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Mother(続編)【虐待】

虐待みなさんは、虐待の痛ましい現実を、テレビや新聞で見聞きするだけでなく、医療の現場でも遭遇することがあるかもしれません。虐待はなぜ起きるのでしょうか?もっと言えば、虐待はなぜあるのでしょうか?そして、虐待はどうすればいいのでしょう?今回は、虐待をテーマに、2010年に放映されたドラマ「Mother」を前号に引き続き取り上げます。そして、虐待の心理、危険因子、起源、対策について、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。あらすじ主人公の奈緒は、30歳代半ばまで恋人も作らず、北海道の大学でひたすら渡り鳥の研究に励んでいました。そんな折に、研究室が閉鎖され、仕方なく一時的に地域の小学校に勤めます。そこで1年生の担任教師を任され、怜南に出会うのです。そして、怜南が実の母(仁美)から虐待されていることを知ります。最初は見て見ぬふりの奈緒でしたが、怜南が虐待されて死にそうになっているところを助けたことで、全てをなげうって怜南を守ることを決意し、怜南を「誘拐」します。怜南の実の母(仁美)の母性虐待をする実の母親(仁美)とは、どんな人なのでしょうか?怜南が生まれた当時、仁美は、虐待を報道するニュースを見て、「こんな親(虐待する親)、普通じゃない。人間じゃない」「怜南はママが一生大事にしてあげるからね」と怜南と夫を目の前に力強く言います。しかし、その後、間もなくして、不幸にも仁美は夫を亡くしてしまいます。仁美は女手一つで怜南を育てようとする中、ある近所の人(克子おばさん)が、怜南の子守り(ベビーシッター)を愛情深くして、支えてくれていました。克子おばさんは「仁美さんは頑張り屋さんだもの」と評価してくれて、子育ては何とかうまく続いていました。ところが、怜南が2、3歳の頃です。怜南はずっと母親を呼び続けたり、食器を投げるようになり、言うことを聞かなくなります。反抗期の始まりです。仁美は「ママ、怜南のことがうらましいな」「ママのことは誰もほめてくれないから」と弱音を吐きます。そして、追い打ちをかけるように、克子おばさんが病気療養のために、遠くに引っ越してしまったのです。それから状況は大きく変わっていきます。母性が「聖母」でなくなる時―閉鎖性仁美は、手一杯な仕事に加えて、遠くの保育園への怜南の送り迎えや怜南の反抗期によって、経済的にも身体的にも精神的にも余裕がなくなっていました。部屋の散らかり具合は、その余裕のなさを物語っています。仁美は、しつけがうまく行っていないことに気付いた友人から「父親がいないからかしらね」と嫌味を言われます。こうして、仁美はしつけを厳しくすることを決意します。そして、仁美のしつけは、最初は戸惑いながらも徐々にエスカレートしていきます。仁美が久々に友達の集まりに行こうとする時のエピソードです。その直前で怜南はお腹を痛がります。怜南は克子おばさんがいなくなった中、無意識のうちに体の症状を通して母親とのかかわりを求めていたのでした。しかし、仁美は苛立ち、思わず怒鳴り散らします。子どもとの2人きりの世界になると、他の養育者からの助けやフォローがないばかりか、他の誰かが見ているという客観的な視点が働きにくくなります(閉鎖性)。一生懸命に子育てをしているのに思い通りにならない時、2人きりのその世界で自分が神のように錯覚してしまい、無理やりに思い通りにしようとするのです。特に一人親で一人っ子の家庭は、2人きりの世界になりやすく、このリスクが高まります。しつけとは、本来、家族のルールであり、一貫しているはずのものです。しかし、仁美のしつけは、仁美の機嫌や独りよがりによって成り立っており、一貫していないのです。つまり、仁美の子育ては、母性が足りないばかりか、父性も足りなくなっていたのです。そこにあるのは、仁美の気分の浮き沈みによる恐怖と支配なのでした。仁美の母性は「聖母」ではなくなっていったのでした。虐待する母(仁美)の心理―脆弱性子育てに煮詰まる中、仁美は、新しい恋人(浦上)をつくります。そして、怜南に留守番をさせ、浦上と南国へ旅行に出かけてしまいます。そして、「ママが幸せだと怜南も嬉しいよね」と怜南に同意を求めるのです。怜南が幸せだと母親も嬉しいという発想ではないのです。浦上は遊び半分で怜南に虐待を始めます。仁美がやめるように言っても、浦上は聞き入れません。仁美は、精神的に追い詰められて、一時は怜南と無理心中をしかけます。しかし、その後は、虐待の日常に麻痺してしまいます。やがて、仁美も虐待をするようになり、怜南を凍え死にさせようともしました(表1)。ある時また、テレビから虐待の事件のニュースが流れます。その時、仁美は「フフフフッ」と不気味に笑い飛ばしているのです。その後に、仁美が奈緒から怜南を取り戻そうとするシーンでは、「(怜南は)私に会えなくて寂しがってるでしょ」「怜南は私のことが大好きなんです」と平然と言い放ちます。仁美は、虐待が常態化していた中、もはや自分自身を振り返ったり、自分自身に向き合ったりすることができなくなっているのでした。自己客観視する知的能力が低まっており、仁美の脆く弱い心が伺えます(脆弱性)。表1 虐待のタイプ怜南の場合身体的虐待体のあざ眼帯を巻く心理的虐待ペットのハムスターが知らない間に母親の恋人に殺されてしまう「汚い」と罵(ののし)られる真冬にゴミ袋に閉じ込められて、ゴミ置き場に放置されるネグレクト適切な食事が与えられない性的虐待母親の恋人に化粧やコスプレをさせられ、性的対象として弄ばれる虐待の危険因子―表2奈緒は、仁美に対面し、語りかけます。「あなたとあの子の間に何があってどうしてあんなことになったのか私には分かりません」「きっと100や1000の理由があって、その全てが正しくて全てが間違っていると思います」「母と子は、温かい水と冷たい水が混ざり合った川を泳いでいる」「抱きしめることと傷付けることの間に境界線はなくて、子どもを疎ましく思ったことのない母親なんていない」「子どもを引っぱたこうとしたことのない母親なんていない」「そんな母親を川の外から罵る者たちがまた1つ母親たちを追い詰め、溺れさせるんだと思います」と。このセリフから、虐待は、母親(養育者)だけのせいではないことに気付きます。それでは、虐待の危険因子として、養育者を取り巻く社会的な要因を挙げてみましょう。まず、仁美は、古いアパートに住み、アルバイト先のコンビニ店の制服をそのまま日常生活で使い回しており、生活の貧しさが伺えます(貧困)。また、町内会の役員の年配女性から面と向かって「あの子もあの子よねえ」「こんな親に育てられているから」「性格が歪んじゃって」と吐き捨てられます(偏見)。さらに、克子おばさんが引っ越してから、仁美は誰の手助けも得ることができません(孤立)。次に、虐待の危険因子となる子どもの要因を挙げてみましょう。仁美の虐待は、怜南の反抗期に端を発していました。一般的には、子どもが泣き止まなかったり、反抗的な態度をとることをきっかけに、しつけや体罰の名の元に虐待が行われるリスクが高まります。また、妊娠した芽衣(奈緒の義妹)は、子どもの心臓の障害が判明し婚約者が婚約破棄をすると、一時は中絶を決意しています。一般的に、ネグレクト(育児放棄)などの虐待は、「望まない子」「望めない子」として、中絶の延長線上にあります。子どもが身体的または精神的な障害を持っていると、虐待のリスクは高まることが統計上判明しています。表2 虐待の危険因子母親(養育者)社会子ども精神的な問題(脆弱性)子どもとの2人だけの世界(閉鎖性)子どもの実父の不在新しい恋人(夫)の存在貧困偏見孤立反抗的態度病弱などの身体的な問題知的障害などの精神的な問題子育てをあきらめる心理の源は?―ネグレクト(育児放棄)の進化心理学奈緒は、仁美に訴えかけます。「あなたがまだあの子を愛して心から抱き締めるなら私は喜んで罰を受けます」「道木怜南さんの幸せを願います」「たとえ何年かかっても少しずつ少しずつあなたとあの子の母と子の関係を取り戻して」と。ところが、仁美は「もう遅いわ」「あの子は私のことなんか」「好きじゃないって言われたの」「そんな子、死んだも同じ」と言い放ちます。また、雑誌記者(藤吉)に「欲しい人がいるなら上げてもいいかなって(考えました)」「私まだ29だし」「一からやり直せるかなって」「沖縄に行ったことあります?」「(怜南がかわいそうだった時の)辛いこととか忘れられるかなって」と語ります。虐待の1つに、この子育てをあきらめる心理、つまりネグレクト(育児放棄)があります。もともと健康的な母性を持っていた仁美の心の中では何が起きたのでしょうか?なぜネグレクト(育児放棄)をするのでしょうか?そもそもなぜネグレクト(育児放棄)はあるのでしょうか?ネグレクト(育児放棄)は、人間の歴史の中で普遍的な現象です。普遍的に存在し続けることには必ずそこに意味があると、前々号や前号の母性や父性の説明で触れました。普遍的に存在するネグレクト(育児放棄)の意味とは、母性や父性と同じように、私たち人間が手に入れた進化の産物の心理だからです。ここから、この心理の成り立ちを、大きく2つのポイントで進化心理学的に考えてみましょう。(1)生活困窮(貧困)の打開策1つ目は、ネグレクト(育児放棄)が生活困窮(貧困)の究極の打開策であるということです。人間の進化の歴史の中で、飢餓や病気による死は常に隣り合わせでした。そんな中、子育てをする女性(母親)は、生活が困窮した時、何人かいる子どもの中から、比較的に生命力の弱い子どもから順に子育てをあきらめました。生命力の弱い子どもとは、身体的または精神的に障害のある子どもや幼い子どもです。無理をして全ての子どもを救おうとすれば、全ての子どもが死んでしまうからです。他の子どもを救うため、見込みの低い子どもを犠牲にして、生活困窮を打開するのです。よって、特に生活が困窮し精神的にも余裕のない状況で、このネグレクト(育児放棄)の心理は、意識せず意図せずに高まります。この心のメカニズムを人間は進化の過程で獲得したと考えられます。そして、この心理が適切に働く遺伝子を持った種ほど、結果的によりたくさんの子孫を残しました。そして、その遺伝子を現在の私たちは受け継いでいる可能性があります。ネグレクト(育児放棄)は、かつて「間引き」「口減らし」「子捨て」と呼ばれ、現代の「赤ちゃんポスト」に引き継がれています。仁美のネグレクト(育児放棄)の心理を察知し、怜南が自ら「赤ちゃんポスト」を探すという残酷なシーンがありました。(2)新しい男性(父親)から養育援助を引き出す適応戦略2つ目は、ネグレクト(育児放棄)が新しい男性(父親)から女性(母親)への養育援助を促進することです。原始の時代、女性(母親)の生活困窮を最も引き起こすのは、養育援助をする男性(父親)がいないことです。つまり、子どもの実の父がいないことには、養育援助を当てにできず、子どもの生存率を極端に下げていました。そんな中、新しい男性(父親)ができると、養育援助の当てが得られます。しかし、新しい男性(父親)は、進化心理学的に、血縁関係のない子どもをおもしろく思いません。当然、この時点で男性(父親)による血縁関係のない子どもへの虐待のリスクは高まります。さらに、女性(母親)は、新しい男性(父親)からの愛(援助)を受けて将来の繁殖の機会を逃さないために、前の男性(父親)との子どもに見切りを立てる心理が高まります。これは、進化的な適応戦略の心理と言えます。最悪のケースは、仁美のように、ネグレクト(育児放棄)が心理的虐待や身体的虐待などの他の虐待に発展し、最終的に子殺しにつながっていきます。仁美が言った「(いなくなれば)一からやり直せる」というセリフは、これを端的に表しています。動物行動学では、ゴリラの子殺しが有名です。これは、新しくメスたちのハーレムに迎えられたオスゴリラがそれまでの育てられていた子どものゴリラを次々と殺していくという行動です。その理由は、子どもがいなくなることで、メスたちの発情が再開され、新しいオスゴリラは、自分の子どもをつくることができるからです。また、一部の霊長類に、妊娠中のメスが交尾相手とは別の新しいオスと出会うと流産する現象が知られています(ブルース効果)。これは、新しいオスによる子への攻撃(虐待)や子殺しに先手を打ち、メスが損失(コスト)を最小限にするように進化したと考えられています。よって、同じ霊長類である人間においても、子どもの実父の不在や新しい男性(父親)の存在は、それ自体で、生活困窮の状況と同じように、このネグレクト(育児放棄)の心理を意識せず意図せずに高めている可能性が考えられます。虐待は起きないものという神話仁美は、虐待によって怜南を殺しかけたのにもかかわらず、奈緒に「あなたに何が分かるの?(自分は悪くない)」と答えるなどして否認し続けてきました。しかし、とうとう逮捕され、「お母さん、これは立派な犯罪ですよ」と女性刑事に問い詰められます。その時、仁美はようやく事の重大さに気付きます。そして、うろたえながら「私を死刑にしてください」と言うのです。ここで、ネグレクト(育児放棄)の心理の源について誤解のないように協調します。ネグレクト(育児放棄)は、生活困窮や新しい男性(父親)の登場などの条件下で本能的な心理メカニズムとして発動しやすくなると紹介しました。しかし、だからと言って、モラルとして問題がないと言っているわけではありません。例えば、私たちが甘いもの(高カロリー食)をつい口にしてしまうのは生存のための本能です。だからと言って、甘いものを食べ過ぎて糖尿病になることを私たちは決して良しとはしないでしょう。大事なのは、むしろ逆に、ネグレクト(育児放棄)を含む虐待の心理の原因がはっきりしているからこそ、対策を万全にすることができると言うことです。さきほどの虐待の危険因子(表2)を踏まえれば、仁美の虐待を未然に防ぐことができたのではないかということです。虐待は起きないことを前提として美化するのではなく、虐待はある状況下で起こることを前提として直視し、早期に介入することがスタートラインです。虐待は起きないものという神話ができあがってしまうと、虐待があること自体を恥じたり、隠したりして、ますます早期介入が遅れてしまうからです。虐待の予防―ソーシャルサポート(表3)芽衣(奈緒の義妹)は、障害のある子どもを一時は中絶しようと決意しますが、最終的に出産します。さきほど中絶の延長線上には、ネグレクト(育児放棄)などの虐待があると説明しました。つまり、虐待をした仁美と比べた時、芽衣が出産を決意した最大の要因は、彼女の実家が裕福であり、母親や妹と同居しており、経済的にも身体的にも精神的にも余裕があることです。仁美のような状況の母親が、ネグレクト(育児放棄)などの虐待の心理を発動させないようにするためには、経済的、身体的、精神的な支援が必要です。身近なところでは、親や兄弟などの家族です。また、克子おばさんのような近所の親切な人や友人です。しかし、そういう人たちに恵まれていない時は、やはり社会からの支援(ソーシャルサポート)が必要です。例えば、経済的には、子育ての支援金です。身体的には、一時的に預けることのできる施設(ショートステイ)です。また、日本にではまだ一般的ではないですが、子守り(ベビーシッター)の制度化です。そして、心理的には、普段からの定期的な訪問、困った時には相談できる窓口で適切に声掛けができることです。さらには、妊娠した段階の母親への虐待予防のオープンな心理教育も効果が期待できます。表3 ソーシャルサポート例経済的サポート子育ての支援金身体的サポートショートステイ、ベビーシッターの制度化心理的サポート定期的な訪問、相談窓口、声掛け、虐待予防のための事前の心理教育虐待の予防の鍵―アロマザリング私たち人間の子育ては、もともと母親1人で行うものではありませんでした。原始の時代から、兄弟や親戚を含んだ大家族、もっと言えば地域全体で協力して行っていました(アロマザリング)。しかし、現代はどうでしょうか?文明の進歩や都市化という社会構造の変化によって、物質的には豊かになり、便利にもなりました。私たちはもはや昔ほど協力しなくてよくなりました。しかし、同時に、格差、核家族、一人親、一人っ子などの社会現象が生まれています。そして、これらの結果として、虐待が深刻化してきているように思われます。つまり、今こそ必要なのは、経済的、身体的な支え以上に、心理的な支えだということです。そして、そのために必要なのが家族のつながりや近所同士のつながりです。つまり、「家族力」や「地域力」です。これが、虐待の予防の鍵になるのではないかと思います。例えば、一人親だとしても自分の両親や兄弟からの協力を得ることです。また、子育てのコミュニティの輪をつくったり、地域の定期的なお祭りやスポーツなどのイベントで、交流を深めたりすることです。そのためには、行政の予算や専門家のアドバイスも必要です。虐待は、私たちの知恵による文明的な豊かさや便利さの代償(トレードオフ)のように思えてきます。しかし今こそ、この私たちの知恵による理性的な視点によって、私たちのあり方を見つめ直し、この困難を乗り越えていくことができるのではないでしょうか?1)奥山眞紀子:虐待を受けた子どものケア・治療、診断と治療社、20122)進化と人間行動:長谷川眞理子、長谷川寿一、放送大学教材、2007

