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在宅医療で使う漢方薬の役割と活用法

 2018年10月24日、漢方医学フォーラムは、都内で第138回目のプレスセミナーを開催した。当日は、在宅医療における漢方薬の役割について講演が行われた。在宅医療は患者のレジリアンスを高める 講演では、北田 志郎氏(大東文化大学 スポーツ・健康科学部 看護学科 准教授/あおぞら診療所 副院長)を講師に迎え、「地域包括ケアシステムと漢方~“暮らしのなかでいのちを支える” 在宅医療で発揮される漢方薬の役割~」をテーマに講演が行われた。 同氏は、内科ローテートを修めた病院で東洋医学を専攻。以降、精神医学の診療に従事するとともに、中国に短期留学をし、漢方専門外来に従事するなど、漢方薬には深い造詣を持つ。 講演では、少子高齢化、多死化、高齢者の独居化が増加する日本社会で、地域包括ケアの重要性を強調。最新の治療機器、治療薬などで医療を提供し、健康長寿国であるにも関わらず、受益者である患者の医療制度への満足度は低く、提供している医療者は疲弊しきっていることに言及し、その原因を医療需要(患者の思い)と供給(医療者の思い)のミスマッチにあると指摘する。たとえば、終末期の患者を病院で看取ることは、本当に患者が望んでいることなのか、医療者の思いだけで医療の提供をしているのではないかと疑問を呈した。 具体的例として、80代の認知症患者を挙げ、自宅での終末期の過ごし方が患者の病状緩和やQOLの向上に役立ったと自験例を説明した。これを同氏は「レジリアンス(復元力・打たれ強さ)」と呼び、古い記憶をたどる傾向のある認知症では自宅だからこそ医療・介護に役立つ利点があると語る(ただし、在宅医療に拘泥することなく、病の軌跡の局面に応じて使い分けるべきだとも指摘する)。 また、在宅医療では、先端医療の導入が困難であり、治療手段も限定される中で、患者の暮らしと乖離しない技術として伝統医学との親和性を提案する。とくに高齢者の在宅診療では、「虚弱に対する補法」として、代替医療が真価を発揮する場になるという。高齢者への5つの漢方薬の使い方 『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン 2015』(日本老年医学会 編集)では、「漢方薬・東アジア伝統医薬品」と別章を作り、クリニカルクエスチョンとして5剤について有効と記載している。 ガイドラインでは、「半夏厚朴湯」につき、「誤嚥性肺炎の既往をもつ患者における嚥下反射を改善させ、肺炎発症の抑制に有効である」とされている。また、エビデンスについても「有意に肺炎発症を減少させただけでなく、自力経口摂取維持にも有効」とされる。その他の方剤として、「抑肝散」が(アルツハイマー型、レビー小体型、脳血管性)に伴う行動・心理症状のうち易怒、幻覚、昼夜逆転、興奮、暴力など、いわゆる「陽性症状」に、「大建中湯」は脳卒中後遺症における機能性便秘ならびに腹部術後早期の腸管蠕動運動促進に、「麻子仁丸」は高齢者の便秘に、「補中益気湯」は慢性閉塞性肺疾患における自他覚症状、炎症指標および栄養状態の改善にそれぞれ有効とされている。 在宅医療で漢方を用いる意義について同氏は「老いること、死ぬことは生活に属し、現代医学による管理を緩めつつ、医療者に見放されることなく、在宅の生をまっとうする契機を得ることができる」と説明し、最後に「在宅医療における漢方の導入は『医療の根幹部とは何か』を模索する思考につながる」と思いを語り、レクチャーを終えた。

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もっと気軽に使う漢方薬のススメ

 2018年9月20日、Kampo academiaは第5回となるプレスセミナーを都内で開催した。今回は、「『風邪には葛根湯!?』漢方医学の視点から診る風邪治療 漢方って何だろうー和漢と中医学、そして風邪」をテーマに、身近な漢方薬の使い方について講演が行われた。年齢別の風邪への漢方薬処方 セミナーでは新見 正則氏(愛誠病院 顧問/帝京大学医学部外科 准教授/帝京大学大学院医学研究科移植免疫学/同 東洋医学 指導教授)を講師に迎え、前述のテーマでレクチャーが行われた。 わが国での漢方の概念は、大きく分けて「フローチャート」「和漢」「中医学」と3つがあると同氏は私見としつつ示した。「フローチャート」では西洋医学的に症状から漢方薬を決める。「和漢」では症状、腹診、舌診などから漢方薬を決める。「中医学」では症状、望診、聞診などの四診の次に証候名を決め、さらに治法を決め、方剤の決定にいたるというおのおの異なるプロセスだと説明した。 そして、漢方薬を使うのであれば、簡単なやり方、つまり「フローチャート」から使用する漢方薬処方を同氏は薦めている。同氏は、この考え方を「モダン・カンポウ」と名付けて、現在広く啓発を行っているという。 モダン・カンポウの特徴として、漢方特有の診療ではなく、西洋医学的な診断をすること、漢方薬を気軽に使い、効果がない、有害な場合はすぐ止めることができること、患者の満足度が高いことなどを挙げる。たとえば、風邪症状を訴える患者に対して「葛根湯(カッコントウ)」は広く使われているが、本当に風邪かどうかの試薬にもなる。効果があれば風邪症状の改善に、なければ風邪以外の診断へと進むことができるとし、診断の助けになる漢方薬の使い方を説明した。また、患者年齢ごとの使用例として、若年女性には「麻黄湯(マオウトウ)」、中年男性には「葛根湯」から「柴胡桂枝湯(サイコケイシトウ)」そして「小柴胡湯(ショウサイコトウ)+麻杏甘石湯(マキョウカンセキトウ)」へ、中年女性には「麻黄附子細辛湯(マオウブシサイシントウ)」から「桂枝湯(ケイシトウ)+麻黄附子細辛湯」そして「補中益気湯(ホチュウエッキトウ)+麻黄附子細辛湯」、高齢女性には「香蘇散(コウソサン)」から「参蘇飲(ジンソイン)」などを紹介した。 そのほか、漢方薬の臨床研究についても言及し、「補中益気湯」のインフルエンザへの予防効果について、内服群(n=179)と非内服群(n=179)に分けて8週間観察したところ、内服群では1例が、非内服群では7例がインフルエンザに罹患し、「補中益気湯」で予防できる可能性があるという1)。漢方薬使用の5つの効用 伝統漢方とモダン・カンポウの違いについて、同氏は次のように説明する。 伝統漢方では、漢方医が処方し、おもに煎じ薬を用いている。すべての疾患を対象に、膨大な古典の知識に基づき漢方診療を行い、長年の経験が必要とされるが、有効性は比較的高いのが特徴である。 一方、モダン・カンポウでは、西洋医が処方し、エキス剤を使用する。西洋医学で治療効果のないものをターゲットに、古典を参考にしつつ、漢方診療を行う(しかし漢方診療は必須ではない)。明日からでも処方ができ、効果がみられなければ順次処方変更ができるのが特徴という。 実際、「伝統漢方を行うとなると、膨大な知識・学習量が必要であり、漢方薬を使うことに二の足を踏んでしまう」と同氏は私見としながらも指摘する一方で、「漢方薬を使うことで『患者が喜ぶ』『外来が楽しい』『患者が離れない』『医療費の削減になる』『リスク管理になる』などの理由で漢方薬を使われた先生で止めた人はいない。漢方薬に身構えず使ってほしい」と自身の経験も含めて、漢方薬処方への思いを語った。 おわりに同氏は、「漢方薬は、西洋医学以外で唯一保険適用されている薬。問題があればすぐ止めることができる。生薬の足し算の英知である漢方薬を気軽に処方してもらいたい」と期待をのべ、講演を終えた。■参考1) Niimi M. BMJ. 2009;339:b5213.

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続々と選択肢増、慢性便秘症治療の最新事情

 相次いで新薬が登場している慢性便秘症治療で、各治療薬はどのように使い分けていけばよいのか。9月11日、都内で慢性便秘症治療の最新事情をテーマとしたプレスセミナーが開催された(主催:アステラス製薬株式会社)。演者として登壇した三輪 洋人氏(兵庫医科大学 内科学消化管科 主任教授)は、「便秘は治療満足度に対する医師と患者側のギャップが大きい。単純に排便回数を改善するだけでなく、症状を改善していく治療が求められている」と話し、便秘治療の考え方や各治療薬の特徴について解説した。慢性便秘症の診断で医師は排便回数の減少を、患者は腹部の膨満感を重視 慢性便秘症の診療を行っている医師400人と、症状が6ヵ月以上あり通院あるいは市販薬を服用している患者700人を対象とした2017年の調査1)で、医師が慢性便秘症の診断にあたり重視する項目は多い順に、「排便回数の減少」「便の硬さ」「排便困難」であった。一方、患者側は「腹部の膨満感」「排便回数の減少」「便の硬さ」の順に回答が多く、特に腹部症状を改善したいと感じていることが明らかになった。 また、慢性便秘症治療の各薬剤(上皮機能変容薬は含まれていない)について満足度を尋ねたところ、浸透圧性下剤で80%以上など医師の満足度がおおむね高かったのに対し、患者側では全薬剤で50%以下となり、医師と比較すると圧倒的に低い傾向がみられた。 三輪氏は、「われわれはつい、“週2回だった排便が4回になりましたか、よかったですね”と排便回数を慢性便秘症治療の目安としてしまいがちだが、患者さん側は症状を改善したいと感じている。漫然と治療を続けるのではなく、どうしたら症状がとれるのかという観点からも治療を考えていかなければいけない」と話した。慢性便秘症の薬物療法、ガイドラインでの推奨は? 慢性便秘症の薬物療法について、まず前提として、骨盤底筋の機能障害に起因する便排出障害型の便秘には効果がなく、リハビリ療法の一種であるバイオフィードバック療法の有効性が確立されていることに三輪氏は言及。「2時間以上もトイレにこもる、手でかき出さないと出せないなど、排便の困難感が極度に強い患者さんは、便排出障害型の可能性がある」と話した。 2017年10月発行の「慢性便秘症診療ガイドライン2017」では、複数ある薬剤の中で、浸透圧性下剤(酸化マグネシウム、ラクツロース、ソルビトールなど)と上皮機能変容薬(ルビプロストン、リナクロチドなど)に、「強い推奨(1)」と「最も高いエビデンスレベル(A)」が示されている。 しかし、兵庫医科大学の関連病院で2017年10月~2018年2月にかけて薬剤の使用状況を調べたところ、酸化マグネシウムと刺激性下剤の使用が90%以上を占めており、上皮機能変容薬の使用は数%に留まっていた。「市販薬や一部の漢方薬(“大黄”が含まれるもの)を含む刺激性下剤は、一時的な効果はあるが習慣性や依存性があるため、短期間の投与とすることがガイドラインでも推奨されている」と三輪氏。酸化マグネシウムについては、慢性便秘症治療において「今後も第一選択であることは変わらないだろう」としたうえで、副作用(高マグネシウム血症)が報告されており高齢者や腎機能低下患者では定期的な血清マグネシウム濃度の測定が求められていることから2)、「とくに高齢者などでは、慢性便秘症治療に漫然と酸化マグネシウムを投与するのではなく、効果や症状の改善がみられない場合は上皮機能変容薬に切り替えていくという考え方がいいのではないか」と話した。新薬と既存薬をどのように使い分けるか 2018年に入り、4月に胆汁酸トランスポーター阻害薬エロビキシバットが発売、8月には便秘型過敏性腸症候群の治療薬として発売されていたリナクロチドが慢性便秘症に適応拡大された。リナクロチドは2012年発売のルビプロストンと同じく、腸管上皮に直接作用して管腔内への水分分泌を促進する上皮機能変容薬だが、作用機序は異なる。 リナクロチドは腸管上皮に存在するグアニル酸シクラーゼC(GC-C)を活性化させ、サイクリックGMP(cGMP)を増加させることで、水分分泌を増加させる。このcGMPには求心性神経の痛覚過敏を抑制するはたらきがあり、便秘治療薬の中で唯一、大腸痛覚過敏改善作用が示されている。三輪氏は「上皮機能変容薬の使い分けは非常に難しいが、それぞれ特徴はある」と話し、「リナクロチドは薬物相互作用が比較的少ないため、他剤を併用している高齢者などでも使いやすく、また腹痛などの症状が強い人に向いているのではないかと考えている」と期待感を示した。 今後も新薬ラッシュは続く見込みで、ポリエチレングリコール(PEG)製剤が近く発売予定となっている。PEGは酸化マグネシウムと同じ浸透圧性下剤で、欧米では慢性便秘症治療の第一選択薬として広く使われている。「直接比較したデータはないのでどちらがいいと明言するのは難しいが、PEGは水に溶かして飲む形状なので、その点が日本の患者さんたちにどの程度受け入れられるかという部分もある」と話した。

