サイト内検索|page:4

検索結果 合計:217件 表示位置:61 - 80

61.

アドヒアランス改善による意識障害が生じたため薬剤を徹底見直し【うまくいく!処方提案プラクティス】第50回

 今回は、服薬アドヒアランスが改善したら治療効果が過剰に現れて意識障害を起こした事例を紹介します。薬剤師のさまざまな工夫や手法によってアドヒアランスが改善することは喜ばしいことですが、急激な変化が生じることもあるため、あらかじめ変化を予測して治療計画を立てておくことが重要です。患者情報88歳、男性(自宅で妻と2人暮らし)基礎疾患陳旧性脳梗塞(発症様式不明)、認知症、糖尿病、高血圧症 服薬管理妻身体所見身長161.5cm、体重54.7kg介入前の検査所見HbA1c 7.0、HDL 47mg/dL、LDL 83mg/dL、AST 19、ALT 23、Scr 1.03mg/dL、推算CCr 38.5mL/min処方内容1.チクロピジン錠100mg 2錠 分2 朝夕食後2.アログリプチン錠25mg 1錠 分1 朝食後3.カンデサルタン錠12mg 1錠 分1 昼食後4.ニフェジピン徐放(24時間持続)錠20mg 2錠 分2 朝夕食後5.グリメピリド錠1mg 1錠 分1 朝食後6.ボグリボースOD錠0.2mg 3錠 分3 毎食直前本症例のポイントこの患者さんの服薬管理は奥様が行っていましたが、PTPシートのままの管理で、かつ、服薬タイミングが複数回あることから飲み忘れが多かったため、訪問医の紹介で薬局が在宅訪問することになりました。訪問介入前の血圧は140〜160/80〜100と高めを推移していました。初回訪問時に飲み忘れや残薬を確認したところ、食直前や昼・夜の薬がとくに服用できておらず、少なくとも3ヵ月分の余剰があることがわかりました。そこで、奥様と医師に一包化管理の承認を取り、その日から始めることになりました。訪問介入開始後のフォローアップでは、血圧が110~120/60~70、心拍数が70台となりました。しかし、1ヵ月が経過したころに奥様より「夫の話のつじつまが合わない。そわそわしていて顔色も悪い。食事は元気がないこともあって、これまでの30~40%程度しか食べない。昼以降はうとうと寝ていることが多い。最近怒りっぽくなって常にイライラしている」と相談がありました。その日のバイタルを確認すると、血圧が170/100と高く、心拍数も95と頻脈になっていました。上腕は汗ばんでいて、衣服も汗で湿っているような感じがしました。また、最近になって便秘が出現し、お腹が張って不機嫌なのではないかという話も聴取しました。これらの追加情報から、下記のことを考察しました。(1)低血糖出現の可能性症状やその発現タイミングから、服薬アドヒアランスが改善して、これまで飲めていなかった薬の治療効果よりも副作用が強く現れたのではないかと考えました。一番懸念したことは、元々腎機能も悪く、HbA1cが高齢者の目標値の下限である7.01)であったことから、SU薬のグリメピリド錠が過度に作用して低血糖に陥っている可能性です。低血糖によるカテコラミン分泌上昇から、頻呼吸はないものの血圧上昇や頻脈、焦燥感、興奮、日中活動低下(ブドウ糖低下)に至っている恐れもあります2)。(2)食事量低下とボグリボースによる便秘発現の可能性便秘の発現については、低血糖によって食事量が低下したことで腸管蠕動が低下した可能性と、α-グルコシダーゼ阻害薬のボグリボース錠の服薬徹底により代表的な副作用でもある便秘が生じた可能性を考えました。(3)現状の服薬管理に合わせた薬剤の選定・見直しの必要性一包化管理を開始してから服薬アドヒアランスが安定しているため、服薬タイミングをシンプルに整理して、治療負担となっている薬剤の中止・減量を提案する必要があると考えました。とくに1日3回の食直前薬であるボグリボース錠は本人の服薬負担だけでなく、奥様の介護負担増加にも繋ります。血圧推移も安定してきたことから、降圧薬を減らすことも可能と考えました。処方提案と経過医師に電話で状況を報告したところ、臨時往診することになりました。診療中に医師より「低血糖症状が出現しているため治療薬を調整しようと思うが、考えがあれば教えてください」と聞かれたため、上記1~2より、グリメピリド錠は低血糖を起こしてることから中止、また便秘に影響している懸念からボグリボース錠の中止も提案しました。医師からは、今回採血もしているので次回の訪問診療まで経口血糖降下薬はすべて中止する旨の返答がありました。また、今回のことをきっかけにチクロピジン錠はクロピドグレル錠50mg 1錠 朝食後に変更となりました。昼のカンデサルタン錠は中止となり、ニフェジピン24時間持続徐放錠は40mg 1錠 朝食後に変更となりました。1週間後のフォローアップでは、食事量は50%程度であるものの活気が出てきていて、血圧は120~130/70~80台で推移していました。血色不良やイライラしていた様子、日中の傾眠もなく、デイサービスの利用ができるところまで回復しました。臨時往診時の採血結果では、HbA1cは5.5、空腹時血糖は60台まで低下していましたが、その後のHbA1cは6.0台で留まっており、経口血糖降下薬は再開せずに生活しています。1)日本糖尿病学会編著. 糖尿病治療ガイド2022-2023.文光堂;2018.2)岸田直樹著・監修. 薬学管理に活かす臨床推論.日経BP;2019.

62.

この患者紹介は常識?非常識?【紹介状の傾向と対策】第1回

より良い患者紹介とは―患者紹介を深く考える現代医療は1つの医療機関のみで完結することがほとんどありません。患者を高次医療機関に紹介することもあれば、逆紹介されることもあります。また、院内でも他科に診療を依頼することもあれば、されることもあります。皆さまもご経験のとおり、臨床現場では、紹介状のやり取りを筆頭に、患者紹介に関する困り事やストレスを感じる場面は少なくありません。また、大学で私たちが受けた医学教育には、患者紹介のエチケットやマナー、診療情報提供書(以下、紹介状)の書き方などの実務的な講義はありませんでした。私が知る限り、患者紹介に関するルールやガイドラインも存在しません。そのためか、紹介状の質は非常に不均一だと感じています。しかし、患者紹介の仕方をルールやガイドラインで縛ることは、業務の柔軟性を損ないかねません。出来る限り、現場医師の自主努力に任されるのが理想だと考えていますが、最低限の患者紹介のエチケット・マナーに対し共通の認識を持つべきではないでしょうか。医師の7割が不満を抱えている、その理由は…本連載では患者紹介に関する医師同士のやり取り、診療科間の患者紹介をより円滑にするための方法を模索します。筆者が考える良い患者紹介とは、「最低限、紹介先の医師を困らせない」ことだと考えています。医師同士のやり取りの不調和は、最終的に患者さんの不利益につながります。そのためこの連載では患者を紹介するにあたり「すべきこと」「すべきでないこと」「留意すべきこと」をご提案していきたいと思います。第1回はその前段階として、勤務医、開業医の双方が各診療科の立場で何に困り、何にストレスを感じているか、現状を共有します。2022年2月にケアネットが「紹介状で困っていること」についてアンケートを実施しました。このアンケートには多くのフリーコメントが寄せられたので、その一部のコメントを見てみましょう。 「勤務医が感じる開業医への不満」併存疾患が多い患者は内科に丸投げ紹介先の診療科が不適切時間外・休日前の夕方ギリギリの紹介開業医の診療時間が過ぎると問い合わせても電話に出ない患者の言いなりで紹介してくる紹介についての患者説明と同意が不十分名刺に依頼を書く前医と患者間に生じたトラブルの情報を伝えない悪い情報を伏せている培養検体を取らず抗菌薬を開始してから患者を送ってくる処方理由が不明で問い合わせても不明のまま「開業医の勤務医への不満」必要な情報が記載されていない当該臓器以外の情報がない診断結果が分からない返信が遅い画像・採血データが添付されていない何も解決なく返される紹介の意図が不明患者への説明と紹介状の内容が食い違う抗血小板薬の継続期間の指示がない添付された画像を読み出せない<アンケート概要>内容  紹介状のやり取りで開業医/勤務医それぞれが困っていること、良かったと感じたことを調査実施日 2022年2月24日(木)調査方法インターネット対象  30代以上の会員医師 1,000人(開業医:500人、勤務医:500人)次回、具体的にどのような患者紹介をすればよいか、どのように紹介状を記載していけばよいか、考えていきたいと思います。

63.

輸血してもヘモグロビンが低下!DHTRの可能性は?【知って得する!?医療略語】第17回

第17回 輸血してもヘモグロビンが低下!DHTRの可能性は?輸血後、数日してから副作用が起きることがあるんですか?遅発性の副作用があり、今回はその1つであるDHTRを見てみましょう≪医療略語アプリ「ポケットブレイン」より≫【略語】DHTR【日本語】遅発性溶血性輸血副作用【英字】Delayed Hemolytic Transfusion Reaction【分野】輸血関連【診療科】全診療科【関連】急性溶血性輸血副作用AHTR(Acute Hemolytic Transfusion Reaction)実際のアプリの検索画面はこちら※「ポケットブレイン」は医療略語を読み解くためのもので、略語の使用を促すものではありません。貧血患者さんに赤血球輸血をしても、思うようにヘモグロビン濃度が上昇しないばかりか、むしろ低下する場合があります。こんな時、筆者は輸血の原因が出血疾患であれば、出血の持続、大量輸液による血液希釈、輸血量の相対的不足を考えがちです。しかし、輸血をしてもヘモグロビンが上昇しない、あるいは低下する時には、「遅発性溶血性輸血副作用(DHTR:delayed hemolytic transfusion reaction)」の可能性を想起する必要があります。DHTRは発熱や貧血、溶血所見を来すとされますが、輸血後24時間以降に発症するため、患者さんの症状や検査所見と輸血イベントの関連性に気が付き難い可能性があります。臨床現場では採血手技的に伴う「溶血」に遭遇することは多々あり、輸血を要する患者さんが感染症などを合併し、発熱することも日常茶飯事です。むしろ感染症や慢性炎症のために消耗性貧血を来し、赤血球輸血をすることも多々あります。このため、輸血して数日経ってから生じる「溶血」や「発熱」と聞いても、輸血副作用を連想することが難しいのではないかと想像します。そんな見逃されやすい要素を持つDHTRですが、2013年に前川氏が「輸血療法とその副作用―見逃されている臨床病態」として取り挙げていたので、共有したいと思います。遅発性溶血性輸血副作用DHTR : delayed hemolytic transfusion reaction【概略】輸血の遅発性副作用の1つ輸血後24時間以降に生じる輸血の溶血性副作用ほとんどは2度目以降の輸血で発症(初回輸血例は稀)【病態】過去に輸血や妊娠で赤血球に対する同種抗体を産生した既往(感作)がある場合、対応抗原陽性の赤血球が輸血されると、抗原刺激によりメモリーB細胞が数日で抗赤血球抗体を急速産生する(二次免疫反応)。この抗体と赤血球が反応し溶血反応が起きる。溶血は主に血管外溶血(まれに血管内溶血)。なお、一次免疫応答による溶血が起きるケースが稀にあり、この場合は輸血後10~20日に発症するとされる。【頻度】輸血5,000~1万回に1回【発症】輸血後24時間以降(典型例は輸血後3~14日)【症状】発熱・黄疸・悪寒・倦怠感・血尿(血色素尿)・掻痒感【検査】貧血(ヘモグロビン濃度低下)・球状赤血球・総ビリルビン上昇・LDH上昇【予後】軽度な溶血例~死亡例まであり【補足】過去の輸血や妊娠による同種抗体は、年月が経つと測定感度以下に低下することがあり、この場合は不規則抗体検査や交差適合試験では同種抗体は検出できないことがある。このためDHTRを完全防止するのは難しいとされる。1)前川 平. 日内会誌. 2013;102:2433-2439.2)前川 平ほか.臨床血液. 2008;22:1306-1314.3)澤部 孝昭ほか. 日本輸血学会雑誌. 1993;39:974-978.4)安全な輸血療法ガイド5)日本輸血・細胞治療学会 輸血療法委員会 輸血副作用対応ガイド6)日本赤十字社HP 医薬品情報-溶血性副作用7)小林航太ほか. 仙台市立病院誌2017;37.39-42.

64.

