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洗剤誤飲【いざというとき役立つ!救急処置おさらい帳】第11回

異物誤飲は救急外来で遭遇する機会の多い疾患の1つです。高齢者の義歯が取れて飲み込んでしまった、コップに洗剤を入れていたことを忘れてそれを飲んでしまった…など。わが国の誤飲頻度の正確なデータはありませんでしたが、単施設での報告によると65歳以上の高齢者の頻度が多く、1位:薬剤の包装紙、2位:義歯、3位:魚骨でした1,2)。一方、消費者庁によると2020年度の65歳以上の高齢者の誤飲・誤食の事故情報は318件寄せられており、医薬品の包装シート、義歯・詰め物、洗剤や漂白剤が多いそうです3)。洗剤や漂白剤を誤飲してしまったときの対処法を記載した医学書やレビューは少ないため、実際に私も救急外来で「誤って洗剤を飲んでしまったが、かかりつけ医に相談したところ救急外来を受診するよう指示されたので来た」という話を聞くことがあります。私は年に数回「誤って洗剤を飲んでしまった」という電話相談もしくは診察をすることがありますが、私の経験では成人が洗剤や漂白剤を誤飲したとしても何か特別な処置が必要なケースは限られていて、ほとんどが何もすることなく終わっています。だからといって全部大丈夫というわけではないため、日本石鹸洗剤工業会の「誤飲・誤用の応急処置(公益財団法人 日本中毒情報センター監修)」を参考に、私の診療過程を症例をもとに紹介します。なお、今回は認知症のない成人で台所用洗剤に重点を置きます。<症例>70歳女性主訴誤って台所用洗剤を飲んだ。昼の12時ごろ台所のコップに入っていた水を飲んだところ変な味がした。娘に確認したところコップを洗剤につけて茶渋を取っていたとのこと。口腔内に違和感があるため受診。既往歴高血圧上記は救急外来にフラッとやって来た患者さんです。順を追って対処しましょう。(1)バイタルサイン、嘔吐の有無の確認こういった洗剤などの誤飲で問題になってくるのは、嘔吐して誤嚥してしまうことです。洗剤は当然飲むものではなく、強い味や香りのため飲めたものではありません。万が一飲んでしまった場合、その味や香りで嘔吐して誤嚥することがあります。そのため、まずは誤嚥性肺炎を生じていないか確認しましょう。この患者さんは、嘔吐もなく、SpO2は室内気で98%でした。(2)洗剤の種類の確認台所用洗剤の種類は大きく分けて合成洗剤、食器洗い機専用洗剤、台所用石けん、台所用漂白剤(塩素系)、台所用漂白剤(酸素系)、クレンザーとなります。いずれの中毒量(マウス)は液状だと5mL/kgとなっています。体重が50kgの人だと250mL程度になりますが、原液を10mL飲むのも困難であり、私は意識がはっきりしている人で大量の原液を誤飲した症例の経験はありません。しかし、洗剤の誤飲は少量であれば問題にならないのかというとそうでもありません。第9回の化学眼外傷のときに紹介したとおり、強い酸性orアルカリ性の物質の場合は強い粘膜障害が生じる懸念があります。それらを誤飲した場合は、腐食性食道炎が生じ食道穿孔などが生じるリスクがあり、内視鏡検査や入院治療が必要になり注意が必要です4,5)。本症例は、茶渋をとるために強アルカリ(pH11.0~12.0)の次亜塩素酸塩配合の台所用漂白剤(キッチンハイター)を入れていたそうです。(3)誤飲状況の詳細と症状を確認では、強アルカリの物質を誤飲してしまった場合、すべて消化器内科を受診して入院が必要なのでしょうか? そんなことはありません。腐食性食道炎を生じるには、それなりの量が必要です。何mL飲めば生じる可能性が上がるという根拠は見つかりませんでしたが、先述のとおり洗剤は通常飲めないようにできています。ハイターの臭いをかいだことがあればわかると思いますが、あの匂いのものを間違えてごくごく飲むのはかなり無理があります。私は味わったことがないですが、誤飲した人に聞いたところ「苦いけど苦いとも言えない味、刺激が強い」とのことでした。意識がある人が飲めるものではありません。実際に腐食性食道炎を生じている患者が強酸性or強アルカリ性の物質を摂取した理由は自殺が最も多く、私が和文文献を探していて唯一自殺以外であったのが「酩酊状態の誤飲」でした4-6)。また症状としては、粘膜障害が生じるため咽頭痛、嗄声、嘔吐、心窩部痛が2~3時間以内に急激に生じます。今回の症例の場合、水で薄めたハイターをコップに入れていて、患者は一口飲んで吐き出したので飲んだには飲んだがほんの少しだけでした。症状としては口に苦い感じがするとのことでした。飲んだ量も少なく、濃度も薄い、さらに症状もほとんどありません。1時間ほど外来で経過をみましたが何もないため経過観察としました。治療に関しては、今回のようなケースではとくにすることはありません。少量誤飲してすぐの状態であれば、口をゆすいだ後に水を飲んでもらうくらいです。昔から食器用洗剤を誤飲した場合は牛乳がよいと言われていますが、効果のほどは定かではありません。プロトンポンプ阻害薬やアルギン酸を粘膜保護を目的に投与している施設もありますが、今回のようなほぼ無症状の人に対して投与する明確な根拠はありません。少なくとも私は中性洗剤の場合であれば処方はせず、帰宅後に何らかの症状が出現すれば再診としています。今回のような粘膜障害を生じうる洗剤を飲んだ場合は症状に合わせて3日分処方することもありますが、もし電話相談で「ハイターを飲んでしまった。症状はない」という相談が来たときに、プロトンポンプ阻害薬とアルギン酸を処方するために受診させたりはしません。今回は、台所用洗剤の誤飲に重点を置いて紹介しました。まとめますと、「意識がはっきりしている人が洗剤を誤飲したとして、大量に誤飲した可能性は低いためさほど恐れることはない」ということです。特殊なものを除き、家庭にあるほとんどの洗剤は同じストラテジーで対処できます。ただし、強い症状(嚥下時痛、嗄声、心窩部痛など)があれば内視鏡や胃洗浄などを行いますので、高次医療機関に相談してください。教科書や論文のレビューが少ないテーマなので経験がない人は不安になるかもしれませんので参考になればと思います。1)岡 陽一郎ほか. 日本臨床外科学会雑誌. 2007;68:2449-58.2)山本 龍一ほか. 埼玉医科大学雑誌. 2010;37:11-14. 3)消費者庁:高齢者の誤飲・誤食事故に注意しましょう! 4)松村 英樹ほか. 日本臨床外科学会雑誌. 2015;76:714-719.5)De Lusong MAA, et al. World J Gastrointest Pharmacol Ther. 2017;8:90-98. 6)佐藤 雄亮ほか. 日本臨床外科学会雑誌. 2008;69:1658-1662.

