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第263回 大学病院などで医療機器メーカー社員が無資格でX線検査、医療機器絡みのリベートや労務提供がなくならない理由とは

兄弟会社含めると“お騒がせ”2度目の外資系メーカーこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。米国MLB、日本人投手受難の日々が続いていますね。デトロイト・タイガースの前田 健太投手は調子上がらず結局解雇、シカゴ・カブスの今永 昇太投手は太もも怪我、そしてロサンゼルス・エンゼルスの菊池 雄星投手は未だに未勝利です。菊池投手は、これまでに9試合に先発し5度のクオリティ・スタート(6回3自責点以内)をマークしていますが、勝ち星はついておらず0勝4敗という成績です。こちらは不運としか言いようがありません。また、ロサンゼルス・ドジャースの佐々木 朗希投手も先行きが不安視されています。かろうじて1勝はしているものの、5月9日(現地時間)の登板(初めての中5日登板)は5回途中、わずか61球で降板しています。日本で過保護に育てられ過ぎてスタミナがないのか、あるいは肩がどこかおかしいのか、フォーシームのスピード、変化球のキレともに日本時代より相当落ちている気がしました。日本のスポーツ紙各紙も「ドジャース傘下“トリプルA”で出直した方がいい」「明らかな球速低下『並の投手』に」「カットボールなどを覚えて幅を広げないと厳しい」など、手厳しい評価をしています。この先、立て直すことができるのか、あるいは怪我をして長期離脱してしまうのか……、とここまで書いたら、現地時間13日、右肩痛により故障者リスト入りが発表されました。まるでロッテ時代みたいですね。いろいろな意味で心配です。さて、今回は先月表沙汰になった医療機器メーカー社員が大学病院などで無資格でX線装置を操作していた事件を取り上げます。この医療機器メーカーは脊椎手術で使う脊椎インプラントを製造販売するニューベイシブジャパン(東京都中央区)です。同社は2009年5月に米国カリフォルニア州サンディエゴに本拠を置くNuVasive社の日本法人として設立されました。ちなみに、米国のNuVasive社は2023年にやはり脊椎インプラントを製造販売するGlobus Medical社(ペンシルバニア州オーデュボン)と合併しています。そのGlobus Medical社の日本法人、グローバスメディカル(東京都中央区)は2020年に同社の製品を購入した病院の医師に対し、売上の10%前後をキックバックしていたことで世間を騒がせました(第35回 著名病院の整形外科医に巨額リベート、朝日スクープを他紙が追わない理由とは?)。というわけで、この外資系メーカー、兄弟会社を合わせると2度目の“お騒がせ”ということになります。関東や関西の複数医療機関で整形外科手術に立ち会いX線装置を操作4月18日付の朝日新聞朝刊は、「手術中、無資格でX線照射」と題する記事を掲載、米国系の医療機器メーカー、ニューベイシブジャパンの営業担当者らが、大学病院などの医療機関で手術に立ち会い、資格を持たずにX線装置を操作していたと報じました。同記事には「関西の大学病院の手術内で、X線装置を操作する医療機器メーカーの営業担当者」というキャプションとともに、防護服を着用して操作中の社員の写真も掲載されています。同記事によれば、朝日新聞の取材に対し同社は、「営業担当者4人が2024年4~11月に関東や関西の五つの医療機関で整形外科手術に立ち会い、X線装置を操作した」と説明、診療放射線技師法違反も認めたとのことです。手術は同社製の脊椎インプラントを使用した手術ですが、操作していたX線装置は同社製ではありませんでした。そんなことを黙認していた病院も病院です。同記事は、「同社関係者は『営業担当者は、自社の医療機器を購入してもらうために医師に労務を提供し、便宜をはかっていた』と話す。五つの医療機関以外でも同社社員によるX線装置の操作が目撃されている」と書いています。この日の朝日新聞は「X線照射、密室の癒着」と題する関連記事も掲載しています。同記事によれば、ニューベイシブジャパンの営業社員が操作していたのは、「Cアーム」と呼ばれる機器で、術中の放射線の照射は長時間に及ぶことが多く、とくに高度な操作が必要とされる、としています。営業の成果を求めるメーカー社員、人手不足などからメーカー側の労力に頼る病院医師同記事は、医療機器の操作資格がない営業担当者が、医師の指示のもとに手術に関わる「立ち会い」という慣習の存在について、「背景にあるのは、機器の選別・購入に影響力がある医師と、メーカー側との関係だ。メーカーの営業社員にとって、手術室で医師と一緒に過ごす時間は、自社の医療機器を売り込む格好の機会になる。外資系メーカーでは、営業成績に応じてボーナスが支給される制度もある」と書くとともに、「患者に対して責任を負うべき医師は、なぜ無資格の営業担当の行為を容認するのか。医療関係者によると、放射線技師の人数が不足する病院では、外来や検査も担当する技師を手術中、長時間にわたり拘束することが難しいケースがある。整形外科手術は数時間に及ぶことも多い。医師がメーカーの社員の助けに依存する構図が生まれる」と、営業の成果を求めるメーカー社員と、人手不足などからメーカー側の労力に頼る病院医師との癒着を指摘しています。関西医科大学総合医療センター、横浜新緑総合病院は無資格X線認める朝日新聞はさらに4月19日付の朝刊で「証拠握る社員 社長が批判」と題する続報記事を掲載。ニューベイシブジャパンの社員が無資格でX線装置を操作していた問題について、昨年、一部の社員が是正のため違法行為の証拠として操作の様子を写真に撮るなどしたところ、同社の田中 孝明社長(グローバスメディカルの社長でもあります)が営業担当者らに対し、証拠写真撮影は「間違った姿勢」などとメール、違法行為を隠蔽するかのような指示をした事実も明らかになっています。朝日新聞は続いて4月23日付朝刊で「無資格X線 2病院認める」と題する記事を掲載、同紙が把握している無資格でX線装置を操作していたニューベイシブジャパンの社員について、違法行為を行ったとされる5病院に事実関係を確認した結果を報じています。それによれば、関西医科大学総合医療センター(大阪府守口市)、医療法人社団三喜会・横浜新緑総合病院(横浜市緑区)が無資格者によるX線装置操作を認めたとのことです。和歌山県立医科大学(和歌山市)、兵庫医科大学病院(兵庫県西宮市)は調査中、残りの大阪府内の病院は「無資格者の照射があったという報告はない」と答えたとのことです。厚労大臣「無資格は法令違反、実態の把握に努める」、医療機器業公正取引協議会は調査開始こうした一連の報道を受け、福岡資麿厚生労働大臣は4月18日、閣議後の記者会見で「医療機関における放射線の照射は法律の規定により、医師、歯科医師または診療放射線技師でない者が人体に対して放射線を照射することを禁止しているため、仮に無資格の方がこれを行っていた場合については、法令違反となり、刑事罰の対象となる。医療現場において、医療機器が適切に使用されることは大変重要だと考えている。どういったことが行われていたのか、実態の把握に努める」と語りました。一方、4月19日付の朝日新聞によれば、医療機器業界の自主規制機関「医療機器業公正取引協議会(公取協)」が、ニューベイシブジャパンが医師に対し、X線装置を操作するという労務を提供して便宜を図った疑いがあるとして調査を始めることを決めたとのことです。なお、ニューベイシブジャパンは4月18日に社員が無資格でX線装置を操作していた事実を認め、4月22日にはウェブサイトで「当社に関する一部報道について」と題する文書を公開、「現在、関係当局にご報告しつつ当社の米国本社と連携の上、外部の弁護士による調査を実施しています」とコメントしています。リベート供与を罰する法律が整備されておらず、企業も医師も法律上は「何の罪も犯していない」ことになる日本それにしても、医療機器メーカーによる医療機関や医師に対する利益供与(今回はリベートではなく労務)はどうしてなくならないのでしょうか。本連載では、冒頭で紹介した「第35回 著名病院の整形外科医に巨額リベート、朝日スクープを他紙が追わない理由とは?」のほか、「第111回 手術動画提供で機器メーカーの不当な現金供与発覚、類似事件がなくならないワケとは」、「第139回 眼科医の手術動画提供事件、行政指導で一通りの決着、スター・ジャパンは白内障用眼内レンズ取り扱い終了へ」などでこの問題を取り上げました。同様の事件がなくならない原因は明らかです。日本にはリベート供与を罰する法律が整備されておらず、企業も医師も法律上は「何の罪も犯していない」ことになるからです。今回の朝日新聞も、「労務の提供」ではなく、「無資格者によるX線装置の操作が診療放射線技師法違反に相当する」ことに焦点を当てた報道をしたのもそのためと考えられます。そろそろ「自主規制ルール」ではなく、法律で厳格に罰するべきでは「第35回」で書いたケースでは、グローバスメディカルの脊椎インプラントを購入した病院の医師20数人に対し、同社は売上の10%前後をキックバックしていました。当時の朝日新聞の記事によれば、キックバック額は2019年の1年間で総額1億円超となり、医師本人ではなく、各医師や親族らが設立した会社に振り込む形で行っていたとのことです。20数人の医師は関東や関西、九州の大規模な民間病院の勤務医で、東京慈恵会医科大学病院や岡山済生会総合病院などの名前が挙がっていました。この時は朝日新聞のみが報道、他媒体はほとんど後追いしませんでした。企業も医師も法律上は「何の罪も犯していない」状況で、事件性が薄かったためと思われます。メーカーから医師への金銭や労務の提供は、景品表示法に基づく規約(医療機器業公正競争規約)で禁じられてはいます。医療機器業界の自主規制機関である公取協はこの規約を運用し、メーカーを調査・指導しており、違反すると再発防止策を取るよう警告され、社名公表などの処分もありますが、それはあくまでも業界内の処分でしかありません。そうした“甘さ”が、似たような事件が何年おきに起こる最大の原因と言えます。医療機関が購入する医療機器の代金はそもそも公的財源も入った診療報酬で賄われています。その代金にあらかじめリベートや不当な現金供与分、労役分なども上乗せされているとしたら、それは大きな問題と言えるでしょう。医療機器絡みのリベートや不当な現金供与、そして今回のような労務提供などは、そろそろ「自主規制ルール」ではなく、法律で厳格に罰するようにすべきではないでしょうか。

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第261回 なぜ鳥居薬品を?塩野義製薬の買収戦略とは

製薬業界は世界的に見ると、再編が著しい業界である。いわゆる老舗の製薬企業同士の合併・買収という意味では、2020年の米国・アッヴィによるアイルランド・アラガンの買収が近年では最新の動きと言えるだろうが、欧米のメガファーマによるバイオベンチャー買収は日常茶飯事の出来事と言ってよい。これに対し日本の製薬企業でも、上位企業によるメガファーマ同様のバイオベンチャー買収が一昔前と比べて盛んになったことは事実だ。ただ、新薬開発能力のある製薬企業は売上高で4兆円超の武田薬品を筆頭に下は500億円規模まで約30社がひしめく、世界的に見ても稀なほど“過密”な業界でもある。このためアナリストなどからは、1990年代から判で押したように「国内再編が必至」と言われてきた。その中で国内の製薬企業同士の合併や経営統合などが盛んだったのが2005~07年にかけてである。藤沢薬品工業と山之内製薬によるアステラス製薬、第一製薬と三共による第一三共、大日本製薬と住友製薬による大日本住友製薬(現・住友ファーマ)、田辺製薬と三菱ウェルファーマによる田辺三菱製薬はいずれもこの時期に誕生している。上場製薬企業あるいは上場企業の製薬部門の合併で言うと、もっとも直近は2008年の協和発酵キリン(現・協和キリン)だろう。あれから15年間、国内製薬企業は“沈黙”を続けてきたが、それが突如破られた。ゴールデンウイーク明けのつい先日、5月7日に塩野義製薬が「日本たばこ産業(JT)の医薬事業を約1,600億円で買収する」と発表したのだ。JTと鳥居薬品の歴史JTの医薬事業というのはやや複雑な構造をしているが、それを解説する前にJTの沿革について簡単に触れておきたい。JTはかつてタバコ・塩・樟脳(しょうのう)※の専売事業を行っていた旧大蔵省外局の専売局が外郭団体・日本専売公社として分離独立し、それが1985年に民営化されて誕生した。すでに1962年に樟脳の専売制度は廃止され、民営化時点ではタバコと塩の専売事業を引き継いだが、塩の製造販売は1997年に自由化され、すでにJTの手を離れている。※クスノキの根や枝を蒸留して作られ、香料や医薬品、防虫剤、セルロイドなどの原料となる。ただ、民営化直後からたばこ事業の将来性には一定のネガティブな見通しは持っていたのだろう。民営化直後から事業開発本部を設置し、1990年7月までに同本部を改組し、医薬、食品などの事業部を新設。1993年9月には医薬事業の研究体制の充実・強化を目的に医薬総合研究所を設置した。ただ、衆目一致するように医薬、いわゆる製薬事業は自前での研究開発から製品化までのリードタイムは最短で10数年とかなり気の長い事業である。そうしたことも影響してか、1998年に同社は国内中堅製薬企業の鳥居薬品の発行済株式の過半数を、株式公開買付(TOB)により取得し、連結子会社化した。子会社化された鳥居薬品は国内製薬業界では中堅でやや影が薄いと感じる人も少なくないだろうが、1872年創業の老舗である。たぶん私と同世代の医療者は同社の名前から連想するのは膵炎治療薬のナファモスタット(商品名:フサンほか)や痛風・高尿酸血症治療薬のベンズブロマロン(商品名:ユリノームほか)だろうか? 近年では品薄で供給制限が続いているスギ花粉症の減感作療法薬であるシダキュアが有名である。JTによる買収後は、研究開発機能がJT側、製造・販売が鳥居薬品という形で集約化されていた。余談だが、私が専門誌の新人記者だった頃、当時の上司は“鳥居薬品は研究開発力が高く、将来の製薬企業再編のキーになる”ことを予言していた…。塩野義の買収計画さて、今回の塩野義によるJT医薬事業の買収は以下のようなスキームだ。現在、鳥居薬品の株式の54.78%はJTが保有し、残る45.22%が株式市場で売買されている。まず、塩野義はこの45.22%を2025年5月8日~6月18日までの期間、1株6,350円、総額約807億円でTOBする。これが終了した後に鳥居薬品のJT持ち株分を鳥居薬品自身が約700億円で取得し、9月までの完全子会社化を目指す。この後さらに2025年12月までにJT医薬事業は会社分割して54億円で塩野義、JTの米国・子会社のAkros Pharmaを36億円で塩野義の米国・子会社Shionogi Incがそれぞれ買収する。JTの医薬事業は塩野義に吸収されるが、米Akros Pharma社はShionogi Incの完全子会社となる。なぜJTを?今回の買収は、昨年、塩野義からJTに対しオファーがあったことから始まったという。会見後に塩野義製薬代表取締役社長の手代木 功氏にこの点を尋ねたところ、「ここ数年、低分子創薬領域でのメディシナルケミスト(創薬化学者)の確保を念頭に薬学部だけでなく、農学部など幅広い領域への浸透を図り、米国・カリフォルニア州サンディエゴに細菌感染症治療薬の研究開発拠点の開設も目指していた。しかし、昨年買収したキューペックス社でも人材確保が思うように進まなかった」とのこと。そうした中でメディシナルケミストの層が厚いJTグループに注目したのがきっかけだったと話した。また、手代木氏はJT・鳥居の研究開発拠点が横浜市と大阪府高槻市にあり、とくに後者は塩野義の研究開発拠点である大阪府豊中市に近いことも大きな利点だったと語った。実際、会見の中でも手代木氏は「(研究拠点の近さも)大きなリストラなく進められる。研究所勤務者は異動、転勤などに不慣れだが、ここも非常にフィットすると考えた」と強調した。この辺は、研究開発畑出身の手代木氏らしい考えでもある。一方のJT側は「近年、新薬創出のハードルが上昇しているうえに、グローバルメガファーマを中心に国際的な開発競争が激化している。当社グループの事業運営では、医薬事業の中長期的な成長が不透明な状況だった」(JT代表取締役副社長・嶋吉 耕史氏)、「JTプラス鳥居という体制でこのまま事業を継続するよりも、より早く、より大きく、より確実に事業を成長させることができるのではないかと考えられた」(鳥居薬品代表取締役社長・近藤 紳雅氏)と語った。このJTと鳥居薬品側の説明は、ある意味、当然とも言える。現在のメガファーマの年間研究開発費は上位で軽く1兆円を超え、日本トップで世界第14位の武田薬品ですら7,000億円。しかし、JT・鳥居薬品のそれはわずか30億円強である。ちなみに塩野義の年間研究開発費は1,000億円超である。もっともメガファーマとの研究開発費規模の違いは、メガファーマの多くが高分子の抗体医薬品に軸足を置いているのに対し、塩野義や鳥居は低分子化合物が中心であるという事情も考慮しなければならない。とはいえ、JT・鳥居に関しては成長のドライバーとなる新薬を生み出す源泉の規模がここまで異なると、もはや「小さくともキラリと光る」ですらおぼつかないと言っても過言ではないのが実状だろう。今後の成長戦略さて今後は買収をした塩野義側がこれを土台にどう成長していくか? という点に焦点が移る。同社は2023~30年度の中期経営計画「STS2030 Revision」で2030年度の売上高8,000億円を目標に掲げている。現在地は2024年3月期決算での4,351億円である。単純計算すると、今回の買収でここに約1,000億円が上乗せされるが、新薬創出の不確実さを踏まえれば、2030年の目標はかなりハードルが高いと言わざるを得ない。しかも、同社は感染症領域が主軸であるため、どうしても製品群が対象とする感染症そのものの流行に業績が左右される。こうしたこともあってか前述の中期経営計画では「新製品/新規事業拡大」を強調し、既存の感染症領域のみならずアンメッド創薬などポートフォリオ拡大を掲げてきた。今回、JT・鳥居を買収することでアレルゲン領域・皮膚疾患領域へとウイングを広げることは可能になった。国内製薬業界では従来から塩野義の営業力への評価は高いだけに、今回の買収で今後のJT・鳥居の製品群の売上高伸長が予想される。とくに鳥居側には現在需要に供給が追い付かずに出荷制限となっている前述のシダキュアがあり、皮膚領域では2020年に発売されたばかりだが業績が好調なアトピー性皮膚炎治療薬のJAK阻害薬の外用剤・デルゴシチニブ(商品名:コレクチム軟膏)もある。塩野義と言えば、アトピー性皮膚炎治療薬ではある種の定番とも言われるステロイド外用薬のベタメタゾン吉草酸エステル(商品名:リンデロンVクリームほか)を有している企業でもある。実際、手代木氏も会見で「皮膚領域は今でこそそこまで強くないものの、かつてはステロイド外用薬の企業として一世を風靡し、現状でもそれなりの取り扱いはあり、このあたりの営業のフィットも非常に良い」と述べた。とはいえ、現状の両社業績をベースにJT・鳥居の製品群に対する塩野義の営業力強化を折り込んでも今後2~3年先までは売上高6,000億円規模ぐらいが限界ではないだろうか? その意味では同社が8,000億円という目標に到達するには、今後上市される新製品の売上高をかなりポジティブに予想しても、もう一段の再編は必要になるかもしれない。一方、何度も手代木氏が強調した研究開発力の強化では、塩野義の100人プラスアルファというメディシナルケミスト数にJTグループの約80人が組み込まれ、「全盛期の数にもう一度戻れる」(手代木氏)ことを明らかにするとともに、自社の研究開発リソースでは強化が及ばなかった免疫領域・腎領域にも手が届くようになるとも語った。同時に手代木氏が会見の中で語ったのは買収に至るデューディリジェンスでわかったJTのAI創薬と探索研究のレベルの高さである。「AI創薬のプラットフォームは正直に言って当社よりはるかに上で、日本の中でも相当進化している。当社の人間が見させていただいてすぐにでも一緒にやりたいと言ったほど。また、JTはフェーズ2ぐらいでのメガカンパニーへのライセンス・アウトを念頭にどうやったらそれが可能か意識をした前臨床・初期臨床試験を進めている。この点では多分当社より上を行く」以前の本連載でも私自身は日本の製薬業界は低分子創薬の世界ですらもはや後進国になりつつあると指摘したが、今回、手代木氏は“新生”塩野義製薬について「“グローバルでNo.1の低分子創薬力”を有する製薬企業となる」と大きなビジョンを掲げた。今回の件が国内製薬企業の再編へのきっかけと低分子創薬の復権につながるのか? 慎重に見守っていきたいと思う。参考1)JT

