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映画「ラン」(前編)【なんで子どもを病気にさせたがるの?(代理ミュンヒハウゼン症候群)】Part 3

なんで子供の病気のねつ造までするの?子供を病気にさせたがる心理は、同情欲求、承認欲求、そして育児欲求によるものであることが分かりました。同情や承認によって構ってもらいたいという対人希求だけでなく、育児によって構いたいという対人希求もあることがわかります。映画の後半では、ダイアンから逃げようとするクロエと娘を逃がすまいとするダイアンの心理戦が繰り広げられます。なんとダイアンは、クロエを地下室に閉じ込め、寝たきりにするための毒薬を作り始めるのです。それにしても、ダイアンはなぜそこまでするのでしょうか? ここから、代理ミュンヒハウゼン症候群の要因を主に2つ挙げてみましょう。(1)罪悪感がないクロエは郵便配達員のトムに助けを求めますが、それに勘付いたダイアンは、トムが油断したすきに彼を注射で気絶(毒殺?)させます。その後、追い詰められたクロエは自殺を図り、病院に運ばれますが、病院ではクロエに担当の看護師が付いているため、ダイアンはクロエに近付けません。しかし、他の患者の急変でその看護師が持ち場を離れた直後に、ダイアンがクロエの目の前に現れるのです。あまりにもタイミングが良く、ダイアンが他の患者を急変させた可能性を考えてしまいます。ダイアンは、クロエの人工呼吸器の抜管を自分だけで手際よくしている様子から、ある程度の医療行為をクロエの看病を通して学んだことも推測できます。このようにダイアンがここまで抵抗なく人に危害を加えることができる原因のヒントが、ダイアンの背中にありました。そこには、大きな傷痕があり、彼女自身が虐待されていたことがほのめかされています。1つ目の要因は、虐待などによる生育環境によって罪悪感が育まれていないことです。もちろん、もともとの遺伝要因よって罪悪感が育まれにくい場合(いわゆるサイコパス)もあります。前回のミュンヒハウゼン症候群の記事(関連記事1)でも紹介しましたが、そもそも私たち人間は、相手に危害を加えるなどの反社会的な行動をすると罪悪感を抱くように心(社会的感情)が進化しました。これは、社会脳と呼ばれています。この詳細は、関連記事3をご覧ください。(2)心の距離感がないダイアンは、クロエの小さい頃を映したホームビデオを繰り返し見て、涙まで流して懐かしんでいました。このことから、ダイアンは決してクロエを憎んでいるわけではありません。ダイアンは、クロエの大学合格通知を隠し持っていたことから、むしろクロエと離れたくないと思っていることがわかります。2つ目の要因は、心の距離感(バウンダリー)がないことです。これは、言い換えれば、子供との一体感が強く、子供は自分の一部、自分の分身と捉えてしまうことです。すると、子供に危害を加えるという他害行為は、「自傷行為」にすり替わります。自分を傷付けているわけなので誰にも迷惑をかけていないという発想になり、ますます罪悪感は希薄になります。実際に、代理ミュンヒハウゼン症候群になるのは、ダイアンがそうであるように、女性が85~95%であり、男性よりも女性が圧倒的に多いことが分かっています1-3)。この点からも、妊娠・出産・授乳という女性ならではの生物学的な密着の必要性が心の距離感に影響を及ぼしていることが考えられます。1)特集「うそと脳」P1576:臨床精神医学、アークメディア、2009年11月号2)うその心理学P77:こころの科学、日本評論社、20113)親の手で病気にされる子供たちP156:南部さおり、学芸みらい社、2021・シックンド 病気にされ続けたジュリー:ジュリー・グレゴリー、竹書房文庫、2004<< 前のページへ■関連記事映画「二つの真実、三つの嘘」(前編)【なんで病気になりたがるの? 実はよくある訳は?(同情中毒)】Part 1ザ・サークル【「いいね!」を欲しがりすぎると?(承認中毒)】Part 1万引き家族(前編)【親が万引きするなら子供もするの?(犯罪心理)】Part 1

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第127回 新型コロナウイルスの2類見直しについて討議開始/感染症対策分科会

<先週の動き>1.新型コロナウイルスの2類見直しについて討議開始/感染症対策分科会2.75歳以上の医療保険料、年間5,300円の負担増へ/厚労省3.がん患者数、コロナ前の水準に、進行がん患者増を懸念/国立がん研究センター4.医療機関にセキュリティ対策研修用ポータルサイト開設/厚労省5.かかりつけ医機能について、年内に結論へ/全世代型社会保障構築会議6.改正精神保健福祉法と改正難病法が成立/参院1.新型コロナウイルスの2類見直しについて討議開始/感染症対策分科会政府は新型コロナウイルス感染症対策分科会を12月9日に開き、今年の年末年始の感染対策について考えをまとめ、公表した。この中で、オミクロン株対応ワクチンの早期接種を求めるとともに、医療逼迫防止のために、重症化リスクが低い人については咽頭痛や発熱などの自覚症状が出た場合は、自宅での抗原定性検査キットを使うことも検討を求めた。また、定期的に換気することも求めた。さらに、新型コロナの2類感染症の見直しについても、季節性インフルエンザなどと同じ「5類」への引き下げについても議論されたが、致死率などがインフルエンザに近づいているという意見もある一方で、死亡数が多いといった意見も出され、最新のデータに基づいた評価をもとに、改めて議論することとなった。(参考)年末年始の感染対策についての考え方(新型コロナウイルス感染症対策分科会)新型コロナの感染症法上の扱い 改めて議論へ 政府分科会(NHK)ワクチン年内接種呼び掛け コロナ分科会 年末年始の医療逼迫回避(時事通信)2.75歳以上の医療保険料、年間5,300円の負担増へ/厚労省厚生労働省は12月9日に開催された社会保障審議会医療保険部会において、年末までに医療保険の見直し案による試算を公表した。これによると、出産育児一時金を47万円に増額した場合、75歳以上が加入している後期高齢者医療制度の保険料が年間5,300円増加する見込みとなっている。政府は、出産一時金については50万円に引き上げる方針のため、健康保険料はこの試算より増額が見込まれている。なお、実際に保険料が増えるのは、75歳以上のうち年金収入が153万円以上の所得がある人で、全体の約4割に止まるとみられる。高齢者医療をすべての世代で公平に支え合う仕組みのため、政府はさらに改革を進めていく方針。(参考)第160回社会保障審議会医療保険部会(厚労省)24年度医療保険料 75歳以上、年5300円増 政府試算(毎日新聞)後期高齢者の年間保険料 2年後 約5400円の負担増 厚労省が試算(NHK)75歳以上、平均年5300円負担増 医療保険見直し案、厚労省が試算公表(朝日新聞)3.がん患者数、コロナ前の水準に、進行がん患者増を懸念/国立がん研究センター国立がん研究センターは12月9日に、2021年1月1日から12月31日の1年間にがんと診断または治療された患者の院内がん登録データをまとめ、速報値として報告書としてウェブサイトで公表した。院内がん登録データの提出があった拠点病院453施設と小児拠点6施設のうち、過去4年間にわたってデータ提出のあった計455施設を対象にデータをまとめたところ、2021年の院内がん登録数は、2018年と2019年の2ヵ年平均登録数と比較して101.1%とほぼ同程度であることが明らかとなり、新型コロナウイルスの影響で減った2020年と比べると2021年は感染拡大前の水準であったことがわかった。一方、2021年の登録症例は、2018年と2019年の平均登録数と比較したところ、多くのがん種で早期がんでの登録の割合が減少しており、今後も継続的に分析を行う必要があるとしている。(参考)院内がん登録2021年全国集計速報値 公表 2021年のがん診療連携拠点病院等におけるがん診療の状況(国立がん研究センター)国立がん研究センター「がん情報サービス がん統計」報告書ページ(同)国がん 21年院内がん登録全国集計結果を公表 コロナ禍で減少の新規患者数が同程度に(ミクスオンライン)昨年がん診断・治療、コロナ前並みの81万件…想定より少なく「進行がんで見つかる恐れ」(読売新聞)4.医療機関にセキュリティ対策研修用ポータルサイト開設/厚労省厚生労働省は、医療機関へのランサムウェアによるサイバー攻撃が増加しているのを受け、12月8日に、医療機関向けに「医療機関向けセキュリティ教育支援ポータルサイト」を開設した。医療機関の経営者に対して最近のサイバー攻撃事例を紹介するほか、システム管理者に向けてはインシデント対応やシステム設定などを伝える。また、一般の医療従事者には情報セキュリティの基本や注意点などを説明する。さらにトラブル発生時の相談・初動対応依頼窓口も設置されている。(参考)医療機関向けセキュリティ教育支援ポータルサイト(厚労省)医療機関向けサイバーセキュリティ対策研修を開始します(同)医療機関にセキュリティ知識を ソフトウェア協会が講習事業スタート(ITmedia)医療機関にサイバー研修 厚生労働省がポータルサイト(日経新聞)5.かかりつけ医機能について、年内に結論へ/全世代型社会保障構築会議政府は、12月7日に全世代型社会保障構築会議を開催し、報告書の取りまとめに向け、論点整理を巡って議論を行った。当日、論点となったのは医療・介護制度改革のほか、誰もが安心して希望通りに働くことができる社会保障制度の構築、子育て支援。医療・介護保険制度の改革では、今後の高齢者人口のさらなる増加を見据え、「かかりつけ医機能」制度の整備は不可欠とし、具体的なかかりつけ医の機能として「日常的に高い頻度で発生する疾患・症状について幅広く対応し、オンライン資格確認も活用して患者の情報を一元的に把握し、日常的な医学管理や健康管理の相談を総合的・継続的に行うこと」とし、「休日・夜間の対応、他の医療機関への紹介・逆紹介、在宅医療、介護施設との連携」も必要ではないかとされた。今後は、年内に議論をまとめ、来年の通常国会での関連法改正を目指す方向とみられる。(参考)全世代型社会保障の構築に向けた各分野における改革の方向性(全世代型社会保障構築会議)「かかりつけ医機能」年内結論 全世代型会議「足元の課題」(CB news)かかりつけ医機能の方向性決定は年内か 政府の全世代型社会保障構築会議が報告書の素案を提示(日経ヘルスケア)6.改正精神保健福祉法と改正難病法が成立/参院12月10日、会期末の参院本会議で精神保健福祉法、難病法の改正案も含めた「障害者総合支援法等改正案」が成立した。難病法の改正案には、これまで難病の申請を行った日からされていた医療費助成を「重症と診断された日」にさかのぼって受けられることにするほか、障害福祉サービス利用時に使える「登録者証」の発行が盛り込まれた。このほか、難病患者や小児慢性特定疾病患者らのデータベースの整備により、製薬企業が難病患者のデータベースのデータを利活用できるようにして、新薬の開発を促進することを目指す。また、精神科病院の管理者に対し、病院の職員への研修や患者の相談体制の整備など、患者虐待防止策義務付けた改正精神保健福祉法も同日成立した。(参考)障害者総合支援法等改正案の概要(厚労省)「改正難病法」成立 患者からは一日も早く治療薬開発求める声(NHK)精神科病院の患者虐待防止策義務づけ 改正精神保健福祉法成立(同)1人暮らし促進 障害者支援、改正法成立(毎日新聞)

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小児期の被虐体験が成人後の心不全リスクを高める可能性―AHAニュース

 子どもの頃に受けたトラウマ、特に身体的虐待の体験が、後年の心不全リスクを高める可能性のあることが、新たな研究から明らかにされた。詳細は「Journal of the American Heart Association」に10月5日掲載された。 これまでの研究から、子ども時代のトラウマと、成人後の心血管疾患やその他の健康リスクとの関連が報告されている。しかし、心不全との関連についてはほとんど研究されていなかった。心不全は、心臓が体の隅々に十分な血液を送り届けることができない状態であり、米国では約600万人の成人が該当すると考えられている。 新たな研究では、英国の成人15万3,287人を対象に、小児期の被虐体験の有無や心不全の遺伝的素因と、心不全リスクとの関連が検討された。約12年間の追跡で、2,352人が心不全を発症。小児期の身体的虐待、情緒的虐待、性的虐待、ネグレクトなどの被虐体験がある人の心不全リスクは14%高く、3~5種類の虐待を受けた経験のある人は43%リスクが高かった。心不全の遺伝的リスクが低い人でも、小児期の被虐体験がある場合、心不全リスクの上昇が認められた。 論文の共同責任著者の一人で心臓病専門医である広東省人民病院(中国)のQingshan Geng氏は、「われわれの研究結果は、子ども時代の被虐体験がその後の人生における心不全の新たな予測因子となり得ることを示唆している」と語っている。また、「心臓病専門医が精神科医や心理学者と緊密に協力して、心疾患の予防・治療戦略を改善する必要がある」と述べるとともに、被虐体験を持つ人々に対しては、自分の健康をより積極的に管理することを勧めている。もう一人の共同責任著者である広州医科大学附属病院(同)の精神科医であるJihui Zhang氏も、「小児期にトラウマとなるような体験をした人は、身体活動を増やして普通体重を維持するなど、ライフスタイルを改善して将来の心不全のリスクを抑制するように努めた方が良い」と語っている。 この研究で示された心不全リスクの上昇を被虐体験のタイプ別に比較すると、身体的虐待が最も強い独立した関連があり(32%増)、続いて情緒的虐待(26%増)、身体的ネグレクト(23%増)、性的虐待(15%増)、情緒的ネグレクト(12%増)の順だった。なお、Zhang氏は本研究の限界点として、因果関係は不明であること、および、小児期の被虐体験を小児期に記録したのではなく、成人後の記憶を頼りに評価している点を挙げている。 2017年に米国心臓協会(AHA)が、小児期の逆境と心血管代謝疾患との関連についてまとめた科学的ステートメントの作成委員会を統括した、米エモリー大学のShakira Suglia氏は、本研究について、「被虐体験の長期的な影響に関する新たなエビデンスであり、これまであまり着目されていなかった遺伝的リスクも考慮されている」と高く評価。その上で、「今後は小児期の被虐体験の影響を和らげる方法の研究が求められる」と語っている。なお、同氏自身は今回の研究に関与していない。 Suglia氏はまた、「この研究は、安全で配慮の行き届いた育成の重要性を、両親や他の大人たちに再認識させるものだ。子どもたちは、そのような安定した環境で成長すべきであり、子どもが何らかのトラウマを体験した場合はその悪影響が現れないように、必要な全てのサポートを確実に行う必要がある。それは単に心疾患のリスク抑制のためだけでなく、子どもの精神的健康、幸福、健全な発育のために必要なことだ」と付け加えている。[2022年10月5日/American Heart Association] Copyright is owned or held by the American Heart Association, Inc., and all rights are reserved. If you have questions or comments about this story, please email editor@heart.org.利用規定はこちら