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Dr.林の笑劇的救急問答13

第1回 腫瘍救急1 FNってなんだ? 第2回 腫瘍救急2 TLSってなんだ? 第3回 ポリファーマシー1 原因薬剤を突き止めろ! 第4回 ポリファーマシー2 減らせばいいってものじゃない! Dr.林の笑劇的救急問答シリーズは13年目!今シリーズは「高齢者救急」がテーマ。今や、救急医療といえば、老年医療といっても過言ではないほど、高齢者の診療が多くなっています。教科書にはなかなか載っていない高齢者救急のノウハウを厳選してお届けします。救命だけが救急医療ではない。そんなことを考えさせられるシリーズに仕上がりました。Dr.林の愛あふれるコメントは必見です。上巻では、腫瘍救急とポリファーマシー、下巻では、高齢者骨折と緩和救急を取り上げます。第1回 腫瘍救急1 FNってなんだ? 「がん化学療法中に全身倦怠感を訴える2人の患者」Dr.林の笑劇的救急問答13の第1回は腫瘍救急。がん化学療法中の患者の不調の訴えは、経過も長く、すぐに主治医を呼びたくなってしまいます。しかし、まずは、その状態が緊急性の高いのか、そうでないのかをきちんと見分けられるようになりましょう。第2回 腫瘍救急2 TLSってなんだ? 「足に力が入らない酩酊状態の67歳男性」前回に続いて腫瘍救急。その中でも今回は緊急性が高い疾患について解説します。TLSやとトルソー症候群、い脊髄圧迫症候群、上大静脈圧迫症候群・・・・・など、担がん患者には、特有な緊急疾患がいくつかあります。それらをきちんと知っておくことで、迅速に対処できるようになりましょう!第3回 ポリファーマシー1 原因薬剤を突き止めろ! 「腰が立たない頻呼吸の82歳男性」今回のテーマはポリファーマシー。65歳以上の高齢者の70%が6剤以上の薬を服用している現在、薬剤の有害事象でERを受診する高齢者の数も増えています。5種類の薬剤を服用すると、50%の患者さんに副作用が現れ、10種類となるとなんと100%に!高齢者の“不適切な処方”について、一度考えてみましょうポリファーマシー 10剤も飲んだら 重罪だ?!第4回 ポリファーマシー2 減らせばいいってものじゃない!「食後に心窩部痛を発症した69歳女性」前回に引き続き、ポリファーマシーがテーマ。ポリファーマシーだからと言って、すべてが「悪」というわけではありません。患者さんにとって本当に必要な薬剤を見極めてから減薬すること。減薬をしたら、きちんとフォローアップを行うことが大切です。そのための基準でもあるBEER's Critera やSTOPP/START などについても詳しく解説します。

