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世界の疾病負担とリスク因子、1990~2023年の状況/Lancet

 2010年以降、感染性・母子新生児・栄養関連(CMNN)疾患および多くの環境・行動リスク因子による疾病負担は大きく減少した一方で、人口の増加と高齢化が進む中で、代謝リスク因子および非感染性疾患(NCD)に起因する障害調整生存年数(DALY)は著しく増加していることが、米国・ワシントン大学のSimon I. Hay氏ら世界疾病負担研究(Global Burden of Diseases, Injuries, and Risk Factors Study:GBD)2023 Disease and Injury and Risk Factor Collaboratorsの解析で示された。Lancet誌2025年10月18日号掲載の報告。375の疾病・傷害、88のリスク因子について解析 研究グループは、死亡登録、各種調査、疾病登録および公表された科学論文を含む31万以上のデータソースを用い、375の疾病・傷害についてDALY、障害生存年数(YLD)、損失生存年数(YLL)を推定するとともに、88の修正可能なリスク因子が関与する疾病負担を算出した。疾病・傷害負担の推定に12万超のデータソースが、リスク因子推定に約5万9,000のデータソースが使用され、データ解析にはベイズメタ回帰モデリングツールのDisMod-MR 2.1や、新規ツールのDisMod-AT、時空間ガウス過程回帰モデル(ST-GPR)、比較リスク評価フレームワークなど、確立された方法が用いられた。 GBD 2023における疾病・傷害、リスク因子の推計値は、年齢(新生児早期から95歳以上までの25の年齢層)、性別(男性、女性、複合)、年次(1990~2023年までの各年)、および地域(204の国・地域を21の地域および7つのGBD super-regionに分類、加えて20ヵ国については660の地方自治体レベル)別に算出した。疾病・傷害ならびにリスク因子はそれぞれ4段階に分類した。NCDの負担は増加、虚血性心疾患、脳卒中、糖尿病が主因 世界全体で総DALYは、2010年の26億4,000万(95%不確実性区間[UI]:24億6,000万~28億6,000万)から2023年は28億(95%UI:25億7,000万~30億8,000万)と6.1%(95%UI:4.0~8.1)増加した。一方で、人口増加と高齢化を鑑みた年齢標準化DALY率は12.6%(95%UI:11.0~14.1)減少しており、長期的に大きく健康状態が改善していることが明らかになった。 世界全体のDALYにおけるNCDの寄与は、2010年の14億5,000万(95%UI:13億1,000万~16億1,000万)から2023年には18億(95%UI:16億3,000万~20億3,000万)に増加したが、年齢標準化DALY率は4.1%(95%UI:1.9~6.3)減少した。DALYに基づく2023年の主要なレベル3のNCDは、虚血性心疾患(1億9,300万DALY)、脳卒中(1億5,700万DALY)、糖尿病(9,020万DALY)であった。2010年以降に年齢標準化DALY率が最も増加したのは、不安障害(62.8%)、うつ病性障害(26.3%)、糖尿病(14.9%)であった。 一方、CMNN疾患では顕著な健康改善がみられ、DALYは2010年の8億7,400万から2023年には6億8,100万に減少し、年齢標準化DALY率は25.8%減少した。COVID-19パンデミック期間中、CMNN疾患によるDALYは増加したが、2023年までにパンデミック前の水準に戻った。2010年から2023年にかけてのCMNN疾患の年齢標準化DALY率の減少は、主に下痢性疾患(49.1%)、HIV/AIDS(42.9%)、結核(42.2%)の減少によるものであった。新生児疾患および下気道感染症は、2023年においても依然として世界的にレベル3のCMNN疾患の主因であったが、いずれも2010年からそれぞれ16.5%および24.8%顕著な減少を示した。同期間における傷害関連の年齢標準化DALY率は15.6%減少した。主なリスク因子は代謝リスク、2010~23年で30.7%増加 NCD、CMNN疾患、傷害による疾病負担の差異は、年齢、性別、時期、地域を問わず変わらなかった。 リスク分析の結果、2023年の世界全体のDALY約28億のうち、約50%(12億7,000万、95%UI:11億8,000万~13億8,000万)がGBDで分析された88のリスク因子が主因であった。DALYに最も大きく影響したレベル3のリスク因子は、収縮期血圧(SBP)高値、粒子状物質汚染、空腹時血糖(FPG)高値、喫煙、低出生体重・早産の5つで、このうちSBP高値は総DALYの8.4%(95%UI:6.9~10.0)を占めた。 レベル1の3つのGBDリスク因子カテゴリー(行動、代謝、環境・職業)のうち、2010~23年に代謝リスクのみ30.7%増加したが、代謝リスクに起因する年齢標準化DALY率は同期間に6.7%(95%UI:2.0~11.0)減少した。 レベル3の25の主なリスク因子のうち3つを除くすべてで、2010~23年に年齢標準化DALY率が低下した。たとえば、不衛生な衛生環境で54.4%(95%UI:38.7~65.3)、不衛生な水源で50.5%(33.3~63.1)、手洗い施設未整備で45.2%(25.6~72.0)、小児発育不全で44.9%(37.3~53.5)、いずれも減少した。 2010~23年に代謝リスクに起因する年齢標準化負担の減少が小さかったのは、高BMI負担率が世界的に大きく10.5%(95%UI:0.1~20.9)増加したこと、顕著ではないがFPG高値が6.2%(-2.7~15.6)増加したことが主因であった。

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リンパ節腫脹の鑑別診断【1分間で学べる感染症】第36回

画像を拡大するTake home messageリンパ節腫脹の原因は「MIAMI」という語呂合わせを活用して5つのカテゴリーに分けて整理しよう。リンパ節腫脹は、内科、外科、小児科、皮膚科など、さまざまな診療科で遭遇する重要なサインです。感染症など一過性で自然軽快するものも多い一方で、悪性疾患や自己免疫疾患、薬剤性、肉芽腫性疾患などが隠れている場合もあります。鑑別診断の挙げ方は多くありますが、網羅的に大まかにカテゴリー化する方法として、「MIAMI」(Malignancies・Infections・Autoimmune・Miscellaneous・Iatrogenic)という語呂合わせが提唱されています。今回は、この5つのカテゴリーに沿って、一緒に整理してみましょう。M:Malignancies(悪性腫瘍)悪性疾患によるリンパ節腫脹は、持続性・進行性・無痛性のことが多く、とくに高齢者や全身症状(発熱、体重減少、寝汗)を伴う場合には常に念頭に置く必要があります。代表的な疾患としては、悪性リンパ腫、白血病、転移性がん、カポジ肉腫、皮膚原発の腫瘍などが挙げられます。固定性で硬く、弾力のない腫脹がみられた場合は、早期の精査が推奨されます。I:Infections(感染症)感染症は最も頻度の高い原因です。細菌性では、皮膚粘膜感染(黄色ブドウ球菌、溶連菌)、猫ひっかき病(Bartonella)、結核、梅毒、ブルセラ症、野兎病などがあり、これらは病歴聴取と局所所見が診断の手掛かりとなります。ウイルス性では、EBウイルス、サイトメガロウイルス、HIV、風疹、アデノウイルス、肝炎ウイルスなどが含まれ、とくに伝染性単核球症では頸部リンパ節腫脹が目立ちます。まれですが、真菌、寄生虫、スピロヘータなども原因となることがあり、ヒストプラズマ症、クリプトコッカス症、リケッチア症、トキソプラズマ症、ライム病などが鑑別に挙がります。A:Autoimmune(自己免疫疾患)関節リウマチ(RA)やSLE(全身性エリテマトーデス)、皮膚筋炎、シェーグレン症候群、成人スティル病などの自己免疫疾患もリンパ節腫脹を来すことがあります。これらは多くの場合、他の全身症状や検査所見(関節炎、発疹、異常免疫グロブリンなど)と合わせて判断する必要があります。とくに全身性疾患の初期症状としてリンパ節腫脹が出現することもあるため、見逃さないよう注意が必要です。M:Miscellaneous(その他)まれではあるものの、Castleman病(血管濾胞性リンパ節過形成)や組織球症、川崎病、菊池病(壊死性リンパ節炎)、木村病、サルコイドーシスなども鑑別に含まれます。これらは一見すると感染症や自己免疫疾患と似た臨床像を呈することがあるため、病理診断や経過観察を要することがあります。I:Iatrogenic(医原性)薬剤による反応性リンパ節腫脹や血清病様反応なども存在します。とくに抗てんかん薬、抗菌薬、ワクチン、免疫チェックポイント阻害薬などが関与することが知られており、最近の薬剤歴の確認が不可欠です。また、ワクチン接種後の一時的なリンパ節腫脹(とくに腋窩)は、画像上の偽陽性を招くこともあるため注意が必要です。リンパ節腫脹は多彩な疾患のサインであり、その背景を見極めるためには、構造的かつ網羅的なアプローチが求められます。「MIAMI」というフレームワークを活用することで、見逃してはならない悪性疾患や慢性疾患の早期発見につながります。必要な検査や専門科紹介のタイミングを逃さないようにしましょう。1)Gaddey HL, et al. Am Fam Physician. 2016;94:896-903.

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世界の死亡パターン、過去30年の傾向と特徴/Lancet

 米国・ワシントン大学のMohsen Naghavi氏ら世界疾病負担研究(Global Burden of Diseases, Injuries, and Risk Factors Study:GBD)2023 Causes of Death Collaboratorsは、過去30年の世界における死亡のパターンを、改善された推定法を用いて調査し、COVID-19パンデミックのような重大イベントの影響、さらには低所得地域での非感染性疾患(NCD)の増加といった世界で疫学的転換が進んでいることを反映した、より広範な分野にわたる傾向を明らかにした。死因の定量化は、人々の健康を改善する効果的な戦略開発に向けた基礎的な段階である。GBDは、世界の死因を時代を超えて包括的かつ体系的に解析した結果を提供するものであり、GBD 2023では年齢と死因の関連の理解を深めることを目的として、70歳未満で死亡する確率(70q0)と死因別および性別の平均死亡年齢の定量化が行われた。Lancet誌2025年10月18日号掲載の報告。1990~2023年の292の死因について定量化 GBD 2023では、1990~2023年の各年について、204の国と地域および660のサブナショナル(地方政府)地域における年齢・性別・居住地・暦年ごとに分類した292の死因の推定値を算出した。 ほとんどの死因別死亡率の算出には、GBDのために開発されたモデリングツール「Cause of Death Ensemble model:CODEm」が用いられた。また、損失生存年数(YLL)、死亡確率、死亡時平均年齢、死亡時観測年齢および推定平均年齢も算出した。結果は件数と年齢標準化率で報告された。 GBD 2023における死因推定法の改善点は、COVID-19による死亡の誤分類の修正、COVID-19推定法のアップデート、CODEmモデリングフレームワークのアップデートなどであった。 解析には5万5,761のデータソースが用いられ、人口動態登録および口頭剖検データとともに、サーベイ、国勢調査、サーベイランスシステム、がん登録などのデータが含まれている。GBD 2023では、以前のGBDに使用されたデータに加えて、新たに312ヵ国年の人口動態登録の死因データ、3ヵ国年のサーベイランスデータ、51ヵ国年の口頭剖検データ、144ヵ国年のその他のタイプのデータが追加された。死因トップは2021年のみCOVID-19、時系列的には虚血性心疾患と脳卒中が上位2つ COVID-19パンデミックの初期数年は、長年にわたる世界の主要な死因順位に入れ替わりが起き、2021年にはCOVID-19が、世界の主要なレベル3のGBD死因分類の第1位であった。2023年には、COVID-19は同20位に落ち込み、上位2つの主要な死因は時系列的には典型的な順位(すなわち虚血性心疾患と脳卒中)に戻っていた。 虚血性心疾患と脳卒中は主要な死因のままであるが、世界的に年齢標準化死亡率の低下が進んでいた。他の4つの主要な死因(下痢性疾患、結核、胃がん、麻疹)も本研究対象の30年間で世界的に年齢標準化死亡率が大きく低下していた。その他の死因、とくに一部の地域では紛争やテロによる死因について、男女間で異なるパターンがみられた。 年齢標準化率でみたYLLは、新生児疾患についてかなりの減少が起きていた。それにもかかわらず、COVID-19が一時的に主要な死因になった2021年を除き、新生児疾患は世界のYLLの主要な要因であった。1990年と比較して、多くのワクチンで予防可能な疾患、とりわけジフテリア、百日咳、破傷風、麻疹で、総YLLは著しく低下していた。死亡時平均年齢、70q0は、性別や地域で大きくばらつき 加えて本研究では、全死因死亡率と死因別死亡率の平均死亡年齢を定量化し、性別および地域によって注目すべき違いがあることが判明した。 世界全体の全死因死亡時平均年齢は、1990年の46.8歳(95%不確実性区間[UI]:46.6~47.0)から2023年には63.4歳(63.1~63.7)に上昇した。男性では、1990年45.4歳(45.1~45.7)から2023年61.2歳(60.7~61.6)に、女性は同48.5歳(48.1~48.8)から65.9歳(65.5~66.3)に上昇した。2023年の全死因死亡平均年齢が最も高かったのは高所得super-regionで、女性は80.9歳(80.9~81.0)、男性は74.8歳(74.8~74.9)に達していた。対照的に、全死因死亡時平均年齢が最も低かったのはサハラ以南のアフリカ諸国で、2023年において女性は38.0歳(37.5~38.4)、男性は35.6歳(35.2~35.9)だった。 全死因70q0は、2000年から2023年にかけて、すべてのGBD super-region・region全体で低下していたが、それらの間で大きなばらつきがあることが認められた。 女性は、薬物使用障害、紛争およびテロリズムにより70q0が著しく上昇していることが明らかになった。男性の70q0上昇の主要な要因には、薬物使用障害とともに糖尿病も含まれていた。サハラ以南のアフリカ諸国では、多くのNCDについて70q0の上昇がみられた。また、NCDによる死亡時平均年齢は、全体では予測値よりも低かった。対象的に高所得super-regionでは薬物使用障害による70q0の上昇がみられたが、観測された死亡時平均年齢は予測値よりも低年齢であった。

