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米国住民の7.6%が食物アレルギー

 米国・マウントサイナイ医科大学のScott H. Sicherer氏らは、アレルギー性皮膚疾患とアナフィラキシーに関する最新の研究進捗状況を、2013年に発表された報告を基に概観した。食物アレルギーの研究から、米国住民の7.6%がその影響を受けていることが明らかになったこと、またアトピー性皮膚炎については、表皮細胞の分化における遺伝子や免疫メディエーターの欠損が重症度と関連していることが明らかになるなどの成果がみられたことを報告している。Journal of Allergy and Clinical Immunology誌2014年2月号(オンライン版2013年12月27日号)の掲載報告。 Sicherer氏らは本レビューにおいて、アナフィラキシー(食物、薬物、昆虫に対する過敏反応)およびアレルギー性皮膚疾患研究の進捗状況を明らかにすることを目的とした。2013年に雑誌に発表された論文をレビューした。 主な内容は以下のとおり。・食物アレルギーに関する研究によって以下の7点が示唆された。(1)米国住民の7.6%が食物アレルギーをもっている。(2)“ヘルシー”な朝食は食物アレルギーを予防する可能性がある。(3)皮膚は重要な感作ルートの可能性がある。(4)アレルゲン成分テストは、診断に役立つ可能性がある。(5)牛乳アレルギーは、早めの検査により予測できる可能性がある。(6)経口あるいは舌下免疫療法は、有望であるが注意も必要である。(7)プレ臨床研究により免疫療法と減感作の有望な代替法が示唆された。・好酸球性食道炎の研究において、成人における結合組織疾患との関連および食事管理が治療に影響を与えることが示唆された。・アナフィラキシー重症度マーカーが明らかになり、潜在的な診断および治療ターゲットが判明する可能性が示唆された。・薬物、昆虫アレルギーの血清検査における洞察が、診断の改善に結びつく可能性が示唆された。・アトピー性皮膚炎の重症度に、表皮細胞の遺伝子および免疫メディエーターの欠損が関与していることが示唆された。

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アトピー性皮膚炎患者が避けるべきスキンケア用品

 アトピー性皮膚炎(AD)患者は、ホルムアルデヒド放出防腐剤が使われているスキンケア用品の使用は避けるべきであることが明らかにされた。米国・ルイビル大学医学部のCristin N. Shaughnessy氏らがAD患者の皮膚の遅延型過敏反応として、局部的な防腐剤の反応を調べた結果、報告した。AD患者では乾燥肌が慢性化しているが、その多くが防腐剤入りのスキンケアを使用しており、遅延型過敏反応を呈する温床となっている。Journal of the American Academy of Dermatology誌2014年1月号(オンライン版2013年11月9日号)の掲載報告。 研究グループは、AD患者と非AD患者について、北米接触性皮膚炎共同研究班(North American Contact Dermatitis Group:NACDG)標準のアレルゲンパッチテストの陽性率を比較し、AD患者が防腐剤に陽性を示しやすいかについて検討した。 主な結果は以下のとおり。・合計2,453例の患者が、NACDG標準スクリーニングシリーズのパッチテストを受けた。AD患者は342例、非AD患者は2,111例であった。・解析(カイ二乗検定)の結果、AD患者は非AD患者と比較して、パッチテストで陽性反応を示す割合が統計学的により多い傾向がみられた。・ADと接触性過敏症との関連が示された防腐剤は、クオタニウム-15、イミダゾリジニル尿素、DMDMヒダントイン、2-ブロモ-2-ニトロプロパン-1,3-ジオール(ブロノポール)であった。・パラベン、ホルムアルデヒド、ジアゾリジニル尿素とは関連がみられなかった。・本検討は、被験者が疑い例を含むアレルギー性の接触性皮膚炎のみを有する患者であった点、検討地域がカンザスシティとミズーリ州、およびニューヨークの都市部に限られていた点で限定的であった。・以上を踏まえて著者は、「AD患者は、ホルムアルデヒド放出防腐剤が使われているスキンケア用品の使用は避けるべきである」と結論している。

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ビタミンD不足の成人、アトピー性皮膚炎罹患が1.5倍

 韓国の一般成人において、ビタミンD不足の人にはアトピー性皮膚炎が多くみられる傾向が判明した。ビタミンD値が十分な人と比較して約1.5倍であった。同関連は、喘息やアレルギー性鼻炎、IgE感作とのあいだではみられなかった。オーストラリア・ロイヤル・パース病院のHui Mei Cheng氏らが報告した。アレルギー性疾患におけるビタミンDの影響は明らかではなく、とくに成人アジア人について大規模住民ベースで検討された研究はなかったという。Journal of Allergy and Clinical Immunology誌オンライン版2013年12月30日号の掲載報告。 韓国の一般成人におけるビタミンDとアレルギー性疾患との関連の評価は、断面調査にて行われた。具体的には、2008~2010年に国民健康栄養調査に参加した19歳以上の1万5,212人のデータを分析した。 交絡因子補正後血清25-ヒドロキシビタミンD[25(OH)D]値とアレルギー性疾患(アトピー性皮膚炎、喘息、アレルギー性鼻炎と、増大した総血清IgEおよびアレルゲン特異的血清IgE値を含む)との関連を、重回帰分析法を用いて比較した。 血清25(OH)D値が十分、不十分、不足であるかを、交絡因子補正後の多重ロジスティック回帰分析を用いた推定オッズ比(OR)を算出して評価した。 主な結果は以下のとおり。・交絡因子補正後、平均血清25(OH)D値は、アトピー性皮膚炎と診断されている被験者が同診断をされていない被験者よりも、有意に低値であった(平均±SE値:18.58±0.29ng/mL対19.20±0.15ng/mL、p=0.02)。・ビタミンD値が十分であった被験者と比較して、アトピー性皮膚炎の補正後ORは、不十分であった被験者(12~19.99ng/mL、OR:1.50、95%CI:1.10~2.06)、不足していた被験者(<12 ng/mL、同:1.48、1.04~2.12)で有意に高値であった(いずれもp=0.02)。・これらの関連は、他のアレルギー性疾患を有する被験者ではみられなかった。

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【第11回】カミナリ喘息

【第11回】カミナリ喘息呼吸器内科医として、研修医の方々に「雷やストレスは気管支喘息を悪化させるリスク因子なんだよ」と薀蓄(うんちく)を酒の肴に語ることがあります。「本当なんですか?」と言われて、「あれ、どうだったっけ?」と思い、調べなおしてみました。結論としては、雷によってある程度の気管支喘息の悪化が観察されるようです。今回紹介する論文以外にも、過去にいくつか報告があります(J Epidemiol Commun Health. 1997;51:233-238)。Dales RE, et al.Dales RE, et al.The role of fungal spores in thunderstorm asthma.Chest. 2003;123:745-750.この研究は雷による気管支喘息、すなわち「カミナリ喘息」について入院した小児に基づいて報告されたものです。東オンタリオ小児病院のデータを用いて解析されました。雷雲が観察された日(151日)は、そうでなかった日(919日)と比較して、1日あたりの気管支喘息による受診が8.6人/日から10人/日と15%増加しました(p<0.05)。また、真菌の飛散胞子は雷雲が観察された日では約2倍に増えていたと報告されました(不完全菌類が1,512/m3から2,749/m3に増加)。真菌のほとんどがクラドスポリウムでした。また、担子菌類も雷雲が観察された日に有意に多かったそうです。過去の試験では、悪天候によって数倍から10倍という喘息発作の頻度の増加がみられたという報告もあるのですが、現時点ではこの東オンタリオ小児病院の15%程度の増加というのが現実的に妥当なデータだろうと考えられています。ただ、雷、雨、風のすべての因子を独立して検証することは気象学的に不可能ですので、雷単独が気管支喘息を悪化させるかどうかはわかりません。雨や雷といった悪天候の場合、花粉や真菌は雨とくっついて大気中から減るというイメージがあります。飛散量が確実に増えるのか減るのか、まだまだ議論の余地があります。しかし強い風によって飛散量が増えるため、悪化するのではないかという見解(Lancet. 1985; 2:199-204)があるだけでなく、悪天候の前の日が“晴れ”だった場合、舞い上がったアレルゲンが雨とともに落下してくるといわれています。そのため、雨であろうとアレルゲンが一時的に増えることがあります。とくに、小雨のときは上空から落下してくる雨粒が途中で蒸発してしまい、花粉や真菌だけが地表に落下してくると考えられています。

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NSAIDs誘発の蕁麻疹/血管性浮腫、慢性蕁麻疹には進展せず

 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)によって誘発された蕁麻疹/血管性浮腫(NIUA)が、慢性蕁麻疹(CU)発症に先行するものとは認められなかったことが、スペイン・カルロス・アヤ病院のI. Dona氏らによる12年間の追跡調査の結果、報告された。NSAIDsは、薬物アレルギー反応と関連する頻度が最も高い薬物で、なかでもNSAIDs誘発であるNIUAの頻度が最も高い。一部の患者では、NIUAが時間の経過とともにCUに至ることが示唆され、NIUAはCUに先行する疾患である可能性が指摘されていた。Allergy誌オンライン版2013年12月23日号の掲載報告。 研究グループは、長期にわたって大規模なNIUA患者群と対照群を追跡し、これまで示唆されていたような関連があるかを確認することを目的とした。 検討では次の3群を比較した。(1)NIUA既往確認患者群(エピソード2回以上:2種以上のNSAIDsで発症もしくは薬物誘発試験陽性)、(2)強作用のCOX-1阻害薬への耐性良好および/あるいは特異的IgE抗体の支持についてin vivoのエビデンスがある1種のNSAIDsでNIUAエピソードが2回以上(単一NSAIDs誘発NIUA:SNIUA)、(3)NSAIDsに耐性がある対照群であった。 主な結果は以下のとおり。・3群の全ケースについて12年間追跡した。・NIUA患者群は190例(女性64.6%、平均年齢43.71±15.82歳)、SNIUA患者群は110例、対照群は152例であった。・12年時点の評価で、NIUA群で1~8年の間にCUを発症したのは、12例(6.15%)であった。・SNIUA群、対照群でもCU発症者の割合は、同程度であった。・中期間において、NSAIDs誘発であるNIUAは、CU発症に先行するものではないようであった。・今回の観察結果を検証するために、さらなる長期間の追跡を含む検討が必要である。

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超早産児のアトピー性皮膚炎発症リスクは?

