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パーキンソン病のオフ症状のため認知症薬の減量を提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第59回

 今回は、第42回で紹介したパーキンソン病患者のその後の治療についてです。認知症症状とパーキンソン症状のバランスを考慮して、優先順位をつけて減量提案しました。パーキンソン病と認知症は、病態メカニズム上、どちらかの治療を優先するとどちらかの症状を悪化させかねない難しさがあります。患者さんが最も困っている症状が何であるかを丁寧に聴取して医師に話をしてみましょう。患者情報75歳、男性(施設在宅)基礎疾患パーキンソン病、レビー小体型認知症、脊柱管狭窄症、高血圧症介護度要介護2服薬管理施設管理処方内容(下記内服薬を一包化指示)1.アムロジピンOD錠5mg 1錠 分1 朝食後2.オルメサルタンOD錠20mg 1錠 分1 朝食後3.レボドパ・カルビドパ水和物錠 4.5錠 分3 朝昼夕食後4.ゾニサミドOD錠25mg 1錠 分1 朝食後5.リバスチグミン貼付薬18mg 1枚 朝貼付6.リマプロストアルファデクス錠5μg 6錠 分3 朝昼夕食後7.デュロキセチンカプセル20mg 1カプセル 分1 朝食後本症例のポイントこの患者さんは施設で生活しながら、隣町の専門医のいる総合病院に2ヵ月に1回、家族の送迎で通院しています。認知症が進行して空間認知機能の低下と複視から生活負担が増加し、前回の診察でリバスチグミン貼付薬が13.5mgから18mgに増量となりました。しかし、日中のオフタイムの頻度と強度が増加し、食事や入浴の介助途中でオフ症状が出て動けなくなることで介護負担が増加しました。また、施設では意識障害かどうかの判断がつかず、ご家族を臨時受診のために呼び出しても、施設に到着したときにはすでに症状が改善していることも多く、ご家族の負担も増加していました。考えられることは、リバスチグミン貼付薬の持続的なコリン作動(線条体のコリン系神経の亢進)により、ドパミンの作用がブロックされた影響です。そこで、まず施設スタッフに、オフ症状が出たときの動画を撮影してもらうよう協力依頼しました。また本人との面談で、認知機能低下に伴う症状(複視、空間認識低下)とパーキンソン症状(オフタイムによる運動症状)のどちらが心身の負担と感じているかを聴き取りました。本人としては、動けない時間があることで迷惑をかける頻度が高く、家族の負担になってしまう懸念から、運動症状をどうにかしたいという希望を聴き取りました。そこで医師にリバスチグミンの減量を提案することにしました。処方提案と経過診察に同行し、医師に施設スタッフから提供されたオフ症状時の動画を確認してもらうとともに、運動症状の頻度や強度が増強されていて、本人にも施設スタッフにも負担があることを報告しました。また、パーキンソン病治療と認知症治療の強度バランスから、リバスチグミンを減量することで現症状を緩和できないか提案しました。医師から患者に対し、リバスチグミンを減量することで空間認知や認知機能低下が進行する可能性はあるものの、今のオフ症状の負担を減らすことを優先する治療方針でよいか説明がありました。本人もそれでよいと了承を得たので、運動症状改善を優先にリバスチグミンを漸減中止する対応となりました。リバスチグミンを減量して1週間経過すると、施設からのオフ症状の報告がなくなりました。また、食事やベッド上の生活において空間認知の悪化はなく経過しています。今後もパーキンソン病と認知症の症状経過をみながら、負担を最小限に生活を維持できることを目標にフォローアップします。

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HFpEF診療はどうすれば…?(後編)【心不全診療Up to Date】第7回

第7回 HFpEF診療はどうすれば…?(後編)Key Points簡便なHFpEF診断スコアで、まずはHFpEFの可能性を評価しよう!HFpEF治療、今できることを整理整頓、明日から実践!HFpEF治療の未来は、明るい?はじめに近年、HFpEF(heart failure with preserved ejection fraction)は病態生理の理解、診断アプローチ、効果的な新しい治療法の進歩があるにもかかわらず、日常診療においてまだ十分に認識されていない。そのような現状であることから、前回はまず最新の定義、病態生理についてレビューした。そして、今回は、その後編として、HFpEFの診断、そして治療に関して、最新情報を含めながら皆さまと共有したい。 HFpEFの診断スコアってご存じですか?呼吸苦や倦怠感などの心不全徴候を認め、EF≥50%でうっ血を示唆する客観的証拠を認めた場合、HFpEFと診断される1)。そのため、エコーでの拡張障害の評価はHFpEFを診断する上では必要がなく、またNa利尿ペプチド(NP)値が正常であっても、HFpEFを除外することはできないと前回説明した。では、具体的にどのようにして診断を進めていくとよいか、図1を基に考えていこう。(図1)HFpEFが疑われる患者を評価するためのアプローチ方法画像を拡大するまず、原因不明の労作時息切れを主訴に来院された患者に対して、病歴、身体所見、心エコー検査、臨床検査などからHFpEFである可能性を検討するわけであるが、その際に大変参考になるのが、診断のためのスコアリングシステムである。たとえば、米国で開発されたH2FPEFスコアでは、スコア5点以上であれば、HFpEFが強く疑われ(>80% probability)、1点以下であれば、ほぼ除外できる2)。ただし、NP値上昇や心不全徴候を認めるにも関わらず、H2FPEFスコアが低い場合は、アミロイドーシスやサルコイドーシスのような浸潤性心筋症など非典型的なHFpEFの原因疾患を疑う姿勢が重要である点も強調しておきたい(図2)。(図2)HFpEFを発症し得る治療可能な疾患画像を拡大するこれらのスコア算出の結果、HFpEFの可能性が中程度の患者に対しては、運動負荷検査が推奨される。運動負荷検査には、心エコー検査と右心カテーテル検査があるが、診断のゴールドスタンダードは、右心カテーテル検査による安静時および運動時の血行動態評価であり、安静時PAWP≥15mmHgもしくは労作時PAWP≥25mmHg(spine)、もしくは労作時PAWP/心拍出量slope>2mmHg/L/min(upright)を満たせば、HFpEFと診断できる3)。ただ、侵襲的な運動負荷検査は、どの施設でも気軽にできるものではなく、受動的下肢挙上や容量負荷といった代替的な検査法の有用性に関する報告もある4-6)。とくに心エコー検査にて下肢挙上後の左房リザーバーストレインの低下は、運動耐容能の低下とも関連していたという報告もあり、非侵襲的であることから一度は施行すべき検査手法と考えられる7)。なお、脈拍応答不全の診断については、Heart rate reserve([最大心拍数-安静時心拍数]/[220-年齢-安静時心拍数])を算出し、0.8未満(β遮断薬内服時は0.62未満)であれば、脈拍応答不全あり、と一般的に定義される8)。なお、私自身も現在、HFpEF早期診断のためのウェアラブルデバイス開発に取り組んでいるが、今後はより非侵襲的に診断できるようになることが切望される。そして、HFpEFであると診断した後、まず考えるべきことは『原因は何だろうか?』ということである。なぜなら、その鑑別疾患の中には治療法が存在するものもあるからである(図2)。アミロイドーシスを疑うような手根管症候群や脊柱管狭窄症を示唆する身体所見はないか、頚静脈もしっかり観察してKussmaul徴候はないか、心エコーにて中隔変動(septal bounce)や肝静脈血流速度の呼気時の拡張期逆流波はないか、スペックルトラッキングエコーによる左室長軸方向ストレイン(GLS, global longitudinal strain)のbullseye mapに特徴的なパターンがないか…など、ぜひご確認いただきたい9)。HFpEF治療の今、そして今後は?かかりつけ医の先生方にもご承知いただきたいHFpEF治療の流れを図でまとめたので、これを基にHFpEF治療の今を説明する(図3)。(図3)HFpEF治療 2023画像を拡大するHFpEFの診断が確定し、図2に記載してあるような疾患を除外した上で、まず考慮すべき処方は、SGLT2阻害薬である。なぜなら、EMPEROR-Preserved試験およびDELIVER試験において、SGLT2阻害薬であるエンパグリフロジンおよびダパグリフロジンが、EF>40%の心不全患者において、主要エンドポイントである心不全入院または心血管死が20%減少することが示されたからである(ただし、eGFR<20mL/min/1.73m2、1型糖尿病、糖尿病性ケトアシドーシスの既往がある場合は避ける。そのほかSGLT2阻害薬使用時の注意事項は、「第3回 SGLT2阻害薬」を参照)10, 11)。そして、それと同時に身体所見、臨床検査、画像検査などマルチモダリティを活用して体液貯留の有無を評価し、体液貯留があれば、ループ利尿薬や利水剤(五苓散、牛車腎気丸、木防已湯など)を使用し12)、TOPCAT試験の結果から心不全入院抑制効果が期待され、薬価が安いMR拮抗薬の投与をできれば考慮いただきたい13)。とくにカリウム製剤が投与されている患者では、それをMR拮抗薬へ変更すべきであろう。そして、忘れてはならないのが、併存疾患に対するマネージメントである。高血圧があれば、130/80mmHg未満を達成するように降圧薬(ARB、ARNiなど)を投与し、鉄欠乏性貧血(transferrin saturation<20%など)があれば、骨格筋など末梢の機能障害へのメリットを期待して鉄剤(カルボキシマルトース第二鉄[商品名:フェインジェクト])の静注投与を検討する。そのほか、肥満、心房細動、糖尿病、冠動脈疾患、慢性腎臓病、COPD、睡眠時無呼吸症候群などに対してもガイドライン推奨の治療をしっかり行うことが重要である。(表1)画像を拡大するそれでも心不全症状が残存し、EFが55~60%未満とやや低下しており、収縮期血圧が110~120mmHg以上ある患者に対しては、ARNiの追加投与を検討する(詳細は第4回 「ARNi」を参照)。なお、HFrEFにおいて必要不可欠なβ遮断薬については、虚血性心疾患や心房細動がなければ、HFpEFに対しては原則投与しないほうが良い。なぜなら、HFpEFでは運動時に脈拍を早くできない脈拍応答不全の合併が多く、投与されていたβ遮断薬を中止することで、peak VO2が短期で大幅に改善したという報告もあるからである14)。なお、脈拍応答不全に対して右房ペーシングにより運動時の心拍数を上げることで運動耐容能が改善するかを検証した試験の結果が最近公表されたが、結果はネガティブで、現時点では脈拍応答不全に対して、心拍数を落とす薬剤を中止する以外に明らかな治療法はなく、今後さらに議論されるべき課題である15)。これらの治療以外にも、mRNA医薬、炎症をターゲットとした薬剤、代謝調整薬(ATP産生調整など)といった、さまざまなHFpEF治療薬の開発が現在進められている16)。また、近年HFpEFは、肥満や座りがちな生活と密接に結びついた運動不耐性の原因としても着目されており、心不全患者教育、心臓リハビリテーションもエビデンスのあるきわめて重要な治療介入であることも忘れてはならない17, 18)。最近は大変ありがたいことに心不全手帳(第3版)が心不全学会サイトでも公開されており、ぜひ活用いただきたい(http://www.asas.or.jp/jhfs/topics/shinhuzentecho.html)。非薬物治療に関しても、今まで欧米を中心に多くの研究が実施されてきた。例えば、症候性心不全患者に対する肺動脈圧モニタリングデバイスガイド下の治療効果を検証したCHAMPION試験のサブ解析において、肺動脈モニタリングデバイス(商品名:CardioMEMS HF System)を使用することで、HFpEF患者において標準治療よりも心不全入院が50%減少し、心不全管理における有用性が報告されている(本邦では未承認)19)。また、HFpEF(EF≥40%)に対する心房シャントデバイス(商品名:Corvia)治療の効果を検証したREDUCE LAP-HF II試験の結果もすでに公表されている20)。心血管死、脳卒中、心不全イベント、QOLを含めた主要評価項目において、心房シャントデバイスの有効性を示すことができなかったが、本試験では全患者に対して運動負荷右心カテーテル検査を実施しており、ポストホック解析において、運動時肺血管抵抗(PVR, pulmonary vascular resistance)が上昇しなかった群(PVR≤1.74 Wood units)では臨床的便益が得られる可能性が見いだされ21)、この群にターゲットを絞ったレスポンダー試験が現在進行中である。また、血液分布異常を改善させるための右大内臓神経アブレーション(GSN ablation)の有効性を検証するREBALANCE-HF試験も現在進行中であるが、非盲検ロールイン段階における予備的解析では、運動時の左室充満圧とQOL改善効果が認められたことが報告されており22)、今後本解析(sham-controlled, blinded trial)の結果が期待される。そのほかにも多くのHFpEF患者を対象とした臨床試験、橋渡し研究が進行中であり(表2)、これらの結果も大変期待される。(表2)HFpEFについて進行中の臨床試験 画像を拡大する以上HFpEF治療についてまとめてきたが、現時点ではHFpEFの予後を改善する治療法はまだ確立しておらず、さらに一歩進んだ治療法の確立が喫緊の課題である。つまり、HFpEFのさらなる病態生理の解明、非侵襲的に診断するための技術開発、個別化治療に結びつくフェノタイピング戦略を活用した新たな次世代の革新的研究が必要であり、その実現に向けて、前回紹介した米国HeartShare研究など、現在世界各国の研究者が本気で取り組んでいるところである。ただ、それまでにわれわれにできることも、図3の通り、しっかりある。ぜひ、目の前の患者さんに今できることを実践していただき、またかかりつけ医の先生方からも循環器専門施設の先生方へフィードバックいただきながら、医療従事者皆が一眼となってより良いHFpEF治療をわが国でも更新し続けていければと強く思う。1)Borlaug BA, et al. Nat Rev Cardiol 2020;17:559-573.2)Reddy YNV, et al. Circulation. 2018;138:861-870.3)Eisman AS, et al. Circ Heart Fail. 2018;11:e004750.4)D'Alto M, et al. Chest. 2021;159:791-797.5)Obokata M, et al. JACC Cardiovasc Imaging. 2013;6:749-758.6)van de Bovenkamp AA, et al. Circ Heart Fail. 2022;15:e008935.7)Patel RB, et al. J Am Coll Cardiol. 2021;78:245-257.8)Azarbal B, et al. J Am Coll Cardiol 2004;44:423-430.9)Marwick TH, et al. JAMA Cardiol. 2019;4:287-294.10)Anker SD, et al. N Engl J Med. 2021;385:1451-1461.11)Solomon SD, et al. N Engl J Med. 2022;387:1089-1098.12)Yaku H, et al. J Cardiol. 2022;80:306-312.13)Pitt B, et al. N Engl J Med. 2014;370:1383-1392.14)Palau P, et al. J Am Coll Cardiol. 2021;78:2042-2056. 15)Reddy YNV, et al. JAMA;2023:329:801-809.16)Pugliese NR, et al. Cardiovasc Res. 2022;118:3536-3555.17)Kamiya K, et al. Circ Heart Fail. 2020;13:e006798.18)Bozkurt B, et al. J Am Coll Cardiol. 2021;77:1454-1469.19)Adamson PB, et al. Circ Heart Fail. 2014;7:935-944.20)Shah SJ, et al. Lancet. 2022;399:1130-1140. 21)Borlaug BA, et al. Circulation. 2022;145:1592-1604.22)Fudim M, et al. Eur J Heart Fail. 2022;24:1410-1414.