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豚由来腎臓を移植されていた米国人女性から移植腎を摘出

 遺伝子編集された豚の腎臓を移植し透析治療が不要になっていた米国人女性が、拒絶反応を来し、移植腎摘出に至ったことが報じられた。移植手術から130日後のことであり、遺伝子編集された豚由来腎臓が人の体内で機能した最長記録となった。 この女性は、米国アラバマ州に住む53歳の女性、Towana Looneyさん。移植術と摘出術を行った米ニューヨーク大学ランゴン・ヘルスの発表によると、Looneyさんは現在、透析治療を再開している。 一連の手術の執刀医であるRobert Montgomery氏は、ニューヨークタイムズ紙に対して、「移植腎の摘出は、動物の臓器を人に使用するという『異種移植』の後退を意味するものではない。今回のケースは異種移植による治療を受けた患者の中で、最も長く臓器が機能した。新しい治療法の確立には時間を要する。ホームランを狙って一発で勝負がつくというものではなく、単打や二塁打を着実に積み重ねていく進歩が鍵となる」としている。 Looneyさんは、移植手術の予後に影響を与える可能性のある、ほかの病状を抱えていた。医師たちは、免疫抑制剤の投与量を増やすという積極的な治療を行えば、移植した腎臓を救うことができる可能性も考えたが、結局、Looneyさんと医療チームはそれを断念した。「一番重要なことは安全だった」とMontgomery氏は話す。 一方のLooneyさんも、「2016年以来初めて、透析治療の予定を気にせず、友人や家族と楽しい時間を過ごすことができた。この結果は誰もが望んでいたものではないが、豚の腎臓を移植後の130日間で、多くの知見が蓄積されたと確信している。そして、この経験が腎臓病克服を目指す多くの人々の助けとなり、希望を与えることを願っている」と語っている。 移植腎摘出に至った経緯は、移植後の経過観察で、Looneyさんの血液中のクレアチニンの上昇が認められたことに始まる。クレアチニンは血液中の老廃物で、通常は腎臓の働きによって体外に排泄され、血液中の濃度は一定程度以下に抑えられている。それが上昇しているということは、腎臓に問題が起こり始めている可能性が考えられた。 Looneyさんはいったんアラバマ州の病院に入院した後、ニューヨークへ飛行機で移動。改めて検査が行われ、拒絶反応の兆候が確認されて、結局、4月11日に摘出術が行われた。 移植に用いられた豚由来腎臓を開発したバイオテクノロジー企業であるUnited Therapeutics社は、拒絶反応が起こるまで移植腎は正常に機能していたと述べている。また同社はLooneyさんの勇気をたたえるとともに、豚腎臓移植の臨床試験を本年後半に開始することを公表した。この臨床試験は、当初は6人の患者を対象に開始し、その後50人にまで拡大する予定だという。 現在、米国では55万人以上が腎不全により透析治療に依存しており、約10万人が移植待機リストに登録されている。それに対して、昨年行われた腎移植は2万5,000件足らずだったとニューヨークタイムズ紙は報じている。

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ADHD治療薬は心臓の健康に有害か?

 注意欠如・多動症(ADHD)の治療薬が心臓の健康に悪影響を及ぼす可能性が心配されている。こうした中、英サウサンプトン大学小児・青少年精神医学部門のSamuele Cortese氏らが実施したシステマティックレビューとネットワークメタアナリシスにおいて、ADHD治療薬が収縮期血圧(SBP)や拡張期血圧(DBP)、脈拍に及ぼす影響はわずかであることが確認された。この研究の詳細は、「The Lancet Psychiatry」5月号に掲載された。 Cortese氏らは、12の電子データベースを用いて、ADHD治療薬に関する短期間のランダム化比較試験(RCT)を102件抽出し、結果を統合して、ADHD治療薬がDBP、SBP、脈拍に与える影響をプラセボや他の薬剤との比較で検討した。これらのRCTで対象とされていたADHD治療薬は、アンフェタミン、アトモキセチン、ブプロピオン、クロニジン、グアンファシン、リスデキサンフェタミン、メチルフェニデート、モダフィニル、ビロキサジンであった。追跡期間中央値は7週間で、参加者として小児・青少年1万3,315人(平均年齢11歳、男子73%)と成人9,387人(平均年齢35歳、男性57%)の計2万3,702人が含まれていた。 解析の結果、小児・青少年では、アンフェタミン、アトモキセチン、メチルフェニデート、ビロキサジンがSBPやDBP、脈拍の有意な上昇と関連することが示された。なかでも、アンフェタミンによるDBPの平均上昇量1.93mmHg(95%信頼区間0.74〜3.11)と、ビロキサジンによる脈拍の平均上昇量5.58回/分(同4.67〜6.49)は、いずれもエビデンスの質が「高」と評価された。 一方、成人では、アンフェタミン、リスデキサンフェタミン、メチルフェニデート、ビロキサジンが、SBPやDBP、脈拍の上昇と関連していたが、いずれの指標においてもエビデンスの質は「非常に低い」と評価された。 さらに、小児・青少年においても成人においても、SBP、DBP、脈拍の上昇について、メチルフェニデートやアンフェタミンなどの中枢神経刺激薬とアトモキセチンやビロキサジンなどの非中枢神経刺激薬との間に有意な差は認められなかった。 Cortese氏は、「他の研究では、ADHD治療薬の使用が死亡リスクを低下させ、学業成績の向上に寄与することが示されている。また、高血圧のリスクがわずかに増加する可能性は示唆されているが、他の心血管リスクの増加については報告されていない。総合的に見て、ADHD治療薬使用のリスクとベネフィットの比率は安心できるものだと言えるだろう」とサウサンプトン大学のニュースリリースで述べている。 一方、論文の筆頭著者であるサンパウロ大学(ブラジル)医学部のLuis Farhat氏は、「われわれの研究結果は、中枢神経刺激性であるか否かに関わりなくADHD治療薬使用者の血圧と脈拍を体系的にモニタリングする必要性を強調するものであり、将来の臨床ガイドラインに反映されるべきだ。中枢神経刺激薬だけが心血管系に悪影響を及ぼすと考えている医療従事者にとって、これが意味することは非常に大きいはずだ」と述べている。 研究グループは、さらなる研究でADHD治療薬の長期的な影響について理解を深める必要があるとしている。Cortese氏は、「現時点では、リスクの高い個人を特定することはできないが、精密医療のアプローチに基づく取り組みが将来的に重要な洞察をもたらすことを期待している」と述べている。

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C. difficileはICUの環境表面からも伝播する

 院内感染は、想像されているよりもはるかに容易に病院内で広がるようだ。新たな研究で、クロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difficile、現名:Clostridioides difficile〔クロストリジオイデス・ディフィシル〕)の伝播について、集中治療室(ICU)の環境表面や医療従事者(HCP)の手指から採取したサンプルも含めて調べた結果、患者から採取したサンプルのみを用いた場合と比べて3倍以上多くの伝播事例が確認されたという。C. difficileは、大腸炎や下痢などを引き起こす院内感染症の原因菌として知られている。米ユタ大学の疫学者で感染症専門医であるMichael Rubin氏らによるこの研究結果は、「JAMA Network Open」に4月4日掲載された。 米疾病対策センター(CDC)によると、C. difficile感染症は、強力な抗菌薬の使用により腸内細菌のバランスが乱れた人に生じることが多いという。この日和見細菌は、腸内に侵入して健康な細菌を駆逐することで下痢、腹痛、発熱を引き起こす。C. difficileは、ストレスに耐えるために芽胞と呼ばれる極めて頑丈な細胞構造を形成するため消毒薬にも耐性を示し、人間の体外でも長期間生存できると研究グループは説明する。米国でのC. difficile感染症の致死率は約6%であるという。 C. difficileの感染力は極めて強いが、医療施設内での伝播の仕方については明らかになっていない。ただ、過去の研究で、患者間の直接感染はまれであることは示唆されていた。そこでRubin氏らは、病院内でのC. difficile感染経路を追跡するため、2つのICU入室患者177人の脇の下、股間、肛門周辺または便から最大3点のサンプルを採取した。また、ICUの3種類の環境表面(患者が触れる表面、HCPが触れる表面、トイレの表面)、患者をケアしたHCPの手指もしくは手袋、ドアノブや電気のスイッチなどの共有部分の表面からもサンプルを採取した。サンプルは、occupant stayと呼ばれるICU入室期間を単位として採取された。Occupant stayは、1)同意が得られた患者の体表面、環境表面、およびHCPの手指のサンプルを採取、2)患者の同意が得られず、環境表面とHCPの手指サンプルのみを採取、3)患者不在の空室期間中に環境表面とHCPの手指サンプルを採取、の3タイプに分類された。これらのサンプルからの分離株に対してゲノム解析を行い、ゲノム間の遺伝的類似性に基づいて伝播クラスターを特定した。伝播クラスターは、分離株間の単一ヌクレオチド変異(SNV)が2個以下である場合と定義された。 177人の対象患者における278件のICU入室から計7,000点のサンプルが採取された。このうち161点のサンプルから178株のC. difficileが検出された。これは、287件のoccupant stayのうちの35件に関連し、278件のICU入室のうち25件に相当していた。さらに、分離株間のSNVが2個以下という基準に基づき、287件のoccupant stayのうち22件(7.7%)が関与する7つの伝播クラスターが同定された。このうちの2つ(28.5%)には異なる患者由来の分離株が含まれており、患者間の伝播が示唆された。別の2つのクラスターには、異なるoccupant stayにおける環境表面や医師の手指由来の分離株と、患者由来の分離株が含まれていた。残りの3つには、複数のoccupant stayにおける環境表面由来の分離株が含まれていた。これらの結果は、7つの伝播クラスターのうちの5つ(71.4%)は、環境表面やHCPの手指のサンプルを採取していなければ見逃されていた可能性があることを意味する。 論文の筆頭著者であるユタ大学保健学部疫学研究准教授のLindsay Keegan氏は、「本研究で確認された患者間でのC. difficileの伝播の程度は、これまでの研究とほぼ同じだった。しかし、この研究で判明した知見は、環境表面間および環境表面と患者の間でのC. difficileの伝播が、これまで考えられてきたよりもはるかに多く起こっているということだ」と話している。 Rubin氏は、「目に見えないところで多くのことが起こっている。それを無視すれば、患者を不必要なリスクにさらしてしまう可能性がある」と警鐘を鳴らしている。また同氏は、「本研究結果を受けて、HCPが感染予防策をより重視し、可能な限りそれを遵守するようになることを期待している」と話し、徹底した手洗いに加えて、手袋やガウンなどの個人用保護具使用の重要性を強調している。

