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吐下血の出血量を過小評価したため死亡に至ったケース

消化器最終判決判例時報 1446号135-141頁概要慢性肝炎のため通院治療を受けていた43歳男性。1988年5月11日夕刻、黒褐色の嘔吐をしたとして来院して診察を受けた。担当医師は上部消化管からの出血であると診断したが、その夜は対症療法にとどめて、翌日検査・診察をしようと考えて帰宅させた。ところが翌朝吐血したため、ただちに入院して治療を受けたが、上部消化管からの大量出血によりショック状態に陥り、約17時間後に死亡した。詳細な経過患者情報43歳男性経過昭和61年5月20日初診。高血圧症、高脂血症、糖尿病、慢性肝炎と診断され、それ以来昭和63年5月7日までの間に月に7~8回の割合で通院していた。血液検査結果では、中性脂肪461、LAP 216、γ-GTP 160で、そのほかの検査値は正常であったことから、慢性アルコール性肝炎と診断していた。昭和63年5月11日19:40頃夕刻に2回吐血したため受診。この際の問診で、「先程、黒褐色の嘔吐をした。今朝午前3:00頃にも嘔吐したが、その時には血が混じっていなかった」と述べた。担当医師は上部消化管からの出血であると認識し、胃潰瘍あるいは胃がんの疑いがあると考えた(腹部の触診では圧痛なし)。そのため、出血の原因となる疾患について、その可能性が高いと判断した出血性胃炎と診療録に記載し、当夜はとりあえず対症療法にとどめて、明日詳細な検査、診察をしようと考え、強力ケベラG®、グルタチオン200mg(商品名:アトモラン)、肝臓抽出製剤(同:アデラビン9号)、幼牛血液抽出物(同:ソルコセリル)、ファモチジン(同:ガスター)、メトクロプラミド(同:プリンペラン)、ドンペリドン(同:ナウゼリン)、臭化ブトロピウム(同:コリオパン)を投与したうえ、「胃潰瘍の疑いがあり、明日検査するから来院するように」と指示して帰宅させた。5月12日07:00頃3度吐血。08:30頃タクシーで受診し、「昨夜から今朝にかけて、合計4回の吐血と下血があった」と申告。担当医師は吐き気止めであるリンゴ酸チエチルぺラジン(同:トレステン)を筋肉注射し、顔面蒼白の状態で入院した。09:45血圧120/42mmHg、脈拍数114、呼吸数24、尿糖+/-、尿蛋白-、尿潜血-、白血球数16,500、血色素量10g/dL。ただちに血管を確保し、5%キシリトール500mLにビタノイリン®、CVM、ワカデニン®、アデビラン9号®、タジン®、トラネキサム酸(同:トランサミン)を加えた1本目の点滴を開始するとともに、側管で20%キシリトール20mL、ソルコセリル®、ブスコパン®、プリンペラン®、フェジン®を投与し、筋肉注射で硫酸ネチルマイシン(同:ベクタシン)、ロメダ®を投与した。引き続いて、2本目:乳酸リンゲル500mL、3本目:5%キシリトール500mLにケベラG®を2アンプル、アトモラン®200mgを加えたもの、4本目:フィジオゾール500mL、5本目:乳酸リンゲルにタジン®、トランサミン®を加えたもの、の点滴が順次施行された。11:20頃しきりに喉の渇きを訴えるので、看護師の許しを得て、清涼飲料水2缶を飲ませた。11:30頃2回目の回診。14:00頃3回目の回診。血圧90/68mmHg。14:20頃いまだ施行中であった5本目の点滴に、セジラニドを追加した。14:30頃酸素吸入を開始(1.5L/min)。15:00頃顔面が一層蒼白になり、呼吸は粗く、胸元に玉のような汗をかいているのに手足は白く冷たくなっていた。血圧108/38mmHg。16:00頃血圧低下のため5本目の点滴に塩酸エチレフリン(同:エホチール)を追加した。17:00頃一層大量の汗をかき拭いても拭いても追いつかない程で、喉の渇きを訴え、身の置き所がないような様子であった。血圧80/--mmHg18:00頃4回目の回診をして、デキストラン500mLにセジラニド、エホチール®を加えた6本目の点滴を実施し、その後、クロルプロマジン塩酸塩(同:コントミン)、塩酸プロメタジン(同:ヒベルナ)、塩酸ぺチジン(同:オピスタン)を筋肉注射により投与し、さらにデキストランL 500mLの7本目の点滴を施行した。5月13日00:00頃看護師から容態について報告を受けたが診察なし。血圧84/32mmHg01:30頃これまで身体を動かしていたのが静かになったので、家族は容態が落ち着いたものと思った。02:00頃異常に大きな鼾をかいた後、鼻と口から出血した。看護師から容態急変の報告を受けた担当医師は人工呼吸を開始し、ジモルホラミン(同:テラプチク)、ビタカンファー®、セジラニドを筋肉注射により投与したが効果なし。02:45死亡確認(入院から17時間25分後)。当事者の主張患者側(原告)の主張吐血が上部消化管出血であると認識し得たのであるから、すみやかに内視鏡などにより出血源を検索し、止血のための治療を施すべきであり、また、出血性ショックへと移行させないために問診を尽くし、バイタルサインをチェックし、理学的所見などをも考慮して出血量を推定し、輸血の必要量を指示できるようにしておくべきであった。担当医師はこれまでに上部消化管出血患者の治療に当たった経験がなく、また、それに適切に対応する知識、技術に欠けていることを自覚していたはずであるから、このような場合、ほかの高次医療機関に転院させる義務があった。病院側(被告)の主張5月11日の訴えは、大量の出血を窺わせるものではなく、翌日の来院時の訴えも格別大量の出血を想起させるものではなかった。大量の出血は結果として判明したことであって、治療の過程でこれを発見できなかったとしてもこれを発見すべき手がかりがなかったのであるから、やむを得ない。裁判所の判断上部消化管出血は早期の的確な診断と緊急治療を要するいわゆる救急疾患の一つであるから、このような患者の治療に当たる医師には、急激に重篤化していくこともある可能性を念頭において、ただちに出血量に関して十分に注意を払ったうえで問診を行い、出血量の判定の資料を提供すべき血液検査などをする注意義務がある。上部消化管出血の患者を診察する医師には、当該患者の循環動態が安定している場合、速やかに内視鏡検査を行い、出血部位および病変の早期診断、ならびに治療方法の選択などするべき注意義務がある。上部消化管出血が疑われる患者の治療に当たる医師が内視鏡検査の技術を習得していない場合には、診察後ただちに検査および治療が可能な高次の医療機関へ移送すべき注意義務がある。本件では容態が急激に重篤化していく可能性についての認識を欠き、上記の注意義務のいずれをも怠った過失がある。約6,678万円の請求に対し、請求通りの支払い命令考察吐血の患者が来院した場合には、緊急性を要することが多いので、適切な診察、検査、診断、治療が必要なことは基本中の基本です。吐血の原因としては、胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの消化性潰瘍、急性胃粘膜病変、食道および胃静脈瘤破裂、ならびにMallory-Weiss症候群などが挙げられ、出血源が明らかになったもののうち、これらが90~95%を占めています。そして、意外にも肝硬変患者の出血原因としては静脈瘤59%、胃炎8.2%、胃潰瘍5.4%、十二指腸潰瘍6.8%、その他10.2%と、必ずしも静脈瘤破裂ばかりが出血源ではないことには注意が必要です。本件の場合、担当医師が当初より上部消化管からの出血であることを認識していながら、それが急激に重篤化していく可能性のある緊急疾患であるという認識を欠いており、そのため適切な措置を講ずることができなかった点が重大な問題と判断されました。さらに後方視的ではありますが、当時の症状、バイタルサインや血液検査などの情報から、推定出血量を1,000~1,600mLと細かく推定し、輸血や緊急内視鏡を施行しなかった点を強調しています。そのため判決では、原告の要求がそのまま採用され、抗弁の余地がないミスであると判断されました。たとえ診察時に止血しており、全身状態が比較的落ち着いているようにみえても、出血量(血液検査)や、バイタルサインのチェックは最低限必要です。さらに、最近では胃内視鏡検査も外来で比較的容易にできるため、今後も裁判では消化管出血の診断および治療として「必須の検査」とみなされる可能性があります。そのため、もし緊急で内視鏡検査ができないとしたら、その対応ができる病院へ転送しなければならず、それを怠ると本件のように注意義務違反を問われる可能性があるので、注意が必要です。消化器

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重症鎌状赤血球症のミニ移植の効果/JAMA

 重症鎌状赤血球症への骨髄非破壊的同種造血幹細胞移植(HSCT)は、生着率が87%に上ることが、米国立糖尿病・消化器・腎疾病研究所(NIDDK)のMatthew M. Hsieh氏らによる検討の結果、判明した。HSCTは、小児の重症鎌状赤血球症では治療効果が認められていた。しかし、成人患者については有効性、安全性が確立されていなかった。JAMA誌2014年7月2日号掲載の報告より。30例を対象に骨髄非破壊的同種造血幹細胞移植、1年後のアウトカムを評価 研究グループは、2004年7月16日~2013年10月25日にかけて、16~65歳の重症鎌状赤血球症の患者30例を対象に、ヒト白血球抗原(HLA)適合の兄弟姉妹によるHSCTを行った。被験者の中には、サラセミアが認められる患者もいた。 主要評価項目は、移植1年後の鎌状赤血球症患者のドナー型ヘモグロビンへの完全変換と、サラセミア患者の輸血非依存性だった。 副次評価項目は、ドナーの白血球キメラ現象の程度、急性・慢性移植片対宿主病発生率、鎌状赤血球‐サラセミア病の無病生存率などだった。患者15例が免疫反応抑制剤の服用を中止 被験者30例のうち1例は再発後の頭蓋内出血で死亡した。残る29例の生存期間中央値は3.4年(1~8.6年)だった。 2013年10月時点で、急性・慢性移植片対宿主病を有さず長期安定的ドナー生着が認められたのは26例(87%)だった。骨髄キメラ率は86%(95%信頼区間[CI]:70~100%)だった。 ドナーT細胞平均値は48%(95%CI:34~62%)で、移植を受けた患者の15例で安定的ドナーのキメラ現象が続き、移植片対宿主病もなく、免疫反応抑制剤の服用を中止した。 また、年平均入院率についても、移植前年が3.23(95%CI:1.83~4.63)だったのに対し、移植後1年目が0.63(同:0.26~1.01)、2年目は0.19(同:0~0.45)、3年目は0.11(同:0.04~0.19)だった。 なお、重度有害事象の発生は38件だった。疼痛や関連処置、感染症、腹部事象、シロリムス関連の毒性作用などが報告されている。

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外傷性脳損傷へのEPO投与/JAMA

 閉鎖性外傷性脳損傷患者に対して、エリスロポエチン(EPO)投与およびヘモグロビン値10g/dL超維持の積極的な輸血管理は、6ヵ月時点の神経学的アウトカムの改善に結びつかなかったことが示された。米国・ベイラー医科大学のClaudia S. Robertson氏らが無作為化試験の結果、報告した。試験では輸血閾値10g/dLと高頻度の有害イベント発生との関連も認められ、著者は、「いずれのアプローチも支持できない」と結論している。これまで、外傷性脳損傷後のEPO投与または積極的な輸血管理の効果に関する情報は、いずれも限定的なものであった。JAMA誌2014年7月2日号掲載の報告より。EPO投与有無と輸血管理の2つの閾値について検討 研究グループは、EPO投与と2つの輸血目標ヘモグロビン値(7g/dLと10g/dL)の、神経学的回復における効果を比較する検討を行った。 被験者は閉鎖性外傷性脳損傷を受け、指示に従うことができなかった患者200例で、2006年5月~2012年8月に、米国のレベルI外傷センター2施設の脳神経外科集中治療室で受傷後6時間以内に登録された。 試験は2×2要因配置デザインを用いて被験者を、輸血閾値7g/dLおよびEPO投与群、輸血閾値7g/dLおよびプラセボ投与群、輸血閾値10g/dLおよびEPO投与群、輸血閾値10g/dLおよびプラセボ投与群の4群に無作為化。EPO投与群(102例)のアウトカム改善がプラセボ群(98例)よりも20%上回ることができない、また輸血閾値10g/dL超群(101例)が7g/dL群(99例)と比べて合併症を増大することなく良好な転帰を増大するかどうかを検証した。 なおEPOまたはプラセボの投与は、試験初期登録の74例については、500 IU/kgを当初3日間、その後週1回を2週間以上行うスケジュールで行われた(第1投与スケジュール)。しかし2009年に安全性への懸念から投与スケジュールが変更され、その後に登録された126例については24時間、48時間時点の投与は行われなかった(第2投与スケジュール)。 主要評価項目は、受傷後6ヵ月時点のグラスゴー・アウトカム・スケールスコアで、良好(良好な回復、中等度の障害)または不良(重度の障害、植物状態または死亡)で判定した評価とした。受傷後6ヵ月時点のアウトカムの評価は、いずれも無益であることを示す結果 EPOと輸血閾値に相互作用は認められなかった。 アウトカム良好となった患者の割合は、プラセボ群(34/89例・38.2%、95%信頼区間[CI]:28.1~49.1%)と比較して、EPO投与群は、第1投与スケジュール群(17/35例・48.6%、95%CI:31.4~66.0%、p=0.13)、第2投与スケジュール群(17/57例、29.8%、同:18.4~43.4%、p<0.001)ともに、投与が無益であることを示す結果であった。 輸血閾値の違いでみると、7g/dL群は42.5%(37/87例)であり、10g/dL群は33.0%(31/94例)という結果であった(差の95%CI:-0.06~0.25、p=0.28)。 また、輸血閾値10g/dL群では7g/dL群と比べて、血栓塞栓症イベントの発生が高率に認められた(22/101例[21.8%] vs. 7g/dL群8/99例[8.1%]、オッズ比:0.32、95%CI:0.12~0.79、p=0.009)。