利尿薬の処方カスケードを発見し、高尿酸血症薬の中止を提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第49回

 今回は、処方カスケードを起こしやすい薬剤の代表である利尿薬と高尿酸血症治療薬に関する提案です。処方カスケードを発見するには処方順序や経緯を知ることが重要です。薬歴に処方開始の理由やその後のフォロー内容をまとめておくことで、処方カスケードを食い止めるきっかけになります。患者情報90歳、男性(施設入居)基礎疾患左放線冠脳梗塞、認知症、高血圧服薬管理施設職員処方内容1.オルメサルタンメドキソミル・アゼルニジピン配合錠HD 1錠 朝食後2.クロピドグレル錠50mg 1錠 朝食後3.ラベプラゾール錠10mg 1錠 朝食後4.アトルバスタチン錠10mg 1錠 朝食後5.フェブキソスタット錠10mg 1錠 朝食後本症例のポイントこの患者さんは脳梗塞の既往があるものの、施設内独歩が可能で、排泄や食事も自立していて、ADLは良好でした。血圧の推移は130〜140/70〜80であり、現行の治療薬で安定していました。高尿酸血症治療薬を服用していますが、痛風発作の既往はありません。代理で訪問診療に同行することになったため、担当薬剤師の薬歴を確認したところ、「OP:尿酸値のフォロー、過去にアゾセミド服用」とありました。記録をさかのぼって確認すると、過去に下腿浮腫のためアゾセミド錠30mgを服用していたことがわかりました。その1ヵ月後の血液検査では尿酸値:11.3mg/dLと高値であったことから、フェブキソスタット10mgが追加されていました。その2週間後には下腿浮腫は消失したため、アゾセミドは中止となっていました。<薬歴から考察したこと>(1)アゾセミドによる尿酸値上昇→フェブキソスタット追加アゾセミドなどのループ利尿薬は、尿酸と同じトランスポーターを競合的に阻害するため、尿酸排泄が低下したと考えられる。利尿作用により腎糸球体ろ過量が減少し、尿酸排泄が低下した可能性もある1)。これらの作用により尿酸値が上昇し、フェブキソスタットが追加されたのではないか。(2)アゾセミド中止後の高尿酸血症の治療評価が必要今回の尿酸値上昇は、原発の高尿酸血症の可能性は低く、アゾセミドによる二次性の高尿酸血症と考察した。そのためアゾセミド中止後の尿酸値のフォローは重要であり、純粋なフェブキソスタットの治療評価とはせずに、継続の必要性を検討する必要がある。以上のことから、高尿酸血症の治療評価を医師に直接提案することとしました。処方提案と経過医師に、上記の(1)(2)の考察を共有し、都合のよいタイミングで採血を行って高尿酸血症の治療評価ができないか相談しました。ちょうど定期採血のタイミングであったことから、すぐに尿酸値や腎機能を評価することとなりました。2週間後の診療で共有された血液検査の結果は、尿酸値:3.6mg/dL、Scr:0.89mg/dL、BUN:17.5mg/dLであり、フェブキソスタットは中止となりました。その後の定期採血結果でも、尿酸値:6.7mg/dLと基準値内を推移していて、関節痛の症状や母趾の腫脹などの痛風症状もなく、無症状で経過しています。薬歴には、「OP:高尿酸血症治療管理 ●月●日〜フェブキソスタット中止(中止時の尿酸値:3.6mg/dL→中止後の尿酸値:6.7mg/dL)。再上昇に注意して要モニタリング」と変更の経緯とその後のフォロー内容を残しました。1)ダイアート錠 インタビューフォーム

65.

動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版、主な改訂点5つ/日本動脈硬化学会

 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版が5年ぶりに改訂、7月4日に発刊された。本ガイドライン委員長の岡村 智教氏(慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学 教授)が5日に開催されたプレスセミナーにおいて動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版の変更点を紹介した(主催:日本動脈硬化学会)。 今回の動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版の改訂でキーワードとなるのが、「トリグリセライド」「アテローム血栓性脳梗塞」「糖尿病」である。これを踏まえて2017年版からの変更点がまとめられている動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版の序章(p.11)に目を通すと、改訂点が一目瞭然である。なお、動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版のPDFは動脈硬化学会のホームページより誰でもダウンロードできる。<動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版の主な改訂点>1)随時(非空腹時)のトリグリセライド(TG)の基準値を設定した。2)脂質管理目標値設定のための動脈硬化性疾患の絶対リスク評価手法として、冠動脈疾患とアテローム血栓性脳梗塞を合わせた動脈硬化性疾患をエンドポイントとした久山町研究のスコアが採用された。3)糖尿病がある場合のLDLコレステロール(LDL-C)の管理目標値について、末梢動脈疾患、細小血管症(網膜症、腎症、神経障害)合併時、または喫煙ありの場合は100mg/dL未満とし、これらを伴わない場合は従前どおり120mg/dL未満とした。4)二次予防の対象として冠動脈疾患に加えてアテローム血栓症脳梗塞も追加し、LDL-Cの目標値は100mg/dL未満とした。さらに二次予防の中で、「急性冠症候群」「家族性高コレステロール血症」「糖尿病」「冠動脈疾患とアテローム血栓性脳梗塞の合併」の場合は、LDL-Cの管理目標値は70mg/dL未満とした。5)近年の研究成果や臨床現場からの要望を踏まえて、新たに下記の項目を掲載した。 (1)脂質異常症の検査 (2)潜在性動脈硬化(頸動脈超音波検査の内膜中膜複合体や脈波伝播速度、CAVI:Cardio Ankle Vascular Indexなどの現状での意義付) (3)非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)、非アルコール性脂肪肝炎(NASH) (4)生活習慣の改善に飲酒の項を追加 (5)健康行動倫理に基づく保健指導 (6)慢性腎臓病(CKD)のリスク管理 (7)続発性脂質異常症動脈硬化性疾患予防ガイドライン改訂に至った主な理由 1)について、「TGは食事の摂取後は値が上昇するなど変動が大きい。また空腹時でも非空腹時でも値が高いと将来の冠動脈疾患や脳梗塞の発症や死亡を予測することが国内の疫学調査で示されている。国内の疫学研究の結果およびESC/EASガイドラインとの整合性も考慮して、空腹時採血:150mg/dL以上または随時採血:175mg/dL以上を高TG血症と診断する」とコメントした(参照:BQ5)。 2)については、吹田スコアに代わり今回の動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版では久山町研究のスコアを採用している。その理由として、同氏は「吹田スコアの場合、研究アウトカムが心筋梗塞を含む冠動脈疾患発症で脳卒中が含まれていなかった。久山町研究のスコアは、虚血性心疾患と、脳梗塞の中でとくにLDL-Cとの関連が強いアテローム血栓性脳梗塞の発症にフォーカスされていた点が大きい」と説明(参照:BQ16)。 3)については、ESC/EASガイドラインでの目標値、国内のEMPATHY試験やJ-DOIT3試験の報告を踏まえ、心血管イベントリスクを有する糖尿病患者の一次予防において、十分な根拠が整っている(参照:FQ24)。 4)については、国内でのアテローム血栓性脳梗塞が増加傾向であり、再発予防が重要になるためである。また二次予防の場合、糖尿病の合併がプラーク退縮の阻害要因となることなどから「これまで厳格なコントロールは合併症などがあるハイリスクの糖尿病のみが対象だったが、今回の動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版より糖尿病全般においてLDL-C 70mg/dL未満となった」と解説した。 5)の(7)続発性脂質異常症は新たに追加され(第6章)、他疾患などが原因で起こる続発性なものへの注意喚起として「続発性(二次性)脂質異常症に対しては、原疾患の治療を十分に行う」とし、甲状腺機能低下症など、続発性脂質異常症の鑑別を行わずに、安易にスタチンなどによる脂質異常症の治療を開始すると横紋筋融解症などの重大な有害事象につながることもあるので注意が必要、と記載されている。<続発性脂質異常症の原因>1.甲状腺機能低下症 2.ネフローゼ症候群 3慢性腎臓病(CKD)4.原発性胆汁性胆嚢炎(PBC) 5.閉塞性黄疸 6.糖尿病 7.肥満8.クッシング症候群 9.褐色細胞腫 10.薬剤 11.アルコール多飲 12.喫煙――― このほか同氏は、「LDL-Cのコントロールにおいて飽和脂肪酸の割合を減らすことが重要(参照:FQ3)」「薬物開始後のフォローアップのエビデンスレベルはコンセンサスレベルだが、患者さんの状態を丁寧に見ていくことは重要(参照:BQ21)」などの点を補足した。 2007年版よりタイトルを“診療”から“予防”に変更したように、動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版は動脈硬化性疾患の予防に焦点を当てて作成されている。同氏は「すぐに薬物治療を実行するのではなく、高リスク病態や他疾患の有無を見極めることが重要。治療開始基準と診断基準は異なるので、あくまでスクリーニング基準であることは忘れないでほしい」と締めくくった。

66.

ブリッツァー それはドイツ路上の殺し屋【空手家心臓外科医のドイツ見聞録】第14回

アウトバーンのイメージが強いせいか、「ドイツでは自動車はスピード出しまくってる」イメージがありました。しかし、ドイツでは実際、一般道を走る自動車は法定速度をキッチリ守っています。かなりスピード出す人もいなくはないですが、日本に比べるとレアでした。その理由は「ブリッツァー」と呼ばれるオービスが至る所に仕掛けられているからです。これがブリッツァーです。今写真で観ただけでも動悸がします…。こいつらは人間でないため、何の融通も効きません。10km/hのオーバーで赤い目が光ります。そして後日、自宅に罰金とポイント減点の通知が届きます。光った瞬間は恐怖です。今思い出してもゾワっとします。目の前に赤い線のようなものがピカッと光ります(このような「閃光」をドイツ語で“Blitz”と言うので、こいつらは「ブリッツァー」と呼ばれています)。初めてやられたときは何が起こったかはわからなかったのですが、尋常じゃないことが起きたことは理解できました。ドイツでの交通違反の代償スピード違反での罰金は日本円で15,000円くらいだったと思います。実は車を購入して最初の1ヵ月で、4回ブリッツァーを光らせてしまいました。罰金も大変痛かったのですが、減点を食らったことが本当に辛かったです。マイナス8点で免停だったので、このペースだと2ヵ月で免停になってしまう…。車無くして生活が成り立たない田舎でしたので、それはそれはショックが大きかったです。もうドイツで暮らしていく自信がなくなって、日本に帰ろうと思ったこともありました。そんなある日、病棟で患者さんに採血するときの雑談でその悩みを打ち明けたら、隣のベッドのおじさんが、オービスが設置されている場所を示した地図が掲載されてあるサイトを教えてくれました。その後、車で出かける際に必ずそのサイトを確認してから出かけるようにして、以降は一度もBlitzされることはありませんでした。日本から遊びに来た友人も、数人レンタカーでBlitzされています。ドイツで車に乗る際は、制限速度にくれぐれも注意してください。ブッ飛ばしていいのはアウトバーンだけです!

67.

