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高齢者の疼痛管理に必要なものとは?

 2018年7月19日より3日間開催された日本ペインクリニック学会 第52回大会(学会長:井関 雅子/テーマ「あなたの想いが未来のペインクリニックを創る」)のジョイント基調講演で「高齢者の疼痛管理に必要なものとは何か?」をテーマに、川井 康嗣氏(仙台ペインクリニック石巻分院 院長)が講演を行った。本稿ではこの講演の概要をお届けする。被災地特有の運動器障害と疼痛 川井氏は、東日本大震災の被災地である石巻・東松島地区で、約4年前からペインクリニックに従事し、主に高齢者の非がん性の痛みのマネジメントを行っている。 高齢者の「痛み」の多くは、加齢によるロコモティブシンドロームなどから起こる運動器障害の痛みであり、腰痛、関節痛および骨粗鬆症・脊椎椎体骨折などの整形外科疾患の痛みが多い。とくに石巻では、現在も狭小な仮設住宅に住む高齢者も多く、不良な生活環境が運動器の痛みの原因になっていることが推察される。また、震災で地域コミュニティが崩壊したこともあり、「生きがいを感じる場所の喪失は日常生活の不活発化~不動化をもたらし、患者に与えている影響は震災後7年を経過した現在でも大きい」と同氏は被災地の現状を語った。こうした高齢患者には良質の鎮痛とともに、不動化を予防するマネジメントが求められる。 不動化が生じている高齢患者の診療では、痛みが改善しても不動化が改善しない場合があり、その中には単なる運動不足ではない、いわゆる「生活不活発病」の症例があるという。これは、生活環境や人間関係の激変・喪失を契機に心身の機能が低下する状態であり、全国の他の被災地でも同様なことが生じているのではないかと危惧している。こうした症例では、「運動器の器質的なアプローチでは不十分であり、心理・社会的アセスメントと地域コミュニティ対策が求められる」と同氏は指摘する。老化の痛みのマネジメント 高齢者の運動アドヒアランスを維持するためには、1~2種類の体操に限定して指示することや、寝たきりが予防できる歩数として1日最低2,000歩以上は歩行するような提案(理想は速歩き20分を含む8,000歩/日:青柳幸利 The Nakanojo Studyより)、積極的な介護保険の申請と利用の推奨などを行う必要がある。また同時に、「医療者からは高齢患者に社会的な関わりを持たせるための工夫(男性ではスポーツ、ゲームなど競争要素のあるもの、女性では人間交流の点で利点の多い運動や趣味を中心に)を来院時に持ち掛けることも運動機能の維持に有益ではないか」と同氏は提案する。今後、こうした運動へのモチーベーションの提供のため、「同世代のサークル募集の張り紙や運動仲間のお誘いポスターを院内に掲示するなどの工夫をしたい」とも話す。 そのほか、高齢者では、退行変性(老化)の痛みを老化ではなく疾患と捉え、治癒を目指して闘っている姿がしばしば見られる。このような症例では、自己の老化を受け入れ、それをマネジメントしていくため、医療者からの丁寧な説明が必要だという。同氏は「医療者は、こうした患者に安易に鎮痛薬を処方するのではなく、薬物療法と同時に、投薬の意義についての教育も重要」と語る。高齢者の薬物療法はチームプレイで当たる 疼痛の薬物治療について、高齢者では出来る限りNSAIDsは慎重に使用し、アセトアミノフェンから使用することが望ましい。最近では、神経障害性疼痛に対する治療薬やオピオイド鎮痛薬が発売され、患者の選択肢は飛躍的に拡大した。しかし、忍容性の低い高齢者では、「細心の薬剤選択と用量調整(マルチモーダル鎮痛法や“start low, go slow”など)や副作用対策が必要となる。そのほか、薬物療法に神経ブロック療法を組み合わせることで、さらに良質な鎮痛が期待できる」と語る。 また、「高齢者では服薬アドヒアランスを維持することが重要で、看護師や薬剤師などを中心としたチームアプローチによって、患者に治療薬の説明や薬物療法の意義についての教育や副作用の相談や対処、残薬の確認などを行う必要がある。そのためにも日ごろから薬剤について学習会などを通じて、医療チーム全体で知識のアップデートを行うことが大事だ」と同氏は提案する。 最後に、「高齢者の疼痛管理では、鎮痛や不動化予防などの目標に加え、生きる自信を与えながら、人生のゴールに向かって苦痛や不安に寄り添う姿勢が求められる。今後も、高齢者が困ったときに、気軽に立ち寄れるようなクリニックを目指し診療を行っていく」と思いを語り、講演を終えた。■参考日本ペインクリニック学会 第52回大会■関連記事診療よろず相談TV シーズンII第21回「腰痛」回答者:福島県立医科大学 医学部 整形外科学講座 教授 紺野 愼一氏

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鎌状赤血球症の疼痛にL-グルタミンが有効/NEJM

 鎌状赤血球貧血症の小児/成人患者において、医薬品グレードのL-グルタミン単独またはヒドロキシ尿素併用経口投与は、プラセボ±ヒドロキシ尿素と比較し、48週間の疼痛発作回数を著明に低下させた。米国・カリフォルニア大学ロサンゼルス校の新原 豊氏らが、多施設共同無作為化二重盲検プラセボ対照第III相試験の結果を報告した。医薬品グレードのL-グルタミン経口粉末薬は、鎌状細胞赤血球中の還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの割合を上昇させることが認められており、この作用が鎌状赤血球症の複雑な病態生理に関与している酸化ストレスを減少させ、鎌状赤血球症に関連する疼痛を改善すると考えられていた。NEJM誌2018年7月19日号掲載の報告。鎌状赤血球症患者230例でL-グルタミンの有効性および安全性をプラセボと比較 研究グループは、2010年6月~2013年12月に、鎌状赤血球貧血症または鎌状赤血球-β0サラセミアで、過去1年間に2回以上の疼痛発作(外来または入院期間中に、救急治療部で麻薬性鎮痛薬または非ステロイド性抗炎症薬ケトロラクの非経口投与による治療を要する疼痛)の既往がある患者230例を登録し、医薬品グレードのL-グルタミン投与群(1回0.3g/kg体重を1日2回経口投与)とプラセボ投与群に2対1の割合で無作為に割り付け、48週間治療した。スクリーニングの少なくとも3ヵ月前から安定用量のヒドロキシ尿素を投与されていた患者は、48週間の治療期間中も継続可とした。 有効性の主要評価項目は、48週間の疼痛発作回数とし、コクラン・マンテル・ヘンツェル検定を用いてintention-to-treat解析を行った。L-グルタミンで疼痛発作が25%、入院回数が33%減少 230例(年齢5~58歳、女性53.9%)のうち、156例が試験を完遂した(L-グルタミン群152例中97例、プラセボ群78例中59例)。 疼痛発作回数中央値はL-グルタミン群3.0回、プラセボ群4.0回で、プラセボ群に比しL-グルタミン群で有意に減少した(p=0.005)。同様に入院回数中央値も、L-グルタミン群2.0回、プラセボ群3.0回で、L-グルタミン群が有意に少なかった(p=0.005)。 両群とも3分の2の患者がヒドロキシ尿素の併用投与を受けていた。プラセボ群と比較しL-グルタミン群で発現率が約5%以上高かった有害事象は、悪心、非心臓性胸痛、疲労、四肢の疼痛、背部痛であった。 なお今回の第III相試験の結果に基づき、米国食品医薬品局は2017年7月に医薬品グレードのL-グルタミンについて、5歳以上の小児および成人における鎌状赤血球症による急性合併症の軽減を適応症として承認した。

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シオノギ、米国におけるオピオイド誘発性便秘症治療薬に関する全権利を再取得

 塩野義製薬株式会社(本社:大阪市中央区、代表取締役社長:手代木 功)は2018年7月6日、同社が創製したオピオイド誘発性便秘症治療薬Symproic(一般名:ナルデメジン)について、米国における戦略的提携先のPurdue Pharma社(以下、Purdue社)からすべての権利を再取得したと発表。  これはPurdue社の米国内のビジネスモデルの変革を受けたもの。塩野義製薬とPurdue社は、Symproicの米国における共同販売活動に関するアライアンス活動を終了することで合意している。

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第8回 訪問診療同行時に医師に尋ねられたこと【はらこしなみの在宅訪問日誌】

こんにちは。在宅訪問専任の薬剤師・はらこしなみです。地域連携の会に参加したら知り合いばかり!先日、地域の認知症連携懇話会に参加したとき、100名の参加者のほとんどが関わりのある人達ばかりで驚きました。たくさんのケアマネさんや先生、訪問看護師さんが、色々な所で繋がっています。医師からはこんなことを尋ねられます医師の訪問診療に同行したときに医師から尋ねられたことを紹介します。アサコールの簡易懸濁は?Dr.:アサコールを簡易懸濁したい。溶解は?はらこし:腸溶錠なので、胃ろうからの注入はだめですが、腸ろうならばオッケーです。 取り出し後の湿気に注意する必要があります。フィルムは溶けません。pH7以上で放出、pH6.4では溶けません。カテーテルの太さはいくつですか?8Fr、14Frだと△です。詰まるかもしれませんし、フィルムが溶けないので取り除く必要があります。サラゾピリンの素錠であれば、8Frで○です。ペンタサは腸溶部分が溶けないため、カテーテルの入り口に詰まるとメーカーから聞いています。外用剤は何が一番効く?Dr.:外用剤は何が一番効く?湿布、抗真菌薬、抗炎症薬、それぞれ教えて。はらこし:それは難しいです...。外用剤は特に適正使用(方法、量)が重要だと思いますので、療養者の環境やADLを考慮して選んだり、質感の心地よいもの(クリームが好きな人、サラサラローションが良い人)などで継続しやすいものを、と考えて提案しています。麻薬処方箋には何を記載?Dr.:麻薬処方箋には何を記載するんだっけ?はらこし:患者住所と先生の免許番号です!こんな感じで、いろいろと医師とやりとりしています。専門が異なる他の医師の処方意図や薬剤の用法用量をお伝えすることもあります。医師同士の情報交換が頻繁にできない先生には参考になるようです。

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第7回 チーム医療における薬剤師の役割とは・・・【はらこしなみの在宅訪問日誌】

こんにちは。在宅訪問専任の薬剤師・はらこしなみです。参加している緩和ケア委員会からの宿題「チーム医療における薬剤師の必要性」。ずーーーっと悩んでいました。そして当日。遅刻しました...。在宅訪問が長引いてしまい、間に合わないーーー!と電動自転車を飛ばして戻ると、薬局の2階にある無菌室前に委員会メンバーがずらり。そう、今日は薬剤師が主役なのです!薬局で初めて開催されることになった緩和ケア委員会。やっと、やっと、チームのメンバーに薬局内を見てもらえました。まずは... 1. 薬局設備の見学と説明無菌室の説明、無菌調製の流れをiPadで撮影した写真とともに説明していきます。当薬局では原則フィルター使用ですが、その除去率などもお伝えしました。続いて、やってきました!前回委員会に頂いたお題、頭の片隅に常にある思い、そして発表までのもやもやした緊張感...さあ、解放される時です!つぎに... 2.チーム医療における薬剤師の役割について~現状の報告と展望~薬局からは、「外来での緩和ケア関連の対応について」「在宅訪問での対応について」の2テーマを発表しました。具体的には...。外来での緩和ケア関連の対応について限られた投薬時間での、緩和ケア、抗がん薬や医療用麻薬(以下、麻薬)の管理、外来と在宅の連携(訪問専任の私がレスキューのコンプライアンス不良をご自宅に訪問した際に確認し、窓口に薬を取りに来た家族への服薬指導により改善を図った症例)などこの症例は、主治医より服薬指導依頼があったのですが、ご本人から「外来に通えているし、必要ない」、「お金がかかる」と言われ訪問薬剤管理指導は入っていませんでした。しかし、Performance Status と麻薬使用量が合わないなど主治医も違和感をもっており、気にしていました。そんな中、薬局で麻薬の在庫が足りなくなったので、これはチャンス!とお渡しできなかった分の麻薬を持って、お宅に訪問しました。ゆっくりとお話ししたことで、コンプライアンス不良が判明。麻薬の貼付薬を貼ったり貼らなかったり、体調が悪化すると数枚貼ったり...。「医療費が高くて...」と。もちろん主治医に伝えることもなく、「大丈夫」と言い続けた結果、痛みの評価がきちんとできていないこともわかりました。患者さんのコンプライアンス不良の原因、改善案(貼付薬から薬価の低い内服への変更)を主治医に伝えたところ、疼痛管理ノートが開始され、ご家族も認識を深め、のちの外来での指導もうまくいくと感じていました。その後、ご本人の体調が悪化し、奥様と診療所を緊急受診され、主治医に診察室に呼ばれました。介護申請もしていませんでしたので、診療所所属のケアマネさんが呼ばれ、今後の方針などについて、その場で調整、麻薬の処方量調節、そして訪問服薬指導が始まりました。発表しながら当時のことを思い出し、薬局から急いで診療所に向かい、緊張した記憶がよみがえりました。在宅訪問での対応について薬、在宅とは、現在の業務内容と今後取り組むべきこと薬局の外に出て分かったことを中心に発表しました。療養者の生活と服薬できていない現実生活や環境を考慮した服薬管理の重要性を認識したこと上記に基づく処方提案や残薬管理、OTCや栄養も含めた指導(服薬指導の拡大)、療養者や家族と一緒に考える姿勢(協働)を持ち、薬物治療に主体的に関わることチームにフィードバックすることで治療やケアの向上=QOL維持に貢献することができること!参加メンバーは、うんうん、と頷きながら発表を聞いていました。その間も、医師や看護師さんのPHSが鳴り、指示が飛びます。医療介護に休みはなし。ケアマネさんが「色々あるんやね~」とポツリ...。窓口からは見えてこない薬剤師業務をイメージしていただけたようです。お互いの認識を深め、さらなる相乗効果を生み出すための一歩になったかな。最後に、所長より最後に、所長より「現状と問題点の把握」として、外来緩和ケアについての問題提起がありました。外来緩和ケアは患者と医者だけになってしまい、情報共有が難しい。緩和ケア外来などの時間がつくれるか?緩和ケアのためのメーリングリストを開始してみてはどうか?などなど。よりよい医療を提供するための方法をみんなで考えていく...。「じゃあ今日はこれで終わり、その前に...」所長の言葉に皆、注目「今回から、正式に薬局スタッフを緩和ケア委員会のメンバーとします」そう、今まで、オブザーバーとしての参加でした。診療所の受付にオレンジサークル※を見つけたとき、理事長に委員会を見学したい、とお願いしたとき、緩和ケア委員長(所長)がいつでもどうぞ、と迎えてくれた日、カタカナ専門用語が飛びかう中、必死にメモして調べて...。病院薬剤師を経験したことのない私にとって、学びの多い、幸せな日々の連続でした。ぞろぞろ薬局から、病棟、外来・・・と戻って行くメンバーたち。2階の窓からメンバーを見送った後。来月の委員会も気を引き締めて行くぞーっ!と決意を新たにしたのでした。「オレンジサークル」とは、"がんの痛みを取り除くことで、患者さんが、がんそのものと取り組む気力や体力を得る" という考え方を実践する医療チームの活動をサポートするJPAP®(JapanPartners Against Pain®)の取り組みで、医療チームからの登録申し込みに基づきJPAP®が認定している。

