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異なる呼吸器ウイルス2種が融合し、免疫をより回避する新たな素質を備えうることが示されました1,2)。2つ以上のウイルスの共感染は呼吸器ウイルス感染の10~30%に認められ、とくに子供ではよくあることですが、それがどういう結末をもたらすのかは定かではありません。共感染したところで経過にどうやら変わりはないという試験結果がある一方で肺炎が増えたという報告もあります。共感染者の細胞内での2つ以上のウイルスの相互作用もよく分かっていませんが、細胞内での直接的な相互作用でウイルスの病原性が変わるかもしれません。たとえば別のウイルスの表面タンパク質を取り込んでそのウイルスもどき(pseudotyping)になるとかウイルスゲノムの再編が起きる可能性があります。ゲノムの再編は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)やパンデミックインフルエンザウイルスのような世界的に流行しうる新たなウイルス株の原因となりうる現象です。世界で500万人を超える人が毎年インフルエンザAウイルス(IAV)感染で入院しています。呼吸器合胞体ウイルス(RSV)は5歳までの小児の急な下気道感染症の主因となっています。新たな研究で英国グラスゴー大学の研究者等は一緒に出回ることが多くて重要度が高いそれら2つの呼吸器ウイルスをヒトの肺起源の細胞内に同居させて何が起きるかを調べました。生きた細胞の撮影や顕微鏡で観察したところIAVとRSVの双方からの成分を併せ持つ融合ウイルス粒子(HVP)が確認され、HVPは他の細胞に感染を広げることができました。HVPに抗IAV抗体は歯が立たないらしく、その感染細胞に抗IAV抗体を与えても感染の他の細胞への広がりを防ぐことはできませんでした。HVPはRSVからの糖タンパク質を流用して抗IAV抗体を逃れることができるのです。一方、抗RSV抗体は依然としてHVPと勝負できるらしく、HVPの細胞から細胞への広がりを防ぎました。著者によるとIAVがRSVからの授かりものを使って免疫を回避できるようになるのとは対照的にRSVはIAV糖タンパク質に細胞侵入を手伝わせることはできないようです。“IAVはRSVとの融合によりより重症の感染を招く恐れがある”と今回の研究には携わっていない英国リーズ大学のウイルス学者Stephen Griffin氏は同国のニュースTheGuardianに話しています3,4)。RSVは季節性インフルエンザに比べてより奥の肺に下って行こうとします。よってインフルエンザがRSVと同様に肺へと深入りするとより重症化するおそれがいっそう高まるかもしれません。体外での研究で今回認められたようなウイルス融合の人体での発生はまだ観察されておらず、ウイルス融合が人の健康に影響するのかどうかを今後の研究で調べる必要があります。IAVとRSVが手を取り合うのとは真反対に一方がもう一方を抑えつける関係もどうやら存在します。たとえば、風邪ウイルスとして知られるライノウイルスとSARS-CoV-2が細胞内でそういう排他的関係にあるらしいことが昨年3月の報告で示されています5,6)。その報告によるとライノウイルスはSARS-CoV-2複製を防ぐインターフェロン(IFN)反応を誘発し、ライノウイルスがいる呼吸上皮細胞でSARS-CoV-2は増えることができません。巷にあまねく広まるライノウイルスとSARS-CoV-2の相互作用は計算によると世間全般に及ぶ影響があり、ライノウイルス感染が増えるほどSARS-CoV-2感染は減るらしいと推定されています5)。参考1)Haney J, et al. Nat Microbiol. 2022;7:1879-1890.2)NEW RESEARCH SHEDS LIGHT ON HIDDEN WORLD OF VIRAL COINFECTIONS / University of Glasgow3)Immune system-evading hybrid virus observed for first time / TheGuardian4)Flu/RSV Coinfection Produces Hybrid Virus that Evades Immune Defenses / TheScientist5)Dee K, et al. J Infect Dis. 2021;224:31-38.6)Coronavirus: How the common cold can boot out Covid / BBC