型のダイジェスト版はこちら1 疾患概要■ 概念・定義ムコ多糖症(mucopolysaccharidosis:MPS)は細胞内小器官のリソゾーム内でムコ多糖の一種であるグリコサミノグリカン(GAG)を加水分解する酵素の異常により、リソゾーム内にGAGが蓄積し、種々の臨床症状を引き起こす先天代謝異常症である。ムコ多糖症I型(MPS I型)は、1919年にGertrud Hurlerにより報告されHurler症候群と呼ばれていたが、1962年にHarold Scheieが軽症型を報告し、1970年代に欠損酵素がα-L-イズロニダーゼ(α-L-iduronidase)であることが明らかとなり、両者ともにMPS I型に分類されるようになった。現在では、重症型はHurler症候群(MPS I H)、中間型はHurler-Scheie症候群(MPS I H-S)、軽症型はScheie症候群(MPS I S)に分類されている。MPS I型は、リソゾーム酵素の1つであるα-L-イズロニダーゼの異常によりリソゾーム内にGAGの一種であるデルマタン硫酸とヘパラン硫酸が異常に蓄積するため、慢性で進行性の多様な臨床症状を呈する。MPS I型は常染色体劣性遺伝形式をとるためII型と異なり男女共に認められる。■ 疫学MPSの頻度は人種により異なり、欧米では2万4千人に1人と多いが、わが国では5~6万人に1人とされ、MPS I型の頻度はその約15%程度である。■ 病因リソゾーム酵素の1つである、α-L-イズロニダーゼをコードする遺伝子の変異に基づく遺伝性の疾患で、この酵素の欠損はリソゾーム内にGAGの一種であるデルマタン硫酸とヘパラン硫酸が異常に蓄積するため、MPS I型では慢性で進行性の多様な臨床症状を呈する。デルマタン硫酸の蓄積は、骨の変形に関与し、ヘパラン硫酸の蓄積は精神運動発達遅滞の原因となる。■ 症状リソゾームはほとんどすべての細胞に存在するため、障害も多臓器に及ぶ。新生児期からヘルニアや蒙古斑の多発が認められる。その後、ガルゴイ様と呼ばれる粗野な顔貌、関節拘縮、骨変形、肝脾腫、心弁膜症、精神運動発達遅滞、角膜混濁、網膜変性、滲出性中耳炎、難聴、閉塞性呼吸障害、低身長などが出現する。重症型のMPS I Hではこれらの症状が6ヵ月頃から出現するのに対して、軽症型のMPS I Sでは出現が遅く、軽度の関節拘縮や心臓弁膜症を認めても、ガルゴイ顔貌、低身長や精神発達遅滞などを示さず、成人まで診断されない場合もある(表)。画像を拡大する■ 分類(表)重症型はHurler症候群(MPS I H)、中間型はHurler-Scheie症候群(MPS I H-S)、軽症型はScheie症候群(MPS I S)に分類される。■ 予後無治療の場合、重症型では小児期に死亡することが多いが、治療法の進歩により生命予後はかなり改善している。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 臨床診断ヘルニアや蒙古斑のほか、粗野な顔貌や関節拘縮を認めた場合、全身骨のX線撮影、頭部CT、眼科、耳鼻科の受診を行う。1)胸部X線正面画像:肋骨のオール状変形が認められる。2)腰部X線側面画像:上部腰椎の卵状変形、下部腰椎椎体の下部が前方に突出する所見が認められる。3)手のX線画像:指の骨の弾丸状変形が認められる。4)頭部CT:水頭症5)眼科診断:角膜混濁6)耳鼻科診断:滲出性中耳炎■ 生化学診断:尿中ムコ多糖分析1)尿中ウロン酸定量値が高値である。2)ウロン酸分画:デルマタン硫酸とヘパラン硫酸の増加が認められる。■ 酵素診断:イズロニダーゼ活性の測定白血球のイズロニダーゼ活性の低下を認める。■ 遺伝子診断確定診断に必須の検査ではないが、保因者診断や出生前診断には有用である。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)■ 対症療法1)中耳炎・難聴:鼓膜チューブ挿入や補聴器など耳鼻科的処置を行う。2)角膜混濁:角膜移植など眼科的手術を行う。3)骨変形:整形外科的手術を行う。4)睡眠時無呼吸症候群:耳鼻咽喉科的手術や経鼻的持続陽圧呼吸療法(CPAP)を行う。5)心弁膜症:弁置換術など心臓外科的手術を行う。6)水頭症:シャント術など脳外科的手術を行う。■ 造血幹細胞移植1)現在は移植によるリスクがかなり軽減しているため、最も勧められる治療法である。2)肝脾腫の縮小、関節拘縮の軽度改善、心弁膜症の進行抑制、粘膜の肥厚の改善などが認められるが、骨変形や精神発達の退行を防ぐことは難しい。3)2歳未満でIQが70以上の患児には、かなりの効果が期待される。■ 酵素補充療法1)人工的に合成されたイズロニダーゼ酵素(一般名:ラロニダーゼ、商品名:アウドラザイム)を毎週点滴静注により補充する治療法である。2)診断後すぐに治療が開始できるため、造血幹細胞移植を施行するまでのつなぎの治療として有効である。3)血流が豊富な組織:粘膜の肥厚の改善による呼吸状態の改善、肝臓や脾臓の縮小、皮膚・関節拘縮の軽減などの効果が認められる。4)血流が豊富でない組織:角膜・骨の改善は困難である。5)血液脳関門が存在する中枢神経への効果は期待できない。4 今後の展望リソゾーム酵素は、作られた細胞からいったん分泌され血流により全身の臓器に運ばれた後、各臓器組織に取り込まれ、リソゾームに移行し作用する性質がある。このため、移植された細胞から分泌された正常の酵素か、あるいは人工的に作られた酵素を点滴で血液中に注入すると、各臓器組織に取り込まれて症状の改善が認められる。しかしながら、この治療法は、各臓器組織における血流に依存するため、血流の豊富でない骨や血液脳関門の存在する脳などの重要な臓器での症状の改善が認められないという問題点がある。今後これらの臓器組織への移行を改善した酵素補充療法の開発が期待される。5 主たる診療科先天代謝異常症であるため主たる診療科は小児科であるが、全身の臓器に異常が生じるため、該当するいくつかの診療科と並行して受診と治療が必要となる。また、20歳を超えた成人症例には小児科の入院は難しいため、必要となる診療科に入院し、小児科が共同で観察することが重要である。※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報小児慢性特定疾病情報センター ムコ多糖症I型(医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報日本ムコ多糖症患者家族の会(患者とその家族の会)ムコ多糖症支援ネットワーク(患者とその家族の会)1)Neufeld EF, Muenzer J. et al. The Mucopolysaccharidoses. In. Scriver CR, Beaudet AL et al editors. The Metabolic & Molecular Bases of Inherited Disease vol. III 8th Edition. New York: McGraw-Hill; 2001. p.3421-3452.2)Neufeld EF, Muenzer J. The Mucopolysaccharidoses. In Valle D, et al edts. The Online Metabolic and Molecular Bases of Inherited Disease. DOI: 10.1036/ommbid.165.3)遠藤文雄総編集 奥山虎之ほか専門編集.先天代謝異常ハンドブック. 中山書店; 2013. p.190-191.4)奥山虎之. 小児疾患の診断治療基準 第4版. 小児内科 2012; 44(増刊号): 168-169.公開履歴初回2013年10月03日更新2019年10月08日

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1分でわかる家庭医療のパール ~翻訳プロジェクトより 第32回

第32回:偶然肺結節を見つけたときには?監修:吉本 尚(よしもと ひさし)氏 筑波大学附属病院 総合診療科 日本における悪性腫瘍による死亡の第1位は肺がんです。肺がんに対しては対策型検診として、40歳以上の男女に対する胸部単純X線撮影と、高危険群に対する喀痰細胞診による早期発見の努力が推進されてきました。CTによる肺がん検診は、日本では任意型検診として、受診者の自由意志により行われています。今回は偶然発見された孤発性肺結節の評価について、米国での対応を見てみましょう。 ちなみに日本CT検診学会から「低線量CTによる肺がん検診の肺結節の判定基準と経過観察の考え方第3版」2) 、「低線量マルチスライスCTによる肺がん検診:肺結節の判定と経過観察図」3) というものが公開されておりますので併せてご覧いただき、参考にしてください。 タイトル:孤立性肺結節の評価Evaluation of the Solitary Pulmonary Nodule以下、American family physician 2015年12月15日号1) より【孤立性肺結節の定義】 直径3cmまでの境界明瞭な単一の円形の不透明な領域で、含気肺によって完全に囲まれているもの。 直径3cmよりも大きい肺病変は肺腫瘤と呼ばれ、悪性の可能性を考慮しなければならない。 悪性腫瘍のリスクが高い喫煙者のがんスクリーニングでは、孤立性肺結節の有病率は8%~51%であった。【結節の特徴】 悪性のリスク:最大径20mm以上、倍加時間(Tumor Doubling Time)400日以内、非対称の石灰化を伴う病変、上葉に位置する病変、棘形成病変。 良性の可能性:最大径5mm以下、2年間サイズが不変、境界明瞭、中心または同心円パターンの石灰化結節。【メイヨークリニックからの最も一般的に使用されるモデル】年齢、胸郭外癌の病歴(結節検出5年以内)、結節直径、棘形成の有無、喫煙歴、結節位置(上葉か否か):6つの独立した予測因子を用いて、悪性腫瘍の確率を推定(計算方法はこちらを参照)。【フォローアップ評価】 外科的切除や非外科的な生検は、連続的な画像評価ではっきりと増大している充実性もしくは一部が充実性の孤発性肺結節の患者で実施すべきである。 少なくとも2年間安定している充実性の孤発性肺結節には、通常さらなる評価を必要としない。 直径8~30mmの結節に関しては、悪性リスクが低ければCTフォロー、リスクが中等度ならPET-CTで評価し必要に応じて生検や切除、リスクが高ければ転移の有無を確認した上で切除が検討される。直径8mm未満の場合には、大きさに応じて一定間隔でのCT画像フォローとなる。実際にはそれぞれの悪性のリスクを見積もり、リスクに応じた対応、患者の価値観などに応じて個別対応が求められる。※本内容は、プライマリケアに関わる筆者の個人的な見解が含まれており、詳細に関しては原著を参照されることを推奨いたします。 1) Kikano GE, et al. Am Fam Physician. 2015;92:1084-1091. 2) 「低線量CTによる肺がん検診の肺結節の判定基準と経過観察の考え方 第3版」日本CT検診学会 肺がん診断基準部会編 3) 「低線量マルチスライスCTによる肺がん検診:肺結節の判定と経過観察図」日本CT検診学会 肺がん診断基準部会編