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酩酊患者の胸腔内出血を診断できずに死亡したケース

救急医療最終判決判例時報 1132号128-135頁概要酩酊状態でオートバイと衝突し、救急隊でA病院に搬送された。外観上左後頭部と右大腿外側の挫創を認め、経過観察のため入院とした。病室では大声で歌を歌ったり、点滴を自己抜去するなどの行動がみられたが、救急搬送から1時間後に容態が急変して下顎呼吸となり、救急蘇生が行われたものの死亡に至った。死体解剖は行われなかったが、視診上右第3-第6肋骨骨折、穿刺した髄液が少量の血性を帯びていたことなどから、「多発性肋骨骨折を伴う胸腔内出血による出血性ショック」と検案された。詳細な経過経過1979年12月16日16:15頃相当量の飲酒をして道路を横断中、走行してきたオートバイの右ハンドル部分が右脇腹付近に強く当たる形で衝突し、約5mはねとばされて路上に転倒した。16:20近くの救急病院であるA病院に救急車で搬送される。かなりの酩酊状態であり、痛いというのでその部位を質問しても答えられず、処置中制止しても体を動かしたりした。外観上は、左後頭部挫傷、右大腿外側挫傷、左上腕擦過傷、右外肘擦過傷を認めたが、胸部の視診による皮下出血、頻呼吸、異常呼吸、ならびに触診による明らかな肋骨骨折なし。血圧90/68、呼吸困難なし、腹部筋性防御反応なし、神経学的異常所見なしであった。各創部の縫合処置を行ったのち、血圧が低いことを考慮して血管確保(乳酸加リンゲル500mL)を行ったが、格別重症ではないと判断して各種X線、血液検査、尿検査、CT撮影などは実施しなかった。このとき、便失禁があり、胸腹部あたりにしきりに疼痛を訴えていたが、正確な部位が確認できなかったため経過観察とした。17:20病室に収容。寝返りをしたり、ベッド上に起き上がったりして体動が激しく、転落のおそれがあったので、窓際のベッドに移してベッド柵をした。患者は大声で歌うなどしており、体動が激しく点滴を自己抜去するほどであり、バイタルサインをとることができなかったが、喘鳴・呼吸困難はなかった。17:40容態が急変して体動が少なくなり、下顎呼吸が出現。当直医は応援医師の要請を行った。17:50救急蘇生を開始したが反応なし。18:35死亡確認となった。■死体検案本来は死体解剖をぜひともするべきケースであったが行われなかった。右頭頂部に挫創を伴う表皮剥脱1個あり髄液が少量の血性を帯びていた右第3-第6肋骨の外側で骨折を触知、胸腔穿刺にて相当量の出血あり肋骨骨折部位の皮膚表面には変色なし以上の所見から、監察医は「死因は多発肋骨骨折を伴う胸腔内出血による出血性ショック」と判断した。当事者の主張患者側(原告)の主張初診時からしきりに胸腹部の疼痛を訴え、かつ腹部が膨張して便失禁がみられたにもかかわらず、酩酊していたことを理由に患者の訴えを重要視しなかった受傷機転について詳細な調査を行わず、脈拍の検査ならびに肋骨部分の触診・聴診を十分に実施せず、初診時の血圧が低かったにもかかわらず再検をせず、X線撮影、血液検査、尿検査をまったく行わなかった初診時に特段の意識障害がなかったことから軽症と判断し、外見的に捉えられる創部の縫合処置を行っただけで、診療上なすべき処置を執らなかった結果、死亡に至らしめた病院側(被告)の主張胸腹部の疼痛の訴えはあったが、しきりに訴えたものではなく、疼痛の部位を尋ねても泥酔のために明確な指摘ができなかった初診時には泥酔をしていて、処置中も寝がえりをするなど体動が激しく、血圧測定、X線検査などができる状態ではなかった。肋骨骨折は、ショック状態にいたって蘇生術として施行した体外心マッサージによるものである初診時に触診・聴診・視診で異常がなく、喀血および呼吸困難がなく、大声で歌を歌っていたという経過からみて、肋骨骨折や重大な損傷があったとは認められない。死体検案で髄液が血性であったということから、頭蓋内損傷で救命することは不可能であった。仮に胸腔内出血であったとしても、ショックの進行があまりにも早かったので救命はできなかった裁判所の判断1.初診時血圧が90と低く、胸腹部のあたりをしきりに痛がってたこと、急変してショック状態となった際の諸症状、心肺蘇生施行中に胸部から腹部にかけて膨満してきた事実、死体検案で右第3-第6肋骨骨折がみられたことなどを総合すると、右胸腔内出血により出血性ショックに陥って死亡したものと認めるのが相当である2.容態急変前には呼吸困難などなく、激しい体動をなし、歌を歌っていたが、酩酊している場合には骨折によって生じる痛みがある程度抑制されるものである3.肋骨骨折部位の皮膚に変色などの異常を疑う所見がなかったのは、衝突の際にセーターやジャンパーを着用していたため皮下出血が生じなかった4.体外式心マッサージの際生じることのある肋骨骨折は左側であるのに対し、本件の肋骨骨折は右外側であるので、本件で問題となっている肋骨骨折は救急蘇生とは関係ない。一般に肋骨骨折は慎重な触診を行うことにより容易に触知できることが認められるから、診療上の過失があった5.胸腔内への相当量の出血を生じている患者に対して通常必要とされる初診時からの血圧、脈拍などにより循環状態を監視しつつ、必要量の乳酸加リンゲルなどの輸液および輸血を急速に実施し、さらに症状の改善がみられない場合には開胸止血手術を実施するなどの処置を行わなかった点は適切を欠いたものである。さらに自己抜去した点滴を放置しその後まもなく出血性ショックになったことを考えると、注射針脱落後の処置が相当であったとは到底認めることができない6.以上のような適切な処置を施した場合には、救命することが可能であった原告側合計6,172万円の請求に対し、5,172万円の判決考察ここまでの経過をご覧になって、あまりにも裁判所の判断が実際の臨床とかけ離れていて、唖然としてしまったのは私だけではないと思います。その理由を説明する前に、この事件が発生したのは日曜日の午後であり、当時A病院には当直医1名(卒後1年目の研修医)、看護師4名が勤務していて、X線技師、臨床検査技師は不在であり、X線撮影、血液検査はスタッフを呼び出して、行わなければならなかったことをお断りしておきます。まず、本件では救急車で来院してから1時間20分後に下顎呼吸となっています。そのような重症例では、来院時から意識障害がみられたり、身体のどこかに大きな損傷があるものですが、経過をみる限りそのようなことを疑う所見がほとんどありませんでした。唯一、血圧が90/68と低かった点が問題であったと思います。しかも、容態急変の20分前には(酩酊も関係していたと思われますが)大声で歌を歌っていたり、病室で点滴を自己抜去したということからみても、これほど早く下顎呼吸が出現することを予期するのは、きわめて困難であったと思われます。1. 死亡原因について本件では死体解剖が行われていないため、裁判所の判断した「胸腔内出血による失血死」というのが真実かどうかはわかりません。確かに、初診時の血圧が90/68と低かったので、ショック状態、あるいはプレショック状態であったことは事実です。そして、胸腹部を痛がったり、監察医が右第3-第6肋骨骨折があることを触診で確認していますので、胸腔内出血を疑うのももっともです。しかし、酩酊状態で直前まで大声で歌を歌っていたのに、急に下顎呼吸になるという病態としては、急性心筋梗塞による致死性不整脈であるとか、大動脈瘤破裂、もしくは肺梗塞なども十分に疑われると思います。そして、次に述べますが、肋骨骨折が心マッサージによるものでないと断言できるのでしょうか。どうも、本件で唯一その存在が確かな(と思われる)肋骨骨折が一人歩きしてしまって、それを軸としてすべてが片付けられているように思えます。2. 肋骨骨折についてまず、「一般に肋骨骨折は慎重な触診を行うことにより容易に触知できる」と断じています。この点は救急を経験したことのある先生方であればまったくの間違いであるとおわかり頂けると思います。外観上異常がなくても、X線写真を撮ってはじめてわかる肋骨骨折が多数あることは常識です。さらに、「肋骨骨折部位の皮膚に変色などの異常を疑う所見がなかったのは、衝突の際にセーターやジャンパーを着用していたため皮下出血が生じなかった」とまで述べているのも、こじつけのように思えて仕方がありません。交通外傷では、(たとえ厚い生地であっても)衣服の下に擦過傷、挫創があることはしばしば経験しますし、そもそも死亡に至るほどの胸腔内出血が発生したのならば、胸部の皮下出血くらいあるのが普通ではないでしょうか。そして、もっとも問題なのが、「体外式心マッサージの際生じることのある肋骨骨折は左側であるのに対し、本件の肋骨骨折は右外側であるので、本件で問題となっている肋骨骨折は救急蘇生とは関係ない」と、ある鑑定医の先生がおっしゃったことを、そのまま判決文に採用していることです。われわれ医師は、科学に基づいた教育を受け、それを実践しているわけですから、死体解剖もしていないケースにこのような憶測でものごとを述べるのはきわめて遺憾です。3. 点滴自己抜去について本件では初診時から血算、電解質などを調べておきたかったと思いますが、当時の状況では血液検査ができませんでしたので、酩酊状態で大声で歌を歌っていた患者に対しとりあえず輸液を行い、入院措置としたのは適切であったと思います。そして、病室へと看護師が案内したのが17:20、恐らくその直後に点滴を自己抜去したと思いますが、このとき寝返りをしたりベッド上に起き上がろうとして体動が激しいため、転落を心配して窓際のベッドに移動し、ベッドに柵をしたりしました。これだけでも10分程度は経過するでしょう。恐らく、落ち着いてから点滴を再挿入しようとしたのだと思いますが、病室に入ったわずか20分後の17:40に下顎呼吸となっていますので、別に点滴が抜けたのに漫然と放置したわけではないと思います。にもかかわらず、「さらに自己抜去した点滴を放置しその後まもなく出血性ショックになったことを考えると、注射針脱落後の処置が相当であったとは到底認めることができない」とまでいうのは、どうみても適切な判断とは思えません。4. 本件は救命できたか?裁判所(恐らく鑑定医の判断)は、「適切な処置(輸血、開胸止血)を施した場合には、救命することが可能であった」と断定しています。はたして本件は適切な治療を行えば本当に救命できたのでしょうか?もう一度時間経過を整理すると、16:15交通事故。16:20病院へ救急搬送、左後頭部、右大腿外側の縫合処置、便失禁の処置、点滴挿入。17:20病室へ。体動が激しく大声で歌を歌う。17:40下顎呼吸出現。18:35死亡確認。この患者さんを救命するとしたら、やはり下顎呼吸が出現する前に血液検査、輸血用のクロスマッチ、場合によっては手術室の手配を行わなければなりません。しかしA病院では日曜日の当直帯であったため、X線検査、血液検査はできず、裁判所のいうように適切に診断し治療を開始するとしたら、来院後すぐに3次救急病院へ転送するしか救命する方法はなかったと思います。A病院で外来にて診察を行っていたのは60分間であり、その時の処置(縫合、点滴など)をみる限り、手際が悪かったとはいえず(血圧が低かったのは気になりますが)、この時点ですぐに転送しなければならない切羽詰まった状況ではなかったと思います。となると、どのような処置をしたとしても救命は不可能であったといえるように思えます。では最初から救命救急センターに運ばれていたとしたら、どうだったでしょうか。初診時に意識障害がなかったということなので、簡単な問診の後、まずは骨折がないかどうかX線写真をとると思います。そして、胸腹部を痛がっていたのならば、腹部エコー、血液検査などを追加し、それらの結果がわかるまでに約1時間くらいは経ってしまうと思います。もし裁判所の判断通り胸腔内出血があったとしたら、さらに胸部CTも追加しますので、その時点で開胸止血が必要と判断したら、手術室の準備が必要となり、入室までさらに30分くらい経過してしまうと思います。となると、来院から手術室入室まで早くても90分くらいは要しますので、その時にはもう容態は急変(下顎呼吸は来院後80分)していることになります。このように、後から検証してみても救命はきわめて困難であり、「適切な処置(輸血、開胸止血)を施した場合には、救命することが可能であった」とは、到底いえないケースであったと思います。以上、本件の担当医には酷な結末であったと思いますが、ひとつだけ注意を喚起しておきたいのは、来院時の血圧が90/68であったのならば、ぜひともそのあと再検して欲しかった点です。もし再検で100以上あれば病院側に相当有利になっていたと思われるし、さらに低下していたらその時点で3次救急病院への転送を考えたかも知れません。救急医療

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出血性ショックに対する輸血方法が不適切と判断されたケース

救急医療最終判決判例タイムズ 834号181-199頁概要大型トラックに右腰部を轢過された38歳女性。来院当初、意識は清明で血圧120/60mmHg、骨盤骨折の診断で入院となった。ところが、救急搬入されてから1時間15分後に血圧測定不能となり、大量の輸液・代用血漿を投与したが血圧を維持できず、腹腔内出血の診断で緊急手術となった。合計2,800mLの輸血を行うが効果はなく、受傷から9時間後に死亡した。詳細な経過患者情報とくに既往症のない38歳女性経過1982年9月2日13:50自転車に乗って交差点を直進中、左折しようとしていた大型トラックのバンパーと接触・転倒し、トラックの左前輪に右腰部を轢過された。14:00救急病院に到着。意識は清明で、轢かれた部分の痛みを訴えていた。血圧120/60mmHg、脈拍72/分。14:10X線室に移動し、腰部を中心としたX線撮影施行。X線室で測定した血圧は初診時と変化なし。14:25整形外科診察室前まで移動。14:35別患者のギプス巻きをしていた整形外科担当医が診察室の中でX線写真を読影。右仙腸関節・右恥骨上下枝(マルゲーヌ骨折)・左腸骨・左腸骨下枝・尾骨の骨折を確認し、直接本人を診察しないまま家族に以下の状況を説明した。骨盤が6箇所折れている膀胱か輸尿管がやられているかもしれない内臓損傷はX線では写らず検査が必要なので即時入院とする15:004階の入院病棟に到着。担当医の指示でハンモックベッドを用いた骨盤垂直牽引を行おうとしたが、ハンモックベッドの組立作業がうまくできなかった。15:15やむなく普通ベッドに寝かせバイタルサインをチェックしたところ、血圧測定不能。ただちに担当医師に連絡し、血管確保、輸液・代用血漿の急速注入を行うとともに、輸血用血液10単位を指示。15:20Hb 9.7g/dL、Ht 31%腹腔内出血による出血性ショックを疑い、外科医師の応援を要請、腹腔穿刺を行ったが出血はなく、後腹膜腔内の出血と診断した。15:35約20分間で輸液500mL、代用血漿2,000mL、昇圧剤の投与などを行ったがショック状態からの離脱できなかったので、開腹手術をすることにし、家族に説明した。15:45手術室入室。15:50輸血10単位が到着(輸血要請から35分後:この病院には輸血を常備しておらず、必要に応じて近くの輸血センターから取り寄せていた)、ただちに輸血の交差試験を行った。16:15輸血開始。16:20~18:30手術開始。単純X線写真では診断できなかった右仙腸関節一帯の粉砕骨折、下大静脈から左総腸骨静脈の分岐部に20mmの亀裂が確認された。腹腔内の大量の血腫を除去すると、腸管膜が一部裂けていたが新たな出血はなく、静脈亀裂部を縫合・結紮して手術を終了した。総出血量は3,210mL。手術中の輸血量1,800mL、輸液200mL、代用血漿1,500mLを併用するとともに、昇圧剤も使用したが、血圧上昇は得られなかった。19:00病室に戻るが、すでに瞳孔散大状態。さらに1,000mLの輸血が追加された。23:04各種治療の効果なく死亡確認。当事者の主張患者側(原告)の主張1.救急車で来院した患者をまったく診察せず1時間も放置し、診断が遅れた2.輸血の手配とその開始時間が遅れ、しかも輸血速度が遅すぎたために致命的となった3.手術中の止血措置がまずかった病院側(被告)の主張1.救急車で来院後、バイタルサインのチェック、X線撮影などをきちんと行っていて、患者を放置したなどということはない。来院当時担当医師は別患者のギプス巻きを行っていたので、それを放棄してまで(容態急変前の)患者につき沿うのは無理である。容態急変後はただちに血液の手配をしている。そして、地域の特殊性から血液はすべて予約注文制であり、院内には常備できないという事情がった(実際に輸血20単位注文したにもかかわらず、入手できたのは14単位であった)2.また輸血前には輸液1,000mLと代用血漿2,000mLの急速注入を行っているため、さらに失血した血液量と等量の急速輸血は循環血液量を過剰に増大させ、うっ血性心不全を起こしたり出血を助長したりする危険があるので、当時の判断は適切である3.手術所見では左総腸静脈の亀裂部、骨盤静脈叢および仙骨静脈叢からの湧き出すような多発性出血であり、血腫を除去すると新たな出血はみられなかったため、静脈縫合後は血腫によるタンポナーデ効果を期待するほかはなかった。このような多発性骨盤腔内出血の確実な止血方法は発見されていない裁判所の判断1.診断の遅れX線写真を読影して骨盤骨折が確認された時点で、きちんと患者を診察して直ぐに腹腔穿刺をしていれば、腹腔内出血と診断して直ぐに手術の準備ができたはずである(注:14:00救急来院、14:35X線読影、この時点で意識は清明で血圧120/60→このような状況で腹腔穿刺をするはずがない!!しかものちに行われた腹腔内穿刺では出血は確認されていない)2.血圧測定不能時の輸血速度は、30分間に2,000mLという基準があるのに、30分間に500mLしか輸血しなかったのは一般的な臨床水準を下回る医療行為である以上、早期診断義務違反、輸血速度確保義務違反によって死亡した可能性が高く、交通事故9割、医療過誤1割による死亡である(手術方法については臨床医学水準に背くものとはいえない)。原告側6,590万円の請求に対し、1,225万円の判決考察この事件は、腰部を大型トラックに轢過された骨盤骨折の患者さんが、来院直後は(腹腔内出血量が少なかったので)意識清明であったのに、次第に出血量が増えたため来院から1時間15分後にショック状態となり、さまざまな処置を講じたけれども救命できなかった、という概要です。担当医師はその場その場で適切な指示を出しているのがわかりますし、総腸骨静脈が裂けていたり、骨盤内には粉砕骨折があって完璧な止血はきわめて困難であったと思われますので、たとえどのような処置を講じていようとも救命は不可能であった可能性が高いと思います。本来であれば、交通事故の加害者に重大な責任があるというものなのに、ご遺族の不満がなぜ病院側に向いてしまったのか、非常に理解に苦しみます。「病院に行きさえすればどのような怪我でも治してくれるはずだ」、という過度の期待が背景にあるのかもしれません。そして、何よりも憤りを感じるのが、裁判官がまったく的外れの判決文を書いてしまっている点です。経過をご覧になった先生はすでにおわかりかと思いますが、もう一度この事件を時系列的に振り返ってみると、14:00救急病院に到着。意識清明、血圧120/60mmHg、脈拍72/分。14:10X線室に移動。撮影終了後の血圧は初診時と変化なし。14:25整形外科診察室前まで移動。14:35担当医師が読影し、家族に入院の説明。15:004階の入院病棟に到着(意識清明)。15:15血圧測定不能。15:20腹腔穿刺で出血は確認できず。後腹膜腔内の出血と判断。となっています。つまりこの裁判官は、意識障害のない、血圧低下のない、14:35の(=X線写真で骨盤骨折が確認された)状況からすぐさま、「骨盤骨折があるのならばただちに腹腔穿刺をするべきだ。そうすれば腹腔内出血と診断できるはずだ!」という判断を下しているのです。おそらく、法学部出身の優秀な法律家が、断片的な情報をつぎたして、医療現場の実態を知らずに空想の世界で作文をしてしまった、ということなのでしょう(この事件は控訴されていますので、このミスジャッジはぜひとも修正されなければなりません)。ただ医師側も反省すべきなのは、担当医師は患者を診察することなくX線写真だけで診断し、取り急ぎ家族へは入院の説明をしただけで病棟へ移送してしまったという点です。この時担当医師は、別患者のギプス巻きをわざわざ中断してまで、救急患者のフィルム読影と家族への説明を行ったという状況を考えれば、超多忙な外来業務中(それ以外にも数人のギプス巻き患者がいた)でやむを得なかったという見方もできます。しかし、裁判へと発展した理由の一つに「患者の診察もしないでX線だけで判断した」という家族の不満が背景にあります。そして、もしかすると、初期の段階で患者との会話、顔色や皮膚の様子、骨折部の視診などにより、ショックの前兆を捉えることができたのかもしれません(この約45分後に血圧測定不能となっている)。したがって、多忙ななかでも救急車で運ばれた重症患者はきちんと診察するという姿勢が大事だと思います。次に問題となるのが輸血速度です。このケースの来院から死亡するまでの出血や水分量を計算すると、 手術前手術中14:1014:10輸液500mL2,000mL1,000mL3,500mL代用血漿2,000mL1,500mL500mL4,000mL輸血 1,800mL1,000mL2,800mL出血量 3,210mL57mL3,267mLとなっています。この裁判で医療過誤と認定されたのは、輸血がセンターから到着してからの投与方法でした。輸血を開始したのは手術室に入室してから30分後、執刀の5分前であり、おそらく輸血の点滴ラインを全開にして急速輸血が行われていたと思います。そして、結果的には、約30分間の間に500mL(2.5パック)入りましたので、このくらいでよいだろう、十分ではないか、と多くの先生方がお考えになると思います。ところが資料にもあるように、出血性ショックに対する輸血速度としては、「血圧測定不能時=2,000mLを30分以内に急速輸血」と記載した文献があります。本件のような出血性ショックの緊急時には、血圧を維持するように50mLの注射器を用いてpumpingするケースもあると思いますが、その際にはとにかく早く輸血をするという意識が先に働くため、30分以内に2,000mL(10単位分)を輸血する、という明確な目標を設定するのは難しいのではないでしょうか。しかも緊急の開腹手術を行っている最中であり、輸血以外にもさまざまな配慮が必要ですから、あれもこれもというわけにはいかないと思います。しかし、裁判官が判決文を書く際の臨床医学水準というのは、論文や医学書に記載された内容を最優先しますので、本件のように出血性ショックで血圧測定不能例には30分に2,000mLの輸血をするという目安があるにもかかわらず、500mLの輸血しか行われていないことがわかると、「教科書通りにやっていないのでけしからん」という判断につながるのです。この点について病院側の、「輸血前には輸液500mLと代用血漿2,000mLの急速注入を行っているため、さらに失血した血液量と等量の急速輸血は循環血液量を過剰に増大させ、うっ血性心不全を起こしたり終結を助長したりする危険があるので、当時の判断は適切である」という論理展開は至極ごもっともなのですが、「あらゆる危険を考えて意図的に少な目の輸血をした」というのならなだしも、「輸血速度に配慮せず結果的に少量となった」というのでは、「大事な輸血という治療において配慮が足りないではないか」ということにつながります。この輸血速度や輸血量については、どの施設でも各担当医師によってまちまちであり、輸血後に問題が生じることさえなければ紛争には発展しません。ところがひとたび予測しない事態になると、あとから輸血に対する科学的根拠(なぜ輸血するのか、輸血量を決定した際の根拠、HbやHtなど輸血後に目標とする数値など)を求められる可能性が、かなり高くなりました。そこで輸血にあたっては、なるべく輸血ガイドラインを再確認しておくとともに、輸血という治療行為の根拠をしっかりとカルテに記載しておく必要があると思います。救急医療

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心臓カテーテル検査によって脳血管障害を来し死亡したケース

