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アリスミアのツボ 第1回

Q1不整脈に対する治療が必要か否かの線引きは何をもって判断するのでしょうか?治療の要否は心電図所見ではないことを肝に銘じましょう。治療の要否は患者の全体像によって決まるのです。「木を見て森を見ず」不整脈の診断は心電図でなされます。だからこそ、次のような誤解が生じやすくなります…心電図が読めないから不整脈は嫌い、心電図が正常でなければすべて病気、心電図が読めれば治療の要否がわかる、などです。しかし、今の時代、治療の要否をたった一つの(しかもたった一瞬の)検査結果だけで決定できる病気があるでしょうか。私は不整脈のコンサルトを受けることはよくありますが、心電図1枚だけで治療の要否や治療法がわかることはまずありません。そう、まず必要なことは、この不整脈に対する(あるいは心電図に対する)誤解を解くことだと思います。不整脈治療を心電図だけで行おうとすると、そのほとんどが「木を見て森を見ず」になりがちです。患者のイメージでは、なにをもって治療の要否を判断するのでしょう。私が不整脈の心電図に関するコンサルトを受けた時には、「何歳?性別は?今、症状あるの?心不全はなさそう?その他に合併症はない?」と心電図以外の質問攻めをします。これらの質問に対する答えがなければ、患者のイメージがつかめないからです。不整脈の治療の要否を判断するには、心電図より患者全体のイメージが何よりも重要です。で、具体的にはどうするの?…と言われそうですが、「線引き」ができる場合とできない場合があることを知っておきましょう。不整脈に限らず、治療の要否を簡単に線引きできる疾患はそう多くはないのです。90歳の悪性腫瘍はどのように治療しますか?そんな簡単には線引きはできないかもしれませんが、患者の全体像を知っていれば医師としての判断はしやすくなるでしょう。不整脈もこれと似ています。治療の要否決定は、デジタルではなくアナログで考えましょう。言葉にすれば、「現在の血行動態がやばい場合あるいは症状で困っている場合、ほうっておくと将来何か不幸が訪れると考えた場合」、これが不整脈治療の必要な場合です。さらに詳しい話はおいおいしていきたいと思います。Q2期外収縮の最新の薬物治療について知りたいのですが…期外収縮の治療は1990年代以降大きく進歩していません。この課題、卒業してもよさそうです。そもそも治療する?私が研修医をしていた1980年代、期外収縮は治療するものと習ってきました。心電図異常=病気という考え方に基づくものです。まったく理論的根拠がなかったのかというと、そうでもなくて、陳旧性心筋梗塞患者に限れば心室期外収縮が多ければ多いほどその後の予後が悪いということが知られていました。しかし、この事実をすべての患者に当てはめてしまうのは困りものですね。実際、虚血性心疾患や心不全がない患者では、心室期外収縮の有無によって、その後の予後に違いがないことが判明しています。ほうっておいても将来何も不幸が訪れないとわかっていて、何を目的に治療するのでしょう。たぶん、心電図所見から心室期外収縮が消えて、医者も患者も気分がよいという美容形成的な意味はあるかもしれませんが…。常識的に考えてみましょう。ここに心電図がないものとして、健康なイメージを有する人の脈をとったらたまたま1拍抜けていた…これだけですぐに治療しなきゃと考える人は少ないはずです。治療したらその効果はどう判断する?現在、期外収縮は相手にしないというのが基本的な考え方です。それでも、治療せざるを得ない場合があります。そう、現在の血行動態に問題なくても、将来不幸な出来事がなくても、患者の訴えが強くて困っているのに、「何もしない」というのは医学的には正しくても、人間としてつらいですね。そんな時、私はまず「教育」という治療をしています。患者さんは、「不整脈がありますね」と言われるだけで大きな不安を感じるものです。この精神的ストレスが期外収縮を増加させてしまいそうです。だから、まず「安心」をもたらすことが一番の治療だと思っています。それでもダメな場合はあります。その時は、β遮断薬、Ca拮抗薬、いわゆるI群抗不整脈薬の何でもいいと思っています。とりあえず、効きそうな薬を…です。しかし、私が選んでも、他の先生が選んでも、きっと患者さんにとっては変わりがないでしょう。それというのも、効果判定の手段がないからです。ホルター心電図の期外収縮数ほど再現性のない検査はありません。患者も医師も気楽に考えよう期外収縮は治療しない、どうしてもしなければならない時は患者の不快感がある場合に限られるとなると、効果判定は患者の不快感しかありません。だったら、もっと治療自体は気楽に考えればよいと思います。私は、始めた治療薬で患者の不快感がなくなればすぐに中止するようにしています。逆も真なりで、つらいなら飲み続けてもよいとも言っています。治療した時もう一つの重要なことは、抗不整脈薬をだらだら漫然と服用させないことです。目的を達したかどうかで、自由にオン・オフしてよいのです。Q3心房細動で抗凝固薬が絶対必要な症例とそうでない症例の見極めはどのようにするのでしょうか?CHADS2スコアで判断しますが、自分の感性も加味しています。CHADS2スコアとCHA2DS2-VAScスコア抗凝固療法の適応判断に用いるツールとして、CHADS2スコア、CHA2DS2-VAScスコアがあまりにも有名ですね。心房細動患者の脳梗塞リスクである、心不全、高血圧、高齢、糖尿病、脳梗塞の既往をリスクとして考えるCHADS2スコア、さらに動脈硬化性疾患、65-75歳、女性をリスクとして加味するCHA2DS2-VAScスコア、両者ともに便利なスコアですが、用いる人が使いやすいものを使えばよいと思います。どちらを使おうが、全くこれらを使わないで医師の感性だけで対処するよりずっとましだからです。ちなみに国内外のガイドラインを見ると、「65歳未満で何のリスクも持たない例」は抗血栓薬自体が不要、「CHADS2スコア2点以上」は絶対必要という点で一致しています。抗凝固薬の適応判断は単純なのだろうか?では、日常臨床ではそんなに簡単に見極めができるのでしょうか。文章で書くとわかってしまった気になるのですが、リスクとされる心不全、高血圧、糖尿病の有無はどのようにして決めるのでしょう。きちんと線引きができますか?年齢はそもそも連続的なのに、65とか75とか勝手に区切っていいものなのでしょうか?あるいはCHADS2スコア6点満点は絶対的に抗凝固薬の適応なのですが、患者に会ってみればあまりにもfragileでこれでも抗凝固療法が必要なのかと頭をかしげたくなる…これも日常臨床では必発です。アナログ判断は死なず結局、Q1と同じようなところに行きついてしまうのが医療なのでしょう。というか、それがあるからこそ、医師が必要なのです。基本は守りつつ、医師の感性、患者の感性も同じように重要だ…という感覚で心房細動の脳梗塞予防をしているのが私の実情です。私の基本は、「65歳未満で何のリスクも持たない例」以外はすべて抗凝固療法の適応ですが、年齢、高血圧については患者によってかなり斟酌の度合いが異なります。糖尿病の有無判断も、糖尿病の薬物治療をしているかどうかで決めています。fragileであれば、医学判断より家族判断を優先させます。こんなことはどの教科書にも書いてなくて根拠もないのですが、逆にそれはいけないと否定する根拠もなく、だからこそ自分が患者の全体像から感じる感性でアナログ的に加味して斟酌してもいいものと思っているのです。

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QOLに焦点をあてる糖尿病診療

 2014年8月6日(水)、アストラゼネカ株式会社は「Patient Centered Care-患者さんの生活の質(QOL)を中心とした治療アプローチについて」をテーマに都内でプレスセミナーを開催した。 糖尿病の診療では、診療を中断する患者が問題となっている。こうした背景の下、今回の講師である石井 均氏(奈良県立医科大学糖尿病学講座 教授)は、患者中心の治療アプローチに取り組み、治療継続について研究、成果を上げている。本セミナーでは、石井氏がその取り組みについて詳しく語った。■糖尿病の今 糖尿病を治療する意味は、病状進展による網膜症や腎症などの合併症を防ぐこと、そして健康な人と変わらない生活の質(QOL)を保つことである。そのためには、わが国の学会が定める、合併症予防のための血糖コントロール目標値HbA1c 7%未満に保つことが重要、と石井氏は説明した。 また、2型糖尿病患者のうち、早い人は診断後5年くらいで合併症を併発する。石井氏は、最近の研究を基に合併症の傾向について述べた。いわく、糖尿病特有の細小血管障害、肥満や脂質異常と関係する動脈硬化性疾患のほか、認知症、脂肪肝、がん、骨折などの疾患もみられること。とくに2型糖尿病の半数は脂肪肝が疑われるという。そのうえで、糖尿病の現実的な目標は、「cure(治療)」ではなく「care(管理)」であり、このケアが続くことが患者に中断をもたらす一因ともなっているのではないか、と指摘した。■なぜ患者は医師の話を聞かないか 石井氏が、日々の診療を通じて気付いたことは、「患者さんの耳には、正しいことは入っていかない」ということだ。主に2型糖尿病では、顕著な症状は病初期では現れない。患者は、血糖値測定や治療薬の服用を通じてでしか、糖尿病を実感することができない。そのため今まで通りの生活をしたり、治療の自己中断をしたりするという。医師が患者の将来のためを思い、糖尿病合併症予防のため食事制限やタバコ、飲酒など嗜好品の制限を説いても、患者がなかなか守ってくれないのは、このためである。 また、現在の医師と患者の関係が、「コンプライアンスモデル(医師からの伝達型で患者の自主性がない)」であることも関係している、と石井氏は指摘した。 欧米では、すでにこのモデルから脱却しつつあり、患者の自主性を引き出しながら治療につなげていこうという「アドヒアランスモデル」が志向されている。わが国でも、最近になって多くの医療者が取り入れるようになり、臨床現場で実践されている。 アドヒアランスモデルが上手くいくには、患者の自発性を促すために医療者が患者に深く関わることが必要である。たとえば、医師の診療前に看護師など別のスタッフが患者の具合や悩みなどを聞くといった対応が重要となる。これからは、患者が理解し、行動するように寄り添っていく医療にしなくてはいけないと説明を行った。■患者のQOLを重視し、一緒に治療戦略を立てる 一度、糖尿病と診断されると、患者は人生の多くの時間を、病と過ごすことになる。だからこそ医療者は、患者の価値観を尊重し、診療にあたらなければならない。患者の長寿だけが最大目標ではなく、「いかにQOLを保ちつつ、健常人と同じように過ごすことができるかが重要」と石井氏は指摘する。そのため、多彩な血糖降下治療薬がある中で、その選択基準に患者のQOLも考慮に入れることが大切であるという。 たとえば、GLP-1受容体作動薬は、アナログ製剤であるために経口薬と比べ処方が進んでいない。しかし、持続性エキセナチドは、週1回の注射で済むために、働き盛りや高齢者の患者には、QOLを落とすことなく継続使用できる。また、血糖値を-1.1%(26週投与データ)程度降下させるとともに、体重増加を来さないという特徴を持つ。 こうした患者の生活サイクルや事情に合った治療薬を用いることで、治療継続できるように医療者がアプローチすることが大切だと講演をまとめた。

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抗うつ薬+アリピプラゾール、長期忍容性は

 抗うつ薬が奏効しないうつ病患者に対する抗精神病薬の併用は、長期的に安全なのか。米国・バージニア大学のAnita H Clayton氏らは、大うつ病性障害(MDD)患者に対し、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)/セロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害薬(SNRI)またはブプロピオン(国内未承認)にアリピプラゾールを併用した場合の長期忍容性を評価した。その結果、いずれの併用においても予期せぬ有害事象は認められず、同様の症状改善効果が認められたことを報告した。BMC Research Notes誌オンライン版2014年7月18日号の掲載報告。 研究グループは、MDD患者を対象とし、アリピプラゾールをSSRIs/SNRIsに併用した場合の長期治療の安全性、忍容性および有効性を評価するpost hoc解析を実施した。具体的には、1~4種類の抗うつ薬治療(ADT:SSRI、SNRIまたはブプロピオン)に対する反応性が不良で、その後にアリピプラゾールを投与した52週間の非盲検安全性試験の登録患者で、過去に実施された2つの研究に参加していない新規患者のデータを解析した。安全性、忍容性、性機能(マサチューセッツ総合病院性機能評価項目[MGH-SFI])、Clinical Global Impression-Severity(CGI-S)を評価した。 主な結果は以下のとおり。・ブプロピオン+アリピプラゾールが47例、SSRI/SNRI+アリピプラゾールが245例で、52週間の治療完了例はそれぞれ19例(40.4%)、78例(31.8%)であり、試験薬を1回以上投与(安全性評価対象)された例は46例、242例であった。・何らかの理由による中止までの期間中央値は、184.0日であった。・ブプロピオン群の97.8%、SSRI/SNRI群の93.8%に、1件以上の有害事象が発現した。・ブプロピオン群で最も多かった治療関連有害事象は疲労(26.1%)と傾眠(21.7%)であった。SSRI/SNRI群は疲労(23.6%)とアカシジア(23.6%)であった。・52週時の平均体重変化は、ブプロピオン群で+3.1kg、SSRI/SNRI群は+2.4kgであった。・治療に関連する、臨床的に意味のある空腹時血糖異常はブプロピオン群8.3%、SSRI/SNRI群で17.4%であった。空腹時総コレステロール値の異常は、それぞれ25.0%、34.7%であった。・空腹時血糖値のベースラインからの平均変化(標準誤差)は、ブプロピオン群1.4(1.9)mg/dL 、SSRI/SNRI群2.7(1.5)mg/dLであった。・ベースライン時のMGH-SFIスコアにおいて、ブプロピオン群はSSRI/SNRIと比べて性機能障害の程度が低いことが示唆された。そして両群ともMGH-SFIスコアの改善は、52週時に最大値を示した。・52週時点の平均CGI-S改善(最終的に改善に向かっている)は、ブプロピオン群-1.4、SSRI/SNRI群は-1.5であった(有効性の解析対象において)。・ブプロピオンまたはSSRI/SNRIのいずれにアリピプラゾールを追加しても、長期投与に伴う予期せぬ有害事象はみられなかった。また、症状改善は抗うつ薬群間で同様であった。MDD患者の性機能もまた、アリピプラゾール追加後に穏やかに改善した。関連医療ニュース 日本人うつ病患者に対するアリピプラゾール補助療法:名古屋大学 難治性うつ病にアリピプラゾールはどの程度有用か 本当にアリピプラゾールは代謝関連有害事象が少ないのか  担当者へのご意見箱はこちら

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糖尿病治療の最終目的とは

患者さん用画 いわみせいじCopyright© 2014 CareNet,Inc. All rights reserved.説明のポイント(医療スタッフ向け)診察室での会話患者 糖尿病の人は長生きできないんでしょ。頑張って食事療法をしてもあまり意味がないんじゃないんですか?医師 そんなことはありませんよ。糖尿病治療の目的はただ単に長生き、つまり延命じゃないんですよ。患者 延命じゃない!?医師 Aさんは今、元気ですよね。でも、その元気がなくなる時、つまり誰かのお世話になる(介護)時、それまでの寿命のことを「健康寿命」といいます。これを覚えておいてくださいね。画 いわみせいじ患者 健康寿命ですか。医師 そう。Aさんは元気で最後はポックリと逝きたいと思われますか?それとも誰かのお世話になっても長生き、つまりジックリでも長生きしたいと思いますか?患者 そりゃもちろん、ポックリ逝けるのがいいです。医師 それでは、ポックリ逝けるようにするためにはどうしたらいいか、お話しましょう。患者 よろしくお願いします。ポイント患者さんの言葉に変えて、説明することで、理解が深まりますCopyright© 2014 CareNet,Inc. All rights reserved.

