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多遺伝子リスクスコアと冠動脈石灰化スコアを比較することは適当なのか?(解説:野間重孝氏)

 pooled cohort equations(PCE)はACC/AHA心血管ガイドラインの一部門であるリスク評価作業部会によって開発されたもので、2013年のガイドラインにおいて、これを使用して一次治療においてアテローム性動脈硬化性心血管病のリスクが高いと判断された患者(7.5%以上)に対する高強度、中強度のスタチンレジメンが推奨され話題となった。現在PCEを計算するためのサイトが公開されているので、興味のある方は開いてみることをお勧めする(https://globalrph.com/medcalcs/pooled-cohort-2018-revised-10-year-risk/)。わが国であまり用いられないのは国情の相違によるものだろうが、米国ではPCE計算に用いられていない付加的指標を組み合わせることにより、精度の向上が議論されることが多く、現在その対象として注目されているのが冠動脈石灰化スコア(CACS)と多遺伝子リスクスコアだと考えて論文を読んでいただけると理解しやすいのではないかと思う。 「多遺伝子リスクスコア」とは一体何なのか、と疑問を持たれている方も多いのではないかと思う。少々極端なたとえになるが、臨床医ならばだれしも初診患者の診察をする際に家族歴を尋ねるのではないだろうか。また、少し年配の方で疫学に関係したことのある方なら、心筋症の家族歴の調査にかなりの時間を費やした経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないかと思う。そこに2003年、ヒトゲノムが解読されるという大事件が起こったのである。その発症に遺伝が関係すると考えられる疾患の基礎研究で、研究方法がゲノム解析に向かって大きく舵を切られたことが容易に理解されるだろう。 一部のがんや難病では単一のドライバー遺伝子変異もしくは原因遺伝子によって説明できることがあるが、糖尿病・心筋梗塞・喘息・関節リウマチ・アルツハイマー認知症etc.など多くの問題疾患はいずれも多因子疾患であり、多数の遺伝的バリアントによって構成される多遺伝子モデル(ポリジェニック・モデル)に従うと考えられる。間接的、網羅的ゲノム解析であるSNPアレイを用いたゲノムワイド関連解析(GWAS)により、この15年ほどの間に多くの多因子疾患の遺伝性を明らかにされた。さらに近年、数万人を超える大規模なGWASによって、非常に多数の遺伝因子を用いて多遺伝子モデルに従う予測スコア、すなわちいわゆる多遺伝子スコア(ポリジェニック・スコア)が構築され、医療への応用可能性を論じることが可能となってきた。しかしその一方で問題点や限界も明らかになってきており、直接的な臨床応用にはまだ限界があることを考えておかなければならない。また、GWASは主に欧州系の白人を対象に研究された経緯から、他の人種にどのように応用できるかには検討の余地がある。本研究で取り上げられた2つの大規模臨床モデルがいずれも欧州系白人を対象としているのは、このような理由によるものと考えられる。 一方冠動脈石灰化スコア(CACS)は造影剤を用いない心電図同期CTで計測可能な指標で、冠動脈全体の石灰化プラークの程度について石灰化の量にCT値で重み付けすることにより求められ、現在冠動脈全体の動脈硬化負荷の代替指標として確立しているといえる。しかし心筋梗塞や不安定狭心症は必ずしも高度狭窄から起こるわけではなく、プラークの不安定性を評価する指標も必要となる。CCTAでもプラークの不安定性を示す指標がいくつか知られているが、臨床応用にはまだ研究の余地があるといえる。とはいえ、FFR-CTまで含め、冠動脈CT検査は直接的な臨床応用が可能である点がゲノム解析にはない利点であることは確かだといえる。実際ゲノム解析には大変な手間・費用が掛かり、その将来性を否定するものではないが、現段階においてはその臨床応用範囲が、まだ限定的であることは否定できないだろう。 なお、多遺伝子リスクスコアがPCEに加えられることによって予想確度が上がるか否かについては2020年の段階で意見が分かれており、いずれもジャーナル四天王で取り上げられているのでご参考願いたい (「多遺伝子リスクスコアの追加、CADリスク予測をやや改善/JAMA」、「CHD予測モデルにおける多遺伝子リスクスコアの価値とは/JAMA」)。 今回の研究はさまざまな議論を踏まえ、多遺伝子リスクスコアを加えること、CACSを加えることのいずれがPCE予測値をより改善するかを検討したものである。結果は多遺伝子リスクスコア、CACSそれぞれ単独では冠動脈疾患発生を有意に予測したが、PCEに多遺伝子リスクスコアを加えても予測確度は上昇しなかった。一方CACSを加えることによりPCEの予測確度は有意に上昇した。 この研究の結論はそれ自体としては大変わかりやすいものなのだが、そもそも多遺伝子リスクスコアとCACSを同じ土俵で比較することが適当なのか、という疑問が残る。何故なら多遺伝子リスクスコアは原因・素因というべきであり、CACSはいわば結果であるからだ。素因と現にそこに起こっている現象とでは意味が違うのではないだろうか。こうした批判は関係する後天的な因子の果たす役割の大きい生活習慣病を考える場合、重要な視点なのではないかと思う。普段ゲノム研究を覗く機会の少ないものとしては大変勉強になる論文ではあったが、そんな素朴な疑問が残った。

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フッ化ピリミジン系薬剤投与による胸痛発作症例【見落とさない!がんの心毒性】第22回

※本症例は、実臨床のエピソードに基づく架空のモデル症例です。あくまで臨床医学教育の普及を目的とした情報提供であり、すべての症例が類似の症状経過を示すわけではありません。《今回の症例》年齢・性別60代・男性主訴 胸痛既往歴脂質異常症、糖尿病生活歴タバコ20本/日×38年現病歴X年10月下部食道扁平上皮がん T3N2M1(肝転移)、ステージIVbの診断で、放射線化学療法の方針となった。放射線療法50Gy+化学療法「シスプラチン+フルオロウラシル」2コースの初期治療に続いて、「ネダプラチン+フルオロウラシル」を6コース行い完全寛解となった。X+2年7月食道がんの局所再発あり。光線力学的療法(Photodynamic Therapy:PDT)を500J実施したが、同年9月のCT、PETでリンパ節転移を認め、ネダプラチン+フルオロウラシルを再開した。再開1回目の入院治療時、持続点滴開始3日後に胸部絞扼感が出現。モニター心電図の変化が疑われ循環器科受診。心筋逸脱酵素の上昇はなく、安静時心電図正常、負荷心電図陰性、心エコーも特記所見がなかったため、頓服用の硝酸薬が処方され退院。さらに、2コース目の治療入院の際にもフルオロウラシル持続点滴開始2日目に胸痛発作あり、Ca拮抗薬を開始しつつホルター心電図を実施した。退院後は胸痛発作なく過ごしたため、3コース目で入院したが化学療法開始後に胸痛発作が出現したため、さらに硝酸薬を追加し、がん治療は中止した。循環器科初診時の検査データWBC 3,000/μL、RBC 487×104/μL、Hb 15.2g/dL、Plt 18.0×104/μL、TP 6.9g/dL、Alb 4.3g/dL、AST 23U/L、ALT 32U/L、ALP 230U/L、LDH 178U/L、CK 88U/L、CRP 0.13mg/dl、Na 141mmol/L、K 4.4mmol/L、Cl 102mmol/L、BUN 10.8mg/dL、Cr 1.15mg/dL、Glu 116mg/dL、CEA 1.9ng/mL、CA19-9 16.4U/mL、SCC抗原 1.5ng/mL、BNP 33.2pg/mL、トロポニンT 0.012ng/mL(正常<0.014 ng/mL)安静時心電図と胸痛発作時を含むホルター心電図を以下に供覧。<安静時心電図>画像を拡大する心電図所見洞調律、正常範囲。追加で行ったマスターダブル負荷試験は陰性。<ホルター心電図>【発作時の圧縮波形】画像を拡大する心電図所見心室性期外収縮が出現し、徐々にST上昇の変化をきたしていることが確認できます。【拡大波形】画像を拡大する心電図所見非発作時:ST上昇なし。心電図変化:(1)に比し、ch1でST上昇傾向を認めます。胸痛発作:(2)と比し、ch1でのST上昇が顕著となっています。【問題】本症例の病状、方針として妥当と思われるものはどれか?a.症状、心電図変化からフルオロウラシルに関連した冠攣縮性狭心症を考える。b.3コース目で治療を中止しているが、さらに、ニコランジルなどの冠拡張薬を追加し同一の化学療法を継続すべき。c.ST上昇を認めるので、速やかに心臓カテーテル検査などの精査を行うべき。d.抗がん剤治療のレジメン自体を見直す。1)Shiga T, et al. Curr Treat Options Oncol. 2020;21:27.2)Cucciniello T, et al. Front Cardiovasc Med. 2022;9:960240.3)Chong JH, et al. Interv Cardiol. 2019;14:89-94.4)Redman JM, et al. J Gastrointest Oncol. 2019;10:1010-1014.5)Zafar A, et al. JACC CardioOncol. 2021;3:101-109.講師紹介

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CAD患者のLDL-C 50~70mg/dL目標の治療 、高強度スタチンに非劣性/JAMA