 超早産児(在胎期間29週未満)は、後期(29~34週)および満期で生まれた子供と比べて、アトピー性皮膚炎(AD)発症リスクが低いことが、フランス・ナント大学病院のS.Barbarot氏らによるコホート調査の結果、明らかになった。これまで、AD発症リスクが早産によって影響を受けるかどうかは不明であった。また、AD発症リスクについて、超早産児の大規模サンプルでの検討は行われたことがなかった。British Journal of Dermatology誌2013年12月号の掲載報告。 研究グループは、AD発症リスクの早産による影響を明らかにすることを目的に、2つの独立した住民ベースコホート(Epipageコホート、LIFTコホート)のデータを用いて、在胎期間とADとの関連を調べた。コホートの早産児は計2,329例で、そのうち479例が超早産児であった。 主な結果は以下のとおり。・より後期に生まれた子供と比べて、超早産児群におけるAD発症の割合は低かった。・Epipageコホート(2年アウトカム)でのAD発症率は、24~28週:13.3%、29~32週:17.6%、33~34週:21.8%(p=0.02)であった。・LIFTコホート(5年アウトカム)でのAD発症率は、同11%、21.5%、19.6%であった(p=0.11)。・交絡変数で補正後、在胎期間が短い(29週未満)こととAD発症率が低いことが、有意に関連していることが認められた。Epipageコホートにおける補正オッズ比(aOR)は0.57(95%信頼区間[CI]:0.37~0.87、p=0.009)であり、LIFTコホートでは同0.41(同:0.18~0.90、p=0.03)であった。

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アトピー性皮膚炎重症度、黄色ブドウ球菌と多様なミクロフローラとの拮抗が関連?

 フランス・パリ第6大学のMuriel Bourrain氏らは、水治療中のアトピー性皮膚炎(AD)患者の生体内評価を行い、有益なミクロフローラと黄色ブドウ球菌コロニー形成とのバランスについて調べた。296検体を調べた結果、2つの異なる細菌群生と、多様なミクロフローラの存在を特定し、両者間でバランスを保とうとすることが、AD重症度と関連するキー要素であるように思われたことを報告した。European Journal of Dermatology誌オンライン版2013年11月26日号の掲載報告。 重症のAD病変において、黄色ブドウ球菌と共生細菌叢(フローラ)とのバランスが果たす役割は十分に解明されていない。本検討において研究グループは、AD患者の皮膚細菌群生の構造と、18日間の水治療コースの間におけるその変化を調べること、黄色ブドウ球菌と細菌コロニー形成、局所皮膚疾患、AD重症度との関連を評価することを目的とした。 中等度~重症のAD患者25例において、3つの皮膚部位(乾燥、炎症、健常)を特定し、治療前、治療開始直後(1日目)、10日後、18日後にサンプリングを行った。 検体の細菌群生の構造を、分子生物学アプローチである16S rRNA遺伝子プロファイリングを用いて評価し、外来受診時に毎回、AD重症度をSCORAD(SCORing Atopic Dermatitis)で測定した。 主な結果は以下のとおり。・296検体のクラスター解析の結果、2つの異なる細菌群生プロファイルが示された。1つは、黄色ブドウ球菌に対応する2つのピークを有するもので、もう1つは、多様なミクロフローラの存在を見分ける複数のピークを示すものであった。・ベースライン時に、乾燥部位は炎症部位よりも、黄色ブドウ球菌によるコロニー形成が少ないように思われた。・水治療18日後、主に炎症部位と湿潤部位で、黄色ブドウ球菌によるコロニー形成数(p<0.05)とSCORAD(p<0.00001)が有意に減少し、多様なミクロフローラの出現が促進されていた。・以上の結果を踏まえて著者は、「今回の検討において、2つの細菌群生プロファイルと多様なミクロフローラを特定した。両者間でバランスを保とうとすることが、AD病変の重症度と関連するキー要素であるように思われた」と結論している。

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日誌からスマートフォンへ「チェンジ!喘息」患者さんアプリ 一人一人の患者さんの自分に合った治療をサポート

2012年10月、アストラゼネカ株式会社とアステラス製薬株式会社は、喘息患者を対象にした無料アプリ「チェンジ喘息!アプリ」の提供を開始した。そこで、当アプリ開発に携わったアストラゼネカ株式会社プライマリケア事業部 太田篤氏に、開発の背景とその狙いについて聞いた。喘息治療の問題点を解決するために喘息治療の問題点は二つ。治療アドヒアランスと医師・患者間のコミュニケーションである。この二つの問題点のサポートを目的にアステラスと共同でアプリを開発したという。本邦の喘息の治療アドヒアランスは、1年間継続受診率30%程度と低い。多くの患者さんは症状が良くなると治療が終了したと判断し、服用を中断してしまう。その間、気道炎症は悪化し、症状の増悪を招き、最悪の場合は喘息死にいたる。また、医師・患者間のコミュニケーションについても、患者さん自身の状況が医師に上手く伝えられないなど医師と患者さんの間にギャップが存在することが明らかになっている。アラート機能が改善する治療アドヒアランス向上主なアプリ機能お薬服用入力機能(アラート機能付き)喘息状態入力機能グラフ機能ソーシャルネットワーク機能喘息の長期管理には継続的な服薬が重要であることはいうまでもない、しかし、忙しい日常生活の中、服薬を忘れてしまうことも少なくない。そこで、確実な服薬をサポートするため、毎日決まった時間に服用タイミングを知らせるアラート機能を付けた。また、服薬時間が異なる複数の薬剤を服用するというケースも少なくないが、このアラートは薬剤ごとに設定できる。喘息手帳は家に置いたままだが、常に持ち歩くというスマートフォンの特性を生かした実用的な機能である。薬剤の服用時間を設定できるアラート機能薬剤ごとに時間設定することも医師・患者間コミュニケーションを改善するグラフ機能適切な喘息治療のためには、服薬状況と喘息症状が医師と患者さんの間で共有されなければならない。しかし、患者さんは医師を前にすると自分の状態を上手く伝えられない傾向がある。そのため、服薬状況と喘息症状が経時的にグラフ化される機能を付けた。服薬状況は“はい”か“いいえ”で入力(薬剤ごとの入力も可能)。喘息状態とその時の気分を入力は、選択ボタンをクリックするだけで、データが自動的にグラフ化される。簡便で誰でも使える設計である。診察時に患者さんがこの情報を医師に見せることで、服薬状況とその際の状態が客観的な情報として共有される。また、グラフを見せることが患者さんにとって話しやすい環境を作る効果もあるようだ。その日の体調や喘息状態のコメントを入力コメントはグラフ化されて見ることができ、アバターを通した発言として共有化される入力情報のグラフ表示喘息の変動性をカバーする機能喘息は変動性疾患であり、毎日服薬していても、気候の変化など何らかの増悪要因に晒されると、急激に悪くなることがある。そのため、アプリには毎日の天気予報が出る。また、花粉飛散状況や湿度などから割り出される喘息指数も表示される。症状の変化を予測することは困難だが、このように予め情報を知ることができると対処方法はまったく異なってくるという。天気予報と喘息指数が表示される患者さん同士で情報共有し治療モチベーション向上もう一つの機能として、このアプリを使っている患者さん達の状態や服薬状況が参照できるソーシャルネットワーク機能がある。同じ環境にいる人たちと情報を共有することで使用を継続できるようになる。また、患者さんは絶えず自分の境遇を理解して欲しいと願っている。ほかの患者さんが頑張っている様子を見たり、体験を共有することで、連帯感が得られ、治療へのモチベーション向上も期待できる。喘息の状態と治療薬服用状況を共有できる喘息の継続教育もサポート近年、喘息治療における患者さん教育の重要性が訴えられている。このアプリをダウンロードすると、アストラゼネカ社とアステラス社が運営する喘息患者向け情報サイト「チェンジ!喘息」へも容易にアクセスできる。アプリを使うことで継続的な喘息教育もサポートされる訳である。ITが喘息の長期管理を進化させる最後に今後の展開について聞いた。今回のアプリでは、従来にはなかった“患者さんからのメッセージ発信”の第一歩を作ったが、急速な進化を遂げているソーシャルネットワーク機能の活用は今後も様々な方向で考えたいという。同アプリは10月の公開後から多くのダウンロードがあり、医師からも「困っていた継続服薬に役立つ」といった声が寄せられるなど好評だという。口頭での情報交換から喘息日誌に、そして今デジタルへと情報媒体の変化が起こっている。ITの進化が喘息長期管理に及ぼす影響は今後も加速してくであろう。

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Dr.倉原の 喘息治療の不思議:知られざる喘息のリスク因子