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サルコペニア、カヘキシア…心不全リスク因子の最新知識【東大心不全】

急増する心不全。そのような中、従来はわからなかった心不全とリスク因子の関係が解明されつつある。最近注目されるサルコペニア、カヘキシアに焦点を当て、心不全との関係を東京大学循環器内科 石田 純一氏に聞いた。近年の心不全リスク因子に関する研究の動向を教えてください。従来、心不全に併存するリスク因子、予後増悪因子としては動脈硬化の素因以外に慢性腎臓病、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、貧血、炎症が知られていました。画像を拡大するその中で、過去約20年で体組成の変化、とくに体組成減少が新たな心不全のリスク因子、予後増悪因子として注目を集め始めています。いわゆるサルコペニア、カヘキシア(悪液質)と呼ばれるものです。「サルコペニア」はギリシャ語が語源で、肉や筋肉を意味する「サルクス」と減少を意味する「ペニア」を合わせて筋肉減少を指します。一般に加齢に伴う筋肉減少が一次性サルコペニア、活動低下あるいは慢性疾患に伴うものが二次性のサルコペニアと分類されています。画像を拡大する「カヘキシア」も語源はギリシャ語の「カコス」と「ヘキス」で、英語で言えばバッド・コンディション、これを日本語にすると悪液質となります。最近の定義としては、骨格筋だけではなく、体組成全体の減少を意味します。いわゆる心不全やがんなどの慢性疾患に合併する全身性の消耗状態と捉えられます。サルコペニアの場合、従来は加齢に伴う筋肉減少はある種当然のことと考えられていましたが、実際には減少する人としない人がいます。そしてサルコペニア、カヘキシアともに心不全患者で併存する場合は、併存しない場合と比較して心不全の予後が悪いということがわかりました。サルコペニア、カヘキシアはどのように診断をするのでしょうか?サルコペニアは1989年に提唱された新しい概念である一方で、カヘキシアは用語としては長らく存在していましたが、病態としての概念ができたのは近年のことなので、まだ必ずしも統一された診断基準はありません。サルコペニアについては、2つ重要な要素があるといわれています。1つは筋肉の量的減少、もう1つが筋力あるいは身体能力の低下です。実はこの2つは同じ意味と捉えられがちですが、筋肉量減少とそのまま相関して筋力低下に反映されるものではないので、2つをそれぞれ評価することが重要だといわれています。カヘキシアについてもガイドラインなどはありませんが、心不全に併存する場合、論文などでは、過去の6~12ヵ月以内に5%以上の体重減少と定義している場合が多いと思います。ただ、カヘキシアの診断では要注意点があります。心不全やがんの場合は水分貯留による浮腫が発生しがちです。しかし、浮腫はカヘキシアの定義である体重減少とは逆の体重増加ファクターです。つまり、実際には筋肉や脂肪は減少しているのに、浮腫でそれがマスクされてしまっている可能性もあるのです。そのため前述の体重減少5%以上は、この浮腫分を含まない状態として評価しなければならない困難さがあります。これが、カヘキシアに対する取り組みを困難にしている理由の1つにもなっています。心不全に併存するサルコペニア、カヘキシアの割合はどのくらいなのでしょうか。この数字も報告によってさまざまですが、概説するとサルコペニアの併存率は30~50%、カヘキシアが5~20%といわれています。しかもこの2つはどこに着目するかという違いなので、双方が併存するケースもありえます。サルコペニア、カヘキシアが心不全の予後悪化につながる機序はどのように解釈されているのでしょうか。現在は疫学的に予後悪化因子と捉えられているのみで、まだ詳しい機序は解明されていません。そもそもサルコペニアの場合、サルコペニア自体の機序が十分に解明されていないという事情もあります。一般論的には心筋の量と働きが正常ならば血液循環も正常なので、骨格筋が減少するサルコペニアやカヘキシアでは、心筋も減少することで心臓が正常に機能しなくなり、心不全が悪化すると推定されていますが、エビデンスがあるわけではありません。ただ、がんに伴うカヘキシアでは心臓萎縮を疑わせる心臓重量低下の報告があるので、骨格筋減少と心筋減少に一定の相関があると推察されています。近年では欧米を中心に、心不全患者で肥満あるいは肥満傾向の患者のほうが、予後が良いという“obesity paradox”が報告されています。もともと肥満は心不全発症のリスク因子として確定していますが、ひとたび心不全を発症した場合は、極度の肥満は論外ですが、体重がやや多めの患者さんのほうが予後は良好とのデータがあるのは確かです。このため以前は、肥満がある心不全患者では体重減少を図るべきとされていましたが、最近の欧州でのコンセンサスではBMI 35超でなければ無理に痩せる必要はないと記述しています。しかし、人種差なども考慮すれば、これを日本人に機械的に適用することはできません。日本で欧州のコンセンサスを反映させるならば、どの程度のBMIが許容できるのかは今後の課題だと思います。一方、obesity paradoxのような現象が認められてしまうのはBMIの限界ともいえます。BMIは指標としては使いやすいのですが、筋肉と脂肪の比率や代謝状況を反映していません。心不全でBMIを考慮する際には、より多面的な視点も必要だと考えています。サルコペニア、カヘキシアへの対処、治療法の現状を教えてください。画像を拡大する現在、サルコペニアやカヘキシアでの筋肉減少は、タンパク質の分解(異化)と合成(同化)のバランスの中で、分解亢進あるいは合成低下のいずれか、またはその双方が同時に起きていると考えられています。そこで、タンパク質分解の亢進に関与しているマイオスタチンの働きを抑制する物質を治療へ応用しようとの検討が、がんのカヘキシアで行われましたが、ヒトでの臨床試験で筋肉量増加は認められたものの筋力増強は認められず、開発は頓挫しました。もう1つ注目されているのが、タンパク質の合成を促進するアナモレリン(anamoreline)です。この薬剤は、欧州で臨床の無作為比較試験まで行われています。日本でも肺がんのカヘキシア患者を対象に無作為化比較試験まで実施されています。結果、筋肉量を増加することが明らかになっています。筋力増強は明らかになっていないものの、本邦での開発は継続中です。もっとも私が知る限り、心不全に併存するサルコペニア、カヘキシアでこうした化合物の臨床試験が行われた形跡はありません。心不全で臨床試験を行えば、がんとは違った結果が出る可能性はあると思います。結局、こうした化合物は、非常に多面的な要素が大きいサルコペニアやカヘキシアのシグナリングの中の1つにアプローチするにすぎないのが、際立った臨床成績が得られない理由とも推察されています。その意味では、すでに消化器外科などで多用され、食欲増進ホルモンのグレリンに作用するほか、比較的多面的な効果も示唆されている漢方薬の六君子湯(リックンシトウ)なども、今後のサルコペニアやカヘキシアの治療に対する可能性を秘めているかもしれません。薬剤開発以外ではいかがでしょう?現時点ではまだエビデンスが十分とはいえないのですが、運動療法、いわゆる有酸素運動はサルコペニアやカヘキシアの有無にかかわらず、心不全の予後、身体能力、QOLの改善にも効果的と指摘されています。ことサルコペニアやカヘキシアに関していえば、運動療法が前述の異化・同化のバランス崩壊に効果を示しているのだろうと推測されています。ただ、激しい運動は心不全ではリスクとなりますので、安全性・有効性の観点から、従来からある心臓リハビリの法則にのっとって、個々の患者さんごとに適した運動量、運動強度を考える必要があります。プライマリケアの先生方にお伝えしたいことがあれば教えてください。サルコペニアについては、2016年に、世界保健機関(WHO)が公表している「疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD-10)」に入るようになりましたが、カヘキシアとともにまだ認知度は高くはないと思われます。その意味では、まずはサルコペニア、カヘキシアという病態があり、慢性心不全に併存した場合に予後悪化因子になるということを知っていただきたいと思います。現時点で打てる対策は、安全な運動療法になりますが、心臓を中心に考えたトータルケアで、サルコペニアやカヘキシアへの注意は欠いてはならないことを念頭に置いていただければ幸いです。講師紹介

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第3回 意識障害 その3 低血糖の確定診断は?【救急診療の基礎知識】