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糖尿病患者のトータルケアを考える

 2014年2月19日(水)都内にて、糖尿病患者の意識と行動についての調査「T-CARE Survey」を題材にセミナーが開かれた(塩野義製薬株式会社 開催)。演者である横浜市立大学の寺内 康夫氏(分子内分泌・糖尿病内科学 教授)は、患者が治療に前向きに取り組むためには「治療効果の認識」「症状の理解」が重要と述べ、患者の認知・理解度に応じて個々に合ったアプローチをすべき、と述べた。 T-CAREとは 「塩野義製薬が考える“糖尿病患者さまのトータルケア”」を意味する名称とのこと。以下、セミナーの内容を記載する。【糖尿病患者の3割が治療ストレスを感じている】 『糖尿病患者の約30%が治療を続けることにストレスを感じている』これは、糖尿病患者の意識と行動を把握するためのインターネット調査「T-CARE Survey」の結果である。「T-CARE Survey」は全国の20代~60代の男女を対象に2013年10月に実施されたインターネット調査で、一般回答者2万254名、糖尿病患者3,437名の回答が得られている。その結果、糖尿病患者は高血圧や脂質異常症と比較してストレスを感じやすく、そのストレス度合いは、喘息やアレルギーなどの自覚症状がある疾患と同程度であることが明らかになった。糖尿病は症状が少ないにもかかわらず、患者さんはストレスや不安を感じやすいことから、リスクケアのみならず、生活環境や心理的不安も見据えたトータルケアが必要と考えられる。【心配事・不満の上位は、『合併症の不安』】 糖尿病患者は何に不安を感じているのだろうか。患者さんの心配事や不満の上位は「透析になるのが怖い」「失明するのが怖い」といった「合併症の不安」であった。また約1割が「足のしびれや痛みが我慢できない」と感じていることも明らかにされた。寺内氏は、この結果を基に「患者さんに医療機関との接点を持ち続けてもらう、つまり続けて通ってもらうことが不安解消にも重要」と述べた。【治療継続には『病状理解』と『治療効果の認識』】 では、患者さんに治療を続けてもらうにはどうすべきか。今回の調査では「糖尿病患者の治療モチベーションに関する検証」も行われた。糖尿病の知識、治療への評価、周囲との関係性といったいくつかの項目を仮説として設定し、重回帰分析等を用いて検証を行った結果、「自分の病状の理解」「治療効果の認識・理解」の2項目が治療モチベーション向上に寄与していることが明らかになった。医師やスタッフの説明を通じて患者さんに病状を理解してもらい、効果を認識させることが治療にも有用なようだ。【メディカルスタッフへの相談も有用】 患者さんが糖尿病疾患について相談する相手をみると、医師が83%、配偶者・パートナーが52.8%であった。一方、看護師・薬剤師・管理栄養士といったメディカルスタッフへの相談はいずれも30%未満であり、まだまだ少ないといえる。しかし、メディカルスタッフに相談している患者は相談していない患者に比べ、前向きに治療に取り組む割合が高いこともわかっており、チームサポートの重要性がうかがえる。【糖尿病療養指導士を要としたコミュニティサポート推進が望まれる】 患者さんの家庭環境はどうだろうか。「家族が治療やケアに協力してくれる」という回答は56.4%であった。家族ケア有りの場合、前向きに治療に取り組む割合は高く、医療従事者側も家族によるサポートを促すことができる。しかし、一人暮らしの高齢世帯の増加を鑑みると、今後は家族のみならず、地域のコミュニティによるサポートが推進されていくことを期待したい。自身が日本糖尿病療養指導士認定機構の役員を務める寺内氏は、今後、介護施設や在宅医療スタッフの中に糖尿病療養指導士の資格を持つ方が増え、地域のコミュニティサポートが推進されていくことを期待したい、と述べた。【編集後記】 講演の最後に寺内氏は、「トータルケアの実践には患者をタイプ分類し、タイプ別のアプローチを工夫することが有用」と述べた。タイプ別アプローチ方法が確立し、治療に不満を抱く方や疾患を放置する患者さんが、治療に前向きに取り組めるようになることを期待したい。

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うつ病と糖尿病の合併患者、臨床像は発症時期により異なる

 うつ病と2型糖尿病併存の臨床像は、うつ病が糖尿病より先行しているか、糖尿病発症後にうつ病を発症したかによって、大きく異なることが明らかにされた。オーストラリア・西オーストラリア大学のDavid G. Bruce氏らが、Fremantle Diabetes Study Phase IIの被験者について、分析を行い報告した。結果を踏まえて著者は、「時間的パターンに留意することで、2型糖尿病患者におけるうつ病の、病因、診断や治療の研究を前進させることに結びつくだろう」と結論している。PLoS One誌2013年12月号の掲載報告。 研究グループは、住民ベースの観察研究Fremantle Diabetes Study Phase IIの2型糖尿病患者を対象とした。被験者は、うつ病(lifetime depression)の評価をBrief Lifetime Depression Scale(本研究のために開発・検証したスケール)を用いて受けており、最近のうつ症状(Patient Health Questionnaire-9;PHQ-9)と抗うつ薬の使用に関する情報も補足して分析した。 主な結果は以下のとおり。・評価は、患者1,391例(平均年齢65.7±11.6歳、男性51.9%)を4群に層別化して行った。第1群「非うつ病群」58.7%、第2群「糖尿病診断前にうつ病を診断されていた群」20.8%、第3群「うつ病と糖尿病を2年以内に診断されていた群」6.0%、第4群「糖尿病診断後にうつ病を診断された群」14.5%であった。・第2群「糖尿病診断前うつ病診断群」のうつ病診断時期は、中央値15.6年前で発症時の年齢は37.2±14.7歳であった。・この第2群の患者の臨床的特徴は、セルフケア行動の減退、症候性末梢動脈疾患が多くみられることを除いて、非うつ病患者と類似していた。・第4群「糖尿病診断後うつ病診断群」のうつ病診断時期は、中央値9.9年後で発症時の年齢は59.8±13.0歳であった。・この第4群の患者の糖尿病罹患期間は長く、血糖コントロールが不良で、より強化された治療を受けており、糖尿病性合併症を多く有していた。・また第4群は第2群患者よりも現在うつ病を有している患者が多く、しかし抗うつ薬を投与されている患者は少ない傾向がみられた。・以上のように、うつ病と2型糖尿病の臨床像は、それらの時間的関係性によってさまざまであることが示された。これらの知見は、糖尿病患者におけるうつ病の発症には複数のパターンがあり、それが診断と治療において重要な意味を持つことが示唆された。関連医療ニュース SSRI、インスリン抵抗性から糖尿病への移行を加速! 「糖尿病+うつ病」に対する抗うつ薬の有効性は“中程度” 抗精神病薬性の糖尿病、その機序とは

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乳がん手術のインフォームドコンセント

癌・腫瘍最終判決平成15年3月14日 東京地方裁判所 判決概要乳がんの疑いでがんセンターを受診した48歳女性。生検目的で約2cmの腫瘤を摘出したところ、異型を伴う乳頭部腺腫と診断された。病理医からは、「明らかに悪性とは言い切れないが異型を伴う病変であり、断端陽性のため完全に取り切ることが望ましい」というアドバイスがあったので、単純乳房切除術を施行した。ところが、切らなくてもよい乳房を切除されたということで、医事紛争に発展した。詳細な経過患者情報48歳の既婚女性、ご主人が内科医経過昭和61年6月12日左鼻出血が続き、近医で上顎洞がんの疑いと診断された。6月20日夫(内科医)の紹介でがんセンターを受診し、がんではなく上顎洞炎であると診断され手術を免れた(その後がんセンター専門医の診断能力を強く信頼するようになる)。平成4年4月20日右乳頭から黄色分泌物、乳頭部の変形、しこりに気付く。4月23日近医を受診して、乳がんの疑いがあるといわれた。5月6日がんセンター受診。右乳頭部上方に1.8×1.2cmの腫瘤、右乳頭部より黄色分泌物を認め、乳管内がん(乳頭腫)の疑いで細胞診検査を施行したが、がんは陰性であった。5月13日マンモグラフィー:乳がんまたは乳頭腫乳腺超音波検査:乳管内乳頭腫5月25日右乳頭の真上を水平に約28mm切開して腫瘤を摘出。病理診断:「組織学的には著しい乳頭状増殖を示す異型的な乳管上皮の増加からなる。それらの中には筋上皮細胞を伴い二層性構造を示す部もあるが、そのような所見が不明瞭な部もある。そのような部では個々の乳管上皮細胞の異型性は一段と強くなっており、やや大型の核を有す。ただし核質は微細であり、核小体も小型のものが多い。病変自体の硬い変化もある。かなり異型性の強い病変であるが、その発生部位も考慮に入れると乳頭部腺腫がもっとも考えられる。断端に病変が露出し、明らかに悪性とは言い切れないが異型を伴う病変であり、完全に取り切ることが望ましい」との所見から、「右乳房の異型を伴った乳頭部腺腫」と診断。6月5日患者への説明:悪性とは言い切れないが異型を伴う病変であり、切除断端が陽性であること、病名は異型を伴う乳頭部腺腫であること、経過観察をした場合相当数の浸潤性がんが認められること、小範囲の部分切除を行ったとしても乳頭・乳輪を大きく損傷し、病変の再遺残の可能性があることから、単純乳房切除術が望ましいと説明した(しかし診療録には説明の記載なし)。患者:「がんではないのだから悪いところだけを部分的に取ればよいのではないですか」医師:「部分的に取ると跡が噴火口のようになり、そのような中途半端な手術はできない」として単純乳房切除術を勧めた。6月11日手術目的で入院。6月12日夫である内科医が、病理診断が悪性であるかどうかの確認を求めたところ、「悪性と考えてよい」、「完全に取り切れば治癒するが残しておけば命にかかわる」と答えた。手術の立会を申し入れたが担当医師は拒否。6月22日病状については境界領域という説明を受けただけで、その具体的内容は理解できなかったこと、同室の患者が術後苦しそうにしているのをみたことから不安になり、手術の延期を申し出た。医師:「構いませんよ。こちらは何も損はしませんからね。そちらが損をするだけですからね」看護師:「手術の予定が決まっていたのだから医師が立腹するのもやむを得ないですよ」といわれ、そのまま帰宅した。6月26日外来を受診して病状の確認とその後の指示を求めたが、同医師は答えず、内科医である夫を連れてくるよう指示した。6月29日内科医の夫がナースセンターの前で面談したが、「2~3ヵ月先に予約を入れておいてください」とだけ述べてそのまま立ち去ったので、担当医師の応対および病状などについて詳しい説明をしない態度に不信を抱き、患者に転院を勧めた。7月3日なおも不安になった患者は再度診察を希望。患者:「境界領域の意味を教えてください。2~3ヵ月後の予約で手遅れになりませんか」医師:「あんたのはたちが悪い。再発するとがんになって危険ですよ。飛ぶかもしれませんよ」などと述べ、病状や予後について詳しい説明はしなかった。患者は自身の病気がいつ転移するかもわからないものであり、早急に手術を受けなければ手遅れになると考えて、がんセンターで手術を受けることを決意し、入院を予約した。7月17日再入院。7月23日担当医師は病室を訪れ、「一応形式ですから」と告げて、「手術名:右乳房切除術」「このたび上記の手術を受けるにあたり、その内容、予後などについて担当の医師から詳細な説明を受け、了解しましたので、その実施に同意いたします」と記載された手術同意書をベッドの上に置いて立ち去る。患者は手術の詳細な説明は受けていなかったものの、手術前に詳細な説明があるはずで命にかかわることは医師に任せるしかないと考えて、承諾書に署名捺印した。7月27日手術当日、切除部分および切除後の傷の大きさがよくわからなかったので病室を訪れた担当医師に質問したが、無言のまま両手で20~30cm位の幅を示しただけで退室した。当日、単純乳房切除術を施行。病理所見:「乳頭部腺腫の遺残を認めず、乳腺組織にはアクポリン腺、盲端腺増生症および導管内乳頭腫症といった病変が散見される」との所見から「線維性のう胞性疾患」と診断。7月29日ドレーンを抜去。8月3日退院。8月12日全抜糸施行。患者と夫の内科医に、病理検査の結果遺残はないこと、今回の治療は終了したこと、残存した左乳房について年に1回か半年に1回検査すればよいことを説明した。患者は手術後、精神的に落ち込む日が続き、手術創の突っ張り感、乳房を喪失したことにより左右の均衡が取れない不快感、物を背負ったりシートベルトを着用した際の痛みを感じるようになった。また、温泉などの公衆浴場に入ったり、病院で上半身の診察や検査を受けることがためらわれるようになり、薄い服を着る際には容姿を整えるための下着およびパッドを入れなければならなくなった。10月27日乳がんの患者団体「あけぼの会」から乳がんに関する知識を得て、乳房再建手術を考えるようになり別病院を受診。がんセンターからの入院証明書(診断書)や病変の標本を取り寄せることによって、ますますがんセンターに不信感をいだき、提訴を決意した。当事者の主張単純乳房切除術は過大な措置であったか患者側(原告)の主張乳頭部腺腫は前がん状態ではない良性腫瘍であり、がん化の報告はきわめて少なく、がんとの関連性はないとされ、切除後の再発、転移の報告もみられない。そのため身体に対する侵襲は必要最小限度にとどめるべき基本的な注意義務があったのに、必要もない侵襲の大きな単純乳房切除術を採用したのは明らかな過失である。病院側(被告)の主張一般に乳頭部腺腫とは、乳頭内または乳輪直下乳管内に生ずる乳頭状ないし充実性の腺腫であり、良性の場合と、がんと断定できないが異型(悪性と良性との境界領域)に属する場合がある。本件では生検の結果、異型性が強く悪性に近い病変で切除断端に露出し取り残しの可能性があったため、病変部などの切除が必要不可欠であった。そして、摘出生検後は、病変の遺残の程度は推定できず、適切な切除範囲を設定することは不可能であるから、乳頭・乳輪を含む広範囲切除である単純乳房切除術によらざるを得なかった。説明義務違反があったかどうか患者側(原告)の主張担当医師は手術の前後にはっきりとした診断名、「境界領域」の意味、病気の内容、治療方法についての内容、危険性、治療を回避した場合の予後などについて一切説明しなかったのみならず、「再発したらがんになる、飛ぶ」などの誤った説明をし、患者の自己決定権が侵害されたことは明らかである。病院側(被告)の主張担当医師は患者と内科医の夫に対し、手術前に検査結果や正確な病名、手術方法などについて十分に説明し、患者の選択、同意を得たうえで単純乳房切除術を施行した。このような十分な説明がありながらも、1回目の入院で手術を取りやめ、ほかの病院あての紹介状の発行を依頼、受領し、積極的にセカンドオピニオンを求めて行動していることや、2回目の入院から手術までの10日間、複数の看護師に対し自分の意思によって手術を受ける決断をしたという意向を複数回表明していることからみても、担当医師の説明に過失はない。裁判所の判断単純乳房切除術は過大な措置であったか乳頭部腺腫は、一般に前がん状態ではない良性腫瘍とされているので、病変部ががん化する可能性は高かったとはいえないが、乳頭部腺腫とがんとの因果関係についてはいまだ不明な点が多く、病変部ががん化する可能性をまったく否定することはできない。そして、患者の腫瘤は乳頭、乳輪の近くに存在し、しかも生検後病変部が断端に露出していたため、乳管内に造影剤を注入することは困難で遺残腫瘍がどの範囲で広がっているかを特定することは不可能であった。そのため、残存腫瘍ががん化する可能性を必ずしも否定できないこと、遺残腫瘍の広がりの範囲を特定できないことから、がん化の危険を避けるために残存腫瘍を完全に除去する方法として、単純乳房切除術を実施したことに過失はない。説明義務違反があったかどうか単純乳房切除術は、女性を象徴する乳房を切除することにより身体的障害を来すばかりか、外観上の変ぼうによる精神面・心理面への著しい影響ももたらし、患者自身の生き方や人生の根幹に関係する生活の質にもかかわるものであるから、手術の緊急性がない限り、手術を受けるか否かについて熟慮し判断する機会を与える義務がある。患者にとっては、「がんではないのに単純乳房切除術が必要である」という医師の診断は理解困難なものであった。さらに、生検において摘出した部位を中心に部分切除にとどめることも不相当な処置とはいえず、腫瘍の一部を残す危険と一部でも乳房を残す利益とを比較衡量し、単純乳房切除術を受けるか部分切除にとどめるか、患者に選択させる余地があった。しかし担当医師は、「悪性と良性の境界領域」という程度の説明に終始し、部分切除の可能性を断定的に否定したうえで、「そちらが損をするだけですからね」「再発するとがんになりますよ」「飛ぶかもしれませんよ」などと危険性をことさらに強調し、不安をあおるような発言をした。そのためただちに単純乳房切除術を受けなければ生命にかかわると思い込み、病状や治療方針について理解し熟慮したいという希望を断念し、納得しないまま単純乳房切除術を受けた。このような対応は、単純乳房切除術を受けるか否かを熟慮し選択する機会を一切与えず、結果的に医師の診断を受け入れるよう心理的な強制を与えたもので、診療契約上の説明義務違反が認められる。原告側2,413万円の請求に対し、120万円の判決考察先生方は「ドクターハラスメント(通称ドクハラ)」という言葉を聞いたことがありますでしょうか。最近では、新聞でも取り上げられていますし、ドクハラの書籍(ドクターハラスメント 許せない!患者を傷つける医師のひと言)までもが、書店に並ぶようになりました。普段の患者さんとの対話で、こちらはそれほどきつい言葉とは思っていなくても、受け取る患者の方は筆舌に尽くしがたいダメージととらえるケースがあるようです。今回の症例をふりかえると、乳がん疑いで生検を行った48歳の女性の病理診断で、異型を伴う乳頭部腺腫が疑われ、切除断端に病巣が露出していたので完全切除を目指し、単純乳房切除術を施行しました。裁判では、このような治療方針自体は過失でないと認定しましたが、問題は術前術後のインフォームドコンセントにありました。つまり、患者との信頼関係が破綻した状態で手術となってしまい、間違ったことはしなかったけれども、説明義務違反という物差しを当てられて敗訴した、というケースではないかと思います。多くの先生方にも経験があると思いますが、真摯な態度で患者を診察し、自らがこれまでに培ってきた最大限の知識を提供したうえで、その時点で考えられる最良の治療を提案したにもかかわらず、患者の同意が得られないということもあり得ると思います。そのような場合、どのような対応をとりますでしょうか。まあしょうがないか、そのような考え方もあるので仕方がないなあ、と割り切ることができればよいのですが、つい、自らが提案した治療方針が受け入れられないと、不用意な発言をしたくなる気持ちも十分に理解できると思います。今回の症例では、手術予定まで組んだ乳がん疑いの患者が、手術を土壇場でキャンセルし、以下のような発言をしてしまいました。「そちらが損をするだけですからね」「再発するとがんになりますよ」「飛ぶかもしれませんよ」あとから振り返ると、このような言葉はなるべくするべきではなかったと判断できると思います。しかし、きわめて多忙な診療場面で、入院予約、検査のアレンジ、手術室の手配など、患者のためを思って効率的にこなしてきたのに、最後の最後で患者から手術を拒否されてしまうと、このような発言をしたくなる気持ちも十分に理解できます。そのことは看護師にもよく伝わっていて、「手術の予定が決まっていたのだから医師が立腹するのもやむを得ないですよ」という援護射撃とも思える発言がありました。しかし、こうして不毛な医事紛争へ発展してしまうと、ちょっとした一言を巡って膨大な時間が忙殺される結果となってしまいます。ましてや、間違った医療行為はしていないのに、インフォームドコンセントも自分としては十分と考えていたにもかかわらず、「説明義務違反」などといわれるのは到底納得できないのではないでしょうか。本件でも結局のところは、「言った言わない」という次元の争いごとになってしまい、そのような細かいことまで診療録に記載しなかった医師側が、何らかの形で賠償責任を負うという結末を迎えました。このような医事紛争を避けるためには、不用意な発言はなるべく避けるとともに、患者に説明した内容はできるだけ診療録に残すようにするといった配慮が望まれると思います。癌・腫瘍