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事例22 一連となるX線の単純撮影【斬らレセプト】

解説200床未満の病院の事例である。6ヵ月前の右肘関節骨折のフォローで、X線単純撮影診断を行っていた。比較するために健側のX線撮影も同時に行い、別途に算定したところ、C査定(医学的理由による不適当:適用外)となった。診療報酬点数表の留意事項には、「耳・肘・膝などの対称器官または対称部位の健側を患側の対照として撮影する場合における撮影料、診断料については、同一部位の同時撮影を行った場合と同じく一連と取扱う」とある。したがって、レセプトに記載された“健側比較”というコメントと、病名が右肘のみであることを理由に、左肘の撮影は患側である右肘の撮影に対照する健側の撮影として一連の算定に変更されたのである。もしも、事例のレセプトに“健側比較”のコメントが無く、右肘とは別に左肘に対する傷病名の記載があれば一連と取扱われず、左右別々にX線撮影を算定することができる。ただし、カルテから診断経過と診断名が確認できていることが必須である。

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ムコ多糖症VI型〔MPS VI : Mucopolysaccharidosis VI〕

ムコ多糖症VI型のダイジェスト版はこちら1 疾患概要■ 概念・定義ムコ多糖症(MPS: Mucopolysaccharidosis)は、細胞内小器官のリソゾーム内でムコ多糖の一種であるグリコサミノグリカン(GAG)を加水分解する酵素の異常により、リソゾーム内にGAGが蓄積し、種々の臨床症状を引き起こす先天代謝異常症である。ムコ多糖症Ⅵ型(MPS VI型)は、1963年にフランス人のMaroteaux PとLamy M.E.J.により報告されマロトー・ラミー症候群と呼ばれていたが、1987年Gitzelmannらにより欠損酵素がNアセチルガラクトーサミン-4-スルファターゼ(アリルスルファターゼB)であることが明らかとなり、さらに1990年にはSchuchmanらにより本酵素がクローニングされ、遺伝子配列が明らかとなった。責任酵素の遺伝子座は5q13.3で遺伝形式は常染色体劣性遺伝である。MPS VI型は、リソゾーム酵素の1つであるアリルスルファターゼBの異常によりリソゾーム内にGAGの一種であるデルマタン硫酸が異常に蓄積するため、慢性で進行性の多様な臨床症状を呈する。■ 疫学MPS VI型の頻度は、非常にまれであり、欧米では32万人に1人で、わが国では10人程度とされる。■ 病因リソゾーム酵素の1つである、アリルスルファターゼBをコードする遺伝子の異常に基づく遺伝性の疾患で、この酵素の欠損はリソゾーム内にGAGの一種であるデルマタン硫酸が異常に蓄積するため、慢性で進行性の多様な臨床症状を呈する。デルマタン硫酸の蓄積は骨の変形に関与するためI型と同様の身体所見を認めるが、知能は正常である。■ 症状リソゾームはほとんどすべての細胞に存在するため障害も多臓器に及び、MPS I型と類似した症状を呈する。このため重症型ではハーラー症候群に、また軽症型ではシャイエ症候群に類似した症状を示し、骨変形や角膜混濁を認めるが、精神発達は正常であるのが特徴である。出生直後からガルゴイ様と呼ばれる特異顔貌、水頭症や胸骨などの形態異常が認められるが、乳児期から症状が現れて急速に進行する重症型のMPS VI-A型(急速進行型)と、緩徐に進行する軽症型のMPS VI-B型(緩徐進行型)に分類される。疾患の進行につれて関節拘縮に伴う運動制限、強い骨変形、角膜混濁や視力障害、滲出性中耳炎や難聴、肝脾腫、臍・鼠径ヘルニア、気道狭窄に伴う呼吸困難や睡眠時無呼吸、心臓弁膜症、手根管症候群などの神経症状、低身長といった症状を来す(表)。重症型では5〜7歳で成長が止まるため著しい低身長となり、20歳前後で心不全や肺炎などに伴う呼吸不全で死亡することが多い。軽症型でも手指の運動制限や手根管症候群といった症状が認められるが、症状が現れずに成人することもある。しかし、末期には顕著な消耗性の症状を来すことが多い。画像を拡大する■ 予後無治療の場合、重症型では小児期に死亡することが多いが、軽症例では40~50歳まで生存可能である。今後、治療法の進歩により生命予後は、かなり改善されることが予測される。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 臨床診断ヘルニアや蒙古斑のほか、粗野な顔貌や関節拘縮を認めた場合、全身骨のX線撮影、頭部CT、眼科、耳鼻科的処置を行う。1)胸部X線正面画像:肋骨のオール状変形が認められる。2)腰部X線側面画像:上部腰椎の卵状変形、下部腰椎の椎体の下部が前方に突出する所見が認められる。3)手のX線画像:指の骨の弾丸状変形が認められる。4)頭部CT:水頭症5)眼科受診:角膜混濁や視力障害を認める。6)耳鼻科受診:滲出性中耳炎■ 生化学診断:尿中ムコ多糖分析1)尿中GAG定量値が高値である。2)GAG分画:デルマタン硫酸の増加が認められる。■ 酵素診断:アリルスルファターゼB活性の測定白血球、培養皮膚線維芽細胞のアリルスルファターゼB活性の低下を認める。■ 遺伝子診断確定診断に必須の検査ではないが、保因者診断や出生前診断には有用である。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)■ 対症療法1)中耳炎・難聴:鼓膜チューブ挿入や補聴器など耳鼻科的処置を行う。2)角膜混濁・視力障害:角膜移植を行う。3)骨変形:整形外科的手術を行う。4)睡眠時無呼吸:耳鼻咽喉科的手術や経鼻的持続陽圧呼吸療法(CPAP)を行う。5)心弁膜症:弁置換術など心臓外科的手術を行う。6)水頭症:シャント術など脳外科的手術を行う。7)手根管症候群:手根管修復術を行う。■ 造血幹細胞移植1)移植によるリスクがかなり軽減しているため、最も勧められる治療法である。2)肝脾腫の縮小、関節拘縮の軽度改善、心弁膜症の進行抑制、粘膜の肥厚の改善などが認められるが、骨変形や精神発達の退行を防ぐことは難しい。■ 酵素補充療法1)人工的に合成されたNアセチルガラクトーサミン-4-スルファターゼ[ガルスルファーゼ (商品名:ナグラザイム)]を毎週点滴静注により補充する治療法である。2)診断後すぐに治療が開始できるため、造血幹細胞移植を施行するまでの繋ぎの治療として有効である。3)血流が豊富な組織:粘膜の肥厚の改善による呼吸状態の改善、肝臓や脾臓の縮小、皮膚・関節拘縮の軽減などの効果が認められる。4)血流が豊富でない組織:角膜・骨の改善は困難である。5)抗体産生による免疫反応としてアレルギー症状が発現する可能性があるが適切な処置により副反応はコントロール可能である。4 今後の展望リソゾーム酵素は、作られた細胞からいったん分泌され血流により全身の臓器に運ばれた後、各臓器組織に取り込まれリソゾームに移行し、作用する性質がある。このため、移植された細胞から分泌された正常の酵素が、あるいは人工的に作られた酵素を点滴で血液中に注入すると、各臓器組織に取り込まれて症状の改善が認められる。しかし、この治療法は、各臓器組織における血流に依存するため、血流が豊富ではない骨や脳血液関門の存在する脳などの重要な臓器での症状の改善が認められないという問題がある。今後、これらの臓器組織への移行を改善した酵素補充療法の開発が期待される。5 主たる診療科先天代謝異常症であることのため主たる診療科は小児科であるが、全身の臓器に異常が生じるため該当するいくつかの診療科と並行して受診と治療が必要である。また、20歳を超えた成人症例には、小児科の入院は難しいため、必要となる診療科に入院し、小児科が共同で観察することが重要である。※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報厚生労働省難治性疾患克服事業:ライソゾーム病(ファブリー病を含む)に関する調査研究班(医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報日本ムコ多糖症 親の会(患者とその家族の会)ムコ多糖症支援ネットワーク(患者とその家族の会)1)Maroteaux P, et al. Presse Med. 1963; 71: 1849-1852.2)遠藤 文夫 総編集. 奥山虎之ほか専門編集. 先天代謝異常ハンドブック. 中山書店; 2013. p.198-199.3)小須賀 基通ほか. ムコ多糖症. In: 小児内科・小児外科編集委員会共編. 小児疾患の診断治療基準(小児内科 増刊. 2012; 44). 東京医学社; 2012. p.168-169.

