1947.
左室駆出率の保たれた心不全(HFpEF)181例を対象に、可溶型グアニリル酸シクラーゼ(sGC)刺激薬であるpraliciguatの運動耐容能に及ぼす効果を無作為化比較試験によって検証したCAPACITY HFpEF試験(Phase II)の結果が2020年10月20日、JAMA誌に公開された。結果として、praliciguatの12週間にわたる投与は、最大酸素摂取量をはじめとした運動耐容能を改善するには至らなかった1)。 HFpEFにおいて多くみられる糖尿病、高血圧、肥満患者や高齢者においては、酸化ストレスの増大によって血管内皮機能障害が生じ、一酸化窒素(NO)の生物学的利用能低下から内皮細胞に接する血管平滑筋細胞や心筋細胞などにおける環状グアノシン3’,5’-1リン酸(cGMP)の産生が減少する。これによりプロテインキナーゼG(PKG)の活性は低下し、血管弛緩反応の低下、心筋肥大・線維化などが生じる2)。HFpEF患者の心筋生検標本を用いた検討においては、cGMPならびにPKG活性の低下が報告されていることからも3)、HFpEFの治療標的としてNO-cGMP-PKG経路が注目されてきた。 アンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬(ARNI)であるサクビトリル/バルサルタンは、sGC刺激薬と同様に膜結合型グアニリル酸シクラーゼ(pGC)の活性化を介して細胞内のcGMPを増加させる薬剤であるが、HFpEFを対象にして行われたPARAGON-HF試験では、予後を改善させるには至らなかった4)。これまでに、血管拡張作用を有する薬剤を用いたHFpEFに対する無作為化比較試験では、いずれもプライマリエンドポイントに有意な結果が得られていない。その原因として、併存症の存在により病態が多様であることのほかに、HFpEFにおける左室圧・容積曲線の特性から、血管拡張薬を用いた際の1回心拍出量増加が、左室駆出率の低下した心不全(HFrEF)のように得られにくく、むしろ血行動態を悪化させてしまうことが考えられている5)。 NO-cGMP-PKG経路の障害は、HFrEFにおいても生じており、全身ならびに冠動脈における血管平滑筋細胞に影響を及ぼし、前・後負荷増大だけでなく心筋虚血を増悪させている可能性が考えられている6-8)。実際に、ARNIやsGC刺激薬であるvericiguatはHFrEFの予後を改善することが報告されている9,10)。冠動脈疾患の合併も少なく、血管拡張薬によって血行動態の改善が得られにくいHFpEFでは、sGC刺激薬の効果が十分に得られなかった可能性が考えられる。ただし、12週間という短期投与では、左室拡張機能を改善させるには不十分であった可能性も否定できない。 CAPACITY HFpEF試験においては、NO-cGMP-PKG経路の障害が疑われる糖尿病、高血圧、肥満、70歳以上の高齢のうち、2つ以上を満たす患者がエントリーされたとはいえ、平均年齢が70~71歳と比較的若年であり、冠動脈疾患の合併も40%以下と少なく、N末端プロ脳性ナトリウム利尿ペプチド(NT-proBNP)値も300pg/mL以下の症例が全体の56%を占めていた。こうした症例においては、NO-cGMP-PKG経路の障害が比較的軽度であった可能性もある。今後は、sGC刺激薬のレスポンダーを検出するためにも、NO-cGMP-PKG経路の障害を反映する簡便なバイオマーカーの開発が望まれる。引用文献1)Udelson JE, et al. JAMA. 2020;324:1522-1531.2)Emdin M, et al. J Am Coll Cardiol. 2020;76:1795-1807.3)Komajda M, et al. Eur Heart J. 2014;35:1022-1032.4)Solomon SD, et al. N Engl J Med. 2019;381:1609-1620.5)Schwartzenberg S, et al. J Am Coll Cardiol. 2012;59:442-451.6)Kubo SH, et al. Circulation. 1991;84:1589-1596.7)Ramsey MW, et al. Circulation. 1995;92:3212-3219.8)Katz SD, et al. Circulation. 2005;111:310-314.9)McMurray JJ, et al. N Engl J Med. 2014;371:993-1004.10)Armstrong PW, et al. N Engl J Med. 2020;382:1883-1893.