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今年1月、キプロス大学のウイルス学者Leondios Kostrikis氏が率いるチームはデルタ株とオミクロン株の両方の変異を有する新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)ゲノムを見つけたと報告し1)、Deltacron(デルタクロン)と名付けたそれら配列をゲノム情報データベースGISAIDに登録しました。即座に反応した世界の専門家からの風当たりはきついものでした。Kostrikis氏らがGISAIDに登録した52の配列は新たな変異株を意味するものではないし、ましてや異なるウイルスがそれぞれ手持ちの遺伝情報を融合させて生じたものでもなく、実験での不手際による混入が招いたものであろうと多くの専門家はツイッターなどのソーシャルネットワークやら記者会見などで言い散らしたのです。たとえば世界保健機関(WHO)のCOVID-19チームのメンバーKrutika Kuppalli氏などはツイッターにオミクロン株とデルタ株が混じった超変異株などない(“#Omicron and #Delta did NOT form a super variant.”)と当時断言しました2)。研究の過程でオミクロン株がうっかり混じってしまったデルタ株検体の配列を読んでしまったことが原因だろうと同氏は推察しています。キプロスのKostrikis氏が配列をデルタクロンと呼んでしまったせいでデルタ株とオミクロン株が融合したウイルス配列が見つかったと幾つかのニュースは報じました。しかし配列はデルタ株であってデルタ株とオミクロン株の融合配列とは言っていないと同氏は釈明しています。とはいえ針のむしろのKostrikis氏はすっかり気が引けてしまったらしく、せっかくGISAIDに登録した“デルタクロン”の配列を72時間後には更なる調査が必要と言って引っ込めてしまいました。そんなこんなでもはやデルタクロンは幻として忘れ去られると思いきやさにあらず、デルタ株とオミクロン株の融合と思しきゲノムの報告は先月2月に入って相次ぎ、その月末27日までに融合産物らしいどれも非常に似通った配列がGISAIDに15も登録されています。そしてとうとう先週8日のmedRxiv掲載報告3)でフランスの研究者がその尻尾を捕まえたことを明らかにしました。デルタ株とオミクロン株のそれぞれに特有の変異を併せ持つSARS-CoV-2株・デルタミクロン(Deltamicron)を感染者の1人から培養で単離していわば生け捕りにし、そのゲノム配列を読み取ることに成功したのです。SARS-CoV-2感染は世界に広まってすでに数年が経ち、複数の変異種が時にあいまみえつつ入れ代わり立ち代わり跋扈しています。ウイルス2種がそれぞれ手持ちのゲノムを融合させるにはそれらがあいまみえている期間に同じ細胞に一緒に感染することを必要とします。デルタ株とオミクロン株の感染流行は数週間ほど重なっており、一つの細胞にそれらが共存して果てはそれぞれのゲノムを共有する機会は確かにありました。実際、デルタ株とオミクロン株の同時感染の報告は幾つか存在しますし、WHOのKuppalli氏のツイッター投稿とは裏腹にコロナウイルスがそれぞれ手持ちのゲノム情報を共有するのはよくあることです3)。フランスの研究報告の4日後の先週土曜日(12日)には米国の遺伝研究企業Helix社もデルタ株とオミクロン株の同時感染とゲノム情報の共有を裏付ける解析結果を発表しています4,5)。同社は米国でデルタ株流行とオミクロン株流行がかぶっていた去年11月から今年2月の感染例検体およそ3万件を解析し、同時感染20件を同定しました。そのうちの1つではウイルスゲノムの共有の痕跡が認められ、さらには、デルタ株とオミクロン株のゲノムが融合したウイルスが感染者2人から見つかりました。それらのSARS-CoV-2ゲノムは両端の一方(5‘末端)がデルタ株、もう一方(3’末端)がオミクロン株からのものでした。Helix社の研究で示唆されているようにデルタ株とオミクロン株の融合はどうやら稀であり、それら融合株がオミクロン株に比べて人から人により伝染しやすいという謂れは今の所ありません。ただしフランスの研究チームのスパイクタンパク質解析によると気味が悪いことにデルタミクロンは細胞膜への結合にうってつけ(optimization of virus binding to the host cell membrane)になっているようです3)。フランスの研究チーム曰く世界で初めてデルタミクロン株が今や単離されたことで細胞への結合のほどが実際にはどうなのかの検討が早速始まるでしょう。加えて、細胞各種でのその増えやすさ、先立つ感染やワクチン接種で備わった中和抗体の効き具合、遺伝的変化の様子なども今後調べることができます3)。ちなみにデルタ株とオミクロン株の融合などないと断言した件のKuppalli氏のツイッターには「今はどう考える?(So, what do you have to say about this now?)」といった問いかけがあり、また最近のニュースでも言及されました。それに対して同氏は先週11日に以下のように回答しています。“This is a perfect example of media taking a tweet out of context. I wrote that tweet in December in relation to a preprint that reported “Deltacron” that tweet was relevant to that story at the time. Using a tweet from three months ago when things have evolved is inappropriate(ニュースが状況を無視してツイートを取り上げる良い例だ。私のツイートはデルタクロンを報告したプレプリントに関する去年12月のものだ[筆者注:ツイートされたのは今年1月10日。それにツイートで引用されているのはプレプリントではなくCNBCのニュース]。3ヵ月前[筆者注:2ヵ月前が妥当でしょう]のツイートを状況が変化した今になって取り上げるのは不適切だ)。この言い分はちょっと的外れと思うのはわたしだけでしょうか。参考1)Deltacron: the story of the variant that wasn’t. Nature.2)Krutika Kuppalli氏ツイッター投稿3)Culture and identification of a “Deltamicron” SARS-CoV-2 in a three cases cluster in southern France. medRxiv. March 08, 20224)Evidence for SARS-CoV-2 Delta and Omicron co-infections and recombination. medRxiv. March 12, 20225)"Deltacron" with genes of Delta and Omicron found Reuters.