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【第59回】携帯電話を飲み込んだ男

【第59回】携帯電話を飲み込んだ男 FREEIMAGESより使用 異物を飲み込む論文。世の中には「オイオイ、さすがにそりゃ飲み込めないだろう!」というくらい大きな異物を飲み込んだ医学論文が存在します。たとえば、携帯電話。 皆さんの手元にある携帯電話はどのくらいの大きさでしょうか。私のスマホは10cmくらいあります。こんなもん飲み込めません。 Ali MM, et al Accidental cell phone ingestion with pharyngeal impaction. Del Med J. 2014 ;86:277-279. 主人公は35歳の酔っぱらった男性です。全文が読めなかったのでインターネットでこの事件の詳細を調べてみたのですが、アルコールに酔っていたのか薬物中毒で酩酊状態だったのか、よくわかりませんでした。とにもかくにも、白黒の判別がつかない彼は、自分の携帯電話を飲み込んでしまったそうです。…想像してみたんですが、どうやっても普通入らないでしょ…。もちろん胃の中にまで到達したワケではなく、喉の奥にガッポリつっかえてしまいました。男性はパニック状態。携帯電話は全身麻酔下で摘出されたそうです。普段から異物論文を定期的に検索しているとわかってくることがあるのですが、こういった異物を飲み込む論文は往々にして精神科疾患がベースにあることが多いです。外科的に取り出さねばならないほどの大きな石を飲み込んだ症例も報告されています1)。参考文献1)Mallick FR, et al. Ann R Coll Surg Engl. 2014;96:e11-13.インデックスページへ戻る