72歳男性の意識障害:典型的なあの疾患の症例72歳男性。友人と食事中に、椅子から崩れるようにして倒れた。友人が呼び掛けると開眼はあるものの、反応が乏しく救急車を要請した。救急隊到着時、失語、右上下肢の麻痺を認め、脳卒中選定で当院へ要請があった。救急隊接触時のバイタルサインは以下のとおり。どのようにアプローチするべきだろうか?●搬送時のバイタルサイン意識:3/JCS、E4V2M5/GCS血圧:188/102mmHg 脈拍:98回/分(不整) 呼吸:18回/分SpO2:95%(RA) 体温:36.2℃ 瞳孔:3/3mm+/+10のルールのうち低血糖に注目この症例は前回お伝えしたとおり、左中大脳動脈領域の心原性脳塞栓症でした。誰もが納得する結果だと思いますが、脳梗塞には「血栓溶解療法(rt-PA療法)」、「血栓回収療法」という時間に制約のある治療法が存在します。つまり、迅速に、そして正確に診断し、有効な治療法を診断の遅れによって逃すことのないようにしなければなりません。頭部CT、MRIを撮影すれば簡単に診断できるでしょ?! と思うかもしれませんが、いくつかのpitfallsがあり、注意が必要です。今回も“10’s Rule”(表1)にのっとり、説明していきます1)。今回は5)からです。画像を拡大する●Rule5 何が何でも低血糖の否定から! デキスタ、血液ガスcheck!意識障害患者を診たら、まずは低血糖を除外しましょう。低血糖になりうる人はある程度決まっていますが、緊急性、簡便性の面からまず確認することをお勧めします。低血糖の時間が遷延すると、低血糖脳症という不可逆的な状況となってしまうため、迅速な対応が必要なのです。低血糖によって片麻痺や失語を認めることもあるため、侮ってはいけません2)。低血糖の診断基準:Whippleの3徴(表2)をcheck!画像を拡大する低血糖と診断するためには満たすべき条件が3つ存在します。陥りがちなエラーとして血糖は測定したものの、ブドウ糖投与後の症状の改善を怠ってしまうことです。血糖を測定し低いからといって、意識障害の原因が低血糖であるとは限りません。必ず血糖値が改善した際に、普段と同様の意識状態へ改善することを確認しなければなりません。血糖低値と低血糖は似て非なるものであることを理解しておきましょう。低血糖の原因:臭いものに蓋をするな!低血糖に陥るには必ず原因が存在します。“Whippleの3徴”を満たしたからといって安心してはいけません。原因に対する介入が行われなければ再度低血糖に陥ってしまいます。低血糖の原因は表3のとおりです。最も多い原因は、インスリンやスルホニルウレア薬(SU薬)など血糖降下作用の強い糖尿病薬によるものです。そのため使用薬剤は必ず確認しましょう。画像を拡大するるい痩を認める場合には低栄養、腹水貯留やクモ状血管腫、黄疸を認める場合には肝硬変(とくにアルコール性)を考え対応します。バイタルサインがSIRS(表4)やqSOFA(表5)の項目を満たす場合には感染症、とくに敗血症に伴う低血糖を考えフォーカス検索を行いましょう(次回以降で感染症×意識障害の詳細を説明する予定です)。画像を拡大する画像を拡大する低血糖の治療:ブドウ糖の投与で安心するな!低血糖の治療は、経口が可能であればブドウ糖の内服、意識障害を認め内服が困難な場合には経静脈的にブドウ糖を投与します。一般的には50%ブドウ糖を40mL静注することが多いと思います。ここで忘れてはいけないのはビタミンB1欠乏です。ビタミンB1が欠乏している状態でブドウ糖のみを投与すると、さらにビタミンB1は枯渇し、ウェルニッケ脳症やコルサコフ症候群を起こしかねません。ビタミンB1が枯渇している状態が考えられる患者では、ブドウ糖と同時にビタミンB1の投与(最低でも100mg)を忘れずに行いましょう。ビタミンB1の成人の必要量は1~2mg/日であり、通常の食事を摂取していれば枯渇することはありません。しかし、アルコール依存患者のように慢性的な食の偏りがある場合には枯渇しえます。一般的にビタミンB1が枯渇するには2~3週間を要するといわれています。救急外来などの初療では、患者の背景が把握しきれないことも少なくないため、アルコール依存症以外に、低栄養状態が示唆される場合、妊娠悪阻を認める患者、さらにはビタミンB1が枯渇している可能性が否定できない場合には、ビタミンB1を躊躇することなく投与した方が良いでしょう。ウェルニッケ脳症はアルコール多飲患者にのみ発症するわけではないことは知っておきましょう(表6)。画像を拡大するそれでは、いよいよRule6「出血か梗塞か、それが問題だ!」です。やっと頭部CTを撮影…というところで今回も時間がきてしまいました。脳卒中や頭部外傷に伴う意識障害は頻度も高く、緊急性が高いため常に考えておく必要がありますが、頭部CTを撮影する前に必ずバイタルサインを安定させること、低血糖を除外することは忘れずに実践するようにしましょう。それではまた次回!1)坂本壮. 救急外来 ただいま診断中!. 中外医学社;2015.2)Foster JW, et al. Stroke. 1987;18:944-946.コラム(3) 「くすりもりすく」、内服薬は正確に把握を!高齢者の多くは、高血圧、糖尿病、認知症、不眠症などに対して定期的に薬を内服しています。高齢者の2人に1人はポリファーマシーといって5剤以上の薬を内服しています。ポリファーマシーが悪いというわけではありませんが、薬剤の影響でさまざまな症状が出現しうることを、常に意識しておく必要があります。意識障害、発熱、消化器症状、浮腫、アナフィラキシーなどは代表的であり救急外来でもしばしば経験します。「高齢者ではいかなる症状も1度は薬剤性を考える」という癖を持っておくとよいでしょう。また、内服薬はお薬手帳を確認することはもちろんのこと、漢方やサプリメント、さらには過去に処方された薬や家族や友人からもらった薬を内服していないかも、可能な限り確認するとよいでしょう。お薬手帳のみでは把握しきれないこともあるからです。(次回は7月25日の予定)

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第2回 意識障害 その2 意識障害の具体的なアプローチ 10’s rule【救急診療の基礎知識】

72歳男性の意識障害:典型的なあの疾患の症例72歳男性。友人と食事中に、椅子から崩れるようにして倒れた。友人が呼び掛けると開眼はあるものの、反応が乏しく救急車を要請した。救急隊到着時、失語、右上下肢の麻痺を認め、脳卒中選定で当院へ要請があった。救急隊接触時のバイタルサインは以下のとおり。どのようにアプローチするべきだろうか?●搬送時のバイタルサイン意識:3/JCS、E4V2M5/GCS血圧:188/102mmHg 脈拍:98回/分(不整) 呼吸:18回/分SpO2:95%(RA) 体温:36.2℃ 瞳孔:3/3mm+/+意識障害のアプローチ意識障害は非常にコモンな症候であり、救急外来ではもちろんのこと、その他一般の外来であってもしばしば遭遇します。発熱や腹痛など他の症候で来院した患者であっても、意識障害を認める場合には必ずプロブレムリストに挙げて鑑別をする癖をもちましょう。意識はバイタルサインの中でも呼吸数と並んで非常に重要なバイタルサインであるばかりでなく、軽視されがちなバイタルサインの1つです。何となくおかしいというのも立派な意識障害でしたね。救急の現場では、人材や検査などの資源が限られるだけでなく、早期に判断することが必要です。じっくり考えている時間がないのです。そのため、意識障害、意識消失、ショックなどの頻度や緊急性が高い症候に関しては、症候ごとの軸となるアプローチ法を身に付けておく必要があります。もちろん、経験を重ね、最短距離でベストなアプローチをとることができれば良いですが、さまざまな制約がある場面では難しいものです。みなさんも意識障害患者を診る際に手順はあると思うのですが、まだアプローチ方法が確立していない、もしくは自身のアプローチ方法に自信がない方は参考にしてみてください。アプローチ方法の確立:10’s Rule1)私は表1の様な手順で意識障害患者に対応しています。坂本originalなものではありません。ごく当たり前のアプローチです。ですが、この当たり前のアプローチが意外と確立されておらず、しばしば診断が遅れてしまっている事例が少なくありません。「低血糖を否定する前に頭部CTを撮影」「髄膜炎を見逃してしまった」「飲酒患者の原因をアルコール中毒以外に考えなかった」などなど、みなさんも経験があるのではないでしょうか。画像を拡大する●Rule1 ABCの安定が最優先!意識障害であろうとなかろうと、バイタルサインの異常は早期に察知し、介入する必要があります。原因がわかっても救命できなければ意味がありません。バイタルサインでは、血圧や脈拍も重要ですが、呼吸数を意識する癖を持つと重症患者のトリアージに有効です。頻呼吸や徐呼吸、死戦期呼吸は要注意です。心停止患者に対するアプローチにおいても、反応を確認した後にさらに確認するバイタルサインは呼吸です。反応がなく、呼吸が正常でなければ胸骨圧迫開始でしたね。今後取り上げる予定の敗血症の診断基準に用いる「quick SOFA(qSOFA)」にも、意識、呼吸が含まれています。「意識障害患者ではまず『呼吸』に着目」、これを意識しておきましょう。気管挿管の適応血圧が低ければ輸液、場合によっては輸血、昇圧剤や止血処置が必要です。C(Circulation)の異常は、血圧や脈拍など、モニターに表示される数値で把握できるため、誰もが異変に気付き、対応することは難しくありません。それに対して、A(Airway)、B(Breathing)に対しては、SpO2のみで判断しがちですが、そうではありません。SpO2が95%と保たれていても、前述のとおり、呼吸回数が多い場合、換気が不十分な場合(CO2の貯留が認められる場合)、重度の意識障害を認める場合、ショックの場合には、確実な気道確保のために気管挿管が必要です。消化管出血に伴う出血性ショックでは、緊急上部内視鏡を行うこともありますが、その際にはCの改善に従事できるように、気管挿管を行い、AとBは安定させて内視鏡処置に専念する必要性を考える癖を持つようにしましょう。緊急内視鏡症例全例に気管挿管を行うわけではありませんが、SpO2が保たれているからといって内視鏡を行い、再吐血や不穏による誤嚥などによってAとBの異常が起こりうることは知っておきましょう。●Rule2 Vital signs、病歴、身体所見が超重要! 外傷検索、AMPLE聴取も忘れずに!症例の患者は、突然発症の右上下肢麻痺であり、誰もが脳卒中を考えるでしょう。それではvital signsは脳卒中に矛盾ないでしょうか。脳卒中に代表される頭蓋内疾患による意識障害では、通常血圧は高くなります(表2)2)。これは、脳卒中に伴う脳圧の亢進に対して、体血圧を上昇させ脳血流を維持しようとする生体の反応によるものです。つまり、脳卒中様症状を認めた場合に、血圧が高ければ「脳卒中らしい」ということです。さらに瞳孔の左右差や共同偏視を認めれば、より疑いは強くなります。画像を拡大する頸部の診察を忘れずに!意識障害患者は、「路上で倒れていた」「卒倒した」などの病歴から外傷を伴うことが少なくありません。その際、頭部外傷は気にすることはできても、頸部の病変を見逃してしまうことがあります。頸椎損傷など、頸の外傷は不用意な頸部の観察で症状を悪化させてしまうこともあるため、後頸部の圧痛は必ず確認すること、また意識障害のために評価が困難な場合には否定されるまで頸を保護するようにしましょう。画像を拡大する意識障害の鑑別では、既往歴や内服薬は大きく影響します。糖尿病治療中であれば低血糖や高血糖、心房細動の既往があれば心原性脳塞栓症、肝硬変を認めれば肝性脳症などなど。また、内服薬の影響は常に考え、お薬手帳を確認するだけでなく、漢方やサプリメント、家族や友人の薬を内服していないかまで確認しましょう3)。●Rule3 鑑別疾患の基本をmasterせよ!救急外来など初診時には、(1)緊急性、(2)簡便性、(3)検査前確率の3点に意識して鑑別を進めていきましょう。意識障害の原因はAIUEOTIPS(表4)です。表4はCarpenterの分類に大動脈解離(Aortic Dissection)、ビタミン欠乏(Supplement)を追加しています。頭に入れておきましょう。画像を拡大する●Rule4 意識障害と意識消失を明確に区別せよ!意識障害ではなく意識消失(失神や痙攣)の場合には、鑑別診断が異なるためアプローチが異なります。これは、今後のシリーズで詳細を述べる予定です。ここでは1つだけおさえておきましょう。それは、意識状態は「普段と比較する」ということです。高齢者が多いわが国では、認知症や脳卒中後の影響で普段から意思疎通が困難な場合も少なくありません。必ず普段の意識状態を知る人からの情報を確認し、意識障害の有無を把握しましょう。前述の「Rule4つ」は順番というよりも同時に確認していきます。かかりつけの患者さんであれば、来院前に内服薬や既往を確認しつつ、病歴から◯◯らしいかを意識しておきましょう。ここで、実際に前掲の症例を考えてみましょう。突然発症の右上下肢麻痺であり、3/JCSと明らかな意識障害を認めます(普段は見当識障害など特記異常はないことを確認)。血圧が普段と比較し高く、脈拍も心房細動を示唆する不整を認めます。ここまでの情報がそろえば、この患者さんの診断は脳卒中、とくに左大脳半球領域の脳梗塞で間違いなしですね?!実際にこの症例では、頭部CT、MRIとMRAを撮影したところ左中大脳動脈領域の急性期心原性脳塞栓症でした。診断は容易に思えるかもしれませんが、迅速かつ正確な診断を限られた時間の中で行うことは決して簡単ではありません。次回は、10’s Ruleの後半を、陥りやすいpitfallsを交えながら解説します。お楽しみに!1)坂本壮. 救急外来 ただいま診断中. 中外医学社;2015.2)Ikeda M, et al. BMJ. 2002;325:800.3)坂本壮ほか. 月刊薬事. 2017;59:148-156.コラム(2) 相談できるか否か、それが問題だ!「報告・連絡・相談(ほう・れん・そう)」が大事! この単語はみなさん聞いたことがあると思います。何か困ったことやトラブルに巻き込まれそうになったときは、自身で抱え込まずに、上司や同僚などに声をかけ、対応するのが良いことは誰もが納得するところです。それでは、この3つのうち最も大切なのはどれでしょうか。すべて大事なのですが、とくに「相談」は大事です。報告や連絡は事後であることが多いのに対して、相談はまさに困っているときにできるからです。言われてみると当たり前ですが、学年が上がるにつれて、また忙しくなるにつれて相談せずに自己解決し、後で後悔してしまうことが多いのではないでしょうか。「こんなことで相談したら情けないか…」「まぁ大丈夫だろう」「あの先生に前に相談したときに怒られたし…」など理由は多々あるかもしれませんが、医師の役目は患者さんの症状の改善であって、自分の評価を上げることではありません。原因検索や対応に悩んだら相談すること、指導医など相談される立場の医師は、相談されやすい環境作り、振る舞いを意識しましょう(私もこの部分は実践できているとは言えず、書きながら反省しています)。(次回は6月27日の予定)