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バージャー病〔Buerger's disease〕

1 疾患概要■ 概念・定義動脈閉塞症の1つである。バージャー病(Buerger's disease)の呼称は、本疾患を閉塞性血栓血管炎(thromboangiitis obliterans:TAO)として初めて記述したLeo Buerger(ドイツ語読みではビュルガー)氏に由来する。四肢末梢の主として下腿以遠や前腕以遠の動脈に、分節的に炎症性の血栓閉塞を生じ、しばしば肢端に潰瘍や壊死を来す。動脈のみならず、皮下静脈にも移動性かつ再発性の血栓性静脈炎(逍遥性静脈炎/遊走性静脈炎)を生じる。発病や経過には喫煙が深く関与する。■ 疫学20~40代の喫煙者に好発し、男性患者が大半である。動脈病変が生じる頻度は、下肢のほうが上肢よりも高い。元より希少疾患であるが、先進国ではさらに減少し、わが国でも1970年代から減少の一途をたどっている。一方で、中国、インド、トルコなどでは依然として比較的多くの発症がみられる。■ 病因病因は未解明だが、喫煙は発病の強力な誘因であり、病気の進行を助長する。感受性遺伝子や免疫機序の関連を指摘した報告もある。近年では、歯周病菌感染の関与が注目されている。■ 症状初診時の症状は、足趾や手指の冷感、感覚異常、疼痛、虚血性紅潮やチアノーゼ、レイノー現象が多く、すでに潰瘍や壊死を生じている患者も少なくない。間歇性跛行や労作時痛は、初期には足底筋や手部に生じるが、患者にはあまりはっきりと自覚されないことが多く、虚血による症状とも気付かれにくい。あるいは整形外科的な疾患と判断されがちである。虚血のせいで、爪周囲のささくれや靴擦れなどささいな傷が、治りにくく易感染性で、しばしば急速に潰瘍形成や壊死へと進行する。潰瘍や壊死部には、強い疼痛を伴うことが多い。逍遥性静脈炎は、動脈病変に先行することも、後から生じることもある。皮下に索状の有痛性硬結を生じる。■ 予後喫煙が影響する。病勢は禁煙によって寛解することが多く、逆に喫煙を続ければ進行性で、肢の大切断への危険が高まる1)。肢の大切断は、患者の運動機能を低下させ、生活を著しく阻害する。通常は四肢以外の臓器が侵されることはなく、生命予後は良好とされるが、患者を生涯観察したデータは少ない。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)特異的な診断マーカーがないため、臨床診断、すなわち症状および臨床所見と動脈の画像所見に基づき、他疾患を除外して診断を行う。若齢発症、喫煙歴、逍遥性静脈炎の既往は、本疾患の診断を後押しする2)。■ 臨床所見前述のような慢性虚血の症状や、逍遥性静脈炎がみられる。身体診察では、患肢の末梢部での皮膚温低下や、動脈拍動の減弱・消失をみる。下肢の虚血を確認する検査には、足関節血圧や足関節上腕血圧比(ankle brachial index:ABI)の測定がある。ただし、本疾患では足関節以遠に病変を有することが多く、ABIだけでは評価が不十分なこともありうる。したがって、手足の指尖容積脈波、足趾血圧や足趾上腕血圧比(toe brachial index:TBI)、手指血圧も測定する。皮膚灌流圧(skin perfusion pressure:SPP)や経皮酸素分圧(transcutaneous oxygen tension:tcPO2)などの微小循環検査も虚血の重症度評価に役立つ。レイノー現象の再現には、冷水負荷でのサーモグラフィー検査が有用である。■ 動脈の画像所見通常、下腿以遠や前腕以遠の動脈に病変がある。病変部には、動脈硬化性の壁不整(虫食い像、石灰化沈着など)がない。閉塞は途絶状や先細り状が多く、多発的分節的閉塞を呈する。また、しばしば二次血栓による閉塞の延長を伴う。慢性閉塞であるため側副血行路が発達し、コルクの栓抜き状(コイル状)や樹根状、ブリッジ状を呈する3)。ただし、これらは動脈硬化のない慢性動脈閉塞に共通の非特異的な所見であり、膠原病などでも類似の所見がみられる。膠原病では側副血行路の発達が乏しいとされるが、画像だけから両疾患を鑑別するのは難しい。■ 鑑別すべき疾患とくに閉塞性動脈硬化症との鑑別が重要である。病理組織学的には明らかに異なる疾患であるが、動脈の組織診を行うのは容易ではないため、画像検査で罹患部位に動脈硬化の所見がないことが、1つの重要な鑑別点である。患者が動脈硬化の危険因子を喫煙歴以外に有さないことも、鑑別診断の材料になる。しかし、近年は若年者でも脂質代謝、耐糖能、血圧の異常を有することが多い。加えて、動脈硬化は10代から始まるともいわれる。さらに、画像診断が進歩し、微細な初期変化を捉える可能性もあるため、診断にはより慎重な判断が求められる。全身性エリテマトーデスや強皮症などの膠原病との鑑別のためには、発熱や体重減少などの全身症状、他臓器の血管炎症状、免疫学的血液検査の所見などを評価する。外傷性動脈血栓症との鑑別には外傷歴が重要で、慢性外傷の可能性も念頭に、職業歴やスポーツ歴など患者の訴えに上がらないことも含め、多方面から病歴聴取を行う。とくに上肢で近位部に病変がある場合は、胸郭出口症候群による血栓症や塞栓症も疑う。下腿の虚血性疾患として、膝窩動脈捕捉症候群や膝窩動脈外膜嚢腫との鑑別には、膝窩部の触診と、動脈周囲の軟部組織を含めた画像検査を行う。動脈と静脈の両者を侵す疾患である血管ベーチェット病とは、口腔内アフタや陰部潰瘍など、他の皮膚症状や眼病変、動脈瘤の検索などを行い鑑別する。心房細動や心筋梗塞後の左室瘤に起因する血栓塞栓症との鑑別には、心エコー図検査が有用である。動脈瘤からの飛散血栓による塞栓症や、動脈壁の不整形粥腫に起因するコレステリン塞栓症などとも鑑別を要する。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)バージャー病の治療目標は、救肢ならびに疼痛からの解放である。耐え難い疼痛は患者の精神をむしばむことがあり、若年での肢切断は生活と将来に多大なダメージを与える。治療における最重要かつ最難関の課題は、「禁煙」である。タバコは本疾患の誘発および増悪因子であるため、すべての患者で最初に行うのは禁煙を含めた保存的治療である。禁煙を厳守し続ければ、それだけで病状の寛解は期待できる。逆に、喫煙を続ければ、指趾や肢の切断に至る危険が高まる。保存的治療で重症虚血が軽快しない患者では、外科的治療を考慮する。いかなる治療も、有効性は禁煙を継続できるか否かによって左右されうる。■ 保存療法本疾患の炎症を抑える特効薬はない。禁煙を徹底し、受動喫煙も回避する。手足に傷や靴擦れをつくらないよう保護し、清潔を保つ。履物にも注意し、手足の皮膚に異常がないかを患者自身でも観察してもらう。本疾患の発症には歯周病菌の関与も示唆されており、口腔内の衛生も保つ。潰瘍や壊死、安静時痛がなく、ある程度の距離を歩行できる患者では、運動療法も間歇性跛行の歩行距離の延長に効果がある。血流改善を目的とした薬物治療では、プロスタグランジン製剤(アルプロスタジル注、リポPGE1、リマプラスト、ベラプロスト)が有効といわれる。ただし高いエビデンスは示されておらず、無効例も少なくない。経口投与で効果が不十分な場合は、経静脈投与やカテーテル留置による経動脈投与も考慮する。■ 外科的治療保存療法で安静時疼痛や潰瘍・壊死が改善しない場合は、血行再建術を考慮する。ただし、下肢では病変が下腿以下の細径動脈に多発し、良好なrun-offを期待できる開通先がないことが多い。下腿以下へのバイパス手術では、代用血管に自家静脈の使用が勧められるが、自家静脈が静脈炎で荒廃し、利用できない場合もある。近年では血管内治療について、再狭窄率が高く反復治療を要するものの、肢切断の回避率はバイパス術と劣らず、バイパス手術が不可能な患者に対しては選択可能との見解もある4)。血行再建術が不可能な患者では、上肢では胸部の、下肢では腰部の交感神経遮断術を考慮する。虚血が改善しない肢には、激しい疼痛を伴うことが多い。一般の鎮痛薬では疼痛制御が困難なことが多く、オピオイド系鎮痛薬がしばしば必要になる。フェンタニル貼付薬は、保険診療にて使用可能である。これらの治療で改善しない潰瘍や疼痛、広範囲な壊死や荷重部の壊死、制御できない感染を伴う場合などは、肢切断もやむを得ない。上肢では交感神経遮断で症状が落ち着くことが多く、血行再建術や大切断を要することは少ない。4 今後の展望血管内治療のデバイスや技術の進歩は、近年目覚ましい。バイオテクノロジーを駆使した、各種の血管新生療法(遺伝子治療、細胞移植療法など)5)や、抗血栓性に優れた人工血管の開発も著しい進展をみせており、本疾患の肢虚血でも治療の向上が期待される。また、病因の解明が進めば、本疾患の予防や根治的な治療にもつながりうる。5 主たる診療科血管外科、心臓血管外科、循環器内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター バージャー病(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)厚生労働科学研究費補助金・難治性疾患等政策研究事業 難治性血管炎に関する調査研究(医療従事者向けの情報)患者会情報北海道バージャー病友の会(患者とその家族向けの情報)1)Shigematsu H, et al. Int Angiol. 1999;18:58-64.2)Shionoya S. Cardiovasc Surg. 1993;1:207-214.3)塩川優一 編集. 厚生省特定疾患系統的血管病変に関する調査研究班臨床分科会報告書.厚生省公衆衛生局難病対策課;1977.p.1-38.4)Ye K, et al. J Vasc Surg. 2017;66:1133-1142.5)Kondo K, et al. Circ J. 2018;82:1168-1178.公開履歴初回2018年06月12日

