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汚職事件で壊滅的なダメージを被った三重大病院麻酔科こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。先週の4月14日金曜夜は、千葉ロッテマリーンズの佐々木 朗希投手と、オリックス・バファローズの山本 由伸投手の投げ合いを観戦するため、千葉のZOZOマリンスタジアムに行ってきました。同球場は、昨年のちょうど今頃、“野球感染”リスクの取材で訪れて以来です(参考:第105回 進まないリフィル処方に首相も「使用促進」を明言、日医や現場の“抵抗”の行方は?)。試合は、両投手合わせて20奪三振(うち佐々木投手11)という素晴らしい投手戦で、佐々木投手が7回1安打無失点の好投で今季2勝目をあげました。MLBに行ってしまうまでにどこまで成長するのか。これからがますます楽しみです。ちなみにコロナでさまざまな制限が行われていた応援ですが、マリンスタジアムではジェット風船以外、ほとんどが解禁されていました。それにしても同球場の2階席最上段は風が強く、春山並みに寒くて風邪をひきそうでした。さて、今回はランジオロール塩酸塩(商品名:オノアクト)の積極的な使用や医療機器の納入に便宜を図る見返りに現金を受け取ったなどとして、元臨床麻酔部教授や准教授、講師などが次々逮捕され、壊滅的なダメージを被った三重大病院の麻酔科の現在について書いてみたいと思います。同病院の麻酔科には、昨年4月に新任教授が着任、体制も抜本的に見直され、今年4月からは麻酔科の専門医を育成する研修プログラムもスタートしています。懲役2年6ヵ月、執行猶予4年の判決を不服として元教授は控訴この事件については、事件発覚直後の2020年9月からこの連載でも度々取り上げて来ました。元教授の裁判の判決が下った今年1月には、「第145回 三重大臨床麻酔部汚職事件、元教授に懲役2年6ヵ月、執行猶予4年の有罪判決、賄賂は『オノアクト使用の見返りだった』」で、元教授に対する判決の内容を詳説しました。判決では、元教授に懲役2年6ヵ月、執行猶予4年の判決が言い渡されました。裁判で最大の争点となったのは小野薬品工業からの寄附金200万円が賄賂に当たるかどうでした。判決は、被告が小野薬品の薬剤「オノアクト」の使用を増やす見返りを約束した上で寄附を求めたと認め、賄賂に当たると結論付けました。なお、元教授はこの判決を不服として、2月1日付で名古屋高等裁判所に控訴しています。三重大病院の年間手術数は約5,000件程度まで激減さて、一連の事件で三重大病院の麻酔科は大きなダメージを受けました。日経メディカル Onlineは4月6日付で「事件で手術や地域医療に多大な影響、再スタートの三重大麻酔科の今後 三重大麻酔科学講座教授、賀来隆治氏に聞く」と題するインタビュー記事を掲載しています。岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 麻酔蘇生学講師だった賀来氏が、教授選を勝ち抜き三重大学大学院 医学系研究科臨床医学系講座 麻酔科学教授となったのがちょうど1年前の2022年4月でした。インタビュー記事では、事件が三重大病院に及ぼした影響や、麻酔科の新体制について語っていて、とても興味深いです。同記事によれば、事件の影響などで、手術の麻酔を担当する臨床麻酔部だけでもピーク時には18人いた麻酔医は3人まで減ったとのことです。一方、麻酔科医が担当するもう一つの部門であった麻酔集中治療科も、賀来教授着任直前には2人まで減っていました。そうした影響もあって、三重大病院の手術数は激減、事件前は年間7,000件以上、8,000件に迫るほどだった手術件数は、新型コロナウイルス感染症の影響も加わり、2020年、2021年度は約5,000件程度にまで激減していたそうです。麻酔集中治療科と臨床麻酔部の2つの部署を統合賀来教授の着任した昨年4月から、麻酔科の体制変更が行われました。それまであった麻酔集中治療科(ペインクリニック外来、集中治療部の管理などを担当)と臨床麻酔部(手術の麻酔を担当)の2つの部署を統合、名称も麻酔科として運営していくことになりました。