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双極性障害へのDBT追加療法、自殺念慮の改善も

 米国・ピッツバーグ大学医療センターのTina R Goldstein氏らは、思春期双極性障害(BP)に対する弁証法的行動療法(DBT)の有用性を明らかにするため、通常の心理社会的治療(TAU)との無作為化パイロット試験を行った。その結果、薬物治療にDBTを追加することで、うつ症状および自殺念慮の改善傾向がみられることを報告した。Journal of Child and Adolescent Psychopharmacology誌オンライン版2014年7月10日号の掲載報告。 試験は、小児専門クリニックの12~18歳の新規BP患者(I、II、または他に分類されない[NOS])を対象とし、適格例をDBT群または心理社会的TAU群に2対1で無作為化した。全例で、試験に関与する精神科医により薬物療法が行われ、DBT群には年間36セッション(個人トレーニング18、家族のスキルトレーニング18)の介入が、TAU群には、精神教育、サポーティブケア、認知行動テクニックといった広範な精神療法アプローチが行われた。任意の評価者が盲検下にて、感情的な症状、自殺念慮および行動、自殺を目的としない自傷行為(NSSI)、感情調節障害などのアウトカムを年4回評価した。  主な結果は以下のとおり。・DBTを受けた思春期患者(14例)は、TAUを受けた患者(6例)に比べ、1年を通して治療への参加が有意に多かった。・両治療とも、患者ならびに両親の受容度は高かった。・追跡期間中DBT群はTAU群に比較して、うつ症状は有意に軽度であり、自殺念慮の改善傾向は3倍近く高かった。・モデルにおけるエフェクトサイズは大きく、DBT群の追跡期間中の躁うつ寛解期(週)はより長期にわたった。・躁症状または感情調節障害に群間差は認められなかったが、DBT群では躁症状および感情調節障害の両方において、治療前と比べて治療後は改善がみられた。・以上より、思春期BPのうつ症状および自殺念慮の治療において、薬物療法にDBTを追加する方法は有望と思われた。・著者は、「DBTを治療の1つとして着目することは、早期発症BPの治療において重要な意味を持つと思われる。さらなる大規模な比較試験で、有効性の確立、自殺行動への影響の検討、ならびに費用対効果を明らかにする必要がある」とまとめている。関連医療ニュース 双極性障害とうつ病で自殺リスクにどの程度の差があるか うつ病患者の自殺企図、遺伝的な関連性は 入院から地域へ、精神疾患患者の自殺は増加するのか  担当者へのご意見箱はこちら

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がん医療、進む国際化と残る課題―臨床腫瘍学会2014

【田村会長インタビュー】 2014年7月17日〜19日、第12回 日本臨床腫瘍学会学術集会が福岡市で開催された。今回学術集会の有料参加者は4600名となり、昨年から1割増加した。終会にあたり、当学術集会会長である福岡大学医学部 腫瘍・血液感染症内科 田村和夫氏に学会を振り返っていただいた。若手医療者の教育の場として貢献 今まで以上に若い方にたくさん参加していだいたことは大変有意義でした。学術集会で最も重要なのは教育ですが、30の教育講演のほとんどが満席で、なかには会場に入りきれないものありました。また、今大会は、ポスターセッションを重視して広い会場で行いましたが、そこでも活発な議論が交わされていました。専門医と若い方たちの活発なディスカッションが進んだのではないかと思います。若い人たちの良い教育の場になったと思います。さらなる国際化へ努力 日本はアジアの玄関ですし、臨床腫瘍学会の大きなミッションの一つとして国際化があります。今大会では、海外からの一般公募演題も70にのぼりました。ヨーロッパの腫瘍学会ESMOなど海外がん関連学会との合同シンポジウム、インターナショナルセッションも合わせ国際的なセッションも増えています。 このような英語のセッションの増加に対しても、皆さん大分慣れてきたようです。そういう観点からも国際化が進んでいると感じます。今後は聞くだけではなく、本当の意味でディスカッションをできるようになっていただけけたら良いと思います。それにはまだ少し時間がかかるでしょうが、皆が国際化に向かって進歩していくべきだと思います。小児がんサバイバーに対する認識を高める 小児血液・がん学会と小児がんサバイバーシップの合同シンポジウムを行いました。このシンポジウムを通し、われわれ成人診療科医は、もっと小児がんサバイバーについて知る必要があると強く感じました。 小児がんの8割は治癒します。治癒した方は成長していく訳ですが、大人になっても小児科が引き続いて診ています。小児科から成人診療科へのシームレスな移行がなされていないのです。患者さんの年齢があがれば、生活習慣病など小児科では診ないような疾患が現れてきます。実際、そういった晩期合併症によって、小児がんサバイバーの3割が40歳代で亡くなっているという現実があります。 そういった観点からも、サバイバーの成長と共に小児科から引き継いで成人診療科が診る必要があります。少なくともわれわれ成人診療科は小児がんサバイバーについて認識を深め、小児がんのバックグラウンドがある患者さんの対応については見直す必要があります。コストも含め考えていくべき高齢者がん医療の問題 高齢者のがん治療は、非常に大きな問題であると同時に避けて通れない問題です。今学会では、合同シンポジウムとワークショップで取り上げました。 高齢者のがん薬物療法についての対応は遅れています。がん死亡者の8割が65歳以上です。しかし、薬物療法の臨床試験の適格条件は70歳程度で、現実の多くの患者さんより若年なのです。高齢者にどのような診療をするべきか、客観的にみていくシステムを作り、コンセンサスを取る必要があります。 医療費もそこにシフトしていく訳で、これからのがん医療の大きな問題といえます。これについては、医療者だけでなく国も議論していかなければいけない問題です。今回は時間が取れませんでしたが、来年以降はそこも考えていくべきだと思います。

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開発中のブレクスピプラゾール、その実力は

 新規開発中のブレクスピプラゾール(brexpiprazole、OPC-34712)について、同薬は抗精神病作用を有し、錐体外路症状の副作用リスクは低いこと、統合失調症に関連する認知障害に有効である可能性などが、動物実験の結果、示唆された。同薬を開発する大塚製薬のMaeda Kenji氏らが報告した。Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics誌オンライン版2014年6月19日号の掲載報告。 ブレクスピプラゾール(7-{4-[4-(1-benzothiophen-4-yl)piperazin-1-yl]butoxy}quinolin-2(1H)-one)は、セロトニン-ドーパミン活性のモジュレーターであり、5-HT1Aおよび D2/3受容体に結合してパーシャルアゴニストとして働くほか、5-HT2A、α1B-およびα2C-アドレナリン受容体に結合してアンタゴニストとして働く。本検討で研究グループは、動物モデルを用いて、ブレクスピプラゾールの行動薬理学的特性を評価し、さらに他の2種の第二世代抗精神病薬(アリピプラゾール、リスペリドン)との比較を行った。 主な知見は、以下のとおり。・ブレクスピプラゾールは、臨床的に意味のあるD2受容体占拠状況下において、ラットの条件回避反応を阻害したほか(ED506.0mg/kg)、アポモルフィンまたはd-アンフェタミン誘発過活動の阻害(それぞれED502.3 および0.90)、アポモルフィン誘発性常同行動の阻害(ED502.9)することが示された。・また、サルにおいて、アポモルフィン誘発性のまばたきも強力に阻害した。・これらの結果から、ブレクスピプラゾールが抗精神病作用を有することが示唆された。・ブレクスピプラゾールは、臨床的に意味のあるD2受容体占拠を超える濃度でカタレプシーを誘発したことから(ED5020)、錐体外路症状の副作用リスクは低いことが示唆された。・ラットにおいて、フェンサイクリジン(PCP)による亜慢性治療が認知障害を引き起こすことが、novel object recognition(NOR)テストとattentional set-shifting(ID-ED)テストの両方で示された。・PCPに誘発される認知障害は、NORテストにおいてはブレクスピプラゾール1.0および3.0mg/kgで、ID-EDテストにおいては1.0 mg/kgで改善することが確認された。・一方で、アリピプラゾール(10mg/kg)は、臨床的に意味のあるD2受容体占拠を示していたにもかかわらず、PCP誘発の認知障害に対する効果は確認されなかった。・5-HT1A アゴニストのbuspironeおよび 5-HT2A アンタゴニストのM100907は、部分的ではあるが、PCP誘発性障害を有意に改善することがNORテストにより確認された。・さらに、ブレクスピプラゾールの効果は5-HT1AアンタゴニストのWAY-100635と併用した際に消失した。・上記のように、ブレクスピプラゾールは抗精神病薬様活性を有し、統合失調症に関連する認知障害モデルに対する強力な効果があることが示された。・また、認知テストにおいてブレクスピプラゾールの有効性は、アリピプラゾールよりも優れていることが示された。・ブレクスピプラゾールの薬理学的プロファイルは、5-HT1A 、D2受容体に及ぼす影響と5-HT2A受容体に及ぼす影響との良好なバランスに基づくものであり、その他のモノアミン受容体の活性を調節できる可能性があると考えられた。関連医療ニュース 統合失調症患者の認知機能に対するアリピプラゾール vs リスペリドン 急性期の新たな治療選択となりうるか?非定型抗精神病薬ルラシドン 新規抗うつ薬「ノルアドレナリン・ドパミン脱抑制薬」その実力とは?

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大腸がん肝転移切除患者の予後予測バイオマーカー

 大腸がん肝転移の根治的切除により長期的ベネフィットがもたらされる患者の割合は40%以下である。そのため、臨床管理を改善し、無意味な手術を減らすために、予後予測バイオマーカーが必要となる。上皮成長因子受容体(EGFR)およびプロスタグランジンエンドペルオキシド合成酵素2(PTGS2)の発現が、発がんおよび生存期間と関連したことから、オランダ・VU大学医療センターのJ A C M Goos氏ら(the DeCoDe PET group)は、大腸がん肝転移切除後の患者におけるEGFRとPTGS2発現の予後予測的価値を調べた。その結果、これらの発現は、切除可能な大腸がん肝転移患者における予後予測分子バイオマーカーであることが示唆された。British Journal of Cancer誌オンライン版2014年7月1日号に掲載。 著者らは、1990年~2010年に肝切除術を受けた患者の多施設コホートより、ホルマリン固定パラフィン包埋大腸がん肝転移組織および原発腫瘍標本を組織マイクロアレイ(TMA)に組み込んだ。TMAをEGFRおよびPTGS2について免疫組織化学染色した。大腸がん肝転移組織での発現と全生存期間との関連のハザード率比(HRR)は500-fold交差検証法で計算した。 主な結果は以下のとおり。・EGFRとPTGS2の発現は、それぞれ、323例と351例の患者で認められた。・大腸がん肝転移におけるEGFR発現は、予後不良と関連し(HRR 1.54、p<0.01)、交差検定によるHRRは1.47(p=0.03)であった。・PTGS2発現も予後不良と関連し(HRR 1.60、p<0.01)、交差検定でのHRRは1.63(p<0.01)であった。・EGFRとPTGS2の発現は、標準的な臨床病理学的変数での多変量解析後においても、予後と関連していた(それぞれ、交差検定でのHRR 1.51、p=0.02、同HRR 1.59、p=0.01)。・一般的に適用された全身療法レジメンで層別化した場合、全身療法を受けなかった患者のサブグループでのみEGFRとPTGS2の予後予測価値が示され(それぞれ、HRR 1.78、p<0.01、HRR 1.64、p=0.04)、EGFRとPTGS2の両方とも高度に発現した場合に予後が最も悪かった(HRR 3.08、p<0.01)。・大腸がん肝転移におけるPTGS2の発現は、同一患者の原発腫瘍での発現に相関していた(p=0.02、69.2%の一致)。

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抗精神病薬服用が骨密度低下を引き起こすのか:千葉大学

 これまでに、統合失調症患者において長期の抗精神病薬服用により骨粗鬆症/骨減少症の高リスクが引き起こされる可能性を示唆するエビデンスが蓄積されてきた。しかし、抗精神病薬服用がどの程度、骨密度(BMD)低下を引き起こすのかについては明らかになっていなかった。千葉大学の沖田 恭治氏らは、統合失調症患者における第二世代抗精神病薬と骨代謝との関連について検討した。その結果、統合失調症患者のBMD低下について複雑な原因を示唆する知見が得られたことを報告した。Schizophrenia Research誌オンライン版2014年5月30日号掲載の報告。 研究グループは、精神疾患患者を対象として、骨状態の進行を正確に予測できる骨代謝マーカーを用いて試験を行った。被験者(統合失調症患者167例、健常対照60例)のプロラクチン、エストラジオール、テストステロン、骨吸収マーカー(TRACP-5b)を測定し評価した。 主な結果は以下のとおり。・統合失調症患者は健常対照と比較して、プロラクチン値が有意に高値であり、TRACP-5b値は有意に低値であった。・さらに、すべての男性被験者群および男性患者において、プロラクチンとエストラジオールおよびテストステロンとの間に、負の関連性が認められた。・TRACP-5bは、女性患者ではプロラクチンと正の関連性が、すべての女性被験者群ではエストラジオールと負の関連性が認められた。・骨吸収率は、健常対照と比べて患者のほうでかなり低かったことが示され、統合失調症患者におけるBMD低下の原因は複雑であることが示唆された。・本研究によりキーとなる因子間でいくつかの意味がある関連が確認された。すなわち高プロラクチン血症が性ホルモンの抑制を誘発し、高骨代謝に結びついている可能性が示された。・これらの結果を踏まえて著者は、「骨吸収マーカーであるTRACP-5b測定が、BMD低下の病理を明らかにするのに役立つ可能性があることが示唆された」とまとめている。関連医療ニュース 統合失調症患者は“骨折”しやすいって本当? 抗てんかん薬の長期服用者、80%が骨ミネラル障害 抗精神病薬誘発性持続勃起症への対処は  担当者へのご意見箱はこちら

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パーキンソン病初期治療は、レボドパ単独が長期的に有益/Lancet

 パーキンソン病の初期治療は、レボドパ単独療法がレボドパ併用療法(ドパミンアゴニストまたはモノアミン酸化酵素B阻害薬[MAOBI])よりもごくわずかではあるが、患者評価の運動能スコアについて持続的有益性があることが示された。また初回併用療法としてはMAOBI併用がドパミンアゴニスト併用よりも有効であった。英国・バーミンガム大学PD MED共同研究グループが非盲検プラグマティック無作為化試験の結果、報告した。これまでパーキンソン病の早期患者について、レボドパ、ドパミンアゴニスト、MAOBIの3種のうちどれを初期治療として用いることが有用なのか確認されていなかった。Lancet誌オンライン2014年6月11日号掲載の報告。レボドパvs.ドパミンアゴニストvs. MAOBI 研究グループは3種のうち、どれが長期の症状コントロールおよび最良のQOLに有効なのかを明らかにするため、新規にパーキンソン病を診断された患者を対象に試験を行った。 被験者はバーミンガム大学の電話コールセンターサービスにより無作為に1対1対1の割合で、レボドパ併用療法(ドパミンアゴニストまたはMAOBI)もしくはレボドパ単独療法に割り付けられた。 主要アウトカムは、39項目からなる患者評価パーキンソン病質問票(PDQ-39)で評価した運動能力であった。またパーキンソン病のQOLへの影響を評価(範囲:0~100、6ポイント差以上を意味があると規定)し、費用対コストも評価した。分析はintention to treatにて行われた。7年間の運動能スコアの平均差、レボドパ単独群が有意に高値を維持 2000年11月9日~2009年12月22日に、1,620例の患者が各試験群に割り付けられた(レボドパ群:528例、ドパミンアゴニスト群632例、MAOBI群460例)。 追跡期間中央値3年においてPDQ-39運動能スコアは、レボドパ単独群がレボドパ併用療法群よりも平均1.8点(95%信頼区間[CI]:0.5~3.0、p=0.005)良好で、7年の観察期間中、この有益性についての増減はみられなかった。またMAOBI群とドパミンアゴニスト群の比較では、MAOBI群が平均1.4点(同:0.0~2.9、p=0.05)良好であった。 副次アウトカムのEQ-5Dスコア(一般的なQOL測定指標)は、レボドパ単独群がレボドパ併用群よりも平均0.03点(95%CI:0.01~0.05、p=0.0002)良好だった。認知機能障害(ハザード比[HR]:0.81、95%CI:0.61~1.08、p=0.14)、施設への入所(同:0.86、0.63~1.18、p=0.4)、死亡(同:0.85、0.69~1.06、p=0.17)とも有意差はみられなかったが、いずれのCI上限値ともにレボドパ単独群がレボドパ併用群よりも大幅に高値であった。 副作用により試験薬を中断したのは、レボドパ群11/528例(2%)であったのに対し、ドパミンアゴニスト群は179/632例(28%)、MAOBI群は104/460例(23%)であった(p<0.0001)。

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鎮痛薬+不眠症治療薬の併用、鎮痛薬単独より腰痛+不眠を改善

 米国・デューク大学医療センターのHarold W. Goforth氏らによる、不眠症治療の有効性を検証する二重盲検プラセボ対照並行群間試験の結果、標準的な鎮痛薬と不眠症治療薬の併用は、慢性腰痛患者の疼痛、睡眠、抑うつ症状を有意に改善することが明らかにされた。不眠症は、慢性腰痛患者によくみられる症状だが、これまで長い間、特別治療する必要はないとみなされてきた。しかし最近の研究で疼痛治療に不眠症治療を加えることにより予後が改善することが示唆されていた。今回の結果を踏まえて著者は、「慢性腰痛患者の日常診療においては、睡眠と疼痛いずれもの治療が重要であることを意味している」と述べるとともに、さらに「睡眠障害の改善が疼痛を改善するというエビデンスが得られた」とまとめている。Sleep誌2014年6月1日号の掲載報告。 試験は、不眠症の診断基準を満たし3ヵ月以上腰痛が続いている慢性腰痛患者52例(平均年齢42.5歳、女性63%)を対象に行われた。 被験者を、エスゾピクロン(ESZ)3mg+ナプロキセン500mg1日2回投与群(ESZ群)とプラセボ+ナプロキセン500mg1日2回投与群(プラセボ群)に無作為に割り付け、1ヵ月間投与した。 主な結果は以下のとおり。・ESZ群はプラセボ群に比べ、主要評価項目とした総睡眠時間が有意に改善した(平均増加時間:ESZ群95分、プラセボ群9分)。・疼痛強度(視覚アナログスケール/ 平均減少量:ESZ群17mm、 プラセボ群2mm)、ならびに抑うつ症状(ハミルトンうつ病評価尺度/ 平均改善度:ESZ群3.8点、プラセボ群0.4点)も、プラセボ群に比べESZ群で有意に改善した。・疼痛強度の変化は、睡眠の変化と有意に相関していることが認められた。

