サイト内検索

検索結果 合計:457件 表示位置:1 - 20

2.

生存時間分析 その4【「実践的」臨床研究入門】第58回

Cox比例ハザード回帰モデルによる交絡因子調整の実際前回まで、筆者らが出版した臨床研究の事例論文をもとに、Cox比例ハザード回帰モデルによる交絡因子の調整の考え方を解説しました。今回からは、われわれのResearch Question(RQ)をCox比例ハザード回帰モデルの数式(連載第57回参照)に当てはめて考えてみます。アウトカムは「末期腎不全(透析導入)」であり(連載第49回参照)、生存時間分析においては、打ち切りの概念を含んだイベント発生の有無のデータに加え、at riskな観察期間のデータが必要でした(連載第37回、第41回参照)。Censor:イベント発生の有無(イベント発生=1、打ち切り=0)Year:at riskな観察期間(連続変数)検証したい要因は、推定たんぱく質摂取量0.5g/kg標準体重/日未満(連載第49回参照)、すなわち「厳格低たんぱく食の遵守」です。交絡因子は以下の要因を挙げています(連載第49回参照)。年齢、性別、糖尿病の有無、血圧、ベースラインeGFR、蛋白尿定量、血清アルブミン値、ヘモグロビン値これらの要因をCox比例ハザード回帰モデルの数式に当てはめると、次のようになります。h(t|treat、age、sex、dm、sbp、eGFR、Loge_UP、albumin、hemoglobin)=h(t)×exp(β1treat)×exp(β2age)×exp(β3sex)×exp(β4dm)×exp(β5sbp)×exp(β6eGFR)×exp(β7Loge_UP)×exp(β8albumin)×exp(β9hemoglobin)=h(t)×exp(β1treat+β2age+β3sex+β4dm+β5sbp+β6eGFR+β7Loge_UP+β8albumin+β9hemoglobin)treat:厳格低たんぱく食の遵守の有無(あり=1、なし=0)age:年齢(連続変数)sex:性別(男性=1、女性=0)dm:糖尿病の有無(あり=1、なし=0)sbp:収縮期血圧(連続変数)eGFR :ベースラインeGFR(連続変数)Loge_UP:蛋白尿定量_対数変換(連続変数)(連載第48回参照)albumin:血清アルブミン値(連続変数)hemoglobin:ヘモグロビン値(連続変数)βn:各説明変数に対応する回帰係数ここで求めたいのは、検証したい要因である厳格低たんぱく食の遵守の有無を示す変数treatに対応する回帰係数β1の指数変換値exp(β1)です。exp(β1)は、上述のようにモデルに投入したすべての説明変数(交絡因子)の影響を多変量解析で調整したハザード比(adjusted hazard ratio:aHR)を表します。すなわち、交絡因子を調整した後の厳格低たんぱく食遵守群と非遵守群のHRを示します。実際には、これらの回帰係数やaHRはEZR(Eazy R)などの統計解析ソフトを用いて、データ・セットから点推定値と95%信頼区間を推定します。さて、Cox比例ハザード回帰モデルを適用するためには「比例ハザード性」の仮定が必要であることはすでに説明しました(連載第55回参照)。まずはKaplan-Meier曲線を描いて、生存曲線が交差していないことを確認することも解説しました。しかし、「比例ハザード性」の検証には、二重対数プロット(log-log plot)を評価することが必須とされています。それでは、仮想データ・セットからEZRを使用して二重対数プロットを描いてみます。仮想データ・セットをダウンロードする※ダウンロードできない場合は、右クリックして「名前をつけてリンク先を保存」を選択してください。まず、仮想データ・セットをダウンロードし、下記のデータが格納されていることを確認してください。A列:IDB列:Treat(1;厳格低たんぱく食遵守群、0;厳格低たんぱく食非遵守群)C列:Censor(1;アウトカム発生、0;打ち切り)D列:Year(at riskな観察期間)次に、以下の手順でEZRに仮想データ・セットを取り込みましょう。「ファイル」→「データのインポート」→「Excelのデータをインポート」仮想データ・セットがインポートできたら、下記の手順で二重対数プロットを描画します。「統計解析」→「生存期間の解析」→「生存曲線の記述と群間の比較(Logrank検定)」を選択下記のウィンドウが開いたら、以下のとおりにそれぞれの変数を選択してください。観察期間の変数:Yearイベント(1)、打ち切り(0)の変数:Censor群別する変数を選択:Treat層別化変数は選択なし、その他の設定はとりあえずデフォルトのままで、「OK」ボタンをクリックします。画像を拡大するここまでのEZRのGraphic User Interface(GUI)操作ではKaplan-Meier曲線だけが出力されますが、その際に自動生成されるRスクリプトに少し手を加えて、二重対数プロットを出力するという手順になります。Rスクリプトのウィンドウに表示されたコードから、以下の行を探してください。plot(km, bty="l", col=1:32, lty=1, lwd=1, conf.int=FALSE, mark.time=TRUE, xlab="Year", ylab="Probability")このコードの末尾に、二重対数プロットを描画するオプションのコード(fun="cloglog")を加え、またY軸ラベル(ylab)も、わかりやすいようにlog(-log(Probability)に変更します。plot(km, bty="l", col=1:32, lty=1, lwd=1, conf.int=FALSE, mark.time=TRUE, xlab="Year", ylab=" log(-log(Probability))", fun="cloglog")修正したコードをRスクリプトのウィンドウにコピペし、下図のようにカーソルを合わせた状態で「実行ボタン」をクリックします。画像を拡大する下図のような二重対数プロットが描けましたか。各群の曲線を視覚的に確認し、この図のようにおおむね平行であれば「比例ハザード性」の仮定は成立すると判断でき、Cox比例ハザード回帰モデルの適用の妥当性が担保されます。

3.

アルドステロンの心血管系に対する直接作用は?(解説:浦信行氏)

 アルドステロンは腎臓におけるNa再吸収亢進作用などにより体液量増大、Na貯留、昇圧作用などを介して心臓を含む臓器障害を発症・増悪させる。重症腎機能障害を有さない症例において、スピロノラクトンを中心とした鉱質コルチコイド受容体拮抗薬(MRA)は心不全や心血管死を有意に減少させることが、いくつかの臨床試験で明らかになっている。 一方、透析療法を受けている症例での心保護作用は明らかではなく、安全性も確立されていない。本年8月号のLancet誌では同一研究グループの2つの論文が掲載された。1つは3,689例を対象とし、スピロノラクトン25mg使用群と対照群に2分したRCTのACHIEVE試験(Walsh M, et al. Lancet. 2025;406:695-704.)で、もう1つはこの試験を含む4,349例を対象としたメタ解析(Pyne L, et al. Lancet. 2025;406:811-820.)である。この2論文の解説はCareNet.com(ジャーナル四天王2025年8月28日配信、9月3日配信)に詳述されており、ぜひ一読願いたいが結果はいずれも有意な効果を示さなかった。また、安全性に関しては実薬群で高K血症と女性化乳房が有意に多かった。 腎作用を期待できない症例ではMRAの心保護効果は証明できなかったわけであるが、この研究グループは2016年に先行メタ解析研究(Quach K, et al. Am J Kidney Dis. 2016;68:591-598.)の結果を報告している。その結果は、実薬群の高K血症は有意に多かったが、心血管死や全死亡が対照群の34~40%に有意に抑えられていた。しかし採用された9試験の合計症例は829例にとどまっており、またバイアス・リスクが低いものは5〜6試験で、かつ半数以上の試験が1年以内の短期試験であり、著者らも小規模試験で質が高くないものであることから、より十分な試験期間と規模の大きい質の高い試験で再度検討する必要があるとの考察であった。 今回のACHIEVE試験は大規模で質の高い試験であり、メタ解析もACHIEVE試験に644症例で検討したALCHEMIST試験が加わっており、症例数や質の部分でも高い試験の解析であったが、MRAの有意性は示されなかった。MRは腎臓のみならず、心筋や血管にもあり、また心筋局所からアルドステロン生成・分泌が明らかとなっており、心肥大や線維化などの作用が報告されている。腎作用が期待できない透析例では心作用の意義は大きくないとの解釈もできるが、これらの成績はステロイド骨格を有するMRAでの検討である。これらのMRAは他のステロイド受容体への作用が無視できない。事実、女性化乳房の発症が有意に多かった。 また、ACHIEVE試験での1次エンドポイントは女性ではHR:1.23(0.91~1.67)、男性では0.81(0.66~0.99)で性差があり、かつ、男性では19%有意なイベント抑制効果の可能性も示された。今後は非ステロイド骨格MRAでの検討や、性別での検討も必要になろう。また、透析例の心機能の評価も、より厳密な評価条件が必要であろう。UCGでの評価は体液量の変化でEFは大きく異なる。2群間比較試験では、群分けの段階で一定の条件下での評価が必要である。

4.

透析患者におけるアルドステロン拮抗薬の位置付けを再考する―ALCHEMIST試験の結果から(解説:石上友章氏)

 アルドステロンは副腎皮質球状帯より分泌される鉱質コルチコイドであり、その主要な作用部位は腎臓遠位尿細管に属するアルドステロン感受性遠位ネフロン(aldosterone-sensitive distal nephron:ASDN)である。アルドステロンは核内因子である鉱質コルチコイド受容体(mineralocorticoid receptor:MR)と結合し、アルドステロン誘導性タンパク(aldosterone-inducible protein:AIP)の遺伝子発現を活性化することにより、ナトリウム再吸収およびカリウム排泄を促進する。この作用特異性は、11β-hydroxysteroid dehydrogenase type 2(11βHSD2)によって担保される。血中に高濃度に存在し、かつMR親和性においてアルドステロンを凌駕するコルチゾールが、11βHSD2により不活性型のコルチゾンへ変換されることで、MR結合がアルドステロンに選択的に保証されているのである。この点において、アルドステロンは生理的に特異的なシグナル伝達を遂行するホルモンと位置付けられる。 一方で、腎臓以外の臓器においてアルドステロンは線維化、炎症、血管硬化を誘導しうることが知られ、心血管・腎保護的な観点からMR拮抗薬の臨床応用が注目されてきた。小規模試験や観察研究では、心血管イベント抑制効果を示唆する報告も散見されたが、バイアスや症例数の制約から解釈には限界があった。こうした背景の下に実施された大規模二重盲検無作為化試験が、今回Lancet誌に報告されたALCHEMIST試験である。 ALCHEMISTは血液透析中の腎不全患者で、かつ心血管リスクを有する症例を対象に、スピロノラクトン25mg/日とプラセボを比較した多施設共同試験である。主要複合エンドポイント(心血管死、非致死性心筋梗塞、急性冠症候群、脳卒中、心不全入院)の発症率は両群で同等であり(ハザード比:1.00、95%信頼区間:0.73~1.36)、有意差は認められなかった。さらに、既報の無作為化比較試験を統合したメタ解析においても、MR拮抗薬は全死亡あるいは心血管死亡を減少させないことが明らかとなった。安全性の面でも高カリウム血症の発症率に有意差はなく、臨床的便益を裏付ける根拠は得られなかった。 本試験の結果は、透析患者においてアルドステロン拮抗薬の腎外臓器保護効果が臨床的アウトカムの改善に結び付かないことを明確に示している。腎不全透析患者に特徴的な病態、すなわちRAAS活性やアルドステロン作用の修飾が背景にある可能性は否定できないが、いずれにしても現時点で「腎外保護」を目的としたMR拮抗薬の透析患者への投与は支持されない。 以上より、アルドステロンの生理的特異性を再確認するとともに、その腎外作用を臨床応用へと展開するには、病態特異的なメカニズム解明と適格集団の同定が不可欠であることを示唆する結果と解釈される。

5.

