サイト内検索|page:6

検索結果 合計:274件 表示位置:101 - 120

101.

第127回 アマゾン処方薬ネット販売と零売薬局、デジタルとアナログ、その落差と共通点(後編)

コロナ終息とエリザベス女王国葬こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。WHOのテドロス事務局長は9月14日の記者会見で、新型コロナウイルスの世界全体の死者数が、先週、2020年3月以来の低い水準になったと指摘、「世界的な感染拡大を終わらせるのにこれほど有利な状況になったことはない。まだ到達していないが、終わりが視野に入ってきた」と述べたそうです。同日、厚生労働省の新型コロナウイルス対策を助言する専門家組織「アドバイザリーボード」も、全国的に新規感染者数の減少が続いている、との分析を公表しました。世界的に流行が終息に向かっていることは、米国MLBの中継や、英国エリザベス女王の国葬の様子を見ても実感することができます。国葬もそうでしたし、女王の国葬に先立つウエストミンスター宮殿での公開安置の行列でも、マスクをしている人はほとんどいませんでした(デビット・ベッカム氏も!)。その点、日本人は真面目というか、融通が効かないというか、街中の屋外では、皆、まだマスクをしています。こうした、お上の言うことに真面目に従い、世間体(周囲)を気にする他人任せな点が、日本でセルフメディケーションがなかなか進まない一因なのかもしれません。アマゾンの処方薬ネット販売の背景さて前回は、米アマゾン・ドット・コム(以下、アマゾン)が日本で処方薬のネット販売に乗り出すことになった、というニュースについて書きました(「第126回 アマゾン処方薬ネット販売と零売薬局、デジタルとアナログ、その落差と共通点(前編)」参照)。アマゾンの処方薬ネット販売進出の背景にあるのは、オンライン診療、オンライン服薬指導の普及・定着と、来年から始まる予定の電子処方箋の運用です。電子処方箋が運用されれば、処方箋のやりとりだけでなく、処方薬の流通についても徹底した効率化が求められるようになります。近い将来やってくるであろう調剤・配送集中化の時代を見据え、アマゾンとしてはまずは同社の服薬指導のシステムを普及させることで、地域の薬局をネットワーク化しておきたいというのが、その大きな狙いとみられます。こうした動きに対し、日本保険薬局協会の首藤 正一会長(アインホールディングス代表取締役専務)は記者会見で、「リアル店舗やかかりつけ薬剤師の存在感を高めることで、アマゾンに対抗する」といった趣旨のコメントをしたそうです。その記事を読んで、私は首をかしげてしまいました。世の中で「かかりつけ薬剤師」は「かかりつけ医師」よりももっと曖昧な存在です。そんなものに力を入れることで、果たして巨大アマゾンに対抗できるのでしょうか。そんなことを考えていたら、アマゾン報道の1週間ほど前に利用した都内の零売(れいばい)薬局のことを思い出しました。大都市圏で増える零売薬局零売薬局はコロナ禍で医療機関の受診控えが起こったことなどを背景に、東京都内をはじめ、大都市圏で急増しています。「処方箋なしで病院の薬が買える」などのキャッチフレーズで、新宿、渋谷、池袋など、特に若者が多く集まる街で増えている印象です。その動きは地方にも及んでいます。東海テレビ(愛知県)は7月29日の放送で、名古屋で初めての零売薬局、「セルフケア薬局」が繁華街である地下鉄名城線栄駅・南改札すぐのところにオープンした、と報じています。「セルフケア薬局」は、東京に本拠を構える零売薬局チェーンで、東京、神奈川のほか、大阪、京都などでも店舗を展開しています。厚労省が零売を公式に認めたのは2005年そもそも零売とは、医療用医薬品を、処方箋なしに容器から取り出して顧客の必要量だけ販売することをいいます。「零」は「ゼロ」を意味する漢字ですが、「少ない」「わずか」と言う意味もあります。つまり零売とは「少数や少量に小分けして売ること」という意味なのです。厚生労働省が処方箋医薬品以外の医療用医薬品の販売、すなわち零売を公式に認めたのは、2005年とそんなに昔のことではありません。それ以前は法令上での明確な規定がなく、一部薬局では医療用医薬品の販売が行われていました。厚労省が零売を容認するきっかけとなったのが2005年4月の薬事法改正です。医薬品分類を現在の分類に刷新するとともに「処方箋医薬品以外」の医療用医薬品の薬局での販売を条件付きで認める通知を発出しました。同年3月30日の厚生労働省から発出された「処方せん医薬品等の取扱いについて」(薬食発第0330016号厚生労働省医薬食品局長通知)は、「処方せん医薬品以外の医療用医薬品」は、「処方せんに基づく薬剤の交付を原則」とするものであるが、「一般用医薬品」の販売による対応を考慮したにもかかわらず、「やむを得ず販売せざるを得ない場合などにおいては、必要な受診勧奨を行った上で」、薬剤師が患者に対面販売できるとしました。なお、零売に当たっては、1)必要最小限の数量に限定、2)調剤室での保管と分割、3)販売記録の作成、4)薬歴管理の実施、5)薬剤師による対面販売――の順守も求められることになりました(本通知の内容は現在、2014年3月18日付薬食発0318第4号厚生労働省医薬食品局長通知「薬局医薬品の取扱いについて」に引き継がれています)。医療用医薬品約1万5,000 種類のうち半数は処方箋なしでの零売可能2005年4月施行の改正薬事法は、処方箋医薬品の零売を防ごうとしたのも目的の一つでした。それまでの「要指示医薬品」と、全ての注射剤、麻薬、向精神薬など、医療用医薬の約半分以上が新たに「処方箋医薬品」に分類されたわけですが、逆に使用経験が豊富だったり副作用リスクが少なかったりなど、比較的安全性が高い残りの医薬品が「処方箋医薬品以外の医薬品」に分類され、零売可能となったわけです。現在、日本で使われる医療用医薬品は約1万5,000種類あり、このうち半分の約7,500 種類は処方箋なしでの零売が認められています。鎮痛剤、抗アレルギー薬、胃腸薬、便秘薬、ステロイド塗布剤、水虫薬など、コモンディジーズの薬剤が中心で、抗生剤や注射剤はありません。また、比較的新しい、薬効が強めの薬剤も含まれません(H2ブロッカーはあるがPPIはない等)。ついでだからとリンデロンVG軟膏5mgも買ってしまうさて、9月初旬に私が利用したのは、都内のとある零売薬局です。いつも通っている整形外科の診療所でいつもの鎮痛剤と湿布薬を処方してもらうつもりだったのですが、外来で2時間近く待つ時間的余裕がなく、仕方なしに山手線の某駅近くにある零売薬局を利用することにしたのです。店内に入ると女性の薬剤師がカウンターに座るよう促しました。こちらの症状や、欲しい薬剤をヒアリングし、パソコンの画面を見せながら推奨する薬剤を勧めるという流れです。私は整形外科で処方してくれている鎮痛剤のエトドラク錠200mgと、ジクロフェナクテープ30mgを希望しました。しかし、「いずれも処方箋医薬品以外の医薬品ですが、当店では扱っていません」とのことで、同種のロキソプロフェンNa錠60mgとロコアテープを勧められ、それらを購入することにしました。また、雑談(!)の中で、二日酔いの薬やビタミン剤、虫刺されの薬などの話も出たので、ついでだからとリンデロンVG軟膏5mgも買ってしまいました。リンデロンVGは、山登りや沢登りでの虫刺されにてきめんに効く薬ですが、ステロイドの含有量が多いこともあって普通の薬局・薬店では買えません。「前は調剤薬局にいたが、今の仕事のほうが面白い」と、なんだかんだで薬剤師と20分近く会話をして、約4,000円の買い物をしてしまいました。薬局を出てから、今までかかってきた整形外科でも、その門前にある調剤薬局でも、鎮痛剤や湿布薬についてここまで詳しく説明を聞いたことがなかったことに気付きました。エトドラク錠と、ジクロフェナクテープがなかったのは、単にこの薬局が仕入れる薬剤リストに入っていないためか、あるいは薬効や副作用などから自主的に販売していなためかはわかりませんが、少なくとも代替薬を勧める薬剤師の説明は理には適っていました。症状を自分で聞いて、薬を選択するアドバイスをし、客の人となりを見て他の薬剤も勧めるには、それなりの知識とコミュニケーション力が要るでしょう。私を担当した薬剤師は最後に、「前は調剤薬局で働いていたが、今の仕事のほうが面白い」と話していました。零売薬局の不適切事例に厚労相が注意喚起の通知というのが私の零売薬局体験なのですが、調べてみるとコロナ禍で急増した零売薬局の中には、不適切事例も相次いでいるようです。厚労省は2022年8月5日、処方箋医薬品以外の医療用医薬品の薬局での販売の不適切な販売事例について、都道府県などに再周知を促す通知「処方箋医薬品以外の医療用医薬品の販売方法等の再周知について」(薬生発0805第23号厚生労働省医薬・生活衛生局長通知)を発出、不適切な事例について指導を徹底するよう求めています1)。前述したように2005年の通知、それを引き継いだ2014年の通知で、零売は「一般用医薬品の販売等による対応を考慮したにもかかわらず、やむを得ず販売等を行わざるを得ない場合」に例外的な販売が認められていますが、そうした“考慮”をすることなく販売されている事例を、「不適切」として注意喚起したわけです。私自身のケースも考えてみればそうでした。今回の通知ではまた、「同様の効能・効果を有する一般用医薬品等がある場合は、まずはそれらを販売すること」、「在庫がない場合は他店舗の紹介などによる対応を優先すること」され、さらに販売に当たっての遵守事項として「反復継続的に医薬品を漫然と販売等することは、医薬品を不必要に使用する恐れがあり不適切」とも改めて明示されました。さらに、広告やホームページなどで次のような表現を用いて処方箋医薬品以外の医療用医薬品の購入を消費者等に促すことは不適切ともされました。「処方箋がなくても買える」「病院や診療所に行かなくても買える」 「忙しくて時間がないため病院に行けない人へ」 「時間の節約になる」 「医療用医薬品をいつでも購入できる」 「病院にかかるより値段が安くて済む」…。コモンディジーズならば医療機関の受診をはしょれるこの通知は増える零売薬局への強烈な牽制と考えられます。実は厚労省は同様の指摘を2021年に一般社団法人日本零売薬局協会に対して行っており、同協会は12月、「厚生労働省からのご指摘について」という文書を会員に対して配布、広告表現等について注意するよう促しています2)。私自身は、ここまで零売に足かせをはめる必要はないと思います。医療保険が使えず、現状極めてアナログなシステムと言えますが、少なくともコモンディジーズならば医療機関の受診をはしょれます。患者は勝手知ったる薬を手早く入手できますし、国の医療費削減にも寄与します。一方、薬剤師も医師の処方にただ従って調剤するのではなく、自らの判断で薬剤を選ばなければならないので、説明も責任をもって行うようになるかもしれません。プリントされた薬剤情報提供書を機械的に渡すだけの調剤薬局の薬剤師とは異なる職能も求められ、仕事としての面白味も増しそうです。日本の薬局や処方箋調剤が抱える“欠点”DXの最先端であるアマゾンとアナログの極みとも言える零売薬局。日本の薬局や処方箋調剤が抱える“欠点”に対するアンチテーゼという意味でも共通点があります。その“欠点”とは服薬指導です。処方薬の場合、現状、すべてのケースで服薬指導を行わないと、処方薬を患者に渡すことはできません。もし、患者の希望によって、あるいは一部の薬剤においてそのプロセスをはしょることができれば、電子処方箋の運用はもっとスムーズなものになるはずです。患者はオンライン診療を受けるだけで(オンライン服薬指導を受けなくても)、薬剤が手元に届くことになるからです。一方、リアルでアナログな薬局である零売薬局ですが、そこで行われている服薬指導のほうが薬剤師は熱心だし、責任をもってやっている、というのも皮肉な話です。OTC販売では構築できなかった新しい「患者-薬剤師関係」が生まれる可能性もあります。何より、零売は医療機関を受診しない(保険診療ではない)ことで、医療費の削減につながります。国が言う、セルフメディケーション推進の流れにも合っているわけで、風邪や下痢などのコモンディジーズや患者自身も十分に理解している疾患に限っては、零売は「規制」よりも「推進」があるべき形だと考えられます。10月にも岸田 文雄首相を本部長とする「医療DX推進本部」がいよいよ発足します。現状の仕組みをすべてシステムの中に落とし込もうとするのではなく、服薬指導や医療機関受診といった現在のプロセスの中のはしょれる部分を大胆にはしょった上で、新たにシステムを組み直すほうが真のDXになると思いますが、皆さんいかがでしょう。ドラゴンクエストの世界のような、エリザベス女王の国葬をテレビ中継で観ながら、そんなことを考えていた雨の週末でした。参考1)処方箋医薬品以外の医療用医薬品の販売方法等の再周知について/厚生労働省2)厚生労働省からのご指摘について/一般社団法人日本零売薬局協会

102.

第125回 学会提言がTwitterで大炎上、医療崩壊にすり替えた国産コロナ薬への便宜では?