はじめに喘息の患者さんを診療する場合、発作を起こさないようにコントロールすることが重要です。そのため、喘息治療薬を使いこなすだけでなく、患者さんの喘息発作の誘発因子を避ける必要があります。喘息発作のリスク因子として有名なのは、アレルギー性鼻炎やアトピー性皮膚炎と同様のアレルゲンです。たとえば、スギ花粉、ブタクサ、ハウスダスト、ダニなどが挙げられます。しかし、世の中にはこんな因子によって喘息を起こすことがあるのか?という“軽視されがちなもの”や“知られざるもの”があります。教科書的なリスク因子はさておき、少し「へぇ」と思えるようなものを紹介しましょう。ストレス呼吸器内科医以外には実はあまり知られていませんが、ストレスは喘息のリスク因子として教科書的に重要です。これには炎症性サイトカインの産生亢進が関与していると考えられています。呼吸器疾患を診療している医師の間でも、ストレスは意外と軽視されがちなリスク因子だと思います。Busse WW, et al. Am J Respir Crit Care Med. 1995;151:249-252.徹夜明けや過労などの身体的ストレスによっても喘息発作が起こりやすいことが知られています。受験前、面接前、入社前、五月病といった精神的ストレスによっても喘息発作を起こすことがあります。私もそういった患者さんを何人か外来で診ています。世界的にも最大規模のストレスとして数多くの研究がなされたアメリカ同時多発テロ事件では、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と喘息の関連が指摘されています。Shiratori Y, et al. J Psychosom Res. 2012;73:122-125.Centers for Disease Control and Prevention (CDC). MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2002;51:781-784.水泳喘息に対する呼吸リハビリテーションの一環として水泳が知られていますが、その反面、水泳そのものが喘息のリスクではないかと考える研究グループもあります。しかしながら、メタアナリシスではその関連は強いとは結論づけられていません。私の外来にも、ある水泳競技をしていた喘息患者さんがいました。その患者さんが引退後に吸入ステロイド薬のステップダウンができたのは、水泳をやめたからなのかどうか、いまだに答えは出ていません。Paivinen MK, et al. Clin Respir J. 2010;4:97-103.Goodman M, et al. J Asthma. 2008;45:639-647.ちなみにスキューバダイビングは喘息のリスク因子ではないかという議論もありますが、現時点では明らかな答えは出ていません。スキューバダイビングでは、温度や呼吸動態の急激な変化が呼吸機能上よくないと考えられています。Koehle M, et al. Sports Med. 2003;33:109-116.感情負の感情(怒り、悲しみなど)は前述のストレスと同じ機序で喘息のリスク因子と考えられていますが、これにはあまりエビデンスはありません。自宅で怒りを爆発させて喘息発作を起こし救急搬送されてきた患者さんを一度診たことがあります。これはおそらく怒鳴り散らしたことが主な原因でしょうが。ちなみに、面白い映像を見た場合と面白くない映像を見た場合を比較すると、面白い映像を見た場合に気道過敏性が有意に改善したという報告もあります。Kimata H. Physiol Behav. 2004;81:681-684.その一方で、あまり笑うと喘息発作を誘発するのではないかという報告もありますので、あまり感情の起伏は喘息にとってよくないものかもしれませんね。Liangas G, et al. J Asthma. 2004;41:217-221.排便トイレできばりすぎて、喘息発作を起こすことがあるそうです。これについてもリスク因子といえる研究はありません。個人的には一度も排便喘息を診たことはありません(問診が甘かったのかもしれませんが)。排便によってアセチルコリンの分泌が誘発され、これによって気管支攣縮を惹起するのではないかと考えられています。Rossman L. J Emerg Med. 2000 ;18:195-197.Ano S, et al. Intern Med. 2013;52:685-687.鼻毛これもリスク因子として書くにはかなり強引な気もしますが、結論からいうと鼻毛は長いほうがよいです。アレルギー性鼻炎の患者さんにおける喘息の発症に鼻毛の密度が与える影響について解析した論文があります。これによれば、鼻毛の密度の低さは喘息発症の有意な因子であると報告されています。厳密には鼻毛の“長さ”と“密度”は異なるのかもしれませんが……。Ozturk AB, et al. Int Arch Allergy Immunol. 2011;156:75-80.おわりにこれ以外にも、症例報告レベルも含めると、アイスクリーム、くしゃみ、温泉、オリンピックなど数多くの喘息のリスク因子や喘息発作を誘発する因子があります。本稿でなぜ珍しい因子を記載したかといいますと、実は喘息診療においては多くのヒントが患者さんとの会話の中にあるのです。「実は最近インコを飼い始めたんです」、「おととい引っ越ししたばかりなんです」、「そういえば先月からシャンプーを東洋医学系の製品に変えたんです」・・・などなど。実はアレルゲンが明らかな喘息の場合、原因を回避すればよくなることがあります。何年も吸入ステロイド薬を使わなくても済むケースもあります。

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アトピー性皮膚炎、FLG変異があるとアレルギー感作リスクが高い

 ハンガリー・デブレツェン大学のG. Mocsai氏らは、皮膚バリア機能と皮膚の炎症の重症度が関連していることを報告した。炎症が重症でフィラグリン(FLG)遺伝子変異と野生型アトピー性皮膚炎(AD)を有する患者では関連が弱まる可能性があり、FLG変異を有する患者のほうが、野生型AD患者よりもアレルギー感作のリスクが高い可能性があることが示唆されたという。British Journal of Dermatology誌オンライン版2013年11月20日号の掲載報告。 FLG欠乏がAD発症のリスク因子であることはよく知られている。また、FLGの減少は、ハプロ不全や重症炎症が起因する可能性があり、さらに重症炎症が後天性のFLG変異を生じる可能性がある。FLG変異は、ADのいくつかの臨床パラメーターまたは検査パラメーターと関連しているが、最近の報告でこれらの関連を否定するデータが報告されるようになっていた。 そこで研究グループは、臨床または生化学検査パラメーターとFLGハプロ不全との関連について調べるとともに、AD患者で重症炎症に起因する後天性FLG変異と、どのパラメーターが関連しているのかについて明らかにすることを目的に検討を行った。 まず、FLG変異の有無とSCORAD(SCORing Atopic Dermatitis)に基づく新たな分類を作成し、AD患者を(A)軽症~中等症-野生型AD、(B)重症-野生型AD、(C)重症-FLG変異の3つに層別化して、全群被験者の検査・臨床パラメーターの評価を行った。また、免疫組織化学的分析も行った。 主な結果は以下のとおり。・(B)重症-野生型ADと、(C)重症-FLG変異の患者の重症度は、SCORADに基づき同等であった。・これら2つの重症群は、皮膚バリアの特異的パラメーターに関しては有意差がみられなかった。・一方で、(A)軽症~中等症-野生型ADの、皮膚バリア機能測定値は有意に良好であった。・アレルギー感作の特異的パラメーターに関して、(B)群と、(C)群の患者で有意差は検出されなかった。・上記の所見は、皮膚バリア機能は、皮膚炎の重症度と関連していることを示唆した。・そして、皮膚の炎症が重症でFLG変異および野生型AD患者においては、皮膚バリア機能との関連は弱い可能性が示唆された。・そのうえで、FLG変異の患者は、野生型AD患者と比べて、アレルギー感作のリスクが高い可能性も示唆された。

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アトピー性皮膚炎や喘息がてんかんの有病率に影響

 小児において、アトピー性皮膚炎や喘息などのアレルギー性疾患の有無はてんかんの既往と関連しており、また、アレルギー性疾患の数が増えると、てんかんの有病率や生涯有病率が高まることが、米国ノースウェスタン大学のJonathan I Silverberg氏らの調査によって報告された。Allergy誌オンライン版2013年11月20日掲載の報告。 試験動物を用いた先行研究により、アレルギー性疾患とてんかんの関連性が示唆されている。Silverberg氏らは、小児におけるてんかんとアレルギー性疾患(喘息、アトピー性皮膚炎/湿疹、花粉症、食物アレルギー)有病率との関連を調査することを目的とした。調査には2007年~2008年に実施された人口ベースの小児の健康調査が用いられ、対象者は0~17歳の9万1,642人であった。解析にはロジスティック回帰分析を用い、交絡変数で補正後、データを分析した。 主な結果は以下のとおり。・米国の小児期におけるてんかんの生涯有病率は1.03%であった。また、その発症には、より年長である男児、低い世帯収入、家族構成、過去の脳損傷または脳震盪の既往が関与していた。・少なくとも1つ以上のアレルギー性疾患を有する小児では、アレルギー性疾患がない小児に比べて、てんかんの生涯有病率が高かった(補正後オッズ比[aOR]:1.79 [95%CI:1.37~2.33])。・これまでにてんかんの診断歴がある場合、各種アレルギーの有病率が高かった(喘息の生涯有病率aOR:2.30[95%CI:1.50~3.52]、喘息の1年有病率:2.00[1.41~2.84]、アトピー性皮膚炎/湿疹1.73[1.17~2.56]、花粉症aOR:1.93[1.41~2.65]、食物アレルギーaOR:2.69[1.38~4.01])。・てんかんの現病歴についても同様の結果が得られた。・アトピー性皮膚炎/湿疹または花粉症がそれぞれ重度である場合、軽度~中等度の場合と比べて、てんかんの有病率が高かった。

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軽~中等症アトピー治療にピメクロリムスの選択肢も

 ドイツ・ミュンスター大学のThomas Luger氏らは、アトピー性皮膚炎(AD)に対するピメクロリムス1%クリーム(国内未承認)の公表された臨床データのレビューを行った。その結果、小児および成人の軽症~中等症ADの治療において、とくに敏感肌の部分について、ピメクロリムスは治療選択薬の一つとなりうる可能性があることを報告した。European Journal of Dermatology誌オンライン版2013年11月4日号の掲載報告。 ピメクロリムス1%クリームは、ADに有効な非ステロイド局所抗炎症治療薬だが、研究グループは、AD患者の医療ニーズに、ピメクロリムスはどのように当てはまるのか、レコメンデーションを明らかにすることを目的にレビューを行った。 主な所見は以下のとおり。・臨床試験において、ピメクロリムスを早期に用いることが病状再燃への進行を抑制し、迅速にかゆみを改善し、QOLを有意に高めることが実証されていた。・患者は、塗布が容易な薬剤を求めていた。そしてそのことが治療アドヒアランスを改善することに結びついていた。・局所ステロイド薬とは対照的に、ピメクロリムスは皮膚萎縮や表皮バリア機能障害を引き起こさず、敏感肌のAD治療において高い有効性を示した。・また、ピメクロリムスは局所ステロイド薬と比べて皮膚感染症を抑制し、そのほかのステロイド関連の副作用(皮膚線条、末梢血管拡張、視床下部・下垂体・副腎系抑制など)がなかった。・さらに、ピメクロリムスには、相当量のステロイド用量減量効果があることが、付加的ベネフィットとして示された。・著者は、「これらのデータに基づき、軽症~中等症のAD患者(疾患徴候や症状が軽症ADと確認された患者)の新たな治療アルゴリズムとして、ピメクロリムスは第一選択薬として推奨される」、また「局所ステロイド薬の治療後の軽症~中等症ADに対してもピメクロリムスは推奨される」と提案した。・そのほかにも、病変消退後のピメクロリムスによる維持療法は、病状再燃予防に効果がある可能性も示唆されていた。・以上を踏まえ著者は、「ピメクロリムスの臨床プロファイルは、小児および成人の軽症~中等症AD(とくに敏感肌部分)の第一選択薬となりうる可能性を示唆していた」と結論している。

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やはり女の子にとってアトピーは大問題:健康関連QOLに及ぼす影響

 アトピー性皮膚炎を有する思春期前(9~12歳)の女児では、主観的健康感が損なわれている一方、男児ではその影響が見られなかったことが、スウェーデン・カロリンスカ環境医学研究所のNatalia Ballardini氏らにより調査、報告された。Acta dermato-venereologica誌オンライン版2013年10月24日掲載の報告。 試験の目的は、アトピー性皮膚炎が健康関連QOLに及ぼす影響を調査することであった。対象は、住民ベースの出生コホート研究「BAMSE」に登録された、思春期前の小児2,756人であった。すべての小児が主観的健康感に関する3つの質問に回答した。質問内容は、(1)気分はどうか、(2)自分自身をどのくらい健康だと思っているか、(3)今の自分の生活にどのくらい満足しているか、であった。また、アトピー性皮膚炎を有する小児は、小児皮膚疾患QOL評価尺度(CDLQI)にも回答した。 主な結果は以下のとおり。・アトピー性皮膚炎を有する小児は350例(12.7%)で、平均CDLQI値は3.98(95%信頼区間:3.37~4.58)であった。・アトピー性皮膚炎を有する女児では、主観的健康感が損なわれていた。3つの質問の補正後オッズ比はそれぞれ、(1)1.72(95%CI:1.16~2.55)、(2)1.89(95%CI:1.29~2.76)、(3)1.69(95%CI:1.18~2.42)であった。・一方で、アトピー性皮膚炎を有する男児では、主観的健康感への影響が見られなかった。 著者は、「思春期前の女児の20%近くがアトピー性皮膚炎に罹患するため、これらの結果は、医療提供者および社会全体にとっても意味がある」と述べている。

