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第19回 高齢者の肥満、特有の問題と予後への影響は【高齢者糖尿病診療のコツ】

第19回 高齢者の肥満、特有の問題と予後への影響はQ1 高齢者の肥満、若年者とはちがう特徴とは?最近、高齢糖尿病患者でも肥満症が増えています。我が国の65歳以上の高齢糖尿病患者でBMI 25㎏/m2以上の頻度は2000年から2012年で28.4%から33.0%に増加したという報告もあります1)。こうした高齢者の肥満症の増加は1)加齢に伴う身体活動量の低下2)基礎代謝量の低下3)高齢者の食習慣の欧米化などが関係しているのでないかと思われます。高齢者の肥満症にはいくつかの特徴があります。加齢とともに内臓脂肪は増加し、除脂肪量(骨格筋量)が低下するという体組成の変化が起こり、BMI高値を伴わない腹部肥満、いわゆる隠れ肥満やメタボリックシンドロームが増加します。また、高齢者のBMIは体脂肪量を正確に反映しないことがあります。身長が低下することで、BMIは見かけ上増加することもあります。したがって、高齢者の肥満症の評価にはBMIだけでなく、ウエスト周囲長も測ることが大切です。ウエスト周囲長やウエスト・ヒップ比の高値の方がBMIよりも死亡のリスクの指標となることも知られています。また、高齢期の肥満症では死亡や心血管疾患のリスクが逆に減少するというobesity paradoxがみられる場合があります。これは、BMI低値の方が悪性疾患、サルコペニア、慢性感染症などの併存疾患によるリスクが増加することで、BMI高値におけるリスクが相対的に小さくなることが原因として考えられます。加齢とともに、肥満とサルコペニアが合併したサルコペニア肥満が増えます2)。サルコペニア肥満は糖尿病やメタボリックシンドロームの発症リスクも高いので、高齢者糖尿病でも注意すべきです。サルコペニア肥満では筋肉内の脂肪蓄積によるインスリン抵抗性、炎症、ビタミンD低下などが骨格筋量や筋力の減少をもたらし、身体機能低下をきたすと考えられ考えられています。サルコペニア肥満は、単なる肥満症と比べ、フレイル、ADL低下、転倒、骨粗鬆症、認知機能低下、および死亡をきたしやすいことが特徴です3)。サルコペニア肥満の定義は定まっていませんが、肥満の方は体脂肪%、ウエスト周囲長などで定義しています。われわれの調査では高齢糖尿病患者におけるDXA法による四肢骨格筋量と体脂肪量で定義したサルコペニア肥満の頻度は16.7%という結果でした2)。Q2 高齢者の肥満は身体機能や認知機能、死亡にどのような影響を及ぼしますか?高齢者のBMI 30kg/m2以上の肥満や腹部肥満は、ADL低下、歩行困難、フレイル、易転倒性などの身体機能低下と関連しています。Study of Osteoporosis Fracturesにおける高齢糖尿病患者でも家事や2~3ブロックの歩行が約2~2.5倍障害されると報告されています4)。また、高齢糖尿病患者がフレイルをきたしやすいことも腹部肥満によって一部説明できると報告されています5)。BMI 25kg/m2以上の肥満がある糖尿病患者では複数回の転倒を約3.5倍起こしやすくなります6)。とくにインスリン治療と過体重が重なると、何度も転倒しやすいとされています。中年期の肥満は認知症発症リスクになりますが、高齢期の肥満は認知症発症リスクに抑制的に働くことが知られています。しかしながら、高齢者の肥満患者の体重変化と認知症発症とはJカーブの関連が見られ、体重減少と体重増加の両者がリスクとなっています(図1)。画像を拡大する高齢糖尿病患者でも、BMI低値、体重減少(10%以上)と体重増加(10%以上)が認知症発症の危険因子であると報告されています7)。高齢糖尿病患者ではそれ自体が認知症発症のリスクですが、認知症発症のリスクとなる4つの肥満の中で、体重減少を伴った高齢者の肥満、メタボリックシンドローム(腹部肥満)、サルコペニア肥満に注意する必要があります(図2)。画像を拡大する一方、12の論文のメタ解析により、生活習慣の改善による意図的な体重減少は記憶力と注意力・遂行機能を改善することが明らかになっています8)。 Look Ahead研究では高齢者を含む2型糖尿病患者でもエネルギー制限と運動療法による介入によって、過体重の患者で認知機能の改善が見られています9)。糖尿病初期の肥満症患者を対象にリラグルチド1.8㎎/日を4ヵ月間投与した介入群と対照群で認知機能の変化を検討したRCTでは、両群とも7%の体重減少が得られたが、リラグルチド投与群では短期記憶と記憶複合スコアの有意な増加を認めたと報告されています10)。減量自体の効果よりも、GLP-1の脳のブドウ糖代謝の改善、可溶性AβによるIRS-1のセリンのリン酸化阻害によるインスリン情報伝達障害の改善などによる認知機能の改善効果の可能性もあります。いずれにせよ、高齢者の肥満症の患者では体重減少が意図的か否かに注意する必要があります。高齢糖尿病患者における肥満症と心血管疾患の発症や死亡に関しては、一致した結果が得られていません。肥満症合併の高齢糖尿病患者を対象に生活習慣改善と体重減少の介入を行ったLook AHAED研究では心血管疾患発症の減少は見られなかったと報告されています11)。我が国のJDCS研究とJ-EDIT研究の糖尿病患者のプール解析では、BMI 18.5未満の群で死亡リスクが上昇し、BMI 25㎏/m2以上の群では死亡リスクは増加していませんでした12)。とくに75歳以上ではBMI18.5未満の群の死亡リスクが8.1倍と75歳未満と比べてさらに高くなり、最も死亡リスクが低いBMIは25前後となりました。すなわち、低栄養による死亡リスクの方が増加し、肥満による死亡リスクが相対的に低下したと考えられます。1)Miyazawa I, et al. Endocr J. 2018;65:527-536.2)荒木 厚、周赫英、森聖二郎:日本老年医学会雑誌.2012;49:210-213.3)Batsis JA, et al. J Am Geriatr Soc. 2013;61:974-980.4)Gregg EW, et al. Diabetes Care. 2002; 25: 61-67.5)Volpato S, et al. J Gerontol A BiolSci Med Sci.2005; 60: 1539-1545.6)García-Esquinas E, et al. J Am Med Dir Assoc. 2015;16:748-754.7)Nam GE, et al. Diabetes Care. 2019;42:1217-1224.8)Siervo M, et al. Obes Rev. 2011;12:968-983.9)Espeland MA, et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2014;69:1101-1108.10)Vadini F, et al. Int J Obes (Lond). 2020 Jun;44:1254-1263.11)Wing RR, et al. N Engl J Med. 2013;369:145-154.12)Tanaka S, et al. J Clin Endocrinol Metab. 99: E2692-2696, 2014.

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ダロルタミド、転移のない去勢抵抗性前立腺がんの生存率改善/NEJM

 転移のない去勢抵抗性前立腺がん患者の治療において、ダロルタミドはプラセボに比べ、3年生存率が有意に高く、有害事象の発現はほぼ同程度であることが、フランス・Institut Gustave RoussyのKarim Fizazi氏らが行った「ARAMIS試験」の最終解析で示された。研究の成果は、NEJM誌2020年9月10日号に掲載された。ダロルタミドは、独自の化学構造を持つアンドロゲン受容体阻害薬で、本試験の主解析の結果(無転移生存期間中央値:ダロルタミド群40.4ヵ月、プラセボ群18.4ヵ月、ハザード比[HR]:0.41、95%信頼区間[CI]:0.34~0.50、p<0.0001)に基づき、転移のない去勢抵抗性前立腺がんの治療薬として、すでに米国食品医薬品局(FDA)の承認を得ている。主解析の時点では、全生存(OS)を解析するためのデータは不十分であり、試験期間を延長してフォローアップが継続されていた。OSを含む副次エンドポイントを評価 本研究は、転移のない去勢抵抗性前立腺がん患者の治療におけるダロルタミドの有用性を評価する二重盲検プラセボ対照無作為化第III相試験であり、2014年9月~2018年3月の期間に患者登録が行われた(Bayer HealthCareとOrion Pharmaの助成による)。 対象は、前立腺特異抗原(PSA)≧2ng/mL、PSA倍加時間≦10ヵ月、全身状態(ECOG PS)0または1の転移のない去勢抵抗性前立腺がんの患者であった。 被験者は、ダロルタミド(600mg)を1日2回、食事とともに経口投与する群、またはプラセボを投与する群に2対1の割合で無作為に割り付けられた。この間、アンドロゲン除去療法は継続された。 主要エンドポイント(無転移生存期間)の解析結果が肯定的であることが明らかとなった時点で、治療割り付けの盲検を中止し、プラセボ群の患者は非盲検下ダロルタミド投与へのクロスオーバーが許可された。 今回の事前に規定された最終解析では、OSを含む副次エンドポイントの評価が行われた。死亡リスク31%低下、他の副次エンドポイントにも有意差 1,509例が登録され、ダロルタミド群に955例、プラセボ群には554例が割り付けられた。フォローアップ期間中央値は29.0ヵ月だった。 データを非盲検とした時点でプラセボの投与を受けていた170例は、全例がダロルタミドにクロスオーバーされた。非盲検となる前にプラセボを中止していた137例は、ダロルタミド以外の1種類以上の延命治療を受けていた。 3年OS率はダロルタミド群が83%(95%CI:80~86)、プラセボ群は77%(72~81)であった。死亡リスクは、ダロルタミド群がプラセボ群に比べて31%低く、有意差が認められた(死亡のHR:0.69、95%CI:0.53~0.88、p=0.003)。 ダロルタミド群では、他の副次エンドポイントである症候性骨関連事象発現までの期間(HR:0.48、95%CI:0.29~0.82、p=0.005)、細胞傷害性化学療法開始までの期間(0.58、0.44~0.76、p<0.001)、疼痛進行までの期間(0.65、0.53~0.79、p<0.001)についても、有意な改善効果がみられた。 有害事象は、二重盲検期にはダロルタミド群85.7%、プラセボ群79.2%で発現した。有害事象による治療中止の割合は、主解析(ダロルタミド群8.9%、プラセボ群8.7%)と変わらず、二重盲検期の重篤な有害事象やGrade5の有害事象の割合も主解析と一致していた。ダロルタミド群では、疲労感が13.2%で報告され、二重盲検期に10%を超えた唯一の有害事象であった。発現率が5%を超えたその他の有害事象は、いずれも両群でほぼ同等の頻度であった。 治療曝露量で補正したとくに注意すべき有害事象(転倒、痙攣発作、高血圧、抑うつ/気分障害など)のほとんどは、両群間に頻度の差がないか、あってもわずかであった。 著者は、「この試験は規模が大きく、とくにフォローアップ期間を延長して報告したOSの解析において、頑健な統計解析が可能となった」としている。

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精神病性うつ病患者の再発に対するベンゾジアゼピンの影響

 ベンゾジアゼピンの長期投与は、依存、転倒、認知障害、死亡リスクを含む有害事象が懸念され、不安以外の症状に対する有効性のエビデンスが欠如していることから、うつ病治療には推奨されていない。しかし、多くのうつ病患者において、抗うつ薬とベンゾジアゼピンの併用が行われている。東京医科歯科大学の塩飽 裕紀氏らは、ベンゾジアゼピン使用がうつ病患者の再発または再燃リスクを低下させるか調査し、リスク低下の患者の特徴について検討を行った。Journal of Clinical Medicine誌2020年6月21日号の報告。 対象は、入院中に寛解を達成したうつ病患者108例。うつ病の再発および再燃を定量化するため、カプラン・マイヤー生存分析を用いた。主な結果は以下のとおり。・対象患者のうち、26例は重度の精神病性うつ病と診断されていた。・すべての患者をまとめて分析したところ、ベンゾジアゼピン使用患者と非使用患者の再発または再燃の割合に、有意な差は認められなかった。・精神病性うつ病患者の再発率は、ベンゾジアゼピン使用患者で21.2%、非使用患者で75.0%であった(log rank p=0.0040)。・カプラン・マイヤー生存分析では、効果は用量依存的であることが示唆された。 著者らは「ベンゾジアゼピンの補助療法は、重度の精神病性うつ病患者の再発または再燃の減少に有用である可能性がある」としている。

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血圧コントロール不良を契機に漫然投与のNSAIDsを卒業【うまくいく!処方提案プラクティス】第25回