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高齢者の処方見直しで諸リスク低減へ

 2018年5月11日、日本老年医学会は、「高齢者とポリファーマシー」に関するメディアセミナーを都内で開催した。本学会が策定した「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」を踏まえ、医療現場でポリファーマシー対策に取り組む3人の演者が講演を行った。ポリファーマシーが老年症候群に拍車をかける? はじめに、秋下 雅弘氏(東京大学大学院医学系研究科 加齢医学 教授)が、ポリファーマシー対策の動向について語った。わが国では6剤以上がポリファーマシーと定義され、薬剤性老年症候群などの原因として懸念されている。老年症候群は、転倒、記憶障害、意欲低下や排泄機能障害など、加齢・疾患によるものも含まれるが、その症状がポリファーマシーにより助長されている可能性を秋下氏は指摘した。 同氏は、「ポリファーマシーは、例えればさまざまなお酒を一度に飲むと悪酔いするようなもので、多剤服用のみを指すのではない。薬を減らす際には生活習慣の是正など、非薬物療法がより重要になる。医師・薬剤師を中心に、医療スタッフが連携する必要がある」と語った。3剤以上の見直しでリスク低減の可能性 次に、溝神 文博氏(国立長寿医療研究センター 薬剤部)が、院内でポリファーマシーを提案する「高齢者薬物療法適正化チーム」の活動について紹介した。チームは、内科・循環器内科の医師、薬剤師を中心に構成され、週1回カンファレンスを実施している。 チーム介入症例の解析では、薬物有害事象などが疑われる58症例に対し、平均4剤の見直し提案を行った。対象薬は降圧薬が最も多く、次いで消化器薬、糖尿病薬、スタチン系が多かった。結果、3剤以上削減した群で薬物有害事象の発生頻度が53%から9%と7日間で有意に減少し、60日後まで維持されていた。一方で、3剤未満の削減だと有意差がなく、60日後には再燃する傾向がみられた。 溝神氏は、「チーム結成によって意識変化が起こり、慎重に処方を行う医師が増加した。しかし、服薬環境も適正化されないと十分ではない。患者・家族への説明でポリファーマシーへの正しい理解を促し、地域レベルで対策する必要がある」と語った。短時間の睡眠が不眠症とは限らない? 最後に、水上 勝義氏(筑波大学大学院 人間総合科学研究科 教授)が、向精神薬の適正使用について説明した。回復可能な認知症の原因として、1位がうつ病、2位が薬剤性という報告1)を挙げ、原則として非薬物療法を優先し、向精神薬は慎重に使用するよう呼びかけた。 高齢者が訴える不眠症に対し、水上氏は、「高齢になると深睡眠が減る傾向にある。しかし、日中の生活に支障がなければ、睡眠時間が短くても不眠症にならない」と指摘した。また、認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)などに使用される抗精神病薬には、新規投与後6ヵ月まで死亡リスクが上昇するという報告2)があるという。同氏は、漢方薬の過剰投与にも言及し、「十分な治療効果が認められた患者では減量・中止を検討すべきだ」と語った。 さらに、スルピリドによる錐体外路症状、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)によるアパシーの発現などの副作用を例に挙げ、「頻用される薬でも、高齢者には注意が必要。薬剤によって諸症状が出ている可能性も考慮すべき」と締めた。 本学会は、エビデンスが少ない高齢者医療における課題などに対し、具体的にどのような対応をするのか明確にするため、「健康長寿達成を支える老年医学推進5か年計画」を策定した。2018年6月、学術集会で発表予定。■参考文献1)Weytingh MD, et al. J Neurol. 1995;242:466-471.2)Arai H, et al. Alzheimers Dement. 2016;12:823-830.■参考一般社団法人 日本老年医学会第60回日本老年医学会学術集会■関連記事身体能力低下の悪循環を断つ診療

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簡単な便秘対策は、トイレを我慢しない

 2018年3月27日、株式会社ツムラ後援による第4回Kampo Academiaプレスセミナーが都内において開催された。今回のテーマは「便秘における漢方薬の再認識」。セミナーでは、日常診療で見過ごされやすい便秘の機序、影響、治療での漢方薬の役割、対策についてレクチャーが行われた。思い当たる? 7~8人に1人は便秘症状 セミナーでは、中島 淳氏(横浜市立大学大学院医学研究科 肝胆膵消化器病学教室 主任教授)を講師に迎え、「~腸内環境は気になるけれど、“たかが便秘”と自己流の対策で悪化させていませんか?~便秘における漢方薬の再認識」をテーマに講演が行われた。 便秘の中でも、慢性の便秘は日本人の7~8人に1人は症状があるとされている(厚生労働省「平成25年(2013年)国民生活基礎調査」)。 そして、便秘とは、「排便回数の減少」と「排便困難症」が相まった病態であるとされ、ホルモンの関係から患者は女性で圧倒的に多い(ただし高齢になるにつれ性差は縮小)。長期間にわたり罹患し、治癒することは難しいとされる。その原因として、一番問題となるのは「便意の我慢」であり、そのほか間違えたダイエットや加齢による大腸運動の低下、薬剤によるものなどがあるという。 便秘が日常生活に及ぼす影響として、放置により疾患の原因となる可能性があり、便秘が続くと腸内環境はどんどん悪化する。また、便秘はQOLを下げるので、日常活動性や労働生産性の低下を招き、職場の欠勤率を上昇させるという報告もある。 慢性便秘症の分類には、「便秘型IBS」「機能性便秘」「薬剤性便秘」「症候性便秘」「器質性便秘」の5つがあり、薬剤性では抗うつ薬や抗コリン薬など、症候性では糖尿病、パーキンソン病など、器質性では大腸がん、炎症性腸疾患などに、とくに注意が必要だという。患者が満足する便秘治療とは 便秘の治療としては、かかりつけ医、消化器内科、胃腸科、肛門科、内科が主診療科となるが、「医療者の意識改革も必要であり、便秘の治療では、単に排便ができるようになるだけでなく、患者満足度の高い治療を行うことが重要」と中島氏は指摘する。たとえば、刺激性下剤により排便がされたとしても、水様便で下痢のままでは、患者満足度は低いままである。そうならないためには、「完全排便を目指す」「便形状の正常化(ブリストルスケールで“4”)」「初診で刺激性下剤を出さない」の3点に加え、便形状の聞き取りなどの外来でのフォローが重要だという。 現在、便秘で処方される治療薬としては、緩下剤(便をやわらかくし、排便促進作用)、刺激性下剤(腸を刺激し、強制的に排便させる作用)、漢方薬(体質や症状に合わせて選択できる)の3種類がある。緩下剤では、酸化マグネシウムがわが国では広く処方されているが、高マグネシウム血症への注意や併用注意薬の多さが短所であり、刺激性下剤であるセンノシドなどでは、連用することで習慣性、依存性が生じ、効果が低下することが指摘されている(海外では頓用で使用される)。 その点、漢方薬は、患者の安心感が高く、作用の強弱が選択でき、便秘周辺症状(腹部膨満など)にも対応できることで最近見直されているという。 具体的には、「大黄甘草湯(ダイオウカンゾウトウ)」「麻子仁丸(マシニンガン)」「潤腸湯(ジュンチョウトウ)」「桂枝加芍薬大黄湯(ケイシカシャクヤクダイオウトウ)」「防風通聖散(ボウフウツウショウサン)」「大建中湯(ダイケンチュウトウ)」の6種類が、便秘の治療で使われる代表的な漢方薬である。 各漢方薬の特徴として、次の点が挙げられる。「大黄甘草湯」は、比較的作用が強くエビデンスもあるが、高齢者には注意が必要である。「麻子仁丸」は、高齢者に適している。「潤腸湯」は効果がマイルドで軽症から中等症の患者や高齢者に適している。「桂枝加芍薬大黄湯」は、腹部膨満感や腹痛、ガス排出など便秘周辺症状にも効果がある。「防風通聖散」は、作用が弱いもののゆっくりと効果を発揮し、中高年に適している。「大建中湯」は、作用が弱いものの、下腹部の重さ、痛みなどの便秘周辺症状にも適している。「このように多種の漢方薬をうまく使いこなすことで、患者のさまざまな訴えに対応することができる。ただし、妊婦、産婦、授乳婦への投与について安全性が確立されていないので処方には慎重な判断が必要」と、同氏は注意を促す。便秘対策は生活習慣の改善と排便姿勢から 便秘対策としては、食物繊維・運動・水分不足といった生活習慣の是正が重要であり、子供のころからトイレを我慢しない行動も大事だという。また、排便の姿勢について、和式トイレのしゃがんだ姿勢が理想だが、洋式トイレが主流の現代では、前かがみ35度の前傾姿勢で排便するのが望ましいとしている。 まとめとして同氏は、「患者の半分以上が便秘治療に不満足の今、満足度の向上が必要である。自己流ではなく自分に適した対策のため、便秘は放置せずに医師に相談する。漢方薬を服用する際は、正しく理解して服用し、自己判断せずに専門医に処方してもらうことが大切だ」と語り、レクチャーを終えた。■参考日本東洋医学会漢方のお医者さん探し

