サイト内検索|page:20

検索結果 合計:1187件 表示位置:381 - 400

381.

第155回 「サル痘」感染対策、やってはいけない患者啓発とは

先日、京都滞在中、ある1通のメールを受信した。国立国際医療研究センター広報企画室からだ。フリーライターでも過去に取材をしたことがある医療機関・研究機関の広報部門に名刺を渡すと、ニュースリリースをはじめとするお知らせが届くようになる。私に国立国際医療研究センターからメールが届くようになったのは、2014年に扶桑社から発刊されている「週刊SPA!」で、知人を介して新興・再興感染症の特集を企画している編集者を紹介され、同特集の執筆者として同センターに取材に行ったのがきっかけである。ちなみにこの時は異例づくしだった。そもそも初対面となる担当編集者から指定された打合せ場所が同センターの結核病棟だった。なんと、担当編集者自らが結核にかかり、この病棟に入院中という。そこで私は同センターに赴き、1階の自動販売機でN95マスクを購入して装着。結核病棟に入院する編集者のもとを訪ねて打ち合わせをした。当時、アフリカではエボラウイルス病(旧エボラ出血熱)が流行していたことに加え、編集者本人が結核にかかったことで企画を思いついたという。なんともアグレッシブな企画立案経緯だが、実は雑誌の特集などでは編集者本人が当事者だったことがきっかけで企画が生まれることはよくある。結局、この時は編集者から病棟内を案内され、そこにあるオープンスペースで打ち合わせをした。編集者曰く、まずは特集内でエボラウイルス病と結核を取り上げることは決まっているので、それ以外にふさわしい感染症をリストアップして欲しいという。そこで私が挙げたのが「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」「デング熱」「E型肝炎」。最終的にはデング熱は外され、それ以外の2つをやることとなった。そこでSFTSの取材で再び同センターを訪れたのだった。取材当日、対象者である医師と向かい合った瞬間、開口一番に「なんかさっきデング熱の国内発生が報じられてました」と聞かされた。そのニュースをまだ知らなかった私は「え?」となった。何とも間が悪い。髭面のこの医師に企画段階でデング熱が外されたことを話すと、「あははは」と笑われた。この医師こそが今回のコロナ禍で全国区の有名人となり、現在は大阪大学大学院医学系研究科の感染制御医学講座教授に転身された忽那 賢志氏である。さて前置きが長くなったが、同センターからのメールには、今年に入ってから国内で急増している「サル痘」に関して、厚生労働省がメディア向けのハイブリット勉強会を開催する旨が記載されていた。同センターの医師が参加するため、情報提供のためリリースを行ったとある。私個人としても興味を持っていた事象だったので、ぜひ参加したかったが、基本は省内の記者クラブ所属記者向けである。開催日は金曜日夕方で、この日の午前中まで私は京都にいて夕刻までには東京に戻る予定だった。十分参加可能だ。とりあえずリリースにあった結核感染症課の担当者に電話連絡し、クラブ外からの参加が可能かを尋ねたところ、現在確認中なので決まり次第連絡をするとのこと。翌日午前中、京都最後のワーケーションとして仁和寺で満開だった御室桜を見ている時に参加可との着信が入り、その足で京都駅に向かい、新幹線に飛び乗った。さて、国内でのサル痘患者については4月12日現在108例が報告されており、うち100例が2023年になってからの発生報告例だ。とりわけ3月以降増加している。2022年内に報告された8例では、うち5例は海外渡航歴あるいは国内来訪中の外国人と接触があったが、2023年以降報告されている100例のうち海外渡航歴などがあったのはわずか1例。その意味では輸入感染症から土着性の感染症になりつつあるステージである。これまで判明した患者はすべて男性である。世界保健機関(WHO)がサル痘のハイリスク群として指摘しているのがMSM(Men who have Sex with Men)である。この辺の定義をより厳格に記述しておくと、MSMは男性同性愛者とイコールではなく、バイセクシャルも含む。現在、日本国内で報告されているサル痘患者が全員男性であることからもわかるように、MSMは明らかなハイリスク群である。勉強会でもこのような国内での感染状況などの事実関係や代表的な症状、予防法、現在の治療法などが簡潔に解説され、あとは出席した記者と厚労省担当者や国立国際医療研究センターからの出席医師と質疑応答になった。実は特筆すべきだったのがこの場のプレゼン側の出席者として、厚労省が新宿でHIV/エイズ、性感染症などのセクシャルヘルス情報センターを運営するNPO法人の代表を呼んだことである。NPO法人代表からは、参加した記者達に向けて、「報道時に感染者や感染経路と関連した特定の属性の人達への差別・偏見に十分にご注意いただきたい」とのお願いがあった。代表はより具体的に次のように語った。「特定の人たちに対する差別・偏見が生まれることは人権の視点で当然避けられるべきです。さらに過去40年にわたるエイズ対策の中で私達が学んできたことは、社会での差別・偏見が高まれば、感染する可能性のある人が(差別・偏見を受けやすい)その属性と関連付けられてしまうことを気にして、たとえば医療機関の受診や検査・相談を受けることを避けてしまう。それによって、必要な人が必要な予防やケアに繋がらなくなってしまう。その結果、感染症の流行を終わらせることがさらに遅くなってしまう」この点はその通りである。もっとも報道としては悩みが深い部分でもある。というのも前述のような国内発生例が現状では全員男性、WHOがMSMをハイリスク群と指摘している事実は報じないわけにはいかない。ところが事実を単純に報じるだけでは、少なからぬ人がサル痘を「男性同性愛者特有の性感染症」と受け止めて他人事と思い、一部ではそれが先鋭化してMSMへの偏見・差別につながることは十分起こり得るからだ。もちろん報道を含めた情報発信側により突っ込んだ努力は求められる。たとえば実際のサル痘の感染経路である▽げっ歯類をはじめサルやウサギなどウイルスを保有する動物との接触▽感染者や動物の皮膚の病変・体液・血液との接触(性的接触を含む)▽感染者とかなり接近した対面での飛沫への長時間の曝露▽感染者が使用した寝具などとの接触、を具体的に報じることがその1つである。また、この感染経路を考えれば性感染症というのも正確ではないので、そうした表現は使わない。さらに、感染経路と現状の国内での感染急増を考慮すれば現在は女性も含めて多くの人が感染リスクにさらされているステージになっていることを報じることも必要だろう。しかし、そこまでしてもなお人は自分にわかりやすく解釈してしまう。報道は個人の解釈までには手が及ばないのである。たぶんこうした歯がゆい思いはMSMの人達に接したことがある医療従事者ならば経験していることではないだろうか。確かにかつてと比べれば、性的マイノリティに関する認識や議論はかなり進化している。とはいえ、政治家の不穏当発言に代表されるように、今も差別・偏見は各所に根強く残っている。差別・偏見を肯定するつもりはさらさらないが、社会全体でみると、少数派への理解がどうしても遅れてしまうのは世の常である。これを少しでも変えていくためには、ある程度のトップダウン型の対応が必要になると個人的には考えている。具体的には教育や法整備を実施することで、やや強制的に社会を変えていくのである。つまり「外堀」を埋めて否が応でも理解をしなければならない環境を作り出す。その意味で、今回このサル痘のメディア勉強会に厚労省がMSMを支援する当事者を呼んだことは、私は英断だと思っている。一方、サル痘の件も含め、性的マイノリティの人達が抱える心身のリスクに接する機会が社会のほかのクラスターよりも明らかに多いのは医療従事者である。この環境を考えれば、医療従事者向けにこうした性的マイノリティに関する理解を深めるための教育も国が率先して取り組んでいく時期に差し掛かっているのではないだろうかとも思っている。

382.

