9.
Q10 重症肺炎で抗菌薬を何種類も変更しても改善しない場合には、ステロイドパルス等を施行する場合がありますか? ステロイドバルスを施行するかどうかを考える前に「なぜよくならないのか?」を考えたほうがよいと思います。 もし、器質化肺炎(OP)や非特異性間質性肺炎(NSIP)、急性好酸球性肺炎のように、ステロイド反応性のある病態を考えた場合は、もちろんステロイド治療を行うべきです。しかし、改善しない理由がステロイドとは無関係の場合には、ステロイドは意味がないばかりか有害ですらあります。実際、敗血症性ショックにおいては、ステロイドの投与量が増えれば増えるほど死亡率が上昇すると報告されています1)。 また、急性呼吸促迫症候群(ARDS)と診断してステロイドを投与する人がいまだに散見されますが、やはりこれも死亡率を上げる可能性があり、現在では遷延するARDSに対するルーチンのステロイド投与は推奨されていません2)。さらに、ARDS以外にも肺が白くなる病気はたくさんあるため(表1)3)、やはり「なぜ改善しないのか?」を突き詰めるのが大切だと思います。具体的には表2のように整理するとよいと思いますので、詳しくは参考文献4)をご参照ください。 表1:ARDSと紛らわしい10の疾患群3)うっ血性心不全、肺水腫特発性肺線維症(UIP: usual interstitial pneumonia)特発性器質化肺炎(COP)非特異性間質性肺炎(NSIP)多発血管炎性肉芽腫症(ウェゲナー肉芽腫症)びまん性肺胞出血グッドパスチャー症候群急性過敏性肺臓炎急性好酸球性肺炎薬剤性肺疾患表2:治らない肺炎の分類4)(1)治っているようだけど今ひとつ改善に乏しい→自然経過(2)胸水が増える一方/陰影が消えない→肺炎随伴性胸水/膿胸/肺化膿症(3)肺炎の影自体がどんどん増悪する→結核/真菌/耐性菌など一般的ではない起因菌(4)自然経過や肺炎単独だけでは説明できない→非感染性肺病変: 特発性器質化肺炎/特発性間質性肺炎/血管炎/心不全/心筋梗塞/腎不全/肺塞栓症/ARDSなど)(5)呼吸状態はよくなったが発熱だけが続く→肺外の問題: 薬剤熱/Clostridium difficile感染症/偽痛風など)(6)また肺炎になりました→再発性肺炎また、最近、市中肺炎でステロイドを使用すると入院期間が短縮するという、一見魅力的なランダム化比較試験(RCT)が発表されています5)6)。ですが、死亡率改善のようなハードアウトカムの改善は示されておらず、ステロイド投与群はプラセボ群と比べて有意に高血糖の発生が高いと報告されています5)6)。感染症の治療において、適切な治療薬を投与したうえで低用量のステロイドを併用すること自体は、それほど感染症の予後を悪化させないことは以前から言われていますので(明らかな害が示されているのはウイルス性肝炎と脳マラリア)、この結果自体はそれほど驚きません7)。しかし、免疫不全のある患者や重症患者は試験の対象からあらかじめ除外されていること、副作用についても、臨床試験では日常診療よりきちんと管理されているであろうことについて留意しておく必要があります。これらのRCTでは高血糖自体による有害事象はそれほど大きくなかったようですが、これが広く普及して日常診療に入り込んできた場合にはどうなるでしょうか? 高血糖による非ケトン性高浸透圧性昏睡や糖尿病性ケトアシドーシスが増えたり、逆に高血糖に対して使用したインスリンによる低血糖の事故が増えたりしてしまうのではないかと筆者は予想します。死亡率を改善するのならまだしも、入院期間短縮がアウトカムならば、少なくとも日本の医療事情ではもっと改善すべき点があるでしょう。心不全にスピロノラクトンがよいということを示したRALES試験後に、高カリウム血症に伴う入院やそれに伴う不整脈死が増えてしまった8)のと、同じ轍を踏まないようにしないといけないと思います。肺炎が改善しない理由を整理しないまま、とりあえずステロイドというのは、パルスというより“バルス”(アニメ『天空の城ラピュタ』に出てくる滅びの呪文)といったほうが適切だと筆者は思います。本稿執筆中に、成人重症肺炎(ATSの修正基準9)またはPneumonia Severity Index 10)でクラスV)で入院時血清CRPが15mg/dL以上の患者を対象にしたRCTが発表されました11)。初期(0~72時間)治療失敗(ショック発症、ベースラインで不要だった侵襲性人工換気、死亡)と後期(72~120時間)治療失敗(画像悪化、重度呼吸不全の持続、ショック発症、ベースラインで不要だった侵襲性人工換気、死亡)を組み合わせた複合エンドポイントをプライマリーアウトカムとして、ステロイド投与群(メチルプレドニゾロン0.5mg/kgを12時間ごと、5日間)のほうが治療失敗は少なかったという結果でした。ただし、複合エンドポイントで有意差がついた、とされる場合には解釈が必要です。アウトカムの発生が少ない場合は、統計学的な差を検出しにくいので、より大きなサンプルサイズが必要になります。しかし、実行可能性の問題でそこまでたくさんの対象患者をリクルートできないことが予想される場合は、エンドポイントになる状態を組み合わせて、複合エンドポイントで評価することがあります。本試験をよくみると、2群間で最も差がついているのは、後期(72~120時間)の「画像所見の悪化」でした。ステロイドを投与して炎症を抑えれば、一時的に画像はよくなることが多いかもしれませんが、もう少し長いスパンで考えるとどうでしょうか。セカンダリーエンドポイントである入院期間や入院中の死亡割合ではほとんど差がありません。一時的に「画像だけ」がよくなってもなぁ、というのが筆者の正直な感想です。 参考文献 1) Minneci PC, et al. Ann Intern Med. 2004; 141: 47-56. 2) 田中竜馬. ARDSにステロイドは有効か?. In: 田中竜馬編. 集中治療999の謎. メディカル・サイエンス・インターナショナル; 2015. p. 151-152. 3) Guerin C, et al. Intensive Care Med. 2014 Dec 20. [Epub ahead of print] 4) 八板謙一郎、山口征啓. 「よくならない場合」に何を考えるか?. In: 山本舜悟編. jmed28あなたも名医!侮れない肺炎に立ち向かう31の方法. 日本医事新報社; 2013. p. 105-113. 5) Meijvis SC, et al. Lancet. 2011; 377: 2023-2030. 6) Blum CA, et al. Lancet. 2015 Jan 16 [Epub ahead of print] 7) McGee S, et al. Arch Intern Med. 2008; 168: 1034-1046. 8) Juurlink DN, et al. N Engl J Med. 2004; 351: 543-551. 9) Ewig S, et al. Am J Respir Crit Care Med. 1998; 158:1102-1108. 10) Fine MJ, et al. N Engl J Med. 1997; 336: 243-250. 11) Torres A, et al. JAMA. 2015; 313: 677-686.