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抗うつ薬は効果があるのか?(解説:岡村毅氏)-822

 抗うつ薬に関するネットワークアナリシスである。臨床的には納得できる点が多い。 「良薬口に苦し」とはよく言ったもので、いわゆる三環系抗うつ薬であるアミトリプチリンは効果が大きいが、抗コリン作用(口渇、眠気、便秘、不整脈等)が強く、高齢社会においてはますます使いにくい。SSRIの登場によりうつ病の薬物治療が新時代を迎えたころ、華々しく登場したfluoxetineやパロキセチンは、やはりスタディ数が圧倒的に多い。バランスが良いのはセルトラリンやエスシタロプラムであるが、従来いわれていた知見と合致する1)。 うつ病というのは複雑な現象であり、「抗うつ薬は効果があるのか?」は、「ライオンとシャチはどっちが強い?」みたいな答えにくい質問である。 たとえば会社で、毎日終電まで仕事が終わらないうえにほぼ最低賃金で、上司からは、ばかだ、能なしだとののしられ、部下は言うことを聞かない…そういう状況で徐々に不眠になり、考えがまとまらなくなり、興味を失い、体重が減って、という場合は、抗うつ薬では本質的にはよくならないだろう。まず休んで身の振り方を考えるべきである。この場合は環境調整が最も効果的なのである(並行して抗うつ薬による治療を行うことは十分に効果的であるので誤解なきよう)。 あるいは、このような状況にもかかわらず患者さんが「言われたことを断わってはいけない」「断ると自分の価値がなくなる」「求められることをこなすことが自分の価値である」と強く信じているような場合は、うまく断るやり方を考えたり、たとえ無理な依頼を断っても個人の価値は何ら棄損しないことを共有し、場合によっては頼まれたことをこなしてきた人生を振り返り、少し生き方を変えてもいいかもと語り合うことが良いかもしれない。つまり、精神療法が最も効果的なのである(並行して抗うつ薬による治療を行うことは十分に効果的であるので誤解なきよう)。 高齢者がちょっとした体の不調で元気がない場合、抗うつ薬も良いが、漢方薬程度にして、気晴らしができる場所や信頼できる人を見つけてもらうのが最良であろう。 しかし、若い人がストレッサーに曝露したことでみるみる元気をなくし、思考制止ともいうべき状況で活動量が低下して部屋で動かなくなっている場合は、個人的にはすぐに抗うつ薬による治療を勧める。 うつ病という現象はあまりにも変数が多く、また得られた情報が場合によっては歪んでいたりするので、意思決定は難しい。しかし、「こころの不調」や「子供の教育」は多くの人が経験するからだろうか、自分の経験のみを基にマスコミなどで発信している人が多いと感じるのは私だけだろうか。このコラムを「抗うつ薬は効果があるのか?」という挑戦的なタイトルにしたのも、その現象は本当にうつ病といえるのかということを考えないといけない、うつ病の治療では精神療法や環境調整も薬物治療と同じように重要である、年齢・既往歴・社会的状況によって抗うつ薬の適応は変化する、このように考えると「はい」「いいえ」で答えられない問題であるということを伝えたかったからである。冒頭の質問は「陸の上ならライオン、海の中はシャチ」というのが正解か。狭義のうつ病に対して抗うつ薬は効果があることは、(そして魔法ではないのでいわゆる「副作用」があることは)科学的事実であろう。そして、さまざまな判断に基づき抗うつ薬を使う場合には、効果と忍容性を勘案するべきであり、本論文の果たす役割はあまりにも大きい。

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がん治療の末梢神経障害、皮膚障害に指針/日本がんサポーティブケア学会

 Supportive care。日本では支持療法と訳されることが多い。しかし、本来のSupportive careは、心身の異常、症状の把握、がん治療に伴う副作用の予防、診断治療、それらのシステムの確立といった広い意味であり、支持療法より、むしろ支持医療が日本語における適切な表現である。2017年10月に行われた「第2回日本がんサポーティブケア学会学術集会」のプレスカンファレンスにおいて、日本がんサポーティブケア学会(JASCC)理事長 田村和夫氏はそう述べた。『がん薬物療法に伴う末梢神経障害マネジメントの手引き』発刊 JASCC神経障害部門部会長である東札幌病院 血液腫瘍科 平山泰生氏が『がん薬物療法に伴う末梢神経障害マネジメントの手引き』発刊について紹介した。 がん薬物療法の進化によるがんの治療成績向上と共に、抗がん剤による副作用も対処可能なものが増えてきている。しかし、本邦における4,000例以上のがん患者の追跡調査では、化学療法終了後1ヵ月以内の神経障害の発生頻度は7割、6ヵ月以降でも3割であった。神経障害はいまだに患者を苦しめているのが現状である。 この神経障害に対する有効な薬物は明らかではない。JASCCが行った調査では、がん専門医の神経障害に対する処方は、抗けいれん薬(97%)、ビタミンB12(78%)、漢方薬(61%)、その他抗うつ薬、消炎鎮痛薬、麻薬など、さまざまな薬剤を用いており、薬剤の有効性かわからない中、医療現場の混乱を示唆する結果となった。 一方、米国では2004年にASCOによる「化学療法による末梢神経障害の予防と治療ガイドライン」が発行されている。しかし、ビタミンB12、消炎鎮痛薬などの記載がないなど日本の状況とは合致していない。そのため、本邦の現状を反映した臨床指針が望まれていた。 Mindsの作成法に準じて作られた『がん薬物療法に伴う末梢神経障害マネジメントの手引き』では、この分野のエビデンスが少ないため、ガイドラインとは銘打たず"手引き"としている。同書には薬物の有効性に関するクリニカルクエスチョンも掲載されており、ビタミンB12、漢方、消炎鎮痛薬、麻薬など、日本でしか使われていないような薬剤についても記載がある。「がん薬物用法に伴う皮膚障害アトラス&マネジメント」出版を目指す JASCC皮膚障害部門部会長である国立がん研究センター中央病院皮膚腫瘍科の山崎直也氏が「がん薬物用法に伴う皮膚障害アトラス&マネジメント」の出版について紹介した。 がん治療の外来への移行、抗がん剤開始時期の早期化、生存期間の延び、長期間にわたり社会と触れ合いながら治療を受けるがん患者が増えている。一方で、分子標的薬をはじめ、皮膚有害事象を発現する薬剤も増えている。このような社会で生きるがん患者にとって、アピアランスケアは非常に重要な問題である。 皮膚障害の治療に対するエビデンスは少なく、世界中が医療者の経験値で対応しているのが現状である。そのような中、昨年(2016年)がん患者の外見支援に関するガイドラインの構築に向けた研究班により「がん患者に対するアピアランスケアの手引き」が作成された。さらに、目で見てすぐわかる多職種の医療者に伝わるようなものをという考えから、JASCC皮膚障害部門を中心に「がん薬物用法に伴う皮膚障害アトラス&マネジメント」を作成している。 その中では、最近の分子標的薬の皮膚障害を中心に取り上げているが、治療進歩の速さを鑑み、免疫チェックポイント阻害薬についても収載。総論、発現薬剤といった基本的事項に加え、重要な重症度評価およびそれに対する診断・治療のポイントを、症状ごとに症例写真付きで具体的に説明している。年内には発売できる見込みだという。

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原因は何?食欲不振から始まる「負の連鎖」

 食欲の秋と形容されるこの季節。食べたいと思えるのは、味覚や嗅覚で「おいしい」と感じられてこそだが、その味覚に異常を来す原因の1つが亜鉛の不足によるもの。今月4日、都内で開催されたセミナー「食欲の秋に考える、味覚異常や食欲不振からおこる負の連鎖―亜鉛不足からはじまるフレイルへの道―」(ノーベルファーマ株式会社主催)では、この点に着目して、2人の専門家が講演を行った。このうち、味覚異常に特化した外来診療に携わる任 智美氏(兵庫医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科)は、「高齢者においては、薬剤性の味覚障害が多いのが特徴。患者さんが最も自覚しやすい不調であり、亜鉛補充で好転するケースも多いので、丁寧に訴えを聞いて、解決に導いてほしい」と述べた。亜鉛摂取が難しい現代日本の食事情 セミナーでは始めに、更年期の患者を中心とした診療に当たる平澤 精一氏(マイシティクリニック院長)が、現代人が陥る栄養不足、なかでも亜鉛不足が引き起こす不定愁訴などについて解説した。 亜鉛は、人体に必要な5大栄養素の1つであるミネラルの一種で、細胞代謝を促すため、小児の発育はもとより、皮膚や毛髪、爪の健康維持、アルコール分解促進、肝機能保護などに欠かせないのは周知のことだろう。こうしたさまざまな作用の1つに、味覚の維持が含まれている。昔ながらのベーシックな日本食には亜鉛が豊富な食品が多く使われていたため、取り立てて亜鉛不足が指摘されることはなかったが、加工食品の摂取頻度が高く、土壌の質的変化による食材自体の貧弱化が進む現代においては、食生活次第で容易に亜鉛不足に陥るという。 厚生労働省が示す「日本人の食事摂取基準 2015年版」において、亜鉛の1日の必要量として推奨されているのは、成人男性10mg、成人女性8mg、妊婦10mg、授乳婦11mgであるが、例えば、亜鉛が豊富に含まれている食材として挙げられる牡蠣でも5粒(60g)で亜鉛含有量7.9mgであり、日常的に食卓に上がる白米(茶碗1杯)や木綿豆腐(半丁)で0.9mg、納豆(1パック)で0.8mg程度なので、推奨量を達成するにはかなり意識的な心がけが必要だ。一方で、不足栄養素を市販のサプリメントで補う人も多いが、過度の摂取は逆に慢性的亜鉛過剰症を引き起こし、貧血や免疫障害のほか、過剰症によってもやはり味覚・嗅覚低下といった症状を来すのだという。こうした観点から、「安易なセルフメディケーションが危険なこともある」と平澤氏は指摘する。「味覚異常は日々の食事で自覚しやすい不調のサイン」 続いて登壇した任氏は、味覚外来を訪れる患者の中でも割合の多い高齢者に焦点を当て、さまざまな症例を挙げながら味覚障害の原因分析などについて解説した。この中で、65歳以上の高齢者における味覚障害の原因を分類したところ、もっとも多いのが「特発性・亜鉛欠乏症」で、次いで「心因性」なのはほかの世代と同じ傾向だが、ほかの世代と異なるのは「薬剤性」の多さである。この薬剤性味覚障害の機序として挙げられるのは、(1)唾液分泌能の低下、(2)口内炎による粘膜障害性、(3)神経毒性、(4)味細胞障害、(5)薬物自体、または代謝物の唾液分泌、(6)亜鉛キレート作用による亜鉛排泄亢進、である。任氏によると、亜鉛製剤による補充療法や補中益気湯などの漢方による治療により、味覚外来を訪れる患者の7割以上が治癒に至るものの、「原因薬剤については、添付文書に掲載されていても原因とは限らず、また記載がないから原因ではないとも言えないので注意が必要である」と指摘する。 本セミナーで両氏が詳説した味覚障害は、それ自体が生命に直結するものではないが、健康的な生活の根幹にかかわる食事を十分に楽しめないことは、食事にまつわる生活習慣の変調(個食や孤食が増えるなど)のみならず、鬱傾向や筋力低下、フレイル、さらには要介護へとつながる悪循環の発端になりうる点は見逃せない。一方で、日々の食事で自覚できる自身の不調のサインが味覚異常である。任氏は、「家庭にある砂糖や食塩など、はっきりと甘い・辛いが認識できる調味料を舐めてみるだけでも確かめられる。患者自身で不調を自覚してもらい、それをかかりつけ医が丁寧にすくい上げてほしい」と述べた。