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CV-A6感染の非定型手足口病、既往皮膚病変の拡大が特徴

 急性ウイルス性疾患の手足口病は、一般にコクサッキーウイルス(CV)-A16またはエンテロウイルス(EV)71感染により発症するが、近年、CV-A6が関連した非定型手足口病が報告されるようになっている。米国・エール大学のJason P. Lott氏らは、その臨床像および検査結果の特徴などを報告した。Journal of the American Academy of Dermatology誌2013年11月号(オンライン版2013年9月10日号)の掲載報告。 研究グループは、2012年1月~7月の間に受診した、非定型手足口病を示唆する患者の病歴と検査値を特定して分析した。 皮膚病変の形態、分布を記録し、EV感染の検査はリアルタイムPCR(RT-PCR)法を用いて調べられた。EV属型は、カプシド蛋白質遺伝子配列を測定して評価した。 主な結果は以下のとおり。・同期間中に、成人2例、小児3例の非定型手足口病患者が特定された。・それら5例のうち4例は、広範な皮膚疾患を有した。・アトピー性皮膚炎の病歴を有する患者は2例おり、病変の広がりがみられた。・5例のうち4例において、緊急治療を要する全身症状が認められた。また成人2例はいずれも検査入院を要した。・全患者で、CV-A6感染が確認された。・著者は、本検討の結果は単施設調査という点で限定的であるが、CV-A6感染に起因する非定型手足口病において皮膚疾患の拡大がみられたという点は、診断および治療において臨床医を支援する情報となりうると報告している。

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気管支喘息の診察中に容態急変し10日後に脳死と判定された高校生のケース

自己免疫疾患最終判決判例時報 1166号116-131頁概要約10年来気管支喘息と診断されて不定期に大学病院などへ通院していた男子高校生の症例。しばらく喘息発作は落ち着いていたが、早朝から喘息発作が出現したため、知人から入手した吸入器を用いて気管支拡張薬を吸入した。ところがあまり改善がみられないため某大学病院小児科を受診。診察時チアノーゼ、肩呼吸がみられたため、酸素投与、サルブタモール(商品名:ベネトリン)の吸入を行った。さらにヒドロコルチゾン(同:ソル・コーテフ)の静注を行おうとした矢先に突然心停止・呼吸停止となり、ただちに救急蘇生を行ったが低酸素脳症となり、約10日後に脳死と判定された。詳細な経過患者情報約10年来気管支喘息と診断されて不定期に大学病院などへ通院していた男子高校生経過1978年(4歳)頃 気管支喘息を発症し、病院を転々として発作が起きるたびに投薬を受けていた。1988年(14歳)8月19日某大学病院小児科受診。8月20日~8月27日ステロイド剤からの離脱と発作軽減の目的で入院。診断は気管支喘息、アトピー性皮膚炎。IgE RAST検査にて、ハウスダスト(3+)、ダニ(3+)、カモガヤ(3+)、小麦(1+)、大豆(1+)であったため、食事指導(小麦・大豆除去食)、アミノフィリン(同:ネオフィリン)静注により発作はみられなくなり、ネオフィリン®、オキサトミド(同:セルテクト(抗アレルギー剤))経口投与にて発作はコントロールされた。なお、経過中に呼吸機能検査は一度も施行せず。また、簡易ピークフローメーターも使用しなかった。10月20日喘息発作のため2日間入院。11月20日喘息発作のため救急外来受診。吸入用クロモグリク(同:インタール)の処方を受ける(途中で中止)。12月14日テオフィリン(同テオドール)の処方開始(ただし患者側のコンプライアンスが悪く不規則な服用)。1989年4月22日喘息発作のため4日間入院。6月6日プロカテロール(同:メプチン)キッドエアーを処方。1990年3月9日メプチン®キッドエアーの使用法に問題があったので中止。4月高校に入学と同時に発作の回数が徐々に少なくなり、同病院への通院回数・投薬回数は減少。母親は別病院で入手した吸入器を用いて発作をコントロールしていた。1991年6月7日同病院を受診し小発作のみであることを申告。ベネトリン®、ネオフィリン®、インタール®点鼻用などを処方された。8月17日07:30「喘息っぽい」といって苦しそうであったため知人から入手していた吸入器を用いて気管支拡張薬を吸入。同時に病院からもらっていた薬がなくなったため、大学病院小児科を受診することにした。09:00小児科外来受付に独歩にて到着。09:10顔色が悪く肩呼吸をしていたため、順番を繰り上げて担当医師が診察。診察時、喘息発作にあえぎながらも意識清明、自発呼吸も十分であったが、肺野には著明なラ音が聴取された。軽度のチアノーゼが認められたため、酸素投与、ベネトリン®の吸入を開始。09:12遅れて到着した母親が「大丈夫でしょうか?」と尋ねたところ、担当医師は「大丈夫、大丈夫」と答えた。09:15突然顔面蒼白、発汗著明となり、呼吸停止・心停止。ただちにベッドに運び、アンビューバック、酸素投与、心臓マッサージなどの蘇生開始。09:20駆けつけた救急部の医師らによって気管内挿管。アドレナリン(同:ボスミン)静注。09:35心拍再開。10:15人工呼吸を続けながら救急部外来へ搬送し、胸部X線写真撮影。10:38左肺緊張性気胸が確認されたため胸腔穿刺を施行したところ、再び心停止。ただちにボスミン®などを投与。11:20ICUに収容したが、低酸素脳症となり意識は回復せず。8月27日心停止から10日後に脳死と判定。10月10日11:19死亡確認。当事者の主張患者側(原告)の主張1.大学病院小児科外来に3年間も通院していたのだから、その間に呼吸機能検査をしたり、簡易ピークフローメーターを使用していれば、気管支喘息の潜在的重症度を知り、呼吸機能を良好に維持して今回のような重症発作は予防できたはずである2.発作当日も自分で歩いて受診し、医師の目前で容態急変して心停止・呼吸停止となったのだから、けっして手遅れの状態で受診したのではない。呼吸停止や心停止を起こしても適切な救急処置が迅速に実施されれば救命できたはずである病院側(被告)の主張1.日常の療養指導が十分であったからこそ、今回事故前の1年半に喘息発作で来院したのは1度だけであった。このようにほとんど喘息発作のない患者に呼吸機能検査をしたり、簡易型ピークフローメーターを使用する必要性は必ずしもなく、また、困難でもある2.小児科外来での治療中に急激に症状が増悪し、来院後わずか5分で心停止を起こしたのは、到底予測不可能な事態の展開である。呼吸停止、心停止に対する救急処置としては時間的にも内容的にも適切であり、また、心拍動が再開するまでに長時間を要したのは心衰弱が原因として考えられる裁判所の判断1.当時喘息発作は軽快状態にあり、ほとんど来院しなくなっていた不定期受診患者に対し呼吸機能検査の必要性を改めて説明したうえで、発作のない良好な時期に受診するよう指導するのは実際上困難である。簡易型ピークフローメーターにしても、不定期に受診したり薬剤コンプライアンスの悪い患者に自己管理を期待し得たかはかなり疑問であるので、慢性期治療・療養指導に過失はない2.小児科外来のカルテ、看護記録をみると、容態急変後の各処置の順序、時刻なども不明かつ雑然とした点が多く、混乱がみられる点は適切とはいえない。しかし、急な心停止・呼吸停止など救急の現場では、まったく無為無能の呆然たる状態で空費されているものではないので、必ずしも血管ルート確保や気道確保の遅延があったとはいえない患者側7,080万円の請求を棄却(病院側無責)考察このケースは結果的には「病院側にはまったく責任がない」という判決となりましたが、いろいろと考えさせられるケースだと思います。そもそも、喘息発作を起こしながらも歩いて診察室まできた高校生が、医師や看護師の目の前で容態急変して救命することができなかったのですから、患者側としては「なぜなんだ」と考えるのは十分に理解できますし、同じ医師として「どうして救えなかったのか、もしやむを得ないケースであったとしても、当時を振り返ってみてどのような対処をしていれば命を助けることができたのか?」と考えざるを得ません。そもそも、外来受診時に喘息重積発作まで至らなかった患者さんが、なぜこのように急激な容態急変となったのでしょうか。その医学的な説明としては、paradoxical bronchoconstrictionという病態を想定すればとりあえずは納得できると思います。これは気管支拡張薬の吸入によって通常は軽減するはずの喘息発作が、かえって死亡または瀕死の状態を招くことがあるという概念です。実際に喘息死に至ったケースを調べた統計では、むしろ重症の喘息とは限らず軽・中等症として経過していた症例に突然発症した大発作を契機として死亡したものが多く、死亡場所についても救急外来を含む病院における死亡例は全体の62.9%にも達しています(喘息死委員会レポート1995 日本小児アレルギー学会)。したがって、初診からわずか5分程度で容態が急変し、結果的に救命できなかったケースに対し「しょうがなかった」という判断に至ったのは、(同じケースを担当した場合に救命できたかどうかはかなり心配であるので)ある意味ではほっと胸をなで下ろすことができると思います。しかし、この症例を振り返ってみて次に述べるような問題点を指摘できると思います。1. 発作が起きた時にだけ来院する喘息患者への指導方針気管支喘息で通院している患者さんのなかには、決まったドクターを主治医とすることなく発作が起きた時だけ(言葉を換えると困った時にだけ)救急外来を受診するケースがあると思います。とくに夜間・深夜に来院し、吸入や点滴でとりあえずよくなってしまう患者さんに対しては、その場限りの対応に終始して昼間の外来受診がなおざりになることがあると思います。本来であればきちんとした治療方針に基づいて、適宜呼吸機能検査(本ケースでは経過中一度も行われず)をしたり、定期的な投薬や生活指導をしつつ発作のコントロールを徹底するべきであると思います。本件では、勝手に吸入器を入手して主治医の知らないところで気管支拡張薬を使用したり、処方した薬をきちんと飲まないで薬剤コンプライアンスがきわめて悪かったなど、割といい加減な受療態度で通院していた患者さんであったことが、医療側無責に至る判断に相当な影響を与えたと思います。しかし、もしきちんと外来受診を行って医師の指導をしっかり守っていた患者さんであったのならば、まったく別の判決に至った可能性も十分に考えられます(往々にして裁判官が患者に同情すると医師側はきわめて不利な状況になります)。したがって、都合が悪くなった時にだけ外来受診するような患者さんに対しては、「きちんと昼間の通常外来を受診し、病態評価目的の検査をするべきである」ことを明言し、かつそのことをカルテに記載するべきであると思います。そうすれば、病院側はきちんと患者の管理を行っていたとみなされて、たとえ結果が悪くとも責任を追及されるリスクは軽減されると思います。2. 喘息患者を診察する時には、常に容態急変を念頭におくべきである本件のように医師の目前で容態急変し、為すすべもなく死の転帰をとるような患者さんが存在することは、大変残念なことだと思います。判決文によれば心肺停止から蘇生に成功するまで、病院側の主張では20~25分程度、患者側主張(カルテの記載をもとに判断)では30~35分と大きな隔たりがありました。このどちらが正しいのか真相はわかりませんが(カルテには患者側主張に沿う記載があるものの、担当医は否定し裁判官も担当医を支持)、少なくとも10分以上は脳血流が停止していたか、もしくは不十分であった可能性が高いと思います。したがってもう少し早く蘇生に成功して心拍が再開していれば、低酸素脳症やその後の脳死状態を回避できた可能性は十分に考えられると思います。病院側が「その間懸命な蘇生努力を行ったが、不可抗力であった。時間を要したのは心衰弱が重篤だったからだ」と主張する気持ちは十分に理解できますが、本件では容態急変時に外来担当医がそばにいて(患者側主張では放置されたとなっていますが)速やかな気管内挿管が行われただけに、やりようによってはもう少し早期の心拍再開は可能であったのではないでしょうか。本件を突き詰めると、心臓停止の間も十分な換気と心臓マッサージによって何とか脳血流が保たれていれば、最悪の結果を免れることができたのではないかと思います。また、判決文のなかには触れられていませんが、本件で2回目の心停止を起こしたのは緊張性気胸に対する穿刺を行った直後でした。そもそも、なぜこのような緊張性気胸が発生したのかという点はとくに問題視されていません。もしかすると来院直後から気胸を起こしていたのかも知れませんし、その後の蘇生処置に伴う医原性の気胸(心臓マッサージによる損傷か、もしくはカテラン針によるボスミン®心腔内投与の際に誤って肺を穿刺したというような可能性)が考えられると思います。当時の担当医師らは、目の前で容態急変した患者さんに対して懸命の蘇生を行っていたこともあって、心拍再開から緊張性気胸に気付くまで約60分も要しています。後方視的にみれば、この緊張性気胸の状態にあった60分間をもう少し短縮することができれば、2回目の心停止は回避できたかもしれませんし、脳死に至るほどの低酸素状態にも陥らなかった可能性があると思います。病院側は最初の心停止から心拍再開まで20~25分要した原因もいったん再開した心拍動が再度停止した原因も「心衰弱の程度が重篤であったからだ」としていますが、それまでたまに喘息発作がみられたもののまったく普通に生活していた高校生にそのような「重篤な心衰弱」が潜在していたとは到底思えませんので、やはり緊張性気胸の影響は相当あったように思われます。3. 医師の発言裁判では病院側と患者側で「言った言わない」というレベルのやりとりが随所にみられました。たとえば、母親(顔色がいつもとまったく違うのに気付いたので担当医師に)「大丈夫でしょうか」医師「大丈夫、大丈夫」(そのわずか3分後に心停止となっている)母親(吸入でも改善しないため)「先生、もう吸入ではだめじゃないですか、点滴をしないと」医師「点滴をしようにも、血管が細くなっているので入りません」母親「先生、この子死んでしまいます。何とかしてください」(その直後に心停止)このような会話はどこまでが本当かはわかりませんが、これに近い内容のやりとりがあったことは否めないと思います。担当医は、患者およびその家族を安心させるために「大丈夫、大丈夫」と答えたといいますが、そのわずか数分後に心停止となっていますので、結果的には不適切な発言といわれても仕方がないと思います。医事紛争に至る過程には、このような医師の発言が相当影響しているケースが多々見受けられますので、普段の言葉使いには十分注意しなければならないと痛感させられるケースだと思います。自己免疫疾患