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遺族にNGな声かけとは…「遺族ケアガイドライン」発刊

 2022年6月、日本サイコオンコロジー学会と日本がんサポーティブケア学会の合同編集により「遺族ケアガイドライン」が発刊された。本ガイドラインには“がん等の身体疾患によって重要他者を失った遺族が経験する精神心理的苦痛の診療とケアに関するガイドライン”とあるが、がんにかかわらず死別を経験した誰もが必要とするケアについて書かれているため、ぜひ医療者も自身の経験を照らし合わせながら、自分ごととして読んでほしい一冊である。 だが、本邦初となるこのガイドラインをどのように読み解けばいいのか、非専門医にとっては難しい。そこで、なぜこのガイドラインが必要なのか、とくに読んでおくべき項目や臨床での実践の仕方などを伺うため、日本サイコオンコロジー学会ガイドライン策定委員会の遺族ケア小委員会委員長を務めた松岡 弘道氏(国立がん研究センター中央病院精神腫瘍科/支持療法開発センター)を取材した。ガイドラインの概要 本書は4つに章立てられ、II章は医療者全般向けで、たとえば、「遺族とのコミュニケーション」(p29)には、役に立たない援助、遺族に対して慎みたい言葉の一例が掲載されている。III章は専門医向けになっており、臨床疑問(いわゆるClinical questionのような疑問)2点として、非薬物療法に関する「複雑性悲嘆の認知行動療法」と薬物療法に関する「一般的な薬物療法、特に向精神薬の使い方について」が盛り込まれている。第IV章は今後の検討課題や用語集などの資料が集約されている。遺族の心、喪失と回復を行ったり来たり 人の死というは“家族”という単位だけではなく、友人、恋人や同性愛者のパートナーのように社会的に公認されていない間柄でも生じ(公認されない悲嘆)、生きている限り誰もが必ず経験する。そして皮肉なことに、患者家族という言葉は患者が生存している時点の表現であり、亡くなった瞬間から“遺族”になる。そんな遺族の心のケアは緩和ケアの主たる要素として位置付けられるが、多くの場合は自分自身の力で死別後の悲しみから回復していく。ところが、死別の急性期にみられる強い悲嘆反応が長期的に持続し、社会生活や精神健康など重要な機能の障害をきたす『複雑性悲嘆(CG:complicated grief)』という状態になる方もいる。CGの特徴である“6ヵ月以上の期間を経ても強度に症状が継続していること、故人への強い思慕やとらわれなど複雑性悲嘆特有の症状が非常に苦痛で圧倒されるほど極度に激しいこと、それらにより日常生活に支障をきたしていること”の3点が重要視されるが、この場合は「薬物治療の必要性はない」と説明した。 一方でうつ病と診断される場合には、専門医による治療が必要になる。これを踏まえ松岡氏は「非専門医であっても通常の悲嘆反応なのかCGなのか、はたまた精神疾患なのかを見極めるためにも、CG・大うつ病性障害(MDD)・心的外傷後ストレス障害(PTSD)の併存と相違(p54図1)、悲嘆のプロセス(p15図1:死別へのコーピングの二重過程モデル)を踏まえ、通常の悲嘆反応がどのようなものなのかを理解しておいてほしい」と強調した。医師ができる援助と“役に立たない”援助 死別後の遺族の支援は「ビリーブメントケア(日本ではグリーフケア)」と呼ばれる。その担い手には医師も含まれ、遺族の辛さをなんとかするために言葉かけをする場面もあるだろう。そんな時に慎みたい言葉が『寿命だったのよ』『いつまでも悲しまないで』などのフレーズで、遺族が傷つく言葉の代表例である。言葉かけしたくも言葉が見つからないときは、正直にその旨を伝えることが良いとされる。一方、遺族から見て有用とされるのは、話し合いや感情を出す機会を持つことである。 そのような機会を提供する施設が国内でも設立されつつあるが、現時点で約50施設と、まだまだ多くの遺族が頼るには程遠い数である。この状況を踏まえ、同氏は「医師や医療者には患者の心理社会的背景を意識したうえで診療や支援にあたってほしいが、実際には多忙を極める医師がここまで介入することは難しい」と話し、「遺族の状況によってソーシャルワーカーなどに任せる」ことも必要であると話した。 なお、メンタルヘルスの専門家(精神科医、心療内科医、公認心理師など)に紹介すべき遺族もいる。それらをハイリスク群とし、特徴を以下のように示す。<強い死別反応に関連する遺族のリスク因子>(p62 表4より)(1)遺族の個人的背景・うつ病などの精神疾患の既往、虐待やネグレクト・アルコール、物質使用障害・死別後の睡眠障害・近親者(とくに配偶者や子供の死)・生前の患者に対する強い依存、不安定な愛着関係や葛藤・低い教育歴、経済的困窮・ソーシャルサポートの乏しさや社会的孤立(2)治療に関連した要因・治療に対する負担感や葛藤・副介護者の不在など、介護者のサポート不足・治療やケアに関する医療者への不満や怒り・治療や関わりに関する後悔・積極的治療介入(集中治療、心肺蘇生術、気管内挿管)の実施の有無(3)死に関連した要因・病院での死・ホスピス在院日数が短い・予測よりも早い死、突然の死・死への準備や受容が不十分・「望ましい死」であったかどうか・緩和ケアや終末期の患者のQOLに対する遺族の評価 上記を踏まえたうえで、遺族をサポートする必要がある。不定愁訴を訴える患者、実は誰かを亡くしているかも 一般内科には不定愁訴で来院される方も多いだろうが、「遺族になって不定愁訴を訴える」ケースがあるそうで、それを医療者が把握するためにも、原因不明の症状を訴える患者には、問診時に問いかけることも重要だと話した。<表5 遺族の心身症の代表例>(p64より一部抜粋)1.呼吸器系(気管支喘息、過換気症候群など)2.循環器系(本態性高血圧症など)3.消化器系(胃・十二指腸潰瘍、機能性ディスペプシア、過敏性腸症候群など)4.内分泌・代謝系(神経性過食症、単純性肥満症など)5.神経・筋肉系(緊張型頭痛、片頭痛など)6.その他(線維筋痛症、慢性蕁麻疹、アトピー性皮膚炎など) 最後に同氏は高齢化社会特有の問題である『別れのないさよなら』について言及し、「これは死別のような確実な喪失とは異なり、あいまいで終結をみることのない喪失に対して提唱されたもの。高齢化が進み認知症患者の割合が高くなると『別れのないさよなら』も増える。そのような家族へのケアも今後の課題として取り上げていきたい」と締めくくった。書籍紹介『遺族ケアガイドライン』

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覚醒剤使用受刑者の4人に3人は小児期に逆境体験があり、希死念慮と関連

 国内の覚醒剤使用による受刑者600人以上を対象とする調査から、小児期に逆境を体験している者の割合が高く、そのことが希死念慮や非自殺性の自傷行為のリスクの高さと関連していることが明らかになった。お茶の水女子大学生活科学部心理学科の高橋哲氏らの研究によるもので、詳細は「Child Abuse & Neglect」9月号に掲載された。 小児期の逆境体験(adverse childhood experience;ACE)が、成人後の薬物使用リスクに関連のあることが報告されている。あらゆる犯罪の中で薬物使用は最も再犯率が高く、受刑者に対する治療介入に改善の余地がある可能性が指摘されている。一方、ACEは成人後の希死念慮や非自殺性の自傷行為(non-suicidal self-injury;NSSI)のリスクとも関連があり、また受刑者が釈放された後の主要な死因の一つが自殺であることも知られている。ただし、これらの関連は主として海外での研究から報告されたもので、国内での実態は不明点が多い。 このような背景のもと、高橋氏らは法務省法務総合研究所と国立精神・神経医療研究センター薬物依存部が共同で行った薬物使用犯罪者を対象とする調査のデータを用いた解析を行った。解析対象は、2017年7~11月に覚醒剤(メタンフェタミン)使用により全国78カ所(医療刑務所以外)の刑務所に入所した受刑者のうち、調査への参加拒否者や回答に不備のあった者を除外した636人。 質問票により、18歳以前のACE体験の有無を調査。家庭機能に関する7項目(保護者の飲酒、薬物乱用、精神疾患、死別や離婚、受刑、家庭内暴力など)と、虐待に関する5項目(身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、ネグレクトなど)、計12項目を把握し、0~12点にスコア化して評価した。また、希死念慮およびNSSIの有無を把握した。NSSIについては、「自殺するつもりがなく、故意に自傷行為をしたことがあるか」との質問への回答で判断した。 解析対象者は、平均年齢43.4±10.0歳、男性65.7%、累犯者73.7%であり、性別での比較からは、男性の方が高齢で未婚者が多く、累犯者率が高いという有意差が見られた。全体の4人に3人以上(76.1%)に一つ以上のACE体験が認められ、半数以上(54.1%)は複数のACE体験を報告していた。なお、先行研究によると、国内の一般人口のACE体験を有する割合は32%、世界21カ国の平均は38%とされており、今回の研究ではそれらよりもはるかに高い値が示された。 ACEスコアは平均2.45±2.36で、女性(3.26±2.56)は男性(2.03±2.14)より有意に高値だった(P<0.01)。最も多く認められたACEは、親との死別または離婚であり、53.5%が該当した。希死念慮は28.9%(男性20.3%、女性45.4%)、NSSIは19.3%(男性8.1%、女性40.8%)が有しており、女性においてそれらの割合が高かった(いずれもP<0.001)。 希死念慮を目的変数、年齢、性別、過去の受刑回数、ACEスコアを説明変数とするロジスティック回帰分析の結果、女性〔調整オッズ比(aOR)2.84(95%信頼区間1.94~4.16)〕、ACEスコア〔aOR1.18(同1.09~1.27)〕が、それぞれ独立して希死念慮を有することに関連していることが分かった。また、NSSIについては、女性〔aOR6.96(同4.39~11.18)〕とACEスコア〔aOR1.18(同1.08~1.28)〕が有意な正の関連因子、年齢〔aOR0.96(同0.93~0.99)〕が有意な負の関連因子として特定された。希死念慮とNSSIを統合した解析では、女性〔aOR5.84(同3.36~10.17)〕とACEスコア〔aOR1.21(同1.10~1.34)〕が有意な関連因子だった。 著者らは、「われわれの研究結果は、トラウマ体験に対する早期の予防と介入の重要性を示唆している。また、世代間の虐待の連鎖を断ち切るために、特に女性受刑者に対してジェンダーの特性を考慮した介入が必要と考えられる」と述べている。さらに、「現在、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによりメンタルヘルス関連の問題が増加しており、違法薬物使用の潜在的なリスクが高まっているため、この問題への対策が急がれる」とも付け加えている。

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子ども時代の被虐体験が成人後の糖尿病などと関連

 子どものころの被虐体験と、成人後の高コレステロール血症や2型糖尿病の発症リスクとの関連を示した論文が4月27日、「Journal of the American Heart Association(JAHA)」に掲載された。筆頭著者である米エモリー大学のLiliana Aguayo氏は、「われわれの研究結果は子ども時代の被虐体験が、成人後の疾患リスクに影響を及ぼす可能性を示しており、その影響は性別や人種により異なるようだ」と述べている。 Aguayo氏らは、冠動脈疾患リスク因子に関する長期コホート研究である「CARDIA研究」のデータをこの研究に用いた。CARDIA研究では、1985~1986年に米国内4都市で登録された5,115人(年齢18~30歳、平均25歳)を2015~2016年まで追跡。30年間にわたり数年おきに心血管疾患リスクを評価した。また、研究参加者が33~45歳の時点で、子どものころの被虐体験(身体的または精神的な虐待)の有無、および養育環境(周囲の大人から愛情を受けていたか、家庭内の秩序が保たれていたか)に関する質問を行った。 参加者の約30%が、子どものころにしばしば虐待を受けたことを報告した。約20%はまれに虐待を受けたと回答した。残りの約半数は被虐体験がなかった。そして、子どものころの被虐体験のある人には、2型糖尿病または高コレステロール血症が多いことが分かった。その影響は、性別や人種によって以下のような差異が認められた。なお、肥満や高血圧のリスクは、被虐体験の有無と関連がなかった。 被虐体験のある場合、白人女性は26%、白人男性は35%、高コレステロール血症のリスクが高く、また白人男性は2型糖尿病のリスクも81%高かった。被虐体験があり、かつ秩序のない家庭環境で育ったと回答した黒人男性と白人女性は、高コレステロール血症のリスクが3.5倍以上高かった。ただし、被虐体験があった人の中で、秩序のある家庭環境で育ったと回答した人は、高コレステロール血症のリスクが34%低かった。また、意外なことに、被虐体験があると回答した黒人女性では、心血管疾患リスクの上昇が認められなかった。 Aguayo氏は、「この研究結果は、心血管疾患の予防介入のための施策立案に役立つだろう。特に、子ども時代に虐待やトラウマとなるような体験をした人への対策の強化が重要と考えられる」とまとめている。また、「小児期の被虐体験や養育環境と、心血管疾患リスクの上昇を結び付ける潜在的なメカニズムを明らかにするための研究が求められる。さらに、人種や性別によってそれらの影響に相違があるという事実の背景に、構造的な人種差別や社会経済的な因子が関与しているのか否かという観点からも、理解を深めていかなければならない」と付け加えている。