【GET!ザ・トレンド】第2の聴診器ポケットエコーの進化はAirへ

(協力:GEヘルスケア社)医療検査機器の進歩は目覚ましいものがある。とくにCTやMRIは、さらに高画質化し、読影も立体的になるなど、最近ではソフトウェアの進歩も著しい。また、超音波も同様に高画質化、コンパクト化がはかられ、ベッドサイドではなくてはならない検査機器となりつつある。こうした診療機器を一堂に集めた国際医用画像総合展(ITEM 2023)が4月14日から3日間、パシフィコ横浜で開催される。ITEMの開催を前にCareNeTVやケアネットDVDでもお馴染みの白石 吉彦 氏(島根大学医学部附属病院 総合診療医センター センター長/隠岐広域連合立隠岐島前病院 参与)にポケットエコーの進化を振り返り、臨床現場での使い方のポイントや検査・読影のコツ、そして、今後の展望についてお聞きした。質問 ポケットエコーの進歩とハードウエアの課題について教えてください2010年にVscan(GEヘルスケア社製)がポケットエコーの嚆矢として発売されました。非常に衝撃的ではありましたが、当時は心エコーなど限定された部位・機能であり、現在のように処置などに使えませんでした。2010年に発売されたポケットエコーVscan(GEヘルスケア社製)その後、他のメーカーもポケットエコーを開発・発売していくなかで、先のVscanはプローブのデュアル化をしました。1個のプローブにセクタ型とリニア型が一体となり、携帯する機材の省力化で、臨床現場での使い勝手が向上しました。Vscan Dual Probe(GEヘルスケア社製)その間にも個々の機種は充電がしやすくなったり、起動までの時間が短縮化されたり、軽量化なども図られるとともに、本体の価格もかなり安くなっていきました。そして、現在の進化はVscan Air(GEヘルスケア社製)のように無線化であり、邪魔なコードがなくなり、プロ―ブを検査したいところに当て、機動性良く検査ができるようになりました。また、所見はタブレットやスマホに送ることができて、その画面で読影ができるようになりました。Vscan Air Carotid Artery(GEヘルスケア社製)臨床では、臨床判断と手技の向上に役立てる超音波検査を“point-of-care ultrasonography”(POCUS)と呼び、一般社団法人 日本ポイントオブケア超音波学会(j-pocus.com)が設立されるなど環境も大きくかわりつつあります。ポケットエコーで今後期待されることとしては、画質や画面の大きさ、価格、質の担保があります。たとえば、胆嚢炎について、本症では読影時に胆嚢壁の厚さや形状を知ることが大事です。ポータブルエコーでは、カラードップラーも使え、鮮明に壁の厚さもわかりやすい一方で、ポケットエコーではまだそこまで到達できていません。ほかに重要な点として非接触充電ができるようになったり、機能的にも良くなっていますが、「電池の持ち時間」がユーザーとしては気になります。もっと長時間使用できるようになって欲しいと思います。1点注意しなければいけないこととして、最近ではインターネットサイトで非常に安価なポケットエコーを入手することができます。サイトで買われたポケットエコーは、自己トレーニングなどでの使用は問題ありませんが、薬機法(医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器、再生医療等製品について安全性と、体への有効性を確保するための法律)を通っていない機器は、診療で使用すると法に抵触する恐れがあります。この点を医療者はよく理解して、診療にあたらなければいけないということがあります。質問 ポケットエコーの臨床現場での活用法やビギナー向けのポイントを教えてくださいポケットエコーは在宅診療をされている医療者などでは結構普及していますが、医師全体からすると、まだ5%も普及していません。理由はいろいろとありますが、はじめの頃は250万円くらいの高価なデバイスであったことが要因かと思います。ポケットエコーのメリットは、携帯性、経済性、起動時間の早さにあります。診療に使うことで診断精度と治療精度の向上が望めます。私の勤める病院では、看護師にも積極的にポケットエコーを扱ってもらっています。一例として「導尿」の有無の判断に膀胱にエコーを当て、導尿の必要があるかどうかを判断しています。導尿では、感染症のリスクや患者さんの羞恥心もあり、できればしたくない処置です。そこでエコーを当て要否を判断することで確実に導尿が必要な患者さんにだけ処置を施すことができます。これは全国でもまれかもしれません。また、膀胱の背側にある直腸の便を確認することもできます。膀胱横断面所見(提供:GEヘルスケア社)画像を拡大する診断の補助として、たとえばひざの腫れであれば、関節液の貯留か軟部組織の炎症による腫脹か、それ以外の原因なのか、ベテランでないと難しい診断もポケットエコーを使えば診断がし易くなります。触診した部位を見える化することによりポケットエコーで身体所見の診断の答え合わせもできます。ほかにもプライマリ・ケアでよくある主訴の「頻尿」では、問診では判断が難しい過活動膀胱か神経因性膀胱かどうかについて、ポケットエコーで膀胱の容量を把握し、残尿があるかないかを確認することができます。両疾患では治療薬も異なるので、適切な治療につなげることができます。エコーは軟部組織や水をよく描出するので胸水、肺B-line、胸膜、膝などの診断に強みを発揮します。今では初期の大動脈瘤の発見もできる精度であり、みつけることができれば予防的な治療も可能です。膀胱、前立腺所見(提供:GEヘルスケア社)画像を拡大する腹部大動脈所見(提供:GEヘルスケア社)画像を拡大する処置で使うのであれば、ひざの穿刺などで注射を必要な部位にピンポイントで施行できますし、膀胱、便秘、肺エコー、大静脈の点滴の適否、末梢血管確保についてポケットエコーは有効です。エコーを使用した処置により、ベテランでもそうでなくとも同じ視覚で処置ができるので、医療の均てん化にも役立つと考えています。質問 超音波所見の読影のコツやビギナー向けの学習法について教えてくださいエコーの上達については、とにかく「日々プローブを当てること」が基本です。自分でも仲間同士でもプローブを当て、手技や読影を訓練することです。もちろんこのときには指導する先輩医師の役割も重要ですし、身近にすぐできるエコーがあることも必要です。そういう意味ではポケットエコーは、エコーに馴染むという意味ではよいツールとなります。また、読影でわからない場合で先輩医師がいない場合には、成書やDVDなどで学習し、それでも難しいときは研修会などで勉強することが必要です。本当は、医学生のころからエコーに慣れ親しむのがいいのですが、現在、医学部でのエコーの講義や実習は、力の入れ具合に差があります。私が所属している島根大学医学部では、医学生にエコーの勉強会を実施していますし、エコーを使った診療の動画も島根大学医学部附属病院 総合診療医センターのサイトで公開して、学習のサポートを行っています。今年の7月には私が会長で行う「第15回 日本ポイントオブケア超音波学会学術集会」を島根で開催します。エコーに少しでも興味のある医療者にはぜひ参加していただきたいと思います。質問 ポケットエコーの将来の展望について教えてください診療でポケットエコーが普及していけば、診療ガイドラインなどにも記載されるようになるでしょう。日本ポイントオブケア超音波学会(JPOCUS)では、ガイドラインから試案を作成したりしていますし、日本救急医学会では「救急point–of–care超音波診療指針」を公開していますので、じわじわと臨床の中に入っていくと思われます。今後、プライマリ・ケアでも症状や病態の見える化は需要が増していきますので、「第2の聴診器」として医療者には必要な手技・スキルになると考えます。繰り返しますが、ポケットエコーの理想形としては、より小さく、軽く、鮮明な画像で、値段もお手ごろ、電池も長持ちし、操作も簡単、プローブのバリエーションもあり、そして、院内のPACSにつながるポケットエコーの登場を期待します。(インタビューは2023年3月6日に実施/ケアネット 稲川 進)

383.

第154回 日本人の驚くべきマスク定着化ー新聞社の世論調査

先日、知人の墓参りとワーケーションを兼ねて京都に4日ほど滞在した。食事時と自分が会員となっているスポーツジムの系列店舗で運動する以外は、ほぼホテルの部屋で仕事をしていた。もっとも春先の京都にいながら観光ゼロというのも何なので、昼食時の帰りに1件ほど寺社・仏閣に立ち寄ったりもした。すでに京都市内はコロナ禍「明け」とも言える雰囲気で、市中心部の四条付近は外国人観光客でごった返していた。ぱっと見だが、白人系の人々は屋内外いずれもほぼノーマスク、対して日本人も含め見た目がアジア系の人々では屋外でもマスク着用率が明らかに高くなる印象だ。たまにアジア系の顔立ちでノーマスクの人たちを見かけるが、言葉を聞くとその多くは広東語、中国語などの非日本語である。それでもノーマスクの日本人は、少なくとも私が見る限り、東京などと比べると若年者を中心に明らかに多いと感じた。到着翌朝、ホテルのエレベーターに乗り込もうとし、先客の若い女性がノーマスクだった時は一瞬ぎょっとした。途中から乗り込んできたやはりノーマスクの男性2人は女性と顔見知りだったらしく、密閉空間のエレベーター内でそのままペチャクチャ話し始めた。会話の内容からすると、どうやら新入社員の研修中らしい。私はマスクをしていたものの、その間ずっとヒヤヒヤしていた。ところが慣れというのは怖いもので、3日も滞在していると、コンビニに行こうとしてホテルの部屋を出た際にマスクを忘れたことに気付いても、「短時間だし。ま、いいか」という感じになってしまう。すでにマスク着用が任意となった現時点での表現としては適切ではないかもしれないが、「こうやってなし崩し的にモラルハザードが起こる」と受け止めている。新聞社主催の世論調査から見えるマスク定着化そうした中で興味深い調査結果を目にした。読売新聞社が行った新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に関する世論調査である。調査結果を報じた記事では「日本の社会は、全体として、新型コロナウイルスに、うまく対応できていると思いますか、思いませんか」との問いへの回答が、「思う」「どちらかといえば思う」合計で57%、「どちらかといえば思わない」「思わない」合計が41%となり、2021年から3年連続同様の調査を行った中で、初めて「思わない」よりも「思う」ほうが上回った点に主眼が置かれている。しかし、私が注目したのは調査結果内のマスク関連の回答である。まず、「新型コロナウイルスの感染を防ぐため、現在あなたが実践していることを、いくつでも選んでください」のトップが、「外出するときにマスクを着用する」の92%。さらに「あなたは、日常的にマスクを着用することを、つらいと感じますか、感じませんか」では、トップは「どちらかといえば感じない」が31%、次いで「感じない」が29%で、マスク着用に肯定的な層が6割を超えている。ちなみにこの設問で反対の立場である「感じる」が12%、「どちらかといえば感じる」が27%だった。ただし、この世論調査を読み解く際には2つの注意点がある。1つは調査の実施主体が読売新聞であることだ。新聞による無作為抽出世論調査の場合、回答者と新聞社の思想ベースが類似しがちになる。たとえば、保守的と分類されることが多い読売新聞の調査では、どうしても保守的な人が回答しがちになる。一方、リベラル傾向が強いと言われる朝日新聞社の読者に読売新聞社主催の調査が送付された際には回答拒否になる傾向が強まる。実際、今回のアンケートの回答を見ると、概して保守層に受け入れられやすいワクチン接種について、3回以上接種者は82%であり、現在の首相官邸が公開している総人口に占める3回ワクチン接種割合の68.6%と比べるとかなり高めだ。もう1つの注意点として、回答者の年齢層は50代以上が6割超を占めている。たとえば、調査で「あなたは、今後、自分が新型コロナウイルスに感染して重症になるのではないかという不安を、感じますか、感じませんか」では、「大いに感じる」「多少は感じる」の合計がやはり6割超である。その意味で今回明らかになったマスク信仰については、社会全体の傾向よりやや高めに出ていると解釈したほうが良いかもしれない。とは言っても、これだけの日本人にマスクが定着したという点には今回驚きを感じている。さて昨今の新型コロナの感染状況だが、すでに陽性者報告数は上昇トレンドに入り、第9波の到来が懸念されている。一部には早ければ5月下旬という説もある。現在、オミクロン株対応ワクチンの接種率は約45%と心もとないが、第8波でかなりの感染者が発生したことも考えると、今現在は事実上の「集団免疫」が成立している状況かもしれない。これに今回の世論調査でわかったマスク信仰の高さも考え合わせれば、もしかすると第9波は第8波を下回るのではないだろうか? もっともこれは個人的かつ希望的観測に過ぎない。ただ、間近に迫った新型コロナの感染症法上5類化で対応病床が減ると予想される中、その状態ですら医療側が対応可能なレベルかどうかは、かなり不透明ではないだろうか?