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「メディカルインタビューのブラッシュアップ」セミナー開催のお知らせ

 女性医師の復帰支援を行っている東京女子医科大学 女性医師再教育センター(センター長:川上 順子氏)は、2014年2月2日(日)に「メディカルインタビューのブラッシュアップ~自分に合った患者コミュニケーションスキルを見つけよう! ~」を開催する。 このセミナーは、休職中の女性医師のみでなく、現在勤務している医師、医療従事者、医学生など職種・性別を問わず役立てられる内容となっており、患者コミュニケーション能力の向上、ひいては地域医療への貢献を目的としている。今回、共通の一人の患者に対し3名のベテラン医師がメディカルインタビューを行い、その際どのようなProblem listsを念頭に、どのようなコミュニケーションスキルで、いかに診察を構成していったかを当人が事後的に解説し、診察におけるコミュニケーションの意味を討議する。医師によって、患者への問診内容や説明方法などが異なるため、当日はそれぞれのメディカルインタビューを比較し、医師側と患者側からのポイントを明らかにする。■「メディカルインタビューのブラッシュアップ」の概要は次のとおり日時 2014年2月2日(日) 13:00~16:30(受付開始 12:30~)会場 東京女子医科大学総合外来センター5階 大会議室費用 無料。託児ご希望の方はご連絡ください(無料/先着順)。対象 性別、職種を問わず、どなたでもご参加可能申し込み方法 女性医師再教育センター ホームページの申し込みフォーム、または電話にて申し込み(ホームページURLおよび電話番号は文末に記載)。内容概略 【メディカルインタビュー 1】   手稲渓仁会病院 総合内科・感染症科 医長 岸田 直樹 氏 【メディカルインタビュー 2】  あさお診療所 所長 西村 真紀 氏 【メディカルインタビュー 3】  千葉県立東金病院 院長 平井 愛山 氏 【患者側から見たメディカルインタビュー】  NPO法人ささえあい医療人権センターCOML 理事長 山口 育子 氏 【総合討論】■詳しくは、女性医師再教育センター事務局まで。TEL 03-5369-8685(直通) FAX 03-5369-8687メールアドレス saikyouiku.bm@twmu.ac.jpホームページ http://www.twmu.ac.jp/CECWD/index.html

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ENGAGE-TIMI48:負けない賭けは成功か?(コメンテーター:後藤 信哉 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(154)より-

新規経口抗凝固薬が相次いで開発された。非弁膜症性心房細動に対して、脳卒中予防に使うべきだという。過去のエビデンスがPT-INR 2-3を標的としたワルファリンの優れた効果を示しているので、新薬は「PT-INR 2-3を標的としたワルファリン治療」と比較して論じられる。 ENGAGE-TIMI48では、日本の第一三共が開発したエドキサバンと「PT-INR 2-3を標的としたワルファリン治療」の有効性、安全性が検証された。しかし、莫大な開発費を投じて、万一認可承認を得られなければ会社は存続できない。ランダム化比較試験は企業にとって死活をかけた「賭け」である。 一般に日本企業では雇用も安定しており、ドラマティックなレイオフもできない。認可承認を目指す第三相試験は「賭け」であるが、勝ちにいく賭けよりも負けない賭けが重視されるのは日本の文化として理解できる。ENGAGE-TIMI48は「負けない賭け」を目指した。すなわち、「PT-INR 2-3を標的としたワルファリン治療」とエドキサバンの比較ではなく、「PT-INR 2-3を標的としたワルファリン治療」と「複雑に容量を調節した、複数容量のエドキサバン」の比較を行なった。臨床的仮説は複雑で、試験結果の解釈も難しい。兵力を小出しにしているので、沢山試した容量の中に勝つ部隊もいるだろうという発想である。 一般に兵力を小出しにする「負けない賭け」は、死活を決める決戦の戦略としてまちがっているのが歴史の教訓である。厳しいグローバル競争の中では持てるリソースを全力投球して真の勝負しなければならない時がある。規制当局は60mgと30mgのいずれを承認するのであろうか?職人的で安全重視の日本人医師は15mgを選択するかも知れないが、第三相試験は意味のある情報を与えてくれない。 これまで抗Xa薬は抗トロンビン薬と異なり、心筋梗塞は「PT-INR 2-3を標的としたワルファリン治療」よりも少ない傾向であった。今回初めて低容量のエドキサバンでは心筋梗塞増加のシグナルを認めた。全体像は複雑で、試験の結果の意味の解釈は困難、臨床医へのメッセージを作ることも容易ではない。5mgの1容量で勝負したアピキサバンの試験より全てがあいまいである。 日本人としては世界競争における日本企業の勝利を支えたい。しかし、複数の容量にて、さらに各容量で試験中途の容量調節を認めた試験は複雑すぎる。さらに、本試験ではCHADS2 2点以上の症例が対象となっている。しかし、論文中のカプランマイヤー曲線を見れば、安全性の一次エンドポイントの発現率が有効性の一次エンドポイントの発現率よりも高い。すなわち、CHADS2 2点以上という患者集団全体では、抗凝固療法による損(出血イベント)の方が血栓イベントよりも発現率が高い。 心房細動という不整脈はあっても、とくに血栓イベントを起こした既往のない症例に、本当に抗凝固介入を行なう方がよいのか?安全性、有効性、経済性まで考えて、年間100人に2~3人の重篤な出血イベントを起こす介入が、本当に医療として望ましいのか? 「負けない賭け」ENGAGE-TIMI48では、有効性の非劣性も、低容量では非劣性マージンのぎりぎりであった。試験を重ねれば重ねるほど、多少のリスク因子のある非弁膜症心房細動には抗凝固介入は不要と見えてしまうのは私だけだろうか?

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帝王切開術後のMRSA感染症で重度後遺障害が残存したケース

産科・婦人科最終判決平成15年10月7日 東京地方裁判所 判決概要妊娠26週、双胎および頸管無力症、高位破水と診断されて大学病院産婦人科へ入院となった25歳女性。感染兆候がみられたため抗菌薬の投与下に、妊娠28週で帝王切開施行。術後39℃以上の発熱があり抗菌薬を変更したが、術後5日目に容態が急変し、集中治療室へ搬送し気管内挿管を行った。羊水の培養検査でMRSA(+)のためアルベカシン(商品名:ハベカシン)を開始したものの、術後6日目に心肺停止、MRSA感染症による多臓器不全と診断された。バンコマイシン®投与を含む集中治療によって全身状態は改善したが、低酸素脳症から寝たきり状態となった。詳細な経過患者情報25歳女性、2回目の妊娠、某大学病院産婦人科に通院経過平成8年6月19日妊娠26週検診で双胎および頸管無力症と診断され同日入院となる。高位破水、子宮収縮がみられ、CRP上昇、白血球増加などの所見から子宮内細菌感染を疑う。6月20日羊水移行性の高い抗菌薬セフォタキシム(同:セフォタックス)を開始。6月28日頸管無力症で子宮口が開大したため、シロッカー頸管縫縮術施行。6月30日感染徴候の悪化を認め、原因菌を同定しないままセフォタックス®をイミペネム・シラスタチン(同:チエナム)に変更(帝王切開が行われた7月12日まで)。7月1日子宮口からカテーテルを挿入して羊水を採取し細菌培養検査を行うが、このときはMRSA(-)。7月10日体温36.5℃、脈拍84回/分、白血球12,300、CRP 0.3以下膣内に貯留していた羊水を含む分泌物を細菌培養検査へ提出。7月11日(木)脈拍102回/分、CRP 0.9。7月12日(金)緊急帝王切開手術施行。検査室では7月10日に提出した検体の細菌分離、純培養を終了。白血球10,800、脈拍96回/分、CRP 0.7、体温37.3~38.3℃。術後にチエナム®からアスポキシシリン(同:ドイル)に変更(7月12日~7月15日まで)。第3世代セフェム系抗菌薬であるセフォタックス®やチエナム®などかなり強い抗菌薬の使用をやめて、ドイル®を使用し感染状態の変化を見きわめることを目的とした。7月13日(土)病院休診日(検査室は当直体制)。脈拍80回/分、体温36.5~37.6℃、顔面紅潮あり。7月14日(日)検査室では菌の同定・感受性検査施行。前日には部分的であった発疹が全身へ拡大、白血球20,600、CRP 24.1へと急上昇。BUN 24.8mg/dL、Cr 1.3mg/dLと腎機能の軽度低下。発疹および発熱は抗菌薬によるアレルギーを疑い、ドイル®を中止してホスホマイシン(同:ホスミシン)、チエナム®、セフジニル(同:セフゾン)に変更。血液培養では陰性。このときは普通に話ができる状態であった。7月15日(月)検査室では夕刻の段階でMRSAを確認し感受性テストも終了。白血球24,000、CRP 24、血小板73,000、DICを疑いガベキサートメシル(同:エフオーワイ)投与開始。夜の段階で羊水の細菌培養検査結果が病棟に届くが、担当医には知らされなかった。7月17日(水)白血球34,600、CRP 30.4、血圧80/40mmHg、体温37.7~37.9℃、朝から換気不全、意識レベルの低下などがみられARDSと診断し、気管内挿管などを行いつつICUに入室。この直前に羊水細菌培養検査でMRSA(+)を知り、ARDSはMRSAによる感染症(敗血症)に伴うものと考え、パニペネム・ベタミプロン(同:カルベニン)、免疫グロブリン、MRSAに対しハベカシン®を投与。AST、ALT、LDH、アミラーゼ、BUN、Crなどの上昇が認められMOFと診断。7月18日03:00突然心停止となり、ただちに心肺蘇生を開始して心拍は再開した。ところが低酸素脳症による昏睡状態へと陥る。白血球31,700、CRP 1509:30ハベカシン®に代えてバンコマイシン®の投与を開始。8月5日腹部CTでダグラス窩に膿瘍形成。8月6日切開排膿ドレナージを施行。その後感染症状は軽快。8月23日MRSAは完全に消滅。平成9年1月18日症状固定:言葉を発することはなく、意思の疎通はできず、排便・排尿はオムツ管理で、常時要介護の状態となる。当事者の主張患者側(原告)の主張7月14日に39℃に近い高熱と悪寒、脈拍も86回/分、全身に細菌感染徴候がみられたので、遅くとも7月15日(月)には羊水の細菌培養検査を問い合わせるか、急がせる義務があり、遅くとも7月16日(火)正午までには感受性判定の結果が得られ、その段階から抗MRSA薬バンコマイシン®を早期に適量投与することができたはずである。ところがバンコマイシン®の投与を開始したのは7月18日午前9:30と2日も遅れた。もっとも早くて7月14日、遅くて7月16日夕刻までにMRSA感染症治療としてバンコマイシン®の投与を開始していれば、7月18日の心停止を回避できた可能性は十二分にある。病院側(被告)の主張出産の2週間前から破水した長期破水例のため、感染症のことは当然念頭にあり、毎日CRP、白血球数を検査し、帝王切開手術後も引き続き感染症を念頭において対応していた。しかし、急激に容態が悪くなったのは7月16日の夜からである。患者側は7月10日に採取した羊水の細菌培養検査結果の報告を急がせるべきであったと主張するが、7月16日午後6:30の呼吸苦出現までは感染症はそれほど重症ではなく、検査結果を急がせるような状況にはない。細菌培養の検体提出後、菌の同定、感受性の試験まで行うには5日間は要するが、本件では7月13日、7月14日と土日の当直体制であったため、結果的に報告まで7日かかったことはやむを得ない。担当医は7月16日夜に病棟に届いていた羊水の細菌培養検査結果MRSA(+)を、翌7月17日朝に知ったが、その時点でうっ血性心不全、意識低下と病態急変し、ICU(集中治療室)への収容、気管内挿管、人工換気などに忙殺された。そして、同日午後5:00に抗MRSA薬ハベカシン®を投与し、さらに翌18日からはバンコマイシン®を投与した。したがって、MRSAに対する薬剤投与が遅れたということはない。MRSAを知ってからハベカシン®を投与するまでの約6時間は緊迫した全身状態への対応に追われていた。仮に羊水培養検査結果の報告が届いた7月16日夜にハベカシン®またはバンコマイシン®を投与したとしても、すでにDIC、ARDSがみられ、MOFが進行している病態の下で、薬効の発現に2日ないし4日を要するとされていることを考えると、その後の病態を改善できたかは不明で心停止を回避することはできなかった。裁判所の判断被告病院における細菌培養の検査体制について羊水を分離培養するために要した時間は48時間。自動細菌検査システムVITEK® SYSTEMによれば、MRSA(グラム陽性菌=GpC)の同定に要する時間は4~18時間、感受性試験に要する時間は3~10時間、検査の結果が判明するのに通常要する期間は5日程度であった。被告病院では検査結果が判明したら、検査伝票が検査部にある各科のボックスに入れられ、各科の看護補助員が随時回収し、各科の病棟事務員に渡し、病棟事務員から各担当医師に渡されるという方法がとられている。院内感染対策委員会において策定したMRSA院内感染予防対策マニュアルによれば、MRSA陽性の患者が発生した場合、検査部は主治医へ連絡する、主治医および婦長は関係する職員に情報を伝達するものとされていた。ARDS、DIC、MOFに陥った原因、時期について7月14日(日)には39.8℃、翌7月15日(月)にも39℃の発熱、脈拍数120回/分とSIRSの基準4項目のうち2項目以上を満たし、白血球20,600、CRP 24.1などの所見から、7月15日午前9:00の段階でSIRS、セプシス(敗血症)の状態にあった。原因菌として、7月10日に採取した羊水の細菌培養検査、7月12日の帝王切開手術当日に採取された咽頭、便、胎脂からもMRSAが検出されていること、入院後から帝王切開手術までの間、スペクトラムが広く、抗菌力の強い抗菌薬チエナム®やセフォタックス®が継続使用され、菌交代現象が生じる可能性があったこと、抗菌薬ドイル®、チエナム®が無効であったことなどから、セプシスの原因菌はMRSAである。MRSA感染症治療としてバンコマイシン®をどの時点で投与する義務があったか細菌培養に提出された羊水の検体は、7月10日(水)に採取され、7月12日(金)の午後には分離培養は完了、7月15日(月)に細菌同定、感受性検査を開始、7月16日夕刻にはその結果を報告し合計7日間を要した。細菌検査の結果が判明するのに通常の5日ではなく7日も要したのは、被告病院において土曜・日曜が休診日であったという、人の生命・身体に関する医療とはまったく次元を異にする偶然的な事情によるものであった。一方術後患者は、ショック症状やMOFを経て死亡する場合もあり、早期治療を開始すればするほど治療効果は高くなり、通常の黄色ブドウ球菌感染の治療中に抗菌薬が効かなくなってきた場合は、MRSAと診断される前でも有効な抗菌薬に変更する必要がある。被告病院は高度医療の推進を標榜し、これを期待される医科系総合大学の附属病院であり、病院としてMRSA感染症対策を行っていた。仮に菌の同定を7月13日の作業開始時間である午前9:00から開始したとしても、遅くとも、細菌の同定その後の感受性の判定結果を、その28時間後の7月14日(日)午後1:00には培養検査結果を終了させておく義務があった。その結果、各科の看護補助員が出勤しているはずの7月15日(月)午前9:00頃には細菌培養検査結果の伝票を看護補助員が回収し各科の病棟事務員に渡され、担当医は遅くとも7月15日(月)午前中にはMRSA感染症を知り得たはずである。そして、MRSA感染症治療として被告病院が投与すべきであった抗菌薬は、各種感受性検査からバンコマイシン®であったので、遅くとも7月15日午後7:00頃にはバンコマイシン®を投与する義務があった。ところが、被告病院が実際にバンコマイシン®を投与したのは7月18日午前9:30であり大幅に遅れた。重症敗血症の時点でバンコマイシン®を投与した場合と敗血症性ショックを生じた後にバンコマイシン®を投与した場合について比較すると、重症敗血症の場合の死亡率は約10~20%にとどまるのに対し、敗血症性ショックの場合のそれは約46~60%と、その死亡率は高い。7月15日午後7:00頃の時点では、MRSAを原因菌とするセプシスあるいはそれに引き続いて敗血症に陥っているにとどまっている段階であり、まだ敗血症性ショックには至っていなかったので、遅くとも7月15日午後7:00頃バンコマイシン®を投与していれば、ARDSやDICを発症し、MOF状態となり、心停止により低酸素脳症に陥るという結果を回避することができた高度の蓋然性が認められる。原告側1億5,752万円(プラス死亡するまで1日介護料17,000円)の請求に対し、1億389万円(プラス死亡するまで1日介護料15,000円)の判決考察この判決は、われわれ医師にとってはきわめて不条理な内容であり、まさに唖然とする思いです。病態の進行が急激で治療が後手後手とはなりましたが、あとから振り返っても診療上の明らかな過失はみいだせないと思います。にもかかわらず、結果が悪かったというだけで、すべての責任を医師に押しつけたこの裁判官は、まるで時代のヒーローとでも思っているのでしょうか。この患者さんは出産の2週間前から破水した長期破水例であり、当然のことながら担当医師は感染症に対して慎重に対応し、初期から強力な抗菌薬を使用しました。にもかかわらず敗血症性ショックとなり、低酸素脳症から寝たきり状態となってしまったのは、大変残念ではあります。しかし、経過中にきちんと血液検査、細菌培養を行い、はっきりとした細菌は同定されなかったものの、さまざまな抗菌薬を投与するなど、その都度、そのときに考えられる最良の対応を行っていたことがわかります。けっして怠慢であったとか、大事な所見を見落としていたわけではありません。もう一度振り返ると、平成8年6月19日妊娠26週、高位破水。6月20日セフォタックス®開始。6月30日セフォタックス®をチエナム®に変更。7月1日羊水培養、MRSA(-)7月10日羊水培養提出。7月12日緊急帝王切開、チエナム®をドイル®に変更。7月13日休診日(検査室は当直体制)。7月14日休診日(検査室は当直体制)。 裁判所は検体提出の5日後、日曜日の13:00には感受性検査が終了できたであろうと認定。7月15日検査室で菌の同定・感受性検査施行。 抗菌薬のアレルギーを考えてドイル®を中止、ホスミシン®、チエナム®、セフゾン®に変更。 裁判所は7月15日の朝にはMRSA(+)がわかりバンコマイシン®投与可能と認定。7月16日夜にMRSA(+)の結果が病棟に届く。7月17日容態急変で集中治療室へ。羊水細菌培養検査でMRSA(+)を知り夕方からハベカシン®開始。7月18日ハベカシン®に代えてバンコマイシン®の投与を開始。われわれ医療従事者であれば、細菌培養にはある程度時間がかかることを知っていますから、結果が出次第、担当医師に連絡するように依頼はしても、培養の作業時間を短縮させたり、土日まで担当者を呼び出して感受性検査を急ぐことなどしないと思います。ましてや、土日の当直検査技師は緊急を要する血液検査、尿検査、髄液検査、輸血のクロスマッチなどに追われ、しかもすべての検査技師が培養検査に習熟しているわけでもありません。ここに裁判官の大きな誤解があり、培養検査というのを細菌感染症に対する万能かつ唯一無二の手段と考えて、土日であろうとも培養結果を出すため対応すべきものと勝手に思いこみ、「細菌検査の結果が判明するのに通常の5日ではなく7日も要したのは、被告病院において土曜・日曜が休診日であったという、人の生命・身体に関する医療とはまったく次元を異にする偶然的な事情によるものでけしからん」という判決文を書きました。たしかに、培養検査は治療上きわめて重要であるのはいうまでもありませんが、抗菌薬使用下では細菌が生えてこないことも多く、原因菌不明のまま抗菌薬を投与することもしばしばあります。ここで裁判官はさらに無謀なことを判決文に書いています。「術後患者は、ショック症状やMOFを経て死亡する場合もあり、早期治療を開始すればするほど治療効果は高くなり、通常の黄色ブドウ球菌感染の治療中に抗菌薬が効かなくなってきた場合は、MRSAと診断される前でも有効な抗菌薬に変更する必要がある!」と明言しています。この意味するところは、通常の抗菌薬を使っても発熱が続く患者には予防的にMRSAに効く抗菌薬を使え、ということでしょうか?今回の症例はMRSAが判明するまでは、細菌感染が疑われるものの発熱原因が特定されない、いわば「不明熱」であって、けっして「通常の黄色ブドウ球菌感染の治療中」ではありませんでした。そのため担当医師は抗菌薬(ドイル®)によるアレルギーも考えて抗菌薬を別のものに変更しています。このような不明熱のケースに、予防的にバンコマイシン®を投与しなければならないというのは、結果を知ったあとだからこそいえる行き過ぎの考え方だと思います。ところが「公平な判断を下す」はずの裁判官たちは、ほかにも多数の裁判事例を抱えて多忙らしく、誤解や勉強不足による間違った判決文を書いても、あとから非難を受ける立場には置かれません。そのため、結果責任は医師に押しつければよいという、「一歩踏み込んだ判断」を自負する傾向が非常に強くなっていると思います。残念ながら、このような由々しき風潮を改善するのは非常に難しく、われわれにできることは自己防衛的な対策を講じることくらいでしょう。今回のように、土日をはさんだ細菌培養検査にはどうしても結果が出るまでに時間がかかります。この点はやむを得ないのですが、被告病院の感染症対策マニュアルにも書いてあるとおり、「MRSA(+)の患者が発生した場合、検査部は主治医へ連絡する、主治医および婦長は関係する職員に情報を伝達する」という原則を常に遵守することが大事だと思います。本件では、7月16日夕刻の段階でMRSA(+)が判明しましたが、検査部から担当医師へダイレクトな連絡はありませんでした。通常のルートに乗って、7月16日夜には検査結果を記した伝票が病棟まで届きましたが、その結果を担当医師が確認したのは翌朝11:00頃であり、12時間以上のロスがあったことになります。このような院内体制については改善の余地がありますので、スタッフ同士の院内コミュニケーションを十分にはかることがいかに重要であるか、改めて痛感させられるケースです。産科・婦人科

