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第3回 意識障害 その3 低血糖の確定診断は?【救急診療の基礎知識】

72歳男性の意識障害:典型的なあの疾患の症例72歳男性。友人と食事中に、椅子から崩れるようにして倒れた。友人が呼び掛けると開眼はあるものの、反応が乏しく救急車を要請した。救急隊到着時、失語、右上下肢の麻痺を認め、脳卒中選定で当院へ要請があった。救急隊接触時のバイタルサインは以下のとおり。どのようにアプローチするべきだろうか?●搬送時のバイタルサイン意識:3/JCS、E4V2M5/GCS血圧:188/102mmHg 脈拍:98回/分(不整) 呼吸:18回/分SpO2:95%(RA) 体温:36.2℃ 瞳孔:3/3mm+/+10のルールのうち低血糖に注目この症例は前回お伝えしたとおり、左中大脳動脈領域の心原性脳塞栓症でした。誰もが納得する結果だと思いますが、脳梗塞には「血栓溶解療法(rt-PA療法)」、「血栓回収療法」という時間に制約のある治療法が存在します。つまり、迅速に、そして正確に診断し、有効な治療法を診断の遅れによって逃すことのないようにしなければなりません。頭部CT、MRIを撮影すれば簡単に診断できるでしょ?! と思うかもしれませんが、いくつかのpitfallsがあり、注意が必要です。今回も“10’s Rule”(表1)にのっとり、説明していきます1)。今回は5)からです。画像を拡大する●Rule5 何が何でも低血糖の否定から! デキスタ、血液ガスcheck!意識障害患者を診たら、まずは低血糖を除外しましょう。低血糖になりうる人はある程度決まっていますが、緊急性、簡便性の面からまず確認することをお勧めします。低血糖の時間が遷延すると、低血糖脳症という不可逆的な状況となってしまうため、迅速な対応が必要なのです。低血糖によって片麻痺や失語を認めることもあるため、侮ってはいけません2)。低血糖の診断基準:Whippleの3徴(表2)をcheck!画像を拡大する低血糖と診断するためには満たすべき条件が3つ存在します。陥りがちなエラーとして血糖は測定したものの、ブドウ糖投与後の症状の改善を怠ってしまうことです。血糖を測定し低いからといって、意識障害の原因が低血糖であるとは限りません。必ず血糖値が改善した際に、普段と同様の意識状態へ改善することを確認しなければなりません。血糖低値と低血糖は似て非なるものであることを理解しておきましょう。低血糖の原因:臭いものに蓋をするな!低血糖に陥るには必ず原因が存在します。“Whippleの3徴”を満たしたからといって安心してはいけません。原因に対する介入が行われなければ再度低血糖に陥ってしまいます。低血糖の原因は表3のとおりです。最も多い原因は、インスリンやスルホニルウレア薬(SU薬)など血糖降下作用の強い糖尿病薬によるものです。そのため使用薬剤は必ず確認しましょう。画像を拡大するるい痩を認める場合には低栄養、腹水貯留やクモ状血管腫、黄疸を認める場合には肝硬変(とくにアルコール性)を考え対応します。バイタルサインがSIRS(表4)やqSOFA(表5)の項目を満たす場合には感染症、とくに敗血症に伴う低血糖を考えフォーカス検索を行いましょう(次回以降で感染症×意識障害の詳細を説明する予定です)。画像を拡大する画像を拡大する低血糖の治療:ブドウ糖の投与で安心するな!低血糖の治療は、経口が可能であればブドウ糖の内服、意識障害を認め内服が困難な場合には経静脈的にブドウ糖を投与します。一般的には50%ブドウ糖を40mL静注することが多いと思います。ここで忘れてはいけないのはビタミンB1欠乏です。ビタミンB1が欠乏している状態でブドウ糖のみを投与すると、さらにビタミンB1は枯渇し、ウェルニッケ脳症やコルサコフ症候群を起こしかねません。ビタミンB1が枯渇している状態が考えられる患者では、ブドウ糖と同時にビタミンB1の投与(最低でも100mg)を忘れずに行いましょう。ビタミンB1の成人の必要量は1~2mg/日であり、通常の食事を摂取していれば枯渇することはありません。しかし、アルコール依存患者のように慢性的な食の偏りがある場合には枯渇しえます。一般的にビタミンB1が枯渇するには2~3週間を要するといわれています。救急外来などの初療では、患者の背景が把握しきれないことも少なくないため、アルコール依存症以外に、低栄養状態が示唆される場合、妊娠悪阻を認める患者、さらにはビタミンB1が枯渇している可能性が否定できない場合には、ビタミンB1を躊躇することなく投与した方が良いでしょう。ウェルニッケ脳症はアルコール多飲患者にのみ発症するわけではないことは知っておきましょう(表6)。画像を拡大するそれでは、いよいよRule6「出血か梗塞か、それが問題だ!」です。やっと頭部CTを撮影…というところで今回も時間がきてしまいました。脳卒中や頭部外傷に伴う意識障害は頻度も高く、緊急性が高いため常に考えておく必要がありますが、頭部CTを撮影する前に必ずバイタルサインを安定させること、低血糖を除外することは忘れずに実践するようにしましょう。それではまた次回!1)坂本壮. 救急外来 ただいま診断中!. 中外医学社;2015.2)Foster JW, et al. Stroke. 1987;18:944-946.コラム(3) 「くすりもりすく」、内服薬は正確に把握を!高齢者の多くは、高血圧、糖尿病、認知症、不眠症などに対して定期的に薬を内服しています。高齢者の2人に1人はポリファーマシーといって5剤以上の薬を内服しています。ポリファーマシーが悪いというわけではありませんが、薬剤の影響でさまざまな症状が出現しうることを、常に意識しておく必要があります。意識障害、発熱、消化器症状、浮腫、アナフィラキシーなどは代表的であり救急外来でもしばしば経験します。「高齢者ではいかなる症状も1度は薬剤性を考える」という癖を持っておくとよいでしょう。また、内服薬はお薬手帳を確認することはもちろんのこと、漢方やサプリメント、さらには過去に処方された薬や家族や友人からもらった薬を内服していないかも、可能な限り確認するとよいでしょう。お薬手帳のみでは把握しきれないこともあるからです。(次回は7月25日の予定)

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アンパンマン【その顔はおっぱい?】

今回のキーワード乳幼児発達心理学「乳児脳」進化心理学子育て心理無条件の愛情協力関係想像力脱中心化みなさんは、「アンパンマン」をご存じでしょうか?顔があんパンでできた、子どもたちの人気ヒーローですね。特に、3歳児までに絶大な人気があります。それにしても、なぜ人気があるのでしょうか?そして、4歳児からなぜ人気がなくなるのでしょうか?そもそもなぜ自分の顔を食べさせるヒーローが子どもに受け入れられるのでしょうか?今回は、「アンパンマン」の人気の謎に迫ります。そして、そこから乳幼児の心の成長を発達心理学的に読み解き、心の起源を進化心理学的に掘り下げ、より良い子育てのやり方とあり方についての子育て心理に応用してみましょう。なぜ3歳児までに人気があるの?―「乳児脳」まず、アンパンマンはなぜ人気があるのでしょうか?それは、3歳までにすさまじいスピードで発達する「乳児脳」とも呼ばれる独特の心理と深い関係があります。その答えを3つ挙げ、乳幼児発達心理学、進化心理学、そして子育て心理に重ねてみましょう。(1)捨て身で守ってくれる―無条件の愛情のシンボルアンパンマンは、お腹のすいた人(子ども)のもとに降り立ち、自分の顔をちぎって、喜んで食べさせます。そして、顔の一部がなくなると、力がなくなり飛べなくなります。すると、ジャムおじさんができたての新しい顔に取り替えてくれます。ちなみに、アンパンマン自身はものを食べることはありません。1つ目は、捨て身で守ってくれることです。困っている人には、必ず、無条件に、自己犠牲的に助けてくれる存在であることです。それを、視覚的に分かりやすく描いています。そして、アンパンマン自身は食べないという設定から、困っている人には気兼ねさせずに一貫して食べさせる存在になれます。また、アンパンマンの顔は、ジャムおじさんによって新しく作られるため、なくならないという安心感もあります。発達心理学的に見ると、乳児は、泣けば必ず母親から授乳してもらえると認識しています。まさに、象徴的には、アンパンマンの顔はおっぱいと言えるでしょう。乳児がおっぱいを吸うと、オキシトシンというホルモンが母親の脳内で分泌され、お乳が出やすくなります。この時、同時に母親は自分の子どもを大切にしたいという気持ちが連動して高まります(愛情)。一方、乳児は、抱っこ、愛撫などによる肌の触れ合いがあると、乳児の脳内でも同じようにオキシトシンが分泌されることが分かっています。この時、同時に乳児はその母親にくっついていたいと思う気持ちが連動して高まります(愛着形成)。そのため、泣くだけでなく、機嫌が良い時は鼻にかかったような柔らかな音を出したり(クーイング)、笑顔を見せるようになります(社会的微笑)。つまり、親の愛情と子どもの愛着は相互作用をして高まります(共発達)。そして、これらの高まりは、オキシトシンの分泌や受容体の増加と密接な関係があります。よって、オキシトシンは、「愛情ホルモン」「愛着ホルモン」「絆ホルモン」とも呼ばれています。さらに、乳児にとって、母親をはじめとして父親や祖父母なども含めた家族は、自分を無条件に大切にしてくれる安心で安全な心のよりどころであると認識していきます(愛着対象)。これが土台となり、成長するにつれて家族だけではなく他人とのかかわりも求めるようになっていきます。進化心理学的に見ると、哺乳類が約2億年前に誕生してから、その母親は子どもを哺乳する、つまり乳を与えて育てるというメカニズムを進化させました。これは、自分の栄養を与えるという自己犠牲の上に成り立っています。飽食の現代では想像しにくいですが、常に飢餓と隣り合わせの原始の時代、それでも母親は命がけで自分の栄養を子どもに分け与えて、子孫を残してきました。人類が700万年前に誕生してから、もちろん父親も、猛獣から体を張って子どもを守り、子孫を残してきました。当時から、そうしたいと思う母親や父親の心理と、そうされたいと思う乳児の心理(愛着)が共に進化していったのでしょう(共進化)。ちなみに、比較動物学的には、サルなどの類人猿も、もちろん哺乳類で愛着形成があります。ただし、サルと人間の違いは、サルの乳児はあまり泣かないことです。その理由は、サルの乳児は生まれてすぐに母親の胸に自力でしがみつくことができるため、いつでも哺乳ができて、しかも天敵が来てもそのままいっしょに逃げることができるため、親の関心を引く必要がそれほどないからです。そもそも泣けば、それだけ天敵に気付かれるリスクを上げるため、泣くことはデメリットでもあります。一方、人間の乳児は、頭部を大きく進化させた代償として、母親の産道を通過するために、サルと比べて未熟児で生まれるように進化しました(生理的早産)。よって、生まれてしばらくは寝たままの状態になるため、親の関心をできるだけ引いて、天敵に見つかるリスクを上回って、生存の確率を高めたのでした。子育て心理に応用すると、いつもあなたは大切であると言語的にも非言語的にも伝え続けることです。例えば、イヤイヤ期(第一次反抗期)になって、腹が立って叱ったとしても、その後すぐに切り替えて、「それでも○○ちゃんは大好きよ」と優しく明るく抱きしめることです。アンパンマンもどんな時も守ってくれる味方であるという無条件の愛情のシンボルです。だからこそ子どもに受け入れやすいと言えるでしょう。(2)みんなと仲良くする―協力関係のモデルアンパンマンは、敵役のばいきんまんと永遠に戦っています。しかし、アンパンマンは、ばいきんまんを憎んでいません。みんなに迷惑をかけていることに厳しいだけで、むしろ仲良くしたいと思っています。よって、ばいきんまんを完全にやっつけるわけではなくただ追い払っているだけで、最後はいつも、ばいきんまんが「バイバイキーン」と捨て台詞を言って、家(バイキン城)に逃げ帰っています。ばいきんまん自身のキャラクターも、欲張りで食い意地が張っていたずら好きですが、単純で間抜けな愛すべきキャラクターです。2つ目は、みんなと仲良くすることです。アンパンマンワールドは1つの大きなファミリーです。たとえ困ったキャラクターがいても、仲間の一員とみなし、平和的に共存しています。発達心理学的に見ると、親が、あやしている時に、乳児の気持ちを共感的に汲み取って声かけや表情で鏡のように映し出します(ミラーリング)。すると、その乳児は親の動きのインプットと自分の動きのアウトプットを同じ脳のネットワークで処理するメカニズムを働かせるようになります(ミラーニューロン)。つまり、親が乳児の鏡(ミラー)になるのと相互作用して、乳児が親の意図と動作を同じくする「鏡の神経」(ミラーニューロン)を発達させていきます。こうして、乳児は、親のまねをするようになります(模倣)。その後、幼児になって保育園や公園などで、他の幼児といっしょになり、場所やおもちゃを取り合うなどのぶつかり合いやいざこざが起きます。この時、親などの周りの働きかけによって、最初は単純に抵抗するだけだったのが、やがて順番で共有すること、分け合うこと、じゃんけんをすることなどによって、仲良くすることができるようになります(社会性)。そして、自己主張と自己抑制のバランスをとるセルフコントロールを発達させていきます。これが土台となり、成長するにつれて、より高度で複雑化したコミュニケーションをするようになっていきます。進化心理学的に見ると、人類が約700万年前にアフリカの森に誕生し、約300~400万年前に草原(サバンナ)に出てから、母親と父親と子どもたちがいっしょに暮らす家族をつくりました。しかし、草原だからこそさらに猛獣に狙われたり、食料が獲れないという自然の脅威がありました。それでも、生き残るために、より大きな血縁集団をつくって、競い合いながらも助け合う中、相手の心を読む、つまり相手の視点に立つ心理を進化させてきました(心の理論)。ちなみに、比較動物学的には、サルなどの類人猿も、ミラーニューロンがあり、まねをします。ただし、サルと人間の違いは、サルは意図までは「まね」できない、つまり意図は理解できないことです。その理由は、サルのミラーニューロンの働きは、他のサルの次の動きを予測して素早く対応できれば良いだけで、意図まで理解する必要がないからです。子育て心理に応用すると、同じ幼児同士がいっしょになった時、たとえ相手がばいきんまんに見えたとしても、最初は「いいよ」「どうぞ」というアクションや「ありがとう」「うれしい」というリアクションをするように働きかけることです。このような、譲り合いや、あげる・もらう(ギブ&テイク)というやりとりの積み重ねを通して、時には距離を取りつつ、粘り強く仲良くなろうとすることです。アンパンマンは誰とでも仲良くするという協力関係のモデルです。だからこそ子どもに受け入れやすいと言えるでしょう。(3)様々な心を教えてくれる―想像力のツールアンパンマンワールドには、アンパンマン、ジャムおじさん、ばいきんまん、ドキンちゃんなどのメインキャラクターだけでなく、2000を超えるユニークなサブキャラクターたちがいます。その数は、「最も多いキャラクターが登場した単独のアニメーション・シリーズ」としてギネスブックに認定されるほどです。また、ばいきんまんだけでなく、かびるんるん、骸骨親子のホラーマンとホラ・ホラコなど、目に見えないものまでキャラクターにしています。さらに、ジャムおじさんとバタコさんは唯一の人間かと思いきや、人間の姿をした妖精という設定で、なるべく人間のリアリティを排除したファンタジーに仕上がっています。さらに、ばいきんまんが好きなドキンちゃんはしょくぱんまんが好きであるという三角関係や、みんなの前で威張っているばいきんまんがみみ先生(教師)の前ではかしこまるなどの上下関係が描かれるなど、いろいろなキャラクター同士の関係性も描かれています。3つ目は、様々なキャラクター(心)を教えてくれることです。それぞれのキャラクターの際立ったビジュアルから、性格や役割の違いを理解して、そのキャラクターらしさ(その人らしさ)を受け止めやすくなります。発達心理学的に見ると、乳児は、親の共感的なミラーリングによって、共感するミラーニューロンも発達させていきます。そして、自分の気持ちの変化を認識できるようになります。その後、幼児になって、徐々に家族や他の様々なお友達の気持ちの変化も察して、心を通わせようとするようになります(共感性)。この時、身の周りには、人だけでなく、自然物から人工物まで様々な物があることにも気付くようになります。その過程で、自分をはじめとする人に心があるように、万物にも心があると認識します(自己中心性)。これが土台となり、成長するにつれて、相手の気持ちを推し量ったり(心の理論)、思いやりを持つようになっていきます(愛他行動)。進化心理学的に見ると、現生人類が約10~20万年前に喉の構造を進化させてから、複雑な発声ができるようになり、言葉を話すようになりました。そして、言葉によって抽象的に考えることができるようになり、相手の視点に立つ心理は、人間だけでなく、自然や動物などあらゆるものに向けられ、それらとも協力関係を築こうとしました(アニミズム文化)。ちなみに、比較動物学的には、サルなどの類人猿も、共感します。ただし、サルと人間の違いは、サルの共感は痛み、恐れ、怒りなどの不快な感情に限定されていることです。その理由は、サルの共感は、他のサルの不快さを素早く感じ取って自分の身に降りかかるかもしれない危険を事前に避けることができれば良いだけで、喜びや安らぎなどの快の感情まで共感する必要がないからです。子育て心理に応用すると、相手の心、さらには人だけでなく身の回りの物の心も考えさせることです。例えば、子どもがいっしょにいる同じ幼児を押しのけた時、「押すのはだめ」とただ厳しく叱るよりも、「お友達は痛いって言ってるよ」と情緒的に伝えることです。また、食事の時にスプーンでお皿を叩いている時、「叩くと壊れるからだめ」と理屈で叱るよりも、「スプーンでお皿を叩くの、ママは嫌だよ」「スプーンとお皿が痛いって言ってない?」とやはり情緒的に伝える方が受け入れやすいでしょう。アンパンマンワールドのキャラクターたちは、様々な人や物の心に思いを馳せるという想像力のツールです。だからこそ子どもに受け入れやすいと言えるでしょう。なぜ4歳児から人気がなくなるの?―脱中心化それでは、アンパンマンはなぜ4歳児から人気がなくなるのでしょうか? その答えは、発達心理学的に考えれば、特に3~4歳時以降に発達する「なぜ?」という理屈を考える心理です。この時、表面的で主観的な物の見方から(自己中心性)、体系的で客観的なものの見方に変わっていきます(脱中心化)。進化心理学的に考えれば、現生人類が約10~20万年前に言葉を話すようになってから、抽象的に考える概念化の心理(脳)が進化しました。そして、概念化によって、原因と結果をつなぐ論理的思考が可能になり、ものごとの理屈が合うかを判断する心理が強まりました(合理性)。さらに、脳の重さで考えると、小学校1年生(6~7歳)で成人の脳の90%に達することが分かっています。まさに、乳幼児の脳の発達は、人類の心(脳)の進化の歴史を辿っているとも言えます。すると、先ほどの3つのアンパンマンの特徴は、4歳以降の子どもにどう映るでしょうか?(1)自分の顔をちぎってなぜ痛くないの?1つ目は、このような身体のメカニズムを考えることです。顔をちぎったり取り替えたりすることについて、3歳までは無邪気に面白がるのですが、4歳以降はその重大さや残酷さが少しずつ分かるようになります。これが、自分の顔を食べさせるヒーローが、3歳までの子どもにしか受け入れられない理由です。実際に、初代アンパンマンの絵本は、出版社から次作を止められるほど大人には不評でした。ところが、幼稚園や保育園から注文が殺到します。その子どもたちから一番ウケたのは「アンパンマンが頭をかじらせるところ」だったのでした。その後のアニメ化で、「かじらせる」から「ちぎって渡す」というふうにマイルドになり、今に至っています。また、ヒーローのビジュアルとしては、単純な顔立ちに3等身で全体的に丸みを帯びてぼんやりした素朴な姿です。親しみやすさがある一方、不格好です。よって、4歳以降の子どもは、美形・モデル体型で尖っていてキラキラした身なりの、戦隊ヒーロー、ロボットヒーロー、少女戦士に興味が移っていきます。(2)悪いことをしてなぜ罰を受けないの?2つ目は、このような善悪のルールを考えることです。ばいきんまんが周りに迷惑かけ続けることについて、3歳までは「嫌だなあ」と感情的に思うだけなのですが、4歳以降は親からのしつけの理解が進んでいくにつれて、「何とかしたい」「懲らしめなければ」と思うようになります。ばいきんまんは懲りていないけどアンパンマンも懲りていないということに気付くのです。アンパンマンは優しすぎるのです。それは、ばいきんまんに対してだけでありません。アンパンマンは、アンパンマンワールドの弱いキャラクターたちをかばった結果、それが甘やかしにつながってしまったことをジャムおじさんに指摘されています。また、ヒーローのポテンシャルとしては、アンパンチやアンキックには殺傷能力がなく、助けに行ったはずなのにしょっちゅう返り討ちにあい、逆に助けを求めてしまうことが多いです。ほのぼのと安心して見ることができる一方、物足りないです。アンパンマンは、史上最弱の情けないヒーローと言えるでしょう。よって、4歳以降の子どもは、特殊能力や武器の使用、柔軟な発想や知恵によって、敵にとどめを刺したり爆破したりする、戦隊ヒーロー、ロボットヒーロー、少女戦士に興味が移っていきます。(3)物に心があるってなぜ分かるの?3つ目は、このような根拠のレベルを考えることです。身の周りの様々な物に心があることについて、3歳までは疑うことはないのですが、4歳以降は自力で動くか動かないかで、5歳以降は成長するかしないかで、生物と無生物の違いが分かるようになります(素朴理論)。つまり、物に心があることに根拠がないと気付くようになります。また、アンパンマンワールドの世界観として、人間がいないファンタジーになっています。空想として気楽に見ることができる一方、リアリティがないため、ツッコミどころ満載で、耐えられなくなります。よって、4歳以降の子どもは、人間臭いリアリティ仕立てのストーリーが展開する、戦隊ヒーロー、ロボットヒーロー、少女戦士に興味が移っていきます。アンパンマンとは? ―「子育て脳」アンパンマンは、困っていれば捨て身で守ってくれるシンボルであり、誰にでも優しくみんなと仲良くなるモデルであり、アンパンマンワールドの仲間たちは様々な心を教えてくれるツールです。その点では、最弱のヒーローでありながらも、最初のヒーローとして欠かすことができないでしょう。子どもが4歳になって、そんなアンパンマンから心が離れる時、アンパンマンは寂しく思いつつも、そんな子どもたちにきっと温かいエールを送っているでしょう。そして、その子どもが親になって、子どものことをまず考えるアンパンマンの側に立った時、再びアンパンマンに感謝と敬意を払うようになるでしょう。子育て心理とは、まさに「乳児脳」といっしょに発達する「子育て脳」とも言えるでしょう。つまり、アンパンマンとは、子どもであった私たちの憧れであると同時、親になった私たちの分身であるとも言えるのではないでしょうか?1)ユリイカ2013年8月臨時増刊号「やなせたかし アンパンマンの心」2)乳幼児のこころ:遠藤俊彦ほか、有斐閣アルマ、20113)生涯発達心理学:鈴木忠ほか、有斐閣アルマ、20164)まねが育むヒトの心:明和政子、岩波ジュニア新書、2012