土曜日の朝、何気なくTwitterを開いたらトレンドキーワードに「感染症学会」の文字。何かと思って検索して元情報を辿ったところ、行き着いたのが日本感染症学会と日本化学療法学会が合同で加藤 勝信厚生労働大臣に提出した「新型コロナウイルス感染症における喫緊の課題と解決策に関する提言」だった。提言は4つだが、そのすべてをひっくるめてざっくりまとめると、「現在の第7波に対応するには早期診断・早期治療体制の確立がカギを握る。そのためには重症化リスクの有無に関係なく使える抗ウイルス薬が必要であり、その可能性がある国産抗ウイルス薬の一刻も早い承認あるいは既存の抗ウイルス薬の適応拡大が必要」というものだ。どうやら発表された9月2日に厚生労働省内にある記者クラブで記者会見をしたらしいが、フリーランスの私は当然それを知る由もない。この点がフリーランスのディスアドバンテージである。国産抗ウイルス薬とは、塩野義製薬が緊急承認制度を使って申請した3CLプロテアーゼ阻害薬のエンシトレルビル(商品名:ゾコーバ)のことだ。同薬の緊急承認審議の中身についてはすでに本連載で触れた通り。連載では文字数の関係上、ある程度議論をリードした発言を抜粋はしているが、本格議論の前に医薬品医療機器総合機構(PMDA)側から緊急承認に否定的な審査報告書の内容が説明されている。その意味で、連載に取り上げた議論内容は少なくとも感情論ではなく科学的検討を受けてのもので、結果として継続審議となった。両学会の提言はそうした科学的議論を棚上げしろと言っているに等しい。もっとも両学会の提言は一定のロジックは付けている。それについて私なりの見方を今回は記しておきたいと思う。まず、4つの提言のうち1番目を要約すると「入院患者の減少や重症化の予防につながる早期診断・早期治療の体制確立を」ということだが、これについてはまったく異論はない。提言の2番目(新規抗ウイルス薬の必要性)は一見すると確かにその通りとも言える。念のため全文を引用したい。「現在使用可能な内服薬は適応に制限があり、60歳未満の方のほとんどは診断されても解熱薬などの対症療法薬の処方しか受けられません。辛い症状、後遺症に苦しんでいる方が多くいらっしゃいます。また、自宅療養中に同居家族に高率に感染が広がることが医療逼迫の大きな原因になっています。こうした状況を打開するためにも、ハイリスク患者以外の軽症者にも投与できる抗ウイルス薬の臨床現場への導入が必要です」私はこの段階でやや引っかかってしまう。確かに現時点で高齢者や明らかな重症化リスクのある人以外は解熱鎮痛薬を軸とする対症療法しか手段がない。しかも、現在の新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の重症度判定は、酸素飽和度の数値で決められているため、この数字が異常値でない限りは40℃近い発熱で患者がのたうち回っていても重症度上は軽症となり、解熱鎮痛薬処方で自然軽快まで持ちこたえるしかない。それを見つめる医療従事者は隔靴掻痒の感はあり、何とかしてあげたいという思いに駆られるだろう。それそのものは理解できる。しかし、私たちはこの「思い」が裏目に出たケースを経験している。いわゆる風邪に対する抗菌薬乱用による耐性菌の増加、眠れないと訴える高齢者へのペンゾジアゼピン系抗不安薬の乱用による依存症。いずれも根本は医療従事者の“患者の苦痛を何とかしたい”という「思い」(あるいは「善意」)がもたらした負の遺産である。結果として、提言の2番目は言外に「何ともできないのは辛いから、まずは効果はほどほどでも何とかできるようにさせてくれ」と主張しているように私は思えてしまう。ちなみに各提言では、「説明と要望」と称してより詳細な主張が付記されているが、2番目の提言で該当部分を読むと、その主張は科学的にはやや怪しくなる。該当部分を抜粋する。「感染者に対する早い段階での抗ウイルス薬の投与は、重症化を未然に防ぎ、感染者の速やかな回復を助けるだけではなく、二次感染を減らす意味でも大切です」これは一般の人が読めば、「そうそう。そうだよね」となるかもしれない。しかし、私が科学的に怪しいと指摘したのは太字にした部分である。その理由は2つある。第1の理由は、まず今回の新型コロナは感染者の発症直前から二次感染を引き起こす。発症者が抗ウイルス薬を服用しても二次感染防止は原理的に不可能と言わざるを得ない。服用薬に一定の抗ウイルス効果が認められるならば、感染者・発症者が排出するウイルス量は減ると考えられるので、理論上は二次感染を減らせるかもしれないが、それが服用薬の持つリスクとそのもののコストに見合った減少効果となるかは、はなはだ疑問である。第2の理由は、提言が緊急承認を求めているエンシトレルビルの作用機序に帰する。エンシトレルビルは新型コロナウイルスの3CLプロテアーゼを阻害し、すでに細胞に侵入したウイルスの増殖を抑制することを意図した薬剤である。ヒトの体内に侵入したウイルスが細胞に入り込む、すなわち感染・発症成立を阻止するものではない。たとえばオミクロン株ではほぼ無効として、現在はほぼ使用されなくなった通称・抗体カクテル療法のカシリビマブ/イムデビマブ(商品名:ロナプリーブ)は、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質と結合し、細胞そのものへの侵入を阻止する。もちろんこれとて完全な感染予防効果ではなく、厳密に言えば発症予防効果ではあるが、原理的には3CLプロテアーゼ阻害薬よりは二次感染発生の減少に資すると言える。現にオミクロン株登場前とはいえ、カシリビマブ/イムデビマブは、臨床試験で家庭内・同居者内での発症予防効果が認められ、適応も拡大されている。これに対してエンシトレルビルと同じ3CLプロテアーゼ阻害薬で、国内でも承認されているニルマトレルビル/リトナビル(商品名:パキロビッドパック)では、家庭内感染リスク低下を評価するべく行った第II/III相試験「EPIC-PEP」でプラセボ群と比較して有意差は認められていない。これらから「二次感染を減らす意味でも大切です」という提言内容には大いに疑問である。そして提言の3番目(抗ウイルス効果の意義)では次のように記述している。「新しい抗ウイルス薬の臨床試験において、抗ウイルス効果は主要評価項目の一つです。新型コロナウイルスの変異株の出現に伴い、臨床所見が大きく変化している今、抗ウイルス効果を重視する必要があります」今回の話題の焦点でもあるエンシトレルビルの緊急承認審議に提出された同薬の第II/III相試験の軽症/中等症患者を対象とした第IIb相パートの結果では、主要評価項目の鼻咽頭ぬぐい検体を用いて採取したウイルス力価のベースラインからの変化量と12症状合計スコア(治験薬投与開始から120時間までの単位時間当たり)の変化量は、前者で有意差が認められたものの、後者では有意差が認められなかった。この結果が緊急承認の保留(継続審議)に繋がっている。提言の言いたいことは、ウイルス力価の減少、つまり抗ウイルス効果が認められたと考えられるのだから、むしろそれを重視すべきではないかということなのだろう。実際、3番目の提言の説明と要望の項目では、デルタ株が主流だった第5波の際の感染者の重症化(人工呼吸器管理を必要とする人)率が0.5%超だったのに対し、オミクロン株が主流の第6波以後では0.1%未満であるため、重症化阻止効果を臨床試験で示すことは容易ではないと指摘している。それは指摘の通りだが、エンシトレルビルの第IIb相パートはそもそも重症化予防効果を検討したものではない。あくまで臨床症状改善状況を検討したものである。しかも、この説明と要望の部分では「ウイルス量が早く減少することは、臨床症状の改善を早めます」とまるで自家撞着とも言える記述がある。ところがそのウイルス量の減少が臨床症状の改善を早めるという結果が出なかったのがエンシトレルビルの第IIb相パートの結果である。両学会は何を主張したいのだろう。一方で今回のエンシトレルビルの件では、時に「抗ウイルス薬に抗炎症効果(臨床症状改善)まで求めるのは酷ではないか」との指摘がある。しかし、ウイルス感染症では、感染の結果として炎症反応が起こるのは自明のこと。ウイルスの増殖が抑制できるならば、当然炎症反応にはブレーキがかからねばならない。それを臨床試験結果として示せない薬を服用することは誰の得なのだろうか?前述のように作用機序からも二次感染リスクの減少効果が心もとない以上、この薬を臨床現場に投入する意味は、極端な話、それを販売する製薬企業の売上高増加と解熱鎮痛薬よりは根本治療に近い薬を処方することで医師の心理的負荷が軽減されることだけではないか、と言うのは言い過ぎだろうか?さらにそもそも論を言ってしまえば、現在エンシトレルビルで示されている抗ウイルス効果も現時点では「可能性がある」レベルに留まっている。というのも前述の第IIb相パートは検査陽性で発症が確認されてから5日以内にエンシトレルビルの投与を開始している。この投与基準そのものは妥当である。そのうえで、対プラセボでウイルス力価とRNA量の減少がともに有意差が認められたのは投与開始4日目、つまり発症から最大で9日目のもの。そもそも新型コロナでは自然経過でも体内のウイルス量は発症から5日程度でピークを迎え、その時点を境に減少するのが一般的である。この点を考慮すると、第IIb相パートの試験で示された抗ウイルス効果に関する有意差が本当にエンシトレルビルの効果のみで説明できるかは精査の余地を残している。ちなみに緊急承認に関する公開審議では委員の1人から、この点を念頭にエンシトレルビル投与を受けた被験者の投与開始時点別の結果などが分かるかどうかの指摘があったが、事務局サイドは不明だと回答している。さらに指摘するならば同試験は低用量群と高用量群の2つの群が設定されているが、試験結果を見る限りでは高用量群での抗ウイルス効果が低用量群を明らかに上回っているとは言い切れず、用量依存的効果も微妙なところである。総合すれば、エンシトレルビルの抗ウイルス効果と言われるものも、現時点では暫定的なものと言わざるを得ないのだ。また、3番目の提言の説明と要望の項目では「オミクロン株に感染した際の症状としては呼吸器症状(鼻閉・咽頭痛・咳)、発熱、全身倦怠感が主体でこれ以外の症状は少なくなっています」とさらりと触れている。これは主要評価項目の12症状合計スコアで有意差が認められなかった点について、塩野義製薬がサブ解析でこうした呼吸器症状のみに限定した場合にプラセボに対してエンシトレルビルでは有意差が認められたと主張したことを、やんわりアシストしているように受け取れる。これとて緊急承認の際の公開審議に参加した委員の1人である島田 眞路氏(山梨大学学長)から「呼吸器症状だけ後からピックアップして有意差が少しあったという。要するにエンドポイントを後からいじるのはご法度ですよ。はっきり言って」とかなり厳しく指摘された点である。そしてこうしたサブ解析で有意差が出た項目を主要評価項目にして臨床研究を行った結果、最終的に有意差は認められなかったケースは実際にあることだ。いずれにせよ私個人の意見に過ぎないが、今回の提言は科学的に見てかなり破綻していると言わざるを得ない。そしてなにより今回の提言の当事者である日本感染症学会理事長の四柳 宏氏(東京大学医科学研究所附属病院長・先端医療研究センター感染症分野教授)は、エンシトレルビルの治験調整医師であり、明確に塩野義製薬と利益相反がある。記者会見ではこの点について四柳氏自身が「あくまでも学会の立場で提言をまとめた」と発言したと伝わっているが、世間はそう単純には受け止めないものだ。それでも提言のロジックが堅牢ならばまだしも、それには程遠い。まあ、そんなこんなで土曜日は何度かこの件についてTwitterで放言したが、それを見た知人からわざわざ電話で「あの感染症学会の喧々諤々、分かりやすく説明してくれ」と電話がかかってきた。「時間かかるから夜にでも」と話したら、これから町内会の清掃があって、その後深夜まで出かけるとのこと。私はとっさに次のように答えておいた。「あれは例えて言うと…町内会員らで清掃中の道路に町内会長が○○○したようなもの」これを聞いた知人は「うーん、分かるような、分からないような。また電話するわ」と言って会話は終了した。その後、彼からは再度問い合わせはない。ちなみに○○○は品がないので敢えて伏字にさせてもらっている。ご興味がある方はTwitterで検索して見てください。お勧めはしません(笑)。

103.

第10回 第7波で終わるはずもなく

第7波の収束と死亡者数全国各地のコロナ病棟で第7波の収束の兆しが見えてきました。新学期が始まってリバウンドする可能性もあったのですが、とりあえず第7波の喧騒もそろそろ落ち着いてきましたね(図1)。図1. 国内の新型コロナ新規陽性者数と死亡者数(筆者作成)現状をまとめてみましょう。感染者が急激に増えて死亡者数が問題になったのは第3波以降ですが、過去最多の死亡者数を記録したのは、執筆時点では第6波です。「ただの風邪だろう」と思われていたオミクロン株の伝播性が過去最悪で、多くの高齢者が死亡することになりました。第7波はBA.5が主体でした。第6波を超える感染者数だったことから、おそらく第7波の死亡者数が最多になるのではと予想されています。ピークアウトしつつあるとはいえ、第7波はすでに1万人の死亡者数を突破していることから、前波を超える死亡者数に到達するでしょう(図2)。図2. 新型コロナ 各波の死亡者数(筆者作成)現在、新型コロナ病床に残っているのは、施設や自宅に戻ることが難しくなった寝たきりの高齢者が主体で、後方支援病院に搬送が滞っている状況はコロナ禍初期からあまり変わらない光景です。いくら自治体が後方支援をお願いしても、過活動性の認知症の患者さんを引き受けてくれるところは多くありません。第8波はどうなる?第7波で終わって、第8波が来ないということは医学的にありえませんので、間違いなく第8波はやってきます。ただ、発生届を一定の重症度以上の患者さんに絞っている自治体が出てきており(宮城県など)、感染者数の全容が把握できない自治体は増えてくるかもしれません。となると、第8波がどのような年齢層にどのような重症度で広がっていくのかという解釈は後付けになってしまい、何となく医療逼迫度がこのくらいかなという印象を肌で感じながら立ち向かうことになると予想されます。いずれにしても日本はウィズコロナに舵を切らなければいけなくなったわけですから、第8波はほぼ現状の武器で立ち向かうことになります。感染者数がそこまで多くないように見えるのに、救急医療などがじわじわと逼迫する見えない恐怖と戦うような波にならないことを祈るばかりです。

104.

