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ドライバー遺伝子の解明などと共に、長年停滞していた骨髄増殖性腫瘍の治療が変わりつつある。当該領域の第一人者である順天堂大学医学部 血液学講座の小松 則夫氏に、最新情報を解説していただいた。予後が長い故にQOLの低下が問題―骨髄増殖性腫瘍とは、どのような疾患なのでしょうか?骨髄増殖性腫瘍(MPN)は、造血幹細胞の異常で、白血球や赤血球、血小板など、1系統以上の骨髄系成熟細胞の過剰生産を来す疾患群です。代表的なものとして、慢性骨髄性白血病(CML)、真性赤血球増加症(真性多血症)(PV)、本態性血小板血症(ET)、原発性骨髄線維症(PMF)があります。BCR-ABL遺伝子の解明からチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)が登場し、CMLの予後は劇的に改善しました。ここでは、CMLを除いたフィラデルフィア染色体陰性MPNの3疾患についてお話ししたいと思います。―MPNの予後について教えていただけますか。MPNの予後ですが、生存期間の中央値はETが約20年、PVが約14年と比較的予後良好ですが、PMFは4年と予後不良です。PV、ETでは長期の経過の中で、一部は急性白血病や骨髄線維症に移行することで予後が悪化しますが、これらの疾患の予後を規定する主な因子は、脳梗塞、心筋梗塞、肺梗塞といった血栓症で、時に致命的となります。一方、血小板が一定数(150万/μL)を超えると逆に出血しやすい状態となります。予後が長い反面、一旦血栓症や出血が起こると、患者さんは長期間その症状に向き合っていくことになり、QOLは著しく低下します。MPN特異的ドライバー遺伝子の発見が治療に結び付く―MPNに共通の遺伝子変異が発見されたとのことですが。画像を拡大するMPNに共通のJAK2 V617Fの他に、CALRやMPLの遺伝子変異が発見されています。JAK2 V617Fは、2005年にET、PV、PMFに共通の遺伝子変異として報告されました。PVの97%、ETおよびPMFの5~6割に発現しています。JAK2はサイトカインシグナル伝達の中心的役割を担うチロシンキナーゼです。JAK2 V617F変異によりJAK2は活性化され、恒常的にシグナルが伝達され腫瘍化が促されます。MPLは、造血因子サイトカインで、トロンボポエチンの受容体です。MPL変異によりMPLは常に活性化し、トロンボポエチンとの結合なしにJAK2シグナルが細胞内へと伝達され、血液細胞の腫瘍化が促進されます。画像を拡大するCALR遺伝子変異はETおよびPMFの2~3割に発現します。CALR(calreticulin)は、タンパク質を折りたたむ分子シャペロンの一種です。われわれの研究で、変異CALR遺伝子により作られる変異型CALRタンパク質はホモ多量体を形成し、あたかもトロンボポエチンのようにMPL(トロンボポエチン受容体)と強く結合し、JAK2シグナルを介して血液細胞の腫瘍化を促進することが明らかになりました。1)2)これら3つの変異は相互排他的に発現しますが、いずれもJAK2シグナルの活性化につながっています。―遺伝子変異の解明と共に治療も変化しているのでしょうか。ごく最近、インターフェロン(以下、IFN)についての研究結果が発表されました。IFNαは1970年代からMPNの治療に用いられていましたが、副作用が強く頻回投与が必要であること、大規模試験でのMPNへの有効性が証明されていないことから使用は限定されていました。しかし、改良したロペグIFNα2bが開発されたことでIFNは大きく見直され始めました。画像を拡大するロペグIFNα2bは単一異性体の長時間作用型ペグ化インターフェロンで、安全性が高い設計となっています。昨年(2020年)、ロペグIFNα2bを標準療法であるヒドロキシカルバミド(以下、HU)と直接比較した、第III相のPROUD-PV試験とその延長試験であるCONTINUATION-PV試験が発表されました3)。この試験は36ヵ月(PROUD-PV:12ヵ月まで、CONTINUATION-PV:36ヵ月まで)追跡されています。主要評価項目の血液学的完全奏効は治療経過と共にIFNα2bがHUを上回り、18ヵ月以降優越性を保っていました。安全性もHUに対して優れていました。さらに重要なことは、JAK2変異量も有意に減少させたことです(36ヵ月JAK2 V617F変異量:ロペグIFNα2b -22.9対HU -3.5、p<0.0001)。従来の薬剤ではここまでJAK2変異量を減らすというデータはありません。ロペグIFNα2bの大きな特徴と言えます。―JAK2変異量が減少するメカニズムは? また、それがどういうことにつながるのでしょうか。理由は明らかになっていませんが、ロペグIFNα2bは、正常細胞はそのままで、JAK2変異細胞を選択的に攻撃している可能性があります。つまり、疾患そのものを治す、治癒まで持っていくことができるかもしれないということです。したがって、これまでの治療は血栓症や出血の予防に主眼を置いてきましたが、今後は治癒を目指すことになると思います。すなわち治療アルゴリズムが大きく変わる可能性があり、将来的にはIFNが治療の中心となることを期待させます。―CALRを標的とした治療法も開発されているとお聞きしますが。CALR遺伝子変異により作られた変異型CALRタンパク質は、細胞内で未熟なMPLと結合した後、細胞表面に移行し活性化することが、われわれの研究で示されました4)。そこで、未成熟なMPLとの結合の阻害、細胞表面におけるMPLの活性化の阻害、あるいは細胞表面の変異型CALRタンパク質を標的として攻撃することで、MPNは治療可能だと考えられます。