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経口困難になったがん末期患者のモルヒネを持続皮下注へ切り替え【うまくいく!処方提案プラクティス】第46回

 今回は、がん末期患者の服薬負担を考慮して、モルヒネの内服薬から持続皮下注へ切り替えた症例を紹介します。一度は疼痛および服薬負担が解消され、患者さんに安心していただくことができましたが…。患者情報70歳、男性(施設入居)基礎疾患咽頭がん(骨転移、肺内転移)、糖尿病、脊柱管狭窄症、末梢動脈硬化症服薬管理施設管理処方内容1.モルヒネ硫酸塩水和物徐放カプセル30mg 2カプセル 朝夕食後2.ベタメタゾン錠0.5mg 1錠 朝食後3.ランソプラゾール口腔内崩壊錠30mg 1錠 朝食後4.ジアゼパム錠2mg 3錠 毎食後5.酸化マグネシウム錠330mg 3錠 毎食後6.ナルデメジントシル酸塩錠0.2mg 1錠 夕食後7.エスゾピクロン錠1mg 1錠 就寝前8.モルヒネ塩酸塩水和物内服液10mg/5mL 疼痛時 1回1包本症例のポイントこの患者さんは、咽頭がんの進行に伴う突発的な疼痛と呼吸苦がありました。レスキュー薬としてモルヒネ塩酸塩水和物内服液を5〜6回/日服用していて、痛みはNRS(Numerical Rating Scale)6〜7から3程度まで改善していました。しかし、咽頭の閉塞による通過障害があり、内服薬を服用するのが心身共に苦しいという状態が続いていました。訪問診療の前日にこれらの訴えを本人からヒアリングし、現況の痛みも服薬の苦痛も緩和したい、そして施設で最期を迎えたいという希望を確認しました。訪問看護師やケアマネジャーと注射薬への切り替えも手ではないかと話し合い、現行のオピオイド内服薬から持続皮下注へのスイッチをどのように提案するかを検討しました。オピオイドの換算<現行>ベース薬モルヒネ硫酸塩水和物徐放カプセル 60mg/日レスキュー薬モルヒネ塩酸塩水和物内服液 50〜60mg/日1日オピオイド総量目安110〜120mg/日単純な等価換算では、モルヒネ注50〜60mg/日相当となりますが、この等価換算はあくまで目安です。切り替え後のコントロール目標や副作用の懸念、24時間サイクルでの投与設計の都合で約50mg/日を提案することとしました。<切り替え提案内容:モルヒネ塩酸塩注射液48mg/日>モルヒネ塩酸塩注射液200mg/5mL 2管 10mLモルヒネ塩酸塩注射液50mg/5mL 2管 10mL生理食塩液 28mL総量48mL 0.2mL/時間、LOT15分、レスキュー0.2mL/回、10日間相当*1日量4.8mL→モルヒネ約10mg/mL<切り替えタイミング>モルヒネ硫酸塩水和物徐放カプセル 夕方服用時刻から切り替え処方提案と経過翌日の訪問診療に同行し、患者は通過障害から内服が困難な状況にあり、心身共に苦痛があることを医師に共有しました。そこで、内服薬から持続皮下注への切り替えについて意向を確認しました。医師も介護士や訪問看護師の報告から切り替えを検討していたようですが、具体的に何をどの程度投与するのがよいか頭を悩ませていたところだったそうです。上記の処方提案を文書で提示したところ、選択薬剤、用量も含めて提案の内容で始めることになりました。また、内服薬に関してはすべて中止し、持続皮下注のモルヒネのみの管理とする指示もありました。すぐに訪問看護師とPCAポンプの手配と接続時間を確認し、当日の夕方から切り替えたところ、レスキューボタンの使用回数は平均4〜5回/日で、患者さんも内服時の苦痛がなくなり安心している様子でした。しかし、切り替えから1週間経過するとせん妄が強くなりました。PCAポンプの接続チューブを自己抜去するなどの危険行動があったため中止となり、外用薬での治療コントロールに切り替えることになりましたが、切り替えの翌日にお亡くなりになりました。一度は疼痛コントロールができ、服薬の負担も解消することができましたが、せん妄について十分な管理ができず、反省点の残る事例でした。日本緩和医療学会ガイドライン統括委員会編. がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン.金原出版株式会社;2020.

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パーキンソン病のオフ現象を考え外来診療に同行【うまくいく!処方提案プラクティス】第42回

 今回は、パーキンソン病患者の外来診療に同行し、医師に直接処方提案をした事例を紹介します。医師や患者とその場でコミュニケーションを取ることで、経過や考えを擦り合わせてスムーズに意思決定をすることができました。薬剤師が外来診療に同行することはあまり一般的ではなく、ハードルも高い処方提案ではありますが、今後の薬剤師の処方提案スタイルとしては有用だと考えてしばしば行っています。患者情報70歳、男性(独居)基礎疾患パーキンソン病、レビー小体型認知症、脊柱管狭窄症、高血圧症介護度要介護1服薬管理服薬カレンダー(2週間セット)に訪問看護師がセット介護状況月〜金 食事・ごみ出し・買い物で訪問介護が60分介入火・金 訪問看護・リハビリ処方内容 下記内服薬は一包化指示1.アムロジピンOD錠5mg 1錠 分1 朝食後2.オルメサルタンOD錠20mg 1錠 分1 朝食後3.レボドパ・カルビドパ水和物錠 4.5錠 分3 朝昼夕食後4.ゾニサミドOD錠25mg 1錠 分1 朝食後5.ロピニロール塩酸塩貼付薬16mg 1枚 朝貼付6.リバスチグミン貼付薬9mg 1枚 朝貼付7.リマプロスト アルファデクス錠5μg 6錠 分3 朝昼夕食後8.デュロキセチン塩酸塩カプセル20mg 1カプセル 分1 朝食後本症例のポイント患者は独居ですが、服薬カレンダーを用いて管理を行い、アドヒアランスは良好でした。しかし、日中の眠気が間欠的に出現したり、すくみ足の症状から転倒を繰り返したりして困っていることを来局時に聞き取りました。患者本人の感覚としては、ロピニロール貼付薬を8mgから16mgに増量してから眠気の症状がひどくなった気がするため、薬の量を医師に相談するつもりとのことでした。さらに情報の聞き取りを進めてみると、眠気は決まって早朝、昼食後、15〜17時、20時ごろと規則性があることが判明しました。訪問看護・介護スタッフに普段の様子を聞き取ると、「規則的な眠気もあるが、本人が動かずに静止していることもあり、すくみ足の症状も同時間にひどくなっている。会話も聞き取りにくい」ということが確認できました。患者は薬の影響ではないかと思っているようですが、私は上記の状況経過からウェアリングオフ現象ではないかと考えました。ウェアリングオフ現象は、パーキンソン病の進行に伴ってL-ドパの効果が短くなる現象で、突然パーキンソン症状が現れるため日常生活に大きな影響をおよぼします。オフ現象がある場合は医師と上手に意思疎通ができないことを考慮し、また薬剤師の見解を伝えて直接処方提案をしたかったため、本人了承の下で外来診療に同行することにしました。処方提案と経過患者さんへの問診が終わったところで、患者および訪問看護・介護スタッフからの眠気やすくみ足の症状は薬剤が影響しているのではないかという不安を伝えるとともに、状況・経過などからウェアリングオフ現象の可能性を医師に伝えました。医師より、「今回の診察と状況経過から、薬剤性というよりもウェアリングオフ現象の可能性が高いため、ラサギリンを開始して様子を見よう」という回答がありました。しかし、患者はデュロキセチンを服用しており、デュロキセチンとラサギリンは併用禁忌であることから(参考:第39回「同効薬切り替え時の“痛恨ミス”で禁忌処方カスケードが生じてしまった事例」)、診療ガイドライン1)の推奨度BのCOMT阻害薬を代替薬として追加してはどうかと提案しました。その結果、オピカポン錠25mgを追加することになり、受診翌日より服用開始となりました。その後、患者さんは、服用開始7日目くらいで日中の眠気や話しにくさ、すくみ足が改善し、転倒することもなくなったと訪問看護・介護スタッフより聞き取ることができました。薬剤師が外来に同行して現行の課題や代替案を提案することで、より良い治療に一歩近づくことができたと実感したエピソードとなりました。1)「パーキンソン病診療ガイドライン」作成委員会編. 日本神経学会監修. パーキンソン病診療ガイドライン2018. 医学書院;2018.

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腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン2021、“腰痛の有無”を削除

 『腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン2021 改訂第2版』が5月に発刊された。2011年の初版を踏襲しつつも今版では新たに蓄積された知見を反映し、診断基準や治療・予後に至るまで構成を一新した。そこで、腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン(GL)策定委員長の川上 守氏(和歌山県立医科大学 名誉教授/済生会和歌山病院 院長)に、脊柱管狭窄症の評価方法や難渋例などについて話を聞いた。腰部脊柱管狭窄症診療ガイドラインに“腰痛の有無は問わない”基準 腰部脊柱管狭窄症診療ガイドラインの目的の1つは、これを一読することで今後の臨床研究の課題を見つけてもらい、質の高い臨床研究が多く発表されるようになることだが、脊柱管狭窄症の“定義”自体に未だ完全な合意が得られていない。そのため診断基準も日進月歩で、明らかになった科学的根拠を基に随時更新を続けている。今回は腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン初版の診断基準で提示していた「歩行で増悪する腰痛は単独であれば除外する」を削除し、以下のとおりに「腰痛の有無は問わない」と明記された。<診断基準>(1)殿部から下肢の疼痛やしびれを有する(2)殿部から下肢の症状は、立位や歩行の持続によって出現あるいは増悪し、前屈や座位保持で軽減する(3)腰痛の有無は問わない(4)臨床初見を説明できるMRIなどの画像で変性狭窄所見が存在する その理由は、脊柱管や椎間板の狭小化による神経組織や血流の障害から惹起される腰痛と非特異的腰痛を鑑別する確立された評価法がないためである。さらに、川上氏によると「ガイドライン作成の基本は論文査続だが、腰痛の定義が一致していないことが問題で、臀部の痛みを腰痛に含める場合もある。腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン2021の6ページにあるように、腰痛を明確に鑑別することができないことから『腰痛の有無を問わない』とした。ただし、診断基準の(1)(2)(4)は従来通りで、これが揃えば腰部脊柱管狭窄による症状であると判断できる」と説明した。 一方で、「腰部脊柱管狭窄症患者の腰痛が除圧術で良くなったという報告がある。臀部痛を腰痛に含めた場合には神経障害性の痛みである可能性があり、神経除圧で腰痛が改善する例もある。前任地の和歌山県立医科大学紀北分院では、腰部脊柱管狭窄症患者の腰痛を明確に定義して、他の症状や画像所見との関係を調査した。その結果は投稿中だが、狭窄の程度や有無よりも椎間板や終板の障害と関連することが明らかとなったので、次回の腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン改訂には引用してもらえるのではと考えている」とも話した。腰部脊柱管狭窄症診断ツールの利用とその状況、紹介タイミング 診断に有用な病歴や診察所見は、NASS(North American Spine Society)ガイドラインやISSLS(International Society for the Study of the Lumbar Spine)のタスクフォースによる国際的調査で報告された7つの病歴などに基づいている。また、診断ツールとしては、初版より“腰部脊柱管狭窄症診断サポートツール”(p12.表1)の使用が推奨されており、専門医のみならず、プライマリ・ケア医による診断、患者の自己診断にも有用とされる。 診断ツールの普及率や実際の使用例について、同氏いわく「このツールは広く使われているのではないか。と言うのは、優秀な友人の内科医が、“立位で下肢痛あり、ABI 0.9以上、下肢深部腱反射消失した75歳の女性を、腰部脊柱管狭窄症サポートツール8点と紹介状につけて紹介してくれたことがあった。実際は、変形性膝関節症だったが、地域でプライマリ・ケアを担っている先生が使ってくれているのだなぁと実感したことがあった」とし「しかしながら、腰部脊柱管狭窄症サポートツールは参考にはなるものの、最終的な診断は画像所見を含めて整形外科医、脊椎外科医にお願いしてほしい。7点をカットオフ値に設定した場合の感度は92.8%、特異度は72.0%である」と専門医への紹介理由を補足した。腰部脊柱管狭窄症、非専門医が鑑別できる症例と難しい症例 腰部脊柱管狭窄症と鑑別すべき疾患には“末梢動脈疾患などの血管性間欠跛行”がある。一般的にはABIを使って鑑別するが、非専門医などでABIを導入していない場合は「足背動脈や後脛骨動脈が触知するかどうかでABIの代わりになるだろう。また、糖尿病や高血圧症などの併存疾患があり、上述した動脈に触れない、または触れにくい場合には、専門医に紹介することを推奨している」と専門医への紹介タイミングにも触れた。 一方で、脊柱管狭窄症と鑑別が難しいのは、慢性硬膜下血腫、脳梗塞、パーキンソン病、頚髄症、胸髄症、末梢神経障害、そして末梢動脈疾患(PAD)の存在だ。同氏は「腰部脊柱管狭窄症と紹介された人の中に、実際はほかの疾患であった患者さんが結構いたのは事実。今はMRIが簡単に撮像できるが、画像上の脊柱管狭窄は高齢者であればかなりの頻度である。そこに下肢症状があると腰部脊柱管狭窄症と考えられてしまう傾向にある。そのため、他疾患がないか、他科への対診も含めて十分に検討した上で『腰部脊柱管狭窄症である』と分かった時には安心する。何故ならば、希望があれば最終的には手術で対応できるから」と自身の経験した難渋例と向き合い方を語った。 最後に腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン2021の編集にあたって苦労した点を伺うと、「やはり、“CQ12-2:腰部脊柱管狭窄症に対する椎弓根スクリューを用いた制動術は保存治療、除圧術、除圧固定術よりも有用か”のところ。論文の少ない項目もあったが、比較的質の高そうな論文を見ても最近の動向とかけ離れていることがわかった。併発症の発生率の高さや従来の術式を凌駕する臨床成績ではない点、並びにコストを考えると推奨し難い結果だった」と述べるとともに「今回の改訂で力を入れた1つに文言・文章の統一がある。委員会の先生方は育った大学・医局が違うため、文章の表現も微妙に異なる。文章の言い回しの統一を3人のコアメンバー(井上 玄氏[北里大学 診療教授]、関口 美穂氏[福島県立医科大学 教授]、竹下 克志氏[自治医科大学 教授])にお願いして、一緒に校正を行った。十分読み応えがあり、なおかつ非常に読みやすい文章のガイドライン改訂版になったと自負している」と振り返り、次回の腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン改訂では、「医療者と患者双方に有益で相互理解に役立つか、効率的な治療により人的・経済的負担の軽減が期待できるかを視野に進めたい」と締めくくった。

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脊椎手術特化の手術支援ロボット承認/日本メドトロニック

 日本メドトロニック株式会社は、脊椎固定術の治療に併用される「Mazor X(マゾール エックス)ロボットシステム」(以下「本システム」という)の製造販売承認を2021年3月18日に取得し、販売を開始したと発表した。 本システムは、手術計画の作成から術後のシミュレーションまでを一貫して提供する統合システムで、サージカルアームとナビゲーション技術の融合により、より高い精度での手術手技の実現と患者へのより良いアウトカムをもたらすことを目指している。今後のニーズが増える脊椎固定術 脊椎固定術とは、変性または変形した脊椎を脊椎固定用材料で固定し、脊椎の安定性を高める手術で、「腰部脊柱管狭窄症」や「腰椎変性すべり症」などの治療で行われている。この治療手術は、脊椎由来の痛みの改善と早期離床および社会生活への復帰を目指して行われ、わが国では年間約6万例以上の脊椎固定術が実施されている。このうち60歳以上の症例が約8割にのぼり、今後もさらに手術を受ける症例の増加も予想されている。 具体的に手術では、脊椎を固定するためのスクリューを挿入し、スクリュー同士をロッドで連結して固定される。脊椎スクリューを挿入する位置や角度、深さには正確性や安全性が求められる一方、患者の解剖学的特徴を把握するには術者の外科医の経験に大きく依存されるという。また、脊椎スクリューの挿入位置のズレは、血管および神経の重篤な合併症を引き起こす可能性があることから、脊椎スクリュー挿入の正確性を改善するために、ナビゲーション技術やロボット支援技術を用いた脊椎手術などの新しい技術が開発されてきた。ロボットで手術時のリスクを軽減させる 本システムは、術前の患者の画像データから構築した3D画像上で手術計画を作成し、術前計画に基づいたロボットアームの動作により手術器具を誘導するとともに、3D画像上にリアルタイムで手術器具の位置情報を表示することができる。また、治療計画の作成を支援する脊椎の矯正シミュレーションもソフトウェア上で行うことができ、手術の計画から実施、確認までを1つの統合されたシステム上で提供することで、より効率的な手術を支援する。また、術者によらず安定的に手術を施行したり、場合によっては難度の高い手術を人の手よりも精密に行ったりできる点も手術支援ロボットのメリットと考えられている。すでに世界中で、累計5万例以上の脊椎固定術本システムが使用されている。 国内販売は2021年3月21日(薬事承認と同日に販売開始)から、価格は1億6000万円前後。