 今回は、血圧上昇を理由にNSAIDsの中止を提案したケースを紹介します。高齢者では、骨折や転倒などによる受傷、手術を契機にNSAIDsが開始となり、そのまま漫然と投薬を続けていることは少なくありません。薬剤師は服薬開始日や理由を薬歴などに記録し、長期的に服用を続ける必要があるかどうかを医師と共同モニタリングしましょう。患者情報80歳、男性(施設入居)基礎疾患高血圧症、不眠症既往歴75歳時に大腿骨頸部骨折、60歳時に鼠径ヘルニア手術訪問診療の間隔2週間に1回服薬管理施設看護師が管理処方内容1.アムロジピン錠5mg 1錠 分1 朝食後2.エナラプリル錠5mg 1錠 分1 朝食後3.酸化マグネシウム錠 500mg 2錠 分2 朝夕食後4.セレコキシブ錠100mg 2錠 分2 朝夕食後5.レバミピド錠100mg 2錠 分2 朝夕食後6.ピコスルファートナトリウム錠2.5mg 1錠 分1 夕食後本症例のポイントこの患者さんは、普段から穏やかでおとなしい性格で、訪問診療時の血圧は140〜150/80〜90くらいで推移していました。セレコキシブが処方されていますが、日中や夜間の疼痛の訴えはなく、疼痛コントロールは安定していました。長期的にNSAIDsを服用すると、腎機能低下や胃潰瘍などのリスクがあるため、いつからセレコキシブを服用していて、いつまで服用しなければならないのか気になっていました。そのさなか、訪問診療時に血圧が158/96と高めの日があり、医師より降圧薬を追加するのはどうかと相談がありました。そこで、いくつか懸念事項があったので下記のように考えをまとめました。血圧上昇のアセスメント降圧薬を単に追加するのではなく、現行の治療薬で何か血圧に影響しているものはないかを検証することが先決です。そこで、真っ先にNSAIDsであるセレコキシブによる影響を考えました。セレコキシブは、過去の骨折の際に処方が開始となり、変更なくそのまま服用していることをお薬手帳や施設看護師から情報収集しました。通常、NSAIDsはアラキドン酸からプロスタグランジンへの産生を抑制し、水やNaの貯留と血管拡張抑制による影響から血圧を上昇させる可能性があります。血圧への影響や長期的な腎機能障害への影響については、COX-2選択的阻害薬でも非選択的NSAIDsと効果は同等といわれています。さらに、セレコキシブは長期間にわたって酸化マグネシウムと併用されていますが、AUCこそ変動はないものの、併用によってCmaxが低下するため、薬効低下が生じて十分な治療効果が得られていない可能性もあります。そこで、現在疼痛コントロールも安定していることと、血圧上昇の影響も考慮して、セレコキシブを中止する提案をすることにしました。処方提案と経過医師より降圧薬追加の相談を受けて、セレコキシブを中止することで血圧が安定する可能性があることを上記の考察を添えて回答しました。医師が長期間使っていた治療薬を中止することで患者さんの状態が変化することを懸念したため、セレコキシブを中止する代わりにアセトアミノフェン錠500mg 1錠/回 疼痛時の頓用を提案し、承認を得ることができました。セレコキシブと胃粘膜障害を防ぐために併用されていたレバミピドを中止した後も疼痛増悪はなく、アセトアミノフェン錠を服用することなく経過しました。血圧も130〜140/70〜80で落ち着いて推移しているため、その後も降圧薬を追加することなく患者さんは安定した状態を維持しています。1)セレコックス錠100mg/200mg 添付文書2)北村和雄. 宮崎医学会誌. 2008;32:1-5.

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不安感増悪の原因がデュロキセチンかプロピベリンか見極めて変更提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第24回

 複数の薬剤を服薬している患者さんでは、有害事象の原因薬剤の特定が困難なことが多くあります。しかし、症状や時期を聴取し原因を推論することで、必要な薬剤が削除されたり、不要な薬剤が追加されたりすることが回避できることがあります。今回は、有害事象を早期に察知して、影響の少ない薬剤に変更したケースを紹介します。患者情報90歳、男性(在宅)基礎疾患:高血圧症、過活動膀胱訪問診療の間隔:1週間に1回服薬管理:お薬カレンダーで管理し、訪問スタッフが声掛け処方内容1.アムロジピン5mg 1錠 分1 朝食後2.テプレノンカプセル50mg 1カプセル 分1 朝食後3.酸化マグネシウム錠250mg 1錠 分1 朝食後4.プロピベリン塩酸塩錠10mg 2錠 分1 朝食後5.デュロキセチン塩酸塩カプセル20mg 1カプセル 分1 朝食後6.ピコスルファートナトリウム錠2.5mg 1錠 便秘時7.経腸成分栄養剤(2−2)液 250mL 分1 朝食後本症例のポイントこの患者さんは5年前に奥様が亡くなってから独居で生活されていて、家族との交流はほとんどありません。日常的に不安感が強く、うつ病の診断でデュロキセチンが開始されると同時に、薬剤師の訪問介入が開始となりました。その際、服薬アドヒアランスは不良で、ほとんど薬に手を付けていない状況でした。認知機能は改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)で 25点と正常であったものの、薬剤と服薬回数の多さを負担に感じていたようです。そこで、当初は朝と夕に服用する薬剤が処方されていましたが、服薬を確実に行うことを優先して朝1回の服用に用法をまとめることを提案し、今回から上記の処方となりました。薬剤はカレンダーに1週間分をセットし、毎日の訪問スタッフ(訪問介護員、訪問看護師、訪問薬剤師、ケアマネジャー)が協力して声掛けを行うことで服薬アドヒアランスが安定しました。しかし、1週間後に口渇と不安感が増強したため、医師より新規開始薬のデュロキセチンが影響している可能性はないかという電話相談がありました。ここで、私が考えたアセスメントについてまとめると下記のようになります。服薬アドヒアランスが良好になったことによる有害事象アドヒアランスが安定することで初めて薬剤の本来の治療効果が生じることは多くありますが、今回は効果よりも有害事象が現れたのではないかと考えました。口渇および不安感増強で評価すべきポイントは、(1)新規開始薬のデュロキセチンによる影響、(2)プロピベリンの抗コリン作用による影響の2点です。デュロキセチンなどのセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬は、投与開始2週間以内や増量後に賦活症候群1)2)が生じやすいことが知られています。この患者さんはアドヒアランスが安定したことで同じような状態になり、不安や焦燥感が増悪したとも考えられました。しかし、賦活症候群の診断基準は曖昧であり、ほかの代表的な症状である不眠や攻撃性、易刺激性、アカシジアなどはなく、口渇が同時期に出ていることから可能性は低いと考えました。むしろ、口渇こそが患者さんに苦痛を与えており、これが不安につながっていると考えるのが自然だと感じました。そこで、アドヒアランスが改善したことで、プロピベリンの抗コリン作用の影響が強く出てしまっているのではないかと考えました。現在の排尿障害について患者さんに確認すると、昼間の頻尿はなく、夜間の尿意で起きることは1〜2回/日であり、それほど苦痛には感じていないとのことでした(過活動膀胱スコア[OABSS]3)は3点と軽症)。それよりも、「とにかく喉が渇いてしょうがない、口の中が気持ち悪い、変な病気になったんじゃないかと不安」と聴取し、プロピベリンがきっかけとなっていることがうかがえました。また、抗コリン薬は長期的には認知機能低下や便秘、嚥下機能低下、転倒4)などの懸念があり、変更が望ましいと考えました。処方提案と経過医師に電話で折り返し、患者さんとの上記のやりとりを含めて報告し、今回の不安感増大はプロピベリンによる口渇が原因となっている可能性を伝え、過活動膀胱治療薬をミラベグロン錠25mg 1錠へ変更することを提案しました。提案根拠としては、ミラベグロンは膀胱のβ3受容体刺激作用から蓄尿期のノルアドレナリンによる膀胱弛緩作用を増強することで膀胱容量を増大させるという蓄尿作用を示しますが、抗コリン作用がないからです。その結果、医師よりプロピベリンを中止し、ミラベグロンを開始するよう指示がありました。また、患者さんが服用錠数の多さを負担に感じていましたが、胃炎や胃潰瘍などの明白な病歴や症状を聴取できなかったため、テプレノンの必要性を医師に確認したところ、飲み切り終了の指示もありました。その後、ミラベグロンへの変更から7日目には口渇は消失し、不安や焦燥感も軽減していました。また排尿障害もOABSSは3点と変動はなく、代替薬への変更が奏効しました。1)浦部晶夫ほか編集. 今日の治療薬2020. 南江堂;2020.2)サインバルタカプセル20mg/30mg インタビューフォーム3)日本老年医学会ほか編集. 高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015;2015.4)日本排尿機能学会 過活動膀胱診療ガイドライン作成委員会編集. 過活動膀胱診療ガイドライン第2版;2015.

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ASCO2020レポート 老年腫瘍

レポーター紹介高齢がん患者を包括的に評価&サポートする診療の有用性を評価した臨床試験1)高齢がん患者を包括的に評価&サポートする診療社会の高齢化に伴い、がんを罹患している高齢者(以下、高齢がん患者)は増加し続けている。これまで、がん治療については腫瘍科医が、高齢者の一般診療については老年科医が別々に行ってきたが、この連携は必ずしも十分でなかった可能性がある。高齢者総合的機能評価(comprehensive geriatric assessment:CGA)は、老年医学領域では日常的に行われている、患者が有する身体的・精神的・社会的な機能を多角的に評価し、脆弱な点が見つかれば、それに対するサポートを行う診療手法である2)。具体的な評価項目(ドメイン)としては、生活機能、併存症、薬剤、栄養、認知機能、気分、社会支援、老年症候群(転倒、せん妄、失禁、骨粗鬆症など)である(表1)。画像を拡大するがん領域ではCGAに慣れている医療者が少ないため、まずは評価だけでも実施してみる、というのが世界的な流れであった(注:がん領域では、CGAから「総合的」が抜け、高齢者機能評価[geriatric assessment:GA]と表記されることが多い)。さまざまな研究の結果、GAは、1)重篤な有害事象を予測する因子になりうる、2)生命予後を予測する因子になりうる、3)通常の診療では気付かない障害を明らかにする、4)治療方針を決定する際の参考情報となる、ことが示された。この結果、国内外のガイドラインでは、高齢がん患者に対してGAを実施することが推奨されている3,4)。しかし、がん領域ではGAによる「評価」ばかりが注目されており、「脆弱性に対するサポート」は注目されてこなかった。今回いよいよ、がん領域でもGAによる評価だけでなく、脆弱性に対するサポートも含めた診療の有用性を評価すべくランダム化比較試験が施行され、その結果がASCO2020で発表された。「GAの結果とサポート方法を患者と医療者に伝える診療」の有用性を評価した多施設共同クラスター・ランダム化比較試験米国のMohileらは、「通常のがん診療」と比較して、「GAの結果とサポート方法を患者と医療者に伝える診療」が、重篤な有害事象発生割合を減らすか否かを検討するために、多施設共同クラスター・ランダム化比較試験を実施した。主な適格規準は、70歳以上、根治不能III期またはIV期の全がん種、治療前に行われたGAで少なくとも1つに障害がある、がん薬物治療が予定されている、などであった。standard armは通常診療(治療前に行われたGAの結果すら伝えない通常の診療)であり、test armは介入ケア(GAを実施し、その結果とサポート方法の提案を患者と医療者に伝える診療)であった。なお、国内外のガイドラインでGAが推奨されているにもかかわらず、standard armがGAを実施しない通常診療とされている理由は、現時点では、米国でも日常診療でGAを実施していないためである。介入ケア群での提案内容については、現時点では公表されておらず、また介入ケア群では、あくまで提案を伝えるのみであり、提案によって治療法を変更するよう強制したものではなかった。試験デザインとして、「施設」をランダム化するクラスター・ランダム化デザインを採用した。これは、通常の試験のように「患者」を両群に割り付けると、同じ医療者または同じ施設にもかかわらず、患者によって異なるアプローチを取ることになり、患者によっては不満を募らせる可能性があること、医療者がどちらか良い印象を持った診療を行ってしまうことで診療の効果が薄まることが予想されたためである。primary endpointは3ヵ月以内にGrade3~5の有害事象を経験した患者の割合、secondary endpointは6ヵ月時点での生存期間などであった。2013年から2019年にかけて、41施設が登録された(患者数:718例)。通常診療群と比較して介入ケア群では、消化器がんが多く(30.9% vs.38.1%)、肺がんが少なく(31.4% vs.18.1%)、黒人が多く(3.3% vs.11.5%)、既治療例が多かった(22.7% vs.30.8%)。Grade3~5の有害事象は、通常診療群で71.0%、介入ケア群で50.1%であり、介入ケア群で有意に低かった。相対リスク比(RR)は0.74(95%CI:0.63~0.87、p=0.0002)であり、この差はほとんどが非血液毒性によるものであった(RR:0.73、95%CI:0.53~1.0、p<0.05)。secondary endpointの1つである6ヵ月時点での生存期間は、通常診療群で74.3%、試験診療群で71.3%であった。介入ケア群では、1コース目でより多くの患者が強度を下げた治療を受けた(35.0% vs.48.7%)。治療開始3ヵ月以内の投与量変更は介入ケア群のほうが少なかった(57.5% vs.42.1%)。Mohileらは、GAの結果とサポート方法を患者と医療者に伝えることで、生存期間を大きく損なうことなく、Grade3~5の有害事象を減らした、1コース目での治療強度の低下でこれらの結果を説明できる可能性がある、と結論付けている。感想「GAの結果とサポート方法を患者と医療者に伝える診療」が、重篤な有害事象発生割合を減らすことが示された。現時点では、具体的なサポート方法が公表されていないため、最も重要な部分がわからないが、丁寧に高齢者を評価してサポートすれば、重篤な有害事象が減少するのは理解しやすいと思われる。一方、Mohileらは、「生存期間を大きく損なうことなく、Grade3~5の有害事象を減らした」と結論付けているが、これは全面的に受け入れられないと考える。今回公表されたのは「6ヵ月」時点での生存期間であり、余命が短い高齢者とはいえ、「6ヵ月」時点の生存期間だけを比較して、生存期間は同じくらいであったというのは無理があるように思う。追跡期間は1年とのことなので、今後1年時点の生存期間に大きな差がないかは確認する必要はあるだろう。また、本試験の特性上、施設をクラスター・ランダム化するしかなかったので仕方ないとはいえ、がん種や治療レジメンなどの背景因子が両群でそろっていない状態での群間比較であるため、有害事象や生存期間などの結果を全面的に信じることはできないと考える。しかし、「通常のがん診療」と「GAの結果とサポート方法を患者と医療者に伝える診療」を比較する場合はクラスター・ランダム化比較試験を選択するのは間違いではなく、それが故に背景因子がそろわないことはやむを得ないともいえる。つまり、今後もこれ以上、質の高い臨床試験は現れない可能性があることになる。したがって、今回の結果をうのみにしないまでも、Mohileらの結論に臨床的な違和感を覚えないのであれば、「高齢がん患者にとってつらいGrade3~5の非血液毒性が減り、そこまで生存期間が短くならない可能性がある」ということくらいは言ってもよいかもしれない。参考1)Gupta Mohile S, et al. ASCO 2020.2)健康長寿診療ハンドブック―実地医家のための老年医学のエッセンス―3)NCCN GUIDELINES FOR SPECIFIC POPULATIONS: Older Adult Oncology4)Wildiers H, et al. J Clin Oncol. 2014;32:2595-2603.