循環器最終判決判例タイムズ 824号183-197頁概要胸痛の精査目的で心臓カテーテル検査が行われた61歳男性。検査中に250を超える血圧上昇、意識障害がみられたため、ニトログリセリン、ニフェジピン(商品名:アダラート)などを投与しながら検査を続行した。検査後も意識障害が継続したが頭部CTでは出血なし。脳梗塞を念頭においた治療を行ったが、検査翌日に痙攣重積となり、気管切開、人工呼吸器管理となった。検査後9日目でようやく意識清明となり、検査後2週間で一般病室へ転室したが、その直後に消化管出血を合併。輸血をはじめとするさまざまな処置が講じられたものの、やがて播種性血管内凝固症候群、多臓器不全を併発し、検査から19日後に死亡した。詳細な経過患者情報高血圧、肥満、長期の飲酒歴、喫煙歴、高脂血症、軽度腎障害を指摘されていた61歳男性経過1983年1月12日胸がモヤモヤし少し苦しい感じが出現。1月18日胸が重苦しく圧迫感あり、近医を受診して狭心症と診断され、ニトログリセリンを処方された。1月26日某大学病院を受診、胸痛の訴えがあり狭心症が疑われた。初診時血圧200/92、心電図は正常。2月2日血圧160/105、心電図では左室肥大。3月初診から1ヵ月以上経過しても胸痛が治まらないので心臓カテーテル検査を勧めたが、患者の都合により延期された。9月胸痛の訴えあり。10月同様に胸痛の訴えあり。1983年5月25日左手親指の痺れ、麻痺が出現、運動は正常で感覚のみの麻痺。7月8日脳梗塞を疑って頭部CTスキャン施行、中等度の脳萎縮があるものの、明らかな異常なし。1985年9月血圧190/100、心電図上左軸偏位あり。1986年7月健康診断の結果、肥満(肥満度26%)、心電図上の左軸偏位、心肥大、動脈硬化症などを指摘され、「要精査」と判断された。冠状動脈の狭窄を疑う所見がみられたので、担当医師は心臓カテーテル検査を勧めた。9月17日心臓カテーテル検査目的で某大学病院に入院。9月18日12:30検査前投薬としてヒドロキシジン(同:アタラックス-P)50mg経口投与。検査開始前の血圧158/90、脈拍71。13:30血圧154/96。右肘よりカテーテルを挿入。13:48右心系カテーテル検査開始(肺動脈楔入圧、右肺動脈圧)。13:51心拍出量測定。13:57右心系カテーテル検査終了。この間とくに訴えなく異常なし。14:07左心系カテーテル検査開始、血圧169/9114:13左心室圧測定後間もなく血圧が200以上に上昇。14:21血圧232/117、胸の苦しさ、顔色口唇色が不良となる。ニトログリセリン1錠舌下。14:27血圧181/111と低下したので検査を再開。14:28左冠状動脈造影施行(結果は左冠状動脈に狭窄なし)、血圧は150-170で推移。左冠状動脈造影直後に約5.1秒間の心停止。咳をさせたところ脈は戻ったが、徐脈(45)、傾眠傾向がみられたので硫酸アトロピン0.5mg静注。血圧171/10214:36左心室撮影。血圧17514:40左心室のカテーテルを再び大動脈まで戻したところ、再度血圧上昇。14:45血圧253/130、アダラート®10mg舌下。14:50血圧234/12314:56血圧220程度まで低下したので、右冠状動脈造影再開。14:59血圧183/105。右冠状動脈造影終了(25~50%の狭窄病変あり)、直後に約1.8秒の心停止出現。15:01検査終了後の血管修復中に血圧230/117、ニトログリセリン4錠舌下。15:04カテーテル抜去、血圧224/11715:30検査室退室。血圧150/100、脈拍77、呼びかけに対し返答はするものの、すぐに眠り込む状態。15:40病室に帰室、血圧144/100、うとうとしていて声かけにも今ひとつ返答が得られない傾眠状態が継続。19:00呼名反応やうなずきはあるがすぐに閉眼してしまう状態。検査から3時間半後になってはじめて脳圧亢進による意識障害の可能性を考慮し、脳圧降下薬、ステロイド薬の投与開始。9月19日08:00左上肢屈曲位、傾眠傾向が継続したため頭部CT施行、脳出血は否定された。ところが検査後から意識レベルの低下(呼名反応消失)、左上肢の筋緊張が強くなり、左への共同偏視、左バビンスキー反射陽性がみられた。15:00神経内科医が往診し、脳塞栓がもっとも疑われるとのコメントあり。9月20日全身性の痙攣発作が頻発、意識レベルは昏睡状態となる。気管切開を施行し、人工呼吸器管理。痙攣重積状態に対しチオペンタールナトリウム(同:ラボナール)の持続静注開始。9月24日痙攣発作は消失し、意識レベルやや改善。9月27日ほぼ意識清明な状態にまで回復したが、腎機能の悪化傾向あり。9月30日人工呼吸器より離脱。10月3日09:30状態が改善したためICUから一般病室へ転室となる。13:00顔面紅潮、意識レベルの低下、大量の消化管出血が出現。10月4日上部消化管内視鏡検査施行、明らかな出血源は指摘できず、散在性出血がみられたためAGML(急性胃粘膜病変)と診断された。ところが、その後肝機能、腎機能の悪化、慢性膵炎の急性増悪、腎不全などとともに、血小板数の低下、フィブリノーゲンの著明な減少などからDICと診断。10月8日15:53全身状態の急激な悪化により死亡。当事者の主張患者側(原告)の主張1.心臓カテーテル検査の適応検査前に狭心症に罹患していたとしても軽度なものであり、心臓カテーテル検査を行う医学的必要性はなかった。また、検査の3年前から脳梗塞の疑いがもたれていたにもかかわらず、脳梗塞の症状がある患者にとってはきわめて危険な心臓カテーテル検査を行った2.異常高血圧にもかかわらず検査を中止しなかった過失250を越える異常な血圧の上昇を来した時点で、事故の発生を未然に防止するために検査を中止すべき注意義務があったのに、検査を強行した3.神経内科の診察を早期に手配しなかった過失検査終了時点で意識障害があり、脳塞栓が疑われる状況であったのに、神経内科専門医の診察を依頼したのは検査後24時間も経過してからであり、適切な処置が遅れた4.死因医学的に必要のない検査を行ったうえに、検査中の脳梗塞発症に気付かず検査を続行し、検査後もただちに専門医の診察を依頼しなかったことが原因で、最終的には胃出血によるDICおよび多臓器不全により死亡に至ったものである病院側(被告)の主張1.心臓カテーテル検査の適応患者には胸痛のほか、高血圧、肥満、長期の飲酒歴、喫煙歴、高脂血症、軽度腎障害などの冠状動脈狭窄を疑わせる所見が揃っており、冠状動脈を精査し、手術なり薬剤投与なりを開始することが治療上不可欠であった。脳梗塞については、検査の3年前に施行した頭部CTスキャンで異常はなく、自覚症状としてみられた左手親指、人差し指の感覚障害は末梢神経または神経根障害と考えられ、改めて脳梗塞を疑うべき症状は認められなかった2.異常高血圧にもかかわらず検査を中止しなかった過失心臓カテーテル検査中に最高血圧が230-250になるのは臨床上起こり得ることであり、血圧上昇時には必要に応じて降圧薬を投与し、経過を観察しながら検査を継続するものである。そして、200以上の血圧上昇がもつ意味は患者によって個体差があり、普段の血圧が170-190くらいであった本件の場合には検査時のストレスによって血圧が200以上になっても特別に異常な反応ではない3.神経内科の診察を早期に手配しなかった過失検査後に意識レベルが低下し、四肢硬直がおきたため脳梗塞、脳幹部循環障害などの可能性を考え、治療を開始するとともに神経内科などに相談しながら、最良の治療を行った4.死因死因は脳病変に基づくものではなく、意識障害が回復した後の消化管出血によるDIC、および多臓器不全に伴った心不全である。この消化管出血にはステロイド薬の使用、ストレスなどが関与したものであるが、抗潰瘍薬の投与などできるだけ予防策は講じていたのであるから、やむを得ないものであった裁判所の判断1. 心臓カテーテル検査の適応患者には検査前から高血圧、肥満、長期の喫煙歴、軽度の腎障害など、虚血性心疾患の危険因子のうちいくつかが明らかに存在し、さらに心電図で左室肥大および左軸偏位が認められ、胸痛という自覚症状もあったので、狭心症を疑って心臓カテーテル検査を行ったことに誤りはない。さらに急性期の脳梗塞患者、発症直後の脳卒中患者には冠状動脈造影を行ってはならないとされているが、本件の場合には検査前に急性期の脳梗塞が疑われるような症状はないので、心臓カテーテル検査を差し控えなければならないとはいえない。2. 異常高血圧にもかかわらず検査を中止しなかった過失250を越える異常な血圧の上昇がみられた時点で、検査のストレスによる血圧上昇だけでは説明できない急激な血圧の上昇であることに気付き、脳出血を主とする脳血管障害発生の可能性を考え、検査を中止するべきであった。さらに検査で用いた76%ウログラフィン®(滲透圧の高い造影剤)のため、脳梗塞によって生じた脳浮腫をさらに増強させる結果になった。3. 神経内科の診察を早期に手配しなかった過失検査終了後は、ただちに専門の神経内科医に相談するなどして合併症の治療を開始するべきであったのに、担当医らが脳血管障害の可能性に気付いたのは、検査終了から3時間半後であり、その間適切な治療を開始するのが遅れた。4. 死因脳梗塞が発症したにもかかわらず、検査を続行したことによって脳浮腫が助長され、意識障害が悪化した。さらに検査終了後もただちに適切な処置が行われなかったことが、胃からの大量出血を惹起し死亡にまで至らしめた大きな原因の一つになっている。原告側合計8,276万円の請求に対し4,528万円の判決考察心臓カテーテル検査に伴う死亡率は、1970年代までは多くの施設で1%を越えていましたが、技術の進歩とヘパリン使用の普及により、現在は0.1~0.3%の低水準に落ち着いています。また、心臓カテーテル検査に伴う脳血管障害の合併についても、0.1~0.2%の低水準であり、「組織だった抗凝固処置」によって大部分の脳血管系の事故が防止できるという考え方が主流になっています。カテーテル検査中に脳塞栓を生じる機序としては、(1)カテーテルによって動脈硬化を起こした血管に形成された壁在血栓が剥離されて飛ばされ、脳の血管に流れた結果脳梗塞を生じる(2)カテーテルの周囲に形成された血栓またはカテーテルのなかに形成された血栓が飛ばされ、脳の血管に移行して脳梗塞を生じる(3)粥状硬化、動脈硬化を起こした血管の粥腫(アテローム)がカテーテルによって剥離されて飛ばされ、脳の血管に流された結果脳梗塞を生じるの3つが想定されています。これに対する処置としては、(1)十分なヘパリン投与を行った患者においても、カテーテルのフラッシュは十分注意しかつ的確に行うこと(2)ガイドワイヤーは使用する前に十分に拭い、血液を付着させないこと(3)ガイドワイヤーを入れたままのカテーテル操作は、1回あたり2分以内にとどめること(2分経過後はガイドワイヤーを必ず抜き出して拭い、再度ガイドワイヤーを用いる時はカテーテルをフラッシュする)(4)リスクの高い患者では不必要にカテーテルやガイドワイヤーを頸動脈や椎骨脳底動脈に進めないなどが教科書的には重要とされていますが、現在心臓カテーテル検査を担当されている先生方にとってはもはや常識的なことではないかと思います。つまり本件では、心臓カテーテル検査中に発症した脳血管障害というまれな合併症に対し、どのように対処するべきであったのか、という点が最大のポイントでした。裁判所の判断では、心臓カテーテル検査中に「血圧が250以上に上昇した時点ですぐに検査を中止せよ」ということでしたが、循環器内科医にとってすぐさまこのような判断をすることは実際的ではないと思います。ここで問題となるのが、(1)コントロールはこれでよかったか(2)障害の可能性を念頭に置いていたかという2点にまとめられると思います。この当時の状況を推測すると、大学病院の循環器内科に入院して治療が行われていましたので、1日に数件の心臓カテーテル検査が予定され、全例を何とか(無事かつ迅速に)こなすことに主眼がおかれていたと思います。そして、検査中にみられた高血圧に対しては、とりあえずニトログリセリン、アダラート®などを適宜使用するのがいわば常識であり、通常のケースであれば何とか検査を終了することができたと思います。にもかかわらず、本件では降圧薬使用後も250を越える高血圧が持続していました。この次の判断として、血圧は高いながらも一見神経症状はなく大丈夫そうなので検査を続行してしまうか、それとも(少々面倒ではありますが)ニトログリセリン(同:ミリスロール)などの降圧薬を持続静注することによって血圧を厳重にコントロールするか、ということになると思います。結果的には前者を選択したために、裁判所からは「異常高血圧を認めた時点で検査中止するのが正しい」と判断されました。日常の心臓カテーテル検査では、時に200を超える血圧上昇をみることがありますが、ほとんどのケースでは無事に検査を終了できると思います。さらに、心臓カテーテル検査中に脳梗塞へ至るのは1,000例ないし500例に1例という頻度ですから、当時の状況からして、急いで微量注入器を準備して降圧薬の持続静注をするとか、血圧が安定するまでしばらく様子をみるなどといった判断はなかなか付きにくいのではないかと思います。しかし、本件のように心臓カテーテル検査中に脳血管障害が発症しますと、あとからどのような抗弁をしようとも、「異常高血圧に対して適切な処置をせず検査を強行するのはけしからん」とされてしまいますので、たとえ時間がかかって面倒に思っても、厳重な血圧管理をしなければあとで後悔することになると思います。次に問題となるのが、心臓カテーテル検査中に生じた「少々ボーっとしている」という軽度の意識障害をどのくらい重要視できたかという点です。後方視的にみれば、誰がみてもこの時の意識障害が脳梗塞に関連したものであったことがわかりますが、当時の担当医は「検査前投薬の影響が残っていて少しボーっとしているのであろう」と考えたため、脳梗塞発症を認識したのは検査から3時間半も経過したあとでした。前述したように、心臓カテーテル検査で脳梗塞を合併するのは1,000例ないし500例に1例という頻度ですから、ある意味では滅多に遭遇することのないリスクともいえます。しかし、日常的にこなしている(安全と思いがちな)検査であっても、どこにジョーカーが潜んでいるのか予測はまったくつかないため、本件のような事例があることを常に認識することによって早めの処置が可能になると思います。本件でも脳梗塞発症の可能性をいち早く念頭においていれば、たとえ最悪の結果に至ってしまっても医事紛争にまでは発展しなかった可能性が十分に考えられると思います。判決文全体を通読してみて、今回この事例を担当された先生方は真摯に医療の取り組まれているという印象が強く、けっして怠慢であるとか、レベルが低いなどという次元の問題ではありません。それだけに、このような医事紛争へ発展してしまうのは大変残念なことですので、少しでも侵襲を伴う医療行為には「最悪の事態」を想定しながら臨むべきではないかと思います。循環器

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臓器移植後の慢性E型肝炎ウイルス感染にリバビリン単剤が有望/NEJM

 臓器移植後の慢性E型肝炎ウイルス(HEV)感染には、約3ヵ月間のリバビリン単剤療法が有効である可能性が示された。フランス・CHU RangueilのNassim Kamar氏らが、59例の固形臓器移植レシピエントを対象に、後ろ向きに検討した多施設共同症例集積研究を行い報告した。HEV感染に対しては現状、有効性が確立した治療法がない。NEJM誌2014年3月20日号掲載の報告より。リバビリンを1日600mg(中央値、8.1mg/kg相当)、3ヵ月間投与 研究グループは、HEV感染が確認されリパビリン投与を受けていた固形臓器移植のレシピエント59例の記録を、後ろ向きに分析し有効性について検討した。被験者のうち、腎移植レシピエントは37例、肝移植は10例、心移植は5例、腎臓・膵臓移植は5例、肺移植は2例だった。 リバビリン投与の開始は、HEV感染の診断から中央値9ヵ月(1~82ヵ月)後で、投与量の中央値は1日600mg(29~1,200)、体重1kg当たり8.1mg(0.6~16.3)に相当していた。 投与期間の中央値は3ヵ月(1~18ヵ月)で、3ヵ月未満だった人は全体の66%を占めた。 なお、被験者全員が、リバビリン投与を開始した時点でHEV血症を発症していた。リバビリン療法後のHEVクリアランスは95% 結果、リバビリン療法を終えた時点でHEVクリアランスが認められたのは、被験者のうち95%に上った。リバビリン療法終了後に、HEV複製の再発が認められたのは10例だった。 治療終了後6ヵ月時点のウイルス学的著効(血中HEV-RNAが検出されなかった人と定義)は、被験者の78%(46/59例)で認められた。リバビリン療法を開始した時点におけるリンパ球数の高値が、ウイルス持続陰性化と関連していた。 主な副作用は貧血だった。リバビリン投与量の減量を必要とした被験者は29%、またエリスロポエチンを投与したのは54%、輸血は12%に行われた。

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敗血症性ショックへのEGDTプロトコル、死亡率は通常ケアと変わらず/NEJM

 敗血症性ショックにおける早期目標指向型治療(early goal-directed therapy:EGDT)プロトコルに基づく蘇生治療の有効性を検討した多施設共同無作為化試験の結果、同治療はアウトカムを改善しないことが示された。米国・ピッツバーグ大学のDerek C. Angus氏ら「ProCESS(Protocolized Care for Early Septic Shock)」共同研究グループが報告した。EGDTは、10年以上前に発表された単施設試験の結果に基づくプロトコルである。同試験では、救急部門(ER)に搬送されてきた重症敗血症および敗血症性ショックの患者について、6時間で血行動態目標値を達成するよう輸液管理、昇圧薬、強心薬投与および輸血を行う処置が、通常ケアよりも顕著に死亡率を低下したとの結果が示された。ProCESS試験は、この所見が一般化できるのか、またプロトコルのすべてを必要とするのか確認することを目的に行われた。NEJM誌オンライン版2014年3月18日号掲載の報告より。EGDTプロトコル、標準プロトコル、通常ケアで無作為化試験 試験は2008年3月~2013年5月に、全米31の3次医療施設ERにて行われた。敗血症性ショック患者を、(1)EGDTプロトコル群、(2)標準プロトコル群(中心静脈カテーテル留置はせず、強心薬投与または輸血)、(3)通常ケア群、のいずれか1つの治療群に無作為に割り付けた。 主要エンドポイントは、60日時点の院内全死因死亡とし、プロトコル治療群(EGDT群と標準群の複合)の通常ケア群に対する優越性、またEGDTプロトコル群の標準プロトコル群に対する優越性を検討した。 副次アウトカムは、長期死亡(90日、1年)、臓器支持療法の必要性などだった。EGDT vs.標準、プロトコルvs.通常、いずれも転帰に有意差みられず 試験には1,341例が登録され、EGDTプロトコル群に439例、標準プロトコル群に446例、通常ケア群に456例が無作為に割り付けられた。 蘇生戦略は、中心静脈圧と酸素のモニタリング、輸液、昇圧薬、強心薬、輸血の使用に関して有意な差があった。 しかし60日時点の死亡は、EGDTプロトコル群92例(21.0%)、標準プロトコル群81例(18.2%)、通常ケア群86例(18.9%)で、プロトコル治療群vs. 通常ケア群(相対リスク:1.04、95%信頼区間[CI]:0.82~1.31、p=0.83)、EGDTプロトコル群vs. 標準プロトコル群(同:1.15、0.88~1.51、p=0.31)ともに有意差はみられなかった。 90日死亡率、1年死亡率および臓器支持療法の必要性についても有意差はみられなかった。

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輸血を必要としたPCI施行患者の転帰/JAMA

 経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を受けた患者における赤血球輸血の施行には、かなりのばらつきがあること、また輸血を受けた患者において入院中の有害心イベントリスクの増大と関連していることが明らかにされた。米国・デューク大学臨床研究所のMatthew W. Sherwood氏らが、米国内病院でPCIを受けた患者について調べた結果、判明した。著者は、「今回観察された所見は、PCI患者の輸血戦略に関する無作為化試験実施の根拠となりうるものである」と述べている。JAMA誌2014年2月26日号掲載の報告より。輸血の頻度および輸血と心筋梗塞、脳卒中、死亡の関連について評価 研究グループは、PCI患者の輸血パターンの現状と有害心転帰との関連を明らかにするため、2009年7月~2013年3月にCathPCI Registryに登録された全受診患者を対象に、後ろ向きコホート研究を行った。 被験者は、出血性合併症に関するデータが紛失した患者または入院中に冠動脈バイパス移植術を受けた患者を除いた、PCI施行患者225万8,711例であった。 主要アウトカムは、全集団および全病院(1,431病院)における輸血率であった。また、患者の輸血に関する傾向の交絡因子で補正後、輸血と心筋梗塞、脳卒中、死亡の関連についても評価した。輸血を受けた患者の心筋梗塞2.60倍、脳卒中7.72倍、院内死亡4.63倍 結果、全体の輸血率は2.14%(95%信頼区間[CI]:2.13~2.16%)であった。輸血率は2009年7月から2013年3月の間の4年間で輸血率は、2.11%(95%CI:2.03~2.19%)から2.04%(同:1.97~2.12%)に、わずかだが低下していた(p<0.001)。 輸血を受けた患者は、高齢で(平均70.5歳vs. 64.6歳)、女性が多く(56.3%vs. 32.5%)、高血圧(86.4%vs. 82.0%)、糖尿病(44.8%vs. 34.6%)、腎障害の進行(8.7%vs. 2.3%)、心筋梗塞既往(33.0%vs. 30.2%)、心不全既往(27.0%vs. 11.8%)を有する傾向がみられた。 全体で、96.3%の病院で輸血率が5%未満であった。残る3.7%の病院で5%以上の輸血率だった。病院間の輸血率のばらつきは補正後も変わらず、病院間に輸血閾値のばらつきがあることが示唆された。 輸血を受けたことと、心筋梗塞(4万2,803件、4.5%vs. 1.8%、オッズ比[OR]:2.60、95%CI:2.57~2.63)、脳卒中(5,011件、2.0%vs. 0.2%、OR:7.72、95%CI:7.47~7.98)、院内死亡(3万1,885件、12.5%vs. 1.2%、OR:4.63、95%CI:4.57~4.69)との関連が、出血性合併症に関わりなく認められた。