 冠動脈疾患(CAD)患者の治療において、LDLコレステロール(LDL-C)の目標値を50~70mg/dLとする目標達成に向けた治療(treat-to-target)は高強度スタチン療法に対し、3年の時点での死亡、心筋梗塞、脳卒中、冠動脈血行再建術の複合に関して非劣性であり、これら4つの構成要素の個々の発生率には差がないことが、韓国・延世大学のSung-Jin Hong氏らが実施したLODESTAR試験で示された。研究の成果は、JAMA誌オンライン版2023年3月6日号に掲載された。韓国の無作為化非劣性試験 LODESTAR試験は、韓国の12施設が参加した医師主導の非盲検無作為化非劣性試験であり、2016年9月~2019年11月の期間に患者の登録が行われた(Samjin Pharmaceuticalなどの助成を受けた)。 CAD(安定虚血性心疾患または急性冠症候群[不安定狭心症、急性心筋梗塞])患者が、LDL-C値50~70mg/dLを目標とするtreat-to-target治療を受ける群、またはロスバスタチン20mgあるいはアトルバスタチン40mgによる高強度スタチン療法を受ける群に、無作為に割り付けられた。 主要エンドポイントは、3年の時点での死亡、心筋梗塞、脳卒中、冠動脈血行再建術の複合であり、非劣性マージンは3.0%とされた。treat-to-target戦略の適合性を支持する新たなエビデンス 4,400例(平均年齢65.1[SD 9.9]歳、女性27.9%)が登録され、2つの群に2,200例ずつが割り付けられた。4,341例(98.7%)が3年の追跡を完了した。ベースラインの平均LDL-C値は、treat-to-target群が86(SD 33)mg/dL、高強度スタチン群は87(SD 31)mg/dLであった。 高強度スタチン療法は、treat-to-target群では1年目に患者の53%、2年目に55%、3年目に56%が受けており、高強度スタチン群ではそれぞれ93%、91%、89%が受けていた。 試験期間中の平均LDL-C値は、treat-to-target群が69.1(SD 17.8)mg/dL、高強度スタチン群は68.4(SD 20.1)mg/dLであり、両群間に有意な差はなかった(p=0.21)。 3年時の主要エンドポイントの発生率は、treat-to-target群が8.1%(177例)、高強度スタチン群は8.7%(190例)で、絶対群間差は-0.6%(片側97.5%信頼区間[CI]:-∞~1.1)であり、treat-to-target群の高強度スタチン群に対する非劣性が示された。 死亡(treat-to-target群2.5% vs.高強度スタチン群2.5%、絶対群間差:<0.1%[95%CI:-0.9~0.9]、p=0.99)、心筋梗塞(1.6% vs.1.2%、0.4[-0.3~1.1]、p=0.23)、脳卒中(0.8% vs.1.3%、-0.5[-1.1~0.1]、p=0.13)、冠動脈血行再建術(5.2% vs.5.3%、-0.1[-1.4~1.2]、p=0.89)の発生率は、いずれも両群間に有意な差は認められなかった。 著者は、「これらの知見は、スタチン治療における薬物反応の個人差を考慮した個別化治療を可能にする、treat-to-target戦略の適合性を支持する新たなエビデンスをもたらすものである」としている。

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有害な妊娠アウトカム、母親の虚血性心疾患リスクが長期的に上昇/BMJ

 5つの有害な妊娠アウトカム(早産、在胎不当過小、妊娠高血圧腎症、妊娠高血圧腎症以外の妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病)のいずれかを経験した女性は、出産後の虚血性心疾患のリスクが高く、このリスク上昇は最長で46年持続していることが、米国・マウントサイナイ・アイカーン医科大学のCasey Crump氏らの調査で示された。研究の成果は、BMJ誌2023年2月1日号で報告された。スウェーデンの全国的なコホート研究 研究グループは、5つの有害な妊娠アウトカムと母親の虚血性心疾患の長期的なリスクとの関連の評価を目的に、スウェーデンにおいて全国的なコホート研究を行った(米国国立心肺血液研究所[NHLBI]などの助成を受けた)。 対象は、1973~2015年にスウェーデンで、単胎分娩による初回の出産をした女性219万5,266人であった。主要アウトカムは、全国の入院・外来診断で確認された出産から2018年までに発生した虚血性心疾患とされた。 Cox回帰を用いて、他の有害な妊娠アウトカムおよび母性因子を調整し、早産、在胎不当過小、妊娠高血圧腎症、他の妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病と関連した虚血性心疾患のハザード比(HR)を算出した。有害な妊娠アウトカムの数が増えるとリスクも上昇 5,360万人年の追跡期間中に、8万3,881人(3.8%)の女性が虚血性心疾患(急性心筋梗塞55.3%、狭心症38.7%)と診断された。初回出産時の年齢中央値は27.3歳、虚血性心疾患診断時の年齢中央値は58.6歳であった。 5つの有害な妊娠アウトカムはいずれも独立に、虚血性心疾患のリスク上昇と関連していた。出産後10年以内に特定の有害な妊娠アウトカムと関連した虚血性心疾患の補正HRは、他の妊娠高血圧症候群が2.09(95%信頼区間[CI]:1.77~2.46)と最も高く、次いで早産1.72(1.55~1.90)、妊娠高血圧腎症1.54(1.37~1.72)、妊娠糖尿病1.30(1.09~1.56)、在胎不当過小1.10(1.00~1.21)であった。 また、出産後30~46年が経過しても、補正後HRは有意に上昇したままであり、他の妊娠高血圧症候群が1.47(95%CI:1.30~1.66)、妊娠糖尿病が1.40(1.29~1.51)、妊娠高血圧腎症1.32(1.28~1.36)、早産1.23(1.19~1.27)、在胎不当過小は1.16(1.13~1.19)だった。 複数の有害な妊娠アウトカムを経験した女性は、さらにリスクが上昇していた。たとえば、出産後10年以内に、有害な妊娠アウトカムを1回経験した女性の虚血性心疾患の補正後HRは1.29(95%CI:1.19~1.39)であったのに対し、2回経験した女性は1.80(1.59~2.03)、3回経験した女性は2.26(1.89~2.70)であった。 著者は、「有害な妊娠アウトカムを経験した女性では、虚血性心疾患の発症を防ぐために、予防に関する早期の評価と、長期的なリスク軽減を考慮する必要がある」としている。

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イバブラジン・ベルイシグアト【心不全診療Up to Date】第5回