オミクロン株感染者の半数以上が自覚していない

 米国・カリフォルニア州ロサンゼルス郡の人口の多い都市部で、オミクロン株流行時に抗体陽転が確認された人を対象としたコホート研究において、感染者の半数以上が感染を認識していないこと、また、医療従事者は非医療従事者より認識者の割合が高いが全体としては低いことが示唆された。米国・Cedars-Sinai Medical CenterのSandy Y. Joung氏らが、JAMA Network Open誌2022年8月17日号に報告。 本研究は、ロサンゼルス郡のCOVID-19血清学的縦断研究に登録された大学病院の医療従事者と患者の記録を分析したもので、参加者は2回以上の抗ヌクレオカプシドIgG(IgG-N)抗体の測定を1ヵ月以上の間隔で行った。1回目はデルタ株流行終了(2021年9月15日)以降、2回目はオミクロン株流行開始(2021年12月15日)以降で、2022年5月4日までにオミクロン株流行時に感染が確認された成人を対象とした。新型コロナウイルス感染の認識は、自己申告の健康情報、医療記録、COVID-19検査データのレビューで確認した。 主な結果は以下のとおり。・血清学的にオミクロン株感染が確認された210人(年齢中央値[範囲]:51[23~84]歳、女性:65%)のうち、44%(92人)が感染を認識しており、56%(118人)が認識していなかった。・認識していない人のうち10%(12人/118人)が何らかの症状があったが、その原因は風邪や新型コロナウイルス以外の感染症であると回答した。・人口統計学的および臨床的特徴を考慮した多変量解析では、医療従事者は非医療従事者よりもオミクロン株感染を認識している可能性が高かった(調整オッズ比:2.46、95%信頼区間:1.30~4.65)。 これらの結果から、著者らは「オミクロン株感染の認識率の低さが地域社会における急速な伝播の要因である可能性が示唆される」と考察している。

105.

第7回 どこまで進むか小児新型コロナワクチン

小児COVID-19の問題点「子供にとって、COVID-19はただの風邪」という意見もよく耳にします。実際にほとんどが風邪症状で終わっていますが、感染者がとても多い年齢層であることから、ワクチン未接種が感染拡大に影響していることはほぼ間違いないとされています。最近、日本の小児COVID-19に関する研究が2つ報告されています。1つ目は、デルタ株優勢期(2021年8月1日~12月31日)とオミクロン株優勢期(2022年1月1日~3月31日)の疫学的・臨床的特徴を比較検討したものです1)。国立国際医療研究センターが運営している国内最大の新型コロナウイルス感染症のレジストリ「COVID-19 Registry Japan(COVIREGI-JP)」を用いて、国立成育医療研究センターの医師らが解析したものです。これによると、オミクロン株優勢期では、2~12歳で発熱やけいれんが多く観察されることが示されています。また、ワクチン接種歴の有無が判明していた790例に絞ると、酸素投与・集中治療室入院・人工呼吸管理などのいずれかを要した43例は、いずれも新型コロナウイルスワクチン2回接種を受けていないことがわかりました。オミクロン株の113例とオミクロン株前の106例の小児を比較した、もう1つの国立成育医療研究センターの研究では、0~4歳の患者において、咽頭痛と嗄声はオミクロン株のほうが多く(それぞれ11.1% vs.0.0%、11.1% vs.1.5%)、嗄声があったすべての小児でクループ症候群という診断が下りました。また、5~11歳の小児において、嘔吐はオミクロン株のほうが多いことが示されました(47.2% vs.21.7%)2)。オミクロン株になって軽症化しているのは、ワクチンを接種した成人だけであって、小児領域では基本的に症状が強めに出るようです。重症例がおおむねワクチン未接種者で構成されているというのは、驚くべき結果でした。小児の新型コロナワクチン接種率現在、5歳以上の小児には新型コロナワクチン接種が認められていますが、ほかの年齢層と比べると、その接種率は非常に低い状況です(表)。実際私の子供の周りでも、接種していないという小学生は結構多いです。それぞれの考え方がありますので、接種率が低い現状について親を責めようという気持ちはありません。表. 8月15日公表時点でのワクチン接種率(首相官邸サイトより)日本小児科学会の推奨さて、小児におけるCOVID-19の重症化予防のエビデンスが蓄積されてきました。オミクロン株流行下では、確かに感染予防効果はこれまでの株と比べて劣るものの、接種によって、小児多系統炎症性症候群の発症を約90%防げることがわかっています3)。そのため、受けないデメリットのほうが大きいと判断され、5~17歳の小児へのワクチン接種は「意義がある」という表現から、「推奨します」という表現に変更されました4)。子供のワクチン接種率は、親の意向が如実に反映されてしまいます。「とりあえず様子見」という親が多いので、日本小児科学会の推奨によって接種率が向上するのか注目です。参考文献・参考サイト1)Shoji K, et al. Clinical characteristics of COVID-19 in hospitalized children during the Omicron variant predominant period. Journal of Infection and Chemotherapy. DOI: 10.1016/j.jiac.2022.08.0042)Iijima H, et al. Clinical characteristics of pediatric patients with COVID-19 between Omicron era vs. pre-Omicron era. Journal of Infection and Chemotherapy. DOI: 10.1016/j.jiac.2022.07.0163)Zambrano LD, et al. Effectiveness of BNT162b2 (Pfizer-BioNTech) mRNA Vaccination Against Multisystem Inflammatory Syndrome in Children Among Persons Aged 12-18 Years - United States, July-December 2021. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2022;71(2):52-8.4)日本小児科学会 5~17歳の小児への新型コロナワクチン接種に対する考え方

106.

英語で「自然によくなります」は?【1分★医療英語】第39回

第39回 英語で「自然によくなります」は?My daughter has got chickenpox.(娘が水疱瘡にかかりました)Please be assured that it will resolve itself without any treatment.(治療せずに自然によくなりますので安心してください)《例文1》Most of the common colds are self-limiting.(ほとんどの風邪は自然によくなります)《例文2》The pain in your arm after the injection will get better by itself.(注射後の腕の痛みは自然によくなります)《解説》治療を行わなくても自然に回復する疾患を“a self-limiting disease”といいます。これらの疾患が「自然に回復する」と説明したい場合には、「そのままで回復する」という意味で“resolve itself” “go away on its own” “get better by itself”などの言い方をします。“Tonsilitis tends to go away on its own.”(扁桃腺炎は自然によくなることが多いです)といった具合です。自然に回復する疾患や状態が落ち着いている場合、「治療せずに経過を見ましょう」「様子を見ましょう」と伝える場合には、“wait and see”を使って、“Let’s wait and see as it often resolves on its own.”(自然軽快することが多いので様子を見ましょう)ということができます。また、もっとしっかり経過を見守る必要がある場合には、“We’ll keep an eye on the patient.”(その患者さんを注意深く観察します)という言い方をします。講師紹介

107.

第119回 「加点による合格は賄賂」、東京医大入試裁判で文科省元局長に有罪判決

第7波の今の混乱は政治の責任こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。新型コロナウイルスのBA.5株が猛威を振るっています。ここにきて、政府は4回目のワクチン接種の促進、濃厚接触者の待機期間を7日間から5日間に短縮、抗原検査キットの無料配布など、新しい対策を続々と打ち出し始めています。しかし、どれも付け焼き刃的で、医療機関や保健所の業務の逼迫度合いは増すばかりです。第5波、第6波で問題となったことが再び繰り返されているわけで、もうこうなると明らかに政治の責任と言えるでしょう。第6波収束後に、風邪やインフルエンザと同様、健康で重症化しなさそうな人や自力で治そうと思う人は、検査は不要かつ医療機関を受診しなくてもいい、というルールに変えて国民に周知しておけば、今回の現場の混乱を多少は防げたはずです。あるいは、第4回目のワクチン接種を早めに進めておいたり、抗原検査キットを事前に国民に配布しておいたりすることもできたはずです。第6波収束後、感染症法上の扱いを「5類並み」に変更するチャンスも十分にあったと思います。しかし、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ではないですが、参議院選挙を前にして、その検討を真剣に行わなかった岸田 文雄首相の責任は重いと言えます。感染症ですから患者が増えていること自体は仕方ありませんが、以前と同じように医療現場があたふたとしている状況を見ると、この2年余りのあいだ国は一体何をしていたんだ、と思います。私の周囲の“医療提供の仕組み”がわかった友人の中には、「重症化はほぼしないのだから、もし罹っても医療機関には行かず自力で治す。それが世のため」という人もいます。そもそも風邪やインフルエンザは、医療機関を受診しても療養期間がそう短くならない病気です。「熱っぽい時は医者へ」という日本人の固定観念自体も、今後変えて行く必要がありそうです。さて、今回は事件発覚から実に4年、先週やっと判決が出た、東京医大入試裁判について書いてみたいと思います。元局長に懲役2年6カ月、執行猶予5年の判決文部科学省の私立大学支援事業で東京医科大に便宜を図る見返りに、自分の息子を東京医科大に合格させてもらったとして、受託収賄罪に問われた同省の元科学技術・学術政策局長、佐野 太被告(62)ら4人の判決公判が7月20日、東京地裁でありました。東京地裁(西野 吾一裁判長)は「入試の公平性をないがしろにする甚だしい利益を収受した。賄賂に該当するのは明らか」として、佐野被告に懲役2年6ヵ月、執行猶予5年(求刑懲役2年6ヵ月)を言い渡しました。佐野被告の退職金の支払いが差し止められるなど社会的制裁も受けている点を考慮し、判決は執行猶予付となりました。一方、贈賄罪に問われた東京医科大元理事長の臼井 正彦被告(81)は懲役1年6ヵ月、執行猶予4年(同1年6ヵ月)、元学長の鈴木 衛被告(73)は懲役1年、執行猶予2年(同1年)、受託収賄ほう助罪などに問われた医療コンサルタント会社元役員、谷口 浩司被告(51)は懲役2年、執行猶予5年(同2年)としました。「私立大学研究ブランディング事業」の選定で便宜判決によると、佐野被告は官房長だった2017年5月、臼井被告から、独自色がある私大を支援する「私立大学研究ブランディング事業」の選定で便宜を図ってほしいと依頼され、医療コンサルタント会社元役員だった谷口被告を通して事業計画書の書き方などを助言。その謝礼として、臼井、鈴木両被告から、2018年2月に同大を受験した息子の試験結果に加点してもらい合格させてもらったとのことです。佐野被告は「不正をしてまで息子を合格させてもらおうと思ったことは一度もない」として無罪を主張。臼井、鈴木両被告らも起訴事実を否認していました。判決は、佐野被告と臼井被告が2017年5月に会食した際の音声データを基に、臼井被告が「来年は、絶対大丈夫だと思いますので」などと発言したと認定。佐野被告が、息子に加点などの優遇措置がとられることを認識した上で私大支援事業への助言などの依頼を受け、承諾したと判断しました。ちなみに東京医大は「私立大学研究ブランディング事業」の対象校に選ばれ、2017年度に3,500万円が交付されています。判決では「事業の公平性や補助金の適正な交付を妨げてはならないという職務に反した」と佐野被告を強く非難しています。「加点による合格は賄賂」と結論付ける公判では、不正に得点を加えた大学側の優遇措置が佐野被告への賄賂に当たるかどうかが争点でした。佐野被告の息子は、2018年2月に実施されたマークシート方式の1次試験(400点満点)で大学側から本来の得点に10点の加算を受けたことで、2次試験の小論文や面接を踏まえた最終順位が74位となり、75人の正規合格の枠に入り、合格しました。佐野被告側は公判で「加点がなくても補欠として合格でき、賄賂にはあたらない」と訴えていました。判決理由も「加点がなくても補欠合格していた」ことを認めていますが、「補欠合格は正規合格者の辞退という偶然の事情に左右される。早期に正規合格者の地位を得ることは、他の大学への高額な入学金の納付を避けられ、経済的な利益もある」と指摘。会食の録音データなども踏まえ、佐野被告は「加点などの優遇措置が講じられ、正規合格の地位を受ける可能性を認識していた」として、加点による合格が賄賂に当たると結論付けました。判決後、佐野被告は弁護人を通じ「不当な判決」などとコメントし、控訴する意向を示しました。医学部入試の透明性改善のきっかけとなった事件2018年7月に発覚したこの事件は、日本の医学部入試にも多大な影響を及ぼしました。当初は一般的な贈収賄事件として扱われていましたが、その後の東京医大の内部調査で、同大が行っていた点数操作が佐野被告の息子だけでなく、女性や3浪以上の男性にも一律に不利になるように行われていたことが判明、事件は一気に社会問題化しました。文科省は医学部医学科がある全国81大学の入学者選抜の過去6年間の実態を緊急調査し、2018年9月に2013年〜2018年度の男女別の合格率を公表しました。これらの調査結果と各大学へのヒアリングを基に、東京医大を含む10大学の医学部医学科においても「不適切である可能性が高い」選抜や「疑惑を招きかねない」選抜が行われていた事実が明らかになったのです。同省は2019年6月、「大学入学者選抜実施要項」を見直し、差別を禁止する具体的なルールを設定。各大学では受験生の名前や性別、年齢を伏せて合否を決めたり、女性面接官を増やしたりする対策がとられるようになりました。元受験生による集団訴訟も継続中実際、こうした対策の効果は大きく、本連載の「第94回 昨年の医学部入試で男女別合格率が逆転!医師が『An Unsuitable Job for a Woman』でなくなる日は本当に来るか」でも詳しく書いたように、国公私立81大学における2021年度の医学部入試での女性の平均合格率は13.60%と、男性の13.51%を上回り、データのある2013年度以降で初めて男女の合格率が逆転しています。もしこの事件が発覚しなかったら、女性や複数年浪人生への不当な差別がその後も続いていたと思うと、恐ろしいことです。ちなみに、文科省の調査で不適切入試が指摘された大学については、元受験生が損害賠償を求めて提訴する動きも広まりました。東京医大のほか昭和大や聖マリアンナ医科大などに対する集団訴訟が続いています。2022年5月には、東京地裁が順天堂大に対し、医学部で不合格となった元受験生の女性13人に計約805万円の支払いを命じる判決を言い渡しています。順大については判決が確定し、元受験生と大学側は和解しています。いくつかの集団訴訟はまだ続いており、佐野元被告も控訴する方針なので、今回の有罪判決もまだ確定しません。東京医大入試事件をきっかけに全国の医学部を揺るがせた不正入試の余波は、まだまだ収まりそうにありません。

108.