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下垂体性ADH分泌異常症〔Pituitary ADH secretion disorder〕

1 疾患概要■ 定義抗利尿ホルモン(ADH)であるバソプレシン(AVP)は、視床下部の視索上核および室傍核に存在する大細胞性AVPニューロンで産生されるペプチドホルモンである。血漿浸透圧の上昇または循環血漿量の低下に応じて下垂体後葉から分泌され、腎集合管における水の再吸収を促進することで体液恒常性の維持に重要な役割を果たす。下垂体性ADH分泌異常症には、AVP分泌不全により多尿を呈する中枢性尿崩症と、低浸透圧環境下にも関わらずAVP分泌が持続し低ナトリウム血症を呈する抗利尿ホルモン不適切分泌症候群(SIADH)が含まれる。■ 疫学わが国における中枢性尿崩症の患者数は約5,000~1万人程度と推定されている1)。一方、SIADHの患者数は不明であるが、低ナトリウム血症は電解質異常の中で最も頻度が高く、全入院患者の2~3%で認められる。軽度の低ナトリウム血症を呈する患者を含めると、とくに高齢者では相当数に上ると推定されている1)。■ 病因中枢性尿崩症とSIADHの主な病因をそれぞれ表1および表2に示す。特発性中枢性尿崩症は視床下部や下垂体後葉に器質的異常を認めないが、一部はリンパ球性漏斗下垂体後葉炎に由来する可能性がある。続発性中枢性尿崩症は視床下部や下垂体の腫瘍や炎症、手術、外傷などによりAVPニューロンが障害され、AVP産生および分泌が低下することで発症する。SIADHの原因としては、中枢神経疾患、肺疾患、異所性AVP産生腫瘍、薬剤などが挙げられる。表1 中枢性尿崩症の病因特発性家族性続発性(視床下部-下垂体系の器質的障害):リンパ球性漏斗下垂体後葉炎胚細胞腫頭蓋咽頭腫奇形腫下垂体腫瘍(腺腫)転移性腫瘍白血病リンパ腫ランゲルハンス細胞組織球症サルコイドーシス結核脳炎脳出血・脳梗塞外傷・手術表2 SIADHの病因中枢神経系疾患髄膜炎脳炎頭部外傷くも膜下出血脳梗塞・脳出血脳腫瘍ギラン・バレー症候群肺疾患肺腫瘍肺炎肺結核肺アスペルギルス症気管支喘息腸圧呼吸異所性バソプレシン産生腫瘍肺小細胞がん膵がん薬剤ビンクリスチンクロフィブレートカルバマゼピンアミトリプチンイミプラミンSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)■ 症状中枢性尿崩症では、口渇、多飲、多尿を認め、尿量は1日1万mLに達することもある。血液は濃縮され高張性脱水に至り、上昇した血漿浸透圧により渇中枢が刺激され、強い口渇が生じて大量の水を飲むことになるが、摂取した水は尿としてすぐに排泄される。SIADHでは、頭痛、悪心、嘔吐、意識障害、痙攣など低ナトリウム血症に伴う症状が出現する。急速に血清ナトリウム濃度が低下した場合には重篤な症状が早期に出現するが、慢性の低ナトリウム血症では症状が軽度にとどまることがある。■ 予後中枢性尿崩症は、妊娠時や頭蓋内手術後の一過性発症を除き自然回復はまれであるが、飲水が可能な状態であれば生命予後は良好である。一方で、渇感障害を伴う場合や飲水が制限される場合には高度の高張性脱水を呈し、重篤な転機をたどることがある。実際、渇感障害を伴う尿崩症患者はそうでない患者に比べ、血清ナトリウム濃度150mEq/L以上の高ナトリウム血症の発症頻度が有意に高く、さらに重症感染症による入院や死亡率も有意に高いと報告されている2)。続発性中枢性尿崩症やSIADHの予後は、原因となる基礎疾患に依存する。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)「間脳下垂体機能障害と先天性腎性尿崩症および関連疾患の診療ガイドライン2023年版」3)に記載された診断の手引きを表3および表4に示す。表3 中枢性尿崩症の診断の手引きI.主症候1.口渇2.多飲3.多尿II.検査所見1.尿量は成人においては1日3,000mL以上または40mL/kg以上、小児においては2,000mL/m2以上2.尿浸透圧は300mOsm/kg以下3.高張食塩水負荷試験(注1)におけるバソプレシン分泌の低下:5%高張食塩水負荷(0.05mL/kg/分で120分間点滴投与)時に、血漿浸透圧(血清ナトリウム濃度)高値においても分泌の低下を認める(注2)。4.水制限試験(飲水制限後、3%の体重減少または6.5時間で終了)(注1)においても尿浸透圧は300mOsm/kgを超えない。5.バソプレシン負荷試験(バソプレシン[ピトレシン注射液]5単位皮下注後30分ごとに2時間採尿)で尿量は減少し、尿浸透圧は300mOsm/kg以上に上昇する(注3)。III.参考所見1.原疾患の診断が確定していることがとくに続発性尿崩症の診断上の参考となる。2.血清ナトリウム濃度は正常域の上限か、あるいは上限をやや上回ることが多い。3.MRI T1強調画像において下垂体後葉輝度の低下を認める(注4)。IV.鑑別診断多尿を来す中枢性尿崩症以外の疾患として次のものを除外する。1.心因性多飲症:高張食塩水負荷試験で血漿バソプレシン濃度の上昇を認め、水制限試験で尿浸透圧の上昇を認める。2.腎性尿崩症:家族性(バソプレシンV2受容体遺伝子の病的バリアントまたはアクアポリン2遺伝子の病的バリアント)と続発性[腎疾患や電解質異常(低カリウム血症・高カルシウム血症)、薬剤(リチウム製剤など)に起因するもの]に分類される。バソプレシン負荷試験で尿量の減少と尿浸透圧の上昇を認めない。[診断基準]確実例:Iのすべてと、IIの1、2、3、またはIIの1、2、4、5を満たすもの。[病型分類]中枢性尿崩症の診断が下されたら下記の病型分類をすることが必要である。1.特発性中枢性尿崩症:画像上で器質的異常を視床下部-下垂体系に認めないもの。2.続発性中枢性尿崩症:画像上で器質的異常を視床下部-下垂体系に認めるもの。3.家族性中枢性尿崩症:原則として常染色体顕性遺伝形式を示し、家族内に同様の疾患患者があるもの。(注1)著明な脱水時(たとえば血清ナトリウム濃度が150mEq/L以上の際)に高張食塩水負荷試験や水制限試験を実施することは危険であり、避けるべきである。多尿が顕著な場合(たとえば1日尿量が1万mLに及ぶ場合)は、患者の苦痛を考慮して水制限試験より高張食塩水負荷試験を優先する。多尿が軽度で高張食塩水負荷試験においてバソプレシン分泌の低下が明らかでない場合や、デスモプレシンによる治療の必要性の判断に迷う場合には、水制限試験にて尿濃縮力を評価する。(注2)血清ナトリウム濃度と血漿バソプレシン濃度の回帰直線において傾きが0.1未満または血清ナトリウム濃度が149mEq/Lのときの推定血漿バソプレシン濃度が1.0pg/mL未満(中枢性尿崩症)。(注3)本試験は尿濃縮力を評価する水制限試験後に行うものであり、バソプレシン分泌能を評価する高張食塩水負荷試験後に行うものではない。なお、デスモプレシンは作用時間が長いため水中毒を生じる危険があり、バソプレシンの代わりに用いることは推奨されない。(注4)高齢者では中枢性尿崩症でなくても低下することがある。表4 SIADHの診断の手引きI.主症候脱水の所見を認めない。II.検査所見1.血清ナトリウム濃度は135mEq/Lを下回る。2.血漿浸透圧は280mOsm/kgを下回る。3.低ナトリウム血症、低浸透圧血症にもかかわらず、血漿バソプレシン濃度が抑制されていない。4.尿浸透圧は100mOsm/kgを上回る。5.尿中ナトリウム濃度は20mEq/L以上である。6.腎機能正常7.副腎皮質機能正常8.甲状腺機能正常III.参考所見1.倦怠感、食欲低下、意識障害などの低ナトリウム血症の症状を呈することがある。2.原疾患の診断が確定していることが診断上の参考となる。3.血漿レニン活性は5ng/mL/時間以下であることが多い。4.血清尿酸値は5mg/dL以下であることが多い。5.水分摂取を制限すると脱水が進行することなく低ナトリウム血症が改善する。IV.鑑別診断低ナトリウム血症を来す次のものを除外する。1.細胞外液量の過剰な低ナトリウム血症:心不全、肝硬変の腹水貯留時、ネフローゼ症候群2.ナトリウム漏出が著明な細胞外液量の減少する低ナトリウム血症:原発性副腎皮質機能低下症、塩類喪失性腎症、中枢性塩類喪失症候群、下痢、嘔吐、利尿剤の使用3.細胞外液量のほぼ正常な低ナトリウム血症:続発性副腎皮質機能低下症(下垂体前葉機能低下症)[診断基準]確実例:IおよびIIのすべてを満たすもの。中枢性尿崩症では、多尿の鑑別診断として、浸透圧利尿(尿浸透圧300mOsm/kgH2O以上)と低張性多尿(尿浸透圧300mOsm/kgH2O以下)を区別する必要がある。実臨床では、糖尿病に伴う浸透圧利尿の頻度が高い。低張性多尿の場合は、高張食塩水負荷試験、水制限試験およびバソプレシン負荷試験、デスモプレシン試験により、中枢性尿崩症、腎性尿崩症、心因性多飲症を鑑別する。SIADHでは、低ナトリウム血症と低浸透圧にもかかわらずAVP分泌の抑制がみられないことが診断上重要である。血清総蛋白や尿酸値の低下など血液希釈所見を伴うことが多い。SIADHは除外診断であり、低ナトリウム血症を呈するすべての疾患が鑑別対象となる。とくに続発性副腎皮質機能低下症は、SIADHと同様に細胞外液量がほぼ正常な低ナトリウム血症を呈し臨床像も類似するため、両者の鑑別は極めて重要である。3 治療中枢性尿崩症の治療にはデスモプレシンを用いる。水中毒を避けるため、最小用量から開始し、尿量、体重、血清ナトリウム濃度を確認しながら投与量および投与回数を調整する。その際、少なくとも1日1回はデスモプレシンの抗利尿効果が切れる時間帯を設けることが、水中毒による低ナトリウム血症の予防に重要である。SIADHの治療では、血清ナトリウム濃度が120mEq/L以下で中枢神経症状を伴い迅速な治療を要する場合には、3%食塩水にて補正を行う。ただし、急激な補正は浸透圧性脱髄症候群(ODS)の危険性があるため、血清ナトリウム濃度を頻回に測定しつつ、補正速度は24時間で8~10mEq/L以下にとどめる。血清ナトリウム濃度が125mEq/L以上の軽度かつ慢性期の症例では、1日15~20mL/kg体重の水分制限を行う。水分制限で改善が得られない場合には、入院下でAVPV2受容体拮抗薬トルバプタンの経口投与を検討する。4 今後の展望わが国においてAVP濃度は従来RIA法で測定されているが、抗体が有限であること、測定のためにアイソトープを使用する必要があること、さらに結果判明まで数日を要することなど、複数の課題を抱えている。近年、質量分析法によるAVP測定が試みられており、これらの課題を克服できるのみならず、高張食塩水負荷試験の所要時間短縮につながる可能性が報告されており4)、次世代の検査法として期待されている。一方、SIADHの治療においては、ODSの予防を重視した安全な低ナトリウム血症治療を実現するため、機械学習を用いた治療予測システムの開発が進められている5)。現在は社会実装に向けた精度検証が進行中であり、将来的には実臨床における安全かつ効率的な治療選択を支援するツールとなることが期待される。5 主たる診療科内分泌内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 下垂体性ADH分泌異常症(指定難病72)(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)間脳下垂体機能障害に関する調査研究(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報中枢性尿崩症(CDI)の会(患者とその家族および支援者の会) 1) 難病情報センター 下垂体性ADH分泌異常症(指定難病72) 2) Arima H, et al. Endocr J. 2014;61:143-148. 3) 間脳下垂体機能障害と先天性腎性尿崩症および関連疾患の診療ガイドライン作成委員会,厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業「間脳下垂体機能障害に関する調査研究」班. 日内分泌会誌. 2023;99:18-20. 4) Handa T, et al. J Clin Endocrinol Metab. 2025 Jul 30.[Epub ahead of print] 5) Kinoshita T, et al. Endocr J. 2024;71:345-355. 公開履歴初回2025年10月17日

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新型コロナは依然として高齢者に深刻な脅威、「結核・呼吸器感染症予防週間」でワクチン接種の重要性を強調/モデルナ