第5回 イバブラジン・ベルイシグアトKey Points4人の戦士“Fantastic Four”を投入したその後の戦略はいかに?過去の臨床試験を紐解き、イバブラジン・ベルイシグアトが必要な患者群をしっかり理解しよう!はじめに第4回までで、左室駆出率の低下した心不全(HFrEF:Heart Failure with reduced Ejection Fraction)に対する“Fantastic Four”(RAS阻害薬/ARNi、β遮断薬、MRA、SGLT2阻害薬)の役割をまとめてきた。そして今回は、「その4剤併用療法(First-Line Quadruple Therapy)を開始、用量最適化後の次のステップ(Add-on Therapies)は?」という観点から、かかりつけの先生方の日常診療に役立つ内容を最新のエビデンスも添えてまとめていきたい。4人の戦士“Fantastic Four”を投入したその後の戦略はいかに?まず、第4回までで説明してきたとおり、大原則として、医療従事者(ハートチーム)が、目の前のHFrEF患者に対して、相加的な予後改善効果が証明されているガイドラインClass 1推奨薬4剤“Fantastic Four”をできる限り速やかにすべて投与する最大限の努力をし、最大許容用量まで漸増することが極めて重要である。なお、もしその中のどれか1つでも追加投与を見送る場合は、その薬剤を『試さないリスク』についても患者側としっかり共有しておくことも忘れてはならない。では、それらをしっかり行ったとして、次のステップ(追加治療)はどのような治療がガイドライン上推奨されているか。その答えは、米国心不全ガイドラインがわかりやすく、図1をご覧いただきたい1)。まず、β遮断薬投与にもかかわらず、心拍数≧70拍/分の洞調律HFrEF患者には、イバブラジンの追加投与がClass 2aで推奨されている。また、最近心不全増悪を認めた高リスクHFrEF患者では、ベルイシグアトの追加投与がClass 2bで推奨されている。その他RAAS阻害薬投与中の高カリウム血症に対するカリウム吸着薬(sodium zirconium cyclosilicate[商品名:ロケルマ]など)がClass 2bで推奨されているなどあるが、今回はイバブラジン(商品名:コララン)、ベルイシグアト(商品名:ベリキューボ)2つの薬剤について少しDeep-diveしていこう。画像を拡大する1.イバブラジン(ivabradine)イバブラジンとは、洞結節にある過分極活性化環状ヌクレオチド依存性(HCN)チャネルを阻害する、新たな慢性心不全治療薬である。と言われても何のことかわかりにくいが、この薬剤の特徴を一言でいうと、「陰性変力作用なく心拍数だけを減らす」というものであり、適応を一言で言うと、「心拍数の速い洞調律のHFrEF患者」である。では、このHCNチャネルとは何者か。HCNチャネルは主に洞結節に存在する6回膜貫通型膜タンパク質であり、正電荷アミノ酸(アルギニンやリジン)が多く配置されている第4膜貫通ドメイン(HCN4)が電位センサーの中心となっている。洞結節において電気刺激が自発的に発生する自発興奮機能(自動能)形成に寄与する電流は、”funny” current(If)と呼ばれ、HCNチャネル(主にHCN4)を介して生成される2,3)。イバブラジンは、このHCN4チャネルを高い選択性をもって阻害することで、Ifを抑制し、拡張期脱分極相におけるペースメーカー活動電位の立ち上がり時間を遅延させ、心拍数を減少させる。イバブラジンは用量依存的に心拍数を低下させるが、この特異的な作用機序の結果として、心臓の変力作用や全身血管抵抗に影響を与えずに心拍数だけを低下させることができる4,5)。そして、心拍数を減らすことによって、心筋酸素消費量を抑え、左室充満と冠動脈灌流を改善させ、その結果左室のリバースリモデリングを促し、心不全イベントを抑制するというわけである6)。本剤は、2005年欧州においてまず安定狭心症の適応で承認され、その後慢性心不全の適応で2012年に欧州、2015年に米国で承認された(図2)7)。その流れを簡単に説明すると、冠動脈疾患を有する左室収縮機能障害患者へのイバブラジンの心予後改善効果を検証したBEAUTIFUL試験の結果は中立的なものであったが、心拍数≧70拍/分の患者におけるイバブラジンの潜在的な有用性(冠動脈疾患発生抑制効果)について重要な洞察をもたらした8)。この結果は、次に紹介するSHIFT試験の基礎となった。画像を拡大するSHIFT試験は、NYHA II-IV、LVEF≦35%、洞調律かつ70拍/分以上の心不全患者6,505例(日本人含まず)を対象に、イバブラジンの効果を検証した第III相試験である(図2)9)。この試験の結果、主要評価項目である心血管死または心不全入院は、イバブラジン群で18%減少していた(HR:0.82、95%信頼区間[CI]:0.75~0.90、p<0.001)。ただ、これは主に心不全入院の26%減少によってもたらされたものであった。また、サブグループ解析の結果、ベースラインの安静時心拍数が中央値77拍/分より高いサブグループにおいてのみ、イバブラジンによる有意な治療効果が認められ(交互作用に対するp値=0.029)、その後の事後解析において、安静時心拍数≧75拍/分の部分集団では心不全入院だけではなく、心血管死も有意に抑制していた(HR:0.83、95%CI:0.71~0.97、p=0.017)10)。ただし、これらの知見を解釈する際には、SHIFT試験に参加した患者の大多数(約70%)が虚血性心不全をベースに持ち、植込み型除細動器の使用が少なく(不整脈イベント抑制効果は期待できない可能性あり)、β遮断薬ガイドライン推奨用量の50%以上を投与するという要件を満たした症例は56%に過ぎなかったことを念頭に置くことが重要である。以上のような経緯から、その後日本人慢性HFrEF患者を対象に実施されたJ-SHIFT試験においては、「安静時心拍数が75拍/分以上」というのが組み入れ基準の1つとして採用された11) 。その結果、SHIFT試験との結果の類似性が確認されたため、添付文書上、心拍数≧75拍/分の患者が適応となっている。なお、イバブラジンはCYP3A4による広範な肝初回代謝を受け、詳細は省くが、この点がいくつかの薬剤(ベラパミル、ジルチアゼム、その他のCYP3A4阻害薬)において薬物相互作用と関連すること、また光視症(視細胞のHCN1チャネルを阻害するためであり、可逆的)には注意が必要である。個人的には、β遮断薬の増量や導入が困難なHFrEF患者には早期からイバブラジンを投与することで、リバースリモデリングが得られ、その結果β遮断薬のさらなる増量や導入が可能となることをよく経験するため、ぜひβ遮断薬の用量をより最適化する橋渡し的な道具としても実臨床で活用いただきたい。2.ベルイシグアト(vericiguat)ベルイシグアトは、心不全を引き起こす原因の1つである内皮機能障害を調節する新しい心不全治療薬である。血管内皮は通常、一酸化窒素(NO)を生成し、可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)を介した環状グアノシン一リン酸(cGMP)産生を促進する。同様に、心内膜内皮もNOに感受性があり、細胞内のcGMPを上昇させることにより収縮性や拡張能を調節している。心不全ではこの過程がうまく制御できず、NO-sGC-cGMPの不足を招き、拡張期弛緩障害と微小血管機能障害を引き起こすとされている。ベルイシグアトは、メルク社とバイエル社が共同開発したsGC刺激薬で、sGCをNO非依存的に直接刺激するとともに、内因性NOに対する感受性を増強させ、NOの効果を増強してcGMP活性を増加させるというわけである(図3)12,13)。画像を拡大するこのようなコンセプトのもと、臨床的に安定した慢性心不全患者に対するベルイシグアトの有効性を検証すべく、第II相SOCRATES-REDUCED試験が実施された(表1)14)。本試験の主要評価項目であるNT-proBNP値のベースラインから12週までの変化において、ベルイシグアトの有意な効果は認められなかったが、探索的二次解析により、高用量のベルイシグアトがNT-proBNP値のより大きな低下と関連するという用量反応関係が示唆された。画像を拡大するこのデータをもとに、その後第III相VICTORIA試験が最近入院または利尿薬静脈内投与を受けたナトリウム利尿ペプチド上昇を認める慢性心不全(EF<45%)患者5,050例を対象に実施された(無作為化30日以内のBNP≧300pg/mLもしくはNT-proBNP≧1,000pg/mL[心房細動の場合BNP≧500pg/mLもしくはNT-proBNP≧1,600pg/mL])(表1)15)。本試験のデザイン上の重要なポイントは、これまでの心不全臨床試験よりもNT-proBNP値が高く(中央値2,816pg/mL)、より重症の心不全患者を組み入れたことであり、これにより高いイベント発生率がもたらされた。また、患者はこれまでの大規模な心不全臨床試験よりも高齢であることも特徴的であった。なお、目標用量については、上記で述べたSOCRATES-REDUCED試験で得られた知見に基づき、1日1回10mgで設定された。結果については、主要評価項目である心血管死または心不全による初回入院の複合エンドポイント発生率が、プラセボ投与群と比較してベルイシグアト投与群の方が有意に低かった(ハザード比:0.90、95%CI:0.82~0.98、p=0.02)。ただし、この結果はベルイシグアト投与群の心不全入院率の低さに起因しており、全死亡には群間差は認められなかった。なお、ベルイシグアトによる副作用については両群間で有意差を認めるものはなかったが(重篤な有害事象:ベルイシグアト群32.8% vs.プラセボ群34.8%)、プラセボ投与群と比較してベルイシグアト投与群において症候性低血圧や失神がより多い傾向を認めた(表1)。以上より、ベルイシグアトは、最新の米国心不全ガイドラインにて最近心不全増悪を認めた高リスクHFrEF患者においてClass 2bで推奨されており1)、わが国のガイドラインにおいても今後期待される治療として紹介されている16)。今回は、“Fantastic Four”の次の手について説明した。繰り返しとなるが、まずは“Fantastic Four”を可能な限りしっかり投与いただき、そのうえで上記で述べた条件を満たす患者に対しては、イバブラジン、ベルイシグアトの追加投与を積極的にご検討いただければ幸いである。1)Heidenreich PA, et al. Circulation. 2022;145:e895-e1032.2)DiFrancesco D. Circ Res. 2010;106:434-446.3)Postea O, et al. Nat Rev Drug Discov. 2011;10:903-914.4)Simon L, et al. J Pharmacol Exp Ther. 1995;275:659-666.5)Vilaine JP, et al. J Cardiovasc Pharmacol. 2003;42:688-696.6)Seo Y, et al. Circ J. 2019;83:1991-1993.7)Koruth JS, et al. J Am Coll Cardiol. 2017;70:1777-1784.8)Fox K, et al. Lancet. 2008;372:807-816.9)Swedberg K, et al. Lancet. 2010;376:875-885.10)Böhm M, et al. Clin Res Cardiol. 2013;102:11-22.11)Tsutsui H, et al. Circ J. 2019;83:2049-2060.12)Evgenov OV, et al. Nat Rev Drug Discov. 2006;5:755-768.13)Armstrong PW, et al. JACC: Heart Failure. 2018;6:96-104.14)Gheorghiade M, et al. JAMA. 2015;314:2251-2262.15)Armstrong PW, et al. N Engl J Med. 2020;382:1883-1893.16)Tsutsui H, et al. Circ J. 2021;85:2252-2291.

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トリグリセライドの新基準と適切なコントロール法/日本動脈硬化学会

 今年7月に発刊された『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版』。今回の改訂点の1つとして「随時(非空腹時)のトリグリセライド(TG)の基準値」が設定された。これらの基準をもとに動脈硬化性疾患のリスクとしての高TG血症を確認するが、トリグリセライド値の低下だけではイベントを減らせないため、高トリグリセライド血症の原因となる生活習慣を改善させ適切な治療介入により動脈硬化を抑制するという観点から複合的に行う必要がある。今回、日本動脈硬化学会プレスセミナーにおいて、増田 大作氏(りんくう総合医療センター循環器内科部長)が「高トリグリセライド血症とその治療」と題し、日本人疫学に基づいたトリグリセライドの適切なコントロール法について解説した。動脈硬化抑制のためには、脂質異常値だけをコントロールするのは不十分 「動脈硬化」は虚血性心疾患や脳血管障害などの血管疾患の引き金になる。だからこそ、生活習慣病の改善を行う際には動脈硬化の予防も視野に入れておかねばならならない。本ガイドライン(GL)では脂質異常症の診断基準値の異常をきっかけに「動脈硬化が増えるリスク状態」であることをほかの項目も含めて“包括的リスク評価”を行い動脈硬化がどの程度起こるかを知ることが重要とされる。それに有用なツールとして、増田氏はまず、『動脈硬化性疾患発症予測・脂質管理目標設定アプリ』を紹介。「これまではLDLコレステロール(LDL-C)など単独の検査値のみで患者への注意喚起を行うことが多く、漠然とした指導に留まっていた。だが、本アプリを用いると、予測される10年間の動脈硬化性疾患発症リスクが“同年齢、同性で最もリスクが低い人と比べて〇倍高くなる”ことが示されるため、説得力も増す」と説明した。また、「単に“〇〇値”が高い、ではなくアプリへ入力する際に患者個人が持っているリスク(冠動脈疾患、糖尿病などの既往があるか)を医師・患者とも見直すことができ、治療介入レベルや管理目標などの目指すゴールが明確になる」とも話した。トリグリセライドの基準値に随時採血の基準も採用 今回のガイドライン改訂でトリグリセライドの基準値に随時採血(175mg/dL以上)の基準も採用された。これは、「トリグリセライドは食事によって20~30mg/dL上昇する。食後においてこれを超えてトリグリセライドが高いことが心血管疾患のリスクになっていることが本邦の疫学研究1)でも明らかになっている。コレステロール値が正常であっても、随時トリグリセライド値が166mg/dL以上の参加者は84mg/dL未満の者と比較すると、その相対リスクは冠動脈疾患が2.86倍、心筋梗塞は3.14倍、狭心症は2.67倍、突然死は3.37倍に上昇することが報告された。海外のガイドラインでの基準値も踏まえてこれが改訂GLにおける非空腹時トリグリセライドの基準値が設けられた」と日本人に適した改訂であることを説明。また、今の日本人の現状として「肥満に伴い耐糖能異常・糖尿病を罹患し、トリグリセライドが上昇傾向になる。単にコレステロールの管理だけではなく複合的に対応していくことが求められている」と述べ、「糖尿病患者ではLDL-C上昇だけでなくトリグリセライドの上昇もリスクが上昇する(1mmol/L上昇で1.54倍)。糖尿病患者における脂質異常症を放置することは非常に危険」とも強調した。高トリグリセライドは安易に下げれば良い訳ではない そこで、同氏は本GLにも掲載されている動脈硬化性疾患の予防のための投薬として、LDL-Cの管理目標値を目指したコントロール後のトリグリセライド(non-HDL-C)の適切なコントロールを以下のように挙げた。●高リスク(二次予防や糖尿病患者)+高トリグリセライドの人:スタチンでLDL-Cが適切にコントロールされた場合にイコサペント酸エチルの併用●高トリグリセライド+低HDL-Cの人:スタチン投与有無に関わらずトリグリセライド低下療法(イコサペント酸エチル・フィブラート系/選択的PPARα)●高トリグリセライド+低HDL-Cの人:スタチンにさらにフィブラート系/選択的PPARαでのトリグリセライド低下療法 なお、以前は横紋筋融解症を助長させる可能性からスタチンとフィブラート系の併用は禁忌とされていたが、多くのエビデンスの蓄積の結果平成30年より解除されている。また、選択的PPARαモジュレータにおける腎障害の禁忌も同様に本年8月に解除されているので、処方選択肢が広くなっている。 最後に同氏は「高トリグリセライドの人はさまざまな因子が絡んでいるので、安易に下げれば良い訳ではない。漫然処方するのではなく、血糖や血圧などの管理状態を見て、適切な治療薬を用いてコントロールして欲しい」と改めて強調した。