384.

ペムブロリズマブ+化学療法、悪性胸膜中皮腫1次治療のOSを改善/MSD

 2023年3月10日、Merck社は切除不能な進行または転移のある悪性胸膜中皮腫の1次治療においてペムブロリズマブと化学療法の併用療法を評価する第II/III相CCTG IND.227/KEYNOTE-483試験で、主要評価項目の全生存期間(OS)を達成したことを発表した。 IND.227/KEYNOTE-483試験は、Canadian Cancer Trials Group(CCTG)が実施医療機関となり、National Cancer Institute of Naples(NCIN)およびIntergroupe Francophone de Cancerologie Thoracique(IFCT)と共同で実施する非盲検無作為化第II/III相試験である。同試験では切除不能な進行悪性胸膜中皮腫の治療においてペムブロリズマブと化学療法の併用療法を評価した。主要評価項目はOSで、副次評価項目は盲検下独立判定機関(BICR)が評価した無増悪生存期間(PFS)および客観的奏効率(ORR)のほか、安全性、生活の質(QoL)であった。 同試験の最終解析でペムブロリズマブと化学療法の併用療法群は、化学療法単独群と比較して統計学的に有意かつ臨床的に意味のあるOSの改善が認められた。本試験におけるペムブロリズマブと化学療法の併用療法の安全性プロファイルはこれまでに報告されている試験の結果と一貫していた。 悪性中皮腫は胸部、腹部、心臓、精巣など体の特定の部位を覆う膜に発生するがんで、2020年には世界で3万人以上が新たに診断され、2万6,000人以上が死亡したと推定されている。胸膜中皮腫は、悪性中皮腫の中で最も多く、約75%を占めている。悪性胸膜中皮腫は多くの場合進行が速く、5年生存率はわずか12%とされる。 この結果は、今後さまざまな腫瘍関連学会で発表するとともに、世界各国の規制当局へ承認申請する予定である。

385.

第155回 日本はパワハラ、セクハラ、性犯罪に鈍感、寛容すぎる?WHO葛西氏解任が日本に迫る意識改造とは?(後編)

パンデミック以前の日常が完全に戻ってきたこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末、関東はお花見日和でした。近所の公園では、葉桜となってきた桜の木の下で多くの人がノーマスクで宴会をしていました。パンデミック以前の日常が完全に戻ってきたわけですが、数週間前からこれだけ飲んで騒いでいるのに、新型コロナウイルス感染症の患者数は目立った増加となってはいません。感染症は本当に不思議な病気だなと思いながら、私も桜が舞い散る公園で、タコスにコロナビールを楽しみました。さて今回も、前回に引き続き、WHO(世界保健機関)の西太平洋地域事務局(フィリピン・マニラ)の葛西 健・事務局長が解任されたニュースを取り上げます。「The Lancet」が「グローバルヘルスの専門家たち葛西氏解任を歓迎」と報道WHOは3月8日、職員らへの人種差別的な発言などがあったとして内部告発され、昨年8月から休職中だった葛西・西太平洋地域事務局長を解任したと発表しました。日本国内では「解任理由がきちんと説明されていない」といった批判もあるようですが、国際的にはどうやら今回の解任を歓迎する声の方が大きいようです。医学雑誌の「The Lancet」は3月18日、「Global health experts welcome Kasai dismissal(グローバルヘルスの専門家たちが葛西氏解任を歓迎)」と題する記事を掲載しています1)。「葛西氏はWHO労働者への嫌がらせを行っていた」刺激的なタイトルのこの記事は、世界の複数のグローバルヘルスの専門家が、今回の調査や決定が適正に行われ、処分も妥当と考え、解任決定を歓迎していると報じています。記事によれば、WHOは虐待行為を一切容認しないという方針に沿って今回の内部告発を調査、すべてのWHOスタッフに適用される通常の手順に従って検討が行われたとのことです。その結果、葛西氏が「攻撃的なコミュニケーション、公の場での侮辱と人種的中傷」を含む、WHO労働者へのハラスメントを行っていたことが判明したとしています。これら結果を踏まえ、西太平洋地域委員会の投票が行われ、解任賛成13票、反対11票、棄権1票という結果となり、その後、非公開の理事会で葛西氏の解任が決定したとのことです。WHOの不正行為や虐待行為に対するチェックの目は一層厳しくなる同記事は、米国ジョージタウン大学のグローバルヘルス法の研究者の次のような発言も報じています。「この決定を行ったWHOに拍手を送る。その決定は正しかったが、もっと早く行われるべきだった。WHOは、誰もが尊重される安全で敬意に満ちた職場を作るために、可能な限り最高の基準を設定する必要があると考える」。同記事は、その他の世界のグローバルヘルスの専門家たちの今回の決定に対する賛意も伝えています。それらはある意味、日本が期待を持って送り込んでいた葛西氏の”評判”とも言えるもので、日本政府にはなかなか手厳しい内容となっています。ところで、WHO内部では葛西氏の事例のようなハラスメントだけではなく、エボラ出血熱発生中に起きたWHO労働者や援助労働者に対する性的虐待なども問題視されており、同記事は、葛西氏に行われた内部調査や解任決定を機に、WHOの組織内におけるその他のさまざまな不正行為や虐待行為に対するチェックの目は一層厳しくなるに違いない、と書いています。横浜DeNAに現役バリバリのMLBの投手入団そう言えば、WBC開催中の3月14日、横浜DeNAベイスターズは3年前の2020年、シンシナティ・レッズ時代にサイ・ヤング賞を獲得(同年に同じく候補となったダルビッシュ有投手と争いました)したMLB投手、前ロサンゼルス・ドジャースのトレバー・バウアー投手と契約を結んだことを発表しました。現役バリバリのMLBの投手がNPBに来るということで大きなニュースになりました。実は彼、2021年に知人女性に対するドメスティックバイオレンスの禁止規定違反でメジャーリーグ機構から324試合の長期の出場停止処分を受け(その後、異議申し立てをし、処分は194試合に短縮)、今年1月にドジャースとの契約が解除された選手です。契約解除後、MLBでは新たな契約をする球団は現れず、うまくDeNAが獲得したというわけです。MLBが獲得に動かなかった理由は多々あるようです。ヒューストン・アストロズの投手陣が強力な粘着物質を使っている疑いがあることを”チクリ”、粘着物質使用厳格化のきっかけを作ったことでMLBの選手たちから裏切り者扱いされた、という説も流れていますが、女性に対するドメスティックバイオレンスの一件も少なからず影響していることは確かでしょう。そうした”問題”選手を、トラブルにはとりあえず目をつぶって獲得し、大喜びしているのも日本人のパワハラ、セクハラへに対する鈍感さ、寛容さのなせる業かもしれません。DeNAは3月24日に横浜市内で華々しくバウアー投手の入団会見を行いましたが、その5日後の29日に同選手が「右肩の張りを訴えた」と球団が発表、4月中の一軍デビューは先送り濃厚となってしまいました。「バウアー投手はMLB復帰のために日本にリハビリに来ただけ。もとより真剣に投げる気はない」という声もあるようです。BBC制作ジャニーズのドキュメンタリーをほぼ黙殺の日本マスコミパワハラ、セクハラ関連の話題ということでは、英国のBBCが制作、公開したドキュメンタリー「Predator:The Secret Scandal of J-Pop」(J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル)を日本のマスコミのほとんどが黙殺したことも挙げておきたいと思います。2019年に死去したジャニーズ事務所の創業者、ジャニー喜多川氏によるジャニーズJr.の少年への性的虐待を追ったこのドキュメンタリー、日本ではBBCワールドニュースで3月18日、19日に配信放送されました。この件について日本のマスコミで報道したのはかねてからジャニーズ問題を追ってきた週刊文春と、FRIDAYデジタル、日刊ゲンダイDIGITALなどごく一部でした。香港や韓国、台湾のメディアも大きく取り上げたというのに、日本のマスコミの沈黙ぶりは、異常と言えるかもしれません。こうした鈍感さ、時代遅れの寛容さや忖度は、葛西氏のパワハラ同様、国際社会ではもう認められなくなってきています。そうした自覚と意識改造が日本人には早急に求められていると思いますが、皆さんいかがでしょう。「ジャニー喜多川氏の性的虐待の事実と、メディアに与えた強い影響力を調査し、社会が見て見ぬふりをすることの残酷な結果を明らかにする」(BBCワールドニュースのWebサイトより)というこの番組、4月18日までAmazonプライム・ビデオで視聴可能です。興味のある方はご覧下さい。参考1)Zarocostas J, Lancet. 2023 Mar 18. [Epub ahead of print]

386.

英語で「痛みはどれくらいですか」は?【1分★医療英語】第74回

第74回 英語で「痛みはどれくらいですか」は?On a scale of 1 to 10, how would you score your pain?(1から10のスケールでいうと、痛みはどれくらいですか?)I would say 7.(7くらいです)《例文1》Could you describe your pain for me?(痛みはどのような感じですか?)《例文2》Could you rate your pain?(痛みを評価してもらえますか?[どのくらい痛いですか?])《解説》「痛みスケール」を使って患者さんに痛みの強度を表現してもらうとき、“Could/Would you rate/score your pain on a scale of 1 to 10, 1 being the lowest and 10 being the highest? ”(1が最も弱くて、10が最大の痛みとすると、あなたの痛みはどれくらいですか?)という言い方をよく使います。“score”や“rate”は、共に「点数を付ける」といった意味で、数字で答えてもらうスケールの質問に使いやすい動詞です。スケールを0~10として“0 means no pain and 10 is the worst pain that you can imagine. How are you feeling?”(痛みがないのがゼロ、想像できる最大の痛みが10だとすると、今はどんな感じですか?)という聞き方も可能です。 どのような種類の痛みなのかを詳しく知りたいときには“Could you describe/explain your pain?”(どんな痛みなのか説明してもらえますか?)と尋ねます。この時の患者さんからの期待される回答としては、“It is a sharp/dull/stubbing pain.”(鋭い/鈍い/刺すような 痛み)などとなります。講師紹介

387.