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やはり女の子にとってアトピーは大問題:健康関連QOLに及ぼす影響

 アトピー性皮膚炎を有する思春期前(9~12歳)の女児では、主観的健康感が損なわれている一方、男児ではその影響が見られなかったことが、スウェーデン・カロリンスカ環境医学研究所のNatalia Ballardini氏らにより調査、報告された。Acta dermato-venereologica誌オンライン版2013年10月24日掲載の報告。 試験の目的は、アトピー性皮膚炎が健康関連QOLに及ぼす影響を調査することであった。対象は、住民ベースの出生コホート研究「BAMSE」に登録された、思春期前の小児2,756人であった。すべての小児が主観的健康感に関する3つの質問に回答した。質問内容は、(1)気分はどうか、(2)自分自身をどのくらい健康だと思っているか、(3)今の自分の生活にどのくらい満足しているか、であった。また、アトピー性皮膚炎を有する小児は、小児皮膚疾患QOL評価尺度(CDLQI)にも回答した。 主な結果は以下のとおり。・アトピー性皮膚炎を有する小児は350例(12.7%)で、平均CDLQI値は3.98(95%信頼区間:3.37~4.58)であった。・アトピー性皮膚炎を有する女児では、主観的健康感が損なわれていた。3つの質問の補正後オッズ比はそれぞれ、(1)1.72(95%CI:1.16~2.55)、(2)1.89(95%CI:1.29~2.76)、(3)1.69(95%CI:1.18~2.42)であった。・一方で、アトピー性皮膚炎を有する男児では、主観的健康感への影響が見られなかった。 著者は、「思春期前の女児の20%近くがアトピー性皮膚炎に罹患するため、これらの結果は、医療提供者および社会全体にとっても意味がある」と述べている。

