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はじめに糖尿病に伴うがんリスクには、糖尿病治療薬も関与している可能性がある。本稿では、糖尿病治療薬に関するエビデンスとその解釈上の注意点、および日常診療に携わる医師への提言を述べる。糖尿病治療薬とがんリスク特定の糖尿病治療薬が、がん罹患リスクに影響を及ぼすか否かについての現時点でのエビデンスは限定的であり、治療法の選択に関しては、添付文書などに示されている使用上の注意に従ったうえで、良好な血糖コントロールによるベネフィットを優先した治療1)が望ましい。以下に、治療薬ごとにリスクを述べる。1)メトホルミン筆者らが行ったメタアナリシスでは、メトホルミン服用患者は非服用患者に比べてがんの発症リスクが0.67倍と有意に低下していた(図)2)。がん死リスクもほぼ同等であった。さらに臓器別には、大腸がん約30%、肺がん約30%、肝臓がんに関しては約80%と有意な低下を認めた。ただし、糖尿病で有意に増加するといわれている膵臓がんなどにおいては、リスク比の変化は有意ではなかった。図を拡大するメトホルミンは、AMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)を介して主に肝臓に作用して、血糖降下を発揮する。最近判明してきたことだが、このAMPKという物質は、下流にあるmTORというがん関連因子を抑制することで発がんを抑えるのではないか、という研究が進んでいる。実際に日本人の非糖尿病を対象としたランダム化比較試験(RCT)においても、メトホルミン投与群では非投与群に比べて、大腸がんの内視鏡的マーカーの有意な低下を認めた。ただし、短期間の研究なので、長期的な予後までは判明していない。まだまだ研究段階ではあるが、このようにメトホルミンは、がんの発症を抑える可能性があるということで着目されている。ただし、観察研究が主体なのでバイアスに留意すべきである。 筆者らのメタアナリシスに含まれているRCTや、時間関連バイアス調整後の観察研究3)やRCT(短期間も含む)のみの他のメタアナリシス4)では、結果はニュートラルであった。2)インスリン/スルホニル尿素(SU)薬/グリニド薬理論上は、高インスリン血症によりがんリスクが高まることが懸念される。3~4年ほど前、インスリン投与により乳がんのリスクが有意に増加するという報告が続いた。しかし、これらの報告は研究デザイン上の問題やバイアスが大きく、妥当性は低い(表1)。実際、その後行われた1万2千人余りのランダム化研究などの分析によると、インスリン投与群とインスリン非投与群では、がん全般の発症率およびがんによる死亡リスクともに有意な増減を認めておらず、現時点ではインスリンによるがんリスクの上昇の可能性はほぼ否定されている。表1を拡大する血中インスリン濃度を高めるSU薬も、メタアナリシスでまったくのリスク増減を認めていない。また、グリニド薬に関しては、アジア人の報告ではがん全般リスクはやや上昇するという報告があったが、こちらの疫学研究は非常にバイアスの強い報告なので、まだまだデータとしては限定的である。3)ピオグリタゾン膀胱がんのリスクが上昇するというニュースで、近年話題となった。アメリカの報告では、がん全般としては有意な増減を認めていない。ただし、日本、アメリカ、ヨーロッパの報告を見ると、ピオグリタゾンにより膀胱がんリスクが1.4~2倍あまりも有意に上昇する可能性が示唆されている。実際、フランス・ドイツでは処方禁止、インドでは第1選択薬としての処方は禁止となっている。まだまだ研究段階で最終的な結論は出ていないが、このような現状を踏まえ、添付文書の注意書き(表2)に従ったうえで投与することが必要である。表2を拡大する4)α-グルコシダーゼ阻害薬アメリカの副作用登録では、膀胱がんのリスクが有意に増加するということが報告されている。しかし、台湾の疫学研究では、膀胱がんの有意なリスク増減は認めていない。いずれも非常に限定的でバイアスの強いデータであり、まだまだ最終結論は出ていない。5)DPP-4阻害薬/GLP-1アナログDPP-4阻害薬のメタアナリシスでは、がんリスクの有意な増減はまったく認めていない5)。ただし、含まれている研究は非常に追跡期間の短いものばかりなので、臨床的にあまり価値がないエビデンスである。その後発表されたRCT 2件では有意なリスクの増加を認めていないので、がんのリスクに対する安全性も比較的確保されたものと思われる。6)SGLT2阻害薬今年、わが国でも承認されたこの薬物は、腎臓でのブドウ糖吸収を抑制することで血糖値を下げ、さらに体重も低下する報告がある。まだまだ新薬として登場して間もないものでデータも非常に限定的であるため、長期的なリスクは未知数である。糖尿病患者のがん検診糖尿病ではがんのリスクが高まる可能性が示唆されているため、日常診療において糖尿病患者に対しては、性別・年齢に応じて臨床的に有効ながん検診(表3)を受診するよう推奨し、「一病息災」を目指すことが重要である。がん検診は、がん発見が正確で確実であること、受診率が高いこと、受診の結果予後が改善することを満たして初めて有効性を持つ。日本のがん検診の多くは有効性が実証されておらず、過剰診断と過剰治療によるリスクも小さくはないことに留意する。さらに、無症状でも急激に血糖コントロールが悪化した場合には、がんが潜在している可能性があるため、がん精査を考慮する必要がある。表3を拡大する文献1)国立国際医療研究センター病院.糖尿病標準診療マニュアル(一般診療所・クリニック向け).http://ncgm-dm.jp/center/diabetes_treatment_manual.pdf(参照 2014.8.22)2)Noto H, et al. PLoS One. 2012; 7: e33411.3)Suissa S, et al. Diabetes Care. 2012; 35: 2665-2673.4)Stevens RJ, et al. Diabetologia. 2012; 55: 2593-2603.5)Monami M, et al. Curr Med Res Opin. 2011; 27: 57-64.6)厚生労働省. がん検診について. http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/dl/gan_kenshin01.pdf(参照2014.8.22)