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第259回 管理職のメンタルケア必読書か、フジ中居問題の第三者委員会報告書

しつこいようだが、前回予告した通り、今回もフジテレビ女性社員Aさんが元SMAPの中居 正広氏から受けた性暴力に関する第三者委員会(以下、同委員会)報告書について取り上げる。なお、第三者委員会報告書ではAさんについて、「女性A」と一貫して記述されているが、ほかの登場者が「氏」あるいは肩書で呼ばれていることとの対比に関して、筆者個人がその無機質な表記に違和感があったため、すべて「Aさん」に置き換えている。これは前々回、前回も同様である。これまでのあらすじ2023年6月2日に中居氏から性暴力を受けたAさんは心身に異常をきたし、間もなく都内の病院の消化器科に精神科併診で入院。7月末には自傷行為を起こして退院が延期となり、そこから精神科へ転科した。主治医から「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」の診断を受けた。その後、同年8月11日まではAさんの被害申告内容をフジテレビ社内で“公式”に知っていた人物は健康相談室のC医師、同相談室の心療内科医D医師、アナウンス室長E氏、アナウンス室部長で女性管理職のF氏、編成制作局長G氏、人事局長H氏。しかし、G氏がもはや自分だけで抱えきれないとして、8月12日に当時の編成制作局管掌で専務取締役の大多 亮氏に報告。そのまま同日中に当時の代表取締役社長・港 浩一氏にも大多氏経由で報告が上がった。ついに噂のB氏が登場ここで“公式”と書いたのは、実はこの時点でAさん経由以外にこのことを知っていた人物がいたことが報告書で明らかになっているからだ。その人物は、当時の編成総局編成局編成戦略センター室長兼編成部長のB氏と編成総局編成局編成戦略センター編成部企画戦略統括担当部長のJ氏である。この2人は2023年7月12~13日にかけて加害者である中居氏から報告を受けていたのである。奇しくも7月13日はフジテレビ内の公式報告でE氏から局長クラスであるG氏、H氏に報告が上がった日でもある。このB氏は、週刊文春の報道で当初、Aさんと中居氏が2人きりになるようセッティングしたと誤報された人物でもある。ちなみに7月12~13日以前、性暴力事件が発生した直後からAさんと中居氏の間でショートメッセージサービス(SMS)でのやり取りがあったことも同報告書から明らかになっている。7月13日の中居氏とB氏のSMSでのやり取り内容が同報告書には赤裸々に記述されている。中居氏「B。また、連絡があり、接触障害(ママ・摂食障害と思われる)と鬱で入院。やりたい仕事もできず、給料も減り、お金も無くあの日を悔やむばかりと。見たら削除して。どうしよか。」B氏  「なかなかですね、、私から無邪気なLINEしてみましょうか??」このやり取りで「なかなか」なのは、むしろB氏の無神経さである。B氏、J氏とも中居氏から報告を受けた際にこの件を「プライベートな案件」と捉えたらしいが、摂食障害・うつで入院しているAさんへの配慮はみじんも感じられない。第三者委員会ではデジタル・フォレンジック調査も行っていることは1回目に紹介したが、これにより個人利用を含む関係者のスマートフォンやPCなどのデータが復元されている。提出者の中に中居氏はいないが、Aさん、B氏などは含まれている。調査結果ではSMSデータ427件が意図的に削除された痕跡があり、うち76.1%に当たる325件は、B氏が中居氏らこの件の関係者とやり取りしたデータである。B氏のSMS削除時期は2025年1月9日~2月10日にかけてである。報告書では、2024年12月に今回の事件が相次いで週刊誌で報道されたことを受け、フジテレビ社内で記者会見や調査委員会設置の検討が開始されたのが1月8日。翌日には中居氏が公式にお詫びコメントを公表し、「示談が成立したことにより、今後の芸能活動も支障なく続けられることになりました」との文言が大炎上。1月17日にはフジテレビによるクローズドな会見が猛烈な批判を浴び、これを受けてフルオープンの10時間半におよぶ2回目の会見が1月27日に行われ、その3日前に第三者委員会の1回目の会合が開かれている。こうしたタイムラインから考えれば、B氏が大量のSMSを削除した理由を「B氏自身の関与の隠蔽」以外に見いだすことは無理筋である。また、昨今の第三者委員会の調査では、デジタル・フォレンジックが行われるのは半ば常識であり、隠ぺい工作としても極めて稚拙と言わざるを得ない。報告書では中居氏はB氏らに「Aの心身の回復のために助けてほしい」と依頼したと述べたと記載されているが、これも中居氏には申し訳ないが、率直に言って「大事になって自分が窮地に陥らないようAの回復を急ぎたい」と解釈できてしまう。というのも、報告書ではAさんが法的措置や弁護士を立てた示談を検討し始めた旨を伝えられた中居氏が「対立構造になることを懸念する」「弁護士費用がかかる」「あくまでも協力しあうことが大事」「体調改善が第一のため、第三者は会社の中で話ができる人をたてたほうが健全」などとご都合主義の論理を並べているからである。ちなみにAさんと中居氏とのSMSのやりとりは、同報告書で「本事案後も、中居氏からAさんに対してSMSがきていたため、Aさんは、これに対応することが『耐えられず心が壊れた』旨を述べている」との記載から推測するに、中居氏が起点と思われる。以下はAさんから中居氏にSMSで伝えた内容(一部は要旨)の時系列である。「こういうことがあると、正直気持ちがついていけない」(2023年6月6日)「(6月2日の件は)自分の意に沿わないこと。そのとき泣いていた、怖かった。6月2日に食べた食事の具材でフラッシュバックする」(同年6月14日)「6月2日のことでショックを受け、仕事を休む」(同年6月15日)「6月2日がきっかけとなって食べられなくなった」(同年7月11日)「摂食障害と鬱で入院し、目標にしていた仕事ができなくなり悔しい。長期入院によって給与が減り入院代が増えることが苦しい。産業医や病院の医師も(中居氏を)訴えるべきと言っている。ただ、訴えれば中居氏のダメージも大きく、自分も仕事が出来なくなるため穏便に済ませたいと考えている。他方で自分の収入では高額な医療費を賄えないため治療費・入院費の支払いをしてほしい」(同年7月11日の数日後)これだけを読むと、なかには治療費の支払いを求めるAさんの心理を測りかねる人もいるかもしれないが、前々回も言及したようにAさんはC医師、D医師、E氏、F氏らに当初「(中居氏との共演は)かまわない。負けたくない」と精一杯の抵抗を見せていることなどから考えれば、メンタルが不調の中でも気丈に振舞おうとしていたと解釈するのがもっとも妥当と考える。これに対する中居氏は、見舞金を支払う旨を伝えているが、そこでわざわざ「贈与や税金等の関係からその範囲内で行いたい」とまで伝えている点に個人的には非常な不快感を覚えた。また、第三者委員会のヒアリングに中居氏が「Aさんの病気や入院が本当に本事案によるものなのかわからなかった、仕事や家族関係によるものかもしれないと思っていた」と述べているのは、前述のAさんのSMSの内容からすれば言い逃れにしか聞こえない。結局、治療費などの支払いに関しては、中居氏が見舞金として支払うと申し出たのに対し、Aさんは「何がベストなのか専門家や病院の先生と相談するので時間がほしい」「世間一般でいうお見舞金とは訳が違う、弁護士など第三者を入れて確実で誠実なやりとりになるのでは」などと伝え、態度を留保していた。しかし、中居氏がB氏に100万円の運搬を依頼し、7月下旬にB氏が半ば押しかけでAさんの病院に届けたものの、病院が一旦見舞品の中身を確認する決まりとなっており、病院の判断で返却されている。なお、報告書によると、当時のAさんは病状が悪化しており、中居氏への対応が大きな負担となっていたため、主治医らから中居氏からの連絡を一切断つことが回復に必要であるとの見解が示された。ちなみにこの時期は前述のAさんが自傷行為を行った時期とも重なる。結局2023年8月1日、Aさんは中居氏に対して、治療に専念したいので、退院できる日が来るまでは連絡を差し控えさせていただきたいという内容のSMSを送信。以後、Aさんから中居氏に連絡していないが、中居氏は同年9月中旬頃までの1週間に1回の頻度でAさんに対して一方的に送り続けたという。「歴史にIfがあれば…」的になってしまうが、実は報告書を読むと、8月以降の中居氏による一方的なSMS送信は避けられたかもしれない“チャンス“はあった。Aさんから中居氏への最後のSMS送信の前日、AさんはF氏とのやり取りで「B氏が中居氏のパシリとしておそらく現金が入ったものを持ってきたが、受け取らなかった」と伝えているからだ。B氏の関与を見て見ぬふり当時のフジテレビ社内の公式ルートでB氏はAさんの事件の情報共有者には入っていなかったことをF氏らは認識していたはず。実際、このやり取りでF氏は「なぜB氏が?」といぶかしんだものの、B氏と中居氏は仲が良いからぐらいの認識で、あまり気に留めなかったという。B氏の件は同日中にF氏からE氏とG氏にもメールで報告されたが、両者とも無反応だったと報告書には記述されている。もちろん第257回、第258回で取り上げてきたフジテレビ社内の動きを見れば、その可能性は低いかもしれないが、一般論としても「なぜ?」と思った時は真剣に立ち止まる重要性を想起させる。ましてAさんは心身ともに状況が悪化していた時期であり、E氏、F氏、G氏がここで事実上スルーしてしまったことは、メンタルが悪化している人への対応としては悔やまれる点である。結局、B氏とJ氏が直接G氏に中居氏との事件について自分たちが知っていることを報告したのは同年9月頃。この際にB氏はAさんと中居氏に認識の違いがあることなどを説明したが、見舞金配達のことなどは「とくに必要だとは思わなかった」と考えてG氏に報告せず、G氏はB氏らに事実関係の確認を含め何も質問をせず、「口外するな」とだけ指示。その後、G氏は港氏と大多氏にB氏とJ氏からの話を報告している。前回触れたように、8月下旬には港氏によるこの事件に対する対応方針が決定されているが、その中の1つ「情報漏えいしないよう、情報共有範囲は、港社長、大多氏、G氏、E氏、F氏、C医師、D医師に限定する」に抵触する事態が起きながら、上層部はこの事態に何ら具体的な対応はとっていない。とりわけG氏の対応はここでも極めて場当たり的である。Aさんは2023年9月上旬に退院して自宅療養に移行し、10月からの復帰を目ざしたものの心身の症状と体調の波が続き、同年10月からの復帰は困難となった。2023年12月19日の退院後の初回産業医面談で、Aさんは「職場に戻った時のことを想像できない」「毎日中居氏を目にするため、どうなるか想像できない、見るたびに思い出すだろう」「社屋に掲示されている中居氏のポスターを毎日見て番組に行かなければならない、その人を見ないことが重要」などと話をしていたという。しかし、港氏の方針決定時の「Aさんの生命の安全と(心身の)ケアを最優先にして、本人の意向を汲んで対応していく」という方針があったにもかかわらず、彼女のこうした意向はまったく上層部に伝わっていない。そもそも前々回も触れたように港氏、大多氏、G氏らはこの時点でC医師らから直接事情を聞くことがなかったからである。2023年9月上旬に中居氏が司会を務めていた同年4月開始の「まつもtoなかい」の継続是非について港氏、大多氏、G氏で協議が行われた。この時点では7月に10月番組改編に関する広告会社向けの説明会が終了していたことから、急な改編は関係者からの憶測を呼ぶだけでなく、Aさんを刺激してしまうのではないかとの理由から、中居氏の出演継続が決定している。まあ、この点は百歩譲っても、この3氏の理屈も一理ないとは言えない。しかし、報告書ではこの中居氏の出演継続の是非を検討する際に、中居氏本人からのヒアリングやAさんの意思確認を行わなかったこと、その是非すら検討されなかったことを批判的に捉えている。また、2024年4月改編に向けた広告会社向けの説明会開催直前の2023年12月にも「まつもtoなかい」を終了させるか否かの協議が前述の3氏で行われたが、この時も2023年9月の時と同様の理由で見送られている。しかもこの時は同時期に「まつも to なかい」で中居氏の相方の司会を務めるダウンタウンの松本 人志氏がやはり週刊文春が報じたトラブルで2024年1月に活動休止に追い込まれたにもかかわらず、番組名を変えるだけで中居氏を起用し続けた。最終的に中居氏の件も週刊文春が追い打ちをかけたのだが、こうしてみるとフジテレビは週刊誌報道で事態が明るみに出ないと何もしないと言われても仕方ない。ちなみにAさんと中居氏は、Aさんの代理人弁護士が中居氏に内容証明を送付したことから示談協議が始まったが、この際に中居氏の代理人弁護士K氏は、フジテレビが月額法律相談料を支払っており、Aさんも共演したことがある人物である。しかも、中居氏に仲介したのは前述のB氏である。Aさんは第三者委員会のヒアリングで「バラエティ部門、K弁護士及び中居氏が一体として感じられ、不快であった」旨を述べている。この示談は2024年1月に成立している。前述の退院後の産業医面談は月1回行われていたが、2024年4月の面談でAさんは「中居氏がフジテレビの番組に出演し続けており、社屋内に中居氏のポスターが貼ってあるため、復職はできるのだろうか」と訴えている。しかし、この訴えが上層部に拾い上げられることはなく、港氏が決定したAさんの意向尊重という方針は、ほぼ建前のままだった。結局、2024年7月にAさんは退職の表明、同月末に産業医同席でG氏も加わった面談で、G氏からの慰留提案を蹴ってAさんの退職は決定した。ちなみにこの場でもAさんは「中居氏の番組出演が継続しているのに自分は出られないこと、普通は(中居氏のことを)見なくて済むはずなのに。示談をしたのは中居氏との関係を終わらせたかったからである。区切りをつけたい、他局に入社していたらどんな未来があったか」といった話をしたが、G氏はこれに対し無言だったという。管理職のレベルが会社イメージに直結ここまでが概要である。しかし、港氏、大多氏もかなり呑気なのはもちろん、再三やり玉に挙げて申し訳ないが、このG氏の場当たりさは呆れを通り越すレベルである。もっともこれは単にフジテレビのG氏の問題だけではない。G氏のように自分の失点を防ぐために、場当たりで何も決断しない管理職は、どこの企業でもいそうな存在である。同時にAさんの事例はある種、異例のことのように思っている人もいるだろうが、社内外の人間関係のトラブルなどで社員が心身に不調をきたす事例は決して稀なことではないはずだ。つまるところ今回のフジテレビの問題の根っこを辿ると、他人事である企業なぞほぼ皆無だろう。結局、職場でのメンタルヘルスの重要性は叫ばれてはいるが、それを血肉に変えるかどうかは、各企業の方針とそれに基づく管理職教育とその徹底次第とも言える。その意味で今回の第三者委員会報告書は、管理職と呼ばれる人すべての“必読書”と考えている。一見すると医療に関係ないと思った人は多いかもしれないが、私が3回にわたって言いたかったのはそこに尽きる。

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直美を再考する――偏在する志望診療科と、偏らせてはならない希望【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第83回