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第104回 教授に指導医停止処分、試験要件の研修時間を水増しで/内科学会

<先週の動き>1.教授に指導医停止処分、試験要件の研修時間を水増しで/内科学会2.HPVワクチン副反応疑い症例15件、安全性に重大な懸念なし/厚労省3.感染症法改正で、民間病院に対する自治体の指揮権を強化へ4.骨太方針2022を閣議決定、デジタル化で医療制度改革を加速へ/政府5.医療保護入院の縮小は削除、虐待通報義務化も明記せず/厚労省6.手術動画の外部提供と利活用、指針作りを/コンピュータ外科学会1.教授に指導医停止処分、試験要件の研修時間を水増しで/内科学会日本内科学会は、新潟大学医学部の教授に対し3年間の指導医停止の処分をしたことが明らかになった。報道によると、処分を受けたのは消化器内科教授で同大病院の内科医科長。去年2月、専門医認定試験の受験要件に満たない9人の医局員に対して、研修時間に大学院での研究や当直勤務の時間を合わせて申告するよう指示していた。内科専門医の受験には、2年間の初期研修と、臨床病院で常勤する3年間の後期研修が原則必要だが、新潟大消化器内科では後期研修中の一部期間も大学院で研究に従事させた。学会への匿名の告発を受けた研修先の新潟大病院による調査で問題が発覚し、9人は受験できなかった。同時に研修プログラム責任者の別の特任教授も指導医を6ヵ月停止とする処分が出ているが、同大は別の医師を責任者とし、内科専門医の研修を続けている。今回、現行の専門医制度が2018年度に開始されて以降、最も重い処分となった。(参考)研修時間の水増し申告指示、新潟大医学部教授を処分 日本内科学会(朝日新聞)2.HPVワクチン副反応疑い症例15件、安全性に重大な懸念なし/厚労省厚生労働省は10日に第80回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会を開催し、HPVワクチンの副反応について検討を行った。HPVワクチン接種は2013年に定期接種となったが、副反応が報道されたのを機に積極的な接種推奨が中止されており、9年ぶりの2022年4月に再開された。積極的勧奨の再開後に報告された「サーバリックス(2価)」「ガーダシル(4価)」ならびに定期接種対象外の「シルガード9(9価)」の有害事象についてそれぞれ検討を行ったが、現時点でワクチンの安全性に重大な懸念はないとする見解がまとめられた。厚労省は今後も、およそ1ヵ月ごとに部会を開いて検証するという。(参考)子宮頸がんなど防ぐHPVワクチン 副反応疑い症例 15件報告(NHK)HPVワクチン「安全懸念なし」 厚労省専門部会、再開後初評価(毎日新聞)3.感染症法改正で、民間病院に対する自治体の指揮権を強化へ政府は、新型コロナウイルスの感染拡大時に、感染症指定医療機関だけでは感染者の受け入れをしきれず、病床確保に取り組んだものの適切な医療を維持できなかったことから、民間病院に対する自治体の指揮権を強化する感染症法改正案をまとめた。改正案では、公立・公的医療機関や大学病院に対して有事を想定した病床確保計画の策定を求め、自治体と協定の締結を行い、国や自治体の指示に従わない場合は医療機関名を公表できるようにする。岸田内閣は、内閣官房の新型コロナ感染症対策推進室と厚生労働省の対策推進本部などを統合した「健康危機管理庁」の創設を検討しており、国会へ法案の提出を目指し、今後の感染症対策に役立てたいとしている。(参考)病床確保、政府が医療機関へ指示権限 感染症法改正案、概要判明(毎日新聞)民間病院に直接指示 政府、新感染症に備え病床確保(日経新聞)感染症対策の司令塔、「健康危機管理庁」創設へ…厚労省と内閣官房の部署統合も検討(読売新聞)4.骨太方針2022を閣議決定、デジタル化で医療制度改革を加速へ/政府7日、岸田内閣は初の「経済財政運営と改革の基本方針」(通称:骨太の方針)をまとめた。この中で、経済社会活動の正常化に向けた感染症対策として、新型コロナウイルス感染症対策を踏まえた医療提供体制の強化とともに、感染状況や変異株の発生動向に細心の注意を払い段階的な見直しを行い、経済社会活動の正常化を目指す。また、医療DXを推進し、医療情報の基盤整備とともにG-MISやレセプトデータ等を活用し、病床確保や使用率、オンライン診療実績など医療体制の稼働状況の徹底的な「見える化」を進める。さらにワクチン接種証明書のデジタル化等により、入国時での効率的なワクチン接種履歴の確認など円滑な確認体制を進め、今後、医療のデジタル化推進にマイナンバーカードなどを活用することが盛り込まれている。政府はこれをもとに来年度の予算編成を行う方針だ。(参考)経済財政運営と改革の基本方針2022(内閣府)骨太方針2022を閣議決定、コロナ禍踏まえた医療提供体制改革、データヘルスの推進などの方向を明確化(Gem Med)骨太方針2022を閣議決定 「医療DX」は実行フェーズに 国民目線の医療・介護提供体制の改革へ(ミクスonline)5.医療保護入院の縮小は削除、虐待通報義務化も明記せず/厚労省厚労省は9日に「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」の報告書を取りまとめ、公表した。精神疾患を有する患者の数は増加傾向であり、2017年には約420万人となっている一方、自殺者数は2017年以降10年連続で減少していたが、2020年には増加に転じている。入院医療を必要最小限にするための予防的取り組みを充実させるとともに、精神障害者が強制入院(医療保護入院)となった場合、入院中に患者が同意できる状態になったら、「速やかに本人の意思を確認し、任意入院への移行や入院治療以外の精神科医療を行うことが必要である」とされる。当初案にあった医療保護入院の縮小方針は削除され、虐待通報義務化も明記されないなど、当事者や障害者団体からは「患者の権利が守られない」と批判の声が上がっている。(参考)「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」報告書について(厚労省)虐待通報義務化、明記せず 強制入院の縮小方針も削除 精神医療、厚労省検討会(共同通信)医療保護入院中の患者「意思確認し任意入院へ」厚労省が検討会報告書を公表(CB news)6.手術動画の外部提供と利活用、指針作りを/コンピュータ外科学会6月9~10日に東京で開かれた第31回日本コンピュータ外科学会大会において、手術動画の外部提供や利活用について討論がされた。今年、医療機器メーカーに白内障治療用眼内レンズの手術動画を提供した医師に、販売促進目的に現金提供がされたことが問題になったこともあり、手術動画の活用に当たって、ガイドラインの策定を求める声が上がった。(参考)“手術動画の活用 指針作り検討すべき” シンポジウムで意見(NHK)“手術動画”で医師に現金提供 業界団体がメーカーを調査(NHK)

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第108回 医療施設はウクライナ軍の逃げ場!?だからロシアは狙うのか

現在、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の1日の新規陽性報告数は、ゴールデン・ウイークで人同士の接触が増えたことから、一時的に増加傾向にあるようだ。しかし、今年に入って始まった第6波のピーク時から考えれば、全体としてはすでに減少傾向にある。そして2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻により、一般向けニュースの様相は変わってきた。実際、私が記事を提供するインターネットの情報サイトの編集者からは「もうコロナは読まれなくなってきているので、書くなら短めで。それより、ぜひウクライナのほうで何かあれば」とまで言われるようになっている。とくに自分の場合は医療と国際紛争をメインテーマにしているというやや特殊な立ち位置だけに、そうした依頼が来る。そんなこんなことも踏まえ、今回は世界保健機関(WHO)のレポートを中核に据えて、現在のウクライナの医療事情を個人的な経験や感想も交えながら簡単にご紹介しようと思う。世界保健機関(WHO)の報告によると、開戦から5月4日までの時点で医療施設や医療関連の輸送、医療従事者や患者、医療関連物資の倉庫などに対して確認された攻撃が186件。これにより発生した死者は73人、負傷者は52人となっている。日本国内でもこうした事例はたびたび報道されており、「なぜ医療機関が攻撃対象に?」と思う人も少なくないだろう。これは誤爆など意図しない攻撃と意図した攻撃の2つが考えられる。現代では軍事作戦と無関係の施設や人間を攻撃することは、戦時国際法では違法行為とされる。こうした違法行為を防ぐために発展してきたのが戦闘機による空爆や地上からのミサイル攻撃などで使われる精密誘導弾である。これらは主にレーザーなどで目標位置を確認しながら軌道修正を行って着弾する。その命中精度だが、攻撃目標に対して半数以上が命中する半数必中界(CEP:Circular Error Probability)は20~30m程度である。逆に言えば医療機関から20~30m以内に軍事施設などがあれば、結果として誤爆は起こりえるということだ。これが非精密誘導兵器ならば、CEPはおおむね0が1個多くなる。ロシアの場合、精密誘導兵器の保有割合が先進国などと比べて低いと言われているため、必然的に誤爆の確率は高くなる。そして先進国による経済制裁により、現在、ロシアではこうした精密誘導兵器に使う電子部品などが枯渇しつつあると報じられている。やや嫌な見通しになるが、今後はさらにこうした誤爆による医療機関も含む民間施設への攻撃は増加してくると考えられる。一方、意図した攻撃とは、敢えて民間施設を狙うことで一般人の厭戦(えんせん)気分を煽り、「反撃能力を低下させる」あるいは究極のケースでは「その結果、戦争を主導する首脳部を下から突き上げ崩壊させる」ことを意図したものだ。今回のロシアの攻撃についてはむしろこの可能性が強く疑われている。というのもロシアに関しては、近年明らかに“そうしたい”としか感じられない攻撃を中東のシリアで何度も行っているからである。シリアは現在、バッシャール・アル・アサド大統領による独裁政権に抵抗する反政府勢力との間で内戦状態となっているが、ロシアはアサド大統領側に肩入れして軍事介入を行っている。ここでは何度も医療機関を含む民間施設への執拗な空爆をロシア軍が行っている。また、現在ウクライナ入りして取材している私の友人によると、先日までロシアが支配下に置いていた首都キーウ(キエフ)北方のボロディアンカの市街地は見事なまでに一般市民の高層アパートのみが攻撃を受けているという。実はこの2つ以外に医療機関が攻撃を受けるグレーな状況というものが存在する。先日、日本記者クラブで、フランスに本部を置く国際協力組織(NGO)の「国境なき医師団」のメンバーとして3月下旬から4月上旬まで現地に派遣されていた医師の門馬 秀介氏が記者会見したが、会見の中で門馬氏は次のように語った。「これは聞いた話でしかないんですけれど、マリウポリから避難してきたウクライナ人に話を聞くと、医療機関に逃げてくる兵士もいるので、 そこを狙って攻撃をしていると言っている方もいらっしゃいました」 これは「やっぱり」と思った。私もイラクで経験があるのだが、医療機関の周辺で戦闘が起こると、付近の住民はもちろんのこと一部の戦闘員が武装したまま逃げ込んでくることがあるのだ。少なくともそこを拠点に攻撃を開始でもしなければ、医療機関側も避難者として兵士を受け入れるしかない。自分もこの経験をした時は「勘弁してほしい」と内心では思っていたものの、兵士に面と向かってそうは言えなかった。ちなみに自分以外にもこうした経験を持つ取材者はいて、皆で意見が共通しているのが、逃げ込んでくるのは、多くは若年の徴集兵だということ。まあ経験値も少ない彼らは恐れが先に立つので、ある意味やむを得ないとも思う。もっともこうした事実があったとしても、医療機関への攻撃が正当化されるものではない。さて、WHOのレポートでは、ウクライナに展開しているWHOの救急医療チームが3月12日~4月30日までに提供したケア件数は3,472件で、その内訳は感染症が17%、外傷が12%、その他が62%。意外に外傷は少ないと思われるかもしれないが、あくまでWHOが把握している範囲である。そもそもWHOが活動する地域は最前線からある程度後方になることを考えれば、そこまでアクセスできないケースや前線近傍で対応しているケースも考えられるため、そもそもが過少報告になっている可能性が高いと言える。もっとも感染症の蔓延についてはWHOもかなり懸念しているようだ。日本国内でも多くの人が報道で目にしているように、一般市民の中には地下の避難所などで長らく避難生活を強いられている人も少なくない。そしてこれもまた報道で目にしているようにその環境はお世辞にも衛生的とは言えない。実際、WHOもレポートで「コレラ、はしか、ジフテリア、新型コロナなどのような病気の発生リスクは、水、下水設備、衛生状態へのアクセスの欠如、空爆シェルターと集合避難センターの混雑状態、通常および小児期の免疫獲得が最適ではないなどの事情から悪化している」と指摘している。WHOによると、4月28日~5月4日までの間に報告されたウクライナでの新型コロナ新規陽性者は2,886人、死亡者は52人。この前の1週間と比べ、それぞれ37%と29%減少しているが、 WHOは「新型コロナの症例と死亡は過少報告されているため、これらの数値は慎重に解釈する必要がある」と指摘している。むろんこの状況でウクライナ全土での公的サーベイランスが平時同様に機能している可能性は極めて低いため当然の指摘だろう。一方、WHOレポート内ではメンタルサポートへのアクセスが制限されている結果として、虐待や自傷行為も含むメンタル問題が増加することへの懸念も簡潔ながら言及されている。前述の門馬氏も移動診療所での診療経験からこの点の重要性を指摘していた。門馬氏の通訳を担当した現地の英語教師が、問診の通訳最中、患者が避難に至る訴えなどを聞いているうちにショックを受けて泣き出してしまうのだという。門馬氏は「(ウクライナの人たちは)戦争が扉1 枚隔ててすぐ横にある状態で心理状況が不安定。そのギリギリの中でやっているので、何か1つのことで急に泣き出してしまうことを実感した」と語っている。そして私個人の経験では、紛争地でのメンタルの問題は戦闘状態が長期化するほど複合的にさまざまな問題をもたらすと感じている。おおむね戦闘が長期化している地域では、メンタル面でどん底に落ち込んでしまう人とその状態に慣れてしまう人がいる。どん底に落ちた人の一部は薬物中毒などに走る。実際、私が過去に取材した紛争地では違法薬物が半ば堂々と売買されているシーンを目にすることは稀ではなかった。しかも医療アクセスが限定的となっているため、こうした人たちが医療的ケアにアクセスできる機会は限られているため、どんどん泥沼に落ち込んでしまう。一方で、打ち続く戦闘状態の中で半ば正常性バイアスらしきものが働き、その状態にメンタル的に慣れてしまう人もある種の問題を引き起こす。どういうことかというと、慣れっこゆえの不注意さで戦闘に巻き込まれて負傷したり、命を落としたりということが少なくないのだ。自分が以前、内戦中の旧ユーゴのボスニア・ヘルツェゴビナを取材した時のことだ。私の通訳をしてくれたのはサラエボ在住の男子大学生。その彼が市街地のある場所を通り過ぎる時、いつもなぜか寡黙になった。彼と仕事をするようになって3回目の時、私は彼に思い切ってそのことを尋ねてみた。すると彼はため息と苦笑い交じりで次のように話してくれた。「ここさ、高校時代の同級生が撃たれて死んだところなんだ。敵側のスナイパーの射程に直接入るところでね。うちらは毎日ここを走り抜けて高校に行っていたんだけど、ある時、自分と友人も含め5人で集まって『いつもよりやや遅めの走りで肝試ししよう』となってね。自分は4人目で何ともなかったんだけど、5人目の彼がやられてしまった。今考えると何でそんな遊びしちゃったんだろうって」戦闘に慣れるということはそういう負の側面もあるのかと何とも言えない気持ちになったことを今でもはっきり覚えている。ロシアによるウクライナ侵攻はまだ当面終わりそうにない。この状態が長く続くほど、私もまたこのエピソードを何度も思い返すことになるだろう。何とも気が重くて仕方がない。