 モデルナ・ジャパン主催の「呼吸器感染症予防週間 特別啓発セミナー」が9月24日にオンラインで開催された。本セミナーでは、9月24~30日の「結核・呼吸器感染症予防週間」の一環として、迎 寛氏(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 呼吸器内科学分野[第二内科]教授)と参議院議員であり医師の秋野 公造氏が登壇し、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が、とくに高齢者にとって依然として深刻な脅威であると警鐘を鳴らした。新型コロナの5類移行から3年が経ち、社会の警戒感や関心が薄れているなか、継続的なワクチン接種と社会全体の意識向上の重要性を訴えた。隠れコロナ感染と高齢者の重症化リスク セミナーの冒頭では、迎氏が新型コロナの現状と高齢者が直面するリスクについて、最新のデータを交えながら解説した。 新型コロナが5類に移行して以降、定点報告上の感染者数は減少傾向にあるものの、入院患者数は依然として高止まりしている。神奈川県の下水疫学データによると、とくに2025年以降、定点報告数と下水中の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)濃度との間に大きな乖離が生じており、下水データは市中に依然として不顕性を含む新型コロナウイルス感染者が多く存在することが示唆されている1)。迎氏は、定点報告では捉えきれていない「隠れコロナ感染者」が市中に多数存在し、その中から一定数の高齢者や基礎疾患を持つ人が重症化して入院に至っている可能性を指摘した。死因の第8位、死者の多くは高齢者 新型コロナは2023年と2024年の2年連続で、日本の死因第8位となっている。とくに深刻なのは高齢者の状況で、死亡者の97%が65歳以上、そのうち79%が80歳以上の高齢者で占められている2)。死亡者数はインフルエンザと比較して、新型コロナが約15倍であるという。こうしたデータから、迎氏は「コロナは風邪と同じ」という認識が誤りであるという見解を示した。また、新型コロナの感染拡大期には、高齢者のフレイル有病率も増加するという影響が懸念されている3)。 迎氏が所属する長崎大学病院には、この5年間で新型コロナにより1,047例が入院したという。臨床データからは、入院患者の死亡率は高齢になるほど顕著に高くなる一方で、ワクチン未接種の患者群は、接種済みの患者群に比べて、重症化する割合が明らかに高い結果となった。迎氏は、とくに高流量酸素療法が必要な患者や重症患者のうち、約4割がワクチン未接種者であったことは、ワクチンの重症化予防効果を明確に裏付けていると指摘した。 迎氏は日本が世界的にみてワクチンへの信頼度が低い傾向にあることに触れ4)、接種率が低下している現状を変えるためにも、9月24~30日の「結核・呼吸器感染症予防週間」を通じて、80歳以上の高齢者の死亡リスクやワクチン接種の重要性について啓発していきたいと述べた。「結核・呼吸器感染症予防週間」創設 続いて秋野氏が政策的な観点から、呼吸器感染症対策の現状と課題、そして今後の展望について語った。 秋野氏は、自身も創設に尽力した「結核・呼吸器感染症予防週間」について触れた。2024年度より、毎年9月24〜30日は、以前まで実施されていた「結核予防週間」が「結核・呼吸器感染症予防週間」に改められた。この期間には、インフルエンザや新型コロナなど、呼吸器感染症が例年流行する秋冬前に、呼吸器感染症に関する知識の普及啓発活動が行われる。秋野氏は、肺炎が依然として日本人の死因の上位を占める中で、秋冬の感染症シーズンを前に正しい知識を普及させることの重要性を強調した。普及啓発のシンボルとなる「黄色い縁取りのある緑色のリボン」のバッジや、啓発のためのポスターが5)、日本呼吸器学会、日本感染症学会、日本化学療法学会の協力のもと作成された。ワクチン定期接種は「65歳以上一律」でよいのか 秋野氏は、現在の新型コロナワクチンの定期接種制度が「65歳以上」と一律に定められている点が課題となっていることについて言及した。先に迎氏が述べたとおり、実際の死亡リスクは80歳以上で急激に高まる。研究によると、新型コロナの重症化リスクとして、「年齢(とくに80歳以上)」、「ワクチン接種から2年以上空いていること」が重要な因子となっている6)。こうした科学的知見に基づき、リスクの特性に応じた、よりきめ細やかな制度設計が必要だと主張した。とくに死亡リスクが突出して高い80歳以上に対し、費用負担のあり方や国による接種勧奨の必要性について、改めて検討すべきだと訴えた。海外のワクチン助成のあり方 さらに秋野氏は、肺炎球菌ワクチン接種に公的補助があった自治体の接種率は全国平均よりも2倍以上高いという研究を挙げ7)、公費助成とワクチン接種率には密接な関連が考えられると述べた。また、海外の新型コロナワクチン接種支援策との比較によると、米国、英国、フランス、オーストラリアなどの国々では、高齢者に対して年2回や無償での接種といった手厚い支援が行われており、接種率も高い水準を維持している。これに対し、日本の支援は年1回の定期接種で一部自己負担であり、国の助成が縮小されれば自己負担額が1万5,000円を超える可能性もあり、これが接種率低下の一因となりかねないと指摘した。 秋野氏は、「国民の命を守るため、最新の知見に基づいた柔軟な対応が必要」とし、今後も国会で働きかけていきたいと述べた。また、今回の「結核・呼吸器感染症予防週間」を通じて、新型コロナに対する現状を国民に広く知っていただき、高齢者の命を守る対策について共に考えていきたいとして、講演を終えた。■参考文献1)AdvanSentinel. 神奈川県におけるCOVID-19流行動向の多角的分析 - 下水疫学データが示す「見えざる感染リスク」(2025年7月22日)2)厚生労働省. 人口動態調査の人口動態統計月報(概数)3)Hirose T, et al. J Nutr Health Aging. 2025;29:100495.4)de Figueiredo A, et al. Lancet. 2020;396:898-908.5)厚生労働省. 感染症対策のための普及・啓発ツール6)Miyashita N, et al. Respir Investig. 2025;63:401-404.7)Naito T, et al. J Infect Chemother. 2014;20:450-453.

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全身だるくて食後に眠い【漢方カンファレンス2】第6回

全身だるくて食後に眠い以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】50代後半女性主訴全身倦怠感、不眠既往腹圧性尿失禁、アレルギー性鼻炎生活歴仕事:事務職(人手不足で忙しい)、入退院を繰り返す母の介護中。病歴2〜3年前から不眠に悩んでいる。午前中から眠気がつらくて体がだるく仕事がはかどらない。12月に漢方治療を希望して受診。現症身長157cm、体重49kg。体温36.3℃、血圧119/80mmHg、脈拍60回/分 整。経過初診時「???」エキス3包 分3を処方。(解答は本ページ下部をチェック!)1ヵ月後寝つきがよくなった。全身倦怠感は変わらない。2ヵ月後夜中に目が覚めなくなった。仕事中も眠くならない。4ヵ月後忙しいが体調はよい。よく眠れている。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む問診<陰陽の問診>寒がりですか? 暑がりですか?体の冷えを自覚しますか?横になりたいほどの倦怠感はありませんか?寒がりの暑がりです。冷えの自覚はありません。倦怠感はありますがいつも横になりたいほどではありません。入浴は長くお湯に浸かるのが好きですか?冷房は苦手ですか?入浴で温まると体は楽になりますか?入浴時間は短いほうです。冷房は好きです。入浴してもとくに倦怠感の変化はありません。のどは渇きますか?飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか?のどは渇きません。温かい飲み物を飲んでいます。<飲水・食事>1日どれくらい飲み物を摂っていますか?食欲はありますか?胃は丈夫ですか?だいたい1日1L程度です。食欲はあります。胃は弱くてすぐにもたれます。<汗・排尿・排便>汗はよくかくほうですか?尿は1日何回出ますか?夜、布団に入ってからは尿に何回行きますか?便秘や下痢はありませんか?汗はよくかきます。尿は1日7〜8回です。夜は尿に1回行きます。便は2日に1回で、便秘です。便秘するとお腹が張りますか?お腹は張りません。<ほかの随伴症状>全身倦怠感はとくにいつが悪いですか?朝がとくにきついですか?食後に眠くなりませんか?朝はそこまできつくありません。朝は比較的元気なのですが、午後がきついです。昼食後と夕食後は眠たいです。睡眠について教えてください。悪夢はありませんか?毎晩0時頃に就寝しますが1時間以上寝つけません。午前3時くらいに目が覚めて朝まで眠れない日が多いです。悪夢はありません。動悸はしませんか?抜け毛は多いですか?集中力がなかったりしませんか?皮膚は乾燥しますか?動悸はありません。抜け毛は多くありません。集中はできています。皮膚の乾燥はありません。イライラしたりやる気がなかったりすることはありませんか?そんなことはありません。そのほかに困っていることはありませんか?風邪をひきやすくて困っています。年に5〜6回風邪をひいてしまいます。診察顔色は正常。眼に力がなく声も小さい。脈診ではやや浮で弱の脈。また、舌は淡紅色で腫大・歯痕、湿潤した薄い白苔をまだら状に認める。腹診では腹力は軟弱、軽度の胸脇苦満(きょうきょうくまん)、心下痞鞕(しんかひこう)、小腹不仁(しょうふくふじん)あり、腹部大動脈の拍動は触知せず。四肢の触診では冷感なし。カンファレンス今回は50代女性の全身倦怠感、不眠の症例です。全身倦怠感を訴える患者さんは多いですね。感染症、内分泌疾患、悪性腫瘍、薬物の副作用、うつ病など、鑑別すべき疾患が多いので苦手です。発症から持続時間を1ヵ月以内、1〜6ヵ月、6ヵ月以上と分けると絞り込みが容易になりますよ。急性では感染症、慢性の場合では抑うつや不安などの精神疾患の割合が高くなります。とくに結核、甲状腺疾患、肝炎などは要注意と学びました。しかし検査を行っても異常がないケースが1/3ほどあるといわれます。原因が特定できない、かつ精神的な不調も目立たないケース、全身倦怠感が高度で日常生活に支障をきたしている症例もあって悩ましいですね。今回の症例は不眠があって仕事や介護の負担が背景にありそうですね。うつ病の除外は必要ですね。当科が初診時に行っている漢方医学的な問診票のなかには、気持ちが沈みがちである、気力がない、物事に興味がわかない、朝調子が悪い、集中力の低下など、精神症状に関する項目が複数あります。それでは、漢方診療のポイントの順番にみていきましょう。温かい飲み物を好む、寒がりのほかは、暑がり、冷えの自覚なし、冷房を好む、他覚的な四肢の冷感なしということで陽証を示唆する所見のほうが多いです。そうですね。全体としては陽証ですね。寒がりの暑がりはどう考えるかな?陰陽の判断はつかないということでしょうか?寒がりかつ暑がりは、陰陽の判断ではなく、虚証を示唆します。体力がなくて環境の変化についていけないイメージです。六病位ではどうだろう?太陽病ではなく、陽明病の強い熱感や腹満はないので少陽病です。そうですね。漢方診療のポイント(2)虚実はどうでしょう?脈の力は弱、腹力も軟弱で闘病反応の乏しい虚証です。陽証・虚証でいいようだね。(3)気血水の異常はどうだろう?本症例は、仕事や介護の負担で疲弊しているようですね。そうだね。生体のエネルギー量が不足した状態を気虚とよぶよ(気虚については本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)。気虚の主な症状として、全身倦怠感、疲れやすい、食欲がない、風邪をひきやすいなどが挙げられるんだ。本症例にみられる「食後の眠気」は気虚に特徴的な症状だね。本症例は全身倦怠感とともに食後の眠気があるので気虚ですね。気虚以外にも全身倦怠感が生じることを覚えていますか?気鬱や水毒などでも全身倦怠感が生じるのでした。気鬱の全身倦怠感は、朝調子が悪い、抑うつ傾向、膨満感などが出現します。そのとおり。水毒の全身倦怠感は雨降り前に体が重く感じるよ。本症例ではそのほかの気虚の所見はわかるかな?風邪をひきやすいも気虚ですね。ほかには舌苔にも着目しましょう。本症例のような舌苔がまだら状になっている場合は気虚を示唆します。舌苔は消化機能を反映していると考えます。そのほかにも診察で、眼に力がない、声が小さいということも気虚を示唆するよ。江戸時代には、眼勢無力(がんせいむりょく)、語言軽微(ごげんけいび)と記されているよ。たしかに眼力があって、声が大きい人は元気ですね。漢方の診察は、五感をフルに使って行わないといけないのだ。また、本症例のように不眠がある場合は、漢方薬の鑑別のために気逆の有無を確認しています。気鬱でなく気逆ですか?ドキドキして眠れないというイメージです。どこを確認するかわかりますか?自覚症状で動悸があるかどうかでしょうか?自覚症状の動悸に加え、腹診での腹部大動脈の拍動を確認します。また悪夢が多いことも気逆になります。本症例では悪夢や腹部の動悸はありません。それでは気以外の異常はどうでしょう?気虚以外は目立ちません。脱毛、集中力の低下、皮膚の乾燥を問診していますが、血虚の症候はありません。気虚と血虚が同時にある場合は気血両虚(きけつりょうきょ)といいますが、それはなさそうですね。では本症例をまとめよう。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?冷えの自覚なし、冷房好き、入浴は短い、脈:やや浮→陽証(少陽病)(2)虚実はどうか寒がり・暑がり 脈:弱、腹:軟弱→虚証(3)気血水の異常を考える全身倦怠感、食後の眠気、風邪をひきやすい、地図状の舌苔→気虚(動悸や悪夢など気逆はなし)(脱毛や集中力の低下など血虚はなし)(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む眼勢無力、語言軽微解答・解説【解答】本症例は、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)で治療しました。【解説】補中益気湯は、中(ちゅう:消化吸収能という意味)を補って、気(き)を益(ま)すという意味です。補中益気湯は人参(にんじん)、黄耆(おうぎ)、白朮(びゃくじゅつ)、甘草(かんぞう)の補気作用のある生薬に加え、弛緩した筋トーヌスを引き締める作用(升堤[しょうてい]作用)をもつ生薬(柴胡[さいこ]・升麻[しょうま])が含まれることがポイントです。そのため、補中益気湯は、筋肉が弛緩傾向を示すサイン、四肢がだるい、眼に力がない、声が小さいなどが使用目標になります。最近ではあまり使われませんが内臓下垂、胃下垂といわれるような病態や子宮下垂、脱肛なども筋の弛緩傾向により生じることから、補中益気湯の適応とされています。また柴胡・升麻は抗炎症作用を併せ持ち、風邪や肺炎や尿路感染などの急性感染症が治癒した後、微熱があってなんとなく活気がない、食欲がないといった場合に良い適応になります。江戸時代の漢方医・津田玄仙は補中益気湯の8徴候として、四肢倦怠、眼勢無力、語言軽微、食失味、口中白沫、熱湯を好む、脈散大無力、臍動悸を挙げており、このうち2〜3該当すれば用いてよいと述べています。補中益気湯を投与すると、COPD患者の感冒罹患回数を減少させ、体重増加をもたらしたという報告1)があります。また、女性腹圧性尿失禁患者に対して補中益気湯の4週間の投与で尿失禁の回数が減少傾向、QOLのパラメーターや患者満足度が改善したという報告2)があり、女性下部尿路症状ガイドラインの腹圧性尿失禁に推奨グレードC1として掲載されています。今回のポイント「気虚」の解説漢方では生体内を循環する「気・血・水」の変調として病気を捉えます。気血水は陰陽・六病位とは別のパラメーターで、経度と緯度の関係にも例えられます。気血水のうち身体を巡る液体成分は血と水ですが、気は目に見えない、形がない、生命活動を営む根源的なエネルギーです。現在でも「活気がある」、「気が滅入る」などと日常で使われます。気の異常のうち、気の量的な不足、または作用力の不足を気虚といいます。気虚の主な症状として、全身倦怠感、疲れやすい、食欲がない、風邪をひきやすいなどが挙げられます。また食後は食事により少ないエネルギーが消化管に集中してしまうと考えられるため、「食後の眠気」は気虚に特徴的な症状です。気虚に対する基本となる漢方薬が四君子湯(しくんしとう)です。四君子湯は、茯苓、人参、白朮、甘草の4つの生薬を中心に構成されます。また気虚に対する漢方薬は人参とともに黄耆を含むことから参耆剤(じんぎざい)とよびます。補中益気湯や十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)がその代表です。今回の鑑別処方人参と黄耆が含まれる漢方薬を参耆剤とよびます。人参は消化管から、黄耆は体表面から気を補うイメージです。補中益気湯は全身倦怠感・食後の眠気などの気虚に加え、四肢がだるい、声が小さい、眼力がないといった筋トーヌスの低下した徴候がある際に用います。気虚に血(けつ)が不足した状態(血虚)を合併している場合、具体的には皮膚の乾燥、脱毛が多い、目が疲れる、集中力がない、爪がもろい、頭がぼーっとするなどの症状を伴う場合は、気血両虚に対する漢方薬が適応になり、十全大補湯がその代表です。十全大補湯と類似の漢方薬に人参養栄湯(にんじんようえいとう)があります。人参養栄湯には、遠志(おんじ)、陳皮(ちんぴ)、五味子(ごみし)といった喀痰、咳嗽などの呼吸器症状に対応する生薬が含まれることが特徴です。非定型抗酸菌症に対して人参養栄湯が有効であったという報告3)があるように、慢性の感染症で体力低下に加え、呼吸器症状があるのが典型で、近年ではフレイルに対する漢方薬として注目されています。大防風湯(だいぼうふうとう)は十全大補湯に附子(ぶし)と鎮痛作用のある生薬が加わった構成で、冷えと関節痛を伴う場合に用います。疲労感を伴う関節リウマチなどの膠原病の患者にしばしば用います。帰脾湯(きひとう)、加味帰脾湯は気虚に加え、くよくよ思い悩んでしまう(思慮過度)、不眠、抑うつがある場合に用います。全身倦怠感が投与目標というよりも不眠や抑うつなどの精神心理症状を主体に訴える場合に用いることが多いです。加味帰脾湯は帰脾湯に柴胡、山梔子(さんしし)が加わって熱感やイライラといった症状にも対応します。その他、人参と黄耆をともに含む参耆剤には、清暑益気湯(せいしょえっきとう)、半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)、当帰湯(とうきとう)、清心蓮子飲(せいしんれんしいん)があります。最後に気虚に冷えを合併している場合は、第5回で解説したように陰証と診断して、太陰病の人参湯(にんじんとう)や少陰病〜厥陰病(けついんびょう)の茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう:人参湯エキス+真武湯エキス)による治療が最優先であることにご注意ください。参考文献1)杉山幸比古. 日本胸部臨床. 1997;56:105-109.2)井上雅ほか. 日東医誌. 2010;61:853-855.3)Nogami T. J Family Med Prima Care. 2019;8:3025-3027.