変異型CALRが細胞外に移行する際、ある酵素で切られますが、われわれは切断部位を特異的に認識して結合する抗体作成に成功しました。この抗体は非常に特異性が高くCALR変異陽性の細胞だけを標的にするため、今後抗体薬として開発されることが期待されます。正確かつ容易なバイオマーカーの開発―診断についても新たな進化がみられているそうですね。われわれの研究で、CREB3L1という遺伝子がMPNのバイオマーカーの役割を果たすことが示されました。CREB3L1は転写因子として機能し、タイプIコラーゲンを標的とするため、骨形成に関与しますが、乳がんの浸潤にも関係していると報告されています。ところで、血小板増加症として受診する患者の9割は反応性、つまり他の原因による血小板増加症です。しかし、この反応性とETなどの腫瘍性の血小板増加症を臨床的に鑑別することは難しいことが多く、治療法が全く異なるため、正確かつ容易な鑑別方法の確立が求められます。われわれはそこで、採取が簡単な血小板に着目し、血小板が腫瘍性に増加するETでバイオマーカーの検索を行いました。具体的にはETと反応性血小板増加症の患者末梢血から血小板を収集し、RNAの発現パターンを解析しました。その結果、ET症例は反応性血球増加症に比べ、CREB3L1が有意に高く発現することを発見しました(p=0.001770)5)。さらに追加解析で、フィラデルフィア染色体陰性MPN、反応性血球増加症のCREB3L1レベルを調査しました。その結果、CREB3L1はETだけでなく、PVやPMFを含めたMPN全般に高レベルに発現していました(p<0.0001)。興味深いことに、CMLでは反応性や健常人と同く陰性でした。このバイオマーカーは感度、特異度ともに100%です。フィラデルフィア染色体陰性MPN全般の画期的な診断バイオマーカーとして、きわめて優れていることがわかりました。―MPN特異的な遺伝子変異のないケースでは本当に腫瘍性なのか鑑別することが難しいと思いますが、このバイオマーカーの効果は?MPN特異的な遺伝子発現がないトリプルネガティブ症例(JAK2 V617F、CALR、MPL変異すべて陰性)においては、腫瘍性か反応性かの鑑別は悩ましいものです。前述の研究では、病理学的に確認されたトリプルネガティブET(20例)においてもCREB3L1を測定しました。その結果、この集団にもCREB3L1陽性例(12例)と陰性例(8例)が存在すること、そして血小板数と白血球数は陽性例で有意に多いことが判明しました。また、大変興味深いことに、陰性例8例のうち2例は、経過と共に血小板数が減少し、骨髄検査で最終的に正常化が確認されました。ここから言えることは、トリプルネガティブETと診断されても、CREB3L1陰性の場合は自然治癒する可能性があるということ、そして、その場合は不用意に抗がん剤を投与せず、経過観察という選択肢もありえるということです。診断と治療の進化で治療アルゴリズムが大きく変わる!?―こういった新たな診断や治療薬の開発で、MPNの治療はどう変わっていくでしょうか。現在のMPNの治療では、高リスク(60歳以上、または血栓症/出血の既往)になり、初めて抗がん剤が開始されます。患者さんからは「せっかく診断がついたのに60歳まで治療を待つのか、血栓症が起きるまでどうして治療できないのか」といった声を聞きます。IFNは、根本的な治療の実現が期待できますが、長期経過と共に他の遺伝子変異が加わって疾患が修飾されると、効果が低下するとの報告もあります。IFNを有効に使用するためにも、診断後すぐにIFN治療を開始することで、かなりの効果が期待できると、個人的には考えています。CREB3L1という新規バイオマーカーによる正確な診断とINFα2bのような新規薬剤の登場で、MPNの治療が大きく変化する可能性がある。ロペグINFα2bの国内臨床試験も行われているという。近い将来、長期間疾患と付き合わなければならないMPNの患者に朗報が届くことを期待したい。1)Araki M, et al. Activation of the thrombopoietin receptor by mutant calreticulin in CALR-mutant myeloproliferative neoplasms. Blood.2016;127:1307-1316.2)Araki M, et al. Homomultimerization of mutant calreticulin is a prerequisite for MPL binding and activation. Leukemia.2019;33:122-131.3)Gisslinger H, et al. Ropeginterferon alfa-2b versus standard therapy for polycythaemia vera (PROUD-PV and CONTINUATION-PV): a randomised, non-inferiority, phase 3 trial and its extension study. Lancet Haematol.2020;7:e196-e208. 4)Masubuchi N, et al. Mutant calreticulin interacts with MPL in the secretion pathway for activation on the cell surface. Leukemia.2020;34:499-509.5)Morishita S, et al.CREB3L1 overexpression as a potential diagnostic marker of Philadelphia chromosome-negative myeloproliferative neoplasms. Cancer Sci.2021;112:884-892