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胸のしこりに対し触診や精密検査を行わず肝臓がんを見逃したケース

消化器最終判決判例時報 1610号101-105頁概要狭心症の診断で近医内科に約5年間通院していた74歳の女性。血液検査では大きな異常はみられなかったが、胸のしこりに気付き担当医師に相談したところ、劔状突起であると説明され腹部は触診されなかった。最終診察日に血液検査で肝臓疾患の疑いがもたれたが、その後別の病院を受診して多発性肝腫瘍と診断され、約4ヵ月後に肝腎症候群で死亡した。詳細な経過患者情報1981年4月20日~1994年3月14日まで、狭心症の診断で内科医院に月2回通院していた74歳女性。通院期間中の血液検査データは以下の通り(赤字が正常範囲外)■通院期間中の血液検査データ経過1994年2月24日担当医師に対し、胸にしこりがあることを訴えたが、劔状突起と説明され腹部の診察はなかった。3月10日市町村の補助による健康診断を実施。高血圧境界領域、高脂血症、肝疾患(疑いを含む)および貧血(疑いを含む)として、「要指導」と判断した。1994年3月14日健康診断の結果説明。この時腹部の診察なし(精密検査が必要であると説明したが、検査日は指定せず、それ以降の通院もなし)。3月22日別の病院で検査を受けた結果、肝機能異常および悪性腫瘍を示す数値が出た(詳細不明)。1994年4月1日さらに別医院で診察を受けた結果、触診によって肝臓が腫大していることや上腹部に腫瘤があることがわかり、肝腫瘍の疑いと診断され、総合病院を紹介された。4月4日A総合病院消化器内科で多発性肝腫瘍と診断された。4月7日A総合病院へ入院。高齢であることから積極的治療は不可能とされた。5月6日B病院で診察を受け、それ以後同病院に通院した。5月22日発熱、食欲低下のためB病院に入院した。次第に黄疸が増強し、心窩部痛などの苦痛除去を行ったものの状態が悪化した。7月27日肝内胆管がんを原因とする肝腎症候群で死亡した。当事者の主張患者側(原告)の主張診察の際に実施された血液検査において異常な結果が出たり、肝臓疾患ないしは、肝臓がんの症状の訴え(本件では胸のしこり)があったときには、それを疑い、腹部エコー検査や腫瘍マーカー(AFP検査)などの精密検査を実施すべき注意義務があり、また、エコー検査の設備がない場合には、同設備を有するほかの医療機関を紹介すべき義務がある。担当医師がこれらの義務を怠ったために死亡し、延命利益を侵害され、肝臓がんの適切な治療を受けて治癒する機会と可能性を失った。病院側(被告)の主張当時、肝臓疾患や肝臓がんを疑わせるような症状も主訴もなく、血液検査でも異常が認められなかったから、AFP検査をしたり、エコー検査の設備のあるほかの医療機関を紹介しなかった。患者が気にしていた胸のしこりは、劔状突起のことであった。また、最後の血液検査の結果に基づき、「要指導」と判断してAFP検査を含む精密検査を予定したが、患者が来院しなかった。仮に原告主張の各注意義務違反であったとしても、救命は不可能で、本件と同じ経過を辿ったはずであるから、注意義務違反と死亡という結果との間には因果関係はない。裁判所の判断通院開始から1994年3月10日までの間に、血液検査で一部基準値の範囲外のものもあるが、肝臓疾患ないし肝臓がんを疑わせるような兆候および訴えがあったとは認められない。しかし、1994年3月14日の時点では、肝臓疾患ないし肝臓がんを疑い、ただちに触診などを行い、精密検査を行うか転医させるなどの措置を採るべきであった。精密検査の約束をしたとのことだが、検査の日付を指定しなかったこと自体不自然であるし、次回検査をするといえば次の日に来院するはずであるのに、それ以降の受診はなかった。ただし、これらの措置を怠った注意義務違反はあるものの、死亡および延命利益の侵害との間には因果関係は認められない。患者は1981年以来5年間にわたって、担当医師を主治医として信頼し、通院を続けていたにもかかわらず、適時適切な診療を受ける機会を奪われたことによって精神的苦痛を受けた。1,500万円の請求に対し、150万円の支払命令考察外来診療において、長期通院加療を必要とする疾患は数多くあります。たとえば高血圧症の患者さんには、血圧測定、脈の性状のチェック、聴診などが行われ、その他、血液検査、胸部X線撮影、心電図、心エコーなどの検査を適宜施行し、その患者さんに適した内服薬が処方されることになります。しかし、患者さんの方から腹部症状の訴えがない限り、あえて定期的に腹部を触診したり、胃カメラなど消化器系の検査を実施したりすることはないように思います。本件では、狭心症にて外来通院中の患者さんが、血液検査において軽度の肝機能異常を呈した場合、どの時点で肝臓の精査を行うべきであったかという点が問題となりました。裁判所はこの点について、健康診断による「要指導」の際にはただちに精査を促す必要があったものの、検査を実施しなかったことに対しては死亡との因果関係はないと判断しました。多忙な外来診療では、とかく観察中の主な疾患にのみ意識が集中しがちであり、それ以外のことは患者任せであることが多いと思います。一方、患者の側は定期的な通院により、全身すべてを診察され、異常をチェックされているから心配ないという思いが常にあるのではないでしょうか。本件でも裁判所はこの点に着目し、長年通院していたにもかかわらず、命に関わる病気を適切に診断してもらえなかった精神的苦痛に対して、期待権侵害(慰藉料)を認めました。しかし実際のところ、外来通院の患者さんにそこまで要求されるとしたら、満足のいく外来診療をこなすことは相当難しくなるのではないでしょうか。本件以降の判例でも、同じく期待権侵害に対する慰藉料の支払いを命じた判決が散見されますが、一方で過失はあっても死亡との因果関係がない例において慰謝料を認めないという判決も出ており、司法の判断もケースバイケースといえます。別の見方をすると、本件では患者さんから「胸のしこり」という肝臓病を疑う申告があったにもかかわらず、内科診察の基本である「腹部の触診」を行わなかったことが問題視されたように思います。もしその時に丁寧に患者さんを診察し(おそらく腹部の腫瘤が確認されたはずです)、すぐさま検査を行って総合病院に紹介状を作成するところまでたどり着いていたのなら、「がんをみつけてくれた良い先生」となっていたかもしれません。今更ながら、患者さんの訴えに耳を傾けるという姿勢が、大切であることを実感しました。消化器