看護施設スタッフの検査強化で、入所者のコロナ関連死減少/NEJM

 米国の高度看護施設(skilled nursing facilities)において、職員に対する新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)サーベイランス検査の強化は、とくにワクチン承認前において、入所者の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発症および関連死の、臨床的に意味のある減少と関連していた。米国・ロチェスター大学のBrian E. McGarry氏らが、メディケア・メディケイド・サービスセンター(CMS)のデータベースを用いた後ろ向きコホート研究の結果を報告した。高度看護施設の職員へのCOVID-19サーベイランス検査は広く行われているが、施設入所者のアウトカムとの関連性についてのエビデンスは限定的であった。NEJM誌2023年3月23日号掲載の報告。高度看護施設1万3,424施設について、77週間調査 研究グループは、CMSのCOVID-19 Nursing Home Databaseにおける2020年11月22日~2022年5月15日のデータを用い、ワクチン承認前、B.1.1.529(オミクロン)株優勢前、オミクロン株優勢中の3つの期間における、高度看護施設1万3,424施設の職員のSARS-CoV-2検査と入所者のCOVID-19について後ろ向きコホート研究を行った。同データベースは、高度看護施設が米国疾病予防管理センター(CDC)の医療安全ネットワーク(NHSN:National Healthcare Safety Network)に週単位で提出するデータを含んでいる。 主要アウトカムは2つで、潜在的アウトブレイク(COVID-19症例が2週間なかった後にCOVID-19が発生と定義)時におけるCOVID-19発症およびCOVID-19関連死の週間累積例数(潜在的アウトブレイク100件当たりの件数として報告)で、検査回数の多い施設(検査数の90パーセンタイル)と少ない施設(10パーセンタイル)で比較した。スタッフ検査回数が多い施設で、少ない施設よりCOVID-19発症/関連死が減少 77週間の調査期間において、潜在的アウトブレイク100件当たりのCOVID-19症例は、スタッフへの検査回数が多い施設が519.7例に対し、少ない施設は591.2例であった(補正後群間差:-71.5、95%信頼区間[CI]:-91.3~-51.6)。また、潜在的アウトブレイク100件当たりのCOVID-19関連死は、多い施設42.7例に対し、少ない施設49.8例であった(-7.1、-11.0~-3.2)。 ワクチン承認前においては、潜在的アウトブレイク100件当たりのCOVID-19症例は、スタッフへの検査回数が多い施設759.9例、少ない施設1,060.2例(補正後群間差:-300.3、95%CI:-377.1~-223.5)、COVID-19関連死はそれぞれ125.2例、166.8例(-41.6、-57.8~-25.5)であった。 オミクロン株優勢前は、スタッフへの検査回数が多い施設と少ない施設でCOVID-19症例数、COVID-19関連死数のいずれも同程度であった。オミクロン株優勢中は、多い施設でCOVID-19症例数が減少した。しかし死亡数は両群で同程度であった。

388.

英語で「情報を確認し合う」は?【1分★医療英語】第73回

第73回 英語で「情報を確認し合う」は?Umm, we should close the loop with surgery team.(うーん、いったん外科チームと情報を確認し合うべきですね)I agree.(そうですね)《例文1》Okay, let’s close the loop among the team!(了解です、情報をチーム内で共有確認しておきましょう!)《例文2》I think the GI attending said they would do EGD tomorrow… Can you close the loop?(消化器の上級医が明日内視鏡をすると言ったはずですが…。情報を伝えて確認しておいてもらっていいですか?)《解説》医療の現場ではチームワークが不可欠であり、情報の伝達、共有、確認することが日常的に求められる機会が多くあります。“close the loop”は、文字通りに取れば「ループを閉じる」という意味ですが、「情報を共有して、全員が同じ情報を持っていることを確認する」といった場合に用います。「全員がはみ出ることなく1つの輪の中にいてつながっている」というイメージです。医療現場においては「医師Aと医師Bの言っている情報が異なっている」、「他の医療スタッフがその情報を知っているかどうか確信がない」といった、「医療チーム全体が同じ情報やプランを共有していることを確認する」際によく使用されます。とくに米国の医療現場では、専門領域が細分化されており、主治医だけでなく多くの担当科で1人の患者さんを診るケースが多く、主治医の方針と専門医の方針を常にすり合わせておく必要があります。“closing the loop”することによってミスコミュニケーションを減らし、検査、治療、手術のプランを滞りなく施行する必要性が高いのです。ちなみに、“out of the loop”で逆に「チームから外れている」という表現もあります。“He was out of the loop on this case.”(彼はこの症例に関してチームから外れていました)口語でも文面でも“close the loop”を使いこなしてスムーズなコミュニケーションができるとよいですね。講師紹介

389.

オールシングスマストパス~高齢者の抗うつ薬の選択についての研究の難しさ(解説:岡村毅氏)

 従来のRCTの論文とはずいぶん違う印象だ。無常(All Things Must Pass)を感じたのは私だけだろうか。この論文、老年医学を専門とする研究者には、突っ込みどころ満載のように思える。とはいえ現実世界で大規模研究をすることは大変であることもわかっている。 順に説明していこう。2種類の抗うつ薬に反応しないものを治療抵抗性うつ病という。こういう場合、臨床的には「他の薬を追加する増強療法」(augmentation)か「他の種類の薬剤への変更」(switch)のどちらを選択するべきかというのは臨床的難問だ。これに対して、うつ病一般においてはSTAR*Dなどの大規模な研究が行われてきた。本研究はOPTIMUM研究と名付けられ、やはりNIH主導で大規模に行われた。 結果であるが、アリピプラゾールの増強療法が比較的優れた効果を示した。とはいえ、ステップ1で比較されているbupropionは本邦未承認であるから日本の臨床家への示唆はあまりない。なおステップ2で比較対象となっているのはリチウムの増強療法とノルトリプチリンへの変更であるが、これらは本邦でも使用できる。 以下は、この論文を批判的に眺めた感想である。 第1にプロトコルがまったく安定していない。途中までステップ2への直接参加が可能になっているが、途中から禁じられた。参加基準も当初PHQ-9で6点以上であったのが、途中から10点以上になっている。さまざまな横やりがあったことが推測される。 第2に参加者は普通に薬局で薬をもらっているので、増強(追加)されているのか変更されているのかがわかってしまう。単純化すると、前者は錠剤が1錠増えるし、後者は増えない。プラセボで良くなる高齢者が多いから、この点は重要だ。 第3に認知機能の検査は一応しているが(supplementaryの隅まで読んでようやく書いてあったが、これは最も重要な点ではないか?)、Short blessed testで10点以上はダメというあまりにも粗い基準だ。さまざまな認知機能の人が含まれているに違いない。 第4に脳梗塞に伴う治療抵抗性うつ病も含まれているはずだが、これはdepression-executive dysfunctionともいい、高齢期のうつ病の難問の一つである。生活障害が大きく、むしろ非薬物治療が効果的とされる。この群は何をやっても変わらないだろうが、期間中に良いデイケアに行き始めたら劇的に回復することだろう。この議論が抜け落ちている。 第5に、アウトカムは「健やかさ」(wellbeing)になっている。これは当事者団体の意見等を反映させたということである。「症状は外から見ると減ったようです、でも本人は苦しいです」というのでは意味がないのだから良いことともいえる。薬剤の効果を症状だけで見るのは「古い」医学者であり、リカバリーのようなより主観的なものが現在好まれる。しかし薬剤の効果をwellbeingで見ることは、拡大した医療化であり、危険をはらんでいると個人的には思っている。というのは、高齢者ではとくにそうだが、さまざまな出来事(人間関係、出会いと別れ、とくに死別、体調、他の疾患の状態など)によりwellbeingは大きく影響を受けるのだ。公平を期すために、この研究でも「社会参加」も測定されていることは述べておく。 第6に、結果的には、bupropion変更組とリチウム増強組では、きちんと定められた分量までいって寛解している者は10%もいないとのことであり、とても低いところで比較しているというのは否めまい。 第7に転倒が多い。対照がないので、高齢者とはそういうものだと言われればそれまでだが、良い結果の治療でも3人に1人は転倒しているし、最も悪い群は55%が転倒している。この研究は増強vs.変更を比較しているので、これを言ってしまうとちゃぶ台返しになってしまうが…「この人はうつ病で、薬で治すべし」という大前提がここでは間違っているんじゃないか。この際、漢方薬に変えて、生活も変えてみてはどうかと提案する(たとえば地域の集まりや運動に行くとか、それこそお寺に行ってみるとか)というのが日本の小慣れた臨床医の対応ではないだろうか。 第8に…これくらいでやめておこう。 僕らはRCTで少しでも科学的に妥当な知見を手に入れて、患者さんにより妥当な治療を提案し、結果的に多くの患者さんを幸せにしたいという根源的な欲求がある。しかし高齢者を対象にしたこの論文を読むと、さまざまな現実のノイズにより、非常に読みにくく、苦しい印象を受けた。RCT、メタアナリシス、さらにネットワークメタアナリシスに心躍らされた時代はもしかしたら、長い歴史の中のそよ風なのかもしれず(Times They Are A-Changin)、無常(All Things Must Pass)を感じる。一方で、批判だけするつもりはない。医療者の主観や勘に頼った時代に戻ってよいわけはない。なんか苦しいなあと思いながら、批判的に読み、そしてこのような大規模研究を苦しみながら遂行した仲間に最大の敬意を払いつつも、この知見が目の前の患者さんに適応できるかどうかを考え続けるしかないのではないか。 考えてみれば、この薬が一番いいですという単純な世界(うつ病ですか、じゃあエスシタロプラムかゾロフトでしょうみたいな)なら、医師なんていらないではないか。目の前の患者さんが、医療の対象にするべきことが何割で、医療が対象にしてはいけないことが何割かを判断する必要があるし、どの見方を採用するか(たとえば高齢者の抑うつ症状なら、感情障害、認知機能障害、脳血管障害といったさまざまな次元がある)を常に選択する必要がある。患者の高齢化に伴い、臨床はより頭を使う仕事になってきたように感じる。

390.