第2回 第7波到来―アフターコロナの女神は微笑まない?

6月12日に当院の新型コロナ病床はゼロ床になりました(写真)。軽症中等症病床を担当していますが、これまで1,000人以上のCOVID-19を診療してきました。ほとんどが回復して元気に退院してくれましたが、この病棟の中で亡くなった人も少なくありません。ゼロ床になったとき、「このままアフターコロナを迎えるのかもしれない」という、そんな淡い期待がありました。しかし、そうは問屋が卸さなかった。写真. いったん閉鎖した新型コロナ病棟(国立病院機構近畿中央呼吸器センター、6月12日)期待は必ず裏切られる厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードは6月30日、全国の直近1週間の10万人当たりの新規感染者数が約92人へ増加し、今週先週比は1.17になったことを報告しました1)。また、若者だけでなく、すべての年代で微増となっていることもわかっています。また、6月第5週に、保健所の知り合いからこんな連絡が来ました。「陽性者もじわじわ増えているけど、入院依頼も多そう。近々、そちらにも依頼が行くと思います」と。とはいえ、「増えても1人か2人程度だろう」と予想していましたが、6月第5週の1週間でなんと7人の入院依頼がありました。7月に入り、景色が少しずつ変わってきました。東京都のオミクロン株BA.5の割合は7月7日時点で33.4%に到達しました2)。入院要請数も増えてきて、高齢者だけでなく中高年層の入院も増えてきました。増加比は高く、東京都は4週間後の8月3日には新規感染者数が5万人以上と、第6波を超える可能性があるとしています。アフターコロナの女神は微笑んでくれず、かくも期待は裏切られました。コロナ禍では「こうだといいな」ということとは、たいてい逆のほうに物事が運ぶことが多いです。“Anything that can go wrong will go wrong.”というのはマーフィーの法則の基本理念。人類を、よくもまぁここまで翻弄してくれるな、と思わざるを得ません。オミクロン株の肺炎例は少ない関西では第4波のアルファ株、関東では第5波のアルファ株の下気道親和性が高く、肺炎の罹患率も相当高かったものの、オミクロン株以降では肺炎の頻度は極端に少なくなりました。酸素投与が必要な中等症IIは今のところいません。オミクロン株になってウイルスそのものが弱毒化していることと、ワクチン接種が進んだことの、両方の恩恵を受けていると考えられます。4回目のワクチン接種は重症化予防が主たる目的ですが、毎日COVID-19患者さんと接触機会がある医療従事者は全国にたくさんいます。重症化リスク因子がなくても重症化してしまう事例もありますので、廃棄されているワクチンがあるのなら、医療従事者を接種対象に含めてもよいのではと思います。このまま7月下旬にはBA.5に置き換わる予定です。BA.2との違いは、BA.5はスパイクタンパク質に69/70欠失、L452R、F486V変異を有していることです。しかし、現時点で既存のオミクロン株と比べて、重症度が増すというエビデンスはありません。ただし先日、東京大学医科学研究所から、BA.5は肺で増殖しやすく、BA.2と比較して肺炎が多いというデータが提示されています3)。これが本当ならば、「ただの風邪だから大丈夫だろう」となめてかかるとまずいことになります。「感染者数は多いが、肺炎はそこまで多くない」という状況がダラダラ続くのであれば、医療逼迫はそこまで起こらないかもしれません。しかし、過去最大の死者数を出したのは、直近の第6波です。決して油断できないと考えております。参考文献・参考サイト1)第89回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(2022年6月30日)2)(第92回)東京都新型コロナウイルス感染症モニタリング会議(2022年7月7日)3)Kimura I, et al. Virological characteristics of the novel SARS-CoV-2 Omicron variants including BA.2.12.1, BA.4 and BA.5. bioRxiv. 2022 May 26.

109.

2種のIL-17を直接阻害する乾癬治療薬「ビンゼレックス皮下注160mgシリンジ/オートインジェクター」【下平博士のDIノート】第99回

2種のIL-17を直接阻害する乾癬治療薬「ビンゼレックス皮下注160mgシリンジ/オートインジェクター」提供:ユーシービージャパン(2022年4月現在)今回は、ヒト化抗ヒトIL-17A/IL-17Fモノクローナル抗体製剤「ビメキズマブ(遺伝子組換え)(商品名:ビンゼレックス皮下注160mgシリンジ/オートインジェクター、製造販売元:ユーシービージャパン)」を紹介します。本剤は、乾癬の症状の原因となる炎症性サイトカインIL-17AとIL-17Fを選択的かつ直接的に阻害することで、強力な炎症抑制効果が期待されています。<効能・効果>本剤は、既存治療で効果不十分な尋常性乾癬、膿疱性乾癬、乾癬性紅皮症の適応で、2022年1月20日に承認され、同年4月20日から発売されています。なお、次のいずれかを満たす患者に投与されます。光線療法を含む既存の全身療法(生物製剤を除く)で十分な効果が得られず、皮疹が体表面積の10%以上に及ぶ患者。難治性の皮疹または膿疱を有する患者。<用法・用量>通常、成人にはビメキズマブ(遺伝子組換え)として、1回320mgを初回から16週までは4週間隔で皮下注射し、以降は8週間隔で皮下注射します。なお、患者の状態に応じて16週以降も4週間隔で皮下注射可能です。<安全性>臨床試験で報告された主な副作用は、口腔カンジダ症(13.2%)、鼻咽頭炎(5.1%)、毛包炎(1.7%)、上気道感染(1.5%)、中咽頭カンジダ症(1.2%)、咽頭炎・結膜炎(1.1%)などでした。また、重大な副作用として、重篤な感染症、好中球数減少(各0.5%)、炎症性腸疾患(0.1%未満)、重篤な過敏症反応(頻度不明)が報告されています。<患者さんへの指導例>1.この薬は、乾癬の症状の原因となる炎症性物質の働きを抑えることで皮膚の炎症などの症状を改善します。2.薬の使用により感染症にかかりやすくなる場合があるので、発熱、寒気、体がだるいなどの症状が現れた場合には、医師にご連絡ください。3.この薬を使用している間は、生ワクチン(BCG、麻疹・風疹混合/単独、水痘、おたふく風邪など)の接種はできないので、接種の必要がある場合には医師に相談してください。4.口腔内や舌の痛み、白い苔のようなものが付着する、味覚がおかしく感じるなどの症状が現れた場合には、医師にお申し出ください。5.感染症を防ぐため、日頃からうがいや手洗いを行い、規則正しい生活を心掛けてください。また、衣服は肌がこすれにくくゆったりとしたものを選びましょう。高温や長時間の入浴によりかゆみが増すことがあるので、温度はぬるめにして長い入浴はできるだけ避けましょう。<Shimo's eyes>乾癬の治療として、副腎皮質ステロイドあるいはビタミンD3誘導体の外用療法、光線療法、または内服のシクロスポリン、エトレチナートなどによる全身療法が行われています。近年では、多くの生物学的製剤が開発され、既存治療で効果不十分な場合や難治性の場合、痛みが激しくQOLが低下している場合などで広く使用されるようになりました。現在発売され乾癬に適応を持つ生物学的製剤は、本剤と同様にIL-17Aの作用を阻害するセクキヌマブ(商品名:コセンティクス)、イキセキズマブ(同:トルツ)およびブロダルマブ(ルミセフ)、IL-23阻害薬のグセルクマブ(トレムフィア)、リサンキズマブ(スキリージ)、ウステキヌマブ(ステラーラ)、チルドラキズマブ(イルミア)、TNF阻害薬のアダリムマブ(ヒュミラ)、インフリキシマブ(レミケード)およびセルトリズマブ ペゴル(シムジア)などがあります。本剤の特徴は、IL-17Aに加えてIL-17Fにも結合することです。乾癬の病態において、IL-17AとIL-17Fはそれぞれ独立して炎症を増幅すると考えられているため、両方を直接阻害することで、強力な炎症抑制効果が期待できます。また、16週以降の投与間隔は8週間隔、患者さんの状態に応じて16週以降も4週間隔を選択することができます。安全性に関しては、ほかの生物学的製剤と同様に、結核の既往歴や感染症に注意する必要があります。投与に際しての安全上の留意点については、日本皮膚科学会「乾癬における生物学的製剤の使用ガイダンス(2018年版)」「ビメキズマブ使用上の注意」等で参照できると思います。本剤には2種類の剤形(シリンジ、オートインジェクター)が存在しますが、2022年6月時点においては医療機関で投与が行われます。薬局では感染症や口腔カンジダ症の兆候がないか聞き取り、必要に応じて生活上のアドバイスを伝えるなど、治療中の患者さんをフォローしましょう。参考1)PMDA 添付文書 ビンゼレックス皮下注160mgシリンジ/ビンゼレックス皮下注160mgオートインジェクター2)UCB Japan 医療関係者向けサイト

110.