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2種利尿薬、大規模試験で心血管転帰を直接比較/NEJM

 実臨床での一般的用量でサイアザイド系利尿薬のクロルタリドン(国内販売中止)とヒドロクロロチアジドを比較した大規模プラグマティック試験において、クロルタリドン投与を受けた患者はヒドロクロロチアジド投与を受けた患者と比べて、主要心血管アウトカムのイベントまたは非がん関連死の発生は低減しなかった。米国・ミネソタ大学のAreef Ishani氏らが、1万3,523例を対象に行った無作為化試験の結果を報告した。ガイドラインではクロルタリドンが1次治療の降圧薬として推奨されているが、実際の処方率はヒドロクロロチアジドが圧倒的に高い(米国メディケアの報告では150万例vs.1,150万例)。研究グループは、こうした乖離は、初期の試験ではクロルタリドンがヒドロクロロチアジドよりも優れることが示されていたが、最近の試験で、両者の効果は同程度であること、クロルタリドンの有害事象リスク増大との関連が示唆されたことと関係しているのではとして、リアルワールドにおける有効性の評価を行った。NEJM誌オンライン版2022年12月14日号掲載の報告。 非致死的心筋梗塞と非がん関連死の複合アウトカムの初回発生を比較 研究グループは、米国の退役軍人医療システムに加入する65歳以上で、ヒドロクロロチアジド(1日25mgまたは50mg)を服用する患者を無作為に2群に分け、一方にはヒドロクロロチアジドを継続投与、もう一方にはクロルタリドン(1日12.5mgまたは25mg)に処方変更し投与した。 主要アウトカムは、非致死的心血管イベント(非致死的心筋梗塞、脳卒中、心不全による入院、不安定狭心症による緊急冠動脈血行再建術)、および非がん関連死の複合アウトカムの初回発生とした。安全性(電解質異常、入院、急性腎障害など)についても評価した。低カリウム血症の発生がクロルタリドンで有意に高率 計1万3,523例が無作為化を受けた。被験者の平均年齢は72歳、男性97%、黒人15%、脳卒中または心筋梗塞既往10.8%、45%が地方在住だった。また、1万2,781例(94.5%)がベースラインで、ヒドロクロロチアジド25mg/日を服用していた。各群のベースラインの平均収縮期血圧値は、いずれも139mmHgだった。 追跡期間中央値2.4年で、主要アウトカムイベントの発生率はクロルタリドン群10.4%(702例)、ヒドロクロロチアジド群10.0%(675例)で、ほとんど違いはみられなかった(ハザード比[HR]:1.04、95%信頼区間[CI]:0.94~1.16、p=0.45)。主要アウトカムの個別イベントの発生率も、いずれも両群で差はなかった。 一方で、低カリウム血症の発生は、クロルタリドン群(6.0%)が、ヒドロクロロチアジド群(4.4%)よりも有意に高率だった(HR:1.38、95%CI:1.19~1.60、p<0.001)。

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事例013 ニコランジル錠の処方で査定【斬らレセプト シーズン3】

解説事例では、「虚血性心疾患」と診断された患者に処方されたニコランジル錠(以下「同剤」が査定となりました。保険診療上適応とならないものとして主に病名不足を示すA事由が適用されていました。査定理由を調べるために、同錠の添付文書「効能又は効果」欄をみてみました。「狭心症」のみが記載されています。病名欄の「虚血性心疾患」は「狭心症」を内包しています。レセプト担当者は「査定にはならない」と考えて提出していました。ただ、視点を変えてみると同剤の「狭心症」のみの効能では「虚血性心疾患」に含まれる他の疾患への適応はありません。「虚血性心疾患」のみで同剤の投与は認められないことがわかります。一方向から眺めると適応があるようにみえても、他方からみると適用外になる薬剤は複数あります。レセプトチェックシステムで警告を表示させていましたが、防げなかった事例となりました。レセプト担当者にはなぜ査定となったのか理由を伝えて再発防止を促しています。

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William Osler先生とJ-OSLER、内科専門研修を考えてみた【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第54回

第54回 William Osler先生とJ-OSLER、内科専門研修を考えてみたオスラー先生の格言ウイリアム・オスラー(William Osler)の名前を耳にしたことはあると思います。カナダ生まれの医学者・内科医・教育者です(1849~1919)。ペンシルベニア大学、ジョンズ・ホプキンス大学、オックスフォード大学などで教授を務め、カナダ、米国、英国の医学の発展に多大な貢献をしました。遺伝性出血性末梢血管拡張症であるオスラー病や、感染性心内膜炎でみられる指趾掌蹠の有痛性結節であるオスラー結節などに名前を残しているように研究者としても一流でした。何よりも医学教育に情熱をそそぎ、彼の思想は今も医療の現場で受け継がれています。日本の名医・日野原 重明も感銘を受け、「医学の中にヒューマニズムを取り戻し、人間を全人的に診る」というオスラー先生の姿勢を世に広めるため「日本オスラー協会」を発足させています。『The Principles and Practice of Medicine』(医学の原理と実際)など名著だけでなく、100年後の今も受け継がれる数々の格言も有名です。Listen to your patient, he is telling you the diagnosis.患者の言葉に耳を傾けよ、患者はあなたに診断を告げている。これは、オスラー先生の言葉のなかでも小生が最も感銘を受けた一文です。循環器内科医として狭心症・心筋梗塞を診断するにあたり、心電図や採血でのトロポニン上昇も大切ですが、なによりも病歴聴取が一番重要と日々感じているからです。今日の医学教育の父として世界にその名を馳せたオスラー先生ですが、日本中の大学病院や研修指定病院で毎日のように彼の名前が叫ばれていることをご存じでしょうか。それは、ウイリアム・オスラーではなくジェイ・オスラー(J-OSLER)です。J-OSLERをめぐる専攻医と指導医のリアルJ-OSLERについて説明しましょう。2013年に厚生労働省の「専門医の在り方に関する検討会」から、専門医制度改革が必要であると報告されました。日本専門医機構が中心となり、各領域の専門医制度は再整備されることとなりました。日本内科学会でも「新・内科専門医制度」を整備することとなり、具現化するために導入されたシステムがJ-OSLERです。正式には以下の文言による造語です。「Online system for Standardized Log of Evaluation and Registration of specialty training System」を直訳すれば「専門研修の標準化を図るためオンラインで研修実績の登録と評価ができるシステム」で、この頭文字がOSLERです。そこに日本を意味するJが冠されてJ-OSLERとなっています。高名なオスラー先生を意識した素晴らしいネーミングです。このJ-OSLERをめぐる現場での苦労を紹介させていただきます。J-OSLERを実際に使用するのは、初期研修を修了して内科専門研修プログラムを選択した卒後3年次から5年次の医師が中心です。彼らを専攻医と呼称します。新内科専門医制度において研修履歴や実績を登録し審査を受ける仕組みが導入されました。具体的には専攻医はJ-OSLERを用いて症例登録と病歴要約が義務付けられています。症例登録は、一言でいうと症例の概要と省察を含むサマリーで56分野から160症例以上を登録します。指導医の評価を受け、修正に応じて承認を得る必要があります。これは、1例を入力するのに数十分ほど要します。症例登録した中から29症例について病歴要約を作成します。これは症例の詳細なサマリーで、学会発表での症例報告のような丁寧さと緻密さが要求され、A4判2ページほどの分量となります。病歴要約は、まず指導医と研修プログラム統括責任者が1次評価を行います。さらに専攻医の所属外の施設の査読委員が2次評価を行います。1次・2次評価ともに29症例ごとに、Accept(受理)、Revision(要修正)、Reject(要差し替え)の3段階で評価されます。全症例がAccept(受理)となるまで修正を繰り返します。1例の入力には短くても半日ほどの作業への集中が必要となります。症例登録は全分野をカバーしての量の面で、病歴要約は緻密な記載を求められる質の面で、それぞれ大変な作業となります。えらいこっちゃ!?事務作業に注力する余りベッドサイド診療が…新専門医制度にあわせて導入されたJ-OSLERの評判は、専攻医と指導医の双方から必ずしもいいわけではありません。たしかに、質の高い内科専門医を育成することは、社会がより高い水準で医療の恩恵を受けるために重要なことです。J-OSLERによる症例登録と病歴要約は、専攻医が個々の症例の理解を深め、さらには研修制度の標準化にも寄与することに異論はありません。一方で、J-OSLERの登録と評価における専攻医の負担も軽視できないレベルと感じます。専攻医は日常臨床業務だけでも大変です。この専門研修期間中に複数の施設での勤務が求められるために、勤務先の入職・退職と住居の転入・転出を繰り返して行うこととなり、手続きだけも多くの時間を要します。女性医師においては出産や育児などのライフイベントとも重複する時期となります。昨今、働き方改革が声高に論じられる中、専攻医だけでなく指導医にとっても、システム入力が困難と感じる場面があることは事実です。オスラー先生の格言を紹介します。Fifteen minutes at the bedside is better than three hours at the desk.3時間机で勉強するよりもベッドサイドの15分が勝る。J-OSLERの症例登録・病歴要約により机でレポートを書く時間が増えたことは皮肉といえます。机上の事務作業に注力する余りベッドサイド診療が疎かになりかねない現状はJ-OSLER本来の意義からも望ましいことでは無いように思います。高邁な理念のもとに導入されたJ-OSLERを揶揄するつもりはありません。しかしウィリアム・オスラーは「えらい」先生なのですが、ジェイ・オスラーは「えらいこっちゃ」というのが本音です。新専門医制度による研修が開始され数年しか経過していません。課題もこれから明らかになってくるのでしょう。よりよい新専門医制度となるよう制度が洗練されていくことを期待しております。今回は、日本内科学会に直訴状を提出する気構えで気合をいれて書かせていただきました。