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絵画編【ムンクはなぜ叫んでいるの?】

今回のキーワード統合失調症過敏性侵入性妄想性創造性合理性産業革命人工知能みなさんは、ムンクの「叫び」を見たことはありますか? その絵を見ているだけでゾクゾクしませんでしたか? 以前に、オークションで100億円近い値が付いたことでも話題になりました。やはりそれくらいの価値があるほど、私たちの心を揺さぶる何かがあるのでしょうか?今回は、有名な絵画のムンクの「叫び」を取り上げます。いつもとは違い、シネマではなく、絵画から学ぶメンタルヘルスをお送りします。テーマは、ずばり統合失調症です。実は、ムンクは統合失調症を発症していたという説が有力で、この絵はそのムンクの自画像です(編注:絵の解釈には諸説あります)。実際に、この絵には統合失調症にまつわる3つの特徴が垣間見られます。その特徴を脳科学的そして進化精神医学的に掘り下げ、統合失調症の本質に迫っていきましょう。際立ち-過敏性ムンクの日記によると、「日が沈んだ時、突然空が血のように赤く染まり」「フィヨルドと町並みが青黒く彩られた」とあります。実際の絵の色使いは、赤、青、黒を主として、その取り合わせがとても際立っていて、まぶしいです。1つ目の特徴は、周りの世界が際立っていると感じる、つまり過敏性です。これを統合失調症の症状として見ると、見えるもの全てを鋭敏に見てしまい、感覚が研ぎ澄まされている状態です(気付き亢進)。そこから、不安感や緊迫感が煽られています(緊迫困惑気分)。さらに、何かとんでもないことが起きそうな不気味な雰囲気を醸し出していきます(妄想気分)。それでは、なぜ際立つのでしょうか? ここから脳科学的に考えてみましょう。際立つとは覚醒度が上がることです。この覚醒度が上がるのは、いつもと違う状況(新奇場面)が刺激となり、脳内ではドパミンという神経伝達物質が分泌される時です。さらに、その覚醒度を保つために、同じく神経伝達物質であるグルタミン酸が分泌されます。その後に、覚醒が度を超えないようにするために、視床という脳領域で入力情報の感度を下げるフィードバックが働きます(視床フィルター)。つまり、覚醒度を燃え上がる火に例えると、脳が暖炉、新奇場面が薪、ドパミンは点火装置、グルタミン酸は給油装置、そして視床は薪の入る数を調節する暖炉の扉と言えます。ここで、これらの点火装置や給油装置が過剰に作動したり、扉が閉まらなくなったらどうなるでしょう? 勝手に燃え上がってしまいます。いつもと同じ状況なのにいつもと違う状況に様変わりしてしまい、際立っていると感じてしまいます。これが、統合失調症の原因と考えられています。過剰作動を起こす原因としては、もともとの遺伝負因、胎児期や乳児期の感染症(神経発達障害仮説)、思春期以降の心理社会的ストレスなどによる相互作用が考えられています。ちなみに、ドパミンが急性的に過剰分泌された場合、興奮状態になった神経細胞は、損傷を避けるために、一時的に神経伝達を遮断するメカニズムがあります(脱感作)。例えるなら、暖炉が壊れないように点火装置のブレーカーが一時的に落ちてしまうことです。これは、統合失調症で興奮状態から突如動かなくって、刺激に反応しなくなる症状です(緊張病)。一方、ドパミンが慢性的に過剰分泌された場合は、興奮状態になった神経細胞は、損傷を避けられず、変性していき、脳が萎縮していきます(残遺症状)。例えるなら、暖炉が燃やし過ぎで消耗してしまうことです。これは、統合失調症で、感情的に鈍くなり(感情鈍麻)、特に何をすることもなく(無為)、ひきこもって暮らす(自閉)など、本来あるべき能力が失われていく一連の症状です(陰性症状)。そもそもなぜ際立ちは「ある」のでしょうか? さらに進化精神医学的に考えてみましょう。10数億年前に太古の原始生物が誕生してから、エサが近くにあることが臭いや見た目で分かったら、ドパミンによって覚醒度を上げて、必死に近付くように進化しました。5億年前に魚類が誕生してから、天敵の気配などいつもと違う状況で、ドパミンによって覚醒度を上げて、早くに離れるように進化しました。境目のなさ-侵入性ムンクの日記によると、「血のような炎を吐く舌のような空が青黒いフィヨルドと町並みに覆い被さるようであった」とあります。実際の絵の構成は、輪郭が重なり合い大きくうねるような筆遣いで、中心に置かれる本人は周りに飲み込まれて溶けてしまいそうです。2つ目の特徴は、自分と周りの世界の境目がなくなると感じる、つまり侵入性です。これを統合失調症の症状として見ると、自分と他人の境目(自我境界)がはっきりしなくなり、自分は自分であるという実感がなくなることです(自我障害)。体がスケスケなのと同じように、心もスケスケに感じてしまい、自分の考えが漏れていると思うようになります(自我漏洩体験)。周りの人の視線が自分に迫ってくるようにもなります(被注察感)。さらには、何か得体の知れない誰かに自分が操られている感覚に陥ります(作為体験)。それでは、なぜ境目がなくなるのでしょうか? ここから脳科学的に考えてみましょう。境目とは自分と周り(他人)を区別することで、前頭葉(前部傍帯状皮質)が司っています。これは、周りを認知している自分を認知する、つまり認知していることを認知することでもあります(メタ認知)。ここで、先ほどの過敏性によって境目はどうなるでしょうか? 周りの世界を認知する感度が上がり過ぎてしまい、自分の想像(内的体験)への認知も周りの現実(外的体験)への認知と誤認知(偽陽性)してしまい、自分への認知と周りへの認知を区別する精度が落ちてしまいます。つまり、周りの世界を過剰に認識してしまうと、逆に正確には認識できなくなってしまい、境目がはっきりなくなってしまうということです。これは、検査の検出の感度と分類の精度(特異度)の相関関係です。例えるなら、教科書でテストに出そうな箇所に赤線を引く時、全てが出そうに思えて、全てに赤線を引いてしまうことです。すると、本当に出そうな箇所とそうでない箇所の区別ができなくなってしまいます。境目がなくなることで、想像も現実の体験の一部として認識してしまいます。そこから、自分が世界に侵入されてしまう感覚に陥ります。例えば、自分の考えたことが声になって聞こえます(考想化声)。やがてそれは他人の声として聞こえてしまいます(幻聴)。そう考えると、先ほどの誰かに見られているという感覚(被注察感)や、誰かに操られているという感覚(作為体験)のその誰かとは、実は他でもない自分自身であるということが理解できるでしょう。そもそも、なぜ境目は「ある」のでしょうか? さらに進化精神医学的に考えてみましょう。人類は、約700万年前にアフリカの森に誕生し、約300~400万年前に草原(サバンナ)に出てから、助け合い(協力)と競い合い(競争)の狭間で、相手の心を読む、つまり相手の視点に立つ心理を進化させてきました(心の理論)。この心理から、自分自身を離れて自分自身を見る視点を持つようになり、自分と周りの世界を区別できるようになりました。さらに、この視点を手に入れたことで、周りの世界をより良く知りたいという好奇心の心理(新奇希求性)も進化したと考えられます。だからこそ、私たちは、新しかったり珍しかったりする状況(新奇場面)でも過敏になるのでしょう。つまり、境目という心の理論、さらには好奇心という新奇希求性は、人間の生存に必要だから「ある」のでしょう。逆に言えば、人間以外のほとんどの動物は、境目が最初からないわけなので、自分と周りはもともと一体であり、境目がなくなる危うさをそもそも感じることはないと言えるでしょう。意味付け-妄想性ムンクの日記によると、「2人の友人と歩道を歩いている時、やむことのない自然をつんざくような叫びを聞いた」とあります。実際の絵の状況は、実はムンクは叫んでいるわけではなく、叫びに恐れおののき、耳を塞いで、かろうじて突っ立っているだけなのでした。3つ目は、周りの誰かまたは世界が叫んでいると意味付ける、つまり妄想性です。これを統合失調症の症状として見ると、自分の心の中(内的世界)の「叫び」を、現実世界の誰か(外的体験)の「叫び」として聞いたとしています(幻聴)。さらに、何となく不気味な気分(妄想気分)や、自分が自分ではなくなり自分の存在が危うく感じる体験(自我障害)から、世界が終わってしまうと感じてしまいます(世界没落体験)。もはや2人の友人も、黒服で得体の知れない存在に見えてしまい、監視しているか、尾行しているかとも思ってしまいます(被害妄想)。それでは、なぜ意味付けるのでしょうか? ここから脳科学的に考えてみましょう。意味付けとは、それぞれの体験について、ある程度抽象的で大まかな言葉に置き換えること、つまり概念化です。これは、言葉を聞き取る能力を司る感覚性言語中枢(ウェルニッケ野)と言葉を話す能力を司る運動性言語中枢(ブローカー野)が司っています。そうすることで、過去の体験と関連付けをして、記憶に残しやすくなります。ここで、先ほどの過敏性よって意味付けはどうなるでしょうか? 意味付けがされ過ぎてしまいます。例えば、テーブルに携帯電話が置いてあったとしましょう。たまたま置いてあっただけなのに、「なぜあるの?」とその意味を考えるようになります。そして、意味が分からないことに違和感を覚えるようになり、何気ないことを何気なく思えなくなり、当たり前のことを当たり前に思えなくなります(自明性の喪失)。つまり、意味付けは、され過ぎると、逆に失われてしまうということです。全ての出来事に意味を求めてしまい、クタクタになってしまいます。その刺激を避けるために、統合失調症の人は、早い段階でひきこもりになることがよくあります。また、間違った意味を見いだしてしまうと、論理の飛躍が起こります。それが先ほどの世界没落体験や被害妄想です。さらに、意味付けが極端になり自覚がなくなれば、意味のつながりが失われて、話すことにまとまりがなくなります(滅裂思考)。また、侵入性に意味付けをするとどうなるでしょうか? 侵入する対象として言語化します。それが、統合失調症の人がよく言う「得体の知れない巨大なもの」です。さらに、この表現は時代や文化によって変わります。例えば、日本なら、現代は「悪の秘密結社」「ヤクザ・暴力団」が多いですが、昔は「狐憑き」などが多かったでしょう。欧米なら、現代は「テロ集団」、昔なら「悪魔」が多いでしょう。そもそも、なぜ意味付けは「ある」のでしょうか? さらに進化精神医学的に考えてみましょう。人類は、約10~20万年前に、喉の構造を進化させて、複雑な発声ができるようになり、言葉を話すようになりました。そして、人だけでなく、自然環境や様々な自然現象を名付けることによって、世界を区切り、関係付け、説明しようとしました。こうして、シンボルを使って抽象的思考をする概念化の心理が進化したと考えられます。概念化によって、道具、建築、美術、音楽、文学、宗教、政治などの文化が爆発的に発展していきました(文化のビッグバン)。これが、創造性です。こうして、人は、その文化を、神話や言い伝え、民謡などの様々な方法で子孫に伝えることができるようになりました。人は、約5000年前に文字を発明して、ようやく原因と結果をつなぐ論理的思考(システム化脳)の体系が可能になりました。それが、科学であり、合理性です。ということは、そもそも創造性には合理性があるわけではないと言えるでしょう。もっと言えば、創造性と妄想は、同じ概念化の心理として合理性がない点では、コインの表と裏ということです。まさに、ムンクの絵もその1つです。つまり、意味付けという概念化は、人間の生存、さらには文化の継承に必要だから「ある」のでしょう。統合失調症はいつ生まれたの? -産業革命これまでの際立ち(過敏性)、境目のなさ(侵入性)、意味付け(妄想性)という3つの特徴から、統合失調症は人類の心の進化の歴史と密接にかかわりがあることがわかります。そして、統合失調症が世界中のどの国や地域でもほぼ一定の割合で発症することから、統合失調症の心理には普遍性がありそうです。それでは、統合失調症という病はいつ生まれたのでしょうか? 正確には言えば、病として目立つようになったのはいつでしょうか?その答えは、18世紀の産業革命であると考えられています。それまで、幻聴は「神のお告げ」または「悪魔の囁き」であり、妄想は「神の思し召し」または「悪魔の仕業」であり、自我障害は「神との一体化」または「悪魔の憑依」と解釈されていました。そして、実際にこのような症状を持つ人は、シャーマン(巫女)や信心深い信者として社会的に一定のステータスがあり、文化の一部として、社会に溶け込んでいたでしょう。ところが、産業革命によって、生産性や効率性などの合理主義や、貨幣経済や民主政治によってはっきり個人を区別する個人主義が広く世の中に広がっていきました。社会構造の変化です。すると、根拠のない不合理な言動を繰り返す幻覚妄想や、自分らしさ(アイデンティティ)が危うくなる自我障害はネガティブで困ったもの、つまり病として認識されるようになったのでした。実際に、現代でも、農村地域よりも工業化や都市化が進む地域ほど、そして発展途上国よりも先進国ほど、統合失調症は回復しにくいことが統計的に分かっています。つまり、発症率は変わらなくても、社会構造の違いによって、回復率は変わるということです。統合失調症はどこに行くの? -人口知能創造性・妄想を生み出す概念化の心理が進化したのが10~20万年前に対して、産業革命により合理性に重きを置くように社会構造が変化したのはたかだか200年前です。つまり、創造性・妄想の心理の進化の歴史の方が、合理性の心理よりも圧倒的に長いと言えます。つまり、私たちは合理的であろうとしていますが、人類の心の進化の歴史から考えると、そこまで合理的ではないということです。さらに、これからはAI(人工知能)の時代です。近い将来には、合理的なことはほとんどAI化されるというさらに新しい社会構造への変化が予想されます。そうなると、私たちは、もはや合理的であることを追求する必要がなくなってしまいます。むしろ逆です。そもそも私たちに不合理な心理もあることを生かして、これからはその不合理さを楽しむ創造性が求められるでしょう。そう考えると、私たちは、ムンクの「叫び」から統合失調症の世界観を疑似体験する危うさと魅力を知るだけでなく、そこから私たちの創造性をくすぐりかき立てる何かがあり、そこに大きな価値があることをよく理解することができます。そして、AI化された将来の社会構造で統合失調症の創造性に再び目が向けられる時、もはや統合失調症は病ではなく、個性や多様性の1つになっているのではないでしょうか?1)井村裕夫:進化医学、羊土社、20132)臨床精神医学、心の進化と精神医学、アークメディア、2011年6月号3)岡田尊司:統合失調症、PHP新書、2010

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医師が選んだ"2017年の漢字"TOP5! 【CareNet.com会員アンケート結果発表】

毎年恒例となっている日本漢字能力検定協会の『今年の漢字』。今年も12月12日に京都の清水寺で発表されますが、CareNet.comでは由緒ある国民の恒例行事を出し抜き、会員の先生方に選んでいただいた今年の漢字を一足先に発表してしまいます。2017年の漢字、同点で1位に選ばれたのは「北」と「核」でした。何ともきな臭い感じ(漢字)ですが、3位以下にランクインした漢字にも、今年らしさがよく表れています。トップ5を弊社若手社員が発表します。1位北年間にわたって話題を提供してくれた「北」朝鮮。不安視するご意見が多くみられました。また、歌手 北島三郎さんの愛馬で、GIで5勝をあげているキタサンブラックの「北」でもあります。 「北」を選んだ理由(コメント抜粋)とにかく北朝鮮問題・ミサイル・暗殺など心乱された。(40代 内科医/北海道)北朝鮮、キタサンブラック。(20代 臨床研修医/岡山県)北の若大将、話題振りまきすぎ!(50代 脳神経外科医/岐阜県)北朝鮮に引っ掻き回された。(40代 消化器内科/広島県)1位核こちらも北朝鮮絡みです。唯一の被爆国である日本としては、何とかして最悪のシナリオを防ぎたいものです。 「核」を選んだ理由(コメント抜粋)心配事が増えました。(40代 消化器内科/広島県)北朝鮮の核開発に脅威を感じた。(60代 消化器内科/福島県)北朝鮮の核開発、ミサイルに翻弄された。(20代 臨床研修医/福島県)国際問題に発展している。(30代 循環器内科/岐阜県)3位乱昨年も第3位に入った「乱」。今年もまさしく、心「乱」される1年でした。 「乱」を選んだ理由(コメント抜粋)選挙の前に野党の乱立、相変わらずの不倫報道、不穏な空気の北朝鮮情勢すべてを一言で言うなら乱世と呼ぶにふさわしい。(70代以上 内科/愛知県)世相も政治状況も混迷し乱れている。(50代 精神科/長野県)政治も社会も混乱を極めているし、広島カープがCSで敗退して心を乱されたから。(50代 内科/広島県)さまざまな価値観が乱れ飛んでいるから。(40代 消化器外科/栃木県)4位変第4位の「変」は今年初登場。国内・国際状況の「変」化、そして「変」なヒトや事象が現れました。 「変」を選んだ理由(コメント抜粋)国会では野党が変なことばかり質問して空転させた。海外では変な指導者ばかり幅を利かせている。(50代 眼科/東京都)世の中の気候、社会情勢などかなり変だった。(50代 外科/神奈川県)小池政権の変動が大きく、今でも不思議なので。(30代 外科/大阪府)いろいろな意味で、変化の年だったと思うので。(50代 内科/和歌山県)5位倫「倫」は昨年も第5位に入っています。相変わらずの芸能人の不倫報道に、今年は政治家も仲間入り。さらに日本を代表する大企業にみられた倫理観の欠如。これからの日本を不安にさせる事件が数多くありました。 「倫」を選んだ理由(コメント抜粋)企業も人も倫理観が問われる事件が多かったから(40代消化器内科/京都府)大企業のコンプライアンス違反などが多かった。(60代心臓血管外科/千葉県)不倫問題が多かった。(40代 内科/大阪府)さまざまな意味で倫理観の欠落した人物が目立ったから。(30代 腎臓内科/神奈川県)アンケート概要アンケート名 :『2017年を総まとめ!今年の漢字と印象に残ったニュースをお聞かせください』実施日    :2017年11月9日~15日調査方法   :インターネット対象     :CareNet.com会員医師有効回答数  :552件

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「コード・ブルー」医療監修、松本 尚氏に聞くドラマの裏側

 テレビドラマでは、やればおおむね当たると言われている「職業モノ」が2つあり、その1つが医療ドラマである(ちなみにもう1つは刑事ドラマ)。この夏、『コード・ブルー~ドクターヘリ緊急救命~THE THIRD SEASON』(フジテレビ系列)が好評だ。本作は9年前のシーズン1、7年前のシーズン2に続く3作目。月曜9時枠としては硬派路線で、医療シーンが忠実に作り込まれているのが特徴だが、そのリアリティーを下支えしているのが医療監修である。今回、本作の医療監修を務め、自身も国内のフライトドクターの第一人者である松本 尚氏(日本医科大学千葉北総病院 救命救急センター長)に、医療者の視点からみたドラマの裏側についてお話を伺った。―『コード・ブルー』で医療監修はどの段階から関わるのですか? 現場によってさまざまで、私自身もシーズンを追うごとに変わっていきました。実際シーズン1の初めのころは、シーンもセリフも完成直前の脚本を渡されていました。たとえば、藍沢医師(山下 智久)が「××(症状)が出ている」、すると白石医師(新垣 結衣)が「〇〇(診断名)ね」と。さらに緋山医師(戸田 恵梨香)が「△△(処置)しましょう」という具合にセリフが書かれている。それに対してわれわれは、ブランクになっている「××」や「〇〇」を埋めるという流れです。あるいは、すでに書かれている内容に対して、医学的に不自然なところがないかをチェックする、ということもありました。 しかしこの手順だと、明らかにおかしい部分を見つけた時の修正が大変で、たとえば、大手術をしたその日の夕方にもう患者が喋っているセリフが書かれている。さっきまでショック状態だった患者なのに…!(笑)。そうなると、そこからすべてを変更しないと先に進まなくなるので、『コード・ブルー』で医療監修をする回数を重ねていく中で、もっと早いプロット(構想)の段階から脚本にも関わるようになりました。 具体的な話をしましょう。今シーズンの第1話では、プロデューサーから夏祭り会場で山車(だし)が暴走して民家に突っ込み、多数の負傷者が出るというのはどうか、というような提案があって、さらに子どもが関係していること、それぞれの主要キャストに見せ場を作ることなどの条件が出ました。この条件に合致して、なおかつ現実に起こりうる医療設定を考えていくわけです。たとえば、緋山医師は周産期医療センターから救命救急に戻ってきたという設定なので、産科に関連した症例にしたい、といった要望でした。ただし、今シーズンでは主人公たちは10年近いキャリアを積んでいますので、安易なミスや見落としは許されません。そこで、一見妊婦とわかりづらい肥満気味の女性患者にして、後に妊婦と気付くという仕掛けを張っておくのはどうか、といった具合に打ち返します。 そうしたプロデューサーとのやり取りと改稿を何度も経てできているのが、今シーズンのシナリオの制作過程です。 われわれもだんだん慣れて勘所も掴めてきているので、こちらからも積極的に、何歳くらいの患者の想定か、セリフがある設定なのか(それでケガの程度が決まる)、などといった重要なポイントを聞いて、一緒に考えています。 もう1つ具体的なケースを挙げると、シアン化合物を服用した患者をドクターヘリで搬送する回(第3話)がありましたが、まずプロデューサーからの要望で、ヘリの中で何か事件を起こしたいという要望がありました。そこで考えたのは薬物中毒です。有機リン系の薬物中毒で、患者が嘔吐して有機溶媒の臭いがヘリの中に充満することで、ほかのクルーたちが何らかの症状を訴えるというケースです。 現在は、薬物中毒の疑いのある時点で、ヘリではなく救急車で搬送するルールになっています。そこで考えたのは、何らかの理由で中毒に気付かなかったということにしなければならないということです。ならば、中毒患者が嘔吐した時点で臭いでわかる有機リン系は使えません。ではその代わりになるものは何かということで、実はかなりの数の文献を検索しました。その結果、カプセルに入れた青酸を服用したものの、少しずつ徐放したことで助かったという症例報告を見つけたので、「これだ!」と思ったわけです。これを根拠にして、物語の中で必ず種明かしもしようと考えました。 この「根拠」が医療監修ではかなり重要だと考えます。根拠のない医療行為を見せることは避けなければいけません。青酸を飲んでなぜ救命できたか、というところにちゃんと根拠を示すのが医療監修者の責任でもあります。 『コード・ブルー』に関しては、10年前のシーズン1から医療監修にあたっていますが、医学的にあり得るのか、あり得ないのか、という点ははっきり示すことが大事と考えます。―そうした、現実とフィクションの世界との折り合いを付けるのが難しそうですね 確かにそうなのですが、ルールは至ってシンプルで、「絶対無いこと」はしない。これに尽きます。絶対に無くはないけど、現実的に可能性として低いものについては、必ずどこかにエクスキューズを示すことが大事です。だから、「必ずこういうセリフを入れてほしい」とか「必ずここで種明かしをしてほしい」ということは、はっきりとお願いしています。 たとえば、移植医療は厳格にルールが決められているので、「絶対無いこと」に対してははっきりと言います。そこは、視聴者に誤解を与えてはいけない部分でもあります。 他にも、災害現場のシーンを描くことが多いのですが、患者が50人もいるなかで、医療行為をしているのが主人公たちだけなんていうことは「絶対無いこと」ですよね。そこには必ずDMATなどが臨場しているはずです。必ずいるはずなのに、画面上に1人も映らないなんていうのは不自然だし現実的じゃない。主人公たちに絡むことがなかったとしても、DMATの格好をした人たちが、背景に映り込むだけでもいいのです。大事なのは、そういう数多くのスタッフの中に主人公たちのような医療行為者がいるという状況をきちんと描くこと。小さなことかもしれませんが、そういうこだわりの積み重ねが非常に重要だと思います。 逆に、医療者として妥協せざるを得ない部分もあります。よく言われるのが医療者たちがマスクを着用していないところです。少なくとも、オペのシーンではマスクとキャップは必ず着用するという点は譲れない部分として徹底していますが、それ以外のシーンでは、役者さんたちの表情(演技)を生かすために顔を隠したくないというドラマの作り手側の理屈もわかるので、『コード・ブルー』の監修者としては譲歩しているところですね。 ただ本作に関しては、プロデューサーをはじめ監督やスタッフたちがリアリティーの追求に相当なこだわりを持っているのは確かです。それは画角に映っていないところにまで及んでいて、役者さんの表情しか撮っていないシーンでも、手元がどうあるべきかと尋ねたりするので、そこにかける熱意は本当にすごいと感じます。―リアリティー追求のために、ほかに『コード・ブルー』の監修でどんな点にこだわっていますか? 今作は、主要キャストたちがフェローだったシーズン1から9年の歳月が経過している設定です。自分たちに置き換えてみてもわかりますが、医師が9年間を経た経験値の大きさは相当なものです。立ち居振る舞いも変われば、会話の内容もそれに応じたレベル感に変わっていないとおかしいので、そこはかなり意識しています。以前は主人公たちにどんどん失敗させて、それを軸にストーリーを進めていけましたが、今はもう、そうそう主人公たちには失敗させられません。むしろ何でも織り込み済みでやっているという余裕感すら持たせないといけません。 役者さんもシーズンを重ねるごとに本当に「医療者らしく」なってきていて、医師としての所作はもちろん、歳月を感じさせるお芝居がちゃんとできているのですからたいしたものです。 だから医療監修者としては、さらに一歩踏み込んだ指導ができて、こういうシーンでは、上級医になるとこんな心情だというようなメンタルのあり方を伝えています。役者さんがお芝居をするにあたって役に立つような情報提供をして、単に手技を指導するだけで終わらないようにしています。―医療をドキュメンタリーではなくドラマで見せる意義とは? ドキュメンタリーと違い、ドラマだと感情移入できるということに尽きますね。たとえば、私が出演した「プロフェッショナル」などを観た視聴者は、「ああ、すごいなあ」と感心はするけど、そこから先、自分だったらというような感情移入は起こらないと思います。しかし同じことを役者さんがやってみせると、視聴者は主人公たちを自分に置き換えて、どうなるのか、どう考えるのかと入り込める。そこがドキュメンタリーとドラマの大きな違いだと考えます。その感情移入の先に、ドクターヘリを志す未来の医師やナースがいるかもしれません。心が動くというのには、そんな意義もあると思います。 本当の「リアル」と、ドラマの「リアリティー」には大きな違いがあって、「ドラマなんて」と思う人も実際には多いと思います。現実世界で医療現場に身を置く医師は、特にそう思うかもしれません。事実、医療ドラマと銘打ったものは医療者からみると陳腐なものも多いですから。だけど、医療監修としてドラマ制作に関わってみて、熱意をもって「リアリティー」を追求している作り手側を目の当たりにすると、ドラマに対する見方もこれまでとは少し変わってきたのを実感します。―『コード・ブルー』の医療監修を経験して自身にも変化が? 病院と収録現場は案外似ているんじゃないかと気付いたことです。われわれ救命の現場もドラマの撮影現場も非日常の連続で、1日として同じシーンはありません。また、役者さんを取り巻くさまざまなスタッフが大勢いるのも、患者を中心にチーム医療をしているわれわれの構成と非常によく似ている。いろんな職種の人がいて、それをひとつにまとめあげるリーダーシップがどうあるべきか、といった観点でも学ぶことは多いです。しかも、撮影現場にいるスタッフの大半は自分よりも若い人たち。そういう若いメンバーをいかにまとめるか、というところも大いに参考になりました。―CareNet.com会員にメッセージをお願いします まずはぜひドラマをご覧になってください。われわれ医療者だからこそ頷けるようなセリフも多いです。ある回で出てくる「いつから医者は“大丈夫”と言えなくなったのだろうか」というセリフ。実は私自身が考えていたことで、プロデューサーとのやり取りの中でふと口にした言葉なのですが、それを覚えていたようで劇中で使っていただきました。そんな、医師としての感情の機微も描かれているので、楽しんでいただけるのではないかと思います。松本 尚(まつもと・ひさし)氏プロフィール/1987年金沢大学医学部卒。同大第2外科学教室へ入局。外科医として金沢大学医学部附属病院、黒部市民病院など勤務した後、95年からは救急医療(外傷外科)に従事。現在、日本医科大学救急医学教授、日本医科大学千葉北総病院 副院長、救命救急センター長。『コード・ブルー~ドクターヘリ緊急救命~THE THIRD SEASON』フジテレビ系列で毎週月曜日21:00~21:54放映中http://www.fujitv.co.jp/codeblue/

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謝罪の王様【どう謝る?なぜ許す?】Part 2

謝られたらなぜ許すの?黒島は、セクハラで訴えられている沼田に、「(相手女性は)もう許してるかもしれないけどね。謝ってほしいってことは基本的には許したいってことでしょ」「引っ込み付かないだけでもう終わりにしたいというのが本音なんですよ」と言っています。つまり、私たちは、謝ることと許すことのやりとりを通して、お互いに人間関係をスムーズにしたいという思いがあります。逆にそうしなければ、いつまでも心に引っかかって、もやもやした不快な気持ちになってしまいます。それでは、そもそもそういう心理はなぜ「ある」のでしょうか? これを、私たちヒトが体と同じく心(脳)を進化させていった数百万年間の歴史から掘り下げてみましょう。300万年前に、ヒトはアフリカの森からサバンナの草原に出ていきました。この時、草原で猛獣などの天敵から身を守り、より大きな獲物を仕留めて生き残るために、ヒトは群れをつくって協力するようになりました。そして、より大きな群れ(集団)をつくるように脳が進化していきました(社会脳)。20万年前に、喉の構造が進化して、言葉が使えるようになり、抽象的な思考もできるようになりました。この頃から、協力をし続けるために、謝る心理や許す心理などの社会的感情を器用に使いこなすようになり、人間関係をよりスムーズにしていくことができるようになったでしょう。なぜなら、そうする種、そうしたいと思う種、そうしないと不快と思う種が、集団(社会)の一員でい続けられるため、生存に有利になるからです。その子孫が現在の私たちです。逆に、そうではない種は、生存に不利になり、集団の一員で居続けられなくなるため、生き残りにくくなってしまうというわけです。よって、私たちはそもそも謝られると、苦痛や相手への怒りが減って「胸がすっと」して(感情宥和効果)、相手の印象が良くなり(印象改善効果)、罰や償いを減らすようになります(罰軽減効果)。これら3つの要素をまとめると、私たちは相手に謝られると、寛容になり許したくなるという心理をもともと持っているというわけです(謝罪宥和理論)どううまく謝るの? ―表1それでは、許したいとより思われるためには、どううまく謝ることができるでしょうか? 先ほどの謝るための3つの心理と謝りたくない3つの心理を踏まえて、そのコツを大きく3つに整理してみましょう。そのキーワードは、不可抗力、優越感、そして”Be 土下座”です。(1)不可抗力黒島は、寝坊して遅刻したのに、待っていた相談者の沼田に「遅くなりました」「また人身事故で電車止まっちゃって」と言います。沼田が「あ、最近多いですもんね」と言ったところで、黒島は「ね。電車の事故は不可抗力だから、30分ぐらい仕方ないと思ったでしょ」と打ち明けます。1つ目は、自分の責任を認めつつも、それがたまたま不可抗力であったことと仕立て上げて、しょうがないという気持ちにさせることです。そのポイントは、病気、不慮の事故、他人のトラブルの巻き込まれなど、なるべく自分のコントロールが及ばない状況であることです(制御不能性)。また、黒島は「自分の責任じゃないのに、誠心誠意謝る」「謝らなくて良い時の謝罪ほど効果的なんです」と言います。つまり、理性的には責任がないように相手に思わせておいて、感情的には責任を感じて謝っているという演出が大事なのです。さらに、黒島は「目上の人間に立ち会ってもらう」「上司や先輩などあなたをよく知る人にあなたの長所や人間的魅力をアピールしてもらう」と言います。自分たちよりも立場が上の人の意見による保証を得ることで、もともと自分は過ちをする人ではなく、やはり不可抗力であったと相手に印象付けることができます(権威付け)。これらが、謝った時に許される決め手になります。不可抗力の事態により許す理由があると思わせることが重要です。(2)優越感黒島は、セクハラ訴訟を抱えている沼田に「相手が怒りをぶちまけ終えたら、次はほめまくる」「白々しくて全然良いの。100%お世辞でも褒められたら嬉しくなるのが人間なんだよ」とアドバイスします。また、黒島は、典子の「兄」の謝罪の一貫として、しばらく住み込みでヤクザの舎弟になり、献身的なサービスをして、親分から気に入られています。2つ目は、優越感を抱かせて気持ち良くさせて、許したくなる気持ちにさせることです。そのポイントは、相手を持ち上げることです。例えば「○○さんをとても頼りにしていただけに、なおさら申し訳ないです」「がんばってる○○さんだからこそ」とさりげなく褒めることです。また、「今回の件は今後の教訓になりました」「良い勉強になりました」「○○さんのおかげです」と感謝することです。逆に、相手を持ち上げるために、自分を引き下げる、つまり下手(したて)になることもできます(アンダードッグ効果)。例えば、「ええ~!?そんなことになっちゃったんですか!?」と慌てふためいてみっともないくらいの演出をすることです。遅刻した時などは、はあはあ息を切らして、汗を垂らしている方が許しを得やすいでしょう(レッドフェイス効果)。実際に、黒島は、ヤクザに謝罪をする時、顔面血まみれになり、けがをしているのに謝罪に来たという偽装をします。そうすることで、そこまでして相手が大切であるという思いが相手に伝わります。また、あえてつらい謝罪にすることです。黒島は、「大事なものを犠牲にする」「言葉や態度だけでは誠意が伝わらない場合、あなたにとっても大事なものを犠牲にすることで許しを請う」と沼田にアドバイスしています。つらい謝罪は、あえて大勢の前で謝罪することにも通じます。例えば、それが、有名人の謝罪会見です。また、自分の上司などの監督者に叱られている姿をあえて相手に見せることも効果的です(見える化)。さらに、謝ることに時間をかけることも重要です(コスト)。共感性が高い女性が相手の場合は、親身になり、傷付いた気持ちを癒やすことに重きを置くのが良いでしょう。一方、理屈っぽい男性が相手の場合は、原因の詳細化や数値化、今後の対策の説明に重きを置くのが良いでしょう。ちなみに、こちらが時間をかけることは、同時に相手にも時間を使わせていることになります。その時間が無意味なものに終わらせたくないという相手の心理を利用することにもなります。これらが、謝った時に許される強力な後押しになります。得られた優越感により許す価値があると思わせることが重要です。(3)”Be 土下座”黒島は、”Be together”を文字った”Be 土下座 ”をスローガンにしてます。帰国子女の典子から「Beじゃなくて、Doじゃないですか?」「するはDoだから”Do 土下座 ”じゃないですか?」と突っ込まれています。しかし、別のシーンで、黒島は典子に「むしろぶつける前(トラブルが起きる前)に謝る気持ちじゃないと」とも言っています。つまり、土下座は「する」ものではなく、「ある」ものであるという黒島ならではの発想です。3つ目は、トラブルが起きる前から土下座をしているような心のあり方で、謝る前からすでに許されている状況をつくっていることです。誤解がないようにしたいのは、実際に土下座するのではないです。日々、人と接する時は、相手を敬い、信頼関係を築こうとする心のあり方を「土下座」というユーモラスな言葉を使っています。そのポイントは、例えば「私はもともとせっかちなところがあります。それで迷惑なことがあったらごめんなさい」とあらかじめ謝っておくことです。これは、許しのハードルを下げることができます(セルフハンディキャッピング)。逆に、真面目で几帳面でミスしない優秀な人であると期待されてしまうと、いざミスして謝る時は、「ミスしないはずなのにしている」とがっかりされ、許しのハードルが上がってしまいます。自分が「ミスをしないロボット」ではなく、「ミスもする生臭い人間」であるという前提を日々強調しておくとが重要です(参照点の操作)。これらが、謝る時に許される土壌をつくります。許されている雰囲気があると最初から思われていることが重要です。「あやまる時、人は誰でも主人公」黒島は、「あやまる時、人は誰でも主人公」との座右の銘を掲げます。謝ることは、仕方なく嫌々やるものではなく、「主人公」として主体的に積極的にやるものであるということを私たちに教えてくれます。それは、プライド、パワーバランス、コストばかりを気にして、「謝ったら損をする」というネガティブな発想ではありません。それは、相手と分かり合える、仲良くなれるなどの信頼関係を強めることに目を向けて、「謝ったら得をする」というポジティブな発想です。つまり、謝ることは、重要なコミュニケーションの手段の1つであるということです。その大切さを理解した時、私たちは、「謝罪の王様」になることができるのではないでしょうか?<< 前のページへ1)大渕憲一:謝罪の研究―釈明の心理とはたらき、東北大学出版会、20102)内藤誼人:「人たらし」のブラック謝罪術、だいわ文庫、20093)間川清:うまい謝罪、ナナ・コーポレート・コミュニケーション、2011