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高齢成人のうつ、不安、PTSDに対する性的虐待の影響

 性的暴力は、メンタルヘルスに重大な影響を及ぼすとされる。小児期の性的虐待は、その後の人生における内在化障害と関連しており、高齢の成人においては、性的暴力がこれまで考えられていた以上に多く発生している。後の人生における性的暴力への医療従事者の対応スキルは十分であるとは言えず、生涯(小児期、成人期、老年期)における性的暴力のメンタルヘルスへの影響に関する研究も不十分である。ベルギー・ゲント大学のAnne Nobels氏らは、高齢成人を対象に、性的虐待とメンタルヘルスへの影響について調査を行った。International Journal of Environmental Research and Public Health誌2022年2月28日号の報告。 2019年7月~2020年3月、ベルギー在住の高齢成人513人を対象に構造化された対面式インタビューを実施した。ランダムウォーク検索アプローチを用いて、クラスターランダム確立サンプリングを行った。うつ病、不安神経症、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の評価には検証済みの尺度を用いた。対象者には、生涯および過去12ヵ月間の自殺企図および自傷行為について質問した。性的暴力は、広範な性的暴力の定義に基づくbehaviourally specific questionsを用いて測定した。 主な結果は以下のとおり。・各発症率は、うつ病27%、不安神経症26%、PTSDが6%であり、過去12ヵ月間における自殺企図の割合は2%、自傷行為の割合は1%であった。・生涯における性的暴力の経験は44%以上で認められ、過去12ヵ月間でも8%であった。・生涯における性的暴力は、うつ病(p=0.001)、不安神経症(p=0.001)、慢性疾患を有する(p=0.002)または低学歴である(p<0.001)試験参加者のPTSDと関連が認められた。・生涯における性的暴力と過去12ヵ月間の自殺企図または自傷行為との間に関連は認められなかった。 著者らは「生涯における性的暴力は、後の人生におけるメンタルヘルスの問題と関連しており、性的暴力歴を有する高齢成人に個別に対応したメンタルヘルスケアが求められる。そのためには、専門家への教育促進や臨床ガイドラインの開発、ケア手順の策定が重要である」としている。

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ちびまる子ちゃん(続々編)【その教室は社会の縮図? 男子校と女子校の危うさとは?(恋愛能力)】Part 2

どうやって恋愛能力を高めるの?男女別学のリスクとは、身近にいる異性を好きになれない(消極性)、異性をそのまま受け止められない(ストレス脆弱性)、異性と一緒にいて楽しめない(排他性)であることがわかりました。言い換えれば、現実の異性への「惚れ慣れ」(自発性)、「異性慣れ」(セルフコントロール)、「交際慣れ」(共感性)という恋愛(生殖)における非認知能力が高まらないことがわかりました。つまり、恋愛を「能力」として、捉え直すことができます。名付けるなら、恋愛能力です。これは、心理学者フロムの「愛するという技術(art of loving)」という名言を裏付けます。それでは、どうやってこの恋愛能力を高めましょうか? 言い換えれば、どうやって異性を好きになり、受け止め、一緒にいて楽しめるのでしょうか?その答えは、現実の異性への「惚れ慣れ」「異性慣れ」「交際慣れ」をとくに思春期にすることです。つまり、思春期にこそ、この生殖における非認知能力を高める練習をする必要があるということです。この理由を、愛着形成や性格形成のメカニズムをヒントにして、癖になりやすさ(嗜癖性)の臨界期の観点から、発達心理学的に掘り下げてみましょう。なお、臨界期とは、特定の刺激に対して脳(脳神経回路)が反応しやすい(可塑性が高い)特定の時期です。これは、反応しやすくなる時期と反応しにくくなる期限があることを意味します。期限があるのは、次のステップ(発達段階)に進むために必要な脳のメカニズムであると考えられています。(1)愛着という能力は乳児期に高まる愛着とは、乳児が授乳する母親にくっついていたいと思うことです。これは、抱っこや愛撫などの親との肌の触れ合いの刺激に繰り返し曝されることで、乳児の脳内のオキシトシンとドパミンが連動的に活性化され、親を後追いする愛着行動として発達していきます。このメカニズムがなければ、乳児はおっぱいをもらうアピールができずに餓死してしまうかもしれません。この点で、愛着は、依存行動(嗜癖)であると同時に能力であると言えます。名付けるなら、愛着能力です。この依存形成(愛着形成)の期間(臨界期)は、生後半年から2歳までの乳児期であることがわかっています。つまり、授乳期に一致します。この期間で、愛着能力が高まり、特定の親への愛着が固定化されるのです。逆に言えば、臨界期がなければ、次々と違う大人への愛着行動を示してしまい、親子の絆が定まらなくなります。また、この期間に、ネグレクト(虐待)によって愛着行動をしていないければ、愛着は充分に形成されません。これは、反応性愛着障害と呼ばれます。なお、愛着の嗜癖性の詳細については、関連記事1をご覧ください。(2)性格という能力は児童期・思春期で高まる性格とは、周りの人に対しての、その人の感じ方、考え方、行動の仕方です。これは、学校環境(社会環境)での友達とのかかわりの刺激に繰り返し曝されることで、子どもの脳内のドパミン、セロトニン、オキシトシンが主に活性化され、周りの人たちにうまくつながっていようとする社会適応行動として発達していきます。このメカニズムがなければ、子どもは社会に出て周りとうまくやっていきたいと思えず、社会生活をするのが難しくなります。この点で、性格も、愛着と同じく、依存行動(嗜癖)であると同時に能力であると言えます。名付けるなら、社会適応能力です。この依存形成(性格形成)の期間(臨界期)は、児童期と思春期であると考えられます。つまり、義務教育の期間にほぼ一致します。この期間で、社会適応能力が高まり、アイデンティティという性格が固定化されるのです。それ以降は30歳くらいまでに徐々に可塑性がなくなっていくと考えられます。逆に言えば、臨界期がなければ、自分の性格も相手の性格も定まらず、人間関係を安定して築くのが難しくなるでしょう。また、この期間に、不登校、いじめ、非行などによって社会適応行動をしていなければ、性格は適応的には形成されないリスクがあります。これは、パーソナリティ障害と呼ばれます。なお、性格の嗜癖性の詳細については、関連記事2をご覧ください。(3)恋愛という能力は思春期に高まる恋愛とは、すでにご説明した通り、異性を好きになり、受け止め、一緒にいて楽しめることです。そして、これは、実際の異性とのかかわりの刺激に繰り返し曝されることで、思春期特有の性ホルモンが活性化され、脳内のドパミン、セロトニン、オキシトシンの活性化とあいまって、異性に近づこうとする恋愛行動として発達していくことが考えられます。この点で、恋愛も、愛着や性格と同じように考えれば、依存行動(嗜癖)であると同時に能力であると言えます。この依存形成(恋愛心理の形成)の期間(臨界期)は、まさに思春期であると推定されます。その一番の根拠は、性ホルモンを分泌する生殖器の発達が10~20歳までの思春期に限定されていることです。実際に、初恋の年齢で最も多いのは10歳前後で、その初恋相手で最も多いのはクラスメイトであることがわかっています。逆に、10歳以降にクラスメイトなどの実際の異性からの刺激を極端に排除すれば、先ほどのアンケート調査で示されたように、量的にも質的にも恋愛行動での問題が現れるというわけです。つまり、この期間で、恋愛能力が高まり、見た目や性格などの異性の好みのタイプ(恋愛心理)が固定化されるのです。それ以降は30歳くらいまでに徐々に可塑性がなくなっていくと考えられます。逆に言えば、臨界期がなければ、新しく別のタイプの異性を好きになる可能性があり、特定の好みの異性とのパートナーシップを安定して築くのが難しくなるでしょう。ちょうど、友情は、児童期で不特定多数の友達たちによって量的に育まれますが、思春期になると同じ好みや考え方の特定少数の親友によって質的に育まれていきます。同じように、恋愛心理は、思春期である程度の異性のクラスメイトたちによって量的に育まれますが、成人期になると好みのタイプの特定の交際相手によって質的に育まれていくと言えるでしょう。これは、成人期の発達段階(エリクソンによる)である親密性を裏付けます。ちなみに、不倫については、まったく別の生殖戦略になります。この心理の詳細については、関連記事3をご覧ください。よって、男女別学だけでなく、共学であっても、この期間に、恋愛行動をある程度していなければ、恋愛能力が充分に高まらないと言えます。この状態は、名付けるなら「反応性恋愛障害」です。なお、これは、理想化した異性は好きだけど実際の異性は好きになれないという葛藤がある場合に限定します。そもそも異性そのものが好きではない同性愛や無性愛(アセクシャル)は除外します。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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ちびまる子ちゃん(続編)【その教室は社会の縮図? エリート教育の危うさとは?(社会適応能力)】Part 3

なんで性格は「ある」の?家庭環境ではなく学校環境で高まる心理は、相手にしてほしいという好奇心(快感)、相手にされないという恐怖心(不安)、相手にされているという連帯感(同調)であることが分かりました。そして、これらの心理が、「世間慣れ」(自発性)、「ストレス慣れ」(セルフコントロール)、「弱者慣れ」(共感性)という非認知能力を高め、性格に影響を与えることが分かりました。それでは、そもそもなぜ性格は「ある」のでしょうか? その答えを、心の進化の歴史から掘り下げて見ましょう。約700万年前に人類が誕生し、約300万年前に家族をつくり、さらにその血縁から部族をつくるようになりました。この時、部族(社会環境)の中で狩りや子育てのためにお互いに協力し合うように進化しました(社会脳)。たとえば、それが、周りの人とうまくやっていくために自分で考えて行動すること(自発性)、周りの人に対して自分を落ち着かせること(セルフコントロール)、周りの人と心を通わせること(共感性)などの非認知能力です。そして、この非認知能力を高めた「性格」の人類が、より生き残り、より子孫を残したでしょう。つまり、性格はただ「ある」のではなく、生存と生殖のために「ある」のです。これが、なぜ性格が「ある」かの答えと言えるでしょう。そもそも性格とは?進化心理学的に考えると、性格は、人類が社会環境の中で生存と生殖の適応度を上げるために「ある」ことが分かりました。つまり、性格とは、社会適応するための機能であり、非認知能力と同じ「能力」であると言えます。その能力を名付けるなら、社会適応能力です。逆に言えば、この社会適応能力を、私たちが「性格」と定義し、その評価尺度をつくっただけに過ぎないとも言えます。そう考えれば、性格に家庭環境の影響に違いがないのは何も不思議なことではないことが分かります。性格を機能として見ると、性格とは、家庭環境の刺激にある程度一様に反応した非認知能力を基盤として(家庭環境の影響の違いはないながら)、さらに特定の学校環境(家庭外環境)の刺激に多様に反応したそれぞれの非認知能力の高まり具合(または高まらない具合)のバリエーションの結果であると言えるでしょう。そもそも、家庭環境は、親などの家族から無条件に守られているため、家庭環境だけでは社会適応能力としての性格を形成することができないとも言えます。逆に、教育虐待を含むマルトリートメント(不適切な子育て)は、無条件に守られていない家庭環境である点で、「マルトリートメント適応能力」が高まってしまいます。その分、社会適応能力が偏って高まるリスクがあるとも言えます(代償性過剰発達)。ということは、逆に、学校環境(社会環境)にいながら人間関係が抑制されたエリート教育のような特殊な状況においては、「エリート適応能力」が高まってしまう分、社会適応能力が必ずしも高まらないリスクがあるというわけです。これが、先ほどにもご紹介した自己愛性パーソナリティ障害です。なお、現時点で、エリート教育と自己愛パーソナリティ障害の因果関係を明らかにした研究はあまり見当たりません。しかし、エリート意識という言葉があるように、エリートならではの認知の偏り(自己愛性パーソナリティ)があるのは明らかでしょう。この傍証として、児童期・青年期の性格への家庭外環境の影響力が挙げられるのです。ちなみに、この自己愛性パーソナリティをはじめとして、最初にご紹介した性格の分類におけるキャラクターたちは、社会適応能力が偏ることに伴い、それぞれの性格の特性が顕在化していることが分かります。じゃあどんな学校がいいの?エリート教育のリスクを踏まえて、その性格形成への影響を掘り下げました。それでは、どんな学校が良いのでしょうか? その答えは、その学校が社会の縮図であるような、ほどほどに良い学校です。そんな学校が、社会適応のための性格という「能力」をバランス良く高めるでしょう。その点で、いくらエリート教育にリスクがあるからと言って、学級崩壊をしている学校に無理に通う必要もありません。そこは、エリート学校と同じく、もはや社会の縮図ではないため、転校を検討するべきでしょう。この「ほどほどに良い」という言い回しは、完璧な子育てを目指さない「グッド・イナッフ・マザー(ほど良い母親)」という発達心理学の用語に重なります。つまり、学校に置き換えると、完璧な教育を目指さない「グッド・イナッフ・スクール」です。なぜなら、それが結果的に、最適な子育てと同じように、最適な教育になるからです。ちびまる子ちゃんの教室のように、そこにはいろんなクラスメイトがいたほうが良いです。極端な話、変わった(性格に偏りのある)教師がいても良いです。なぜなら、世の中にはそんな人がいるからです。なお、「グッド・イナッフ・マザー」の詳細については、関連記事3をご覧ください。もちろん、これは、ちびまる子ちゃんたちがいる小学校の話です。中学校になると、エリート教育を受けるかはもはや本人の意思です。そして、その決断を強いるのではなく、ほど良くサポートすることが、「グッド・イナッフ・マザー」であり、その子どもがほど良く希望して進む学校が「グッド・イナッフ・スクール」と言えるのではないでしょうか? さらに、そうする子どもが大人になって人生にほど良く幸せを感じることができるのではないでしょうか?1)ちびまる子ちゃん大図鑑DX:フジテレビ、扶桑社、20152)DSM-5(精神疾患の分類と診断の手引)、アメリカ精神医学会、医学書院、20143)「心は遺伝する」とどうして言えるのか:安藤寿康、創元社、2017<< 前のページへ■関連記事そして父になる(続編・その1)【英才教育で親がハマる「罠」とは?(教育虐待)】Part 1そして父になる(続編・その2)【子育ては厳しく? それとも自由に? その正解は?(科学的根拠に基づく教育(EBE))】Part 1そして父になる(続編・その2)【子育ては厳しく? それとも自由に? その正解は?(科学的根拠に基づく教育(EBE))】Part 3そして父になる(続編・その2)【子育ては厳しく? それとも自由に? その正解は?(科学的根拠に基づく教育(EBE))】Part 2だめんず・うぉ~か~【共依存】Mother(前編)【過剰適応】美女と野獣【実はモラハラしていた!? なぜされるの?どうすれば?(従う心理)】