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統合失調症患者の過度なカフェイン摂取、どう対処すべき

 先行研究において、統合失調症患者は一般集団よりもカフェイン摂取率が高いことが示されている。しかし質的研究は行われていなかったことから、オーストラリア・Neami NationalのLisa Thompson氏らは、統合失調症患者におけるカフェイン摂取の影響に関する検討を行った。その結果、個々のカフェイン摂取に対する信条や行動が明らかとなり、個々人へのアプローチが大切であることを報告した。BMC Psychiatry誌オンライン版2014年4月16日号の掲載報告。統合失調症患者はカフェイン摂取をとても意味のある行動だと認識 研究グループは、統合失調症患者の暮らしにおいてどのようにカフェインを摂取し、また摂取にどのような意味付けをしているのかを、カフェイン摂取の習慣と関連している態度や信条をナラティブに分析して調べる質的研究を行った。検討は、Alcohol, Smoking and Substance Involvement Screening Tool(ASSIST)評価で、カフェイン使用の評価が「中程度」または「高度」のリスクカテゴリーに分類された個人を対象に行われた。20例に対して詳細な面接を行い、記録の写しを分析して、顕著な考え方を特定した。 統合失調症患者におけるカフェイン摂取の影響を検討した主な結果は以下のとおり。・以前の文献でも示されていたように、被験者である統合失調症患者のカフェイン摂取のきっかけは、主としてカフェインの刺激作用にあることが示された。被験者はまた、カフェイン摂取の重大な動機としては「依存」を認識していた。・カフェイン摂取に関連する被験者の行動は、過去の摂取経験によって強化されていることがうかがえた。・被験者が過去の摂取で覚醒やリラクゼーションといったプラスの効果を経験していると、摂取量は同程度また増加していた。・対照的に、マイナス効果を見込んでいる被験者は、カフェイン摂取のパターンを変える頻度が高かった。たとえば、カフェイン含有飲料を代用することでマイナスの副作用の経験を最小化したり、なくそうとしていた。・全体的に被験者は、カフェイン摂取をとても意味のある行動だと認識していた。すなわち、カフェイン摂取は、彼らにとって日々の生活の一部であり、社会との関わりを促進する機会であると認識していた。 以上から、著者は「個々の健康に関する信条と実際の有害リスクとの矛盾が、健康関連の行動に関連しており、精神疾患を診断された人への適切で効果的な健康プロモーション戦略の実施が、重大かつ継続した課題としてあることが提示された」と述べている。そのうえで、「精神疾患患者にかみあったサービスが価値あるものであり、個々の統合失調症患者におけるカフェイン関連健康リテラシー戦略の実行を検討し、過度なカフェイン摂取のリスクや、カフェインと抗精神病薬との相互作用に関して消費者教育を行うことが大切なことである」とまとめている。関連医療ニュース 無糖コーヒーがうつ病リスク低下に寄与 抗精神病薬による体重増加や代謝異常への有用な対処法は:慶應義塾大学 オランザピンの代謝異常、原因が明らかに:京都大学  担当者へのご意見箱はこちら

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ここから始めよう!みんなのワクチンプラクティス ~今こそ実践!医療者がやらなくて誰がやるのだ~

第1回 ワクチンプラクティスって何?第2回 学ぶべき4つのVとは?第3回 その打ち方は正しいのか? Vaccinological principle (1)第4回 ルールに沿って、しかし速やかに第5回 本当の重要性を知る B型肝炎、ヒブ/小児肺炎球菌 Vaccine formulation & VPD (1)第6回 子供だけに必要なわけじゃない 破傷風、百日咳 Vaccine formulation & VPD (2)第7回 軽んじてはいけない 麻疹・風疹、日本脳炎 Vaccine formulation & VPD (3)第8回 知られざる合併症 水痘、ムンプス Vaccine formulation & VPD (4)第9回 誤解されている HPV、成人肺炎球菌 Vaccine formulation & VPD (5)第10回 教科書には載っていない Vaccinee第11回 4Vで3Cを実践しよう(1) Common schedule & Catch-up schedule第12回 4Vで3Cを実践しよう(2) Communication on vaccine 肺炎球菌、ヒブワクチンが定期接種化されるなど、改善の兆しを見せる日本のワクチン事情ですが、先進国から比べればまだまだ不十分な状況に変わりはありません。正しいワクチン接種によって、多くの小児の命が救われ、麻痺や難聴などの高度障害を減らせるのです。にもかかわらず、接種率の低さ、任意接種扱いのままのワクチンが複数あること、Tdapなどのブースターワクチンの未整備など、問題は山積みです。こういった状況でありながら医学部ではワクチンを単独の教科として時間配分することは少なく、ワクチンに不安を感じる母親とのコミュニケーションが図れず、臨床現場で戸惑うこともあるのではないでしょうか?このコンテンツでは同時接種の可否、接種間隔、望ましい投与経路、副反応、疫学状況や救済制度はどうなっているか、などの問いに一つずつ触れています。現場で悩む医師の拠り所となるべく、正しいワクチンの知識を分かりやすく解説。患者さんの不安を払拭するためのコミュニケーションスキルアップの実演もあります。第1回 ワクチンプラクティスって何?今までワクチンのことを系統立てて学んだことはありますか?ワクチンプラクティスとは積極的にワクチンの正しい知識を学び、積極的に必要なワクチンの提案とコミュニケーション、そして接種を行うことです。このワクチンプラクティスには3つの要素(3C)があります。この3Cを知ることで母子手帳の空欄を埋めるだけという受け身から脱却し、正しいワクチンプラクティスを実践することが出来るのです。第2回 学ぶべき4つのVとは?ワクチンプラクティスを行うためには、どんな知識が必要なのでしょう?学習領域は膨大です。4つのVで整理して考えましょう。 すなわち、Vaccinological principle(ワクチン学の原則)、Vaccine formulation(個別のワクチン製剤)、VPD(ワクチンで予防可能な疾患ワクチンで予防可能な疾患)、そしてVaccinee(ワクチンの被接種者)です。これらを総合的に理解することで、正しいワクチンプラクティスを行うことが出来るのです。第3回 その打ち方は正しいのか? Vaccinological principle (1)ワクチンの投与経路、異なるワクチン同士の投与間隔、同時接種。これらについては日本だけのルールも存在し、正しく理解されてないことが多くあります。ワクチン学的に何が正しいのか理解し、臨床現場ではどう対応すべきか学びましょう。第4回 ルールに沿って、しかし速やかに接種禁忌や副反応、その対応法を知っておきましょう。また、接種注意や見合わせについては、海外のプラクティスとかけ離れた独自の「日本ルール」があります。これらを踏まえておくとどのようなプラクティスを実践すれば良いのかがわかります。第5回 本当の重要性を知る B型肝炎、ヒブ/小児肺炎球菌 Vaccine formulation & VPD (1) B型肝炎ワクチンは水平感染や性行為感染症を防ぐ有効策です。ヒブ/小児肺炎球菌ワクチンは、侵襲性の感染症を防ぐだけでなく、日常診療でも非常に重要な意味を持ちます。個別のワクチンの重要性を理解することでワクチンプラクティスの幅が広がります。第6回 子供だけに必要なわけじゃない 破傷風、百日咳 Vaccine formulation & VPD (2) 10年ごとのブースターが必要な破傷風。ある年齢以上の方は基礎免疫も有していません。また、新生児には致命的な百日咳から小さな命を守るために周りの人々がその免疫を持つ必要があります。成人でもDPTに工夫を施し、ブースター接種を行いましょう。第7回 軽んじてはいけない 麻疹・風疹、日本脳炎 Vaccine formulation & VPD (3)海外では麻疹・風疹の排除達成国が多数ありますが、日本ではワクチン接種率が低いなどの理由で未だに流行し、後遺症で苦しむ方がいます。また日本脳炎の発症は稀ですが、予後は極めて不良です。しかしいずれもワクチン接種を行えば予防可能なVPDなのです。第8回 知られざる合併症 水痘、ムンプス Vaccine formulation & VPD (4)水痘やムンプスは「罹って免疫をつける疾患」ではありません。水痘の感染力は強く、小児病棟の閉鎖が容易に起こります。ムンプスによる難聴は年間3000例発生し、予後も極めて不良です。ワクチンプラクティスで発症を予防し、その誤解を解きましょう。第9回 誤解されている HPV、成人肺炎球菌 Vaccine formulation & VPD (5) その名称から誤解を生むワクチンがあります。いわゆる子宮頸癌ワクチンは未だ子宮頸癌を減らしたというエビデンスがありませんし、成人肺炎球菌ワクチンも市中肺炎の発症を減らせるわけではありません。接種と同時に正しい知識を伝えることが重要です。第10回 教科書には載っていない Vaccinee ワクチンは年齢で一律に打てばいいわけではありません。VPDの感染リスクや、その考え方等を理解しましょう。これらは被接種者で異なり、教科書には載っていません。コミュニケーションを図って情報を集め、正しいワクチンプラクティスを実践しましょう。第11回 4Vで3Cを実践しよう(1) Common schedule & Catch-up schedule接種が必要なワクチンは多数存在します。接種スケジュールを立てる際は早見表を上手に活用しましょう。また、キャッチアップスケジュールを立てる場合際には被接種者ごとにVPDの感染リスクや、ワクチンに対する本人やその保護者の考え方にも耳を傾けることが必要です。4Vを学んでいれば、スケジュールの立案などは恐れるに足りません。第12回 4Vで3Cを実践しよう(2) Communication on vaccineテーマはコミュニケーション。ワクチン接種には必須となります。「詳しい知識がない」、「偏った考えを持っている」、「忌避しようとする方」に対しては非常にデリケートなコミュニケーションが要求されます。まずは正しい知識を伝え、疑問や不安に真摯に応えていきましょう。ワクチンを忌避する保護者の方たちには、「願っているのは子供の健康である」という共通の基盤をもとにコミュニケーションを取り続けることが重要です。