第110回 医師の一声が決め手!超高額9価HPVワクチン接種への補助金導入

厚生労働省は今年度から9年ぶりにヒトパピローマウイルス(HPV)子宮頸がんワクチンの積極的な接種勧奨を再開した。各自治体では定期接種の対象である現在小学6年生から高校1年生に相当する女子(2006年4月2日~2011年4月1日生まれ)とともに、接種勧奨中止という空白期間に対象年齢だった女性(1997年4月2日~2006年4月1日生まれ)向けの「キャッチアップ接種」も含めて、今後の接種勧奨の対応が必要になる。すでに各自治体のホームページにはこれらの情報が掲載されているが、実際の個別通知状況はまちまちだという。ちなみに私の娘はキャッチアップ接種の対象者だが、まだ個別通知は来ていない。実はすでにわが家の場合は「ワクチンマニア」の私が区の保健所に出向いて予診票を受け取りに行っている。ついでに言うと、わが家が居住する自治体はHPV以外の定期接種ワクチンは区の支所で予診票を受け取ることができるが、支所からは「子宮頸がんだけは扱いが別なんですよ」と言われ、わざわざ保健所まで出向いたという経緯がある。その際に保健所から、個別通知は6月に一斉送付すると聞いている。積極的接種勧奨が再開されたことは非常に喜ばしいことだが、長期間にわたって接種勧奨中止が続いていた影響で勧奨が再開されても対象者の親が尻込みをしてしまうケースもあると考えられる。当面、厚生労働省や各自治体はこうした「何となく怖い」と思っている人たちにどのように情報提供していくかが1つの課題になる。とりわけこの点は各自治体の工夫次第となる。一方でHPVワクチン接種に関しては国レベルでは2つの大きな課題が残されている。1つはすでに承認され、海外での接種では標準となっている9価HPVワクチンへの定期接種切替と、これまた海外では一般的になっている男性への接種拡大である。ここで書くのは釈迦に説法になってしまうが、現在日本でのHPV接種で使えるのは2価あるいは4価のワクチンである。実際の接種に使用されているのは、ほとんどが4価ではあるが、これでカバーできるハイリスクHPV型は約6~7割。これに対して9価は約9割。言うまでもなく9価を接種したほうが良いに決まっている。しかし、現在定期接種で採用されていない9価ワクチンを接種する場合、その費用は全額接種者の自費負担になる。しかもその価格は3回接種合計で10万円弱。これを個人で負担するのはかなり難儀だ。そしてこれは定期接種に採用しようとする国にとっても予算措置上頭の痛い問題になる。なんせ4価の定期接種の2倍の予算が必要になるからだ。この点は接種対象を男性に拡大することへの足かせにもなる。もっとも厚生科学審議会予防接種基本方針部会のワクチン評価に関する小委員会は3月4日に9価ワクチンを定期接種化する方針で一致しており、この点は時間が解決する段階に入っている。とはいえ今まさに接種を検討する側の心理からすれば、「早期に何とかならないのか?」と思うだろう。もちろん4価ワクチンの交叉免疫を考えれば、9価ワクチンと遜色のない効果は得られるだろうし、実際にそうした研究報告もある。とはいえ、同じ価格や労力を払うなら、より良いものを得たいというのがヒトの心理というもの。「一般消費財と医薬品・ワクチンを同等に扱うのは何事か」というご意見もあるだろうが、これまでの研究成果から見れば、その効果にほぼ疑いのないHPVワクチンならば、やはり9価ワクチンは早急に導入して欲しいと個人的にも思うところである。実際、自治体レベルではこうした一般生活者が当たり前に抱きそうな要望に応えているケースもごくわずかながらある。1つは静岡県富士市の事例である。同市では、(1)接種日時点で富士市に住民登録があること、(2)9価ワクチン以外のHPVワクチンの接種を1回も受けたことがないこと、(3)これまでに9価ワクチンの接種にかかる費用補助を受けたことがないこと、の3条件を満たした9価ワクチン接種希望者に対し、接種1回につき1万7,000円程度、1人最大3回まで補助をする方針を打ち出している。希望者は事前に同市健康政策課に申し出をしたうえで、医療機関で9価ワクチンを接種して接種費用全額を支払った後、補助交付申請で補助金が支払われる形式。やや煩雑ではあるが、9価ワクチン接種を選択肢として用意した点では画期的である。4月にこの一報に接した際に「この動きが全国に広がれば…」と思っていたが、今のところそうした動きは限定的だ。ところがそれを超える動きがつい最近登場した。秋田県のにかほ市である。同市はなんと現時点でHPVワクチンの接種対象者とキャッチアップ接種対象者に、9価ワクチン接種を希望する場合は全額補助をするという富士市以上の対応を打ち出したのだ。ちなみに、にかほ市は平成の大合併が行われた2005年10月に日本海に面する秋田県由利郡内の仁賀保町、金浦町、象潟町が合併してできた自治体である。馴染みのない人に簡単に説明すると、旧金浦町は日本人として初めて南極に上陸した白瀬 矗(のぶ)陸軍中尉の出身地であり、象潟町は江戸時代の俳人・松尾 芭蕉の紀行作品「おくのほそ道」に登場し、芭蕉が『象潟や 雨に西施(せいし)が ねぶの花』という句を詠んだ場所である。私はにかほ市の市民福祉部健康推進課母子保健支援班に電話をしてその経緯を聞いてみた。今回全額補助を決めた経緯は?【担当者】世間でHPVワクチンの接種勧奨が再開されるかもしれないという話題が浮上してきたのが、昨年9~10月頃ですが、ちょうど10月に私達の地域をカバーしている由利本荘医師会(にかほ市とそこに隣接する由利本荘市で活動する医師会員によって構成)からぜひキャッチアップ接種の対象者への助成をして欲しいという要望書が出されました。その要望書では9価ワクチンについても若干触れられていて、そこで私達も検討を始めました。そして市内の医師と私たち自治体の保健師などで構成している母子保健委員会で、医師側のご意見を伺いたいということで、私たちから全額補助を提案させていただきました。その結果、委員会の中心的存在になっている医師からも任意接種であっても可能ならば自治体で全額助成し、住民の皆さんに貢献できるようにしたら良いのではないかとのご意見をいただき、今回の決定に至りました。当然、議会で予算措置が必要になりますよね。そこはすんなり決まった感じですか?【担当者】そうですね。実はこれまでも当市では、一昨年から定期接種化されたロタウイルスワクチンの接種費用全額補助を2013年から始めていましたし、現在も任意接種のおたふく風邪ワクチンの接種費用も全額補助をしています。以前から経済的な問題よりも住民の方々の選択肢を増やせるようにしようという流れがありました。そうした従来からの経緯もあって市議会議員の皆さんも地元医師の意見を信頼していますし、小さな市であるため意見が浸透しやすい、理解が広まりやすい環境があると言えるかもしれません。市のホームページに掲載されている接種協力医療機関(15ヵ所)を見させていただきましたが、そのほとんどが隣接する由利本荘市(13ヵ所)の医療機関です。確かに医師会がにかほ市と由利本荘市を束ねる広域になってはいますが、自治体をまたぐ形で協力医療機関を確保するとなると、調整は難しくありませんでしたか?【担当者】従来から定期接種になっているワクチン接種を「由利本荘市のかかりつけの医療機関で受けます」という方もいたので、自治体をまたいで接種することがごく当たり前に行われています。逆に由利本荘市の方がにかほ市で接種しているケースもあるはずです。それほど距離的にも離れてるわけでもないので、とくに問題はありません。全額補助を発表されてから問い合わせはありましたか?【担当者】ありますね。ただ、接種協力医療機関との契約では4月1日から接種開始となっていましたが、全額助成の最終決定が年度末ギリギリだったこともあって、実際のHPVワクチンの定期接種対象者やキャッチアップ接種対象者に直接通知を出せたのは、4月後半でした。そのため4月末時点での実績はまだ少ない状況ですが、これから本格的に申し込みが増えてくるだろうと予想しています。ちなみに、にかほ市で今年度にHPVワクチン接種対象となるのは定期接種、キャッチアップ接種含め451人。市の予算では現時点でうち80人がこの全額助成を利用すると想定し、720万円の予算を計上。希望者が多い場合は、補正予算対応も検討するという。今回のにかほ市の全額助成が成立した背景にはいくつかの要因が考えられるだろう。私個人の雑感も含めて、ざっと挙げると以下のようになる。(1)小規模な自治体ゆえに対象者が多くなく、予算がそれほどかからない(2)行政側がもともとワクチン接種の推進に意欲的(3)地元医師会と自治体の日常的な意思疎通が良好(4)過去にも実績があるまた、にかほ市の場合、人口2万3,272人で65歳以上の高齢者割合は39.5%と典型的な高齢化社会の縮図のような自治体であり、そのためか市の広報を見ても子育て対策にかなり注力している。もっともこうした条件が当てはまる自治体はにかほ市だけではなく、全国各地に存在する。つまり同様のことができる潜在力を持つ自治体はほかにもあるはずである。また、今回の接種勧奨の再開に当たっては、勧奨中止期間に接種機会を逃し、定期接種の対象年齢を過ぎてから今年3月31日までにHPVワクチンの任意接種を自費で受けた人へも接種費用の償還払いを実施しており、一部自治体では全額ではないもののこのケースで9価ワクチン接種対象者も償還払いの対象としている。その意味では当面の9価ワクチン接種希望者に対しては、にかほ市型ではない富士市型での対応も十分選択肢として取れるのではないだろうか。本連載での第73回でも触れたが、HPVワクチンに関する自治体の動きには地域の医師会の働きかけは大きな影響を与える。今回のにかほ市の事例でもそれは明らかである。接種勧奨再開という好機だからこそ、各地域で活動している医師の皆さんの「もう一押し」がモノを言う局面とさえいえる。そこで思い出したのが中華人民共和国の建国にこぎつけた中国共産党の毛沢東の戦略「農村が都市を包囲する」だ(念のため言っておくと私は共産主義者ではない)。中国共産党は日中戦争期、日本軍との戦いで国内が一致団結するためにすでに内戦状態だった政敵の国民党と「国共合作」で協力関係を締結した。しかし、日本のポツダム宣言受諾で目的を達成した両党は、その後は再び血みどろの内戦へ突入する。しかし、中国共産党にとって当時の中国を代表する中華民国政府を握り、富裕層の支持を得ていた国民党との内戦は圧倒的に不利。実際、内戦再開当初は都市部から共産党勢力は駆逐され、党員数は激減する。そこで毛沢東が取った戦略が都市部から内陸部へ退き、農村部で支持を獲得しながら最終的に国民党に勝利する「農村が都市を包囲する」戦略だったのだ。実際、中国共産党は約5年で国民党に勝利する。従来からこの手法は政治だけでなく、さまざまな領域での戦略の見本になると私自身は考えている。その意味で今回の9価ワクチンの定期接種開始も「地方が中央を包囲する」形で早期に実現すればと密かに願っている。

111.

オミクロン株とデルタ株の流行時期における、COVID-19に伴う症状の違いや入院リスク、症状持続時間について(解説:寺田教彦氏)

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、流行株の種類により感染力や重症化率、ワクチンの効果が変化していることはニュースでも取り上げられている。これらのほかに、流行株により臨床症状が変わってきたことも医療現場では感じることがあるのではないだろうか? 例えば、2020年にイタリアから報告されたCOVID-19に伴う症状では、味覚・嗅覚障害が新型コロナウイルス感染症の50%以上に認められ、特徴的な症状の1つと考えられていたが、それに比して咽頭痛や鼻汁などの上気道症状は少なかった(Carfi A, et.al. JAMA 2020;324:603-605.)。ところが、2022年4月現在の臨床現場の感覚としては、COVID-19に伴う症状は咽頭痛や声の変化を訴える患者が増えてきており、味覚・嗅覚障害を理由に検査を新型コロナウイルスのPCR検査を受ける人はほとんどいなくなったように思われる。 本研究は、英国において、新型コロナウイルス感染症の検査結果や症状を報告するアプリ「ZOE COVID」の使用者を対象に、オミクロン株とデルタ株の流行時期のデータを比較している。 オミクロン株の症状の特徴としては、下気道症状や嗅覚異常が少なく、咽頭痛がデルタ株より多いことが報告されている(オミクロン株患者の症状報告、喉の痛みや嗅覚障害の割合は?/Lancet)。そして、Supplementary appendixのTbale S2に個々の症状についてワクチン2回接種後と3回接種後(ブースター接種済み)の患者による症状の違いもまとめられている。 デルタ株、オミクロン株の症状を比較すると、発熱は2回接種後で(44.1% vs.36.7%、[OR]:0.82、95%信頼区間[CI]:0.75~0.9)、3回接種後で(25.8% vs.39.2%、OR:1.09、95%CI:0.9~1.33)。 嗅覚障害は2回接種後で(41.9% vs.22.3%、OR:0.53、95%CI:0.48~0.58)、3回接種後で(32.4% vs.27.7%、OR:0.6、95%CI:0.49~0.73)。味覚障害は2回接種後で(56.7% vs.17.6%、OR:0.16、95%CI:0.14~0.18)、3回接種後で(38% vs.13.2%、OR:0.24、95%CI:0.2~0.3)と味覚・嗅覚症状はオミクロン株で減少傾向。鼻水は2回接種後で(80.9% vs.82.6%、OR:0.66、95%CI:0.59~0.74)、3回接種後で(81.8% vs.74.9%、OR:1.11、95%CI:0.89~1.39)。 嗄声は2回接種後で(39.6% vs.42.8%、OR:1.15、95%CI:1.05~1.26)、3回接種後で(31.1% vs.42%、OR:1.62、95%CI:1.35~1.94)。咽頭痛は2回接種後で(63.4% vs.71%、OR:1.42、95%CI:1.29~1.57)、3回接種後で(51% vs.68.4%、OR:2.11、95%CI:1.76~2.53)と咽頭痛や嗄声はオミクロン株で増加傾向だった。 もちろん、デルタ株とオミクロン株を比較することも重要ではあるが、本邦の患者さんやCOVID-19を診療する機会の少ない医療従事者の中には2020年ごろにニュースで取り上げられていた症状をCOVID-19の典型的な症状と捉えている方もおり、昨今の新型コロナウイルス感染症は、いわゆる風邪(急性ウイルス性上気道炎)の症状に合致し、検査を実施する以外に鑑別は困難であることも理解しておく必要があると考える。今回の報告は、オミクロン株では2020年ごろよりも発熱や味覚・嗅覚障害の症状は減少してきており、咽頭痛や鼻水などの上気道症状が多いことを実感することのできるデータであると考える。 急性期症状の持続日数についてもまとめられているが、デルタ株では平均値が8.89で中央値が8.0、95%CI:8.61~9.17に比して、オミクロン株では平均値が6.87、中央値が5.0、95%CI:6.58~7.16とオミクロン株で短縮が認められていた。本邦でも増えてきている3回接種後(ブースター接種済み)の場合では、デルタ株感染で平均7.71日、オミクロン株では4.40日が症状持続期間であった。 入院率はオミクロン変異株流行中の入院率(1.9%)のほうが、デルタ変異株流行中の入院率(2.6%)よりも有意に低下したことを指摘されているが、これも過去の報告や現場の臨床感覚に合致する内容だろう。 本論文は、全体を通して現場の臨床感覚に一致した内容だったと考える。 今回の論文では、オミクロン株では、とくにワクチン接種後では症状持続期間が短くなっていることが確認されている。適切な感染管理を行うために現場と調整する際、新型コロナウイルス感染症で難しさを感じる点に濃厚接触者となった場合や、感染した場合に一定の休業期間を要する点がある。症状持続期間が短くなっていることからは、場合によっては、感染力を有する期間も短くなっているかもしれない。 新型コロナウイルス感染症と診断された場合や、濃厚接触者となった場合でも、感染力を有する期間も短くなっていることが明らかになれば、今後の感染対策が変わりうるだろう。他に、この論文のLimitationsの4つ目に、年齢やワクチン接種状況、性別は一致させたが、他の交絡因子は一致していないことが指摘されている。流行株も変化したが、抗ウイルス薬も臨床現場で使用されることが増えている。これらの抗ウイルス薬による、症状改善時間の短縮や、感染力期間が短縮されることが明らかになれば、新型コロナウイルス感染症に対する公衆衛生上の方針にも影響を及ぼしてゆくかもしれない。

112.