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トランスサイレチン型心アミロイドーシス〔ATTR-CM:transthyretin amyloidosis cardiomyopathy〕

1 疾患概要■ 概念・定義アミロイドーシスは、βシート構造を豊富にもつ蛋白質がさまざまな病因により前駆蛋白となり、立体構造を変化させながら、重合、凝集を来すことによりアミロイド線維を形成し、細胞外間質に沈着することで臓器障害を生じる疾患の総称である。アミロイド前駆蛋白の種類により、傷害される臓器が異なる。心アミロイドーシスとして、臨床的な心臓の障害を呈するのは、トランスサイレチン(transthyretin:TTR)を前駆蛋白とするATTRアミロイドーシスと免疫グロブリン軽鎖(L鎖)を前駆蛋白とするALアミロイドーシスが主な病型である(図1)。さらにATTRアミロイドーシスは、TTR遺伝子変異を認めない野生型ATTRアミロイドーシス(ATTRwt)とTTR遺伝子変異を認める遺伝性TTRアミロイドーシス(ATTRv)に分けられる。図1 心アミロイドーシスの病型分類画像を拡大する(日本循環器学会.2020年版 心アミロイドーシス診療ガイドライン.https://www.j-circ.or.jp/guideline/guideline-series/(2021年2月閲覧).2020.p.11より引用)■ 疫学本症は従来まれな疾患と考えられてきた。しかし、後で述べる検査法の進歩により、特にATTRwt心アミロイドーシスは、高齢者の心不全(高齢者心不全の数%の可能性)や大動脈弁狭窄症にある一定数存在することが明らかになり、日常臨床で比較的遭遇する疾患であると考えられるようになった。性差があり、高齢男性に多い。ATTRvアミロイドーシスの患者は、わが国は、ポルトガル、スウェーデンに次いで世界で3番目に多いと考えられている。数百人の患者が報告されているが、診断されていない患者も相当数いると考えられる。■ 病因TTRはおもに肝臓、一部脳の脈絡叢や網膜色素上皮細胞で産生される127個のアミノ酸からなる蛋白質であり、甲状腺ホルモンであるサイロキシンやレチノール結合蛋白を運搬する役割を担っている。TTRは、血中では四量体を形成することで安定して存在するが、何らかの原因で四量体が不安定となると解離し、単量体を形成しアミロイド線維の基質となる。TTRが不安定となる原因としては、加齢とTTR遺伝子変異が挙げられる。加齢とともにTTR四量体が不安定となる理由はいまだ明らかではないが、肝臓でのトランスサイレチンあるいはシャペロン蛋白の翻訳後の生化学的変化などが可能性として報告されている。TTR遺伝子における150 種類以上の変異型が報告されている。わが国では、30番目の アミノ酸であるバリンがメチオニンに変異するVal30Met変異型がもっとも高頻度に認められる。■ 症状心アミロイドーシスの特異的な症状はなく、心不全による症状や不整脈や伝導障害による脳虚血症状などを認める。ATTRwtアミロイドーシスの主な障害臓器は、心臓に加え、腱や末梢神経が多いため、手根管症候群や脊柱管狭窄症が心症状に数年先行して出現することが多く、診断の一助となる。ATTRvアミロイドーシスは、全身臓器障害による多彩な症候を認める(図2)。図2 ATTRv アミロイドーシスの多様な全身症状(日本循環器学会.2020年版 心アミロイドーシス診療ガイドライン.https://www.j-circ.or.jp/guideline/guideline-series/(2021年2月閲覧).2020.p.23より引用改変)■ 予後ATTRwtアミロイドーシスは、確定診断からの生存期間の中央値は約3年半、ATTRvアミロイドーシスでは、未治療の場合は発症からの平均余命は10年程度と報告されている。2 診断 (検査・鑑別診断を含む)心アミロイドーシスの診断において最も重要なことは、原因不明の心不全や心肥大などにおいて本症を疑うことである(図3)。図3 心アミロイドーシス診療アルゴリズム画像を拡大する(日本循環器学会.2020年版 心アミロイドーシス診療ガイドライン.https://www.j-circ.or.jp/guideline/guideline-series/(2021年2月閲覧).2020.p.62より引用)1)スクリニーング検査(1)心電図検査心房細動や伝導障害を認めることが多い。従来心アミロイドーシスの特徴と言われた低電位と偽心筋梗塞パターンの出現頻度は、ATTR心アミロイドーシスでは高くはないので注意が必要である。(2)心エコー左室壁の肥厚、心房中隔の肥厚、心房の拡大、左室心筋のgranular sparklingを認める。ドプラー検査では左室の拡張障害を認める。病期が進行すると左室長軸方向のストレイン値は心室基部から低下していくため、apical sparing(心基部の長軸方向ストレインが低下し、相対的に心尖部では保たれている所見)を認める。(3)採血検査高感度心筋トロポニンの持続高値が診断に有用である。重症度に応じて、B型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)およびB型Na利尿ペプチド前駆体N端フラグメント(NT-proBNP)が上昇する。(4)心臓MRICine MRIによる肥大の確認と遅延造影 MRIにおける左室内膜下優位のびまん性(late gadolinium enhancement:LGE)が典型的な所見である。近年T1 mapping法における他の肥大心との鑑別が期待されている(心アミロイドーシスではNative T1値高値、細胞外容積分画(ECV)高値)。2)二次検査(1)99mTc ピロリン酸シンチグラフィ(骨シンチグラフィ)99mTc ピロリン酸シンチグラフィが、ATTR心アミロイドーシスで高率に陽性になり、診断に有用である(図4)。実際には判断が困難な例も存在するが、高い感度、特異度で非侵襲的に本症を疑うことが可能である。図4 99mTc ピロリン酸シンチグラフィ画像を拡大する(2)M蛋白ALアミロイドーシスの除外診断のため、血液あるいは尿中のM 蛋白の有無を確認する。3)生検および病理診断によるアミロイドタイピングアミロイドーシス確定診断のためには組織へのアミロイド沈着の証明と病理学的なタイピングが必要である。心筋生検の陽性率は100%とされるが、その侵襲性の高さより、まずは腹壁脂肪吸引、皮膚生検、口唇唾液腺生検、胃・十二指腸などからの生検が行われるが、いずれの部位もアミロイドの検出は100%ではなく、1つの部位からの生検が陰性の場合は、他部位からの生検や繰り返しの生検、心筋生検を検討すべきである。特にスクリーニングとして行われることの多い腹壁脂肪吸引は、ATTRwtアミロイドーシスでは陽性率が低い(15%前後)ので注意が必要である。病理検査でアミロイドの沈着が証明された場合、各種抗体を用いた免疫染色によるタイピングが必須である。免疫染色でアミロイドタイピングの鑑別ができないときには、質量解析が有用である。4)遺伝子診断アミロイドタイピングでATTRアミロイドーシスと診断された場合、十分な配慮のもと遺伝子診断を行い、確定診断を行う。5)診断基準アミロイドーシスに関する調査研究班が各学会のコンセンサスのもと作成したATTRwtおよびATTRvアミロイドーシスの診断基準を示す(図5)。図5 ATTRwtおよびATTRvアミロイドーシスの診断基準画像を拡大する(日本循環器学会.2020年版 心アミロイドーシス診療ガイドライン.https://www.j-circ.or.jp/guideline/guideline-series/(2021年2月閲覧).2020.p.18-20.より引用)3 治療1)アミロイドーシスに対する一般的治療(1)心不全基本は利尿剤を中心とした治療である。左室駆出率の低下した心不全(HFrEF)で生命予後改善効果のあるβ遮断薬やACE阻害薬/アンギオテンシン受容体拮抗薬の効果は明らかでは無い。(2)不整脈心アミロイドーシスに伴う心房細動では塞栓症を来しやすく、禁忌でない限りCHADS2スコアに関係なく抗凝固療法を行うべきである。心房細動の心拍数管理に関して、ジギタリスは副作用を来しやすいため禁忌である。ベラパミルも変時作用や変陰力作用が強く出やすく、左室収縮性の低下した症例では禁忌である。完全房室ブロックなどの徐脈性不整脈を認めれば、恒久的ペースメーカーを植え込む。2)TTRアミロイドーシスに対する疾患修飾治療(図6)(1)TTR産生の抑制ATTRvアミロイドーシスに対して、異常なTTRの産生を抑える目的で、肝移植による治療が行われてきた。一方、TTRのほとんどが肝臓で産生されるため、遺伝子サイレンシングの手法を用いた遺伝子治療の良い標的と考えられる。パチシラン(商品名:オンパットロ)は、TTRメッセンジャーRNAを標的とし、遺伝子発現を抑制し、TTRの産生を阻害する低分子干渉RNA製剤である。本剤は、トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーに対し使用可能である。(2)TTR 四量体の安定化TTRを安定化させ、単量体になることを防ぐことで、TTRアミロイドーシスの進行が抑制されることが期待される。タファミジス(商品名:ビンダケル)は、TTRのサイロキシン結合部位に結合し、四量体を安定化させる。ATTR-ACT試験において、ATTRwtおよびATTRvによる心アミロイドーシス患者に対して、全死因死亡と心血管事象に関連する入院頻度を減少し、トランスサイレチン型心アミロイドーシス(野生型および変異型)に対して適応拡大が行われた。心アミロイドーシス患者に投与する際の適正投与のための患者要件(資料)、施設要件、医師要件に関するステートメントが日本循環器学会より出されている。図6 ATTRアミロイドの形成機序およびわが国で認可されている疾患修飾療法の作用機序画像を拡大する(日本循環器学会.2020年版 心アミロイドーシス診療ガイドライン.https://www.j-circ.or.jp/guideline/guideline-series/(2021年2月閲覧).2020.p.56より引用)【資料】トランスサイレチン型心アミロイドーシス症例に対するビンダケル適正投与のための患者要件(1)野生型の場合ア心不全による入院歴または利尿薬の投与を含む治療を必要とする心不全症状を有することイ心エコーによる拡張末期の心室中隔厚が12mmを超えることウ組織生検によるアミロイド沈着が認められることエ免疫組織染色によりTTR前駆蛋白質が同定されること(2)変異型の場合ア心筋症症状および心筋症と関連するTTR遺伝子変異を有することイ心不全による入院歴または利尿薬の投与を含む治療を必要とする心不全症状を有することウ心エコーによる拡張末期に心室中隔厚が12mmを超えることエ組織生検によるアミロイド沈着が認められること4 今後の展望次世代RNA干渉剤であるVutrisiran、TTR四量体安定化剤AG10、ATTRアミロイドを標的としたモノクロナール抗体などの試験が現在進行中である。5 主たる診療科循環器内科、脳神経内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報日本アミロイドーシス学会(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)難病情報センター 全身性アミロイドーシス(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)日本循環器学会 トランスサイレチン型心アミロイドーシス症例に対するビンダゲル適正投与のための施設要件、医師要件に関するステーテメント(医療従事者向けのまとまった情報)1)安東由喜雄 監修. 最新アミロイドーシスのすべてー診療ガイドライン2017とQ&A―. 医歯薬出版:2017.2)2020年版 心アミロイドーシス診療ガイドライン(2021年2月閲覧)3)佐野元昭 編. Heart View 11月号.Medical View:2020. 4)Ruberg FL, et al. J Am Coll Cardiol. 2019;73:2872-2891.5)Kittleson M, et al. Circulation. 2020;142:e7–e22.公開履歴初回2021年4月5日

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国内初の1日2回投与型トラマドール製剤「ツートラム錠50mg/100mg/150mg」【下平博士のDIノート】第67回

国内初の1日2回投与型トラマドール製剤「ツートラム錠50mg/100mg/150mg」今回は、慢性疼痛治療薬「トラマドール塩酸塩徐放錠(商品名:ツートラム錠50mg/100mg/150mg、製造販売元:日本臓器製薬)」を紹介します。本剤は、1日2回(12時間間隔)の投与に最適化された徐放性製剤であり、非オピオイド鎮痛薬で十分な効果が得られない患者の疼痛緩和やアドヒアランス向上が期待されています。<効能・効果>本剤は、非オピオイド鎮痛薬で治療困難な慢性疼痛における鎮痛の適応で、2020年9月25日に承認され、2021年1月8日より発売されています。なお、2022年5月に「疼痛を伴う各種がん」の効能・効果が追加されました。<用法・用量>通常、成人にはトラマドール塩酸塩として1日100~300mgを2回(朝、夕が望ましい)に分けて経口投与します。症状に応じて1回200mg、1日400mgを超えない範囲で適宜増減できますが、1回50mg、1日100mgずつ行うことが推奨されています。なお、初回投与は1回50mgから開始することが望ましく、ほかのトラマドール塩酸塩経口薬から切り替える場合は、切り替え前の薬剤の1日投与量、鎮痛効果および副作用を考慮して本剤の初回投与量を設定します。<安全性>国内で日本人を対象に実施された第II、III相試験(慢性疼痛6試験併合)において、本剤との因果関係を否定できない有害事象は749例中597例(79.7%)で報告されています。主なものは、悪心329例(43.9%)、便秘308例(41.1%)、傾眠160例(21.4%)、嘔吐113例(15.1%)、浮動性めまい81例(10.8%)、口渇58例(7.7%)、食欲減退43例(5.7%)でした。なお、重大な副作用として、ショック、アナフィラキシー、呼吸抑制、痙攣、依存性、意識消失(いずれも頻度不明)が注意喚起されています。<患者さんへの指導例>1.この薬は、脳内への痛みの伝達を抑え、一般的な鎮痛薬では治療困難な痛みを和らげます。2.眠気、めまい、意識消失が起こることがあるので、本剤を服用中は自動車の運転など危険を伴う機械の操作をしないでください。3.この薬はゆっくり効く部分を持っていますので、割ったり、粉砕したり、かみ砕いたりせずに、そのまま服用してください。4.悪心・嘔吐、便秘、めまい、口が乾く、食欲が低下するなどの症状が現れることがあります。症状が重く、持続する場合はすぐに受診してください。5.有効成分が出た後の錠剤が糞便中に排泄されることがありますが心配ありません。6.飲酒により薬の作用が強くなり、呼吸抑制が起こることがあります。服用中の飲酒は避けてください。<Shimo's eyes>本剤は、速やかに有効成分が放出される速放部と、徐々に有効成分が放出される徐放部の2層錠にすることで、安定した血中濃度推移が得られるように設計された国内初の1日2回投与のトラマドール製剤です。厚生労働省の「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」で検討され、製造販売会社に開発が要請されました。トラマドールを含有する既存の経口薬としては、1日4回服用の速放性製剤(商品名:トラマール)、1日1回服用の徐放性製剤(同:ワントラム)、アセトアミノフェン配合製剤(同:トラムセットなど)が販売されていています。なお、トラマドールはWHO三段階除痛ラダーで「ステップ2」に位置付けられる弱オピオイド鎮痛薬ですが、わが国では麻薬の指定は受けていません。適応症である「慢性疼痛」は、腰痛症、変形性膝関節症、関節リウマチ、脊柱管狭窄症、帯状疱疹後神経痛、有痛性糖尿病性神経障害、線維筋痛症、複合性局所疼痛症候群など幅広い原因によって引き起こされます。本剤は、慢性疼痛治療で汎用されているプレガバリンやセレコキシブなどと同じ1日2回投与ですので、併用薬や生活様式に合わせた薬剤を選択することでアドヒアランスが維持・向上できると期待されます。22年5月の改訂で、がん患者の疼痛管理にも本剤が使えるようになりました。本剤を定時服用していても疼痛が増強した場合や突出痛が発現した場合は、即放性のトラマドール製剤(商品名:トラマール錠など)をレスキュー薬として使用します。なお、レスキュー投与の1回投与量は、定時投与に用いている1日量の8~4分の1とし、総投与量は1日400mgを超えない範囲で調節します。鎮痛効果が不十分などを理由に本剤から強オピオイドへの変更を考慮する場合、オピオイドスイッチの換算比として本剤の5分の1量の経口モルヒネを初回投与量の目安として、投与量を計算することが望ましいとされています。禁忌となるのは、ほかのトラマドール製剤と同様に、12歳未満の小児、本剤に対する過敏症、アルコールや睡眠薬、鎮痛薬、オピオイド鎮痛薬または向精神薬による急性中毒、モノアミン酸化酵素(MAO)阻害薬を投与中または投与中止後14日以内、ナルメフェン塩酸塩水和物を投与中または投与中止後1週間以内、てんかん患者などです。副作用としては、高頻度で悪心・嘔吐、便秘が報告されています。必要に応じて制吐薬や下剤の併用を提案するようにしましょう。※2022年6月、添付文書改訂の内容を基に、一部内容の修正を行いました。参考1)PMDA 添付文書 ツートラム錠50mg/ツートラム錠100mg/ツートラム錠150mg