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第21回 めまい part1:回転性か浮動性かで分類すればいいんでしょ? 【救急診療の基礎知識】

●今回のPoint1)前失神か否かをcheck! 2)持続時間を意識し良性発作性頭位めまい症(BPPV)か否かをcheck!
3)安静時に眼振があったらBPPVではない!
【症例】68歳女性。来院当日の起床時からめまいを自覚した。しばらく横になり、その後トイレにいこうと歩き始めたところ、再度症状が出現し、嘔気・嘔吐も伴い救急車を要請した。病院到着時、嘔気の訴えはあるがめまい症状は消失していた。しかし、病院のストレッチャーへ移動すると再びめまいが。。。●受診時のバイタルサイン意識清明血圧158/85mmHg脈拍95回/分(整)呼吸18回/分SpO298%(RA)体温36.1℃瞳孔開眼困難で評価できず既往歴高血圧、脂質異常症、虫垂炎めまいという言葉が含むもの「めまい」は研修医を始め若手の医師の誰もが苦手とする症候の1つでしょう。実際に私が全国の研修医の先生へ「苦手な症候は?」と聞くと、必ずといっていいほど「めまい」と返答があります。それはなぜでしょうか?医学生時代、必ず見るのがめまいを「末梢性」と「中枢性」に分類した表です。回転性めまいならば末梢性、浮動性めまいならば中枢性と習い、それぞれ代表的な疾患がBPPV・前庭神経炎、そして脳梗塞です。しかし、この分類は実際の臨床現場では役に立たないどころかエラーの原因となっていることは、誰もが感じていることでしょう。患者さんが「ぐるぐる回る」と訴えるから回転性と思ったら…、「フラフラ、地に足がついていない感じがする」と訴えるから浮動性と思ったら…、なんてことがよくありますよね。さらに、重症度が潜んでいる可能性のある前失神をめまいと訴えることもあります。患者さんがめまいを訴えて来院した場合には、めまいという言葉を使わないで症状を表現してもらいましょう。血の気が引くような症状であれば前失神、寝返りを打つだけで目の前がグラッと揺れるような症状であればBPPVに代表される回転性めまい、まっすぐ歩けず傾いてしまうのであれば小脳梗塞など中枢性病変が考えられるでしょう。もちろん、これ単独で判断はできませんが、前失神を見逃さないことはできるはずです。ちなみに、完全に意識を失ってしまう失神と比べると、前失神は重篤でないと考えがちですが、そんなことはなくリスクは同等です。前失神であっても、失神と同様の対応が必要となります(失神は第14回の項を確認してください)。めまい患者のアプローチめまいを訴える患者さんを診る場合には、前述の通りめまい以外の言葉で表現してもらい、原因疾患のらしさを見積もりますが、具体的にどのようにアプローチするべきでしょうか。STEP(1):中枢性めまい、前失神を除外頻度が高いのはBPPVなどの末梢性めまいですが、早期に拾い上げたいのはこれらの疾患です。最終診断は検査結果などを確認しなければ判断が難しいことが多いですが、前失神を示唆する病歴に加えて吐下血/血便を認める、貧血を示唆する所見を認める場合や、頭痛や麻痺、注視眼振や垂直性眼振など中枢性病変を示唆する所見を認める場合には、その時点でめまいのフローチャートではなく、消化管出血や脳卒中疑いとして対応する必要があります。STEP(2):BPPVか否かを判断頻度の高い疾患を確実に診断することができれば、前失神や中枢性めまいを過度に心配する必要はありません。BPPVの特徴を理解しズバッと診断、治療してしまいましょう。詳細は後述します。STEP(3):末梢性めまいの鑑別BPPV以外の末梢性めまいで頻度が高いのは、前庭神経炎です。持続するめまいの代表である脳梗塞とともに急性前庭症候群と分類されますが、HINTSやHINTS plusを用いて鑑別を進めましょう。STEP(4):帰宅or入院の判断末梢性めまいであれば帰宅可能と考えがちですが、症状が持続している場合には慎重に対応する必要があります。嘔気・嘔吐を伴うことも多く、食事が摂れない場合には要注意です。また、歩行が難しい場合にも末梢性のように思っても中枢性である場合や、転倒のリスクとなるため入院管理が適切といえるでしょう。BPPVの最大の特徴めまい患者の約50%はBPPVです。BPPVの特徴をきちんと理解しなければ、めまい診療は非常に難しくなります。頭部CTやMRI検査が必要なときもありますが、急性期の脳梗塞は必ずしも画像で陽性所見が認められるわけではなく、画像に依存しすぎるとエラーが生じます。「BPPVの最大の特徴は何か?」。このように研修医に質問すると、「頭を動かしたときに増悪するめまい」と返答があることが多いですが、これは違います! BPPVの正式名称が「良性発作性頭位めまい症」ですから、頭位が最大の特徴と思いがちですがそうではありません。前庭神経炎によるめまい、脳梗塞によるめまい、薬剤に伴うめまいも頭位を変換させれば症状は増悪するでしょう。最大の特徴、それは「持続時間」です。BPPVによるめまいは、安静にしていれば1分以内に治まります。耳石がぐわんぐわんと動いているのが原因ですから、その動きが横になるなど一定の姿勢をとり、止まることで症状も治まります。前庭神経炎や脳梗塞によるめまいは、症状の増悪はあってもゼロになることはありません。最も楽な姿勢をとってもめまいが持続していれば、その時点でBPPVではないのです。持続時間の確認の仕方持続時間はどのように確認するべきでしょうか? 患者さんに「症状はどれぐらい続きますか」と聞いてはいませんか? このように聞くと、たとえBPPVの患者さんであっても、「ずっと続いています」と答えることがあります。なぜだかわかりますか? BPPVは、安静にするとすぐに治まる、しかし動くと潜時を伴って、また、めまいが生じるという経過を辿ります。症状が治まり大丈夫かと思い動いたにも関わらず、再度症状を認めるため、患者さんは症状が続いていると訴えるのです。そのため、1回1回のめまいの持続時間に注目して聞くようにしましょう。「1回1回のめまいは横になるなど一定の姿勢をとると1分以内に治まりますか? そして、動くとまた始まる、そんな感じでしょうか?」と聞くと、BPPVの患者さん達は「そうそう」とよくぞわかってくれたといった反応を示すことが多いでしょう。安静時の所見に注目BPPVは安静時には耳石が動かないため症状も治まっています。眼振も認めません。救急外来でしばしば経験するのは、ストレッチャー上で右側臥位や座位で安静にしているときには、けろっとしている、そんな感じです。たとえ症状が軽そうで、安静にしているにも関わらず症状が持続している場合には、その時点でBPPVではありません。前庭神経炎を事前の感染徴候の有無で判断している場面に時々遭遇しますが、存在するのは50%程度と言われています。前庭神経炎かBPPVかは、めまいが持続しているか否か、特徴的な眼振の存在で判断しなければなりません。次回後編では、めまいの実践的なアプローチに関してお話します。1)坂本壮. 救急外来ただいま診断中. 中外医学社;2015.2)坂本壮. プライマリ・ケア. 2020;5:21-27.

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第14回 尾身副座長すら寝耳に水だった?急転直下の専門家会議廃止の裏側

政府の「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」(以下、専門家会議)が廃止され、代わりに新設された「新型コロナウイルス感染症対策分科会」(以下、分科会)が7月6日、初会合を開いた。一連の背景には、担当大臣のスタンドプレーや経済活動を優先したい官邸の思惑もあり、果たして分科会が有効に機能するかどうかは疑問だ。廃止の一報が流れたのは、6月24日、専門家会議の尾身 茂副座長らがまさに日本記者クラブで会見中のことだった。席上、記者から質問された尾身氏が「知りませんでした」と答え、多くの人に奇異な印象を与えた。同じ時間帯に、別の会見で廃止を発表した西村 康稔・経済再生相兼新型コロナ対策担当相は、「唐突」などと与野党から批判を受け、「『廃止』と強く言い過ぎたことを反省している。十分に説明できず申し訳ない」と陳謝。首相の座を目指す西村大臣の“スタンドプレー”が明らかとなる一幕であった。専門家会議は、政府の新型インフルエンザ感染症対策本部の下、医学的な見地から適切な助言を行うことを目的に、2月に設けられた。「3密」「オーバーシュート」「ロックダウン」などの言葉も専門家会議から広がり、新型コロナ対策で大きな影響を与えた。一方で、議事録を作成していなかったことなど、多くの批判にもさらされた。専門家会議を前面に出し、責任回避とも取れる西村大臣の言動も影響していると思われる。特定業種名を挙げたクラスター情報も発信していたことから、ある構成員は「身の危険を感じる人もいた」と打ち明ける。このような経緯も踏まえ、専門家会議は6月24日の会見で、「あたかも専門家会議が政策を決定しているような印象を与えた」と振り返り、「政府との関係性を明確にする必要がある」と提言。それを制するかのように、西村大臣は「廃止」を公表したのだった。西村大臣は以前、感染症や公衆衛生の専門家が中心の同会議に、経済の専門家を入れるよう打診したが、断られた。一方、分科会には感染症の専門家や医療関係者だけでなく、経済学者や県知事、政権に近い新聞社の役員なども構成員となっている。また、新型インフルエンザ等対策閣僚会議の下、特別措置法を根拠とする有識者会議の分科会として発足しており、責任や権限の範囲も明確になった。分科会は経済活動を優先したい首相にとって、専門家会議より都合の良い組織に衣替えした。しかし、経済活動を優先するあまり、新型コロナ対策の科学的知見が軽視される懸念はないだろうか。東京を中心に感染者数が大きく右肩上がりになっている昨今。分科会が医学的見地をなおざりにした結果、収束が遠のいたなんていうことになれば、本末転倒という以外の何物でもない。

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高齢1型糖尿病患者における低血糖の抑止とCGM(持続血糖モニター)(解説:吉岡成人氏)-1253