透析患者が被災したら?【実例に基づく、明日はわが身の災害医療】第6回

透析患者が被災したら?豪雨の後の水害で多くの家屋が浸水し、停電、断水のため医療機関も機能不全になっています。避難所のスタッフから、維持透析を週3回行っていて明日が透析日という避難者がいて、対応について相談を受けました。どうすればよいでしょうか?血液透析には、1人当たり1回の透析で100L以上の大量の水が必要であり、装置を動かすには当然電気が必要です。大災害で施設や設備が損傷したり、断水や停電が起きたりすると血液透析ができなくなり、透析患者の生命は危険にさらされます。事実、東日本大震災では、一時は数百施設が透析不能となり、1,300名以上の患者さんが一時的に被災県外に移動しました。熊本地震でも約30施設で透析ができなくなったことが報告されています。普段からの備え透析施設は、支援透析施設が使えるように、患者カードや手帳、透析記録のコピーなど災害時に必要な情報を患者に提供します。他施設で透析をするうえで必要な情報ドライウェイト氏名・年齢アレルギーがあればその内容感染症の有無(慢性肝炎など)処方されている薬の種類とその飲み方人工血管の場合血流の向き普段透析を受けている施設の連絡先普段から患者さんに対して、災害時は透析時間が短くなったり、次の透析までの間隔が長くなったりする場合があることを説明し、自分で自分の身を守ることの大切さを強調しましょう。避難所に避難した場合は、透析患者であることを自治体の職員やボランティア、巡回の医師・看護師に申し出るよう指導をしておくことが必要です。また、透析スタッフもしっかり訓練しておくことも重要です。災害時には、基本的には各自治体が透析災害対策本部のネットワークを利用して、行政・透析関連企業および該当都道府県下のすべての透析施設間の連絡ができるようになっています。日本透析医会の災害時情報ネットワークのウェブサイトも参考にしてください1)。アメリカでは、ハリケーンに備え、前もって透析をしておくことで透析患者の予後を改善することに成功しています。台風など、あらかじめ災害が起こることが予期できる場合には、前倒しをして透析をしておくことも考慮してもいいかもしれません2,3)。避難所での対応【食事】避難所では、非常食や配給食が提供されることが多く、透析患者にとっては平常時よりも尿素窒素やカリウムの数値が高くなる危険性があります。避難所では、水分は日常の3分の2程度に減らすように指導されている患者さんが多いですが、過度な脱水は血栓症の原因にもなります。水分制限は食事摂取の低下の原因にもなります。一方で、食事量が不足してカロリーが減ると、体内のタンパク質が壊れて尿素窒素やカリウムが上昇するため、栄養は十分に摂る必要があります。災害時に透析患者が食事面で留意すべき点食塩、タンパク質、カリウム、リンを平時より大幅に制限する1日の水分量は「尿量+300~400mL以下」に抑えるエネルギー(カロリー)をしっかり確保するカロリー確保には、白米、麺類、パンなど炭水化物が有効です。ただし、麺類やパンには意外に多くの塩分が含まれているため注意が必要です4)。そこで、「カロリーメイト」のようなバランス栄養食品が勧められます。カロリーメイトは、十分なカロリーが摂れ、カルシウム、ビタミン、食物繊維などを多く含む一方、塩分やタンパク質、リン、カリウムの摂取量を比較的抑えやすいというメリットがあります。参考カロリーメイト(ブロックタイプ:1箱4本入り)の場合、カロリー400kcal、カルシウム200mg、食物繊維2g、タンパク質8~9g、カリウム90~100mg、リン80~100mg、食塩相当量約0.7~0.9gです(大塚製薬「カロリーメイト」サイトより)。【応急処置】避難所の医療資源と環境でできることは限られていますが、透析患者の生命を奪うのは主にうっ血性心不全と高カリウムです。危険な高カリウム血症に対しては、内服薬としては陽イオン交換樹脂製剤のポリスチレンスルホン酸ナトリウム(商品名:ケイキサレート)が使われることがあります。陽イオン交換樹脂製剤は大腸でナトリウムとカリウムを交換しますが、カルシウムも吸着するため、カリウムに対する選択性は乏しいといわれています。ケイキサレート30gを20%ソルビトール50mLに溶解して内服してもらいます。非ポリマー無機陽イオン交換化合物の経口剤であるジルコニウムシクロケイ酸ナトリウム(商品名:ロケルマ)は、胃で吸収され、カリウムに対する選択性が比較的高いのですが、災害時の使用については即効性の面を考慮し、薬剤師や製造元への確認が必要です。避難所では難しいかもしれませんが、血糖値を測定しながらインスリン+グルコース療法を行い、透析までの緊急回避を行う場合もあります。ヒューマリンR注10単位+50%ブドウ糖550mLを静脈注射し、その後は10%ブドウ糖液を50mL/hで投与する方法が提唱されています5,6)。災害時要配慮者である透析患者の被災時の対応について概説しました。災害医療は、あくまで日常の救急医療の延長であり、普段から「もしも」のことを意識しておくことが必要なことは言うまでもありません。 1) 日本透析医会 災害時情報ネットワーク 2) Lurie N, et al. Early dialysis and adverse outcomes after Hurricane Sandy. Am J Kidney Dis. 2015;66: 507-512. 3) Foster M, et al. Personal disaster preparedness of dialysis patients in North Carolina. Clin J Am Soc Nephrol. 2011;6:2478-2484. 4) Inoue T, Nakao A, Kuboyama K, Hashimoto A, Masutani M, Ueda T, Kotani J. Gastrointestinal symptoms and food/nutrition concerns after the great East Japan earthquake in March 2011: survey of evacuees in a temporary shelter. Prehosp Disaster Med. 2014;29:303-306. 5) Fadel E, et al. Scoping Review of Kidney Patients and Providers Perspectives on Disaster Management. Kidney Int Rep. 2025;10:1346-1359. 6) Lempert KD, et al. Renal failure patients in disasters. Disaster Med Public Health Prep. 2019;13:782-790.

6.

中等度~重度のCKD関連そう痒症、anrikefon vs.プラセボ/BMJ

 血液透析を受けている中等度~重度のそう痒症を有する患者において、新規末梢性κオピオイド受容体作動薬anrikefon(旧称HSK21542)は安全であることが確認され、かゆみの強度を顕著に軽減し、かゆみに関連する生活の質(QOL)を改善させたことが、中国・Southeast University School of MedicineのBi-Cheng Liu氏らAnrikefon-302 study collaborator groupによる、第III相の多施設共同二重盲検無作為化プラセボ対照試験の結果で示された。κオピオイド受容体作動薬は、中等度~重度の慢性腎臓病(CKD)関連そう痒症の有望な治療戦略とみなされている。anrikefonは、κオピオイド受容体への結合親和性を高める親水性の小ペプチドおよびスピロ環構造を有し、血液脳関門の通過は最小限となる。持続的な治療効果と中枢性のオピオイド副作用発現頻度の低さから、CKD関連そう痒症を有する患者の新たな治療選択肢として期待されていた。BMJ誌2025年8月19日号掲載の報告。中国の50施設で試験、有効性と安全性を評価 研究グループは、2022年6月~2024年6月に、中国の50施設でCKD関連そう痒症を有する患者におけるanrikefonの有効性と安全性を評価する試験を行った。 被験者は、週3回の血液透析を3ヵ月以上受けている成人(18歳以上)で、乾燥体重40~135kg、中等度~重度のそう痒症を有する患者とした。中等度~重度そう痒症の定義は、週平均の24時間Worst Itch Numeric Rating Scale(WI-NRS)スコアが5超の場合とした。 適格患者を無作為に1対1の割合で、anrikefon 0.3μg/kgを週3回静脈内投与する群またはプラセボを投与する群に割り付け、12週間投与し、その後に任意の非盲検延長試験に組み入れanrikefon治療を40週間行った。 主要エンドポイントは、12週時の週平均24時間WI-NRSスコアがベースラインから4ポイント以上低下した患者の割合であった。副次エンドポイントは、12週時の週平均24時間WI-NRSスコアがベースラインから3ポイント以上低下した患者の割合、およびSkindex-10と5-Dかゆみスケールを用いたベースラインからのかゆみ関連QOLの変化とした。また、ベースラインから非盲検延長治療40週目の、かゆみ関連QOLの変化も、5-Dかゆみスケールを用いて報告された。anrikefonの安全性は試験期間を通じて評価された。anrikefon群のかゆみ関連QOLが有意に改善 血液透析を受けている中等度~重度のCKD関連そう痒症を有する患者652例がスクリーニングを受け、545例がanrikefon群(275例)またはプラセボ群(270例)に無作為化された。 12週間の二重盲検試験を完了したのは、anrikefon群243/275例(88%)、プラセボ群254/270例(94%)であった。その後の40週間の非盲検延長試験には443例が組み入れられた。試験集団は、大部分が男性(70%)で平均年齢は52.7歳。ベースラインの週平均WI-NRSスコアは7.0(SD 1.1)で、両群のベースライン特性は類似していた。また、鎮痒薬の併用割合は両群間で同等であった。 12週時のWI-NRSスコアがベースラインから4ポイント以上低下した患者の割合は、anrikefon群37%であったのに対しプラセボ群は15%であった(p<0.001)。 12週時のWI-NRSスコアがベースラインから3ポイント以上低下した患者の割合は、anrikefon群51%であったのに対しプラセボ群は24%であった(p<0.001)。 anrikefon群はプラセボ群と比べて、かゆみ関連QOLが有意に改善したことが示された(5-Dかゆみスケールのベースラインからの平均変化スコア:-5.3 vs.-3.1[p<0.001]、Skindex-10スケールの同平均変化スコア:-15.2 vs.-9.3[p<0.001])。 anrikefon群は、非盲検延長治療40週の間も、5-DかゆみスケールにおけるQOLスコアの持続的な改善が示され、持続的な長期有効性が確認された。 軽症~中等症のめまいが、anrikefon群でプラセボ群よりも多くみられたが、明らかな臨床的影響は認められなかった。

7.