活気に満ちた学会会場2025年3月末、第89回日本循環器学会がパシフィコ横浜で開催されました。活気に満ちた会場、熱のこもった発表。私も一参加者として学び、そして応援に駆けつけました。当科の若手医師が初めて全国規模でのポスター発表に挑戦する姿を見届けるためです。事前の予行演習から気合い十分で、緊張感がみなぎっていました。ポスター会場へ向かうには、製薬企業や医療機器メーカーのブースが立ち並ぶ展示ホールを通る必要があります。学会運営に欠かせない資金を、こうした企業の出展料で賄うという仕組みです。企業は、お金をかけてブースを出展しても、訪ねてくれる人がいなければ意味がありません。訪問者数を確保するために、口頭発表の会場からポスター会場に移動するには、展示ホールを通過しなければならないように配置されています。ブースへの来場を促すための導線設計には、思わず感心してしまいます。まるで祭りの夜店を冷やかすような感覚で、私もこの華やかな通路を歩くのが密かな楽しみです。その中に、ひっそりと佇むオーストラリア心臓病学会のブースがありました。「ぜひ現地の学会にも参加を」という誘いの展示です。ふと掲示物を眺めていると、快活な笑顔の大柄な女性が現れ、コアラのぬいぐるみを手渡してくれました。両手がクリップになっている愛らしい作りです。私はカバンのストラップにそのコアラをぶら下げ、足取り軽くポスター会場へ向かいました。「中川先生! お久しぶりです」会場で声を掛けてくれたのは、仕事上で親交のある若手の女性医師でした。「お元気そうで何よりですね」しばらく世間話を交わし、別れ際に彼女が言いました。「先生、コアラ似合ってますよ」内心では結構な歳のオヤジが何をはしゃいでいるのだ!と感じていたのかもしれません。「あのブースで配ってますよ、ぜひどうぞ」やや照れながら返しました。数日後、彼女から1通のメールが届きました。内容はこうです。彼女には小さな娘さんがいて、そのコアラをとても気に入っているとのこと。「子供は早く大きくなってほしいような、でもずっと小さいままでいてほしいような……そんな気持ちになります」と締めくくられていました。その言葉に、私は胸を打たれました。母親としての喜びと、時の流れへのかすかな寂しさ。その複雑な感情がにじむ、やさしい一文です。学会出張の数日間だけ子供の顔を見なかった母親には、その時間に確実に成長した証に気付いたのかもしれません。親のまなざしが感じられます。彼女は確かに「今」を大切にして子育てを楽しんでいるのだと感じました。わが循環器内科のスタッフにも、小さな子供を育てる医師が多くいます。果たして私は、彼らが「今」を大切にできる環境を整えているだろうか、そう問い直さずにはいられませんでした。診療科偏在――どうすれば「きついけれど、やりがいある」科に集まるか?さて、日本の医療が抱える構造的な課題の一つに、若手医師の診療科偏在があります。外科系や循環器内科など、「忙しくて過酷」「報われにくい」とされる科は敬遠されがちです。一方で美容外科などは、自由診療ゆえに高収入で、時間の融通も利きやすいことから人気を集めています。象徴的な存在が、「直美」と呼ばれる若手医師たちです。初期研修を終えるとすぐに美容医療に進む医師たちを、やや皮肉を込めてそう呼ぶことがあります。消化器外科などの一般外科医として何年か経験した後に美容外科に転向する医師も存在します。直美よりも、転科して加わる者のほうが多いかもしれません。自分の知り合いにも、心臓血管外科医として10年以上の経験がありながら転向する決断をした医師がいます。そこには子供の病気という背景がありました。家族のために費やす時間を確保する必要があったのです。彼は、美容外科医として成功し、またお子さまも元気に成長しています。どの医師にも、それぞれの場面で優先すべき家庭内の事情があるのです。美容外科を選択する医師を非難するだけでは解決しません。では、どうすれば再び、循環器内科のような「きついけれど、やりがいある」診療科に若手医師が集まるのでしょうか。待遇改善はもちろん必要です。しかしそれ以上に、当直明けの確実な休養や、子供と過ごす時間を大切にできる柔軟な働き方、こういった医師としての人生と、親としての人生、その両方を尊重できる職場づくりが不可欠だと私は思うのです。医療は、人の命と人生に寄り添う仕事です。だからこそ、医師自身も人生の喜びを犠牲にしてはならないのです。若い医師たちがやりがいを持って働きながら、家族との時間も慈しむことができる社会こそが、医療の未来を支えるのではないでしょうか。

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第84回 臨床研究で用いられる“PICO”と“PECO”とは?【統計のそこが知りたい!】

第84回 臨床研究で用いられる“PICO”と“PECO”とは?臨床研究や医学論文を読んでいる方々にとって、“PICO”と“PECO”は馴染み深いフレームワークです。しかし、意外にその意味や活用方法を改めて考える機会は少ないかもしれません。これらのフレームワークは、適切な臨床研究の設計やエビデンスの解釈においてとても重要となります。今回は、PICOとPECOの概要と、その意義や具体的な活用法について解説します。■PICOとはPICOは、臨床研究の設計や系統的レビュー、臨床診療ガイドラインの作成時に用いられるフレームワークであり、以下の要素で構成されています。P(Patient/Population/Problem)対象となる患者、集団、問題I(Intervention)介入や治療法C(Comparison)比較対照O(Outcome)結果やアウトカム■PICOの各要素の詳細P(Patient/Population/Problem)対象とする患者群の特性(年齢、性別、疾患の種類やステージなど)を明確にします。たとえば、「高血圧症の成人」や「2型糖尿病の患者」など、研究の対象となる集団を具体的に設定します。I(Intervention)研究で評価する治療法や介入を明確にします。具体例として、「新規の降圧薬」や「食事療法」といったものが挙げられます。C(Comparison)介入の効果を比較する対照群を示します。プラセボや標準治療、他の治療法などが比較対象となる場合があります。対照群が存在しない場合(例:観察研究など)もあります。O(Outcome)研究で評価するアウトカムを示します。主要アウトカムとして設定されるものには、死亡率、再発率、副作用などが含まれます。■PICOの具体例たとえば、「新しい降圧薬Aの効果と安全性を検討する臨床試験」のPICOのフレームワークは次のようになります。P高血圧症の成人I降圧薬ACプラセボO血圧の変化、薬の副作用PICOのフレームワークを用いることで、研究の焦点を明確にし、適切な研究デザインやエビデンスの解釈に役立てることができます。■PECOとはPECOとはPICOの変形で、とくに疫学研究や予防に関連する研究でよく用いられます。PECOは以下の要素で構成されます。P(Population)対象となる集団E(Exposure)曝露やリスク因子C(Comparison)比較対照O(Outcome)結果やアウトカム■PECOの各要素の詳細P(Population)対象となる集団を明確にします。年齢、性別、地域、疾患の有無などの基準で集団を定義します。E(Exposure)曝露やリスク因子を示します。たとえば、「喫煙習慣」や「運動不足」といった生活習慣に関するものや、「化学物質への曝露」などが含まれます。C(Comparison)比較対象群を設定します。非曝露群や別の曝露水準を持つ群が対照群となります。O(Outcome)研究で評価するアウトカムを示します。発症率や死亡率、生活の質などが主なアウトカムとなります。■PECOの具体例たとえば、「喫煙と肺がんの関連を調査するコホート研究」のPECOのフレームワークは次のようになります。P成人(男女)E喫煙者C非喫煙者O肺がんの発症率PECOのフレームワークは、観察研究においてリスク因子や曝露とアウトカムの関連性を明らかにするために役立ちます。■PICO/PECOの活用例1)PICO/PECOのフレームワーク系統的レビューとメタアナリシスにおいて、研究課題を明確に定義するための重要なステップとなります。研究課題を具体的に設定することで、適切な文献の検索と選定が行えるようになります。たとえば、糖尿病患者における新規治療薬の効果を評価する系統的レビューを行う場合、PICOのフレームワークを使うことで、次のような課題が設定できます。P2型糖尿病患者I新規治療薬XCプラセボまたは標準治療O血糖コントロール、体重変化、副作用上記の課題に基づき、関連する研究を選定し、統合した解析を行うことが可能です。2)臨床診療ガイドラインの作成臨床診療ガイドラインを作成する際にも、PICO/PECOのフレームワークは重要です。エビデンスに基づく推奨を作成するためには、まず適切な研究課題を設定する必要があります。たとえば、骨粗鬆症患者へのビタミンDサプリメントの効果を評価するためのガイドラインを作成する場合、次のようなPICOのフレームワークが考えられます。P骨粗鬆症患者IビタミンDサプリメントCプラセボまたは無治療O骨折リスクの低下、副作用上記の課題を基に関連文献を検索し、エビデンスに基づく推奨を行います。3)個別の臨床研究設計臨床研究のデザイン段階でPICO/PECOを活用することで、研究目的を明確にし、適切な対象者の選定やアウトカムの設定が可能です。これにより、バイアスの少ない信頼性の高い結果が得られます。このように、PICOとPECOのフレームワークは、臨床研究の設計、系統的レビューやメタアナリシスの実施、ガイドラインの作成など、医療統計において不可欠なツールです。これらのフレームワークを効果的に活用することで、明確な研究課題の設定と適切なエビデンスの解釈が可能となり、患者にとって有益な医療を提供するための指針となるだけではなく、論文を読む際にもこのPICOとPECOのフレームワークを知っておくと論文の理解が深まります。■さらに学習を進めたい人にお薦めのコンテンツ統計のそこが知りたい!第4回 アンケート調査に必要なn数の決め方第5回 臨床試験で必要なn数(サンプルサイズ)「わかる統計教室」第4回 ギモンを解決! 一問一答質問2 何人くらいの患者さんを対象にアンケート調査をすればよいですか?

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多発性骨髄腫と共に“生きる”選択を―Well-beingから考える

 Johnson & Johnson(法人名:ヤンセンファーマ)は2025年4月4日、「多発性骨髄腫患者のWell-being向上も考慮した治療目標を」と題したメディアセミナーを開催した。多発性骨髄腫は、根治が難しいものの、治療の進歩により長期生存が可能となってきている疾患である。本セミナーは、患者が「治療と生活を両立」させるために必要な視点として「Well-being」に焦点を当て、医療者と患者双方の視点からその意義を共有することを目的として開催された。 セミナーでは、群馬大学大学院医学系研究科 血液内科学分野の半田 寛氏が「診断から最新治療、そして患者自身ができること」について講演を行い、続いて日本骨髄腫患者の会代表の上甲 恭子氏が登壇し「Well-beingとは“一人一人が今どのように生きたいか”」をテーマに患者の視点から語った。「多発性骨髄腫の治療を諦めず、やりたいことも諦めないために」 多発性骨髄腫の診断・治療は、この20年間で著しい進歩を遂げてきた。新たな薬剤の登場により、生存期間は大幅に延伸し、治療の選択肢も増えている。一方、治療の選択肢の多様化は、治療の複雑化という新たな課題を生んでいる。 こうした状況において、半田氏は「治療の目標は深い奏効、すなわちMRD(微小残存病変)検出感度未満の達成に向かっている。そのうえで、いかに患者のQOL(生活の質)やADL(日常生活動作)を損なわずに治療を継続できるかが今後の大きな課題である」と指摘した。たとえ根治が難しくとも「治療をしながら、自分らしく生きる」ことの両立が、これからの治療においてますます重要になってくるという。 その鍵となるのが「どう生きたいか」という価値観を、患者と医療者が共有する“Shared Decision Making(共同意思決定)”であると半田氏は述べる。治療法を選ぶ際、注射か内服か、治療期間の長短、通院頻度、生活の目標など、個々の患者の価値観に沿って擦り合わせていくことが不可欠であると強調した。「“いい塩梅”の暮らしを支える:患者のWell-beingを考える」 「治療のために生きるのではなく、生きるために治療をする」。多発性骨髄腫の治療が進歩する中で、患者にとって大切なのは「今をどう生きるか」であると、日本骨髄腫患者の会で代表を務める上甲氏は語った。講演では、自身の家族の経験や患者支援の活動を通して見えてきた、多発性骨髄腫患者における「Well-being」の在り方について紹介した。 上甲氏は、Well-beingという概念を「絶妙なバランス、つまり“よい塩梅”」と表現し、患者調査の結果から「長生きしたい」よりも「自分らしく、元気に過ごしたい」と考える傾向が高齢患者に多いことを紹介した。一方で、痛みや不安、外見の変化に苦しむ声も届くことを紹介。ある患者の「病院には薬をもらいに行っているだけ」「主治医との会話にも虚無感がある」といった実情に対し、上甲氏は「医療者との対話の重要性、そして患者自身が正しい知識を持ち、信頼関係を築くこと」の必要性を訴えた。医師と患者、すれ違う“目標”と本音 パネルディスカッションでは、医師と患者それぞれの「治療目標」に関する意識の違いが調査結果を交えて紹介された。 患者が挙げた目標として最も多かったのは「以前と変わらない生活を送りたい」、次いで「好きなことを続けたい」であった。一方、医師は「生存期間の延長」など、科学的エビデンスに基づいた数値を重視していた。 これについて半田氏は、「医師は“提供できるもの”として科学的な指標を挙げているが、患者は“どう生きたいか”を大切にしている」と説明。上甲氏も「“治療目標”という言葉は患者には伝わりにくい。“どんな生活を望んでいるか”と問うことで、初めて本音が語られる」と述べた。日常の充実が、治療を支える 「治療以外の時間の充実」が治療に与える影響についての調査では、医師の92%、患者の96%が「かなり良い影響を与える」または「やや良い影響を与える」と回答した。 上甲氏は「夢中になれることを持っている患者は、生きる力が明らかに違う」と述べ、半田氏も「やりたいことを伝えてもらえれば、それを実現できる治療を一緒に考えられる」と応じた。まとめ 多発性骨髄腫の治療は進歩し続けている。しかし、医学的な成功が必ずしも患者の幸福と一致するとは限らない。治療を続けながらも、自分らしい生活、すなわちWell-beingを実現するためには、医療者と患者が対等な立場で治療目標を共有することが求められる。科学的根拠に基づく治療と、患者が描く人生の在り方。その両輪がかみ合ってこそ、多発性骨髄腫の治療は本当の意味で“前進”していくと考えられる。

