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新型コロナ感染症に対する主たるワクチン(Pfizer社のBNT162b2、Moderna社のmRNA-1273、AstraZeneca社のChAdOx1、Johnson & Johnson/Janssen社のAd26.COV2.S、Novavax社のNVX-CoV2373)の予防効果は、播種する主たるウイルスが野生株(武漢原株とそれから派生したウイルスの機能に影響を与えない株を含む:第1世代)からD614G変異株(従来株:第2世代)に置換されつつあった2020年の夏から秋にかけて施行された第III相試験の結果を基に報告された(Polack FP, et al. N Engl J Med. 2020;383:2603-2615.; Baden LR, et al. N Engl J Med. 2021;384:403-416.; Voysey M, et al. Lancet. 2021;397:99-111.; Sadoff J, et al. N Engl J Med. 2021;384:2187-2201.; Heath PT, et al. N Engl J Med. 2021 Jun 30. [Epub ahead of print])。 各ワクチンの第III相試験の結果は満足いくもので、有症候性感染に対する発症予防効果は、BNT162b2で94.8%、mRNA-1273で94.1%、ChAdOx1で81.5%、Ad26.COV2.S(単回接種)で72%、NVX-CoV2373で85.6%であった。さらに、無症候性感染予防効果、重症化(ICU入院/死亡)予防効果においても臨床的に満足いく結果が報告された。しかしながら、2021年の1月以降、世界を席巻する主たるウイルスはD614G株からさらに変異/進化を遂げた第3世代のウイルスに置換されつつある。第3世代変異株は、従来株に比べ感染性、病原性が高く、WHOは広範囲の地域に播種し世界レベルで多大な健康被害をもたらす可能性がある変異ウイルスをVariants of Concern(VOC)と定義した(Weekly epidemiological update on COVID-19. WHO. 2021 April 27.)。 VOCとして定義された変異株には、Alpha株(英国株:B.1.1.7)、Beta株(南アフリカ株:B.1.351)、Gamma株(ブラジル株:P.1)、Delta株(インド株:B.1.617.2)の4種類が含まれる。7月27日現在、Alpha株は世界182ヵ国、Beta株は131ヵ国、Gamma株は81ヵ国、Delta株は132ヵ国で検出されており(Weekly epidemiological update on COVID-19. WHO. 2021 July 27.)、7月13日現在、本邦を含む世界41ヵ国で4種のVOCすべてが共存することが確認されている(Weekly epidemiological update on COVID-19. WHO. 2021 July 13.)。さらに、WHOは局地的に蔓延している4種類の変異株をVariants of Interest(VOI)、13種類の変異株をVariants of Alert(VOA)に分類し、今後の持続的注意を呼び掛けている(Tracking SARS-CoV-2 Variants. WHO. 2021 July 18.)。VOC、VOI、VOAに分類された21種類の変異株は、感染性増強、ウイルス複製増加、あるいは、液性免疫回避を惹起する変異を有し、武漢原株のS蛋白を原型として作成された現状ワクチンの予防能力を減弱させる。すなわち、ワクチンの効果は地域/国によって異なり、その地域にあっていかなる変異株が優勢的に蔓延しているかを背景因子として考えておかなければならない。ワクチン接種後の新規感染は、Breakthrough infection(ワクチン突破新規感染)と呼称されるが、このBreakthrough infectionを形成する原因ウイルスも、その地域/国に蔓延しているウイルスの種類によって規定されることを念頭に置く必要がある。 本論評で取り上げたThompsonらの論文は、米国でワクチン接種が開始された2020年12月14日から2021年4月10日までの期間に集積されたReal-world settingにおけるワクチン接種の効果をワクチン非接種群と比較検討したものである。RNAワクチン(BNT162b2:67%、mRNA-1273:33%)の1回目接種後14日以上で2回目接種後14日未満の対象をワクチン不完全接種群、2回目接種後14日以上経過した対象をワクチン完全接種群と定義し、両者の感染予防効果(症状とは無関係に鼻腔拭い液のPCR陽性患者に対する予防効果)とワクチン接種に抗して発生したBreakthrough infectionの動態について解析している。 