 35年前の本邦における疫学調査では、1型糖尿病の患者は進展した網膜症や末期腎症などの合併症の頻度が高く死亡リスクが高いと報告されている(糖尿病. 1985;28:833-839.)。しかし、近年、インスリン製剤や注入器の進化、さらにはCGMなどの導入により血糖コントロールが改善し、合併症や併発症の早期発見、早期治療が可能となったことも相まって、1型糖尿病のQOLや生命予後が良好なものとなっている。その一方で、罹病期間が長く、高齢となった1型の糖尿病の患者が徐々に増加しており、加齢に伴って引き起こされる無自覚低血糖、認知機能の低下、転倒骨折、不整脈による突然死などが臨床の現場で大きな問題となっている。CGMによって高齢1型糖尿病の低血糖の頻度は減少するか 皮下組織のグルコース濃度を持続的に測定し、リアルタイムでその結果を確認できる機器(isCGM:intermittently scanned continuous glucose monitoring)を用いた場合と、従来の、血糖測定器を用いて1日4回の血糖測定(SMBG)を行う場合で、低血糖の頻度に差があるのか否かを検討した成績が、JAMA誌2020年6月16日号に掲載された。 60歳以上の1型糖尿病203例を対象に、CGM群(103例)とSMBG群(100例)に無作為に1対1の割合で割り付け、無作為化後7週、15週、25週後に来院し、患者自身が測定値を確認できないCGMを1週間装着し、その際のグルコース濃度が70mg/dL未満を示した時間の割合を主要評価項目として、54mg/dL未満、60mg/dL未満の低血糖、高血糖、HbA1c、認知機能などを副次評価項目として検討している。 対象となった患者は、中央値で年齢68歳、罹病期間36年、白人が93%、インスリンポンプを使用している患者が53%、HbA1cは7.5%であった。 グルコース濃度70mg/dL未満の時間(中央値)は、CGM群でベースラインが5.1%(73分/日)、追跡期間では2.7%(39分/日)、SMBG群でベースラインが4.7%(68分/日)、追跡期間では4.9%(70分/日)であり、統計学的に有意な差を認めた(補正後の時間差:-1.9%[-27分/日])。副次評価項目でもCGM群では、54mg/dL未満、60mg/dL未満の低血糖の頻度も減少し、250mg/dLを超えるグルコース濃度の頻度も減少し、HbA1cもCGM群では7.6%から7.2%へと有意な改善を示した。重症低血糖はCGM群1例、SMBG群10例であった。日本における診療の現場で、この研究をどのように捉えるか 今回報告された研究では、罹病期間36年、平均年齢68歳の1型糖尿病が研究の対象となっている。罹病期間が長く、高齢の1型糖尿病ではあるが、約半数はすでにインスリンポンプを使用し、大学院修了者が約30%と高学歴で、年収10万ドルを超える患者も20%以上含まれている。専門的な治療を受けており、社会経済状況が安定した状態にあり、観察前のHbA1cも7.5%ときわめて良好な血糖コントロール状態を維持している。 日本でも、確かに、このような範疇に入る1型糖尿病の患者は一定の割合で存在する。しかし、臨床の現場では、独居や老々介護の中で認知機能が徐々に低下し、低血糖を頻発し、たびたび救急搬送をされることも少なからず経験される。訪問看護師が、週に2~3回患者のもとを訪れ、インスリンの注射手技を確認することしかできない、高齢者施設に入居することを提案しても、そこでは1日2回以下でなければインスリン注射に対応できないといわれ、医療従事者が頭を抱えて憂鬱な思いに駆られることもある。 CGMを利用して低血糖の時間が少なくなることは臨床的に有用なことではあるが、日本において高齢の1型糖尿病が今後ますます増加していくことを考えると、医療のシステム、社会全体のケアのシステムが少しでも改善することこそが、CGMやSMBGよりも大切なのではなかろうかと思われる。

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第52回 転倒しそうなときは横向き・おへそを見るよう意識して頭を守る!【使える!服薬指導箋】

第52回 転倒しそうなときは横向き・おへそを見るよう意識して頭を守る!1)John Stephen Batchelor, et al. Br J Neurosurg. 2012 Aug;26:525-530.2)John Stephen Batchelor, et al. Br J Neurosurg. 2013 Feb;27:12-18.3)Ramesh Grandhi, et al. J Trauma Acute Care Surg. 2015 Mar;78:614-621.4)根來 信也, 他. 身体教育医学研究. 2005;6:39-47.

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アドヒアランス不良でアセトアミノフェン分3から変更提案した薬剤は?【うまくいく!処方提案プラクティス】第23回

 今回は、アセトアミノフェンの複数回投与が開始になったものの、アドヒアランス不良のため疼痛コントロールが困難であった症例です。良好な疼痛コントロールとアドヒアランスを得るために提案した代替薬とその根拠を紹介します。患者情報93歳、男性(在宅)基礎疾患:うっ血性心不全、右被殻出血(左麻痺あり)、前立腺肥大症、高尿酸血症訪問診療の間隔:2週間に1回服薬管理:お薬カレンダーで管理し、ヘルパーによる毎日の訪問介護時に服薬処方内容1.タムスロシン塩酸塩錠0.2mg 1錠 分1 夕食後2.ボノプラザン錠10mg 1錠 分1 夕食後3.トリクロルメチアジド錠1mg 1錠 分1 夕食後4.フェブキソスタット錠10mg 1錠 分1 夕食後5.センノシド錠12mg 2錠 分1 夕食後6.クエン酸第一鉄ナトリウム錠50mg 2錠 分1 夕食後7.アセトアミノフェン錠200mg 6錠 分3 朝昼夕食後8.ピコスルファート内用液0.75% 便秘時 就寝前7〜8滴本症例のポイントこの患者さんは、脳出血後の左麻痺によって手先の不自由さがあり、ほぼベッド上で生活していました。そのため、服薬回数をすべて1日1回で統一して一包化し、毎日夕方の訪問介護の時間に服薬していました。ところが先日、トイレへ移動する際に転倒して受傷し、睡眠時や排泄時の疼痛のため、アセトアミノフェン錠200mg 6錠 分3 毎食後が開始となりました。朝・昼のアセトアミノフェンは、ヘルパーさんが夕方の訪問介護時にベッド近くに置いておいて、患者さんご自身で服薬することになりました。しかし、2回分を重複して服用したり服薬を忘れてしまったりと服薬アドヒアランスが維持できず、疼痛が管理できないという問題がありました。同じタイミングでケアマネジャーから、薬をなんとか1回にまとめられないものかと相談があり、アセトアミノフェンの変更提案を検討することにしました。1日1回の服用に適したNSAIDsを検討1日複数回服用することで重複投薬のリスクがあり、飲み忘れによって疼痛コントロールも不十分であるため、ほかの定期薬に合わせて服用できる鎮痛薬を検討しました。ここで候補に挙がったのは長時間作用型NSAIDsのメロキシカムです。長時間作用型という性質上、1日1回で疼痛コントロールできることに加え、服薬回数の負担も軽減できることから当該患者さんの処方薬として妥当だと考えました。半減期が長いため、高齢者や腎・肝機能が低下している場合は注意が必要ですが、この患者さんは心不全の状態が安定していて、直近の検査結果からも腎機能は年齢相応(Scr:0.78mg/dL、eGFR:57.8mL/min/1.73m2)で大きな悪化もないことから薬物有害事象の懸念は少ないと考えました。処方提案と経過医師に上記内容をトレーシングレポートで相談したところ、疼痛コントロールもしっかり行う必要があるが、誤薬のリスクを下げるためにも変更しようと了承いただきました。提案当日に変更対応となり、アセトアミノフェン錠の回収とメロキシカム錠10mgを夕食後投与としてカレンダーにセットしました。そして、患者さんとヘルパーさんへ鎮痛薬の変更があることを説明し、今後は朝・昼の薬はなくなることをお伝えしました。患者さんも複数回の服薬や飲み忘れ、重複投薬のことを気にしていたので、今回の変更を受けて安心していました。その後、患者さんは疼痛コントロールも良好で、疼痛による苦痛も有害事象もなく生活を続けています。

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転落死のリスクが高いのは男性?女性?【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第165回

転落死のリスクが高いのは男性?女性?pixabayより使用この研究は、高所から転落した高齢者のアウトカムを調べたものです。転倒の研究は過去にいくつかありますが、高所からという条件に限った研究は、なかなかニッチです。高所からの転落によるアウトカムに性差はないというのが当初の仮説でした。しかし、蓋を開けてみると……。El-Menyar A, et al.Females fall more from heights but males survive less among a geriatric population: insights from an American level 1 trauma center. BMC Geriatr. 2019 Aug 29;19(1):238. doi: 10.1186/s12877-019-1252-6.これは2012年1月~16年12月、高所からの転落により、ウェストチェスターメディカルセンター大学病院のレベル1外傷センターに運ばれた60歳以上の男女を登録した研究です。患者は3群に分けられました。グループ160~69歳グループ270~79歳グループ380~89歳8,528人の外傷患者さんのうち、53%にあたる3,665人が高所からの転落でした。多いですね、半分ですやん。59.5%にあたる2,181人が60歳以上で、52%が女性でした。さて、転落のリスクは年齢とともに上昇していき、グループ2でオッズ比1.52、グループ3で3.40でした。女性は、1.2倍転落リスクが高かったそうです(年齢補正オッズ比[OR]:1.24、95%信頼区間[CI]:1.05~1.45)。転落の3分の2が1m以下の低いところからの転落でした。ええっと……、全然高所とは言えませんが……、まぁ細かいことは抜きにしましょう。最も外傷重症度が高かったのはグループ2で、下肢の外傷重症度が高かったのはグループ3でした。全体での死亡率は8.7%で、グループ1が3.6%、グループ2が11.3%、グループ3が14%でした。そして、なんと!! 男性は女性と比べて、どの年齢層でも死亡率が高いという結果でした(グループ1:4.6% vs.1%、グループ2:12.9% vs.4.2%、グループ3:17.3% vs.6.9%)。多変量解析によると、ショックインデックス(OR:3.8、95%CI:1.27~11.33)、男性(OR:2.70、95%CI:1.69~4.19)は死亡の独立リスク因子でした。というわけで、女性は転落しやすいけど、男性のほうが死亡リスクは高いと言えるのです!たぶん!

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高齢1型DM患者の低血糖発現、CGM vs.標準BGM/JAMA

 60歳以上の1型糖尿病高齢患者では、標準的な血糖測定(BGM)に比べ持続血糖測定(CGM)を行うことにより、低血糖がわずかではあるが統計学的に有意に減少することが認められた。米国・AdventHealth Translational Research InstituteのRichard E. Pratley氏らが、米国の内分泌科22施設で実施した無作為化臨床試験の結果を報告した。CGMはリアルタイムで血糖値を評価できることから、1型糖尿病高齢患者の低血糖を軽減することが期待されていた。JAMA誌2020年6月16日号掲載の報告。1型DM高齢患者203例を対象に、CGM vs.標準BGM下の低血糖発現を評価 研究グループは、60歳以上の1型糖尿病患者203例を、CGM群(103例)と標準BGM群(100例)に1対1の割合で無作為に割り付けた。標準BGM群には、自宅で1日4回以上血糖測定を行ってもらうとともに、無作為化後7、15および25週後に来院してCGM(盲検下)を1週間装着してもらった。両群とも無作為化後4、8、16および26週後に評価した。 主要評価項目は、6ヵ月の追跡期間におけるCGM測定下で血糖値70mg/dL未満を示した時間の割合。副次評価項目は、血糖値54mg/dL未満または60mg/dL未満の低血糖、高血糖、血糖コントロール(血糖値、HbA1c)、認知機能および患者報告アウトカム(PRO)など31項目が事前に定義された。血糖値70mg/dL未満の時間の割合、CGM群で有意に低下 203例の患者背景は、年齢中央値68歳(四分位範囲[IQR]:65~71)、罹病期間中央値36年(IQR:25~48)、女性52%、インスリンポンプ使用者53%、平均HbA1c 7.5%(標準偏差0.9%)であった。203例中83%が6ヵ月間で6日/週以上CGMを使用した。 血糖値70mg/dL未満の時間中央値は、CGM群がベースラインでは5.1%(73分/日)、追跡期間時は2.7%(39分/日)であり、標準BGM群はそれぞれ4.7%(68分/日)、4.9%(70分/日)であった(補正後群間差:-1.9%[-27分/日]、95%信頼区間[CI]:-2.8~-1.1[-40~-16分/日]、p<0.001)。 副次評価項目31項目中、CGM評価による低血糖および高血糖に関する全9項目と、HbA1cに関する7項目中6項目で統計学的有意差が認められたが、認知機能およびPROに関する15項目については、有意差は認められなかった。CGM群では、標準BGM群と比較して平均HbA1cが低下した(補正後群間差:-0.3%、95%CI:-0.4~-0.1、p<0.001)。 主な有害事象(CGM群、標準BGM群)は、重症低血糖(1例、10例)、骨折(5例、1例)、転倒(4例、3例)、救急外来受診(6例、8例)であった。 著者は、社会経済状況が高く専門的な糖尿病治療を受けている患者を対象としていること、介入期間が6ヵ月間と短いこと、旧型のCGMセンサーを使用したことなどを研究の限界として挙げ、「長期的な臨床的有用性を理解するためには、さらなる研究が必要である」とまとめている。