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酩酊患者の胸腔内出血を診断できずに死亡したケース

救急医療最終判決判例時報 1132号128-135頁概要酩酊状態でオートバイと衝突し、救急隊でA病院に搬送された。外観上左後頭部と右大腿外側の挫創を認め、経過観察のため入院とした。病室では大声で歌を歌ったり、点滴を自己抜去するなどの行動がみられたが、救急搬送から1時間後に容態が急変して下顎呼吸となり、救急蘇生が行われたものの死亡に至った。死体解剖は行われなかったが、視診上右第3-第6肋骨骨折、穿刺した髄液が少量の血性を帯びていたことなどから、「多発性肋骨骨折を伴う胸腔内出血による出血性ショック」と検案された。詳細な経過経過1979年12月16日16:15頃相当量の飲酒をして道路を横断中、走行してきたオートバイの右ハンドル部分が右脇腹付近に強く当たる形で衝突し、約5mはねとばされて路上に転倒した。16:20近くの救急病院であるA病院に救急車で搬送される。かなりの酩酊状態であり、痛いというのでその部位を質問しても答えられず、処置中制止しても体を動かしたりした。外観上は、左後頭部挫傷、右大腿外側挫傷、左上腕擦過傷、右外肘擦過傷を認めたが、胸部の視診による皮下出血、頻呼吸、異常呼吸、ならびに触診による明らかな肋骨骨折なし。血圧90/68、呼吸困難なし、腹部筋性防御反応なし、神経学的異常所見なしであった。各創部の縫合処置を行ったのち、血圧が低いことを考慮して血管確保(乳酸加リンゲル500mL)を行ったが、格別重症ではないと判断して各種X線、血液検査、尿検査、CT撮影などは実施しなかった。このとき、便失禁があり、胸腹部あたりにしきりに疼痛を訴えていたが、正確な部位が確認できなかったため経過観察とした。17:20病室に収容。寝返りをしたり、ベッド上に起き上がったりして体動が激しく、転落のおそれがあったので、窓際のベッドに移してベッド柵をした。患者は大声で歌うなどしており、体動が激しく点滴を自己抜去するほどであり、バイタルサインをとることができなかったが、喘鳴・呼吸困難はなかった。17:40容態が急変して体動が少なくなり、下顎呼吸が出現。当直医は応援医師の要請を行った。17:50救急蘇生を開始したが反応なし。18:35死亡確認となった。■死体検案本来は死体解剖をぜひともするべきケースであったが行われなかった。右頭頂部に挫創を伴う表皮剥脱1個あり髄液が少量の血性を帯びていた右第3-第6肋骨の外側で骨折を触知、胸腔穿刺にて相当量の出血あり肋骨骨折部位の皮膚表面には変色なし以上の所見から、監察医は「死因は多発肋骨骨折を伴う胸腔内出血による出血性ショック」と判断した。当事者の主張患者側(原告)の主張初診時からしきりに胸腹部の疼痛を訴え、かつ腹部が膨張して便失禁がみられたにもかかわらず、酩酊していたことを理由に患者の訴えを重要視しなかった受傷機転について詳細な調査を行わず、脈拍の検査ならびに肋骨部分の触診・聴診を十分に実施せず、初診時の血圧が低かったにもかかわらず再検をせず、X線撮影、血液検査、尿検査をまったく行わなかった初診時に特段の意識障害がなかったことから軽症と判断し、外見的に捉えられる創部の縫合処置を行っただけで、診療上なすべき処置を執らなかった結果、死亡に至らしめた病院側(被告)の主張胸腹部の疼痛の訴えはあったが、しきりに訴えたものではなく、疼痛の部位を尋ねても泥酔のために明確な指摘ができなかった初診時には泥酔をしていて、処置中も寝がえりをするなど体動が激しく、血圧測定、X線検査などができる状態ではなかった。肋骨骨折は、ショック状態にいたって蘇生術として施行した体外心マッサージによるものである初診時に触診・聴診・視診で異常がなく、喀血および呼吸困難がなく、大声で歌を歌っていたという経過からみて、肋骨骨折や重大な損傷があったとは認められない。死体検案で髄液が血性であったということから、頭蓋内損傷で救命することは不可能であった。仮に胸腔内出血であったとしても、ショックの進行があまりにも早かったので救命はできなかった裁判所の判断1.初診時血圧が90と低く、胸腹部のあたりをしきりに痛がってたこと、急変してショック状態となった際の諸症状、心肺蘇生施行中に胸部から腹部にかけて膨満してきた事実、死体検案で右第3-第6肋骨骨折がみられたことなどを総合すると、右胸腔内出血により出血性ショックに陥って死亡したものと認めるのが相当である2.容態急変前には呼吸困難などなく、激しい体動をなし、歌を歌っていたが、酩酊している場合には骨折によって生じる痛みがある程度抑制されるものである3.肋骨骨折部位の皮膚に変色などの異常を疑う所見がなかったのは、衝突の際にセーターやジャンパーを着用していたため皮下出血が生じなかった4.体外式心マッサージの際生じることのある肋骨骨折は左側であるのに対し、本件の肋骨骨折は右外側であるので、本件で問題となっている肋骨骨折は救急蘇生とは関係ない。一般に肋骨骨折は慎重な触診を行うことにより容易に触知できることが認められるから、診療上の過失があった5.胸腔内への相当量の出血を生じている患者に対して通常必要とされる初診時からの血圧、脈拍などにより循環状態を監視しつつ、必要量の乳酸加リンゲルなどの輸液および輸血を急速に実施し、さらに症状の改善がみられない場合には開胸止血手術を実施するなどの処置を行わなかった点は適切を欠いたものである。さらに自己抜去した点滴を放置しその後まもなく出血性ショックになったことを考えると、注射針脱落後の処置が相当であったとは到底認めることができない6.以上のような適切な処置を施した場合には、救命することが可能であった原告側合計6,172万円の請求に対し、5,172万円の判決考察ここまでの経過をご覧になって、あまりにも裁判所の判断が実際の臨床とかけ離れていて、唖然としてしまったのは私だけではないと思います。その理由を説明する前に、この事件が発生したのは日曜日の午後であり、当時A病院には当直医1名(卒後1年目の研修医)、看護師4名が勤務していて、X線技師、臨床検査技師は不在であり、X線撮影、血液検査はスタッフを呼び出して、行わなければならなかったことをお断りしておきます。まず、本件では救急車で来院してから1時間20分後に下顎呼吸となっています。