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米国の健康状態、州レベルで格差拡大/JAMA

 米国における疾病負荷について、州レベルで格差が認められることが、米国・ワシントン大学のChristopher J. L. Murray氏らUS Burden of Disease Collaboratorsによる検討で明らかにされた。特異的疾患やリスク因子(薬物使用障害、BMI高値、貧しい食生活、空腹時高血糖、アルコール使用障害など)が増大しており、さらなる注意喚起が必要だという。米国の健康アウトカム調査は複数あるが、州ごとの健康評価を統合したものはなかったという。JAMA誌2018年4月10日号掲載の報告。州レベルの平均余命や健康寿命、DALYなどを比較 研究グループは、世界疾病負荷(GBD)研究の結果を用いて、1990~2016年の州レベルの疾病負荷、負傷、リスク因子の傾向を調べた。公表されている試験および入手可能なデータソースを系統的に解析し、年齢・性・地理・年別に疾病負荷を推算した。 333の要因、84のリスク因子について、有病率、罹患率、死亡率、平均余命、健康寿命(HALE)、早期死亡による損失生存年数(YLL)、障害生存年数(YLD)、障害調整生命年(DALY)を95%不確実性区間(UI)とともに求めて評価した。タバコ、BMI高値、アルコール・薬物使用がDALYリスクの3大要因 米国の総死亡率は、1990年は10万人当たり745.2(95%UI:740.6~749.8)であったが、2016年は同578.0(569.4~587.1)へ低下していた。同期間に20~55歳の死亡が、31州およびワシントンD.C.で減少した可能性があった。 2016年において、平均余命はハワイ州が最も長く(81.3年)、ミシシッピ州が最も短く(74.7年)、6.6年の差があった。健康寿命が最も長かったのはミネソタ州で(70.3年)、ウェストバージニア州が最も短く(63.8年)、その差は6.5年であった。 1990~2016年の米国におけるDALYの主な要因は、虚血性心疾患と肺がんであった。3番目は、1990年では腰痛だったが、2016年ではCOPDであった。また、オピオイド使用障害は、1990年ではDALYの11番目の要因であったが、2016年には7番目になっていた(平均変化74.5%[95%UI:42.8~93.9])。 2016年において、タバコの消費、BMI高値、貧しい食生活、アルコールおよび薬物使用、空腹時高血糖、高血圧の6つのリスクが、DALYへのリスク寄与度5%以上であった。 全米各州でDALYのリスク要因のトップは、タバコの消費(32州)、BMI高値(10州)、アルコールおよび薬物使用(8州)の3つで占められた。