本論文で明らかにされた重要な事項は、(1)ワクチン完全接種群の感染予防効果は91%(BNT162b2:93%、mRNA-1273:82%)、不完全接種群の感染予防効果は81%(BNT162b2:80%、mRNA-1273:83%)、(2)ワクチン接種後のBreakthrough infectionのウイルスRNA量はワクチン非接種群の新規感染者に較べ40%低く、ウイルス検出期間はワクチン非接種群より66%低下していたという事実である。以上の結果は、ワクチン接種群では、たとえBreakthrough infectionが発生したとしても原因ウイルスの病原性はワクチン非接種群における同じウイルスの病原性よりも低く抑えられていることを意味し、これもワクチン接種の重要な効果の1つと考えることができる。本論文から推測できるワクチン完全接種による疑似感染後の新規感染率は0.19%であり、この値は新型コロナ自然感染後の再感染率(0.2%)と一致した(Rosemary RJ, et al. Lancet. 2021;397:1161-1163.)。以上の事実は、mRNAワクチン接種による疑似感染後の液性・細胞性免疫反応と自然感染後のそれらには質的な差が存在するにもかかわらず(Arunachalam PS, et al. Nature. 2021 Jul 12. [Epub ahead of print])、両者の感染予防効果はほぼ同等であることを示唆する。 Thompsonらの論文は、2021年4月初旬までの期間に集積されたワクチン接種群と非接種群における新規感染者の解析結果であり、背景ウイルスは7月現在の状況とは異なる。Thompsonらの論文に添付された補遺によると、ワクチン非接種群から判定される解析時点で米国を席巻していた背景ウイルスは、本論評で定義した第1世代に相当する野生株が90%を占め、WHOが定義したVOC(B.1.1.7)とVOA(B.1.427、B.1.429、P.2)が10%を占めた。一方、ワクチン接種群におけるBreakthrough infectionの原因ウイルスは、野生株が70%、VOA(B.1.429)が30%を占めた。ワクチン接種群と非接種群におけるVOC、VOA感染率が有意な差であるか否かは解析されていないので正確なところは不明であるが、Thompsonらの報告は、ワクチン接種後には、ワクチン抵抗性であるが故に高病原性のVOC、VOAの感染率が相対的に高くなる可能性を示唆している。 Thompsonらの論文では、5月以降、米国で感染が急上昇しているWHO分類のVOCの1つであるDelta株(インド株:B.1.617.2)が一例も検出されていないことに注意する必要がある。New York Times紙は、(1)米国では、新規感染者におけるDelta株の占める割合が5月初旬に数%であったものが2.5ヵ月後の7月14日時点では85%に達し、VOCにあってAlpha株から病原性の高いDelta株への置換が急速に進行している、(2)大規模なワクチン接種の励行によって一度低下した重症患者数が7月に入り再度増加に転じている、(3)Delta株による自然感染はワクチン接種率が低い州でより著明である、と報じた(The New York Times. 2021 July 17.)。2021年7月30日、米国CDCは、ワクチン接種率(接種ワクチン:BNT162b2、mRNA-1273、Ad26.COV2.S)が69%であったマサチューセッツ州のバーンスタブル郡で、ワクチン完全接種群においてDelta株感染のクラスターが発生したことを報告した(Brown CM, et al. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2021;70:1059-1062.)。CDCの報告によると、7月中に上記の地域で469例の新規コロナ感染者が検出され、うち346例(74%)がワクチン完全接種者におけるBreakthrough infectionであり、その90%がDelta株感染であった(B.1.617.2:89%、AY.3:1%)。この報告は衝撃的で、代表的な3つのワクチンに対するDelta株の高い抵抗性と、その結果として、ワクチン接種後のDelta株感染率が相対的に上昇する可能性を示唆している。 本邦における2021年4月1日から6月30日までのBreakthrough infectionの実態については、国立感染症研究所が報告している(国立感染症研究所. 2021年7月21日)。この時期、本邦を播種していたウイルスの主体はAlpha株であり、Delta株感染は上昇傾向を示していたものの主たるウイルスには至っていない。報告によると、27都道府県から130例のBreakthrough infectionが検出されたとのことである。原因ウイルスはAlpha株が77%、Delta株が10%、R.1株が10%、Gamma株が2.6%であった。Breakthrough infectionを形成する原因ウイルスは、その地域/国に蔓延しているウイルスの種類によって規定されるので、本邦においても背景ウイルスのさらなる厳密なモニターを念願するものである。