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ロコモに新しくロコモ度3を設定/日本整形外科学会

 日本整形外科学会(理事長:松本 守雄氏[慶應義塾大学医学部整形外科学教室 教授])は、ロコモティブシンドローム(ロコモ)の段階を判定するための臨床判断値に新たに「ロコモ度3」を設定したことを公表し、記者説明会を開催した。「ロコモ度3」を新しい臨床判断値として制定 「ロコモティブシンドローム」とは運動器の障害のため、移動機能が低下した状態を指す。運動器の障害は高齢者が要介護になる原因の1位であり、40代以上の日本人の4,590万人が該当するという。ロコモが重症化すると要介護状態となるが、その過程で運動器が原因の「身体的フレイル」を経ることがわかり、「身体的フレイル」に相当するロコモのレベルを知り、対策をとることが重要となっている。 整形外科学会では全年代におけるロコモ判定を目的として2013年に「ロコモ度テスト」を発表、2015年にロコモ度テストに「ロコモ度1」「ロコモ度2」からなる「臨床判断値」を制定した。その後、ロコモがどの程度進行すれば投薬や手術などの医療が必要となり、医療によってロコモがどのように改善するかの検証を行ってきた。そして、ロコモとフレイルの関係性を研究した成果をもとに、新しい臨床判断値として今回「ロコモ度3」を制定した。ロコモ度3は社会参加に支障を来している段階 松本氏は、現在の運動器障害の疫学として、ロコモ度1以上の人は4,590万人、ロコモ度2の人は1,380万人、運動器疾患が原因の要介護者は152万人が推定されると説明した。また、現在ロコモ度1と判定されれば運動の習慣付けと食事療法が、ロコモ度2と判定されれば整形外科医受診の勧奨がなされる。 今回設定された「ロコモ度3」は、移動機能の低下が進行し、社会参加に支障を来している段階。その判定として、「立ち上がりテスト」では両脚で30cmの台から立つことができない、「2ステップテスト」の値は0.9未満、「ロコモ25」の得点は24点以上とされ、年齢に関わらずこれら3項目のうち、1つでも該当する場合を「ロコモ度3」と判定する。「ロコモ度3」では、自立した生活ができなくなるリスクが非常に高く、何らかの運動器疾患の治療が必要になっている可能性があるので、整形外科専門医による診療を勧めるとしている。 今回のロコモ度3設定の背景として、腰部脊柱管狭窄症や変形性関節症に対する手術を受けた患者の多くが術前にはロコモ度3に該当し、術後には多くがこの基準により改善すること、機能的にみて運動器が原因の身体的フレイルの基準に相当すること、運動器不安定症のレベルに近いことなどが挙げられるという。 松本氏は「ロコモの医療対策の根拠や高齢者検診から医療への橋渡しが期待される」と展望を語り、ロコモ度3の説明会を終えた。

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甘草の重複から偽アルドステロン症を疑い、ただちに医師に電話【うまくいく!処方提案プラクティス】第9回

 今回は、整形外科領域で処方頻度の高い芍薬甘草湯による副作用の初期徴候と経過を把握することがキーとなった症例を紹介します。普段から症状や併用薬を確認することが副作用の早期発見に功を奏しました。処方提案後には、副作用が軽減したかモニタリングすることも重要です。患者情報80歳、女性(外来)、体重:70kg基礎疾患:腰部脊柱管狭窄症、高血圧症、脂質異常症血  圧:おおよそ130/70台を推移月1回整形外科を受診しており、薬剤は薬袋で自己管理している。処方内容(すべて継続処方薬)1.アムロジピン錠5mg 1錠 分1 朝食後2.フロセミド錠20mg 1錠 分1 朝食後3.リマプロストアルファデクス錠5μg 3錠 分3 毎食後4.メコバラミン錠500μg 3錠 分3 毎食後5.芍薬甘草湯7.5g 分3 毎食後6.ロスバスタチン錠5mg 1錠 分1 夕食後7.酸化マグネシウム錠500mg 2錠 分2 朝夕食後本症例のポイントこの患者さんは、腰部脊柱管狭窄症による下肢の痛みや冷えのため芍薬甘草湯が処方されていました。投薬対応中に普段と何か変わったことはないか確認したところ、「最近、手足がだるくて、筋肉痛やこむら返りが起きる。市販薬を購入して服用しているけれど、むしろひどくなっている気がする」と聴取しました。市販薬の内容を確認すると、こむら返りや筋肉の痙攣に良いと聞いて購入した芍薬甘草湯エキス2.4g(商品名:コムレケア)であり、処方されている芍薬甘草湯と重複(甘草として12.0g/日)していました。市販薬の名称からは同じ漢方薬であるとは思わなかったようです。処方薬の芍薬甘草湯を服用中に手足のだるさや筋肉痛、こむら返りなどの症状が生じていることから偽アルドステロン症の可能性が疑われ、さらに市販薬を追加服用したことで症状の増悪に至ったと考察しました。さらに、双方の芍薬甘草湯によって降圧コントロールで服用しているフロセミドによる低カリウム血症が生じて、筋力低下や筋肉痛が生じている可能性もあると考え、医師への連絡が必要と考えました。<偽アルドステロンの注意点>偽アルドステロン症は甘草に含まれるグリチルリチンの活性代謝物であるグリチルリチン酸が、ナトリウム貯留や血圧上昇などのミネラルコルチコイド様作用を発揮することにより生じる。主な初期徴候は、手足のだるさ、しびれ、ツッパリ感、こわばり、筋肉痛、四肢脱力など。甘草2.5g/日以上、グリチルリチン100mg以上で発生リスクが高まるが、それ未満でもリスクはあるので注意が必要。利尿薬(とくにカリウム排泄型)が投与されている場合には、低カリウム血症を生じやすく、重篤化しやすい。処方提案とその後の経過患者さんに事情を話して投薬対応を一旦待っていただき、医師へ電話連絡することにしました。継続処方されている芍薬甘草湯による偽アルドステロン症の可能性があり、市販薬の芍薬甘草湯を購入して服用したことでさらに症状を助長させている可能性について報告し、今後の対応を相談しました。また、フロセミド服用で低カリウム血症が生じている可能性も考えられるため、血清カリウムの採血も提案しました。その結果、医師より処方薬と市販薬の芍薬甘草湯を中止するよう指示があったうえで、患者さんはすぐに再診となり、血清カリウムの評価のため採血検査が行われました。その2週間後に診察フォローがありましたが、予想どおり血清カリウム値が2.6mEq/Lと低カリウム血症でした。血圧推移は安定しており、浮腫もないことからフロセミドも中止となりました。今回問題となった手足のだるさや筋肉痛、こむら返りについては、芍薬甘草湯を中止して症状は改善し、再燃なく経過しています。ポケット医薬品集2019年版重篤副作用疾患別対応マニュアル 偽アルドステロン症

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骨パジェット病〔Paget disease〕

1 疾患概要■ 概念・定義骨パジェット病は、1877年、英国のSir James Pagetが変形性骨炎(osteitis deformans)として初めて詳細に報告した。限局した骨の局所で、異常に亢進した骨吸収と、それに続く過剰な骨形成が生じる結果、骨の微細構造の変化と疼痛を伴い、骨の肥大や弯曲などの変形が徐々に進行し、同時に罹患局所の骨強度が低下する疾患である。1ヵ所(単骨性)の骨が罹患する場合と複数ヵ所(多骨性)の場合がある。■ 疫学発症年齢は大半が40歳以降で、年齢とともに頻度が上昇する。発症頻度に明らかな人種差があり、欧米などは比較的頻度が高い(0.1~5%の有病率)が、アジアやアフリカ地域では、有病率がきわめて低い。わが国の有病率は100万人に2.8人ときわめて低い。わが国の患者の平均年齢は64.7歳で、90%以上が45歳以上であり、55歳以上では有病率が人口10万人あたり0.41人と上昇する。高齢者に多いこの年齢分布様式は欧米と大差がない。家族集積性に関しては日本では6.3%と、ほとんどの骨パジェット病の患者が散発性発症であり、欧米での15~40%程度と比較して少ない。また、多数の無症状例潜在の可能性がある。■ 病因骨パジェット病の病因は不明で、ウイルス説、遺伝子異常が考えられている。1970年代に、破骨細胞核内にウイルスのnucleocapsidに似た封入体が発見され、免疫組織学的にも麻疹、RS (respiratory syncytial)ウイルスの抗原物質が証明され、遅延性ウイルス感染説が考えられたが、明確な結論に至っていない。一方、破骨細胞の誘導や機能促進に関与するいくつかの遺伝子異常が、高齢者発症の通常型、早期発症家族性、またはミオパチーと認知症を伴う症候性の骨パジェット病患者に確認されている。好発罹患部位は体幹部と大腿骨であり、これらで75~80%を占める(骨盤30~75%、脊椎30~74%、頭蓋骨25~65%、大腿骨25~35%)。単骨性と多骨性について、わが国では、ほぼ同程度の頻度である。ほかに、脛骨、肋骨、鎖骨、踵骨、顎骨、手指、上腕骨、前腕骨など、いずれの部位も罹患骨となりうる。この分布は欧米と差はない。■ 症状1)無症状X線検査や血液検査で偶然発見される場合も多い。欧米では無症候性のものが多く、有症状の患者は、多い報告でも約30%程度だが、わが国の調査では75%が有症候性であった。2)疼痛最も多い症状は疼痛であり、罹患骨由来の軽度~中等度の持続的骨痛がみられ、夜間に増強する傾向がある。下肢骨では歩行で増強する傾向がみられる。疼痛部位は腰痛、股関節痛、殿部痛、膝関節痛の順に頻度が高い。3)変形疼痛の次に多い症状は、外観上の骨格変形であり、サイズの増大(例:頭)や弯曲変形(例:大腿骨、亀背)がみられ、頭蓋骨、顎骨、鎖骨など目立つ部位の腫脹、肥大や大腿骨の弯曲をみる。顎骨変形に伴い、噛み合わせ異常や開口障害といった歯科的障害を伴うこともある。4)関節障害・骨折・神経障害関節近傍の変形では、二次性の変形性関節症を生じる。長管骨罹患の場合、凸側ではfissure fractureと呼ばれる長軸に垂直な骨折線が全径に広がり、chalkを折ったような横骨折を起こすことがある。わが国の調査では、大腿骨罹患患者の約2割強に骨折が生じている。これは、欧米の骨折率に比して著しく高い。また、変形に伴い、神経障害(例:頭蓋骨肥厚で脳神経圧迫、圧迫骨折で脊髄圧迫)がみられ、難聴、視力障害や脊柱管狭窄症などがみられることがある。5)循環器症状循環器症状は、病変骨の血流増加や動静脈シャントによる動悸、息切れ、全身倦怠感を来し、広範囲罹患例では高送血性心不全がみられる。■ 予後まれだが、罹患骨で骨肉腫や骨原発悪性線維性組織球腫など悪性腫瘍の発生がある。その頻度は欧米で0.1~5%、わが国の調査では1.8%である。したがって、経過中に罹患部位の疼痛増強を来した場合や血清学的な悪化を来した場合には、常に悪性腫瘍の可能性を考えておく必要である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)基本的に単純X線像で診断可能な疾患である(図)。X線像は骨吸収と硬化像の混在、骨皮質の粗な肥厚が一般的であるが、初期病変の骨吸収の著明な亢進があり、まだ骨形成が生じていない時期には、長管骨ではV字状骨吸収(割れたガラス片先端のような骨透過像)と、頭蓋骨ではosteoporosis circumscripta (境界明瞭なパッチ状の吸収像)が特徴的である。その後、骨梁の粗造化と呼ばれる、大きく太い海綿骨の出現や皮質骨の肥厚、骨硬化像がみられ、骨吸収像の部位と混在して存在するようになり、骨の横径や前後径が増加し骨輪郭が拡大する。頭蓋骨では斑点状の骨硬化像と骨吸収像の混在がみられ、綿帽子状(cotton wool appearance)を呈する。これらの多くの変化の中で、診断上、役立つのは骨吸収像ではなく、旺盛な骨形成による骨幅の拡大という形態上の変化であり、特徴的な所見である。骨シンチグラフィーは、病変部に病勢を反映する強い集積像を示す。画像により鑑別すべき疾患は、前立腺がん、乳がんの骨転移や骨硬化をもたらす骨系統疾患である。生化学的には血清アルカリフォスファターゼ(ALP)値とオステオカルシン上昇(骨新生)、尿中ヒドロキシプロリン(HP)値の上昇(骨吸収)が疾患の分布と活動性によりみられる(活動度は尿中HP値が血清ALP値より敏感)。また、骨形成指標の骨型ALP (BAP)と骨吸収マーカーの尿中N-telopeptide of human type collagen (NTX)、C-telopeptide of human type I collagen (CTX)、デオキシピリジノリン(DPD)値は高値を示す。病変が小さい場合は、ALP値が正常範囲のこともあり、わが国の調査で10.4%、欧米でも15%の患者がALP正常である。病理組織像では、多数の破骨細胞による骨吸収と、骨芽細胞の増生による骨形成が混在し、骨梁は層板が不規則になりcement lineを無秩序に形成し、モザイクパターンを示す。画像を拡大する3 治療 (治験中・研究中のものも含む)治療は疼痛や、破骨細胞を標的とした薬物療法、変形に対する装具療法、変形や骨折に対する手術療法が考えられる。■ 薬物療法疼痛には消炎鎮痛薬を使用する。最初の病態は破骨細胞による骨吸収亢進であり、破骨細胞の機能を抑制する、カルシトニン、ビスホスホネートなどの薬剤があるが、カルシトニンを第1選択に使用することはない。ビスホスホネートは日本では第一世代のエチドロン酸ナトリウム(商品名:ダイドロネル)の使用が認められ、最初に広く用いた治療薬だが、現在、第1選択薬に使用することはない。欧米では第二、第三世代のビスホスホネート製剤を主に治療に使用している。わが国では2008年7月に、リセドロン酸ナトリウム(同:ベネットなど) 17.5mg/日の56日連続投与が認可され、ようやく骨パジェット病患者の十分な治療ができるようになったが、現在、保険適用されている第二世代以降のビスホスホネート製剤は、リセドロン酸ナトリウムのみであり、他のビスホスホネートは適用されていない。しかし、リセドロン酸ナトリウムに対して低反応性の症例に、他のビスホスホネートで奏効した報告や、抗RANKL抗体のデノスマブ(同:ランマーク)の方がビスホスホネートより優れている報告もあり、抗RANKL抗体ではないがRANKL-RANK経路を抑制するosteoprotegerin(OPG)のrecombinant体を若年性多骨性の骨パジェット病に投与した報告もある。■ 手術療法長管骨の骨折、二次性変形性関節症、脊柱管狭窄症などに手術を行うこともある。4 今後の展望骨パジェット病のほか、骨粗鬆症やがんの骨転移にも破骨細胞が関与している。これらの疾患では、破骨細胞の活動が亢進しており、それによって、それぞれの疾患がつくり上げられている。現在、破骨細胞の活動を抑制する薬剤には、ビスホスホネートと抗RANKL抗体であるデノスマブ(商品名:ランマーク※)、抗RANKL抗体ではないが、RANKL-RANK経路を抑制するosteoprotegerin(OPG)などがあり、これら薬剤の骨パジェット病に対する有効例の報告がある。今後、治療法の選択肢を増やす意味でも治験の実施、保険の適応などに期待したい。※ 骨パジェット病には未承認5 主たる診療科整形外科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 骨パジェット病(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)橋本淳ほか. Osteoporosis Japan. 2007;15:241-245.2)高田信二郎ほか. Osteoporosis Japan. 2007;15:246-249.3)Takata S, et al. J Bone Miner Metab. 2006;24: 359-367.4)平尾眞. CLINICAL CALCIUM. 2011;21:1231-1238.公開履歴初回2013年02月28日更新2019年11月12日