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入院を契機にADLが低下した患者の処方薬見直し【うまくいく!処方提案プラクティス】第22回

 今回は、入院を契機にADLが低下し、それまでの服用薬を見直した事例を紹介します。患者さんの生活様式が変わることでそれまで必要だった薬剤が不要になるケースもありますので、処方薬を点検して、現在の状態と処方薬の必要性が合致しているかを確認しましょう。患者情報90歳、女性(施設入居)基礎疾患:心房細動、高血圧、骨粗鬆症訪問診療の間隔:2週間に1回副作用歴:エドキサバン服用による歯茎と鼻出血のため服用中止処方内容1.エルデカルシトールカプセル0.75μg 1カプセル 分1 朝食後2.テルミサルタン錠40mg 1錠 分1 朝食後3.アムロジピン錠5mg 1錠 分1 朝食後4.アレンドロン酸錠35mg 1錠 分1 起床時 週1回土曜日5.スボレキサント錠15mg 1錠 分1 夕食後6.酸化マグネシウム錠330mg 1錠 分1 夕食後7.経腸成分栄養剤(2−2)液 750mL 分3 朝昼夕食後(入院中の新規開始薬)本症例のポイント患者さんは施設入居中に急性巣状腎炎と細菌性誤嚥性肺炎を発症し、入院することになりました。入院前は車いすで生活していたものの、トイレや食事も自分で行っていましたが、入院中はほぼベッド上で過ごし、トイレや食事介助が必要になるなどADLが低下しました。また、食事摂取が進まず、嚥下機能も低下したため、末梢静脈栄養が行われましたが、退院に向けた内服への切り替えとして経腸成分栄養剤(2−2)液が開始されました。退院後の訪問診療の同行の際に気になる点がいくつかあったため、まとめることにしました。1.嚥下機能低下により錠剤の服用が困難嚥下機能が低下し、錠剤の服用が困難となりました。とくにアレンドロン酸錠を起床時に上体を起こして飲むことが難しく、無理な服用から食道潰瘍のリスクにもつながる懸念がありました。注射薬への変更、もしくは骨折リスクが低いようであれば中止を提案することにしました。なお、ビスホスホネート製剤を中止した場合、活性型ビタミンD3製剤単独での治療効果も限定的であることから両剤とも中止が望ましいと考えました。2.降圧薬の服用により低血圧に入院前の血圧は、おおむね収縮期/拡張期:130〜140/70〜80で推移していましたが、ADL低下に伴い食事摂取がほとんどなくなり、血圧の低下がありました。このまま服用を続けると低血圧を起こして転倒のリスクもあるため、降圧薬の中止が妥当と判断しました。3.日中の傾眠からスボレキサントを変更スボレキサントは湿度と光の影響を受けるため粉砕不可ですので、代替薬を考えることにしました。また、看護師より日中の傾眠が強くて食事摂取が安定しないので、もう少しマイルドな薬に変更できないかという相談もありました。そこで、睡眠−覚醒リズムの改善と昼夜のメリハリ、夜間睡眠に加えて朝や日中の症状改善効果のあるラメルテオン錠を粉砕して対応することを検討しました。処方提案と経過訪問診療同行時に、医師に上記3点について口頭で相談したところ、内服薬を少なくすることで誤嚥のリスクも減らすことができるから夕食後の薬のみにまとめよう、と了承を得ました。降圧薬に関しては、食事摂取量が安定してきたところで再度血圧評価をして、再開についてはそこで再検討することになりました。内服薬変更後の血圧推移は、収縮期/拡張期:120〜130/70〜80の幅で推移しており、夜間の中途覚醒や入眠障害などもなく経過しました。食事摂取量は、経腸成分栄養剤(2−2)液を70〜80%ほど摂れるようになってきました。現在、引き続き食事摂取量や血圧推移、内服薬の服用状況をモニタリングしています。Avenell A, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2014;2014:CD000227.Reid IR, et al. Lancet. 2014;383:146-155. 矢吹拓 編. 薬の上手な出し方&やめ方. 医学書院;2020.

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唾液によるPCR検査開始、対応可能な医療機関の要件は?/日本医師会

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のPCR検査検体として、6月2日、新たに唾液が保険適用された。これを受け、6月3日の日本医師会定例記者会見において、釜萢 敏常任理事が同時に発出・改訂された通知や検体採取マニュアルなどについて紹介し、今後幅広い医療機関で活用されるようになることに期待感を示した。「症状発症から9日以内」であれば、唾液を用いたPCR検査が可能 COVID-19と診断され自衛隊中央病院に入院した患者の凍結唾液検体(発症後14日以内に採取された88症例)の分析を行い、鼻咽頭ぬぐい液を用いたPCR検査結果との一致率を検証した厚生労働科学研究(研究代表:国際医療福祉大学成田病院・加藤 康幸氏)において、発症から9日以内の症例では、鼻咽頭ぬぐい液と唾液との結果に高い一致率が認められた1)。この結果を受け、厚生労働省では6月2日に、「症状発症から9日以内の者について、唾液を用いたPCR検査を可能とする」として、検査実施にかかるマニュアルの改定やPCR検査キットの一部変更承認・保険適用を実施した2)。 検査キットについては、鼻咽頭ぬぐい液によるPCR検査キットとして薬事承認されているものに加え、国立感染症研究所により同等の精度があると予備的に確認され現在使われている商品も対象(島津製作所やタカラバイオなど)。「これまで認められているすべてのキットについて、唾液検体を用いたPCR検査が可能になるという整理」と釜萢氏は説明した。唾液検体の採取のみを行う医療機関も? 要件を整理 同氏は、唾液検体のメリットとして、これまでの咽頭ぬぐい液を採取することに比べて感染リスクが少ないことを挙げた。また、PCR検査がこれまで広がらなかった原因として、感染防護具が不足していたことに加えて、検査をするに当たって、都道府県と医療機関が契約を締結しなければならなかったことがあるとし、「今回、その解決策として、都道府県医師会が間に入って、集合契約を結ぶことも可能となっているので、契約もしやすくなり、検査の実施数も増やすことができるのではないか」と述べた。また、すべての医療機関で一様に実施できるというものではないが、感染リスクを抑えられることから、より多くの医療機関で、唾液検体採取のみを担うといった役割も果たすことができるようになるのではないかと期待感を示した。 厚生労働省が2日に発出した通知では、感染症指定医療機関や感染症法に基づき患者が入院している医療機関以外の医療機関で、唾液検体採取を行う場合の要件を以下のようにまとめている3): 次のア~ウのすべてを満たすこと。ア 疑い例が新型コロナウイルス感染症以外の疾患の患者と接触しないよう、可能な限り動線を分けられている(少なくとも診察室は分けることが望ましい)こと。イ 必要な検査体制が確保されていること。ウ 医療従事者の十分な感染対策を行うなどの適切な感染対策が講じられていること。具体的には、以下のような要件を満たすことであり、詳細は、「新型コロナウイルス感染症が疑われる者等の診療に関する留意点について(その2)」(令和2年6月2日付け厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策本部事務連絡)4)を参照すること。・標準予防策に加えて、飛沫予防策及び接触予防策を実施すること。 ・採取された唾液検体を回収する際には、サージカルマスク及び手袋を着用すること。検体採取・輸送マニュアルも更新 国立感染症研究所ホームページ上で公開されている「2019-nCoV(新型コロナウイルス)感染を疑う患者の検体採取・輸送マニュアル」も6月2日に更新版を公開5)。唾液検体の取り扱いについて追記されている。唾液検体採取時の留意点としては、下記のようにまとめられている: 唾液…滅菌容器(50mL遠沈管等)に1~2mL程度の唾液を患者に自己採取してもらう(5~10分間かけると1~2mL採取できる)。唾液は粘性が高いため検体取扱時のピペット操作が困難なことがある。その際、検査にあたっては、唾液に対して容量で1~3倍量(唾液により粘性が異なるので、適宜、容量を変更)のPBSを加えボルテックスミキサーおよび激しい転倒混和により懸濁し、遠心後、上清を用いて核酸抽出を行う。  釜萢氏は検体をすみやかに、安全に検査実施機関に搬送するためのシステム作りが急務とし、この問題についても早急に解決していきたいと話した。

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第15回 治療編(1)薬物療法・その2【エキスパートが教える痛み診療のコツ】

第15回 治療編(1)薬物療法・その2前回は、主として末梢性疼痛に用いられる薬物療法について解説しましたが、今回は、末梢性神経障害性疼痛への除痛適応を持つ、新薬ミロガバリンとプレガバリン、そして比較的副作用の少ない鎮痛薬ノイロトロピンについて説明しましょう。表に神経障害性疼痛の原因になりうる疾患を示しております。この中でも、末梢性神経障害性疼痛の代表症例として、糖尿病性末梢神経障害性疼痛、帯状疱疹後神経痛、椎間板ヘルニアによる慢性疼痛が挙げられます。画像を拡大する(1)ミロガバリン<作用機序>神経前シナプスの電位依存性カルシウムイオン(Ca2+)チャネルから流入したCa2+により神経が興奮して、サブスタンスP、グルタミン酸、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)など、いわゆる神経伝達物質が放出されます。このCa2+チャネルにはいくつかのサブユニットで構成されておりますが、ミロガバリンはそのうちのでもα2δサブユニットに結合することによりCa2+チャネルの活動が抑制されることでCa2+の流入が低下します。その効果により、神経伝達物質の放出が抑制されて痛みが緩和されると考えられています。<投与上の注意>1日2回投与が基準です。2.5mg、5mg、10mg、15mg錠がありますが、基本的には5mgX2で開始しますが、患者さんが少しきついと感じられた時には2.5mgX2で開始し、副作用あるいは疼痛緩和効果が見られなければ、1~2週間ごとに10mgX2、15mgX2と漸増し、最終的には1日30mgまで投与します。副作用としては、傾眠、浮動性めまい、体重増加などがあります。高齢者では転倒・骨折の恐れがあるので、細心の注意が必要です。また、自動車運転などの機械操作は回避する必要があります。(2)プレガバリン<作用機序>前述のミロガバリンと同様の作用機序、鎮痛効果を発揮します。<投与上の注意>ミロガバリンと同様ですが、中枢性神経障害に対する適応も有しています。元はカプセル剤でしたが、和製でOD錠になりましたので、疼痛時にはそのまま服用できるのが魅力です。25、75、150mgOD錠があり、1日4回まで、最高600mgまで処方できます。副作用もミロガバリンと同様で、眠気には注意が必要です。眠前に服用するとよく眠れるようです。(3)ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤(商品名:ノイロトロピン)<作用機序>ノイロトロピンは、ワクシニアウイルスを摂取した家兎の炎症性皮膚組織から抽出した300種類以上非蛋白性生体活性物質を含んでおり、単一での効果成分は不明です。作用機序としては、下行性疼痛抑制系の活性化が考えられております。その他、抗炎症作用、興奮性神経ペプチドの放出の抑制、交感神経作用抑制、血流改善、神経保護作用などが推測されています。<投与上の注意>副作用には発疹、掻痒、悪心、眠気などが認められていますが、その発現頻度や重症度は極端に低いため、高齢者や長期療養者に対しても使いやすいことが特徴です。1日4錠(1錠4単位)を朝夕2回に分けて経口投与します。注射薬では1日1回1管を静脈内、筋肉内または皮下に注射します。以上、痛み治療の第1段階における薬物を取り上げ、その作用機序、投与における注意点などを述べさせていただきました。痛みの患者さんに接しておられる読者の皆様に少しでもお役に立てれば幸いです。1)花岡一雄. ペインクリニック. 2013; 34: 1227-12372)花岡一雄. ペインクリニック. 2011; 143: 441-4443)花岡一雄ほか監修. 痛みマネジメントupdate 日本医師会雑誌. 2014;143:S168

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高齢者特有のリスクを考慮した抗ヒスタミン薬の提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第20回