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逆ハローサイン(Reversed halo sign)【1分間で学べる感染症】第33回

画像を拡大するTake home message免疫不全患者に逆ハローサインが見られた場合は、ムーコル症(Mucormycosis)の頻度が高い一方で、感染性・非感染性ともに多岐にわたる鑑別疾患が存在する。はじめに逆ハローサイン(Reversed halo sign)とは、限局性のすりガラス陰影(GGO:ground-glass opacity)の円形領域が、三日月状または完全な輪状の浸潤影に囲まれている画像所見を指します。画像を拡大するCTで認められるこの特徴的な陰影は、特定の病原体による肺感染症や、さまざまな非感染性疾患の一徴候として現れることがあり、画像を基に適切な鑑別と初期対応ができるかが診療の成否を左右します。感染性疾患逆ハローサインを示す感染症の中で最も重要なのは、ムーコル症(Mucormycosis)です。とくに血液悪性腫瘍や造血幹細胞移植後などの免疫不全状態にある患者では典型的な所見の1つとされ、迅速な抗真菌治療および外科的デブリードマンが必要となる場合があります。そのほかの感染症としては、侵襲性アスペルギルス症、肺炎球菌性肺炎(改善期に一過性に出現することがある)、オウム病(Chlamydia psittaciを病原体とする)、レジオネラ肺炎、結核、ニューモシスチス肺炎(Pneumocystis jiroveciiを病原体とする)、およびヒストプラズマ症などの二相性感染症が含まれます。これらの病原体は、患者の基礎疾患や曝露歴、免疫状態によって鑑別順位が変動するため、全身状態やリスク評価に基づいたアプローチが必要です。非感染性疾患逆ハローサインを示す非感染性の疾患としては、多発血管炎性肉芽腫症(GPA、旧ウェゲナー肉芽腫症)や好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)などの壊死性血管炎が重要です。これらは肺病変をきっかけに診断に至ることも多く、逆ハローサインが初発の手掛かりとなることがあります。そのほかにもサルコイドーシス、皮膚筋炎に伴う肺病変、肺線維症や肺腺がん、リンパ腫様肉芽腫症、特発性器質化肺炎(COP)、肺塞栓症など、炎症性や腫瘍性、血行障害に基づく病変も含まれます。これらは感染症とは異なる治療戦略が必要となるため、鑑別の誤りが予後に直結する可能性もあります。逆ハローサインを見た際には、「感染性か非感染性か」「免疫状態はどうか」「急性か慢性か」「全身に病変があるか」といった観点から診断アプローチを組み立てることが重要です。このように、逆ハローサインは、幅広い鑑別疾患が原因となって生じる重要なサインです。免疫不全者ではムーコル症を念頭に置きつつ、ほかの感染症や血管炎性疾患も見逃さぬよう、全体像を評価しながら診断を進めることが求められます。1)Georgiadou SP, et al. Clin Infect Dis. 2011;52:1144-1155.2)Godoy MC, et al. Br J Radiol. 2012;85:1226-1235.3)Maturu VN, et al. Respir Care. 2014;59:1440-1449.

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新インプラントデバイスがBCG不応性膀胱がんに有効

 TAR-200と呼ばれる、薬剤を封入した小さなプレッツェル型のインプラントデバイスにより、BCG(カルメット・ゲラン桿菌)治療に反応しない高リスク膀胱がん患者の5人中4人でがんが消失したとする第2相臨床試験の結果が報告された。米南カリフォルニア大学ケック医学校泌尿器腫瘍科長のSiamak Daneshmand氏らによるこの研究の詳細は、「Journal of Clinical Oncology」に7月30日掲載された。 Daneshmand氏は、「これまで、治療抵抗性を示す膀胱がんに対する治療選択肢は非常に限られていた。この新しい治療法は、一般的な膀胱がんに対する治療法としてこれまでに報告されたものの中では最も効果が高い」と述べている。 従来の治療では膀胱内に液体のゲムシタビンを注入するが、薬剤は数時間で排泄されてしまうため、がんに対する効果は限定的であった。一方、ジョンソン・エンド・ジョンソン社が開発したTAR-200は、プレッツェル型の小型デバイスにゲムシタビンを封入したもので、カテーテルを通して膀胱内に挿入される。TAR-200は膀胱内で、1回の治療サイクルである3週間にわたりゲムシタビンをゆっくりと持続的に放出する。「この研究の背景にある理屈は、薬剤が膀胱内にとどまる時間が長いほど深く浸透し、より多くのがんを破壊できるというものだ」とDaneshmand氏は説明している。 今回の臨床試験は、BCG不応性の筋層非浸潤性膀胱がん(NMIBC)患者85人を対象に実施された。NMIBCは膀胱がんの中で最も多いタイプのがんである。対象患者はいずれも再発や他の部位への転移の可能性が高いため、高リスクと診断されていた。患者のうち、BCG不応性の上皮内がん(CIS)を有する群(乳頭状腫瘍の有無は問わない)は、C1群(TAR-200+セトレリマブ〔抗PD-1モノクローナル抗体〕、53人)、C2群(TAR-200単独、85人)、C3群(セトレリマブ単独、28人)に、CISを伴わず乳頭状腫瘍のみを有する患者はC4群(TAR-200単独、52人)に割り付けられ、それぞれの治療を受けた。治療期間は、TAR-200が24カ月、セトレリマブが18カ月であった。主要評価項目は、C1~C3群では完全奏効率、C4群では無病生存率とされた。 その結果、C2群では、完全奏効率は82.4%(70/85人)、治療反応期間の中央値は25.8カ月であることが明らかになった。C1群とC3群の完全奏効率は67.9%と46.4%であった。また、C4群での6・9・12カ月時点での無病生存率はそれぞれ、85.3%、81.1%。70.2%であった。 これらの結果を踏まえてDaneshmand氏は、「化学療法薬を数時間ではなく数週間かけてゆっくりと放出する方が、はるかに効果的なアプローチのようだ」と述べている。 米食品医薬品局(FDA)はTAR-200に新医薬品申請の優先審査を認可した。これはFDAが、この機器の審査を迅速化することを意味すると研究グループは述べている。なお、本臨床試験は、ジョンソン・エンド・ジョンソン社傘下のヤンセン・リサーチ&ディベロップメント社の資金提供を受けた。

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第274回 ケネディ氏のワクチン開発支援打ち切りを深読み

INDEX米国、mRNAワクチン開発を縮小へ契約終了と継続、わかっていること保健福祉省長官の意図悪魔はどっち?米国、mRNAワクチン開発を縮小へ当の本人は大真面目なのだろうが、傍から見ると、もはやガード下の居酒屋にいる酔っ払いオヤジが政治を語っているようだ。何のことかと言えば、米国・保健福祉省(HHS)が8月5日、傘下の生物医学先端研究開発局(BARDA)が行っているmRNAワクチンの研究開発支援を段階的に縮小すると発表した件である。ご存じのように現在のHHS長官はあのロバート・F・ケネディ・ジュニア氏である(第264回参照)。今回、影響を受けるのはBARDAで行われていた総額約5億ドル(約700億円)におよぶ22件のmRNAワクチン開発プロジェクトである。このプロジェクトすべてとその支援金額の詳細は明らかになっていないが、現時点で判明しているのは以下のような感じである。契約終了と継続、わかっていることまず契約が終了したのが、エモリー大学が行っていた吸入できるパウダータイプのmRNAワクチン研究、Tiba Biotech社(本社:マサチューセッツ州ケンブリッジ)が行っていた支援額約75万ドル(約1億2,000万円)のインフルエンザに対するRNA医薬の研究。また、BARDAへの提案そのものが却下されたのが、ファイザー社によるmRNAワクチン開発(詳細不明)、サノフィ・パスツール社によるmRNAインフルエンザワクチン開発、グリットストーン・バイオ社(本社:カリフォルニア州エメリービル)に対する支援額最大4億3,300万ドル(約637億6,300万円)の新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に対する汎変異株対応の自己増幅型mRNAワクチン開発などである。一方でモデルナ社とテキサス大学医学部が国防総省と協力するフィロウイルス感染症(エボラ出血熱やマールブルグ病)へのmRNAワクチン開発、アークトゥルス・セラピューティクス社(本社:カリフォルニア州サンディエゴ)との支援総額最大6,320万ドル(約9億円)のH5N1鳥インフルエンザ自己増幅型mRNAワクチン開発の一部などは維持されるという。わかっている範囲だけでも、かなり広範な新規mRNAワクチンと既存ワクチンの新規モダリティに影響が及ぶことになるようだ。保健福祉省長官の意図この決定に関するHHSのプレスリリース1)には、「私たちは専門家の意見に耳を傾け、科学を検証し、行動を起こした。BARDAは、これらのワクチンがCOVID-19やインフルエンザなどの上気道感染症を効果的に予防できないことを示すデータに基づき、22件のmRNAワクチン開発への投資を停止する。私たちは、この資金をウイルスが変異しても効果を維持できる、より安全で幅広いワクチンプラットフォームへとシフトさせている」とするケネディ氏のコメントも含まれている。前述のように今回影響を受けるプロジェクトには、ケネディ氏が言うところの「ウイルスが変異しても効果を維持できる」ワクチン開発も含まれているのだが、どうやら本人のmRNAワクチン嫌悪が先に立っている模様だ。そもそも本人のコメントにある「上気道感染症を効果的に予防できないことを示すデータ」とは何を意味するのかは明記されていない始末である。この辺について、より深読みすると、いわゆるワクチンの三大効果と呼ばれる「感染予防」「発症予防」「重症化予防」のうち、ワクチンに懐疑的な人たちがよく示す「感染予防そのものが効果的に得られていないではないか」という主張なのかもしれない。確かに以前の本連載でも取り上げたが、内閣官房の新型インフルエンザ等対策推進会議 新型コロナウイルス感染症対策分科会会長だった尾身 茂氏(現・公益財団法人結核予防会 理事長)がテレビ出演時に言及したように、オミクロン株以降、mRNAワクチンの感染予防としての効果は高くないのが現実である。しかし、最も重大な事象である入院・死亡といった重症化予防効果に関して確たるものがあるのは、もはや異論はないだろう。もし感染予防効果うんぬんだけで測るならば、現在使われているインフルエンザの不活性化ワクチンも同様に無用なものとなってしまうが、そうした認識を持つ医療者はかなり少数派であるはずだ。また、mRNAワクチンは新規ウイルスに対する迅速なワクチン開発という点では、かつてない威力を発揮したことも私たちは実感している。今回のコロナ禍を従来型の不活性化ワクチン開発で乗り切ろうとしていたならば、今のような平常生活に戻るまでに要した時間は相当長いものになっていた可能性が高い。もはやmRNAワクチンについては、これがあることを前提に(1)これまでワクチン開発が難しかった病原体での新規開発、(2)抗体価持続期間の延長、(3)副反応の軽減、という方向性に進むフェーズに来ていると考えたほうがよい。その意味では今回影響を受けたワクチン研究開発プログラムを見ると、(2)については日本発の新型コロナワクチンとなったコスタイベで使われた自己増幅技術が次世代ワクチンとして注目を集めていることもうかがえる。悪魔はどっち?いずれにせよ、ケネディ氏の打ち出した方針はかなりの頓珍漢ぶりである。ちなみに同氏の最近のX(旧Twitter)の投稿を見ると、FDAの中庭のベンチに刻まれたセンテンスという投稿がある。そのセンテンスとは「The devil has got hold of the food supply of this country(悪魔がこの国の食糧供給を掌握している)」というもの。しかし、Xに搭載されている生成AIのGrokが「この写真は改変されている可能性が高い」と指摘している。要はそんなセンテンスなどベンチに刻まれていないということだ。いやはやとんだ人がHHS長官になったものである。「悪魔」はあなたではないのか、と問いたい。 参考 1) U.S. Department of Health and Human Services:HHS Winds Down mRNA Vaccine Development Under BARDA