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脳梗塞・心筋梗塞既往歴のない患者でのアスピリン中止提案 【うまくいく!処方提案プラクティス】第8回

 今回は、抗血小板薬の中止提案を行った症例を紹介します。抗血小板薬の目的が動脈硬化性疾患の1次予防なのか2次予防なのかによって治療や提案すべき薬剤が異なってきますので、普段から患者さんの既往歴などの情報を得て、エビデンスを提示しながら提案できるとよいでしょう。患者情報80歳、女性(個人在宅)、体重:53kg、Scr:0.8基礎疾患:アルツハイマー型認知症、心不全、僧帽弁閉鎖不全症、骨粗鬆症、腰部脊柱管狭窄症、症候性てんかん、心房細動、高血圧症、脂質異常症血  圧:130/70台服薬管理:同居の長男夫婦がカレンダーにセットされた薬で管理、投薬。長男夫婦の在宅時間に合わせて用法を朝夕・就寝前に設定。往  診:月2回処方内容1.アルファカルシドール錠0.5μg 1錠 分1 朝食後2.アゾセミド錠30mg 1錠 分1 朝食後3.ウルソデオキシコール酸錠100mg 3錠 分1 朝食後4.L-アスパラギン酸カルシウム錠200mg 2錠 分2 朝夕食後5.バルプロ酸ナトリウム徐放錠200mg 2錠 分2 朝夕食後6.プラバスタチン錠10mg 1錠 分1 夕食後7.センノシド錠12mg 2錠 分1 就寝前8.アレンドロン酸錠35mg 1錠 分1 起床時 毎週木曜日9.アスピリン腸溶錠100mg 1錠 分1 朝食後(新規追加)本症例のポイントこの患者さんは、もともと循環器系の複合的な疾患がありますが、主治医からの診療情報提供書やケアマネジャーからのフェイスシートによると、脳梗塞や心筋梗塞の既往はありませんでした。ところが今回、心房細動と診断され、アスピリン腸溶錠が開始になったため大変驚きました。脳梗塞・心筋梗塞後などの再発予防目的(2次予防)としての抗血小板薬服用は臨床的使用意義が大きいことが確認されています。しかし、発症を未然に防ぐ目的(1次予防)の抗血小板薬の服用は、臨床効果よりも有害事象が上回ることが指摘されています。【JPAD試験1)】対象:動脈硬化性疾患の既往歴のない30〜85歳の2型糖尿病患者2,539例方法:アスピリン(81mgまたは100mg)投与群と非投与群に1:1に無作為に割り付けた(追跡中央値4.37年)評価項目:動脈硬化性疾患結果:動脈硬化性疾患の発現はアスピリン投与群で13.6件/1,000人年、非投与群で17.0件/1,000人年とアスピリン群で20%低い傾向にあるものの、統計学的有意差はなかった。【JPPP試験2)】対象:高血圧、脂質異常症、糖尿病を有する60〜85歳の日本人1万4,464例方法:既存の薬物療法+アスピリン(81mgまたは100mg)併用群と既存の薬物療法のみの群に無作為に1:1に割り付けた(追跡中央値5.02年)評価項目:心血管死亡、非致死的脳卒中、非致死的心筋梗塞の複合アウトカム結果:複合的アウトカムの発現率はアスピリン投与群で2.77%、アスピリン非投与群で2.96%とほぼ同等であったが、胃部不快感、消化管出血、さらに重篤な頭蓋外出血の有害事象はアスピリン投与群で有意に多かった。処方医は私が普段から訪問同行していない医療機関の医師でしたので、治療方針や処方意図は十分に把握できていないものの、上記の低用量アスピリンの1次予防のエビデンスから今回のアスピリン腸溶錠の中止および代替案の提示が必要と考えました。処方提案と経過医師にトレーシングレポートを用いて、JPAD試験とJPPP試験のデータを紹介し、1次予防のアスピリン腸溶錠の臨床的意義は低く、むしろ消化管出血などの有害事象のリスクがあるため、他剤への変更を提案しました。代替案については、心房細動における1次予防には直接経口抗凝固薬(DOAC)が適応と考え、腎機能・体重に合わせた補正用量であるエドキサバン30mg/日を提示しました。その後、トレーシングレポートを読んだ医師より電話連絡があり、提案のとおりにアスピリンを中止してエドキサバン30mgに変更する承認を得ることができました。速やかに処方変更の対応を行い、患者さんは胃部不快感や胃痛もなく経過しています。またエドキサバン変更後の皮下出血や鼻出血などの出血兆候もなく、副作用モニタリングは現在も継続中です。今回の症例のように1次予防の抗血小板薬については、基礎疾患や現病歴から適応の判断を検討し、医師とディスカッションを行うことで変更が可能かもしれません。1)Ogawa H, et al. JAMA. 2008;300:2134-2141.2)Ikeda Y, et al. JAMA. 2014;312:2510-2520.

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名医を紹介してくれる人【Dr. 中島の 新・徒然草】(285)

二百八十五の段 名医を紹介してくれる人紹介されてきたのは、職員の親戚の叔父さん、70代。主訴は歩行障害です。パーキンソン病とか脊柱管狭窄症とか、いろいろな疑い病名が付きました。でも、どの医療機関でも最後には「ウチじゃなさそう」と言われたそうです。もともと元気だった叔父さんも「一体、俺は何処に行ったらエエねん」と、すっかり落ち込んでしまいました。そこで、職員の間で、「中島先生に相談したら、誰か名医を紹介してくれるかも?」となったそうです。ここ間違えないように。中島先生自身が名医というわけではありません。あくまでも「名医を紹介してくれる人」という位置付けです。職員の皆さん、よく見ていますね。というわけで、とりあえず叔父さんに外来を受診してもらいました。ちょうど医学生が見学に来ていたので、良い経験になればいいのですけど。叔父さんにちょっと歩いてもらうと、確かに右足に軽い障害があります。なんでも、3年ほど前から右足ではつま先立ちができなくなったのだとか。それと、坂道を下るのは恐怖だけど、上るのは調子いいそうです。一般に、脊柱管狭窄症の人は前屈姿勢だと調子が良くなります。人間、坂を上るときは必然的に前屈姿勢になるので、この叔父さんが脊柱管狭窄症だとすると、話が合うわけです。症状からは脊柱管狭窄症ですが、持参されたMRIでは大した狭窄は見当たらず。むしろ椎間板ヘルニアが見られます。うーん、これは難しい!症状からは脊柱管狭窄症、画像からは椎間板ヘルニア。そして複数の整形外科からは「ウチじゃない」と言われてしまっています。中島「よし、人力で腰を引っ張ってみましょう」患者「なんか、整形でベルトみたいなモンを巻いて牽引したことはあるけど」中島「それ、効果ありましたか!」患者「全然あれへん」中島「角度の問題かも。真っ直ぐじゃなくて、少し前屈気味に引いたらどうでしょうか」患者「ほな、いっぺんやってみて下さい」中島「とはいっても、どないしたらエエんかな?」患者「いつもやっている通りでいいですよ」中島「これやるの、初めてなんすよ」患者「なんやて?」中島「とにかくそこの診察台に仰向けになってください」患者「こうでっか?」中島「それでちょっと上体をあげてもらって、僕が引っ張りますから」両脇に手を入れて引っ張ってみると、診察台の上をズルズルと移動するだけです。医学生の手を借りることにしました。中島「君、ちょっと足首を掴んで下に向かって引っ張ってくれるか?」医学生「こうですか」中島「そや。それでお互い反対に引っ張ってみよう」今度は上下から引っ張ったので、ズルズルとはいきませんでした。でも、冷静に考えてみると、ずいぶん間抜けな姿です。大の男が大真面目に患者さんを上と下から引っ張っているわけですから。汗だくになって脇を引っ張りながら、思わず笑いそうになりました。「でも、ここで笑っては駄目だ! 何もかもぶち壊しになる」そう思って堪えました。患者さんのほうは、なされるがままです。中島「じゃあ、もう一度歩いてみましょう」患者「はい」中島「どうですか。生まれ変わりましたか?」軽くギャグをかましたつもりでしたが。患者「生まれ変わった!」中島「なーに言ってんですか。今のは冗談ですよ」患者「ホンマやがな」確かに、さっきより歩くスピードが上がっています。恐るべし、人力牽引!患者「そない言うても、30秒で元に戻ったけどな」中島「たった30秒でも、良くなったということは凄いことですよ!」患者「確かに腰が伸びて、しばらく調子良かったわ」診断は別として、腰の牽引によって、神経根の圧迫が一時的に緩和されたのかも。ということは、少し前屈気味に腰を引っ張ったらいい、ということになります。とはいえ、どうしたら効果的に引っ張れるのか?患者「ほな、家にあるバランスボールで引っ張ったらどないでっしゃろ」中島「おっ、それいいですね。自宅でできますから」患者「うつ伏せでボールに乗ったら、自然に腰も伸びるし」中島「そうそう!」患者「どのくらいやったらエエんでっか?」中島「1分くらいでいいんじゃないですか」この辺は適当です。中島「何回でも、バランスボールで腰を伸ばしたらいいんですよ」患者「ほな、やってみます」中島「じゃあ、1ヵ月後に効果を確認しましょう。手術はあくまでも最終手段ですから、バランスボールで治ったら儲けモンですよ」患者「やっぱり手術は怖いしな。バランスボールで頑張ってみますわ」後で考えたら、感覚障害も診ておくべきでしたね。もし神経根症だったら、レベルのほうも確認できたはずでしたから。まあ、それは再診の時の楽しみにとっておきましょう。それにしても、見学に来た医学生もびっくりしたことでしょう。まさか、汗だくで足を引っ張ることになるとは想像もしていなかったと思います。私の診察を見て、足首以外にも何か大切なものを掴んでくれた、と信じたいところ。よくわからなくても、とにかく患者さんのために頑張ることが大切ですね。ということで最後に1句引っ張って 生まれ変わった 腰椎が!

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家族性アミロイドポリニューロパチー〔FAP: familial amyloid polyneuropathy〕