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CareNetパス利用規約

[アカウント登録]をクリックすることで、CareNetパス利用規約並びに当社の個人情報保護方針および個人情報保護規定(https://www.carenet.com/info/personal.html 参照)が適用されることに同意するものとします。CareNetパス利用規約CareNetパス利用規約(以下「本規約」といいます)は、株式会社ケアネット(以下「当社」 といいます)が提供する「CareNetパス」サービスおよびこれに関連するサービス(以下「本サービス」といいます)のご利用に際し、適用されます。本サービスのご利用前によくお読み頂き、同意のうえ、ご利用ください。第1条(本規約、本サービスの目的等)1.本規約は、本サービスの提供条件について、当社とサービス利用者との間の権利義務を定めることを目的とします。サービス利用者は、当社所定の登録手続において、本規約に同意するものとします。サービス利用者は、本サービスをご利用いただくことを以って、本規約に同意したものとみなされるものとし、本規約が改訂された場合も同様とします。2.本サービスは、当社およびサービス関連事業者(以下に定義します。当社およびサービス関連事業者を総称して「サービス提供者」といいます)が提供する情報提供サービスを利用する際に要求される認証について、CareNet.com会員IDによる認証連携サービス CareNetパスを通じて、サービス利用者の情報提供サービスへのアクセスの容易性・利便性を高めることを主な目的としています。3.サービス提供者が提供する情報提供サービスに対する責任は、これを提供する事業者が負います。また、これを提供する事業者が定める利用規約その他の条件が適用されることがあります。4.サービス利用者は、CareNetパス利用、ならびに情報提供サービスの利用および解析のため、サービス利用者の登録情報、ユーザー情報がサービス提供者により取得され、利用されることに同意します。これらの情報は、情報提供サービスの提供(サービス利用者が利用する情報提供サービス中に特定の医療関係者にしか提供できない情報が含まれるため、その確認のために使用されます)、情報提供サービスの品質向上、サービス提供者による解析・分析、その他サービス利用者から個別に同意を取得している目的のために利用します。なお、これらの情報が個人情報保護法に定める個人情報に該当する場合、サービス提供者は常に同法およびその下位法令に従い、取り扱いを行うものとします。第2条(定義)本規約において使用する以下の用語は、各々以下に定める意味を有するものとします。(1)「サービス利用者」とは、本サービスを利用する自然人をいい、医療関係者(医師・看護師・薬剤師など)及び医薬関係者をいいます。(2)「ユーザー」とは、当社所定のユーザー登録手続を経て、当社がユーザー登録および本サービスの利用を承認した者をいいます。(3)「CareNet.com会員ID」は、当社の提供するサービスへの利用登録時に、また新規登録の場合には本サービスの利用の登録時にサービス利用者が設定したメールアドレスまたは会員識別用の固有の文字列をいいます。(4)「メールサービス」とは、本サービスの一環として当社がサービス利用者に対して、電子メールを用いて、サービスの広告、宣伝をお送りすることです。(5)「登録情報」とは、サービス利用者が当社の提供するサービスへの利用登録(更新登録を含む)時に、また新規登録の場合には本サービスの利用の登録時に、当社に提供を行った氏名、メールアドレス、勤務先、勤務先所在地、診療科、職種等の情報のことです。(6)「ユーザー情報」とは、情報提供サービスの利用状況(ログイン・連携解除日時)、メールサービスの利用履歴、その他ユーザーの本サービスの利用内容、利用履歴のことです。本サービスに関するCookie等の情報を含みます。(7)「MDB」とは、株式会社日本アルトマークの運営する日本全国の医療施設や薬局・薬店およびそこに従事する医療従事者の情報を内容とするメディカルデータベースをいいます(MDBに関するご案内、お問い合わせは下記のWebサイトをご覧ください。https://www.ultmarc.co.jp/mdb/index.html(8)「サービス関連事業者」とは、本サービスの登録・サインインにより提供されるサービスの運営事業者、株式会社日本アルトマーク、MDB会員のことです。第3条(サービス利用者の資格・認証・責任等)1.当社は、ユーザー登録を希望する者が以下の各号のいずれかの事由に該当すると判断した場合に、登録を拒否することがあります。またその理由について一切開示義務を負いません。(1)登録情報につき事実と異なる内容があった場合(2)暴力団、暴力団員、右翼団体、反社会的勢力その他これに準ずる者(以下「反社会的勢力等」といいます)または関与者(3)過去当社との契約に違反した者またはその関係者(4)過去本サービスの登録抹消を受けた者(5)本サービスの提供が適当でない者と当社が判断した場合2.本サービスはサービス利用者の本人認証のため、CareNet.com登録会員情報にて本人確認手続きを行います。サービス提供内容は、本人認証の状況により変わる場合があります。3.サービス利用者は、CareNet.com会員IDを第三者に知られないようにサービス利用者の責任において十分注意して管理するものとします。またパスワードは、生年月日、電話番号など他人に推測されやすいものを避けて設定し、定期的に変更するものとします。サービス利用者のCareNet.com会員IDおよびパスワードの管理不十分、使用上の過誤、第三者の使用等によって生じた損害に関する責任はサービス利用者が負うものとし、当社は一切の責任を負いません。4.サービス利用者は、CareNet.com会員IDおよびパスワードについて、以下の各号に掲げる行為を行ってはならないものとします。(1)CareNet.com会員IDおよびパスワードを第三者に利用させ、または貸与、譲渡、名義変更、売買等行うこと(2)他のサービス利用者のIDまたはパスワードを利用する行為その他第三者に成りすます行為を行うこと。サービス利用者のIDおよびパスワードが入力された上で、本サービスのご利用がなされた場合、当社は、本サービスのご利用がサービス利用者ご本人によりなされたものであるとみなします。5.サービス利用者は、本サービスの利用にあたり、以下の各号のいずれかに該当する行為または該当するおそれがある行為をしてはなりません。(1)本規約に違反する行為(2)法令または公序良俗に違反する行為(3)サービス利用者が所属する業界団体の内部規則等に違反する行為(4)複数のユーザー登録を行うこと(5)本サービスのネットワークまたはシステム等に過度な負荷をかける行為、当社のネットワークまたはシステム等に不正にアクセスする、または不正なアクセスを試みる行為その他本サービスの運営を妨害するおそれのある行為(6)第三者に不利益、不快感を与える行為その他不適切な行為(7)前各号の行為を直接または間接に惹起し、または容易にする行為第4条(通知)1.本サービスの利用に関して、当社はサービス利用者に対し、メール等で通知を送信することができます。2.サービス利用者が通知を受け取れないこと等により、当社からの指示や警告を見落とした場合、当社は責任を一切負わないものとします。第5条(登録情報の変更等) サービス利用者は、当社所定の方法で当社に通知することにより、サービス提供者の情報提供サービスとの連携を解除することができます。第6条(登録抹消) サービス利用者が以下の各事由の一に定める事由に該当する恐れがある場合、当社は、サービス利用者に通知することなく利用停止または登録抹消することができます。(1)本規約に反する場合(2)登録情報が事実と異なる場合(3)その他当社が必要と判断した場合第7条(個人情報の取扱い)1.サービス利用者は以下に同意するものとします。(1)サービス利用者の個人情報について、本規約に特段の定めがある場合を除き、当社の個人情報保護方針および個人情報保護規定の定めにより取り扱うこと。(https://www.carenet.com/info/personal.html 参照)(2)当社が登録情報、ユーザー情報を取得すること。サービス関連事業者もまた登録情報、ユーザー情報を取得する、提供を受ける、または当社と共同利用することがあること。(3)当社がメールサービスを行うこと(4)当社が本サービス上で、サービス利用者に応じた広告、宣伝を行うこと(5)当社が、登録情報、ユーザー情報をサービス関連事業者に対して、提供すること2.サービス利用者がメールサービスの停止を希望する場合、所定の手続きにおいて、配信停止を申込するものとします。サービス利用者の停止申し込みの処理を当社が完了した時点で有効とし、その後のメールサービスを停止します。3.当社は、登録情報、ユーザー情報を、個人を識別できない形での統計情報として、利用することがあります。4.当社は、登録情報、ユーザー情報を、個人情報保護法に従い、同法上の匿名加工情報とした上で、第三者に提供することがあります。第8条(サービスの停止) 当社は、以下のいずれかに該当する場合には、サービス利用者に事前に通知することなく、本サービスの全部または一部の提供を停止することができるものとします。(1)本件システムの点検または保守作業を行う場合(2)本件システムの不調等または不可抗力により、本サービスの全部または一部の提供が困難となった場合(3)その他、当社が停止を必要と判断した場合第9条(本サービスの変更、終了)当社は、当社の都合により、本サービスの全部または一部を変更、または提供を終了することができます。当社が本サービスの提供を終了する場合、当社は事前に告知するものとします。第10条(免責)1.前二条の場合や利用不能、サービス利用者の登録の抹消、本サービスの利用による登録データの消失または機器の故障もしくは損傷その他本サービスに関してサービス利用者が被った損害(以下「サービス利用者損害」といいます)について、当社は賠償する責任を一切負いません。2.サービス利用者はご自身のすべてのコンテンツを維持、バックアップおよび保護する責任を負うものとします。サービス利用者のコンテンツの維持、バックアップおよび復元にかかる費用について、当社は一切責任を負いません。3.サービス利用者と当社の本サービスの利用に関する契約が消費者契約法に定める消費者契約に該当し、当社が責任を負う場合であっても、当社は、サービス利用者の損害につき、過去12ヶ月間にサービス利用者が当社に支払った対価の金額を超えて賠償する責任を負わないものとします。また、付随的損害、間接損害、特別損害、将来の損害および逸失利益にかかる損害については、賠償する責任を負いません。4.当社は、本サービスがサービス利用者の特定の目的に適合すること、期待する機能・商品的価値・正確性・有用性を有すること、サービス利用者による本サービスの利用がサービス利用者に適用される法令または業界団体の内部規則等に適合すること、および不具合が生じないことについて、何ら保証するものではありません。5.本サービスに関連してサービス利用者と他のサービス利用者または第三者との間において生じた取引、連絡、紛争等については、当社は一切責任を負いません。第11条(準拠法および管轄)本規約の準拠法は日本法とし、東京地方裁判所を第一審の専属合意管轄裁判所とします。第12条(本規約の変更等)当社は、本規約を変更できるものとします。当社は、本規約を変更した場合には、サービス利用者に当該変更内容を通知または公表するものとします。当該変更内容の通知または公表後、サービス利用者が本サービスを利用した場合には、サービス利用者は、本規約の変更に同意したものとみなします。2025年(令和7年)1月1日制定・施行

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メンタル不調の休職者、「復職させてもよいのでしょうか?」【実践!産業医のしごと】

メンタル不調の休職者、「復職させてもよいのでしょうか?」Qメンタルヘルス不調で休職中のAさんが復職を希望していますが、面談すると実際には体調が回復していないように見えます。休職期間はまだ十分に残っています。このような場合、復職を認める必要があるでしょうか? また、同様にメンタルヘルス不調で休職中のBさんが、休職期間満了時に復職を希望した場合はどうでしょうか?A1. 復職判断の基本的な考え方復職の可否を判断する際の核心は「治癒」の有無です。裁判例などで使用される「治癒」とは、医療者がイメージする治癒とは異なり、「元の業務を通常程度こなせる健康状態に戻ること」を意味します。一般的な私傷病休職制度では、休職期間内に「治癒」すれば復職可能ですが、期間満了までに「治癒」しなければ自然退職または解雇となります。2. 休職期間途中での復職申請(Aさんのケース)休職中のAさんが期間途中で復職を希望する場合の対応方法を考えてみましょう。通常、復職希望者は主治医による「復職可能」との診断書を提出します。しかし、復職可否の決定権は最終的に会社側にあります。診断書をそのまま受け入れるのではなく、内容を検討し、不明点があれば主治医と面談したり、産業医を通じて状況を確認したりすることも重要です。これらの確認後、確かに「治癒」したと判断できれば復職を認めます。しかし、合理的な疑念が残る場合は慎重に判断すべきです。一方で、不十分な回復のまま復職させることで会社側にも以下のようなリスクが生じます。不完全な業務遂行によって、職場に負担が生じる。回復途上で復職することで、復職した社員に負担が掛かり、症状が再発・悪化する。再休職の必要性が生じる。会社の安全配慮義務違反が問われる。したがって、休職期間途中の復職判断では「治癒」したかを適切に評価し、疑問点がある場合は残りの休職期間を活用して十分な回復を促すことが必要となります。3. 休職期間満了時の復職判断(Bさんのケース)Bさんのように休職期間満了時に復職を希望する場合も、基本的な判断基準は変わりません。主治医との連携や産業医を通じた情報収集、関係者による面談などを通じて「治癒」状態を確認します。ただし、期間中の復職拒否と満了時の復職拒否では、社員への影響が大きく異なります。期間中であれば休職期間が残されていますが、満了時に復職できなければ自然退職または解雇となります。そのため、会社側は休職期間満了時に復職を認めない判断をする場合、期間途中の場合よりも大きなリスクに直面します。過去には、休職期間満了時に従前の職務を支障なく行える状態になくても、「当初は軽易業務に就かせればほどなく通常業務へ復帰できる場合に、短期の復帰準備期間を提供するなどの配慮」を雇用者に求めた判例もあります。この点を考慮し、実務上は「治癒」について若干の疑問が残る場合でも、解雇による紛争を避けるため、復職を認めるケースもあります。4. 結論休職中の社員から復職希望があった場合、会社は「治癒」の有無を慎重に判断する必要があります。Aさんのような休職期間途中のケースでは「治癒」していないと判断されれば復職を認めず、残りの休職期間の取得を促すことは妥当な判断です。一方で、Bさんのような休職期間満了時のケースでは、同じ基準で「治癒」を判断しつつも、復職不可が雇用終了につながる重大性を考慮する必要があります。そのため、完全に「治癒」していなくても、程なく通常業務へ復帰できることが見込める場合は、紛争リスクを勘案して復職を認めるケースもあるでしょう。どちらの場合も、主治医の診断書だけに依存せず、会社として多角的な評価を行い、責任ある判断をすることが重要です。その際、医学的知見と職場環境の両方を理解している立場から、産業医の存在は重要です。難しい判断が求められる場合には、産業医の専門的見解が会社の意思決定を支え、法的リスクの軽減にも寄与します。会社は復職判断の各段階で産業医と緊密に連携し、活用することが望ましいでしょう。

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第259回 トランプ関税で2026年度診療報酬改定の財源確保に暗雲?国内では消費税率の減税論もくすぶり、医療費削減圧力はさらに増大の予感