 今回は、抗ヒスタミン薬の追加提案について紹介します。高齢者で抗ヒスタミン薬を選択する際には、鎮静やせん妄などのリスクを十分に考慮する必要があります。経過をフォローすることで、漫然投与も防ぎましょう。患者情報75歳、男性(施設入居)基礎疾患:高血圧症、便秘症訪問診療の間隔:2週間に1回処方内容1.オルメサルタン錠20mg 1錠 分1 朝食後2.酸化マグネシウム錠500mg 2錠 分2 朝夕食後3.センノシド錠12mg 1錠 分1 夕食後4.d-クロルフェニラミンマレイン酸塩錠2mg 3錠 分3 朝昼夕食後(今回追加)5.ヘパリン類似物質油性クリーム 50g 1日2回 全身に塗布(今回追加)6.ジフルプレドナート軟膏 10g 1日2回 体幹部位に塗布(今回追加)本症例のポイントこの患者さんは、全身の乾燥と体幹部に強い痒みを伴う湿疹があり、夜間も痒くて眠れないので飲み薬も出してほしい、という訴えを訪問診療の同行時に聴取しました。そこで医師より、しっかりとした作用が必要なのでd-クロルフェニラミンマレイン酸塩錠2mgを1日3回でどうかという相談がありました。ここでの処方薬のポイントは3点あります。1.高齢者における第1世代抗ヒスタミン薬のリスク第1世代の抗ヒスタミン薬は、中枢神経を抑制して鎮静作用が強く生じることがあります。この患者さんが眠れないと訴えたことから、鎮静作用を期待している可能性もありますが、抗コリン作用などに伴う口渇や便秘、認知機能低下、せん妄があり、高齢者ではリスクが大きいと懸念されます。2.第2世代抗ヒスタミン薬の代謝と排泄経路、鎮静作用代替薬として、よりH1受容体に選択的に作用する第2世代抗ヒスタミン薬を検討しました。多くの薬剤が発売されていますが、高齢者では肝・腎機能などの低下を考慮して、安全に使用できる薬剤が望ましいです。また、鎮静の強さも各薬剤で違いがありますので、鎮静作用が比較的弱いフェキソフェナジン、ロラタジン、エピナスチンが適切と考えました。3.併用薬との相互作用相互作用の面では、現在服用中の酸化マグネシウムとフェキソフェナジンは併用注意です。酸化マグネシウムがフェキソフェナジンの作用を減弱させるため候補から外れました。服用回数の少なさも薬剤選択の大きなポイントですが、ロラタジンもエピナスチンも1日1回ですので、今回は腎臓への負担の少ないエピナスチンが妥当と考え、医師に提案しました。処方提案と経過医師には、冒頭の処方内容では、鎮静が強く生じて転倒するリスクがあり、口渇や便秘、認知機能低下、せん妄リスクもあることを伝えました。代替薬として、エピナスチン錠20mg(後発品)を提示し、服用薬との薬物相互作用もなく、腎機能への影響も少なく、服用回数も1回で済むことを紹介しました。医師からは、高齢者での第1世代抗ヒスタミン薬のリスクを軽視するわけにはいかないと返答があり、提案のとおりに変更されました。患者さんはエピナスチン錠を服用開始した翌日の夜には掻痒感が改善し、よく眠れたと聴取することができました。2週間後には皮疹もきれいに治っていたことから、エピナスチン錠を中止し、保湿剤によるスキンケアのみを継続することを医師に提案しました。この提案も採用され、保湿剤のみとなりましたが現在も経過は良好です。抗ヒスタミン薬は漫然と飲み続けているケースも多く見受けられますが、継続的にフォローして、治療終了を判断することも重要と考えます。画像を拡大する※2020年5月時点の薬価※肝・腎:肝機能低下、腎機能低下でそれぞれ血中濃度上昇の可能性あり1)各薬剤のインタビューフォーム2)「透析患者に対する投薬ガイドライン」, 白鷺病院.3)谷内一彦ほか. 日耳鼻. 2009;112:99-103.

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第40回 コロナ禍を吹っ飛ばせ!腕試し心電図クイズvol.1【Dr.ヒロのドキドキ心電図マスター】

第40回:コロナ禍を吹っ飛ばせ!腕試し心電図クイズvol.1皆さん、いかがお過ごしでしょうか。せっかくのゴールデンウイークだけでなく、医療情勢まで逼迫させる新型コロナウイルスを本当に憎らしく思います。診療の場ではいつも以上に緊張を強いられる毎日かと思いますが、そんな時こそ息抜きで心電図クイズにチャレンジしてみませんか? 2019年も好評を博したこの企画。連載も気づけば40回目に突入し、レクチャーも進み扱える内容も増えました。おもしろくもためになる―そんな問題をDr.ヒロが厳選いたしました。さぁ、チャレンジしてみましょう!症例提示60歳、男性。就寝時の息苦しさ、咳嗽、両下腿の圧痕性浮腫を主訴に来院。うっ血性心不全の診断で入院となった。体温36.6℃、血圧143/104mmHg、脈拍84/分・不整、酸素飽和度95%(室内気)。来院時の心電図を以下に示す(図1)。(図1)来院時の心電図画像を拡大する【問題1】QRS電気軸に関して正しいものを選べ。また、電気軸の推定値はいくらか。1)不定軸2)正常軸3)右軸偏位4)左軸偏位5)高度の軸偏位(北西軸)解答はこちら2)QRS電気軸:+30°(トントン法で算出)解説はこちら電気軸の定性的な判定はQRS波の「向き」に注目します。IとII、そしてaVFのいずれの誘導でも上向きですから、立派な「正常軸」と判定できます。“ドキ心”読者なら、定量的な評価もしたくなるはず(笑)。そういう時には“トントン法”の出番ですね。肢誘導を上から見渡し、IIIでR波(高さ)≒S波(深さ)、つまりここが“トントン・ポイント”だとわかったらあと一息。肢誘導界の円座標を思い浮かべ、III(+120°)に直交し、Iが上向きとなる方角を選べば「+30°」が正解です(ちなみに自動診断では「+27°」となっていました)。参考レクチャー:第8回、第9回【問題2】心電図所見に関して正しいものをすべて選べ。1)心房期外収縮2)心室期外収縮3)高電位(差)4)低電位(差)5)右房拡大6)左房拡大7)完全右脚ブロック8)完全左脚ブロック9)盆状ST低下10)ストレイン型ST-T変化解答はこちら 1)、3)、6)、10)※6)は選択しなくても正解とする。解説はこちらこれはDr.ヒロ推しの系統的判読そのものです。R-R間隔はおおむね整ですが、肢誘導も胸部誘導も5拍目で崩れています。これはタイミング的に「期外収縮」でいいですね。先行P波があり(図2)、QRS波形もそれ以外の洞収縮とほぼ同じですから、シンプルに「心房期外収縮」(PAC)と考えましょう。(図2)II誘導を抜粋画像を拡大する「低電位(差)」は該当しません。「高電位(差)」については、レクチャーで紹介した語呂合わせ“そこのライオン”(Sokolow-Lyon)などを参考にしてもいいですし(S-L index:76mm)、ボク流の“(ブイ)シゴロ密集法”でもバッチリ陽性となるはずです。「心房拡大」に関しては、右房はありません。左房に関しては、V1誘導のP波を見て、後半の陰性成分が幅、深さともに1mm以上あるので、疑っても結構です。ただ、個人的にはII誘導で幅広く“2コブ”のP波でない場合には「左房拡大」とは診断しないことにしています。ST変化に関しては、これぞ“ザ・ストレイン”です。“寝そべった2の字”でイメージするDr.ヒロ's Tips、全国の皆さんに普及するといいなぁ。参考レクチャー:第1回、第38回【問題3】V6誘導のみの拡大波形の一部を示す(図3)。VAT(ventricular activation time)、R(-wave)peak timeとして正しいものを1つ選べ。1)40ms2)70ms3)100ms4)180ms5)1040ms(図3)V6誘導の拡大波形画像を拡大する解答はこちら2)解説はこちら今回の例は「(左室)高電位(差)」と典型的な「ST-T変化」(ストレイン型)があるので、「左室肥大」(LVH)の診断でほぼ間違いないでしょう。肥大した左室興奮の“もたつき”を表現したものが“(delayed) intrinsicoid deflection”でしたが、これよりも“VAT”ないし“R(-wave)peak time”のほうがわかりやすい表現だと思います。これはQRS波の「はじまり」からピーク(頂点)までの時間を測れば良く、「VAT(R[-wave]peak time)≧50ms(0.05秒)」はLVH診断の参考になるのでした。(図3)では、ソフトの都合で“頂上”(ピーク)がうまく確認できませんが、QRS波の「はじまり」が太線上に載っている3拍目に着目し、1mm(40ms)以上は確実でQRS幅が100msですから、選択肢2の「70ms」を選べば正解です(ボクの計測では68msとなりました)。ちなみに、4)はPR時間、5)はR-R間隔の数値です。参考レクチャー:第38回、第39回症例提示284歳、女性。アルツハイマー型認知症。転倒により受傷、右寛骨臼骨折の診断で入院となった。入院時心電図を以下に示す(図4)。(図4)入院時の心電図画像を拡大する【問題4】次の(ア)~(カ)の適切なものを選べ。ただし、(イ)と(ウ)は適切な数字を答えよ。R-R間隔は( ア:整・不整 )で、肢誘導の( イ )拍目と胸部誘導の( ウ )拍目は期外収縮である。期外収縮のQRS波は洞収縮と( エ:同じ、異なる )形状で、先行P波を( オ:認める、認めない )。休止期[回復周期]は( カ:代償性、非代償性 )である。解答はこちら(ア)不整、(イ)4、(ウ)5、(エ)同じ、(オ)認める、(カ)代償性解説はこちら本問は「期外収縮」の理解度を確認するための問題です。見慣れてくると、R-R間隔が整な部分“以外”がむしろpop-outして見えてくるのではないでしょうか? その気で眺めると、肢誘導なら4拍目、胸部誘導は5拍目が「期外収縮」です。「期外収縮」と言えば、“線香とカタチと法被(はっぴ)が大事よね”でしたね。“カタチ”はほかの洞収縮とのQRS波形との比較(相同性)ですし、“法被”部分は幅と(先行)P波です。今回、QRS波は洞収縮に似て幅も正常(narrow)、先行P波はQRS波からかなり近い部分にあるようです。最後に回復周期(休止期)が代償性か否かに関してですが、簡易には期外収縮を挟むR-R間隔、より正確にはP-P間隔を調べ、洞調律のP-P間隔(洞周期)のピッタリ2倍なら代償性で(ニバイニバーイの法則)、それより短ければ非代償性と考えましょう。以下の図5はII誘導だけを抽出し、期外収縮前後のP-P間隔を洞周期(P-P)と比べてみました。(図5)入院時の心電図画像を拡大する期外収縮のP波を「P'(P4)」としますと、次拍までの「P'-P5」(X:休止期)は洞周期(S)よりも長く、連結期「P3-P'」(Y)との和である期外収縮前後のP-P間隔(P3-P5)は洞周期のほぼ2倍となっていることがわかります。(図5)に示したようにキャリパーを登場させましょう。この休止期は「代償性」のようです。参考レクチャー:第21回【問題5】心電図診断として正しいものはどれか。1)心房細動2)心房期外収縮3)(房室)接合部期外収縮4)心室期外収縮5)心室副収縮解答はこちら 3)解説はこちら前問の検討事項を参考にします。1)は論外ですし、QRS波形と洞収縮の類似性から「上室性」と呼ばれる2)か3)の二択になります。P波が先行しているので、あまり深いことを考えなければ「心房期外収縮」(PAC)の2)を選ぶでしょう。ただ、ここは慎重に考えてください。前問の最後に注目すると、“上品な”心室期外収縮(PVC)とは違って、PACは洞結節をリセットするため、休止期は「非代償性」になることが多いのでした。ただ、今回は「代償性」の休止期、レクチャーでは正式には扱いませんでしたが、こういう期外収縮は「(房室)接合部」を起源とする“ premature (AV-)junctional contraction”、略して「PJC/JPC」と呼ばれます。今回はP波が先行していましたが、JPCの場合、P波が「ある」場合もQRS波との位置関係はさまざまで、「手前」「内部(埋もれて見えない)」「後方」の3パターンがあります。常に休止期の代償性に注意を払っておくことも重要ですが、P波が先行していても、(とくにPR(Q)間隔が短めの場合)JPCの可能性を考慮するようにしましょう。5)は特殊な心室期外収縮ですが、ひとまず忘れて良いでしょう。参考レクチャー:第21回、第23回【問題6】心電図(図3)の肢誘導のラダーグラムを描け。解答はこちら図6を参照。解説はこちらついに出ました、ラダーグラムの問題。これも期外収縮をサカナに熱く語りました。前問で「接合部期外収縮」(PJC)であることがわかったので、それを描くだけです。洞収縮での描き方は正式版、簡易版ともにレクチャーしました。JPCは中段の「A-V」エリアから出現し(図6)の★マーク、これはP'(P4)波、そして4拍目のQRS波より先行するはずであり、左方に描きましょう。そこから心房側には逆行してP'波を形成し(ピンク線+赤線)、心室側には順行性に進んでQRS波を作ります(緑線+青線)。これで見事にPJCラダーグラムの完成です!(図6)肢誘導のラダーグラム画像を拡大する参考レクチャー:第22回、第23回、第26回症例提示389歳、男性。COPD以外に複数の心疾患の既往あり。数日前から微熱あり、食事摂取量と会話量が減少していた。呼吸苦に加えて幻覚症状も出現し始めたため家族に連れられ受診。肺炎の診断で入院となった。体温37.3℃、血圧94/42mmHg、脈拍75/分・不整、酸素飽和度は酸素3L/分(鼻カニューレ)吸入により74%から93%に上昇した。入院時心電図を示す(図7)。(図7)入院時の心電図画像を拡大する【問題7】調律診断として正しいものを選べ。また、心拍数はいくらか。1)洞不整脈2)洞頻脈3)心房粗動4)心房細動5)発作性上室性頻拍解答はこちら4)105/分(新・検脈法)解説はこちら調律と言ったら、まず“レーサー・チェック”ですね。R-R間隔の絶対不整、明らかな洞性P波は確認できず、速迫傾向もありますから、「心房細動」(AF)と診断できるでしょう。本例では、“テッパン”のV1誘導も含めて「f(細動)波」が確認しづらい心電図だと思います。心拍数に関しては、Dr.ヒロの独壇場でございます(笑)。連載の初期に登場させた“検脈法”でもいいですが(QRS波19個なので19×6=114/分となる)、両端の“ちぎれた”QRS波を「0.5個」とカウントする“新・検脈法”を用いると自動診断の数値に近づくことが多いです。肢誘導の右端、胸部誘導には両端に“ちぎれQRS波”があるので、8+0.5(肢誘導)+8+0.5✕2(胸部誘導)と数えれば「105/分」と求まるでしょう。ちなみに、隠した自動診断値は「101/分」でした。いずれにしても「頻脈性」あるいは「速い心室応答を伴う」AFと言えますね。参考レクチャー:第3回、第4回、第7回、第29回【問題8】心電図診断として正しいものをすべて選べ。1)不完全右脚ブロック2)完全右脚ブロック3)左脚前枝ブロック4)左脚後枝ブロック5)完全左脚ブロック解答はこちら2)、3)解説はこちらQRS幅はワイド(120ms以上)ですから「心室内伝導障害」として、普通は左右の「脚ブロック」を思い浮かべてください。V1波形はやや非典型ですが、V6の幅広く目立つS波(スラー)に注目すれば「完全右脚ブロック」と診断することができます。さらにもう一つ。右脚ブロックと診断したら、続いてQRS電気軸も必ず見るクセをつけることが大切です。肢誘導でQRS波はI:上向き、aVF(かつII):下向きですから、バリバリの「左軸偏位」です。具体的な数値で言うと“トントン・ポイント”が、「I」と「-aVR」の中間ないし後者寄りになりますから、「-75°」前後と「高度の左軸偏位」です。II・III・aVFで「rS型」、aVLで「qR型」とくれば、そう「左脚前枝ブロック」(LAFB)です。このように右脚に加えて、左脚分枝の一方(大半が前枝)がブロックされたものを「2枝ブロック」(bifascicular block)と呼びます。【参考レクチャー】:第8回、第9回、第32回、第37回【問題9】心電図からは心筋梗塞の既往が疑われるが、傷害部位として正しいものをすべて選べ。1)右室2)心室中隔3)左室下壁4)左室後壁5)左室前壁解答はこちら2)、5)解説はこちら「陳旧性心筋梗塞」は「異常Q波」を“名残り”として部位推定するのが心電図の世界の基本です。「異常Q波」の存在を気づきにくくする「(完全)右脚ブロック」の“魔力”についてはレクチャーで述べましたが、これもそんな一例です。V1~V3では“any Q”で常に異常でしたね。一つお隣に目をやればV4も陰性波からはじまっています。V1~V4を「前壁誘導」と言いますが、V1には前側の「心室中隔」(前壁中隔)の意味を持つので、2)と5)を正解とします。勘の鋭い人は『aVLにもQ波があるじゃん』と思うかもしれませんね。たしかにその通り。前壁中隔梗塞の責任結果はほぼ左前下行枝(LAD)ですが、その分枝である対角枝の灌流域である「高位側壁」をaVLが担当誘導と考えるとそうかもしれません。ただ、「左脚前枝ブロック」の場合には必ずしもそうとは言えず、あえて選択肢から「左室側壁」を除きました。参考レクチャー:第17回、第32回【古都のこと~清水寺の舞台】京都を代表する寺院と言ったら、やっぱりキヨミズさんだなぁ…そう思います。清水寺(東山区)、山号は音羽山。「古都のこと」40回目でようやく“真打ち”を取り上げるのは、そう、今年(2020年)の2月末に約3年にもおよぶ本堂の檜皮屋根葺き替え工事*1が完了したからです。ほぼ1年半ぶり、本堂への入口*2がオープンする早朝6時に“一番乗り”を目指しました。高校の修学旅行で来たはずだったのですが、京都に住み始めた頃、本堂を通り過ぎ、阿弥陀堂*3に隣接する奥の院が「舞台」なのだと誤解していたかつての自分を恥ずかしく思います(笑)。長らく紫がかったこげ茶色のシートに覆われていましたが、今は何も隠すところのない本堂、そして前面に張り出す新緑に浮かぶ「舞台」*4からは京都の街を一望できます。早朝に清水にお参りすることのメリットは、非常に多くの人が溢れる日中とは異なり、静かでそして深い新鮮な空気をたくさん吸うことができる点だと思います。突然に現れ、人々の何気ない日常を奪った新型コロナウイルスという“目に見えぬ敵”は医療現場でも猛威を振るっています。これに打ち勝つためには、“清水の舞台から飛び降りる”くらいの強い決意で日々の診療に臨むことが必要なのだと思います。*1:『平成の大修理』*2:轟門(中門)。重要文化財。*3:「日本最初常行念仏道場」とされる。*4:1633年(寛永10年)に再建された“檜舞台”は崖下の礎石から13mの高さである。音羽山の急峻な崖の上に木材を格子状に組むことでお互いが支え合う「懸造り(かけづくり)」と呼ばれる日本古来の伝統工法で耐震構造を実現している。実は“下からの眺め”もまた絶景な寺である。この「舞台」は、御本尊(千手観音菩薩)に芸能を奉納する場所としての意義がある。