コロナワクチン接種率10%上がるごとに死亡率8%・発生率7%減/BMJ

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン接種率が高いほど、集団レベルのCOVID-19による死亡率および発生率は低いことが、米国疾病予防管理センター(CDC)のAmitabh Bipin Suthar氏らによる観察研究の結果、示された。2022年4月11日現在、米国ではCOVID-19発症が約8,026万例、COVID-19関連死が98万3,237例報告されており、国内の死者数が1918年のスペイン風邪を上回る近年史上最悪のパンデミックとなった。COVID-19のワクチン接種が個人レベルの発症および重症化予防に有効であることは認められているが、ワクチン接種の拡大が公衆衛生に与える影響はまだほとんど明らかにされていなかった。BMJ誌2022年4月27日号掲載の報告。米国48州2,558郡のデータを解析 研究グループは、米国における集団レベルのCOVID-19による死亡率および発生率に対するワクチン接種拡大の影響を評価する目的で、2020年12月14日~2021年12月18日に報告された米国の郡レベルの症例サーベイランスデータおよびワクチン接種データを解析した。米国48州2,558郡のデータを解析対象とした。 主要評価項目は各郡の週ごとのCOVID-19死亡率(死亡数/人口10万人/郡週)、副次評価項目はCOVID-19発生率(症例数/人口10万人/郡週)である。ワクチン接種率別の比較には発生率比を用い、郡のワクチン接種率(18歳以上の成人がCOVID-19ワクチンを1回以上接種と定義)が10%改善した場合の影響を推定した。 また、新型コロナウイルスのアルファ株およびデルタ株が優勢な時期におけるワクチン接種率の影響を、接種率が「非常に低い」(0~9%)、「低い」(10~39%)、「中程度」(40~69%)および「高い」(70%以上)に分け比較検討した。ワクチン接種率が10%上昇するごとに、死亡率が8%、発生率が7%低下 合計13万2,791郡週において、COVID-19発症が3,064万3,878例、COVID-19関連死が43万9,682例観察された。ワクチン接種率が10%上昇するごとに、死亡率が8%(95%信頼区間:8~9)、発生率が7%(6~8)低下することが認められた。 アルファ株が優勢な時期では、7万189郡週においてCOVID-19発症が1,549万3,299例、COVID-19関連死が26万3,873例観察された。 また、デルタ株が優勢な時期では、6万2,602郡週においてCOVID-19発症が1,515万579例、COVID-19関連死が17万5,809例観察された。いずれの時期も、ワクチン接種率の高さが、死亡率および発生率の低下と関連していた。

113.

第108回 小児の原因不明の重症肝炎が欧州や米国で増えている

肝炎の主な原因ウイルスが見当たらない原因不明の重症肝炎が欧州や米国の10歳頃までの幼い小児に増えています1)。英国で主に10歳までの74例(49例がイングランド、13例がスコットランド、残りはウェールズと北アイルランド)、スペインで13歳までの3例が4月8日までに見つかっています2,3)。また、米国のアラバマ州で1~6歳の9例が見つかっており1,4)、デンマークとオランダでも似た病状が報告されています。英国とスペインのそれら小児に4月12日時点で死亡例はありませんが全員が入院を要し、何人かは非常に重篤であり、7例は肝臓移植を受けています。米国アラバマ州でも9例中2例が肝臓移植を必要としました4)。風邪を引き起こすウイルスの一員として知られるアデノウイルスがそれら重症肝炎の原因かもしれません。Scienceのニュースによると英国ではアデノウイルスが多ければ半数から検出されています1)。また、アラバマ州の9例では全員からアデノウイルスが検出されました。英国でのそれら急な重症肝炎の最初の10件は健康な小児に発生したものでした3)。ほんの一週間前まではいたって健康だった小児に発生しうる重症肝炎は深刻な事態だと英国イングランドのBirmingham Children’s Hospitalの小児肝臓研究医師Deirdre Kelly氏は言っています1)。ただし同氏によると幸いほとんどは自ずと回復しています。先週14日には英国スコットランドでの原因不明の小児重症肝炎流行の詳細がEurosurveillance誌に掲載されました5)。同地でのその流行は3~5歳の原因不明重症肝炎小児5人がわずか3週間にグラスゴーの小児病院で認められたことを受けて先月末3月31日に察知されました。スコットランドでのそのような肝炎の通常の発生数は年間4例未満ですが、流行察知後の調査の結果、今年に入ってから4月12日までに10歳以下の小児13人が原因不明の急な肝炎で入院していました。それら13例のうち1例以外は今年3~4月に生じています。飲食物の毒あたりやおもちゃなどの有害物質が原因かと当初は考えられましたが、今ではウイルスに目が向けられています。肝炎の主な原因であるA、B、C、E型肝炎ウイルスは英国やスペインの小児から見つかっていません。一方、ワクチン非接種の何人かからは入院の少し前か入院時に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が検出されました。また、多ければ半数からは肝炎の原因となることは通常稀なはずのアデノウイルスが検出されました。アデノウイルスは呼気中の液滴に含まれるかそれらが付着した表面や感染者に触れることで伝染し、嘔吐・下痢・結膜炎・風邪症状を引き起こすことが知られます。現時点ではそういうアデノウイルス絡みの原因が有力視されています。肝炎の原因となることがおよそ稀なアデノウイルスの仕業であるならそうさせる何らかの事態を背景にしているのでしょう。これまでとは一線を画す症候群と紐づく新たな変異株が発生しているかもしれないし、免疫が未熟な幼い小児をすでにありふれた変異株が酷く害しているのかもしれないとスコットランドの研究者はEurosurveillance誌で述べています5)。SARS-CoV-2感染(COVID-19)流行で足止めを食らった幼い小児はいつもなら接しているはずのアデノウイルスなどのウイルスの面々といまだ馴染めず免疫が頼りないままで未熟である恐れがあります。ノッティンガム大学のウイルス学者Will Irving氏によるとロックダウン明けの小児にいつものウイルス感染が増えており、アデノウイルス感染もその一つに含まれます1)。全員からアデノウイルスが検出された米国アラバマ州の9例のうち5例にはもっぱら胃腸炎の原因として知られる41型アデノウイルスが認められ、どうやら関連があるらしいとアラバマ州保健部門は言っています4)。アデノウイルス原因説が有力とはいえそれ以外の要因の検討もなされています1)。たとえば先立つCOVID-19の免疫への影響が他の感染を生じやすくしているのかもしれません。あるいはCOVID-19の長期の後遺症の一つと考えられなくもありません。それに未知の毒物に端を発している可能性もあります。参考1)Mysterious hepatitis outbreak sickens young children in Europe as CDC probes cases in Alabama / Science2)Increase in hepatitis (liver inflammation) cases in children under investigation / UK Health Security Agency3)Acute hepatitis of unknown aetiology - the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland / WHO4)Investigations of nine young children with adenovirus are underway / Alabama Department of Public Health (ADPH)5)Investigation into cases of hepatitis of unknown aetiology among young children, Scotland, 1 January 2022 to 12 April 2022 / Eurosurveillance

114.

第103回 大津市民病院の医師大量退職事件、「パワハラなし」、理事長引責辞任でひとまず幕引き

大量退職の責任を取って理事長は3月末で辞任こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。東京都心では、週末の雨のせいもあって、あっという間に桜が散ってしまいました。私は先週末、少々用事があって京都と東京・浅草を訪れました。どちらの街も、コロナ禍前のように観光客でごった返していました。ひとつ気になったのは、京都、浅草ともに、どう見ても似合っていない着物を纏った多くの若い女性が、慣れない草履を履いてよろよろと街を歩いていたことです。昔は見なかった光景です。どうやら、春休み、レンタル着物で観光するのが流行っているようです。それはそれで風情のあることですが、春とは言ってもまだ風が冷たい中、浴衣に毛が生えたような薄手の着物で歩く女性たちはとても寒そうで、風邪をひくのではないかと心配になってしまいました。さて、今回は、「第99回 背景に府立医大と京大のジッツ争い?滋賀・大津市民病院で医師の大量退職が発覚」で書いた、地方独立行政法人・市立大津市民病院(401床)の医師大量退職に関する続報です。京都大学からの派遣医師の大量退職の原因をつくったとされる北脇 城理事長は混乱の責任を取って3月末で辞任しました。北脇理事長の医師に対するパワハラの有無について調べていた第三者委員会も3月末に報告書をとりまとめ、公表しました。ただ、その報告書は北脇理事長がかなり強引な診療科再編を行おうとしたにもかかわらず、「パワハラはなかった」とするもので、事件の早期の幕引きを狙ったとしか見えない内容でした。外科・消化器外科・乳腺外科、脳神経外科、泌尿器科、計19人が退職意向経緯を簡単におさらいしておきます。大津市民病院では今年2月初旬に外科・消化器外科・乳腺外科の医師9人が3月末~6月末に退職する意向であることが発覚。その後、脳神経外科の全医師5人が4月以降に、さらには泌尿器科の5人も9月末までに退職することが明らかになりました。退職の意向を示したのはいずれも京大医学部から派遣されていた医師です。京都府立医科大学出身の北脇理事長(当時)が各診療科に対して行った再編提案などに納得できなかった京大側の関係医局が医師派遣取り止めを決断した、という構図です。19人もの医師の大量退職は全国メディアでも大きく報道され、大津市議会や滋賀県議会でも診療への影響が問題視されました。その後、代わりの医師確保も難航し、混乱は一向に収束しませんでした。年度末が近づいた3月24日、佐藤 健司・大津市長は記者会見において、北脇理事長が「大きな混乱を招いた責任は大きい」として31日付で辞任すると明らかにしました。同理事長は辞任、4月1日以降、理事長職は空席となっています。なお、退職意向を示した医師のうち4人が北脇理事長らからパワハラがあったと訴えており、事が表沙汰になった後、病院が弁護士2人で構成された第三者委員会を設置し、関係者へのヒアリングなどを進めてきました。その検証結果の報告書が理事長辞任報道の4日後の3月28日に公表された、というわけです。報告書の要旨については、大津市民病院のホームページにも掲載されました。「『パワーハラスメント』に該当するような言動は認められない」報告書は、外科医師からのハラスメントと脳外科医師からのハラスメントを分けて、別々に検証しています。外科医師からのハラスメント申告について報告書は、2021年9月に「理事長が副院長(外科系医師)に対し、外科の業績不振を理由に挙げて、京都府立医科大学から消化管チームを招聘することを決断したとして、副院長ほか複数名の医師が退職することを求めたことが認められる」としています。そしてこの際、「『業績不振』の原因が現外科チームにあることや、現外科チームでは今後改善の見込みがないことについて合理的根拠が示されず、また現外科チームに問題があると考えるのであれば、先に派遣元である京都大学から別のチームに交替してもらうよう打診するという選択肢があったにもかかわらず、先に京都府立医科大学から消化管チームを招聘する話を持ち出した」とし、このことが「外科チームや京都大学側の不信感を招いた。このような話の進め方が、後の混乱につながったものと考えられる」と、北脇理事長の話の進め方の不合理さを指摘しています。一方の脳神経外科医師からのハラスメント申告については、「理事長が脳神経外科の診療部長に対し、脳血管障害の科を新設して外部から医師を招聘することを提案し、それに併せて現脳神経外科チームの人員削減を求めたことが認められる」「理事長から、脳神経外科の『業績不振』について診療部長の責任を問う発言があった」としています。その上で、「新設する科への医師の招聘は、理事長らからまず現脳神経外科チームの派遣元である京都大学に対し人員派遣を要請したものの、断られたため京都府立医科大学からの招聘を念頭に話を進めており、話の進め方に特段問題となる点は見当たらない。ただ、外科の事案で醸成された不信感が、脳神経外科にも派生したと考えられる」としています。報告書は、全体として北脇前理事長の、各診療科の運営等に関する言動がさまざまな混乱をもたらしたこことを認めつつも、「退職を求めるにあたって人格を否定するような言動や、過度に威圧的な言動がなされたとは認められず、『パワーハラスメント』に該当するような言動は認められない」(外科)、「時に表現がきつくなった場面もあったが、人格を否定するような内容はなく、面談全体を通して診療部長の医師としての技量への敬意も表されていることからすると、『パワーハラスメント』とまでは認められない」(脳神経外科)とし、それぞれ、パワーハラスメントの存在がなかったと結論付けています。「内部検証手続きの進め方に不備も規定違反はなし」なお、ハラスメント申告の内部検証手続きの進め方についても、「申告者である副院長からヒアリングを行わなかったことは、音声記録の検証によって足りるとの判断に基づくものではあったが、内部統制推進室が作成して法人内に周知している手続フロー図に反しており、少なくとも当該フロー図と異なる手順で進めることについて副院長に丁寧に説明すべきであった」「申告者においてハラスメントの当事者と認識していた院長を、検証者の人として選んだことは、検証の公平性に疑問を抱かせる点で不適切であった。また、申告者に調査結果を伝える際、ハラスメントに該当しないという結論のみ伝え、理由の説明が一切なかったことも、申告者の納得性の点にもう少し配慮が必要であった」と、全体の手続きの問題点を指摘はしています。しかし、こちらも「内部検証手続において、法令および内部規程の違反は認められない」と結論付けています。なお、同報告書を受けて、大津市民病院は同日、「調査報告においては、第三者委員会から、公平かつ中立な視点に立って、『ハラスメントか否か』ということだけではなく、当院の再建およびより良い地域医療構築のための具体的な提言をいただいております。第三者委員会からのご提言につきましては、重く受けとめ、今後の法人運営に活かしてまいります」「4月1日から外科医師4名が着任することが決まっております。外科以外の診療科におきましても、患者の皆様をはじめ市民の皆様が安心していただける診療体制の確保に引き続き努めてまいります」とのコメントを発表しています。また、佐藤市長は、「市民や患者に不安を招いた法人の責任は極めて重いとの認識に変わりはない。法人と診療科の双方責任者との間で意思疎通を図り、互いが信頼できる関係づくりに注力することを求める」とコメントしています。府立医大のジッツを広げたいという強い意向が働いていた可能性混乱の張本人だった北脇元理事長が辞任し、第三者委員会も「パワハラなし」の調査結果を出したことで、世間的には早期に幕引きを図ったように見えます。できるだけ早く事態を収め、新体制での医師確保を急ぎたかった独立行政法人の出資者である大津市の意向も強く働いたに違いありません。仮にパワハラが存在せず、純粋に経営的な観点からの派遣医局変更だったとすれば、北脇元理事長が辞任する必要はないわけで、そこには「業績不振」を理由にしてまで自身の出身母体である府立医大のジッツを広げたい、という強い意向が働いていた可能性は否定できません。実際、北脇元理事長が就任した2021年春の時点で、府立医大の脳神経外科が大津市民病院をジッツにしようとしていたとの証言もあります。ただ、今回、北脇元理事長を“パワハラ有罪”としてしまっては、府立医大と大津市民病院との関係が悪化し、京大のみならず府立医大からの医師派遣にも支障を来しかねません。その意味で、「パワハラなし」の認定は大津市民病院の医療体制を安定化させるためには不可欠だったと言えるでしょう。新理事長にどこの大学出身者を選ぶか?とは言え、産経新聞等の報道によれば、報告書本体ではジッツ争いに対する苦言ともとれる指摘もなされています。「現外科チームでは今後改善の見込みがないことについて合理的根拠が示されず、先に京都府立医科大学から消化管チームを招聘する話を持ち出した」ことに対して、「理事長、院長が京都府立医大の『医局』の出身者であることと相まって、病院における京都府立医大の勢力を高めるため理不尽に退職を迫っているとの不信感を抱かせた」とし、「理事長の話の進め方は、病院、地域医療の発展のため努力・貢献してきた外科医師の心情に対する配慮が不十分で、京都大学側の不信感を醸成して今日の混乱につながった」と、強く非難しているのです。こうした問題点の指摘を踏まえ、大津市と地方独立行政法人・大津市民病院が次の新理事長にどこの大学出身者を選ぶかが注目されます。再度、府立医大出身者を理事長に招けば、同じような事態が起こる可能性もあります。そうした意味では、歴史的な背景から、京阪神では圧倒的なジッツの多さを誇るとされる府立医大の今後の動きも、気になるところです。

