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野球を観戦しながら年齢差、性差について考えるこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。日本シリーズに続き、米国MLBのワールドシリーズも終わり、今年の野球シーズンもほぼ幕を閉じました。MLBではヒューストン・アストロズがフィラデルフィア・フィリーズを4勝2敗で下し、ワールドチャンピオンとなりました。アストロズは5年前の2017年に球団初の世界一となりましたが、組織ぐるみの「サイン盗み」が発覚、当時GM、監督が1年間の出場停止処分を受けており、“インチキ優勝”のレッテルが貼られていたので、まさに満を持しての世界一と言えます。また、メジャー監督歴25年、通算2,093勝のダスティ・ベーカー監督(73歳)は自身初、ワールドシリーズ史上最高齢での世界一となりました。MVPを取った新人のジェレミー・ペーニャ内野手(25歳)との年齢差は実に48歳。MLBの底力と深さを感じさせる今年のシリーズでした。そんな中、オフシーズンに入った日本では、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の日本代表対北海道日本ハムファイターズといったエキシビジョン・ゲームが各地で行われています。11月3日には東京ドームで、元大リーガーのイチロー氏(49歳、マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)が率いる草野球チーム「KOBE CHIBEN」と、高校野球女子選抜の試合が行われました。イチロー氏のチームと女子選抜との試合は、女子野球を盛り上げるためにイチロー氏が中心となって企画したイベントで、昨年12月に第1回が神戸で開かれています。女子選抜は今年の夏の全国高等学校女子硬式野球選手権大会に出場した選手から3年生20人が選ばれました。3年間野球を頑張った女子高校球児へのご褒美といった側面もあるようで、今後も継続される予定だそうです。私はBS-TBSで放送していた生中継を見たのですが、“草野球”にもかかわらず観客もそこそこ入っていた(報道では1万6,272人)のには驚きました。試合はKOBE CHIBENが7対1で圧勝しました(昨年は1対0で辛勝)。イチロー氏は9番・投手で出場し、131球2安打1失点、14奪三振で完投勝利。新加入した元西武ライオンズ(且つ元メジャーリーガー)の松坂 大輔氏(42歳)も4番・遊撃手として9回フル出場、打撃は4打数3安打1打点、守備もほぼ完璧で大活躍でした。40歳を超えたおじさん中心のチームが真剣に女子高生と戦い、ボコボコにしてしまう姿は一部に批判もあったようです。130キロ超の速球を投げる投手は女子高校野球の世界にはいない、とのことですが、その速球を女子高生に忖度することなくバンバン投げて、三振を取っていく姿は、何事にも常に真剣に取り組むイチロー氏らしく、私はむしろ感動を覚えました。女子選抜の選手たちも実に楽しそうにイチロー氏や松坂氏らと対戦していました。ちなみに、イチロー氏のバッティングは4打数無安打で、女子選抜の投手に完璧に封じ込められていました。イチロー氏は試合後のインタビューで、「(身体は)ボロボロです。女子野球選手のモチベーションになれば(と思い試合を企画した)。新たなステージを設けることは意義があると思う」と話していました。というわけで、今回は1ヵ月ほど前にBMJ誌に掲載された、「日本における消化器外科医の手術成績に性差がないことがわかった」という興味深い研究結果のニュースを取り上げます。女性が外科医として十分活躍できる存在であるのかを調査京都大学大学院医学研究科の大越 香江客員研究員、東京大学大学院医学系研究科の野村幸世准教授らの共同研究グループは、日本消化器外科学会による日本最大の手術データベースNational Clinical Database(NCD)を利活用した研究において、男女の消化器外科医が執刀した手術の短期成績を解析しました。日本の消化器外科医における女性の割合は6%程度(2016年当時)と少ないですが、年々増加傾向にあるそうです。しかし、指導的立場の女性消化器外科医は未だに少ないことから、男女の消化器外科医による手術成績に差があるのか、女性が外科医として十分活躍できる存在であるのかを調査するために、この研究を行ったそうです。幽門側胃切除術、胃全摘術、直腸低位前方切除術の死亡率、合併症を比較2022年9月29日、BMJオンライン版に掲載された論文1)によれば、研究の概要は以下のようなものです。