英語で「声が途切れ途切れです」は?【1分★医療英語】第72回

第72回 英語で「声が途切れ途切れです」は?Your voice is breaking up.(あなたの声が途切れ途切れです)Sorry. Let me fix my microphone.(ごめんね。マイクを直させて)《例文1》You are breaking up a bit.(あなたの音声がちょっと途切れ途切れです)《例文2》Your voice is breaking up a lot and I can’t hear you well.(あなたの声がかなり途切れ途切れで、よく聞こえません)《解説》“break up”は恋愛のシーンで恋人同士が別れてしまったときに使うフレーズとして記憶している人も多いかもしれません。その場合には、“We recently broke up.”(私たちは最近別れてしまった)なんていうふうに用いられます。しかし、ここではそういう意味ではなく、「音声が途切れ途切れである」ことを示すために用いられています。新型コロナのパンデミック以降、リモート会議が増えた人も多いでしょう。そんな折に、電波が悪くて相手の声が聞き取りにくい、なんていうシーンにも頻繁に遭遇します。そんなときによく用いる表現がこの“Your voice is breaking up.”です。このように表現することで、相手の音声が割れてしまっていることを伝えることができます。また、単に“You are breaking up.”と言うだけでも同じ意味で用いることができます。加えて、その後に“a lot”や“a bit”などを付けることにより、「ひどく」「ちょっと」というような音声の途切れ方の程度を示すこともできます。これらの表現は、リモート会議だけでなく、電話中などにも使うことができ、比較的登場頻度の高い表現です。これがうまく伝えられないと、話し相手はどんどん話を続けてしまい、コミュニケーションエラーのもとになります。“break up”、ぜひマスターしてくださいね。講師紹介

391.

第151回 マスク脱着による世論分断を防ぐため、知っておきたい人間の特性

政府の方針で3月13日から新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)対策を念頭に置いたマスクの着用は、原則個人の判断が基本となった。この日以降、街中を歩く際はマスク着用の動向を自分なりに眺めているが、確かに着用していない人は若干増えたようだ。もっともパッと見は着用していなくとも、手にマスクをぶら下げているなど様子見のような雰囲気がうかがえることも多い。私個人はというと、信号待ちで人が密集するなどの状況以外、屋外では原則マスクを外し、屋内ではマスクを着用するという元々の方針をほとんど変えていない。が、厳密に言うとむしろ屋外でマスクをするシーンが増えた。というのも、スギ花粉の飛散量が例年よりもかなり多いと言われる今シーズン、どうやら初めて本格的な花粉症を発症したようなのだ。日中、屋外にいる時間が短い場合はほとんど問題ないのだが、ノーマスクのままで数時間経つと、突如くしゃみが止まらなくなる。先日はたぶん人生で初のくしゃみ27連発を経験し(いちいち数えているのもどうかと思われるかもしれないが)、慌ててマスクを着用。それで症状が治まったため、さすがに花粉症なんだろうと思っている。そんなこんなで花粉症対策のマスクのありがたみを実感するとともに、このシーズンが終われば、マスクを外す人はそれなりに増えてくるのだろうと予測している。もっとも私個人は今のところ前述の着用原則を当面変えるつもりはない。新型コロナウイルスがいなくなったわけでもなく、重症化リスクを有する人にとっては相変わらずインフルエンザよりは明らかに恐ろしい感染症であるため、3月13日を「マスク外し記念日」と認識するのは時期尚早と考えるからである。私が屋内外とも全面的にマスクを外すようになるのは、たぶん有効性・抗体価持続期間が現在よりも大幅に改善した新型コロナワクチンが登場した時だろう。さてそんな中、この件に関して厚生労働省が開設した特設ページを見て、モヤモヤした気分になってしまった。書いている内容に間違いはないし、良い意味でお役所らしい「簡にして要」の原則は貫かれている。しかし、良くも悪くも真面目過ぎる。このページを作成した人たちは、おそらく読む人は冒頭から最後まできちっと目を通してくれるはず、あるいは目を通して欲しいと思ったのだろう。だが、メディアという世界に四半世紀以上も身を置いている自分は、多くの場合、そうした期待や願望は幻想に過ぎないという現実を嫌と言うほど経験している。具体例を挙げるならば、記事の見出しだけを見て、すべてをわかった気になっているSNS投稿などがそれだ。では、このページのどこが気になるのか? まず、原則個人の判断ではあるが、“医療機関や高齢者施設、混雑した公共交通機関では従来通りマスク着用が推奨される”というのが訴えたいメッセージのはずである。伝える側の本音として、個人の判断と今後も推奨が続くシーンという情報に本来ならば主従関係などないはずである。ところが、このページの見せ方は完全に主従関係となっている。まず冒頭のやや小さい字のお知らせは「これまで屋外では、マスク着用は原則不要、屋内では原則着用としていましたが令和5年3月13日以降、マスクの着用は、個人の主体的な選択を尊重し、個人の判断が基本となりました。本人の意思に反してマスクの着脱を強いることがないよう、ご配慮をお願いします」とあり、「個人の…基本」にアンダーラインが引いてある。また、後段の図示では「個人の主体的な選択を尊重し、個人の判断が基本となります。感染拡大防止対策として、マスクの着用が効果的である場面などについては、マスクの着用を推奨します」とあり、前文のみがやや大きい赤字フォントで目立つようにしてあり、後半はやや小さい黒字フォントで目立ちにくい。最初に目に入ったものに強く印象付けられるのが人の特性であり、この見せ方では「個人の判断」が及ばない今後も推奨されるシーンが霞んでしまう。「特設ページには前述の着用の推奨が継続するシーンについては大きなイラスト付きで示されているじゃないか」と声を大にしたくなる人もいるかもしれないが、実際こうした部分は良くて流し見、最悪、目すら向けられないことも結構あるのだ。たとえば、単語カードを使って英単語の意味を覚えようとする時、往々にして最初に覚えるのは1枚目のカードだ。1つの単語で複数の意味がある場合も、最初に覚えるのは一番目に表示される意味であることが多い。こうした現象は日常的に少なくないはずだ。ではどうするかというと、こうした人の特性を逆手にとって多少長くとも冒頭から「〇〇や××、あるいは△△のような場面では今後もマスク着用が推奨されますが、それ以外については個人の判断が基本になります」と記載するほうがベターである。また、この「最初に目にしたもの」の原則から気になった点がもう1つある。「本人の意思に反してマスクの着脱を強いることがないよう、ご配慮をお願いします」の「着脱」である。「着脱」は「着けること」と「外すこと」の両方を意味しているし、この使い方そのものは間違いではない。しかし、人は最初の「着」のほうに目が行きがちである。注意深く読まない人やマスクに否定的な人は「着脱」をシンプルに「着けること」のみに解釈しがちである。その結果起こると予想されることが、医療機関などに対して「なんでおたくはマスクを強要するのか」というお門違いのクレームである。その意味ではここでも回りくどくとも、「着けることや外すことを強いることがないよう」と表現するほうがベター。今回の私の指摘を非常に細かい「重箱の隅をつつく」ことと思われる方もいるかもしれない。しかし、少なからぬ国民が3年間のコロナ禍疲れを感じているはずで、原因の1つには、この間に推奨されてきたマスク着用も入っていると考えても差し支えないだろう。その中で今回のマスクに対する推奨の変更は1つの大きな転換点であることは間違いない。とはいえ、新型コロナウイルスがいなくなったわけでもなく、少なくとも日本人の3分の1以上は該当するであろう重症化リスクを有する人たちにとっては、いまだに油断ならない感染症である。だからこそこの局面で理性・論理性に欠くノイジー・マイノリティーのマスク否定派、あるいはそこに影響を受けかねない人たちに都合良く解釈されるかもしれない訴え方は、社会分断への「蟻の一穴」になりかねないものだと危惧している。

392.