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小児のアトピー性皮膚炎とイボは、感染症の増加に影響するか

 先行研究において、アトピー性皮膚炎は、皮膚および皮膚以外の感染症の素因となる異常な免疫反応との関連が示唆されている。米国セント・ルークス・ルーズベルトホスピタルセンターのJonathan I .Silverberg氏らにより、小児のアトピー性皮膚炎がイボ、皮膚以外の感染症、その他のアトピー性疾患のリスク増加に影響するかどうか調査、報告された。その結果、小児のアトピー性皮膚炎、その他のアトピー性疾患、イボと皮膚以外の感染症との関連から、バリア機能の破壊や異常な免疫反応(どちらかまたは両方)が、イボと皮膚以外の感染症の感受性に影響することが示唆された。Journal of Allergy and Clinical Immunology誌2013年10月3日掲載報告。 調査には、2007年国民健康インタビュー調査の代表サンプルが用いられた。対象は、0歳から17歳までの9,417例であった。 主な結果は以下のとおり。・アトピー性皮膚炎に加え、何らかのアトピー性疾患を有する小児では、イボを有する割合が高かった。・一方で、何らかのアトピー性疾患の有無にかかわらず、少なくともアトピー性皮膚炎を有する小児では、皮膚以外の感染症(連鎖球菌性咽頭炎、他の咽頭炎、鼻風邪、咳風邪、インフルエンザ/ 肺炎、副鼻腔感染症、再発性中耳炎、水痘、尿路感染症を含む)を有する割合が高かった(p<0.0001)。・アトピー性皮膚炎に加え、何らかのアトピー性疾患を有する小児では、どちらか一方のみを有する小児に比べて、罹患した感染症の数が多かった(p<0.0001)。・イボの保有は、皮膚以外の感染症(再発性中耳炎を除く)の増加に影響していた(p<0.0001)。・イボとアトピー性皮膚炎の両方を有する小児では、どちらかのみを有する小児に比べて、罹患した感染症の数が多かった(p<0.0001)。また、喘息の現症または既往歴、過去1年間の喘息の悪化、花粉症、食物アレルギーを有する割合が高かった。・イボとアトピー性皮膚炎の両方を有する小児では、イボを有しないアトピー性皮膚炎の小児に比べ、喘息、花粉症、食物アレルギーを有する割合が高かった。

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新生児のアトピーにビタミンAとBCGが関与?

 アトピー性皮膚炎またはアトピー性疾患に関して、接種時期が早期か否かにかかわらずBCGワクチンの有意な影響はなかったが、新生児へのビタミンA補給はアトピー性皮膚炎の増加と関連していることが、無作為化比較試験の長期追跡調査の結果、明らかになった。また調査ではBCG瘢痕があることとアトピー性皮膚炎減少との関連も明らかになったという。オーストラリア・Indepth NetworkのN. Kiraly氏らが報告した。Allergy誌2013年9月号(オンライン版2013年8月31日号)の掲載報告。 最近の報告で、ワクチン接種や微量栄養素補給などの免疫原性介入が、アトピー感作やアトピー性疾患に影響を及ぼす可能性があるというエビデンスが示唆されていた。そこで研究グループは、無作為化試験の長期追跡調査から、新生児へのBCG接種、ビタミンA補給、その他のワクチン接種が小児期のアトピー性皮膚炎に影響を及ぼすかについて評価を行った。 試験は、アフリカ西部のギニアビサウで行われた。BCG接種については、低体重出生児を早期接種群(介入群)または後期接種群(通常群)に無作為化し、さらにサブグループについて2×2要因配置でビタミンAまたはプラセボの補給群に無作為に割り付けた。 被験者は3~9歳時まで追跡し評価した。主要アウトカムは、皮膚プリックテスト結果3mm以上を定義としたアトピー性皮膚炎の発症とした。副次アウトカムは、湿疹、喘息、食物アレルギーの症状が認められたこととした。 主な結果は以下のとおり。・281例の小児が、評価が有効な皮膚プリックテストを受けた。そのうち14%(39/281例)でアトピー性皮膚炎が認められた。・BCGの接種時期の違いによるアトピー性皮膚炎発症の有意差はみられなかった(OR:0.71、95%CI:0.34~1.47)。・BCG瘢痕を有する小児では、アトピー性皮膚炎の有意な減少が認められた(同:0.42、0.19~0.94)。・ビタミンA補給は、アトピー性皮膚炎増大と関連していた(同:2.88、1.26~6.58)。とくにBCGを同時投与された例での関連が大きかった(同:5.99、1.99~18.1、ビタミンA補給とBCGの相互作用のp=0.09)。・BCG接種はアトピー性疾患と関連していなかった。しかしビタミンA補給は、過去12ヵ月以内の喘息オッズ比増大と関連していた(同:2.45、1.20~4.96)。

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幼児のアトピー性皮膚炎、寛解の予測因子

 フィンランド・スコーネ大学病院のLaura B. von Kobyletzki氏らにより、幼児におけるアトピー性皮膚炎について、寛解に関連する因子が分析・報告された。Acta Dermato-Venereologica誌2013年9月16日掲載の報告。 本試験は1~3歳の幼児(894例)を対象とした人口ベースのアトピー性皮膚炎コホート研究。2000年に横断調査を実施し、2005年までフォローアップ調査を行った。寛解と患者背景、健康状態、生活様式、環境的な変数との関連については、粗解析および多変量ロジスティック回帰分析を用いて検討した。 主な結果は以下のとおり。・52%の幼児において、フォローアップ中にアトピー性皮膚炎が寛解した。・寛解のベースラインにおける独立予測因子は、より軽度のアトピー性皮膚炎(補正後オッズ比:1.43、95%CI:1.16~1.77)、遅発性アトピー性皮膚炎(補正後オッズ比:1.40、95%CI:1.08~1.80)、関節部以外のアトピー性皮膚炎(補正後オッズ比:2.57、95%CI:1.62~4.09)、食物アレルギーの既往なし(補正後オッズ比:1.51、95%CI:1.11~2.04)、農村部の居住(補正後オッズ比:1.48、95%CI:1.07~2.05)であった。・アトピー性皮膚炎の特定の病態と農村部の居住が寛解には重要であったものの、初期の仮説と異なり、今回の検討において環境要因は有力な予測因子とはならなかった。