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子どもは学校のトイレを使いたがらない【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第77回

子どもは学校のトイレを使いたがらない >FREEIMAGESより使用 突然やってくる尿意や便意は、誰しも経験があるもの。尿意であれば遠慮なく近くのトイレで用を足すかもしれませんが、便意ともなると敷居が高くなりますよね。慣れた自宅のトイレではなく、見知らぬトイレですし、他人と便座を共有することに嫌悪感を持っている人もいるはずです。私もコンビニのトイレは、できるだけ使いたくありません。 Lundblad B, et al. Perceptions of school toilets as a cause for irregular toilet habits among schoolchildren aged 6 to 16 years. J Sch Health. 2005;75:125-128. この研究は、学校に通う児童が尿意や便意を感じてトイレに行きたくなったとき、その学校のトイレにどのような認識を持っているかを調査したものです。私もそうでしたが、子供のころは基本的に家の外ではトイレに行きたくないはずです。とくに学校で便意を催したときは、バカにされるのがイヤなので全力でガマンしていました。修学旅行中、一度も排便しなかったこともあります(さすがに神経質過ぎたかもしれません)。これは、スウェーデンの6歳~16歳までの児童を対象に行った認識調査です。調査でわかったのは、他人の目が気になる13~16歳ともなると、ほとんどがトイレに対してネガティブな認識を持っていました。彼らのうち、25%が尿意を催してもトイレに行かず、80%が便意を催してもトイレに行かないことがわかりました。ひどい結果ですね。その原因は、まちまちでした。前述したような他人の目、トイレの臭い、…などなど。もちろん、児童が使う学校のトイレが汚いなどもってのほかです。できる限り清潔な空間にすべきであって、子供たちが遠慮なく使えるようにしなければなりません1)。実際に、トイレを改装して生徒からの評価が良くなったという学校も報告されています2)。ただ、私立の学校ならそれなりに改築できる予算が組めるかもしれませんが、国公立ともなると大変です。参考資料1)Norling M, et al. J Sch Nurs. 2016;32:164-171.2)Senior E. Glob Health Promot. 2014;21:23-28.インデックスページへ戻る

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ニンニクは末梢動脈に良い?【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第74回

ニンニクは末梢動脈に良い? >FREEIMAGESより使用 ニンニクを毎日食べ続けることで、末梢動脈閉塞性疾患に少しは効果があるかも? という論文を紹介しましょう。 Kiesewetter H, et al. Effects of garlic coated tablets in peripheral arterial occlusive disease. Clin Investig. 1993;71:383-386. これは、末梢動脈閉塞性疾患に対してニンニクが有効かどうか調べた研究です。なぜこの考えに至ったのかはちょっと不明ですが、興味深いテーマですね。末梢動脈閉塞性疾患を有する40~75歳の男女が登録されました。追跡期間は12週間です。被験者には、ニンニクパウダー(800mg)あるいはプラセボによる治療を毎日続けてもらいました。また、両群共に運動療法を併用しました。その結果、ニンニク群では無疼痛歩行距離が161.0±65.1mから207±85.0mに延長し、プラセボ群では172.0±60.9mから203.1±72.8mに延長しました。ほとんど差がないように思いますが、この文献では一応、距離の伸び幅に統計学的な差があったと記載されています(p<0.05)。また、拡張期血圧、血小板凝集能、血液粘度、血清コレステロール濃度はニンニク群で有意に減少していたそうです。副作用として、ニンニク群の被験者では、有意にニンニク臭いと訴えた人が多かったそうです。そりゃそうだ、クサイに決まってる。このニンニク療法、短期では効果が出ないようで、少なくとも5週間以上は毎日しっかり飲み続けたほうが良いと結論付けられています。ニンンクによって末梢の血流が増加するという報告もあり1)、まぁ、摂取しても悪くはないんでしょう。参考資料1) Anim-Nyame N, et al. J Nutr Biochem. 2004;15:30-36.インデックスページへ戻る

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酔いがさめたら、うちに帰ろう。(後編)【アルコール依存症】

今回のキーワード進化医学報酬系(ドパミン)問題飲酒(プレアルコホリズム)否認共依存心の居場所毒をもって毒を制すどうすればアルコール依存症は良いの?―治療の3つのポイント―これまで、「なぜアルコール依存症になるの?」「なぜアルコール依存症は『ある』の?」という疑問を解き明かしてきました。アルコール依存症は、単にアルコールだけの問題(嗜好の依存症)ではなく、アルコール摂取に至るその人の行動パターンの問題(行動の依存症)でもあり、さらにはその行動パターンを支えてしまう周りとの人間関係の問題(人間関係の依存症)でもあることが分かりました。それでは、この点を踏まえて、どうすればアルコール依存症は良いのでしょうか? ここから、安行の状況に照らし合わせながら、アルコールのコントロール、行動のコントロール、人間関係のコントロールの3つの要素に分けて整理してみましょう。 1)アルコールをコントロールする(1)生涯の断酒安行は、断酒中に「たかがビールだもんな」「大丈夫だよ、これ(1本)くらい」とつい飲んでしまいますが、飲酒が止まらなくなり、最終的には公園で泥酔しています。ここから分かることは、アルコールをコントロールするために必要なのは生涯の断酒です。飲酒量を制限する節酒や期間をもうける期限付きの断酒は無効です。よく聞く断酒の失敗は、アルコール依存症の人が数年間断酒を続けていて、あるお葬式でお酒を勧められた時、一杯だけと思って飲んだら、その後に飲酒が止まらなくなって、元通りになったという話です。これは、脳がアルコールの味(依存物質)をずっと覚えているからです。ちょうどしばらく禁煙してからまた喫煙しても、すぐに元の本数に戻るのと同じです。これは脳がニコチンの「味」をずっと覚えているからです。また、離れ離れになっていた親(愛着対象)と数年間ぶりに再開したら、かつての安心感や安全感がすぐに湧いてくる状態にも似ています。これは脳が一度固く結ばれた絆(愛着)の「味」を覚えているからです。つまり、断酒の基本は、「死ぬまで一滴も飲まない」ということです。(2)薬物療法―表3断酒の補助として、主に3つの種類の薬物療法があります。1つ目は、この映画でも登場する抗酒薬です。この薬は、あえてアルコールに弱い体質(ALDH欠損)になる薬です。つまり、この薬を飲んだ後に、アルコールを摂取すると、悪い二日酔いになります。そうして、飲酒が不快であることを体(脳)に新しく覚えさせて、飲酒行動を抑えるという荒治療です。そのため、この薬を飲もうとする患者に事前に忠告すべきなのは、この薬を飲んだ後に大量飲酒をした場合は、意識障害や劇症肝炎などの重篤な合併症を引き起こすリスクがあることです。2つ目は、睡眠薬や抗不安薬などのベンゾジアゼピン系薬剤です。この薬は、アルコールと同じようにベンゾジアゼピン受容体に作用するので、アルコールの代わりになる薬です。ちょうど、禁煙療法に対して処方されるニコチン代替薬(ニコチン受容体作動薬)と同じ原理です。ただし、ベンゾジアゼピン系薬剤は、アルコールと同じように、依存性があるので、用量用法を守るよう注意を促すことが必要です。3つ目は、2013年から新薬として注目されている抗渇望薬です。この薬は、アルコールによって過剰になった興奮系神経伝達物質のグルタミン酸を抑制します。つまり、お酒を欲しがる気持ち(渇望)を減らし、飲酒そのものを防ぐものです。ただし、効果は限定的のようで、あくまで補助薬であり特効薬ではありません。表3 アルコール依存症の薬物療法 抗酒剤(抗酒薬)抗不安薬、睡眠薬(ベンゾジアゼピン系薬剤)抗渇望薬例ノックビン(ジスルフィラム)シアナマイド(シアナミド)セルシン(ジアゼパム)ベンザリン(ニトラゼパム)レグテクト(アカンプロサート)特徴飲酒行動の抑制アルコールの代替薬飲酒欲求の抑制2)行動をコントロールする(1)認知行動療法安行は、入院して「やっちゃったよ。父さんの真似なんかしたくないのに」「どうしてこうなるんだろう」と自分に問いかけます。健康とお金と人間関係が「底」を突いた瞬間です。これは、「底突き体験」と呼ばれます。依存症の人は、失業、借金、離婚、大病などのどん底を味わうことで、もう頼るものや当てにするものがない現実をようやく思い知るのです。その時、「まだ大丈夫」(否認)ではなく「もう大丈夫じゃない」「何とかしなければ」という考えに至るのです(障害受容)。それを促すように、主治医から「そこまでお酒を飲み続けるようになった理由、自分で言えますか?」「良かったら、あなたの生い立ちを聞かせてきただけますか?」と聞かれます。「いろいろ反省しています」と良い子ぶると、「良い傾向ですね」「で、何、反省してるのかな?」と鋭く突っ込みます。退院間近には、それぞれの患者が、アルコール依存症になった自分の体験発表をしています。このように、自分を振り返ることで、飲酒に至る自分の行動パターンや人間関係のパターンについて、整理して、原因を探ります。そして、生涯の断酒を貫くための別の行動パターンや人間関係のパターンを身に付けていくことができるようになります(認知行動療法)。また昨今の新しい取り組みとして、動機付け面接法があります。これは、「変わるとしたらどうなりますか?」「そのメリットは?」「その経費(コスト)は?」などの質問を通して、変化についての話(チェンジ・トーク)をして、その意識や動機付けを高める技法です。否認や抵抗の根強い人に特に有効であることが分かっています。(2)行動療法病棟で、ある患者が「(禁止されている電話をかけるために)貸してくれよ、20円」と興奮して訴えると、看護師は「貸し借りはだめなの、決まりだから」と諭します。由紀と子どもたちが安行のお見舞いに病院へ訪れた時、「喫煙所内(面接室)に食べ物を持ち込まないこと」という張り紙を気にせずに、差し入れのお弁当を広げていました。それに気付いた看護師が「あれはまずいですよね」と注意しようとします。このように、行動のコントロールの基本は、「ちょっとだけ」ではなく「だめなものはだめ」という一貫した行動の枠組みを作ることです(行動療法)。それは、規則正しい食事や睡眠、規律正しい運動や人間関係など生活の全般に及びます。さらには、飲酒に至る行動パターンを徹底的に避けることです。安行は、アルコール成分が入った一口の奈良漬けから、最終的には連続飲酒に至りました。奈良漬けや洋菓子など少しでもアルコール成分があるものは引き金になるのでだめです。また、ノンアルコールビールも、味を思い出して(条件反射)、本物が飲みたくなりますので、だめです。さらには、例えばギョーザなどお酒のつまみとしていつもセットにしていたものも、お酒を連想させるので(条件反射)、だめです。疲れていらいらしている生活も、お酒で忘れたいと思いやすくなるのでだめです。つまり、できる限り、アルコールから遠ざかる生き方をするということです。断酒の基本は、「死ぬまで一滴も飲まないし、近付かない」ということです。 3)人間関係をコントロールする(1)集団療法病棟では、入院患者たちが自治会をつくり、自治会長をトップとして、食事係や書記係などの役職に就いています。1つの小さな社会です。そのメンバーの1人が、食事係として独りよがりなやり方をしてしまいます。すると、自治会長はそのメンバーに一方的にクビを言い渡たします。そのメンバーはそれに腹を立て、何でも箱(投書箱)に「会長がクビにした。プライドが傷付いた。責任とれ」という投書を入れ、看護師が立ち合う自治会ミーティングの議題に上げます。しかし、最終的には言い争いになり、挑発した安行は殴られてしまいます。このように、依存症の人は、安定した人間関係を築くのがうまくはなく、周りに依存的になるだけでなく、すぐにケンカ沙汰にもなりがちです。そんな人たちが集まって共同生活をする自治会は、まさに人間関係を学ぶ打ってつけの場になります(ソーシャルスキルトレーニング、SST)。その理由は3つあります。まず1つ目は、相手が健常者だと気を回すためトラブルが回避されがちですが、トラブルメーカー同士だとぶつかり合って、お互いのだめな部分が浮き彫りになりやすくなるからです。安行を殴ったメンバーは、周りから除け者にされ、懲りてしおらしくなっています(集団力動)。2つ目は、他のメンバーのダメなところを見ることで、自分のだめなところに気付きやすくなるからです。入院したばかりの患者が、看護師ともめている様子を見て、退院間近の患者たちが、かつての自分を見るようにニヤニヤしています。3つ目は、健常者や権威者(医師や看護師)よりも、自分と同じ境遇の人からの意見は受け入れやすいからです。安行も他の人の体験発表を聞いて、感銘を受けます。まさに、「中毒者」には「中毒者」が相手をする、「毒をもって毒を制す」ということです。また、入院の最終段階や退院後は、自助グループ(AA)に定期的に通所することが勧められます。最初は週2、3回のペースです。そこでの原則は「言いっぱなし、聞きっぱなし」です。これは、何を言っても受け入れ合うことで、お互いが支え合う仲間として「心の居場所」の役割を果たします。彼らは、寂しがり屋の傾向から独りではアルコールを止め続けることが難しいのです。しかし、自助グループで、自分が大切にされている、自分が必要とされているという感覚が得られることで、断酒を継続する大きなモチベーションになるのです。同時に、自助グループやの通所と医療機関への通院を定期的に行うことで、さきほど触れた行動の枠組みの強化にもつながります。さらに、数年以上断酒が継続できた人は、自助グループ関連のスタッフになることもあります。この意義は、アルコール依存症の治療の舞台裏に回ることで、自分自身にとってより治療的な意味合いを持つからです。(2)家族療法―表4安行は、最後に不幸にも末期がんを宣告され、余命が短いことを知ります。そして、ますます子どもたちといっしょにいたいと思うようになります。人生の期限を意識することも、先に触れた行動の枠組みの1つと言えます。そんな安行を見た由紀は、家族の一員として再び安行と同居することを許します。このように、本人が親となる家族(生殖家族)も、重要な「心の居場所」となります。注意したいのは、本人が子どもとなる家族(原家族)は、「心の居場所」として危ういということです。理由は2つあります。1つ目は、安行のように本人が親から「子ども扱い」されがちだからです。2つ目は、親は本人より先にいなくなるため、いつまでも「心の居場所」があるわけではないからです。また、本人が親となる家族でも、かつての由紀のようにパートナー(配偶者)が親のように世話を焼いて本人を「子ども扱い」している場合は危ういです。つまり、人間関係のコントロールのポイントは、本人が「子ども扱い」されない、つまり「大人扱い」されることです。そして、本人が誰かに支えられる側から誰かを支える側に回ることです。それは、特別な誰かのために生きることで、それが生きる原動力にもなります(アスピレーション)。これは、先ほど触れた自助グループのスタッフになることにも通じます。つまり、「心の居場所」とは、誰かに支えられるだけの「子ども扱い」される場でなく、誰かを支えるようにもなる「大人扱い」される場であるということです。本人を「大人扱い」できる機能的な家族(家族機能)とは、ほど良いまとまり具合(凝集性)、ほど良い母性と父性(家族役割)、ほど良い力関係の変化(世代交代)の3つが重要であると言われています。これらの知識や実践を学ぶために、医療機関が家族教室を開いたり、家族同士が集まり、家族会を開いたりしています(家族療法)。具体的に、家族が安行に対してすべきだった「大人扱い」を3つあげてみましょう。a. 周りが流されない―心理的な「大人扱い」1つ目は、問題飲酒(プレアルコホリズム)が続くなら、由紀はもっと早くに別居や離婚を言い渡すことです。これは、周りが流されないという心理的な「大人扱い」です。由紀は離婚するのが遅すぎました。由紀は、酔っ払って絡んでくる安行の相手を一生懸命にしています。由紀が我慢し過ぎた分、安行のアルコール依存症は進行してしまったと言えます。由紀は、おそらく「酒癖が悪いだけ」「酒を飲まなければ良い人」と言うでしょう。これは、アルコール依存症の人をお世話する家族が共通して言う言い回しです。しかし、これは、裏を返せば、酒を飲むなら「良い人」ではないわけですし、「酒癖が悪い」ことを知っていて酒を飲むなら、これまた「良い人」とは言えません。家族は、酔いが醒めた後の本人の平謝りに毎回流され、心理的距離を失っています。家族がすべきことは、絡み酒は無視する、暴力から逃げる、しらふの時の話し合い、暴言、暴力、近所迷惑などの問題が繰り返される場合に別居や離婚などの限界設定をすることです。そのタイミングは、友人や医療機関に相談しても良いでしょう。逆に、家族がすべきでないことは、おだて、説教、絡み酒の相手、暴力に立ち向かうなどです。つまり、問題行動は本人に任せて責任を取らせるのが基本です。 b. 周りが助けすぎない―経済的な「大人扱い」2つ目は、母親はアルコール依存症の安行を実家に引き取らないことです。これは、周りが助けすぎないという経済的な「大人扱い」です。安行の母親は、彼の離婚後に、彼を実家に引き取りました。こうして、彼は、働かなくても、衣食住が確保され、おまけに酒代までも確保されています。見方を変えれば、彼は母親に実家で飼い馴らされているとも言えます。これは、昨今に社会問題となっているひきこもりの問題に通じるものがあります。安行の母親は「かわいそう」「放っとけない」と言うでしょう。これも、アルコール依存症の人をお世話する家族が共通して言う言い回しです。しかし、この言い回しは、言い換えれば、「いつでも助けるわよ」という意味にもなります。もちろん、困った時に親が助けてくれるのはセーフティネットとしてはありがたいのですが、それはいざという時に限定されるべきです。安行の母親は助けすぎていて、心理的距離を失っています。家族がすべきことは、基本的には親と世帯分離をして生活が維持できる定期的な最低限の金銭援助の限界設定をする、金銭管理や生活維持などは本人に任せることです。その金額は、親の懐事情によりますが、生活保護の受給金レベルの生きるために最低限であることが望ましいです。なぜなら、お金が余分にあると、それだけ経済的な自立への動機付けが低まるからです。逆に、家族がすべきでないことは、実家暮らしの受け入れ、本人の要望に沿った金銭援助、借金の肩代わり、飲酒によるトラブルの尻拭いなどです。飲酒によるツケは本人が自分で支払うということを学ぶ必要があります。その人の先々のためを思えば、助けられる限度を先に示し、それ以上は「助けない」「何もしない」のも優しさです。つまり、生活設計は本人に任せて責任をとらせるということです。 c. 周りが手なずけない―身体的な「大人扱い」3つ目は、飲酒による体調不良に対して看病しないことです。これは、周りが手なずけないという身体的な「大人扱い」です。安行の母親も由紀も、安行の体調不良のたびに駆け付けています。そして、酔ってだらしない本人の身の周りのお世話をしすぎています。由紀も安行の母親も「何とかしなきゃ」と思っているでしょう。これも、アルコール依存症の人をお世話する家族が共通して言う言い回しです。もちろん、死にそうな時に救急車を呼ぶなどは必要なことですが、その後に付きっ切りで看病したり、手とり足とりお世話をしないことです。なぜなら、周りがやってあげすぎると本人は困らないので、状況が深刻だと気付かず、「まだ大丈夫」「何とかなる」「誰かが何とかしてくれる」との否認や依存の心理をますます強めてしまうからです。さらには、家族の「何とかしなきゃ」という支援の心理は、やがて「私が何とかしていれば本人も何とかなる」という支配の心理にすり替わっていきます。家族が、何事もなかったように取り繕い、本人の人生をコントロールしている感覚を味わおうとするのです。こうして、本人が「底突き」を味わうのが遅れてしまい、アルコール依存症を進めてしまうのです。特に安行の母親は、安行を手なずけようとして、心理的距離を失っています。家族がすべきことは、断酒をした方が良いと助言はしつつも最終的に飲酒するかは決めるのは本人に任せること、飲酒による体調不良への対応は最低限に止めることです。逆に、家族がすべきでないことは、付きっきりの看病、酒を隠す、欠勤の連絡、家族以外の周りへの取り繕いなど本人の自立を損ねるかかわり方です。ラストシーンで、由紀は「それ(原因)が分かったとしても誰に(飲酒を)止められたでしょうねえ」と言います。母親は「けっきょく私は何の役にも(立たなかった)」と言い、由紀は「同じです、私も」と同意します。家族は最終的に、自分たちではコントロールできないことに気付くのです。コントロールできる、つまりお酒を止められるのは本人だけということです。かかわり方のコツとして、家族は、相手をしているのは、自分の子ども(夫)でなく、お隣のお子さん(夫)であるというイメージを持つことです。子ども(夫)だと思うと心理的距離を失いがちですが、お隣のお子さん(夫)だと思えば、親切に接しつつもやり過ぎは良くないという視点が働くでしょう。つまり、良かれ悪かれ本人の生き方を尊重して、生活習慣などの健康維持は本人に任せて責任をとらせるということです。表4 アルコール依存症への周りのかかわり方 心理経済身体望ましくない流されやすい助けすぎる手なずけたがる例、おだてる、説教、絡み酒の相手、暴力への対抗例、実家暮らし、本人の要望に沿った金銭援助、借金の肩代わり、飲酒によるトラブルの尻拭い例、付きっきりの看病、酒を隠す、欠勤の連絡、家族以外の周りへの取り繕い本人に任せず責任を取らせない(子ども扱い)望ましい流されない助けすぎない手なずけない例、絡み酒の無視、暴力からの逃げ、しらふの時の話し合い、別居や離婚の限界設定例、世帯分離、援助の限界設定例、断酒の助言のみ、飲酒による体調不良への対応の限界設定本人に任せて責任を取らせる(大人扱い)アルコール依存症は本人のせい?病気のせい?由紀の知り合いの医師が由紀に「この病気(アルコール依存症)が他の病気と決定的に違う一番の特徴」「世の中の誰も本当には同情してくれないってことです」「場合によっては医者さえも」と言います。由紀も「みんな自業自得だと思っています」と言います。世の中では、アルコール依存症の人を「意志が弱い」「だらしない」と言う言葉だけで片付けてしまいがちです。しかし、これまで解き明かしてきたアルコール依存症の原因、存在理由、そして治療内容を知った時、アルコール依存症は、単に酒癖(行動のコントロール)の問題だけでなく、体質(生物学的感受性、アルコールのコントロール)の問題や共依存(人間関係のコントロール)の問題などが絡み合っていると理解できます。そして、「アルコール依存症は本人のせいか?または病気のせいか?」との問いへの答えも見えてきます。社会(司法)では、本人のせい(責任)であることが強調されます。これは、社会(司法)は秩序が目的だからです。病気とされて特別扱いされると、社会の秩序が成り立たなくなるからです。ただし、本人のせいで病気のせいじゃないとなると、治療介入が難しくなります。一方、医療では、病気のせい(責任)であることが強調されます。これは、医療は治療が目的だからです。また、アルコール依存症になった人を意志が弱いだけと片付けてしまうのは公平ではないからです。理由は、「意志が弱い」として、同じようにアルコールを摂取しても、体質(生物学的感受性)の違いによって、アルコール依存症になる人とならない人がいるからです。そして、アルコール依存症になった人にとっては、アルコールはコンビニやスーパーで手軽に手に入る「覚せい剤」になっているからです。ただし、病気として治療しつつも、本人の責任(自律性)も重要になってきます。なぜなら、病気のせいで本人のせいじゃないとなると、本人に責任逃れをする口実を与えてしまい、本人を「大人扱い」することができなくなるからです。以上を踏まえると、「意志が弱いから本人のせい」として切り捨てるのも「やめられない体質になったから病気のせい」として抱え込むのもどちらも望ましくないということです。つまり、答えは「アルコール依存症になるのは病気のせい(責任)であるが、治すのは本人のせい(責任)でもある」、言い換えれば、アルコール依存症の発症は本人の責任ではないが、アルコール依存症からの回復は本人の責任であるということです。アルコール依存症になったのはどうしようもないことです。大事なのは、そのなってしまったアルコール依存症とどう向き合うか、その後にどう生きるかということです。注意したいのは、「意志が弱い」「だらしない」などの価値判断は少なくとも医療関係者がするべきではないということです。なぜなら、医療の目的が患者を良くするということを踏まえると、価値判断は患者の自尊心を低くするだけで、マイナスにはなってもプラスにはならないからです。アルコール依存症はどうなっていくの?―グラフ2アルコール依存症に対しての世の中の否定的な味方も相まって、アルコール依存症の予後は不良です。実際にアルコール依存症で入院治療をして、退院後に断酒がどれだけ続けられるかという統計があります。それを見ると、2か月半で50%、1年で70%、2年で80%の人が再びお酒を飲んでいます。2年以上経過すると、もうお酒を飲むことはなくなります。つまり、少なくとも、2年以上の断酒の継続で回復(寛解持続)と言えます。お酒のことが気にならなくなるために、最低1年から2年はかかります。このように、生活習慣を変えるには時間がかかるというわけです。よって、断酒後、少なくとも半年は仕事をしないことが望ましいと言えます。断酒後1年の記念日は「バースデー」と呼ばれていますが、その時につい気が緩んでお酒を飲んでしまうという事態も起きます。そして、前に触れましたが、治癒して再び健康的にお酒が飲めるということはありません。生き方をコントロールする―表5アルコール依存症の人が酔っているのは、お酒だけでなく、行動でもあり、そして人間関係でもあり、つまりは生き方そのものでもあることが分かりました。そして、その治療とは、アルコールをコントロールするだけでなく、行動のコントロールや人間関係のコントロールでもあり、つまりは生き方のコントロールであると言えます。それは、偏った嗜好、偏った行動、偏った人間関係を見つめ直し、バランスの良い嗜好、バランスの良い行動、バランスの良い人間関係を身に付けていくことです。例えば、嗜好品で言えば、破滅的な飲酒から、まだマシな喫煙、コーヒー、スナック菓子、さらにはより健康的な美味しいご飯やグルメに切り替えていくことです。行動で言えば、不安定な仕事やケンカ腰から、より安定した仕事、趣味、スポーツ、そして人生の希望や目標を掲げることです。人間関係でいえば、不安定な依存の関係から「心の居場所」となる安定的な協調の関係を築くことです。前に触れた欲しがる心(嗜癖)のメカニズムを踏まえれば、生き方をコントロールするとは、近付いて欲しがろうとする「何か」をアルコール以外のものや行動や人間関係で占めることです。アルコール依存症の人はいつもお酒のことを考えています。頭がお酒という「毒」(依存対象)で占められています。よって、大事なのは、お酒ではない別のより健康的な「毒」(依存対象)に目を向け、その「毒」でバランスよく頭を占めることです。まさに、これも「毒をもって毒を制す」と言えます。こうして、お酒のことを考えなくても済む生き方をして、お酒からできるだけ遠ざかることです。断酒の基本は、「死ぬまで一滴も飲まないし、近付かなし、代わりに別のいろいろな何かにバランスよく近付く」ということです。言い換えれば、お酒はもはや飲むか飲まないかの問題ではなく、日々をどう振る舞うか、どう人間関係を築くかという本人の生き方の選択の問題でもあるということです。このような生き方のコントロールは、何もアルコール依存症の人たちだけの話でないです。私たちが人生につまずいたり行き詰っている時も、同じように何かの「毒」(依存対象)に心を奪われていることがあります。その「毒」(依存対象)とは、光景・音・臭いなどの記憶や感情、そして社会的意味付けによって味付けられ彩られた快感であるとも言えます。その快感のバランスとは、依存の豊かさ、人生の豊かさでもあります。つまり、私たちは、幸福感のバランスを見つめ直し、新たな夢や目標、人間関係を見いだし、それに近付く喜びを味わうことで、より良い生き方のコントロールができるのではないでしょうか?表5 アルコール依存症の治療 アルコールのコントロール行動のコントロール人間関係のコントロール例生涯の断酒薬物療法抗酒剤抗不安薬抗渇望薬認知行動療法障害受容行動療法規則正しい睡眠と食事規律正しい運動や人間関係集団療法ソーシャルスキルトレーニング自助グループ家族療法家族教室家族会 生き方のコントロール例飲酒↓喫煙、コーヒー、スナック菓子、美味しいご飯、グルメ不安定な仕事、ケンカ腰↓より安定した仕事、スポーツ、人生の希望や目標を掲げる不安定な依存の関係↓安定的な協調の関係1)鴨志田穣:酔いがさめたら、うちに帰ろう。講談社文庫、20102)斎藤学:アルコール依存症に関する12章、有斐閣新書、19863)ディヴィッド・J・リンデン:快感回路、河出文庫、20144)アンソニー・スティーブンズほか:進化精神医学、世論時報社、20115)長尾博:図表で学ぶアルコール依存症、星和書店、2005

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外傷と嗅覚【Dr. 中島の 新・徒然草】(115)