認定薬局のメリットはやはり大きかった!在宅件数、売上も増加【早耳うさこの薬局がざわつくニュース】第106回

皆さんの薬局は、専門医療機関連携薬局や地域連携薬局、健康サポート薬局などの認定を取得していますか? つい認定を取得することを目標としがちですが、取得がゴールではなく、実際はその取得によってようやくスタートラインに立てます。しかし、認定後の運用には課題が付いて回るため、どのように取り組んでいこうかと取得前から不安に感じている薬局は多いのではないでしょうか。この度、日本保険薬局協会(NPhA)が認定を取得した薬局を対象としてアンケートを実施しました。認定に関して知っておいて損はない、勉強になる結果となっていますので、早速見ていきましょう。このアンケートは、認定薬局の実態を把握することを目的として、在宅および連携の実績と実例、認定取得のメリット・デメリット、課題と展望についてヒアリングを行いました。2022年10~11月に会員薬局の認定薬局を対象として行われ、17社262薬局から回答を得て、2023年2月にその結果が公表されました。実際に認定を得た薬局のみからの回答であり、「実際にやってみた」人たちのリアルな意見は貴重です。私が興味を持ったのは、認定を取得した薬局にそのメリット・デメリットを聞いている項目です。まず、メリットはどのようなことが挙げられたのでしょうか。認定取得のメリットとして、半数以上の薬局が「従業員のスキル向上」「従業員のモチベーション向上」と回答しました。それに続いて、「スムーズな多職種連携、連携機会の増加」「患者からの信頼度向上」「薬局としての認知向上」などが挙げられました。実際に在宅や介護の相談や依頼が増えた、連携が進んだ、患者数や売上が向上した、などの具体的なメリットも挙げられています。「認定を取ってみたけど全然メリットがない…」ということがなくてよかったです。実際に薬局の信頼度向上につながっているのでしょう。デメリットは各所コストの増大一方、認定を取得したデメリットとして多かったものは、「業務時間・残業時間の増大」「人手不足」「教育研修コストの増大」であり、多くの薬局で各種コストが増大していることがわかります。また、無菌調剤に取り組む薬局については、その設備だけでなく研修費用やメンテナンスなどに関しても費用がかかるといったコメントもありました。業務が増えるのはやむを得ないのかもしれませんが、研修や医療機関との打ち合わせなどに時間を要する+業務量が増加する→残業が増える→従業員のモチベーションが低下する、という負の連鎖が心配です。業務の増大をモチベーションやスキルの向上といった良い方向にどうやって変えていけるかが、認定薬局の継続のポイントになりそうです。在宅対応事例についてもとても参考になります。退院時カンファレンスへの参加から在宅移行した事例や、緩和ケアや看取りにかかわった事例、施設在宅における往診同行などの介入事例などに関してはその領域や程度について掲載されていますので、ご自身の薬局における実際の患者さんと照らし合わせながら読むとよいと思います。この結果を見ると、確かに調剤や服薬指導といった日々行っているような業務とは異なり、医療機関や施設に出向き、ヒアリングや調整を行い、在宅の結果をトレーシングレポートにして報告…など、かなり時間と労力を要する業務が増えるのだなと感じます。本アンケートは回答数がそれほど多くないため、数字を追うよりもその実態に関するコメントを読むことに意味があるように思いました。NPhAのアンケートはこのような実態に沿った調査報告が公表されることが多く、背中を押してくれるような内容が多いと感じます。申請がまだという薬局でも日々の業務の参考になるのではないでしょうか。参考1)認定薬局ヒアリング調査報告書

393.

英語で「検査を早めたいのですが」は?【1分★医療英語】第71回

第71回 英語で「検査を早めたいのですが」は?I would like to expedite her CT scan.(彼女のCT検査を早めたいのですが)Okay. I will call her right now.(わかりました。今から彼女を呼びます)《例文1》I will expedite your MRI brain so that you can go home today.(今日中に退院できるように、あなたの頭部MRI検査を早めます)《例文2》Could you expedite his echo?(彼の心エコーを早めてもらえますか?)《解説》“expedite”は馴染みのない英単語かもしれませんが、「促進する」「時間のかかるものを早める」という意味で、「エクスパダイト」と発音します。医療現場では、CTやMRI、エコーなど、待ち時間が長い画像検査を早めたい状況でよく使われる単語で、“expedite”+検査名で「~の検査を早めたい」という意味になります。同義語としては“speed up”などがあります。講師紹介

394.

「QOL」という言葉にある医師と患者のギャップ

 3月16日(木)に、「医学系研究をわかりやすく伝えるための手引き」シンポジウムがオンラインで開催される。シンポジウムに先立って、本プロジェクトの主任研究員である井出 博生氏と山田 恵子氏が、成果の一端を2週にわたって報告する。第2回は山田氏が、「QOL」という言葉を例に医師と患者の間にある認識のギャップについて解説する。 QOL(Quality of life)。医師のみなさんは、普段から当たり前に使っている言葉の一つだと思います。しかし、真に意味するところは、患者さんに正しく伝わっているでしょうか。 医療情報をわかりやすく発信するプロジェクトでは、AMED研究開発ネットワーク事業(令和3年度主任研究者:井出 博生 東京大学未来ビジョン研究センター特任准教授、令和4年度 主任研究者:山田 恵子 埼玉県立大学保健医療福祉学部准教授)として、2022年3月「医学系研究をわかりやすく伝えるための手引き」をWebサイトで公開するなど、医師や研究者が研究成果を世の中に正確に発信していくための研究・支援を行っています。 今回は、その研究のなかで明らかになったQOLという用語に対する一般の人と医療者の受け取り方のギャップについてお話ししたいと思います。 QOLは主に「生活の質」と訳されます。しかし、「人生の質」や「生命の質」とも訳されるように、使われる分野や個人によって意味の捉え方が大きく異なります。 世界保健機関(WHO)では、QOLを「個人が生活する文化や価値観のなかで、目標や期待、基準または関心に関連した自分自身の人生の状況に対する認識」と定義しています。と言われても、何だかわかりにくいですよね。そこで先の手引きでは、「病気や加齢あるいは治療により、それまでは当たり前にできていた、その人らしい生活ができなくなってしまったときに、その人がこれでいいと満足できるような生活の状態のこと」と解説しました。 しかし、研究班でもこの解説が絶対的に正しいものだとは考えていませんでした。 そこで、この解説の妥当性をより掘り下げるために、令和4年度に、手引きを利用した医療関係者対象のワークショップで話し合ってもらいました。 すると、医師から「QOLは患者さんの主観を客観的な指標として点数化する尺度である。医療者がその結果を、治療などに生かせるのがポイントである」という意見が出ました。医師の間でも日常生活では「診療科によって違う医師のQOL」などと「満足度」の意味合いを強く含んで使うこともあると思いますが、医療や医学研究という文脈の中では、QOLは「本来測りにくい患者さんの主観を、可視化して診療に役立てる」ために使うというニュアンスで考えている方が多いようです。 一方、一般の人はどう認識しているのでしょうか。認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOMLの一般の人を対象としたイベントで聞き取りをしてみました。 そのなかでこんなコメントが聞かれました。 「高齢の家族が手術を受けるかどうかを決めるとき、医師とのやり取りの中でたくさん出てきた。ただ、医師によって使い方が違うように感じた」 「QOLという言葉はあまりなじみがない。『元の生活に戻れるように』といった言い換えがされているのではないか」 「そもそも3文字の略英語が多く、混乱する。途中で何のことを指しているのかよくわからなくなる」 医療者の感覚で言うと、「QOLを考えて治療選択をする」と言うとき、必ずしも患者さんが「元の生活に戻れる」ということを意味していません。しかし、患者さんが自分で満足できる生活の質を具体的に思い浮かべようとすると、イメージできるのが「元の生活になる」、というのは容易に想像ができます。 医療者はできるだけ患者さんの主観を大切にしようとしてQOLという言葉を使って説明します。一方、患者さんは自分の想像できる範囲でQOLを思い浮かべます。しかし、お互いの考えるQOLが異なるために、「あれ? 言っていたことが違う……元の生活に戻るために手術したのに……」「あんなに一生懸命説明したのに理解してもらえない」という誤解が生じているのではないでしょうか。 このように、お互いまったく悪気はなく、自分にできる範囲で真摯に治療に向き合っているのに、用語に対する認識の違いで、不幸なすれ違いが起こっているケースは少なからずありそうです。 そのような問題意識から、研究班では、医学系研究で誤解を招きやすい言葉を新聞記事やTVニュースのコーパス(データベース化した言語資料)を活用した自然言語処理などを用いて解析しています。そのうえで、アンケート、ワークショップ、イベントでの意見交換などを行い、言葉の捉え方のズレを解消する工夫や言い換えの提案を手引きや動画、パンフレットにまとめています。 3月16日(火)にはオンラインシンポジウムを開催、3月中には「医学系研究をわかりやすく伝えるための手引き」の改訂版をリリースする予定です。医学系研究をよりわかりやすく発信するために活用いただければ幸いです。(埼玉県立大学保健医療福祉学部准教授 山田 恵子) ※この記事は「医療情報をわかりやすく発信するプロジェクト」の趣旨に賛同する、m3.com、日経メディカル Online、CareNet.comの3つの医療・医学メディア共同で同時掲載しています。

395.