米国が中国に課す追加関税は累計145%、中国が米国に課す報復関税は125%こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。米国のトランプ大統領が4月2日に発表した全世界を対象とした相互関税が世界経済を大混乱に陥れています。株や債券で財産を運用している方々は、一喜一憂の毎日ではないでしょうか。原則すべての国に課せられる10%の基本税率は4月5日に、国ごとの上乗せ税率は4月9日にそれぞれ発動しました。日本は24%の税率になりましたが、トランプ大統領は発動からわずか13時間後、相互関税の措置を「報復措置を取っていない国については90日間停止する」と発表しました。相互関税の停止期間中、各国に課す関税率は10%のままで、上乗せ税率を今後どうするかについては国ごとに交渉が進められることになります。というわけで、当面、日本には10%の関税が課せられます。なお、自動車に課せられる追加関税25%(合計27.5%)は4月3日に発動しています。一方、トランプ大統領は「報復措置」をとった中国には追加関税を125%に引き上げると発表、両国の間の関税の応酬はさらに激しさを増しています。4月15日現在、米国が中国に課す追加関税は累計145%、中国が米国に課す報復関税は125%です。もはや何が何やらわかりません。相互関税の税率を決める上で考慮されたという「非関税障壁」とは当初、医薬品には関税がかけられないことになっており、日本の医薬品業界はとりあえず胸をなでおろしたようです。しかし、米国のバイオ産業専門誌などによると、トランプ大統領は先週、「大規模な医薬品関税を近いうちに導入する」と発言、4月14日にも「さほど遠くない」将来、輸入医薬品に関税を課す計画であると改めて表明しています。先はまったく読めません。ちなみに、現在、医薬品に関税はありません。世界貿易機関 (WTO)の前身に当たる関税及び貿易に関する一般協定(GATT)において1994年に決定、その方針が継続しているからです。米国の医薬品は中国など他国からの供給にその多くを依存しています。関税によって輸入を制限し、国内での製造拡大を目指す計画のようです。しかし、ものはおもちゃではなく薬です。製薬工場を作って稼働させることが一朝一夕にできるのでしょうか。仮に医薬品に高い関税がかけられた場合、米国内での薬の供給も心配です。というわけで、とりあえず日本の医療界に直接の影響はないように見えますが、いえいえ、そんなことはありません。気になるのは、相互関税の税率を決める上で考慮されたという「非関税障壁」です。非関税障壁は、関税以外の要因によって貿易の自由な流れを妨げる障壁や制約のことで、「輸出をしやすくするための為替操作」「輸出を促進するための政府の補助金」「不当に安い価格で販売するダンピング」「科学的な根拠に基づかない検疫の基準」などがそれにあたるとされます。今回、米国はそれらを計算し、日本は米国に対して46%の関税を課していることに相当するとしました。ちなみに、4月10日付の日本経済新聞の経済コラム「大機小機」は「相互関税の税率の算定では、国ごとに米国の貿易赤字額を輸入額で割り、その数値を2で割ったものを用いたようだ。理論的な根拠が不明の非常識な数字」と書いています。米通商代表部、日本の非関税障壁の1つとして「医療機器や医薬品」に言及「理論的な根拠が不明」であることはさておいて、46%の関税を課していることに相当する「非関税障壁」として米国は、コメ、小麦、豚肉、サバ・イワシ、自動車、自動車充電施設などと共に「医療機器や医薬品」を挙げています。トランプ大統領が相互関税の税率を発表する直前の3月31日、米国の通商政策全般を担当する米通商代表部(USTR)が「外国貿易障壁報告書(National Trade Estimate Report on Foreign Trade Barriers)」を発表しました。その中で、日本の非関税障壁の1つとして「医療機器や医薬品」に言及しています。同報告書は毎年春に発表されているものですが、4月3日付の日本経済新聞によれば本年版は「日本の関税や非関税障壁について11ページにわたって詳述した。(中略)日本のページは24年から1ページ増えた」とのことです。同報告書は、2018年度の薬価制度改革で新薬創出加算の対象品目が減少したことや、2025年度の薬価の中間年改定がパブリックコメントなしに発表されたことなどを指摘、「米国は、日本の薬価制度やバイオ医薬品および医療機器産業にとって重要な他の政策について、より頻繁で意味のある意見を提供する機会の不足を懸念している。米国は日本が薬価制度に関連するいかなる措置を策定する際にも、米国の利害関係者を含むすべての利害関係者の意見を募集し、考慮すること、および新たな政策や措置の現在および将来について透明なプロセスを遵守することを引き続き要求する」と、米国の製薬企業等の意向をしっかりと汲んで政策決定を行うよう強く要望しています。本連載の「第251回 “タカる”厚生労働省(前編)『課税のような形で製薬企業に拠出義務』の創薬支援基金(仮称)構想、最終的に財源は国費と『任意』の寄付で決着」でも、昨年末に米国研究製薬工業協会(PhRMA)と欧州製薬団体連合会(EFPIA)が突然共同声明を出し、「岸田政権は、日本のエコシステムを回復し、ドラッグ・ロスを防止するための重要な第一歩を踏み出した」ものの、石破政権になってからの方針転換で2025年度中間年改定において革新的医薬品の薬価引下げのルールが拡大、「予期せぬ決定により、企業の中には、10年以上前から長らく策定してきた綿密な投資回収計画の見直しを迫られ、数百億円もの損失を被る可能性がある」と中間年改定の政策を強く批判したことについて書きました。そのPhRMAは、トランプ関税発表直後の4月8日に都内で定例記者会見を開いています。日本経済新聞などの報道によれば、その記者会見において米イーライ・リリー日本法人社長兼PhRMA在日執行委員会委員長のシモーネ・トムセン氏は「医薬品は米国にとって第2位の輸出部門だ。米国の対日貿易赤字680億ドルの一部は日本のネガティブな薬価制度によってもたらされている」と指摘、日米間の貿易を巡る協議に薬価制度改革が議題に上がるよう期待したとのことです。診療報酬財源の捻出法も税率低減のためのカードに使われれば改定の財源確保に多大な影響彼らの言い分にも一理あるでしょう。日本では診療報酬改定の度に薬価が切り下げられ、その財源を診療報酬の引き上げ分に充当してきました。中間年改定もその目的は医療費削減であり、頻繁な制度変更による製薬企業の投資意欲減退、革的新薬の開発意欲減退など、さまざまな問題点が内外の製薬企業等から指摘されています(ちなみに立憲民主党と国民民主党は、今国会に「中間年改定廃止法案」を提出しています)。今後、トランプ関税に対し日本は、赤沢 亮正経済再生大臣と林 芳正官房長官をトップとするタスクフォースが米国と税率軽減に向けた交渉を進めるとしています。当然、非関税障壁とされた薬価改定や薬事規制も議題に挙がるでしょう。仮に薬価改定による診療報酬財源の捻出法も税率低減のためのカードに使われることになれば、来年以降の診療報酬改定の財源確保に大きな影響が出ることになります。くすぶり始めた消費税の引き下げ論一方、物価高やトランプ関税などを背景に、野党のみならず与党においても「消費税減税」の議論が始まりそうな気配です。4月12日付の日本経済新聞朝刊は、「自公、くすぶる消費減税論」という記事を掲載、「夏の参院選をにらみ、与党で消費税の引き下げ論がくすぶっている。物価高対策として食料品を対象として減税する意見が出る」と書いています。消費税は医療費も含む社会保障のための重要な財源です。安易に減税すれば社会保障全体に影響が出ることは必至です。同記事は「税率を下げた場合、代替財源を捻出できないと赤字国債の増発につながる。このため自民党執行部は消費税の減税への慎重論が根強い」と書いていますが、石破 茂首相自身が減税に含みを持たせた発言をしたり否定したりと、相当考えがブレているようです。わずか1ヵ月前、本連載の「第253回 石破首相・高額療養費に対する答弁大炎上で、制度見直しの“見直し”検討へ……。いよいよ始まる医療費大削減に向けたロシアン・ルーレット」、「第254回 またまた厚労省の見通しの甘さ露呈?高額療養費制度、8月予定の患者負担上限額の引き上げも見送り、政省令改正で済むため患者団体の声も聞かず拙速に進めてジ・エンド」で、「医療費大削減に向けたロシアン・ルーレットはますます混迷の度合いを増した」と書きましたが、これまでの要素にトランプ関税、消費税減税も加わったことで、弾倉に込められる弾は1発や2発では済まない状況になってきたようです。

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第257回 フジの中居問題を医療者も教訓にしたい、組織内でのコンプラ対応

ここ数日はテレビをつければ、トランプ関税のニュースが大半を占めている。そして1週間ほど前、国内はあるニュースで埋め尽くされた。フジ・メディア・ホールディングスとフジテレビが公表した、フジテレビ女性社員が元SMAPの中居 正広氏から受けた性暴力に関する第三者委員会(以下、同委員会)報告書に関する報道である。同委員会の委員となった弁護士の方々には相当強いプレッシャーがあっただろうと思う。世間が注目していた事件だけに、中途半端な結果を出せば、委員各人までもが世間から批判の嵐にさらされることが必定だったからだ。正直、この手の同委員会報告書は多くの場合、尻切れトンボのようなものであることが多い。しかし、今回公表された報告書は、資料まで含めれば実に400ページ弱という膨大な内容である。一応、私も全文を通読したが、同委員会はデジタルフォレンジック*を駆使しながらも、短期間でよくここまで調査したものだと驚いた。実際には同委員会の弁護士3人以外に総勢23人もの弁護士が調査担当として加わっており、その注力ぶりがうかがえる。*コンピューターやスマートフォンなどの電子機器に残された情報を収集・解析し、証拠を保全・分析する技術中身を報道で知っている人は多いだろうが、必ずしも報告書の全文を読んだ人ばかりでもないだろう。この報告書は何らかの形で精神を病んでしまった人に対する組織の対応に関する教訓にあふれている。その意味では、組織に所属する人にとって他人事ではないはずである。そこで今回、あえてこの内容を取り上げたいと思う。ただ、その内容は膨大なことから2回にわけてお届けする。中居氏が守秘義務解除を拒否、報告書へ被害状況は記載されずまず、報告書では今回の事案の性暴力の様態については記載がされていない。これは中居氏と被害者Aさんとの間で示談が成立し、その部分には守秘義務が課されているからである。もっとも同委員会は、調査に当たって両者に守秘義務解除を打診し、Aさん側は全面解除に応じたが、中居氏側が応じなかったため、被害の詳細な実態はわかっていない。ただ、Aさんが被害を訴えたフジテレビ社員などからのヒアリングから、同委員会は今回の事案に関してAさんが性暴力に遭ったと認定している。もっとも前述のようにかなり綿密に行われた調査ゆえに、Aさんのその後の症状やその後のフジテレビ社内の対応は生々しすぎるほど明らかにされている。以下はその後のAさんの状況を概説する。なお、フジ・メディア・ホールディングスとフジテレビの取締役、中居氏以外は同報告書で記載されていた仮名を用いることとする。被害の大筋、本件から見える課題被害発生から4日後の2023年6月6日、Aさんはフジテレビの健康相談室のC医師に電話し、泣きながら被害発生日以降の不眠などを訴え、C医師は同日午後に健康相談室の心療内科医D医師の診察を予約。AさんはC医師とD医師に対し、中居氏から受けた被害内容とその後の心身の状況について話をした。Aさんは不眠、食欲不振、身体のふらつきなどの症状を訴え、次のように語ったという。「前の自分に戻れない気がする」「みんな生きている世界と自分に大きな隔たりがあって、もう戻れない」「(事件の時に)食べていたものや流れていた音楽を聞くと辛い」「(ニュースを読んでいる際に亡くなった人の名前を読んで)私が代わりに死ねばよかったと思った」これに対しD医師は急性ストレス反応と診断。症状軽減のため治療薬を処方した。Aさんは業務継続の意向であり、C医師とD医師が弁護士への相談をAさんと検討しようとしたが、本人は精神的に非常に混乱しており、そうした判断が困難な状態だったという。また、この同日、アナウンス室長のE氏がデスクで突っ伏していたAさんに気付いて声をかけたところ、涙を流し始めたので個室に移動して面談。そこでE氏はAさんが中居氏から性暴力を受けた旨の報告を受けた。E氏はAさんに女性管理職F氏にも相談するよう伝えるとともに、事前にF氏にAさんの相談概略を伝達。翌6月7日にAさんはF氏にも被害を相談した。F氏との面談の際、Aさんは中居氏との共演は可能である旨を伝えていたが、混乱状態での話だったため、F氏は「今後何か心変わりがあれば言ってほしい」と伝えている。さらに6月8日には健康相談室のC医師から連絡があり、E氏、F氏がAさんの状況について情報を共有した。それによると、これまで各氏に対してAさんが語った内容はほぼ同じ内容だったという。以下に箇条書きする。「誰にも知られたくない」「知られたら生きていけない」「自分は元の自分に戻れない」「もう幸せになれない」「仕事も変わりなくやっていきたい、こんなことで自分の人生ダメにしたくない」「(中居氏から被害があった日の食事である)鍋の食材をスーパーで見ることができない、まったく食べられない」「(中居氏との共演は)かまわない。負けたくない」中居氏との共演に関する発言は、性暴力を受けて大きな混乱にある中でもなお泣き寝入りはしたくないということなのだろう。あまりにも痛々しい。また、この相談は過呼吸・号泣しながらの相談で心身の状況が悪いことなども共有された。この時の3氏の面談結果を受けたフジテレビのアナウンス室は▽本事案を誰かに共有する際にはAさんに確認する▽Aさんが非常に精神的に不安定なため、そのケアを最優先にする▽番組出演についてもアナウンス室の判断で勝手に取りやめさせない▽業務継続か休務かは必ず医師に相談し、医師の所見をもとに判断するとの対応方針を決めた。F氏はAさんと相談の上で、2023年6月10日頃まで番組に出演し、翌週から1週間は「体調不良」で休務することを決定。その後、一旦業務に復帰した。しかし、F氏のもとにはほかのアナウンサーからAさんについて、手の震え、歩くのもふらつく様子があると報告され、同時期に健康相談室を訪れたAさんはC医師・D医師に「食べられない」「ふらふらしている」「仕事中も手が震える」「力が入らない」「眠れない」「(被害時の)食材を見たくない・食べたくない」「身体も痛い」などと訴えた。C医師とD医師は、Aさんがかなり痩せて食欲不振も激しい状態だったため、即入院が必要と判断。すぐに都内の病院への入院調整を行い、病床が空いていた消化器内科にまず入院して精神科医師の併診とする治療体制とし、精神科のベッドに空きが出た時点で転科することが取り決められた。入院時の病院宛ての「紹介・診療情報提供書」には、傷病名を「うつ状態、食思不振」と記載され、「仕事関係者からのハラスメントによる」とも付記された。結局、当初のこの事件の情報共有範囲はAさんの意向に沿って、E氏、F氏、C医師、D医師の4名に限定されていた。しかし、Aさんの入院長期化が予想されたことなどから、2023年7月中旬にF氏がE氏に対して経営上層部への報告を要望。E氏は編成制作担当取締役、編成制作局長G氏、人事局長H氏に本事案を報告する予定であるともにAさんとの連絡窓口をF氏に一本化したい旨を伝え、実際、以後のAさんとのコミュニケーションはF氏に委ねられた。そしてE氏からはG氏、H氏への報告が行われたが、両氏ともこの件を「プライベートの問題」と認識したと報告書には記載されている。報告書では両氏にはE氏から具体的な性暴力の内容まで報告された記載がある。ちなみにG氏に関しては、「プライベートな問題」と判断した理由について、Aさんが中居氏所有のマンションで2人で会ったこと、これまでもタレントと女性アナウンサーが交際・結婚した事例もあったからと述べている。一方で、心身の状態が悪化し入院に至っているため混乱したともヒアリングに回答している。この辺はE氏の説明の仕方に起因するのか、G氏の思考に起因するのかはわからない。ただ、H氏は同委員会に対して「社員に対する安全配慮義務の問題として捉えるべきであると判断した」旨も述べている。ちなみに、この段階ではG氏の判断で役員やコンプライアンス推進室へは報告されていない。というか、すでに報道などでもご存じのように、コンプライアンス推進室へはまったく報告がされなかった。G氏は、役員へすぐ報告しなかったこと、コンプライアンス推進室への報告をしなかったことについて、「Aさんが誰にも言わないでほしいと哀願している」「コンプラにいる人間がそれを聞いて情報拡散しないか不安に思った」「フジは情報が漏れやすい会社である」「女性アナウンサーは社内からどう見られるか気にしている」などの理由を挙げている。このように、Aさんが言っていたとされる「誰にも言わないでほしい」を当事者たちが都合よく解釈しているように映るのも気になる点である。この場合、より突っ込んでAさんの真意を解釈するならば、「自分に関して何らかの責任ある判断とそれに基づく決定ができるわけでもない、単なる興味本位の人に共有をしないでほしい」ということではないだろうか。ちなみにG氏、H氏への報告が、当初アナウンス室が決めた「本事案を誰かに共有する際にはAさんに確認する」の手続きを踏んでいたかは報告書を読む限りは不明だが、これ自体はG氏やH氏の職責やAさんの事件の重大性などを考えれば、たとえ事前許諾を得ていなかったとしても、大きな問題ではないと私個人は考えている。結局、6人も対応に関与していたのにさて、ここまでが途中経過だが、これだけでもメンタルの異常が強く疑われる社員、しかも性暴力被害者への対応としては、かなり問題ありの点が多々うかがえる。登場するE氏には被害に遭ったAさんのことをかなり心配して慎重に対応していることがうかがえる。しかし、報告書でも指摘されていることだが、まず問題なのは入院に至る重篤な心身状況にあるAさんへの対応窓口をメンタルケアの専門家ではないF氏に一任したことである。E氏はおそらく「同じ女性だから」という意味で良かれと思ってそのような判断をしたのだろう。しかし、一般人はメンタルが異常をきたしている相手にやってはいけない「過剰な励ましや前向きの強要」「感情の否定や軽視」を悪気なくやってしまいがちである。つまるところF氏の采配次第で、Aさんのメンタル状況が大きく左右されることになる。もし窓口を一本化するならばC医師あるいはD医師である。実際、Aさんは真っ先に自分から健康相談室にコンタクトを取り、性被害について自らC医師やD医師に話しているのだから、窓口の役目としてF氏よりも明らかに適任といえる。また、報告書でも指摘されているが、当然ながらF氏に大きな精神的負担が生じる結果となっている。しかも、それに対するフォローアップは報告書を見る限り、皆無である。前述のようにE氏からG氏、H氏の報告の際、両氏は当初「プライベートな問題」と認識したと同委員会に回答しているが、一定以上の権限を持つこの両氏への報告の際は、欲を言えば、E氏がC医師、D医師に同席を求めるのが望ましい姿だ。ちなみに報告書の記載では両医師ともAさんとの最初の面談時点で性暴力を受けたとの認識で一致しており、これまでのAさんの病状も含め、E氏やF氏よりもより正確な情報を持っている。正直、この辺からメンタルに問題を抱える人への対応としては、ボタンの掛け違いが始まっているようにさえ思える。この上にさらに情報が上がると、ボタンの掛け違いどころか冬服と夏服の取り違えくらいの様相になるのだが…。そこは次回に触れたいと思う。