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魔法ってないのかな?(解説:岡村毅氏)-718

 私たちの「こころ」や「意識」と呼ばれるものが形而上のものなのか、形而下のものなのかという問題はさておき、脳という電気活動の集合が関与していることは明らかであり、外部からの電気刺激が影響を与えるであろう。  本論文は、経頭蓋直流電気刺激(transcranial direct-current stimulation以下tDCS)のうつ病に対する効果を抗うつ薬(SSRI)およびプラセボと比較した報告である。プラセボに比べると有意に効果はあるものの、SSRIに比べると弱いようだ。  はじめに述べておくと、tDCSはわが国の精神医学においては保険診療で認められていない。世界的にもまだ非常にマイナーな手法である。ただし、脳梗塞後の麻痺などでの臨床実績、体表に電極を置いて微弱な電流を流すだけという安全性を考えると、今後精神科領域で使われる可能性はないとは言えず、アンテナを張っている読者諸兄におかれては頭の隅に入れておいてもよいかもしれない。  少し突き放して書いたのは、「きっと誰も知らない、自分の主治医も知らない治療法があるのだ」とか「週刊誌に素晴らしい治療法が書いてあったのに自分の主治医は自分に隠しているのだ」とか、さまざまなことをおっしゃる患者さんがいるからで、この治療法は標準から離れた異端に飛びつく人に好かれそうだなあと感じたからである。  うつ病の治療法は、(1)精神療法、(2)環境調整、(3)薬物療法等に大きく分けられる。  ひどいうつ状態で、考えることも休むこともできない状態のときは、(3)薬物治療等は効果的である(こういうときに精神療法だけでいくというのは、患者さんにとっては大変つらいだろう)。ここには、SSRIをはじめとする新規抗うつ薬、経験値がないと使いにくいが効果も大きな古典的抗うつ薬、非定型抗精神病薬、気分安定薬、抗不安薬、漢方薬などが含まれる。(3)の中の極めて狭い領域に、電気的脳神経刺激としてmECT(modified electroconvulsive therapy)やrTMS(repetitive transcranial magnetic stimulation)が含まれる。前者は全身麻酔が必要だが効果は絶大、後者は外来でできるが高い機材が必要でまだ臨床実績が不十分という長短がある。ここに安価なtDCSが加わる可能性があるかもしれないということである。  会社でうつになった人のうつ状態を良くして会社に送り返しても、そこがブラック過ぎたらすぐに再発するだろう。さまざまな社会資源につなげるなど(2)環境調整は実は薬物治療よりも重要かもしれない。  そもそもうつ病になる過程には本人のものの見方・考え方が関わっている可能性も高いので、そこに働きかける(1)精神療法こそが、本人の幸せにつなげる精神医学の本質ともいえよう。  そういうわけで、本論文は偽tDCSを施行するなど妥当な方法論に基づいたきちんとした論文ではあるものの、臨床への影響は限定的だ。東京都西之島では噴火により新たな島が生成し、日本の面積がいくらか増大したというが、日本全体の面積と比べれば微々たるものであろう。臨床医としては、本論文はその程度(西之島分)のエビデンスの付与であるように個人的には思う。でもそれは価値があることなのだ。

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遅発性ジスキネジア治療に期待される薬剤は

 遅発性ジスキネジア(TD)は、ドパミン受容体アンタゴニストによる抗精神病薬治療を受けている患者で起こりうる。TDは、その有病率と患者の生活への悪影響にもかかわらず、確立された治療法がなく、薬理学的治療の比較対照試験によるエビデンスも限られている。米国・ペンシルベニア大学のStanley N. Caroff氏らは、TDまたは薬物誘発性運動障害の治療に関する文献レビューを行った。Expert review of neurotherapeutics誌オンライン版2017年7月31日号の報告。 2007~16年に発表されたTDに関する英語論文を、PubMedから“tardive dyskinesia”(TD)もしくは“drug-induced movement disorder”(薬物誘発性運動障害)および“treatment”の語句で検索した。選択したのはTD治療のための薬理学的作用を評価した研究で、合計26件(メタ解析:5件、RCT:12件、オープンラベル:9件)をレビューした。 専門家の主な解説は以下のとおり。・TDの治療には段階的なアプローチが必要である。・TD治療前に、抗精神病薬の最適化を検討すべきである。・いくつかの最近の研究データからは、抗精神病薬の切り替え、またはアマンタジン、レベチラセタム、piracetam、ゾニサミド、プロプラノール、ビタミンB6、特定の規制されていない漢方薬の使用でTD改善の可能性が示されているが、これらの改善意義は不明であり、RCTによるさらなる検討が必要である。・また、新規の小胞モノアミントランスポーター2阻害薬の第III相試験による最近のエビデンスでは、TD症状の重症度に対する有意な効果が認められ、これらの薬剤が、今後のTD治療を変える可能性があることを示唆している。■関連記事遅発性ジスキネジアへの対処に新たな知見遅発性ジスキネジアが発現するD2受容体占有率は:慶應義塾大学統合失調症のEPS発現にカルバマゼピン処方が関連

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遺伝性出血性毛細血管拡張症〔HHT:hereditary hemorrhagic telangiectasia〕