そのような重症例では、来院時から意識障害がみられたり、身体のどこかに大きな損傷があるものですが、経過をみる限りそのようなことを疑う所見がほとんどありませんでした。唯一、血圧が90/68と低かった点が問題であったと思います。しかも、容態急変の20分前には(酩酊も関係していたと思われますが)大声で歌を歌っていたり、病室で点滴を自己抜去したということからみても、これほど早く下顎呼吸が出現することを予期するのは、きわめて困難であったと思われます。1. 死亡原因について本件では死体解剖が行われていないため、裁判所の判断した「胸腔内出血による失血死」というのが真実かどうかはわかりません。確かに、初診時の血圧が90/68と低かったので、ショック状態、あるいはプレショック状態であったことは事実です。そして、胸腹部を痛がったり、監察医が右第3-第6肋骨骨折があることを触診で確認していますので、胸腔内出血を疑うのももっともです。しかし、酩酊状態で直前まで大声で歌を歌っていたのに、急に下顎呼吸になるという病態としては、急性心筋梗塞による致死性不整脈であるとか、大動脈瘤破裂、もしくは肺梗塞なども十分に疑われると思います。そして、次に述べますが、肋骨骨折が心マッサージによるものでないと断言できるのでしょうか。どうも、本件で唯一その存在が確かな(と思われる)肋骨骨折が一人歩きしてしまって、それを軸としてすべてが片付けられているように思えます。2. 肋骨骨折についてまず、「一般に肋骨骨折は慎重な触診を行うことにより容易に触知できる」と断じています。この点は救急を経験したことのある先生方であればまったくの間違いであるとおわかり頂けると思います。外観上異常がなくても、X線写真を撮ってはじめてわかる肋骨骨折が多数あることは常識です。さらに、「肋骨骨折部位の皮膚に変色などの異常を疑う所見がなかったのは、衝突の際にセーターやジャンパーを着用していたため皮下出血が生じなかった」とまで述べているのも、こじつけのように思えて仕方がありません。交通外傷では、(たとえ厚い生地であっても)衣服の下に擦過傷、挫創があることはしばしば経験しますし、そもそも死亡に至るほどの胸腔内出血が発生したのならば、胸部の皮下出血くらいあるのが普通ではないでしょうか。そして、もっとも問題なのが、「体外式心マッサージの際生じることのある肋骨骨折は左側であるのに対し、本件の肋骨骨折は右外側であるので、本件で問題となっている肋骨骨折は救急蘇生とは関係ない」と、ある鑑定医の先生がおっしゃったことを、そのまま判決文に採用していることです。われわれ医師は、科学に基づいた教育を受け、それを実践しているわけですから、死体解剖もしていないケースにこのような憶測でものごとを述べるのはきわめて遺憾です。3. 点滴自己抜去について本件では初診時から血算、電解質などを調べておきたかったと思いますが、当時の状況では血液検査ができませんでしたので、酩酊状態で大声で歌を歌っていた患者に対しとりあえず輸液を行い、入院措置としたのは適切であったと思います。そして、病室へと看護師が案内したのが17:20、恐らくその直後に点滴を自己抜去したと思いますが、このとき寝返りをしたりベッド上に起き上がろうとして体動が激しいため、転落を心配して窓際のベッドに移動し、ベッドに柵をしたりしました。これだけでも10分程度は経過するでしょう。恐らく、落ち着いてから点滴を再挿入しようとしたのだと思いますが、病室に入ったわずか20分後の17:40に下顎呼吸となっていますので、別に点滴が抜けたのに漫然と放置したわけではないと思います。にもかかわらず、「さらに自己抜去した点滴を放置しその後まもなく出血性ショックになったことを考えると、注射針脱落後の処置が相当であったとは到底認めることができない」とまでいうのは、どうみても適切な判断とは思えません。4. 本件は救命できたか?裁判所(恐らく鑑定医の判断)は、「適切な処置(輸血、開胸止血)を施した場合には、救命することが可能であった」と断定しています。はたして本件は適切な治療を行えば本当に救命できたのでしょうか?もう一度時間経過を整理すると、16:15交通事故。16:20病院へ救急搬送、左後頭部、右大腿外側の縫合処置、便失禁の処置、点滴挿入。17:20病室へ。体動が激しく大声で歌を歌う。17:40下顎呼吸出現。18:35死亡確認。この患者さんを救命するとしたら、やはり下顎呼吸が出現する前に血液検査、輸血用のクロスマッチ、場合によっては手術室の手配を行わなければなりません。しかしA病院では日曜日の当直帯であったため、X線検査、血液検査はできず、裁判所のいうように適切に診断し治療を開始するとしたら、来院後すぐに3次救急病院へ転送するしか救命する方法はなかったと思います。A病院で外来にて診察を行っていたのは60分間であり、その時の処置(縫合、点滴など)をみる限り、手際が悪かったとはいえず(血圧が低かったのは気になりますが)、この時点ですぐに転送しなければならない切羽詰まった状況ではなかったと思います。となると、どのような処置をしたとしても救命は不可能であったといえるように思えます。では最初から救命救急センターに運ばれていたとしたら、どうだったでしょうか。初診時に意識障害がなかったということなので、簡単な問診の後、まずは骨折がないかどうかX線写真をとると思います。そして、胸腹部を痛がっていたのならば、腹部エコー、血液検査などを追加し、それらの結果がわかるまでに約1時間くらいは経ってしまうと思います。もし裁判所の判断通り胸腔内出血があったとしたら、さらに胸部CTも追加しますので、その時点で開胸止血が必要と判断したら、手術室の準備が必要となり、入室までさらに30分くらい経過してしまうと思います。となると、来院から手術室入室まで早くても90分くらいは要しますので、その時にはもう容態は急変(下顎呼吸は来院後80分)していることになります。このように、後から検証してみても救命はきわめて困難であり、「適切な処置(輸血、開胸止血)を施した場合には、救命することが可能であった」とは、到底いえないケースであったと思います。以上、本件の担当医には酷な結末であったと思いますが、ひとつだけ注意を喚起しておきたいのは、来院時の血圧が90/68であったのならば、ぜひともそのあと再検して欲しかった点です。もし再検で100以上あれば病院側に相当有利になっていたと思われるし、さらに低下していたらその時点で3次救急病院への転送を考えたかも知れません。救急医療