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酩酊患者の胸腔内出血を診断できずに死亡したケース

救急医療最終判決判例時報 1132号128-135頁概要酩酊状態でオートバイと衝突し、救急隊でA病院に搬送された。外観上左後頭部と右大腿外側の挫創を認め、経過観察のため入院とした。病室では大声で歌を歌ったり、点滴を自己抜去するなどの行動がみられたが、救急搬送から1時間後に容態が急変して下顎呼吸となり、救急蘇生が行われたものの死亡に至った。死体解剖は行われなかったが、視診上右第3-第6肋骨骨折、穿刺した髄液が少量の血性を帯びていたことなどから、「多発性肋骨骨折を伴う胸腔内出血による出血性ショック」と検案された。詳細な経過経過1979年12月16日16:15頃相当量の飲酒をして道路を横断中、走行してきたオートバイの右ハンドル部分が右脇腹付近に強く当たる形で衝突し、約5mはねとばされて路上に転倒した。16:20近くの救急病院であるA病院に救急車で搬送される。かなりの酩酊状態であり、痛いというのでその部位を質問しても答えられず、処置中制止しても体を動かしたりした。外観上は、左後頭部挫傷、右大腿外側挫傷、左上腕擦過傷、右外肘擦過傷を認めたが、胸部の視診による皮下出血、頻呼吸、異常呼吸、ならびに触診による明らかな肋骨骨折なし。血圧90/68、呼吸困難なし、腹部筋性防御反応なし、神経学的異常所見なしであった。各創部の縫合処置を行ったのち、血圧が低いことを考慮して血管確保(乳酸加リンゲル500mL)を行ったが、格別重症ではないと判断して各種X線、血液検査、尿検査、CT撮影などは実施しなかった。このとき、便失禁があり、胸腹部あたりにしきりに疼痛を訴えていたが、正確な部位が確認できなかったため経過観察とした。17:20病室に収容。寝返りをしたり、ベッド上に起き上がったりして体動が激しく、転落のおそれがあったので、窓際のベッドに移してベッド柵をした。患者は大声で歌うなどしており、体動が激しく点滴を自己抜去するほどであり、バイタルサインをとることができなかったが、喘鳴・呼吸困難はなかった。17:40容態が急変して体動が少なくなり、下顎呼吸が出現。当直医は応援医師の要請を行った。17:50救急蘇生を開始したが反応なし。18:35死亡確認となった。■死体検案本来は死体解剖をぜひともするべきケースであったが行われなかった。右頭頂部に挫創を伴う表皮剥脱1個あり髄液が少量の血性を帯びていた右第3-第6肋骨の外側で骨折を触知、胸腔穿刺にて相当量の出血あり肋骨骨折部位の皮膚表面には変色なし以上の所見から、監察医は「死因は多発肋骨骨折を伴う胸腔内出血による出血性ショック」と判断した。当事者の主張患者側(原告)の主張初診時からしきりに胸腹部の疼痛を訴え、かつ腹部が膨張して便失禁がみられたにもかかわらず、酩酊していたことを理由に患者の訴えを重要視しなかった受傷機転について詳細な調査を行わず、脈拍の検査ならびに肋骨部分の触診・聴診を十分に実施せず、初診時の血圧が低かったにもかかわらず再検をせず、X線撮影、血液検査、尿検査をまったく行わなかった初診時に特段の意識障害がなかったことから軽症と判断し、外見的に捉えられる創部の縫合処置を行っただけで、診療上なすべき処置を執らなかった結果、死亡に至らしめた病院側(被告)の主張胸腹部の疼痛の訴えはあったが、しきりに訴えたものではなく、疼痛の部位を尋ねても泥酔のために明確な指摘ができなかった初診時には泥酔をしていて、処置中も寝がえりをするなど体動が激しく、血圧測定、X線検査などができる状態ではなかった。肋骨骨折は、ショック状態にいたって蘇生術として施行した体外心マッサージによるものである初診時に触診・聴診・視診で異常がなく、喀血および呼吸困難がなく、大声で歌を歌っていたという経過からみて、肋骨骨折や重大な損傷があったとは認められない。死体検案で髄液が血性であったということから、頭蓋内損傷で救命することは不可能であった。仮に胸腔内出血であったとしても、ショックの進行があまりにも早かったので救命はできなかった裁判所の判断1.初診時血圧が90と低く、胸腹部のあたりをしきりに痛がってたこと、急変してショック状態となった際の諸症状、心肺蘇生施行中に胸部から腹部にかけて膨満してきた事実、死体検案で右第3-第6肋骨骨折がみられたことなどを総合すると、右胸腔内出血により出血性ショックに陥って死亡したものと認めるのが相当である2.容態急変前には呼吸困難などなく、激しい体動をなし、歌を歌っていたが、酩酊している場合には骨折によって生じる痛みがある程度抑制されるものである3.肋骨骨折部位の皮膚に変色などの異常を疑う所見がなかったのは、衝突の際にセーターやジャンパーを着用していたため皮下出血が生じなかった4.体外式心マッサージの際生じることのある肋骨骨折は左側であるのに対し、本件の肋骨骨折は右外側であるので、本件で問題となっている肋骨骨折は救急蘇生とは関係ない。一般に肋骨骨折は慎重な触診を行うことにより容易に触知できることが認められるから、診療上の過失があった5.胸腔内への相当量の出血を生じている患者に対して通常必要とされる初診時からの血圧、脈拍などにより循環状態を監視しつつ、必要量の乳酸加リンゲルなどの輸液および輸血を急速に実施し、さらに症状の改善がみられない場合には開胸止血手術を実施するなどの処置を行わなかった点は適切を欠いたものである。さらに自己抜去した点滴を放置しその後まもなく出血性ショックになったことを考えると、注射針脱落後の処置が相当であったとは到底認めることができない6.以上のような適切な処置を施した場合には、救命することが可能であった原告側合計6,172万円の請求に対し、5,172万円の判決考察ここまでの経過をご覧になって、あまりにも裁判所の判断が実際の臨床とかけ離れていて、唖然としてしまったのは私だけではないと思います。その理由を説明する前に、この事件が発生したのは日曜日の午後であり、当時A病院には当直医1名(卒後1年目の研修医)、看護師4名が勤務していて、X線技師、臨床検査技師は不在であり、X線撮影、血液検査はスタッフを呼び出して、行わなければならなかったことをお断りしておきます。まず、本件では救急車で来院してから1時間20分後に下顎呼吸となっています。そのような重症例では、来院時から意識障害がみられたり、身体のどこかに大きな損傷があるものですが、経過をみる限りそのようなことを疑う所見がほとんどありませんでした。唯一、血圧が90/68と低かった点が問題であったと思います。しかも、容態急変の20分前には(酩酊も関係していたと思われますが)大声で歌を歌っていたり、病室で点滴を自己抜去したということからみても、これほど早く下顎呼吸が出現することを予期するのは、きわめて困難であったと思われます。1. 死亡原因について本件では死体解剖が行われていないため、裁判所の判断した「胸腔内出血による失血死」というのが真実かどうかはわかりません。確かに、初診時の血圧が90/68と低かったので、ショック状態、あるいはプレショック状態であったことは事実です。そして、胸腹部を痛がったり、監察医が右第3-第6肋骨骨折があることを触診で確認していますので、胸腔内出血を疑うのももっともです。しかし、酩酊状態で直前まで大声で歌を歌っていたのに、急に下顎呼吸になるという病態としては、急性心筋梗塞による致死性不整脈であるとか、大動脈瘤破裂、もしくは肺梗塞なども十分に疑われると思います。そして、次に述べますが、肋骨骨折が心マッサージによるものでないと断言できるのでしょうか。どうも、本件で唯一その存在が確かな(と思われる)肋骨骨折が一人歩きしてしまって、それを軸としてすべてが片付けられているように思えます。2. 肋骨骨折についてまず、「一般に肋骨骨折は慎重な触診を行うことにより容易に触知できる」と断じています。この点は救急を経験したことのある先生方であればまったくの間違いであるとおわかり頂けると思います。外観上異常がなくても、X線写真を撮ってはじめてわかる肋骨骨折が多数あることは常識です。さらに、「肋骨骨折部位の皮膚に変色などの異常を疑う所見がなかったのは、衝突の際にセーターやジャンパーを着用していたため皮下出血が生じなかった」とまで述べているのも、こじつけのように思えて仕方がありません。交通外傷では、(たとえ厚い生地であっても)衣服の下に擦過傷、挫創があることはしばしば経験しますし、そもそも死亡に至るほどの胸腔内出血が発生したのならば、胸部の皮下出血くらいあるのが普通ではないでしょうか。そして、もっとも問題なのが、「体外式心マッサージの際生じることのある肋骨骨折は左側であるのに対し、本件の肋骨骨折は右外側であるので、本件で問題となっている肋骨骨折は救急蘇生とは関係ない」と、ある鑑定医の先生がおっしゃったことを、そのまま判決文に採用していることです。われわれ医師は、科学に基づいた教育を受け、それを実践しているわけですから、死体解剖もしていないケースにこのような憶測でものごとを述べるのはきわめて遺憾です。3. 点滴自己抜去について本件では初診時から血算、電解質などを調べておきたかったと思いますが、当時の状況では血液検査ができませんでしたので、酩酊状態で大声で歌を歌っていた患者に対しとりあえず輸液を行い、入院措置としたのは適切であったと思います。そして、病室へと看護師が案内したのが17:20、恐らくその直後に点滴を自己抜去したと思いますが、このとき寝返りをしたりベッド上に起き上がろうとして体動が激しいため、転落を心配して窓際のベッドに移動し、ベッドに柵をしたりしました。これだけでも10分程度は経過するでしょう。恐らく、落ち着いてから点滴を再挿入しようとしたのだと思いますが、病室に入ったわずか20分後の17:40に下顎呼吸となっていますので、別に点滴が抜けたのに漫然と放置したわけではないと思います。にもかかわらず、「さらに自己抜去した点滴を放置しその後まもなく出血性ショックになったことを考えると、注射針脱落後の処置が相当であったとは到底認めることができない」とまでいうのは、どうみても適切な判断とは思えません。4. 本件は救命できたか?裁判所(恐らく鑑定医の判断)は、「適切な処置(輸血、開胸止血)を施した場合には、救命することが可能であった」と断定しています。はたして本件は適切な治療を行えば本当に救命できたのでしょうか?もう一度時間経過を整理すると、16:15交通事故。16:20病院へ救急搬送、左後頭部、右大腿外側の縫合処置、便失禁の処置、点滴挿入。17:20病室へ。体動が激しく大声で歌を歌う。17:40下顎呼吸出現。18:35死亡確認。この患者さんを救命するとしたら、やはり下顎呼吸が出現する前に血液検査、輸血用のクロスマッチ、場合によっては手術室の手配を行わなければなりません。しかしA病院では日曜日の当直帯であったため、X線検査、血液検査はできず、裁判所のいうように適切に診断し治療を開始するとしたら、来院後すぐに3次救急病院へ転送するしか救命する方法はなかったと思います。A病院で外来にて診察を行っていたのは60分間であり、その時の処置(縫合、点滴など)をみる限り、手際が悪かったとはいえず(血圧が低かったのは気になりますが)、この時点ですぐに転送しなければならない切羽詰まった状況ではなかったと思います。となると、どのような処置をしたとしても救命は不可能であったといえるように思えます。では最初から救命救急センターに運ばれていたとしたら、どうだったでしょうか。初診時に意識障害がなかったということなので、簡単な問診の後、まずは骨折がないかどうかX線写真をとると思います。そして、胸腹部を痛がっていたのならば、腹部エコー、血液検査などを追加し、それらの結果がわかるまでに約1時間くらいは経ってしまうと思います。もし裁判所の判断通り胸腔内出血があったとしたら、さらに胸部CTも追加しますので、その時点で開胸止血が必要と判断したら、手術室の準備が必要となり、入室までさらに30分くらい経過してしまうと思います。となると、来院から手術室入室まで早くても90分くらいは要しますので、その時にはもう容態は急変(下顎呼吸は来院後80分)していることになります。このように、後から検証してみても救命はきわめて困難であり、「適切な処置(輸血、開胸止血)を施した場合には、救命することが可能であった」とは、到底いえないケースであったと思います。以上、本件の担当医には酷な結末であったと思いますが、ひとつだけ注意を喚起しておきたいのは、来院時の血圧が90/68であったのならば、ぜひともそのあと再検して欲しかった点です。もし再検で100以上あれば病院側に相当有利になっていたと思われるし、さらに低下していたらその時点で3次救急病院への転送を考えたかも知れません。救急医療