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アトピー性皮膚炎治療に有用なタンパク質を発見

 抗菌ペプチドのhuman β-defensin-2(hBD-2)は、アトピー性皮膚炎(AD)の疾患重症度および皮膚バリア機能状態を示すマーカーとして有用である可能性が、デンマーク・コペンハーゲン大学のM.-L. Clausen氏らによる検討の結果、明らかにされた。hBD-2はADスキンに存在することが報告されており、皮膚バリア機能障害との関連が示唆されていた。British Journal of Dermatology誌2013年9月号(オンライン版2013年5月6日号)の掲載報告。 ADスキンの抗菌防御システムの異常に関連した皮膚感染は、AD管理における頻度の高い問題となっている。 研究グループは、AD患者と健常対照者においてhBD-2と皮膚バリア機能の関連を、またAD患者におけるhBD-2と疾患重症度との関連を調べた。 低侵襲テープストリッピング法によって集めた角質層サンプルにおいて、hBD-2濃度をELISA法により測定した。AD重症度は、SCORAD(SCORing Atopic Dermatitis)で評価し、皮膚バリア機能は、経表皮水分蒸散量(TEWL)および皮膚pHの測定によって評価した。 主な結果は以下のとおり。・試験にはAD患者25例と健常対照者11人が登録された。AD患者には、フィラグリン遺伝子変異の発現が認められた。・角質層のhBD-2濃度は、AD患者の皮膚病変部と非病変部、健常対照の皮膚との間で異なることが明らかになった。ADスキン病変部の濃度が最も高値であった(p<0.001)。・SCORADとTEWLはhBD-2値が計測可能であった患者のほうが、計測不可能であった患者と比べて有意に高値であった(それぞれp<0.018、p<0.007)。一方、皮膚pH値は差がみられなかった。・ADスキン病変部のhBD-2値とTEWLおよびSCORADには、それぞれ有意な相関(R=0.55、R=0.44)がみられた。皮膚pH値との関連はみられなかった。・hBD-2とフィラグリン遺伝子変異との関連はわからなかった。・以上のように、hBD-2と皮膚バリア機能障害およびAD重症度の有意な関連が明らかになった。また、低侵襲テープストリッピング法は、角質層とそのタンパク質の経時的評価が可能であり、また、その評価は治療や感染源、生理学的変化といった所見に関連する可能性を提供するものであった。