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【第9回】眼球に突き刺さったのは・・・まさかの

【第9回】眼球に突き刺さったのは・・・まさかの突然ですが、私は耳かきが上手です。いえ、他人の耳かきではなく、自分の耳かきが上手なのです。難易度が高い“モノ”が耳道の奥のほうにあっても、上手に耳かきで取り出せる自信があります。というわけで、今回は耳かきに関する医学論文を検索してみました。耳かきに関して医師が診察することがあるとすれば、多くは外傷性鼓膜穿孔だと思います。海外とは違って日本は耳かきの文化が根付いていますから、鼓膜穿孔の最も多い原因として耳かきを考えなければなりません。とくに耳かきの多くは木や竹でできていますから、“しなり”が良いために鼓膜穿孔だけでなく内耳まで障害をもたらす可能性もあります(日耳鼻 2010;113:679-686.)。耳かきによる外傷性鼓膜穿孔についてはいくつも報告があるため、臨床背景や手術適応などある程度確立されていますが、耳かきによる“眼の損傷”という想像すらしたくない世にも恐ろしい症例報告があります。今回はこの論文をご紹介したいと思います。Yamashita T, et al.Transorbital intracranial penetrating injury from impaling on an earpick.J Neuroophthalmol. 2007; 27:48-49.いったいどれだけお酒を飲んだのか、酩酊状態で86歳の男性がある日耳かきを触っていたそうです。その男性は、誤って自分の耳かきを上眼窩裂から奥深くに刺してしまいました。よほど酩酊状態にあったのでしょうか、脳幹の近くまで到達してしまったそうです。・・・・・・驚異的な深さです。患者さんは外側後頭下開頭法で緊急手術を受け、耳かきは海綿静脈洞の出血をコントロールしながら抜去されました。耳かきは第5脳神経・第6脳神経の間に横たわり、耳かきの先端は橋前槽まで到達していました。同側の眼筋麻痺と眼瞼下垂という後遺症を残したものの、彼は一命を取りとめたそうです。ちなみにこの症例報告では上眼窩裂に突き刺さった耳かきの写真があるのですが、いくら医療従事者が見ているこのウェブサイトとはいえあまりにショッキングな写真なので、掲載は控えさせていただきます。もう少し耳かきが奥まで到達していたら、完全に脳幹に到達していた可能性もあります。本症例では早急に手術が行えたことが功を奏しました。日本の場合、お箸や耳かきのように木や竹でできた長いものが多いため、これが頭蓋内に到達すると容易に感染を起こしうるため、できれば早期に手術で取り除くほうがよいとされています(Surg Neurol. 1977;7:95-103.)。ほかにも、日本独特の症例報告として、お箸が目に突き刺さった小児の症例報告もあります。これも想像したくないですね(Neurol Med Chir (Tokyo). 2001;41:345-348.)。皆さんも、酩酊状態で細長いものを触らないように気をつけましょう。