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軽度認知障害の再考:MCIの時期までにやっておくべきこと【外来で役立つ!認知症Topics】第28回

MCIの現代的な意義誰しも加齢とともに物忘れをしやすくなるから、どこまでが生理現象でどこからが認知症なのかという問いは、ずっと以前からある。1962年にV. A. Kralが提唱した「良性健忘」と「悪性健忘」という概念は、このような疑問への初期の回答としてよく知られている。この後、軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment:MCI)が1990年代からRonald C. Petersenの定義を軸に着実に世界に浸透した。このMCIとは「認知症とはいえないが、記憶が悪くて日常生活に多少の障害があるのだが、なんとか自立しているレベル」を意味する。MCIの意義は、アルツハイマー病(AD)の早期発見と、当事者およびその介護者が将来への生活設計をする起点にあったと思う。またこの頃からADの新薬開発が加速し始め、そのターゲットとしてMCIが注目されるようになった。そして新薬はADになってからでは遅いとされ、このMCIが新薬の主たるターゲットになってきた。そしてレカネマブやドナネマブの登場により、MCIの意義が確かになった。とはいえ、従来のAD治療薬の効果が「天井から目薬」なら、筆者の実感ではこれらの薬の効果は「50センチ上から目薬」である。だから残念ながら、「早期発見」と「生活設計」が持つ意義は廃っていない。10年間で日本のMCIが1.4倍も増加さてMCI の予後に関しては、メタアナリシスで、4年で半分の人が認知症に進行することがほぼ定着している。一方で26%の人が、正常に戻ることも報告されている。わが国の認知症・MCIの疫学調査1)は、2012年と2022年に行われている。両時点の高齢者人口は3,079万人と3,603万人である。その結果概要として、認知症が462万人から443万に減少している。ところがMCIは400万人から559万人と、1.4倍も増加しているのである。画像を拡大する図. 認知症および軽度認知障害の有病率の推移(資料1より)この背景について、2つの私的推察をしてみた。まず前向きに捉えると、近年の欧米の報告と同様に、血管要因をはじめとする認知症の危険因子へ対応する人が増えてきたので認知症にはならずに、MCIでとどまる人が増えた可能性がある。つまり従来のMCI者は「4年で」半数が認知症になったのが、「5年、6年で」と変わったのかもしれない。反対も考えられる。2012年時点で認知症者の8割は80歳以上であった。Lancet誌のメタアナリシス2)によれば、認知症者は診断確定後の平均余命は5年前後である。すると2012~22年の10年間に2012年当時の認知症者の少なからぬ者が亡くなった可能性が高い。そうした死亡者数が新たに認知症になった人数より多かったから、2022年に認知症者は減少したのかもしれない。一方で2012~22年は、戦後のベビーブーマー世代が老年期に達し、さらに後期高齢者になった時代である。とすると、人数が多いこの世代におけるMCIの発生がMCI全体の数を増やしたとしても不思議でない。「太陽と死は直視できない」――エンディングノートを書けない理由ところで以前、本連載に「未来への連絡帳」くらいには言い換えて欲しいと書いたように「エンディングノート」の名は気を滅入らせる。リビングウィルに詳しい人と、その記述とMCIの関係を話し合ったことがある。エンディングノートは近年の隠れたベストセラーで、とくに敬老の日の前後は、多くの書店で山積みにされる。多くの人はこれを買っても最後まで書けないから、毎年9月になるとその売り上げは急増するのでベストセラーであり続ける由。ところでエンディングノートの難所は、介護の場、終末期医療、財産相続、そして葬儀関連の4つにあるそうだ。そしてなぜ書けないか?の「あるあるの理由」も知られる。「介護の場」では、在宅(家族)介護から施設介護にシフトすべき基準がわからないが最多だそうだ。「終末期医療」では延命治療の基本的なことも知らないし、子供たちに負担をかけたくないこと。財産相続では、子供たちが「争族」になったら困るので、財産の分け方を決めかねること。そして「葬儀関連」では、死に対する心理的抵抗が強くて考えられないとの由。要は「太陽と(自分の)死は直視できない」(ラ・ロシュフコー)ということか? だから「まあ何とかなるだろう。子供たちがどうにかやってくれるだろう」が多数派となる。「未来への連絡帳」に書き込めるのはMCIの時期までしかし認知症臨床の場では、当事者がターミナルに至った時に、また亡くなった後に、皆が困る事態に至る例が少なくない。エンディングノート(未来への連絡帳)を完成させるには、意思能力や合理的な判断能力が必要である。平たく言えば、精神活動の3要素とされる「知情意」(知は知能、情は情操、意は意志)がそろって健全でなくてはならない。しかし加齢と共に知のみならず、情・意のほころびも多くの人に忍び寄ってくる。「情」なら、腹立ち・イライラしやすくなる、お追従に弱くなりがちだ。「意」では、三日坊主、面倒臭いからやめておこう、といった具合である。私的な経験ながら、健全な情意の維持は、MCI期に至ると怪しくなると思う。だから「未来への連絡帳」に書き込めるのはMCIの時期までと意識したい。筆者自身も筆が止まる箇所がある。全部でなく「書けることは書いておく」だけでもいい。また書けない事項については、なぜそうかの箇条書きがあるだけでも、後に思いがけず役立つかもしれない。参考1)厚生労働省.認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計. 2)Liang CS, et al. Mortality rates in Alzheimer's disease and non-Alzheimer's dementias: a systematic review and meta-analysis. Lancet Healthy Longev. 2021;2:e479-e488.

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第6回 アルツハイマー病遠隔診療の可能性と落とし穴

米国の大手製薬企業イーライリリー(以下、リリー)が、アルツハイマー病患者を遠隔診療の医師につなぐ新たな取り組みを始めたことが報じられました1)。これは、従来から糖尿病や肥満などの疾患を対象にリリーが提供してきた患者向けプラットフォーム「LillyDirect」の一環として行われるもので、同社が販売している薬の服用機会を促すD to C(Direct-to-Consumer)のアプローチともいえます。ただし、今回のアルツハイマー病の場合には、実際に点滴を行う医療機関に患者を紹介する形をとっていて、患者本人がウェブ上で直接処方薬を購入する仕組みにはなっていません。しかし、リリーがアルツハイマー病の新薬ドナネマブをはじめとする治療薬を持つことから、患者との接点を増やし、診断から治療への流れを後押しする目的があるとみられています。この新しい取り組みでは、患者がアルツハイマー病専門の神経内科医に遠隔で診断を受けられる体制が注目されています。とくに地方や遠隔地に住む高齢者にとっては、通院負担の軽減というメリットが考えられる一方、老年科専門医の視点からは複数の懸念もあります。以下に、その要点を整理していきます。遠隔診療での早期診断と治療選択の可能性今回リリーが提携したのは、遠隔で神経内科医とつなぎ、必要に応じて脳の画像検査(MRIやPETなど)の手配、さらに点滴治療が可能な医療機関を紹介する企業「Synapticure」です。昨今早期診断が重視されるアルツハイマー病において、専門医が不足する地域でも、患者が遠隔で診療にアクセスできることは一定の意義があるでしょう。とくに新規抗アミロイド薬(脳内アミロイド斑を標的とする薬剤)は、早期の患者さんでの効果が示唆されていて、こうした治療機会に迅速につなげる意義は、否定はできません。また、Synapticure側も「遠隔診療での認知機能評価」「遺伝子検査(APOE4の有無など)」「点滴センターの紹介」を一元的にサポートすることを強調していて、患者家族の負担軽減や、専門医へのアクセスが困難な地域の課題解決を目指しています。すでに糖尿病や肥満などの領域で同プラットフォームが実績を積んでいることもあり、技術的な面や運用面での利便性が高いと期待されています。老年科専門医から見た遠隔診療の懸念一方、老年科専門医の立場からは、このニュースに関連していくつかの懸念を指摘できます。1)診断の複雑さまず、アルツハイマー病の診断には、長時間にわたる問診や認知機能検査、家族からの聞き取り、脳の画像検査、血液検査など多角的なアプローチが求められます。とりわけ高齢者の場合、合併症(心不全や腎機能低下、うつ病など)が認知機能に影響を与えることもあり、短時間のオンライン診療だけでは十分な評価が難しい場合が多いと思います。そのような点はどうカバーされるのでしょうか。遠隔でも専門医が対応するとはいえ、実際に対面での総合的な評価が必要になる場面は多いのではないかと考えられます。2)治療薬のリスク管理リリーを含め最近承認された抗アミロイド薬には、脳浮腫や脳出血などの副作用リスクが指摘されています。とくにAPOE4という遺伝子を持つ患者ではリスクが高まる可能性があり、投与後の定期的なMRIによるモニタリングや症状観察が欠かせません。遠隔診療で治療を開始する流れが加速すると、十分な副作用管理体制が整わないまま投薬が行われる懸念があります。3)利害関係の不透明さ患者がリリーの運営するプラットフォームを通じて専門医にアクセスし、最終的にリリーの薬を使用する流れが生じると、患者側としては「その治療選択が本当に中立的なのか」不安を覚えるかもしれません。会社側は「処方行為に対するインセンティブはない」と説明していますが、遠隔診療業者にとって製薬企業との連携が宣伝効果を高める構造的インセンティブが否定できない以上、処方バイアスのリスクはないとは言えないでしょう。これは大きな懸念点です。4)緊急対応や長期フォローの問題アルツハイマー病は長期的な経過観察が重要で、緊急時には認知症状以外の内科的問題や精神行動症状への対処も必要となります。遠隔で専門医にアクセスできるメリットはあるものの、高齢者の多様な問題に総合的に対応するには地域の医療・介護リソースとの連携が欠かせません。こうしたフォローアップの体制が不十分なまま遠隔診療が進むと、患者・家族の緊急時の混乱を増やす恐れもあります。今後の展開に注視をリリーの取り組みは、アルツハイマー病の早期発見・早期治療を支援するという一定の意義がある一方で、「複雑な認知症診療をどこまでオンラインでカバーできるか」「薬剤のリスク管理は十分か」「利益相反の透明性をどう担保するか」といった懸念もあります。遠隔医療の普及は、地域格差の是正や受診機会の拡大に貢献する期待がある反面、高齢者の多面的な健康問題や治療のリスクを考慮すると、そのリスクにもしっかりと目を向ける必要があるでしょうし、対面診療とのハイブリッド型のフォロー体制が不可欠でしょう。まして当該薬の効果が劇的なものではないと知られている中、ただ製薬会社や遠隔診療企業が利益を得るための過剰治療が行われるような構図にならないことを願うばかりです。また、こうした構図は将来的に日本でも構築される可能性があり、そうした意味でも注視していくべきプラットフォームではないかと思います。参考文献・参考サイト1)Chen E, et al. In a first, Eli Lilly to connect patients to telehealth providers of Alzheimer’s care. STAT. 2025 Mar 27.

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第258回 フジテレビ第三者委員会報告書が指摘・批判する、年配男性中心の「オールドボーイズクラブ」の弊害は医療の世界でも