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ちょっと今から仕事やめてくる【過労自殺を防ぐには?】

今回のキーワード働き方改革産業精神保健ストレスチェック要求度-コントロール-社会的支援モデルストレス脆弱性モデル「ワーカホリック」「時短ハラスメント」AI(人口知能)2017年に、政府は働き方改革実行計画を策定しました。その中では、「長時間労働の是正」を初めとして数か条の検討事項を挙げています。みなさんは、自分の働き方が「改革」される必要があると思いますか?特に、医師は働き過ぎていると言われています。なぜ働き過ぎるのでしょうか? 一方で、なぜ働かせ過ぎるのでしょうか? そして、なぜ働き過ぎは良くないのでしょうか? そもそも私たちはなぜ働くのでしょうか? それでは、どう働かせるのが良いでしょうか? 最終的に、私たちはどう働くのが良いのでしょうか? そして、どう生きるのが良いのでしょうか?これらの疑問を解き明かすために、今回は、2017年の映画「ちょっと今から仕事やめてくる」を取り上げます。この映画を通して、働くことを生理学的に、社会学的に、そして進化心理学的に掘り下げ、産業精神保健の理解を深めましょう。ブラック企業とは?主人公の青山は、入社して半年、営業部に勤務しています。達成不可能なノルマを課され、3か月連続で残業は150時間を超えています。しかし、残業代は出ていません。毎朝、勤務開始時間には、「有休なんていらない」などとの社訓の音読を社員全員でさせられます。急ぎの命令でタクシーを利用したのに、経費は支払われません。ミスによる減損分は給料から差し引かれます。彼の上司は、彼を「このタコ!」「おまえはクズだ」と人前で怒鳴り付け、ミスが起きると、書類ではたき、足蹴りし、鞄で叩きます。それでも気持ちが治まらない時は、「ここにいる全員に謝れ」と命令して、土下座を延々とさせて、見せしめます。このように、過剰なノルマ、長時間の時間外労働、時間外労働分の不払い、必要経費の不払い、損失分の給料からの差し引き、パワーハラスメントなど違法な労働条件が常態化している場合は、ブラック企業と呼ばれます。ちなみに、研修医や医師にとって長時間労働が常態化しているという点では、医療機関もブラック企業になりえます。仕事のストレスとは?-グラフ1青山は、過剰なノルマにより、仕事量はとても多いです(仕事の要求度)。顧客の都合や気分に合わせなければならない営業という職種柄や上司の理不尽な命令や急な呼び出しにより、裁量権や技量の活用はとても少ないです(仕事のコントロール)。さらに同僚とは競争関係にあり、仕事の横取りや足の引っ張り合いが起きています。上司や同僚のサポートはとても少ないと言えます(職場の社会的支援)。そんな極限状況の中、青山はメンタル不調に陥ります。このように、仕事の要求度、仕事のコントロール、職場の社会的支援という3つの軸による3次元モデルによって、仕事のストレス要因とうつ病との関連が指摘されています(要求度-コントロール-社会的支援モデル)。この3つのポイントは、2015年から義務化されているストレスチェックにも反映されています。今回は、グラフ1のように分かりやすく2次元でご紹介します。ちなみに、医師は、専門職として裁量権や技量があり、仕事のコントロールは良い方に思われます。しかし、実際には、治療マニュアルに従っている点、急患や急変に即座に対応しなければならない点、詳しい説明などの医療サービスが患者からますます求められている点、医療ミスへの訴訟リスクがある点で、長時間労働と相まって、仕事のストレスはかなり高いと言えるでしょう。うつ病の予兆は?-表1青山は、夜眠れなくなります(不眠)。実家には1年半以上帰っておらず、電話口で心配する母親にきつく当たります(精神運動焦燥)。このように、職場のストレスによって、行動面、体調面、メンタル面で何かしらいつもの自分にはない症状が出てきた場合、それはうつ病の予兆と言えます。どの症状が出やすいかは、人によって違い、表1のようにあらゆる症状が出てきます。うつ病の診断基準は?-表2青山は、休日はぐったりして、恋人や友人と遊びに行く元気もありません(興味・喜びの減退)。彼は、ある日の仕事の帰り道、「人は何のために働くんだろう?」「もし生きるために働くんだとしたら、おれは生きているって言えるんだろうか?」(抑うつ気分)、「体が鉛のように重い。休みたい。眠りたい。もう疲れた」(疲労感)、「明日なんて来なくていい」と思います(希死念慮)。そして、駅のホームからやって来る電車にふらっと飛び込むのです(自殺企図)。青山は、ついにうつ病を発症したのでした。うつ病は、表2のように、濃いグレーの欄が1つ以上、濃いグレーと薄いグレー両方で5つ以上の項目が同じ2週間の間で当てはまっていれば診断されます。この表は、もともと精神科医師が使用するうつ病の診断基準(DSM-5)を、一般の医療関係者にも分かりやすいように簡便な表記にしています。診断の注意点は、希死念慮以外の症状が2週間の間で持続一貫していることです。逆に、時間や場所などの状況によって症状が改善していたり、そもそも基準の項目を満たしていない場合は、適応障害と診断されます。ただし、適応障害とうつ病は厳密に区別が付けられないことも多々あります。その理由は、症状の根拠が本人からの問診に大きく頼っていて客観性が乏しいこと、症状の程度が数値化されないので診断する医師の経験や裁量などの主観が入り込んでしまうこと、症状が時間経過によって変化することもあり固定していないことなどがあげられます。よって、初回の診断では、適応障害とうつ病を合わせて、「うつ状態」とする場合もあります。なぜ急に自殺するの?ちなみに、青山がメンタル不調になり、自殺をするまで病状が悪化するスピードはかなり早いです。なぜ病状の悪化は、徐々にではなく急速になのでしょうか?言い換えれば、なぜ急に自殺するのでしょうか? その答えは、もともと私たちの脳は、ある程度のストレスへの抵抗力(脆弱性)によって恒常性を維持していますが、そのしわ寄せとしてある程度以上のストレスがたまるとその恒常性が破綻してしまい、一気に症状が出てしまうからです(ストレス脆弱性モデル)。例えるなら、骨折です。骨は、ある程度までの力には耐えられますが、ある程度以上の力で折れてしまいます。うつ病は、「心の風邪」と例えられますが、むしろ「心の骨折」です。ある時、急に心が折れてしまうということです。そして、治るのにも時間がかかるということです。過労自殺とは?青山は、過労(長時間労働)を主とする職場のストレスによって自殺をしようとしました。このような自殺は、過労自殺と社会的に定義されています。現在、労働災害における労働と過労死・過労自殺の因果関係を認める過労死ラインは、時間外労働が半年間で月80時間以上、1か月で100時間以上です。この根拠の1つとして、時間外労働が増えれば、連動して必然的に睡眠時間が減ることです。そして、睡眠不足とメンタル不調には密接な関係があることです。NHKの「国民生活時間調査」によると、時間外労働が月80時間(1日4時間)に増えると睡眠時間が6時間に減り、月100時間(1日5時間)に増えると睡眠時間が5時間に減るということが分かっています。ちなみに、2017年に報道されたある研修医の過労自殺の場合は、1か月に160時間を超えていました。なぜ働き過ぎるの?-過労の心理-表3自殺しかけた青山を間一髪で助けたのは、幼なじみのヤマモトと名乗る男でした。青山は、その男を覚えていなかったのですが、ヤマモトの強引なペースに乗せられて、その後も一緒に時間を過ごすようになります。そして、青山は、冷静になり、自身の過労を自覚するようになります。そもそも彼はなぜ働き過ぎるのでしょうか? 言い換えれば、なぜ青山は過労自殺を避けられなかったのでしょうか?本来、人間を含む動物は、働いて(動いて)、疲れが出てきたら休みます。疲れとは、痛みや発熱と同じく、生物が生命を守るために体の状態や働きを一定にする保とうとするために進化した生体アラームの1つです(ホメオスタシス)。ところが、人間は、疲れても働き続けること(動き続けること)ができるようになりました。この人間特有の過労の心理を、主に3つ挙げてみましょう。(1)恐怖感青山は、上司に怒鳴られるのが怖くて、必死になって無理して残業をしています。そんな青山にヤマモトは「仕事辞めることと死ぬことはどっちの方が簡単なん?」「仕事、変えた方がえんちゃうか?」とアドバイスしますが、青山は「とにかく仕事辞めるのってそんな簡単なことじゃないんだって」と言い張ります。青山は、職場以外の人間関係がなく、視野が狭くなっており、「迷惑をかける」「居場所がなくなる」と怯えていました。1つ目は、恐怖感による過労です。他の動物と違って、人間は、パワーハラスメント(権力)や居場所(社会)を生み出す文明を進歩させました。このパワーハラスメントや孤立への恐怖に延々とさらされることによって、脳内ではノルアドレナリンが分泌され、恐怖感が得られます。そして、自律神経の交感神経が刺激されて、疲れを奮い立たせて、働き続けることが可能になりました。ただし、恐怖心は、被害的そして罪業的な感情を高めます。「嫌なら(怖いなら)辞めれば良い」と言う人がいますが、実際はそういうふうに割り切れないほどに理性が麻痺してしまうのです。(2)達成感青山は、上司から無理難題の業務を押し付けられた後に、「がんばれよ」と肩を叩かれて、目を輝かせています。そして、残業に励むのです。2つ目は、達成感による過労です。他の動物と違って、人間は、励ましや期待、感謝などの社会的報酬を交換する社会脳を進化させました。これらの報酬を定期的に受け取ることによって、脳内ではドパミンが分泌され、達成感や満足感が得られます。そして、疲れを感じにくくなり、働き続けることが可能になりました。「疲れが吹っ飛んだ」という表現がこれを端的に表しています。疲れが起こるのは自律神経の中枢(視床下部と前帯状回)であるのに対して、疲れを感じるのは前頭葉(眼窩前頭野)であり、一体ではないです。疲れは、「吹っ飛んだ」のではなく、一時的に感じにくくなっているだけで、蓄積し続けていきます。ちなみに、特に医師は、患者を救うというやりがいや感謝されるという喜びによって、この達成感による過労の心理が高まっていく危うさがあります。(3)快感青山の上司は、部下たちを怒鳴り散らしながら、ばりばり仕事をしています。どうやら仕事好きのようです。部下たちに過剰なノルマを課すのは正しいと信じています。3つ目は、快感による過労です。人間を含む動物は、天敵による手負いの極限状況で、その状況を切り抜けて生き残るために、一時的にその痛みや疲れを緩和させる防御反応を進化させました。過労もその極限状況の1つです。過労による苦痛を感じ続けることによって、脳内ではエンドルフィンやカンナビノイドなどのいわゆる「脳内麻薬」が分泌され、快感が得られます。そして、極限状態の疲れは緩和されるばかりか逆に快感になり、働き続けることが可能になりました。「疲れが心地良い」という表現がこれを端的に表しています。厳密には、これは、「心地良い」のではなく、心地良く感じることで最後の力を振り絞らせようとしている危うい精神状態であるということです。同じ現象は、私たちの様々な精神活動にもみられます。例えば、長距離ランナーが限界を超えた時に感じる「ランナーズハイ」、ダイエット中の人や摂食障害の人が飢餓状態で感じる「ダイエットハイ」「拒食ハイ」、境界性パーソナリティ障害の患者がリストカットした後に空虚感(心の痛み)が一時的になくなることなどです。ちなみに、快感による過労は、「ワーカホリック」「仕事中毒」とも呼ばれています。「ワーカホリック」は「アルコホリック(アルコール依存症)」が語源です。快感を得るために、その摂取や行為をするという点では、アルコール、ドラッグ、ギャンブルなどの依存症や摂食障害と同じメカニズムであると言えます。さらに、もっと言えば、労働から、スポーツ、勉強、ゲーム、セックスまで、私たちのあらゆる精神活動は、コントロールができなくなれば、依存症になりうると言えます。なお、現在、「ワーカホリック」は、DSM-5に掲載されていませんが、日本で過労自殺が続くなら、今後の改訂版で正式に依存症の一種として掲載されるかもしれません。なぜ働かせ過ぎるの?-過労をさせる心理ここまで働く側の心理を主に3つ考えてきました。ここからは働かせる側の心理も考えてみましょう。なぜ働かせ過ぎるのでしょうか? その過労をさせる心理を主に3つ挙げてみましょう。(1)がんばることは良いことだから青山の上司は、最多契約賞として一番優秀な部下を全員の前で表彰し、金一封を手渡します。そして、次のノルマをつり上げます(ストレッチゴール)。1つ目は、がんばることは良いことだからです。これは、江戸時代の封建社会から洗練されてきた日本独特の文化で、「気合い」「精神力」にも通じます。自分ががんばって我慢して世間(集団)の役に立つことを良しとする集団主義の文化です。よって、「長く働く人は偉い」、逆に言えば「残業をやらない人はやる気がない」という雰囲気になりやすいです。また、顧客の都合で突発的に「呼ばれたらすっ飛んで行く」という対応の方が、好ましく思われ、顧客満足度は高いでしょう。こうして、働かせる側は、残業や突発的な仕事があることを前提にして仕事のスケジュールを組み、働かせ過ぎることができます。そして、残業を無制限にさせられるように、従来からの日本の企業は、労働法の例外事項を拡大解釈しています(サブロク協定)。ちなみに、医師は、「病気という顧客の都合」により、「呼ばれたらすっ飛んで行く」ことが義務付けられている点で(医師の応召義務)、やはり働かせられ過ぎます。(2)首切りが難しく新しい人を雇いにくいから退職を申し出る青山に対して、上司は、「懲戒解雇しかねえからな!」などと脅しています。本当でしょうか?2つ目は、首切りが難しく新しい人を雇いにくいからです。日本の労働法は、労働者に保護的であり、使用者が解雇するハードルが極めて高いです。これは、「簡単に見捨てない」という集団主義の文化が根付いているとも言えます。だからこそ、繁忙期だからと言って人を増やさずに、残業を増やします。そして、閑散期に残業を減らします。一方、欧米は、繁忙期に人を増やし、閑散期に人を減らしています。言い換えれば、欧米では首切りがしやすいということです。こうして、働かせる側は、残業を繁閑の調整弁にすることで、働かせ過ぎることができます。裏を返せば、欧米に比べて、日本の残業制度は、労働者の雇用を安定させるという役割があります。ちなみに、医師は、医師不足によって新しく雇いにくいという点で、やはり働かせられ過ぎます。(3)仕事の範囲を広げられるから青山の部署は営業部ですが、他の部署への異動も可能です。3つ目は、仕事の範囲を広げられるからです。日本の労働文化は、働かせる側の命令の権限が大きく、仕事の範囲がどこまでも広がってしまうということです。例えば、仕事の内容や求められるスキルが違っていても、部署異動があります。能力の高い人や断らない人はより多くの仕事を任せられます。仕事が終わらない同僚や部署を手伝わせることもあります。これは、「会社も家族同様」という集団主義の文化の名残とも言えます。言うなれば、日本は「人に仕事をつける」ということです(メンバーシップ型)。一方、欧米は「仕事に人をつける」、つまり、仕事の範囲が最初から詳細な労働契約で決まっていて広げられないということです(ジョブ型)。このように、仕事の範囲に融通を効かせる点でも、首切りは、日本ではしにくく、欧米ではしやすいと言えるでしょう。こうして、働かせる側は、会社のメンバーの一員であることを口実に仕事の範囲を広げていき、働かせ過ぎることができます。だからこそ、企業の人事が採用する新人に一番求めるのは、もともとのスキルや経験よりも、「コミュニケーション能力」です。言い換えれば、求めているのは、無理な残業でも断らない「企業戦士」ということです。さらに、これを悪用しているのが、昨今話題になる新手のブラック企業です。急成長する会社の知名度を利用して、新人を大量に雇用して、従順で能力のある人だけを選別します。そして、残りの人を巧妙なパワーハラスメントによって自主退職に追い込みます。いわば実質的な大量解雇です。ちなみに、日本の医師は、欧米と違い、専門外の診療行為に制限が少ないため、診る患者の範囲を広げられる点で、働かせられ過ぎます。なぜ働き過ぎは良くないの?-過労のマイナス面青山は、ヤマモトに「ちょっと今から仕事やめてくる」と宣言して、怖い上司に自分のまっすぐな気持ちをひるまずに伝えます。そして「できれば部長も少し休んでください」と言う言葉を残して、職場を後にします。その帰り道、鞄をぶんぶん振り回してスキップしながら戻ってきます。彼の開放感が、軽やかに描かれています。彼は、働き過ぎないことを選んだのでした。一方、青山の上司なら「好きで働いてなぜ悪い」と言うでしょう。それも1つの価値観です。ただし、それを周りに強要する時代ではなくなってきているということです。なぜ働き過ぎは良くないのでしょうか? その過労のマイナス面を主に3つに挙げてみましょう。(1)メンタルヘルスの危うさ1つ目は、メンタルヘルスが危うくなることです。青山が過労自殺をしそうになったように、これは、過労死とともに最低限守るべき労働安全衛生であることは明らかです。これが、現在の情報化社会によって、うやむやにはできない状況になっています。(2)ワークライフバランスの危うさ2つ目は、ワークライフバランスが危うくなることです。時代の変化によって、仕事(ワーク)よりもプライベート(ライフ)に重きを置くバランスが求められているからです。例えば、男女共働きで家事育児の分担、少子高齢化で介護の負担、趣味や資格取得のための個人の時間などです。(3)雇用の活性化の危うさ3つ目は、雇用の活性化が危うくなることです。価値観の変化により、より多くの女性や高齢者も労働に参加することが望まれています。労働者市場は一定であると考えれば、従来の労働者が働き過ぎないことで、その不足分を新規に女性や高齢者が補う形で参入できるようになるはずです。なぜ働くの?-労働の心理ある日、青山がヤマモトについて調べると、何と3年前に自殺していたことが分かります。そのヤマモトに、青山は「人生は誰のためにあると思う?」と尋ねられます。「自分のため」「他にあるのか?」と答える青山に、ヤマモトは「おまえを大切に思っている人のためや」「おまえが死んで何もかんも終わりにできると思ってるかもしれんけど、そんなんたまらんわ。残された方はほんまにたまらんわ」と語ります。ヤマモトは一体何者なのでしょうか? その答えは、この映画を見て納得していただきたいと思います。そもそも私たちはなぜ働くのでしょうか? 確かに、自分のため、生活のため、生きるためです。もっと分かりやすく言えば、お金のためです。それにしても、果たしてそうでしょうか? その答えを進化心理学的に掘り下げてみましょう。原始の時代、私たちヒトは、体と同じく心(脳)も進化させました。それが先ほどにもご紹介した社会脳です。社会脳とは、家族を中心にして村(生活共同体)の中でうまくやって行くための能力です。そのシンボルとして、当時、頼られている者が周りの者から貝の首飾りの贈り物をもらいました。感謝の印です。つまり、貝の首飾りが多ければ多いほど、みんなとうまくやっているという信頼の証が得られたのでした。これが、お金(貨幣)の起源と言われています。つまり、本来のお金とは、信頼の象徴だったのです。しかし、現在、お金は富の象徴にすり替わって、一人歩きしています。よって、「なぜ働くの?」という労働の心理への究極的な答えは、「お金のため」「自分のため」を超えて、家族のためであり、自分と信頼関係を築きたい人のためであると言えます。これは、ヤマモトの答えにもつながります。どう働かせる?-表4これまで、過労の心理、過労をさせる心理、過労のマイナス面、そしてそもそもの労働の心理を詳しく見てきました。これらを踏まえて、今後、青山の会社や上司などの働かせる側はどうすれば良いでしょうか?  その対策を主に3つ挙げてみましょう。(1)ルールに基づいて働かせる1つ目は、ルールに基づいて働かせることです。ドイツやフランスでは、時間外労働に対してペナルティを課しています。日本も、ようやく働き方改革で、罰則付きで労働時間に制限を設ける方針を打ち出しています。こうして、仕事の要求度を減らし、職場のストレスを減らすことができます。ただし、医師は、医師法に基づく応召義務などの特殊性を理由に、現時点で適用除外対象になっており、今後も議論の余地があるでしょう。(2)風通し良く働かせる2つ目は、風通し良く働かせるです。まず組織のトップが、「過労は良くない」というメッセージを自ら発信し続けることです。そして、お互いに積極的に意見が言い合える関係作りをすることです(フラット型のコミュニケーション)。まさに、青山の上司とは真逆です。トップの発言や態度が、集団の規範となり、コミュニケーションのスタイルとなり、組織文化となります。「周りが仕事をしているのに帰りづらい」という横並びの負の同調圧力を減らすことができます。そして、時短勤務や在宅勤務などの多様な働き方をより受け入れることができます。こうして、仕事のコントロール感を増やし、職場のストレスを減らすことができます。(3)見極めて働かせる3つ目は、見極めて働かせることです。これは、労働量と労働時間の関係の「見える化」です。確かに、マニュアル通りではない仕事(非定型業務)は、状況や個人によって差があり、労働量と労働時間の相関関係を決めづらい面はあります。そうだとしても、この仕事に対してこのくらいの能力の人にはこのくらいの時間がかかるという労働力や労働時間の適正な相場をあえて見極め、示すことです。そうしないとどうなるでしょうか? 働かせる側は「時短だ」「定時に帰れ」と言って表向きには労働時間を減らしておきながら、納期やノルマなどの労働量はそのままにして、時間内に仕事が終わらないのは「能力がない」という理屈を押し付けることができます。すると、働く側は、「能力がない」と思われたくないために、タイムカード通りに帰宅せずに職場に居残る「サービス残業」をしたり、職場近くのカフェに移動して仕事を続ける「持ち出し残業」をしたり、自宅に持ち帰る「持ち帰り残業」をしたりするなど、隠れて残業をさせられるはめになります。これは、「時短ハラスメント」とも呼ばれています。「プレミアムフライデー」が広がらない理由はここにあります。また、仕事のやり方と時間配分を本人の裁量に任せる労働(裁量労働制)も危ういです。なぜなら、そもそも最初から過剰な労働量が設定されてしまえば、労働時間が不透明なだけに、より働かせ過ぎることができるからです。これは、逆に、労働の「見えない化」です。この「見える化」をあえてしない組織は、つまり働き方改革を逆手に取って悪用することで、残業代を支払わなくて良くなりコストカットしたことになるので、短期的には業績(生産性)を上げるでしょう。しかし、現代の高度な情報化社会の中で、これが明るみになるのに時間はそれほどかからないでしょう。つまり、長期的にはその組織は社会的信用を失い、人が集まらなくなり、業績は下がっていくでしょう。先ほどの原始の時代の社会脳の進化でも触れましたが、信用される、信頼されることこそが働くことの原点です。それは組織においても同じだからです。働かせる側は、「見える化」によって働く側の様子を理解していることが重要です。こうして、職場の社会的支援を増やし、職場のストレスを減らすことができます。どう働く?-表4それでは、働く側はどう働ければ良いでしょうか? ヤマモトの心がけを主に3つ挙げてみましょう。(1)余裕を持って働く給料や正社員であることに固執して自分を追い詰めている青山とは対照的に、ヤマモトは、「ニートやで」「いちおうアルバイト的なことはしてるで」「就職なんかせんでも、意外と生きていけるからな」と軽く言います。1つ目は、余裕を持って働くことです。時間や体力の余裕は、心の余裕を保ちます。その余裕の中で、どれくらい働いて、どれくらい余暇や家族との時間を過ごして、そしてどれくらい稼ぐのか、つまりどんな生き方(ライフスタイル)をしたいのかということに向き合うことです。そして、そのバランスを取るために、仕事を休む、辞めるという選択肢は常にあると考えることです。これは、働く側の「見える化」とも言えます。逆に言えば、余裕がない中、やみくもに働く時代ではなくなっています。こうして、仕事の要求度を減らし、職場のストレスを減らすことができます。(2)積極性を持って働く叱られまいと萎縮して受け身になって働く青山とは対照的に、ヤマモトは、明るいネクタイを勧め、笑顔でゆっくり話すこと、営業相手に寄り添い、懐に入ることを説きます。2つ目は、積極性です。これは、自分から積極的に先回りして動くことです。こうして、仕事のコントロール感を増やし、職場のストレスを減らすことができます。(3)やりがいを持って働くヤマモトは、青山を過労自殺から救い、彼の人生を大きく変えました。そして、青山に心の底から感謝されます。ヤマモトはお金では計り知れない大きな仕事をしたとも言えます。実は、ヤマモトは、すでにある場所でやりがいを見いだし、生き生きと働いていました。3つ目は、やりがいを持って働くことです。先ほどの原始の時代の社会脳の進化でも触れましたが、感謝されるやりがいこそが働くことの原点です。そして、仕事にやりがいを見いだすことで、信頼関係が生まれ、自分の居場所が見いだせます。こうして、職場の社会的支援を増やし、職場のストレスを減らすことができます。どう生きる?ラストシーンで、ヤマモトの居場所が、なんとバヌアツという外国の小学校であることが判明します。そこを尋ねた青山は、ヤマモトに「ここで、今度はおれがおまえを助けることができないかな?」と申し出ます。すると、ヤマモトは「最初はボランティアからやで」と微笑むのです。かつての狭く息苦しい青山の職場とは対照的に、抜けるような青空、海、そして子どもたちの絶えない笑顔があるバヌアツはまさに楽園です。青山は、ヤマモトのおかげで、働き方だけでなく、生き方も変えたのでした。ボランティアとは、ラテン語の「ボランタス(自由意志)」を語源としています。まさに働くことの原点です。確かに、ボランティアだけでは、生きて行くことは難しいでしょう。組織も個人も、お金(収入)は大事です。働き方改革のマイナス面として、個人も組織も収入を減らしてしまうおそれがあります。政府の成長戦略に連動しないおそれもあるでしょう。これは、個人、組織、政府のそれぞれにとって、あまりはっきりさせたくない不都合な真実でしょう。一方で、これからはAI(人工知能)の時代です。現在、機械化によって力仕事をする必要がなくなってしまったために、逆にお金を払ってスポーツジムで運動をする人がいます。同じように、近い将来には、AI化によって仕事自体をする必要がなくなってしまうために、逆に、お金を払って働く人が現れるかもしれません。これは、究極のボランティア精神と言えるでしょう。なぜなら、社会構造の変化(環境変化)に、私たちの心(脳)の進化が追いつくには、少なくとも何万年かは必要だからです。働き方を変えて収入を減らしたとしても、働かなくても良いAIの時代になったとしても、やはり働くことは自由意志であり周りとの信頼関係を強めることであるという原点に立ち返れば、私たちは、どう働くかを超えて、どう生きるかという問いへの答えも見いだすことができるのではないでしょうか?1)北川恵海:ちょっと今から仕事やめてくる、メディアワークス文庫、20152)日本産業精神保健学会編:職場のメンタルヘルス、南山堂、20113)大室正志:産業医が見る過労自殺企業の内側、集英社新書、20174)梶本修身:すべての疲労は脳が原因、集英社新書、20165)常見陽平:なぜ、残業はなくならないのか?、祥伝社新書、2017