透析を要する腎不全患者、MRAは心血管死を予防するか/Lancet

 ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)は、心不全および非重症慢性腎臓病の患者の心血管イベントを予防する可能性があるが、透析を要する腎不全患者への効果は明らかではない。カナダ・McMaster UniversityのLonnie Pyne氏らの研究チームは、この患者集団におけるMRAの有効性と安全性の評価を目的に、系統的レビューとメタ解析を実施。ステロイド型MRAは、透析を要する腎不全患者における心血管疾患による死亡にほとんど、あるいはまったく影響を及ぼさなかったことを示した。研究の成果は、Lancet誌2025年8月23日号で報告された。19試験4,675例のメタ解析 本研究では、1974~2015年に発表された論文に関する以前の系統的レビューに、その後2025年3月18日までに新たに報告された10件の論文(最近の2つの大規模試験[ALCHEMIST、ACHIEVE]を含む)を追加してデータを更新し、メタ解析を実施した(本研究は特定の研究助成を受けていない)。 維持透析療法を受けている腎不全の成人(年齢18歳以上)患者において、MRAと対照(プラセボまたは標準治療)を比較した無作為化対照比較試験を対象とし、ステロイド型MRAに関する19件の試験(スピロノラクトン18件、エプレレノン2件、これら2剤を対象とした1件を含む)に参加した4,675例を解析に含めた。 主要アウトカムは心血管疾患による死亡率とし、経験的ベイズ法に基づく変量効果モデルを用いて評価した。心血管死のリスクに差はない 心血管死亡率の評価は11件(4,349例)の試験で行われ、このうち5件(3,562例)はバイアスリスクが低く、6件(787例)は高かった。低バイアスリスク試験における心血管死の発生率はMRA群で14.8%(264/1,785例)、対照群で15.5%(276/1,777例)であり(オッズ比[OR]:0.98[95%信頼区間[CI]:0.80~1.20]、I2=2.9%、τ2=0.0、エビデンスの確実性:中)、両群間に差を認めなかった。 MRA群で、1,000例当たりのイベント数が年間1件(95%CI:-14~11)減少すると示唆された。 また、高バイアスリスク試験における心血管死の発生率のORは0.33(95%CI:0.17~0.67)、全試験のORは0.73(0.46~1.16)であった。高カリウム血症、女性化乳房のリスクが上昇 心血管死以外の7つの評価項目に関する低バイアスリスク試験または全試験の解析結果は以下のとおりであった。MRA群で高カリウム血症(≧6.5mmol/L)と、女性化乳房または乳房痛のリスクが上昇したが、各試験の絶対リスクは低かった。・心不全による入院:低バイアスリスク試験2件(3,182例)、MRA群5.9%(94/1,580例)vs.対照群6.6%(106/1,602例)、OR:0.70(95%CI:0.30~1.65)、I2=71.1%、τ2=0.29、エビデンスの確実性:低。 ・全死因死亡:同6件(3,602例)、30.6%(553/1,805例)vs.31.9%(574/1,797例)、0.97(0.84~1.12)、0%、0、中。 ・全入院:同1件(2,538例)、57.8%(728/1,260例)vs.58.5%(748/1,278例)、0.97(0.83~1.14)、中。 ・高カリウム血症(≧6.0mmol/L):全試験5件(1,104例)、33.7%(190/563例)vs.31.8%(172/541例)、1.07(0.81~1.40)、0.0%、0.0、低。 ・高カリウム血症(≧6.5mmol/L):低バイアスリスク試験4件(2,918例)、8.2%(120/1,465例)vs.5.7%(78/1,375例)、1.50(1.11~2.03)、0.0%、0.0、中。 ・女性化乳房または乳房痛:同5件(3,448例)、2.3%(40/1,728例)vs.0.7%(12/1,720例)、3.02(1.57~5.81)、0.0%、0.0、中。 ・低血圧:全試験5件(3,012例)、2.3%(35/1,509例)vs.2.0%(30/1,500例)、1.04(0.61~1.78)、0.0%、0.0、低。非ステロイド型MRAの情報はない 著者は、「本研究の知見は、ステロイド型MRAは透析を要する腎不全患者における心血管疾患による死亡にほとんど、あるいはまったく影響を及ぼさず、潜在的な有害性(harm)のリスクを示唆する」「これらの患者のサブグループにおけるステロイド型MRAの効果に関する情報は不十分であり、非ステロイド型MRAについては情報がまったくない」としたうえで、「これらの患者は心血管死のリスクが依然として高く、有効な治療法が引き続き緊急に求められている」とまとめている。

8.

血液透析患者へのスピロノラクトン、心血管イベントを抑制するか/Lancet

 慢性血液透析を受けている腎不全患者は、一般集団と比較して心血管疾患による死亡リスクが10~20倍高いが、血液透析患者は通常、心血管アウトカムを評価する臨床試験から除外されるという。フランス・Association ALTIRのPatrick Rossignol氏らALCHEMIST study groupは、心血管イベントのリスクの高い血液透析患者において、ステロイド型ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬スピロノラクトンの有効性を評価する目的で、研究者主導の多施設共同二重盲検無作為化プラセボ対照イベント主導型試験「ALCHEMIST試験」を実施。スピロノラクトンは主要心血管イベント(MACE)の発生を抑制しなかったことを示した。研究の詳細は、Lancet誌2025年8月16日号に掲載された。欧州3ヵ国の早期中止試験 本試験は、2013年6月~2020年11月に3ヵ国(フランス、ベルギー、モナコ)の64施設で参加者を登録し行われた(フランス保健省の助成を受けた)。 対象は、年齢18歳以上、腎不全で慢性血液透析(週3回以上)を受けており、少なくとも1つの心血管合併症またはリスク因子を有する患者644例であった。スピロノラクトン群(25mg/日まで漸増、経口投与)に320例、プラセボ群に324例を無作為に割り付け、主要エンドポイントであるMACE(心血管死、非致死的心筋梗塞、急性冠症候群、脳卒中、心不全による入院)の発生率を評価した。 試験は2022年11月(最後の参加者の追跡期間が2年の時点)に資金不足のため早期中止となった。MACE発生率は改善せず 全体の年齢中央値は70.8歳(四分位範囲[IQR]:63.5~78.1)、男性が444例(69%)で、血液透析期間中央値は1.7年(IQR:0.7~4.5)だった。追跡期間中央値は32.6ヵ月(17.3~48.4)であった。 MACEの発生率は、スピロノラクトン群で24%(78/320例、10.66/100人年[95%信頼区間[CI]:8.54~13.31])、プラセボ群で24%(79/324例、10.70/100人年[8.59~13.35])と、両群間に有意な差を認めなかった(ハザード比[HR]:1.00[95%CI:0.73~1.36]、p=0.98)。 MACEの各項目では、心不全による入院(2%[7/320例]vs.5%[17/324例]、HR:0.41[95%CI:0.17~1.00])の発生率がスピロノラクトン群で低かったが、他の項目については両群間に差はなかった。忍容性は良好 副次エンドポイントについては、心停止からの蘇生を含む非致死的心血管イベント(12%[37/320例]vs.17%[56/324例]、HR:0.66[95%CI:0.43~0.99])の発生率はスピロノラクトン群で良好であった。一方、全死因死亡、心血管系以外の原因による死亡、高カリウム血症(血清カリウム値>6mmol/L)、低カリウム血症(同<4mmol/L)の発生率には両群間に差がなかった。 スピロノラクトン群の忍容性は良好であった。とくに注目すべき有害事象としての高カリウム血症の発生率の群間差は1.8%ポイント(イベント発生率はスピロノラクトン群11.7%vs.プラセボ群9.9%)、とくに注目すべき重篤な有害事象としての高カリウム血症の発生率の群間差は2.7%ポイント(28.3%vs.25.6%)と小さかった。5試験のメタ解析でもほぼ同様の結果 既報の4試験と本試験を対象にメタ解析を行った。その結果、プラセボと比較してミネラルコルチコイド受容体拮抗薬は、全死因死亡(オッズ比[OR]:0.71[95%CI:0.41~1.24]、p=0.23、I2=43%)、心血管死(0.72[0.33~1.58]、p=0.41、I2=57%)、非致死的心血管イベント(1.00[0.77~1.30]、p=0.99、I2=0%)の改善をもたらさなかった。 また、プラセボに比しミネラルコルチコイド受容体拮抗薬は、高カリウム血症イベント(OR:1.04[95%CI:0.90~1.20]、p=0.58、I2=0%)の発生率を上昇させなかった。 著者は、「本試験および本試験を含むメタ解析の結果は、スピロノラクトンが心血管リスクの高い血液透析を受けている腎不全患者に臨床的有益性をもたらさないことを示している」「これらの患者におけるミネラルコルチコイド受容体拮抗薬の適応外使用が、心血管死や全死因死亡を有意に低下させたとする実臨床データがあるが、本試験の知見はこれを支持しない」としている。

9.