1 疾患概要■ 概念・定義家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)は、代表的な遺伝性全身性アミロイドーシスである1,2)。組織の細胞外に沈着したアミロイドは、コンゴレッド染色で橙赤色に染まり、偏光顕微鏡下でアップルグリーンの複屈折を生じる。電子顕微鏡で観察すると、直径8~15nmの枝分かれのない線維状の構造物として観察される。現在までに、36種類以上の蛋白質がヒトの体内でアミロイド沈着を形成する蛋白質として同定されている3)。FAPを生じるアミロイド前駆蛋白質として、トランスサイレチン(TTR)、ゲルソリン、アポリポ蛋白質A-Iが知られているが、大部分のFAP患者は、TTRの遺伝子変異によるため、以下はTTRを原因とするFAP(TTR-FAP)に関して概説する。近年、国際アミロイドーシス学会は、TTR-FAPに代わる病名として「遺伝性TTR(ATTRv)アミロイドーシス」の使用を推奨しているが3)、わが国ではFAPの病名が現在も使用される場合が多いため、本稿ではFAPの病名を用いて概説する。本疾患の原因分子であるTTRは、主に肝臓から産生され血中に分泌される血清蛋白質である。その他のTTR産生部位として、脳脈絡叢、眼の網膜色素上皮、膵臓ランゲルハンス島のα細胞が知られている。血中に分泌された本蛋白質は、127個のアミノ酸から構成されるが、豊富なβシート構造を持つことにより、アミロイド線維を形成しやすいと考えられている。TTR遺伝子には150種類以上の変異型が報告されており、その大部分がFAPの病原性変異として同定されてきた。TTRの30番目のアミノ酸であるバリンがメチオニンに変異するVal30Met型が、最も高頻度に認められる1,2)。生体内では、通常TTRは四量体として機能し、四量体の中心部には1分子のサイロキシン(T4)が強く結合し、T4の運搬を担っている。また、TTRはレチノール結合蛋白質との結合を介して、ビタミンAの輸送も担っている。■ 疫学以前はFAP ATTR Val30Metの大きな家系が、ポルトガル、スウェーデン、日本(熊本県と長野県)に限局して存在すると考えられていたが、近年、世界各国からFAP ATTR Val30Met患者の存在が確認されている1,2)。また、明確な家族歴がなく高齢発症のFAP が日本各地から報告されており4)、慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)、糖尿病性ニューロパチー、手根管症候群、腰部脊柱管狭窄症などの非遺伝性末梢神経障害の鑑別疾患として本症を考えることが重要である。スウェーデンでは、FAP ATTR Val30Met遺伝子保因者の3~10%しか発症しないことが知られているが、わが国においても、TTR遺伝子に変異を持ちながら、終生FAPを発症しない症例も存在する。Val30Met以外の変異型TTRによるFAPもわが国から多く報告されている(図1)。わが国の疫学調査の結果では、国内の推定患者数は約600人であるが、的確に診断されていない症例が多く存在する可能性がある。画像を拡大する■ 病因TTRに遺伝子変異が生じると、TTR四量体が不安定化し、単量体へと解離することが、アミロイド形成過程に重要であると、in vitroの研究で示されている。しかし、アミロイドがなぜ特定の部位に沈着するのか、どのように細胞や臓器の機能を障害するのかは、明らかにされていない。アミロイド線維を形成するTTRの一部は断片化されており、アミロイド線維形成への関与が議論されている。■ 症状1)神経症状末梢神経障害は、軸索障害が主体で神経軸索が細胞体より最も遠い両下肢遠位部の症状が初発症状となる場合が多い。また、神経症状は一般に自律神経、感覚(温痛覚低下)、運動(両側末梢優位)の順で症状が出現することが多い。これは、アミロイド沈着により小径無髄線維から大径有髄線維の順に障害が進行するためと考えられている。病初期には、下肢末梢部である足首以下で、温痛覚の低下を認めるが触覚は正常である解離性感覚障害を認める場合が多い。温痛覚障害のため、足の火傷や怪我に患者本人が気付かない場合がある。筋萎縮、筋力低下など運動神経障害は、感覚障害より2~3年遅れて出現する場合が多いが、まれに運動神経障害が主体で感覚障害が軽い症例もある。進行期には、高度の末梢神経障害による四肢の感覚障害と筋力低下や呼吸筋麻痺などを呈する。アミロイド沈着による手根管症候群を呈する場合がある。とくに家族歴が明らかでない症例では、病初期にCIDP、糖尿病性ニューロパチー、腰部脊柱管狭窄症などと誤診されることが多く、注意が必要である。症例によっては、脳髄膜や脳血管のアミロイド沈着による意識障害や脳出血など中枢神経症候を呈する場合がある。2)消化器症状重度の交代性下痢便秘や嘔気などの消化管症状が出現する。末期には持続性の下痢となり、吸収障害や蛋白質の漏出も生じる。3)循環器系障害早期より自律神経障害による起立性低血圧や、アミロイド沈着による房室ブロック、洞不全症候群、心房細動などの不整脈が生じる。心筋へのアミロイド沈着により心不全を生じ、心室の拡張障害が収縮障害に先行すると考えられている。TTR変異型により心症候が主体で、末梢神経障害が目立たないタイプがある。4)眼症状変異型TTRは肝臓のみならず網膜からも産生されており、アミロイド沈着による硝子体混濁はFAP患者に多く認められる。硝子体混濁が本症の初発症状である症例もある。前眼部へのアミロイド沈着による緑内障を来し、進行すると失明の原因となる。また、涙液分泌低下によるドライアイも生じる。5)腎障害アミロイド沈着によるネフローゼ症候群や腎不全を呈するが、症例によりその程度は異なる。病初期には目立たない場合が多い。■ 分類TTR変異型により症候が異なる場合がある。アミロイドポリニューロパチー(末梢神経障害)が主体となるタイプ(Val30Metなど)、心アミロイドーシスにより不整脈や心不全が主体となるタイプ(Ser50Ile、Thr60Alaなど)、脳髄膜・眼アミロイドーシスにより一過性の意識障害や脳出血、白内障や緑内障が強く生じるタイプ(Ala25Thr、Tyr114Cysなど)がある。また、同じATTR Val30Metを持つFAP患者でも、ポルトガルでは若年発症(20~30代で発症)が多く、スウェーデンでは高齢発症(50歳以降)が多い。わが国でも、本疾患の集積地である熊本や長野のFAP患者は若年発症が多いが、他の地域では高齢発症で家族歴が確認できない症例が多く、70歳以降の発症も少なくない。■ 予後未治療の場合は、発症からの平均余命は若年発症のFAP ATTR Val30Metは約10~15年1)、高齢発症のFAP ATTR Val30Metは約7年4)である。進行期には、呼吸筋麻痺、重度の起立性低血圧、心不全、致死的な不整脈、ネフローゼ症候群、腎不全、蛋白漏出性胃腸症、重度の緑内障などを呈する。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)本症の診断基準を表に示す。病初期に各治療法の効果が高いため、早期診断、早期治療が重要である。臨床症候や各種の臨床検査により本症が疑われる場合には、生検によりアミロイド沈着を検索すること、および専門施設に依頼し、免疫組織化学染色や質量分析法でTTRがアミロイドの構成成分であることを確認する必要がある(図2)。生検部位は、侵襲度の比較的低い消化管(胃、十二指腸、直腸)、腹壁脂肪、口唇の唾液腺、皮膚などが選択されるが、病初期にはアミロイド沈着が検出されない場合もある。本症の疑いが強い場合は、繰り返し複数部位からの生検を行うことが重要である。また、前述の部位からアミロイド沈着が確認できない場合は、障害臓器である末梢神経や心筋からの生検も考慮する必要がある。TTRがアミロイド原因蛋白質として同定された場合は、野生型TTRが非遺伝性に生じる老人性全身性アミロイドーシス(SSA)(野生型TTR[ATTRwt]アミロイドーシス)との鑑別のため、遺伝子検査や血液中TTRの質量分析によりTTR変異の解析を必ず行う(図3)。画像を拡大する画像を拡大する3 治療 (治験中・研究中のものも含む)FAPに対する治療は、近年、劇的に進歩している。長く実施されてきた肝移植療法に加えて、TTR四量体の安定化剤であるタファミジス(商品名: ビンダケル)が、国内でも2013年9月に希少疾病用医薬品として承認され、現在、本疾患に対し広く使用されている。また、核酸医薬によるTTR gene silencing療法の国際的な臨床試験が終了し、良好な結果が得られている。図4にFAPに対する治療法を研究中のものを含めて示した。画像を拡大する■ 肝移植療法本疾患の病原蛋白質である変異型TTRの95%以上が肝臓で産生されていることから、1990年にスウェーデンで本疾患に対する治療法として肝移植が初めて行われ、その有効性が示されてきた5)。FAP患者の血液中の変異型TTRは、正常肝が移植された後に速やかに検出感度以下まで低下する。しかし、肝移植で本疾患が完全に治癒するわけではなく、末梢神経障害を含めて、症候の大部分は移植後も残存する。また、発症から長期間経過し、病態が進行した症例や、高齢患者、BMIが低値(低栄養状態)であると、移植後の予後が不良であるため、肝移植が実施できない場合も少なくない。そして、症例によっては、肝移植後も症候(とくに心アミロイドーシス)が進行するケースもある。眼の網膜色素上皮細胞や脳脈絡叢からは、肝移植後も継続して変異型TTRが産生され続けているため、眼や脳・脊髄では、肝移植後も変異型TTRによるアミロイドが形成され、症候も悪化する症例が報告されている。他の治療法が開発されたことにより、本症に対する肝移植の実施数は減少傾向にある。■ TTR四量体安定化剤(タファミジス)TTR四量体が不安定となり単量体へと解離することが、TTRのアミロイド形成過程に重要な過程と考えられている。TTR四量体の安定化作用を持つ薬剤が、本症の新たな治療薬として研究開発されてきた。非ステロイド系抗炎症薬の1つであるジフルニサルなどにTTR四量体の安定化作用が確認され、本症の末梢神経障害に対する進行抑制効果が確認された6)。ジフルニサルには、非ステロイド系抗炎症薬が元来持つCOX阻害作用があり、腎障害などの副作用が出現する可能性が想定されたため、COX阻害作用を持たずにTTR四量体のより強い安定化作用を示す新規化合物としてタファミジスが新たに開発された。本薬剤の国際的な臨床治験が実施され、生体内でもTTR四量体を安定する作用が確認されるとともに、末梢神経障害の進行を抑制する効果が確認されている7)。また、心症候に対する効果も報告された8)。わが国では2013年9月に本症による末梢神経障害の進行抑制目的で承認されている。■ 核酸医薬(TTR gene silencing療法)9, 10)Small interfering RNA(siRNA)9) やアンチセンスオリゴ(ASO)10) を用いて、肝臓におけるTTRの発現抑制を目的としたgene silencing療法の開発が行われ、強いTTR発現抑制効果と良好な治療効果が確認されている9, 10)。これらのgene silencing療法では、変異型TTRに加えて、野生型TTRの発現抑制も標的としている。これらの治療法は、今後、本疾患に対する標準的な治療法となることが期待されている。■ その他の研究段階の治療法前述のごとく、肝移植療法の実施やTTR四量体安定化剤の臨床応用、gene silencing療法によるTTR発現抑制法の開発など、本疾患に対する治療法は近年急激に発展しているが、いずれもアミロイド原因蛋白質であるTTRの発現抑制および安定化を標的としており、沈着したアミロイドを除去する治療法は確立していない。さらなる治療法の改善を目指して、図4に示した方法をはじめとした多くの治療法の開発が精力的に行われている。■ 対症療法本症では、心伝導障害の進行は必発であるため、I度房室ブロックの段階でペースメーカーの植え込みを考慮する場合がある。致死的な不整脈が発生する場合には、植込み型除細動器を積極的に検討する必要がある。起立性低血圧に対して、弾性ストッキングや腹帯の使用を考慮する。手根管症候群に対しては、手術療法を考慮する。眼アミロイドーシスによる白内障や緑内障に対しても手術療法が必要となる。そのほかにも、自律神経症状や消化管症状、心不全などに対して内服薬による対症療法を試みるが、十分な効果が得られない場合が少なくない。4 今後の展望肝移植療法がFAPに対して実施され始めて28年以上が経過し、その有効性とともに治療法としての限界や関連する問題点が明らかになってきた。TTR四量体の安定化剤が臨床応用され、広く使用されるにつれて、本症に対する肝移植実施数は減少傾向にある。また、肝臓でのTTR発現抑制を目的とした核酸医薬によるgene silencing療法の臨床治験で良好な結果が得られ、わが国でも承認が待ち望まれる。これらの治療法の長期的な効果に関しては、まだ不明な点が多く残されているため、長期予後に関する調査が必要である。さらに、すでに組織に沈着したアミロイド線維を除去できる根治療法の研究開発が必要である。5 主たる診療科脳神経内科、循環器内科、眼科、移植外科、消化器内科、腎臓内科、整形外科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報家族性アミロイドポリニューロパチーの診療ガイドライン(日本神経学会)(医療従事者向け診療情報)難病情報センター:全身性アミロイドーシス(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)熊本大学 大学院生命科学研究部 脳神経内科学分野(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)熊本大学 医学部附属病院 アミロイドーシス診療センター(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)信州大学 医学部第3内科 アミロイドーシス診断支援サービス(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)GeneReviews(Pub Med)(医療従事者向けの診療、研究のまとまった情報)GeneReviews(日本語版)(医療従事者向けの診療、研究のまとまった情報)FAP WTR(FAPに対する肝移植に関する国際的レジストリ)(医療従事者向けの診療、研究のまとまった情報)THAOS(TTRアミロイドーシスの自然経過に関する国際的調査)(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)The Registry of Mutations of Amyloid Proteins(TTR変異の国際的レジストリ)(医療従事者向けの研究情報)OMIM(医療従事者向けの診療・研究のレビュー情報)日本アミロイドーシス学会(医療従事者向けの研究情報)国際アミロイドーシス学会(ISA)(医療従事者向けの研究情報)厚生労働省 難治性疾患政策研究事業「アミロイドーシスに関する調査研究」班(医療従事者向けの研究情報)患者会情報道しるべの会 second step あゆみ ブログ(患者のブログ)1)Ando Y, et al. Arch Neurol. 2005;62:1057-1062.2)Ueda M, et al. Transl Neurodegener. 2014;3:19.3)Benson MD, et al. Amyloid. 2019 [Epub ahead of print]4)Koike H, et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2012;83:152-158.5)Yamashita T, et al. Neurology. 2012;78:637-643.6)Berk JL, et al. JAMA. 2013;310:2658-2667.7)Coelho T, et al. Neurology. 2012;79:785-982.8)Maurer MS, et al. N Engl J Med, 2018;379:1007-1016.9)Adams D, et al. N Engl J Med. 2018;379:11-21.10)Benson MD, et al. N Engl J Med. 2018;379:22-31.公開履歴初回2013年08月08日更新2019年04月23日

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第2回 急性痛と慢性痛【エキスパートが教える痛み診療のコツ】

第2回 急性痛と慢性痛痛みは不快な感覚ではありますが、人が生きていくうえでは、なくてはならない感覚です。とくに生命に危険を及ぼすような障害が生じているときには、素早く対処する必要があります。実際、先天性無痛覚症の患者さんは「短命だ」といわれています。そのために、痛覚は「防御反応における精神心理面での補助的役割」と、すでに1900年に有名な生理学者Charles Sherrington氏は述べておられます(図1)。前回は痛みの発生する原因機序別に従って分類した、侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、心因性疼痛(非器質性疼痛)について述べさせていただきました。今回は、痛みの発生する時期による分類として、急性疼痛、慢性疼痛について説明したいと思います。急性疼痛は必要とされる痛みでありますが、慢性疼痛はできれば避けたい痛みです。図1 痛覚の役割画像を拡大する急性疼痛代表的な痛みは術後疼痛です。手術は侵害刺激でありますし、その後の回復期においては炎症反応が生じます。侵害受容性疼痛と炎症性発痛物質による痛みが混在するのが術後痛です。たいていは術後24時間後から痛みの程度が徐々に減少していきますが、なかには何らかの原因でその痛みが遷延することも珍しくありません。術後遷延性の疼痛として、慢性疼痛に移行して何十年も持続する患者さんも存在します。以前は「手術の後は痛いのが当たり前である」「痛いのは生きている証拠である」といわれていた時代もありました。医療従事者もそうであったし、患者さん自身もそのように感じていただけでなく、むしろ我慢のしどころであるとも思っていました。しかしながら、術後の患者さんの痛みを緩和することは、手術後の患者さんの早期回復を促し、在院期間を短縮するだけでなく、その結果として医療費の削減にも通じます。したがって、術後痛対策としての硬膜外麻酔併用全身麻酔は、術後疼痛を緩和するための有用な手段であります。慢性疼痛近年、わが国においては、かつて世界中でどこの国も経験したことのない高齢社会となってきております。それを反映して高齢者が遭遇しやすい疾患である帯状疱疹後神経痛、脊柱管狭窄症や腰痛症、それに付随する手術後に発生する脊椎術後疼痛症候群などのいわゆる「難治性慢性疼痛患者さん」が著しく増加しています。これらの疾患では病状は類似しているものの、痛みの性質やその程度は患者さんによって実にさまざまであり、疼痛治療にも大いに難渋しております。1)帯状疱疹後神経痛帯状疱疹後神経痛は、帯状疱疹が治癒した後に生じる疼痛疾患であるため、周囲の人々から帯状疱疹後の疼痛に対する理解が得られにくいのが現状です。帯状疱疹後神経痛の発症率は、年齢とともに高くなっていきます。筆で患部をなでられただけで耐えられない痛みを訴える「アロディ二ア」と呼ばれる状態がみられると、患部が衣服でこすれても、風に吹かれても、健康人では触覚として認識する感覚を激痛として感じてしまい、患者さんにとっては耐えられない状態となります。そのうえ、持続性の痛みだけでなく、時々、突然発生する耐え難い激痛である突出痛も不定期にみられるために恐怖感も生じ、当然のことながら患者さんは、精神的にも落ち込むことになります。したがいまして、初期の有効な疼痛緩和治療により、痛みをできる限り感じないようにすることが重要です。2)脊椎術後疼痛症候群脊椎術後疼痛症候群の患者さんでは、腰痛などで脊椎手術が施行され、その後に手術前よりも痛みが強くなるような症候群を指しています。これも、帯状疱疹後神経痛と同様の難治性であり、患者さんを激痛で苦しめています。痛みは患者さん本人にしかわからないので、できるだけ早期に疼痛を軽減するために治療を開始することが大切です。早い痛みへの対策が、その後の痛みを和らげることは言うまでもありません。痛みの悪循環原疾患の治癒にもかかわらず3ヵ月以上経過しても痛みが持続するようになれば、急性疼痛から慢性疼痛への移行として考えられ、その説明にはよく「痛みの悪循環」が応用されております(図2)。これは、最初に外因性の手術などの疼痛刺激が痛み受容器(神経自由終末)を刺激し、その結果、痛みインパルスが発生します。それは脊髄後角から脊髄視床路を経由して上位中枢に入力し、大脳皮質においてそのインパルスを痛みの信号として認識すると同時に、交感神経系も刺激されますのでアドレナリンが分泌されます。また、脊髄反射によって運動神経が刺激されて、筋肉の攣縮などが生じます。と同時に、血管収縮が発生して、痛みを感じる領域の酸素欠乏を招き、炎症性変化によって生体内に存在するブラジキニンなど(表)のさまざまな発痛物質が生成されます。そうなりますと、元来の痛み刺激が消失しても、今度は生体内発痛物質が痛み受容器(神経自由終末)を刺激することになりますので、この悪循環は半永久的に持続する慢性疼痛に移行することになります。この悪循環を経路の中のどこかで断ち切ることが、痛みの治療の大きな柱の1つとなります。痛みの悪循環を遮断するために(図2)、末梢神経、硬膜外腔、脊髄、脊髄視床路、脳組織がターゲットとなり、神経ブロック、薬物療法、光線療法、電気刺激療法、運動療法、リハビリ療法など、さまざまな治療法を駆使します。表 体内にある主な発痛物質および発痛調節物質図2 痛みの循環と痛みの遮断*画面をクリックして動画を視聴ください痛みは身体の危険信号でありますが、通常、健康な場合には存在を感じない知覚です。しかしながら、いったん暴れだすと収拾がつかなくなり、患者の気を狂わすこともある恐ろしい感覚です。「痛み」の克服は、社会の平和と人間の暮らし(QOL)の向上に多大なる貢献をするものと確信しております。次回は、「痛みの伝導系と抑制系」を予定しております。1)花岡一雄ほか. BRAIN and NERVE. 2008;60:519-525.2)河谷正仁 編集. 痛み研究のアプローチ. 新興交易医書出版部;2006.p.15-18.