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グローバルヘルスの開発援助、今後5年でさらに低下か/Lancet

 米国・保健指標評価研究所(IHME)のAngela E. Apeagyei氏らは、幅広いデータソースを用い、1990~2030年の保健分野の開発援助(Development assistance for health:DAH)について分析し、主要供与国の援助削減により2025年のDAHは2009年の水準まで落ち込み、今後5年間でさらに低下するとの予測を報告した。DAHは新型コロナウイルス感染症のパンデミック中に最高水準に達したが、その後、世界経済の不確実性や各国での予算の取り合いが増す中で減少し、2025年初頭に米国や英国など主要供与国が援助の大幅な削減を発表したことで、中・低所得国における保健財政の先行きに対する懸念が高まっている。著者は、「DAHの大幅削減は保健格差の拡大を招く恐れがある。過去30年間で達成された世界的な健康問題に関する大きな成果を守るため、被援助国における効率性の向上、戦略的な優先順位付け、財政レジリエンスの強化が急務である」と述べている。Lancet誌2025年7月26日号掲載の報告。OECD、グローバルファンド、Gaviなどを含む幅広いデータソースからDAHを推計 研究グループは、経済協力開発機構(OECD)の債権者報告システム(Creditor Reporting System:CRS)データベース、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)およびワクチンと予防接種のための世界同盟(Gavi)などの機関のオンラインデータベース、民間慈善団体や非政府組織の財務報告書といった幅広いデータソースを用い、1990~2030年のDAHを推計した。 支出は、IHME Financing Global Healthの報告で15年以上にわたり開発されてきた標準化キーワードタグ付け法を用い、資金源、支出機関、保健重点分野および被援助国で分類した。 2025年については、主要供与国が発表した予算削減を組み込み、暫定的な推計を算出した。2030年までの予測については、各供与国の資金提供目標および線形回帰モデルを用いた。今回のDAH追跡では、供与国の範囲拡大および追加の支出組織に関する保健分野の細分化などを改良した。ピークは2021年の803億ドル、2025年に半減、2030年は345~378億ドルに減少 DAHは2021年に803億ドルでピークに達し、2024年には496億ドルに減少した。2025年には、発表された予算削減、とくに米国の二国間援助の削減によりDAHはさらに384億ドルまで減少し、2009年の水準にまで落ち込むと予想された。 主要な感染症や小児ワクチン分野にDAHを提供している世界の主要な保健機関(英国外務・英連邦・開発省、米国国際開発庁、フランス開発庁など)は支出を削減する見込みである。一方で、主要な国際開発金融機関は大規模な資金削減から保護されているため、DAHの支出全体に占める世界銀行の相対的な割合が増加している。 現行の政策の下ではDAHは停滞が続き、2030年には362億ドルになると予想される。感度分析では、2025年の推定値は米国の削減幅の変動に応じて、悲観的シナリオの368億ドルから楽観的シナリオの400億ドルまでの範囲となる可能性がある。同様に今後5年間では、DAHの総額は2030年に、米国の貢献が肯定的なシナリオでは378億ドル、否定的なシナリオでは345億ドルになると予想される。

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米国の国際援助打ち切り、世界の死亡率に及ぼす影響/Lancet

 米国国際開発庁(USAID)の資金援助は、過去20年間で低所得国および中所得国(LMICs)における成人および小児の死亡率低下に大きく貢献しており、2025年前半に開始された突然の資金削減が撤回されない場合、2030年までに驚くべき数の回避可能な死亡が発生する可能性があることを、ブラジル・Federal University of BahiaのDaniella Medeiros Cavalcanti氏らが明らかにした。USAIDは人道支援および開発援助における世界最大の資金提供機関であるが、その活動が世界の健康に与える影響、ならびに資金削減がもたらす影響を評価した研究はほとんどなかった。Lancet誌2025年7月19日号掲載の報告。133の国・地域のデータを用い分析 研究グループは、USAIDの資金援助レベルが「なし」~「非常に高い」の133の国または地域(LMICsを含む)のパネルデータを用い、予測分析を統合した後ろ向きインパクト評価を実施した。 まず、人口統計学的、社会経済的および医療関連の要因を補正したロバスト標準誤差(robust SE)を用いた固定効果多変量ポアソンモデルにより、2001~21年の全年齢層および全死因死亡率に対するUSAID資金の影響を推定した。次に年齢別、性別および死因別にその影響を評価した。 さらに、複数の感度分析と三角測量分析を実施し、最後に後ろ向き評価と動的マイクロシミュレーションモデルを統合して2030年までの影響を推定した。援助打ち切りで2030年までに全体で約1,400万人、5歳未満で約450万人が死亡 USAID資金援助レベルの向上(主にLMICs、とくにアフリカ諸国に向けた)は、年齢標準化全死因死亡率の15%減少(率比[RR]:0.85、95%信頼区間[CI]:0.78~0.93)、および5歳未満死亡率の32%減少(0.68、0.57~0.80)と関連していた。これは、USAIDの資金援助により21年間に、全年齢で9,183万9,663人(95%CI:8,569万135~9,829万1,626)、5歳未満で3,039万1,980人(2,602万3,132~3,548万2,636)の死亡が回避されたことを意味していた。 USAIDの資金援助は、HIV/AIDSによる死亡率の65%減少(RR:0.35、95%CI:0.29~0.42)、マラリアによる死亡率の51%減少(0.49、0.39~0.61)、および熱帯病による死亡率の50%減少(0.50、0.40~0.62)と関連しており、それぞれ2,550万人、800万人および890万人の死亡が回避された。 結核、栄養障害、下痢症、下気道感染症および周産期異常による死亡率の有意な減少も観察された。 予測モデルでは、現在の大幅な資金削減は2030年までに、5歳未満の453万7,157人(不確実性区間:312万4,796~591万791)を含む全年齢で計1,405万1,750人(847万5,990~1,966万2,191)超の死亡を追加でもたらす可能性が示唆された。

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気管支拡張症に対する初めての有効な治療に注目(解説:田中希宇人氏 /山口佳寿博氏)

 本研究は気管支拡張症に対する初の有効な薬物療法に関する重要な知見と考える。現在、気管支拡張症に承認された治療薬が存在せず、去痰剤や反復する感染に対する抗菌薬投与、抗炎症作用を期待したマクロライド系抗菌薬の長期少量投与などが経験的に用いられている。しかもこれらの治療法に関してはエビデンスは限定的で、耐性菌やQT延長などの副作用も懸念される。brensocatibはカテプシンC(DPP-1)を抑えることで好中球の炎症酵素活性を阻害するというまったく新しい機序によって気管支拡張症そのものの病態に直接作用し、増悪頻度を減らしうる治療薬と捉えられる。 brensocatibは頻回に増悪を繰り返す中等症~重症の気管支拡張症に対する新たな治療選択肢として期待される。とくに、従来の非結核性抗酸菌症を合併しているなどの理由で長期マクロライド療法が使えない症例や、マクロライドで効果不十分な場合に有用と考えられる。本研究では約35%が緑膿菌陽性、29%が前年に複数回の増悪歴を持つなど比較的重症例が含まれており、こうした複雑かつ重症症例で有効性が証明されたことから、今後は増悪リスクが高い症例に対する治療となりうる。逆に軽症で増悪の少ない気管支拡張症に関しては、重症で増悪回数の多い症例と同等のメリットがあるかどうかは不明である。また、結核を含めた抗酸菌感染症の合併例は除外されているので、そのような実臨床で頭を悩ます症例に関しても治療効果は不透明である。 本研究の試験期間中における死亡者は限られており、brensocatibが生存や死亡を改善するかは現時点では不明である。筆者らも呼吸機能低下を遅らせることで罹患や死亡を改善させるのでは、と間接的に述べるにとどまっている。 長期の安全性に関しても現時点では不安要素が残る。brensocatibはカテプシンC(DPP-1)を抑えることによって好中球の活性化を阻害する薬剤であり、長期投与することで理論上は感染防御能の低下など免疫への影響も懸念される。本研究は52週間といった比較的限られた期間での評価であり、慢性疾患である気管支拡張症に対しては、さらに数年単位の長期服用時の安全性データの蓄積と検討が望まれる。 brensocatibは気管支拡張症治療に対する新たな選択肢であることは間違いないが、実臨床でとくに効果の高い症例を選ぶためにはさらに慎重な検討が必要である。既存治療とどう組み合わされるべきか、どのような症例に最も有益か、長期のメリット・デメリットは何か、知見を集積することが重要と考える。

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抗IL-5抗体は“好酸球性COPD”の増悪を抑制する(解説:山口佳寿博氏/田中希宇人氏)