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泣かないと決めた日(続)【パワーハラスメント(差別)】

「あんたなんか辞めればいいのに」みなさんは、職場で「あんたなんか辞めればいいのに」と言われたり、そうした状況を見かけたことはありませんか?そして、そう言う人が、相手にしないわけにはいかない立場の人だったことはありませんか?このように、人間関係で優位な立場を使って行う嫌がらせやいじめは、パワーハラスメントと呼ばれます。これは、学校のいじめよりも力関係がはっきりしており、教育・指示・命令の名を利用している点で、その線引きが難しいことがあります。今回は、このパワーハラスメントをテーマに、7月号の続編として、2010年に放映されたテレビドラマ「泣かないと決めた日」を取り上げます。主人公の美樹は、新入社員として夢と希望と期待を胸いっぱいに抱えて、憧れの大企業に入社します。ところが、その職場で彼女を待ち構えていたのは、理不尽なパワーハラスメントでした。可哀想なシーンが続き、見ている私たちまでもつらくなります。彼女はくじけそうになりますが、持ち前の強さで這い上がります。そして、彼女が職場の雰囲気を変えていくのです。このドラマでは、様々な人の心の動きが描かれています。7月号では、助け合い、裏切り、噂好き、自尊心などの心のメカニズムを、新しい科学の分野である進化心理学の視点から明らかにしました。今回はさらに掘り下げて、パワーハラスメントの根源でもある心理―「なぜ人は優位に立ちたいのか?」(自己愛)、「なぜ人は誰かを悪者にするのか?」(カテゴリー化)、そして「なぜ人は調子を合わせるのか?」(同調)などの心のメカニズム―の解明に迫っていきたいと思います。そして、私たちができる具体的な取り組みについて考えていきたいと思います。パワーハラスメント―力関係により身体的または精神的な苦痛を負わせる美樹は、新人として職場に来て早々に、ぴりぴりとした空気を感じ取ります。全く歓迎されていません。そんな中、美樹の教育係となった1つ上の先輩の同僚がミスを起こします。社外秘の書類を誤って取り引き先へファックスしてしまったのです。それを美樹が見てしまいます。しばらくして発覚すると、その同僚は、みんなの前で、「コピー機(ファックス兼用)の使い方、分からなかったのよね?」と美樹に言い、すかさずそのミスを美樹になすりつけたのです。完全な濡れ衣です。しかも、他の同僚たちもその同僚に加勢します。さらには、職場のリーダーは、美樹に有無を言わさず謝罪を迫るのです。そして、けっきょく、謝罪を無理矢理させられた美樹の心は、深く傷付くのでした。この状況は、パワーハラスメントです。パワーハラスメントとは、職場などでの力関係によって身体的または精神的な苦痛を負わせることです。美樹は、その後も数々のパワーハラスメントを受け続けます(表1)。このパワーハラスメントは、以前から指摘されてきたセクシャルハラスメントも含みます。そして、このパワーハラスメントを大きな括りとして、現在では状況や加害者との関係性によって、「アカハラ(アカデミックハラスメント)」「アルハラ(アルコールハラスメント)」「ドクハラ(ドクターハラスメント)」「マタハラ(マタニティハラスメント)」など様々なネーミングが生まれています。もともとこのパワーハラスメントという言葉は、2000年に入って生まれた和製英語です。パワーハラスメントに当たる言葉として、欧米ではモラルハラスメントが一般的です。日本のモラルハラスメントは、権力や利害の関係がないはずの夫婦や家族の間のDV(家庭内暴力)などに限定されて使われることが多く、ニュアンスに違いがあります。また、児童虐待や患者虐待などの虐待は、圧倒的な力の差がある場合に起こるパワーハラスメントとも言えます。さらに広げて言えば、人種差別や男女差別などの差別は、差異によって不当な分け隔てをするパワーハラスメントともいえます。今回は、これらの全てのハラスメントを含めた広い意味として、パワーハラスメントを考えていきましょう。表1 パワーハラスメントのタイプタイプ美樹の場合能力の否定「辞めればいいのに」と嫌味を言われるリーダーから「考える頭もないわけ?」と大声で怒鳴られる企画書をくしゃくしゃに丸めて投げられる無視行事などの日程を知らされない仕事が与えられない不要な仕事を押し付けられる脅迫男性の同僚に肩をつかまれ怒鳴られる椅子を蹴られる商品の豆をぶつけられる権利の否認仕事の仕方を教えてもらえないミスを押し付けられる仕事が知らない間に変更されている個の侵害同僚のプライベートの使い走り(ただし、美樹の場合は自ら申し出ている)パワーハラスメントの3つの心理実は、美樹が入社する前にいた新人も、同じような目に遭い、心の傷を負って辞めていました。この職場では、同じことが繰り返されているのでした。もっと広げて言えば、パワーハラスメントは、職場だけでなく、学校、地域社会、そして国家でも起っています。集団という社会ができる場所では、世界中のどこの場所でも、そして人間の歴史のいつの時代にも、変わらず起こってきました。それでは、なぜパワーハラスメントが私たちに起こるのでしょうか?進化心理学的に考えれば、普遍的に存在することには、必ずそこに理由があります(究極要因)。この究極的な理由を探るため、その源となった原始の時代の私たちの心まで遡り、パワーハラスメントの根源となるとなる3つの心理―自己愛、カテゴリー化、同調をそれぞれ考えてみましょう。(1)自己愛―競争の動機付け1. 優位に立ちたい心理同僚たちは、美樹に対して無愛想で高圧的です。特に、教育係となった1つ上の先輩の同僚の当たりは、とてもきついです。美樹に不要な仕事を押し付け、遅い時間まで残業させます。指導するどころか、ミスをなすり付け、そして手柄を横取りします。また、リーダーも、美樹を追い込んでいます。部下たちの前で、美樹を一方的に厳しく叱り付けたり、部下たち全員に謝らせたり、あえて仕事を与えません。こうして、「私が上だ」「私を舐めるな」というパワー(力関係)の見せつけが露骨に起きています(威嚇、ディスプレイ)。なぜ同僚たちやリーダーは美樹をここまでして追い込むのでしょうか?それは、このように「優位に立ちたい」と思ってしまうのは、人間の闘争本能の心理だからです。これは、自己愛の心理と言えます。同僚たちにとっては、実力や経験年数が近いほど、その葛藤が強くなります。また、リーダーにとっては、罰の見せしめとして、他の部下たちへの引き締めになります。よって、美樹が惨めな思いをすればするほど、つまり美樹の自尊心が傷付けられれば傷付けられるほど、同僚たちやリーダーは自分のパワーを実感できて(万能感)、安心できるのです。さらには、ドラマの中で、同僚たちもリーダーもそれぞれ「思い通り」にならない悩みを抱えていることが明かされます。つまり欲求不満の状態です。そこから沸き起こるエネルギーが、いら立ちとして表れます。この欲求不満(ストレス)のエネルギーの発散のはけ口(置き換え)として美樹をしつこく責めることで、「思い通り」にしたいという自分のパワー(支配力)を代わりに実感しようともしているのです。表2 自己愛の二面性困った面良い面「私が上だ」「私を舐めるな」→パワー(力関係)の見せつけ(威嚇、ディスプレイ)→攻撃性「自分を大切にする」「優位に立ちたい」(闘争本能)2. 自己愛の起源それでは、そもそも私たちはなぜ人間関係の中で「優位に立ちたい」と本能的に思ってしまうのでしょうか?その答えは、原始の時代から、相手と自分は「どちらが強いか」「どちらが優れているか」という相手との力関係を意識し振る舞う種ほど生き残り、その遺伝子が現在の私たちに引き継がれているからです。逆に言えば、「優位に立ちたい」と思う遺伝子を持たない種は、生存競争の中で生き残り、子孫を残すことは難しいでしょう。つまり、優越感と劣等感の狭間で生きてしまうのは、人間の本質なのです。動物行動学的には、群れで飼われる鶏はお互いつつき合うことで、それぞれの強さ(序列)を確かめて、群れの秩序を保っています(つつき順位)。また、サル山のサルたちは、うなり声や攻撃のポーズをとったり、「どけ」と攻撃を仕掛けるなどして威嚇することで、相手との力関係を探り合います。また、ケンカをしている2匹のサルを見て、群れの他のサルたちは、おのおの自分との力関係を推し量ります。こうして、群れの序列ができていきます。そして、ボスザルが決まれば、歯向かうサルはいなくなり、群れの秩序は保たれます。こうして、ボスザルは自分の子孫をより多く残していき、ますます優位に立とうとする遺伝子が広がっていくのです。私たち人間は、他の動物よりも高度な社会を築く中で、この「優位に立ちたい」(自己愛)という心理と「助け合う」「分け合う」(公平性)という心理のバランスを取りながら進化してきました。人は、平等を唱える一方で、自分は特別扱いされたいという矛盾した心の働きを持っているとも言えます。実際に、平等な集団ほど力関係の葛藤が生まれています。例えば、学校に存在する生徒の間のスクールカースト、公園に集まるママ友の間に勃発するお受験戦争、そして慈善団体の職員の間に見られる手柄の奪い合いなどです。(2)カテゴリー化―競争か協力かの区別の動機付け1. 誰かを悪者(敵)にする心理美樹は、出勤の初日に、だめなメンバーのレッテルを貼られました(ラベリング)。そして、その後も、トラブルが起きるたびに、「またあなたなの!?」とその原因は理不尽にも全て美樹のせいだとみんなに決め付けられます(ステレオタイプ化)。さらに、ある同僚は、美樹の後ろでみんなに聞こえるように「辞めちゃえばいいのに」と独り言を言い、美樹は職場の厄介者として蔑(さげす)まれています(排斥、オストラシズム)。なぜ美樹はここまで悪者扱いされなければならないのでしょうか?それでは、なぜターゲットは美樹だったのでしょうか?その後にリストラで辞めていく同僚が本音を漏らします。「誰でもいいのよ、会社に慣れてなくて、どこかに付け込むスキがあれば」「みんなの嫌がらせのターゲットになって」と。つまり、その理由は、美樹が「付け込むスキ」がある新人だからです。新人(新参者)は、集団に受け入れられるどうかの葛藤があり、自己主張がしづらく、立場が弱いため、付け込まれやすいのです。このような立場が弱く無抵抗な人―外国人(新参者)、障害者、貧困者、少数派(マイノリティ)などは、昔から偏見(差別)の格好の餌食にされてきた歴史があります。表3 カテゴリー化の二面性困った面良い面決め付け(ステレオタイプ化)レッテル貼り(ラベリング)烙印(スティグマ)極端化→偏見、差別、排斥思い込み(暗示、妄想)概念化因果関係に気付く傾向分析予測ひいき想像力2. カテゴリー化の起源それでは、そもそも私たちはなぜ人間関係の中で「誰かが悪者である」と本能的に思ってしまう、つまり悪者を仕立て上げてしまうのでしょうか?その答えは、原始の時代から、「誰が味方で誰が敵か」と鋭敏に感じ取る種ほど生き残り、その遺伝子が現在の私たちに引き継がれているからであると考えられます。当時から、人は、助け合う心理(協力)と「優位に立つ」ための騙す心理(非協力、裏切り)を使い分けながら、限られた資源を取り合う生存競争の中で子孫を残してきました。その中でも、騙してくる相手つまり裏切り者を未然に見つけ出し、区別する心理(カテゴリー化)に長けている人は、騙されずに済んで、生存確率が高まります。もっと言えば、多少の誤作動があっても、裏切りの脅威に対して敏感な方が鈍感な方よりも生き残ります。こうして、人間は、カテゴリー化によって、相手やものごとの共通点と相違点を見いだし(概念化)、社会生活をより円滑にして、知能を進化させてきたのでした(社会脳)。そして、発見された因果関係の積み重ねによって、傾向分析や予測が可能になり、科学を進歩させてきました。つまり、人間の心の進化の負の産物として、誰かを選んで助ける心理(ひいき)と同じように、誰かを選んで助けない、敵意を向ける心理(偏見)は人間の本質的なものなのです。しかし、現在、かつてないほど平和で豊かな時代にようやくなりました。誰かに裏切られても殺されたり飢え死にしたりすることはありません。つまり、悪者(裏切り)の脅威センサーはそれほど働かなくてもよくなったのです。しかし、脅威が減ったことに合わせて、脅威センサーの感度が下がるように心が進化するには時間があまりにも短すぎます。つまり、脅威が減っても、それを感じ取る私たちの脅威センサーはほぼ原始時代仕様の敏感なままということです。すると、何が起きるでしょうか?もともと脅威ではないものを脅威として感じやすくなります。つまり、悪者(裏切り)の脅威センサーの誤作動です。本来裏切っていない、つまり敵ではない相手を、見た目や振る舞いの些細な違いから「得体が知れない」と不気味に思い、敵意を抱いてしまうことです。3. 原始時代仕様の心と体原始時代仕様であるのは、脅威センサーだけでなく、心もですし、体もです。例えば、現代は、原始の時代とは違い、文明によって、運動をほとんどしなくてもよくなりました。だからと言って、人は運動をしなくなったでしょうか?人は、運動をしなければ、体調や気分がすぐれなくなり不健康になることを実感しています。だから、逆にあえて運動をするために、私たちは散歩したりスポーツジムに通うなどして体と心の健康を維持しています。さらには、現代は、科学や法律によって、得体が知れないものへの恐怖や身の危険を感じることが少なくなってきました。しかし、人はそれでそのままハッピーなのでしょうか?では、なぜ人はジェットコースターに乗るのでしょうか?なぜお化け屋敷に行くのでしょうか?なぜアクション映画やホラー映画を見るのでしょうか?その答えはこうです。原始の時代から人は、得体が知れない恐怖や身の危険を感じることが当たり前の環境で生きてきました。そして、当たり前だと思う遺伝子が現代の私たちに引き継がれてきました。だから、現代になって、いきなりそれらの刺激(ストレス)がなくなると、逆に物足りないということです。人は、ある程度のハラハラドキドキの擬似体験が必要なのです。体のアレルギー反応になぞらえてみましょう。花粉症や喘息などの体のアレルギー反応では、自分の免疫の抗体が自分の体を間違って攻撃します。その原因の1つは、現代の生活環境があまりにも清潔になってしまい、本来攻撃していた細菌があまりにもいなくなってしまったからなのです。これと同じように、心のアレルギー反応、つまり脅威へのアレルギー反応によって、脅威が全くなくても脅威を抱く矛先がどこかに向けられてしまいます。その時にたまたま選ばれた誰かが、生け贄(身代わり)としてターゲットとなるのです(スケープゴート現象)。そして、悲しいことに、私たちは、脅威のターゲットがその誰かに特定されていることで、心のバランスが保たれ、安心が得られるのです。たとえそのターゲットが全く見当違いだとしてもです。4. 黒い羊効果私たちは、この心理を感覚的に知っており、逆に利用してさえいます。例えば、美樹の1つ先輩の同僚は、ターゲットが美樹でなくなったら、次は自分になるという危機感を募らせています。