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外傷性気胸後の処置に問題があり死亡したケース

救急医療最終判決判例タイムズ 988号258-264頁概要オートバイで直進中、右折車と衝突して受傷し、救急車でA病院へ搬送された27歳男性。胸部X線写真で左側の気胸、肋骨骨折を認めたため、エラスター針にて脱気を試みた。しかし改善が得られなかったために胸腔ドレーンを留置し、中からの脱気を確認したので、ドレーンの外側には詮をするなどの処置はせず、そのまま外気に開放とした。ところが、受傷から2時間半後に全身けいれん、硬直を呈して呼吸停止となり、死亡に至った。詳細な経過患者情報27歳男性経過1995年7月19日20:00頃オートバイ走行中に反対車線を走行してきた右折車と衝突、路上を数メートル滑走したのち、別の自動車とも衝突した。20:20頃最寄りのA病院に救急搬送。来院時意識は清明でバイタルサインに問題なし。痛みの訴えもなかったが、事故前後の記憶がはっきりとしなかった。21:00胸部X線写真で多発肋骨骨折と左肺の気胸を確認したため、まずはエラスター針を挿入したところ、一応の脱気をみた(のちの鑑定では、頸部皮下気腫、気管の健側への偏位、中等度の肺虚脱、左肺に境界不鮮明な斑状陰影:肺挫傷が確認された)。後方病院へ連絡をとりつつ、左上腕部の刺創に対する縫合処置を行ったのち、透視室で肺の膨張をみたが、改善はないため胸腔ドレナージを挿入した。その際、中からの脱気がみられたので外部から空気が入ることはないと判断し、ドレーンの外側には詮をするなどの処置は行わなかった。また、この時、血尿と吐血が少量みられた。23:30全身けいれん、硬直を呈して呼吸停止、心停止。ただちに心臓マッサージを開始。22:54動脈血ガス分析でpO2 54.3mmHgと低酸素血症あり。救急蘇生が続けられた。1995年7月20日01:33死亡確認。当事者の主張患者側(原告)の主張外傷性気胸に対して挿入した胸腔ドレーンを持続吸引器に接続したり、ウォーターシールの状態にする措置を講じることなく、外気に開放したままの状態にし、気胸の増悪を惹起した。呼吸障害が疑われるのに、早期に動脈ガス分析をすることを怠り(はじめて行ったのが呼吸停止・心停止後)、気管挿管や人工呼吸器管理をするなどして死亡を防止することができなかった。死亡原因は、左側気胸が緊張性気胸に進展したこと、および肺挫傷による低酸素血症である。病院側(被告)の主張いわゆる持続吸引がなされなかったことは不適切であると認めるが、当時病棟では持続吸引の準備をしていた。搬入後酸素投与は続けており、肺挫傷の出血などにより気道確保を必要とする症状はなく、呼吸障害も出現していないので、血液ガス分析をする必要はなかった。容態が急変して死亡した原因は、気胸の進行と肺挫傷に限定されず、胃、肝臓など多臓器損傷の関与した外傷性の二次性(不可逆性)ショックである。裁判所の判断1.可及的速やかに胸腔内の空気を胸腔外に誘導する目的の胸腔ドレーンを正しく胸腔内に挿入し、持続吸引器に接続したり、またはドレーンにウォーターシールを接続して外気との接触を遮断し、空気が胸腔内に流入しないようにして、緊張性気胸にまで悪化することを防ぐ必要があったのに、診療上の過失があった2.肺挫傷の治療は、気道内出血に対して十分なドレナージをするとともに、酸素療法すなわち動脈血ガス分析を行い、低酸素血症や呼吸不全の徴候が認められた場合には、ただちに人工呼吸を開始することが必要であって、動脈ガス分析は胸部外傷による呼吸や循環動態を把握するために不可欠な検査の一つ(診療契約上の重要な義務)であった3.確かに胃、腎臓などの多臓器損傷の可能性は否定できないが、一般に外傷性出血が原因で短時間のうちに死亡する場合には、受傷直後から重篤な出血性ショックの状態で、大量で急速の輸血・輸液にもかかわらず血圧の維持が困難で最終的には失血死に至るのが通常である。本件では受傷後2時間以上も出血性ショック状態を呈していないため、死因は左側気胸が緊張性気胸に進展したこと、および(または)肺挫傷による低酸素血症である原告側合計2,250万円の請求に対し、1,839万円の判決考察本件は救急外来を担当する医師にとっては教訓的な事例だと思います。救急外来でせっかく胸腔ドレナージを挿入しても、ドレナージの外側を外気にさらすと致命的な緊張性気胸に発展する恐れがある、ということです。胸腔ドレナージ自体は、比較的簡単にできるため、通常は研修医でも行うことができる処置だと思います。そして、この胸腔ドレナージはほかのドレナージ法とは異なり、必ず低圧持続吸引やウォーターシール法のバッグにつなげなければいけないと肝に命じておく必要があります。最近ではプラスチック製のデイスポーザブル製品が主流であり、それを低圧持続吸引器(気胸の場合には-7~-10cmH2Oの吸引圧)に接続するだけで緊張性気胸の危険は避けられます。もし専用の器具がなくても、広口ビンや三角コルベンに水を入れてベッド下の床に置くだけで、目的を達することができます。本件は当時救急当番であったため、救急患者で多忙をきわめており、必要な処置だけをすぐに行ってほかの患者の対応に追われていたことが考えられます。そのような状況をも考慮に入れると、有責とされた病院側には気の毒な面もないわけではありませんが、やはり基本的な医療処置を忠実に実践することを常に心掛けたいと思います。救急医療

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腰椎固定術の手術時間の長さは術後合併症のリスク増加と関連

 腰椎固定術は慢性腰痛などの治療に広く用いられている。これまでさまざまな外科分野で手術時間の長さが、術後合併症発生率および死亡率の増加と相関することが示されているが、腰椎手術において検討した大規模研究はなかった。米国・ロザリンド・フランクリン医科大学のBobby D Kim氏らは、データベースを用いた後ろ向き研究により、腰椎手術においても手術時間の増加が多彩な合併症と関連していることを明らかにした。「手術時間は腰椎固定術の質の重要な評価尺度であり、患者の予後改善には手術時間を短縮する戦略と手術時間の長さと関連する危険因子を同定するさらなる研究が必要だ」とまとめている。Spine誌オンライン版2013年12月20日の掲載報告。 研究チームは、単一レベルの腰椎固定術の予後に対する手術時間の影響を調べることを目的に、米国外科学会の手術の質改善プログラム(ACS-NSQIP)データベースを用い、2006~2011年に腰椎固定術を受けた全患者の手術時間、術後30日の合併症発生率および死亡率を解析した。 主な結果は以下のとおり。・解析対象は4,588例で、平均手術時間は197±105分であった。 ・多変量ロジスティック回帰分析の結果、手術時間の増加は全合併症(オッズ比[OR]:2.09~5.73)、内科的合併症(OR:2.18~6.21)、外科的合併症(OR:1.65~2.90)、表層の手術部位感染(SSI)(OR:2.65~3.97)および術後輸血OR:3.25~12.19)のリスク増加と関連した。・5時間を超える手術時間は再手術(OR:2.17)、臓器/腔SSI(OR:9.72)、敗血症/敗血症性ショック(OR:4.41)、創傷離開(OR:10.98)、および深部静脈血栓症(OR:17.22)のリスク増加と関連した。~進化するnon cancer pain治療を考える~ 「慢性疼痛診療プラクティス」・腰痛診療の変化を考える~腰痛診療ガイドライン発行一年を経て~・知っておいて損はない運動器慢性痛の知識・身体の痛みは心の痛みで増幅される。知っておいて損はない痛みの知識

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薬剤投与後の肝機能障害を見逃し、過誤と判断されたケース

消化器最終判決判例時報 1645号82-90頁概要回転性の眩暈を主訴として神経内科外来を受診し、脳血管障害と診断された69歳男性。トラピジル(商品名:ロコルナール)、チクロピジン(同:パナルジン)を処方されたところ、約1ヵ月後に感冒気味となり、発熱、食欲低下、胃部不快感などが出現、血液検査でGOT 660、GPT 1,058と高値を示し、急性肝炎と診断され入院となった。入院後速やかに肝機能は回復したが、急性肝炎の原因が薬剤によるものかどうかをめぐって訴訟に発展した。詳細な経過患者情報69歳男性経過1995年4月16日朝歯磨きの最中に回転性眩暈を自覚し、A総合病院神経内科を受診した。明らかな神経学的異常所見や自覚症状はなかったが、頭部MRI、頸部MRAにてラクナ型梗塞が発見されたことから、脳血管障害と診断された(4月17日に行われた血液検査ではGOT 21、GPT 14と正常範囲内であり、肝臓に関する既往症はないが、かなりの大酒家であった)。6月7日トラピジル、チクロピジンを4週間分処方した。7月5日再診時に神経症状・自覚症状はなく、トラピジル、チクロピジンを4週間分再度処方した。7月7日頃~感冒気味で発熱し、食欲低下、胃部不快感、上腹部痛などを認めた。7月12日内科外来受診。念のために行った血液検査で、GOT 660、GPT 1,058と異常高値であることがわかり、急性肝炎と診断された。7月15日~9月1日入院、肝機能は正常化した。なお、入院中に施行した血液検査で、B型肝炎・C型肝炎ウイルスは陰性、IgE高値。薬剤リンパ球刺激検査(LST)では、トラピジルで陽性反応を示した。当事者の主張患者側(原告)の主張1.急性肝炎の原因本件薬剤以外に肝機能に異常をもたらすような薬は服用しておらず、そのような病歴もない。また、薬剤中止後速やかに肝機能は改善し、薬剤リンパ球刺激検査でトラピジルが陽性を示し、担当医らも薬剤が原因と考えざるを得ないとしている。したがって、急性肝炎の原因は、担当医師が処方したトラピジル、チクロピジン、またはそれらの複合によるものである2.投薬過誤ついて原告の症状は脳梗塞や脳血栓症ではなく、小さな脳血栓症の痕跡があったといっても、これは高齢者のほとんどにみられる現象で各別問題はなかったので、薬剤を処方する必要性はなかった3.経過観察義務違反について本件薬剤の医薬品取扱説明書には、副作用として「ときにGOT、GPTなどの上昇があらわれることがあるので、観察を十分に行い異常が認められる場合には投与を中止すること」と明記されているにもかかわらず、漫然と4週間分を処方し、その間の肝機能検査、血液検査などの経過観察を怠った病院側(被告)の主張1.急性肝炎の原因GOT、GPTの経時的変動をみてみると、本件薬剤の服用を続けていた時点ですでに回復期に入っていたこと、薬剤服用中に解熱していたこと、本件の肝炎は原因不明のウイルス性肝炎である可能性は否定できず、また、1日焼酎を1/2瓶飲むほどであったのでアルコール性肝障害の素質があったことも影響を与えている。以上から、本件急性肝炎が本件薬剤に起因するとはいえない2.投薬過誤ついて初診時の症状である回転性眩暈は、小梗塞によるものと考えられ、その治療としては再発の防止が最優先されるのだから、厚生省告示によって1回30日分処方可能な本件薬剤を処方したことは当然である。また、初診時の肝機能は正常であったので、その後の急性肝炎を予見することは不可能であった3.経過観察義務違反について処方した薬剤に副作用が起こるという危険があるからといって、何らの具体的な異常所見もないのに血液検査や肝機能検査を行うことはない裁判所の判断1. 急性肝炎の原因原告には本件薬剤以外に肝機能障害をもたらすような服薬や罹病はなく、そのような既往症もなかったこと、本件薬剤中止後まもなく肝機能が正常に戻ったこと、薬剤リンパ球刺激試験(LST)の結果トラピジルで陽性反応が出たこと、アレルギー性疾患で増加するIgEが高値であったことなどの理由から、トラピジルが単独で、またはトラピジルとチクロピジンが複合的に作用して急性肝炎を惹起したと推認するのが自然かつ合理的である。病院側は原因不明のウイルス性肝炎の可能性を主張するが、そもそもウイルス性肝炎自体を疑うに足る的確な証拠がまったくない。アルコール性肝障害についても、飲酒歴が急性肝炎の発症に何らかの影響を与えた可能性は必ずしも否定できないが、そのことのみをもって薬剤性肝炎を覆すことはできない。2. 投薬過誤ついて原告の症状は比較的軽症であったので、本件薬剤の投与が必要かつもっとも適切であったかどうかは若干の疑問が残るが、本件薬剤の投与が禁止されるべき特段の事情は認められなかったので、投薬上の過失はない。3. 経過観察義務違反について医師は少なくとも医薬品の能書に記載された使用上の注意事項を遵守するべき義務がある。本件薬剤の投与によって肝炎に罹患したこと自体はやむを得ないが、7月5日の2回目の投薬時に簡単な血液検査をしていれば、急性肝炎に罹患したこと、またはそのおそれのあることを早期(少なくとも1週間程度早期)に認識予見することができ、薬剤の投与が停止され、適切な治療によって急性肝炎をより軽い症状にとどめ、48日にも及ぶ入院を免れさせることができた。原告側合計102万円の請求に対し、20万円の判決考察この裁判では、判決の金額自体は20万円と低額でしたが、訴訟にまで至った経過がやや特殊でした。判決文には、「病院側は入院当時、「急性肝炎は薬剤が原因である」と認めていたにもかかわらず、裁判提起の少し前から「急性肝炎の発症原因としてはあらゆる可能性が想定でき、とくにウイルス性肝炎であることを否定できないから結局発症原因は不明だ」と強調し始めたものであり、そのような対応にもっとも強い不満を抱いて裁判を提起したものである」と記載されました。この病院側の主張は、けっして間違いとはいえませんが、本件の経過(薬剤を中止したら肝機能が正常化したこと、トラピジルのLSTが陽性でIgEが高値であったこと)などをみれば、ほとんどの先生方は薬剤性肝障害と診断されるのではないかと思います。にもかかわらず、「発症原因は不明」と強調されたのは不可解であるばかりか、患者さんが怒るのも無理はないという気がします。結局のところ、最初から「薬剤性でした」として変更しなければ、もしかすると裁判にまで発展しなかったのかも知れません。もう1点、この裁判では重要なポイントがあります。それは、新規の薬剤を投与した場合には、定期的に副作用のチェック(血液検査)を行わないと、医療過誤を問われるリスクがあるという、医学的というよりもむしろ社会的な問題です。本件では、トラピジル、チクロピジンを投与した1ヵ月後の時点で血液検査を行わなかったことが、医療過誤とされました。病院側の主張のように、「何らの具体的な異常所見もないのに(薬剤開始後定期的に)血液検査や肝機能検査を行うことはない」というのはむしろ常識的な考え方であり、これまでの外来では、「この薬を飲んだ後に何か症状が出現した場合にはすぐに受診しなさい」という説明で十分であったと思います。しかも、頻回に血液検査を行うと医療費の高騰につながるばかりか、保険審査で査定されてしまうことすら考えられますが、今回の判決によって、薬剤投与後何も症状がなくても定期的に血液検査を行う義務のあることが示されました。なお、抗血小板剤の中でもチクロピジンには、以前から重篤な副作用による死亡例が報告されていて、薬剤添付文書には、「投与開始後2ヵ月は原則として2週間に1回の血液検査をしなさい」となっていますので、とくに注意が必要です。以下に概要を提示します。チクロピジン(パナルジン®)の副作用Kupfer Y, et al. New Engl J Med.1997; 337: 1245.3週間前に冠動脈にステントを入れ、チクロピジンとアスピリンを服用していた47歳女性。48時間前からの意識障害、黄疸、嘔気を主訴に入院、血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)と診断された。入院後48時間で血小板数が87,000から2,000に激減し、輸血・血漿交換にもかかわらず死亡した。吉田道明、ほか.内科.1996; 77: 776.静脈血栓症と肺塞栓症のため、42日前からチクロピジンを服用していた83歳男性。42日目の血算で好中球が30/mm3と激減したため、ただちにチクロピジンを中止し、G-CSFなどを投与したが血小板も減少し、投与中止6日目に死亡した。チクロピジンの薬剤添付文書には、警告として「血小板減少性紫斑病(TTP)、無顆粒球症、重篤な肝障害などの重大な副作用が主に投与開始後2ヵ月以内に発現し、死亡に至る例も報告されている。投与開始後2ヵ月間は、とくに前記副作用の初期症状の発現に十分に留意し、原則として2週に1回、血球算定、肝機能検査を行い、副作用の発現が認められた場合にはただちに中止し、適切な処置を行う。投与中は定期的に血液検査を行い、副作用の発現に注意する」と明記されています。消化器

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「二次災害としての感染症」「東アジアで急増するエイズ」に関する講演会のご案内

 2014年1月12日(日)、順天堂大学大学院医学研究科 研究基盤センターの坪内 暁子氏らが、科学教育の一環として「二次災害としての感染症」「日本ほか、東アジアで急増するエイズ」について講演する。本講演は、高校生などの若年層を対象にしているが、教員、その他の方々の聴講も歓迎している。【講演会の概要】■場所:法政大学市ヶ谷キャンパス外濠校舎 薩埵ホール(6、7階)■日時:2014年1月12日(日)10:00~12:20(開場9:30) ポスター(PDF)●二次災害としての感染症 -知る!「体験」・「体感」する!「考え」る!- 坪内 暁子氏(順天堂大学大学院医学研究科 研究基盤センター 助教) 内藤 俊夫氏(順天堂大学大学院医学研究科 総合診療科学 先任准教授)14:00~17:20(開場 13:30) ポスター(PDF)●日本ほか、東アジアで急増するエイズ-HIV/AIDSの世界の流行状況と問題点- 坪内 暁子氏●HIV Prevention Strategies among Blood Donors in the Kingdom of Swaziland Hosea Sukati氏(スワジランド王国 衛生部国家輸血センター センター長)●Human Immunodeficiency Virus -Related Opportunistic Parasitic Infections in Taiwan- Chia-Kwung Fan氏(台湾 台北医学大学医学系 教授)●日本におけるHIV/AIDSの現状-誰もが知っておくべきこと- 内藤 俊夫氏■問い合わせ先 坪内 暁子 e-mail:akiko@juntendo.ac.jp TEL:03-3813-3111 内線3294