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ガイドライン改訂ーアナフィラキシーによる悲劇をなくそう

 アナフィラキシーガイドラインが8年ぶりに改訂され、主に「1.定義と診断基準」が変更になった。そこで、この改訂における背景やアナフィラキシー対応における院内での注意点についてAnaphylaxis対策委員会の委員長である海老澤 元宏氏(国立病院機構相模原病院 臨床研究センター長)に話を聞いた。アナフィラキシーガイドライン2022で診断基準が改訂 改訂となったアナフィラキシーガイドライン2022の診断基準では、世界アレルギー機構(WAO)が提唱する項目として3つから2つへ集約された。アナフィラキシーの定義は『重篤な全身性の過敏反応であり、通常は急速に発現し、死に至ることもある。重症のアナフィラキシーは、致死的になり得る気道・呼吸・循環器症状により特徴づけられるが、典型的な皮膚症状や循環性ショックを伴わない場合もある』としている。海老澤氏は「基準はまず皮膚症状の有無で区分されており皮膚症状がなくても、アナフィラキシーを疑う場面では血圧低下または気管支攣縮または喉頭症状のいずれかを発症していれば診断可能」と説明した。◆診断基準[アナフィラキシーガイドライン2022 p.2]※詳細はガイドライン参照 以下の2つの基準のいずれかを満たす場合、アナフィラキシーである可能性が非常に高い。1.皮膚、粘膜、またはその両方の症状(全身性の蕁麻疹、掻痒または紅潮、口唇・下・口蓋垂の腫脹など)が急速に(数分~数時間で)発症した場合。さらに、A~Cのうち少なくとも1つを伴う。  A. 気道/呼吸:呼吸不全(呼吸困難、呼気性喘鳴・気管支攣縮、吸気性喘鳴、PEF低下、低酸素血症など)  B. 循環器:血圧低下または臓器不全に伴う症状(筋緊張低下[虚脱]、失神、失禁など)  C. その他:重度の消化器症状(重度の痙攣性腹痛、反復性嘔吐など[特に食物以外のアレルゲンへの曝露後])2.典型的な皮膚症状を伴わなくても、当該患者にとって既知のアレルゲンまたはアレルゲンの可能性がきわめて高いものに曝露された後、血圧低下または気管支攣縮または喉頭症状が急速に(数分~数時間で)発症した場合。 また、アナフィラキシーガイドライン2022はさまざまな国内の研究結果やWAOアナフィラキシーガイダンス2020に基づいて作成されているが、これについて「国内でもアナフィラキシーに関する疫学的な調査が進み、ようやくアナフィラキシーガイドライン2022に反映させることができた」と、前回よりも国内でのアナフィラキシーの誘因に関する調査や症例解析が進んだことを強調した。アナフィラキシーガイドライン2022に盛り込まれた変更点 今回の取材にて、同氏は「アナフィラキシーに対し、アドレナリン筋注を第一選択にする」ことを強く訴えた。その理由の一つとして、「2015年10月1日~2017年9月30日の2年間に医療事故調査・支援センターに報告された院内調査結果報告書476件のうち、アナフィラキシーが死因となる事例が12件もあった。これらの誘因はすべて注射剤で、造影剤、抗生物質、筋弛緩剤などだった。アドレナリン筋注による治療を迅速に行っていれば死亡を防げた可能性が高いにもかかわらず、このような事例が未だに存在する」と、アドレナリン筋注が必要な事例へ適切に行われていないことに警鐘を鳴らした。 ではなぜ、アナフィラキシーに対しアドレナリン筋注が適切に行われないのか? これについて「アドレナリンと聞くと心肺蘇生に用いるイメージが固定化されている医師が一定数いる。また、アドレナリン筋注を経験したことがない医師の場合は最初に抗ヒスタミン薬やステロイドを用いて経過を見ようとする」と述べ、「アドレナリン筋注をプレホスピタルケアとして患者本人や学校の教員ですら投与していることを考えれば、診断が明確でさえあれば躊躇する必要はない」と話した。 アナフィラキシーを生じやすい造影剤や静脈注射、輸血の場合、症状出現までの時間はおよそ5~10分で時間的猶予はない。上記に述べたような症状が出現した場合には、原因を速やかに排除(投与の中止)しアドレナリン筋注を行った上で集中治療の専門家に委ねる必要がある。 また、アドレナリン筋注と並行して行う処置として併せて読んでおきたいのが“補液”の項目(p.24)である。「これまでは初期対応に力を入れて作成していたが、今回はアナフィラキシーの治療に関しても委員より盛り込むことの提案があった」と話した。 以下にはWAOガイダンスでも述べられ、アナフィラキシーガイドライン2022に盛り込まれた点を抜粋する。◆治療 2.薬物治療:第一選択薬(アドレナリン)[アナフィラキシーガイドライン2022 p.21]・心疾患、コントロール不良の高血圧、大動脈瘤などの既往を有する患者、合併症の多い高齢患者では、アドレナリン投与によるベネフィットと潜在的有害事象のリスクのバランスをとる必要があるものの、アナフィラキシー治療におけるアドレナリン使用の絶対禁忌疾患は存在しない1)・アドレナリンを使用しない場合でもアナフィラキシーの症状として急性冠症候群(狭心症、心筋梗塞、不整脈)をきたすことがある、アドレナリンの使用は、既知または疑いのある心血管疾患患者のアナフィラキシー治療においてもその使用は禁忌とされない1)・経静脈投与は心停止もしくは心停止に近い状態では必要であるが、それ以外では不整脈、高血圧などの有害作用を起こす可能性があるので、推奨されない2)◆治療 2.薬物治療:第二選択薬(アドレナリン以外)[アナフィラキシーガイドライン2022 p.23]・H1およびH2抗ヒスタミン薬は皮膚症状を緩和するが、その他の症状への効果は確認されていない3) このほか、同氏は「食物アレルギーの集積調査が進み、国内でも落花生やクルミなどのナッツ類や果物がソバや甲殻類よりも誘因として高い割合を示すことが明らかになった」と話した。さらに「病歴の聞き取りが不十分なことで起こるNSAIDs不耐症への鎮痛薬処方なども問題になっている」と指摘した。 なお、アナフィラキシーガイドライン2022は小児から成人までのアナフィラキシー患者に対する診断・治療・管理のレベル向上と、患者の生活の質の改善を目的にすべての医師向けに作成されている。日本アレルギー学会のWebからPDFが無料でダウンロードできるのでさまざまな場面でのアナフィラキシー対策に役立てて欲しい。

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双極性障害と心血管疾患の関連に対する性差の影響~UKバイオバンク横断分析

 心血管疾患(CVD)リスクに対して、双極性障害(BD)患者の性差による影響を検討した報告は、これまでほとんどなかった。カナダ・トロント大学のAbigail Ortiz氏らは、UKバイオバンクのデータを用いて、CVDとBDの関連性に対する性別固有の影響について検討を行った。その結果、CVDとBDの関連性に男女間で違いが認められた。このことから著者らは、CVDのリスク推定ツールに性別と精神疾患を組み込むことで、BD 患者のCVDスクリーニングや適時の治療を改善できるとしている。Journal of Affective Disorders誌オンライン版2022年9月23日号の報告。 UKバイオバンクに登録されたBD患者293例、精神医学的に健康な対照者25万7,380例を対象に横断研究を実施した。7つのCVD(冠動脈疾患、心筋梗塞、狭心症、心房細動、心不全、脳卒中、本態性高血圧)および4つの心血管バイオマーカー(動脈硬化指数、LDL、CRP、HbA1c)について男女間のオッズ比を比較した。 主な結果は以下のとおり。・年齢で調整した後、BDと冠動脈疾患、心不全、本態性高血圧の発生率に関連が認められ、この関連性は男性よりも女性のほうが2~3倍強く、各診断に性別の有意な相互作用が認められた。・人種、教育、収入、喫煙状況で調整した後においても、これらの関連性は有意なままであった。・潜在的な交絡因子で調整した後、性別といずれの心血管バイオマーカーとの間にも有意な関連性は認められなかった。・本研究の限界として、これらの分析において、BD治療による影響を除外することはできなかったことが挙げられる。

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コロナ診断1週目のリスク、心筋梗塞17倍・脳梗塞23倍/Circulation