α1-アンチトリプシン欠乏症〔AATD:α1-antitrypsin deficiency〕

※なお、タイトル「α1-アンチトリプシン欠乏症」の「α1」は「α1」が正しい表記となる。(web上では、一部の異体字などは正確に示すことができないためご理解ください)1 疾患概要■ 定義α1-アンチトリプシン欠乏症(AATD)は、血液中のα1-アンチトリプシン(AAT)の欠乏により肺疾患や肝疾患を生じる常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)性疾患である1)。肺では若年性に肺気腫を生じ、慢性閉塞性肺疾患(COPD)を発症する。気管支拡張症を合併する例もある。肝臓では、新生児期に黄疸や肝機能障害を認める場合があり、成人期には肝硬変・肝不全に移行し、肝細胞がんを発症することがある。欧米では、COPDの1~2%はAATDによるとされる。頻度は少ないが、皮下脂肪織炎や肉芽腫性血管炎を合併することがある。AATDは難病法に基づいて疾病番号231番の指定難病となり、重症度に応じて医療費助成対象疾患となった。■ 疫学ほぼ世界中で報告されているが、ヨーロッパや北米では比較的多い疾患で、約1,600~5,000人出生あたり1人とされている1)。わが国では極めてまれであり、呼吸不全に関する調査研究班と日本呼吸器学会による全国疫学調査では14名(重症9人、軽症5人)の発端者が集積され、有病率は24家系(95%信頼区間:22-27)と推計された2)。■ 病因AATDは、第14染色体長腕(14q32.1)にあるSERPINA1遺伝子の異常により生じる単一遺伝子疾患である。AATは394個のアミノ酸からなる分子量約52kDaの糖タンパク質で、血清蛋白分画のα1-グロブリン分画の約9割を占める(図1)。セリンプロテアーゼインヒビタ-として機能し、生体内で最も重要な標的は好中球エラスターゼである。主に肝臓で産生されて流血中に放出されるが、他に好中球、単球、マクロファージ、肺や腸管の上皮細胞からも産生される。図1 α1-アンチトリプシン欠乏症(Siiyamaホモ接合例)患者の血清蛋白電気泳動画像を拡大する健常者(A)と比べ、AATD(B)ではα1-グロブリン分画が欠損している(矢印)。SERPINA1遺伝子は共優性co-dominantに発現して遺伝様式に寄与する。150種類以上の変異型(バリアント)が報告されており、(a)質的・量的に正常なAATを産生する正常型バリアント、(b)流血中にAATがまったく検出されないnull型バリアント、(c)減少するdeficient型バリアント、あるいは (d)機能が変化してしまうdysfunctional型バリアントなどに分類される。正常型バリアント以外の病的バリアントを両方の対立遺伝子として受け継いでいる個体はAATDを発症するが、片方が正常型バリアントである場合には血清AAT濃度の低下は軽度で、通常は肺疾患や肝疾患の発症リスクとはならず保因者と呼ばれる。AATは、遺伝子変異によるアミノ酸置換により蛋白全体の荷電状態が変化し、等電点電気泳動における泳動位置、すなわち、AATの“表現型”が変化する。泳動位置の違いから、陽極pH4に近い位置からアルファベットの若い“B”、陰極pH5に近いものを“Z”と命名される。中央部は90%以上の遺伝子頻度を占める“M”となる。新規に同定されたSERPINA1バリアントの表現型には、表現型アルファベットに下付の小文字で同定された地名が付される。AATDの原因となるバリアントの多くはdeficient型バリアントであり、欧米ではZ型(Glu342Lys)とS型(Glu264Val)が最も多いのに対し、わが国ではSiiyama型(Ser53Phe)が85%と高頻度に検出される。わが国では遺伝学的に明らかにされたZ型の報告はない。deficient型バリアントでは変異AAT分子の折りたたみ構造が変化し、肝細胞の小胞体内で重合体polymerを形成して蓄積し流血中へ分泌できなくなるため、血清中濃度が低下する。さらに、好中球エラスターゼ阻害活性自体も低下している。 dysfunctional型バリアントは血液中のAAT蛋白量は正常であるが好中球エラスターゼ阻害活性が低下したタイプで、F型(Arg223Cys)が知られている。■ 病態生理1)好中球エラスターゼ阻害活性の低下~喪失によりもたらされる影響血清AAT濃度は通常20~50μMであり、気道被覆液中に拡散し好中球エラスターゼに代表されるセリンプロテアーゼによる組織破壊に対し防御的に働いている。しかし、11μM以下(<50mg/dL)になるとプロテアーゼによる組織破壊を十分防げず肺気腫が進行する(プロテアーゼ・アンチプロテアーゼ不均衡)。Z型では、血清AAT濃度は約2~10μMと著明に低下している。喫煙は、AAT正常者でもCOPD発症の最大の危険因子であるが、AATDでは喫煙感受性が非常に高く、より若年で肺気腫が進行しCOPDを発症する。一方、MZなど正常型とdeficient型のヘテロ接合型は、その中間の血清AAT濃度(>11μM)を呈するため、COPDを発症するリスクはないとされてきたが、最近の研究ではCOPD発症リスクがあるとする成果も報告されている。2)小胞体内や細胞外での変異AAT重合体の蓄積変異AATは小胞体内で重合体を形成して貯留し、小胞体ストレスとなり細胞を障害する。これが肝障害の主たる要因である。変異AAT重合体は、流血中、肺の気道被覆液中、肺組織などの組織間液中などの細胞外でも検出される。細胞外の変異AAT重合体は炎症を誘起する作用があり、好中球や単球に対する走化性因子や活性化因子として作用し、肺での炎症のみならず、脂肪織炎や血管炎の発症に関与すると考えられている。■ 臨床症状労作時息切れ、咳や痰などの呼吸器症状はもっともよくみられる初発症状であるが、本症に特異的な症状はない。肺疾患の有病率は主に患者の喫煙歴に依存し、喫煙歴のあるAATD患者では70%以上がスパイロメトリーでCOPDの基準を満たすが、非喫煙者では約20~30%程度である。AATDの肺気腫は汎細葉性肺気腫であり、細葉中心性肺気腫の病理像を示すAAT正常者とは異なる。胸部単純X線所見では、AAT正常者のCOPDと異なり下肺野優位に肺気腫を示唆する透過性亢進を認める(図2)。胸部CTでは汎細葉性肺気腫を示唆する広範な低吸収領域を認め、気管支拡張を伴う例もある(図3)。図2 α1-アンチトリプシン欠乏症(Siiyamaホモ接合例)の胸部X線所見画像を拡大する肺野全体の透過性亢進、血管影の減少を認めるが、両側下肺野に著しい。図3 α1-アンチトリプシン欠乏症(Siiyamaホモ接合例)の胸部高分解能CT画像画像を拡大する(A)AAT正常のCOPD症例。細葉中心性肺気腫を示唆する低吸収領域を認める。(B)Siiyamaホモ接合例。汎細葉性肺気腫を示唆する広範な低吸収領域を認める。(C)Siiyamaホモ接合例。汎細葉性肺気腫を示唆する広範な低吸収領域とともに気管支拡張像を認める。■ 経過と予後非喫煙AATD患者ではCOPDの発症は少なく、喫煙AATD患者より生存期間も長い。例えば、非喫煙AATDでCOPDを発症した症例の死亡年齢の中央値は65歳であるのに対し、喫煙AATDでCOPDを発症した症例は40歳と報告されている。さらに、PI*ZZ(Z型バリアントのホモ接合)のAATDの非喫者で無症状の場合は、ほぼ正常の寿命が期待できる。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ どのような状況でAATDを疑い、血清AAT濃度を測定するか?AATDを疑って血清AAT濃度(ネフェロメトリー法)を測定する事が何よりも重要である 3,4)。従来から、一般的COPDとはやや異なる臨床像(若年者、非喫煙者、喫煙歴があったとしても軽度、COPDの家族歴など)を示すCOPD患者などでは血清AAT濃度を測定するべき3)とされてきた(表 ATR/ERSステートメント)。しかし、有病率の高いヨーロッパや北米でさえ、今だにAATDのunderdiagnosis状況が持続しており、2016年の成人AATD患者の管理・治療ガイドライン4)やGOLD 2022レポートでは、「すべてのCOPD患者には、年齢、人種を問わず、AATDの診断テストを行うべきである」と述べている(表)。表 どのようなときにAATDを疑い、診断のための検査を考慮するべきか?画像を拡大する■ 診断基準AATDは、血清AAT濃度<90mg/dL(ネフェロメトリー法)と定義され、AAT欠乏の程度は、軽症(血清AAT濃度50~90mg/dL)あるいは重症(<50mg/dL)の2つに分類される5)。AATは急性相反応蛋白質であるため感染症などの炎症性疾患では増加すること、一方、肝硬変、ネフローゼ症候群、タンパク漏出性胃腸症などの他の原因でも減少しうるので、診断に際してはこれらの病態を除外する必要がある。指定難病では、重症度2以上が医療費助成の対象となる。重症度の評価方法については難病情報センターを参照されたい。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)■ 予防を含めた全般的考え方肺疾患の予防には、喫煙しない、受動喫煙も含めて有害粒子の吸入曝露を避けること、が大切である。AATD患者では、定期的にスパイロメトリーあるいは胸部CTを行い、肺疾患の発症あるいは進行をモニタリングする。COPDを発症している場合には、COPDの治療と管理のガイドラインに準じて治療を行う。呼吸不全に至った症例では肺移植の適応となる。肝疾患発症の危険因子についてはよくわかっていないが、肥満は肝疾患のリスクを高め、男性は女性よりリスクが高い。AATD患者では肝炎ウイルス(HAV、HBV)のワクチン接種、アルコールを摂取しすぎない、健康的な食事を心がけることが推奨されている。AATD患者では、年1回程度の採血による肝機能のモニタリング、腹部超音波検査による肝がんのスクリーニングを適宜行う。■ AAT補充療法(augmentation therapy)病因・病態に則した治療としてAAT補充療法がある。ヒトのプール血漿から精製されたAAT製剤を週1回点滴静注(60mg/kg)する治療であり、CT画像における気腫病変の進行を遅らせる効果、死亡率を低下させる効果が報告されている。わが国では4名の重症AAT患者が参加した治験が実施され6)。欧米人で示されている安全性と薬物動態、すなわち、AAT(60mg/kg)を週1回点滴静注することにより、肺胞破壊に対し防御的な血清AAT濃度>11μM(>50mg/dL)を維持できることが示された。その結果、ヒトα1-プロテイナーゼインヒビター(商品名:リンスパッド)点滴静注用1,000mg(凍結乾燥製剤)(海外商品名:Prolastin-C)として2021年7月に上市された。ヒトα1-プロテイナーゼインヒビターは、慢性閉塞性肺疾患(COPD)や気流閉塞を伴う肺気腫などの肺疾患を呈し、かつ、重症AATDと診断された患者[血清AAT濃度<50mg/dL(ネフェロメトリー法で測定)]に投与する。ヒトα1-プロテイナーゼインヒビター1,000mgを添付溶解液20mLで溶解し、ヒトAATとして60mg/kgを週1回、患者の様子を観察しながら約0.08mL/kg/分を超えない速度で点滴静注する。最後に、ルート内のAATすべてが患者に投与されるよう生理食塩液25mLに換えて同じ速度で点滴して終了する。体重60kgの成人では、全体で約20分以上を要する。AAT補充療法を開始するタイミングについて明確な基準はない。週1回の点滴静注を非常に長期にわたって継続する必要があるが、数十年以上にわたって投与し続けると想定した場合、長期投与における有害事象のリスクに関する情報は乏しい。成人AATDの治療と管理のガイドラインでは、FEV1<65%predの症例では、患者の意向を確認した上でAAT補充療法を検討するとされている3,4)。肝障害に対する特異的治療はなく、栄養指導、門脈圧亢進症の管理などの支持療法が主体である。門脈圧亢進症がある場合には、出血のリスクがあるためNSAIDsの投与は避ける。重症の肝不全では肝移植が適応となる。4 今後の展望患者細胞からiPS細胞を樹立し、肝細胞に分化させた後にゲノム編集で病的バリアントを正常バリアントに換えて患者に移植する研究、siRNAによる肝細胞でのSERPINA1発現のサイレンシング、異常AATのポリマー形成を阻害する薬剤などの試みがある。近年、AATDの正確な実態把握と治療効果の追跡を継続的に行い、長期的な管理戦略を構築することを目的に、欧州では多国間にわたる臨床研究協力の取り組みが始まっている。わが国においては、呼吸器財団、日本呼吸器学会、厚生労働省難治性疾患政策研究事業、難病プラットホームの4者の支援を受け、本症を含めた希少肺疾患を対象としたレジストリ(登録制度)が開設されている。希少肺疾患登録制度5 主たる診療科主たる診療科は呼吸器内科となる。肝疾患については消化器内科、脂肪織炎や肉芽腫性血管炎では皮膚科および関連する診療科と連携する必要がある。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター α1-アンチトリプシン欠乏症(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)Alpha-1 Foundation 米国の患者団体ホームぺージ(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)希少肺疾患登録制度(医療従事者向けのレジストリ情報サイト)1)Greene CM, et al. Nat Rev Dis Primers. 2016;2:16051. 2)Seyama K, et al. Respir Investig. 2016;54:201-206. 3)American Thoracic Society;European Respiratory Society. Am J Respir Crit Care Med. 2003;168:818-900. 4)Sandhaus RA, et al. Chronic Obstr Pulm Dis. 2016;3:668-682.5)佐藤晋ほか、難治性呼吸器疾患・肺高血圧に関する調査研究班.α1-アンチトリプシン欠乏症診療の手引き2021 第2版. 2021.6)Seyama K, et al. Respir Investig. 2019;57:89-96. 公開履歴初回2022年5月12日

68.

ワクチン接種後の解熱鎮痛剤使用は抗体獲得に影響しない/日本感染症学会

 第96回日本感染症学会総会・学術講演会(会長:前崎 繁文氏[埼玉医科大学 感染症科・感染制御科])が、4月22日~23日の期日でオンライン開催された。 本稿では、同学術講演会の口演より、谷 直樹氏(九州大学大学院)の「BNT162b2 mRNAワクチン接種後の副反応と解熱鎮痛剤内服が抗体反応に与える影響の検討」の概要をレポートする。 新型コロナウイルスワクチン接種後の副反応は一般的なワクチンの接種後と比較して出現頻度が高いことが知られており、ワクチン接種後の症状軽減のため解熱鎮痛剤が使用されることも多い。そのような背景を踏まえ、ファイザー製ワクチン(BNT162b2)接種後の副反応の程度と誘導された抗体の関係性を調査すること、解熱鎮痛剤の使用が抗体反応に与える影響を調査することを目的として本研究が実施された。 解析対象は、BNT162b2を2回接種かつ2回目接種から14日以上経過した福岡市民病院職員のうち、感染・感染疑い歴のある者、ワクチン接種24時間以内に解熱鎮痛剤を内服した者を除く335人(うち235人から副反応情報を取得)とした。2回接種後に採血を行いSARS-CoV-2特異的スパイク蛋白IgG(S-IgG)抗体価を測定し、ワクチン接種後の副反応(発熱、倦怠感、頭痛、注射部位の痛みや腫れなど計13項目)に関する質問、および副反応に対して使用した解熱鎮痛剤について調査を行った。 口演で報告された主な結果は以下のとおり。・解熱鎮痛剤は全体の約45%で使用されており、発熱を認めた集団の80%以上が使用していた。・単変量解析において、局所の副反応は抗体価と相関を示さなかった。全身性副反応のうち1回目接種後の皮疹、2回目接種後の発熱、倦怠感、頭痛、悪寒の有無が抗体価と有意な関連を示した。・単変量解析で有意になった項目を用いて多変量解析を行った結果、2回目接種後の発熱の程度(β=0.301、p<0.0001)、女性(β=0.196、p=0.0014)、年齢(β=-0.119、p=0.0495)と抗体価の相関が認められた。・2回目接種後に体温が38度以上に上昇した集団は37度未満の集団より約1.8倍抗体価が高く、性別、年齢別のいずれの解析においても、2回目接種後の発熱が強いほど抗体価がより高くなる傾向が見られた。・解熱鎮痛剤を使用しても抗体価の低下は認められず、発熱の程度による違いも認められなかった。

69.