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麻酔薬などの静脈注射で呼吸停止を来したケース

救急医療最終判決判例時報 1611号62-77頁概要原付バイクの自損事故で受傷した18歳男性。左下腿骨開放骨折と診断され、傷の縫合処置およびスピードトラック牽引が施行された。受傷6日目に観血的整復固定術が予定されたが、受傷部位に皮膚壊死がみられ骨髄炎が危惧されたため、ジアゼパム(商品名:セルシン)、チオペンタール(同:ラボナール)静脈麻酔下の徒手整復に変更された。ところが、静脈麻酔後まもなく呼吸停止となり、ただちに気管内挿管が施行され純酸素による強制換気が行われた。その後バイタルサインは安定したが意識障害が継続し、高圧酸素療法が施行されたものの、脳の不可逆的障害に起因する四肢麻痺、言語障害、視覚障害などが残存した。詳細な経過患者情報昭和42年3月28日生まれ18歳経過1986年12月13日22:15原付バイクを運転中の自損事故で左下腿骨開放骨折を受傷した18歳男性。近医に救急車で搬送され、骨折部位を生食・抗菌薬で洗浄したうえで、傷口を縫合しシーネ固定とした。抗菌薬としてセファゾリンを投与(12月17日まで投与し中止)。12月14日スピードトラック牽引施行(以後手術当日までの5日間消毒施行せず)。WBCCRPHbHt12月15日9,600(4+)11.1g/dL31.7%12月18日6,100(3+)11.5g/dL33.1%12月19日13:00骨折部位に対する内固定手術のため手術室入室。直前の体温37.6℃、脈拍92、血圧132/74mmHgであった。ところが、骨折部位に約3cmの創があり、その周辺皮膚が壊死していたため、観血的手術を行うことは骨髄炎発生のリスクが高いと判断し、内固定術を中止して徒手整復に治療方針が変更された。13:40マスクで酸素を投与しながら、麻酔薬としてブプレノルフィン(同:レペタン)0.3mg、ラボナール®125mg、セルシン®10mgを静脈注射した。13:43脈拍124、血圧125/50mmHg(この時に頻脈がみられたことをもって呼吸不全状態にあったと裁判所は認定)13:47血圧80/40mmHgと低下し、深呼吸を1回したのち呼吸停止状態に陥る。顔面および口唇にはチアノーゼが認められ、脈拍76、血圧60mmHg、心電図にはPVCが頻発。13:50気管内挿管を施行し、純酸素を投与して強制換気を行ったところ、血圧128/47mmHg、脈拍140となった。13:52血液ガス検査。pHpCO2pO2BEpH 7.266pCO2 39.7pO2 440.7BE -8.3代謝性アシドーシスのため炭酸水素ナトリウム(同:メイロン)投与。15:10自発呼吸が戻った直後に全身硬直性のけいれん発作が出現。脳神経外科医師が診察し、頭部CTスキャンを施行したが異常なし。16:15再びけいれん発作が出現。18:00高圧酸素療法目的で、脳神経外科医院に転院。その際の看護師申し送りに「無R7分ほどあり」と記載。12月24日徐々に意識状態は改善し、氏名年齢を不明瞭かつゆっくりではあるが発語。12月25日再度けいれん発作があり、その後意識状態はかなり後退(病院側鑑定人はこの時に2回目の脂肪塞栓が起こったと証言したが、採用されず)。1987年2月26日脳障害の改善と骨折の治療目的で、某大学病院に転院。徐々に意識は回復したが、脳の不可逆的障害に起因する四肢麻痺、言語障害、視覚障害(皮質盲)などの障害が残存した。当事者の主張患者側(原告)の主張手術前から感染症、貧血傾向がみられたにもかかわらず、術前状態を十分に把握しないままセルシン®、ラボナール®の静脈麻酔を行った。しかも麻酔中の呼吸・循環状態を十分に監視しなかったために低酸素状態に陥り、不可逆的な脳障害が発生した。病院側(被告)の主張患者には開放骨折はあったが、感染症は鎮静化しており、貧血も改善傾向にあり、手術を行うのに不適切な状態ではなく、また、脳障害は脂肪塞栓症によるものであるので、病院側に責任はない。裁判所の判断感染症についてCRPが3プラスとか4プラスという状態は、下腿骨骨折程度の組織損傷では得られないものであり、当時の所見を考えるとまず感染症を疑って創部の確認を行うのが普通なのに、担当医らは何も留意していなかった。貧血について一般に輸血の指標としてHb 10、Ht 30%とされているが、当時十分な食事や水分の摂取ができない時期があり、脱水状態にあったと判断される。そのため実際は貧血の度合いが高度であった。脂肪塞栓症について患者側鑑定人の意見を全面採用し、脂肪塞栓とは診断できないと認定。重度の脳障害を負うに至った原因は、麻酔施行中に発生した呼吸抑制によって酸素欠乏状態に陥ったためである。病院側は術前状態(貧血、感染症)などを十分に把握することなく漫然と麻酔薬(セルシン、ラボナール®)を投与し、麻酔施行中は呼吸・循環状態を十分に監視するべきであるのに、暗い部屋で手術を行ったこともあって患者の呼吸状態、胸郭の動きを十分に注視することを怠ったため、呼吸困難による酸素欠乏状態・チアノーゼが生じたのに発見が遅れた。原告側合計1億5,030万円の請求に対し、1億4,994万円の判決考察この裁判の最大の争点は、重度の脳障害に至った原因を、患者側静脈麻酔後の観察不足で低酸素脳症に陥った。病院側脳が低酸素になったのは脂肪塞栓のためである。と主張している点です。結果は第1審、第2審ともに患者側の主張を全面採用し、ほぼ請求通りのきわめて高額な判決に至りました。この裁判では、原告、被告双方とも教授クラスの鑑定人をたてて、かなり専門的な議論が交わされましたが、どちらの意見をみても医学的には適切な内容の論理を展開しています。ところが、結論がまったく正反対となっているのは、このケースの難しさを物語っていると同時に、さまざま情報を取捨選択することによって異なる結論を導くのが可能なことをあらわしていると思います。判決文を読み直しても、なぜ裁判官が原告側の鑑定を受け入れたのか納得のいく理由は示しておらず、患者側の主張に沿った鑑定内容を羅列した後に、「(患者側)認定に反する病院側鑑定(意見)は措信することができない」とだけ断定しています。これはそのまま「患者側」と「病院側」をそっくり入れ替えても通じるような論理展開なので、少なくとも医師の立場ではここまで断定することは無謀すぎるという印象さえ持ちます。結局のところ、もしかすると本当のところは脂肪塞栓による脳障害なのかもしれませんが、「18歳の青年が下腿骨骨折程度のけがで重度の脳障害を負った」という現代の医療水準からみれば大変気の毒な出来事に対し、その結果責任の重大性が強調されたケースだと思います。そして、このような判決に至ったもう一つの重要な点として、病院側が「裁判官の心証」をかなり悪くしている点は見逃せません。具体的には以下の2点です。1. 手術まで傷の消毒を5日間も行わず、感染徴候を見逃した。欧米では無菌手術後にあえて包帯交換を行わずに、抜糸まで様子をみることがありますが、本件では交通事故による開放骨折ですので、けっして無菌状態とはいえません。したがって、スピードトラック牽引後に5日間も開放創の消毒をせず、手術時に傷をみてはじめて感染兆候に気付いたのは、問題なしとはいえないと思います。その点を強調するために裁判所は、手術前の「CRPが3プラスとか4プラスという状態は、下腿骨骨折程度の組織損傷では得られない明らかな骨折部の感染だ」と決めつけています。日常臨床にたずさわる整形外科医であれば、下腿骨骨折だけでもこの程度の炎症反応をみることはしばしば経験しますし、経過を通じて骨髄炎などは併発していませんので「明らかな感染は起こしていない」という病院側の主張も理解できます。しかし、消毒を行わなかったという点や、とくに理由もなく術前に抗菌薬を中止していることについての抗弁は難しいと思います。また、本件では整形外科の常勤医師がおらず、患者の骨折を一貫してみることができなかった点も気の毒ではありますが、裁判ではそのような病院側の事情はまったく考慮しません。2. 看護師の申し送りに「無R7分程」と記載されたこと。実際に無呼吸状態が7分も継続したのか、真偽のほどはわかりませんが、看護師同士がこのような申し送りをしてしまうと、後からどのような言い訳をしても状況はきわめて厳しくなると思います。病院側は「入院時看護記録の『無R7分程』との記載は、看護師が手術中に生じた脳障害なのだから無Rに違いないという先入観に従ってしたものと推測される」という反論をしましたが、裁判官の立場では到底採用できないものでしょう。おそらく、担当医師らが「麻酔中に呼吸障害が7分くらいあったのかも知れない」という認識でいたのを、看護師が「無R7分程」と受け取ってしまったのではないか思いますが、このように医師と看護師の見解が食い違うと、それだけで「病院側は何かを隠しているにちがいない」という印象を強く与えてしまうので、ぜひとも注意しなければなりません。救急医療

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帝王切開術後のMRSA感染症で重度後遺障害が残存したケース

産科・婦人科最終判決平成15年10月7日 東京地方裁判所 判決概要妊娠26週、双胎および頸管無力症、高位破水と診断されて大学病院産婦人科へ入院となった25歳女性。感染兆候がみられたため抗菌薬の投与下に、妊娠28週で帝王切開施行。術後39℃以上の発熱があり抗菌薬を変更したが、術後5日目に容態が急変し、集中治療室へ搬送し気管内挿管を行った。羊水の培養検査でMRSA(+)のためアルベカシン(商品名:ハベカシン)を開始したものの、術後6日目に心肺停止、MRSA感染症による多臓器不全と診断された。バンコマイシン®投与を含む集中治療によって全身状態は改善したが、低酸素脳症から寝たきり状態となった。詳細な経過患者情報25歳女性、2回目の妊娠、某大学病院産婦人科に通院経過平成8年6月19日妊娠26週検診で双胎および頸管無力症と診断され同日入院となる。高位破水、子宮収縮がみられ、CRP上昇、白血球増加などの所見から子宮内細菌感染を疑う。6月20日羊水移行性の高い抗菌薬セフォタキシム(同:セフォタックス)を開始。6月28日頸管無力症で子宮口が開大したため、シロッカー頸管縫縮術施行。6月30日感染徴候の悪化を認め、原因菌を同定しないままセフォタックス®をイミペネム・シラスタチン(同:チエナム)に変更(帝王切開が行われた7月12日まで)。7月1日子宮口からカテーテルを挿入して羊水を採取し細菌培養検査を行うが、このときはMRSA(-)。7月10日体温36.5℃、脈拍84回/分、白血球12,300、CRP 0.3以下膣内に貯留していた羊水を含む分泌物を細菌培養検査へ提出。7月11日(木)脈拍102回/分、CRP 0.9。7月12日(金)緊急帝王切開手術施行。検査室では7月10日に提出した検体の細菌分離、純培養を終了。白血球10,800、脈拍96回/分、CRP 0.7、体温37.3~38.3℃。術後にチエナム®からアスポキシシリン(同:ドイル)に変更(7月12日~7月15日まで)。第3世代セフェム系抗菌薬であるセフォタックス®やチエナム®などかなり強い抗菌薬の使用をやめて、ドイル®を使用し感染状態の変化を見きわめることを目的とした。7月13日(土)病院休診日(検査室は当直体制)。脈拍80回/分、体温36.5~37.6℃、顔面紅潮あり。7月14日(日)検査室では菌の同定・感受性検査施行。前日には部分的であった発疹が全身へ拡大、白血球20,600、CRP 24.1へと急上昇。BUN 24.8mg/dL、Cr 1.3mg/dLと腎機能の軽度低下。発疹および発熱は抗菌薬によるアレルギーを疑い、ドイル®を中止してホスホマイシン(同:ホスミシン)、チエナム®、セフジニル(同:セフゾン)に変更。血液培養では陰性。このときは普通に話ができる状態であった。7月15日(月)検査室では夕刻の段階でMRSAを確認し感受性テストも終了。白血球24,000、CRP 24、血小板73,000、DICを疑いガベキサートメシル(同:エフオーワイ)投与開始。夜の段階で羊水の細菌培養検査結果が病棟に届くが、担当医には知らされなかった。7月17日(水)白血球34,600、CRP 30.4、血圧80/40mmHg、体温37.7~37.9℃、朝から換気不全、意識レベルの低下などがみられARDSと診断し、気管内挿管などを行いつつICUに入室。この直前に羊水細菌培養検査でMRSA(+)を知り、ARDSはMRSAによる感染症(敗血症)に伴うものと考え、パニペネム・ベタミプロン(同:カルベニン)、免疫グロブリン、MRSAに対しハベカシン®を投与。AST、ALT、LDH、アミラーゼ、BUN、Crなどの上昇が認められMOFと診断。7月18日03:00突然心停止となり、ただちに心肺蘇生を開始して心拍は再開した。ところが低酸素脳症による昏睡状態へと陥る。白血球31,700、CRP 1509:30ハベカシン®に代えてバンコマイシン®の投与を開始。8月5日腹部CTでダグラス窩に膿瘍形成。8月6日切開排膿ドレナージを施行。その後感染症状は軽快。8月23日MRSAは完全に消滅。平成9年1月18日症状固定:言葉を発することはなく、意思の疎通はできず、排便・排尿はオムツ管理で、常時要介護の状態となる。当事者の主張患者側(原告)の主張7月14日に39℃に近い高熱と悪寒、脈拍も86回/分、全身に細菌感染徴候がみられたので、遅くとも7月15日(月)には羊水の細菌培養検査を問い合わせるか、急がせる義務があり、遅くとも7月16日(火)正午までには感受性判定の結果が得られ、その段階から抗MRSA薬バンコマイシン®を早期に適量投与することができたはずである。ところがバンコマイシン®の投与を開始したのは7月18日午前9:30と2日も遅れた。もっとも早くて7月14日、遅くて7月16日夕刻までにMRSA感染症治療としてバンコマイシン®の投与を開始していれば、7月18日の心停止を回避できた可能性は十二分にある。病院側(被告)の主張出産の2週間前から破水した長期破水例のため、感染症のことは当然念頭にあり、毎日CRP、白血球数を検査し、帝王切開手術後も引き続き感染症を念頭において対応していた。しかし、急激に容態が悪くなったのは7月16日の夜からである。患者側は7月10日に採取した羊水の細菌培養検査結果の報告を急がせるべきであったと主張するが、7月16日午後6:30の呼吸苦出現までは感染症はそれほど重症ではなく、検査結果を急がせるような状況にはない。細菌培養の検体提出後、菌の同定、感受性の試験まで行うには5日間は要するが、本件では7月13日、7月14日と土日の当直体制であったため、結果的に報告まで7日かかったことはやむを得ない。担当医は7月16日夜に病棟に届いていた羊水の細菌培養検査結果MRSA(+)を、翌7月17日朝に知ったが、その時点でうっ血性心不全、意識低下と病態急変し、ICU(集中治療室)への収容、気管内挿管、人工換気などに忙殺された。そして、同日午後5:00に抗MRSA薬ハベカシン®を投与し、さらに翌18日からはバンコマイシン®を投与した。したがって、MRSAに対する薬剤投与が遅れたということはない。MRSAを知ってからハベカシン®を投与するまでの約6時間は緊迫した全身状態への対応に追われていた。仮に羊水培養検査結果の報告が届いた7月16日夜にハベカシン®またはバンコマイシン®を投与したとしても、すでにDIC、ARDSがみられ、MOFが進行している病態の下で、薬効の発現に2日ないし4日を要するとされていることを考えると、その後の病態を改善できたかは不明で心停止を回避することはできなかった。裁判所の判断被告病院における細菌培養の検査体制について羊水を分離培養するために要した時間は48時間。自動細菌検査システムVITEK® SYSTEMによれば、MRSA(グラム陽性菌=GpC)の同定に要する時間は4~18時間、感受性試験に要する時間は3~10時間、検査の結果が判明するのに通常要する期間は5日程度であった。被告病院では検査結果が判明したら、検査伝票が検査部にある各科のボックスに入れられ、各科の看護補助員が随時回収し、各科の病棟事務員に渡し、病棟事務員から各担当医師に渡されるという方法がとられている。院内感染対策委員会において策定したMRSA院内感染予防対策マニュアルによれば、MRSA陽性の患者が発生した場合、検査部は主治医へ連絡する、主治医および婦長は関係する職員に情報を伝達するものとされていた。ARDS、DIC、MOFに陥った原因、時期について7月14日(日)には39.8℃、翌7月15日(月)にも39℃の発熱、脈拍数120回/分とSIRSの基準4項目のうち2項目以上を満たし、白血球20,600、CRP 24.1などの所見から、7月15日午前9:00の段階でSIRS、セプシス(敗血症)の状態にあった。原因菌として、7月10日に採取した羊水の細菌培養検査、7月12日の帝王切開手術当日に採取された咽頭、便、胎脂からもMRSAが検出されていること、入院後から帝王切開手術までの間、スペクトラムが広く、抗菌力の強い抗菌薬チエナム®やセフォタックス®が継続使用され、菌交代現象が生じる可能性があったこと、抗菌薬ドイル®、チエナム®が無効であったことなどから、セプシスの原因菌はMRSAである。MRSA感染症治療としてバンコマイシン®をどの時点で投与する義務があったか細菌培養に提出された羊水の検体は、7月10日(水)に採取され、7月12日(金)の午後には分離培養は完了、7月15日(月)に細菌同定、感受性検査を開始、7月16日夕刻にはその結果を報告し合計7日間を要した。細菌検査の結果が判明するのに通常の5日ではなく7日も要したのは、被告病院において土曜・日曜が休診日であったという、人の生命・身体に関する医療とはまったく次元を異にする偶然的な事情によるものであった。一方術後患者は、ショック症状やMOFを経て死亡する場合もあり、早期治療を開始すればするほど治療効果は高くなり、通常の黄色ブドウ球菌感染の治療中に抗菌薬が効かなくなってきた場合は、MRSAと診断される前でも有効な抗菌薬に変更する必要がある。被告病院は高度医療の推進を標榜し、これを期待される医科系総合大学の附属病院であり、病院としてMRSA感染症対策を行っていた。仮に菌の同定を7月13日の作業開始時間である午前9:00から開始したとしても、遅くとも、細菌の同定その後の感受性の判定結果を、その28時間後の7月14日(日)午後1:00には培養検査結果を終了させておく義務があった。その結果、各科の看護補助員が出勤しているはずの7月15日(月)午前9:00頃には細菌培養検査結果の伝票を看護補助員が回収し各科の病棟事務員に渡され、担当医は遅くとも7月15日(月)午前中にはMRSA感染症を知り得たはずである。そして、MRSA感染症治療として被告病院が投与すべきであった抗菌薬は、各種感受性検査からバンコマイシン®であったので、遅くとも7月15日午後7:00頃にはバンコマイシン®を投与する義務があった。ところが、被告病院が実際にバンコマイシン®を投与したのは7月18日午前9:30であり大幅に遅れた。重症敗血症の時点でバンコマイシン®を投与した場合と敗血症性ショックを生じた後にバンコマイシン®を投与した場合について比較すると、重症敗血症の場合の死亡率は約10~20%にとどまるのに対し、敗血症性ショックの場合のそれは約46~60%と、その死亡率は高い。7月15日午後7:00頃の時点では、MRSAを原因菌とするセプシスあるいはそれに引き続いて敗血症に陥っているにとどまっている段階であり、まだ敗血症性ショックには至っていなかったので、遅くとも7月15日午後7:00頃バンコマイシン®を投与していれば、ARDSやDICを発症し、MOF状態となり、心停止により低酸素脳症に陥るという結果を回避することができた高度の蓋然性が認められる。原告側1億5,752万円(プラス死亡するまで1日介護料17,000円)の請求に対し、1億389万円(プラス死亡するまで1日介護料15,000円)の判決考察この判決は、われわれ医師にとってはきわめて不条理な内容であり、まさに唖然とする思いです。病態の進行が急激で治療が後手後手とはなりましたが、あとから振り返っても診療上の明らかな過失はみいだせないと思います。にもかかわらず、結果が悪かったというだけで、すべての責任を医師に押しつけたこの裁判官は、まるで時代のヒーローとでも思っているのでしょうか。この患者さんは出産の2週間前から破水した長期破水例であり、当然のことながら担当医師は感染症に対して慎重に対応し、初期から強力な抗菌薬を使用しました。にもかかわらず敗血症性ショックとなり、低酸素脳症から寝たきり状態となってしまったのは、大変残念ではあります。しかし、経過中にきちんと血液検査、細菌培養を行い、はっきりとした細菌は同定されなかったものの、さまざまな抗菌薬を投与するなど、その都度、そのときに考えられる最良の対応を行っていたことがわかります。けっして怠慢であったとか、大事な所見を見落としていたわけではありません。もう一度振り返ると、平成8年6月19日妊娠26週、高位破水。6月20日セフォタックス®開始。6月30日セフォタックス®をチエナム®に変更。7月1日羊水培養、MRSA(-)7月10日羊水培養提出。7月12日緊急帝王切開、チエナム®をドイル®に変更。7月13日休診日(検査室は当直体制)。7月14日休診日(検査室は当直体制)。 裁判所は検体提出の5日後、日曜日の13:00には感受性検査が終了できたであろうと認定。7月15日検査室で菌の同定・感受性検査施行。 抗菌薬のアレルギーを考えてドイル®を中止、ホスミシン®、チエナム®、セフゾン®に変更。 裁判所は7月15日の朝にはMRSA(+)がわかりバンコマイシン®投与可能と認定。7月16日夜にMRSA(+)の結果が病棟に届く。7月17日容態急変で集中治療室へ。羊水細菌培養検査でMRSA(+)を知り夕方からハベカシン®開始。7月18日ハベカシン®に代えてバンコマイシン®の投与を開始。われわれ医療従事者であれば、細菌培養にはある程度時間がかかることを知っていますから、結果が出次第、担当医師に連絡するように依頼はしても、培養の作業時間を短縮させたり、土日まで担当者を呼び出して感受性検査を急ぐことなどしないと思います。ましてや、土日の当直検査技師は緊急を要する血液検査、尿検査、髄液検査、輸血のクロスマッチなどに追われ、しかもすべての検査技師が培養検査に習熟しているわけでもありません。ここに裁判官の大きな誤解があり、培養検査というのを細菌感染症に対する万能かつ唯一無二の手段と考えて、土日であろうとも培養結果を出すため対応すべきものと勝手に思いこみ、「細菌検査の結果が判明するのに通常の5日ではなく7日も要したのは、被告病院において土曜・日曜が休診日であったという、人の生命・身体に関する医療とはまったく次元を異にする偶然的な事情によるものでけしからん」という判決文を書きました。たしかに、培養検査は治療上きわめて重要であるのはいうまでもありませんが、抗菌薬使用下では細菌が生えてこないことも多く、原因菌不明のまま抗菌薬を投与することもしばしばあります。ここで裁判官はさらに無謀なことを判決文に書いています。「術後患者は、ショック症状やMOFを経て死亡する場合もあり、早期治療を開始すればするほど治療効果は高くなり、通常の黄色ブドウ球菌感染の治療中に抗菌薬が効かなくなってきた場合は、MRSAと診断される前でも有効な抗菌薬に変更する必要がある!」と明言しています。この意味するところは、通常の抗菌薬を使っても発熱が続く患者には予防的にMRSAに効く抗菌薬を使え、ということでしょうか?今回の症例はMRSAが判明するまでは、細菌感染が疑われるものの発熱原因が特定されない、いわば「不明熱」であって、けっして「通常の黄色ブドウ球菌感染の治療中」ではありませんでした。そのため担当医師は抗菌薬(ドイル®)によるアレルギーも考えて抗菌薬を別のものに変更しています。このような不明熱のケースに、予防的にバンコマイシン®を投与しなければならないというのは、結果を知ったあとだからこそいえる行き過ぎの考え方だと思います。ところが「公平な判断を下す」はずの裁判官たちは、ほかにも多数の裁判事例を抱えて多忙らしく、誤解や勉強不足による間違った判決文を書いても、あとから非難を受ける立場には置かれません。そのため、結果責任は医師に押しつければよいという、「一歩踏み込んだ判断」を自負する傾向が非常に強くなっていると思います。残念ながら、このような由々しき風潮を改善するのは非常に難しく、われわれにできることは自己防衛的な対策を講じることくらいでしょう。今回のように、土日をはさんだ細菌培養検査にはどうしても結果が出るまでに時間がかかります。この点はやむを得ないのですが、被告病院の感染症対策マニュアルにも書いてあるとおり、「MRSA(+)の患者が発生した場合、検査部は主治医へ連絡する、主治医および婦長は関係する職員に情報を伝達する」という原則を常に遵守することが大事だと思います。本件では、7月16日夕刻の段階でMRSA(+)が判明しましたが、検査部から担当医師へダイレクトな連絡はありませんでした。通常のルートに乗って、7月16日夜には検査結果を記した伝票が病棟まで届きましたが、その結果を担当医師が確認したのは翌朝11:00頃であり、12時間以上のロスがあったことになります。このような院内体制については改善の余地がありますので、スタッフ同士の院内コミュニケーションを十分にはかることがいかに重要であるか、改めて痛感させられるケースです。産科・婦人科