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男女差がみられる重度腰痛のリスク因子とは

 臨床研究では矢状面立位姿勢が疼痛やQOL低下と関連することが示されているが、一般成人ではどうだろうか。ポルトガル・ポルト大学のFabio Araujo氏らは、地域住民を対象としたEPIPorto研究の参加者を対象に調査を行い、男性では矢状面立位姿勢とQOLは一貫して関連がなく、女性ではいくつかのパラメータが重篤な腰痛に関与している可能性があることを明らかにした。著者は、「一般成人における非特異的筋骨格症状の原因をスクリーニングするツールとして、矢状面立位姿勢パラメータの有用性は限られているようだ」と述べている。Spine誌オンライン版2014年4月11日の掲載報告。 研究グループは、EPIPorto研究の一環として男性178例ならびに女性311例を対象に、矢状面立位姿勢と腰痛および健康関連QOLとの関連を調査した。 立位X線撮影から矢状面脊柱・骨盤パラメータを計測するとともに、問診およびSF-36を用いて腰痛の有無とその重症度を評価した。 主な結果は以下のとおり。・男性では、骨盤傾斜角(pelvic-tilt:PT)/骨盤形態角(pelvic-incidence:PI)比のみで、腰痛の重症度で違いが認められた。・女性では、PI高値ならびに仙骨傾斜角(sacral slope)が高値の場合、それらが中等度の女性に比べ腰痛が重度となるリスクが高かった。調整オッズ比(95%信頼区間)は、それぞれ2.21(1.24~3.97)、2.15(1.21~3.86)であった。・また女性では、矢状面垂直軸について、高値群は低値群より身体的QOLスコアが8.8低く最も大きな差を認めた。

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出血性ショックに対する輸血方法が不適切と判断されたケース

救急医療最終判決判例タイムズ 834号181-199頁概要大型トラックに右腰部を轢過された38歳女性。来院当初、意識は清明で血圧120/60mmHg、骨盤骨折の診断で入院となった。ところが、救急搬入されてから1時間15分後に血圧測定不能となり、大量の輸液・代用血漿を投与したが血圧を維持できず、腹腔内出血の診断で緊急手術となった。合計2,800mLの輸血を行うが効果はなく、受傷から9時間後に死亡した。詳細な経過患者情報とくに既往症のない38歳女性経過1982年9月2日13:50自転車に乗って交差点を直進中、左折しようとしていた大型トラックのバンパーと接触・転倒し、トラックの左前輪に右腰部を轢過された。14:00救急病院に到着。意識は清明で、轢かれた部分の痛みを訴えていた。血圧120/60mmHg、脈拍72/分。14:10X線室に移動し、腰部を中心としたX線撮影施行。X線室で測定した血圧は初診時と変化なし。14:25整形外科診察室前まで移動。14:35別患者のギプス巻きをしていた整形外科担当医が診察室の中でX線写真を読影。右仙腸関節・右恥骨上下枝(マルゲーヌ骨折)・左腸骨・左腸骨下枝・尾骨の骨折を確認し、直接本人を診察しないまま家族に以下の状況を説明した。骨盤が6箇所折れている膀胱か輸尿管がやられているかもしれない内臓損傷はX線では写らず検査が必要なので即時入院とする15:004階の入院病棟に到着。担当医の指示でハンモックベッドを用いた骨盤垂直牽引を行おうとしたが、ハンモックベッドの組立作業がうまくできなかった。15:15やむなく普通ベッドに寝かせバイタルサインをチェックしたところ、血圧測定不能。ただちに担当医師に連絡し、血管確保、輸液・代用血漿の急速注入を行うとともに、輸血用血液10単位を指示。15:20Hb 9.7g/dL、Ht 31%腹腔内出血による出血性ショックを疑い、外科医師の応援を要請、腹腔穿刺を行ったが出血はなく、後腹膜腔内の出血と診断した。15:35約20分間で輸液500mL、代用血漿2,000mL、昇圧剤の投与などを行ったがショック状態からの離脱できなかったので、開腹手術をすることにし、家族に説明した。15:45手術室入室。15:50輸血10単位が到着(輸血要請から35分後:この病院には輸血を常備しておらず、必要に応じて近くの輸血センターから取り寄せていた)、ただちに輸血の交差試験を行った。16:15輸血開始。16:20~18:30手術開始。単純X線写真では診断できなかった右仙腸関節一帯の粉砕骨折、下大静脈から左総腸骨静脈の分岐部に20mmの亀裂が確認された。腹腔内の大量の血腫を除去すると、腸管膜が一部裂けていたが新たな出血はなく、静脈亀裂部を縫合・結紮して手術を終了した。総出血量は3,210mL。手術中の輸血量1,800mL、輸液200mL、代用血漿1,500mLを併用するとともに、昇圧剤も使用したが、血圧上昇は得られなかった。19:00病室に戻るが、すでに瞳孔散大状態。さらに1,000mLの輸血が追加された。23:04各種治療の効果なく死亡確認。当事者の主張患者側(原告)の主張1.救急車で来院した患者をまったく診察せず1時間も放置し、診断が遅れた2.輸血の手配とその開始時間が遅れ、しかも輸血速度が遅すぎたために致命的となった3.手術中の止血措置がまずかった病院側(被告)の主張1.救急車で来院後、バイタルサインのチェック、X線撮影などをきちんと行っていて、患者を放置したなどということはない。来院当時担当医師は別患者のギプス巻きを行っていたので、それを放棄してまで(容態急変前の)患者につき沿うのは無理である。容態急変後はただちに血液の手配をしている。そして、地域の特殊性から血液はすべて予約注文制であり、院内には常備できないという事情がった(実際に輸血20単位注文したにもかかわらず、入手できたのは14単位であった)2.また輸血前には輸液1,000mLと代用血漿2,000mLの急速注入を行っているため、さらに失血した血液量と等量の急速輸血は循環血液量を過剰に増大させ、うっ血性心不全を起こしたり出血を助長したりする危険があるので、当時の判断は適切である3.手術所見では左総腸静脈の亀裂部、骨盤静脈叢および仙骨静脈叢からの湧き出すような多発性出血であり、血腫を除去すると新たな出血はみられなかったため、静脈縫合後は血腫によるタンポナーデ効果を期待するほかはなかった。このような多発性骨盤腔内出血の確実な止血方法は発見されていない裁判所の判断1.診断の遅れX線写真を読影して骨盤骨折が確認された時点で、きちんと患者を診察して直ぐに腹腔穿刺をしていれば、腹腔内出血と診断して直ぐに手術の準備ができたはずである(注:14:00救急来院、14:35X線読影、この時点で意識は清明で血圧120/60→このような状況で腹腔穿刺をするはずがない!!しかものちに行われた腹腔内穿刺では出血は確認されていない)2.血圧測定不能時の輸血速度は、30分間に2,000mLという基準があるのに、30分間に500mLしか輸血しなかったのは一般的な臨床水準を下回る医療行為である以上、早期診断義務違反、輸血速度確保義務違反によって死亡した可能性が高く、交通事故9割、医療過誤1割による死亡である(手術方法については臨床医学水準に背くものとはいえない)。原告側6,590万円の請求に対し、1,225万円の判決考察この事件は、腰部を大型トラックに轢過された骨盤骨折の患者さんが、来院直後は(腹腔内出血量が少なかったので)意識清明であったのに、次第に出血量が増えたため来院から1時間15分後にショック状態となり、さまざまな処置を講じたけれども救命できなかった、という概要です。担当医師はその場その場で適切な指示を出しているのがわかりますし、総腸骨静脈が裂けていたり、骨盤内には粉砕骨折があって完璧な止血はきわめて困難であったと思われますので、たとえどのような処置を講じていようとも救命は不可能であった可能性が高いと思います。本来であれば、交通事故の加害者に重大な責任があるというものなのに、ご遺族の不満がなぜ病院側に向いてしまったのか、非常に理解に苦しみます。「病院に行きさえすればどのような怪我でも治してくれるはずだ」、という過度の期待が背景にあるのかもしれません。そして、何よりも憤りを感じるのが、裁判官がまったく的外れの判決文を書いてしまっている点です。経過をご覧になった先生はすでにおわかりかと思いますが、もう一度この事件を時系列的に振り返ってみると、14:00救急病院に到着。意識清明、血圧120/60mmHg、脈拍72/分。14:10X線室に移動。撮影終了後の血圧は初診時と変化なし。14:25整形外科診察室前まで移動。14:35担当医師が読影し、家族に入院の説明。15:004階の入院病棟に到着(意識清明)。15:15血圧測定不能。15:20腹腔穿刺で出血は確認できず。後腹膜腔内の出血と判断。となっています。つまりこの裁判官は、意識障害のない、血圧低下のない、14:35の(=X線写真で骨盤骨折が確認された)状況からすぐさま、「骨盤骨折があるのならばただちに腹腔穿刺をするべきだ。そうすれば腹腔内出血と診断できるはずだ!」という判断を下しているのです。おそらく、法学部出身の優秀な法律家が、断片的な情報をつぎたして、医療現場の実態を知らずに空想の世界で作文をしてしまった、ということなのでしょう(この事件は控訴されていますので、このミスジャッジはぜひとも修正されなければなりません)。ただ医師側も反省すべきなのは、担当医師は患者を診察することなくX線写真だけで診断し、取り急ぎ家族へは入院の説明をしただけで病棟へ移送してしまったという点です。この時担当医師は、別患者のギプス巻きをわざわざ中断してまで、救急患者のフィルム読影と家族への説明を行ったという状況を考えれば、超多忙な外来業務中(それ以外にも数人のギプス巻き患者がいた)でやむを得なかったという見方もできます。しかし、裁判へと発展した理由の一つに「患者の診察もしないでX線だけで判断した」という家族の不満が背景にあります。そして、もしかすると、初期の段階で患者との会話、顔色や皮膚の様子、骨折部の視診などにより、ショックの前兆を捉えることができたのかもしれません(この約45分後に血圧測定不能となっている)。したがって、多忙ななかでも救急車で運ばれた重症患者はきちんと診察するという姿勢が大事だと思います。次に問題となるのが輸血速度です。このケースの来院から死亡するまでの出血や水分量を計算すると、 手術前手術中14:1014:10輸液500mL2,000mL1,000mL3,500mL代用血漿2,000mL1,500mL500mL4,000mL輸血 1,800mL1,000mL2,800mL出血量 3,210mL57mL3,267mLとなっています。この裁判で医療過誤と認定されたのは、輸血がセンターから到着してからの投与方法でした。輸血を開始したのは手術室に入室してから30分後、執刀の5分前であり、おそらく輸血の点滴ラインを全開にして急速輸血が行われていたと思います。そして、結果的には、約30分間の間に500mL(2.5パック)入りましたので、このくらいでよいだろう、十分ではないか、と多くの先生方がお考えになると思います。ところが資料にもあるように、出血性ショックに対する輸血速度としては、「血圧測定不能時=2,000mLを30分以内に急速輸血」と記載した文献があります。本件のような出血性ショックの緊急時には、血圧を維持するように50mLの注射器を用いてpumpingするケースもあると思いますが、その際にはとにかく早く輸血をするという意識が先に働くため、30分以内に2,000mL(10単位分)を輸血する、という明確な目標を設定するのは難しいのではないでしょうか。しかも緊急の開腹手術を行っている最中であり、輸血以外にもさまざまな配慮が必要ですから、あれもこれもというわけにはいかないと思います。しかし、裁判官が判決文を書く際の臨床医学水準というのは、論文や医学書に記載された内容を最優先しますので、本件のように出血性ショックで血圧測定不能例には30分に2,000mLの輸血をするという目安があるにもかかわらず、500mLの輸血しか行われていないことがわかると、「教科書通りにやっていないのでけしからん」という判断につながるのです。この点について病院側の、「輸血前には輸液500mLと代用血漿2,000mLの急速注入を行っているため、さらに失血した血液量と等量の急速輸血は循環血液量を過剰に増大させ、うっ血性心不全を起こしたり終結を助長したりする危険があるので、当時の判断は適切である」という論理展開は至極ごもっともなのですが、「あらゆる危険を考えて意図的に少な目の輸血をした」というのならなだしも、「輸血速度に配慮せず結果的に少量となった」というのでは、「大事な輸血という治療において配慮が足りないではないか」ということにつながります。この輸血速度や輸血量については、どの施設でも各担当医師によってまちまちであり、輸血後に問題が生じることさえなければ紛争には発展しません。ところがひとたび予測しない事態になると、あとから輸血に対する科学的根拠(なぜ輸血するのか、輸血量を決定した際の根拠、HbやHtなど輸血後に目標とする数値など)を求められる可能性が、かなり高くなりました。そこで輸血にあたっては、なるべく輸血ガイドラインを再確認しておくとともに、輸血という治療行為の根拠をしっかりとカルテに記載しておく必要があると思います。救急医療