第28回 原因は1つとは限らない【救急診療の基礎知識】

●今回のPoint1)検査で異常値をみつけたからといって今回の原因とは限らない。2)検査で異常が認められないからといって異常なしとは限らない。3)症状を説明し得るか、結論付ける前に再考を!【症例】81歳男性。意識障害自宅で反応が乏しいところを仕事から帰宅した息子が発見し救急要請。●受診時のバイタルサイン意識20/JCS血圧148/81mmHg脈拍92回/分(整)呼吸18回/分SpO295%(RA)体温36.1℃瞳孔4/3.5 +/+既往歴認知症、高血圧、脂質異常症、便秘、不眠内服薬ドネペジル塩酸塩、トリクロルメチアジド、アトルバスタチンカルシウム水和物、酸化マグネシウム、ゾルピデム酒石酸塩所見顔面の麻痺ははっきりしないが、左上肢の運動障害あり検査の異常が今回の原因とは限らない採血、心電図、X線、CTなどの検査を行い異常がみつかることは、よくあります。特に高齢者の場合にはその頻度は高く、むしろまったく検査に異常が認められないことの方が多いでしょう。しかし、異常を認めるからといって今回の主訴の要因かというとそんなことはありません。腎機能障害、肝機能障害、貧血、電解質異常、中には急を要する場合もありますが、症状とは関係なく検査の異常が認められることはよくあるものです。そのため、検査結果は常に病歴や身体所見、バイタルサインを考慮した結果の解釈が重要です。以前から数値や所見が変わっていなければ、基本的には今回の症状とは関係ないことが多いですよね。慢性腎臓病患者のCr、Hb、心筋梗塞の既往のある患者の心電図など、けっして正常値でありません。急性の変化か否かが、1つのポイントとなりますので、以前の検査結果と比較することを徹底しましょう。検査で異常が認められないから原因ではないとは限らないコロナ禍となり早2年が経過しました。抗原検査、PCRなど何回施行したか覚えていないほど、皆さんも検査の機会があったと思います。抗原陰性だからコロナではない、PCR陰性だからコロナではない、そんなことないことは皆さんもよく理解していると思います。頭痛患者で頭部CTが陰性だからクモ膜下出血ではない、肺炎疑い患者でX線所見陰性だから肺炎ではない、CRPが陰性だから重篤な病気は否定的、CO中毒疑い患者の一酸化炭素ヘモグロビン(CO-Hb)が正常値だからCO中毒ではないなど、例を挙げたらきりがありません。皆さんも自身で施行した検査結果で異常の1つや2つ、経験ありますよね?!原因が1つとは限らない今回の症例の原因、皆さんは何だと思いますか? もちろんこれだけでは原因の特定は難しいかもしれませんが、高齢男性の急性経過の意識障害で麻痺もあるとなると脳梗塞や脳出血などの脳卒中が考えやすいと思います。低血糖や大動脈解離、痙攣なども“stroke mimics”の代表であるため考えますが、例えばMRI検査を実施し、画像所見が光っていたらどうでしょうか? MRIで高信号な部分があるのであれば、「原因は脳梗塞で決まり」。それでよいのでしょうか?脳梗塞の病巣から症状が完全に説明できる場合にはOKですが、「この病巣で意識障害来すかな…」「こんな症状でるのかなぁ…」こんなことってありますよね。このような場合には必ず「こんなこともあるのだろう」と思考停止するのではなく、他に症状を説明し得る原因があるのではないかと再考する必要があります。この患者さんの場合には、脳梗塞に加え低栄養状態に伴うビタミン欠乏、ゾルピデム酒石酸塩による薬剤性などの影響も考えられました。ビタミンB1欠乏に伴うウェルニッケ脳症は他疾患に合併することはけっして珍しくありません1)。また、高齢者の場合には「くすりもりすく」と考え、常に薬剤の影響を考える必要があります。きちんと薬は飲んでいるのに…患者さんが訴える症状が、内服している薬剤によるものであると疑うのは、どんなときでしょうか?新規の薬剤が導入され、その後からの症状であれば疑うことは簡単です。また、用法、用量を誤って内服してしまった場合なども、その情報が得られれば薬剤性を疑うのは容易ですよね。意外と見落とされがちなのが、腎機能や肝機能の悪化に伴う薬効の増強や電解質異常などです。フレイルの高齢者は大抵の場合、食事摂取量が減少しています。数日の単位では大きな変化はなくても、数ヵ月の単位でみると体重も減少し、食事だけでなく水分の摂取も減少していることがほとんどです。そのような場合に、「ご飯は食べてますか?」と聞くだけでは不十分で、具体的に「何をどれだけ食べているのか」「数ヵ月、半年前と比較してどの程度食事摂取量や体重が変化したか」を確認するとよいでしょう。「ご飯は食べてます」という本人や家族の返答をそのまま鵜呑みにするのではなく、具体的に確認することをお勧めします。骨粗鬆症に対するビタミンD製剤による高Ca血症、利尿薬内服に伴う脚気心、眠剤など、ありとあらゆる薬の血中濃度が増加することに伴う、さまざまな症状が引き起こされかねません。薬の変更、追加がなくても「くすりもりすく」を常に意識しておきましょう。最後に高齢者は複数の基礎疾患を併せ持ち、多数の薬剤を内服しています。そのような患者が急性疾患に罹患すると検査の異常は複数存在するでしょう。時には検査が優先される場面もあるとは思いますが、常にその変化がいつからのものなのか、症状を説明しうるものなのか、いちいち考え検査結果を解釈するようにしましょう。1)Leon G. Clinicians Who Miss Wernicke Encephalopathy Are Frequently Called Defendants. Toxicology Rounds. Emergency Medicine News. 2019;41:p.14.

70.

3回目接種3ヵ月後、日本の医療従事者での抗体価は

 追加接種(3回目接種)前に400U/mL前後だった抗体価は、追加接種1ヵ月後には2万~3万U/mLに増加し、3ヵ月後にはコミナティ筋注(ファイザー)、スパイクバックス筋注(モデルナ)ともにおおむね半分の1万~1万5,000U/mLに低下していることが報告された。なお追加接種約1ヵ月後の抗体価は、スパイクバックス筋注接種者で統計学的に有意に高値であった。1~2回目にコミナティ筋注を接種した国立病院機構(NHO)、地域医療機能推進機構(JCHO)の職員における前向き観察研究によるもので、順天堂大学の伊藤 澄信氏が4月13日開催の第78回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会、令和4年度第1回薬事・食品衛生審議会薬事分科会医薬品等安全対策部会安全対策調査会(合同開催)で報告した。<研究概要>新型コロナワクチン追加接種(3回目接種)にかかわる免疫持続性および安全性調査(コホート調査)調査内容:・体温、接種部位反応、全身反応(日誌)、胸痛発現時の詳細情報・副反応疑い、重篤なAE(因果関係問わず)のコホート調査による頻度調査・SARS-CoV-2ワクチン追加接種者の最終接種12ヵ月までのブレークスルー感染率、重篤なAE(因果関係問わず)、追加接種者の最終接種12ヵ月後までのCOVID-19抗体価(調査対象者の一部、予定)・抗体価等測定のための採血は接種前、1、3、6、12ヵ月後(予定)調査対象:初回接種としてコミナティ筋注、追加接種としてコミナティ筋注またはスパイクバックス筋注を受けたNHO、JCHO職員・今回の報告のデータカットオフは2022年4月1日 抗体価の推移について主な結果は以下の通り。[コミナティ筋注を追加接種]・追加接種としてコミナティ筋注の投与を受けたのは2,931人(医師16.0%/看護師45.6%、女性68.0%、20代19.5%/30代25.0%/40代25.9%/50代21.2%/60歳以上8.4%)。・このうち抗N抗体陰性の487人について抗S抗体価をみたところ、追加接種前幾何平均抗体価は386U/mL(95%CI:357~418)だったのに対し、追加接種1ヵ月後は19,771U/ mL(18,629~20,984)となり、幾何平均抗体価倍率は51.2(47.7~55.1)倍だった。・年代別にみると、追加接種前は20代で634U/mLだったのに対し60歳以上では232 U/mLと年齢が高いほど低く、追加接種1ヵ月後では20代で22,474U/mL(追加接種前の35.4倍)、60歳以上では22,381U/mL(96.3倍)だった。・接種から3ヵ月後の抗体価が測定された440人について、3ヵ月後の幾何平均抗体価は10,376U/mL(9,616~11,196)だった。[スパイクバックス筋注を追加接種]・追加接種としてスパイクバックス筋注の投与を受けたのは890人(医師13.9%/看護師41.2%、女性62.1%、20代27.5%/30代26.1%/40代23.7%/50代17.5%/60歳以上5.1%)。・このうち抗N抗体陰性の482人について抗S抗体価をみたところ、追加接種前幾何平均抗体価は454U/mL(417~494)だったのに対し、追加接種1ヵ月後は29,422U/mL(27,495~31,483)となり、幾何平均抗体価倍率は64.8(60.3~69.7)倍だった。・年代別にみると、追加接種前は20代で701U/mLだったのに対し60歳以上では294 U/mLと年齢が高いほど低く、追加接種1ヵ月後では20代で32,080U/mL(追加接種前の45.8倍)、60歳以上では33,383U/mL(113.4倍)だった。・接種から3ヵ月後の抗体価が測定された92人について、3ヵ月後の幾何平均抗体価は14,719U/mL(12,380~17,500)だった。[全体のまとめ]・追加接種前抗N抗体が陰性で、追加接種1ヵ月後の抗体価を測定した972人の追加接種前抗体価は年齢が高くなるにつれて低値をとり、女性は高かった(ワクチン種別、2・3回目接種間隔で調整した重回帰分析)。・3回目追加接種1ヵ月後の幾何平均抗体価はコミナティ筋注19,771U/mL、スパイクバックス筋注29,422U/mL、幾何平均抗体価倍率はそれぞれ51.2倍、64.8倍で、スパイクバックス筋注の方が高かった。抗体価については、性・年齢および接種間隔を調整した重回帰分析で、スパイクバックス筋注の方が統計学的に有意に高値であった。・3回目接種3ヵ月後抗体価はコミナティ筋注、スパイクバックス筋注とも追加接種1ヵ月後の抗体価に比しておおむね半分に低下した。・幾何平均抗体価倍率は年齢とともに増加し、結果として1ヵ月後の幾何平均抗体価は年齢ごとの差はわずかで、女性がやや低値だった。

71.