 英国・国民保健サービス(National Health Service:NHS)のデータに基づき、ブリストル大学のRochelle Knight氏ら多施設共同による、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)罹患後の動脈血栓塞栓症、静脈血栓塞栓症、およびその他の血管イベントの長期的な発生リスクについて大規模な後ろ向きコホート研究が実施された。その結果、COVID-19の既往がある人は既往がない人と比較して、COVID-19診断から1週目の動脈血栓塞栓症の発症リスクは21.7倍、静脈血栓塞栓症の発症リスクは33.2倍と非常に高く、27〜49週目でも、それぞれ1.34倍、1.80倍のリスクがあることが判明した。とくに患者数の多かった急性心筋梗塞と虚血性脳卒中では、COVID-19診断後1週目に、それぞれ17.2倍、23.0倍リスクが増加していた。Circulation誌2022年9月20日号掲載の報告。 本研究では、英国のイングランドおよびウェールズにて、全住民の電子カルテ情報を基に、2020年1月1日~12月7日(新型コロナワクチン導入以前)におけるCOVID-19診断後の血管疾患について検討された。COVID-19診断後の動脈血栓塞栓症イベント(急性心筋梗塞、虚血性脳卒中など)、静脈血栓塞栓症イベント(肺血栓塞栓症、下肢深部静脈血栓症、門脈血栓症、脳静脈血栓症など)、その他の血管イベント(心不全、狭心症、くも膜下出血など)の発生率を、COVID-19の診断を受けていない人との発生率を比較し、Cox回帰分析にて調整ハザード比(aHR)が推計された。 主な結果は以下のとおり。・イングランドおよびウェールズの成人約4,800万人のうち、COVID-19の診断から28日以内に入院したのは12万5,985人、入院しなかったのは131万9,789人であった。・イングランドでは、4,160万人年の追跡期間中に、26万279件の初回動脈血栓塞栓症と5万9,421件の初回静脈血栓塞栓症が発生した。・初回動脈血栓塞栓症は、COVID-19診断後1週目aHR:21.7(95%信頼区間[CI]:21.0〜22.4)、27〜49週目aHR:1.34(95%CI:1.21〜1.48)。・初回静脈血栓塞栓症は、COVID-19診断後1週目aHR:33.2(95%CI:31.3~35.2)、27〜49週目aHR:1.80(95%CI:1.50~2.17)。・動脈血栓塞栓症の多くは、急性心筋梗塞(12万9,799件)、もしくは虚血性脳卒中(12万8,539件)であった。・急性心筋梗塞は、COVID-19診断後1週目aHR:17.2(95%CI:16.3~18.1)と非常に高く、27〜49週目aHR:1.21(95%CI:1.03~1.41)となっている。・虚血性脳卒中は、COVID-19診断後1週目aHR:23.0(95%CI:22.0~24.1)と非常に高く、27〜49週目aHR:1.62(95%CI:1.42~1.86)となっている。・静脈血栓塞栓症の多くは、肺血栓塞栓症(3万1,814件)、もしくは深部静脈血栓症(2万5,267件)であった。・肺血栓塞栓症は、COVID-19診断後1週目aHR:33.2(95%CI:30.7~35.9)と非常に高く、2週目aHR:9.97まで低下するも、3~4週目aHR:10.5に一時的に増加し、27〜49週目aHR:1.61 (95%CI:1.23~2.12)となっている。・深部静脈血栓症は、COVID-19診断後1週目aHR:10.8(95%CI:9.32~12.5)と非常に高く、2週目aHR:4.00まで低下するも、3~4週目aHR:4.80に一時的に増加し、27〜49週目aHR:1.99(95%CI:1.49~2.65)となっている。 さらに本研究では、COVID-19の重症度、人口統計学的特性、既往歴によるサブグループ解析も行われ、白人よりも黒人やアジア系のほうがハザード比が高く、過去に血栓塞栓症の既往がある人よりも既往がない人のほうが高いということが認められた。COVID-19診断後49週目における全人口の動脈血栓塞栓症リスクの推定増加率は0.5%(7,200人相当)、静脈血栓塞栓症リスクの推定増加率は0.25%(3,500人相当)だという。

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妊娠糖尿病歴あり、心血管・脳血管疾患リスクが45%増/BMJ

 妊娠糖尿病歴は、心血管・脳血管疾患全体および個々の疾患のリスク増加と関連しており、その関連は従来の心血管リスク因子やその後の糖尿病発症に起因しないことが、中国・北京大学第一医院のWenhui Xie氏らによるシステマティックレビューおよびメタ解析の結果、明らかとなった。妊娠糖尿病歴がある女性では、心血管疾患全体のリスクが高いことが認識されてきているが、特定の心血管・脳血管疾患や静脈血栓塞栓症に対する妊娠糖尿病の影響は不明な点が多かった。BMJ誌2022年9月21日号掲載の報告。15件の観察研究、合計約900万例について解析 研究グループは、PubMed、Embase、Cochrane Libraryを用い、2021年11月1日までに発表された妊娠糖尿病と心血管・脳血管疾患発症との関連を報告した観察研究について検索した(2022年5月26日に更新)。 2人の研究者が独立してデータを抽出し、試験のバイアスについてはROBINS-I(Risk of Bias in Nonrandomised Studies of Interventions)を、エビデンスの質(確実性)についてはGRADEを用いて評価した。 主要評価項目は、妊娠糖尿病と、心血管・脳血管疾患全体および各種心血管・脳血管疾患との関連、副次評価項目は各種心血管・脳血管疾患および静脈血栓塞栓症との関連とした。ランダム効果モデルによりデータを統合し、リスク比とその95%信頼区間(CI)を算出し評価した。 適格基準を満たし解析に組み込まれた研究は15件であった。このうち7件はバイアスリスクが「中」、8件は「深刻」であった。妊娠糖尿病歴ありで、心血管・脳血管疾患全体のリスクが45%増加 妊娠糖尿病歴のある女性51万3,324例のうち、9,507例で心血管・脳血管疾患が確認された。一方、妊娠糖尿病歴のない女性800万人以上の対照のうち、7万8,895例に心血管・脳血管疾患が確認された。 対照と比較して妊娠糖尿病歴のある女性では、心血管・脳血管疾患全体のリスクが45%(リスク比:1.45、95%CI:1.36~1.53)、心血管疾患リスクが72%(1.72、1.40~2.11)、脳血管疾患リスクが40%(1.40、1.29~1.51)上昇した。 同様に妊娠糖尿病歴のある女性は、冠動脈疾患(1.40、1.18~1.65)、心筋梗塞(1.74、1.37~2.20)、心不全(1.62、1.29~2.05)、狭心症(2.27、1.79~2.87)、心血管手術(1.87、1.34~2.62)、脳卒中(1.45、1.29~1.63)、および虚血性脳卒中(1.49、1.29~1.71)の発症リスクが上昇した。また、静脈血栓塞栓症リスクも、妊娠糖尿病歴のある女性で28%増加することが観察された(1.28、1.13~1.46)。 心血管・脳血管疾患の転帰に関して、研究の特性および補正因子の有無で層別化したサブグループ解析では、地域(北米vs.欧州vs.アジア)(p=0.078)、試験デザイン(後ろ向きvs.前向き)(p=0.02)、データ源(全国vs.地方データベース)(p=0.005)、ROBINS-I(中vs.深刻)(p=0.04)、喫煙(p=0.03)、BMI(p=0.01)、社会経済的状態(p=0.006)、併存疾患(p=0.05)で有意差が示された。 その後糖尿病を発症しなかった女性に限ると、心血管・脳血管疾患リスクは低下したものの依然として有意なままであった(妊娠糖尿病歴のある女性全体のRR:1.45[95%CI:1.33~1.59]、その後糖尿病を発症しなかった女性のRR:1.09[1.06~1.13])。 なお、エビデンスの確実性は、「低い」または「非常に低い」と判定された。 著者は今回の結果について、「妊娠糖尿病のリスクが高い女性に対する早期介入と、妊娠糖尿病女性に対する継続的なモニタリングの必要性を強調するものである」とまとめている。

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がん患者は血圧140/90未満でも心不全リスク増/東京大学ほか

 がん患者では、国内における正常域血圧の範囲内であっても心不全などの心血管疾患の発症リスクが上昇し、さらに血圧が高くなるほどそれらの発症リスクも高くなることを、東京大学の小室 一成氏、金子 英弘氏、佐賀大学の野出 孝一氏、香川大学の西山 成氏、滋賀医科大学の矢野 裕一朗氏らの研究グループが発表した。これまで、がん患者における高血圧と心血管疾患発症の関係や、どの程度の血圧値が疾患発症と関連するのか明らかではなかった。Journal of clinical oncology誌オンライン版2022年9月8日号掲載の報告。 本研究では、2005年1月~2020年4月までに健診・レセプトデータベースのJMDC Claims Databaseに登録され、乳がん、大腸・直腸がん、胃がんの既往を有する3万3,991例(年齢中央値53歳、34%が男性)を解析対象とした。血圧降下薬を服用中の患者や、心不全を含む心血管疾患の既往がある患者は除外された。主要アウトカムは、心不全の発症であった。 主な結果は以下のとおり。・平均観察期間2.6年(±2.2年)の間に、779例で心不全の発症が認められた。・米国ガイドラインに準じて分類した正常血圧(収縮期血圧120mmHg未満/拡張期血圧80mmHg未満)と比較した心不全のハザード比は、ステージ1高血圧(130~139mmHg/ 80~89mmHg)が1.24(95%信頼区間:1.03~1.49)、ステージ2 高血圧(140mmHg以上/ 90mmHg以上)が1.99(同:1.63~2.43)と血圧が上がるほど上昇した。・心不全以外の心血管疾患(心筋梗塞、狭心症、脳卒中、心房細動)においても、血圧上昇に伴う発症リスクの上昇が認められた。・この影響は、化学療法などの積極的ながん治療を行っている患者においても認められた。 高血圧は、がん患者においても高頻度に認められる併存症であるが、臨床においては血圧低下(食欲不振に伴う脱水など)が問題となることも多いため、高血圧については積極的な治療が行われない場面もあったと考えられる。それを踏まえて、研究グループは、「本研究において、がん患者では、降圧治療を受けていないステージ1高血圧やステージ2高血圧においても、心不全や他の心血管疾患のリスクが高かった。がん患者においても、適切な血圧コントロールが重要である」とまとめた。

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ハイリスク患者のPCI後のフォローアップ、定期心機能検査vs.標準ケア/NEJM