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点滴ヘパリンロックの際に間違えて消毒薬を注入したケース

整形外科最終判決平成16年1月30日 東京地方裁判所 判決概要関節リウマチによる左中指の疼痛・腫脹に対し、左中指滑膜切除手術を行った58歳女性。手術翌朝、術後の抗菌薬を点滴静注後、ライン内にヘパリンナトリウム生理食塩水を注入してヘパリンロックをしようとしたところ、間違えてヒビテン®・グルコネート液を注入し、まもなく急性肺血栓塞栓症で死亡した。遺族の了解を得て病理解剖を行ったが、所轄警察署への届出が死亡から11日後となってしまい、病院長は医師法第21条違反で実刑判決を受け、主治医は3ヵ月の医業停止処分となった。詳細な経過患者情報約20年前から、関節リウマチ、高血圧で通院治療を受けていた58歳女性経過平成11(1999)年1月8日左中指の疼痛および腫脹が増強したため、都立病院整形外科を受診。関節リウマチによる滑膜病変と考え、左中指滑膜切除手術が予定された。2月8日入院、全身状態は問題なし。2月10日左中指滑膜切除手術施行(手術時間1時間24分)。術後経過は良好で、10日程度で退院できる予定であった。2月11日08:15看護師Aがヘパリンナトリウム生理食塩水(以下ヘパ生)10mL入り注射器(注射筒部分に「ヘパ生」と黒色マジックで記載)を保冷庫から取り出して処置台に置く。その直後、看護師Aが洗浄用のヒビテン®・グルコネート液(以下ヒビグル)を新しい10mLの注射器に入れ、ヘパ生入り注射器と並べて処置台に置いた。このときメモ用紙に黒色マジックで「○○様洗浄用ヒビグル」と手書きし、処置台に置かれた2本の注射器のうちの1本に貼り付けた(実際にはヘパ生入り注射器にヒビグルと書いた手書きメモを貼り付けてしまった)。08:30看護師Aが術後の抗菌薬アンピシリン(商品名:ビクシリン)を点滴するため訪室。抗菌薬と点滴セット、アルコール綿に加えて、メモ用紙の貼られていない10mL注射器1本(実際には洗浄用ヒビグル入り注射器)を持参した。08:35抗菌薬の点滴を開始。09:00ナースコールあり、点滴終了。09:03看護師Bが点滴ラインにヘパ生を注入してヘパリンロックした。実はこのとき注入したのはヘパ生ではなくヒビグルであり、約1mLが体内に注入され、残り約9mLは点滴ライン内に残留した。09:05訪室した看護師Aに対し、「何だか気持ち悪くなってきた。胸が熱い気がする」といって苦痛を訴え、胸をさする動作をした。09:15顔面蒼白となり、「胸が苦しい。息苦しい。両手がしびれる」などと訴えたので、ただちに当直医師をコール。指示により既存の点滴ルート(ライン内にはヒビグルが充満)からソルデム3Aの点滴静注が開始された。血圧198/78mmHg、心電図V1で軽度ST上昇、V4で軽度ST低下がみられたが、不整脈なし。このとき看護師Aは処置室で「ヘパ生」と黒色マジックで書かれた注射器を発見し、ヘパリンロックの際に薬剤を取り違えたことに気づき、病室内の当直医師を手招きして呼び出し、「ヘパ生とヒビグルを間違えたかもしれない」と告げた。すでにソルデム3Aが点滴ラインにつながれ急速点滴された結果、点滴ライン内に残留していたヒビグル約9mL全量が体内に静注された。09:30突然意識レベル悪化、眼球上転、心肺停止状態。ただちに救急蘇生を開始。10:20主治医到着。心臓マッサージを行いながら、容態急変した前後の状況および看護師が薬剤を間違えて注入したかもしれないといっていることを聞かされた。蘇生の気配はまったくなし。10:44死亡確認。11:00遺族へ説明:抗菌薬点滴直後に容態が急変したことから、心筋梗塞または大動脈解離を起こした可能性があるが、死因は今のところ不明。その解明のために病理解剖の必要性を説く。遺族に誤投薬の可能性を聞かれたが、「わかりません」と答え、看護師による誤投薬の可能性を伝えないまま病理解剖の承諾書をとる。なお、蘇生措置から死後処置をしている間に、右腕血管部分に沿って血管が紫色に浮き出ているという異常な状態にスタッフは気づいていた。事後経過平成11年2月11日(死亡翌日)08:30病院の幹部職員9名(病院長、副院長、主治医、医事課長、庶務課長、看護部長、看護科長)による対策会議。看護師:「ヒビグルとヘパ生を間違えたかもしれない。それしか考えられない」と涙声になりながら、現場で回収した点滴チューブなどを使用しながら状況説明。主治医:「所見としては心筋梗塞の疑いがあります。病理解剖の承諾をすでに遺族からもらっています」事務長:「ミスは明確ですし、警察に届けるべきでしょう」病院長:「でも、主治医は心筋梗塞の疑いがあるといっているし」と非常に迷いながら優柔不断ともいえる態度を示す。副院長:「医師法の規定からしても、事故の疑いがあるのなら、届け出るべきでしょう」病院長:「警察に届け出るということは、大変なことだ」事務長:「やはり、仕方がないですね。警察に届け出ましょう」医療事故について警察に届け出ることにいったんは決定。その後都衛生局の幹部職員に電話で相談。衛生局:「本部に判断しろといわれても困るよな。病院が判断してくれなくちゃ。これまで都立病院から警察に事故の届出を出したことがない。すでに病理解剖の承諾はいただいているとのことだが、誤薬の可能性も含めてすべて事情を話して、その結果再度承諾が得られれば、その線でいったら良いのではないか。詳しい事情もわからないから、おれが今から病院へ行くから警察に届け出るのは待ってくれ」衛生局の幹部職員到着。病院長:「どうしてこれまで病院から届け出た例がないんだろう」衛生局:「病院自ら警察に届け出るということは、職員を売ることになるから、これまで例がないんじゃないですか」事務長:「どんな場合に警察に届け出るんですか。これまではどうだったのですか」衛生局:「過失が明白な場合に届けなければいけない。今まで都立病院自ら警察に届け出た例はありません。遺族から病理解剖の承諾をもらっているということですけれども、薬の取り違えの可能性もあるんなら、包み隠さずお話しないといけませんね。遺族が病院を信用できないというなら、警察に連絡して監察医務院で解剖する方法もあるということも説明してください。それでも遺族が病院での病理解剖を望まれるなら、それでいいじゃないですか。もし遺族が警察に届け出るというならそれはそれで仕方ないですね」副院長:「医師法の規定からしても、事故の疑いがあるのなら、届け出るべきでしょう」病院長:「警察に届け出るということは、大変なことだ」事務長:「やはり、仕方がないですね。警察に届け出ましょう」病院長、主治医は、「病院事業部としては誤投薬の可能性を遺族に話さずに済ませることは避けねばならない」としながらも、遺族の理解が得られるなどの事情により、医療事故を警察に届け出ることについては「可能であればできるだけ避けたい」という意向を読みとる。すなわち、衛生局は医療事故については警察への届出を必ずしもしなくとも良いという見解であると解釈した。病院長:「じゃ、それでいきましょうか。しょうがないでしょう」出席者全員に対し、それまでの方針を変更してとりあえず警察への届出をしないまま、遺族の承諾を得たうえで病理解剖を行う方針で臨むことを了承させ、対策会議は散会。11:50院長室において遺族と面談。病院長:「実はこれまで病死としてお話してきたのですが、看護師が薬を間違えて投与した事故の可能性があります」遺族:「間違いの可能性は高いのですか」病院長:「今は調査中としかいえない。病院が信用できないというのであれば、監察医務院やほかの病院で解剖してもらうという方法もありますが、どうしますか」決定的な確証はまだないのに、遺族に薬剤取り違えの可能性を伝えてくれたものと解釈して、ある意味では病院側が公平で誠実な対応をしてくれているものと受け止め、病院の医師らを信用できないというまでの気持ちはなかったため、遺族は当該病院で病理解剖することを承諾した。病院長:「改めて遺族に薬の取り違えの可能性を伝えたうえで、病院で病理解剖をすることの承諾を頂きました」衛生局:「病院自ら警察に届けると、ひいては職員を売ることになりますよね」病院長:「そうですよね」病理解剖:外表所見で右手根部に静脈ラインの痕があり、右手前腕の数本の皮静脈がその走行に沿って幅5~6mm前後の赤褐色の皮膚斑としてくっきりみえ、前腕、手背、上腕下部に及んでいるのが視認された。この赤色色素沈着は静脈注射による変化で、劇物を入れた時にできたものと判断し、解剖を担当した病理学の大学助教授(法医学の経験あり)は、警察または監察医務院に連絡することを提案した。ところが、病院長から「警察に届けなくても大丈夫です」という回答を得たので、病院幹部が監察医務院に問い合わせた結果、監察医務院のほうから後は面倒をみるから法医学に準じた解剖をやってくれとの趣旨の回答があったものと理解した。解剖の結果、右手前腕静脈血栓症および急性肺血栓塞栓のほか、遺体の血液がサラサラしていること(溶血状態:薬物が体内に入った可能性を示唆)が判明し、心筋梗塞や動脈解離症などを疑う所見はなく、病院長へポラロイド写真を持参して、右腕の血管から薬物が入った模様であること、90%以上の確率で事故死、それも薬物の誤注射によって死亡したことはほとんど間違いないと報告病院長は遺族へ、「肉眼的には心臓、脳などの主要臓器に異常が認められなかったこと、薬の取り違えの可能性が高くなったこと、今後は保存している血液、臓器などの残留薬物検査などの方法で必ず死因を究明すること」を伝えた。2月20日遺族の自宅を訪問し、それまでの経過、異常所見としては右上肢の血管走行に沿った異常着色を認めたこと、ヘパ生とヒビグルとを取り違えたため薬物ショックを起こした可能性が一層強まったといえることなどを報告。これに対し遺族は、事故であることを認めるように要求し、病院のほうから警察に届け出ないのであれば「自分で届け出る」と主張。それを受けて病院関係者と話し合った結果、医療事故を警察に届け出ることを決定した。2月22日衛生局長と面談して医療事故を警察に届け出る旨を報告。病院から誤投薬という過失があったことをはじめから認めるかたちでの届出ではなく、むしろ死因を特定して欲しいという相談を警察に対して行うかたちでの届出をするように指示を受け、所轄警察署に届け出た。3月5日組織学的検査の結果が判明:前腕静脈内および両肺動脈内に多数の新鮮凝固血栓の存在が確認され、前腕の皮静脈内の新鮮血栓が両肺の急性血栓塞栓症を起こしたと考えられた。心臓の冠動脈硬化はごく軽度(内腔の狭窄率は25%以下)であり、組織学的に冠動脈血栓や心筋梗塞は認められず、そのほかの臓器にも死因を説明できるような病変なし3月11日主治医は診断書の交付を求められたが、死因の記載を病死にするのか中毒死にするのか悩み、病院長に記載方法について相談。病院長は「困りましたね」といって、副院長らと死亡診断書の死因をどのように記載するかを話し合った。この時点では血液鑑定結果が出ていなかったので、死因の記載を「病死」としてもまったくの間違いとはいえず、むしろ入院患者の死因を不詳の死とするのはおかしいなどとの発言もあった。副院長の「病名がついているので病死でもいいんじゃないですか」とのコメントを受けて、病院長は「そういうことにしましょう」と決定。主治医は死亡診断書に、死因の種類「病死および自然死」、直接の死因「急性肺血栓塞栓症」、合併症欄に「関節リウマチ」などと記載した。これをみた病理医は、「死亡の種類」が病死とされていたため、病院長に「この病死はまずいんじゃないですか」と意見を述べたが、病院長は「昨日みんなで相談して決めたことだからこれでいいです」と答え、遺族からクレームがついたら「現時点での証明であることを説明するように」と指示した。5月31日血液からヒビグルに由来すると考えられる物質(クロルヘキシジン)がかなりの高濃度で検出されたという鑑定結果がでた。当事者の主張患者側(原告)の主張1.死亡自体に関する義務違反抗菌薬点滴終了後、点滴ライン内にヘパ生を注入するべきであったのに、誤って消毒液ヒビグルを注入されることにより死亡したものであるが、担当看護師は薬剤の準備に当たってその内容を取り違えたうえに、点滴後の処置に当たり投与する薬剤の確認を怠ったことは、看護師としての基本的注意義務に違反した結果であるさらに病院組織としても、薬剤の専門家でない看護師に調剤行為を行わせていたため、当該薬剤に応じた扱いを怠る可能性があった複数の人間が薬剤の準備から投与までの作業を分担して行っていたため、自分が担当する前後の作業内容をよく把握しないまま自分の作業を行う危険があった薬剤容器への記入方法が統一されていなかったため、注射器にメモ紙を貼り付けることにより充てんされている薬剤を表示しようとしたが、メモ紙を間違えて貼り付けることにより間違った薬剤を表示してしまう危険があったヒビグルとヘパ生の計量に、同形状の注射器を計量器として使用していたため、注射器の外形上からは内容物の区別がつかず取り違えを防ぐことができない態勢がとられていた消毒薬と点滴液用の注射器を同じ処置台の上で同時に準備したうえ、患者ごとに個別のトレーを用意し、薬札を付けるなどしなかったため、薬剤の取り違えを防げなかったという諸事情が存在し、このような事故を誘発する危険な態勢を除去するシステムが構築されなかったために、看護師らの注意義務違反を誘発し、医療事故を引き起こすことになった2.死亡後の行為に関する義務違反医師法21条の異状死体届出義務により、刑事司法の手続上で医療事故の原因や責任が明らかにされるので、医療事故による患者死亡の原因究明の端緒として機能する場面がある。そのため診療上の事故によって患者が死亡した可能性のある場合には、当該病院で病理解剖をするのではなく、所轄警察に届け出ることが、診療契約の当事者である患者またはその遺族に対する原因究明義務として課される。本件はそもそも医療事故である可能性が明白であったから、病理解剖は許されず、警察に届け出たうえで司法解剖が行われるべきであった。医療事故について病院としての対応方針を決定づける立場にあった病院長は、対策会議終了後ただちに警察へ届け出る義務があったそれにもかかわらず病院長は、医療事故を警察に届け出る方針にいったん決定したにもかかわらず、「院長が警察に届けるとは何事だ」、「職員を売ることはできませんね」との衛生局の意向を受けて、遺族に誤投薬の可能性を説明したうえで病理解剖の承諾をとる方針に転換した。そして、病理解剖を担当した医師らからポラロイド写真や具体的事情を示されたうえで、誤投薬の事実はほとんど間違いがないとの報告を受けても、医療事故を警察に届け出なかった。対策会議の時点で、事故死の無視し得ない可能性の認識はおろか、事故死の原因が誤投薬である可能性が高い旨の認識を有しており、病理解剖の結果の報告を受けた以降は、事故死の原因が誤投薬であることはほぼ確実であるとの認識に達していた。したがって病院長には原因究明義務違反行為につき確定的故意が認められる主治医については、死亡後に死体検案し、医師法21条の届出義務があるうえに、主体的に原因を究明すべきであった。それにもかかわらず医療事故の可能性を示唆する形跡を残さないために、平成11年2月22日に至るまで死亡を警察に届け出なかった。カルテにも事故の可能性を示唆する形跡を残さないため、看護師が誤投薬の可能性を申告しているという重要な事実を記載しなかった。そして、診療中の患者が死亡した場合には医師法21条の届出義務がないとの考え方があったこと、遺族が病理解剖に承諾したら警察に届け出る必要はないとの考えのもと、原告ら遺族に事故の可能性を告げず、夫から薬物性ショックの可能性について問われても、一般論としてその可能性もある旨の返答をするにとどめたうえで、原告ら遺族から病理解剖の承諾書をとった。看護師の誤投薬の可能性について報告を受けた一方で、病死したとの説を支持するさしたる根拠はなかったにもかかわらず、対策会議においてことさら病死説を唱えたことから、可能な限り医療事故の可能性を打ち消そうとしていた3.死亡診断書について死亡直後の平成11年2月11日付け死亡診断書には死因を「不詳の死」と記載したが、誤投薬の事実が明らかになりつつあった以上、新たに作成する死亡診断書の死因は「外因死」と記載するか、前回同様不詳の死と記載すべきであった。