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ミスト(中編)【マインドコントロール】

今回のキーワードマインドコントロール心的外傷体験被暗示性カリスマ性ダブルバインドスケープゴート「何でそこまで言い切れるの?」皆さんは、テレビで紹介される「今日の運勢」が気になったりしませんか?科学的な根拠はないのに、結果によって気分が一喜一憂してしまいませんか?また、職場などで「何でそこまで言い切れるの?」と思いつつ、「そうかなあ」とついその人に引き込まれそうになったことはありませんか?この心理は何なんでしょうか?それは、私たちには、進化の過程で手に入れた本能の1つとして、信じ込む心理があるからです。それでは、なぜ信じ込む心が沸き起こるのでしょうか?前回は、2007年の映画「ミスト」を通して、宗教の起源の心理を交えながら、信じ込む心理の魅力やメリットを考えてきました。それは、社会(集団)の安定であり、個人の安らぎでした。今回も引き続き「ミスト」を取り上げ、信じ込む心理の危うさやデメリットを考えます。テーマは、マインドコントロールです。信じ込む心理は、裏を返せば、囚われる心理でもあります。私たちはこの心理とどううまく付き合っていけば良いのかをいっしょに探っていきましょう。表1 信じ込む心理の二面性プラス面マイナス面社会(集団)の安定個人の安らぎ→前月号囚われる心理(マインドコントロール)→今月号マインドコントロールとは?あるのどかな田舎町に突然、立ち込めた濃い霧(ミスト)が、町全体を覆い尽くします。主人公デヴィッドと幼い息子は、たまたま買い物をしていたスーパーマーケットで、その他の大勢の買い物客と共に閉じ込められてしまいます。ガラス越しの外の一寸先は、濃い真っ白な霧の世界です。一歩踏み出すと、得体の知れない何かが彼らを襲ってきます。その時、スーパーマーケットの中で存在感を発揮し始めるのが、町の信心深い信者であり変わり者でもあるカーモディさんです。彼女は、自らの説く教えによって、人々を次々と信者へと変えていきます。そして、教祖のようになったカーモディさんは、生け贄を捧げようと言い出し、その言葉に人々は熱狂し、従うようになります。一体、何が起こっているのでしょうか?その答えが、マインドコントロールです。マインドコントロールとは、人の心(マインド)を思い通り(コントロール)にすることです。私たちは、そう簡単に自分の心は他人の思い通りにならないと思うでしょう。しかし、実は、ある状況や原因が重なると、誰にでも起こりうる危うさが潜んでいます。これから、このマインドコントロールのメカニズムについて、マインドコントロールされる側とする側の両方の視点で見通します。そして、マインドコントロールにかかる心理と、マインドコントロールをかける心理(テクニック)を解き明かしていきたいと思います。まずは、マインドコントロールにかかる心理の危険因子を、環境因子と個体因子に分けて順番に考えてみましょう。マインドコントロールにかかる心理(1)環境因子―1. 閉鎖性デヴィッドたちは、スーパーマーケットという霧で覆われた密室に閉じ込められています。その中で、たまたま居合わせた人々が生活を共にすることになるのです。そこは、光が遮られ、昼と夜が分かりにくい状況です。また、そこで人々の体の間合い(パーソナルスペース)や心の間合い(心理的距離)はいやおうなく近付いています。お互いのことが目につき過ぎてしまい(対人感受性)、プライバシーが失われていきます。また、食糧には困りませんが、電話、テレビ、ラジオなどのあらゆる通信、受信が機能せず、助けも来ず、全くの孤立状態です。まさに霧の中で先行きが見えません。このような空間的にも時間的にも閉じている状況(閉鎖性)はマインドコントロールの危険因子です。この状況は、まさに原始の時代の閉ざされた1つの共同体に見立てられます。約20万年前には、私たちの祖先は、最大100~150人(ダンバー数)くらいの閉鎖的な運命共同体(集団)をそれぞれつくっていました。スーパーマーケットの人々が、共同体の擬似家族となることで、前月号で触れたように、集団の安定のために、相手と同じ行動や考えを好み(同調)、何かを拠りどころとして信じ込もうとして(崇拝)、従いやすくなる心理(集団規範)が高まります。これは、原始宗教の心理の特徴です。昔からの宗教における山ごもり修行や、現在のカルト宗教での社会からの断絶による集団生活は、この心理が大いに働いていると言えます。マインドコントロールにかかる心理(1)環境因子―2. 不安定性―[1]心的外傷体験スーパーマーケットの人々の中の地元民のジムは、初め、カーモディさんをバカにして、暴言を吐いていました。ところが、目の前で次々と人が怪物に殺されていく状況の中、そしていつ次は自分の番になるのか分からない状況の中、様変わりしてしまいます。救いを求めて、完全にカーモディさんの忠実な信者となってしまうのです。デヴィッドたちは、「(霧が出てから)2日も経っていないのに」「精神バランスが崩れたか」と残念がっています。このような心的外傷体験(トラウマ)による予測不可能な状況(不安定性)はマインドコントロールの危険因子です。ありえない現実を目の当たりにしていつ死ぬか分からない恐怖を味わうと、今まで信じていた価値観(認知パターン)や行動パターンなどの心の拠りどころを失い、新たな心の拠りどころを求めるようになります(パブロフの超逆説的段階)。つまり、極限状況において、脳の既成のプログラムがリセットされて、新しい刺激(条件)による書き換えが起きやすくなるということです。そして、無垢でナイーブな子どものように、新しい刺激を受け入れやすくなるのです。例えば、失恋をして異性の友人に相談をすると、その相談相手に惚れてしまうという話はよく聞くでしょう。これは、失恋を心的外傷と捉えれば、相談相手が新しい拠りどころ(=恋人)となるような脳の書き換えが起きやすくなるということです。ルール(法律)や論理(科学)と言った理性的な心の拠りどころを失った人々は、恐れや焦り、苛立ちにより、理性よりも感情に支配されやすくなります。より感情的な心の拠りどころを見つけようとします。そして、共同体が結束した原始の時代の宗教的な心が目を覚まします。現代のカルト宗教の中には、不眠、不休、不食の極限状況を強いたり、社会で悪とされること(犯罪行為など)をあえてさせるところもあります。これは、極度のストレスにより精神的に弱らせることで、またモラルを破らせてもともとの価値観(認知パターン)を壊させることで、心的外傷体験を作り出し、救いや癒やしなどの新しい拠りどころ(=入信)を与えるテクニックと言えます。最近はあまりないようですが、部活動でのしごきにより極限状態を強いることで、チームの一体感を強めるというやり方も、同じ心理を利用しています。マインドコントロールにかかる心理(1)環境因子―2. 不安定性―[2]感覚遮断と感覚過剰予測不可能な状況(不安定性)とは、心的外傷体験だけではありません。それは、閉鎖性によりいつも慣れ親しんでいる五感など刺激(情報)がシャットアウトされている状態(感覚遮断)でもあります。例えば、人間は、閉じ込められたり縛られたりして身動きが取れない状態が一定時間以上続くと、的外れなことを言ったり(的外れ応答)、子どもっぽく振る舞ったりするなど(小児症)、精神状態が一時的に幼くなります(拘禁反応)。子どもっぽくなるという点は、先ほど触れた心的外傷体験による結果と共通しています。また逆に、新しい刺激(情報)が溢れ返っている状態(感覚過剰)も予測不可能な状況(不安定性)です。これは、入力される過剰な刺激(情報)によって、情報処理が追い着かなくなり、脳がパンクし麻痺してしまい(ストレス負荷)、自ら考えようとしなくなる状態です。このように、感覚遮断や感覚過剰による予測不可能な状況(不安定性)はマインドコントロールの危険因子です。極端な隔離生活による情報の「干ばつ」が心を日照らせてしまう状況も、メディアなどによる情報の「洪水」が心に押し寄せて溺れさせてしまう状況も、心を不安定にさせます。つまり刺激(情報)は、足りなくても溢れていても良くなくて、適度にあるのが望ましいと言えます。この危険因子は、ICU症候群(術後せん妄)でも同じです。これは、交通事故や手術後の後、ICU(集中治療室)に入室して、精神的に混乱する状態です。隔離されていることで、いつもいっしょにいる家族と会えず(感覚遮断)、昼夜が分からない明るい部屋で、心電図などのモニター音がピコピコ鳴り続けている状況(感覚過剰)が原因です。昔から、宗教が盛り上がるのは、その時代の社会の不安定さを反映しているようです。社会が混乱して不安定(感覚過剰)だからこそ、社会がまとまり安定するための求心力を人々は求めて、宗教的になっていくのです。最近では、選択肢(知識)が多い状況(感覚過剰)ほど逆に決められなくなるという心理実験の研究結果が出ています。そんな世の中だからこそ、決定を代行するアドバイザーもまた増えているわけです。そもそも原始の時代から私たち人間は、選択肢などほとんどないシンプルな暮らしを送っていました。暮らしの中で選択肢が急激に増えたのは、産業革命が起きてからごく200年、情報革命が起きてからごく30年です。700万年の人間の心の進化の歴史を考えると、私たちの脳が、過剰な情報化社会に合うように進化するのには時間が短すぎるのです。つまり、テレビ、ネット、携帯電話に過剰にさらされている子どもたちは、主体的で創造的に考えようとする心理を弱め、引きこもりのリスクを高めているとも言えます。マインドコントロールにかかる心理(1)環境因子―3. 視野狭窄デヴィッドの仲間の1人が「セサミストリートへようこそ」「今日習う言葉は『償い』だよ」と言い、一貫して「償い」という言葉を言い続けるカーモディさんを揶揄します。人々は、もはや「償い」より他の選択肢が見えなくなっています。これは、外界の情報がシャットアウトされた上に(感覚遮断)、視野(思考)を一点に集中させられている状況です(視野狭窄)。例えるなら、暗いトンネルの中にいて、遠くに見える明るい出口に突き進む状況です(トンネル体験)。このように、トンネル体験(視野狭窄)はマインドコントロールの危険因子です。情報が途絶えて刺激に飢えている心理状態(感覚遮断)では、与えられた特定の刺激からの影響力が強まります。例えば、過激テロ組織で集団生活を送るメンバーは、そこにいる指導者や仲間が唯一のモデル(基準)となり、拠りどころとなります。組織のために自爆テロを行うメンバーは英雄であるという価値観が育まれやすくなり、自ら進んで自爆テロに志願するのです。かつて太平洋戦争で、多くの若者がいとも簡単に特攻隊に志願したのも、この心理メカニズムから理解することができます。また、犯罪の容疑者が、取り調べ室に閉じ込められ、「おまえがやったんだよな?」と刑事に延々と言われ続ければ、この心理メカニズムが働き、冤罪が招かれやすくなるのも理解できます。これらの心理は、まさに共同体が結束した原始の時代の宗教的な心と重なります。逆に、この心理が健全とされる形で利用されてもいます。例えば、男子校や女子校は、性別を限定することにより、恋愛の刺激を抑えています。進学クラス、寄宿舎生活、スポーツチームの合宿などは、受験勉強やスポーツなどの特定の刺激を特化して与え、拠りどころ(価値観)を統制しやすくしています。また、極端な例として、少年院の矯正教育では、更生に望ましくない外界からの刺激をシャットアウトして、更生に望ましい日課のみが全て細かく決まっています。マインドコントロールにかかる心理(1)環境因子―4. 乏しいソーシャルサポートソーシャルサポートが乏しい状況(孤立)はマインドコントロールの危険因子です。これは、映画では描かれていませんが、とても重要です。家族や地域(職場)などでの集団への帰属意識(集団同一性)が希薄であれば、必然的に心の拠りどころ(同一化)に飢える心理状態になります。マインドコントロールによる強い力に引き込まれやすくなります。実際、家族や地域(職場)などのさまざまな絆が失われつつある昨今の状況は、この危険因子が強まっていると言えます。マインドコントロールにかかる心理(2)個体因子―1. 依存性これまでマインドコントロールにかかる心理の環境因子について整理しました。しかし、同じ環境でも、マインドコントロールにかかりやすい人とかかりにくい人がいます。この違いは何でしょうか?それは、個人差(個体差)です。ここからは、個体因子について考えていきましょう。まず、カーモディさんの最初の信者となった緑色の上着を着た女性に注目してみましょう。怪物の襲撃に備えて、人々がそれぞれにてきぱきと動いている中、彼女は、カーモディさんが説教をするそばに付いて、何も考えられないかのように不安そうにしています。そして、怪物たちが襲撃した後には「彼女が言った通りになったわ」とカーモディさんの言うことを鵜呑みにしていきます。自分でどうすれば良いか判断することが難しく、主体性がありません。誰かの指示を待ち、強く言う人に染まりやすいのです。このように、依存的な性格(依存性)はマインドコントロールの危険因子です。この性格は、従順で協調性が高いというプラス面があると同時に、受け身で流されやすいというマイナス面もあります。例えば、かつて冷戦時代に、軍人たちが敵国に洗脳(マインドコントロール)されたと世の中に衝撃を与えました。軍人は、屈強で精神的にも強そうに思われていたからでしょう。しかし、実は意外にも、軍人や体育会系の人はマインドコントロールにかかりやすいと言えます。その理由は、上官、上司、先輩の命令には絶対服従するために、自分の意見を抑える癖が身に付いているからです。これが逆に仇となっているのです。つまり、問題意識を持たない従順な人ほどかかりやすいのです。さらに言えば、周りの働きかけに素直に従ってきた良家の子や温室育ちの子も同様です。かつて巨大なカルト宗教に、多くの高学歴エリートたちが入信し、犯罪まで行いました。この理由も、幼少期から言われるままに勉強ばかりして、主体的で柔軟な考え方をする癖が付きにくかった可能性が考えられます。視野が広がらず、心の拠りどころ(行動原理)が乏しかったかもしれません。そして、一度信仰という拠りどころにはまったら、それ以外の多様な価値観を受け入れることが難しくなってしまったのではないでしょうか?これは、幼少期から受験勉強という「トンネル体験」を強いた代償とも言えるかもしれません。さらに、国際的に見れば、集団主義的(依存的)な文化を持つ私たち日本人は、そもそもマインドコントロールにかかりやすい国民性なのではないかと思われます。マインドコントロールにかかる心理(2)個体因子―2. 被暗示性デヴィッドたち数人のグループは、最後までカーモディさんの言うことを信じません。この理由は、信じ込みやすさにも個人差があるからです。先ほど心的外傷体験で触れたのは、環境因子による脳の書き換えの起こりやすさです。一方、個人差(個体因子)による脳の書き換えの起こりやすさもあります。言い換えれば、これは、暗示へのかかりやすさです。暗示とは、暗に示されたことへの信じ込みの強さです。例えば、占い、迷信、超常現象などをすぐに信じてしまう人です。このような人は、マインドコントロールにかかりやすい危うさがあります。このように、暗示へのかかりやすさ(被暗示性)はマインドコントロールの危険因子です。精神科医療の現場で、全く効果のない薬を効果がとてもあると伝えて内服させると、患者によっては効果があります(プラセボ効果、偽薬効果)。これは、効く薬だという安心感や医師への信頼感が被暗示性に大きな影響を与えているからでしょう。前号で触れた「信じる者は救われる」という心理でオキシトシンが活性化されている可能性とも重なります。この安心感や信頼感を生み出しているのが、共感性です。共感性とは、相手の気持ちを汲み取るのに長けていることです。この心理が高じて、相手から影響を受けやすくなってしまう、つまり被暗示性を強めていると思われます。さらに、相手の考えに感化して対応(共有)してしまう精神状態になることもあります(感応)。同調性や協調性との関係も深いです。これは、「みんな同じ、みんな仲良し」を重んじるゆとり教育を受けた世代の危うさでもあります。暗示や感応は、誤った考えの思い込みが一時的な段階です。しかし、それが持続的な段階になれば、妄想と呼ばれます。表2 暗示、感応、妄想の違い 暗示、感応妄想特徴反応的浮動的一時的(~数日)、可逆的自己誘発的(一次妄想)も固定的持続的(数週~)、不可逆的マインドコントロールにかかる心理(2)個体因子―3. 脆弱性さきほど触れたジムは、信者になる前、デヴィッドとのやり取りで、「大卒のあんたがおれより偉いわけじゃない」「おれをナメるな」と強がります。そして、自分の判断ミスで、ある青年を見殺しにしても「なんでもっと危険だって言ってくれなかったんだ」とデヴィッドのせいにします。彼の立ち振る舞いは、決して知的に高そうには見えません。スーパーマーケットにいたかつての彼の担任教師からも、「あんた兄妹揃って成績が悪かったわね」となじられています。また、強がりは弱さの裏返しです。彼には、心の余裕がなく、不安でいっぱいであることが分かります。このような人は、理性的に考えることができなくなり、カーモディさんのような強い人の言いなりになっていくのです。このように、知的な制限や低いストレス耐性による脆弱性はマインドコントロールの危険因子です。これは、知能の発達段階にある子どもについても同様です。表3 マインドコントロールの危険因子環境因子メンバーの個体因子カリスマの個体因子1. 閉鎖性光が乏しく、昼と夜が分かりにくいプライバシーがない先行きが見えない2. 不安定性心的外傷体験、極度のストレス情報のシャットアウト情報の溢れ返り3. トンネル体験(視野狭窄)4. 乏しいソーシャルサポート(孤立)1. 依存性2. 被暗示性、共感性3. 脆弱性知的な制限(低知能)低いストレス耐性子ども1. 神秘性2. 権威3. 煽動4. 断定5. 反復6. ダブルバインド7. 序列化8. スケープゴートマインドコントロールをかける心理とは?―カリスマ性これまで、マインドコントロールにかかる心理を環境因子と個体因子に分けてまとめました。ここからは、マインドコントロールをかける心理(テクニック)を考えてみましょう。これは、カリスマ性の条件(個体因子)とも言えます。カーモディさんをモデルにして、これらの条件を考えてみましょう。カリスマ性の条件―(1)神秘性カーモディさんは、「今夜、闇と共に怪物が襲ってきて、誰かの命を奪う」と予言します。そして、結果的に、的中してしまいます。すると、人々は、カーモディさんに特別な能力があると信じ込んでいくのです。カーモディさんは、思いのほか、人々が自分の言うことを信じるようになったと察知し、すかさず「分かったでしょ?」「これで私の言うことを信じるわね?」と勢い付いていきます。このように、奇跡の演出(神秘性)はカリスマ性の条件です。カーモディさんは、厳密には奇跡を起こしたのではなく、いつもの口癖がたまたまその状況に当てはまってしまっただけです。しかし、彼女はここぞとばかりにそのまぐれの状況を巧みに演出しています。もちろん、カーモディさん自身も自分の「奇跡」に酔いしれて信じ込んでいます。奇跡体験とは、今まで不可能であると思っていたことが可能であると見せつけられることです。つまり、今まで心の拠りどころだった信念(認知パターン)がひっくり返ってしまう出来事です。この点で、奇跡体験も一種の心的外傷体験(心的外傷後ストレス障害、PTSD)です。先ほどのマインドコントロールの危険因子として述べたように、奇跡体験は、脳の書き換えが起きやすくなる状態を作り出し、その後の刺激(情報)を受け入れやすくします。例えば、生存確率の低いがん患者が、手術や移植などによって奇跡的に完治した後、社会貢献をしたり信心深くなったりするなど人が変わったように自己成長していくことをよく耳にします(外傷後成長、PTG)。これは、「もう近いうちに死ぬ」という心的外傷体験の後に、完治するという奇跡体験をして、「生かされた」「助けられた」という事実(刺激)が、強く脳に刻み込まれ、新しい価値観として重みを帯びるからであると考えられます。また、宇宙から生還した宇宙飛行士が、後に少なからず宗教にはまるというエピソードも、宇宙空間という神秘的な極限状況が心的外傷体験や奇跡体験として脳に作用している可能性が考えられます。カリスマ性の条件―(2)権威カーモディさんは、聖書を片手に威厳を持って、「煙の中からイナゴの群れが地上へ」「それらのイナゴには地上のサソリと同じ力が与えられた」「神殿から響く声が7人の天使に言った」「さあ、行くがいい」「神の怒りを地上に注ぐのだ」と言います。