 経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を受けた高リスク患者において、PCI後1年時点で定期心機能検査を行うフォローアップ戦略は、標準ケアのみの場合と比較して、2年時点の臨床アウトカム改善に結び付かなかったことが、韓国・ソウルアサン病院のDuk-Woo Park氏らが1,706例を対象に行った無作為化試験の結果、示された。冠血行再建後のフォローアップ方法を特定するための無作為化試験のデータは限定的であり、今回検討したフォローアップ戦略については、明らかになっていなかった。NEJM誌2022年9月8日号掲載の報告。1,706例を対象に無作為化試験 研究グループは、PCIが成功した19歳以上で、虚血性または血栓性イベントのリスク増大と関連する、高リスクの冠動脈の解剖学的特性または臨床特性を1つ以上有する患者を適格とし試験を行った。 被験者を無作為に2群に割り付け、一方にはPCI後1年時に心機能検査(負荷核医学検査、運動負荷ECG、負荷心エコー)を行い、もう一方には標準ケアのみを行った。 主要アウトカムは、2年時点の全死因死亡、心筋梗塞または不安定狭心症による入院の複合であった。主な副次アウトカムには、侵襲的冠動脈造影および再血行再建術が含まれた。 2017年11月15日~2019年9月11日に、韓国11地点で合計2,153例が適格評価を受け1,706例が無作為化を受けた(定期心機能検査群849例、標準ケア群857例)。2年時点の主要複合アウトカム発生に有意差なし 両群のベースライン患者特性は均衡がとれ類似していた。被験者の平均年齢(±SD)は64.7±10.3歳、男性が79.5%を占め、21.0%が左主幹部病変を、43.5%が分岐部病変を、69.8%が多枝病変を、70.1%が病変長が長いびまん性病変(病変長30mm超またはステント長32mm超となる病変)を有し、38.7%が糖尿病を併存し、96.4%が薬剤溶出ステント治療を受けていた。 2年時点で、主要アウトカムの発生は、定期心機能検査群46/849例(Kaplan-Meier推定値5.5%)、標準ケア群51/857例(同6.0%)であった(ハザード比[HR]:0.90、95%信頼区間[CI]:0.61~1.35、p=0.62)。主要アウトカムを項目別にみても両群間で差は認められなかった。 2年時点で、侵襲的冠動脈造影を受けていた被験者の割合は定期心機能検査群12.3%、標準ケア群9.3%(群間差:2.99ポイント、95%CI:-0.01~5.99)、また再血行再建術を受けていた被験者の割合はそれぞれ8.1%、5.8%だった(2.23ポイント、-0.22~4.68)。

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冠動脈の中等度狭窄、FFRガイド下PCI vs IVUSガイド下PCI/NEJM

 虚血性心疾患が疑われる中等度狭窄患者において、冠血流予備量比(FFR)ガイド下での経皮的冠動脈インターベンション(PCI)は血管内超音波法(IVUS)ガイド下と比較し、24ヵ月時点での死亡・心筋梗塞・再血行再建術の複合イベントの発生に関して非劣性であることが示された。韓国・ソウル大学病院のBon-Kwon Koo氏らが、韓国および中国の18施設で実施した無作為化非盲検試験「Fractional Flow Reserve and Intravascular Ultrasound-Guided Intervention Strategy for Clinical Outcomes in Patients with Intermediate Stenosis trial:FLAVOUR試験」の結果を報告した。冠動脈疾患患者のPCI評価において、血行再建術およびステント留置の決定にFFRまたはIVUSによるガイドを用いることができるが、両目的のためにどちらか一方のガイドを用いた場合の臨床アウトカムの差異は不明であった。NEJM誌2022年9月1日号掲載の報告。1,682例を対象に、2年後の死亡・心筋梗塞・再血行再建術の複合を比較 研究グループは、虚血性心疾患が疑われ、冠動脈造影で中等度狭窄(目測で2.5mm以上の標的血管に40~70%のde novo狭窄)を認め、PCIの施行が検討されている19歳以上の患者を、FFRガイド群またはIVUSガイド群に、施設および糖尿病の有無で層別して1対1の割合で無作為に割り付けた。 PCIの実施基準は、FFRガイド群ではFFR≦0.80、IVUSガイド群では最小内腔面積≦3mm2、または3~4mm2でプラーク量>70%とした。 主要評価項目は無作為化後24ヵ月時点での全死亡・心筋梗塞・再血行再建術の複合で、IVUSガイド群に対するFFRガイド群の非劣性マージンは2.5%とした。副次評価項目は、主要評価項目の各イベント、脳卒中、シアトル狭心症質問票(Seattle Angina Questionnaire:SAQ)で評価した患者報告アウトカムなどであった。 2016年7月~2019年8月に4,355例がスクリーニングを受け、選択基準を満たした1,682例が、FFRガイド群838例、IVUSガイド群844例に割り付けられた。FFRガイド下PCIはIVUSガイド下PCIに対して非劣性 PCI実施率は、FFR群44.4%、IVUS群65.3%であった。無作為化後24ヵ月間に、FFR群で67例、IVUS群で71例に主要評価項目の複合イベントが発生した。Kaplan-Meier法で推定した発生率は、FFR群8.1%、IVUS群8.5%であり、非劣性マージンを満たした(絶対差:-0.4%、片側95%信頼区間[CI]上限値:1.8%、片側97.5%CI上限値:2.2%、非劣性のp=0.01)。 副次評価項目については、FFR群とIVUS群で全死亡(1.3% vs.2.3%)、心筋梗塞(1.9% vs.1.7%)、再血行再建術(5.7% vs.5.3%)、脳卒中(0.7% vs.1.2%)のいずれも有意差はなく、SAQで評価した患者報告アウトカムも両群で類似していた。

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血圧コントロールのため慢性心不全治療の見直しを提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第47回

 今回は、心不全患者の降圧薬の処方提案について紹介します。高血圧が理由でデイサービスの利用に影響が生じた場合は降圧だけに着目しがちですが、慢性心不全の標準治療薬を見直して心不全そのものをコントロールすることで、血圧やうっ血などの改善も兼ねられます。患者情報70歳、女性(グループホーム入居)基礎疾患慢性心不全(HFrEF)、心房細動、狭心症、高血圧服薬管理施設管理処方内容1.クロピドグレル錠75mg 1錠 朝食後2.ジゴキシン錠0.125mg 1錠 朝食後3.ランソプラゾール口腔内崩壊錠15mg 1錠 朝食後4.カンデサルタン錠4mg 1錠 朝食後5.フロセミド錠20mg 1錠 朝食後6.アトルバスタチン錠5mg 1錠 朝食後7.カルベジロール錠2.5mg 1錠 朝食後8.スピロノラクトン錠25mg 1錠 朝食後本症例のポイントこの患者さんは、最近は収縮期血圧が170~180台と高値が持続するようになり、下腿浮腫も増強したことからフロセミド錠20mgが開始となりました。下腿浮腫は軽減しましたが、血圧は高値で横ばいの状態が続き、デイサービスの利用や入浴の制限などがかかったことから、施設スタッフより医師に降圧薬追加の依頼がありました。そこで、医師よりCa拮抗薬を追加しようと思っているがどの薬がいいか、と相談がありました。確かに血圧だけを下げるのであればCa拮抗薬が妥当ですが、現在の患者さんの状態や治療薬などから、ほかの薬剤でうまくコントロールできないか検討することにしました。まず、基礎疾患とその治療をみると、HFrEFの治療として標準治療薬であるARBのカンデサルタン、β遮断薬のカルベジロール、MR拮抗薬のスピロノラクトンを服用しています。また、下腿のうっ血治療として直近でフロセミド錠が追加されています。現行の薬剤の増量やCa拮抗薬の追加によって降圧を図るという方法もありますが、うっ血症状が最近現れるようになったことから心不全治療薬の再考も選択肢となります。「2021年 JCS/JHFS ガイドライン フォーカスアップデート版 急性・慢性心不全診療」の治療アルゴリズムのとおり、ARBからARNIへ基本薬の変更を行うことは、血圧のコントロールに加え、心不全の管理としても有効ではないかと考えました。処方提案と経過医師に、「Ca拮抗薬の追加も選択肢の1つですが、降圧とともにうっ血症状の管理が必要なため、心不全管理の観点からカンデサルタンをARNIのサクビトリルバルサルタンに変更してみるのはどうですか」と提案しました。心不全診療ガイドラインの改訂についてはPDFファイルでその場で医師と共有してARNIの位置づけを再確認し、提案内容で2週間様子をみようと承諾を得ることができました。翌日の朝よりカンデサルタンからサクビトリルバルサルタン100mg 朝食後に切り替えとなり、開始4日目から血圧は130/80台で安定するようになりました。その後も過度に血圧が下がることはなく、下腿浮腫の増悪や体重増加もなく経過は安定しています。日本循環器学会 / 日本心不全学会.2021年 JCS/JHFS ガイドライン フォーカスアップデート版

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地中海食、心血管イベントの2次予防にも有用/Lancet

 心血管イベントの2次予防において、地中海食は低脂肪食よりも優れていることが、スペインのレイナ・ソフィア大学病院で実施された単施設の無作為化臨床試験「CORDIOPREV試験」で示された。同病院のJavier Delgado-Lista氏らが報告した。地中海食は心血管イベントの1次予防に有効であることが知られているが、2次予防に関するエビデンスは乏しかった。著者は、「今回の結果は、臨床診療に関連しており、2次予防における地中海食の摂取を支持するものである」とまとめている。Lancet誌オンライン版2022年5月4日号掲載の報告。冠動脈疾患既往1,002例を地中海食群と低脂肪食群に無作為化 CORDIOPREV試験の対象は、冠動脈疾患の既往(急性心筋梗塞、不安定狭心症による入院、直径2.5mm以上の心外膜血管の50%以上狭窄)を有し、過去6ヵ月間、冠動脈疾患に関連する臨床事象のない20~75歳の男女である。2009年10月1日~2012年2月28日に、1,002例(平均[±SD]年齢59.5±8.7歳、男性82.5%)が1対1の割合で地中海食群(502例)または低脂肪食群(500例)に無作為に割り付けられた。 それぞれの食事カロリーの構成は、地中海食が脂肪35%以上(1価不飽和脂肪酸22%、多価不飽和脂肪酸6%、飽和脂肪酸10%未満)、タンパク質15%、炭水化物50%以下で、低脂肪食は総脂肪30%未満(1価不飽和脂肪酸12~14%、多価不飽和脂肪酸6~8%、飽和脂肪酸10%未満)、タンパク質15%、炭水化物55%以上で、いずれの食事もコレステロールの含有量は1日300mg未満とした。 栄養士のみが割り付けを知っており、医師および臨床評価委員会委員等は割り付けを盲検化された。また、参加者は盲検化されていなかったが、食事に関することを医師に話さないよう指示された。 主要評価項目は、主要心血管イベント(心筋梗塞、血行再建、虚血性脳卒中、末梢動脈疾患、心血管死の複合)で、intention-to-treat解析を行った。追跡期間中央値7年、地中海食群の主要心血管イベント発生のHRは0.719~0.753 追跡期間中央値7年において、主要心血管イベントは198例に発生した。内訳は、地中海食群87例、低脂肪食群111例で、1,000人年当たりの粗率は地中海食群28.1(95%信頼区間[CI]:27.9~28.3)、低脂肪食群37.7(37.5~37.9)であった(log-rank検定p=0.039)。地中海食群の低脂肪食群に対する、多変量で補正後の主要心血管イベントに関するハザード比(HR)は、0.719(95%CI:0.541~0.957)~0.753(0.568~0.998)であり、地中海食が良好であった。 これらの効果は男性においてより顕著で、主要評価項目のイベント発生率は地中海食群の16.2%(67/414例)に対し低脂肪食群では22.8%(94/413例)(多変量補正後HR:0.669、95%CI:0.489~0.915、log-rank検定のp=0.013)であった。女性175例(地中海食群88例、低脂肪食群87例)では群間差は認められなかった。