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その痛み、がんだから? がん患者の痛みの正体をつきとめる

 がん治療の進歩により“助かる”だけではなく、生活や就労に結びつく“動ける”ことの大切さが認識されるようになってきた。そして、がん患者の多くは中・高齢者であるが、同年代では、変形性関節症、腰部脊柱管狭窄症、そして骨粗鬆症のような運動器疾患に悩まされることもある。2018年9月6日、 日本整形外科学会主催によるプレスセミナー(がんとロコモティブシンドローム~がん時代に求められる運動器ケアとは~)が開催され、金沢大学整形外科教授 土屋 弘行氏が、がん治療における整形外科医の果たすべき役割について語った。骨転移の現状と治療方法 骨転移は多くのがんで発生する。なかでも臨床的に問題となる骨転移の年間発生数は、肺>乳腺>前立腺>腎>大腸>肝臓>甲状腺>胃の順で多く、患者数は10~15万人とも言われている1)。また、骨転移は身体の中心部の骨(背骨、骨盤、大腿骨近位・遠位)で起こりやすい。このような患者はがん治療の主治医から、「骨転移部分が全身に広がっているため、ベッド上で動かないように」「麻痺します」「動くと折れます」などといった内容の指導を受ける場合が多く、土屋氏は「整形外科医へのコンサルがないままの症例が多い」と整形外科医の介入状況を指摘。さらに、同氏は「現在、Performance Status(PS)が3、4に該当する患者には積極的ながん治療を行わない。つまり、がんの治療は動けるレベルの患者だけに留まっている。“がん”という言葉は通常の医療行為に大きな先入観を与え、正しい診断や適切な治療の妨げになる場合がある」と、危惧した。 骨転移による骨の変化には溶骨型、硬化型、混合型の3種類があり、多くの患者はこれらが原因で骨折や脊髄圧迫をきたし、疼痛や麻痺によって動けなくなってしまう。骨転移の主な治療法には、鎮痛薬(オピオイド製剤)、放射線治療などがあり、近年、その価値が再認識されているのが手術治療である。 手術治療はQOLの改善を目的とし、疼痛の減少・消失などのほか、生命予後の改善にも繋がるため、積極的緩和医療に位置づけられるようになった。手術が有効ながんに代表される腎がんは、骨の転移をきちんと治すことで生命予後が改善することが証明されており、同氏は「骨転移の病巣部を人工関節に置換することが積極的に行われている」と述べた。骨転移にキャンサーボードの活用を がん診療連携拠点病院の要件を達成する上で、キャンサーボードの実施は必須となる。全国の整形外科研修施設(1,423施設)を対象とした「整形外科研修施設におけるがん診療実態調査」によると、がん診療連携拠点病院の約60%の施設において整形外科医の参加がみられ、全体では約50%の施設で参加していた。骨転移に対する手術については、がん診療連携拠点病院の90%が自施設で対応可能という回答結果が得られた。このほかに、整形外科医に骨転移診療に関わってほしいという他診療科や施設からの要望は、がん診療連携拠点病院では全体で60%もみられた。この結果を踏まえ、同氏は「骨転移に特化したキャンサーボードを行う病院も増えてきている」と述べた。しかし、「残念なことに、現時点で整形外科医がキャンサーボードに呼ばれるのは、疼痛コントロールが悪化した時がほとんど」と付け加えた。整形外科が骨転移患者へ果たすべき役割 土屋氏は、このようながん患者の現状を踏まえ、以下の役割を整形外科医に提言した。 ・運動器の専門家として装具治療や手術を行い、痛みの軽減や機能回復を行う ・骨質の維持や改善、抗がん剤による末梢神経障害の改善や緩和に寄与 ・がん患者の日常生活の維持・改善、がん治療の治療継続に役割を果たす ・がん患者の痛みを見分け、骨折や麻痺を予防・治療し、移動能力を改善する役割  を担う ・運動器の専門家として“がん”に関わる運動器の問題解決に役割を果たすがんとロコモティブシンドローム 整形外科医の診療は、時代と共に外傷治療から変形性関節症などの高齢化に対する診療、そしてがん治療に関わるQOLの向上へと変遷している。がんとロコモティブシンドロームを『がんロコモ』と名付け、がんによる運動器の問題、がんの治療による運動器の問題、がんと併存する運動器疾患の進行に対して学会が立ち上がった今、同氏は「がん患者全員に理解してもらうためには、がん治療を行う時点での啓発を求める。医師同士の連携だけではなく、薬剤師らによる呼びかけも必要である」と、整形外科医の今後のあり方とがんロコモに取り組む重要性を呼びかけた。 なお、整形外科学会は平成30年より10月8日を『運動器の健康・骨と関節の日』と名称を改めている。■参考1)厚生労働省がん研究助成金「がんの骨転移に対する予後予測方法の確立と集学的治療法の開発班」編.骨転移治療ハンドブック.金原出版;2004.p.3‐4ロコモチャレンジ!推進協議会骨転移診療ガイドライン■関連記事ロコモってなんですか?(患者向けスライド)第29回「ロコモティブシンドローム」回答者:NTT東日本関東病院 整形外科 大江 隆史氏

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黄色靭帯骨化症〔OLF:ossification of ligamentum flavum〕

1 疾患概要■ 概念・定義脊柱は、脊椎骨が椎間板と椎間関節を介して上下に積み重なって構成されている。前縦靭帯と後縦靭帯が、頸椎から腰椎まで連続して脊椎骨と椎間板を連結し、前後左右にずれることを防いでいる。黄色靭帯は脊柱管内の椎弓の前面にあって、1椎間ごとに上下の脊椎骨を連結する。このうち、黄色靭帯および後縦靭帯が骨化すると、脊髄を圧迫して麻痺の原因となる。無症候性の骨化も多く、画像上骨化を認めるだけでは疾患として認めないという考え方もある。■ 疫学黄色靱帯骨化症(ossification of ligamentum flavum:OLF)は、全脊柱に発生するが、頸椎では組織学的には靱帯骨化症と異なり、靭帯内に石灰が沈着する石灰化症であることが多い。骨化の存在証明には単純X線所見による診断は不正確で、CT検査が必要である。MRI検査では脊髄の圧迫の有無を確認できるが、骨化か石灰化かの区別はしにくい。15歳より高年齢の患者で、撮影済みの胸部CT所見3,013例(男性1,752例、女性1,261例)を調査した結果では、胸椎の黄色靭帯骨化症は1,094例2,051椎間に認められた1)。平均年齢は66歳で、男性の38%、女性の34%に当たり、30歳以後はすべての年代で30~40%の頻度でみられた。また、高位別には第4胸椎/第5胸椎間と第10胸椎/第11胸椎間の二峰性のピークをなす。ただし、これは黄色靭帯骨化が胸椎にみられる頻度を示した研究であり、症状の有無は不明である。厚生労働省の特定疾患の登録者は、平成28年には5,290人であり、頸椎後縦靭帯骨化症の38,039人よりもかなり少ない。■ 病因脊柱靱帯骨化症の一部分症であり、厳密な原因は不明である。遺伝的な背景を持つ全身的な靭帯骨化傾向に、局所的かつ動的な機械的ストレスが加わって生じると考えられている。発症年齢は比較的高齢者に多いが、胸腰椎移行部に投球動作によってストレスが加わりやすい野球のピッチャーでは比較的若年の発症が認められる。病理学的には正常で80%の弾性線維と20%の膠原線維から構成される黄色靭帯において、膠原線維比率が増加し、軟骨組織の出現を認める。軟骨組織は周囲基質の石灰化を伴い、次第に骨化を形成するという内軟骨性骨化を来す。ただ、一部には膜性骨化を認めることもある2)。一方、黄色靭帯石灰化症は、変性した弾性線維内にピロリン酸カルシウムやハイドロキシアパタイトの結晶が腫瘤状に沈着して、脊髄・馬尾障害を生じる病態である3)。■ 症状頸椎黄色靭帯石灰化症や胸椎黄色靭帯骨化症では脊髄障害が出現する。初発症状として上下肢のしびれ、感覚障害のほか、脱力感、痛み、局所痛などが出現する。進行すると下肢のしびれや痙性、筋力低下などによる歩行障害が生じ、日常生活に障害を来す。麻痺が高度になれば横断性脊髄麻痺となり、膀胱直腸障害も出現する。腰椎でも黄色靭帯骨化症が発生すれば、腰部脊柱管狭窄症による間欠跛行と同じように、歩行による下肢痛やしびれの増強がみられる。神経学的には頸椎や胸椎の脊髄障害では下肢腱反射の亢進と感覚障害が生じるが、筋力は比較的保たれることが多い。胸腰椎移行部の脊髄円錐付近で脊髄が圧迫されると、腱反射低下や膀胱直腸障害、筋萎縮を来すことがある。■ 分類骨化は、横断面では多くの場合にはもとの黄色靭帯の表面に沿って発生し、脊柱管を狭める(図1)。まれに正中部にも発生する。矢状面(側面)では黄色靭帯骨化は脊柱管内に大きく突出し、脊髄圧迫を来す(図2)。現時点ではコンセンサスを得ている形態分類はない。画像を拡大する画像を拡大する■ 予後いったん脊髄症状が出現すると自然回復の可能性は低く、進行性に悪化する。転倒などの軽微な外傷で、急に麻痺の発生や増悪を来すことがあり、早急に手術を行う必要がある。しかし、神経症状なしに、たまたま見つかった骨化は経過を観察してもよい。予防手術は一般的に行われることはなく、手術は下肢神経症状が出たときに考慮する。ただし、症状がなくても脊柱靱帯骨化症の一部分の病気と考えられるので頸椎、胸椎、腰椎の画像検査が勧められる。骨化症が存在することが判明すれば、定期的な画像検査を行ったほうがよい。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)指定難病としての診断基準は次のとおりである。診断基準黄色靱帯骨化症1.主要項目1) 自覚症状ならびに身体所見(1)四肢・躯幹のしびれ、痛み、感覚障害(2)四肢・躯幹の運動障害(3)膀胱直腸障害(4)脊柱の可動域制限(5)四肢の腱反射異常(6)四肢の病的反射2) 血液・生化学検査所見一般に異常を認めない。3) 画像所見(1)単純X線側面像で、椎間孔後縁に嘴状・塊状に突出する黄色靱帯の骨化像がみられる。(2)CT脊柱管内に黄色靭帯の骨化がみられる。(3)MRI靱帯骨化巣による脊髄圧迫がみられる。2.鑑別診断強直性脊椎炎、変形性脊椎症、強直性脊椎骨増殖症、脊柱管狭窄症、椎間板ヘルニア、脊柱奇形、脊椎・脊髄腫瘍、運動ニューロン疾患、痙性脊髄麻痺(家族性痙性対麻痺)、多発ニューロパチー、脊髄炎、末梢神経障害、筋疾患、脊髄小脳変性症、脳血管障害、その他。3.診断画像所見に加え、1.に示した自覚症状ならびに身体所見が認められ、それが靱帯骨化と因果関係があるとされる場合、本症と診断する。4.特定疾患治療研究事業の対象範囲下記の(1)、(2)の項目を満たすものを認定対象とする。(1)画像所見で黄色靭帯骨化が証明され、しかもそれが神経障害の原因となって、日常生活上支障となる著しい運動機能障害を伴うもの。(2)運動機能障害は、日本整形外科学会頸部脊椎症性脊髄症治療成績判定基準(表)の上肢運動機能 Iと下肢運動機能 IIで評価・認定する。頸髄症:I 上肢運動機能、II 下肢運動機能のいずれかが2点以下(ただし、I、IIの合計点が7点でも手術治療を行う場合は認める)胸髄症あるいは腰髄症:II 下肢運動の評価項目が2点以下(ただし、3点でも手術治療を行う場合は認める)表 日本整形外科学会頸部脊椎症性脊椎症治療成績判定基準(抜粋)I 上肢運動機能0.箸又はスプーンのいずれを用いても自力では食事をすることができない。1.スプーンを用いて自力で食事ができるが、箸ではできない。2.不自由ではあるが、箸を用いて食事ができる。3.箸を用いて日常食事をしているが、ぎこちない。4.正常注1きき手でない側については、ひもむすび、ボタンかけなどを参考とする。注2スプーンは市販品を指し、固定用バンド、特殊なグリップなどを使用しない場合をいう。II 下肢運動機能0.歩行できない1.平地でも杖又は支持を必要とする。2.地では杖又は支持を必要としないが、階段ではこれらを要する。3.平地・階段ともに杖又は支持を必要としないが、ぎこちない。4.正常注1平地とは、室内又はよく舗装された平坦な道路を指す。注2支持とは、人による介助、手すり、つかまり歩行の支えなどをいう。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)症状が局所痛など軽い場合は、薬物療法などで経過をみるが、脊髄症状が明らかな症例には手術を勧める。椎弓を切除して骨化を摘出することで、神経組織の圧迫を解除する。骨化を摘出することで椎間関節が失われる場合には、後方固定術を追加する。4 今後の展望後縦靭帯骨化症に関しては、疾患関連遺伝子に関する研究が進んでいるが、黄色靭帯骨化症に限定した遺伝的研究はない。今後は、関連遺伝子の機能解析を進めることにより、骨化形成を阻害する薬剤の開発が望まれる。5 主たる診療科脊椎脊髄病に精通した整形外科または脳神経外科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 黄色靭帯骨化症(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)日本整形外科学会 後縦靱帯骨化症・黄色靭帯骨化症(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)Mori K, et al. Spine. 2014;39:394-399.2)吉田宗人. 脊椎脊髄. 1998;11:491-497.3)山室健一ほか. 脊椎脊髄. 2007;20:125-130.公開履歴初回2018年07月10日