ところが、平成11年3月11日に依頼された死亡診断書には、主治医、病院長、副院長と相談のうえで、死亡の種類欄に「病死および自然死」と虚偽の記載をすることで合意し、誤投薬の事実を原告ら遺族に伝えず、死亡診断書に医療機関の都合の良いように変更した虚偽の事実を記載した病院側(被告)の主張主治医の主張1.死亡後の行為に関する義務違反患者が死亡した場合には遺族に対し死亡の経過を説明すれば十分であり、死因解明を希望するか、希望するならどのような手段をとるかは遺族が任意に決めることであって、医療機関に死因解明に必要な措置を提案する法的義務は存しない。また、医療機関が医療事故を警察に届け出たとしても、捜査は犯罪の嫌疑を明らかにするためになされるものであり、遺族に対して死亡原因を究明するためのものではないから、医療機関の警察に対する医療事故届出義務を根拠に、遺族への説明義務を導き出すことはできないさらに、医療機関に警察への届出義務を課すのは、不利益なことを自らなすように法的に強制することであり、憲法が黙秘権を保障した趣旨に抵触するおそれがあることに加えて、人間の自然の情に反するものであって、同義務を課すとかえって事故防止のための情報の収集を阻害しかねない。仮に医療機関が、遺族に対する関係で医療事故を警察に届け出るとの法的義務と負うとしても、病院長は平成11年2月12日の昼前頃に遺族に対し、死亡原因としては心疾患などの疑いがある一方で、薬の取り違えの可能性もあること、死亡原因究明のために病院で病理解剖させて欲しいこと、もし遺族の側で病院が信用できないというのであれば警察に連絡したうえで監察医務院などで解剖を行う方法もあることを説明したうえで、遺族の承諾を得て病理解剖を実施し、臓器や血液を保存し、できる限り真相を究明することを目指して臓器および血液の組織学的検査や残留薬物検査を行うように病院職員らに指示した2.死亡診断書厚生労働省の講習会では、不詳の死は白骨死体の場合に限るという意見を聞いていたし、さらに不詳の死では保険金がおりないのではないかという心配や、血液の残留薬物検査などの警察の捜査の結果が出ておらず、事故死とも書けないと考えた。そして、最終的には、病理解剖で急性肺血栓塞栓症と診断されていたため、現段階では「病死および自然死」と記載するという方向で良いのではないかという意見に落ち着いたことに基づき、病院長の立場で主治医へその旨助言したにすぎない。診断書の作成は主治医の全権に属するから、院長の助言は単なる参考意見である主治医の主張1.死亡後の行為に関する義務違反医療事故が発生した場合には、医療現場は混乱し、医師または看護師のひとりが組織体と無関係に対応ないし行動すべきではなく、医療現場全体が組織として対応することが重要であって、警察への届出も病院長がすべきものである。本件医療事故は、病院という組織体が一体としてすべての対応をすることとなったので、具体的には警察への届出も病院長がすべきであった2.死亡診断書死亡診断書記載は、病院長らとの協議の結果指示を受けて記載したものであり、主治医は事実の隠ぺいなどを考えたわけではない。せめて遺族らによる保険金請求手続がスムーズに進むほうが良いと思って、死因の種類を「病死および自然死」と記載した裁判所の判断死亡自体に関する義務違反ヘパ生入りの注射器には「ヘパ生」と黒色マジックで記載されていたにもかかわらず、2本の注射器のうち、ヘパ生入り注射器における「ヘパ生」との記載を確認することなく、ヒビグル入り注射器であると誤信し、他方、もう1本のヒビグル入り注射器には「ヘパ生」との記載がないにもかかわらず、これをヘパ生入り注射器と誤信して病室に持参し、床頭台に置いたという注意義務違反が認められる。看護師は医師から投与を指示された薬剤を取り違えてはいけないという、いついかなる場合においても患者に対して怠ることを許されない義務があるにもかかわらず、きわめて初歩的な態様によってこの義務を怠ったものであるから、これは病院の看護および投薬システムに何らかの問題があったからこそ生じたものではなく、もっぱら看護師両名の個人的注意義務の懈怠によって生じたものである。死亡後の行為に関する義務違反診療契約の当事者である病院開設者としては、患者が死亡した場合には、具体的状況に応じて必要かつ可能な限度で死因を解明すべき義務があり、遺族から説明の求めがある以上、遺族に対し事案の具体的内容、保有する情報の内容などに応じて、死亡に至る事実経過や死因を説明すべき義務を、信義則上診療契約に付随する義務として負うと考えられる。病院長は対策会議の主催者であり、本件医療事故についての病院としての対応方針を決定するに当たり、大きな影響力を有していた。平成11年2月12日の対策会議において、看護師をはじめとする関係者から薬剤の取り違えの具体的可能性がある旨の話を聞き、いったんは医療事故を警察に届け出るとの方針に決めたにもかかわらず、衛生局の見解としては警察への届出を消極的に考えているものと解釈したうえで、方針を転換して本件医療事故を警察に届け出ないことに決定した。さらに同日病理解剖に協力した大学助教授から警察へ連絡することを提案されたにもかかわらず、これを受け入れずに病理解剖するよう指示し、右腕の静脈に沿った赤色色素沈着を撮影したポラロイド写真を示されたうえで薬物の誤注射によって死亡したことはほぼ間違いがないとの解剖の結果報告を受けたにもかかわらず、警察に届出をしないという判断を変えなかった。後日遺族から、病院のほうから警察に届け出ないのであれば自分で届け出るといわれ、ようやく2月22日警察に届け出た。このような経過から、病院長は解剖結果の報告を受けた段階で医療事故を警察に届け出なければならなくなったにもかかわらず、あえて同月22日まで届出をせず、死因解明義務を果たしたとはいえない。医師法21条が異状死体について届出義務を課していることからすれば、法は犯罪の疑いがある場合には、当該医療従事者が自ら死因を解明するのではなく、警察に死因の解明をゆだねるのが適切である。ここにいう警察への届出とは、「異状死体があったことの届出」に過ぎず、それ以上の報告が求められるものではないから、憲法38条1項において黙秘権が保障されている趣旨に抵触するとはいえない。主治医は死体を検案し、医師法21条の届出義務を負っていたのであるから、主体的に死因解明および説明義務を履行すべき立場にあった。看護師が薬剤を間違えて注入したかもしれないといっていることを知らされたうえ、症状が急変するような疾患などの心当たりがまったくなく、さらに死亡翌日に行われた病理解剖で死体の右腕の静脈に沿って赤い色素沈着がある異状を認めたのであるから、警察へ届け出る必要があった。ところが、漫然と病院の方針に従い、自ら警察へ届け出なかったのは死因解明義務違反にあたる。東京都原告(遺族)側、1億4,410万円の請求に対し、5,988万円の判決病院長原告(遺族)側、600万円の請求に対し、80万円の判決主治医原告(遺族)側、360万円の請求に対し、40万円の判決病院長平成15年5月19日東京高等裁判所において、医師法違反、虚偽有印公文書作成および同行使罪につき、懲役1年および罰金2万円(執行猶予3年)。主治医医師法違反の罪で罰金2万円の略式命令。厚生労働省医道審議会から3ヵ月の医業停止処分。担当看護師業務上過失致死罪で禁固1年(執行猶予3年)考察この事件は、医療ミスとしてはきわめてエポックメイキングな「横浜市大患者取り違え事故」からわずか1ヵ月後に発生し、その後はご存知のように、マスコミの医療ミス報道がますます過熱するようになりました。事故の内容は、消毒薬を間違えて静脈注射したというとてもショッキングな出来事であり、この事件を契機として、医療現場には透明の注射器以外に「色つきシリンジ」が急速に普及し始め、内服薬をはじめとする誤注射の頻度はかなり減少しました。もう1つの大事な教訓は、患者へ輸血や注射薬を投与した直後に容態急変した場合、できる限り同じルートから補液や救急薬品を注入してはならないということです。このケースでは静脈内に留置した持続点滴針から、抗菌薬の静脈投与を行っていて、注射が終わると点滴ルート内をヘパ生で満たしていました。その状況でヘパ生とヒビグルを間違えて注入したのですが、当初体内に入ったのは約1mLで、残りの9mLは点滴ルート内に止まっていました。そして、患者の容態が急変し輸液が必要ということで、同じルートを用いてソルデム3Aを接続したため、点滴ルート内に残っていた約9mLのヒビグルがすべて体内へ移行してしまいました。合計10mLものヒビグルが注入された結果、前腕皮静脈内に血栓が生じ、さらに急性肺血栓塞栓症へ発展して短時間で死亡に至りました。もし、異物が静注されたかもしれないということが早期に報告されていれば、既存の点滴ルートはすぐさま抜針され、別の静脈ルートを確保していたと思います。そうしていれば、もしかすると救命の余地がわずかながらも残されていたかもしれません。その次に問題となるのが、普段の診療ではあまり意識することのない「異状死体」の取り扱いです。医師法第21条では、「医師は異状死体を検案した場合、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定され、これに違反すると2万円の罰金が科せられます。そもそもこの法律がつくられた背景には、多くの遺体が死因を解明されないままにされるという実情があり、異状死体の届け出を契機として、殺人事件をはじめとする犯罪捜査の端緒にしようという目的がありました。これに対し日本法医学会は、「病死と考えられても、DOA(到着時死亡)や死因を確定するのが困難な場合には異状死体として取り扱う」という見解を示し、「異状死体」の概念をかなり広げてしまいました。その結果、前述した医師の「異状死体届出義務」が広い概念の「異状死体」とセットで議論されるようになり、医師が「合併症」による死亡と思っても、家族が不幸な結果を受け入れられず医療ミスを疑えば、ただちに警察が医療現場に介入する可能性があるという事態になっています。ところが、警察には医療内容を詳細に評価する知識や能力はありませんので、いたずらに医療関係者が捜査対象となってしまいます。しかも、医療機関が「医師法第21条」に沿って異状死体の届出をしたと思っても、警察の側では刑法第211条「業務上過失致死」の疑いで捜査を開始する可能性があり、医師や看護師が不当に「犯人扱い」されることも考えられます。本件では、死亡直後から消毒薬の誤注射が疑われていたので、あとから振り返れば死亡から24時間以内に異状死体として届け出なければならないケースでした。ところが、病院内の調整や都の衛生局との関係から届出をめぐって明確な方針が決まらず、死亡から11日後の通報となりました。それも、「病院が警察へ届けないのならば遺族が届ける」ということで、ようやく重い腰を上げたので、遺族の不信感は相当大きなものだったと思います。ところが、医師の側からみれば、消毒薬の誤注入が早い段階から疑われて当初は警察へ届けるつもりだったのに、死因を確定することはできなかったし、「病院自ら警察に届けると、ひいては職員を売ることになる」という心配から、病院幹部職員のコンセンサスとして届出を躊躇してしまったのも十分に理解できることです。また、これまでみたこともない異例の事故であっただけに、病院長、衛生局、主治医などの意見が錯綜し、警察署への届出のみならず死亡診断書の記載内容も不適切となってしまいました。さらに裁判過程でも、病院長は「届出義務は主治医に責任があり病院長はアドバイスしただけ」と主張する一方で、主治医は「病院長の方針に従っただけ」と発言するなど、身内同士の言い合いにまでなっています。そもそもこのケースは看護師による単純ミスであり、判決でも病院組織としての問題ではなく、看護師個人の問題を重視しました。つまり、行政処分を受けた病院長や主治医には明らかな医療ミスといえるほどの医療行為はまったくなかったと思います。問題とされた警察への届出についても、別に悪意があったために遅くなった訳ではなく、その間にも衛生局の職員と綿密な打ち合わせを行っていたし、大勢での意思決定であったといってもよいでしょう。それなのに、医師法第21条違反ということで病院長には実刑判決、主治医には3ヵ月もの医業停止処分が下ったのですから、こんな理不尽な結末はないといっても過言ではありません。もしこの事件の当事者となった場合には、おそらくほとんどの医師が同様の処罰を受けた可能性が高いと思います。なお、現状でも異状死体届出については混沌としているのに、日本外科学会から出された異状死体のガイドラインがさらに波紋を広げてしまいました。このガイドラインは、「重大な過失で障害が発生すれば届け出ること」を前提とし、「患者に同意を得た合併症であれば医師法第21条の対象外である」という内容です。これはよく考えると、外科学会のいうとおりに死亡直後は患者の同意を得て異状死体を届け出ず、24時間経過したあとの検証で実は合併症ではなかったというような症例は、事後的に医師法第21条違反として処罰される余地が残ることになってしまいます。さらに、異状死体届出の対象者は本来「死体検案医」であったのに、医師の高い倫理性を理由に「診療を行った医師自身」と別の基準も作ってしまいました。このため、ますます警察介入の範囲を拡大してしまうことになり、当初外科学会が想定した意図とは異なる方向へ進むことになりました。やはりここで重要なのは、少々極論となってしまうかもしれませんが、異状死体、あるいは患者の急死に際しては、一歩間違えると警察署への届出をめぐって「刑事事件」に発展しかねないので、自らの医師免許をかけるつもりで、対応を心がけなければならないということだと思います。だからといって、病院内の急死をすべて警察に届けるということではありません。なかには事前に予想された合併症で亡くなるようなケースも数多くありますし、医師の医療行為とはまったく関係なく死亡するような重篤例もあります。法律の知識に明るくないわれわれ医師にとって、警察へ届けるということは「自首する」と同じことだと思いがちですが、実際の運用場面ではけっしてそうではありません。ましてや、本件で問題となったように「警察へ届け出るのは職員を売ること」と短絡すべきものでもないと思います。この場合の明確な届出基準を提示するのは難しいと思いますが、本件のような消毒薬の誤注入など、争いようのない医療過誤の場合には必ず届出するべきでしょう。問題なのは、家族が急死という事実を受け入れがたい場合や、医師の立場で死因をはっきりと特定できない症例だと思います。そのような時には、「警察の見解を聞く」という考え方で所轄警察署に一報だけ入れておく、ということでも対応可能な場合があります。そうすると警察から「事件性はありますか」と質問されるようですから、医療行為に問題がないと考えられる時には「事件性はないと思います」と回答すると、警察のほうもむやみな介入はしないのが一般的なようです。そして、警察へ連絡を入れておいたこと(連絡した時間、医師の氏名、相手の警察官の氏名、連絡内容など)をカルテに記載しておくことによって、少なくとも医師法第21条の問題はクリアできるようにも思います。ただし、都道府県によっては対応が異なる場合がありますので、できれば病院内でどのようにするのかあらかじめ話し合っておく必要があるでしょう(たとえば東京都23区内の場合には、病院から警察へ異状死体の届出があると、必ず警部補以上の担当者が検視を行うと同時に、監察医務院の医師が死体検案に立ち会うという内規があるようです)。また、数々のストーカー事件などで初動捜査が遅れ、世論の非難を浴びたという苦い反省から、患者の遺族から告訴、告発があった場合には、警察は必ず捜査に着手するようです。この場合は刑法211条(業務上過失致死)を念頭においた捜査ですので、告訴・告発という最悪のかたちにならないように、医師からの事後説明をおろそかにせず、患者家族とのコミュニケーションを十分にはかる必要があると思います。整形外科

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気管支内視鏡の生検で動脈性の出血が生じ、開胸肺切除を行ったが死亡したケース