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肩こりは頚椎X線で“みえる”のか

 頚部症状とX線所見との関連についてはいまだ議論が続いているが、弘前大学整形外科の熊谷 玄太郎氏らは地域住民762例を対象とした調査において、その関連を評価した。その結果、男女とも頚椎の矢状面アライメントは頚部症状と関連していないことが示されたが、女性においては頚椎の変性変化と頚部痛強度との関連が有意であったことを報告した。Journal of Orthopaedic Science誌オンライン版2014年2月26日の掲載報告。 研究グループは、弘前市岩木地区の住民を対象とした「岩木健康増進プロジェクト」の「プロジェクト健診」の一部として調査を行った。 頚椎のX線撮影を行うとともに、頚部痛や肩こりの強度について視覚的アナログスケール(VAS)を用いて測定した。解析対象には、頚椎外傷や関節リウマチなどの既往歴を有する者は除いた。 主な結果は以下のとおり。・解析対象は、762例であった。・健診当日の肩こりの有病率は、男性より女性が有意に高かった。・健診当日のVAS評価による頚部痛および肩こり、ならびに12ヵ月前の肩こりの強度は、男女間で有意差は認められなかった。・12ヵ月前の頚部痛は、男性より女性で有意に強かった。・男性、女性いずれにおいても頸椎(C2~C7)矢状面アライメントと頚部症状との間に関連はみられなかった。しかし、女性では、年齢補正後に、健診当日ならびに12ヵ月前の変性指数と頚部痛強度(VAS)との間に有意な関連が認められた。・頚椎矢状面アライメントより直線型、前弯型、後弯型に分類すると、頚部痛および肩こりの有病率と強度について各グループ間で有意差はなかった。

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急性喉頭蓋炎を風邪と診断して死亡に至ったケース(1)