2013年から2017年にかけて登録されたNCDおよび日本消化器外科学会の会員データを使用して、幽門側胃切除術(DG:18万4,238症例)、胃全摘術(TG:8万3,487症例)、直腸低位前方切除術(LAR:10万7,721症例)の手術症例の患者背景、病院の特徴、患者の術後短期成績について、執刀した外科医の性別や医籍登録後の年数などを分析。この3つの術式はNCDに患者背景や合併症の有無などが詳細に記録されており、かつ女性消化器外科医の執刀数が比較的多い術式とのことです。研究ではこれらの手術について、術後90日以内の手術関連死亡率、手術関連死亡率および術後30日以内の合併症、膵液瘻(幽門側胃切除術と胃全摘術のみ)、縫合不全(低位前方切除術のみ)の発生率を主要評価項目として解析しました。女性外科医はよりリスクの高い患者を対象に手術を施行多変量ロジスティック回帰モデルを使った患者、外科医、病院の特徴を調整後、男性外科医と女性外科医における手術関連死亡率は、幽門側胃切除術(調整オッズ比[OR]:0.98、95%CI:0.74~1.29〕、胃全摘術(同:0.83、0.57~1.19)、直腸低位前方切除術(同:0.56、0.30~1.05)のいずれにおいても差は認められませんでした。手術関連死亡率と合併症の複合についても、幽門側胃切除術(OR:1.03、95%CI 0.93~1.14)、胃全摘術(同:0.92、0.81~1.05)、直腸低位前方切除術(同:1.02、0.91~1.15)で性差はありませんでした。膵液瘻の発生率は幽門側胃切除術(OR:1.16、95%CI:0.97~1.38)と胃全摘術(同:1.02、0.84~1.23)のいずれにおいても性差はありませんでした。直腸低位前方切除術における縫合不全の発生率(同:1.04、0.92~1.18)にも性差は認められませんでした。また、女性外科医は男性外科医に比べて医籍登録後の年数が短く、腹腔鏡手術に携わる割合が少ないものの、よりリスクの高い患者(栄養不良、ステロイド長期服用、疾患の病期が高い)に手術を施行していることも明らかになりました。なお、担当した手術数は、女性外科医は圧倒的に少なく、全手術の5%しか施行していませんでした。ちなみに、別の研究では、難易度が高い手術ほど女性外科医の担当割合は低くなる傾向が出ていたとのことです。「新規技術を医局で導入するときは、まず男子に先にやらせる」論文掲載に先立ち9月27日に開かれた記者会見で、大越氏らは「女性は手術を執刀するのに適していないと考えられ、外科医になりたいと思っても歓迎されないという話がよくあった。しかし、今回の分析では、術後死亡率や合併症率に執刀医の性別による有意な差はなく、女性も同様に手術スキル向上に成功していることがわかった。今後、手術トレーニングの機会や執刀数、昇進の機会などにおいて男女の平等が実現すれば、女性消化器外科医の技術はさらに向上すると思われる」とコメントしました。なお、女性外科医による腹腔鏡下手術が少なかった点について大越氏は「女性消化器外科医にはそもそも腹腔鏡手術困難症例の割り当てが多く、腹腔鏡技術を習得する機会が少なかった可能性がある」と話し、その背景として野村氏は「新規技術を医局で導入するときは、まず男子にやらせるといった状況もある」と指摘していました。心臓外科や脳神経外科など他の分野でも同じ状況?“男の世界”で苦闘する女性医師の問題については、本連載でも医学部入試に関連して、「第94回 昨年の医学部入試で男女別合格率が逆転!医師が「An Unsuitable Job for a Woman」でなくなる日は本当に来るか(前編)」、「第95回 同(後編)」などで書きました。今回のBMJへの論文掲載で個人的に驚いたのは、10年ほど前、私が女性の外科系医師のキャリアパスをテーマとした座談会の司会をした時に登場してもらった女性消化器外科医が、この論文の共著者の1人だったことです。消化器外科の技術を磨くことに加え、女性外科医の地位向上にも一貫して取り組まれていることに感服しました。今回の論文を読む限り、消化器外科の手術は野球とは違い、そのパフォーマンスに性差はないようです。消化器外科に限らず、心臓外科や脳神経外科など他の分野でも同じ状況なのでしょうか。医師の働き方改革が進められる中、こうした研究は今後ますます重要になってくるに違いありません。野球シーズンの終わり、イチロー氏が女子野球の技術向上に尽力する姿を見ながら、そんなことを考えた週末でした。参考1)Okoshi K, et al. BMJ 2022;378:e070568.