百十五の段 外傷と嗅覚軽い頭部外傷でも傷害されやすい脳神経といえば、その最たるものは嗅神経でしょう。デリケートな神経のわりには、診察の時に無視されがちのように思います。患者さんの「缶コーヒーを飲んでも砂糖水にしか感じられない」といった訴えを聞いて、慌てて耳鼻科に相談することも珍しくありません。そのような失敗のないよう、私は頭部外傷の診察時に、簡単に嗅覚も調べるようにしています。わざわざ特別なものを準備するのも大変なので、できるだけその辺にあるものを用います。具体的には火の点いていないタバコ、石鹸、インスタントコーヒーの粉などです。どれも普通の診察室で簡単に手に入ります。嗅覚がないと食事がおいしくないだけではありません。ガス漏れに気づかなかったり、火事の時の焦げ臭い匂いがわからなかったり、誤って腐ったものを食べてしまったりして、命に関わることもあるので十分に注意するべきです。さて、先日来院された若い女性の患者さんも、交通事故による頭部外傷以来、嗅覚を失くしてしまいました。彼女は水質検査の会社に勤めているのですが、たいていは精密検査機器が水質を判定するので、嗅覚がなくてもとくに問題は感じませんでした。それどころか、彼女が大活躍することがあるそうです。大変な悪臭のする水が検査に持ち込まれたときなどです。皆が部屋から逃げ出す中、悪臭を感じない彼女は、平気で水質検査をすることができるのだとか。そういう話を聞くと、嗅覚がなくなるのも悪いことばかりではないのかもしれませんね。最後に1句脳外傷 嗅覚チェック 忘れるな

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ツレがうつになりまして。【うつ病】

今回のキーワード診断基準危険因子進化医学偏桃体社会脳かかわり方うつ病とは?皆さんの周りに、うつ病で休んでいる人はいますか? またはみなさんの中にうつ病で休んだ人はいますか? 今やうつは、日本だけでなく、世界的にも広がりを見せています。「なぜ現代にうつ病は増えているの?」「なぜうつ病になるの?」という疑問を率直に持つ人も多いでしょう。今回は、さらに踏み込んで、そもそも「なぜうつ病は『ある』の?」というところまで迫ってみたいと思います。そして、そこから、うつ病を良くして、防ぐヒントを探っていきましょう。今回、取り上げるのは、2011年の映画「ツレがうつになりまして。」です。ほのぼのとした絵のタッチの原作マンガのカットが映画の要所で織り交ぜられ、とても心温まる夫婦の愛と成長が描かれています。また、うつ病の人へのかかわり方のエッセンスが詰まっていて、とても勉強になります。うつ病にはどんな症状がある?―診断基準(表1)主人公のハルさんは売れない漫画家で、そのツレ(夫)の幹男はサラリーマン。この夫婦とペットのイグアナとの3人で暮らしています。結婚5年目のある時、ツレの様子が変わっていきます。ツレは「何だか食欲がないんだ」「体がダルいし」「何もできない」と打ち明けます。促されてようやく受診した病院では、医師からうつ病と診断されます。「うつとは気分が落ち込んだ状態」「普通は気持ちを切り替えたり割り切ったりして、落ち込んだ状態から脱するわけですが、それを自力ではできなくなってしまっている状態」と説明されます。薬の治療が始まりますが、その後、良くなったり悪くなったりを繰り返します。「こんな飼い主でイグ(ペット)に申し訳ないよ」「ハルさんのマンガが売れないのも全て僕のせいだ」と言い出します(罪業妄想)。そして、涙を流し、自殺を試みるのです。ツレの様子は、以下のうつ病の診断基準に照らし合わせると、9項目のほとんどを満たしています。表1 うつ病の診断基準(DSM-5) 感情意欲思考項目(1)抑うつ気分(2)無関心(興味・喜びの喪失)(3)体重変化(食欲)>5%/月(4)睡眠障害(不眠or過眠)(5)精神運動焦燥or精神運動制止(6)疲労感(無気力)(7)無価値感、罪責感(8)思考抑制(思考制止)(9)自殺念慮、自殺企図備考(1)か(2)必須9項目中5項目以上がほとんど毎日(ほとんど1日中)(9)については反復するだけで満たされる症状の持続は2週間以上なぜうつ病になるの?―危険因子(表2)(1)環境因子ツレは、外資系のパソコンサポートセンターに勤務しています。仕事をバリバリこなすデキるサラリーマンで、最近のリストラで生き残った数少ない1人でした。もともとの仕事の激務に加え、リストラ後の職場環境の変化、毎日の満員電車での通勤などストレス負荷が強まっていることが分かります。また、ツレは、パソコン操作に苦労する顧客の「できないさん」から度々、理不尽なクレームを付けられます。さらには、「できないさん」からツレの応対へのクレームの手紙が社長にまで行ってしまい、ツレは上司から「センター全体の査定に響く」と理不尽に問い詰められます。上司は、クレームの詳細を確認せず、一方的に部下のツレのせいにします。けっきょく、ツレは上司にも顧客にも謝罪しています。これは、人間関係のストレスです。職場で、競争や評価にさらされて味方や頼れる人がいない中、家でも、当初ハルさんはツレがうつうつとしていても、寄り添う雰囲気にはなっていません。食欲がないツレに「どうせ私の料理はまずいよ」とふてくされたり、「治す気がないから治んない」と言い捨てています。ツレは周りの助け(ソーシャルサポート)がないまま孤立していました。(2)個体因子ツレは、毎朝、自分でお弁当を作ります。入れるお気に入りのチーズは曜日によってあらかじめ決めています。締めるネクタイも曜日によって決まっています。「できないさん」のクレームの文書にツレの名前が間違って表記されていた時、ツレは「人の名前ですから間違ってもらったら困ります」と「できないさん」につい言ってしまいます。同僚の若者が、仕事や人間関係の愚痴を吐いていると「お客様の悪口は言わない」「適当じゃだめだよ」とたしなめます。ツレのもともとの性格(病前性格)は、一言で言えば、生真面目で几帳面すぎます(執着器質)。いつもきっちりしていないと気がすまないのです。その性格で、仕事を抱え込み、責任を全てかぶり、自分で自分を追い込んでもいます。物事のとらえかたが偏っていると言えます(認知の偏り)。一方、同僚の若者は、「(クレームの顧客は)何でもすぐに分からない、できないって電話する前に自分の頭で考えろって」「(退職する同僚の送別会は)マジかったるくないですか」と愚痴を吐きます。ツレが食べないお弁当をもらっておきながら、チーズは苦手だと言い、端に避けています。彼は、おおざっぱで図々しくもあります。ツレとは性格が対照的です。うつ病の危険因子として、認知の偏り(病前性格)を挙げました。性格(パーソナリティ)は厳密には生育環境因子も絡んでいますが、ここではこれを除いた遺伝的要素に注目してみましょう。そもそも多くの病気には複数の遺伝子(多因子)が絡んでいます。1つ1つは生存に有利でも、それらが組み合わされると、生存に不利になりえます。例えば、「真面目な遺伝子」「敏感な遺伝子」「慎重な遺伝子」のそれぞれは生存に有利ですが、これらの遺伝子が集積すると、まさにこの映画のツレのようになり、生存に不利になってしまいます。つまり、うつ病になりやすい人となりにくい人が遺伝的にいるということです。その他、ホルモン変化があげられます。ライフサイクルにおいて、特に女性は、妊娠や出産で女性ホルモンが劇的に変化して、マタニティブルーズからの産後うつ病になるリスクがあります。また、男性も含めて、更年期や加齢によるホルモンの減少から、うつ病のリスクが高まります。表2 うつ病の危険因子個体因子環境因子遺伝的要素認知の偏り(病前性格)ホルモン変化妊娠、出産、更年期、加齢などストレス負荷過重労働、環境変化、人間関係など周りの助け(ソーシャルサポート)の乏しさ(孤立)なぜうつ病は「ある」の?―進化の代償これまで、「なぜうつ病になるのか?」といううつ病の直接的な危険因子(直接要因)を見てきました。それでは、そもそもなぜうつ病は「ある」のでしょうか? その答えは、うつ病は、私たちが進化の過程で手に入れた脳の働きの負の側面であるからです。つまり、進化の代償です。これから、このうつ病の起源(究極要因)である主に4つの脳の働き(能力)を、進化医学的に詳しく探っていきましょう。(1)無理にがんばる能力―「がんばりすぎ脳」1つ目は、無理にがんばる能力です。その起源は、5億年前に遡ります。当時、まだ魚であった私たちの祖先に、「危険感知センサー」(偏桃体)が進化しました。これは、天敵がやってきたり環境が変わるなどで身に危険が及びそうになった時に、作動(興奮)します。すると、危険から逃げたり敵と戦ったりするために体を活性化させるストレスホルモン(コルチゾールなど)が分泌されます。そして、交感神経が高まり、攻撃性(不安)や活動性(焦燥)が増えるのです。しかし、このストレスホルモンには、欠点がありました。それは、分泌がある一定期間なら、いつもよりも脳は働き続けるのですが、分泌が長期間続くと、脳の神経ネットワーク(樹状突起)が消耗してしまい(BDHF生成の減少)、逆に脳が働かなくなるのです。例えるなら、脳が全速力で走り続けて息切れをしている状態です。実験的に、魚(ゼブラフィッシュ)がずっと天敵(リーフフィッシュ)に食べられることなく追われ続けるという特殊な生態環境をつくったところ、最初は必至に逃げ回っていたのに、やがて、じっとして動かなくなる様子、つまり魚のうつ状態が確認されています。現代の私たち人間に当てはめれば、ノルマ(過重労働)や環境変化という「敵」に対して、疲れても休めず、無理にがんばり続けると(過剰適応)、不安や焦燥が強まります。そして、その後に力尽きて、うつ病になってしまうということです。本来は、無理にがんばる能力が進化したわけで、それ自体は適応的なのですが、問題はその能力に期限があり、その期限を超えると、その後に長期間、普通にがんばれなくなってしまうということです。つまり、うつ病は、一時的に無理にがんばることができるようになった進化の代償と言えます。また、このストレスホルモンの分泌には、遺伝的な個人差があるようで、特にそれほどストレスがないのに、ストレスホルモンが誤作動を起こして分泌される場合もあります。だから、明らかなストレスがないのに、うつ病になる患者もいるというわけです(内因性)。(2)群れ(集団)をつくる能力―「上下関係脳」2つ目は、群れ(集団)をつくる能力です。その起源は、2000万年前に遡ります。当時、類人猿となった私たちの祖先は、天敵から身を守るなど個体の生存に有利になるため、群れ(集団)をつくるように進化しました。この時、集団としてより機能的になるために、ヒエラルキー(上下関係)を築く心理(習性)も同時にできました。例えば、猿山の猿たちをイメージしてみましょう。ボス猿は、大きな態度をとり、下っ端の猿にひれ伏す態度を求め、地位を維持しようとします(進軍戦略)。一方、下っ端の猿は、目線を合わせずにひれ伏し、こわばらせて大人しい態度をとり、被害を最小にしようとします(退却戦略)。また、自分よりも強い猿によってボスの座を奪われた元ボス猿は、態度が急変して元気がなくなります。体力が残っていても、もはや再び反撃することはありません。このように、集団において、より優位な個体はより高揚的(支配的)になり、より劣位な個体はより抑うつ的(服従的)になります(ランク理論)。言い換えるなら、集団の中で、食糧や繁殖パートナーなどの自分のなわばり(資源)が奪われ不利になった時に、大人しくして歯向かわない自分を周りに見せること(服従の信号)、これがうつとも言えます。うつは地位(資源)の喪失によって生じるストレス反応でもあります。現代の私たち人間に当てはめれば、命令をされ続けたり、謝罪をさせられ続けたりするなどの人間関係のストレスによって自己評価(地位)が低まります(自尊心の喪失)。すると、意識せず意図せずに、抑うつ(服従)の心理が高まるわけです。例えば、現代で一番価値が置かれる資源はお金です。よって、「(ある程度あるはずなのに)お金がない」と思い込むこともあります(貧困妄想)。また、その次に価値の置かれる資源は、人にもよりますが健康が多いでしょうか。そこで、「(特に大病があるわけではないのに)不治の病にかかっている」と思い込むこともあります(心気妄想)。さらに、現代の人間関係は、常に評価にさらされ、より競争的で勝ち負けや格差がはっきりしていたり、また職業的に気を使ったり謝ることが増えています。「上下関係」脳が刺激されやすくなっており、うつ病を引き起こしやすいのです。つまり、うつ病は、集団をつくることができるようになった進化の代償と言えます。特に、男女差で見た場合、男性の方が女性よりもうつ病による自殺既遂率が高いです。この理由は、男性の方が、地位(仕事)や繁殖のパートナー(恋愛)などの資源の奪い合いで闘争をより行うため、上下関係をより意識して、その地位の喪失をより感じる傾向があるからではないでしょうか。例えば、退職後にうつ病のリスクが高まります。(3)集団でうまくやっていく能力―「つながり脳」3つ目は、集団でうまくやっていく能力です。その起源は、300万年以上前に遡ります。当時、ようやく人類となった私たちの祖先は、草原で天敵から身を守ると同時に、食糧を手に入れるなどして協力して生き残るために、より大きな集団をつくるように脳が進化しました。この時、集団でうまくやっていく能力(社会脳)が進化しました。それは、周り(相手)を打ち負かそうとするもともとの競争の心理だけでなく、周り(相手)と仲良くなろうとする協力の心理でもあります。そしてこの2つの心理をうまく使い分け、バランスをとることです。例えば、協力するために、周りと同じ動きをすることで心地良くなります(同調)。また、周り(相手)の気持ちを察することです(心の理論)。さらには、集団の一員として認められるために、役割を全うして役に立とうとすることです(承認)。そのために、集団で価値の置かれること(集団規範)を重んじる性格傾向になることです。それが極端なのが、映画のツレの性格でもある「真面目で几帳面」です(執着気質)。逆に言えば、周りから相手にされなかったり、一人ぼっちになると、ストレスを感じることでもあります。その感覚が、「自分はだめだ」「自分は役立たずだ」という無価値感や自責感です。そこから「周り(社会)に迷惑をかけている」と極端に思い込むこともあります(罪業妄想)。このように、集団において、つながりが強まるとより心地良く感じ、つながりが弱まったりなくなるとより心地悪くなります(愛着理論)。この心地悪さを、私たちは悲しみと呼んでいます。このつながる先は、心のよりどころ(愛着対象)であり、一番は家族です。言い換えるなら、家族を初めとする集団のつながりを失った時に、その人が悲しみ続けること、これもうつと言えます。うつはつながり(人間関係)の喪失によって生じるストレス反応でもあります。このストレスを感じなかった種は、一人ぼっちのままで、生存率や繁殖率を極端に低め、子孫を残せません。現代の私たちに当てはめると、家族を含む自分の味方(仲間)がいることに安心する一方、逆にその味方がいなくなったり(死別反応)、自分が仲間外れにされると、悲しみを感じます。例えば、いじめ自殺への介入が難しい点は、いじめ被害者が抑うつ的になり、「疎外は嫌だ」「孤独は嫌だ」と思い、必死になっていじめ加害者の言いなりになり、いじめを被害者が隠そうとしてしまうことです。そして、いじめがますますエスカレートしてしまうことです。また、現代は、都市化や核家族化が進み、その人間関係は希薄化や孤立化が進んでいるとよく言われます。「つながり」脳が満たされなくなってきており、うつ病を引き起こしやすいのです。つまり、うつ病は、集団でうまくやっていくようになった進化の代償と言えます。特に、男女差で見た場合、女性の方が男性よりもうつ病の発症率が高いです。さきほど男性の方が女性よりも自殺既遂率は高いとご紹介しましたが、この違いは、女性はうつ病になりやすいですが、なっても軽いのに対して、男性はうつ病になりにくいですが、なったら重いということです。この理由は、ホルモン変化による発症を差し引いても、女性の方が、共感性が高く、言い換えれば傷付きやすいため、つながりをより意識して、その喪失をより感じる傾向があるからではないでしょうか。例えば、情緒不安定な人(情緒不安定性パーソナリティ障害)はうつ病の合併率が高いです。(4)自分自身を振り返る能力―「先読み脳」4つ目は、自分自身を振り返る能力です。その起源は、10万年から20万年前に遡ります。当時、ついに現生人類(ホモ・サピエンス)となった私たちの祖先は、喉の構造が進化して、複雑な発声ができるようになり、言葉を使う脳が進化しました。そして、言葉によって抽象的思考もできるようになりました。それは、相手の視点に立つ心理から(メタ認知)、自分自身を振り返る心理、さらには過去、現在、未来の時間軸で自分を俯瞰(ふかん)して見る心理です。例えば、私たちは、過去から現在までの流れから、未来に見通しを立てます。その時、望ましいことが起こるなら、私たちは希望を持ちます。一方、全く望ましくないことが起こるなら、私たちは絶望します。「このつらさはこれからも続く」「これから生きていく意味がない」「死んだら楽になる」と考えれば考えるほど、うつの心理は増幅して自殺のリスクが高まります。よくよく考えると、人間だけが唯一自殺ができる生き物です。つまり、うつ病は、自分自身を振り返り、先が読めるようになった進化の代償と言えます。私たちは、希望を抱くようになったと同時に、絶望も抱くようにもなってしまったのです。うつ病にはどうしたらいいの?-それぞれの「脳」へのアプローチ(表3)うつ病を治すには、まず薬の治療が効果的です。特に、抗うつ薬は、ストレスホルモンによって傷付いた脳の神経ネットワークを修復したり、興奮した偏桃体を鎮める働きがあります。ただ、これまで明らかにしてきたうつ病の起源を理解することで、薬だけではなく、うつ病へのより良いアプローチが理解できます。それでは、うつ病を引き起こすさきほどの4つの「脳」に分けて見てみましょう。(1)がんばりすぎない―環境調整「がんばりすぎ」脳に対しては、がんばりすぎ(過剰適応)の予防やがんばりすぎた後の休養の徹底(環境調整)が重要であることが分かります。訪ねてきたツレの兄は、「こいつちっちゃい頃から細かいこと気にするたちでさあ。だからうつ病になっちまうんだよっ」「がんばって早く治さないとな」「男ってのはさ、一家の大黒柱なんだよ」「だからどんなに辛くても家族のためだと思えばがんばれるもんなんだよ」と説教をします。すると、その後にツレは「何をどうがんばればいいんだよぉ・・・」「今の僕には無理だよ」とさらに症状を悪化させています。うつ病の人には「がんばれ」と励ますのではなく、「よくがんばったね」と受容するのがポイントです。ツレは、徐々に回復していく中、「自分のために治りたいんです」「他の誰かのためじゃなくて」と言うようになります。そして、招待された講演で「あ・と・で」という3つのうつ病への心のあり方を紹介します。それは、「焦らない、焦らせない」「特別扱いしない」「できることとできないことを見分けよう」です。一方、ハルさんは離婚して焦っている友達に「がんばらなくていいんです」「そのまんまでいいんです」と言うようになります。まさに、がんばりすぎない心のあり方が描かれています。(2)自尊心を保つ―アサーション「上下関係脳」に対しては、自尊心を保つために感謝し合うポジティブなコミュニケーション(アサーション)が重要であることが分かります。謝罪を求めてばかりいたかつての顧客の「できないさん」は、ツレの講演の参加者として最後にツレに対して「ありがとう」と感謝したことで、ツレが報われていました。コミュニケーションのコツとしては、「困るじゃないか」「だめじゃないの」と単にネガティブに叱るのではなく、「こうしたら良くなる」とポジティブに伝えることです。さらに、前後に「いつもよくがんばってる」「これからも頼もしく思う」というほめ言葉や感謝の言葉で挟むのです。ツレは、講演で「人は誰でもどんな時でも自分の生きている姿を誇りに思うことができる」「恥ずかしいとか情けないとか思ってしまった自分も含めてちょっと誇らしく思っています」と言い、自尊心を保つ心のあり方が描かれています。(3)周りとつながる―ソーシャルサポート「つながり脳」に対しては、家族を初めとする周りとつながっていること(ソーシャルサポート)が重要であることが分かります。ツレが自殺未遂をした直後に「僕なんていなくても誰も困らない」「僕はここにいていいのかな?」とハルさんに漏らします。「つながり脳」が危うくなっている瞬間です。ハルさんは、「ツレはここにいていいんだよ」と優しく受け止め、寄り添います。ハルさんは、ツレにさりげなく「はい、これ。消しゴムかけて」とマンガのアシスタントを任せるようになります。あえて本人に役割を持たせるのです。「夫婦で助け合っている」「夫婦としてどんな時も味方である」「自分には居場所がある」というつながりの心理を強めています。ただ、説教臭いツレの兄に対してハルさんが「静かに見守ってほしい」と心の中でつぶやいているように、過干渉にならずにほど良い心の間合い(心理的距離)を保つことへの注意も必要です(温かい無関心)。役割や居場所を実感する心のあり方が描かれています。(4)バランスよくものごとをとらえる―認知行動療法「先読み脳」に対しては、バランスよくものごとをとらえること(認知行動療法)が重要であることが分かります。ハルさんは、自分の母親に「私、最近思うんだ」「ツレがうつ病になった原因じゃなくて、うつ病になった意味は何かって?」と言うようになっています。ツレには「そのうちできるようになるよ」「またすぐ良くなるよ」「できないんじゃなくて、しないって思えばいいんだよ」と言っています。一方のツレは、結婚の同窓会で「この1年は、(自分がうつ病になって)私たちにとって苦しい年でした」「でも、夫婦としていろいろなことを得た1年でもありました」と言い、状況のポジティブな面に目を向けています。うつ病という試練を通して、夫婦の絆が深まり、ハルさんもツレも人間的に成長している様子がうかがえます。ものごとをバランスよくとらえ、絶望ではなく希望を抱く心のあり方が描かれています。表3 うつ病を引き起こすそれぞれの「脳」へのアプローチ アプローチ「がんばりすぎ脳」がんばりすぎ(過剰適応)の予防やがんばりすぎた後の休養の徹底(環境調整)「上下関係脳」自尊心を保つために感謝し合うコミュニケーション(アサーション)「つながり脳」家族を初めとする周りとつながっていること(ソーシャルサポート)「先読み脳」バランスよくものごとをとらえる(認知行動療法)うつ病とは?―かかわり方のポイント(表4)うつ病を単なる病気の1つとしてとらえるのではなく、私たちの心の進化の産物ととらえることができた時、なぜそのかかわり方が望ましいのかということに納得できるようになります。その時、私たちはうつ病をより身近にそしてより温かみを持って感じることができるのではないでしょうか? そして、うつ病の人たちへのより良い理解とかかわり方をすることができるようではないでしょうか?表4 かかわり方のポイント(精神療法)望ましい望ましくない「何か困っていますか」(探索、傾聴)「どうなの?」(質問攻め)「つらいのですね」(共感)「その気持ち分かります」(受容)「だめじゃない!」(説教、批判、非難、叱責)「その考え方いいですね」(支持、肯定)「あなたは間違っています」(否定、議論)「誰でもそうですよ」(標準化)「家族を悲しませますよ」(審判)「(こうすれば)大丈夫です」(保証)「がんばれ!」(叱咤激励)「困ったら言ってください」(温かい無関心)「○○しなさい」「△△してあげます」(過干渉)1)アンソニー・スティーブンズほか:進化精神医学、世論時報社、20112)井村裕夫:進化医学、羊土社、20133)NHK取材班:病の起源、うつ病と心臓病、宝島社、20144)北村英哉・大坪康介:進化と感情から解き明かす社会心理学、有斐閣アルマ、2012

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【GET!ザ・トレンド】乳がん終末期の深刻な問題 がん性皮膚潰瘍臭に光

「がん性皮膚潰瘍部位の殺菌・臭気の軽減」を適応として昨年末に承認されたメトロニダゾールゲル(商品名:ロゼックスゲル0.75%、ガルデルマ株式会社)が、5月より販売されている。今回の承認に尽力した、昭和薬科大学医療薬学教育研究センター 准教授 渡部 一宏氏に聞いた。がん性皮膚潰瘍の大きな問題がん性皮膚潰瘍(別名 がん性創傷)は乳がん、頭頸部がん、舌がん、歯肉がん、皮膚扁平上皮がん等でみられる。とくに、乳がんの終末期では頻度が高く、乳がん患者の5~10%に上るとの報告がある。がん性皮膚潰瘍の症状は、ボディーイメージによる精神的な苦痛のみならず、痛み、出血、滲出液、そして潰瘍部から強い不快な臭気(がん性皮膚潰瘍臭)を放ち、患者及びその家族にとっては耐え難い症状である。がん性皮膚潰瘍は、腫瘍の転移・浸潤によってがん組織が皮膚表面に浸潤することで起こる。痛みや出血といった症状とともに強い悪臭を発生する。この臭いは、病室の外まで漏れるほど強烈だという。そのため、がん性皮膚潰瘍患者のQOLは著しく障害される。さらに、患者さん本人は、周りの人に迷惑をかけたくないという思いから、見舞い客のみならず家族までも病室に入れない、医療者から孤立してしまうことも多々ある。がん性皮膚潰瘍は、患者、家族や医療者にも大きな苦痛をもたらす合併症といえる。メトロニダゾール外用剤の開発 渡部 一宏ほか.ロゼックスゲル0.75%患者さま用ガイドより ロゼックスゲルの副作用の一つに出血がある。これは潰瘍部位の浸出液でゲルが崩壊し、ガーゼと患部が貼りついてしまうために起こる2次的なもので、薬剤交換時にガーゼをはがす際に起こりやすい。これは、ガーゼを十分にぬるま湯または水で湿らし、ふやかしてからはがすことで防止できるという。出血は痛みを伴うため、実施にあたる医療者は十分に理解し、適切な使い方をしてほしいと渡部氏は言う。 また、使用量については現在まだ明確な指標がない。臨床試験では8×8cmのガーゼに対し15gを使っている。これはやや多めの用量設定であると渡部氏は言う。1回のケアで大量の薬剤を消費し、経済的負担も大きい。一方、臨床現場では8×8cmのガーゼに対し5~10gの使用でも十分な効果を示しているという報告も出てきている。現在、適切な用量に関する検討が行われているとのことである。

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臭いがないから大丈夫?