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点滴ヘパリンロックの際に間違えて消毒薬を注入したケース

整形外科最終判決平成16年1月30日 東京地方裁判所 判決概要関節リウマチによる左中指の疼痛・腫脹に対し、左中指滑膜切除手術を行った58歳女性。手術翌朝、術後の抗菌薬を点滴静注後、ライン内にヘパリンナトリウム生理食塩水を注入してヘパリンロックをしようとしたところ、間違えてヒビテン®・グルコネート液を注入し、まもなく急性肺血栓塞栓症で死亡した。遺族の了解を得て病理解剖を行ったが、所轄警察署への届出が死亡から11日後となってしまい、病院長は医師法第21条違反で実刑判決を受け、主治医は3ヵ月の医業停止処分となった。詳細な経過患者情報約20年前から、関節リウマチ、高血圧で通院治療を受けていた58歳女性経過平成11(1999)年1月8日左中指の疼痛および腫脹が増強したため、都立病院整形外科を受診。関節リウマチによる滑膜病変と考え、左中指滑膜切除手術が予定された。2月8日入院、全身状態は問題なし。2月10日左中指滑膜切除手術施行(手術時間1時間24分)。術後経過は良好で、10日程度で退院できる予定であった。2月11日08:15看護師Aがヘパリンナトリウム生理食塩水(以下ヘパ生)10mL入り注射器(注射筒部分に「ヘパ生」と黒色マジックで記載)を保冷庫から取り出して処置台に置く。その直後、看護師Aが洗浄用のヒビテン®・グルコネート液(以下ヒビグル)を新しい10mLの注射器に入れ、ヘパ生入り注射器と並べて処置台に置いた。このときメモ用紙に黒色マジックで「○○様洗浄用ヒビグル」と手書きし、処置台に置かれた2本の注射器のうちの1本に貼り付けた(実際にはヘパ生入り注射器にヒビグルと書いた手書きメモを貼り付けてしまった)。08:30看護師Aが術後の抗菌薬アンピシリン(商品名:ビクシリン)を点滴するため訪室。抗菌薬と点滴セット、アルコール綿に加えて、メモ用紙の貼られていない10mL注射器1本(実際には洗浄用ヒビグル入り注射器)を持参した。08:35抗菌薬の点滴を開始。09:00ナースコールあり、点滴終了。09:03看護師Bが点滴ラインにヘパ生を注入してヘパリンロックした。実はこのとき注入したのはヘパ生ではなくヒビグルであり、約1mLが体内に注入され、残り約9mLは点滴ライン内に残留した。09:05訪室した看護師Aに対し、「何だか気持ち悪くなってきた。胸が熱い気がする」といって苦痛を訴え、胸をさする動作をした。09:15顔面蒼白となり、「胸が苦しい。息苦しい。両手がしびれる」などと訴えたので、ただちに当直医師をコール。指示により既存の点滴ルート(ライン内にはヒビグルが充満)からソルデム3Aの点滴静注が開始された。血圧198/78mmHg、心電図V1で軽度ST上昇、V4で軽度ST低下がみられたが、不整脈なし。このとき看護師Aは処置室で「ヘパ生」と黒色マジックで書かれた注射器を発見し、ヘパリンロックの際に薬剤を取り違えたことに気づき、病室内の当直医師を手招きして呼び出し、「ヘパ生とヒビグルを間違えたかもしれない」と告げた。すでにソルデム3Aが点滴ラインにつながれ急速点滴された結果、点滴ライン内に残留していたヒビグル約9mL全量が体内に静注された。09:30突然意識レベル悪化、眼球上転、心肺停止状態。ただちに救急蘇生を開始。10:20主治医到着。心臓マッサージを行いながら、容態急変した前後の状況および看護師が薬剤を間違えて注入したかもしれないといっていることを聞かされた。蘇生の気配はまったくなし。10:44死亡確認。11:00遺族へ説明:抗菌薬点滴直後に容態が急変したことから、心筋梗塞または大動脈解離を起こした可能性があるが、死因は今のところ不明。その解明のために病理解剖の必要性を説く。遺族に誤投薬の可能性を聞かれたが、「わかりません」と答え、看護師による誤投薬の可能性を伝えないまま病理解剖の承諾書をとる。なお、蘇生措置から死後処置をしている間に、右腕血管部分に沿って血管が紫色に浮き出ているという異常な状態にスタッフは気づいていた。事後経過平成11年2月11日(死亡翌日)08:30病院の幹部職員9名(病院長、副院長、主治医、医事課長、庶務課長、看護部長、看護科長)による対策会議。看護師:「ヒビグルとヘパ生を間違えたかもしれない。それしか考えられない」と涙声になりながら、現場で回収した点滴チューブなどを使用しながら状況説明。主治医:「所見としては心筋梗塞の疑いがあります。病理解剖の承諾をすでに遺族からもらっています」事務長:「ミスは明確ですし、警察に届けるべきでしょう」病院長:「でも、主治医は心筋梗塞の疑いがあるといっているし」と非常に迷いながら優柔不断ともいえる態度を示す。副院長:「医師法の規定からしても、事故の疑いがあるのなら、届け出るべきでしょう」病院長:「警察に届け出るということは、大変なことだ」事務長:「やはり、仕方がないですね。警察に届け出ましょう」医療事故について警察に届け出ることにいったんは決定。その後都衛生局の幹部職員に電話で相談。衛生局:「本部に判断しろといわれても困るよな。病院が判断してくれなくちゃ。これまで都立病院から警察に事故の届出を出したことがない。すでに病理解剖の承諾はいただいているとのことだが、誤薬の可能性も含めてすべて事情を話して、その結果再度承諾が得られれば、その線でいったら良いのではないか。詳しい事情もわからないから、おれが今から病院へ行くから警察に届け出るのは待ってくれ」衛生局の幹部職員到着。病院長:「どうしてこれまで病院から届け出た例がないんだろう」衛生局:「病院自ら警察に届け出るということは、職員を売ることになるから、これまで例がないんじゃないですか」事務長:「どんな場合に警察に届け出るんですか。これまではどうだったのですか」衛生局:「過失が明白な場合に届けなければいけない。今まで都立病院自ら警察に届け出た例はありません。遺族から病理解剖の承諾をもらっているということですけれども、薬の取り違えの可能性もあるんなら、包み隠さずお話しないといけませんね。遺族が病院を信用できないというなら、警察に連絡して監察医務院で解剖する方法もあるということも説明してください。それでも遺族が病院での病理解剖を望まれるなら、それでいいじゃないですか。もし遺族が警察に届け出るというならそれはそれで仕方ないですね」副院長:「医師法の規定からしても、事故の疑いがあるのなら、届け出るべきでしょう」病院長:「警察に届け出るということは、大変なことだ」事務長:「やはり、仕方がないですね。警察に届け出ましょう」病院長、主治医は、「病院事業部としては誤投薬の可能性を遺族に話さずに済ませることは避けねばならない」としながらも、遺族の理解が得られるなどの事情により、医療事故を警察に届け出ることについては「可能であればできるだけ避けたい」という意向を読みとる。すなわち、衛生局は医療事故については警察への届出を必ずしもしなくとも良いという見解であると解釈した。病院長:「じゃ、それでいきましょうか。しょうがないでしょう」出席者全員に対し、それまでの方針を変更してとりあえず警察への届出をしないまま、遺族の承諾を得たうえで病理解剖を行う方針で臨むことを了承させ、対策会議は散会。11:50院長室において遺族と面談。病院長:「実はこれまで病死としてお話してきたのですが、看護師が薬を間違えて投与した事故の可能性があります」遺族:「間違いの可能性は高いのですか」病院長:「今は調査中としかいえない。病院が信用できないというのであれば、監察医務院やほかの病院で解剖してもらうという方法もありますが、どうしますか」決定的な確証はまだないのに、遺族に薬剤取り違えの可能性を伝えてくれたものと解釈して、ある意味では病院側が公平で誠実な対応をしてくれているものと受け止め、病院の医師らを信用できないというまでの気持ちはなかったため、遺族は当該病院で病理解剖することを承諾した。病院長:「改めて遺族に薬の取り違えの可能性を伝えたうえで、病院で病理解剖をすることの承諾を頂きました」衛生局:「病院自ら警察に届けると、ひいては職員を売ることになりますよね」病院長:「そうですよね」病理解剖:外表所見で右手根部に静脈ラインの痕があり、右手前腕の数本の皮静脈がその走行に沿って幅5~6mm前後の赤褐色の皮膚斑としてくっきりみえ、前腕、手背、上腕下部に及んでいるのが視認された。この赤色色素沈着は静脈注射による変化で、劇物を入れた時にできたものと判断し、解剖を担当した病理学の大学助教授(法医学の経験あり)は、警察または監察医務院に連絡することを提案した。ところが、病院長から「警察に届けなくても大丈夫です」という回答を得たので、病院幹部が監察医務院に問い合わせた結果、監察医務院のほうから後は面倒をみるから法医学に準じた解剖をやってくれとの趣旨の回答があったものと理解した。解剖の結果、右手前腕静脈血栓症および急性肺血栓塞栓のほか、遺体の血液がサラサラしていること(溶血状態:薬物が体内に入った可能性を示唆)が判明し、心筋梗塞や動脈解離症などを疑う所見はなく、病院長へポラロイド写真を持参して、右腕の血管から薬物が入った模様であること、90%以上の確率で事故死、それも薬物の誤注射によって死亡したことはほとんど間違いないと報告病院長は遺族へ、「肉眼的には心臓、脳などの主要臓器に異常が認められなかったこと、薬の取り違えの可能性が高くなったこと、今後は保存している血液、臓器などの残留薬物検査などの方法で必ず死因を究明すること」を伝えた。2月20日遺族の自宅を訪問し、それまでの経過、異常所見としては右上肢の血管走行に沿った異常着色を認めたこと、ヘパ生とヒビグルとを取り違えたため薬物ショックを起こした可能性が一層強まったといえることなどを報告。これに対し遺族は、事故であることを認めるように要求し、病院のほうから警察に届け出ないのであれば「自分で届け出る」と主張。それを受けて病院関係者と話し合った結果、医療事故を警察に届け出ることを決定した。2月22日衛生局長と面談して医療事故を警察に届け出る旨を報告。病院から誤投薬という過失があったことをはじめから認めるかたちでの届出ではなく、むしろ死因を特定して欲しいという相談を警察に対して行うかたちでの届出をするように指示を受け、所轄警察署に届け出た。3月5日組織学的検査の結果が判明:前腕静脈内および両肺動脈内に多数の新鮮凝固血栓の存在が確認され、前腕の皮静脈内の新鮮血栓が両肺の急性血栓塞栓症を起こしたと考えられた。心臓の冠動脈硬化はごく軽度(内腔の狭窄率は25%以下)であり、組織学的に冠動脈血栓や心筋梗塞は認められず、そのほかの臓器にも死因を説明できるような病変なし3月11日主治医は診断書の交付を求められたが、死因の記載を病死にするのか中毒死にするのか悩み、病院長に記載方法について相談。病院長は「困りましたね」といって、副院長らと死亡診断書の死因をどのように記載するかを話し合った。この時点では血液鑑定結果が出ていなかったので、死因の記載を「病死」としてもまったくの間違いとはいえず、むしろ入院患者の死因を不詳の死とするのはおかしいなどとの発言もあった。副院長の「病名がついているので病死でもいいんじゃないですか」とのコメントを受けて、病院長は「そういうことにしましょう」と決定。主治医は死亡診断書に、死因の種類「病死および自然死」、直接の死因「急性肺血栓塞栓症」、合併症欄に「関節リウマチ」などと記載した。これをみた病理医は、「死亡の種類」が病死とされていたため、病院長に「この病死はまずいんじゃないですか」と意見を述べたが、病院長は「昨日みんなで相談して決めたことだからこれでいいです」と答え、遺族からクレームがついたら「現時点での証明であることを説明するように」と指示した。5月31日血液からヒビグルに由来すると考えられる物質(クロルヘキシジン)がかなりの高濃度で検出されたという鑑定結果がでた。当事者の主張患者側(原告)の主張1.死亡自体に関する義務違反抗菌薬点滴終了後、点滴ライン内にヘパ生を注入するべきであったのに、誤って消毒液ヒビグルを注入されることにより死亡したものであるが、担当看護師は薬剤の準備に当たってその内容を取り違えたうえに、点滴後の処置に当たり投与する薬剤の確認を怠ったことは、看護師としての基本的注意義務に違反した結果であるさらに病院組織としても、薬剤の専門家でない看護師に調剤行為を行わせていたため、当該薬剤に応じた扱いを怠る可能性があった複数の人間が薬剤の準備から投与までの作業を分担して行っていたため、自分が担当する前後の作業内容をよく把握しないまま自分の作業を行う危険があった薬剤容器への記入方法が統一されていなかったため、注射器にメモ紙を貼り付けることにより充てんされている薬剤を表示しようとしたが、メモ紙を間違えて貼り付けることにより間違った薬剤を表示してしまう危険があったヒビグルとヘパ生の計量に、同形状の注射器を計量器として使用していたため、注射器の外形上からは内容物の区別がつかず取り違えを防ぐことができない態勢がとられていた消毒薬と点滴液用の注射器を同じ処置台の上で同時に準備したうえ、患者ごとに個別のトレーを用意し、薬札を付けるなどしなかったため、薬剤の取り違えを防げなかったという諸事情が存在し、このような事故を誘発する危険な態勢を除去するシステムが構築されなかったために、看護師らの注意義務違反を誘発し、医療事故を引き起こすことになった2.死亡後の行為に関する義務違反医師法21条の異状死体届出義務により、刑事司法の手続上で医療事故の原因や責任が明らかにされるので、医療事故による患者死亡の原因究明の端緒として機能する場面がある。そのため診療上の事故によって患者が死亡した可能性のある場合には、当該病院で病理解剖をするのではなく、所轄警察に届け出ることが、診療契約の当事者である患者またはその遺族に対する原因究明義務として課される。本件はそもそも医療事故である可能性が明白であったから、病理解剖は許されず、警察に届け出たうえで司法解剖が行われるべきであった。医療事故について病院としての対応方針を決定づける立場にあった病院長は、対策会議終了後ただちに警察へ届け出る義務があったそれにもかかわらず病院長は、医療事故を警察に届け出る方針にいったん決定したにもかかわらず、「院長が警察に届けるとは何事だ」、「職員を売ることはできませんね」との衛生局の意向を受けて、遺族に誤投薬の可能性を説明したうえで病理解剖の承諾をとる方針に転換した。そして、病理解剖を担当した医師らからポラロイド写真や具体的事情を示されたうえで、誤投薬の事実はほとんど間違いがないとの報告を受けても、医療事故を警察に届け出なかった。対策会議の時点で、事故死の無視し得ない可能性の認識はおろか、事故死の原因が誤投薬である可能性が高い旨の認識を有しており、病理解剖の結果の報告を受けた以降は、事故死の原因が誤投薬であることはほぼ確実であるとの認識に達していた。したがって病院長には原因究明義務違反行為につき確定的故意が認められる主治医については、死亡後に死体検案し、医師法21条の届出義務があるうえに、主体的に原因を究明すべきであった。それにもかかわらず医療事故の可能性を示唆する形跡を残さないために、平成11年2月22日に至るまで死亡を警察に届け出なかった。カルテにも事故の可能性を示唆する形跡を残さないため、看護師が誤投薬の可能性を申告しているという重要な事実を記載しなかった。そして、診療中の患者が死亡した場合には医師法21条の届出義務がないとの考え方があったこと、遺族が病理解剖に承諾したら警察に届け出る必要はないとの考えのもと、原告ら遺族に事故の可能性を告げず、夫から薬物性ショックの可能性について問われても、一般論としてその可能性もある旨の返答をするにとどめたうえで、原告ら遺族から病理解剖の承諾書をとった。看護師の誤投薬の可能性について報告を受けた一方で、病死したとの説を支持するさしたる根拠はなかったにもかかわらず、対策会議においてことさら病死説を唱えたことから、可能な限り医療事故の可能性を打ち消そうとしていた3.死亡診断書について死亡直後の平成11年2月11日付け死亡診断書には死因を「不詳の死」と記載したが、誤投薬の事実が明らかになりつつあった以上、新たに作成する死亡診断書の死因は「外因死」と記載するか、前回同様不詳の死と記載すべきであった。ところが、平成11年3月11日に依頼された死亡診断書には、主治医、病院長、副院長と相談のうえで、死亡の種類欄に「病死および自然死」と虚偽の記載をすることで合意し、誤投薬の事実を原告ら遺族に伝えず、死亡診断書に医療機関の都合の良いように変更した虚偽の事実を記載した病院側(被告)の主張主治医の主張1.死亡後の行為に関する義務違反患者が死亡した場合には遺族に対し死亡の経過を説明すれば十分であり、死因解明を希望するか、希望するならどのような手段をとるかは遺族が任意に決めることであって、医療機関に死因解明に必要な措置を提案する法的義務は存しない。また、医療機関が医療事故を警察に届け出たとしても、捜査は犯罪の嫌疑を明らかにするためになされるものであり、遺族に対して死亡原因を究明するためのものではないから、医療機関の警察に対する医療事故届出義務を根拠に、遺族への説明義務を導き出すことはできないさらに、医療機関に警察への届出義務を課すのは、不利益なことを自らなすように法的に強制することであり、憲法が黙秘権を保障した趣旨に抵触するおそれがあることに加えて、人間の自然の情に反するものであって、同義務を課すとかえって事故防止のための情報の収集を阻害しかねない。仮に医療機関が、遺族に対する関係で医療事故を警察に届け出るとの法的義務と負うとしても、病院長は平成11年2月12日の昼前頃に遺族に対し、死亡原因としては心疾患などの疑いがある一方で、薬の取り違えの可能性もあること、死亡原因究明のために病院で病理解剖させて欲しいこと、もし遺族の側で病院が信用できないというのであれば警察に連絡したうえで監察医務院などで解剖を行う方法もあることを説明したうえで、遺族の承諾を得て病理解剖を実施し、臓器や血液を保存し、できる限り真相を究明することを目指して臓器および血液の組織学的検査や残留薬物検査を行うように病院職員らに指示した2.死亡診断書厚生労働省の講習会では、不詳の死は白骨死体の場合に限るという意見を聞いていたし、さらに不詳の死では保険金がおりないのではないかという心配や、血液の残留薬物検査などの警察の捜査の結果が出ておらず、事故死とも書けないと考えた。そして、最終的には、病理解剖で急性肺血栓塞栓症と診断されていたため、現段階では「病死および自然死」と記載するという方向で良いのではないかという意見に落ち着いたことに基づき、病院長の立場で主治医へその旨助言したにすぎない。診断書の作成は主治医の全権に属するから、院長の助言は単なる参考意見である主治医の主張1.死亡後の行為に関する義務違反医療事故が発生した場合には、医療現場は混乱し、医師または看護師のひとりが組織体と無関係に対応ないし行動すべきではなく、医療現場全体が組織として対応することが重要であって、警察への届出も病院長がすべきものである。本件医療事故は、病院という組織体が一体としてすべての対応をすることとなったので、具体的には警察への届出も病院長がすべきであった2.死亡診断書死亡診断書記載は、病院長らとの協議の結果指示を受けて記載したものであり、主治医は事実の隠ぺいなどを考えたわけではない。せめて遺族らによる保険金請求手続がスムーズに進むほうが良いと思って、死因の種類を「病死および自然死」と記載した裁判所の判断死亡自体に関する義務違反ヘパ生入りの注射器には「ヘパ生」と黒色マジックで記載されていたにもかかわらず、2本の注射器のうち、ヘパ生入り注射器における「ヘパ生」との記載を確認することなく、ヒビグル入り注射器であると誤信し、他方、もう1本のヒビグル入り注射器には「ヘパ生」との記載がないにもかかわらず、これをヘパ生入り注射器と誤信して病室に持参し、床頭台に置いたという注意義務違反が認められる。看護師は医師から投与を指示された薬剤を取り違えてはいけないという、いついかなる場合においても患者に対して怠ることを許されない義務があるにもかかわらず、きわめて初歩的な態様によってこの義務を怠ったものであるから、これは病院の看護および投薬システムに何らかの問題があったからこそ生じたものではなく、もっぱら看護師両名の個人的注意義務の懈怠によって生じたものである。死亡後の行為に関する義務違反診療契約の当事者である病院開設者としては、患者が死亡した場合には、具体的状況に応じて必要かつ可能な限度で死因を解明すべき義務があり、遺族から説明の求めがある以上、遺族に対し事案の具体的内容、保有する情報の内容などに応じて、死亡に至る事実経過や死因を説明すべき義務を、信義則上診療契約に付随する義務として負うと考えられる。病院長は対策会議の主催者であり、本件医療事故についての病院としての対応方針を決定するに当たり、大きな影響力を有していた。平成11年2月12日の対策会議において、看護師をはじめとする関係者から薬剤の取り違えの具体的可能性がある旨の話を聞き、いったんは医療事故を警察に届け出るとの方針に決めたにもかかわらず、衛生局の見解としては警察への届出を消極的に考えているものと解釈したうえで、方針を転換して本件医療事故を警察に届け出ないことに決定した。さらに同日病理解剖に協力した大学助教授から警察へ連絡することを提案されたにもかかわらず、これを受け入れずに病理解剖するよう指示し、右腕の静脈に沿った赤色色素沈着を撮影したポラロイド写真を示されたうえで薬物の誤注射によって死亡したことはほぼ間違いがないとの解剖の結果報告を受けたにもかかわらず、警察に届出をしないという判断を変えなかった。後日遺族から、病院のほうから警察に届け出ないのであれば自分で届け出るといわれ、ようやく2月22日警察に届け出た。このような経過から、病院長は解剖結果の報告を受けた段階で医療事故を警察に届け出なければならなくなったにもかかわらず、あえて同月22日まで届出をせず、死因解明義務を果たしたとはいえない。医師法21条が異状死体について届出義務を課していることからすれば、法は犯罪の疑いがある場合には、当該医療従事者が自ら死因を解明するのではなく、警察に死因の解明をゆだねるのが適切である。ここにいう警察への届出とは、「異状死体があったことの届出」に過ぎず、それ以上の報告が求められるものではないから、憲法38条1項において黙秘権が保障されている趣旨に抵触するとはいえない。主治医は死体を検案し、医師法21条の届出義務を負っていたのであるから、主体的に死因解明および説明義務を履行すべき立場にあった。看護師が薬剤を間違えて注入したかもしれないといっていることを知らされたうえ、症状が急変するような疾患などの心当たりがまったくなく、さらに死亡翌日に行われた病理解剖で死体の右腕の静脈に沿って赤い色素沈着がある異状を認めたのであるから、警察へ届け出る必要があった。ところが、漫然と病院の方針に従い、自ら警察へ届け出なかったのは死因解明義務違反にあたる。東京都原告(遺族)側、1億4,410万円の請求に対し、5,988万円の判決病院長原告(遺族)側、600万円の請求に対し、80万円の判決主治医原告(遺族)側、360万円の請求に対し、40万円の判決病院長平成15年5月19日東京高等裁判所において、医師法違反、虚偽有印公文書作成および同行使罪につき、懲役1年および罰金2万円(執行猶予3年)。主治医医師法違反の罪で罰金2万円の略式命令。厚生労働省医道審議会から3ヵ月の医業停止処分。担当看護師業務上過失致死罪で禁固1年(執行猶予3年)考察この事件は、医療ミスとしてはきわめてエポックメイキングな「横浜市大患者取り違え事故」からわずか1ヵ月後に発生し、その後はご存知のように、マスコミの医療ミス報道がますます過熱するようになりました。事故の内容は、消毒薬を間違えて静脈注射したというとてもショッキングな出来事であり、この事件を契機として、医療現場には透明の注射器以外に「色つきシリンジ」が急速に普及し始め、内服薬をはじめとする誤注射の頻度はかなり減少しました。もう1つの大事な教訓は、患者へ輸血や注射薬を投与した直後に容態急変した場合、できる限り同じルートから補液や救急薬品を注入してはならないということです。このケースでは静脈内に留置した持続点滴針から、抗菌薬の静脈投与を行っていて、注射が終わると点滴ルート内をヘパ生で満たしていました。その状況でヘパ生とヒビグルを間違えて注入したのですが、当初体内に入ったのは約1mLで、残りの9mLは点滴ルート内に止まっていました。そして、患者の容態が急変し輸液が必要ということで、同じルートを用いてソルデム3Aを接続したため、点滴ルート内に残っていた約9mLのヒビグルがすべて体内へ移行してしまいました。合計10mLものヒビグルが注入された結果、前腕皮静脈内に血栓が生じ、さらに急性肺血栓塞栓症へ発展して短時間で死亡に至りました。もし、異物が静注されたかもしれないということが早期に報告されていれば、既存の点滴ルートはすぐさま抜針され、別の静脈ルートを確保していたと思います。そうしていれば、もしかすると救命の余地がわずかながらも残されていたかもしれません。その次に問題となるのが、普段の診療ではあまり意識することのない「異状死体」の取り扱いです。医師法第21条では、「医師は異状死体を検案した場合、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定され、これに違反すると2万円の罰金が科せられます。そもそもこの法律がつくられた背景には、多くの遺体が死因を解明されないままにされるという実情があり、異状死体の届け出を契機として、殺人事件をはじめとする犯罪捜査の端緒にしようという目的がありました。これに対し日本法医学会は、「病死と考えられても、DOA(到着時死亡)や死因を確定するのが困難な場合には異状死体として取り扱う」という見解を示し、「異状死体」の概念をかなり広げてしまいました。その結果、前述した医師の「異状死体届出義務」が広い概念の「異状死体」とセットで議論されるようになり、医師が「合併症」による死亡と思っても、家族が不幸な結果を受け入れられず医療ミスを疑えば、ただちに警察が医療現場に介入する可能性があるという事態になっています。ところが、警察には医療内容を詳細に評価する知識や能力はありませんので、いたずらに医療関係者が捜査対象となってしまいます。しかも、医療機関が「医師法第21条」に沿って異状死体の届出をしたと思っても、警察の側では刑法第211条「業務上過失致死」の疑いで捜査を開始する可能性があり、医師や看護師が不当に「犯人扱い」されることも考えられます。本件では、死亡直後から消毒薬の誤注射が疑われていたので、あとから振り返れば死亡から24時間以内に異状死体として届け出なければならないケースでした。ところが、病院内の調整や都の衛生局との関係から届出をめぐって明確な方針が決まらず、死亡から11日後の通報となりました。それも、「病院が警察へ届けないのならば遺族が届ける」ということで、ようやく重い腰を上げたので、遺族の不信感は相当大きなものだったと思います。ところが、医師の側からみれば、消毒薬の誤注入が早い段階から疑われて当初は警察へ届けるつもりだったのに、死因を確定することはできなかったし、「病院自ら警察に届けると、ひいては職員を売ることになる」という心配から、病院幹部職員のコンセンサスとして届出を躊躇してしまったのも十分に理解できることです。また、これまでみたこともない異例の事故であっただけに、病院長、衛生局、主治医などの意見が錯綜し、警察署への届出のみならず死亡診断書の記載内容も不適切となってしまいました。さらに裁判過程でも、病院長は「届出義務は主治医に責任があり病院長はアドバイスしただけ」と主張する一方で、主治医は「病院長の方針に従っただけ」と発言するなど、身内同士の言い合いにまでなっています。そもそもこのケースは看護師による単純ミスであり、判決でも病院組織としての問題ではなく、看護師個人の問題を重視しました。つまり、行政処分を受けた病院長や主治医には明らかな医療ミスといえるほどの医療行為はまったくなかったと思います。問題とされた警察への届出についても、別に悪意があったために遅くなった訳ではなく、その間にも衛生局の職員と綿密な打ち合わせを行っていたし、大勢での意思決定であったといってもよいでしょう。それなのに、医師法第21条違反ということで病院長には実刑判決、主治医には3ヵ月もの医業停止処分が下ったのですから、こんな理不尽な結末はないといっても過言ではありません。もしこの事件の当事者となった場合には、おそらくほとんどの医師が同様の処罰を受けた可能性が高いと思います。なお、現状でも異状死体届出については混沌としているのに、日本外科学会から出された異状死体のガイドラインがさらに波紋を広げてしまいました。このガイドラインは、「重大な過失で障害が発生すれば届け出ること」を前提とし、「患者に同意を得た合併症であれば医師法第21条の対象外である」という内容です。これはよく考えると、外科学会のいうとおりに死亡直後は患者の同意を得て異状死体を届け出ず、24時間経過したあとの検証で実は合併症ではなかったというような症例は、事後的に医師法第21条違反として処罰される余地が残ることになってしまいます。さらに、異状死体届出の対象者は本来「死体検案医」であったのに、医師の高い倫理性を理由に「診療を行った医師自身」と別の基準も作ってしまいました。このため、ますます警察介入の範囲を拡大してしまうことになり、当初外科学会が想定した意図とは異なる方向へ進むことになりました。やはりここで重要なのは、少々極論となってしまうかもしれませんが、異状死体、あるいは患者の急死に際しては、一歩間違えると警察署への届出をめぐって「刑事事件」に発展しかねないので、自らの医師免許をかけるつもりで、対応を心がけなければならないということだと思います。だからといって、病院内の急死をすべて警察に届けるということではありません。なかには事前に予想された合併症で亡くなるようなケースも数多くありますし、医師の医療行為とはまったく関係なく死亡するような重篤例もあります。法律の知識に明るくないわれわれ医師にとって、警察へ届けるということは「自首する」と同じことだと思いがちですが、実際の運用場面ではけっしてそうではありません。ましてや、本件で問題となったように「警察へ届け出るのは職員を売ること」と短絡すべきものでもないと思います。この場合の明確な届出基準を提示するのは難しいと思いますが、本件のような消毒薬の誤注入など、争いようのない医療過誤の場合には必ず届出するべきでしょう。問題なのは、家族が急死という事実を受け入れがたい場合や、医師の立場で死因をはっきりと特定できない症例だと思います。そのような時には、「警察の見解を聞く」という考え方で所轄警察署に一報だけ入れておく、ということでも対応可能な場合があります。そうすると警察から「事件性はありますか」と質問されるようですから、医療行為に問題がないと考えられる時には「事件性はないと思います」と回答すると、警察のほうもむやみな介入はしないのが一般的なようです。そして、警察へ連絡を入れておいたこと(連絡した時間、医師の氏名、相手の警察官の氏名、連絡内容など)をカルテに記載しておくことによって、少なくとも医師法第21条の問題はクリアできるようにも思います。ただし、都道府県によっては対応が異なる場合がありますので、できれば病院内でどのようにするのかあらかじめ話し合っておく必要があるでしょう(たとえば東京都23区内の場合には、病院から警察へ異状死体の届出があると、必ず警部補以上の担当者が検視を行うと同時に、監察医務院の医師が死体検案に立ち会うという内規があるようです)。また、数々のストーカー事件などで初動捜査が遅れ、世論の非難を浴びたという苦い反省から、患者の遺族から告訴、告発があった場合には、警察は必ず捜査に着手するようです。この場合は刑法211条(業務上過失致死)を念頭においた捜査ですので、告訴・告発という最悪のかたちにならないように、医師からの事後説明をおろそかにせず、患者家族とのコミュニケーションを十分にはかる必要があると思います。整形外科