呼吸器最終判決判例時報 1426号94-99頁概要グッドパスチャー症候群の疑いがもたれた52歳女性。確定診断のため経気管支肺生検(TBLB)が行われた。そのとき左舌区入口部に直径2~3mmの円形隆起性病変がみつかり、悪性病変を除外するために生検を行った。ところが、生検直後から多量の動脈性出血が生じ、ただちに止血処置を行ったがまもなくショック状態に陥り、人工呼吸、輸血などを行いながら開胸・左肺全摘手術が施行された。しかし意識は回復することなく、3週間後に死亡した。詳細な経過患者情報昭和42年3月28日生まれ32歳経過1987年3月腎機能障害のため某大学病院に入院し、血漿交換、人工呼吸器による呼吸管理、ステロイドなどの投与が行われた52歳女性。諸検査の結果、グッドパスチャー症候群が疑われた。4月10日精査治療目的で関連病院膠原病内科に転院。胸部X線写真では両肺野のびまん性陰影、心臓拡大、胸水などの所見がみられた。グッドパスチャー症候群に特徴的な症状(肺炎様の症状と血尿・蛋白尿)はみられたが、血中の抗基底膜抗体(抗GBM抗体)は陰性であったため、確定診断のために肺生検が予定された。4月20日経気管支肺生検(TBLB)施行。左下葉から4カ所、左上葉上腹側部から1カ所、合計5カ所から肺生検を行った。そのとき左舌区入口部に直径2~3mmの円形隆起性病変がみつかった。その性状から、良性粘膜下腫瘍、悪性新生物、肉芽腫性病変のうちいずれかであり、粘膜表面はやや赤みを帯び、表面は滑らかで、拍動はなく、やや硬い充実性の印象であったので、血管病変ではないと判断された。悪性病変を除外するために生検を行ったところ、直後から動脈性出血を生じ、気管支粘膜直下の気管支動脈を破ったことが判明した。ただちに気管支ファイバースコープを出血部位に押しつけながら出血を吸引し、アドレナリン(商品名:ボスミン)、トロンビンを局所散布した。しかし止血は得られず危篤状態に陥り、人工呼吸、心臓マッサージ、輸血、薬剤投与などの緊急措置が行われたが、動脈性の出血が持続した。4月21日止血目的の開胸手術、さらには左肺全摘術を施行したが、意識は回復せず。6月9日心不全により死亡。病理組織学的検査の結果、問題の気管支動脈は内腔約1mm以下の血管が、ループ状ないしガンマー字状になって気管支粘膜上皮に突出した病変であり、ゴムホースをねじったような走行異常であった。そして、血管壁がむき出しになっていたわけではなく、粘膜の表面が扁平上皮化生(粘膜の表面が本来その場所にはない普通の皮のようになってしまう現象)を起こしていたと推定された。このような気管支動脈の走行異常は、今まで報告されたことのない特殊な奇形であった。当事者の主張患者側(原告)の主張1.予見可能性左舌区入口部の円形隆起性病変が動脈であることを予見することは可能であり、また、予見する義務があった2.生検の必要性そもそも気管支鏡検査の目的はグッドパスチャー症候群の確定診断をつけることであり、出血の原因となった生検は予定外の検査である。しかも、生検の1ヵ月以上前から血液透析を行っており、出血性素因を有していたのだから、膠原病内科の担当医とあらためて生検の必要性を確認してから検査をするべきであり、この時点で検査をする必要性はなかった3.説明義務違反今回の大出血につながった生検は予定外のものであり、患者に対し何の説明もなく、患者の承諾もなく、さらにただちに生命・健康に重大な危険を及ぼす緊急の事情もなかった以上、TBLB終了後施術内容や危険性につき説明を加え、その承諾を得る義務があったのに怠った病院側(被告)の主張1.予見可能性下行大動脈から分岐する気管支動脈が気管支壁を越えて気管支粘膜内に存在することはきわめてまれであり、観察時には動脈性病変を示唆する所見はみられなかった。実際に本件のように非常に小さく、著明な発赤や拍動を欠いたものについては報告はないため、動脈であることの予見可能性はなかった2.生検の必要性TBLBを行った当時は透析中でもあり、肺出血による呼吸不全の既往もあったため、今後気管支鏡検査を実施できる条件の整う機会を得るのは容易ではなかった。しかも今回の病変が悪性のものであるおそれもあったから、生検を実施しないで様子をみるということは許されなかった3.説明義務違反患者から同意を得たTBLBを行う過程で、新たに緊急で生じた必要性のある検査に対し、とくにあらためて個別の説明を行わないでも説明義務違反には当たらない裁判所の判断予見可能性今回の病変は通常動脈があるとは考えられない場所に存在し、しかも扁平上皮化生によって血管の赤い色を識別することができず、血管性病変であることを予見するのは医学的にまったく不可能とは言い切れないとしても、その位置、形状、態様、色彩そのほかの状況からして、当時の医学水準に照らしても血管性病変であることを予見することは著しく困難であった。生検の必要性今回の病変は正体が不明であり、悪性腫瘍の可能性もあり、後日改めて気管支鏡検査をすることができないかもしれないという状況であった。しかも気管支鏡以外にはその病変を診断する的確な方法がなかったため、むしろそのまま放置した時は医師として怠慢であると非難されるおそれさえあったといえる。説明義務違反検査に当たってはあらゆる事態を想定してあらゆる事柄について事前に説明を施し、そのすべてについて承諾を得なければならないものとはいえない。今回の生検は当初予定していたTBLBの一部ではなく、不可避的な施術であるとはいえないが、新たに緊急に必要性の判明した検査であった。通常この生検が身体に与える影響は著しく軽微であり、TBLBの承諾を得たものであれば生検を拒否するとは到底考えられないため、改めて説明の上その承諾を得なければならないほどのものではなく、医師としての説明義務違反とはいえない。原告側合計4,516万円の請求を棄却考察今回の事案をご覧になって、多くの先生方(とくに内視鏡担当医師)は、複雑な感想をもたれたことと思います。「医療過誤ではない」という司法の判断こそ下りましたが、もし先生方が家族の立場であったのなら、なかなか受け入れがたい判決ではないでしょうか。いくら「不可抗力であった」と主張しても、結果的には気管支動脈を「動脈」とは認識できずに生検してしまい、出血大量となって死亡したのですから、「見立て違い」であったことにはかわりありません。おそらく担当医師にとってはきわめて後味の悪い症例であったと思います。同じようなケースとして、消化器内視鏡検査で食道静脈瘤を誤って生検してしまい、うまく出血をコントロールできずに死亡した事案も散見されます。消化管の内視鏡検査であれば、止血クリップを使うなどしてある程度出血のコントロールは可能ではないかと思いますが、本件のように気管支内視鏡検査で気管支腔に突出した動脈をつまんでしまうと、事態を収拾するのは相当困難であると思います。本件でも最終的には左肺を全摘せざるを得なくなりました。このように、たいへん難しい症例ではありますが、以下の2つの点については強調しておきたいと思います。1. われわれ医師がよかれと思って誠実に行った医療行為の結果が最悪であった場合に、その正当性を証明するには病理学的な裏付けがきわめて重要である本件では気管支動脈からの出血をコントロールするために左肺が全摘されたため、担当医師らが動脈とは認識できなかった「血管走行異常」を病理学的につぶさに検討することができました。その結果、「動脈とは認識できなくてもやむを得なかった」という重要な証拠へとつながり、無責と判断されたのだと思います。もしここで左肺全摘術、もしくは病理解剖が行われなかったとすると、「気管支動脈を誤認した」という事実だけに注目が集まり、まったく異なる判決になっていたかもしれません。ほかの裁判例でも、病理解剖が行われてしっかりと死亡原因が突き止められていれば、医療側無責となったかもしれない事案が数多くみられます。往々にして家族から解剖の承諾を得ることは相当難しいと思われますが、治療の結果が悪いというだけで思わぬ医事紛争に巻き込まれる可能性がある以上、ぜひとも病理学的な裏付けをとっておきたいと思います。2. 侵襲を伴う検査を行う際には細心の注意を払う必要があるという、基本事項の再確認今回の裁判では病院側の主張が全面的に採用されましたが、検査で偶然みつかった病変に対し、はたして本当に生検が必要であったのかどうかは議論のあるところだと思います。そもそも、気管支鏡検査の目的はグッドパスチャー症候群の診断を確定することにありました。そして、検査の直前には腎機能障害のため、血漿交換、人工呼吸器による呼吸管理まで行われていたハイリスク例でしたので、後方視的にみれば「診断をつける」という目的が達成されればそれで十分と考えるべきであったと思います。つまり、今回の生検は「絶対的適応」というよりも、どちらかというと「相対的適応」ではないでしょうか。偶然みつかった正体不明の病変については、「ついでだから生検しておこう、万が一でも悪性であったら、それはそれでがんをみつけてあげたのだから診断に貢献したことになる」と考えるのも同じ医師として理解はできます。しかし、この判決をそのまま受け取ると、「この患者は気管支鏡検査を受けると、ほとんどの医師は気管支内に突出した気管支動脈を動脈とは認識できず、がんの鑑別目的で『誤認』された動脈を生検されてしまい、出血多量で死亡に至る」ということになります。そもそもわれわれ医師の役目は患者さんの病気を治療することにありますので、病気を治す以前の医療行為が直接の原因となって患者さんが死亡したような場合には、いくら不可抗力といえども猛省しなければならないと思います。ぜひとも多くの先生方に本件のような危険なケースがあることを認識していただき、内視鏡検査では「ちょっとおかしいから組織を採取して調べておこう」と気軽に生検する前に、このようなケースがあることを思い出していただきたいと思います。裁判では「気管支鏡以外にはその病変を診断する的確な方法がなかったため、むしろそのまま放置した時は医師として怠慢であると非難されるおそれさえある」という考え方も首肯されはしましたが、もう一度慎重に検討することはけっして怠慢ではないと思います。われわれ医師の責務として、このような残念なケースから多くのことを学び、同じようなことがくり返されることがないよう、細心の注意を払いたいと思います。呼吸器

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早期胃がん術後の抗がん剤副作用で死亡したケース

癌・腫瘍最終判決判例タイムズ 1008号192-204頁概要53歳女性、胃内視鏡検査で胃体部大弯に4~5cmの表層拡大型早期胃がん(IIc + III型)がみつかり、生検では印環細胞がんであった。胃2/3切除およびリンパ節切除が行われ、術後に補助化学療法(テガフール・ウラシル(商品名:UFT)、マイトマイシン(同:MMC)、フルオロウラシル(同:5-FU))が追加された。ところが、5-FU®静注直後から高度の骨髄抑制を生じ、術後3ヵ月(化学療法後2ヵ月)で死亡した。詳細な経過患者情報とくに既往症のない53歳女性経過1992年3月6日背中の痛みを主訴に個人病院を受診。3月18日胃透視検査で胃体部大弯に陥凹性病変がみつかる。4月1日胃内視鏡検査にて、4~5cmに及ぶIIc + III型陥凹性病変が確認され、生検でGroup V印環細胞がんであることがわかり、本人にがんであることを告知の上、手術が予定された。4月17日胃2/3切除およびリンパ節切除術施行。術中所見では漿膜面にがん組織(のちに潰瘍瘢痕を誤認したものと判断された)が露出していて、第2群リンパ節にまで転移が及んでいたため、担当医師らはステージIIIと判断した。4月24日病理検査結果では、リンパ節転移なしと判定。4月30日病理検査結果では、早期胃がんIIc + III、進達度m、印環細胞が増生し、Ul III-IVの潰瘍があり、その周辺にがん細胞があるものの粘膜内にとどまっていた。5月8日病理検査結果では前回と同一で進行がんではないとの報告。ただしその範囲は広く、進達度のみを考慮した胃がん取り扱い規約では早期がんとなるものの、すでに転移が起こっていることもあり得ることが示唆された。5月16日術後経過に問題はなく退院。5月20日白血球数3,800、担当医師らは術後の補助化学療法をすることにし、抗がん剤UFT®の内服を開始(7月2日までの6週間投与)。6月4日白血球数3,900、抗がん剤MMC® 4mg投与(6月25日まで1週間おきに4回投与)。6月18日白血球数3,400。6月29日抗がん剤5-FU® 1,250mg点滴静注。6月30日抗がん剤5-FU® 1,250mg点滴静注。7月1日白血球数2,900。7月3日白血球数2,400、身体中の激痛が生じ再入院。7月4日白血球数2,200、下痢がひどくなり、全身状態悪化。7月6日白血球数1,000、血小板数68,000。7月7日白血球数700、血小板数39,000、大学病院に転院。7月8日一時呼吸停止。血小板低下が著しく、輸血を頻回に施行。7月18日死亡。当事者の主張患者側(原告)の主張1.リンパ節転移のないmがん(粘膜内がん)に補助化学療法を行った過失診療当時(1992年)の知見をもってしても、表層拡大型IIc + III早期胃がん、ステージI、リンパ節、腹膜、肝臓などのへの転移がなく外科的治癒切除を行った症例に、抗がん剤を投与したのは担当医師の明らかな過失である。しかも、白血球数が低下したり、下痢がみられた状態で抗がん剤5-FU®を投与するのは禁忌であった2.説明義務違反印環細胞がん、表層拡大型胃がんについての例外的危険を強調し、抗がん剤を受け入れざるを得ない方向に誘導した。そして、あえて危険を伴っても補助化学療法を受けるか否かを選択できるような説明義務があったにもかかわらず、これを怠った3.医療知識を獲得して適切な診断・治療を患者に施すべき研鑽義務を怠った病院側(被告)の主張1.リンパ節転移のないmがんに補助化学療法を行った過失術中所見ではがん組織が漿膜面まで明らかにでており、第2群のリンパ節に転移を認めるのでステージIIIであった。病理組織では摘出リンパ節に転移の所見がなく、肝臓などに肉眼的転移所見がみられなかったが、それで転移がなかったとはいえない。本件のような表層拡大型早期胃がんはほかの胃がんに比べて予後が悪く、しかも原発病巣が印環細胞がんという生物学的悪性度のもっとも強いがんであるので、再発防止目的の術後補助化学療法は許されることである。白血球数は抗がん剤の副作用以外によっても減少するので、白血球数のみを根拠に抗がん剤投与の適否を評価するべきではない2.説明義務違反手術で摘出したリンパ節に転移がなく、進達度が粘膜内ではあるが、この結果は絶対的なものではない。しかも原発病巣が生物学的悪性度のもっとも強い印環細胞がんであり、慎重に対処する必要があるので、副作用があるが抗がん剤を投与するかどうか決定するように説明し、患者の同意を得たので説明義務違反はない3.医療知識を獲得して適切な診断・治療を患者に施すべき研鑽義務1980年以降に早期胃がんに対して補助化学療法を行わないとの考えが確立したが、担当医師ががん専門病院に勤務していたのは1970~1980年であり、この当時は抗がん剤の効果をみるために早期胃がんに対しても術後補助化学療法治療試験が盛んに行われていた。したがって、早期胃がんに対して補助化学療法を行わないとの考えを開業医レベルの担当医師に要求するのは無理である裁判所の判断1. リンパ節転移のないmがんに補助化学療法を行った過失担当医師らは肉眼所見でがん組織が漿膜面まで露出していたとするが、これは潰瘍性瘢痕をがんと誤認したものである。また、第2群のリンパ節に転移を認めるステージIIIであったと主張するが、数回にわたって行われた病理検査でがんが認められなかったことを優先するべきであるので、本件は進行がんではない。したがって、そもそも早期がんには不必要かつ有害な抗がん剤を投与したうえに、下痢や白血球減少状態などの副作用がみられている状況下では禁忌とされている5-FU®を、常識では考えられないほど大量投与(通常300~500mgのところを1,250mg)をしたのは、医師として当然の義務を尽くしていないばかりか、抗がん剤の副作用に対する考慮の姿勢がみじんも存在しない。2. 説明義務違反説明義務違反に触れるまでもなく、担当医師に治療行為上の重大な過失があったことは明らかである。3. 医療知識を獲得して適切な診断・治療を患者に施すべき研鑽義務を怠った。担当医師はがん専門病院に勤務していた頃の知見に依拠して弁解に終始しているが、がん治療の方法は日進月歩であり、ある知見もその後の研究や医学的実践において妥当でないものとして否定されることもあるので、胃がんの治療にあたる以上最新の知見の修得に努めるべきである。原告側合計6,733万円の請求を全額認定考察この判例から得られる教訓は、医師として患者さんの治療を担当する以上、常に最新の医学知識を吸収して最良の医療を提供しなければならないということだと思います。いいかえると、最近ようやく臨床の現場に浸透しつつあるEBM(evidence based medicine)の考え方が、医療過誤かどうかを判定する際の基準となる可能性が高いということです。裁判所は、以下の知見はいずれも一般的な医学文献等に掲載されている事項であると判断しました。(1)mがんの再発率はきわめて低いこと(2)抗がん剤は胃がんに対して腫瘍縮小効果はあっても治療効果は認められないこと(3)印環細胞がん・表層拡大型胃がん、潰瘍型胃がんであることは再発のリスクとは関係ないこと(4)抗がん剤には白血球減少をはじめとした重篤な副作用があること(5)抗がん剤は下痢の症状が出現している患者に対して投与するべきでないことこれらの一つ一つは、よく勉強されている先生方にとっては常識的なことではないかと思いますが、医学論文や学会、症例検討会などから疎遠になってしまうと、なかなか得がたい情報でもあると思います。今回の担当医師らは、術中所見からステージIIIの進行がんと判断しましたが、病理組織検査では「転移はないmがんである」と再三にわたって報告が来ました。にもかかわらず、「今までの経験」とか「直感」をもとに、「見た目は転移していそうだから、がんを治療する以上は徹底的に叩こう」と考えて早期がんに対し補助化学療法を行ったのも部分的には理解できます。しかし、われわれの先輩医師たちがたくさんの症例をもとに築き上げたevidenceを無視してまで、独自の治療を展開するのは大きな問題でしょう。ことに、最近では医師に対する世間の評価がますます厳しくなっています。そもそも、総務庁の発行している産業分類ではわれわれ医師は「サービス業」に分類され、医療行為は患者と医療従事者のあいだで取り交わす「サービスの取引」と定義されています。とすると、本件では「自分ががんの研修を行った10~20年前までは早期胃がんに対しても補助化学療法を行っていたので、早期胃がんに補助化学療法を行わないとする最新の知見を要求されても困る」と主張したのは、「患者に対し10~20年前のまちがったサービスしか提供できない」ことと同義であり、このような考え方は利用者(患者)側からみて、とうてい受容できないものと思われます。また、「がんを治療する以上は徹底的に叩こう」ということで5-FU®を通常の2倍以上(通常300~500mgのところを1,250mg)も使用しました。これほど大量の抗がん剤を一気に投与すれば、骨髄抑制などの副作用が出現してもまったく不思議ではなく、とても「知らなかった」ではすまされません。判決文でも、「常識では考えられないほど抗がん剤を大量投与をしたのは、抗がん剤の副作用に対する考慮の姿勢がみじんも存在しない」と厳しく批判されました。「医師には生涯教育が必要だ」、という声は至るところで耳にしますが、今回の事例はまさにそのことを示していると思います。日々遭遇する臨床上の問題についても、一つの考え方にこだわって「これしかない」ときめつけずに、ほかの先生に意見を求めたり、文献検索をしなければならないと痛感させられるような事例でした。癌・腫瘍

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新規静注抗血小板薬の実力はいかに/Lancet

 新規静注P2Y12阻害薬カングレロール(国内未承認)について、経皮的冠動脈インターベンション(PCI)後30日間の有害心イベント予防に関する臨床ベネフィットが報告された。フランス・パリ第7大学のPhilippe Gabriel Steg氏らCHAMPION研究グループが、カングロレルの有効性と安全性について検証された3つの大規模二重盲検無作為化試験「CHAMPION-PCI」「CHAMPION-PLATFORM」「CHAMPION-PHOENIX」についてプール解析を行い報告した。解析の結果、カングレロールは対照群[クロピドグレル(商品名:プラビックス)またはプラセボ]と比較して、PCI周術期の血栓合併症を減少することが示された。一方で出血の増大も認められたという。カングレロールは、強力で急速、可逆的な抗血小板作用を特徴とする。Lancet誌オンライン版2013年9月2日号掲載の報告より。カングレロールに関する3試験の結果をプール解析 本解析の実施は「CHAMPION-PHOENIX」試験前に決められていたもので、カングレロールと対照薬のPCI術中・術後の血栓合併症の予防について比較することが目的であった。 3試験に参加した被験者は、ST上昇型心筋梗塞(11.6%)、非ST上昇型急性冠症候群(57.4%)、安定型冠動脈疾患(31.0%)によりPCIを受けた患者であった。 有効性については、修正intention-to-treat集団2万4,910例を対象に評価が行われ、事前規定の主要有効性評価は、48時間時点の全死因死亡・心筋梗塞・虚血による血行再建術・ステント血栓症の複合アウトカムだった。また主要安全性評価は、48時間時点の重篤または生命に関わる非冠動脈バイパス移植関連GUSTO(Global Use of Strategies to Open Occluded Coronary Arteries)基準の出血だった。カングレロールはステント血栓症を有意に41%抑制 結果、カングレロールは主要有効性複合アウトカムの発生を、オッズ比で有意に19%抑制したことが示された(カングレロール群3.8%、対照群4.7%、オッズ比[OR]:0.81、95%信頼区間[CI]:0.71~0.91、p=0.0007)。 アウトカムを個別にみるとステント血栓症の発生率の低下が最も大きく、カングレロールの投与によりオッズ比で有意に41%抑制された(0.5%vs. 0.8%、OR:0.59、95%CI:0.43~0.80、p=0.0008)。また、副次有効性複合アウトカム(48時間時点の全死因死亡・心筋梗塞・虚血による血行再建術)は19%の低下であった(3.6%vs. 4.4%、OR:0.81、95%CI:0.71~0.92、p=0.0014)。 これら有効性アウトカムの結果は、試験全体および主要サブセット患者においても一貫しており、またそのベネフィットは30日時点の解析においても維持されていた。 主要安全性評価のアウトカムについては、カングレロール群と対照群で差はみられなかった(両群とも発生率0.2%)。またGUSTO中等度出血(0.6%vs. 0.4%)、輸血(0.7%vs. 0.6%)についても有意差はみられなかったが、GUSTO軽度出血についてカングレロール群の有意な増大がみられた(16.8%vs. 13.0%、p<0.0001)。

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