臭いがないから大丈夫?受動喫煙の本質的な問題は健康被害です。単なる臭いによる迷惑ではないのです。タバコ煙に含まれる有害物質の中には、無味・無臭・無色のものも含まれています。臭いがなくても、害がないとは言えません。また、煙の色が見えなくても、害がないとは言えません。消臭スプレーや空気清浄機は、臭いや色を消しているだけです。社会医療法人敬愛会 ちばなクリニックCopyright © 2015 CareNet,Inc. All rights reserved.清水 隆裕氏

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CM「サントリー角」【対人魅力(女性編)】

今回のキーワード心の進化(進化心理学)気配り美人(ノルアドレナリン)甘え美人(ドパミン)癒し美人(セロトニン)共依存依存性パーソナリティ演技性パーソナリティ「なんで彼女はいつもモテるの?」皆さんは、友人や職場の人で「なんで彼女はいつもモテるの?」とうらやましく思ったことはありませんか? 世の中には、異性からも同性からもモテる魅力的な人がいます。魅力的である方が、デートのチャンスが増えますし、仕事もやりやすいです。特に精神科や心療内科では、患者がほど良く主治医に好感を持つことで、治療がうまくいくといわれています(陽性転移)。モテる人とモテない人の違いは何でしょうか? 今回は、女性の対人魅力をテーマに、心の進化(進化心理学)の視点からとらえ直します。恋人や妻としての女性の魅力だけでなく、職場の上司や部下としての女性の人間的な魅力にも迫っていきたいと思います。その魅力とは、もちろん顔やスタイルを挙げる方もいるでしょう。しかし、実は、それ以上に大事なことが3つあります。そのヒントが、あるCMにあります。それは、現在までにシリーズ化されている「サントリー角」のCMです。お酒のCMに登場する女性のイメージは、世の男性が求める女性の魅力が詰まっているともいえます。なぜなら、その魅力が直接売り上げにつながるのですから。今回は、このCMに登場する初代の小雪さん、2代目の菅野美穂さん、3代目の井川遥さんの振る舞いから、女性の3つの魅力についていっしょに考えていきましょう。気配り美人1つ目は、初代の小雪さんが登場するCMです。まずは、以下の動画サイトを見てみましょう。画面をクリックしてください。小雪さんは、お客さんたちに「とりあえずハイボールと」「アジフライ」「ポテトサラダ」「オムレツ」と言い、お客さんが注文しようとする前に、彼らの「いつもの注文」を言い当てています。別のCMでは、「とりあえずハイボールと、夏だからちょいと絞ります」と気を配っています。その振る舞いに、お客さんたちは感心してうっとりしています。1つ目の魅力は、気配り美人です。この魅力を発揮するために、女性の方は次のクイズに挑戦しましょう。Q1. あなたが彼に作る最初の料理は?A. 高級なフランス料理B. 得意なメキシコ料理C. 最近ハマっている創作料理D. 定番の和食ポイントは、その料理であなたが満足するかどうかではなく、彼が満足するかどうかという視点を持っていることです。男性と女性の脳の違いから分かっていることは、男性は女性よりもこだわり(システム化)が強いです。Aの高級なものよりも、Bの彼女が得意なものやCのハマっているものよりも、Dのいつも食べている定番のものを男性は好みます。それは、例えば、カレーライスやハンバーグです。つまり、答えはDです。Q2. 彼が「ガンダムのコレクションがある」と話した時、あなたは何と答える?A. 「私、分かんない」と無邪気に答える。B. 「ガンダム好きなんだね」とほほ笑む。C. 「どんなとこが好きなの?」と興味を示す。Aはそこで話が終わってしまいます。Bは受け止めてはいますが、やはりそこで話が終わってしまっています。AもBも、広がりがなく、退屈な会話になってしまいます。一方、Cは、男性のこだわりをいっしょに楽しもうとする姿勢がみられます。彼もきっと生き生きと語るでしょう。よって、答えはCです。気配り美人が考えることは、「自分が彼に何をしてあげたいか」ではなく、「彼が自分に何をしてもらいたいか」ということです。そのためには、彼(もっと言えば男性)は何が好きで何が嫌いかを徹底的に知っておく必要があります。なぜ気配り美人はモテるのか?そもそも男性は、気配り美人を本能的に選ぶ傾向があります。これを心の進化(進化心理学)の歴史からひも解いてみましょう。私たち人間の体は環境に適応するために進化してきました。同じように、私たち人間の心も進化してきました。その適応してきた環境とは、狩猟採集生活を営んでいた原始の時代です。その始まりは、チンパンジーと共通の祖先から私たちの祖先が二足歩行をして分かれていった700万年前です。農耕牧畜から始まる現代の文明社会は、たかだか1万数千年の歴史であり、進化が追い着くにはあまりにも短いといえます。つまり、進化心理学的に考えると、私たちの心の原型は、まさにこの原始の時代に形作られました。原始の時代、人間は、二足歩行が可能になったことで、手が自由になり、より食料を運ぶことができるようになりました。そこで、男性(父親)は日々食糧を確保し、女性(母親)は日々子育てをするというふうに、性別で役割を分担して、家族集団で共同生活を行いました。そして、この生活スタイルをとった種がより生き残りました。生き残った子孫が現在の私たちです。つまり、私たちは男性も女性も、いっしょに助け合って生きていこうとする協力的な異性を魅力的に感じる好み(嗜好性)が進化しているということです(性選択)。そして、男性から女性を見定める目安(形質)が気配りなのです。その気配りの能力が存分に発揮される現代の職業は何でしょうか? それは対人援助職、特に看護師です。看護師は、患者の「かゆい」ところに手が届き、いたわる気持ちもあります。男性にモテる女性の職業として、看護師が常に上位にあるのも納得がいきます。さらに、現代の情報化社会では、気を配って話を合わせるという女性的なコミュニケーション能力が男性にもますます求められています。気配り美人すぎると? ―表1それでは、気配り美人であればあるほど良いのでしょうか? そうともいえないです。気配りの心理(能力)は、世話焼き、面倒見が良い反面、度がすぎるとお節介で押し付けがましくなってしまいます。つまり、自分の気配りの能力を発揮するために、気配りできる相手を求める、もっと言えば、必要とされることを必要とする、依存されることに依存するようになってしまいます(共依存)。また、気配り美人だけであれば良いのでしょうか? そうともいえないです。気配り美人は、コミュニケーション能力の高さを表していますが、それだけでは良いビジネスパートナーにはなれても、良いライフパートナーにはなれない可能性が高まります。なぜなら、女性を魅力的にさせるために必要な要素が、あと2つあるからです。表1 気配り美人の二面性マイナス面プラス面お節介、押し付けがましい過干渉、ありがた迷惑甘やかし世話焼き、面倒見が良い尽くす、献身世話女房甘え美人2つ目は、2代目の菅野美穂さんが登場するCMです。まずは、以下の2つの動画サイトを見てみましょう。画面をクリックしてください。菅野美穂さんは、あるお客さんのおとぼけに、楽しいリアクションをします。また、一生懸命に料理を作る最中にちょっとドジをしますが、その振る舞いに、お客さんたちは優しく彼女をフォローします。2つ目の魅力は、甘え美人です。この魅力を発揮するために、女性の方は次のクイズに挑戦しましょう。Q3. 合コンで年齢を聞かれた時、どう答える?A. 「○歳(実年齢)です」と正直に答える。B. 「女性に年齢を聞くのは失礼」とはっきり言う。C. 「何歳でしょうねえ」とほほ笑む。D. 「逆に何歳だと思います?」と切り返す。E. 「二十歳です。(間を置いて)気持ちは」と極端に若い年齢をふざけて言う。AとBは、真面目な対応で、会話がはずみません。Cは、年齢を言いたくないことをほのめかしていることは伝わりますが、楽しくはありません。Dは、質問返しで、会話の広がりが期待できます。ただし、この切り返しは使い古されてきています。Eは、相手を楽しませようとするメッセージは伝わります。ウケないならそれはそれで良いという強いハートで臨むことが大切です。なぜなら笑いは伝わらなかったとしても、笑いを届けたいという思いは確実に伝わっています。相手も興味や好意があるからこそ年齢を聞いているわけで、きっと相手から暖かいツッコミやノリツッコミが返って来ることでしょう。大事なのはいかに会話を楽しめるかということです。Q4. 出会いの場で「彼氏いる?」と男性に聞かれた時、何と答える?A. 「いません」とだけ真面目に答える。B. 「いるけど、うまくいってないの」と悲しげに答える。C. 「いない。だけど今日ここで素敵な彼氏ができそう」と楽しげに答える。D. 「もしいないって言ったら、この後どうする?」と笑顔で答える。Aは、悪くはないですが、魅力もないです。Bは、一見良さそうにも思えますが、実はかなりリスキーです。なぜなら、こう言えるのは、顔やスタイルなどの他の要素ですでに魅力が十分に伝わっていることが前提だからです。あまり魅力が伝わっていない状況では、男性に面倒臭い女性だと思われてしまい、敬遠されがちです。Cについて、聞かれている時点である程度、男性に好意はあるので、「あなたと楽しく過ごしたい」というポジティブなメッセージをお返しすることができます。Dは難易度がかなり高いです。すでに十分に魅力が伝わっていると確信しているのでしたら、誘惑的なメッセージとして効果は絶大でしょう。これは、実際に、フリーアナウンサーの小林麻耶さんが使った言葉です。しかし、魅力が十分に伝わっていなければ、自意識の強い女性だと思われてしまい、またまた敬遠されてしまうでしょう。そこで、Dを使うなら、そのリスクを避けるため、保険をかけましょう。Dを使った後、男性が表情を曇らせたら、すかさず「って小林麻耶さんなら言いますね」と笑いに持っていきましょう。Q5. 合コンでどう振る舞う?A. 食事の盛り付けや話の相づちを完璧にこなす。B. 常にニコニコしてうなずくだけに徹する。C. 盛り付けをこぼして恥ずかしそうにしたり、酔って馴れ馴れしくする。Aは、全てをそつなくこなして良さそうです。気配り美人としては完璧です。ただ、残念なことに、男性に付け入るスキを与えません。仕事のデキる優秀な女性に多いタイプです。Bは、共感的で一見良さそうですが、話のキャッチボールができず、だんだんと退屈になってきます。Cは、男性に付け入るスキを与えています。男性を助けたくさせます。大事なのは、自分にスキがある(甘えている)といかに男性に思わせるかということです。結論としては、基本的にAのスタンスで、合間を見てCを入れると効果的です。しっかり者のように見えてちょっとだらしないのがちょうど良いようです。すると、完璧さとスキ(甘え)のギャップによってそれぞれが際立ちます(ギャップ戦略)。甘え美人が考えることは、「自分が彼に何をしてもらいたいか」ではなく、「彼が自分に何をしてあげたいか」ということです。そのためにはどんなスキをつくれば彼(もっと言えば男性)が喜ぶかを徹底的に知っておく必要があります。なぜ甘え美人はモテるのか?そもそも男性は、甘え美人を本能的に選ぶ傾向があります。これも先ほどの心の進化(進化心理学)から考えてみましょう。原始の時代、男性(父親)は女性(母親)とその子どもたちから頼られる存在でした。そこに自分の存在の意味(プライド)を感じる男性がより女性に受け入れられました。その子孫が現在の男性たちです。つまり、男性は、自分を頼りにする女性を魅力的に感じる好み(嗜好性) が進化しているということです(性選択)。そして、その目安(形質)がスキ(甘え)なのです。逆に言えば、一人でも生きていけるオーラを出す女性は、男性に「自分はいらない」と思わせてしまうのです。その甘えが存分に発揮されたキャラは何でしょうか? それは「ぶりっ子」「かまとと」です。ぶりっ子は、いい子ぶる、かわいい子ぶるなどそれらしい振りをすることです。かまととは、「かまぼこは魚(とと)から作るのか」と尋ねることから、知っているのに知らないふりをして世慣れていないように振る舞うことです。このようなキャラの女性が、同性の女性からはさて置き、男性からはとてもモテるのも納得がいきます。甘え美人すぎると? ―表2それでは、甘え美人であればあるほど良いのでしょうか? そうともいえないです。甘えの心理(能力)は、かわいげがあり、無邪気であり、懐への入りやすさがある反面、度がすぎると、だらしなく、飽きっぽく、怠け癖があり、常に受け身で主体性がなくなってしまいます(依存性パーソナリティ)。例えば、先ほどのクイズQ2のAの「私、分かんない」と無邪気に答えるのは、甘え美人ではありますが、その状況では正解ではないです。また、ノリが良く、ほめ上手で、演出がうまい反面、度がすぎると、表裏が激しく嘘つきになり媚びてばかりで薄っぺらく中身がなくなってしまいます(演技性パーソナリティ)。例えば、行き詰るとすぐに泣く女性です。また、甘え美人だけであれば良いのでしょうか? そうともいえないです。甘え美人は、男性への魅惑の強烈さを表していますが、それはあくまで最初のツカミに有効なだけです。無計画でバランスを欠いた甘えは、ワンナイトラブで終わってしまう可能性が高まります。また、ぶりっ子やかまととは、同性の女性に嫌われるリスクが高まります。なぜなら、進化心理学的には、女性にとっては自分の男性を寝取られる脅威を意識的にせよ無意識的にせよ感じてしまうからです。女性を魅力的にさせ続けるために必要な要素は、気配り美人と甘え美人の他にあと1つあります。表2 甘え美人の二面性マイナス面プラス面だらしない、飽きっぽい怠け癖、受け身かわいげ、無邪気懐に入りやすい嘘つき、媚びる薄っぺらい、中身がないノリが良い、ほめ上手演出がうまい癒し美人3つ目は、3代目の井川遥さんが登場するCMです。まずは、以下の動画サイトを見てみましょう。画面をクリックしてください。井川遥さんは、あるお客さんから「幸せですか?」と尋ねられて、その返答をしません。そして、間を置いて「あなたは?」と質問を質問で返しています。すると、その男性は「幸せになりたいです」と答え、安らいでいます。彼女は、自分のことは置いといて、相手の気持ちを引き出しています(受容)。3つ目の魅力は、癒し美人です。この魅力を発揮するために、女性の方は次のクイズに挑戦しましょう。Q6. 彼(夫)が仕事から遅く帰ってきた時、「おかえりなさい」のあとに何て言う?A. 「聞いてよ。今日、お隣さん(or 私の上司)がねえ・・・」B. 「ビール?それともお風呂?」C. 「お仕事どうだった?」ポイントは、仕事で帰宅が遅い状況から、彼が疲れている可能性を想定できるかということです。Aは、甘え美人なのですが、この時の彼はこれからあなたの話を聞くだけのエネルギーが足りない可能性があり、望ましくないです。Bは、よく耳にする言い回しで、気配り美人として良さそうです。ただ、注意したいのは、ビールとお風呂以外の選択肢がないことです。もしかしたらちょっと自分の部屋で休みたいかもしれません。「ビール?お風呂?それとも他にどうしたい?」と添えるのがより良いでしょう。Cは、彼の気持ちを聞き出せます。そして、どうしたいかも分かるでしょう。彼は、疲れており、癒しに飢えている可能性が考えられます。よって、答えはCです。Q7. 仕事がうまくいかなくて彼は落ち込んでいる。何て彼に声をかける?A. 「もう~暗いよ!元気出してよ」と励ます。B. 「今、何がしたい?何が食べたい?」と聞き出す。C. 「私が落ち込んだ時はね・・・」と自分の話を聞かせる。D. 「今つらいんだね」と共感する。Aは、甘え美人としてついつい言いそうになります。しかし、彼は彼なりにすでに元気を出そうとしてがんばっているかもしれません。そんな時に、さらに元気を出せと励ますのは、彼を追い込むだけになるリスクがあります。医療においては、うつ状態の人に叱咤激励は禁忌です。Bは、気配り美人として良さそうです。しかし、彼は落ち込んでいて何もしたくないかもしれません。何かしたいだろうという彼にエネルギーがあることを前提に話を進めるのはやはり望ましくないです。Cは、Q6のAと同じく、彼に話を聞く心の余裕はない可能性があります。Dは、共感することで彼の気持ちに寄り添っています。彼は、あなたが自分の味方であることを再確認します。大事なのは、彼があなたに心を預けたくなるかということです。Q8. 「今、独りになりたい」という彼に返す言葉は?A. 「私がいっしょじゃだめなの?」と甘える。B. 「いっしょにいた方が安心でしょ?」と気を回す。C. 「今は独りがいいんだね。いっしょにいたくなったら言ってね」とそっとしておく。Aは甘え美人で、Bは気配り美人ですが、両者とも過干渉となってしまい、彼の自由(自律性)が損なわれてしまうリスクや心の間合い(心理的距離)が取りにくくなるリスクがあるので、望ましくないです。Cは、本人の自由(自律性)を尊重しつつ、助け(癒し)が必要な時はいつでもそばにいるという心づもりが伝わっています。うつ状態の人への接し方の「温かい無関心」です。また、独りになりたいと言いつつも、実はいっしょにいてほしいという彼の裏のメッセージがある可能性があります。彼の甘えの心理を読み取ることも大事です。Q9. 落ち込んでいた彼は頭が回らず、誤解から言い合いになった。「そんなに責めないでよ」と言う彼に返す言葉は?A. 「責めてないわよ!」と言い返し、とことん話し合う。B. 「責めてるように聞こえたんだね」「どの言葉かしら?」とやんわりと尋ねる。Aは、彼に言い合うエネルギーが足りずに、彼を追い込む結果が見えるので、望ましくないです。Bは、責めているかどうかは置いといて、彼の気持ちを受け止めています。人の気持ちとして、弱っている時は責められていると感じやすくなることをまず理解することが大切です。癒し美人が考えることは、「彼が弱っている時に、自分は彼に何をして何をしないか」ということです。そのためには彼(もっと言えば男性)はどうすれば安らぐかを徹底的に知っておく必要があります。なぜ癒し美人はモテるのか?そもそも男性は、癒し美人を本能的に選ぶ傾向があります。これも先ほどの心の進化(進化心理学)から考えてみましょう。原始の時代、女性(母親)は子育てをする役割がありました。その役割を全うする女性、つまり良いお母さんになる女性を男性はより選びました。その子孫が現在の男性たちです。つまり、男性は、子ども=弱者=弱っている時(退行)の自分に優しくしてくれる女性を魅力的に感じる好み(嗜好性)が進化しているということです(性選択)。そして、その目安(形質)が癒しなのです。言い換えれば、男性は、弱った時には女性に癒されたいということです。その癒しが存分に発揮される職業は何でしょうか? それは保母さん(保育士)です。保母さんは、子育てのプロです。保母さんの幼児への眼差しは、慈愛に満ちています。男性にモテる女性の職業として、保育士も常に上位にあるのも納得がいきます。もっと言えば、「スナックのママ」や「ホステス」になぜ男性たちが通い詰めるのかも納得がいきます。彼女たちは、男性たちの愚痴や自慢話をよく聞きます。面倒臭いと思っても顔には出しません。彼女たちは、擬似的な「お母さん」なのでしょう。つまり、世の多くの男性たちは「お母さん」というどんな時でもどんな自分でも受け入れてくれる絶対的な味方(安全基地)を求めてしまうということです。癒し美人すぎると? ―表3それでは、癒し美人であればあるほど良いのでしょうか? 癒し美人だけであれば良いのでしょうか? そうともいえないです。癒しの心理(能力)は、安心感や安全感をもたらしてくれる反面、そればかりだと刺激がなく退屈になってしまいます。例えば、先ほどのクイズQ2のBの「ガンダム好きなんだね」とほほ笑む、Q3のCの「何歳でしょうねえ」とほほ笑む、Q5のBの常にニコニコしてうなずくだけに徹するなどは、癒し美人ではありますが、その状況では正解ではないです。表3 癒し美人の二面性マイナス面プラス面刺激がない退屈安心感安全感女性の対人魅力とは? ―バランスとギアチェンジこれまで、恋人や妻としての女性の魅力(対人魅力)の要素が、気配り美人、甘え美人、癒し美人であることを明らかにしてきました。それぞれの美人は、脳内の3つの代表的な神経伝達物質に重なります。気配りは強さであるノルアドレナリン、甘えは楽しさであるドパミン、そして癒しは優しさであるセロトニンです。これらの心理(神経伝達物質)がバランス良く、そしてタイミング良く発揮されていることが心の健康として、そして対人魅力として望ましいといえます。つまり、ここで大事なことが2つ分かります。1つは、どの美人を高めるかだけでなく、どの美人が足りないかを知ることです。つまり、どの美人でもあるバランスです。そしてもう1つは、自分がどの美人になりたいかではなく、その時の彼(相手)がどの美人になってほしいかを見極める賢さを持つことです。つまり、どの美人にもなるギアチェンジです。職場に生かす対人魅力とは? ―表4さらには、職場の上司や部下としての女性の人間的な魅力も、3つの美人のバランスとギアチェンジからヒントが得られます。例えば女性の上司の場合、勤務時間中はテキパキと仕事をこなし、部下たちに仕事を回す一方(気配り美人)、休み時間は部下と打ち解けてふざけたり、時には部下にあえて相談事を持ち掛けます(甘え美人)。特に男性の部下は頼られていると思うと仕事へのモチベーションが高まります。そして、部下が仕事で疲れ切っている時は必ずねぎらいます(癒し美人)。また、部下にダメ出しをする時は、自分のタイミングではなく、部下が受け入れられるタイミングを見計らいます。これは、さきほどのQ9の恋人関係にも通じるもので、人は疲れている時や弱っている時はひがみっぽくなり、指示や忠告を素直に受け入れにくい心理があるからです。つまり、弱っている時のダメ出しは、効果があまり期待できないどころか逆効果になる可能性を理解していることです。このように、女性の対人魅力をより良く知ることは、女性の人間的な魅力を発揮することにもつながります。さらには、女性だけでなく、男性もその心理を知ることで、お互いのより良いコミュニケーションにつながっていくのではないでしょうか?表4 職場に生かす3つの美人 例気配り美人勤務時間中はテキパキと仕事を回す甘え美人休み時間は部下と打ち解けてふざける時には部下にあえて相談事を持ち掛ける癒し美人部下が仕事の疲れ切っている時は必ずねぎらう部下にダメ出しをする時は、自分のタイミングではなく、部下が受け入れられるタイミングを見計らう1)ジャレド・ダイアモンド:人間の性はなぜ奇妙に進化したのか?、草思社、20132)井村裕夫:進化医学、羊土社、20133)山岸俊男監修:社会心理学、新星出版社、2011

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急性冠症候群の新薬、第III相試験の結果/JAMA

 急性冠症候群に対する新たなLp-PLA2阻害薬ダラプラジブ(darapladib)について、プラセボと比較した長期有効性の結果が報告された。米国・ブリガム&ウィメンズ病院のMichelle L. O’Donoghue氏らによる第III相多施設共同の無作為化二重盲検プラセボ対照試験SOLID-TIMI 52の結果で、3年時の主要冠動脈イベントの発生リスクは、プラセボと有意な差は示されなかった。Lp-PLA2は、炎症を介したアテローム発生に関与する酵素で、ダラプラジブはLp-PLA2を選択的に阻害する経口薬として開発が進められてきた。JAMA誌2014年9月10日号掲載の報告より。1万3,026例を対象にダラプラジブ群vs. プラセボ群 試験は、2009年12月7日~2011年10月28日に、36ヵ国868施設で、ACS(ST非上昇型またはST上昇型の心筋梗塞)を発症した入院30日以内の患者1万3,026例を対象に行われた。 被験者は、ガイドライン推奨治療に追加して、1日1回のダラプラジブ(160mg)またはプラセボを投与する群に無作為に割り付けられた。追跡期間は2009年12月7日~2013年12月6日で、中央値2.5年だった。 主要エンドポイント(主要冠動脈イベント)は、冠動脈性心疾患(CHD)死、心筋梗塞または心筋虚血による緊急冠血行再建術の複合とし、Kaplan-Meier法にて3年時の累積発生率を評価した。3年時の主要冠動脈イベントの発生、ハザード比1.00 結果、3年時の主要冠動脈イベント発生は、ダラプラジブ群903例(16.3%)、プラセボ群910例(15.6%)だった(ハザード比[HR]:1.00、95%信頼区間[CI]:0.91~1.09、p=0.93)。 心血管死亡・心筋梗塞または脳卒中の複合発生率は、それぞれ824例(15.0%)、838例(15.0%)だった(同:0.99、0.90~1.09、p=0.78)。 主要エンドポイントの各エンドポイント、その他副次エンドポイント、また全死因死亡(ダラプラジブ群371例・7.3%vs. プラセボ群395例・7.1%、HR:0.94、95%CI:0.82~1.08、p=0.40)についても、両群間の違いはみられなかった。 なお、ダラプラジブ群のほうがプラセボ群よりも、臭いに対する懸念(11.5%対2.5%)、下痢(10.6%対5.6%)の報告例が多い傾向がみられた。

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完食させるための工夫

認知症患者さんのご家族へのアドバイス「一点集中食い」という問題満遍なく食べられない場合、完食させるためには、ご飯とおかずを1つの丼に入れて混ぜるという方法がある。食べるという行為を忘れたみたい向かいに座って食べてみせると真似る。また、食器ごと手に持たせて鼻の下まで持ち上げさせると、臭いが刺激になって食事が始まる。監修:筑波大学 医学医療系臨床医学域精神医学 教授Copyright © 2014 CareNet,Inc. All rights reserved.朝田 隆氏