誰かが犠牲になれば、自分は安全だという心理です。だからこそ、この同僚は、「必死」に美樹に強く当たっているのです。また、リーダーは、部下たちが自分の陰口を言っているのを立ち聞きしてしまい、その不満をかわそうとしていました。実際に、かつて国の支配者が、民衆の不満を逸らすため、国家的に「悪者」を作り出し、不満のはけ口としてその「悪者」を攻撃させるという偏見(差別)の心理を利用してきた悲しい歴史もあります。ヨーロッパでは、昔から日常用語として、「悪者」になった人を「黒い羊」と呼ぶことがあります。羊はたいてい白く、もともと従順で群れに馴染みやすいイメージがあります。その白い羊毛が様々な色に染められるのに対して、黒い羊毛は黒色にしかならない、つまり他の色に染められないことから、黒い羊は、否定的な「悪者」のイメージが付いてしまいました。英語のことわざに「どんな群れにも1頭の黒い羊がいる(There is a black sheep in every flock.)」があります。これは、人間の世界に当てはめると、群れという社会には、黒い羊、つまり裏切り者、ならず者、厄介者、異端者、逸脱者という「悪者」が必ずいるという意味になります。ただ、カテゴリー化の中の偏見(差別)の心理を踏まえると、正確には、「1頭の黒い羊がいる」のではなく、「1頭が黒い羊に見える」ということになります。他の羊が全て真っ白だと、たまたまある羊がちょっと黒いだけでも、とても黒く見えてしまうのです。つまり、他の人たちが全員同じ方向を向いていればいるほど、ある1人の人が少しでもずれた方向を見ると、全員がその人へより大きな敵意を感じてしまうということです(黒い羊効果)。かつて「歩きタバコ」は当たり前に行われていました。しかし、最近は「歩きタバコ」が規制されることで、ほとんど見かけることはなくなりました。すると、逆に「歩きタバコ」をしている人をたまに見かけると、規制の地域以外であっても、不快に思い、その人に敵意を抱いてしまいます。これと同じように、きっと近い将来、「歩きスマホ」が規制されれば、「歩きスマホ」をする人に敵意を私たちは抱くでしょう。よく冗談で言われる「赤信号みんなで渡れば怖くない」という言い回しがあります。その逆の「みんなが渡らない青信号を渡る」傾向のある人―例えば、「新卒」ではない就職活動者(フリーター)―は、就職面接などでは採用されにくいという現実もあります。(3)同調―協力の動機付け1. 周りに合わせる心理美樹以外のチームの同僚6人は、とても結束が強いです。特に4人の女性の同僚たちは、美樹の悪口でいつも盛り上がっています。そして、同僚たちだけでなくリーダーも、美樹が受け続けるパワーハラスメントを当たり前のように見ています。こうして、周りが傍観者として黙認することで、事態の容認が生まれています。つまり、傍観者であることは、パワーハラスメントに手を貸しているとも言えます(傍観者効果)。なぜ同僚たちは、これほどまでに温度差なく揃って美樹に敵意を抱いてしまうのでしょうか?それは、周りに調子を合わせることは人間の本能的な心理だからです。この心理は、同調と呼ばれています。さきほど、大御所芸能人が弱ったスキャンダル芸能人を吊り仕上げることで、自分の地位を固めようとする自己愛の心理を紹介しました。実は、それを見ている私たちの多くもそうなることを望んでいます。また、国家が民衆の不満をかわすために「悪者」のターゲットを作り出すという偏見(差別)の心理をさきほどに紹介しましたが、これも同じです。さらにこの心理は、国内だけでなく国際的な問題としてもよく見られます。その国の国内の政治に国民の不満が高まった時、「悪者」として特定の他国の脅威やかつての復讐心を煽ることで、不満がすり替わるだけでなく、いとも簡単に国家としての一体感(愛国心)が高まります。これは、政治の常套手段でもあります。表4 同調の二面性困った面良い面馴れ合い、横並び意識甘え、しがらみイエスマンカリスマ崇拝(極端化)仲間外し(「村八分」)仲良し思いやり、助け合い分け合い(公平性)信頼感一致団結、一体感2. 同調の起源それでは、そもそも私たちはなぜ人間関係の中で、周りに調子を合わせようと本能的にしてしまう、つまり同調するのでしょうか?その答えは、原始の時代から、「周りに調子を合わせよう」と心が動く種ほど生き残り、その遺伝子が現在の私たちに引き継がれているからです。当時、人は猛獣の襲撃や飢餓の脅威を目の前にして、助け合う(協力)ために、周り(集団)に調子を合わせる、つまり多数派の考え(集団規範)に従い、集団のメンバーたちと心を1つにして協力しました。そうするのが心地良いと同調の心理が動機付けられる種ほど生存確率が高まったのでした。実際に、ある心理実験では、人の印象において、相手が少数派であるというだけでその相手への評価が否定的になるという結果が得られています(印象形成のバイアス)。「寄らば大樹の陰」ということわざは、これを端的に表しています。また、「差別は普通ではないことである」「差別する人は普通の人ではない」「私は普通の人だから差別をするはずがない」と言う人がいます。しかし、普通(多数派)であるという意識を高めるほど同調の心理が強まり、結果的に少数派を否定的に見てしまうという差別の心理が生まれています。つまり、逆説的にも「普通の人」ほど差別をしてしまうということです。原始の時代の心を引き継ぐ私たちは、共通の脅威がある時ほど同調(協力)し、一体感の心地良さを味わうことが分かりました。逆に言えば、その心地良さを味わうには、共通の敵(脅威)が必要です。つまり、脅威を同じもの(共通)にしようとする心理こそが、同調の源なのです。しかも、共通の脅威が集団の外にない場合は、集団の中に見いだします。こうして、集団の共通の脅威となったターゲット(スケープゴート)は、集団のメンバーから敵意を向けられるわけです。集団内において、人は、仲良し(協力関係)になるために、仲間外れ(脅威の身代わり)を作らなければならないという矛盾した心理を持っているのです。表5 パワーハラスメントの心理と動機付け心理自己愛カテゴリー化同調「私が上よ」「(悪者は)あの人に決まってる」「ですよねえ」動機付け競争競争か協力かの区別協力敵意を抱いて優位に立つ悪者(裏切り)の脅威センサーの誤作動に乗っかり安心を得る悪者(裏切り者など)の脅威を共有し、協力する組織としての具体的な取り組み美樹を見守る唯一の味方のキャラクターとして登場するマネージャーが言います。「生き残りたいなら強くなれ」「このまま黙って静かに消えたら、お前の思いもやってきたことも何もなかったことになるんじゃないか」「どんなに辛くても、逃げずに立ち向かえば絶対に誰かの心に残る」と。生き残って這い上がって来いという力強い励ましメッセージが込められています。このマネージャーのお陰で、美樹は成長し強くなりました。このドラマの展開から学ぶことは、パワーハラスメントは個人のひたむきさやコミュニケーションの能力、そして支えてくれる味方によって乗り越えられる場合があることです。と同時に、以前にいた新人が心の傷を負ったように、必ずしも全ての人が乗り越えていけるほど生易しいものでもないことです。これまで、パワーハラスメントの根源となるとなる3つの心理―自己愛、カテゴリー化、同調―を解明してきました。そして、パワーハラスメントは、進化の産物としての集団の心理であることも分かってきました。つまり、パワーハラスメントは、特別な集団の特別な人たちがするのではなく、ごく普通の集団でごく普通の人たちがしてしまうということです。しかも、武器や権力などのパワーを持てば持つほど、潜んでいたその遺伝子が目を覚ましてしまうということです。これから、パワーハラスメントは、人間の本質を美化して「起きない」ことを前提にするのではなく、人間の本質を直視して「起きる」ことを前提にする必要があります。私たちがつくる集団(社会)に理想郷は存在しないことを自覚することが出発点です。この前提に立てば、個人だけではなく、集団としての組織の具体的な取り組みが見えてきます。それでは、みなさんのそれぞれの組織の中で具体的に何ができるか、ドラマのエピソードに触れながら、3つのポイントを整理してみましょう。表6 組織としての具体的な取り組み具体例客観化トラブルが起きたらオープンにするメンバー同士がチェックできる部下もリーダーを評価する外部の相談窓口の設置定期的な研修注意喚起のための張り紙構造化メンバーが具体的なビジョン(目標)を共有する役割をはっきりさせる限界設定個人として自分の限界を示し、泣き寝入りしないICレコーダーや携帯電話の録音機能により、証拠を押さえる労働組合や弁護士に相談する(1)客観化美樹が冷凍室に閉じ込められた事件では、美樹のせいにされました。そして、原因は美樹の「不注意」という始末書が作成されます。詳しく調査をすれば、原因は美樹の不注意ではなく、別の同僚のせいであることに辿りつくのは明らかなのにです。そのわけは、リーダーは、美樹の不注意と決め付けて、詳しく調べなかったのでした。一方、美樹は、冷凍室事件では、その前にミスをしていた引け目もあり、自分の言い分を言うことができません。ここから学ぶ1つ目の取り組みは、パワーハラスメントによるトラブルが起きたらオープンにすることです(客観化)。私たち日本人は、自分の言い分を言うことは目立ったり迷惑になったりして恥ずかしいと思いがちです。しかし、パワーハラスメントは起きるものであることが分かりました。大事なのは、これを集団の共通認識とすることです。逆に、うやむやにしたり隠すこと(隠ぺい体質)は、憶測から思わぬ犯人探しの心理(偏見)を生み出します。また、ドラマでは、咎められなかったことを良いことにその同僚の仕業はエスカレートしていきました。オープンにする組織の文化が次の被害者を出さないためにも大事です。また、逆に、パワーハラスメントという言葉が、センセーショナルな響きから独り歩きし、悪用されることもあります。いわゆる「逆パワハラ」です。部下が傷付いたと騒ぎ、上司を訴えるパターンです。この状況も、オープンにしていることで、予防ができます。大事なのは、集団のメンバーに公正な判断材料が十分にあり、お互いが客観的にチェックできることです。例えば、組織内でのメールは公開し、それぞれの指示などもメンバーがチェックできるようにすることです。また、人事の評価は、リーダーからだけでなく、部下たちからも行うことです(360度査定)。さらには、外部の相談窓口の設置、定期的な研修、「言葉の暴力も懲戒の対象になります」との具体例を示すなどの貼り紙を義務付けることで、パワーハラスメントを語ること自体が開かれていることも大切です。(2)構造化美樹が、チームの同僚たちに受け入れられるようになったきっかけとして、美樹のひたむきさや前向きさに加えて、いっしょに協力しなければ成功しないというプロジェクトが始まったことです。それまでは仕事の奪い合いで、チームのメンバーたちは競争の関係にありました。しかし、プロジェクトの成功という報酬が目の前にあることで、協力の関係が動機付けられます。つまり、同僚たちの敵(脅威)は、それまでは美樹でしたが、その後はプロジェクトの失敗という未来に差し替えられたのでした。ここから学ぶ2つ目の取り組みは、メンバーが具体的なビジョン(目標)を共有する枠組みを作ることです(構造化)。協力の本質は、共通の脅威を乗り越えることでした。協力するための脅威は、肯定的な「脅威」、つまり目標に置き換えることができるということです。不適切な例は、「とにかくリーダーである私の言うことを聞きなさい」という関係です。これは、共有すべきビジョンも部下の役割も、曖昧です。よって、適切な例は、上司が具体的なビジョン(目標)のための取り決めを前もってはっきりさせることです。そして、「あなたには何ができる?」「私に何を求める?」と確認し合うことです。すると、メンバーは、言われたままにやるのではなく、自分の行動に責任を持つようになり、役割がはっきりしてきます。部下だけでなく上司も、目標に向かって取り決めを守り、役割を果たしているという姿勢を見せることです。もはや、リーダーも部下も人としては対等で、職場においての決められた役割が違うだけになります(フラット化)。これは、ちょうどジグゾーパズルのピースのように、集団のメンバー1人1人の役割が対等に果たされることで1つの仕事が達成されれば、メンバーのそれぞれが相手に敵意を抱かなくなる仕組みです(ジグゾー法)。これは仕事においてだけでなく、スポーツ観戦においても見られます。ひいきのスポーツチームを応援するために、ファンやサポーターがスタジアムに集まり共に熱狂することで、ファン同士が仲良くなることです。敵チームを疑似脅威と見立てることで、集団の一体感を高める効果が期待できます。(3)限界設定ドラマでは、皮肉にも、ある同僚の隠し撮りの映像が美樹の窮地を救いました。ここから学ぶ3つ目の取り組みは、証拠を確保し、自分の限界を示し、泣き寝入りしないことです(限界設定)。これは、1つ目と2つ目の集団での取り組みでもパワーハラスメントが改善されない場合の個人の取り組みです。例えば、パワーハラスメントが日常的に起きている場合は、ICレコーダーや携帯電話の録音機能を使い、証拠をまず押さえることです。証拠を持って、労働組合や弁護士に相談することです。いくら組織が変わらないからと言って、泣き寝入りをしないことがより良い組織作りにおいて必要です。逆に言えば、管理者は職場においても録音されている可能性があるという発想を持つ必要があります。パワーハラスメントの裁判において、録音などの証拠があって初めて、パワーハラスメントが認定されます。例えば、管理者が、パワーハラスメントが起きている状況を知りながら放置している場合は、従業員の安全に配慮する義務(安全配慮義務)や従業員の心身の健康を保つ義務(就業環境調整保持義務)に違反していることになります。より良い職場(社会)のために心を「進化」させる心の働きは、進化心理学という理論的なフィルターを通して見ると、すっきりしてきます。ただし、パワーハラスメントの心理が進化の産物であるからと言って、私たちは遺伝子の操り人形ではありません。そのような本能的で感情的な「野生の心」を俯瞰(ふかん)して見ることができる、理性的な「文明の心」も私たちは持ち合わせています。より良い職場(社会)のために、この「文明の心」をフルに活用させ、人間関係における様々な心理をよく理解することで、私たちの心はより理性的により賢く「進化」していくことができるのではないでしょうか。1)岡田康子・稲尾和泉:パワーハラスメント、日経文庫、2011年2)それ、パワハラです:笹山尚人、光文社新書、2012年3)大渕憲一:新版 人を傷つける心、サイエンス社、2011年4)本間美智子:集団行動の心理学、サイエンス社、2011年5)石川幹人:人は感情によって進化した、ディスカヴァー携書、2011年

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