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糖尿病で活躍するスマホアプリの今

本項では、特集テーマに合わせ、糖尿病と医療ITの関係を寄稿としてお届けします。爆発的な広がりをみせる、スマートフォン。これに搭載されるさまざまな疾患の診療支援アプケーションも少しずつ充実しており、その中でも糖尿病領域では完成度が高いものも散見されます。今回は、こうしたアプリケーションの開発・サービス提供を行っている株式会社ウェルビ-より最新の状況をレポートいただきます。糖尿病の自己管理に、欧米ではスマートフォンツールの臨床活用が増える現在、日本でスマートフォン(以下「スマホ」)の普及に伴い、患者が個人で利用できる糖尿病関連のアプリケーション(以下「アプリ))は十種類にのぼる。糖尿病患者を対象としたニーズ調査においても「モバイルでの自己管理に興味あり」との回答は全体の約7割に上るなど、スマホの普及と利用者年齢層の拡大に伴い、今後も更なる広がりが予想される。一方、欧米ではすでに、臨床現場での利用が進み、一定の評価を得ている。「Diabetes Care」の論文などでも、糖尿病患者に血糖自己管理にモバイルアプリを活用することで一定の治療効果が確認されるなどの発表がされている。医療従事者が患者に薦めて、診療時のコミュニケーションを円滑にしたり、自己管理を効果的にサポートするためのツールとしても活用されている。医師の推薦が自己管理アプリ利用のきっかけに株式会社ウェルビーは、臨床現場での治療サポートツールとして、2011年より糖尿病患者向け自己管理アプリ「ウェルビー糖尿病」シリーズの提供を開始した。2013年10月時点で、登録会員数は約1万人に達している。この伸長の背景には、患者に接する医療従事者から、直接サービスを紹介されたことが大きな要因として存在する。患者に対面案内していただくためのリーフレットを用意し、病院・薬局の協力を得て、臨床の現場での認知を得られたことが、早い段階から利用促進に結びついた。医師、患者に求められるアプリとは糖尿病治療では血糖管理に加えて、薬剤、食事、運動などの総合的な管理が求められる。ウェルビーのアプリでは「血糖値」「食事」など各患者が自己管理する項目を選択してシンプルに記録できる仕様とし、その各履歴データを集約して管理できるマイページ機能として「ウェルビーマイカルテ(2013年12月リリース予定)」を提供することで、「各項目毎の記録」と「データを集約して管理」の両立を目指した。また、2013年8月には、患者の治療記録を医療従事者、家族にデータ共有できるWebサービス「ウェルビーシェア」をリリースしている。今後も、アプリによる記録、PCによるデータ集約と共有を一括して実現できるサービスとして、臨床現場での更なる普及を目指す。(ウェルビーのアプリラインナップ)血糖値ノート …血糖値、インスリン、ブドウ糖の結果を記録。履歴についてはグラフとカレンダーで視覚的に管理可能。入力したデータについては全てクラウドサーバに自動保存され、パソコンと連動して確認可能。食事ノート …1日の食事内容について入力することで、摂取カロリー、炭水化物、脂質、タンパク質を自動計算し、履歴を記録。近日リリース予定の食事写真記録アプリ「食事アルバム」では、写真履歴で食事内容の管理機能も提供予定。(ウェルビーのアプリと連携するWebサービス)ウェルビーシェア …アプリとシームレスにデータ連携し、患者が医療従事者、家族などとデータを共有(シェア)できる機能を有する。コメント、スタンプなどを送ることも可能。「患者を見守る」新しいコミュニケーションのカタチを提供し、治療の継続を支援する。インタビュー:臨床にいち早くアプリを導入、今後の開発に期待向ヶ丘久保田内科の久保田章(くぼた・あきら)氏は、糖尿病専門医として、診療支援のアプリをいち早く取り入れ、「患者さんと一緒に考える糖尿病診療」を実践している。久保田氏が導入し、試行するウェルビーのライフログ・アプリに関して、その使用感や効果ついて、お話をうかがった。--スマホやタブレット端末に、こうした糖尿病診療支援アプリを入れ、自己管理をしている患者さんの声をお聞かせください。久保田章氏 糖尿病関連のアプリは出始めたばかりで、これから普及していく段階です。患者さんの声は、そんなに多く聞くわけではありませんが、着実に増えてはいるようです。たとえば血糖自己測定(SMBG)であれば、今までは紙の手帳や記録用紙に、血糖値記録を毎日書き込み、その紙を診療ごとに主治医に示し、主治医はそれをカルテに貼って、患者さんの食動向、インスリンの効果などを分析・検討し、次の治療内容を決めていました。なかには、自分でパソコンの表計算ソフトで血糖値を管理されている患者さんもいますが、かなり少数です。現在アナログ的な管理が主流な中で、身近なツールであるスマホなどで自分の血糖値を、さっと入力するだけで記録から集計までできるので、「大変使いやすい」、「手軽に使えて便利だ」という声を患者さんから聞いてます。--医療側からみたこうしたアプリの効果としては、どのようなものがありますか?久保田章氏 実感できる効果として2つあります。ひとつには、患者さんが血糖値の自己管理などでアプリを使えば、手軽にしっかりと血糖値の記録が残せるので、治療意欲が向上していくのがわかります。糖尿病の治療では、インスリンをはじめ治療薬がかなり揃っています。患者さんがその気になれば、ほとんどの血糖値はコントロール出来るはずだと思いますが、大切なことは、患者さんにどれだけ、治療に対するモチベーションをもってもらえるかです。そういう意味では、血糖値の変化が数字ですぐにわかる、可視化されて理解しやすいことで自己管理と治療へのモチベーションの維持には効果的だと感じます。もうひとつの効果は、通常、「血糖値測定→食事→インスリンを打つ→血糖値測定→食事」という一連の流れの中で、食生活とインスリンの量をマッチさせるのが、インスリン治療での一番の肝になる医師の作業となります。その一連の行動の振り返りの時に、こうしたアプリを使い過去1ヵ月の食生活や血糖値の動きや平均値が簡単にでてくるツールがあれば、患者さんの役に立つだけでなく、われわれ医療側にも便利だということです。特にあらかじめ集計された患者さんの集計表をみて、医師が血糖値の問題点をすぐに指摘できるようになれば、限られた外来診療の時間で、今よりもさらに的確なアドバイスができるようになります。--今後、医師の視点からみて糖尿病治療の支援アプリに望まれる機能はありますか?久保田章氏 患者さんのデータが医療者と共有されれば、患者さんの状態がリアルタイムにわかり、医師や看護師などがタイムラグを生ぜず、関わっていくことができるようになります。たとえば、外来でインスリンを初めて注射した患者さん。現状では、インスリン注射を覚えてもらって、翌日か翌々日に糖尿病療養指導士の看護師などが電話をして患者さんに状況を聞いて確認します。しかし、アプリの使用で血糖値の数字が共有化されて、リアルタイムに医師や看護師が把握できれば、より安全にインスリン注射の治療を外来で行うことができ、その効果も測ることができます。また、GLP-1製剤などの新しい治療薬を導入して、どの様な血糖低下効果を発揮するのか関心が高いときなど、血糖値の動きについて早く知ることができるということもメリットのひとつになりますね。将来的には、患者さんが簡単な入力で済み、食事、血糖値、インスリンの量を統合して記録、分析できることで問題点の把握ができるものができたら、糖尿病診療で効果を発揮すると思います。インタビューを終えて糖尿病診療支援アプリは、まだ黎明期であり、これからさらなる進化と普及が期待される。患者の診療支援だけでなく、医療側にも診療時間の短縮やデータ収集などのメリットをもたらす一方で、保険適用の有無や個人情報のデータの管理など、今後乗り越えていくべき課題も指摘されている。糖尿病領域だけでなく、他の領域でも診療支援アプリが登場し、疾病の予防、診療、治療に寄与することを期待する。向ヶ丘久保田内科Welby糖尿病

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01)ブルーライトアップの意味は?【糖尿病患者指導画集】

患者さん用説明のポイント(医療スタッフ向け)■診察室での会話患者昨日は東寺がブルーになっていました。あれは何ですか?医師実は昨日は「世界糖尿病デー」なんです。患者世界糖尿病デー?医師そうです。11月14日は世界糖尿病デーなんです。患者どうして、11月14日なんですか?医師11月14日はインスリンを発見したカナダ人のバンティング先生の生まれた日なんです。みんなで糖尿病を克服していこう、という日なんです。患者そうなんですか。どうしてブルーなんですか?医師ブルーは、国連や空を象徴するブルーみたいですね。みんなで糖尿病を克服していこうということで、ブルーの輪がシンボルマークとなっています。患者わかりました。私も頑張ってみます。●ポイント「今日は何の日」などの話題から、療養指導の話が広がります

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第1回 メディカル仕事術(ライフハック)セミナーのご案内

 メディカル仕事術(ライフハック)委員会は、11月16日(土)に新日本有限責任監査法人とクラシコから協賛をうけ、『第1回 メディカル仕事術(ライフハック)セミナー』を開催する。《開催概要》 今回のセミナーの目玉企画は、以下の4つ。①なかなか教わる機会のない「英語論文の書き方講座」②ヘルスケアから日本の未来を創る為の目のツケどころ③知らないと損!「Evernote」の簡単便利な利用法④あなたのやりたいことをアナログ手帳で実現する「アナログ手帳で自己実現しよう」 新たなネットワーク作りや、仕事術についての情報交換などに役立つ、参加者同士の交流の場も設けられている。 総合司会は元テレビ朝日アナウンサーの吉澤 雅子氏。また、ドリンクやサプライズプレゼントも用意されている。【日時】11月16日(土) 15:00~18:00(開場14:30)【会場】霞が関ビルディング33階 セミナールームhttp://www.kasumigaseki36.com/access/銀座線 虎の門駅 [11番出口] 徒歩2分(その他 4駅からも徒歩10分以内)【対象】医療従事者、医療関係の社会人・大学職員、医療系学生(先着150人)【参加費】社会人 3500円、学生 2000円☆参加者全員に、セミナーで使う「メディカル手帳」をプレゼント!【申し込み方法】Facebookイベントページからお申し込みください。https://www.facebook.com/events/167769230096204/【タイムスケジュール】14:30 受付開始15:00 開演・趣旨説明15:05 英語論文の夢を叶えます!「英語論文の書き方講座」⇒初心者でもバッチリの英語論文の書き方・勉強の仕方を解説します。(講師:東海大学医用生体工学科教授 高原太郎氏)15:45 20分で、未来を考えましょう。「ヘルスケアから未来創造」⇒医療界を目指す皆さんと一緒に日本の未来創造について熱く考えます。(講師:慶応大学環境情報学部准教授 森川富昭氏)16:10 切れ味抜群のITツール、Evernoteの活用極意を教えます!「Evernote 活用講座」⇒「Evernote」という道具の意味、利用法について説明します。(講師:慶應義塾大学医学部6年 吉永和貴氏)16:30 休憩16:45 「アナログ」手帳の活用で、あなたの計画を成就させよう(講師:東海大学教授 高原太郎氏)17:15 交流会18:15 会場片づけ・撤収18:30 クローズ【スピーカープロフィール】・森川富昭氏 慶応大学環境情報学部准教授・高原太郎氏:東海大学工学部 医用生体工学科教授医学博士・放射線科専門医著書に「PowerPoint 疑問氷解」「MRI 自由自在」等・吉永和貴氏:慶應義塾大学医学部6年 医療系ビジネスコンテストPerry2013代表【総合司会プロフィール】・吉澤 雅子氏フリーアナウンサー、元テレビ朝日アナウンサーKEE'S アナウンススクール&話し方講師アナウンサー志望者、ミスコン出場者、ビジネスパーソンの指導の他、医療系イベント司会、医大予備校面接講座、教授選プレゼンアドバイザーも担当。【主催】メディカル仕事術(ライフハック)委員会【協賛】新日本有限責任監査法人(http://www.shinnihon.or.jp/)クラシコ株式会社(http://www.clasic.jp/)

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気管支喘息の診察中に容態急変し10日後に脳死と判定された高校生のケース

自己免疫疾患最終判決判例時報 1166号116-131頁概要約10年来気管支喘息と診断されて不定期に大学病院などへ通院していた男子高校生の症例。しばらく喘息発作は落ち着いていたが、早朝から喘息発作が出現したため、知人から入手した吸入器を用いて気管支拡張薬を吸入した。ところがあまり改善がみられないため某大学病院小児科を受診。診察時チアノーゼ、肩呼吸がみられたため、酸素投与、サルブタモール(商品名:ベネトリン)の吸入を行った。さらにヒドロコルチゾン(同:ソル・コーテフ)の静注を行おうとした矢先に突然心停止・呼吸停止となり、ただちに救急蘇生を行ったが低酸素脳症となり、約10日後に脳死と判定された。詳細な経過患者情報約10年来気管支喘息と診断されて不定期に大学病院などへ通院していた男子高校生経過1978年(4歳)頃 気管支喘息を発症し、病院を転々として発作が起きるたびに投薬を受けていた。1988年(14歳)8月19日某大学病院小児科受診。8月20日~8月27日ステロイド剤からの離脱と発作軽減の目的で入院。診断は気管支喘息、アトピー性皮膚炎。IgE RAST検査にて、ハウスダスト(3+)、ダニ(3+)、カモガヤ(3+)、小麦(1+)、大豆(1+)であったため、食事指導(小麦・大豆除去食)、アミノフィリン(同:ネオフィリン)静注により発作はみられなくなり、ネオフィリン®、オキサトミド(同:セルテクト(抗アレルギー剤))経口投与にて発作はコントロールされた。なお、経過中に呼吸機能検査は一度も施行せず。また、簡易ピークフローメーターも使用しなかった。10月20日喘息発作のため2日間入院。11月20日喘息発作のため救急外来受診。吸入用クロモグリク(同:インタール)の処方を受ける(途中で中止)。12月14日テオフィリン(同テオドール)の処方開始(ただし患者側のコンプライアンスが悪く不規則な服用)。1989年4月22日喘息発作のため4日間入院。6月6日プロカテロール(同:メプチン)キッドエアーを処方。1990年3月9日メプチン®キッドエアーの使用法に問題があったので中止。4月高校に入学と同時に発作の回数が徐々に少なくなり、同病院への通院回数・投薬回数は減少。母親は別病院で入手した吸入器を用いて発作をコントロールしていた。1991年6月7日同病院を受診し小発作のみであることを申告。ベネトリン®、ネオフィリン®、インタール®点鼻用などを処方された。8月17日07:30「喘息っぽい」といって苦しそうであったため知人から入手していた吸入器を用いて気管支拡張薬を吸入。同時に病院からもらっていた薬がなくなったため、大学病院小児科を受診することにした。09:00小児科外来受付に独歩にて到着。09:10顔色が悪く肩呼吸をしていたため、順番を繰り上げて担当医師が診察。診察時、喘息発作にあえぎながらも意識清明、自発呼吸も十分であったが、肺野には著明なラ音が聴取された。軽度のチアノーゼが認められたため、酸素投与、ベネトリン®の吸入を開始。09:12遅れて到着した母親が「大丈夫でしょうか?」と尋ねたところ、担当医師は「大丈夫、大丈夫」と答えた。09:15突然顔面蒼白、発汗著明となり、呼吸停止・心停止。ただちにベッドに運び、アンビューバック、酸素投与、心臓マッサージなどの蘇生開始。09:20駆けつけた救急部の医師らによって気管内挿管。アドレナリン(同:ボスミン)静注。09:35心拍再開。10:15人工呼吸を続けながら救急部外来へ搬送し、胸部X線写真撮影。10:38左肺緊張性気胸が確認されたため胸腔穿刺を施行したところ、再び心停止。ただちにボスミン®などを投与。11:20ICUに収容したが、低酸素脳症となり意識は回復せず。8月27日心停止から10日後に脳死と判定。10月10日11:19死亡確認。当事者の主張患者側(原告)の主張1.大学病院小児科外来に3年間も通院していたのだから、その間に呼吸機能検査をしたり、簡易ピークフローメーターを使用していれば、気管支喘息の潜在的重症度を知り、呼吸機能を良好に維持して今回のような重症発作は予防できたはずである2.発作当日も自分で歩いて受診し、医師の目前で容態急変して心停止・呼吸停止となったのだから、けっして手遅れの状態で受診したのではない。呼吸停止や心停止を起こしても適切な救急処置が迅速に実施されれば救命できたはずである病院側(被告)の主張1.日常の療養指導が十分であったからこそ、今回事故前の1年半に喘息発作で来院したのは1度だけであった。このようにほとんど喘息発作のない患者に呼吸機能検査をしたり、簡易型ピークフローメーターを使用する必要性は必ずしもなく、また、困難でもある2.小児科外来での治療中に急激に症状が増悪し、来院後わずか5分で心停止を起こしたのは、到底予測不可能な事態の展開である。呼吸停止、心停止に対する救急処置としては時間的にも内容的にも適切であり、また、心拍動が再開するまでに長時間を要したのは心衰弱が原因として考えられる裁判所の判断1.当時喘息発作は軽快状態にあり、ほとんど来院しなくなっていた不定期受診患者に対し呼吸機能検査の必要性を改めて説明したうえで、発作のない良好な時期に受診するよう指導するのは実際上困難である。簡易型ピークフローメーターにしても、不定期に受診したり薬剤コンプライアンスの悪い患者に自己管理を期待し得たかはかなり疑問であるので、慢性期治療・療養指導に過失はない2.小児科外来のカルテ、看護記録をみると、容態急変後の各処置の順序、時刻なども不明かつ雑然とした点が多く、混乱がみられる点は適切とはいえない。しかし、急な心停止・呼吸停止など救急の現場では、まったく無為無能の呆然たる状態で空費されているものではないので、必ずしも血管ルート確保や気道確保の遅延があったとはいえない患者側7,080万円の請求を棄却(病院側無責)考察このケースは結果的には「病院側にはまったく責任がない」という判決となりましたが、いろいろと考えさせられるケースだと思います。そもそも、喘息発作を起こしながらも歩いて診察室まできた高校生が、医師や看護師の目の前で容態急変して救命することができなかったのですから、患者側としては「なぜなんだ」と考えるのは十分に理解できますし、同じ医師として「どうして救えなかったのか、もしやむを得ないケースであったとしても、当時を振り返ってみてどのような対処をしていれば命を助けることができたのか?」と考えざるを得ません。そもそも、外来受診時に喘息重積発作まで至らなかった患者さんが、なぜこのように急激な容態急変となったのでしょうか。その医学的な説明としては、paradoxical bronchoconstrictionという病態を想定すればとりあえずは納得できると思います。これは気管支拡張薬の吸入によって通常は軽減するはずの喘息発作が、かえって死亡または瀕死の状態を招くことがあるという概念です。実際に喘息死に至ったケースを調べた統計では、むしろ重症の喘息とは限らず軽・中等症として経過していた症例に突然発症した大発作を契機として死亡したものが多く、死亡場所についても救急外来を含む病院における死亡例は全体の62.9%にも達しています(喘息死委員会レポート1995 日本小児アレルギー学会)。したがって、初診からわずか5分程度で容態が急変し、結果的に救命できなかったケースに対し「しょうがなかった」という判断に至ったのは、(同じケースを担当した場合に救命できたかどうかはかなり心配であるので)ある意味ではほっと胸をなで下ろすことができると思います。しかし、この症例を振り返ってみて次に述べるような問題点を指摘できると思います。1. 発作が起きた時にだけ来院する喘息患者への指導方針気管支喘息で通院している患者さんのなかには、決まったドクターを主治医とすることなく発作が起きた時だけ(言葉を換えると困った時にだけ)救急外来を受診するケースがあると思います。とくに夜間・深夜に来院し、吸入や点滴でとりあえずよくなってしまう患者さんに対しては、その場限りの対応に終始して昼間の外来受診がなおざりになることがあると思います。本来であればきちんとした治療方針に基づいて、適宜呼吸機能検査(本ケースでは経過中一度も行われず)をしたり、定期的な投薬や生活指導をしつつ発作のコントロールを徹底するべきであると思います。本件では、勝手に吸入器を入手して主治医の知らないところで気管支拡張薬を使用したり、処方した薬をきちんと飲まないで薬剤コンプライアンスがきわめて悪かったなど、割といい加減な受療態度で通院していた患者さんであったことが、医療側無責に至る判断に相当な影響を与えたと思います。しかし、もしきちんと外来受診を行って医師の指導をしっかり守っていた患者さんであったのならば、まったく別の判決に至った可能性も十分に考えられます(往々にして裁判官が患者に同情すると医師側はきわめて不利な状況になります)。したがって、都合が悪くなった時にだけ外来受診するような患者さんに対しては、「きちんと昼間の通常外来を受診し、病態評価目的の検査をするべきである」ことを明言し、かつそのことをカルテに記載するべきであると思います。そうすれば、病院側はきちんと患者の管理を行っていたとみなされて、たとえ結果が悪くとも責任を追及されるリスクは軽減されると思います。2. 喘息患者を診察する時には、常に容態急変を念頭におくべきである本件のように医師の目前で容態急変し、為すすべもなく死の転帰をとるような患者さんが存在することは、大変残念なことだと思います。判決文によれば心肺停止から蘇生に成功するまで、病院側の主張では20~25分程度、患者側主張(カルテの記載をもとに判断)では30~35分と大きな隔たりがありました。このどちらが正しいのか真相はわかりませんが(カルテには患者側主張に沿う記載があるものの、担当医は否定し裁判官も担当医を支持)、少なくとも10分以上は脳血流が停止していたか、もしくは不十分であった可能性が高いと思います。したがってもう少し早く蘇生に成功して心拍が再開していれば、低酸素脳症やその後の脳死状態を回避できた可能性は十分に考えられると思います。病院側が「その間懸命な蘇生努力を行ったが、不可抗力であった。時間を要したのは心衰弱が重篤だったからだ」と主張する気持ちは十分に理解できますが、本件では容態急変時に外来担当医がそばにいて(患者側主張では放置されたとなっていますが)速やかな気管内挿管が行われただけに、やりようによってはもう少し早期の心拍再開は可能であったのではないでしょうか。本件を突き詰めると、心臓停止の間も十分な換気と心臓マッサージによって何とか脳血流が保たれていれば、最悪の結果を免れることができたのではないかと思います。また、判決文のなかには触れられていませんが、本件で2回目の心停止を起こしたのは緊張性気胸に対する穿刺を行った直後でした。そもそも、なぜこのような緊張性気胸が発生したのかという点はとくに問題視されていません。もしかすると来院直後から気胸を起こしていたのかも知れませんし、その後の蘇生処置に伴う医原性の気胸(心臓マッサージによる損傷か、もしくはカテラン針によるボスミン®心腔内投与の際に誤って肺を穿刺したというような可能性)が考えられると思います。当時の担当医師らは、目の前で容態急変した患者さんに対して懸命の蘇生を行っていたこともあって、心拍再開から緊張性気胸に気付くまで約60分も要しています。後方視的にみれば、この緊張性気胸の状態にあった60分間をもう少し短縮することができれば、2回目の心停止は回避できたかもしれませんし、脳死に至るほどの低酸素状態にも陥らなかった可能性があると思います。病院側は最初の心停止から心拍再開まで20~25分要した原因もいったん再開した心拍動が再度停止した原因も「心衰弱の程度が重篤であったからだ」としていますが、それまでたまに喘息発作がみられたもののまったく普通に生活していた高校生にそのような「重篤な心衰弱」が潜在していたとは到底思えませんので、やはり緊張性気胸の影響は相当あったように思われます。3. 医師の発言裁判では病院側と患者側で「言った言わない」というレベルのやりとりが随所にみられました。たとえば、母親(顔色がいつもとまったく違うのに気付いたので担当医師に)「大丈夫でしょうか」医師「大丈夫、大丈夫」(そのわずか3分後に心停止となっている)母親(吸入でも改善しないため)「先生、もう吸入ではだめじゃないですか、点滴をしないと」医師「点滴をしようにも、血管が細くなっているので入りません」母親「先生、この子死んでしまいます。何とかしてください」(その直後に心停止)このような会話はどこまでが本当かはわかりませんが、これに近い内容のやりとりがあったことは否めないと思います。担当医は、患者およびその家族を安心させるために「大丈夫、大丈夫」と答えたといいますが、そのわずか数分後に心停止となっていますので、結果的には不適切な発言といわれても仕方がないと思います。医事紛争に至る過程には、このような医師の発言が相当影響しているケースが多々見受けられますので、普段の言葉使いには十分注意しなければならないと痛感させられるケースだと思います。自己免疫疾患