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倫敦通信(第2回)~医療と護身術

星槎大学客員研究員インペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院客員研究員越智 小枝(おち さえ)2012年11月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行※本記事は、MRIC by 医療ガバナンス学会より許可をいただき、同学会のメールマガジンで配信された記事を転載しております。先日一時帰国した際、薩摩の野太刀自顕流の伝承者である島津義秀さんとお話しさせていただく機会がありました。攻撃してくる相手を倒すための実践的なお話を色々聞けたので、「看護学部でも是非教えてあげたいですね」と言ったところ、「そんなに必要ですか?」とすこし驚かれたご様子でした。病院で起こる暴力行為は世間ではまだあまり認識されていないのかな、という印象を受けました。女性のスタッフが増えた昨今、夜間休日の病院で暴力行為に対応する管理職も男性とは限りません。私自身、当直中に病棟からこんな電話を受けたことがあります。「先生、○号室の意識障害の患者さんがボールペンを持って暴れていて…でも担当の先生が帰ってしまって…」確かに問題ですが、女医の私にどうしろと、という状況です。半ばやけくそで「つまり私にとり押さえてほしいってこと?」と聞くと、「はい。」とのお返事。さすがに苦笑しながら病棟まで行き、患者さんからボールペンを取り上げて転落防止を確認した上でご家族へ連絡しました。その後の署名などは全てフェルトペンを使いました。意識障害で病室から走り出してきた患者さんを「膝カックン」で転ばせ、看護師さんが噛みつかれている間にとり押さえたこともありますし、裸で暴れる若い男性を女性看護師と4人がかりでベッドに押し倒した(!)こともあります。この時は妊娠中の看護師さんが危うくお腹を蹴られるところでした。やり返すことは言語道断ですが、力の差がある上に防戦一方、という状況には辛いものがあります。ここで大事なことは、これらはいずれも一般病棟で起こったということ、患者さんは心神喪失状態であり、こちらの態度などで避けられる事件ではなかったということです。救急外来になると喧嘩の負傷者や酔っぱらい患者も多いため、状況はさらに悪化します。私の同僚だけでも救急外来で患者さんに殴られた女医さんが何人かいます。日本看護協会の調査では、身体的暴力・言葉の暴力を合わせると4人に1人の看護師が「暴力を受けたことがある」と回答しており、身体的暴力の96%は患者さんからの暴力だったとのことです(参照1)。英国でも状況は同様です。2000年に英国で行われた職種別の犯罪調査(British Crime Survey)によると、看護師が暴力行為を受ける確率は5.0%で、警備職(11.4%)の約半分のリスク。介護士は2.6%でこれも全職業の平均値の2倍以上となっており、医療関係者のリスクの高さがわかります(参照2)。言葉の暴力にいたると50%の病院職員が経験しており、暴力行為による医療費の喪失は年間6900万ポンドになるそうです(参照3)。英国NHS(参照4)では2001年からNHS Protectというプロジェクトを立ち上げてこれに当たっていますが(参照5)、驚くことに、その英国においても医療機関での迷惑行為が犯罪として認定されたのはつい最近の2009年であり、医療従事者が患者の暴力から保護されていない実情がうかがわれます。ではなぜ医療機関では暴力行為が多いのでしょうか?1つには、患者・医療者両方の精神的ストレスが挙げられます。入院生活や外来での待ち時間は、体調が悪い患者さんにとっては大変な精神的苦痛です。また、医療行為への恐怖が高まった結果、逆に医療に対する過剰な期待が裏切られた結果、暴力行為に至ってしまうこともあるそうです。それに対して医療関係者側でも、長時間勤務の過労状態の時に不適切な発言が増えるため、特に体力のないスタッフが衝突してしまう例が多い、と感じます。もう1つの原因は患者さんの意識状態の変容です。例えば急性アルコール中毒や急性薬物中毒による酩酊状態がこれにあたります。しかしこの「酩酊状態」はなにも中毒でなくとも起こり得ます。例えば痴呆、重症の肝臓疾患や甲状腺機能異常などの患者さんの意識障害は時折みられるケースです。また、24時間外に対して開けている病院という施設では、患者さん以外の方が乱入して暴力をふるう、という事件も起こり得ます。以前の勤務先では患者さんの家族が刃物を持って暴れている所を医師が確保した、などという話も聞きました。ではこのような行為に対して、どのような対策が取られているのでしょうか。多くのガイドラインで提示されているのは・相談窓口、報告システムの設置・警備員による巡回・診察室や待合室の間取りや物の配置・暴力行為を起こさないような環境作りといったものです。しかし、暴力行為の現場でスタッフ自身が身を守る方法については、あまり詳しく述べられていません。護身術の教育が病院単位でなされているところもありますが、学校教育としては導入されていないのが現状です。これについてNHSは「トレーニングと教育は重要だが、どのようなトレーニングが有効かというエビデンスは確立されていない」という大変英国らしいコメントを添えています。要するに費用対効果がよいかどうか分からない、ということでしょう。エビデンスを待つまでもなく、実際の現場では、一人ひとりが身を守る知識を持つことは最低限の職業訓練だと思います。腕や肩をつかまれた時に振り払う方法、暴れている患者さんから危険物(点滴台、置時計、ペンなど)を遠ざけること、横になっている人は額を押さえると暴れにくいこと、など。実践しないまでも、これらを知っているだけでもスタッフ自身の態度が変わります。怯えたり立ちすくむ新任スタッフはどうしても攻撃されることが多いため、これはとても大切なことなのです。また管理職の方は、看護師さんに暴力を振るう患者が、男性や医師(性別に関わらず)の前で急におとなしくなることも多い、ということも知っておく必要があります。これを把握していないと、「スタッフの態度が悪かったのだ」と解釈したり、暴力行為の危険性を低く見積もってしまうことがあるからです。暴力行為の危険は、専門・階級に関わらず、医療者にとって他人事ではありません。中学校では武道が必修化されましたが、医療系の学校でも、武道でなくとも最低限の護身術は教育してほしいな、というのが個人的な感想です。<参照>1.http://www.nurse.or.jp/home/publication/pdf/bouryokusisin.pdf2.http://www.publications.parliament.uk/pa/cm200203/cmselect/cmpubacc/641/641.pdf3.http://www.designcouncil.org.uk/Documents/Documents/OurWork/AandE/ReducingViolenceAndAggressionInAandE.pdf4.NHS:National Health Service。イギリスの国営医療サービス5.http://www.nhsbsa.nhs.uk/Protect.aspx略歴:越智小枝(おち さえ)星槎大学客員研究員、インペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院客員研究員。1999年東京医科歯科大学医学部医学科卒業。国保旭中央病院で研修後、2002年東京医科歯科大学膠原病・リウマチ内科入局。医学博士を取得後、2007年より東京都立墨東病院リウマチ膠原病科医院・医長を経て、2011年10月インペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院に入学、2012年9月卒業・MPH取得後、現職。リウマチ専門医、日本体育協会認定スポーツ医。剣道6段、元・剣道世界大会強化合宿帯同医・三菱武道大会救護医。留学の決まった直後に東日本大震災に遭い、現在は日本の被災地を度々訪問しつつ英国の災害研究部門との橋渡しを目指し活動を行っている。