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Dr.大山のがんレク!すべての医療者に捧ぐがん種別薬物療法講義(下巻)

第7回 頭頸部がん 第8回 食道がん 第9回 肝胆膵がん 第10回 婦人科がん 第11回 泌尿器がん 第12回 造血器腫瘍 第13回 脳腫瘍 第14回 緊急症 第15回 緩和ケア がん化学療法が一般的な治療となり、一般内科でもがん患者を診る機会が多くなりました。この番組では、がん種ごとに、基本的知識、ステージ、主な治療法、化学療法とその副作用をコンパクトに解説。下巻では7つのがんとオンコロジックエマージェンシー、緩和ケアを収録。すべての医療者が自信を持ってがん患者と向き合えるための知識を、腫瘍内科 大山優先生がレクチャーします!第7回 頭頸部がん 咽頭、口腔、鼻腔など発現部位によって予後や治療法が異なる頭頸部がん。技術的・機能的に可能な場合は外科的切除、不可能な場合はケモラジ、すなわち放射線治療と化学療法の合わせ技で対応します。発見前には舌の違和感や出血などで来院することもあり、治療後には口腔内の合併症など、一般医のフォローも必要ですので、ぜひポイントを押さえてください。 第8回 食道がん 食道がんの手術後には、吻合部が狭窄し、嚥下障害を起こすことがあります。唾液が飲み込めないなど、生活に支障を来す患者のQOL改善には一般内科医のフォローが必須!食道がんは気管、大動脈、心膜、椎体に接するため、浸潤しやすいのが恐ろしい点です。症状のある患者は進行している場合が多く、治癒率も高くないなど、基礎知識も押さえておきましょう。第9回 肝胆膵がん 肝胆膵がんは病態が多様で、患者ごとの治療選択がとても重要です。肝がんは慢性肝炎や肝硬変の進行具合によって治療が異なり、殺細胞薬はほとんど効果がないこと、膵がんは早期発見が難しく約4%の患者しか完治できないことなど、一般内科医でもこれだけは知っておきたい肝胆膵がんの基本的知識、治療方法、副作用をコンパクトに解説します。第10回 婦人科がん 今回は子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がんをぎゅっとまとめてレクチャー。この3つは共通してカルボプラチンとパクリタキセルを使用した化学療法を行います。これだけでも覚えておきたいポイントです。そのほかHPV(ヒト乳頭腫ウイルス)など、一般内科医にも最低限知っておいてほしい婦人科がん知識をお伝えします!第11回 泌尿器がん 今回は腎がん、尿路上皮がん、前立腺がん、精巣がんをまとめてレクチャーします。泌尿器がんは患者によって進行のスピードや薬剤反応性などに大きな個人差があるのが特徴です。とくに前立腺がんは緩徐進行性のため治療不要となる場合があり、PSA検診の可否が問題となっています。新薬開発の目覚しい化学療法や、QOL確保のための膀胱温存療法、ホルモン療法など、一般内科医でも知っておきたいがん知識が満載です!第12回 造血器腫瘍 造血器腫瘍は遺伝子レベルで病型が細分化され、新薬の登場とともに、治療も複雑化しています。急性白血病や悪性リンパ腫でも、化学療法は比較的有効で、的確な治療と全身管理によって完治できるタイプもあります。初診時に見逃してはならない、メディカルエマージェンシーのポイントを解説します!第13回 脳腫瘍 脳腫瘍は原発性と転移性に分けられます。原発性の悪性腫瘍は境界が不明瞭なため完全摘出が難しく、手術後に化学放射線療法を行います。転移性脳腫瘍は、原発腫瘍の部位や状態によって治療方法が異なります。なかでも、EGFR遺伝子変異性肺がんのように化学療法高度感受性の原発腫瘍の場合は、転移巣も化学療法が有効となるケースがあります。このように最近は脳腫瘍でも長期予後が期待できる場合もあるので、脳腫瘍治療のエッセンスを一通り覚えておきましょう!第14回 緊急症 がん患者の容態悪化、Oncologic Emergencyに対応できますか?一般内科でも外来でがん治療中の患者に遭遇する機会が多くなりました。専門医でなくとも、抗がん剤の副作用や合併症に対応しなければなりません。今回は一般内科医でも是非知っておいてほしい、経過観察してはいけないがんの緊急症について解説します!第15回 緩和ケア 最終回はがん診療においては必須となる緩和ケア。とくに疼痛治療の要となるオピオイドについて、開始方法や副作用を説明します。一般内科でも疼痛ケアや術後のフォローなどを行う機会が増えています。これだけは知っておきたい緩和ケア知識をぜひチェックしてください。

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重症肥満への外科治療、そのリスクとベネフィット/JAMA

 肥満外科手術を受けた重症肥満患者は、内科的治療を受けた患者と比較すると臨床的に重大な合併症リスク増大と関連しているが、その半面、肥満関連の併存疾患のリスクが低いことが明らかにされた。ノルウェー・Vestfold Hospital TrustのGunn Signe Jakobsen氏らが中央値6.5年間追跡したコホート研究の結果で、JAMA誌2018年1月16日号で発表された。これまで、両者の有益なアウトカムおよび有害なアウトカムとの関連は、明らかにされていなかった。結果を踏まえて著者は、「臨床決定プロセスにおいて、合併症リスクは考慮されなければならない」とまとめている。主要アウトカム:高血圧症の寛解または新規発症 研究グループは、重症肥満(BMI値40以上、またはBMI値35以上で併存疾患1つ以上)で、肥満外科手術または生活習慣介入プログラムなどの内科的治療を受けた患者における、肥満関連の併存疾患の変化を評価した。 対象は、2005年11月~2010年7月のVestfold Hospital Trustの3次ケア外来センター受診記録(ベースラインデータ)と、2006年から死亡(または2015年12月)までのフォローアップデータがあった、重症肥満患者1,888例(連続包含患者は2,109例であったが221例は除外)。このうち肥満外科手術を受けていたのは932例(92%が胃バイパス術)、個別または集団プログラムによる生活習慣介入などの内科的治療を受けていたのは956例であった。 主要アウトカムは、ノルウェー処方データベースに基づく、高血圧症の寛解または新規発症であった。事前規定の副次アウトカムは、併存疾患(糖尿病、うつ、オピオイド使用)の変化であった。有害事象の評価は、ノルウェー患者レジストリおよび各検査室のデータベースから抽出した合併症について行った。外科手術は高血圧、糖尿病に有益だが、うつ病、オピオイド使用、再手術で高リスク 1,888例は平均年齢43.5歳(SD 12.3)、女性66%、ベースラインBMI平均値44.2(SD 6.1)で、100%が中央値6.5年(範囲:0.2~10.1)のフォローアップを完遂した。 手術群では、高血圧症の寛解が多い傾向が、また新規発症は少ない傾向が認められた。寛解に関する絶対リスク(AR)は31.9% vs.12.4%、絶対リスク差(RD)は19.5%(95%信頼区間[CI]:15.8~23.2)、相対リスク(RR)は2.1(95%CI:2.0~2.2)であった。また新規発症に関しては、AR 3.5% vs.12.2%、RD 8.7%(95%CI:6.7~10.7)、RR 0.4(95%CI:0.3~0.5)であった。 また、糖尿病寛解の尤度は、手術群のほうが大きいことが認められた。AR 57.5% vs.14.8%、RD 42.7%(95%CI:35.8~49.7)、RR 3.9(95%CI:2.8~5.4)であった。 うつ病の新規発症は、手術群でリスクが大きかった。AR 8.9% vs.6.5%、RD 2.4%(95%CI:1.3~3.5)、RR 1.5(95%CI:1.4~1.7)。 オピオイド新規使用は手術群のほうが多かった。AR 19.4% vs.15.8%、RD 3.6%(95%CI:2.3~4.9)、RR 1.3(95%CI:1.2~1.4)。 また、手術群のほうが、1回以上の消化器手術を受けるリスクが高かった。AR 31.3% vs.15.5%、RD 15.8%(95%CI:13.1~18.5)、RR 2.0(95%CI:1.7~2.4)。 フェリチン低値の患者の割合は、手術群で有意に高かった(26% vs.12%、p<0.001)。

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術後オピオイド処方と乱用の関連/BMJ

 オピオイドの乱用が世界的に急増している。手術を受けた患者の退院時のオピオイド投与の割合は、非手術例のほぼ4倍に達するが、医師による習慣的なオピオイド処方の、乱用への影響は不明だという。米国・ハーバード・メディカル・スクールのGabriel A. Brat氏らは、米国におけるオピオイドの不適正使用の大幅な増加には、術後にオピオイドを処方された患者への薬剤の補充(refill)および処方期間の延長が関連することを示し、BMJ誌2018年1月17日号で報告した。退院後の不適正使用を後ろ向きに評価 研究グループは、オピオイド未投与の手術患者において、術後のさまざまなオピオイドの処方パターンが、依存、過剰摂取、乱用に及ぼす影響を定量的に評価するレトロスペクティブなコホート研究を実施した(研究助成は受けていない)。 民間保険会社の非特定化されたデータベースを用い、2008~16年に同社の健康保険に加入していた3,765万1,619人のうち、オピオイドの投与を受けたことがない手術患者101万5,116例のデータを収集した。 主要評価項目は、国際疾病分類第9版(ICD-9)の依存、乱用、過剰摂取の診断コードで同定されたオピオイドの不適正使用とした。不適正使用は、退院後にこれらの診断コードが1回以上適用された場合と定義し、処方オピオイド関連の診断コードに限定した。退院後の経口オピオイドの使用は、処方薬の補充と総用量、および使用期間で定義した。予測因子としては、むしろ使用期間が重要 56万8,612例(56.0%)が術後にオピオイドの投与を受け、処方薬の90%が退院後3日以内に調剤されていた。不適正使用は5,906例(0.6%、183/10万人年)で同定され、このうち1,857例(0.2%)が術後1年以内に発生していた。 全体として不適正使用率は低かったが、オピオイド使用の増加とともに急速に上昇し、再処方が1回の患者の不適正使用の割合は、再処方されなかった患者のほぼ2倍であった。1回の再処方ごとに、補正済みの不適正使用のハザードは44.0%(95%信頼区間[CI]:40.8~47.2、p<0.001)上昇した。 また、オピオイドの使用期間が1週追加されるごとに、不適正使用の割合が平均34.2%(95%CI:26.4~42.6、p<0.001)上昇し、補正済みのハザードは19.9%(95%CI:18.5~21.4、p<0.001)上昇した。 不適正使用の予測因子としての強度は、使用期間と比較して処方された用量のほうが低く、使用期間が長期に及ぶ場合に限り、用量の重要度が高くなった。 著者は、「今回のデータは、術後の介入および行動変容の潜在的な手段を提示する知見として重要である」としている。

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オピオイドの適正使用推進にオキシコンチンTR発売/塩野義製薬