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この抗血小板薬、中止してもよいですか?レジストリデータからみたリスクの可視化(コメンテーター:香坂 俊 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(137)より-

唐突ではあるが、みなさんは下記のようなコンサルトにどのようにお答えになるだろうか? 今度内視鏡を行うことになりました。先生の患者さんは以前PCIを行っており、アスピリンやプラビックスを服用されていますが、少しの期間休薬してもよろしいでしょうか?A 2剤休薬:これは仕方がない。内視鏡の先生にはたびたびお世話になっているし、こういうことは持ちつ持たれつ也。B 1剤休薬:たしか抗血小板薬は内視鏡ではとくに休止する必要がないはず。しかし、記憶が定かではない。まあ確かに2剤は多いので、プラビックスだけは休薬する也。C 休薬せず:この抗血小板薬二剤(Dual Antiplatelet Therapy; DAPT)を中止することで、どれだけこの患者さんが危険にさらされると思っているのか。言語道断とはこのこと也。 近くの医師数名に意見を求めたところ、Aが圧倒的多数の指示を得た。和をもって尊しとなす。なるほど、ここは日本である。 Cのような強硬な意見でもって循環器内科医が消化器内科医や外科医に対応すると、「貴様はわかっていない」という感情論になったり、「安全性が担保できないのでは、この手技は中止せざるを得ない」という悲観論になったり、たしかに面倒なことになることが多い。 こうした状況で今回のPARIS研究の結果は非常に参考になる。5,031名のPCI施行患者のうち2年間で57.3%が何らかの理由でDAPTの休止をおこなっている。内訳は患者側の事情(出血やコンプライアンスの問題等)が14%、医療者側の事情(手術等)が10%であった。双方とも中断によるMACE(心血管系イベント)のリスク上昇は1.5倍程度であり(1剤休止でも)、したがって上記のようなケースでもこの程度のリスクを覚悟し、DAPTを中止するか否かを選択する必要がある。 さらにPARIS研究では、ここから時間軸での個別解析を行っており、その内容は、とくにPCI施行後30日以内の期間で中止しなくてはならなかった患者群のMACEのリスクは高く、通常の2~7倍にも至るというものであった。この部分のデータのもつ意味は大きく、PCI施行後30日以内にDAPTを中止する、あるいは中止せざるを得ないようなイベントが起きるということは、非常に心血管系リスクが高くなることを意味している。 さて、このようにPARISは超急性期や急性期のDAPTの中止は「結果的に」非常なリスクの上昇をもたらすことを示したわけであるが、もう数点注意事項を付け加えなくてはならない。DAPTの効果は病変の複雑さ(単純な病変であればDAPTの期間は1年で良いとするデータは存在する1))や人種(アジア人で出血系の副作用は多い)にもよると考えられている。現実にはDAPTの中止は、このあたりを考えたうえで、現場での裁量ということになるであろう。

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第19回 PTCAで患者が死亡した場合の医師の責任 診療ガイドラインからの考察

■今回のテーマのポイント1.循環器疾患の訴訟では、急性冠症候群が最も多い疾患であり、PTCA(経皮的冠動脈形成術)の適応が最も多く争われている2.PTCAの適応を判断するに当たり、裁判所は、ガイドラインを重視している3.ガイドラインに反する診療を行う場合には、より高度な説明義務が課せられる事件の概要患者X(60歳)は、平成11年8月下旬に近医にて心電図異常を指摘されたことから、同年9月9日、精査目的でY病院を受診しました。Y病院にて、冠動脈造影および運動負荷タリウム心筋スペクト検査を受けた結果、右冠動脈#3に100%狭窄、左前下行枝#6に75%、#7および#8に90%の狭窄、左回旋枝#14に75%、#15に75%狭窄が認められたものの、左心室造影の結果、駆出率は73%と正常範囲であり、全周性に壁運動は保たれていたことから、冠動脈末梢部分の陳旧性心筋梗塞と診断されました。Xは、平成12年2月7日にY病院に入院し、翌8日、左前下行枝#6、#7および#8に対しPTCAが行われました。その後、5月15日に行われた冠動脈造影において、右冠動脈#3に100%狭窄、左回旋枝#15に75%を含む3ヵ所の狭窄のほか、前回PTCAを行った左前下行枝#6から#8、#9くらいのところまで、血流の遅延を伴う程度の99%狭窄が認められ、左心室造影では、左前下行枝の高度狭窄の影響と考えられる壁運動の低下が認められ、駆出率も61%と低下していること、また、前回造影時より側副血行路の発達が認められました。Xは、5月19日にY病院に入院し、22日に2回目のPTCAを受けました。しかし、PTCA施行中に左前下行枝中間部に穿孔が生じてしまい、心嚢ドレナージなど処置が行われたものの、左冠動脈主幹部に血栓性閉塞が生じ、これに対し緊急冠動脈バイパス手術が行われたのですが、翌23日、Xは死亡しました。これに対し、Xの相続人達は、(1)XにはPTCAの適応がなかったこと、(2)PTCAの手技上のミスがあったこと、(3)PTCAを施行するにあたって説明義務違反があったことなどを理由に、Y病院に対し、約8,000万円の損害賠償を請求しました。事件の判決ある症状に対して、一般的適応のある治療行為が行われた場合は、原則として、正当な医療行為と認められ、違法性を有しない(他人の身体に対して侵襲を加えることの違法性が阻却される。)が、一般的適応のない治療行為が行われた場合(当該症状が治療行為の必要のないものであったり、当該治療行為が当該症状に対しては治療効果を期待できないものであったり、治療効果に比して不相応に大きな危険を伴うものであったような場合)は、原則として、その治療行為は違法性を有するものと解される。もっとも、一般的適応のある治療行為であっても、患者の意識がないなど、患者の同意を得ることができないような状況にない限り、患者の自己決定権に基づく同意は必要であり、患者の同意がない場合は、原則として、その治療行為は違法性を有するものと解される。一般的適応については、一応、以上のように解することができるとしても、具体的な治療の場面では、当該治療行為を行う医療従事者の能力(知識・経験、技術を含む)の問題、当該治療行為に必要な医療設備ないし医療環境(助力を求めることができる他の医療従事者の有無等)の問題等、他の要因も加わって当該治療を実施することの適法性が判断されることになり、一般的適応があっても、知識・経験、技術等の点から当該医療従事者あるいは当該医療機関が当該治療行為を行うことは許されない場合もありうるし、一般的適応に欠けるところがあっても、患者の同意があれば、当該治療行為を行うことが許される場合もありうる。例えば、医療技術の進歩の著しい分野においては、一般的適応があるとはいえないが、一定の能力を有する医療従事者が、患者の同意を得て、一定の医療設備及び医療環境のもとで実施する場合には、一定の治療効果が期待できるので、当該治療行為が許されるという場合もありうるし、当該治療の実施例が少なく、当該治療行為の危険性についても、治療効果についても十分に検証されているとはいえないが、そのことを十分に患者が理解し、当該治療行為の実施を患者が望めばこれを実施することも許されるという場合もありえよう。一般的適応に欠けるところがあっても、患者の同意によって当該治療行為を行うことが許される場合について、これを患者の同意があれば当該治療行為の適応があるというのか、適応はないが、患者の同意によって治療行為としての正当性が認められるというのかは、表現の違いにすぎず、法的には、いずれにしても、患者の同意があってはじめて当該治療行為が正当な医療行為として認められるものと解される。そして、この場合の患者の同意は、一般的適応がある場合の同意と連続性を有するものではあるが、一般的適応のある治療行為が、それ自体で、原則として正当な医療行為と認められるのに対して、一般的適応に欠ける治療行為は、患者の同意があってはじめて治療行為としての正当性が認められるという意味で、より重い意義を有するものというべきである。このように、違法性の有無、軽重の観点から考えると、治療行為の適応の問題は、当該治療行為に対する患者の同意の問題と切り離すことはできない。そして、当該治療行為について、その内容を十分理解した上でその実施に患者が同意したかどうか、すなわち、当該同意が、患者の自己決定権の行使としての同意、あるいは、一般的適応に欠ける治療行為について正当性を与えるための同意として有効なものといえるかどうかは、患者が同意するか否かを合理的に判断できるだけの情報が医療従事者から患者に対して与えられたかどうか、すなわち、説明義務が尽くされたかどうかにかかることになる。・・・(中略)・・・本件適応ガイドラインに従うと、本件PTCAは(前回PTCAも)、危険にさらされた側副血行路派生血管の病変に対するもので、原則禁忌に該当するものであったということになるし、ガイドラインの記載に従えば、本件PTCAを実施するのであれば、まず、右冠動脈3番の狭窄に対してPTCAを行ってはじめて本件PTCAを行うことが許されるものであったということになるので、特段の事情がない限り、本件PTCAは一般的適応を欠くものであったというべきである。(*判決文中、下線は筆者による加筆)(東京地判平成16年2月23日判タ1149号95頁)ポイント解説今回は、各論の3回目として、循環器疾患を紹介します。循環器疾患で最も訴訟が多い疾患は、急性冠症候群です。1)急性冠症候群に関する判決とその傾向心筋梗塞や狭心症といった急性冠症候群は、普通に日常生活を送っていた人が急速な転帰をたどり死に至ることから、争われやすい疾患といえる一方、年間死亡数が急性心筋梗塞とその他虚血性心疾患で77,217人(平成22年)と非常に多く、死亡率もいまだに高く致死的な疾患であることから、特に最近では原告勝訴率があまり高くないという特徴があります(表1)。急性冠症候群に関する訴訟において争点となるのは、本件においても争われているPTCAの適応についてが最も多く、ついで診断の遅れ、手技ミス、説明義務違反となっています(表2)。2)PTCAの適応に関する裁判所の判断わが国のCCU(心疾患集中治療室)は多くの場合、カテーテル治療を行う循環器内科医が中心となって運営されていることから、畢竟、カテーテル治療が優先的に選択される傾向があり、本判決においても、「PTCAについては、内科医が適応を決定することが多く、CABG(冠動脈大動脈バイパス移植術)よりもPTCAに重点を置いた説明がなされる傾向があるというのであり(鑑定人)、CABGよりもPTCAが患者に好まれる傾向がある」と判示されています。しかし、PTCAの適応については、本判決でも引用されているように「冠動脈疾患におけるインターベンション治療の適応ガイドライン」が作成されており、これによると、PTCAの原則禁忌として、「(1)保護されていない左冠動脈主幹部病変、(2)3 枝障害で 2 枝の近位部閉塞、(3)血液凝固異常、(4)静脈グラフトのび漫性病変、(5)慢性閉塞性病変で拡張成功率の極めて低いと予想されるもの、(6)危険にさらされた側副血行路」が挙げられています。したがって、これら禁忌に該当する場合にもかかわらずPTCAが選択された場合には、第15回でも解説した通り、違法と判断されやすくなることから注意が必要となります。本件では、2枝病変で左前下行枝近位部に病変があることから、同ガイドラインによると一般的にCABGの適応であり、その上、左前下行枝に危険な側副血行路が認められ、PTCAの原則禁忌(6)に該当することから、「特段の事情がない限り、本件PTCAは一般的適応を欠くものであった」と判断されています。3)一般的適応を欠く場合における説明義務本判決の最大の特徴は、ガイドラインに適合しない治療を行う場合には、説明義務が加重されると判示した点にあります。その結果、説明義務違反があったとされ、精神的慰謝料として約1,300万円もの損害賠償が認められています。医療は進歩し続けており、新しいより良い治療を模索する諸活動が日々行われています。その中でも、まったくの新規の治療法のような研究的色彩が強いものは、臨床研究としてIRB(倫理審査委員会)の承認を経て、しっかりとしたインフォームド・コンセント(説明と同意)の下、行われるべきであることはいうまでもありません。また、一般論として、一般的適応を欠く治療を行う場合には、より丁寧なインフォームド・コンセントが行われるべきであるということも首肯できます。しかし、この一般的適応性判断を行うに当たり、ガイドラインを重視しすぎることは、本連載でも述べている通り、現状のガイドラインのあり方、そもそもとしての医療におけるガイドラインの意義を鑑みると勇み足といわざるを得ません(ただし、本件は控訴され、高裁判決では説明義務違反はないとして病院側の逆転勝訴となっています)。ただ、本判決も含め、司法はガイドラインを重視しますので、現状においては、ガイドラインに従うか否かにかかわらず、患者に対し、(1)ガイドラインが存在すること(2)それを踏まえて個別具体的に判断した結果、当該治療方針が適切であると考えていることを説明することが肝要といえます。裁判例のリンク次のサイトでさらに詳しい裁判の内容がご覧いただけます。(出現順)東京地判平成16年2月23日判タ1149号95頁