これは、スーパーマーケットに飛んできた巨大な昆虫を、聖書の「神の怒り」によって遣わされた「サソリと同じ力」の「イナゴ」に重ね合わせています。つまり、自分たちの生死は、聖書によってすでに運命付けられているとほのめかしています。そして、「黙示録第15章」「神殿は神の栄光と力による煙で満たされ」「7人の天使の7つの災いが終わるまで誰も神殿の中に入れなかった」「神を迎え入れる準備をすべきよ」「世の終わりは、炎ではなく、霧と共に訪れるのよ」と訴えかけます。その後、「出てはだめよ」「私が許さない」「神の意思に反する行為よ」「まだ分からないの?」「私が正しいことは何度も何度も証明した」「私が預言者だと示したはず」と言い放ちます。自分が、預言者、つまり神の言葉を預かる者であり、自分の言葉が神の言葉を代弁していると言っています。このように、聖書や神託などによる神格化(権威付け)はカリスマ性の条件です。私たちは、権威的な「答え」にすがってしまう弱さがあります(依存性)。権威は被暗示性を高めることが分かっています。例えば、高名な専門家に診てもらったというだけで、病気が良くなった気になる患者はよくいます。その理由は、原始の時代から、権威を動機付ける崇拝の心理が私たちには残っており、その心理はくすぐられやすいからです。これは前号で解説しました。崇拝の心理は感情的であるため、理性的によくよく考えればおかしなことも納得してしまうのです。そもそも聖書の内容を象徴的な意味として解釈すれば、どんな状況にも強引に当てはめることができます。そして、あたかも聖書がその現実を予言しているかのように人々に思い込ませることができます(バーナム効果)。これは、誰にでも当てはまりそうな質問をして心を読まれていると錯覚させる占い師のテクニックにもつながります(コールドリーディング)。カリスマ性の条件―(3)煽動カーモディさんは、怖い顔をして「怪物が哀れな若者をさらった」「霧の中にいる怪物を疑うの?」と声高に言います。デヴィッドの仲間のある女性から「(あなたのせいで)子どもたちが怯えているわ」と言われても、「怯えるべきよ」とむしろ恐怖を煽っています。その後、「哀れな娘は死んだ」「青年は焼け死んだ」と声高に叫ぶカーモディさんをその女性は見て、「みんなを煽動している」と不安がっています。デヴィッドの仲間の1人は、「怯える連中はカーモディさんに従う」と言います。そして、その通りになります。人々は教祖のようなカーモディさんを信奉し、従順になっていきます。このように、集団のメンバーへの恐怖の煽動はカリスマ性の条件です。集団のメンバーは、恐怖によって感情的になりやすくなり、理性は弱まり(脆弱性)、原始の時代の宗教的な心、つまり信じ込む心が強まります。そして、指導者に対する崇拝の心理が高まります。実際に、社会情勢が混沌として不安定であったり、社会の価値観が揺らいでいたりして、人々が不安を抱えている時こそ、救世主やヒーローなどのカリスマが現れています。カリスマは、その状況を強めるために、さらに人々の不安感を煽るのです。弱みに付け込むのです。すると、カリスマの地位が盤石なものになります。ヒトラーはカリスマ性があったと言われています。それは当時のドイツの政情が不安定であったからだという分析がなされています。いつでもどこでも世の中が不安定になれば、第2のヒトラーが現れるリスクが高まるということです。日本でも景気が悪かったり、政局が不安定であればあるほど、強いリーダーシップを持ったカリスマ性のある政治家が目立っていきます。裏を返せば、世の中が平和で安定している時は、カリスマは現れにくいと言えます。なぜなら、何とかしてくれる、奇跡を起こしてくれるカリスマをそもそもその時の人々が求めていないからです。つまり、カリスマが私たちの目の前に現れるかどうかは、社会の安定感を計る1つのバロメーターになります。カリスマが現れない時代や集団こそ、安定した健全な社会であり組織であると言えます。つまり、社員全員が崇拝するカリスマ社長は、マスコミでもてはやされますが、果たしてその会社は本当に大丈夫なのかと疑問を持ってしまうということです。カリスマ性の条件―(4)断定カーモディさんは、人々に「あなたたちは罪深い人生を送ってきた」「怪物が襲ってきた時にあなたたちは神に叫び、この私の導きを求めるのよ」と断定します。その確信に満ちた態度を見て、デヴィッドの仲間の男性の1人は、「(カーモディさんは)自分は神と話せると信じ込ませている」「みんな解決策を示す人に見境もなく従ってしまう」と冷静に言います。このように、確信的に言い切ること(断定)はカリスマ性の条件です。聖書や神託などの権威付けを基に、断定的で分かりやすく、繰り返されるカーモディさんの同じ「答え」に(視野狭窄)、弱っていて何かにすがりたい人々は飛び付いてしまうのです(依存性)。そして、何の疑いもなく信じ込んでしまうという盲信的で狂信的な原始の時代の心が発動します。私たちの日常生活でも、自信満々で断定的に話す人を見かけます。かつて芸能界でも、「地獄に落ちるわよ」という決めゼリフを言い、相手を追い込んでいく人がいました。そして、このような場合、「助かりたければこうしなさい(言うことを聞きなさい)」と分かりやすい解決策が示されます。相手からは、このような人は救世主のように見えるのでしょう。そもそも救世主の役割を突き詰めて考えれば、おかしなことに気付きます。本当に救世主なら、黙って救済すれば良いだけの話です。しかし、救世主は、救いを約束して条件を提示するという形式を常にとっています。実は、断定のテクニックは、世の中に溢れています。例えば、ビールのCMです。「売り上げナンバーワン」という事実をアナウンスするCMは理性的です。一方、「このビールは本物だから」とタレントに言わせるCMはどうでしょうか?「このビールだけが本物、他は偽物」というふうにも聞こえないでしょうか?そもそも「本物」とは何でしょうか?「本物」の根拠は何でしょうか?明らかにされていないことが多すぎです。つまり、言い過ぎなのです(過度の一般化)。また、従来の心理学の本においてよく見かける記載の1つに「日本の男は未熟だ」という表現があります。しかし、どれくらい割合の「日本の男」なのか?それでは何を持って「成熟」とするのか?定義や論理性が弱く抽象的になってしまい、読者には言い当てているように思い込ませてしまいます(バーナム効果)。これが、従来の心理学が人々に宗教のような胡散臭さを匂わせてしまっている理由でもあります。カリスマ性の条件―(5)反復デヴィッドが、気を失ったように寝入っている中、カーモディさんは、「大地はムチやサソリで私たちを懲らしめる」「そして大地は忌まわしい汚物を吐き残忍で汚れた恐ろしい魔物が解き放たれた」「魔物を食い止める方法は!?(ない)」「どこに隠れても奴らから身を守れない」と煽動的にそして断定的に延々と語り続けます。そして、「償い」という言葉を繰り返します。目を覚ましたデヴィッドは、「あの声は夢だと思った」と言います。仲間の男性は「カストロみたいに休まずしゃべり続けているよ」とあきれたように言います。このように、同じ言葉を繰り返し吹き込むこと(反復)はカリスマ性の条件です。煽動して断定した上に、反復することで、刺激(情報)が刷り込まれやすくなります。これは、さきほどマインドコントロールにかかる心理でも触れたように、情報が途絶えて刺激に飢えている心理状態(感覚遮断)では、与えられた特定の刺激(情報)が繰り返し吹き込まれることにより(感覚過剰)、自ら考えようとしなくなり、その刺激からの影響力が強まっています(視野狭窄)。かつてのカストロやヒトラーも、同じ言葉を延々と繰り返しています。逆に、この反復の手法は、CMなどでキャッチフレーズとして歌やリズムに乗せて当たり前のように使われています。また、良いスピーチやプレゼンも、このようなキーワードを繰り返すことが勧められています。カリスマ性の条件―(6)ダブルバインドカーモディさんは、「今こそ立場を選ぶべき時」「(生け贄をして)救われる者か、(生け贄をしないで)呪われる者か」と人々に訴えかけます。生け贄をするかしないかという究極の選択を人々に迫ります。しかし、考えてみると、おかしなことに気付きます。それは、神の存在は前提であり既成事実となっています。そして、生け贄以外で助かる可能性に目を向けさせないようにしています。このように、他のことへの注意を削ぐために二択に持ち込むこと(ダブルバインド、二分思考、白黒思考)はカリスマ性の条件です。人々を二者択一することばかりに一生懸命にさせてしまうのです。これは、特に迷っている時や弱っている時に効果が高まります。迷いがない時には効果は乏しく、逆に強引に思われて反感を買われやすくなります。もともと私たちは、この心理にとても陥りやすいです。例えば、恋わずらいで、「好き」「嫌い」と花びらを1枚ずつとっていき、最後にどっちが残るかドキドキするというのは古典的です。情緒不安定な人(情緒不安定性パーソナリティ)は、初対面で「大親友か絶交か」という極端な対人関係を築きがちです(理想化とこき下ろし)。恋わずらいにせよ情緒不安定にせよ、本来は大好きでも大嫌いでもなく、ほどほどの好意を持つことがスタートラインです。また、シェークスピアのハムレットの「やるかやらないか?それが問題だ」という名ゼリフも有名です。「生きるか死ぬか」「勝つか負けるか」「良いか悪いか」などもよく耳にします。これらは、その究極の選択肢だけに囚われてしまい、その他の選択肢への注意が削がれています。世の中では、相手に何かを決めさせたり心を動かすためのテクニックとして、この心理が利用されています。例えば、CMのキャッチコピーです。「ほんのり甘い味とほろ苦い味のコーヒーが新発売!ぜひお試し下さい」と「ほんのり甘いコーヒーとほろ苦いコーヒー、自分はどちらを選ぶ?」を比べてみれば、その違いが分かります。後者は、「甘いのと苦いのとどっちかな」という思考が働き、コーヒーを飲むことをすでに前提としています。逆に言えば、コーヒーを飲まないという選択肢には注意が向きにくくなります。また、次の2つのデートの誘い文句の違いはどうでしょうか?「映画か遊園地か行かない?」と「映画と遊園地だったら、どっちに行きたい?」です。後者は、デートに行くことをすでに前提にしています。デートに行かないという選択肢に注意が向きにくくなります。車のセールスにおいても、車を買うかどうかは置いといて、「色は、赤と白のどっちがいいですか?」「ナビは付けますか?」などと次々とオプションを勧めています。これは買うことが前提で話を進めることで、買った気にさせ、買いやすくさせています。それでは、子どもに宿題をさせたいお母さんは、どちらの言い方の方が子どもを宿題する気にさせそうでしょうか?「宿題しなさい」でしょうか?それとも「宿題はおやつの前にする?後にする?」でしょうか?もうみなさんはお分かりだと思います。最近の選挙では、公約を1点に絞るという手法が用いられています(ワン・イッシュー選挙)。これもまさに、「○○について賛成か反対か」という分かりやすい一大テーマに注意を向けさせて、その他の困難な政治課題には注意を向けさせないという意図がありそうです。カリスマ性の条件―(7)序列化カーモディさんは、説教をする中、ある男性を自分に引き寄せ、「今夜、あなたは神の顔を見た、そうでしょ?」「そうです、彼は神の顔を見たのです」と讃(たた)えます。そして、周りからは拍手が沸き起こります。すると、信者になったばかりのジムは自分もカーモディさんに認められたいと思い、必死になります。そして、デヴィッドたちと軍人のヒソヒソ話を聞き付け、「こいつら(軍人たち)が災いをもたらした!」「神の怒りを呼び覚ましたんだ!」と叫び、1人の軍人をカーモディさんの前に差し出すのです。このように、メンバーの格付け(序列化)はカリスマ性の条件です。賞賛されたメンバーは、仲間であるという承認欲求が満たされ、集団への忠誠心や連帯感が強まります(崇拝)。また、賞賛されていないメンバーは、賞賛するメンバーを英雄視する一方、欲求不満となります。ジムのように何とか認められるため、裏切り者を見つけ出すなど手柄を挙げようとします。この賞賛や逆の無視(放置)が気まぐれでなされることも、カリスマ性を高める要素です。そうすることで、メンバーたちはカリスマの顔色をますます伺い、この不安定な状況を解消したいと思い、言いなり(依存的)になっていきます。これは、ちょうど夫からDV(家庭内暴力)を受ける妻の心理に重なります。マインドコントロールにかかる環境因子の1つである乏しいソーシャルサポートの段落でも触れましたが、現代は、絆や連帯感が希薄になっています。それだけに、この序列化の手法に私たちが乗りやすくなっていると言えます。実際のカルト宗教集団では、すでに入信している信者たちが、入信のための見学者に「愛しています」と言い続けます。これは「愛情爆弾」と呼ばれており、口先だけと思っていても、悪い気がせず、やがて同調の心理が刺激されて、見学者は、周りの信者にとって特別な存在であると錯覚してしまうのです。そして、入信する意思をますます固めてしまうのです。これを商業的に利用していると思われる例もあります。日本ではあまり見かけないようですが、韓流スターなどの海外のアイドルは、ファンに向かって真顔で「愛しています」と言い切り(断定)、ファン心理を高めています(崇拝)。ファンクラブの特待や優待の仕組みも、この序列化の心理を巧みに利用しています。学校教育や組織の運営においても、表彰するという形で、序列化の心理は利用されています。カリスマ性の条件―(8)スケープゴートカーモディさんは、「魔物を食い止めるには?」「どこに隠れても奴らから身を守れない」「何が必要?」と人々に訴えかけます。すると、人々は一斉に「償い(贖罪)だ!」と口を揃えます。そんな中、ジムがこの異常事態の犯人として1人の軍人を差し出します。すると、カーモディさんは言葉巧みにこの軍人を「裏切り者のユダめ」と罵ります。このように、集団にとって共通の目的(敵)を見い出すこと(スケープゴート)はカリスマ性の条件です。共通の目的(敵)とは、最初は、襲ってくる怪物だけでした。やがて、カーモディさんによってすり替えられた神への償いや裏切り者を見つけ出すことへと広がっていきます。共通の目的(敵)が増えることによって、集団はますます一体化して(同調)、カーモディさんのカリスマ性もますます高まっていきます(崇拝)。また、集団のメンバーが裏切り者を咎めることは、同時に、自分が裏切り者になることを強く恐れることにもなります。原始の時代から、共同体で裏切り者になると追い出されます。それは、死をも意味していました。つまり、裏切りを恐れるのは、私たちの根源的な心理です。こうしてお互いが目を光らせて相互監視する集団心理が生まれ、ますますカーモディさんの言うことを聞くようになります。現代の学校社会もまた、この集団心理の縮図です。「いじめられたら教師や親に言いなさい」とのお決まりの呼びかけがあります。しかし、クラスにいじめがあるという事実を漏らせば、それはもはや裏切り者になります。だからこそ、傍観者はもとより、いじめ被害者は、裏切り者扱いされたくないため、教師や親にいじめの事実を言うわけがないのです。そして、その心理は、いじめ自殺へと追い込むほどなのです。教室で誰からも相手にされなくなる、自分の存在を認められなくなるという恐怖は、自分の命よりも重いととらえられてしまうのです。かつてのヒトラーが、自らのカリスマ性を高めるために、何をスケープゴートにしたのかも歴史から伺い知ることができます。表4 カーモディさんのキャラクターの二面性プラス面マイナス面信心深いカリスマ性がある独りよがり攻撃的共感性が乏しい支配的なぜカーモディさんは真の救世主になれなかったのか?―表4異常事態の当初、カーモディさんは、トイレの中で涙を流しながら神に語ります。「どうか私にこの人たちを助けさせてください」「あなたの言葉を説かせてください」「光で導かせてください」「悪人ばかりではないはずです」「あなたの赦しによって何人かは救うことができるはずです」「天国の門をくぐれるはずです」「1人でも救えたら、私の人生に意義が見いだせます」「私の役割を果たせるのです」「そしてあなたのおそばに行ける」「あなたのご意志を全うできるのです」と使命感に目覚めていきます。しかし、同時に「でも彼らのうちの多くは永遠に地獄の炎の中にいる」と言い、気に入らない女性には「私の友達は神。毎日お話してるわ」「あなたと友達になるくらいならトイレの汚物の方がマシ」と吐き捨てています。カーモディさんのキャラクター(パーソナリティ)の特徴として、信心深くカリスマ性があるのに、独りよがりで攻撃的で、相手への思いやり(共感性)が足りず、支配的であることが挙げられます。一方、世界宗教の預言者や教祖は、共感性に高く、慈愛に満ちており、人々を公平に導いています。だからこそ、その教えは何世紀にもわたり語り継がれていくのです。つまり、カリスマ性の持ち主は、そのパーソナリティによって、集団を望ましい方向にも望ましくない方向にも導いてしまうのです。私たちが「マインドコントロール」に陥らないためには?これまで、信じ込む心理のマイナス面として、マインドコントロールを詳しく掘り下げてきました。信じ込む心理は、囚われる心理(固執)でもあります。言い換えれば、それは、物事のとらえ方(認知パターン)です。それは、文化であり、価値観であり、伝統であり、信念であり、思想であり、信仰(宗教)であり、そしてマインドコントロールでもあるということです。私たちは、何らかの物事のとらえ方(認知パターン)の傾向があり、ある意味では、その環境によって長い年月をかけて多かれ少なかれ何らかの「マインドコントロール」が刷り込まれているとも言えそうです。問題は、その認知が宗教掛(が)かった独特なものになり、自分や周りが困っていないかどうかです(認知の偏り)。それでは、そうならないようにするには、どうすれば良いでしょうか?その答えのヒントは、まさにマインドコントロールの危険因子から導き出されます。まず、環境因子を考えてみましょう。閉鎖性の解決のためには、まずその環境から離れること、引き離すことです。つまり、私たちの職場に照らし合わせれば、閉鎖的な職場、特殊な職場であればあるほど、人材の入れ替わりも少なく、独特の職場の信念や文化(集団規範)が起きやすいということです。また、個々人においても、同じ職場に長くいればいるほど、その職場の文化(集団規範)に染まり、その後に他の職場に適応しづらくなります。時間的な閉鎖性のリスクが高まると言えます。対策としては、例えば、5年以上は同じ職場(部署)にい続けないようにするなどの意識を持つことです。視野狭窄への対策としては、内情をオープンにして、外部の情報を適度に入れることです。一般的には、これはジャーナリズムの役割でもあります。私たちとしては、他の部署とのかかわりや勉強会への参加を積極的に行ったり、職場に様々な人材を受け入れ、それぞれのメンバーが複数の集団をまたいでいることです。そうすることで、考え方が相対化されて、絶対的な価値観に陥りにくくなります。次に、個体因子である依存性、被暗示性、脆弱性などについて対策は、私たちが、それぞれの特性や問題点をまず自覚することです。最後に、カリスマ的な人へ対応です。例えば口達者で断定的な人には、文書化させて根拠や証拠が残るようにする取り組みが重要です。信じ込むことは私たちの本質前月号の宗教の起源の心理や、今月号のマインドコントロールの心理を通して見えてきたことは、信じ込む心理は、私たち人間の本質であるということです。私たちは、1つの信念(認知)に囚われると、簡単に操られてしまうということです。ただ、信じ込むことが良くないと言っているのではありません。大事なのは、何を信じるか、どう信じるか、そしてそれらのバランスをどうとるかということです。そのためには、主体的で多視的で俯瞰(ふかん)的な心のあり方が必要です。そして、疑ってみる心(懐疑心)や批判的思考(クリティカルシンキング)もバランスよく必要であるということです。つまりは、気付かないうちにマインドコントロールされるのではなく、気付きを高めて「セルフコントロール」することが大切であるということです。今回は、マインドコントロールをテーマに、「なぜ信じ込む心理が沸き起こるのか?」という謎の答えを探ってきました。次回も引き続き、デヴィッドたちの運命の結末を通して、そもそも「なぜ信じ込む心理があるのか?」という最も根源的な謎の答えに迫っていきます。最後まで、カーモディさんに逆らうデヴィッドたちは、果たして生き残れるのでしょうか?1)岡田尊司:マインドコントロール、文藝春秋、20122)石井裕之:カリスマ人を動かす12の方法、三笠書房、2012