 塩野義製薬株式会社(本社:大阪市中央区、代表取締役社長:手代木 功)は、オキシコドン(商品名:オキシコンチン錠)の新剤形品として、乱用防止を目的とした「オキシコンチンTR錠」を2017年12月8日新発売した。 がん性疼痛治療において、オピオイド鎮痛薬は重要な役割を果たしており、近年では、地域包括ケアの進展により在宅医療の重要性も高まっていることから、オピオイド鎮痛薬の適正使用がこれまで以上に求められることが予想されている。また、米国においては2013年以降、米国食品医薬品局(FDA)が乱用防止特性を持つ薬剤の使用を推奨し、ガイダンスも出されるなどオピオイド鎮痛薬の適正使用が推進され、従来の製剤からの切り替えが進められている。オキシコンチンTR錠は錠剤の硬度を高くすることで粉末まで砕くことが困難であるとともに、水を含むとゲル化するという特性を持つ。これにより、オピオイド鎮痛薬の適正使用のさらなる推進と乱用の防止が期待されるという。

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1分でわかる家庭医療のパール ~翻訳プロジェクトより 第41回

第41回:終末期を支える5つの薬剤監修:表題翻訳プロジェクト監訳チーム 終末期を過ごす形態は、大きく分けて4種類あると思います。入院医療では、一般病棟か緩和ケア病棟か。在宅医療では、自宅か施設か。緩和ケア病棟やDPC病棟は包括医療費なので、呼吸困難に対するオプソ内服や口腔内分泌に対するアトロピン点眼薬など、日本では保険外使用になっている下記に述べるような医薬品が比較的使いやすい環境です。一方、在宅の看取りに関しては、ケア提供者の経験や熱意が大きく影響します。家族にとっては初めての体験ばかりなので、現状に対する不安よりも、見えない今後に対する不安が大きいことが多いです。こうした点で、実際に身内を自宅で看取ったことのある家族は、大きな力になります。これからの時代は、政策的に施設看取りが求められている印象です。非DPC病棟や在宅医療でも、終末期医療に対する薬が「保険外使用だから」と使いにくい状況が改善されることを望みます。 以下、Am Fam Physician.3月15日号1)より終末期に関わる症状は、急性症状を治療するよりも予防するほうが容易であることが多いため、症状を予防する対策を立てるべきである。嚥下機能が低下してきたら、薬剤は舌下や皮下、直腸坐薬に切り替える。薬は少量から開始し、目的の効果が出るまで増量すべきである。適切な症状コントロールにより、終末期を安静にかつ尊厳を持って、快適に過ごすことができる。疼痛は、最期の1ヵ月頃に50%程度の人に現れる。身体的な痛みだけでなく、精神的、社会的、スピリチュアル面も考慮に入れるべきである。オピオイドは終末期の呼吸困難感や痛みを緩和に用いられる(Evidence rating B:オピオイドを呼吸困難に使用すべき)。せん妄は治療しうる病態により起こることもあり、その病態を特定して治療可能なら治療すべきである。せん妄に対しては、ハロペリドールやリスペリドンが効果的である(Evidence rating C)。嘔気・嘔吐に対しては、原因に即した薬物治療が行われるべきである。予期できる嘔気に対してはベンゾジアゼピンが効果的で、とくにオンダンセトロンは化学療法や放射線治療に伴う嘔気に対し効果的であり、消化管通過障害による嘔気にはデキサメサゾンやハロペリドールを使用すべき(Evidence rating B)であるが、オクトレオチド酢酸塩の効果は限定的である。便秘は痛みや吐き気、不安感、せん妄を引き起こすので、便秘の予防は終末期ケアのとても大切な部分であり、緩下剤を大腸刺激性下剤と併用して使うのが望ましい。熱を下げることは、患者の要望とケアの目標に基づいて行うべきである。口腔内の唾液分泌があると、呼吸する時に呼吸音が大きくなることがあり、死期喘鳴といわれる終末期によくみられる症状である。このことを事前に伝えておくと、家族や介護者の不安は軽減する。また、抗コリン薬は口腔内の分泌を緩やかにするといわれているが、質の高い研究はない。アトロピン点眼薬は、口腔気道分泌液を抑えることができる(Evidence rating C)。終末期を支える代表的な5つの薬剤を以下に挙げる。焦燥感や嘔気を抑えるハロペリドールの舌下熱を下げるアセトアミノフェンの坐薬不安を抑えるロラゼパムの舌下痛みや呼吸困難を抑えるモルヒネの舌下口腔内分泌を抑えるアトロピン点眼薬の舌下※Evidence rating B=inconsistent or limited quality patient-oriented evidence、Evidence rating C=consensus, disease-oriented evidence, usual practice, expert opinion, or case series.※本内容は、プライマリケアに関わる筆者の個人的な見解が含まれており、詳細に関しては原著を参照されることを推奨いたします。 1) Albert RH. “End-of-Life Care: Managing Common Symptoms” Am Fam Physician. 2017 Mar 15;95:356-361.

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がん治療の末梢神経障害、皮膚障害に指針/日本がんサポーティブケア学会

 Supportive care。日本では支持療法と訳されることが多い。しかし、本来のSupportive careは、心身の異常、症状の把握、がん治療に伴う副作用の予防、診断治療、それらのシステムの確立といった広い意味であり、支持療法より、むしろ支持医療が日本語における適切な表現である。2017年10月に行われた「第2回日本がんサポーティブケア学会学術集会」のプレスカンファレンスにおいて、日本がんサポーティブケア学会(JASCC)理事長 田村和夫氏はそう述べた。『がん薬物療法に伴う末梢神経障害マネジメントの手引き』発刊 JASCC神経障害部門部会長である東札幌病院 血液腫瘍科 平山泰生氏が『がん薬物療法に伴う末梢神経障害マネジメントの手引き』発刊について紹介した。 がん薬物療法の進化によるがんの治療成績向上と共に、抗がん剤による副作用も対処可能なものが増えてきている。しかし、本邦における4,000例以上のがん患者の追跡調査では、化学療法終了後1ヵ月以内の神経障害の発生頻度は7割、6ヵ月以降でも3割であった。神経障害はいまだに患者を苦しめているのが現状である。 この神経障害に対する有効な薬物は明らかではない。JASCCが行った調査では、がん専門医の神経障害に対する処方は、抗けいれん薬(97%)、ビタミンB12(78%)、漢方薬(61%)、その他抗うつ薬、消炎鎮痛薬、麻薬など、さまざまな薬剤を用いており、薬剤の有効性かわからない中、医療現場の混乱を示唆する結果となった。 一方、米国では2004年にASCOによる「化学療法による末梢神経障害の予防と治療ガイドライン」が発行されている。しかし、ビタミンB12、消炎鎮痛薬などの記載がないなど日本の状況とは合致していない。そのため、本邦の現状を反映した臨床指針が望まれていた。 Mindsの作成法に準じて作られた『がん薬物療法に伴う末梢神経障害マネジメントの手引き』では、この分野のエビデンスが少ないため、ガイドラインとは銘打たず"手引き"としている。同書には薬物の有効性に関するクリニカルクエスチョンも掲載されており、ビタミンB12、漢方、消炎鎮痛薬、麻薬など、日本でしか使われていないような薬剤についても記載がある。「がん薬物用法に伴う皮膚障害アトラス&マネジメント」出版を目指す JASCC皮膚障害部門部会長である国立がん研究センター中央病院皮膚腫瘍科の山崎直也氏が「がん薬物用法に伴う皮膚障害アトラス&マネジメント」の出版について紹介した。 がん治療の外来への移行、抗がん剤開始時期の早期化、生存期間の延び、長期間にわたり社会と触れ合いながら治療を受けるがん患者が増えている。一方で、分子標的薬をはじめ、皮膚有害事象を発現する薬剤も増えている。このような社会で生きるがん患者にとって、アピアランスケアは非常に重要な問題である。 皮膚障害の治療に対するエビデンスは少なく、世界中が医療者の経験値で対応しているのが現状である。そのような中、昨年(2016年)がん患者の外見支援に関するガイドラインの構築に向けた研究班により「がん患者に対するアピアランスケアの手引き」が作成された。さらに、目で見てすぐわかる多職種の医療者に伝わるようなものをという考えから、JASCC皮膚障害部門を中心に「がん薬物用法に伴う皮膚障害アトラス&マネジメント」を作成している。 その中では、最近の分子標的薬の皮膚障害を中心に取り上げているが、治療進歩の速さを鑑み、免疫チェックポイント阻害薬についても収載。総論、発現薬剤といった基本的事項に加え、重要な重症度評価およびそれに対する診断・治療のポイントを、症状ごとに症例写真付きで具体的に説明している。年内には発売できる見込みだという。

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国民病「腰痛」とロコモの関係

 2017年9月7日、日本整形外科学会は都内において、10月8日の「骨と関節の日」を前に記者説明会「ロコモティブシンドロームと運動器疼痛」を開催した。今月(10月)には、全国各地で講演会などのさまざまな関連行事が予定されている。予防にも力を入れる整形外科 はじめに理事長のあいさつとして、山崎 正志氏(筑波大学医学医療系整形外科 教授)が、学会の概要と整形外科領域の説明を行った。 わが国において整形外科医師が関わる疾患は幅広く、関節、脊髄、骨粗鬆症、外傷など運動器疾患全般を診療の範囲としている。近年では、運動器の障害から要介護となるリスクが高まることからロコモティブシンドローム(運動器症候群、略称:ロコモ)の概念を提唱し、2010年に「ロコモチャレンジ! 推進協議会」を設立、運動器障害の予防、健康寿命の延長を期している。また、この「ロコモ」の認知度の向上にも注力し、学会では2022年までに認知度80%(2017年現在46.8%)を目標として掲げている。 山崎氏は「今回の講演では、国民の有訴率で男女ともに上位にある『腰痛』を取り上げた。運動器疾患に伴う疼痛であり、愁訴も多いので理解を深めていただきたい」とあいさつを終えた。腰痛にもトリアージが肝心 続いて、山下 敏彦氏(札幌医科大学医学部整形外科学講座 教授)が「国民病・腰痛の“原因不明”の実際とは?  痛みに関する誤解と診断・治療の最新動向」をテーマに講演を行った。 まず、ロコモの要因となる疾患と痛みの関係について触れ、主な原因疾患として変形性膝関節症(患者数2,530万人)、腰部脊柱管狭窄症(同600万人)、骨粗鬆症(同1,070万人)を挙げ、これらは関節痛、下肢痛、腰背部痛を引き起こすと説明。筋骨格系の慢性痛有病率は15.4%で、およそ1,500万人が慢性痛を有し、とくに腰、頸、肩の順に多いという1)。 こうした慢性痛による運動困難は筋力低下をもたらし、これがさらに運動困難を誘引、脊椎・関節の変性を惹起して、さらなる痛みを生む。また、痛みがうつ状態を招き、引きこもりにより脳内鎮痛を低下させて痛みの除去を困難にするといった、悪循環に陥ると指摘する。 次に痛みの中でも「腰痛」に焦点を当て、その原因を探った。従来、腰痛の原因は、その85%が不明とされていたが、近年の研究では78%の原因が特定可能で、22%は非特異的腰痛だとする2)。特定できる腰痛の原因は椎間関節性、筋・筋膜性、椎間板性の順に多く、心因性腰痛はわずか0.3%にすぎないという。そして、腰痛診断ではトリアージが大切であり、重篤な順に、がんや化膿性脊椎炎などの重篤な疾患による腰痛(危険な腰痛)、腰椎椎間板ヘルニアや椎体骨折などの神経症状を伴う腰痛(神経にさわる腰痛)、深刻な原因のない腰痛(非特異的腰痛も含む)となる。とくに危険な腰痛の兆候として「安静にしても痛みがある」、「体重減少が顕著である」、「発熱がある」の3点を示し、これに神経症状(足のしびれ・痛み、麻痺)が加われば、早急に専門病院などでの受診が必要とされる。多彩な治療で痛みに対処 運動器慢性痛の治療は、現状では完全な除痛が難しい。痛みの緩和とQOL・ADLの改善をゴールとして、薬物療法、理学療法、手術療法、生活指導、心理療法(認知行動療法)が行われている。 薬物療法では、非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)、アセトアミノフェン、ステロイド、プレガバリン、抗うつ薬、オピオイドが使用されるが、個々の痛みの性質に応じた薬剤の選択が必要とされる。 理学療法では、温熱療法、電気療法のほかストレッチや筋力増強訓練などの運動療法があり、運動は廃用性障害による身体機能不全の改善となるだけでなく、脳内鎮痛が働くことで痛みの緩和も期待されている。 手術療法は、機能改善や痛みの軽減を目的として変形性膝関節症の人工関節置換術などが行われているが、近年では術後の痛みの少なさ、早期離床が可能、入院期間の短縮、早い職場復帰などのメリットから最小侵襲手術(MIS)が行われている。 心理療法(認知行動療法)では、運動、作業、日記療法などが行われ、「腰痛でできないことよりも、できることを探す」ことで痛みを和らげ、患者さんが願う生活が過ごせることを目指している。 腰痛の予防では、各年代に合ったバランスのとれた食事、体操、水泳、散歩などの適度な運動、正座や中腰を避けるなどの生活様式の工夫などが必要とされる。 最後に山下氏は「慢性痛では、民間療法で済ませている人が多い。しかし、先述の危険な兆候があれば早期に医療機関、整形外科への受診をお勧めする。また、痛みで仕事、家事、学業、趣味・スポーツができない、毎日が憂鬱であれば整形外科を受診し、痛みの治療をしてもらいたい」と語りレクチャーを終えた。