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耳からハエが何度も出てくる女の子【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第202回

【第202回】耳からハエが何度も出てくる女の子pixabayより使用ゴキブリが耳に入ったらどうしたらいいのか、という話は耳鼻咽喉科の研修医レクチャーで聞いたことがあるかもしれませんが、耳からハエが出てきたらどうすればいいでしょうか?今日紹介するのは、耳から何度も死んだハエが出てくるという奇妙な現象です。Sethi S, et al.An unusual case of Munchausen syndrome by proxy.Indian J Psychiatry. 2012 Oct;54(4):389-90.ある日、12歳の女の子が耳鼻咽喉科から精神科に紹介されてきました。どうやら死んだハエが耳の中に入っていたとのことですが、親子に何か違和感があり、精神科に入院することとなりました。まぁこの時点で、ある程度確信はあったのかもしれませんが、入院中にハエが出てくればあの疾患の可能性が高くなるということです。やはり、入院後再び耳の中に死んだハエが出現しました。はて、これは一体どういうことでしょう。鼓膜の中からハエが出てきているのでしょうか。念のため頭部CTを撮影しましたが、体の中にハエがいそうな気配はありません。肉眼で観察しても、鼓膜にも異常はありません。主治医は「母親が子どもの耳にハエを入れた」と確信しました。この症例の診断名は、「代理によるミュンヒハウゼン症候群」です。よくよく見れば、論文のタイトルに答えが書いているんですけどね……。ズコー!代理によるミュンヒハウゼン症候群は、児童虐待とは異なり、子どもを傷付けることが目的ではなく、その行為によって周囲の関心を自分に引き寄せることで、精神的満足を得ようとする疾患です。つまり、「死んだハエが出てくる病気なんて、お母さんタイへンね」、「なぜ死んだハエが出てくるのだろう?」という関心を引き付けることに目的があるわけです。決して、子どもを傷付けようとしているわけではありません。その後、病院のサポートによって(主には母親への介入)、女の子の耳には死んだハエは出現しなくなったそうです。この世の中にある“奇病”と呼ばれるものの中には、もしかすると代理によるミュンヒハウゼン症候群が隠れているのもしれませんね。

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そして父になる(続編・その3)【どうほどほどに子育てをすればいいの? そして「人育て」とは?(育てるスキル)】Part 2

(2)仕掛け野々宮家には、ピアノ・ギターなどの楽器や最新の英語の音声教材が置かれ、壁に地図が貼られています。もちろん、本もたくさんあります。そんな野々宮家で暮らすようになった琉晴は、ピアノに興味を持ち、メチャクチャながらも、鍵盤を弾き続けるシーンがありました。2つ目の取り組みは、仕掛けです(ギミック)。仕掛けとは、もともと釣りや手品のように、ある目的のために巧みに工夫されて仕組まれたものです。この仕掛けと同じように、子どもが興味を抱きやってみたくなったり、逆に葛藤を抱き考えさせる親の関わりです。ここで、無理やり押し付けたり、やらせようと叱ってしまったら、やはり厳格な家庭環境になります。逆に、何もしなかったら(何もなかったら)、やはり放任的な家庭環境になります。そうではなくて、「ほどほどに」仕向けるのです。たとえば、幼児はよく「やりたいやりたい」と言います。この時、危ないことでなければなるべくやらせてみることです。料理や家事をしている時に、敢えて鼻歌を歌いながら楽しくやれば、お手伝いを仕向けることもできます。もちろん、そのために手間と時間がかかっても、ちゃんとできていなくて後で親がやり直すことになっても、自発性(非認知能力)を高めるために、敢えてやらせるのです。お手伝いは、社会経験の第一歩です。敢えてできそうな頼み事をしても良いでしょう。ここで注意点は、「ちゃんとできていない」とダメ出ししないことです。そうではなくて、「助かる」「うれしい」「ありがとう」に加えて、「〇〇ちゃんが手伝ってくれた料理はおいしいなあ」「〇〇くんがしてくれたお掃除で気持ちが良いなあ」とぼそっと(ほどほどに)言い、お手伝いを通して役に立っている感覚としての自発性を育むのです。一方で、幼児はよくけんかをします。兄弟や友達とけんかが始まると、または始まりそうになると、親としてはトラブルを起こしたくないので、つい先回りして引き離したくなります。しかし、ここも我慢です。ある程度、小競り合いになるまで泳がせて見届けます。そして、手が出たり、ケガになりそうになった時に、介入します。まったくほったらかしにする訳ではありません。この点で、野々宮家のように子どものけがに神経質にならないほうが良いでしょう。子どもは、実際の集団遊びの中、とくに葛藤場面でセルフコントロール(非認知能力)を高めています。そもそも、けんかをしなければ、仲直りの仕方が学べないです。つまり、何かトラブルが起きそうなピンチにこそ、そこに学びのチャンスがあるのです。習いごとも仕掛けの1つとしては使えます。ただし、習いごとの目的は、学習成果ではなく、学習態度であると割り切ることです。まずは、楽しんでやり続けることができるかを一番とすることです。逆に言えば、ガチガチに管理して、できるだけ多くやらせたり、無理やりにやらせないことです。無理やりやらされている限り、自分で考えて行動するという自発性は育まれません。習いごとはあくまで子どもが望んだ場合のオプションであり、豊かな発達のための刺激の1つに過ぎません。経済的な事情があれば無理してやらせることではないでしょう。お金をかけなくても、親ができることはほかにもたくさんあります。逆に言えば、「習いごとを続けろ」「勉強をしろ」と叱り飛ばすことに、ほとんど意味はなくなります。それどころか、これは、教育虐待のリスクがあることをその1ですでにご説明しました。実際の動物実験において、犬に電気ショック(罰)を与え続けると、最初は逃げるのに、やがて逃げられないことが分かると、逃げるのをあきらめてしまい、その後に逃げられる状況になっても、逃げなくなることが分かっています。同じように、人間の心理実験において、もともと解決できない問題を解かされた学生は、その後に簡単な問題を与えられても取り組もうとしなくなることが分かっています。つまり、無理難題を強いられること(外発的動機づけ)によって、自分は問題を解決することにおいて無力であると学習してしまい、やる気(内発的動機づけ)が削がれてしまう訳です(学習性無力感)。たとえば、ピアノ演奏会のシーン。慶多は練習の通りに本番でうまく弾けず、うまく弾いているほかの子に「上手だね」と感心して言います。そんな慶多に父親の良多は「悔しくないのか? もっと上手に弾きたいと思わなければ続けてても意味ないぞ」と叱ります。すると、慶多は顔をこわばらせて萎縮するばかりなのでした。この状況への効果的な仕掛けは、叱るのは必要最低限(ほどほど)にして、「うまい子もいるねえ」「でも慶多も練習頑張ったよね」「今日の演奏会は楽しかったね」と言うことです。すると、次の演奏会に向けて自らもっと練習に励むでしょう。もしも慶多が悔しがっているのなら、「悔しいね」「でもパパとママは慶多が練習してきたのをずっと見てきたよ」と言えば、自分で自分を慰めるセルフコンパッション(セルフコントロール)を高めることができるしょう。叱るスキルの詳細については、関連記事3をご覧ください。なお、日本ならではの裏メッセージ(ダブルバインド)の文化には注意が必要です。たとえば、「心配ねえ」「駄目ねえ」「無理よ」という声かけです。これは、奮起させる効果がある一方、自尊心や自信をなくさせて、やる気を削ぐリスクがあります。やはり奮起させる声かけはほどほどにして、「うまく行くよ」「大丈夫だよ」「あと少し」という受容的な声かけを織り交ぜるのが良いでしょう。「人育て」(人材育成)においても、まったく同じことが言えます。部下にダメ出ししたり叱咤激励をするのはほどほどにして、まずは部下がやる気を高める職場環境を整えることに重きを置くことが効果的でしょう。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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そして父になる(続編・その3)【どうほどほどに子育てをすればいいの? そして「人育て」とは?(育てるスキル)】Part 6