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ワンピース【チームワーク】

「職場の空気が悪い」みなさんは、「職場の空気が悪い」と感じることはありませんか?特に自分がその現場のリーダーだったら、どうでしょうか?自分のリーダーシップによって、現場の空気が生き生きとなる場合がある一方、逆にその空気が息苦しくなる場合もあります。リーダーとして現場の空気をよくするには、どうすればよいでしょう?今回、この疑問のヒントとなるチームワークをテーマに、人気アニメ「ワンピース」を取り上げます。主人公ルフィは、海賊王になるため、集めた仲間たちと共に「麦わらの一味」として、「ひとつなぎの秘宝(ワンピース)」を手に入れる冒険の旅をしています。これから、この「麦わらの一味」に加えて、彼らが出会う「世界政府の海軍」や「白ひげ海賊団」を、それぞれチームモデルとして、みなさんといっしょに考えていきたいと思います。「おれのやることは全て正しい」―ピラミッド型(1)特徴まずは、分かりやすいので、麦わらの一味などの海賊を取り締まる世界政府の海軍のチームモデルを見てみましょう。海軍の組織は、大佐などをリーダーとして、海兵を末端メンバーとするピラミッド型(階級構造)です。その特徴は、海賊を取り締まるという目的の達成(目標達成機能)のために規律が厳しいこと、そしてこの集団を維持(集団維持機能)するために上下関係(師弟関係)が絶対的であることです。(2)二面性プラス面としては、統率・統制がとれることで、マニュアル行動には長けていることが挙げられます。しかし、マイナス面として、その統率・統制により絶対服従が求められ、メンバーたちに自由がありません。そして、リーダーが横暴になり、パワーハラスメントのリスクが高まることです。例えば、モーガン大佐は「この基地で最高位の大佐であるこのおれは最高に優れた人間であるということだ」「だからおれのやることは全て正しい」と言っています。このピラミッド型のチームスタイルは、実際の私たちの社会でも、自衛隊、消防隊、官僚組織、公的組織、大企業などで多く見られます。決められたことを協力して成し遂げることができる一方、昨今は、情報化により多様化している私たちの価値観や激動する社会構造にそぐわなくなってきています。管理主義により順応さや従順さを求められたメンバーは、チームの現状の批判や新しいアイデアでチームをより良くしていこうという創造性を抑えられます。その結果、メンバーがその葛藤から次々と辞めてしまったり、チームが時代の流れに着いていけずに衰退するリスクがあります。また、メンバーは、チームの間違い(チームエラー)を指摘することを憚ってしまい、隠ぺい体質を生み出すリスクもあります。例えば、不良品の回収に時間がかかってしまった某化粧品会社の不祥事が挙げられます。表1 海軍(ピラミッド型)の二面性プラス面マイナス面統率・統制→マニュアル行動リーダーの横暴(パワーハラスメント)創造性の抑制メンバーの葛藤→チームの衰退、隠ぺい体質「おれが親父でよかったか・・・?」―ファミリー型(1)特徴次に、白ひげ海賊団のチームモデルを見てみましょう。白ひげ海賊団では、船長(リーダー)の白ひげは船員たちを息子と呼びます。そして、船員たちは白ひげをオヤジと呼んでいます。まるで家族のような人間関係(擬似家族)を築いており、ファミリー型と言えます。このチームの特徴は、強くて懐の深いリーダーシップによってメンバーたちとの人間関係(家族愛)を重視し、規律(ルール)がほとんどなく自由であることです(集団維持機能)。また、集団の目的の達成(目的達成機能)に、家族の結束があることです。これはピラミッド型と対極です。(2)二面性このファミリー型にも二面性があります。プラス面としては、何より家族の一員なので居心地が良い点が挙げられます。白ひげが死に際に船員のエースに問いかけるシーンが印象的です。「言葉はいらねえぞ・・・1つ聞かせろ、エース・・・おれが親父でよかったか・・・?」と。そして、エースは心の底から「勿論だ!」と答えています。一方、マイナス面としては、プラス面の裏返しで、規律の緩さや居心地の良さによってリーダーもメンバーたちも現状維持を望み、消極的になりがちです。そもそもチームの目標がチームの維持そのものとなってしまい、何かをチームとして成し遂げるという価値観が弱くなります。例えば、白ひげは、ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)がある場所への行き方を聞けるチャンスがあった時でも、「聞いても行かねえ」「興味ねえからな」と答えています。白ひげの「興味」は、いっしょにいる船員たち、つまり家族そのもの(家族愛)だけなのです。このファミリー型は、実際の私たちの社会でも、家族経営だけでなく、中小企業、集団登山、護送船団、サークル、マフィアなどで多く見られます。かつて年功序列と終身雇用が維持されていた多くの企業では、このチームモデルが機能していました。しかし、国際的にも国内的にも競争力が求められる昨今の新たな社会構造の中で、このスタイルは限定的な職種(チーム)にしか生かせなくなってきています。家族のように「なあなあ」になってしまったチームのメンバーたちは、現状を批判しにくく、気を遣ってミスや怠けをかばい合い、うやむやにしてしまいます。それほど必死になってチームに貢献しなくなることで、チームとしての競争力を落とすリスクが高まります。さらには、家族的な関係ならではの心理的距離の近さや人間関係の固定化により、長期的には逆に、古株のメンバーが既得権を振りかざしたり、不仲なメンバー同士が足を引っ張り合うなど人間関係が煮詰まるリスクもあります。表2 白ひげ海賊団(ファミリー型)の二面性プラス面マイナス面居心地が良い消極性→チームの競争力の低下、人間関係の煮詰まり「海賊王に、おれはなる!」―フラット型(1)特徴いよいよ、ルフィが率いる麦わらの一味のチームモデルのご紹介です。麦わらの一味は、ルフィを船長(リーダー)として、彼が誘った数人の仲間たちをメンバーとするフラット型です。その特徴は、ルフィの目標(ビジョン)がメンバーに共有されていること(目標達成機能)、メンバーの役割がはっきりしていて役割意識があること、そして仲間意識(友情)があること(集団維持機能)です。ルフィの目標とは、「海賊王に、おれはなる!」との宣言通り、海賊王になることです。そして、そのためにワンピースを手に入れることです。さらに、そのためには仲間を集めて協力して航海することです。このルフィのビジョンを通して、それぞれのメンバーは、自分の目標を達成させようとしています。そして、その目標につながる自分たちの役割が、チームの中ではっきりしています(表3)。そのため、それぞれの状況で最も力を発揮できるメンバーが決定を任され、強い役割意識を求められます。ルフィを含むメンバーたちは、そのメンバーの決定を尊重します。つまり、チームへのそれぞれのメンバーの影響力(フォロワーシップ)がとても強いと言えます。裏を返せば、相対的にルフィによるリーダーシップは弱くなります。つまり、フラット型は、それぞれのメンバーの役割が違うだけで、立ち位置はリーダーもメンバーもフラット、つまり平らであるということです。実際に、ルフィは、メンバーを部下ではなく仲間であるといつも協調しています。また、コックのサンジが剣豪のゾロに彼の刀で料理を手伝わせるシーンでは、サンジはゾロに「黙ってやれ。コックに逆らうと餓死すんぞ」と言っています。このようなメンバーの決定への尊重が、仲間意識(友情)を強めていきます。表3 麦わらの一味のそれぞれの役割と目標役割目標ルフィ船長海賊王になるゾロ剣豪世界一の剣豪になるナミ航海士世界中を航海して自分で世界中の海図を書くウソップ狙撃手勇敢な海の戦士になるサンジコック伝説の海、オールブルーへ行くチョッパー船医何でも治せる医者になる(2)二面性このフラット型にも二面性があります。プラス面としては、目的のためのチームへの批判も含めて言いたいことを言い合える関係が築けることが挙げられます。ピリピリした関係のピラミッド型やベタベタした関係のファミリー型とは違って、リーダーのミスやチームエラーへの指摘に遠慮はありません。なぜなら、彼らは自分の夢や目的を叶えるために集まっているからです。これは、創造的でより強いチームワークを発揮します。一方、マイナス面としては、ルフィのもとに集まった仲間たちは、全員とてもユニークで、一筋縄ではいきません。いざという時には一致団結しますが、平素は性格が合わないので些細なことでしょっちゅうケンカをしています。リーダーやメンバーは批判に耐える図太さも必要です。さらには、リーダー(チーム)と自分の目標(ビジョン)に違いが分かった場合は、チームを去る必要があります。例えば、壊れたゴーイングメリー号(船)を乗り換えるかどうかで、ウソップは、ルフィとやり合い、言います。「おれは傷付いた仲間(船)を置き去りに、この先の海へだって進めねえ」「いいかルフィ、誰でもてめえみたいに前ばっかり向いて生きていけるわけじゃねえ」「お前は海賊王になる男だもんな。おれは何も(そこまで)高みへ行けなくていい」と。ウソップは麦わらの一味を一時期退きます。このようなビジョンの違いは、私たちの職場でも常に起こり得ます。例えば、病院の利益か患者の利益か、臨機応変かマニュアル化か、効率か後輩教育か、家族優先か仕事優先かなど様々にあります。このフラット型は、実際の私たちの社会で、職場のプロジェクトチーム、航空機のコクピットクルー、手術チーム、当直メンバー、チームスポーツなどで多く見られます。10人くらいまでの少人数で、比較的短期間のチームであることが多いです。麦わらの一味も9人で、一時的に2年間ほど航海を休止して、メンバーがそれぞれ修行をするというエピソードもありました。表4 麦わらの一味(フラット型)の二面性プラス面マイナス面言いたいことを言い合える→創造的で強いチームワーク平素は些細なことでケンカビジョンの違いで脱退表5 チームのタイプの違いピラミッド型ファミリー型フラット型モデル海軍白ひげ海賊団麦わらの一味目標達成機能厳しい規律家族の結束ビジョンの共有役割意識集団維持機能上下関係(師弟関係)家族愛仲間意識(友情)実際の例自衛隊消防隊官僚組織公的組織大企業家族経営中小企業集団登山護送船団サークルマフィアプロジェクトチーム航空機のコクピットクルー手術チーム当直メンバーチームスポーツなぜ麦わらの一味は強いのか?これまで、海軍、白ひげ海賊団、麦わらの一味のチームモデルをそれぞれ見てきました。それぞれのプラス面とマイナス面がある中、なぜ麦わらの一味は強いのでしょうか?その答えは、仲間意識(友情)、役割意識、仲間選びの3つです。それでは、これらの理解を深めるため、原始の時代の私たちヒトに遡ってみましょう。(1)仲間意識(友情)ヒトは、700万年前にチンパンジーと共通の祖先から分かれて、体だけでなく、実は心も進化させてきました。その最大の進化とは、アフリカの森から草原に出て以来、食糧を手に入れ猛獣から身を守るため、助け合い、力を合わせたことです(社会脳)。この時、血縁関係を超えて、これらの同じ目的のために協力することを心地良く思う種がより協力して生き残り、子孫を残してきました。この心地良く思う心理こそが、仲間意識(友情)の起源です。多くの人が、友情とは一緒にいる心地良さ(親近感)や好感などの純粋で情緒的なつながりであると思っているでしょう。そして、心地良いから協力して目的を達成するものだと思っているでしょう。しかし、現代の私たちに原始の時代のヒトたちの心理が受け継がれていると考えると、逆なのです。同じ目的(ビジョン)を持つという理性的なつながりがあるから、強い友情が生まれるのです。つまり、協力して目的を達成するからこそ心地良いのです。そして、この心地良さが仲間意識(友情)として麦わらの一味をより強くしていくのです。(2)役割意識友情は、単なる情的なつながりではなく、理性的なつながりがあって初めて強まることが分かりました。実際に、アメリカの大学の寮でルームメイトになった学生たちの友人関係の形成について調べた研究で確かめられています。学業成績の向上という目標に注意が向かう状況(目標あり)とそうでない状況(目標なし)で、それぞれ役に立つ友人と役に立たない友人に対しての親近感を評価しました。その結果、最初の目標なしの状況では親近感にほとんど差がなかったのに対して、その後に目標ありの状況に仕向けるとその親近感に大きな差が出てしまいました。つまり、助け合い(互恵関係)が成り立たない、つまり協力関係によってお互いに得られるものがなければ、友情は表面的なものになってしまうということです。だからと言って、損得勘定で意識的に友人を選んでいるのではありません。私たちヒトの進化の過程で得た心理は、同じ目標を持って協力をする必要がある状況であればあるほど、意識せず意図せずに心地良さ(親近感)がより沸き起こるように遺伝子にプログラムされていると言うことです。よって、友情による見返りというものは、短期的には期待されません。しかし、先の目標を見据えて長期的には期待されます。実際にルフィは、自分が強くなければ仲間から認められなくなると危機感を募らせているシーンが分かりやすいです。この時のルフィのように、仲間の関係(友情)を維持するためにチームに自分のできることをして貢献したいという心理が動機付けられます。この心理が役割意識です。そして、ルフィたちのそれぞれの役割意識が、麦わらの一味をより強くしています。(3)仲間選びルフィの仲間選びに注目してみましょう。最初に仲間になったのはゾロでした。ルフィは、自分よりも弱い者を守るゾロの姿を見て、「いいやつだ」と好感を持ち、自分の仲間になることを勧めています。しかし、ルフィはただ単に「いいやつ」という理由だけでゾロを仲間にしようとしたのでしょうか?ゾロは、もともと「海賊狩りのゾロ」という異名を持ち、魔獣と恐れられていました。そんな彼の剣豪としての腕前や戦闘員としての役割を見込んで、ルフィは仲間に誘ったのです。つまり、仲間としてチームにどう貢献できるかを見抜く目を持つことがリーダーには必要です。逆に先ほどの友情の心理の起源に照らし合わせれば、ルフィはゾロの能力に惚れ込んだからこそ好感を持ったとも言えそうです。ナミは、航海士としての技術を買われ、当初は「手を結ぶ」「手を組む」というビジネスライク(競争的共同)の関係で、仲間に入りました。しかし、その後は仲間意識をより強めて、麦わらの一味の陰のリーダーになっています。ウソップは、それほど能力が高くなかったのですが、仲間になりました。この理由は何でしょう?もちろん、彼は狙撃手としての役割があります。しかし、それ以上に、逆説的にも、彼がネガティブだからです。彼のネガティブさの裏返しでもある慎重さが、ルフィのボジティブ過ぎる暴走を止めるストッパーとしての役割を担っているからです。これは、役割分担と言うよりも、キャラ分担とも言えそうです。こうしてメンバーの性格(パーソナリティ)のバランスがとれ、チームがあまりにも偏った方向に流れる(集団的浅慮)のを防ぐことができます。実際に、メンバーはあまりにも似たり寄ったり(均質性)ではない方が、生産性が高まることが分かってきています。例えば、同性だけの集団より男女混合の集団の方が、集団としての業績が良いという実験結果が出ています。その理由は、同性の集団は競争的になりやすく、男女混合の集団は協調的になりやすいからです。この結果から、現在の男子校や女子校の効果や意義については検証をし直す必要があるかもしれません。某球団のように、他の球団の強打者ばかりを集めても、期待されるほど成績を上げられないことも一例です。また、テレビのお笑いバラエティ番組でも、ボケ役ばかりでも、突っ込み役ばかりでも、盛り上がりに欠けるでしょう。つまり、メンバー選びにおいて、役割だけでなくキャラクターも、チームのバランスを保つ上で大切な見極めのポイントであると言えます。このように、ルフィは誰でも仲間に入れていません。ルフィの適確な仲間選びが、麦わらの一味をより強くしています。ピラミッド型とファミリー型の限界それでは、実際の私たちの職場はどうでしょうか?もともと日本の文化は、儒教の影響を強く受けており、年齢の違いで敬語とタメ語を器用に使い分けるなど上下関係や師弟関係などの縦の関係を当然だと思う傾向が根強いです。とてもピラミッド的です。また、島国という地理的条件、300年近い江戸時代の鎖国、ほぼ単一民族という均質性により、人間関係はとても閉鎖的で集団同調的です。それは「出る釘は打たれる」ということわざが端的に示しています。とてもファミリー的でもあります。さらに、特に医療の現場は、本来、決まったやり方が重視され、医療ミスを起こさないという保守的な要素が強く、革新的なことはためらわれます。フラット的ではありません。このような要素から、今まではピラミッド+ファミリー型の職場が、うまく回っていました。しかし、情報化によって時代が大きく変わってきています。私たち医療者も患者も価値観がより多様化してきています。医療技術が日々進歩し業務が多様化・複雑化し、競争力や創造性が求められています。もはや純粋なピラミッド型やファミリー型の職場では、限界にきていることが分かります。つまり、このままでは、職場の機能が衰退し、現場の空気がどんどんと悪くなっていくことが分かります。職場のフラット化のポイント―表6それでは、最初の疑問に戻りましょう。リーダーとして職場の空気を良くして、活性化するには、どうすればよいでしょうか?それは、現在の職場をよりフラット型に寄せていくこと、つまりフラット化です。ルフィ率いる麦わらの一味から分かったフラット化のポイントをまとめてみましょう。それは、フラットな枠組みをつくること(構造化)、フラットな状態が目に見えること(客観化)、フラット化の限界を示すこと(限界設定)です。(1)フラットな枠組みをつくる―構造化ルフィは、仲間たちと力を合わせて航海し、ワンピースを手に入れ、海賊王になるという未来(ビジョン)を仲間たちに示しています。このように、フラットな枠組みをつくるポイントとして、まず、リーダーがこういう職場にしたいというビジョンを具体的に示すことです。そして、メンバーがそのビジョンに納得することです。例えば、リーダーがメンバーに「あなたには何ができる?」「何が期待されているか?」「リーダーに何を求める?」と確認することです。こうしてビジョンが共有されることで、協力して目標に向かう心地良さである仲間意識(友情)、さらには信頼関係が生まれます。仲間意識の高まりから、メンバーは自分のできることをして貢献したいという役割意識が生まれます。その役割意識によって細かいことはメンバーの裁量に委ねられることで、メンバーは、もはや「やらされてる感」がなくなり、自分の行動に責任を持つようになります。仕事は、単なるノルマやデューティ(義務)などのやらなければならないことではなく(外発的動機付け)、やりたくてやっていること(内発的動機付け)に変わっていきます。例えば、すでに多くの医療機関で取り入れられている受け持ち患者担当制では、この患者のことは一番自分がよく知っている自信や責任感が沸き起こってきます。気持ちの持ち方が違います。また、業務の多様化や専門化が進んでいる中、はっきりとした役割分担は、メンバー同士の仕事の奪い合いや押し付け合いなどの縄張り意識の葛藤を回避することにもつながります。メンバーだけでなく、リーダーも目標に向かって役割を果たしているという姿勢を見せることで、もはやリーダーもメンバーも人としては対等で、職場においての決められた役割が違うだけになります。逆に、最悪なのは、「とにかくリーダーである私の言うことを聞きなさい」という関係です。これは、共有すべきビジョンもメンバーの役割も曖昧です。(2)フラットな状態が目に見える―客観化ルフィたちは言いたいことを言い合い、しょっちゅうケンカをしています。このように、フラットな状態が目に見えるポイントとして、まず、トラブルはオープンにすることです。ただし、主観的で抽象的で感情的にはならず、あくまで客観的で具体的で理性的に伝えることです。例えば、「あなたのやり方はムカつく」と主観的に言えば、感情的に巻き込まれてドロドロになるでしょう。とても、破壊的です。そうではなく、「あなたの○○のやり方は、私の□□の考えとはズレている」「だから△△のやり方にはできない?」と客観的に具体的に、そして建設的に代替案も提案するのです。また、「そんなこともできないの(分からないの)!」と言い放つのではなく、「○○まではやってくれて(理解してくれて)ありがとう」「□□がまだできていない(分からない)理由やその必要性をいっしょに整理しようか?」と持ち掛け、リーダーは状況を整理して、常にメンバーとの妥協点や着地点を見据えることが大切です。さらに、コミュニケーションの風通しを良くしてチームの創造性を活性化させるために、会議では、リーダーを含むメンバーが違う意見や反対意見、間違った質問をわざと言う役割をつくる取り組みがあります。これは「悪魔の擁護者」と呼ばれ、ディベート用語から来ています。根回しによって同調を促す「さくら」とは真逆の役割です。そうすることで、他のメンバーたちも違った意見を言いやすくなり、チームエラーの早期の共有につながります。オープンで透明性の高いチームにするには、メンバーにも公正な判断材料が十分にあり、お互いが客観的にチェックできることが必要です。そのために、例えば、チーム内でのメールは公開し、それぞれの指示などもメンバーがチェックできるようにすることです。また、仕事の評価は、リーダーからメンバーたちだけでなく、メンバーたちからリーダー、メンバーからメンバーにも行うことです(360度査定)。このように、お互いの能力や責任を評価し合うことで、自分は評価しているし評価されているという意識が高まり、他のメンバーだけでなく、自分自身への客観的な視点を得やすくなります。逆に、よくありがちな最悪な例をご紹介しましょう。チームにいる2人の個の強いメンバーが、お互いの批判を他のメンバーに言う場合です。本人には直接は言いません。板挟みとなった他のメンバーに葛藤が生まれ、職場の空気が重苦しくなっています。最悪なのは、この時にリーダーが、この2人に気を使い、批判(=問題点)の解決については、その2人を除いた会議で決定したことにして、うやむやにすることです。これでは「臭い物にふた」で、メンバーたちの葛藤は募る一方です。(3)フラットの限界を示す―限界設定ウソップは、船長(リーダー)のルフィとの妥協できないビジョンの違いを知り、麦わらの一味を一時脱退します。このように、フラットの限界を示すポイントとして、ビジョンが違えばチームを脱退する潔さや割り切りが求められるということです。リーダーは、ピラミッド型のように抑え込んだりしないことです。また、ファミリー型のように、うやむやにしたり、主張の強いメンバーに気を使ったりしないことです。つまり、リーダーはブレないことです。麦わらの一味は、新しいメンバーの加入はあっても、基本的なメンバーは減っていません。そのためか、2年間ほど航海を休止して、メンバーがそれぞれ修行をする時期があります。このように、メンバーの入れ替え(流動化)を定期的にしたり、チームを一時解散することで、リーダーを含むメンバーがチームにいる期間を限定させることが必要です。その理由は、時が経つにつれて、チームがファミリー化して、煮詰まり(硬直化)、老いる(衰退)のを防ぐためです。個人の老いがあるのと同じように、チーム(集団)にも老いがあります。もっと言えば、集団にも、幼い時(小児期)、盛りの時(成人期)、そして老いの時(老年期)というそれぞれの発達段階を経る発達モデルがあります(グラフ)。小児期はピラミッド的、成人期はフラット的、そして老年期はファミリー的と言えそうです。リーダーシップがリーダーからメンバーへの影響力であるのに対して、フォロワーシップはフォロワー(メンバー)からリーダーへの影響力であると言えます。老年期のフォロワーシップの高まりは、一見チームワークが高まるように思われがちですが、実際は、メンバーのそれぞれのフォロワーシップがぶつかり合い、チームとしては収集がつかなくなり、チームワークを低めます。つまり、たとえその時にどんなにチームワークがうまくいっているように思えても、やがてチームの老い(老年期)が訪れることを予測し、チームを定期的に一新していくこと(変革のタイミング)が必要です。例えば、リーダーもメンバーも、3年から5年でチーム(職場)を順番に変えることです。先ほどの例の不仲な2人への限界設定は、構造化や客観化をしても改善が見られなければ、その時こそ2人が職場を移動する変革のタイミングであるということです。表6 フラット化のポイント例構造化リーダーがビジョンを具体的に示すメンバーがビジョンへの取り決めに納得する細かいことはメンバーの裁量に委ねる客観化トラブルが起きたらオープンにする客観的で具体的で理性的に伝える違う意見や反対意見、間違った質問をわざと言う役割をつくるリーダーを含むメンバーがお互いをチェックし評価する限界設定ビジョンが違えばチームを脱退するリーダーを含むメンバーがチームにいる期間を限定させる「ひとつなぎの秘宝(ワンピース)」とは?ワンピースは、かつての海賊王ゴールド・ロジャーが遺した「ひとつなぎの秘宝(ワンピース)」を探し求める冒険の旅物語です。最後にルフィたちが手に入れるその秘宝とは、冒険の先々で出会った仲間たちとの「つながり」でもあるような気がしてきます。また、ワンピースのストーリーでは、海賊王ゴールド・ロジャーは次の世代に夢を託していますし、子どもの時のルフィを救い左腕を失った赤髪のシャンクスはルフィに自分の麦わら帽子を託しています。つまり、その秘宝とは、描いた同じ未来(ビジョン)を託すことのできる次世代との「つながり」そのものでもあるような気がします。私たちも人生という冒険の旅の主人公です。人生の大きな部分を占める職場においても、このつながりを意識してこそ良い仕事ができます。ルフィから学ぶことは、より良いチームワークのためには、現在の自分の属する職場のあり方を見つめ直し、3つのチームモデルのどの要素を重視すればよいかを見極めていくことではないでしょうか。1)山口裕幸:チームワークの心理学、サイエンス社、2008年2)釘原直樹:グループ・ダイナミックス、有斐閣、2011年3)北村英哉・大坪康介:進化と感情から解き明かす社会心理学、有斐閣アルマ、2012年4)安田雪:ルフィの仲間力、アスコム、2011年5)安田雪:ルフィと白ひげ、アスコム、2012年5)富田英太、藤岡良亮:「ワンピース」はなぜ人の心をつかむのか、ベストブック、2011年

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“喫煙者の採用拒否”もアリな時代、タバコの適正価格はいくら?