1 疾患概要■ 概念と疫学血管新生に重要な役割を持つTGF-β/BMPシグナル経路の遺伝子異常により、体のいろいろな部位に血管奇形が形成される疾患である。わが国では「オスラー病(Osler disease)」で知られているが、世界的には「遺伝性出血性毛細血管拡張症(HHT)」の病名が使われる。常染色体優性遺伝をするため、子供には50%の確率で遺伝するが、世代を超えて遺伝することはない。その頻度は5,000~8,000人に1人とされ、世界中で認められる。性差はなく、年齢が上がるにつれ、ほぼ全例で何らかのHHTの症状を呈するようになる。■ 病状繰り返し、誘因なしに鼻出血が起り、特徴的な皮膚・粘膜の毛細血管拡張病変(telangiectasia)が鼻腔・口唇・舌・口腔・顔面・手指・四肢・体幹などの好発部位に認められ、脳・肺・肝臓の血管奇形による症状を呈することもある。消化管の毛細血管拡張病変から慢性の出血が起こる。鼻出血や慢性の消化管出血による鉄欠乏性貧血が認められる。脳の血管奇形(頻度10%)により、脳出血や痙攣が起こる。肺の動静脈奇形(頻度50%)により呼吸不全、胸腔内出血、喀血、右→左シャントによる奇異性塞栓症で脳膿瘍や脳梗塞が起こる。肝臓の血管奇形(頻度70%)が症候性になることは少ないが、高齢者、とくに後述の2型のHHTの女性では、心不全、胆道系の虚血、門脈圧亢進症を呈することがある。頻度は低いが、脊髄にも血管奇形が起こり(頻度1%)、出血による対麻痺や四肢麻痺を呈する。 原発性肺高血圧症や肝臓の血管奇形による高心拍出量による心不全から二次性の肺高血圧症をまれに合併する。HHTは知識と経験があれば、問診・視診・聴診のような古典的な診療で診断可能な疾患であり、まずはこの疾患を疑うことが肝要である。■ 病因と予後家族内の親子・兄弟に同じ病的遺伝子変異があっても、必ずしも同じ症状を呈するわけではない。現在までにわかっているHHTの原因遺伝子は、Endoglin、ACVRL1、SMAD4遺伝子の3つであり、これら以外にも未知の遺伝子があるとされる。Endoglin変異によるHHTを1型(HHT1)といい、ACVRL1変異によるHHTを2型(HHT2)という。1型のHHTには、脳病変・肺病変が多く、2型のHHTには肝臓病変が多いが、1型に肝臓病変が、2型に脳病変・肺病変が認められることもある。遺伝子検査を行うと、1型と2型のHHTで約90%を占め、SMAD4遺伝子の変異は1%以下である。1型と2型の割合は地域・国によって異なり、わが国では1型が1.4倍多い。約10%で遺伝子変異を検出できないが、これは遺伝子変異がないという意味ではない。SMAD4遺伝子の変異によりHHTの症状に加え、若年性ポリポーシスを特徴とするため「juvenile polyposis(JP)/HHT複合症候群(JPHT)」と呼ばれる。このポリポーシスは発がん性が高いとされ、定期的な経過観察が必要である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ HHTの臨床的診断基準2000年に提唱された臨床的診断基準(表)には、以下の4項目がある。(1)繰り返す鼻出血(2)粘膜・皮膚の毛細血管拡張病変(3)肺、脳・脊髄、肝臓などにある血管奇形と消化管の毛細血管拡張病変(4)第1度近親者(両親・兄弟姉妹・子供)の1人がHHTと診断されているこれら4項目のうち、3つ以上あると確診(definite)、2つで疑診(probable)、1つ以下では可能性は低い(unlikely)とされる。この診断基準は、16歳以上の患者に関しては、その信頼性は非常に高いが、小児では無症状のことが多いため使えない。画像を拡大する遺伝子検査は、Endoglin、ACVRL1、SMAD4遺伝子の変異の検査を行う。成人のHHTの確定診断に遺伝子検査は必ずしも必要なく、臨床的診断基準の3~4項目があれば確定する。遺伝子検査では、約10%に遺伝子変異はみつからないが、これによりHHTが否定された訳ではない。家族内で発端者の遺伝子変異がわかっている場合、遺伝子検査は、その家族、とくに無症状の小児の診断に有用である。発端者の既知遺伝子変異がその家族にない場合に、はじめてHHTが否定される。オスラー病の疑いまたは確定した患者に対して、肺、脳、肝臓のスクリーニング検査を行うことが勧められる。通常、消化管と脊髄のスクリーニング検査は行われない。臨床的診断基準で、家族歴と鼻出血または毛細血管拡張症の2項目でHHT疑いの場合、内臓病変のスクリーニング検査を行い、3項目にしてHHTの確診にする場合もある。■ 部位別の特徴1)肺動静脈奇形まず酸素飽和度を検査する。次にバブルを用いた心臓超音波検査で右→左シャントの有無の検査する。同時に肺高血圧のスクリーニングも行う。これで肺動静脈奇形が疑われれば、肺の非造影CT検査(thin slice 3mm以下)を行う。バブルを用いた心臓超音波検査では、6~7%の偽陽性があるため、超音波検査を行わず、最初から非造影CT検査を行う場合も多い。コイル塞栓術後の経過観察には造影CT検査や造影のMR検査を行う場合がある。肺高血圧(平均肺動脈圧>25mmHg)が疑われれば、心臓カテーテル検査が必要であり、原発性肺高血圧と二次性肺高血圧を鑑別する。2)脳動静脈奇形頭部MR検査(非造影検査と造影検査)を行う。MRアンギオグラフィーも行う。脳動静脈奇形や陳旧性の脳出血・脳梗塞も検査する。T1画像、T2画像、FLAIR画像、T2*画像を得る。造影T1画像は3方向thin sliceで撮像し、小さな脳動静脈奇形を検出する。通常、小児例では造影検査は行わない。3)脊髄動静脈奇形頻度が1%とされ、スクリーニング検査は行われない。検査をする場合、全脊髄のMR検査になる。4)肝臓血管奇形スクリーニング検査として、腹部超音波検査が勧められる。拡張した肝動脈や門脈、胆道系などを検査する。Dynamic CT検査で、動脈相と静脈相の2相の撮像を行えば、arterio-venous shunt、arterio-portal shuntの検出・鑑別が可能である。シャントがあると太い肝動脈(>10mm)が認められる。肝動脈を含め腹腔動脈に動脈瘤がしばしば認められる。Porto-venous shuntがあれば、脳MR検査のT1強調画像で、マンガンの沈着による基底核、とくに淡蒼球に左右対称性の高信号域が描出される。5)消化管病変通常、スクリーニング検査は行われない。上部消化管に毛細血管拡張病変が多い。上部消化管と下部消化管の検査にはファイバー内視鏡を用い、小腸の検査はカプセル内視鏡で行う。鼻出血の程度では説明できない高度の貧血がある場合には、消化管病変の検査を行う。中年以降の患者の場合、悪性腫瘍の合併の可能性も念頭において、その検査適応を考える。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)現時点では、HHTに対する根治的な治療はなく、種々の症状への対症療法が主となっている。1)鼻出血出血の予防に必ず効く方策はなく、どんな治療も対症療法であることを患者に説明する。エストロゲンやトラネキサム酸の内服、軟膏塗布、点鼻スプレーなどが試みられるが、トラネキサム酸以外の有用性は証明されていない。現実的には、通気による鼻粘膜の外傷をできるだけ減らすために、1日数回、鼻孔にワセリン軟膏を塗布し、湿潤(乾燥させない)が勧められる。抗VEGF薬のベバシズマブは国外で試されているが、その点鼻の効果は、生理的食塩水の点鼻と同じであった。外科的治療には、コブレーターやアルゴンレーザーによる焼灼法、鼻粘膜皮膚置換術、外鼻孔閉塞術が行われるが、どの治療も根治性はない。出血時の対応法として、通常の鼻出血ではボスミンガーゼ挿入が効果的であるが、HHTでは病変の血管が異常なためボスミンガーゼ挿入にはあまり効果がなく、逆にガーゼの抜去時に再出血を惹起するので勧められない。出血側の鼻翼を指で外から圧迫するのが効果的とされ、それでも止血できない場合、サージセルなどを挿入し、止血する。鼻出血による鉄欠乏性貧血には、鉄剤を内服投与し、内服できない場合は静注投与する。鼻出血が継続する限り、データ上、貧血が改善しても、鉄剤投与の継続が必要である。悪心・吐気などの消化器症状の少ない経口鉄剤(商品名:リオナ)が最近認可された。高度貧血には積極的な輸血を行う。心不全があれば、高度の貧血はさらに心不全を悪化させる。定期的な血液検査で貧血のチェックが必要である。2)脳動静脈奇形無症候性の脳動静脈奇形の侵襲的治療に否定的な研究結果(ARUBA study)が報告されて以来、脳動静脈奇形の治療は症例ごとに検討されるようになった。MR検査で、脳動静脈奇形が認められれば、カテーテルによる脳血管撮影が行われ、詳細な検討を行い、治療戦略を練る。治療方法には、開頭による外科的摘出術・カテーテル塞栓術・定位放射線療法がある。HHTにおける脳動静脈奇形の出血率は、非HHTの脳動静脈奇形よりも低いとされ、自然歴やそれぞれの治療に伴うリスクを鑑み、治療方針を立てる。3)肺動静脈奇形栄養動脈が径3.0mm以上の場合、コイルや血管プラグを用いた塞栓術が第1選択となる。3.0mmより小さい病変でも、治療が可能な場合は、塞栓術の対象とされる。塞栓術においてはシャント部の閉塞が必要であり、栄養動脈の近位塞栓を避ける。非常に大きな病変や複雑な構造の病変で、塞栓術に適さない場合は外科的な切除術が選択される。治療後は、5年に1度、CT検査で経過をみる。妊娠する可能性のある女性は、妊娠前のコイル塞栓術が強く勧められる。スキューバ・ダイビングは禁忌とされ、肺動静脈奇形の治療後も勧められない。4)肝臓血管奇形塞栓術は適応とならず、逆にリスクが大きく禁忌である。症候性の心不全・胆道系の虚血・門脈圧亢進症などは、利尿剤など積極的な内科的管理が行われる。内科的治療が、困難な状況では、肝移植が考慮される。5)消化管病変予防的な治療は行わない。出血例では、内視鏡下でアルゴンプラズマ凝固(APC)が行われる。高度貧血には積極的な輸血を行う。4 今後の展望HHTは、その認知度が低いため、診断・治療が遅れることが多い。本症は常染色体優性遺伝し、年齢とともに必ず発症するが、スクリーニングにより脳と肺病変は発症前に対応ができる病変でもある。この疾患の認知度を上げることが重要であり、さらに国内での診療体制の整備、公的助成の拡充が必要とされる。遺伝子検査は、2020年から保険収載されたが、検査が可能な施設は限定されている。将来的には、発症を遅らせる・発症させない治療も期待される。TGF-β/BMPシグナル経路の遺伝子変異により血管新生に異常が起こる疾患であり、抗血管新生薬のベバシズマブの効果が期待されているが、副作用の中には重篤なものもあり、これらのHHTへの適応が模索されている。同様に抗血管新生のメカニズムの薬剤であるサリドマイドの限定的な投与も考えられる。5 主たる診療科疾患の特殊性から、単一の診療科でHHT診療を行うことは困難である。したがって複数科の専門家による治療チームが担当し、その間にコーディネーターが存在するのが理想的であるが、現実的には少ない診療科による診療が行われることが多い。そのなかでも脳神経外科、放射線科、呼吸器内科、耳鼻咽喉科、循環器内科、小児科、遺伝子カウンセラーなどが窓口になっている施設が多い。HHT JAPAN (日本HHT研究会)では、HHTを診察・加療を行っている国内の47施設をweb上で公開している。HHTの多岐にわたる症状に必ずしも対応できる施設ばかりではないが、その場合は、窓口になっている診療科から、症状に見合う他の診療科・他院へ紹介することになっている。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療・研究情報難病情報センター:オスラー病(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)小児慢性特定疾患情報センター:遺伝性出血性末梢血管拡張症(オスラー病)(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)HHT JAPAN (日本HHT研究会)(医療従事者向けのまとまった情報)脳血管奇形・血管障害・血管腫のホームページ(筆者のホームページ)(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)オスラー病のガイドライン(医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報日本オスラー病患者会(患者とその家族および支援者の会)公開履歴初回2017年07月11日更新2022年01月27日

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もはや「秘め事」ではない!? 患者1,000万人超の慢性便秘の考え方

 排便頻度が著しく少なく、それが原因のQOL低下を自覚するものの、便秘が医師の治療や処方を必要な疾患であると認識している人はどれほどいるのだろうか。その証拠に、セルフメディケア商品の市場規模が300億円超といわれているのが慢性便秘である。3月23日、都内でこの慢性便秘をめぐる医療の現状をテーマにしたプレスセミナーが開かれた(主催:漢方医学フォーラム)。セミナーに登壇した中島 淳氏(横浜市立大学大学院医学研究科 肝胆膵消化器病学教室 主任教授・診療部長)は、「医師と患者の双方が、まずは便秘を『病気』として認識するとともに、適切な初療により慢性化させないことが重要だ」と述べた。 現在、国内における全人口の約14%(2~27%)が慢性便秘であるとみられている。若年~中年層では圧倒的に女性に多いが、65歳以上の高齢層になると男女共にその割合は急激に増える。ただし、排便回数が月2回以下という重症便秘は女性に多い。また近年では、小児期のトイレトレーニングが不十分などの理由で、子どもの便秘が増える傾向があるという。 旅行などの短期的な環境変化だけでなく、進学や就職、結婚などによる生活変化で排便習慣が乱れ、一過性の便秘となる人は少なくないが、この段階で適切な治療を行えば問題ない。適切な治療とは何か。食事指導や治療薬の処方もさることながら、医師の問診による原因究明が肝要である。 中島氏によると、患者が排便に関する悩みを打ち明けても、「わずかでも出ているなら問題ない」「排便回数が多いのは便秘ではないので問題ない」など、多くの医師の判断基準が「回数」にあるため、訴えの本質を見逃しがちになっているという。「たとえ毎日排便があっても、過度の怒責や排便後の残便感や不快感、頻回便なども、患者にとってはQOL低下につながる切実な悩みである。これを症状として聞く姿勢がなければ、治療へとつながっていかない」と中島氏は述べる。 先述した300億円超という膨大な便秘関連薬市場は、セルフメディケアで解消しようとする患者の多さを物語っているが、この中には医療機関で症状を打ち明けるも適切な治療を受けられず、市販薬をのみ続けた結果、慢性便秘を重症化させてしまう患者も少なくないという。 これまで、わが国における慢性便秘治療に使われてきたのは、もっぱら酸化マグネシウムと刺激性下剤の2種であったが、新規便秘薬としてルビプロストンやリナクロチド(いずれも保険適応)が発売され、治療をめぐる潮流にも変化がみられる。 中島氏は、さらなる選択肢として漢方薬の使用を挙げた。具体的には、(1)大黄甘草湯(2)麻子仁丸(3)潤腸湯(4)桂枝加芍薬大黄湯(5)防風通聖散(6)大建中湯の6種(作用の強い順に記載)を、患者の症状やニーズに合わせて使い分けることを勧めている。 中島氏は現在、慢性便秘に特化したガイドライン作成委員会メンバーとして策定に当たっており、今夏を目途に発刊を目指しているという。中島氏は、「専門医のみならず、かかりつけ医においても、初療で適切な治療を行うことの重要性をガイドランに盛り込む方針。便秘の苦しみを訴える患者の声に耳を傾け、医療機関での失望経験が慢性便秘患者を増やしている現状は改めるべき」と述べた。

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増加する訪日外国人!対応に欠かせない医療通訳の真の役割とは