(3)お目付け役良多が、新しい父親として琉晴に家族のルールを座って説明している間、新しい母親になるみどりは、離れたところで立って荷物の片付けをしながら聞いているだけで、琉晴に背を向け、何も言いません。あたかも良多が独りよがりに話を進めているように見えます。3つ目の取り組みは、お目付け役です(客観性)。これは、普段の行動に目を付ける(監視する)役職のように、いろいろな関係者の目を家庭に入れる親の取り組みです。ここで、野々宮家のように独断で細かいルールを押し付けると、厳格な家庭環境になります。逆に、斎木家のようにルールがはっきりせず、気まぐれで体罰があるだけだと、放任的な家庭環境になります。そうではなくて、民主的に(ほどほどに)ルールを作るのです。たとえば、家族会議です。少なくとも、両親がいるなら、両親が揃ってそのルールを伝えることです。さらに、祖父母・叔父叔母などの親族やママ友などを立会人として同席させることです。もしも、一人親で立ち会える親族やママ友もいない場合は、地域の保健師に立ち会いをお願いすることもできます。心療内科・精神科で心理カウンセラーが対応することもできます。このように、なるべく多くの目(お目付役)を、子どもに向けるようにすることで、子どもにルールを守らせる良い意味でのプレッシャーをかけることができます。また、お小遣いルールだけでなく、家族のルールも書面化することです。そして、そもそものルールを作る理由として、家族の目標(ビジョン)を掲げることです。たとえば、ルールの理由として「自分で生きていける大人になるため」「家族で仲良くするため」「家族で助け合うため」などです。そうすることで、ルールを守る直接の理由だけでなく、そもそもルールが存在する意味を理解させることができます。とくに、「家族で助け合う」というビジョンを掲げておくと、先ほどご紹介したお手伝い給料制において、「お金がもらえないならお手伝いはしない」という発想になるのを未然に防ぐこともできるでしょう。さらに、年齢が上がれば、家族会議で、子どもにお小遣いアップやペナルティ変更を提案させることもできます。そして、その理由や根拠を示してもらうこともできます。これは、自分自身へのお目付役(客観性)になることであり、自分の行動に自覚(責任)を持たせ、子どもを大人扱いしていく取り組みでもあります。こうして、単に親(社会)が作ったルールに従うだけの認知能力ではなく、自分で考えて自分で自分(そして社会)のルールを作っていきたいと思う非認知能力が高まるでしょう。子どもが納得した形でルールが決まると、家族会議の参加者全員が署名(承認)を入れる儀式も効果的です。この取り組みは、ものごとは話し合いによって決めるというお手本を見せることにもなります。まさに民主主義の基本であり、民主主義型という自律的な子育てを下支えするものでしょう。なお、子どもを客観視させるスキルの詳細については、関連記事4をご覧ください。もっと言えば、このお目付役の取り組みは、ルールを課される側の子どもだけでなく、ルールを課す側の親にも効果があります。複数の目が家族のルールに向けられることによって、とくに良多のように、一人の親が暴走して、独りよがりなルールを一方的につくり、教育虐待を招くリスクを避けることができます。たとえば、それは、受験勉強のために「反抗禁止」「恋愛禁止」などの過剰なルールを設けることです。「ブラック校則」ならぬ、「ブラック家庭ルール」です。これは、明らかにやり過ぎであり、子どもの権利への侵害の恐れがあります。なぜなら、思春期の子どもが、反抗するかしないか、恋愛するかしないかは本人が決めることであり、本人の権利だからです。この点で、妻(または夫)が夫(または妻)に「私の子育てに口出ししないで」と当たり前のように言うのは、かなり危うさがあります。これは、夫婦の一方だけに決定権がある状況を子どもに見せることであり、夫婦関係(人間関係)のあり方の悪いお手本となります。子どもが、友達関係においていじめ加害者になったり、いじめ黙認者になる危うさもあるでしょう。ちなみに、受験勉強のために子どもの人権をないがしろにする親の関わりは、もはや過激思想と同じくらい合理主義的でも個人主義的でもないです。これは、教育虐待のリスクがあるばかりか、統合失調症を発症させる心理社会的ストレスのリスクがあることをその2ですでにご説明しました。「人育て」(人材育成)においても、まったく同じことが言えます。先ほどの人間関係の問題の実際のケースを紹介して、そのルールを職場の全員に考えてもらい、ペナルティを決めてもらうことです。これは、同調の心理を促し、ルール遵守の心理を高める効果があるでしょう。なお、同調させるスキルの詳細については、関連記事5をご覧ください。表4に示しているように、良い能力を促す取り組みも悪い「能力」を抑える取り組みについても、年齢が上がっていくにつれて、ほどほど度(介入レベル)を弱いものにシフトさせていくことが効果的です。なぜなら、それが大人扱いをしていくことであるからです。そして、それが、親に言われて生きて行くのではなく、親に言われなくても自分で生きていける大人にさせることであるからです。なお、最初にご説明した「足場作り」で、子育てを建築工事に例えました。さらに、愛着(親に愛着を持つ「能力」)は土台、非認知能力は柱、そして認知能力は外壁に例えることができます。早期英才教育をするということは、支える柱がしっかりしていないのに、親が外壁だけ無理やり作らせているようなものです。そんな家は、環境変化(心理社会的ストレス)という地震などの災害にとても脆弱でしょう。非認知能力という柱は、太ければ太いほど、子どものメンタルという家をより丈夫でしなやかにするでしょう。そんな家が、また次の世代で、同じように丈夫でしなやかな家を造ることができるでしょう。サブタイトル“Like father, like son”とは?ラストシーンで、慶多と琉晴を中心に、野々宮家と斎木家のみんなが、笑い合って、1つの家の中に入っていく様子は、感動的です。慶多と琉晴のために、2つの真逆の家庭環境が融合し中和して、「ほどほど」の家庭環境が生まれた象徴的なシーンです。サブタイトルであり、海外向けのタイトルでもある”Like father, like son”とは、「この親にしてこの子あり」「親が親なら子も子」という意味です。それは、子育てを通して、親の認知能力も非認知能力も試されているニュアンスがあるように思えてきます。結局、子育ての正解とは、認知能力を高めることそのものではなく、子どもが人生を楽しみ幸せを感じるトータルな「能力」を育むことではないでしょうか? そして、その「幸せ」はその子どもそれぞれであり、本人が決めることであることを私たちがよく理解した時、子育ての正解は「正解がない」または「正解がたくさんある」という逆説的な正解に納得できるのではないでしょうか? そして、子育てをもっと賢く楽しめるのではないでしょうか?1)非認知能力を伸ばすコツ:中山芳一、東京書籍、20202)自分をコントロールする力 非認知スキルの心理学:森口佑介、講談社現代新書、20193)子どもにおこづかいをあげよう:西村隆男、主婦の友社、2020<< 前のページへ■関連記事Mother(後編)【家族機能】ダンボ【なぜ飛ぶの? 私たちが「飛ぶ」には?(褒めるスキル)】3年B組金八先生(前編)【令和の金八先生になるには? 子どもにも大人にも使える!(叱るスキル)】Part 1ドラえもん【子どものメンタルヘルスに使えるひみつ道具は?】3年B組金八先生(続編)【令和の金八先生になるには?わがままにさせない!(同調させるスキル)】Part 1

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そして父になる(続編・その2)【子育ては厳しく? それとも自由に? その正解は?(科学的根拠に基づく教育(EBE))】Part 2

子育ての正解とは?放任的な家庭環境のリスクは、認知能力が高まらない、嗜好品にハマりやすい、素行が悪くなることが分かりました。つまり、厳格過ぎるだけでなく、放任的過ぎても、子育てとしては正解にはならないことが分かります。それでは、これを踏まえて、子育ての正解とは何でしょうか?それは、厳し過ぎず、自由過ぎず、ほどほどに子育てをすることです。そうすることで、非認知能力をまず育んだ上で、認知能力を自ら高めることを促すことができます。これは、自律的な子育てです。発達心理学的にも、これは従来から「グッド・イナッフ・マザー(ほど良い母親)」と呼ばれてきました。家庭環境を国家システムに例えると、野々宮家のように認知能力に偏っている(非認知能力を軽視する)厳格な家庭環境は、独裁国家型と呼ばれます。斎木家のように非認知能力に偏っている(認知能力を軽視する)放任的な家庭環境は、ユートピア型と呼ばれます。ちなみに、続編・その1のヘックマンの研究でご紹介した貧困層のようにネグレクト(認知能力も非認知能力も軽視する)の子育ては無法地帯型と呼ばれます。そして、子育ての正解である、ほどほど(認知能力も非認知能力も軽視しない)の自律的な家庭環境は、民主国家型と呼ばれます。なお、それぞれの家庭環境のタイプの違いによる心理発達の詳細については、関連記事3をご覧ください。なんでそれが子育ての正解なの?子育ての正解とは、厳し過ぎず、自由過ぎず、ほどほどに子育てをすることであることが分かりました。ここから、再び行動遺伝学的に、その根拠を2つ挙げてみましょう。(1)実は非認知能力には家庭環境の影響がほぼない非認知能力についての行動遺伝学的な研究は現時点で見当たらず、家庭環境の影響度は不明です。そこで、これに近い心理的・行動的形質とされる性格(パーソナリティ)と自尊心(自尊感情)に置き換えて考えます。これまで、これらは家庭環境の影響が考えられてきました。たとえば、親が習いごとを頑張らせれば頑張る子どもになる(自発性)、我慢させれば我慢強い子どもになる(セルフコントロール)という考え方です。また、3歳までは母親が子育てに専念しなければ、成長(共感性)に悪影響を及ぼすという考え方もあります。いわゆる「3歳児神話」です。しかし、行動遺伝学の研究結果において、まったくそうではないことが判明しています。1つ目の根拠は、性格や自尊心と同じように考えれば、実は非認知能力は家庭環境の影響がほぼないことです。確かに、先ほど触れたように、口癖、しぐさ(癖)、嗜好(生活習慣)、素行などのもろもろの行動パターン(嗜癖傾向)には違いがみられます。しかし、実際は、どの性格の特性(ビッグ・ファイブなど)においても、遺伝、家庭環境、家庭外環境の影響度は、概ね50%:0%:50%であることが分かっています。また、自尊心(自尊感情)においても、遺伝、家庭環境、家庭外環境の影響度は、約30%:0%:70%であることが分かっています。つまり、性格や自尊心に影響があるのは、家庭環境ではなく、遺伝と家庭外環境です。子どもに習いごとを頑張らせたり、我慢を強いたり、母親が子育てに専念するなど、親が一般家庭よりも特別に何か取り組んだからと言って、一時的な変化はあっても、最終的に大人になった時の性格が変わることはほぼないということです。ただし、ここで誤解がないようにしたいのは、家庭環境の影響がほぼないというのは、厳密には家庭環境の「違い」に影響がない、つまりどの子どもも一般家庭のどの親に育てられても、その子どもが大人になった時の性格はほぼ変わらないという意味です。子育てをしなくてもいいという意味ではありません。また、親子関係が一貫しなくてもいいという意味でもありません。子育てをちゃんとしないのは、その1でもご説明しました、ネグレクトと教育虐待などです。これらのように、一般家庭の通常のレベルではなく、虐待のレベルの子育てにおいては、共有環境の影響が現れます。実際に、虐待を子どもへの暴力行為(反社会的行動)ととらえれば、先ほど素行が悪くなるリスクでご説明した通り、その家庭環境の影響度は20%程度であることが推測できます。つまり、虐待された子どもは親になって虐待をしてしまうリスクがあるということです。これは、以前から発達心理学で指摘されてきた「虐待の世代間連鎖」を裏付けます。虐待も、反社会的行動と同じく、嗜癖の要素があると言えるでしょう。(2)実は認知能力には家庭環境の影響がなくなっていく認知能力は、知能指数(IQ)や学力で代表されます。そして、これらは家庭環境の影響が考えられてきました。その1でもご説明しましたが、確かに、早期英才教育によって、知能検査の類似問題を解くトレーニングをしたり、先取り学習をすれば、知能指数や学力は高まります。しかし、行動遺伝学の研究結果において、それは時間経過によって極めて限定的になることが判明しています。2つ目の根拠は、実は認知能力(知能)は家庭環境の影響がなくなっていくことです。先ほどにも触れたように、知能指数(IQ)において、遺伝、家庭環境、家庭外環境の影響度は、概ね50%:30%:20%であることが分かっています。さらに、児童期、青年期、成人初期の各年齢でそれぞれ分けてみると、児童期は40%:35%:25%、青年期は50%:20%:30%、成人初期は60%:20%:20%となります。つまり、年齢が上がっていくにつれて、遺伝の影響は40%→50%→60%とどんどん増えていく一方、家庭環境の影響は35%→20%→20%と減ってしまうということです。ちなみに、家庭外環境の影響は25%→30%→20%と大きな変化はありません。一見、年齢が上がると、環境の影響が積み重なり、遺伝の影響が減っていくふうに考えがちです。しかし、研究の結果は逆でした。その理由として、2つの可能性が考えられています。1つ目の理由は、児童期までであれば、家庭で親から無理やり勉強(認知能力のトレーニング)をさせられることで、認知能力が一時的に高まるからです。そして、その1でもご説明しましたが、認知能力は本人がやり続けたいと思わなければ、そのまま身に付くものではない(嗜癖ではない)からです。2つ目の理由は、成人期までにはそしてそれ以降には、学校などの家庭外環境において様々な学習の刺激にさらされることで、まだ発現していなかった遺伝的な素質がようやくあぶり出され、遅れて引き出されるからです。実際に、先ほどご説明した子どもの読書行動への家庭環境の影響について、家庭に置かれている本の多さは関係があった一方で、親の読み聞かせの頻度については無関係であったことが分かっています。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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そして父になる(続編・その1)【英才教育で親がハマる「罠」とは?(教育虐待)】Part 1