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心臓カテーテル検査によって脳血管障害を来し死亡したケース

循環器最終判決判例タイムズ 824号183-197頁概要胸痛の精査目的で心臓カテーテル検査が行われた61歳男性。検査中に250を超える血圧上昇、意識障害がみられたため、ニトログリセリン、ニフェジピン(商品名:アダラート)などを投与しながら検査を続行した。検査後も意識障害が継続したが頭部CTでは出血なし。脳梗塞を念頭においた治療を行ったが、検査翌日に痙攣重積となり、気管切開、人工呼吸器管理となった。検査後9日目でようやく意識清明となり、検査後2週間で一般病室へ転室したが、その直後に消化管出血を合併。輸血をはじめとするさまざまな処置が講じられたものの、やがて播種性血管内凝固症候群、多臓器不全を併発し、検査から19日後に死亡した。詳細な経過患者情報高血圧、肥満、長期の飲酒歴、喫煙歴、高脂血症、軽度腎障害を指摘されていた61歳男性経過1983年1月12日胸がモヤモヤし少し苦しい感じが出現。1月18日胸が重苦しく圧迫感あり、近医を受診して狭心症と診断され、ニトログリセリンを処方された。1月26日某大学病院を受診、胸痛の訴えがあり狭心症が疑われた。初診時血圧200/92、心電図は正常。2月2日血圧160/105、心電図では左室肥大。3月初診から1ヵ月以上経過しても胸痛が治まらないので心臓カテーテル検査を勧めたが、患者の都合により延期された。9月胸痛の訴えあり。10月同様に胸痛の訴えあり。1983年5月25日左手親指の痺れ、麻痺が出現、運動は正常で感覚のみの麻痺。7月8日脳梗塞を疑って頭部CTスキャン施行、中等度の脳萎縮があるものの、明らかな異常なし。1985年9月血圧190/100、心電図上左軸偏位あり。1986年7月健康診断の結果、肥満(肥満度26%)、心電図上の左軸偏位、心肥大、動脈硬化症などを指摘され、「要精査」と判断された。冠状動脈の狭窄を疑う所見がみられたので、担当医師は心臓カテーテル検査を勧めた。9月17日心臓カテーテル検査目的で某大学病院に入院。9月18日12:30検査前投薬としてヒドロキシジン(同:アタラックス-P)50mg経口投与。検査開始前の血圧158/90、脈拍71。13:30血圧154/96。右肘よりカテーテルを挿入。13:48右心系カテーテル検査開始(肺動脈楔入圧、右肺動脈圧)。13:51心拍出量測定。13:57右心系カテーテル検査終了。この間とくに訴えなく異常なし。14:07左心系カテーテル検査開始、血圧169/9114:13左心室圧測定後間もなく血圧が200以上に上昇。14:21血圧232/117、胸の苦しさ、顔色口唇色が不良となる。ニトログリセリン1錠舌下。14:27血圧181/111と低下したので検査を再開。14:28左冠状動脈造影施行(結果は左冠状動脈に狭窄なし)、血圧は150-170で推移。左冠状動脈造影直後に約5.1秒間の心停止。咳をさせたところ脈は戻ったが、徐脈(45)、傾眠傾向がみられたので硫酸アトロピン0.5mg静注。血圧171/10214:36左心室撮影。血圧17514:40左心室のカテーテルを再び大動脈まで戻したところ、再度血圧上昇。14:45血圧253/130、アダラート®10mg舌下。14:50血圧234/12314:56血圧220程度まで低下したので、右冠状動脈造影再開。14:59血圧183/105。右冠状動脈造影終了(25~50%の狭窄病変あり)、直後に約1.8秒の心停止出現。15:01検査終了後の血管修復中に血圧230/117、ニトログリセリン4錠舌下。15:04カテーテル抜去、血圧224/11715:30検査室退室。血圧150/100、脈拍77、呼びかけに対し返答はするものの、すぐに眠り込む状態。15:40病室に帰室、血圧144/100、うとうとしていて声かけにも今ひとつ返答が得られない傾眠状態が継続。19:00呼名反応やうなずきはあるがすぐに閉眼してしまう状態。検査から3時間半後になってはじめて脳圧亢進による意識障害の可能性を考慮し、脳圧降下薬、ステロイド薬の投与開始。9月19日08:00左上肢屈曲位、傾眠傾向が継続したため頭部CT施行、脳出血は否定された。ところが検査後から意識レベルの低下(呼名反応消失)、左上肢の筋緊張が強くなり、左への共同偏視、左バビンスキー反射陽性がみられた。15:00神経内科医が往診し、脳塞栓がもっとも疑われるとのコメントあり。9月20日全身性の痙攣発作が頻発、意識レベルは昏睡状態となる。気管切開を施行し、人工呼吸器管理。痙攣重積状態に対しチオペンタールナトリウム(同:ラボナール)の持続静注開始。9月24日痙攣発作は消失し、意識レベルやや改善。9月27日ほぼ意識清明な状態にまで回復したが、腎機能の悪化傾向あり。9月30日人工呼吸器より離脱。10月3日09:30状態が改善したためICUから一般病室へ転室となる。13:00顔面紅潮、意識レベルの低下、大量の消化管出血が出現。10月4日上部消化管内視鏡検査施行、明らかな出血源は指摘できず、散在性出血がみられたためAGML(急性胃粘膜病変)と診断された。ところが、その後肝機能、腎機能の悪化、慢性膵炎の急性増悪、腎不全などとともに、血小板数の低下、フィブリノーゲンの著明な減少などからDICと診断。10月8日15:53全身状態の急激な悪化により死亡。当事者の主張患者側(原告)の主張1.心臓カテーテル検査の適応検査前に狭心症に罹患していたとしても軽度なものであり、心臓カテーテル検査を行う医学的必要性はなかった。また、検査の3年前から脳梗塞の疑いがもたれていたにもかかわらず、脳梗塞の症状がある患者にとってはきわめて危険な心臓カテーテル検査を行った2.異常高血圧にもかかわらず検査を中止しなかった過失250を越える異常な血圧の上昇を来した時点で、事故の発生を未然に防止するために検査を中止すべき注意義務があったのに、検査を強行した3.神経内科の診察を早期に手配しなかった過失検査終了時点で意識障害があり、脳塞栓が疑われる状況であったのに、神経内科専門医の診察を依頼したのは検査後24時間も経過してからであり、適切な処置が遅れた4.死因医学的に必要のない検査を行ったうえに、検査中の脳梗塞発症に気付かず検査を続行し、検査後もただちに専門医の診察を依頼しなかったことが原因で、最終的には胃出血によるDICおよび多臓器不全により死亡に至ったものである病院側(被告)の主張1.心臓カテーテル検査の適応患者には胸痛のほか、高血圧、肥満、長期の飲酒歴、喫煙歴、高脂血症、軽度腎障害などの冠状動脈狭窄を疑わせる所見が揃っており、冠状動脈を精査し、手術なり薬剤投与なりを開始することが治療上不可欠であった。脳梗塞については、検査の3年前に施行した頭部CTスキャンで異常はなく、自覚症状としてみられた左手親指、人差し指の感覚障害は末梢神経または神経根障害と考えられ、改めて脳梗塞を疑うべき症状は認められなかった2.異常高血圧にもかかわらず検査を中止しなかった過失心臓カテーテル検査中に最高血圧が230-250になるのは臨床上起こり得ることであり、血圧上昇時には必要に応じて降圧薬を投与し、経過を観察しながら検査を継続するものである。そして、200以上の血圧上昇がもつ意味は患者によって個体差があり、普段の血圧が170-190くらいであった本件の場合には検査時のストレスによって血圧が200以上になっても特別に異常な反応ではない3.神経内科の診察を早期に手配しなかった過失検査後に意識レベルが低下し、四肢硬直がおきたため脳梗塞、脳幹部循環障害などの可能性を考え、治療を開始するとともに神経内科などに相談しながら、最良の治療を行った4.死因死因は脳病変に基づくものではなく、意識障害が回復した後の消化管出血によるDIC、および多臓器不全に伴った心不全である。この消化管出血にはステロイド薬の使用、ストレスなどが関与したものであるが、抗潰瘍薬の投与などできるだけ予防策は講じていたのであるから、やむを得ないものであった裁判所の判断1. 心臓カテーテル検査の適応患者には検査前から高血圧、肥満、長期の喫煙歴、軽度の腎障害など、虚血性心疾患の危険因子のうちいくつかが明らかに存在し、さらに心電図で左室肥大および左軸偏位が認められ、胸痛という自覚症状もあったので、狭心症を疑って心臓カテーテル検査を行ったことに誤りはない。さらに急性期の脳梗塞患者、発症直後の脳卒中患者には冠状動脈造影を行ってはならないとされているが、本件の場合には検査前に急性期の脳梗塞が疑われるような症状はないので、心臓カテーテル検査を差し控えなければならないとはいえない。2. 異常高血圧にもかかわらず検査を中止しなかった過失250を越える異常な血圧の上昇がみられた時点で、検査のストレスによる血圧上昇だけでは説明できない急激な血圧の上昇であることに気付き、脳出血を主とする脳血管障害発生の可能性を考え、検査を中止するべきであった。さらに検査で用いた76%ウログラフィン®(滲透圧の高い造影剤)のため、脳梗塞によって生じた脳浮腫をさらに増強させる結果になった。3. 神経内科の診察を早期に手配しなかった過失検査終了後は、ただちに専門の神経内科医に相談するなどして合併症の治療を開始するべきであったのに、担当医らが脳血管障害の可能性に気付いたのは、検査終了から3時間半後であり、その間適切な治療を開始するのが遅れた。4. 死因脳梗塞が発症したにもかかわらず、検査を続行したことによって脳浮腫が助長され、意識障害が悪化した。さらに検査終了後もただちに適切な処置が行われなかったことが、胃からの大量出血を惹起し死亡にまで至らしめた大きな原因の一つになっている。原告側合計8,276万円の請求に対し4,528万円の判決考察心臓カテーテル検査に伴う死亡率は、1970年代までは多くの施設で1%を越えていましたが、技術の進歩とヘパリン使用の普及により、現在は0.1~0.3%の低水準に落ち着いています。また、心臓カテーテル検査に伴う脳血管障害の合併についても、0.1~0.2%の低水準であり、「組織だった抗凝固処置」によって大部分の脳血管系の事故が防止できるという考え方が主流になっています。カテーテル検査中に脳塞栓を生じる機序としては、(1)カテーテルによって動脈硬化を起こした血管に形成された壁在血栓が剥離されて飛ばされ、脳の血管に流れた結果脳梗塞を生じる(2)カテーテルの周囲に形成された血栓またはカテーテルのなかに形成された血栓が飛ばされ、脳の血管に移行して脳梗塞を生じる(3)粥状硬化、動脈硬化を起こした血管の粥腫(アテローム)がカテーテルによって剥離されて飛ばされ、脳の血管に流された結果脳梗塞を生じるの3つが想定されています。これに対する処置としては、(1)十分なヘパリン投与を行った患者においても、カテーテルのフラッシュは十分注意しかつ的確に行うこと(2)ガイドワイヤーは使用する前に十分に拭い、血液を付着させないこと(3)ガイドワイヤーを入れたままのカテーテル操作は、1回あたり2分以内にとどめること(2分経過後はガイドワイヤーを必ず抜き出して拭い、再度ガイドワイヤーを用いる時はカテーテルをフラッシュする)(4)リスクの高い患者では不必要にカテーテルやガイドワイヤーを頸動脈や椎骨脳底動脈に進めないなどが教科書的には重要とされていますが、現在心臓カテーテル検査を担当されている先生方にとってはもはや常識的なことではないかと思います。つまり本件では、心臓カテーテル検査中に発症した脳血管障害というまれな合併症に対し、どのように対処するべきであったのか、という点が最大のポイントでした。裁判所の判断では、心臓カテーテル検査中に「血圧が250以上に上昇した時点ですぐに検査を中止せよ」ということでしたが、循環器内科医にとってすぐさまこのような判断をすることは実際的ではないと思います。ここで問題となるのが、(1)コントロールはこれでよかったか(2)障害の可能性を念頭に置いていたかという2点にまとめられると思います。この当時の状況を推測すると、大学病院の循環器内科に入院して治療が行われていましたので、1日に数件の心臓カテーテル検査が予定され、全例を何とか(無事かつ迅速に)こなすことに主眼がおかれていたと思います。そして、検査中にみられた高血圧に対しては、とりあえずニトログリセリン、アダラート®などを適宜使用するのがいわば常識であり、通常のケースであれば何とか検査を終了することができたと思います。にもかかわらず、本件では降圧薬使用後も250を越える高血圧が持続していました。この次の判断として、血圧は高いながらも一見神経症状はなく大丈夫そうなので検査を続行してしまうか、それとも(少々面倒ではありますが)ニトログリセリン(同:ミリスロール)などの降圧薬を持続静注することによって血圧を厳重にコントロールするか、ということになると思います。結果的には前者を選択したために、裁判所からは「異常高血圧を認めた時点で検査中止するのが正しい」と判断されました。日常の心臓カテーテル検査では、時に200を超える血圧上昇をみることがありますが、ほとんどのケースでは無事に検査を終了できると思います。さらに、心臓カテーテル検査中に脳梗塞へ至るのは1,000例ないし500例に1例という頻度ですから、当時の状況からして、急いで微量注入器を準備して降圧薬の持続静注をするとか、血圧が安定するまでしばらく様子をみるなどといった判断はなかなか付きにくいのではないかと思います。しかし、本件のように心臓カテーテル検査中に脳血管障害が発症しますと、あとからどのような抗弁をしようとも、「異常高血圧に対して適切な処置をせず検査を強行するのはけしからん」とされてしまいますので、たとえ時間がかかって面倒に思っても、厳重な血圧管理をしなければあとで後悔することになると思います。次に問題となるのが、心臓カテーテル検査中に生じた「少々ボーっとしている」という軽度の意識障害をどのくらい重要視できたかという点です。後方視的にみれば、誰がみてもこの時の意識障害が脳梗塞に関連したものであったことがわかりますが、当時の担当医は「検査前投薬の影響が残っていて少しボーっとしているのであろう」と考えたため、脳梗塞発症を認識したのは検査から3時間半も経過したあとでした。前述したように、心臓カテーテル検査で脳梗塞を合併するのは1,000例ないし500例に1例という頻度ですから、ある意味では滅多に遭遇することのないリスクともいえます。しかし、日常的にこなしている(安全と思いがちな)検査であっても、どこにジョーカーが潜んでいるのか予測はまったくつかないため、本件のような事例があることを常に認識することによって早めの処置が可能になると思います。本件でも脳梗塞発症の可能性をいち早く念頭においていれば、たとえ最悪の結果に至ってしまっても医事紛争にまでは発展しなかった可能性が十分に考えられると思います。判決文全体を通読してみて、今回この事例を担当された先生方は真摯に医療の取り組まれているという印象が強く、けっして怠慢であるとか、レベルが低いなどという次元の問題ではありません。それだけに、このような医事紛争へ発展してしまうのは大変残念なことですので、少しでも侵襲を伴う医療行為には「最悪の事態」を想定しながら臨むべきではないかと思います。循環器

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抗精神病薬による体重増加や代謝異常への有用な対処法は:慶應義塾大学

 抗精神病薬に誘発される代謝異常の管理はしばしば困難であり、これらを軽減するうえで薬剤の併用は理にかなっているとされている。慶應義塾大学の水野 裕也氏らは、統合失調症患者における抗精神病薬誘発性の代謝異常に対する薬物療法の有効性を明らかにすることを目的とした、システマティックレビューとメタ解析を行った。その結果、各種薬剤の併用により体重増加およびその他の代謝異常の軽減が図られることが示され、なかでもメトホルミンは体重増加の軽減、インスリン抵抗性の改善、血清脂質の低下など代謝異常の是正に好ましい多彩な作用を示すことを報告した。Schizophrenia Bulletin誌オンライン版2014年3月17日号の掲載報告。 2013年11月までに公表された文献について、5つの電子データベースを用いて検索した。未公表の試験に関しては臨床試験登録により調査した。検索対象とした試験は、統合失調症患者を対象とした二重盲検無作為化プラセボ対照試験で、抗精神病薬に誘発される代謝異常に対する薬物併用の効果を主要アウトカムとしているものとした。検索した試験データから、被験者、介入、比較、アウトカムおよび試験デザインに関連する変数を抽出し分析した。主要アウトカムは体重変化とし、副次アウトカムは臨床的に意味のある体重変化、空腹時血糖値、HbA1c値、空腹時インスリン値、インスリン抵抗性、コレステロール値およびトリグリセリド値とした。 主な結果は以下のとおり。・メタ解析には、40試験、19の独自の介入を包含した。・体重に関して最も広範囲に検討されていたのはメトホルミンであり、プラセボと比較した体重の平均差は-3.17kg(95%CI:-4.44~-1.90kg)であった。・トピラマート、シブトラミン(国内未発売)、アリピプラゾ-ル、レボキセチン(国内未発売)のプール有効性解析においても、プラセボとの間に差がみられた。・メトホルミンとロシグリタゾン(国内未発売)は、インスリン抵抗性を改善した。・アリピプラゾール、メトホルミンおよびシブトラミンは、血清脂質を低下した。・統合失調症患者において、抗精神病薬に誘発される体重増加およびその他の代謝異常の軽減が、非薬物療法単独では不十分な場合、あるいは相対的に体重への影響がない抗精神病薬への切り替えができそうもない場合は、メトホルミンをファーストチョイスとした反作用の薬物療法を行うことが文献上では支持された。関連医療ニュース 抗精神病薬性の糖尿病、その機序とは オランザピンの代謝異常、原因が明らかに:京都大学 最初の1年がピーク、抗精神病薬による体重増加と代謝異常