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認知症診療医の8割強が「ケアマネとの連携は集患に有用」と認識

 高齢化の進展に比例し、認知症患者の増加は必至。潜在化したまま医療に繋がっていない患者予備軍をどう見つけ出し、早期発見・治療に結び付けるのか―。そのカギを握るのは、医療介護連携であろう。国が提唱する「地域包括ケアシステム」においても、両者連携の下、認知症治療のみならず、予防や生活支援に取り組む構想が示されている。では、実際のところ医師とケアマネジャーの連携は進んでいるのだろうか。 今回、認知症診療に当たっているCareNet.com会員医師とケアマネジャーを対象に行ったアンケート調査の結果、連携できていると考える医師は4割、ケアマネジャーは3割にとどまり、多くの医療現場で協同関係に至っていない実態が浮き彫りとなった。ただし、連携が進んでいる医師の8割が「集患に役立つ」と回答しており、ケアマネジャーとの連携がメリットとなっている側面は注目すべきだろう。 本調査は、「認知症における意識調査」として、株式会社マクロミルケアネット(東京都港区、徳田 茂二代表取締役社長)および株式会社インターネットインフィニティー(東京都品川区、別宮 圭一代表取締役社長)が2社共同で実施。アンケートは、2020年2月27日~3月2日の期間にインターネットで行われ、認知症専門医/非専門医のCareNet.com会員医師220人と、インターネットインフィニティー社が運営するケアマネジメント・オンラインの会員ケアマネジャー508人から回答を得た。 認知症の医療現場において、「医療と介護が連携できている」と回答した割合は、医師が40.9%、ケアマネジャーで30.6%となり、両者共に半数に届かなかった。認知症予防における「早期発見の重要度」については、医師は81.3%、ケアマネジャーの94.3%が重要であると回答しており、両者の認識は共通している。ただ、日常的に要介護者と接しているケアマネジャーの方がより重要性を認識していることが、この高い数字からうかがえる。 「ケアマネジャーとの連携が集患にどの程度役立つか」について、実際にケアマネジャーと連携できていると回答した医師と、連携できていないと回答した医師とで結果を比較したところ、集患に役立つと考える割合は、ケアマネジャーと連携できている医師で86.6%、連携できてない医師では63.1%となり、1.4倍のポイントの開きが見られた。 認知症患者の転倒予防に大切なこととして、医師の回答で最も多かったのが「転倒の原因となりうる薬剤の見直し」(59.5%)で、以下「環境の調整」(58.2%)、「動きづらさの改善」(49.5%)、「望ましい行動への誘導」(39.1%)などとなった。 今後、抗認知症薬を積極的に使いたいと考えているかについては、医師で78.2%、ケアマネジャーでは62.5%が使用に前向きであると回答した。【本調査に関する問い合わせ先】株式会社マクロミル コミュニケーションデザイン本部 (担当:度会)TEL: 03-6716-0707MAIL: press@macromill.comURL: https://www.macromill.com株式会社インターネットインフィニティー Webソリューション部 (担当:酒井)TEL: 03-6697-5505 FAX: 03-6779-5055

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第38回 高電位(差)の基準、いくつ知ってる?(後編)【Dr.ヒロのドキドキ心電図マスター】