それまで、2つの部署は完全に分かれており、どちらかの麻酔科医がもう1つの部署の業務を手伝うこともなかったそうです。このように非常にいびつな形で麻酔科が運営されていた遠因は、20年近く前の麻酔科医大量退職にあったと考えられます。三重大病院では、2000年代初めに当時の麻酔科学教室教授から離反する形で麻酔科医の大量退職が起こっています。大学病院の手術にも影響が及んだため、2006年に麻酔科学教室とは独立した組織として麻酔管理と臨床実習に業務を特化した臨床麻酔部が新設され、2009年には大学医学部の講座(臨床麻酔学講座)も設けられました。その講座を率いていた元教授が今回の一連の事件を引き起こしました。2つの部署統合によって、2006年以前の元の体制(多くの大学病院と同様の体制)に戻ったことになります。麻酔科医の専門医研修プログラムも2023年度から再開麻酔科医については、賀来教授含め、岡山大から3人の麻酔科医が着任、8人体制となりました。専門研修指導医の数も満たしたため、事件を機に2020年10月から停止していた麻酔科医の専門医研修プログラムも2023年度から再開しました。今年度は、三重大関連施設で初期臨床研修を修了した医師1人が、プログラムに参加したとのことです。インタビュー記事で賀来教授は、「6人まで対応できると考えていましたが、今回は残念ながら1人でした。やはりかなりインパクトの強い事件が起こった医局なので、教授が替わったからといって、そのイメージはすぐにはマイナスからプラスには変わりません。(中略)私が医学部の学生と関わったとしても、それが専門医研修プログラムへの参加につながってくるのは何年か後になります。ですから、長い目で取り組んで行こうと考えています」と語っています。結果として岡山大のジッツとなったわけですが、麻酔科医も揃い、専門医研修プログラムも再開できたことは、地域医療にとっては喜ばしいことです。“黒歴史”が繰り返されないことを願うばかりです。小野薬品、寄附講座への拠出を全て終了へところで、事件のもう一方の“主役”とも言える小野薬品工業は、今回の事件で問題となった寄附講座について、2023年度に拠出予定の2件をもってすべて終了することを4月14日に同社サイト上で明らかにしました。公表された「コンプライアンス体制強化のための取り組み」と題する文書によれば、「2020年度に起こした不祥事以降、再発防止に向け取り組んできた」として、コンプライアンス体制をより強化するとともに、社員教育を充実させ、奨学寄附金の取り扱いの見直しを行うとしています。具体的には、「奨学寄附金(一般講座への寄附)の拠出に関しては、まず2021年度の寄附は中止とし、さらに、2022年度以降も引き続き行わないことを社内決定」したとしています。その上で、「アカデミアへの貢献の必要性や研究振興の社会的意義を鑑みながら、独立性、公平性を担保し得る新たな貢献方法を引き続き検討してきた結果、財団(小野薬品がん・免疫・神経研究財団)を設立し、2023年度より研究助成事業を行うことを決定」したとのことです。また、寄附講座への寄附については「2020年10月以降新たな寄附依頼に対して全てお断りし、それ以前に拠出を約束していた先、および複数年契約のもとに拠出を約束していた先のみへの対応としました。なお、これら寄附に関しても、2023年度中に全ての対応を終了します(2021年度の実施:21件、2022年度の実施:8件、2023年度実施予定:2件)」としています。実際、この事件をきっかけとして、製薬企業の奨学寄附金や寄附講座への寄附を廃止する動きは加速しているようです。これらは基本的に使い道を定めず無償提供されるため、大学や研究室にとっては使い勝手が良い研究費でした。奨学寄附金の廃止傾向が強まれば、研究力が弱い大学の資金調達がこれまで以上に難しくなるでしょう。もともと国からの研究費が少ない地方大学の教授たちの中には、三重大の事件を「とんでもないことをしてくれた」と苦々しく思っている人も少なくないはずです。大学間、医局間の研究力の差が、今後ますます広がっていくことが懸念されます。