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冠動脈疾患疑い患者への検査、CT vs.侵襲的冠動脈造影/NEJM

 侵襲的冠動脈造影(ICA)のために紹介された、安定胸痛を有する閉塞性冠動脈疾患(CAD)の検査前確率が中程度の患者において、初期画像診断に用いるCTはICAと比較して、有害心血管イベントのリスクは同等であり、手技関連合併症の発生頻度は低いことが示された。ハンガリー・Semmelweis大学のPal Maurovich-Horvat氏らDISCHARGE試験グループが報告した。閉塞性CADの診断では、CTはICAに代わる正確で非侵襲的な検査法であるが、ICAと比較したCTの有効性、すなわち主要有害心血管イベントの発生頻度低下についてはこれまで検討されていなかった。NEJM誌2022年4月28日号掲載の報告。CT群とICA群に無作為化、主要有害心血管イベントの発生を評価者盲検下で評価 DISCHARGE試験は欧州16ヵ国26施設で実施された医師主導、評価者盲検、実用的、無作為優越性試験である。研究グループは、参加施設のいずれかにICAのために紹介された、閉塞性CADの検査前確率が中程度(10~60%)で安定胸痛を有する30歳以上の患者を、CT群とICA群に1対1の割合で無作為に割り付け追跡評価した。 主要評価項目は、主要有害心血管イベント(心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中)、主な副次評価項目は手技関連合併症および狭心症であった。 2015年10月3日~2019年4月12日の間に計3,667例が無作為化され、検査を受けた3,561例が修正intention-to-treat解析対象集団となった。主要有害心血管イベントのリスクは同等、手技関連合併症はCTが少ない 追跡期間中央値3.5年(四分位範囲:2.9~4.2)において、3,561例(うち56.2%が女性)中3,523例(98.9%)が追跡調査を完了した。 主要有害心血管イベントは、CT群で1,808例中38例(2.1%)、ICA群で1,753例中52例(3.0%)に発生した(ハザード比[HR]:0.70、95%信頼区間[CI]:0.46~1.07、p=0.10)。 手技関連合併症はそれぞれ9例(0.5%)、33例(1.9%)に認められた(HR:0.26、95%CI:0.13~0.55)。また、追跡期間の最終4週間に、CT群で8.8%、ICA群で7.5%に狭心症が報告された(オッズ比:1.17、95%CI:0.92~1.48)。

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末梢動脈疾患ガイドライン、7年ぶりの改訂/日本循環器学会

 日本循環器学会と日本血管外科学会の合同ガイドライン『末梢動脈疾患ガイドライン(2022年改訂版)』が、7年ぶりの改訂となった。2度目の改訂となる今回は、末梢動脈疾患の疾病構造の変化と、それに伴う疾患概念の変遷、新たな診断アルゴリズムや分類法の登場、治療デバイスの進歩、患者背景にある生活習慣病管理やその治療薬の進歩などを踏まえた大幅な改訂となっている。第86回日本循環器学会学術集会(3月11~13日)で、末梢動脈疾患ガイドライン作成の合同研究班班長である東 信良氏(旭川医科大学外科学講座血管外科学分野)が、ガイドライン改訂のポイント、とくに第4章「慢性下肢動脈閉塞(下肢閉塞性動脈硬化症)」について重点的に解説した。末梢動脈疾患ガイドラインでは下肢閉塞性動脈疾患をLEADと区別 末梢動脈疾患ガイドラインで扱う末梢動脈疾患(Peripheral Arterial Disease:PAD)は、冠動脈以外の末梢動脈である四肢動脈、頸動脈、腹部内臓動脈、腎動脈、および大動脈の閉塞性疾患を指す。同じくPADと称されている上下肢閉塞性動脈疾患(Peripheral Artery Disease:PAD)との混同を避けるため、末梢動脈疾患ガイドラインでは、下肢閉塞性動脈疾患についてはLEAD、上肢閉塞性動脈疾患についてはUEADと称し、区別している。 末梢動脈疾患ガイドラインは全20章で構成されており、各章・各節の冒頭で、診療の基本となるエッセンスや最も伝えたい概念を「ステートメント」として紹介している。また、Practical Question:PQとして、12個の臨床的話題を取り上げ、実臨床でいまだ明確な方針が示されていない臨床的課題について解説している。 PADの中で最も多くかつ重要な疾患がLEADである。LEADのリスクファクターや背景疾患の管理については、心血管イベントのリスクが高く、動脈硬化の4大因子である高血圧、脂質異常症、糖尿病、喫煙の管理が基本となる。末梢動脈疾患ガイドラインでは、とくに脂質異常症について厳しい管理を推奨している。本邦では、腎不全・透析もLEAD発症の独立した危険因子として非常に頻度が高いため、今回の末梢動脈疾患ガイドラインより新たに追加された。LEADの抗血栓療法については、前回のガイドラインに記載されていた抗血小板療法に加え、DOACの登場によって抗凝固療法の項目が新たに追加された。末梢動脈疾患ガイドラインではLEADの症候別アプローチを記載 LEADは、症状や虚血の程度により治療方針が大きく変化する。そのため、末梢動脈疾患ガイドラインでは、無症候性LEAD、間歇性跛行、包括的高度慢性下肢虚血(Chronic Limb-Threatening Ischemia:CLTI)の3つに分類し、診断・治療の症候別アプローチを記載している。【無症候性LEAD】・無症候性LEADは、総じて下肢の予後が良好であるが、潜在的重症下肢虚血が一部含まれるため注意が必要である。下肢動脈病変の予防的血行再建術を行うべきではない(推奨クラスIII Harm)としている。【間歇性跛行】・間歇性跛行を訴える患者には、鑑別診断も兼ねた詳細な問診と身体診察を行う。下肢虚血の程度や間歇性跛行の機序を総合的に判断することが重要になる。病変評価には足関節上腕血圧比(ABI)の測定を行い、安静時のABIに異常を認めない場合は運動後のABI測定も推奨されている。・間歇性跛行の治療について、血行再建の要否は、日常生活で歩行機能の改善を見込めるか、運動を制限する合併疾患(狭心症、心不全、慢性呼吸器障害、筋骨格系の制限や神経障害など)の有無を評価したうえで決定する。保存的治療が優先され、末梢動脈疾患ガイドラインではとくに、運動療法の推奨が詳細に記載されている。・動脈硬化リスクファクターの是正、薬物療法、運動療法の検討を実施していない間歇性跛行患者には血行再建術は推奨されない。しかし、必要であれば次のとおり血行再建術を施行する。大動脈腸骨動脈領域はEVTを第1選択とする。総大腿動脈病変は血栓内膜摘除を第1選択とする。大腿膝窩動脈病変領域は、25cm未満の短~中区域病変はEVT、長区域病変は外科的血行再建を第1選択とする。膝下動脈病変領域では、EVTは推奨されない(推奨クラスIII No benefit)、同様に、人工血管による大腿-下腿動脈バイパスも行うべきではない(推奨クラスIII Harm)としている。【CLTI】・包括的高度慢性下肢虚血(CLTI)は、下肢虚血、組織欠損、神経障害、感染などの肢切断リスクがあり、治療介入が必要な下肢を総称する概念だ。これまでは、「重症下肢虚血(Critical Limb Ischemia:CLI)」という用語が使われていたが、背景にある生活習慣病、とくに糖尿病や腎不全の増加といった疾病構造の変化から、高度虚血だけでなく、感染等が原因で肢切断になることもありうるため、近年の実臨床を反映したCLTIという用語が使われている。・CLTIの治療方針を決定する際は、全身のリスク評価、WIfI分類での局所評価、解剖学的評価の3点について、PLANコンセプトに基づくアルゴリズムで総合的に検討する。CLTIへの血行再建を施行する際は、全身リスクと創傷範囲の評価が重要だ。血行再建の推奨は次のとおり。総大腿動脈病変は血栓内膜摘除術を第1選択とする。下腿足部動脈病変は、2年以上の生命予後が期待され、使用可能な自家静脈がある場合は、自家静脈バイパスを行うとしている。・末梢動脈疾患ガイドラインの今回の改訂で、創傷治癒、リハビリテーション、大切断、血行再建術後の薬物療法、血行再建術後の予後と二次予防といった項目が新たに追加された。末梢動脈疾患ガイドラインに動脈硬化症以外のさまざまな疾患 末梢動脈疾患ガイドラインの第6~19章には、動脈硬化症以外の原因によるPADについて、診断や治療に関する解説がなされている。東氏は「欧米のガイドラインではあまり記載されていないものも多く含んでおり、PADには動脈硬化症以外のさまざまな病因・疾患が潜んでいることを今一度振り返っていただき、治療法を誤らないためにも、ぜひ参考にしていただきたい」と、末梢動脈疾患ガイドラインの第4章以外の章の重要性についても強調。 PADは、冠動脈疾患や脳血管疾患に比べてはるかに国民の認知度が低く、予防や早期発見が遅れている。そのため、一般市民への啓発を目的として、末梢動脈疾患ガイドラインには第20章「市民・患者への情報提供」が、今回の改訂で新たに設けられた。本章では、とくに生活習慣病に伴うLEADを中心に概説している。 東氏は、今回の末梢動脈疾患ガイドライン改訂の要点として「主軸は欧米のガイドラインと呼応するように改訂したが、本邦のエビデンスをより多く取り入れ、実情に合う治療方針を目指した。本ガイドラインの英語版も作成中で、とくに民族性や文化が似ているアジア諸国の診断に役立つことを期待している」と発表を締めくくった。

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