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ミスト(前編)【信じ込む心(宗教)】

今回のキーワード信じ込む原始宗教同調崇拝モラル(集団規範)社会構造「なんでこんなにみんなで一生懸命になるの?」皆さんは、単なる利益追求をしない医療機関などで、同僚と一致団結して働いていて、すがすがしく思う一方、「自分は特別には得しないのになんでこんなにみんなで一生懸命になってしまうんだろう?」と不思議に思ったことはありませんか?そのわけは「そうするのが良いから」と信じ込んでいるわけです。それでは、なぜ「信じ込む心」は起きるのでしょうか?実は、この心理には、集団の安定や一体化のために駆り立てられている心理が関係していることがよくあります。さらに、それは宗教と同じくする根っこの心理でもあります。今回は、「信じ込む心」をテーマに、2007年の映画「ミスト」を取り上げます。そして、自己愛、社会性の心理を掘り下げ、そこから宗教の起源の心理に迫っていきたいと思っています。これらの心理を、新しい科学の分野である進化精神医学や進化心理学の視点から解き明かし、私たちはこの信じ込む心とどううまく付き合っていけば良いのかをいっしょに考えていきましょう。私たちはなぜ争うのか?―自己愛性舞台はある田舎町。最初のシーンで、大嵐の後、主人公のデヴィッドの庭にあるボート小屋は、隣人のノートンさんの倒れた枯れ木によって、破壊されていました。デヴィッドは「3年前に切ってくれと頼んでたのに」と苛立ちます。以前からデヴィッドは土地の境界線争いでノートンさんともめており、仲が悪かったのです。このように、私たちは常日頃から隣人トラブルによる争いに悩まされます。規模が大きくなれば、それは領土問題などの隣国トラブルになります。もともと私たち人間を含む多くの動物は、このような縄張り争いの行動をとります。私たちの遺伝子は、縄張りを守ることで心地良く感じるようにプログラムされているようです。それはなぜでしょうか?私たち人間を含む動物の祖先は、もともと食糧や繁殖のパートナーなどの資源が限られた環境で自分の縄張りのための争い(競争)を本能的に行ってきました。そして、約700万年前にチンパンジーとの共通の祖先と分かれた人間は、この利己的な行動を動機付ける心理、つまり自分が大事であるという心理(自己愛)を進化させてきました。そして、この心理を持っている種が子孫をより残してきたわけです。さらに、約1万年前に狩猟採集による移動から農耕牧畜による定住へと私たちの生活スタイルが大きく変わりました。この時から、土地などのさまざまな所有権の概念が芽生え、争いは激化していったのです。私たちはなぜ助け合うのか?―社会性デヴィッドは状況を伝えにノートンさん宅に行きます。すると、ノートンさんの方は、枯れ木によって愛車のクラシックカーが大破していたのでした。デヴィッドは「気の毒に。心から同情するよ」と気遣います。それを聞いたノートンさんは笑みを浮かべ「そう言ってくれると嬉しいよ」「(ボート小屋については)後で保険会社の連絡先を伝える」と心を許したのでした。そして、「もしかして今日、町に行く予定はある?」とデヴィッドに尋ねます。こうして、町まで同乗させてほしいというノートンさんの申し出にデヴィッドは応じるのです。このように、私たちは、助け合うこと(協力)をきっかけにしてお互いの心の距離を縮め、親近感や友情を芽生えさせることもできます。私たちの遺伝子は、助けることを心地良く感じるようにプログラムされているようです。それはなぜでしょうか?私たち人間の祖先は、300~400万年前にアフリカの森から草原へ出ました。その時は、猛獣の襲撃や飢餓などの脅威があり、まだまだ弱々しい存在でした。しかし、私たちの祖先は、生き延びるために、血縁関係をもとに共同体(集団)の人数を増やしていき、助け合ったのです。そして、この助け合いを動機付ける心理、つまり相手(集団)が大事であるという心理(社会性、利他性)を進化させてきました(社会脳)。そして、この心理をより持っている種の共同体が子孫をより残してきたわけです。私たちは、自己愛性によって利己的であると同時に、社会性によって利他的でもあるのです。私たちはなぜ噂好きなのか?―情報への嗜好性町に向かう車の中で、すれ違う軍隊の車両を見てノートンさんは「きみは地元民だ」「『アローヘッド計画』、何か知らないか?」とデヴィッドに訊ねます。近くの山の上には軍の基地があるからです。デヴィッドは「ミサイル防衛に関する研究らしい」「きみも知ってるだろ」と答えます。ノートンさんは「基地には墜落したUFOと宇宙人の冷凍死体があるって聞いたよ」と冗談めかして言うと、デヴィッドは「エドナ(町の知り合い)だな」「歩くタブロイド紙だからな」と答え、噂話をして盛り上がります。このように、私たちは噂話を楽しみます。私たちの遺伝子は、噂をすることを心地良く感じるようにプログラムされているようです。それはなぜでしょうか?私たちは助け合い(協力)をするようになって、生存確率を高めました。しかし、同時に、協力して得た資源を横取りする種、つまり裏切り者に悩まされるようになりました。「ただ乗り遺伝子(フリーライダー)」です。この遺伝子は、みんながお金を払って乗り物に乗っているのに、1人だけただで乗ろうとするような心理を駆り立てます。私たちは、助け合いの心理を進化させる中で、実はこの困った心理も進化させてしまったのです。なぜなら進化の本来の姿は競争だからです。私たちの祖先は、信頼による協力と騙しによる競争の心理を器用に使い分けて、バランスを取りながら進化してきたのでした。つまり、私たちの心の中には、信頼の心と同時に、常に裏切りの心が潜んでいるわけです。そんな中、約20万年前に私たちの祖先が現生人類(ホモ・サピエンス)に進化してから、喉(のど)も進化して、複雑な発声ができるようになり、言葉を話すようになりました。そして、言葉によってその場にいない人のことを伝え合い、裏切り者を事前に知ることができるようになりました。さらに、裏切りに対する抑止も働き、お互いの人間関係がよりスムーズになったのです。こうして、噂を話す行動を動機付ける心理、つまり相手や自分の評判(情報)を気にする心理(情報への嗜好性)を進化させてきました。そして、この心理をより持っている種の共同体は、子孫をより残してきたわけです。かつては、共同体のあるメンバーの裏切りが成功したら、残りのメンバーたちの生存が脅かされる状況があったのでしょう。だからこそ、現代の私たちは良い噂よりも悪い噂に敏感です。自分についての悪口はもちろんですが、他人についての悪口や裏話にもつい聞き耳を立ててしまいます。私たちのおしゃべりの大半は、共通に知っている人の新しい噂話の共有であると言えます。ですので、テレビの事件報道、ゴシップ特集、ワイドショーの視聴率が良いのもうなずけます。表1 自己愛性と社会性の違い自己愛性社会性特徴競い合い(競争)利己的騙し、裏切り助け合い(協力)利他的信頼私たちはなぜ感謝の言葉を口にするのか?―互恵性の確認町のスーパーマーケットで、ノートンさんはデヴィッドに「今日は助かったよ。ありがとう」とお礼を言います。いっしょに連れられてきたデヴィッドの幼い息子ビリーはその言葉を聞いて、「友達になれたの?」「ケンカしないね」とデヴィッドに訊ねてきます。デヴィッドは「どうかな。これから友達になれそうかな」とほほ笑みます。このように、私たちは好意、感謝、同情などの気持ちをあえて言葉にして確認し合います。その言葉だけでは相手に何も物理的に得になることはありません。しかし、私たちの遺伝子は、そうすることを心地良く感じるようにプログラムされているようです。それはなぜでしょうか?その理由は好意、感謝、同情という抽象的な言葉が、助け合いの心理の証となり、将来的な見返りがなされるシンボルの役割を果たすようになったからです(返報性、互恵性)。こうして、私たち人間の祖先は、約10万年前には、様々なシンボルを用いるようになりました。シンボルは、言葉だけでなく、首飾りなどの贈り物(トークン)や貨幣にも発展していきます。私たちはなぜまとまるのが難しいのか?―認知のずれデヴィッドたちがスーパーマーケットで買い物をしていると、突然、非常サイレンが鳴り渡り、外では辺り一面に濃い霧(ミスト)が立ち込め覆い尽くします。そして、人々を飲み込んだ霧の中からは、次々と悲鳴や絶命の叫び声が聞こえてきます。ある男性は「霧の中に何かいる!」「ドアを閉めろ!」と血だらけになりながら、スーパーマーケットの中に駆け込みます。ガラス越しに見える外の濃い真っ白な霧の世界では、想像もできない何かが起こっているのです。こうして、デヴィッドたちを含む数十人の買い物客たちは、スーパーマーケットに閉じ込められてしまいます。食糧には困りませんが、電話、テレビ、ラジオなどのあらゆる通信機器が機能せず、助けも来ず、先行きも見えず、彼らは完全に孤立しています。その後、霧の中から現れた巨大なタコの触手のような吸盤によって、ある店員が皮膚を丸ごと剥ぎ取られた上に連れ去られます。このあり得ない状況をデヴィッドたちの限られた数人がまず目の当たりにします。一方、ノートンさんは、弁護士でもあることから、デヴィッドの話を「証拠が足りない」として信じられず、自然災害だと決め付けてしまいます。状況が分からない不安から苛立ちが募り、デヴィッドとノートンさんはせっかく仲直りしていたのに、また言い争いを始めます。そして、ノートンさんは、しびれを切らします。助けを求めるために、数人を引き連れて外の霧の中に入っていくのです。スーパーマーケットにたまたま居合わせた数十人の群集は、まさに原始の時代の閉ざされた1つの共同体に見立てられます。運命共同体です。約20万年前には、私たちの祖先は、最大100~150人(ダンバー数)くらいの閉鎖的な共同体(集団)をそれぞれつくっていました。しかし、集団全員の考えは毎回必ずしも一致するわけではありません。情報が不確かであればあるほど、意見の違い(認知のずれ)が起こり、裏切りや争いを招きやすくなります。私たちは何によってまとまるのか?―(1)知識や知恵(文化)買い物客の中からは、「隣町の工場から出た汚染物質の雲だよ」「化学薬品の爆発だろう」と様々な憶測が飛び交います。こうして、憶測が憶測を呼び、伝えられていきます。このように、私たちは、人間関係の噂話だけでなく、その延長として、環境のあらゆることについての噂話(情報)も伝達し合います(情報の嗜好性)。約20万年前に私たちの祖先が言葉を話すようになってから、噂話は、単にその時の共同体のメンバーの間だけでなく、祖先からの教えとして世代を超えて語り継がれていくようになりました。それは、共通の生きる知識や知恵(文化)として、共同体の生存の確率を高める役割も果たしていたことでしょう。こうして、この文化によって、私たち人間は、遺伝子の突然変異による進化よりも、早く広く環境に適応することができるようになりました。つまり、文化は、「第2の遺伝子」とも言えそうです。私たちは何によってまとまるのか?―(2)宗教スーパーマーケットにいる買い物客の中で、カーモディさんはもともと信心深い人です。しかし、同時に信仰への勧誘に熱心すぎたため、町の変わり者として人々からは距離を置かれていました。しかし、あり得ない異様な事態の中、彼女は存在感を発揮し始めます。彼女は恐怖におののく人々に「外は死よ」「この世の終わり」「ついに審判の日が来たの」「間違いない」「あなたたちは罪深い人生を送ってきた」「神のご意志には逆らえない」「見ようとしない者ほど盲目な者はいない」「その目を開いて真実を悟りなさい」と熱心に説き始めます。そして、自分たちの状況を聖書の教えになぞらえ、「今夜、闇と共に怪物が襲ってきて、誰かの命を奪う」と予言します。そして、その予言が当たってしまいます。人々には、さもずばり的中させたかに見えてしまうのです。すると、人々は、今まで聞く耳を持とうとしていなかったのに、次々と彼女の話に耳を傾け始め、「信徒の群れ」になっていくのです。一体、何が起きているのでしょうか?カーモディさんの導く信仰心によって、人々は感情的に結び付きを強めていきます。信仰の秘めたる力です。この信仰が組織化され制度化されたものが宗教です。そもそも宗教(religion)の語源は、ラテン語の「再び結ぶ(religare)」に由来しています。この宗教の秘めたる力の正体は何か?なぜ宗教に染まるのか?そもそもなぜ宗教はあるのか?これらの疑問を踏まえて、宗教の本質から私たちの心の本質を探っていきましょう。宗教の起源(原始宗教)には、3つの要素があります。宗教の起源とは?―(1)同調周りの人が目の前で次々と死んでいくという極限状況の中、デヴィッドたち数人を除くほとんどの人々がカーモディさんの元に集まります。彼女がその信者たちに「共に神の道を歩みたい」と呼びかけると、彼らは揃って「償いだ!」と同じ言葉を唱え、エネルギッシュに1つにまとまっていきます。このように、人々は、同じ言葉を唱えたり拝んだり、一緒に歌を歌ったり、ダンスでリズムを合わせたりして一体感を高めます。私たち人間の遺伝子は、同じ発声や動作をすることを心地良く感じるようにプログラムされているようです。それはなぜでしょうか?私たち人間の祖先は、助け合い(協力)をする中で、共同体のメンバーの和を乱さないように周りを意識して(心の理論)、周りに調子を合わせる心理(同調)を進化させてきました。20万年前よりもさらに遡った原始の時代では、複雑な発声がまだできませんでした。しかし、その代わりに唸り声などの音を合わせたり、歩調を合わせたりして、協力するサインを出していたでしょう(サイン言語、非言語的コミュニケーション)。このように、周りに調子を合わせることで、連帯感や共通の意識を強め、共同体への帰属意識(集団同一性)を高めました。そして、この心理をより多く持っている種の共同体ほど助け合い、生存確率が高まっていたわけです。このように、同じ発声や動作を繰り返すことで、共同体が1つにまとまりました。そして、それは音楽やダンスのリズムとして儀式化されていきました。この儀式こそが、現代の私たちが宗教と呼ぶものの起源の1つの要素となっているのではないかと思います。つまり、宗教という制度が先にあったのではなく、同調の心理を高めるために行っていた儀式が先にあり、それが制度化されて後に宗教と呼ばれるになったと考えられます。この同調の心理は、現代ではコミュニケーションのテクニックとして意識的に利用されています。例えば、さりげなく相手と同じしぐさをしたり口癖を言うことで、相手からの好感を高めることができます(ミラーリング)。また、「似た者夫婦」とは、仲の良い夫婦が無意識のうちに同調の心理を高めていると言えます。昔から「類は友を呼ぶ」とはよく言ったものです。宗教の起源とは?―(2)崇拝 1. 超越的な存在デヴィッドは、買い物に出かける前、湖の対岸から大きく立ち込めて来た不気味な霧を見て、妻に「2つの前線がぶつかって起きた現象さ」「おれは気象予報士じゃないけどね」と説明して、納得しようとしていました。このように、現代の私たちは、自然現象を科学的にとらえようとします。そこに、恐怖はありません。しかし、科学が発展していない原始の時代はどうだったでしょうか?地震、嵐、雷などの様々な災いを招く自然の脅威や謎に対して説明する役割を果たしたのは、超越的な存在への崇拝であったと考えられます。その理由はこうです。私たちの祖先は、助け合い(協力)と競い合い(競争)の狭間で、相手の心を読む、つまり相手の視点に立つ心理を進化させてきました(心の理論)。その相手は、人間だけでなく、自然や動物などあらゆるものへと広がりました。つまり、自然や動物とも協力関係を築こうと、それらを崇拝したのです(アニミズム)。相手の視点に立つのは同時に、外から自分自身を見る視点でもあり、さらには過去・現在・未来という時間軸の全体像を見る視点でもあります(メタ認知)。こうして、約10万年前にシンボルを用いる心理(抽象的思考)が発達してからは「自分は死んだらどうなるのだろう?」「世界は何でできているのだろう?」と死後の世界や自然環境に対して好奇心や恐怖を抱くようになりました。この好奇心や恐怖から、自然を観察し、気候の変化や動物の行動のパターンを予測しようとしました。そして、少しずつ、自然をコントロールできるようになりました。例えば、水がないなら井戸を掘り、風除けがないなら石壁を作りました。大きな土木工事も行うようになりました。また、実験的に植物や動物を管理するようになりました。こうして、自然の環境は変えられるという発想が生まれていきました。その時、コントロールしている側とされている側の両方の視点に立つことができるようになったのです。そして、自分たちを支配している超越的な存在を意識するようになったのです。宗教の起源とは?―(2)崇拝 2. 神秘体験スーパーマーケットにたまたま居合わせたある軍人は、カーモディさんに問い詰められて、真相を打ち明けます。「この世界は異次元空間に囲まれていて、軍の科学者がそこに『窓』を開けたんだ」「事故で向こうの世界がこっちに来た」と。まさにカーモディさんが「大地は忌まわしい汚物(=霧)を吐き、残忍で汚れた恐ろしい魔物(=見たこともない生物)が解き放たれた」と説いた教えに重なります。原始の時代の私たちの祖先が意識した超自然界は、この「異次元空間」に見立てることができます。そして、この超自然界を確信させたのは、夢見やトランスなどの神秘体験であると思われます。夢見は、すでに亡くなった家族と夢で再会することがあるため、神秘的な意味付けがされたでしょう。亡くなった家族は、あの世という超自然界で生きていると思えたのです。こうして、すでに超自然界に旅立った祖先たちを、超自然界で自分たちを見守ってくれる存在として崇め奉りました(祖先崇拝)。画像また、トランスは、同調の心理を高めるための儀式を延々とやっている最中に、重度の疲労から意識がもうろうとして体験される錯覚や幻覚です(せん妄)。夢との連続性があり、白昼夢とも言えます。これは、苦行という儀式を強いる古くからの宗教と重なります。こうして、トランスも、超自然界との交信の場という神秘的な意味付けがなされたでしょう。例えば、幻聴は、超自然界からのメッセージ、つまりお告げと受け止められます。そこから、予知夢、正夢という過剰な意味付けもなされたでしょう。さらに、トランスは、薬草や毒キノコによって、より手軽に体験できることが後に発見されます。そして、金縛り(睡眠麻痺)、幽体離脱(体脱体験)や臨死体験など様々な精神症状も、神秘的な意味付けがされるようになりました。それは、超自然界を垣間見て、魂の存在を確信する体験です。てんかん発作もまた、超自然界に近付ける神聖な病であると解釈されました。統合失調症の妄想は、現代では「自分は巨大な闇の組織に操られている」という訴えが典型的です。しかし、その訴えは、原始の時代では、超自然界を確信しているというだけのごく当たり前のことだったでしょう。このように、いくつかの精神症状は、神秘体験との共通点があり、原始の時代には一定の役目を果たしていた可能性も考えられます。宗教の起源とは?―(2)崇拝 3. 心の拠りどころ(愛着)カーモディさんの教えに従い、スーパーマーケットで信者と化した人々は、神に祈りを捧げます。このように、原始の時代の人々も、自然崇拝(アニミズム)や祖先崇拝から、超越的な存在そのもの、つまり神を崇拝するようになっていきました(神仏信仰)。彼らは、その見返り(恩)として、恵み(恩恵)、慈しみ(慈悲)、そして助け(救済)を求めました。それは、協力関係を超えて、保護者(母親)と子どもの関係です。そこから、神が、人間を含む万物を創り上げた生みの親であるという発想が生まれます。神(母親)が人間(子ども)を無条件に守ること(母性)を意識することで、人間が神に無条件に守られていると信じ込む心理(愛着)が働きます。こうして、神の存在は、人々が共通して信じる心の拠りどころとなっていくのです。そこには、母親に抱かれる赤ん坊になったような安らぎがあります。母性や愛着の心理と同じように、信仰の心理にも、オキシトシンという精神状態を安定させるホルモンが関係している可能性が考えられます。神という保護者に見守られていると確信しているからこそ、そして、全ては神の思し召し(意図)という解釈がなされるからこそ、自らの死への恐れや大切な人の死への悲しみなどを引き起こす不運や災難にも、意味を見いだし、受け入れ、乗り越えることができるようになりました。「信じる者は救われる」という言い回しは、的を射ています。神の恩恵や救済を信じてすがることで、愛着の心理であるオキシトシンが活性化して、ストレス耐性を高めるメカニズムが考えられるからです。これが、宗教的な寛大さや寛容さの源でもあります。それは同時に、心の拠りどころを共有することで、個人だけでなく、共同体(集団)の結束力(協力関係)も強めるというメリットもあります。例えば、昔から、神の超越的な力で病気を治してもらうために、お祈り(ヒーリングダンス)、お祓い、お参りなどがなされてきました。もちろん科学的には効果はなく、病気は治りません。しかし、これらの行為は、みんなが揃って何かをするという同調の心理を高めます。同調もまた、オキシトシンを活性化させます。この心理とあいまって、結果的に人々の心を一体化させ、不安におののく集団への癒しの役目を果たしていたのでした。このように、心の拠りどころを共有することで、共同体が1つにまとまりました。そして、それは、共同体の中で、超越的な存在(神)への崇拝として制度化されていきました。これこそが、現代の私たちが宗教と呼ぶものの起源の1つの要素となっているのではないかと思います。つまり、神の存在が先にあったのではなく、人々が共通に抱いていた超越的な存在が先にあり、それが後に神と呼ばれるようになったのでしょう。また、宗教という制度が先にあったのではなく、超越的な存在(神)への崇拝が先にあり、それが制度化されて後に宗教と呼ばれるになったと考えられます。「なぜ神はいるのか?」という宗教的、哲学的な問いへの答えはなかなか見つかりません。しかし、「なぜ神はいると思うのか?」という進化心理学的な問いへの答えは、このような人間の心理を根拠に説明することができます。宗教の起源とは?―(3)モラル(集団規範)デヴィッドたち数人のグループは、カーモディさんの一団を尻目に話し合います。「ここは文明社会よ」と言う女性に、デヴィッドは「都市(文明社会)が機能していて、警察通報できるならね」「でもひとたび闇の中に置かれ、恐怖を抱くと人は無法状態になる」「粗暴で原始的に」「恐怖にさらされると人はどんなことでもする」と答えます。さらに別の男性は「人間は根本的に異常な生き物だよ」「部屋に2人以上いれば最後は殺し合うんだ」「だから政治と宗教がある」と付け加えます。デヴィッドたちは、状況を鋭く言い当てています。スーパーマーケットに閉じ込められてから、その外では、科学では説明できないことが次々と起こっています。これは、まさに原始の時代の自然環境に見立てられます。そこは、次に何が起きるか予測ができず、翻弄されるばかりの恐ろしい世界です。原始の時代、このような恐怖に安心感や安全感を与え、共同体を平穏に保つ役割を果たしたのは、すでに超自然界に旅立った祖先たちによって語り継がれてきた教えだったでしょう。そして、その教えは、やがて生きる道しるべや戒めとして普遍性を帯びていき、共同体のメンバーに同じ考えを根付かせて同じ方向を向かせる拠りどころとなったのです。つまりはモラル(集団規範)です。このモラルを自分たちが守っているかどうかを、超自然界にいる祖先、さらには絶対的な存在(神)が見張っていると人々は解釈しました。見守られていることは、見方を変えれば、見張られていることでもあります。神は、保護者(母性)の役割だけでなく、監視者(父性)の役割も果たしていることが分かります。こうして、モラルは、人々に共通の意識を生み出し、そこからより高度な秩序が生まれました。このように、モラルを持つことで共同体が1つにまとまりました。そして、それは政治などのルール作りの源になっています。このモラルによる社会構造こそが、現代の私たちが宗教と呼ぶものの起源の1つの要素となっているのではないかと思います。つまり、宗教という制度が先にあったのではなく、モラルによる社会構造が先にあり、それが制度化されて後に宗教と呼ばれるになったと考えられます。表2 宗教の3つの要素同調崇拝モラル(集団規範)特徴同じ発声や動作を繰り返すことによる一体感同じ思いを持つことによる一体感神秘体験による強化神の保護による集団の安全感(心の拠りどころ)神の監視による秩序形成ルール作りの源医療機関で働く私たちは?これまで考えてきた宗教の3つの要素から、宗教とは、原始の時代から共同体を1つにまとめ上げるシステム(社会構造)そのものであることが分かります。私たちの祖先は、原始の時代からこのシステムと共に歩んできました。そして、人間の文明の進歩に大きな役割を果たしてきました。その1つとして挙げられるのが、大陸大移動(グレートジャーニー)の促進説です。20万年前に現生人類(ホモ・サピエンス)が誕生してから、寒冷期(氷河期)と温暖期が繰り返されていました。しかし、最初は温暖期になってもなかなか人類は広がりません。しかし、6万年前の4回目の温暖期で突然、私たちの祖先は大胆な移動を始めたのです。その理由こそ、当時に出来上がった宗教が共同体の絆を強くしていたからであるという可能性が考えられます。現代の社会で、宗教そのものは原始の時代ほど大きな役割を果たしていません。なぜなら、現代の私たちは、ルール(法律)と科学によって理性的な社会生活を送っているからです。しかし、逆に、私たちが組織(集団)になる時、そして一致団結する時、得てして原始の時代の宗教的な心が目を覚ましやすくなります。それは、集団の安定のために、相手と同じ行動や考えを好み(同調)、何かを拠りどころとして信じ込み(崇拝)、従いやすくなる心理(集団規範)です。これは、私たちの本質的な心理です。例えば、医療機関という組織(集団)で働く私たちは、みな白衣を着て自分たちしか分からない専門用語を駆使して、職業倫理や崇高な理念を持ち、組織の独自のルールにも従っています。それ自体は、すばらしいことです。この心理があるからこそ、医療機関の組織は、単なる利益集団にはなりません。また、このように組織に染まる仕組みが分かっているからこそ、組織では、新人教育で泊まり込みの合宿などをさせて、この心理を芽生えさせ、感化させようとするわけです。私たちの社会(集団)は、程度の差はあれ、この心理により、うまく回っていると言えます。しかし、この心理に魅力がある一方で、危うさもあります。例えば、それはマインドコントロールです。私たちは、この心理の魅力と同時に、危うさもよく知っておく必要があります。次回は、その危うさやデメリットであるマインドコントロールについて、さらに深く掘り下げていき、私たちの組織のあり方や私たちの生き方そのものを見つめ直してみたいと思います。果たしてカーモディさんの説く教えによって1つになった彼らに未来はあるのでしょうか?1)ニコラス・ウェイド:宗教を生み出す本能、NTT出版、20112)NHKスペシャル取材班:ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか、角川書店、20123)進化と人間行動:長谷川眞理子、長谷川寿一、放送大学教材、2007