大手リゾート、製薬、IT、広告代理店など“喫煙者は採用いたしません”と明言する企業が増えていること、ご存知ですか?映画やドラマの喫煙シーンも減らすべきだという声すら上がり、嫌煙モードは高まる一方の今のご時世。2010年10月以降大きく下がった喫煙率、喫煙への抑止力として働いたタバコ価格を医師はどう見ているのか?そもそも医師の喫煙率はどうなのか?「医師なのにタバコを吸うなんてもってのほか」「脳梗塞でも喫煙する患者に辟易」「もっと値上げしたら自分もやめられるかも」などなど、“タバコと喫煙者の負担”について言いたいことを吐き出していただきました!コメントはこちら結果概要60代以上の医師の約半数が禁煙に成功、30代以下の約8割は喫煙経験なし現在喫煙している人の割合は回答者全体で8.7%(国民全体では21.1%:JT実施「2012年全国たばこ喫煙者率調査」より)。世代別に見ると最も高い40代で10.2%、最も低い30代以下では6.6%であり、大幅な差は見られなかった。しかし喫煙経験の有無では大きく異なり、30代以下の約8割は喫煙経験自体がないのに対し、60代以上の約半数が『禁煙成功を経ての非喫煙者』という結果となった。「自分が吸っていては患者に対して説得力がないから」といった声が多く見られた。“喫煙者の負担増”6割が賛成、「明らかに悪影響を及ぼす疾患は医療費の負担率上げるべき」“喫煙は医療費増につながるため、喫煙者の保険料や医療費などの負担額を上げるべき”との考え方に対する賛否を尋ねたところ、全体の61.1%が賛成と回答。「理屈はわかるが実際の運用は困難では」との声がある一方で、「脳梗塞、COPD、心疾患ほか喫煙が悪影響を及ぼすとのエビデンスがある疾患は自己負担率増に」といった意見も複数寄せられた。医師の8割以上がいっそうの値上げ支持、過半数は“1,000円以上が適正”適正だと感じる一箱あたりの価格について尋ねたところ、最も多かった回答は『1,000~1,400円程度』で33.6%。次いで『1,500円以上』『800円程度(100%値上げ)』がそれぞれ19.5%となり「若年層が手を出しにくい価格にすることが大切」との意見が見られた。喫煙者でも3人に1人は値上げすべきと考えており、「いっそ1,000円以上になれば自分もやめられるのでは」といった声も挙がった。喫煙をめぐる環境、“全館禁煙”で院外にあふれる患者や職員に苦言、表現活動をめぐっては賛否が病院機能評価の項目に“全館禁煙の徹底”が含まれることもあって「敷地の一歩外の歩道上で入院患者が集団で喫煙し、かえって見苦しい」「職員が隠れて吸っている」など、病院周辺の喫煙状況を問題視する医師が多く、「病院こそ最も喫煙者の採用を拒否すべき職場だ」との声も挙がった。表現活動については「喫煙シーンは極力減らすべき」「映画などの規制はやり過ぎでは」と賛否が見られた。設問詳細タバコについてお尋ねします。JTが2013年5月に実施した「全国たばこ喫煙者率調査」によると、全国の喫煙者率は20.9%(前年比-0.2ポイント)、男女別では男性が32.2%(前年比-0.5ポイント)、女性は10.5%(前年比+0.1ポイント)という結果となりました。2010年10月の増税・定価改定による値上げ直後に比較すると減少傾向は緩やかになりつつあるものの、喫煙者の採用拒否を明言する企業も出てくるなど社会全体での嫌煙モードは高まっています。また政府は2012年6月に新たな「がん対策推進基本計画」を閣議決定し、2010年時点で19.5%の喫煙率を、2022年度までに12%に引き下げるとの考えを示しています。一方、禁煙運動を推進するNPO法人がアニメ映画内での喫煙シーンについて問題視した要望書を提出したことで議論が起こるなど、物理的環境の制限のみならず表現活動にも踏み込む向きについては、行き過ぎであるとして疑問視する声も挙がっています。そこで先生にお尋ねします。Q1.先生は喫煙されていますか。喫煙している以前喫煙していた喫煙したことがないQ2.「喫煙は医療費増につながっているため、喫煙者は保険料や医療費などの負担額を上げるべき」という考え方がありますが、いかがお考えですか。賛成反対どちらともいえないQ3.タバコの価格はどの程度が適正だとお考えになりますか。400円程度(現状維持)600円程度(50%値上げ)800円程度(100%値上げ)1,000~1,400円程度1,500円以上Q4.コメントをお願いします。2013年8月16日(金)実施有効回答数1,000件調査対象CareNet.com会員の医師コメント抜粋(一部割愛、簡略化しておりますことをご了承下さい)「禁煙の最も有効な手段の一つは、徐々にではなく急激なたばこ価格の上昇と思う。またJTによる健康被害に対する訴訟も必要だろう」(呼吸器内科,70代以上,男性)「ヨーロッパやオーストラリアと同程度にするべきです。特に医療関係者は無条件で禁煙にするべきです」(神経内科,40代,男性)「喫煙は百害あって一利なしであり、医療者が就職する際、喫煙習慣の有無をチェックし、喫煙習慣があるヒトに対して、一定期間での禁煙を課すべきと考えます」(小児科,50代,男性)「喫煙で得られるものは何もない。迷惑千万であり税金、医療費等、もっともっと高くするべき。タバコ吸って肺がんになって助けてと言われても助ける気にならないので、成人の診察は絶対したくない」(小児科,40代,男性)「生活保護を受けている心筋梗塞の患者さんに煙草をやめるように促したところ逆切れされました。その後まもなくその患者さんは脳梗塞を併発し、寝たきりとなりました。医療に対して真摯でない人に医療費が無料というのはいまだに納得できない状況です」(救急科,40代,男性)「喫煙者と非喫煙者の保険料負担は差があってしかるべきだと思います」(循環器内科,40代,男性)「血管障害の治療を受けている生活保護受給者が医師の禁煙指導に従わない場合、何らかの対策が必要と思われます」(脳神経外科,50代,男性)「大学入学後18歳から喫煙していたが、運動部で走りへの影響があり、20歳で禁煙。病院は敷地内禁煙だが、院長、副院長が喫煙者なため、職員の敷地内喫煙がしばしば見られ、禁煙対策が徹底していない。院長の喫煙の有無で敷地内禁煙の徹底が分かれてしまうように思う」(小児科,50代,男性)「循環器を専門としていますが、家族を持ってからは怖くて吸えなくなったというのが正直なところです。これが合法的なものであることすら疑問です。危険性を啓蒙することも必要ですが、ほとんどの喫煙者には現実的に受け止められないため、積極的に吸いたくても吸えない環境を整備してあげるべきです」(循環器内科,40代,男性)「根本的には、喫煙者の自覚と意志によるところが大きいとつくづく思います」(内科,50代,男性)「喫煙者の医療負担額を上げるのは,現実的には困難。たばこ税として徴収した中から医療費に回すべき」(血液内科,40代,男性)「自分自身は喫煙経験が全くないし、経営しているクリニックは全館禁煙で、職員も喫煙者は採用しない方針を採っているが、他人の喫煙にはとやかく言うつもりは無い」(精神科,40代,男性)「病院評価機構の認定基準?で、院内が全面禁煙となり(喫煙室も作れない)、入院患者がすぐ隣の公園や道ばたで座り込んで喫煙している状態が日常化しておりみっともない状態です」(小児科,30代,男性)「日本はまだ喫煙者に甘い。非喫煙者が過半数を超えた今、飲食店での全面禁煙等を早く導入すべき」(外科,40代,男性)「きちんと分煙されれば、吸おうが吸うまいが構いません」(小児科,40代,男性)「タバコは1本100円以上が適正価格。さらに自動販売機での販売を禁止すべき」(小児科,40代,男性)「たばこだけを悪者にするのは不公平。車の排気ガス、食品添加物、ファーストフード、甘い炭酸飲料など他にも色々あるでしょう」(麻酔科,50代,男性)「たばこが健康状況に悪影響があるとわかっていても禁煙できない医療関係者をみると、禁煙治療の難しさを感じる」(産婦人科,40代,女性)「少なくとも自身や家族の喫煙には絶対反対ですが、喫煙者の存在を否定するつもりはありません。飲食店などではもう少し厳密に禁煙スペースと喫煙スペースを区切ってもらえればと」(総合診療科,20代,男性)「喫煙は体に有害だとは思うが、喫煙者に肩身の狭い状況を次々と作っていくようなやり方は、ちょっとどうかと思う」(小児科,50代,男性)「若いうちは格好つけてタバコを吸っていました。40過ぎて、格好悪い、体に気をつけなければと思い止めました。患者さんにも『タバコは高校生が格好つけて吸うもの、この年になっても吸っているのは格好悪いでしょ』と指導しています」(脳神経外科,40代,男性)「医療関係者の喫煙はなくなるべきだと思いますが、職員の禁煙もなかなか進みません。生命保険料などに差をつけるのは賛成です」(内科,50代,男性)「私は職業柄、禁煙に成功したが、なかなかそうはいかない方も多いでしょう。人に迷惑をかける観点からすれば、酒のほうがよっぽど社会悪だと思います。あまり極端な締め付けは新たな問題を引き起こします。」(形成外科,40代,男性)「疾患の誘因になる上、においがつくので嫌いです。次回の値上げは、一本1円でもいいので、医療費に回してもらいたいです」(内科,50代,男性)「受動喫煙の問題もあるが、麻薬として禁止されていないのだから吸いたい人は吸えばよい」(内科,60代,男性)「子供の出生と同時に喫煙はやめました.さまざまな病気の発症(特に悪性疾患)との関連が指摘されており,抗癌剤治療等の高額医療を削減するためにはたばこの価格をもっと上げれば良いと思います」(消化器外科,50代,男性)「私も15年前に禁煙しましたが、禁煙までに苦労しました。たばこの値段を上げるのには賛成ですが、保険料や医療費まで上げることにはちょっと抵抗があります」(外科,60代,男性)「周りで吸われると臭くて汚いうえに受動喫煙による被害を被る。本人は癌やCOPDなどで医療費を食い、やめようとしても禁煙薬は保険適応となっており医療費を使う。タバコの価格は1箱5000円以上が適正」(内科,50代,男性)「喫煙者はたばこを吸う事が自他に亘って健康及び環境に対して害を与えることを十分理解しているのか調査して、理解していなければ十分啓蒙し、なおも喫煙を続けようというのなら、それ相応の対価を支払わせるのは至極当然のことと考える」(その他,50代,男性)「大人っぽく見せるために喫煙していたが、健康のため禁煙をした。それから葉タバコの臭いが大嫌いになりました。非喫煙者には大迷惑ということがよくわかった。また、排水溝のゴミにも吸い殻は大量に含まれその除去費用も、街の清掃業務にもたくさんの税金がかかっています。税金を高くするのは当然です」(整形外科,50代,男性)「健康被害や依存性が明らかな喫煙…、煙草の販売そのものをやめてほしいと思います(まあ、もろもろの事情で難しいのはわかりますが・・)」(内科,40代,女性)「症状は無かったが冠動脈に動脈硬化がわかり禁煙しました。肺がんは関係ないとの意見もありますが、口腔、食道がんやCOPDを考えると患者さんもしかり、周りの方もつらい思いをする。そのような不幸な方が少しでも減ればと思う」(整形外科,40代,男性)「禁煙外来を担当しておりますが、禁煙治療の保険適応に対する過剰な規制が気になります。ニコチン依存症の診断基準としてブリンクマン指数(1日喫煙本数×年数)があるため、若年者では診断基準を満たさず、最も対策が必要であろう中高生や20代の禁煙治療が保険で行えないことや、禁煙治療の期間が12週間と規定されており、それを過ぎると保険を使えないこと、入院患者に対しては禁煙治療を開始できないことなどです。こうした規制をはやく取り払って欲しいものです」(その他,30代,男性)「JTは『マナー問題』にすることでプロパガンダに成功している」(内科,40代,男性)「子供たちに健康上悪影響を与えるとの思いから禁煙したが、子供たちは喫煙しており、割り切れない思い」(その他,60代,男性)「20年前に禁煙した。診療所内は禁煙、患者さんにはやめるよう毎回指示している。1箱の値段が1000円を超えれば、喫煙者は相当減るのではないか」(内科,70代以上,男性)「健康政策で最も効果的なのは,喫煙者を減らすこと。しかも,徐々に(たばこ農家や零細なたばこ屋さんへの対策を行いながら)値段を上げるだけで良いのだから,極めて簡単。税収減を心配する意見もあるが,長期的には医療費削減効果が大きいので,むしろ国の収支は改善されるともされており,早急にたばこを値上げすべし」(内科,60代,男性)「喫煙に関連が深い疾病では、喫煙者の保険医療支払いを高くできないのか?」(皮膚科,50代,男性)「当院は禁煙外来をしており、病院評価も受けているため敷地内禁煙となっている。しかし、一歩敷地外では入院患者の喫煙光景がみられ敷地外に吸殻が捨てられていたり、中にはまだくすぶっている吸殻もみられ非常に危険。といって敷地外に吸い殻入れを置くのもおかしい。喫煙自体は勧められたことではないが、病院内すべてを禁煙にするのではなく空港ロビーのように換気扇のついた喫煙室の設置を義務付けてはいかがか?入院患者に禁煙していただきたいのは山々であるが100%禁煙なんて無理。厚労省の役人だってどこかで吸っているのでしょう!こんな馬鹿馬鹿しい規制はやめてほしい」(消化器内科,60代,男性)「喫煙が自分の体に良くないことは自覚した上での喫煙はやむをえないと思います。自分も以前していたので、気持ちはわかります。ただ周囲の人への受動喫煙は避けるべきと考え、喫煙場所を今後も限定していくべきと思います。禁煙できず状態が悪化した場合は、家族ともどもいっさい医療側に苦情を言わないことも条件と考えます」(脳神経外科,50代,男性)「喫煙は百害あって一利なし。わかった上でなお喫煙をやめない方は、喫煙が悪影響を及ぼすとエビデンスのある疾患に関しては医療費の全額自己負担が妥当と考えます。そもそも確実に体に悪いのだから法律で全面禁止にしたら良い。税収の減少は医療費の削減で相殺可能でしょう。また現時点で喫煙している方から特別税を徴取し、一時的な財源に充てればいいと思います」(臨床研修医,20代,男性)「可処分所得が少ない若年層が、タバコに手を出せない環境を作るのが大事」(泌尿器科,50代,男性)「喫煙はがんを増加させるだけでなく、動脈硬化を著しく促進してしまいます。高血圧症や腎疾患を診療している医師としては、病気を進行させないためなんとしても説得して禁煙して頂いております」(腎臓内科,50代,男性)「喫煙が医療費を上げるという説に根拠はあるのか。喫煙で寿命が短くなればその分医療費も減るのでは」(内科,50代,男性)「喘息の子たちが苦しそうにしてるのが見ていられないのに、平気で近くで吸う人たちが許せない」(小児科,40代,女性)「タバコの依存性を考えると麻薬よりもたちが悪い面もあると聞く。2,000円くらいでも吸うヒトはいると思うのでどんどん釣り上げればよいという立場です。自分はneversmokerです」(泌尿器科,30代,男性)「施設内全面禁煙ですが、屋外の建物の陰で医療従事者が喫煙しているところが病棟から丸見え。患者さんも雨のなかでも傘さして外で喫煙してます。どうしようもないかも…」(整形外科,50代,男性)「煙草ばかりやり玉にあげられていることに違和感をおぼえます。お酒についてももっと厳密な論議をすべき」(精神科,40代,男性)「嗜好品なので、社会保険料や医療費の負担額を上げるべきではないが、税金を増やすことはいいと思います」(内科,50代,女性)「当地の某県立病院内は全面禁煙。境界の歩道上で患者さんがたむろして喫煙しているのが早朝の風景。当然職員はそれを毎日見ているが改善されたとは思えない。嗜好であるから難しいし、モラルの問題になるのだと思う。価格を吊り上げれば多少の抑制はかかるかもしれないが、無くなることもないと考える」(産婦人科,50代,男性)「病院も全館禁煙にしたいところですが、職員の喫煙者も多くなかなか賛同が得られません」(精神科,40代,女性)「当院も敷地内禁煙のはずなんですが、タバコ臭い職員がいるんですよね。病院なんて喫煙者の採用拒否を一番にしていい職場だと思うんですが」(小児科,40代,男性)「喫煙者は保険料や医療費などの負担増であるなら、飲酒者、肥満者、高血圧者、糖尿病者、その他リスクを持つ全ての者に対して負担増を強いるべきである」(リハビリテーション科,40代,男性)「嗜好品が将来的な病気のリスクを高め、その病気を社会全体で支えることが非喫煙者の理解を得ているとは思えません。値上げのみで解決できる問題ではないが、抑止力の一つとして考慮されるべき。現時点での税収減少を心配するのではなく、若年人口が減少し社会的に高齢者を支えることが不十分になっている今だからこそ将来のことをきちんと考えるべき」(消化器外科,50代,男性)「缶コーヒー1本とタバコ1本と同等くらいがいいんじゃないかと思います。が、他国とつり合いがとれないくらいの価格だと、差益を狙った組織が暗躍するのではと危惧されます」(泌尿器科,40代,男性)「生活保護の母子家庭の母親に喫煙者が多い。値段を上げても、子供の特別手当や手帳からくる公費を使って買っているのが実情なので、喫煙が減るとは思えない。子供が犠牲になるだけ。また禁煙外来も、自己負担なしなのであまり成功していない。困っています」(小児科,60代,女性)「1000円以上でも止められない方は多いと思います。呼吸器内科部長がヘビースモーカーで、禁煙外来を行っていながら休憩時間には吸っていましたね。依存の問題は難しいです」(消化器内科,50代,女性)「喉頭がんになってもまだやめない人がいる。こんな人に医療費を使うのはどうかと思う」(消化器内科,50代,女性)「全てを吸い込むのなら(副流煙もなく、吐き出しもない)許さなくもない」(小児科,40代,男性)「全面的に煙草を違法なものとして禁止してもいいのでは?吸わない人間からするとただただ迷惑なだけ。タバコ以外の嗜好品もあるのだから、タバコがなくても生きていけないわけではない」(内科,40代,女性)「禁煙外来へ紹介しているが、成功率は半分くらいで、最終的には本人の意志による」(内科,40代,男性)「被ばくより発がんリスクが高いことをなぜ伝えないのでしょう?値段は段階的に1500円以上にすべき」(消化器外科,40代,男性)「ヒステリックに騒ぎ過ぎかと思います」(泌尿器科,40代,男性)「学位論文のストレスで一時喫煙したが、運動が身体的に明らかに辛かった為禁煙した。また喫煙依存者に肺気腫等が多く、高齢になって症状に苦しむ姿を多くみて禁煙を広めるべきと感じ、抑止力として高額化することはかなり有効と感じる」(外科,50代,女性)「禁煙外来はやってませんが、よく勧めます。やってみて成功する人は少ないし、それよりも他人事と思って問題視しない人の方が多いですね。タバコの値段を引き上げれば絶対喫煙者は減ります。あとは健康というよりは政治の問題と言うしかないでしょう。前回の値上げの時に、3倍の1000円にするべきでした。400円で喫煙者数の現状維持を成功させましたね!総務省・財務省の勝ちで厚労省はいつも負けますね。もし1000円になれば1/3が禁煙、1/3が減煙、値上げ分で税金、生産者・JTの減収分は確保されて、結果的には喫煙者が減り、タバコの弊害が減って医療費分は浮くのではと予測してましたが」(精神科,50代,男性)「購入することにちょっと躊躇するような値段にすべきです」(腎臓内科,40代,男性)「たばこは嫌いですが、法律で禁止されているわけでもないのに、ここまで喫煙者が差別されるのもおかしな話だと思います。完全分煙、医療費負担増で自己責任でよいと思います」(心臓血管外科,40代,男性)「禁煙して『吸えないストレス』から解放されて、とても楽になりました」(消化器内科,40代,男性)「喫煙による被害の啓蒙VTRを小学生の頃から奨励したり、基本的にたばこ会社を撤退させたらどうか」(循環器内科,40代,女性)「喫煙者があまりにも迫害されているような気がします」(整形外科,50代,男性)「今年の世界禁煙デーの標語で厚生労働省の弱腰が明らか。WHOは『Bantobaccoadvertising,promotionandsponsorship』(タバコの宣伝、販売促進活動、スポンサー活動を禁止しよう)、対して厚生労働省の標語は『たばこによる健康影響を正しく理解しよう』。日本政府は本当に禁煙を推進する覚悟があるのか!」(循環器内科,50代,男性)「わかっちゃいるけど・・・と思っている方も多いと思うので、もっと容易に禁煙外来にかかれる(例えば小児の様に公費負担にするとか)体制を作るべきと思う」(内科,70代以上,男性)「敷地内禁煙にしていても抜け道はいくらでもあり、当院でも受動喫煙対策にかなり悩まされています。生活保護費を受給している膀胱がん患者が、ぬけぬけとタバコがやめられないとおっしゃるのが許せません」(泌尿器科,40代,男性)「過度の禁煙押し付けでうつ状態になった患者を診察したことがある。喫煙をやめさせようとする余り他の病気を発症させては本末転倒では。また、低所得層・過酷勤務層ほど喫煙率が高いことがわかっている。単にたばこの価格を上げるだけでは低所得者層への逆進課税になってしまう。販売禁止のほうが理に適っているのではないか」(内科,40代,男性)「禁煙したいと以前から思っておりますが、無理でした。値段を上げることが喫煙者を減らす第一歩ではないかと思います」(腎臓内科,40代,男性)「自分は吸わないが、安定税収入のために国民をニコチン中毒にしておいて今更医療費抑制のためにタバコの価格を上げるのはおかしいと思う」(循環器内科,60代,男性)「禁煙をした医師として『禁煙支援外来』に携わっている。吸ったことのない先生よりは適切な指導が出来ると自負している」(循環器内科,60代,男性)「病院のみならず、人格形成に大きく関わる小中学校教員自身の禁煙を徹底させる。校内禁煙は当然であるが校門近くでたばこを吸っている、あるいは駐車場の車内で吸っている教師を児童が見かけたという話をよく聞く」(消化器外科,50代,男性)「25年前結婚を機に、一つぐらい体に良いことをと思いたばこをやめました。やめてから良いことばかりです。患者への教育のためにも、少なくとも医師が率先して禁煙すべき」(外科,50代,男性)「禁煙歴27年。患者さんに禁煙を勧める時に自分が吸っていたのでは迫力ないし、自分の体験を話しながら説明しやすい」(精神科,60代,男性)「19歳頃から60歳まで吸いました。診察中にCOPDの患者さんが多くおられ、それが怖くて禁煙し13年。医療費が掛かるからと値段を上げるのは賛成できませんが、COPD等で苦しまれていることを知らせることが必要と考えます」(外科,70代以上,男性)「実の父が脳梗塞を患い、それでもタバコを吸って、再アタックが起きて寝たきりになり、ぼろぼろになって行くのを目の当たりにして禁煙した」(内科,50代,男性)「『風立ちぬ』で喫煙シーンが多かったが、監督自身がヘビースモーカーなので作品の製作にあたり何も考慮しないと思われる。映画やドラマでも喫煙の場面を極力減らしてほしい」(消化器内科,50代,男性)「早く禁煙しなければと思いながらきっかけが持てずにいます。いっそ1000円以上になればやめると思う」(内科,40代,女性)「価格を上げることが一番禁煙に繋がる早道と思う」(内科,70代以上,男性)「(呼吸器学会など)専門医取得に禁煙証明が必要となるといった動きは非常に良いと思う。医師が率先して禁煙し、患者への啓蒙活動に取り組むべき」(糖尿病・代謝・内分泌内科,30代,女性)「精神科ではたばこを必要とする患者さんがいるのは事実ですが,そういう方は一部に減りました。禁煙ってできるんだなあという印象をもちました」(精神科,40代,女性)「高血圧・糖尿病・脂質異常症などの生活習慣病、心筋梗塞・脳梗塞・閉塞性動脈硬化症、悪性腫瘍、肺疾患などの病名での治療では、喫煙患者の医療費自己負担率を8割位に上げるのが、禁煙促進に有効と考えます」(心臓血管外科,60代,女性)「10年以上前から間接喫煙の弊害を病院管理者に訴えましたが何も聞いてもらえませんでした。病院機能評価などで世間体が気になって初めて対策が取られました。情けないの一言です」(小児科,50代,男性)「アニメや映画での自粛や規制はやりすぎ」(小児科,40代,男性)「患者さんから『たばこ臭い人(助手)がいてリハビリを受けたくない』と苦情あり」(整形外科,50代,男性)「400円への値上げを契機に喫煙を止めた。値上げが無ければ喫煙を続けていた。経済的な理由ではなかったけれど…」(内科,60代,男性)「自分自身もなかなかやめられず、患者さんにダメですという時に心が痛い」(循環器内科,20代,男性)「広く禁煙運動が叫ばれ始めた頃に職業柄模範を示す必要があると考え半年間くらいかけて禁煙に成功。1日6-7本程度で50年くらい続けたが、結構苦労した思いがある」(その他,70代以上,男性)「喫煙者の『他人には迷惑かけてない』という妄言にはウンザリ。健康保険から金を取り、火事の原因や受動喫煙、路上喫煙で小児に火傷など、他人に直接的にも迷惑をかけているのに。大幅値上げ、健康保険からの排除などすべき」(耳鼻咽喉科,40代,男性)「喫煙本数と疾患には明確な関係があります。価格を上げ若年者には手に入りにくいところ(例えば1箱10000円)まで値上げすべきでしょう」(呼吸器内科,50代,男性)「1本100円程度にして、喫煙でリスクの上がるがん治療にJTから寄付してもらう」(皮膚科,40代,男性)「禁煙の推進や分煙には賛成するが、喫煙者の人格や喫煙行為そのものを害とみなすようなスタンス(今回の『風立ちぬ』に対する日本禁煙学会の意見など)は、原理主義的で違和感を感じる」(小児科,30代,男性)「喫煙者の患者の声として、今度値上げするなら禁煙するという声が多い。小刻みな値上げより、思い切った値上げが効果的なのではと考える」(皮膚科,30代,女性)「生活環境の変化に伴い自然にやめました。表現については、じゃあ過去の映画やドラマ等放送しないのか?レンタル等しないのか?どこまでが許容されて、どこからが問題かは、製作者が判断することと思います」(呼吸器内科,20代,女性)「煙草による経済振興と経済的損失を適正に数値表示してもらえれば功罪がわかり易くなるでしょう」(内科,60代,男性)「15年くらい吸っていたが、家族のために健康でいなければという意識からニコチンガム発売をきっかけに19年前に禁煙しました。大掃除の時、壁をふくと雑巾が真っ黒になりこれだけのタールが体内に入っていたのかと驚いた記憶がある」(内科,50代,男性)「タバコについては税金が課されているが、喫煙による疾病の医療費をまかなうほどではない事も事実。その辺の矛盾も検討すべき」(外科,30代,男性)「若いときから自動的に喫煙を始めてしまった。これからの若い人には喫煙を始めないように勧めるべきだ。医師の喫煙者は多いと思う」(産婦人科,70代以上,男性)「敷地内での禁煙で喫煙出来なくなった職員や入院患者が病院の正門で喫煙している。敷地外なので積極的に注意出来ない状況。病院のイメージが悪化しないか心配。」(臨床研修医,20代,男性)「喫煙者は、自分が中毒患者であるということを自覚すべき。患者は健康な人と同じに生命保険に入ることが難しいのは、ほかの慢性的で治療困難な疾患と同じですので、容易に理解できるはず。たばこが原因ということが明らかな癌は、保険診療を受ける権利はないと思います」(腫瘍科,40代,女性)「喫煙が健康被害があることがはっきりしているのだから、たばこの価格を上げその分を医療費に回せばよいと思う。不満なら吸わなければいい」(呼吸器内科,30代,男性)「禁煙出来ない患者は大勢いるため、タバコの値段を上げる以外にも保険料や医療負担額を上げる等の措置が必要であると思われる」(腎臓内科,30代,男性)「日本の法律上「20歳以上が許可」されているが、20歳にもなって「さあ吸おうか」などという馬鹿なことを考える人はいないでしょう。未成年で吸い始める人がほとんどでは。そういう観点で言えば「喫煙者はすべからく違法」と言っても過言ではないのでは」(循環器内科,40代,男性)「小児アレルギーを専門としています。子供が喘息で加療しているにもかかわらず、禁煙しない父親、祖父がいて困っています。日本では受動喫煙の害に対する意識が乏しいと思います」(小児科,50代,女性)「医師である限り、解剖のときに見たあの喫煙者の肺所見を知っていながら、よく自分が喫煙する気になると思う」(皮膚科,60代,男性)「喫煙者の話を聴くと、値段が1,000円以上になればやめる、という人が多いので、それくらいには値上げしても良いと思う」(膠原病・リウマチ科,50代,女性)「たばこを吸う人が減って、医療費が抑制できたらいいと思っています。私の家族もスモーカーでしたが、全然やめてくれず、最終的に脳梗塞になりました」(小児科,40代,女性)「生活保護の患者さんにヘビースモーカーが多い。禁煙指導しても聞く耳を持たない」(精神科,50代,女性)「喫煙者の保険料や医療費を上げるという意見は、理解出来るが非現実的。喫煙者の定義が困難であるし、抵抗も大きいと予想される。それよりも喫煙者の医療費に見合うだけタバコを値上げすべきであり、そうすれば喫煙の抑制にもなる」(麻酔科,50代,男性)「耳鼻咽喉科医ですが、タバコ関連癌が多いことがこの科の癌の特徴の一つです。タバコは心疾患や肺疾患の原因でもあり、「タバコは百害あって一利なし」だと思います。タバコ農家にはお気の毒ですが、JTもずいぶんタバコ以外の製品に移行できたでしょうから、容易に購買できない価格にして、喫煙をやめる人を増やすようにしていただきたい」(耳鼻咽喉科,50代,男性)「禁煙外来をしています。禁煙中にあっても再喫煙をなってしまうきっかけのほとんどは、飲み会です。会場内禁煙でありさえすれば、再喫煙の誘惑に負けてしまう確率はきわめて低くなります。喫煙シーンなど刺激を避けることが不可欠となります。また、禁煙中のがんばっている患者さんの中には、街で見える所で売って欲しくないと言っています。また、今回の一連の騒動ですが、作者自身がヘビースモーカーであり、自身の喫煙環境を満たすため(日本の社会の禁煙推進に反対するため)、作品を通して、訴えている側面がとても感じられ、危険であると感じます。反対意見を言われる方は、タバコがいかに依存性があって、反社会的な薬物であるという事が認識されていないかと思われます。」(内科,50代,男性)「日本のタバコは安すぎます。海外ではタバコに『killyou』とまで書いてあり、その上、1000円くらいです」(泌尿器科,40代,男性)「自身が喫煙しており、依存症であると認識している。麻薬や覚醒剤のように、非合法なものとして取り扱ってくれればさすがに禁煙すると思う」(内科,30代,男性)「主人は結婚を機に禁煙しました。そのときにはかなり喫煙と健康被害についてレクチャーをしましたが…」(産婦人科,40代,女性)

59.

アビエイター【強迫性障害】

ハワード・ヒューズ―完璧主義の光と影この映画の舞台は、20世紀前半のアメリカ。黎明期の航空業界と全盛期のハリウッドを股にかけて活躍した実在の人物、ハワード・ヒューズの激動の半生が描かれています。彼は若くして、資産家の両親を失い、その莫大な遺産を受け継ぎ、航空工学の才能と情熱により、飛行機作りと映画作りに明け暮れ、時代のパイオニアとして大成功をおさめます。また、数々のハリウッドの美女たちと浮名を流し、世界一の富と名声をほしいままにします。そんなハワードを衝(つ)き動かすものは、生まれながらの完璧主義と執着心でした。しかし、同時に、それらは諸刃の剣として、彼を苦しめ、数多い奇行の逸話を残しました。社会的な成功者としての強さと心の闇を持つ者としての脆さ、この彼のギャップは、私たちの好奇心を大いに焚きつけます。今回は、この映画を通して、みなさんといっしょにハワード・ヒューズの光と影をメンタルヘルスの視点から探っていきましょう。強迫観念―完璧さを求める心の囚われハワードは若くして、製作した映画で大ヒットを飛ばし、また、自身の設計、操縦した飛行機により世界最速の記録を塗り替えます。さらに、世界一周を4日で成し遂げるという新記録も樹立して、華やかなハリウッドで一躍スポットライトを浴びるようになります。これらの偉業の原動力は、ものごとを何でも丁寧に几帳面にやろうとする彼の完璧主義の性格によるものでした。映画製作では、撮影に納得しないと、時には同じシーンを100テイク近くも撮り直し、編集作業では同じ映像を繰り返し確認し、膨大な時間を費やしています。飛行機製作では、機体の流線形の美しさや操縦かんの触り心地にこだわり続けます。しかし、完璧主義は職業的に生かされる一方、完璧さを求めるあまり、完璧じゃないと気が済まなくなり、本人も周りも苦しむことにもなります。ハワードは、心を許した恋人に打ち明けます。「時々、本当はありえないかもしれないおかしな考えに取り憑(つ)かれ」「正気を失うんじゃないかと怖くなる」と。彼は、自分の心の闇にうすうす気付いていたのでした。自分の性分のおかげで、社会的に成功して、世の中をコントロールできるようになってはいます。しかし、同時に、その性分が裏目に出てしまい、自分でバカバカしい(不合理)と思えることにまでこだわり、その考えに心を囚われ(侵入思考)、自分の心をうまくコントロールできなくなっていくのです。これは、まさに心に強く迫ってくる考えで、強迫観念と呼ばれます。強迫行為―バカバカしいと分かっているのに、やらずにはいられないパーティ会場で、ハワードがトイレで手を洗うシーンが印象的です。彼は、恋人が上層部の男のご機嫌とりをしてベタベタしている様子に苛立ち、トイレに駆け込みます。そして、念入りな手洗いが始まるのです。その後のトイレでの手洗いでのシーンでは、血が出るまでゴシゴシと手洗いを続けます。その痛々しさは、見ている私たちにも伝わってきます。彼に一体、何が起きているのでしょうか?実は、彼の完璧主義は、美しさから清潔さへの追求においても発揮されていました。彼は、ちょっとしたストレスをきっかけに、手の不潔さが気になってしまい、手洗いをしなければ気が済まないという強迫観念で頭の中がいっぱいになります。そして、ついには、手洗いを始めてしまい、止めたいと思いながらも完璧だと自分で納得し安心するまで手洗いを止められないのでした。もはやきれい好きの度を越しています。このように、バカバカしいと分かっているのに、やらずにはいられない行為、やめられない行為を、強迫行為と言います。特に、手洗いを繰り返す行為を洗浄強迫と呼びます。また、確認を繰り返す行為は確認強迫と呼びますが、彼の映画作りや飛行機作りでの度を越した執拗な確認癖は、これに当てはまるとも言えそうです。強迫性恐怖―心の囚われが不安を招くハワードは、飛行機の操縦かんをセロフィンで包んで、清潔にしようとしています。また、トイレでは、たまたま居合わせた体の不自由な男性が、タオルを取ってほしいと頼みますが、彼は「できないんだ」と申し訳なさそうに断っています。もちろん、出る時にトイレのドアノブも触れません。そんな彼が、最愛の恋人が口を付けた牛乳ビンをちょっとためらいながらも思い切って飲むシーンは、また印象的です。その後、恋人とうまくいかなくなり、社会的にピンチになるなどのストレスが引き金となって、症状が悪化していくことが分かりやすく描かれています。強迫観念はエスカレートしていくと、恐怖が募ってきます(強迫性恐怖)。不潔さに対しての強迫観念から不安が強まる場合は、特に不潔恐怖と言います。いわゆる潔癖症です。きれい好きは、裏を返せば、不潔恐怖になりうるのです。彼自身、やがては不潔さを気にするあまり、部屋から出られなくなっていきます。また、不完全さに対しての強迫観念から不安が強まる場合、不完全恐怖と言います。やり直し―完璧でなければ最初から全てをやり直すハワードの浮気が原因でその最愛の恋人が家を出て行った直後のシーン。彼は、自分の衣類が雑然と部屋に投げ出されている状況が際立って目に入ってしまい、不潔さや不完全さへの強迫性恐怖が一気に押し寄せてきます。そして、衝動的に家にあった衣類を全て燃やし始めます。最後には、自分が着ていた服までも燃やし、生まれたままの姿で棒立ちになるのでした。過去を脱ぎ捨て、リセットを望むかのように。これは、完璧でなければ最初から全てをやり直すという、やり直し(取り消し)と呼ばれる心理メカニズム(防衛機制)でもあります。彼の完璧主義の信念に通じるものでもあります。完璧さを求めるあまり、言い換えれば、不完全恐怖から逃れるために、完璧か無のどちらかでなければ気が済まなくなり、無にしてやり直すという強迫行為です。強迫儀式―自分の行動の儀式化その後、ハワードは、飛行機事故で体が不自由になり、ライバル会社に自分の会社を乗っ取られそうになるというプレッシャーもあいまって、ついに、部屋にこもって出られなくなります。そして、彼は、紙、髭、爪が伸び放題のまま、顔も体も洗わずに、素っ裸で延々と自分自身に訴えかけます。「最初から繰り返せ!」と。そして、自分の行動を決められた手順で正確に実行しようとします。まるで儀式を執り行うかのように、同じ言葉や動きを繰り返すのです。これは、強迫儀式と呼ばれます。さらに、この儀式が心の中の言葉やイメージを思い浮かべる行為にまで及ぶと、体の動きがゆっくりになっていきます(強迫性緩慢)。例えるなら、ギアが硬すぎて吹かされ続けている車のエンジンです。こうして、彼の本来の才能や情熱は、食事の用意の仕方やばい菌に触れない方法などの儀式の確立に注がれていったのでした。もともと彼は欲しいものは全てを手に入れられる立場にあり、自分にできないことはないという感覚(万能感)が強かっただけに、誰も彼を止めることができませんでした。だからこそ、病状も深刻化していったと考えられます。強迫性障害―強迫観念と強迫行為を主とする部屋ごもりが長くなるにつれて、ハワードはゴミをため込むようになります。彼の部屋には、彼がものに触れる時に使ったティッシュが山のように床に散乱しています。そして、なんと自分のおしっこを入れたビンを整列させて並べています(強迫的ため込み、強迫的保存症)。潔癖な性格のはずなのに、自分の出した垢、爪、ティッシュ、おしっこなどは大丈夫なのでした。もはや清潔かどうかの判断基準は、彼の思い込み(認知の歪み)によって大きく狂ってしまっていたのです。彼の苦悩と狂気が強烈に描かれているシーンです。これは、最近、社会問題にもなっている「ゴミ屋敷」の主人の収集癖にもつながってくる症状とも言えます。そのゴミに価値があるかどうかは本人の思い込みによるものが大きいようです。また、彼は言葉を繰り返して言ってしまい、止まらなくなる症状がいくつかのシーンで見られます。「青写真を見せろ」「ミルクをもって来い」「最初からやり直せ」「風邪をうつしたくない」「未来への道だ」などの言葉でした。相手や周りに変だと思われることは重々自覚しており、苦しそうに手で口を塞いでいます。このように、やってはいけないと思えば思うほど(禁断的思考)、やらずにはいられなくなる行為も強迫行為と言えます。以上を振り返ると、ハワード・ヒューズは、強迫観念と強迫行為を主として、強迫性恐怖、強迫儀式、強迫性緩慢、強迫的ため込み、禁断的思考などの多彩な症状も見られる、重度の強迫性障害を患っていたことが伺えます。原因(1)―思い通りの子ども時代それでは、ハワードはなぜ強迫性障害になってしまったのでしょうか?すでに、彼の完璧主義で潔癖な性格とストレスについて触れましたが、そもそもなぜ彼はこんな性格になったのでしょうか? ハワードの生い立ちを調べると、14歳で飛行訓練を受けるなど、彼はとても裕福な家庭で育ちました。しかも、11歳にして故郷ヒューストンで第1号となる無線放送セットを作り上げるなど、頭も抜群に良かったようです。幼少期の病気による聴覚障害を除くと、彼は一貫してもてはやされ、自分の思うままの子ども時代を過ごし、挫折などの失敗体験が少なすぎていました。これが、彼の完璧主義の性格を作り上げたようです。原因(2)―母親の言いつけさらに、母親の絶大な影響がありました。彼が幼少期に母親から言いつけられる記憶を思い出すシーンがあります。裸の自分が母親に体を洗われている場面です。母親から「か・く・り(隔離)・・・、分かるかしら?」「伝染病がどんなに恐ろしいかも知っている?」「あなたは安全じゃないのよ」と言い諭されています。ここから、母親自身が不潔なものに対して神経質で過保護であることが伺えます。実際の伝記にも、母親は学校の先生、ボーイスカウトの隊長、サマーキャンプの指導員に「病気の人に近付けないで」との内容の手紙を書いていたというエピソードが残っています。彼の周りも母親の訴えに気を使って、彼を見かけると、「具合は悪くないか?」と過剰に気にかけていたようです。このようにして、幼い頃から、母親を中心として周りが病気を予防しようと過剰にかかわること(弁別刺激)により、彼は清潔であれば褒められるということを学び(オペラント学習)、潔癖は良いことであるという考え方(認知)が、繰り返し刷り込まれていった(強化)のです。これが、彼の潔癖な性格を形作りました。そして、大人になったハワードが具合を悪くした時につぶやくのは、「か・く・り・だ(隔離だ)」でした。あの母親の言葉です。この言葉は、彼の生涯において根深く付きまとっていることが伺えます。まさに、彼の人生の本質的な部分です。この隔離とは、もともとはコレラなど伝染病の患者を隔離する意味がありますが、自分の感情や行動に実感が伴わなくなる心理メカニズム(防衛機制)である「(感情の)隔離」「分離」をほのめかしているようにも思えます。部屋にこもって強迫儀式や強迫性緩慢に陥っている彼は、まさに、心を囚われ、自分自身が「隔離」されてしまっているのでした。ちなみに、最近、ばい菌や臭いをイメージ化した過剰な徐菌や消臭のテレビコマーシャルをよく見かけます。この影響が子どもたちをハワードのような不潔恐怖だけでなく、口臭・腋臭などの自分の匂いへの恐怖(自己臭恐怖)を持つ神経質な大人へと駆り立てていくのではないかと心配になってしまいます。実際に、清潔すぎる環境で育った子どもたちは、異物に対しての免疫が過敏に働き(アレルギー)、喘息や花粉症になりやすくなると言われています。さらには、体のアレルギー反応だけでなく、心の「アレルギー反応」として、汚れたものや臭うものへの恐怖が高まってしまうということも考えられるわけです。原因(3)―遺伝的な傾向ヒトが完璧さを求める欲求にもっと根源的な理由はないでしょうか?完璧さとは、対称性、正確性、美意識であり、そこには秩序があります。この秩序の欲求は、どうやら、動物の縄張りを守る習性(縄張り行動)に由来し、脈々と私たちの遺伝子にもそれぞれ多かれ少なかれ受け継がれ、組み込まれているようです。ですので、この遺伝的な傾向が強いだけで、強迫性障害になりやすくなるとも言えます。つまり、ハワードの強迫性障害は、子ども時代の裕福さや母親などの周りのかかわり、成人後のストレス(環境因子)だけでなく、ヒトそれぞれが元来持っている遺伝的な傾向(個体因子)も絡み合った結果として、出来上がったのではないかということが考えられます。治療―薬物療法と認知行動療法部屋にこもっていたハワードでしたが、ライバル会社と手を組んでいる議員から汚職の疑いをかけられ、ついに強制的に公聴会に呼び出されます。彼が外出を決意した時、助けにやってきた恋人とのやり取りが興味深いです。彼女は言います。「さあ、ここ(洗面所)で顔を洗いなさい」「私はどこにも行かないわよ」と。「きみには清潔に見えるかい?」というハワードに、彼女は「何も清潔なものなんかないわよ」「でも私たちはベストを尽くすものよ」と言い、彼に顔を洗わせる後押しをします。これは、あえて恐怖の対称に曝(さら)されて逃げ出したくなる反応を妨害し、馴らしていく(馴化)という治療法でもあります(曝露反応妨害法)。すっきりした彼は、思わず言います。「結婚しないか?」と。うわての彼女は「私のためにやってくれたのね」と受け流します。好ましい行動に対して賞賛を与えており、この行動を強化しようとしています(オペラント強化技法)。かつて幼少期に強化された潔癖な考え方を拭い去り(学習解除)、不潔にこだわらないという新しい考え方に修正しようとしています。このように、もともとの不潔なものに対する思考パターン(認知パターン)、行動パターンを変えていく治療法をまとめて認知行動療法と呼びます。現在の強迫性障害の治療は、薬物療法とこの認知行動療法が主流です。シネマセラピーラストシーンでハワードは、ついに、世界最大の飛行機を完成させ、自らが操縦し、飛行を達成させます。この飛行機は、今でも最長の翼幅を持つ航空機として、記録を保持し続けています。しかし、映画では描かれていない晩年の彼は、強迫性障害を悪化させ、事故による痛みの治療で覚えてしまった麻薬を乱用してしまい、薬物依存症にもなっていました。彼は、全財産をなげうってまで、飛行機作りに全てを賭けていました。そこまでして彼が飛行機をこよなく愛したのは、飛ぶことで全てを超越し、心の安らぎが得られるからだったようです。彼は、アビエイター(飛行機操縦士)として、自分の飛行機を完璧に操縦することができました。しかし、皮肉にも、自分の心は、完璧さを求めるあまりに制御が利かない「自動操縦」になってしまい、生涯最後まで「手動操縦」をうまく行うことはできなかったのでした。ハワード・ヒューズの生き様と心の病気は、まさにコインの裏と表です。私たちは、ハワードから完璧さや潔癖さを求めることの危うさを教わることで、ほどよい心の操縦法を見出していくことができるのではないでしょうか?1)エキスパートによる強迫性障害(OCD)(星和書店) 上島国利2)標準精神医学(医学書院) 野村総一郎3)STEP精神科(海馬書房) 岸本年史4)“Howard Hughes: His life and Madness”5)Donald L. Barlett & James B. Steele