スピロノラクトン、維持透析患者の心不全・心血管死を減少させるか/Lancet

 維持透析を受けている腎不全患者において、スピロノラクトン25mgの1日1回経口投与はプラセボと比較し、心血管死および心不全による入院の複合アウトカムを減少させなかった。カナダ・McMaster UniversityのMichael Walsh氏らが、12ヵ国143の透析プログラムで実施した医師主導の無作為化並行群間比較試験「ACHIEVE試験」の結果を報告した。維持透析を受けている腎不全患者は心血管疾患および死亡のリスクが大きいが、スピロノラクトンがこれらの患者において心不全および心血管死を減少させるかどうかは明らかになっていなかった。著者は、「本試験では、維持透析患者におけるスピロノラクトン導入の有益性は認められなかった。維持透析患者の心血管疾患と死亡を減少させるための、ステロイド性ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬に代わる選択肢について、さらなる研究が必要である」とまとめている。Lancet誌2025年8月16日号掲載の報告。心血管死または心不全による入院の複合アウトカムをプラセボと比較 ACHIEVE試験の対象は、45歳以上、または糖尿病の既往がある18歳以上の腎不全患者で、3ヵ月以上維持透析を受けている患者であった。 研究グループは、登録患者全例に非盲検導入期としてスピロノラクトン25mgを1日1回7週間以上経口投与し、血清カリウム値が6.0mmol/Lを超えておらず、忍容性があり試験薬の服薬を順守できると判断した患者を、ブロック無作為化法(ブロックサイズ4)により、施設で層別化し、スピロノラクトン群とプラセボ群に1対1の割合で無作為に割り付けた。患者、医療従事者および評価者は、いずれも盲検化された。 主要アウトカムは心血管死または心不全による入院の複合アウトカムで、無作為化された全患者を解析対象集団としてイベント発生までのtime-to-event解析を行った。無益性のため試験は早期に中止 2017年9月19日~2024年10月31日に3,689例がスクリーニングされ、3,565例が非盲検導入期に登録された。このうち2,538例が、スピロノラクトン群(1,260例)またはプラセボ群(1,278例)に無作為化された。患者背景は、女性931例(36.7%)、男性1,607例(63.3%)であった。 2024年12月10日時点で、主要アウトカムのイベント報告数508件(総予想数の78%)を含む中間解析の結果に基づき、外部の安全性・有効性モニタリング委員会により無益性による試験の早期中止が勧告された。最終追跡調査は2025年2月28日に終了し、追跡期間中央値は1.8年(四分位範囲:0.85~3.35)であった。 複合アウトカムのイベントは、スピロノラクトン群で258例(10.46件/100患者年)、プラセボ群で276例(11.33件/100患者年)に認められ、ハザード比(HR)は0.92(95%信頼区間[CI]:0.78~1.09、p=0.35)であった。 両群で心血管死(HR:0.89、95%CI:0.74~1.08)、心臓死(0.81、0.64~1.03)、血管死(1.07、0.77~1.47)、および全死因死亡(0.95、0.83~1.09)はいずれも同等で、心不全による初回入院(0.97、0.72~1.30)ならびにあらゆる初回入院(0.96、0.87~1.06)も両群で差はなかった。

10.

市中発症型MRSAと院内獲得型MRSAの比較【1分間で学べる感染症】第32回

画像を拡大するTake home message市中発症型MRSAは、若年者を中心に皮膚軟部組織感染症を引き起こすことが多く、院内獲得型MRSAとは臨床像・薬剤耐性・遺伝子背景が異なるため、その違いを理解しよう。MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)は、医療関連感染だけでなく市中でも発症することがあり、起因背景や臨床像、薬剤感受性に違いがあります。今回は、市中発症型MRSAと院内獲得型MRSAの主な違いについて整理し、それぞれの理解を深めていきましょう。リスク患者市中発症型MRSA(Community-associated MRSA:CA-MRSA)は、若年者、スポーツ選手、軍隊、薬物静注使用者、同性愛者など、医療機関と接点のない健康な方々に発症することが多く報告されています。接触機会の多い生活環境や皮膚の小さな外傷が感染契機となります。一方、院内獲得型MRSA(Healthcare-associated MRSA:HA-MRSA)は、入院患者、長期療養施設入所者、透析患者、長期カテーテル留置中の患者など、医療的介入を受ける方々に多く認められます。病院内の医療機器や環境が感染源となることがしばしばです。臨床症状CA-MRSAでは、皮膚軟部組織感染症(蜂窩織炎、膿瘍など)が主な臨床像であり、とくにPVL(Panton-Valentine leukocidin)遺伝子を保有する株では壊死性肺炎など重篤な病態を呈することもあります。一方、HA-MRSAは、肺炎、菌血症、術後創部感染、皮膚軟部組織感染症など、多彩な感染症を引き起こします。重篤な基礎疾患を有する入院患者では、全身感染に進展することも少なくありません。抗菌薬耐性CA-MRSAはβラクタム系抗菌薬に耐性を示す一方で、ST合剤(スルファメトキサゾール・トリメトプリム)、ドキシサイクリン、クリンダマイシンなどの非βラクタム系抗菌薬に感受性を示すことが多くあります。一方、HA-MRSAは、βラクタム系抗菌薬に耐性を示すことに加え、上記の抗菌薬にも耐性を示すことが多く、バンコマイシン、リネゾリド、ダプトマイシンなど、選択肢が限られます。SCCタイプCA-MRSAは、SCCmecタイプIVやVを有している一方、HA-MRSAは、SCCmecタイプI〜IIIを有することが多いとされています。PVL遺伝子CA-MRSAはPVL遺伝子を高頻度に保有し、この毒素が好中球を破壊することで強い炎症反応や組織破壊を引き起こします。PVL陽性株による壊死性肺炎や皮膚壊死病変の報告もあり、とくに注意が必要です。一方、HA-MRSAではPVL遺伝子の保有はまれであり、主に基礎疾患に伴う易感染性や長期医療介入が病態進展に関与します。このように、市中発症型MRSAと院内獲得型MRSAは臨床的背景や対応すべき抗菌薬の選択が異なるため、上記のポイントを十分に念頭に置いておく必要があります。1)Nichol KA, et al. J Antimicrob Chemother. 2019;74(Suppl 4):iv55-iv63.2)Naimi TS, et al. JAMA. 2003;290:2976-2984.3)Huang H, et al. J Clin Microbiol. 2006;44:2423-2427.

11.

透析前の運動は透析中の運動と同様に心筋スタニングを抑制

 透析中の運動療法が血液透析誘発性心筋スタニングを軽減することが報告されているが、日常診療での実施には設備やスタッフ配置など多くの課題がある。今回、透析前の運動療法でも透析中の運動療法と同等の心保護効果があることが、フランス・Avignon UniversityのMatthieu Josse氏らによって明らかになった。Clinical Journal of the American Society of Nephrology誌オンライン版2025年8月12日号掲載の報告。 本研究は非盲検ランダム化クロスオーバー試験として実施され、末期腎不全患者25例を対象に、(1)運動療法を伴わない標準的な血液透析を実施(標準透析)、(2)血液透析中に運動療法を実施(透析中運動)、(3)運動療法を終えてから血液透析を実施(透析前運動)の3種類の介入をランダムな順序でそれぞれ実施した。2次元心エコー検査と全血粘度の測定は、透析開始直前と透析中負荷ピーク時に実施した。心血管血行動態は30分ごとにモニタリングした。 主な結果は以下のとおり。・左室局所壁運動異常は、標準透析と比較して、透析中運動および透析前運動で有意に減少した。 -透析中運動:1.60セグメント減少(95%信頼区間[CI]:0.09~3.10、p=0.04) -透析前運動:1.72セグメント減少(95%CI:0.21~3.22、p=0.02)・心筋スタニング抑制効果は、透析中運動と透析前運動で差はなかった(p=0.86)。・血行動態は、運動期間を除けば透析中運動と標準透析で類似しており、透析前運動と標準透析では完全に同様であった・透析中運動では全血粘度低下が抑制され、高せん断速度での全血粘度変化と左室局所壁運動異常の減少に有意な関連が認められた(p=0.006およびp=0.04)。・透析前運動では、左室局所壁運動異常の改善と血行動態変化との有意な関連は認められなかった(p>0.42)。 これらの結果より、研究グループは「血液透析前の運動療法は、透析中の運動療法と同等の心保護効果をもたらした。この効果は、血行動態の変化によるものではなく、運動そのものに由来する可能性が高い」とまとめた。

12.

生存時間分析 その3【「実践的」臨床研究入門】第57回

Cox比例ハザード回帰モデルによる交絡因子の調整前回まで、Cox比例ハザード回帰モデルの基本的な考え方を説明しました。今回は、Cox比例ハザード回帰モデルによる交絡因子(連載第45回参照)の調整について、前回に引き続き筆者らが出版した実際の臨床研究論文1)のリサーチ・クエスチョン(RQ)を例にして解説します。Cox比例ハザード回帰モデルは、イベント発生までの時間(生存時間)に対する多変量解析手法です(連載第50回参照)。このモデルにより、特定の要因がハザード(ある瞬間におけるイベント発生のリスク、すなわち瞬間的なイベント発生率)に与える影響を評価できます(連載第55回参照)。Cox比例ハザード回帰モデルの基本的な形は以下のような積(かけ算)の式で表されます(連載第56回参照)。h(t|X)=h0(t)×exp(β1X1+β2X2・・・+βnXn)h(t|X):特定の説明変数のセットXを持つ個体の時点tにおけるハザードh0(t):基準ハザード関数X1、X2、…、Xn:交絡因子を含む説明変数β1、β2、…、βn:各説明変数に対応する回帰係数上記のように、Cox比例ハザード回帰モデルを用いた交絡因子の調整は、回帰モデルの式に交絡因子を説明変数として含めることで行われます。たとえば、事例論文1)の要因である透析導入前腎専門医診療(Pre-Nephrology Visit:PNV)の有無という変数X1が透析導入後早期(1年以内)の死亡のハザード(アウトカム)に与える影響を評価する際に、糖尿病(DM)の有無(X2)が交絡因子であるとします。この場合、回帰モデルの式は以下のようになります。h(t|X1、X2)=h0(t)×exp(β1X1)×exp(β2X2)=h0(t)×exp(β1X1+β2X2)X1:PNVの有無(あり=1、なし=0)X2:DMの有無(あり=1、なし=0)この回帰モデルでは、回帰係数β1は、DMの有無(X2)の効果であるexp(β2X2)を調整したうえでの、PNVの有無(X1)がハザードに与える影響を推定します(連載第55回、第56回参照)。DMという交絡因子の影響を取り除いたPNVの調整ハザード比(adjusted hazard ratio:aHR)は exp(β1)となります。事例論文1)では、交絡因子として、年齢、性別、血液検査データ(ヘモグロビンや血清アルブミンなど)やDMを含む14の並存疾患などの要因を交絡因子として調整したと記載されています。したがって、この研究で実際に使用されたCox比例ハザード回帰モデルの簡略化された概念的な式は、以下のようになります。h(t|PNV、Age、Sex、…、DM)=h0(t)×exp(βPNV・PNV+βAge・Age+βSex・Sex+・・・+βDM・DM)βPNVの指数変換 exp(βPNV)がPNVのaHRとなり、事例論文1)で点推定値は0.57と報告されています 。95%信頼区間(95%confidence interval:95%CI)は0.50〜0.66と1をまたいでおらず、p<0.0001と統計学的にも有意差を認めました。これは、すべての交絡因子を統計的に調整した後でも、PNVを受けた患者群はPNVを受けなかった患者群と比較して、透析導入後早期(1年以内)死亡のリスクが43%低いことを意味します(1-0.57=0.43)。腎臓内科医の存在意義? の1つを示す解析結果を出せた、と安堵しました。1)Hasegawa T et al. Clin J Am Soc Nephrol. 2009;4:595-602.

13.