フジテレビ第三者委員会調査報告書、トランプ関税、任天堂「Nintendo Switch 2」こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。先週はたくさんの大きな出来事がありました。本連載でも何度か書いてきたフジテレビの一連の問題について、第三者委員会(委員長・竹内 朗弁護士)が調査報告書を3月31日に公表、4月2日にはトランプ米大統領が全世界を対象にした相互関税を発表しました。さらに同日、任天堂が「Nintendo Switch 2」の仕様と発売日を発表しました。どれも日本の医療とは関係なさそうですが、いえいえ、そんなことはありません(Switch 2は当面は無関係かもしれませんが)。ということで今回は、フジテレビの第三者委員会調査報告書について、教訓とするべきポイントや特に興味深かった内容について書いてみたいと思います。中居氏の性暴力を認定、2人だけの食事会は「業務の延長線上」フジテレビの第三者委員会調査報告書の公表版は別紙含め実に300ページ超に及びます1)。報告書は、元アナウンサーだった女性が中居 正広氏から「性暴力を受けた」と認定、週刊文春などの報道にあった2人だけの食事会は「業務の延長線上」にあったとしました。そして、対応に当たった当時の港 浩一社長ら経営幹部について、性暴力への理解を欠いており、被害者救済の視点を欠いていたとしました。1月に開かれた記者会見で、中居氏の番組を漫然と継続していたことについて港社長は「番組を突然中止すると被害者に刺激となるので中止しなかった」と意味不明な理由を述べていましたが、第三者委員会は「これらの対応は間違いだった」と断定、女性を番組から降板させたことなども含めて「二次加害行為にあたる」としました。報告書はさらに、役職員に対するアンケートや、専用ホットラインを用いた調査などから、全社的にハラスメントが蔓延していたと指摘、「性別・年齢・容姿」を理由に呼ばれる業務の延長線上の会合が恒常的に存在し、そうした場で性暴力やハラスメントに遭う例が多数あったとしています。第三者委員会の報告書が公開された翌日の4月3日には、放送事業者の監督官庁である総務省は「今回の事態は放送事業者による自主・自律を基本とする放送法の枠組みを揺るがすもので、放送法の目的に照らし極めて遺憾」などとしてフジテレビと親会社のフジ・メディア・ホールディングスに対して「厳重注意」の行政指導を行いました。放送局の人権やコンプライアンスへの対応を問題視した行政指導は異例のことだそうです。さらに4月4日には、事件当時フジテレビ専務で、その後系列局の関西テレビ(大阪市)の社長となっていた大多 亮社長が辞任を発表しています。大多氏は中居氏の性暴力が発覚した当初、港社長、編成制作局長とともに最初の対応を協議した一人で、この3人が中居氏の性暴力を「プライベートな男女間のトラブル」と即断したことについて、報告書は「リスク認識・評価を誤り、会社の危機管理としての対処をしなかった」と断じています。「BSフジLIVE プライムニュース」のキャスターの過去のハラスメントも公表この報告書の注目点の一つは、中居氏の事案だけでなく、複数の「重要な社内ハラスメント事案」についても赤裸々にその事実を公にしたことです。その一つがBSフジ「BSフジLIVE プライムニュース」のキャスターを務めているフジテレビ報道局の反町 理解説委員長の事案です。2006〜07年頃、反町氏は報道局の後輩女性社員2人に対し、それぞれ1対1の食事に誘ったり、プライベートの写真を送るよう求めたりしていました。その後、女性社員が反町氏からの誘いを断るようになると、業務上必要なメモを共有しなかったり、不当な叱責を部内全体に送信したり、威圧的な態度を取ったりしたとのことです。この事案は、2018年に週刊文春でも記事となっていますが、フジテレビは当時の記者会見で「事実無根」として否定していました。先週、3月31日の第三者委員会の記者会見でも竹内弁護士はこの事案を敢えて口頭で紹介、当事者について「その後、役員になっています」とコメントしました。記者会見では実名は明かされませんでしたが、報告書(公表版)の150ページ以降に、「反町 理氏」の事案として約9ページに渡って克明に記述されています。報告書は、ハラスメントがあってもまともに社内で調査されず、当事者に処分も下されなかったこの事案について、「フジテレビ社員に与えた負の影響は大きい」と書いています。なお、反町氏は、第三者委員会の記者会見が開かれる4日前の3月27日に取締役を退任しており、記者会見の当日、3月31日夜に予定されていたBSフジ「BSフジLIVE プライムニュース」を突如欠席(前週までは出演)、その後も出演見合わせが続いています。「女性の役員や上級管理職への登用が一向に進まず、旧態依然とした昭和的な組織風土がいまだに残存」報告書の中でもう一点興味深いのは、「オールドボーイズクラブ」の弊害に対する指摘です。中居氏の事案や反町氏の事案が起こった原因の一つとして報告書は、「『思慮の浅さ』『集団浅慮』を生む組織の同質性・閉鎖性・硬直性」を挙げており、その理由を「取締役会による役員指名ガバナンスが機能不全に陥っている」ためとしています。その上で、「杜撰な役員指名の背景には、組織の強い同質性・閉鎖性・硬直性と、人材多様性(ダイバーシティ)の欠如がある。年配の男性を中心とする組織運営は、『オールドボーイズクラブ』と揶揄される。現場ではセクハラを中心とするハラスメントの寛容な企業体質が形成され、女性の役員や上級管理職への登用が一向に進まず、旧態依然とした昭和的な組織風土がいまだに残存している」と、古い価値観を持った男たちだけで組織運営をしてきたことが、内部統制の不備を生み、今回の事案を招くに至ったと結論付けています。なお、フジテレビの「オールドボーイズクラブ」については、フジ・メディア・ホールディングスの大株主で米投資ファンドのダルトン・インベストメンツも4月3日に発表したコメントの中で、新経営陣について、「ただ人数を減らし、女性比率を高め、平均年齢を下げたというだけで、実態は5名のオールドボーイズクラブ出身者が引き続き経営の中枢を担うもので、『経営刷新』というにはほど遠い内容」と厳しく批判しています。元社長の港氏はバラエティ畑出身で、とんねるずの「とんねるずのみなさんのおかげです」のディレクター、プロデューサーとして有名です。また、元専務の大多氏は、ドラマ畑出身で、いわゆるフジテレビの「月9」ドラマの企画・プロデュースを多数手掛けました。いずれも時代の最先端を行くテレビマンでしたが、結局“旧態依然とした昭和的な組織風土”を温存し、のさばらせる張本人となってしまったわけです。大学医学部など医療界にも残る「オールドボーイズクラブ」この「オールドボーイズクラブ」の弊害は、医療の世界でも当てはまる点が多いのではないでしょうか。特に大学医学部、中でも外科系医局ではこうした組織風土が未だに存在しているところが少なくないようです。本連載の「第134回 『消化器外科手術に男女の性差なし』、女性外科医たちがBMJに研究成果を発表」では、日本では指導的立場の女性消化器外科医は少ないことから、男女の消化器外科医による手術成績に差があるのか、女性が外科医として十分活躍できる存在であるのかを調査・分析した論文がBMJ誌に掲載されたというニュースを紹介しました。この研究発表の記者会見で、調査・分析を行った女性外科医らが、女性外科医による腹腔鏡下手術が少なかった理由について「女性消化器外科医にはそもそも腹腔鏡手術困難症例の割り当てが多く、腹腔鏡技術を習得する機会が少なかった可能性がある」、「新規技術を医局で導入するときは、まず男子にやらせるといった状況もある」と指摘していたのが印象的でした。これこそ、医療界の「オールドボーイズクラブ」そのものと言えるでしょう。現在、「オールドボーイズクラブ」の中で悪戦苦闘している女性医師たちも、今回の一連のフジテレビ問題で考えるところが多々あったのではないでしょうか。というわけで、第三者委員会の調査報告書には、放送業界、エンターテインメント業界に限らず、あらゆる組織が学ぶべき教訓が数多く盛り込まれています。今後、セクハラやパワハラを認定する場合のお手本となる可能性もあります。公表版の最後には約50ページの要約版もついています。病院や医局などで管理職に就いている方は、要約版だけでも一読されることをお勧めします。参考1)調査報告書(公表版)

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働き方改革スタートから1年、「変化を感じる」は35%/ウォルターズ・クルワー調査

 医師の働き方改革がスタートして1年。医療業界向けの情報サービス事業のウォルターズ・クルワー・ヘルスは医師を対象に「『医師の働き方改革』に関する調査」と題したアンケートを行い、その結果を発表した。1)働き方改革は進むも「自身の変化」の実感は乏しい「自身の勤務先の働き方改革の取り組み」を聞いた設問には、「取り組んでいる」との回答が83%だったが、その中で自身の働き方にも「変化を感じる」と答えた人は35%に留まった。2)「賃金・報酬制度の見直し」は35%が望むも、実施は5.8%「実際に行われている取り組み(複数回答)」を聞いた設問では、「業務の効率化」(23%)、「ミーティング・カンファレンス時間の短縮」(20%)、「ワークライフバランスの向上」(17%)が多かった。一方、医師が「取り組みが必要だと考えること」と「実際の取り組み」の間にはギャップが見られ、「業務の効率化」「ワークライフバランスの向上」は15ポイント以上の差が見られた。この差はとくに「賃金・報酬制度の見直し」の項目で大きく、約30ポイントの差があった。3)過半数が「特に成果はない」「医師の働き方改革における効果と課題」を聞いた設問では、「労働時間が短くなった」が15%、「業務が効率化された」が12%と上位に挙がったものの、「特に成果はない」が56%と過半数を占めた。4)診療・研究時間が「減った」のは2割「実際に、診療や研究にかける時間の変化」を聞いた設問では「治療方針決定にかける時間」「研究にかける時間」が「減少した」と答えたのは2割未満。7割以上が「変わらない」としており、質を維持しながら改革を進める難しさが伺える結果となった。「1日3件以上の臨床疑問がある」と答えた医師は約35%超で、うち9割以上が「すべては解決できていない」と回答した。5)過半数はDX導入に期待「勤務先のDX化(デジタル技術の導入や活用の推進)の取り組み」を聞いた設問では、45%が「勤務先はDX化に取り組んでいる」と回答したが、「自身の働き方にも変化がある」としたのはうち16%だった。「DXの導入によって働き方が改善されると思う」との回答は56%だった。「必要な取り組み・ツール」(複数回答)としては「手続きや書類管理の自動化ツール(29%)、「業務を分担するためのタスクシフト導入」(27%)、「柔軟な勤務時間制度」(25%)などが多かった。【アンケートに寄せられた声(一部抜粋)】「人材不足のままでは働き方改革の限界。離職者も増えている。行政による介入が必要」(小児科・勤続20年以上)「他社製品と比べて20年遅れた電子カルテが原因で業務に時間がかかる」(内分泌内科・10〜20年)「研修医や若手医師だけが時間短縮され、中堅医師にしわ寄せが来ている」(内科・10〜20年)「時間外労働の短縮が給与減につながるため、改革に抵抗がある」(その他診療科・10〜20年)「小手先の医療者側の改革は意味がない。患者側(国民側)の改革も必要」(麻酔科・5年未満)アンケートの概要・調査期間:2024年11月29日~12月2日・対象:全国の200床以上の医療機関の勤務医、24~69歳、206名・手法:インターネット

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英語で「気胸」、患者さんに通じないときの言い換えは?【患者と医療者で!使い分け★英単語】第12回

医学用語紹介:気胸 pneumothorax患者さんに説明する際に、「気胸」を意味する専門用語であるpneumothoraxという言葉が通じなかった場合、どのような一般用語で言い換えればよいでしょうか?講師紹介

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普通車と軽自動車、どちらが安全?

 人はそれぞれ、価格、燃費、デザイン、安全性などを基準に車を選ぶが、軽自動車は普通車と比べ、交通事故後の院内死亡率が上昇するという研究結果が報告された。また軽自動車では、頭頸部、胸部、腹部、骨盤および四肢に重度の外傷、重傷を負うリスクが高かったという。神戸大学大学院医学研究科外科系講座災害・救急医学分野の大野雄康氏らによるこの研究結果は、「PLOS One」に2月5日掲載された。 軽自動車は「ミニカー」とも呼ばれ、日本だけでなく海外での人気も高まっている。人気の理由の1つとして、車体のコンパクトさが挙げられるが、それは車内空間が狭まることも意味する。車内空間が狭くなると、衝突時の衝撃による変形に対して乗員がダイレクトに危険に晒されることになる。しかしながら、車内空間の狭さが生存率の低下や、重度の外傷にあたえる影響については十分に検証されてこなかった。こうした背景から、大野氏らは過去に自動車事故で負傷・入院した患者を対象とした単施設の後ろ向きコホート研究を行った。主要評価項目は事故後の院内死亡率とした。 本研究の対象患者は、2002年1月1日~2023年12月31日の間に、太田西ノ内病院(福島県郡山市)にて受け入れた交通事故で負傷したすべての車両乗員とした。普通車と軽自動車以外の車両(自転車、オートバイ、大型トラックなど)に乗っていた外傷患者は除外し、5,331名(普通車群2,947名、軽自動車群2,384名)を対象に含めた。最終的に1対1の傾向スコア(PS)マッチングを行い、1,947組を解析対象とした。 PSマッチングを行い、事故後の院内死亡率を比較した結果、軽自動車群で院内死亡率の上昇が認められた(2.6 vs 4.0%、p=0.019)。院内死亡のリスクについても軽自動車群で上昇していた(オッズ比1.53〔95%信頼区間1.07~2.19〕)。また、軽自動車群の院内死亡率の上昇は、シートベルトをしていた患者、運転席にいた患者、エアバッグが展開した事故に巻き込まれた患者のサブグループで特に顕著だった。 次に車両の種類と、特異的な外傷の部位の関連について解析を行った。PSマッチング後、軽自動車群で、外傷重症度スコア(ISS)>15で定義される重症外傷を負うリスクが高くなり、部位別では頭頸部、胸部、腹部および骨盤内臓器、四肢および骨盤に重症外傷を負うリスクが高まっていた。この傾向は、シートベルトをしていた患者、エアバッグの展開した患者のサブグループで特に顕著だった。 生理学的重症度については、軽自動車群で昏睡、ショック(収縮期血圧90mmHg未満に低下)のリスク増加が認められた。また、救急のための気管内挿管、緊急手術を必要とした患者の割合も軽自動車群で有意に増加することが示された(各p=0.046、p=0.001)。 研究グループは、本研究について、「軽自動車の乗員は、有害な転帰のリスクが高く、緊急の外科的介入や追加の医療資源が必要になる可能性がある。シートベルトを着用していた患者、エアバッグの展開した患者で、院内死亡率と部位特異的な外傷が増加していたが、この結果は、軽自動車の乗員に対してより安全な拘束システムの必要性を示唆している。今回の研究データは、購入する側とメーカーの両者に、車両の安全性に関する客観的事実を考えてもらうために利用されるべきだ」と総括した。 また、本研究の限界点については、単一施設での観察研究であり結果の一般化には限界があること、搬送患者は重症患者に偏っていた可能性があることなどを挙げている。

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非薬物的睡眠介入でせん妄発生率が低下。術後ICU患者への効果を徹底検証!【論文から学ぶ看護の新常識】第9回

非薬物的睡眠介入でせん妄発生率が低下。術後ICU患者への効果を徹底検証!薬を使わない「非薬物的睡眠介入」が術後ICU患者のせん妄予防と睡眠障害に与える影響を調べた研究が行われ、複合的な非薬物的睡眠介入が、術後ICU患者のせん妄発生率を最も低下させることが示された。Jiaqi Li氏らの研究で、Intensive and Critical Care Nursing誌2025年4月号に掲載された。非薬物的睡眠介入が術後ICU患者のせん妄予防と睡眠改善に与える影響:システマティックレビューおよびネットワークメタアナリシス研究チームは、世界中の医学データベースから、術後ICU患者におけるせん妄予防と睡眠改善に対する非薬物的介入を評価したランダム化比較試験(RCT)を検索し、17件の研究を分析対象とした。非薬物的介入を以下の3つのカテゴリーに分類して効果を比較した。概日リズム調整介入(CR):光療法、アイマスク、耳栓など、体内時計の調整を目的とするものストレス軽減介入(RS):音楽療法、マッサージ、経穴刺激など、心身のリラックスを促すもの複合的介入(MI):上記の2つ以上を組み合わせたもの主な結果は以下の通り。せん妄予防効果は、複合的介入(リスク比[RR]:0.32、95%信頼区間[CI]:0.20~0.51)、ストレス軽減(RR:0.60、95%CI:0.41~0.89)、概日リズム調整(RR:0.61、95%CI:0.39~0.96)であり、複合的介入が最も効果的にせん妄発生率を低下させることが明らかになった。睡眠の質の改善効果は、概日リズム調整で有意に睡眠の質を改善する効果(標準化平均差[SMD]:−0.99、95%CI:−1.88~−0.11)が認められた。他の介入では有意な影響は示されなかった。ICU滞在期間は、7つの研究を解析した結果、介入間で有意な差は認められなかった。手術タイプ別解析では、心血管手術後の患者では、非薬物的介入のせん妄予防への効果を見出すことができなかった。非心血管手術患者では概日リズム調整が有効(RR:0.42、95%CI:0.20~0.87)だった。手術時間別解析では、手術時間200.5分未満では、複合的介入(RR:0.01、95%CI:0.00~0.20)とストレス軽減(RR:0.54、95%CI:0.33~0.89)が有効だった。手術時間200.5分以上では、複合的介入のみ有効(RR:0.39、95%CI:0.20~0.76)だった。本研究により、複合的な非薬物的睡眠介入が、術後ICU患者のせん妄発生率を低下させることが明らかになった。また、概日リズム調整に焦点を当てた介入は、患者の睡眠の質を大幅に向上させることが示された。今回の研究で、術後ICU患者さんに対するせん妄予防には、薬を使わない「複合的介入」が効果的である可能性が示されました。これは、現場の看護師が日々実践しているケアに、しっかりとした科学的根拠(エビデンス)があることを意味します。この研究で示された複合的介入とは、具体的には、環境調整(光や騒音の管理、時計の設置など)、見当識の維持(声かけ、家族の面会促進)、リラクゼーション(音楽療法、マッサージなど)、早期離床の促進などを組み合わせたケアを指します。これらの多くは、患者さんに最も身近な看護師が中心となって、日々のケアに取り入れることができます。とくに重要なのは、患者さん一人ひとりの状態やニーズに合わせて、これらのケアを柔軟に組み合わせることです。オーダーメイドのケアを提供することが、せん妄予防の効果を高めると考えられます。なお、今回の論文のようなシステマティックレビューやメタアナリシスは、ある程度研究が蓄積されたテーマを対象とするため、近年注目されているAI技術の活用などは、今回の研究ではまだ取り上げられていません。しかし、AI技術は、今後の医療の発展に大きく貢献する可能性を秘めています。小規模ながらも研究が進められていますので、私たちもぜひ個別に注目し、その可能性について情報を発信していきたいと考えています。論文はこちらLi J, et al. Intensive Crit Care Nurs. 2025;87:103925.

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