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新生児薬物離脱症、オピオイド+向精神薬でリスク増/BMJ

 新生児の薬物離脱症について、オピオイドのみの子宮内曝露を受けた児に比べて、ベンゾジアゼピン系薬などの向精神薬の曝露も同時に受けた児では、リスクや重症度が増大する可能性が示唆された。なかでも、オピオイド+ガバペンチンの子宮内曝露群では、オピオイド単独曝露群に比べ、同発症リスクが約1.6倍増加した。米国・ブリガム&ウィメンズ病院のKrista F. Huybrechts氏らが、2000~10年のメディケイドデータを用いた分析抽出(Medicaid Analytic eXtract:MAX)コホート内コホート試験を行った結果で、BMJ誌2017年8月2日号で発表した。妊娠中のオピオイド処方と合わせた向精神薬の使用は一般的にみられるが、安全性に関するデータは不足している。出産時前後にオピオイド服用の妊婦20万人超を追跡 研究グループはMAXコホートから、出産前後にオピオイドの処方を受けていた妊婦20万1,275例とその生産児を抽出して観察試験を行った。 抗うつ薬、非定型抗精神病薬、ベンゾジアゼピン系薬、ガバペンチン、非ベンゾジアゼピン系催眠鎮静剤(Z薬)などの向精神薬が、出産時前後、オピオイドと同時期に妊婦に処方された場合と、オピオイドのみを処方された場合について、新生児薬物離脱症のリスクを比較した。新生児薬物離脱症リスク、抗精神病薬やZ薬併用では増加みられず 新生児薬物離脱症の絶対リスクは、オピオイド単独曝露群では1.0%だったのに対し、オピオイド+ガバペンチン曝露群の同リスクは11.4%だった。 オピオイド非単独曝露群において、新生児薬物離脱症の傾向スコアを補正した相対リスクは、抗うつ薬併用群が1.34(95%信頼区間[CI]:1.22~1.47)、ベンゾジアゼピン系薬併用群が1.49(同:1.35~1.63)、ガバペンチン併用群が1.61(同:1.26~2.06)、抗精神病薬併用群は1.20(同:0.95~1.51)、Z薬併用群は1.01(同:0.88~1.15)だった。 また、薬物離脱症状の程度もオピオイド単独曝露群と比べ、向精神薬同時曝露群は、より症状が重くなる傾向がみられた。

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双極性障害患者の自殺、治療パターンを分析

 カナダ・Sunnybrook Health Sciences CentreのAyal Schaffer氏らは、双極性障害(BD)患者の服薬自殺の特性を他の自殺者と比較し、評価を行った。International journal of bipolar disorders誌2017年12月号の報告。 1998~2012年までのカナダ・トロントにおける、全自殺死亡者3,319例から検死データを抽出した。人口統計、既往歴、直近のストレス要因、自殺の詳細部分について、5つのサブグループで分析した。自殺のサブグループは、BDの服薬自殺、BDの他の方法による自殺、非BDの服薬自殺、非BDの他の方法による自殺、単極性うつ病の服薬自殺とした。BDと非BDの服薬自殺の間ならびにBDと単極性うつ病の服薬自殺の間において、致死的および当時の物質使用に対する毒物学的結果を比較した。 主な結果は以下のとおり。・BD自殺死亡者における服薬自殺は、性別(女性)、過去の自殺企図、薬物乱用の併存と、有意に関連していた。・BDおよび非BDの服薬自殺両群において、オピオイドが最も共通した致死的薬物であった。・BDおよび非BDの服薬自殺両群において、ベンゾジアゼピンおよび抗うつ薬が死亡時に最も共通していた薬剤であり、BD群の23%では、気分安定薬または抗精神病薬なしで抗うつ薬が用いられていた。・BD群において、気分安定薬を用いていた患者は31%のみであり、カルバマゼピンが最も用いられていた。・抗うつ薬、気分安定薬、抗精神病薬を用いていなかった患者は、BD群の15.5%であった。・BDの服薬自殺群は、単極性うつ病の服薬自殺群と比較し、前の週に精神科またはERを受診していた割合が高かった。■関連記事双極性障害の診断遅延は避けられないのか双極性障害、リチウムは最良の選択か双極性障害に対する抗けいれん薬の使用は、自殺リスク要因か

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うつ病患者へのベンゾジアゼピン併用、リスクとベネフィットは

 ベンゾジアゼピン(BZD)は、うつ病患者に対し、より早期に抑うつ症状を改善したい場合や不安症状を軽減したい場合に短期間用いられ、抗うつ薬治療の継続を改善する。しかし、ベンゾジアゼピンは、数週間の使用でも依存性を含むリスクと関連している。米国・ノースカロライナ大学チャペルヒル校のGreta A. Bushnell氏らは、抗うつ薬とベンゾジアゼピンの併用の傾向を調査するため、抗うつ薬を服用しているうつ病成人を対象に、併用期間の評価、長期ベンゾジアゼピン使用の推定および、その決定要因の検討を行った。JAMA psychiatry誌オンライン版2017年6月7日号の報告。うつ病患者のベンゾジアゼピン併用処方には慎重な検討が必要 このコホート研究には、US commercial claims databaseを用いた。2001年1月~2014年12月に抗うつ薬療法を開始した成人うつ病患者(18~64歳)のうち、診断の前年に抗うつ薬またはベンゾジアゼピンを使用していなかった患者を対象とした。併用処方の定義は、新規抗うつ薬処方と同日に新規ベンゾジアゼピンの処方を行った場合とした。主要アウトカムは、抗うつ薬とベンゾジアゼピンの併用処方率および併用期間の6ヵ月継続率とした。 うつ病患者の抗うつ薬とベンゾジアゼピンの併用の傾向を調査した主な結果は以下のとおり。・抗うつ薬治療を開始した成人うつ病患者76万5,130例(年齢中央値:39歳、四分位範囲:29~49歳、女性:50万7,451例[66.3%])のうち、ベンゾジアゼピンの併用処方を行った患者は、8万1,020例(10.6%)であった。・2001~14年までの併用処方開始率の平均年増加率は、0.49%であった(95%CI:0.47~0.51%)。2001年の6.1%(95%CI:5.5~6.6%)から、2012年には12.5%(95%CI:12.3~12.7%)と増加したが、2014年は11.3%(95%CI:11.1~11.5%)と落ち着いていた。・同様の所見は、年齢層および医師のタイプによって明らかであった。・抗うつ薬治療期間は、併用処方患者と非併用処方患者で同様であった。・併用処方患者のうち、12.3%(95%CI:12.0~12.5%)は長期間ベンゾジアゼピンを使用していた(64.0%は初期に中止)。・長期ベンゾジアゼピン使用の決定要因は、ベンゾジアゼピン初期投与の長さ、長時間作用型ベンゾジアゼピンを初回に処方、最近のオピオイド処方であった。 著者らは「抗うつ薬治療を開始したうつ病患者では、10人に1人の割合でベンゾジアゼピン併用処方を行っていた。6ヵ月後の抗うつ薬治療に、有意な差は認められなかった。ベンゾジアゼピンに関連するリスクを考えると、抗うつ薬治療開始時のベンゾジアゼピン併用処方には、慎重な検討が必要である」としている。■関連記事ベンゾジアゼピンと認知症リスク~メタ解析うつ病患者のベンゾジアゼピン使用、ミルタザピン使用で減少:千葉大ベンゾジアゼピン系薬の中止戦略、ベストな方法は