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MMR生ワクチンは不活化混合ワクチンより全感染症入院を減少/JAMA

 麻疹・流行性耳下腺炎・風疹(MMR)生ワクチン接種は、最新のワクチンである不活化混合ワクチン(DTaP-IPV-Hib)接種と比べて、全感染症入院の減少と関連することが示された。デンマーク・Statens Serum Institute社のSigne Sphirup氏らがデンマークの小児コホートを対象とした分析の結果、報告した。これまで、低所得国において、生ワクチンMMR接種が麻疹以外の感染症死亡率を低下したことが報告されている。研究グループは、「そのような非特異的なワクチン効果が、高所得国における小児の健康についても重要な意味をもたらす可能性がある」として検討を行った。JAMA誌2014年2月26日号掲載の報告より。デンマーク小児集団についてDTaP-IPV-Hib接種との感染症入院発生率比を検討 生ワクチンMMR接種と感染症入院率減少との関連を調べる検討は、1997~2006年に生まれたデンマーク小児集団を対象とする住民ベースコホート研究にて、11ヵ月齢~2歳時までフォローアップ(最終2008年8月31日)して行われた。デンマーク全国レジスターに記録されているワクチン接種日、入院データを入手し分析に用いた。 主要評価項目は、MMRと最新のワクチンであるDTaP-IPV-Hibとの比較による、あらゆる感染症の入院発生率比(IRR)だった。また、MMR接種後のリスク、リスク差、感染症入院1例予防に必要なMMR接種例数(NNV)を算出した。 対象小児は計49万5,987人だった。MMR接種群、非接種群との発生率比は0.86~0.87 あらゆる感染症タイプで入院した小児は、50万9,427人年中5万6,889人だった(100人年当たり11.2例)。 推奨スケジュール(DTaP-IPV-Hibは3、5、12ヵ月齢時に3回、MMRは15ヵ月齢時に1回)どおりにワクチン接種を受けた小児は45万6,043人で、このうちDTaP-IPV-Hib 3回接種後にMMRを接種した群のほうが、DTaP-IPV-Hib 3回接種のみ群よりも、全感染症入院の発生率が低かった。発生率は100人年当たり8.9例vs. 12.4例、補正後IRRは0.86(95%信頼区間[CI]:0.84~0.88)だった。 接種スケジュールが前後していた小児(DTaP-IPV-Hib 2回後にMMR、MMR後にDTaP-IPV-Hib 3回)は1万9,219人いた。このうち、DTaP-IPV-Hib 2回接種後にMMRを接種した群は、MMR非接種(DTaP-IPV-Hib 2回のみ)群と比較して、全感染症入院の発生率は低かった(発生率9.9 vs. 15.1、補正後IRR:0.87、95%CI:0.80~0.95)。しかし、MMR後にDTaP-IPV-Hib 3回接種を受けた小児(1,981人)は、全感染症入院が有意に増大した(DTaP-IPV-Hib 2回後にMMR接種群と比較した補正後IRR:1.62、95%CI:1.28~2.05)。 16~24ヵ月齢での感染症入院のリスクは、MMR接種群は4.6%、同非接種群は5.1%だった。リスク差は、0.5ポイント(95%CI:0.4~0.6)、16ヵ月齢前におけるNNVは201例(95%CI:159~272)であった。 結果を踏まえて著者は、「デンマーク小児集団において、生ワクチンMMR接種は最新のワクチンDTaP-IPV-Hib接種と比べて、全感染症入院の減少と関連していた。他の高所得国集団でも同様の所見が認められるかを検討する必要がある」とまとめている。

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14)糖尿病治療:真の目的の説明法【糖尿病患者指導画集】

患者さん用説明のポイント(医療スタッフ向け)■診察室での会話患者糖尿病の人は長生きできないんでしょ。頑張って食事療法をしてもあまり意味がないんじゃないんですか?医師そんなことはありませんよ。糖尿病治療の目的はただ単に長生き、つまり延命じゃないんですよ。患者延命じゃない!?医師Aさんは今、元気ですよね。でも、その元気がなくなる時、つまり誰かのお世話になる(介護)時、それまでの寿命のことを「健康寿命」といいます。これを覚えておいてくださいね。患者「健康寿命」ですか。医師そう。Aさんは元気で最後はポックリと逝きたいと思われますか?それとも誰かのお世話になっても長生き、つまりジックリでも長生きしたいと思いますか?患者そりゃもちろん、ポックリ逝けるのがいいです。医師それでは、ポックリ逝けるようにするためにはどうしたらいいか、お話しましょう。患者よろしくお願いします。●ポイント患者さんの言葉に変えて、説明することで、理解が深まります

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精神疾患におけるグルタミン酸受容体の役割が明らかに:理化学研究所

 理化学研究所 脳科学総合研究センター精神疾患動態研究チームの窪田 美恵氏らは、気分障害および統合失調症におけるグルタミン酸受容体のADAR2とRNA編集(RNA editing)の役割を明らかにした。両者の剖検脳から、気分障害および統合失調症ではADAR2発現の低下が認められ、同低下がAMPAグルタミン酸受容体でのRNA編集の減少と関連していることが示唆されたという。これらの所見を踏まえて著者は、「ADAR2発現低下によるAMPA受容体のRNA編集の効率が、精神疾患の病態生理に関与している可能性がある」と述べている。Molecular Brain誌2014年1月号の掲載報告。 AMPA(2-amino-3-(3-hydroxy-5-methyl-isoxazol-4-yl)-propanoic acid)/カイニン酸グルタミン酸受容体の前mRNAは転写後に修正される。RNA編集として知られるこの修正はADAR2(adenosine deaminase acting on RNA type 2)を介して行われ、受容体のアミノ酸配列と機能が変化する。気分障害や統合失調症で、グルタミン酸シグナルが関与していることは示唆されていたが、AMPA/カイニン酸受容体のRNA編集が病態生理学的に意味を持つのかについては明らかにされていなかった。 研究グループは、剖検脳(双極性障害例32例、統合失調症例35例、対照群34例)、凍結脳組織片(同11例、13例、14例とうつ病例11例)、またAdar2ノックアウトマウス脳を用いて、ADAR2の発現とRNA編集について調べた。 得られた主な知見は以下のとおり。・剖検脳において気分障害や統合失調症患者は、ADAR2発現が低下する傾向があることが判明した。ADAR2発現の低下は、AMPA受容体のR/G部位の編集減少と関連していた。・へテロ接合型Adar2ノックアウトマウス( Adar2+/-マウス)においても、AMPA受容体R/G部位の編集は減少していた。・ Adar2+/-マウスは、オープンフィールド試験で活動性が増加する傾向を示した。また、強制水泳試験では静止に対して抵抗する傾向を示した。また、アンフェタミン誘導の活動亢進もみられた。・野生型マウスと Adar2+/-マウスにおいて、AMPA/カイニン酸受容体拮抗薬(2,3-dihydroxy-6-nitro-7-sulfamoyl-benzo[f]quinoxaline)投与後、アンフェタミン誘導の活動亢進に有意差はみられなかった。・著者は、「これらの所見は、全体的に、ADAR2発現低下によるAMPA受容体のRNA編集の効率が、精神疾患の病態生理に関与している可能性を示唆するものである」とまとめている。関連医療ニュース 精神疾患のグルタミン酸仮説は支持されるか グルタミン酸作動性システムは大うつ病の効果的な治療ターゲット グルタミン酸トランスポーター遺伝子と統合失調症・双極性障害の関係

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