一般的な指標だけから急性腎障害を予測できるか?(解説:今中和人氏)

 急性腎障害(AKI)発生の影響は大きい。複数の新規バイオマーカーと開心術後AKIとの関連が報告されているが、実用面のハードル(結果判明の迅速さ、検体の取り扱い、コストはスクリーニング検査として容認可能か、など)があるのか、あまり普及していない。確かに、たとえば無尿になった後に結果が出るのでは実臨床では使い物にならないが、術前血清クレアチニン(Cr)などの一般的な指標のAKI予測力は不十分である。 本論文は2000~19年のクリーブランド・クリニック本院における成人開心術5万8,526例からAKI予測モデルを作成し、その有用性を3つの関連市中病院の4,734例で確認した(術前Cr 4mg/dl以上や透析患者は除外。術中も含め早々にAKIが明らかな患者も除外)。患者背景は似通っており、年齢中央値60代後半、男性70%前後、白人が90%前後、体重は82~85kg、糖尿病は20%台で、96%が人工心肺下の手術であった。 対象アウトカムは4つで、術後72時間以内または14日以内に生じた、stage 2以上のAKIまたは透析実施とし、説明変数に術前Cr、術後1回目の採血でのCrの変動、血清アルブミン、ナトリウム、カリウム、重炭酸、尿素窒素と、手術終了から1回目の採血までの時間、を採用した。4つのアウトカムそれぞれについて係数の異なる予測数式を作成し、対象アウトカムの発生リスク1%、5%、10%、20%をメルクマールに的中率も検討した。 クリーブランド・クリニック本院では、術後72時間以内に生じたstage 2以上のAKIが4.6%、透析実施が1.48%、14日以内ではそれぞれ5.4%、1.74%であり、関連病院でもほぼ同等のアウトカム発生率だった。術後1回目の採血は、本院では中央値10時間後、関連病院では6時間後に行われた。本論文の主題である予測モデルは、本院症例で術後72時間以内のイベント発生のAUCがそれぞれ0.876、0.916、14日以内発生ではAUC 0.854、0.900で、クリーブランド・クリニックが過去に発表した予測モデル以上に精度が高かった。このモデルを関連病院症例に適用したところ、72時間以内のAUCが0.860、0.879、14日以内だとAUC 0.842、0.873と、良好な予測識別力が実証された。 そもそもAKIは主に術後のCr上昇で定義されるが、これと独立していない説明変数(もちろん、ナトリウムや重炭酸とはオッズ比が桁違い)が含まれること、本モデルはほぼ腎要因だけで構成されているが、AKI発生には人工心肺時間やカテコラミン量など、術中要因・腎前性要因の影響も大きいこと、透析開始の基準が詳述されていないこと、陰性的中率は95%以上、透析に限定すると99%以上と非常に高いが、そもそも事象発生が2%未満と少なく陽性的中率はいま一歩なことなど、気になる点は若干ある。しかし開心術後に必ずチェックし、迅速に結果が得られる指標のみで高精度にAKI発生を予測できた意義は大きい。なお近年は薬剤で尿量を確保することで、AKIはともかく透析は回避できるケースが増えているので、遠からず新バージョンが登場すると思われる。

72.

criteria検討に名を借りた医療経済検討なのではないのか?(解説:野間重孝氏)

 疫学について細論することは本稿の目的とするところではないので、日本循環器学会のガイドライン中の疫学の欄をご参照いただきたい(『肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン(2017年改訂版)』)。骨子は、欧米においては静脈血栓・肺塞栓症が虚血性心疾患、脳血管疾患に次ぐ3大致死的血管疾患であるのに対して、わが国における肺塞栓症の発生が100万人当たり30人に達しない程度の頻度であるという事実である。近年人口の高齢化により血栓性疾患の頻度が増したとはいえ、それでも発生率は単位人口当たり欧米の8分の1以下という頻度にとどまっている。 とくにこの差は産科領域で大きい。欧米における妊婦の死亡原因の第1位が肺塞栓症であるのに対し、わが国における発生頻度は軽度のものまで含めても1,000件に1件(0.1%)にとどまるからである。産科領域で造影CT、核医学検査が行われた場合の胎児の被曝の問題は軽視できるものではない。このような被曝や侵襲を伴う検査に訴えることなく、血液検査など、できるだけ非侵襲的かつ簡便な検査で診断をつけることが、大きな課題となることが理解されるだろう。 ただ、もうひとつの重要な背景として(たびたび指摘していることだが)、国民皆保険制度の存在がある。わが国で診療を行っている限り、怪しいと疑った患者に対して(その診断精度に対する議論はあるにせよ)造影CTや肺換気・血流シンチを施行することにためらいはないだろう。しかし多くの諸外国において、こうした高価な検査は簡単には施行できないのが現実なのである。 著者らは、議論はあるとしながらも主なPEの診断法を3つにまとめて紹介している。これは参考になるのでここでもまとめ直してみよう。1)従来の(最もオーソドックスな)アルゴリズム: 検査前確率が高いと考えられる患者で、閾値を越えるD-dimer値の患者に造影CTないし肺換気・血流シンチを行う。2)検査前確率が低い患者に対して: PERC(PE rule-out criteria)8項目([1]年齢≧50歳、[2]心拍数≧100/min、[3]動脈血酸素飽和度<95%、[4]片側の下肢の腫脹、[5]血痰、[6]直近の外傷or手術、[7]PEや深部静脈血栓症の既往、[8]エストロゲン製剤使用)に該当しない、もしくはD-dimer値のcutoff値に年齢×10ng/mLを使用する。3)YEARS rule: YEARS criteria([1]PEが最も可能性がある診断、[2]深部静脈血栓症の臨床症状、[3]血痰)を満たさない患者に対してD-dimer cutoff値1,000ng/mLを併用する。 一見してわかるように、criteriaといいつつ、医師の主観がかなり影響することがわかる。どの方法によるにせよ、医師がどの程度積極的にPEを疑うか否かがキーポイントになっていることには変わりがないからである。なお、YEARS ruleはランダム化試験で検証されているわけではないことには注意が必要だろう。 このような現状に鑑み、本研究は救急部(ED)においてPERC ruleで除外されていないPE疑いの患者に対し、YEARS ruleと年齢調整D-dimer値を併用することによりPEが安全に除外できるかどうかを検討したものである。対照は上記の従来型の診断アルゴリズムである。ただ、ここまでお読みの読者の多くが「ちょっと待てよ」と思っていらっしゃるのではないだろうか。なぜなら、医師の主観が大きく介入するという点においては変わるところがないからである。本研究のプロトコールには確かに議論の余地がある。primary outcomeが3ヵ月後の静脈血栓症の有無であるのは適当か、secondary outcomeに「あらゆる原因による死亡」「3ヵ月後におけるあらゆる原因による入院」が含まれていることは適当かなどがまず挙げられるだろう。またsecondary outcomeには「ED滞在時間」が含まれているが、重症病変を診断することに時間の経済が含まれるのだろうか。こうした疑問はあるものの、結局、医師の主観を排除した診断アルゴリズムを模索することになっていないという点がすべてであると考える。 翻ってわが国のEDの現場を考えてみてほしい。胸痛と息苦しさを訴えて来院した患者に対して、心電図、胸部レントゲン写真、採血、動脈血酸素飽和度などの一通りの検査(場合により心エコー図検査も含む)がルーチンに行われないというケースは考えられない。そしてEDの通常採血項目にFDPやD-dimerが含まれていないというケースはないと言ってよい。そして、どれか1つにでも疑わしい所見があった場合、適切な画像診断を緊急で行うことを躊躇する救急医はいないと思う。このようなやり方について「あまりにもマニュアル化され過ぎている」とか「余計な検査をするケースが多い」という批判があることは承知しているが、これはすべて医師の主観をできるだけ排除して、客観的な診断を行うことを目的としているのである。 本研究の結果の部分に、胸部画像診断を行った例がintervention群で22.9%、control群で37.2%であり、14.3%の減少幅が得られたとあるが、結局本研究の目的はここにあったのではないかというのは、うがち過ぎではないだろう。結局、上述した国民皆保険問題に帰り着く。医療経済の追求が、多くの国・地域において大きな課題なのである。かつCT検査と私たちは簡単に言うが、世界のCTの10台に1台はわが国にあるといわれる。つまりここには医療資源の問題も絡んでくるのである。上記したように、このプロトコールでは医師の主観を排除しているとは言えないと批判したが、その根本には医療経済の問題をcriteriaの議論にすり替えていることがあると言ったら言い過ぎだろうか。 論文評のまとめとしてはいささか逸脱したものと言われるかもしれないが、いろいろと批判はあるもののわが国の医療体制は世界的に見て誇るべきものであり、この長い経済停滞の時期を乗り越えて医療経済をいかに守っていくかが、私たちに課せられた課題であることを痛感したものである。近年わが国では年金制度の議論ばかりがやかましいが、健康保険制度を維持することこそ、私たちが子供たちの世代に残せる大きく貴重な財産であることを、恐縮ながらこの場をお借りして再度訴えたいと思う。

73.

DOAC時代の終わりの始まり(解説:後藤信哉氏)

 製薬企業というのは戦略的な情報企業だと思う。経口Xa阻害薬アピキサバン、リバーロキサバンが世界で毎年1兆円以上売れている。現状をつくるために、製薬企業はきわめて巧みな情報統制を行った。非弁膜症性心房細動は、心不全、突然死などのリスクのマーカーである。しかし、「非弁膜症性心房細動=脳血栓塞栓症」と徹底的に宣伝した。確かに、心房細動症例に脳卒中が多いことはFramingham研究が示した事実である。しかし、脳血栓塞栓症が多いことは誰も示していない。部分的に真実を入れた広報はプロパガンダの初歩である。将来を見越してしっかりとストーリーをつくった能力には敬服する。 筆者は経口Xa阻害薬など(DOAC)の開発を主導したが、途中で限界が明確に見えてしまった。しかし、企業は第III相試験の結果を徹底的に使ってDOACを広報した。心房細動の脳卒中予防試験は4種のDOACにとっておおむね成功であった。成功の最大の鍵は対照群をPT-INR 2-3のワルファリン治療としたところにあった。実臨床ではPT-INR 2程度を標的としていた医師が多かったのではないだろうか? PT-INR 2-3を過去の標準治療とする明確な根拠はなかった。PT-INRが高くなれば頭蓋内出血、出血性脳卒中が増える。DOAC開発試験の有効性エンドポイントは脳卒中であったため、出血性脳卒中は有効性エンドポイントとなる。まったくの嘘ではない。部分的な真実を入れたプロパガンダはワルファリン群との比較でも成功であった。 ランダム化比較試験を実行していないと気付かないが、DOAC開発試験のワルファリン群のPT-INRは通常の臨床と同じ方法で計測されたわけではない。医師も患者も、ワルファリン服用なのか、DOAC服用なのかわからない。そこで、ベッドサイドで採血して、割り付け番号を入れるとワルファリン群ではPT-INRが、DOAC群では嘘の値が出るPOC装置が使われた。POCによる計測は検査室と同じではない。さまざまにワルファリン群に制限をかけてようやくDOACの認可・承認に至った。 特許期間には膨大な利潤がある。DOAC開発企業・株主は大きなメリットを得た。しかし、特許は喪失する。低分子化合物なので原価数十円に近いジェネリック品に置き換わる。利潤が年間兆円規模となると次が苦しい。血液凝固第XI因子は出血を惹起しない抗凝固標的として以前から注目されていた。Xa阻害薬が売れている間は、XI阻害薬への期待などを企業は話せない(自らのXa阻害薬の欠点:出血リスクを自ら認めることになるので…)。しかし、Xa阻害薬の特許が切れたら、スムーズに次につながる新薬が欲しい。 AXIOMATIC-TKR試験の結果は、経口薬milvexianに血栓イベント抑制効果があること、効果に用量依存性がありそうなこと、重篤な出血リスクは増えなそうことを示唆した。 製薬企業はDOACからXI阻害薬へのスムーズな転換への論理を示せるだろうか? 本研究は第III相試験の用量決定には役立つと想定される。DOACの開発ではワルファリンのPT-INRの恣意的な調節により、一種、人工的な差を出すことに成功した。今後第III相に進むとすれば、市場規模の大きな血栓症ではDOACとの比較試験が必要となる。DOACに勝る有効性、安全性を第III相試験で示しても、マーケットでの競争は安価なDOACのジェネリック品となる。世界の俊英を集めた巨大製薬企業のブレインたちは、次世代の巨大な利潤に向けたmilvexianの絵を描けるだろうか? 筆者は、新薬の価格を著しく釣り上げて特許期間内のみ巨額の利潤を得る現在のモデル自体の転換が必要と考えている。さまざまな意味で期待を持たせる論文であった。

74.

