2403.
AstraZeneca社のChAdOx1 nCoV-19(別名:AZD1222)は、チンパンジーアデノウイルス(Ad)をベクターとして用いた非自己増殖性の同種Adワクチンである(priming時とbooster時に同種のAdを使用)。ChAdOx1に関する第I~III相試験は、英国、ブラジル、南アフリカの3ヵ国で4つの試験が施行された(COV001:英国での第I/II相試験、COV002:英国での第II/III相試験、COV003:ブラジルでの第III相試験、COV005:南アフリカでの第I/II相試験)。それら4つの試験に関する総合的評価は中間解析(Voysey M, et al. Lancet. 2021;397:99-111.)と最終解析(Voysey M, et al. Lancet. 2021;397:881-891.)の2つに分けて報告された。 ChAdOx1に関する治験には種々の問題点が存在し、中間報告時から多くの疑問が投げ掛けられていた。最大の問題点は、最も重要な英国でのCOV002試験において37%の対象者に対して、ワクチン初回接種時に正式プロトコールで定められたAdウイルスの標準量(SD:5×1010 viral particles)ではなく、その半量(LD:2.2×1010 viral particles)が接種されていたことである。これは、Adウイルス量の調整間違いの結果と報告されたが、治験の信頼性を著しく損なうものであった。2番目の問題点は、ワクチンの1回目接種と2回目接種の間隔が正式プロトコールでは28日と定められていたにもかかわらず、多くの症例で28日間隔が順守されていなかったことである。たとえば英国のCOV002試験において、SD/SD群(初回接種:SD量、2回目接種:SD量)では中央値69日間隔、LD/SD群(初回接種:LD量、2回目接種:SD量)では中央値84日間隔の接種であり、SD/SD群における53%の症例で12週以上の間隔を空けて2回目のワクチンが接種されていた。ワクチン接種の間隔が一定でなかったことから、発症予防効果がワクチン接種の間隔に依存するという興味深い副産物的知見が得られたが、臨床試験の面からは許容されるべき内容ではない。3番目の問題点は、LD/SD群の発症予防効果(90%)が正式プロトコールのSD/SD群の発症予防効果(62%)を明確に凌駕していたことである(Voysey M, et al. Lancet. 2021;397:99-111.)。この現象を科学的に説明することは困難である。ただ、ChAdOx1の治験にあっては、他のワクチンで採用された有症状感染を評価指標とした発症予防効果に加え、無症候性感染を含めた感染全体に対する予防効果も評価されたことは特記に値する。 ChAdOx1の正式プロトコールであるSD/SD群における最終解析から得られた重要な知見(Voysey M, et al. Lancet. 2021;397:881-891.)は、(1)2回のワクチン接種間隔が12週以上の場合のS蛋白に対する中和抗体価(幾何学的平均)は、ワクチン接種間隔が6週以下の場合に比べ2倍以上高い。ただし、この現象は、55歳以下の若年/中年者において認められたもので56歳以上の高齢者では認められなかった。(2)その結果として、ワクチン接種間隔が12週以上の場合の発症予防効果(2回目ワクチン接種後14日以上経過した時点での判定)は、ワクチン接種間隔が6週以内の場合に比べ明らかに優っていた(12週以上で81.3% vs.6週以内で55.1%)。(3)無症候性感染に対する感染予防効果は、ワクチン接種間隔が6週以内の場合で-11.8%、12週以上の場合で22.8%であり共に有意な予防効果ではなかった。以上の結果より、ChAdOx1ワクチンの発症予防に関する最大の効果を得るためには、SD量のワクチンを12週間以上空けて接種すべきだと結論された。 ChAdOx1の治験では、LD/SD群、SD/SD群のすべてを対象として1回目のワクチン接種後22日目から90日目までの発症予防効果、無症候性感染予防効果が検討された(Voysey M, et al. Lancet. 2021;397:881-891.)。1回目ワクチン接種の発症予防効果は76.0%(有効)、無症候性感染予防効果は-17.2%(非有効)であった。一方、LD/SD群、SD/SD群のすべてを対象とした2回接種の発症予防効果は66.7%(有効)、無症候性感染予防効果は22.2%(非有効)であった。すなわち、ChAdOx1の1回接種は2回接種の発症予防効果に比べ優勢であっても劣勢であることはなく、ChAdOx1の2回接種の必要性に対して本質的疑問を投げ掛けるものであった(山口. ジャ-ナル四天王-1352「遺伝子ワクチンの単回接種は新型コロナ・パンデミックの克服に有効か?」、山口. 日本医事新報(J-CLEAR通信124). 2021;5053:32-38.)。3月18日現在、ChAdOx1は2回接種の同種AdワクチンとしてEU医薬品庁(EMA)の製造承認、WHOの使用に関する正当性(Validation)承認を得ているが、米国FDAの製造承認は得られていない。米国FDA、EU-EMAならびにWHOの全機関の承認を得ている単回接種の同種AdワクチンとしてJohnson & Johnson社のAd26.COV2.S(ベクター:ヒトAd26型Ad)が存在するが、その発症予防効果は米国、中南米、南アフリカにおける治験の平均で66%と報告された(山口. 日本医事新報(J-CLEAR通信124).2021;5053:32-38.)。すなわち、ChAdOx1の1回接種の発症予防効果はAd26.COV2.Sよりも優れており、パンデミックという緊急事態を考慮した場合、ChAdOx1を2回接種ではなく単回接種ワクチンとして発展させることを考慮すべきではないだろうか? 2021年2月7日、南アフリカはChAdOx1の導入計画を中止した。これはChAdOx1の南アフリカ変異株に対する予防効果が低いためであった(Fontanet A, et al. Lancet. 2021;397:952-954.)。3月に入りChAdOx1の使用を一時中断する国が増加している。2021年3月11日以降、デンマーク、アイスランド、ノルウェー、アイルランド、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、オランダなど、欧州各国が相次いでChAdOx1の接種を一時中断すると発表した(The New York Times. March 18, 2021)。この原因は、ChAdOx1接種後に脳静脈血栓を含む全身の静脈血栓症が相次いで報告されたためである。2021年3月10日までにChAdOx1を接種した500万人にあって脳静脈血栓症による死亡者1人を含む30人に血栓症の発生が確認された。すなわち、ChAdOx1接種後の血栓症全体の発症頻度は6人/100万人、脳静脈血栓症の発症頻度は0.2人/100万人と推定された。重篤な脳静脈血栓症の一般人口における発症頻度は0.63人/100万人(ドイツ国立ワクチン研究機関ポール・エーリッヒ研究所)とされており、ChAdOx1接種後に観察された現時点での脳静脈血栓症の発症頻度は、一般人口における発症頻度を超過するものではなかった。このようなことから、2021年3月18日現在、EU-EMAはChAdOx1と血栓症との因果関係を否定し、欧州各国にChAdOx1の接種再開を呼びかけた。その提言を受け、ドイツ、フランス、イタリア、スペインはChAdOx1の接種を再開したが、ノルウェー、スウェーデンなど北欧諸国は一時中断を継続すると発表した。WHO、EU-EMAが示唆しているように、ChAdOx1接種後の静脈血栓の発症率は一般人口における血栓発症率を超過するものではない。しかしながら、米国CDCの副反応報告では、Pfizer社BNT162b2、Moderna社mRNA-1273の接種後(1,379万4,904回)に全身の静脈血栓発生を認めず(Gee J, et al. MMWR. 2021;70:283-288.)、ChAdOx1接種後のみに、頻度が低いものの血栓症が発生している事実は看過できない問題だと論評者は考えている。