115.

新型コロナ感染による脳への影響、わかってきたこと【コロナ時代の認知症診療】第13回

新型コロナ感染後、認知機能に変化2022年1月に始まったCOVID-19のオミクロン株によるコロナ第6波はピークは越えたものの、感染者数は3月時点でも高止まり状態が続く。これまでの波のうち、最大、最長のものになっている。さて2020年初頭の流行初期から嗅覚低下・脱失の症状は報道されてきた。これを除くと従来は、COVID-19と脳あるいは認知機能との関係はそう注目されてこなかった。しかしこれは重要な観点である。スペイン風邪(Spanish Influenza)は第1次世界大戦中にパンデミックとなった最初の人畜共通感染症である。実はこの疾患においても、認知症症状(Brain fog:脳の霧)の発生が気づかれていたのである。さて流行開始からでも2年余りが過ぎて、このCOVID-19による認知機能障害に関して本格的な臨床研究が報告されるようになった。まず武漢における縦断研究は、感染による認知機能の変化に注目している。平均年齢69歳で感染者1,438名を対象、平均年齢67歳の438名をコントロールにして、1年間の認知機能の推移を比較している1)。対象をCOVID-19の身体症状から重篤と非重篤に分けて比較している。また認知機能は重篤度に応じて4段階に分けられている。その結果、軽度の認知機能低下を生じる危険性はCOVID-19の身体症状重篤群でオッズ比が4.87、非重篤群で1.71であった。さらに驚くべきは、身体症状重篤群では進行性認知機能低下を生じるオッズ比が19.0と極めて高かったことである。嗅覚異常の背景に、脳の構造学的な異常かさて次に、感染による脳構造変化についての画像研究が英国から報告されている2)。401名の感染者(51~81歳)が対象で、平均141日間隔で頭部MRI画像が撮像されている。なおコントロールは384名である。その結果、次の3つの所見が得られている。1)前頭葉の眼窩皮質との萎縮がみられたこと。前頭眼窩面には嗅覚や味覚情報が収斂している。またここは、有名な報酬系、動機付けや学習行動と関連する部位であり、偏桃体を中心とする辺縁系と深い結びつきがある。とくに臨床的に有名なのは、ここに病巣をもつピック病では、抑制欠如や脱抑制の表れとして反社会的行為が生じることである。また海馬傍回は海馬の周囲に位置し、記憶の符号化と検索の役割を担っている。なおこの前部は嗅内皮質を含んでいる。このような機能を持つ大脳領域に萎縮を認めたのである。2)一次嗅覚路と機能的に結ばれている脳部位の組織破壊が認められたこと。さてヒト嗅覚系には2種類あるが、一次および二次嗅覚皮質は下図において、それぞれ青と緑で表される。一次嗅覚系は、匂い物質を受容する嗅神経が存在する嗅上皮、嗅神経の投射先である主嗅球、さらに嗅球からの投射を受ける梨状皮質などの嗅皮質から構成されている。こうして一次嗅覚系は主に一般的な匂い物質の受容に関わっている。このように、流行当初から指摘されてきた「臭わなくなった」症状の基盤として、こうした形態学的な異常がわかったのである。3)脳全体の萎縮が認められた。このことは、COVID-19の大脳への影響は、嗅覚路を中心に前頭葉と辺縁系で大きいが、脳全体にも及ぶことを意味している。さてなぜこのような病理学的変化がもたらされるのだろうか? まずCOVID-19感染によって脳低酸素症が誘発される。これは、脳のエネルギー産生工場といわれるミトコンドリア機能不全が関わると考えられてきた。この低酸素脳症が基盤にあることは納得できる。一方でこの脳画像研究の筆者たちは、今回の研究結果から2つの可能性を考えている。まず感染が、嗅覚路を侵略経路として大脳辺縁系を中心とする系統的変性が生じさせる可能性である。次に嗅覚脱失によって臭いの感覚の入力がなくなることが大脳辺縁系変性につながっている可能性である。そして最後にこの嗅覚の障害が治るか否かについては、まだわからないとされている。第7波にも注意が喚起されるようになった今日、COVID-19による中枢神経系障害に対する注意がさらに求められるだろう。参考1)Liu YH,et al. JAMA Neurol. 2022 Mar 8. [Epub ahead of print]2)Douaud G, et al. Nature. 2022 Mar 7. [Epub ahead of print]

116.

第101回 私が見聞きした“アカン”医療機関(中編) オンライン診療、新しいタイプの“粗診粗療”が増える予感

18都道府県に出ていた「まん延防止等充填措置」がやっと解除こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。3月21日、18都道府県に出ていた「まん延防止等充填措置」が解除されました。全面解除は実に約2ヵ月半ぶりです。ただ、これからの時期、お花見、春休み、新学期、新年度などで宴会や移動が活発化します。「第7波」に備えた体制は怠りなく進めておく必要がありそうです。ところで、先週のこのコラムで、「鈴木 誠也選手はサンディエゴ・パドレス、菊池 雄星投手はトロント・ブルージェイズと合意したとの報道もありました」と書きましたが、鈴木選手の情報は一部スポーツ紙の勇み足による“誤報”でした。その後、鈴木選手は歴史あるシカゴ・カブスと合意、契約しました。契約金は5年総額8,500万ドル(約101億3,000万円)と伝えられており、日本人野手の渡米時の契約としては、4年総額4,800万ドルの福留 孝介(当時、カブス)を上回る史上最高額とのことです。カブスと言えば「ヤギの呪い(Curse of the Billy Goat)」で有名なチームです。鈴木選手が何らかの呪いに襲われることなく、大活躍することを願っています(「ヤギの呪い」自体は2016年のワールドシリーズ優勝で解けたと言われていますが…)。さて、今回も前回に引き続き、少し趣向を変え、最近私や知人が体験した“アカン”医療機関について、書いてみたいと思います。【その3】オンライン診療ゆえの“マイルド”処方に困った友人新型コロナウイルス感染症のオミクロン株に感染した友人の話です。症状は軽快し、PCR検査も陰性となって療養解除となったのですが、数週間経ってもひどい咳がなかなか止みません。とくに夜間がひどく、「これは『いつもの処方』が必要だ」と感じた彼は、時節柄、外来診療ではなく近所のクリニックでオンライン診療を受けることにしました。「いつもの処方」とはステロイド内服薬の服用です。これまでも風邪などで気管支がひどくやられると、炎症が治まらずひどい咳が遷延することがたびたびありました。そんなときだけ、知り合いの呼吸器内科医に頼んで、ステロイド(プレドニゾロンなど)を頓服で処方してもらっていたのです。ただ、その呼吸器内科医は最近、遠方の病院に異動してしまったため、今回は渋々、呼吸器内科も標榜し、オンライン診療にも対応している近所のクリニックをネットで見つけ、受診することにしたわけです。ステロイド内服薬を出せない、出さないオンライン診療医LINEを用いてのオンライン診療は、初めての体験でとても緊張したそうです。これまでの咳治療の経験も詳しく説明し、「スパッ」と咳が止まるステロイド内服薬の処方を頼んでみたのですが、願いは叶えられなかったそうです。「結局、吸入薬のサルタノールインヘラーとツムラ麦門冬湯エキス顆粒が出されただけだった。粘ってみたんだけど…」と友人。サルタノールインヘラーは、β2アドレナリン受容体刺激剤です。ステロイドも入っている吸入薬(ブデホルなど)もあるはずなのに、それも避け、漢方を気休めに上乗せするというのは、幾多のしつこい咳と戦ってきた彼にとっては、効き目があまり期待できない“マイルド”過ぎる処方でした。「オンラインで初診だと、マイルドで安全な処方をしたくなるのはわかるが、患者側の意見もきちんと聞いて欲しい。これで咳にまだ数週間悩まされると思うとウンザリだ。結局、次は外来に来てくれと言われたし…」と、オンライン診療に不満たらたらの友人でした。処方箋が届いたのは診療から5日後実はこの話、これだけで終わりませんでした。水曜日にオンライン診療を受診し、「処方箋は郵送します」と言われたのですが、2日後の金曜になっても処方箋が届かなかったのです。金曜夕刻に診療所に電話すると、夜8時過ぎに、クリニックの事務職員が薬(おそらく院内調剤)を持って自宅にやって来たそうです。「処方箋はちゃんと郵送したのですが」と弁明する職員でしたが、現物が届いたのは翌週月曜でした。これは全く“アカン”ですね。最終的に彼は、最初の処方では全く軽快しませんでした。翌週末に外来を訪れ、今度はステロイドも入ったブデホルを入手することができ、その後徐々に快方に向かったそうです。新しいタイプの“粗診粗療”が増えるのではオンライン診療については、処方箋のやり取りと、薬剤のデリバリーが障害になることがある、とも聞きます。クリニックから薬局にファクスやメールで処方箋を送るにしても、その薬局が患者の近所にあるか、宅配を行っていなければなりません。また、そうしたオンライン診療の処方箋に対応できる“かかりつけ”薬局を持っている人もまだ多くはありません。診療から薬剤入手までのインターバルの解消は、オンライン診療普及に向けた大きな課題の一つでしょう。オンライン診療については、「第96回 2022年診療報酬改定の内容決まる(前編)オンライン診療初診から恒久化、リフィル処方導入に日医が苦々しいコメント」でも詳しく書きました。こうした新しい動きに対し、日本医師会の今村 聡副会長は3月2日の定例会見で、自由診療下でオンライン診療を活用し、GLP-1受容体作動薬のダイエット目的での不適切処方が横行している状況について問題提起をしました。今村氏は、「本来の治療に用いる医薬品が不適切に流通して健康な方が使用してしまうというような状況は、国民の健康を守るという日本医師会の立場としては看過できない」と話したとのことです。オンライン診療のこうした“悪用”は確かに問題ですが、私自身は、逆に友人が経験したような、対面でないために慎重になり、治療効果が低い、“マイルド”過ぎる薬剤を処方してしまうという、新しいタイプの“粗診粗療”が増えることを危惧しています。ステロイドと同様、抗菌薬も初診からの投与を嫌う医師が多い印象があります。診断が適切なら問題はないのですが、結局、2回目からはリアルの対面受診を余儀なくされ、本来服用が必要な薬にたどり着くまでに通院回数が増えるとしたら、オンライン診療のメリットはほぼないに等しいと思うのですが、皆さんどうでしょう。次回も、引き続き“アカン”医療機関を紹介します(この項続く)。

117.

