656.
血清アポリポ蛋白(アポ)C3は、トリグリセライド(TG)リッチリポ蛋白、とくに動脈硬化惹起性の強いレムナントリポ蛋白の構成成分の1つで、主に肝臓で合成される。カイロミクロン、VLDLなどに含まれるTGは、リポ蛋白リパーゼ(LPL)により分解され、遊離脂肪酸を放出してレムナントリポ蛋白となる。この過程はアポC2により活性化されるが、逆にアポC3はLPLによる分解を阻害し、血清TG値を上昇させる1)。また、中間比重リポ蛋白(IDL)をLDLに変換する肝性リパーゼ(HL)の活性やHDLのremodelingを、高濃度のアポC3が抑制する2)。さらに、アポC3はTGリッチレムナントリポ蛋白の肝臓での取り込みを抑制することも報告されており3)、アポC3の過剰は高TG血症、高レムナント血症、食後高脂血症を引き起こす。さらに、アポC3は細胞内でTG合成を促進し、肝臓でのVLDLの合成と分泌を増加させる4)。したがって、アポC3濃度の上昇はTGリッチリポ蛋白の分解のみならず、血中からのクリアランスの抑制を惹起し、動脈硬化惹起性であるVLDLやカイロミクロンレムナントの血中蓄積を引き起こす。 APOC3遺伝子欠損マウスでは、血清TGが低下し、食後高脂血症が防御される5)。ヒトではLancaster Amish の約5%がAPOC3遺伝子の欠失変異であるR19Xのヘテロ接合体であり、これらではアポC3濃度が半減し、空腹時および食後のTG値が有意に低く、冠動脈石灰化の頻度が60%も低い6)。Jorgensen氏らは、デンマークの2つの地域住民を対象とした前向き調査である、Copenhagen City Heart StudyとCopenhagen General Population Studyに参加した7万5,725例のデータを前向きに解析し、APOC3遺伝子変異を保因するため生涯にわたりTGが低値の集団において虚血性心血管疾患のリスクが低いか否かを検討した7)。その結果、虚血性血管疾患および虚血性心疾患のリスクは、ベースラインの非空腹時TG値の低下に伴って減少し、<90mg/dLの被験者は≧350mg/dLの場合に比べ、発症率が有意に低かった。また、APOC3遺伝子の3つのヘテロ接合体の機能欠失変異(R19X、IVS2+1G→A、A43T)の保有者では、変異のない被験者よりも非空腹時TGが平均44%低値であり、虚血性血管疾患および虚血性心疾患の発症は有意に少なかった。したがって、APOC3遺伝子の機能欠失型変異はTG値の低下、虚血性血管疾患のリスク減少と関連し、APOC3は心血管リスクの低減を目的とする薬剤の有望な新たな標的と考えられた。APOC3遺伝子の変異に関する同様の論文も発表されている8)。 このように、動脈硬化性疾患の発症抑制を目指したアポC3の制御による高TG血症の治療は、最近のトピックスとなっている。一方、家族性LPL欠損症等に起因する1,000mg/dLを超える高カイロミクロン血症は、難治性膵炎、発疹性黄色腫の原因となり、厳重な脂肪摂取の制限が必須である。しかしながら、治療にはきわめて抵抗性であり、フィブラート、ニコチン酸誘導体、ω3脂肪酸製剤を併用しても治療効果が十分ではなく、新たな治療法の開発が模索されていた。その中で、海外ではAAVベクターを用いたLPL遺伝子治療が試みられてきたが、膵炎の頻度は減らせるものの、TG値の顕著な低下は認められていない9)。 今回のアポC3アンチセンスオリゴヌクレオチドを用いた試験では、空腹時TG値が350~2,000mg/dL(単独療法群)、225~2,000mg/dL(フィブラート併用群)の患者に対して、APOC3遺伝子の発現を新規アンチセンスオリゴヌクレオチド製剤(ISIS 304801)の週1回投与で抑制し、用量依存性にアポC3とTG値の有意な低下が認められた。副作用についても、顕著なものは認められていない。ISIS 304801は第2世代のアンチセンスオリゴヌクレオチド製剤で、ヒトAPOC3 mRNAと選択的に結合し、ribonuclease H を介したmRNA分解により、APOC3 mRNA を減少させることで血中アポC3濃度を低下させる。すでに健常volunteerの第I相および家族性LPL欠損症の少数例での成績10)が報告されている。本報告は、さらにこれを発展させて、単独投与群、フィブラート併用群の2群において、用量についても検討した無作為、プラセボ対照、用量変更した第II相試験で、一部LPL欠損症ヘテロ接合体が含まれている。ISIS 304801投与により、アポC3が低下し、TGも顕著に低下したことは、本アンチセンス療法の有望性を示唆している。高カイロミクロン血症における膵炎の予防だけでなく、中等度高TG血症の症例では心血管イベント抑制につながる可能性もある11)。興味ある成果は、高TG血症の改善に伴ってHDL-C値が増加し、またLDL-C値も増加したことである。LPL抑制状態ではカイロミクロン由来の脂質のHDLへの転送が障害されており、HDL-C増加はC3減少によるLPL活性増加を反映していると考えられる。LDL-Cの増加は、おそらくVLDL→IDL→LDLへ変換が促進された結果であろうが、これが長期的に心血管イベントリスクの増悪につながるか否かは注意深く観察する必要があろう。また、アポC3の低下がLPL活性の増加につながったのか、あるいはTGの低下がTGリッチリポ蛋白の肝臓でのクリアランスの増加によるものなのか、あるいはアポC3アンチセンスオリゴヌクレオチドによるアポC3合成の減少が、肝細胞内でVLDLの分泌値低下を起こしたのかは、本研究では明らかにされていない。さらに、アンチセンスオリゴヌクレオチドの注射による局所の変化以外に、長期的な副作用について、今後慎重な解析が必要であろう。【参考文献】1)Ginsberg HN, et al. J Clin Invest. 1986;78:1287-1295. 2)Kinnunen PK, et al. FEBS Lett. 1976;65:354-357. 3)Windler E, et al. J Lipid Res. 1985;26:556-565. 4)Qin W, et al. J Biol Chem. 2011;286:27769-27780. 5)Maeda N, et al. J Biol Chem. 1994;269:23610-23616. 6)Pollin TI, et al. Science. 2008;322:1702-1705. 7)Jorgensen AB, et al. N Engl J Med. 2014;371:32-41. 8)TG and HDL Working Group of the Exome Sequencing Project, National Heart, Lung, and Blood Institute, et al. N Engl J Med. 2014;371:22-31.9)Burnett JR, et al. Curr Opin Mol Ther. 2009;11:681-691. 10)Gaudet D, et al. N Engl J Med. 2014;371:2200-2206. 11)Christian JB, et al. Am J Med. 2014;127:36-44.e1.