 好酸球を集積する喘息などの疾患が併存しないにもかかわらずCOPDの20~40%において好酸球増多を伴うことが報告されている。今回、論評の対象とした論文では、以上のような特殊病態を好酸球性COPD(COPD with Eosinophilic Phenotype)と定義し、その増悪に対する生物製剤抗IL-5抗体(メポリズマブ)の効果を検証している。好酸球性COPDの本質は確定されていないが、本論文では、喘息とCOPDの合併であるACO(Asthma and COPD Overlap)に加え多くの好酸球性全身疾患(多発血管炎性肉芽腫症など)の関与を除外したCOPDの一亜型(表現型)と定義されている。COPDの歴史的変遷 COPDの現在に通ずる病態の議論が始まったのは1950年代であり、肺結核を中心とする感染性肺疾患を除いた慢性呼吸器疾患を総称してChronic Non-Specific Lung Disease(CNSLD)と定義された。1964年には閉塞性換気障害を呈する肺疾患に対してイギリス仮説(British Hypothesis)とアメリカ仮説(American Hypothesis)が提出された。イギリス仮説では閉塞性換気障害の本質を慢性気管支炎、アメリカ仮説ではその本質を肺気腫と考えるものであった。しかしながら、1975年、ACCPとATSの合同会議を経て慢性気管支炎と肺気腫を合わせて慢性閉塞性肺疾患(COPD:Chronic Obstructive Pulmonary Disease)として統一された。 一方、1960年に提出されたオランダ仮説(Dutch Hypothesis)では、喘息、慢性気管支炎、肺気腫の3病態を表現型が異なる同一疾患であると仮定された。オランダ仮説はその後数十年にわたり評価されなかったが、21世紀に入り、COPDにおける喘息の合併率が、逆に、喘息におけるCOPDの合併率が、一般人口における各病態の有病率より有意に高いことが示され、慢性の気道・肺胞病変にはオランダ仮説で示唆された第3の病態、すなわち、肺気腫、慢性気管支炎によって代表されるCOPDと喘息の重複病態が存在することが示唆された。COPDと喘息の重複病態は、2009年にGibsonらによって(Gibson PG, et al. Thorax. 2009;64:728-735.)、さらに2014年、GINA(喘息の国際ガイドライン)とGOLD(COPDの国際ガイドライン)の共同作業によってACOS(Asthma and COPD Overlap Syndrome)と命名されたが、その後、ACO(Asthma and COPD Overlap)と改名された。ACOは1960年に提出されたオランダ仮説と基本概念が類似する疾患概念だと考えることができる。 しかしながら、近年、喘息が併存しないにもかかわらず好酸球性炎症が病態形成に関与する“好酸球性COPD”なる新たな概念が提出され、その本質に関し積極的に解析が進められている(Yun JH, et al. J Allergy Clin Immunol. 2018;141:2037-2047.)。すなわち、現時点におけるCOPDの病型には、古典的な好中球性COPD(肺気腫、慢性気管支炎)に加え、喘息が合併した好酸球性COPD(ACO)ならびに喘息の合併を認めない非喘息性の好酸球性COPDが存在することになる。好酸球性COPDの分子生物学的機序 20世紀後半にはTh2(T Helper Cell Type 2)リンパ球とそれらが産生するIL-4、IL-5、IL-13が喘息病態に重要な役割を果たすことが示された(Th2炎症)。21世紀に入り2型自然リンパ球(ILC2:Group 2 Innate Lymphoid Cells)が上皮由来のIL-33、IL-25およびTSLP(Thymic Stromal Lymphopoietin)により活性化され、IL-5、IL-13を大量に産生することが明らかにされた。その結果、喘息の主病態は、“Th2炎症”から“Type2炎症”へと概念が拡大された。喘息患者のすべてがType2炎症を有するわけではないが、半数以上の喘息患者にあってType2炎症が主たる分子機序として作用する。Type2炎症にあって重要な役割を担うIL-4、IL-13は、STAT-6を介し気道上皮細胞における誘導型NO合成酵素(iNOS)の発現を増強し、気道上皮において一酸化窒素(NO)を過剰に産生、呼気中の一酸化窒素濃度(FeNO)は高値を呈する。すなわち、FeNOはIL-4、IL-13に関連するType2炎症を、血中好酸球数は主としてIL-5に関連するType2炎症を、反映する臨床的指標と考えることができる。 好中球性炎症が主体であるCOPDにあって好酸球性炎症の重要性が初めて報告されたのは、慢性気管支炎の増悪時であった(Saetta M, et al. Am J Respir Crit Care Med. 1994;150:1646-1652.)。Saettaらは、ウイルス感染に起因する慢性気管支炎の増悪時に喀痰中の好酸球が約30倍増加することを示した。それ以降、COPD患者にあって増悪時ではなく安定期にもType2炎症経路が活性化され好酸球増多を伴う病態が存在することが報告された(Singh D, et al. Am J Respir Crit Care Med. 2022;206:17-24.)。これが非喘息性の好酸球性COPDに該当するが、COPDにおいてType2炎症経路がいかなる機序を介して活性化されるのかは確実には解明されておらず、今後の詳細な検討が待たれる。好酸球性COPDに対する生物製剤の意義-増悪抑制効果 2025年のGOLDによると、血中好酸球数が300cells/μL以上で慢性気管支炎症状が強い好酸球性COPDにおいては、ICS、LABA、LAMAの3剤吸入を原則とするが、吸入治療のみで増悪を管理できない場合には抗IL-4/IL-13受容体α抗体(抗IL-4Rα抗体)であるデュピルマブ(商品名:デュピクセント)を追加することが推奨された。2025年現在、米国においては、抗IL-5抗体であるメポリズマブ(同:ヌーカラ)も好酸球性COPD治療薬として承認されている。一方、本邦にあっては、2025年3月にGOLDの推奨にのっとりデュピルマブが好酸球性COPD治療薬として承認された。 本論評で取り上げたSciurbaらの無作為化プラセボ対照第III相試験(MATINEE試験)では、世界25ヵ国344施設から、(1)40歳以上のCOPD患者(喫煙歴:10pack-years以上)で喘息など好酸球が関与する諸疾患の除外、(2)スクリーニングの1年前までにステロイドの全身投与が必要な中等症増悪を2回以上、あるいは1回以上の入院が必要な重篤な増悪の既往を有し、(3)ICS、LABA、LAMAの3剤吸入療法を少なくとも3ヵ月以上受け、(4)血中好酸球数が300cells/μL以上、の非喘息性の好酸球性COPD患者804例が集積された。これらの患者にあって、170例がメポリズマブを、175例が対照薬の投与を受け52週間(13ヵ月)の経過が観察された。さらに、メポリズマブ群に割り当てられた233例、対照薬群の226例は104週間(26ヵ月)の経過観察が施行された。Primary endpointは救急外来受診あるいは入院を要する中等症以上の増悪の年間発生頻度で、メポリズマブ群で0.80回/年であったのに対し対照群のそれは1.01回/年であり、メポリズマブ群で21%低いことが示された。 Secondary endpointとして中等症以上の増悪発生までの日数が検討されたが、メポリズマブ群で419日、対照群で321日と、メポリズマブ群で約100日長いことが示された。MATINEE試験の結果は、増悪が生命予後の重要な規定因子となる非喘息性の好酸球性COPDにあってICS、LABA、LAMAの3剤吸入に加え、生物製剤メポリズマブの追加投与が増悪に起因する死亡率を有意に低下させる可能性を示唆した点で興味深い。 現在、喘息に対する生物製剤には、本誌で論評したメポリズマブ(商品名:ヌーカラ、抗IL-5抗体)以外にオマリズマブ(同:ゾレア、抗IgE抗体)、ベンラリズマブ(同:ファセンラ、抗IL-5Rα抗体)、GOLDで好酸球性COPDに対する使用が推奨されたデュピルマブ(同:デュピクセント、抗IL-4Rα抗体)、テゼペルマブ(同:テゼスパイア、抗TSLP抗体)の5剤が存在する。これらの生物製剤にあって、少なくともベンラリズマブ、デュピルマブ、テゼペルマブはACOを含む好酸球性COPDの増悪抑制という観点からはメポリズマブと同等の効果(あるいは、それ以上の効果)を発揮するものと予想される。いかなる生物製剤が好酸球性COPD(ACOと非喘息性の好酸球性COPDを含む)の生命予後を改善するのに最も適しているのか、今後のさらなる検討を期待したい。

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HIV・結核・マラリア対策、1ドル投資で19ドルの健康の利得可能/Lancet

 HIV、結核、マラリア対策への継続的な投資は、健康上の大きな成果と高い投資効果をもたらす可能性があり、これらを実現するには各国の支出の増加を継続し、2025年に予定されている世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)の増資を含めた幅広い外部資金の維持が不可欠であると、英国・インペリアル・カレッジ・ロンドンのTimothy B. Hallett氏らが、世界規模のモデリング研究の結果を報告した。持続可能な開発目標(SDGs)には、2030年までにHIV、結核、マラリアの流行を終息させることが含まれている。この目標達成まで残り5年となり、グローバルファンドが2027~29年のプログラムへの資金調達を行う予定であることから、継続的な投資によって何が達成できるかを明確にすることが求められていた。Lancet誌オンライン版2025年7月3日号掲載の報告。グローバルファンド支援国のHIV、結核、マラリア対策に必要な財源を推計 研究グループは、国連合同エイズ計画(UNAIDS)、ストップ結核パートナーシップ(Stop TB Partnership)、および世界保健機関(WHO)によって策定された世界計画に基づき、グローバルファンド支援国におけるHIV、結核、マラリア対策に必要な財源を推定した。 今後数年間に利用可能な財源の推計では、これら3疾患に対する各国の支出が一般的な政府支出の伸びに沿って増加し、グローバルファンドが追加で180億ドルを拠出し、その他の開発援助が2020~22年の平均と実質ベースで同水準になると仮定した。 グローバルファンド支援対象国における影響(総死亡率および罹患率への影響を含む)を定量化するため、3疾患それぞれの疫学モデルと費用モデルを用いて定量化。投資収益率(ROI)は、健康の本質的価値と、罹患および早期死亡のリスク低減による直接的な経済便益の両面を考慮して算出した。 分析は、2023年までの入手可能な最新のデータを使用し2024年末に完了した。予測期間の中心は2027~29年。この期間の具体的な拡大計画や資金調達はまだ確保されておらず、グローバルファンド第8次増資によって調達される資金の大半が使用される期間であった。2030年までに3疾患の死亡率削減の目標は、ほぼ達成可能 2027~29年における3疾患に対する総資源需要は、1,406億ドル(米ドル)と推定された。このうち、79%に当たる1,113億ドルは、国内財源(697億ドル)、グローバルファンド(180億ドル)、その他の外部援助(236億ドル)から賄えると試算された。これらの利用可能な資源を最適に活用することで、2027~29年に2,300万人の命を救い、4億件の症例と新規感染を回避できる可能性がある。 3疾患の合計死亡率の推移は、2030年のSDGs達成目標に近づくと予測された(2030年の目標と2029年末の予測との差は、正規化された総死亡率の1.5~15.5%の間)。各国の平均寿命の格差は2029年までに7%縮小し、2027~29年における入院日数は1億8,900万日、外来受診回数は5億7,200万回減少し、11億ドルの節約となることが示され、1ドルの投資に対して、最大19ドルの健康の本質的価値または3.5ドルの直接的な経済利益が得られる可能性がある。

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COVID-19の世界的流行がとくに影響を及ぼした疾患・集団は/BMJ

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行によって、COVID-19以外のいくつかの疾患、とくに精神疾患(抑うつ、不安障害)、アフリカ地域の幼児におけるマラリア、高齢者における脳卒中と虚血性心疾患の負担が著しく増加し、これには年齢や性別で顕著な不均衡がみられることが、中国・浙江大学のCan Chen氏らの調査で示された。研究の成果は、BMJ誌2025年7月2日号に掲載された。GBD 2021のデータを用いた時系列モデル分析 研究グループは、COVID-19の世界的流行が他の疾病負担の原因に及ぼした影響を体系的に調査し、評価することを目的に時系列モデル分析を行った(中国国家自然科学基金委員会の助成を受けた)。 世界疾病負担研究(GBD)2021に基づき、1990~2021年の174の原因による疾病負担のデータを収集した。時系列モデルを開発し、COVID-19が発生しなかったとするシナリオの下で、2020年と2021年における174の原因による疾病負担を、地域別、年齢層別、男女別にシミュレートすることで、他の原因の疾病負担に及ぼしたCOVID-19の影響を定量化した。 2020~21年の発生率、有病率、障害調整生存年(DALY)、死亡の増加の原因について、その比率の実測値と予測値の絶対的率差(10万人当たり)と相対的率差(%)を、95%信頼区間(CI)とともに算出した。率差の95%CIが0を超える場合に、統計学的に有意な増加と判定した。とくにマラリア、抑うつ、不安障害で、DALY負担が増加 世界的に、マラリアの年齢標準化DALY率は、10万人当たりの絶対差で97.9(95%CI:46.9~148.9)、相対的率差で12.2%(5.8~18.5)増加し、抑うつ状態はそれぞれ83.0(79.2~86.8)および12.2%(11.7~12.8)の増加、不安障害は73.8(72.2~75.4)および14.3%(14.0~14.7)の増加であり、いずれも顕著な統計学的有意性を示した。次いで、脳卒中、結核、虚血性心疾患で高い有意性を認めた。 さらに、10万人当たりの年齢標準化発生率および有病率は、抑うつ状態(発生率618.0[95%CI:589.3~646.8]、有病率414.2[394.6~433.9])と不安障害(102.4[101.3~103.6]、628.1[614.5~641.7])で有意に増加し、虚血性心疾患(11.3[5.8~16.7])と脳卒中(3.0[1.1~4.8])は年齢標準化有病率が著明に増加していた。抑うつ、不安障害のDALY負担増加は女性で顕著 加えて、マラリアによる年齢標準化死亡率が有意に増加していた(10万人当たり1.3[95%CI:0.5~2.1])。また、抑うつと不安障害は、世界的なDALY負担の増加の主要な原因であり、男性と比較して女性で顕著であった。 一方、マラリアは、アフリカ地域における最も深刻なDALY負担増加の原因であり、典型的には5歳未満の小児の罹患による負担が増加していた。また、脳卒中と虚血性心疾患は、欧州地域と70歳以上で負担が増加した。 著者は、「これらの知見は、将来の公衆衛生上の緊急事態に対する偏りのない備えに資するために、保健システムの回復力の強化、平等なサーベイランスの増強、複数の疾患と社会状況の重なりに関する情報に基づく戦略(syndemic-informed strategy)の導入が、緊急に求められることを強く主張するものである」としている。

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WHO予防接種アジェンダ2030は達成可能か?/Lancet