FGM導入で患者も主治医もWin-Win【令和時代の糖尿病診療】第3回

第3回 FGM導入で患者も主治医もWin-Win令和時代の糖尿病診療として、今回は薬剤ではなく、器機の面から考えてみる。糖尿病は生活習慣病の代表選手でもあり、治療の根源は食事や運動など生活習慣の改善にあるが、そもそも「生活習慣病とは何ぞや?」というと、「食習慣、運動習慣、休養、喫煙、飲酒などの生活習慣が、その発症・進行に関与する疾患群」と定義される。裏を返せば、生活習慣を改善すれば良くなる見込みのある疾患であり、今回取り上げるFGM(Flash Glucose Monitoring)は、血糖値を連続的に「見える化」することにより、生活習慣の改善をサポートできる画期的な器機だ。従来の血糖自己測定(Self-Monitoring of Blood Glucose、以下SMBGと略す)は、穿刺針で指先から採血しその時点の血糖値を測定するものだが、FGMとは、上腕後部に着けたセンサーに服の上からリーダー(読取機)をかざすだけで、瞬時に血糖値を確認できるものである。正確には、FGMは血糖値ではなく間質液のグルコース濃度を測っているのだが、補正のために自己穿刺して血糖測定をする必要もないので、極めてシンプルに血糖管理ができる。センサーは最長14日間、自動的に毎分測定し記録し続ける(なお、最長8時間おきのスキャンが必要)ので、リーダーをかざした瞬間だけでなく、経時的な血糖推移も簡単に知ることができる。すなわち点が線になるのだ。図1:血糖グラフは「点」から「線」へ画像を拡大するこのメカニズムをご存じの方は、「CGM(Continuous Glucose Monitoring)との違いは?」という疑問にぶつかるかと思う。一言で表すならば、FGMはCGMの一種であり、間欠式スキャンCGM(intermittently scanned CGM:is-CGM)とも呼ばれる。リーダーをセンサーにかざした“瞬間”の皮下グルコース値を読み取る点から、“Flash”と名付けられた。患者が意図してセンサーにリーダーをかざすことで、現在から後ろ向きにグルコース値を認識する(一般的に、5~10分遅れて血液中のグルコース濃度が反映するとされる)。なお、CGMの中でもリアルタイムCGMはbluetoothで接続されるため、リーダーをかざす必要はない。FGM器機は、2017年に発売後まもなく保険適用され、さらに進化して2020年2月にはスマートフォンでも血糖値スキャンができるようになった。ここまで読んでいただき、少しでも興味を持っていただけたであろうか。「この手の器機は所詮専門医が使用するマニアックなもの」と決めつけてはいないだろうか? しかし、答えは「No」で、保険上では「糖尿病の治療に関し、専門の知識および5年以上の経験を有する常勤の医師または当該専門の医師の指導の下で糖尿病の治療を実施する医師が、間欠スキャン式持続血糖測定器を使用して血糖管理を行った場合に算定する」とある。対象は「強化インスリン療法を行っているもの、または強化インスリン療法を行った後に混合型インスリン製剤を1日2回以上使用しているもの」とされ、1型糖尿病でも2型糖尿病でも適応可能となっている。これにより、SMBGを行っているならばFGMを使用できない施設はほとんどないと言っていいのではないだろうか?FGMを装着後、劇的に血糖コントロールが改善した2例前置きはこのくらいにして、臨床現場での実例を見てみよう。まずは、小児発症の1型糖尿病で罹病歴27年の女性である。SMBGをきちんと行っているものの、HbA1cは7%台後半で変わらない状況であった。3年ほど前にFGMを装着したところ、インスリンを増量することもなくみるみるHbA1cが6%台後半まで下がり、なおかつ低血糖の頻度も減り非常に安定した。「子供のときは毎回針で指を刺して血を出すのが本当に痛くて嫌だったが、これ(FGM)になってからはいつでもどこでも測れるし、何よりも痛くない。時代は変わったなあ!」と、しみじみとご本人から語られたときは目頭が熱くなった。このときの言葉は今でも忘れられない。次に、2型糖尿病で強化インスリン療法を行っている60代女性のHbA1cを示す。図2:2型糖尿病:罹病歴21年(合併症:神経障害馬場分類1度[軽度]・網膜症[右A0:左A1」・腎症第1期)画像を拡大するどこからFGMが開始になったかは疑う余地もなかろう。これだけ劇的に下がったのは、薬剤を変えたわけでもインスリン量を増やしたわけでもなく、FGMを装着しただけである。患者は以前からSMBGを行っていたがさぼりがちで、測定結果も診察時には「忘れた」と言って持って来ないことが多々あった。そんな方が、スマホ対応のFGMを着けてからは多い時で1日に40回以上も測定したのである。最初は「先生に血糖値がすべてばれてしまう」と少し困惑気味だったが、聞くとゲーム感覚で楽しんでいるようで、どのようなものを食べると血糖値が高くなるとか、よく運動をすると血糖値がうそのように下がるなどとうれしそうに話してくれた。血糖変動が手に取るようにわかることで、行動変容が生まれたケースである。今後は薬剤の減量を検討しており、これがまた患者のいい動機付けになると考えられる。我々の施設では、強化インスリン療法施行中の2型糖尿病患者について、FGM導入は血糖コントロールのみならず、身体活動や治療満足度の改善にもベネフィットをもたらしたことも報告している1)。FGMデータを読むうえで重要な「AGP」と「TIR」それでは、実際のFGMデータ(AGPレポート)を見てみよう。図3:AGPレポート画像を拡大するここで2つのキーワード、AGP(Ambulatory Glucose Profile)とTIR(Time in Range)を以下に解説するので、ぜひ覚えていただきたい。これらは、HbA1cを補完する臨床目標およびアウトカム評価指標として、2019年6月にInternational Consensusで推奨されたものである2)。CGM/FGMの測定は1回の測定期間を2週間として、その間に得られたデータの70%以上を使用して解析すること解析にはAGPの手法を用いること血糖コントロール指標として、70~180mg/dLを治療域(Target Range)とし、この範囲内の測定回数または時間をTIR、治療域より低値域をTBR(Time Below Range)、高値域をTAR(Time Above Range)と定義する糖尿病リソースガイド3)より一部引用AGPについて、日々の血糖値を連続的に見ることができるのは言うまでもないが、FGM測定データの解析に用いられているAGPレポートとは「測定期間のグルコース値の要約」で、記録した数日間にわたる血糖変動の傾向が、一つのグラフとして示される。図4:AGPレポートの読み方《AGPレポートから読み取れる内容》1)24時間の平均血糖値2)24時間の血糖変動幅(i)中央値曲線(実線):中央値曲線の上下動が大きい箇所は、1日の中で血糖変動が大きい時間帯であることを示している。(ii)25%タイル曲線~75%タイル曲線(青色帯):各時間帯で、たとえば10日間のうち5日間はこの範囲内に血糖値が入る(50%の確率)。(iii)10%タイル曲線~90%タイル曲線(水色帯):各時間帯で、たとえば10日間のうち8日間はこの範囲内に血糖値が入る(80%の確率)。3)食後血糖の平均上昇幅このようにAGPで解析すると、1日のうちで低血糖/高血糖となる可能性の高い時間帯や血糖値の変動が大きい時間帯などが視覚的に確認でき、これを活用することで、血糖変動の幅や目標範囲との差、低血糖/高血糖の可能性の有無などについて把握しやすくなる。次にTIRとは、1日のうち血糖値が目標範囲内で過ごせた時間を表したもので、異なる糖尿病患者群のそれぞれで標準的なCGMの目標値が決められている。図5:異なる糖尿病患者群におけるCGMの目標値画像を拡大するこれらの指標に基づき、2型糖尿病患者を対象にした研究では、重症度に基づく糖尿病網膜症(DR)の有病率はTIR四分位の上昇とともに減少し、DRの重症度はTIR四分位数と逆相関を示した4)、TIRは大血管合併症の代替指標である頸動脈内膜中膜肥厚度と関連した5)など多くの論文が出され、有用性が実証されている。FGMによるAGPレポートを見るメリットとして、糖尿病のさまざまな合併症を防ぐため、24時間の血糖値がどのように変動しているか、つまり「血糖トレンド」に注目することが重要とされ、それをしっかり理解できると、下記のような点に関し、患者の状態が確認しやすくなる。(1)食後高血糖(血糖値スパイク)の有無(2)夜間低血糖や暁現象の有無(3)HbA1cの値だけではわからない、「血糖コントロールの質」などさらに今後の方向性として、コロナ禍などで対面診療ができない場合でのオンライン診療なども視野に入るかと思われる。FGM導入で患者も主治医もWin-Winいろいろと利便性ばかり述べてきたが、もちろん限界もある。装着を避けるべき患者像は、血糖値に振り回され、血糖ありきで生活習慣の改善がおろそかになってしまうような患者(たとえば血糖値が高いときインスリンを多く打ち過ぎて低血糖を繰り返す、あるいは補食し過ぎて高血糖になり悪化するケースなど)や、逆にせっかく装着しても、興味がなく規定の時間内に測定しない人や血糖値を他人に見られるのを非常に嫌がる患者などには、決して無理強いするものではない(医療機関でしか測定データを確認できない器機もあるにはあるが…)。また、皮膚に直接貼付するため、かぶれやすい患者などでは着けられない場合もある。いずれにせよ、患者の適性を考慮して使用することで行動変容につながり、薬剤以上の素晴らしい効果が期待できることをぜひ体験していただきたい。これを機に、糖尿病診療にFGMを活用すべく、まずは自身から行動変容を試みてはいかがだろうか。1)Ida S, et al. J Diabetes Res. 2020 Apr 9;2020:9463648.2)Battelino T, et al. Diabetes Care. 2019;42:1593-1603.3)糖尿病リソースガイド 糖尿病治療におけるTime in Range(TIR)の重要性と血糖トレンドの活用4)Lu J, et al. Diabetes Care. 2018;41:2370-2376.5)Jingyi Lu, et.al. Diabetes Technol Ther. 2020 Feb;22:72-78.

75.

原発性アルドステロン症〔PA:Primary aldosteronism〕

1 疾患概要原発性アルドステロン症(PA)は治癒可能な高血圧の代表的疾患である。副腎からアルドステロンが過剰に分泌される結果、腎尿細管からのナトリウム・水再吸収の増加による循環血漿量増加、高血圧を呈するととともに、腎からのカリウム排泄による低カリウム血症を示す。典型例では高血圧と低カリウム血症の組み合わせが特徴であるが、近年は、血清カリウムが正常な例も多く経験され、通常の診察のみでは本態性高血圧との区別がつかない。高血圧は頻度の高い生活習慣病であることから、日常診療において常にその診断に配慮する必要がある。頻度が高く、全高血圧の約3~10%を占めることが報告され、わが国の患者数は約100万人とも推計されている。典型例は片側の副腎腺腫が原因となる「アルドステロン産生腺腫」であるが、両側の副腎からアルドステロンが過剰に分泌される両側性の原発性アルドステロン症(「特発性アルドステロン症」と呼ばれてきた)もあり、最近では、前者より後者の経験数が増加している。腺腫による場合は病変側の副腎摘出により、高血圧、低カリウム血症が治癒可能で、治癒可能な二次性高血圧の代表的疾患である。一方、診断の遅れは治療抵抗性高血圧の原因となり、これに低カリウム血症、アルドステロンの臓器への直接作用が加わって、脳・心血管・腎などの重要臓器障害の原因となる。わが国の研究からも通常の高血圧より、脳卒中、心不全、心肥大、心房細動、慢性腎臓病の頻度が高いことが明らかにされていることから、早期診断と特異的治療が極めて重要である1)。腺腫によるPAでは、細胞膜のカリウムチャンネルの一種であるKCNJ5の遺伝子変異などいくつかの遺伝子異常が発見され、アルドステロンの過剰分泌の原因となることが明らかにされている。一方、両側性は肥満との関連が示唆2)されているが、病因は不明である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 自覚症状低カリウム血症がある場合は、四肢のしびれ、筋力低下、脱力感、四肢麻痺、多尿、多飲などを認める。正常カリウム血症の場合では、高血圧のみとなり、血圧の程度に応じて頭痛などを認めることもあるが、非特異的な症状であり、本態性高血圧との区別はつかない。■ どのようなケースで疑うか正常カリウム血症で特異的な症状を認めない場合は本態性高血圧症と鑑別が困難なことから、すべての高血圧患者でその可能性を疑う必要があるが、ガイドラインでは特にPAの頻度が高い高血圧患者を対象として積極的にスクリーニングすることを推奨している(表)3)。表 PAの頻度が高いため、特にスクリーニングが推奨される高血圧患者低カリウム血症合併(利尿薬投与例を含む)治療抵抗性高血圧40歳未満での高血圧発症未治療時150/100mmHg以上の高血圧副腎腫瘍合併若年での脳卒中発症睡眠時無呼吸症候群合併(文献3より引用)■ 一般検査所見代謝性アルカローシス(低カリウム血症がある場合)、心電図異常(U波、ST変化)を認めることがある。典型例では低カリウム血症を認めるが、正常カリウム血症の症例が多い。また、血清カリウム濃度は(1)食塩摂取量、(2)採血時の前腕の収縮・伸展、(3)溶血などのさまざまな要因で変動することから、適宜、再評価が必要である。■ スクリーニング検査血漿アルドステロン濃度(PAC)と血漿レニン活性(PRA)を測定し、両者の比率アルドステロン/レニン活性比(ARR)≧200以上かつPAC≧60pg/mLの場合に陽性と判定する。ARRは分母であるPRAに大きく依存することから、偽陽性を避けるためにPACが一定レベル以上であることを条件としている。従来、PACはラジオイムノアッセイにより測定されてきたが、本年4月から化学発光酵素免疫測定法(CLEIA)に変更され、それに伴ってPAC測定値が大幅に低下した。このためARR100~200の境界域も暫定的に陽性とし、個々の例で患者ニーズと臨床所見を考慮して検査方針を判断することが推奨される。■ 機能確認検査スクリーニング陽性の場合、アルドステロンの自律性・過剰産生を確認するために機能確認検査を実施する。カプトプリル試験、生食負荷試験、フロセミド立位試験、経口食塩負荷試験がある。カプトプリル試験は外来でも実施可能である。フロセミド立位試験は起立に伴い低血圧を来すことがあるので、前2つの検査が実施困難な場合を除き、推奨されない。一検査が陽性の場合、機能的にPAと診断する。測定法の変更に伴い、陽性判定基準も見直されたため注意を要する。約25%にコルチゾール同時産生を認めるため、明確な副腎腫瘍を認める場合には、デキサメタゾン抑制試験(1mg)を実施する。降圧薬はレニン・アルドステロン測定値に影響するため、可能な限り、Ca拮抗薬、α遮断薬の単独あるいは併用が推奨されるが、血圧コントロールが不十分な場合は、血圧管理を優先し、ARBやACE阻害薬を併用する。ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬の影響は比較的大きいが、高血圧や低カリウム血症の管理が困難な場合は、適宜使用する必要がある。■ 局在・病型診断病変が片側性か両側性か、片側性の場合、右副腎か左副腎かを明らかにする。副腎摘出術の希望がある場合に実施する。まず副腎腫瘍の有無を確認するため造影副腎CTを実施するが、PAの腺腫は小さいことから、約60%はCTで腫瘍を確認できない。一方、明確な腫瘍を認めても非機能性腺腫の可能性があり、腫瘍の機能評価はできない。このため、確実な局在・病型診断には副腎静脈サンプリングが最も推奨される。副腎静脈血中のアルドステロン濃度/コルチゾール濃度比の左右差(Lateralized ratio)にて病変側を判定する。侵襲的なカテーテル検査であり、技術に習熟が必要であることなどから、専門医療施設での実施が推奨される。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)■ 主たる治療法副腎腫瘍を有する典型的な片側性PAでは腹腔鏡下副腎摘出術が第1選択、両側性や手術希望が無い場合は、MR拮抗薬を主とする薬物治療を行う。片側性PAでは手術による降圧効果が薬物治療より優れることが報告されている。通常の降圧薬のみで血圧コントロールが良好であっても、PAではアルドステロン過剰に対する特異的治療(手術、MR拮抗薬)による治療が推奨される。スクリーニング陽性であるが、機能確認検査を初めとする精査を実施しない場合、臨床所見の総合判断に基づき、MR拮抗薬投与の必要性を検討する。■ 診断と治療のアルゴリズム日本内分泌学会診療ガイドラインの診療アルゴリズムを図に示す3)。PAの頻度が高い高血圧患者でスクリーニングを行い、陽性の場合に機能確認検査を実施する。1種類の検査が陽性判定の場合に臨床的にPAとし、CT検査さらには、患者の手術希望に応じて副腎静脈サンプリングを実施する。機能確認検査以降の精査は、専門医療施設での実施が推奨される。局在・病型診断の結果に基づき、手術あるいは薬物治療を選択する。図 日本内分泌学会PAガイドラインにおける診療アルゴリズム3)画像を拡大する(文献3より引用)4 今後の展望局在・病型診断には副腎静脈サンプリングが標準的であるが、侵襲的検査であるため、代替えとなる各種バイオマーカー4)、PETを用いた非侵襲的画像診断法5)の開発が進められている。MR拮抗薬に変わる治療薬として、アルドステロン合成酵素の阻害薬の開発が進められている。PAの多くが両側性PAであることから、その病因解明、適切な診断、治療方針の確立が必要である。5 主たる診療科診断のスタートは高血圧の診療に従事する一般診療クリニック、市中病院の内科などである。スクリーニング陽性例は、内分泌代謝内科、高血圧内科などの専門外来に紹介する。副腎静脈サンプリングの実施が予想される場合は、それに習熟した専門医療施設への紹介が望ましい。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難治性副腎疾患プロジェクト(医療従事者向けのまとまった情報)「重症型原発性アルドステロン症の診療の質向上に資するエビデンス構築(JPAS)」研究班(研究開発代表者:成瀬光栄)(医療従事者向けのまとまった情報)「難治性副腎疾患の診療に直結するエビデンス創出(JRAS)」研究班(研究開発代表者:成瀬光栄)(医療従事者向けのまとまった情報)「難治性副腎腫瘍の疾患レジストリと診療実態に関する検討」研究班(主任研究者:田辺晶代)(医療従事者向けのまとまった情報)1)Ohno Y, et al. Hypertension. 2018;71:530-537.2)Ohno Y, et al. J Clin Endocrinol Metab. 2018;103:4456-4464.3)日本内分泌学会「原発性アルドステロン症診療ガイドライン策定と診断水準向上」委員会 編集.原発性アルドステロン症診療ガイドライン2021.診断と治療社;2021.p.viii.4)Nakano Y, et al. Eur J Endocrinol. 2019;181:69-78.5)Abe T, et al. J Clin Endocrinol Metab. 2016;101:1008-1015.公開履歴初回2021年11月11日