7.

足でお酒が飲めるというデンマークの都市伝説は……

デンマークには、「ウォッカに足を沈めることで酔っぱらうことができる」という都市伝説があるという。デンマーク・Hillerod病院循環器・内分泌科のChristian Stevns Hansen氏らは、その伝説を検証するオープンラベルの実証試験「Peace On Earth」を行った。結果、伝説は伝説でしかなかったが、あくまでウォッカに沈めた場合に限った話で、もっと強いお酒やジュースとお酒とを飲んだ場合はわからないため、新たな楽しみ(たとえば眼球飲酒)も浮かび上がったと結論している。本論は、BMJ誌年末恒例のクリスマス特集論文の1本で、2010年12月18日号(オンライン版2010年12月14日号)に掲載された。ウォッカ3本に3時間、足を漬けてみたが酩酊状態にはならずPeace On Earth(Percutaneous Ethanol Absorption Could Evoke Ongoing Nationwide Euphoria And Random Tender Hugs)は、平均年齢32歳(範囲:31~35歳)の、慢性皮膚疾患や肝疾患を有しておらず、アルコールや向精神薬に非依存の3人の病院職員を対象に行われた。主要エンドポイントは、血漿エタノール濃度[検出限界:2.2mmol/L(10mg/100mL)]で、700mLのウォッカ3本で満たされた皿洗い容器に、足を3時間浸漬している間、30分ごとに測定をした。副次エンドポイントは、自己評価による酩酊状態(自信過剰になる、衝動的言動がみられる、突発的に抱きつきたくなる)で、0~10スコアで記録された。結果、実験(足を浸漬している)の間に、血漿エタノール値が検出限界を超えることはなかった。試験開始時よりも自信過剰で、衝動的言動がみられたが、それらはset upによるものと思われ、酩酊状態の有意な変化は認められなかった。Hansen氏は、「アルコールの経皮摂取は、足をウォッカに漬けることでは不可能だった」と結論。「しかし依然として、胃腸管壁以外でのアルコール摂取に関する疑問は残ったままで研究結果が待たれる」とまとめている。

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