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国民病「腰痛」とロコモの関係

 2017年9月7日、日本整形外科学会は都内において、10月8日の「骨と関節の日」を前に記者説明会「ロコモティブシンドロームと運動器疼痛」を開催した。今月(10月)には、全国各地で講演会などのさまざまな関連行事が予定されている。予防にも力を入れる整形外科 はじめに理事長のあいさつとして、山崎 正志氏(筑波大学医学医療系整形外科 教授)が、学会の概要と整形外科領域の説明を行った。 わが国において整形外科医師が関わる疾患は幅広く、関節、脊髄、骨粗鬆症、外傷など運動器疾患全般を診療の範囲としている。近年では、運動器の障害から要介護となるリスクが高まることからロコモティブシンドローム(運動器症候群、略称:ロコモ)の概念を提唱し、2010年に「ロコモチャレンジ! 推進協議会」を設立、運動器障害の予防、健康寿命の延長を期している。また、この「ロコモ」の認知度の向上にも注力し、学会では2022年までに認知度80%(2017年現在46.8%)を目標として掲げている。 山崎氏は「今回の講演では、国民の有訴率で男女ともに上位にある『腰痛』を取り上げた。運動器疾患に伴う疼痛であり、愁訴も多いので理解を深めていただきたい」とあいさつを終えた。腰痛にもトリアージが肝心 続いて、山下 敏彦氏(札幌医科大学医学部整形外科学講座 教授)が「国民病・腰痛の“原因不明”の実際とは?  痛みに関する誤解と診断・治療の最新動向」をテーマに講演を行った。 まず、ロコモの要因となる疾患と痛みの関係について触れ、主な原因疾患として変形性膝関節症(患者数2,530万人)、腰部脊柱管狭窄症(同600万人)、骨粗鬆症(同1,070万人)を挙げ、これらは関節痛、下肢痛、腰背部痛を引き起こすと説明。筋骨格系の慢性痛有病率は15.4%で、およそ1,500万人が慢性痛を有し、とくに腰、頸、肩の順に多いという1)。 こうした慢性痛による運動困難は筋力低下をもたらし、これがさらに運動困難を誘引、脊椎・関節の変性を惹起して、さらなる痛みを生む。また、痛みがうつ状態を招き、引きこもりにより脳内鎮痛を低下させて痛みの除去を困難にするといった、悪循環に陥ると指摘する。 次に痛みの中でも「腰痛」に焦点を当て、その原因を探った。従来、腰痛の原因は、その85%が不明とされていたが、近年の研究では78%の原因が特定可能で、22%は非特異的腰痛だとする2)。特定できる腰痛の原因は椎間関節性、筋・筋膜性、椎間板性の順に多く、心因性腰痛はわずか0.3%にすぎないという。そして、腰痛診断ではトリアージが大切であり、重篤な順に、がんや化膿性脊椎炎などの重篤な疾患による腰痛(危険な腰痛)、腰椎椎間板ヘルニアや椎体骨折などの神経症状を伴う腰痛(神経にさわる腰痛)、深刻な原因のない腰痛(非特異的腰痛も含む)となる。とくに危険な腰痛の兆候として「安静にしても痛みがある」、「体重減少が顕著である」、「発熱がある」の3点を示し、これに神経症状(足のしびれ・痛み、麻痺)が加われば、早急に専門病院などでの受診が必要とされる。多彩な治療で痛みに対処 運動器慢性痛の治療は、現状では完全な除痛が難しい。痛みの緩和とQOL・ADLの改善をゴールとして、薬物療法、理学療法、手術療法、生活指導、心理療法(認知行動療法)が行われている。 薬物療法では、非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)、アセトアミノフェン、ステロイド、プレガバリン、抗うつ薬、オピオイドが使用されるが、個々の痛みの性質に応じた薬剤の選択が必要とされる。 理学療法では、温熱療法、電気療法のほかストレッチや筋力増強訓練などの運動療法があり、運動は廃用性障害による身体機能不全の改善となるだけでなく、脳内鎮痛が働くことで痛みの緩和も期待されている。 手術療法は、機能改善や痛みの軽減を目的として変形性膝関節症の人工関節置換術などが行われているが、近年では術後の痛みの少なさ、早期離床が可能、入院期間の短縮、早い職場復帰などのメリットから最小侵襲手術(MIS)が行われている。 心理療法(認知行動療法)では、運動、作業、日記療法などが行われ、「腰痛でできないことよりも、できることを探す」ことで痛みを和らげ、患者さんが願う生活が過ごせることを目指している。 腰痛の予防では、各年代に合ったバランスのとれた食事、体操、水泳、散歩などの適度な運動、正座や中腰を避けるなどの生活様式の工夫などが必要とされる。 最後に山下氏は「慢性痛では、民間療法で済ませている人が多い。しかし、先述の危険な兆候があれば早期に医療機関、整形外科への受診をお勧めする。また、痛みで仕事、家事、学業、趣味・スポーツができない、毎日が憂鬱であれば整形外科を受診し、痛みの治療をしてもらいたい」と語りレクチャーを終えた。

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脊髄空洞症〔syringomyelia〕

1 疾患概要■ 定義脊髄空洞症とは、さまざまな原因により脊髄に空洞性病変を形成する慢性進行性の疾患である。原因の約半数は、キアリ奇形が原因と言われており、脊髄損傷、脊髄腫瘍に伴うものがそれぞれ約10%、脊髄くも膜炎に伴うものが約6%と言われている。■ 疫学成人10万人あたり8.4人/年という報告があるが、近年、MRIの普及により小児例での早期発見が増えているため、実際はもう少し多いことが想定される。■ 病因脊髄空洞症は、高率に後頭蓋窩の形態異常の合併を認めることがわかっており、後頭蓋窩の狭小化により小脳扁桃下垂が起こりやすくなる。現在のところ小脳扁桃下垂による脊髄空洞症のメカニズムは、完全には解明されていない。小脳扁桃下垂により大孔部で髄液循環障害が起こることは明らかであるが、なぜ髄液循環障害により脊髄空洞症が生じるかはわかっていない。過去にはさまざまな病因説が提唱されているが、現在は脳脊髄液と脊髄細胞外液の動的平衡状態の破綻が、空洞形成の要因となるという説が有力となっている。■ 症状受診の契機については、腕から手にかけてのしびれ、痛みなどを主訴に来院することが多く、息こらえ、咳など腹圧の上昇による頭痛を訴えることもある。脊椎外科、脳神経外科、整形外科のみならず神経内科、一般内科など内科を受診する患者さんも少なくない。小児期の脊椎側弯症の精査で偶然発見される場合もある。症状としては、進行性の四肢知覚鈍麻、筋力低下が多く、とくに温痛覚は初期段階から障害されることが多い。進行すると巧緻運動障害、筋萎縮、上下肢のしびれ、痛み、歩行障害、膀胱直腸障害が出現することがある。また、キアリ奇形合併例では、めまい、嚥下障害、嗄声など小脳や脳幹部圧迫症状の併発を認めることもある。高齢発症例では、術後空洞の縮小を認めるにも関わらず疼痛が残存することがある。■ 分類病因に基づいた分類が用いられることが多い。それぞれの原因により手術方法を決定する。1)交通性:画像上第四脳室と空洞の交通を認める2)非交通性(髄液の流出障害によるもの)(1)後頭蓋窩、頭蓋頸椎移行部での流通障害a.キアリ1型奇形b.脳底部くも膜炎c.腫瘍、くも膜嚢胞、ダンディーウォーカー症候群などd.頭蓋底陥入症(2)脊髄くも膜下腔での流通障害a.腫瘍、くも膜嚢胞b.癒着性くも膜炎3)脊髄自体への損傷(1)外傷、出血、感染(2)椎間板変性疾患、脊柱管狭窄症4)神経管閉鎖障害(二分脊椎)5)原因不明■ 予後基礎疾患による影響もあるが、治療による症状の改善はMRIなどの画像上の空洞の縮小よりも早期にみられることが多い。とくに怒責時の疼痛の緩和は、術後早期より緩和される。また、運動障害は、感覚障害よりも回復しやすいと言われている。ただし、診断されるまでの時間が長くかかった場合、空洞の縮小を認めた場合でも症状が改善しない場合もある。そのためにも早期診断が望まれる。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)一番大事な事は病歴、身体所見をしっかりととる事である。症状の進行を詳細に聴取し、とくに感覚障害については温痛覚、振動覚、位置覚など詳しく神経所見をとる必要がある。これにより現在どの段階まで神経障害を受けているのかを推測することができる。また、既往歴、外傷歴より空洞の発生原因がないかを追求することも大事である。画像的診断のゴールドスタンダードはMRIであり、空洞性病変の確認を行う(図1)。腫瘍性病変を伴う場合は造影MRIも実施する。キアリ奇形の合併精査のため頭蓋内および頸髄移行部のMRIも実施する必要がある。図1 空洞症病変のMRI所見画像を拡大する3 治療 (治験中・研究中のものも含む)現時点では空洞縮小に有効な薬剤は報告されていない。治療について、キアリ奇形を伴うものと脊髄外傷など、その他を伴うものに分けて考える。まず、キアリ奇形に伴う脊髄空洞症の治療について、小児例では患児の成長とともに後頭蓋窩の容積増加が期待できるため、保存的加療を行うことも多い。成人例でも軽微な神経兆候、軽度の側弯症の場合、経過観察をすることもある。ただし、神経徴候や側弯症の増悪、著明な小脳扁桃下垂、限局性ではなく全脊髄に広がる空洞の場合は、手術を行う必要がある。手術の目的は、大孔部における髄液通過障害を改善し、空洞を縮小させることである。後頭蓋窩の骨削除と環椎後弓切除を行い、拡大硬膜形成術を行う方法がもっとも多く施術されている。通常の後頭下減圧術と異なり、十分に外側部まで減圧を行う必要がある(図2)。くも膜下腔に血液が流入すると、癒着性くも膜炎や空洞再発の原因となるため、手術の際にはくも膜を損傷しないように十分に留意する必要がある。図2 拡大硬膜形成術の例画像を拡大する次にその他要因に伴う脊髄空洞症の治療について、腫瘍性病変など原疾患の治療を行うことにより空洞の縮小を認める場合がある。脊髄外傷後に空洞の出現を認めかつ症候性である場合は、空洞短絡術を行う。空洞とくも膜下腔にシャントを作る場合と空洞と腹腔内にシャントを作る場合がある。4 今後の展望前述の通り病因に関して完全な解明はなされていない。脳脊髄液と脊髄細胞外液の動的平衡状態の破綻が空洞形成の要因と考えられている。しかし、なぜ平衡状態の破綻が生じるかはわかっていない。脊髄実質内の静脈圧上昇による髄液吸収障害が一因となっているという報告やアクアポリン受容体の関与などが報告されているが、解明には至っていない。さらなる研究報告が待たれる。原因遺伝子の解析については、家族歴が認められることから、いくつかの候補遺伝子の報告がされている。後頭骨の遺伝子形成や頭蓋頸椎移行部の発生に関与すると言われているHox遺伝子やPax遺伝子が候補とされているが、確定されていない。また、同様の病態が動物でも報告されており、小型犬のキャバリア種において後頭蓋低形成、脊髄空洞症が生じることがわかっている。小動物では純血が保たれ世代交代も早いため、こちらの研究においても今後の発展が期待される。手術方法の進歩の反面、脊髄空洞症に伴う難治性疼痛については、われわれが最も悩まされる問題の1つであり、手術を行っても耐え難い痛みが残存することがある。術前より患者本人および家族に十分な説明を行っておく必要がある。痛みの特徴としては、幻肢痛や視床痛と同じような求心路遮断性疼痛に分類される。高齢発症のケースや術前より激しい痛みがある場合、術後も残存しやすいと言われている。痛みの治療としては通常の消炎鎮痛薬が効きにくく、プレガバリン(商品名:リリカ)、ガバペンチン(同:ガバペン)などの神経障害性疼痛に対する治療薬が第1選択となる。三環系抗うつ薬も一定の効果があると考えられる。星状神経節ブロックや後根侵入部遮断術(DREZ)も選択肢にあがる。いずれにしても痛みとうまく付き合っていく必要があり、手術を行う担当科のみならず、かかりつけ医、ペインクリニック医、心療内科医、看護師、リハビリスタッフなど多角的な立場から治療に当たる必要がある。5 主たる診療科脊椎脊髄外科、脳神経外科への紹介を必要とする。非常に専門性の高い分野であり、ホームページなどで診療実績を確認する必要がある。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療・研究情報難病情報センター 脊髄空洞症(医療従事者向けのまとまった情報)神経変性疾患領域における基盤的調査研究班(医療従事者向けのまとまった情報)日本脊髄外科学会 脊髄空洞症(医療従事者向けのまとまった情報)亀田グループ 医療ポータルサイト キアリ奇形と脊髄空洞症について(一般向け、医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報脊髄空洞症友の会(脊髄空洞症患者とその家族向けの情報)公開履歴初回2017年01月10日

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ロコモ対策の充実で健康寿命の延伸を図る

 日本整形外科学会は、「健康日本21(第2次)における日本整形外科学会の取り組み―なぜロコモ対策が必要か?―」と題して、9月3日都内にてプレスセミナーを開催した。 ロコモティブシンドローム(以下「ロコモ」と略す)とは、2007年に同学会が提唱した概念で「運動器の障害により移動機能の低下を来した状態」をいう。同学会では、運動器疾患により寝たきりなどの要介護状態になることを防止するため、積極的に検査、診療をしていくことで運動器機能の維持・改善を目指すとしている。 セミナーでは、同学会の理事長である丸毛 啓史 氏(東京慈恵会医科大学整形外科 教授)が、「健康日本21」の概要、ロコモの概念と代表的な運動器疾患、ロコモ対策と今後の取り組みについて解説を行った。運動器の維持で健康寿命を延長 国民の健康増進のために国が定めた基本指針「健康日本21」では、運動器に関する具体的な目標が示されている。まず、国民のロコモ認知度を17.3%(2012年)から80%(2022年)に引き上げること、および足腰に痛みのある高齢者を2012年時点の男性218人、女性291人(対千人)から、2022年には同200人、260人(対千人)に減少させることである。策定の背景には、2060年に高齢化率が40%近くなる超高齢化社会を迎える前に、高齢者の健康寿命を延伸させることで、平均寿命との差を縮小させ、増大する一方の医療費・介護費用の負担軽減を図りたいという目的もある。 それでは、健康維持にあたり、具体的にどのような疾患に注意すべきだろうか。65歳以上の有訴からみてみると、男女共に「腰痛」が第1位であり、運動器の障害を防止することが重要だということが判明した(2013年厚生労働省調べ)。2009年発表の運動器疾患の推定有病者数の調査では、変形性腰椎症が約3,790万人、骨粗鬆症(腰椎、大腿骨頚部)が約1,710万人とされ、これら運動器疾患は要介護になる原因疾患の25%を占め、第2位の脳血管障害(18.5%)を大きく引き離している。 これらを踏まえ、世界に類を見ない超高齢化社会を迎えるわが国で、運動器疾患対策を行い、健康寿命の延伸を図ると同時に、いかに持続可能な社会保障制度の維持を果たすかが、課題となっている。骨・関節・筋肉が弱るとどうなるか 加齢や運動不足、不規則な生活習慣がロコモの原因である。骨、関節・軟骨・椎間板、筋肉・神経系の能力が低下することにより、骨なら骨粗鬆症、関節などであれば変形性関節症、筋肉ではサルコペニアといった運動器疾患を引き起す。 とくに骨粗鬆症は、以前から知られているように骨折の連鎖が危惧され、ある調査によると、背骨から下を骨折した高齢者の5人に1人が歩行困難となる。にもかかわらず、骨粗鬆症で治療を受けている患者は男性で1%、女性では5%にすぎず、健診率の低さ、治療開始後の継続率の低さ、2次骨折予防への取り組みの不十分さが問題となっている。 変形性腰椎症は、腰部脊柱管狭窄症へと進展し、腰痛や足の痛み、しびれなどを引き起す。しかし、日本整形外科学会の調査では、有病者の19%しか医療機関を受診しておらず、痛みなどが放置されている現実がある。そのため、痛みから運動を控えることでさらに運動機能が低下し、運動器疾患が進行、ロコモに陥るスパイラルが指摘されており、早期の受診と治療が待たれる。 筋肉では、骨格筋量の低下により身体機能が低下するサルコペニアに伴い運動障害が起こる。主な原因は加齢によるものであるが、日々の運動とバランスの取れた食事で筋量・筋力の維持ができる。 こうした疾患や病態は、適切な予防と早期の治療により、運動機能が改善・維持できることが知られている。今後も広く啓発することで、受診につながることが期待されている。ロコモ対策の今とこれから 2007年の「ロコモティブシンドローム」の提唱後、同学会では「ロコモチャレンジ」や「ロコモ アドバイスドクター」制度、「ロコモ度テスト」の発表などさまざまな啓発活動を行ってきた。なかでもロコモ アドバイスドクターは、全国で1,195名が登録し、患者への専門的な指導を行うなど活躍している。また、7つの項目でロコモの進度を測る「ロコモチェック」、3つのテストでロコモ度を測り診療へつなげる「ロコモ度テスト」、片脚立ちなどで運動機能改善を目指す「ロコトレ」の普及も同学会では積極的に行っている。 2014年からは、新たに市民参加型のプログラム「ロコモメイト」を創設した。これは、規定の講習を受講後に認定を行うモデルで、現在1,581名がロコモメイトとしてロコモ予防の普及、啓発に努めている。 最後に丸毛氏は、「先進国をはじめとして世界的に高齢化率が高まる中、ロコモ対策の推進により、高齢化社会のロールモデルとして、日本は世界をリードしていきたい」と今後の展望を語り、レクチャーを終えた。関連サイト ロコモチャレンジ!(日本整形外科学会公認ロコモティブシンドローム予防啓発公式サイト)

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