第150回 薬価収載了承も中医協で苦言、紆余曲折なゾコーバ

中央社会保険医療協議会(中医協)総会は3月8日、国産初の新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)治療薬として緊急承認されたエンシトレルビル(商品名:ゾコーバ)の薬価収載を了承した。ゾコーバ錠の規格は125mgのみで、その薬価は1錠あたり7,407.40円。この薬の用法に従えば5日間の服用となり、患者1人当たりの薬剤費総額は5万1,851.80円。思わずため息が出る。もちろんこの薬価決定は、きちんとした公的ルールが適用されての結果である。中医協での議論を踏まえ、同薬では同じ効果を持つ類似薬の1日薬価に合わせる「類似薬効比較方式I」が採用されている。この場合の「類似薬」とは「(1)効能及び効果」「(2)薬理作用」「(3)組成及び化学構造式」「(4)投与形態、剤形区分、剤形及び用法」の4点を指す。今回、類似薬として指定されたのは疾患類似性がある新型コロナ治療薬のモルヌピラビル(同:ラゲブリオ)と投与対象類似性があるインフルエンザ治療薬のバロキサビル マルボキシル(同:ゾフルーザ)である。この2つの薬剤の1治療あたりの薬価の平均値から算出された。効能が違う同じ塩野義製薬のインフルエンザ治療薬を類似薬に含めたことにいぶかる向きもあるようだが、むしろこの薬を類似薬に入れたことは薬価を押し下げる要因になっているため、それは陰謀論の範疇である。だが、医療従事者も含め多くの人が高いと感じているのが現実ではないだろうか。まず、そもそも今の段階で判明している効果は、オミクロン株に特徴的な症状の短縮期間が約1日であり、劇的な効果があるとは言い難い。また、オミクロン株の登場以降、新型コロナは誰もがかかる可能性が十分にあるという意味では季節性インフルエンザとかなり類似している(病態などは季節性インフルエンザと同等とは言えないと個人的には考えている)。この季節性インフルエンザに対する経口治療薬として汎用され、エンシトレルビルと同じく5日間投与、かつ治癒までの期間を約1日短縮するという効果もやや似ているオセルタミビル(同:タミフル ほか)の発売当時の薬価は1カプセル396.30円(1治療単価3,963円)に過ぎなかった。もちろんエンシトレルビルはオセルタミビルと比べれば分子量が大きく、合成の難易度もやや高いとみられるし、形式上は重症化因子やワクチン接種歴の有無を問わない汎用性があるものの、催奇形性などの問題から現実の臨床現場での投与対象はかなり限定的とみられることなど、考慮すべき要因はある。しかし、やっぱり高価過ぎるという印象は拭えない。さて、そのエンシトレルビルが、既存の新型コロナ治療薬と比べて有望視されているのが新型コロナ罹患後症状(Long COVID、後遺症)に対する効果だ。これは緊急承認時からそれを示唆するデータがあることを塩野義製薬側が明らかにしていたが、2月下旬に第30回レトロウイルス・日和見感染症会議(CROI)で発表された結果を同社が公表した。これはエンシトレルビルの第III相パートの登録患者に対し、3ヵ月、6ヵ月後にフォローアップのアンケートを実施したもの。それによると全体ではプラセボ投与群に比べ、エンシトレルビル群(125mg投与、以下同様)ではlong COVIDとして新型コロナに特徴的な14症状のいずれが長期持続した患者割合が25%低下、罹患後に起こる神経症状(課題解決力の低下、集中力・思考力の低下、短期または長期の物忘れ、不眠)が発現した患者割合が26%低下したという。後者については統計学的有意差が認められた。一方で投与開始時の14症状スコアが中央値以上(9点以上、各症状で軽度が1点、中等度が2点、重度が3点でスコアリング)の患者集団では、同様にプラセボ群に比べてエンシトレルビル群では、14症状のいずれかの長期持続を認めた患者割合が45%、罹患後に起こる神経症状が発現した患者割合が33%、いずれも有意に低下したとのこと。もっともあくまで探索的解析であり、かつアンケート回答者は当初の試験登録者の50~60%とのこと。現時点ではあくまで参考値と言わざるを得ない。実はこの件は中医協総会で支払側委員である日本労働組合総連合会(連合)の「患者本位の医療を確立する連絡会」委員である間宮 清氏に「保険適用直前のタイミングでこのニュースを流すのはモラルとしていかがなものか」という趣旨の苦言を呈されている。正直、私もlong COVIDの第一報を聞いた際は、似たような印象を持っていた。企業側としては学会で発表されたデータをニュースリリースとして発表したいであろうし、それ自体が何か法に触れるわけでもない。しかしながら、現時点でも発症後の打つ手がまだまだ限られる新型コロナでは、こうした探索的な事後解析であっても臨床医の処方を誘引するファクターになりうる可能性がある。CROIの開催時期を考えれば、この時期の発表にならざるを得ないのは百も承知なのではあるが…。とはいえ、まさか中医協の場でも同様の指摘があるとは思っていなかった。本連載で私自身がこの薬について取り上げたものは、率直に言ってほとんどがネガティブな内容である。といっても別にこの薬にも塩野義製薬にも個人的に遺恨はない。だが、なぜかこの薬に関しては正面切って解釈しようとすると「?」が付くことが多いのが実際である。

396.

英語で「因果関係があるとは言えない」は?【1分★医療英語】第70回

第70回 英語で「因果関係があるとは言えない」は?More patients got better blood pressures with this drug in the new study.(この新しい研究によると、この薬剤で、より多くの患者さんの血圧が改善すると示されています)Well, correlation is not causation. This result might have been confounded by other factors.(薬剤による相関関係が示されても、因果関係があるとはいえないね。その研究では交絡因子があるかもしれないから)《例文1》A significant correlation does not mean significant causation.(有意な相関関係があることは、有意な因果関係があることを意味しない)《例文2》I know there is correlation between A and B, but causation is not established yet.(AとBとの間には相関があることは知っているけれど、因果関係はまだ確立されていない)《解説》“correlation is not causation”は、よく引用される有名なフレーズです。“correlation”(コリレーション)は「相関関係」を意味します。同じ意味で使われる、“association”の方が医学文献などでは、より一般的かもしれませんが、このフレーズでは語呂を合わせるために、“correlation”を使います。一方で“causation”(コーゼイション)は「因果関係」を意味し、「原因」という意味でよく目にする“cause”に関連する名詞です。専門家同士での議論で頻用される表現ですが、コロナ禍で臨床試験の結果が広く議論される機会が増えたので、一般人向けのニュースでも耳にするようになりました。このフレーズとセットで、“confound”(交絡する)、“confounder”(交絡因子)という単語も覚えておくと便利です。講師紹介

397.

研究成果、誤解なく発信できていますか?「信頼性」の意味は研究者と一般人で違う

 3月16日(木)に、「医学系研究をわかりやすく伝えるための手引き」シンポジウムがオンラインで開催される。シンポジウムに先立って、本プロジェクトの主任研究員である井出 博生氏と山田 恵子氏が、成果の一端を2週にわたって報告する。第1回は井出氏が、医学系研究で使われる用語が研究者と一般人で意味が異なるケースについて、調査結果を踏まえて紹介する。 医療情報をわかりやすく発信するプロジェクトでは、AMED研究開発ネットワーク事業(令和3年度主任研究者:井出 博生 東京大学未来ビジョン研究センター特任准教授、令和4年度主任研究者:山田 恵子 埼玉県立大学保健医療福祉学部准教授)として、2022年3月より「医学系研究をわかりやすく伝えるための手引き」をWebサイトで公開するなど、医師や研究者が研究成果を世の中に正確に発信していくための研究・支援を行っています。 その一環として、医学系研究で使われる典型的な用語のアンケート調査を行いました。その結果は上記の手引きの作成に活用したほか、分析結果を学会(ヘルスコミュニケーションウィーク2022)で発表しました。最近では大学内、学会で活用していただく場面も出てきています。 さらに現在、それらの用語そのもののデータベース(コーパス)を作成し、ある用語が新聞やテレビで、どういった意味で使われているかを調べています。 コーパスを分析していて、いくつかの新しい知見が得られました。そのなかでも研究班がとくに注目したのは、非常に一般的な単語で、研究者と一般人では通常違う意味で使っているものが少なからずあるということです。 そうした例の典型なものの一つが「信頼性」です。 医学系研究で「信頼性」とは「同じ条件で実験等を行ったときに得られる結果が一致していること」を意味します。しかし、一般の方にアンケートでは、67.2%(n=1,773)の人が「『信頼性』が高いとは、確実な治療効果が見込まれること」という意味だと誤った理解していました。なお、研究者に対するアンケートで82.3%(n=497)が正しく理解していることも確認しています。 信頼性という言葉は、一般の日本語では、「頼りになると信じること」、「信用」という意味で使われることが多いこともわかりました。「発言の信頼性が問われる事態になっている」、「政治全体の信頼性を損なうことにつながる」、「商品の信頼性を担保する」といった使われ方です。研究者も一般の生活者として信頼性という用語に触れた時には、場面によって別のニュアンスもあることに気付くのではないでしょうか。 もう一つの例は「適応」です。 医療の場面で多く使われますが、適応は「薬や治療法などの効果が医学的に認められ、使用の対象となること」です。一般の人の新しい薬や治療法への期待も大きいためか、「適応」という言葉は一般のニュースでも目にする機会が増えています。とりわけ現在は、新型コロナウイルス感染症という大きな社会課題があり、その傾向が高まっているように見受けられます。 ただし、「適応」は一般の日本語では、「外部の環境に適するための行動や意識の変容」を指すことも多いのです。英語で考えてみるとわかりやすいかもしれません。医学系研究における適応の意味が“application”であるのに対し、日本語の適応には“adjustment”の意味もあります。「信頼性」と同様、一般の人が医学系研究で使われる「適応」という言葉を誤解しているケースが多いことが先のアンケートで確認できました。 研究班では2022年度、このようなコーパスを活用した自然言語処理からわかった知見を取り入れ、「医学系研究をわかりやすく伝えるための手引き」の改訂を進めてきました。同時に、手引きに付随する動画や一般向けパンフレットの制作、研究者に手引きを使っていただくための普及活動も行っています。 これらの成果は、2023年3月16日(木)にオンラインシンポジウムを開催し、発表する予定です。ご興味がある方はぜひご覧ください。(東京大学未来ビジョン研究センター特任准教授 井出 博生) ※この記事は「医療情報をわかりやすく発信するプロジェクト」の趣旨に賛同する、m3.com、日経メディカル Online、CareNet.comの3つの医療・医学メディア共同で同時掲載しています。

398.