輸液選択、乳酸リンゲル液vs.生理食塩水/NEJM

 日常的に行われている静脈内輸液投与に関して、乳酸リンゲル液のほうが生理食塩水よりも臨床的に優れているかは不明である。カナダ・オタワ大学のLauralyn McIntyre氏らCanadian Critical Care Trials Groupは、病院単位で期間を区切って両者を比較した検討において、乳酸リンゲル液を使用した場合に、初回入院後90日以内の死亡または再入院の発生率は有意に低下しなかったことを示した。NEJM誌オンライン版2025年6月12日号掲載の報告。カナダの7病院で試験、12週間ずつ使用をクロスオーバー 研究グループは、カナダのオンタリオ州にある7つの大学および地域病院で、非盲検、2期間、2シークエンス、クラスター無作為化クロスオーバー試験を実施した。静脈内輸液を病院全体で12週間ずつ乳酸リンゲル液または生理食塩水に割り付け、アウトカムを比較した。乳酸リンゲル液または生理食塩水使用への切り替えは、ウォッシュアウト後に行った。 主要アウトカムは、初回入院後90日以内の死亡または再入院の複合とした。副次アウトカムは、主要アウトカムの各項目、入院期間、初回入院後90日以内の透析導入、90日以内の救急外来受診、自宅以外の施設への退院とした。 アウトカムデータは、保健行政データベースから入手した。解析は病院単位で行い、主要アウトカムは、参加病院全体で平均化した乳酸リンゲル液使用と生理食塩水使用の効果を比較推算した。初回入院後90日以内の死亡または再入院の複合発生率は同等 試験は2016年8月~2020年3月に行われ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにより試験が中断される前に、7病院が12週間ずつ2期間の試験を完了した。 主要アウトカムに関するデータは、4万3,626例の適格患者から入手できた(乳酸リンゲル液群2万2,017例、生理食塩水群2万1,609例)。 初回入院後90日以内の死亡または再入院の複合発生率は、乳酸リンゲル液群20.3±3.5%、生理食塩水群21.4±3.3%であった(補正後群間差:-0.53%ポイント、95%信頼区間:-1.85~0.79、p=0.35)。 副次アウトカムの結果もすべて、主要アウトカムの結果と一致していた。重篤な有害事象は報告されなかった。

14.

TAVI後の脳卒中リスクを低減する目的でのルーチンでの脳塞栓保護デバイスの使用は推奨されない(解説:加藤貴雄氏)

 BHF PROTECT-TAVI試験は、経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)における脳塞栓保護(CEP)デバイスの有効性を検証した英国での7,600例規模の大規模無作為化比較試験である(Kharbanda RK, et al. N Engl J Med. 2025;392:2403-2412)。CEPデバイス(Sentinel)の使用群と非使用群において、TAVI後72時間以内または退院までの脳卒中発症率に有意な差はなかった。この結果は、先行研究である北米・欧州・オーストラリアを中心に約3,000例で行われた、PROTECTED TAVR試験の結果と一致しており(Kapadia SR, et al. N Engl J Med. 2022;387:1253-1263)、TAVI後の脳卒中リスクを低減する目的でのルーチンでの使用は推奨されない結果であった。安全性に差はなかった。 本邦では「脳塞栓保護システムの適正使用に係る指針」が経カテーテル的心臓弁治療関連学会協議会から昨年出され、画像検査所見から、「大動脈弁の著しい石灰化又は上行弓部大動脈のアテローム病変によりTAVR時の脳塞栓症のリスクが高いと思われる患者」、または、既往歴から、「末梢血管疾患の既往・慢性腎臓病(透析含む)の既往・脳卒中の既往」があること、が適応評価に考慮されるべき項目として挙げられている。フィルターが留置される部分、すなわち左総頸動脈または腕頭動脈のいずれかに70%を超える狭窄や拡張・解離のない患者に用いることも重要である。高リスク患者に適正に用いることが重要で、高リスク患者に対象を絞った臨床試験も必要と思われる。

15.

第254回 新型コロナ、全国的に再拡大 定点報告数が20週ぶりに4人台/厚労省

<先週の動き> 1.新型コロナ、全国的に再拡大 定点報告数が20週ぶりに4人台/厚労省 2.熱中症搬送、今年最多の1万人超 高齢者が半数以上占める/消防庁 3.高難度の外科手術は集約、外科医に報酬強化を 中医協で議論進む/厚労省 4.無床診療所が初の10万件超え 一方で有床診は7万床割れが現実に/厚労省 5.国立病院機構、全体の83%が赤字に 新型コロナ補助終了と物価高が打撃/国立病院機構 6.マイナ保険証、9月からスマホ対応へ 制度周知と現場支援が課題に/厚労省 1.新型コロナ、全国的に再拡大 定点報告数が20週ぶりに4人台/厚労省厚生労働省の発表によると、2025年第30週(7月21~27日)の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の定点報告数は全国平均で1医療機関当たり4.12人となり、20週ぶりに4人台に達した。感染者数は全国で1万5,924人(前週比約32%増)となり、定点報告医療機関の削減(5,000→3,000ヵ所)以降では最多となる。地域別では、沖縄が最多(14.13人)で、宮崎(10.07人)、鹿児島(9.33人)、熊本(7.85人)と南九州での拡大が著しい。宮崎県では、2週前と比べて1医療機関当たりの患者数が2.43人から4倍となる10.07人に急増し、昨年8月以来の水準になった。過去、夏季に1施設当たり30人規模まで感染が広がった記録があり、夏休みや帰省による人流増加に伴うさらなる流行拡大が懸念される。県では、手洗い・うがい、マスク着用、換気の徹底など基本的な感染症対策の再徹底を呼びかけている。また、今回の感染拡大は沖縄を除く全国46都道府県で報告数が増加しており、全国的な再流行の兆候が明確になっている。2025年春以降の「定点縮小体制」の下では、定点数が減ったため総感染者数の統計的把握は難しくなっているが、1施設当たりの報告数の上昇は実質的な感染拡大を示すものとみられる。今後も地域間の感染格差と重症化リスクの高い層への対応が重要となる。 参考 1) コロナ定点報告数、20週ぶりの4人台 感染者は前週比3割増1.59万人 厚労省(CB news) 2) 宮崎 新型コロナ患者急増 この2週間で4倍 感染防止対策を(NHK) 3) コロナ感染者増 前週比1.32倍 定点当たり4.12人(沖縄タイムス) 2.熱中症搬送、今年最多の1万人超 高齢者が半数以上占める/消防庁総務省消防庁の速報によると、2025年7月21~27日の1週間で熱中症により救急搬送された人は全国で1万804人となり、今年最多を記録した。前週比ではほぼ倍増(103.5%増)、5月以降の累計搬送者数は5万3,126人に達し、前年同期より約7,000人多い。東京都が最も多く1,099人、以下埼玉(750人)、北海道(690人)、大阪(641人)と続く。とくに北海道では、北見市で39.0℃を観測するなど記録的な暑さとなり、搬送者数は前年同期の2倍以上に上った。傷病程度別では、外来対応の軽症が6,821人、中等症3,624人、3週間以上の入院を要する重症が260人。死亡も16人確認され、14都道府県に分布していた。年代別では65歳以上の高齢者が6,012人と半数以上を占め、成人(18~64歳)が3,759人、少年(7~17歳)が969人、7歳未満は64人だった。発生場所では住居内が最多(4,083人)、続いて道路(2,094人)、駅や駐車場などの屋外公衆空間(1,328人)、職場(1,244人)と続き、屋内外問わず広く発生していた。とくに高齢者の自宅内での発症が多く、エアコンの使用を控える傾向も指摘されている。消防庁は、こまめな水分補給やエアコンの使用、作業時の休憩に加え、離れて暮らす高齢者への声かけや見守りの重要性を強調している。猛暑は今後も続く見込みであり、医療機関・行政機関ともに、高リスク者への啓発と搬送体制の強化が求められる。 参考 1) 全国の熱中症による救急搬送状況 令和7年7月21日~7月27日(消防庁) 2) 熱中症搬送、全国で今年最多の1万804人 16人の死亡確認 21~27日(産経新聞) 3) 熱中症搬送 27日までの1週間 全国1万人余 前週の2倍近くに増加(NHK) 4) 熱中症搬送者数、今年最多1万804人-前週比倍増 消防庁(CB news) 3.高難度の外科手術は集約、外科医に報酬強化を 中医協で議論進む/厚労省厚生労働省は、7月31日に中央社会保険医療協議会(中医協)の「入院・外来医療等の調査・評価分科会」を開き、外科医の減少と診療科偏在を背景に、急性期入院医療や高難度手術の「集約化」と、それを担う病院や外科医への診療報酬上の支援強化が議論された。とくに消化器外科医は、若年層で減少傾向にあり、外科医の勤務実態(業務負担・ワークライフバランス)を反映した経済的インセンティブの付与が急務とされた。同分科会では「集約化」が医療の質と病院経営の安定化に寄与する一方で、患者の医療アクセスや均てん化医療とのバランスも重要視された。また、症例数と治療成績の相関や、人口規模と医師数・症例数の関係が示され、とくに人口20万人未満の地域では、消化器外科医が1~2人のみの病院が多く、集約化の必要性が高いとされた。外科医確保に向けては、時間外・休日加算の活用や診療報酬による直接的な処遇改善策が提起されたが、現行制度の届け出が困難であることから、取得要件の緩和や新たな支援スキームの検討が必要との意見も出た。今後の診療報酬改定では、手術集約の促進に加え、外科医個人に報いる新たな加算制度の創設も検討課題となる。 参考 1) 令和7年度 第8回入院・外来医療等の調査・評価分科会[議事資料](厚労省) 2) 外科医不足解消に向け、「急性期入院医療・高難度手術の集約化」や「外科医の給与増」などを診療報酬で促進せよ-入院・外来医療分科会(Gem Med) 3) 手術を集約的に担う病院「適切に評価を」外科医不足対策で 中医協・分科会(CB news) 4.無床診療所が初の10万件超え 一方で有床診は7万床割れが現実に/厚労省厚生労働省が、7月31日に公表した医療施設動態調査(2025年5月末概数)によると、無床診療所の施設数がついに10万119施設となり、過去の修正を経て統計上初めて10万件を突破した。前年同月比で331施設の増加となり、無床診療所の増加傾向が鮮明となっている。その一方で、有床診療所は5,240施設と11施設の減少を記録し、1年前からは271施設の減。病床数も6万9,659床と前年同月比で4,116床の減少を示し、2025年4月末時点ではついに「7万床」を割り込んだ。減少ペースが続けば、2026年3月には5,000施設、7月には6万5,000床を下回る可能性が高い。この傾向の背景には、診療報酬の制度改正にもかかわらず経営環境の厳しさや後継者不足などの構造的課題がある。厚労省は、過去の改定で「地域包括ケア型」有床診への支援を強化し、初期加算の細分化や新加算(透析患者やハイリスク分娩管理への評価)を導入したが、有床診療所の減少に歯止めはかかっていない。有床診は一部地域では地域医療の4分の1を担っており、入院対応が可能な地域資源としての意義が大きい。今後の診療報酬改定に向けて、有床診の役割を再評価し、制度的・人的支援の在り方を見直すことが求められる。 参考 1) 医療施設動態調査(令和7年5月末概数)(厚労省) 2) 無床診療所が10万カ所を突破 5月末概数 1年で331カ所増加(CB news) 5.国立病院機構、全体の83%が赤字に 新型コロナ補助終了と物価高が打撃/国立病院機構国立病院機構(NHO)は、2024年度の経常収支が375億円の赤字となり、設立以来最大の損失を記録した。新木 一弘理事長は、厚生労働省の有識者会議で「このままでは機構の存続も危うい」と述べ、経営改善の緊急性を強調した。前年度は190億円の赤字であり、1年で倍近くに悪化し、赤字病院は117施設(83.6%)に上った。主因は新型コロナ病床補助金の廃止(-233億円)に加え、人件費(+138億円)、材料費(+69億円)、光熱費の高騰などで経常費用は393億円増加。一方、入院・外来収益は増加傾向にあり、病床利用率も78.8%へ改善。クリティカルパス実施率や訪問看護利用、地域連携指標も一定の成果をみせたが、マイナ保険証のオンライン資格確認利用は22.8%に止まり、DX推進の遅れが浮き彫りとなった。業績改善策として、NHOは「経営改善総合プラン」を策定し、病院別KPIの可視化、好事例の横展開、院長層への経営研修強化などを実行している。チーム医療や特定行為研修修了者の配置も推進し、2024年度は特定行為看護師が596名へと前年比173名増となった。なお、他の公的病院でも赤字拡大傾向が続いており、済生会270億円、日本赤十字(日赤)450億円と並ぶ水準にあり、経営改善には診療報酬での対応が求められる。 参考 1) 独立行政法人評価に関する有識者会議 国立病院WG [配布資料](厚労省) 2) 国立病院機構が375億円の赤字に転落「過去最悪に」 24年度(CB news) 6.マイナ保険証、9月からスマホ対応へ 制度周知と現場支援が課題に/厚労省2025年7月末をもって、国民健康保険(国保)加入者の約7割(1,700万人)と後期高齢者医療制度加入者全員(1,900万人)の保険証が有効期限を迎え、原則「マイナ保険証」または「資格確認書」が必要となった。だが、制度や書類の違いを理解していない患者が多く、現場では混乱と説明負担が拡大している。厚生労働省は、急増する問い合わせや誤持参への対応として、これまで保険証として使えなかった「資格情報のお知らせ」の単独使用を国保加入者に限り来年3月まで特例的に認める方針へと転換した。加えて、75歳以上の高齢者には原則全員に資格確認書を配布し、移行を円滑にする意図を示したが、制度はかえって複雑化している。この混乱の背景には、昨年12月の保険証新規発行停止を皮切りに、厚労省が短期間に複数のルール変更や特例通知を繰り返したことがある。現場の医療機関や自治体などは、周知が追い付かず、患者対応に多大な事務負担を強いられている。中には「制度を知らずに期限切れの保険証を持参した」、「資格確認書とお知らせの違いがわからない」といった事例が各地で報告されている。一方、厚労省は新たな利用促進策として、スマートフォンによる「スマホ保険証」導入を進めており、読み取り機器(汎用カードリーダー)購入に1台5,000円を上限に補助する制度を創設し、早ければ9月から一部医療機関で運用を開始する。ただし、導入には顔認証端末や周辺機器整備が必要で、対応の遅れや補助制度の認知不足も懸念されている。今後は、制度の安定運用に向け、患者・医療機関の双方に対するわかりやすい周知と、例外措置の整理・一元化が急務となる。 参考 1) 9月からマイナ保険証がスマホでも使えます(厚労省) 2) 医療機関・薬局の窓口に訪れる患者に対する資格確認方法等に関するセミナー(同) 3) 外来診療等におけるマイナ保険証のスマホ搭載対応について(1)[スマホ搭載の概要](国保連合会) 4) 一部の健康保険証きょうから“原則使えず” 医療機関の対応は(NHK) 5) 「スマホ保険証」対応準備に補助 機器購入で5000円上限-厚労省(時事通信) 6) 国保などの健康保険証が7月末で期限切れ、「マイナ保険証」移行呼びかけ…来年3月まで使用は可能(読売新聞) 7) マイナ保険証でまたルール変更…知らない人続出の「資格情報のお知らせ」で 大量の期限切れ前に 厚労省の弁解は(東京新聞)