第38回:高電位(差)の基準、いくつ知ってる?(後編)「高電位(差)…」のタイトルにも関わらず、前回はQRS波の「高さ」よりも「向き」(電気軸)に注目した内容になってしまいました(笑)。前回と同じ症例を用いて、いよいよ“高すぎる”QRS波の考え方について解説します。謎の言葉“ライオン“や“エステ”などが登場しますが、読み進めると真相が明らかになるでしょう。では、さっそくDr.ヒロのレクチャーにご注目あれ!症例提示35歳、男性。腎移植後の急性拒絶反応のため、血液透析を再導入。その後、10年以上維持透析中。特別な自覚症状はなし。血圧150/90mmHg、脈拍82/分。Hb:11.9g/dL、BUN:67mg/dL、Cre:14.2mg/dL、K:4.8mEq/L。定期検査として施行された心電図を示す(図1)。(図1)定期検査の心電図[再掲]画像を拡大する【問題1】代表的な左室高電位の診断基準を念頭に置き、心電図(図1)がそれらに該当するか考察せよ。解答はこちら該当しない解説はこちら今回も前回と同じ、若年ながら維持透析がなされている男性の心電図を扱います。タイトル通り、今回のメインテーマは「QRS波高」について考えること。Dr.ヒロの系統的判読の語呂合わせでは、“クルッと”の“ル”で、R波“スパイク・チェック”の部分に該当します。「向き」「高さ」そして「幅」の3つを確認しましょう。「高さ」では、“高すぎる”と“低すぎる”の条件に該当しないかを確認するのが主なプロセスです。今回の例では“低すぎる”のほうは一見して考えにくく(細かな数値ではなく“常識”としてわかるセンスが欲しい)、主に“高すぎる”かどうかについて焦点を当てて見ていくことにします。“答えなき質問で負けん気に火がつく”心電図でQRS波高が“高すぎる”、すなわち「(左室)高電位」(increased QRS voltage)と診断するための基準ですが、果たして皆さんはいくつ言えるでしょうか? 2個?3個?それとも5個ですか? 基準に登場する細かな数値を必死で覚えようとするあまり、心電図が嫌いになるようでは本末転倒なので、最終的にはボク流のオススメな考え方に着地して安心してもらうつもりです。前フリとして、少ーしだけ昔話を。10年ほど前のことですが、今でも昨日のことのように思い出されるエピソードがあります。当時、ボクはピチピチ!?の大学院生でした。循環器レジデントも終え、臨床にもある程度手応えを感じ、心電図に関しても以前のような“劣等生”ではなくなっていた頃です。病棟だったか研究室だったかは忘れましたが、心電図や不整脈に詳しいX先生から試問を受けました。【X先生】「高電位の診断基準は? 10個は言えるわな。」【Dr.ヒロ】「えっ?10個ですか! V1のS波とV5のR波を足して35mmとか、V5かV6でしたっけ、20…いくつでしたかね…」【X先生】「V5が26mm、V6は20mmな*1。そいでほかは?」【Dr.ヒロ】「え? まだあるんですか…」【X先生】「あるよ。何言ってんのよ。肢誘導とかもあるだろ。先生は心電図のごくごく表面しか知らないな。あのなぁ、本当のプロになりたかったらな、こんなん10個は空で言えないと失格なんだよ!」そう言って、正解は教えないままその先生はボクの元を去りました。*1:今回紹介する基準とは若干違います。欧米の文献と日本人の違いなどもあるのでしょうか。前置きが長くなりましたが、こんな経緯があったためか、「高電位(差)」という言葉を聞くと、今でも無性にチャレンジスピリットが湧いてくるんです! ですから、今回のレクチャーはいつも以上に熱いです(笑)。早速はじめましょう。次のリスト(図2)を見てください。(図2)こんなに覚えられない!…「左室肥大」の診断基準画像を拡大するボクが事あるごとに参照しているガイドライン的文献1)からの引用です。タイトルは「左室肥大の診断基準」ですが、その大半が「左室高電位」の条件で占められていることがわかるでしょう。はじめに言っておきますが、これを必死で覚える必要はありません(誰も本気でしようと思わないでしょうが)。当然、項目一つ一つを解説することも、皆さんに覚えてもらうこともボクの本意ではありません。なので、この中の“定番商品”に値する有名な3つの診断基準パッケージから紹介していきます。“最も有名な『そこのライオン』基準”まずは“そこのライオン”から。「また!何言ってんの、この人?」って思った方、英字を見てください。ね、“そこの(Sokolow)ライオン(Lyon)でしょ(笑)。■Sokolow-Lyon基準2)■ “そこのライオン”(1)SV1+RV5(or V6) ≧ 35mm(2)RaVL ≧ 11mmこの基準は有名です。(1)は先ほどの会話にも登場していましたが、ボクが最初に覚えたもので、この和を「Sokolow-Lyon(S-L) index」と呼びます。『V1のS波(深さ)とV5のR波(高さ)を足して35mmね。心電図ってそうやって読むのか。なんか高尚だなぁ』、そんな風に感じた記憶があります。実際はV5でもV6でもいい(大きいほうを採用)のですが、V5が用いられることが多いかもしれません。このような“◯+△”型のクライテリアは、もとは「RI+SIII」2)に始まり、一般的に「左室パターン」(第17回)のQRS波形を呈する“イチエル・ゴロク”(I、aVL、V5、V6)のどれかと“その反対側”から構成されると考えると理解しやすいです。肢誘導界の円座標を頭に思い描けば、IIIは“Iの反対側”ですし、胸部誘導ではV5・V6の反対側と言ったらV1ですよね。この“反対側”では、左室のど真ん前に位置する”イチエル・ゴロク”(側壁誘導)でR波として表現される左室成分がS波として反映されているのだと考えれば良いのです。心電図(図1)で見てみましょう。「SV1」、「RV5」、そしてS-L indexが「R+S:3.88mV」と表示されています。これがそうです。「3.88mV」を長さに直せば「38.8mm」となるので、このSokolow-Lyon基準では「左室高電位」に該当します。“そこのライオンで気をつけること“Sokolow-Lyon基準の原典3)はなんと、70年前の論文です。それが今もなお生き続けていることは称賛すべきですが、S-L indexに関しては、いくつか問題点が指摘されています。何と言っても、対象の「年齢」や「性別」が考慮されていないという点です。25歳の男性も80歳の女性も同じ35mm(3.5mV)で判定するのです。冷静に考えると、これってオカシイですよね。健診の心電図や心エコーでの計測値だって、年齢・性別に応じた基準値が設けられています。今回の症例は若年ながら病気を有していますが、同年代の大半の男性はそうではなく、健康だと思います。「RV5(or RV6)」は左室の“パワー”(起電力)を反映するものですから、本人も心臓も元気みなぎる若年男性では、ピンッと立ったスパイクとなり、高率に基準(1)を満たしてしまうことが知られています。左室高電位は左室肥大の条件の一つです。その病的意義を考えると、若くて健康な男性に「左室肥大(疑い)」を頻発させてしまうこの基準は、あまり現実にそぐわないのかもしれません。同様なことが男女問わずアスリート(競技者)にも言われています*2。*2:普段、日本で診療しているとあまり意識されないかもしれませんが、「人種」も考慮すべき一因です。それを解決する一つの方法として、若い男性についてはカットオフを35mmではなく「50mm」にしたほうがいいという声があります4)。国内の心電計メーカーでも同様な点を踏まえて、年齢・性別に応じた高電位差の基準として、20~30歳前後の男性では50mm前後を自動診断の閾値として採用しているところがあるようです。ですから、今回の心電図(図1)では、左室高電位の基準に満たないというのがボクの見解になります。では、一方の(2)「RaVL≧11mV」ではどうでしょうか? 前回のレクチャーで述べましたが、今回のように「左脚前枝ブロック」(LAFB)の心電図では、「肢誘導が“縦に伸びる”」ことに注意する必要があるのでした。つまり、肢誘導のQRS波高が本来よりも“かさ増し”されている場合があるのです。そのため、IやaVLを含む高電位基準はそのままでは使えない可能性が高いです。そこで、LAFBでは、胸部誘導を用いるほう方がいいという意見5)はもっともかもしれません(あまり浸透していませんが)。もう一つは、“そこのライオン”基準をmodifyするやり方で、“2割増し”の「13mm」をカットオフにする考え方1)。ボク自身はこれがお気に入りです。今回の心電図では、RaVLは「11mm基準」にも該当しませんが、この点は知っておくと“物知り”だと思われること確実です。若かりし頃のボクは、基準(2)を覚えたのが嬉しくて、LAFBなのに「11mm」基準のまま“フェイク”の「左室高電位」を乱発していた日々が恥ずかしく思い出されます*3。読者の皆さんもご注意あれ。*3:投稿した論文でreviewerに指摘された記憶も…(笑)“こなれた男女は意外とふくよか?”2つ目のユニークな基準は、“こなれた男女、サイズは3L”です。正式にはCornell基準ですが、ここでもボク流を受容する大きな心を持ってくださいね(笑)。ニューヨークからの報告ですから、なんかオシャレ、いや~こなれてマス。■Cornell基準6)■ “こなれた男女、サイズは3L”(i)SV3+RaVL > 28mm(男性)(ii)SV3+RaVL > 20mm(女性)“男女”は性別ごとに基準が違いますよ、ということ。今回取り上げる中で唯一「性差」が考慮されている点は評価できるのですが、実際には驚くぐらい浸透していません(ボクもよく忘れます)。この基準を涼しい顔で言える人はタダモノではないはず! なお、女性に関しては「+2mm」して「22mm」のほうがいいという議論もあり、なおややこしいことになっています7)。(図1)の男性では、「SV3=17mm」、「RaVL=9mm」なので、一応セーフでしょうか。ちなみに、“サイズは3L”は「SV3+RaVL」を思い出しやすくするためにつけています。ただ、V3誘導がaVL誘導の“反対側”とはイメージしにくいため、個人的にはこうもしないと覚えられません…。“浪費エステはポイント制“紹介する3つ目はRomhiltとEstesの二氏らによる診断基準です。ボク流に言うと“浪費エステはポイント制”です。だんだん無理くり感が…。■Romhilt-Estesスコア8)■ “浪費エステ”(A)肢誘導:R波(or S波)≧ 20mm(B)SV1(or V2) ≧ 30mm(C)RV5(or V6) ≧ 30mmこの“浪費エステ”は「左室肥大」を診断するために開発されたスコアリングシステム(それが“ポイント制”とした意味です)で、そこからQRS波高に関連する部分を抜き出しています(残りの条件に関しては、次回述べる予定)。(A)~(C)いずれか一つを満たすときに「3点」とします*3。これまでと少し数値が異なる点がややこしいでしょうか。でも、これが一つの“完成品”なので文句は言えません。*3:最高13点。4点以上で「probable/likely」、5点以上で「definite/present/certainly」とされる。今回の心電図は(A)~(C)のいずれも該当しません。“最近の心電計と現実的な対応”さて、ここまでの話、いかがですか? 『とっても覚えられないよ(泣)』なんて方も少なくないと予想します。それでも、“そこのライオン”と“こなれた男女”そして“浪費エステ”の3つの診断基準で7個…。前述のX先生の要望には及びません。ただ、これだけでも多くの人にとって、長期間正しく暗記できるレベルを越えていると思います。やはり“記憶”に関してはコンピュータに任せましょう(Dr.ヒロでいう“カンニング法”)。最近の心電計の波形認識・診断システムには、たくさんの左室高電位基準が網羅されており、心電計が「高電位」と言ったら素直にそうなのかと認める姿勢も悪くないとボクは思います。心電図(図1)でも、「高電位(左室に対応する誘導)V1、V5」と表記されていますね。これは普段から最後に自動診断にも必ず目を通すクセをつけておくことで決して忘れません。ただ、先ほど述べた年齢・性別の影響や、S-L indexだけ満たして、ほかはすべて該当しない時に、それを「高電位」と診断するかどうかの最終判断が、われわれ“人間”の仕事です。もう一つ。ボクの教科書は、原則、数値の暗記にこだわらないスタンスなので、次のやり方を紹介しておきましょう9)。この手法、“(ブイ)シゴロ密集法”とでも名付けましょうか。“シゴロ”はV4、V5、V6のことで、このR波が3つとも空をつんざくほどの勢いで直上の誘導領域まで届いているときに「左室高電位」と診断する方法です。別症例の心電図(図3)を見てください。(図3)左室高電位はブイシゴロに注目!画像を拡大する赤太枠で囲った部分にご注目あれ! この心電図は閉塞性肥大型心筋症で通院中の80歳、女性のものです。たしかに“(ブイ)シゴロ密集法”陽性で、典型的なST-T変化も伴いますので、バリッバリの「左室肥大」が疑われます。この場合、今回述べた「左室高電位」基準をほぼすべて満たしますが、これを得意のエイヤッでV4~V6誘導だけの“見た目”で診断しちゃえというのがDr.ヒロ流。こうすることで細かな数値と決別することができるんです。この感覚で、もう一度心電図(図1)を見直してみましょう。するとV6誘導がおとなしめなので、その意味でも「該当しない」と言っていいのではないでしょうか。“おわりに”以上、話し出すとキリがないのですが、2回に分けて “高すぎる”QRS波形の考え方についてお送りしました。最後の最後で一言。私たちは普段「高電位」のことを“ハイ・ボル(テージ)”(high voltage)などと呼んでしまいがちですが、ボクの調べた限りでは“和製英語”のようです(間違ってたらゴメンナサイ)。「increased QRS voltage」というのが正しいそう。知らなかった方は気を付けてくださいね。次回は、“Romhilt-Estes”(浪費エステ)のスコアを用いて「左室肥大」について考えてみましょう。では! …とまぁ、とかく“欲張り”なDr.ヒロなのでした。Take-home MessageQRS波高が“高すぎる”の診断基準はたくさんあり、可能な範囲で代表的なものをおさえておこう。数値を覚えるのが苦手なら、“(ブイ)シゴロ密集法”がオススメかも!?1):Hancock EW, et al. Circulation. 2009 Feb 19.[Epub ahead of print]2):Gubner R, et al. Arch Intern Med.1943;72:196-209.3):Sokolow M, et al. Am Heart J. 1949;37:161-186.4):Macfarlane PW, et al. Adv Exp Med Biol.2018;1065:93-106.5):Bozzi G, et al. Adv Cardiol.1976;16:495–500.6):Casale PN, et al. Circulation. 1987;75:565-572.7):Dahlöf B, et al. Hypertension.1998;32:989-997.8):Romhilt DW, et al. Estes EH Jr. Am Heart J.1968;75:752-758.9):杉山裕章. 心電図のみかた、考え方[応用編]. 中外医学社;2014.p.125-149.【古都のこと~梅宮大社】京都の梅を語りましょう。『古都のこと』でも既にいくつか紹介していますが*1、今回は右京区梅津の梅宮大社(うめのみやたいしゃ)です。松尾大社からも徒歩で行ける距離にあります。元々は山城国にあり*2、平城京を経て嵯峨天皇の皇后であった橘嘉智子により平安時代前期に現在の場所に遷座されたとのこと。御祭神として酒解神(さかとけのかみ)を本殿に祀ります。文字通り“酒造の神様”ですね*3。訪れたのは、梅産祭(うめうめまつり)が休日に重なった日でしたが、新型コロナウイルスの影響で、恒例の梅ジュース・清酒の振る舞いも中止になっていました。参拝者も少なく、どんよりとした気分が立ちこめていましたが、境内および四季折々の花が美しい回遊式庭園のある神苑には、至る所で紅白梅が元気に花を咲かせていました。桜とは異なる種類の春の訪れ。来年こそは、この感動をより多くの方々と共有したいなぁと心の底から思いました。*1:北野天満宮を筆頭に、岡崎別院、随心院でも扱った。*2:綴喜(つづき)群井出町付近とされる。橘諸兄(もろえ)の母県犬養三千代(あがたいぬかいみちよ)が橘氏の氏神として創祀したと伝わる。三千代は藤原不比等の夫人となったため、藤原氏の摂政・関白の家筋が橘氏長者も代行し、春日神社(藤原氏の氏神)同様に梅宮大社にも崇敬を捧げた。*3:他に橘嘉智子が梅宮神に祈願し皇子(仁明天皇)を授かったことから、授子安産の神徳もあるとされる。本殿横の「またげ石」を跨ぐと子を授かると伝わる。

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