ゼロ・リスクか?ウィズ・リスクか?それが問題だ(解説:甲斐久史氏)

 早いもので20年ほど前、外勤先の内科クリニックでの昼下がり。「今朝から、とくにどこというわけではないが、何となく全身がきつい」と20歳代後半の女性が来院した。熱も貧血もないのに脈拍が120前後。血圧はもともと低いそうだが収縮期血圧は80mmHg弱。心音・呼吸音に明らかな異常はないが、皮膚が何となくジトーッと冷たい気がする。聞いてみると先週、2〜3日間、風邪にかかったとのこと。心電図をとってみた。洞性頻脈。PQ延長(0.30秒くらいだったか?)。ドヨヨーンとした嫌な波形のwide QRS。どのように患者さんに説明し納得してもらったかは覚えていないが、ドクターヘリでK大学病院に搬送した。救急車では小一時間かかるためでもあったが、当時導入されたばかりのドクターヘリを使ってみたいというミーハー心に負けた一面も否定できない。夕方、帰学するとその足でCCUを覗いてみた。「大げさですよ。スカでしたよ!」レジデントたちからの叱責(?)覚悟しつつ…。が、何と!その患者はPCPSにつながれていたのである。約10分のフライト中は順調であったが、CCU搬入直後に完全房室ブロック。あっという間に心室補充収縮も消失。直ちにその場でPCPSを挿入できたため事なきを得たとのこと。CCUスタッフの的確な治療もあり、彼女は、2~3日後にはPCPSを離脱し、その後も順調に回復。完璧な正常心電図に復し、心機能障害を残すこともなく退院した。循環器内科医には身に覚えのある“心筋炎、あるある話”と言えよう。 本稿の執筆時(2022年3月中旬)、オミクロン変異株による新型コロナウイルス感染拡大第6波の感染者数のピークは越えたとはいえ、期待されていた急激な感染者数減少はなかなか見通せず、死亡者数や重症者数も高水準で推移している。そのような中で、依然としてワクチンが、発症・重症化予防、感染予防(オミクロン変異株には期待できないようであるが)の現実的な切り札的存在であることに変わりはない。しかしながら、種々の要因のため3回目のワクチン接種は伸び悩んでいる。その中で、ワクチンの副反応、とりわけ最近、コミナティ(BNT162b2、ファイザー社)・スパイクバックス(mRNA-1273、モデルナ社)の添付文書にも記載された心筋炎・心膜炎への危惧の影響も大きいようである。 米国疾病予防管理センターのOsterらによれば、米国のワクチン有害事象報告システム(Vaccine Adverse Event Reporting System:VAERS)に基づく解析の結果、2020年12月〜2021年8月にmRNAワクチンを接種された12歳以上の約2億例(約3億5,000万回接種)のうち、心筋炎が1,626例(BNT162b2 947例、mRNA-1273 382例)でみられたという。心筋炎患者の年齢中央値は21歳、男性に多く(82%)、2回目接種後が多く、症状発症までの期間は2日(中央値)であった。ワクチン接種後7日以内の心筋炎の報告は、12〜15歳男性でBNT162b2 70.7例/100万回、16〜17歳男性でBNT162b2 105.9例/100万回、18〜24歳男性でBNT162b2 52.7例/100万回、mRNA-1273 56.3例/100万回であった。これらは、一般の心筋炎の発症頻度とされる80〜100例/100万人に匹敵する。なお、30歳未満の症例のうち詳細な臨床情報が得られたものは826例でそのうち98%が入院した。その87%が退院までに症状が消失した。治療は主に非ステロイド系抗炎症薬投与(87%)であった。最近の厚生労働省資料によれば、わが国の心筋炎・心膜炎の発症頻度は、10代男性でBNT162b2 3.7例/100万回、mRNA-1273 28.8例/100万回、20代男性でBNT162b2 9.6例/100万回、mRNA-1273 25.7例/100万回である。VAERSの報告と比較すると低めではあるが、やはり10〜20代男性では心筋症発症リスクが認められる。ただ、VAERSや厚生労働省のデータは受動的な報告システムであるため、心筋炎の報告が不完全であり情報の質も一貫していない恐れがあり、報告数が過小評価なのか過剰評価なのかさえ判断が難しい。 まったく健康な若者にワクチン接種することで、一定の割合で心筋症のリスクを負わせることに、社会や当の若者たちが不安を覚えることはよくわかる。しかし、そのリスクは一般住民が日常的に曝されている普通のウイルスなどにより引き起こされる心筋炎・心膜炎のリスクを超えるものではない。少なくとも急激に重症心不全に陥るような劇症心筋炎はまずみられないようである。一方、新型コロナウイルス感染症に実際に感染した場合、心筋症・心筋炎発症リスクは、わが国(15〜39歳男性)では834例/100万回、海外(12〜17歳男性)では450例/100万回にのぼる。われわれ医師としては、ワクチン接種のメリットがデメリットよりはるかに大きいことを、正しく冷静に社会に訴えていくのが妥当であろう。リスクを強いるのであれば、ワクチン接種者に胸痛、動悸、強い倦怠感や息切れなど心筋炎・心膜炎症状を自覚したら迷わず受診することを周知するとともに、ワクチン接種後には積極的に心筋炎・心膜炎を考慮した診察・検査を行い早期発見、早期治療を提供することがわれわれの責務と心得るべきであろう。ただ、心筋炎は、心不全進展とは全く別途に、心室頻拍、心室粗動、伝導障害により突然死を来す。この発症頻度の推定困難なリスクまで考えると悩みは深まる。 2年以上続く新型コロナウイルス感染症パンデミックを前にして、日本は、依然、ゼロ・コロナか? ウィズ・コロナか? という命題の前に右往左往している。その根源には、そもそもゼロ・リスクの人生などあり得ないのに、ウィズ・リスクの現実には目を背け、「日々安心が何より」を是とする筆者のような正常性バイアスがあるのではないか? かと思うと一点、自分に都合の良い情報ばかりに頼る確証バイアスに陥るし・・・。日常からリスクを正面に見据えたリスク・リテラシーの醸成は、わが国にとって喫緊の課題かもしれない。

118.

第97回 “アジャイル思考”を得ない限り、日本は今のコロナ対策から抜けられない!?

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の流行の主流がオミクロン株になって以降、よく耳にするようになったのが「オミクロン株による感染はただの風邪」という理屈だ。これはある意味では正しいかもしれない。少なくとも基礎疾患のない若年者にとっては、風邪に近いと言っても差し支えはないだろう。もっともこの一部の人にとっての「風邪」もワクチンの2回接種完了者が国内総人口の約8割を占めるワクチン効果が加味されている可能性が高いことも念頭に置かねばならない。この昨今、声高に語られる「オミクロン株感染風邪論」の背後には、過去2年以上の度重なる行動規制に対する恨み節が籠っていることは否定できない。なんせ、今回のコロナ禍によって発出された緊急事態宣言やまん延防止等重点措置(以下、まん防)に伴う経済損失総額は、野村総合研究所による試算で20兆円超。これは先日、衆議院予算委員会を通過した過去最大の2022年度予算の歳出総額107兆5,964億円の約20%に相当する。これ以外に数字に表れない損失もあることは周知のことで、いずれにせよ国民に大きな犠牲を強いていることは明確である。それ故に若年層を中心に「風邪ごときのとばっちりを食らうのはまっぴらごめん」との理屈が支持を受けるのも分からないわけではない。とはいえ、医学的に見れば、高齢者での新型コロナはただの風邪ではなく、その一撃で命を奪われる危険性は明らかにほかの感染症よりも高い。このように言うと、「残りの人生が少ない高齢者のために、なぜ前途ある若者が苦渋を強いられなければならない」という反論が常に飛び出してくる。実際、私の身近でもそうした声はよく聞く。こうした時に私は「重症化した高齢者にかかる莫大な医療費を負担するのは、結局若年層なので高齢者を感染から守ることは若年者を守ること」と伝えている。もっとも目に見えにくい負担を実感してもらうのはなかなか難しいのが現実だ。そうした中で「オミクロン株感染風邪論者」が最近引き合いに出すのが、欧州連合内で初めて新型コロナの感染拡大阻止関連規制のほぼすべてを撤廃したデンマークの事例だ。この措置は2月1日からスタートし、公共交通機関利用時のマスク着用義務、飲食店利用時などでのデジタル証明「コロナパス(ワクチン接種証明・PCR or抗原検査陰性証明)」の提示義務などが撤廃された。規制撤廃発表の記者会見では、デンマークのメッテ・フレデリクセン首相が「さよなら規制、ようこそコロナ前の生活」と宣言したほど。ところが今のデンマークでは毎日3万人程度の新規感染者と30~40人の死者が報告されている。総人口約580万人のデンマークのこの状況を日本に当てはめると、毎日約65万人の感染者と700人前後の死者が発生している計算だ。現在1日の新規感染者8万人前後で、31都道府県に新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づくまん防を発令中の日本から考えれば驚くような決断である。デンマークの決定は感染者が増加していながら、重症者が増加していない同国内の感染状況データを根拠としている。ちなみに現在、デンマークでの感染の主流は、日本の報道では「ステルス・オミクロン」と称されるオミクロン株の亜種BA.2である。確かにオミクロン株はデルタ株と比較して重症化しにくいとは言われているが、感染者が増えれば、当然ながら重症者も増える。にもかかわらず、今回の決定に至った背景には、デンマーク国内の総人口に占める新型コロナワクチンの2回接種完了率が81.0%と日本と大差ないにもかかわらず、ブースター接種完了率が61.7%(2月22日付)と日本とは比較にならないほど高い現状を加味していると言われている(2月22日付の日本国内での2回接種完了率は79.1%、ブースター接種完了率は15.3%)。さらにデンマークの場合、現時点で65歳以上の高齢者のブースター接種完了率は約95%。重症化のハイリスク者に対しては4回目接種を計画し、新たな変異株の登場次第では4回目接種の対象を全人口に拡大することを視野に入れている。要は現状と将来の備えは日本とは比較にならず、デンマークを事例に挙げながら日本国内の対応を単純批判する「オミクロン株風邪論者」は自分の主張に合わせてファクトを都合良く切り貼りしているに過ぎない。だが、それ以上にデンマークと日本には根本的に大きな差があると個人的には考えている。というのもデンマークはすでに昨年9月に今回のような規制の大幅な解除を行いながら、その後の感染者増加に伴って規制を復活。そして再び今回の規制撤廃に至っている。要は状況に応じてアジャイルな対策を行っているのだ。「アジャイル」は、英語で「機敏な」という意味。最近ではソフトウェア開発などに関連してよく耳にするようになった言葉で、要は基本機能を実装したソフトウェアはすぐに実用を開始し、必要に応じて徐々にアップデートしていくということ。スマートフォン用アプリなどが代表例だ。ところが最初に何らかの商品やサービスを市場に出す際に完璧さを求めがちな日本ではこうした手法はあまり馴染みがない。私はもう一つの取材領域である国際紛争関係でこうした違いを実感したことがある。海外の紛争地域では、旧西側を中心とする欧米各国の軍が停戦監視などの平和維持活動(PKO)のために派遣されることが少なくない。そこで見かける各国の軍用車両は、基本型を軸にさまざまな派生型がある。派遣地域の地勢や気候の違い、技術革新に応じて基本型への追加改修キットがあり、結果として派生型の軍用車両が数多く存在するのである。何とも合理的だと思っていたが、日本の自衛隊ではこうしたケースは見かけない。ある時にこの点を防衛省関係者に尋ねたところ次のような答えが返ってきた。「新装備の予算要求の際、国会をはじめとする関係各方面からは考えられうる最上スペックを求められます。それが数年後に状況に合わなくなり、また新装備を導入しようとすると、『あの時、君たちは最上のものだと言ったじゃないか。じゃあ、あの時の提案は不備や間違いだったのか』と言われてしまうのです。ベストのものはその時々で変わるものなのですが…」新興感染症では、時間の経過とともに不明点が明らかになり、それに伴い対応策も大きく変更を迫られることが多い。しかし、前述のように日本ではもともとこうした変更に対する国民的許容幅は広くはない。アジャイルに過ぎないことが時に「場当たり」「なし崩し」と表現される。もっと端的に言えば、オール・オア・ナッシングな傾向とも言えるかもしれない。そしてこうした傾向は、オミクロン株登場後の新型コロナワクチンに対する世間の評価でも垣間見られる。オミクロン株に対する既存の新型コロナワクチンの感染予防と発症予防の効果がかなり低下したことは事実である。だが、2回目接種完了直後あるいは3回目接種終了後ならば、それでも6割程度の感染予防・発症予防効果はあることが分かっている。しかし、これを機にもともとワクチンに否定的ではなかった人からも「ワクチンに意味はない」「いまやワクチンは無効だ」という言説が目につくようになった。そして、国などが新型コロナ対策でマイナーチェンジをする時なども、「完璧さ」を目指す社会的雰囲気を受けたばつの悪さなのか、歯切れの悪い説明が目立つ。結局のところ、現在の「オミクロン株風邪論」や「感染症法での新型コロナの扱いは2類か5類か論争」も日本人のアジャイル感のなさゆえの結果とも思えてきて仕方がない昨今だ。

119.

腎機能が低下した患者には市販NSAIDsは要注意【ママに聞いてみよう(2)】

ママに聞いてみよう(2)腎機能が低下した患者には市販NSAIDsは要注意講師:堀 美智子氏 / 医薬情報研究所 (株)エス・アイ・シー取締役、日本女性薬局経営者の会 会長動画解説風邪をひいたのでOTC薬を使ってよいか患者さんに聞かれた紗耶華さん。薬歴を確認すると、その患者さんには腎機能障害があることがわかりましたが、どのようなことに気を付けるべきか悩みます。OTCのNSAIDsの特徴や注意すべき患者について、美智子先生が教えます。

120.

妊娠中の風邪対策、のどスプレーは使用可能?【ママに聞いてみよう(2)】

ママに聞いてみよう(2)妊娠中の風邪対策、のどスプレーは使用可能?講師:堀 美智子氏 / 医薬情報研究所 (株)エス・アイ・シー取締役、日本女性薬局経営者の会 会長動画解説妊娠中の女性にOTCの、のど用殺菌消毒スプレーを使用してよいか尋ねられた正隆さん。ヨウ素含有製品には注意が必要なことを思い出しますが、どのような影響があるのか疑問に思います。そこで、美智子先生がヨウ素の摂取基準とヨウ素の過剰摂取による具体的な影響について教えます。

検索結果 合計:274件 表示位置:101 - 120