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告白(続)【ソーシャルサポート】

もうどうでもいい皆さんは、人間関係や仕事で追い詰められて、「もういっぱいいっぱい」という気分になったありませんか?そして、日々の生活が「もうどうでもいい」くらい煮詰まってしまったことはありませんか?そうなってしまう原因として、孤立していることがよくあります。今回は、この孤立の危うさをテーマに、映画「告白」の登場人物である少年B、少年Bの母親、そして少年Aのそれぞれの心の闇に迫ります。ストーリーの展開は、次々と変わる登場人物たちの視点によって、それぞれの抱える心の闇が見透かされ、ある事件の全体像が少しずつ浮き彫りになっていきます。そして、事件後、その心の闇が重なり合い、希望の「光」は見えなくなっていくのです。この心の闇の大きな原因は、孤立です。これから、この孤立の心理をみなさんといっしょに掘り下げていきたいと思います。そして、そこから、私たちの日常に生かせる心のあり方のヒントを探っていきたいと思います。少年Bの「心の闇」(1)原因―思春期の抱えきれないストレス因子登場人物の中学生の少年Bは、クラスメートの少年Aとの「遊び」から、追い詰められて、担任教師の森口先生の幼い娘を死なせてしまいます。警察に事故と判断されてしまいますが、その真相に辿りついた森口先生は、クラスメート全員のいる教室で明かします。そして、復讐として、少年Aと少年Bの飲んだ牛乳パックにHIVに感染した血液を注入していたことをみんなの前で告げたのでした。少年Bは、自分がエイズで死ぬこと、クラスのいじめのターゲットになること、殺人者として追及されることを恐れ、その後は、自室にこもり、不登校になり、「心の病」を発症するのでした。実際に、思春期の心は、とても危うさをはらんでいます。なぜなら、体と同じく、心も飛躍的に成長をしていく中で、心が過敏になり、不安定になりやすい時期でもあるからです。また、彼は、溺愛する母親によってあまり我慢をせずに「大切」に育てられたこともあり、彼の心はとても脆く弱いことも分かります(脆弱性)。彼の不安定な心は、いとも簡単に少年Aの挑発的な捨てゼリフによって、殺人へと駆り立てて行ってしまったのでした。そして、その後にふりかかるストレスに耐えられなくなるのでした。(2)症状―多様な広がりがあるしばらくして、少年Bのおかしな様子に、彼の母親は気付き心配します。「自分の触れたものや汚れたものは、絶対、私や夫に触れさせず、全て自分で洗い」「(便器を)磨き上げ(ている)」「そのくせ自分は髪も洗わず、風呂にも入らず」と(洗浄強迫)。一方、少年Bは「くさい」「でもこれが生きてる証」「この歯もこの髪もこの爪もこの臭いも」と自分が普通ではなくなっていくことに自覚がありません。そして、「僕が必死で」(HIVウイルスが母親に)感染しないようにって」「死なないようにって」と自分がHIVウイルスをまき散らしていると思い込んでいます(加害妄想)。また、少年Bは、新しい担任教師のウェルテルとクラスメートの美月が毎週お見舞いにやってくるたびに怯えます。そして、対応した母親に向かって「余計なこと、しゃべんなよ、このクソババア」と奇声を上げて荒れています。その理由を彼は心の中で語ります。「森口のせいだ」「森口が僕を殺そうと、家にスパイまで送り込んで」「なのに母さんはペラペラと森口の悪口なんか・・・」と(被害妄想)。やがて、「僕は生きてる?」「その実感が全然ない」と自問自答します(離人症)。そして、アルバムに写っている自分自身を見て、母親に問いかけます。「この子は誰?」「なんで笑ってるの?」と。もはや自分自身が分からなくなっています(解離)。そして、最後に、「ごめんなさい」「直くん(少年B)をちゃんと育ててあげられなくて」と漏らす母親が、「出来損ない」と自分をバカにした少年Aにすり替わって見えてしまい(幻覚)、さらなる事件を起こしてしまうのです。このように、少年Bの症状は、強迫、離人症、解離、幻覚妄想など多様に広がっていきます。(3)診断―どうすれば良かったか?原因が明らかな心理的なストレスであり(心因性)、症状が多様な形状であることから(多形性)、少年Bの診断としては、急性精神病(急性一過性精神病性障害)が当てはまります。ただ、ストーリーの展開では、3か月が経とうとしています。症状が、固定化、慢性化するようなら、統合失調症に診断が変更されます。少年Bがこのような心の失調を引き起こさないためには、どうすれば良かったのでしょうか?彼は、心理的なストレスによって追い詰められていました。そして、「エイズになる」「いじめられる」「殺人者として責められる」という葛藤を抱えたまま出口が見えずに、煮詰まっていました。この煮詰まりによる感情の高ぶりは、緊張感や恐怖感を煽り、様々な症状を引き起こします。感情が理性を上回り、自分自身を冷静に見ること(客観視)が難しくなっています。彼は、理性を取り戻すため、まず誰かに心の内を正直に打ち明け、感情を吐き出し、早く楽になるべきでした。その相手は、まずは母親であり、家族でした。さらには、スクールカウンセラーなどの社会的な支援です(ソーシャルサポート)。しかし、彼にそれをできなくさせたのは、実は、母親に「心の闇」があったからだったのです。そして、彼の孤立はますます深まっていったのでした。少年Bの母親の「心の闇」(1)完璧主義の二面性少年Bの母親は、家でいつも化粧をして、ブラウスを着て、身ぎれいにしています。立派な家の中はオシャレなインテリアを施し、庭には見事なバラを咲かせています。あまりにも完璧な専業主婦です。しかし、少年が事件を起こした時、母親は森口先生の目の前で、森口先生の死んだ娘に対してではなく息子に対して、「かわいそうに」と繰り返します。さらに、新任の教師ウェルテルの前で、「前の担任のあの方、シングルマザー」「自分の子どもばかりにかまけて」と森口先生をあからさまに非難します。そして、「何もかもがあの女(森口先生)のせいだ」「この子(息子)はただ悪い友達に騙されて手伝いをさせられただけなのに」と庇います。なぜ、少年Bの母親は、いとも簡単に人のせいにしてしまうことができるのでしょうか?実は、彼女の完璧さには、ひたむきさや一生懸命さなどの良さと同時に、危うさもあります。自分が完璧であるという自信は、裏を返せば、「自分のすることはいつも正しい」という傲慢で独りよがりな発想に陥りやすくなります。その心理によって、問題が起きた時は、いつも人のせいにするようになり(他罰性)、孤立していきます。完璧主義の二面性が見えてきます(表2)。表1 完璧主義の二面性危うさ良さ傲慢、独りよがり人のせいにする孤立、抱え込みやり直し自信ひたむき一生懸命几帳面、真面目(2)歪んだ母性―条件付きの愛情母親は少年Bに「直くんは良い子」「勉強だって運動だって」と言って聞かせてきました。彼女は、自分の子育ても完璧であるという自信に溢れ、完璧な母親であることにも喜びを感じていました。しかし、現実には、少年Bは、中学になり、成績が落ち込み、部活動でも冴えません。そして、母親は「あの子はやればできる子なんです」と言い、必死に他人にも自分にも言い聞かせるようになっていきます。少年Bは、「良い子」、つまり完璧な子でなければならないのです一方、少年Bは、母親のその期待に必死に応えてきました。しかし、「いっぱいいっぱい」の限界までに達しつつありました。そんな中、事件が起きたのでした。彼は、殺人というとんでもないことをして、その復讐を受けてエイズになった「悪い子」である自分はもはやこの家では生きていけない、つまりはこの時点で死を意味すると思い込んでいたのでした。実際に、最後に母親が言った「ごめん」「ちゃんと育ててあげられなくて」という言葉に、少年Bは異常なまでに敏感に反応してしまうのでした。本来、子どもは、「どんなことがあっても愛される」「守ってくれる」という無条件の愛情を感じ取り、母親を中心とする家族を絶対的な心の拠り所としているものです(安全基地)。ところが、少年Bには、「母親の思い通りの子になるなら愛される」「思い通りにならなければ愛されない」という条件付きの愛情として刷り込まれてしまい、心の拠り所が不安定なまま、とても脆く弱かったのでした(脆弱性)。(3)パーフェクトマザーの危うさ―孤立少年Bが、自分はもう死んでゾンビなったという妄想から、自分の感染した血液で街をゾンビ化させようとコンビニに行き、片っ端から品物に自分の血液を付けます。その事態を収拾させるため、母親は、「買い取りますから」と店員に土下座までしていました。母親は、決して病院にも警察にも助けを求めようとはしません。自分の日記に「夫は仕事でずっと家にいない」「長女は東京で大学生活だ」と記し、家族にも相談はしていません。彼女は、完璧であるはずの自分は弱いところを見せられないという心理からやせ我慢をして、豹変した少年Bを丸ごと抱え込み、ますます孤立していくのです。母親は、「この家には」「この子には私しかいない」「私が守るしか(ない)」と日記に記し、告白します。彼女にとって、家という空間が世界の全てであり、息子との関係が人間関係の全てにまでなってしまっていたのでした。そして、少年Bが母親に真実を漏らした時、彼女は、いとも簡単に「決心」してしまうのです(4)グッドイナフマザー ―ほど良い母親「直樹は、もう直樹じゃない」「優しかった直くんはもういない」「義彦さん(夫)、真理子(娘)、さようなら、そしてごめんなさい」「私は直樹を連れ、一足先に(天国へ行きます)」と、母親は最後まで自分の心情を細かく日記に書き記します。ここにも、彼女の几帳面さや真面目さという完璧主義が伝わってきます。彼女の注いだ紅茶が湯気を出しながらカップから溢れていく様子は、まさに「いっぱいいっぱい」を超えた心の様を象徴的に描いています。そして、包丁を持って、息子の部屋に向かうのでした。無理心中(拡大自殺)です。完璧を求める人は、完璧ではない状態に耐えられないのです。そして、完璧ではないなら、全てをやり直すそうとする心理メカニズムが働いてしまうのです(やり直し)。この母親は、自分の人生だけでなく、息子の人生も全てやり直そうと思い立っていたのでした。この母親にとって、子どもは自分の思い通りになる体の一部なのでした。完璧主義の人ほど、いざという時に脆く弱いことが分かります。この母親から学べることは、良すぎる母親、つまりはパーフェクトマザーの危うさです。そして、グッドイナッフマザー(ウィニコットによる)の大切さです。これは、ほど良い母親という意味です。ほど良い母親は、良すぎる母親とは違い、頑張りすぎないので、子どもを追い詰めず、ありのままに受け止めることができます(無条件の愛情)。また自分の限界をよく分かっているので、困ったら周りに助けを求めます(ソーシャルサポート)。この「ほど良さ」が、結果的に、子どもの心の健康にも良く、そして同時に母親自身の心の健康にも良いのです。少年Aの「心の闇」(1)「褒めてほしい」―承認欲求少年Aは、もともと成績優秀な大人しい生徒でした。そして、電子工学の知識と才能がありました。苦心の末に、「びっくり財布」という電流が流れる財布を発明し、その発明品を、彼としては珍しく好感を抱いていた森口先生に見てもらいたかったのです。しかし、それを試された森口先生は、「私を実験台にしたの」「こんなもの作って」「動物でも殺すつもり?」と呆れたように一方的にとがめてしまいます。実は、森口先生は、もともと、彼を「アブない子」という目で見てしまっていました(ラベリング)。その理由は、彼は、成績優秀である反面、川原で見つけた犬の死骸をわざと動物虐待に見せかけてインターネットに流すなど悪ぶる一面もあったからでした(露悪)。彼は、「そんなことしか言えないんだ」と言い、森口先生に失望します。そして、謎めいたことを言います。「パチン」「先生には聞こえない?」「大切なものが消えちゃう音」と。彼の言う「大切なもの」とは何なのでしょう?それは、「自分を褒めてほしい」、つまりは自分を認めてくれる「味方がほしい」という、彼なりの希望だったのでした(承認欲求)。そして、「消えちゃう音」とは、その希望が消える音、つまり期待が裏切られるショックの音なのでした。(2)味方が欲しい―安全基地の欠如どうして少年Aは、悪ぶるわりに味方がほしいのでしょうか?そして、どうして、いとも簡単に裏切られたというショックを受けてしまったのでしょうか? そのヒントは、その後、お付き合いを始めた美月に自分の生い立ちを打ち明けるシーンで見えてきます。「母親もいなくて、ずっと一人だったから」との告白です。彼の母親は、幼少期に彼の元を去っています。彼の父親は、その後に新しい妻と結婚し、新しい子どもをもうけ、彼は厄介者扱いをされてしまい、中学に入ると、離れた別の家での独り暮らしをしています。つまり、彼は、家族という心の拠り所となる感覚(安全基地)がもともと満たされていないのでした。その欲求不満な感覚から、安全基地となる新しい味方を不器用ながらも求めていたのでした。(3)大切にされていない―共感性欠如その後に、少年Aは自分の生い立ちをウェブサイトで告白します。「母は将来有望な電子工学の研究者」「その彼女が最低の凡人と結ばれ、生まれた子」「それが僕だ」「母は僕の母になるため、研究者としてのキャリアも輝かしい未来も捨てた」「でもすぐにそのことを後悔し、そうさせた僕も憎み」「あんたさえいなければ(と考え)」「母は再び研究者としての道を歩くことを決めた」「もちろん僕を捨てて」「その時、僕には聞こえた」「大切なものが消えてしまう音を」と。彼は、幼少期に母親が去るまで(喪失体験)、その母親から虐待を受けていたのでした。母親から溺愛された少年Bとは真逆の境遇です。彼には、「大切にされる」という体験がそもそもなかったのです。だから、自尊心も信頼感も育まれず、誰かを「大切にする」という人とのかかわりのお手本(ロールモデル)が身に付いていないのでした。相手をどう大切にしていいか分からず、さらには自分自身をどう大切にしていいかも分からないのでした。彼は、相手に全く感情移入できず、共感性は育まれていません(共感性欠如)。実際に、森口先生に事件の真相を問いただされた時、目の前いるのが、自分が殺したと思っている子の母親であることなど気にもしない様子で意気揚々と語っています。さらに、彼の低い自尊心から来るひねくれやひがみとして、悪ぶってもいます(露悪)。彼の寒々と荒涼とした心の様が生々しく描かれています。少年Aは、虐待などの不適切な養育環境により、対人関係を築く能力が育まれていない状態と言えます(反応性愛着障害)。自我(アイデンティティ)が目覚める思春期まで、彼の愛着の問題がはっきりとは気付かれていない理由として、彼が幼少期から知的に高かったことが上げられます。知的な高さにより、自我(アイデンティティ)が目覚めるまで「良い子」「大人しい子」として順応してしまっていたことが考えられます。(4)虐待による環境因子の影響が大きい―発達障害は否定的彼の感情移入しないこと(共感性欠如)は、「大切にされる」ことがなかったという虐待による環境因子の影響が大きいことが分かります。鑑別疾患となる発達障害に関しては、以下の3つの点で否定的です。1つ目は、小学校時代に人とのかかわり方に問題がないことです(社会性)。自分の発明品をクラスメートに見てもらい、感想を求めるなどのかかわりがあります。また、母親がいない寂しさや、母親に認められたいという欲求も強くあります。2つ目は、人との接し方がむしろ同年代よりも長けている点です(コミュニケーション)。少年Bに殺人計画を誘うシーンでは、プライドをくすぐる上手な言い方をしています。森口先生の娘に接するシーンでも、目線を子どもの位置まで下げ、子ども心を掴む言い回しをしていました。3つ目は、行動のパターン化やこだわりはありません(イマジネーション)。彼の電子工学への思い入れは、病的なこだわりではありません。美月を家に招きたい時、「ジュース飲む?」との遠回しな誘い方もできており、相手がどういうことを考えているかを見通し、どう言えば相手が喜ぶか、受け入れてくれるかもよく分かっています。(5)注目されたい―自己愛の肥大化その後、少年Aは、自分の発明品を発明コンクールに出品し、優秀賞を受賞します。彼は新聞で大々的に報道されることを期待していました。ところが、たまたま他に起きた大きな事件に掲載ページを奪われてしまい、腹を立てて言います。「いいことで褒められても誰も注目してくれないじゃん」と。そして、「褒めてもらいたい」から、「自分の才能を世間に認めさせたい」「誰よりも優秀な人間として注目されたい」という発想(自己愛)に肥大化していきます。それは、誰よりもまず、母親に自分の存在を気付いてもらう、母親に認めてもらうためでした。彼は、本当に褒めてほしい人、つまり自分の味方になる人は、自分の母親だけだという自分自身の一途な思いにすでに気付いていました。彼は回想します。かつて母親が、「あなたには、ママと同じ血が流れているの」「ママと同じ才能を受け継いでいるのよ」と繰り返し吹き込む場面です。この記憶こそが、彼にとって、どんなことでも自分の能力が世間に注目されることが、母親の目を自分に向けさせることになるという発想の原点になっています。だからこそ、彼は、「バカ」という言葉をよく使っています。「バカ中のバカ(少年B)」「君(少年B)は他のバカたち(クラスメートたち)とは違う」「バカ(父親)はバカ(義母)と結ばれる」などです。どの言葉を選ぶかによって、その人の価値観、さらには葛藤が透けて見えてきます。裏を返せば、「バカ」という言葉は、才能ある母親に認められずに捨てられたという彼自身の引け目や劣等感でもあり、彼の心の様を映し出しているとも言えそうです(投影)。(6)「殺す相手は誰でもいい」―認知の歪み「(自分の発明品で)全国大会で優秀賞を受賞した」「こんなんじゃ世間は少しも騒がない」「誰も」「母だって気付いてくれない」「もっと大きく、全マスコミが取り扱うすごい事件、殺人」「母の血を受け継いだからこそできる、そんな才能を生かした殺人」「殺す相手は誰でもいい」と考え、彼は暴走しました。また、自分がHIVに感染し、エイズという「死に至る病」になると思った時、心の底から喜んだのでした。彼は、殺人により有名になることで、または自分が死にそうになることで、母親に自分の存在に気付いてもらえる、母に会えるチャンスだと思っているのでした。彼は知的に高いのですが、ものごとのとらえ方がとても病的に偏っていることが分かります(認知の歪み)。その理由は、彼が大切にされてこなかった生い立ちから、「大切にされる」「大切にする」という感覚がもともとないので、人の命も自分の命も、彼にとってはとても「軽い」のでした。それでは、彼は、なぜ母親をこれほどまでに美化し(理想化)、父親をこき下ろすのでしょうか?彼は、母親が自分を虐待していたことを淡々と語ります。そこには、恨みつらみはなどありません。一方、それなりに責任を果たした父親には冷淡です。この心理は、彼は、電子工学の才能というアイデンティティに目覚める中、才能ある人のモデル、才能ある自分を肯定するモデルがどうしても必要だったのです(ロールモデル)。そして、かつて自分を捨てた母親を理想化し、自分の生き方を重ね合わせることで、一体化したかったのです(同一化)。こうして、理想化した母親像が、彼の唯一の支えになっています。だからこそ、この母親と別れた父親は、悪者になるわけです。しかし、同時に、彼は、いつか母親と感動の再会をするという心の支えが自分のファンタジーであるかもしれないということにもうすうす気付いています。だからこそ、実際に、彼は母親に会いに行くことにとても躊躇しているのでした。(7)「ただの暇つぶし」―刹那主義HIVが陰性であるという検査結果を知り、彼はがっかりします。「それからはもうただの暇つぶし」「笑顔とか涙とかあれもこれも全て生きてるのも」「ただのくだらない暇つぶし」と語り、「おまえなんかただの暇つぶし」と美月への思いも薄っぺらさをにじませます。その後、美月に「あんたなんかただの」「マザコン」と挑発されたことで、あっさり美月を殺めてしまうのでした。そして、さらに、母親に実際に会いに行ったところ、母親が上司の教授とできちゃった婚をしている事実を知り(直面化)、自分はとっくに忘れ去られていたと思い込みます。そして、自爆による無差別殺人の計画を立てるのでした。やはり、彼には相手も自分も大切にするという感覚がなく、その場限りで生きてしまうのでした(刹那主義)。彼は、幼少期から「愛されている」「幸せである」という経験をしてきていないため、これから「誰かを愛していこう」「幸せになろう」という前向きで積極的な発想自体が全く出てこないのでした。(8)治療―どうすれば良かったか?少年Aが、森口先生の娘を死なせないためには、どうすれば良かったのでしょうか?もうすでに手遅れであったかもしれません。ただ、仮にできることとして考えたいことは、彼が最初に発明品を森口先生に見せた時点で、森口先生が彼の才能を褒めることができたとしたら?さらに、発明コンクールの入選が新聞で大々的に報道され、母親の目にも止まったら?そして、母親と早い段階で会えることができたら?彼の最も危うい点は、孤立です。美月がかかわりを持とうとしましたが、やはり手遅れでした。孤立が続けば、ますます共感性は育まれなくなります。さらには、自分が満たされてこなかった人ほど、人が満たされている状況、つまり人の幸せを素直に喜べないことが分かります。ラストシーンで、姿を現した森口先生が少年Aに「これが私の復讐です」「本当の地獄」「ここから、あなたの更生の第一歩が始まるんです」と言い諭します。自分の作った爆弾で母親を死なせてしまったと少年Aは思い込んでいますが、本当に爆弾は爆発したのでしょうか?そのシーンで、森口先生は、少年Aの母親に会ったこと、少年Aを忘れていないという母親の思いを聞き出したことを彼に伝えています。爆発していない方が、「大切なもの」がまだあるというありがたみを彼がより強く感じ、さらには、彼はこれから母親に「大切にされる」可能性があるという含みを持たせています。原作とは違い、救いを少し残しています。彼は、自分も他人も命は大切にすることに気付くかもしれません。その時こそ、彼は心の底から自分のやってしまったことを償うことの大切さに気付くかもしれません。現代の少年犯罪も、彼らが満たされていない家庭環境であればあるほど、彼らの更生が危惧されます。なぜなら、彼らにとって、他人の幸せ自体が、屈辱や殺意を煽ってしまう可能性があるからです。これは、「殺すのは誰でも良かった」という無差別殺人の病理にも重なっていきます。その根っこには、自分もいつ死んでもいいという刹那主義があることが多いのです。ここから、非行少年の更生でまず大切なことが、彼らの安定した生活環境の保証であり、彼らを孤立させない社会的な介入であることがよく分かります(ソーシャルサッポート)。私たちが登場人物たちから学ぶこと―孤立の危うさ裕子先生は復讐の鬼となり、周りを巻き込んでいきます。全てを失ってしまった森口先生と、失うものが何もない少年Aは、心の荒みと心の危うさはよく似ています。見ている私たちの息詰まる閉塞感は、それぞれの登場人物の告白によって、徐々にガス抜きされていきました。そして、ラストシーンの森口先生の「ドッカーン」という大声は、この閉じた世界が一気に開放されていく感覚になります。この爆発音は、高まった感情の行き着くところを象徴しているようです。彼らの教室から醸し出される不気味で生々しい閉塞感により、周りの意見を鵜呑みにして、いつも周りに合わせる心理も危ういです(同調)。しかし、全く誰にも相談せず、人の意見に耳を傾けず、独りよがりになって追い込まれていく孤立の心理は、もっと危ういことが分かります。私たちが登場人物たちから学び取り、努めていくことは、助けを求められやすいオープンな場、つまりは社会のあり方ではないでしょうか?そして同時に、助けを求めることができるオープンな心のあり方ではないでしょうか?表2 登場人物のそれぞれの孤立の原因、結果、改善策少年B少年Bの母親少年A原因溺愛による不安定な心(脆弱性)→森口先生の娘の殺人「良い子」である義務感自分がエイズで死ぬ恐怖いじめのターゲットになる恐怖殺人者として追及される恐怖完璧主義息子の精神障害の発症虐待などの不適切な養育環境→対人関係を築く能力が育まれていない結果精神障害の発症無理心中(拡大自殺)未遂森口先生の娘の殺人未遂美月の殺人自爆による無差別殺人未遂改善策父親などの家族にも打ち明けるスクールカウンセラーなどの社会的な支援ほど良い加減を目指す夫などの家族にも相談する早期の社会的な介入早期の母親との再会本人を認めていくかかわり1)「告白」(双葉文庫) 湊かなえ2)「死刑でいいです」(共同通信社) 池谷孝司3)「愛着障害」(光文社新書) 岡田尊司4)「子ども虐待という第四の発達障害」(学研) 杉山登志郎

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