今回のキーワード認知能力非認知能力(社会情動的スキル)自信と自尊心レジリエンス敏感期不登校皆さんは、自分の子どもに英才教育を受けさせたいと思いますか? それは、才能を伸ばすため? お受験のため? じゃあ、できるだけ長い時間やるほうが良いでしょうか? できるだけ小さい時からやるほうが良いのでしょうか? 逆に、そうすることのリスクはないでしょうか?これらの答えを探るために、今回は、映画「そして父になる」を再び取り上げます。この映画では、子どもの取り違え(新生児取り違え)に巻き込まれた 2組の夫婦の葛藤と自己成長が描かれています。すでに2021年7月号の記事で、親子の絆をテーマとして詳しく解説しました。今回の続編記事では、映画に登場する2組の家族による対照的な子育ての仕方の違いに焦点を当てます。そこから、英才教育によって特に高まるとされる認知能力とそれ以外の非認知能力の違いについて考えます。そして、その能力の違いから、英才教育で親がハマる、ある「罠」を明らかにします。なお、非認知能力は、2015年にOECD(経済協力開発機構)によって、社会情動的スキルという名で提唱されており、昨今注目されています。認知能力とは?野々宮家の父親は野々宮良多で、東京の大企業のエリートサラリーマン。母親はみどりで、専業主婦。そして、子どもは慶多で、6歳の一人息子。野々宮家は、慶多を有名私立小学校に受験させるため、お受験塾とピアノ教室に通わせます。そして、慶多の認知能力は高まります。ここから、その認知能力の特徴を大きく3つ挙げてみましょう。(1)言われたことを覚えている-記憶力受験での集団の行動観察ではビニールで「生き物作り」の課題が出されますが、慶多は創造的なおばけをつくります。実は、彼は、お受験塾で、似たような課題を繰り返しやっており、「創造的なおばけ」は、採点官に高評価が得られるように仕込まれたものでした。この事実は、映画のノベライズ版で明かされています。対照的に、琉晴は、慶多のようにお受験塾やピアノ教室に通うことはなく、ふざけていたずらばかりをしています。1つ目の認知能力は、言われたことを覚えている、記憶力です。これは、多くの知識や方法を知っていることでもあります。(2)言われた通りにやる-情報処理能力慶多は、家族揃っての面接の時、面接官から「今年の夏には何をしましたか?」と質問されて、「お父さんとキャンプに行って、凧揚げをしました」「(お父さんの凧揚げは)とても上手です」」とそつなく答えます。実は、慶多は父親と一度もキャンプに行ったことはなかったのですが、お受験塾で、聞かれたらそう言うように指導されていたのでした。対照的に、琉晴は、実際に父親と川遊びに行ってはいますが、正直に「お父さんの凧揚げは下手くそ。僕のほうがうまいよ」と言って、面接官から失笑を買いそうです。2つ目の認知能力は、言われた通りにやる、情報処理能力です。これは、質問に対して、望まれる正解を出すことでもあります。(3)言われたことに気を付ける-注意力慶多は、集団での行動観察の時に、あえて人数分用意されていない道具をほかの子と一緒に使い、自分だけで使うことはありません。面接の時は、常に背筋をしっかり伸ばし、はきはきと礼儀正しく質問に答えます。これも、お受験塾で繰り返し訓練されたものであることがノベライズ版で明かされています。対照的に、琉晴は、レストランで食事をするとき、ストローの先を噛んで潰す癖があり、食べこぼしでテーブルを汚しています。何かあると「オーマイガット!」と言う口癖もあります。3つ目の認知能力は、言われたことに気を付ける、注意力です。これは、普段の挨拶、テーブルマナー、落ち着き、立ち振る舞いなどの礼儀作法でもあります。非認知能力とは?斎木家の父親は斎木雄大で、地方(前橋)の町の小さな電気屋の主。母親はゆかりで、町のお弁当屋のパート店員。子どもは、6歳の長男の琉晴をはじめ3人。そして、ゆかりの父親、つまりおじいちゃんが同居しています。琉晴は、2人の妹と弟と一緒に、プールに行ったり家族で川遊びに行き、けんかしながらも仲良く遊び回っています。慶多と琉晴の取り違えが発覚してから、半ば強引に、慶多は斎木家に、琉晴は野々宮家で暮らすようになります。そして、琉晴の非認知能力が発揮されます。ここから、その非認知能力の特徴を大きく3つ挙げてみましょう。(1)自分で考えて行動する力-自発性琉晴は、ずっと野々宮家で暮らすことが分かると、良多に「なんで? パパちゃうやん? パパちゃうよ」と言います。良多から「なんででも」「そのうち分かるようになる」といくら言われても、「なんで」と食い下がります。そして、その数週間後に、みどりの隙を見て、東京から前橋の斎木家まで一人で新幹線に乗って勝手に帰ってしまうのです。対照的に、慶多は、良多から斎木家でずっと暮らすことは「ミッション」だと言われると、それ以上抵抗しません。斎木家で暮らすようになっても、不安そうにしながらも大人しく従っています。1つ目の非認知能力は、自分で考えて行動する力、自発性です。これは、好奇心や積極性であり、医学用語としては、実行機能やコミットメントとも言い換えられます。疑問を持つ、自己主張をする、やり抜くなど自分の力で問題を解決しようとすることでもあります。一方で、慶多は、言われた通りにやることはできますが、言い返したり、自分で考えて行動する様子は見受けられません。(2)自分を落ち着かせる力-セルフコントロール琉晴は一人で新幹線に乗って斎木家に帰りますが、6歳の子どもがすぐに思い付いてできるものではないでしょう。これを実行に移すためには、それまでみどりに悟られないように平然を装い、機をうかがっていたことが考えられます。また、言うことを聞かなかったことで良多から叱られても、顔をしかめるか無表情で毅然としています。対照的に、慶多は、これまで良多に叱られてすぐに泣いていました。斎木家でも、元気がなくなっていくばかりです。2つ目の非認知能力は、自分を落ち着かせる力、セルフコントロールです。これは、我慢強さであり、医学用語としては、抑制、シフティング(切り替え)とも言い換えられます。一方で、慶多は、一見我慢できているように思われますが、我慢強くはないです。なぜなら、元気がなくなっている点で、無理をしており(過剰適応)、その後に限界(適応障害)が来ることが予測されるからです。(3)心を通わせる力-共感性琉晴は、野々宮家で暮らす初日、良多が作った野々宮家のルールのリストを読まされます。「なんで?」とさんざん突っ込んだ直後に、歯磨き粉で洗面台の鏡にいたずら描きをして、お風呂の中で声を出して遊んでいます。さっそく、「お風呂は静かに一人で入る」というルールを破っただけでなく、それを上回ることをしでかしているのでした。家出から連れ戻されたあとも、おもちゃの拳銃で「バババババ!」とみどりと良多に打つまねをして、「拳銃ごっこ」を急に仕掛けています。対照的に、慶多は、お風呂で雄大からおふざけで口の中のお湯をかけられても、作り笑いを浮かべ戸惑うだけでやり返しません。3つ目の非認知能力は、心を通わせる力、共感性です。これは、仲良くなったりうまく人付き合いをしていくためのユーモアやコミュニケーション能力であり、医学用語としては社交性、向社会性とも言い換えられます。一方で、慶多は、礼儀作法などのコミュニケーションの体裁(形式)はかなり心得ていますが、その中身(内容)はあまり育まれていません。次のページへ >>

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そして父になる(続編・その1)【英才教育で親がハマる「罠」とは?(教育虐待)】Part 2

認知能力と非認知能力の違いとは?認知能力とは、主に記憶力、情報処理能力、注意力であることが分かりました。一方、非認知能力とは、主に自発性、セルフコントロール、共感性であることが分かりました。車に例えると、認知能力は、車の備品のそれぞれの細かい性能です。一方、非認知能力は、アクセル(自発性)、ブレーキ(セルフコントロール)、ハンドル(共感性)など運転手がどうしたいかという意思です。それでは、これらの本質的な違いはなんでしょうか? ここから、その違いを大きく3つに分けて考えてみましょう。(1)数値化できるかどうか-測りやすさ慶多が参加したお受験やピアノ演奏会では、合否や優劣をはっきりさせるために、その評価が点数化されたり順位付けされます。一方、慶多と琉晴がそれぞれの新しい家族と一緒に暮らす適応能力については、評価の基準が定まらず、点数化することは難しいです。1つ目の違いは、数値化できるかどうか、つまり測りやすさです。認知能力は、学力(学習能力)、IQ(知能指数)、楽器演奏の技術、工作や絵画の出来栄え、姿勢や立ち振る舞いなどです。つまり、望ましいとされる正解がある点で、点数化できて測りやすいです。一方、非認知能力は、何かを考えたり行動する楽しさや誰かと一緒にいる心地良さを感じる「能力」とも言えます。そこから、不確定な状況(標準化しにくい課題)への適応能力であったり、相手との相互作用から協力関係を築く能力が発揮されます。つまり、正解がなかったり、逆に正解がいくつもあり、必ずしも正解が決まっていない点で、点数化できず測りにくいです。先ほどの車に例えると、車の性能は測りやすいですが、運転手の意思は測りにくいと言えます。なお、お受験では、工作の課題で創造性(自発性)を見たり、集団での行動観察で相手への気配り(セルフコントロールや共感性)を見ており、非認知能力を評価しようとしているように見えます。しかし、すでにお受験対策でその課題のパターンが見抜かれており、望ましいとされる正解を受験生の子どもたちが訓練によって学習できる点で、結果的に非認知能力を評価することは難しいことが分かります。また、子ども同士が仲良くなるためにふざけることも非認知能力としては評価できることですが、面接官が望ましいとしている正解ではない点で、やはり非認知能力を評価することは難しいでしょう。面接でも非認知能力を評価しようとする質問がされていますが、そもそも面接の質問パターンへの模範解答がすでにお受験対策で叩き込まれており、あたかも非認知能力が育まれているように見せかけることができる点で、やはり非認知能力を評価することには限界があるでしょう。なお、測りやすさの視点で、認知能力と非認知能力は、それぞれ自信(自己効力感)と自尊心(特に自己肯定感)に関係が深いと思われます。その訳は、自信は、「自分はできる」という客観的な評価であるのに対して、自尊心は、「自分は大丈夫」という主観的な評価であるからです。つまり、自信は根拠がある(測れる)のに対して、自尊心は根拠がない(測れない)「自信」とも言い換えられます。これらの詳細については、関連記事1をご覧ください。(2)環境変化に適応できるかどうか-心の折れにくさ慶多は、お受験塾でのたゆまぬ訓練によって、見事志望校に合格しました。一方の琉晴は、いきなりお受験で合格することは難しいでしょう。しかし、その後、慶多と琉晴は、それぞれの新しい家族と一緒に暮らすようになってから、慶多は元気がなくなり、心が折れそうになっています。一方で、琉晴は、何とかうまくやって行こうとしており、心は折れていません。2つ目の違いは、環境変化に適応できるかどうか、つまり心の折れにくさです。認知能力は、環境が変化しない状況(標準化された課題)への処理能力と言い換えられます。逆に言えば、環境が変化する状況への適応能力ではないため、そのストレスへの弱さがあり、心が折れやすいと言えます。一方、非認知能力は、まさに環境が変化する状況への適応能力と言い換えられ、そのストレスへの強さがあり、心が折れにくいと言えます。先ほどの車に例えると、一般道(環境変化が少ない状況)では車の性能が発揮されますが、草原(環境変化が大きい状況)では車の性能は当てにできず、運転手の判断(意思)が重要になってくると言えます。さらに踏み込めば、慶多と同じく、実は良多の非認知能力も高くないことが分かります。良多は、子どもの取り違えが発覚(環境が変化)してから、ストレスを抱え込み、これまでのエリート街道から外れ、みどりと夫婦関係の危機に直面しているのでした。なお、心の折れにくさは、医学用語として、心のしなやかさ(レジリエンス)と言い換えられます。この詳細については、関連記事2をご覧ください。(3)癖になるかどうか-幼児期での敏感さ慶多は、ピアノの練習について良多から「1日休むと取り戻すのに3日かかる」とたびたびたしなめられています。慶多と同じように、良多もかつてピアノの習い事をしていましたが、小学生でやめてしまうと、その後は大して弾けなくなっていたのでした。お受験の対策も、受験が終わったら、ほとんど忘れているでしょう。一方、琉晴の行動力やふざける癖は、ストローを噛む癖や「オーマイガット!」の口癖と同じように、変わらず続いています。3つ目の違いは、癖になるかどうか、つまり幼児期での敏感さです。認知能力は、いったん身に付いても、やり続けていないとだんだん失われていく、つまりなかなか癖にならない特徴があります。一方、非認知能力は、なかなか失われにくい、つまり癖になる特徴があります。その原因は、敏感さです。特に幼児期においては、認知能力よりも非認知能力に敏感に反応することが分かっています。この時期は、敏感期、臨界期と呼ばれています。先ほどの車に例えると、まずは運転手が運転したいという意思があるからこそ、車の性能があるのです。運転手が運転したいと思わなければ、いくら車の性能があったとしても使われず、すぐに錆びれてしまうと言えます。幼児は、それほど単純であると言えます。実際に、ヘックマン(2000年にノーベル経済学賞を受賞)の研究において、経済的な貧困層(幼児教育などの子育てが適切に行われていないネグレクトの可能性が高い家庭)の幼児を対象に、幼児教育プログラムを受けた子どもと受けていない子どもが成人になった時の両者を比較した結果、受けた子どもグループは、収入、学歴が高く、犯罪率が低いことが判明しました。その一方で、IQ(知能指数)には明らかな差が出なかったことも判明しました。これは、このプログラムによって、認知能力ではなく、非認知能力が高められたことが考えられてます。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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そして父になる(続編・その1)【英才教育で親がハマる「罠」とは?(教育虐待)】Part 3