 WHOは2019年に「予防接種アジェンダ2030(IA2030)」を策定し、2030年までに世界中のワクチン接種率を向上する野心的な目標を設定した。米国・ワシントン大学のJonathan F. Mosser氏らGBD 2023 Vaccine Coverage Collaboratorsは、目標期間の半ばに差し掛かった現状を調べ、IA2030が掲げる「2019年と比べて未接種児を半減させる」や「生涯を通じた予防接種(三種混合ワクチン[DPT]の3回接種、肺炎球菌ワクチン[PCV]の3回接種、麻疹ワクチン[MCV]の2回接種)の世界の接種率を90%に到達させる」といった目標の達成には、残り5年に加速度的な進展が必要な状況であることを報告した。1974年に始まったWHOの「拡大予防接種計画(EPI)」は顕著な成功を収め、小児の定期予防接種により世界で推定1億5,400万児の死亡が回避されたという。しかし、ここ数十年は接種の格差や進捗の停滞が続いており、さらにそうした状況が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックによって助長されていることが懸念されていた。Lancet誌オンライン版2025年6月24日号掲載の報告。WHO推奨小児定期予防接種11種の1980~2023年の動向を調査 研究グループは、IA2030の目標達成に取り組むための今後5年間の戦略策定に資する情報を提供するため、過去および直近の接種動向を調べた。「Global Burden of Diseases, Injuries, and Risk Factors Study(GBD)2023」をベースに、WHOが世界中の小児に推奨している11のワクチン接種の組み合わせについて、204の国と地域における1980~2023年の小児定期予防接種の推定値(世界、地域、国別動向)をアップデートした。 先進的モデリング技術を用いてデータバイアスや不均一性を考慮し、ワクチン接種の拡大およびCOVID-19パンデミック関連の混乱を新たな手法で統合してモデル化。これまでの接種動向とIA2030接種目標到達に必要なゲインについて文脈化した。その際に、(1)COVID-19パンデミックがワクチン接種率に及ぼした影響を評価、(2)特定の生涯を通じた予防接種の2030年までの接種率を予測、(3)2023~30年にワクチン未接種児を半減させるために必要な改善を分析するといった副次解析を行い補完した。2010~19年に接種率の伸びが鈍化、COVID-19が拍車 全体に、原初のEPIワクチン(DPTの初回[DPT1]および3回[DPT3]、MCV1、ポリオワクチン3回[Pol3]、結核予防ワクチン[BCG])の世界の接種率は、1980~2023年にほぼ2倍になっていた。しかしながら、これらの長期にわたる傾向により、最近の課題が覆い隠されていた。 多くの国と地域では、2010~19年に接種率の伸びが鈍化していた。これには高所得の国・地域36のうち21で、少なくとも1つ以上のワクチン接種が減っていたこと(一部の国と地域で定期予防接種スケジュールから除外されたBCGを除く)などが含まれる。さらにこの問題はCOVID-19パンデミックによって拍車がかかり、原初EPIワクチンの世界的な接種率は2020年以降急減し、2023年現在もまだCOVID-19パンデミック前のレベルに回復していない。 また、近年開発・導入された新規ワクチン(PCVの3回接種[PCV3]、ロタウイルスワクチンの完全接種[RotaC]、MCVの2回接種[MCV2]など)は、COVID-19パンデミックの間も継続的に導入され規模が拡大し世界的に接種率が上昇していたが、その伸び率は、パンデミックがなかった場合の予想よりも鈍かった。DPT3のみ世界の接種率90%達成可能、ただし楽観的シナリオの場合で DPT3、PCV3、MCV2の2030年までの達成予測では、楽観的なシナリオの場合に限り、DPT3のみがIA2030の目標である世界的な接種率90%を達成可能であることが示唆された。 ワクチン未接種児(DPT1未接種の1歳未満児に代表される)は、1980~2019年に5,880万児から1,470万児へと74.9%(95%不確実性区間[UI]:72.1~77.3)減少したが、これは1980年代(1980~90年)と2000年代(2000~10年)に起きた減少により達成されたものだった。2019年以降では、COVID-19がピークの2021年にワクチン未接種児が1,860万児(95%UI:1,760万~2,000万)にまで増加。2022、23年は減少したがパンデミック前のレベルを上回ったままであった。未接種児1,570万児の半数が8ヵ国に集中 ワクチン未接種児の大半は、紛争地域やワクチンサービスに割り当て可能な資源がさまざまな制約を受けている地域、とくにサハラ以南のアフリカに集中している状況が続いていた。 2023年時点で、世界のワクチン未接種児1,570万児(95%UI:1,460万~1,700万)のうち、その半数超がわずか8ヵ国(ナイジェリア、インド、コンゴ、エチオピア、ソマリア、スーダン、インドネシア、ブラジル)で占められており、接種格差が続いていることが浮き彫りになった。 著者は、「多くの国と地域で接種率の大幅な上昇が必要とされており、とくにサハラ以南のアフリカと南アジアでは大きな課題に直面している。中南米では、とくにDPT1、DPT3、Pol3の接種率について、以前のレベルに戻すために近年の低下を逆転させる必要があることが示された」と述べるとともに、今回の調査結果について「対象を絞った公平なワクチン戦略が重要であることを強調するものであった。プライマリヘルスケアシステムの強化、ワクチンに関する誤情報や接種ためらいへの対処、地域状況に合わせた調整が接種率の向上に不可欠である」と解説。「WHO's Big Catch-UpなどのCOVID-19パンデミックからの回復への取り組みや日常サービス強化への取り組みが、疎外された人々に到達することを優先し、状況に応じた地域主体の予防接種戦略で世界的な予防接種目標を達成する必要がある」とまとめている。

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第266回 尾身氏の「コロナ総括」が話題、その裏にあるTV出演の真意とは

尾身氏、とんだところに出演!?新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)が感染症法の5類に移行してから2年以上が経過した。「はや2年」と考えるか、「まだ2年」と考えるのかは人それぞれだろうが、私はどちらかと言えば後者である。ただ、より具体的に言うと、「まだ2年にもかかわらず、もっと昔のことのように捉えてしまっていた」のが実際だ。そんな最中、久しぶりにここ数日、この話題にかなり引っ張られた。というのもSNSで、かつて内閣官房の新型インフルエンザ等対策推進会議に置かれた新型コロナウイルス感染症対策分科会会長だった尾身 茂氏(現・公益財団法人結核予防会 理事長)が話題になっていたからだ。尾身氏は6月8日に放送された読売テレビの「そこまで言って委員会NP」の「新型コロナ総括」と題する番組に出演。そこでコロナ禍時代を振り返った出演者との議論に一部の人たちがかなり“過剰”反応したことがきっかけである。まず、SNS上ではどう話題になったかざっくり書くと、尾身氏が新型コロナワクチンに関して「感染予防効果がない」「若者は打つ必要がない」と言ったというのだが、これだけでは何ともわからない。実際の出演コメントをチェックそこで該当の放送が視聴できる民放公式テレビ配信サービス「TVer」で同番組を視聴した。件の発言は経済ジャーナリストの須田 慎一郎氏の「コロナワクチンの安全性はどの程度?」という疑問に対し、答えたものだ。より正確に引用すると以下のようになる。「私の私見を申し上げると、まず有効だったかどうかということを結論から言うと、感染防止効果、感染を防ぐ効果は残念ながらあまりないワクチンです。これリアリティです。だから、ワクチンをやったら絶対感染しないという保証はないし、実際に感染した人が多い。これは感染防止効果ですね。じゃあ今度もう1つの有効性の分野は、重症化・死亡をどれだけ防ぐのかってありますよね。(グラフを提示しながら)70代、80代、90代以上を見ると、グラフの縦線1回も打たなかった人。これを見ると明らかで、わかる通り、たくさん打った、5回打った人の死亡率は圧倒的に(低い)。これは埼玉県のデータですが、これは全国的に一緒」ここで示されたのは埼玉県新型感染症専門家会議で公表された資料である(同資料の「新規陽性者の致死率[ワクチン接種の有無・年齢別]」)。まず、率直に言ってこの尾身氏の発言に私はまったく違和感がない。より厳密に言えば、新型コロナに対するmRNAワクチンの感染予防効果は、デルタ株までは一定程度保たれていたがオミクロン株以降、急速に低下した。ただし、現在も“mRNAワクチンによる重症化予防効果が認められている”というのが一般的な見解であり、これ自体もごく当然の発言と言える。もっともSNS上では、変異株ごと有効性の変化や「あまりない」がすっ飛ばされ、「感染予防効果はなかった」という単純化された言説がワクチンに懐疑的な人を中心に鬼の首でも取ったように出回っているのが実態である。個人的には「今さら」感が強い話である。一方、若年者に対するワクチン接種については、どう言及したか?「それはもう私は私見だけじゃなくて、これは分科会の会長として公に何度も言っています。途中からこれは若い人は感染しても重症化しないし、比較的副反応が強いから、これについては、まあ本人たちがやりたいんならどうぞと」これについては出演者から「そのアナウンスは聞かなかったなあ」との発言が飛び出したが、尾身氏は「それはわれわれの記者会見では何度も言ってる。だけどテレビのなんとかショーでは、それをほかのほうをやるからということは結構(あった)。まあ、そのことはこれ以上言ってもしょうがないんで、ま、ファクトとして、それは私としては何度も言っている」と応じた。メディアが報じていない?発信しているメディアを見ていない?実はこちらの発言に関しては、私も出演者と同じく「えっ、言ってたっけ?」との感想である。もっとも自分自身、分科会や新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードの発信内容をすべて追えていたわけではないので何とも言えない。むしろ報道あるいは情報発信の難しさを改めて思い知らされた一件でもある。私自身各所で書いたことがあるが、SNS上などでよく目にする「メディアは報じない」という事象は、実際には報じられていながら、そう発信した人が情報収集の対象とするメディアの範囲内で発信されていなかっただけということがよくある。ちなみにそれすらもない場合は、多くのメディアが報じるだけの高い価値がないと判断した場合である。もっともこの若年者のワクチン接種についての尾身氏の発言は、丁寧に読めば、若年者に対する新型コロナワクチンの必要性を否定しているわけではなく、“希望者は任意で接種すればよし”というプライオリティ的な問題でもある。ただ、これがSNS上では尾身氏が若年者に新型コロナワクチンは必要ないと認めたと喧伝されてしまっている。アウェーで情報を発信する意義「SNS上では日常茶飯事」と言えばそれまでだが、この件で私が気になったのは、一部の医療従事者が「あんな番組に出るから…」的な意見を発信していることだ。気持ちはわからなくもない。実際、今回の番組は新型コロナワクチンに懐疑的な出演者も一部おり、尾身氏にとって明らかにアウェーな場である。しかし、コロナ禍を通じ一定の社会分断が起きた現実を踏まえ、今後のパンデミック対策の在り方を考えるならば、ある程度はアウェーな場所も含め専門家が一般向けにしつこく発信を続ける必要性があると私は感じている。「言っても通じない」「○○なやつは放置」が、実は後々重大な結果を招くことを私自身は経験している。あえて具体名を出すが、故・近藤 誠氏による「がんもどき理論」である。ベストセラーとなった同氏の著書「患者よ、がんと闘うな」の出版直後、今の日本臨床腫瘍学会の前身である日本臨床腫瘍研究会に近藤氏が招かれ、当時の一線のがん専門医にパネルディスカッションでフルボッコにされるシーンを当時20代の記者だった私は目にした。これ以後、がん専門医から近藤氏の主張に真っ向から対決する意見は、私の記憶では一定期間なかったように思う。当時、私自身は複数のがん専門医に近藤氏が「がんもどき理論」を主張し続けることをどう思うか尋ねたが、皆一様に「かまうだけ無駄」との意見だった。中には「今度その名前を口にしたら出入り禁止にするぞ」とまで凄んだ専門医までいたが、私があえて尋ねたのは、若輩者ながらすでにこの時点で「ヒトは発信量が多い対象の言うことを真に受けがちである」と感じていたからだ。ナチス・ドイツの宣伝大臣だったヨーゼフ・ゲッベルスの言葉を借りれば「嘘も百回言えば真実となる」なのだ。そして2010年代後半に突如複数の近藤氏を批判する本が出版されたことを考えれば、この間の「がんもどき理論」信者のエコーチェンバー現象が医療現場では必ずしも無視できない状況となったことを強くにおわせるし、実際、私自身そうした話を何度も耳にした。もちろんワクチンに懐疑的な人たちの中には話しても無駄な人がいるのは確かである。だが、懐疑的な人たちの周囲には一定の動揺層がいる。医療者が懐疑的な人たちを単純に放置し続ければ、将来起こるかもしれないパンデミック時に大きな障害になることは必定だ。その意味で今回の尾身氏のテレビ出演は、切り取られリスクを考慮しても英断であると個人的には考えている。

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世界の主要な20の疾病負担要因、男性の健康損失が女性を上回る

 2021年の世界疾病負担研究(GBD 2021)のデータを用いた新たな研究で、女性と男性の間には、疾病負担の主要な20の要因において依然として格差が存在し、過去30年の間にその是正があまり進んでいないことが示された。全体的に、男性は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)や交通事故など早期死亡につながる要因の影響を受けやすいのに対し、女性は筋骨格系の疾患や精神障害など致命的ではないが長期にわたり健康損失をもたらす要因の影響を受けやすいことが示されたという。米カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)のVedavati Patwardhan氏らによるこの研究の詳細は、「The Lancet Public Health」5月号に掲載された。 Patwardhan氏らは、GBD 2021のデータを用いて、1990年から2021年における10歳以上の人を対象に、世界および7つの地域における上位20の疾病負担要因の障害調整生存年(DALY)率について、男女別に比較した。DALYとは、障害や疾患などによる健康損失を考慮して調整した指標であり、1DALYとは1年間の健康な生活の損失を意味する。20の疾病負担要因は、COVID-19、心筋梗塞、交通事故、脳卒中、呼吸器がん、肝硬変およびその他の慢性肝臓病、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、腰痛、うつ病、結核、頭痛、不安症(不安障害)、筋骨格系疾患、転倒、下気道感染症、慢性腎臓病、アルツハイマー病およびその他の認知症、糖尿病、HIV/エイズ、加齢性難聴およびその他の難聴であった。 その結果、2021年では、検討した20要因のうちCOVID-19や肝臓病など13要因で男性のDALYは女性よりも高いことが推定された。男女差が最も顕著だったのはCOVID-19で、年齢調整DALY(10万人当たり)は男性で3,978、女性で2,211であり、男性の健康負担は女性に比べて44.5%高かった。COVID-19の負担は地域を問わず男性の方が高かったが、特に差が大きかったのはサハラ以南のアフリカ、ラテンアメリカ諸国、カリブ海諸国だった。 DALYの男女差の絶対値が2番目に大きかった要因は心筋梗塞で、10万人当たりのDALYは男性で3,599、女性で1,987であり、男性の健康負担は女性より44.7%高かった。地域別に見ると、中央ヨーロッパ、東ヨーロッパ、中央アジアでは男女差が大きかった。 また、女性に比べて男性に多い要因は、年齢が低いほどリスク増加が小さい傾向が認められたが、交通事故による負傷は例外であり、世界中で10〜24歳の若い男性で不釣り合いに多く発生していた。 一方、女性は長期的な健康損失をもたらす疾患において男性よりもDALYが高い傾向が見られた。特にDALYの男女差が顕著だったのは、腰痛(絶対差478.5)、うつ病(同348.3)、頭痛(332.9)であった。また、女性には、人生の早い段階からより深刻な症状に悩まされ、その症状は年齢とともに悪化する傾向も認められた。 論文の共著者である米ワシントン大学保健指標評価研究所(IHME)のGabriela Gil氏は、「女性の健康損失の大きな要因、特に筋骨格系疾患と精神疾患は十分に注目されているとは言えない。女性のヘルスケアに対しては、性や生殖に関する懸念などこれまで医療制度や研究資金が優先してきた領域を超えた、より広範な取り組みが必要なことは明らかだ」と述べている。 論文の上席著者であるIHMEのLuisa Sorio Flor氏は、「これらの結果は、女性と男性では経時的に変動したり蓄積されたりする多くの生物学的要因と社会的要因が異なっており、その結果、人生の各段階や世界の地域ごとに経験する健康状態や疾患が異なることを明示している」との見方を示す。その上で、「今後の課題は、性別やジェンダーを考慮した上で、さまざまな集団において、早期から罹患率や早期死亡の主な原因を予防・治療する方法を設計して実施し、評価することだ」と述べている。