 多言語遠隔医療通訳サービスを全国の医療機関に提供している一般社団法人JIGH (代表理事:東京大学大学院医学系研究科国際保健政策教室 教授 渋谷健司氏)は、2016年12月に都内で日本語・中国語医療通訳者向けの研修会を開催した。2016年に訪日外国人旅行者数は初めて年間2,000万人を突破したが、政府はこれを2020年に4,000万人、2030年に6,000万人に増やす目標を掲げている。それに伴い医療機関でも訪日外国人へ対応する機会が今後増えることが予想され、体制を整えることが求められている。  研修会で講師を務めた明星漢方クリニックの西原可欣氏は中国、日本両国における医療通訳経験から「医療通訳というと、“医療用語がわかればよい”と考えるかもしれないが、それだけでは不十分である」と述べ、通訳者の役割は、単に言葉を訳すだけではなく、疾病に深く関係する生活習慣や文化背景などに配慮し、患者が安心して医療を受けるための環境整備をすることや、医師・患者間の信頼関係を構築するためのサポートをすることであると説明した。なぜ日本へ? 訪日目的は“医療水準の高さ”とは限らない 西原氏によると、医療通訳ニーズが高いのは日本に長期滞在している外国人よりも、言語・文化障壁が高い短期滞在者である。昨今、医療ビザを取得し、治療などを受けることを目的とするいわゆる医療ツーリズムで来日する外国人も増加傾向にあるとみられており、中国人の場合は主に、がんに対する粒子線(重粒子線、陽子線)治療や免疫療法、循環器疾患に対する心臓カテーテル治療などといった専門性の高い治療を受けに来ることが多いという。 ただし、これらの治療の多くは中国でも提供されており、来日理由は「自国で同様の治療が受けられないから」とは限らない点に注意が必要である。ではなぜ高額な医療費と渡航費を負担してまで日本へ来るのかというと、近年中国では、医療提供者と患者の信頼関係が希薄になってきており、支払いが可能であるか確認が取れてから診療する、などといった対応に対する患者の不満が背景にあると西原氏は説明する。これらの状況から、とくに中国人富裕層が、より質の高いサービスと医療者との信頼関係の下に安心して受けられる医療を求めて日本に来るということだ。よって、医療者も通訳者もこのような患者の思いを理解したうえで対応しないと、不満やクレームにつながる可能性があることを同氏は指摘した。 また、通訳者として医療者・患者間の信頼関係構築をサポートするために、すべてのコミュニケーションは必ず患者を介して行うことや、文化の違いからお互いが不快な思いをすることで信頼関係が崩れることのないよう、日本におけるマナーなどについても、患者に説明し、守るようサポートすることの重要性を強調した。

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サン・アントニオ2016 レポート-1

レポーター紹介はじめに2016年SABCSは12月6日~10日まで5日間開催された。今年から会場が新しくなり、非常に快適であった。しかし、外は風も強くとても寒い日が続いた。メイン会場は従来と雰囲気は変わらないが、柱やスクリーンが障壁となって、座席によりスライドの見えにくいところが多かったのが難点である。来年より改善して欲しいところである。今回私たちの臨床をすぐに変えるようなものはほとんどなかった。しかし、腫瘍浸潤リンパ球(TILs)をはじめとするがん免疫、ERやHER2も含めた体細胞変異、BRCA1/2以外の胚細胞変異、多遺伝子アッセイ、リキッドバイオプシー(循環癌細胞、セルフリーDNA)、マイクロRNA(miRNA)、がん幹細胞、腫瘍の不均一性といった話題は引き続き多くみられた。また、臨床試験デザインの演題も多く採用されていたように思う。まずはOral sessionから紹介する。NSABP B-42は閉経後乳がんにおいて、アロマターゼ阻害剤(AIs)を5年服用後(タモキシフェン3年以下服用も含む)に、さらにレトロゾールを5年延長した場合の効果をみる試験である。現在までにタモキシフェン5年服用後にレトロゾールを5年延長するMA.17試験でその有効性が示されている。MA.17R試験では、レトロゾール5年にさらにレトロゾール5年を追加したが、遠隔再発抑制効果はほとんどみられなかった。しかし、それ以前にタモキシフェンを5年使用していた患者も多く含まれているため、私たちが知りたい条件とは異なっていた。B-42試験では3,964例が2群に割り付けられた。約40%の患者が治療を完遂できず、そのうち治療拒否または中止は14%、有害事象によるものは10%であった。主要評価項目である無病生存期間は、7年でレトロゾール群84.7%、プラセボ群81.3%と有意差が認められた(p=0.048、 HR=0.85:0.73~0.99)。さらに遠隔再発もそれぞれ3.9%、5.8%で有意差を認めた(p=0.03、HR=0.72:0.53~0.97)。しかし全生存期間には差を認めなかった(92.3% vs.91.8%)。すなわち、アロマターゼ阻害剤5年にさらにレトロゾール5年を延長することによる利益は全体としてはわずかである。スライドでは示されなかったが、予後不良(リンパ節転移陽性など)群などでは効果が大きくなると思われる。そのため、TAM→TAM、TAM→AIs、AIs→AIs共に、より予後不良と考えられる患者には使うメリットがあろうと考えられ、個々の患者の状況により対策を立てるのが賢明である。DATA研究は2~3年のタモキシフェンの後に3年または6年のアナストロゾールを服用した際の効果を比較する第III相試験である。3年無病生存率は79.4% vs.83.1%で有意差はみられなかったが(p=0.07、HR=0.79:0.620~1.02)、ホルモン受容体陽性、HER2陰性、pN+、化学療法施行例に限ると75.9% vs.86.0%で有意差が認められた(p=0.01、HR=0.58:0.39~0.89)。なお、全生存率にはまったく差は認められていない。まだ観察期間も短く、何ら結論は出せないが、他の延長試験と合わせて考えると、やはり再発リスクが高いグループでアロマターゼ阻害剤の延長を考慮したほうが良さそうである。BRCA1/2乳がんにおける体細胞遺伝子の変化について、メモリアル・スローンケタリングがんセンターから報告があった。BRCA1/2乳がんは先天的に一方のアレルのBRCA1/2遺伝子が変異により機能喪失しており、2ヒットとしてもう一方のアレルも何らかの理由で機能喪失すると乳がんに進展していく。BRCA1では29例中28例で両アレルが失活していたが、1例では失活しておらず散発性の乳がん発症と考えられた。両アレルの失活に伴い、その他の遺伝子変異がTP53-76%(ER陰性-95%、ER陽性-25%)、NF1-10%、PTEN-10%、RB1-7%に認められた。BRCA2では10例中全例でLOHが認められた。BRCA1/2胚細胞変異保有者における散発性乳がんの割合とBRCA1/2遺伝子変異に伴う他の体細胞遺伝子変異は、私も兼ねてより知りたかったことの1つだったのでここに紹介した次第である。すなわち、BRCA1/2遺伝子変異保有者ではその大半が遺伝性乳がんとして発症し、散発性乳がんはごくわずかであるということである。当然のことながら散発性乳がんは遺伝の有無にかかわらず発症する訳であるが、遺伝を持っている方は散発性乳がん発症に加え、より大きな遺伝性乳がん発症のリスクを持っていると考えられ、やはり個別化医療としての選択的なサーベイランスを行うことが大切であろう。化学療法に伴う脱毛を予防するための頭皮冷却に関する無作為化比較試験SCALPの結果が報告された。本研究はPaxmanの頭皮冷却装置が用いられているが、これは国内でもすでに薬事承認されている。182例の患者が無作為化割り付け(冷却群119例、非冷却群63例)され、1レジメンでの効果が検討された。その結果、非冷却群での脱毛は100%であったのに対し、冷却群では脱毛を50.5%予防できていた。薬剤別での予防率はタキサンで65.1%であったが、アントラサイクリンではわずか21.9%であった。冷却により強い不快感を訴えた方はわずかであった。比較的良好な結果を示しているといえるが、本報告の問題点として、薬剤の詳細(種類や投与量)がわからないこと、最も多く使われているアントラサイクリン+タキサンレジメンでの脱毛の割合が不明であることが挙げられる。また、パクリタキセルの毎週投与では頭皮冷却の回数が非常に増えてしまうことが懸念される。実地臨床では、時間が長くなり化学療法室を1例で長く占拠してしまうこと、化学療法室のスペース不足、誰に行うのか、といった問題があるのが現実であり、データ不足と相まって普及にはまだ困難を伴いそうである。アロマターゼ阻害剤関連の筋骨格系症状(AIMSS)に対するデュロキセチンの効果をみる無作為化比較試験の結果が報告された(SWOG S1202))。慢性疼痛の治療薬としてFDAで認可されているセロトニン・ノルアドレナリン再吸収阻害薬(SNRI)の1つであるデュロキセチンの効果をみたものである。299例の患者をデュロキセチンとプラセボを12週間内服する群にそれぞれ割り付け、QOL評価を行った。その結果、関節痛や関節のこわばりはデュロキセチン内服群で有意に改善傾向がみられ、QOLも有意に向上していた。しかしながら、その差はわずかにみえる。デュロキセチン群の方で明らかに有害事象が多いこと、プラセボ群でもそれなりの効果と有害事象が出ていることから、直ちにデュロキセチンを使うというよりは1つの提案をしてみたい。まずは何らかの副作用の少ない薬剤(たとえば漢方薬、ビタミンD3など)を使って効果を確認し、改善が不十分であればデュロキセチンに変えてみるなどすると、有害事象を最小限にしながら治療効果を上げることができるのではないか。

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医療ビッグデータの活用と漢方薬による医療費削減

 2016年9月6日、都内で第135回漢方医学フォーラム(後援:株式会社ツムラ)が開催され、東京大学大学院医学系研究科 公共健康医学専攻 臨床疫学・経済学教授の康永 秀生氏による講演「医療ビッグデータを用いた臨床疫学研究の最前線~漢方薬による医療費削減~」が行われた。 現存する医療ビッグデータの中でも、その研究利用を期待されているのがDPC(Diagnosis Procedure Combination)データである。DPCデータは、全国のDPC病院(大学病院を含む大・中規模の病院)で収集可能な入院診療データであり、記録される情報は主傷病名、手術術式から身長・体重、意識レベルといった臨床データまで多岐にわたる。その情報量の多さから、DPCデータは医療内容や医療機関の評価にも利用可能であり、医療の可視化や透明性の確保に応用されている。 では、今回のテーマである漢方薬とDPCデータの間にはどのような関係性があるのだろうか。 本講演では、漢方薬の一種である五苓散についてのDPCデータを用いた研究結果が紹介された。五苓散は、慢性硬膜下血腫に対する穿頭血腫洗浄術後、再発防止を目的として投与されるが、有効性に関するエビデンスは十分なものではなかった。 DPCデータ解析の結果、五苓散使用群で再手術率の有意な低下が認められた(五苓散非使用群:6.2%、五苓散使用群:4.8%、リスク差:−1.4%[95%信頼区間:−2.4%〜−0.38%])。また、平均総入院医療費に関しては、五苓散の薬価を含めた上でも五苓散使用群で有意に低い結果となった(五苓散非使用群:67.1万円/人、五苓散使用群:64.3万円/人、p=0.030)。康永氏は、「医療は少しでも治る確率の高いものを選択していくことの連続である」と、先の結果に対する見解を述べた。 このように、DPCデータを用いることにより、漢方薬の効果および医療費への影響を客観的に評価することが可能となる。漢方薬のように既に普及している薬剤にとって、医療の再検証を可能にする医療ビッグデータ解析はまさに適した研究手法といえよう。漢方薬全体としては、五苓散のようにエビデンスが存在する例はまだ限定的である。今後、より効率性と質の高い医療の実現に向けて、医療ビッグデータを活用したさらなるエビデンスの集積を心待ちにしたい。

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