英才教育で親がハマる「罠」とは?認知能力と非認知能力の本質的な違いは、測りやすさ、心の折れにくさ、幼児期での敏感さであることが分かりました。この違いから、良多の関わり方を通して、英才教育のリスクを大きく3つ挙げてみましょう。そして、英才教育で親がハマる「罠」を明らかにしましょう。(1)測りやすい認知能力ばかりにとらわれる良多は、みどりに「今の時代、優し過ぎるのは損だからな」と説き、慶多にしつけを厳しくして、ピアノの練習を毎日必ずさせています。しかし、ピアノ演奏会で、慶多はうまく弾けず、うまく弾いているほかの子に「上手だね」と感心して言います。そんな慶多に、良多は「悔しくないのか? もっと上手に弾きたいと思わなければ続けてても意味ないぞ」と叱るのです。1つ目のリスクは、測りやすい認知能力ばかりにとらわれることです。良多は、社会は厳しいと言っていますが、それは彼の考え方が投影されています。つまり、彼自身が自分に厳しく、そして他人にも厳しいのでした。その厳しさとは、勝ち負けの結果や体裁を重んじることです。それが、彼が説く「意味」なのでした。だからこそ、良多は慶多を有名私立小学校に入学させ、ピアノ演奏会で悔しがることを強いるのです。すると、子どもも、その親の価値観がすり込まれて(内在化)、結果を出すことや体裁を気にするようになるでしょう。そして、自分も相手もそれでしか評価できなくなってしまいます。たとえば、聞かれてもいないのに自分の学歴や家柄をひけらかすことです。また、学歴、キャリア、家柄、見た目などで相手を値踏みすることです。さらには、すでにお受験対策で学習してしまったように嘘をついて体裁を取り繕ったり、結果を出すために無理をする生き方(過剰適応)をしてしまうリスクもあるでしょう。その測りやすさから、権威を振りかざし、権威にすがる生き方をしてしまうこともあるでしょう。(2)非認知能力が育まれずに心が折れやすくなる慶多は、自宅でのピアノの練習ではかなりうまく弾けていたのに、演奏会ではありえないミスを連発します。彼は、本番(いつもと違う状況)に弱いのでした。2つ目のリスクは、非認知能力が育まれずに心が折れやすくなることです。ピアノの演奏会における非認知能力とは、本番であっても心を落ち着かせて(セルフコントロール)、ピアノの演奏そのものを楽しみ(自発性)、その気持ちを一緒にいる人たちと共有することです(共感性)。慶多は、父親(良多)の顔色ばかりを伺い、自分の演奏をあまり楽しめていません。もちろん、斎木家でお試し外泊を繰り返している最中であることも、心を落ち着かせられない要因として考えられます。認知能力にとらわれるということは、裏を返せば、非認知能力を疎かにすること、つまり価値がない、無駄だと思ってしまうことです。たとえば、琉晴が野々宮家で暮らすようになってから、置かれているピアノの鍵盤をメチャクチャに(大胆に?)弾くシーンがあります。見かねた良多は、「うるさいぞ。静かにしろ」「やめろって言ってんだ!」と怒鳴ってしまいます。しかし、よくよく考えれば、琉晴なりに音感や演奏のヒントを探しているかもしれません。かつてバンド活動までしていた良多の血を引いていると考えれば、琉晴には音楽の素質があるかもしれません。良多は、やめさせるのではなく、音量を下げてそのまま好きにさせてあげたり、そのあとに琉晴に演奏の仕方の基本を教えてあげれば、演奏の楽しさ(自発性)を育むこともできたでしょう。もちろん、認知能力も非認知能力も両方高めていくことが理想です。しかし、子どもの時間とエネルギーは限られています。その時間とエネルギーを、認知能力のために使ってしまえば、その分、非認知能力のために使えなくなってしまいます。これは、トレードオフ(一得一失)の関係です。これが極端になれば、認知能力は、やればやるほど結果が出る、早くやればやるほど結果が出ると思い込みます。こうして、英才教育をやらせ過ぎたり、早くにやらせ過ぎてしまいます。そのために、「あれだめ!」「これして!」「早くして!」としつけが厳しくなってしまいます。すると、子どもが自由に遊んだり自分で考える時間(自発性)や友達と一緒に遊ぶ時間(共感性)がますます減るでしょう。また、友達とけんかをすることは、本来セルフコントロールを育むために必要です。しかし、その機会も、不要なこととされてしまい、先回りによって奪われてしまうでしょう。なお、世の中では、このような厳しいしつけは、セルフコントロールを育むために必要であると考えられています。しかし、これは大きな誤解です。実際の研究では、親が子どもの行動をコントロールし過ぎると、逆に子どもは自分で自分の行動をコントロールしなくなることが分かっています。その訳は、しつけが一方的な命令の場合、恐怖刺激によって言われた通りに行動する条件反射は形成されても、思考停止によって自分で自分の行動を決めることができなくなるからです。そして、受け身の指示待ち人間になってしまうのです。(3)その後に認知能力が伸び悩むピアノ演奏会で、良多の説教を慶多の横で聞いていたみどりは、「みんながあなたみたいに頑張れるわけじゃないわよね」と言います。良多は「頑張るのが悪いみたいな言い方だな」と言い返します。すると、みどりは「頑張りたくても頑張れない人もいるってこと」「慶多はきっと私に似たのよ(私がそうだったから)」と語気を荒くして言います。みどりは、練習を頑張っている慶多の姿をそばでずっと見てきており、自分と同じ、ある危うさをほのめかしています。3つ目のリスクは、その後に認知能力が伸び悩むことです。幼児期の認知能力は、すでにご説明した通り、その癖のなりにくさから、いったん高まっても、やり続けていないと、だんだん失われていきます。つまり、非認知能力が充分に育まれていなければ、その後にやり続けたいという気持ち(自発性)が芽生えず、結局その認知能力が維持できなくなってしまうということです。つまり、学ぶとは、「ただ学ぶ」(認知能力)のではなく、「学ぶ楽しさ」(非認知能力)も一緒に学ぶ必要があるということです。たとえば、知能指数(IQ)が分かりやすいです。英才教育によって、知能検査の類似問題を解く特訓をより長い時間やれば、そしてより小さい時からやれば、知能指数は確実に上がります。すると、親は喜びます。しかし、それがその後の学力が高くなることに直接結び付くわけではありません。ましてや大人になって仕事や人間関係でうまくやって行く能力とも結び付くわけではありません。よって、その後に子どもの認知能力が伸び悩んだら、親は焦ります。良多のように「頑張りが足りない」と言い出し、ますます本人の自由、つまり非認知能力を高める機会を奪うでしょう。これは、教育虐待と呼ばれます。教育虐待とは、勉強や習いごとなどの教育を子どもに過剰に強いる不適切な関わりです。子ども虐待の1つとして、昨今注目されています。これは、認知能力を重視するあまりに非認知能力が育まれない点でも、子どもの人権への侵害と言えます。非認知能力が育まれない危うさがある点で、先ほどのヘックマンの研究でご紹介した、もともと経済的な貧困層(ネグレクト)の子どもと、逆に認知能力を重視する良多のような富裕層の子どもが共通しているのが興味深いです。つまり、ネグレクトと教育虐待は、それぞれ教育をやらなさ過ぎとやり過ぎであり、一見すると真逆ですが、非認知能力が育まれないリスクがある点では同じであるということです。そして、非認知能力が育まれていない点で、もしも取り違えが発覚せずに野々宮家の英才教育がそのまま続いていたとしたら、慶多は不登校やひきこもりになるリスクが高まります。これが、英才教育で親がハマる「罠」なのです。<< 前のページへ■関連記事クレヨンしんちゃん【ユーモアのセンス】Part 1ショーシャンクの空に【心の抵抗力(レジリエンス)】[改訂版]

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カレには言えない私のケイカク【結婚をすっ飛ばして子どもが欲しい!?そのメリットとリスクは?(生殖戦略)】Part 2

結婚しないで子どもを持つリスクは?結婚しないで子どもを持つメリットは、結婚というハードルがなくなる、結婚生活を維持する負担がなくなる、自分の思い通りの子育てができるということであることが分かりました。それでは、そのリスクは何でしょう? 大きく3つ挙げてみましょう。(1)子育てへのサポートが脆弱になるゾーイとスタンは、すったもんだの末、一緒に暮らすようになります。そして、スタンは、精子バンクによって生まれてきた双子の育児を献身的にするのです。もしも、スタンがいなかったら、ゾーイはいきなり自分だけで双子の育児をすることができるでしょうか?1つ目のリスクは、子育てへのサポートが脆弱になることです。これは、身体的にだけでなく、経済的に、そして心理的にもです。もしも、タイミング悪く、自分が病気を患ったらどうしましょうか? 仕事の収入が不安定になったら、どうしましょうか? そして、子どもに障害が見つかったら、どうしましょうか? これらの起こりうる事態をあらかじめシミュレーションする必要があります。(2)子どもを私物化してしまう産婦人科病院で、ゾーイは、産婦人科医から「あなたとCRM-1014(精子が入った容器に記載された登録番号)の間には素敵な赤ちゃんができますよ」と励まされます。この産婦人科医は、まったく悪気はないのでしょうが、私たちには命がモノ扱いにされているように感じてしまいます。この映画では描かれていませんでしたが、その後に妊娠したゾーイは、スタンとの恋愛を最優先して、黙って中絶する選択肢だってありえるわけです。2つ目のリスクは、子どもを私物化してしまうことです。実際に、精子バンクのホームページでは、精子ドナーの身長、体重、血液型、人種、肌や目の色、髪の色や髪質、IQ、学歴、職業などがすべてカタログ化され、値段が付いています。あたかも商品のようです。これは、生まれる前だけでなく、生まれた後もです。たとえば、子どもに障害が見つかったら、どうなるでしょうか? 実際に、海外では、ある同じドナー精子によって生まれた子どもたち(ドナー兄弟)が、高い確率で自閉症を発症していたため、精子バンクが訴訟を起こされたというケースもあります。これは、「注文したのと違う」「不良品だ」「返品したい」という発想になってしまう危うさがあります。そして、これは、虐待のリスクでもあります。また、自分だけが子育てを独り占めできるということは、その子育てが独りよがりになる危うさがあります。子育てについて夫婦で話し合いをしなくて済むメリットの裏返しのリスクです。これは、毒親になるリスクでもあります。なお、毒親の心理の詳細については、関連記事1をご覧ください。(3)子どものアイデンティティが揺らぐスタンは、生まれてきた双子の育ての父親になりました。この双子は、スタンを実の父親と思うでしょう。しかし、テリング(真実告知)をすれば、どうなるでしょうか? 彼らは、思春期になったら、生みの父親を知りたくなります。そして、分からない場合は、どうなるでしょうか?3つ目は、子どものアイデンティティが揺らぐことです。思春期になると、より抽象的な思考ができるようになります。そして、自分のルーツや自分らしさなど、自分探しをするようになります。アイデンティティの確立です。この時、精子バンクによって生まれた子どもは、「お金で買ったモノから生まれた」というレッテルを払いぬぐうために、精子ドナー探しをするようになります。実際に、精子ドナーの身元を明らかにすることは、子どもの人権(出自を知る権利)として、すでにいくつかの先進国では制度化しており、日本でも制度化しようとする動きがあります。さらに、その子どもが生みの父親を知り、その認知を求めることは現実的にありえます。これは、精子ドナーの死後に、遺産相続のトラブルを引き起こす可能性があるということです。これを回避するためには、精子ドナーを独身主義(非婚)の人に限定する必要があるでしょう。選択的シングルマザーがうまく行くにはどうすればいいの?結婚しないで子ども持つリスクは、子育てへのサポートが脆弱になる、子どもを私物化してしまう、子どものアイデンティティが揺らぐことであることが分かりました。それでは、これらのリスクを踏まえて、選択的シングルマザーがうまく行くにはどうすれば良いでしょうか? 主に3つのサポートが挙げられます。(1)実父母からのサポート1つ目は、実父母からのサポートです。たとえば、近くに住むか同居して、定期的にも臨時的にも子育ての身体的な負担を肩代わりしてもらうことを確約することです。いざというときは、経済的なサポートをしてもらうことです。もともと、日本では里帰り出産や離婚後に出戻りをする文化があるので、実父母からの抵抗は少ないでしょう。これは、子育てのサポートが脆弱になるリスクを減らします。また、結果的に、実父母が子育てに介入することになるので、子どもを私物化してしまうリスクを減らすこともできるでしょう。(2)ピアサポートゾーイが参加したシングルママの会では、自助グループとして、シングルマザーたちだけが、励まし合ったり、時には出産に立ち会うなど、お互いに助け合っています。2つ目は、仲間からのサポート、つまりピアサポートのことです。これは、自分に仲間ができることで、心理的な安心感が得られることです。心理的な面での子育てのサポートが脆弱になるリスクを減らします。海外ではすでに大きな団体がありますが、日本では小規模な交流会などがあるようです。(3)ソーシャルサポート3つ目は、社会制度としてのサポート、つまりソーシャルサポートです。残念ながら、現時点では、海外の先進国に比べて、日本の子育て支援は極めて限られています。とくに、シングルマザーの貧困は社会問題になっています。これが、少子化対策として、海外から遅れを取っている原因であると指摘されています。少子化対策のためにも、子育て支援を拡充することが望まれます。たとえば、妊娠・出産、保育、義務教育、医療など、成人までかかる子育ての費用をほぼ無償にすることです。そして、児童手当は、家計が潤うくらいのインセンティブをつけることです。子育ても1つの労働と考えれば、当然のことと言えます。これは、結果的に、選択的シングルマザーの子育てへのサポートが脆弱になるリスクも減らすでしょう。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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そして父になる(その2)【なんで血のつながりにこだわるの?(血縁心理の起源)】Part 2

(2)年を重ねると保守化するから-社会脳約300万年前に人類が家族をつくるようになってから、さらに家族を最小単位として血縁で集まった部族をつくるようになりました。これが、社会の起源です。この時、部族という社会の中で、助け合うために周り人たちとうまくやっていこうとする心理が進化しました(社会脳)。この心理は、子育てをする親世代、さらに孫の育児のサポートをする祖父母世代で、より高まっていきました。血のつながりにこだわる原因として、2つ目は、年を重ねると保守化するからです。保守とは、個人の自由や権利を重んじるリベラル(革新)とは対照的に、血のつながりをはじめとした社会の秩序を重んじる心理です。脳科学的にも、年齢が高くなるほど、脳内に占めるいわゆる感情中枢(扁桃体)の割合が相対的に大きくなり、保守化することが分かっています。実際に、良多が30歳代に対して、彼の父親は60歳代です。つまり、先ほどの子どもにとっての親子観も合わせると、血のつながりへのこだわり度は、高齢男性>若年男性>男児と言えます。これは、「良多の父親>良多と雄大>琉晴と慶多」の順番を支持します。(3)自分に似ている子どもをかわいく思う感覚を知ってしまうから-排他性約300万年前以降に人類が部族をつくるようになってから、災害、犯罪、戦争などによって親を失った子どもを、部族内の助け合いの心理(社会脳)から、部族の誰かが代わりに育てるようになったでしょう。これが、養子の起源です。この時、子どもがいない人は、養子たちを公平に育てるでしょう。一方、実子がすでにいる人は、養子よりも実子が自分に似ていることでかわいく思えてしまい、不公平に育てるリスクが高まるでしょう。なぜなら、先ほどもご説明しましたが、生み子(実子)に比べて育ての子(継子)が虐待死に至るリスクは、数倍から数十倍に跳ね上がるからです。血のつながりにこだわる原因として、3つ目は、自分に似ている子どもをかわいく思う感覚を知ってしまうからです(排他性)。実際に、見た目や言動が似ていることで、同調や共感の心理が高まり、親密感が増すことが分かっています。これは、体臭についても言えるでしょう。つまり、自分と似ている人に好感を持つということです。これは、脳内ホルモン(オキシトシン)との関係が指摘されています。逆に言えば、自分と似ていない人には、相対的に好感を持たないです。つまり、オキシトシンは、似ている人への親密性を高める「愛情ホルモン」であると同時に、似てない人への排他性を高める「差別ホルモン」であるというわけです。実際に、成人した養子本人(里子も含む)への親子観の調査(対象者が7名と少ないながら)において、実子がいない3人全員が自分も養子の育ての親になる意向があると回答したにもかかわらず、実子がすでにいる4人は養子の育ての親になる意向がないと回答しました。これは、もともと養親に育てられたことで血のつながりにこだわらないように影響を受けていたのに、実子を生んだことで血のつながりにこだわるように回帰していったことが考えられます。養子は、あくまで実子ができない場合の次善の策であることが分かります。つまり、血のつながりへのこだわり度は、実子がいる人>実子がいない人と言えます。これは、「みどりとゆかり>良多の義理の母親」の順番を支持します。なお、自分と似ている、つまり共通点のある相手には、親近感を抱く心理は、一緒にいたらコストが少なくて済むからであるという考え方(社会的交換理論)があります。これは、血縁のある人に親近感を抱く心理につながっているとシンプルに考えることもできるでしょう。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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