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咳嗽・喀痰の診療GL改訂、新規治療薬の位置付けは?/日本呼吸器学会

 咳嗽・喀痰の診療ガイドラインが2019年版以来、約6年ぶりに全面改訂された。2025年4月に発刊された『咳嗽・喀痰の診療ガイドライン第2版2025』1)では、9つのクリニカル・クエスチョン(CQ)が設定され、初めてMindsに準拠したシステマティックレビューが実施された。今回設定されたCQには、難治性慢性咳嗽に対する新規治療薬ゲーファピキサントを含むP2X3受容体拮抗薬に関するCQも含まれている。また、本ガイドラインは、治療可能な特性を個々の患者ごとに見出して治療介入するという考え方である「treatable traits」がふんだんに盛り込まれていることも特徴である。第65回日本呼吸器学会学術講演会において、本ガイドラインに関するセッションが開催され、咳嗽セクションのポイントについては新実 彰男氏(大阪府済生会茨木病院/名古屋市立大学)が、喀痰セクションのポイントについては金子 猛氏(横浜市立大学大学院)が解説した。喘息の3病型を「喘息性咳嗽」に統一、GERDの治療にP-CABとアルギン酸追加 咳嗽の治療薬について、「咳嗽治療薬の分類」の表(p.38、表2)が追加され、末梢性鎮咳薬としてP2X3受容体拮抗薬が一番上に記載された。また、中枢性と末梢性をまたぐ形で、ニューロモデュレーター(オピオイド、ガバペンチン、プレガバリン、アミトリプチリンが含まれるが、保険適用はモルヒネのみ)が記載された。さらに、今回からは疾患特異的治療薬に関する表も追加された(p.38、表3)。咳喘息について、前版では気管支拡張薬を用いることが記載されていたが、改訂版の疾患特異的治療薬に関する表では、β2刺激薬とロイコトリエン受容体拮抗薬(LTRA)が記載された。なお、抗コリン薬が含まれていない理由について、新実氏は「抗コリン薬は急性ウイルス感染や感染後の咳症状などに効果があるというエビデンスもあり、咳喘息に特異的ではないためここには記載していない」と述べた。 咳症状の観点による喘息の3病型として、典型的喘息、咳優位型喘息、咳喘息という分類がなされてきた。しかし、この3病型には共通点や連続性が存在し、基本的な治療方針も変わらないことから、1つにまとめ「喘息性咳嗽」という名称を用いることとなった。ただし、狭義の慢性咳嗽には典型的喘息、咳優位型喘息を含まないという歴史的背景があり、咳だけを呈する喘息患者の存在が非専門医に認識されるためには「咳喘息」という名称が有用であるため、フローチャートでの記載や診断基準は残している。 咳喘息の診断基準について、今回の改訂では3週間未満の急性咳嗽では安易な診断により過剰治療にならないように注意することや、β2刺激薬は咳喘息でも無効の場合があるため留意すべきことが記されている。後者について新実氏は「β2刺激薬に効果がみられない場合は咳喘息を否定するという考えが見受けられるため、注意喚起として記載している」と指摘した。 喘息性咳嗽について、前版では軽症例には中用量の吸入ステロイド薬(ICS)単剤で治療することが記載されていたが、喘息治療においてはICS/長時間作用性β2刺激薬(LABA)が基本となるため、本ガイドラインでも中用量ICS/LABAを基本とすることが記載された。ただし、ICS+長時間作用性抗コリン薬(LAMA)やICS+LTRA、中用量ICS単剤も選択可能であることが記載された。また、本ガイドラインの特徴であるtreatable traitsを考慮しながら治療を行うことも明記されている。 胃食道逆流症(GERD)については、GERDを疑うポイントとしてFSSG(Fスケール)スコア7点以上、HARQ(ハル気道逆流質問票)スコア13点以上が追加された。また、治療についてはカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)とアルギン酸が追加されたほか、treatable traitsへの対応を十分に行わないと改善しにくいことも記載されている。難治性慢性咳嗽に対する唯一の治療薬ゲーファピキサント 難治性慢性咳嗽は、治療抵抗性慢性咳嗽(Refractory Chronic Cough:RCC)、原因不明慢性咳嗽(Unexplained Chronic Cough:UCC)からなることが記されている。本邦では、RCC/UCCに適応のある唯一の治療薬が、選択的P2X3受容体拮抗薬のゲーファピキサントである。本ガイドラインでは、RCC/UCCに対するP2X3受容体拮抗薬に関するCQが設定され、システマティックレビューの結果、ゲーファピキサントはLCQ(レスター咳質問票)合計スコア、咳VASスコア、24時間咳嗽頻度を低下させることが示された。ガイドライン作成委員の投票の結果、使用を弱く推奨する(エビデンスの確実性:B[中程度])こととなった。 慢性咳嗽のtreatable traitsとして、気道疾患、GERD、慢性鼻副鼻腔炎などの12項目が挙げられている。このなかの1つとして、咳過敏症も記載されている。慢性咳嗽患者の多くはtreatable traitsとしての咳過敏症も有しており、このことを見過ごして行われる原因疾患のみの治療は、しばしば不成功に終わることが強調されている。新実氏は「原因疾患に対する治療をしたうえで、P2X3受容体拮抗薬により咳過敏症を抑えることで咳嗽をコントロールできる患者も実際にいるため、理にかなっているのではないかと考えている」と述べた。国内の専門施設では血痰・喀血の原因は年齢によって大きく異なる 前版のガイドラインは、世界初の喀痰診療に関するガイドラインとして作成されたが、6年ぶりの改訂となる本ガイドラインも世界唯一のガイドラインであると金子氏は述べる。 喀痰に関するエビデンスは少なく、前版の作成時には、とくに国内のデータが不足していた。そこで、本ガイドラインの改訂に向けてエビデンス創出のために多施設共同研究を3研究実施し(1:血痰と喀血の原因疾患、2:膿性痰の色調と臨床背景、3:急性気管支炎に対する抗菌薬使用実態)、血痰と喀血の原因疾患に関する研究の成果が英語論文として2件報告されたことから、それらのデータが追加された。 血痰と喀血の原因疾患として、前版では英国のプライマリケアのデータが引用されていた。このデータは海外データかつプライマリケアのデータということで、本邦の呼吸器専門施設で遭遇する疾患とは異なる可能性が考えられていた。そこで、国内において呼吸器専門施設での原因を検討するとともに、プライマリケアでの原因も調査した。 本邦での調査の結果、プライマリケアでの血痰と喀血の原因疾患の上位4疾患は急性気管支炎(39%)、急性上気道感染(15%)、気管支拡張症(13%)、COPD(7.8%)であり2)、英国のプライマリケアのデータ(1位:急性上気道感染[35%]、2位:急性下気道感染[29%]、3位:気管支喘息[10%]、4位:COPD[8%])と上位2疾患は急性気道感染という点、4位がCOPDという点で類似していた。 一方、本邦の呼吸器専門施設での血痰と喀血の原因疾患の上位3疾患は、気管支拡張症(18%)、原発性肺がん(17%)、非結核性抗酸菌(NTM)症(16%)であり、プライマリケアでの原因疾患とは異なっていた。また「呼吸器専門施設では年齢によって、原因疾患が大きく異なることも重要である」と金子氏は指摘する。たとえば、20代では細菌性肺炎が多く、30代では上・下気道感染、気管支拡張症が約半数を占め、40~60代では肺がんが多くなっていた。70代以降では肺がんは1位にはならず、70代はNTM症、80代では気管支拡張症、90代では細菌性肺炎が最も多かった3)。また、80代以降では結核が上位にあがって来ることも注意が必要であると金子氏は指摘した。近年注目される中枢気道の粘液栓 最近のトピックとして、閉塞性肺疾患における気道粘液栓が取り上げられている。米国の重症喘息を対象としたコホート研究「Severe Asthma Research program」において、中枢気道の粘液栓が多発していることが2018年に報告され、その後COPDでも同様な病態があることも示されたことから注目を集めている。粘液栓形成の程度は粘液栓スコアとして評価され、著明な気流閉塞、増悪頻度の増加、重症化や予後不良などと関連していることも報告されており、バイオマーカーとして期待されている。ただし、課題も存在すると金子氏は指摘する。「評価にはMDCT(multidetector row CT)を用いて、一つひとつの気管支をみていく必要があり、現場に普及させるのは困難である。そのため、現在はAIを用いて粘液スコアを評価するなど、さまざまな試みがなされている」と、課題や今後の期待を述べた。CQのまとめ 本ガイドラインにおけるCQは以下のとおり。詳細はガイドラインを参照されたい。【CQ一覧】<咳嗽>CQ1:ICSを慢性咳嗽患者に使用すべきか慢性咳嗽患者に対してICSを使用しないことを弱く推奨する(エビデンスの確実性:D[非常に弱い])CQ2:プロトンポンプ阻害薬(PPI)をGERDによる咳嗽患者に推奨するかGERDによる咳嗽患者にPPIを弱く推奨する(エビデンスの確実性:C[弱い])CQ3-1:抗コリン薬は感染後咳嗽に有効か感染後咳嗽に吸入抗コリン薬を勧めるだけの根拠が明確ではない(推奨度決定不能)(エビデンスの確実性:D[非常に弱い])CQ3-2:抗コリン薬は喘息による咳嗽に有効か喘息による咳嗽に吸入抗コリン薬を弱く推奨する(エビデンスの確実性:D[非常に弱い])CQ4:P2X3受容体拮抗薬はRefractory Chronic Cough/Unexplained Chronic Coughに有効かP2X3受容体拮抗薬はRefractory Chronic Cough/Unexplained Chronic Coughに有効であり、使用を弱く推奨する(エビデンスの確実性:B[中程度])<喀痰>CQ5:COPDの安定期治療において喀痰調整薬は推奨されるかCOPDの安定期治療において喀痰調整薬の投与を弱く推奨する(エビデンスの確実性:C[弱い])CQ6:COPDの安定期治療においてマクロライド少量長期投与は有効かCOPDの安定期治療においてマクロライド少量長期投与することを弱く推奨する(エビデンスの確実性:B[中程度])CQ7:喘息の安定期治療においてマクロライド少量長期療法は推奨されるか喘息の安定期治療においてマクロライド少量長期療法の推奨度決定不能である(エビデンスの確実性:C[弱い])CQ8:気管支拡張症(BE)に対してマクロライド少量長期療法は推奨されるかBEに対してマクロライド少量長期療法を強く推奨する(エビデンスの確実性:A[強い])

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人工関節感染疑い、培養が陰性である原因は?【1分間で学べる感染症】第26回

画像を拡大するTake home message人工関節感染(Prosthetic joint infection:PJI)疑いで培養が陰性である場合、先行する抗菌薬、培養が難しい微生物、検体採取の問題、非感染性疾患の4つの原因を考えよう。皆さんが目の前の患者さんの人工関節感染(PJI)を疑った際は、まず関節穿刺で関節穿刺液を採取して培養検査を提出すると思います。培養で何らかの原因微生物が検出されると思いきや、培養結果が陰性である状況に遭遇した場合、解釈とそのマネジメントに頭を悩まされることになります。単に「培養陰性だから感染ではない」と結論付けず、ここでは培養が陰性となる4つの原因を考えていきたいと思います。1)先行する抗菌薬の影響最も頻度の高い原因です。検体採取前に抗菌薬が投与されていた場合、培養結果が陰性となることがあります。患者さんの状態によりますが、状態が安定している場合にはいったん抗菌薬を中断し、抗菌薬を使用しない状況での培養提出が推奨されます。2)培養が難しい・培養されない微生物特殊な環境だけで増殖する微生物や、発育に時間がかかる微生物は、通常の培養法では検出が困難です。Cutibacterium acnesは発育に時間がかかるため、10~14日間の延長培養が推奨されます。非結核性抗酸菌や真菌も時間を要します。また、まれながらMycoplasma、Coxiella、Brucella、Ureaplasmaなどの報告もあります。3)検体採取の問題採取する検体数が不十分であったり、適切でない検体(例:スワブ)が使用されたりする場合、また保存や搬送過程に問題があると、培養感度が低下します。複数部位からの適切な量と種類の検体を、適切な条件で処理することが重要です。4)非感染性疾患関節痛や炎症を呈する非感染性疾患が、感染と間違えられることがあります。代表的なものに、痛風、偽痛風、メタローシスなどがあり、これらはPJIと類似した臨床像を示すため、診断に悩むことがたびたびあります。この4つの枠組みを念頭に置きながら、追加検査と初期治療に進むようにしましょう。1)Parikh MS, et al. J Infect Public Health. 2016;9:545-556.2)Goh GS, et al. J Arthroplasty. 2022;37:1488-1493.3)Tan TL, et al. JB JS Open Access. 2018;3:e0060.4)Tsai SW, et al. J Clin Orthop Trauma. 2024;52:102430.

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