救急医療最終判決判例時報 1224号96-104頁概要数日前から風邪気味であった35歳男性が、深夜咽頭の痛みが激しくなり、呼吸のたびにヒューヒューという異常音を発し呼吸困難が出現したため、救急外来を受診。解熱鎮痛薬、抗菌薬、総合感冒剤などを処方されていったん帰宅するが、病状がますます悪化したため当日午前中の一般外来を受診。担当した内科医師は、胸部X線写真には異常はないため感冒による咽頭炎と診断し、入院は不要と考えたが、患者らの強い希望により入院となった。ところが、入院病棟に移動した1時間後に突然呼吸停止となり、気管内挿管が困難なため緊急気管切開を行ったが、植物状態となって死亡した。解剖の結果、急性化膿性喉頭蓋炎による窒息死と判断された。詳細な経過患者情報35歳男性経過1980年7月下旬この頃から風邪気味であり、体調不十分であったが、かなり無理をして行動していた。8月4日02:00頃咽頭の痛みが激しくなり、呼吸が苦しく、呼吸のたびにヒューヒューという異常音を発するようになった。04:40A病院の救急外来を受診。当直の外科医が診察し、本人は会話困難な状態であったので、付添人が頭痛、咽頭痛、咳、高熱、悪寒戦慄、嚥下困難の症状を説明した。体温39℃、扁桃腫脹、咽頭発赤、心音正常などの所見から、スルピリン(商品名:メチロン)筋注、リンコマイシン(同:リンコシン)筋注、内服としてメフェナム酸(同:ポンタール)、非ピリン系解熱薬(同:PL顆粒)、ポビドンヨード(同:イソジンガーグル)を処方し、改善が得られなければ当日定刻から始まる一般外来を受診するように説明した。10:00順番を待って一般外来患者として内科医の診察を受ける。声が出ないため、筆談で「息が苦しいから何とかしてください。ぜひとも入院させてください」と担当医に手渡した。喉の痛みをみるため、舌圧子で診察しようとしたが、口腔奥が非常に腫脹していて口があけにくく、かつ咳き込むためそれ以上の診察をしなかった。高熱がみられたので胸部X線写真を指示、車椅子にてX線室に向かったが、その途中で突然呼吸停止状態に陥り、異様に身体をばたつかせて苦しがった。家族が背中を数回強くたたき続けていたところ、しばらくしてやっと息が通じるようになったが、担当医師は痰が喉にひっかかって生じたものと軽く考えて特別指示を与えなかった。聴診上軽度の湿性ラ音を聴取したが、胸部X線には異常はないので、「感冒による咽頭炎」と診断し、入院を必要とするほどでもないと考えたが、患者側が強く希望したため入院とした。10:30外来から病棟へ移動。11:00担当医師の指示にて、乳酸リンゲル液(同:ポタコールR)、キサンチン誘導体アミノフィリン(同:ネオフィリン)、β刺激薬(アロテック®;販売中止)、去痰薬ブロムヘキシン(同:ビソルボン)などの点滴投与を開始。11:30突然呼吸停止。医師らが駆けつけ気管内挿管を試みるが、顎関節が硬直状態にあって挿管不能。そのため経皮的にメジカット3本を気管に穿刺、急いで中央材料室から気管切開セットを取り寄せ、緊急気管切開を施行した。11:50頃人工呼吸器に接続。この時は心停止に近い状態のため、心マッサージを施行。12:30ようやく洞調律の状態となったが、いわゆる植物状態となった。8月11日20:53死亡確認。当事者の主張患者側(原告)の主張1.不完全な診察当直医師は呼吸困難・発熱で受診した患者の咽頭部も診察しないうえに、「水も飲めない患者に錠剤を与えても飲めません」という訴えを無視して薬を処方した。そのあとの内科医師も、異常な呼吸音のする呼吸困難の患者に対し、単に口を開かせて舌圧子をあてようとしたが咳き込んだので中止し、喉頭や気管の狭窄を疑わず、さらにX線室前で窒息状態になったのにさしたる注意を払わなかった2.診断に関する過誤患者の徴候、症状を十分観察することなく風邪による扁桃腺炎または咽頭炎と軽率な診断を下し、「息が苦しいので何とかしてください」という患者の必死の訴えを放置して窒息させてしまった。少なくとも万一の窒息に備えて気管切開の準備をなすべきであった。たまたま常勤の耳鼻科医師が退職して不在であり、外部から耳鼻科医師が週何回か来診する状態であったとしても、耳鼻科専門医の不在が免責理由にはならない3.気道確保の時機を逸した呼吸停止から5~6分以内に呼吸が再開されなければ植物状態や脳死状態になる恐れがあるのに、はじめから確実な気道確保の方法である気管切開を行うべきであったのに、気管内挿管を試みたのち、慌てて気管切開のセットを取りにいったが、準備の不手際もあって気道を確保するまでに長時間を要し植物状態となった病院側(被告)の主張1.適切な入院措置外来での診察は、とりあえずの診断、とりあえずの加療を行うものであり、患者のすべてを把握することは不可能である。本件の外来診察時には努力呼吸やチアノーゼを伴う呼吸困難はみられなかったので、突然急激な窒息状態に至るという劇的な転帰は到底予見できないものであり、しかもきわめて希有な病変であったため、入院時に投与された気管支拡張薬や去痰薬などの薬効があらわれる前に、そして、入院の目的や長所が十分機能する前に窒息から脳死に至った2.予見不可能な急激な窒息死成書においても、成人における急性化膿性喉頭蓋炎の発症および発症による急激な窒息の予見は一般的ではなく、最近ようやく医学界で一般的な検討がなされ始めたという段階である。したがって、本件死亡当時の臨床医学の実践における医療水準に照らすと、急性化膿性喉頭蓋炎による急激な窒息死の予見義務はない。喉頭鏡は耳鼻科医師によらざるを得ず、内科医師にこれを求めることはできない3.窒息後の救急措置窒息が生じてからの措置は、これ以上の措置は不可能であるといえるほどの最善の措置が尽くされており、非難されるべき点はない裁判所の判断1.喉頭部はまったく診察せず、咽頭部もほとんど診察しなかった基本的過失により、急性化膿性喉頭蓋炎による膿瘍が喉頭蓋基部から広範囲に生じそれが呼吸困難の原因になっている事実を見落とし、感冒による単純な咽頭炎ないし扁桃腺炎と誤診し、その結果気道確保に関する配慮をまったくしなかった2.異常な呼吸音、ほとんど声もでず、歩行困難、咽頭胃痛、嚥下困難、高熱悪寒の症状があり、一見して重篤であるとわかるばかりか、X線撮影に赴く途中に突然の呼吸停止を来した事実の緊急報告を受けたのであるから、急性化膿性喉頭蓋炎の存在を診察すべき注意義務、仮にその正確な診断までは確定し得ないまでも、喉頭部に著しい狭窄が生じている事実を診察すべき注意義務、そして、当然予想される呼吸停止、窒息に備えていつでも気道確保の手段をとり得るよう予め準備し、注意深く症状の観察を継続するべき注意義務があった3.急性化膿性喉頭蓋炎による成人の急激な窒息は当時の一般的な知見ではなく、予測できなかったとA病院は主張するが、当然診察すべき咽喉頭部の診察を尽くしていれば、病名を正確に判断できなくても、喉頭部の広範囲な膿瘍が呼吸困難の原因であり、これが増悪した場合気道閉塞を起こす可能性があることを容易に予測できたと考えられる4.当時耳鼻科常勤医の退職直後で専門医が不在であったことを主張するが、総合病院と称するA病院においては、内科とともに耳鼻咽喉科を設置しなければならず、各科に少なくとも3人の医師を設置しなければならないため、耳鼻科常勤医不在をもって責任を否定することはできない5.しかし、急性化膿性喉頭蓋炎によって急激な窒息死に至る事例はまれであること、体調不十分な状態で無理をしたことおよび体質的素因が窒息死に寄与していることなどを考慮すると、窒息死に対する患者側の素因は40%程度である原告側合計7,126万円の請求に対し、3,027万円の判決考察普段、われわれが日常的に診察している大勢の「風邪」患者の中にも、気道閉塞から窒息死に至るきわめて危険なケースが混じっているということは、絶対に忘れてはならない重要なことだと思います。「なんだ、風邪か」などと高をくくらずに、風邪の背後に潜んでいる重大な疾病を見落とすことがないよう、常に医師の側も慎重にならなくてはいけないと痛感しました。もし、私がこのケースの担当医だったとしても、最悪の結果を回避することはできなかったと思います。実際に、窒息後の処置は迅速であり、まず気管内挿管を試み、それが難しいと知るやただちに気管にメジカット3本を刺入し、大急ぎで気管切開セットを取り寄せて緊急気管切開を行いました。この間約20分弱ですので、後方視的にみればかなり努力されたあとがにじみ出ていると思います。ではこの患者さんを救命する方法はなかったのでしょうか。やはりキイポイントは病棟に上がる前に外来のX線室で呼吸停止を起こしたという事実だと思います。この時の判断は、「一時的に痰でもつまったのであろう」ということでしたが、呼吸器疾患をもつ高齢者ならまだしも、本件は既往症をとくにもたない35歳の若年者でしたので、いくら風邪でも痰を喉に詰まらせて呼吸停止になるというのはきわめて危険なサインであったと思います。ここで、「ちょっとおかしいぞ」と認識し、病棟へは「緊急で気道確保となるかも知れない」と連絡をしておけば、何とか事前に準備ができたかも知れません。しかし、これはあくまでも後方視的にみた第三者の意見であり、当時の状況(恐らく外来は患者であふれていて、診察におわれていたと思われます)からはなかなか導き出せない、とても難しい判断であったと思います。救急医療

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イレウスに高圧浣腸・摘便を行ってS状結腸が穿孔し死亡したケース