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4年に1回は多すぎる、高齢者の骨密度測定/JAMA

 骨粗鬆症未治療の平均75歳高齢者の男女において、骨密度測定による将来的な骨折リスク(股関節または主要な骨粗鬆症性骨折)の予測能は、4年間隔での2回測定では意味ある改善は得られないことが判明した。米国・Hebrew SeniorLifeのSarah D. Berry氏らが、フラミンガム骨粗鬆症研究の被験者およそ800例について行ったコホート試験の結果、明らかにした。高齢者に対する、骨粗鬆症スクリーニングとして骨密度測定は推奨されているものの、反復測定の有効性については不明だった。JAMA誌2013年9月25日号掲載の報告より。骨密度を2回測定、約10年追跡 研究グループは、フラミンガム骨粗鬆症研究の被験者、男性310例、女性492例を対象にコホート試験を行った。被験者は、1987~1999年にかけて、大腿骨頸部骨密度を2回測定されていた(測定間隔の平均値:3.7年)。 追跡は2009年まで、または2回目骨密度測定から12年後まで行い、主要アウトカムは、股関節または主要な骨粗鬆症性の骨折だった。 被験者の平均年齢は74.8歳、骨密度の年平均変化量は-0.6%(標準偏差:1.8)。追跡期間の中央値は9.6年だった。骨密度2回目の測定値を入れても、予測モデルAUCはほとんど変わらず 追跡期間中に股関節骨折を発症したのは76例、主要な骨粗鬆症性骨折は113例だった。 年間骨密度の減少は骨折リスクの増大に関与しており、標準偏差分減少による股関節骨折のハザード比は、ベースライン時骨密度を補正後、1.43(95%信頼区間[CI]:1.16~1.78)で、主要な骨粗鬆症性骨折については同1.21(同:1.01~1.45)だった。 受信者動作特性曲線(ROC)分析では、ベースライン時の骨密度測定値に2回目の同測定値を追加しても、予測能について意味ある増大はみられなかった。ベースライン時の骨密度による予測モデルの曲線下面積(AUC)は、0.71(同:0.65~0.78)であり、骨密度のベースラインからのパーセント変化による予測モデルの同値も0.68(同:0.62~0.75)だった。 また、ベースライン時骨密度モデルに、2回目の測定値を元にした骨密度変化を追加したモデルでも、AUCは0.72(同:0.66~0.79)と、予測能はあまり変わらなかった。 ネット再分類指数を用いた場合、2回目の骨密度測定により股関節骨折者の分類割合は3.9%(95%CI:-2.2~9.9%)増大した一方で、低リスクと分類される人の割合は-2.2%(同:-4.5~0.1%)の減少だった。 結果を踏まえて著者は、「骨折リスクを改善しようと4年以内に骨密度を再測定し分類することは、この年齢の未治療骨粗鬆症患者には必要ないようだ」と結論している。

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毛虫を飲み込むと危険かもしれない【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第4回

毛虫を飲み込むと危険かもしれない食欲の秋です。この時期、体重が増えないように気をつけている医療従事者の方も多いでしょう。本日ご紹介するのは、あまり食欲がわかないような話です。そう、毛虫です。国や地域によっては毛虫やイモムシを食べる国もあるようですが、日本では毛虫はまさに“毛嫌い”されている存在です。私も毛虫に刺されたことが何度かあり、表面にピリピリと鋭い痛みが走るので、あまり毛虫は好きではありません(好きな人っているんでしょうか)。そんな毛虫を、もしも無邪気な子供が飲み込んでしまったら・・・という臨床試験をご紹介します。Pitetti RD, et al.Caterpillars: an unusual source of ingestion.Pediatr Emerg Care. 1999 ;15:33-6.この論文は、caterpillar(毛虫)を飲み込んで救急部を受診した10人の小児の臨床的特徴を記したものです。caterpillarは、イモムシという意味もあるのですが、英語では毛が生えていようといまいとcaterpillarとして扱うので訳がややこしいのですが、どうやらこの論文では主に毛虫を扱っているようです。毛虫を飲み込んで受診した主症状は、流涎・流涙やじんましんなどでした。10人のうち、6人が入院し5人が喉頭鏡や気管支鏡を受けました。しかしながら、有意な内視鏡所見は同定されず、その後10人全員が後遺症なく回復したそうです。この報告では、毛虫を飲み込むと意外にもアレルギー症状が出ることが明らかになりました。とくにヒッコリー・タソックという蛾の幼虫の毛虫は、アレルギー症状が強かったと記載されています(日本にはいません)。毛虫はフワフワしているので、とくに小さな子どもの場合、容易に手でつかんでしまうことがあると思います。毛虫の毛(毒針毛[どくしんもう])は、ご存知のとおり皮膚に刺さると疼痛を伴う皮疹を惹起しますので(Emerg Med Australas. 2004;16:74-81.)、子どもが近づかないよう注意が必要です。また、毛虫の状態でなくとも、繭(まゆ)・さなぎ、成虫の状態であっても強い症状を呈することがあります(Am J Otolaryngol. 2010 ;31:123-126.、Am J Public Health. 1984;74:799-803.)。できるだけ自然と触れ合ってほしいという親の気持ちもあるかと思いますが、子どもにはリスクが高いことなのかもしれませんね。

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低線量CT画像上の肺結節のがん確率を正確に推定するモデル開発/NEJM

 低線量CTスクリーニングで検出された肺結節が悪性腫瘍である確率を正確に予測する方法として、カナダ・バンクーバー総合病院のAnnette McWilliams氏らが開発した患者の背景因子や結節の特性に基づくモデルが有用なことが示された。低線量CTによる肺がんスクリーニングの主要課題は、陽性の定義および検出された肺結節の管理とされる。また、初回スクリーニングで20%以上に再検査を要する肺結節がみつかり、1万人に4.5人の割合で重篤な合併症が発現するとされ、全米肺検診試験(NLST)では外科的に切除された結節の25%が良性であったことから、結節が悪性腫瘍である確率を正確に予測する実用的なモデルの構築が求められている。NEJM誌2013年9月5日号掲載の報告。2つのデータセットを解析、すべての肺結節の転帰を追跡 研究グループは、低線量CTによる初回スクリーニングで検出された肺結節が、悪性腫瘍である確率またはフォローアップで悪性腫瘍であることが判明する確率を予測する因子を確立するために、地域住民ベースのコホート試験を行った。 低線量CTスクリーニングを受けた2つのコホートのデータを解析した。開発用データセットにはPan-Canadian Early Detection of Lung Cancer Study(PanCan)の参加者が含まれ、妥当性検証用データセットには米国国立がん研究所(NCI)の助成を受けBritish Columbia Cancer Agency(BCCA)が行った化学予防試験の参加者が含まれた。ベースラインの低線量CTスキャンで検出されたすべてのサイズの結節を追跡して最終的な転帰を確認した。 多変量ロジスティック回帰分析による2つの予測モデル、簡略モデルと完全モデルを構築し検討した。高齢、女性、結節の大きさ・部位・数などを予測因子とするモデルで高い的中能 PanCanのデータセットでは、1,871例に7,008個の結節がみつかり、そのうち102結節が悪性腫瘍であった。BCCAのデータセットでは、1,090例の5,021結節のうち42個が悪性腫瘍だった。結節を有する者のうち、がんと診断された者の割合は、PanCanが5.5%、BCCAは3.7%であった。 このモデルのがんの予測因子は、高齢、女性、肺がん家族歴、肺気腫、結節が大きい、結節の部位が上葉、一部充実型結節、結節数が少ない、棘形成などであった。 最終的な簡略および完全モデルは、きわめて良好な識別性とキャリブレーション(モデルと実際に観察された確率のマッチ度)を示した。妥当性検証用データセットではきわめて優れた予測的中能が達成され(ROC曲線下面積0.94以上)、臨床管理の決定が困難とされる10mm以下の結節でもROC曲線下面積が0.90を超えていた。 著者は、「患者の背景因子および結節の特性に基づく予測法は、ベースラインの低線量CTスクリーニングで検出された肺結節が悪性腫瘍である確率を正確に推定できると考えられる」と結論し、「再画像検査を行う前にリスクを正確に評価することは肺がんスクリーニングにおいて重要な意味を持つ。結節のリスク特異的なモデルは実臨床や公共保健医療の改善をもたらすと期待される」と指摘している。

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急性期統合失調症、ハロペリドールの最適用量は

 急性期統合失調症患者に対し、ハロペリドールの最適な投与量はどの程度なのか。英国・NHS LothianのLorna Donnelly氏らは、この疑問を明らかにするため、無作為化比較試験に関する文献レビューを行った。その結果、>3~7.5mg/日において有効性に関する明確なベネフィットは示されなかったものの、7.5mg/日以上では錐体外路症状の発現を高めることが示されたと報告した。Cochrane Database Systematic Reviewsオンライン版2013年8月28日号の掲載報告。 ハロペリドールは、新規治療薬の有効性を評価する際に基準とされる、利用しやすい抗精神病薬である。研究グループは、急性期統合失調症に対するハロペリドールの最適な用量を明らかにすることを目的としてレビューを行った。2010年2月現在のCochrane Schizophrenia Group Trials Registerを基に、CINAHL、EMBASE、MEDLINE、PsycINFOを用いて検索を行った。急性期統合失調症に対し、ハロペリドール(非デポ製剤)の2用量以上を無作為化試験にて検討し、臨床的に意味のあるアウトカムが報告されている試験を選択した。妥当な選択を行うため、すべての引用を調査するとともに、引用サンプルについても独自に再調査した。議論で同意が得られなかったことについては解決を図り、疑問が残る場合はさらに調査するためフルテキストの文献を入手した。論文を取り寄せてから確実な再調査をし、全文の質を評価した後にデータを抽出した。解析は、intention-to-treat(ITT)にて行い、2つのデータに対するリスク比(RR)と95%信頼区間(CI)を算出した。早期の脱落例または追跡不能例はアウトカム不良とみなした。また、ITT解析における連続変数の平均差(MD)、last observation carried forward (LOCF)データを算出し、観察期間の50%以上が追跡不能であった例のデータは除外した。 主な結果は以下のとおり。・無作為化試験19件を選択し解析に組み込んだ。各試験に用いられた用量はすべて異なり19種類が比較検討されていた。・いずれの試験も再発率あるいはQOLの報告はなかった。1試験でハロペリドール低用量 (>1.5~3mg/日)と高用量の比較が行われていた。・標準低用量(>3~7.5mg/日)と標準高用量(>7.5~15mg/日)の比較検討(1試験、被験者48例)において、標準低用量を用いることによる有効性(臨床的に重要な全体的症状の改善)の低下は認められなかった(RR:1.09、95%CI:0.7~1.8、エビデンスの質きわめて低い)。・また、標準低用量(>3~7.5mg/日)と高用量(>15~35mg/日)との比較検討(2試験、81例)でも、標準低用量を用いることによる有効性の低下はみられなかった(RR:0.95、95%CI:0.8~1.2、エビデンスの質きわめて低い)。・ハロペリドール用量「>3~7.5mg/日」は、臨床的に有意な錐体外路の有害事象の発現が、高用量群に比べ低かった。…vs.標準高用量(2試験、64例、RR:0.12、95%CI:0.01~2.1、エビデンスの質きわめて低い)。…vs.高用量(3試験、144例、同:0.59、0.5~0.8、エビデンスの質きわめて低い)。…vs.超高用量(>35mg/日)(2試験、86例、同:0.70、0.5~1.1、エビデンスの質きわめて低い)。・その他の用量比較において、有意な相違は認められなかった。なお、特定の低用量において、臨床的に意味のある差異の検出力が不足していた。・いずれの結果も最終的な結論には至らなかった。母集団が小さく、試験期間が短期であり質的に限界があった。・以上を踏まえて著者は、「合併症のない急性期統合失調症患者に対するハロペリドール処方を7.5mg/日以上とすることに医師が慎重になること、また統合失調症患者がより高用量の服用を躊躇することは、容易に理解できる。低用量レジメンの有効性と忍容性(とくに>1.5~3mg/日)について、さらなる研究が必要である」とまとめている。関連医療ニュース 急性期精神疾患に対するベンゾジアゼピン系薬剤の使用をどう考える 統合失調症の急性増悪期、抗精神病薬の使用状況は?:国立精神・神経医療研究センター 抗精神病薬の等価換算は正しく行われているのか  担当者へのご意見箱はこちら

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エキスパートに聞く!「プライマリケア医が診るがん」

プライマリケア医として、どういった基準(タイミング)で専門医へ紹介するべきでしょうか?がんの既往があるか、ないかで分ける必要があります。がんの既往がない患者さんの場合は、諸検査を行い、がんの疑いがある時に、紹介してくださると思います。時々、腫瘍マーカー高値で紹介してくださることがあります。腫瘍マーカーというのは、がんのスクリーニングには推奨されておりませんが、一般検診などで取入れられている場合があります。その場合は、偽陽性であることがありますが、まずは、専門医に紹介してくださってかまいません。がんの既往がある患者さんの場合には、治療後の場合と、治療中の場合に分けられます。手術などの治療後、つまり経過観察している場合には、再発の有無を見極める必要があります。患者さんは、ちょっとした症状で「再発ではないか?」と不安になることが多いのですが、実際患者さんの自覚症状・特に痛みなどの症状から再発が発見されるケースは稀です。がんの再発の多くは無症状のことが多いです。表在リンパ節腫大で発見されることもありますので、身体所見を取っていただきたいです。実際のところ、2~3日で軽快する症状であれば、がんの再発の症状とは考えにくいです。がんの再発を疑う自覚症状としては、持続する症状、徐々に悪化する症状かという2点だと思います。現在がんの治療中の場合:放射線治療を行っている患者さんは、放射線肺臓炎などの放射線有害事象、薬物治療を行っている方では抗がん剤有害事象に注意する必要があります。抗がん剤有害事象では、発熱性好中球減少症が最も注意すべき副作用です。発熱性好中球減少症は、エマージェンシーとなります。また、抗がん剤の最も頻度が高い副作用は、悪心・嘔吐ですが、まずは、一般的な吐き気止めで対処していただければよいと思います。嘔吐が強く脱水が懸念される場合などが紹介のタイミングといえるかも知れません。肺がんの低線量CTを検診に用いると発見率が上がるとの報告を聞きますが、エビデンスはあるでしょうか?ドラフトの段階ではあるもののUS Preventive Task Force(USPSTF:米国予防医学専門委員会)で、Grade Bのrecommendation を出しており、おそらく日本でも推奨グレードは上がってくると思われます。しかしながら、低線量CTが、全ての人に推奨されるのではありません。低線量CTを推奨するきっかけとなった、ランダム化比較試験の対象は、年齢が、55~74歳、喫煙歴が30 pack-year以上(1日喫煙本数x 喫煙年数 ÷20)、または、15年以内に止めているが、それまで喫煙歴があるような、ハイリスクの方に対してのみに有効であったということは覚えておいていただきたいと思います。スパイラルCTのデメリットは偽陽性が出やすいことです。偽陽性が出てしまうとさらなる無駄な検査のみしてしまうことになるという訳です。今後もこの点については検討が必要だと思います。遺伝子検査はなぜ普及しないのでしょうか? 最近話題の乳がんのBRCA1/2遺伝子など一部の遺伝性がんの検査について、欧米諸国では保険適応となっています。この点は、日本は欧米諸国に比べ遅れている点と思います。この背景には認可の問題もあると思いますが、がん遺伝子カウンセラーの育成など体制が整っていないこともあげられるでしょう。在宅医療におけるネットワーク構築について、有効な手段とは?急性期病院と在宅ケアとで密な連携をはかっていくことは、今後のがん診療で最も重要なことと思います。がん緩和ケアの領域では、海外では、ホスピスや緩和ケア病棟は、急性期の症状緩和を担当する緩和ケアのICUのような役割を果たし、症状緩和が得られた時点で、地域の在宅ホスピスと連携をとっています。日本では、在宅で最期を迎える確率は10%、ホスピスが7%ですが、欧米先進諸国での、70~80%(在宅+ホスピスで死亡する割合)と比べると圧倒的に低い数字です。日本では、まだまだ急性期病院で終末期を迎える患者さんが多いことを意味しています。今後、急性期病院と在宅ケア、ホスピスとのさらなるネットワーク作りが必要になってくると思われます。最近の流れとしては、余命告知は行う方向へ向かっているのでしょうか。がんの診断を伝えることに関しては、我が国でもかなりの割合で、診断を伝えるようになってきたと思います。余命告知とは、がんの診断の告知とは大きく異なるものということを認識しなければなりません。余命告知で大きな問題は、多くの医者が、median survival(生存期間中央値)の値を余命と勘違いし、あなたの余命は○ヵ月ですと言っている場合が多いように思います。この数値については大いに注意するべきです。中央値とはご存知の通り、データを小さい順に並べたとき中央に位置する値であり、100人患者さんがいたら、50番目に亡くなった方の生存期間です。がんの生存期間は、患者さんによって非常にバラつきが大きく、正規分布をなさないために平均値ではなく、中央値を使っているだけです。裏を返せば、ある患者集団の生存期間中央値が6ヵ月であった場合、数ヵ月で亡くなる患者さんもいれば、ある患者さんは数年経過しても生きておられるということです。従って、生存期間中央値を患者さん個人の“余命”として当てはめることは、医学的にも間違っているのです。それだけでなく、患者には相当な誤解を与えます。余命6ヵ月と言われれば、患者さんは6ヵ月で自分は死んでしまうと考えます。ある患者さんは、自分は、死亡宣告をされたと、死亡推定日まで、自分の余命はあと、○日と指折り数えていました。中央値ではなく、最悪値としての余命を言う臨床医もいますが、やはり数字を言うことは、患者さんはかなり数字にとらわれてしまいがちですし、誤解も生じやすいため、数字を言うことは慎重にすべきです。可能性・確率を言わない断定的な余命告知することは患者さんを傷つけるだけだと思います。残念ながら、未だがん専門施設でも断定的な余命告知をしている現状があります。大切なことは余命告知ではありません。海外では、余命告知ということはあまり議論にはなっていません。余命というものが、不正確であり、予測不可能なことが多いからです。余命を患者さんに告げることよりも、end of life discussionと言って、どのように最後を迎えるか、どのように生きるかということについて、医療者と患者が話し合いをすることを、ASCO(米国臨床腫瘍学会)でも勧めています。日本でも、このことが必要だと思います。参考:腫瘍内科医 勝俣範之のブログ がん患者さんの食事について。生ものを避けるようにいわれますが、実際にはどのようにアドバイスしたらよいでしょうか?生ものについてのエビデンスなどはあるのでしょうか?生ものを摂取して感染症の発症率が上昇するというエビデンスはありません。ASCOでも、抗がん剤の最中に生ものを避ける必要はないと述べています。血液腫瘍など抗がん剤による強力な免疫抑制が懸念されるのでない限り、生ものでもなんでも好きなものを食べてください、と患者さんへアドバイスすべきでしょう。生ものを避けるより、口腔内に発生する細菌を考慮した口腔ケアの方が重要だと思います。なお、マスクの着用に関しても実はエビデンスはありません。自分の病原菌を周囲に散布しないようにすることはできますが、他人からの感染を予防できるというエビデンスはないのです。

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