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新型コロナに対する治療の一環として自然感染から回復した患者血漿を投与する療法が試みられている。これと同様の治療法はS蛋白の種々なる領域に対するMonoclonal抗体治療である(本誌論評-1326参照)。しかしながら、Monoclonal抗体製剤は高価であり世界のすべての地域で簡単に施行できる方法ではなく、費用対効果の面から安価な回復期血漿療法(一種のPolyclonal抗体療法)が多くの国で試みられている。 患者の回復期に得られた血漿を新たな患者に輸血する方法はエボラ出血熱、SARS、MERS、鳥インフルエンザなど種々の感染症において施行されてきた。新型コロナにあっても、ニューヨーク州Andrew Cuomo知事は回復期血漿を新たな感染者に投与することを表明した(2020年3月24日)。これを受け、米国FDAは回復期血漿の緊急使用を承認した。米国における動向を受け本邦の厚生労働省も回復期血漿投与を保険適用外治療として承認した。 非盲検化観察研究では回復期血漿投与を有効とする報告が多いが(Shen C, et al. JAMA. 2020;323:1582-1589.、Liu STH, et al. Nat Med. 2020;26:1708-1713. )、RCTによる検討結果は本法の臨床的効果を必ずしも肯定するものではなかった。インド39施設におけるRCT(PLACID trial、中等症の患者が対象、対照群:229人、血漿投与群:235人、輸血:ランダム化時と24時間後の2回に分けて200mLずつ投与)では、輸血後7日以内のウイルス陰性化率は血漿投与群で有意に高く臨床所見も改善することが示された(Agarwal A, et al. BMJ 2020;371:m3939.)。しかしながら、経過観察中の中和抗体価、種々の炎症マーカー(LDH、CRP、D-dimer、Ferritin)、28日以内の重症化率、死亡率は両群間で有意差を認めず、回復期血漿投与の臨床的効果は非常に限られたものであることが示唆された。アルゼンチンの12施設で施行されたRCT(PlasmAr trial、肺炎を認めた中等症患者が対象、対照群:105人、血漿投与群:228人、輸血:IgG抗体価が800倍以上のものを500mL、症状発現後8日以内)では、血中のウイルスに対するIgG抗体価は輸血後2日目において血漿投与群で有意に高値であったものの、それ以降では対照群との間で有意差を認めなかった(Simonovich VA, et al. N Engl J Med. 2020 Nov 24. [Epub ahead of print])。輸血30日後の臨床所見、死亡率は両群で差がなく、血漿投与の臨床的に意義ある効果は確認されなかった。一方、PlasmAr trialと同様にアルゼンチンで施行された入院高齢者を対象とした別のRCT(75歳以上、あるいは、65~74歳で危険因子としての併存症を少なくとも1つ有する高齢者を対象、対照群:80人、血漿投与群:80人、輸血:症状発現より3日以内)では、回復期血漿投与が呼吸不全への進展(SpO2:93%以下 or RR:30/min以上)を阻止したと報告された。しかしながら、Life-threating state(ARDS、MOF、死亡など)への進行は、対照群と血漿投与群で有意差を認めなかった。以上のように、回復期血漿治療を有効とも無効ともいえない状況が続いていたが、各試験における解析対象者数が少なかったことが回復期血漿治療に関する是非の判断を困難にした要因の一つであった。 以上の問題を解決するため、2021年1月13日、米国Mayo Clinic主導で施行された多数例(PCR確定、18歳以上の入院患者3,082人)を対象とした観察研究の結果が報告された(Joyner MJ, et al. N Engl J Med. 2021 Jan 13. [Epub ahead of print])。この観察研究では、S蛋白に対する特異的IgG抗体価がウイルスに対する中和抗体価と比例するものと仮定し、輸血したIgG抗体価をもとにLow titer群(n=561)、Middle titer群(n=2,006)、High titer群(n=515)の3群に分類してS蛋白を標的としたPolyclonal IgG抗体の効果が解析された。重要な知見として、輸血後30日以内の死亡率は、Low titer群に比べHigh titer群で有意に低く、その効果は機械呼吸を導入されていなかった比較的重症度の低い症例で顕著であったことが示された。さらに、早期に輸血した対象(診断後3日以内)の生命予後は、遅く輸血した対象(診断後4日以上)に比べて有意によかった。Mayo Clinicの治験結果は、回復期血漿治療はできる限り早く感染初期の比較的軽症の時点で導入すべきもので、かつ、S蛋白に対するIgG抗体価が高い血漿を輸血すべきであることを示唆している。Mayo Clinicの試験結果は、回復期血漿治療の本質が生体内ウイルス量の制御であることを考えると十分に納得いくものであり、回復期血漿治療の臨床的有効性を確実に示したものと評価できる。 回復期血漿治療において今後注意しなければならない問題は、ウイルスの変貌(遺伝子変異)である。武漢原株に始まり、2020年春から秋ごろまではD614G変異株(S蛋白の614部位のアミノ酸がアスパラギン酸[D]からグリシン[G]に置換)が世界に流布するウイルスの主体を占めていた。それ故、現状の回復期血漿はD614G変異株のS蛋白に対するPolyclonal抗体を保有する血漿だと考えなければならない。2020年12月以降、英国、南アフリカ、ブラジルにおいてD614G株からさらに変異したN501Y変異株(S蛋白の501部位がアスパラギン[N]からチロシン[Y]に変異)が世界の多くの地域で検出されるようになった(Kirby T. Lancet Respir Med. 2021;9:e20-e21.)。N501Y株に関する正式名称は、英国株:B.1.1.7、南アフリカ株:B.1.351、ブラジル株:P.1である。これら3種類のN501Y変異株は互いに独立したウイルスであり、各地域でD614G株から独自に進化を遂げたものである。これら3種類のN501Y変異株にあって、南アフリカ株、ブラジル株のS蛋白における変異は相同性が高く、“免疫回避変異”を有することが判明している(Ho D, et al. Res Sq. 2021 Jan 29. [Epub ahead of print])。すなわち、南アフリカ株、ブラジル株に対しては、D614G株に罹患した人から集積した回復期血漿のウイルス予防効果が低く、今後は、流行しているウイルス株に対応した血漿を集積していく必要がある。この点は、種々のMonoclonal抗体製剤、現行のワクチンに関しても同様に成立する内容であり、ウイルス制御を目的とする各治療分野にあって新たな変異株を標的とした治療法の確立を目指す必要がある。 2020年の夏、オランダ、デンマークのミンク農場で人からミンクへの感染、ミンクから人への逆感染が発生した(214例)。コロナはほぼすべての哺乳動物に感染し(Lam SD, et al. Sci Rep. 2020;10:16471.)、他の哺乳動物から人へ逆感染する場合には予測できない遺伝子変異を有している可能性がある。それ故、人類の中でのウイルス変異に加え他の哺乳動物内での変異についても細心の注意を払う必要があることを付け加えておきたい。