16.

第273回 孤軍奮闘を迫られる、三次救急でのコロナ医療の現状

INDEX5類感染症移行から2年、コロナの現状日本の平均的都市、岡山県の専門医の見解入院患者が増加する時期と患者傾向今も注意すべき患者像治療薬の選択順位ワクチン接種の話をするときの注意5類感染症移行から2年、コロナの現状今年もこの時期がやってきた。何かというと新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の流行期である。新型コロナは、一般的に夏と冬にピークを迎える二峰性の流行パターンを繰り返している。2025年の定点観測による流行状況を見ると、第1週(2024年12月30日~2025年1月5日)は定点当たりの報告数が5.32人。冬のピークはこの翌週の2025年第2週(2025年1月6~12日)の7.08人で、この後は緩やかに減少していき、第21週(同5月19~25日)、第22週(同 5月26日~6月1日)ともに0.84人まで低下。そこから再び上昇に転じ、最新の第29週(同7月14~20日)は3.13人となっている。2023年以降、この夏と冬のピーク時の定点報告数は減少している。実例を挙げると、2024年の冬のピークは第5週(2024年1月29日~2月4日)の16.15人で、今年のピークはその半分以下だ。しかし、これを「ウイルスの感染力が低下した」「感染者が減少した」と単純に捉える医療者は少数派ではないだろうか?ウイルスそのものに関しては、昨年末時点の流行株はオミクロン株JN.1系統だったが、年明け以降は徐々にLP.8.1系統に主流が移り、それが6月頃からはNB.1.8.1系統へと変化している。東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤 佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」によると、LP.8.1系統はJN.1系統と比べ、ウイルスそのものの感染力は低いながらも免疫逃避能力は高く、実効再生産数はJN.1とほぼ同等、さらにNB.1.8.1系統の免疫逃避能力はLP.8.1とほぼ同等、感染力と実効再生産数はLP.8.1よりも高いという研究結果が報告1)されている。ウイルスそのものは目立って弱くなっていないことになる。つまり、ピーク時の感染者が年々減少しているのは、結局は喉元過ぎれば何とやらで、そもそも呼吸器感染症を疑う症状が出ても受診・検査をしていない人が増えているからだろうと想像できる。そしてここ1ヵ月ほど臨床に関わる医師のSNS投稿を見ても感染者増の空気は読み取れる。おそらく市中のクリニック、拠点病院、大学病院などの高度医療機関では、感染者増の実態の中で見えてくる姿も変わってくるだろう。ということで新型コロナの感染症法5類移行後の実際の医療現場の様子の一端を聞いてみることにした。日本の平均的都市、岡山県の専門医の見解場所は岡山県。同県は47都道府県中、人口規模は第20位(約183万人)で県庁所在地の岡山市は政令指定都市である。人口増加率と人口密度は第24位、人口高齢化率は第28位(31.4%)とある意味、日本国内平均的な位置付けにある。同県では県ホームページに公開された新型コロナの患者報告数や医療提供のデータを元に、感染症の専門家など5人の有志チームが分析コメントを加えた情報を毎週発表している。今回話を聞いたのは、有志メンバーである岡山大学病院感染症内科准教授の萩谷 英大氏と津山中央病院総合内科・感染症内科部長の藤田 浩二氏である。岡山大学病院は言わずと知れた特定機能病院で病床数849床、津山中央病院はへき地医療拠点病院で病床数489床。ともに三次救急機能を有する(岡山大学は高度救命救急センター)。ちなみに高齢化率で見ると、岡山市は27.2%と全国平均より低めなのに対し、中山間地域の津山市は32.4%と全国平均(29.3%)や岡山県全体よりも高い。まず感染の発生状況について萩谷氏は「保健所管内別のデータを見れば数字上は地域差もあるものの、その背景は率直に言ってわからない。かつてと違い、今はとくに若年者を中心に疑われてもほとんど検査をしないのが現状ですから」と話す。藤田氏も「定点報告は、あくまでも検査で捕捉されたものが数字として行政に届けられたものだけで、検査をしない、医療機関を受診しない、あるいは受診しても検査をしてないなどの事例があるため、実態との間に相当ロスがある。あくまでも低く見積もってこれぐらいという水準に過ぎません」とほぼ同様の見解を示した。ただ、藤田氏は「大事なのは入院患者数。この数字は誤魔化せない」とも指摘した。入院患者が増加する時期と患者傾向では新型コロナの入院実態はどのようなものなのか? 萩谷氏は「大学病院では90代で従来から寝たきりの患者などが搬送されてくることはほぼありません。むしろある程度若年で大学病院に通院するような移植歴や免疫抑制状態などの背景を有する人での重症例、透析歴があり他院で発症し重症化した例などが中心。ただ、ここ数ヵ月で見れば、そのような症例の受診もありません」とのこと。一方で地域の基幹病院である津山中央病院の場合、事情は変わってくる。藤田氏は「通年で新型コロナの入院患者は発生しているが、お盆期間やクリスマスシーズン・正月はその期間も含めた前後の約1ヵ月半に70~80歳の年齢層を中心に、延べ100人強の入院患者が発生する」と深刻な状況を吐露した。また、高齢の新型コロナ入院患者の場合、新型コロナそのものの症状の悪化以外に基礎疾患の悪化、同時期には地域全体で感染者が増加することから後方支援病院でも病床に余裕がないなどの理由から、入院は長期化しがち。藤田氏は「こうした最悪の時期は平均在院日数が約1ヵ月。一般医療まで回らなくなる」との事情も明かす。さらに問題となるのは致死率。現在のオミクロン系統での感染者の致死率は全年齢で0.1%程度と言われるものの「基礎疾患のある高齢者が入院患者のほとんどを占めている場合の致死率は5~10%。昨年のお盆シーズンは9%台後半だった」という。今も注意すべき患者像こうしたことから藤田氏は「新型コロナではハイリスク患者の早期発見・早期治療の一点に尽きる」と強調。「医療者の中にも、厚生労働省の新型コロナウイルス感染症診療の手引きの記述を『症状が軽い=リスクが低い』のような“誤読”をしている人がいます。しかし、基礎疾患がある方で今日の軽症が明日の軽症を保証しているわけではありません。率直に言うと、私たちの場合、PCR検査などで陽性になりながら、まだ軽症ということで解熱薬を処方され、経過観察中に症状悪化で救急搬送された事例を数多く経験しています。軽症の感染者を一律に捉えず、ハイリスク軽症者の場合は早期治療開始で入院を防ぐチャンスと考えるべき」と主張する。藤田氏自身は、新型コロナのリスクファクターの基本とも言える「高齢+基礎疾患」に基づき、年齢では60代以降、基礎疾患に関してはがん、免疫不全、COPDなどの肺疾患、心不全、狭心症などの心血管疾患、肝硬変などの肝臓疾患、慢性腎臓病(透析)、糖尿病のコントロール不良例などでは経口抗ウイルス薬の治療開始を考慮する。前述の萩谷氏も同様に年齢+基礎疾患を考慮するものの「たとえば60代で高血圧、糖尿病などはあるもののある程度これらがコントロールできており、最低でもオミクロン系統までのワクチン接種歴があれば、対症療法のみに留まることも多い」と説明する。治療薬の選択順位現在、外来での抗ウイルス薬による治療の中心となるのは、(1)ニルマトレルビル/リトナビル(商品名:パキロビッド)、(2)モルヌピラビル(商品名:ラゲブリオ)、(3)エンシトレルビル(商品名:ゾコーバ)の3種類。この使い分けについては、藤田氏、萩谷氏ともに選択考慮順として、(1)⇒(2)⇒(3)の順で一致する。藤田氏は「もっとも重視するのはこれまで明らかになった治療実績の結果、入院をどれだけ防げたかということ。この点から必然的に第一選択薬として考慮するのはニルマトレルビル/リトナビルになる」と語る。もっとも国内での処方シェアとしては、(3)、(2)、(1)の順とも言われている。とくにエンシトレルビルに関しては3種類の中で最低薬価かつ処方回数が1日1回であることが処方件数の多い理由とも言われているが、萩谷氏は「重症化予防が治療の目的ならば、1日1回だからという問題ではなく、重症化リスクを丁寧に説明し、何とか服用できるように対処・判断をすべき」と強調する。また、モルヌピラビルについては、併用禁忌などでニルマトレルビル/リトナビルの処方が困難な場合、あるいはそうしたリスクが評価しきれない重症化リスクの高い人という消去法的な選択になるという点でも両氏の考えは一致している。また、萩谷氏は「透析歴があり、診察時は腎機能の検査値がわからない、あるいは腎機能が低過ぎてニルマトレルビル/リトナビルの低用量でも処方が難しい場合もモルヌピラビルの選択対象になる」とのことだ。ワクチン接種の話をするときの注意一方、最新の厚労省の人口動態統計でも新型コロナの死者は3万人超で、インフルエンザの10倍以上と、その深刻度は5類移行後も変わらない。そして昨年秋から始まった高齢者を対象とする新型コロナワクチンの接種率は、医療機関へのワクチン納入量ベースで2割強と非常に低いと言われている。ワクチン接種について藤田氏は「実臨床の感覚として接種率はあまり高くないという印象。医師としてどのような方に接種してほしいかと言えば、感染した際に積極的に経口抗ウイルス薬を勧める層になります。実際の診療で患者さんに推奨するかどうかについては、そういう会話になれば『こういう恩恵を受けられる可能性があるよ』と話す感じでしょうか。とにかくパンデミックを抑えようというフェーズと違って、今は年齢などにより受けられる恩恵が違うため、一律な勧め方はできません」という。萩谷氏も「やはり年齢プラス基礎疾患の内服薬の状況を考え、客観的にワクチンのメリットを伝えることはあります。とくに過去にほかの急性感染症で入院したなどの経験が高い人は、アンテナが高いので話しやすいですね。ただ、正直、コロナ禍の経験に辟易している患者さんもいて、いきなり新型コロナワクチンの話をすると『また医者がコロナの話をしている』的に否定的な受け止め方をされることも少なくないので、高齢者などには肺炎球菌ワクチンや帯状疱疹ワクチンなどと並べてコロナワクチンもある、と話すことを心がけている」とかなり慎重だ。現在の世の中はかつてのコロナ禍などどこ吹く風という状況だが、このようにしてみると、喉元過ぎて到来している“熱さ”に、一部の医療者が人知れず孤軍奮闘を迫られている状況であることを改めて認識させられる。 参考 1) Uriu K, et al. Lancet Infect Dis. 2025;25:e443.