76.

コロナ感染者の献血、症状消失から4週間経過で可能に

 新型コロナウイルス感染症の感染が拡大し、コロナ禍が収束する見通しが依然立たない中、医療現場に不可欠な血液の確保が難しくなっている。その理由の一端は、言うまでもなく献血者の減少である。献血は「不要不急の外出ではない」と声高に訴えても、現況においてはなかなか人々に響かないのが実情だろう。厚生労働省は、7月27日の薬事・食品衛生審議会(血液事業部会安全技術調査会)で、新型コロナウイルス感染症と診断された人であっても、症状消失から4週間経過すれば、献血を可能とする方針を固めた。新たなルールは9月8日より適用される。コロナ感染者の献血を症状回復後も不可としているのは日本のみ 日本赤十字社のデータによると、新型コロナウイルス感染により献血を断ったケースは、献血後情報で判明したもの(462件)および献血受付時に判明したもの(680件)を合わせると、2021年5月末現在で1,142人に上る。このうち約3分の1は成分献血の複数回献血者であり、年間換算すると新型コロナの流行により数千回分の献血協力が失われていることになるという。 献血血液による新型コロナウイルス感染については、輸血用血液からの感染報告はこれまでにない。また、諸外国においては、新型コロナウイルス感染後に献血可能になるまでの日数に差がある(症状消失後14~180日)ものの、症状回復後も献血不可としているのは日本のみである。こうした状況を鑑み、新型コロナ既感染者については、症状消失後(無症候の場合は陽性となった検査の検体採取日から)4週間以上経過し、治療や通院を要する後遺症がなく、問診等により全身状態が良好であることを確認できれば、献血受け入れ可能とすることとした。 新型コロナに関連したその他の献血受け入れ基準としては、mRNAワクチンを含むRNAワクチン接種者(1回目および2回目も同様)は、48時間経過後からの献血が可能となっている。なお、現時点ではアストラゼネカ社のワクチン接種後の採血制限期間については検討中となっており、接種者の献血を受け入れていないので注意が必要だ。

77.

続・制約と擾乱(じょうらん)【Dr. 中島の 新・徒然草】(389)

三百八十九の段 続・制約と擾乱(じょうらん)前回は Resilient Health Care Society というオンライン国際学会に出席したことを述べました。私が発表したのは、COVID-19パンデミックに対する大阪医療センターおよび総合診療部の対応についてです。もともと忙しい医療現場に、新たに新型コロナウイルス対応が課せられてしまい、マンパワー不足の中でどのようにして通常診療とコロナ診療を両立させたのか、という話をいたしました。前回にも述べたように、医療現場をはじめとした複雑適応系の中の各ユニットは、手持ちの資源が限られているにもかかわらず、そのキャパを超えるイベントは恒常的に外部からもたらされるのだということです。そのような時には、「何で俺たちばかりがこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!」と思うのではなく、「また来ましたね。今度はどう対応しましょうか?」と思うべきなのでしょう。このような場合の普遍的な対処法は、いろいろと提案されています。今回のコロナ対応の経験を通じてとくに大切だと感じたのは、「優先順位をつける」「最善策にこだわらない」「どんどん変化する状況に合わせたルール変更を躊躇(ためら)わない」というところだ、というのが私の発表の趣旨です。英語での発表になりますが、あらかじめパワーポイントに台詞を吹き込んでビデオ化したものを用いるので、さほど苦労することはありませんでした。できるだけ明瞭な発音でゆっくりとしゃべるように心掛けたので、聴いている人が理解に苦しむ、ということもなかったようです。発表自体はおおむね好評だったのですが、問題は質疑応答です。質問はいずれもアメリカ人からだったので、英語自体は聴き取りやすい……はずが、結局、何度も聞き直す羽目になりました。また内容も難しいというか、哲学的というか。「COVID-19パンデミックで、医療現場でも多くのことが変わってしまいましたが、変わらなかったこともあるかと思います。それはどのようなことですか?」ちょっと、それ! 日本語で答えようとしても難しいですよ。その場ではうまく答えられなかったので、後でいろいろと考えてみました。1つは、日々の診療スタイルでしょうか。外来受診した患者さんに発熱があれば、まずはコロナの有無を検査する、という手順が間に挟まるようになりました。単なる発熱でなさそうな場合には、コロナ検査のときに採血や各種培養検体まで採取するというところも違っています。しかし、熱のない患者さんの診療については、これまでと大きな違いはありません。病歴聴取、身体診察、検査、診断、治療という流れは全く同じです。もう1つは職場の人間関係ですね。昨年、コロナの流行が始まった頃は、現場でも対応がわからず大混乱でした。その影響は、どうしても人間関係の悪化という形で出てしまいます。皆で力を合わせてコロナに立ち向かう、という雰囲気になったのはしばらく経ってからです。現在は、いろいろな仕事や手続きがある程度はルーチン化されたので、淡々と業務をこなせるようになりました。それでも思いがけないことが起こるのは、医療現場の常ですが、以前ほどそのことが人間関係に響かなくなったように感じます。変わらなかったというよりも、一旦、混乱した後に元に戻ったというべきでしょう。もちろん、コロナで変わってしまったこともたくさんあります。宴会や飲み会なんかは全くなくなってしまいました。ネットニュースを見ていると、「どうして政府がオリンピックをやっているのに、俺たちが飲み会をしたらアカンねん!」と言っている人もいるようですが、飲み会の自粛は自分の命を守るためです。オリンピックがあろうがなかろうが関係ありません。車を運転するときにシートベルトをするのと同じですね。それはさておき、国際学会では質疑応答の不首尾が心残りです。まだまだ英語の勉強が足りません。今後もオンライン英会話教室でフィリピン人先生を相手に努力を続けたいと思います。最後に1句英語での 質疑応答 沈没す

78.

ファイザー製とシノバック製ワクチン、中和抗体価に差はあるのか

 中国・シノバック製の新型コロナワクチンの有効性について、ファイザー製やモデルナ製のmRNAワクチンより低いとする報告が多いが、免疫原性に違いはあるのか。今回、香港の医療従事者を対象に、ファイザー製のBNT162b2ワクチンまたはシノバック製の不活化ウイルス(vero細胞)ワクチンを2回接種し中和抗体価を測定したところ、ファイザー製ワクチンのほうが大幅に上昇していた。WHO協力センターである中国・香港大学のWey Wen Lim氏らが、Lancet Microbe誌オンライン版2021年7月16日号で報告した。 本研究の対象は、香港の公立および私立病院と診療所における1,442人の医療従事者。ワクチン接種前、初回接種後(2回目接種前)、2回目接種後(21〜35日後)に採血し、ELISAでスパイクタンパク質受容体結合ドメインに結合する抗体価を、また代替ウイルス中和試験(sVNT)およびプラーク減少中和試験(PRNT)で中和抗体価を測定した。ここでは、ワクチン接種前、初回接種後、2回目接種後のデータが揃っている93人における予備的な試験結果を報告した。 主な結果は以下のとおり。・93人の医療従事者のうち、ファイザー製ワクチン接種したのは63人(男性55.6%、年齢中央値37歳[範囲26〜60歳])、シノバック製ワクチン接種したのは30人(男性23.3%、年齢中央値47歳[範囲31〜65歳])であった。・ファイザー製ワクチンを接種した医療従事者では、ELISAおよびsVNTで測定した抗体価は、初回接種後に大幅に上昇し、2回目接種後に再上昇した。PRNTの結果が得られた12人のサブセットにおいて、2回目接種後のPRNT50力価の幾何平均値は269、PRNT90力価の幾何平均値は113だった。・一方、シノバック製ワクチンを接種した医療従事者では、ワクチン接種後にELISAおよびsVNTで測定された抗体価は低く、2回目接種後に中程度に上昇した。PRNTの結果も得られた12人のサブセットにおいて、2回目接種後のPRNT50力価の幾何平均値は27、PRNT90力価の幾何平均値は8.4だった。 著者らは「中和抗体価と新型コロナワクチンにおける防御との関連が提案されている。ここで示された中和抗体価の差は、ワクチンの有効性の差につながる可能性がある」と考察している。なお、本研究では、T細胞や抗体依存性細胞傷害抗体などの防御の関連については検討されていない。

79.