消化器最終判決判例時報 1050号118-124頁概要便秘と尿閉を訴えて受診した57歳男性。触診により糞石の存在を認め、糞便性イレウスと診断し、即刻入院させて用指的摘出と高圧浣腸とにより糞石の除去・排便促進に当たったが、病状は改善されなかった。翌日になり腹部膨満・激痛などの症状が発するに及んで、転医の措置を取り、転医先で即日開腹手術を受けたが、糞塊によるS状結腸圧迫壊死および穿孔に原発する汎発性腹膜炎により死亡した。詳細な経過患者情報57歳男性経過1975年4月18日10:00便秘のためおなかが張るという主訴で近医受診。初診時、便秘と尿閉による怒責で体を揺すっていた。腹部を触れてみると下腹部の真ん中から左側の方に凹凸不整の固い腫瘤が認められ、腹が少し張っており、肛門から指を入れると糞石をたくさん触れることができた。血圧は120/80mmHg、脈拍も悪い状態ではなかった。問診によると吐いたことはなかったが、排便、排ガスがなく痛みがあったことがわかり、糞便性イレウスと診断した。約1kgの糞石を摘出し、500mLの高圧浣腸を行ったところ、自力で排便がなされガスも大量に出た。腹部を触るとなお糞石がたくさん存在したが、怒責もなくなり顔色も良くなった。11:00ブドウ糖、ビタミン剤の点滴を1,500mLにより怒責は止み、一般状態が著しく改善したため、帰宅を申し出たが、なお相当量の糞石、大便が残っていることが認められたので入院となった。14:00再び怒責様の訴えがあったので、約100gの糞石を摘出し、再度500mLの高圧浣腸を行ったところ、怒責は消失し、腹部の所見は良好となり自然排尿も認められ、翌朝6:00頃までに自然排便が3回あり、夕食では大量ではないがお粥を食べた。4月19日08:00診察を行ったが前日に比べとくに変化は認められず、朝食にお粥を少量摂取したが、吐き気そのほかの症状は認められなかった。糞石を6個摘出し、腸蠕動促進剤を投与し、高圧浣腸を500mL行ったがまだ疼痛が残っており腹はぺしゃんこにならなかった。しかし、患者からは格別の訴えはなく、食事もお粥を摂取し便通も5回あった。なお1,500mLの点滴を行った。4月20日08:30診察を行ったが特別の変化はなく、午前中点滴を1,500mL行い、この日も症状の悪化もなく食事も3回とり便通も2回あった。4月21日08:30前日同様に診察を行い肛門より指を入れて摘便を行おうとしたが指の届く範囲に便はなかった。腸蠕動促進剤を投与し、高圧浣腸、点滴を行った。12:40妻が病院からの連絡で駆けつけたところ、相当苦しがっており、胃液状のものを嘔吐した。14:30担当医師は急性胃拡張の疑いがあると考え、胃ゾンデを挿入し、胃の検査をしたが異常は認めなかった。さらに腹部が従来にもまして膨満してきた。15:30担当医師は知り合いの病院へ転院を勧めたが、妻は大学病院への転院を希望して担当医師の指示に従わなかった。16:15激痛を訴えたため、鎮痛薬を注射し、大学病院の病床が確保できたという連絡があった。17:00家族の希望通り大学病院に到着後、X線室で呼吸および心停止に陥り、気管内に挿管して蘇生した。19:30大学病院で開腹手術が行われた。術中所見では、横行結腸肝屈曲部、下行結腸、S状結腸に4cm四方角多面体の糞石がぎっしり詰まり、そのため結腸の血流が悪くなってS状結腸が壊死状態となって、直径2cm大および同1cm大の穿孔が2個ずつ発生し、そこから便、あるいはそれに含まれる大腸菌などの細菌類が腹腔内へ流出したために汎発性腹膜炎を併発。4月22日17:15死亡。当事者の主張患者側(原告)の主張入院初日に肛門部の糞石約1kgを指で排出しているが、その後はほとんど排出していないのだから4月18日、19日の経過によってX線撮影をしたり、手術に移行する手筈を取るべきであったのにしなかった。S状結腸に壊死を起こした患者に高圧浣腸を多用すれば、穿孔を起こすことは十分予測され、容態が変化した場合、白血球数測定などの平易な検査によって容易に判明するのにこれを施行しなかったために腸管の穿孔から汎発性腹膜炎を発症し、死亡した。容態の急変後も胃拡張が原因ではないかと疑い胃の検査をしているが、穿孔の事実をまったく発見できず、それに対する処置および適切な時期に転院が遅れたため、手術が施行されるも手遅れであった。病院側(被告)の主張X線単純撮影によっても糞石が横行結腸まで詰まっていることを確実に知ることは不可能である。また、X線単純撮影はあくまで診断の補助手段にすぎず、糞便による充塞性イレウスとの診断を得ているのだから、X線単純撮影の必要性はとくに認められない。糞が腸に詰まったための充塞性イレウスの場合、治療法としてまず高圧浣腸をかけて排便を促すことが一般的であり、成果も上がっていたのだから高圧浣腸を続けることは当然であって回数からいっても特段の問題となるものではない。また、高圧浣腸による穿孔は非常にまれであり、男性Aの場合、その治療経過からして高圧浣腸が死亡の重要な原因をなしたものとは到底考えられない。容態の急変まではイレウスの手術の絶対的適応ではなかった。そして、担当医師は容態悪化後ただちに他院に転院して手術が行えるように手筈を整えたにもかかわらず、患者の家族がその指示に従わなかったため、大学病院での手術の結果が実を結ばなかったものであり、転院の遅れについては担当医師に責任がない。裁判所の判断1.イレウスにおけるX線単純撮影では、糞石そのものは写らないものの、腸管内のガスは写るものであり、そのガスを観察することにより糞石の詰まっている部位、程度を、触診、打診、聴診に比べて、相当はっきり診断することができるため、X線単純撮影は非常に有効で、かつ実行すべき手段である2.入院時には男性Aの苦痛を取り除くことが先決であってX線撮影をする暇がなかったとしても、その後、容態が急変するまでの間に撮影することは可能であったはずである。内科的治療によって確実に病態の改善がみられたとはいえないにもかかわらず、X線撮影を怠ったためにイレウスの評価を誤り、外科的治療に踏み切らなかった、あるいはそれが可能な病院に転院させなかったために死亡したので、担当医師の過失と死亡との間に相当因果関係がある3.S状結腸の穿孔の原因については、担当医師が腸管の壊死に気づかずに高圧浣腸を行ったために発生した可能性はあるが、それ以上に高圧浣腸が明らかに穿孔の原因となったとする証拠はない4.転院については、担当医師はまったくの素人である患者の家族に重篤な病勢を十分に説明し、できるだけ速やかに転院することを強く勧告するべきであったにもかかわらず、そうした事実が認められないから、家族が転院の指示に従わなかった事実があったとしても担当医師の過失が軽減されることはない原告側合計2,650万円の請求に対し、請求通りの判決考察日常診療において、腹痛を訴える患者にはしばしば遭遇します。こうした場合、詳細な問診と診察により、ある程度診断がつくことが多いと思いますが、中には緊急手術を要するケースもあり、診断および治療に当たっては慎重な対応が要求されることはいうまでもありません。とくに、投薬のみで帰宅させた後に容態が急変した場合などは、本件のように医療過誤に発展する可能性が十分にあります。本件でも問診、触診による診断そのものは誤りではありませんでしたが、その後の治療方針を決定し、経過観察をするうえで、必要な検査が施行されていなかったことが問題となっています。確かに、患者の症状を軽減することが医師としての勤めでありますが、症状が落ち着いた時点で、原疾患の検索のために必要な検査はぜひとも行うべきであり、イレウスで4日間の入院中に一度もX線撮影を行わなかったことはけっして受け容れられることではありません。患者の検査漬けが取り沙汰されている中では、確かに過剰な検査は迎合できるものではありませんが、本件の場合、X線撮影、血算、検尿、心電図、腹部超音波検査、腹部CTなどの実施が必要であったと思われます。これらすべての検査がどの施設でも緊急にできるとは限らないので、裁判でもそこまでは言及していません。だからといって検査をしなくてもよいということにはならず、必要であれば、それらが実施できるほかの病院へ早期に紹介することが求められています。他院への転送義務については、通常、適切な時期に適切な病院へ転院させたかということが裁判では問題になります。しかし、本件のように医師が転院を勧めたにもかかわらず、家族がその指示に従わなかった場合、まったくの素人である患者および患者家族に対して、医師の勧告の方法に問題があり、過失が減じられなかったことは、医師の立場からいえば少々厳しすぎる裁定ではないかと思います。本件の充塞性イレウスとは、糞石による単純性イレウスのことですが、イレウスの中でも比較的まれな症例です。ましてやその糞石が肛門から横行結腸に至るまで詰まっていたのですから、患者は重篤な状態であったことに疑いはありません。外来や病棟でイレウスの患者を治療するにあたって重要なことは、絞扼性イレウスの患者を放置あるいは誤診して、腸管壊死に陥り、汎発性腹膜炎になった場合には、今日の医療をもってしても患者を救うことができない可能性が高いということです。近年、輸液療法の進歩とともに非絞扼性イレウスの保存的療法が広く行われるようになりましたが、治療しているイレウスが絶対に絞扼性でないという確信が持てない場合には、一刻も早く開腹手術を決断すべきです。また、非絞扼性イレウスと診断され、保存的治療で病状の増悪が認められない場合には、イレウスの自然寛解を期待して手術を見合わせることはできますが、保存的治療の限度はせいぜい1週間程度で、それ以上待ってもイレウスが自然寛解する頻度は少なく、大抵の場合手術しないと治らない原因が潜んでいると考えた方がよいと思います。消化器

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日本人における膝痛・腰痛の有病率と危険因子~全国9地域1万2,019人のデータより

 超高齢社会となったわが国では、高齢者のQOL維持や健康寿命の延長、医療費低減のために、筋骨格系疾患の予防対策が急がれる。しかしながら、本疾患の疫学エビデンスの集積はまだ十分ではない。東京大学医学部附属病院22 世紀医療センターの吉村 典子氏らは、全国9地域の1万2,019人の情報を統合したThe Longitudinal Cohorts of Motor System Organ(LOCOMO)スタディのデータを用い、膝痛と腰痛(およびその共存)について、有病率や関連因子を報告した。Journal of Bone and Mineral Metabolism誌オンライン版2013年11月9日号に掲載。 LOCOMOスタディは、筋骨格系疾患の予防を目的に設けたいくつかのコホートからの情報を統合するために、厚生労働省より助成金を受け2008年に開始された研究である。 著者らは、東京(2地域)、和歌山(2地域)、広島、新潟、三重、秋田、群馬の各都県に位置する9地域を含むコホートで1万2,019人(男性3,959人、女性8,060人)の情報を統合し、評価した。LOCOMOスタディのベースライン調査では、インタビュアーによるアンケート、身体計測、医療情報の記録、X線撮影、骨密度測定が行われた。 ベースライン調査の主な結果は以下のとおり。・膝痛の有病率は32.7%(男性27.9%、女性35.1%)、腰痛の有病率は37.7%(男性34.2%、女性39.4%)であった。・ベースライン調査で膝痛・腰痛の両方について調査された9,046人のうち、どちらの痛みもある人は12.2%(男性10.9%、女性12.8%)であった。・ロジスティック回帰分析により、「高齢」「女性」「高BMI」「農村地域居住」「腰痛あり」が、「膝痛あり」に有意に影響していることが示された。同様に、「高齢」「女性」「高BMI」「農村地域居住」「膝痛あり」は、「腰痛あり」に有意に影響していた。

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