17.

心停止ドナー心の新たな摘出・保存法/NEJM

 米国・ヴァンダービルト大学医療センターのAaron M. Williams氏らの研究チームは、循環が停止したドナー(DCD)から移植用の心臓を摘出する際に、従来のnormothermic regional perfusion(NRP)やdirect procurement and perfusion(DPP)を必要としない方法として、rapid recovery with extended ultraoxygenated preservation(REUP)法を開発した。本論文では、従来法の問題点、REUP法を適用した最初の3例の治療成績、この手法が今後の心臓移植に及ぼす影響について解説している。研究の詳細は、NEJM誌2025年7月17日号で短報として報告された。DPPは複雑で高価、NRPには倫理的問題 DCDからの心臓移植における心臓摘出では、通常、DPPまたはNRPのいずれかが行われる。 DPPでは、ドナーの循環停止を確認後に心臓を摘出する。市販の体外装置を使用して心臓蘇生を行うが、この装置は複雑で大きな労力を要するうえに高価で、移植心臓の機能障害のリスクが増加する可能性もある。 NRPでは、死亡宣告後に膜型人工肺などを装置し、灌流を再開して体内で心臓蘇生を行い、心機能を評価して移植の適否を決める。DPPに比べ操作が容易で、臓器の回収率が高く、心臓と腹部臓器の移植において優れたアウトカムが示されている。 その一方で、NRPは主に次の2つの倫理的な問題を抱えており、これを理由に使用を禁じる国、病院、臓器調達組織も多い。(1)ドナーの心臓を体内で蘇生させるのは、循環死の定義を否定することではないか(DPPは体外なので心臓死後の臓器摘出と判断)、(2)大動脈弓部分枝をクランプして脳循環を防止しているが、側副路を介する脳循環の再開の可能性は残るのではないか(脳が蘇生した状態での心臓摘出の可能性)。6ヵ月後も両心室機能は正常、拒絶反応は認めない REUP法は、DCDの大動脈をクランプし、平均大動脈基部圧80mmHgにコントロールされた状態で、超酸素化された冷温保存液(濃厚赤血球、del Nido心保護液などを含む)2リットルを約10~12分間で投与する方法である。この手法は簡便で安価であり、体内で心臓蘇生を行わないためNRPが許可されない状況でも使用可能とされる。 REUP法を受けた最初の3例の患者はいずれも順調に回復し、ICU入室中に合併症は発現しなかった。移植後1週目に、患者の心係数は2.8~4.4L/分/m2の範囲で推移し、3例とも移植から7日目までに強心薬の点滴から離脱した。術後の心エコー検査で、すべての患者の両心室の機能は正常であった。また、周術期に有害事象の報告はなかった。 一時的な持続的腎代替療法を行った後に間欠的血液透析を受けた1例は、その後に完全な腎機能の回復を果たした。全例がprednisone、ミコフェノール酸モフェチル、タクロリムスを含む標準的な免疫抑制療法を受けた。移植から6ヵ月の時点で、すべての患者は両心室機能が正常な状態を維持しており、急性細胞性拒絶反応や抗体関連型拒絶反応は認めなかった。移植へのアクセスが拡大する可能性 これら3例の良好なアウトカムは、次の2点を示唆すると考えられた。(1)循環停止後から始まる細胞死のプロセスには可逆性の時間帯が存在するとの既報のトランスレーショナル研究の知見を支持する、(2)NRPまたはDPPによるドナー心臓の自己心拍の再開および生理学的評価は不要である可能性がある。 著者は、「NRPに関連した倫理的ジレンマと、市販のDPPの過大なコストを回避できることから、REUP法は、これまでDCDからの心臓移植にアクセス不能であった施設や地域において、適切に選択された心臓の摘出と移植を成功裏に行うことを可能にするとともに、提供可能であるにもかかわらず活用されない心臓を減らすことができると考えられる」としている。

18.

生存時間分析 その2【「実践的」臨床研究入門】第56回

Cox比例ハザード回帰モデルの基本的な考え方 その2前回は、生存時間分析における基本的な概念である「ハザード」と「ハザード比」、また「比例ハザード性」の前提について説明しました。今回からは、筆者らが出版した実際の臨床研究論文1)のリサーチ・クエスチョン(RQ)に沿って、Cox比例ハザード回帰モデルの考え方を解説します。われわれは、以下のクリニカル・クエスチョン(CQ)とRQ(PECO)を立案しました。CQ:透析導入前腎専門医診療は透析導入後早期の予後を改善するか?P(対象):新規透析導入患者E(要因):透析導入前腎専門医診療ありC(対照):透析導入前腎専門医診療なしO(アウトカム):透析導入後早期(1年以内)の死亡このRQの背景を簡単に説明します。筆者は、初期研修以降「都市型」地域中核病院の腎臓内科に長らく勤務しておりました。そこでは腎臓/透析専門医が多く在籍し他科連携も良く、早期からの腎専門医診療は当たり前の環境で育ちました。米国留学直後、医局人事により地方型地域中核病院にいわゆる「ひとり医長」として赴任し、腎臓/透析専門医診療へのアクセス格差を実感しました。このような実体験に基づき、「透析導入前腎専門医診療は透析導入後早期の予後に影響するのでは?」というCQを着想したという訳です。それでは、透析導入前腎専門医診療を受けた群と受けなかった群の比較を考えたときに、透析導入後1年以内の早期死亡のハザード(瞬間的なイベント発生率)はどのような変数に影響されるかを考えてみます。まず、透析導入前腎専門医診療を受けたか否か、という変数です。次に考慮すべき変数は時間です。前回説明したとおり、ハザードは時々刻々と変化することが予想されるからです。実際、このRQで設定した透析導入後1年以内の早期死亡のハザードは、透析導入後半年以内という前半で高く、半年以降の後半は低くなることが先行研究で知られています。そして、透析導入後1年以内の早期死亡のハザードは、透析導入前腎専門医診療の有無という変数と時間という変数の積(かけ算)モデルで規定できる、とします。この関連性を、以下の数式で表します。h(t|X)=h0(t)×exp(b×X)もし、透析導入前の腎専門医診療が「あり」ならX=1、「なし」ならX=0となります。それぞれの群の変化するハザードは、時間の効果である基準ハザード関数h0(t)と、透析導入前腎専門医診療の効果であるexp(b×X)の積で決まるということです。データからbという回帰係数を推定することになりますが、これは統計解析ソフトが計算してくれます。この数式から、透析導入前腎専門医診療あり群のハザード、腎専門医診療なし群のハザードはそれぞれ以下に示したようになります。透析導入前腎専門医診療あり群のハザードh(t|1)=h0(t)×exp(b×1)=h0(t)×exp(b)透析導入前腎専門医診療なし群のハザードh(t|0)=h0(t)×exp(b×0)=h0(t)よって透析導入前腎専門医診療あり群となし群のハザード比はh(t|1)/h(t,0)=h0(t)×exp(b)/h0(t)=exp(b)つまり、ハザード比はexp(b)となります。ところで、透析導入前腎専門医診療あり群となし群のハザードを示した数式をあらためて眺めてみると、どちらの式にもh0(t)という時間の関数が含まれています。すなわち、いずれも時間の効果の影響を受けていることがわかります。しかし、ハザード比の数式では時間の関数h0(t)が分子と分母で相殺されて消えているので、ハザード比は時間の効果の影響を受けていません。したがって、このハザード比の数式からも、ハザード比が時間によらず一定という比例ハザード性の前提が用いられていることがわかります。このように比例ハザード性の前提が用いられた回帰モデルのことを比例ハザードモデルと呼びますが、開発したCox博士の名前を冠して、Cox比例ハザードモデルやCox回帰モデルとも言います。 1) Hasegawa T et al. Clin J Am Soc Nephrol. 2009;4:595-602.