第149回 今の日本の医療IoT、東日本大震災のイスラエル軍支援より劣る?(後編)

2月6日に発生したトルコ・シリア大地震のニュースを見て村上氏は東日本大震災時のイスラエル軍の救援活動を思い出します。後編の今回は、現在の日本が顔負けのIoTを駆使したイスラエル軍の具体的な支援内容についてお伝えします。前編はこちら 仮設診療所エリアには内科、小児科、眼科、耳鼻科、泌尿器科、整形外科、産婦人科があり、このほかに冠状動脈疾患管理室(CCU)、薬局、X線撮影室、臨床検査室を併設。臨床検査室では血液や尿の生化学的検査も実施できるという状態だった。ちなみにこうした診察室や検査室などはそれぞれプレハブで運営されていた。一般に私たちが災害時の避難所で見かける仮設診療所は避難所の一室を借用し、医師は1人のケースが多い。例えて言うならば、市中の一般内科クリニックの災害版のような雰囲気だが、それとは明らかに規模が違いすぎた。当時、仮設診療所で働いていたイスラエル人の男性看護師によると、これでも規模としては小さいものらしく、彼が参加した中米・ハイチの地震(2010年1月発生)での救援活動では「全診療科がそろった野外病院を設置し、スタッフは総勢200人ほどだった」と説明してくれた。この仮設診療所での画像診断は単純X線のみ。プレハブで専用の撮影室を設置していたが、完全なフィルムレス化が実行され、医師らはそれぞれの診療科にあるノートPCで患者のX線画像を参照することができた。ビューワーはフリーのDICOMビューアソフト「K-PACS」を使用。検査技師は「フリーウェアの利用でも診療上のセキュリティーもとくに問題はない」と淡々と語っていた。実際、仮設診療所内の診療科で配置医師数が4人と最も多かった内科診療所では「K-PACS」の画面で患者の胸部X線写真を表示して医師が説明してくれた。彼が表示していたのは肺野に黒い影のようなものが映っている画像。この内科医曰く「通常の肺疾患では経験したことのない、何らかの塊のようなものがここに見えますよね。率直に言って、この診療所での処置は難しいと判断し、栗原市の病院に後送しましたよ」と語った。ちなみに東日本大震災では、津波に巻き込まれながらも生還した人の中でヘドロや重油の混じった海水を飲んでしまい、これが原因となった肺炎などが実際に報告されている。内科医が画像を見せてくれた症例は、そうした類のものだった可能性がある。診療所内の薬局を訪問すると、イスラエル人の薬剤師が案内してくれたが、持参した医薬品は約400品目にも上ると最初に説明された。薬剤師曰く「持参した薬剤は錠剤だけで約2,000錠、2ヵ月分の診療を想定しました。抗菌薬は第2世代ペニシリンやセフェム系、ニューキノロン系も含めてほぼ全種類を持ってきたのはもちろんのこと、経口糖尿病治療薬、降圧薬などの慢性疾患治療薬、モルヒネなども有しています」と説明してくれ、「見てみます?」と壁にかけられた黒いスーツカバーのようなものを指さしてくれた。もっとも通常のスーツカバーの3周りくらいは大きいものだ。彼はそれを床に置くなり、慣れた手つきで広げ始めた。すると、内部はちょうど在宅医療を受けている高齢者宅にありそうなお薬カレンダーのようにたくさんのポケットがあり、それぞれに違う経口薬が入っていた。最終的に広げられたカバー様のものは、当初ぶら下げてあった時に目視で見ていた大きさの4倍くらいになった。この薬剤師によると、イスラエル軍衛生部隊では海外派遣を想定し、国外の気候帯や地域ブロックに応じて最適な薬剤をセットしたこのような医薬品バッグのセットが複数種類、常時用意されているという。海外派遣が決まれば、気候×地域性でどのバッグを持っていくかが決まり、さらに派遣期間と現地情報から想定される診療患者数を割り出し、それぞれのバッグを何個用意するかが即時決められる仕組みになっているとのこと。ちなみに同部隊による医療用医薬品の処方は南三陸町医療統轄本部の指示で、活動開始から1週間後には中止されたという。この時、最も多く処方された薬剤を聞いたところ、答えは意外なことにペン型インスリン。この薬剤師から「処方理由は、糖尿病患者が被災で持っていたインスリン製剤を失くしたため」と聞き、合点がいった。ちなみにイスラエルと言えば、世界トップのジェネリックメーカー・テバの本拠地だが、この時に持参した医薬品でのジェネリック採用状況について尋ねると、「インスリンなどの生物製剤、イスラエルではまだ特許が有効な高脂血症治療薬のロスバスタチンなどを除けば、基本的にほとんどがジェネック医薬品ですよ。とくに問題はないですね」とのことだった。この取材で仮設診療所エリア内をウロウロしていた際に、偶然ゴミ集積所を見かけたが、ここもある意味わかりやすい工夫がされていた。感染性廃棄物に関しては、「BIO-HAZARD」と大書されているピンクのビニール袋でほかの廃棄物とは一見して区別がつくようになっていたからだ。大規模な医療部隊を運営しながら、フリーウェアやジェネリック医薬品を使用するなど合理性を追求し、なおかつ患者情報はリアルタイムで電子的に一元管理。ちなみにこれは今から11年前のことだ。2020年時点で日常診療を行う医療機関の電子カルテ導入率が50~60%という日本の状況を考えると、今振り返ってもそのレベルの高さに改めて言葉を失ってしまうほどだ。

399.

英語で「ちなみに」は?【1分★医療英語】第69回

第69回 英語で「ちなみに」は?Just FYI, this patient’s son is a cardiologist.(ちなみに、この患者さんの息子は循環器内科医です)Thanks for your input.(情報ありがとう)《例文1》医師AJust FYI, your patient called me twice yesterday.(ちなみに、昨日あなたの患者さんが2回電話してきました)医師BI will call her back today.(私が後から掛け直します)《例文2》医師Just FYI, I am from Boston too.(ちなみに、私もボストン出身です)患者Oh, that is great!!(おお、本当ですか!)《解説》“Just FYI,”この短い表現は頻繁に使われます。少しくだけた表現なので私の周りでは医療従事者同士で使われることが多い印象です。“For Your Information”の略で“FYI”、発音はそのまま「エフワイアイ」です。意味としては、「ちなみに」という日本語が近いです。相手にとって有益な情報や、共有したい情報を伝える際に文頭に付けることで相手の注意を引くことができます。どちらかというと、「非常に重要な情報」というよりは、「本題に付加する豆知識的な情報」に対して使われます。日常会話でも、病院内でも、使い方をマスターすればとても便利な表現ですので、ぜひ使ってみてください。講師紹介

400.

キラキラネームから親が子供を思う気持ちを考えてみる【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第57回

第57回 キラキラネームから親が子供を思う気持ちを考えてみる法務大臣の諮問機関である法制審議会が、戸籍の氏名の読み仮名の振り方について基準を設ける、戸籍法改正の案をまとめたというものがありました。一般的には「キラキラネームに制限」といったタイトルで報じられていました。漢字本来の意味から外れた読み方をするいわゆる「キラキラネーム」に一定の制限を設ける内容で、読み仮名は「一般に認められている」ものに限るとの規定を設けるそうです。受理できない読み仮名の例として、「太郎」と書いて「マイケル」とする読み仮名がこれに当たると例示しています。たしかに驚きの命名です。今日の話題は、キラキラネームを批判したいわけでも肯定したいわけでもありません。どの名前にも、親の気持ちが込められているということです。自分の友人に、名前が「元気」という医師がいます。読み仮名は直球で「げんき」です。「元気」先生は患者さんに自分の名前を告げると、かなりの確率で「先生のご両親の気持ちが伝わってきますね、良い名前ですね」と反応があるそうです。患者の立場となり入院し、一層と健康への願望が高まるからかもしれません。実は「元気」先生の命名には背景があるそうです。彼は長男として扱われ、周りからもそう見られています。しかし正確には、戸籍上は次男です。長子は胎児性白血病で夭折していたのです。どのような気持ちで、彼の両親が「元気」と命名したのかが伝わってきます。死別の悲しみは深いものです。なかでも、わが子を失う悲しみはとくに深いとされます。その理由は3つあります。1つ目は、ほとんどの場合、心の準備ができていないからです。交通事故や溺死などの事故死が多いからです。2つ目は、子供を失うと自分の一部を失ったように感じるからです。3つ目は、自責の念にさいなまれるからです。事故なら「私が目を離さなかったら…」、病気なら「私が丈夫に産んでやれなかったから」、などと自分を責め苦しむのです。どんな悲しみも、時間とともに和らいでくるものです。心が落ち着くまでに、1年かかる人、5年、10年と要する人もあるでしょう。表現は難しいですが、さらに悩みが深い方もいます。わが子に障がいがある方は、自分がいなくなった後、残された障がい者はどうなるのだろうと、将来についての悩みや不安をお持ちです。障がいのある子が、「親亡き後」に困らないために今できることは何なのだろうか。親の死後、わが子は一人でちゃんと生きていけるのか。お金、生活、制度など、障がいがある子の親にとっての不安や心配は尽きません。子供に長生きしてほしいと親は願います。障がいのある子が天寿を全うした次の日に、親である自分がポックリと逝くことを願っている方を知っています。ここで、今回は論文を紹介する代わりに、『終末のフール』という連作短編集を紹介したいと思います。2007年の本屋大賞第4位の作品で、著者の伊坂 幸太郎は翌2008年に『ゴールデンスランバー』で本屋大賞を得ております。非常に興味深い内容で、一気読みしてしまうことを約束します。少しネタバレ気味に紹介します。8年後に小惑星が衝突し、地球は滅亡する。そう宣言されてから5年が過ぎた頃の仙台が舞台です。3年後みんな死んでしまうことはわかっているなかで、人は何をするのか、何をするべきなのか、生きる意味はあるのか、を問う作品です。滅亡まで3年とはいえ、子供を産むという選択をした夫婦、ボクシングの練習を日々続けているボクサー、自殺することをやめた家族…8つの短編で構成されています。そのなかで自分が一番共感したのが、土屋という30歳過ぎの男性の登場人物です。ストーリーの主役ではなく端役です。しかし、「すげえ幸せなんだよ」と語る土屋に打たれました。土屋には、進行性の病気で身体が不自由な娘がいます。彼は、生きている限り面倒を見るつもりですが、先に自分が死んで、娘を一人残していくことが不安でならなかったのです。しかし、3年で皆死んでしまうなら、 娘と一緒に死ねることになり、そんな心配から解放されることになる。だから、今とても幸せだと言う。生き方、死に方、重いテーマにもかかわらず、静かで温かく読みやすい1冊です。生命について考えることの多い医療関係者であるからこそ、感情移入もしやすいと思います。今回は重いテーマで書いたので猫さまの登場はありません。正解のない問題です。午前零時を過ぎています。そろそろ焼酎のお湯割りを一杯ひっかけて就寝したいと思います。おやすみなさい。

検索結果 合計:1187件 表示位置:381 - 400