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ムーンライト【マイノリティ差別の解消には?】

今回のキーワードアイデンティティ印象形成のバイアスモラルパニック同調性べき思考ノーマライゼーション社会的インクルージョン多様化皆さんは、マイノリティ差別について考えたことはありますか? マイノリティは、医療の現場での障害者も含まれます。なぜ差別はあるのでしょうか? なぜマイノリティなのでしょうか? そして、どうすれば良いでしょうか? これらの疑問に、答えるために、今回は映画「ムーンライト」を取り上げます。この映画は、2017年のアカデミー賞作品賞の受賞作品でもあり、みなさんの中でもご存じの方が多いでしょう。主人公のシャロンは、アフリカ系アメリカ人で同性愛者。父親はいなくて、母親は薬物依存症の果てに売春をしています。貧困地区で生まれ育ち、経済的に貧しく、学校ではいじめられ、いつも独りぼっち。自尊心も自信もありません。そんな荒んだ世界で心の支えとなったのは、たまたま親代わりの存在になった麻薬ディーラーのフアンとテレサ。そして、唯一の友人でバイセクシャルのケヴィン。しかし、ケヴィンは、いじめ首謀者によって、シャロンのいじめに無理矢理に加担させられます。シャロンは、ケヴィンに裏切られたとの思いから、悲しみが怒りとなり、いじめ首謀者に仕返しの暴行をします。その後、彼は少年院を経て、フアンと同じ麻薬ディーラーになっていくのです。彼の少年期、思春期、成人期のそれぞれのエピソードを通して、ストーリー自体は大きな山場もなく進んでいきます。ハッピーエンドにも悲劇にもなりません。シャロンが彼なりに大人になる様、そしてマイノリティとして生きる現実を淡々と描いています。だからこそ、彼の一貫した悲しげな表情や切なくて純粋な思いが際立ち、見ている私たちを惹き付けていきます。それでは、これから、マイノリティの眼差し、マイノリティへのマジョリティ(社会)の眼差し、そしてマジョリティの陥りがちな心理を通して、マイノリティ差別の源やその解決策に迫っていきましょう。マイノリティであるシャロンやケヴィンの眼差しとは?シャロンは、大人になるまで、人種、ジェンダー、家庭環境、貧困など様々な葛藤を抱えています。そして、大人になり、反社会的な職業に就いています。ケヴィンも、大人になって、決して恵まれた暮らしをしていません。2人とも、マジョリティ(多数派)の生き方ではありません。そんなマイノリティの彼らにも、彼らなりの眼差しがあります。主に3つあげてみましょう。1)それでも受け入れる自分の生き方-アイデンティティ少年期、シャロンが自分の境遇に気付き、社会で受け入れられないことに葛藤します。そのことを察したフアンは、シャロンに「自分の道は自分で決めろ」「周りに決めさせるな」と告げ、人生の様々な教訓を教えます。フアンは、シャロンにとって良き理解者であり、強い男のロールモデルでした。思春期までのなよなよとした雰囲気から一転して、大人になったシャロンは、筋肉トレーニングにより屈強な肉体を持ち、ダイヤのピアスとゴールドの歯形を付けています。麻薬の取り引きでは、相手に言いがかりを付けて、威圧もしています。そんな様変わりしたシャロンの姿を10年ぶりに見たケヴィンは「予想外だよ」と言います。するとシャロンは、「どんな予想をしてたんだよ?」と言い返すのです。シャロンは生きる術を身に付け、これが自分なりの生き方だと納得しています。たとえどんなに恵まれていなくても、マイノリティであってもマジョリティであっても、それが自分の生き方だと受け入れていく心のあり方を私たちは教えられます(アイデンティティ)。2)それでも感じる幸せ-リフレーミング大人になったケヴィンは、ひょんなことから料理に目覚めて、コックになり、レストランを開きます。しかし、子どもをつくった女性とは別れ、車を買うお金もなく、生活状況は決して恵まれていません。そんなケヴィンにシャロンは「クソみたいな人生だな」と冗談を言います。しかし、ケヴィンは「その通りだな」と言い、幸せそうな表情を浮かべるのです。そして、幼い自分の子どもの写真を大切そうに見せるのです。ケヴィンは、自分の思い描いていた人生を歩んでいないですが、それでも自分の人生は幸せなものだと感じています。たとえどんな状況であっても、マイノリティであってもマジョリティであっても、その状況の何かに幸せを見いだす心のあり方を私たちは教えられます(リフレーミング)。3)それでも大切にし続ける何か-コミットメントケヴィンは、自分のレストランに訪ねてきてくれたシャロンのために、料理を丁寧につくります。そのことに喜びを感じています。その後に、ケヴィンのアパートで2人きりになったシャロンは「あの夜のことを今でもずっと覚えている」と告げます。それは、高校生だった2人が、ある夜、海辺で寄り添いキスをして、ケヴィンがシャロンに手淫をしたことでした。そして、シャロンは、「今までおれに触れた相手は1人しかいない」と打ち明けるのです。すると、ケヴィンはシャロンを優しく抱きしめます。かつてシャロンは、ケヴィンに裏切られた思いから、全てを忘れようと変わっていきました。しかし、ケヴィンとのその思い出は決して忘れられずに、ずっと一途に秘めたままにしていたのでした。それが、彼の心の支えでした。10年経っても、シャロンにとって、ケヴィンは大切な親友であり恋人のままだったのです。シャロンの見かけは変わりましたが、彼の思いや本質は変わっていなかったのです。たとえ大きなことではなくても、マイノリティであってもマジョリティであっても、何かを大切にし続ける心のあり方を私たちは教えられます(コミットメント)。マイノリティへのマジョリティの眼差しとは?シャロンの同級生たちは、シャロンがゲイであることや母親が売春をしていることで、いじめます。シャロンはマイノリティであっても彼なりの眼差しを持っている一方、マイノリティへのマジョリティ(社会)の眼差しは、残念ながら、否定的なものになりがちです。それが極端な場合は、差別に発展します。実際に、ある心理実験では、人の印象において、相手がマイノリティであるというだけでその相手への評価が否定的になるという結果が得られています(印象形成のバイアス)。「寄らば大樹の陰」ということわざは、これを分かりやすく言い表しています。それでは、そもそもなぜでしょうか?その答えを進化心理学的に考えることができます。原始の時代に、体と同じように、私たちの心(脳)も進化しました。当時に生存の確率を高めたのは、猛獣や飢餓の脅威から身を守るために、ヒトは協力し合って、1つの集団になることです。そのために、周り(集団)に調子を合わせ、マジョリティの考え(集団規範)に従う心理が進化しました(同調性)。さらには、そうしないメンバーはつながりを脅かす脅威となるため排除する心理も進化しました(排他性)。そうして生き残った種の子孫が、現在の私たちなのです。しかし、私たちが生きる現代の文明社会では、原始の時代のように同調性や排他性の心理を発揮しなくても、法や科学によって生存が守られるようになりました。しかし、この原始の時代の心理は残ったままなのでした。よって、この名残の心理によって、私たちは無意識のうちにマイノリティ差別に陥るおそれがあると言えるでしょう。ここで誤解がないようにしたいのは、同調性や排他性の心理が、進化の産物だからと言って、差別が肯定されるわけでは全くないです。例えば、私たちが甘いものをつい口にしてしまうのは原始の時代に生存のために進化した嗜好です。だからと言って、飽食の現代に甘いものを食べ過ぎて糖尿病になることを私たちは決して良しとはしないでしょう。ここで強調したいのは、原始の社会から環境が大きく変わってしまった現代の文明社会において、甘いものへの嗜好を知ることで糖尿病にならないようにするのと同じように、同調性や排他性の心理をよく知ることでマイノリティ差別に陥らないようにすることができるのではないかということです。 マジョリティの心理の危うさとは?同調性や排他性の心理をよく知るために、ここから、マジョリティの心理の危うさを掘り下げてみましょう。マジョリティとは、多数派、つまり社会そのものです。分かりやすく言うと、普通の人です。つまり、普通の人が普通であるために陥りがちなマジョリティの心理を主に3つあげてみましょう。1)体裁や世間体を気にしすぎる-他者配慮1つ目は、体裁や世間体を気にしすぎることです(他者配慮)。普通の人ほど、普通であるために、親や会社などの周りの目を気にして、普通の人が望む生き方に沿っていこうとします。例えば、それは、男性も女性も適齢期に結婚し、子どもをもうけること。父親となった男性は社会的地位や経済力が安定していること。母親となった女性は、家事や育児をきっちりこなし、美しいままであること。子どもは2人いて、有名私立の学校に通っていることです。まさに絵に描いたように全てが恵まれた理想の家族の風景です。しかし、果たしてそれは、自分が本当に望んでいる生き方でしょうか? そうなら良いのです。しかし、そうではないとしたら? 実は男性は、給料が少なくても自分のやりたい仕事をしたいとしたら? 女性はもっとばりばり仕事をしたいとしたら? 子どもには気の合う友達が多くて家に近い公立に行かせたいとしたら?つまり、マジョリティ(社会)がうらやましいとされる価値観に囚われて、世間体や体裁ばかりを気にして、中身がない状況です。そうなると、「自分はこうだ」「これが自分の生き方だ」というアイデンティティが一貫しなくなり、最終的に自分の生き方に満足や納得ができなくなるおそれがあります。2)比べてばかりで不安-比較癖2つ目は、周りと比べてばかりで不安になってしまうことです(比較癖)。普通の人ほど、普通であるために、自分が周りから「望ましい生き方」をしていると思われたいとの思いが強いです。例えば、それは、学校、職場、隣近所でちやほやされたり、うらやましがられることです。しかし、現実的には、自分だけでなく相手もそう思われたいとの思いがあります。よって、自分が相手よりも優位に立とうとお互いが「望ましい生き方」をしていると自慢し合うことになります。さらに、相手を自分よりも優位に立たせないために、相手の生き方を肯定しにくくなります。これは、他人の人生を肯定してしまうと、自分の人生を否定してしまう気分になるからです。こうして、水面下では勝ち負けの競争になっていきます。いわゆる「マウンティング」です。「勝ち組」「負け組」という表現はそれを端的に表しています。また、普通でありたいと思うことは、裏を返せば、普通ではなくなることに過剰に不安を感じやすくなることでもあります。例えば、もし父親がリストラされたら? 母親が姑と揉めたら? 子どもが不登校になったら? このように、現実的には、普通ではない状況になることはいくらでも起こりえます。それに耐えられなくなります。さらに、どんなに優位であっても、「上には上がいる」と思えば、気持ちは満たされなくなります。結果的に、「自分の人生はいつまでも満たされない」という否定的な決め付けをしてしまいがちになります(認知行動療法のスキーマ、交流分析の脚本)。このように、周りの目を絶対化して、いつも相手と比べて一喜一憂してしまい、疲れ果ててしまうのです。自分が幸せであると感じることよりも、周りから自分が幸せそうに見えていることの方が大事になってしまいます。そして、そのために誰かが不幸せであることをつい喜んでしまいます。これは、裏を返せば、先ほど触れたアイデンティティという絶対的な自分の生き方という眼差しを持っていないからでもあります。そもそも自分の生き方に納得していれば、そこに幸せを感じるので、周りの評価や周りの不幸せは必ずしも重要ではなくなるでしょう。3)こうあるべきと不寛容-べき思考3つ目は、自分も周りもこうあるべきとの思いが強くなることです(べき思考)。普通の人ほど、自分だけでなく自分の属する集団の他の人たちも「望ましい生き方」をしてほしい、するべきだとの思いが強くなります。例えば、それは家族から始まり、親戚、地域、そして国へと広がります。逆に、「望ましい生き方」をしていない人には、自分たちの集団のつながり(集団規範)が脅かされると感じやすくなります(モラルパニック)。これは先ほどに触れた同調性と排他性の心理です。しかし、現実的には、マイノリティがいます。マイノリティは、普通の人(マジョリティ)が考える「望ましい生き方」をしているわけではないです。ここに、差別の源があるのです。普通の人が、陥りがちな発想は、「差別は普通ではないことである」「差別する人は普通の人ではない」「私は普通の人だから差別をするはずがない」です。しかし、皮肉にも、「普通」の生き方をするべきと思う人(マジョリティ)ほど、「普通」とされる生き方をしない人(マイノリティ)に寛容ではなくなり、差別の意識が起きやすくなってしまうというわけです。この、べき思考が強すぎれば、相手の言い分に聞く耳を持たず、折り合いが見いだせなくなり、結果的に自分の言い分も相手に分かってもらえずに、相互理解が難しくなります。例えば、それがナショナリズムやヘイトスピーチです。そもそも自分の大切にしているものがはっきりしていて自分の生き方に自信を持っているのであれば、相手の大切にしているものも理解して相手の生き方も大切にできるでしょう。そして、生き方や幸せの形は、人それぞれと思えるでしょう。これまでのマイノリティ差別の解消への取り組みは?これまでの障害者をはじめとするマイノリティ差別の解消のために、バリアフリーやユニバーサルデザインなどのインフラの整備や経済的支援の整備がすでに進められてきました。これらは、マイノリティが、マジョリティと同じく普通の生活ができるようにするハード面の取り組みです(ノーマライゼーション)。ここで誤解がないようにしたいのは、ノーマライゼーションとは、マイノリティが、ノーマルな生活(マジョリティの普通の生活)を送れるようにするという意味であり、ノーマルな人にするという意味ではないです。そして、学校教育での合理的配慮や障害者枠による就労などの制度の整備やLGBT(性的少数者)の婚姻などの法の整備も進められようとしています。これらは、マイノリティが、マジョリティの教育や就労の制度に含まれて社会参加の機会を均等に得ることができるようにするソフト面の取り組みです(社会的インクルージョン)。このノーマライゼーションと社会的インクルージョンは、マイノリティ差別の解消への大きな前進です。ただ、これらだけでは限界があります。なぜなら、いくらマイノリティへのハード面やソフト面の取り組みがなされたとしても、先ほど紹介したマイノリティ差別の根っこであるマジョリティの心理の危うさがあるからです。それでは、どうすれば良いでしょうか? これからのマイノリティ差別の解消への私たちの心のあり方は?先ほどマイノリティ差別をしがちなマジョリティの心理として、体裁や世間体を気にしすぎる、比べてばかりで不安がる、こうあるべきと不寛容になりやすいという3つをあげました。ここから気付くマイノリティ差別の解消のための私たちの心のあり方があります。それは、逆に体裁を気にしすぎない、比べてばかりにならない、こうあるべきとならないことです。そして、そのために必要な心のあり方は、最初に紹介したシャロンやケヴィンの眼差しにあります。それは、マイノリティであってもマジョリティであっても、自分が納得した生き方をしていること、その生き方自体にすでに幸せを感じていること、そしてその生き方のために大切にし続ける何かがあることです。これらを踏まえると、ノーマライゼーション、社会的インクルージョンからさらに一歩進んだ発想が見えてきます。それは、社会の多様化だけでなく、個人の多様化です。例えば、私たちは、人生の中で様々な選択肢があり、自分なりの生き方ができます。決断によって人生を変えていくこともできます。一方で、私たちは生き続ければ間違いなくいずれ高齢者になります。たいてい認知症も発症します。精神疾患が5大疾病に入れられたように、ストレス社会でうつ病などの精神疾患にもなりやすくなっています。妊娠中や出産後は心身ともに困難が増えます。病気や事故ですぐに体が不自由になる可能性もあります。つまり、マジョリティがマジョリティであり続けるわけでは必ずしもないということに気付くことです。それは、マジョリティのマイノリティ化です。すると、もはや自分がマジョリティに入っているかどうかは重要ではなく、そもそもマジョリティかマイノリティかの区別も重要ではなくなるでしょう。これまでは、「インクルージョン(包摂)」という言葉が示すようにマイノリティをマジョリティ側に「入れてあげる」という発想でした。これからは、マジョリティがマイノリティ側に「広がっていく」という発想を持つことが重要ではないでしょうか? これが、差別の解消への私たちの心のあり方の最終的な答えです。月明かりのもとで輝くものは?少年期のシャロンは、フアンから「月明かり(ムーンライト)に照らされて、黒い肌が青く見えるんだ」と教えられます。これは、人生の様々な選択肢や岐路という「月明かり」によって、私たち自身が様々な「色」に輝くことができるという映画のメッセージでもあるように思われます。私たちがそれぞれに違った「色」であるために、マジョリティやマイノリティの区別なく、それぞれが一生懸命に生きることを受け止める社会であってほしいという願いでもあるでしょう。マイノリティというあえて目立たない部分に光りを当てたことに、この映画の醍醐味があります。そして、この映画が2017年にアカデミー賞作品賞に選ばれたことに、現代的な意味があると言えるでしょう。1)曽和信一:ノーマライゼーションと社会的・教育的インクルージョン、阿吽社、20102)本間美智子:集団行動の心理学、サイエンス社、2011年

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慢性疼痛患者に対する医療用大麻、オピオイドとの比較

 慢性疼痛患者では、抑うつや不安を高率に合併している。オピオイド(OP)の処方は、疼痛の薬理学的治療において一般的な方法の1つであるが、米国および世界のいくつかの国において、疼痛管理のための医療用大麻(medical marijuana:MM)が増加している。イスラエル・アリエル大学のDaniel Feingold氏らは、OPおよびMMを処方された疼痛患者の、抑うつおよび不安レベルの比較を行った。Journal of affective disorders誌オンライン版2017年4月21日号の報告。 対象は、OP処方慢性疼痛患者(OP群)474例、MM処方慢性疼痛患者(MM群)329例、OPとMMの両方を処方された慢性疼痛患者(OPMM群)77例。抑うつおよび不安は、こころとからだの質問票(PHQ-9)および全般性不安障害尺度(GAD-7)を用いて評価した。 主な結果は以下のとおり。・抑うつの有症率は、OP群57.1%、MM群22.3%、OPMM群51.4%であった。・不安の有症率は、OP群48.4%、MM群21.5%、OPMM群38.7%であった。・交絡因子で調整した後、OP群はMM群と比較し、抑うつ(調整オッズ比:6.18、95%CI:4.12~9.338)および不安(調整オッズ比:4.12、95%CI:3.84~5.71)が陽性になる可能性が有意に高かった。・また、OPMM群はMM群と比較し、抑うつの傾向がよりみられた(調整オッズ比:3.34、95%CI:1.52~7.34)。 著者らは「本検討は、横断的研究であり、因果関係を推論することはできない」としたうえで、「MM群と比較しOP群では、抑うつおよび不安レベルが高いことから、とくに抑うつや不安リスクのある慢性疼痛患者に対する最適な治療法を決定する際には、本所見を考慮する必要がある」としている。関連医療ニュース とくにうつ病患者は要注意?慢性疼痛時のオピオイド使用 検証!「痛み」と「うつ」関係は?:山口大学 たった2つの質問で、うつ病スクリーニングが可能

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