19.

先行的腎移植にベネフィットはあるのか

 将来、腎移植が必要になる可能性がある人は、どの時点で移植を受けるべきなのだろうか。その答えの手がかりとなり得る研究結果が発表された。この研究では、腎機能がある程度保たれている段階で腎移植(先行的腎移植)を受けても、透析が必要となるほど悪化してから移植を受けた場合と比べて死亡リスクに有意な差は認められないことが示された。米イェール大学医学部生体腎臓ドナープログラムの医療ディレクターを務めるAbhishek Kumar氏らによるこの研究結果は、「Transplantation Proceedings」5月号に掲載された。 Kumar氏は、「この研究結果は、腎移植は本当に必要になるまで待ってから受けるべきであることを示している。そうでなければ、自分の腎臓が機能する期間を無駄にしてしまうことになる」と述べている。 透析は、機能不全に陥った腎臓に代わって血流から余分な水分や老廃物を排出する治療法だが、透析を受けている患者に身体的・精神的負担を伴い、免疫機能の低下も起こりやすい。このため、一般的に末期腎不全患者は透析が必要になる前に腎移植を受けた方が良いと考えられている。 Kumar氏は、「献腎移植リストに登録されている場合、いつ移植を受けるかを自分で決めることはできない。一方、生体ドナー臓器を移植する場合には、移植のタイミングについてある程度は自分で決められるが、問題は、いつ移植を受けるのが最善かということだ」と話す。 この点を明らかにするためにKumar氏らは、2000年から2020年の間に成人に実施された28万8,309件の腎移植データの分析を行った。これらの腎移植のうち、5万2,018件(18%)は先行的腎移植であった(献腎移植33%、生体腎移植67%)。これらのレシピエントは、移植時のeGFR(推算糸球体濾過量)の値に応じて、4群(10mL/分/1.73m2未満、10以上15mL/分/1.73m2未満、15以上20mL/分/1.73m2未満、20mL/分/1.73m2以上)に分類された。 先行的腎移植を受けた患者は、白人、高学歴、民間保険加入者が多い傾向が認められた。eGFRに応じた4群間で死亡率を比較したところ、統計学的に有意な差は認められなかった。また、生体ドナーからの先行的腎移植を受けた患者のみを対象にしたサブグループ解析でも、死亡率に統計学的に有意な差はなかった。 Kumar氏は、「私は患者に、移植を受けるのに最適なタイミングは透析が必要になったときだと伝えることがある」と話す。ただし同氏は、透析や移植に最適なタイミングは人によって異なり、予測するのは難しいことを指摘し、「可能であれば透析は避けるべきだが、早期に移植を受けることがその解決策になるわけではない」と述べている。

20.

2型糖尿病合併慢性腎臓病におけるフィネレノン+エンパグリフロジン併用療法:アルブミン尿の著明な改善―CONFIDENCE研究は腎アウトカムの予測にも“CONFIDENT”といえるか?(解説:栗山哲氏)

本論文は何が新しいか? CONFIDENCE研究では、2型糖尿病(T2DM)に合併する慢性腎臓病(CKD)の初期治療において、非ステロイド型選択的ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(nsMRA)であるフィネレノンと、SGLT2阻害薬(SGLT2i)であるエンパグリフロジンの併用療法が、それぞれの単独療法と比較して尿中アルブミン/クレアチニン比(UACR)を有意に低下させることが示された。これまで、フィネレノンとSGLT2iの併用療法をT2DMに伴うCKDの初期段階で評価したエビデンスは限られており、この点において本研究は新規性を有する。CONFIDENCE研究の背景 T2DMに伴うCKD患者に対する腎保護療法の第1選択は、ACE阻害薬やARBなどのRAS阻害薬である。これは、2000年代に実施されたRENAAL、IDNT、MARVAL、IRMA2といった大規模臨床試験によって裏付けられている。2015年以降、SGLT2iにおいて、EMPA-REG OUTCOME、CANVASなどの試験で心血管イベントや複合腎エンドポイント(EP)の改善が相次いで報告された。SGLT2iではさらに、DAPA-CKDやEMPA-KIDNEYなどの試験により、非糖尿病性CKDに対しても心腎保護効果を有するエビデンスが蓄積されている。 一方、ステロイド型ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)については、2000年ごろにRALES(スピロノラクトン)やEPHESUS(エプレレノン)により、重症心不全や心血管死に対する有用性が示されたが、これらは腎関連のハードEPについては検討されていない。その後、新世代のnsMRAであるエサキセレノンおよびフィネレノンが開発された。このうち、エサキセレノンはT2DMに伴う早期CKD患者においてUACRの低下効果が認められているが、現在の適応は高血圧症のみであり、尿蛋白陽性例やeGFRが低下した症例では原則として使用できない。これに対しフィネレノンは、FIGARO-DKD、FIDELIO-DKD、そして両試験を統合解析したFIDELITYにおいて、心血管イベントおよび複合腎EPに対する有用性が示されている。なお、nsMRAとSGLT2i併用の同様の研究は、フィネレノンとダパグリフロジン併用でも行われ、UACRの相加的減少効果として報告されている(Marup FH, et al. Clin Kidney J. 2023;17:sfad249.)。 これらのエビデンスを踏まえ、2024年のKDIGOガイドラインでは、フィネレノンはRAS阻害薬およびSGLT2iに上乗せ可能な薬剤として、T2DMに伴うCKDの早期における心・腎保護の「新たな選択肢」として推奨されている(推奨の強さ:弱い、エビデンスレベル:高い、リスクとのバランスを考慮したうえでの判断)(Levin A, et al. Kidney Int. 2024;105:684-701.)。病態生理学的見地から、T2DMに合併するCKDにはミネラルコルチコイド受容体(MR)の過剰活性化が心・腎障害を惹起することから、MR抑制効果の優れたnsMRAに対する理論的期待は大きい。 CONFIDENCE研究は、以上の背景を踏まえ、フィネレノンとSGLT2iの併用療法の有効性および安全性を評価することを目的として実施された。登録症例数は約800例、観察期間は180日間である。腎疾患領域の臨床研究の課題 腎疾患領域における臨床研究の報告数は、循環器系や神経系など、他の医学分野と比較してきわめて少ない(Palmer SC, et al. Am J Kidney Dis. 2011;58:335-337.)。その主な要因としては、CKDにおいて治療目標となるバイオマーカーが乏しいこと、CKDステージ早期と末期で適切な腎予後のサロゲートEPを設定する必要があること、などが挙げられている。CKDにおける「真のEP」としては、透析導入、腎関連死、腎不全などがある。一方で、サロゲートマーカーとしては、血清クレアチニン(Cr)の倍加速度、推算糸球体濾過量(eGFR)、eGFRの40%以上の低下などが用いられ、これらは複合腎EPとして適宜設定される。UACRは、容易に短期間でも観察可能なサロゲートマーカーであり、研究費の削減や実施期間の短縮に資する利便性も高い。しかしながら、サロゲートEPは本来、真のEPと強く関連していなければ優れた予後予測因子とはいえない。この点において、UACRは早期のマーカーとしては、UACR>300mg/g・Crを超える腎疾患以外は適切な腎アウトカムの予測因子とまではいえない(濱野高行. 日本腎臓学会誌. 2018;60:577-580.)。 本論文の著者の1人であるHeerspink氏は、本試験で仮に複合腎EPを評価項目とする場合は4万例以上のサンプルサイズと長期観察が必要となること、またUACRは優れたサロゲートではないものの一定の予測的価値があること、などを踏まえ、UACRを主要評価項目として採用したと述べている。CONFIDENCE研究からのメッセージと今後の方向性 CONFIDENCE研究は、「腎アウトカムの予測にも“CONFIDENT”といえるか?」―この問いには議論が必要である。Agarwal氏はイベントリスクに対する媒介解析の結果から、フィネレノンを用いた早期介入による複合腎イベント低下の多くの部分がUACR抑制作用により媒介されていることから、アルブミン尿抑制の重要性を強調している(Agarwal R, et al. Ann Intern Med. 2023;176:1606-1616.)。また、2025年6月に開催された欧州腎臓学会においても、短期的なUACRの変化が長期的な腎保護効果と関連することに言及し、「併用療法の新時代が到来した」との論調の講演もあった(Liam Davenport. Medscape. June 5, 2025.)。 しかしながら、「フィネレノン+SGLT2iの早期導入によるUACR低下」を「長期的な腎アウトカムを改善すること」に全面的に外挿するのは無理がある。ちなみに、本研究でeGFRの初期低下(Initial drop or dip)に注目すると、14日目において併用群では−6.1mL/分/1.73m2の低下がみられた(SGLT2i単独群では−4.0mL/分/1.73m2)。この併用群におけるInitial drop後のeGFRスロープには、観察期間である180日目においては緩徐化がみられず、この点からは腎保護効果は支持されない。一方で、有害事象の観点からは、一定のメリットが示唆される。高カリウム血症の発現率は、併用群で25例(9.3%)、フィネレノン単独群で30例(11.4%)と、併用群で15~20%程度相対的に低下していた。これは、SGLT2iが高カリウム血症のリスクを抑制する可能性を示した先行研究の知見と一致しており、一定のベネフィットとして評価できる可能性がある。 今後、フィネレノンとSGLT2iの早期併用による腎保護効果の有無を明らかにするためには、長期間かつ大規模に複合腎EPを設定した追試検証が必要と思われる。

検索結果 合計:457件 表示位置:1 - 20