第67回 針刺し事故頻発中!コロナワクチン接種進む中、肝炎、HIVの感染リスクにも重々注意を

一度使った注射器を別の人に再度使用こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。東京都の新型コロナ感染者の増加が止まらない中、とうとう今週末、オリンピックが開催されます。そこで先週の日曜(7月18日)は選手村がどんな状況か視察するため、ではなく豊洲にあるライブ会場で開かれた、福岡市博多区出身のバンド、NUMBER GIRLのライブを観るために、東京・湾岸エリアの選手村近くまで出かけました(そもそも選手村は交通規制で近づけませんでした)。NUMBER GIRLは、8月に茨城県ひたちなか市の国営ひたち海浜公園で開催予定だった「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2021」にも出演予定でした。しかし、茨城県医師会の要請で同イベントは中止が決定、NUMBER GIRLのファンのみならず多くの夏フェスファンを失望させました。この夏、NUMBER GIRLをライブで聴くことができるのは、今回の豊洲PITの単独と、「FUJI ROCK FESTIVAL’21」、山中湖のフェスだけという状況です。猛暑の中、選手村と海を挟んではす向いにある豊洲PITで1年半ぶりに観客を入れて敢行されたNUMBER GIRLのライブ。椅子に座って静かに“鑑賞”という、およそロックのライブとは思えないものでしたが、久しぶりの爆音が身体に沁み渡り満足の1日でした。終演後、勝鬨橋を歩いて渡り地下鉄の駅まで歩いたのですが、営業中の居酒屋の中にオリンピック関係者と思しき外国人2人(大胆にも同じユニフォームを着てました)が日本人に混じって飲んでいるのが見えました。“バブル方式”と言ってはいますが、彼らがもし選手だとしたら、選手村のバブルは針で穴を開けたかのように、既に弾けてしまっているのかもしれません。さて、今週はコロナワクチンの接種が各地で進む中、頻発している「針刺し事故」について書いてみたいと思います。7月13日のNHKニュースによれば、群馬県沼田市は、12日の新型コロナウイルスワクチン接種において、一度使った注射器(注射針とシリンジ)を別の人に再度使用した可能性があることを明らかにした、とのことです。ディスポなのに“2度刺し”の余地はどこに?最初、このニュースを聞いて疑問に思いました。私自身も先日1回目の接種を終えたのですが、注射針・シリンジはディスポーザブルなので接種後すぐに廃棄されていました。沼田市の事故において、“2度刺し”の余地がどこにあったのか、わからなかったのです。同ニュースによれば、一度使った注射器を別の人に使用したのは12日午後6時から市の保健福祉センターで行ったワクチンの集団接種においてのこと。ここでは108人が2度目の接種を受けましたが、終了後に注射器が1人分余り、使用済みで廃棄した注射器を確認したところ107本しかなかったということです。市によれば、この日は歯科医師が接種を担当しており、一度打った注射器を廃棄せず空の状態で再度使ってしまった可能性が高いということでした。同ニュースでは、「接種を受けた人に確認を進めていて現時点で、健康面の被害は報告されていない」「誤って使用済みの空の注射器を打たれた人は抗体ができていないことが想定されるため、1週間後をめどに全員に抗体検査を行って特定したいとしている」と報道していますが、そんなことより、2度刺しが起きた原因や、針刺し事故では肝炎やHIVに感染するリスクがあることも、きちんと伝えるべきではないかと感じました。使用注射器と未使用注射器を同じ机の同じ形状のトレーにいったいどういう経緯でこんな“古典的”な医療事故が起こったのでしょうか?ひょっとしたら他でも起きているのではないかと考え、ネットで検索してみると、あるわあるわ…。ワクチン接種に絡む事故が頻発していました。6月11日には、宮崎市で市内の高齢者施設において医療機関が実施した新型コロナワクチン接種において、医師が誤って使用済み注射器の針を施設従事者の60代女性に刺す事故が起こっています。この事故については、宮崎市のホームページに事故の概要が報告されています。それによれば、事故発生の原因は、「医師が受傷者の直前に使用した注射器と未使用の注射器を、同じ机の同じ形状のトレーに置いたため、誤って使用済みの注射器を使用して受傷者に刺した」とのことです。この他、同様の事故は、岡山県浅口市、滋賀県湖南市、奈良県五條市、埼玉県上里町などでも発生しています。いずれも現段階で受傷者に健康被害は起きていないようです。医療廃棄物での事故も多発中接種後、医療廃棄物になってからの事故も頻発しています。6月1日、北九州市は新型コロナウイルスワクチンの集団接種会場で、誤った方法で廃棄された注射針がゴミ回収業者の女性の足に刺さる事故があった、と発表しました。注射針は使用済みとみられ、女性は血液検査を受け、血液感染する可能性がある感染症のワクチン(おそらくB型肝炎ワクチン)を接種したそうです。西日本新聞の報道によれば、本来は専用ボックスに捨てなければならない注射針をガウンなどの医療用廃棄物の袋に捨てた上、それを一般廃棄物用の場所に誤って置いていたとのことです。また、6月7日、石川県小松市の新型コロナワクチンの集団接種会場では使用済みの注射針が会場の準備などを行うスタッフに刺さる事故が発生しています。石川テレビの報道によると、集団接種終了後、スタッフが接種の片づけを行っていたところ、ゴミ袋に入っていた注射針が相次いで2人に刺さった、とのことです。接種ブースには使用済みの注射針を捨てる医療廃棄物用のゴミ箱とガーゼの包装紙など一般ゴミを捨てるゴミ袋が置かれていましたが、今回の事故は誤って通常のゴミを集める袋に注射針が捨てられたことが原因とみられています。予防接種のフローに慣れていなかったことも一因か2度刺し事故や、廃棄物になってからの事故は、医療現場から遠ざかっていた医療スタッフや、注射針による医療事故の怖さを知らない事務方スタッフのケアレスミスで起こっているようです。中でも医療廃棄物の処理の杜撰さは、ワクチン接種を専門業者に丸投げ(その業者もまた関連業者に再丸投げのケースも)したことで、事故防止策が疎かになっていることも一因と言えるでしょう。2度差し事故については、いくつかの報道を見ると、宮崎市のケースのように、一度刺した注射針とシリンジを、未使用の注射が置いてあるトレーに戻したり、同じ形のトレーに置いたりしたため、未使用か使用済みかわからなくなってしまうことで起こっています。岡山県浅口市の個別接種で起きた事故でも、通常はトレーに注射器を1本ずつ置いて管理するところを、なぜか2本(未使用と使用済み)置いてあり、直前の接種で使った注射器を使用してしまったようです。集団予防接種に慣れている医療スタッフではまず考えられないミスだと言えるでしょう。沼田市のケースでは打ち手が歯科医だったようですが、2度刺しは予防接種のフローやリスク管理に慣れていないスタッフで起こりやすいのかもしれません。打ち手が自分に刺してしまう事故の可能性もここまで見てきたのは、新聞やテレビで報道された事故ばかりですが、おそらくこれらは氷山の一角で、針刺し事故はもっと頻繁に起こっているのではないでしょうか。なにせ、1日150万回近くの接種が行われているのですから。今のところ、致命的な劇症肝炎が発生していないだけでも幸いと言えます。ところで、こうした事故の中で、うやむやにされがちなのは、医療スタッフ自身がワクチン接種後の注射針を、自分の腕や腿などに誤って刺してしまう事故です。ミスしたことがバレるとカッコ悪いので、その事実を黙っている人も、ひょっとしたらいるかもしれません。医療者であればご存知でしょうが、針刺し事故後はすぐに打った相手の感染症情報(HBs抗原、HBs抗体、HCV 抗体、HIV 抗体)を調べることと、自分自身の血液検査が必要です。場合によっては、乾燥抗HBsヒト免疫グロブリン投与(HBIG)とB型肝炎ワクチンの接種や、抗HIV薬服用も考えなければなりません。針刺し事故の思い出…「SASU-ME」にも気を付けて実は私自身も針刺し事故に遭遇したことがあります。今から15年ほど前、ある病気で診療所を受診し血液検査を受けることになりました。院長が採血をしたのですが、採血後の注射を持った右手がぶれて、あろうことか院長自身の左手を刺してしまったのです。院長は一瞬焦った表情をしたものの、「大丈夫、大丈夫。萬田さん、肝炎のキャリアじゃないですよね?」と言って、その時の診療は終わりました。私自身は「大丈夫って。まあ私は大丈夫だけど」と思い帰宅したのですが、すぐに診療所から電話がかかってきて、その日のうちに再度受診することになりました。診療所では肝炎やHIVの検査の同意を取られ、再び採血、検査される羽目となりました。その後、院長には何の健康被害も起きませんでしたが、日常診療の中でのちょっとした気の緩みやミスで針刺し事故は起こるんだ、と実感したことを覚えています。これまでの報告1)からHIV汚染血液による針刺し事故の感染率は0.3%、粘膜の曝露による感染率は0.09%とのことです。また、C型肝炎ウイルスは約2%、HBe抗体陽性ウイルスは約10%、HBe抗原陽性ウイルスは約40%とされています。HBe抗原陽性ウイルスの場合の感染率の高さが際立っており、劇症肝炎を発症する危険性もあります。そう言えば、NUMBER GIRLには「SASU-YOU」という名曲があります。医療スタッフの多くはB型肝炎ワクチンを接種済だとは思いますが、ワクチン接種に関わる方は、肝炎、HIVの感染リスクも念頭に、「SASU-“YOU”」に加え、「SASU-“ME”」にも気を付けていただきたいと思います。参考1)針刺し事故後の対応について/国立病院機構 名古屋医療センター

80.

基礎インスリンで治療中の2型糖尿病患者の血糖コントロールに対するCGMの効果(解説:小川大輔氏)

 糖尿病の診療において、血糖コントロール状況を把握する検査として血糖値とヘモグロビンA1cが通常用いられる。血糖値は採血時点の、ヘモグロビンA1cは過去1~2ヵ月間の血糖の状況を表す検査であり、外来診療ではこの2つの検査を同時に測定することが多い。さらにインスリンあるいはGLP-1受容体作動薬などの注射製剤を使用している患者は、日常生活において血糖を把握するために自己血糖測定を行うことが一般的である。 通常の自己血糖測定によるモニタリング(BGM)は測定のたびに指先を穿刺する必要があり、また連続した血糖の変動を捉えることができないという欠点がある。一方、近年使用されている持続血糖モニタリング(CGM)は一度装着すると血糖の変動を連続して把握することができるというメリットがある。CGMは毎食後や睡眠中の血糖コントロール状況がわかるため、糖尿病専門外来では糖尿病治療薬の変更や選択に活用されている。 2018年7月から2019年10月までに米国のプライマリケア施設で基礎インスリンを使用している2型糖尿病患者に対し、CGMの有効性の評価を目的とする無作為化臨床試験の結果がJAMA誌に報告された1)。対象は1日1回あるいは2回の基礎インスリンを用いて治療中の2型糖尿病患者であり、CGMまたはBGMでのモニタリングを行う群に2対1の割合で無作為に割り付けられた。インスリン以外の糖尿病治療薬の有無は問わないが、食前のインスリンは使用していないことが条件である。主要評価項目は8ヵ月後の平均HbA1c値、副次評価項目は血糖値が目標範囲内(70~180mg/dL)の時間の割合、血糖値が250mg/dL以上の時間の割合、8ヵ月後の平均血糖値である。 30歳以上の2型糖尿病患者175例が登録され、CGM群に116例、BGM群に59例が割り付けられた。平均HbA1c値は、CGM群がベースラインの9.1%から8ヵ月後には8.0%へ、BGM群は9.0%から8.4%へと低下し、CGM群で有意な改善効果が認められた。またCGM群はBGM群に比べ、血糖値が目標範囲内(70~180mg/dL)の時間の割合(59% vs.43%)、血糖値>250mg/dLの時間の割合(11% vs.27%)、ベースライン値で補正された8ヵ月後の血糖値(179mg/dL vs.206mg/dL)が、いずれも有意に良好であった。有害事象としては重症低血糖がCGM群で1例(1%)、BGM群で1例(2%)報告された。 基礎インスリン療法を行っているが血糖コントロールが不良(HbA1c値7.8~11.5%)の2型糖尿病患者に対し、従来のBGMをCGMに替えると8ヵ月後のヘモグロビンA1cがより低下したという結果である。これまでに1型糖尿病を対象とした試験でCGMを用いることにより血糖コントロールが改善するということは複数報告されており、強化インスリン療法を行っている2型糖尿病を対象とした試験2)でも同様の結果が報告されている。今回初めて基礎インスリン療法を行っている2型糖尿病を対象とした試験でCGMの有効性が示された。ただ、1日1~3回血糖値を測定するBGM群に対し、血糖の情報量が圧倒的に多いCGM群でもっと差があるかと思ったが、予想外にその差は0.4%とわずかであった。またHbA1c値8.5%以上のとくに血糖コントロール不良の患者では両群で有意差がなかった。これは本試験が糖尿病専門医のいる医療機関ではなくプライマリケア施設で実施されており、専門医が直接インスリン投与量の管理を行っていないことが関係していると考えられる。せっかくCGMを用いても、得られた血糖日内変動のデータを解釈しインスリン投与量の調節に活かせなければ意味がない。ただCGMを装着すればよいというわけではない、というメッセージをこの研究は与えている。

検索結果 合計:217件 表示位置:61 - 80